強気ショタを監禁したある男の話
近所でもかなりの悪ガキと評判の強気ショタが男の家にしょっちゅう
遊び半分でピンポンダッシュをしていましたとさ
それをたまたま買い出しの帰りに見つけて現行犯確保
そしてまぁあまりにもショタが生意気だったので殴るなり蹴るなりした男だったが
ショタはそれを親にチクると言い出す、さすがに捕まりたくはないので
男はショタを監禁し、ひんまがった根性を直そうと暴力を振るう
そうして、ショタがすっかり自分におびえきったところで
過ちに気づき、それからはすごく親切にせっし、遊びにつれていったりするようになった
それから二ヶ月経ったくらいにはショタは完全に男に従順に
その時期あたりから男は彼女をつくるのだが
完全に男を溺愛する様になったショタはその愛のあまり、ヤンデレに
みたいなのが今夜は読みたい
またお前か
はよはよはよー!
頼むよー!
そっとじしたくなるような量になりそうだけどいいかな
そっとじしたくなる量……もしや
お願いします
>>18
じゃあいきます。私です。
タカシには妹が居る。いや、妹「しか」居ないというのが正しいだろう。
学生を終えたばかりのタカシと、まだまだ幼い妹の二人暮らしだ。
両親はどうしたかと言えば、二人とも家庭を顧みるいとまもないほどにとても忙しく
全国津々浦々を旅する企業戦士である。
そんな事情から、十近くはなれた妹の面倒はタカシが常に見ており、
もう妹ミユキの存在は殆ど娘と言う感覚に近いものがあった。
ミユキは泣き虫で、だけど口ばかりは達者で、時々ひどく我侭になる。
世間一般が思うところの「少女」という存在の特徴を一まとめにしたような子供で
男のタカシにはわかりかねる部分も数多く、手を焼くこともしばしばあった。
よく泣きよく笑い、よく喋る。タカシが聞いていようがいまいが、言いたいことを
ポンポンと投げつけ、一方通行のボール投げを一人で楽しむのだ。
とにかく、女とはよく喋る生き物だ。
ミユキも幼いながらに女性的な要素を十二分に持っていると、タカシは彼女と話す度に
まざまざと思い知らされた。
――そんなミユキが突然塞ぎ込み、言葉少なになった。
どんなに誤魔化していてもタカシはもう父親のようなものだ。
その異変に気づかぬはずもない。
どうしてそんな風に落ち込んでいるのだろう、何故元気がないのだろう。
その原因を話してくれる日を今か今かと待つうちに、
ミユキは気に入りの真っ白なワンピースを泥だらけにして帰宅したのだった。
パンツ炸裂走行した
酷い有様だった。
そのワンピースだけは自分で洗うほどに気に入っていたのに、
レースはちぎれ、背面は泥水が染みこみ、揃いで買った頭のリボンは
行方知れずとなっていた。
朝タカシが結ってやった髪もくしゃくしゃで、ひっひっとミユキはえづき続けるものだから
治してやることもままならなかった。
「ミユキーいい加減話してよ」
タカシの膝に座り込んだミユキは泣き声を漏らすばかりで何も言わない。
女は肝心の部分を話さず「察してよ」と丸投げにするのが厄介だ。
幸いにもミユキの悲しみは突然怒りへとシフトチェンジすることはなく、
悲しみは悲しみのまま処理してくれるのでありがたい。
泣いていたかと思ったら、突然「何故判ってくれないの」と怒りだす女が如何にやっかいか
男は皆知っている。
「ミユキー。おいってば。そろそろ話してくんないか?」
膝にをぐらぐらと揺らすと、ミユキは真っ赤な目をしてタカシを覗き見た。
それでもやはり何も言おうとしないミユキに「苛められた?」と水を向けると、
ミユキはやや時間を置いて、確かに首を縦に振ったのだ。
「誰に?」
「――同じクラスの子……」
ミユキの通う学校は、比較的環境がいいことで知られていたがイジメも
やはりなくはないのだろう。
「誰?」
「ショウタ君……」
今まで一度も聞いたことのない名前だった。
四月に渡されたクラス名簿を思い浮かべるものの、そんな名前はなかったように思える。
「そんな子、居たか?」
「引っ越してきた……」
なるほど、と頷きつつ「兄ちゃんが先生に言っておくからもう泣くな」と言えば、
ミユキは慌てたように首を振った。
「駄目!」
「――なんで?」
「だって……だって」兎のような真っ赤な目がタカシを見遣り、そして逸らす。
「だって? だって、なんだよ」
「ショウタ君のお父さん、偉い人なんだって……」
そのときはミユキの言う意味が判らず、首を傾げたタカシであったが、その意味は
後日はっきりと知れることとなる。
タカシは夕方五時を過ぎた公園で、小生意気な子供が告げたひとつの真実を
困惑を抱えた頭で聞いていた。
ミユキが躊躇するのも納得だろう、彼女を苛めるショウタと言う少年は
タカシとミユキの両親が勤める企業の社長を祖父に持つボンボンだったのだ。
参ったな、と考える。
せめて両親が別の企業に勤めていれば、と考え、いや二人にとって仕事は
子供以上の生きがい、突然奪われたら子供たちを許しはしないだろうという結論に
達した。
「判った? お前ら俺にイケンできる立場じゃねーの」
足のつま先はシューズ、頭の天辺は帽子に至るまで、全身をくまなく一流ブランドの
衣類で身を包んだショウタは、ふてぶてしく小憎らしい笑顔を浮かべて言った。
「お前の親を雇ってんのは俺のじーちゃんなんだよ。お前ら働き蟻は素直に
上の人間の言うことを聞くしかないの」
俺になにかしたらじーちゃんに言いつけるからな。そんな風に言ったショウタは
最新のスマホを小さな左手で弄り、今すぐにでも電話をしてもいいんだぞ、
といわんばかりの顔でタカシのチラチラと見た。
妹を苛めないでくれないか、と冷静に大人らしく言っていたタカシはその勢いを失い
もう押し黙るより外はない。
傍らでは、ミユキがタカシを見上げている。
困った。どうしたらいいのだろうと、人生最大の危機とさえ思える窮地にタカシは
立ち尽くしていた。
「お兄ちゃん……」
心細そうな声を出し、ミユキが腕を掴んだ。
額をタカシの腕に擦りつけ、諦めを含んだ声で「もういいよ」と言った。
「お家、帰ろう? 私、大丈夫だから……。ね?」
夏の公園だ。蚊も少なくはない。頬に痒そうな虫さされひとつを作ったミユキは、
もういい、としきりに言った。
兄の威厳やプライドはどうでもいい。ただミユキを助けたかっただけだというのに
それすらできない自分にタカシは情けなさを感じていた。
「私、頑張れるから」
あの日以降、ミユキは気に入りの洋服を着ることがなくなった。
学校に着て行き汚されたら辛いというのがその理由で、
今日の彼女も以前ならば絶対に着なかったTシャツとデニムのスカートを履いていた。
「お家に帰ろう?」
言って抱っこをねだるその姿にタカシは溜息を吐き、ミユキを抱きかかえた。
「おい、逃げるのかよ!」
背を向けると背後のショウタから、荒げた声でそう投げつけられる。
「待てよ! 人を呼び出しておいて、勝手に帰るなよ!」
地団太踏むようなその姿を見遣り、タカシは嘆息した。
「呼び出して悪かった。今日はもう遅いから僕たちは帰るよ」
「ふざけんなよ! 俺が時間を作ってきてやってるのに、なんだよその態度!」
ショウタは激昂し、ズンズンとタカシたちに近づいてくる。
「腹たった! じいちゃんにお前が俺を殴ったって言ってやるからな!」
「ちょっと、君、」
癇癪を起こしたようなショウタは、ミユキを抱えたままのタカシに力いっぱい
体当たりをした。
タカシはミユキを落とさないよう、必死で踏ん張り、そして「やめろ」と言うが
ショウタは耳を貸さずにいつまでも体当たりを続ける。
「ふざけんなよ! てめぇが呼び出したんだろ、クソが!!」
うんこだとかクソ野郎だとか、子供ながらに精一杯の汚い罵りをタカシに浴びせながら
ショウタはドスンドスンと体当たりする。細く子供っぽい手のどこにそんな力があるのか、
ショウタは腕を張り時として足蹴にしながら二人を攻撃した。
「ちょっと」
タカシはなんとかミユキを地面に下ろすと、ショウタの肩を掴んだ。
それを見越していたのだろう、ショウタは突然叫びだす。
「痛い! 痛い!!」
痛いはずはない。タカシは碌に力など入れていないのだから。
「痛い!」
「ショウタ君」
「痛い!!」
悲鳴のような、悲壮感溢れる声を出しショウタは叫び続けた。
まるで役者だ。それも、声だけで演技をするタイプの役者。
ショウタの顔は痛さとは正反対の表情を取っており、そのアンバランスが不気味に思える。
ミユキは口をへの字に結び、事の成り行きを見守っているが不安そうだ。
「痛い! 助けて!! 殺される!!」
叫びながら、ショウタはニヤニヤと笑った。
近所の家々が何事かと窓から様子を伺い始めのが判る。
幸いどの家からも公園の隅に位置するこの場所までは見えないようだ。
どうしたらいいのだろう。どうしたら。
困惑で満たされた頭ではまともな思考ができるはずもない。
わけが判らないまま結論を急いだタカシは、
知らず知らずのうちにショウタの首を絞めていた。
五年前にタカシの父が建てたこの家には、居住区の下に地下室が存在している。
様々な自然災害への対策でシェルターのような造りになっており、
非常時以外は倉庫として使用していた。
缶詰、飲み水、それらに交じってタカシやミユキのサイズアウトした衣類や
思い出の品々が保管してある。
またタカシは一人になりたいときに時々ここに閉じこもった。
と言ってもそれはテスト勉強の時ぐらいで、時々使われる程度のこの場所は
やけに湿気くさかった。
――ここにショウタを閉じ込めて早二週間。
世間では「大企業A社社長の孫がが誘拐された」と話題になっている――、ことはなく、
いたって平穏な日常で、やれ女優のなんとかが不倫をしていただとか、
アイドルの少年が煙草を吸っていただとか、そんな他愛もない報道が
さも大事件のように語られていた。
いたって普通、全く持って静かなものだった。
「おい」
気を失っていたショウタは目を覚ますと最初こそギャーギャーと騒いだが、
その都度タカシに叩かれ殴られそして気力を失い、今では静かでお利巧な
犬へとなった。
「飯だ」
差し出すと、ショウタは待っていたといわんばかりに口許に笑顔を浮かべた。
「駄目」
意地悪く言うと、ショウタの目は凍りつく。
最初の三日は食事を与えなかった。ショウタの扱いに困ったタカシは、
取り敢えずは彼をここに閉じ込めたものの、いつ外部に漏れるかと不安は日々
増すばかりで、結局隠しておくことしかできなかったのだ。
「下さい、は?」
そう命令するように言うとショウタは悔しそうに顔を歪め、蚊の鳴くような声で
「下さい」と言ったのだった。
「どうぞ」
やればできるじゃないか、と頭をなでてやると、ショウタは体をびくつかせつつ皿を――、
犬のように床へと這い蹲って皿に顔を突っ込んだ。
「上手に食べられたら風呂に連れて行ってやるよ」
犬食いするショウタの向かいに椅子を置き座る。見下ろすように言うと、
ショウタがおずおずと上目使いにタカシを見た。
「零したらなしな」
言うと、ショウタはこくんと頷いた。
正直なところ、タカシも驚いている。
己の中にこれほどまでの加虐嗜好があるとは思わなかったのだ。
「ショウタ、お前もうここに二週間もいるね」
突然のように切り出すと、ショウタは飯粒をつけた顔で上を向いた。
もうそんなになるのか。そう言いたげな顔だった。
「でもそんなニュースひとつも聞かないよ」
――ショウタは要らない子なのかな?
