介旅「救ってやるよ。お前も、お前の世界も」一方通行「……フザけンな」2 (252)

前スレ()
介旅「救ってやるよ。お前も、お前の世界も」一方通行「……フザけンな」
介旅「救ってやるよ。お前も、お前の世界も」一方通行「……フザけンな」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1334458865/)
最初にあらすじがまとめてあります


どうも、一ヶ月落ちすっかり忘れててdat落ちの表示を思わず二度見した>>1でございます
荒巻さんいつの間に仕事したんですか(逆ギレ)

2()です本当にごめんなさい

元々亀更新なのにこんなポカまでやらかしてまだ見てくださる方がいるのか不安ではありますが
どんな手を使っても完結させると決めた以上やるしかありますまい

もう最終回ひとつ前くらいまで書き溜めてあるから今度こそ大丈夫。フラグじゃないよ。多分

ところで御坂美琴マニアックスで超電磁散弾砲否定されたんですが……まあいいやこまけーこたー(ry


それでは投下しますっと

前回の区切りの悪さのせいで今回は短めです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1379169328

【前回の最後】逃げる振りをした美琴を追ってきた垣根に那由他ちゃんが不意討ちの飛び蹴り入れました




「がっっ……この、クソガキ……っ!?」

「助けに来たよーっ! って、気付いてるからここに来たんだよね美琴お姉さん!」

「当然でしょっ!」


垣根を蹴った反動を綺麗にいなしながら、那由他は両足で軽やかに着地する。

蹴られた側の垣根はといえば流石に堪えたのか、
着地に失敗し地面に叩きつけられていた。

AIMを操れる彼女の能力から考えて、
防げるはずの電磁レーダーに引っ掛かったのはわざとだろう。

そう判断した美琴はすぐさま、力を借りるために那由他の場所へと走ったのだ。





「っ……テメェ、木原那由他か。
下っ端の殺し損ねだ、ついでにブチ殺してやるとするか」

「……そりゃ効かない、よねぇ」

「ちょっと! なんか作戦があって助けに来たんじゃないの?
アイツの能力は、悔しいけど私とは格が違う! 真正面から戦ってもジリ貧よ!?」

「分かってるよ。大丈夫、任せといて」

「──ハッ。そもそも『コーティング』を抜く術すらほとんど無かったクセによ。
アレは俺の能力の一部でしかねぇ。テメェらは俺の本気すら引き出せてねぇってことだ」


嘲笑い肩を竦める垣根に、那由他は小さく笑いながら銃を突き付ける。


「でも、垣根帝督。アナタは美琴お姉さんに『コーティング』っていうのを破られてる。
私もソレがどんな能力なのかはよく『視えて』ないけど……
防御に偏重した能力って訳じゃないんでしょ?」

「それがどうした」

「そこに勝機があるって言ってるの。おバカさん」





言葉が終わるや否や、美琴の電撃が空中を煌めく。

その矛先は胸──先程の攻撃で、『コーティング』が破損している部分。


「ちっ──」


垣根は多少焦ったような素振りを見せるが、
その腕を上方に跳ね上げるだけで直進していた電撃が逸らされる。

攻められてはマズイとでも思ったのか、その足が那由他たちの方へと走り出した。

だがそこで、那由他の二撃目がまたしても胸を狙う。

パン! という音と共に放たれたのは威力の低い小口径の弾丸だが、
それでも正確に当たれば大ダメージは免れない。

動き出した足を急に止めて、垣根は何かしらの能力を使おうとした。







──その隙を突いて、那由他の『本命』が顔を見せる。







・・・・・・・・・・
「残念! それを待ってたんだよ──っ!!」


「っ──しまっ──!?」



その狙いに気付いた垣根は慌てて能力の使用を止めようとするが、もう間に合わない。




そして。





ドン!!!! と、垣根の周囲で正体不明の爆発が巻き起こった。



──それも、彼自身を巻き込む形で。







「ごっ──ぐ、ぁっ!!!???」


本来その爆発は、銃弾を弾くために使われたものだった。

垣根を巻き込むことなど問題外だったし、威力も大したことはないはずだった。

それが、誤作動した。

能力発動の過程で、『何か』に割り込まれた。


「ぐっ……、ゲボッ、この、感覚は知ってる……AIMジャマーによる能力の誤作動と同じだ。
……木原那由他、テメェ──テメェ一体何をした!?」

「さぁ、ね?」


吠えるように血を吐きながら叫ぶ垣根に、那由他は再び銃を向けながら首を傾げる。

──心なしか、その動作が微妙に重たそうになっているのに美琴は気付いた。






(……この子、何をしたっていうの……?
・・・・・・・・・・・
さっきの電撃だってそう。アレは私の意思じゃない。
示し合わせてすらいなかったのに、この子の都合のいいタイミングで能力が発動した。
これじゃまるで──)

「能力の制御を、奪いやがったな……?
ほんの一瞬だが、俺がデカい力を使う瞬間を狙い済まして!
どういうことだ、テメェの能力は強能力程度だろうが!?
その程度で俺の──第二位の『自分だけの現実』に割り込めるワケがねぇ!
暴発どころか、攻撃を逸らすことすら出来るワケが──」

「おしゃべりしてる暇なんてないよ?」

「ッ──!!」


地面に倒れた垣根はなんとか身を起こし、連続する銃撃をすんでのところで回避する。

次いで、やはり本人の意思とは無関係に放たれた美琴の電撃が垣根を襲った。


「──なら、コレでどうだ──ッ!!」


今度は能力を使った回避はしない。

胸の前で両腕を──まだ『コーティング』の残る部分を利用し、電撃を受け止める。

バチン!!と電撃が弾かれるのを見て、垣根は安堵したように口を歪めた。


「言っただろ、テメェらは簡単には『コーティング』を抜けねぇ!
なら下手に能力を使わねぇで、負けねぇ格闘に持ち込んじまえば詰みだ!!」

「ふふ。"腕だけで弱点を守れるなら"だけどね──っ!」






「操られなくても分かるわよ! 私が自分でやってやるわ!!」

「っ──!!」


美琴の叫びと共に持ち上がった砂鉄の渦を見て、垣根の表情が凍る。

空間を余すところなく埋め尽くす砂鉄の奔流。
その中で『コーティング』に空いた穴を守り切る事が出来るはずなど無い。


「くっ──そ、がぁぁぁぁぁ!!!!」


能力の暴発を狙われている以上、本気で能力を使ったところで意味はない。
寧ろ暴発した時の危険度が増すだけだ。

それだけを認知した垣根は、端正な顔を怒りと屈辱で歪めながら叫ぶ。






「──残念だったね。本気を出す事も出来ずに負けちゃうんだから」


那由他の言葉が終わると同時、砂鉄の波が垣根を飲み込む。

まともに受ければ確実に死ぬ攻撃を前に、
暴発することを知りながらも垣根は能力を使うしかない。

ゴッ!! という正体不明の爆発が、再び垣根自身を巻き込む。

決して小さいダメージではない。

その積み重ねが、確実に迅速に垣根の力を奪っていく。






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──────

―PM9:30、布束砥信のアジトの一つ―


「……はっ、はっ、、がっ──」


モザイク調の床に置かれた『妹達』検体調整用のバイオポッドの傍らに立つ工山規範は、
疲労から来る大量の汗を滴らせていた。

小さなテーブルの上からスポーツ飲料を手に取り、一気に飲み込む。

自分が脱水症状を引き起こして倒れてしまうわけには、いかない。







(……那由他ちゃんは……大丈夫だ。心配していたほど苦戦はしてない)


熱病に侵されたかのように、次から次へと汗が吹き出る。

演算能力を限界まで酷使し続けているが故の状態だった。


(この、バイオポッドは。『妹達』の脳波で構成されるネットワーク
──『ミサカネットワーク』に繋がる。一万人分の脳を使った並列演算ネットワークに。
つまりこの機械は間接的にそれだけの演算能力を使えることになる。

──そこにボクの能力で干渉し、演算能力を借りてきて。
更に那由他ちゃんの体の機械部に演算結果を送信する。
ボクという中継点を経由して、ミサカネットワークと那由他ちゃんを繋げる形になるか。
これによって那由他ちゃんの能力を底上げし、垣根の能力暴発を誘発する。

……防御に偏った能力だったら暴発しても大したダメージにならないから
長期戦を覚悟してたんだけど、そうはならなかったみたいだ……よかった)


一万人の脳を使った並列演算ネットワーク。
ともすれば超能力者にも匹敵する程の演算のデータは、
工山の脳に莫大な不可を与えていた。

下手をしたら脳神経を焼き切りかねない。
そう思わせるほどの負担が、彼の体の軸を揺らす。

だが、


(……それでも。ボクは、倒れない。絶対に。
超電磁砲に接点なんてない。守る義理なんてない。
……けど)






介旅初矢は、御坂美琴を救った。
指一本触れられれば死んでしまうような相手に、それでも打ち勝った。

工山規範の『友達』は、それだけのことを成し遂げた。


(……アイツはなったんだよ。遠く感じてたヒーローって立場に、ようやく。

許さない。そこに水を差すような真似だけは!
介旅の守ろうとしたもの、絶対に守りきって見せる!!)


ぐらり、と、工山の身体が一際大きく揺れる。

一瞬、完全に平衡感覚が無くなった。

今にも倒れそうな体を、それでも意志の力だけで支える。

限界は近い。

だがそれを1秒でも先延ばしにしようと、彼はペットボトルに口をつけ情報の送信を続ける。

続けようとする。







その瞬間だった。



ぷつん、と。



糸が切れたように。



演算要請が、止まった。









「──ッ!?」



突如消え去った負荷に、力のやり場を失った工山の身体がバランスを崩す。

物理的にも精神的にも支柱がなくなり、そのまま彼は床の上に倒れ込んだ。

大量の汗が染み込んだ服が体にまとわりつき、不快な感触が全身を覆う。

手から落下したペットボトルの中身が溢れ、床をびしょ濡れにしていた。







「痛っ……一体、何が……」


状況がわからない。
情報が必要だ。

即座にそう判断し、工山は能力を使って那由他の身体──義眼へ接続する。

そこに映ったのは、



「──これって、まさか……」





書き溜めはあるので勢い2くらいを保とうと思います
ということで次回は一週間くらい……で来れたらいいなあ(トオイメ


それはそうと新刊での抜け殻垣根のフラグ回収は芸人の域に達しているのではと感じました

介旅?
誰だよ?
ヒーローは上条さんだろJK!

乙  スレ立て待ってた  
工山くんがここまで活躍するとは登場当初思ってもいなかった……  次回も楽しみにしてる       

>>21
こんな糞スレageんなボケ!!
キモオタが介旅のような屑キャラに自己投影して書いてるssなんだから。
介旅が不憫に感じたって、無差別殺人起こそうとした奴に共感できる時点で>>1の脳内は腐ってるようなもんなんだから。
ホント気持ち悪いから、これからはsage進行でお願いします。

……なんかおかしいと思ったら、御坂父と間違えてた

話題がないのでレス返しでも。例によって投下だけ見てくださる方は次レスより


>>19 >>22
お眼鏡にかなわなかったようですね。残念ですがこれ以上お目汚しするつもりはありませんのでNGスレにでもぶっこんどいてください

ところで、クズ具合で木原クンには匹敵しないと思うんですがどうなんでしょうかね
当スレではもっぱらパパ原クンになっちゃってますからここでは比較できませんが


>>20
>>1も驚いてます


>>23
一スレ目でもよく言われました




さて、それでは投下しましょう
前回よりは長いと思われますが区切り次第




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「クソが、クッソがぁぁぁぁぁぁ!!
こんな、こんなことで俺が……この俺が……っ!!」



垣根はなんとか肉弾戦に持ち込もうと駆け寄るが、最早その動きすら鈍い。


那由他の用意した戦術は、確実に垣根帝督の体力を削っていた。


垣根を牽制するため、美琴は電撃を放ち砂鉄で壁を作る。


このまま順当にいけば、美琴達の勝利だ。






「そろそろ終わりね! あと少し、頑張るわよ!!」

「――う、ん……」

「……ちょっと? アンタ、どうかしたの?
すごい量の汗かいてるじゃない!?」

「……大丈、夫――」



だが、不安要素はある。

先程から、那由他の調子がおかしいのだ。


咄嗟の反応が遅れ、作ったチャンスを逃す事も頻発している。

おまけに、体中からは大量の汗をかいていた。


その様子を見かねた美琴が、心配そうに尋ねた矢先の出来事だった。





ガグン!! と、能力を使用していた那由他の身体が、突然大きく揺れる。








「――ぁっ、……っ!?」

「……っ!? な、どうしたのよいきなり!?」



地面に崩れ落ちようとするその体を、なんとか抱き止めた。

そうしてから美琴は、彼女の異常な体温に気付く。



「お、姉さん……」

「熱っつ……っ!? アンタ、なんでこんな熱――
……いや、熱じゃない!? そもそも人間の体温の基準を遥かに超えてる!」


「……"そういう風に"作られた、サイボーグ、なら別だけど……
私の体の、部品は、もともと演算を、補助、するため、には作られ、てない……
そこに、無理に高い、負荷をかけた、から……オーバーヒート、を起こして、るの……

