キョン「……また同じ日の繰り返しか…」(978)

違和感といって良いのかどうか分からない。
俺の記憶が根拠と言ったら頼りないが、この普段過ごしている日常がループしているような気がするのだ。
こうやってSOS団の部活でいつも通り朝比奈さんのお茶を飲みながら
古泉と代わり映えのしないオセロをしたとき。
ハルヒが俺に無理難題を言い、朝比奈さんがそれにフォローを加え古泉がバイトが
出来たと言い部室から出て行きそして長門が本を閉じる音で終わる。
デジャブというやつなんだろうか。
確かに普段からこんな日々を過ごしていると言われれば、そんな気がするが
俺の脳にチクリと何かが差しているようなそんな錯覚を覚えた。
「じゃあキョン。明日も来なさいよ」
そう言うや涼宮ハルヒは荷物を持ってドアから出て行った。
「ああ、また明日な」
俺は朱色に染まった部室でぼんやりと思索に耽っていた。
特に用事はないが、なぜかここにいなければならない…気がする。
「明日が来れば良いですよね」
ガラリとドアを開けて入ってきたのは古泉だった。

バイトはどうしたんだ?
そう尋ねようとする前に古泉はゆっくりとソファに座り込む。
そして、ポケットから優等生で通ってる古泉にふさわしくない四角い箱を取り出す。
そして箱の中からタバコを取り出して火をつけた。
俺はここで注意しなければならなかったのだが、なぜかそんな気がしなかった。
古泉がタバコを吸うのは当たり前と本来ならありえない認識をしていたからだ。
「あなたも吸います?」
古泉が手馴れた仕草で一本だけ飛びさせて俺に向ける。
「いや、俺は良いよ」
そう言って断ると、古泉がにやけ面を浮かべながらつぶやいた。
「あなたは何回勧めてもタバコだけは吸いませんよね」
そう言うとまた黙ってタバコを吸い始めた。
部室にふさわしくないタバコの煙がゆっくりと充満する。
「いつになったら今日が終わるんでしょうね…」
古泉が吐き捨てるように言った。

「今日はあの宇宙人がいないから何回目なのかも分かりませんね」
宇宙人?長門のことか。こいつがこんな言い方をするのも始めて聞いた…ような気がした。
「しかし涼宮さんもひどいことをしますよね。こんな解決法の分からない謎かけをするなんて」
自嘲気味に古泉は笑う。
普段の快活な笑い声と違ってのどの奥にひりつくようなかすれた笑い声だ。
そして古泉の顔はひどく疲れていて高校生が見せる顔ではなかった。狂気じみたものを感じる。
「なあ古泉。もしかしてこの世界はループしているのか?」
聞いてはいけない気がしたが、なぜか聞かないといけない気がした。
「はあ…今回はあなたは記憶なしですか」
愕然とした表情でゆっくりと灰皿でタバコの火を消す古泉。
「それじゃあなたは前回したことも忘れてしまったのですね?」
声色が変わる。
「何をしたんだ?」
古泉の目が怖かったので消えかけのタバコの火を眺めた。
「涼宮さんを殺害したことですよ」
タバコの火が完全に消えていなかったのだろう。
まだかすかに煙がくすぶっていた。

「どういうことなんだ?」
「だから涼宮さんを殺したんですよ。僕たちで」
ひどく冷たい声に聞こえる。
「おい!まさかお前ハルヒを殺害したのか!」
思わず俺は古泉の胸倉を掴んだ。
「ええ、僕とあなたが共謀して部室にて涼宮ハルヒが来たときに金属バットで頭部を
激しく殴打して首を絞めましたね」
古泉は俺に首をつかまれながらもいつも通りの笑みを浮かべていた。
「そして死亡が確認されたあと焼却場まで持っていきましたね。いやああのとき
教師に血のりがばれて危なかったですね」
「お前!」
淡々と語る古泉に恐怖を覚える。こいつはこんなやつだったのか?
「僕が提案してあなたも同意したじゃないですか。そのことも忘れたんですか?
あなたも嬉々として涼宮さんをバットで殴ってたじゃないですか」

どういうことだ?
まさか…俺がハルヒを…?
頭が痛い。脳裏に断片的に記憶がよぎる。
…俺が古泉と一緒に居ていつも通り来たハルヒ。振りかぶる。殴る。
何が起こったか理解できない表情のハルヒ。そこを俺が高々とバットを振り上げて…。
蒼白としたハルヒから血が血が血が…。
「うわああああああああああああああああああああああああああ」
何だ何だ何だ。今の記憶は。
本当に俺がハルヒを殺したのか。
「ふん、ようやく思い出したんですか。まったく」
崩れた襟を直しながら古泉は立ち上がる。
「次はどうすれば戻れるかでも相談しようとしたんですが、この調子じゃ無理ですね
しょうがないので、帰らせてもらいます」
古泉は頭を抱えて坐っている俺を一瞥した後、部室のドアを開けた。
「それじゃあまた明日…いや今日にでも会いましょうか」
再び部室に沈黙が残る。
「キョン君入りますよ」
困惑していた俺に声をかけたのは朝比奈さんだった。

「…朝比奈さん?」
朝比奈さんがよいしょと軽い掛け声を出しながら俺の横に座った。
いつものように天使のような笑顔をしているが、部屋でさっきまで古泉が
吸っていたタバコの臭いに気づいたのだろう。顔を軽くしかめた。
「やだ。またあいつが来たのね」
あいつとは古泉のことなんだろう。聞いてみることにした。
「古泉のことですか?」
「そうよ。あいついつもキョン君にまとわりついてるから私大嫌い」
話題に出すだけでも嫌そうな顔をしている。
いつもというのは、普段の日常なんかじゃなくて古泉が言ってたループしている世界?の
ことなんだろうか。
「もう何をしても無駄だってのにね」
クスクスと朝比奈さんが笑う。
普段ならこの笑顔によって癒されていたが、今の笑顔からは
嫌なものしか感じない。
「朝比奈さん。これはどういうことなんですか?」
いつもと違う朝比奈さんに困惑するが、まだ朝比奈さんなら教えてくれるかもしれない。
「キョン君は今回は記憶無しですか」
「古泉も言ってましたが、記憶無しってどういうことなんですか?
あとハルヒは何を…」
まだしゃべろうとする俺の口が急に柔らかいものでふさがれた。
朝比奈さんが俺にキスをしたのだ。
「朝比奈さん!!な、何するんですか?」

「どうでも良いじゃないですか。そんなこと」
キスをした後朝比奈さんがゆっくりと俺の顔をなでる。
その顔はとても妖艶なものだった。
「あ、朝比奈さん変ですよ。何があったんですか?」
緊張で喉がカラカラになった。
「ただ今日が永遠に続くだけなんです。未来も過去もありません。だから
難しいことなんか考えないで今を楽しみましょう」
そう言うとまたキスをしようとしたので俺は思い切り朝比奈さんを突き飛ばした。
「きゃあ!」
「失礼します」
俺は足早に部室を出ることにした。古泉も朝比奈さんもおかしい。
俺は知らず知らずの内に長門に電話をしていた。

「お、おい長門。一体これはどういうことなんだ!?」
ワンコールも立たずに出た長門に対して俺は声を荒げた。
「…この時刻に電話をするのはこれで873回目」
やや物憂げな声で長門が答える。
「何を言ってるんだ!?」
「あなたの記憶がなくて私に説明を求めるのも688回目」
淡々と事務的に答える長門にも恐怖を覚える。
一体この世界はどうなっているのだ。
「な、長門!今から俺の家に行くからな」
「あなたが私の家に来るのも646回…」
糞!これ以上電話で話してもきりがない。
俺は通話ボタンを切って長門の家へと向かうことにした。

長門のマンションには数えるくらいしか行ったことがないのに何故か一度も迷わずに着いた。
まるで何度もこのマンションに来たかのように…。
この出来事も俺の焦りを加速させていく。
ピンポンピンポンピンポーン。
非常識だとは分かっていたが、チャイムを何度も鳴らした。
早く、長門に会って、この事態を、どうにかしてもらわねば。
ドアが開く。
「入って」
普段通り制服姿の長門がそこにはいた。
靴を脱ぎ、通路を歩き、居間で机をはさんで長門と向かい合う。
「長門。この世界はどうなってるんだ!?」
この俺の一連の行動はすべて既知の事なんだろうか。
うんざりしているような顔で長門が俺の疑問に答えた。

「涼宮ハルヒが何らかの原因によってこの世界をループさせた。今の世界は4325回目」
4325回…。どうやらとんでもないくらい世界は今日を繰り返してたみたいだ。
思わず気が遠くなるのを感じる。
「それで長門!げ…」
「原因は不明」
長門は俺の疑問の声にはさむ形で答える。
俺のこの疑問もまた何回もしたものだというのか…。
「最初はあなたたちには記憶が残らなかった。しかし世界が幾度か繰り返されると
あなたたちにも記憶が残るようになった。しかし、あなたは記憶がないときのほうが多い」
この台詞も何度も使いまわされたものなんだろうな。
定年間際の教師がテープレコーダーのように授業をきっちり進めていくさまを思い出した。
「…じゃあ俺たちは今まで何をしたのかも知っているのか?」
「知っている」
長門の黒曜石のように黒い瞳が俺をじっと見つめる。

