まだ、題名がない青い春の物語 (544)
【まえがき】
題名をまだ決めていません。
SSスタイルではなく小説っぽくすすめていきます。
文章が合わない方はすみません。また誤字脱字もあると思います。
とりあえず完成目指して進めていきます。どうぞよろしくお願いします
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1378968303
幼なじみもいなえれば、妹も姉もいない。生き別れの家族だっていない。
そんな日常に放り投げられた俺にとって最後の砦は学校のマドンナ。
そう思っていた学校生活は確かに存在した。
ラブコメってのはたくさん定義はあるが、最終的にはすべて同じ。
主人公に惚れているか惚れていないか。それだけだ。
だからこそ俺に惚れている女の子が存在すればそれはもうラブコメだ
幼なじみもいなえれば、妹も姉もいない。生き別れの家族だっていない。
そんな日常に放り投げられた俺にとって最後の砦は学校のマドンナ。
そう思っていた学校生活は確かに存在した。
ラブコメってのはたくさん定義はあるが、最終的にはすべて同じ。
主人公に惚れているか惚れていないか。それだけだ。
だからこそ俺に惚れている女の子が存在すればそれはもうラブコメだ
じゃあその女の子はどこにいる?
残念ながら今はまだいない。じゃあ出来る予定はあるのか。
そりゃ相応に頑張れば出来るだろう。女の子に出来るだけ嫌味なくアピールし
それなりに散財すれば誰だって彼女ぐらいできるだろう。
だが学生の身分でそれは厳しい。それに彼女がほしいだけで、そこまで頑張れる気もしない。
草食男子というのはこういうことであろうか。
……
今日から6時間授業だ。入学早々は授業は4時間で終了で昼過ぎに家に帰れる素敵仕様。
だがもうそんな日々は戻れない。眠気と共闘する時間が夕方まで続く。
そんな日々を嫌と思いながらもきちんと登校する学生は素晴らしいだろうか
当たり前なこととはいえ、これは意外と辛いことなのかもしれない。
教室に向かっている最中、とある女の子とすれ違った。
なんだっけ、東福寺さんでしたっけ。中学時代から学校が違うにもかかわらず美人で評判と噂を聞いていた。
確かに可愛い。透き通った肌にセミロングで黒い髪、整った目に、少し小柄な体型。
アイドルであればまずスペックが高すぎて敬遠されそうなレベル。
いや、アイドルになれば80年代全盛期時代でも余裕でトップになれるだろう男心を揺さぶる可愛さと
女を心底嫉妬させそうなぐらい綺麗さも兼ね揃えた最強。
こんな可愛い子が地元にいること、そして同じ学校で見れることを不思議に思っている。
俺には一生届かない存在だし、リア充でもない俺にとっては話す機会なんて二度とないと思う。
そう思っていた。
……
「好きな子は出来たのか?」
「いや、まだ4月だろ」
中学時代からの腐れ縁の滝井が話しかけてきた。
中学時代もこいつとばかりつるんでいたせいか、よからぬ噂を立てられたものだ。
だが実際はコミュ力の欠如で、つるむことが出来た人間は滝井しかいなかっただけなのだ。
「もったいないぞ。あと女子高生と戯れる日々は1000を切ったんだから」
そう言われるとまだ余裕があるんじゃないかと思えてくる。
「そう言われると余裕を感じれる」
「そう思うだろ? だが実際あっという間に過ぎてしまい、卒業した時後悔しか残らないぞ?」
こいつは何を見てきたんだ……。
「じゃあせめて可愛いと思う子を挙げてくれ」
「それこそまだ4月だ、名前もろくにわからんがな」
「いやいや、粗方でいいんだよ」
「じゃあ東福寺さん?」
「またベタな! 好きな野球選手はイチローぐらいベタだぞ」
東福寺さんはメジャーリーグでのレジェンドらしい。
「まぁ、可愛いし、ああいう子と付き合えるのは幸せなことか?」
滝井は東福寺さんを話題に切り替えてきた。
「いや、付き合うも何も、あの子親衛隊がいるじゃん。その時点で高翌嶺の花」
そう彼女は可愛すぎて、無垢すぎて、愛しすぎか何かで
ファンクラブ及び、親衛隊なるものが存在している。
ファンクラブ会員は匿名的で、誰が誰なのかわからないのである
だが存在はしているとのこと。
イケメンリア充が東福寺さんにお近づきになろうと思い接近したと思えば
翌日からイケメンリア充が不登校になったとか噂されたり
学校の帰りに寄り道をしないように監視したり
とにかく東福寺さんの清純を保つために結成されたとのこと。
だから東福寺さんに手を出すことも一切禁止されている。
彼氏を作ってラブラブしたり、恋の痛い日記をブログで挙げたり、呟いたり
そういったことを親衛隊にブロックされているのである。
「そうだねぇ。確かに東福寺さん自体は攻略出来ても、親衛隊がネックだもんね」
「攻略って……」
「まぁせいぜい頑張り給え。目指せ東福寺さん攻略」
「しねーよ」
……
数日経ち、徐々に学校のシステムに慣れてきた所で
学校に提出するプリントを取りに学校に戻ってきたところでゲリラ豪雨が降り
居残りしていた学生が取り残される惨事となったようだ。
生憎俺は家がとにかく近い。このレベルなら傘でも余裕で帰れるレベルだ
下駄箱ロビーを出ると、東福寺さんが立っていた。
どうやら傘を忘れたみたいだ。かわいそうに。親衛隊は傘を持っていないのであろうか
普段から準備のいい俺は傘(前に置き忘れた予備の傘)を二本持っていた俺は
東福寺さんに貸すことにした。だが、親衛隊の目も気になっていたこともあった。
「傘貸すぞ?」
「え、あ……えっと…?」
突然話しかけられたのか少しぼーっとしている東福寺さん。可愛い。
「傘余ってるから、使っていいよ。これ、ほい」
「え、でもその」
「いいって。ほら、俺も一本あるから。1年E組の傘立てに置いてくれたらそれでいいから。じゃ」
その後の答えを聞かずそのまま去った。
あんまり恩を着せると、却って印象が悪くなるはずだし、何より親衛隊に何されるか分からない
なにせイケメンリア充が不登校になるぐらいだからよっぽどの話だろう。
だが翌日……
ホームルーム前、傘を綺麗に畳み込み手作りクッキーを同梱して返してくるという前代未聞の事件を起こしてきやがった
これには思わず俺も苦笑い。親衛隊もあまりにも予想外の出来事に椅子ごと転げ落ちた場面を見せた。
「いや、傘立てに立てといてと……その言ったよね」
俺は若干引き気味の顔で言った。
「いえ、傘のお陰で濡れずに帰れたので……そのせめて御礼と……クッキーは時間があったから……嫌いですか?」
どんな脳の構造をしているんだ。傘を貸したお礼程度でクッキーを焼くという発想。
そこいらの「女子力(笑)」を極めた人たちもここまで乙女なことは出来ないだろう。
だが彼女は平然とやってのける。
一応受け取ったが、正直俺の高校生活の歯車が狂う大きな布石となった。
……
「で、美味しかった? クッキーは」
「あぁ。添加物を感じない優しいお味でしたよ。あれは紛れも無く手作りだ」
「史上初みたいだね。東福寺さんの手作りお菓子を受け取った男子」
「名誉なのか不幸なのか」
「これを機会にお近づきになれたらいいね」
「滝井、冗談でもやめてくれ。もう既に親衛隊からの視線がキツい。このままフェードアウトしていく」
「面白く無いなぁ。もっとアピールしていきなよ」
「イバラの道過ぎる。俺はもっと平和に学校生活を過ごしたい」
「そういうものかなぁ、でもイバラの道を超えてこそ得る愛ってなんかいいじゃないか」
「はは……てか、クッキーを受け取っただけでこのザマもどうかと思うぜ。あの子はなんとも思ってないだろうし」
「まぁそうだけどね。そんな簡単に彼女が惚れるなら誰も苦労しないだろうし」
この時点で俺は親衛隊に特別何かをされた訳でも無かった。
要は彼女は優しすぎるから、お礼にクッキーを焼いたと解釈したのだろう。
イケメンリア充じゃないという点が減点対象になり、クッキー裏山レベルで留まったのであった。
……
彼女とは違うクラスということもあり、全然顔を合わせる機会が無かった。
教室も彼女はAだったし、もう問題なくフェードアウト出来ると思っていた
だが選択授業という場面で授業が被ることがある。
まぁ教室が一緒になるだけだし、週3回程度なので特に問題無いと思っていた
だが、美術で不幸が起きた。
マンツーマンで油絵の具で相手の肖像画を描くという授業
奇跡と呼ぶべきなのか、不幸と呼ぶべきなのか、東福寺さんとペアになったのであった。
これには思わず俺も苦笑い。
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた彼女。なんと礼儀正しい……
そういえば、以前もらったクッキーのお礼はするべきなのか。
いつまでも言えずにいると、俺自身の気分も良くない。ここは言っておくか。
「クッキーありがとうございました。美味しかったですよ」
少し距離をおいた感じで伝えた。これぞ社交辞令。最低限の仕事と言うべきか?
「いえ……こちらこそ。よかったです。初めてクッキーをプレゼントしたので緊張しました」
「そうっすか」
緊張したのはこっちだ。と言いたかった……。俺自身も女の子にプレゼントってのは
中学時代の申し訳レベルのバレンタインの義理チョコのみだ。
一応部活のマネージャーから貰ったが、安心し給え、全部員にプレゼントしていた。
つまり、俺だけにプレゼントというのは今回初めてみたいだ。
喜ばしいことなんだ。本当は、しかも学校のマドンナから。こんなこと一生に一度あるか無いか。
だが、恐ろしいぐらい視線が痛い。どうやら美術室にも何人か親衛隊がいるみたいだ。
確かにムカつくだろうな。突然別クラスの男子にクッキーを届ける光景を見てしまったら。
だが安心してほしい。これ以上もこれ以下も無いから。
俺がここからいくらアピールした所で、彼女は届かない存在だ。
どんどん高くなる段差。それを引きずる親衛隊。
誰も彼女には届かない。そして、そのまま彼女は萎れてしまうのではないのか?
少しだけ彼女がかわいそうに思えてきた。
美術の内容は、油絵の具を使い、お互いの肖像画を描く。
先生の意向で、下書きは禁止という暴挙。いきなり描く必要がある
油絵の具は上から塗り重ねれる。それを上手く利用しなさいという指導。
どこかの印象派の芸術家に影響を受けてのことだろうが、印象派の芸術家だって基礎技術を以っての作品だ。
何も技術を知らない学生ごときの分際で印象派の作品なんて笑わせる。それはただの絵の具の集合体だ。
それにしてもなかなか緊張する。
彼女の姿を見て作品を投影することが。
下書きがOKだったら、さっさと下書きしてしまい、
そのまま彼女を見ずに、キャンバスの上の彼女を塗りたくっていけばいいのだが
下書きがNGともなれば、彼女を定期的に拝んで、作り上げていかないといけない。
手のスピードも早くない俺にとっては、とても厳しい。あと数回の授業の機会がある。それまでに完成しないといけない。
諦めて適当に描くということも出来るのだが、それをするのは成績表の影響が響く。
それに、東福寺さんのこちらをチラチラと眺める姿に少し萌えてしまう自分も辛い。
そしてチラチラと睨みつけてくる親衛隊の姿に目が覚めてしまい、頭のなかがグチャグチャになってしまう。
早くこんな時間過ぎてしまえ……。
そんな時間もいずれは過ぎるものである。
俺は開放された。といっても、木曜日にまたその時間はやってくる。
チャイムが鳴ったら片付けた美術セットを持ち教室を去る。
教室に戻ればすべて開放されるのである。何もかも。平和が約束されるのである。
……
「お前噂になってるぞ」
「俺が噂になるってことは、あれか。ようやく俺もメジャーデビューに近いということか」
「お前の趣味のギターの話じゃない。東福寺さんとのことだ」
またか。と思うしか無かった。
クッキー事件から、芸術の選択科目による、ペア作業と重なれば、噂ぐらいは流れると思っていたが
「噂になったところで、何も起きていないのに」
「まぁ、それはわかっているんだが、幸運の持ち主と噂されている」
「いや、幸運だとしても、あまり名誉的ではないんだが……それに東福寺さんに迷惑を与えている気がするしな」
それもそうである。こんな取り柄もない一学生に学校、いや地域トップクラスの美少女と噂を取り付けられたら。
「人の噂も七十五日というじゃないか。このままフェードアウトしていくだろう」
俺はもっともなことを言うことにした。
むしろこれ以外まともな打開策がない。
「へぇ、でもそれまで耐えれるかな。親衛隊の仕打ちは中々辛いところがあるよ」
「それだけだな。俺は、東福寺さんに何もするつもりはないと大々的に発表するべきなのかな」
「どこかの芸能事務所みたいだね。でもそれはいい考えかもしれないぞ」
「ただ親衛隊の誰に話せばいいのかが謎だ。あいつらは匿名性が高すぎるし、誰がトップなのかも分からない」
「それだね。しかしやっかいなことになったね。まだ実害は無いんでしょ? それもまた怖い」
「実害は無いな。たまにすれ違うときに舌打ちが聞こえるレベルだ」
だがいつ嫌がらせが起きるかも分からない。恨みを持った奴らは怖い。
刺されてもおかしくないのか? まぁさすがにまだそこまでの段階では無いだろうがな
とにかく平和的解決だけが望まれる。東福寺さんには手を出さない。それは約束するのに。
……
美術の時間はそれでも続いていく。
ペアの東福寺さんを描いては描く。とにかく作品としての最低限基準をクリアし
さっさと片付けることだけを考えていた。
俺の性格上は、ひとつの作業は完遂させるタイプではあるが、そうも言ってられない。
俺はさっさと完成させて東福寺さんとのコンビを解体することだけを考えていた。
完成させた作品を先生に報告を入れた。製作の授業はもう終わりで、あとは残った時間は放課後で行う必要がある。
まぁ、ようは作品は完成させないと点数にならないから、ここは頑張りどころなのである。
「75点。完成させることしか考えていないでしょ」
芸術の先生のキツいお叱りの言葉を頂きました。
終わったのはいいことだが、想定外のことが起きた。
東福寺さんは完成できていない。これは困ったものであった。
自分の作品ばかりを集中していたため、東福寺さんの作品自体全く気に留めていなかった。
「あとどれぐらいで完成出来そう?」
「今日居残りで2時間ぐらいで……」
全然完成していないじゃねぇか。ただ、その絵はきちんと描き込まれており
細部の影や光源を意識した塗りは授業をよく聞く優等生の香りを感じる事ができる。
……
放課後に東福寺さんの作品の完成を付き合う為、俺は美術室へと向かった
部屋に入ると俺を除くと2組ほどしか残っておらず、教室は閑散としていた。
東福寺さんは既にパレットの支度を終わらせていた。
原則として、必ず模写しないといけない。片方が作品を終わらせていたとしても
片方は待たないといけないという連携。
「ごめんなさい。残ってもらって」
「いいよ」
東福寺さんはとにかくパレットと俺を交互に見つめ描いている。
退屈だ。こっそりイヤホンでも付けて音楽を聴きたいところだが、美術の先生も滞在しているのでそれは出来そうもない
作品を完成させれば開放されることは間違いない。これで御役御免。
東福寺さんも俺も、変な噂から開放される日が来るのだ。
1時間ほど経ったあたりで、俺と東福寺さんペア以外は帰ってしまい、芸術の先生は職員会議で席を外した。
今、二人っきりというシチュエーションとなっている。
ただ、どこかしらに親衛隊が隠れている気がする。
「すみません……なんとかもう少しで終わらせますね」
東福寺さんは少しペースを上げてきた。
さっきより、エッジとキャンバスの弾く音が大きく間隔が早くなった。
「焦らずに」
とにかく中途半端な完成品を作るのは駄目だと思うし、ここは東福寺さんの完成を付き合うべきだ
そう結論づけ
「納得行くまでちゃんといるから、きちんとやろうぜ」
と言葉をかけた。
……
作品は無事に完成された。これで俺と東福寺さんは無関係となれる。
そう思うと、少し悲しいが親衛隊からの痛い視線を浴びずに済むのは大きいのではないだろうか。
「ありがとうございました」
東福寺さんはペコリと一礼した。どこまでも丁寧な方である。
「はい」
俺はそう伝えそのまま颯爽と帰るつもりであったが
どこまでも歩幅を合わせ付いてくる。なんだこの子は。
「ん?」
「はい?」
なぜ付いてくるのだ。あぁ、下駄箱が一緒だもんな。
同じ1年だし、それぐらいはな。
下駄箱につくと、東福寺さんは自分の下駄箱のところへ走っていった。
俺はようやく開放されたと感じ、靴を入れ替え玄関へと歩いて行くと
既に靴を履き替えた東福寺さんはこちらを向いて立っている。
「ん?」
「はい?」
相変わらず意思疎通が出来ない。さっさと帰りなよ。
俺は結構ダラダラするタイプだ。何故併せるんだ
「先に帰りなよ」
「そうなんですか? 一緒に帰らないのですか?」
ほう。そう来たか。確かに一緒に帰らない理由は無いかもしれない。
お互いを嫌っているのであれば、話はわかるが、お互い嫌い合っていないのであれば
一緒に帰らないという選択肢を選ぶことは不要と捉えたのであろう。
だが俺には理由がある。そしてその利害は東福寺さんにも一致するであろう。
ここは正直に話すべきであろうか。話さないと、東福寺さんも今後苦労するだろうと思う。
「東福寺さんと帰りたい気持ちも山々だが、変な噂が立つのも嫌だから、別々に帰ろう」
「噂?」
東福寺さんは本当に何も知らないんだなぁとしみじみと思った
「東福寺さんは人気だから、俺なんかと帰るとよくないよ」
「そんなことないですよ、私なんて……全然人気なんてありません」
どの口が言うか。バラエティ番組のアイドルの返しと同じものを感じた。
「だって、男の人と遊びに行ったこともないし、話しかけられたこともほとんどないし」
「そうか。人気があるから、みんな近寄りがたいんだと思うんだがな」
周りに異性が近づいてこないことを、彼女は人気がないと勘違いしているのであろうか。
それを逆手に取り、彼女に恋愛をさせないと踏んでいるのであれば親衛隊は
本当に最低な自分勝手な奴らだろうな。
「どうしたら、もっとみんなと仲良くできるのかな……」
「俺は友達多くないから、そのことに関してはコメントし辛い」
「じゃあ、その……ご迷惑じゃなければ……友達になってくれませんか?」
おっと、回り込まれた。
「俺と友達はすごく難しいぞ。俺は・・・あれだ。あほだし、性格悪いし」
「そんなことありません。優しい人だと思います」
「優しいのはみんなそうだって」
「嫌・・・なんですか?」
そんな目で見ないでくれ。ここで泣かせると親衛隊だけではなく
学年の女子まで敵に回してしまいそうだ。
「まぁ友達って定義は難しい。とりあえず今は保留で」
「だめ……ですか」
「いや、何かあったら誘ってくれって感じだ」
「じゃあ友達ですね。ふふっ」
あれ、勝手に友達にされている。これ結構やばいやつじゃないかな
無関係に終わらせるつもりが、なんと友人関係というランクアップ。
次は疎遠関係にならないといけないという無駄なハードルアップ。
大変なことになってしまった。今はそう思うしかない。
【続きます】
こういう書き方ってありなんかな……
なんか変な感じやね。まぁ作者のおなにーってことでおねがいします
友達になったからといって、教室が違うならばそう会う機会もない。
誰か代われと思ってしまう自分が憎い。
とりあえず、東福寺さんに男友達を増やしてもらうしか解決策がない
なんとも変な言い回しだが、これ以上もこれ以下もない。
生憎メールアドレスや携帯番号も交換していないため連絡手段がない
これぞ肩書だけの交友関係。
これでは東福寺さんも下手に手出しは出来ないだろう。
「お前、東福寺さんと友達になったんだってな」
この学校はなんでこんなにも噂が流れるのが早いのであろうか。
「知らん。俺は友達とは思ってない」
「東福寺さん嬉しそうに教室の女友達と喋ってたぞ」
おいおい……それを軽々しく話すのはやめていただきたい。
せめて秘密と言っておけばよかったのかな……だが時に既に遅し
明らかに俺の生活もあんまり良くない方向に進んでいる。
下駄箱に「調子に乗るな」という手紙が入っていたり
親衛隊の視線も中々厳しくなってきている。
ここはいっそ親衛隊に交渉するか、友達と認めてください。
彼女をください、キスさせてください! みたいな感じで。
おう完全に殺されるな。絶対駄目じゃないか。
結局、俺はどうすればいいんだ。このままだとイケメンリア充と同じ運命になりそうだ。
「俺はどうすればいいんだ。距離を置こうと思えばどんどん詰まっていきやがる」
「距離かぁ。もうそのまま付き合っちまえばいいじゃん。命の保証は無いけど」
冗談にならない。
とりあえず面倒なイベントを起こさないこと。これに尽きる。
男友達といっても、話す内容も平凡にし、当り障りのない返答をすれば大丈夫。
ようは、壁を隔てて接することが出来れば問題は無いのだ。
変に突き放すより、少しだけ接することが大事なのである。
……昼休み
俺は滝井といつも通り食堂に向かうことにした。
弁当箱を持ち、階段を下り、校舎を出て、隣の棟の食堂。
弁当を持っているのでそこに行く必要は無いのかもしれないが、弁当が少し物足りない時
なけなしの小遣いでハッシュドポテトを買うことが出来る。
足りなくなってから食堂に向かっては遅いし、売り切れてしまうことだってある。
なら、先に陣地確保が策士の極意よ。
相変わらず人でごった返し。毎日正月のバーゲン・セールを見ているようだ。
あらかじめ人気商品の焼きそばパン、唐翌揚げパン、オーブンピザは諦めている。
あれを入手するのは困難とかいう範疇を超えている。誰がいつも買っているのか謎だ。
と、どこかのライトノベルのような字数稼ぎはここでやめておこう。
「東福寺さんと行かなくてよかったのか?」
滝井が茶々を入れるように言ってきた。
「残念ながらそこまで仲良くない」
「誘えば喜んで付いて来そうだけどね」
「まぁ多分あの子は人懐っこい。ホイホイ誰にでも付いて行くさ」
「そうかなぁ? 俺的にはお前だからこそってカンジがするぞ」
「それは無いさ。たまたま俺が傘を渡したからだ。誰かこの権利を譲渡したいぐらいだ」
「譲渡なんてもったいない。学園のマドンナだよ。友達の権利なんて数年後数百万出してでも欲しくなるぞ」
確かに青春というのはお金では買えない。過ぎてからわかる後悔とも言う。
だが、その青春の為の犠牲が大きい。友達が減ってしまい最終的に何も残らない。
それで、恋人まで失ったら何が残るのだろうか。
そんな無茶をしてまで青春を謳歌したくないのが俺の考え方だ。
適当に過ごす故に、適当に付き合う関係が一番楽で、あとに残らない。
「将来と恋は別物だってことかな?」
「なんだそれ」
「将来、優良会社に入るため、勉強をし社会活動やサークル活動をするとすれば、恋愛は可愛い彼女を作るために努力はせず、身の丈に合わせた恋をするってこと」
「まぁそういうものさ。恋なんてそう簡単に上手くいかない」
「でも東福寺さんはどう思っているんだろうね、実際のところ」
「なんとも思ってないだろう。まぁ高く見積もって、いい人レベルだろうな」
「そりゃまた低く見積もったね」
「んな訳あるか」
滝井との会話も東福寺さんの話中心だ。どういうことか俺の頭の中には
東福寺さんが占領している。だがそれはプラスなこととは限らない。
俺自身、無理やり東福寺さんを拒否しているのだ。
もっと浮かれるべきなのである。にもかかわらず冷静を保つことを共用している。
こんな自分を少しかわいそうと思う自分が情けなく思ってしまう。
数日が経ち、東福寺さんとも目をかけることすら無く
平和な日々を取り戻せた。そう思った矢先の出来事である。
学年親睦会。どうやら学年全体で電車移動し、バーベキューやらをするとのこと。
学年全体と交流する少ないイベントとのことだ。
集合は現地で全員私服参加とのことらしい。あぁ、女子が張り切っていましたね。
この旅行の大きな目的は中学時代の内輪関係を解き、新たなネットワークを築く
という目的もあるらしい。
だから基本的にほかグループとの協力はOKという自由奔放っぷり
もうグループの意味ないじゃん……と心のなかでツッコミをかけつつ、現地へと向かう
現地集合で電車に乗り向かうのだが、人だかりを見つけた。
間から覗くとやはり東福寺さんだ。私服姿を我先と拝みたく集まったのであろうか
怪しすぎるだろこの集団……。
東福寺さんの私服はテンプレ通りで、白いワンピースをベースに動きやすい
スキニーパンツとの組み合わせ。清楚そして可愛らしさ、そして元気っぽさすべてを兼ね揃えた最強。
最強である。最強。うん。
そんな彼女を見ると余計俺は遠い存在だと思ってくる。
いっそのこと早く、彼女に見合う、スペックの高い男子
親衛隊も泣いて撤退するぐらい性格も金も見た目も突出した奴が現れてくれれば
俺も安心して友達をやめることができるんだからさ……。
今日また再開しようかと。
誰もいませんよね
だがそう思って色々浮かれていたのかもしれない。
いざ気がつくと、東福寺さんと接触したり、顔をあわせたりする機会が無く
本当に東福寺さんと友達だったのか疑問になるぐらい何も起きないのである。
いや、起きないということはいいことである。何かが起きなければ親衛隊も何もしてこない。
まだ様子見なのかもしれないが、実害が何故か低いのが印象的なのである。
俺が何も出来ないヘタレと思われているのか、あまり仕打ちもレベルが低い。
もっと、ドアを開ければ黒板消しが降ってくるとか、靴が外のドブ川に捨てられたりすることを想像していたものだが。
だが気は抜けない。相手は匿名性が高く、誰が何をしてくるかが未知数。
今後も東福寺さんとは疎遠になるべきであることに変わりはない。
春も佳境を迎えとはいえ腹立たしい暑さに苛立ちを覚えながらも
グループ内での作業に没頭していた。
グループは自由であったためクラスのよくわからない男子陣。
要は野郎だけのワイルドなバーベキューと思いきや、
案外神経質な奴が多くどこか女々しい。
火の起こし方も態々インターネットの賢い方々の知恵を拝借し、
炭を囲みその中に紙を入れ熱を逃がさない効率のよいやり方を採用し、
他のチームより圧倒的速度で炭に火をおこすことに成功した。
着火剤も使っておらず、完全無双状態。
他のグループはまだ火すらついていない場所もあった。
ダディ・クール。どうだいうちのパパバーベキューなら敵無しなんだぜ」
「へっ、意気がってんじゃねぇ。俺のパパは新聞を取りに行く時間よりも早く火をつけるぜ」
「なぁ何だそのコント。入りづらいんだけど」
やはり俺のグループは味気ない。ボケもツッコミも中途半端で、バーベキューも正直微妙だ。
他のグループは女子と和気あいあい楽しく、リア充グループは女子グループに乱入。
火も付けてさすが男子とか言われてやがる。
一方オタクチームはオタクチームで楽しそうにゲーム機を持ち
肉を焼きながら、その画面の中で肉を焼いたり、
怪物を狩ったりしているみたいだ。器用だな……最近の若者は。
中途半端なグループはそのまますることも思いつかず、そのまま片付けに入った。
調子に乗ってキャッチボールぐらいはしようと思ったが、
運動部ではない連中にとってもどうでもいいことであるし
野球部員もいない当グループにおいて、この軟式球は何に使うべきか
冷静に考えて思いつかなかったのが故
最終的にはボールそのものを無くし、もう文字通りグダグダである。
東福寺さんとも一切絡みはないし、挙句の果てには楽しそうに男女グループで会話をしていたり
親衛隊もなんだか本当はいないんじゃないかと思うぐらい両者平和な遠足となってしまった。
帰りの電車も不要品の持ち帰りで重みを感じていっただけであり
この遠足で得たことといえば、炭を早くつけることだけであった。
今後、バーベキューをする機会があれば、役に立つかもしれないが、だからどうしたという思いが大半である。
望んだ平和なのに、どこか気がかりな一日。これが今のところの感想かな。
「友達になってください」
この言葉は嘘だったのか。あれから丸っきり会う機会もない。
一週間経ったあたりで俺自身も少し疑問を持ち始めた。
それにしてもアクションが遅すぎる。
傘を届けに来た時にクッキーも同梱するような
前代未聞な行動力を見せる彼女らしくない。
さすがに気になったので少しだけ彼女に接触する。
これは確認事項である。もし彼女のあの言葉が適当な発言であるのなら、
俺はきっぱりすっきり離れることが出来る。
もし嘘じゃないんだったら、またそこから疎遠になればいいだけだし。
彼女のクラスにまでとりあえず足を運ぶ。
彼女のクラスに残念ながら知り合いはいない。
言わば東福寺さん含め知り合いなんていない、未開拓地なのである。
そんなところにやすやすと行くのは気が引ける。
初めてスラム街へ行くヤンキーのような心境なのか?
だが覚悟は必要だ。ええいままよ!! と気合を引きしめ入った
……訳ではなくドアをひょいと覗いた。
チキンめ……情けない……。
覗くのは別に更衣室じゃないし全然問題は無いのだが、なんというか女々しい。
「大好きな先輩に話しかけれない……」みたいな女子後輩みたいな恥ずかしさ。
でだ。実際に話すとしても何を話せばいい。
彼女の趣味は? 好きな芸能人は? テレビは何見てるの?
好きなアプリは? てかケータイ何使っているの? 好きな音楽は?
彼女の共通点が分からない。そんなわからないものだらけの人と友達。
せめて、それぐらいは知るべきではないのか。
世界平和を目指すには、その国のいいところ悪いところを知り、認め合うことも大事。
すごく当たり前で単純なことなんだが、俺は東福寺さんを知らないといけないのである。
ようやく覚悟を決めた俺は東福寺さんを呼んだ。
「あの、東福寺さん」
呼び方はなんか「先生から呼び出し食らってますよ」
みたいな極自然で、超義務感を込めたもの。
これならクラスの方々も、下心で呼んでいるようには見えない。
下心は無いけどね、うん。
「あ、はい……やっときてくれましたね」
東福寺さんはちょっと嬉しさ半分、怒り半分で来た。
「いやぁ、クラス遠いからさ。で機会もなかったし」
すると横から誰か割り込んできた。やばい知らない人だ。
「遅いね。誰だっけ、すずのあれか男か」
「そんなんじゃない」
「そ…そういうのんじゃないかな」
東福寺 涼(すずみ)の下の名前を捩っているあたりかなり仲のいいご関係か?
「あぁ自己紹介いる? まぁ必要だよね。牧野っていうの。よろしくね、すずの中学からの友達ね」
「うっす」
中学からの友達ということか。同じ友達という割には、校則ギリギリのヘアカラーと
ピアスをつけていたり、東福寺さんの何段階も先に行ってそうな印象の女の子って感じですね。
「それにしても遅いね。駄目駄目。まぁそのまま来ないと思ってたからそれは予想外だけど」
「こっちだって事情はある」
「友達に諸事情なんてないでしょ。それは言い訳」
結構痛い所を突いてくる。そりゃそうですけど。
「すずったら、いきなり男友達が出来たと言い出すわ、昼休憩にあんたの教室突撃したり大変なんだからね」
「彼女らしいですね」
「でもお昼ごはんはおかしくないでしょう? お友達同士」
「そうね。でも、こういう誘いがけは男からってのが普通なの。それをすずは……」
何かお姉さん的な感じで東福寺さんを諭す牧野さん。
この方がいるからこそ、東福寺さんはいろんな魔の手から守られていたのかもしれない。
もちろん、親衛隊なんかじゃない。間違いなくこの人がだ。
「でさ、何の用なの」
あ、そうだった。
「用は無いが。あ、あるわ。東福寺さん、ケータイ持ってる? スマホ?」
「ケータイはありますが……その、ガラケーでして」
と律儀にカバンからケータイを取り出した。おぉ、なんだか折りたたみケータイも新鮮だ逆に。
「まぁあれだ。メールアドレスぐらいは交換しておきましょう。はい」
「そ…そうですね。でもどうやって?」
「あぁ、もう手打ちでいいよ。画面を見せて」
ケータイをあんまり良くわかっていないようで、おそらくネット中毒で無さそうだ。
おまけにガラケーですね。間違いなくTwitterでアホな画像をアップロードしないだろう。
メアド交換の儀式は無事に終了した。これが何より怖かった。他人の目が。
下心の極みに見えるだろう。人前でキスをする、手をつなぐ、恋話をするの次点で下心を感じる。
下心はあるかもしれない。だが、メールというのはプライベートにまで近づく事ができる
インターネットの世界にまで逃げれば親衛隊は東福寺さんのすべてを監視することは出来ない。
だからこそ、上手く東福寺さんとも距離をおける。
友達というものに疎遠はつきものだ。
関わらなかったらいずれ距離が遠くなり、もうどうでも良くなる。
俺のことをどうでも良くなってもらう。
これが一番有効でもっとも誰も傷つけない作戦だろう。
これはメールというもので着実に距離付ける事ができる。
最初はメールで楽しく会話をし、
一回ぐらいはメールで誘ってプライベートで遊ぶのもありかもしれない。
だが、そのままメールで会話をするレベルにまで引き下げ、
そのままメールの頻度を下げる。
最終的にはメアドを変更した時に連絡するレベルにまで下げれば疎遠の完成だ。
こうすれば親衛隊もメアドを奇跡的に入手した男子ということで何もしてこないと思うし
東福寺さんも次のステップに踏み出せるだろうし、もっともっといい男子を捕まえていい人生を送ってもらえるだろう。
つまりみんな幸せんだと思うんですよ、そうでしょ?
そういった作戦を踏まえ、東福寺さんのメアドを入手した。
はぁ、ケータイの連絡先に家族と男どものメアドと「東福寺さん」
すごい。これだけは誇ってもいいのかもしれないな。しばらく誇らせて頂きます
今日はここまでです。
「疎遠になることが彼女にとっての幸せ」
とややネガティブなやり方をする主人公です。
「抜けているけど、本当に本当にいい子」
なヒロインの東福寺さんです。
登場人物がやや増えましたが
今後の物語で、誰がどういう思惑で接しているのかはネタバレになるので次回作をお楽しみに。
ようやく入手した、メールアドレス。
言い難いこと、伝えにくいこと、本当に伝えるべきことも容易に伝えれる魔法のデバイス。
ここからどうするべきなのか、本当にそれが勝負なのである。
とりあえず、何よりも先に行うべきことは登録名である。
最近のスマホのやり取りなんかだと、登録名は相手のオーナー設定で勝手に決められる。
もちろんこちらで変更することも可能だ。ましてや、名前だけだったり、小文字を使ったりした登録名だと
こちらから変更するに決まっているからな。
つまり手動で登録する楽しさは、名前を登録する決定権はこちらにあるということだ。
東福寺さんでもいいし、東福寺でもいい。すずみなんて暴挙だって可能だ。
そんな選択肢を選び放題の自由。なんて素晴らしい。
おっと、調子に乗ってはいけない。俺はあくまでも疎遠になる為の作戦なんだった。
なのでいずれこのメアドを使わなくなる日が来る。
最終的にはこのメアドは削除する日が来るのである。悲しすぎますね。
「初メール: まぁ話題はないですがのんびり行きましょう」
一応礼儀としてこちらからメールをすることにした。
顔文字も使うキャラでもないし、絵文字でギラギラしたものを着飾っても仕方がない。
ここはおとなしく行こうじゃないか。
「Re: 初メール: よろしくおねがいします 」
返ってくるメールに少し不安を感じた。
変換した形跡も見当たらない。句読点もついていない。メールではクールなキャラなのか?
