遊佐司狼「神栖66町?」 (176)

Dies iraeの遊佐司狼が新世界よりの世界に来るクロスです。

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 全てが「既知」だった。

 何をしようにもそれが付きまとってくる。

 刺激を求めている自分にとってそれは酷く退屈なことだった。

 このまま凡人と変わらない人生を歩むよりも自分がより自分でいられる生き方をしたかった。

 選択肢の総当たりというものだ。

 自分の親友達との高校生活、つまらないわけではないが珍しくもない。

 そんなことは日本中の同年代の者達がリアルタイムで経験している。

 何より親友の一人と自分は気楽に学園ドラマをしている身分ではないのだ。

 このままつまらないレールに沿った人生を送り続けること事態が自分にとって何より我慢ならなかった。

 そんな思いが積りに積もったある日、それが一気に暴発した。

 学校の屋上で無二の親友と意見の相違から殺し合いじみた喧嘩の後、病院にかつぎこまれた

 そして病院を抜け出し、病院を出る時にそこの病院の院長の娘と知り合い、意気投合すると、その娘と共に地元のギャンググループのボスとなった。

 そうする方がより楽しいと思ったから、そうする方がより「生きている」ということが実感できると思ったから。

 スリルと刺激と興奮こそが自分の求めているものだった。

 あのまま学校生活を送っていたら恐らく味わえないであろう。

 そしてそんなある日のこと、「奴等」は自分達のいる街にやってきた。

 過去の大戦が生んだ闇の超人、正真正銘の地獄の悪魔と呼ぶに相応しい魔人達だった。

 聖槍十三騎士団


 奴等の属する組織はそう呼ばれていた。

 積極的に自分はそいつらに喧嘩をふっかけた。

 正義感からではない、ただ純粋に「楽しめそう」だったからだ。

 だが騎士団は余りにも人間の常識から外れすぎた化け物の集まりだった。

 銃、スタンガン、火炎瓶、液体窒素のいずれも通じない。

 漫画の中からそのまま出てきたような馬鹿げた連中。

 しかし自分はそんな連中と対峙しようが恐怖などというものは感じなかった。

 絶望的なまでの力の差、覆せない戦力差、どうしようもない実力差。

 余りにも連中と自分との「差」は開いていた。

 しかし連中の持つ「力」を自分の無二の親友が持っていることを知ると、早速親友と再会、そして自分も戦いに身を乗り出した。

 親友との喧嘩の後もつきまとってきた「既知感」だが、騎士団との戦いの際にはそれが大きな武器となった。

 邪魔な存在でしかなかった「既知感」が連中との戦いでは大いに役にたった。

 そして自分も奴等の持つ「力」を得ることに成功した。

 自分と連れの娘は奴等の一人との戦いで相い討ちにまで持ち込んだ。

 自分は死ぬのだ。

そう思った。



 死ぬのであれば連中との戦いは中々に楽しかった。



 短いながらも始めて「生きている」感覚を得られた一時。



 できればもう少しの間だけそれが長く続いていれば。



 そう思った刹那



 『司狼』は目を覚ました。

 目を覚ました司狼は自分の周囲を見渡す。家の中だ。多少小ぢんまりしてはいるものの、暮らしていくには充分過ぎる程の広さがある。昔ながらの木で出来た
和風の家だ。家の中央には囲炉裏がある。外からは小鳥の囀りが聞こえてきた。自分は今まで床に敷かれた布団で寝かされていたことに気付いた司狼。

「……どこだここは?」

 司狼は立ち上がり、床に畳んであった自分の服を着る。

「あの白髪の坊主にトドメの一撃翌与えたとこまでは覚えてるんだけどな」

「つーか、俺はまだ生きてるってことだよな。まさかここがあの世ってわけでもねぇだろうし」

 諏訪原市の上空に現れた聖槍十三騎士団の本拠地である「ヴェヴェルスブルグ城」。死んだ者の魂はそこに行く筈だ。まさか自分が今いるこの場所が「そこ」だとでもいうのだろうか?

 急いで司狼は家の外に飛び出す。今更どんな超常現象が起きようが驚きはしない。

 家の中に入り、出された朝食を食べながら、司狼は少女の話に耳を強く傾けた。少女の名前は「秋月真理亜」。故郷である神栖66町を離れ、
今は幼馴染である「伊東守」と二人で 暮らしているという。

 司狼は繰り返し自分のいた諏訪原のことについて真理亜に尋ねる。しかし何度尋ねようが聞こうが知らないの一点張りだった。

 世捨て人というわけでもないだろうと思っていたが、彼女の言う神栖66町が人界から隔絶された町という予想もしてみた。しかしそん
な町が現代日本に存在しているわけもない。 だからと言って外国というわけでもないだろう。現に真理亜は日本名だし、日本語で話している。

 しかしそんな司狼の予想も思惑も全て真理亜の見せた「力」によって吹き飛ぶこととなる。

 呪力

 そう呼ばれる力を真理亜は外に出て司狼に見せた。真理亜は家の近くの森に生えている比較的大きな木に目を向ける。すると木が
何かの力に引っ張られるかのように 地面から引っこ抜かれた。それだけでは終わらず、野菜や果物のように綺麗にスライスされ、全
て均等な大きさの角材となり、地面に並べられる。それは最早一種の芸術とも言っていい光景だった。

 「おいおい冗談キツイぜ……」

 司狼自身も真理亜の見せた「力」を目の当たりにし、思わず苦笑いが零れてしまった。また諏訪原での戦いの続きなのかとか、
「呪力」は聖遺物の力によるものなのかとか、いよいよここは ヴェヴェルスブルグ城の中に広がる超空間なのかという考えが
司狼の頭の中を駆け巡っていた。

 目の前にいる真理亜も黒円卓の本拠地が作り出している幻影の可能性も否定できない。何せあれだけの馬鹿げ
たファンタジー集団だ。真理亜の家や周りの森林も全て聖遺物の力で作り上げられた 超次元空間なのではないか? 
というのが司狼の考えだった。

 いきなり「呪力」という超能力を見せられたのだ。目覚めた時は日本のどこかの片田舎にでも飛ば
されたのかと思っていたが、真理亜の持つ得体の知れない力を目にし、真理亜も聖遺物の使徒なの ではないかという疑念が生じていた。

 しかし真理亜自身からは黒円卓の面々が発していた人外の物とも言うべき「鬼気」は感じられない。ヴィルヘルム=エーレンブルグ、
ヴォルフガング=シュライバー、ルサルカ=シュヴェーゲリン等の騎士団の 面子と目の前の真理亜を比較してみると分かる。

 真理亜は到底そんな大それた存在には見えないし、第一自分を助けてくれた。

 先程生まれた真理亜への疑念は僅かではあるが和らぐ。

 「凄ぇな。どうやってこんな力覚えたんだ?」

 「えっと……、『呪力』を知らないんですか?」

 「悪ィが知らねぇんだ。少しそれについて聞きたいんだけどよ」

 真理亜と共に家の中に戻った司狼は真理亜から『呪力』の簡単な説明を受ける。

 ──────────呪力

 それは簡単に言ってしまえばPK(サイコキネシス)だ。真理亜の住んでいた神栖66町の人間は全員この力を持っている。脳内でイメージを描くことによってそれを具現化し、
様々なことに応用することができる。物体を動かすことを始め、木などに火をつける、空気中の水分で鏡を作り出すことすら可能だという。

 中でも神栖66町で最強の能力を持つと言われる鏑木肆星は地球そのものを真っ二つに割る程の強大無比な呪力を持つと言う。十二歳になる頃には「祝霊(しゅくれい)」と呼ばれるポ
ルターガイスト現象が起こるのを機に発現する。

 司狼も呪力の持つ力を間近で見た為、改めてその強大さが理解できた。

 「凄ぇ能力持ってんだな。ま、俺が戦ってきた連中も負け劣らずなのばっかだったけどな」

 「?」

 真理亜は司狼の言葉にキョトンとした顔をする。今自分のいる世界は元いた自分の世界とは全く異なる世界なのだろうか?司狼は薄々思い始める。

 「所でお前は何でそんな歳で自活してんだ? まさかその若さで自立したってわけでもねぇだろ?」

 「それは……」

 司狼の問いかけに真理亜は暗い顔をして視線を落とす。どうやら何かワケ有りなようだ。

 「もう一度聞きますけど……、本当に貴方は神栖66町の人ではないんですね?」

 「ああ、誓うぜ。俺は断じてそんな町は知らんし」

 真理亜は射抜くような視線で司狼の目を見つめてくる。

 「おいおいそんなに睨むなよ。誓って言うぜ、俺は神栖66町なんて知らねぇし、聞いたこともねぇ」

 司狼の言葉に真理亜は暫らく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

 事の発端は二年前、真理亜が通っていた和貴園の夏季キャンプでの出来事だった。一班の仲間達と共に森に入っ
ていき、そこで『ミノシロモドキ』という 生き物を見つける。ミノシロモドキは国立国会図書館つくば館の端
末機械である。ミノシロモドキに記録されていた内容は真理亜を始めとする一般の皆の耳を 疑う内容だった。

 それは先史文明、今の時代になるまでの血塗られた歴史の数々だった。真理亜の時代に呼ばれる「呪力」は
元はPKと呼ばれ、世界各地でPKを持つ人間が現れ始め、 その数は全人口の0.3%に達した。PKを用いた犯罪が多発し
始め、PK能力者に対して人々は恐怖を抱き、やがて弾圧を加え始めた。やがてそれに政治的、思想的思惑が
複雑に絡み合い、全世界で大規模な戦争が勃発。その末に文明が崩壊したのだという。

 歴史はそれで終わらない。大規模な戦争の末、全世界の人口を全体の僅か2%程にまで激減させ、社会体制、文明は崩壊した。
そしてPK能力者と非能力者の争いは尚も 続いた。それから約500年に渡る「暗黒時代」が幕を開け、そこでも血と肉と屍で築か
れた歴史が紡がれた。この時代は「奴隷王朝の時代」と呼ばれた。

 奴隷王朝が終焉した後も能力者と非能力者の抗争が絶え間なく続き、ついにそれまで傍観者に徹してきた者達が解決に乗り出し、現代の
社会体制が築かれたと言われる。

 今の神栖66町があるのも傍観者であった者達がいたからこそだろう。

 「何とまぁ、凄い歴史っつーか。黒円卓の連中も大概だったがこれの前じゃあいつらも霞むわな」

  真理亜から語られた余りにも凄惨かつ血生臭い歴史の数々に司狼は思わず溜息を漏らす。

 「特に「奴隷王朝」だっけ? その時代の歴代皇帝はあいつらにも劣らない変態揃いときたかよ。まぁ、あんな凄ぇ力を操れりゃそれを試してみたくもなるわな。
けど能力を持ってない普通の人間殺しまくって何が楽しいのかね。凄い力振り回して『俺TUEEEEEEEE』してるだけじゃねえか」

 「暗黒時代」に存在した「神聖サクラ王朝」の歴代君主の暴虐非道ぶりは騎士団にも精通するものがある。この世界も大概まともな世界ではなさそうだ。

 「所でお前は何で神栖66町を離れて暮らしてんだ?」

 司狼は再度真理亜に尋ねる。真理亜が神栖66町を離れて暮らしている理由。大分前置きが長くなってしまったものの、夏季キャンプ
の時にミノシロモドキを捕まえ、ミノシロモドキに 記録されていた歴史を知ってしまったことは本来であれば処分の対象になってしまう所を
一班の仲間である朝比奈覚の祖母にして倫理委員会の委員長である朝比奈富子が不問にしてくれた。

 だが同じく一般の仲間である伊東守は精神面が不安定な上、呪力も弱く、いつ「処分」の対象にされるか分からなかった。

 「「処分」? 何か悪ィことでもしたのか?」

「ううん。そういうわけじゃないんです」

 神栖66町で暮らしていく上で必要なのは「他人との協調性をとれる人間」、「問題を起こさない人間」、「呪力を使える人間」だ。これは何
かと言うと、呪力がない、若しくは弱かったり、 問題を起こしそうな子供は『不浄猫』により処分されてしまう。

 なぜこの程度のことで処分されるのかと言うと、精神面が不安定だったり、問題を起こす子供は「悪鬼」、或いは「業魔」となる可能性があるからだ。

 町の平穏を乱したりする異分子は子供の内から摘み取っている。現に守は二度も不浄猫に襲われてる。奇跡的に不浄猫を撃退した
翌日の朝に家を飛び出したのだ。 守のことが放っておけず、真理亜は守のそばにいるべく、神栖66町を去った。

 自分達と異なる存在を排除する神栖66町の方針に抗うようにして守と共に逃亡したのだ。

 高々呪力が弱い程度のことが処分の対象とされてしまう神栖66町。全ては「悪鬼」、そして「業魔」を出さない為らしい。子供一人を消す
ことを日常茶飯事的に行っているのだとすれば 既にかなりの数の子供が「間引かれている」ということになる。

「私はあのまま町の都合で死ぬなんて嫌でした。何の悪いこともしていない守が呪力が弱いだけで処分されるなんて納得がいきません」

 真理亜はそう言うと僅かに唇を噛みしめた。司狼から見た真理亜の目には微かな怒りが宿っていた。

 「あー、分かる分かる。ムラ社会の反吐が出る部分を残らず掻き集めて鍋で煮りゃこういう町が出来るんだろうよ。呪力っつー名前の調味料を加えれば出来上がり、と」

 軽い口調で返すものの、司狼自身も神栖66町に対する感情は最悪のそれだった。

 「いつか蓮にも言った言葉だけど、この国の悪い部分の集大成みたいな町だな。出る杭は打たれる、天才は孤独、ハブられる馬鹿、イジメカッコ悪い。ま、今更泣き言言っても
始まんねぇけどよ。ちったぁ痛い目に遭えば委員会の連中も納得するんじゃねぇか? 逃げてばっかなんて俺には性に合わねーからな。俺をその神栖66町に案内してくんねーか?」

 「え!? 行ってどうするんですか?」

 「決まってんだろ。委員会の連中に灸を据えてやんのさ」

司狼自身、正義感の持ち主というわけではない。しかし厄介事、もめ事に首を突っ込みたがる生来の性分故、神栖66町のことについて
詳しく知れば知る程その町を引っ掻き回したく なった。反吐が出る程の全体主義、虫唾が走る程の村社会、異分子、異端者は容赦なく
排除。司狼自身の嫌いな物を全てぶち込んだような町。

 自分があの町で生まれたのだとしたら真っ先に処分の対象にされるだろう。そんなものはゴメンだし、お断りだ。

 「あの……、貴方は『呪力』を持っていないんですよね? だとしたら『攻撃翌抑制』も『愧死機構』もないってことになりますけど……」

 「『愧死機構』?」

 真理亜が『愧死機構』について教えてくれた。、あらかじめ人間の遺伝子に組み込まれている機構であり、同種である人間を攻撃しようとした際に作用する。 対人攻撃を脳が認識すると、
無意識のうちに呪力が発動し、眩暈・動悸などの警告発作が起こる。それでもなお警告を無視し攻撃を続行した場合には、強直の発作により死に至るという。

 「それがある限り連中は俺を殺せねぇってことだわな。なんだ、案外楽に終わりそうな仕事だぜ」

そのような機構が作用すれば神栖66町の連中は司狼を呪力で攻撃できないということになる。今の司狼の力を考えれば適当に殴り込んでそれで終わりということになるだろう。

 諏訪原での戦いの際、騎士団の一人にして黒円卓の一員、ルサルカ=シュヴェーゲリンから奪い取った「血の伯爵夫人」がある限り司狼は聖遺物の使徒としての力がある。

 「ま、俺は呪力とかいうモンは持ってねぇけどよ。変わりにこんなことならできるぜ。来な、エリー」

 そう、ルサルカの体内にいる時、連れの女であるエリーこと本城恵梨依の魂と司狼は文字通り『融合』している。

 そして司狼の横にはエリーが『形成』されていく。

 「ん~、久々に外の空気吸った気分だよ。あ~、よく寝た」

 「え……?、あ……?」

 真理亜は驚いて二の句が継げないという顔をしている。シュライバーとの戦いの際に呼び出し、一緒にこっちの世界まで来たということだ。最も、今のエリーは司狼の聖遺物の
ようなものなのだが。

 強靭な魂を持つ故に出来ることであり、ルサルカの体内に取り込まれた時も体内にいる司狼と「血の伯爵夫人」の奪い合いになってしまった程だ。

 「あら? この娘は誰?」

 「ん? この娘は秋月真理亜。俺を助けてくれた嬢ちゃんさ」

 司狼は大方の事情をエリーに説明する。

 「うげー。あたし的にそんな町お断りだわ」

 露骨に嫌そうな顔をして神栖66町への嫌悪感を口にする。

 「ってなわけだ真理亜。俺達を町に案内してくんねぇか?」

 「でも……」

 真理亜は明らかに困惑していた。

 「何迷う必要あんだよ。お前だってあの町が嫌いだから逃げてきたんだろ? この先あの町はこれからも何も知らんガキ共を処分しまくるだろうぜ。『悪鬼』?『業魔』? 安全対策
の為とか言って今まで何人殺したんだろうな。正に恐怖政治&民主主義(笑)だろ」

 困惑する真理亜が何かを言おうとした時、家の扉が開く音がした。入口の方に目を向けると、爆発したようなくせっ毛にあどけなく、大人しそうな容姿の真理亜と変わらない年代の
少年が立っていた。

 「あ、守。おかえりなさい」
 「ただいま真理亜。えっと……、お客と言っていいのかな……?」

 よく見ると守の後ろにはやけに背丈の低い者達が数人いる。1メートルにも満たない身長からしてまだ年端もいかない子供だろうか? 小さい者達をよく見てみると司狼は仰天した。

 お伽噺やファンタジーに登場するゴブリンやオークの類かと一瞬錯覚したが、よくよく見てみると動物の『ネズミ』に似ていた。口には齧歯類特有の大きい歯が生え、鼠色の肌に
二足歩行。RPGなどにそのまま出てきても何ら不自然ではないモンスターだ。

 「おいおい……! そいつら何だよ?」

 流石の司狼も守の後ろに控える数匹のネズミ型のモンスターには度胆を抜かした。姿形まで怪物めいた姿の者は騎士団にはいなかった。いや、トバルカインという者は存在した。だが人型な分、
奴の方がまだ人間だと思えた。

 「バケネズミよ」

 「バケネズミ?」

 「そう、人間に対して穀物とかを提供したり、肉体労働をしたりする代わりに生存することを許されている存在なの」

 真理亜はバケネズミに慣れているようだった。この世界ではバケネズミという存在は珍しくないというのだろうか?

 「真理亜……、塩屋虻コロニーから野狐丸っていうバケネズミが話がしたいって……」

 「野狐丸?」

 守は家の中に入ると、守の後には昔の平安時代の貴族が着ていたような着物を身に付けたバケネズミが入ってきた。他のバケネズミとは違い、桃色に近い肌をしていた。

 「お久しぶりでございます。秋月真理亜様。二年前にお会いしたスクィーラと申します」

 「あ! 貴方はあの時奇狼丸と一緒にいた!」

 「左様でございます。わたくしはあの時あの場にいたスクィーラです」

 そういえば真理亜の夏季キャンプの話に真理亜達一般の子供達を助けてくれたバケネズミがいたと聞いた。今目の前にいるバケネズミがその内の一匹であるスクィーラか。

 「今は野狐丸という名前を授かっております」

 慇懃とも呼べる態度で深々と真理亜にお辞儀する野狐丸。見た目に似合わず随分と理知的だった。

 「えらく馬鹿丁寧なんだな」

 「秋月様。このお方は?」

 「あ、この人は森の中で倒れていたのを守が助けたの名前は……」

 「司狼だ、遊佐司狼。こっちは俺の連れのエリー」

 「よろしくね」

 「こちらこそ」

 「秋月真理亜様、並びに伊東守様。今日は私達塩屋虻コロニー、いや、バケネズミ全体に関わる問題の相談の為に来ました」

 司狼、エリーは真理亜、守と共にバケネズミのコロニーである「塩屋虻コロニー」に連れていかれた。司狼自身、バケネズミのことについて知りたいと思ったのもあるが、
それよりコロニーの奏上役を務める野狐丸に興味があった。言動こそ慇懃無礼を地で行くものであったのだが、司狼は野狐丸に何か引っかかるものを感じたからだ。

 真理亜と守、そして自分とエリーに対する態度は一貫して丁寧であるものの、腹の底で思っていることがあると司狼は感じた。人を見る目はある方だ(人間ではないが)。今までの
経験から来る奇妙な「違和感」と言って良いだろう。

 考えすぎだとも思ったが、司狼自身は妙に野狐丸が気になった。

 「野狐丸だったっけ? お前等バケネズミは人間に服従してるんだよな?」

 「ええ、おっしゃる通りです遊佐様。我々バケネズミは神である人間を崇め、地球上で神様の次に高い知能を持っております」

 「そうだな、他のバケネズミを見ても言葉で会話してるし、服だって着てる。そんじょそこらの類人猿じゃできない芸当だわな」

 やはり何かが引っかかった。腹の底で何を考えているのか分からない者というのは態度や言動、表情に現れる。野狐丸は如何にも「胡散臭い」というレベルに
値した。

 真理亜や守には分からないだろうが、聖遺物の使徒としての力が付いた為か「そういうこと」に関しても人間の状態だった頃より鋭くなった気がした。

 森の中を歩いていく内に、塩屋虻コロニーの居住区に辿り着いた。その様は正に「町」と呼ぶに相応しいものがあった。

 コンクリートで出来た家々が立ち並び、街中を歩いてみると、コンクリートを製造する工場まで存在していた。ここまで発展している光景を見ると「知能が高い」という野狐丸
の言葉にも納得がいく。

 「なぁ、野狐丸。他のバケネズミのコロニーもこんな感じなのか?」

 「いえ、まだこのように発展しているコロニーは少数でございます。未だに木々で作られた家々に住む上、未だに地中を住処とする他のコロニーも少なくありません」

 「ってことはお前のコロニーはそん中でも「先進国」って意味だな。どっからこんな技術を編み出したんだ? 純粋にすげぇじゃねぇか」

 地上には粗末な木の家、或いは穴を掘り、暗い地中の中で暮らすというのがバケネズミには似合っていると思っていた司狼であるが、ここに来てバケネズミに対する評価を改めることとなった。

 知能が高いというのはあながち嘘ではない。いや、ここまでくればもう人間とさほど変わらないではないか。

 そう思っている内にコンクリートで出来た巨大なドーム状の建物に辿り着いた。

 「ここが我々塩屋虻コロニーの政治を司る場所です。各コロニーの代表60名がここで議論を交わし、最終的な決定を下す場所でございます」

 「おいおい議会制の政治かよ。随分民主的じゃねぇか」

 「えっと……、バケネズミのコロニーにはそれぞれ女王がいる筈じゃ……」

 「さ!、こちらです」

 真理亜の疑問の言葉に慌てるように、野狐丸が建物の中に案内する。何か知られたくないことでもあるのだろうか?そんな疑問を抱きつつ、建物の中に入っていく司狼。

 広々とした建物の内部に設置されてある階段を上り、会議室のような部屋に来た。どうやらこの会議室がコロニーの政治の中枢部なのだろう。

 円卓状に出来た巨大な石のテーブルがある。

 「さぁ、こちらにおかけになって下さい」

 野狐丸の言葉に甘え、石で出来た椅子に座る司狼、エリー、真理亜、守。石の机に茶のような飲み物を出され、それを口に運んだ。

 「では、早速本題に入りましょう。今日皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。そこにいる司狼様にお力添していただきたのです」

 「俺に?」

 「はい、先程真理亜様と守様の家に来た時は司狼様を初めて見るようなことを言いましたが、それは大きな間違いです。我々のコロニーの者が森の中で光に包まれて
光の中から現れた司狼様を見たのです。そして私は部下の報告を聞いて確信しました。この方は「メシア」だと」

 「おいおい、俺がメシア?」

 「はい、我々バケネズミの未来を救う「メシア」です」

 「冗談言えよ。何で俺がお前等のメシアなんだ?」

 「言葉で言うのは簡単です。しかし貴方様にはこれを見ていただきたい」

 野狐丸は部下のバケネズミに何かを命ずると、暫らくして部下のバケネズミが何かを持ってきた。それは金色に輝く何とも形容し難い形の
生き物だった。四足歩行に、蛸の吸盤のような口、身体は金色であり、何か他の星系から持ってきた地球外生命体だと司狼に思わせた。

 「こりゃどこの星から掻っ攫ってきた生き物だ?」

 「ミノシロモドキ!? バケネズミがこんな物を持っていたなんて!」

 守が驚いたように声を上げる。

 「ミノシロモドキ?」

 「はい、二年前の夏季キャンプの時に私と守を含む一般の皆で見つけた物です。あれに記録されていた歴史を知ってしまったんです」

 家で真理亜の話に登場したミノシロモドキ。テーブルの上に置かれたこの奇妙な生き物がまさかそれだとは。

 「つーかどー見ても記録を保存するモノに見えないよね?」

 エリーはミノシロモドキの身体を指で突っつく。

 「わたしは国立国会図書館筑波館です。自走型アーカイブ自立進化バージョン。すべての情報はアーカイブに搭載されている容量890ペタバイトのフォロ グラフィック
記憶デバイスにおさめられています」

 「うわ!? いきなり喋った!?」

 「このミノシロモドキの話を聞いていただければ遊佐様の御心も動かれるかと」

 「へぇ。楽しみじゃねぇか」

 司狼はミノシロモドキから語られる歴史を聞くことにした。ミノシロモドキが話す内容に関しては大方真理亜の家で聞いた通りの内容だ。違いと言えば真理亜の話をもう少し濃密にした
感じだ。血みどろの歴史を聞かされるのは今日で二回目だ。エリーは露骨に嫌な顔をしているが、司狼にとっては一度聞いた話なので殆ど聞き流している状態だ。

 が、ここで司狼はある「違和感」に気付く。能力者と非能力者、つまり呪力をもっている者と持たない者に分かれて戦争していた筈だ。神栖66町に住む人間全員は「前者」に当たる。
だとすれば残りの呪力を持たない人間達はどこに行ったのだろうか? 人数的に考えれば呪力を持たない人間達の方が圧倒的に多いだろう。

 「ちょっと待ちな。呪力を持っている人間「しか」いないんだとしたら呪力を持っていない人間ってのはどこに行っちまったんだ? まさか全員死滅したってわけでもねぇだろ」

 「PKを持たない者達とPK能力者との間には変えられない「溝」がありました。PK能力者達には『攻撃翌抑制』並びに『愧死機構』が備わっているのに対し、PKを持たない者達はそれら二つの機構が
備わっていません。同じ「人間」を攻撃すれば発動する『攻撃翌抑制』と『愧死機構』は非能力者の集団に対しても働く為、非能力者の集団は見境なしにPK能力者を[ピーーー]ことができます。ただしこれら
二つの機構に関しては相手を「人間」と思うことにより発動します。つまり人間ではない「存在にしておけば」よいわけです。歴史の傍観者に徹してきた第四の集団、科学技術文明の伝承者達によって
非能力者の遺伝子にハダカデバネズミの遺伝子を掛け合わせることによりバケネズミが生まれました。それらは五百年前から行われ、現在に至る歴史の中で元人間、非能力者の集団の子孫はバケネズミ
ということになります」

 ミノシロモドキの言葉を聞いた瞬間司狼は絶句した。まさか人間とはほど遠い存在に「変える」ことにより『攻撃翌抑制』と『愧死機構』を克服していたとは。

 この真実を神栖66町に住む者達に言った所でどうなるだろう?いや、ミノシロモドキを管理しているのだとすればとうに知っているだろう、バケネズミ達は呪力を持たない人間だと。

 「いかがでしたでしょうか司狼様。我々はよくよく考えれば貴方達人間と余りにも似すぎている。高度な文明を作り、言葉を話し、家を作るなど他の動物にはできることでしょうか?
私はこの真実を知った時には途方もない虚しさ、そして悔しさで頭の中が一杯になりました。今の今まで同じ人間に奴隷として家畜以下の扱いを受けてきたのだと思うと……。人間達に奉仕
することで生存を許されているとは言ってもいつ風向きが変わるか分かりません。不可解な理由でコロニーが丸ごと消滅することも決して珍しくないのです。このまま死ぬまで畜生以下の扱いに
甘んじるなど私にはとても……」

 スクィーラの怨念にも似た言葉は確かに司狼の心を動かした。神栖66町、見せかけの平穏の裏では数えきれない程の子供達とバケネズミの屍が出来ている。
事実司狼にとって自分がそんな町で生きていくなど願い下げだった。呪力を持たない、呪力をコントロールできない、性格に問題がある、頭が悪い、素行が悪い、協調性がない、周りを合わせられない。
それら全てが一緒くたにされ、排斥され、駆除され、始末される。所謂異分子はいてはならない、存在してはならない、町の平穏を
乱すから、秩序が壊されるから。そういうやり方を長年神栖66町の教育委員会はしてきたのだ。

 ミノシロモドキの情報によればバケネズミ達は呪力を持たない人間の末路。それら元人間達が呪力を持つ人間達の奴隷にされ、家畜にされている。
姿形まで変えられているのは人間だと思わせない為か。散々こき使った挙句、少しでも町の人間の不興を買えば即座に駆除の対象となる。何をするにも
町の委員会の許可が必要だ。知能を持つ生き物であればこんな自分達の境遇に不満を抱かないわけがない。


 要するに自分達は呪力という強大な力を持っているから人間の姿ではない元人間のバケネズミを幾ら酷使しようが、幾ら殺そうが、罪悪感など抱くわけがない。ああ、そうだ。

 自分達より弱いから、呪力を持たないから、醜いから、弱いから、汚いから。

「今、俺は人生で一番胸糞悪ィ気分だぜ」

 元の世界で戦った聖槍十三騎士団はこれほど不愉快な気分になる相手ではなかった。それ程自分達とは違う人間が恐ろしいか、自分達と違う考えの者が嫌いか、
自分達に従わない者を処分したいか。

 溜まりに溜まった不満をぶち撒ける時は今しかない。一度生まれ変わる必要がある。いつの時代も革命は浄化作用を持つ薬なのだ。溜まった膿は排除しなければならない。
神様気取りでバケネズミを酷使してきたこと、そのバケネズミが呪力を持たない人間だったこと、全て丸ごとその身で一度味わうべきだろう。

 残酷な真実を叩きつけられて尚、それに抗おうとする野狐丸。神と崇めていた人間からの脱却を望む野狐丸は司狼にとって嫌いなタイプではない。
寧ろ応援したくなる存在とも言うべきか。

 「野狐丸。いや、スクィーラ。人間から与えられた名前なんて捨てちまえよ。誇らしく元々あった名前を名乗りな。お前みたいな奴、俺は嫌いじゃねぇぜ」

 「遊佐様……」

 スクィーラの目から涙が零れた。

 「お前は正真正銘の人間だ。だから胸を張りな、お前等バケネズミの不満ってヤツをあの町の連中に思い知らせてやれ。使い捨ての道具じゃねぇってことをよ。単なる家畜が
こんな凄ぇことできないだろ? 今日で神の名を騙る連中からは「卒業」でいいだろ?」

 「本当に感謝します……、貴方が……、貴方こそがメシアだ……!」

 椅子から降り、司狼の両手を固く握り締めるスクィーラ。

 司狼の胸は高ぶっていた。お膳立ては全て揃っている、町の連中に一泡吹かせてやろう。ツケを清算する時が来たのだ、と。

 その時、けたたましい鳴き声で会議室に入ってきたバケネズミ。

 「ちょ!? 何々?」

 エリーも飲んでいたお茶を思わず噴いてしまった。

 会議室に入ってきたバケネズミは全身傷だらけで見るからに痛々しい姿だった。よく見れば片足の骨が折れているようだ。ボロボロのバケネズミは、
スクィーラに縋り付き、必死に何かを訴えている。

 「こいつ、何言ってるんだ?」

 「遊佐様、この者は他のコロニーの者です。どうやら町の不興を買ったようで、今現在この者のコロニーが五人の「死神」によって攻撃を受けているんだとか」

 「死神?」

 「ええ、我々バケネズミが少しでも町に対して反抗したり不興を買ったりした場合には町から「死神」が差し向けられることになっているのです。「死神」と呼ぶ
のは単なる比喩に過ぎませんが、我等にとってはそう呼んだ方がいいのかもしれません。連中は我等バケネズミを「監視」する役職の者達です。バケネズミのコロニー
を丸ごと消滅させる為に五人一組でチームを組んで、コロニーを攻撃するのです」

 「へぇ……、じゃあ俺はちょっくらそいつらに「挨拶」に行ってくるわ」

 「え?」

 スクィーラの呆気に取られた顔を尻目に、司狼は会議室を出ようとする。

 「遊佐様! 危険です! お戻りください!」

 「心配いらねぇって。所でそいつのコロニーはこっからどれ位だ?」

 「……おおよそ北東に二十キロ程だそうです」

 「サンキュー。それじゃちょっくらひと暴れしてくるわ」

 自分をバケネズミと見せかける為に大きめの布を借り、自分の身体に身に着ける。『攻撃翌抑制』並びに『愧死機構』が呪力を持つ人間達に備わっているのだとすれば、戦いにすら
ならないだろう。司狼にとっては少々物足りない気もしたが、連中の力を見る為にあえてバケネズミのふりをすることにした。

 間違って攻撃された場合は聖遺物の力を持つ自分がどこまえ耐えきれるのか試したかった。

 司狼は森を走り抜ける。聖遺物の使徒としての力は身体のあらゆる面を強化させていた。超人的体力に加え五感の鋭敏化という能力が加わったのだ。
コロニーの方角に近づくにつれて爆発音やバケネズミの悲鳴のような声が聞こえてくる。どうやら目的地は近いようだ。

 時速に換算すれば二百キロは超えているだろうか? 新幹線にも匹敵する速度で目的地である攻撃を受けているコロニーに向かう。

 それから数分後、ようやく司狼は目的地のコロニーに到着する。が、そこには凄惨を極める光景が広がっていた。

 コロニーの周囲一帯はバケネズミの血と臓物が無造作に散乱、鼻腔を突くような血の臭いが充満し、さながらスプラッタホラーのワンシーンを思わせる惨状だった。

 逃げ纏うバケネズミの兵士達の悲鳴が辺りに響き渡り、町の人間達による虐殺(ホロコースト)の舞台と化している。

 逃げ回るバケネズミ達は一人、また一人と肉体が破裂し、周囲を更に血で染める。

 もはやその光景は「戦い」にすらなっていなかった。圧倒的なまでの力、「呪力」を使い、バケネズミ達を虫ケラのように殺していく。

 スクイーラの言ったことは本当だった。町の人間達はバケネズミの命など家畜と同等程度としか思っていない。幾ら知能があろうが連中に
とってはそれは何の躊躇いの要素にもならない。

 自分達と違って醜い「化け物」の姿をした者達に何の情けをかける必要があるだろうか?