「最初にあなたたちは涼宮ハルヒが機嫌を損ねているのかと話し合い機嫌を直させようと行動した
しかし、物事は改善しなかった。そこであなたたちはやり方を変えて、あえて彼女に閉鎖空間を作ってもらう方針へと変えた」
いつの間にか用意したのだろうお茶が置いてあった。
すすりながら黙って説明を聞く。
「最初は部活をボイコットしたりして、あえて彼女の機嫌を損ねたりしたが閉鎖空間は特に発生せず
物事は改善しなかった」
「そのためあなたたちは次第に何をしても無駄ということに気づく」
いつの間にか夜になったのだろうか窓の外が真っ暗になっていた。
電気もつけていないため長門の白い肌がぼんやりと見える。
「そこであなたたちは原因が涼宮ハルヒの存在にあると思い始め、彼女の存在を
抹消しようとし始めた。そして涼宮ハルヒの殺害を繰り返す」
何だって?じゃあ俺と古泉が殺したのは一回だけじゃなくて。
「そう。涼宮ハルヒを98回殺害した」

ということは俺はハルヒを…何度も殺して…。
全身に鳥肌が立つ。
「あなたと古泉一樹が共謀して殺すのが38回、古泉一樹が単独で殺した回数が17回…」
「やめろ」
「あなたが単独で殺したのが31回…」
「長門。これ以上言うな」
「回数の傾向から判断するにあなたが一番積極的に涼宮ハルヒを殺…」
「言うなって言ってるのが聞こえないのか!!!!」
いつの間にか俺は長門を押し倒していた。
そんな俺に長門は抵抗もせずじっと見つめる。
「あなたが説明を求めたから言っただけ」
そう言ったきり長門は口を閉ざした。部屋を沈黙が包む。
あるのは俺と長門の息が微かに聞こえる程度。
長門の上に乗っている部分から長門の体温を感じる。
このまま時間が永遠に経ちそうな錯覚を覚える。
「あなたが逆上して私を押し倒したのは342回」
沈黙を破ったのは長門だった。
「そして欲情したあなたが私に性交渉をしたのは198回」
暗闇で長門の表情が良く見えない。
「今回あなたはどうする?」

伸びないな
ちょっと用事あるから離れる

「………くっ」
沸騰していた血液が、自己嫌悪で急速に冷えていく。
俺は200回近くも長門を犯していたのか。
しかも今でこそ俺は後悔を覚えているが、
別の俺は長門にその事実を聞かされてなお、犯す選択をしていたということだ。
なんて鬼畜だ。
「ごめんな、長門」
「いい。謝らなければならないのはわたし。
 わたしは事実を告げる前から、あなたが極度の興奮状態に陥ると知っていた」
「それならどうして、」
「あなたに真実を告げることで、エラーの解消を図った」
俺に覗き込まれることを拒むような長門の瞳を見て、理解する。
砕けた言い方をすれば、お前も誰かにぶちまけたかったんだな。
古泉も朝比奈さんも繰り返しの所為でおかしくなってるから、
記憶を引き継いでいない俺は長門にとって、世界がループする以前の「正常な俺」だったのだ。

オーケー
最初からいる電話の意見は尊重しないとな

この題材は面白い
9時になっても>>1が帰ってこないようなら引き継がせてくれよ
完結は保証する

9:00を経過

代行する

と、そこで俺はあることに気がついた。
古泉や朝比奈さんは記憶を引き継いでループすることで性格が豹変していた。
今の俺は記憶が引き継がれていない、つまりリセットされた状態にあるわけだが、
長門の話によれば、記憶を引き継いだ俺は、何度もハルヒを殺すという凶行に走っていたという。
だが、その事実を長門から知らされた俺が、
今後記憶を引き継いだとして、ハルヒを殺すことが有り得るのだろうか?
古泉や朝比奈さんだってそうだ。
記憶を保持したままループすることで性格が豹変し、
ハルヒを殺害することを『前もって知らされていれば』普通の性格を保てるのではないか?
「………」
俺の問いかけに長門は首を横に振った。

「それは覆すことの出来ない『傾向』。
 朝比奈みくるや古泉一樹がループに気付いてわたしのところへ真実を求めにきたとき、
 わたしは例外なくそれまでのループの情報を与えている。
 戸惑い、豹変する自分に警戒するのは最初だけ。
 記憶を引き継いでループする度に理性が失われ、今日あなたが出会った二人のようになる」
それは無論あなたにも言えること、と長門が視線で語っている。
以前にも今回のような、俺が記憶を引き継がなかったループが存在したのだ。
その時、古泉や朝比奈さんがどのような状態だったのかは定かでないが、
記憶を確実に保持できる長門は、今回のように真実を教えてくれたのだろう。
俺が自分から進んでハルヒを殺したループが確かに存在したという真実を。
ループの事実を知った俺は、その場で錯乱して長門を犯すか、
今の俺と同じように予め情報を得ていれば、ハルヒを殺さないという安易な結果に達した。
が、それは大きな間違いだった。
例え防衛線を張っていたところで、ループを重ねる度に俺は理性を失っていく。
どんなに否定したところで、長門が観測してきた事実がそれを証明している。

俺は無意識に、意味の無い言葉を口にした。
「どうすればループを抜け出せるんだろうな」
暗い目が俺を見上げる。
長門の心境は簡単に察することができた。
俺や古泉や朝比奈さんは、何度この言葉を長門にぶつけ、縋り付いてきたんだ?
もういい加減うんざりしているんだろう。
俺と古泉と朝比奈さんが記憶を引き継がないループがあって、
協力的かつ親密な話し合いの場を持ち、
長門がそれまでの情報を提示し、ループ脱出の道を模索したケースが、何度あったんだ?
そういったケースは間違いなく存在した。
しかし、結局答えは見つからなかった。
長門の精確な情報、古泉の明晰な頭脳、朝比奈さんの突飛な奇想を以てしても、
ハルヒがループを発生させている理由を突き止めることができなかった。
今この状況が何よりの証拠だ。

「あなたがその問いを口にしたのは……」
「いや、もういいんだ。回数は言わなくていい」
項垂れる。どうしようもできない。
可能性は全て潰されている。
正確には前回のループで俺や他の人が試し、失敗に終わっている。
この陰鬱な思考さえ、別世界の俺をなぞっているに違いない。
「危険な兆候」
長門は不意に立ち上がって言った。
坐っている俺からすると、目線の高さが変わったことで、叱られているような格好になる。
「あなたの性格が変貌する切欠は、
 打開案が浮かばないことによる無力感と絶望感。
 涼宮ハルヒの殺害という究極的選択もそこから発生した」

長門……。
「逆説的に言えば、ループの原因究明に集中することで正常な自我を保つことが可能。
 あなたの想像通り、涼宮ハルヒを除くSOS団のメンバーは何度も話し合いの場を持ち、
 既知の結果を論じ合うことで答えを模索し、結果、ループを止めることはできなかった。
 でも、諦観に達するその時まで、理性は失われなかった」
「希望を持ち続ければいいってことか」
「そう」
「俺とお前はもう何度もこういった会話をしてるんだよな」
コク、と長門が首肯する。
「そしてその度に、俺はループの原因を探る決意をするわけだ」
首肯。
「古泉の話を聞く限り、どうやら俺の記憶が引き継がれる可能性は低いらしいな」
首肯。
「つーことは、今日の決意も明日という今日には、すっかり忘れてるかもしれないわけだ」
首肯。

「運が良ければ俺は記憶を引き継げる。
 朝比奈さんや古泉を集めて、みんなでループの原因について話し合うことができるんだよな」
首肯。
「これまで、俺たち完全に諦めて狂い始めるまでに何日かかった?」
「日数は幾何級数的に減少している。
 前回は最初の一人が脱落するまでに二日しか要しなかった」
長門はこれまでの話し合いで提出された試案を全て記憶している。
必然的に、どんなに知恵を絞ってもほとんどの案が既出の試案と重複することになり、
ループを脱出するという希望は急速に失われていく。
しかも記憶を確実に引き継げる長門は例外として、全員が記憶を保持したままループできるわけじゃないから、
途中で記憶がリセットされ、ループを知覚するところから始まる人間が発生する。
その度に他の記憶保持者はその人にループについて説明し、
終点の見えない話し合いに参加させなければならない。
そういったストレスが重なって、運良く(或いは運悪く)記憶を連続で引き継げた人間ほど、理性の箍が外れやすくなる。