それとも文字入力が苦手なのか……。
いずれにせよ、メールで話を盛り上げて行くのは相当に難しそうだ
その後はメールを返さず、今日は終了した。何かしら会話をメールでしていけばいい。そんな流れかな。
翌日……
メールでやり取りできる以上、もう焦る必要はないと思っていた矢先だ。
昼休みになった数分後
「お昼ごはん一緒に食べませんか?」
と東福寺さん。その後ろに牧野さんもいた。
これから滝井とのんびり昼飯でも食べようと思っていたいたらこれだ。
どうやら俺が話しかけたことを皮切りに、お昼ごはんを誘うことに何も制限を感じなくなったみたいだ。
というか、そもそも牧野さんがいなかったら、そんなことお構いなしに昼ごはんを誘う様子だったとのこと。
何か分からないが牧野さんには頭が上がらない。頭の回転が早そうというかなんというか。
「いただきます」
何故か東福寺さんと俺と牧野さんと滝井で食堂で飯を食べることになっている。
あまりにも異様な光景に、誰一人リラックスしていない気がする。
相変わらず聞こえてくる親衛隊からの舌打ち。もうね……このストレスやばいです……。
早く脱出しないといけない。この環境に。俺のストレスがマッハもそうだが
東福寺さん自身もあまりいい影響は出ないだろう。俺みたいなパッとしない奴とツルんでいたらさ。
ラブコメ主人公的な立ち位置に見えるそいつに腹が立つ。
二次元世界ならフィクションだしどうでもいいかもしれないが
目の前に実在されたラブコメディを見ているとするなら
それ程恨みたくなることはないだろう。
そんな東福寺さんの目を覚まさないと……。
そう考えてきている奴(親衛隊)もいるだろう。その手段が犯罪級ならなお危険だ。
東福寺さんは天然なところがあるだろう。
それ故に、俺と集中的に絡んでいることは非常に傍から見て危険だと思っていないことだ。
そこで気になるのが牧野さんである。
この人は絶対に頭の回転が早い。間違いなく、俺なんかより数手先を見据えている。
そんな彼女から見れば、俺と東福寺さんとこんなともだちごっこを見届けるのは非常に不気味だと思うだろうし。
ましてや中学時代からの友達と言うのなら、
そんな軽々しく適当な男子と東福寺さんを合わせるなんて思わないだろう。
じゃあ一体なんなんだ……? 分からない。
ところで滝井は本当にすごい。こんな初対面の方々とそれなりに話を広げている。
元中学の話をベースに、中学時代の学校の風習や、先生の特徴や、変なうわさ話。
時間を潰す会話を繋いでいくそのセンスは本当に洗礼されている。
今日は更新が少ないですがここまでです。
明日以降また更新します。おやすみなさい
もうすぐ近づく定期テスト。
それを乗り切らないといけないということもなかなかに辛いものだ。
すべての学生に取り憑かれた悪夢とも言える。
これが嫌で、卒業したら大学に行かず就職するやつだっているぐらい。
そんな地獄を戦後数十年、戦い続けているのである。
そんな地獄を俺も中学に渡り、戦っている。
自宅に帰ると、漫画の悪夢、ゲームの悪夢、ネットの悪夢。
様々な煩悩をくすぐる環境にいる現代の若者。
それに打ち勝つ為に、部屋にある様々なものを取っ払わないといけない。
ゲームのコンセントを抜く。
それとともに部屋へ追い出す。
PCなんてものはHDDのSATAケーブルを取り出しどこかへと追いだす。
そうすればPCのBIOS画面しか出てこない。
どう足掻いてもウインドウズなんて出てきやしない。
いざ机に座り復習用のプリントを取り出す。
心を無にして勉強を行えればいいんだが、やはりたくさんの煩悩が邪魔をする。
基本的には東福寺さんのことである。
今後どうするべきなのかを考えたり、それどころじゃねぇとテキストを読んだり
ところどころで考えなおしたり、どうも勉強が捗らない。どうすればいいんだ。
テストの結果はさんざんだった。これ程までに高校の勉強は難しくなっているとは。
一応赤点は免れているが、得意教科の化学以外は本当に酷いことになっている。
テストが終われば、その後に巡っているのは体育祭だ。
この学校の風習として大体5月中旬に準備にかかり、5月末に実施される。
全学年参加で、クラス対抗ではなく、団対抗という括りで実施される。
赤団、白団、黒団。この3つに分かれており、各学年ABCDEF組は三分割されていくのだ。
つまり、別のクラスと協力して行うため、そのクラス同士は体育祭終了後も仲良かったりするとも聞く。
これでもしA組にでもなっちまったら、東福寺さんと同じクラスになってしまう。
そのようなことはまぁないだろうと思っていた……が。
どうやら神はどんどん試練を与えるみたいだ。
赤団共同クラスでAクラスとも同じになってしまった。
クラスは同じになれど、団の中でも役割分担が色々別れる。
役割分担のところが違うなら、顔を合わせる機会は殆ど無いという利点。
役割は色々ある。
伝統のダンスというものがあるらしく、クラスの元気な奴はそこに流れる。
ダンスに手を入れて入れまくって、それなりにスパルタな練習を重ね行うらしく達成感は大きいらしい。
続いて、垂れ幕制作組。これは学校中の至る所に張り出す各団の垂れ幕を制作する奴らが集まる組。
さらに応援団組なんてものもあるらしい。その他も色々あるらしいが省略。
俺ははっきり言ってダンスなんて勘弁の極みなので即効に垂れ幕製作に逃げ込む。
当たり前だ。ただでさえ虚弱な俺がダンスなんてしてしまったら滑稽の極みだ。
で、リア充な奴らは間違いなくダンスに行くだろうし、
東福寺さんもなんだかんだでダンスとか目立つところに連れて行くだろう。
そこでイケメンで性格のいい男子と恋をすればいいんだろう。
俺なんてものの三分で過去の男さ。
いいか、このクラスには幾千ものイケメンがいる。
性格は爽やかで、考えもしっかりしている。ユーモアも兼ね備えた最強。
そう。橋本だ。俺のクラスを以てのイケメンだ畜生!
そいつはダンスを選んだみたいだし、東福寺さんもダンスを選べば……
それぞれ最強スペックを兼ね備えているんだから
あっという間にカップル爆誕。
親衛隊も周りの冷やかしもぐうの音も出ないだろうな。こんな最強な組み合わせ。
だが、いざA組の分担を見ると東福寺さんは垂れ幕製作だった。
誰の仕業だ……。牧野さんか……?
まだ変更は間に合う。だが空き枠はダンスしかない。
勘弁して下さい。俺にそんなもの向いていません。助けてください。
しかし、迷っている間に振り分けは終了し
垂れ幕製作に決定してしまった。
いや、だがまだあるはずだ……垂れ幕製作に回ったイケメンを探せ!
垂れ幕製作にも色々人がいる。例えば先輩だ。
俺たちよりも年上。人生経験豊富な大人たちだ。
そういう憧れ補正で東福寺さんに惚れさせればいいんだ。
これからは上下恋愛だ。先輩と後輩の恋。これほど最強なことはない
そして始まった垂れ幕製作。
知り合いはいない。なんということか滝井は応援団組へと行ってしまった。
つまり俺は街に放られた家猫だ。もうビクビクしている。
東福寺さんは牧野さんと同行しておらず、牧野さんはダンスへと行ってしまったみたいだ。
先輩は2年男子にはそれといってパッとした奴がおらず、はっきり言って失敗だ。
どいつもダンスには行きたくないと妥協した奴らにしか見えない。
3年の垂れ幕リーダーはかなり爽やかな藤森先輩が就任したと話題らしい。
これはいいのではないか?
東福寺さんもぜひともアピールしていってほしいものである。
「それではみんな、他の団に負けない素晴らしい物を作ろう!」
なんて体育会系で妥当な爽やかなセリフ。痺れるぜ!
藤森先輩の一声で垂れ幕製作は始まった。
放課後の数時間や、休日にも数時間ほど製作に携わる。
で、行うことはいろいろだ。
ホームセンターまでひとっ走りし、資材を買ったりするところから始める。
先輩がある程度準備をしていたため、貼り付けるガムテープを調達するところから始まった。
東福寺さんは現時点ではまだ来ておらず、ホームルームかなにかで遅れる様子だ。
俺は時間通りに到着し他の人の到着を待っていたが、結局2年の女の先輩と買い出しに行くことになった。
「私は七条 椿と言う。よろしく」
ロングヘアーで薄化粧でありながらきれいな顔。なんていうか美人。大人。
なんだ、俺はこんな人と買い物に行けるのか。これは幸せということじゃないか!!
俺も自己紹介を決める。
「そうか。君は部活には入っていないのか。私は弓道部だ。どうだい? 入ってみないか?」
弓道部とか見た目通りの部活に入っている七条先輩。名前もそうだが似合いすぎている。
「弓道の精神は俺には合わない気がします。なんつーか俺はダラダラしているので」
「いや、大事なのは弓を放つときに心を無にできるかだ。日常でまでは求めないよ」
と、いつ敵から矢を放たれても対処できそうなぐらい気が引き締まってそうな七条先輩にそういったことを言われても……。
「俺は楽器が好きなんで、そういうので頑張っていこうかなと思っているので」
「そうか、楽器は何をしているんだ?」
「俺はギターです。つってもバンドも何もしていないんですが。まぁこの学校軽音部がないんで」
「そうかギターか。ロックが好きなのか?」
「はい。日本のロックが結構好きで、ロックンロールってかなりカッコイイんですよ」
「ロックンロールか。今は変化球なロックバンドが流行っているんじゃないのか?」
「そうなんですよ。でもやっぱり原点はロックンロール。飾らないロックもいいもんっすよ」
「そうか。こだわりを持つことは大事なことだ。きみもロックを極めることを祈るよ」
「あ、ありがとうございます」
なんというか1年違うだけでこんな貫禄ある言葉遣いは身につけれるものなのか?
俺とは全く違う生き方をしている感極まりない。
七条先輩とホームセンターで色々選び(必要リストがあるからそれを選んだだけだが)
それを抱え学校へと戻った。
戻った頃には大体の面子が揃っていて、その中に東福寺さんもいた。
いやぁ……可愛いな東福寺さん……
「藤森先輩、資材を買ってきました」
「おう。七条さんと……えっと、あぁ…ありがとう」
おう名前を覚えられていない。まぁいいけど。いいんだけどさ。
「なかなか、楽しい買い出しだった。また行こうね」
「ふぁっ……は、はい」
思わぬ七条先輩の好評価にびっくりしてしまった。
「な、何があったんですかぁ…?」
ちょっとムッとした顔で東福寺さんがこちらにやって来た。
なんで怒っているんだ? 俺なんかしたのか……?
「んにゃ、普通に買い出ししただけだけど?」
「そうですか……じゃあ次は私と行きましょう 一緒に行ったら楽しいですよねっ」
ブフッと吹き出す俺と、その他多数。よくこんな小っ恥ずかしいことを平気で言えるのか不思議だ。
「じゃあ次買い物必要になったら、東福寺さんと、そこの君でお願いな!」
藤森先輩に俺と東福寺さんを買い物大臣に任命された。違う俺の作戦と違う。
とりあえず今から下書きの始まりだ。
鉛筆で線を大体決めて書いていく
そしてその上から絵の具で塗ったり、飾りを付けていく。多少の失敗は今は許せるが
大きい失敗は許せない作業だ。
どうやら俺は神経質みたいで、こういう細かい作業になるとどうしてもしっかりと行動したくなる。
与えられた見本を見て、ものさしできちんと比率を考え線を引いていくことにした。
垂れ幕は複数あるから、その一つを数人で行うため、俺はぱっと目に入った垂れ幕に作業を行うことにした。
東福寺さんはこっちに寄越してはいけない。必ず藤森先輩と行わさせる必要がある。
そのためには協力が必要だ。よくわからない同じクラスのやつと、七條先輩で作業を乗り出した。
「意外ときっちりやるんだね。その細かい作業にきっちりやる姿勢は弓道でも大事だよ?」
「あはは…そうなんですかねぇ」
「ここはまだ書かないんですか? しちじょーせんぱーい」
他のグループももう作業にとりかかっており、藤森先輩と東福寺さんは同じ垂れ幕で製作を始めている
よしいい調子だ。仲良くなれ! 俺は東福寺さん側を見たりしながら作業に取り掛かった。
今日はここまでです。やっと100行った。
全然話が進まない。。。小説スタイルの欠点ですなぁぁぁ
体育祭の垂れ幕製作も完成がだいぶ近づいた。
効率の良い連中が多く、定時に帰りたい一心でひたむきに頑張る会社員の如く
ひたすらに与えられた業務を熟している。完成ペースは過去の体育祭でもトップクラスのスピードらしい。
その一角に携わる、藤森先輩と七条先輩。この二人に尽きる。
彼らのリーダーシップ能力は、偽りのものではなく、天然であることだ。
私は出来る上司という自己暗示なんて必要のない、勝手に人を引き上げる力を持つ。
つまり何をしなくても、勝手に人が付いていくタイプだ。
藤森先輩は、文系に進路を決めている。で、運動はあまり得意ではない。
それでいて、大勢の人とワイワイ騒ぎたいタイプではない。どちらかと言えばインドア派。
しかしながら、人と関わることは嫌いではない。一人一人との関わりを大事にし、
それを糧に様々なものを築き上げるタイプ。
だからダンスグループで元気よく楽しむのではなく、垂れ幕製作という、ややマイナーな場所でこそ
彼のアイデンティティや存在感が増す……ような感じか?
七条先輩も、ワイワイ騒ぐタイプではない。どちらかと言うとあまり人と多く関わらないタイプかも。
しかし、七条先輩は人と接することに礼儀を持ち、誰かと接する時に人を傷つけたりしない。
確実に人が付いていく。というより付いて行きたいタイプだろう。
七条先輩は女性(敢えて女子とは言わない)。なので、東福寺さんとの恋愛は論外。
藤森先輩。この人と彼女はお似合いではないだろうか。
学年で超男前ではない。どこかの映画に出演すれば脇役レベルであろうが
人を引っ張れる能力、そして包容力、そして人との関わりを大事にしそうな彼であれば
誰も文句は言えないだろう。というか、いう自分が情けなくなるレベルではないだろうか。
確実に俺みたいな捻くれた感情を持つ奴なんかより、数万倍似合う。
一刻も早く俺は彼女の未来のシフトを藤森先輩へとチェンジしないといけない。
「関目くんのところも完成近いね」
東福寺さんが俺のところの作業を見に来た。今更だが俺の苗字は関目だ。
名前を出すべきか出さないべきか、ずっと考えていたが、出さない理由は特にない。というわけだ。
よろしく。
「あとは、このキャラに絵具を塗れば完成だ。持ち場、戻らなくて大丈夫か?」
「えへへ。こっちもそろそろ完成だからね。そういえば、完成すれば他の作業の人達の所に手伝いに行かないといけないみたいだよ」
完成スピードが速すぎる、我ら赤組垂れ幕製作委員会。
その高い技術力を、他の作業グループへと出張とのことみたいだ。
「そっか。それって何か指定あるのか?」
「ううん。無いよ。他の作業グループも余裕が見えてきているから、どこに行ってもいいんだって」
なんて適当な。そこはきちんと統率しないと、グダグダになって、当日にとんでも無いことになってしまいそうなんだが……。
とはいえ、統率出来る上司が二人以上いる我ら赤組。間違いなくなんとかなると先生方々も信頼しているんだろうな。
東福寺さんは持ち場に戻り、俺も残りの作業を集中して仕上げ、無事に当日本番5日前に完成するという快挙。
大体、2日前に終われば御の字な垂れ幕業界に新たな旋風が巻き起こった。
おそらく来年から、垂れ幕の人員削減が予想される……。
……
垂れ幕の設置自体はまだ時間があるため、それまでの間は全学校の体育祭準備を手伝う。
手持ちの仕事が終わったため、放課後以降の居残りは任意となる。
わざわざ他のグループに周り作業を手伝う必要も無いのである。
「関目さんはどうするんですか?」
放課後、わざわざ俺の教室にまで来た東福寺さん。
メールでいいじゃん。わざわざ来なくていいのにさ……。
「いや、俺は他のところ回っても足を引っ張りそうだし、お言葉に甘えて帰ろうかなと」
「そんな。せっかくなんで回りましょうよ」
俺と一緒に回ろうとか、青春一色なことを言わないでくださいな。
「俺と回ってもつまんないだろうし、もっといるだろ、先輩とかと回ってみたらどうだ?」
「先輩…?」
「そうだな。藤森先輩とか。あの人なら一緒に回ればすごく楽しいと思うんだが」
「そんな……私は関目さんと回りたいんです…」
そんな俯きながら言わないでください。藤森先輩と回るのは嫌なのか?
あの人なら、じゃあ行こうか! と爽やかに回れる気がするぞ。
俺みたいに、あぁ…行くんだ…と暗い顔して回ったって楽しくはないだろうし。
「嫌ですか……?」
嫌なわけがない。本当は。なんの取っ掛かりも無ければ、東福寺さんと体育祭回れるのであれば
それ程素晴らしい物はない。ただそれは理想。現実は、様々な壁が突っ立つ。
俺みたいな低スペックな取り柄のない一般人に、トップアイドルクラスの女の子と学校を回るってのはおかしいものだ。
とても素晴らしい天丼の天ぷらでも、ご飯が安い米じゃあ、味気ない。結局微妙なものになってしまう。
しかしだ。東福寺さんがこんなにしょんぼりした顔を見せてしまうともなると
逆に逆に申し訳ない気分になってしまう。こうなれば、仕方がない。今日ぐらいは回ってもいいかなと……思うしか無い。
「分かった。俺なんかでよかったら回ろう」
「はい!」
水を得た魚のように、元気な顔を俺に見せてくれた。
本当に純粋なんだな。俺ごときの言葉にこんなに嬉しい表情になるとか。
この笑顔はもっと、見せるべき人がいるはずなんだ。それを俺はちゃんと引導しなくてはいけないんだ。
そうひたすら言い聞かせ、この緩んだ頬を引き締めようとしていた。
……◆
ダンスグループは今更参加する必要は無いため、手伝うことは無いだろう。
ダンスといっても、ヒップホップやそういった凝った音楽ではなく、ポップミュージックや、定番の明るい音楽を
なかなかアグレッシブな動きに合わせて踊っている感じだ。そこには民謡なども組み込まれている。
踊り手の自己満足ではなく、きちんと観客を楽しくさせる音楽と踊りを意識して行っている。
だからこそ、先輩も厳しく指導し、それにきちんと負けず付いていこうとする後輩の姿はそこにはあった。
「すごいですね」
「これがバイトの研修なら、1日で逃げてるわ」
「わたしは体力でついて行けない気がします」
「運動苦手なのか?」
「はい。あんまり得意じゃないです。関目さんは?」
「俺は運動全般苦手だ。中学時代2年ほどバスケをしていたから、バスケだけ人並かな」
バスケを中学の時していたが、左右関係に苦しみ、退部した思い出がある。
バスケにそれなりに熱中していたが、それによって得たものは特に無い。
それにより、特筆すべきこともない。
「ここにいちゃ悪いですし、他に回りますか」
「そうだな」
ダンスの鑑賞も終わり、俺達は別の場所に顔を出すことにした。
……◆
「すまんな。マスコット製作は人足りているからもう大丈夫だよ」
マスコット班の先輩にそう言われ、完全にリストラ状態となった俺たち。
マスコットもそこまで追われておらず、順調に作業は進んでいるとのことだ。
そんな状況でわざわざ手伝ったところで流れが変わるだろうしな。
それから、学校の先生にするべき仕事を聞いたりもしたが
それ以外の仕事も生徒会で行うことや、すでに準備は完了していたり
まだする必要のない仕事ばかりであったため、このまま解散だなぁと思った矢先に
「おう、そこのお二人さん。商店街のやわた電気店に取り寄せした機材があってだな。それを取りに行ってもらえんか?」
と先生に言われた。パシリじゃねぇか。
だが、東福寺さんは行きますと行ってしまい、一人で行かせる訳にも行かず、俺も付いていくことにした。
やわた電気店は、学校近くの商店街で経営している電気屋さんで、いわゆる街の電気屋だ。
機材の取り寄せも行っているので、学校ともちょっとした繋がりはあるのだろう。
俺達は自転車は乗らず、そのまま電気屋へと向かった。そこまで遠くないのもあるしな。
「なんだか楽しいですね」
「そうか? 割と地味な感じがするんだが」
「それがいいんですよ。こうやって夕方、外に出て、また学校に戻るって何かワクワクしませんか?」
「いやぁ……宿題取りに帰る時みたいな微妙なテンションになるなぁ」
「ふふっ。中学の時はこうやって誰かと学校を回ったりしたことなかったのもあるかもしれないですね」
東福寺親衛隊の力なのか、それともたまたま誰かと回る機会が無かったのか。
思えば、高校に入ることにより、親衛隊の力は衰えたのかな。
それとも制限を甘くしたのか。
俺の実害はそこまで来ていない。
まぁ調子に乗るなと手紙が添えられていたり……そんなレベルか。
もっと、怖いものを予想していた割りにはあっさりしている。
と……思った矢先が怖い。
まだまだ安心できない。
とはいえ、東福寺さんは高校生活をそれなりに楽しんでいるようだ。
そんな楽しい時間をわざわざ俺に割くのは勿体無い。
もっともっと楽しくしたいのであれば、俺なんてさっさと決別してくれ……。
こうして、東福寺さんと当たり障りのない日常会話を混ぜ、届け物を先生に渡すと
そのまま解散してしまった。
彼女の3年しかない高校生活の貴重な一つの放課後を俺は使ってしまったんだ。
その罪の償いはいつになったら俺に降り注ぐのあろうか。
その罪をどんどん重くし、それが俺の人生を大きく狂わせてしまうのであれば
俺はいっそのこと吹っ切れて、東福寺さんと楽しい狂った学園生活を送ればいいのだろうか。
だが、それは東福寺さんも俺も望まないことだ。
わざわざ俺と過ごしている理由は分からないが、
予想とすれば「現状俺しかいない」 か?
だが、もっと交友の幅を広げていけば、
そこには俺なんかより、有益でイケメンで、優しい人に溢れている。
だから、その交友の幅を広げてあげようと、今日、藤森先輩と回るべきと伝えたのにな。
なのに、あの時の何とも言えない切なそうな顔。あれは一体なんだったのか。
あの顔の理由はなんなんだ。
藤森先輩のことが実は嫌いとかか。
……そんな筈はないだろう。
東福寺さんも、藤森先輩と何度か話しているはずだし、
その会話もきちんと有益で楽しいものに違いない。
少なからず、俺のダウなーな発言より、ずっとずっといいものだったはずだ。
文系で話し上手な藤森先輩との相性は、同じ文系の東福寺さんと限りなく合っているしな。
もしくは先輩という年上の人に入り込むのが苦手だったから…?
そうであれば、あの表情も納得できる。そりゃ先輩との敷居が高いと思うのは誰だってあるだろう。
そう考えれば、比較的話しかけやすい俺と回るほうが、精神的にも楽だろう。
だからこそ、あの場面で俺が藤森先輩を挙げたのは間違いだったのか。
違うのか…? あー……もうわけが分からなくなってきた。結局オレはどうすればいいんだ?
俺よりもっと、親しみやすい、優しいやつなんてもっといるだろうし
そんな人たちと関わっていけるように俺は引導していかないといけないということか。
ただイケメンでやさしいだけでは駄目。親しみやすい、一緒にいて楽しい。
そういったユーモアとリラックスを提供できる……。
もうちょっと頑張らないといけないな。東福寺さんの為だ。
早く、素晴らしい人を見つけてあげよう。
…★
今日はここまでです。
主人公の思想が長ったらしいですが、この作品の仕様です。
欠陥や誤字脱字もありますが、その不安定さも青春らしさで上手く誤魔化せれたら幸いです。
では。
楽しみにしてるよー
悶えてるね、乙ー!
乙です
面白いし、文章の参考にさせてもらいます
そうこう過ぎていくうちに、体育祭は開催される。
俺はいつもより2時間ほど早く起き、当日のミーティングに合わせ学校に向かう。
体育祭は団競技で行われ、団で集まり、学年順で集まる。待機時の居場所は自由だが
一応団の敷地内で待機することが基本である。
もちろん体育祭ということなので、一般競技も存在する。50m走や100m走はもちろん
ハードル競走や、障害物競走もあるし、クラブ対抗リレーや、玉入れなど。開催競技はいろいろだ。
出場競技は前もって決められており、俺は無難に100m走に出ることになっている。
ただし、同じ出場競技に橋本もいるし、期待はそっちにかけられている。
俺はなんていうか、埋め合わせな存在だ。頼むぞ橋本、カッコいいところを見せてくれ。
それ以外にも細々した競技があり、クラス対抗リレーなんかは圧巻である。
これは団の概念ではなく、クラスそのもので戦う競技で、全員が走る。
もちろん[ピザ]やハゲやイケメンブサメン関係なしに。もはや運ゲーである。
この競技は実験的に採用された背景があり、様々な団体が反対してきた歴史があるんだが
30年以上続く競技にまで成長してしまったため、廃止するに出来なくなった伝統競技である。
この競技は男女混在。それぞれ150m走る。ただそれだけ。
バトンタッチの練習は何回か行われ、全員のタイムを集計し、最適化された配置をされた。
橋本が早くても、俺が遅ければ反感を買うし、誰かコケればすべてが台無しになったりと毎年ドラマが起きる。
今年はどういうドラマが生まれるのか……。
さて、体育祭。開催である。
……◆
そんなこんなで開会式も終了し、俺は滝井と持ち場に戻ったと思いきや
滝井は学ランを着て、応援団組へと飛んでいった。なんとも言えない感じだ。
A組の同じ垂れ幕面子に顔を合わせに行き、適当に会話しながら競技の経過を見守ることにした。
「おー、やっぱあいつ早いな」
「てか、先輩マジでヤバイ」
男は皆足が速いヤツを尊敬する。
女子は中学あたりから、男の判断基準を各々のものへ判別していくが
男はやっぱり男の判断基準は足の速さである。足が速ければ、多少難ありであろうとカッコよく見える
小学校からレジェンドはいつだって足が速い。そういうもんだ。
「てか、関目。お前そろそろ次の競技行かないとヤバイだろ」
「あーそうだな。てか俺でなくても大丈夫だろ」
「いやでないといかんやろ。てか、東福寺さんにええとこ見せろよ」
「んなっ、なぜそうなる」
思わず驚いた。何故東福寺さんが出てくるのか。まぁ話題にはなっていると思う。
東福寺さんにクッキーを貰ったり、メアドを交換したり、色々話したり、昼食を一緒にとったり……。
親衛隊ではない奴らにとっては意外と茶化すネタに見えるのかもしれないが。
それ自身は俺ではなく、東福寺さんの迷惑だろうに……。
そりゃここで橋本をも超える足の速さを決めつければまだ可能性はあるのか。
やっぱり、体育祭でぶっちぎりでゴールをすればカッコいいこの上無いだろう。
だが残念ながら俺の過去の一位の記録は幼稚園の時の25m走である。
あれはビデオ判定付きで間違いなく一位だった。それ以降俺は一位を取っていない。
そうこうする内、俺は気がつけばコースへと向かっていた。
足のコンディションは普通だ。特に運動もしていない現在、運動部でエース候補の橋本に勝てる訳がない。
「よーい」
銃声。
俺はただひたすら前を向き、走った。
コース上にいる男は6人。
それぞれがゴールに向け腕を振り、足を振る。
誰だって一等賞がほしい。
俺だってほしい。
だが、それは届かないと分かっている。
それでも走るんだ。
何故だ。
一位になって褒められたいからか?
記録と記憶を人々の脳に焼き付けたいからか
それとも、東福寺さんに良い所を見せたいからか……?
その答えを出すには、100mはあまりにも短すぎた。
……◆
「お疲れ様です。3位です」
係の女の子に銅色のバッジを渡される。勲章って奴だ。出場した競技の順位が一位から3位だとバッジがもらえる。
それを体操着の団のフェルトゼッケンに取り付ける。そうすることにより勲章として響く。
多く出場し、多く結果を残した選手は金や銀で輝き、まさにスターとなれる。
逆に消極的な人はバッジを付けれず、なんとも言えない無様な感じになれる。
もちろんつけるのは任意だ。調子に乗ってバッジ狩りをする奴が出そうと余儀されるが、最終的に先生に叱責され、バッジを没収されることもあるので
バッジは必ず競技終了まで自分で持っておく必要があるし、それを強奪するような
また体育祭が終わったあとに、異性のバッジを貰う謎の風習があり、世の女子は
憧れの先輩などからバッジを貰う。
いわゆる、卒業式の学ランの第二ボタンを貰う、そういう青春なことを行っているのである。
否定はしない。そりゃ欲しいと思うだろうし。特に一年が憧れの3年生のバッジを貰えるなんて名誉的じゃないか。
また、そのバッジを自分のカバンに付けてドヤ顔で歩く。そういうのも青春なんじゃないかな?
俺は特にそういう予定も無さそうだし、自分が3年になってもそういう人が目の前に現れることも無さそうだ。
安心してバッジは家へと辿り着きそうだな。うん。
……◆
体育祭は想像以上に混戦しており、観戦側としても凄く見応えがある。
動けるぽっちゃりが、運動部を超え、競技を一位で通過したり、
将棋部のエースが何故かハードル走で謎の才能を開花し、陸上部を破ったこと。
色々記憶にも楽しい体育祭になっていると思う。
そして後半戦に入る前に昼休憩になった。俺は弁当を持ちA組の垂れ幕組を探していた……が
そこに現る東福寺さん。そして、牧野さんであった。
「お昼ご飯、一緒に食べませんか?」
「ん? 俺と?」
「私もいるけどね。それとも先約あり?」
先約はあるっちゃあるが……というより滝井が見当たらないのが大きい。
滝井はずっと応援団のところで開放されずにいる状態らしい。
応援団連中は謎の団体意識が芽生えており、それに滝井は巻き込まれている感じがする。
「A組のやつらと食えそうなら食うって話はしていたがな」
「じゃあ食べましょう!」
腕を捕まれ、俺はどこかへと拉致られて行った。
「さて、実は私たくさん料理を作ってきたので、ぜひ関目さんも食べてください」
「すげぇ」
3人前どころか、6人前レベルの唐翌揚げやおにぎり、卵焼きや豚の角煮等……
超豪華俺のドストライク好きな食い物オンパレード。こんなものを作って持ってきたのか
母さん。今日は弁当を残しそうです。
「てか、こんな作ったんなら俺だけじゃなく他の人も誘ったらいいのに」
「えっと、へへ……関目さんに食べて欲しくて」
それならせめて3人前ぐらいでいい気がするんだが……。
このオードブルは一人で平らげるとなると胃を壊して競技続行不可能になりそうなんですが。
「食べなよ。すずの料理は美味しいから」
知っている。クッキーの時点で予感めいている。
あんな家庭的でありながら美味しいクッキーを作れる子が作る料理。
美味しいに決まっている。
しかも煮込み料理をきちんと行えるあたり、さらに想像以上に出来るだろう。
卵焼きの焼き方も、きちんと何回も巻いている様子が伺えるし、色づきも黄色。
おそらく出汁で味付けをしているのだろう。
白の斑も無いので、きちんと卵を混ぜている様子からもこの子の料理は丁寧さが光っている。
俺は母親の弁当を申し訳程度に食べ、東福寺さんのおにぎりを食べる。
その味、やさしさに溢れる。なんだこの優しい味。塩の味付けの調度良さ
中の梅干しの種を取り除き、丁寧にのりも取り付けたこの究極の米の塊。
日本人が米を愛し、米をこの千年以上守られてきた理由を今感じた気がする。
そして、唐翌揚げ。ショウガやにんにくを隠し味にしたのであろうか、醤油ベースで作られている唐翌揚げ。
もも肉を使っている為、ジューシーさは弁当のため多少落ちるが、それでもこの味は格別だ。
本当に美味しい唐翌揚げは他に味付けはいらない。唐翌揚げで幸せなのだ。
「どうですか…?」
「いや美味しい以外何もコメントできない」
「よかった…今日4時半に起きて作ったので……嬉しいです」
4時!? 4時だと……。いくらなんでも速すぎる。農家か何かですか?
お幾ら払えばいいのだ? 2万か? 3万か?
東福寺さんが作った手料理となれば、オークションに出せば数万は固いだろう。
そんな料理を無償でいただける俺は幸せもの以外の何物でもない。
この料理は俺なんかに提供するシロモノではない。
一般農民に宮廷料理を振る舞うようなものである。
とはいえ完食は到底遠かった。
母親の弁当も残し、東福寺さんの弁当も到底食べきれなかった。
だが、せっかくなので少しおすそ分けを貰ったり……つまりお持ち帰りもした……。
「ふふっ、またよければ食べてくださいね」
「いやいや、とんでも無い。てか、このお礼はいつ返せばいいんだ?」
「お礼……ですか? 私は特に何もいらないですよ。ただ食べて欲しかったので」
とんでもない。もちろんニコニコ現金でも問題ないレベルだ。高校生なのでさすがに万単位は無理だが
千円周辺なら迷わず払ってしまうぐらいだ。朝早くから起きてもらっているし……。
それ以外でも、なんでも。もう二度と付きまとわないでもいいし、話しかけないでもいい。
さすがに転校は無理だが、出来るだけ疎遠になるように心がけることは出来るだろう。
と、さすがに恩返しに疎遠は無いだろうが、それでも何かしらお礼はしないといけない。
ご好意には好意で返さなければどうしようもない。
「じゃあ、また体育祭終了後、ここに来てくださいね」
東福寺さんは、そう言い残し、牧野さんと合流し持ち場へと戻っていった。
……
体育祭編 前編終わりです。
自分なりに面白い表現が出来ました。
いっぺん使いたかったんですよ「その答えを出すには短すぎた」という表現。
行き当たりばったりで話を作っていますが、この体育祭の設定は母校の高校の時の体育祭を思い出しながら
書いています。なので、割とぼっちだった高校生活をベースにこうリア充に変換していくのは凄く難しいです。
また引き続き更新します。今日はここまでです。
体育祭終わりに呼び出しを食らった俺だが、もっぱら体育祭に忙しいものだ。
休憩時間を超え、次は後半のプログラム。
リレーだ。リレーに関してはクラス対抗なのでバッジはない。なので優勝しようがしまいが点数にも関係は無いのだ。
だが、やはり目指すものは優勝だ。我がクラスには最強橋本がいる。その時点で他のチームと違うオーラを感じる。
そして、陸上部(元も含む)6人体制の我がクラスは最強と言える。最強。最強しか言ってないな。
そんな中で俺だ。多分今日の100m走の銅バッジから予想するに期待は無いだろう。
俺の走るパートで期待されるのは「現状維持」。ただそれだけである。
キャーの声もなければ、無難に「頑張れ」と声をかけられるだけじゃないだろうか?
リレーで上手く決めて伝説になり彼女まで出来たという先輩がいたらしいが、そんな奇跡は起きることも無いだろう。
そして始まるリレー。
俺の順番はまだ無い。受け取る子は女子だ。だからなんだって言うんだ。
迫り来る緊張。俺だって緊張する。
現状維持出来るかどうか。
俺は間違いなくヒーローでも悪役でもない。物語をただ傍観するエキストラ。
対して特徴を持ってもいないし、何かを秘めている様子もない。
そんな俺がいきり立ってアピールをしても何も起きないし、起きたとしても「終わる」
それに何をアピールするのだ? 足も早くない、増して、ユーモアセンスもない。
誰にアピールするんだ、東福寺さんか? 残念ながら東福寺さんもリレー参加だ。自分自身で精一杯だろう。
それに何故俺は東福寺さんを考える。考えては駄目だろう。
人生というリレーの中でとんでも無い位置に飛ばされている気分だ。
誰もが羨むレッドカーペットのリレーに放り出された気分なんだ。そんな場所で俺は走りたくないのかもしれない。
東福寺さんは今後も幸せな人生を歩むだろう。それこそレッドカーペットを歩くような業界の大物や、有名人と結婚するかもしれない。
もしくは大女優になり、レッドカーペットに歩く。そんな将来もあるかもしれない。
そんなレッドカーペットに普通の靴を履き、パッとしない奴が大女優と歩くなんて想像も出来ないし、誰にも見せてはいけないだろう。
俺は早急にもレッドカーペットに別れを告げ、観客席に逃げ込みそのまま消えていかないといけない。
そして、また誰も見ていない普通の道でリレーを始めないといけない。バトンを渡すのは自分自身の身丈にあった人。
リレーでようやく俺の出番が来た。女の子が無理をした顔でバトンを渡してくる。
俺はただ無難にそれを受け取り、走る。前を見る。その中には未来はあるのか?
大きな野望はあるのか? いや、見つからない。ただ次の人へ渡すことだけを考えている。
自分がどうしようとか、誰をどうしようとかそんなことはない。
そのバトンを無事に届ければそれでいい。
俺の走りは無難を極めている。
現状一位である。
これは陸上部が稼いだものであり俺の実力じゃない。
俺は誰よりも高い位置を走っている。
だがそれは俺の力じゃない。
俺はいつだって何もしていない。
努力をしたりもしていない、ましてやそれに目指し意気込んでいたりもしない。
そんな中で一位に持ち上げられているのは心地がいいとはあんまり思えない。
それは東福寺さんとも同じである。
俺は彼女に対して何もアピールをしていない。たまたま傘を渡しただけ。
ただそれだけである。そんなことは誰だってできる。傘を渡し、俺は人を助けた。
ただそれだけなのに何故、東福寺さんはそんなに俺と関わってくる、他の誰よりも。
東福寺さんに好かれる為に努力をし、オシャレになり、勉強をしたりスポーツを極めたり。
そういったことをする上で漸く報われるべき事態なのに、
俺はどうして東福寺さんの手料理を食べたり
一緒にお使いに出たりしているんだ?