 所詮使い捨ての道具をいつ捨てようが構わないのではないか?

 町の人間の思考回路は所謂こんなものだろう。スクィーラの話を聞いていても町の人間に対する憤りを覚えた司狼だが、実際にその目で見てみると
その憤りが更に増していく。

 黒いフードを被った五人は無慈悲にバケネズミ達を殲滅していく。そこには一切の躊躇も情もない。機械的にバケネズミを「駆除」しているだけだ。

「た、たすケて……!」

 人間の言葉でハッキリとそういったバケネズミは司狼の足元で力尽きる。

 その瞬間、身体に衝撃波が走る。軽くのけぞったものの、直ぐに体勢を立て直す司狼。

 その衝撃で羽織っていたフードが取れ、司狼は身体を曝け出す。

 司狼の姿を見て、黒衣の監視官達は一様に驚いた様子だった。

 「ば、馬鹿な……。人間だと!?」

 「に、人間を攻撃してしまった……。ん? 『攻撃翌抑制』と『愧死機構』が発動しない……!?」

 人間を攻撃したことを認識したのならばそれら二つが発動する筈である。しかしフードが取れ、司狼が「人間」だと分かったにも関わらず、監視員達は苦しむ様子すらも
見せない。

二つの機構が発動しないことには司狼自身も驚いていた。

 「おいおい……! 何が『攻撃翌抑制』と『愧死機構』だよ……。俺には全っ然働かないじゃねぇか」

 「君は町の人間なのか……? それにしては見慣れない服を着ているな」

 「ん? ああ、これは俺なりのスタイルなんだ」

 監視員の一人が、司狼に話しかける。

 「アンタら、このコロニーを潰してるんだってな?」

 「ああ、そうだが?」

 「今すぐ退いちゃくれねぇか? こいつらが何したかは知らねぇけど、コロニーごと滅ぼすのはちっとばかしやりすぎじゃねぇの?」

 「君には関係のないことだ」

 「ああ、そうかい。そう言うと思ったぜ。ちなみに俺はバケネズミの救世主って言えばいいんだっけか? ま、どっちみちお前らとは敵対する関係には違いねぇけどな」

 「君はバケネズミに味方しようと言うのか?」

 司狼は監視官の一人に答える。

「こいつらは昆虫とは違う、そこいらの動物とも違う。言葉を話すし、服も着る。家も建てるし、武器も鎧も作れる。ああ、感情表現だって豊かさ。そういう奴等は
自分達の今置かれている状況をどう思っているのか知ってるか? 感情も痛覚もない昆虫共じゃねぇんだぜ? 違いといえばせいぜいが姿が違うか、呪力を持っているかだ。
あんだけ知能のある生き物をよくもまぁこんだけ殺せるもんだわな。これが人間とかなら恨まれようが文句言う資格なんてないんだが、バケネズミはこうやって虫ケラみてぇに
殺されることに関して何の不平不満も恐怖も抱かないロボットみたいな存在だとでも思ってんのか? まぁ、お前たちの頭ン中じゃそんな程度しか考えてねぇだろ」

 司狼の問いかけに監視官の一人が答える。

 「我々人間は「呪力」という崇高な力を持っているのだ。薄汚い家畜共と一緒にされるのは迷惑も甚だしいな」

 「おいおい! 単なる念動力を崇高な力だとよ! 傑作だなこりゃ、バケネズミ共虐殺して『無双ゲーム』してる気分か? どうだ、図星だろ?」

 単なる物体を動かすテレキネシスを操り、非力なバケネズミ達を良心の呵責なく殺せる町の人間。

 単なる牛や豚といった家畜とバケネズミは明らか違う。単なる家畜があそこまでの文明を作れるのだろうか? 牛や馬が家を建て、工場を立て、自分の服を作れるか?

 違う、断じて違う。自分が会ったスクィーラは今の現状を憂いていた。自分達は使い捨ての道具であり消耗品。役に立たなければ殺され、不興を買えば殺され、
酷い場合はコロニー全体が消される。

 こんな関係を町の人間達は「良好な関係」だと本気で言っているのだろうか? 所詮獣は獣だから幾ら使い捨てようが罪悪感など湧くわけがない。

 ああ、そうだ。姿は醜く、土の中に住む卑しい生物、バケネズミをどんなに酷く扱おうが構わない。なぜなら「人間とは違う」から。

 寧ろそんな卑しい生き物に「役割」を与えているのだから感謝するべきだ。町の人間に対して無制限の「奉仕」と「服従」をすることこそ町の人間達にとっての「良好」なのだろう。

「労働を与えているから生存を許してやっているのだ。連中がどんな不満を抱いていようが、反意を持つのであれば「駆除」するだけだ」

 「あー、スクィーラの言うことも最もだわな。こんな程度の低い連中に支配されるのは我慢になんねぇだろ」

 これ以上の話し合いは無駄だと悟った司狼は、懐から愛用の銃、デザートイーグルを取り出す。

 「ったく。何が『攻撃抑制』と『愧死機構』だよ。俺に対しては全っ然効果ねぇじゃねえの」

 「私達も驚きだ。まさか君に敵意と殺意を向けてもそれら二つが全く働かないとは」

 「ま、俺としちゃその方が楽しいんだけどな。来いよ、チンケな念動力で俺を殺せるんならな」

 司狼が身構えるのとほぼ同時に、五人の監視員も臨戦態勢をとった。

 「乾さん、あいつは呪力を受けても死にませんでした」

 「ああ、皆、油断するな!!」

 その声と同時にまたしても司狼の身体に衝撃が走る。

 「ちぃ!!」

 司狼は、森の中に逃げ込み、呪力による攻撃から逃れる。五人の「死神」の繰り出してくる呪力を避け続ける司狼。

 「喰らいやがれ!!」

 森の中を移動しつつ、右手に持つデザートイーグルを五人に向け、トリガーを引く。

 銃弾は確実に五人に当たった筈だ。が、銃弾は五人の目の前で「停止」している。呪力による防御壁だ。

 「へぇ! 面白ぇじゃねぇか!!」

 呪力の力を目の当たりにした司狼は更に銃撃を五人に浴びせる。しかしそのどれもが呪力により防がれてしまう。

 呪力を持つ者と戦う上で、必要なのは視界に入らないようにすることだ。最も、聖遺物の使徒としての力がある今の司狼をあの五人は未だに殺しきれないのだが。

 司狼は常人を遥かに上回るスピードで森の中を縦横無尽に駆け巡る。木から木へ飛び移るのかと思わせておき、飛び移る寸前で足で木を蹴り、反対方向に飛ぶ。

 さしもの呪力使い達も司狼のスピードを捉えきれていないようだった。素早さの上では諏訪原で生死のやり取りをした「カズィクル=ベイ」には劣るかもしれないが、
それでも形成段階に達した司狼の速さはバケネズミの監視官達を見事に翻弄していた。

 真理亜の話によれば、神栖66町の住人達は全員視力が良い。なぜかというと呪力という力は、それを行使する上で目標を視認する必要があり、より遠くの物を見ることが不可欠なのだ。

 バケネズミは今の司狼程のスピードで動き回れる筈もなく、バケネズミ退治に慣れた連中にとって今の司狼は予想外の強敵というべきだろう。

先程バケネズミ達の身体を破裂させた力も司狼にとっては身体に軽い衝撃が走る程度だった。「ルサルカ=シュヴェーゲリン」から奪い取った魂の数はおよそ一個連隊分の人数。
それだけの人間の魂から生成される不可視の霊的装甲は呪力でも壊すことが容易ではないようだ。

 単純に多くの魂を吸収した者程、その強度は高くなる。教会でのベイとの戦いでは劣勢を強いられはしたものの、通常の銃火器などでは[ピーーー]ことなどできないレベルには到達している。

 しかし視界に入った段階で、あの五人に銃撃を浴びせることは意外に困難だった。

 銃撃を浴びせても、呪力によってそれが防がれてしまうからだ。呪力使いを[ピーーー]には「不意打ち」、これしかない。

 視覚外からの攻撃、もしくは意識していない場所からの攻撃には呆気ないという程脆い。強大な呪力を使うとはいえど、肉体的には生身の人間。

 司狼の攻撃をまともに受ければひとたまりもない。

 脳天か急所に一発でも銃弾を入れることができればそれで勝利は確定するのだが、五人は円陣を組んで、死角を作らないようにしていた。

 更に、司狼が森の中を尋常ではないスピードで逃げ回っているとはいっても自分の身を隠せる木々は次々と呪力によって叩き折られるか、燃やされていく。

 余りにも多くの木々を燃やしたせいか、司狼達の周囲一帯は森林火災になっている。最も、単なる火で司狼が死ぬわけもないのだが。

 が、司狼は周囲が火災であることを利用しようとした。聖遺物の使徒である自分は只の火などで死ぬ身体ではない。周囲に燃え広がる火の中からの

 攻撃は防げるだろうか? 自分の身を隠せる程度には大きな火も多い。周囲に漂う煙、燃え広がっていく火は自分の姿を隠す上で最高のカムフラージュ効果を果たすだろう

 (馬鹿が、俺は単なる火なんかじゃ死なねぇんだよ。俺を直接殺そうとする余り、周囲の状態に目を配ってねーからだ)

saga 入れようsage じゃないぞ

 それに司狼には聖遺物の使徒としての力がある。

 デザートイーグルでただの銃弾しか発射できないわけではない。ルサルカから奪い取った「血の伯爵夫人」の拷問器具の数々。それらを銃の弾丸に込め、発射することができる。

 鎖。針。車輪。桎梏。短刀。糸鋸。毒液。椅子。漏斗。捻子。仮面。石版。

 多岐に渡り、その総てが人を責め苛むように設計された刑具たち。司狼が手に入れた聖遺物は、すなわちそういうものだった。名を血の伯爵夫人。

 血を抜き、集めることに特化した、狂った伯爵夫人のコレクション。

 司狼は、燃え広がる炎の中に気付かれないように慎重に移動する。

 どうやらあの五人は自分の姿を見失っている状態のようだ。

 このまま更に十分程炎の中で息を殺しながら、五人を見守る。

 五人は司狼が攻撃してこないのを見て、逃げたのではないか? などと会話している。五感の超鋭敏化により、数十メートル離れた所の会話でも聞き取れるようになった。

(甘ぇよ馬鹿が!!)

 司狼は五人が警戒を解いた一瞬の隙を突く。

 好機はこれ一度きりだ。これ以上炎の中にいると五人が周囲の炎を呪力で消してしまう可能性がある。僅かに五人が安堵の表情を見せたその刹那だった。

 炎の中からデザートイーグルの銃口を五人に向け、トリガーを引く。

 50AEの弾丸が爆ぜたかと思えば、巨大な車輪が五人目掛けて突進していく!

 完全に不意を突かれたせいか、突然の攻撃に五人は何が起こったのかも分からず、巨大な車輪は五人の内三人を無慈悲に轢殺する。

 司狼はこの隙を逃さなかった。全速力で炎の中から飛出し、残り二人目掛けて発砲、発砲、さらに発砲。

 弾丸は派手に爆ぜ、今度は数十もの針と化し、気が動転している二人を襲う。

 「ぎゃぁぁぁ!!??」

 「ぐがぁ!?」

 数十もの針は二人の体中に突き刺さり、一人はそのまま息絶えた。

 もう一人に関しては両目に針が刺さり、視界が完全に絶たれていた。

 「うわぁぁ!! 目が! 目がぁぁぁぁ!!!」

>>41
sagaって入れているんですけど、こうなってしまいます・・・。

 刺さった針を抜き、潰された両目を覆いながらのたうち回る。

 潰された両目から夥しい血が流れている。確か「乾」と呼ばれていた監視員の一人だ。

 「ど、どこだ!? どこにいる!?」

 すっかり気が動転している乾の腹に軽く蹴りを入れる司狼。

 「げぼぉ!?」

 軽く蹴っただけのつもりだったが、乾は数メートルも吹き飛ばされ、身体が大木に叩きつけられた。

 「げぼっ! ごぼっ!」

 血が混じった嘔吐物を口から吐き出している。

 「よぅ。人の命を貪りつくす狂気も、強烈なまでの渇望も、バケモンじみた凶悪さも、人外としか思えねぇ頑丈さも何もかもが足りなすぎんだよテメエ等。神様気取んなら最低限これ位のレベルになっとけや」

 「く! 糞! 何故バケネズミなどの味方をする!?」

 「あいつらの味方するっていうより単にお前等町の連中が気に入らねぇだけなんだけどな」

 「今まで良好な関係を築いてきたのに、それを裏切ったのはバケネズミ共だ!! そいつらのコロニーを消して何が悪い!?」

 「今の今まで散々あいつらのこと奴隷扱いしといて何が『良好な関係を築いてきた』だ? ギャグにもなんねぇよその言葉」

 これ以上話しても無意味と悟った司狼は、銃口を乾に向ける。と、司狼は、森の中からこちらの様子を見守る、乾達に潰されかけていたコロニーのバケネズミ達の生き残りに気付く。

 「よう! お前等! こいつをお前等の好きにしていいぜ!!」

 そう言うと、数十匹のバケネズミ達が森の中から出てくる。そして誰もが殺気を孕んだ眼光をしていた。そして乾の所まで来ると、縄で手足を縛り上げ、洞窟の中に連行していく。

 「なっ! 何をする!? 汚らわしいバケネズミ共! 私が誰か知っているのか!? 私を殺せば町が黙っていないぞ!?」

 「せいぜい吠えてろアホが。殺す覚悟はある癖して殺される覚悟がねぇヘタレが喚いてんじゃねぇよ」

 洞窟の中に連行され、喚き散らす乾にそう言うと、司狼は塩屋虻コロニーに帰っていった。

 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2013/09/21(土) 19:24:15.07 ID:R6QrmnxN0 [1/10回(PC)]
 明日に決戦を控えているせいか、内心興奮している司狼は眠れずに、塩屋虻コロニー内を散歩していた。

 コンクリートでできた家々を散歩のついでにじっくりと観察した。見れば見るほどバケネズミ達が元は人間であったことを
理解できる程の技術力だ。

 コロニー内に存在する住宅にしても工場にしても、それらはミノシロモドキに記録されていた情報や知識を元に作られたことを考えても十分に
納得がいく。

 それまでは洞窟内に巣を作り、そこで暮らすという原始的な生活だったにも関わらず、一度知識を吸収すればこれだけ発展できる。しかも一つの
コロニーにはそれぞれ女王がいたにも関わらず、女王から権威を簒奪し、民主的な議会制の政治までする程だ。

 これだけのことができて人間ではないという方が不自然ではないか。しかし幾ら知識を吸収しようと、どれだけ発展したコロニーを作ろうと、呪力を持つ
町の人間達とスクィーラをはじめとするバケネズミ達との間には絶対的な「壁」が存在している。

 真理亜や、ミノシロモドキから聞いたこれまでの歴史を知った上で司狼が考えた結論は、呪力そのものの存在が、今日に至るまでの世界を歪ませた元凶だというものだ。

 そんな力を人間が持たなければ、存在していなかったのならバケネズミという人間に虐げられ、使い捨てられる存在が生まれなかったのではないだろうか?

 今日、他コロニーを襲っていた監視員五人は何の躊躇いも見せずに淡々と掃除でもするかのようにバケネズミ達を殺していった。

 全く馬鹿げた話だ。さして自分達と変わらぬ知性を持つバケネズミ達を殺すのには何の躊躇も見せないのに、いざ自分達が殺される側となったらあれ程までに情けない醜態を
晒すとは。

 司狼の撃った針で両目を潰された監視員の一人の乾は今頃あのコロニーのバケネズミ達に細切れにされているだろう。強大な呪力といえど対象を認識できなければ役に立たない。

 もし町の人間達の、ひいては世界中に存在する呪力使いがもし「人間」に戻るとしたらどうなるのかと司狼は考えた。

 呪力が存在しなければ悪鬼や業魔という存在も生まれず、町の委員会に抹殺される子供達もいなくなる。

 超能力程度の力を持った程度で神様を気取る町の人間には心底反吐が出る気分だった。

 神を名乗るにしても余りにも矮小で、余りにも臆病すぎる。こんなレベルで神を名乗ること自体が神に対する冒涜だろう。

 司狼自身も神の傀儡、玩具という立場は願い下げだった。しかしこの世界の神栖66町という町の委員会、ひいては住人達を神と呼ぶには無理がありすぎる。

 持つ力もかつて自分が戦った聖槍十三騎士団の首魁、ラインハルト=ハイドリヒには遠く及ばない。いや、そもそもラインハルトと神栖66町の人間を比較すること自体がラインハルト
に対する侮辱だ。

 ラインハルトの持つ圧倒的な力の前には今日戦った監視員達など、塵のように消されるだろう。いや、下手をすれば対峙しただけで勝負が決まるかもしれない。

 彼自身と一戦交えた司狼自身が痛い程分かる。諏訪原タワーで戦った時などはこちらが全力でもラインハルトはまるで本気ではなかった。

 笑いたくなる程に力の差が開いていたのだ。神栖66町の人間達も神を名乗るのならば最低限ラインハルト位の力を持っているべきだろう。所詮呪力に頼っているだけで、身体そのものは
生身の人間には違いないのだから。

 司狼が考えていると、不意に後ろから声がした。

 「遊佐様」

 振り返ると、そこにはスクイーラが立っていた。

 「眠れないのですか?」

 「ああ、ちょっと興奮してるみたいでな。明日の夜には決戦だろ? そんでテンション上がってるっつーかそんな所だ」

 事実、明日の夏祭りに乗り込むことで司狼は興奮していた。自分の身体は事故の影響でアドレナリンが過剰分泌している。そんな身体のせいで
短命なのだが、そんなことは聖遺物の使徒の力を得た今ではどうでもいいことなのだが。

 しかし司狼自身、「神を気取る」連中の巣窟である神栖66町に殴りこむことに対して普段以上に気分が高揚していた。

 呪力という力で神を気取る町の人間、そして町の人間に支配されるバケネズミ。しかしバケネズミ達は自分達の真実を知り、町の人間達に反旗を翻すことを決意する。

 司狼自身、自分達の置かれた状況に抗うバケネズミ達と自分を重ねる。

 元の世界にいた時の「既知感」は既にもうない。この状況は今の司狼にとっての「未知」なのだ。

 既知感という呪いから解き放たれ、今の司狼はかつてない開放感に酔いしれていた。

 「スクィーラ、一つ聞きてぇんだけど」

 「何でございましょう?」

 「素性も分からねぇ俺を自分の陣営に入れて大丈夫だったのか? 俺の聖遺物が具現化して周りの森を破
壊したんだろ? よくそんな奴を仲間にしようだなんて思ったな」

 「我等バケネズミと、町の人間にはどうしようもない力の差、「呪力」があります。単なる念動力と思う
かもしれませんが、これが如何ともしがたい力の差なのです。呪力という力は核兵器にも匹敵する程の絶大
な破壊力を持ちます。我等は数こそ多いですが、呪力という力の前には赤子に等しいのです。遊佐様を仲間
にすることは我等にとっても「賭け」でした。絶対的な力の差を埋めるにはどうしてもそれに対抗しうる力
を持つ者が必要だったのです」

 
 得体が知れず、町の人間かも分からない自分をバケネズミの陣営に入れたスクイーラに疑問を持っていた司狼だったが、ここに来てようやく納得した。スクィーラにとって自分を味方にすることは博打だったというのだ。

 しかしそれにも納得がいく。監視員達の呪力を間近で見たが、想像以上の強大な力だった。あの力に対抗するにはやはり現状のバケネズミ達の力だけでは心許ない。

 そういう理由で自分を仲間に引き入れる為、一か八かの賭けをしたということか。

 「なんだそういうことか。いや、嫌いじゃねぇぜそういう賭け。最後に勝ちを狙うんならそれ位危険な綱渡りも必要だろ」

 
 「これも我等バケネズミにとっては必要なことだったのです」

「スクィーラ、お前自身望むことは一体何だ?」

 司狼の問いかけにスクィーラが重い口を開く。

 「私は……我等の真実を町の人間達に伝えられれば……」

スクィーラは意志の篭った表情でそう答える

 「遊佐様、私はミノシロモドキを持って部下と共に明日、町へと赴こうと考えております」

 「何する気だ?」

 「決まっております。ミノシロモドキに記録された真実を町の人間達に伝えるのです。この事実を知れば町の人間達も我らのことを考えなおすやもしれません」

 スクィーラの考えは平和的かつ理想的に思えるが、隠された真実を知ったということで町の者達に「消されて」しまう可能性がある。いや、確実に消されてしまう
だろう。これまででも多くのコロニーを潰し、多数のバケネズミ達を抹殺してきた神栖66町という存在が真実を知った塩屋虻コロニーを消すのは火を見るより明らかだろう。

 500年もの間、非能力者の子孫であるバケネズミ達に対して自ら呪力者を「神」と称し、君臨し続けた町が今更バケネズミ達のことを「元」人間だと認めるだろうか?
否、どう楽観的に考えても町の人間達がミノシロモドキの記録を見たスクィーラ率いる塩屋虻コロニーのバケネズミ達を生かして返すとは思えない。そんなこ
とは最初から分かりきったことの筈だ。

 「おいおい、本気かよ。考えてもみろ、どうでもいい理由だけでバケネズミのコロニーを何の躊躇も戸惑いもなく消しちまう連中だぞ? んな連中がミノシロモドキに記されてることを
知ったお前らを生かしておくと思うのかよ? 少し考えれば分かるだろーが」

 司狼もスクィーラのやろうとしていることには流石に驚きを隠せず、又内心呆れていた。バケネズミ達をこれまで散々家畜として扱ってきた連中に何を期待しているのだろうか?

 「遊佐様……、我々は確かに町の人間達にゴミ同然に扱われてきました。ですが我々バケネズミの真実だけは伝えなければならないのです。500年もの間辛酸を舐め続けてきた我等の苦しみに
満ちた歴史を、人間達からいつ消されるか分からない恐怖に怯え続けた日々を、我等バケネズミは何の疑問も抱くことなく人間に殺されていくだけの存在ではないということを余す所なく町
の人間達に伝えるつもりです」

 スクィーラの決意に満ちた表情を見て司狼はスクィーラの持つ「覚悟」を理解できた。

 「最初から武力で解決しようとするなどそれこそ町の人間と大差のない存在に成り下がってしまいます。ですから我等はミノシロに記された真実と、我々バケネズミの悲惨な歴史について話す
腹積もりです」

 「分かったよ……、お前がそこまで言うのならな。けど町の連中がお前の言う真実を一蹴して、お前のコロニーを消しに来た時はどうすんだ?」

 「……その時は……」

 スクィーラは少しの合間沈黙し、軽い深呼吸して語り始めた。

 早朝、スクィーラはミノシロモドキと十名前後の部下達と共に神栖66町に向かっていった。出発するスクィーラを見送る司狼の目にはスクィーラの姿は死地へと向かう戦士の姿に見えた。司狼の
力を利用してすぐに戦争を仕掛けようとせず、「対話」による解決を望むスクィーラ。

 碌な話し合いすらもせず、バケネズミ達のコロニーを好きなだけ抹消してきた町の連中とは違うと言いたいのだろうが、無謀にも程がある。だが確かにバケネズミ達を問答無用で「駆除」していく
町の人間よりかは理性的とも呼べる選択だ。散々自分達に忠誠を尽くさせておきながら、少しでも機嫌を損ねればコロニーごと消滅させるというやり方はお世辞にも理性的とは呼べない。強大な呪力を見せつけ、
バケネズミ達に服従を強いてきた神栖66町。やっていることは蛮人のそれだ。自分達呪力者は絶大な力を持つから「神」。呪力を持たず、醜いバケネズミは「家畜」。呪力を初めて見た時はその力に驚いた
司狼だが、使い手によってはこうも違って見えるのか。呪力を使って好き放題にバケネズミを蹂躙していく町の人間は司狼からすれば「幼稚な子供」にしか見えなかった。

 子供に強大な力を与えれば碌なことにならないという良い見本だ。呪力という強力なPKが使用者によって汚されている感じすらする。

 「あんな連中にはこんな凄ぇ力、勿体無さすぎだろ」

 司狼は呪力という力を誇示し、バケネズミを支配下に置く町の人間達に呆れつつ、貴賓室にある寝床に戻り、横になる。昨夜スクィーラから託された「願い」を思い出す司狼。自分はもしもの時の「最終兵器」という
 役割が与えられている。最も、十中八九動くことになるだろうが。

 それから半日程経っただろうか。横になり、浅い眠りについていた司狼だが、突如として貴賓室に入ってきたバケネズミの悲鳴にも似た声に目を覚ます。

 「ユ、遊佐さマ! 町ノ人間達が攻めテきましタ!!」

 ややたどたどしい人間の言葉を話す甲冑を着込んだバケネズミの兵士は全身血まみれの状態だった。

 「やっぱりかよ!」

 司狼は兵士の言葉を聞くやいなや貴賓室を飛び出し、外に出てみると、コロニー内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。コンクリートの建物、地面、木というあらゆる場所に爆殺されたバケネズミの兵士達の
血肉臓物が無造作に散乱し、グロテスクな光景を作りだしていた。更には周囲一帯は鼻を突くような血の臭いが充満している。昨日の監察官に襲撃されたコロニーと全く同じ状態になってしまっている。

 「話し合おうとした結果がこれかよ!!」

 司狼は怒声を発すると、直ぐに襲撃者を探し始める。聖遺物の使徒の力には五感の強化も含まれており、遠くから聞こえるバケネズミの兵士の悲鳴を耳で捉え、そこに向かう。

 向かう途中には手足をもがれ、地面を這いずり回る者や、すでに事切れた者、悲鳴を上げて逃げまわる者などが多数いた。

 「上等だぜ……!」

 僅かに歯軋りをした司狼は百メートル程先でバケネズミを呪力で虐殺している数名の黒服の町の人間を見つける。幸いこちらには気づいていないようだ。電光石火の疾さで司狼は
聖遺物の使徒としての身体能力を生かした脚力で間合いを詰め、黒服の者達目掛けてデザートイーグルの銃弾を放った。

 向かっていく銃弾は全て黒服の者達に当たり、それぞれ胴体、頭、両手両足を吹き飛ばす。余りの速さ故、自分が死んだかどうかすらも分からないだろう。

 「お前は甘すぎんだよスクィーラ!!」

 司狼は「対話」などという手段を選んだ、ここにはいないスクィーラに一喝すると、コロニー内を蹂躙する残りの人間達を探し始める。

 黒服の人間達は司狼の姿を見るやいなやバケネズミ達に対する攻撃をやめ、司狼に近づいてくる。司狼は近づいてくる町の人間達に向かって躊躇なく引き金を引き、
コロニーの地面を町の人間達の血で染め上げた。

 「仕掛けてきたのはテメエ等が先だぜ」

 司狼は黒服の人間達の死体に唾を吐き捨てると、更にコロニー内を探し回った。コロニー内に侵入した町の人間達は計10名。この者達は司狼の姿を見るやいなや攻撃を中止し、司狼の方に
近づいてきたのだ。同じ人間だから攻撃を止めたのだろう『攻撃抑制』と『愧死機構』を持つ故か。最も、昨日の監視官達との戦いで司狼自身にはそれら二つは働かないことが判明したが。

 コロニーを襲った全ての人間を殺した司狼は生き残りのバケネズミ達を広場に集める。

 「いいか! 町の人間達の出した「答え」がこれだ!! こんなことされて黙っていられる程お人好しでもねぇだろ!?」

 司狼は集まったバケネズミ達を鼓舞する。バケネズミ達は司狼の言葉に歓声を上げ、町の人間達と戦う意思を示した。

 「それじゃ決まりだな!」

 そう、これは紛れもない「戦争」なのだ。尊厳を奪われ、家畜同然の扱いを受けてきたバケネズミ達の怒りを込めた「反逆(リベリオン)」。

 そして人間であるという自分達の誇りを掛けた「戦い」。

 司狼は広場に集まったバケネズミの軍隊を率いて、神栖66町に向けて進軍する。

 後ろからは数千のバケネズミの軍団がついてくる。そう、町の人間達は思い知る必要がある。自分達が虐げてきた者達の真の怒りを。

 そして今日はバケネズミ達の……。


 ──────────怒りの日(ディエス・イレ)。

 町の外にバケネズミ達を待機させた司狼は、一人町の中央の広場の様子を見ていた。町の広場の中央には柱に縛られて、身に着けている衣類を剥ぎ取られた傷だらけのバケネズミがいた。

 そう、スクィーラだ。分かりきっていた筈だ、予想できていた筈だ。なのになぜ町の人間達と「対話」するなどという選択肢を選んだのだ? 町の住民達は柱に縛られているスクィーラを取り囲み、嘲笑し、冷笑し、
罵詈雑言の嵐を浴びせ付け、指を向けて笑っていた。そう、縛られているのは人間ではない、「バケネズミ」なのだ。

 だから何をしてもいい、何せ「バケネズミ」なのだ。人間の不興を買ったから始末される、どうせ「バケネズミ」だからだ。町の人間達の心の根底はこんな考えだろう。司狼自身も
分かっていたことだが目の前で繰り広げられる光景は司狼の生きてきた中で最高に不愉快なものだった。

 「皆さん! ここにいる愚かで醜いバケネズミはあろうことか我等に対して反逆を働いたのです! 我等との信頼関係を破壊し、最悪な裏切りを働いたこのウジ虫には相応の罰を与えねばなりません!!」

 仮面を付けた男が柱に縛られているスクィーラを指さしてそう言った。

 何のことだろうか? 「反逆」とはスクィーラが持ちかけた「対話」のことを言っているのだろうか? あれが「反逆」?

 「ギヘヘヘヘ!!! さぁさぁ!! 悪いバケネズミには相応の「お仕置き」をしなければなりませんねぇ!? 悪い悪いバケネズミちゃんはこれから死ぬよりも悲惨な運命を辿ります!!」

 両手に扇子を持つ禿頭の太った男が、柱の周りを道化がかった踊りをしながら周り、民衆に向かって叫ぶ。

 「日野様! 鏑木様! どうかその世にも悍ましいバケネズミに制裁を!!」

 「そうだ! 俺達人間に反逆を働きやがって!!」

 「そいつには地獄を! そいつには苦痛を!!」

 禿頭の男に扇動された民衆が歓声を上げる。皆口々にスクィーラへの制裁、罰を叫び始めた。町の住民達のスクィーラに対する目は完全に虫ケラでも見るかのような目だった。蔑みと嘲笑の入り混じった
歓声が広場中に響き渡る。そんな町民達の歓声を聞く司狼の胸の中から確実に「ソレ」は沸き上がってきた。単にスクィーラは「対話」をしようとしただけだろう? それが「反逆」だと? 「裏切り」だと?

 自分の危険も顧みず、ミノシロモドキに記録されたバケネズミの真実を伝えようとしたスクィーラ。町の人間達に自分たちの「歴史」と「真実」を知ってもらおうとしただけの筈だ。

 その仕打ちがこれだろうか? 分かっていた、司狼もこうなることは大方予想がついていた。そう、知っていた、知っていた筈だ……。

 「わ! 我々バケネズミの歴史を聞いた筈です……! 我等の「正体」もミノシロモドキに記された筈です……! なぜそれを理解……でき……ないのですか!」

 スクィーラが嗚咽にも近い声で咆哮する。それはまさしくスクィーラの魂からの叫びだった。

 「皆さん! このバケネズミの言葉に耳を貸してはなりません! こいつは我々に妄言を吹き込んで混乱させようとしています!!」

 「はぁ~い! バケネズミちゃんには少し黙っててもらえますかぁ~!!」

 日野という禿頭の男がそう言うと、スクィーラの口から血が噴き出る。そして口から何かが出てきた。

 「舌」だ。呪力によって舌を抜き取り、スクィーラを喋らせなくしたのだ。

 「ゲボォ!! ゴボォ!!」

 スクィーラは血反吐を地面にぶち撒ける。それを見た町の住民達は益々熱狂し、歓声を上げる。

 「ヒャハハハ!! ざまあみろバケネズミめ!!」

 「我等に逆らうからそうなるのだ!!」

 住民達はスクィーラが苦しめば苦しむ程熱狂し、歓声を上げた。傷めつけられている姿を見て心底楽しんでいる。

 「スクィーラ。お前はこんな奴等と話し合おうとしたってか? こんな連中がバケネズミを認めてくれると思ってたのか?」

 スクィーラとの「約束」を思い出す司狼。自分の命を投げ捨ててまでやり遂げようという意志と覚悟を汲み取り、この「作戦」を承諾したのだ。広場の中央では呪力によるスクィーラへの蹂躙劇が
繰り広げられていた。司狼は黙ってそれを静観していた。そしてそれは確実に司狼の心の中の「火山」を爆発させる原動力となった。「火山」が爆発した瞬間、自分でもどうなるか分からなかった。

 広場の中央のスクィーラは、住民達から呪力による石つぶてを身体中にぶつけられ、更には熱湯を浴びせられ、挙句には全身の関節を外されたり繋げられたりされていた。その度にスクィーラは悲鳴を上げ、
スクィーラが身体に受ける痛みに苦しむ度に住民達の歓声が上がる。

 住民達スクィーラが死なないギリギリの所で呪力を調整しているようだ。苦しみを長引かせる為、もっと痛みを味合わせる為、住民達によるスクィーラへの「刑罰」はさらに1時間以上も行われた。呪力によって
傷口が塞がれ、さらにそれを開き、また塞ぐというサイクルを延々と行なっていた。司狼はそれでもひたすらスクィーラとの「約束」を果たすべく見守り続ける。そして自身の心に煮えたぎるマグマが噴火する
「瞬間」をずっと待つ。

 スクィーラの身体は呪力によって不自然な変形をしていく。呪力は遺伝子レベルでの干渉が可能だと真里亜から聞いた。それがこれだろうか?