俺がこれからやろうとしていることは、既に俺や、他のハルヒを除くSOS団員によって行われ失敗したことの焼き直しなのかもしれない。
目の前には二つの道がある。
現在の古泉や朝比奈さんのように諦観に浸るか。
気が遠くなるほど延々繰り返されてきた試行錯誤に注力するか。
「長門、正直に答えてくれ」
俺は訊いた。
「俺が希望を持ち続けたとして、それが報われる時が来ると思うか」
長門は沈黙を答えにした。
「はは………」
そう、だよな。
現実的に考えればそうだ。
何百回も話し合いを繰り返して、
エンドレスサマーの経験を生かして案を出し合って、
それでも俺たちはループから抜け出せなかった。
これはもうハルヒが『ただなんとなしに』世界をループさせていて、脱出口は造っていないと考えた方が自然だ。余程まともだ。
でもな、俺は嫌なんだ。絶対に嫌なんだよ、長門。
そうやって諦めるってことは、ゆくゆくハルヒを殺す俺を、認めてるも同じじゃねえか。

俺の意思を聞いた長門は、
窓をかたかた鳴らす夜風に掻き消されそうなほど小さな声で「そう」と呟いた。
俺を誉めるでも貶すでもない、無感情な声だった。
まあ、こいつにとっちゃ俺の決意なんて耳にたこができるほど聞かされているわけで、この反応は至極普通と言える。
俺は長門の機微には人一倍敏感なつもりだが、
長門は無表情の裏で、俺がいずれ理性を失うことを想像して、呆れているのかもしれない。



24:00までに戻る
すまない

「また"明日"連絡する」
仄暗い部屋を歩いて玄関に向かう。
長門が見送りに来てくれる気配はなかった。
「……あなたの選択には重大な見落としがある」
という小さな声が俺の背中に触れただけだった。

その夜、俺は何も行動を起こさずに眠った。
長門が別れ際に言った『見落とし』について、俺は理解していた。
ループ脱出の希望を失い、自暴自棄になった古泉と朝比奈さんが、話し合いに参加してくれるとは思えない。
反論の余地もない辛辣な言葉を返されるのは目に見えている。
だから俺は"明日"に賭けることにした。
次のループで俺が記憶を引き継ぎ、朝比奈さんと古泉のどちらか、あわよくば両方記憶をリセットされていることを祈った。
脱出計画の初っ端から運任せとは、我ながら笑われても仕方がない。
現時点で俺に出来るのは、時期を待つこと、それだけだった。

神様はいるのかもしれないな……。
無神論者の俺だが今朝ばっかりは本気でそう思ったね。
ホームルーム開始30分前の文芸部室で、古泉と朝比奈さんはこう言った。

「確かに朝食を取って眠気が取れてきた辺りから既視感はありましたね。
 錯覚かと思いましたが、事実、ループしていたとは。驚きです」
「初めて見る朝のニュース番組の内容が、なんだか前にも見たことがあるような気がしてたの。
 ふええ、やっぱりこの前の夏休みみたいに、同じ日が繰り返してたんですかぁ……」

対する俺は記憶をきちんと引き継いでいる。
こんな幸運があるだろうか。
俺は小躍りした気持ちを抑えて、
今回のループの原因究明が難題であること、
その究明過程で俺たちの理性がストレスに耐えきれず崩壊する可能性があること、
それを防ぐには希望を絶やさず、長門が蓄えた情報を元に、
残された可能性を模索すること大切だと熱弁した。
長門は定位置のパイプ椅子に腰掛けて朝練に励む野球部を眺めていたが、
俺の話が終わると同時に、視線をこちらに戻して言った。

「……まずはこれまでに実行に移され失敗に終わった計画を知ることから始めるべき」

が、その頃にはホームルームの開始時刻が迫っていたので、長門の話は昼休みに持ち越しとなった。
俺は逸る気持ちを抑えて授業を乗り切らなければならなかった。
教師の言っていることは勿論のこと、
後ろからシャーペンで背中をつつくハルヒのことも、気にならないほどだった。
それがハルヒの機嫌に触ったらしい。
「なにしやがる!?」
「うるさいわねえ。たかがコンパスの針くらいで」
「たかがじゃないだろ!」
「あんたがシャーペンで気付かないのが悪いのよ」
どこまで自己中心的な女なんだろうね、ハルヒという生き物は。
「それで?
 さっきの小さな悲鳴で教師から睨みを利かされているわけだが、早く用件を教えてくれ」
ハルヒは憮然とした態度で答えた。
「別に。呼んでみただけよ」
ああ、なるほどな。
つまり俺は特に理由もないのにコンパスの鋭利な針でブレザーに穴を開けられ、
次いで激痛を味わわされることになったわけだ。
「お前馬鹿だろ」
「ふん」
とそっぽを向くハルヒ。
無性に腹が立ったが、俺はそれ以上突っかからずに、時計の針が動くのを見守ることにした。
我ながら大人の対応である。

昼休み。ハルヒがいつもの如く教室から消えたのを見計らい、
俺は谷口と国木田に詫びを入れて文芸部室に向かった。弁当は持参せずにだ。
長門は既に定位置についていた。
俺に続き時間差で、古泉、朝比奈さんと全員が揃う。
古泉は到着するやいなや、ノートパソコンを立ち上げエディタを起動した。
「お願いします、長門さん」
長門が列挙する失敗策の数々を打ち込むつもりのようだ。
長門は頷き、機械的にこれまで観測してきた情報を語っていった。
終わってからノートパソコンの画面を覗き込むと、
流石は古泉と言うべきか、失敗策がそれぞれカテゴライズされ、
大まかにアプローチしては"いけない"方向性が示されていた。

中々面白い

一つ。涼宮ハルヒが抱える欲求不満の解消。
ハルヒが足りないと感じている物、手が届かないと分かっていながら深層心理で欲している物を与えても、ループは終わらなかった。
二つ。涼宮ハルヒが懸念する対象の消去。
ハルヒが嫌っている人物、あるいは将来的に不安に感じていることを抹消しても、ループは終わらなかった。
三つ。涼宮ハルヒと涼宮ハルヒの鍵たる俺の関係操作。
古泉、長門、朝比奈さんの差配によってハルヒと俺が交際することになっても、ループは終わらなかった。
四つ。涼宮ハルヒに対する真実の告白。
ハルヒにハルヒがこの世界の創造主であり、ループを発生させている張本人だと伝えても、ループは終わらなかった。
五つ。涼宮ハルヒの殺害。
絞殺、薬殺、圧殺、刺殺、銃殺、轢殺、撲殺、その他あらゆる方法でハルヒを殺しても、ループは終わらなかった。

「ループの原因究明の糸口はこの五つの方法の他にあるということですね」
と古泉がポーカーフェイスで言ったのを最後に、部室がしん、と静まりかえる。
多分、いや確実に、皆考えていることは同じだ。
今挙げられたのは、他のループ世界で自分が必死で編み出した打開策なのだ。
その穴を突いて新たな着想を得ることができるのか。
またできたとして、そこに到るまでに、どれほどの労力と時間を要するのか。
『前回は最初の一人が脱落するまでに二日しか要しなかった』
長門が昨日(正確には前回のループ)言っていたことの意味を、身を以て理解した。

沈黙を破ったのは朝比奈さんの嗚咽だった。
「ひくっ、えくっ……」
「大丈夫ですか、朝比奈さん?」
「うっ、えぐっ、こんなのって、酷いですっ……」
俺は初め、朝比奈さんはループから抜け出せる可能性が極々低いことを知って、涙を流しているのかと思っていた。
「わっ、わたしたち……、えっく、……本当に何度も、涼宮さんを……ひくっ……、殺したの?」
しかし違った。朝比奈さんはこれまでに繰り返されたハルヒの死を悼んでいたのだ。
長門は静かに言った。
「これは紛れもない事実」
ぽろぽろと真珠のような涙を零す朝比奈さんに、都合の良い慰めの言葉をかけるわけにはいかなかった。
俺たちはこれまでのループの中で、ストレスによって理性を失い、
ループの元凶をハルヒに位置付け、感情のままにハルヒを殺した。
時には単独で、時には共同で。

「真実を受け止めないと。
 目を背ければ、また同じ過ちを繰り返すことになりますよ」
柄にもない台詞を口にした俺を、朝比奈さんが濡れた瞳で見つめる。
少しは落ち着いたみたいだな。
俺が朝比奈さんの背中をさすっている間に、古泉はキーボードに指を走らせながら、長門から情報を引き出していた。
「本題の論攷の前に伺いたいのですが。
 僕や彼や朝比奈さんが正気を失うまでに、記憶を保持したループが何度必要なのでしょうか?」
「……四回程度」
「短いですね」
「ループを重ねるごとに必要な回数は減ってきている」
つまりあと四度連続で記憶を引き継げば、俺たちは否応なしに諦観に達する。

