静夏「どうぞ!!宮藤少尉!!」
芳佳「もういらない。気が変わっちゃった。服部が持ってくるの遅すぎて。今は緑茶がいい」
静夏「え……も、申し訳ありません!!少尉!!今すぐに用意します!!」
芳佳「あー、もういいから。グズは腕立てして」
静夏「え……?」
芳佳「はやく。船旅で疲れたから椅子が欲しいの」
静夏「は、はい!!」
芳佳「よっこいしょ。座り心地はまぁまぁかな。あ、私が満足するまでやってね。途中で休んだら、舌で便所掃除やってもらうから」
静夏「ぐぐっ……!!わ、わかりまし、たぁ……!!」
芳佳「ふわぁぁ~」
静夏(――これぐらいのことは覚悟しておかなくては。宮藤少尉の護衛はできない!お父様、私はこの任務を完璧にこなしてみせます!!)
芳佳「服部さん、ただいまぁ。この船広いねー。道に迷っちゃったよぉ」
静夏「それは勿論です。この天城は――」
芳佳「はぁー。ちょっと休もう」
静夏「あ……」
芳佳「え?なに?」
静夏「いえ!なんでもありません!!少尉!!」
芳佳「服部さん。その少尉っていうのやめない?」
静夏「え……?」
芳佳「名前で呼んでくれてもいいよ?」
静夏「そ、そんなわけに――」
静夏(名前で呼んだ途端、きっとキツい罰が待っているはず……どうする……呼ぶべきか……呼ばざるべきか……)
芳佳「私も、静夏ちゃんって呼ぶから」
静夏「で、では!!私も!!み、み……みやふじ……さん……と呼びます!!」
芳佳「うん。ありがとう」
芳佳「ふんふふーん」
静夏「……」
芳佳「あ。なに?今、みっちゃんに手紙書いてるから……あまり見ないでほしいなぁ……なんて……」
静夏「いえ、あの少尉?」
芳佳「宮藤でいいってば」
静夏「は、はい。ええと、その罰は?」
芳佳「罰?」
静夏「少尉に対し、その宮藤さんなどと言ってしまえば、きっと相応の罰があるはずです!!」
芳佳「どうして?」
静夏「立派な軍規違反ですから!!」
芳佳「えー?別に私は構わないよ?」
静夏「……罰はないのですか?」
芳佳「ないない」
静夏「……そうですか」
静夏(おかしい……。ここまでして何も罰がないなんて……。考えられない……)
芳佳「よぉーし。できたー。欧州についたら早速手紙送ろうっと」
静夏(宮藤少尉は溜め込んでから一気に放出するタイプ……ということかもしれない)
静夏(なるほど)
芳佳「うーん。そろそろ寝ようかなぁ」
静夏「宮藤さん」
芳佳「んー?」
静夏「まだまだ船旅は続くので体調管理のほどはしっかりとなさってください。海の上で調子を崩すと大変ですから」
芳佳「うん。そうだね。気をつけます」
静夏「では、もう寝ましょうか、宮藤さん」
芳佳「うんっ」
静夏「宮藤さん、おやすみなさい」
芳佳「おやすみー」
静夏(よし。宮藤さんの連呼で絶対にイラっとしたはず……)
翌朝
静夏「ん……?」
静夏「あれ……宮藤少尉が……いない……」
静夏「……」
静夏「……」クンクン
静夏「こっちか」テテテッ
厨房
芳佳「ふんふふーん」
静夏「宮藤少尉!!いや、宮藤さん!!」
芳佳「あ、静夏ちゃん。おはよう」
静夏「何をやっているのですか!?」
芳佳「お料理っ!」
静夏「料理は士官の仕事ではありません!!」
芳佳「でも……」
翌朝
静夏「ん……?」
静夏「また宮藤少尉がいない……」
静夏「むぅ……」
静夏「……」クンクン
静夏「……甲板!」ダダダッ
甲板
芳佳「でやぁー!!!」ゴシゴシ
「宮藤さーん!!ラムネでーす!!」ポイッ
芳佳「よっと!ありがとうございまーす!」
芳佳「んぐっ……んぐっ……」
静夏「宮藤少尉!!いや、宮藤さん!!」
芳佳「は、はい!!」
静夏「掃除は士官の仕事ではありません!!!しかもラムネまで飲んで!!何を考えているんですか!?」
芳佳「あ、はい。飲みかけだけど、静夏ちゃんも飲む?」
静夏「んぐっ……んぐっ……ぷはぁ。いいですか?宮藤少尉。宮藤さんはみなの規範にならなければいけません」
芳佳「でも、乗せてもらってるんだし、お手伝いぐらいは……」
静夏「ダメです!!」
芳佳「じゃあ、何してればいいの?」
静夏「少なくとも掃除や料理は士官のやるべきことではありません。んぐっ……んぐっ……」