 「ギャアアアアアアアア!!!!」

 広場に何百回目か分からないスクィーラの絶叫が響き渡った。スクィーラの手足から蚯蚓のような触手が伸びたかと思えば、口からヘドロのような液体を吐き出し、更に腹から虫の幼虫の卵に似た生き物が
ボタボタと零れ落ちる。広場の中央で苦しむスクィーラは最早バケネズミの姿形を留めていなかった。グロテスクで、軟体動物かも昆虫かも分からない「生物」に変容を遂げていた。

 それでもひたすらにに司狼は「待つ」。自身の中に眠る「渇望」がいつ爆発するかも分からない中、ひたすら司狼は爆発する「その時」をじっと待つ。

 「皆さん! どうやらこのバケネズミには相応の「最期」を与える時が来たようです! こいつのトドメに関しては渡辺早季さん! 貴女にしてもらいましょう!」

 鏑木の言葉に、群衆の中から十四歳前後の少女が現れる。

 「渡辺さん、できますね?」

 「ええ」

 渡辺早季という名の少女は不気味な生物へと変わり果てたスクィーラの身体を呪力で「火葬」する。




 ──────────この瞬間を待ってたぜ!!!



 広場まで劈くかの如き大声を発した司狼。ようやくスクィーラとの「約束」の時が来た。
1時間以上も広場での拷問を見続けた司狼は自身の「渇望」を爆発させた。

 司狼の中で自身が持つ神への計り知れない程の憎悪と憤怒が爆発した。そして気づけば呪詛の言葉を
口にし始める。

そう、そんな能力で奢るのならば、その程度の力で神を気取るのなら、お前等の能力を全て残らず消し
去ってやろう。神の名を語る者達への果てしないまでの怒りと憎しみが言葉となって紡がれていく。

 「アセトアミノフェン アルガトロパン アレビアチン エビリファイ クラビット
クラリシッド グルコバイ ザイロリック ジェイゾロフト セフゾン テオドール テガフール テグレトール」

 これこそ司狼の渇望(ねがい)、矮小な念動力程度の力で神を気取る者達へ送る狂気の呪い。そしてこれは自
分達を家畜と蔑む神の名を語る者達からの脱却を望むバケネズミ達の願い。

「デパス デパケン トレドミン ニューロタン ノルバスク レンドルミン リビトール リウマトレック
エリテマトーデス」

 今こそその身をもって思い知るがいい。何の能力も異能も持たない只の人間に「戻る」ことを。

 それこそが神栖66町の人間へ送る最大級の復讐だろう。呪力こそがお前達のアイデンティティーであり尊厳だろう? 
ならばその力を全て根こそぎ奪ってやる。呪力を取り除けばお前達も単なる「人間」だということを思い出させてやる


「ファルマナント ヘパタイティス パルマナリー ファイブロシス オートイミューン
ディズィーズ アクワイアド インミューノー デフィシエンスィー シンドローム 」

 さあ、呪力を持たざる存在に「戻る」がいい。

 ――Briah(創造)――

「悪 性 腫 瘍 ・ 自 滅 因 子
<マリグナント チューマー アポトーシス >!!!」

 狂気的なまでの渇望により、創造位階にまで達した司狼。

 そして司狼の渇望である「自滅因子」は神栖66町全体を覆い尽くしていた。この範囲にいる限り、司狼が作り出す世界のルールを強制される。

 「な!? 何だ!?」

 「うわ!?」

 広場の町の住民達は司狼の叫びに気づき、司狼のいる屋根に目を向ける。

 「お前らぁ!! 今だ!!」

 司狼は天に向かってデザートイーグルを数十発以上も発泡した。そう、これは町の外にいるバケネズミ達への「合図」だ。スクィーラとの約束は
塩屋虻のリーダーである自分が殺された場合、司狼に復讐をするように頼んだのだ。そう、自分の命と引き換えに神栖66町への復讐をするという「約束」を交わしていたのだ。
あくまでもスクィーラが死んだ瞬間に「発動」するシステムになるという約束であった。それ故に広場でスクィーラが呪力による拷問を受けても司狼は手を出さなかった。

 話し合いを拒絶し、自分の命を絶とうというのであれば、最早対話など通用しない、「最終手段」としての作戦を司狼と密約していた。

 約束とはいえ、スクィーラが苦しみ、藻掻く姿を見てもひたすらに耐えなければならなかった。スクィーラの命が絶たれた「瞬間」にしか動いてはいけないとスクィーラから忠告されていたのだ。

 そしてその命が消えた今、もう神栖66町の連中に対して「対話」という選択肢などは与えない。町の人間達には「報い」という末路を辿ってもらわなくてはならないのだ。

 司狼の合図から三十秒も経たない内に町の中にバケネズミの軍勢が雪崩れ込んできた。広場に集まった人間達に襲いかかり、槍や弓で手当たり次第その生命を刈り取っていく。

 「た! 助けてくれぇぇ!! バケネズミが攻めてきた!!」

 「ば! 馬鹿な! なぜ呪力が発動しない!?」

 「きゃああああ!!」

 町の人間達の悲鳴が町中に響き渡る。先程までバケネズミへの嘲笑と侮蔑に彩られていた顔が一転してバケネズミへの恐怖に変わった。

 呪力も発動できないこの空間では町の人間達は単なる「人間」でしかない。戦争慣れしたバケネズミ達の相手など務まりはしないのだ。

 ある町民はバケネズミの兵士の槍で突き殺され、ある町民は無数の弓矢の的にされ、ある町民はバケネズミ兵士の群れに「解体」され殺された。

 所詮は「呪力」という超能力に頼っていただけの連中だ。今の町民達は牙をもがれた狼でしかない。

 「なぜだ! なぜ呪力が発動しない!?」

 日野はバケネズミの兵士達から必死で逃れようと走っている。

 「逃がすかアホ」

 司狼は数百メートルは離れた先を走る日野の両膝をデザートイーグルで撃ちぬく。

 「ぴぎゃぁぁぁああああ!?」

 両膝を撃ちぬかれた日野は派手に転んだ。そして群がってくるバケネズミの兵士達に呑まれていった。

 「や! やめろ! 助けてぇぇぇぇ!!!???」

 日野の発した言葉はそれっきりとなった。

 「や! やめろ! 私を誰だと思っている!!??」

 屋根の上からはバケネズミの兵士達に命乞いする鏑木の姿も見えた。先程までは威厳のある態度だったのが今や怯えているだけの単なる人間でしかなくなっている。
頼りの呪力がなければこうも容易くメッキが剥がれるのか。

 「ああ、アイツにはこれをくれてやっか」

 司狼は銃口を鏑木に向け、おもむろに引き金を引く。生半可な苦痛でこいつは殺さない。そう、司狼が所持する聖遺物の中でも最上級の苦痛を与える拷問器具がある。

 「……は!?」

 鏑木の背後には、巨大な穴が開いていた。外周に無数の牙を生やしたそれは、さながら魔物の口である。そこにはいった者は串刺しになり血を搾り取られ、
比喩ではなく食い殺される死の咢 血の伯爵夫人の代名詞とも言うべき、最悪の拷問処刑具その名を、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)。

 「じゃあな」

 「うわ!?」

 鏑木は足を滑らせ、背後に開いた巨大な魔物の咢の中に落とす。そして魔物の口はゆっくりと閉じていく。

 「だ! 出してくれ!! やめろ! よせ! 痛い! ここから出せ…………ぐべ!?」

 鏑木は文字通り鋼鉄の処女に「喰われ」てしまった。情けない断末魔を上げながら、神栖66町最強の呪力者は実に呆気なく死んだ。

 スクィーラにトドメを刺した少女も、同じ年頃の少年と共にバケネズミの兵士達から必死で逃げていた。

 「ああ、アイツもいたんだっけな」

司狼は屋根から降りると、兵士から逃げ回る早季と少年にあっという間に追いつき、二人の前に立ち塞がる。

「お前がスクィーラにトドメを刺したんだよな? ならお前は俺が直々に殺してやるよ」

「な、なんでバケネズミの味方なんてするの!? あんなケダモノ共の味方をするなんて!」

早季は怯えた表情で司狼に言う。

「はぁ? さっきまでスクィーラをよってたかってリンチにしてた癖してよく言うぜ」

こんな年頃の少女でさえバケネズミに対する感情はこんなものなのだ。思えば当然だろう。自分達呪力のある人間は神の如き存在で、
バケネズミは単なる消耗品の家畜。こんな町で暮らしていれば自然にこのような考えが染み付く。バケネズミの受けてきた苦しみなど微塵
も考えられないだろう。

 「あんな家畜共の味方をするなんて貴方それでも人間!? そんな考え……、あぐぅ!?」

 「五月蠅ぇんだよクソガキ」

 ヒステリックに喚き散らす早季の口を喧しいと言わんばかりに右手で塞ぐ。

 「せいぜいほざいてろ。テメェ等町の連中がしてきたツケをそのまま返してやるよ」

 司狼は聖遺物の力で拷問器具の鎖を具現化し、早季と少年の身体に鎖を何重にも絡み付かせる。

 「ぐ!? 苦しい!?」

 「いや! 離して!! 痛い!」

 二人の身体に巻きついた鎖はギリギリと二人の体を締め付ける。その光景はまるで獲物を自分の身体で締め付け、窒息死させる大蛇のようだった。

 「スクィーラの味わった苦しみと恐怖をお前等にも受けてもらうか。数日掛けて絞め上げ、全身の骨を粉々に砕いちまうぜ。せいぜい死ぬ瞬間まで恐怖と激痛を堪能しな」

 「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」

 「い、嫌! 死にたくない!!」

 二人が司狼に命乞いするが、そんな二人を尻目に司狼は残る町の人間達を片っ端から殺し始める。

 そんな司狼に呼応するかのように。町の至る場所でバケネズミ達による虐殺が行われていた。司狼は、自分に助けを求めてくる町の人間達を射殺しつつ、教育委員会の本部を急襲する。本部に避難していた教育委員会の面々は、
抵抗虚しく殺されていき、議長の鳥飼宏美は司狼のデザートイーグルにより、頭を吹き飛ばされ死亡。

 どうすることもできないまま、教育委員会の面々は皆殺しにされた。次に倫理委員会の議長である朝比奈富子の屋敷を襲った。

 屋敷を襲った司狼の前に立ちはだかったのは、数頭の虎程の大きさの猫、「不浄猫」だった。真理亜の話に登場した「あぶれ者」の子供達を殺す為に用いられる化け猫の類。

 守もこの猫に襲われ、辛くも危機を脱した。しかし不浄猫達はあえなく司狼のデザートイーグルにより肉片と化した。聖遺物の使徒の力を持つ司狼の前には不浄猫の力など虚しい抵抗にしかならなかった。

 そして朝比奈富子を発見するやいなや即座に頭を吹き飛ばした。

 朝日が昇る頃には町の人間達は全員消された。もう町には誰もいない、バケネズミ達により徹底的に破壊し尽くされ、町には人々の骸が横たわるだけだった。

 司狼は破壊された町を見ながら呟く。

 「スクィーラ、仇は取ってやったぜ……」

 そして重い足取りで塩屋虻コロニーに帰っていった。

どうも、理想郷で挙げた改訂前のやつも上げたいと思います。「永遠の刹那ルート」と、「神栖66町征服ルート」です。
まずは永遠の刹那ルートから投下します。

 全てが「既知」だった。

 何をしようにもそれが付きまとってくる。

 刺激を求めている自分にとってそれは酷く退屈なことだった。

 このまま凡人と変わらない人生を歩むよりも自分がより自分でいられる生き方をしたかった。

 選択肢の総当たりというものだ。

 自分の親友達との高校生活、つまらないわけではないが珍しくもない。

 そんなことは日本中の同年代の者達がリアルタイムで経験している。

 何より親友の一人と自分は気楽に学園ドラマをしている身分ではないのだ。

 このままつまらないレールに沿った人生を送り続けること事態が自分にとって何より我慢ならなかった。

 そんな思いが積りに積もったある日、それが一気に暴発した。

 学校の屋上で無二の親友と意見の相違から殺し合いじみた喧嘩の後、病院にかつぎこまれた

 そして病院を抜け出し、病院を出る時にそこの病院の院長の娘と知り合い、意気投合すると、その娘と共に地元のギャンググループのボスとなった。

 そうする方がより楽しいと思ったから、そうする方がより「生きている」ということが実感できると思ったから。

 スリルと刺激と興奮こそが自分の求めているものだった。

 あのまま学校生活を送っていたら恐らく味わえないであろう。

 そしてそんなある日のこと、「奴等」は自分達のいる街にやってきた。

 過去の大戦が生んだ闇の超人、正真正銘の地獄の悪魔と呼ぶに相応しい魔人達だった。


 聖槍十三騎士団


 奴等の属する組織はそう呼ばれていた。

 積極的に自分はそいつらに喧嘩をふっかけた。

 正義感からではない、ただ純粋に「楽しめそう」だったからだ。

 だが騎士団は余りにも人間の常識から外れすぎた化け物の集まりだった。

 銃、スタンガン、火炎瓶、液体窒素のいずれも通じない。

 漫画の中からそのまま出てきたような馬鹿げた連中。

 しかし自分はそんな連中と対峙しようが恐怖などというものは感じなかった。

 絶望的なまでの力の差、覆せない戦力差、どうしようもない実力差。

 余りにも連中と自分との「差」は開いていた。

 しかし連中の持つ「力」を自分の無二の親友が持っていることを知ると、早速親友と再会、そして自分も戦いに身を乗り出した。

 親友との喧嘩の後もつきまとってきた「既知感」だが、騎士団との戦いの際にはそれが大きな武器となった。

 邪魔な存在でしかなかった「既知感」が連中との戦いでは大いに役にたった。

 そして自分も奴等の持つ「力」を得ることに成功した。

 自分と連れの娘は奴等の一人との戦いで相い討ちにまで持ち込んだ。

 自分は死ぬのだ。

そう思った。



 死ぬのであれば連中との戦いは中々に楽しかった。



 短いながらも始めて「生きている」感覚を得られた一時。



 できればもう少しの間だけそれが長く続いていれば。



 そう思った刹那



 『司狼』は目を覚ました。

 目を覚ました司狼は自分の周囲を見渡す。家の中だ。多少小ぢんまりしてはいるものの、暮らしていくには充分過ぎる程の広さがある。昔ながらの木で出来た
和風の家だ。家の中央には囲炉裏がある。外からは小鳥の囀りが聞こえてきた。自分は今まで床に敷かれた布団で寝かされていたことに気付いた司狼。

「……どこだここは?」

 司狼は立ち上がり、床に畳んであった自分の服を着る。

「あの白髪の坊主にトドメの一撃与えたとこまでは覚えてるんだけどな」

「つーか、俺はまだ生きてるってことだよな。まさかここがあの世ってわけでもねぇだろうし」

 諏訪原市の上空に現れた聖槍十三騎士団の本拠地である「ヴェヴェルスブルグ城」。死んだ者の魂はそこに行く筈だ。まさか自分が今いるこの場所が「そこ」だとでもいうのだろうか?

 急いで司狼は家の外に飛び出す。今更どんな超常現象が起きようが驚きはしない。

 諏訪原で戦った黒円卓の面々は存在そのものが天災のような連中だった。自分の魂が奴等の本拠地である城に運ばれたとでも言うのだろうか?

 そうだとするならば戦うまでだ。ここが奴等の本拠地であるならば奴等の首魁であるラインハルトの首を獲るしかない。

 諏訪原タワーで戦った時はどうしようもない程の力の差だった。自分一人だけでどうにかできる相手ではないのは分かっている。

 しかしそれで諦める司狼ではない。そう思いつつ、外にでた司狼の目に飛び込んできたのは実に予想外な物だった。

 「あ、気が付いたんですか? 森の中で貴方が気を失っていたのを守が見つけてくれたんですよ。あの子ったら「呪力」でここまで運んでくれたんですよ」

 目の前にいるのは雪のように白い肌、長いストレートヘアに赤い髪の毛をした十四~五歳の少女が水に入った桶を持って立っていた。正に「美少女」という一言が似合う少女だ。
彼女は見たこともない服を着ている。昔の日本人が着ていた和服を現代風にアレンジしたような服装だ。

 「森の中で倒れてたのか、助けてもらって悪ぃな。俺はこれから急がなきゃなんねぇんだ」
 「神栖66町に御帰りですか? あの……、お願いなんですけど私と守がこの森にいることは内緒にしていただきませんか? 倫理委員会や教育委員会に知られたら私達……」

 神栖66町? 倫理委員会? 少女の口から出てくる単語は司狼にとっては何のことだかさっぱり理解不能だった。

 「この場所は諏訪原市から遠いのか?」
 「諏訪原市? そんな町聞いたことありませんけど……」
 「何?」

 この娘は何を言っているのだろうか? ここは日本で西暦2006年の筈だ。司狼は少女の着ている服を見て何か引っかかる物を感じた。

 「お嬢ちゃん、少し詳しく話聞かせちゃくれねぇか?」

 家の中に入り、出された朝食を食べながら、司狼は少女の話に耳を強く傾けた。少女の名前は「秋月真理亜」。故郷である神栖66町を離れ、今は幼馴染である「伊東守」と二人で
暮らしているという。

 司狼は繰り返し自分のいた諏訪原のことについて真理亜に尋ねる。しかし何度尋ねようが聞こうが知らないの一点張りだった。

 世捨て人というわけでもないだろうと思っていたが、彼女の言う神栖66町が人界から隔絶された町という予想もしてみた。しかしそんな町が現代日本に存在しているわけもない。
だからと言って外国というわけでもないだろう。現に真理亜は日本名だし、日本語で話している。

 しかしそんな司狼の予想も思惑も全て真理亜の見せた「力」によって吹き飛ぶこととなる。

 呪力

 そう呼ばれる力を真理亜は外に出て司狼に見せた。真理亜は家の近くの森に生えている比較的大きな木に目を向ける。すると木が何かの力に引っ張られるかのように
地面から引っこ抜かれた。それだけでは終わらず、野菜や果物のように綺麗にスライスされ、全て均等な大きさの角材となり、地面に並べられる。それは最早一種の芸術とも言っていい光景だった。

 「おいおい冗談キツイぜ……」

 司狼自身も真理亜の見せた「力」を目の当たりにし、思わず苦笑いが零れてしまった。また諏訪原での戦いの続きなのかとか、「呪力」は聖遺物の力によるものなのかとか、いよいよここは
ヴェヴェルスブルグ城の中に広がる超空間なのかという考えが司狼の頭の中を駆け巡っていた。

 目の前にいる真理亜も黒円卓の本拠地が作り出している幻影の可能性も否定できない。何せあれだけの馬鹿げたファンタジー集団だ。真理亜の家や周りの森林も全て聖遺物の力で作り上げられた
超次元空間なのではないか? というのが司狼の考えだった。

 いきなり「呪力」という超能力を見せられたのだ。目覚めた時は日本のどこかの片田舎にでも飛ばされたのかと思っていたが、真理亜の持つ得体の知れない力を目にし、真理亜も聖遺物の使徒なの
ではないかという疑念が生じていた。

 しかし真理亜自身からは黒円卓の面々が発していた人外の物とも言うべき「鬼気」は感じられない。ヴィルヘルム=エーレンブルグ、ヴォルフガング=シュライバー、ルサルカ=シュヴェーゲリン等の騎士団の
面子と目の前の真理亜を比較してみると分かる。

 真理亜は到底そんな大それた存在には見えないし、第一自分を助けてくれた。

 先程生まれた真理亜への疑念は僅かではあるが和らぐ。

 「凄ぇな。どうやってこんな力覚えたんだ?」

 「えっと……、『呪力』を知らないんですか?」

 「悪ィが知らねぇんだ。少しそれについて聞きたいんだけどよ」

 真理亜と共に家の中に戻った司狼は真理亜から『呪力』の簡単な説明を受ける。

 ──────────呪力



 それは簡単に言ってしまえばPK(サイコキネシス)だ。真理亜の住んでいた神栖66町の人間は全員この力を持っている。脳内でイメージを描くことによってそれを具現化し、
様々なことに応用することができる。物体を動かすことを始め、木などに火をつける、空気中の水分で鏡を作り出すことすら可能だという。

 中でも神栖66町で最強の能力を持つと言われる鏑木肆星は地球そのものを真っ二つに割る程の強大無比な呪力を持つと言う。十二歳になる頃には12歳頃に「祝霊(しゅくれい)」と呼ばれるポ
ルターガイスト現象が起こるのを機に発現する。

 司狼も呪力の持つ力を間近で見た為、改めてその強大さが理解できた。

 「凄ぇ能力持ってんだな。ま、俺が戦ってきた連中も負け劣らずなのばっかだったけどな」

 「?」

 真理亜は司狼の言葉にキョトンとした顔をする。今自分のいる世界は元いた自分の世界とは全く異なる世界なのだろうか?司狼は薄々思い始める。

 「所でお前は何でそんな歳で自活してんだ? まさかその若さで自立したってわけでもねぇだろ?」

 「それは……」

 司狼の問いかけに真理亜は暗い顔をして視線を落とす。どうやら何かワケ有りなようだ。

 「もう一度聞きますけど……、本当に貴方は神栖66町の人ではないんですね?」

 「ああ、誓うぜ。俺は断じてそんな町は知らんし」

 真理亜は射抜くような視線で司狼の目を見つめてくる。

 「おいおいそんなに睨むなよ。誓って言うぜ、俺は神栖66町なんて知らねぇし、聞いたこともねぇ」

 司狼の言葉に真理亜は暫らく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

 事の発端は二年前、真理亜が通っていた和貴園の夏季キャンプでの出来事だった。一班の仲間達と共に森に入っていき、そこで『ミノシロモドキ』という
生き物を見つける。ミノシロモドキは国立国会図書館つくば館の端末機械である。ミノシロモドキに記録されていた内容は真理亜を始めとする一般の皆の耳を
疑う内容だった。

 それは先史文明、今の時代になるまでの血塗られた歴史の数々だった。真理亜の時代に呼ばれる「呪力」は元はPKと呼ばれ、世界各地でPKを持つ人間が現れ始め、
その数は全人口の0.3%に達した。PKを用いた犯罪が多発し始め、PK能力者に対して人々は恐怖を抱き、やがて弾圧を加え始めた。やがてそれに政治的、思想的思惑が
複雑に絡み合い、全世界で大規模な戦争が勃発。その末に文明が崩壊したのだという。

 歴史はそれで終わらない。大規模な戦争の末、全世界の人口を全体の僅か2%程にまで激減させ、社会体制、文明は崩壊した。そしてPK能力者と非能力者の争いは尚も
続いた。それから約500年に渡る「暗黒時代」が幕を開け、そこでも血と肉と屍で築かれた歴史が紡がれた。この時代は「奴隷王朝の時代」と呼ばれた。

 奴隷王朝が終焉した後も能力者と非能力者の抗争が絶え間なく続き、ついにそれまで傍観者に徹してきた者達が解決に乗り出し、現代の社会体制が築かれたと言われる。

 今の神栖66町があるのも傍観者であった者達がいたからこそだろう。

 「何とまぁ、凄い歴史っつーか。黒円卓の連中も大概だったがこれの前じゃあいつらも霞むわな」

 真理亜から語られた余りにも凄惨かつ血生臭い歴史の数々に司狼は思わず溜息を漏らす。

 「特に「奴隷王朝」だっけ? その時代の歴代皇帝はあいつらにも劣らない変態揃いときたかよ。まぁ、あんな凄ぇ力を操れりゃそれを試してみたくもなるわな。
けど能力を持ってない普通の人間殺しまくって何が楽しいのかね。凄い力振り回して『俺TUEEEEEEEE』してるだけじゃねえか」

 「暗黒時代」に存在した「神聖サクラ王朝」の歴代君主の暴虐非道ぶりは騎士団にも精通するものがある。この世界も大概まともな世界ではなさそうだ。

 「所でお前は何で神栖66町を離れて暮らしてんだ?」

 司狼は再度真理亜に尋ねる。真理亜が神栖66町を離れて暮らしている理由。大分前置きが長くなってしまったものの、夏季キャンプの時にミノシロモドキを捕まえ、ミノシロモドキに
記録されていた歴史を知ってしまったことは本来であれば処分の対象になってしまう所を一班の仲間である朝比奈覚の祖母にして倫理委員会の委員長である朝比奈富子が不問にしてくれた。

 だが同じく一般の仲間である伊東守は精神面が不安定な上、呪力も弱く、いつ「処分」の対象にされるか分からなかった。

 「「処分」? 何か悪ィことでもしたのか?」

 「ううん。そういうわけじゃないんです」

 神栖66町で暮らしていく上で必要なのは「他人との協調性をとれる人間」、「問題を起こさない人間」、「呪力を使える人間」だ。これは何かと言うと、呪力がない、若しくは弱かったり、
問題を起こしそうな子供は『不浄猫』により処分されてしまう。

 なぜこの程度のことで処分されるのかと言うと、精神面が不安定だったり、問題を起こす子供は「悪鬼」、或いは「業魔」となる可能性があるからだ。

 町の平穏を乱したりする異分子は子供の内から摘み取っている。現に守は二度も不浄猫に襲われてる。奇跡的に不浄猫を撃退した翌日の朝に家を飛び出したのだ。
守のことが放っておけず、真理亜は守のそばにいるべく、神栖66町を去った。

 自分達と異なる存在を排除する神栖66町の方針に抗うようにして守と共に逃亡したのだ。

 高々呪力が弱い程度のことが処分の対象とされてしまう神栖66町。全ては「悪鬼」、そして「業魔」を出さない為らしい。子供一人を消すことを日常茶飯事的に行っているのだとすれば
既にかなりの数の子供が「間引かれている」ということになる。

 
 「私はあのまま町の都合で死ぬなんて嫌でした。何の悪いこともしていない守が呪力が弱いだけで処分されるなんて納得がいきません」

 真理亜はそう言うと僅かに唇を噛みしめた。司狼から見た真理亜の目には微かな怒りが宿っていた。

 「あー、分かる分かる。ムラ社会の反吐が出る部分を残らず掻き集めて鍋で煮りゃこういう町が出来るんだろうよ。呪力っつー名前の調味料を加えれば出来上がり、と」

 軽い口調で返すものの、司狼自身も神栖66町に対する感情は最悪のそれだった。

 「いつか蓮にも言った言葉だけど、この国の悪い部分の集大成みたいな町だな。出る杭は打たれる、天才は孤独、ハブられる馬鹿、イジメカッコ悪い。ま、今更泣き言言っても
始まんねぇけどよ。ちったぁ痛い目に遭えば委員会の連中も納得するんじゃねぇか? 逃げてばっかなんて俺には性に合わねーからな。俺をその神栖66町に案内してくんねーか?」

 「え!? 行ってどうするんですか?」

 「決まってんだろ。委員会の連中に灸を据えてやんのさ」

 司狼自身、正義感の持ち主というわけではない。しかし厄介事、もめ事に首を突っ込みたがる生来の性分故、神栖66町のことについて詳しく知れば知る程その町を引っ掻き回したく
なった。反吐が出る程の全体主義、虫唾が走る程の村社会、異分子、異端者は容赦なく排除。司狼自身の嫌いな物を全てぶち込んだような町。

 自分があの町で生まれたのだとしたら真っ先に処分の対象にされるだろう。そんなものはゴメンだし、お断りだ。

 「あの……、貴方は『呪力』を持っていないんですよね? だとしたら『攻撃抑制』も『愧死機構』もないってことになりますけど……」

 「『愧死機構』?」

 真理亜が『愧死機構』について教えてくれた。、あらかじめ人間の遺伝子に組み込まれている機構であり、同種である人間を攻撃しようとした際に作用する。 対人攻撃を脳が認識すると、
無意識のうちに呪力が発動し、眩暈・動悸などの警告発作が起こる。それでもなお警告を無視し攻撃を続行した場合には、強直の発作により死に至るという。

 「それがある限り連中は俺を殺せねぇってことだわな。なんだ、案外楽に終わりそうな仕事だぜ」

 そのような機構が作用すれば神栖66町の連中は司狼を呪力で攻撃できないということになる。今の司狼の力を考えれば適当に殴り込んでそれで終わりということになるだろう。

 諏訪原での戦いの際、騎士団の一人にして黒円卓の一員、ルサルカ=シュヴェーゲリンから奪い取った「血の伯爵夫人」がある限り司狼は聖遺物の使徒としての力がある。

 「ま、俺は呪力とかいうモンは持ってねぇけどよ。変わりにこんなことならできるぜ。来な、エリー」

 そう、ルサルカの体内にいる時、連れの女であるエリーこと本城恵梨依の魂と司狼は文字通り『融合』している。

 そして司狼の横にはエリーが『形成』されていく。

 「ん~、久々に外の空気吸った気分だよ。あ~よく寝た」

 「え……?、あ……?」

 真理亜は驚いて二の句が継げないという顔をしている。シュライバーとの戦いの際に呼び出し、一緒にこっちの世界まで来たということだ。最も、今のエリーは司狼の聖遺物の
ようなものなのだが。

 強靭な魂を持つ故に出来ることであり、ルサルカの体内に取り込まれた時も体内にいる司狼と「血の伯爵夫人」の奪い合いになってしまった程だ。

 「あら? この娘は誰?」

 「ん? この娘は秋月真理亜。俺を助けてくれた嬢ちゃんさ」

 司狼は大方の事情をエリーに説明する。

 「うげー。あたし的にそんな町お断りだわ」

 露骨に嫌そうな顔をして神栖66町への嫌悪感を口にする。

 「ってなわけだ真理亜。俺達を町に案内してくんねぇか?」

 「でも……」

 真理亜は明らかに困惑していた。

 「何迷う必要あんだよ。お前だってあの町が嫌いだから逃げてきたんだろ? この先あの町はこれからも何も知らんガキ共を処分しまくるだろうぜ。『悪鬼』?『業魔』? 安全対策
の為とか言って今まで何人殺したんだろうな。正に恐怖政治&民主主義(笑)だろ」

 困惑する真理亜が何かを言おうとした時、家の扉が開く音がした。入口の方に目を向けると、爆発したようなくせっ毛にあどけなく、大人しそうな容姿の真理亜と変わらない年代の
少年が立っていた。

 「あ、守。おかえりなさい」
 「ただいま真理亜。えっと……、お客と言っていいのかな……?」

 よく見ると守の後ろにはやけに背丈の低い者達が数人いる。1メートルにも満たない身長からしてまだ年端もいかない子供だろうか? 小さい者達をよく見てみると司狼は仰天した。

 お伽噺やファンタジーに登場するゴブリンやオークの類かと一瞬錯覚したが、よくよく見てみると動物の『ネズミ』に似ていた。口には齧歯類特有の大きい歯が生え、鼠色の肌に
二足歩行。RPGなどにそのまま出てきても何ら不自然ではないモンスターだ。

 「おいおい……! そいつら何だよ?」

 流石の司狼も守の後ろに控える数匹のネズミ型のモンスターには度胆を抜かした。姿形まで怪物めいた姿の者は騎士団にはいなかった。いや、トバルカインという者は存在した。だが人型な分、
奴の方がまだ人間だと思えた。

 「バケネズミよ」

 「バケネズミ?」

 「そう、人間に対して穀物とかを提供したり、肉体労働をしたりする代わりに生存することを許されている存在なの」

 真理亜はバケネズミに慣れているようだった。この世界ではバケネズミという存在は珍しくないというのだろうか?

