七海千秋「夜を視るもの、セブンス・シー」 (142)
罪木蜜柑「カムクライズルは笑わない」の続きになります。
罪木蜜柑「カムクライズルは笑わない」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1378374453/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1378781735
――警告、警告。
第三階層までの敵ウイルスの侵入を確認。管理者権限をSEVENTH/SEAへ譲渡。状況を最上級管理者へ通達。
ウイルスの攻撃回避方法から自我の存在を確認。ALTER/EGOと推定。これより122回目の撃退行動に入る。
――警告、警告。
直ちに最上級管理者へ通達せよ。直ちに最上級管理者へ通達せよ。直ちに最上級管理者へ通達せよ。直ちに最上級管理者へ……
……そして、目の前が真っ暗になって――
「ねえ、だいじょうぶ?」
目を開けると、真っ青な空と白い雲。そして、心配そうにこちらを覗きこんでいる男。
「だいぶ参ってるみたいだね?……やっぱり無理だったんだよ。”超高校級の体操部”である彼女に一対一で挑もうなんてさ」
「……ねえ、聞いてる?」
わからない。俺は何をしていたんっだったか?
「まだ混乱してるみたいだね……無理もないよ、あれだけ吹っ飛んだんだから」
ゆっくりと、脳内に血液が流れていく感覚。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「ああ……大丈夫だ、狛枝」
「あ、よかった。やっと答えてくれた」
返事をすると、目の前の男はやっと安心したように顔を綻ばせた。そう……コイツの名前は狛枝凪斗。”超高校級の幸運”という才能を持つ、俺のクラスメイト……だったはずだ。
「なあ、狛枝。いったい何があったんだ?」
「まだ記憶が混乱してるみたいだね……まあ無理もないけど」
「今は体育の時間だよ。僕たちは二組に分かれてドッジボールをしていて……」
「最後に君と終里さんが残ったんだ。それで終里さんにボールが渡って……受け止めようとした君が吹っ飛んだんだよ」
「いやあ、凄かったなあ! 10メートルは飛んだんじゃないかな? 流石は”超高校級の体操部員”だよね!」
狛枝は、憧れのヒーローに会えた子供のようなキラキラした目で熱っぽく語った。
「そっか……それで俺は気絶して……」
「でも、日向くんも凄かったよ。終里さんと弐大クンが同じチームになった時点でもう負けは決まってたようなものだったのに……あそこまで奮闘するなんてさ」
「でも、流石に終里さんに正面から挑むのは無理があったんじゃないかな? 日向くんには”まだ”なんの才能もないわけだし」
「……うるさい。授業はまだ続いてるんだろ? 俺はもう大丈夫だから、さっさと行って来い」
「うん、日向くんがそう言うなら。でも、無理しちゃダメだよ?」
そう言うと狛枝は、今度はバレーボールに興じているらしいクラスメイトの輪の中に走っていった。俺はその背中を見送って
「まだ、何の才能もない……か」
と、小さくひとりごちた。
強い衝撃を受けたからか、頭がジンジンと痛む。けれど、意識はだいぶはっきりしてきた。混乱した意識に、記憶の波が戻ってくる。幸いなことに、自分の名前も今の状況も、はっきりと思い出すことが出来た。
俺の名前は日向創だ。今年から、この私立希望ヶ峰学園に通っている。この学園はたんなる高校じゃなく……全国からあらゆる分野の超一流高校生を集め、将来を担う”希望”に育て上げることを目的としている。
だから、この学園の生徒達は全員何らかの”超高校級”であるはずなんだが……俺の場合は少し違う。俺は、本来ここにいるべき人間じゃなかったんだ。
この、希望ヶ峰学園には予備学科と言われるものがある。基本的に学校側からのスカウトでしか入れない本科と違い、試験さえ通れば(その試験も最難関校と遜色ないレベルなのだが)誰でも入ることが出来る。俺はその、予備学科の生徒になるはずだった。
けれど、何の因果か、俺は今この本科にいる。それは、筆記試験を突破し、面接に進んだ時のことだった。
希望ヶ峰学園といえど、面接で聞かれることはほとんど決まっている。落ち着いて、準備した答えを述べればいいだけのはずだった。
だけど、俺は
「君にとって、希望とはなんですか?」
という何の変哲もない問いに、何故か
「私にとっての希望とは、才能です」
なんて頓珍漢な答えをしてしまっていた。
もちろん、嘘をついたわけではなかった。『才能こそが希望』……それは一貫した、俺の人生哲学だ。けれど面接は自分の人生哲学を語る場所ではなく、当り障りのないことをハキハキ喋ることが求められているのだ。
だから俺は正直、失敗したと思った。こんなことで子供の頃から憧れていた希望ヶ峰学園への道を絶たれるのか、と。けれど、俺を待っていたのは不合格通知ではなく――特別枠”超高校級の希望”としての本科への入学許可だったんだ。