芳佳「……」
静夏「ぷはぁ」
静夏(ここまで上官に対し、反抗的な者がいればどんな人でも――)
芳佳『……服部軍曹?』
静夏『な、なんですか?』
芳佳『さっきから聞いていれば、上官に対しての口に聞き方がなってないんじゃないの?え?』グイッ
静夏『そ、それは……宮藤さんの行動が士官らしからぬものであり……』
芳佳『宮藤少佐でしょ?馴れ馴れしく呼ばないで。もういいわ。欧州に着くまでの間、服部軍曹を再教育するから。まずは私の足の裏でも舐めてもらいましょうか?掃除して汚れたし』
静夏『は、はい……わ、わかりました……』
静夏(普通はこうなるはず……)
芳佳「ごめんなさい。勉強、しなきゃね」
静夏「……え?」
芳佳「部屋に戻るよ」
静夏「……あ、あの!!少尉!!」
芳佳「どうしたの?」
静夏「その……」
芳佳「ん?」
静夏「何もないのでしょうか!!」
芳佳「なにが?」
静夏「で、ですから……あの……罰は……」
芳佳「誰の?」
静夏「私のです」
芳佳「ないよ。悪いのは私だもん。それじゃ」
静夏「な……」
静夏「……バカな」
宮藤・服部の部屋
芳佳「……」カキカキ
静夏「……」
芳佳「えーと……何かな、静夏ちゃん?見られると集中できないんだけど……」
静夏「も、申し訳ありません」
芳佳「あはは……」
静夏「……おかしいです」
芳佳「え?」
静夏「少尉!!ここまで私に言われて何か思うところはないのですか!?」
芳佳「え?え?あー……その、私って、ダメだなーって」
静夏「何を言っているんです!?」バンッ!!!
芳佳「ひっ」
静夏「宮藤少尉!!いえ、宮藤さんは士官なんです!!私の上官なんです!!私よりも偉いんです!!」
芳佳「は、はい」
静夏「だったら、こんな私を叱って然るべきです!!!なのにどうして宮藤少尉が!!いや、宮藤さんが謝るのですか!!おかしいです!!!」
芳佳「だって、私が悪いんだから仕方ないかなぁって」
静夏「宮藤さん……」
芳佳「あの……」
静夏「もういいです」
芳佳「静夏ちゃん、どうしたの?」
静夏「貴方は軍人失格です……」
芳佳「し、失格!?あぁ、うん……今はもうそうだけど……」
静夏「……普通は、叱りますよ」
芳佳「あの……」
静夏「宮藤さんは怒ることを知らないんですか?」
芳佳「ごめん。叱られることのほうが多かったし、怒ることも好きじゃないから……」
静夏「なら、宮藤さんが経験してきたことを私にすればいいんです」
芳佳「わ、私がしてきたことを?」
静夏「そうです。あの坂本少佐やミーナ中佐から受けてきたことを、そのまま私にしてくれたらいいんです」
芳佳「あぁ、はい……」
静夏「たとえば――」
静夏「宮藤少尉はただのバカ!!」
芳佳「ひどい!!」
静夏「と、私が叫んだとします。そのとき坂本少佐ならどうしてましたか?」
芳佳「そんなのゲンコツだよぉ」
静夏「ゲンコツですか。――どうぞ」
芳佳「え?なに?」
静夏「好きなところを殴ってください」
芳佳「で、できないよ!!」
静夏「だめです!!宮藤少尉!!いえ、宮藤さん!!士官はときとして部下に対し、厳しい対応をしなければいけないのです!!それが士官なんです!!」
芳佳「そ、そうなの?」
静夏「はい」
芳佳「でも、理由もなく殴るのは……」
静夏「私は宮藤少尉に対して幾度となく反抗的な態度をとりました!!十分に罰を受ける資格があります!!」
芳佳「静夏ちゃん?私からそんなに罰を受けたいの?」
静夏「そういうことではありません!!軍の士官として立場を宮藤さんに知って欲しいだけです!!!」
芳佳「そ、そうなんだ」
静夏「はい!!どうぞ!!!」
芳佳「じゃ、じゃあ……。――上官にバカって言っちゃダメっ」ペシッ
静夏「……」
芳佳「……どう?」
静夏「ダメ……。全然、痛くありません」
芳佳「ほら、怪我したら大変だし……」
静夏「そんなことで部下がついてくると思っているのですかぁ!!!」
芳佳「ひぃ」
静夏「もう一度です!!」
芳佳「もう、いい加減にしてっ」ペシッ
静夏「もっと激しく!!!」
芳佳「……えいっ!!」パシンッ!!!!