 「真理亜……、塩屋虻コロニーから野狐丸っていうバケネズミが話がしたいって……」

 「野狐丸?」

 守は家の中に入ると、守の後には昔の平安時代の貴族が着ていたような着物を身に付けたバケネズミが入ってきた。他のバケネズミとは違い、桃色に近い肌をしていた。

 「お久しぶりでございます。秋月真理亜様。二年前にお会いしたスクィーラと申します」

 「あ! 貴方はあの時奇狼丸と一緒にいた!」

 「左様でございます。わたくしはあの時あの場にいたスクィーラです」

 そういえば真理亜の夏季キャンプの話に真理亜達一般の子供達を助けてくれたバケネズミがいたと聞いた。今目の前にいるバケネズミがその内の一匹であるスクィーラか。

 「今は野狐丸という名前を授かっております」

 慇懃とも呼べる態度で深々と真理亜にお辞儀する野狐丸。見た目に似合わず随分と理知的だった。

 「えらく馬鹿丁寧なんだな」

 「秋月様。このお方は?」

 「あ、この人は森の中で倒れていたのを守が助けたの名前は……」

 「司狼だ、遊佐司狼。こっちは俺の連れのエリー」

 「よろしくね」

 「こちらこそ」

 「秋月真理亜様、並びに伊東守様。今日は私達塩屋虻コロニー、いや、バケネズミ全体に関わる問題の相談の為に来ました」

 司狼、エリーは真理亜、守と共にバケネズミのコロニーである「塩屋虻コロニー」に連れていかれた。司狼自身、バケネズミのことについて知りたいと思ったのもあるが、
それよりコロニーの奏上役を務める野狐丸に興味があった。言動こそ慇懃無礼を地で行くものであったのだが、司狼は野狐丸に何か引っかかるものを感じたからだ。

 真理亜と守、そして自分とエリーに対する態度は一貫して丁寧であるものの、腹の底で思っていることがあると司狼は感じた。人を見る目はある方だ(人間ではないが)。今までの
経験から来る奇妙な「違和感」と言って良いだろう。

 考えすぎだとも思ったが、司狼自身は妙に野狐丸が気になった。

 「野狐丸だったっけ? お前等バケネズミは人間に服従してるんだよな?」

 「ええ、おっしゃる通りです遊佐様。我々バケネズミは神である人間を崇め、地球上で神様の次に高い知能を持っております」

 「そうだな、他のバケネズミを見ても言葉で会話してるし、服だって着てる。そんじょそこらの類人猿じゃできない芸当だわな」

 やはり何かが引っかかった。腹の底で何を考えているのか分からない者というのは態度や言動、表情に現れる。野狐丸は如何にも「胡散臭い」というレベルに
値した。

 真理亜や守には分からないだろうが、聖遺物の使徒としての力が付いた為か「そういうこと」に関しても人間の状態だった頃より鋭くなった気がした。

 森の中を歩いていく内に、塩屋虻コロニーの居住区に辿り着いた。その様は正に「町」と呼ぶに相応しいものがあった。

 コンクリートで出来た家々が立ち並び、街中を歩いてみると、コンクリートを製造する工場まで存在していた。ここまで発展している光景を見ると「知能が高い」という野狐丸
の言葉にも納得がいく。

 「なぁ、野狐丸。他のバケネズミのコロニーもこんな感じなのか?」

 「いえ、まだこのように発展しているコロニーは少数でございます。未だに木々で作られた家々に住む上、未だに地中を住処とする他のコロニーも少なくありません」

 「ってことはお前のコロニーはそん中でも「先進国」って意味だな。どっからこんな技術を編み出したんだ? 純粋にすげぇじゃねぇか」

 地上には粗末な木の家、或いは穴を掘り、暗い地中の中で暮らすというのがバケネズミには似合っていると思っていた司狼であるが、ここに来てバケネズミに対する評価を改めることとなった。

 知能が高いというのはあながち嘘ではない。いや、ここまでくればもう人間とさほど変わらないではないか。

 そう思っている内にコンクリートで出来た巨大なドーム状の建物に辿り着いた。

 「ここが我々塩屋虻コロニーの政治を司る場所です。各コロニーの代表60名がここで議論を交わし、最終的な決定を下す場所でございます」

 「おいおい議会制の政治かよ。随分民主的じゃねぇか」

 「えっと……、バケネズミのコロニーにはそれぞれ女王がいる筈じゃ……」

 「さ!、こちらです」

 真理亜の疑問の言葉に慌てるように、野狐丸が建物の中に案内する。何か知られたくないことでもあるのだろうか?そんな疑問を抱きつつ、建物の中に入っていく司狼。

 広々とした建物の内部に設置されてある階段を上り、会議室のような部屋に来た。どうやらこの会議室がコロニーの政治の中枢部なのだろう。

 円卓状に出来た巨大な石のテーブルがある。

 「さぁ、こちらにおかけになって下さい」

 野狐丸の言葉に甘え、石で出来た椅子に座る司狼、エリー、真理亜、守。石の机に茶のような飲み物を出され、それを口に運んだ。

 「では、早速本題に入りましょう。今日皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。そこにいる司狼様にお力添していただきたのです」

 「俺に?」

 「はい、先程真理亜様と守様の家に来た時は司狼様を初めて見るようなことを言いましたが、それは大きな間違いです。我々のコロニーの者が森の中で光に包まれて
光の中から現れた司狼様を見たのです。そして私は部下の報告を聞いて確信しました。この方は「メシア」だと」

 「おいおい、俺がメシア?」

 「はい、我々バケネズミの未来を救う「メシア」です」

 「冗談言えよ。何で俺がお前等のメシアなんだ?」

「言葉で言うのは簡単です。しかし貴方様にはこれを見ていただきたい」

 野狐丸は部下のバケネズミに何かを命ずると、暫らくして部下のバケネズミが何かを持ってきた。それは金色に輝く何とも形容し難い形の
生き物だった。四足歩行に、蛸の吸盤のような口、身体は金色であり、何か他の星系から持ってきた地球外生命体だと司狼に思わせた。

 「こりゃどこの星から掻っ攫ってきた生き物だ?」

 「ミノシロモドキ!? バケネズミがこんな物を持っていたなんて!」

 守が驚いたように声を上げる。

 「ミノシロモドキ?」

 「はい、二年前の夏季キャンプの時に私と守を含む一般の皆で見つけた物です。あれに記録されていた歴史を知ってしまったんです」

 家で真理亜の話に登場したミノシロモドキ。テーブルの上に置かれたこの奇妙な生き物がまさかそれだとは。

 「つーかどー見ても記録を保存するモノに見えないよね~」

 エリーはミノシロモドキの身体を指で突っつく。

 「わたしは国立国会図書館筑波館です。自走型アーカイブ自立進化バージョン。すべての情報はアーカイブに搭載されている容量890ペタバイトのフォロ グラフィック
記憶デバイスにおさめられています」

 「うわ!? いきなり喋った!?」

 「このミノシロモドキの話を聞いていただければ遊佐様の御心も動かれるかと」

 「へぇ。楽しみじゃねぇか」

 司狼はミノシロモドキから語られる歴史を聞くことにした。ミノシロモドキが話す内容に関しては大方真理亜の家で聞いた通りの内容だ。違いと言えば真理亜の話をもう少し濃密にした
感じだ。血みどろの歴史を聞かされるのは今日で二回目だ。エリーは露骨に嫌な顔をしているが、司狼にとっては一度聞いた話なので殆ど聞き流している状態だ。

 が、ここで司狼はある「違和感」に気付く。能力者と非能力者、つまり呪力をもっている者と持たない者に分かれて戦争していた筈だ。神栖66町に住む人間全員は「前者」に当たる。
だとすれば残りの呪力を持たない人間達はどこに行ったのだろうか? 人数的に考えれば呪力を持たない人間達の方が圧倒的に多いだろう。

 「ちょっと待ちな。呪力を持っている人間「しか」いないんだとしたら呪力を持っていない人間ってのはどこに行っちまったんだ? まさか全員死滅したってわけでもねぇだろ」

 「PKを持たない者達とPK能力者との間には変えられない「溝」がありました。PK能力者達には『攻撃抑制』並びに『愧死機構』が備わっているのに対し、PKを持たない者達はそれら二つの機構が
備わっていません。同じ「人間」を攻撃すれば発動する『攻撃抑制』と『愧死機構』は非能力者の集団に対しても働く為、非能力者の集団は見境なしにPK能力者を殺すことができます。ただしこれら
二つの機構に関しては相手を「人間」と思うことにより発動します。つまり人間ではない「存在にしておけば」よいわけです。歴史の傍観者に徹してきた第四の集団、科学技術文明の伝承者達によって
非能力者の遺伝子にハダカデバネズミの遺伝子を掛け合わせることによりバケネズミが生まれました。それらは五百年前から行われ、現在に至る歴史の中で元人間、非能力者の集団の子孫はバケネズミ
ということになります」

 ミノシロモドキの言葉を聞いた瞬間司狼は絶句した。まさか人間とはほど遠い存在に「変える」ことにより『攻撃抑制』と『愧死機構』を克服していたとは。

 この真実を神栖66町に住む者達に言った所でどうなるだろう?いや、ミノシロモドキを管理しているのだとすればとうに知っているだろう、バケネズミ達は呪力を持たない人間だと。

 「いかがでしたでしょうか司狼様。我々はよくよく考えれば貴方達人間と余りにも似すぎている。高度な文明を作り、言葉を話し、家を作るなど他の動物にはできることでしょうか?
私はこの真実を知った時には途方もない虚しさ、そして悔しさで頭の中が一杯になりました。今の今まで同じ人間に奴隷として家畜以下の扱いを受けてきたのだと思うと……。人間達に奉仕
することで生存を許されているとは言ってもいつ風向きが変わるか分かりません。不可解な理由でコロニーが丸ごと消滅することも決して珍しくないのです。このまま死ぬまで畜生以下の扱いに
甘んじるなど私にはとても……」

 スクィーラの怨念にも似た言葉は確かに司狼の心を動かした。神栖66町、見せかけの平穏の裏では数えきれない程の子供達とバケネズミの屍が出来ている。
事実司狼にとって自分がそんな町で生きていくなど願い下げだった。呪力を持たない、呪力をコントロールできない、性格に問題がある、頭が悪い、素行が悪い、協調性がない、周りを合わせられない。
それら全てが一緒くたにされ、排斥され、駆除され、始末される。所謂異分子はいてはならない、存在してはならない、町の平穏を
乱すから、秩序が壊されるから。そういうやり方を長年神栖66町の教育委員会はしてきたのだ。

 ミノシロモドキの情報によればバケネズミ達は呪力を持たない人間の末路。それら元人間達が呪力を持つ人間達の奴隷にされ、家畜にされている。
姿形まで変えられているのは人間だと思わせない為か。散々こき使った挙句、少しでも町の人間の不興を買えば即座に駆除の対象となる。何をするにも
町の委員会の許可が必要だ。知能を持つ生き物であればこんな自分達の境遇に不満を抱かないわけがない。


 要するに自分達は呪力という強大な力を持っているから人間の姿ではない元人間のバケネズミを幾ら酷使しようが、幾ら殺そうが、罪悪感など抱くわけがない。ああ、そうだ。

 自分達より弱いから、呪力を持たないから、醜いから、弱いから、汚いから。

「今、俺は人生で一番胸糞悪ィ気分だぜ」

 元の世界で戦った聖槍十三騎士団はこれほど不愉快な気分になる相手ではなかった。それ程自分達とは違う人間が恐ろしいか、自分達と違う考えの者が嫌いか、
自分達に従わない者を処分したいか。

 溜まりに溜まった不満をぶち撒ける時は今しかない。一度生まれ変わる必要がある。いつの時代も革命は浄化作用を持つ薬なのだ。溜まった膿は排除しなければならない。
神様気取りでバケネズミを酷使してきたこと、そのバケネズミが呪力を持たない人間だったこと、全て丸ごとその身で一度味わうべきだろう。

 残酷な真実を叩きつけられて尚、それに抗おうとする野狐丸。神と崇めていた人間からの脱却を望む野狐丸は司狼にとって嫌いなタイプではない。
寧ろ応援したくなる存在とも言うべきか。

 「野狐丸。いや、スクィーラ。人間から与えられた名前なんて捨てちまえよ。誇らしく元々あった名前を名乗りな。お前みたいな奴、俺は嫌いじゃねぇぜ」

 「遊佐様……」

 スクィーラの目から涙が零れた。

 「お前は正真正銘の人間だ。だから胸を張りな、お前等バケネズミの不満ってヤツをあの町の連中に思い知らせてやれ。使い捨ての道具じゃねぇってことをよ。単なる家畜が
こんな凄ぇことできないだろ? 今日で神の名を騙る連中からは「卒業」でいいだろ?」

 「本当に感謝します……、貴方が……、貴方こそがメシアだ……!」

 椅子から降り、司狼の両手を固く握り締めるスクィーラ。

 司狼の胸は高ぶっていた。お膳立ては全て揃っている、町の連中に一泡吹かせてやろう。ツケを清算する時が来たのだ、と。

 その時、けたたましい鳴き声で会議室に入ってきたバケネズミ。

 「ちょ!? 何々?」

 エリーも飲んでいたお茶を思わず噴いてしまった。

 会議室に入ってきたバケネズミは全身傷だらけで見るからに痛々しい姿だった。よく見れば片足の骨が折れているようだ。ボロボロのバケネズミは、
スクィーラに縋り付き、必死に何かを訴えている。

 「こいつ、何言ってるんだ?」

 「遊佐様、この者は他のコロニーの者です。どうやら町の不興を買ったようで、今現在この者のコロニーが五人の「死神」によって攻撃を受けているんだとか」

 「死神?」

 「ええ、我々バケネズミが少しでも町に対して反抗したり不興を買ったりした場合には町から「死神」が差し向けられることになっているのです。「死神」と呼ぶ
のは単なる比喩に過ぎませんが、我等にとってはそう呼んだ方がいいのかもしれません。連中は我等バケネズミを「監視」する役職の者達です。バケネズミのコロニー
を丸ごと消滅させる為に五人一組でチームを組んで、コロニーを攻撃するのです」

 「へぇ……、じゃあ俺はちょっくらそいつらに「挨拶」に行ってくるわ」

 「え?」

 スクィーラの呆気に取られた顔を尻目に、司狼は会議室を出ようとする。

 「遊佐様! 危険です! お戻りください!」

 「心配いらねぇって。所でそいつのコロニーはこっからどれ位だ?」

 「……おおよそ北東に二十キロ程だそうです」

 「サンキュー。それじゃちょっくらひと暴れしてくるわ」

 自分をバケネズミと見せかける為に大きめの布を借り、自分の身体に身に着ける。『攻撃抑制』並びに『愧死機構』が呪力を持つ人間達に備わっているのだとすれば、戦いにすら
ならないだろう。司狼にとっては少々物足りない気もしたが、連中の力を見る為にあえてバケネズミのふりをすることにした。

 間違って攻撃された場合は聖遺物の力を持つ自分がどこまえ耐えきれるのか試したかった。

 司狼は森を走り抜ける。聖遺物の使徒としての力は身体のあらゆる面を強化させていた。超人的体力に加え五感の鋭敏化という能力が加わったのだ。
コロニーの方角に近づくにつれて爆発音やバケネズミの悲鳴のような声が聞こえてくる。どうやら目的地は近いようだ。

 時速に換算すれば二百キロは超えているだろうか? 新幹線にも匹敵する速度で目的地である攻撃を受けているコロニーに向かう。

 それから数分後、ようやく司狼は目的地のコロニーに到着する。が、そこには凄惨を極める光景が広がっていた。

 コロニーの周囲一帯はバケネズミの血と臓物が無造作に散乱、鼻腔を突くような血の臭いが充満し、さながらスプラッタホラーのワンシーンを思わせる惨状だった。

 逃げ纏うバケネズミの兵士達の悲鳴が辺りに響き渡り、町の人間達による虐殺(ホロコースト)の舞台と化している。

 逃げ回るバケネズミ達は一人、また一人と肉体が破裂し、周囲を更に血で染める。

 もはやその光景は「戦い」にすらなっていなかった。圧倒的なまでの力、「呪力」を使い、バケネズミ達を虫ケラのように殺していく。

 スクイーラの言ったことは本当だった。町の人間達はバケネズミの命など家畜と同等程度としか思っていない。幾ら知能があろうが連中に
とってはそれは何の躊躇いの要素にもならない。

 自分達と違って醜い「化け物」の姿をした者達に何の情けをかける必要があるだろうか?

 所詮使い捨ての道具をいつ捨てようが構わないのではないか?

 町の人間の思考回路は所謂こんなものだろう。スクィーラの話を聞いていても町の人間に対する憤りを覚えた司狼だが、実際にその目で見てみると
その憤りが更に増していく。

 黒いフードを被った五人は無慈悲にバケネズミ達を殲滅していく。そこには一切の躊躇も情もない。機械的にバケネズミを「駆除」しているだけだ。

「た、たすケて……!」

 人間の言葉でハッキリとそういったバケネズミは司狼の足元で力尽きる。

 その瞬間、身体に衝撃波が走る。軽くのけぞったものの、直ぐに体勢を立て直す司狼。

 その衝撃で羽織っていたフードが取れ、司狼は身体を曝け出す。

 司狼の姿を見て、黒衣の監視官達は一様に驚いた様子だった。

 「ば、馬鹿な……。人間だと!?」

 「に、人間を攻撃してしまった……。ん? 『攻撃抑制』と『愧死機構』が発動しない……!?」

 人間を攻撃したことを認識したのならばそれら二つが発動する筈である。しかしフードが取れ、司狼が「人間」だと分かったにも関わらず、監視員達は苦しむ様子すらも
見せない。

 二つの機構が発動しないことには司狼自身も驚いていた。

 「おいおい……! 何が『攻撃抑制』と『愧死機構』だよ……。俺には全っ然働かないじゃねぇか」

 「君は町の人間なのか……? それにしては見慣れない服を着ているな」

 「ん? ああ、これは俺なりのスタイルなんだ」

 監視員の一人が、司狼に話しかける。

 「アンタら、このコロニーを潰してるんだってな?」

 「ああ、そうだが?」

 「今すぐ退いちゃくれねぇか? こいつらが何したかは知らねぇけど、コロニーごと滅ぼすのはちっとばかしやりすぎじゃねぇの?」

 「君には関係のないことだ」

 「ああ、そうかい。そう言うと思ったぜ。ちなみに俺はバケネズミの救世主って言えばいいんだっけか? ま、どっちみちお前らとは敵対する関係には違いねぇけどな」

 「君はバケネズミに味方しようと言うのか?」

 司狼は監視官の一人に答える。

 「こいつらは昆虫とは違う、そこいらの動物とも違う。言葉を話すし、服も着る。家も建てるし、武器も鎧も作れる。ああ、感情表現だって豊かさ。そういう奴等は
自分達の今置かれている状況をどう思っているのか知ってるか? 感情も痛覚もない昆虫共じゃねぇんだぜ? 違いといえばせいぜいが姿が違うか、呪力を持っているかだ。
あんだけ知能のある生き物をよくもまぁこんだけ殺せるもんだわな。これが人間とかなら恨まれようが文句言う資格なんてないんだが、バケネズミはこうやって虫ケラみてぇに
殺されることに関して何の不平不満も恐怖も抱かないロボットみたいな存在だとでも思ってんのか? まぁ、お前たちの頭ン中じゃそんな程度しか考えてねぇだろ」

 司狼の問いかけに監視官の一人が答える。

 「我々人間は「呪力」という崇高な力を持っているのだ。薄汚い家畜共と一緒にされるのは迷惑も甚だしいな」

 「おいおい! 単なる念動力を崇高な力だとよ! 傑作だなこりゃ、バケネズミ共虐殺して『無双ゲーム』してる気分か? どうだ、図星だろ?」

 単なる物体を動かすテレキネシスを操り、非力なバケネズミ達を良心の呵責なく殺せる町の人間。

 単なる牛や豚といった家畜とバケネズミは明らか違う。単なる家畜があそこまでの文明を作れるのだろうか? 牛や馬が家を建て、工場を立て、自分の服を作れるか?

 違う、断じて違う。自分が会ったスクィーラは今の現状を憂いていた。自分達は使い捨ての道具であり消耗品。役に立たなければ殺され、不興を買えば殺され、
酷い場合はコロニー全体が消される。

 こんな関係を町の人間達は「良好な関係」だと本気で言っているのだろうか? 所詮獣は獣だから幾ら使い捨てようが罪悪感など湧くわけがない。

 ああ、そうだ。姿は醜く、土の中に住む卑しい生物、バケネズミをどんなに酷く扱おうが構わない。なぜなら「人間とは違う」から。

 寧ろそんな卑しい生き物に「役割」を与えているのだから感謝するべきだ。町の人間に対して無制限の「奉仕」と「服従」をすることこそ町の人間達にとっての「良好」なのだろう。

 「労働を与えているから生存を許してやっているのだ。連中がどんな不満を抱いていようが、反意を持つのであれば「駆除」するだけだ」

 「あー、スクィーラの言うことも最もだわな。こんな程度の低い連中に支配されるのは我慢になんねぇだろ」

 これ以上の話し合いは無駄だと悟った司狼は、懐から愛用の銃、デザートイーグルを取り出す。

 「ったく。何が『攻撃抑制』と『愧死機構』だよ。俺に対しては全っ然効果ねぇじゃねえの」

 「私達も驚きだ。まさか君に敵意と殺意を向けてもそれら二つが全く働かないとは」

 「ま、俺としちゃその方が楽しいんだけどな。来いよ、チンケな念動力で俺を殺せるんならな」

 司狼が身構えるのとほぼ同時に、五人の監視員も臨戦態勢をとった。

 「乾さん、あいつは呪力を受けても死にませんでした」

 「ああ、皆、油断するな!!」

 その声と同時にまたしても司狼の身体に衝撃が走る。

 「ちぃ!!」

 司狼は、森の中に逃げ込み、呪力による攻撃から逃れる。五人の「死神」の繰り出してくる呪力を避け続ける司狼。

 「喰らいやがれ!!」

 森の中を移動しつつ、右手に持つデザートイーグルを五人に向け、トリガーを引く。

 銃弾は確実に五人に当たった筈だ。が、銃弾は五人の目の前で「停止」している。呪力による防御壁だ。

 「へぇ! 面白ぇじゃねぇか!!」

 呪力の力を目の当たりにした司狼は更に銃撃を五人に浴びせる。しかしそのどれもが呪力により防がれてしまう。

 呪力を持つ者と戦う上で、必要なのは視界に入らないようにすることだ。最も、聖遺物の使徒としての力がある今の司狼をあの五人は未だに殺しきれないのだが。

 司狼は常人を遥かに上回るスピードで森の中を縦横無尽に駆け巡る。木から木へ飛び移るのかと思わせておき、飛び移る寸前で足で木を蹴り、反対方向に飛ぶ。

 さしもの呪力使い達も司狼のスピードを捉えきれていないようだった。素早さの上では諏訪原で生死のやり取りをした「カズィクル=ベイ」には劣るかもしれないが、
それでも形成段階に達した司狼の速さはバケネズミの監視官達を見事に翻弄していた。

 真理亜の話によれば、神栖66町の住人達は全員視力が良い。なぜかというと呪力という力は、それを行使する上で目標を視認する必要があり、より遠くの物を見ることが不可欠なのだ。

 バケネズミは今の司狼程のスピードで動き回れる筈もなく、バケネズミ退治に慣れた連中にとって今の司狼は予想外の強敵というべきだろう。

 先程バケネズミ達の身体を破裂させた力も司狼にとっては身体に軽い衝撃が走る程度だった。「ルサルカ=シュヴェーゲリン」から奪い取った魂の数はおよそ一個連隊分の人数。
それだけの人間の魂から生成される不可視の霊的装甲は呪力でも壊すことが容易ではないようだ。

 単純に多くの魂を吸収した者程、その強度は高くなる。教会でのベイとの戦いでは劣勢を強いられはしたものの、通常の銃火器などでは殺すことなどできないレベルには到達している。

 しかし視界に入った段階で、あの五人に銃撃を浴びせることは意外に困難だった。

 銃撃を浴びせても、呪力によってそれが防がれてしまうからだ。呪力使いを殺すには「不意打ち」、これしかない。

 視覚外からの攻撃、もしくは意識していない場所からの攻撃には呆気ないという程脆い。強大な呪力を使うとはいえど、肉体的には生身の人間。

 司狼の攻撃をまともに受ければひとたまりもない。

 脳天か急所に一発でも銃弾を入れることができればそれで勝利は確定するのだが、五人は円陣を組んで、死角を作らないようにしていた。

 更に、司狼が森の中を尋常ではないスピードで逃げ回っているとはいっても自分の身を隠せる木々は次々と呪力によって叩き折られるか、燃やされていく。

 余りにも多くの木々を燃やしたせいか、司狼達の周囲一帯は森林火災になっている。最も、単なる火で司狼が死ぬわけもないのだが。

 が、司狼は周囲が火災であることを利用しようとした。聖遺物の使徒である自分は只の火などで死ぬ身体ではない。周囲に燃え広がる火の中からの

 攻撃は防げるだろうか? 自分の身を隠せる程度には大きな火も多い。周囲に漂う煙、燃え広がっていく火は自分の姿を隠す上で最高のカムフラージュ効果を果たすだろう

 (馬鹿が、俺は単なる火なんかじゃ死なねぇんだよ。俺を直接殺そうとする余り、周囲の状態に目を配ってねーからだ)

 それに司狼には聖遺物の使徒としての力がある。

 デザートイーグルでただの銃弾しか発射できないわけではない。ルサルカから奪い取った「血の伯爵夫人」の拷問器具の数々。それらを銃の弾丸に込め、発射することができる。

 鎖。針。車輪。桎梏。短刀。糸鋸。毒液。椅子。漏斗。捻子。仮面。石版。

 多岐に渡り、その総てが人を責め苛むように設計された刑具たち。司狼が手に入れた聖遺物は、すなわちそういうものだった。名を血の伯爵夫人。

 血を抜き、集めることに特化した、狂った伯爵夫人のコレクション。

 司狼は、燃え広がる炎の中に気付かれないように慎重に移動する。

 どうやらあの五人は自分の姿を見失っている状態のようだ。

 このまま更に十分程炎の中で息を殺しながら、五人を見守る。

 五人は司狼が攻撃してこないのを見て、逃げたのではないか? などと会話している。五感の超鋭敏化により、数十メートル離れた所の会話でも聞き取れるようになった。

 (甘ぇよ馬鹿が!!)

 司狼は五人が警戒を解いた一瞬の隙を突く。

 好機はこれ一度きりだ。これ以上炎の中にいると五人が周囲の炎を呪力で消してしまう可能性がある。僅かに五人が安堵の表情を見せたその刹那だった。

 炎の中からデザートイーグルの銃口を五人に向け、トリガーを引く。

 50AEの弾丸が爆ぜたかと思えば、巨大な車輪が五人目掛けて突進していく!

 完全に不意を突かれたせいか、突然の攻撃に五人は何が起こったのかも分からず、巨大な車輪は五人の内三人を無慈悲に轢殺する。

 司狼はこの隙を逃さなかった。全速力で炎の中から飛出し、残り二人目掛けて発砲、発砲、さらに発砲。

 弾丸は派手に爆ぜ、今度は数十もの針と化し、気が動転している二人を襲う。

 「ぎゃぁぁぁ!!??」

 「ぐがぁ!?」

 数十もの針は二人の体中に突き刺さり、一人はそのまま息絶えた。

 もう一人に関しては両目に針が刺さり、視界が完全に絶たれていた。

 「うわぁぁ!! 目が! 目がぁぁぁぁ!!!」

 刺さった針を抜き、潰された両目を覆いながらのたうち回る。

 潰された両目から夥しい血が流れている。確か「乾」と呼ばれていた監視員の一人だ。

 「ど、どこだ!? どこにいる!?」

 すっかり気が動転している乾の腹に軽く蹴りを入れる司狼。

 「げぼぉ!?」

 軽く蹴っただけのつもりだったが、乾は数メートルも吹き飛ばされ、身体が大木に叩きつけられた。

 「げぼっ! ごぼっ!」

 血が混じった嘔吐物を口から吐き出している。

 「よぅ。人の命を貪りつくす狂気も、強烈なまでの渇望も、バケモンじみた凶悪さも、人外としか思えねぇ頑丈さも何もかもが足りなすぎんだよテメエ等。神様気取んなら最低限これ位のレベルになっとけや」

 「く! 糞! 何故バケネズミなどの味方をする!?」

 「あいつらの味方するっていうより単にお前等町の連中が気に入らねぇだけなんだけどな」

 「今まで良好な関係を築いてきたのに、それを裏切ったのはバケネズミ共だ!! そいつらのコロニーを消して何が悪い!?」

 「今の今まで散々あいつらのこと奴隷扱いしといて何が『良好な関係を築いてきた』だ? ギャグにもなんねぇよその言葉」

 これ以上話しても無意味と悟った司狼は、銃口を乾に向ける。と、司狼は、森の中からこちらの様子を見守る、乾達に潰されかけていたコロニーのバケネズミ達の生き残りに気付く。

 「よう! お前等! こいつをお前等の好きにしていいぜ!!」

 そう言うと、数十匹のバケネズミ達が森の中から出てくる。そして誰もが殺気を孕んだ眼光をしていた。そして乾の所まで来ると、縄で手足を縛り上げ、洞窟の中に連行していく。

 「なっ! 何をする!? 汚らわしいバケネズミ共! 私が誰か知っているのか!? 私を殺せば町が黙っていないぞ!?」

 「せいぜい吠えてろアホが。殺す覚悟はある癖して殺される覚悟がねぇヘタレが喚いてんじゃねぇよ」

 洞窟の中に連行され、喚き散らす乾にそう言うと、司狼は塩屋虻コロニーに帰っていった。

 それに司狼には聖遺物の使徒としての力がある。

 デザートイーグルでただの銃弾しか発射できないわけではない。ルサルカから奪い取った「血の伯爵夫人」の拷問器具の数々。それらを銃の弾丸に込め、発射することができる。

 鎖。針。車輪。桎梏。短刀。糸鋸。毒液。椅子。漏斗。捻子。仮面。石版。

 多岐に渡り、その総てが人を責め苛むように設計された刑具たち。司狼が手に入れた聖遺物は、すなわちそういうものだった。名を血の伯爵夫人。

 血を抜き、集めることに特化した、狂った伯爵夫人のコレクション。

 司狼は、燃え広がる炎の中に気付かれないように慎重に移動する。

 どうやらあの五人は自分の姿を見失っている状態のようだ。

 このまま更に十分程炎の中で息を殺しながら、五人を見守る。

 五人は司狼が攻撃してこないのを見て、逃げたのではないか? などと会話している。五感の超鋭敏化により、数十メートル離れた所の会話でも聞き取れるようになった。

 (甘ぇよ馬鹿が!!)

 司狼は五人が警戒を解いた一瞬の隙を突く。

 好機はこれ一度きりだ。これ以上炎の中にいると五人が周囲の炎を呪力で消してしまう可能性がある。僅かに五人が安堵の表情を見せたその刹那だった。

 炎の中からデザートイーグルの銃口を五人に向け、トリガーを引く。

 50AEの弾丸が爆ぜたかと思えば、巨大な車輪が五人目掛けて突進していく!

 完全に不意を突かれたせいか、突然の攻撃に五人は何が起こったのかも分からず、巨大な車輪は五人の内三人を無慈悲に轢殺する。

 司狼はこの隙を逃さなかった。全速力で炎の中から飛出し、残り二人目掛けて発砲、発砲、さらに発砲。

 弾丸は派手に爆ぜ、今度は数十もの針と化し、気が動転している二人を襲う。

 「ぎゃぁぁぁ!!??」

 「ぐがぁ!?」

 数十もの針は二人の体中に突き刺さり、一人はそのまま息絶えた。

 もう一人に関しては両目に針が刺さり、視界が完全に絶たれていた。

 「うわぁぁ!! 目が! 目がぁぁぁぁ!!!」

 刺さった針を抜き、潰された両目を覆いながらのたうち回る。

 潰された両目から夥しい血が流れている。確か「乾」と呼ばれていた監視員の一人だ。

 「ど、どこだ!? どこにいる!?」

 すっかり気が動転している乾の腹に軽く蹴りを入れる司狼。

 「げぼぉ!?」

 軽く蹴っただけのつもりだったが、乾は数メートルも吹き飛ばされ、身体が大木に叩きつけられた。

 「げぼっ! ごぼっ!」

 血が混じった嘔吐物を口から吐き出している。

 「よぅ。人の命を貪りつくす狂気も、強烈なまでの渇望も、バケモンじみた凶悪さも、人外としか思えねぇ頑丈さも何もかもが足りなすぎんだよテメエ等。神様気取んなら最低限これ位のレベルになっとけや」

 「く! 糞! 何故バケネズミなどの味方をする!?」

 「あいつらの味方するっていうより単にお前等町の連中が気に入らねぇだけなんだけどな」

 「今まで良好な関係を築いてきたのに、それを裏切ったのはバケネズミ共だ!! そいつらのコロニーを消して何が悪い!?」

 「今の今まで散々あいつらのこと奴隷扱いしといて何が『良好な関係を築いてきた』だ? ギャグにもなんねぇよその言葉」

 これ以上話しても無意味と悟った司狼は、銃口を乾に向ける。と、司狼は、森の中からこちらの様子を見守る、乾達に潰されかけていたコロニーのバケネズミ達の生き残りに気付く。

 「よう! お前等! こいつをお前等の好きにしていいぜ!!」

 そう言うと、数十匹のバケネズミ達が森の中から出てくる。そして誰もが殺気を孕んだ眼光をしていた。そして乾の所まで来ると、縄で手足を縛り上げ、洞窟の中に連行していく。

 「なっ! 何をする!? 汚らわしいバケネズミ共! 私が誰か知っているのか!? 私を殺せば町が黙っていないぞ!?」

 「せいぜい吠えてろアホが。殺す覚悟はある癖して殺される覚悟がねぇヘタレが喚いてんじゃねぇよ」

 洞窟の中に連行され、喚き散らす乾にそう言うと、司狼は塩屋虻コロニーに帰っていった。

 明日に決戦を控えているせいか、内心興奮している司狼は眠れずに、塩屋虻コロニー内を散歩していた。

 コンクリートでできた家々を散歩のついでにじっくりと観察した。見れば見るほどバケネズミ達が元は人間であったことを
理解できる程の技術力だ。

 コロニー内に存在する住宅にしても工場にしても、それらはミノシロモドキに記録されていた情報や知識を元に作られたことを考えても十分に
納得がいく。

 それまでは洞窟内に巣を作り、そこで暮らすという原始的な生活だったにも関わらず、一度知識を吸収すればこれだけ発展できる。しかも一つの
コロニーにはそれぞれ女王がいたにも関わらず、女王から権威を簒奪し、民主的な議会制の政治までする程だ。

 これだけのことができて人間ではないという方が不自然ではないか。しかし幾ら知識を吸収しようと、どれだけ発展したコロニーを作ろうと、呪力を持つ
町の人間達とスクィーラをはじめとするバケネズミ達との間には絶対的な「壁」が存在している。

 真理亜や、ミノシロモドキから聞いたこれまでの歴史を知った上で司狼が考えた結論は、呪力そのものの存在が、今日に至るまでの世界を歪ませた元凶だというものだ。

 そんな力を人間が持たなければ、存在していなかったのならバケネズミという人間に虐げられ、使い捨てられる存在が生まれなかったのではないだろうか?