そういうと、ショウタの目に大粒の涙が溜まった。
飯粒だらけの頬を涙が伝い落ち、そして食器の中に落下していった。
「そりゃそうだ。あんなに生意気で乱暴なんじゃ、みんなお前のこと嫌いかもね」
何とか嗚咽だけは殺すよう努めているようだが、しかしそれは完全に消し去ることがぜきず、
ショウタはうーうーと微かな声を漏らしている。
「可哀想に。お前要らないんだよ。調べたけどお兄ちゃんが何人かいて、みんな
私立に入っているのにショウタは公立か。落ちこぼれちゃったのかな?」
更に突いてやると、もう我慢できないといわんばかりにショウタは声を上げて泣いた。
酷い酷いと泣き喚き、ショウタは丸くて小さい手を目元に当てて泣く姿は
存外可愛らしいものだった。
「俺だって、俺だって……、」
苛めすぎたか、と頭を撫でようと手を伸ばすとショウタは一瞬肩を震わせ、
そしてそれから差ほど間をおかずに「ひゅっ」と呼吸を途切れさせたのだった。
「……ショウタ?」
ショウタはコロンと床へ転がり短く呼吸を繰り返す。
大きく開いた襟ぐりをワシ掴み、ショウタはゆっくりとタカシを見た。
二日に一度程度の気まぐれな入浴の後に着せてやったのはタカシが昔着ていたもので、
それですらショウタには大きかったようだ。
「ショウタ?」
息ができない。ショウタは短く言うと、吐いているのか吸っているのかさえ
判然としない呼吸のまま、ヒッヒッと短く息をしている。
「なに、どうした!? ショウタ?」
苦しそうな呼吸は続き、仕舞には痙攣をする始末だ。
息ができない、と一度言った後は苦しそうにするばかりで、
もう何か言葉を発することも難しいようだった。
口だけがパクパクと動き、たすけての四文字を口にしたことは判った。
「ショウタ!? おい、ショウタ!?」
「カコキューじゃなーい?」
「え?」
振り向くと、階段を下ってくるミユキの姿があった。
「紙袋を口に当てるやつ」こうやって、とミユキは口許で掌を丸めて見せた。「ショウタ君
一回学校で倒れたことあるの。先生に怒られて」
紙袋と言われても、この辺りにはない。
どうすればいいのかと周囲を見回していると、ミユキがビニール袋を差し出した。
「代用できるみたいだよ。ショウタくーん」
床へと転がったショウタの傍へとミユキがしゃがみ、ビニール袋をフラフラと振ってみせる。
「これ欲しい?」
ミユキはニコニコと微笑みながらビニール袋を見せた。
ショウタが弱々しく手を伸ばすが、ミユキはさっとそれを持ち上げ、「だーめー」と言う。
「おい、ミユキ」
ショウタの呼吸はますます浅くなり、苦しさからか涙は未だに溢れ出ている。
「大丈夫だよ、過呼吸じゃ死なないもん」
「でも、苦しそうだぞ」
「いいじゃない、別に。私を苛めていたんだもん。これ、欲しい?」
ショウタはコクコクと激しく頷き、そして口をパクパクと広げる。
「どうしようかなぁ」
我が妹ながら恐ろしいものだ。苛められていた彼女は、立場が逆転するとまるで
神にでもなったかのように尊大に振舞った。
笑顔が戻ったのはよかったが、些かこれは問題があるのではないか。
「ミユキ、お兄ちゃんにそれを貸して」
言い含めるように言うと、ミユキはタカシを見遣り、それから唇を尖らせて
渋々と言った様子でそれを渡した。
「つまんなーい」
言うなり、ショウタの腹を蹴る。
目を剥いたショウタが小さく「ぐぅ」と言い、もとより丸まっていた体を更に丸め、
まるで団子虫のように小さく縮こまった。
「ミユキ……」
怒りきれないのは、彼女が苛められていたことを加味してのことだ。
ひどい仕打ちをしているとは思うものの、たった一人の妹を苛めていたのは
なにを隠そうこのショウタだ。それを思うとなかなか叱りきることができなかった。
「ほら、ショウタ」
口許に袋を当ててやると、やがて呼吸は落ち着いていった。
「お兄ちゃん」
ミユキが背後からタカシに抱きついた。
「なんだよ」
「おんぶしてー」
呼吸が安定してもショウタは無様に床へと転がったままで、放っておくのは気が引けたが、
タカシは「ハイハイ」と言いながらミユキを負ぶって一階を目指した。
ミユキはショウタが家に来てから少しだけ凶暴になった。
それでもタカシの可愛い妹であるには違いなかったが、なんとなく腹の底に
座りの悪い奇妙な気持ちの悪さを感じていた。
ミユキはショウタには徹底的に冷たく当たり、そして意地悪をした。
それから、いやに甘ったれになり、ショウタの前では頓に甘えて見せたのだ。
勝った。そう言いたげな顔は明らかにショウタへの優越感であり、しかしタカシは
ミユキがショウタの「なにに」勝ったと考えているのか理解できなかった。
ショウタをてきとうに風呂へと放り込み、タカシは脱衣所で寛いでいた。
入浴を終えたショウタは出された服を無言で着込み、そして命令されるがまま
地下室へと向かう。それを確認すると、タカシはすぐさま地下室の鍵を閉じた。
この家が作られた当時、まだ小さかったミユキの安全を考え
父は入り口を鍵で閉じられるようにしてあったのだ。
その造りが幸いしたな、と犯罪者のようなことを考え、いや実際に犯罪者かと
タカシは自嘲する。
リビングのテレビをつけると、番組の合間のニュースが流れていた。
一つ一つを丁寧に視聴するが、ショウタに関する報道は今日もなかった。
「変だな……」小さく一人ごちる。
A社と言えば世界的企業とは言い難いが、充分に名の知れた日本の大企業だ。
その経営者の孫だというのに、その失踪が報じられないとはどういうことだろう。
ミユキに学校では異変がないかと尋ねれば、ショウタの取り巻きをしていた数名の男子も
新たに崇める相手を見つけ、上手い具合にやっているらしい。
世の中人一人が消えたところで不具合は生じない。
そう子供らしい言葉で表現し、ミユキは美味そうにカキ氷をすくい舐めていた。
「早く寝ろよー」
うん、とミユキは脱衣所から生返事をした。
「おい、早く寝なさいって」
「うーんまって」
脱衣所を覗くと、ミユキは不器用そうに、髪を編んでいた。
これをすると翌日髪がふんわりとカールするようで、女の子の間で流行っているらしい。
なにも翌日が休みの日にまでやらなくても、と思うが女の子とはそういうことに
いちいちと拘る生き物なのだ。
「兄ちゃんやってやろうか?」
「うん」
小さくても女は女だとタカシは再び考える。
女手のない家でミユキの世話を焼いていると、本来女親がすべきであろう一つ一つの行動が
無駄に上達していく。今では炊事洗濯も慣れたものだ。
「ほいできた」
「ありがとう」
ミユキはお休み、と言い自室へと引っ込んだ。
さて、とタカシは自分の入浴に取り掛かったものの、なんとなく気がせいて
ミユキに見つかればカラスの行水だと窘められそうなほどの速さでシャワーを浴び
そして一日の締めくくりとも言うべき作業を無理やり終えた。
ミユキも寝たし、ショウタは閉じ込めた。
タカシも自室に向かい、隣の部屋のミユキに向かって壁をノックする。
いつもの習慣であったが、今日はミユキの返事代わりのノックが聞こえなかった。
なにかいやな予感がしてもう一度ノックするがやはり合図は返ってこない。
「――ミユキ?」
名前を呼びノックする。何度かそれを繰り返したが返事はない。
痺れを切らしたタカシは自室を出て隣のミユキの部屋をノックした。
一度勝手に開けたら頬を膨らませてミユキは怒ったのだ。プライバシーがどうのと
まだ子供のようなミユキが必死で主張するのがおかしかった。
「ミユキ? あけるよ?」
ドアは静かに開いた。
カーテンを閉め忘れている室内は、月見酒も楽しめそうな綺麗な満月で照らされていた。
室内は明るく、窓際に配置されたベッドがこんもりと丸く膨れているのも
よく確認できる。
なんだ、やはり部屋にいるんじゃないか。
そんなことを考え、なにを心配していただろうと安堵する。
そのときだった、うー、と言う微かな音が聞こえてきたのは。
音は断続的にうー、といい、時折うううと聞こえることもあった。
なんだろう。そう考えつつカーテンだけは閉めてやろうとベッドに近づいた
タカシは言葉を失った。
そこは蛻の殻だった。
タオルの下にはどこから引っ張り出したのか、冬物の衣類が丸まっていて
ミユキの形を作っている。偽装工作なのか、真っ黒いファーまでもが
頭部が置かれる場所には設置されている始末だ。
「ミユキ!?」
まさか、と思い耳を澄ませると先ほどはかすかに聞こえていた音――、唸り声だ、が
はっきりと耳に届く。
「なにしてんだ……!」
慌てて地下室へと向かうと、そこは酷い光景が広がっていた。
ミユキが床へと這い蹲るように転がったショウタの顔を踏んでいた。