どうやら、『才能こそが希望』という考えを持っていたのは、希望が峰学園も同じみたいで。そして、そんな彼らが才能を持つ生徒を集めるだけでなく、新たに才能を生み出せないか、と考えだすのはある意味必然だったのかもしれない。
というわけで俺は今、15人の”超高校級”の生徒たちに混じって、一緒に学園生活を送っている。彼らの影響によって、俺になにか才能が目覚めたりしないか、ということらしい。
これが、俺の置かれた現状……そして狛枝が”まだ”何の才能も持たない、と言った理由だった。
きーんこーん、かーんこーん。間の抜けたチャイムの音が響く。どうやら考えている間に、体育の時間は終わってしまったらしい。
皆は疲れきった表情で(最も、終里などはまだ動き足りないという感じだったが)だべりながら校舎へと戻っていく。
そんな中、一人だけ輪を抜けだしてこちらに向かってくる人影があった。
「日向さぁん! その……だいじょうぶですかぁ? すみません、私、最後まで見てあげられなくて……」
本当に申し訳なさそうに、上目遣いで謝られた。
彼女は罪木蜜柑。”超高校級の保健委員”にして……俺の彼女だ。
告白したのは俺の方からだった。予備学科から編入した俺は、手続きの関係上一ヶ月ほど、入学が遅れていた。おまけに何の才能も持たない”特別枠”だ。
今でこそ、みんなそんなことで偏見を持ったりしないいいやつらだと知っているが、当時の俺はここで上手くやっていけるかどうか、内心不安でいっぱいだった。
そんな時、今日のように体育で怪我をしてしまったことがあって、罪木が治療してくれたのだ。
彼女の”超高校級の保健委員”としての、医師顔負けの治療技術を目の当たりにして……俺はようやく、ここが希望ヶ峰学園なのだと実感することができた。……それだけじゃなく、自分がその一員なのだ、ということも。
治療が終わったあとも、罪木は何かと怪我の具合を気にかけてくれた。そんなふうに彼女が接してくれたことでようやく、俺は「自分はこの学園に居てもいいんだ」なんて思うことが出来たのだ。
だから、罪木に告白して受け入れられたときは、本当に嬉しかった。”超高校級”の才能を持ちながら、それを鼻にかけず俺みたいなやつにも優しくしてくれる。女神のような彼女は、俺の憧れで、まさしく”希望”の象徴だったから。
「ああ……気にするなよ。それより、体育どうだった? 楽しかったか?」
「はいぃ! たくさん、ボールぶつけられましたけど、でも、それでも楽しかったですぅ!」
そう言って笑う様子は、どこからどう見ても普通の……いや、ちょっと抜けている女の子だ。とてもこの国の将来を担う”希望”の一人には見えない。
けれど、俺は知っている。自分の専門分野に触れる時、彼女の目がどれほど鋭くなるのかを。
体育のあとは「才能研究」の時間だった。これは本科だけにある特別な授業で、各々割り当てられた研究室で、自由に自分の才能を研究するというものだ。これこそが希望ヶ峰学園の希望ヶ峰学園たる所以だと言えるだろう。
とは言え、俺は研究するべき才能もなく、自分の研究室も持っていない。そもそも他の生徒から刺激を受けるために本科に配属されている俺は、もっぱら誰かに頼んで研究を見学させてもらうのが常だった。
初めのうちは、この時間が楽しみで仕方がなかった。それはそうだろう。子供の頃から憧れていた希望ヶ峰学園の輝きを、一番近くで見ることが出来るのだから。
罪木と付き合いだしてからは、彼女と一緒に過ごす割合が増えた。普段はおっちょこちょいな彼女が、本職の医師顔負けの知識と技術でもって研究に取り組む姿を見て、俺はこんなに凄い人と肩を並べているんだ、と誇らしげに思ったりもした。
けれど……いつからだろう。この時間が楽しみで無くなったのは。
俺は、”超高校級の希望”として、皆と、罪木と肩を並べられるような才能を手にするために今ここにいる。けれど……俺に本当にそんなことが出来るのだろうか? いつのころからか、そんなことを考えている自分がいた。
罪木だけじゃない。ここにいるやつらは、本当に凄くて。凄いなんて陳腐な言葉を何度重ねれば彼らのことを表現できるんだろう?
さっきの狛枝の奴にしたってそうだ。初めのうちは抽選で選ばれた”超高校級の幸運”だなんていうから、立場が近いかも、なんて思っていたが。アイツの幸運は、偶然なんかで片付けられない、”能力”みたいなものだった。
考えてみれば、希望ヶ峰学園が何の意味もなく一般人を入学させるはずもない……”幸運”というのは、彼らにしてみればれっきとした”才能”なんだろう。
いつのころからか、初めは凄い凄いと言って歓心していた彼らの能力は、いつしか絶対に越えられない壁として感じられるようになった。
俺は、本当に胸を張って彼らと一緒に肩を並べることが出来るようになるのだろうか?――彼女である罪木と、一緒にいることが許されるんだろうか?
