アリス「シノ、何見てるの?」忍「通訳者についての本です」 (76)

本に目を落とすシノ。
どこか、暗い雰囲気。気軽に声をかけたのに、一度声を聞いただけで体中から汗が噴き出してきた。
シノは、普段のシノからは想像できないほど淡々と話し続ける。

忍「今日テレビで通訳者について取り上げていて……ふと調べてみたんです」

忍「私に通訳者は無理ですね」

忍「私は、なんて馬鹿だったんでしょう。私は……なんて馬鹿だったんでしょう」

アリス「お、落ち着いて、シノ」

忍「ろくに調べようともせず通訳者になりたいと思っていました」

心臓の鼓動が早くなってきた。
こんな展開は覚悟していなかったぶん、余計に胸が痛い。

忍「先生も気づいてたんですよね」

忍「綾ちゃんと陽子ちゃんだって無理だとは言いませんでした」

忍「アリスも、気づいていたのに言わないでおいてくれたんですよね」

忍「アリスは……いえ、みんな優しいですね……」

アリス「ち、違うよ! 私はシノが通訳者になれるって信じてる!」

アリス「この前だって、テストで良い点数取ったでしょ? シノの才能は本物だよ!」

忍「でも翌日には全て忘れていました」

忍「あれぐらいの量の知識を一日で忘れる人は通訳者になれません」

アリス「っ……自分を馬鹿にするのはやめて!」

忍「ありがとうございます……アリス……でも、もういいんですよ……」

アリス「あっ……」

顔を上げたシノの目は真っ赤になっていた。
その目に見つめられ、私は何も言えなくなってしまった。
何か言わなければいけないのに。そんなことないって、自信持ってって。

でも、言葉が出ない。
だって、私もシノが通訳者になれないと思っていたから。

シノのこの目を見てさらに嘘をつくのは、現実を突きつけるより残酷な気がした。

忍「……でも、いやですね……」

アリス「……シノ?」

忍「……たまらなく、いやです……」グス

忍「いやですっ、いやです……っ」ポロポロ

アリス「シ、ノ……」

アリス「シノ……」ギュッ

抱きしめることしか出来なかった。
これでも忍は努力してきたのだ。

でも、挑戦する前に現実を突きつけられたのだ。

あまりにも、かわいそうだ。

潤む瞳を抑えて、シノを抱きしめる。

その夜は、そうすることしか出来なかった。

アリス「ん……」

気づくと、朝だった。
シノのベッド。

アリス「あ、あれ?」

寝ぼけた頭で思い出そうとする。不思議な感覚。
深刻な何かがあった。なのにそれを忘れている。
なんで私がシノのベッドに?

