ジャン「昔話」(15)

新兵としてトロスト区での職務に就いていた数年間、私はこじんまりとした家に下宿していた。そこには家主の老人がたった一人住まっていた。彼も嘗ては軍にいたようで、私に色々な昔話を嬉しそうに語ってくれたものである。「死に急ぎ野郎」なる友人について、九死に一生を得た討伐譚、美しい黒髪をした少女の話……

「オレの若いときは、そりゃ危ねえもんだった。巨人がまだいた時代でな。一度なんか突っ込んでキスまでしちまったよ」
私は話をしている彼を見るのが好きだった。何だか彼が若返るようで、暖炉に置かれた小さな写真の中の、薄い金髪を刈り上げた髪型をした切れ目の青年が目の前にいるようだった。

一匹狼のキルシュタイン老人とって、孤独は苦にならなかったが、時折漠然とした侘しさが彼を動かし、現実主義者を気取っていても、実のところは人の良い老人から、私は様々な心遣いをしてもらった。料理、掃除、もうほぼ実際には使われない立体起動装置の整備など――

彼の周りには、殆ど人を見ることがなかった。彼と外の世界の繋がりといえば、たまに出すように頼まれるM.Yeagerとだけ宛名が書かれた手紙くらいのものだっただろう。とりわけ長い冬の宵などには、一日ソファに座って物思いに耽っていることもあった。

ふと、顔を上げた。
流れ星――

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年末、もう夜の帳は降りていたが、人々は新年を迎えようと起きていた。ちいさな料亭では、壁外に移住することが決まったイエーガー夫妻を送り出すささやかな宴が行われていた。盛り上がっている中、ドアが開き青年が入ってきた。
「おせーぞジャン!嫉妬して来ないんじゃねえかと話してたところだ!」
「そんなわけあるか!オレがそんなちいせえ奴に見えんのかハゲ!」
「ジャン、来てくれてありがとう。嬉しいよ」
「ああ、遅れてすまねえ。あと、おめでとう」
握手をしたエレンの手の甲が少し赤らむ。もう少年らしい二人のライバル心は消えていた。
「ジャン、私も嬉しい」
「久しぶりだなミカサ。俺もだ」
自然な笑顔だった。
「ほら、席に戻ろうぜ。ほっとくと芋女が全部食っちまうぞ」

歌い、笑い、思い出話に花が咲いた。十代の少年少女とした出会った若者たちは、互いに命を預け合う兵士として時代を作り、そして同志として酒を酌み交わ合った。
新年を祝う花火が上がった――


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また別の年の暮れがやってきた。別の、ずっとずっと後の……

ろうそくに照らされた小奇麗な部屋、齢七十ほどの小柄な老人が目をつむって寝台に横たわっている。傍でキルシュタイン老人は彼の手を握っていた。
「アルミン」
低く呟く。
「アルミン。まだ、いるか」
ジャンは弱々しくも握り返す力を感じた。
「覚えてるか、最後のとき。お前が作戦をたてて、オレが指揮をして、コニーと芋女はどこにいたっけな。そしてエレンと、ミカサが突撃して……もう皆、向こうに行っちまった」
水を打ったように静かになった。時が、止まった。

「……ジャン」
かすれた、微かな声がアルミンの口から聞こえた。
「……本当に、あれでよかったのかい?」
無音。窓から入った月明かりが、一枚の写真を照らした。

新年の鐘が鳴った。だが低く、ずっと遠くからのように――

その時アルミンが深く息をつくのが聞こえた。ジャンは、眠ろうとしているのだと思ってそのままにしていた。次第に彼もまどろみの状態に落ちて行った。

彼が目覚めると、ろうそくはもう燃え尽きていた。ふと顔を上げると、月光がアルミンの静謐に包まれた顔を照らしていた。ジャンは、冷たくなった手を握り続けていた。


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あれからどれほどの星霜を閲しただろうか。私はその後もう一度仕事でトロスト区に行く機会があった。彼の家からは遠かったが、馬車を雇うくらいの余裕はあったので、小暇に一つ訪問してみることに決めた。

秋の暮れ、少し前までは紅葉に彩られた木々はもう葉を落とし、冬の足音が聞こえるようだった。

着いてみると、老人の家があったところには既に新しい住居が建っていた。若干思案して、隣家の家主に尋ねてみると、数年前にキルシュタイン老人は亡くなったようであった。私は何にもならなかったこの訪問と、馬車賃を惜しく思った。
「何で亡くなったんですかね」
「そりゃあ旦那は大分お年を召していなすったからね」
「お墓の場所は知っておられますか」
「勿論ですとも。うちのガキを案内にやりまさあ」

家主の厚意に感謝し、少年の案内についてゆくと、地区はずれの寂しい墓地に辿りついた。彼の墓標の近くはとりわけ侘しく、柵も、植えられた木もなく、墓自身も木で作られた小さなものだった。
「君は、死んだキルシュタイン老人を知っていたかい」
「もちろんさ!僕に巨人とかちょうさへいだんの話をしてくれたっけ」
「あの人には友達はいたのかな」
「いや、ほとんどいなかったと思う。でもそういや前にもジャンお爺さんのことを聞いて、お墓参りしてったお婆さんがいたよ」

私は一寸考えて、尋ね返した。
「どんな、人だったんだい」
「大分齢はとってたと思うけど、キリっとした目の黒髪のお婆さんだったよ。二人お孫さんを連れて来ててね、僕も一緒に遊んだんだ。確か男の子の方はジャンって言ったっけな。そのあとお婆さんはちょっとお金をくれたんだ、へへっ」

私も返礼として少年に少しのお金を与えたが、もうここに寄ったことも、使った馬車賃も、惜しいとは思わなかった。

おわり

ごめん

めっさ読みにくい

改行かな?
お話すごい良かった乙

>>10
精進致します。
>>11
そういって頂けてうれしく存じます。

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