高校生の保健委員にして、早くも医者並みの知識を持つ彼女と同じような才能など、本当に身につけることが出来るんだろうか?
罪木と一緒にいると、そんなふうに劣等感ばかり刺激されてしまう。だから俺は最近、彼女と一緒に才能研究の時間を過ごすことを避けていた。
とは言え、他のやつらと一緒に過ごしたところでそれは同じことだ。だから最近ではもっぱら、屋上で時間を潰している。要するにサボりというやつだ。
屋上のコンクリートの床にゴロンと横になり、空を見上げる。白い雲がちぎれて飛んで行く。
「そういえば……この間もこうして、屋上で横になったっけな」
もっとも、その時は夜で、隣に罪木がいたのだが。ついこの間、二人で並んで星を見たのに、今はこうして彼女を避けるようにして、授業をサボってまで一人で屋上にいる。
「どうしてこうなっちまったんだろうな……」
子供の頃から空を……特に星空を見るのが好きだった。とはいっても下手の横好きで、”超高校級の天文学者”なんて程遠い。そもそも、天体としての星に興味があるわけではなかった。
ただ……この空の向こうに、今とは違う世界があるんじゃないか。そんなふうに感じて、それを探して空を見るのが好きだっただけだ。
何がきっかけかはわからない。けれど俺はずっと”この世界”が嫌いだった。わかりきったことだけが起こる、決まりきったツマラナイ日常。けれど抜けだそうとしても俺にはどうすればいいのかわからなかった。
そんなとき、テレビで希望ヶ峰学園のOBを追った特別番組を見た。たしか、「世界を変える100人の希望」とかそんなタイトルだったはずだ。
彼らは……このツマラナイ世界を変える力を持っている。才能さえあれば、自分の力で世界を変えることができる。俺にはそれが”希望”だと感じられた。
このツマラナくてクダラナイ世界を変える力。俺も、それが欲しいと望んだ。希望の象徴としての希望ヶ峰学園に憧れ、恋い焦がれた。
そうして俺は今、憧れていた希望ヶ峰学園にこうして籍を置いている。それも予備学科じゃなく、本科にだ。学園はなんの才能も持たない俺に”超高校級”の才能を創ろうとしてくれる。これ以上ない状況のはずだった。
けれど、なぜだろう。以前にも増してツマラナイと感じるのは。
――俺は、今とは違う世界を望んだ。才能があればそれを見つけられると思っていた。けれど、それは想像と全く違うところからやってきたんだ。
とりあえずここまで。今どきブギーポップとのクロスSSなんて、どれくらいの人が読んでくれるんだろうか……
来てたか!
多分時間帯が悪いだけだじゃないかな
良ssなんだし夜に投下すればいい・・・と思うよ?
見てるぞ
あなたの書くダンガンロンパが大好きです
――放課後。俺はある教室の前に立っていた。普段は使われていない空き教室。けれど、今ここには”超高校級の相談窓口”七海千秋がいるはずだった。
七海は、某ゲームの悪魔を模したカーディガンを羽織った、いつも眠そうな顔をしている女の子だ。彼女は”超高校級の相談窓口”……まあ、言ってみればカウンセラーのような才能を持っているらしい。
彼女は”才能研究”の時間や放課後はいつもここにいる。彼女の才能は相手ありきなので、一人ではやることがないらしい。宇佐美先生も、悩みがあるときには彼女を頼るように、と言っていた。相談事があると知られるのを嫌がる人もいるので、いつもこうしてこの教室で待っているのだという。
……俺は、自分のコンプレックスのことを相談するつもりでいた。最近、罪木との関係が上手くいっていないのも、俺が彼女を避けているからだ。”才能研究”の時間までサボるようになって、このままではせっかく特別枠で入れてもらった本科の籍を剥奪されてもおかしくない。
正直、相談してどうなることとも思えなかったが……”超高校級の相談窓口”なら、そんな俺の想像なんて軽く越えてくれるかもしれない。そんな風に思ったのだ。
中からは、何やらピコピコと電子音のような音が聞こえている。何かはわからないが、少なくとも人がいるのは確からしい。俺は意を決して教室のドアを開けた。
――そこに広がっているのは、一面のゲームセンターだった。
薄暗い室内を、筐体の明かりがぼんやりと照らしている。教室をゲームセンターに改装している、のではない。大きさも、間取りも、天井の高さも全く違う。まるでどこでもドアで飛んだかのように、全く違う空間につながっているとしか思えなかった。
けれど、それよりも更に異様だったのは。筐体の前に座り込んでゲームをやっている、白と黒のクマのぬいぐるみ。そしてその傍らには――
「先生! 宇佐美先生!?」