「僕たちが記憶を引き継ぐ確率は分かりますか?長門さんは確定として」
「あなたと朝比奈みくるが約64パーセント」
そこで長門が俺をチラと一瞥し、
「そして彼だけが約27パーセント」
「その差分はどうして発生するのでしょうか」
「原因は不明」
「了解しました」
古泉はタイピングを止めると、ノートパソコンとプリンタを接続し、エディタに纏めた情報を四枚の紙に印刷した。
その手際の良さに驚いていると、「ふふっ、"慣れ"ですよ」と気味の悪いウインクが飛んできた。
古泉は印刷紙を四人に配りつつ、
「どうせいかなる情報媒体も日付が変われば初期化されるでしょうが、
 作らないよりは作業効率も向上するでしょう」
「古泉、お前、毎日こうやって情報を纏めるつもりなのか」
こういう心配りの良さが、後に古泉にストレスとなってのし掛かるのではないか。
不安になると同時に、前回のループで出会った、性格が変貌した古泉を思い出す。
そのイメージを掻き消すように古泉は言った。
「こんなもの、大した労力ではありません。
 さあ、考える作業に入りましょう」
俺は時計を見上げた。もうすぐ昼休みが終わる。
「僕と朝比奈さんと長門さんは文芸部室に残ります。
 あなたは教室に戻って、涼宮さんの前で普段のあなたを演じてください。
 彼女が真実を知ったところでループに影響がないことははっきりしていますが、
 余計な詮索を入れられるのは得策ではありませんからね」

午後の授業中も、俺はループの原因について考えを巡らせていた。
ハルヒは現国の授業になると噸と学習意欲が失われるらしく、
死角である俺の背中で春眠を貪っていた。
こんなことなら部室に残っていても問題なかったかもな。
俺はこっそり古泉が作った紙を取り出し、視線を斜めに走らせてみる。
どれもこれも一朝一夕で考えられるとは思えないほど秀逸なものばかりだ。
最下段のハルヒの殺害によって解決を図る方法は、決して認められないが……。
ふと、備考欄の文字に目がとまる。
記憶を引き継ぐ確率のところだ。
朝比奈さんと古泉が68パーセントなのに対し、何故か俺だけ27パーセントに留まっている。
長門はその原因が分からないと言った。
ハルヒが世界をループさせている原因と比べれば、
そんな原因なんざどうでもいいように思えてくるが、俺はその謎が気になった。

「起立、礼」
終礼が終わり、ようやくハルヒが目を覚ます。
俺はハルヒの盛大な欠伸につられつつ、部室に向かった。
授業の終わり頃、古泉から「長門さんの自室に場所を移します」というメールが届いていた。
ハルヒの携帯宛にも、それぞれからそれぞれの理由で休みの連絡を入れてあるらしく、
目下、俺の任務はハルヒに団員二名での団活の虚しさをそれとなく示唆し、
可及的速やかに帰宅……するとみせかけて長門のマンションに直行することである。
今日(というループ)に限って空気の読めるハルヒは、
30分ほどネットサーフィンを楽しんだ後「飽きたわ」と電源を落とし、帰り支度を始めた。
俺は今か今かとその時を待ち構えていたので、あとは施錠を残すのみ。
「帰りましょ」
ハルヒが部室の外に出て、俺が続く。
施錠に戸惑っている俺の耳元で、不意にハルヒが囁いた。
「……ねえキョン。あんた、何かあたしに隠してない?」
「はあ?」
ポーカーフェイスを貫くものの、手許は焦りに素直で、中々鍵が上手く回らない。
「俺がお前に隠しごとなんて出来るはずないだろ」
やっとのことでそう言うと、ハルヒは悪戯っぽい笑みを視界に覗かせて、
「そうよね。……キョンに隠し事なんて、できるはずないわよね」
と言った。同時に鍵が半回転する。俺は安堵の息を吐いた。

他愛もない会話を紡ぎながら下校し、分岐路に差し掛かる。
ハルヒは施錠時の蠱惑的な笑みが嘘のような快活な声で「じゃあまた明日ね!」と言い、帰っていった。
俺はしばらくハルヒの影を目で追っていたが、振り返る様子がないことを確認すると、
ダッシュで自転車置き場に向かい、全速力で長門のマンションに向かった。















夕方に来る
明日が休日なら朝から書けたんだが

        ,.-─ ─-、─-、
      , イ)ィ -─ ──- 、ミヽ

      ノ /,.-‐'"´ `ヾj ii /  Λ
    ,イ// ^ヽj(二フ'"´ ̄`ヾ、ノイ{
   ノ/,/ミ三ニヲ´        ゙、ノi!
  {V /ミ三二,イ , -─        Yソ
  レ'/三二彡イ  .:ィこラ   ;:こラ  j{
  V;;;::. ;ヲヾ!V    ー '′ i ー ' ソ
   Vニミ( 入 、      r  j  ,′
   ヾミ、`ゝ  ` ー--‐'ゞニ<‐-イ

     ヽ ヽ     -''ニニ‐  /
        |  `、     ⌒  ,/
       |    > ---- r‐'´
      ヽ_         |
         ヽ _ _ 」


     ググレカス [ gugurecus ]
   (西暦一世紀前半~没年不明)

パクってる・・・?
いやむしろ代行がオリジナルの設定オリジナルのシチュエーションで書き始めたら
それはもう代行じゃなくてのっとりだろ

投げ出しも寝落ちも大してかわんねぇよw
どっちも自分の都合で放り出してるってとこは

お前ら両方応援することもできないのか?
なんでスレの流れが>>1と代行のどっちか叩きになってるんだよ

>>391
>>382
正論だけどお前が言うなw

代行だが書き切らせてもらう
>>210の続きより、完結までを投下する

「お待ちしていましたよ」
「ああ」
陰鬱という名の澱が積もっていた。
テーブルの三辺についた長門、古泉、朝比奈さんの表情は一様にして曇っている。
それが意味するところはひとつだ。
古泉は薄笑いを浮かべて言った。
「完敗でした。
 あらゆる提案は、既に別世界の僕が考案し、失敗に終わっていました」
目は笑っていなかった。
「ま、まだ初日じゃないか」
その言葉の虚しさは、今更論じるまでもない。
これは何度目の"初日"なんだ?
朝比奈さんが申し訳なさそうに言った。
「わたしも一生懸命考えました。
 でも、ダメでした。
 みんな既出で、何を言ってもこれまでのループのわたしに先回りされている気がして……ごめんなさい」
長門は口を閉ざして、何を考えているのか分からない目で虚空を見つめている。
ホームルーム30分前や、昼休みに部室に集まった時にあった希望は、こんなにも短い時間で失われてしまうものなのか。

俺は昼休みの後、俺が抜けた部室で、そして長門の部屋で行われていた話し合いを想像してみた。
古泉と朝比奈さんが、これまでの失敗策を生み出した視点とは別視点からの思考を試み、時々進言する。
だが、それらは尽く長門に「既出」と切り捨てられる。
自然と言葉数は減り、新たな着想を待つ時間の沈黙に堪えられなくなる。
どうせ別世界の自分が考えていることを準えているだけだ、という閉鎖的な思考に嵌る。ストレスが増大する。
このままの状態は危険だ。
俺は空気を変えるべく、
「学校にいる時に考えたんだが、
 俺が記憶を引き継ぐ確率と、古泉と朝比奈さんが記憶を引き継ぐ確率が違う原因が、
 ループの原因に関係していると思わないか」
間髪入れずに長門が言った。
「原因は不明」
「それは分かってる。
 だから、これから俺たちでその原因を考えないか」
俺は三人の顔を見渡した。最初に反応したのは古泉だった。

「ループ発生原因を直接探るのは難しい。というよりも手詰まりの感があります。
 僕は彼の考えを支持しますよ。
 記憶引継率の差違の原因解明が、本題から迂遠、あるいは見当違いな思索になる可能性は否めませんが」
長門が言った。
「彼がこの問題提起をするのは三度目。
 いずれも明確な答えは出ないまま脱落者が生じるか、
 同時にわたしを除外する全員の記憶がリセットされふりだしに戻った」
やっぱりな。
「それでもたったの三度だ。
 これからする四度目の話し合いで答えが出るかもしれない」
ちょっと元気を取り戻した朝比奈さんが手を挙げて、
「わたしと古泉くんの記憶を引き継ぐ確率と、キョンくんが記憶を引き継ぐ確率の違いが起こる原因について、
 今までのわたしたちはどんな推理をしていたんですか?」
「行き着く仮定は一つ。
 涼宮ハルヒがそう望んだから」
「真っ当な推量ですね。確かに、そう考えるのが一番簡単かつ明瞭です。
 がしかし……それを証明する方法が僕たちには無い」
まさかハルヒのところに向かって、
『どうして朝比奈さんや古泉と俺とでは記憶引継率が違うんだ?』
と問い質すわけにもいかないしな。

朝比奈さんが言った。
「あの、涼宮さんが望んだことで記憶引継率に違いが生まれたとして、
 涼宮さんはきっと、それから生じる"現象"に期待していたと思うんです」
古泉が頷く。
おい待て。頭の回転が遅い俺にも分かり易く説明しろ。
「ですから、もし仮に涼宮さんが僕たちの記憶引継率を無意識に操作しているとして、
 それ自体は単なる手段に過ぎない、ということですよ。
 僕や朝比奈さんが既視感を覚え、次第に記憶を引き継ぐループが多くなる一方で、
 あなたは一般の人々と同じように、既視感を知覚しないケースの方が圧倒的に多かった。
 彼女はこの"現象"を望んでいたんです」