静夏「ぐっ!?」
芳佳「あぁ!!静夏ちゃん!!ごめんね!!今、治療を……!!」
静夏「結構です」
芳佳「で、でもぉ」
静夏「確かに強い一撃ではありましたが、それでも生温いです」
芳佳「こ、これ以上は無理だよ……」
静夏「叱りなれていないというなら、仕方ありませんね」
芳佳「あはは。坂本さんみたいにはいかないね」
静夏「ミーナ中佐からはどのような叱責を受けたことがあるのですか?」
芳佳「ええと。叩かれたりとかはないけど……」
静夏「そうですか……」
芳佳「でも、欧州でウォーロックを倒したあと、一応罰は受けたんだ。脱走しちゃったからね」
静夏「どのような?」
芳佳「怖い話を聞かされたの」
静夏「ど、どのような?」
芳佳「えっとね……確か……」
ミーナ『これは扶桑で起きた本当の話なのだけどね。昔、駆け出しのウィッチに当時最新式のストライカーユニットが届いたの』
ミーナ『そのウィッチは優秀でね。そのストライカーをものの数日で自分のモノにしたの。彼女自身もその性能に胸を躍らせ、初陣のときを待っていた』
ミーナ『でも、その初陣での戦闘中、ストライカーユニットが謎の爆発を起こしてしまい、そのウィッチは空中分解してしまったの』
ミーナ『その事故から数ヵ月後、新人のウィッチに旧式のストライカーが与えられた。新人の子は何も疑問に思うことなく、そのストライカーユニットを装着し訓練を始めたの』
ミーナ『初めはよかった。だけど、だんだん背中に違和感を覚えた。何故かとても重たい。それに耳鳴りもする。これはなにかおかしいと感じたそのときだった』
ミーナ『インカムから雑音と共に……わたしの……かえしてぇ……ときこえてきたの』
ミーナ『その子は驚き、姿勢を崩した。すると空中なのに誰かに肩を掴まれてた!!反射的に振り返るとそこには……!!』
ミーナ『頭部が欠けている少女が憎悪に満ちた目で睨んでいたの!!』
静夏「……」
芳佳「……でね、この話を聞いた人の背中にも……あぁ!!!静夏ちゃん!!!後ろぉ!!!」
静夏「……!?」バッ!!!
芳佳「っていうお話。私は怪談とかそこまで苦手じゃないからいいんだけど、リーネちゃんがもう大変で。その日の夜は一緒にトイレまで付き合ったりして」
静夏「……」
芳佳「どうかな?罰になったかな?」
静夏「味のある罰ですが。私が求めているのはそういうのではないですし。軍人の罰とは言えませんね」
深夜
芳佳「すぅ……すぅ……」
静夏「……」
静夏(トイレ……)
静夏「……」
芳佳「うぅ……リーネちゃん……そのお……ぱい……くれるの?ありがと……」
静夏「……」
静夏(なるほど……これは確かにすごくすごい罰です……)モジモジ
静夏(朝まで我慢することになるとは……!!)