「ミユキ!」
「あ、お兄ちゃん」
ミユキは悪びれた様子もなくタカシに抱きついた。
「お前、なにしてんだよ……」
「仕返ししてる」
なにが悪いの、と言わんばかりの態度に思わず嘆息すると、ミユキはショウタの頭を
踏みつける。ショウタはうーうーと唸りながらもそれに耐えていた。
踏みつける力は相当強いのか、ショウタの頬の肉が歪んでいる。
「ミユキ、もうやめろ」
「なんでぇー?」
「いくらなんでもこういうことはしちゃ駄目だ」
肩を抱いてやると、ミユキは不服そうに唇を突き出す。
「だって私、こいつに苛められてたんだよ?」
「だからって同じことしちゃ駄目だろ?」
やりすぎだよ、と諭すように言えばミユキはやはり不満げだった。
「だってこいつ嫌いだもの」
「でもな、ミユキ」
「嫌いなの! お兄ちゃん誰の味方なの!? ひどいよ!」
あ、泣く。そう思った瞬間にミユキは泣き出した。
「こいつに苛められても私は頑張ったんだよ! じゃあ今度は苛めてもいいでしょ?」
復讐だもん、というミユキの頬をTシャツで拭い、判ったからとなだめる。
なにかおかしな方に事態が転がってしまった。
「落ち着け」
抱き上げ背中を叩いてやると、ミユキはぐすぐすと鼻を啜り、タカシの耳元で
「絶対に許したくないんだもん」と言った。
「判った、判ったから」
いつまでも泣いているミユキを揺さぶり、ふと床に視線を落とすとショウタは
唇を噛み締めタカシを見ていた。
「――なに」
「なにがぁ」
ミユキが涙声で返事した。
「いや、ミユキじゃないよ」
さっとショウタは視線を逸らす。
「ああ、こいつね……」
トゲのある声音でミユキは言うと、タカシの首に腕を巻きつかせたまま「残念だね」と
言い放った。
「こいつのことなんて誰も要らないみたいだよ、お家の人」
私にはお兄ちゃんが居てよかったーとミユキはぎゅうぎゅうと抱きつく。
「こら」
「だって必要だったら一生懸命探してくれるでしょ?
要らないから探してもらえないんだよ」
カワイソ、とミユキは言い放つ。
「お兄ちゃんだって言ってたじゃん。おかしいねって」
「そうだけど」
「あんた貰われっ子なんじゃない?」
「ミーユーキ」
やめなさい、と言ってもミユキの暴言は止まらない。
暴言と言うよりも彼女の口から吐き捨てられるものは、
ショウタの現状から推測されるダメージの強い想像や妄言だった。
だがそれは充分にショウタを傷つけているのであろう、彼はミユキの言葉に
さめざめと泣いた。その様子を見れば案外ミユキの推測は合っているに違いなかった。
自分の妹の醜い部分をあまり見たくなくて、タカシは「もういいから」と遮るが
ミユキの暴走は止まらない。
可哀想、可哀想、可哀想。
それを繰り返すたびにミユキの唇は三日月を横に倒したような形になり、
ショウタの瞼は少しずつ腫れていった。
ショウタが大っぴらに泣き出すころには、
ミユキは実に楽しげで、満足感溢れる笑顔になっていた。
「おい。大丈夫か」
頭の上に手をかざすと、ショウタは「ごめんなさいごめんなさい」と謝った。
「――殴らないよ」
顔ごと頭を両腕で覆ったショウタは、その隙間から伺うようにしてタカシを盗み見、
そしてそれが真実であるうようだと確信するとゆっくりとその腕を下ろしていった。
「ミユキが……、悪かった」
ショウタは首を振った。
「全部、本当のことだから」
しどろもどろにショウタが話すには、どうやら彼は本当に家では不要な子供として
扱われているようだった。
めかけの子を合わせれば、ショウタの父には十人近くの子供があって、彼らは
みな成績優秀運動神経も抜群らしい。
ショウタは運動は兎も角として、勉強は普通の中の普通。他の兄弟のように突出して
優れたものがあるわけではなく、本妻の子供であると言うのに彼だけが浮いた存在で
あるようだった。
「ほら、顔見せてみろ」
救急箱から取り出した消毒液やら絆創膏で応急処置をすると、ショウタはしみるはずの
それに抗議をすることすらなく、大人しく処置を受けていた。
「あー酷いな。痣になるかも」
ショウタは平気、と返事しそれからおかしそうに笑った。
「――なんだよ」
「ご、ごめんなさい……!」
「いや、別に怒ってない」
目を硬く瞑ったショウタが可哀想で、思わず頭をなでる。
染み付いた兄貴根性というものがうっかりと、妹をあだなす者へまで出てしまった。
手当てを終えると「お前も寝ろよ」と冷たく言い放つ。
これ以上ショウタと仲良くする気はなかった。情が湧くことは即ちミユキへの裏切りの
ような気がしたからだ。
ショウタが小さな声で「あ」と言ったが気づかぬフリをしてタカシは自室へ戻って行った。
妹を苛め罵倒し小生意気にもタカシへも数々の攻撃をしかけていたショウタだが
あの小さく縮こまる姿を見てはなんとなく可哀想に思えた。
ショウタに優しくしては、ミユキが怒るだろう。
それは理解していたが、これまでのように手酷く扱うことも気が咎めるのだ。
「困ったな」
タカシはぽつりと呟きながら、消毒液のにおいが色濃く残る手のまま
ベッドへと沈みゆくのだった。
「なんでこんなところでご飯食べてるのお兄ちゃん」
起きてくるなりミユキは寝起きのくすんだ声を更に低くして尋ねた。
いや、これは質問の類ではなく不満をタカシに告げるものであり、
この現状を大変遺憾に思っているという意思表示なのであるが、タカシはそ知らぬ顔で
「お前がなかなか起きないから」と言ってやる。
「起こしてくれればいいじゃん!」
「起きなかっただろー。おい、ショウタ味噌汁熱くないか?」
「平気、です……」
「そか。ミユキも食べろよ。全部地下に持ってきてるから」
飯は自分でよそえと言えば、ミユキは不快感も露に茶碗としゃもじをひったくった。
「なんで私が……」
「お前は別に上で食べてもいいよ。食べるときは兄ちゃんちゃんと傍に居るし」
「そういう話じゃないよ。もーお兄ちゃーん、こいつ私を苛めてたんだよー。
なんで仲良くするの。犬食いで充分じゃん」
駄々をこねるように言うミユキの頬を撫で「いいから少しだけ我慢しろ」と言うと
彼女は「もう」と言い頬を膨らませた。
「お兄ちゃんなんでこんな奴に優しくするの」
「それは……」
可哀想だから。そう答えられるはずもなく、返答に窮しているとミユキはそれに
察したのか「哀れだからでしょ」と容赦なく告げる。
「ミユキ……」
「だってそうだよね、私にはお兄ちゃんが居るし、別にお母さんとお父さんが留守がちでも
嫌われてるわけじゃないもん」
「ミユキーそれ以上言うなよー」
「でも本当のことでしょ? 私がこいつに苛められたのだって、私がいつも
お兄ちゃんの話をしていたからだと思うの。そうだよね?」
味噌汁の入った椀を持ち、ショウタは見下ろしてくるミユキの視線から逃げるように
それを啜った。
可愛い妹が日々辛らつになっていくのは、ショウタの存在がここにあるからだとタカシも
理解していた。
しかし、いくら捜索願が出ていないからといって、このままショウタを帰すわけにも
いかなかった。
彼は誘拐された身。拉致監禁状態であるのだ。
今しおらしい態度を取っているからと安心して帰宅させたところで、
タカシやミユキにされてきたことを永遠に黙っているとは到底思えなかった。
「ミユキはどうしたい?」
タカシが尋ねると、ミユキは眉根を寄せてなにやら考えている。
しばらくそうしていたかと思うと、突然満面の笑みを浮かべた。
「死んでもらいたい」
これ以上ないくらいにいい案だと言いたげな顔でミユキは言った。
「自殺してもらいたいな。じゃないと私は安心して学校にいけないもん」
「ミユキ」
ミユキはこんなことをいう子供ではなかったはずだ。
いつだか見た、実話を基にした映画の内容を思い出す。
数十名の人間を囚人と看守に分けてその様子を観察するというもの。
やがて実験が進むにつれ、それぞれのグループはまるで「本物」のように
姿を変えていったのだ。看守は囚人を虐待し、囚人は精神を病んでいった。
タカシは子供二人を見つめ、今の状況はそれにそっくりだと考えた。
「ミユキ、おいで」
膝の上にミユキを乗せ、顔を覗きこんだ。
黒い瞳が楽しげに笑っていた。
「そういうことを言っちゃ駄目だよ」
「どうして? 苛めをするような奴なんて人間のくずじゃん」
「ミユキがそういうレベルに落ちる必要はないだろ? 兄ちゃんの言っていること
判るよな?」
諭すように、殊更ゆっくりと話しかければ、ミユキは漸く頷いた。
「いいこだ」
ゆりかごのように体を揺すり、ミユキを落ち着かせる。
そうだ、ミユキは本来こんな子供ではない。どこにでも居る普通の、それでいて
優しい女の子のはずだ。