頭から血を流し、顔の半分が赤く染まっている、担任の宇佐美先生が横になっていた。
大声を出したことでこちらの存在に気づいたのか、クマのぬいぐるみがゆっくりとこちらを向く。そこで初めて見えた、黒い側の顔には、赤い瞳がまるで意志が宿っているかのように爛々と輝いていた。
「……ん? ああ、やっと来たんだね、日向クン」
そのぬいぐるみが、口を開く。開いたところで中の布が見えるだけで声帯もなにもあろうはずがなかったが、その声は確かにその口から聞こえてきた。
「ボクはモノクマ。キミをこの世界から助けるためにやってきたんだ」
そう言うと、自称モノクマは椅子を降り、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。俺は突然訪れたこの異常事態に足が震え、立ちすくんでしまっていた。
「――ダメでちゅ! 日向クン、逃げてくだちゃい!」
と、モノクマの背後から宇佐美先生が叫んだ。よかった。どうやら、まだ息はあるらしい。やけに舌っ足らずなしゃべり方が気になったが、今は置いておくことにしよう。
「逃げろったって……先生を置いていけるかよ!」
「先生は大丈夫でちゅ! 日向クンは七海さんを探してくだちゃい! まだ校内にいるはずでちゅ!」
「七海を!? 一体何なんだよ、これは!? 七海が関係してるのか!?」
「説明は後でちゅ! 今は、早く七海さんを!」
先生がそう叫んだ瞬間、モノクマが俺に向かって飛びかかってきた。咄嗟に身を翻し、なんとか爪の攻撃を躱す。
「クソッ! おい、こっちだヌイグルミ野郎!」
モノクマのターゲットがこちらであることを確認すると、俺は廊下を一目散に駆け出した。少しでも元の教室から離れて、宇佐美先生の逃げる時間を稼がなければ。そんな俺の思惑を知ってか知らずか、モノクマは短い足を素早く動かして、俺に遜色ないスピードで後ろを追いかけてきていた。
幸いにして、校内には誰も居なかった。俺は皆が部活をやっているであろうグラウンドを避け、裏門から外に出ようとする。先生はああ言っていたが、こんな異常事態にあの、いつも眠たげな七海が対処できるとは思えなかった。
とりあえず学校の外へ出て、交番へ……と、裏門の外の道を脳裏に描こうとする。
「え…………?」
けれど、それは一向に浮かんでこなかった。そう言えば、俺は裏門から帰ったことはなかったかもしれない。けれど、そもそも交番がどこにあるのかさえ思い出せなかった。
(……というか、普段俺はどうやって帰ってるんだっけ?)
そんな脳天気な疑問が、場違いにも頭の中をよぎる。けれど、今はそんなことはどうでもいい。まずは学校の外へ出なければ……
けれど、いくらそう思っても。何故か、裏門を通ることはできなかった。すぐ目の前に見えているし、足も動き続けているのに。
(まるで……ここに見えない壁があるみたいに……)
そんなことをしている間にも、モノクマはすぐ後ろまで迫ってきていた。
「逃げるなんてヒドいなあ、日向クン……言ったでしょ、ボクはキミを助けにきたんだよ」
「喋るクマのぬいぐるみなんて、信用できるかよ! それに、さっきその爪で襲いかかってきてたじゃないか?」
「ああ、あれ? あれはキミが逃げるからだよ……ついついプリティーなボクの中に眠る野生が刺激されちゃってさ。」
「もう、なにもしないから……ハアハア、痛くしないよ、先っぽだけだから……」
そんなことを言いながら、モノクマはゆっくりと近づいてくる。目の前には門が見えているのに、俺はそれ以上一歩も前に進むことができない。もうダメだ、そう思ったその時――
「もう、なにもしないから……ハアハア、痛くしないよ、先っぽだけだから……」
そんなことを言いながら、モノクマはゆっくりと近づいてくる。目の前には門が見えているのに、俺はそれ以上一歩も前に進むことができない。もうダメだ、そう思ったその時――
「きみは”違う”よ」
いつの間にかモノクマの背後に立っていた七海千秋が、そうつぶやくと同時に――何もない空間から、銃を取り出した。少なくとも、俺にはそうとしか見えなかった。
銃とはいっても、本物じゃあない。プラスチックのおもちゃのようにつるつるとして丸っこいフォルムのそれは……まるでSF漫画の光線銃のようだった。
そしてそれをモノクマに向け、引き金を引く。すると、初めからそこには何も居なかったかのように、跡形もなく。モノクマは綺麗さっぱり消えていた。
「……ふう。よかった、間に合って。日向くん、だいじょうぶ?」
そう聞いてくる彼女は、いつもと同じ、少し眠たげな顔をした女の子にしか見えなかった。しかし、