こうなる前に、決着を、付けたかった──んだけど、……
予想よりも早く、電気回線が、熱で破断しちゃって……」


「……何を言ってるかは、さっぱり分かんないけど……!
その口ぶりじゃ、こうなるのはあらかじめ分かってたってこと!?
何でそんなバカなこと──ッ!!」


「──お姉、さん! 気を付け、て──っ!」





那由他の言葉に、反応する暇もなかった。


ゴッ!!と。
急接近した垣根の拳が、美琴の側頭部に直撃する。



「っづぁ――!!?」



脳を揺さぶる打撃に、全身の力を持っていかれる。

衝撃で腕から離れた那由他の体を受け止めようとするよりも先に、横から伸びた腕がその体を捕らえる。



「……ハッ。よくもまぁ、ここまで俺をコケにしてくれたよなぁ、オイ」

「――ぅあっ……っ!!」


「アン、タ、その子に、何を――っ!!」


「俺に楯突いたんだ、どうなるかなんて分かってんだろ。
・・・・・・・・・・・
……テメェなら分かるよなぁ、木原那由他。死ぬだけじゃ済まねぇぞ。
"こっちの世界"には、人を殺すよりも残酷に有効に使う技術なんて山ほどあるんだ」






本来ならば抵抗して然るべき状態だが、那由他には既にその力すら残っていない。

ぐったりと力を失った体が、何の動きも出来ず垣根の腕の中でだらりと垂れ下がる。



「……ッ!」

「無駄だよ、超電磁砲。
俺の拳をモロに頭に受けたんだ。平衡感覚すら無くなってんだろうが」


それでも、と美琴は立ち上がろうとするが、手足が笑っているように力が入らない。


四つん這いに這い蹲って、無様な姿を晒すのが関の山というところだった。


震える四肢でなんとか体を起こそうとする美琴の腹を、垣根は笑いながら蹴り上げる。


ドグッ!!と鈍い音が起こり、美琴の身体が再び地面に落ちた。





「げっ……、ほっ……、その、子を、放、して……っ!」

「まだ話せるとは、なかなかに根性があんじゃねぇか。
大っ嫌いだぜ、そういうアツいの」

「――ッ!!」



三日月のように口を大きく歪めた垣根は、靴を使って美琴の顎を持ち上げる。

屈辱に浮かぶ涙を見ると、彼は悪意に満ちた笑みを浮かべてこう言う。



「そうそう、そういう顔。
俺に殺されるやつの顔は、そうあるべきだな」







言葉と共に、圧倒的なまでの殺意が美琴を包み込んだ。



一度足を下げ、美琴の顔を地面に落とした垣根の靴底が。



その脳髄を踏み砕かんと、勢いよく突き出される。







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その時。芳川桔梗は、己の無力と愚かさとを嘆くしかできなかった。

垣根帝督──暗部組織『スクール』のリーダー。

そんな男がこの局面で出てくる理由に、心当たりなどない。


だが、本当に彼自身の言った通り『一方通行を殺しに』やってきたというならば、






(なら……それは誰のせい!?
彼は戦闘が終わってから現れた。
つまり、自分自身の力では一方通行を倒せないかもしれなかったということ……!
わたしのせいよ……わたしが、彼らの戦いを止められてさえいたら!!)



これは己の失策が招いたものだ。


だが今更後悔しても、事態は何一つ好転しない。


彼女にしては珍しく──本当に珍しく。


現実から逃げているだけだと自覚しながらも。


芳川桔梗は、心の中で強く祈ることを選択する。



(……お願い……もしも、もしも本当に、夢物語のヒーローなんてものがいるなら。
どうか、助けて頂戴。一方通行を。御坂美琴を。この戦いで傷付いた、全ての者を!!)






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その時。やっぱりか、とミサカは暗く微笑んでいた。


(……ミサカは、元々死ぬ運命にあった。
それを助けようなどとするからこうなるのです、とミサカは嘆息します)


ボタン一つと18万という端金でいくらでも作れる模造品。

その一つでしかない自分を助けようとした結果、
『お姉様』と介旅初矢、見知らぬ少女に一方通行……これだけの人間が命の危機を迎えている。


彼らは、本来ならば死んでいい人間なんかじゃなかったのに。


これならば、『実験』が最後まで何事もなく終わるのが一番良かったではないか。







(……その、はずなのに。その結論を導き出すことに、
何故か抵抗心を覚えてしまいます、とミサカは自らの心に気付きます)




ミサカは、自分の命に価値など見出せない。


ただの量産品を守るために、
あれほど必死に戦った介旅初矢と『お姉様』の気持ちなど到底理解できない。


けれど。それでも。




(……ミサカは、お姉様達の意志を尊重します……
お姉様達が否定したその結果が最善だったなどということは望みません。

だから……誰でもいい。誰かこの最悪の結末をハッピーエンドへと導いて下さい。
と、ミサカはあらぬ希望に縋ります……!)





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その時。木原那由他は、今にも途絶えそうな意識の中で強く願っていた。

この状況を打破できるヒーローの登場を。

それだけならば、他の二人と同じではあった。


しかし、決定的に違うのは。






(お願い。初矢お兄さん!
私の力不足で危険に曝してしまった美琴お姉さんを、助けてあげて!!)



彼女が願うのは、『ヒーロー』なんて漠然としたものじゃない。



介旅初矢を。


今の彼女にとっての唯一のヒーローを、願う。







彼女は一度、『ヒーロー』を失った。

木原数多。

彼女の慕った師。
一族の中で、彼女が最も親しかった男。

彼の姿に介旅初矢を重ねたのは、彼の父と木原数多との間にあったことを知っていたから。


──そのはずだった。


だが共に施設を潰していく過程で、また談笑をする中で。
全く似ていないはずの介旅に、どこか木原の面影を感じていた。

・・・・・・・・・・・
理由がないわけではない。

だがその『理由』を超越した何かを、彼女は介旅に見ていた。

そう気付いてからは、それまで半ば都合の良い駒のように扱っていた介旅を、
心のどこかでずっと頼りにしていた。

根拠なんてない。けれど、彼なら確実にハッピーエンドを引き寄せてくれる。

そんな妄信めいた思いを、けれど那由他は自信をもって信じる。








(──お兄さん!
お願い……助けて……っ!!)







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そして。


その時。




介旅初矢は。








(……弱い。僕は、弱い。一対一で勝てる相手なんていない。
麦野沈利も一方通行も、美琴や那由他ちゃん、それに木原さんのおかげで倒せたんだ)



暗闇の中、意識の底。

彼は静かに目を閉じ、思考していた。



(──力が欲しい。借り物だっていい。
みんなを……救うことのできる力が)






他力本願だ、と揶揄する者もいるかもしれない。
そんな人間にヒーローになる資格など無い、と。


それでも、彼は自らの力不足を正確に認識している。
それでいて、諦めず何かを利用して強大な敵にも立ち向かおうとする。



その言葉は、ただ力のある者を指すのではない。


弱く愚かでも、大切なものを守るために自分の全てを
──いや、それ以上のものを以て強大な力に立ち向かう。



人はそれを、『ヒーロー』と呼ぶのではないか。



何故に介旅?介旅でやる必要あったの?





『よぉ、また会ったな』

「……木原、さん?」


横合からの声に、介旅は顔を上げる。

そこに立っていたのは、金髪と顔に刺青、白衣を纏ったガラの悪い男。


なるほど確かに、それは『木原数多』であった。


しかし同時に、彼の知る『木原数多』とは何かが違う。
具体的に何が、とは分からないが、そういった微妙な雰囲気のようなものがまるで違う。





『お前が言ってる「木原数多」ってのは――「コピー」のことか。
だったら違ぇよ、俺はその「木原数多」じゃねぇ』

「……どういう……?」

『説明は後でイイ。時間がねぇからな。
ウチの那由他がピンチみてぇだ。助けに行ってやってくれ』



理解不可能な言葉に、介旅の頭は混乱していた。


その混乱をさらに加速させる出来事が、起こる。


暗闇に浮かび上がる木原数多の姿。
その横に、




『坊主、のんびりしてる暇は無ぇぞ。さっさと起き……て……?』





・・・・・・・・・・・・・
もう一人の木原数多が現れた。







「……、へ?」

『よぉ、来たか"俺"。プログラムは順調に稼働したみてぇだな』

『へぇ。「本人」の登場かよ。
って事は、つまり……例の「仮説」は正しかったってことか?
いや、待てよ。……つーことは、まさかコイツ「天使の涙」を――』

「……木原さんが、二人?」

『説明は後だ。今から力を貸してやるための準備をする。
だがそれじゃ那由他を助けるのには間に合わねぇ。
ひとまずテメェの力で那由他を救出しろ』

『偶然に偶然が重なってるみてぇだが……兎に角ツいてるな、お前。
上手くいけば真っ向勝負であの第二位の野郎を潰せる』

「何、が――」

『四の五の言わねぇで、取り敢えず起きろ。
那由他と――それにお前の守りたい超電磁砲を助けねぇことには始まらねぇ!』

『前と同じショック法で起こすぞ。覚悟しとけ!!』







状況は全く理解できていなかった。


二人の「木原数多」が交わす言葉の意味など、一割も分からなかったに違いない。

だが、それでも把握できた一つのことは。



「――力を、貸してくれるんだな」


『それだけ分かってりゃ十分だ。
歯ぁ食いしばれ、痛みで舌を噛み切っても知らねぇぞ!』







宣告と共に、右腕に激痛が走った。

痛みは彼の脳へと伝達され、迅速に意識の覚醒を促す。








【操車場の戦い#2―LEVEL5 vs.LEVEL5―】 Fin.


Next Episode……




【反撃―Hero―】


もう少し行く予定だったんですが区切りがいいのでここまで
展開が駆け足過ぎた感があるのはきっと余裕のない時期に書き溜めた文だからです……

次かその次あたりで主要な伏線の回収があるのでお楽しみに


>>45
>>1としては意味があると思っていますが、意味が無いと判断されるようでしたらひとえに>>1の文才の無さでございます。申し訳ない

どうもです。レスありがたいです

えーと、取り敢えず報告をば。

一応、朗報……ということにしておきますが。
書き溜めが最終回分まで完了いたしました。

10月中、遅くとも年内には最終回を迎えられる予定となっています
長々と続いた本作でありますが、いよいよラストスパート。
ここまできたら、と最後まで見てやってくださるとありがたいです


さてそれでは投下しましょう

副題はお待ちかね、「ヒーロー」





【反撃―Hero―】





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「力を貸せ、一方通行!」


意識を取り戻した介旅のとった行動は、至極単純だった。

走っては間に合わない。
そもそも、起き上がって走るだけの動作が出来るかどうかも怪しい。


それを確認した瞬間、横に倒れる一方通行の掌に思い切り拳を叩きつける。


迷っている暇も、相談をする時間もなかった。


彼が協力してくれる確証など、有る筈も無かった。


ただ思いのままに振るわれた拳に、一方通行は何を思ったのか。

思考を巡らす時間は僅かだったが、その僅かな時間でも彼は意思を決め小さく笑う。






「ッ──無事で済む保証はしねェぞ!!」


瞬間。ギュン!!と介旅の身体が弾丸のように射出された。

景色が恐ろしいほどの速度で後方へと流れていく。

空気抵抗で弾け飛ばない程度の速度には抑えられているようだが、
莫大な風圧の前に目を開けることすらままならない。

だがそれでも、介旅は前を見て──叫ぶ。








「かァァァきねェェェェェェ!!」





辛うじて見えたその先。



今にも美琴の頭蓋を踏み砕こうとする垣根帝督へ、

痛みにも構わず、迷わずに折れかけた左拳を突き出す。







「ッ──っの、大人しく寝てろ──っ!!」


不意討ちにも関わらず、垣根はその一撃へ正確な対処をしていた。

即ち、一度足を地面に下ろし重心を安定させてから、
体を捻り肘を思い切り介旅の腹部へと突き刺す。


ゴッギィィィ!!と、硬質なモノの砕ける音がした。

だがそこで、垣根は顔をしかめる。


「痛っ──!?」


垣根の肘が介旅の肋骨を粉々にするその寸前。

その腹と垣根の肘との間に、介旅の右腕が入り込んでいた。



そう。



・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・
強化素材で構成された、人間の腕を超える硬度を持った義腕が。







(く、そ──『コーティング 』、が──!?)


腕には未だ『コーティング』が残っている。
本来ならば彼は何のダメージも負わなかったはずだ。

しかし、それなのに彼は痛みを覚えた。

つまりは、その衝撃で『コーティング』が破壊されたということになる。


(並の攻撃で崩れるモンじゃねぇ。
思い当たる節は──能力の暴発のせいか!?)