午後10:30。俺は帰宅した。
結局それから話し合いは進展せずに解散となった。
ループの始点が廻ってくるその時まで一緒にいるのは、なんだか憚られた。
数時間三人と顔を突きつけ合わせ、別れる時になって分かったことがある。
それは記憶の引き継ぎによって希望が絶望に押しつぶされ、自分が壊れる可能性とは別に、
次の日、つまり次のループで記憶を引き継げない可能性に耐えなければならない、ということだ。
自分が自分で無くなる恐怖。
次のループの俺が、今の俺であるという保証はどこにもない。
しかも俺は他の三人と比べて記憶を引き継げる確率が低い。
それを思うと気が滅入った。
俺は再び記憶が失われないように祈りながら、微睡みに落ちていった。

翌朝。祈りはまたしても神に届いたらしい。
俺は記憶を引き継いだまま三度目のループを迎えた。
が、それを素直に喜べはしなかった。
既視感、と言うよりかは、つい最近観た映画をもう一度無理矢理見せられているような感覚が常に付きまとっているからだ。
朝の通学路を行き交う人々。クラスメイトのお喋りの内容。
退屈な授業はいつにも増して退屈に感ぜられ、
指名された時は難なく黒板にチョークを走らせることが出来た。
こういった感覚は記憶を引き継ぐ毎により鮮明になり、精神的な負担になるんだろう。
たった二度のループでさえこれなのだ。
長門がリミットと言った四度のループには、どれほどの既視感に見舞われることになるのか。
あまり想像したくない。
そんな焼き直しの一日で、唯一ハルヒにだけはカオス理論が適用されているらしい。
昼休み、部室に直行しようとした俺を引き留める声があった。ハルヒだ。

「キョン、一緒にお昼ご飯にしましょ?」
「お、お前はいつも学食だろ?」
「今日はお弁当を作って来たのよ」
間の悪いところに谷口と国木田がやってくる。
「キョーンー、なにモタついてんだよ。
 腹がぺこぺこで死にそうだぜ」
「残念ね、谷口。今日はキョンはあたしと二人でお昼ご飯を食べるのよ」
二人は絶句したまま互いに目配せし、
「今この時をもってお前との友情は断たれた……」
「それじゃあ、僕たちは行くから……気にしないでね、キョン」
と含みのある言葉を残して去っていった。
「何勝手なこと言ってんだ、お前。
 弁当持ってきたならみんなで食べればよかったじゃないか」
「キョンと二人じゃないと嫌なの」
と即答。顔が熱くなるのを感じる。
「お前は勘違いされてもいいのか。
 その、俺とお前が付き合ってる、とかなんとか」
ハルヒは弁当の包みを開けながら
「別に。そんなの周りの勝手な想像でしょ?
 気にしすぎなのよ、キョンは」
となんでもないようなことのように言い切った。
ここまで平静を保っていられると、
古泉の言うハルヒが抱いている俺への恋慕が、嘘っぱちに思えてくる。





クロスチャンネルは名作

おかずを口に運んでは「んー、美味しいわね」と顔を綻ばせるハルヒを観察しながら、
俺はこれまでのループ世界で、俺とハルヒの交際が成立した話を思い出していた。
それでもループは終わらなかった。
いったい、ハルヒは何を望んでいるのだろう。
何が足りないと感じているのだろう。
「お前が欲しい物ってなんだ?」
俺は思い切って尋ねてみた。
「なに? プレゼントでもしてくれるの?」
クリスマスを明日に控えた子供みたいに双眸が輝く。
「本気で訊いてるんだ。真面目に答えてくれ。
 別に物じゃなくてもいい。こうなって欲しいとか、
 こうなればいいのに、とか思ってることは何かないか?」
我ながら愚直な解決策だと思う。
ハルヒはもぐもぐと口を動かしながら沈思に耽り、やがてゴクリと喉を鳴らすと、
「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと、これね」
「入学した時から変わってないじゃないか」
「変わって無くて何が悪いのよ。
 あんたが真面目な顔して訊いてきたから、あたしも真面目に答えてあげたのに」
俺は質問したことを後悔しつつ、昼飯を食べる作業に戻った。

昨日(前回のループ)と同様に団活が早く終わるようにハルヒを導き、
帰路でハルヒと別れた俺は、すぐさま長門の部屋に向かった。
通夜のような雰囲気が充満していた。
俺の登場に誰も反応しない。
ただ顔を上げただけだ。
俺は長門、古泉と順に姿を認め、一人欠けていることに気付いた。
「……朝比奈さんは?」
「一時間ほど前に出て行かれましたよ。
 気分転換と言っていましたが、どうでしょうね。
 彼女の精神は脆い。最後に見た彼女の様子も、とても辛そうでした。
 最悪、もうこの場所に顔を出さないかもしれません」
「携帯に連絡は入れたのか」
「電源が切られていましたよ」
夕陽に照らされた古泉の表情には疲弊の色が滲んでいた。
困ったような微笑みも、かなり無理を作ったもののように見える。

「進展は?」
「ありません」
言葉を失う。一秒がが何十倍にも拡大されているように感じる。
三人がこの部屋で過ごした数時間のことを思うと、
俺は逃げ出したのかもしれない朝比奈さんのことを責めることができなかった。
「長門。朝比奈さんがここに戻ってくる可能性は?」
「とても低い。
 一度部屋を出た彼女は無気力に支配され、
 そこから更にループを重ねることで、刹那的な愉楽を求める傾向にある」
突然キスを迫ってきた朝比奈さんの姿が、脳裡に揺曳する。
「ハルヒに訊いてみたんだ」
結局俺に出来るのは、俺がハルヒと過ごしている間に思いついたこと、試みたことを話すことだけだった。
「お前が欲しい物は何なんだ、って」
「収穫は?」
「なかったよ。まあ、こんなの以前にも俺が試していることだろうし、結果は分かっていたんだが」

「彼女は何と答えたのですか」
「宇宙人、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊びたい、だとよ。
 ハルヒの周りには全部揃ってるってのにな……」
「ちょっと待って下さい」
古泉の声に精気が宿る。
「今あなたは、彼女の周りには全てが揃っている、と言いましたね」
「ああ、言ったけど、それがどうかしたのか」
「僕たちは既成概念に囚われていたのかもしれません。視点を180度転換させる必要があったんですよ。
 僕たちはこれまで、欠けている物を補填する、彼女の願いを実現させることに躍起になっていました。
 しかし、その発想の土台がそもそも間違っていたとしたら、どうでしょうか。
 彼女は満ち足りている、望みは全て叶えられている。
 そういった視点から考察すれば、新しく見えてくるものがあるのではないでしょうか」
長門がぽつりと言った。
「その着想は従前のループに存在していない」
俺は逸る気持ちを抑えて尋ねた。
「でもハルヒが満ち足りていて、これ以上何も望んでいないとしたら、どうしてループが終わらないんだ?」

「ループのイメージが固定されているから、そういった考えに行き着くんです。
 あらゆる望みを叶えた王が最後に願うこと。
 恐らく彼女の願いとは、それとまったく同種の物です」

『祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響き有り
 沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理を現す』

耳元に古典教師の声が蘇る。
栄華は永遠には続かない。終わりがやってくる。
それを知って尚、人は永遠を願う。
ハルヒ、お前もそうだったのか。

家族がいて、クラスメイトがいて、SOS団があって、
欠伸をしている間に過ぎ去ってしまいそうなほど平穏で退屈で、
それでも何一つ欠けていない、完璧に満ち足りたこの一日を、永遠にしようとしたのか。
その気持ちは分からないでもない。
俺もガキの頃、実家の縁側で妹と一緒に寝そべって、
蜩の鳴き声を聞きながら薄暮の中庭を眺めたりした時に、
今この時間が永遠に続けばいい、なんて思ったりもした。
けど、それは叶わないから尊い願い事なのであって、本当に叶ってしまえばただの我儘である。
俺は言った。
「どうすればいい」
「彼女は自分がループを発生させていることを知りません。
 ただ漠然とこの一日が永遠に続くことを願っている。
 とすれば、解決策はその願いを反転させ、永遠の終わりを願わせることです」

「要はあいつに時の移り変わりの尊さを説けばいいんだな」
「ええ」
「……難題だな」
「……ですね」
いきなり俺や古泉が『永遠の虚しさ、時の流れの大切さ』という命題について説き始めたとして、
ハルヒが大人しく耳を傾け、すんなり納得するとは考えられない。
「涼宮ハルヒにループ世界からの脱出を願わせる方法はそれ一つに限らない」
長門は平坦な声で事実を述べた。
「ループ終了条件が彼女のこのループ世界に対する失意なら、
 彼女が強い負の感情を覚えることで彼女の執着は消滅する、と考えられる」
ハルヒは『この一日が満ち足りている』と思ったから、無意識的にその一日をループさせた。
だが、その結果として『苦しい』『悲しい』『寂しい』『痛い』などの感覚を味わう散々な目にあえば、
その一日をループさせる意味はなくなるのではないか。
長門はそう言っている。