「……だいじょうぶ、じゃねえよ……これは一体、なんなんだよ……!?」
彼女は突然現れた動くクマのぬいぐるみを、これまた突然現れた銃で撃ちぬき消してしまったのだ。あまりにわけのわからない事態が連続し過ぎて、俺は頭がどうにかなりそうだった。
「……うん、そうだね。説明するよ。日向くんが知りたいなら、この世界のほんとのこと……」
「だから、今はとにかく私に付いてきてもらえるかな。ウサミちゃんの様子も心配だし」
そう言って先に歩き出した彼女に、俺は黙ってついていくしかなかった。
短いですがここまでです。
投下します。
さっきから、意味不明なことばかりが続いて。もうこれ以上はなにもないだろう、そう思っていたのに。七海に連れて行かれ、先ほどの教室についた俺を待っていたのはさらなる不条理だった。
「……おい、なんなんだよお前は! 宇佐美先生はどこだ! 先生をどこへやった!?」
「はうぅ……日向くん、落ち着いてくだしゃい……そんなに大声ださないで……」
「ウサミちゃんなら、日向くんの目の前にいるその子がそうだよ?」
「は!?……このブサイクなウサギのぬいぐるみが?」
「がーん……ブサイクって……日向くん、先生のことを心配してくれるのは嬉しいけど、それはヒドいでちゅ!」
先生の代わりにそこにいたのは、これまた動いて喋るウサギのぬいぐるみだった。よだれかけエプロンにフリフリのスカート、おまけに魔法少女モノのようなステッキまで持っている。
「いやいや、これが宇佐美先生だって? そんなの信じられるかよ!」
「もう……しょうがないなあ。ねえ、ウサミちゃん。一回だけ、日向くんに見せてあげて?」
「ええ!? でも……そんなことをしたら」
「だいじょうぶ……だと思うよ? どうせ、日向くんにはある程度説明しなきゃ、って思ってたから。それを信じてもらうためにも、ね?」
「う、うう……わかりまちた。七海さんがそう言うなら……」
「いくでちゅよー!へーん、しん!」
そう言った瞬間、目の前からうさぎのぬいぐるみが消えた。そして、代わりに立っていたのは、俺のよく知っている宇佐美先生だった。ただし、格好はさっきのぬいぐるみと同じで、エプロンとスカートしか身にまとっていない。
なんというか……肌色の面積が多くて、目のやり場に困る格好だった。
「うう……やっぱり生徒とはいえ、おとこのこに見られるのは少しはずかしいでちゅね……もう戻っていいでちゅか?」
「あ、ああ……お前が宇佐美先生だっていうのはよくわかったよ。なんていうか……痛々しいから、早く戻ってくれ」
「あ、ヒドいでちゅ! あちしだって、本当は単なるガイドマスコットなのに、いきなり先生をやってくれなんて言われて……大人に見えるように頑張ってしゃべり方も直したんでちゅよ?」
どうやら、こっちのほうが彼女の”素”のようだ。20代そこそこの女教師が話す赤ちゃん言葉は痛々しくもあったが、なんだか少し淫靡な感じもした。
けれど、俺があらぬ趣味に目覚める前に宇佐美先生はボフン、と音を立ててもう一度ウサギのぬいぐるみの姿に戻った。
「……で、これが七海の言う『この世界のほんとのこと』ってわけか。宇佐美先生が実はウサギのぬいぐるみで、お前と一緒に似たようなぬいぐるみ野郎と戦ってるっていうのが」
「うん……だけどね、それだけじゃないんだ。いろんな話がありすぎて、どこから話せばいいのかわからないけど……ねえ、日向くんは左右田くんの夢って知ってる?」
「ああ……たしか宇宙ロケットを作ること、だったよな?」
「実はね……その夢ってもう、叶ってるんだ」
「……は?」
「ここは、宇宙船ウサミ号……の中なんだよ」
七海は、平然と、信じられないようなことを言った。
「はあ?……ここが宇宙船の中、だって? そんなこと急に言われて信じられるかよ!?」
「うん、信じられないよね……でも、信じてもらうしかないんだ。だって本当のことだから」
「だって……嘘だろう? 俺達はこうして現に、普通の学校生活を……」
「学校生活、だけだよね。……日向くん、この学校の外に出たこと、ある?」
「そんなこと……当たり前だろ」
いや、本当にそうだろうか。俺はさっき、モノクマに追いかけられていたときのことを思い出していた。
とっさに学校の外の道を思い浮かべようとして……なにも思い出せなかったこと。そして見えない壁のようなものに阻まれて、門を出ることが出来なかったこと。
「……ないよね? だって、この学校の外は存在しない、から……この世界には、この学校しかないし、人間も日向くんたち15人しか存在しないんだ」
「……なんだよ、この世界、って……」