威力だけではない。


単純に『コーティング』が砕けるだけの威力の爆発だったならば、
垣根はそれだけで死んでいただろう。





性質として。

何よりも硬度の高いダイヤモンドが火に燃やされてしまうように。

鉄より硬質なエナメル質が酸に簡単に溶かされてしまうように。


彼の能力で生み出した『コーティング』は、
彼の能力に引き起こされる『正体不明の爆発』に極端に弱かったということだ。


介旅や美琴、那由他が知っていたとは思えない。

垣根ですらある程度の性質としてしか知らなかった。

どんな威力でどれだけ行えば砕けるかなど、知る由もない。



だからそれは、偶然と評価するほか方法はないだろう。


迎撃するはずだった垣根の左肘は砕かれ、介旅はなお速度を保っている。


その暴力的な速度の突進をまともに受ければ、大きなダメージは絶対に免れない。






(ちっ──爆発の無傷圏内に入られた。これ以上のダメージを受けるわけには行かねぇ)



しかし、その絶望的な状況下でも、彼は獰猛に笑っていた。


笑うその背中から、『何か』が起こる。




「ハッ──馬鹿な野郎だな、俺を本気にさせざるを得ないとは!!」








その瞬間。




介旅の視界は真っ白に染め上げられた。




ただ喉笛と左手首に、鋭い痛みが走る。








「い、や──」


美琴の叫び声は、ぼんやりとしか聞こえなかった。


垣根の背。
そこから伸びる三対六枚の純白の翼が、介旅の体を容易く切り刻む。

ズン……ッ!!と、衝撃は遅れてやって来た。


左手首から先を切り飛ばされ、喉を刺し貫かれた
──そう認識するよりも前に垣根は翼を振るい、介旅の体を適当に放り投げる。


勢いのままに放り出された介旅は、
力の入らないマネキン人形のようにバウンドしながら地面を転がっていく。


その体からどう見ても致死量と分かる鮮血が溢れ、辺り一帯にまき散らされた。






「へぇ」



まるでゴミを放り捨てるような仕草。

それでいて垣根は、素直に感心したように声を上げる。



右手で──つい先程まで那由他を捕らえていたはずの手で髪を掻き上げながら、




「すげぇな。放り出される一瞬で俺の腕に足を引っ掛けて、
無理矢理に拘束を振り解かせやがった。
考えてやったわけじゃねぇだろうな。執念とでも言った方がいいか」






見れば、那由他は数メートルほど先に転がっていた。


激しい動作をしていたから、勢いを受けてある程度飛んでしまったのだろう。
あまり優しい扱い方では無かったが、あの状況ではよくやった方と言える。




「……しっかし。無駄な足掻きが好きな奴らだな」


大袈裟に肩を竦めると、垣根は気怠そうに呟いた。



どいつもこいつも。

彼は最初から「本気を出していない」ことを顕にしていたというのに。






「介、旅……そん、な……」

「あぁ、そういえばいたな、お前。
絶望に満ちたカオしてるとこ悪いが、もう少し絶望させてやろうか」

「……、え、?」


疑問の声を無視して、垣根は一瞬、一方通行の方に注意を向ける。

どうやら未だに動けないようだ、と確認すると、彼は再び美琴に目を戻した。

不意討ちでも喰らうかもしれないが、
『向き』操作そのものではなく飛ばされた石ころくらいならどうとでも対処できる。






「この物語の結果として。
『実験』は中止され、一方通行と介旅初矢、御坂美琴は死亡。
一万人の命は救われ、代わりに二人の超能力者と一人の一般人
──ああ、それと木原那由他もか。四人が命を失うことになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
……そうなるとでも思ってたんじゃねぇか?」



「……どう、いう……」



不穏な言葉に、美琴の喉が干上がった。

張り付く気道に無理を押して息を通し、辛うじてそれだけの言葉を放つ。


対する垣根は何気ないような調子で、



「だからさ。

・・・・・・・・・・・・・・ ・・・
この世界はそんなに甘くねぇよ、間抜け。

行動しないより行動した方がプラスになる?
力の無いやつが出しゃばった結果が、巡り巡って何かのためになる?

・・・・・・・・・・・・
そんなわけはねぇだろうが。

行動には常にリスクが伴う。

早い話が、お前達はそのリスクをモロに被っちまったって話だ」






「何を……何のことを言ってんのよ、アンタは……っ!?」



「『実験』のきっかけとなった『樹形図の設計者』の予言はこうだ。

『まだ見ぬ「絶対能力者」へ進化可能なのは、学園都市最強の超能力者である』

──実はこの予言の中に、『一方通行』なんて単語は入ってやしねぇ。

学園都市最強──その言葉から研究者達が勝手に『一方通行』だと判断したに過ぎねぇ」



その何の脈絡もない言葉に。

美琴は、垣根が自分の質問を聞いていなかったのかと思った。



だが違う。


事態は単純に、彼女の想像を超えて最悪だった。






「だから。

・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・ ・・・・・・ ・・・・
俺より序列が上の一方通行を殺害し、俺が『学園都市最強』になれば。

・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・
『実験』は俺を中核に据え、再び最初から行われるって寸法だ」








「ッ────」


そんな馬鹿な、と。

美琴は完全に絶句していた。


彼の言った内容も相当に狂っていた。

しかし何よりも狂っていたのは間違いなく、そんな思考に至った彼の頭だ。






「そんな、そんなこと馬鹿げてる……っ!

一方通行を殺してアンタが『最強』になったからって、
それでアンタが『絶対能力者』への道を約束されるわけじゃないでしょ!?」

「あー、勘違いするな。そもそも超能力者の順位は戦闘能力じゃねぇからな。
仮に戦闘能力なら、今の第七位の序列はどう考えてもおかしいし。

まあお前にも分かるように説明してやるが、俺が一方通行を殺せたら。
そもそも俺の方が強かった、俺こそが『最強』だった、ってことになるだろ」


「でも……実質問題、アンタは弱ってる一方通行を狙ったんでしょ!?
そうしなきゃ勝てなかったから……アンタだって、分かってるはずよ!!」




叫んだ美琴はそこで、しまった、と後悔した。


確実に垣根の機嫌を損ねる一言だったと自覚できた。


垣根との会話を引き延ばせば……あるいは、
一方通行が動けるようになるまでの時間を稼げたかもしれないのに。






「──うん? ああ、そうだな。まともにやったら勝てねえさ」


だが。

美琴の予想に反し、垣根はあっさりとそう認めた。


認めた上で、彼は言う。



「でも。大事なのは、本当に俺が一方通行より強いかどうか、じゃねえ。
研究者たちが俺の方が強いと思い込んでしまいさえすれば、それでいいんだ。
それだけで『実験』を始めるには事足りるからな」





「……、そんな……じゃあそもそもアンタは『絶対能力者』になるつもりは無いってこと?
それなのに『実験』に参加するためにこれだけのことを!?
訳が分からない……アンタの考えは、完全に破綻してるじゃない!!」


「……ったく。いちいち説明しなけりゃ分かんねえか」



舌打ち混じりに彼はそう言うと、口の端を吊り上げてから、



「『実験』は戦闘で能力を成長させ、最終的に『絶対能力者』まで持っていこうって話だ。
逆に言えば……もし『絶対能力者』に届かなかったとしても。
その手前に存在する『自分の限界』ってヤツまでは一気に成長できる」


「……ッ!!」



今度こそ。


美琴は垣根の言葉の意味を理解し、その上で言葉を失った。



つまり。


この男は。






「俺にはチカラが必要なんだ。
『絶対能力者』なんてどうでもいい。
世界と……『こっち』だけじゃねぇ、『もう一つ』の世界と戦える力が」

「……、馬鹿げてる」



垣根が何のために力を欲するのかは分からない。


けれど少なくとも、何かしらの暴力的な理由によって必要としている事は分かった。



介旅初矢を殺し。

一方通行を殺し。

木原那由他を殺し。

御坂美琴を殺し。


それに飽き足らず二万の『妹達』を殺した上で、さらにそこに成り立つ暴力。



そんな物に、一体何の価値がある。


己の暴力に彼自身は歪み、目的を達成したところで満たされることはないだろう。






「そんなの……そんなの絶対間違ってる!!
アンタの表情を見れば分かる!
ただ気に食わないとか何かの利益を求めてとか、そんなことに使う為の力じゃない!!
復讐、それとも敵討ち……? アンタにだって強い信念があって力を望んでるんでしょ!?
だったら……ッ!!」


「……御託はそこまでか?
綺麗事なら聞かねぇぞ。そんなモン、遠い昔に切り捨ててきた」


「──っ!」




ゆらり……、と。


垣根の纏う空気が明確に変わる。



今度こそ、美琴の言葉が逆鱗に触れたのだ。






「話は終わりだ。こっちも、そう暇な訳じゃねぇ」




ぐっ……と、垣根の背ではためく翼の一枚が弓のようにしなる。



ぎちぎちと音を立てながら力を蓄えた翼が、美琴の喉元を狙い射出された。






「……っ!!!!」




避ける時間も、体力もなかった。





翼は振り下ろされ、ザン!!と重たい音が鳴る。












くるくると二十センチ大の塊が宙を舞い、少し離れた砂利の上に落ちた。








その物体は驚くほど綺麗な断面で切断された、













・・・・ ・・・
『未元物質』の翼だ。















「……、あ?」




瞬間……、垣根帝督は命取りとも言えるほどに思考能力を失った。



地面に落ちた『未元物質』の欠片。

繋がったままの美琴の首。

そして先端の20センチ程を失った、自分の背から生える翼。



何が起こったのか、は理解できる。



しかし、何故。

その原因は、何だ。






『未元物質』の強度はこの世界の物質に負けるようなものではないはずだ。
少なくとも砂鉄や風の刃なんかには、決して切り裂かれるわけもなかった。


『未元物質』の翼の強度は、『コーティング』などとは比べ物にならない。
それこそ『原子崩し』程度なら真正面から防ぎ切れるほどの物のはずだった。




それを。


まるで熱したナイフでバターでも切るように、いとも簡単に切断したのは──?







「──離、れろ」




「────ッ!!!???」




ぞぐん、と。



得体の知れない寒気に……言わば本能的な恐怖に、垣根は思わず一歩退がっていた。




ピリピリとした嫌な緊張感が、肌を灼く。








「……何でだ、よ……」



まず、垣根は自分の耳を疑った。

次に、自分の目を疑った。


その光景は、それほどまでに受け入れ難いものだった。




『彼』が生きているわけが──生きていられるわけがない。


手首と喉だけではない。


羽のうちの二枚は腹を刺し貫いて、内蔵のいくつかをグチャグチャに潰した。


両脚の筋繊維も、神経ごとズタズタに切り裂いてやったはずだ。


それがなくとも、溢れた血液はどう見ても致死量だった。


普通ならばもう三回は死んでいる程度の攻撃を浴びせたのに。





なぜ。



実際問題、なぜ彼は両の脚で立ち上がっている。




なぜ潰れた喉から声を捻り出せる。






「何で、だ。なんでお前は、まだ俺に立ち向かえる

──介旅初矢!?」










垣根帝督には、知る由もない。



理不尽な暴力に立ち上がる、不条理な影。




その存在を、ミサカが、芳川桔梗が、木原那由他が。




──この場にいる全ての人間が、強く願っていたことなど。






彼女たちは。




その存在を、こう呼ぶ。








「……『ヒーロー』……?」


「ッ!!」





美琴が思わず呟いた言葉に、意外にも垣根は強い反応を見せる。




否定──あるいは拒絶とでも呼ぶべきか。



その単語に嫌な思いでもあるように。
ちょうど虫酸が走ったというような顔で、垣根は吠える。







「ふざっっけんじゃねえよ!!
『ヒーロー』だ!? そんな言葉一つで説明できるような状況じゃねえ!!
何が……一体、何が起こってんだよ……ッ!?」




困惑。

焦燥。



いくつもの感情が混じったどろどろの表情で、彼は叫んだ。


その根幹にあるのは、理解できないものへの恐怖。



『理解できない』ものの極限である『未元物質』をもってしても理解できない『何か』。



暗部に身を堕として、もう何年経っただろうか。
それでも一度たりとも経験したことがない感覚が、身体を蝕む。








対して。


介旅初矢の反応は、実にシンプルだった。




問いには答えず。



代わりに鋭く静かな語気で、彼は再度言う。









「美琴から、離れろ。クソ野郎」



「……っ!!」





その言葉が引鉄となった。


音を置き去りにする速度で飛んだ垣根が、六枚の翼を介旅目掛けて振り下ろす。




二つの影が交差し。




そして、





今回はここまでとなります


介旅の身に何が起こったのか、それに伴う伏線の回収は次回の冒頭で


一週間後に来られると思いますがもしかするともう一週間延びるかもです

それではまた



三連休とかポケモンで潰れましたけどなにか?