芳佳「ふふふ……リーネちゃぁん……」
静夏「い、いや……やはり……宮藤少尉を起こして……」
芳佳「……うぅん……」
静夏「……みや……ふじ……」
静夏「……あ」
芳佳「わーい……おはな、ばたけぇ……」
翌朝
芳佳「うーん……おはよー……」
静夏「おはようございます」
芳佳「……ん?なに、この臭い……アンモニア……?」
静夏「……これです」バッ
芳佳「……」
静夏「宮藤少尉。私は貴方のことを誤解していました」
芳佳「え?」
静夏「貴方は中々の士官です。このように羞恥心を抉るような罰は初めてです。青天の霹靂です」
芳佳「あの、洗おうよ。そのシーツと服」
静夏「勿論です」
芳佳「ごめんね。私の所為……だよね?」
静夏「いえ!これも宮藤少尉の罰の賜物ですから!」
芳佳「貸して!!私が洗ってくる!!」
静夏「あ、宮藤少尉!!待ってください!!!」
芳佳「静夏ちゃん、起こしてくれてもよかったのに」
静夏「いえ。もらすまでが罰かと……」
芳佳「そんなわけないよ!!」
静夏「そ、そうですか」
芳佳「……ごめん」
静夏「な、何故謝るのですか?寧ろ私は感心している次第で……」
芳佳「だって、静夏ちゃんにこんな恥ずかしい思いをさせちゃったから」
静夏「そんな。罰とはこういうものです」
芳佳「……罰ってそんなに大事なの?」
静夏「え?」
芳佳「私にはよくわからないな……」
静夏「当然です。軍規に背くもの、規則を守らないもの。そういった者には二度と過ちを繰り返さないようにという想いをこめて罰を与えるものですから」
芳佳「だけど、叩いたりすることはないんじゃないかな?」
静夏「そうしなければいけないときもあります。宮藤少尉。いえ、宮藤さん。それが軍です」
芳佳「……」
食堂
芳佳「……はぁ」
静夏「どうかされたのですか?」
芳佳「う、ううん。なんでもないよ」
静夏「箸が進んでいないようですが……」
芳佳「……あのね、静夏ちゃん」
静夏「は、はい」
芳佳「あれは罰なんかじゃないから」
静夏「は?」
芳佳「ミーナ中佐の怪談だって、あれは解散前のレクリエーションみたいなものだったし」
静夏「宮藤さん……?」
芳佳「罰じゃないの!!」ダダダッ
静夏「宮藤さん、どこへ!?まだ食事が残っていますよ!?」
芳佳「食べていいから!!静夏ちゃんにあげる!!」
静夏「そんな……!!……はむっ……はむっ……!!!」
甲板
芳佳(罰を与えるなんて私にはできないよ。静夏ちゃんに酷いことをしたって気持ちにしかならない……)
芳佳(もしこれから私が坂本さんみたいな立場になったとき、叱ったり怒ったりなんて……きっとできない……)
芳佳(まぁ、なれるわけはないんだけど……)
芳佳「あー……軍人失格かぁ……そうだよねー……。あはは、もうウィッチでもないんだし……気にしないほうがいいかなぁ……」
静夏「宮藤少尉……うぷ……」
芳佳「静夏ちゃん」
静夏「自室で勉強はよろしいのですか?」
芳佳「ねえ、静夏ちゃん」
静夏「なんでしょうか?」
芳佳「私って軍人としてだけじゃなくて、先輩としても頼りないよね?」
静夏「それは……」
芳佳「どうかな?」
静夏「……素直に言ったら、おしおきですか?」
芳佳「おしおきはしないけど、正直に言ってほしい、かな?」
静夏「はい。ここ数日の宮藤さんを見ている限りでは、頼りがありません」
芳佳「……」
静夏「士官としての行動からは逸脱していますし、私に対しても躊躇いなく頭をさげて謝罪する」
静夏「そんな人は軍人には向いていないと思います」
芳佳「……はぁ」
静夏「もっと、毅然とした態度でいてほしいと私は思います」
芳佳「それって静夏ちゃんに対してもこう、びしっと罰を与えられるってこと?」
静夏「はい!!」
芳佳「これから先、そういうことってやっぱり大事かな?」
静夏「無論です!!軍に属しているからという理由だけでなく、歳を重ねれば人の上に立つことも多くなります!!」
芳佳「……」
静夏「目下の者には優しくしているだけではいけません!!!宮藤さんは甘いです!!!人としてもダメです!!」
芳佳「……はい」
静夏「だから、おしおきしてください!!」
芳佳(わたしって……にんげんとしてもダメなんだぁ……)
宮藤・服部の部屋
芳佳「……」
静夏「宮藤さん、どうしたのですか?船酔い……ではないですよね?」
芳佳「……」
静夏「なら、勉強をしたほうがいいです」
芳佳「……」
静夏「宮藤さん」
芳佳「……ちょっと静かにして」
静夏「……!!」
芳佳「……」
静夏(宮藤少尉、かなり苛立っている……?)