その答えが分からない。
バトンは次の人へ渡された。
俺の望んでいる現状維持は守られた。一位のバトンは次の人へ引き継がれ進んでいく。
これから先、誰かが失敗し、優勝しなくても俺のせいにはならないだろう。
これもまた俺の求めるものだ。
責任を持ちたくない。
東福寺さんはそれこそ幸せになってもらわないと困る。
幸せな家庭を築き、毎日笑って過ごし、最期まで幸せになってもらわないといけない。
何故かといえば、そういう資格があるからとしか言えない。
そんな人生のリレーは、恋人、そして子供、孫へと引き継がれていくはずだ。
そんなリレーに俺はいらない。俺が入り込む余地がない。
入り込んで、彼女の人生を狂わせるのは駄目だ。
俺には彼女を幸せに出来る自信がない。学力ももちろんのことながら社交性も微妙。
悲観的、というか超悲観的な奴に幸せなんて出来ないだろう。
リレーなんて俺は傍で見て、過ぎ去って行けば、そのまま去っていくだけでいいんだ。
俺が彼女というバトンを持ち、その道を走って行く必要なんて無い。
まだ東福寺さんはオレのことをどうも思っていないとしても
このまま行くと傍の奴らが東福寺さんに勘違いさせてしまい、彼女が困惑するだろう。
そうして変な気分になり、嫌になる。嫌いになる。
そうなる前にさっさと俺はバトンを受け取らず、他の人に渡さないといけない。
彼女の人生史に一刻も早く退散しないといけない。
……◆
リレーは終わり、俺らのクラスは一位で終了した。
トリは橋本様。彼がアンカーでダントツでゴール。最期にクラスの奴らと抱き合い、青春なものを魅せた。
カッコいい。俺が思うぐらいだから。爽やかな汗がどこかのドラマのように輝いている。
ヒーローインタビューらしきもので橋本にアナウンス部が語りかける
「感想を」
「みんなのお陰です! みんなが頑張ったから優勝できたと思えます! ありがとうございました!」
どこかの野球大会で優勝した選手のような完成されたインタビューだ。
サヨナラホームランを打ったけど、それを出来たのもみんなのおかげ……そんなところか?
こんなにもスラスラと喋れるあたり、ヒーローとしての素質があるな。
「やったな優勝じゃないか」
「お、滝井、生きてたか」
滝井はリレーの時だけはクラスのところに行けるので、俺に絡んできた。
「いやー関目の無難な走り、見事だ」
「お前こそ、一人抜いたあたり、一枚俺より抜きん出てる」
滝井は一人抜いた。その当たり、評価しているやつもいるだろう。
結果論から言えば、順位を上げた奴がヒーローなのだ。
「そうかもしれないが、お前の時は、他クラスは陸上部だろ、現状維持の方がすごいと思うぜ」
「滝井は分かってくれているな。だが残念ながら世間はそれを認めてくれないのですよ」
……◆
その後、ダンスだったり、色々な競技を行い、授賞式。
色々な部門があり、それに合わせてバッジが贈呈される。
中でも面白いのが、「新人王」「出町賞」
新人王は、一年で一番バッジを獲得したルーキーを指す賞であり、それは見事に橋本が選ばれた。
出町賞とは、野球で言う沢村賞のようなもので、体育祭で最も結果を残し、成績貢献をした人に送られる。
結果は地味に頑張った、2年の先輩に送られた。
ちなみに出町とは、この賞を作られた人そのものである。
1年から3年まで他に追随を許さない、成績を残し、
誰よりも結果を残した出町という伝説の生徒。その人の名前を使われた賞で
この学校のちょっとした遊び心であったりもする。
そしてそんな賞も終わり、最終で団の各部門優勝を取り上げられた。
最優秀垂れ幕賞というものがあり、それは藤森先輩率いる我が軍が見事優勝を決めた。
何よりも仕事の速さ、正確性、クオリティ、協調性。それぞれが学生レベルではないとの評価であった。
その指揮官でもある藤森先輩は壇上でトルフィーを受け取った。
カッコいいぜ。藤森先輩!!
最終的に総合優勝は我が団は逃したが、自分が携わった部門で賞を撮れたのは悪い気分じゃない。
……◆
「みんなの協力、そして頑張れたこと、これを励みに頑張ります、みなさんも今後いい体育祭にできるよう頑張って下さい!」
藤森先輩のお言葉で、体育祭の最期の各グループの解散式が行われた。
泣いている女子もいた。俺も正直泣きそうだ。
垂れ幕は俺もきちんと写メに残し、大事に保存させていただこう。
そんな解散式も終わったところで、そそくさと女子が藤森先輩に我先よとかけより
バッジを貰ったり写メを要求しているようだ。
俺はといえば、何も無い。そそくさと藤森先輩の群れから外れ
A組の奴らと終わった体育祭の余韻に浸り、語り合っていた。
そしてのんびり教室に戻ろうとした時
牧野さんに引き止められた。
「忘れたのか? 呼・び・出・し」
……東福寺さんにそういえば呼び出されていた。
わすれていたわけじゃないが、なんとも言えない雰囲気だ。
俺はそそくさと中庭に行こうとした時
「お疲れ様、関目くん」
「七条先輩」
七条先輩に引き止められた。
「ほう。銅バッジか頑張ったね」
「いえ、これは偶ですよ。」
「そうか。君のおかげでもあるからね。垂れ幕の優勝は」
相変わらず煽てるのが上手。こうやって人を引っ張っていくのだろうか。
「やっぱり優勝の決め手は、先輩方の引っ張り方だと思うんですよ。俺なんてそれに付いて行っただけなんですから」
「嬉しい事を言ってくれるね。そうだ、そのバッジ貰ってもいいかな?」
なんと、七条先輩からバッジを要求されたぞ……こんなことあってもいいのか!?
「俺なんかのバッジ貰っても何も無いっすよ? みんなの集めているんですか?」
「いいえ、集めていないよ。ただ君のバッジは貰っておきたいと思ってね」
何か企んでいるのか!? 俺のバッジだと…?
とはいえ、渡しても渡さなくても何も変わり無さそうなので、渡しておいた。
俺の部屋でないがしろにするより、七条先輩に渡ったほうが、飽きて最終的にゴミ箱行きでも幸せだろう。
「ありがとう。今日はお疲れ様、帰ったらゆっくり休んでね」
「お疲れ様ーっす」
七条先輩にバッジを渡し、俺は東福寺さんのところへ急いだ。
……◆
中庭に行くと東福寺さんがいた。
「お疲れ様。優勝出来たね。垂れ幕」
「うん。お疲れ様。頑張ったね関目くん」
東福寺さんは夕日に頬を染め、なんとも可愛い姿を見せていただけてる。
「そういえば、なんだっけお礼するんだったな。何がいい?」
俺は東福寺さんに話題を振った。
「えっと、今日、リレーで賞取ってたよね。関目くん」
「あ、あぁ、あれね。大したことじゃないし。しかも銅だし」
「そ、それで……そのバッジ……あれ?」
バッジは七条先輩の手元にある。
残念ながら俺の何処にもない。
「あぁ…あれは七条先輩にあげてしまったけど」
「そ……そうなんだ……そうなんだね先輩にか」
何か凄く悲しそうな顔をしている。
「まぁ、バッジなんてね。それに俺のバッジなんて貰っても」
「そんなことないよ! あ……ごめんなさい」
どういうつもりで言ったのか分からない。
俺の銅のバッジなんて貰っても、一銭にもならないし、増して今日の昼食の件と天秤にかけることだって出来やしない。
「バッジは無理だけど、まぁ他のお礼でよければなんだってするしさ」
「……うん。ごめんねやっぱり……なんでもないよ。今日のお昼ご飯のお礼はいいよ……じゃあね…」
「え、ちょ……東福寺さ…」
東福寺さんは俺の言葉を聞かず、そのまま去って行った。
まだ俺は理解に届かなかった。
なぜバッジが無かったことに取り乱したのか、そもそもこれが欲しい為に俺を呼び出したのか?
それを手に入れれず、悲しくなり去ったのは分かるが……。
ただ良くわからないが、俺の好感度は間違いなく下がったようだ。
いいんだ。
このまま疎遠になって俺のことの存在を抹消してくれれば。
ただ、何かこのまま終わらせてはいけないと心の何処かで吠えている俺がいた。
が、それをひたすら否定している自分のほうが大きいようだ。
今日はここまで。
ようやく何か物語が始まった気がする
体育祭が終わり、あのキラメキは何処へ行ったかのように
虚無感を持った若者に溢れている日常に戻った。
俺もその一人だ。体育祭を楽しんだものの、消化不良だ。
バッジを七条先輩にあげたという謎の快挙を得たが、それにより失ったものもあるみたいだ。
東福寺さんとの関係。東福寺さんは俺のバッジを欲しがっていた。
手に入れなかったとはいえ相当に悲しんでいた気がした。
貰われるものでは無かったと思っていただけにショックだったのか……?
だがそれにより、東福寺さんは俺のことをどうでも良いと思うのであればそれでいいのかな。
ただ、あんな美味しいご飯を頂いた以上、お礼もなしに去るのは失礼だとは思うのだが。
うん。それなんだ。
体育祭の朝にわざわざ早く起きて頂いて、尚且つあんな美味しい食事を作れる。
アスリートですらない俺にあんなものを用意するなんて……。
「何、浮かない顔してんだ? 関目」
「いや、さすがにこのまま疎遠になるのは駄目かなと思ってさ」
「疎遠? 誰と? 俺と?」
「なんで疎遠になる必要があるんだ。違うよこっちの話」
「疎遠ねぇ。まさか東福寺さんとか?」
「そうなんだよね。最近、奇跡の連続で仲良くなっていたけど、あんなもの幻想であったんだなと思って」
「幻想なのか?」
「体育祭で東福寺さんの手料理食べたし……」
「ハァ!? なんだと……!?」
「それでお礼に何かすると言ったら、銅のバッジをくれと……だがもう無かったんだなこれが」
「なんで無くしたの?」
「先輩にあげた」
「お……お前いつから……そっちの世界に……ラブコメの世界に……」
「違うよ。ただそれから話していなんだよな」
話を簡潔に纏めたら、どう見てもリア充と思える話の流れだが、実際はもっと重々しい。
「胃袋掴まれたか。関目」
「いや……掴まれちゃ駄目だ。こんなことあってはいけない」
「そうか、俺は案外東福寺さんと似合うと思うんだが」
「似合わないよ。だから早く疎遠になってあげないといけないんだ」
「疎遠になるんなら、話しかけられてる時点で無視しろよ」
「いやぁ、あの子を傷つけちゃいけないと思うし」
実際の俺は、彼女を傷つけず、疎遠になるように色々仕組んできた。
メアドを聞き、それに併せて疎遠になるようにする作戦もとっていた。
体育祭でも、他の男の人に気を引かせるために藤森先輩を挙げたりもした。
だが結果として上手く行っていない。
それなら元から無視するべきだったんだ。
妙に受け入れていたからこうなっている。結果として彼女を傷つけている。
なら、もう傷を深くすることもせず、触れもせず……。
だが、お礼もしたい。あんなに美味しい食事を提供して、何もせず去るなんて……な。
そんな思いを気がつけば滝井に伝えていた。
「……そっか。お前アホだろ」
「アホだよ。なんだっていいよ。でもさ、それが」
「女々しいな。そんなんじゃいつまで経っても東福寺さん傷つけるだけじゃないのか?」
「確かに傷つけたかもしれないが……どうすればいいんだよ。というか東福寺さんは俺のことどう思ってんだよ」
「お前気づいていないのか? 東福寺さんは間違いなくお前のこと好きだろ」
「えっ」
好き…?
「適当なこと言うなよ」
「じゃあ好きでもねぇどうでもいい男子にご飯作るか?」
「俺は作らねぇよ。でも東福寺さんは料理好きだろ」
「それだけだったら、もっと他の人集めて飯作るわ」
「……勘違いだよ。俺の事好きなのは幻影だ」
「好きに理由も幻影もねぇよ。さっさと東福寺さんに謝ってこい」
「好きじゃねぇよ! それに好きになるわけ無いだろ俺のこと! こんなネガティブな平凡」
「じゃあ好きにさせろよ。もっと、自分が認められるぐらい好きにさせればいいんじゃないのか?」
それじゃあ駄目だ。俺が変わることでたかが知れている。
「勘違いなんだよ、東福寺さんは。だから俺は目を覚まさせないといけない。そして、サヨナラしないといけないんだよ」
「それがお前の本当の答えか? 心の奥底から言えることなのか?」
「言わないといけないんだよ」
俺は教室を飛び出した。生憎、放課後だったのでこの討論を聞く輩もいない。
放課後の些細な談義から、心の中を暴き、放り投げた俺にとって今は不安定過ぎる。
とにかく今は何も考えたくない。
だが、そんな時に彼女はいた。
「関目くん……」
「あ……。……」
俺は何も話せずにいる。東福寺さんは俺のことに興味を持っているのかもしれない。
まだ好きというレベルには達していないだろう。
だが、ここで俺が天才的なアプローチを魅せれば俺にも春は訪れるかもしれない。
だが俺は天才でもない。凡才としか言い様がない。
そんなものを前に彼女のハートを射止め、周りも認めるような素敵な彼氏になれるわけがない。
だからここでもう終わらせるしかないんだろう。
今はチャンスなのかもしれない。今こそ、サヨナラを告げれば彼女との青い春は終わるのだ。
俺はまた日常に戻り、彼女はまた新しい素敵な世界へ進むことが出来るんだ。
だが、どうすれば彼女を傷つけずサヨナラを告げればいいのか分からない。
単純に言えば、確実に彼女を傷つける気がする。
「……」
「……」
気がつけば、お互いどうすればいいのか分からず立ちすくんでいる。
時間が止まったかのようだ。このまま永遠に月と太陽がにらみ合うようなぐらい。
だが静寂は終わる。
俺は夜をコールする。
「東福寺さん。ご飯ありがとう。でもお礼が出来なくてゴメン」
「いいですよ…。そんな…私が勝手に…持ってきたものだし……その…」
「やっぱり東福寺さんはいい子だよ。間違いない。東福寺さん、やっぱり俺と友達にはならない方がいい」
「えっ……」
突然放つ、決別の言葉。こんな言い回し、誰だって言われたくない。
「なんで……そんな……」
目が潤っている。そんなに悲しむことなのか……彼女にとっての友達という大きさ。
友達という重大責任。もっと軽々しく有って欲しかった。
SNSのフレンドやフォロワーみたいな、気が向けば解除できる。そんな軽々しさ。
「俺はこんなこと言ってしまう、駄目なやつなんだよ。これ以上俺といると東福寺さん駄目になっちゃう」
「駄目なんかじゃないですよ……」
「俺よりもっともっといい男友達だってこの先たくさんあるよ。料理も美味しいし、優しいし、可愛いしさ」
「そんな! 誰にだって……料理を作るわけじゃないですし…」
「元々は傘だっけかな、きっかけは」
「……」
「それ以外、俺は東福寺さんに何も出来ていない。そして、貯まっていくばかりだ。そんなの俺にはおこがましいよ」
ここはヒールになれ。これからすれ違うたびに睨まれるぐらい。
なんならクラス中、学年中の奴らから睨まれるぐらい嫌われたっていいだろう。
俺ぐらいの犠牲、東福寺さんの幸せになら構わないだろう。
「……だからさ、友達という話はもう無しで。ごめんな……」
「……」
俺は同意も聞かず去った。
東福寺さんは俯いたままだった。
こんなにも胸が突き刺さるほど痛い別れは初めてだ。
やりすぎかもしれないが……これぐらいして突き放さないと、東福寺さんはまた俺の前に現れかねない。
そんな中途半端な傷つけ方だといけない。
もう学年中を敵に回すレベルで突き放さないと、疎遠になることは出来ない。
それ程までに東福寺さんは高翌嶺の花であるのだ。
かつてのイケメンリア充程ではないが、俺も失うものは大きかったようだ。
とりあえず休憩。
重々しく刺々しいジメジメしたそんな表現
あぁ書いててモヤモヤする。
失うものと手に入れたもの、失ったもの、東福寺さんとの青春。
手に入れたもの、何もない。
よくも考えなくても傍から見れば馬鹿なことだろう。
可愛い女の子から自分から手を引き、学校中を敵に回し、それでも手に入れたものは何もない。
ある意味清々しい。もしかするとゲイ疑惑を植え付けられるんじゃないかと思われるぐらいだ。
翌日学校へ行っても、特に変化は無かった。
それに東福寺さんとの物理的な距離は遠い。
東福寺さんと出会う機会もかなり少ないので、もともと問題は無いんだ。
しばらく他の女子からの攻撃も覚悟しなきゃいけない。
親衛隊の仕打ちもあるだろうさ。でも彼女には何も手を出していない。
確かに手料理を食べたり、クッキーを貰ったり、メアドを交換したりしたが、それを嫉妬するとなれば高校生活は難しい。
今後も様々なリア充が東福寺さんと交流していくんだから、俺ごときに仕打ちしている暇は無いと思うぞ。
だが、悪いことはしたな。すまなかった親衛隊。
もう俺は東福寺さんとは話もしないし、すれ違っても他人だ。
メアドも昨日削除した。まだメアドは変えていないが、こちらからメールも出来ないし
来ることも無いだろう。あんな傷つけ方をしたんだからさ
並みの女の子であれば一生腹が立つレベルだろうさ。
窓を眺めれば梅雨も近くなってきたのか、ジメジメした風を感じる。
だがいずれ梅雨は明ける。その頃になれば、東福寺さんも俺を忘れるだろうしさ
物凄く、物凄く辛い。
当たり前だ。あんな暗い東福寺さんを見てしまったのだから。
俯き、言葉を失っている東福寺さんなんて、あんなの見たら、抱きしめてゴメンな嘘だよと言いたくなる
だが、それを堪えて、後ろを向かず歩いて行った。
まだ恋なんて始まってもないのに。まだ友達という関係になるか前の決別であの辛さだ。
恋が始まっていたら俺と東福寺さんはどうなっていたんだろうか。
東福寺さんと干渉しないと決めたから、今日東福寺さんが来ているのか、元気に振舞っているのか
そういったことも何もわからないし、知る手段も取らなかった。
自分から鎖国宣言をしたんだから当たり前である。
今後会うこともないんだし、もし他の女子から東福寺さんのことを聞かれても
俺が悪いとだけ言えばいいし。反感を買ったっていい。
それぐらい彼女を傷つけたんだから。
もう訳がわからなくなってきた。
休憩時間、俺は移動教室へ向かうため一人で歩いていた。
そこに一人、やはり居た。牧野さん。
この人は苦手である。見透かした感じがする、大人な思考の持ち主。
だが負けてられない。この人にもきちんと話し、疎遠になることを宣言しなければならない。
「関目くん。時間あるよね」
もうこの時点で怖い。もう心が人間の総関節数ぐらい折れている。
だがそれでも組み直さないといけない。
「俺が悪いんすよ。東福寺さん傷つけなきゃ友達やめれなかったし」
「なんでやめる必要があるの?」
「そりゃ、親衛隊とか怖いし、そもそも俺みたいな下衆に東福寺さんと友達にはなるべきじゃないんだよ」
「親衛隊もそうだけど、それはただ逃げているだけじゃないの?」
「逃げていますよ。俺だって未来はあるし、東福寺さんにも未来がある。俺は強くないから親衛隊にボコボコにされて未来真っ暗になるぐらいなら最初から何もしない」
「親衛隊ねぇ。あんな奴らがボコボコに出来るわけないでしょ」
「でも、実際に登校拒否になったり、俺も調子に乗るなと手紙を貰ったりしたぞ」
「登校拒否ねぇ。あれは親衛隊じゃないから。そもそもあいつクズだから警告をしたら想像以上にナイーブだったから登校拒否になっただけだし」
「!?」
「ごめんね。あんなクズにスズと顔も合せたくなかったから私がキツく当たったらああなったの」
真・親衛隊とは牧野さんだったのか。
「それを噂で親衛隊がやったとかどうとかなっていったけど、あれ私なんですけど……って、どうでもいい。で、なんでやめたの?」
「俺と東福寺さんは合わない。あんないい子、俺には向かないよ」
「そんなつまらない理由、すずと疎遠になる理由にはさせないんだけど」
「牧野さんは東福寺さんのなんなんだよ」
「親友。あの子の暗い顔見たくないの。今の暗い顔の理由はあんたなの。責任取りなさいよ」
「いずれ晴れるって。俺なんかすぐわすれてあたらs……」
胸ぐらを掴まれた。
「あんまり私を怒らせないで……いい? なんなら、私が本気を出すとこみたいかな?」
怖い怖い怖い怖い。待って、牧野さん怖い。その笑顔は怖いです。
「それでも……だ!! 俺みたいな性格も悪い、しかも一方的で! 見た目も何も特筆点のないやつ、東福寺さんと友達なんておこがましいだろうが!!」
「へぇ、自分ハードルを下げるんだね。根性も方向は違うけどあるみたいだね」
俺だってなみなみならぬ根性で東福寺さんと縁を切っているんだ。
「あぁ。そうでもしないと東福寺さんを大きく傷つける。今のうちに俺は過去にならんと長いスパンで東福寺さんを大きく傷続けることになる」
「……すずを持ち上げ過ぎじゃないかな。そんなに高翌嶺に投げないで…すずを」
「高翌嶺にいることはいるが、それに届く奴はいっぱいいる。俺ではない。それだけだ」
「じゃあ誰? 具体的に言いなさいよ」
「そりゃ橋本」
「却下ね」
おい、当校ベストナインの4番主砲をあっさりと否定したぞ
「すずと橋本くんとなんてのカップル想像しただけでへどが出る」
「橋本が駄目だったら、もうハリウッド俳優とか超有名スポーツ選手とかの選択肢になってくるな」
「極論ね。関目くん」
「そりゃあ。俺以上のやつが東福寺さんに似合うってことだからな」
「もうチャイムなるから最後に教えてあげる。それはアンタの勝手な狂言だから。いい? このままで終わらせないからね関目くん。覚悟しておいてね」
牧野さんの脅迫寸前のお言葉をいただき、俺のメンタルはボロボロになった。
牧野さんの仕打ちとは……
一体何になるのか……
俺はどうなるのか、夜道で刺されるのか……?
それとも社会的に抹殺されるのか……
いずれにせよ、東福寺さんが俺の元から離れるのであれば、俺は牧野さんに殺されても仕方ないんだろう
それぐらい、自分の立場や尊厳なんてどうでも良くなっているのかもしれない。
今日はここまでです。
疲れた。暗い文章は本当に疲れる。でもよく眠れる
簡単に突き放すことが出来るとかすげー
>>187
何か誤字や表現ミスがありましたでしょうか。
宣戦布告をされ。どうしようもない気分で佇む。
これは恨みを晴らされるのであろうか。本格的に潰されるのであろうか分からない。
しかし牧野さんにも嫌われたことは間違いない。
当たり前だ。
俺のやったことは最低なことなんだから。
本人の前で友達を辞めようといい、更にそれを見た親友にも喧嘩を売るんだから。
ここまでやればさすがに俺は向こう数十年は恨まれるレベルだろう。
こうして俺は泥沼の人生を送る。
幸せを放棄したんだから、天使の微笑みを裏切ったんだから。
これから先は地獄だろうな。
翌日も学校に行って特に変わりはない。
口論になった滝井とも特に変わりはなかった。
「昨日はいいすぎた」と言えば「まぁそんなもんだって」と曖昧な返しで昨日の話はリセットされた。
東福寺さんを思えば最初から受け入れていなかったのは俺だったからな。
色々な理由で逃げていたのは間違いない。
だがそれをしないと結果的に東福寺さんを傷つけていくと勝手に解釈した。
しかし結果として彼女をトラウマレベルで傷つけてしまった気がする。
まさかあそこまで暗い顔を見せるとは思わなかったからだ。
そんな姿をもってしても、俺のしたことは正しいのか。もっとやりようは無かったのか。
もっと傷つけず疎遠になれた筈だ。俺は急ぎ過ぎたんだ。
屑だなやっぱり俺は。
……◆
昼休憩になり、俺は一人で自動販売機でジュースを買いぼーっと空を見ながら佇んでいた。
相変わらず、東福寺さんのことを考えている。
過ぎてから後悔が積もっていく。だからと言って俺は何も出来ない。何をする資格が無い。
いっその事、誰かに東福寺さんを救ってやるように仕向けるとかどうだろう。
橋本とか、他のイケメンでもいい。藤森先輩だっていい。
もう俺じゃなければ誰だっていいぐらいだ。
緊急疎遠作戦は紛れも無く失敗だ。
もうどうすればいいのか分からない。
このままなにもしないのがひとつの解答ではあるが……
そうするためにこうして来たんだから。
だが、この疎遠は俺のためでやった筈じゃない。
東福寺さんの幸せの為だったから。
今後も笑顔で暮らしていくために考えた筈が
あんなトラウマを付けるようなやり方は、どうだろう男として。
「仲直りしろよ」
滝井が突拍子もなく言い放ってきた。
ずっと居たように見えるが、こいつは今来たばかりである。エスパーかこいつ。
「滝井、いつの間に…」
「おう、やっぱり悩んでいたな。疎遠になれたのはいいが、後悔しているようだな」
「後悔っていうか、東福寺さんの為に友達を辞めたのに、なんか東福寺さんの為になれていない感じがして」
「仲直りしろ。そしてもっと親密になれ。それしか無いさ」
「簡単に言うな。俺では東福寺さんと仲良くなる資格は無いよ」
「またそういうこと言うんだな……とにっかうメールだってなんだっていい。面と向かって言うのは恥ずかしいだろうからな」
「……」
「仲直りは時間をかければいい。だが謝るのはすぐにしろ。なんだっていい。少しでいいからな。絶対にしろ」
「謝るねぇ……」
何を謝るのだ。酷いこと言ってゴメン。
だからバイバイ…… これじゃ何も変わらない。
分かってる。
友達を辞めるとか言ってゴメン……
でもこれだと東福寺さんに今更感を与えてしまう気がする……。
今更ねぇ……
そうだな。逆に考えて、いまさら仲直りしたいとか、何この子下心ありすぎ……。
と思われて嫌われるのもアリなのかもしれない。
そうだな。そうすれば牧野さんも、こんな男と友達なんてやめておきなと言ってくれるかもしれない。
俺はノートの切り端を使い、「友達を辞めるとかいってごめんなさい。また」と書き下駄箱にこっそり入れておいた。
気持ち悪い男子だな。俺はこんな女々しい考えと行動をする奴だったんだな。
ドン引きですよね。
手のひらもくるくる周り、もう複雑骨折じゃないかな。
とにかく俺は形式上だけでも仲直りを交渉することにした
眠いっす。
ぐちゃぐちゃしてきて整理できない
形式上の仲直りなんて、本当に都合が良すぎるな。
勝手に友達を辞めようとか言って、手のひらを返し、やっぱり無しで……とか。
まだ高校生活の序盤にも関わらずこの大失態。先が思いやられる。
東福寺さんも牧野さんもあきれ果てているだろう。
だがそう思えば、当初の目的は達成していると言えよう。
そんなこともあり俺は今までより消極的に学校生活を送ることにした。
噂の広がりは今のところ無い。
俺の話題なんて何も聞かないし、相変わらず影の薄い野郎って点では定評はあるようだ。
高校にもなると化粧を覚えた女子が溢れかえってくる為
可愛く進化を遂げる人もちらほら出てくる。
そういった女の子が東福寺さんと並べていけるレベルにまでなっていけば
東福寺さん一強ではなくなるのであろうか?
だが、相変わらず東福寺さんはダントツで可愛い。
だから親衛隊は今も何処かに潜んでいるだろう。
そんな奴らに恨みを買われたら、流石に学校に行けなくレベルだ。
東福寺さんを泣かせてるんじゃねぇぞ……とかなんたら。いくらでも恨みを買われるにきまっている。
だがそれなりの罰だ。俺も方法を間違えたんだからさ。
だからもう少しだけ東福寺さんと関わらせてもらう。
……◆
だからと言って、俺は一切アクションは取らない。
向こうから来るまで俺はあくまでも待つだけだ。動かざること山の如し。
一体どこから来るのであろうか。メールか、それとも休憩時間にどこかで呼び出されるか……。
動かざること山の如し。とはいえ、教室に引き篭もる訳じゃない。
そりゃあ俺だって適当に教室を出ることだってある。そういえば今日は弁当無いんだった。
昼休憩入る前にパンぐらい買っておこうかなと思いぶらぶら食堂へ向かうと、
何者かに手を引っ張られた。
「んなっ、牧野さん……?」
「あんた、覚悟しといた方がいいって言ったわよね?」
「あぁ。覚悟している。これからどんな仕打ちにも耐えると思ってるぞ」
「その覚悟のベクトル違うと思うけどね。で、これ以上すずを傷つけたら分かってるわよね?」
「俺はこれ以上傷つけられないよ」
「傷つけないよね? 傷つけたら、あんたを社会的に抹殺してあげてもいいんだからね?」
怖いです。牧野さんそんな顔で見ないで。
「と…とにかく……、俺は謝った。これ以上俺にできることは無い」
「まぁ、ここから先は私には手を付けれそうも無いから。後はお二人さんでね……じゃあ」
牧野さんはそのまま教室の方向へ歩いて行った。
覚悟か。何が起きるのか。だが、それに対してもう東福寺さんを傷つけない。
それは分かっている。俺は東福寺さんから動かざる山。何をされても耐えるだけだ。
耐えるだけ……。
……◆
パンを買いに行くのを忘れた。
だが、今から行っても残っているものといえばアンパンぐらいだ。あだ名がアンパンになるのは嫌だな。
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱん。さてそれはどうでもいいこと。
とは言え何も食わずに残りの昼を過ごすのはきつい。背に腹は代えられない。アンパンを買いに行こうとした時
「関目くん! お弁当を食べましょう!」
ニッコニコと笑顔全開の東福寺さん。手には2つの弁当。
待て待て待て……。これはなんたる仕打ちだ……。まさか……。
俺は背筋が凍りついた。仕打ちとはあくまでも悪いうわさを流したり、女子からの精神攻撃を中心に受けるものと思っていた。
「嫌ですか……?」
東福寺さんは凍りついている俺を見て、まだ前のことを引きずっているような仕草を見せる。
駄目だ、ここで断ると東福寺さんを傷つける。
「あ…あぁ。いいけど……場所を変えよう。ここは……その」
「だ……だめです…駄目だって言って……な、なんでもないです! と……とにかくここで食べます!」
誰かの差金のようだ……。間違いない牧野さんだ。
こんな白昼堂々、教室の中で弁当を一緒に食べるとかいうシチュエーション。
学校中に噂が流れるだろう。駄目だ駄目だやめてくれ……せめて場所を変えさせてくれ……。
「関目くん……あの、唐翌揚げ好きでしたか?」
「あ……あぁ。美味しいよね、うん」
東福寺さんの弁当箱は平均的高校生が食べる量のバランスが取れた箱を使っている。
その中には美味しそうなおかずが詰め込まれている。
だがそんなことを長く考える余裕はない。クラス中の視線が痛い。チラチラとヒソヒソと。
なるほど……牧野さんの覚悟はこっちだということか……。
「そ、それじゃあ食べましょう。いただきます」
「あ、はいいただきます」
東福寺さん自身も緊張しているのか、言葉にややぎこちなさを感じる。
「あの……その、えーっと」
東福寺さんは何かを戸惑っている。何をしようとしているのか……?
「あーん…」
教室は凍りついた。様々な思惑がすべてをマイナスにし。
一口大の玉子焼きを東福寺さんの箸ではさみ、俺の口元へ持っていく。
その光景は、この甘すぎる光景は、俺の背筋を凍らし、頬をヒートアップさせる。
恥ずかしいという思いが、大気圏を突破し、もうどこか銀河へと越えているんじゃないだろうか。
しかし、どうすればいいか分からない俺の口は独断を始め、勝手に食べやがった。
ひゅーと声が聞こえた気がするが、ほとんどの連中がこの光景にどうしようもない思いを抱いているだろう。
「ど……どうですか?」
「す…すごい」
すごいという表現。卵焼きの味なんてもはや分からない。味覚の情報を脳に届けようにも
脳はすでに他の作業で情報がスワップしてしまい、ただただフリーズしてしまっているだけだ。
「よ…よかったです。た……たべましょう」
俺は呆然としながら、残りの弁当を食べた。もはや記憶なんてまともに残っていない。
自分でも何を話したのか、何をしたのかすらも覚えていない。
弁当を食べ終わり、そそくさと東福寺さんは去って行った。
俺はそれでもなお呆然としており、周りの状況も何も理解出来ずにいた。
こんな甘い仕打ちは初めてだ。
一体ここからどうなってしまうのか……もはやすべてを知るのは神でもない。
牧野さんだけだ。
今日はここまで ってかてっぺん超えてた。
続きます
今日は更新出来ませんでした。
すみません。
大変なことが起きてしまったものである。
東福寺さんと弁当を食べた。しかも白昼堂々と教室で向かい合い。
しかも「あーん」だ。これはもしかすると東福寺さんの罰ゲーム説もおかしくない。
いくらなんでも、プライドという物があるだろう。にも関わらずだ。
あんな失礼な物言いな俺を受け入れ、更に弁当を届ける。どんな精神なんだ。
鈍感なのか、何も考えていないのか、それとも……。と、とりあえずだ。
東福寺さんは次にどんな行動をしてくるのか……そればっかり考えてしまう。
「最強伝説関目」
「いきなり何を言い出すんだ」
「そりゃあもう。すごいよ。東福寺さんの弁当をあーんでもらうなんて、何億積んでも不可能な人だっているんだからね」
「申し訳ない」
「誰に謝ってるんだ。でも権利はあるよ。関目には」
「俺に? いや、俺こそ無いだろう」
「またイケメンにしか無いとか? それとか経済力、包容力か?」
「それもあるが、東福寺さんを幸せを実現できる奴だ。俺は不幸にしかしていない」
「そうか? それこそ権利があるじゃないか」
「なんでだよ。実際に悲しい思いさせたりしてるじゃないか」
「弁当持ってきた時の東福寺さんの笑顔。幸せそうだったぞ? あれだけでご飯三倍はいける」
「あの子は純粋すぎるんだよ。俺にはどうこうできるレベルの人じゃない」
……◆
7月に入れば定期試験も入るし、プールも教科に入る。
よくあるアニメや漫画では、プールは男女共同とかあるが、残念ながら男女別々である。
男子が水泳なら、女子は屋外一般科目を受ける。逆になればまた入れ替わる。
つまり、女子のスク水を見る機会は覗くか、見せてもらうか、諦めるしか無いのだ。
体育の授業は年中、2クラス共同になる。
ただ年中、男女別の競技なので何も被ることもないのが現実でもある。
ちなみに共同クラスはA組だ。東福寺さんと同じクラスだが、体育教員も違うし全然顔を合わすこともない。
だが茶化されることは避けれなかったりする。
おとなしく恋人っぽいことをすればいいものを、どこのバカップルですかって程に
弁当を持ってきて、あーんで……。いくらなんでもやり過ぎだ。
インパクトがでかすぎる。おかげで、A組の奴らにも茶化される。
今日は弁当は一緒に食べないのか…とか、なんたらかんやら……もう何も聞いていない。
ノーコメントで。
梅雨も明けてきたが、まだまだジメジメした感じがする。
そしてこれが秋まで続くとなると、それはとても重々しいものである。
……◆
今日も東福寺さんは来た。弁当を持って。
俺は多少予感をしていたため、弁当は作ってもらわず、お金を持ってくる作戦に出た。
「どうぞ。食べてください」
「というか、食材費だってタダじゃないだろう、弁当作ってくれるのは嬉しい事だが、ほい」
俺は500円を東福寺さんに渡した。
「え…い、いらないですよ…そういうつもりじゃないですし…」
「いや、本当なら数千円渡すぐらいの対価はあると思うが、それは学生の身分では厳しいのでね。その500円は原価だよ。これは礼儀だよ」
俺が立派に社会人でもあるなら、昼に外で何か定食を食べるとする。
そのお金は500円を超えることはしばしばあるだろう。
それに対し、生きていくために時間を割き腹を満たすのであれば500円は必要なお金であることは間違いない。
そして付加価値に女の子の手料理。
これはどこかのメイドカフェや風俗系サービス(いわゆるキャバクラ)であれば数千円増すことだってしばしば。
東福寺さんクラスの手料理となれば、
そんじゅうそこらのメイドカフェのトップ人気のメイドが行う、おいしくな~れサービスにあーんサービスよりも価値が高い。
そう考えた結果、この弁当には数千円の価値があると俺は勝手に分析する。
だが、これは友人関係。友人関係に経済を噛ませるとそれは友人ではなくなる。
ましてや学校内での経済活動は禁止されている。だからこその原価だ。
「そ……そうですか。あ、ありがとうございます」
「もし東福寺さんが弁当を作ってくれるのであれば、俺はきちんとその食材費は払うよ」
「そ、そんな私がしたくてしているんですから」
「いや。俺も家の母親が電卓を叩いて……まぁ叩いてはいないが、きちんとスーパーで食材を買い、料理して弁当も作ってくれたりしている訳だ」
「は…はい」
「だから、その弁当を作らなくていい母親の負担が減ることもメリットだ。そして、食材費の家計の負担も減るとなると、あまりにもこちらに都合が良すぎる」
「そ…そんな都合だなんて」
「だから、東福寺さんの都合に合わせるが、きちんと食材費は払わせてほしい。いいね?」
「わ、わかりました」
勝手ではあるが、さすがに受け取るだけ受け取って食べるのは心地よくない。
母親だってパートをしていてその傍ら、朝弁当を作ってくれている。
そんな環境の中、東福寺さんの手作りのお弁当が介入することは母親だって嬉しい事だろう。
だからこそ、そんなメリットを無視したまま黙っているのは良くない。
俺の小遣いからではあるが、東福寺さんにはきちんと支払いをしていかないといけないと思った。
「あ、あの……関目くんって、その……やさしいですね」
「…? や、やさしいか? 俺が?」
唐突にやさしいと言われてしまい思わず動揺した。
優しいと評価する東福寺さんに疑問ばかりが浮かぶ。
優しいことなんて、最初に傘を渡した時ぐらいではないか。
それからは、冷たく東福寺さんに当たったり、突き放したり。
そんな俺を優しいと評価するということは、それ程までにやさしい基準が甘いのであろうか。
「優しいとは思えんだろう……」
「いいえ。関目くんはやさしいですよ」
ニコニコした笑顔でこちらを見つめ言ってきた。これは本当に優しいと思っている目だ。
なんというか、人を信用できなければこんな見方は出来ない。
むしろ俺自身が東福寺さんを信用できていないぐらいに思える。
東福寺さんは裏切るような人じゃない。
間違いない。常に真っすぐで、常に誰かを信じている。
俺のような人でさえも信じている。だからこそ救われる。俺を神か何かと勘違いしているのか?