「いいこだ」
もう一度いってやると、ミユキは満足そうに「ふふ」と笑う。
背中を叩きながらこっそりとショウタを見遣ると、その視線はミユキの背に
突き刺さっていた。害を与えるような視線ではない。ただ羨ましいと感じているような
そんな視線だった。
改行ぐらいしろカス
その日の午後、ミユキは友達と出掛けると言い残し家を出て行った。
家の清掃を澄ませ、溜まった洗濯物を終えると地下室へと向かう。
換気扇を常に回していてもこのかび臭さは防げぎようがないようだった。
こんな場所にいつまでも閉じ込めておいては肺にカビが生えそうだ――、
そんなことを考えつつ階下へ続く階段を下れば、椅子に座るでもなく、
なにかに夢中になるでもなく打ちっぱなしのコンクリの上に膝を抱えて座る
ショウタの姿が目に入った。
「ショウタ?」
タカシの呼びかけにも気づくことなく、目はうつろだ。
「ショウタ?」
二度目の呼びかけにショウタは肩を震わせこちらを向いた。
「なんでそんなところに座ってんだ」
尋ねるがショウタは目を瞬かせるだけでなにかを言う様子もない。
ミユキに言われたことを気にしているに違いない。
もしかしたらショウタは予想外に「恵まれていない」環境に身を置く子供なのかもしれない。
それを確めるように、タカシは「だっこしてやろうか?」と尋ねる。
なにを言われたのか判らなかったのだろう。
ショウタは再び瞬きを繰り返すと首を傾げた。
>>60
改行挟むとエライ量になるからこのままで
すまぬーすまぬー
読み終えるまで寝れないんだが!
「だっこ、してやろうか?」
何故だ、と言わんばかりの顔をしたショウタの腕を強引に引き、抱きかかえてやる。
驚いたように仰け反るショウタを抱えると、今度はタカシが驚いた。
ショウタの体はやけに軽かった。ミユキと同じくらいだろう。
そう言えばここにつれてこられた当初も、衣類こそ上等なものを着てはいるが
体は妙に骨ばって、丸い部分など数えるほどしかなかったと思い出す。
精々、手の小指側の盛り上がりと頬、それくらいだろう。
腕も細くてどことなく骨ばっている。
「お前飯あんまり食わないもんだ。軽すぎる」
うちの飯は口に合わないか? と尋ねれば、ショウタは首を横に振った。
どうやら彼が言うには、元々が小食であるようだった。
「ちゃんと食わないと背ぇ伸びないぞ」
驚いた顔をしていたショウタは、やがて抱きかかえられることに心地よさを感じたのか
少しだけ嬉しそうに笑っていた。
ショウタがこの家に来て三月が経った。相変わらずそれらしい報道もない。
インターネットでもそれらしい噂はないものかとさぐっては見たが、結果、
なんらそれらしい話をきくことはなかった。
「ショウター、皿だせ」
「うん」
三人での生活は定着し、そしてショウタは相変わらずの地下室暮らしだが、
以前よりは自由が認められる状態になった。監禁から軟禁へと移行しただけだが
それでも多少の自由は利く。
鍵をかけていなくても家に帰ろうとすることはなかったし、今のところ
ミユキとも上手くやっている。
それから。
「お兄ちゃん、出したよ」
「おお、ありがとう」
頭をなでてやればショウタは嬉しそうに微笑むのだ。
異様な懐かれ方をした。そうタカシが思うほどに、
ショウタはべったりと甘えてくるようになった。
「おはよう……」
眠気眼を擦りながらミユキがキッチンへと顔を出す。
「おはよう。髪、一人で結えるか?」
「――むりぃ」
言いながらもミユキはキッチンチェアへと座り込む。
「あとで結んでやるから早く食べろよ」
「んー……」
眠い眠いと言いながらもミユキは朝食のパンを頬張っている。
ショウタはいつもミユキが学校へと出掛けたあとの食事をするから、
今はミユキと入れ違いで顔を洗いに行っている。
「紅茶美味しい……」
ミユキは砂糖がたっぷり入った紅茶を飲み干したのち、呟くように言った。
「それショウタが入れたんだ」
「へぇ……」
そうなんだ。
一時は自殺してくれとまで言ったショウタへの敵対心は薄れたのか、
ミユキの態度は彼に対してなんの感情も示さないようなものへと変容した。
「そろそろ髪結うか?」
「うん。シュシュつけてね」
リクエストどおり髪を結い、そのゴムを隠すようにピンクのシュシュをつけてやる。
「可愛いー?」
「可愛い可愛い」
答えてやると、ミユキは学校指定の鞄を持ち「いってきます」と元気よく言って
家を出て行った。
残されたショウタもようやくリビングへと戻ってきて、それから冷めかけの
朝食へと手をつけようとしていた。
ショウタは学校へは行かない。行けないというのが正しいのかもしれないが、
家に閉じ込めずるずると生活をしているうちに、外へと出すタイミングを
見失ってしまった。
籠の鳥。まさにそれだ。
しかし不思議なもので、自由の殆どない不自由な環境を
ショウタは楽しんでいるようにさえ見える。
仕事の都合上家に居ることが多いタカシも自然とショウタとの距離を縮めていき
今ではショウタの姿が見えないと、どこへ行ったのだろうかと暢気に探すくらいにはなった。
正直、最初は憎くてたまらなかったはずだ。
ミユキをいじめて泣かせ、その上脅迫までした小生意気な子供だ。
今ではそれなりに情も湧き、居なければ探す程度には存在は大きくなった。
妙な話だ。
トーストにかぶりつくショウタをぼんやりと見ると、口の端にジャムがついているのが見えた。
まるでその一点だけが鮮やかに色付けされたようで、タカシはぼんやりとそれに魅入った。
タカシの視線に気づいたのか、ショウタの顔が持ち上げられ、そしてその瞬間、
ショウタの顔がさっと血の気が引いたようになる。
「……ごめんなさい!」
「え?」
「俺、俺、なにかした?」
「いや、別に……ショウタ、」
ジャムがついているぞ、と手を伸ばせばショウタは身を縮める。
こんな風にショウタが反応することは多々あった。突然の暴力に耐えるための反射が
身に付いているのは、この家に来た当初にタカシとミユキが手酷い仕打ちを
したからだと思ったが、どうもそれだけではないようだった。
もっと前、この家に来るよりずっと昔に身に付いた反射のようだ。
「――殴んないよ」
言うとショウタはおずおずとその薄い瞼を開け、そして確認するようにタカシの目を
見つめた。
目。この目だ。なにか変な気持ちが頭を擡げる。
気の迷いだとなんど自分に言い聞かせたか判らない。タカシはショウタを殴り虐げるうちに
なんとなく別の感情が芽生えていることに気づいた。
サディスティックなそれはどうも制御が難しく、
気づけばショウタの頬に指を伸ばし抓っていた。
>>63-65
ありがと、どうもありがと
このままでいくよーい
呆然とした顔でショウタがタカシを見る。
痛がるほどに力を入れているわけではなかったが、ショウタの頬は餅のようにのびていた。
そう、タカシはショウタを殴りたかった。
何故だか判らない。ショウタを蔑むうちに、サディスティックな自分が目を覚ました――、
そんな気がしている。
ミユキの乱暴さがすっかりナリを潜めた頃、タカシはショウタの泣く姿を眼にすることが
減った。
その頃から妙な感覚が頭の片隅を常に支配しているような、そんな落ちつかなさがあったのだ。
「タカひお兄ひゃん……?」
伸ばされた頬をそのままに、どうしたんだと尋ねるショウタの目とかち合う。
ああ殴りたい。だが可愛がりたい。
どうしようもない感情が渦巻き、タカシは混乱した。
よき人間であろうとしていたタカシは、妹のために生き、妹のために生活をしてきた。
なにをするのもミユキが優先で、思い起こせばそれが原因で付き合う女性に
振られることもしばしばあった。
いい人間のつもりであった。それなのに。
おかしいな、とタカシは考える。
人を加虐したいと思ったことなど一度もないのに。
殴るのはかわいそうだ。だが泣く顔が見たかった。
ショウタの存在を可愛いと思い始めている自分がいるのは確かだ。
それなのに何故泣かせたいのだろう。
頭の整理が追いつかない。
ショウタは次第に怯えた目になり、頬をつかまれたまま「俺なにかしたかな?」と
必死で問いかけている。その必死な様もタカシの気持ちになにやら小さな火をつけるのだと
知りもせず、ひたすら機嫌を取るようにタカシを呼ぶ。
可哀想で、可愛い。
タカシはショウタの頬から指を離すと、身を乗り出し向かいに座る彼の頬に――、
噛み付いた。
血が滲むほどではないが、多少の痛みはあったのだろう。
ショウタは混乱したまま「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と呼ぶ。
妙な背徳感が広がる。