 今日、他コロニーを襲っていた監視員五人は何の躊躇いも見せずに淡々と掃除でもするかのようにバケネズミ達を殺していった。

 全く馬鹿げた話だ。さして自分達と変わらぬ知性を持つバケネズミ達を殺すのには何の躊躇も見せないのに、いざ自分達が殺される側となったらあれ程までに情けない醜態を
晒すとは。

 司狼の撃った針で両目を潰された監視員の一人の乾は今頃あのコロニーのバケネズミ達に細切れにされているだろう。強大な呪力といえど対象を認識できなければ役に立たない。

 もし町の人間達の、ひいては世界中に存在する呪力使いがもし「人間」に戻るとしたらどうなるのかと司狼は考えた。

 呪力が存在しなければ悪鬼や業魔という存在も生まれず、町の委員会に抹殺される子供達もいなくなる。

 超能力程度の力を持った程度で神様を気取る町の人間には心底反吐が出る気分だった。

 神を名乗るにしても余りにも矮小で、余りにも臆病すぎる。こんなレベルで神を名乗ること自体が神に対する冒涜だろう。

 司狼自身も神の傀儡、玩具という立場は願い下げだった。しかしこの世界の神栖66町という町の委員会、ひいては住人達を神と呼ぶには無理がありすぎる。

 持つ力もかつて自分が戦った聖槍十三騎士団の首魁、ラインハルト=ハイドリヒには遠く及ばない。いや、そもそもラインハルトと神栖66町の人間を比較すること自体がラインハルト
に対する侮辱だ。

 ラインハルトの持つ圧倒的な力の前には今日戦った監視員達など、塵のように消されるだろう。いや、下手をすれば対峙しただけで勝負が決まるかもしれない。

 彼自身と一戦交えた司狼自身が痛い程分かる。諏訪原タワーで戦った時などはこちらが全力でもラインハルトはまるで本気ではなかった。

 笑いたくなる程に力の差が開いていたのだ。神栖66町の人間達も神を名乗るのならば最低限ラインハルト位の力を持っているべきだろう。所詮呪力に頼っているだけで、身体そのものは
生身の人間には違いないのだから。

 司狼が考えていると、不意に後ろから声がした。

 「遊佐様」

 振り返ると、そこにはスクイーラが立っていた。

 「眠れないのですか?」

 「ああ、ちょっと興奮してるみたいでな。明日の夜には決戦だろ? そんでテンション上がってるっつーかそんな所だ」

 事実、明日の夏祭りに乗り込むことで司狼は興奮していた。自分の身体は事故の影響でアドレナリンが過剰分泌している。そんな身体のせいで
短命なのだが、そんなことは聖遺物の使徒の力を得た今ではどうでもいいことなのだが。

 しかし司狼自身、「神を気取る」連中の巣窟である神栖66町に殴りこむことに対して普段以上に気分が高揚していた。

 呪力という力で神を気取る町の人間、そして町の人間に支配されるバケネズミ。しかしバケネズミ達は自分達の真実を知り、町の人間達に反旗を翻すことを決意する。

 司狼自身、自分達の置かれた状況に抗うバケネズミ達と自分を重ねる。

 元の世界にいた時の「既知感」は既にもうない。この状況は今の司狼にとっての「未知」なのだ。

 既知感という呪いから解き放たれ、今の司狼はかつてない開放感に酔いしれていた。

 「スクィーラ、一つ聞きてぇんだけど」

 「何でございましょう?」

 「素性も分からねぇ俺を自分の陣営に入れて大丈夫だったのか? 俺の聖遺物が具現化して周りの森を破壊したんだろ? よくそんな奴を仲間にしようだなんて思ったな」

 「我等バケネズミと、町の人間にはどうしようもない力の差、「呪力」があります。単なる念動力と思うかもしれませんが、これが如何ともしがたい力の差なのです。呪力という力は核兵器にも匹敵する程の絶大な破壊力を持ちます。我等は数こそ多いですが、呪力という力の前には赤子に等しいのです。遊佐様を仲間にすることは我等にとっても「賭け」でした。絶対的な力の差を埋めるにはどうしてもそれに対抗しうる力を持つ者が必要だったのです」

 得体が知れず、町の人間かも分からない自分をバケネズミの陣営に入れたスクイーラに疑問を持っていた司狼だったが、ここに来てようやく納得した。スクィーラにとって自分を味方にすることは博打だったというのだ。

 しかしそれにも納得がいく。監視員達の呪力を間近で見たが、想像以上の強大な力だった。あの力に対抗するにはやはり現状のバケネズミ達の力だけでは心許ない。

 そういう理由で自分を仲間に引き入れる為、一か八かの賭けをしたということか。

 「なんだそういうことか。いや、嫌いじゃねぇぜそういう賭け。最後に勝ちを狙うんならそれ位危険な綱渡りも必要だろ」

 「これも我等バケネズミにとっては必要なことだったのです。町の人間達に……いや」







 ──────────偽りの神に抗う為に


 夕暮れ時、塩屋虻コロニーの広場に集まった兵士達は優に数千を超えている。エリーは祭りで賑わう神栖66町に「間者」と
して入っている。まさか人間がバケネズミの仲間になっているとは考えもしていないだろう。色々と町の中で「工作」をして
くれている。

 身支度を整え、司狼は会議室を出ようとする。

 「あの……、司狼さん」

 「ん? どうしたんだ」

 真理亜と守が不安そうな顔で司狼の元に来る。

 「実はお願いがあって来たんです。町への攻撃をする際に私達の友達、渡辺早起と朝比奈覚を見つけたら、その二人の命を助けてくれませんか?」

 真理亜の話に登場した一班の仲間にして、真理亜と守の親友の二人だ。

 「ま、それが出来ればな。だが生憎とこれは「戦争」だ。見つければその二人を生かしておくかもしれねぇが、その二人が無事に俺に出会える保証はねぇぜ? 
ま、そこんとこはスクイーラにも話を通しておくけどよ。そいつらが俺達と戦うってんなら二人は立派な俺達の「敵」だ」

 司狼の言葉に真理亜は唇をかみ締める。

 「守も消されそうになってようやく分かっただろ? あの町にいれば神様気分でいられるかもしんねぇが、その裏にいる「あぶれ者」の側に運悪く入っちまったんだ。
ひでぇ話じゃねぇか。お前は何の悪さもしてねぇのに処分対象になったんだぜ? それに納得できねぇから町を出たんだろ? 今までの「ツケ」を払う時が来たんだよ、あの町は」

 司狼の言葉に、守は頷く。

 そう、これは紛れもない「戦争」なのだ。尊厳を奪われ、家畜同然の扱いを受けてきたバケネズミ達の怒りを込めた「反逆(リベリオン)」。

 そして人間であるという自分達の誇りを掛けた「戦い」。

 司狼は会議室を出ると、広場に集まったバケネズミの軍隊を率いて、神栖66町に向けて進軍する。

 後ろからは数千のバケネズミの軍団がついてくる。そう、町の人間達は思い知る必要がある。自分達が虐げてきた者達の真の怒りを。

 そして今日はバケネズミ達の……。




 ──────────怒りの日(ディエス・イレ)。

エリーがしてくれた工作によって、神栖66町は混乱の坩堝と化していた。持ってきた大量の火薬を町の至る所に設置し、合図と同時に爆破したのだ。

 案の定、町は大混乱に陥り、夏祭りで賑わっていた町は人々の悲鳴で埋め尽くされた。

 先遣隊のバケネズミの部隊が広場に集まった人々を攻撃していた。が、ここで思わぬ障害が立ちはだかる。

 神栖66町の中でも「最強」と「最高」の呪力者二人によって、優勢から一転、劣勢に立たされていた。

 スクィーラ率いる数百の部隊と共に町の広場の近くまで来た司狼は、家屋の屋根から広場の方を覗く。

 そこには信じ難い光景が広がっていた。二千を超えるバケネズミ達が互いに殺し合っているのだ。

 しかし直ぐに同士討ちの原因が「呪力」であると分かった。

 理由は広場の中央にある櫓の上で太鼓を叩きながら歌っている男だった。その男は真理亜の話に聞いた日野光風、神栖66町「最高」の能力者であり、鏑木と双璧を成す男だ。

 「ずーいずいずっ殺ばし、脳味噌ずい。茶壺に追われてドンピッシャン。抜うーけたら、どんどこしょ。裸のネズミが泡喰ってチュー。あソレ、チューチューチュー」

 呪力で浮かせた太鼓を叩きつつ、聞くに堪えない歌を民衆に披露する日野光風。

 操られたバケネズミ達は持っている槍を味方に振るい、操られていないバケネズミ達は操られている仲間の攻撃に応戦している。

 しかしそれ以上に司狼の気を引いたのは、集まった町の人間達が、バケネズミ同士の戦いを楽しそうに見ていることだった。

 大きな歓声が上がり、バケネズミ同士の殺し合いを完全に見世物として見ていた。

 そんな民衆や日野光風の様子を家屋の屋根から見ていた司狼は、自分が生きてきた中でも最高に不愉快な光景に思えた。

 幾ら知性があろうとも連中はバケネズミ達を人間などと見なしていない、対等などと思っていない。単なる知能があるだけのケダモノ、家畜としか思っていない。

 真理亜の話に聞いた神栖66町最高の呪力者、日野光風。筋肉質な肉体に、自分の首と両手首には数珠を掛け、僧侶のような服装をしていた。禿げあがった自分の頭を撫で回しながら日野光風は
呪力でバケネズミ同士の戦いを見て舌なめずりをしていた。

 そして物見櫓の一番上にいる仮面の男が神栖66町最強の呪力者、鏑木肆星。日野光風が行う悪趣味なバケネズミの同士討ちショーを静かに見守っている。

 「遊佐様。どうしましょうか?」

 スクィーラが尋ねる。

 「ここは俺に任せな。俺一人であの二人の相手をする。お前は離れてろスクィーラ」

 司狼はそう言うと、手にしたデザートイーグルの銃口を日野光風、鏑木肆星のいる櫓に向け、引き金を引く。

 只の銃弾ではない、聖遺物の特性を込めた魔弾だ。

 魔弾は一直線に日野、鏑木の両者に向かっていく。が、魔弾は呪力の壁で防がれてしまった。そして鏑木は二百メートル程離れた家屋の上にいる司狼に視線を合わせる。

 「そこかぁ!!」

 その瞬間、司狼のいた家屋は呪力の力により粉砕された。

 「うわぁ!?」

 スクイーラはその衝撃で家屋から転落するも、なんとか着地し、急いでその場を離れる。

 「できるだけ離れろスクィーラ!! あの野郎、とんでもねぇ視力をしてやがる!!」

 間違いない。司狼が銃弾を放った際には鏑木は日野のショーを見物しており、銃弾を「意識していなかった」。

 しかし飛んでくる銃弾に気付き、呪力でそれを防いだ。恐るべき動体視力だ。

 「そこにいるのは分かっている!! 出てくるがいい!!」

 鏑木の言葉を受け、足早に広場に来た司狼。その瞬間、生き残っていた数百匹のバケネズミ達は一瞬で爆発、四散した。恐らくは日野だろう。

 櫓の上から司狼を見下ろしていた。バケネズミよりも目の前にいる司狼に興味が移ったようだ。

 「馬鹿な……! 人間だと!?」

 「人間がバケネズミの側に付いているなんて!!」

 「もしかして「悪鬼」じゃないか!?」

 広場に集まった民衆は司狼の姿を見て相当に動揺しているようだ。バケネズミに味方をする人間が存在すること自体が信じられないといった様子だ。

 「何をそんなに驚いてんだ? 人間がバケネズミに味方しちゃいけねぇってか?」

 司狼は野次馬をどかせるべく、鎖を具現化させる。

 融合型、肉体と聖遺物を一体化させる攻撃力に特化した戦闘スタイル。自分の身体を融合させた鎖を周囲に展開させ、群集を薙ぎ払うように振り回した。

 「うわぁぁぁ!!」

 「こいつ、人間じゃない! 化け物だ!!」

 司狼の聖遺物の使徒としての力を見ただけで群集はパニックに陥り、広場から離れていく。幾らなんでも呪力で鎖を展開するなどできはしないだろう。

 「驚いたな、呪力とも違う。君の力は一体何なのだ?」

 「今はそんなことどーでもいーだろ? お前等バケネズミを軽く扱い過ぎなんじゃねぇか? 少なくともあいつらには「知能」がある。町の人間に服従を強いられて、尚且つご機嫌取りしなきゃ
コロニーごと消されるってのはどう考えても平等じゃねぇだろ?」

 「がははははは!!! 下等なバケネズミ如き、神の中の神である我等人間の従っておればよいだろう!! 所詮獣でしかない連中と我等が平等だとでも思ったか!?」

 日野光風が品性下劣な高笑いを上げながら言う。

 「人間並みの知能持てば自分達の境遇に不平不満も持つだろうしな。けどこの町の連中は皆バケネズミを言葉を話す獣程度としか見ちゃいないってわけか」

 「先程君を攻撃しても『攻撃抑制』と『愧死機構』が発動しなかった。幸運と呼ぶべきか、不運と呼ぶべきか。此度のバケネズミの反乱の首謀者が君だというのならば遠慮なく排除させてもらおう」

 「おっ、そうこなくちゃ面白くねぇぜ。かかってこいよ、「最強」と「最高」さん」

 神栖66町、最強と最高の呪力者二人に相も変わらず軽佻浮薄な口先だった。

 挨拶代わりとばかりに銃口を二人に向け、トリガーを引く。しかし呪力で出来た壁の前に、銃弾は止められる。そして次の瞬間、司狼の身体に衝撃が走った。

 昨日の監視員達が使ったバケネズミを破裂させる技か。司狼は全速力で広場の周囲にある家屋の屋根に飛び移る。ひとまずは距離をとった方がいいだろう。

 司狼は鏑木と日野という二人の能力者を同時に相手にしなければならなくなった。赤毛の魔女から奪い取った聖遺物のお陰で今では聖遺物の使徒
としての力を有する司狼。呪力は確かに強大な力ではあるものの使い手自身は生身の人間だ。対して司狼は聖遺物の使徒として普通の銃火器や爆弾
などでは殺せない身体となっている。


 地球すらも破壊できる程の力を有してはいるものの、脳天に銃弾の一発でも入れればそれでお陀仏になる。問題は鏑木自身の動体視力の異常性だ。
通常の人間の範疇を超えるレベルの反射神経、360度全方位を見渡せ、遮蔽物すらも見通す視力。

 スピードこそエイヴィヒカイトの力の影響によって強化されてはいるものの、予想以上の反応速度を持つ鏑木に司狼は内心で舌打ちをした。

 しかしそれでも身体そのものは普通の生身の人間な分、元の世界で戦った黒円卓の第四位、ベイのような出鱈目な身体の作りをしていない分
幾らかマシな相手といえる。それに先程から身体に衝撃が走ってくる。恐らくはバケネズミを破裂させて殺す技だろうが、数千人分の魂を保有している
聖遺物の使徒の強度を考えれば心地良いマッサージでしかない。聖遺物の使徒は同じ聖遺物を持つ者でしか倒すことも殺すことも傷を負わせることも
できない。

 憂いがあるとすれば鏑木自身の視界の広さ故に攻撃を繰り出しても呪力で防がれてしまうということだけだ。何か決定打になる技でもあればよいのだが、
今の自分の持つ技の全てを総動員しても恐らく呪力で止められるだろう。遮蔽物すらも見通す鏑木の目はどこに回り込もうと発見される。今使用しているエイヴィヒ
カイトの力でゴリ押ししようとも考えた。だがそれらを使っても恐らく止められる。

 二人は先程から司狼の身体を破裂させる為に呪力による攻撃を仕掛けてきているが、それと同時に司狼の身体の自由を奪おうと金縛りのような技まで仕掛けてきた。
しかし司狼は力づくで呪力による拘束を振りほどく。多くの魂を保有している分、腕力やその他の力は軒並み強化されている聖遺物の使徒を単純な念動力で縛ることは
できないだろう。しかし問題は拘束と衝撃波が交互に司狼に降りかかるせいで司狼のスピードが殺されていた。拘束を振りほどくには案外力が必要で、その度に
動きを止められているのだ。時速数百kmの速さで二人の周りを駆け抜けているにも関わらず捉えられているということは恐らく鏑木がやっているのだろう。これ程の
速さを易々と捉えるとは脅威の動体視力と言える。

 呪力は単純に言えばサイコキネシスなのだが、その応用性の高さたるや司狼自身も驚嘆する程だ。火を放ったり地面を砂に変えたりと千変万化の攻撃手段のせいで
司狼自身も手を拱いていた。

 呪力は強大無比な力なれど使用者が人間なので不意打ちには驚く程弱い。しかしその不意打ちをするにしても鏑木の持つ目のせいで中々仕掛けられないでいた。

 大量の木と石で構成されたミサイルが恐るべきスピードで司狼に襲い掛かる。休む間もなくそれは続き、司狼の足場である家屋が無残に粉砕されていく。呪力を応用した絨毯爆撃とも呼ぶべきか。

 家屋から家屋に飛び移りつつ、二人に向けて銃弾を放ち続ける。発砲。発砲 さらに発砲。一発一発に聖遺物の特性を付加させた弾丸だ。しかしどれもが呪力の盾で悉くが防がれてしまう。

 単なる念動力かと思えば実に応用の利く異能だ。物体を動かすだけでなく、呪力を使って防御壁を作り出し、バケネズミ達を操る。単なるサイコキネシスと馬鹿にしていた司狼であるが、
ここに来て見方を改める。攻防一体を絵に描いたような能力だ。

 司狼は一旦広場に戻り、二人がいる櫓に向かって一直線で向かっていく。

 鏑木と日野は呪力で周囲にある材木や石を持ち上げ、司狼目掛けてそれを一斉に放った。司狼は自分の顔面に迫る漬物石を軽く首を捻って避けるのと同時に
宙を蹴って自分の腹目掛けて弾道ミサイルの如き速さで飛んできた長さ十メートル前後の材木の上に飛び乗り、材木の上を走りつつ、鏑木と日野目掛けて猛然と駆け抜ける。

 両手にはデザートイーグルが握られており、銃口を二人に向けると人間離れした早業で銃弾を放つ。が、放たれた銃弾は呪力の壁に阻まれてしまう。
そして日野光風がにたりと不気味かつ野卑な笑みを浮かべる。元々暑苦しく醜いとも思える顔ではあるがそんな顔が更に酷くなったように思えた。

 材木から降り、地面に着地するのと同時に左から巨大なダンプがぶつかってきたのかと思う程の衝撃が司狼を襲う。が、直ぐに状況を理解できた。

 直径数メートルはあろうかという巨大な岩が自分の真横から襲ってきたのだ。今思えば呪力同士は干渉する。先ほど二人が周囲にある材木やら石やらを呪力で持ち上げた
かに見えたが、実際に呪力を使用していたのは日野か鏑木のどちらか一人だけで、その一人が周りの物体を動かしていたのだろう。互いの呪力が干渉するのを避けたのか。今自分の真横から
ぶつかってきた岩は二人の内誰かがやったのだろう。しかし巨大な岩の攻撃も今の司狼にとっては致命的な痛手とはならない。

 聖遺物の使徒は聖遺物の使徒でしか殺せないのだから。ルサルカから奪った魂の数、並びに保有する魂から換算した霊的装甲を考慮するのならば単なるサイコキネシスを
用いての物体ミサイルは司狼を殺すことはできない。

 魂の数が多ければ多いだけ「格」は上がる。聖遺物の使徒たるベイの放つ杭と比べれば微々たるダメージに過ぎない。

 呪力が干渉し合うのを避けるということは、二人同時に呪力を発動できないということだ。

 超人的な速さで二人の周囲を走っているのだ。360度全方位をカバーできる視力を持つ鏑木が防御担当、そして日野が多数の物体をミサイルにし、司狼目掛けて放つ攻撃担当ということになる。

 つまり、攻撃と防御を行う際、必ず合間に「隙」が生じる。鏑木が防御を解いた瞬間、日野が呪力を発動し、攻撃を仕掛けてくるのだとすれば、攻撃担当の日野から、防御担当の鏑木に移行する瞬間に決定的なチャンスが訪れる筈だ。

 呪力同士がかち合うのを避けることは学校の授業で習うと真理亜が教えてくれた。

 しかしながらその「隙」を突いた所で超人的なまでの動体視力を持つ鏑木に防がれてしまうのではないだろうか? 司狼がそう思っていると不意に背後から声が聞こえた。

「遊佐様! 助けに来ました!!」

 スクイーラの声だ。

 後ろを振り向くと、崩れた家屋の陰から火縄銃と弓矢を持ったバケネズミの兵士達が銃口を鏑木と日野に向けていた。

 「放て!」

 しかしそれらの攻撃は悉く呪力で防がれてしまった。

 「薄汚いバケネズミ共めが! 神たる我等に反逆したことを思い知るがいい!!」

 バケネズミの兵士達は呪力の力で空中に浮かび上がり、次々と四肢をもぎ取られていき、兵士達の悲鳴が広場に響き渡る。

 「そーれ! ほいほいほいほいほいほい!!」

 日野光風は奇声を上げながら、呪力の力でバケネズミ達の身体を引き裂いていく。

 「あーい、あいあいあいあいあいあいあい!!!!」

 塵くずのように散っていくバケネズミ達の姿を見て、恍惚とした表情を浮かべている日野。

 一片の慈悲も戸惑いも情けもなく、遊び道具のようにバケネズミ達を殺していく。そう、目の前にいる存在は「神」などという大それた存在ではない。

 呪力という能力を得て、万能の神になった気でいる「だけ」の人間だ。そう、自分の力に酔いしれている。自分が神と崇められることが何よりも楽しいのだ。

 この町の人間達にも言えることだ。呪力を持たず、獣のような姿、獣のような生き方をするバケネズミ達を酷使し、命を弄び、辱める。

 そしてそれが当然のことだと思っているのだ。どんなに知能があろうが獣は獣、所詮呪力を持つ自分達人間に従うだけの「道具」だと。

 思えばこの世界の歴史を真理亜とミノシロモドキから聞いた時にも思った。この世界が歪んだ根本たる原因、「呪力」。

 そんな力が生まれなければ、今の世界はここまで変化しなかっただろう。バケネズミなどという存在も生まれてはいない。

 呪力を持たない者達はバケネズミへと変えられ、辛酸を舐めさせられてきた。悲惨とも呼べる自分達の歴史を知り、立ち上がったスクィーラ。

 そのスクィーラが今、日野の呪力で空中にいる。身動きが取れない状態だ。

 「お前は確か野狐丸。それ程恵まれた地位にいながら我等人間に反旗を翻すか」

 「私は野狐丸ではない!! スクイーラだ!!」

 「ほう、我々から貰った崇高な名をいらないと申すか」

 「呪力があるだけで本当の神になった気でいるのか!? 我等の姿かたちを変えて、尊厳も自由も踏みにじる「神」など私は絶対に認めない!!」

 スクィーラが鏑木に啖呵を切る。

 「はははは!!! 貴様らバケネズミに尊厳も自由も最初からないわ!! 我々人間に「生かされている」だけの穢れた存在が何を抜かすか!!」

 スクィーラの叫びを日野があざ笑うかのように切って捨てる。

 スクィーラの魂からの叫びに呼応するかのように司狼の中にある「渇望」が目を覚ましていく。

 「所詮貴様等バケネズミは我等に従っておればよいだけの話だ。獣風情の誇りなど知ったことかぁ!!」

 日野のバケネズミの尊厳を、誇りを否定する言葉を吐いたその瞬間、司狼は爆ぜた。

「ふざけんな、笑わせんな、舐めんな! テメェ等みてぇな屑神、俺は絶対認めねぇ!!!」

 司狼の中で自身が持つ神への計り知れない程の憎悪と憤怒が爆発した。そして気づけば呪詛の言葉を口にし始める。

 そう、そんな能力で奢るのならば、その程度の力で神を気取るのなら、お前等の能力を全て残らず消し去ってやろう。神の名を語る者達への果てしないまでの
怒りと憎しみが言葉となって紡がれていく。


「アセトアミノフェン アルガトロパン アレビアチン エビリファイ クラビット クラリシッド グルコバイ ザイロリック
ジェイゾロフト セフゾン テオドール テガフール テグレトール」


 これこそ司狼の渇望(ねがい)、矮小な念動力程度の力で神を気取る者達へ送る狂気の呪い。そしてこれは自分達を家畜
と蔑む神の名を語る者達からの脱却を望むバケネズミ達の願い。


「デパス デパケン トレドミン ニューロタン ノルバスク レンドルミン リビトール リウマトレック エリテマトーデス」


 今こそその身をもって思い知るがいい。何の能力も異能も持たない只の人間に「戻る」ことを。


それこそが神栖66町の人間へ送る最大級の復讐だろう。呪力こそがお前達のアイデンティティーであり尊厳だろう? ならばその力を全て根こそぎ奪ってやる。呪力を取り除けばお前達も単なる「人間」だということを思い出させてやる



「ファルマナント ヘパタイティス パルマナリー ファイブロシス オートイミューン ディズィーズ アクワイアド インミューノー
デフィシエンスィー シンドローム 」


 さあ、呪力を持たざる存在に「戻る」がいい。


 ――Briah(創造)――


「悪 性 腫 瘍 ・ 自 滅 因 子
<マリグナント チューマー アポトーシス >!!!」

 狂気的なまでの渇望により、創造位階にまで達した司狼。

 そして司狼の渇望である「自滅因子」は神栖66町全体を覆い尽くしていた。この範囲にいる限り、司狼が作り出す世界のルールを強制される。

 神の名を騙る者達への確かな呪い、怨念にも近い渇望から生み出された力は広場にいる日野にも鏑木にも効いていた。

 宙を浮かんでいたスクィーラと数十の部下の兵士達は司狼の創造が発動した瞬間、地面に落ちた。理由は簡単だ、日野の呪力が「なくなった」からだ。

 「ば! バカな!? じゅ、呪力が……!」

 「あ、ああ……! く、糞!! 何故呪力が発動しない!?」

 二人は自らの身に起きている異常事態に気づき、激しく狼狽し始める。今までは呪力のお陰で「神」として振舞ってきた。そしてその力があるからこそ、数の多いバケネズミ達は
従ってきたのだ。

 だが絶対的な力である呪力が消失している状態の今はどうだろうか? 櫓の上にいる二人は呪力を持たない「人間」に過ぎない。

 正に牙をもがれた狼という言葉が似合う。

 「どうだ、自称「神様」さんよ? 呪力のない今のお前等二人をあいつ等は「神」として見てくれるか?」

 司狼は物見櫓の近くに来て、地を蹴ってジャンプする。そして動揺する日野光風の前に立ちはだかる。

 「く! 糞! 呪力さえあれば……!」

 「どうした? 呪力がなきゃ何にもできねぇかタコ助」

 司狼は、日野の首を掴み、日野の巨体を持ち上げる。

 「が……、ぐ、苦じい……!!」

 日野は足をばたつかせながら必死にもがく。だが聖遺物の使徒の力を持つ今の司狼の力の前では無力な人間に過ぎない。

 「おいスクィーラ!! こいつ、お前の好きにしていいぜ!!」

 司狼はそう言うと、日野を掴んだまま、櫓の下に飛び降りる。そしてスクィーラとその部下達の前に日野を放り投げる。

 スクィーラは頷くと、部下に日野を縛り上げるように命令する。

 「よ! よせ! 私を誰だと思ってる!? 神の中の神たる日野光風だぞ!! やめろ! 寄るな! 放せ! 穢らわしいネズミ共め!!」

 スクィーラの部下達は、じたばたと暴れる日野を押さえつけながら、手足を縄で縛り上げる。

 「あ、念のために両目潰しとくか」

 司狼は縛られている日野に近づき、日野の両目に自分の指二本を深々と突き刺す。

 「うぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!???? 目が! 目がぁぁぁぁぁぁああ!!??」

 司狼に両目の視力を奪われ、絶叫する日野。

 「連れていけ」

 スクィーラが命令すると、喚き散らす日野を担いで、部下達は広場を去っていった。

 「さて、と」

 司狼は、物見櫓の一番上にいる鏑木の所まで一気にジャンプする。

 「おい、どこに逃げる気だよ。「最強」の呪力者さん」

 「う!?」

 鏑木は、気づかれないようにこっそりと櫓を降りようとしていた。

 「くっ、糞! よせ、寄るな! 化け物め! 呪力のない人間を殺すのか……? 今の私は何の力もない「人間」だぞ!?」

 先ほど見せていた最強の呪力者としての余裕は消え失せ、すっかり目の前の司狼に怯えきっていた。

 「アホが。生かしとくと思ってんのか?」

 司狼は銃口を鏑木に向け、おもむろに引き金を引く。生半可な苦痛でこいつは殺さない。そう、司狼が所持する聖遺物の中でも最上級の苦痛を与える拷問器具がある。

 「……は!?」

 鏑木の背後には、巨大な穴が開いていた。外周に無数の牙を生やしたそれは、さながら魔物の口である。そこにはいった者は串刺しになり血を搾り取られ、
比喩ではなく食い殺される死の咢 血の伯爵夫人の代名詞とも言うべき、最悪の拷問処刑具その名を、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)。

 「あばよ」

 「あっ……!」

 司狼は鏑木を軽く蹴り、鏑木の背後に開いた巨大な魔物の咢の中に落とす。そして魔物の口はゆっくりと閉じていく。

 「だ! 出してくれ!! やめろ! よせ! 痛い! ここから出せ…………ぐべ!?」

 鏑木は文字通り鋼鉄の処女に「喰われ」てしまった。情けない断末魔を上げながら、神栖66町最強の呪力者は実に呆気なく死んだ。

 「さて、と」

 司狼は、物見櫓の一番上にいる鏑木の所まで一気にジャンプする。

 「おい、どこに逃げる気だよ。「最強」の呪力者さん」

 「う!?」

 鏑木は、気づかれないようにこっそりと櫓を降りようとしていた。

 「くっ、糞! よせ、寄るな! 化け物め! 呪力のない人間を殺すのか……? 今の私は何の力もない「人間」だぞ!?」

 先ほど見せていた最強の呪力者としての余裕は消え失せ、すっかり目の前の司狼に怯えきっていた。

 「アホが。生かしとくと思ってんのか?」

 司狼は銃口を鏑木に向け、おもむろに引き金を引く。生半可な苦痛でこいつは殺さない。そう、司狼が所持する聖遺物の中でも最上級の苦痛を与える拷問器具がある。

 「……は!?」

 鏑木の背後には、巨大な穴が開いていた。外周に無数の牙を生やしたそれは、さながら魔物の口である。そこにはいった者は串刺しになり血を搾り取られ、
比喩ではなく食い殺される死の咢 血の伯爵夫人の代名詞とも言うべき、最悪の拷問処刑具その名を、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)。

 「あばよ」

 「あっ……!」

 司狼は鏑木を軽く蹴り、鏑木の背後に開いた巨大な魔物の咢の中に落とす。そして魔物の口はゆっくりと閉じていく。

 「だ! 出してくれ!! やめろ! よせ! 痛い! ここから出せ…………ぐべ!?」

 鏑木は文字通り鋼鉄の処女に「喰われ」てしまった。情けない断末魔を上げながら、神栖66町最強の呪力者は実に呆気なく死んだ。

 司狼の創造により、呪力を封じられた神栖66町の人間達は呆気なくバケネズミ軍に降伏した。町民達はバケネズミの軍に投降し、広場は大勢の投稿者達で埋め尽くされた。

 スクィーラは兵士達に町民に対する虐殺を禁じ、一旦全町民を広場に集め、自分達バケネズミの真実を町民達に伝えようとした。

 兵士達にコロニーからミノシロモドキを持ってこさせ、町民達に自分達バケネズミの正体と、過去をミノシロモドキを通じて伝える。

 町民達はバケネズミが元は人間であったという事実に驚き、誰もが面食らっていた。

 これまでバケネズミ達に対し、高圧的な態度で服従を強いてきた人間達が、今はバケネズミ達を恐れている。

 「形勢逆転」という言葉がこれ程似合う時はないだろう。

 「貴方達の処遇に関しましては、我等バケネズミを「人間」だと認めるか否かによって変わります。このミノシロモドキに記されていた記録が正しければ我々は元々人間でした。
しかし私達は五百年もの間、呪力を持つ人間、即ち貴方達に服従を強いられてきました。そのことは変えようのない事実です。しかし我等も鬼ではございません。皆さん方が私達
バケネズミのことを「人間」だと認めてくれさえすれば、今後も共生していくことを約束しましょう。ただし、我々のことを人間と認めない場合、「死」という運命が待っている
ことをお忘れなく。我々は貴方達と「対等」の関係を結びたいと思っております」

 スクィーラがそう集まった町民達にそう告げると、町民達は次々にスクィーラに罵声の言葉を浴びせ付ける。

 「ふざけるな! 貴様等を人間と認めるものか!!」

 「そうだ! 罪もない町の人達を殺しておいて!!」

 「薄汚い鼠風情がえらそうに言うな!!」

 町民達は口々にスクィーラ、ひいてはバケネズミの兵士達を罵倒する。それまで黙っていた司狼は、町民達の前に乗り出す。

 「ゴチャゴチャ五月蠅ェよ、テメエ等。散々こいつら殺してきた癖して自分達がやられれば嫌だってか? スクィーラはお前等にチャンスを与えてやったんだぜ? そのチャンスを自らフイに
しちまうとは救えねぇよ、お前等全員」

 そう言うと、空に向けてデザートイーグルを発砲する。すると民衆のバケネズミ達に対する罵詈雑言、野次はピタリと止まった。

 「今はお前等は何の能力もない単なる「人間」だってことを忘れんな。何の能力も持たねぇバケネズミ共が如何に呪力を持ったテメエ等町の人間に怯えてきたか考えてみろや。今のお前たちが
俺やここにいるスクィーラを恐れているのと同じ気持ちなんだよ」

 司狼の言葉に、集まった投降者達は黙り込む。暫らく静寂が続いたが、突如としてそれを破る者が集まった群衆の中から現れる。

 神栖66町、倫理委員会の議長である朝比奈富子だった。

 「悪いけど貴方達の要望は聞き入れられないわ。薄汚れたバケネズミ風情を人間と見るなんて天地がひっくり返ったって無理なお願いよ。ケダモノの分際で私達と対等にしろ
なんて冗談でも笑えないわね」

 「我等は歴史を知りました。そして自分達の真実を知り、それを打破するべく今回の行動をしたのです。貴方は我等が人間だったという事実を知っていたのですか?」

 「ええ、勿論」

 「では私達をなぜ人間とは見ないのですか?」

 スクィーラの言葉に朝比奈富子は嘲るような笑い声を上げながら答える。

 「ふふっ、呪力も持たない薄汚くて醜いバケネズミなんか端から人間として見るわけないじゃない? 貴方達は私達町の人間に従ってさえいればいいのよ」

 塵でも見るかのような目でスクィーラを見る富子。

 そんな富子に対し、スクィーラは唇をぐっと噛みしめている。

 「私達にもプライドがあります。貴方達みたいな下等な生き物を認めることなど…………あべ!?」

 次の言葉を発する前に富子の頭部は頭蓋骨と脳味噌を撒き散らして四散した。

 「つまんねぇよお前。そういう考えならさっさとくたばれや」

 司狼は、愛銃デザートイーグルで富子の頭を吹き飛ばした。これ以上この女の戯言など聞くだけ無駄だと思った。

 「と!? 富子様!!??」

 「きゃああああ!!!!」

 「あいつ! よくも富子様を!!」

 町の長とも呼ぶべき存在が殺されたことにより、民衆は怒号を発する。

 「黙れや!! 何ならお前等全員ここで死ぬか!?」

 司狼が一喝すると再び民衆は黙り込む。強みであった呪力を封じられている今、諾々と従う他はないのだ。自分達の命はバケネズミの兵士達と司狼に握られている状態
だ。下手に逆らえば死が待っているということは町民達も理解しているようだ。しかしスクィーラの要求である「対等の関係」並びに「バケネズミを人間として見る」ということが
如何に難しい課題かを思い知らされた。ミノシロモドキに記録された真実をそのまま民衆に伝えたはよいが、中々それを受け入れてはくれそうもなかった。五百年という長きに渡り、
支配者と服従者の関係だったのだ。急にそんな事実を告げられても都合よく納得してくれる展開にはなりそうもない。

 「遊佐様……、私は彼等に「人間」だと認めてもらえれば良いのです……。しかし彼等は我々を受け入れようとはしてくれそうもありません。この戦いが始まる前、部下達の間で
町の人間達を皆殺しにしようと言う意見が多数ありました。しかし私は町の人間達との「平等な関係」が築ければそれでよいのです。1人残らず虐殺すればそれこそ過去の暗黒時代
に存在した暴君達と変わりありません。私は自分の姿が……、この身が憎い……」

 唇を噛みしめ、涙を零すスクィーラ。何か良い解決策はないだろうか?今は司狼の創造が展開している状態とはいえ、これを解除すれば町の人間達の呪力は元に戻ってしまう。

 町の人間達はスクィーラを、バケネズミ達と対等な関係を結ぶことを頑なに拒絶している。恐怖で従えたり、ここにいる群衆を殲滅させても根本的な問題の解決にはならない。

 どうすればよいのだろうか……。

 その時、空から「何か」が来る気配がした。

 尋常ではない気配と圧迫感だ。地球の重力が何倍にもなったかのような圧力が司狼を含む広場にいる者達に襲いかかってくる。

 まるで天そのものが地上に降ってきたかのような感覚だった。そう、これは諏訪原で戦ったラインハルトと
比べても全く引けをとらない程の超存在。

 しかしどこか懐かしい感じがする。そう、司狼自身が最もよく知る「あの男」に似ている。いや、この気配は自分の無二の
親友、藤井蓮だ!!