「勘違いだと思うよ」
「ふふっ。関目くんは自分のことを謙遜しているだけ。やさしいよ」
謙遜ねぇ。もはや俺は自分を謙遜しているのか。そういうわけではないつもりだが。
自分自身を評価するときに必ず必要なのは客観性。
自分自身を勝手に評価するなんて出来やしない。
だから的確にベンチマークをし、それで他人と比べることが必要なのだ。
その時点で比較対象を上回っている場合で自分を低く見積もればそれは謙遜だ
そう捉えた上で、俺はすべての面で橋本に劣る。
女子共の噂の数、テストの点数、体育の身体測定、体脂肪率やら、体育祭のバッジの数……
そりゃあもう。そんなものを前に、自分をどう評価していいかわからないが
間違いなく、平凡かそれ以下であることは間違いない。
優しさだってそうだ。
もう比べる必要も無いぐらい爽やかな橋本は、
何を言わなくても重い荷物を持っている女子の荷物を持つし
男女問わず悩みを聞くみたいだし、嫌味なことは全く言わない。
謙遜していても、橋本基準であれば俺はちっともやさしくない。むしろ悪魔だ。
謙遜しなかったら、女の敵か何かかな?
「俺が優しいとなると、悪魔も優しいという基準になるが、それでもいいか?」
「悪魔が関目くんだったら、いいかな」
意味深だ。いや、俺が悪魔だったらひどいことをしていいと解釈すればいいのか?
いずれにせよシンプルに捉えていいのかわからない。
だが相変わらず東福寺さんは平気で照れることを言いやがる。
少しですが今日はここまで。
さぁどうやって物語を展開させていけばいいのか
結構停滞してますね……
物事にはいずれ終りが来る。
夏の暑い日々もいずれ終わりがあり、寒い日々も訪れる。
だが今はただひたすらこの暑い日々を乗り越えることだけを考えている。
もう嫌になるこんな暑い日々は。
「そうだ、一年の俺らで団の打ち上げ行くんだが行かないか?」
クラスの一人に話しかけられる。
どうやら体育祭の打ち上げらしい打ち上げは特に行われておらず
テストがもうすぐ控える前に打ち上げを行こうというお誘い。
一見俺は面倒くさがり屋でそういうのを断るように見えるが、きちんと行くときは行く。
学校で青春を送りたくないというわけではない。
「おう、俺も行くわ。他の面子は?」
「えーっとA組の奴らもかき集めているみたい。治水公園で打ち上げっさ」
A組も参加となれば、もしかすると東福寺さんも来るのかな。
ただ、大人数参加であれば俺と行動なんてしないだろうし
のんびり適当に談笑したり、他の人とコミュニティを築かないとそろそろやばい。
残念ながらリア充ではない為、勝手に人はあつまったりしない。
ないがしろにしていると、すぐにボッチになってしまうかもな。
こういったイベント事を定期的に熟すことが、キョロ充としての務めですよ。
自分で言って恥ずかしい限りではあるが……。
学校の帰り道の逆方向に治水緑地公園がある。
もともとは隣接の川の氾濫を防ぐために設けられたため、台風や大雨の時は入れないが
普段はだだっ広い公園として使えるため、付近の高校生の溜まり場として打ってつけだ。
その分、羽目を外しすぎると学校の目にすぐ届くため、健全な打ち上げとして使うのが暗黙のルールだ。
……◆
夜七時、治水緑地公園に仲間たちは集まった。
かつて共に戦いあった盟友……というか、ただ単に団体で馬鹿騒ぎしたい連中ども。
クラスの半数以上が参加しており、普段は話さない顔ぶればかりである。
A組の女子が俺に話しかけてきた。
「関目くんだぁ! あれだよね、垂れ幕の仕事人で有名な」
「有名ってなんだよ。俺はただ参加していたに過ぎん」
「で、なんだっけ……申し訳ないお名前を頂いてよろしいですか」
話しかけられたはいいが、誰か分からずに話を進めるのもよくないだろう。
名札も無いし、誰かぐらいは知る権利はあるだろう。
「ん、私は栗津。まぁそれはいいんだけどさ、ちょっとお話いい?」
どうやら、いきなり席を外し俺と話をしたいみたいだ。
もう既に学生どもはジュースやらちょっと苦い黄色いジュースを取り出している。どうなっても知らんぞ……。
栗津さんに呼び出された。一体何が始まるんです?
「あのね、関目くん。つかぬ事をお伺いしますが、東福寺さんとは付き合っているんですか?」
「付き合ってないぞ……残念ながら俺にそんな資格はない」
「へぇ、じゃあフリーなんだ?」
「一体何が聞きたいんだろうか」
「えっとね、私じゃないよ。私じゃなくて、私の友達で関目くんと仲良くなりたいって…ね? 来ててその子にメアド交換してあげてくれない?」
「俺と……? 仲良くなりたいだと? 都市伝説か何かですか? もしくは壺を売るとか……そういう系統? 俺んちは浄土真宗なんですが……」
「そういうのんじゃないってば! 純粋に仲良くなりたいて。今日は来てないの、だから私が代わりにね」
俺に興味を持つというのはどういうことなのであろうか。
俺は高校に入学してからもパッとしていないし、体育祭でも何もしていないし、別段クラブ活動もしていない。
更に言えば、勉強も出来ないし、運動も目立たない。更に誰かと友好活動なんてもっとしていない。
東福寺さんの件で知っている奴はいるかもしれないが、ていうか知っててつっかっかってきているだけ更に謎が深まる。
ただしかし、俺の個人情報を知られた所で何も変わらない。
まぁ、もしお知り合いになったとしてもすぐに呆れ果てて関わりたくなくなるだろうし、それまでの間ぐらいであれば
俺とコミュニティを取るのは否定しない。というか単純に嬉しいだろうこういうイベント。
家に帰り、布団に潜りこれ以上ニヤけることは無いのではないだろうかというね……。
ただ相変わらず警戒するのは俺の癖なのか、本能なのか。
とりあえず俺は、栗津さんにメアドを渡した。
たとえ、それがどんな体型であろうが、顔があれだろうが性格がどうであろうが
それを選り好みできる身分ではない。こういったイベントを頂けることを神に感謝しなければならない。
東福寺さんなんて贅沢すぎるんですよ神様………。
……◆
俺はベッドの中で向こうから届くメールを待っていた。
あれから輪にうまく馴染めず、酒も持ち込み、花火を取り出した時点で危険を察知し俺は帰宅した。
どうやら東福寺さんや牧野さんは参加していなかったみたいだし、結局滝井とだらだらしていただけだった。
ただ収穫はあった。
どうやらA組の「淀 しえ美」という人らしい。
栗津さんと淀さんのプリクラを栗津さんから写メで頂いており、プリクラ補正で目が大きくなっているが
和やかそうな人だった。髪はショートヘアということと、染めておらず黒髪。
身長はプリクラからはあまり判断できそうもないが、中肉中背な感じか……
素朴……。だが可愛いとも思える。
こんな子からもメールとか……多分俺は数年後死ぬんじゃないかな。
そう思えるぐらい出来すぎている日常に恐怖を抱いてきそうであった。
「はじめまして。淀です。メールアドレス教えてくれてありがとうございます! また学校でもはなしてください」
メールは届いた。絵文字はあまりつかってはいないが、あたたかみを感じるそんなメールだ。
「いえとんでも無いです。俺なんかのメアドを…。機会があればどうぞ」
ちょっと堅苦しいメールを送信した。ここでギラギラしたメールを送るのもおかしいし
絵文字や顔文字で誤魔化すメールはどうも苦手だ。メールでの感情表現は想像以上にシビアだと思うし。
「はい。こんごともよろしくおねがいします」
そのメールのシンプルさに少し萌えたのは内緒にしておこう。
ただこの子もそうだし、東福寺さんの弁当事件はいつまた起きるか分からない。
それを踏まえ、今後は慎重になっていかないといけない。
なんとなくそれも頭に入れることにした。
続きます
淀さんというのはある意味、全く想像もしていない世界の人だ。
というのは、彼女そのものの世界観やスタイルが俺とは違う人種なんだなぁと感じるところだ。
例えば、彼女はオシャレにすごく気を使う子のようで、いわゆるカジュアル系の服装を好む。
古着だったりカジュアルファッションをコーディネート? オシャレには相当無頓着な俺にとっては別世界の子だ。
どうやらアルバイトをしているらしく、その給料で服を買ったりしている辺り、現代っ子って感じである。
ただ、俺と交流を求めた理由は相変わらず分からない。
何かの罰ゲームという理由が残っているかもしれない。俺みたいなリアクションの薄いやつを
罰ゲームに起用するのは正直ありえないだろう。じゃあ何なんだ
俺のことが好きなのか? 一目惚れとかそういう路線?
まぁそれこそありえないだろう。俺みたいなやつはいくらでもいるし、それ以上なんてもっといる。
となるともはや分からない。
……
そんなこんなで、休憩時間俺は自動販売機にジュースを買いに行くことにした。
一人行動が多い気がするが、こんなの社会人になれば嫌でもそうなる。
誰かを連れてジュースを買いに行くとかどんだけ他人依存症なんだよと。
まぁ単に滝井が今日は風邪で休みだったからな。珍しい。
「あ……関目くんですよね」
「あ……えーっと?」
「は…はじめましてですよね。淀です…はい」
髪に茶色のカチューシャを付けているが、ショートヘアでちょっとボブっぽい髪型と言うか
そんな女の子が話しかけてきた。淀さんか。
あれ……普通に可愛い……てか、可愛いぞこの娘。
急にというよりプリクラ補正が逆にこの娘の魅力を削いでいるような気がしないでもない。
素材寄りの女の子だ。化粧なんてしないほうが可愛いレベル。
「迷惑でしたか?」
「いやいや。携帯のアドレスに女の子のが追加されるのは幸せなことですよ」
「また、よろしければどこか遊びに行きましょうね…はい」
さりげなく遊びに行くように誘われた。なんだこの娘。
割りと積極的である。何か陰謀があるのか?
「まぁ、誰か適当にメンツ揃えて行こうか? まぁ俺が集めれるメンツなんて碌なのいないが」
「い……いえ、その二人で……」
顔をあかーくして言い放っている。
なんだこの娘。オレのこと好きなのか?
どんな鈍感なラブコメ主人公でも「俺の事好きじゃね?」と勘違い出来るぐらいの演技力……
演技なのか? もはや分からない。
こんな状況だ。俺はかなり混乱している。
いや、単純にこの子も大人数で行動が苦手なだけだろう。
まぁそれにこの子も少人数で行動とはいえ、交友の幅を広げたかったのだろう。
それでその選択肢にたまたま俺が入ったということではないだろうか。
あまり期待はしてならない。
勘違いというのは最終的に身を滅ぼす。常に頬を抓った状態で女の子と接さないといけないぐらいだ。
……◆
恋はいつだって盲目。愛は目を覚ます時計。
そんな言い回しを勝手に適当に言ってみたがどうもしっくり来ない。
夏は本格的に暑さを増し、俺達の気怠さをどこまでも増発させている。
今年は例年なく暑い日が続くというらしく、洗濯物が乾きすぎて化石になると母が嘆いていた。
そんな前書きは置いておこう。
今日の昼ごはんは弁当ではない。最近は弁当を持ってきていない。
母親の弁当作りにしばしば休憩を与えてやっているのだ。
そんな言い方は無いな。要は母親も忙しいと言うことである。
一家の大黒柱の収入だけではどうも生活が厳しい。
なので母親はパートをしている。出勤時間は俺より一時間遅いが
それとは話が別。母親はきちんと仕事を熟しているのである。
そんな母親を負担ばかり与えてはいけない。長いスパンを考え昼は自分の小遣いで賄う。
そういうことも大事なことなのである。
そして適当に休憩時間。
のんびり食堂に行こうと思った矢先、現れる東福寺さん。こんにちは。
右手に弁当。左手にも弁当。
「関目さん。弁当を食べませんか……?」
またしても手作り弁当。せめて予告先発をしてくれ。
突然突拍子もなく弁当を持ってこられると流石に困惑する。
おこがましい話ではあるが、困惑する。
「今日は頂くけど……えっと、あ、はい500円」
「えっと……それは」
「これはルールだよ。じゃなければ俺は東福寺さんの弁当を食べない」
「そ……そうでした。あ…はい。でも食材費そこまでかかってないかもしれません」
「いや、食材追加分ってのは結構かかるものでね。必要分より食材を追加すると結構高く付くからね」
「そうなんですか…?」
「まぁ固いことは抜きにして500円で手を打とうじゃないか」
「は……はい」
またしても視線を独占だ。俺はネットで出回っている複数人から見つめられる画像に怯えるタイプだ・
この瞬間は相当に俺にストレスを与えてくれる。
「今日は自分で食べるからいいぞ」
予め予防線を貼る。こうでもしないとお互いプライドがズタズタになるハメになる。
「えっと……なんのことでしょう?」
おっと恍けるのか。そう来たか。それとも天然なのであろうか。
「まぁあれだ。箸渡しだ」
「箸渡し…あ……そ…それはだめなんです」
「だ…駄目…?」
「えっと……一回はしないと駄目って……だからはい、あーん」
おいおいおいおい。またしても俺は激甘な空間づくりの土台となってしまった。
だが、相変わらず空気が乱れている。完全に友達の範疇を超えている。
「この行為はもっと人を選んだほうがいい……」
「わ、わたしは関目くん以外するつもりはないです……」
「いや俺こそ駄目だろ……」
「だって、その……」
「……」
「……」
この空間は何と言えばいいのだろうか
東福寺さんは完全に俺のことを好きと思わせたいのか……?
こんな嫁アピールをされると流石に恋してしまう。
こんなにも優しくされると友達と思わずもっと先に行ってしまいたくなる。
俺も一応男だ。女々しいとはいえ立派な男だ。
だが理性を保ち東福寺さんに距離を置いている。これ以上もなく置いている。
はずなんだが……
無言でありながら食事は続く。
俺は恥ずかしい気持ちを箸をすすめることに紛らわすことにした。
こうでもしないともう失神してしまう程だ。
だがその時、たまたまかE組に淀さんがいらっしゃったのを見た。
俺と一瞬目が合ったが、「あっ」と何かを察したように直ぐに目を逸らした。
そして何か事務的な用途を済ませ、そそくさと教室を出て行った。
うーん。東福寺さんと面を向かい合わせ弁当を食べるシーンを見たら
そりゃまぁびっくりするだろう。傍から見たら恋人に見えるレベル。
だがまだ友達だ。そしてそれ以上には行かないように頑張っているんだがな。
まぁ淀さんは特に何も思っていないだろう。
たぶんね。というか自意識過剰なのかね俺は。
放課後、俺は特に用事もないのでのんびり帰ろうとした。
だが、淀さんが現れた。
「あの……関目さん」
「あ、はい……えっと?」
「東福寺さんと付き合っていたんですね……なのにわたし……近づいてごめんなさい」
「え、いや……付き合ってないよ!」
「でも弁当をいっしょに食べているって。あーんもしているって」
「え、ああ、もうそうなったら恋人に見えるかもしれないけど、恋人じゃないよ? うん」
「そうなんですか?」
そりゃ男女で飯を食べていてあーんもしていたら恋人にしか見えない。
だが、東福寺さんは恋人じゃない。これもまた紛れも無い事実。
「東福寺さんも何らかの理由であーんをしなければいけない状況に陥っているみたいだし」
「でも弁当を作ってるんですよね…?」
「東福寺さんは料理が好きみたいなんで、で俺は食材費を渡しているしそれでウインウインってことなんすよ」
「……じゃ、じゃあ私も弁当を関目くんに作ってもいいですか?」
なんだいまどきの女子は弁当を作って、男子に食べさせるのがブームなのか?
「あ、でも東福寺さんとかぶったら大変だね。じゃあ、お菓子作ります!!」
「いやいや、いいって…。そんなことしなくても」
「……じゃあ東福寺さんはいいんですか…? やっぱりこいび……」
「わかった。お菓子だったら午後に食べれるからね!」
どんどん状況がややこしくなってしまう。
なぜこんな経緯になったか俺はいまいち覚えていないが
不定期に東福寺さんの手作り弁当、そして午後には淀さんのお菓子。
なんだこの青春。あまりにも都合が良すぎる。
これはとんでもないしっぺ返しが起きそうである……。
久しぶりの更新でした。
すみません。
ちょっとスランプ気味ですがなんとか更新は続けていこうと思います
甘い戦争。お菓子を淀さんから頂いた。
淀さんは東福寺さんと違い、牧野さんからの司令とかは無いので
こっそり渡してくる。そりゃ、白昼堂々お菓子を渡すとか噂になるレベルではない
完全に事実関係が成立し、恋人として認定されるか、顰蹙を買うだろう。
そこまでしてお菓子を渡す理由は分からないが。
味はそこそこ美味しかった。
そんな日の放課後、事件が起きた。
体育祭を覚えているだろうか、その時の先輩。
藤森先輩ではない。七条先輩が倒れてた。
あまりにも唐突すぎる展開ではあるが、事実であるからどうしようもない。
三階は二年生の教室が集まる階ではあるが
その階に地学室で提出するプリントがあったのだ
その時に七条先輩が倒れていた。何故かはまだわからない。
とにかくだ、七条先輩を運ばなくてはいけない。
どこへだ、そりゃ保健室だろうが。人のいない教室に運んでどうするんですか!!
と。とにかく女の人を抱えるのは難しい。
お嬢様抱っこ……が無難か。
幸い放課後で部活にほとんど出ていて誰もいなかった。
保健室に無事に辿り着いた。
七条先輩は息は問題なくしているようだし
どこか寝息のようなリラックスしているオーラを見せている。
過労か何かか?いずれにせよ保健室の先生が外出中という更なる奇跡が重なっている。
だがそんな状況で何をすればいいのか。
無抵抗の女の子、無人の保健室、二人っきり。
決まっている。家族の方に電話だ。
職員室に行くのも手だが、生憎教室の先生や保健室の先生がいない理由は
職員会議でいないためだ。先生に話したら電話番号を渡されそそくさと去っていった。
おいおい会議中だからってそれはないだろう。
仕方がない、電話さえすれば後は家族の方が手配してくれるだろうし
会議が終われば先生が後々対応してくれるだろうし
とにかく今は七条先輩が心配だ。
……
「もしもし、七条家です」
「あーえっと、七条先輩の後輩の関目といいます」
「はぁ、それでご用件は? 只今旦那様は外出中でいらっしゃいます」
「え……えっと、七条さんが具合が悪いとのことで迎えにきてもらっても……よろしいでしょうか?」
「なんと! 今すぐ車両を手配します。今学校でいらっしゃいますか? 椿お嬢様の病状は?」
「えっと、寝ています。多分睡眠不足では……?」
「かしこまりました。すぐに手配を行いますので今しばらくそのままでお待ちください」
電話は切れた。
椿お嬢様……どうやら家政婦らしき方が家にいらっしゃるようだ。
イメージ以上の方であった。もはや我々では跨げないまた一つの高翌嶺の花を見つけてしまった気分だ。
数分間、自分の携帯を見たりして時間を潰していたら
七条先輩が目を覚ました。
「あ……あれ、ここは?」
「先輩、大丈夫ですか? ここは保健室です」
「む、君は関目くんじゃないか……ここまで来た記憶はないのだが、運んでくれたのかい?」
「そ……そうです。廊下で倒れていたので運びました」
「そうなのか……迷惑をかけたね」
「もうすぐ家の方も来られるみたいです。先生は職員会議で忙しかったので俺が電話しました」
「そう……何から何まで……これは借りを作ってしまったね」
「いえいえ、でも大丈夫そうでよかったです。ゆっくり休んでくだい」
用件を伝えるだけ伝えて俺は帰ろうとした……が、袖を掴まれた。
「お礼がしたいのだが。いいかな?」
「いえ、これは当然のことなので……」
「それこそお礼をするのが、礼儀だ……それに君に助けられたというのはとても嬉しいことだし」
「いやぁ、俺はそんなヒーローなんかじゃないんで……また今度ジュースでも奢ってください」
「ふふっ、そんなんでは気が収まらない……それに……」
「椿ッ! 無事かッ!?」
突如現れた髭面のスーツ姿の人。サイズの合っているスーツと整った髪型。
間違いない、七条先輩を迎えにきた人だ。父親かな?
「ええ。寝不足みたいで、ちょっと倒れてしまっただけ、もう今は大丈夫」
「そうか、……で、君は誰だ?」
「あぁ、すみません。僕は関目といいます。七条先輩の後輩です」
「そんなことはわかっている。そんな君がどうして、この保健室にいるんだ?」
どうやら少し俺に警戒をしているみたいだ。
先生ではなく一生徒、しかも男子生徒がついさっきまで二人っきりともなれば
父親の気持ちに立てば、やましい関係かと思うのかもしれない。
「保健室まで案内しただけです。先生は職員会議でしたので、保護者の連絡は代わりに僕が引き継いただけですよ」
「……そうなのか? 椿」
「ええ、関目くんに保健室まで運んでくれたの。彼がいなければどうなっていたのかしら」
「……まさか、担いでいるときに……椿に何もしていないだろうな?」
「はい。すみませんご心配をお掛けして」
「ふん、まぁ、お礼は一応しておこう」
どうやら心配症の様だ。
旦那様は外出中という癖に、直ぐに娘の所に直行する辺りで見て取れる。
「立てるか? 椿、なんなら車椅子でも持ってこようか?」
「大丈夫よ、家に帰ったら休むから問題ないわ」
「……そうか。帰ったら一応医者を呼ぶことにするぞ」
「勝手にして……」
父と娘のやりとりをリアルタイムで見るのはとても新鮮だ。
姉も妹もいない俺にとってはこの光景は見たくても見れるものではないから。
「関目くん。今日はありがとう。これ、電話番号。またお礼させてもらうね」
そう言い、電話番号が書いてあるメモ書きを渡された。
そして、そのまま父親と一緒に保健室を出て行った。
お礼はこちらとしては七条先輩の電話番号でお釣りが数千万円発生するレベルだ。
こんなサクサクとメルアドなんて手に入ってはいけないものだ。
必死にアピールをして、プレゼントをした見返りでようやく入手出来るようなものではないか。
東福寺さんといい、七条先輩といい、高翌嶺の花な人たちのメルアドを持つ贅沢。
このしっぺ返しはいつ精算されるのであろうか。
とりあえず、七条先輩の電話番号を登録してニヤけることしか出来ない。
今日はここまで。
長くなりそうです。気長にやっていきます
そろそろ書かないといけないね。
誰かを幸せにするということはとてもむずかしいことだ。
それを実現するためには、少なからず努力というものが付きまとわってくる。
誰かを幸せにするために働き、汗を流し、対価を分け与える。
そうしてその対価をそれぞれ埋め、そこから生まれた樹の実を分け与える。
そうやって人々は生きているんだが、その対価を俺はどうやら過剰に受けてしまっている。
例えて言うなら、宝くじを当ててしまった人生の末路というべきか。
身の丈をはるかに超える金を得てしまった時、人はどうなるのか?
堅実な人でさえも堕落しかねない破壊力を持つぐらいだ。
俺はある意味そんな状況にいるのかもしれない。
このままでは不幸になるのは俺にかぎらず、その娘達かもしれない。
なんだか、なんとも言い辛いものだが
俺は、そのモテ期なのかもしれない。
モテ期って言うのは人生で何度か訪れるものだと言われる。
大体の人は、思春期よりはるか前、幼稚園や小学校低学年の時にモテ期を使い果たすという。
俺もそうだった記憶がある。幼稚園の時になんやら女の子からどうのこうの、結婚しようとか言われていたらしい。
だが、そんなのはもう過去の話。小学校に上がれば、そんな娘からも離れ
中学にもなれば、その娘は彼氏ができていて、もうなんつーか、どうでもいい。
さて、話は戻る。そんな俺にモテ期を受け入れるべきなのであろうか?
一つはもう潔く受け入れ、東福寺さんと楽しい青春生活を謳歌する。
こんな人生悪くないのかもしれないが、残念ながらそれでは東福寺さんが不幸になるだけではないだろうか。
この極論だけは避けたい。
もう一つはモテ期をすべて拒否し、嫌われる人間と立つこと。
東福寺さんの好意を完全無視し、牧野さんからも嫌われ、孤立し最低な高校生活を送る。
これは東福寺さんにとっては特にメリットもデメリットも発生しない素晴らしい案だが。
俺はどうなんだよ……って話だ。だが最終的には東福寺さんのためだと思い、堪えるのもありなのかもしれない
そして一番むずかしいが、妥当なのが疎遠。
東福寺さんと距離を置こうにも、休憩時間になれば一目散に俺の教室に現れる。
こんな人と疎遠になるには、もはや学校を休むか、休憩時間になった瞬間猛ダッシュで逃げるか……
それでも疎遠になるのは難しい。一体何者なんだ東福寺さんは。
夏休み、あぁ夏休み。
そんな呪縛からもある程度開放される素晴らしき機会。
これで適当に時間さえ置けば東福寺さんと余裕で疎遠になれるだろう。
夏休みなんてみんな身内で遊んでより仲良くなるか、全くの疎遠になるかの2択。
後者を選ぶのもとても簡単。要は携帯の電源を切るかマナーモードにする。
最近の若者は集合もすべてLINEだ。既読にさえしなければいいんだ。
本当は学校の奴らと楽しく遊びたいよ……でも東福寺さんの為だ。
疎遠になるためであれば俺は鬼になる。一人孤独になって東福寺さんを幸せにする。
そう思い、重い教科書を暑い帰り道の中帰るのであった。
……
自宅に帰り、夏休みの予定表を眺める。
美しい。何も書かれていない。もちろん、誰かと海に行ったり、山へ行ったり
プールで泳いだり、ファミレスで話をしたり、カラオケ等……そういったイベントは都市伝説。
現実は何もしないとこういうものである。身の丈に合わないことをしていたバツであろう。
生憎、東福寺さんも淀さんも何一つ連絡はない。ドラフトを自宅にて待つ選手のような気持ちを持ちつつ待つ。
もちろん、東福寺さんに関しては断らないといけない。
断る理由はただ一つ。東福寺さんにとって何一つ有益ではないからだ。
午前中はただひたすら項垂れながらテレビを眺める。
どうでもいい朝の情報番組が流れている。地元に近い駅周辺のグルメ情報を詮索しているようだ。
この生ぬるさは平日全くと言っていいほど見ることが出来ない。
昼のバラエティ番組も長期休暇でしか見ることが出来ない。こういうのは本当に素晴らしいものだ。
こういう一時は永遠に平和なんじゃないかと思える。全人類がこの時間を共有すれば永遠に戦争なんて起きやしないのに
だがそんな日々もいつまでも続かない。といっても数時間だが。
淀さんからメールが入る。
「明日、1組の集まりあるんですが来ませんか?」
1組の集まりであれば俺は関係ないんじゃないかな。
そういった単純明快な疑問を即座に投げ返したら
「えっと、その……集まりといっても友達とかと遊ぶだけなので関目くんが来ても問題ないですよ」
問題ないのは分かった。が、なぜ俺なのか。それを聞くのも野暮なのでせっかく誘ってもらった訳だし参加することにした。
まぁ、雰囲気悪かったら帰れば良い訳だし。
……翌日
蝉時雨、工場の雑音と混ざり、それは大嵐のようだ。
実際に吹き荒れる嵐はもっとすごいものだ。
俺は1組には、もう一人……一瞬足りとも忘れはしない彼女を差し置いていた。
集会、とはいっても……本当に街に出るだけのお話であり
一組という縛りは特に感じることはなかった。
淀さんは、ワンピースに通気性の良さそうなレギンスを履き、いかにも夏らしい可愛らしい格好で俺を待っていた。
「おはよう。関目くん。ごめんね、急に呼んで」
「いや、全然いいけど、俺すごく浮くような気がするぞ」
「えへへ、そんなことないよ。関目くんは人気者だから」
「人気者……そんなこといったら、全学年全員人気者でインフレが起きるぞ」
「インフレ?」
「ん、まぁなんでもない。で、みんなは?」
「あっちだよ、じ……じゃあいこう!」
手を引っ張られた。こんなナチュラルに人は手を繋げるのか。
恥ずかしさの前に、不思議な感覚で特に照れは無かった。
だが、みんなの集まりにとてつもない布石を打たれていた。
東福寺さんである。そして横には牧野さん。
「へぇ……」
牧野さんのなんだか冷たい目線。
俺はパッと手を離し、1組の連中と合流する。
軽い思いから一転、一気に周りの空気が重く感じられた。
淀さんと手をつなぎ現れるなんて普通に恋人にしか見えない。
それを分かっていて淀さんはしているのか、それとも彼女は天然でそれを行っていたのかは分からない。
だが、俺はこの状況を大事にするべきなのか、それとも弁明の機会を用意する必要があるのか分からない。
正直に話せば俺はただただ混乱しているのだ。
ようやく話にトライアングルを放り込めれる。
物語を書くとき、一番楽なのは誰かと誰かと誰かをぶつけあうこと。
逆にむずかしいのは1Vs1でだらだら進めること。
そんなことより更新遅くてすみませんでした。
【お詫び訂正】
1組はA組のことを指します。
すみませんでした
急展開とはこのことを言うのであろか?