遅れてすみません、投下します

区切りいいとこが近いので量は少なめかと思われます



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AIM拡散力場は、能力者の『自分だけの現実』から無意識に溢れ出すものだ。

元を辿れば脳から派生して生まれている。
要するに、ある程度脳波や思考との親和性が存在しているわけだ。


加えて、人の思考は"ある瞬間"に最も強くなる。

性交中でも、麻薬摂取の瞬間でもない。


それは、"死"。


死にたくない。生き残りたい。

その思いだけが、その他すべての機能を放棄した脳の中を占領する。

肉体の死は避けられない。
そう判断すれば、その思考が──意思だけが新たな逃げ道を探しても何ら不思議ではない。








結論として。




ここ、学園都市──180万の学生が放つAIM拡散力場が満ちたこの街に限り。





人は死の瞬間に、思考のみをAIM拡散力場に移動させ、思念体となって生き残る。





介旅破魔矢は数々の実験の末、その仮説が真であることを証明した。


そこまで言えば、彼が"その思念体とコミュニケーションを取る手段"を模索したと言っても
別段驚くようなことではないだろう。








死人を生き返らせる。



それはある意味で、生命を冒涜する行為と言ってもいいかもしれない。


『木原』の中などを見れば、人を殺し再び生き返らせる技術を持った人間もいるにはいる。


しかし、肉体すら消滅した人間を復活させるとなれば。
それは間違いなく、科学では未だ為されたことのない大業となるだろう。






AIM拡散力場に宿る思念体との会話。

言ってしまえば簡単だが、実行に移すのは至難の業だった。

思念体はAIM拡散力場の中に薄く広く溶けるように広がっているため、
まずは溶媒である力場を集め、一定時間保持するところから始めなければならない。

どこから手をつけていいかすらわからなかった。
そんな折、木原数多から協力の要請があったのだ。

またとない機会。

絶対にこのチャンスは逃せない、と。

彼は妻と共に自分に出来る最大限の準備をして、








『……木原さんを、殺せ……と』





そして彼に待っていたのは、上層部からの冷徹な指示。

一応は、『依頼』という形をとってはいたが。

拒否すれば口封じで殺されていたに違いない。




破魔矢は、苦汁を舐めながらも指示に従い木原数多を殺害する。

──そう見せかけた。











その後は、初野が芳川に伝えた通り。


そして最終的に木原は殺された──暗部組織『スクール』の手によって。





成り行きとして『天使の涙』、つまり"AIM拡散力場を収束できる物体"を手に入れた彼らは。

アマグモ
それをベースに、死者の残留思念を抽出するアイテム『天雲の雫』を創り出した。





だが……残留思念を拾うに必要なAIM拡散力場はあまりにも膨大だ。


更に例え思念を拾い上げても、
コンタクトを取るには"AIM拡散力場との親和性"が必須であった。








『……私たちが持っていても、しょうがありませんね』





初野の言葉に頷き、破魔矢は息子──介旅初矢に『天雲の雫』を渡した。



そうするのが一番良い、と。
彼らは、"知っていた"から。





『お守り』。


その名で呼ばれた『天雲の雫』は、巻き起こる偶然の連鎖の引き金となる。


全ての歯車はそこで噛み合い、舞台装置が動き出す。







さて。

ここで、今一度宣言しよう。





この惨劇の舞台の中心に立つのは。





電撃使いの少女と、




・・・・・・・
加速装置の少年、だ。








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──その『体質』のきっかけとなったのは、『幻想御手』事件、
その終結時に現れた『幻想猛獣(AIMバースト)』。

そこから派生した影響は、
『幻想御手』のネットワーク上に存在する一万の学生を飲み込んだ。


一万人のAIM拡散力場の塊から発せられた莫大なエネルギーは。

逆流するような形で、持ち主に"AIM拡散力場との親和性"を獲得させる。




そう。




例えば、




『量子変速』の能力をもつ──介旅初矢、などにも。








特殊な『体質』と、『天雲の雫』。




その二つが、物語の謎を解き明かす。







──まずもってして。


あるときは操車場。
あるときは鉄橋の上で。


御坂美琴が介旅初矢の接近に気付かなかった──その時点で何かがおかしかった。



AIM拡散力場によるレーダー。
それが、介旅を捉えることができなかったという時点で。






更に言うならば、滝壺理后が『能力追跡』によるサーチをした時に
介旅を発見できなかったことも、
能力を感知するはずの彼女が介旅の能力で不意討ちを受けたことも不自然だ。



極めつけには、一方通行が放ったAIM拡散力場の弾丸。



街並みを丸ごと壊滅させるような攻撃の直撃を受けてなお、介旅が無傷だったその理由は。




すべては、『天雲の雫』が──時には介旅自身の、ある時は相手のAIM拡散力場を吸収した
……それだけで説明がつく。








そしてもう一つ、特筆すべきこととして。


木原数多の格闘術を介旅が不完全ながらも扱えた──これにも『天雲の雫』が影響している。


何らかの法則が働いたのか、『天雲の雫』が真っ先に拾ったのは木原数多の残留思念だ。
それは"義腕を手にする前に"介旅が、夢の中で木原数多に出会ったことが示している。

一方通行との戦闘が始まった時には、
既に残留思念の木原数多は介旅の動きに微々たる干渉を出来る程度になっていた。

その意思が無謀にも格闘術を真似ようとする介旅の動きを微妙に変え、
見えないところで介旅を助けていたのだ。







木原那由他は、あるいはその現象に気付いていたかもしれない。



否──彼女の能力があって気付かないはずが無い。

それでいて介旅に何も言ってこなかったということは、



(知ってた、っていうのか。全部)


『頭の良いヤツだ。生前に俺の研究成果のほとんどは教え込んであったし、
「木原」の神懸かり的インスピレーションで推測できたんだろうな』


(でも、僕に何も言ってこなかったのは)


『過度な期待をかけないため、だろ。
なるべく自分でどうにかしようと思ったんだ』






頭の中で響く声は、"残留思念"の方なのか"義腕"の木原なのか。

それとも、その両者の区別はそもそも曖昧になっているのか。

介旅には区別がつかなかったし、しようとも思わなかった。
そのどちらも本物の木原ではないし、両方が本物の木原なのだから。


『さて。超能力者である御坂美琴や麦野沈利、
極めつけにゃクソガキの「弾丸」のおかげで十分なAIM拡散力場を確保した。
これでやっと本格的に「天雲の雫」が本格的に稼働できるぜ』



木原の言葉に、介旅は疑問の声すら挟まなかった。


何が起こるか──そんなことは、確認するまでもない。






『天雲の雫』は、用途上AIM拡散力場にある程度干渉する能力を持つ。

AIM拡散力場──言い換えれば、能力者から溢れ出した『自分だけの現実』の欠片へと。

加え、そこから更に能力者の脳まで干渉の幅を拡げれば。

間接的に学園都市中の学生の『自分だけの現実』と演算能力を間借りすることになる。




紐が千切れ、胸ポケットに入っている『お守り』の扱い方を木原数多に
──学園都市最高峰の研究者に委ね。


効力を余す所なく介旅初矢に注いだ結果。









──訪れるのは、ひとつの覚醒。











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羽化、というのが人間にあったなら。




きっとこういう感じなのだろうな、と介旅は漠然と思っていた。





もっとも彼の場合、元からあった才能による『羽化』ではなく
外から与えられた人工的な『変化』の方が正しくはあるが。









その『チカラ』は、不思議と手に馴染んでいた。


外から与えられたモノでありながら、元から彼が手にしていたかの如く。





思いを巡らせれば、傷は塞がった。


怒りを顕にした瞬間、遥か遠方の翼は軽々と切断できた。









そして。



音を超えた速度で近付くはずの垣根は、不思議とゆっくりとした動きで見えていた。




「効かない」



「ッ!!??」



身体に重さはない。


思った通りに四肢は動く。




襲いかかる六枚の翼は軽く指を触れれば、瞬く間に蒸発した。








「何、が、何が起こってる……ッ!?

介旅初矢!!テメェの能力はただの『量子変速』のはずだろうが!!??」



「残念だけど、今は違う」



「ッ!?」




身体の中で渦巻く『チカラ』を完全に発動。



その結果は、即座に目に見える形となって表れる。




ドバッッ!!と、噴出するように。







・・・・・
顕現したのは、蒼く光る翼。











垣根の背中のそれとは異なる、孔雀のように巨大な翼が、静かにはためく。


空気との境目すら曖昧なほどに世界に馴染むその翼を見て、垣根は直感した。


それが己の、どこまでも世界に馴染まない翼とはまるで正反対のものだ──と。





「は、ははは……んだよ、ソイツは」



「言っただろ。今の僕は『量子変速』なんかじゃない──"その先"にいる」



「チッ!!」




介旅の掌から、翼と同じ蒼の光が生じる。



最早躊躇う事すらなく、垣根は復元した翼をもって全力で防御行動に出た。




介旅は小さく笑いながら、腕を振るうと同時に告げる。













「『粒子加速(アクセラレイター)』──それが、今の僕のチカラだ」








直後。



ゴッ!!!!と。
繭のように垣根を包んだ翼──その薄い『膜』を軽々と突き破った光が、
僅かに残る『コーティング』ごと垣根の体を吹き飛ばす。







【反撃―Hero―】Fin.







Next Episode……


【もうひとつの加速装置―Accelerator―】





……投下してから気づきましたけど美琴のレーダーってAIM拡散力場だったっけ……?

ごめんなさい違ったらそこの部分無かった事に(溢れ出る無責任)



結構な独自設定があって受け付けない方もいらっしゃるかもしれませんがこんな考えもあるんだなハハッと鼻で笑ってくださいな


それでは次回(おそらく一週間後)までさようなら

そういえば前にも加速装置って言葉あった気がするけどどっかにあったっけか…

今回の「加速装置の少年」で第一位と名前被らせるんだろうな、でも少し捻るかな?と思ってたらまんまだった
なんとひどい魔改造(多分褒め言葉)
でも加速する力だけなら、その状態でも第一位には結局木原神拳になるのか、不思議パワーのごり押しでいくのか。


美琴のレーダーは電磁波による物だった気が……と思いつつ調べたら
「AIM拡散力場として常に周囲に放出している微弱な電磁波からの反射波を感知することで周囲の空間を把握するなど、レーダーのような機能も有している。」
だった、AIM拡散力場でも電磁波でも正解のようだ

しかし正しい意味でアクセラレイターなwww


1週間(10日)
……誤差の範囲内です。うん


>>122
気付いていただけるとは作者冥利に尽きます。
この設定というか展開は冒頭から考えてました。
加速装置の少年、電撃使いの少女……は確認したら一スレ目の350付近で使っていましたね。
よくもまあここまで延びたものです。
どうやって戦うか……は、まあ後ほどといったところで

>>123
どうもありがとうございます、そんな感じの認識で良かったんですね安心しました



さてでは投下しましょう

麦野が中ボス、一方通行がラスボスなら裏ボスポジションのVS垣根





【もうひとつの加速装置―Accelerator―】






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その現象は恐らくその瞬間、この場にいる誰にも理解できなかっただろう──自分以外には。


一方通行は漸く明瞭な意識を取り戻した頭で思考する。


(『粒子加速』──アイツの言葉の通りなら『量子変速』の発展系か。
元は重力子を加速する能力だが、その本質は『量子そのものの加速』。

『加速』は『速さの変化』に繋がる。
『速さの変化』を掛け合わせれば、それは粒子の『向き』変化を生む。
──表に出るのは差し詰め"全ての粒子、量子を操る能力"ってトコか?)






最小単位での『向き』操作──それはミクロ世界におけるひとつの完成系。

あくまでもマクロの範囲で『向き』を統べる一方通行とは、似て非なる存在。


肉体を再生したのは、その応用。

空気か何かを一度素粒子まで分解してから人体を構成する元素を瞬時に構築し、
欠損部分や血液を補ったのだろう。


(フザケてやがる……比喩表現無しにこの世界を支配するチカラじゃねェか)


一方通行が歯噛みするのには、理由があった。



ミクロの世界を極めた結果、マクロの世界への干渉までもを可能とした『粒子加速』。




それが『一方通行』に比肩する──ばかりでなく、
凌駕さえし得る能力であると気付いてしまったから。








──例えば、の話をしよう。




一方通行と介旅初矢、この二人に対して核爆弾を直撃させたとする。

無論、一方通行は『反射』によって守られその攻撃をものともしないだろう。
意識していれば撃った本人のところへそのまま弾き返せるかもしれない。


対し、この場合において介旅初矢はその上を行く。


『量子』──つまりこの世を構築する最小単位を自在に操作する彼は、
核分裂すら自由に操作し"爆発自体を抑え込む"ことができる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして逆に言えば、何もないところで好きなように核分裂を起こすことも然り。







(場合によっては俺さえ凌駕する能力──認めざるを得ねェな、チクショウ)


宿すのは果てしなく強大な力。
それでいて、一方通行とは違いそれを守るために使える介旅。



完璧に負けた、と一方通行は失笑を漏らす。



そして同時、彼は思う。





──負けたなら負けたなりに、対価を支払うのが礼儀だろう──と。






(……とはいえ。垣根をここで倒せなけりゃそこまでだ。
『この世を支配するチカラ』は『未元物質』には相性が悪ィと思うが……頼むぞ、ヒーロー)


心中で呟くと同時、数十メートルも吹き飛ばされた垣根が再び姿を現す。

派手に飛ばされた割には目立った外傷はなく、能力にも不調は見られない。


待ち構えていた介旅と垣根が、再び相対する。

ピリピリとした緊張感を肌に感じながら、
一方通行はろくに動かない脚でゆっくりと立ち上がった。






「……ったく。ガラじゃねェ」


『反射』以外まともに使えない今の自分では、戦いに切り込む事は出来ない。
だからその目的は、垣根に攻撃を加えることではない。

木原那由他、御坂美琴、芳川桔梗。

およそこの場において戦闘の余波に巻き込まれかねない人間達を集めるため、
一方通行は行動を開始する。



──自分に守るチカラが無いとしても、『盾』としての機能くらいなら果たせるはずだ。








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──────────



「何だ、全然平気そうじゃないか。
殺したら後味悪いから手加減したんだけど仇になったな」


想定よりも浅い傷で復帰してきた垣根を見て、介旅は思わず冷や汗を流していた。

言葉の半分は本当で、半分は虚栄だ。

即ち"手加減した"わけではないが、選択が"仇になった"のは確かである。

・・・・・・・・・
(ちくしょう……気付かないでくれると有り難いけど)

「ヘマした、って顔だな。分かってるぜ。

"解析は終わりきってねえ"が、お前が何をしたのかぐらいはさっきので把握した」

「っ……やっぱり、そういうわけにも行かないか……っ!!」








ダン!!!!と介旅は地面を蹴り、垣根の懐へと潜り込む。


場慣れしない非効率な動作。
だが世界を支配する『粒子加速』の能力は、その動きを極限まで高めた。


音速の五倍。

『超電磁砲』を走って追い抜く程の速度は、
ただの下手な足運びすらも戦車を吹き飛ばす兵器へと変貌させる。


ゴッギィィィィィ!!という音が聞こえた頃には、既に介旅は七発の拳を放っていた。

撒き散らされた衝撃波が足元の砂利を散弾のように弾き飛ばす。


それが示すのは、介旅か手にした圧倒的なまでの力──だけではない。


一撃では決まらず、最低でも七度に渡る攻防。
つまりそこで起こっているのは、互角に近い戦い。






「速度はある。大した能力だ。
だが肝心の使用者がコレじゃあな。俺なら追い付けるぞ!!」

「ク、ソ……!!」


実際に攻撃を放っているのは介旅だけで、
垣根は腕の『コーティング』でそれを防いでいるに過ぎない。

だがそれでも、介旅は苦戦していると言うしかなかった。


介旅の攻撃が『コーティング』で防げているという事実。


それが垣根に更なる"判断材料"を与えてしまう。





「『コーティング』は一種類ってわけじゃねえ。
普段張ってるのは時間かけて作ったマルチな性能のモノだが、
必要な機能だけのものなら即座に展開できる。
今利用してるのは『対衝撃』──わざと『砕ける』ことで物理的な衝撃を無効化する」