七海の言い方は、単に宇宙船に学校を詰め込んで飛んでいる……それだけじゃないようと言っているようだった。
「それに、日向くん達15人って……それじゃ、お前が入っていないみたいじゃないか。俺たち77期生は16人だろ?」
「ううん……私は……実は人間じゃないんだ。この世界は、『新世界プログラム』っていう仮想空間で……私とウサミちゃんは、そのプログラムの一部なんだ」
見慣れた学校の教室で、よく知っているクラスメートであるはずの彼女は……この世界が、根底からひっくり返るようなことを、言った。
その後も、彼女は淡々と説明し続けた……この世界の真実、とやらを。俺は混乱しきっていて、口を挟む事もできず、ただそれを聞き流していただけだった。
SFも顔負けの最終戦争と、宇宙船と、仮想現実の話を。
「そもそもの始まりは、『人類史上最大最悪の絶望的事件』だったんだ」
「きっかけは希望ヶ峰学園生の一部、”超高校級の絶望”と呼ばれる人たちのちいさなデモから始まった暴動……でもそれは加速度的に規模を拡大して、ついには大きな戦争にまで至った」
「それでね、地球は汚染されちゃって……人が住めなくなっちゃったんだ」
「でも、その前に……暴動を生き残った希望ヶ峰学園生たちは、未来に希望を託すための計画を進めていた」
「それが『新世界計画』……希望ヶ峰学園が生み出した、ありとあらゆる才能を持つ”超高校級の希望”カムクライズルによって生み出された計画。左右田くんが作ったロケットで、人間が住める別の星を探して飛び立つ、そんな計画だった」
「あ、ウサミ号っていうのはね……Universal Space Advancer for Minimal Icingの略なんだけど……最小の”飛行”と”冷凍”で宇宙を進むもの、って意味なんだ。ウサミちゃんの名前も、ここから取られたんだよ」
「なんで”冷凍”って言葉が出てきたかっていうと……普通に生きていたんじゃ、寿命までの間に人間が住める星なんて見つかるわけない、ってわかってたから」
「だから、君たちの体は冷凍保存されている……いわゆるコールドスリープってやつかな?”超高校級の生物学者”色葉田田田くんが作ったんだ」
「だけど、それにも問題があった。精神まで眠らせちゃうと……身体が目覚めることはなかったんだ。どうしてだろうね? 心と身体の相関関係については、とうとう色葉くんにも完全にはわからないままだったんだ」
「でも、対処法はあった……それが”超高校級の神経学者”松田夜助くんと、私達のお父さん、”超高校級のプログラマー”不二咲千尋が開発した新世界プログラム」
「肉体を冷凍し、精神は新世界プログラムの中で仮想の学園生活を送る……精神が老化すると肉体にも影響があることがわかっていたから、高校の三年間だけを、何度も繰り返し、記憶をリセットしながら。そうやっている間に、ウサミ号は人が住める星、新世界を探して飛び続ける」
「それが『新世界計画』の全容だよ」
「日向くん達、”超高校級”の生徒15人は、未来に残るべき希望としてこの船に乗り込んだ」
「入学当時までの記憶しかないのは……この世界が仮想空間で、何度も繰り返していることを知ってしまったら、いくら記憶はリセットされるとはいえ、その事実に耐えられなくなる人も出るかもしれない、と思ったから」
「人類史上最大最悪の絶望的事件の記憶も、普通に生活する上では害にしかならないし……せっかくだからまっさらな状態で学園生活を満喫してもらおう、ってことになったんだ」
「私とウサミちゃんは、皆が共同生活を送る上で支障がないように送り込まれた、監視役……って感じかな。皆がいい子なのはわかってたけど、繰り返しのなかでバグが生まれないとも限らなかったし」
「結果的に、そんな心配は必要なかったけど……問題は別のところからやってきたんだ。」
七海がそう言ったとき、ウサミはなにか言いたげに長い耳をピコピコと動かした。
けれど、七海は無視して話を続ける。
「……それが、さっきのモノクマだよ。”超高校級の絶望”たちは、未だにああやってこの世界にウイルスを送り込んで攻撃してくるんだ。物理法則とかを無視した存在だから……普通の攻撃じゃ倒せない。ウサミちゃんの持ってるステッキで、範囲を指定してそこのデータをデリートするか」
そう言って七海は先ほどの光線銃もどきを取り出した。
「この銃で、私の”デリート”のコマンドをコトダマにして直接打ち込まないと、ね」
俺は先ほど七海があの銃を撃つ前に、
『きみは”違う”よ』
と言っていたことを思い出した。たぶん、あれがデリートのコトダマ、とやらなのだろう。
「…………」