ショウタは抵抗をしない。多少痛くても、タカシのために我慢をしているのだ。
「痛いか?」
頬は唾液で濡れていた。
「ううん……平気」
歯形の残った頬を手で押さえ、ショウタは無理やり笑顔を作って言った。
「な、なんで噛んだの?」
「……さぁ」
タカシにも何故こんなにサディスティックになれるのかは判らなかった。
「ええと、その……やっぱり俺、なにかしたかなぁ……なんちゃって……」
尻すぼまりになる声は明らかに怯えている。
「なにか俺、俺がなにか悪いことしたなら、治すし……その……」
未だに手は頬に置かれている。
ああ、なにをしているのだろう。
タカシは考えながら、抑制が効かなくなった拳を振り上げていた。
妙だ。そんな風にタカシは肩を揺らしながら考えていた。
サディスティックな自分が目を覚ました。そんな風に結論付けていたが、
なんとなくそれは違うのではないかと思ったのは、月曜日のことだった。
在宅業務とは言え、時々は取引先に顔を出すタカシは、そこで数週間ぶりに
高校時代の後輩に再会したのだった。
相手はよく懐く可愛いやつで、「今度飲みに行きましょうよ」と言う顔は学生時代のまま。
タカシへの懐き方も変わらなかった。
後輩はタカシに憧れていたようで、そういえば学生時代にも妙にタカシに
気を使い顔色を窺うことがあったと思い出す。
嫌われないように顔色を窺うその姿はショウタと大いに被った。
ところがショウタに向けるような加虐的な気持ちは微塵も浮かばなかったのだ。
「ただいまー」
「おかえりぃ」
帰宅すると、珍しくエプロンを身につけたミユキが現れた。
手が小麦粉で汚れていることから、夕飯はお好み焼きかなにかだろうと推測した。
そのまま抱き上げてキッチンへと向かうと、ショウタの姿はなかった。
あるのは調理台の上のボウルと、吸い物がふつふつと沸騰をする音だけだ。
「今日は何だ?」
「お好み焼き!」
やっぱりそうかと思いつつも「楽しみ」と返せばミユキは嬉しそうに笑った。
それから、と付け足すように口を開き「ショウタ君は地下だよ」と言う。
「地下?」
「うん。そう」
ここのところ地下へと放り込むことはなくなっていたが、時折ショウタは自発的に
地下へともぐるのだ。
尤もそれは多くの場合はタカシに殴られたあとだ。
「ショウタになにかされなかったか?」
「されてないよー」
ボウルの中身をぐるぐるとかき回しながらミユキは言った。
「ならいいよ」
「うん……、あと三十分でできるからね」
ミユキの言葉に頷きながら、タカシは自室へ向かった。
ネクタイは首が疲れる。身につけなれていないと、妙に窮屈に感じるものなのだ。
就活中は鬱陶しいとさえ思ったこともなかったのに……。
そんなことを考えながらベッドへとスーツも放り、そして頭の中で今朝の出来事を反芻した。
――今朝もショウタを殴ってしまった。
可愛いと思うと同時にどうしても手を上げたくなる。
これはもうサドだとかそういう問題ではないのかもしれない。明らかなDVだ。
ショウタは怯えた目をしても決して抵抗しないから、タカシはますます助長していく。
それどころか「お兄ちゃん」と呼び、殴り終わったタカシにくっ付いてくる始末だ。
「おかしいな……」
おかしいのが誰であるのかは明白だった。
Tシャツとハーフパンツに着替えて地下へと向かう。
「ショウター?」
呼ぶと「お兄ちゃん!」と声がし、その後すぐにパタパタという音とともにショウタは
姿をあらわした。
ショウタは朝と同じで、傷ひとつない顔のままタカシの前に現れた。
殴るのは背中や尻など。そこならばミユキにも見つかるまい。
「ただいま」
「お帰りなさい」
ショウタは実に嬉しそうにそう返すとタカシにくっ付いてくる。
彼も少しずつおかしくなっているのかもしれない。
ほのかに茶色みを帯びた髪がさらさらと揺れる。それらがくしゃくしゃになるのも
構わずに、ショウタはタカシの胸へと頬を擦り付ける。
「遅かったね」
「ああちょっとな……一人で待ってたのか?」
「うん」ミユキはもうここへは降りてこないから、とショウタは続ける。
べったりと腕をタカシに回し、そして体中で甘えてくる。
ああ可愛い。
しかし可愛いと思うと同時に、掌は撫でる為ではなく殴るために握り締めようとしているのだ。
異常だと自嘲するその瞬間には、もう拳は振り上げられているのだから止めようがない。
理性より自分の欲求に忠実な腕はショウタを殴る。
なにをしている、何故こんなことをする。
もう一人の自分が頭の隅で問いを繰り返すも、タカシはどの質問にも答えてやることが
できずにいた。
答えられるわけなどない。
タカシにも、何故こんなことをしているのか本当に判らなかったのだから。
ミユキは異常に気づいていないようだった。
タカシがショウタを殴るようになったのはミユキが彼になにもしなくなった頃のことで、
その時には既に二人は表面上だけでも仲良くやっているようなそんな雰囲気だった。
仲良くやるというか、お互いに最低限の干渉しかしないといったところだろうか。
毎日のように増える青あざや鬱血も、ミユキの目には決して触れない場所にあったし、
前述のとおりミユキはショウタに干渉せず、それは即ち彼に必要以上に
近づかないということで、ショウタの異常に気づきようもなかった。
「お兄ちゃん」
ミユキが夕食を突きながらタカシを呼んだ。
「なに?」
「――美味しくない?」
なにか言おうとしたようだが、それを押し込めるようにして、ミユキは無難な質問をした。
訂正しなくてはなるまい。ミユキはもしかしたら何かに気づいているのかもしれない。
気をつけよう、とタカシは考えるが、一体なにに気をつけたらいいのか判らなかった。
ショウタを見ると手を上げるのは、最早反射と化していたからだ。
「美味いよ?」
「ならいいけど」
ぎこちなくミユキは笑った。
――なんとかしなくてはならない。
タカシは吸い物を啜りながら、ショウタの居ない食卓でそう考えていた。
風呂は三十八度に設定されている。
ミユキの入った後の自身の入浴を済ませ、ショウタはその後だ。
入浴を終えたことをショウタに告げれば、彼はのろのろと地下室から出てきた。
今日は食欲がないとのことで、今の今まで眠っていたようだ。
それはそうだ。あれだけ殴られていては食欲も失せるというものだろう。
脱衣所に向かうショウタの後姿を確認し、
殺意はないようだとタカシは自分自身にホッとした。
その手の感情が少しでもあったら、タカシはコントロールを失う自身があった。
今だってあってないようなコントロールだ、もしショウタの後姿に殺意を見出した
それこそ殴り殺してしまいそうだった。
では何故殴りたいのだろう。殺意を確めると同時に確認を行ったのは、嫌悪感や憎悪。
小さく細い背中にはそんなものは微塵も感じなかった。
では何故だろう。
おかしいな。タカシは自分に向かって「おかしいなぁ……」と独り言のようにして
疑問を投げつけることしかできずにいた。
渦巻いた思考と歪んだ嗜好を抱えくすぶり続け、気づけば監禁生活は三ヶ月半に達していた。
毎日同じことの繰り返しである。ミユキは学校へ行き、タカシは仕事の合間に
ショウタを構い、そして殴った。
ショウタの細い体には日に日にあざと鬱血が増えていく。
それらの観察を何よりもの楽しみにしている自分自身に、タカシは気づいていた。
何故自身の悪事をわざわざ見止めたいのか、疑問に思った時間がごく僅かで済んだのは
タカシが男であったかもしれない。男は性的欲求が絡むと思考がどんどんストレートになる。
要するにタカシは、ショウタを性的対象としてみていたのだ。
加虐に加えて性的欲求を抱いている自分をあまり認めたくはなかったが
それらの考えが腹にすとんと落ちたのだから認めざるを得ない。
欲求が上手く認められずにいたからこその暴力が酷くなったのだろうとタカシは結論付けた。。
細くて小さい、そして男らしさを感じさせない痣だらけの体は妙に艶かしい。
年相応の女たちと付き合っても長いこと続かなかったのは、
タカシ自身の抱く「癖(へき)」が原因だったに違いない。
しかし、とも思う。
おそらくタカシはショウタを愛しているわけではない。
男ならばわかるだろうが、欲情することと愛情を抱くことが
必ずしもイコールで繋がれていないのが男と言う生き物なのである。
ひとつひとつの雑念を排除し物事をシンプルにすれば、全ては単純だったのだ。
タカシには小さいものを押しつぶしたがる癖があるのだろう。
本来ならば許されないことだ。
しかし苦悩は一瞬で「そうだこれは復讐だ」という結論を導き出せは、
心に渦巻く不快なもやは一瞬にして晴れていった。
これって書き溜めてるの?