アリス「……あっ」

夢のように思える出来事。
ジワジワと記憶が蘇ってくる。
でも、夢じゃない。
シノのあの目は、夢じゃなかったはずだ。

アリス「シノ!? シノ、どこ!?」

忍「どうしました?」

突然、私の目の前にシノの顔が現れる。

アリス「あっ!……シノ!大丈夫なの!?」

忍「あはは、そんなに焦らなくても。今日はお休みですよ~」

何事も無かったかのように話すシノ。
寝ぼけているせいで、少し油断すれば夢だと思ってしまいそう。

忍の目だけが、深い悲しみを訴えていた。

忍「昨夜は、ありがとうございました」

アリス「え……ううん、あんなことしか出来なくてごめんね……」

忍「あんなこと……なんて。そんなこと、言わないでください。とっても嬉しかったです」

アリス「なら、良かったけど……シノ、我慢しないでね」

忍「そうですね~。また、ああしてもらうように頼んでしまうかもしれません」

あいかわらず明るい声を出すシノ。
私もそれに応えるべきだ。
一番悲しんでいるのは、自分ではないのだから。

アリス「うん! まかせて! いつでも抱きしめてあげるよ!」

忍「ふふ……」

アリス「……」

忍「……」


会話が、途切れる。

シノと一緒にいて、沈黙がこんなに嫌なのは初めてだ。

忍「……私、少し出かけてきます」

アリス「……そっか。大丈夫?」

忍「心配しないでください、少し頭を冷やすだけですから」

アリス「わかった……。気をつけてね」

忍「ありがとうございます、アリス」

バタン

アリス「……」

止めたかった気もするし、止めたくなかった気もする。
正直に言うと、私も一人になりたかった。

一緒にいてあげるべきなのかもしれないけど……一度シノから離れて、シノとどう接するべきか考えたかった。

私は、卑怯な子かもしれない。

数十分後

コンコン

アリス「……忍? はやかっ……」

勇「アリス? ちょっといいかしら」

アリス「い、勇?」

勇「話があるの。ちょっと嫌でしょうけど、お願い」

アリス「……」

勇「……お願いアリス。私、あの子の姉よ?」

アリス「わかった……」

二人でソファーに座る。

忍……今どうしているだろう。

勇「昨夜は大号泣だったわね」

アリス「あ、うん……聞こえてたんだね」

勇「あれだけ喚いてればね。寝るのに苦労したわ。お肌が命だからさっさと寝たけどね」

アリス「……そんな言いか……」

言いかけてやめる。
目の下に大きなクマが出来ている。

嘘つき。

勇「昨日、私がいない間に無断でパソコンで色々調べてたみたい。あの子おバカさんだから、履歴消すの忘れてたわ」

勇「あの子のことだからパスワードもいらないと思ってたんだけど……よっぽと必死だったみたいね」

アリス「……みたいだね」

アリス「勇なら……勇なら、分かる? どうすればいいの?」

勇「うーん……。ずっと一緒にいたからこそ、どうすればいいのか分からないの」

アリス「どうして?」

勇「こんなこと、初めてだから。アリスはどうすればいいと思う?」

アリス「そんなの、勇だって分からないのに……」

アリス「見守ればいいの……一緒にいてあげればいいの……声をかけてあげればいいの……」

アリス「どうすれば……どうしよう勇……」


勇と話せば少しは気が楽になると思っていたけど……。

いま忍を一人にしていていいの?
でも、何て声をかければ?