そんなことを考えている場合ではないのではあろうか。
俺はさっと手を離したのではあるが、さっきまで手をつないでいた状況は変わらない。
そんな状況の最中、牧野さんが口を開いた。
「なんで、関目くんがいるのかなぁ」
そりゃまぁそうだろう。もともとここはA組の連中の集まりだ。
そんな中にさっと登場するのはあまりにも不自然だろう。
「えっとまぁ、淀さんに誘われたのもあるんで……」
「ふーん」
まだ色々言いたそうではあるが、この状況はあまりにも「あれ」なので
誰か空気を変えてほしい。
東福寺さんは特に何も表情からは見えなかった。
少し驚いている様子ではあるみたいだが、やや距離を感じるぐらいで
これをうまく噛みあわせれば俺は東福寺さんと疎遠になることも出来るのかもしれない。
だが、それだと俺は淀さんを利用したことになる。
東福寺さんと仲良くなるために淀さんと仲良くなるってのは外道だろう。
誰かを巻き込むってのはダメだ。淀さんには頼るべきではない。
だが、淀さんは何故俺を呼んだのか。
もっと呼ぶ状況があるのではないだろうか。
A組の集まりという、言わば蚊帳の外のような内輪話栄えるであろう場で
部外者に限りなく近い俺を放り込み、絶妙に微妙な空気を醸し出す行為。
考えてやっているのか、それとも天然でやっているのか。
考えすぎ、自信過剰と思われても仕方はないが、俺に一体何の魅力を感じているんだろうか。
成績も見た目も特筆事項、備考欄に特になしが当てはまるようなハイパー凡キャラに。
……
先に進もう。
A組の連中以外に、C組等、別のクラスの人もちらほら集まり
9人ほどの中規模団体で、この集まりが始まった。
いわゆる、祝夏休み到来記念集会的なものであろう。
羽目は外すなよと、そう思っておこう。
歯車は外れかかっているが。
で、ご一行が到着したのはカラオケボックス。
カラオケといえば、てか言うまでも無いが、カラオケだ。
伴奏に歌を乗せて楽しむ、近代の音楽史を象徴する画期的な発明品だ。
そこに4人割で2ルームで別れることになった。
それを決めるのはくじ引きで、その結果俺は東福寺さんとA組のなんちゃらさん……
C組の寝屋くん(どうやら寝屋っちと呼ばれているらしい)の構成でお送りされます。
カラオケボックスに入る。俺座る。黙る。
完全にコミュ障のような黙りこみ。いかんぜよ。これは。
だが、そんな状況に目もくれず、寝屋くんはマンオクミッションというバンドの曲を入れはじめた。
おぉ、歌えてる……少し音痴だが……
東福寺さんは俺の横にちょこんと座り
「何歌います?」と話しかけてきた。
今日の服装は、夏を彩る白色のロングワンピースに、薄手のデニムジャケットを羽織っている。
可愛らしさと女性らしさを際立たせた隙のない構成と言えるだろう。
正直可愛すぎます。昨日見たなんちゃらなんちゃらエイトの頂点なんか踏みつぶして粉々に出来るレベル。
「俺は歌はあんまし……。東福寺さん歌いなよ」
「わ……わたしもその苦手です……栗津さん歌いませんか? 先に」
「あぁ~さき歌うね~。関目っちもガンガン入れなされや。ロック好きなんでしょ?」
栗津さんは流行りのなんちゃらなんちゃらって曲を入れはじめた。
テレビでほんのり聞いたことがあるが、生憎題名が分からない。
とうとう老化してしまったのだろうか。いや、単純に興味がないだけであろう。
俺も一曲歌ったが、生憎感想なんて求めれるもんじゃあない。
うまくはないが、音痴でもない。だが無駄に嗄れ声を意識する。
あ~やっちまいましたねぇ……と実況解説がそう言いそうだ。
「上手ですね。関目くん。なんてアーティストですか?」
「書いてたよ、ほらこれ。もっと上手いんだよ。本人は…もっとギターもかっこいい」
「へぇ、関目くんが好きなアーティストだったら聞いてみようかな」
「う~んどうかな。初期頃は女性ファンが多かったみたいだし、意外と聞けるかも。まぁ10年以上前だからださいかも」
「10年以上前なんですか? そんな昔に感じなかったなぁ」
「ロックってそんなもんだよ。流行歌ではなく、単純にジャンルとして歌っているから
例えばジャズやクラシックだって数百年から数十年だろうと曲としての基礎が出来ているから古さを感じないんだろう
だからそんなインストゥルメンタルに、ポケベルや公衆電話とか歌詞に混ぜたら一気にダサくなるよ」
「へぇ。なるほど。関目くんがこんな熱弁しているの初めて見たかも……後でCD教えてね」
ついつい自分の好きな話になると熱くなってしまう。俺の悪い癖だ。
だがそれに関して最後まで話を聞いてくれ、尚且つ、おすすめCDを教えてほしいとか言ってくれる女子。
惚れて舞うやろ~と叫びたくなるぐらい、半端ない人の良さと、可愛らしさが溢れている。
本気で好きになってしまうんじゃないか。俺も東福寺さんのこと。
そう思ってしまうぐらい、彼女は魅力を放ち過ぎている。
今日はここまで。地震が怖い
熱弁も予想以上に決まったのかなんとも言えない感覚に包まれていると
牧野さんがこちらの部屋に入ってきた。
まぁ部屋割りはランダムではあるが、移動は自由なのでどうとも言わない。
ただなんというか牧野さんの視線が怖い。
睨むような顔。どうすりゃいいんですかい。この空気。
「楽しそうね、すず」
「うん。関目くんと音楽話盛り上がっているの」
相変わらずマンオクロックを熱唱している寝屋っち。
栗津さんも次の音楽を待機しながらスマホをポチポチ。
なんつーか完全に独立した空間だ。
「関目くんはギターしているんだっけ? 得意なの?」
「いや、素人が適当に弾いてるだけなんで程度は知れているぞ」
牧野さんのそっけない質問に、そっけなく答える。
「ギター。見たいなぁ、そうだ関目くん! 楽器屋に行きたい! 私も楽器触ってみたいな」
と突然東福寺さんに提案を持ちだされた。
まぁカラオケを楽しむのにも限界がある。
本気を出せばもっと歌えるのかもしれないが、
あのしゃがれ声をいつまでも続けるのには限度がある。みんなで楽器屋に行くのもありかもしれない……
「じゃあさ、あんたら一緒に行ったら? 別行動でもいいんじゃないかな? 戻って聞いてくるね」
そう突然提案した牧野さんは俺や東福寺さんの言動を完全無視し、そのまま部屋に行った。
俺は断りを入れようと思ったのだが、それを察した牧野さんの対策なのかもしれない。
数分たち、無言のまま座り尽くしていると牧野さんが戻ってきた。
「いいってさ。淀さんもいいってさ。行っておいで」
そういい割り勘のカラオケ代だけお金を置き俺と東福寺さんとカラオケ屋を出た。
「行こ。関目くん」
「お……おう」
東福寺さんと二人で外出するのは、学校で用品を取りに行ったとき以来。
ましてや私服で一緒に行くなんて本当に初めてである。
そして学区から少し離れているだけあり、知り合い等いなくなんとも言えないデート感。
妙に緊張してしまう。考え過ぎか。まぁさーっと楽器屋行って
さーっと向こうに合流するかな。
「楽器屋って入るの本当に怖いね」
「そうか? 別になんも出てこないけど」
ここの楽器屋は駅の近くでレンタルショップの隣にあるチェーン店で
他学区の学生なども来る、やや大きめの楽器屋だ。
電子ピアノや基本的な楽器より、弦楽器であるギターやベースの品揃えが豊富で
ここの楽器屋で俺は楽器を買った。そんなことはどうでもいいだ? 言わせてくれよ。
「関目くんのギターってどれですか?」
「あーこれこれ。2万のこれ」
「かっこいいですね。なんていうギターですか?」
「ストラトだね。まぁ正確に言えばモデルだけど。これはなんつーか割とオールマイティなギターだよ」
「ギターって、ほら、こういうがいーんとしたギターのイメージがあるんですが」
「あー。それね。それはレスポールタイプだね。ロックの王道ギターだよ」
「これにはしないんですか?」
「いやー単純に高いよ! 本家なんてうん十万なんてするからね。それに音楽性に合わないし」
「そうなんですか? ギターって種類によって出来る音楽が違うんですか?」
「そういうわけじゃないよ。ただ傾向があるってこと。極端な話でアコギでメタルのような音楽は出来ないでしょ?」
「アコギ……メタル……?」
「あぁ……メタルわからないか。うーむどうしたものか」
やはりギターをしていない人や、ロックやらメタルやらは難しいか……
「関目くんのギター弾いているところ見てみたいです!」
「いやいや人に見せれるようなものではないです。しかも東福寺さん以外にも見せることになるし……」
楽器屋で試奏するっていうのはそれなりに技術がないとカッコ悪いと思う人である。
初めてギターを買いに楽器屋に行った時、試奏しますか? と店員に言われた時凄く緊張したし
Fコードは愚か、Cコードも知らない素人の中の素人にそんなこと試されてもどうしようもなかったのである。
せいぜい開放弦を鳴らしたり、弦を1つだけ抑え、その音を鳴らすだけの非常にかっこ悪い試奏をしたことがあるから断りたいのだ。
しかも、その後にプロレベルの演奏を見せる人が出てきたため恥ずかしいの極みだったのだ。
「見たいけど……だめですか?」
そんな目で見ないでくれ。なぜか知らんが財布の紐を緩めてしまうだろうに
「……まぁいいけど」
まぁカッコ悪い演奏を見れば東福寺さんも距離を置きたくなるだろう。
そう思い店員に頼み、憧れのFenderテレキャスターを試奏させてもらうことにした。
「どうぞ、チューニングは普通にしています、えっと、ここのフット踏むとドライブかかるからお願いします」
そう言い店員は持ち場に戻っていった。
「これはなんていうギターですか?」
「テレキャスター。まぁサーフ・ミュージックだったり、まぁてけてけ音楽だったり割と軽めの音が得意」
「似合う。関目くんカッコいいですね」
「……え、演奏見たら前言撤回だと思う」
最初はクリーントーンでギターの音を確認する。流石、桁が違うギターともなれば
音の一つ一つの際立ちが違う。載せているピックアップから、ボディの歪の少なさ……
安物ギターでは出来ない表現力が持ち味であるだろう。
「凄い! このギターってこんな音がするんですね」
「まぁそうだけど、まぁこれはクリーンだから……これでドライブをかけたら」
オーバードライブの電源を入れる。このアンプはマーシャルだから割と定評のあるドライブをかけることが出来る。
かの有名なギタリストはエフェクターを使わず、このドライブだけで有名なリフや恐ろしい演奏を魅せているんだから面白い。
「! す、凄い。え、これって凄い。とっても高いギターしかこういう音が出せないんだと思ってました」
「ま、まぁ……基準が分からないけど…ギターは音を変えて演奏できるから、エフェクターを駆使したら更にいろんな音が出るよ」
初心者で申し訳なさ過ぎで、どうしようもないがここでかの有名なリフ「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を弾く。
「あぁぁ!! き、きいたことあります!! 凄い、関目くんプロギタリスト」
何ですか褒め[ピーーー]気ですか? 東福寺さんは。
太鼓持ち芸人もドン引きな褒めフレーズで、もはや馬鹿にしているんじゃないかと思うぐらい褒めてくれる。
あまりにも盛り上がると後に引けなくなるので、試奏はここで止め、店員さんに楽器を返却した。
……
「関目くんのギター姿とってもかっこよかったですよ」
「あはは……そうすれば、プロアーティストを見ればもう失神ものじゃないかな……」
「楽しかったです。あの……できればまた一緒に二人で遊びたいのです」
「あー……まぁ、また……まぁうん」
曖昧に返事をしようとしたが、肯定と捉えられたのだろうか笑顔になる東福寺さん。
「ふふっ約束ですよ。…あ、あと、その……淀さんと…今日来てたんですが」
「お……おう」
「仲……いいんですか?」
思い出したのか、少しテンションが下がる東福寺さんは俺に聞いてきた。
正直ここはどう答えるべきなのか。
淀さんとは知り合ってそこまで経っていない。
何故かお菓子を貰ったが、関係が進んだわけではない。
東福寺さんと同じように、どこか壁を持って俺は接してしまっている。
そして今後仲を進展させるつもりは俺からは持っていない。持つべきではないが正解なのか。
「仲いいっていうか、まぁ普通なのかな? うん」
「普通ですか……」
「まぁ知り合いとしてって感じだ」
何故だ、東福寺さんに保険をかけた話し方をしている。
ここで淀さんと仲いい。恋人寸前ですとか言えば、東福寺さんとは疎遠になるきっかけになれるはずなのに
淀さんには悪いが、それでもそのまま淀さんにも何もせず疎遠になれば出会う前に戻れると言うのに。
「そうですか……ふふっ、関目くん、じゃあ明日遊びに行きませんか? ご予定は?」
「よ……予定は」
「無いですね。じゃあ遊びましょう」
「ほ、ほら宿題がある」
「じゃあ一緒に勉強しますよ! 逃がしません関目くん」
そう言い東福寺さんに予定というものに紐付けされた。
自分で東福寺さんを傷つけてでも疎遠にするという覚悟が弱ってしまったのか?
一体俺は何をしているのだ。
いつになれば東福寺さんを大空に飛び立たせてやれるのであろうか。
やっと300!
地の文は本当に大変ですね……・。なれないことをするべきではないんですがね。
楽器屋でのミスはねあると思うんですよ割と。。。
試奏とか未だに怖くて出来ない
逃がさない。その意味がどういうことを指すのかは分からない。
だがそれは確かに逃げれない何かを束縛していることは確実である。
翌日、東福寺さんと約束をつけてしまった以上、一緒に遊ぶしか無い。
もちろん健全な遊びであることには代わりはない。間違いなく俺が一線を超えるようなことは決して無い。
ところで親衛隊という存在は覚えているであろうか? 確かに存在している
そして地味な嫌がらせも俺は受けていたのだが、今となってはそんな仕打ちを受けているようなこともない。
何故であろうか。親衛隊も大人になり、嫌がらせなんてしないより落ち着いた日々を選んだのか
もしくは大きなしっぺ返しを行う予定でも立てているのであろうか……?
それとも、新たな旅立ちを決めたのだろうか。世の中には可愛い女性というのは間違いなくたくさんあるだろうし
それは紙面上にかぎらず、映像、様々な媒体から出会える世の中。クラスのマドンナだけが世の中の全てではない。
そういった考えを持つ人が増えていくうちに、親衛隊の力というものも崩れていってしまったのか?
だが、俺が東福寺さんと疎遠になることに、親衛隊の気持ちなんて考えていない。
俺はあくまでも東福寺さんの為だと思っているし、それ自身を崩すつもりなんて微塵にもない。
疎遠になるのが難しいとはこんなにも思わなかった。
……
「えっと、どうしましょう」
とりあえず近くの人の少ない喫茶店で紅茶を飲みながら待ちわびている。
東福寺さんが何を提案するのか、それとも俺が何を提案すればいいのか
そんな流れでただただ待ちわびる。
「何も無いんだったら解散的なあれ」
「か……解散はしませんよ! その、だって関目くんいつも勝手にふらふらとどこかに行ってしまいそうだし」
「別に俺はどこに行くとかないけどさ」
「とにかく、駄目です。今日は私と一緒に居てもらいます」
と、今日一日拘束されてしまったようだ。どこぞの超絶美少女テロリストに拘束されてしまうこの日常如何なものか。
「俺と過ごしても大事な青春の1ページが燃えるだけだぞ」
「そんなことありません。でも空白のページは嫌です。あ、もう一度楽器屋というのもいいですね」
いや、楽器屋は勘弁していただきたい。
あれを何度も通うのは嫌だ。ヘッタクソで知ってるフレーズも少ないへっぽこギタリストなんかが何度も行って顔なじみになるのはあってはならない。
「二人っきりつったって出来る事なんて限られてくるしさ、誰か呼んでみないか?」
「だ、駄目です。これは……駄目です。ふたりでって…いってた……な、なんでもないんですよ…」
誰かの差金だなこりゃ。
とはいえこんな様子じゃ、東福寺さん側の計画も破綻の道に一直線だな。
だが、なんていうかこんな日々ってのはあんまり経験出来ない。
女の子と夏、何かをする権利を持てるというのは。
普通は夏は彼女なんて出来ず、テレビや漫画で妄想に耽る。
だが、今俺の目の前には東福寺さんというかわいい女の子がいる。
そんな女の子を前に、夏の計画をどうしようと話し合っている。
疎遠になるためとはいえ、ここで一歩わざと踏み込むのはどうだろうか。
俺の中の悪魔が何かを囁いた。待って、俺の決意は何処に行った?
くそっ、俺の決意が霞んでしまう。暑さのせいで感覚が鈍っているのであろうか?
いや、鈍るはずがない。この部屋はクーラーが効いているんだ。そういう問題じゃないんだ。
いずれにせよ俺はどこかで東福寺さんに話をすればいいのではないだろうか。
きちんと話をして、俺と疎遠になって欲しいと伝えれば彼女は去ってくれるのではないだろうか。
それを言うのはいつだ? ……と、ここであのフレーズを使うのは追々恥ずかしいことになりそうだ。
だが、それをいう機会は割と今日なのかもしれない。
「んじゃ、どこか適当に散歩するか」
「散歩……ですか?」
「嫌だったらもう帰って俺は寝る」
「行きますよっ……ふふっ」
散歩ってのはあまりにもベタな予感がするがそれでも話を切り出しやすいいい提案だ。
況してや遊園地や、野球場なんて行ったところで、言いたいところは音で掻き消されてしまう。
言いたいことは散歩で、もしくは夜景のきれいなレストランで。
これが世の中のマナーと行っても過言ではないだろう。
まぁ後者は人生の決断、大勝負で使うことだ。だが、そこで話をすることは、東福寺さんを関目にしてしまうことだ。
それは間違いなので、今回は散歩で切り出させて頂く。
夏は暑い。間違いない。風情もクソもない喧しいクマゼミ共の共鳴をこらえながら
歩いて公園へと行くことにした。その間特に当り障りのない会話をした。夏は何故暑いのか
人が困ったときに切り上げる天気の話だ。ここから会話というのは広げやすいからな。
夏は暑い、暑いから洗濯がよく乾く、よく乾くから乾き過ぎはタオルが固くなって良くない
等、会話を広げる種として天気というのはいつでもどの時代でも便利なのである。
この世の中に太陽や雲がある限り、天気の話は永遠になくなることは無いだろう。
そうして付いた公園、眺めは悪くない。ちょっとしたスポットであり、ただぼけーっと眺めるだけでも悪くないものだ。
だが、ここで話すことは率直な話プロポーズなんかではない。
「東福寺さんは俺のことをどう思っているんだ?」
「え……?」
解答に困る質問を投げかける。ここからはじまる会話はどうしようもない悲しい物に切り替えていかなければならない。
「……えっと、その言わないとだめなのかな」
目を逸らし、少し照れたようにして答えるのを躊躇っているようだ。
かわいいが、本当にかわいい、無垢な子である。
「俺は、東福寺さんと合わないと思っているんだ」
「あ……あわない?」
さっきの照れた顔から、少し顔の表情に雲がかかっているように見えた。
「東福寺さんはその、俺にとって高翌嶺の花であり、俺はなんつーか性格も顔も見合わないっていうかなんというか」
「そんなこと……ないし……ないよ!」
「あるよ。俺ってこうやって東福寺さん自身を包容出来るような器がなっていない……このまま受け入れれば壊れてしまうよ」
「包容……なんて、私は高翌嶺の花なんかじゃないし……そんな立派じゃないよ」
「それだけじゃないよ。東福寺さんはもっともっといい人と仲良くなって欲しい。その過程に俺を置く必要がない」
「仲良くなっちゃいけない理由がない!」
「あるんだよ、わからず屋! 俺はこんな奴だ。こうやって東福寺さんが好意を見せてくれても俺はそれを受け入れず押しのけてしまう。ダメ人間だよ本当に……」
「じゃあ私はどうすれば関目くんと仲良くなれるのかな…」
とうとう東福寺さんの目から涙が流れてきた。もう見てて辛い……
「だから言ってるじゃないか、俺と仲良くなる必要はない、憎んでくれてもいい、悪いうわさを流してくれてもいい、近所中に嫌われてもいい」
こんな涙を見せてしまった以上、俺は完全に悪者になってしまったんだ。
堕ちて行く所はとことん堕ちるしか無い。将来に最悪なことが起きたとしても、もう東福寺さんが傷つかないのであればそれは許されたことだ。
俺は誰も見向きもしない世界へただただ歩いて行くだけなんだから。
「……関目くんは馬鹿…………本当に馬鹿だよ……私はいい人と仲良くなることを望んでいるんじゃないんだよ」
「そう思っていても、人間、いい人と仲良くならないと、環境でどんどん悪くなってしまうんだ。人はいいようになるのは難しく、悪くなるのは簡単なんだよ」
「わたしは、関目くんが一緒なら悪くなっていい!」
「そんなことを思うな! 思ってしまう前に、早く俺と縁を切ってくれ……お願いだ」
「縁……切るなんて……聞きたくないよそんな言葉……絶対に嫌だよ」
「すぐに忘れれる。そしてすぐにあれは黒歴史だったんだって思えるよ……本当に」
「……」
東福寺さんはもう声も出せずただ泣いているだけだった。
もしここで俺が折れて抱きしめてもしてしまったら、間違いなく東福寺さんと仲直り出来るだろうが
このまま俺が何もせずただ帰る時間が来るまで、ただ突き放すことを待つしか無いんだ。
今は優しさを見せる時なんかじゃない。今はただハッカ飴を舐めるしか無いんだ。
ジワジワと、夜になるまで待つしか無いんだ。
いずれ諦めが付いて俺の元を去っていくだろう。
「今までごめん。弁当もらったり、お菓子くれたりさ。嬉しいけど、それに対して俺は何も出来ないんだ」
俺はただ言い続ける
「東福寺さんは人気者で、対して俺はひねくれ者。どうしようもないくらいだ。接点が合わないんだよ」
「……」
東福寺さんは顔を俯いたまま何も言わない。
この光景は、乾ききった土に咲く枯れてしまった向日葵のようだ。明るい印象のある花の見事な対比を極めている。
「多分牧野さんに爆発炎上されると思うけど覚悟している。でも、それで目がさめると思うよ……」
「覚めたくない……覚めたくない……」
これだけ言っているにもかかわらず、まだ俺の絶縁を繋いでこようとする。
どこまで電圧が強いんだ……。
「覚めないといけない……これから人生ってのは何十年も続くんだ。その中でも俺たちはまだ春だろ?」
「そんな春で芽吹く時期に暗がりにいちゃいけないよ。たった1、2ヶ月で出会ったやつのことなんかすぐに忘れれるよ」
「……関目くん……あのね、わたし……疲れちゃった……」
突如東福寺さんは俺の話を切り上げてきた。
「関目くんは私の事がにくいの……?」
俯いていた東福寺さんは前を向き、俺の目を見つめ話しかけてきた。
「憎いわけがない。むしろ楽しい思い出を作ってくれた。だがその思い出は俺には相応しくないってことだけだ」
「相応しくない……ってなに? わたしと関目くんはなにが違うの? 誰がふさわしいの……?」
「いっぱいいるだろ、ほら橋本とか……あいつ運動神経はいいし、性格なんて爽やかを超えている……生徒役員も出来そうなぐらい判断力もいい」
正直ここで橋本を出すのは間違いだったかもしれない。あまりにも俺と対比している。
ここでショーケースに出すのは間違いだったのか。むしろショーケースに何も並べる必要なんて無かったのかもしれない。
「ほ…他に、先輩でもいるじゃないか……藤森先輩とか……優しいっていうか、人として素晴らしい何かを感じるっつーかさ」
もうめちゃくちゃだ。ここで誰かを比較するとはな。
さっきまでのシリアスなムードから少しアホな光景が見え隠れしてきている。
「……な、なんつーか俺って情けないだろ? 虚しいだけじゃん……冷めるだろ? 呆れるだろ?」
「分かった……覚悟した……私」
東福寺さんは泣き崩れていた体を立て直し、こう言った。
「私、関目くんに相応しくなる。そしてもう、関目くんしか見ない」
そう言い、俺に近づき、口元に契約の何かの証……キスという奴か……
そして、東福寺さんは振り返らず、その場を去ってしまった。
初めてのキスの味は、泣き崩れていた東福寺さんの涙の味。
苦い。ほろ苦いなんてものじゃない。
俺が突き放せば、東福寺さんはより近づいてきてしまうのだ。
もう俺は東福寺さんから去ることは出来ないのであろうか?
……
苦しんでいる。
言いたいことは言い切り、もう口に何も吐き出せない所に東福寺さんに言われた言葉
「私が相応しくなる」
どこまでも執念に満ちているというか何というか……
俺はこうなるとは思わなかった。俺なんて呆れ果てて、牧野さんにこの事を言い
あんな男忘れろと言ってくれる流れが出来るものだと思っていた。
東福寺さんとのキスは決して甘くなかった。
苦く、痛く、夏の暑い場所に似合わないくらい、乾ききった感情でのキスだった。
泣き崩れた涙に唇は潤っていたが、それは確かに乾いていた。
そして、乙女の震えるようなキスなんてものでもない。
完全に覚悟を決めたような振る舞い、誰かに乗っ取られたかのようであった。
翌日、東福寺さんは俺の家にやって来た。
住所を教えた記憶は無いが、知る方法なんていくらでもあるだろう。それには言及はしない。
「おはよう……関目くん……その、お家上がっていい?」
「いや、その……てかね……」
「お家が駄目って決まっているんだったら……そのいいんだけど……」
家自身上げては駄目というルールはない。だが、女の子を特に何もなく上げるのにはかなり厳しい物がある。
まず部屋は汚いし、その色々それ以前に問題だらけである。
昨日の今日である。どんな精神構造をしているんだろうか東福寺さんは。
「まぁルールでは無いけど……上がるのは……」
「じゃ……じゃあお邪魔します!」
半分押しのけて東福寺さんは部屋に入ってきた。
勢い強い東福寺さんに相変わらず俺は抑えることが出来ず、結局居間で少し待ってもらい部屋を片付けた。
幸い母親はパートで夕方まで居ない。お盆休み前で良かったものである。
「失礼します……ここが関目くんの部屋……」
「汚くてすまん」
部屋はまぁ、そういうものは片付け、出てこないように封印はしている。
まぁそれ以外は男の子の部屋と言えるだろう。特筆するものは何もない。
「これが関目くんのギターだね。かっこいい」
「うん……まぁな」
今日の東福寺さんはいつもの東福寺さんの様でぜんぜん違う。
いつもなら少し遅れを見せるものの、今回は回りこんでいる感じがする。
そして、なんつーか少し艶やかさを感じてしまう。気のせいだろうが……。
東福寺さんは袋からジュースを持ってきたらしく、俺がお茶を入れに去る手間を省いてくれた。
コップだけ持ってきて注ぐ。
こたつを外した机に座り込み、気を紛らわすためテレビを付けた。
相変わらずテレビでは平和な街のロケを行っている。だが、それどころではない。
部屋の中には東福寺さんがいる。この状況は相当恐ろしいことであるから。
「関目くん……ごめんね。急におしかけて」
「いや……いいんだけどね。うん。でもまぁ……ふさわしくなることなんていらないよ」
「このままの私でいいのかな?」
「変わる必要はない……よ本当に……」
「でも変わらないといけない……だって、そう覚悟したんだもん。私、関目くんにふさわしくないんでしょ?」
「ふさわしくないのは俺であって」
「一緒……だよね。それ……だって私こそ関目くんがどんどん遠くなってしまうんだもん」
「……いや追う必要無いって」
「だ……だから私は回りこまないといけないんだと思って……今日も頑張ってきて……」
「へ?」
「いつも…その…短いスカートだってはかないんだよ……」
鼻血モノである。その言動。
確かに艶やかさの原因はそれだったのか。いつもならお嬢さんスタイルであり
可愛らしさというより清楚さを強調していた感じであるが
このたびは何というか……可愛らしさが強い。
「に…似合うよね? へへへ……」
「に……似合うけどさ……なんつーかその」
確かに似合う。てか彼女はなにを来ても似合う。
それ以上も以下も無いんですよ。
「……私が積極的じゃなかったのが駄目だったのかな」
「積極的じゃなくてその矛先は俺じゃいけないんだと思うんですが」
「じゃあ私は誰に……その……」
「俺以外……?」
「どうして……かな?」
「ほら……責任感が無いっていうかその……もっと経済力とかある人とか?」
「関目くん、私はそんなの関係ないよ」
「関係あれと……思うんだが」
逆に質問攻めされている。体制としては完全に不利だ。
疎遠関係なんてどこ吹く風状態になってしまう。
「関目くんは……私のことが嫌いなの?」
「……嫌いじゃねぇよ」
「あのね、関目くん……私はね関目くんが狂おしいほど好きだよ」
____は?
俺のことが好き?
俺のことが好き? 何を言っているんだ。
「突き放しているけど……それって私のために言ってくれているんだよね」
「いや、その……」
「だから私はキス……したんだよ。迷いなくキス出来たんだよ……」
そう言い俺にまた近づいてきた。
「疎遠になんかなりたくないよ。私は関目くんが狂おしいほど好きだから」
「駄目だって……」
またキスされた。ただ唇を合わせるだけのキスだ。
だが、もはや東福寺さんは俺に寄りかかってしまっている。
俺に寄りかかっても、下に堕ちて行くだけのはずだ。その先に明るい未来なんて無いかもしれない。
にも関わらず、東福寺さんはただただ俺に身を寄せたのである。
確かに狂っているんだと思う。
俺の甘さが、俺自身の与えた苦味と混ざり合い、東福寺さんにとって魅力になってしまったのであろうか。
それはまるでチョコレートのように。
「……2回キスしちゃったね」
「……」
今度は俺が言葉を失ってしまっている。もう何をすればいいのかも分からない。
「はじめてのキス……関目くんでよかった」
「……黒歴史じゃないかな」
「好きだよ……関目くん。私は関目くんにとって遠い存在にならなくていいんだからね」
感情論で攻め込んでいた分、開き直った東福寺さんを落としこむことは無理難題だ。
しかも、東福寺さんの唇を奪ってしまったこと。
この罪は深すぎる。償えるようなものでは無い気がする……。
東福寺さんよ、俺なんかいない世界線へ飛んでいって……幸せになってほしい……。
今日はここまで。お疲れした
あ、あとWiki執筆ありがとうございます。
登場人物索引で特にたすかっています。そして嬉しいです。
一体何が起きてしまったのであろうか。
俺は逃げることしか出来ない。犯罪者になってしまった気分であるが
実際はそういうことはない。ただ、東福寺さんに完全に好意を持たれてしまったことだ。
普通あんな言い方をしたりすれば嫌いになるっていうか、末裔にまで恨まれてしまうはずなんだが
東福寺さんは相応しくないと伝えたら、東福寺さんが相応しくなると宣言した。
つまり、俺は疎遠になることが恐ろしく難しくなってしまったのだ。
だが恋というのは熱しやすく冷めやすい。そういう言葉をどこかで聞いたことがある。
迷信なのかどうかは分からない。だが、出会ってから接してそこまで時間が経っていないのであれば
それだけの期間を離れれば、恋というのは簡単にリセットしてしまうのではないだろうか。
東福寺さんとの関係はまだまだリセットできるはずだ。恨まれるかもしれないが、それなりに罪は償うつもりだ。
だが、リアルな犯罪者にはなりたくないだろう。ここで一線を超えてしまえば、それこそ何が起きるか分からない。
だが、疎遠になるにしても、家に引きこもっていても東福寺さんがやってくることも考えられる。
そこで旅行に行けば、流石に東福寺さんとは会えなくなる。
だが旅行に行く金なんて高校生のお小遣いでは限界がある。行ったところで1泊2日が関の山。
じゃあどうするか。祖母の家に帰る。これが最強ではないだろうか。
家族に夏休み中、婆ちゃんの家に行くと伝えると伝えたら以外にもあっさりと承諾を得た。
そういえば、高校入学の知らせをする時以来、婆ちゃんの家には言っておらず
ましてや長期婆ちゃんの家に遊びに行くことなんてほとんど無かったので、行ったらとても喜ぶだろうということ。
高校生活で増して、遊びたい盛りにばあちゃんの家に滞在という悲しい夏休みになってしまうが
東福寺さんから物理的に離れることが出来るというのはとても大きいことだろう。
「いってらっしゃい。あんまりワガママ言うんじゃないわよ」
「わかってるって」
母に別れの言葉を告げ、駅前へと向かう。
東福寺さんにもメールを入れておく。内容としては毎年夏休みは祖母の家に帰ってるとでもいいだろう。
そんなことを言っていた素振りは見せていないが、逃げたとはあまり思われないだろう。
まぁ正直逃げているが。
メールに返信が帰ってきた。返信内容は東福寺さんらしくわかりました。気をつけてと簡素な内容であった。
婆ちゃんの家は電車に乗り、県を超える。田舎といえば田舎だが、車で10分ほど走れば
大概いろいろ揃う繁華街には出れるので、ど田舎程厳しい場所ではない。ただ、電車で色々行くには辛い場所だ。
という訳で、携帯のアンテナは普通につながるので、世間から完全隔離ということは出来ないのである。
さて電車に揺られ、あっという間に着いた。
ここに着いたところで地元ではないので誰も知らないし、もちろん婆ちゃんの親戚にかわいい子なんていない。
ましてや子供の時に、結婚を約束したような昔の女友達なんてものもいやしない。
なので、田舎のちょっとした恋物語というのも基本的にありえないのである。
さて、そうこうしているうちに、婆ちゃんが迎えに来た。
まだ60代なのでボケる片鱗も見せやしない。しっかりした佇まいで、本当にしっかりしている。
そして優しさを見せつつ厳しさも見せるので、子供の時はどうも苦手意識が強かった気がする。
だが、人のことを考えていての厳しさにはやはり見習うべきものがある。
「来てくれて嬉しいなぁ。最近全然来とらんし。まぁゆっくりしなさい」
そう言い、車に揺られて辿り着いた。家。とはいっても普通の家だ。
車から降り、荷物をまとめ、一息付き久しぶりの談笑をした。
高校生活はどうだの、何を頑張っているのだとか色々。
ただまぁ来る理由にもきちんとした理由が無いとあれなので、勉強とか、あと自然を楽しみたいという理由をつけておいた。
こうであれば、勉強する時間も取れるし、外でのんびり遊ぶ時間も作れる。
車が無いと遠くには出れないが、自転車があれば繁華街まではなんとか飛ばすことが出来る。
そこで適当に買い物をしたり、息抜きをするのもいいだろうか。
こう見えて婆ちゃんはかなり家電にも詳しく、普通にパソコンもある。
そういった観点から、インドアでもかなり時間を潰すことは出来るだろう。
そして、婆ちゃんも丸くなったとはいえ、厳しいところもあるし、あんまりだらだら出来ない。
それも結果として、夏休みをだらだら過ごして、無益な日々を消費することも少なくなる。
雑談も終わり、2階へと上がり夏休みの宿題に着手することにする。
クーラーは無いが、日照りが入りにくい部屋なので割と涼しい。扇風機だけで充分乗りきれる。
集中はできるが、人間の集中力というのには限界があり、2時間でとうとう断念だ。
外に出る時間でもないので適当にパソコンを触ったりして時間を潰した。
それにしても平和である。家ではないのだが、自分の暮らしている場所でも無いのに
東福寺さんとのやりとりで相当に慌ていたのもあるかもしれない。
だけどもここには東福寺さんは来れない。そして平穏な日常を手に入れる事ができる。
地下シェルターなんかよりよっぽど安全なんじゃないだろうか。なんてな。
今頃東福寺さんはどうしているんだろうか。
自分が行ったことに恥ずかしさを持っているんだろうか?
それとも、俺の不甲斐ない言動に苛立ちを覚えているのではないだろうか。
それとも、それ以外の感情が膨れ上がっているのではないだろうか。
もう東福寺さんの考えていることは全く分からない。そしてそんな東福寺さんに俺はどうすればいいのか分からない。
ただただ逃げるしかないのだろうか。
気がつけば寝てしまっていた。あたりはもう暗い夕方か?
婆ちゃんが飯を作ったと呼んできた。昔ならだらし無く寝ていたら怒られていたが
まぁ普通に勉強もしていたので何も言わないようだ。
ご飯を食べ落ち着いた時、どうやら縁日が近くで行われているらしい。
暇なら行ってくればと言われたので、まぁせっかくだし、地元の縁日より夏らしさを感じれそうだし
パッと服を着替え、外に出た。
縁日というのは実にムカつくものである。
見渡す限りカップルや親子連れ。まぁ親子連れに関しては何も思わないが、カップルである。
お互い浴衣を着て恋人らしさをアピール。それがどうもイライラする。
やっぱり来るんじゃ無かったかと思ったが、せっかくだしかき氷でも買って食って帰るかと思った。
が、予想外のことが起きた。
「関目くんじゃないか」
目の前に現れたのは七条先輩。なんというか和を感じる着物。浴衣美人とはこのことを指すのであろうか?
どこかのYOUKOSO JAPANとか書かれた雑誌の表紙を飾れそうな美人である。
と、いうより……なんでここにいるんでしょうか?
「え、あ……七条先輩!?」
「よかった。他人の空似だったらどうしようかと思っていたんだ。それにしてもなぜここに?」
「あぁ、祖母の家がこの近くなんで、夏休みを利用して帰省しています」
「そうか。私の実家もここにあるんだよ。ふふっ、何か縁を感じるね。縁日だけに」
おっと、ここでダジャレが出るとは思わなかった。そういったキャラとは到底思えなかっただけに
「ハハハ」と笑うことしか出来なかった。
「どれぐらいいるんだい?」
「えっと、まぁ夏休み中は」
「そんなに!? そこまで魅力的なところだったかな……?」
そりゃ驚かれるだろう。こんな田舎好き好んで長期滞在なんて貴重な高校生活の長期休暇に対して勿体無いにも程がある。
「まぁ、祖母孝行かなというのもありまして。暇は覚悟していますよ」
俺はそう答えた。平穏な日常を取り戻すため、平穏な場所で時間を潰すということなのだ。
その為ならばもうなんでもござれということだ。
「そうか……。では私で良ければ暇つぶしに使ってもらってもいいよ?」
「暇つぶし?」
「えぇ。私も残念ながら盆休みまではここに滞在する必要があって、日中は割と暇になってしまう。友達も呼べないし、家にいて勉強だけでもつまらないし」
「なるほど……まぁ確かに暇ではありますが、外出とかして大丈夫なんですか? 割とお家が厳しそう」
「ふふっ、流石に高校生にもなれば日中外に出たぐらいで何かを言われるようなことは少ないさ。流石に夜間は心配されるだろうが」
確かに。いくら名家(確証は無いが)でも束縛すぎる訳でも無いだろうしさ。
「今は誰かと来られてるんですか?」
「今日は家族とさ。ただ、関目くんを見つけたからこっちに来てしまったんだ」
「そうですか……まぁ僕で良ければ、暇つぶしに使っていただけるのであればどうぞ……」
少し笑いを込めながら言った。
「ふふっ、ありがとう。それに君には貸しがあるしね。その御礼もまた後々…ね」
お互いメールアドレスを知っているし、そこで予定調整すればいいだろうしさ。
でもまぁ、これも実は相当な贅沢な気がするんだが
七条先輩と貴重な夏休みを過ごすというのもまた不思議なものである。
羽目は外さないように……!
今日はここまで
羽目を外すにも、程度がある。今行きている場所は田舎そのものであり
羽目を外すとかなると、それこそ誰かを家に呼び込みイチャコラするのが定番になるというのが定石になりがちだが
相手は真面目の極みを行きそうな七条先輩。そんな彼女と一線を越えた夏を過ごすようなことは神に誓ってありえない。
さらに祖母の家になんか連れ込んでも、24時間自宅にいる祖母に上がり込んだら、そのまま婚約の話でも始めてしまうんじゃないだろうか
まぁ冗談だが。まぁいずれにせよ、七条先輩と一線を超えることは無いので安心と言えるだろう。
メールでどこか遊びに行こうと誘う。とは言え、朝の勉強は行った。
宿題の消化ペースが尋常じゃない。捗るってレベルではない。着手するまでが面倒なので
いざ始めると止まらないのが宿題って奴なのか……。
宿題が終われば、七条先輩と適当にどこか遊びに行くことにした。
せっかくなので近所を散策。市街地に出てもいいのだが、せっかくなので田舎っぷりを体感しようと思い立ったのであった。
「今日は関目くんとデートだからね。オシャレをしたつもりなんだが、どうかな?」
着てきた服装は、清楚に包まれたワンピースに、日除けのカーディガンを羽織り、どこかのブランドの上等そうなカバンを付け
靴は動きやすいスニーカーを履く。動きやすさを保ちつつ、女性と女の子らしさのバランスを保った服装。
いや、単純評価、可愛いです。
「に……似合ってますね。ははは」
「まぁ、男の子の感想はそうなるよね」
「そこで、どこぞの評論家みたいにチェックするとお姉系に見えません?」
「それはそれで見てみたいものだね。ふふ」
冗談をはさみつつ、適当に歩き始めた。
車を出さないと市街地にまでは行けないので、ここらで適当に過ごすことにした。
思えば小学生の時は、こんな何もない場所を遊び場にする想像力と行動力を兼ね備えていたなと想い出す。
川に行けば何かしら馬鹿なことが出来たし、地面を見れば、絵を描いたり、蟻の巣を見つけて、街づくりっぽいことをしたり
今ではありえないようなことも簡単に出来ていた。
「童心に戻って、こういった遊びをしてみたいものだが、今そういうことをするのは躊躇うね」
七条先輩は近所の川を眺め言った。
「そうですね。まぁまだまだ子供なのかもしれませんが、デメリットとか損得を強く考えてしまうようになってしまったんですかね」
「泥だらけで帰れば、服は洗濯しないといけないし、風邪引いたりすると厄介だったり、そういったことを予めしないように考えるのが大人なんだろうか」
「まぁ、そういったことを考えず、飛びつくのは間違いなく子供なんでしょう」
俺は勝手に結論付け、そう言った。
ならば恋はどうなんだろうか。後先考えず自分が今楽しければいいという考え方は子供なのだろうか?