「……『粒子加速』がただの力押し能力だとでも?」

「もちろんそこまでナメてかかってはいねぇよ。
だがそれでも『穴』はある」


言葉を聞き終わるまでもなく、介旅は返事の代わりに能力を発動する。

陽子を操作。
ごく小規模の高電離気体が、瞬きする間もなく生成される。


「ッ!!」

「当たれ……っ!!」


刹那、閃光が炸裂した。

ミニチュアサイズとはいえプラズマはプラズマ。
その威力は並の爆弾を遥かに凌駕する。


垣根の『コーティング』も、対衝撃用では莫大な熱量に耐えられない。
咄嗟に避けた彼の袖を、ギリギリで躱されたプラズマが焼き焦がす。





形だけ見れば、それは介旅の優勢であった。

だが違う。

今の一撃が『コーティング』を貫通したことは喜べることではない。

むしろ今の一撃を避けられ、次へと繋げられたことは致命的なミスだった。


「やっぱり、か。大体掴めてきたぞ、テメェの能力」

「ッ──」

「力押しじゃねぇ、って言ったな。アレはむしろ逆だ。

テメェのソレは、"力押しには向かない"能力だろ」

「く、そ──っ」


「第四位と同じ。力が弱いってわけじゃねぇ、むしろ高性能すぎるが故の欠点だな。
恐らく『素粒子一つ一つを操作する』能力か。
細かい作業には向いてるが、
だからこそ『まとまった量の』物理現象を引き起こすことが難しいんだろ」







会話の合間にも、介旅は次々と多種多様な攻撃を仕掛けている。

王水の生成、絶対零度の冷気、ごく小規模の核爆発──
その全ては垣根の『コーティング』を越し、何らかの形で彼にダメージを与えてはいた。

だが。

最早コレは、介旅の攻撃ではない。

明らかな詰みに向かう盤上で、そこに至るまでを引き伸ばすだけの悪あがきだ。


「俺が一番警戒してた、真空状態や毒物なんかでの『辺り一帯への範囲攻撃』も無理だろ?
……まあ、どっちにせよ後ろの連中を巻き込むような攻撃は放てねぇだろうが。

それでも力押しが出来ねぇってワケじゃないが、苦手なことに違いはねぇ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何故ならお前は、『コーティング』を単純な力押しで突破出来てねぇ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それより遥かに強靭な翼を破壊できたのに、な」

「は、は──参ったな。そこまで読まれてたか」


「翼を破壊できるのに、『コーティング』を破壊できないワケがある。
言っちまえばそれは『純粋な未元物質』である翼と
『未元物質の加工物』である『コーティング』との差だ」







ガギンッッ!!!!と。

牽制に放った拳が、真正面から突き出された拳と激突し弾かれる。


「単純なことだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
要はお前は『未元物質』にこの世界の素粒子を結合させて、もっと脆い物質に変換した
──ただそれだけのことだろ」

「……これ、は。予想以上に、ヤバいかな」


『未元物質』はこの世に存在しない物質だが、
だからといってこの世の法則に干渉されないわけではない。

散った羽が地面に落ちるということは重力には引かれているし、
『コーティング』は何かを利用して『未元物質』を変質させて作っているようだ。

介旅はそこに存在する隙を突き、『原子崩し』でも破壊することが困難な『未元物質』を
『少し動かすだけで壊れてしまうほど脆い物質』に変質させていたのだが、


「"既に変質しちまってる"『コーティング』に関してはお前は干渉出来なかった。
フッ素の化合物をそれ以上化学変化させるのが難しいのと似たような理屈だな。
『コーティング』は作られた時点で相当安定した物質になっちまってるってワケだ」

「タネ明かしご苦労様。だけど、どうするつもりだ?
それが分かったところでお前が不利なことに変わりはないと思うけど」


「さぁな。試してみるか?」






冷や汗をかきながらも嘯く介旅に、余裕の表情で応じる垣根。


その顔から危険の色を読み取り、介旅は殆ど直感で拳に蒼色の光を用意する。




直後だった。

斬!!と振るわれた翼が。






反射的に放たれた蒼の光をものともせず、介旅の右半身を抉りとる。










「ッ──が、あああああァァァァっ!!??」

「俺の翼は飾りじゃねぇぞ、ボケ。
何のために今まで攻撃に使わなかったと思ってる?
月光、空気、温度。
ここにある様々な条件を利用して『加工』してたからに決まってんだろ」


予測はしていたことだった。

しかし、軌道を逸らすことすらかなわないとは思っていなかった。


本来ならば絶望的な致命傷を瞬時に治癒しようと、介旅は静かに息を吐く。



否。



息を吐く暇は、なかった。





ぞぐん!!という寒気に従い、介旅は左足だけで大きく後ろに跳び退く。

瞬間、彼の眼前を白濁した翼が通過していった。


「再生の暇? 与えねぇよそんなモンは」


ドン!!!と、音速以上で接近する垣根は未だ動かしていない四枚の翼を同時に振るう。

全快の状態ならば、その数倍の速度で動ける介旅にしてみれば取るに足らない攻撃だった。

だが今の彼は、身体の錬成に殆どの力を割いてしまっている。
全力を出すのは到底難しい状態だ。

能力の大部分をAIM拡散力場とそこに連なる180万の脳に預けている今、
例え脳が潰されたところで再生はできる。



しかしながら逆に言ってしまえば、それを統制する『天雲の雫』を失った場合。

致命傷を負った彼に待つのは、明確な死のみだ。







「ッ──おおおおォォォォ!!?」


考える暇もなく、介旅はとにかく生命の危機を逃れるため、余力のないまま能力を行使。

操るのは元来操作を得意とする重力子。

『重力を伝える粒子』を操ることで間接的に重力に干渉し、周囲の重力にムラを作る。


「チッ──まだそんな隠し玉があったか!!」


平衡感覚を騙すことで狙いを外され、悔しそうに呻く垣根。

結果として四枚の翼は、介旅にすんでのところで当たらない。





稼いだ僅かな時間で、光の操作で目眩ましでもすれば良かったかと今更考えながら、
こぼれ落ちそうな内臓を押さえるように右半身を再生する。

不意討ち気味の一連の攻撃は凌いだ。

そのことに胸を撫で下ろしながらも、未だ不利なことに変わりはない、と歯軋りする。


「……次からは喰らわない。スピードでいえば僕が上だ」

「だがお前は俺に決定打を浴びせられない。
おまけに、翼を利用する俺の手数はお前よりも多いぜ。
強がるのはいいが、無駄に終わるってだけ言っとくかな」

「痛いところを突くな……確かにそうかもしれない、今のところは」

「あ?」






限定的な台詞に何かを感じ取ったのか、
余裕を見せていた垣根の目が鋭く光る。

──まだだ。まだ早い──


「自分の能力についてベラベラと語ってくれるからな、考える手間が省けて助かるよ。
おかげで、ある程度の対策を練ることが出来る……自分にも耳が痛い話だけどな」


磁力の操作で義腕を封じられたことを思い出し、介旅は小さく笑う。

戦いとは、盤上の合戦と似たようなものなのだろう。

追い詰めているように見え、いつの間にか逆に追い詰められる。
小さな無駄が、取るに足らないと一笑に付した行動が、最終的に自分に襲いかかる。

伯仲した者同士の戦いはきっと、そういうものなのだ。


もっとも。

力が強大である故に、伯仲する相手を持たなかった者達には分かっていなかっただろうが。






「何が言いてぇ」

「無駄に喋りすぎなんだよ。
僕が知らない『未元物質』の特性を教えてくれてるのはお前自身だ。
その無駄口が僕を助けてくれてるのさ」

「……死ぬまでの時間稼ぎは終わったか。
テメェとの会話に何の意味も見い出せねぇ。そろそろブチ殺すぞ」

「ああ──確かに『時間稼ぎ』は終わったよ」


垣根にはきっと、さっきまでの会話がただ死ぬまでの時間を引き延ばす、
見苦しいものに聞こえていたのだろう。

その予想は半分も当たっていない。

時間稼ぎが必要だったのは確かだが、それは死ぬまでの、ではない。







「──、待てよ。言葉に矛盾が見られる。
無駄口を叩くなと言っておきながら、自分からこの会話を延ばす意思があるな。
……まさか。お前、何を企んでる……っ!?」

「ありがとう、こっちの会話に乗ってくれて。
さっきそのまま攻め続けられてたら、勝算は絶望的だったんだ。
だから──ありがとう。お礼に、手痛い反撃を見せてやる」

「ッ!?」


漸く。

その語気を感じて漸く、垣根は焦りを覚えたらしかった。

驚愕に彩られたその表情を作り出すのは、単なる憶測ではない。

根拠ある推測。

"その可能性"に思い至ったが故の恐怖と焦燥。


だが。

もう、遅い。




言われないと気付けなかった、その時点で彼は取り返しがつかないほど遅れている。



会話に乗り圧倒的優位を覆された彼は、御伽噺の兔も同然。







「させ、るか……っ!!」

「残念。もう10秒前に気付いてれば分からなかったけどな」


振り下ろされる垣根の翼。

僅か数秒前まで絶大な恐怖だったその一撃に対し、介旅の反応は微々たるものだった。

即ち、蒼から紅へと色を変えた翼──それと同色の光を纏った拳を振るい、
『未元物質』の翼を粉々に消し飛ばす。






「な、っ……」


「これで、僕の勝ちだ」



・・・・・・・・・・・
紅の光の正体は、この世に存在しない物質。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
より正確には、今まで存在しなかった性質を利用するため強引に作り上げた物質、だ。


垣根の翼は度重なる『加工』により、それ以上の変化をしない状態になっていた。
そしてその状態ならば、『原子崩し』を受け切る強度に対し介旅では為す術も無い。

だが。
『加工』など所詮は、"既にこの世にある現象"を利用して行ったに過ぎない。

介旅の『粒子加速』は確かに"この世の構成要素を操る"タイプのものだが、
その結果として生まれるものが既知のものでなくてはならないという制約はない。


つまりは時間さえあれば、垣根の『加工』を解析し、
『加工』された翼を上書きするように脆く変質させることもできる。





「翼は飾りじゃない、って言ってたな。奇遇だけど僕もだよ」


介旅は紅の翼から枝分かれした一部分を弓のように引き絞り、


「『加工』後の翼を打ち破ったんだ。
当然、『コーティング』も貫通する。対処しようとするだけ無駄だ」

「っ──」


隙を与えることはしない。

ただ一直線に、紅の翼を突き出す。


垣根も対抗するように翼を突き出したが、結果は見えていることだった。




ゴッ──!!と、空気の爆ぜる音が鳴り響く。



紅の翼には確かに宣言通り、垣根の『コーティング』を打ち破る力を持っていた。
衝突の余波で散った紅の光が触れただけで、垣根の肌の表面付近に細かい亀裂が入る。







けれど。




それでも、





「っっ……!?」

「何を、驚くことがある。
俺の翼は六枚あるんだ。それぞれに違う『加工』を施す事だって不可能じゃねぇ」



何が起こったのか、何故起こったのか。


全ては、垣根の言葉が物語っている。




介旅の翼は垣根の翼に阻まれ、そこで動きを止めてしまった。


結果としては、それが全てだ。





より正確に言うならば。

紅の翼は、防御に出た垣根の翼を三枚まで破壊することに成功していた。
種類の違う『加工』を施しても、紅の翼に対抗できたのは残る三枚のみだったのだ。


だがそもそも、一枚でも残れば強度で劣る介旅に打つ手はない。

垣根の新たな翼を解析しその弱点を突くには時間がかかりすぎる。
それだけの時間を、垣根が待ってくれるとは思えなかった。


「……ちくしょう」

「認めてやるよ、『粒子加速』──そいつは大した能力だ。
だからまぁ、悔いずに死ね。俺に焦りを覚えさせた、それだけで僥倖だよ」


垣根は軽く翼を降って紅の翼を散らすと、その鋭利な先端で介旅の左胸を狙う。


心臓を、ではない。


胸ポケットを。


その中にある、今の介旅の能力の『核』となる『天雲の雫』を。





介旅の本来のポテンシャルは所詮、凡百な異能力者程度でしかない。
垣根とまともに戦うためにはどうしても、『天雲の雫』による補助がなくてはならない。


また、頭を吹き飛ばそうが心臓を刺し貫こうが、『粒子加速』があれば即座に再生できる。

『核』が脳の外にある以上、演算の中心となるはずの脳を破壊したとしても無駄だ。

逆に言えば、『天雲の雫』さえ破壊できればその再生能力は無に帰す。


偶然ではない。

明らかにこの男は、それに気付いて『天雲の雫』を狙っていた。

『天雲の雫』の性質を完全に理解できてはいないだろうが、
恐らく『AIM拡散力場か何かに干渉し能力を補助する機構』だという検討は付いている。

そしてそこまで理解されていれば、事実上完全に理解されているのと変わらない。







「終わりだ」




突き出される羽根は音をも置き去りにする。

介旅の速度の前ではその速度も霞むが、それでもいずれ避け切れなくなるのは自明だった。



二度、三度の攻防の末、守りの薄くなった一瞬を突いて再び垣根の羽根が繰り出される。


ガードに出た紅の翼は、薄い膜程度の働きも見せない。



獰猛に笑う垣根はそのまま胸へと翼を振るい、






──その瞬間。

彼は確かに、"それ"を見た。





介旅の背中。



孔雀のように大きな、およそ戦闘には不便と見える翼。


──その表面に浮かぶ、電子回路のような複雑な模様を──。






(っ──!?
『翼』から枝分かれさせた羽根で攻撃してくるからおかしいとは思ったが──
まさか──アレの本質は武器じゃない……っ!?)