彼女の話のスケールに、俺は圧倒されて何もいうことが出来なかった。
「…………ごめんね。いきなりこんなこと言われても混乱しちゃうよね。……今日のところは、もう帰ったら?」
「……あ、ああ。そうするよ」
そう言って俺は教室を後にした。後ろではウサミの「また明日~でちゅ~」という脳天気な声が聞こえるが無視する。
とにかく、家に帰ってゆっくり考えを整理しよう……そんなことを考えながら校門を出た瞬間。
「譁・ュ怜喧縺代→縺ッ縲枚蟄励繝峨・驕輔縺ェ縺ゥ縺ァ豁縺輔l縺ェ縺・樟雎。縺ョ縺薙」
俺の意識はブラックアウトした。
――定時連絡。
管理者権限のSEVENTH/SEAへの譲渡を完了。ALTER/EGOの第一波攻撃を撃退。警戒態勢を維持したままスキャニングを行う。
――定時連絡。最上級管理者へ、定時連∵。最上級遉コ者、カ励¥クラ繝シルへ……
ここまで。設定の説明はモノクマとのバトルとか挟みながらもう少し丁寧にやりたかったけど七海ちゃんに全部説明してもらいました。
いまさらながらタイトルは「カムクライズルは笑わない」に併せて「セブンス・シーは夜を視る」の方がよかったな、と思いました。
>>53の前にこれが入ります
「とりあえず、これが私の知ってる範囲でのことは全部話した……と思うよ。ごめんね、こんなことに日向くんを巻き込んじゃって。信じてもらえる?」
七海はそう言って、不安げに俺の顔を覗きこんだ。なんとか、その不安を消してやりたい、とは思うけれど……
……次に目を覚ましたとき、俺は。
「日向クン! おはよう。今日も希望に満ちたいい一日になりそうだね!」
気がつけば、校門に立っていた。太陽の角度が、さっきまでと違う。おそらく朝だろう。
(そうか……七海が言っていた通り……)
この学校の外に出た瞬間、俺の意識は途切れ。そしてまた学校に入った瞬間から、リスタートしたのだろう。何も知らなかった今までは、そのことに気づくことさえ出来なかったのだ。
「……日向クン? どうかした?」
いつの間にか、目の前に立っていた狛枝が心配そうにこちらを見ていた。
「お、おう狛枝。どうもしてないぞ?」
「……本当かな?」
狛枝が、探るような目つきでこちらを見てくる。俺は上手く狛枝の顔を見ることが出来ず、つい目を逸らしてしまう。
(……いつもと同じ、狛枝の顔だよな?)
けれど、この狛枝は実際にはここには存在しないのだ。あくまで”新世界プログラム”とやらの作り出したイメージ、アバターでしかない。とはいえ、七海の話ではこの狛枝の意識もこいつの「本体」によるものらしいが……
(でも、それも本当かはわからないよな……だって、あの七海がプログラム上だけの存在だって言うんだから)
いや、それどころか今見ているグラウンドも、頬を撫でる風も、全て俺の脳が見ている錯覚にすぎないのだ。
「……まあ、日向くんがだいじょうぶだって言うならいいけどね。でも、昨日あんなことがあったばかりだしやっぱり心配だな。気をつけてよ? 僕はまだ見ぬ君の希望に期待してるんだからさ?」
じゃあ、行こうか。そう言って狛枝は校舎の方に歩き出した。その様子は、やっぱり俺のよく知る狛枝以外の何者でもなかった。
一夜明けてみると、宇佐美先生はやっぱりいつもの宇佐美先生だった。ホームルームを終えるとこの日は一限目から「才能研究」の時間だ。これ幸いと、先生に今日は七海と一緒に研究したい、と伝えた。七海も快く応じてくれ、二人でいつも七海が使っている教室へ向かう。
「……なんだこれ」
ドアを開けるとそこに広がっていたのは。昨日、モノクマがいたのと同じ、教室の中にあるとは思えない本格的なゲームセンターだった。
「日向くんは、どんなジャンルが好き? 私は普段、パズルゲーとか音ゲーばっかりやってるんだけど……日向くんが対戦相手になってくれるなら、久々に格ゲーとかやりたいな」
「いや、そうじゃなくて! なんで教室の中にゲームセンターがあるんだよ! 昨日のは、モノクマの仕業のバグとかそういうんじゃなかったのか?」
「たしかに、昨日のはバグだよ。本来なら、私がいないとここは普通の教室になるはずだから。このゲームセンターは、私のひみつ基地。ようこそ、日向くん」
「…………」
「とりあえず、座って。」
そう言って彼女は、筐体の前に置いてある椅子を薦めてきた。俺は呆気にとられて、大人しく従ってしまう。
昨日は落ち着いて見れなかったが、そこは確かにゲームセンターだった。俺の記憶にあるようなそれと殆ど差は見られない。少し煙草のヤニ臭いようなところまで、完璧に再現されていた。
「……ごめんね。びっくりしちゃった?」