静夏(もしかしたら、そろそろ特大の罰が私を襲ったり……)
芳佳「……」
静夏「宮藤さん、食事はどうしますか?」
芳佳「……いらない」
夜
芳佳「……」
静夏(きっとすごくすごい凄惨な罰を考案しているに違いない)
芳佳『――服部軍曹』
静夏『な、なんですか?』
芳佳『裸になってよ』
静夏『な、何故ですか!?』
芳佳『私の階級は?』
静夏『それは……中佐です!!』
芳佳『貴方は軍曹だよね?命令に背くの?』
静夏『い、いえ!!そんな!!では……脱ぎます……』スルッ
芳佳『はい。首輪つけて、四つん這いになって』
静夏『み、宮藤さん……な、なにを……』
芳佳『犬はワンとしかなかないよ、静夏ちゃん?知らないの?』
静夏『わ、わん……』
静夏(そしてこの天城艦内を一周して……)
静夏「えへへ……」
芳佳「……よしっ!!」
静夏「……!!」
芳佳「私、決めたっ!!!」
静夏「ワン!!」
芳佳「え?なに?」
静夏「あ。いえ。それで何を決めたのですか?」
芳佳「静夏ちゃんはきっと反対するだろうし、気に入らないって感じるだろうけど。やっぱり私には叱ったり、怒ったりはできないよ」
静夏「そ、それは……」
芳佳「私はね、その人が正しいって思ってやったことなら、それでいいとおもうんだ。軍規に反してても、それって大事なことだから」
静夏「何を言っているのですか!?そんなの間違っています!!軍人であるのなら規律は遵守するべきです!!!」
芳佳「うん。決まりは守らなくちゃいけないよ。でも、どうしてもその規則の所為で正しいことができないなら、破っても咎めたりしないでいいかなって」
静夏「宮藤さん!!何を言っているのか分かっているのですか!?」
芳佳「私にとって本当に守りたいものって規則とか軍規じゃないから」
静夏「宮藤さん……」
芳佳「だから、静夏ちゃんがしたいようにすればいいよ」
静夏「それはどんなことでも見逃すというのですね」
芳佳「悪いことをしたら、流石に怒るよ?」
静夏「貴方にとって悪いこととはなんですか?貴方はいつ怒るんですか!?」
芳佳「……その人にとって正しいことをしていないとき、かな?」
静夏「何が正しいとか間違っているとか、宮藤さんに分かるのですか!?」
芳佳「わかるよ。正しくないことをしている人って、つらそうな顔をしているから」
静夏「その人が悪人だったら、苦悶の表情などありえませんよ」
芳佳「そんな人が軍にいるの?」
静夏「……もういいです!!」
芳佳「静夏ちゃん!!」
静夏「やはり、あなたは士官失格です」
芳佳「……ごめん」
静夏「失礼します」
甲板
静夏「……」
静夏(宮藤さんも坂本少佐に叩き込まれたと思っていた……。あの鬼のような拷問を……)
美緒『服部ぃ!!何をしている!!!気合をいれてはしれぇ!!!』
静夏『は、はい……!!』
美緒『この程度でへばったのか!!!ほら!!!走れ!!!』パシンッ!!!
静夏『はぅ!!!』
美緒『馬だって尻を叩かれたら走るぞ!!!お前は馬以下か!!!家畜以下か!!!えぇ!!服部ぃ!!!』
静夏『ち、ちがいます……!!』
美緒『だったら立て!!!ほらぁ!!!』パシンッ!!!
静夏『ぁはぁん!!』ビクッ
美緒『お前が憧れている宮藤はこの程度のことでは音を上げたりはしなかったぞ!!!』
静夏『は、はぁい!!!』
静夏(何もかもが懐かしい……)
静夏(宮藤さんも同じことを……いや、それ以上のことをしてくると思ったのに……)
廊下
芳佳(あぁ……なんだか上手く私の気持ちが通じてない気がするなぁ……)
芳佳(私はただ――)
静夏「……あ」
芳佳「静夏ちゃん。あのね。私が言いたかったのは、別に私に対しては自然体でいいよってことでね」
静夏「……失礼します」
芳佳「あ……」
芳佳「はぁ……」
静夏「……」
芳佳(やっぱり偉そうに言い過ぎたかな……)
静夏「……あの」
芳佳「は、はい」
静夏「宮藤少尉は――」
ゴォォォォン!!
芳佳「きゃぁ!?な、なに!?この揺れ……!?」
「これ以上は進めないぞ!!」
静夏「到着遅れました!!」
「おぉ。見ての通りだ!通路の向こうで火災が発生しているのだが、衝撃で通路が塞がり、消化装置も作動しないらしく……」
芳佳「ひどい……」
「まだ向こうに人もいるんだが……。消化バルブも手動ではどうにもならないようだ……」
静夏「……私が通路をこじあけてみます」
芳佳「がんばって!!」
静夏「ふっ……!!!」グググッ!!
「弾薬庫に火がつけば船は沈んでしまう……」
芳佳「そんな!!」
静夏「ダメですね……」
芳佳「諦めちゃダメ!!」
静夏「ですが!!」
「おい。艦長からの命令だ。水密扉を閉じ、注水を開始する」
静夏「……それしかありませんね。このままでは弾薬庫が誘爆してしまう」
芳佳「……私が行きます。バルブさえ開けばいいんですよね」
静夏「宮藤さん!!何を言っているのです!?」
芳佳「向こうに人がいるんでしょ。助けなきゃ」
静夏「艦長命令です!!」ガシッ
芳佳「だからなんなの!!!」
静夏「……!!」ドキッ
芳佳「離して!!!」
静夏「はい」
芳佳「今行きます!!」ダダダッ
「宮藤少尉……」
「艦長からの指示だ。二分後に注水を開始すると……」
静夏「宮藤さん……」
――ザァァァァ!!!