「だが……」
俺は古泉が作成した既出リストを眺めて反駁した。
「これを見る限り、ハルヒはこれまでのループで、
 十分すぎるほどの苦痛を与えられていると思うぞ」
罵詈雑言を浴びせたり皆で一斉に無視したりと精神的にハルヒを痛めつけ、
世界が作り替えられるほどの閉鎖空間を発生させたこともあった。
正常な今の俺が信じられないほど残虐な方法でハルヒを殺したこともあった。
けど、そんな仕打ちをされてなお、ハルヒはループを終わらせなかった。
単純にハルヒを虐げるだけではダメなんだ。
もっと、もっと別のやり方でハルヒを……。
「ちっ」
こめかみに掌を打ち付ける。
俺は何を考えているんだ。
どんな理由があってもハルヒを傷つけることは正当化できない。
一瞬だけでもその方法を良しとした己に悪寒が走る。
これは俺の理性や道徳観が壊れかけている兆候なのだろうか。
視線を上げれば、切れ長の瞳に光を灯した古泉が、微笑みを取り戻していた。
何か思いついたのか、と尋ねることが出来なかった。
訊いてしまったが最後、古泉が俺の知らない古泉に変貌するような予感がしていた。

11時過ぎ。古泉と長門と別れた俺は自転車を押して歩いていた。
あれから実行に移せそうな案は生まれなかった。
いや、違うな。
古泉あたりは何か思いついていたようだが、言葉にせず、
淡々と自分の中で考えを纏めているようだった。
時々、意識とは無関係に歩みが止まりそうになる。
ループの始点についてはっきりしたことは知らないが、
このまま初期化されてもいいような退廃的な感覚に包まれていた。
四辻で朝比奈さんと出会う、その時までは。
「キョンくん……」
「朝比奈さん? いったい今までどこにいたんですか」
「ごめんなさい」
「心配してたんですよ。
 もちろん古泉や長門のやつも心配してました」
「だから、ごめんなさい」
前触れなしに、朝比奈さんが撓垂れかかってくる。
柔らかい感触が、体温が、俺の理性の螺旋を緩めていく。

「本当は逃げ出したかったの。
 どんなにわたしたちが頑張ったところで、無駄なんじゃないかって。
 そう考えることを止めることが出来なかった。
 それにね、」
朝比奈さんの濡れた瞳が至近距離から俺を見上げる。
「明日になれば記憶を全て失っているかもしれないと思うと、怖くてたまらなかったんです。
 今こうして生きている自分が、なんだかすごく儚い生き物みたいに思えてきて……」
「その気持ちは分かります」
「慰めてもらってばかりでごめんなさい。
 キョンくんはすごいです。
 わたしより記憶を引き継げる確率が低いのに、ちっともその事実を怖れていないんだもの」
「それは違います。俺だってびびってますよ」
「そうは見えないです」
見る物全ての保護欲をそそる泣き笑いの表情。
軽く押せば倒れてしまいそうなほど華奢な体。
今なら憧れの先輩朝比奈さんも、簡単に俺に靡くだろう。
しかし数時間前に聞いた長門の言葉が、心に警鐘を鳴らしていた。
『朝比奈みくるはループを重ねることで、刹那的な愉楽を求める傾向にある』








完成しているプロットを膨らませる形式で投下しているからこれが限界速度
遅く感じる人には悪いが

俺は僅かに朝比奈さんから距離を取った。
泣き笑いの表情がとたんに消え失せる。
「キョンくん。わたしね、こう思うようになったんです」
次に朝比奈さんが浮かべた表情に、俺は前々回のループで出会った、
性格の変貌した朝比奈さんの片鱗を感じ取った。
「明日が来ないなら、世界がリセットされてしまうなら、
 今のわたしの行動が、次の世界に影響を与えることはない。
 わたしは記憶を引き継ぐかもしれないけど、それ以外は何もかもふりだしに戻る。
 そうでしょう?」
「え、ええ……」
「とするなら、わたしが行動することと何も行動しないことは、イコールで結べるということになるわ。
 結果が同じなんだもの。ねえ、キョンくん?
 わたしの言ってること、どこか間違ってる?」
口調が乱れはじめる。
俺は危険を感じてさらに距離を取った。

朝比奈さんは一瞬俺を追いかけて蹈鞴を踏み、両腕で自分を抱きすくめた。
異様な雰囲気が薄くなる。
「わたし、自分で自分が怖いんです。
 このまま記憶を引き継ぎ続ければ、
 いつか本当に長門さんの観測した"わたし"になっていくような気がして。
 キョンくん、正直に言ってください。
 わたしがさっき言ったことは間違ってる?」
結果が同じなら過程が違えどイコールで結ぶことができる、と朝比奈さんは言った。
論理的にはイエスだが、倫理的にはノーだ。
それに朝比奈さんを否定すれば、
朝比奈さんが狂気に侵されつつあることを認めることにもなる。
どの答えが正解なんだ。何が正しくて、何が間違っている?
「…………」
俺が黙っていると、朝比奈さんは見ているこっちが切なくなるような微笑を浮かべて言った。
「引き継げたり引き継げなかったり……。
 ループする度、絶対に記憶を失えばいいのに。
 そうすればわたしたちがこうやって悩むこともなく、
 みんな永遠に楽しく過ごせたのに。
 キョンくんはそう思いませんか」

「俺は………」
俺は本心ではどう思っているんだろう。
望んだ覚えもないのに、記憶を引き継ぐ可能性を寄与された。
その可能性を積み重ねたところで、あるのは心労と諦観だけ。
記憶の引き継ぎもなく、既視感も覚えずにループしている一般人の方がよっぽど幸せではないだろうか。
悩み苦しむ代償として、刹那的な愉悦に酔うことは、間違っていないのではないか……。
「すみません」
背を向けて、自転車に跨る。
これ以上いると、朝比奈さんの雰囲気に流されてしまいそうだ。
振り返らずにひたすらペダルをこぐ。
どれだけの時間走っていたのだろう。
俺は異常に気付いた。
左右の景色が流れない。
足がちっとも疲れていない。
世界が停滞している。
静寂の中で、両脇に並んだ街灯が奏でる「ぶーん」という音が際立っている。
不意にその音がやむ。
辺りが暗闇に包まれる。

次に瞼が光を感じたとき、世界は既に一周していた。
記憶はある。
が、最初に引き継いだことを知覚したときに感じた喜びは、もうどこにもなかった。
朝比奈さんに感化されつつあると自覚しながら、どうすることもできない。
俺の中には『記憶をリセットされていれば良かった』と考える俺が確かに存在している。
自分を誤魔化すことはできない。
飛ぶように時間が過ぎていった。
時間に価値が見出せない。
このループする世界では、時間に掛け替えはある。
昼休み。ハルヒは前回のループとは違って弁当は持参してこなかったようで、
授業が終わるとすぐに食堂へ走っていった。
国木田と谷口に断りを入れて、部室へ向かう。
「お待ちしていましたよ」
「………」
古泉と長門の二人は既に坐って待っていた。
朝比奈さんはやはり来ていない。
「記憶は引き継げたようだな」
「ええ、幸運にも。そういうあなたも引き継げたようで、なによりです」
古泉は完全に爽やかスマイルを取り戻していた。
昨日胸のうちに溜めていた考えが纏まったのだろうか。

「"昨日"の夜、朝比奈さんに会ったよ」
ループの仕組みが分かっている古泉と長門には、
"昨日"という言葉の意味を説明する必要がない。
「どこで出会ったのですか?」
「帰り道の四つ角にいた。
 今から思えば、俺がやってくるのを待っていたのかもしれない」
「自惚れかもしれませんよ」
「さあな」
冗談を言えるほどに古泉の精神は回復しているみたいだな。
「朝比奈さんはお前の予想どおり、かなり精神的に参っているようだった」
「今朝彼女の教室に出向いたところ、欠席されていました。
 彼女も記憶を引き継いでいると考えてよさそうですね」
朝比奈さんの記憶がリセットされていれば、
些細な既視感を覚えながらも、普通に登校して授業を受けるはずだ。

「朝比奈さんのことは心配ですが、
 僕たちにはそれよりも優先すべきことがあります」
古泉はおもむろに指を組み合わせ、
「ループの終了条件を満たす方法について、僕は一つの試案を練りました。
 さきほど長門さんに確認を取ったところ、これは今までのループ世界に存在しなかった、
 画期的な案だというお墨付を戴きました」
「話してくれ」
「勿体振ったりはしませんよ。
 いいですか。僕たちはこれまでに、涼宮さんを精神的に肉体的に傷つけてきた。
 結果はいずれも同じです。どのような形で巨大な閉鎖空間を発生させても、
 どのような方法で涼宮さんを殺めても、世界は平然とループしました。
 そこで僕は気付いたんですよ。
 涼宮さんが受けた苦痛は、この永遠とも言えるループの視点から見れば、一時的なものに過ぎません。
 宇宙の歴史から見れば地球の歴史なんて一年のうちの一秒にも満たない、という喩えと同じですよ」