背後の羽根は自由自在に姿を変える巨大な演算装置。

攻撃に使われていたのは、その余力分程度でしかなかった。

だとすれば。



(く、そ──能力の核は確かにAIM拡散力場だが、演算の核は連なった個々の脳じゃねえ!!
演算能力上昇のためにそっちの『翼』に演算を任せた訳か!?
だとすると、マズイ──もう演算を終えててもおかしくねえ時間が経ってる……っ!!)


「気付いた、よな」


「クソ……っ!!」


「さて、いたちごっこの始まりだ。
小細工は通用しない。真っ向からの勝負をしよう──第二位さん」






ゴッ!!と。

噴出したのは、翠の翼。

あたかもそれが当然かのように、翼は垣根のそれを完璧に凌ぎ切り──破壊する。


対する垣根も、そのまま薙ぎ払われはしない。

吹き飛ばされた翼を瞬く間もなく再生、
介旅の攻撃すらも材料に使い新たな『加工』を組み上げる。


ガギャギギギギギギィィン!!!!と、破壊の音が継続した。


介旅の翼は翠から紫へ、それから黄金色へ。


垣根はそれに合わせるように次々と明度の違う翼を組み上げ、
破壊し、破壊され、再生を繰り返す。







間違いなく学園都市最強クラスに位置する二人の戦い。

その実態は、見た目通りの単純な削り合いではない。


受けきれない攻撃を回避し、防御を貫く攻撃を放つ。

相手の演算を少しでも遅らせるため攻撃の手は休めず、相手を上回る速度の演算をする。


派手な見た目のその実、行われているのはハッキングにも似た頭脳の勝負。

あるいは互いの尾を喰い合う、二匹の蛇にでも例えようか。

喰うことを止めれば喰われる。
結果が見えずとも、喰い続けねばならない。

いつか天秤はどちらかに傾く。
ただその瞬間まで、結果がどちらなのかは誰にも予測できない。







激突するは『再生』の象徴。

『破壊』を失った今、その結末は何処へと向かうのか。


双方の手数は無限ではない。

それは早くも、訪れようとしていた──。






眠気に勝てなくてかなり区切りが雑になっています。申し訳ない

「とでも思ってんだろうが」を戦闘にそのままだすとこんな感じになるんじゃないかと思った次第であります
垣根と介旅、というか『未元物質』と『粒子加速』はお互いにすごく相性が悪いので単純なガチンコっぽさは無くなってしまいます

また日が空いてしまい申し訳ないです_(・ω・`」∠)_

レスどうもです、毎度参考と励みにさせて頂いています



それでは今日ものらりくらりと投下





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「……、ありがとう」

「あーくん……戻ってきて、くれたんだね」

「ふふ。やっぱり君には、こっちの方が似合ってるわね」

「単に気まぐれでやってるだけだ。
何かを言われる筋合いは無ェ」


三者三様のリアクションを背後に受けながら、一方通行は垣根と介旅の衝突を見ていた。

彼らに過度な緊張感が見られないのは、単純に攻防が速すぎて"見えない"からだろう。


だが、一方通行は違う。

『破壊』のみならず『観測』にも長ける彼は戦況を冷静に見極め、
その上でこう断定する。


(……ッ……介旅の方が、僅かに遅れてる……)






それは単なる演算能力の問題ではないだろう。
むしろ純粋にそこだけを見れば、180万の脳を借りる介旅が優っている方が自然だ。

しかし外部に演算を任せている分、生身の脳を使う垣根相手にはどうしても初動が遅れる。

本来気に留める必要もないほどの小さな誤差が、
この戦闘に限っては大きな要因になるのだ。


弾け飛んだ『未元物質』や『粒子加速』の翼の欠片を軽く跳ね除けながら、
一方通行は歯噛みする。

自分が満足に能力を使えるようになるまでは、しばらくの時間がかかる。

それまで介旅が持ち堪えるようには見えないし、
例え能力が回復しようとも満足に動けない体でどこまで戦えるか。






戦っている間に三人を逃がす──というのも無茶な話だ。


垣根がそちらを優先して狙った場合には食い止めることができない上、
暗部の追手がほぼ確実に控えているだろう。

美琴ならばある程度は戦えるだろうが、
戦闘不能の那由他と研究職の芳川を連れて逃げられるとは思えない。




(……オマエに、賭けるしかねェ。
やってみろよ『ヒーロー』……っ!俺に勝ったのと同じよォに!
逆境だろうが何だろうが、乗り越えてみせろよ……っ!!)









願いの如何に関わらず、攻防は終局を迎える。





灰白色の『未元物質』が緋色の翼を破壊し尽くし、
体勢を崩した介旅に白の刃が殺到する──。








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その瞬間。


垣根帝督は絶対的有利にありながら、勝利を確信してはいなかった。


それは演算や観察で導き出した答えではない。

ただの勘。

気を抜いてはならない──そういう直感が、垣根に未だ警戒を解かせない。


──コイツは、この程度の単純な押し合いで負けるようなタマじゃない。


負けるような押し合いを、最後まで続ける間抜けではない。


何かの策がある。
垣根はそう確信していた。

そして、確信していたからこそ。
介旅の次の動きは予想外ではありながらも、想定外ではなかった。







──そう。



──彼の背から煌めいた虹色の翼が、『未元物質』の翼を粉々に打ち破ったことすらも──。







(……面白ぇ。単純な追いかけ合いで俺に勝てないと分かった上で、
あらかじめ用意していたゴール
──その虹色の翼に砕かれてしまう性質の『翼』を作らせるように調整したって訳か)


恐らくあの虹色の翼は、元々"トドメを刺すために"用意されていた、"対応範囲の広い"翼。

ここまでの攻防は、垣根の全ての翼が
『虹色の翼で破壊される』性質を持つように揃えるための下準備だったのだ。


「参ったな。『加工』は俺の意思で行ったと思ってたんだが……
まさか、どういう『加工』をするかまでテメェに誘導されてたとは。
俺はずっと掌の上で踊らされてたってことか、チクショウが」


虹色の翼を羽撃かせ、懐へと飛び込んでくる介旅を見ながら。

既に翼による迎撃も回避も不可能なほどに接近した彼を正面から見据えながら。

垣根はそう前置きし──その上で、告げる。




・・
「だが。それでも、勝つのは俺だ」








「ッ──!!」


介旅の眼が、驚愕に見開かれる。

当然といえば、当然だろう。

眼前に広がるのは、破壊し尽くした筈の『未元物質』の翼。

・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
垣根の背中側から、彼の脇腹を抉る形で直線に突き出された刃の先端。


介旅の虹色の翼を見た時点で、
破壊されると分かった翼の一本を自切し攻撃手段を確保していたのだ。

あるいは、背中の後ろに隠されたそれが体の外側から回り込んでくるのなら。
介旅はその一撃を避けた上で、攻撃を続行できたかもしれない。

だが。

繰り出されたのは、最短距離での刺突。

脚力だけでなく翼の起こす衝撃波までも使って速度に乗った介旅は、
だからこそ真正面からのその攻撃に対する対処が遅れてしまう。








「お、」


それでも、介旅の速さがあればそれを避ける事は出来たし、
虹色の翼で破壊することも容易ではあった。

少なくとも、欠損すれば死なずとも致命的な隙を作ってしまう心臓と肺、
能力の鍵の『天雲の雫』だけならば避けた上で攻撃を続行することもできた。

しかし。
その回避や防御に使う一瞬が、垣根にとっては十分すぎる時間となる。

不意を打った特攻に出ている介旅は反撃により攻撃を中断せざるを得なくなり、
結果として不利な削り合いの戦闘に引き戻されてしまう。

そうなれば、あとは微妙に演算が遅れる介旅の敗北は確定的なものだ。



よって。


介旅は、刃の先が正確に『天雲の雫』を狙っていると分かっていながらも。


速度を落とさずに、そのまま拳を突き出す。


「おおおおおおおォォォォォっっっっっっ!!!!!」


「ハッ──そう来なくっちゃなぁ!!!!」






垣根は高らかに嗤う。

『天雲の雫』の耐久度は恐らく、大して高くはない。
『未元物質』の刃ならば軽くぶつけるだけで破壊できる。

『天雲の雫』の消失は、そのまま『粒子加速』の消失となる。

あとはそのままの勢いで心臓でも貫いてやれば終わりだ。



……一方で。

追い込まれているのは、実は垣根の方でもあった。

素粒子を操れる介旅の手に少しでも触れれば、
純粋な人間である垣根帝督は『分解』され、跡形もなく消え去ることとなる。

もちろん『コーティング』は為す術なく破り捨てられるから頼りにすることはできない。

一度迎え撃つ姿勢を取った以上、介旅の拳を避ける事も難しい。




つまりは。

ここで、雌雄が決する。




介旅の拳と垣根の翼。

結果は単純にして明快。
一瞬でも早く届かせた者が、勝者だ。








「──救って見せる!! 美琴も、『妹達』も、一方通行も──何もかもを!!!!」





「やれるモンならやってみろ!! 代わりに教えてやる──絶望の味を!!!!」











──もしかすると。

この二人は、どこか似ているのかもしれない、と。


美琴はふと、とりとめもない思いに至っていた。


ある意味では、その推論は正しかったといっていいかもしれない。


共に『世界の法則』を内包する能力。

同時に『再生』の象徴でもあり、『翼』の形を成す。


そして。

──彼らは互いに、大切な少女のために闘っていたのだから。






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──────



──その昔。


一人の少女がいた。


垣根帝督の親友でありながら、想い人でもあった少女が。


垣根が愛したのは、その瞳。


『置き去り』の中で特別な能力を認められず、劣悪な環境に身を置いていようとも。
なおも希望の光を宿し続けた、その美しく澄んだ瞳。


いつかそこから救い出す。


幼い垣根は、心に強く決め。








──そして、その儚き想いは粉々に打ち砕かれる。










少女が触れた『もう一つの法則』。


その力は少女自身へと牙を剥き、その心を叩き壊した。


一命は取り留めた──その判断すら怪しかった。


物言わぬ機械に接続された肉体に、命はあるのか。


少女──否、"少女だったもの"に再会した垣根は、やがて決意する。




──この歪んだ世界を。



──正しいはずの少女が失われてしまうようなこの歪んだ世界を、ブチ壊してやる。










少女のヒーローになる筈だった垣根は、そこで取り返しがつかないほど間違えてしまった。




一度間違えた少年は坂道を転がり落ちるように、止まらずに間違え続ける。




もはや自分の原初に何があったのかを、忘れてしまうほどに──。











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──あるいは。


二人の勝敗を分けた要因は、それだったのかもしれない。


片や少女を救えなかった英雄。

失敗したヒーロー。


片や少女を救うために闘う英雄。

力が無いことを認め、それでもヒーローに縋り付こうとする存在。



──決着は、一瞬だった。







「──っ、」




介旅の拳は、『コーティング』を破り垣根の体へと衝撃波を伝えていた。


音速の数倍の速度から生み出される衝撃波は並の兵器をも上回る。

内臓を無茶苦茶に傷付けられた垣根の口から、決して少なくない量の血液が流れ出た。



ごぼり、と。


・・・・・・・・・・・・・・・
粘着質の液体を口に含んだまま。それでも彼は、引き裂くように笑う。





「……何が、『ヒーロー』だ。見ろ、これが現実だ!!
善意? 正義? んなモンは全部、俺みてぇな人間に踏み潰されていくんだよ……ッ!!」



垣根の視線の先には、介旅初矢。


少女を救う『ヒーロー』。


ある意味では垣根のなるはずだった姿で。


ある意味では垣根の憎む対象の少年。




その、左胸に。





真っ直ぐに、白の刃が突き立っていた。








そう。



『コーティング』は破壊された。



内臓のいくつかが破裂しているかもしれない。



けれど、それでも。




介旅の拳は、垣根には届かなかった。



ただ、それだけの話。









勢いを失った拳が、垣根の胸の中心──翠のアクセサリーに軽くぶつかる。

その腕を軽く払い除けると、垣根は改めて介旅に向かい合う。


「……『翼』はまだ原型を留めてるな。
演算装置として機能する以上、そいつを使えば身体の修復程度ならどうにかなるか?
まあ、どっちにしろ逆転の目は無ぇけどな」

「が、ァっ……」

「どうせ、もう『翼』の性質を変えるだけの演算は出来ねえ。
何なら、再生が終わるまで猶予でもやろうか」


ゆっくりとした動作で白の翼を引き抜く。

同時に煙が上がりはじめ、傷の再生が行われた。


だが、その速度は先程までの比ではない。

最早介旅に残されている力は、その程度しかなかった。


今はまだ辛うじて繋ぎとめている力も、そう長くしないうちに拡散してしまうだろう。







「……、介旅……」


確認するまでもなく、分かっていた。





──だから。


──垣根には、"それ"が全く理解できなかった。





「……そう、よね。アンタはずっと、そうだった。
一緒にいたのは短い間だったけど、それでも分かる。

──自分の力が足りないのは分かってて、だから人の力を借りる──けど。
一番大事なところは、いつもアンタ自身の力で乗り越えてきた」



御坂美琴が。


自分が死に、介旅も死んで、『妹達』も殺される。


その悲劇的な未来を知っているはずの美琴が、何故。


「……訳が、分からねえ。
何でだ、『超電磁砲』。

──何でテメェは、そんなに笑ってられる……っ!?」



──芳川桔梗も一方通行も唇を噛み絶望するしかないこの状況で。


──何故ここで、最も『闇』を知らなかったはずの少女だけが微笑んでいられるのだ──?