本能に生きているだけなのではないだろうか? しかしながら世の中そこまで甘くないのだ。
何も考えず誰かに自分の恋心をぶつけることは子供なのだろうか。
だが残念ながら俺は恋心をぶつけている様子は無い。いつでも奥手だ。
東福寺さんが俺に好意を見せている。そして実際キスまでしてしまった。
東福寺さんは本能で俺を選んだのか?それとも気の迷い、若気の至りでだけで俺を選んだのか。
真実なんて分かりはしない。知ったところでどうにもならない。
ただ東福寺さんが俺のことを好きにしてしまったことに俺は責任がある。
だからと言って、俺が責任を取り東福寺さんを支えていく訳ではない。
俺は東福寺さんから離れていき、いずれ新たに東福寺さんを支える柱を見つけさせないといけないのだ。
俺が柱になる選択肢は無い。
そう思うんだが、何故かこのまま東福寺さんと生きていく人生というのも悪く無いとか思ってしまったりする。
だがそんな考えはダメだ、頭を冷やせ! 俺……と思ってしまう。
何故か俺はそのまま川に飛び込んでいた。ムシャクシャしていたのであろうか?
七条先輩がそばにいたことも忘れ、水に飛び込んだ。冷たい。だが目が覚めない。
目が覚めれば、そこには東福寺さんと出会った世界線なんて無くなっている、そして平穏が戻る。
だが戻るなんてことはない。視界の中には慌てふためいている七条先輩がいた。
「ど、どうしたんだい? 関目くん……」
「いやぁ、子供に戻りたくなって」
「子供…?」
「でも戻れないっすわ。冷たくて目が覚める。でもそれだけであって何も変わらない。風邪を引いてしまうだけっすね……」
「と……とにかく出な。うん…タオルあったかな……ハンカチしか無いや」
「大丈夫っす夏なんですぐ乾きますよ。たぶん」
照りつける太陽。とはいえちょっと力不足な感じがしなくも無い。
「風邪を引いたら私が看病してあげないといけないな」
「いや、自己責任っす。それに婆ちゃんが額に冷えピタぐらい乗せてくれますよ」
「寒くないかい?」
「いや大丈夫っす。7月なんで。お騒がせしました」
「あぁ、あっちに商店があるからタオル買ってくるね。待ってて」
そう言い、七条先輩はタオルを買いに行った。
それにしても俺は何故川に飛び込んだんだろうか。幸いスマホは防水だった。
履歴にはきちんと東福寺さんの履歴が残っていた。これは夢ではない。
現実なんだ。現実過ぎてどうにもならない。
「おまたせ、はいバスタオル。これぐらいあれば大丈夫かな?」
「すみません。いくらでしたか?」
「気にしないで」
「ですが、やっぱ飛び込んだのも俺の独断だし……」
「ふーむ。関目くんはなかなか頑固な所があるね……」
「とはいえ俺の出来る範囲でお願いします」
「……じゃあ関目くんの体を拭かせてもらおうかな」
……? 何を言っているんだろうか
「いや、自分で拭きますよ……? ん?」
そりゃそうなる。タオルを買ってもらった上に、拭いてもらう行動に一体何の対価があるというのであろうか
むしろそういったものはサービスというものだと思うのだが?
「……うーむ駄目か」
「駄目ってわけではないですよ。むしろそれだと七条先輩に損が回る気がするんですが」
「ふふっ、なるほど。それはそうだね。でも君を見ていると弟が馬鹿なことをしたお姉さん気分になってね、ついつい優しくしたくなる」
「弟って。そんな風に見えますかね?」
「うん。兄弟で弟なんていないから分からないけど、どうもそういったものが膨れ上がるみたいだ。おいで弟くん。なんちゃって」
普段、というか今まで学校で見てきた七条先輩には見えない魅力があった。
心を閉ざしているというか、開けるまでにも至らず魅力を放っていた七条先輩の心のなかには
また別の包容力を見せていた。表の七条先輩の優しさとはまた別の優しさというものであった。
「ふふっ、こうやって髪の毛をガシガシ拭くのは不思議な感覚だね」
タオルを俺に被せ、その上から優しく、それでいて力強く拭いてくる。
ふわっと拭いても水なんて吸い込みはしないのだが、ある程度力を加え拭き取るその光景には優しさを感じる。
「なんつーか変な光景ですね」
「ふふっ。そうかな。姉弟が拭いている光景にしか見えないんじゃないかな?」
それでもシュールだろう。目の前に七条先輩の胸があり、思わず抱きしめたくなるがそれを必死に堪えている。
俺だって男だったんだなぁと。七条先輩が俺を弟扱いするのであれば俺自身を男扱いすることなんて無いだろう。
だからそんなアピールをするのは危険極まりない。空気を読めないってレベルじゃあない。
「体は拭かなくていいかな?」
「いや、それは……ってか自分でやります」
「タオル代が……ううっ……」
「えぇ……そこで!?」
なかなか強めのジョークを挟んでくる七条先輩に相当な新鮮さを感じた。
だがこれ以上は色々と危険だ。切り上げよう。
「これ以上は色々とまずいと思います」
「どうしてだい?」
「えっ、いやーつーか。俺ももう10代後半ですし、もう異性に体を拭いてもらうのは」
「どうしてだい? 何か問題があるのかな」
ヤケに物分かりが悪い。七条先輩は仏クラスで物分かりがいいと思っていたが……
説明が遠回しだからか?でも大体の人はこの時点でまずいことは把握してくれるはずだが……
「男の子はさ、女の人を触れるのって嫌いじゃないと聞いたんだけどなぁ……」
七条先輩、暴走してないっすかね……。なんか思考回路がずれてきている……ような気がする。
てか思考回路がずれている。
「確かに嬉しいですけど、七条先輩はどうなんですか?」
俺は眼の色を変え、七条先輩の目を覚ますように語りかけた。
「結構恥ずかしいんじゃないですかね……。そりゃ女の子と触れ合う機会なんてそう作れない。だから嬉しいけど、だからって」
七条先輩は俺から視線を逸らさず、語りかけた。
「私は、関目くんが嬉しいんだったら、いい。それこそ前のお礼だよ」
夏の俺と七条先輩しかいないこの道、セミの音が鳴り止まないだけ。
人なんて数時間に一人通るかどうかの閑散とした道。木陰に回れば更に人に見つかるような場所だ。
そんな場所で七条先輩の意思に任せたら、子供のように暴走してしまうんじゃないか
「とかいううちに、服乾いてしまいましたし……」
実際はまだひんやりしているが、夏は薄着なので水の含有率も低いのだ。乾ききったわけではないが
思いっきり走りこんだ場合にかく汗と大差が無い状態だろうか。
「そ……そうか。ご……ごめん」
七条先輩は顔をそらし、俺もまた顔をそらした。
七条先輩も相当暴走していたのを自覚したのだろう。俺みたいな奴の体を拭こうとか思うんだから仕方がない。
「どうします? 戻りますか?」
「そうだね……。もう少し休憩したらにしよう」
「わかりました」
「それにしても関目くんはなんだか不思議な子だ。なんだかね」
「自分で言うのもなんですが、そんな個性的な人では無いと思うんですが……」
「個性とかそういうものじゃあないよ。関目くんは大人っぽいのに子供っぽいというか……」
「それ矛盾してないすかね……」
「ふふっ、確かにね。ただ、考えは大人でも心は子供なのかな。関目くんの場合は」
「どうなんですかね、子供っぽい所ありました?」
「そりゃあ、突然川に飛び込んだりしたじゃあないか」
確かに。
「すみません。迷惑かけちゃって」
「ふふっ、構わないよ。でも胸元をじっと見られたのは良くないなぁ」
バレていた。そりゃ誰だってあんな目の前に胸元魅せつけられたら見るでしょう。
「やっぱり胸見たい?」
「ダメです。そういうのはですね」
俺はもう顔が真っ赤であろうが、必死に否定はしている。
「駄目ではなくて、関目くんは見たいのかどうかだよ?」
「そりゃ、誰だって全世界の男性全員見たいと答えるでしょう……」
「ふふっ、関目くんも男の子なんだね安心したよ」
抱きしめられた。何をしているんだこの人は
「関目くんがあまりにもがっつかないから、女の子に興味が無いのか、それとも私に魅力が無いのか悩んでいたんだよ」
「ちょ……きょ興味はありますが、自制はしているんですから」
こんな方だったのか? 七条先輩は。なんていうか指一本触れることすら許されるべきではない存在だと思っていた。
こんな急に抱きしめられ、抵抗なんて出来やしない。
「や……やめたほうがいいんじゃないですかね」
「やめる理由は私からは無いよ」
七条先輩は手を後ろに回して密着している。服はまだ少し濡れていたはずだ
「ん、やっぱり少し湿っているみたいだね」
七条先輩の胸が完全に密着している。柔らかさといえばなんとも表現しづらいが
俺の脳みその中では今までシミュレーション演算出来なかった感覚だ。
じわりと温かみが漏れてきて心地が良いという範疇を超え、理性が吹き飛びそうだ。
「男の子の体って不思議だ。華奢と思えば意外と大きいんだね体って」
「俺なんてひょろひょろすよ……」
俺は必死に下半身だけは後ろへ屈んで当たらないようにしている。
これより先は一線なんてものを超えてしまうレベルじゃない。
まだ抱きしめる話しであれば、小学生だって中学生だってまだあるレベルだ。
本能を見せるなんて七条先輩にはダメだ。絶対に。
「関目くんからは抱きしめてくれないんだね」
抱きしめると下半身まで当たってしまう。そんなこと出来やしない。
「いや抱きしめるのはマズイっす……そういう関係じゃないような……」
「ふふっ、私は構わないよ。それに関目くんだから許しているんだ。他の男なんて言語道断だ」
「そんな許す理由がわからないっすよ……先輩」
「言わなきゃ分からないかい? それとも言ってしまえば救われるのかな私は」
抱きしめている理由を聞くなんて……しかも異性。家族でもない。
もうあの理由しかないだろう。ここは聞くべきなのか聞かないべきなのか……
というより俺みたいな奴が七条先輩に釣り合う訳がない……今すぐやめるべきだ七条先輩……
「私はこう見えても男の子とこういうことをするのは初めてなんだ。恥ずかしいんだよ」
確かに思いっきり来ているが、少し胸の鼓動が早いような気がする。
俺も鼓動が早いだけに何とも言えないが、お互い緊張しているんだろう。
「でもそれと同時に嬉しいよ。関目くんとこう一緒にいれることに。このまま永遠にこうしておきたいぐらいだ」
「ははは……」
もう抱き返したいぐらいだ。だが、そんなことしたら七条先輩を駄目にしてしまう。
しかも東福寺さんを含め俺は冗談じゃすまないことになってしまう。
「ここまでしてるのに……関目くんは抱きしめてくれないんだね……もしかして好きな人がいるのかな…」
「好きな人……?」
思い返せば俺は誰かを好きになっていたのかと思った。
いつも誰かと疎遠になることばかりを考えていて、俺自身がどうしたいということを考えていなかった。
東福寺さんが俺のことを好きだと言っていることに対し、恐怖を抱いている状況。
こうして七条先輩に抱きしめられている状況。
それに対して、俺は本能的には喜びを感じているはずだが、理性がそれを必死に弾き返している。
結果論理性が勝っているため、俺から何かをすることをやめている。
「関目くんは好きな人はいないのかな……それは私ではないのだよね」
目を見て語った。目を逸らして言った言葉なんて嘘にしかならない。
ここは正直に語るしかないだろう。
「俺は好きな人はまだいないけど……好かれている人がいます」
「そうか……じゃあ私は関目くんを追う権利があるんだね」
もうがっしり掴まれているんですが……にげられないきがするんですが。
「私は関目くんに好かれるまで頑張ることにしよう」
思いっきり顔を寄せ、七条先輩は俺に唇を重ねてきた。
これは間違いないキスである。
やってしまった……七条先輩にまで好意を抱かれてしまったこと
そしていつの間に俺は七条先輩にまでここまで愛をぶつけられるようになってしまったのかということ。
「ふう……キスは男の子とするのは初めてと言っておくよ。ありがとう関目くんで嬉しい」
「……先輩それでいいんですか?」
「私は構わない。関目くんなら体のどこをどう弄ばれても嬉しいだろうさ」
「気の迷いなら……今すぐ覚めないと……」
「迷い……確かに私は少し理性を置いていってしまっている。だけど、理性ばかりじゃあ、君を振り向かせることなんて出来ないんだよ」
「俺なんか振り向かせてどうするんですか……」
「誰かを好きになることに複雑な要因なんて必要じゃないさ。私にとって関目くんは白馬の王子様と言っても過言じゃないよ」
白馬の王子様……? そんなことあるわけ無いだろう。
俺にそんなところあるだろうか? 無い。無い。無い。
「関目くんはキスは……? はじめて…?」
「…えっと、その」
「そうかしたことあるのか……進んでいるね。やっぱり関目くんだ」
「いや、そんな子供のようなキスだし……っそれ以上なんてものもないし……って」
「ふふっ……いいよ。でもそれ以上は無い。じゃあこういうのはどうかな」
と言い、抱きしめていた手を俺の耳元に持ち替え
洋画のような口づけを始めた。
ただただぎこちなく、もう訳がわからなくなってきた。
一体俺は七条先輩とどういう関係だったのか。七条先輩とこうしたかったのか? と
もう狂ってしまいそうだった。ただただ理性が野性のように叫んでいる。
ただ止めろと。
今日はここまで。
自演ですが、燃料投下します。すんません
http://motenai.orz.hm/up/orz28863.png
好意を持たれることは幸せなことなんだろう。きっと。
だが、実際はどうなんだろうか。全人類が全人類を愛し合えば、それは平和と呼べるものであるのか?
いずれにせよ、誰かが誰かを愛している中で、誰かが誰かを憎んでいる人がいるこの世界では
幸せとは呼びきれないだろう。
疎開先に、思わぬ空襲を受けた気分だ。
元々は東福寺さんから逃げるためにこの辺鄙な土地に来たつもりが
蓋を開ければ、今は七条先輩と夏を過ごすことになってしまっている。
数日前の俺に教えたら腰を抜かすどころの騒ぎではないだろうな……
あれ以来、七条先輩はいつもどおりの振る舞いに戻っていた。
特に体に触れてきたりだったり、「好き」とかそういった言葉を吐きかけるどこかの甘い恋人のような立ち振舞は無い。
あくまでもいつもの七条先輩といった感じか? 付け入る隙が無いといえばいいのだろうか?
毎日会っていることには変わりはない。
あの日からの翌日に関してはもうどうすればいいのかわからなかったのだが
いつもの七条先輩であり、暴走した様子も無いので
実はあれは夢では? と思うくらい、七条先輩との日々がどこかへとおきざりになっていっている。
そんなことより俺はどうすればいいのだ?
七条先輩まで好意を抱かれているこの状況。嫌われること、それはどういうことなのであろうか。
特に好かれるようなこともしていないはずである。恋心はそんなに安いものじゃない。
前世で俺は、東福寺さんや七条先輩を救ったヒーローか何かであったのか? そう思うぐらい俺のこの過大評価が怖い。
俺なんて、普遍的な学生よりも劣るなんとも言えない男なんだが、そこに惹かれるというのなら、街を歩けばすべての男性が魅力的だろう。
こんな悩みを打ち明ける友達はいない。
と言いたい所だが、最後の砦滝井だ。あいつなら俺の悩みも一瞬で解決するいい案を思いついてくれるはずだ。
昼ごろ、婆ちゃんの家で電話をかける。
『おー、関目。なんだっけ田舎だっけ』
「おう。でさ、いきなりだが相談があってだな」
『東福寺さんと付き合え、以上!」
「いや、解決なってねぇよ」
『だって、お前の悩みの99・9999999パーセンは東福寺さんじゃねぇか。くっつけばすべて解決じゃないかな?』
「俺が付き合ったらアウトだろ。てかそれ上に更に問題が発生しまして……」
俺は、滝井に、東福寺さんに加え七条先輩にまで好意を抱かれており、現在アピールを受けていますということを自白し
なおかつ、現在祖母の地元が同じ場所で、頻繁に顔を会わあせている状況であることを伝えた。
『……関目、ひとついいかな?』
「あぁ。」
『お前、そのうち刺されるぞ?』
「いやいやいやいやや……てか刺されるまではいかないと思うが……」
『というより、そんな態度していったら、どんどん女の子は暴走を続けるぞ? どっちか選べ。さもないと大変なことになるぞ?」
「いや、どっちも選んでは駄目だろ」
『いやいや、お前の人生の選択肢は2択だ。キャンセルもバツボタンもねぇーよ! 羨ましいよこんちくしょうめ』
「それでもキャンセルしねぇと大変なことになるんだ、不幸にしちまう……」
『不幸とかそんなんの前に、どっちかと恋人にならないと両者ズタズタじゃねぇか。女心を甘く見過ぎだぞ関目』
「選ぶ以外で……」
『無い。いいか?確かにお前は東福寺さんのためも想っている。尚且つ、七条先輩のことも考えている。それは認めてやる。
だが、その想っているってベクトルが可笑しい。確かに将来ってのは大事だ。現時点で考えておくことも大事だ。
とはいえ、そんな悩みは俺ら含め、東福寺さん含め早すぎる悩みって奴だ。春先でエアコンを入れるぐらい早すぎる』
滝井は強く語り始めた。俺は黙って聴く。
確かに恋にはいくつもの条件がある。顔もありゃ、収入、他にも面子、社交性、それ以外にも出身地、実家がどーのこーのもある。
だが、それは俺らの恋愛では僅かな糧に過ぎない。
大事なのは、その先力を増していく、収入、面子を埋めていくように成長していくかだ。
関目、お前には向上心がない。聞いたことあるだろう。どこぞの先生が向上心のないやつは馬鹿だと。
お前が、東福寺さんを選ばない理由は、逆に言えばお前は東福寺さんより高い位置に自ら行ってしまっているんだよ。
「……ちょっとまて、俺が東福寺さんより上にいることが分からない」
『上に行っているっていうか、お前は逆に誰も相応しく無いと思い込んでいる。お前は東福寺さんを見ず、仮想上の東福寺さんを作って、それを眺めてしまっている』
「上においているって……そんなことは無いだろう。元にスペックは高いし、元に親衛隊もいる」
『バカ言ってるんじゃないよ。お前は東福寺さんそのものを否定してしまっている。本当に嫌なら、嫌いといえばいい』
「嫌い……」
『そんなことも言えず、流れに身を任せているようじゃ俺は、応援も助言も出来やしない。お前は、本心はどうなんだ? 建前はいらない。どうしたいんだ?』
本心、いつも俺は自分のことはあまり考えず、ただ東福寺さんから離れることを意識していた。
俺には相応しく無い。俺と付き合ったら彼女は不幸になる。俺ではダメだ。
そこに俺の気持ちなんて何も無かった。そして、「じゃあ東福寺さんのこと俺はどう思うのか?」
その言葉の中に俺を拾いだしても、スカスカで何も無かった。
俺は東福寺さんと何も繋がってなどなかった。
俺は東福寺さんに何も思ってなどいなかった。
これに気づいた時、俺は滝井の言葉も聞こえず携帯を切ってしまった。
ちょっと考えたいことがある。とメールだけ送り、少しうずくまってしまった。
俺は東福寺さんの何であるのか? 俺は、どうすればいいのか?
彼女のことを何を思っていなかった。ハリボテに飾られた東福寺さんをただただ遠くから見ていて
実像の東福寺さんの手を握りながら、意味の分からないことを言っていただけじゃないか。
だが時すでに遅し、俺は見直す機会も持つことなく東福寺さんと再会しないといけない。
こんな空っぽの俺が、東福寺さんと出会っても何もいいことなんて無い。
ましてや同じく七条先輩もだ。
薄っぺらい感情ではすぐ風に攫われてしまう。
惚れ薬を俺が飲まなくてはいけない状況というのは如何なものであろうか……?
もう、わからない。
今日はここまで。
情けねーぜ関目
伸びないなぁ…
恋をしてしまった、どうすればいいんだろう。そんな悩みを抱くのが難しいとは如何なものか。
人を愛するということは何なんだろうか、こんな難しく考えることであるのか。
そんなことを考えていても一日は過ぎていく。気を紛らわすために宿題ばかりしていた。気が付けば終わっていた。
高校の宿題、言い換えれば課題だが、小学校や中学に比べ本当に少ないのだ。
難しいことに変わりはないが、量が少なく、本気を出せば一日缶詰で終わるレベルなのだ。
それを数日かけ行えばそら終わる。婆ちゃんの家に来てから、きちんとした生活を送れているので、流石としか言い様がない。
だが、それでいても人間関係は改善されない。未だに俺は東福寺さんと七条先輩に悩んでいる。
ここ数日メールを誰ともしていない。そして七条先輩とも会っていない。
あの日々は幻想だったのか? 妄想で終わっていいのだろうか? そんな都合のいい話をした所でも
今までの着信履歴やメール受信歴で、彼女たちと関わっている歴史が刻み込まれている。
俺は転校しなきゃ逃げられないのだろうか? そう思うくらい心が荒んでいる。
しかしながら時だけは過ぎる。
七条先輩はお盆を越した段階で地元に帰っていった。俺は少し開放された気分にはなったが
始業式になればそんな日々もすぐに戻ってくる。
悩ましいギクシャクした日常が戻ってくるのだ。
俺もお盆を過ぎたあたりで帰ることになった。
さすがに長期間滞在も悪いという判断だ。後半のダレダレ具合に婆ちゃんも察したんだろう。
久しぶりの地元ってか、自宅。
清々しいほど眩しい太陽、未だに夏だ。蒸し暑さもまだまだ本領発揮であろう。
……
メールが届いた。どうやら同じクラスの奴らの集まりみたいだ。
A組ばかりに顔を出していた気がするが、東福寺さんも七条先輩とも関わりのない集まりに出るのは本当に久しぶりではないだろうか。
滝井と一緒に集合し、自分のクラスの集まりへと行った。
……
「よう久しぶり」
滝井がまた当り障りのない格好でやってきた。俺もそうだが。
「うす」
「で、逃げる人生はやめたのか?」
「わかんねぇよ。ただこのままじゃあ駄目だなとは思っている」
「そっか」
滝井にはほとんどの悩みを打ち明けた。だからこそあまり深くに入ってこない。
入る必要も無いからだ。
「東福寺さん、誰か好きな人出来ねぇかなぁ」
俺はそう滝井に語りかけた。
「お前にぞっこんだろ。いいから付き合えよ」
「俺じゃダメだっつーの」
相変わらず答えのない話をしていると意外な奴が話しかけてきた
「よっ、久しぶりじゃん」
橋本。そう。我がクラスを代表するイケメンエース。なんでもスポーツは出来るし学力もトップクラス。
将来は官僚か何かか、スポーツ選手、いや起業してビジネスマンってのもあるかもしれないなぁ。
そんな将来有望株橋本が俺に何の用だろうか。
「関目に聞きたいことがあってさ。いいか?」
「なんだ藪から棒に」
「東福寺さんと付き合っているのか?」
「え? 付き合ってないよ」
「でもなんかクラスとかでもよく話していて、手料理たべたりしてるじゃんしさ」
「ふふふっ……あれは東福寺さんのご好意だよ。で、何故そんなことを聞く?」
「いやぁ、なんつーかさ。羨ましいからさハハハ…」
なんだこれ、橋本……まさかお前……
「東福寺さん好きなのか?」
「そりゃあ、ここだけの話、な。で関目がやたら仲良くしているし……気になって」
「そっか、そっか……お似合いじゃねぇか」
「でもまぁ、お前らが仲良くしているんだったら邪魔はしないけどさ……」
なんてこった。橋本は東福寺さんのことが好きなのか。
そんな事実を突きつけられた以上、俺は応援するしか無いのか。
今まで東福寺さんには親衛隊がいて、高翌嶺の花で誰も近づかないというルールがあったっぽいが
それも高校になり崩れてしまったのだろう。
親衛隊のちからが弱まったのか、俺ですら被害が少ない。せいぜい舌打ちぐらいだ。
そして、橋本みたいなイケメンと東福寺さんの恋が成就すれば
それこそ誰もが羨む光景へと変化し、親衛隊は事実上壊滅、東福寺さんは普通の高校生に戻り
幸せな将来が約束されていくのだろう。俺と恋したって健全じゃ無いだろうしさ。
「いや、応援するよ。うん。頑張れ橋本」
「お、おう」
橋本は爽やかだが少し照れくさそうに答えた。なんだ女遊び全然してなさそうじゃないすか。
不服そうな滝井の顔を隠そに、俺は橋本の恋を歓迎した。
だがまぁ、悪い予感もそれと同時に感じていた。
何か嫌なことも始まりそうと……。
第一部はこれで終了です。
現状として、東福寺さんは関目のことが好き。
関目は自分がどう思っているのか分からない。
そんな中、もう一人恋心をぶつけて来る七条先輩。
アピールをしている感じがする淀さん。
なんだか怖い牧野さん。東福寺X関目がいいと思っている滝井。
突如現れたイケメン橋本が、東福寺さん好きアピール。
それを応援すると言ってしまった関目。果たしてどうなるか……?
ここで一区切り、次回の続きは来年になりそうです。
それでは良いお年を
「橋本かぁ」
俺は今一度、橋本のプロフィールを御浚いする。
顔は爽やかでイケメンタイプ。テレビに出てきても誰も不愉快にならないようなちょうどいい顔たち。
身長は俺より5cmぐらい高いか? いやもっとかな。筋肉も程よくあり、ザスポーツマンといった所だろうか?
それだけではない。学年の定期テストの上位を席巻しているのもあり、将来有望超優良株なのである。
性格も、当り障りのない嫌味のない物言いで、彼もまた高値の花……かとおもいきや、とても接しやすく
コミュ力……だけで勝負すれば、大手の企業に面接を突破出来るのではないかと噂される程だ。
そんな彼が、東福寺さんを好きという宣言。これがどれほどのレベルかは知らない。
だが、間違いなく釣りあっているし……少なからず俺なんかより平和で素晴らしい学校生活を遅れるだろう。
そして何より健全だ。このままお互い大学を卒業し、そのままゴールインだって構わない。
橋本ならスポーツ選手は基、それだけじゃない。有名企業の重役、挙句の果てには外交官とかそんな域に達しそうだ。
あぁ、そう言っている自分も悲しくなってきた。
彼と俺はどうしてこうも差があるのか。俺自身勉強もスポーツも橋本に並べば東福寺さんと付き合えるのか?
そういう問題じゃない。それにそんな域に達することが出来ない。まず人間が違う。
そんな橋本と東福寺さんのキューピッド役を買って出たつもりだが、お互いを引きあわせる術を知らない。
まず俺は東福寺さんと会うに凄く抵抗がある。彼女の暴走した恋心を抑える為に夏休みを利用して逃走劇をしたら
七条先輩を更に暴走させてしまったという、運も策もむちゃくちゃな俺にとって、そう簡単にトラップを設置出来そうもない。
彼女は俺のことが好きだと思ってくれているのだが、それを上手く受け止めれないのだ。
そんな心の穴に橋本が付け込めば、いとも簡単に心は奪えるのではないだろうか……?
だがそんな心の穴は果たしてあるのか。そこに漬け込む為の気が利いたセリフ、そしてそんな機会を用意するシチュエーション。
考えれば考える程混雑する。
いっそのこと吉本方式を採用するのは如何だろうか……と。
吉本方式というのは、意中の女の人をゲットするためにヤクザっぽい人とか悪そうな奴が彼女に絡み
そこを助けていいように見せるという作戦だ。一種の吊り橋効果とも言えるだろうか?
だが、吉本方式。様々な作品や新喜劇全てにおいて99%失敗している。
つまり俺がすれば間違いなく失敗するだろう。
だが逆に考えれば失敗すればどうなるかって話だ。
間違いなく東福寺さんは俺のことは嫌いになるだろう。あれ、これって成功じゃないかな?
いい案じゃないか。これを上手く利用し、橋本にはノーリスクに仕向ければ成功するんじゃないか!
……
夏休みも残り僅か、俺は橋本と計画を立て「吉本風ナンパチャラ男撃退作戦」を通達した。
今オレたちがいるのは海だ。東福寺さんやA組の連中と我がクラスの連中との合同海水浴だ。
本来こんなリア充イベントを参加するのは俺としては不可能に近いことではあったが
橋本パワーに乗っかり、キョロ充の如く参加することに成功した。
皆さんとても水着が眩しい。
東福寺さんもこの日に再会している。水着はワンピースタイプで露出はあまり無いが、可愛らしさが溢れており
正直やばい気分になってしまうぐらいだ。恋心だろう。俺の心に猛烈にノックしているが、俺はドアの内側から無理やり突貫工事で塞いだ。
東福寺さんのレベルが高過ぎるのはあるが、それに限らず他の女の子もかわいいのでなんていうか
アイドルの水泳大会を見ている気分だ。いやぁ、海っていいもんですねぇ。
……
ただ俺は作戦決行の為に予めヤンキーを用意する必要があったが、そんな意思疎通が出来るヤンキーの知り合いなんている筈もない。
なんで単純に東福寺さんに近寄るナンパ師を撃退する方向で話は纏まった。
何かしらで一人っきりになる東福寺さんに現れるナンパ師を
「おい、俺の彼女に手をだすな」と一喝。
そこで「ごめん、急に……でも心配だったからさ」と。
まぁもっといい言葉を纏めれるだろうし、言葉の泉を持つ橋本であればそんなものは朝飯前ではないだろうか。
……
橋本は一番人気で女子との群れに笑っている。そういえばそうだったな。あいつ人気者だもん。
お互いが二人っきりの時間を作るのは難しいことに今更気づいてしまった俺は
どうやって橋本にも一人にするか考えていると、後ろから
「関目くん」
びっくりして振り返ると、東福寺さんがいた。
「お……おぅ」
「……久し振りだね。えっと、水着似合ってるかな…?」
「似合ってるよ……うん」
「えへへ……良かった。これマッキーが選んでくれたの」
「お、おう」
マッキーって……どこの油性マジックですかい……。
「えっと……その、泳がないの?」
「いやぁ、俺は泳ぎは駄目で……」
「そうなんだ。でもせっかくだし…一緒に入りたいな」
「ご……ごめ、急にお手洗い行きたくなってきた、ごめん、先に泳いどいて!」
俺は急に尿意を感じた振りをしてトイレへと向かった。
ここで一人にして、そこにナンパ師が来るのを待つ。他の人と合流する前に……。
何やら怪しそうな男2人が東福寺さんの前に現れた。
何かを話している? ナンパか……これはチャンスだ、橋本!
あれ、橋本……いない……あ、いた!!
だが、女子の群れから抜け出せない橋本、笑ってる場合じゃない、これはガチのナンパだ急げ
あーあ……失敗じゃないかよ……。
……お願いだ、橋本行ってくれ!
……ん? 割とピンチじゃないか東福寺さん!!?
俺はやむを得ず、ナンパ師の前へ詰め寄った。
「何してんすか?」
「あぁ、君はだれ? 恋人?」
「いゃ、同級生です、他の連中と一緒に来たんです」
「へぇ、えーっと単刀直入に言うけど、出ない?」
「はぁ? 何に?」
横を見ると涙目の東福寺さん。何を言ったんだこいつ。
「エーブイだよ。分かるよね。今海の素人企画やっててね。学生でしょ? 金無いんだったらたくさん稼げるよ」
「出るわけ無いでしょ…なんすか大体俺ら未成年ですし」
「そんなのモザイクかけるし、問題ないって。同級生と出来るチャンスだよ君」
どうやらナンパ師ではなくAVのスカウトの人みたいだ。これは驚きだ。
早く橋本来てくれ……撃退してくれ……。
「君可愛いからね。体型も綺麗だしさ……出てくれれば女優クラスのギャラ出せるよ。だからさ?」
……おい。
橋本……もういいや。
「オイコラ、オッサン。無理や言ってるん分からへんか? 俺らが強うモノ言ってへんからってゴリ押しすればええ訳とちゃうよな?」
「は?」
「大体俺らまだ16や。見た目では大学生か何かに見えたんかもしれないんやけど、立派な犯罪。警察呼ぶぞ?」
「……チッ」
舌打ちをしたスカウトは去って行った。正直気分が悪い。
大体東福寺さんをそこらのAVなんかに出させてたまるか……。
失敗した。それに俺自身も強く悪いことをしてしまった気分になった。
東福寺さんへこんな下劣な思いをさせてしまった罪悪感も強く胸を打った。
涙目の東福寺さんを前に俺は謝った。
「ありがとう関目くん……ありがとう……」
「ゴメン、東福寺さん……俺って最低だわ。ちょっと頭冷やしてくる」
「えっ……何が?」
俺は東福寺さんの目を見ることなくその場を離れた。
俺は最低なことをしてしまった。
俺は東福寺さんを深く傷つけてしまった。
俺は東福寺さんの大切な何かへヒビを入れてしまったのだ。
なんだ、やっぱり吉本方式は失敗じゃないか……
東福寺さんを傷つけて、その中に俺は入り込んでしまった。
橋本は助けることが出来ず、俺が助けてしまった。
俺はそのまま東福寺さんやクラスの連中と顔を合わせず、そのまま帰ってしまった。
物凄い責任感と失敗。俺は本格的に東福寺さんに嫌われる必要があると判断し
すぐに理髪店に言った。
そして頭を丸めた。
さようならマイヘアー。
これで笑われ者だ。そうだ。変わるには見た目からだ。
そして、もう俺は学校生活の青春を捨てることにしたのだ。
もう学校ではこれからはハゲキャラだろう。そんな奴に東福寺さんは靡く訳がない
俺の物語はもう始まらない。
迷走していてすみません。。。。
髪を切ってサッパリしたのは、シャワー上がりだけだ。
二学期が始まった頃にはやはり俺は胃が痛い日が続くようになっている。
おしゃれ坊主なんてものではないし、ツルッパゲでもない為、正直なんとも言えない笑いにくい髪型で学校に現れた俺を見て
大半の人は「イメチェン?」と言われた。
もっと陽気なキャラであれば「そう、金髪も考えたんだけど生徒指導が怖いし~」とか言えたんだろうが
そういうキャラの位置づけには到底遠い。
残暑厳しい新学期ではあるが、夏休みを経た結果、七条先輩とは一線を超える寸前まで行き
東福寺さんとも一線を超える寸前まで行き、別件で東福寺さんにショックを与えた。
俺は今すぐにでも腹を切るべきではあるのだが、ここは現代社会だし、俺は武士でもなんでもない。
頭を丸めて格好悪く思って下さると本当に助かる。
そう言えば、もうすぐ始まる文化祭。文化祭、文化祭。
夏休みの段階でも文化祭に向けて色々と話しはあったのだ。
俺のクラスはどうするの~とか、ちょっと男子~とかそういう話だ。
3年は受験を控えているにも関わらず、クオリティ高い演劇や合唱だったりを発表する。
その他にも、進学クラスは流石に勉強に専念するため、比較的参加率が低くてもクオリティ高い物ができるカフェを選択したり
その他にも各部活動の発表を行ったりする。要は忙しいイベントといえばいいだろう。
俺は部活無所属だったのでクラス活動だけ参加するつもりだ。
もちろん「そんなの興味無いぜ」オーラをプンプンさせるつもりなんてなく
そつなく参加し、まぁ陰ながら大きく支えようかなと思っている。このクラスはなんだかんだで嫌いじゃない。
橋本がいれば何でも成功するだろう。
そうだ橋本だ。
あの事件以来橋本とは話していない。もちろん俺からはあの事件は橋本に話していない。
怖い思いをさせてしまって、それを助けることが出来なかったのはあるが、それに関して橋本には何一つマイナスポイントは無かった。
相当東福寺さんに怖い思いをさせてしまったわけだが、それを橋本に補ってもらえる大きなチャンスになるじゃないかな。
正直、俺なんかもう東福寺さんの視界に入る権利すら無い気がするのだ。
「よう橋本。悪いな海途中で帰ってしまって」
「いや、俺はいいんだが……やっぱおまえには敵わないわ」
「敵わない? なんじゃそれ」
「んにゃ、東福寺さん助けたじゃん……あれだろAVのスカウトだって」
「え、でも……あれはさ」
「そりゃ予定では地元のヤンキーレベルだと思ってたら、そういうガチの奴。それに物怖じせず立ち向かうってのは」
「そうでもしないと東福寺さんが危険すぎたし、それに橋本は女子に捕まってたじゃん」
「確かに俺は捕まってたかもしれない。だけど、もっと早く助けれたはずだ。やっぱり俺では駄目だ。それにこの計画自体さ……なんつーか駄目じゃね?」
橋本は爽やかにかつ、舌を出して悪さをしてしまった懺悔のような顔を見せた。
「もともと提案したのは俺だし、橋本。俺は東福寺さんとは何でもないんだ、橋本が好きという感情があるのなら、行けばいいよ」
「んにゃ。好きってのはあるかもしれないが、それは誰にだってポッと燃える恋心の片鱗にしか過ぎないよ。関目はそんなものを既に超えている気がする」
「いやいや……東福寺さんのこと好きじゃないと……」
「好きとかそういう次元じゃないよなぁ。関目と東福寺さんは。そんなレベルじゃない気がする。むしろ俺は応援するよ」
「応援? いやいや、橋本が応援てか……俺と東福寺さんは釣り合わねぇよ」
「ハハハハハ面白いなぁ関目。関目は東福寺さんと真剣に向き合え。そうすれば見えるものはあるさ。俺は諦める。頑張れ関目」
なんてこった、とうとう橋本が俺と東福寺さんを応援する事態になった。
クラス……いや学年トップクラスのイケメンが俺に道を譲る。その発想がおかしい。
「文化祭で東福寺さんと一緒に行動すればいいんじゃないか? 学年のイベント以外で他何か出るのか関目?」
「俺はまぁ出ないだろうか……」
「ふーん。じゃあ暇な時間があるってこった。デートしろデート。頑、張、れ!」
爽やかで嫌味のない(ある意味あるが)接し方をする橋本。こいつは心底良い奴なんだなと思ってしまう。
捻くれているのは俺だけなのか?