「それで?」
「彼女を拷問にかけます」
ぷつり、と心の琴線が切れる音がした。
が、線はもともと弛んでいて、その音が俺を突き動かしたりはしなかった。
感情が麻痺していたのだ。
「精神的な加虐を継続的に行うのは難しい。
 何故だか分かりますか」
「…………」
「心の器が壊れてしまうからですよ。
 感情が閉ざされれば、それからどんなに悪辣な言葉を投げかけても、彼女には届きません。
 しかし、肉体的な加虐はとても効果が高い、と思われます。
 体は脳に直結しています。
 外部からダイレクトに伝わってくる刺激から逃れることはできません。 
 そういう風に体が出来ているのですから」

「ぞっとしないな」
古泉は動じずに言った。
「あなたの耳には僕の提案が、きちがいじみたものに聞こえいるかもしれません。
 実際、そうでしょう。
 しかし僕は狂っていない。
 論理的に、理性的に、彼女の拷問を提案しています」
お前はハルヒを拷問することに心が痛まないのか?
「心は既に修復不可能なほどに痛んでいますし、
 これから記憶を引き継ぐことで、さらに傷は荒むでしょう。
 勘違いしないでください。僕は好きこのんで彼女を痛めつけるわけじゃないんです。
 そうすることによってループから抜け出せるかもしれない。
 その一心でこの提案をしているんですよ」
もしその提案を現実に実行したとして、
ハルヒがループを終わらせなかったらどうするつもりだ。
あいつの人としての尊厳はどうなる?
「それを言うなら、僕たちの尊厳はどうなるんでしょうね?
 四千回を超えるループの中で、僕たちは何度発狂し、人としての尊厳を喪失したのでしょうか」
返す言葉が見あたらない。

「あなたもこのループの本質に気付いているはずです。
 過程が違えど、行き着く結果はいつも同じ。世界は初期化されます。
 特にその原因たる彼女は、毎回、確実に記憶がリセットされている。
 僕たちが今回のループで彼女を拷問し、その結果彼女を殺してしまっても、
 ループが終わらなければ、次の日には彼女は生き返っている。
 拷問された記憶は白紙に戻り、無垢な笑顔を浮かべることでしょう」
古泉の双眸には今や冷静な狂気が宿っていた。
ここで面と向かって反論すれば、計画の邪魔と判断されて、
緊縛されるか、或いは殺害されるような予感がした。
どうせ俺が殺されたところで、世界が一巡りすれば俺は生き返る。
違いは、古泉に殺された記憶を失っているか引き継いでいるか、それだけだ。
「なあ、少し落ち着けよ」
「あなたよりは取り乱していないつもりですが。
 僕はループ脱出の端緒を見つけた。
 それはこれまでのループ世界で試されたことのない方法だった。
 だから実行し、結果を知る。
 これは当然の帰結です。
 あなたが僕の提案を肯定できない理由は、あなたの道徳観念がそれを許せない、たったそれだけのことです。
 客体的に比較すれば、どちらが正論を言っているのかは明らかだと思いますが」

「もっと穏やかな方法があるだろ。
 たとえば"昨日"、お前はハルヒに時の移り変わりの尊さを説けばいい、とか言ってたじゃねえか」
「往生際の悪い人ですね。
 これまでのループの中で、恥も外聞もなく、自覚のない涼宮さんに
 『ループを終わらせてください』『明日を迎えさせて下さい』
 と頼み込んだことがあると、何故考え到らないのですか。
 言葉による説得なんて、無駄なんですよ。
 頭が硬く人の意見を素直に聞き入れられない彼女に、
 ループの始点から終点まで説得を続けたところで、ループが終わることはないでしょう」
俺は苦し紛れに言った。
「でも、やってみなければ分からない。
 これはお前が言ったことだろう?
 一時間だけ、一時間だけでいい。俺にハルヒを説得する時間をくれないか。
 それでもし何も収穫がなければ、ハルヒを拷問するのを止めない」

古泉は余裕たっぷりの声で長門に問うた。
「これまで彼が彼女に『時間の尊さ』について説いたことは?」
長門は機械的に答えた。
「観測していない」
「いいでしょう。
 あなたは一時間と限定しましたが、何も僕はそこまで狭量な男ではありません。
 二時間、いや、三時間を限度とします。
 説得する場所は放課後、この文芸部室で。
 僕と長門さんは席を外していますから、
 あなたの思うとおりに、彼女に時間流れの大切さについて教えてあげてください」

長門の方を見る。
長門、お前は古泉の提案に、ハルヒに肉体的苦痛を継続的に与えることに、賛同しているのか。
ハルヒの悲鳴を聞いてお前は平静を保てるのか。
どうして自分の意見を言わないんだよ。
長門の瞳は無機質なガラス球と化し、何も語らなかった。
「オーケー。三時間もあれば充分だ」
俺は文芸部室を後にした。
ドアを閉める直前に聞いた「期待していますよ」の声が、耳の奥にこびり付いていた。
放課後。
俺はハルヒの手を引いて文芸部室に直行した。
「どうしたのよ!?」
ハルヒの文句も、冷やかしの声も、耳に入ってこなかった。
授業中は拷問されるハルヒが脳裡に浮かんで、気が気じゃなかった。
後ろ手にドアを締めて、ようやく人心地がつく。

部室に着いてからも
「足をくじいたかもしれない」だの「靴が汚れちゃったじゃない」だのと
ぶつぶつと小言を連ねていたハルヒだが、
「話があるんだ」
俺が一言そう言うと、囀りを忘れた小鳥のように首をこちらに向けた。
「大事な話、なの?」
心なしか頬が朱色を帯びているように見える。
まさか告白と勘違いしているんじゃないだろうな。
「ああ。とても大事な話だ」
「聞かなくちゃだめ?」
「絶対に聞いてもらわなくちゃ困る」
「そ、そんなに真剣に言わないでよ。
 ちゃんと聞いてあげるから。あんた一度鏡見たら?
 死活問題に直面してるみたいに見えるわよ」
お前にとってはまさに死活問題なんだよ。
「茶化さないでくれ。
 なあハルヒ。お前は今、満ち足りてるか?」

「へ?」
「満ち足りてるよな。
 家族がいて、クラスメイトがいて、SOS団があって……。
 こんな高校生活、満ち足りていないわけがないんだ」
「ちょ、ちょっと」
「そりゃあ何も起こらない日常に退屈を感じたり、変化を望んだりはしてるかもしれない。
 でも、お前にとってはこの『何か起こりそうで何も起こらない』一日の方が大切なんだ」
「いきなり何なのよ。意味分かんない」
「だから、お前は変化を望んでるようで、
 心の底では停滞を望んでるってことを俺は言いたいんだよ」
「か、勝手に決めつけてるんじゃないわよ。キョンのくせに!
 あたしは不思議なことがたくさん起こればいいと思ってるし、変化だって大歓迎よ」
ハルヒの怒声を聞きながら、俺は廊下の気配を探り、ポケットに忍ばせたカッターナイフを握りしめた。
古泉は「三時間待つ」と言ったが、あいつの精神状態がそれまでに転覆しないという保証はない。
痺れを切らしてハルヒの拷問を強行する可能性は決して低くない。
もしそんなことがあれば、俺は差し違えてでも古泉を止めるつもりだった。

そうさ。長門にこれまでのループで俺がハルヒを殺したことがあると告げられた時から、
俺は今回のループの連続の中でだけは、ハルヒを殺したり、殺させたりしないと決めてたんだ。
この感情が愛情なのかどうかは分からない。
けど、ハルヒを守りたいという気持ちに嘘偽りはない。
「何度でも言うぜ。お前は停滞を望んでる」
「だから、どうしてそんなに自身まんまんに決めつけるわけ!?」
「じゃあ逆に聞くが、お前は自分の将来をはっきりと見定めたことがあるのか?
 北高を卒業して、大学に進学して、就職するか結婚するかして、お婆ちゃんになる未来を想像したことがあるのか?」
「それは……」
ハルヒは数秒口を噤み、
「別にそんなこと、今から考えなくたっていいじゃない。
 未来のことなんて適当に考えて、今この時を楽しめばいいのよ。
 偉い人だって皆口を揃えてそう言ってるわ」
「それは今この時が一度きりの場合にのみ意味が生まれる箴言だろ」
「はあ? あんたさっきから言ってることズレてるわよ」