夜半過ぎ、タカシは試しにとショウタを組み敷いていた。
試しにどうにかしてみようと考える辺り、タカシも相当におかしくなっているのだろう。
タカシのお古を身にまとい眠っている姿はなんとも艶やかに写った。おそらくそれは
タカシの目にとっては、の話で他人にはそう見えることはないだろう。
ただの子供っぽい寝姿。そうとしか写らないだろう。
薄暗い照明に照らされ、喉元が白く光っているように見えた。
パジャマのボタンを外して細い喉に下を這わせる。
うん、と身じろぎ、ショウタが目を開けた。
「――お兄ちゃん……?」
ミユキを真似てタカシをそう呼び出したのはいつのころだっただろう。
タカシは返事をしないままに、ことにを進めていった。
少しだけ日焼けの残る背中と尻が露になったころに、ショウタはやっと
タカシがなにをしようとしているのかに気づいたようだったが、別段抵抗をする気は
ないようだった。
怯えたように「お兄ちゃん」と呼び、「なんで? どうして?」と尋ねるが
タカシはなにも答えなかった。
いや、ひとつだけ答えた。
少しだけ期待したようないやらしい目で「お兄ちゃん、もしかして……」と小さく問う
ショウタに、タカシは残酷に「それはたぶんない」と告げたのだ。
あのあからさまに傷ついた目――、それにゾクゾクとした快感をタカシを感じていた。
そうだ、これは復讐なのだ。だから構わないはずだ。
タカシはそう自分に言い聞かせながらショウタの体を穿っていた。
>>86
暇な時にぽつぽつ書いたのがある。
しかし途中までなんだ。
*おい、聞いてくれよ、規制だよ、サルだよ、マジかよ
何度か試してみるうちに気づいたが、タカシとショウタは相性がいいようだった。
そんなところで何故感じられるのか、ショウタは数をこなすうちに甘えたような声で
喘ぐようになった。
罪悪感は覚えない。しかし性欲が満たされてもなお、タカシの暴力は収まらなかった。
「お兄ちゃん」
どっちに呼ばれたのだろう、と一瞬考え、声が妹のものであると確認すれば
タカシはショウタには使わないような優しげな声で「なんだ」と返答をした。
「最近お兄ちゃんつまんない」
近所にできた喫茶店を訪れていた二人は、プリンを食べていた。
ミユキは頬を膨らませ不貞腐れ、唇の端にカラメルが付着していることにも気づかない様子だ。
そんな妹の子供らしい顔にふと笑みがこぼれる。
「ついてる」
ティッシュで拭ってやってもミユキの機嫌は直らず「つまんない」と繰り返した。
「なーにが」
「最近ショウタ君とばかり一緒にいる。私つまんないよ」
そうだっただろうか、と考えそれもそうかもしれないと思いなおす。
タカシは思春期の子供のように盛り、暇を見つけてはショウタを抱いていた。
「そうか?」
誤魔化すように笑うと、ミユキはそうだよと返事した。
「今日だって二人で出掛けてるだろ?」
「でも……、でもなんか最近私だけ仲間はずれみたい」
「そんなことないだろ?」
「だって……、もういい。お兄ちゃんのばぁか」
近頃あまり構ってやらなかったことが原因だろうか。
「ミユキはショウタと仲直りしたの?」
「してないよ! 永遠にしないよ!」
最近は割りと上手くやっているじゃないか、と言えば、ミユキは更に眉を寄せ
「されたことは忘れられないよ……」と告げる。
「お兄ちゃんが『ミユキはそんな子じゃない』って言ったから我慢してるだけ」
それが妙に胸に刺さる。
されたことは忘れない。そういえば、嫌なことをしてきた相手ほど覚えているものだ。
嫌な感情で満たされている自分に気づき、タカシはアイスティーを飲み干すと
「買い物行ったらなに買う?」とこの後の予定についてお伺いを立て、
ミユキの機嫌を取ったのだった。
黙って近くにいられることに違和感を覚えているのだろう。
ショウタは時折チラチラとタカシを窺った。
「お兄ちゃん……?」
「なに」
尋ね返すとなんでもない、と返答される。
ショウタはドリルをやっていた。髪の合間から日に焼けた首がむき出しになる。
細い足に、頼りない背中。
それらを観察しながら、性欲を満たしても殴りたいのは何故だろうと考える。
ドリルをこなすショウタは落ち着かない様子だ。
「お兄ちゃん、あの……」
「なんだよ」
不遜な態度で言うと、ショウタは口をもごつかせ、それでもなんとか「俺、なにかした?」と
尋ねる。
「してないよ」
寧ろショウタがタカシになにかしたことなど、殆どない。大抵はタカシがショウタになにか
しているのだから。
「ええと、あのさ、もしなにかしたんだったら言ってもらえると……」嬉しいな。と
ショウタは遠慮がちに言う。
「なにもない。気にするな」
冷たく言い放つと、ショウタは萎縮して俯いた。
体を繋げるたびに、会話は少なくなっていく。
もう何日も優しい言葉などかけてやっていないなとタカシは考えていた。
ミユキと向かい合わせに食卓に並び、その日の夕飯を食していたタカシを襲ったのは
彼女の言葉だった。
「お兄ちゃん、もういいよ」
なんのことだろうと本気で言葉の意味を汲みかね「なにが?」と尋ねれば
ミユキはバツの悪そうな顔をして「ショウタ君のこと……」と言った。
「最近お兄ちゃん、おかしいよ……」
遠慮がちにミユキは言い、「私はもう平気だよ」と付け足した。
「平気って……」
「だから、平気なの。友達も元通りだし、もう苛められていないし……。
だから、だからね……」
――ショウタ君にひどいことをするの、もうやめて。
ミユキは真剣な顔をしていた。
どこまでばれているのだろうか。動悸がして、茶碗を持つ手が震えた。
「私、知っているよ。お兄ちゃんがその……、」
ショウタ君にしてること、と内容の判然としない告げ方であったが、
彼女がはっきりとものを言わないことから、全てを知っているのは明白だった。
「私の部屋、地下室の真上だから時々聞こえて……」
意味が判らないほど子供じゃない。ミユキはそう言った。
「時々悲鳴みたいか声になっているし……お兄ちゃんおかしいよ。私の為に
やってるって言われたら、私はなにも言えなくなっちゃう……。それに、もう
殴らないであげて欲しいの」
ミユキの真剣な眼差しに気おされる。
「私は平気だよ? それに……、もう本当にショウタ君をお家に帰さなきゃ」
「――なんで」
言葉は自然に零れ落ちた。
なんで、どうして今さら。
「だっていつまでも閉じ込めておくわけには行かないし……それにね、なんだか
学校でもちょっと動きがあったの。今さらだけどショウタ君のご両親が
ショウタ君を探しているみたいだよ」
その言葉に心臓が跳ねた。何故今さら探しているのだという疑問もあったが、
それよりもショウタを手放さなければならないという事実の方にタカシの
意識は集中していた。
「ショウタ君の親、最近まで海外にいたらしいのね。それで帰ってきて、
ショウタ君がいないって気づいたみたい」
他の兄弟のうち数名も伴っての海外転勤、その上ショウタは不良の真似をし休みがちで
いちいち学校側が電話をかければ家の者が嫌がったこともあり、気づくのに遅れたようだった。
「普段は『ショウタの好きにさせているから一々連絡するな』とか言うくせに
いざ三ヵ月半も行方知れずって判ると今度は『何故おかしいとおもわなかったのか』って
怒りながら学校に乗り込んできたみたい」
ミユキは不安そうな顔をした。
「駄目だ」
口をついてでたことばはそれだった。
「お兄ちゃん、でも……」
「駄目だ!」
ミユキはびくりと肩を竦ませた。
自室に篭り考える。
何故ショウタを返したくはないのか。
答えは簡単だろう、自身の悪事がばれるのを避けたいが為だ。
タカシはショウタになにをした。
殴り、首を絞め、そして――。
「駄目だ」
そう、自分の悪事が明るみに出ては困る。
「お兄ちゃん……」
ドアの向こうでミユキが呼んでいる。
今はその声に答えるのも煩わしかった。
そこまで考え、タカシははっとした。
何故最愛の妹をの存在を煩わしいなどと思うのか。
「ミ、」
呼ぼうにも声は出ない。出してはいけない、そんな気がしたのだった。
なにを今考えたのだろうと自問する。
何故、ミユキを煩わしいなどと思うのだ。
「お兄ちゃん」
ミユキがまた呼んだ。
今はそれどころではない。今はミユキに構っている暇はないのだ。
「お兄ちゃん!」
ミユキは更に声を上げタカシを呼ぶ。
それから暫くミユキの呼びかけは続いたが、数分後にはそれもふつりと途切れた。
諦めたのだろうか。壁掛け時計は時刻は夜九時を回ったから、そろそろ入浴の
時間になったのかもしれない。
部屋の外で大きな音がしたのは、そのときだった。
「お兄ちゃんってば!!」
ミユキの声とともに聞こえるのは、部屋を攻撃するようなそれで、タカシは呆気に取られて
硬直した。
「もう、出てきてよ!」
なおも呼びかけと音は大きくなるばかりで、一体なにが起こっているのか理解しかね、
タカシは歪みつつある扉をぼんやりと眺めていた。
「お兄ちゃん!!」
何度目かの呼びかけで、タカシは漸く椅子から立ち上がると扉に近づいた。
「み、ミユキ?」
「開けて! 開けなさい!!」
「ま、待て」
タカシの声が聞こえないのか、はたまた聞くつもりがないのか、扉は順調に破壊されていった。
やがて扉は奇妙な悲鳴を上げて、ドアノブが転げ落ち、そして扉そのもの大きな穴があいた。
穿ったのは、勿論ミユキである。
穴の隙間からミユキはスパナを放り込み、細い腕を穴へと突っ込んだ。
「やめろ、怪我する!」
「じゃあ開けて!」
隙間からにらみを利かせたミユキは、子供ながらに『一番怖い顔』を作っていた。
「開けてくれないのなら、ここに手を突っ込むよ」
「判った! 判ったから……!!」
とうとうタカシは観念して、扉を開けたのだった。
「どうしておにいちゃんは肝心な時にお馬鹿さんなんですか」
ベッドに座り込み、ミユキは怒り顔で尋ねた。
タカシは項垂れミユキの突き刺さるような言葉をただただ静かに聞いていた。
「お兄ちゃん、私もう平気だよ?」いじめられてないし、とミユキは言う。
「友達も増えたの」
そうか、と言うと、ミユキは「だからね」と言った。
「別にショウタ君とのこと、気にする必要はないよ」
ミユキの言葉にタカシはゆっくりを顔を上げた。
「なに……?」
「お兄ちゃん、ショウタ君のこと好きでしょ?」
「――え?」
思ってもみないような言葉を掛けられ、タカシはぼんやりとミユキを見つめた。
彼女は今、なんと言ったのだろうか。
ショウタを、好き?