「何で、って。
それこそ今更な質問よね、第二位さん」

「……何だ? 絶望しすぎて狂ったとでも言いてえのか」

「違うわよ。私は──それに、『この子』も──」



美琴は落ち着き払った様子で、弱々しく
──それでも同じように笑う那由他を軽く抱き起こし。


垣根を強く見据え、そして言う。






「──信じてるから。『ヒーロー』を」








わら
何を、と垣根は嘲笑おうとした。


その『ヒーロー』とやらは、もう死に体だ。


なのに。


口元が引き攣った。


自分が嫌悪し見下していたはずの存在に、恐怖を覚えている。
その真実に思い至ることは、垣根にとって不可能に近かったかもしれない。


じゃり……、と、小さな音がした。


探るまでもなく、出処は目の前。








「まだ、だ」



再生はしたといえ、今しがた心臓を貫かれたばかりの体で。


弱々しくも力強く、地面を掴む介旅初矢。


その姿を指し示すのは、『ヒーロー』という単語しか無かったかもしれない。



目の前の少年はそれほどまでに英雄で。



それほどまでに強い芯を持っていた。








「……ふざけ、るな……」


「まだ、僕は負けてない」


「ふ、ざけんじゃねぇっ……!!!!」




形振りなど、構っていられなかった。


もうそんなものはどうでもいい。


早く。


早く目の前のゴミを消し去らなければ──!!








「──あああああァァァァァッ!!!!」



ゴッ!!と、気づいた時には蹴り上げた反動があった。


無意識の内の拒絶が、起き上がろうとしていた介旅の顎を蹴り飛ばしていたらしい。


唇から更なる血を流しながら、細身の体が地面を転がる。


平静を崩されたことを苦く思いながらも、
反撃すら来なかったことを見て垣根は多少の落ち着きを取り戻した。




「は、ははっ──粋がっても無駄だ。
能力の源をぶち壊されたんだからな。
残滓の『翼』だけでも並の能力者は圧倒するだろうが、俺には到底及ばねえ」


「──、そんなに、イヤか?」


「……、あ?」


「『ヒーロー』って単語が、そんなに嫌いか?」


「──ッッ!!!!」



この後に及んで流れるような──ともすれば挑発とも取れるような口調に。


垣根は額に青筋を浮かべながら、無言で『未元物質』の翼を展開する。


対する介旅は今度こそゆっくりと起き上がると、
その鋭利な先端を恐れもしないような様子で──穏やかに、口を開く。





「──気分がいいモンだよ。『ヒーロー』になるってのはさ」








「……哀れだな、全く。その『ヒーロー』になれずに死んでいく『なり損ない』が」



垣根はそこで、会話を切った。


それ以上会話を続けることに、意義は無いと判断した。


『未元物質』の翼が弓のようにしなり、最後の一撃が放たれる。




「今度こそ。本当に今度こそ、これで終わりだ。
眠れ、『なり損ない』。ここでテメェはゲームオーバーだよ」



振るわれた翼は、音をも巻き込み。





ドン!!!!と。


ひとつの小さな爆音が、操車場に響き渡る。







────────────────────────
──────────────
────────


・・・
その結末を見届けていたのは、彼女達だけだった。


悲観するように顔を覆う芳川も。


覚悟するように目を瞑る一方通行も。


絶望するように俯くミサカも。



あるいは──垣根帝督、本人でさえも。

決着の瞬間を認知することは、適わなかったかもしれない。






その、代弁をするかのように。





最後の瞬間まで介旅初矢を信じ。
最後の瞬間まで『ヒーロー』を見詰め続けた少女は告げる。





・・・・・・・ ・・・・
「──アンタの負けよ、垣根帝督」



息を呑む音が、聞こえた。


見開かれた視線が、次々と垣根へと注がれる。


その先。


垣根提督は。



『未元物質』を携える第二位の少年は、何かを馬鹿にするように笑い、歪めた口を開く。




否。


開こうと、した。







「ご、ぼっ……?」



言葉の代わりにこぼれたのは、赤黒い塊。

・・・・・・・・・・・・・・・
焼け爛れるような傷を胸に負った少年は、
端正な顔を血で汚しながらゆっくりと沈んでいく。


訳が分からない、といった表情を浮かべる垣根を見詰めながら、美琴は言葉を続ける。



「『量子変速』……別に、知らなかった訳じゃないでしょ?
ただ、アンタは『粒子加速』の方に気を取られて、介旅の本来の力を甘く見てた。

……それが、アンタの敗因よ」


「がっ、は……、あ、……っ!?」


それを聞いて漸く、垣根は自分の身に何が起こったのかを察する。


彼の胸元で、炸裂したのは。

・・・・・・・・
翠色のネックレス。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
構成元素としてアルミニウム原子を含む鉱石、エメラルド。



何が起こったのか──答えは、単純明快。

介旅の『量子変速』が、傷を負った垣根に追い討ちをかける形で炸裂したのだ。


目の前で小さく笑う介旅の笑みが、苛立たしいほど鮮明に瞼に焼き付く。







『天雲の雫』を打ち破ったとしても、
介旅の本来の『量子変速』が消えたことにはならない。


そしてそれだけの力があれば、『ヒーロー』の逆転には十分すぎるほどの力となる。


垣根は、そこを見誤っていた。


『粒子加速』に競り勝った時点で、勝ったと確信してしまった。

最後の最後で、詰めを怠った。



それが、敗因。


彼は『ヒーロー』を忌み嫌うが故に、その力を軽視しすぎたのだ。







「お、れ゙は──」


「……お前がなんで『ヒーロー』を憎むのかも、
過去に何があったのかも、知らない。

お前の言う通り、僕はヒーローの『なり損ない』なのかもしれない」



何かを言いかけた垣根の膝が、地面を衝く。


介旅の眼前で停止していた『未元物質』の翼が、揺らめきながら静かに消失した。


伝わるかどうかは特に考えず、見方によっては自分に言い聞かせるように。

力の抜けつつある体で、介旅は言葉を投げる。







「──でも。少なくとも、『ヒーロー』に勝手に絶望してる奴なんかに。
努力する事も放棄して、自分から『ヒーロー』に『なり損なった』奴なんかに。

──僕は、負けないよ」









それが、最後の言葉となった。



垣根が倒れるのを見届けると同時、介旅の『翼』が空気に溶けるように消え去る。

続くように、その体が地面へと倒れ込む。


──その直前、揺れる体を支えた暖かな感触に、彼は小さく目を細めた。


「────、」


何かの声を聞いた、気がした。


そちらに意識を割く間もなく、純白の優しい光が彼の眼前を包み込む。








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「──本当に、良かったのか? 木原さん」


『何がだ』


「『粒子加速』を使えば、ヒトの体をゼロから作る事だって出来た。
アンタの精神を移植すれば、擬似的に『生き返る』のだって不可能じゃ──」


『必要ねぇな。この"俺"はただの残骸。
そんなことをしたって、出来上がるのは"木原数多の模造品"でしかねぇよ』


「……でも。アイツや那由他ちゃんだって、アンタに会いたいハズじゃ……」


『それこそ何の意味がある?
あのガキは俺の死を乗り越えなきゃならねぇ。
俺の存在に気付いていながら表に出さなかった那由他は、とっくに乗り越えてる。
もう、死人の出る幕なんざどこにもねぇんだよ』







「……納得、できないけど。
まあ今更どうこうできるものでもないか」


『右半身が吹き飛ばされた時、一緒に義腕も失くなった。
今「天雲の雫」側に統合されてる意識も、じきに霧散しちまうだろ』


「……怖く、ないのか?
それはつまり、また……『死ぬ』って、ことだろ」


『だから言ったろ、俺は死人。
今更死を恐れるも何もねぇさ』


「……そっか」





──それから二人は、とりとめもない会話を二言、三言とした。


共に過ごした時間はほんの僅かだったが、介旅は彼──木原数多のことを、心の底から気に入っていた。




ややあって。


木原は言葉を切ると、唐突に哀しそうに笑って言う。



『さて、と。時間だな。……じゃあな、坊主。元気にしてろよ』


「うん。……さよなら、木原さん」


『おう。──「虚数学区」で、待ってるぜ』



含みのある言葉を、言い終わるかどうか、といったところだった。


木原の体が、光の粒となり散らばって消えていく。



──刹那。介旅は光の中に、眼鏡をかけた少女のようなものを見た。


声を漏らす暇もなく、光は完全に掻き消え彼の意識は覚醒へと向かう。







【もうひとつの加速装置―Accelerator―】Fin.












Last Episode……

【after the Fight─ささやかな後日談─】



と、いうことで。

次回投下で、長々と続いた本作も最終回となります。

ほんの小さなおまけも考えております、どうか最後までお付き合いをば。

みなさんこんばんは

本作最後の投下を開始します





【after the Fight─ささやかな後日談─】







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目を覚ますと、また病院であった。

ベッドの上で小さく体を動かすと、僅かな違和感。


──自分の傍らに、誰かが座っているのだ。


そう気付くと同時に一定の期待を覚えてしまう一般的男子高校生介旅であったが、


「よう、介旅。目、覚めたか?」


……聞き慣れた声に、彼は一瞬で顔を顰める。

どうやらベッドに座っているのは、某悪友のようであった。






「……工山。何でお前なの? 何でお前が一番に来るの?
なぁ、ここは常識的に考えてヒロインが来るトコだろ? 空気読まないの? 馬鹿なの?
今からでも遅くないからさ、美琴とチェンジで」

「名前呼びかつヒロインという位置付けが普通になってんのかよいつの間に……?
それだけでも爆発しろと言いたいレベルだよちくしょう。
……まぁ答えておくと、ソイツは無理な相談だな」

「理由を求める」

「今が面会時間とかクソ喰らえな午前二時だから」

「訂正するよ。お前は馬鹿だ」

「失礼な。わざわざ病院のセキュリティをこっそり乗っ取るのは大変だったんだぞ?
……といっても、あのカエル顔あたりにはバレてるような気がするんだけどな」

「ツッコミが追い付かないからスルーさせてもらう」


あくまでも悪気なく言い放つ工山に対し、介旅は呆れるしかない。

他のシステムに影響を与えないよう細心の注意は払っているのだろうが、
そもそも病院のシステムを一部でも乗っ取るということに罪悪感を覚えていないとは。

高位能力者というのは、善悪の判断基準が微妙に狂っているのかもしれない。

バレているかもしれないのはいいのか、とは今更すぎる質問だ。

黙認してくれると確信した上での行動なのだろう。



「……しかし、まあ。結構グロテスクになってたりもしたのにピンピンしてるな。
信じられるか、三日間も起きなかったとかいうありがちな展開じゃない。
超能力者二人を相手取ったのは、つい昨日──いや、今日みたいなものだ」


感心するように介旅の右腕から脇腹にかけてをぺたぺたと触る工山。

見る人が見ればそういう画に見えなくもないのでやめてほしい……が。

介旅が今気にするべきは、そんな些事ではなかった。


「……つかぬことを伺いますが。
………………見てた?」

「ボクの主義には反したけど、あそこまでいくと流石に気になってね。
那由他ちゃんの眼と耳をちょびっと借りてみた」

「いや、そうじゃなくて……お前、まさか……」

「ん? ブラックなヒストリー的発言の数々はHDにしっかり」

「お前のHD、SD、USBその他諸々データ記憶可能な媒体全部爆破してやる……っ!!」

「無駄無駄。『機械仕掛』を使えば、ボクの頭から直接媒体にデータを焼き付けられる。
言ってしまえば、マスターデータはボクの頭の中だ」

「何が望みだ……っ!?」

「嫌がらせ」

「サラッと言い切るなこの外道が!!!!」




真夜中の病院と言うだけあって抑えた声で(しかし激しく)言い争う
(というか工山が一方的に優勢である)二人。

会話のドッジボールは数分ほど続いたところで、工山の側から唐突に中断された。


「……おっと。それじゃ、ボクはそろそろ帰らせてもらおうかな」

「……?」


工山がベッドから立ち上がると、同時に控えめな音で扉が開く。

暗い廊下から、小さい足音と共に部屋に入ってきたのは、







「……よォ。話せる、か?」



「well、私も一緒に……ね」






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翌日。

朝から数人の面会(とはいっても明日には退院するのだが)を受け、
時間はみるみるうちに過ぎていった。


待ち望んでいた少女がやって来たのは、正午を少し回った頃。

寮で罰則を受けていた、と申し訳なさそうに告げる美琴に、
介旅は自然と微笑んでいた。



しばしの間他愛もない会話を続け、数分もしたところで介旅は『本題』を切り出す。


「──でさ。那由他ちゃんは『木原』側からのサポートが受けられなくなったから、
今後はこの病院を拠点にして行動するらしい。今は治療を受けてるとこだ」

「……サイボーグまで手掛けるって、あの先生はホントに何者なの……?」

「さあね、僕にも分からない。とりあえずそこは今度調べてみようか。
それはおいといて、
『しばらく動けなくて退屈なの。美琴お姉さんも連れてお見舞いに来て、お兄ちゃん』
って連絡があったんだけど、後で一緒に行かないか?」