「おお!!消化装置が作動したぞ!!バルブが開いたのか!!!」
静夏「……」
甲板
静夏「……」
芳佳「あ、いたいた。静夏ちゃーん」
静夏「……宮藤さん」
芳佳「あの、さっきはごめんね。怒鳴ったりして」
静夏「消火装置が作動したしたのは偶然です。たまたまです」
芳佳「え?」
静夏「船が沈むかもしれなかったんですよ!?」
芳佳「……」
静夏「艦長の命令は適切でした!!なのに貴方は!!」
芳佳「だって、人がいたんだよ?見捨てろっていうの?」
静夏「人一人のために全員が犠牲になってもいうというのですか!?」
芳佳「……」
静夏「そんなの間違っています!!!」
芳佳「救える命を救おうとして何が悪いの!!!」
静夏「……」ドキッ
芳佳「私は助けたかった!!それっていけないことなの!?」
静夏「……ですから、命令に背いてまですることじゃないっていっているんです!!」
芳佳「人を殺せなんて命令になんて私は従わない!!!」
静夏「……」ゾクッ
芳佳「私が守りたいものはそういうことなの」
静夏「……」
芳佳「……それだけは分かってほしいな」
静夏「……」
芳佳「確かに軍人としてはダメだと思うけど、私は――」
静夏「……いえ。間違ってます。人一人の命など、ときには切り捨てなければいけないときもあります」
芳佳「私はそういうことをしたくないだけ」
静夏「なら、どうして軍にいるのですか?矛盾しています」
芳佳「私はずっとそうやって戦ってきたの!!」
静夏「……」ゾクッ
芳佳「みんなを守ることっていけないの!?」
静夏「そんなの幻想です」
芳佳「私はそうしたい!!」
静夏「無理です」
芳佳「……!!」
静夏「ウィッチでもない貴方にそんなことはでき――」
芳佳「やめて!!!」パシンッ!!!!
静夏「ずっ!?」
芳佳「はぁ……はぁ……」
静夏「……」ホッコリ
芳佳「あ……静夏ちゃん……ごめ……」
静夏「いえ……できれば、右頬にも……」
芳佳「ごめん!!」ダダダッ
静夏「あ……」
静夏「……いたい……」
宮藤・服部の部屋
芳佳「どうしよう……なんで……」
芳佳「私……静夏ちゃんを……うぅ……」
ガチャ
芳佳「……!」
静夏「……」
芳佳「……あ、あの……」
静夏「おやすみなさい」
芳佳「ごめんね、静夏ちゃん。私、つい……その……」
静夏「……」
芳佳「本当にごめんなさいっ」
静夏「……もういいですから」
芳佳「で、でも!!私、あんなに偉そうなこと言ったのに……静夏ちゃんだって正しいことを言ってたのに……私……わたし……」
静夏「……宮藤さん?」
芳佳「うぅ……ごめん……なさい……うっ……ごめん……」
静夏「ど、どうして泣いているのですか?」
芳佳「自分が……情けなくて……」
静夏「いえ。宮藤さんは士官として立派に……」
芳佳「違うよ!!」
静夏「……!」
芳佳「あのときは、ただ静夏の言葉に腹が立っただけなの」
静夏「……」
芳佳「最低だよね……私……」
芳佳「静夏ちゃんの考えが正しいってわかってるのに……分かってるからこそ……かっとなって……」
静夏「宮藤さん……」
芳佳「もう……私には一人を守ることさえもできない。ウィッチじゃないから」
芳佳「傷ついた人を癒すことはできても、傷ついていく人たちを黙って見てるしかない」
芳佳「だから、本当は偉そうなことをいう資格なんてないのにね……えへへ……」
静夏「そんなことはありません。あの平手打ちはすごくすごい痛かったですから」
芳佳「ああ!!ごめん!!今、治療するから!!ちょっと待ってて!!」
静夏「理解に苦しみます」
芳佳「え?」
静夏「宮藤さんにはまだまだ力があります。それは私が保証します」
芳佳「そんな……」
静夏「宮藤さん。もう一度、私を思い切りぶってください」
芳佳「できないよ!!」
静夏「貴方では誰一人は救えない」
芳佳「……」パシンッ!!!