全て判っているよ、と言いたげな顔のミユキは、小さな手でタカシの背を遠慮がちになぜた。
「だからね、ショウタ君のこと殴ったりしなくていいんだよ?」
「そんな、はずは……」
ないと、告げるはずだった。しかし喉は無様に震え、何故か視界が霞む。
何故泣いているのかが判らなかった。
ミユキへの裏切り。そう、ショウタを可愛がるということは、ミユキへの裏切りだ。
ショウタはミユキを苛めていて、だから、だから……。
「もういいよ。ショウタくんが私を苛めていたのって、たぶんお家が複雑だったからだよ」
「だからね、」とミユキが笑った。
もういいよ、気にしてないよ。ミユキはそう言葉を続けた。
「いいんだよ」
ミユキの小さい手が背をなでる。
その手は母の手にやけに似ていて、タカシは無性に泣きたくなった。
ショウタの開放は、ミユキの指示の下で的確に行われた。
ショウタの体の傷はひどいもので、その傷が癒えるまではと思ったが
一刻も早くショウタを返すべきだという尤もなミユキの意見に耳を傾ける形で
旅支度はちゃくちゃくと進められていた。
ショウタをここから出したくなかった。
悪事がばれる。それもあったが、自分の気持ちを認めてしまえば楽なものだった。
「ショウタ」
呼びかけにショウタは答えず、ただされるがままの状態で衣類を着せられていた。
「ショウタ」
何度目かの呼びかけで、ショウタは肩を震わせタカシを見た。
頭に手を伸ばすが、怯えた様子はなかった。
怖がらせないように、ゆっくりと頭をなでる。
「俺にとってミユキは、娘みたいなものなんだ」
ゆっくりと言うと、ショウタは頷いた。
だからお前のことを許せなかった。その言葉は飲み込み、タカシは嘆息した。
「お前に俺はひどいことしたね」
謝罪の言葉はどうしても出なかった。しかしその言葉にショウタは首を振り、
「俺がミユキを苛めたから……」と蚊の鳴くような声で言った。
「俺が、俺がミユキを苛めてたから、だから……」
仕方がないんだ、と言いながらショウタは目を擦った。
ここへと連れられてくるより前は、その手はもう少しふっくらとしていたはずだ。
もとより数少なかった子供らしいラインのパーツが完全に失われていた。
それでも、どうしてもごめんと言う言葉が出ない。
「羨ましかった。ミユキが」
「そうか」
だからと言って苛めて言い訳ではない。
そしてまた、タカシも選択を誤り、決して許されないことをしただろう。
「ここを出たら、好きにしたらいい。俺にされたことも、別に警察に話しても構わない」
タカシはそれなりの覚悟を決めていた。
ショウタを開放するということは、そういうことだ。
したことの罪は償わなければならないだろう。
ミユキもそれについてはしっかりと理解していると言っていた。
子供たちは、子供のようで子供ではないのだ。
しかし、ショウタはきょとんとしたのちに「なんで?」と告げる。
「なんでって……」
タカシは言葉に詰まる。ショウタはなにを躊躇しているのだろうか。
「お前……」
「俺、別に気にしてない」
丸い眼がタカシを見つめ、そして『そりゃ最初は嫌だったけど』と続ける。
「元はと言えば、俺が悪いし……」
しかし、この監禁生活に見合うほどの扱いを、果たしてショウタはミユキにしただろうか。
「ショウタ……?」
ショウタはぽつぽつと自分の出自を語った。
正妻の子で、期待された子供であったこと、しかしその期待に少しも答えられないこと、
できが悪くて罵られること、仕舞には居ないもののように扱われていること。
精神的にハードであることは間違いない環境を、ショウタはもう慣れてしまったのだろう、
諦めきった顔で語り続けた。
「だからね、ミユキが羨ましかった」
親が留守がちでも、ミユキにはいつでもタカシが居た。
「俺は、親でさえ俺のことどうでもいいみたいだったから……」
馬鹿だからしかたないけど、とショウタは続ける。
金があっても幸せと言うわけではない。ショウタはその陳腐な言葉を具現化したような
存在だった。
可哀想にと言ったら、きっとショウタはしょげるだろう。
可哀想に。
「――ごめんな」
タカシはやっと、覚悟を決めてそう告げたのだった。
「タカシ、お兄ちゃん」
ショウタはかすれるような声で、先ほどからタカシを呼んでいる。
それを無視して、ゆっくりと階段を上る。
手を繋ぐのは、これがおそらく最後だろう。
「お兄ちゃん」
きっとショウタの顔を見たら、決心が揺らぐ。
「説明したけれど、言いたかったら警察に言ってもいい」
振り返らぬまま言えば、ショウタが首を横に振る振動が伝わった。
「俺、俺……」
何事かを言い出そうとする彼の言葉を遮るように「ごめんな」とまた告げた。
「で……」
ショウタが何かを言い、そして歩みを止めた。
つんのめるほどの力のそれに、タカシは振り返る。
彼は俯き、そして首を左右に振っていた。あの柔らかい髪がふわふわとゆれ、
まるで小動物のようだった。
「謝らないで……」
「ショウタ……」
手を伸ばし、頭をなでてやる。
「謝らないで、お兄ちゃん……俺、俺……」
何事かとしゃがみこめば、タカシの目に映ったのは、唇を噛み締め涙をのむショウタの顔だった。
「俺、帰りたくないよ……」
「なに言ってるんだ、ショウタ。家に帰れるんだぞ?」
「帰りたくない……!」
タカシは困惑していた。ショウタの言っていることがよく判らなかったのだ。
憎まれこそすれ、離れがたいと言われるようなことをタカシはひとつもしていない。
「な、殴ってもいいよ……殴ってもいいから」
小さな拳はぎゅっと握られ、その場から離れたくはないと言わんばかりにショウタは
足に力を入れていた。
呼びかけ腕を引いても、ショウタは動く気配も見せない。
「俺、どうせ家に帰っても一人だし……だから、だから……」
「駄目だ」
ぴしゃりと言うと、ゆっくりと持ち上がったショウタの目は絶望していた。
まるでこの世の全てを失ったような顔に、タカシはたまらなくなる。
「俺はお前にひどいことをしたね」
ううん、とショウタは首を振る。そんなことないよ、と掠れ声が告げる。
それを真に受けられるほど、タカシも馬鹿ではなかった。
「お前は俺に監禁されていた所為で、感覚が麻痺してるんだよ」
そんなことない、とショウタは激しく、駄々をこねるように首を振り続ける。
「聞いて」
ショウタの頬を両手で包む。
この子供は、こんな感情豊かな目をしていただろうか。
タカシがまず知ったのは、ショウタの怒った目だった。
それから、悲哀。
それ以外の顔は、あまり知らないのだ。
今もこうして泣かせている。
困ったな、と考える。
「ショウタ、お家に帰ろう」
短く告げると、ショウタは涙を零すのも止め、ガラスのような目でタカシを見上げた。
「ごめんな」
ショウタの体を抱え、そして玄関へ向かう。
ここを過ぎれば、タカシは犯罪者であることが明るみに出る。
自室から出てきたミユキが「ショウタ君」と声を掛け、しかし言葉を飲み込んだ。
ショウタが振り返らなかった所為だ。
「ごめんね!」
ミユキの言葉にもショウタは振り返らず、そして――、この家を後にしたのだった。
一週間が過ぎ、ひと月が経ち、そしてひと月と半分が過ぎ、
しかしタカシの元へと警察官が訪れることはなかった。
その間タカシとミユキの元にも両親は一時的に戻り、めいいっぱい思う存分子供たちを
構い倒すと、またもとの企業戦士の顔になり自宅を後にした。
親子四人、幸せな家族だと思う。
今こうしている間にも、ショウタは一人で寂しくしているのかもしれない――、
そう考えるも、タカシにしてやれることなど一つもないのだ。
ミユキが言うには、ショウタはどこかの私学に転校したらしく、突然のそれには
別れを告げることもできなかったようだ。
*サルマジきついわ解除されにくすぎワロタ
「今なにしてんのかなーショウタ君」