ズレてるのはお前だ、と叫べたらどんなに気持ちが良いだろう。
俺はもどかしさを感じながら言った。
「とにかく、お前は未来について、明日について考えることを避けてるんだ。
 いや、放棄してると言ってもいい」
「ワケ分かんない」
ハルヒは吐き捨てる。
「お前は未来に不安を持つ気持ちは分かる。
 今が人生の最盛期で、これからは下り坂が続いているように思うのも、無理はないよ。
 青春時代が人生の華とも言うしな」
「カウンセリングごっこなら谷口とやりなさいよね」
「けど、そんなの明日になってみなけりゃ分からないじゃないか。
 今日という日よりも、もっと楽しい明日があるかもしれない。
 どうしてその可能性に賭けてみないんだよ、ハルヒ」
「あほらし。帰る」
もどかしさが苛立ちに変わる。
俺は鞄を掴んでドアの前に立ちふさがる俺に近づいてきたハルヒの手を取った。
瞬間、頬を叩かれた。

痛みによる熱が、頬から全身に伝わっていく。
「いい加減にしてよ!
 キョンはあたしのことを一番よく分かってくれてるって思ってたのに……。
 どうして今日に限ってそんなこと言うの?
 未来とか明日とかどうでもいいじゃない!
 いつものキョンに戻りなさいよ。ねえ、今すぐ戻って!」
だだっ子のように喚くハルヒが煩わしい。
苛立ちが怒りに昇華する。
どうして自分の愚かしさが解らない。
お前の我儘で俺や古泉や長門や朝比奈さんが、どれだけの迷惑と精神的苦痛を被ったと思っている。
今が楽しければいいだと? ふざけるな。
そんなものはただの甘えだ。
現実を直視せずに夢ばかり視ているのと一体どこが違う。
沸騰した血液が頭に上っていく。

「そ、それ……なんのつもりなの……」
ふと我に返ると、ハルヒは滅茶苦茶に怯えていた。
俺は両手を見た。
左手はハルヒの右手首を掴み、右手は刃を限界まで露出させたカッターナイフを掲げている。
俺は何をしているんだ?
馬鹿なことはやめろ。
ハルヒが殺されるのを誰よりも止めたかった俺がハルヒを殺してどうする。
ゆっくりとカッターナイフの刃先をハルヒの喉元に近づけていく。
自制がきかない。
「冗談でしょ? キョン……、なんとか言いなさいよ……」
ハルヒの震えた声を聞きながら、俺はぼんやりと長門が言いかけて飲み込んだ言葉を思い出していた。

『回数の傾向から判断するにあなたが一番積極的に涼宮ハルヒを殺している』

知らず、俺は狂っていたのか。
なんてザマだ。俺は古泉なんかよりもずっとハルヒにとって危険だったんだ。

これまでにハルヒを殺した時の記憶がフラッシュバックする。
金属バットで顔が判別できなくなるくらい殴打した。
ナイフで滅多刺ししたこともあった。
劇薬を混ぜたお茶を無理矢理嚥下させたこともあった。
古泉に車を運転してもらって轢き殺したこともあった。
水を張った洗面台に顔を突っ込み窒息死させたこともあった。
どの記憶にも共通するのは、ハルヒの悲痛な叫びと、苦悶の表情、そして殺害後の虚脱感と絶望感だ。
殺すことに高尚な理由なんてなかった。
感情に任せて殺した。殺したいから殺した。
どこまでも自分勝手な考えを振りかざしてループを終わらせようとしないハルヒが、憎くて憎くて仕方なかった。

そして今、俺はまたしてもそれらと同じ結末を迎えようとしている。
違うのは場所と凶器だけで"激情に身を預けてハルヒを殺す"という結果は変わっていない。
刃先がいよいよハルヒの白い首の皮に触れる。
表層の毛細血管が破れて細い血の筋が出来る。
浅い傷口がさらに開くことを無視してハルヒは言った。
「やめて……お願い……あやまるから……。
 キョンに酷いこと言ってごめんなさい。お願いだから、もうこんなこと、やめてよ……」
嘘だ。どうせ口先だけだ。
俺がカッターナイフを退けると同時に逃げ出して警察に駆け込むに決まっている。
ループはそのまま継続して、俺は拘置所で初期化を迎えることになる。

「さよならだ、ハルヒ」
カッターナイフを握る手に力をこめる。
ハルヒの大きな瞳が一瞬見開かれ、閉じられる。
そうして俺は渾身の力を持って、刃先を"自分の首に突き立てた"。
「がっ、はぁっ、ああ、はああ」
痛いな。物凄く痛い。はっきり言って想像していた以上の痛みだ。
見ろよこの血溜まり。俺の体の中にはこんなにたくさんの血が詰まっていたのか。
その場に頽れる。
「キョン!?」
ハルヒが血に濡れることも厭わずに俺を抱き起こしてくれる。
ハンカチを首に当てて止血を試みるが、失血は止まらない。
「どうして……どうしてこんなことしたのよ……?」
瞳から止めどなく涙が零れる。
そういやこいつの泣き顔をこんなに近くで見たのは初めてだな。
恐らく、これまでのループを含めても。

血の流出と一緒に感覚も失われていく。
ハルヒと寄り添っているのに、ハルヒの体温が分からない。
何故俺がハルヒを殺さずに自傷したか。
その答えはシンプルだ。
ハルヒを殺しても結果は変わらない。
だが俺には潜在的にハルヒの殺害願望があり、一度それが目覚めると、ハルヒを殺さずにはいられなくなる。
その所為で今回も同じ道を歩みかけたわけだが、
これまでのループで発生しなかったことを実現させれば結果は変わる、という単純な事実を、俺は土壇場で思い出したのだ。
ハルヒを殺してもループが終わらないのなら、
ハルヒを殺さずに、ハルヒを殺す妄執に取憑かれた"俺"を殺してループが終わるか試してみてはどうだろうか。
俺はそう考えた。
そしてその考えはハルヒの殺害願望を凌駕し、
俺は一時の体の自由を得て、カッターナイフを自分の首に突き刺した。

そんな事情を知る由もないハルヒは大いにショックを受けたことだろう。
「キョン!――キ――……」
俺を呼ぶ声が遠のいていく。
ハルヒ。
怖がらせてごめんな。悲しませてごめんな。
ああ、もうお前の顔もよく見えない。
最後にハルヒに声をかけたかったが、喉から空気が漏れるだけで、言葉にならない。
だから俺は残された力を振りしぼって、唇だけを動かした。

"明日が来るといいな、ハルヒ"









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まだ終わりじゃない
もうすぐ終わる





雀の囀りで目が醒めた。
頭上には見慣れた天井がある。
ふと首を撫でる。傷跡はどこにもない。
やっぱり、俺がハルヒを殺すことを土壇場でやめたところで、ループは終わらなかった。
前のループで俺が死んだ後、ハルヒはどうしたんだろう。
俺の亡骸を抱えて泣き続けたのだろうか。
古泉は涙に暮れるハルヒに容赦なく拷問を加えたのだろうか。
長門はそれを『観測者』としてただ傍観していたのだろうか……。
俺は普段通り身支度を調えて登校することにした。
古泉が前回の記憶を引き継いでいなくとも、長門に訊けば、
前回の顛末を余すところなく教えてくれるだろう。

ハルヒがキョンのいる明日を願えばおk

             /)
           ///)

          /,.=゙''"/   
   /     i f ,.r='"-‐'つ      こまけぇこたぁいいんだよ!!
  /      /   _,.-‐'~/⌒  ⌒\
    /   ,i   ,二ニ⊃( ●). (●)\
   /    ノ    il゙フ::::::⌒(__人__)⌒::::: \
      ,イ「ト、  ,!,!|     |r┬-|     |

     / iトヾヽ_/ィ"\      `ー'´     /

まぁもう終わるんだから、夜食でも食べながら大人しく見ようぜ
  ∧ ∧   一人一個までね
 ( ´・ω・)
 ( ∪ ∪  ,.-、   ,.-、   ,.-、   ,.-、     ,.-、      ,.-、    ,.-、
 と__)__) (,,■)  (,,■)  (,,■)  (,,■)    (,,■)      (,,■)   (,,■)
       梅干  高菜 おかか こんぶ ごはんですよ わさび漬け 焼たらこ

          ,.-、   ,.-、     ,.-、      ,.-、   ,.-、   ,.-、    ,.-、
          (,,■)  (,,■)    (,,■)     (,,■)  (,,■)  (,,■)   (,,■)
          鶏飯 明太子 ちりめんじゃこ ゆかり  柴漬  塩辛 牛肉しぐれ
      ,.-、   ,.-、     ,.-、   ,.-、    ,.-、   ,.-、    ,.-、   ,.-、
     (,,■)  (,,■)    (,,■)   (,,■)   (,,■)  (,,■)   (,,■)  (,,■)

      鮭 鶏ごぼう   野沢菜 天むす ツナマヨ エビマヨ  鮭マヨ  具なし

面白かった、お疲れー
次は25にも期待

まぁ気が向いたらまたスレ立ててボチボチ投下してくれるんでないかな

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