静夏「ぐっ……!!」
芳佳「あぁ!!ごめん!!」
静夏「ふっ……こ、これだけの力があるんです。宮藤さんの自己評価は低いと言えます」
芳佳「どういうこと?」
静夏「宮藤さんが正しいと思うことを成すためには、私を怒鳴ったように、叩いたように、力で相手を押さえつけなければいけないときもあります」
芳佳「そんなの私は嫌だよ」
静夏「嫌でもしなければいけないときが来ます」
>芳佳「できないよ!!」
>静夏「貴方では誰一人は救えない」
>芳佳「……」パシンッ!!!
瞬間湯沸かし器かお前は
芳佳「そうなの……?」
静夏「宮藤さん、貴方はこう言いました。その人にとって正しいことをしていないときに怒ると」
芳佳「うん」
静夏「なら、そのとき言葉だけで相手が分かってくれると思いますか?」
芳佳「やっぱり、ダメなのかな?」
静夏「無理です。その相手もやむを得ない事情で悪に手を染めている可能性もあるのですから」
芳佳「うーん……」
静夏「今のうちに訓練しておくべきです」
芳佳「訓練?」
静夏「そのためなら私は幾らでも体を貸します」
芳佳「だ、だけど……」
静夏「本当に守りたいものがあるのなら、叩く練習も必要です!!絶対です!!」
芳佳「……」
静夏「宮藤さん!!」
芳佳「……ど、どうすればいいの?」
静夏「ちょっと待ってください……確か荷物のなかに……」ゴソゴソ
芳佳「なに?」
静夏「どうぞ」
芳佳「これは鞭……?」
静夏「では、まずは宮藤さんの思い描くとおりにそれを振るってください」
芳佳「え、えい」パシンッ!!
静夏「んぎぃ!!」
芳佳「だ、だいじょうぶ!?」
静夏「平気です……。もっと、お願いします……」ハァハァ
芳佳「う、うん……。えいっ。えいっ」パシンッパシンッ!!
静夏「かはぁっ!!んぃ!!」
芳佳「わたしはみんなの守るのっ!」パシンッ!!
静夏「はっ……ぁ……!!む、むりですね……!」
芳佳「どうしてそんなこというの!!」パシンッ!!!
静夏「ぁはっ!!!」
翌日 食堂
「お、おい。アレ見ろよ……服部軍曹……」
「あ、ああ……すごいな……傷だらけじゃないか……」
静夏「はむ……」
芳佳「静夏ちゃん、みんながこっち見てるよ……?」
静夏「気にする必要はありません」
芳佳「でも、やっぱり静夏ちゃんが痛々しいから……」
静夏「宮藤さんは訓練をしているだけです。胸を張っていればいいんです」
芳佳「い、いいのかなぁ」
静夏「これは私が正しいと思ってやっていることですから」
芳佳「あぁ、うん。そうだね。私にはまだこれが良いことなのかどうかわからないけど……」
静夏「いずれ宮藤さんのためになるときが来ます。そのためなら、私の体など安いものです」
芳佳「静夏ちゃん、無理しないで」
静夏「しません。それに私は宮藤さんを信頼していますから」
芳佳「静夏ちゃん……」
こういうのを待ってたんだよ!
夜 廊下
兵士「ここも異常はなさそうだな」
『あぁん!!ひぃ!!』
兵士「な、なんだ!?この声は……宮藤少尉の部屋からか……?」
芳佳『静夏ちゃん!!もう一回言ってみて!!!』
静夏『な、なんどでも……言います……貴方では……誰一人……すくうことは……でき……ない……』
芳佳『ひどいよ!!静夏ちゃん!!!』バシンッ!!!!
静夏『ぅあ!?』
芳佳『だからこうやって医学のことを勉強してるんだよ!?』
静夏『飛べない貴方では何をしても……無駄です……』
芳佳『どうして!!どうして!!!そんなこというの!!!』バシンッ!!!バシンッ!!!!
静夏『おふっ!?かはっ?!』
兵士「あぁぁ……」ガタガタガタ
芳佳『私にできることはまだあるんだからぁ!!!』バシンッ!!!