 すると夜空が刃物で切られたかのように切断され、切り口がぱっくりと開き、異次元のような緑色の空間が空に広がっていく。

 そしてその空間の中に人影が見えた。そして人影は真っ直ぐこの広場に降りて来るではないか!

 「な! 何だ!?」

 「と、突然空が!!」

 「あいつは何者だ!?」

 町の群集は分けも分からず混乱し、パニックに陥っている。しかし降りて来る人影の姿を司狼はハッキリとみた。

 「あいつ、こっちに降りてくるぞ!!」

 人影は広場の中央、群集が集まる真っ只中に降りてきている。町民達は大急ぎで、広場の中央にスペースを作った。

 そして広場の中央に降りてきた青年は司狼にとっての親友、諏訪原で共に騎士団との戦いを繰り広げた藤井蓮だった。

 最後に会った時と寸分違わぬ姿で降臨してきたのだ。

 「よぅ、司狼。元気そうだな」

 「お前もな」

 司狼は友との再会を喜び、蓮の所まで来ると、蓮とガッチリ手を組む。

 「それより大変なことが起きた。今はラインハルトとメルクリウスがマリィを護っているが、「奴」相手にいつまで持つか分からない」

 「奴?」

 「詳しい話は後だ。急いで俺と一緒に来てくれ」

 どうやら蓮は緊急事態のようで、司狼に助けを求めているようだ。

 「幾多の平行世界を回ったが、ここの世界のお前が一番強い。お前の「創造」の世界を見ても分かる。ここにいるだけで息苦しい気分だ」

 蓮に対しても自らの創造である「自壊因子」が効いているようだ。司狼はこの世界での事情を大方蓮に説明した。神栖66町のこと、バケネズミ達のこと、
そしてこの世界が歪んだ根本の原因、「呪力」という存在のことを。

 「……そうか、わかった。なら俺はお前の「創造」をこの世界に広げ、それを「停滞」させる。バケネズミと人間達を「棲み分け」させる為の空間凍結を
国境線代わりにする。それで文句ないな?」

 「ああ、それでいいだろ? スクィーラ」

 「……はい」

 司狼は、この世界で起きているバケネズミと人間、ないし能力者と非能力者の争いに終止符を打つにはこれしかないと考えた。

 蓮の能力である時間停止と空間凍結。司狼の創造である「自壊因子」を世界中にまで広げ、呪力という力そのものを封じる。蓮の能力である「時間停止」
を使い、恒久的に「自壊因子」が働くようにする。

 次にバケネズミの居住区と町との間に「空間凍結」による「境界線」を設け、両者が二度と出会わないようにする。バケネズミと人間との課過去五百年の関係は容易に覆るものではない。司狼の創造も
永久的に続けられるものではないし、解除すればまた町の人間に呪力が戻り、バケネズミとの戦いを再開するかもしれない。そんな可能性を踏まえた上での司狼の結論にスクィーラも納得したのだ。

 「それじゃ蓮、頼んだぜ」

 「ああ」

 蓮は司狼の要望を適えるべく、詠唱を開始する。

 「海は幅広く 無限に広がって流れ出すもの 水底の輝きこそが永久不変
 Es schaeumt das Meer in breiten Fluessen Am tiefen Grund der Felsen auf,

 永劫たる星の速さと共に 今こそ疾走して駆け抜けよう
 Und Fels und Meer wird fortgerissen In ewig schnellem sphaerenlauf.

 どうか聞き届けて欲しい 世界は穏やかに安らげる日々を願っている
 Doch deine Bnten,Herr, verehren Das sanfte Wandeln deines Tags.

 自由な民と自由な世界で どうかこの瞬間に言わせてほしい
 Auf freiem Grund mit freiem Volke stehn.Zum Augenblicke duerft ich sagen

 時よ止まれ 君は誰よりも美しいから
 Verweile doch du bist so schon―

 永遠の君に願う 俺を高みへと導いてくれ
 Das Ewig-Weibliche Zieht uns hinan.

 ――Atziluth(流出 )――


 新 世 界 へ 語 れ 超 越 の 物 語 ! ! !」
 Res novae ―― Also sprach Zarathustra


 今この瞬間、司狼は己の創造を限界まで広がらせ、その創造を蓮の流出により停止させた。

 そしてバケネズミの住む地域と、神栖66町の間に空間凍結による国境が完成した。

 バケネズミの兵士達とスクィーラが帰る為に、一時的に今は出入り口を開かせている。

 「早くいけよスクィーラ。急がないと空間が閉じちまうぞ。あ、それより真理亜と守もこの町に戻そうぜ。急いでコロニーからあの二人を連れてこねーとな」

 「大丈夫だ司狼。出入り口は二、三日は開いたままだ。ある程度余裕を持たせたからな」

 「サンキュー蓮。気が利くじゃねぇの」

 笑いあう司狼と蓮。

 「スクィーラ。本当にこれでいいんだな?」

 「はい。私共と町の人々では余りに姿形が違う。これまでの歴史を考えれば我等が受け入れられるのは困難でしょう。やはり姿形、力が違い過ぎる者達が必ず手を取り合えるとは
限らないのですから……。遊佐様、本当に……、貴方には感謝しています」

 「いいってことよ。こうでもしなきゃ解決できなかっただろうし」

 司狼は蓮に連れられ、天に昇っていく。

 「お元気で!! 遊佐様!!」

 「おう!! 真理亜と守によろしくな!!」

 手を振るスクィーラに親指を立てながら答える司狼。そう、これも一つの解決方法なのだ。考えも姿も違う者達が出会わない方が幸せな時もある。出会ってしまったことによる
多くの悲劇が過去に世界中で起きたのだから。

 これもまた違った「平和」の形でもあるのだ……。

以上で「永遠の刹那ルート」は完結です。次は「神栖66町征服ルート」を投下します。

67までのやつは終わったん?

>>108
はい、あれは自分では「バケネズミの復讐ルート」ってことにしています。

 全てが「既知」だった。

 何をしようにもそれが付きまとってくる。

 刺激を求めている自分にとってそれは酷く退屈なことだった。

 このまま凡人と変わらない人生を歩むよりも自分がより自分でいられる生き方をしたかった。

 選択肢の総当たりというものだ。

 自分の親友達との高校生活、つまらないわけではないが珍しくもない。

 そんなことは日本中の同年代の者達がリアルタイムで経験している。

 何より親友の一人と自分は気楽に学園ドラマをしている身分ではないのだ。

 このままつまらないレールに沿った人生を送り続けること事態が自分にとって何より我慢ならなかった。

 そんな思いが積りに積もったある日、それが一気に暴発した。

 学校の屋上で無二の親友と意見の相違から殺し合いじみた喧嘩の後、病院にかつぎこまれた

 そして病院を抜け出し、病院を出る時にそこの病院の院長の娘と知り合い、意気投合すると、その娘と共に地元のギャンググループのボスとなった。

 そうする方がより楽しいと思ったから、そうする方がより「生きている」ということが実感できると思ったから。

 スリルと刺激と興奮こそが自分の求めているものだった。

 あのまま学校生活を送っていたら恐らく味わえないであろう。

 そしてそんなある日のこと、「奴等」は自分達のいる街にやってきた。

 過去の大戦が生んだ闇の超人、正真正銘の地獄の悪魔と呼ぶに相応しい魔人達だった。


 聖槍十三騎士団


 奴等の属する組織はそう呼ばれていた。

 積極的に自分はそいつらに喧嘩をふっかけた。

 正義感からではない、ただ純粋に「楽しめそう」だったからだ。

 だが騎士団は余りにも人間の常識から外れすぎた化け物の集まりだった。

 銃、スタンガン、火炎瓶、液体窒素のいずれも通じない。

 漫画の中からそのまま出てきたような馬鹿げた連中。

 しかし自分はそんな連中と対峙しようが恐怖などというものは感じなかった。

 絶望的なまでの力の差、覆せない戦力差、どうしようもない実力差。

 余りにも連中と自分との「差」は開いていた。

 しかし連中の持つ「力」を自分の無二の親友が持っていることを知ると、早速親友と再会、そして自分も戦いに身を乗り出した。

 親友との喧嘩の後もつきまとってきた「既知感」だが、騎士団との戦いの際にはそれが大きな武器となった。

 邪魔な存在でしかなかった「既知感」が連中との戦いでは大いに役にたった。

 そして自分も奴等の持つ「力」を得ることに成功した。

 自分と連れの娘は奴等の一人との戦いで相い討ちにまで持ち込んだ。

 自分は死ぬのだ。

そう思った。



 死ぬのであれば連中との戦いは中々に楽しかった。



 短いながらも始めて「生きている」感覚を得られた一時。



 できればもう少しの間だけそれが長く続いていれば。



 そう思った刹那



 『司狼』は目を覚ました。

 目を覚ました司狼は自分の周囲を見渡す。家の中だ。多少小ぢんまりしてはいるものの、暮らしていくには充分過ぎる程の広さがある。昔ながらの木で出来た
和風の家だ。家の中央には囲炉裏がある。外からは小鳥の囀りが聞こえてきた。自分は今まで床に敷かれた布団で寝かされていたことに気付いた司狼。

「……どこだここは?」

 司狼は立ち上がり、床に畳んであった自分の服を着る。

「あの白髪の坊主にトドメの一撃与えたとこまでは覚えてるんだけどな」

「つーか、俺はまだ生きてるってことだよな。まさかここがあの世ってわけでもねぇだろうし」

 諏訪原市の上空に現れた聖槍十三騎士団の本拠地である「ヴェヴェルスブルグ城」。死んだ者の魂はそこに行く筈だ。まさか自分が今いるこの場所が「そこ」だとでもいうのだろうか?

 急いで司狼は家の外に飛び出す。今更どんな超常現象が起きようが驚きはしない。

 諏訪原で戦った黒円卓の面々は存在そのものが天災のような連中だった。自分の魂が奴等の本拠地である城に運ばれたとでも言うのだろうか?

 そうだとするならば戦うまでだ。ここが奴等の本拠地であるならば奴等の首魁であるラインハルトの首を獲るしかない。

 諏訪原タワーで戦った時はどうしようもない程の力の差だった。自分一人だけでどうにかできる相手ではないのは分かっている。

 しかしそれで諦める司狼ではない。そう思いつつ、外にでた司狼の目に飛び込んできたのは実に予想外な物だった。

 「あ、気が付いたんですか? 森の中で貴方が気を失っていたのを守が見つけてくれたんですよ。あの子ったら「呪力」でここまで運んでくれたんですよ」

 目の前にいるのは雪のように白い肌、長いストレートヘアに赤い髪の毛をした十四~五歳の少女が水に入った桶を持って立っていた。正に「美少女」という一言が似合う少女だ。
彼女は見たこともない服を着ている。昔の日本人が着ていた和服を現代風にアレンジしたような服装だ。

 「森の中で倒れてたのか、助けてもらって悪ぃな。俺はこれから急がなきゃなんねぇんだ」
 「神栖66町に御帰りですか? あの……、お願いなんですけど私と守がこの森にいることは内緒にしていただきませんか? 倫理委員会や教育委員会に知られたら私達……」

 神栖66町? 倫理委員会? 少女の口から出てくる単語は司狼にとっては何のことだかさっぱり理解不能だった。

 「この場所は諏訪原市から遠いのか?」
 「諏訪原市? そんな町聞いたことありませんけど……」
 「何?」

 この娘は何を言っているのだろうか? ここは日本で西暦2006年の筈だ。司狼は少女の着ている服を見て何か引っかかる物を感じた。

 「お嬢ちゃん、少し詳しく話聞かせちゃくれねぇか?」

 家の中に入り、出された朝食を食べながら、司狼は少女の話に耳を強く傾けた。少女の名前は「秋月真理亜」。故郷である神栖66町を離れ、今は幼馴染である「伊東守」と二人で
暮らしているという。

 司狼は繰り返し自分のいた諏訪原のことについて真理亜に尋ねる。しかし何度尋ねようが聞こうが知らないの一点張りだった。

 世捨て人というわけでもないだろうと思っていたが、彼女の言う神栖66町が人界から隔絶された町という予想もしてみた。しかしそんな町が現代日本に存在しているわけもない。
だからと言って外国というわけでもないだろう。現に真理亜は日本名だし、日本語で話している。

 しかしそんな司狼の予想も思惑も全て真理亜の見せた「力」によって吹き飛ぶこととなる。

 呪力

 そう呼ばれる力を真理亜は外に出て司狼に見せた。真理亜は家の近くの森に生えている比較的大きな木に目を向ける。すると木が何かの力に引っ張られるかのように
地面から引っこ抜かれた。それだけでは終わらず、野菜や果物のように綺麗にスライスされ、全て均等な大きさの角材となり、地面に並べられる。それは最早一種の芸術とも言っていい光景だった。

 「おいおい冗談キツイぜ……」

 司狼自身も真理亜の見せた「力」を目の当たりにし、思わず苦笑いが零れてしまった。また諏訪原での戦いの続きなのかとか、「呪力」は聖遺物の力によるものなのかとか、いよいよここは
ヴェヴェルスブルグ城の中に広がる超空間なのかという考えが司狼の頭の中を駆け巡っていた。

 目の前にいる真理亜も黒円卓の本拠地が作り出している幻影の可能性も否定できない。何せあれだけの馬鹿げたファンタジー集団だ。真理亜の家や周りの森林も全て聖遺物の力で作り上げられた
超次元空間なのではないか? というのが司狼の考えだった。

 いきなり「呪力」という超能力を見せられたのだ。目覚めた時は日本のどこかの片田舎にでも飛ばされたのかと思っていたが、真理亜の持つ得体の知れない力を目にし、真理亜も聖遺物の使徒なの
ではないかという疑念が生じていた。

 しかし真理亜自身からは黒円卓の面々が発していた人外の物とも言うべき「鬼気」は感じられない。ヴィルヘルム=エーレンブルグ、ヴォルフガング=シュライバー、ルサルカ=シュヴェーゲリン等の騎士団の
面子と目の前の真理亜を比較してみると分かる。

 真理亜は到底そんな大それた存在には見えないし、第一自分を助けてくれた。

 先程生まれた真理亜への疑念は僅かではあるが和らぐ。

 「凄ぇな。どうやってこんな力覚えたんだ?」

 「えっと……、『呪力』を知らないんですか?」

 「悪ィが知らねぇんだ。少しそれについて聞きたいんだけどよ」

 真理亜と共に家の中に戻った司狼は真理亜から『呪力』の簡単な説明を受ける。

 ──────────呪力



 それは簡単に言ってしまえばPK(サイコキネシス)だ。真理亜の住んでいた神栖66町の人間は全員この力を持っている。脳内でイメージを描くことによってそれを具現化し、
様々なことに応用することができる。物体を動かすことを始め、木などに火をつける、空気中の水分で鏡を作り出すことすら可能だという。

 中でも神栖66町で最強の能力を持つと言われる鏑木肆星は地球そのものを真っ二つに割る程の強大無比な呪力を持つと言う。十二歳になる頃には12歳頃に「祝霊(しゅくれい)」と呼ばれるポ
ルターガイスト現象が起こるのを機に発現する。

 司狼も呪力の持つ力を間近で見た為、改めてその強大さが理解できた。

 「凄ぇ能力持ってんだな。ま、俺が戦ってきた連中も負け劣らずなのばっかだったけどな」

 「?」

 真理亜は司狼の言葉にキョトンとした顔をする。今自分のいる世界は元いた自分の世界とは全く異なる世界なのだろうか?司狼は薄々思い始める。

 「所でお前は何でそんな歳で自活してんだ? まさかその若さで自立したってわけでもねぇだろ?」

 「それは……」

 司狼の問いかけに真理亜は暗い顔をして視線を落とす。どうやら何かワケ有りなようだ。

 「もう一度聞きますけど……、本当に貴方は神栖66町の人ではないんですね?」

 「ああ、誓うぜ。俺は断じてそんな町は知らんし」

 真理亜は射抜くような視線で司狼の目を見つめてくる。

 「おいおいそんなに睨むなよ。誓って言うぜ、俺は神栖66町なんて知らねぇし、聞いたこともねぇ」

 司狼の言葉に真理亜は暫らく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

 事の発端は二年前、真理亜が通っていた和貴園の夏季キャンプでの出来事だった。一班の仲間達と共に森に入っていき、そこで『ミノシロモドキ』という
生き物を見つける。ミノシロモドキは国立国会図書館つくば館の端末機械である。ミノシロモドキに記録されていた内容は真理亜を始めとする一般の皆の耳を
疑う内容だった。

 それは先史文明、今の時代になるまでの血塗られた歴史の数々だった。真理亜の時代に呼ばれる「呪力」は元はPKと呼ばれ、世界各地でPKを持つ人間が現れ始め、
その数は全人口の0.3%に達した。PKを用いた犯罪が多発し始め、PK能力者に対して人々は恐怖を抱き、やがて弾圧を加え始めた。やがてそれに政治的、思想的思惑が
複雑に絡み合い、全世界で大規模な戦争が勃発。その末に文明が崩壊したのだという。

 歴史はそれで終わらない。大規模な戦争の末、全世界の人口を全体の僅か2%程にまで激減させ、社会体制、文明は崩壊した。そしてPK能力者と非能力者の争いは尚も
続いた。それから約500年に渡る「暗黒時代」が幕を開け、そこでも血と肉と屍で築かれた歴史が紡がれた。この時代は「奴隷王朝の時代」と呼ばれた。

 奴隷王朝が終焉した後も能力者と非能力者の抗争が絶え間なく続き、ついにそれまで傍観者に徹してきた者達が解決に乗り出し、現代の社会体制が築かれたと言われる。

 今の神栖66町があるのも傍観者であった者達がいたからこそだろう。

 「何とまぁ、凄い歴史っつーか。黒円卓の連中も大概だったがこれの前じゃあいつらも霞むわな」

 真理亜から語られた余りにも凄惨かつ血生臭い歴史の数々に司狼は思わず溜息を漏らす。

 「特に「奴隷王朝」だっけ? その時代の歴代皇帝はあいつらにも劣らない変態揃いときたかよ。まぁ、あんな凄ぇ力を操れりゃそれを試してみたくもなるわな。
けど能力を持ってない普通の人間殺しまくって何が楽しいのかね。凄い力振り回して『俺TUEEEEEEEE』してるだけじゃねえか」

 「暗黒時代」に存在した「神聖サクラ王朝」の歴代君主の暴虐非道ぶりは騎士団にも精通するものがある。この世界も大概まともな世界ではなさそうだ。

 「所でお前は何で神栖66町を離れて暮らしてんだ?」

 司狼は再度真理亜に尋ねる。真理亜が神栖66町を離れて暮らしている理由。大分前置きが長くなってしまったものの、夏季キャンプの時にミノシロモドキを捕まえ、ミノシロモドキに
記録されていた歴史を知ってしまったことは本来であれば処分の対象になってしまう所を一班の仲間である朝比奈覚の祖母にして倫理委員会の委員長である朝比奈富子が不問にしてくれた。

 だが同じく一般の仲間である伊東守は精神面が不安定な上、呪力も弱く、いつ「処分」の対象にされるか分からなかった。

 「「処分」? 何か悪ィことでもしたのか?」

 「ううん。そういうわけじゃないんです」

 神栖66町で暮らしていく上で必要なのは「他人との協調性をとれる人間」、「問題を起こさない人間」、「呪力を使える人間」だ。これは何かと言うと、呪力がない、若しくは弱かったり、
問題を起こしそうな子供は『不浄猫』により処分されてしまう。

 なぜこの程度のことで処分されるのかと言うと、精神面が不安定だったり、問題を起こす子供は「悪鬼」、或いは「業魔」となる可能性があるからだ。

 町の平穏を乱したりする異分子は子供の内から摘み取っている。現に守は二度も不浄猫に襲われてる。奇跡的に不浄猫を撃退した翌日の朝に家を飛び出したのだ。
守のことが放っておけず、真理亜は守のそばにいるべく、神栖66町を去った。

 自分達と異なる存在を排除する神栖66町の方針に抗うようにして守と共に逃亡したのだ。

 高々呪力が弱い程度のことが処分の対象とされてしまう神栖66町。全ては「悪鬼」、そして「業魔」を出さない為らしい。子供一人を消すことを日常茶飯事的に行っているのだとすれば
既にかなりの数の子供が「間引かれている」ということになる。

 
 「私はあのまま町の都合で死ぬなんて嫌でした。何の悪いこともしていない守が呪力が弱いだけで処分されるなんて納得がいきません」

 真理亜はそう言うと僅かに唇を噛みしめた。司狼から見た真理亜の目には微かな怒りが宿っていた。

 「あー、分かる分かる。ムラ社会の反吐が出る部分を残らず掻き集めて鍋で煮りゃこういう町が出来るんだろうよ。呪力っつー名前の調味料を加えれば出来上がり、と」

 軽い口調で返すものの、司狼自身も神栖66町に対する感情は最悪のそれだった。

 「いつか蓮にも言った言葉だけど、この国の悪い部分の集大成みたいな町だな。出る杭は打たれる、天才は孤独、ハブられる馬鹿、イジメカッコ悪い。ま、今更泣き言言っても
始まんねぇけどよ。ちったぁ痛い目に遭えば委員会の連中も納得するんじゃねぇか? 逃げてばっかなんて俺には性に合わねーからな。俺をその神栖66町に案内してくんねーか?」

 「え!? 行ってどうするんですか?」

 「決まってんだろ。委員会の連中に灸を据えてやんのさ」

 司狼自身、正義感の持ち主というわけではない。しかし厄介事、もめ事に首を突っ込みたがる生来の性分故、神栖66町のことについて詳しく知れば知る程その町を引っ掻き回したく
なった。反吐が出る程の全体主義、虫唾が走る程の村社会、異分子、異端者は容赦なく排除。司狼自身の嫌いな物を全てぶち込んだような町。

 自分があの町で生まれたのだとしたら真っ先に処分の対象にされるだろう。そんなものはゴメンだし、お断りだ。

 「あの……、貴方は『呪力』を持っていないんですよね? だとしたら『攻撃抑制』も『愧死機構』もないってことになりますけど……」

 「『愧死機構』?」

 真理亜が『愧死機構』について教えてくれた。、あらかじめ人間の遺伝子に組み込まれている機構であり、同種である人間を攻撃しようとした際に作用する。 対人攻撃を脳が認識すると、
無意識のうちに呪力が発動し、眩暈・動悸などの警告発作が起こる。それでもなお警告を無視し攻撃を続行した場合には、強直の発作により死に至るという。

 「それがある限り連中は俺を殺せねぇってことだわな。なんだ、案外楽に終わりそうな仕事だぜ」

 そのような機構が作用すれば神栖66町の連中は司狼を呪力で攻撃できないということになる。今の司狼の力を考えれば適当に殴り込んでそれで終わりということになるだろう。

 諏訪原での戦いの際、騎士団の一人にして黒円卓の一員、ルサルカ=シュヴェーゲリンから奪い取った「血の伯爵夫人」がある限り司狼は聖遺物の使徒としての力がある。

 「ま、俺は呪力とかいうモンは持ってねぇけどよ。変わりにこんなことならできるぜ。来な、エリー」

 そう、ルサルカの体内にいる時、連れの女であるエリーこと本城恵梨依の魂と司狼は文字通り『融合』している。

 そして司狼の横にはエリーが『形成』されていく。

 「ん~、久々に外の空気吸った気分だよ。あ~よく寝た」

 「え……?、あ……?」

 真理亜は驚いて二の句が継げないという顔をしている。シュライバーとの戦いの際に呼び出し、一緒にこっちの世界まで来たということだ。最も、今のエリーは司狼の聖遺物の
ようなものなのだが。

 強靭な魂を持つ故に出来ることであり、ルサルカの体内に取り込まれた時も体内にいる司狼と「血の伯爵夫人」の奪い合いになってしまった程だ。

 「あら? この娘は誰?」

 「ん? この娘は秋月真理亜。俺を助けてくれた嬢ちゃんさ」

 司狼は大方の事情をエリーに説明する。

 「うげー。あたし的にそんな町お断りだわ」

 露骨に嫌そうな顔をして神栖66町への嫌悪感を口にする。

 「ってなわけだ真理亜。俺達を町に案内してくんねぇか?」

 「でも……」

 真理亜は明らかに困惑していた。

 「何迷う必要あんだよ。お前だってあの町が嫌いだから逃げてきたんだろ? この先あの町はこれからも何も知らんガキ共を処分しまくるだろうぜ。『悪鬼』?『業魔』? 安全対策
の為とか言って今まで何人殺したんだろうな。正に恐怖政治&民主主義(笑)だろ」

 困惑する真理亜が何かを言おうとした時、家の扉が開く音がした。入口の方に目を向けると、爆発したようなくせっ毛にあどけなく、大人しそうな容姿の真理亜と変わらない年代の
少年が立っていた。

 「あ、守。おかえりなさい」
 「ただいま真理亜。えっと……、お客と言っていいのかな……?」

 よく見ると守の後ろにはやけに背丈の低い者達が数人いる。1メートルにも満たない身長からしてまだ年端もいかない子供だろうか? 小さい者達をよく見てみると司狼は仰天した。

 お伽噺やファンタジーに登場するゴブリンやオークの類かと一瞬錯覚したが、よくよく見てみると動物の『ネズミ』に似ていた。口には齧歯類特有の大きい歯が生え、鼠色の肌に
二足歩行。RPGなどにそのまま出てきても何ら不自然ではないモンスターだ。

 「おいおい……! そいつら何だよ?」

 流石の司狼も守の後ろに控える数匹のネズミ型のモンスターには度胆を抜かした。姿形まで怪物めいた姿の者は騎士団にはいなかった。いや、トバルカインという者は存在した。だが人型な分、
奴の方がまだ人間だと思えた。

 「バケネズミよ」

 「バケネズミ?」

 「そう、人間に対して穀物とかを提供したり、肉体労働をしたりする代わりに生存することを許されている存在なの」

 真理亜はバケネズミに慣れているようだった。この世界ではバケネズミという存在は珍しくないというのだろうか?