……
ホームルームが終わり、俺は帰る用意を済ませ家に帰る流れで牧野さんに引き留められた。
「ふふ~。あんたやるじゃん」
「はい? 俺は何もしていないんだが」
「なんだっけ、AVのスカウトからすずを助けたんでしょ? やるじゃん」
「いやあれはなんつーか仕込みじゃないしなぁ……まぁ助けたのは助けたけど、放っていた俺も悪いってか、なんつーか」
「まぁいいわ。ところで、知ってる? 学年カップルコンテストって」
「学年カップルコンテスト? あぁぁ、あのリア充イベント?」
「省略したわね。まぁ間違ってないけど……。写真部恒例の文化祭コンテスト」
学年カップルコンテスト。学校伝統の文化祭イベントの一つだ。
これもまた、不埒なイベントと評されて様々な団体から圧力をかけて来られたが
伝統という言葉だけでなんとか保ってきた学校イベントだ。
簡単にいえば学校内のカップルでエントリーすることが出来る(エントリー要項では性別問い無)
その中で理想の男女像というものをアピールし、総投票が多いカップルが優勝。そして学校非公認だが学生公認のカップルとなれるのだ。
優勝したところでトルフィーが貰える程度だが、リア充は物的価値ではなく、学校生活の思い出として参加するのである。
ちなみに参加は自己参加ではなく、推薦だ。つまり他者からの介入が無ければ参加できない。(これは学校からの取り決め)
「東福寺さんとは付き合っていない、以上」
「ふふふっ、募集要項には恋愛関係は成立していない場合に限るって言葉忘れていない?」
「そんなの建前だ」
「条件に当てはまる以上、参加出来るのよ? なんなら今すぐ付き合う?」
「おい、冗談はやめろ。俺をコンテストの壇上で暗殺させる気か?」
「暗殺は知らないけど、もう投票しちゃったから参加決定なんだけどね」
「投票って、一人じゃ出来ないはずだが」
「残念ながらA組の女子からはほぼ全員推薦もらってるから。そっちのクラスなら橋本くんからもね」
おい橋本何してんだ。
「というわけだから参加は絶対。そうねぇ~参加時にみんなコスプレしているから、あんたも礼服用意しときなさいよ~」
ちょっと待て、ちょっとまってくれ俺に何をさせる気だ? 牧野ォォォォォ!!
という訳で俺の平穏はまだまだ先になりそうだ。
………
「関目、お前楽器やってたよな」
「あぁぁ、はい」
話しかけてきたのはC組の男子、千林だ。
「バンドでギター探してたからさ、お前出来るだろ?」
「文化祭ライブっすか……いやいや俺のギターじゃ空気が凍るぞ?」
「やろーぜ~なぁ~俺さ高校で軽音楽部作りたくてさぁ、その為にも有志を探していてさ、宣伝すりゃ人数も集まるしさぁ」
「部活は最低7人からだもんな。俺は入るつもりはないんだが」
「いや、とりあえず出てくれ。俺のメンバーじゃギターボーカル、ドラム、ベースだからさ……ギターでね」
「マジかよ……覆面していい?」
「覆面しちゃ宣伝の意味無いだろうが! 旦那、楽しみにしてまっせ。ほら、東福寺さんにもカッコイイ所見せてやりなよ」
なんでこいつまで東福寺さんの名が出てくるんだろうか。
「アピールするつもりはないが、一応出るよ。スタジオ練習だろ? 時間割とかもう大丈夫なのか?」
「おう! 愛好会までは公認できているから、それ名義で出るんだ! さすが関目。楽しみにしてまっせ! ところでお前のギターって何?」
「あ~ストラトのやっすいやつ」
「PUはシングル? ハム?」
「あ……シングル。やる曲何? ギターソロむずかったら適当に弾くけどいい?」
「これ」
「……マジか……マイファーストキス……王道だなぁ……」
「うっせ! 文化祭ってのはわかりやすいのをやるのがいいんだろ」
「わかってねぇな、男だろ、ロックを見せろ。パンクなんて女子でも出来る」
「な、パンクなめんなよ! てか、あんまり音楽知らないんだけどねっ」
「千林、これやりたい」
俺はiPodから音楽を聴かせる
「ほう、でも無名じゃない? この曲かっこよ過ぎるが、ボーカル死ぬぞ?」
「無名じゃねぇよ! 某テレビ番組では伝説となった事件の最中演奏した名曲を愚弄するのか!」
「……でもこの曲は正直痛すぎると思う。俺らの演奏力では限界が……」
「じゃあこれでいいや」
「ま…まぁ、これならなんとかなるか。」
「これに、シスコも混ぜてくれや」
「マジかよ……まぁいいけど、黒歴史にならんようにせんとな……」
「よろしく、やっべ楽しみ」
俺も公然で演奏デビューだ。最初はカッコつけて買ったギターも、誰も演奏を見せないがために惰性で続けてきたギターも
漸く人目に晒せる日が来たのだ。なんだか気分がいい。
それに正直少しぐらいカッコつけなきゃ、自分の心も整理できない気分なのだ。
今日はここまで
やっと……やっと400……てかまだ400かよおおおおおおお
な゛ん゛で゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛
文化祭の準備は本格的になってきている。
当クラスの出し物はカフェとなった。なんだそりゃと思えばそれまでだが
高校生1年のやる気ではそれぐらいである。協調性なんてものは低いといえる。
いい意味でも悪い意味でも日本人である。右に倣えである。
周りが張り切っていると、それに付いていこうと頑張るが、少人数の頑張りでは
俺達は黙って付いて行けばいいと甘えた考え方にどうしてもなってしまう。
それでも誰か一人でも一生懸命であれば、それに応えたい心優しさも持っている人は多いものだ。
文化祭の準備は本当に面倒だが、やりがいってものもある。
カフェをするということになり、メイドカフェをするのかと思ったが
ウエイトレス、ウエイターとなる本格的なカフェ。
目標としては、どこか欧米諸国にありそうなカフェを作るという謎のコダワリ。
クラスの女子がどこかのカフェでかかってそうなCDを持ってきた。
そして、裁縫が趣味の女の子連中が集まり、ウエイターの衣装を作り始めている。
そして男子はもっぱら力仕事。おしゃれなカフェということであり、古臭い教室をビフォーアフター。
クラスのノリのいい男が、ラジカセ・コンポのBGMをカフェからビフォーアフターのあの曲に変えた時、
モチベーションだけは急上昇したのは言うまでもない。
100円ショップ等で売っている、観葉植物や、板を買って来て、壁に取り付ける突貫工事。
教室で行うカフェなので、授業中は無駄におしゃれな壁の教室で先生の話を聞く。シュールだ。
クラスの作業を行いつつも、学校のライブ演奏の為に教室を抜け出し、音楽室に入り込む。
ギターアンプを置かせてもらっており、そこでセッションを行う。
ドラムは元々、吹奏楽部等で使っていたらしく、元からあった。
「ドラム早すぎ!」
ドラムス担当の奴がどうもテンポが早く、全体の演奏が上手くいかない。
特にギターバッキングと上手く噛み合わず、寄せ集めバンドでは厳しい物があった。
「こんなんで、女子が振り向くか!」
少なからず演奏を見に来る女子は前を向いてくれてはいるだろうが……言いたいことはわからなくもない。
これでは紅白を出た、ミリオン常連のアイドルグループより下手くそだ。
「楽譜どおりやれとは言わんが、そのアーティストの思う演奏をするべきだ」
ボーカル担当が言う。うるせぇ、だったらギターのアンプの電源を入れろ。ベースは所々手を抜くな。
「そういえば関目、学校のカップルコンテスト出るんだっけか。リア充だな」
「……最近刺されそうで怖いいろんな奴に」
「いいなぁ、俺も東福寺さんみたいな彼女欲しいわ!」
「付き合ってねぇよ。付き合う資格は俺にはないし」
「資格はみんなあるぞ。俺にだってある。だが、お前は東福寺さんに一番近い場所にいるんだ」
「じゃあ離れたらいいのかね」
「そんなのとんでもない。だが、このままではお前は東福寺さんと相応しいとは言い切れない。そこでライブでかっこいいところを見せる」
「フラフラしたバンドマンなんてどうなんだ?」
「いや、素質はある。関目。お前がきちんと演奏すれば東福寺さんなんてイチコロ!そのままカプコン出て、公認なれや」
そりゃ、バンドライブでカッコイイところを見せればいいに決まっている。
だが自分のバンド演奏をウェブカメラで撮影して見てみたら分かる通り、恥ずかしい気持ちになる。
なんだこのくそださい連中は……と笑うしかねぇ。
演奏のパフォーマンスも全て、ロックスターばりのものを見せたいが、演奏力も風貌も遠く及ばない。
よって下手すれば、東福寺さんにも嫌われるだろうか?
そう考えれば、開き直って演奏するのも有りかもな。カッコつけて盛大に滑れば、学校で黒歴史にはなるが
東福寺さんはそっと俺から離れることになるんじゃないかな。
「カッコつけるぜ……これが俺のロックだ!」
柄にもないことを俺は言った気がする。何かとネガティブ全開な発言ばかりだったため、こういうセリフは滑稽極まりない。
だが、これは皮肉である。自分自身に付けたね。
……
「関目くん」
東福寺さんだ。久しぶりっちゃ久しぶりだ。海の日以来である。
「ありがとう……この間のね」
「いや、目を離していた俺の責任だし、謝られる義理はない…」
「…え?」
「あ、なんでもない」
目を離していたとか、どこの親だよ……ていうか恋人とも取れる発言だ。
確かに目を離すということは間違いではなかったが、わざと目を離していたなんて言いたくても言えないし。
「カップルコンテスト出ちゃうんだよね……恥ずかしいな」
「辞めるなら早めに言ってくれよ? 取り消しは相互の同意があればできるし」
「私は、出たい。関目くんと」
「ハハハ……」
もうリアクションを取るのも面倒になってきた。
終始デレデレ状態の彼女に俺はどう対処を踏んだらいいか分からない。
純粋な彼女にとって、小悪魔なテクニックは存在しない。だからこそ、鬼のような天使の行動を魅せてくる。
普通の男の子なら気が狂いそうなぐらいにメロメロになる筈だが
心に壮大な壁を張り巡らし、植木鉢を放り投げるような捻くれ者との相性は悪いのかもしれない。
このまま、東福寺さんと甘い日々を送ろうものなら、誰かに殺されるだろうな。
だからこそ、カプコンは失敗しないといけないのだ。
その為には、ライブで出来るだけ黒歴史を作り、その歴史を遺憾なく彼女にぶつけ、派手に散るのだ。
どうだろう、その時に俺は敢えて告白するのだ。
そうすれば百年の恋も冷める。
あぁ、文化祭待ちだ。そこから俺の人生は壊れていくはずなんだ。
だが、東福寺さんは救われるのだ。
そこからでも俺の人生はやり直しても悪くないはずだ。
質素に。
………
とりあえずここまで
………
とにかく、時間が無くなってきた。
文化祭の準備も佳境に入り、全クラス徹夜作業へと移って行く。
バンド演奏のセッティング、機材搬入は終了しており、体育館倉庫にアンプやギターやドラム全て直している。
ホコリまみれの中に、これから自分たちで使うアンプリファーを眺めていると、どこかのプロミュージシャンになった気分でいれる。
だが、演奏はお察しください。
ただ自分が思うことを、ただ音にぶつけたい気持ちは変わらない。
遠回しにでもいいから、東福寺さんと決別を見せる。
その為には、痛いぐらいに真剣に演奏しなければいけない。
所詮素人が真剣にやってもかっこ悪いだけだし、「何頑張っちゃってんの」と思われるだけであり
学生なんて、正直空気を読んで、王道なパンクソングを弾いて盛り上げりゃそれだけでいいはずなのに
変に意識した曲をコピバンするのは黒歴史その他ならない。
それでもいいんだ。そこから終わる人生が始まりなんだからさ。
準備が終わり、教室の飾り付けに戻ることにした。
徹夜作業で、クラスの電飾あたりの配線を手伝うことになっている。
準備効率が良い奴らばかりなので、作業が捗るこの上なし。アホみたいにする作業がなく
正直言って、深夜まで残って作業をする必要性はないのだ。
ただ、思い出を作りたいクラスの連中の思惑で、生徒会でも許可が出れば深夜作業をしていいというルールを守り
許可を取り深夜作業へと入っている。正直眠たいが、思い出つくりってのも悪くないのかもしれない。
「ねみぃ……」
「お、関目。寝てこいよ。あとは任せろ」
「いや、もうなんか終わりみたいな感じじゃね? 任せるって、あとこれらに紙を貼るだけじゃないか?」
深夜のノリでもう何を言っているか分からない様子。俺も滝井もグダグダである。
「もう帰ってもいいんじゃないかな……」
俺は提案した。深夜作業を行った以上、朝までいなきゃいけない義務はない。
ただ今から家に帰って仮眠を取ったとしても、早急に朝学校へ向かわないといけない事実は変わらない。
それだったら、もう学校にいたほうが幾分マシという話である。
「……じゃあ俺寝る」
俺はそう言ったが……
見ると、一部の男子は疲れ果ててぶっ倒れている。確かにあいつは仕事を選ばなさすぎた。
よく頑張ったよ。おやすみ。
「関目。屋上へ行こうぜ。今なら星も綺麗だぞ」
「お前と見に行ってどうするんだよ」
「じゃあ東福寺さんと行って来い。帰ったかもしれんがな」
「いや、そんな関係じゃないし」
「そういえば打ち合わせ、したのか? あれ」
「あれって?」
「カプコン」
「……あ、そういえばどうなってるんだ? てか、あれは参加するだけで特に練習はないだろ?」
「まぁそうなんだが衣装だよ衣装」
「普通に制服なんじゃないのか?」
「制服ねぇ……。あれコスプレが大半だぞ?」
「コスプレ!?」
「まぁ基本的にはペアルック的なあれだ。同じクラブならユニフォームだが、それ以外なら共通の趣味を合わせたりとか」
「いやぁ……そんな話は何もしていないぞ?」
「お前ライブ衣装は?」
「えっと、一応カッコつけてスーツを持ってきました。オヤジのだけど」
「あぁ、スーツね……それなら大丈夫かも」
「は? スーツ? 面接じゃねぇんだから」
「それを言ったらライブもだろ」
「いやライブは別だし」
そう、某ロックバンドのコダワリだ。ロックは革ジャンかスーツと。
革ジャンは持ってないからスーツだ。スーツとグラサン。これ完璧。
「まぁ、制服よりかは決まるだろ。着とけ」
「まぁ学ランよりかはな」
そんな話をしていると牧野さんが突如やってきた。
いつもの様に、階段の踊場で話をする。
「関目くん、すずとの衣装考えてる?」
「ん? いや別にでもスーツはある」
「ふーん。あったんだ。無かったら演劇部から借りるところだったわ」
「演劇部かよ……てか、東福寺さんは衣装何なんだよ」
「んふ~。ひ・み・つ」
「いやいや……まぁいいけどさ」
「ふふっ、あーあんたの困る顔が楽しみだわ」
もう小悪魔を超えて悪魔の微笑みに見える。なんの格好なんだよチキショウ。
「文化祭、楽しみなさいよ? それとライブ楽しみにしてるから。髪の毛セットしてあげようか?」
「いや……そこまで考えてない」
「ダメ。すずの隣に立つなら、カッコつけなさい。セット自分で出来ないならしてあげる」
「まぁいずれにせよ仮眠とるから朝な」
「まぁいいわ。関目くんはワックス持ってるの?」
「まぁ一応……面倒だからほとんど使わないけど……」
鞄からナカタワックスを取り出す。張り切って買ったものの、殆ど使わず終い。
たまに開けると、蓋に大量のワックスがこびりついているのだ。
「それでセットね。ケープは私の貸してあげる。よーしこれで準備終了。あんたのところは作業終わり?」
「もう雑用の雑用しか残ってないからな。俺はこっそり仮眠を取る。ツー訳でおやすみ」
「ふーん。すずいるけど、すずと一緒に寝る?」
「寝るかっ! じゃあ明日な」
なんつーか牧野さんと当たり障りない会話ができている自分にあまり不思議な感情を持たなくなっていた。
雲の上の存在の東福寺さんを取り巻く彼女。
そんな彼女と普通に話す関係。まぁ恋心とは全く別だが。
それでも、彼女は誰よりも東福寺さんと近い存在。
そんな存在と話をすることができている自分。
俺は変わっているのか? 変わったのか? 東福寺さんが変わっているのか?
分からない。ただ、牧野さんを通じた東福寺さんとの関係というのは
少し心地がいい気がする。だが、正解とは思えない。
正解にしてはいけない。
いずれ、別れが来る。早ければ文化祭にでもだ。
明日、どんな日になるのであろうか。
今日はここまで
行数計算していったら、ラノベ1冊分は超えているらしい。
すげぇな作家って……
おやすみ
とうとう来てしまった。
新しい日となるのか、どうなるのか……。
髪の毛をセットしてもらった。その髪型はロックンローラーというよりかは、へなへなしたポップバンドだ。
仕方ないか、午前中は本格的なカフェのウエイターという設定だからな。
文化祭の開会式が終了した時点で、各自持ち場へと移動する。何もスケージューリングされていないやつはデタラメにうろつける。
友達と時間を合わせて遊びに回ったりする奴もいるだろうしな。
そういえば、夏休み以降、七条先輩と顔すら合わせていない。
七条先輩にも好意を示されているにも関わらず、全然会ってすらいない状況が不気味だが
それを超えてくる東福寺さんとの日常の責務の重さ。そんな背負われたものをぶち壊さないといけない。
これは自分のためでもあり、東福寺さんの為でもあるんだからな。
さてこんな言葉を繰り返したところで何も変わらない、今はウエイターの仕事を熟すだけだ。
さて、午前なんて時間はあっという間に過ぎてしまった、次は早くもライブだ。
夕方にはカプコンが行われる。その前に、俺は自分と戦いに行く。
俺はクラスの連中に抜けることを伝えた。
「ライブなんで行ってきます。黒歴史残してきます」
「黒歴史って何いってんの~がんばりや~」
クラスの人は温かく見送ってくれた。
俺はチノパンを脱ぎ、黒いスーツへと見を傾けた。
髪は横分けから、完全に下ろしてしまい、ボサボサにした。
似合う人が着れば完全なヤクザだが、所詮高校生。痛い学生である。
だが分かってやっている。わかって欲しいんだ。痛いってことを。
ライブはもうすぐ始まる。俺ら以外にも、何バンドか参加している。
ガールズポップバンドって奴らか。だが演奏は俺らより上手いところが多いかもしれない。
だが、音作りが残念だ。クリーントーンでバレーコードはダメだと思うんだが……。
そんなこんなだが、俺達は舞台袖で緊張していた。
「いよいよだな。俺たち」
「とは言え、もう後はないぞ」
「あぁ、みんなありがとなカッコイイところ見せてやろうぜ」
「女にもてるかなぁ」
「どうだろうなぁ~」と全員。
だが、この雰囲気嫌いじゃない。楽器を構え、まさに戦場へと向かおうとしているこの躍動感。
勘違いしてしまいそうだ。何か大成功してしまいそうな気分だ。
だが、実際は滑るだろう。成功したと思っても、実は失敗してしている勘違い。
後戻りは出来ない。東福寺さんは見に来ているらしい。
俺のヘナチョコな演奏に痺れるなよ……。
……
前のバンドの演奏が終了した。拍手も大きく、何か非現実な感じだ。
この後に続き演奏をすることに違和感を抱くものの、そのまま舞台へと上がった。
バンドの立役者、千林が自己紹介をした。
「えーっと、一応未来軽音楽部を作ろうと思っています。同士募集中なので、是非。今日は演奏も楽しんでってください」
俺はただただ、無言で観客を睨んでいた。誰かのギタリストのように。傍から見れば照明が眩しいのかな?とか思われてそうだが。
「んじゃ、聞いてください!!」
と言った側から、ギターの轟音を上げる。
あぁ戻れない……戻れない……だが、引っ掻き回し、弦が引きちぎれそうなぐらい回す。
だがドラムのリズムを崩さず、楽器隊の連中に合わせる。
演奏が始まった。それぞれの演奏が戦争になった瞬間か……
楽器のアンプと、会場内のスピーカーが共鳴し、バンドとして成立した瞬間だ。
一人では絶対に出来ない音楽。
演奏を始めた瞬間、俺は全てを忘れてしまった。
演奏する音楽のわずかなコードと、指の感覚だけを残して。
もう東福寺さんのことなんて考える場合じゃなかった。
もちろん、黒歴史なんてものも考えている場合じゃない。
最後の叫びを終わらせた瞬間、バンドは次の曲へとシフトチェンジさせる。
もう何も考えたくない。今は。
後はどうであれ、今はカッコつけるとかそんなんじゃなく
与えられた曲の中に全てをぶち込める
汗をかきはじめた……当たり前だスーツなんて厚着耐えれるわけない。
あとでクリーニング行きじゃないか……すまんオヤジ。
そして最後だ。もうすべて終わらせてやりたいと、千林に頼み込んだ曲だ。
この曲でもう全て終わらせたいんだ。
歌詞の意味や、真意は違うだろうが、とにかく終わらせたい。
これまでのような日々は全てぶち壊してしまいたい。
そんな気持ちで込めた音楽だ。
その時は冷静でいられた。
演奏するコードもシンプルで、ただひたすらコードをかき鳴らせば良い点も高評価。
演奏しながら、周りを見渡した。
前席の人たちは前に近づき、楽しそうにしてくれている。なんだか嬉しい。
いや、盛り上がったらダメでしょ……。だがそういう曲なんだからそうなるか……とも思っていたり。
思考が忙しい。東福寺さんはどこにいるか分からなかった。
もう帰ってしまったのだろうか? とにかくなんだっていい、さっさと終わって、もう黒歴史認定されることを願う。
そしてカプコンで笑いものにされてしまえばいいんだ。
ギター・ソロ、というかギターのみの演奏パートがあり、そこで俺だけがスポットされている。
なんだかロックスターの気分になってしまった。ここだけの話、黒歴史でもなんだか凄く心地いい。
そしてアウトロへとつながり、終わりの終わりが来た。俺は汗だくで髪の毛もボサボサ、服もしわしわのまま
暴れきった後、演奏を終え、みんながありがとうと言う前にそそくさと退散した。
……
「やっちまった……」
「あぁ……」
「やりきったぜ……」
「おう……」
満身創痍だ。ここまで燃え尽きたのは初めてかもしれない。
「関目、カッコ良かったぞ」
「いや、気のせいだ。客席から見たらアホの子に見えるだろうさ」
「いや、ロックってのはアホの子が唯一輝ける場所だ。アホで才能も無いクズだろうが誰であろう平等に輝ける場所なんだよ」
いいことを言っているようではあるが、つまり俺はアホで才能もないクズってことでいいのだろうか?
まぁそうなんだろうと思うんだが。
「いやぁ楽しかった。またライブしたいな。オリジとかやりたいね!」
ドラム担当が言っている。だが次は無いと思え。
自分の携帯で録画した映像を見た。
見てみるとやはり……あれだ。ちょっと残念なバンドだ。
ロックやってる俺カッコイイ的なオーラを見せている感じで痛い。
これをYoutubeにでも投稿すれば、低評価連発だろうか。
「いやぁ、俺の声外しすぎ笑えるわ」
千林は録画した映像を見ながら笑っていた。
演奏を見終え、一息ついたところで
「この後音響は吹奏楽部が使うみたいだから、片付けは明日みたいだぜ。だから関目行ってこいよ」
千林は言った。
「あぁ、カプコンね……んじゃ行ってくるわ」
「おう、優勝目指してけ~」
「アホ」
俺はスーツの上着を脱ぎ、A組の教室へと向かった。
A組は教室ではなく多目的室で展示を行っているみたいだ。だから準備室としてA組をつかっているらしい。
「えーっと、来ました」
「お、関目来たな」
ヒューヒューと周りの声援。なんじゃこれ。
その後ろから牧野さんが現れる。
「関目くん、来たね。カプコン準備出来て……無いね。はいセットし直す、こっち来い」
どこかの美容師のように手際よく髪型を手入れされ、ブローチを渡された。
「なんだこれ」
「いいからつけなさい」
と言われ俺はブローチを付けた。なんか冠婚葬祭みたいなんだが……。
「すず、来ていいよ」
どうやら携帯で話をしていたみたいだ。一体何が起きるんですかね……。
すると想像以上にぶっ飛んだ格好で現れた。
例えばの話、このまま順風満帆に日々を過ごしたらどうなると思う?
まぁ同居したり、一緒に家族に挨拶したりするだろうさ。その先。
そう、どこか綺麗な海が見える教会で、ひっそりと行われる挙式。
その時に着る服といえば? 俺はフォーマルスーツで問題は無いだろうが
女の子は何を着たいと思う?まぁ寝間着じゃないに決まっている。
ドレスだな。何色がいい? 赤? 青? そんな訳無いだろうが。
白。つまり、純白のドレスだ。
そんなドレスを文化祭のちっちゃなイベントで着てくると思うか普通。
それを着てきたんだよ、彼女は。その意味を分かっているのか?
今後誰かと結婚したとしても、その前にちっちゃな学校のイベントで純白のドレスを着たとか白歴史になるわけがない。
それを分かっているのか? 分からずに着ているのか……?
「……あの、関目くん。演奏とってもかっこよかった…よ」
顔を真赤にして、俺の前に現れてきた。
周りのニヤニヤした光景に俺は戸惑いながら答えるしか無かった
「いや、カッコ悪いよ、Youtubeなら低評価ばっかだとおもう」
「映像じゃわかんないよ……せきめくん頑張ったから、私も頑張ろうと思って、マッキーが用意してくれたドレス着たの」
「牧野さん……どこでこんなもの用意したんだよ……」
「レンタル」
ですよねぇ……。とはいえ、1日レンタルでも結構な値段がすると思うんですが、このドレスは
普通にウエディングドレスとして成立しても可笑しくないレベルです。周りの教室から浮いているんですが……。
ウエディングドレスに乗じて、東福寺さんは可愛いのベクトルを超え
なんだか神の領域にまで辿り着いている気がした……正直俺はテレビ越しで彼女を見ている気分だ。
なんていうか、自分自身がこれから彼女とカプコンへ出るような感じが一切しない……。
そうして、夕方のカプコンへと物語は進んでいく。
今日はここまで。おやすみ
カップルコンテスト、ついに始まったわけではあるが……思えば長かったものだ。
はじめは東福寺さんに傘を貸したことから始まった。
何度も東福寺さんと決別しようと模索するも、詰めの甘さや自分の弱さが際立ってしまい
ついに東福寺さんのドレス姿を見納める日が来るとは夢にも思わなかったわけである。
というより、十数分前の俺ですら夢に思わなかったわけであるのだが……。
カップルコンテストはちょっとした趣向を見せており、新聞部は特設運動場ステージで
テレビ番組みたいなセットを作り、そこで司会者が進行していくという……
しかもカップルと、司会者の掛け合いはちょっとした新婚さんいらっしゃい的な装いを見せる。
で、どうやら、カップルはいろいろ司会者とのトークに合わせ、様々な観点から採点していき
最終的な審査で一番優秀なカップルがカプコン優勝者となるみたいだ。
司会者は3年生のベテランが行うみたいで、新聞部とアナウンス同好会を掛け持ちしている何だか
業界人みたいなスペックを持った人が行うみたいです……。なんだこれ……。
「さぁ、皆さんお待たせしました、第18回、カップルコンテストを開催致します!」
司会者は司会者らしい格好、スーツを着こなし、ちょっとした深夜番組なら安定して進行できそうな風格を見せている。
「さぁさぁ、カップルの入場です、では1年生の方からですね……関目くん、東福寺さんどうぞ!」
結構な観客が犇めく中で、東福寺さんと登場した俺。完全に顔面ひきつっています……。
なんか、どこからスナイパーで心臓を撃ち抜かれそうだ。いや、もういっそのこと撃ちぬいてくれ……。
「なんと、これは東福寺さんは純白のウエディングドレスです! もはやアイドルを超え、天使の領域になったのではないでしょうか!?」
「いやぁ、衣装がガチすぎて、この舞台では逆に浮いてしまうのではないでしょうか?」
解説はどこかで見たことがありそうだが、見たことのないどこかのクラブの先輩が行っているようだ。
「さぁさぁ、1年からすごいですが、次は2年も負けてられません! 宇治さんと三室戸カップルもだ! 何と衣装はナースと医者だぁ!」
「どうやら、医学部と看護学部を目指しているとのことです。頑張ってほしいものですね」
2年生はお互いの夢を衣装にしたというなんとも青春な光景を見せた。
「そして最後、3年生は別所、三井寺カップルです! 衣装はおおっと、ロミオとジュリエットだと!?」
「演劇部からの流用ですが、お互い演劇部ですからね」
3年生の衣装は手作りとはいえ、もはや劇団○○と言い張っても問題ないぐらいの衣装の風格を見せている……。
それぞれがそれぞれ場違いな様子を見せている……。
「さぁ全員集まったところで、自己紹介をしていってください、そうですね……関目くんから張り切ってどうぞ!」
俺に名指された。
「えっと……関目です。1年で……えっと…よろしくお願いします」
「はーいありがとうございました。1年の初々しさがあっていいですねぇ」
「3年になるとおっさんみたいになりますからねみんな」
司会者の的確な場のフォローにより相当に無難に自己紹介は終わった。
「はーい、次東福寺さんどうぞ!」
「え……えっと! 東福寺涼です……が…頑張って優勝します! よろしくお願いします!」
これまた無難な挨拶だ……だが、本当にかわいい。
「かわええ……じゃなかった、はいありがとうございます!」
「いやぁ生きてるって素晴らしいですね」
「大げさやねん……じゃあ次に行きましょう」
……そんなこんなで自己紹介も終わり、様々な企画が繰り出されていく。
ひとつはクイズだった。内容としては一般常識クイズではあるが
上3文字、下三文字をそれぞれカップルに分かれ、文字を書き込み
それぞれが合えば得点がもらえる企画ではあるが
そんな一般常識クイズ。芸能や音楽関連等は好調であるが、学問面はさんざんである俺と
その逆で学問面は3年と渡り合えるぐらいの知識を見せる東福寺さんだが、芸能面は疎く、結果最下位となってしまった。
そりゃそうだろう……。
そんな感じで無難に物事を粉していったが、そうもいかないのがカプコン。
やはりカップルとして色々つらいところが出てしまう。
どこかの名司会者のモノマネをした演劇部の人がやってきた。口には出っ歯の入れ歯。完全にあの方である。
どうやら、今からフリートークのようだ。フリートークでカップルたちを評価していくようだ。
「はい、ヨンマです。よろしく~はい、えっと関目やね。1年」
「あ、はい…」
あまりにも似ているので素で答えてしまった。
「なんやて自分、すずみちゃんに奥手なんやて?」
「いや、なんていうか……その、ねぇ……」
「すずみちゃんはどうなん? やっぱガッツリ来て欲しいもんなん?」
「えっと……その……」
そこにひな壇芸人っぽいやつがフォローを入れてくる。
「よんまさん、言い方がストレートすぎますよ!」
「ファーッ……まぁええわ。関目、Mさんからコメント来てまっせ。なんでもすず次泣かせたら潰すやって。なんや自分泣かせてんのか」
「……」
完全に牧野さんです。潰す……って。
「泣かせてるっていうか、その俺なんかがさ東福寺さんといることが可笑しいから避けようとしていて……なんか今からでもライフルで撃たれそうで」
「ライフルって。どっかにゴルゴがおるんかいな! まぁでもなぁわかるで東福寺さん綺麗やからなぁ、顔は華がないしな自分」
「ごもっともです……」
「認めたらアカンやん! そこは反論線と関目くん」
どこかのトーク番組に巻き込まれた気分だ。正直この司会とひな壇芸人連中は相当テレビが好きなやつらなんだろうか……
そんなことは置いておいて……
「だからその、俺自身、このままじゃダメだと思って……」
「ん。そうやな次のステップへ行かなあかんな。すずみちゃんは関目のことはどう思うんや?」
「え…えっと……その、えっと……大好きです…」
「おまえええなぁ……何があかんねん関目ぇ……素直になれやぁ」
とうとう司会者に哀れな目で見られてしまった。
「俺なんか華ないし、周りの目立ってる男子の足元に及ばないっていうか……」
「そうなんか? でも文化祭でバンドやったんやろ? 好評やったみたいやで?」
「えっ、いやあれは…」
「よんまさん、その秘蔵VTRを入手したので、どうぞ御覧ください」
そう言い、司会者袖でニコニコしていたアナウンサーっぽい人が携帯映像を見せていた。
「おっ、ええやん、自分華あるで!」
……なんなんだこの公開処刑……。
本来この映像を見せて空気を凍らせるのが目的だったのだが、映像はよんまにしか見えておらず
プロジェクター経由からは映像は映し出されなかった。
「関目、立派なロックンローラーやんけ。その勢いで思いっきり東福寺さんを受け入れたれや」
「いやいやいや……」
もう混乱してしまいまともな反論なんて出来なかった。というより、よんまのクオリティからまともに話を切り出せる自身が無かった。
「なんと、ここにギターがあります」
「ファー。なんであんねん」
アナウンサーはどこからともなくギターを取り出してきた。
そのギターをどうするつもりだ……? そもそも俺はアコギはほとんど弾いたことが無いのだけどな……。
「関目、それで東福寺さんに愛を語れや」
「よんまさん。勘弁して下さい。これは一ロックンローラーとしてもお願いします」
俺は断固拒否した。
「さすがにこれはあかんなアナウンサー。しまえしまえ」
周りの空気は和やかであった……が。俺の心は相当に抉られてしまった気がする。
その後、次のカップルに話題が切り替わった後も放心状態だった……。
そして、最後にカップルたちはお互いに愛の言葉をぶつけ、審査に入る過程に入った。
はっきり言って、よんまの下りは必要だったのかと……。ただトークしたかっただけではなかったのかと……。
3年、2年とお互いの夢や未来を添え、一生側にいようと言っていた。
そんな流れで俺が愛を砕くようなセリフを言える訳がない……。
こんな空気で「俺はお前に相応しくない」とか間違っても言えないし、言う度胸もない……。
何を言えばいいのか、これからもよろしくとでもいえばいいのか……?
もう分からない……。
そう思っていると、東福寺さんは口を開けた。
「関目くん。私は……世界中のだれもがダメとか言っても、関目くんが好き。」
「私の事を思って、私の将来のためだって……突き放すけど……それも関目くんの優しさだって…知ってる」
「関目くんは……世界中の誰より、私にやさしい……。だからその……今日こうやってドレスも着たの」
「関目くんいつも優しくてありがとう!」
涙を見せながら、ドレスが夕焼けに染まり紅く、頬も紅く染め上げ
世界中の誰より可愛い愛おしい存在に見えてしまった。
こんな姿を見せられたら……もうどうかしちまう。
それと共に、悲しみがこみ上げてきた。
こんなにも純粋で、穢れもない告白と感謝をされるに対し
否定し続ける俺は、東福寺さんを抱きしめてしまった。
「ごめんな……いつも……東福寺……」
苦しめたくないから苦しめている矛盾に気づいていたが、それこそが最大の苦しみだった彼女。
気がつけば俺は彼女にとって大きすぎる存在になってしまった。
俺は彼女にとっての何なのか、そして彼女にとってどうあるべきなのか。
客観的に見てどうなのか。俺は彼女に相応しい存在になってしまったのか?