勇「アリス?」

焦りが増していく。

私、忍が大好きだよ。
悲しんで欲しくないよ。

いま忍はつらい時だから。一人でいるのはおかしいよ。

一緒にいたいよ。


忍がどうして欲しいのか、答えは出ない。
勇にも、わからない。
でも、だからこそ、たまらなくなってくる。

もう関係ない。私は忍と一緒にいたい。私が忍を元気づけてあげたい。

私が。

勇「……アリス!? まって!」

体が動き出していた。

アリス「はぁ、はぁ」

走る。

アリス「はぁ、はぁっ……」

走って間もなく、息が荒れ体が重くなる。

アリス「シノっ……どこ……」

どこかで泣いているシノを想像すると、たまらない。

どこにいるの。
何をしてるの。

アリス「うぅ……うぁぁ!!!!」ポロポロ

たまらなくなり、周りの目も関係なく泣き出してしまう。

夢中で走っていて体が痛んでいることも手伝って涙が次から次へとあふれる。

シノの顔が頭に浮かぶ。

金髪少女について話しているシノ。海外について話しているシノ。

笑っているシノ。
泣いているシノ。

アリス「私……ぁあっ……なんでっ……シノを一人にしちゃ……っ」ポロポロ

アリス「うぁぁぁ!!!! シノぉぉ!!! どこにいるのー!!」ポロポロ

アリス「どこーーー!!!!!」ポロポロ

シノの顔が浮かぶたびにシノがはるか遠くに離れた存在のように、愛おしくなってくる。

20分後

アリス「し……の……っ……?」

人混みに、シノの背中を見つけた。

いつもなら派手な服を着ているシノ。今日はごく普通の服だ。

アリス「シノーーーっ!!!」

忍「……あり、す……?」

アリス「シノ!!!!」ギュッ

忍「なんで……」

私達を迷惑そうに避けて通る人。
少し遠くから面白がって見ている人。

今は、お構いなしだ。

アリス「シノ!!!シノ!!!」ギュウウ

忍「……」

戸惑った表情を見せていたシノ。
しかし、少し微笑むと

忍「アリス……」

昨夜とは違い、静かに涙を流して。
私を優しく抱きしめてくれた。

どっちが励ます立場だったっけ……。
今は、どうでもいいよね。

それに……何故かは言えないけど……シノも私を求めている。

そんな気がした。

忍「アリスは、本当に……かわいいですね……」

アリス「シノっ、シノ……」

大宮宅

何故か拍手を受けた私達は、そのあと手を繋ぎながら家に帰った。

家を出る前に感じた嫌な沈黙。あんなもの、無かったかのように感じる。



忍「私だって……実は、わかっていたのかもしれません」

アリス「そう、なの?」

忍「本気で通訳者になりたいと思っていたのに、今まで調べようともしませんでした」

忍「それは、怖かったからだと思うんです」

アリス「そっか……」

忍「現実を見たとき、私の何かが壊れてしまう。そう思っていたのかもしれません」

アリス「……じゃあ、なんで今、調べようと思ったの?」

忍「うーん……きっかけはテレビですけど……私が壊れてしまっても、アリスが受け止めてくれると思ったのかもしれません」ニコッ

アリス「し、シノ……!」


気遣ってくれたのだろうけど、たまらなくうれしい。

本当は、なんで、調べようと……通訳者について知ろうと思えたんだろう。

いつか、分かればいいな……。

その時。


ピンポーン

忍「誰でしょう? 出てきますね」

アリス「あ、私も」



少しでも離れたくないから……とは流石に恥ずかしすぎて言えない。


ドアを開けると……綾、陽子、カレンの三人がいた。

陽子「はぁ、はああ……け、結局家かよ……」

綾「も、もうっ、こんなに探したのに……」ハァハァ

カレン「二人ともお疲れデース。私もお疲れデス! シノ、やっと見つけたデス!」

忍「ど、どうしたんですか?」

陽子「これだよこれ! どういうことだ!!」

ドン、と置かれた紙袋。『さようなら』と書かれた紙が貼られている。

忍「こっ、これは……」

アリス「な、なにこれ?」

中を覗くと、大量の英字が目に映った。というか、こ、これは……

アリス「これ、シノの……!?」

忍「うう……」

綾「……元気ないわね、シノ。こんなことして……」

綾「もったいないじゃない」

陽子&カレン「「そっち!?」」

綾の天然が突き刺さる。
確かに、もったいないけど、それは置いといて……

アリス「シノ……説明して欲しいな」

忍「……」

忍は、三人にも分かるように最初から説明した。

もう、通訳者になれない。

なれないと分かったとき、これを見ていたら胸が苦しくなった。

英字が、外国が、自分を上から押しているような気がした。

そうしたら、いたたまれなくなって……

アリス「さっき出かけたのは、これを捨てるためだったんだね……」

忍「はい……」

陽子「私がゴミステーションに捨てられてるのを見なかったら本気で捨てられてたぞ!」

忍「す、すみません……」

陽子「まったく……シノが通訳者になれなくても、外国も金髪少女も変わらないからな!」

忍「その通りです……」

カレン「シノ、私のこと嫌いデスか!?」

忍「そ、そんなことないですよ、もちろん!」

カレン「でしょう?それが全てデス! 外国好きなシノは変わらないデス!金髪少女LOVEなシノは変わらないデス!」

忍「ふふっ、そうですね」

私は、途中から黙っていた。
この四人をただ見ていたい気分だった。

綾「……その、怖い気持ち……ちょっと分かる気がする」

綾は小声で言った。

忍「ありがとうございます、四人とも! すっかりこの通りです!」

忍「英語が大好きです! 外国が大好きです! 」

忍「金髪が大好きです!」


シノがそう言うと、みんな笑った。

すっかり元気になったわけない。
でも……いずれそうなるよね。

シノが通訳者のことについて知ろうと思えたのも、今こうして笑っていられるのも……こんな素敵な人達がいたからだよね。

けっして、私だけの力じゃない……皆がいたからだよね。

そのことに、ちょっぴり、少しだけ複雑な気持ちを抱きながらも……

私も皆に釣られ、笑った。



おわり

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