静夏『あぐぃ!!』
翌朝 甲板
芳佳「ごめんね、静夏ちゃん……。まだ痛い?」
静夏「大丈夫です。……つっ」
芳佳「今、薬をつけてあげるから」
「本当なのか?宮藤少尉が服部軍曹を鞭で叩いてたのって」
「見回りのやつが聞いたって。それにあの傷はどう考えても……」
「だけど、宮藤少尉はいつも通り優しく介抱しているぞ?」
「バッカ。殴ったあとで急に優しくなるってやつだよ。聞いたことないか?」
芳佳「みんながこっち見てる……」
静夏「気にしないほうがいいですよ」
芳佳「や、やっぱりやめようよ。これ、絶対にダメだよ」
静夏「なら、殴って私を止めるしかないですね」
芳佳「そ、そんな……」
静夏「言葉では私は止まりませんから」
芳佳「静夏ちゃん……」
数日後 甲板
芳佳「もうやめようよ!!」
静夏「宮藤さん!!だから、私を言葉で説得しようとしても無駄です!!力で私を屈服させるしかありません!!!」
芳佳「だからって、こんなことまで……!!これはおかしいよ!!」
静夏「さ、このリードを持ってください」
芳佳「静夏ちゃん……」
静夏「ワン」
芳佳「うぅ……」
「お、おい!!!なんだあれ!!!」
「服部軍曹が首輪をつけて……犬に……!!」
「やりすぎじゃないか、宮藤少尉……。いくら服部軍曹がいう事を聞かないからって」
「ああいう趣味があったのかな」
芳佳(絶対に間違ってる……でも、静夏ちゃんは私のために……ここまでしてくれてるし……)
芳佳(とにかく散歩を早く終わらせよう……!!)
静夏「ワンっワンっ」
宮藤・服部の部屋
芳佳「静夏ちゃん!!これで終わりしようね!!もう私は絶対にしないよ!!」
静夏「……ですが、宮藤さんはまだまだ巧くなれると思うのですが」
芳佳「もう十分だから、ありがとう」
静夏「自信は取り戻せましたか?」
芳佳「……」
静夏「貴方は私にとって最高のウィッチなんです。たとえ魔法力を失っていようともそれは変わりません」
芳佳「……でも」
静夏「もっと偉そうにしてください。理想論で語ってください。納得できないことには反論もしますが、それを笑うことはしません」
芳佳「静夏ちゃん」
静夏「魔法力がなくても、宮藤さんにしかできないことはたくさんあります」
芳佳「そうだといいな……」
静夏「ですから、次は踏んでください」
芳佳「ふ、ふむの?」
静夏「顔を踏んでください。靴のままで結構です」
数週間後
リーネ「芳佳ちゃんにもうすぐ会える……!!」ブゥゥゥン!!!
ペリーヌ「リーネさん。焦らなくても宮藤さんは逃げませんわよ?」ブゥゥゥン
リーネ「で、でも、すぐに会いたいですから!!」
ペリーヌ「全く。たかが二ヶ月会えなかっただけではありませんか」
リーネ「だって……」
ペリーヌ「見えてきましたわね」
リーネ「あ!!天城……!!」ブゥゥゥン!!!!
ペリーヌ「リーネさん!!……仕方ないですわね」
リーネ「芳佳ちゃーん!!!!」ブゥゥゥン!!!!
芳佳「え?あぁー!!リーネちゃん!!」
リーネ「よしかちゃ――あ?え?」
芳佳「リーネちゃんだぁー!!わーい!!」
静夏「ワンっ」
リーネ「よ、よしかちゃん……隣にいるのは……?」
芳佳「ああ、犬だよ」
リーネ「い、犬……!?」
芳佳「静夏ちゃんっていうの。ほら、ご挨拶」
静夏「わんっ!」
リーネ「……」
芳佳「ひさしぶりだねー!!」
リーネ「う、うん……」
芳佳「静夏ちゃん。何してるの?お客さんが来たんだから、飲み物ぐらいは持ってきてよ」
静夏「ワンっ!」テテテッ
リーネ「え、えーと」
芳佳「ごめんねー。気がきかない犬で」
リーネ「……」
ペリーヌ「ふぅ。やっと追いつきましたわ」
芳佳「ペリーヌさんもきてくれたんだー」
ペリーヌ「ええ。久しぶりね、宮藤さん」
静夏「わーんっ」テテテッ
芳佳「よしよし。ありがと」
ペリーヌ「……!?」
芳佳「ほら、ジャマだから部屋に戻ってていいよ」
静夏「ワンっ!!」
ペリーヌ「宮藤さん……今のは……?」
芳佳「え?ああ、静夏ちゃん。今は私の犬なんだ」
リーネ「よ、芳佳ちゃん!?」
芳佳「どうしたの?」
リーネ「な、なにがあったの!?」
ペリーヌ「そ、そうですわ!!この1ヵ月の航海でなにが……!!」
芳佳「私にできることを見つけたんだ」
リーネ「え?」
芳佳「私がみんなを犬扱いすると、とっても元気になるんだ。それを静夏ちゃんから教えてもらったの。この1ヵ月で」
ペリーヌ「み、みんなとは……まさか……宮藤さん……!!」
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