 「真理亜……、塩屋虻コロニーから野狐丸っていうバケネズミが話がしたいって……」

 「野狐丸?」

 守は家の中に入ると、守の後には昔の平安時代の貴族が着ていたような着物を身に付けたバケネズミが入ってきた。他のバケネズミとは違い、桃色に近い肌をしていた。

 「お久しぶりでございます。秋月真理亜様。二年前にお会いしたスクィーラと申します」

 「あ! 貴方はあの時奇狼丸と一緒にいた!」

 「左様でございます。わたくしはあの時あの場にいたスクィーラです」

 そういえば真理亜の夏季キャンプの話に真理亜達一般の子供達を助けてくれたバケネズミがいたと聞いた。今目の前にいるバケネズミがその内の一匹であるスクィーラか。

 「今は野狐丸という名前を授かっております」

 慇懃とも呼べる態度で深々と真理亜にお辞儀する野狐丸。見た目に似合わず随分と理知的だった。

 「えらく馬鹿丁寧なんだな」

 「秋月様。このお方は?」

 「あ、この人は森の中で倒れていたのを守が助けたの名前は……」

 「司狼だ、遊佐司狼。こっちは俺の連れのエリー」

 「よろしくね」

 「こちらこそ」

 「秋月真理亜様、並びに伊東守様。今日は私達塩屋虻コロニー、いや、バケネズミ全体に関わる問題の相談の為に来ました」

 司狼、エリーは真理亜、守と共にバケネズミのコロニーである「塩屋虻コロニー」に連れていかれた。司狼自身、バケネズミのことについて知りたいと思ったのもあるが、
それよりコロニーの奏上役を務める野狐丸に興味があった。言動こそ慇懃無礼を地で行くものであったのだが、司狼は野狐丸に何か引っかかるものを感じたからだ。

 真理亜と守、そして自分とエリーに対する態度は一貫して丁寧であるものの、腹の底で思っていることがあると司狼は感じた。人を見る目はある方だ(人間ではないが)。今までの
経験から来る奇妙な「違和感」と言って良いだろう。

 考えすぎだとも思ったが、司狼自身は妙に野狐丸が気になった。

 「野狐丸だったっけ? お前等バケネズミは人間に服従してるんだよな?」

 「ええ、おっしゃる通りです遊佐様。我々バケネズミは神である人間を崇め、地球上で神様の次に高い知能を持っております」

 「そうだな、他のバケネズミを見ても言葉で会話してるし、服だって着てる。そんじょそこらの類人猿じゃできない芸当だわな」

 やはり何かが引っかかった。腹の底で何を考えているのか分からない者というのは態度や言動、表情に現れる。野狐丸は如何にも「胡散臭い」というレベルに
値した。

 真理亜や守には分からないだろうが、聖遺物の使徒としての力が付いた為か「そういうこと」に関しても人間の状態だった頃より鋭くなった気がした。

 森の中を歩いていく内に、塩屋虻コロニーの居住区に辿り着いた。その様は正に「町」と呼ぶに相応しいものがあった。

 コンクリートで出来た家々が立ち並び、街中を歩いてみると、コンクリートを製造する工場まで存在していた。ここまで発展している光景を見ると「知能が高い」という野狐丸
の言葉にも納得がいく。

 「なぁ、野狐丸。他のバケネズミのコロニーもこんな感じなのか?」

 「いえ、まだこのように発展しているコロニーは少数でございます。未だに木々で作られた家々に住む上、未だに地中を住処とする他のコロニーも少なくありません」

 「ってことはお前のコロニーはそん中でも「先進国」って意味だな。どっからこんな技術を編み出したんだ? 純粋にすげぇじゃねぇか」

 地上には粗末な木の家、或いは穴を掘り、暗い地中の中で暮らすというのがバケネズミには似合っていると思っていた司狼であるが、ここに来てバケネズミに対する評価を改めることとなった。

 知能が高いというのはあながち嘘ではない。いや、ここまでくればもう人間とさほど変わらないではないか。

 そう思っている内にコンクリートで出来た巨大なドーム状の建物に辿り着いた。

 「ここが我々塩屋虻コロニーの政治を司る場所です。各コロニーの代表60名がここで議論を交わし、最終的な決定を下す場所でございます」

 「おいおい議会制の政治かよ。随分民主的じゃねぇか」

 「えっと……、バケネズミのコロニーにはそれぞれ女王がいる筈じゃ……」

 「さ!、こちらです」

 真理亜の疑問の言葉に慌てるように、野狐丸が建物の中に案内する。何か知られたくないことでもあるのだろうか?そんな疑問を抱きつつ、建物の中に入っていく司狼。

 広々とした建物の内部に設置されてある階段を上り、会議室のような部屋に来た。どうやらこの会議室がコロニーの政治の中枢部なのだろう。

 円卓状に出来た巨大な石のテーブルがある。

 「さぁ、こちらにおかけになって下さい」

 野狐丸の言葉に甘え、石で出来た椅子に座る司狼、エリー、真理亜、守。石の机に茶のような飲み物を出され、それを口に運んだ。

 「では、早速本題に入りましょう。今日皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。そこにいる司狼様にお力添していただきたのです」

 「俺に?」

 「はい、先程真理亜様と守様の家に来た時は司狼様を初めて見るようなことを言いましたが、それは大きな間違いです。我々のコロニーの者が森の中で光に包まれて
光の中から現れた司狼様を見たのです。そして私は部下の報告を聞いて確信しました。この方は「メシア」だと」

 「おいおい、俺がメシア?」

 「はい、我々バケネズミの未来を救う「メシア」です」

 「冗談言えよ。何で俺がお前等のメシアなんだ?」

「言葉で言うのは簡単です。しかし貴方様にはこれを見ていただきたい」

 野狐丸は部下のバケネズミに何かを命ずると、暫らくして部下のバケネズミが何かを持ってきた。それは金色に輝く何とも形容し難い形の
生き物だった。四足歩行に、蛸の吸盤のような口、身体は金色であり、何か他の星系から持ってきた地球外生命体だと司狼に思わせた。

 「こりゃどこの星から掻っ攫ってきた生き物だ?」

 「ミノシロモドキ!? バケネズミがこんな物を持っていたなんて!」

 守が驚いたように声を上げる。

 「ミノシロモドキ?」

 「はい、二年前の夏季キャンプの時に私と守を含む一般の皆で見つけた物です。あれに記録されていた歴史を知ってしまったんです」

 家で真理亜の話に登場したミノシロモドキ。テーブルの上に置かれたこの奇妙な生き物がまさかそれだとは。

 「つーかどー見ても記録を保存するモノに見えないよね~」

 エリーはミノシロモドキの身体を指で突っつく。

 「わたしは国立国会図書館筑波館です。自走型アーカイブ自立進化バージョン。すべての情報はアーカイブに搭載されている容量890ペタバイトのフォロ グラフィック
記憶デバイスにおさめられています」

 「うわ!? いきなり喋った!?」

 「このミノシロモドキの話を聞いていただければ遊佐様の御心も動かれるかと」

 「へぇ。楽しみじゃねぇか」

 司狼はミノシロモドキから語られる歴史を聞くことにした。ミノシロモドキが話す内容に関しては大方真理亜の家で聞いた通りの内容だ。違いと言えば真理亜の話をもう少し濃密にした
感じだ。血みどろの歴史を聞かされるのは今日で二回目だ。エリーは露骨に嫌な顔をしているが、司狼にとっては一度聞いた話なので殆ど聞き流している状態だ。

 が、ここで司狼はある「違和感」に気付く。能力者と非能力者、つまり呪力をもっている者と持たない者に分かれて戦争していた筈だ。神栖66町に住む人間全員は「前者」に当たる。
だとすれば残りの呪力を持たない人間達はどこに行ったのだろうか? 人数的に考えれば呪力を持たない人間達の方が圧倒的に多いだろう。

 「ちょっと待ちな。呪力を持っている人間「しか」いないんだとしたら呪力を持っていない人間ってのはどこに行っちまったんだ? まさか全員死滅したってわけでもねぇだろ」

 「PKを持たない者達とPK能力者との間には変えられない「溝」がありました。PK能力者達には『攻撃抑制』並びに『愧死機構』が備わっているのに対し、PKを持たない者達はそれら二つの機構が
備わっていません。同じ「人間」を攻撃すれば発動する『攻撃抑制』と『愧死機構』は非能力者の集団に対しても働く為、非能力者の集団は見境なしにPK能力者を殺すことができます。ただしこれら
二つの機構に関しては相手を「人間」と思うことにより発動します。つまり人間ではない「存在にしておけば」よいわけです。歴史の傍観者に徹してきた第四の集団、科学技術文明の伝承者達によって
非能力者の遺伝子にハダカデバネズミの遺伝子を掛け合わせることによりバケネズミが生まれました。それらは五百年前から行われ、現在に至る歴史の中で元人間、非能力者の集団の子孫はバケネズミ
ということになります」

 ミノシロモドキの言葉を聞いた瞬間司狼は絶句した。まさか人間とはほど遠い存在に「変える」ことにより『攻撃抑制』と『愧死機構』を克服していたとは。

 この真実を神栖66町に住む者達に言った所でどうなるだろう?いや、ミノシロモドキを管理しているのだとすればとうに知っているだろう、バケネズミ達は呪力を持たない人間だと。

 「いかがでしたでしょうか司狼様。我々はよくよく考えれば貴方達人間と余りにも似すぎている。高度な文明を作り、言葉を話し、家を作るなど他の動物にはできることでしょうか?
私はこの真実を知った時には途方もない虚しさ、そして悔しさで頭の中が一杯になりました。今の今まで同じ人間に奴隷として家畜以下の扱いを受けてきたのだと思うと……。人間達に奉仕
することで生存を許されているとは言ってもいつ風向きが変わるか分かりません。不可解な理由でコロニーが丸ごと消滅することも決して珍しくないのです。このまま死ぬまで畜生以下の扱いに
甘んじるなど私にはとても……」

 スクィーラの怨念にも似た言葉は確かに司狼の心を動かした。神栖66町、見せかけの平穏の裏では数えきれない程の子供達とバケネズミの屍が出来ている。
事実司狼にとって自分がそんな町で生きていくなど願い下げだった。呪力を持たない、呪力をコントロールできない、性格に問題がある、頭が悪い、素行が悪い、協調性がない、周りを合わせられない。
それら全てが一緒くたにされ、排斥され、駆除され、始末される。所謂異分子はいてはならない、存在してはならない、町の平穏を
乱すから、秩序が壊されるから。そういうやり方を長年神栖66町の教育委員会はしてきたのだ。

 ミノシロモドキの情報によればバケネズミ達は呪力を持たない人間の末路。それら元人間達が呪力を持つ人間達の奴隷にされ、家畜にされている。
姿形まで変えられているのは人間だと思わせない為か。散々こき使った挙句、少しでも町の人間の不興を買えば即座に駆除の対象となる。何をするにも
町の委員会の許可が必要だ。知能を持つ生き物であればこんな自分達の境遇に不満を抱かないわけがない。

要するに自分達は呪力という強大な力を持っているから人間の姿ではない元人間のバケネズミを幾ら酷使しようが、幾ら殺そうが、罪悪感など抱くわけがない。ああ、そうだ。

 自分達より弱いから、呪力を持たないから、醜いから、弱いから、汚いから。

「今、俺は人生で一番胸糞悪ィ気分だぜ」

 元の世界で戦った聖槍十三騎士団はこれほど不愉快な気分になる相手ではなかった。それ程自分達とは違う人間が恐ろしいか、自分達と違う考えの者が嫌いか、
自分達に従わない者を処分したいか。

 溜まりに溜まった不満をぶち撒ける時は今しかない。一度生まれ変わる必要がある。いつの時代も革命は浄化作用を持つ薬なのだ。溜まった膿は排除しなければならない。
神様気取りでバケネズミを酷使してきたこと、そのバケネズミが呪力を持たない人間だったこと、全て丸ごとその身で一度味わうべきだろう。

 残酷な真実を叩きつけられて尚、それに抗おうとする野狐丸。神と崇めていた人間からの脱却を望む野狐丸は司狼にとって嫌いなタイプではない。
寧ろ応援したくなる存在とも言うべきか。

 「野狐丸。いや、スクィーラ。人間から与えられた名前なんて捨てちまえよ。誇らしく元々あった名前を名乗りな。お前みたいな奴、俺は嫌いじゃねぇぜ」

 「遊佐様……」

 スクィーラの目から涙が零れた。

 「お前は正真正銘の人間だ。だから胸を張りな、お前等バケネズミの不満ってヤツをあの町の連中に思い知らせてやれ。使い捨ての道具じゃねぇってことをよ。単なる家畜が
こんな凄ぇことできないだろ? 今日で神の名を騙る連中からは「卒業」でいいだろ?」

 「本当に感謝します……、貴方が……、貴方こそがメシアだ……!」

 椅子から降り、司狼の両手を固く握り締めるスクィーラ。

 司狼の胸は高ぶっていた。お膳立ては全て揃っている、町の連中に一泡吹かせてやろう。ツケを清算する時が来たのだ、と。

 その時、けたたましい鳴き声で会議室に入ってきたバケネズミ。

 「ちょ!? 何々?」

 エリーも飲んでいたお茶を思わず噴いてしまった。

 会議室に入ってきたバケネズミは全身傷だらけで見るからに痛々しい姿だった。よく見れば片足の骨が折れているようだ。ボロボロのバケネズミは、
スクィーラに縋り付き、必死に何かを訴えている。

 「こいつ、何言ってるんだ?」

 「遊佐様、この者は他のコロニーの者です。どうやら町の不興を買ったようで、今現在この者のコロニーが五人の「死神」によって攻撃を受けているんだとか」

 「死神?」

 「ええ、我々バケネズミが少しでも町に対して反抗したり不興を買ったりした場合には町から「死神」が差し向けられることになっているのです。「死神」と呼ぶ
のは単なる比喩に過ぎませんが、我等にとってはそう呼んだ方がいいのかもしれません。連中は我等バケネズミを「監視」する役職の者達です。バケネズミのコロニー
を丸ごと消滅させる為に五人一組でチームを組んで、コロニーを攻撃するのです」

 「へぇ……、じゃあ俺はちょっくらそいつらに「挨拶」に行ってくるわ」

 「え?」

 スクィーラの呆気に取られた顔を尻目に、司狼は会議室を出ようとする。

 「遊佐様! 危険です! お戻りください!」

 「心配いらねぇって。所でそいつのコロニーはこっからどれ位だ?」

 「……おおよそ北東に二十キロ程だそうです」

 「サンキュー。それじゃちょっくらひと暴れしてくるわ」

 自分をバケネズミと見せかける為に大きめの布を借り、自分の身体に身に着ける。『攻撃抑制』並びに『愧死機構』が呪力を持つ人間達に備わっているのだとすれば、戦いにすら
ならないだろう。司狼にとっては少々物足りない気もしたが、連中の力を見る為にあえてバケネズミのふりをすることにした。

 間違って攻撃された場合は聖遺物の力を持つ自分がどこまえ耐えきれるのか試したかった。

 司狼は森を走り抜ける。聖遺物の使徒としての力は身体のあらゆる面を強化させていた。超人的体力に加え五感の鋭敏化という能力が加わったのだ。
コロニーの方角に近づくにつれて爆発音やバケネズミの悲鳴のような声が聞こえてくる。どうやら目的地は近いようだ。

 時速に換算すれば二百キロは超えているだろうか? 新幹線にも匹敵する速度で目的地である攻撃を受けているコロニーに向かう。

 それから数分後、ようやく司狼は目的地のコロニーに到着する。が、そこには凄惨を極める光景が広がっていた。

 コロニーの周囲一帯はバケネズミの血と臓物が無造作に散乱、鼻腔を突くような血の臭いが充満し、さながらスプラッタホラーのワンシーンを思わせる惨状だった。

 逃げ纏うバケネズミの兵士達の悲鳴が辺りに響き渡り、町の人間達による虐殺(ホロコースト)の舞台と化している。

 逃げ回るバケネズミ達は一人、また一人と肉体が破裂し、周囲を更に血で染める。

 もはやその光景は「戦い」にすらなっていなかった。圧倒的なまでの力、「呪力」を使い、バケネズミ達を虫ケラのように殺していく。

 スクイーラの言ったことは本当だった。町の人間達はバケネズミの命など家畜と同等程度としか思っていない。幾ら知能があろうが連中に
とってはそれは何の躊躇いの要素にもならない。

 自分達と違って醜い「化け物」の姿をした者達に何の情けをかける必要があるだろうか?

 所詮使い捨ての道具をいつ捨てようが構わないのではないか?

 町の人間の思考回路は所謂こんなものだろう。スクィーラの話を聞いていても町の人間に対する憤りを覚えた司狼だが、実際にその目で見てみると
その憤りが更に増していく。

 黒いフードを被った五人は無慈悲にバケネズミ達を殲滅していく。そこには一切の躊躇も情もない。機械的にバケネズミを「駆除」しているだけだ。

「た、たすケて……!」

 人間の言葉でハッキリとそういったバケネズミは司狼の足元で力尽きる。

 その瞬間、身体に衝撃波が走る。軽くのけぞったものの、直ぐに体勢を立て直す司狼。

 その衝撃で羽織っていたフードが取れ、司狼は身体を曝け出す。

 司狼の姿を見て、黒衣の監視官達は一様に驚いた様子だった。

 「ば、馬鹿な……。人間だと!?」

 「に、人間を攻撃してしまった……。ん? 『攻撃抑制』と『愧死機構』が発動しない……!?」

 人間を攻撃したことを認識したのならばそれら二つが発動する筈である。しかしフードが取れ、司狼が「人間」だと分かったにも関わらず、監視員達は苦しむ様子すらも
見せない。

 二つの機構が発動しないことには司狼自身も驚いていた。

 「おいおい……! 何が『攻撃抑制』と『愧死機構』だよ……。俺には全っ然働かないじゃねぇか」

 「君は町の人間なのか……? それにしては見慣れない服を着ているな」

 「ん? ああ、これは俺なりのスタイルなんだ」

 監視員の一人が、司狼に話しかける。

 「アンタら、このコロニーを潰してるんだってな?」

 「ああ、そうだが?」

 「今すぐ退いちゃくれねぇか? こいつらが何したかは知らねぇけど、コロニーごと滅ぼすのはちっとばかしやりすぎじゃねぇの?」

 「君には関係のないことだ」

 「ああ、そうかい。そう言うと思ったぜ。ちなみに俺はバケネズミの救世主って言えばいいんだっけか? ま、どっちみちお前らとは敵対する関係には違いねぇけどな」

 「君はバケネズミに味方しようと言うのか?」

 司狼は監視官の一人に答える。

 「こいつらは昆虫とは違う、そこいらの動物とも違う。言葉を話すし、服も着る。家も建てるし、武器も鎧も作れる。ああ、感情表現だって豊かさ。そういう奴等は
自分達の今置かれている状況をどう思っているのか知ってるか? 感情も痛覚もない昆虫共じゃねぇんだぜ? 違いといえばせいぜいが姿が違うか、呪力を持っているかだ。
あんだけ知能のある生き物をよくもまぁこんだけ殺せるもんだわな。これが人間とかなら恨まれようが文句言う資格なんてないんだが、バケネズミはこうやって虫ケラみてぇに
殺されることに関して何の不平不満も恐怖も抱かないロボットみたいな存在だとでも思ってんのか? まぁ、お前たちの頭ン中じゃそんな程度しか考えてねぇだろ」

 司狼の問いかけに監視官の一人が答える。

 「我々人間は「呪力」という崇高な力を持っているのだ。薄汚い家畜共と一緒にされるのは迷惑も甚だしいな」

 「おいおい! 単なる念動力を崇高な力だとよ! 傑作だなこりゃ、バケネズミ共虐殺して『無双ゲーム』してる気分か? どうだ、図星だろ?」

 単なる物体を動かすテレキネシスを操り、非力なバケネズミ達を良心の呵責なく殺せる町の人間。

 単なる牛や豚といった家畜とバケネズミは明らか違う。単なる家畜があそこまでの文明を作れるのだろうか? 牛や馬が家を建て、工場を立て、自分の服を作れるか?

 違う、断じて違う。自分が会ったスクィーラは今の現状を憂いていた。自分達は使い捨ての道具であり消耗品。役に立たなければ殺され、不興を買えば殺され、
酷い場合はコロニー全体が消される。

 こんな関係を町の人間達は「良好な関係」だと本気で言っているのだろうか? 所詮獣は獣だから幾ら使い捨てようが罪悪感など湧くわけがない。

 ああ、そうだ。姿は醜く、土の中に住む卑しい生物、バケネズミをどんなに酷く扱おうが構わない。なぜなら「人間とは違う」から。

 寧ろそんな卑しい生き物に「役割」を与えているのだから感謝するべきだ。町の人間に対して無制限の「奉仕」と「服従」をすることこそ町の人間達にとっての「良好」なのだろう。

 「労働を与えているから生存を許してやっているのだ。連中がどんな不満を抱いていようが、反意を持つのであれば「駆除」するだけだ」

 「あー、スクィーラの言うことも最もだわな。こんな程度の低い連中に支配されるのは我慢になんねぇだろ」

 これ以上の話し合いは無駄だと悟った司狼は、懐から愛用の銃、デザートイーグルを取り出す。

 「ったく。何が『攻撃抑制』と『愧死機構』だよ。俺に対しては全っ然効果ねぇじゃねえの」

 「私達も驚きだ。まさか君に敵意と殺意を向けてもそれら二つが全く働かないとは」

 「ま、俺としちゃその方が楽しいんだけどな。来いよ、チンケな念動力で俺を殺せるんならな」

 司狼が身構えるのとほぼ同時に、五人の監視員も臨戦態勢をとった。

 「乾さん、あいつは呪力を受けても死にませんでした」

 「ああ、皆、油断するな!!」

 その声と同時にまたしても司狼の身体に衝撃が走る。

 「ちぃ!!」

 司狼は、森の中に逃げ込み、呪力による攻撃から逃れる。五人の「死神」の繰り出してくる呪力を避け続ける司狼。

 「喰らいやがれ!!」

 森の中を移動しつつ、右手に持つデザートイーグルを五人に向け、トリガーを引く。

 銃弾は確実に五人に当たった筈だ。が、銃弾は五人の目の前で「停止」している。呪力による防御壁だ。

 「へぇ! 面白ぇじゃねぇか!!」

 呪力の力を目の当たりにした司狼は更に銃撃を五人に浴びせる。しかしそのどれもが呪力により防がれてしまう。

 呪力を持つ者と戦う上で、必要なのは視界に入らないようにすることだ。最も、聖遺物の使徒としての力がある今の司狼をあの五人は未だに殺しきれないのだが。

 司狼は常人を遥かに上回るスピードで森の中を縦横無尽に駆け巡る。木から木へ飛び移るのかと思わせておき、飛び移る寸前で足で木を蹴り、反対方向に飛ぶ。

 さしもの呪力使い達も司狼のスピードを捉えきれていないようだった。素早さの上では諏訪原で生死のやり取りをした「カズィクル=ベイ」には劣るかもしれないが、
それでも形成段階に達した司狼の速さはバケネズミの監視官達を見事に翻弄していた。

 真理亜の話によれば、神栖66町の住人達は全員視力が良い。なぜかというと呪力という力は、それを行使する上で目標を視認する必要があり、より遠くの物を見ることが不可欠なのだ。

 バケネズミは今の司狼程のスピードで動き回れる筈もなく、バケネズミ退治に慣れた連中にとって今の司狼は予想外の強敵というべきだろう。

 先程バケネズミ達の身体を破裂させた力も司狼にとっては身体に軽い衝撃が走る程度だった。「ルサルカ=シュヴェーゲリン」から奪い取った魂の数はおよそ一個連隊分の人数。
それだけの人間の魂から生成される不可視の霊的装甲は呪力でも壊すことが容易ではないようだ。

 単純に多くの魂を吸収した者程、その強度は高くなる。教会でのベイとの戦いでは劣勢を強いられはしたものの、通常の銃火器などでは殺すことなどできないレベルには到達している。

 しかし視界に入った段階で、あの五人に銃撃を浴びせることは意外に困難だった。

 銃撃を浴びせても、呪力によってそれが防がれてしまうからだ。呪力使いを殺すには「不意打ち」、これしかない。

 視覚外からの攻撃、もしくは意識していない場所からの攻撃には呆気ないという程脆い。強大な呪力を使うとはいえど、肉体的には生身の人間。

 司狼の攻撃をまともに受ければひとたまりもない。

 脳天か急所に一発でも銃弾を入れることができればそれで勝利は確定するのだが、五人は円陣を組んで、死角を作らないようにしていた。

 更に、司狼が森の中を尋常ではないスピードで逃げ回っているとはいっても自分の身を隠せる木々は次々と呪力によって叩き折られるか、燃やされていく。

 余りにも多くの木々を燃やしたせいか、司狼達の周囲一帯は森林火災になっている。最も、単なる火で司狼が死ぬわけもないのだが。

 が、司狼は周囲が火災であることを利用しようとした。聖遺物の使徒である自分は只の火などで死ぬ身体ではない。周囲に燃え広がる火の中からの

 攻撃は防げるだろうか? 自分の身を隠せる程度には大きな火も多い。周囲に漂う煙、燃え広がっていく火は自分の姿を隠す上で最高のカムフラージュ効果を果たすだろう

 (馬鹿が、俺は単なる火なんかじゃ死なねぇんだよ。俺を直接殺そうとする余り、周囲の状態に目を配ってねーからだ)

 それに司狼には聖遺物の使徒としての力がある。

 デザートイーグルでただの銃弾しか発射できないわけではない。ルサルカから奪い取った「血の伯爵夫人」の拷問器具の数々。それらを銃の弾丸に込め、発射することができる。

 鎖。針。車輪。桎梏。短刀。糸鋸。毒液。椅子。漏斗。捻子。仮面。石版。

 多岐に渡り、その総てが人を責め苛むように設計された刑具たち。司狼が手に入れた聖遺物は、すなわちそういうものだった。名を血の伯爵夫人。

 血を抜き、集めることに特化した、狂った伯爵夫人のコレクション。

 司狼は、燃え広がる炎の中に気付かれないように慎重に移動する。

 どうやらあの五人は自分の姿を見失っている状態のようだ。

 このまま更に十分程炎の中で息を殺しながら、五人を見守る。

 五人は司狼が攻撃してこないのを見て、逃げたのではないか? などと会話している。五感の超鋭敏化により、数十メートル離れた所の会話でも聞き取れるようになった。

 (甘ぇよ馬鹿が!!)

 司狼は五人が警戒を解いた一瞬の隙を突く。

 好機はこれ一度きりだ。これ以上炎の中にいると五人が周囲の炎を呪力で消してしまう可能性がある。僅かに五人が安堵の表情を見せたその刹那だった。

 炎の中からデザートイーグルの銃口を五人に向け、トリガーを引く。

 50AEの弾丸が爆ぜたかと思えば、巨大な車輪が五人目掛けて突進していく!

 完全に不意を突かれたせいか、突然の攻撃に五人は何が起こったのかも分からず、巨大な車輪は五人の内三人を無慈悲に轢殺する。

 司狼はこの隙を逃さなかった。全速力で炎の中から飛出し、残り二人目掛けて発砲、発砲、さらに発砲。

 弾丸は派手に爆ぜ、今度は数十もの針と化し、気が動転している二人を襲う。

 「ぎゃぁぁぁ!!??」

 「ぐがぁ!?」

 数十もの針は二人の体中に突き刺さり、一人はそのまま息絶えた。

 もう一人に関しては両目に針が刺さり、視界が完全に絶たれていた。

 「うわぁぁ!! 目が! 目がぁぁぁぁ!!!」

 刺さった針を抜き、潰された両目を覆いながらのたうち回る。

 潰された両目から夥しい血が流れている。確か「乾」と呼ばれていた監視員の一人だ。

 「ど、どこだ!? どこにいる!?」

 すっかり気が動転している乾の腹に軽く蹴りを入れる司狼。

 「げぼぉ!?」

 軽く蹴っただけのつもりだったが、乾は数メートルも吹き飛ばされ、身体が大木に叩きつけられた。

 「げぼっ! ごぼっ!」

 血が混じった嘔吐物を口から吐き出している。

 「よぅ。人の命を貪りつくす狂気も、強烈なまでの渇望も、バケモンじみた凶悪さも、人外としか思えねぇ頑丈さも何もかもが足りなすぎんだよテメエ等。神様気取んなら最低限これ位のレベルになっとけや」

 「く! 糞! 何故バケネズミなどの味方をする!?」

 「あいつらの味方するっていうより単にお前等町の連中が気に入らねぇだけなんだけどな」

 「今まで良好な関係を築いてきたのに、それを裏切ったのはバケネズミ共だ!! そいつらのコロニーを消して何が悪い!?」

 「今の今まで散々あいつらのこと奴隷扱いしといて何が『良好な関係を築いてきた』だ? ギャグにもなんねぇよその言葉」

 これ以上話しても無意味と悟った司狼は、銃口を乾に向ける。と、司狼は、森の中からこちらの様子を見守る、乾達に潰されかけていたコロニーのバケネズミ達の生き残りに気付く。

 「よう! お前等! こいつをお前等の好きにしていいぜ!!」

 そう言うと、数十匹のバケネズミ達が森の中から出てくる。そして誰もが殺気を孕んだ眼光をしていた。そして乾の所まで来ると、縄で手足を縛り上げ、洞窟の中に連行していく。

 「なっ! 何をする!? 汚らわしいバケネズミ共! 私が誰か知っているのか!? 私を殺せば町が黙っていないぞ!?」

 「せいぜい吠えてろアホが。殺す覚悟はある癖して殺される覚悟がねぇヘタレが喚いてんじゃねぇよ」

 洞窟の中に連行され、喚き散らす乾にそう言うと、司狼は塩屋虻コロニーに帰っていった。

 明日に決戦を控えているせいか、内心興奮している司狼は眠れずに、塩屋虻コロニー内を散歩していた。

 コンクリートでできた家々を散歩のついでにじっくりと観察した。見れば見るほどバケネズミ達が元は人間であったことを
理解できる程の技術力だ。

 コロニー内に存在する住宅にしても工場にしても、それらはミノシロモドキに記録されていた情報や知識を元に作られたことを考えても十分に
納得がいく。

 それまでは洞窟内に巣を作り、そこで暮らすという原始的な生活だったにも関わらず、一度知識を吸収すればこれだけ発展できる。しかも一つの
コロニーにはそれぞれ女王がいたにも関わらず、女王から権威を簒奪し、民主的な議会制の政治までする程だ。

 これだけのことができて人間ではないという方が不自然ではないか。しかし幾ら知識を吸収しようと、どれだけ発展したコロニーを作ろうと、呪力を持つ
町の人間達とスクィーラをはじめとするバケネズミ達との間には絶対的な「壁」が存在している。

 真理亜や、ミノシロモドキから聞いたこれまでの歴史を知った上で司狼が考えた結論は、呪力そのものの存在が、今日に至るまでの世界を歪ませた元凶だというものだ。

 そんな力を人間が持たなければ、存在していなかったのならバケネズミという人間に虐げられ、使い捨てられる存在が生まれなかったのではないだろうか?

 今日、他コロニーを襲っていた監視員五人は何の躊躇いも見せずに淡々と掃除でもするかのようにバケネズミ達を殺していった。

 全く馬鹿げた話だ。さして自分達と変わらぬ知性を持つバケネズミ達を殺すのには何の躊躇も見せないのに、いざ自分達が殺される側となったらあれ程までに情けない醜態を
晒すとは。

 司狼の撃った針で両目を潰された監視員の一人の乾は今頃あのコロニーのバケネズミ達に細切れにされているだろう。強大な呪力といえど対象を認識できなければ役に立たない。

 もし町の人間達の、ひいては世界中に存在する呪力使いがもし「人間」に戻るとしたらどうなるのかと司狼は考えた。

 呪力が存在しなければ悪鬼や業魔という存在も生まれず、町の委員会に抹殺される子供達もいなくなる。

 超能力程度の力を持った程度で神様を気取る町の人間には心底反吐が出る気分だった。

 神を名乗るにしても余りにも矮小で、余りにも臆病すぎる。こんなレベルで神を名乗ること自体が神に対する冒涜だろう。

 司狼自身も神の傀儡、玩具という立場は願い下げだった。しかしこの世界の神栖66町という町の委員会、ひいては住人達を神と呼ぶには無理がありすぎる。

 持つ力もかつて自分が戦った聖槍十三騎士団の首魁、ラインハルト=ハイドリヒには遠く及ばない。いや、そもそもラインハルトと神栖66町の人間を比較すること自体がラインハルト
に対する侮辱だ。

 ラインハルトの持つ圧倒的な力の前には今日戦った監視員達など、塵のように消されるだろう。いや、下手をすれば対峙しただけで勝負が決まるかもしれない。

 彼自身と一戦交えた司狼自身が痛い程分かる。諏訪原タワーで戦った時などはこちらが全力でもラインハルトはまるで本気ではなかった。

 笑いたくなる程に力の差が開いていたのだ。神栖66町の人間達も神を名乗るのならば最低限ラインハルト位の力を持っているべきだろう。所詮呪力に頼っているだけで、身体そのものは
生身の人間には違いないのだから。

 司狼が考えていると、不意に後ろから声がした。

 「遊佐様」

 振り返ると、そこにはスクイーラが立っていた。

 「眠れないのですか?」

 「ああ、ちょっと興奮してるみたいでな。明日の夜には決戦だろ? そんでテンション上がってるっつーかそんな所だ」

 事実、明日の夏祭りに乗り込むことで司狼は興奮していた。自分の身体は事故の影響でアドレナリンが過剰分泌している。そんな身体のせいで
短命なのだが、そんなことは聖遺物の使徒の力を得た今ではどうでもいいことなのだが。

 しかし司狼自身、「神を気取る」連中の巣窟である神栖66町に殴りこむことに対して普段以上に気分が高揚していた。

 呪力という力で神を気取る町の人間、そして町の人間に支配されるバケネズミ。しかしバケネズミ達は自分達の真実を知り、町の人間達に反旗を翻すことを決意する。

 司狼自身、自分達の置かれた状況に抗うバケネズミ達と自分を重ねる。

 元の世界にいた時の「既知感」は既にもうない。この状況は今の司狼にとっての「未知」なのだ。

 既知感という呪いから解き放たれ、今の司狼はかつてない開放感に酔いしれていた。

 「スクィーラ、一つ聞きてぇんだけど」

 「何でございましょう?」

 「素性も分からねぇ俺を自分の陣営に入れて大丈夫だったのか? 俺の聖遺物が具現化して周りの森を破壊したんだろ? よくそんな奴を仲間にしようだなんて思ったな」

 「我等バケネズミと、町の人間にはどうしようもない力の差、「呪力」があります。単なる念動力と思うかもしれませんが、これが如何ともしがたい力の差なのです。呪力という力は核兵器にも匹敵する程の絶大な破壊力を持ちます。我等は数こそ多いですが、呪力という力の前には赤子に等しいのです。遊佐様を仲間にすることは我等にとっても「賭け」でした。絶対的な力の差を埋めるにはどうしてもそれに対抗しうる力を持つ者が必要だったのです」

 得体が知れず、町の人間かも分からない自分をバケネズミの陣営に入れたスクイーラに疑問を持っていた司狼だったが、ここに来てようやく納得した。スクィーラにとって自分を味方にすることは博打だったというのだ。

 しかしそれにも納得がいく。監視員達の呪力を間近で見たが、想像以上の強大な力だった。あの力に対抗するにはやはり現状のバケネズミ達の力だけでは心許ない。

 そういう理由で自分を仲間に引き入れる為、一か八かの賭けをしたということか。

 「なんだそういうことか。いや、嫌いじゃねぇぜそういう賭け。最後に勝ちを狙うんならそれ位危険な綱渡りも必要だろ」

 「これも我等バケネズミにとっては必要なことだったのです。町の人間達に……いや」







 ──────────偽りの神に抗う為に

 夕暮れ時、塩屋虻コロニーの広場に集まった兵士達は優に数千を超えている。エリーは祭りで賑わう神栖66町に「間者」として入っている。まさか人間がバケネズミの仲間になっているとは
考えもしていないだろう。色々と町の中で「工作」をしてくれている。

 身支度を整え、司狼は会議室を出ようとする。

 「あの……、司狼さん」

 「ん? どうしたんだ」

 真理亜と守が不安そうな顔で司狼の元に来る。

 「実はお願いがあって来たんです。町への攻撃をする際に私達の友達、渡辺早起と朝比奈覚を見つけたら、その二人の命を助けてくれませんか?」

 真理亜の話に登場した一班の仲間にして、真理亜と守の親友の二人だ。

 「ま、それが出来ればな。だが生憎とこれは「戦争」だ。見つければその二人を生かしておくかもしれねぇが、その二人が無事に俺に出会える保証はねぇぜ? ま、そこんとこはスクイーラにも
話を通しておくけどよ。そいつらが俺達と戦うってんなら二人は立派な俺達の「敵」だ」