「……二人称が変わってるあたりに私は危機感を覚えた方がいいのか……?」

「へ?」

「あ、い、いや……こっちの話。
もちろん行くわよ。あの子にはかなり助けてもらったしね」

「そっか、よかった」




余談ではあるが、美琴の危機感はある意味正しく、
『お兄ちゃん』呼びは介旅の好みド直球だったりする。

具体的に表すとそう呼ばれた瞬間にベッドの上で三回転半して床に激突するくらいである。

とはいえ、そんなことを話題に出せるほど介旅は恐れ知らずではない。

もれなく引かれるし下手すれば電撃のサービスまで付いてきかねないことは分かっている。


……これがギャルゲであったら今後のフラグ建て次第で
『お、お兄ちゃんだいすきっ!』的な言葉をもらえたかもしれないが、
セーブ機能すら実装されていない人生オフラインにおいてその選択肢はリスキー過ぎる。


「……やめやめ。人生がクソゲーなのは今に始まったことじゃない」

「いきなり何の話よ?」

「こっちの話。気にするな」


介旅は考えを振り払うように咳払いをすると、一転して真面目な声で今度こそ『本題』に触れる。






「それで。……『妹達』のことは、もう聞いたか?」


「……うん。縮まった寿命を出来る限り伸ばすため、『調整』が必要なんだってね。
学園都市外部の協力機関に数人ずつ分けられる、んだっけ」


「らしいな。布束さんは精神面でのメンテナンス指導のために駆り出されるみたいで、
怪我が治り次第学園都市を離れるって言ってた」


「へ? アンタ、あのギョロ目とも知り合いだったわけ?」


「んー、ああ、言ってなかったか。
『実験』を止めるために、僕と那由他ちゃんと布束さんで一緒に行動してたんだ」


「……なんか。一人で戦ってた私が馬鹿みたいじゃない。
意地張らずに、最初から協力してればよかった」


「やーいばーかばーか」


「改めて言われるとムカつく!
……っていうか、あの一方通行に正面から挑んでったアンタには言われたくないわよ」


「……あー。また話が逸れた。
悪い、美琴。ちょっと、真面目に聴いて欲しいことがある」


「真面目に?」




介旅は躊躇いがちに目を伏せると、やがて決意したように正面を見て、




「……一方通行の話だ。本人には言うなって言われてたんだけど。
やっぱり、美琴には聞く権利が……いや、聞く義務がある」





「──アイツが、どうしたの?」


「……布束さん、いや……それだけじゃない。僕や那由他ちゃん、それにお前も。
学園都市内の色んな施設の破壊をした。これは分かってるよな?」


「う、うん」


「それなのに、何の音沙汰もない……ってのは不自然だと思わないか?
それこそ『アイテム』や『スクール』みたいな組織が今襲って来ても不思議じゃない」


「あ……、」


「何でかって? 答えは簡単だ。
『取引材料』なんだよ、僕たちは。……ついでに言うなら、『妹達』も含めてな」


「取引、って。
まさか、私たちの安全と引き換えに何かを要求してる連中がいるってこと?」


「学園都市上層部。恐らくは、最高決定機関の統括理事会」


「……ッ、」


「要求は簡単だよ。
『一方通行』、その強大な力を上層部の手駒として使うこと。
つまり……アイツを軸に据えた暗部組織を作ること」


「じゃ、じゃあ。アイツはその要求を飲んだってこと……?」


「本人がそう言ってた。間違いないと思う」




美琴の瞳が揺れるのを見て、介旅はそこで言葉を止めた。


複雑な色を浮かべる瞳から溢れる感情は、彼には到底表現し得ない。

恐らくは美琴本人さえも、その感情に名前をつけられはしなかっただろう。






「……答えを出すのは、まだ先でもいいんじゃないか」



「……え?」



でも。

それが何に対しての感情なのか、ぐらいは介旅でも分かった。



だから、彼は言う。

同じ目線に立つように。






「一方通行のこと。
どういう風に位置付けるか、決められないんだろ?
だったら、決められるようになるまで待てばいい」

「あ……」

「時間はたっぷりあるんだ。
──もう、無闇に『妹達』が殺されることはないんだから」


「……そう。そうよね」



その言葉に。


少し。


ほんの少しだけ、美琴の表情が柔らかくなるのを見て。

介旅はそっと、胸を撫で下ろす。





「アイツは間違いなく『妹達』を殺した人間。
でも、私たちを守ろうとしてくれてることも、
残った『妹達』に手を回してくれてるのも、事実。

……そうよね。今ここで決めるなんて、無理な話だったのよね。
アイツが憎い仇なのか、頼れる協力者なのか、なんて」


「……できれば、後者であって欲しい……って、僕は思うけどね」


「私だってそう思うわ。
アイツは、もう二度と敵に回したくない」



そうは言いながらも。


それが限りなく不可能に近い事を、介旅は知っている。


これも、一方通行本人が言ったことだ。



──暗部の狗となる以上、その行動が介旅たちの利害と競合を起こさないとは限らない──と。








だから。



もしも、彼と敵対することになったなら。


不本意な行動をせざるを得ない彼を止めるのは、介旅の役割だ。





(……できる、のか。本当に)


昨日勝てたのは、ほとんど木原の力によるものでしかない。

次があれば、今度こそ介旅は命の危険に晒されるかもしれない。







自然と、手が震えていた。


情けない、と自分でも思う。


垣根に偉そうに説教をしておきながら、
自分だって支えを失えば『ヒーロー』ではいられないのだ。



不安が、頭を支配する。


今にも泣きそうなほど、恐怖に心を包まれる。





その。




震える手に。





「大丈夫」





──寄り添うように優しく、暖かい掌が重ねられた。








「……、みこ、と……?」


「介旅。アンタは、私を助けてくれた『ヒーロー』なんだから。
一人の力じゃ無理でも、みんなの力を借りられる人間だもの。
だからきっと、大丈夫。何があっても、アンタは負けない」




……最初から、気付かれていたのだ。


不安を押し殺したところで、この少女には見透かされてしまっていた。



それでも、彼女は幻滅することなんてない。



考えてみれば、当たり前のことだった。




だって。





それが、『介旅初矢』という人間なのだから。




少女は最初からずっと、『介旅初矢』を見てくれていたのだから。










病室を、沈黙が支配する。


心地好い沈黙が。


隣に寄り添う少女の暖かさを感じながら、介旅初矢は小さく目を閉じた。





──これが。


──これが、ハッピーエンド、か──。









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──忘れてはならない。


ハッピーエンドだろうがなんだろうが、この物語の本質は『舞台』であることを。


『舞台』があるならば『台本』があり。

ともすれば、『綴り手』がいなければならない。







「……初矢のおかげで、有用なデータが集まった。
やはり『天雲の雫』は、『ヒューズ=カザキリ』の現出を防げるようだ」

「死者の意思が、『彼女』の意思を妨害している、といったところでしょうか。
つまりこれは『天使の涙』の最大の欠点を削り取れたと解釈しても良さそうです」

「統括理事会に根回しして初矢を守ったのは功を奏したな。
アイツのお陰で全てが上手く行きそうだ」

「……その選択も、『能力』で示されたものではありますけれど」



薄暗い部屋の中。


『綴り手』の前で会話を繰り広げるのは、二人の男女。


介旅破魔矢と、介旅初野。


『ヒーロー』として舞台に上がった介旅初矢、その両親。







「……ってことはさ。開花出切るのかな? 俺の『全知無能(オールノウン)』は」


「まあ、そう急かすな。それとも、ここで急かすのが『良い選択肢』なのか?」


「……別に。けど、なるべく早くしたいのは分かるだろ?」



『綴り手』の声は、幼い男のようだった。


齢にすれば木原那由他と近いかもしれない、変声期を迎える前の高い声。







「ああもう拗ねちゃって、可愛いんだから……っ!」

「初野ちゃーん。本気で話が脱線するから抱き締めるのはちょいとストップだ」

「……む。そうでしたね。
では、結論を言いましょう。あと数ヶ月ほどの準備期間さえあれば可能です」

「えらくサラッと言い放ってもらったが、聞いての通りだ。
これ以上に良い『選択肢』はあるか?」


破魔矢の問い掛けに、幼い声は否定の返事をする。

ならば、と破魔矢は意気込み、そして──"小さな宝石のような石"を取り出した。



「待ってな──あと少しの辛抱だ」



一変して強い語気の一言に、『綴り手』は無邪気に笑い。


そして、口にする。












・・・ ・・・
「うん──ありがとう。父さん、母さん」













少年の名は。





介旅継矢。






無意識的に世界を見渡し把握する『最適選択(ベストルーター)』を持つ少年。



『世界の支配者』たる能力の一部を内包する兄と対局、

『世界の観測者』たる才能の欠片を手にする存在。


一つの舞台の幕開けを歪めた少年は、また新たなる舞台を開演する。


決して表に出ることはなく。


しかし確実に、その利を身に蓄えながら。









【第一幕 絶対能力者進化実験】──終演──






本編はここで終了となります

……が、オマケ的なモノがあるので後書き等々はその後にでも。





【第二幕 三沢塾】


「『三沢塾』ってのは女の子を監禁するクソったれ共の集いらしい。
ブッ潰しに行こう、介旅」

「唐突すぎる!! やっぱりホントにホントの馬鹿だなお前は!!??」


謝罪回りが終わり、今度は単位取得のため色々と奮闘する介旅のところへ悪友からの凶報!

囚われの少女を救わんと、カルトチックな予備校に潜入する二人が見たものとは──?








【第三幕 爽やか少年、及びその裏における『彼』の覚悟】


「デートして」

「……これはまさか、僕のフラグ建築能力が三次元にまで影響を……?」


なんか苦手な好青年・海原光貴から逃れるためニセモノデート大作戦に出る美琴。

だがしかし、ニセモノなのはこっちだけではないようで……?



……一方その頃、一方通行は一人の少女と出会っていた。

『打ち止め』と名乗る少女の背負う過酷な運命に、最強の少年は──。







【第四幕 虚数学区】


「……繋がった。そうか、そういうことだったんだ……っ!!」

「介旅! 一体どうなってる!? 何か分かったなら教えてくれ!!」


突然現れた少女・風斬氷華。

ふとした拍子に(実は因縁があったりするが)知り合った本物の『ヒーロー』・上条当麻。

木原の遺した言葉が、そして揺らぐひとつの『記憶』が、少女を苦しみから救い出す──。







【第五幕 武装無能力者集団】


「逆だろ!! 何故僕が攫われる!?
囚われのヒロインを助ける的なノリにしてくれよ頼むから……っ!!」

「……そう焦るな……。少し……頼み事があってな……」



路地裏に攫われた介旅。誰も得しない薔薇展開が繰り広げられるのか……?

……などと心配の必要もなく。
実は彼らの『頼み』とは、高位能力者との戦闘の立ち回りについての教授であったのだ。



……だがその結果、よりにもよって『彼』との再戦が……!!







【第?幕 全知無能】


「初矢、お願い……!! あの子を、救ってあげて!!」

「……任せろ」


『天雲の雫』の暴走によって死者に身体を乗っ取られてしまった弟。

彼を救うため介旅は再び『粒子加速』を手にするが、
覚醒した『全知無能』の前にはあまりにも無力で──。


「──情けねぇな。それでも俺に説教した男かよ」

「がんばって、ていとくんっ!」

「お前は──それに、そっちの女の子は──」


絶望する彼の前に現れたのは、一度諦めた『ヒーロー』へと返り咲いた"あの男"。


純白の翼を携え、新たな『ヒーロー』がそのチカラを披露する──!!



……これにて、本作の投下は終了となります。
終わってしまうと存外呆気ないもので、これに二年以上かけていたというのが信じられません

宣言通りに投下できない遅筆だったり挙句一旦はスレ落としてしまったり。
初のスレ立てから始まった初のSSということもあって、色々と至らない点もあったかと思います。

最初の方に期待してくださっていた読者さんたちの、果たして何割がこの文章を読んでいらっしゃるのか。
もしまだ読んでくださっていたなら、これだけは言わせていただきたい。

初めの「絶対完結させる」の約束、守りましたよ!!!!


長々とやってきたので、多様な感想を頂けました。
自分の中で特に嬉しかったのは「初期より文が上手くなっている」という旨のものだったかと記憶しております。
他にも、内容に突っ込んだ感想、キャラクター達に共感してくださるようなもの。
どれもみな、このスレを続けてくる中で自分の活力にさせていただきました。
投下直後にレスつけていただいた時なんかはもうホント嬉しかったです。


最後になりますが。

最初から見てくださっていた方も、途中から追いついてくださった方も。
今まで、本当にありがとうございました!!!!!!


次回作は何度か言いましたようにFF零式とのクロスを予定しています。
FFをプレイしたことのない人にも分かり易いように書き上げる所存ですので、見かけたらどうか覗いてやってください。
……今度はもうちょっと早く投下しますよ。多分。

とはいえ、来年は忙しくなりそうなのでスレ立てまでに一年以上空く見通しが高いですが。
気長に期待せずに待ってていただけると>>1も喜びます


それでは、またお会いしましょう

一、二週間もしたらhtml出してきますのでそれまでに感想などいただけると光栄です

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