食卓についたミユキは足をぶらぶらとさせ、頬杖をつきながらタカシへとそんなことを言った。
「俺が知るわけないだろー」
正気に戻ったショウタに訴えられなかっただけでも良しとするべきなのだ。
「ミユキ、ほら、さっさと食べなって」
焼いてやったパンケーキの上に「もうひとつおまけだ」とイチゴを乗せれば
ミユキは「やった」と子供らしい声を上げた。
「本当になぁ……」
「なにー?」
なんでもない、と返事をしつつ、思いを馳せるのはショウタの今現在の状態だ。
もっと早く認めて可愛がってやればよかった。
そう思うがもう遅いだろう。
元気でやってくれていればいいが。
そんなことを考えながら、タカシはコーヒーを飲み干したのだ。
ミユキとの買い物を済ませれば、時刻は夜七時になっていた。
好きなアイドルが出る映画がやるとかで、ミユキはタカシの腕を掴んで「早く」と急かし、
家路を急いでいた。
年の離れた兄妹なので、「若いお父さんですね」などと呼ばれることにもなれたものだが
人でごった返したデパートでそれを言われては機嫌が悪くなるばかりで
始終ミユキに気を使わせた自分が情けなかった。
「おにいちゃん、早くー!」
もう、と言いながらミユキはついにはタカシの手を離して走り出した。
「ミユキ、夜道は危ないから」
言う声も聞こえぬようで、ミユキは走り続ける。
角を曲がったら我が家だ。
さほど広くはない我が家にやっと到着する。やはりバスより電車を使うべきだった。
そんなことを考えゆっくりと歩いていると、角を曲がったミユキが慌てた様子で帰ってきた。
「お兄ちゃん……!」
「なに?」
早く、と先ほどと変わらぬ様子で、しかし何かが異なったのはミユキの顔が
嬉しそうだったからだ。
異変を感じ取ったタカシは、腕を引かれて角を曲がった。
玄関前には、小さなシルエットがあった。
「あ」
そう言ったのは、どちらだっただろうか。
「ショウタ……」
そういうと、ショウタはタカシに抱きついてきた。
「ショウタ、なに、お前なにをして……」
言葉がでない。抱きつく腕は少しだけ太ったように思う。
子供らしいラインを描き始めた腕は、また少し焼けていて少年らしさが増したように思えた。
「お前、なにしてんだよ!」
怒鳴りつけると、ショウタはびくりと竦みあがった。
「お前、なんでこんなところに居るんだよ!」
「お兄ちゃん、」
ミユキが遠慮がちにタカシの腕を掴み、声が大きいと注意する。
「なんで、なんでこんなところに……お前は、」
馬鹿だ、とはいえない。ショウタが馬鹿と言う言葉にコンプレックスを少なからず持っていると
知っているからだ。
「会いたかったんだよ!」
戸惑いを打ち破るように、ショウタは言った。
「会いたかったんだってば! 俺、突然寮に入れられちゃうし……だから」
会いたくても会えなかったんだ。
むくれた顔でショウタは言い、それからタカシの腹を叩いた。
「会いに来たら、迷惑だった?」
「そうじゃなくて……」
そうじゃない。そうではないのだ。
だって、せっかく開放してやったのに。何故また自分からタカシの元へと戻ってくるのだろう。
お世辞にも丁寧とはいえない扱いをした。ひどいことをした自覚は十二分にあった。
それなのに。
タカシの困惑を汲み取るように、ショウタは顔を持ち上げ、黒い目で見つめた。
「好きだから会いに来たに決まってるじゃん……」
なんで判らないの、とショウタは付け足した。
「お兄ちゃんは、俺のこと、嫌い……?」
怯えたような目でいうショウタに、首を振った。
そんなわけがない。そんはずあるものか。
「ねぇ、嫌い?」
ミユキは二人の成り行きを見守っていた。
なにも言えずに立ち尽くすタカシに呆れたのか、背中をとんと押した。
「ねぇ」
ショウタは、明らかに怯えていた。
タカシに拒否されることを、タカシにまで『要らない』と言われることを。
ああ、泣いてしまう。
大きな水が溜まった目の端に親指を這わせ、そしてまつげから零れ落ちる寸前のところで
それを拭ったやった。
「好きだよ」
最初は憎いだけだった。その後可哀想だと思った。それが気づかぬうちに劣情と恋情が
綯い交ぜになったものに変わって行って、タカシは困惑した。
――この子供は、ミユキを苛めていたのだ。それなのに。
それなのに、タカシはこのかわいそうな子供に惹かれたのだ。
怯える姿さえ可愛く思ったのは、ショウタが歪な家に居たくせに、それでも
根は全うな子供だったからかもれない。
「好きだ」
もう一度告げれば、ショウタはやはり、結局のところ大声とともに涙を零したのだった。
「パンケーキまだあるよ」
日曜の午後、ミユキが明るい声で言うと、ショウタは「貰う」と言う。
ショウタは毎週日曜になると、寄宿舎から出てきて実家へは帰らずにこの家へと来る。
「ショウタ、ついてる」
口の端に生クリームをつけたショウタの頬を拭ってやると、ミユキが頬を膨らませた。
「あーやだ。なんか私、邪魔者みたーい」
「邪魔じゃないよ」
タカシの言葉に「説得力ないんだから」とミユキは呆れ顔だ。
「私、午後からお出かけしようか?」
「ミユキ、お兄ちゃんに気を使うのはよしてくれ」
いたたまれなくなるから、と言えば、ミユキはニヤニヤと笑った。
「いいよーラブラブしてればいいんだよ、もう」
隣のショウタを見ると、やはりいたたまれないような顔で俯いている。
表情が随分と豊かになったものだ。
そんなことを思っていると、やはりミユキが「お兄ちゃんの顔がいやらしい!」と
からかうように言う。
「あの、ミユキ、あのね」
「なーによーショウタ君」
「ごめん……」
唐突なショウタの謝罪に、ミユキはきょとんとした顔をして「ばぁか」と言った。
穏やかな日だ。なんの変哲もない日曜日だ。
こんな日が、きっとずっと続くのだろう。
――ショウタがタカシを好きな限り。
嫌いだ、もう嫌だ。そういわれたときは、きっとタカシはショウタを開放するしかない。
それでも、そのときまでは。
「ショウタ、メープルシロップ零してんぞ」
「あ、うん」
タカシはショウタの手を拭い、それから頬をなでた。
そのときまでは、ショウタと一緒に居よう。そんなことを考えていると、ミユキが声を上げた。
「あ、ユキ君テレビに出てるー!」
お気に入りのアイドルをテレビに発見すると、ミユキは慌ててリモコンを探して
録画を開始しする。
あどけない後姿は、少しだけ成長したように思える。
子供たちは、少しずつ成長をしているのだ。
いつまでこんな穏やかな日が続くのだろうか。ずっとこんな日が続けばいい。
そう思いながら、ミユキの目を盗んでショウタの頬にタカシは噛み付いたのだった。
もう異様な衝動が右手を襲うことはなかった。
もう、右手を振り上げる必要はない。殴る必要は、ないのだ。
開いた右手の掌で、タカシはショウタの頬をもう一度撫でた。
「好きだよ」
ショウタは嬉しそうに、はにかみながら笑いながら「俺も」と言ったのだった。
ミユキの「もう」と言う呆れた声は、二人には届かない。
<終>
規制怖くて削ったら何と言う尻切れトンボ
すまぬ
なによりミユキが終盤まで幸せそうってところに驚きを隠せない
>>139
女の子を肉塊にするのはやっぱり紳士としていけないかなって(棒)
最後の行は、俺には届かない。
<続>
みんなホスありがとなー
>>147
直接的なエロがあるのもいくつか書いたからググってもらえればよいかと
え、手足がない奴がラストじゃないの?
ほかにもあったら教えてほしい
今日は、比較的に静かにしてた、俺でした
>>150
手足がないの前にエロを書いたような
ちょっと思い出せない
ググッた
ショタ「ふふっ、お兄さん彼女居るんだよね?いいの?」がスレタイだった
これで人生初のエロを書いた
そろそろ寝るよーおやすみー
このSSまとめへのコメント
普通に良かった