それとも、彼女が俺に合わせてきたのか……?
カプコンは生憎、3年生が優勝した。
当たり前だ。
参加賞をもらい、俺はそっと舞台袖から降りた。
『優勝すればカップルとして認められる』というお触書の通り
俺はまだカップルとして認められているのではないのだから、いつもどおりに戻れるはずなのだ。と勝手に解釈しておこうかな……。
「関目くん」
「ん? 東福寺か……ごめんな急に」
「とってもうれしい。関目くんから抱きしめられたの初めてだし……」
涙目になり、目をこすった東福寺さん……。
「ゆっくりでいいんだよ! 関目くん。ちょっとずつでいいから……私の事……好きになってください…」
ちょっとずつ好きに……。
東福寺さんのことを好きになる以前からずっと疎遠にならなきゃいけない使命感にいつも神経を使っていた。
それだけに、東福寺さんに恋心を傾ける暇すら自分自身に与えなかった。
自分自身の壁がまだまだ厚く、崩すには相当の労力が必要になりそうだ……。
「ぜ……善処する……」
「ありがと関目くん! 関目くん顔赤い!」
「いや……夕焼けだし」
多分史上初めてではないだろうか。
東福寺さんに向けてプラスな言葉をはなったのは。
俺の中の何かが確実に変わっている。これは一体何なんだろうか……。
今日はここまで。迷走しすぎやな……すみません。
今までの俺の物語はマイナーコードだった気がする。
どれも斜めから構えて、どこにも付け入る隙を与えていなかった。
誰も入り込まないと思い込んでいたからこそ、慌てふためいてどうしようもない気分だったのかもしれない。
東福寺さんはとても真っ直ぐだ。そんな彼女を傷つけないことは真っ直ぐでいることなんだが
そんなことを思いながら、文化祭の反省を行っていた。
文化祭が終われば、後は特に学校では大きなイベントは無い。
ただただのんびり日常が過ぎるのを待つだけ……。
と行きたい所だが、カプコンの影響力というのはとても大きく、毎日のようにイジられる。
「関目~お前東福寺さんを抱きしめたってなぁ! やるじゃねぇか!」
「うるさい」
「なぁどこまでいったんだよ?」
「どこもなにも行ってねぇよ……」
ちょっとした有名人である。
元から東福寺さん関連で名前は知れ渡っていたみたいだが
もはや学年で知らない人はいないぐらいにまで上り詰めたとのこと(滝井説)
こんな状況、東福寺さんは迷惑と思っているのであろうか。
目立つことはそこまで好きそうではないが……てか他の男子や女子からの嫌味とかを受けてほしくないものである。
そんなことはもちろん、俺は流石に震え上がっている。
そう、親衛隊の報復だ。
大体、そこらの高校生。しかもイケメンでもない奴が、マドンナ東福寺さんとカプコンに出て
尚且つ、ウエディングドレスを魅せつけるなんてもの、いつ殺されても分からない。
殺されるにしても内容が分からないし……いっそのことスパッと精算してほしい。
だが、そんなことも割りと早かったみたいだ。
ベタだが、下駄箱に手紙が入っていた。
「放課後、体育館裏に来い。東福寺さん親衛隊」
ベタすぎる。一体何が起きるんですかね……。
とはいえ、これは待っていたことだ。
決して俺がドMだってことじゃない。一刻も早く現状の蟠りをぶっ飛ばしたいんだ。
それがどんな結果になるかは分からないが……。
放課後、俺は手紙を持ちつつ体育館裏に行った。
もちろん何も武装はしていないが、携帯電話はすぐに使えるようにはしていた。
「よう」
現れたのはどっかのクラスの男子だ。
「えっと、手紙があったんだけど、何ですかねぇ」
「あぁ、関目。大体言いたいことワカんだろ」
「あぁ、そうっすね。正直調子乗ってるように見えますよね……」
「分かってて、東福寺さんと和気藹々してんのか?」
「あぁでもな、どうすればいいんかわかんないんだけどな」
「ふーん、最終通告って訳じゃないが、東福寺さんと別れてくれない?」
やはりまだ、親衛隊が存在していたことは確かみたいだ。
だが、こいつにはあまり怒りを感じ取れない。そして妬みも感じない。
そもそも何を企んでいるのかも分からない。
「簡単に別れれたら苦労しないんだけどな……」
「はぁ? 自慢か?」
「チゲぇよ……。てか、まだ付き合ってないよ」
「だったら、なんでカプコン出たんですかねぇ」
ごもっともです……がね、牧野さん筆頭のゴリ押しがありましてね……。
「周りの奴らだ。俺は全く乗り気では無かった」
「ムカつくんだよ! 関目、なんだよその上から目線」
上から目線に見えるみたいだ。それもそうか……。
「ムカつかれたって知るか! わかってるよ、いっそのこと学校全員から敵になるぐらい嫌われればいいんだろ?」
「あぁ、嫌われてくれ関目。いっそのこと死んでほしいぐらいだ。お前みたいな奴が東福寺さんに好かれる意味が分からない」
「俺だって分からない、で、嫌われるっつったって、どうすんだよ」
「あぁ、ボコられて、尻の穴に一輪の花差し込んだ画像をネットでうpる」
「おいおい、冗談じゃないだぞてか犯罪じゃねぇか……」
「ネットはアップしねぇよ。だが、一輪の花はするつもりだけど?」
……ちょっとまって。
その時、頭に軽く震動が走った。そのまま顔をマスクした奴らに色々殴られた。
痛い……。ちょっと待て、やめろ……。
「こいつ泣いてるぞ」「情けねぇ」「写メった?」
殴られる予定は持っていたが、そこまでされるとは予想にもしなかった。
携帯で念の為に録音していた音声はまるっきり削除され、最後はズボンを引っ張られ、一輪の花を刺された。
痛みが相当に伝わった。もう何も考えたくないぐらい。
善処した瞬間これかよ……。
………
正直誰が殴ったとか、誰がこんなことをしたとかは声で大体分かる。
そして、報復の辛さも思い知った。
俺だけ不幸になればいいとか、思っていた時はまだ幸せだったんだ。
だが、それは決して関係のない話だったんだ。
痛いものは痛い、辛いものは辛い。
牧野さん筆頭に、俺は東福寺さんを受け入れていいと思い込み始めていた時
そんな幻想は早くも砕かれた。
親衛隊全員が去りきった後、俺は砂だらけになって携帯を取り出し、電源を切った。
そして壁へ打ち込んだ。ただ携帯は頑丈で、ガラスが割れただけだった。
素人のいらだちレベルでは携帯は壊れないみたいだ。
とりあえず携帯を拾ったが、もう嫌になりそのまま放り捨て鞄も教室に置いたまま
俺は家に帰った。
もう疲れきった体を休める方法は寝るしか無い。
何一つ考えたくない。死んでしまいたいぐらい面倒くさい。
俺は寝た。とりあえず。
……
それでも学校は行く。もうセキュリティホールはガッチガチの鉄の蓋で閉めており
何も考えず、歩いていた……。
だが事件は起きていた。
そう昨日の写メ、学校で何者かが配っていたみたいだ。ひそひそと紙を持った女子とかに笑われる。
「関目wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」と書かれたカラープリントされた俺の情けない写真。
俺はそれを見た瞬間……くるっと周り家へと帰宅。
携帯電話は電源を切ったままなので、もちろん誰が何を思っているのかも知らない。
ネットに画像をアップロードされてツイートされネットで祭りになってたって知らない。
一応顔写真はこれには載っていないが、それでもこれは俺だって分かる。
同情はされるだろうが、情けないことには変わりない。
思えば簡単じゃないか、これで東福寺さんも嫌になるんじゃないかなぁ……。
全裸で教室を歩けばもっと早かったかもしれない……。
だが、ちょっと代償が大きすぎますね……。
正直、もう涙が枯れません……。
俺は涙を隠しきれず、家に帰宅。家族は仕事中ですので家には誰もいません。
案の定、家の電話はコールされていた。
電話回線をさっさと抜き、俺は自室へ入り込んだ。
そしてPCの電源コードにハサミを入れ、ベットに入り込み1時間ぶりの睡眠へと突入した。
が、直ぐに起こされた。
母親だ。
会社に連絡が入っていたみたいで、すぐに切り上げ帰ってきてくれたみたいだ。
先生と共に急遽三者面談。何にも悪いことはしていないのに
俺は万引きをした少年のような心持ちで自宅の居間でお話することになった。
「誰にやられたか分かるか?」
「全員覆面していたし、わかんないっす。だけど声だけで判断すればこいつらです」
「なんで昨日家族や学校に言わなかったんだ?」
「俺にも非があるんでね……」
「非? なんか恨まれるようなことしたのか?」
「東福寺さん親衛隊っすよ。東福寺さん人気じゃないですか。なのに俺が独占しているように思われて。多分それの妬みでこんなことされたんだと思う」
「……とはいえこれはやり過ぎだな。大丈夫か? 学校出れるか?」
「ギクシャクした3年間になりそうですね……」
心持ち落ち着いたように見えているが、それはあくまでも演技だ。
俺なんてちっとも心は頑丈じゃない。もうすでに心も体もボロボロなんですよ。
「犯人自体はもう俺はどうでもいいんですよ、学校側が犯人を捕まえたいんなら……協力はしますけど」
「そういう言い方は……。いずれにせよ、この件は学校の風紀としても相当に悪いことだ。再発は絶対にさせたくない」
「俺が何もしなければ何も起きないんすよね……そうすれば風紀も守られる」
「……関目、お前が苦しんじゃいかんだろ」
「苦しみますよ。どうやったって! 俺はもう金輪際東福寺さんと関わらない。これで万事解決じゃないすか。もしくは俺が退学になればいいんですかね?」
「落ち着きなさい!」
母親に怒られた。だが、当初としての目的と対して変わらない。
むしろ学校公認で東福寺さんと取り合わなくて済む機会じゃないか。
「先生はな……恋愛を容認するつもりではないが、自分自身を抑えこむ教育はしたくないつもりだ。だから自暴自棄にはなってほしくない」
「でも先生。恋愛感情なんてすぐに変わるものですから。こんな状況になってまで東福寺さんと交際をしようとは思えませんし、そういう機会だったってことで…」
「……関目、協力はするからな。困ったことがあったら必ず言え。な?」
もう何も話すことなんて無い。
現場供述ぐらいです。
……
先生も帰り、今日は俺は学校を欠席扱いにしてもらった。
お陰で皆勤賞は崩壊。俺の青春の一つが大いに崩れ去った瞬間でもある。
携帯はバッキバキだし、パソコンは電源も入らないし……。
母親はパートに戻っていった。多分夜にこのお話になると思いますがね……。
息子の情けない画像のビラをばら撒かれたとかもうとんでも無いお話ですからねぇ……。
当の俺はもうそんなことは忘れてしまいたかった。
二度と誰もその話は押し返さず、そっとしてほしい。もうそんなことなんて初めからなかったと。
そして、東福寺さんと出会う前の日常に戻れればそれでよかった。
天井を見つめながらただただ時間が過ぎるのを待っていただけであったが……。
―― インターホンが鳴る。
何でしょうか。
ドアを開けると、そこには粗方予想は出来ていましたが東福寺さん。
目は真っ赤になっていて、さっきまで泣いていた様子が見伺える。
「何?」
「ごめんなさい関目くん……わたしのせいで……」
「東福寺は悪くない。で、分かったろ? 俺といちゃいけない理由があるってこと」
「……ちがう」
「俺はいい。だがこのままだと東福寺、お前自身にまで嫌なことが起きる」
「……関目くんがこんなに辛い思いしているのに……そんな」
「いいから帰れ!!」
俺は柄にもなく思いっきり叫んだ。
ビクッとなった東福寺さん。
「俺達は一緒にいたら駄目みたいだ。東福寺は一緒にいたい気持があるかもしれないが、俺はそのままだと殺されてしまうかもしれん」
「……関目くん……」
「俺は生憎もう学校では汚れキャラだ。そんなキャラの俺と一緒にいちゃ、益々学校生活が楽しくなくなるぞ? てか嫌気さしてくれよ東福寺……」
「……どうして……じゃまするの……私はただ、関目くんのことが好きなのに……どうして……」
「東福寺さんはそれ程までにな、みんなに愛されているんだよ。だからさ、もう帰ってくれ。このままだと俺は東福寺を嫌いになってしまう……」
「……!!」
「東福寺、ごめんな……。俺がもっとイケメンで勉強も出来て、爽やかで、喧嘩が強かったら、こうはならなかったのにな」
ドアを閉め、鍵を閉めた。
どうしてこんなに東福寺さんを悲しませなきゃいけないのか。
俺は東福寺さんの何なのか。
だったとしても、俺はもう東福寺さんの何でもありたくない。
モブでも、なんならエキストラでもいい。
東福寺だけは笑顔でいてほしい。俺なんかいなくても、ずっと。
俺はとうとう自分の携帯を窓から投げ捨てた。
今日はここまで。
正直学校に行くことは辛い以外なかった。
東福寺さんはもちろんのこと、学校でばら撒かれたビラ。
それによる左右関係のやり辛さ、親衛隊はやはり危惧すべき対象だったこと。
ストレスでどうにかなりそうだ。白髪まみれのハゲになってしまいそうだ。
学校の登校は比較的落ち着いた気分だった。
学校に着いても、誰も気にしてくれていない様に接してくれている。
そんな居心地良くしようとしてくれている皆は本当にいい奴らなんだな……と思いたい所だった。
だが、直ぐに職員室に呼び出され、事件のあった時のことを聞いてきた。
それに対して、ただただ同じことを言い、ただただ時間が過ぎていくだけであった。
この事件に関してはさっさと迷宮入りし、さっさと過去にして欲しいのにどうしてくれるんですかねぇ。
これじゃいつまで経っても終わらない。
昼休み。
教室を出ると、牧野さんが俺を呼び出した。
「関目くん。ごめんね」
「いや謝られてもな、というより俺も悪かったんだよ。やっぱ東福寺さんは遠いよ」
「……親衛隊ねぇ。そんなことでまだヤンチャ出来るやつがいたなんてね」
「だからさ。今後も東福寺さんと近づけば報復受けるから……」
「関目くんは、すずを親衛隊抜きにしても嫌なの?」
「親衛隊を抜きにしても、駄目だと思っていた。でも、最近は受け入れようとも思っていた。そしたらこれだ」
「……」
「だから天罰なのかね。これってさ」
「天罰なわけないじゃない! すずは神様でもなんでもない。一人の女の子。それを勝手に祭りあげて、関目くんを目の敵にして。ただの自分勝手なクズじゃない」
「……まぁ確かにあいつらはこの件から見てもロクな奴らじゃないとは思ったけどさ」
そうすると急に、牧野さんが俺に抱きついてきた。
何でしょうこのシチュエーション!?
「関目くん。辛いと思うけど、すずと向き合ってほしい。焦らなくていい。辛かったと思う。私からのお願い」
「な……なんで急に。て……ていうか、お願いされるほどじゃないと思うんだが」
牧野さんは手を離し、俺から1歩下がった。
なぜ抱きついたのかは分からない。
「安心して。次はもうこんなことは起こさせない。A組は総力上げて応援するし、魔女狩りならぬ親衛隊狩りを決行するわ」
「いやいやいや……」
「それぐらい、すずと関目くんはそばに居てほしい。そう思う。じゃあね」
完全に牧野さんのペースに回されっぱなしだ。
だが、牧野さんの安心してという言葉には本当に安心感が少しあるような感じがした。
辛い日常が続くが、それでも前に進まなければならない。
今日はここまで。
なんか牧野さんENDを書いている夢を見た。
いったいあれはなんだったんだろう。おかげで牧野さんを意識してしまう。
おつ
フラグ建築士なんだかチョロインなんだか
にしても親衛隊張り切り過ぎだろ……
おつです
どのルート行ってもかまいませんよ
すげえ面白い
「まけんなよ関目。俺達はマジで応援してるんだからな!」
隣のクラスの人に突如言われてしまった。
どうやらあの事件は別の意味で物議を醸し出しており
俺自身を馬鹿にする奴らを馬鹿にする風潮が漂っているようだ。
関目が何を悪いことしたんだ? とのこと。
東福寺さんと仲がいいことに嫉妬したからといって、小学生でも下劣過ぎる報復をするのは如何なものか。
逆に考えてそれは東福寺さんサイドに失礼では無いだろうか? といった働きがけがあるみたいだ。
大体の人はその考え方を持っていただいているらしく
もうあんな過ちを二度と犯してはいけないとしているらしい。
「関目よ。柔道部に入れ。東福寺さんを護るんであれば心身共に鍛え上げろ」
「いや、単純に部員不足なだけだろ」
と柔道部からの勧誘もあった。
ちょっとした学年の有名人は相変わらずである。
カッコ悪い人というよりかは、苦労人という謎のレッテルが貼られているみたいだ。
休憩時間にはC組の女子から
「疲れてるでしょう」とリポビタンDを頂いた。
まぁ確かに色々大変ではあるが、どこかの会社の夜勤明けの上司か何かか俺は。
変に気を使わないでください……。
まぁそのリポビタンDを飲み干し、いつも通りの日常にプラスな意味でスパイスを加えるのであれば
それは良い物なのかもしれない。だが、これが本当に正しいかは未だに分からない。
大体の人たちが応援してくれているみたいではあるが、全員ではないのだ。
親衛隊並びに、俺を嫌うであろう何者かたち。
その人達が暴走をやめない限り俺は安心して東福寺さんと接することは出来やしないんだから。
「そういえば関目携帯は?」
「あぁ、ぶっ壊した」
「あぁなるほどね……ワイルドだね」
「古いぞ」
滝井は時代遅れだ。いつだって。
「でもさ、東福寺さんと何も話してないんじゃないか? 他の人からも心配のメールとか電話とか来てるでしょう」
「そうなんだけどさ……ぶっ壊したものは仕方ないし……買い換える金は無いし」
「どうりで、関目くんは携帯に連絡が入らなかったのか……」
「そうなんですよ……って!? 七条先輩!」
話の中に突如入ってきた、七条先輩。夏休み以来である。
七条先輩から逃げていたわけではないが、夏休みの間一線を超えかけていた事実が残っている。
あれ以来お互いにどうも接しにくい状態になっていたと思う。
それにカプコンで東福寺さんと一緒に出ていたことも知っているだろう。
それだけに余計、七条先輩から逃げていた。本当にカッコ悪い人だ俺は。
「てっきり着信拒否をされていたのかと思ったよ。でも安心した元気そうで」
「はは……」
「いつの間に、二年の先輩と仲良くなってたんだ関目」
「まぁ、色々と……ハハハ」
「そうだね。ふふ……」
お互い大変なのである。
「それで話に戻ろう。関目くん。もしよければ株主優待の携帯の商品券があるんだがこれを使ってくれないだろうか?」
「えっ?突然に……」
「ふふっ。以前関目くんには借りを持ちっぱなしだったしね。ちょうどこれでリセットできたらなと思うんだが」
「……携帯の商品券ってかなり高額なんじゃないっすか?」
「まぁ、安くはないけど使わないからね。有効期限がすぎればただの紙だし、父親の仕事用の株のおまけみたいなものだし」
「……いいんですか?」
「いいよ。なんなら、これでチャラにせず、私を好き勝手にしてもらってもいいかも」
「頂きます」
「私を?」
「携帯の商品券を……です」
「ふふっ。冗談だよ。はいどうぞ」
七条先輩から携帯の商品券をもらった。
選べる携帯はキャリアが限られているが、ちょうど俺の使っているキャリアの携帯が選べるらしく
そこから現行商品からであれば制限なしで一台だけ購入できるという凄い券だ……。
てか、何株買えばこんなチケット貰えるんだろうか……。故に恐ろしい場所である七条一家。
「その代わりといっちゃなんだが、関目くん。携帯の購入に付いて行ってもいいかな?」
「えっと……? いいですけど……頂いた身ですから断る理由も無いですが」
「ふふっ。ありがとう。じゃあね関目くん」
そう言い、七条先輩は教室から出て行った。
「……関目。これはフライデーに乗るぞ」
「いやいや。そういうのじゃないっすから」
「お前は東福寺さんという絶世のアイドルを恋人にしながら、七条先輩という年上美女まで手中に収めるとは!! 親衛隊に殺されてまうぞ」
「違うわい!!」
……まぁ実際七条先輩のことと東福寺さんとのことを並行にして考えると
俺は親衛隊に襲撃されるのは仕方ないことであったのだろうか?
いずれにせよいずれは選択肢はたくさん持ってはいけないんだから……
七条先輩とも疎遠にならなくてはいけないんだが……。
……
今日はここまで
>>482
チョロインでも主人公が堅物ですからねぇ……。
>>483
断言します。牧野さんルートはありません。
ギャルゲー化すればあるかもしれんwwwwww
>>484
ありがとうございます。そう思っていただける方が少しでもいれれば
書き続ける甲斐があると。
ではおやすみなさい
お久しぶりです。つながらなかった+仕事+艦これで
忙しくてなかなか更新する機会がなかったわけで……
これから少しでも更新していければと思います
正直殺されそうな勢いで、様々な女性からご行為を頂いているわけではありますが
現実な話、それを受け入れる程の器がなく、こぼれ落ちている訳で……。
ただ、それでもずっと俺の前に現れてくる彼女たちは一体俺の何がいいのであろうか。
それが分からないので今日も正しい彼女達との接し方が無茶苦茶なのである。
秋の香りも漂い始める。街では香ばしい焼きお菓子の匂いが漂ったり
街路樹はだんだんと色合いが赤くなっていく。こうして秋は始まる。
毎日学校を行き来しているだけでは見えない世界。
ただ、七条先輩はそういった景色の美しさを見るのが好きらしく
秋の表情を見せる町並みを語ってくれる。
そうしているうちに、携帯ショップに着いた。
早速入店し、店員に話しかける。
早速持っている優待券を見せると、スタッフが初めて見るであろう謎のチケットに困惑し
店長らしき人に確認していった。そのチケットを見た店長は奥からマニュアルらしきものを取り出し
そのチケットの優位性を確認し、裏面のバーコードを何やらレジらしき機械に通すと
値引きされたことに驚き、急いで戻ってきた。
「すみません。おまたせしまして。このチケットを初めて見たもので……それではこちらへどうぞ」
俺は七条先輩と席につき、携帯のラインナップを見せてくれた。
「本当になんでもいいんですか?」
店員に俺は不安ながら語りかけた。
「はい、さっき一番高価なモデルのスマホで試したところ商品代金は値引きされていましたから。値引き分はちゃんと自店の利益になりますからどうぞご自由にお選びください」
そう言われると流石に一番安いモデルは逆に失礼だろう。
ならばここは話題性はありつつ、フルスペックではない俺の使っていたメーカーの新モデルにするとしよう。
「こちらでよろしいですか? 最上位ではありませんが」
「いいんです。64GBも使いませんから」
「そうですか。そうですね。ちょうど64GBのブラックは品切れでしたので……。こちらの32GBで販売させていただきますね」
そう言い、店員さんは引き継ぎの手続きを行い、全ての作業を完了してくれた。
「お待たせしました。あと、恋人さん…? かな、そういったプランがございますが…?」
おっと、困らせてくれるねぇ店員さん……
「どうする? せっきー。私はつけてもいいよ?」
せっきー……。というより、七条先輩ノリノリじゃないですか……。
「えっと、その、お友達なので…はは」
全国の男子諸君と女子諸君から意気地なしと罵詈雑言をいただけそうなぐらい甲斐性なしだが
やはり七条先輩に変な気を使わせてはいけない。
その言葉を聞いた彼女はふっと顔の色が暗くなった。
「ふふっ、やっぱり関目くんは否定すると思ったよ。これが見たかっただけだよ。じゃあね」
七条先輩は笑いながらもどこか悲しげな表情で携帯屋へと出て行った。
なんだか複雑な空気が流れてしまい、さっきまでの和気あいあいな空気はどこかへと消えてしまった。
「て……手続きは終えていますので……行ってあげてください。申し訳ございません……」
店員さんは急展開に少し戸惑いながらも的確なアドバイスを投げてくれた。
俺は七条先輩を追うことにした。
【ミス】
携帯屋へと
↓
携帯屋から外へと
七条先輩は案外近くにいた。
俺が声をかけると、振り向き
「どうしたのかな、関目くん」
とさっきまで同行していたとは思えないぐらい距離を置いて話しかけてきた。
「すみません。なんか、俺いっつも七条先輩を困らせているような……」
自分でも確証は無いが、確実に七条先輩を傷つけている気がする。
「傷つけているのは私だよ。私が勝手に関目くんを振り回していたんだから、夏の日だって」
夏の日、俺は七条先輩とキスをした。
どちらかというと七条先輩から受けた。どこか複雑な思いだった日だ。
「俺は傷ついていないです。それよりも七条先輩こそ……」
「ふふっ。やっぱり何手先も考えてくれているね私の事。そして東福寺さんのこともね」
「考えているっていうか、誰かのことを考えるのは当たり前のことじゃないですか」
「そうだね。でも夏の日は誰のためでもない、私の一方的な求愛行為だった。でも目が覚めたら後悔しか残らなかった」
「……後悔」
「そう。私は関目くんを困らせた……そう考えていくうちにどんどん君が遠くなってね。ただ目が冷めても君のことは好きだった」
「……」
「今日、君に少しだけわかりきったテストをしたかったんだ。他の人から恋人扱いされたら、君は肯定するか否定するか」
「……」
「答えはもちろん、否定」
「……」
「ここで肯定してくれたら、私はまだ……チャンスがあったんだと思えたんだけどね……でももう諦めたほうがいいみたいだ」
「……七条先輩!」
「もう貸し借りは残っていない。もう君には会わない。だから安心して東福寺さんと仲良くして」
「……そんなのありなんすか」
「……こうでもしないと、君の前に去れないんだよ。もうこれ以上何も言わないで」
七条先輩は顔を見せず、静かに去っていった。
まだ秋は深まる前に、七条先輩は俺という存在をなかったことにしていた。
俺は呆気にとられた。
かつて東福寺さんにしていたようなディスコミュニケーション。
七条先輩は、夏の日を境に俺のことを東福寺さんのように高翌嶺の花へと見てしまい
それに耐え切れなく俺の前へと去ると告げたのだ。
もともと俺は七条先輩と吊り合わないと思っていた。
それに今でも思っているが、七条先輩は俺を高翌嶺の花と思っている
高翌嶺の花じゃない。俺は七条先輩から見たら、下水道のネズミだ。
だが、これでいいのか。これでいいとは言え
七条先輩を傷つけてしまっている。それも深く深く。
彼女を深く傷つけてまで俺は東福寺さんと仲良くする資格はあるのだろうか。
俺は当初の目的「リセットボタン」をまた取り出す必要があるのかもしれない
深くなる秋、そして始まる冬に
今までの関係を凍結出来るのか、そしてそのままどこかへと流れてしまえばいいんじゃないか。
今日はここまで。
ひさしぶりに書いたので、設定を取り戻すのが大変でした。
またぼちぼち更新します
すみません。誤字脱字は日常なので……改善はしていきたいです。
sagaってage扱いだったけ?
まぁどちらでもええんですが
そろそろ書きますね。
今日少しだけですが復帰します。。。
気がつけば季節は冬なのだが、それを感じ取るには朝布団を出る時から身に染みる。
外に出たくない気持ちは人間関係も含め、冬という季節も含め心を強く押し付ける。
去年買ったコートを着こみ、マフラーを付けて登校する。
行きのコンビニに肉まんを買って食べながら登校。肉まんは季語に入るのであろうか?
朝の登校もどうにか切り抜け、教室のガスストーブの乾いた暖かさで出迎えられる。
「よう、関目。今日は2限目体育だからな。しかも最悪長距離」
滝井は早くも戦意喪失で空を眺めながら言った。
それもそうである。冬の体育の課題にマラソンが入り込み
それが結構キツイ。3kmであるため陸上部にとって見れば屁なお話ではあるが
実際の文化系男子にとっては地獄この上無いのだ。
体育はA組と合同で、女子とは普段体育の科目は別になるのだが
長距離に限り、合同で行われる。女子にいいところを見せようと走りこむ男子
女子よりわざと遅く走り、「あーかったるいぜとか思っている俺かっこいいアピール」をする男子。
いろいろなものを楽しめる時間でもあるのだ。
俺? 俺はそうだな、無難に授業をこなすことをアピールだな。
……
無難に授業をこなし終わり、東福寺さんとも何も話さず授業は終わった。
大事件があった以来、さすがに東福寺さんも表めいたアピールをしなくなってきた。
だからといって無視をしあったり、悪いうわさを流したりとかはしないし、する筈がない。
俺にとってはけっこう心地が良かった。
何故ならば平和だからだ。これ程までに平和で平穏で
人の噂も七十五日という言葉が発動されるまでもなくのんびり暮らせること。
これがどれほどまでに難しいのか、大変なのかが身にしみていた。
ただ気になることと言えば、七条先輩だ。
さようならを言われ、あれ以来顔も見ていない。
彼女のことだから学校を休んだりはしていなさそうだが、詮索はするべきではないと俺は思い
彼女との関係は初めから無かったと思っている。
……
曇り空、雪は降らず、降らない街を背に。
滝井と別れ、帰路を歩く中、とある交差点で俺はまた出会った。
「よう、そろそろ決着つけようや」
とあるクラスの男子だ。穴の花の件の首謀者だ。首謀者かは知らないが。
「……何?」
俺は警戒心のゲージをマックスにし言った。というかこれが限界だ。
「お前、二人を傷つけているよな。にも関わらずその態度」
「……どうしろって言うんだ?」
「いや、正直言ってやるよ。俺は、七条椿の従兄弟だ」
「従兄弟……なるほどね」
「わかるか? 俺が好きだった女子と、従兄弟がさ……お前みたいな奴に踊らされているところを見てさ」
「……わからねぇよ」
「じゃあさ、どうやったらてめぇは東福寺さんから離れるんだ?」
「……」
「椿姉の恋話を聞かされてたらそれが関目、お前だと聞かされて、しかもお前は東福寺さんとイチャイチャしててさ」
「すまん。七条先輩に関しては俺はどうしようもないかもしれない悪いことをした」
「……はぁ?」
「殴りたきゃ殴ればいい。七条先輩を傷つけているところを見せてしまったことを詫びる」
殴られた。痛い。てか血が出た。
「……で、東福寺さんの分はどうケジメつけるんだよ関目」
「…はぁ?」
「関目、俺は利き手じゃない左手でお前の顔を殴った。東福寺さんの分はこの右手で殴るぞ?」
「……殴りたきゃ殴ればいい。だけど、東福寺さんの分なら殴り返すぞ?」
「殴り返す? んだと!? こら!」
右手で殴られた……
---痛い。
が、俺は怯まず殴り返した。
そして叫んだ
「お前こそ、東福寺さんの何だ? 親衛隊代表とか抜かすのか? あぁ!? 前の件もそうだがいい加減にしろ!!」
「いって……だけどなんだそんな力のない軽いパンチ? そんなんでよく東福寺さんと釣り合おうとしてんだよ!」
「じゃあお前は釣り合うってのか? クソ野郎! 姑息な手で貶めるテメェなんかよりよっぽど健全じゃ!!」
話はつかず結局ぶっ倒れるまで殴り合った。とはいってもお互い2発だけだが
……
「てめぇ……これで終わったと思うなよ……関目」
「……終わってくれ。俺は東福寺さんには釣り合わないが、テメェよりかは数億倍マシだ」
「……」
あいつはそう言い、帰っていった。
俺はそこから気を失うそうになりながら重い腰を上げ
引きずりながら銭湯へ寄り、身体を少しだけ癒やし帰った。
どれ程までにも俺は東福寺さんに吊り合わない。
喧嘩も弱いし、見た目もあれだし、勉強もスポーツも才能も平凡。またはそれ以下。
だが、あいつよりかは間違いなくマシ。親衛隊もそうだ。
あんな奴らに永遠に監視されるんであれば、それなら俺が俺なりに彼女の視野を広げてあげる土台になれば
少しは彼女の幸せを見込める存在になれるのではないだろうか。
これは俺にとっての考えの成長なのであろうか?
特大スランプです。すみません。
また近いうちに……。。。。。。。。
冬のイベントといえば、やはりクリスマスだと全世界の人たちは言うだろうか?
西洋文化でありながら、日本の浸透力は尋常では無い。
独りで過ごす者、家族で過ごす者、恋人で過ごす者。
人それぞれだが、そこに自分の能力と価値が問われる重大なイベントでもある。
恋人と過ごせた人は間違いない、リア充だ。
家族と過ごすものは、及第点でありながら、もっとも幸せな人とも言える。
独りは、その一年ツイてなかったと言うのか、それとも最初から諦めていたのか。
兎にも角にも、世間体から見たら寂しい人間であることに変わりはない。
「クリスマス……ですね」
もう慣れたが、いつものように東福寺さんと弁当を食べている。
外は曇り気味でいつ雪が降ってもおかしくないぐらい凍えた風が校舎の窓を叩き込んでいる。
そんな中、教室のストーブは空気を乾かしながら、暖めている。
変なぬくもりが妙に頭がクラクラしてしまう。
「クリスマス。子供の頃はプレゼントとかあったなぁ。今となっては申し訳ないことをしたもんだ」
俺は答えた。
クリスマスと言えばボーナスシーズンであり、サンタ(家族)から色々プレゼントを貰うのを楽しみにしていた。
サンタクロースは朝プレゼントを用意してくれている。
ゲーム機だったり、ゲームソフト。時にはおもちゃ、時にはDVDとか……。色々貰っていたものだ。
だが、それも親の給与から出ているものであり、光熱費、食費、雑費、教育費。多々なるものから差し引き残ったお金で
買っていたことはもちろんだし、その上正月の帰省等でアホ程金が飛んで行く最中でよくもこうプレゼントしてくれたものだ。
家庭内の経済というものを意識出来るようになってから考えると、とてもじゃないが今更何かプレゼントをくれとか言えないものだ。
「プレゼントをもらったとき、とてもワクワクしたよね。それを見ているお父さんお母さんは満足だったと思うよ」
東福寺さんは、こんな皮肉に塗れた言動に、救いを入れてくる。これだから東福寺さんは素晴らしいのだろう。
「まぁ、そういうもんなんかな。おれも大人になったら、そういうことが出来る人になれるのかね」
外を眺め、ぼけーっと言った。
「ふふっ。大丈夫。関目くんは優しいから」
「優しい? それは盲目過ぎないか。今までの行為をまとめて精算したら余裕で地獄だと思うぞ」
「関目くんの引き離しは優しさが感じるよ。私はそういうところも関目くんのいいところだと思う」
褒め上手なのか、周りが見えていないのか。
「そんなところまでいいところになっちまったら、世の畜生みんなが聖人になっちまうぞ」
「ふふっ、関目くん照れてる」
「照れてねー」
実際少し照れていたのかもしれない。
相変わらず、東福寺さんは褒め殺しを行ってくる。
昼飯を食べ終え、一息熱いお茶を飲んでいると、どこからともなく千林がやってきた。
「おい、関目夫婦。クリスマス会の催し出んのか?」
「誰が夫婦だ」
「クリスマスさぁ軽音部の勧誘のための催しとしてライブしたいんだけどさ、出ろ」
「出ろ。かよ……もうこれ以上俺の黒歴史を増やさないでくれ」
「どーせ予定無いんだろ……あっ、東福寺さんと予定…チキショーーーーーォ」
「私は大丈夫です。クリスマスの予定は関目くんに…その、お願いしようと」
「おいおい、俺が予定を決めるって意味がわからん」
「そのー……クリスマスは誰かと過ごすのはありますけど……関目くんがクリスマス嫌いなら、敢えて予定は組まないつもりと……」
「どれだけ受け身体制なんだよ! てか、俺は東福寺さんとクリスマス過ごせる権利がある的な説明してどうするんだよ」
「他の人と……過ごすんですか?」
「……」
なんだこの静寂。クラスの奴らまで声を止めている
「いや、クリスマスライブ出る。イブだろ? 終業式が24だし、そのあとの流れでライブするんだろ? クリスマスイベントって」
「そうだけど、そんなん夕方には終わるから、機材片付けたら夫婦水入らずでデートいってらっしゃいな、この裏切り者めが!」
どうせ反論したところで埒が明かないので、クリスマス以降のことは水に一度流し
クリスマスライブイベントについて語ることにした。
やる曲とか、衣装、練習時間とかもろもろ
言っても時間がそれほど無いので、放課後は割りと缶詰で練習になりそうだ。
…………
今日はここまでですんません。
部屋にクーラーがなくて長時間の執筆が出来ないです。
長時間の執筆は単にいいわけですが
クーラーが無いのは本当です。というわけで死にます(寝ます)
このSSまとめへのコメント
面白い!
早く続き読みたいなー笑