 司狼の言葉に真理亜は唇をかみ締める。

 「守も消されそうになってようやく分かっただろ? あの町にいれば神様気分でいられるかもしんねぇが、その裏にいる「あぶれ者」の側に運悪く入っちまったんだ。ひでぇ話じゃねぇか。
お前は何の悪さもしてねぇのに処分対象になったんだぜ? それに納得できねぇから町を出たんだろ? 今までの「ツケ」を払う時が来たんだよ、あの町は」

 司狼の言葉に、守は頷く。

 そう、これは紛れもない「戦争」なのだ。尊厳を奪われ、家畜同然の扱いを受けてきたバケネズミ達の怒りを込めた「反逆(リベリオン)」。

 そして人間であるという自分達の誇りを掛けた「戦い」。

 司狼は会議室を出ると、広場に集まったバケネズミの軍隊を率いて、神栖66町に向けて進軍する。

 後ろからは数千のバケネズミの軍団がついてくる。そう、町の人間達は思い知る必要がある。自分達が虐げてきた者達の真の怒りを。

 そして今日はバケネズミ達の……。




 ──────────怒りの日(ディエス・イレ)。

 エリーがしてくれた工作によって、神栖66町は混乱の坩堝と化していた。持ってきた大量の火薬を町の至る所に設置し、合図と同時に爆破したのだ。

 案の定、町は大混乱に陥り、夏祭りで賑わっていた町は人々の悲鳴で埋め尽くされた。

 先遣隊のバケネズミの部隊が広場に集まった人々を攻撃していた。が、ここで思わぬ障害が立ちはだかる。

 神栖66町の中でも「最強」と「最高」の呪力者二人によって、優勢から一転、劣勢に立たされていた。

 スクィーラ率いる数百の部隊と共に町の広場の近くまで来た司狼は、家屋の屋根から広場の方を覗く。

 そこには信じ難い光景が広がっていた。二千を超えるバケネズミ達が互いに殺し合っているのだ。

 しかし直ぐに同士討ちの原因が「呪力」であると分かった。

 理由は広場の中央にある櫓の上で太鼓を叩きながら歌っている男だった。その男は真理亜の話に聞いた日野光風、神栖66町「最高」の能力者であり、鏑木と双璧を成す男だ。

 「ずーいずいずっ殺ばし、脳味噌ずい。茶壺に追われてドンピッシャン。抜うーけたら、どんどこしょ。裸のネズミが泡喰ってチュー。あソレ、チューチューチュー」

 呪力で浮かせた太鼓を叩きつつ、聞くに堪えない歌を民衆に披露する日野光風。

 操られたバケネズミ達は持っている槍を味方に振るい、操られていないバケネズミ達は操られている仲間の攻撃に応戦している。

 しかしそれ以上に司狼の気を引いたのは、集まった町の人間達が、バケネズミ同士の戦いを楽しそうに見ていることだった。

 大きな歓声が上がり、バケネズミ同士の殺し合いを完全に見世物として見ていた。

 そんな民衆や日野光風の様子を家屋の屋根から見ていた司狼は、自分が生きてきた中でも最高に不愉快な光景に思えた。

 幾ら知性があろうとも連中はバケネズミ達を人間などと見なしていない、対等などと思っていない。単なる知能があるだけのケダモノ、家畜としか思っていない。

 真理亜の話に聞いた神栖66町最高の呪力者、日野光風。筋肉質な肉体に、自分の首と両手首には数珠を掛け、僧侶のような服装をしていた。禿げあがった自分の頭を撫で回しながら日野光風は
呪力でバケネズミ同士の戦いを見て舌なめずりをしていた。

 そして物見櫓の一番上にいる仮面の男が神栖66町最強の呪力者、鏑木肆星。日野光風が行う悪趣味なバケネズミの同士討ちショーを静かに見守っている。

 「遊佐様。どうしましょうか?」

 スクィーラが尋ねる。

 「ここは俺に任せな。俺一人であの二人の相手をする。お前は離れてろスクィーラ」

 司狼はそう言うと、手にしたデザートイーグルの銃口を日野光風、鏑木肆星のいる櫓に向け、引き金を引く。

 只の銃弾ではない、聖遺物の特性を込めた魔弾だ。

 魔弾は一直線に日野、鏑木の両者に向かっていく。が、魔弾は呪力の壁で防がれてしまった。そして鏑木は二百メートル程離れた家屋の上にいる司狼に視線を合わせる。

 「そこかぁ!!」

 その瞬間、司狼のいた家屋は呪力の力により粉砕された。

 「うわぁ!?」

 スクイーラはその衝撃で家屋から転落するも、なんとか着地し、急いでその場を離れる。

 「できるだけ離れろスクィーラ!! あの野郎、とんでもねぇ視力をしてやがる!!」

 間違いない。司狼が銃弾を放った際には鏑木は日野のショーを見物しており、銃弾を「意識していなかった」。

 しかし飛んでくる銃弾に気付き、呪力でそれを防いだ。恐るべき動体視力だ。

 「そこにいるのは分かっている!! 出てくるがいい!!」

 鏑木の言葉を受け、足早に広場に来た司狼。その瞬間、生き残っていた数百匹のバケネズミ達は一瞬で爆発、四散した。恐らくは日野だろう。

 櫓の上から司狼を見下ろしていた。バケネズミよりも目の前にいる司狼に興味が移ったようだ。

 「馬鹿な……! 人間だと!?」

 「人間がバケネズミの側に付いているなんて!!」

 「もしかして「悪鬼」じゃないか!?」

 広場に集まった民衆は司狼の姿を見て相当に動揺しているようだ。バケネズミに味方をする人間が存在すること自体が信じられないといった様子だ。

 「何をそんなに驚いてんだ? 人間がバケネズミに味方しちゃいけねぇってか?」

 司狼は野次馬をどかせるべく、鎖を具現化させる。

 融合型、肉体と聖遺物を一体化させる攻撃力に特化した戦闘スタイル。自分の身体を融合させた鎖を周囲に展開させ、群集を薙ぎ払うように振り回した。

 「うわぁぁぁ!!」

 「こいつ、人間じゃない! 化け物だ!!」

 司狼の聖遺物の使徒としての力を見ただけで群集はパニックに陥り、広場から離れていく。幾らなんでも呪力で鎖を展開するなどできはしないだろう。

 「驚いたな、呪力とも違う。君の力は一体何なのだ?」

 「今はそんなことどーでもいーだろ? お前等バケネズミを軽く扱い過ぎなんじゃねぇか? 少なくともあいつらには「知能」がある。町の人間に服従を強いられて、尚且つご機嫌取りしなきゃ
コロニーごと消されるってのはどう考えても平等じゃねぇだろ?」

 「がははははは!!! 下等なバケネズミ如き、神の中の神である我等人間の従っておればよいだろう!! 所詮獣でしかない連中と我等が平等だとでも思ったか!?」

 日野光風が品性下劣な高笑いを上げながら言う。

 「人間並みの知能持てば自分達の境遇に不平不満も持つだろうしな。けどこの町の連中は皆バケネズミを言葉を話す獣程度としか見ちゃいないってわけか」

 「先程君を攻撃しても『攻撃抑制』と『愧死機構』が発動しなかった。幸運と呼ぶべきか、不運と呼ぶべきか。此度のバケネズミの反乱の首謀者が君だというのならば遠慮なく排除させてもらおう」

 「おっ、そうこなくちゃ面白くねぇぜ。かかってこいよ、「最強」と「最高」さん」

 神栖66町、最強と最高の呪力者二人に相も変わらず軽佻浮薄な口先だった。

 挨拶代わりとばかりに銃口を二人に向け、トリガーを引く。しかし呪力で出来た壁の前に、銃弾は止められる。そして次の瞬間、司狼の身体に衝撃が走った。

 昨日の監視員達が使ったバケネズミを破裂させる技か。司狼は全速力で広場の周囲にある家屋の屋根に飛び移る。ひとまずは距離をとった方がいいだろう。

 司狼は鏑木と日野という二人の能力者を同時に相手にしなければならなくなった。赤毛の魔女から奪い取った聖遺物のお陰で今では聖遺物の使徒
としての力を有する司狼。呪力は確かに強大な力ではあるものの使い手自身は生身の人間だ。対して司狼は聖遺物の使徒として普通の銃火器や爆弾
などでは殺せない身体となっている。


 地球すらも破壊できる程の力を有してはいるものの、脳天に銃弾の一発でも入れればそれでお陀仏になる。問題は鏑木自身の動体視力の異常性だ。
通常の人間の範疇を超えるレベルの反射神経、360度全方位を見渡せ、遮蔽物すらも見通す視力。

 スピードこそエイヴィヒカイトの力の影響によって強化されてはいるものの、予想以上の反応速度を持つ鏑木に司狼は内心で舌打ちをした。

 しかしそれでも身体そのものは普通の生身の人間な分、元の世界で戦った黒円卓の第四位、ベイのような出鱈目な身体の作りをしていない分
幾らかマシな相手といえる。それに先程から身体に衝撃が走ってくる。恐らくはバケネズミを破裂させて殺す技だろうが、数千人分の魂を保有している
聖遺物の使徒の強度を考えれば心地良いマッサージでしかない。聖遺物の使徒は同じ聖遺物を持つ者でしか倒すことも殺すことも傷を負わせることも
できない。

 憂いがあるとすれば鏑木自身の視界の広さ故に攻撃を繰り出しても呪力で防がれてしまうということだけだ。何か決定打になる技でもあればよいのだが、
今の自分の持つ技の全てを総動員しても恐らく呪力で止められるだろう。遮蔽物すらも見通す鏑木の目はどこに回り込もうと発見される。今使用しているエイヴィヒ
カイトの力でゴリ押ししようとも考えた。だがそれらを使っても恐らく止められる。

 二人は先程から司狼の身体を破裂させる為に呪力による攻撃を仕掛けてきているが、それと同時に司狼の身体の自由を奪おうと金縛りのような技まで仕掛けてきた。
しかし司狼は力づくで呪力による拘束を振りほどく。多くの魂を保有している分、腕力やその他の力は軒並み強化されている聖遺物の使徒を単純な念動力で縛ることは
できないだろう。しかし問題は拘束と衝撃波が交互に司狼に降りかかるせいで司狼のスピードが殺されていた。拘束を振りほどくには案外力が必要で、その度に
動きを止められているのだ。時速数百kmの速さで二人の周りを駆け抜けているにも関わらず捉えられているということは恐らく鏑木がやっているのだろう。これ程の
速さを易々と捉えるとは脅威の動体視力と言える。

 呪力は単純に言えばサイコキネシスなのだが、その応用性の高さたるや司狼自身も驚嘆する程だ。火を放ったり地面を砂に変えたりと千変万化の攻撃手段のせいで
司狼自身も手を拱いていた。

 呪力は強大無比な力なれど使用者が人間なので不意打ちには驚く程弱い。しかしその不意打ちをするにしても鏑木の持つ目のせいで中々仕掛けられないでいた。

 大量の木と石で構成されたミサイルが恐るべきスピードで司狼に襲い掛かる。休む間もなくそれは続き、司狼の足場である家屋が無残に粉砕されていく。呪力を応用した絨毯爆撃とも呼ぶべきか。

 家屋から家屋に飛び移りつつ、二人に向けて銃弾を放ち続ける。発砲。発砲 さらに発砲。一発一発に聖遺物の特性を付加させた弾丸だ。しかしどれもが呪力の盾で悉くが防がれてしまう。

 単なる念動力かと思えば実に応用の利く異能だ。物体を動かすだけでなく、呪力を使って防御壁を作り出し、バケネズミ達を操る。単なるサイコキネシスと馬鹿にしていた司狼であるが、
ここに来て見方を改める。攻防一体を絵に描いたような能力だ。

 司狼は一旦広場に戻り、二人がいる櫓に向かって一直線で向かっていく。

 鏑木と日野は呪力で周囲にある材木や石を持ち上げ、司狼目掛けてそれを一斉に放った。司狼は自分の顔面に迫る漬物石を軽く首を捻って避けるのと同時に
宙を蹴って自分の腹目掛けて弾道ミサイルの如き速さで飛んできた長さ十メートル前後の材木の上に飛び乗り、材木の上を走りつつ、鏑木と日野目掛けて猛然と駆け抜ける。

 両手にはデザートイーグルが握られており、銃口を二人に向けると人間離れした早業で銃弾を放つ。が、放たれた銃弾は呪力の壁に阻まれてしまう。
そして日野光風がにたりと不気味かつ野卑な笑みを浮かべる。元々暑苦しく醜いとも思える顔ではあるがそんな顔が更に酷くなったように思えた。

 材木から降り、地面に着地するのと同時に左から巨大なダンプがぶつかってきたのかと思う程の衝撃が司狼を襲う。が、直ぐに状況を理解できた。

 直径数メートルはあろうかという巨大な岩が自分の真横から襲ってきたのだ。今思えば呪力同士は干渉する。先ほど二人が周囲にある材木やら石やらを呪力で持ち上げた
かに見えたが、実際に呪力を使用していたのは日野か鏑木のどちらか一人だけで、その一人が周りの物体を動かしていたのだろう。互いの呪力が干渉するのを避けたのか。今自分の真横から
ぶつかってきた岩は二人の内誰かがやったのだろう。しかし巨大な岩の攻撃も今の司狼にとっては致命的な痛手とはならない。

 聖遺物の使徒は聖遺物の使徒でしか殺せないのだから。ルサルカから奪った魂の数、並びに保有する魂から換算した霊的装甲を考慮するのならば単なるサイコキネシスを
用いての物体ミサイルは司狼を殺すことはできない。

 魂の数が多ければ多いだけ「格」は上がる。聖遺物の使徒たるベイの放つ杭と比べれば微々たるダメージに過ぎない。

 呪力が干渉し合うのを避けるということは、二人同時に呪力を発動できないということだ。

 超人的な速さで二人の周囲を走っているのだ。360度全方位をカバーできる視力を持つ鏑木が防御担当、そして日野が多数の物体をミサイルにし、司狼目掛けて放つ攻撃担当ということになる。

 つまり、攻撃と防御を行う際、必ず合間に「隙」が生じる。鏑木が防御を解いた瞬間、日野が呪力を発動し、攻撃を仕掛けてくるのだとすれば、攻撃担当の日野から、防御担当の鏑木に移行する瞬間に決定的なチャンスが訪れる筈だ。

 呪力同士がかち合うのを避けることは学校の授業で習うと真理亜が教えてくれた。

 しかしながらその「隙」を突いた所で超人的なまでの動体視力を持つ鏑木に防がれてしまうのではないだろうか? 司狼がそう思っていると不意に背後から声が聞こえた。

「遊佐様! 助けに来ました!!」

 スクイーラの声だ。

 後ろを振り向くと、崩れた家屋の陰から火縄銃と弓矢を持ったバケネズミの兵士達が銃口を鏑木と日野に向けていた。

 「放て!」

 しかしそれらの攻撃は悉く呪力で防がれてしまった。

 「薄汚いバケネズミ共めが! 神たる我等に反逆したことを思い知るがいい!!」

 バケネズミの兵士達は呪力の力で空中に浮かび上がり、次々と四肢をもぎ取られていき、兵士達の悲鳴が広場に響き渡る。

 「そーれ! ほいほいほいほいほいほい!!」

 日野光風は奇声を上げながら、呪力の力でバケネズミ達の身体を引き裂いていく。

 「あーい、あいあいあいあいあいあいあい!!!!」

 塵くずのように散っていくバケネズミ達の姿を見て、恍惚とした表情を浮かべている日野。

 一片の慈悲も戸惑いも情けもなく、遊び道具のようにバケネズミ達を殺していく。そう、目の前にいる存在は「神」などという大それた存在ではない。

 呪力という能力を得て、万能の神になった気でいる「だけ」の人間だ。そう、自分の力に酔いしれている。自分が神と崇められることが何よりも楽しいのだ。

 この町の人間達にも言えることだ。呪力を持たず、獣のような姿、獣のような生き方をするバケネズミ達を酷使し、命を弄び、辱める。

 そしてそれが当然のことだと思っているのだ。どんなに知能があろうが獣は獣、所詮呪力を持つ自分達人間に従うだけの「道具」だと。

 思えばこの世界の歴史を真理亜とミノシロモドキから聞いた時にも思った。この世界が歪んだ根本たる原因、「呪力」。

 そんな力が生まれなければ、今の世界はここまで変化しなかっただろう。バケネズミなどという存在も生まれてはいない。

 呪力を持たない者達はバケネズミへと変えられ、辛酸を舐めさせられてきた。悲惨とも呼べる自分達の歴史を知り、立ち上がったスクィーラ。

 そのスクィーラが今、日野の呪力で空中にいる。身動きが取れない状態だ。

 「お前は確か野狐丸。それ程恵まれた地位にいながら我等人間に反旗を翻すか」

 「私は野狐丸ではない!! スクイーラだ!!」

 「ほう、我々から貰った崇高な名をいらないと申すか」

 「呪力があるだけで本当の神になった気でいるのか!? 我等の姿かたちを変えて、尊厳も自由も踏みにじる「神」など私は絶対に認めない!!」

 スクィーラが鏑木に啖呵を切る。

 「はははは!!! 貴様らバケネズミに尊厳も自由も最初からないわ!! 我々人間に「生かされている」だけの穢れた存在が何を抜かすか!!」

 スクィーラの叫びを日野があざ笑うかのように切って捨てる。

 スクィーラの魂からの叫びに呼応するかのように司狼の中にある「渇望」が目を覚ましていく。

 「所詮貴様等バケネズミは我等に従っておればよいだけの話だ。獣風情の誇りなど知ったことかぁ!!」

 日野のバケネズミの尊厳を、誇りを否定する言葉を吐いたその瞬間、司狼は爆ぜた。

「ふざけんな、笑わせんな、舐めんな! テメェ等みてぇな屑神、俺は絶対認めねぇ!!!」

 司狼の中で自身が持つ神への計り知れない程の憎悪と憤怒が爆発した。そして気づけば呪詛の言葉を口にし始める。

 そう、そんな能力で奢るのならば、その程度の力で神を気取るのなら、お前等の能力を全て残らず消し去ってやろう。神の名を語る者達への果てしないまでの
怒りと憎しみが言葉となって紡がれていく。


「アセトアミノフェン アルガトロパン アレビアチン エビリファイ クラビット クラリシッド グルコバイ ザイロリック ジェイゾロフト セフゾン テオドール テガフール テグレトール」


 これこそ司狼の渇望(ねがい)、矮小な念動力程度の力で神を気取る者達へ送る狂気の呪い。そしてこれは自分達を家畜と蔑む神の名を語る者達からの脱却を望むバケネズミ達の願い。


「デパス デパケン トレドミン ニューロタン ノルバスク レンドルミン リビトール リウマトレック エリテマトーデス」


 今こそその身をもって思い知るがいい。何の能力も異能も持たない只の人間に「戻る」ことを。


それこそが神栖66町の人間へ送る最大級の復讐だろう。呪力こそがお前達のアイデンティティーであり尊厳だろう? ならばその力を全て根こそぎ奪ってやる。呪力を取り除けばお前達も単なる「人間」だということを思い出させてやる



「ファルマナント ヘパタイティス パルマナリー ファイブロシス オートイミューン ディズィーズ アクワイアド インミューノー デフィシエンスィー シンドローム 」


 さあ、呪力を持たざる存在に「戻る」がいい。


 ――Briah(創造)――


「悪 性 腫 瘍 ・ 自 滅 因 子
<マリグナント チューマー アポトーシス >!!!」

 狂気的なまでの渇望により、創造位階にまで達した司狼。

 そして司狼の渇望である「自滅因子」は神栖66町全体を覆い尽くしていた。この範囲にいる限り、司狼が作り出す世界のルールを強制される。

 神の名を騙る者達への確かな呪い、怨念にも近い渇望から生み出された力は広場にいる日野にも鏑木にも効いていた。

 宙を浮かんでいたスクィーラと数十の部下の兵士達は司狼の創造が発動した瞬間、地面に落ちた。理由は簡単だ、日野の呪力が「なくなった」からだ。

 「ば! バカな!? じゅ、呪力が……!」

 「あ、ああ……! く、糞!! 何故呪力が発動しない!?」

 二人は自らの身に起きている異常事態に気づき、激しく狼狽し始める。今までは呪力のお陰で「神」として振舞ってきた。そしてその力があるからこそ、数の多いバケネズミ達は
従ってきたのだ。

 だが絶対的な力である呪力が消失している状態の今はどうだろうか? 櫓の上にいる二人は呪力を持たない「人間」に過ぎない。

 正に牙をもがれた狼という言葉が似合う。

 「どうだ、自称「神様」さんよ? 呪力のない今のお前等二人をあいつ等は「神」として見てくれるか?」

 司狼は物見櫓の近くに来て、地を蹴ってジャンプする。そして動揺する日野光風の前に立ちはだかる。

 「く! 糞! 呪力さえあれば……!」

 「どうした? 呪力がなきゃ何にもできねぇかタコ助」

 司狼は、日野の首を掴み、日野の巨体を持ち上げる。

 「が……、ぐ、苦じい……!!」

 日野は足をばたつかせながら必死にもがく。だが聖遺物の使徒の力を持つ今の司狼の力の前では無力な人間に過ぎない。

 「おいスクィーラ!! こいつ、お前の好きにしていいぜ!!」

 司狼はそう言うと、日野を掴んだまま、櫓の下に飛び降りる。そしてスクィーラとその部下達の前に日野を放り投げる。

 スクィーラは頷くと、部下に日野を縛り上げるように命令する。

 「よ! よせ! 私を誰だと思ってる!? 神の中の神たる日野光風だぞ!! やめろ! 寄るな! 放せ! 穢らわしいネズミ共め!!」

 スクィーラの部下達は、じたばたと暴れる日野を押さえつけながら、手足を縄で縛り上げる。

 「あ、念のために両目潰しとくか」

 司狼は縛られている日野に近づき、日野の両目に自分の指二本を深々と突き刺す。

 「うぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!???? 目が! 目がぁぁぁぁぁぁああ!!??」

 司狼に両目の視力を奪われ、絶叫する日野。

 「連れていけ」

 スクィーラが命令すると、喚き散らす日野を担いで、部下達は広場を去っていった。

 「さて、と」

 司狼は、物見櫓の一番上にいる鏑木の所まで一気にジャンプする。

 「おい、どこに逃げる気だよ。「最強」の呪力者さん」

 「う!?」

 鏑木は、気づかれないようにこっそりと櫓を降りようとしていた。

 「くっ、糞! よせ、寄るな! 化け物め! 呪力のない人間を殺すのか……? 今の私は何の力もない「人間」だぞ!?」

 先ほど見せていた最強の呪力者としての余裕は消え失せ、すっかり目の前の司狼に怯えきっていた。

 「アホが。生かしとくと思ってんのか?」

 司狼は銃口を鏑木に向け、おもむろに引き金を引く。生半可な苦痛でこいつは殺さない。そう、司狼が所持する聖遺物の中でも最上級の苦痛を与える拷問器具がある。

 「……は!?」

 鏑木の背後には、巨大な穴が開いていた。外周に無数の牙を生やしたそれは、さながら魔物の口である。そこにはいった者は串刺しになり血を搾り取られ、
比喩ではなく食い殺される死の咢 血の伯爵夫人の代名詞とも言うべき、最悪の拷問処刑具その名を、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)。

 「あばよ」

 「あっ……!」

 司狼は鏑木を軽く蹴り、鏑木の背後に開いた巨大な魔物の咢の中に落とす。そして魔物の口はゆっくりと閉じていく。

 「だ! 出してくれ!! やめろ! よせ! 痛い! ここから出せ…………ぐべ!?」

 鏑木は文字通り鋼鉄の処女に「喰われ」てしまった。情けない断末魔を上げながら、神栖66町最強の呪力者は実に呆気なく死んだ。

 町の人間達は、自らの呪力が消失したことを知るやいなや、襲い来るバケネズミの軍勢の前にどうすることもできずに殺されていった。

 呪力という圧倒的な力を行使できない今、戦争慣れしているバケネズミ達の相手になる筈もなく、瞬く間に形勢は逆転した。

 町の至る場所でバケネズミ達による虐殺が始まっている。司狼は、自分に助けを求めてくる町の人間達を尻目に、教育委員会の本部をスクィーラの部隊と共に急襲する。

 本部に避難していた教育委員会の面々は、抵抗虚しく殺されていき、議長の鳥飼宏美は司狼のデザートイーグルにより、頭を吹き飛ばされ死亡。

 どうすることもできないまま、教育委員会の面々は皆殺しにされた。

 次に倫理委員会の議長である朝比奈富子の屋敷を襲った。

 「気をつけて下さい遊佐様! 「不浄猫」です!!」

 屋敷を襲った司狼達の前に立ちはだかったのは、数頭の虎程の大きさの猫、「不浄猫」だった。真理亜の話に登場した「あぶれ者」の子供達を殺す為に用いられる化け猫の類。

 守もこの猫に襲われ、辛くも危機を脱した。

 しかし不浄猫達はあえなく司狼のデザートイーグルにより肉片と化した。聖遺物の使徒の力を持つ司狼の前には不浄猫の力など虚しい抵抗にしかならなかった。

 そしてついに倫理委員会の議長である朝比奈富子を捕えた。

 倫理委員会の面々、並びに生き残った教育委員会の面々は、残らず町の広場に集められた。呪力という自分達のアイデンティティーがない今、バケネズミの命令に従うしか道はない。

 「お前等! このミノシロモドキの話を聞いておいた方がいいぜ!!」

 司狼は、スクィーラに、塩屋虻コロニーからミノシロモドキを持ってこさせ、ミノシロモドキに記録されているバケネズミは元は人間であるという真実を語って聞かせる。

 委員会の面々は皆、面食らったような表情をしている。一部の委員会の人間はこの事実を知っていたのであろうが、それを知った上で今までバケネズミ達を殺してきたのだ。

 しかし今は完全に立場は変わっている。呪力はなく、残るのは「人間」である自分の身体のみ。バケネズミと人間達との違いといえば「姿形」しか残っていない。呪力がなければ何もできず、
実に無力で弱い存在だった。

 これまでバケネズミ達に対し、高圧的な態度で服従を強いてきた人間達が、今はバケネズミ達を恐れている。

 「形勢逆転」という言葉がこれ程似合う時はないだろう。

 「貴方達の処遇に関しましては、我等バケネズミを「人間」だと認めるか否かによって変わります。このミノシロモドキに記されていた記録が正しければ我々は元々人間でした。
しかし私達は五百年もの間、呪力を持つ人間、即ち貴方達に服従を強いられてきました。そのことは変えようのない事実です。しかし我等も鬼ではございません。皆さん方が私達
バケネズミのことを「人間」だと認めてくれさえすれば、今後も共生していくことを約束しましょう。ただし、我々のことを人間と認めない場合、「死」という運命が待っている
ことをお忘れなく」

 スクィーラは両委員会の面々にそう宣告する。

 「ふざけるな! 貴様等を人間と認めるものか!!」

 「そうだ! 罪もない町の人達を殺しておいて!!」

 「薄汚い鼠風情がえらそうに言うな!!」

 委員会の面々はスクィーラやバケネズミの兵士達に対して罵詈雑言を浴びせ付ける。五百年もの間自分達に服従してきたネズミの化け物を人間だと認めることなど町の
人間達には不可能なことだったのだろう。

 「ゴチャゴチャ五月蠅ェよ、テメエ等。散々こいつら殺してきた癖して自分達がやられれば嫌だってか? スクィーラはお前等にチャンスを与えてやったんだぜ? そのチャンスを自らフイに
しちまうとは救えねぇよ、お前等全員」

 そう言うと司狼は、朝比奈富子の前に近づき、額に銃口を突きつけ、引き金を引く。

 富子の頭は吹き飛び、割れた頭蓋骨の欠片、脳味噌が周りにいる委員会の生き残り達に飛び散る。

 「スクィーラ、こいつらダメだわ。生きるための最良の選択肢があるのに、テメエでその選択肢を捨てやがった。後はお前の好きにしな」

 「はい……」

 スクィーラはどこか寂しそうな表情をしながら部下に生き残りの委員会の面々の処刑を命じる。

 「やめてくれ!! 死にたくない!」

 「地獄に落ちろ! バケネズミめ!」

 「やめろ! よせ!」

 委員会の面々は、バケネズミの兵士達に連行されていく。

 「遊佐様……、私達は貴方達人間と余りにも姿形が違い過ぎる……。今更我等を人間と認めさせるには町の人間達には無理な話だったのでしょうか?
呪力がなくなった今、我等と町の人間達との違いといえば姿形だけになりましたが、醜い我等は到底人間とは見做されないのでしょうか?」

 「気にすんなよスクィーラ。姿形が人間のままでも「人間とは思えねぇ」奴だって俺の世界にはいたぜ? 自分や仲間の境遇に怒れる心があんなら立派な人間ってモンだろ?」

 司狼の言葉にどこか安堵したような表情を浮かべるスクィーラ。

 「貴方が初めてです。私を……、我等を「人間」と見てくれたのは……」

 スクィーラの目から大粒の涙が流れる。自分達の真実をミノシロモドキから聞き、自分の真実を知り、そして人間に立ち向かったスクィーラ。

 バケネズミの服従の歴史に終止符を打ったスクィーラは世界の歴史に刻まれる英雄になるだろう。

 「ご機嫌は如何でございましょうか? 渡辺早起様、朝比奈覚様」

 バケネズミと神栖66町との戦いが終わり、町の人間達は完全にバケネズミの支配下に下った。

 秋月真理亜の親友であり、一班の仲間である渡辺早起、朝比奈覚は衣服を全て剥ぎ取られ、牢屋の中に放り込まれていた。真理亜から聞かされた要望をスクィーラに
伝えた結果、快くそれを承諾したスクィーラ。二年前の夏季キャンプでこの二人と出会い、縁が出来たのだ。

 しかしこの二人は最後までバケネズミのことを人間とは認めなかった為、自由を許されず、この冷たく暗い牢屋に閉じ込められているのだ。

 「……何の用? 貴方に伝える言葉なんてあるわけないでしょ……」

 「貴方達が我等のことを「人間」と認めればそれでいいのです。認めさえすれば直ぐにでも貴方達二人を自由にしてさしあげるのに」

 「ふざけるな!! 罪もない町の人々を殺した癖に!! こんなことが出来るお前は最低のドブ鼠だ!! 人間などと認めるか!!」

 覚が牢屋の柵を掴みながら、スクィーラに吠える。

 「ったく、町の連中は皆それを言うぜ。お前等もミノシロモドキの記録を聞いただろ? 誰が何と言おうとこいつらが「人間」だったのは事実なんだからよ。いい加減
認めたらどうだ?」

 司狼はもう十日以上も牢屋の中にいる早起と覚に呆れていた。

 「お前等がしたことは畜生にも劣る所業だ! 殺された人達に謝れ!!」

 「……るせぇよ」

 「え?」

 「ごちゃごちゃ五月蠅いんだよ糞餓鬼。こいつらバケネズミは人間様に服従するロボットだとでも思ってんのか? 自分達の境遇がどんな悲惨なものだったかをこのスクィーラは
知ったんだよ。なら聞くがお前等町の人間が今ままでこいつらをゴミのように殺してきた事実は嘘だってか? 平然とコロニーごとバケネズミを消すってやり方してきた癖して
自分達がやられればそれかよ。消されたバケネズミ共の中に何人今のお前みたいな考えの奴がいただろうな。「今まで従ってきたのになぜ殺されなければならない?」って考える奴
が一人もいないとでも思ってんのか?」

 司狼は苛立ちを抑えきれず、覚を睨みつけながら言う。

 「遊佐様……」

 「何よ……! あんなことが平然とできるネズミ共なんか消えて当然じゃない!! 町をあんなに滅茶苦茶にして何言ってるのよ!!」

 早起が司狼を見ながらヒステリックに喚き散らす。

 「貴方達は負けたのです、それを認めなさい」

 「煩い! この汚らわしい化け物!! お前なんか地獄に落ちろ!! 」

 早起は尚もスクィーラを罵倒し続ける。

 「黙れよクソガキ」

 「あぐぅ!?」

 ヒステリックに喚き散らす早季の口を鉄格子越しから喧しいと言わんばかりに右手で塞ぐ。

 「せいぜいほざいてろ。テメェ等町の連中がしてきたツケをそのまま返してやるよ」

 司狼は聖遺物の力で拷問器具の鎖を具現化し、早季と少年の身体に鎖を何重にも絡み付かせる。

 「ぐ!? 苦しい!?」

 「いや! 離して!! 痛い!」

 二人の身体に巻きついた鎖はギリギリと二人の体を締め付ける。その光景はまるで獲物を自分の身体で締め付け、窒息死させる大蛇のようだった。

 「スクィーラの味わった苦しみと恐怖をお前等にも受けてもらうか。数日掛けて絞め上げ、全身の骨を粉々に砕いちまうぜ。せいぜい死ぬ瞬間まで恐怖と激痛を堪能しな」

 「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」

 「い、嫌! 死にたくない!!」
 
  牢屋の中は二人の絶望に彩られた悲鳴が響き渡り続けた。

 「……遊佐様。我々のことを心の底から人間だと認める者達が現れるでしょうか?」

 「今はそれを期待するっきゃねぇわな。ま、後数百年も経てば生まれて来るだろ」

 古い顔馴染みの死を目の当たりにし、暗い表情のスクィーラに励ましにもならない言葉を言う司狼。

 いつかはきっとバケネズミを人間だと真に認める人間が生まれて来ることはスクィーラの願いだった。

 そう、いつかはきっと……。

とりあえずこれで完結になります。出来れば感想を書いてくれると嬉しいです。

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