「いや、びっくりしたっていうか……そもそも、なんでゲームセンターなんだ?」
「うーん……それは、私が”超高校級のゲーマー”だから……かな」
「え? 七海の才能は”超高校級の相談窓口”だろ?」
「……あ。昨日はそれを話そびれてたね。ごめん、それも嘘なんだ。プログラムの私が高校生って言っていいのかはわからないけど……私は本来、”超高校級のゲーマー”として設定されてるんだよ」
「それじゃ、なんで”超高校級の相談窓口”なんて名乗ってるんだ?」
「実は……ある人にアドバイスされてね。私の仕事は、繰り返しの学園生活の中で、皆にバグが堆積したりしないか、観察することなんだ。だから、そう名乗っておけば、何か異常を感じたりした人が相談に来やすいだろう、って」
「……なるほどな。でも、それにしたってなんでゲーマーなんだ?」
「うーん……私は本来、もっと別の仕事をするための人工知能だったんだよ。ほら、ウサミちゃんもそうでしょ? ウサミちゃんは本来、この宇宙船の操作説明なんかをするためのマスコットキャラクターだったんだ。それが急に先生役をやることになって……」
「なるほどな……じゃあやっぱり、あの舌っ足らずな口調が先生の”素”なんだな」
「うん……それでね、お父さんがどうして、私をゲーマーっていう設定にしたのかはわからない。だけど、私はそれに感謝してるんだ」
「皆は、三年ごとに記憶をリセットして学校生活をやり直してるけど……やっぱり私はそういうわけにはいかないでしょ? だから、どうしても退屈しちゃうんだ」
「でも、さっき言ったある人が、ここにこっそりゲームセンターでも作ったらどうか、って。ゲームだったら一人で遊べるし……暇つぶしにはぴったりだったんだ」
そう語る七海は、明るい口調とは裏腹に、どこかさみしげに見えた。だから、俺は。
「……じゃあ、対戦でもするか? オススメはなんだ?」
「え……いいの、日向くん?」
「いいもなにも、さっき自分で言ってたじゃないか……考えてみれば、この世界では寄り道とかしたこともない、というかできないわけだし……だいぶ久しぶりだけど、勘弁してくれよな」
「……ありがとう。じゃあ、日向くんにはとことん付き合ってもらっちゃおうかな?」
だから、俺は七海が満足するまで、彼女に付き合うことにした。こんなことで、彼女の孤独が埋まるとは思えなかったけど、それでも。
ゲームをやっているときの彼女は、見たことがないくらい楽しそうな笑顔で。”超高校級のゲーマー”だというのは、本当なんだな、と思った。
……その日から、才能研究の時間になると、七海の”ゲームセンター”に行くのが日課になった。
”超高校級のゲーマー”というだけあって、七海はあらゆるゲームに精通して、それらをほぼ完璧にマスターしていた。苦手なジャンルはあるか、と聞いてみると、恋愛シミュレーションゲームだと言っていたが……アーケードメインのゲームセンターにはないジャンルだ。ときどき小型ゲーム機で遊んでいる姿を見かけることがあったから、たぶんそれでやっているのだろう。
もちろん、俺達はゲームだけやっていたわけではなくて。俺と七海はいろいろな話をした。こうなる前にはそれほど話をするほうでもなかったのだが。
もちろんクラスの仲間のこと、授業のことなんかも話したが……俺が好きなのはやはり、外の世界の話だった。俺達が、どんなふうに超高校級の絶望たちと戦ったか、七海は話してくれた。左右田の作ったメカで暴徒たちを鎮圧したり、ソニアが持ち前のカリスマで絶望に墜ちてしまった人々を再び希望に導いたり。小泉の写真は多くの人達に勇気を与え、花村の炊き出しは疲弊しきった人々の活力になっていたとか。
そして、俺達のリーダーであった”超高校級の希望”カムクライズル。そいつは、俺みたいな偽物の希望なんかじゃなく……ありとあらゆる才能を持った、本物の希望と呼ぶに相応しい存在だったとか。この新世界計画も、ほとんど彼が考えたものだったらしい。
最後に、その話を七海に聞かせてくれた、七海の父親であり”超高校級のプログラマー”不二咲千尋や、その仲間たち希望ヶ峰学園の78期生たちが、如何に勇敢だったか。彼らは汚染された地球に残り、最後まで絶望と戦う道を選んだらしい。
どうして彼らは一緒に来なかったのだろう、と七海に聞いてみたことがある。彼女は、求めるものの違いなんじゃないかな、と言っていた。最後まで希望を捨てず、絶望と戦い続けることを選んだ彼らと、僅かな可能性でも未来を求めて旅立った俺たち。
俺はもう、空を見上げることを辞めていた。俺達が今、その空にいるからだ。このツマラナイ世界は見せかけで、現実の俺達は星々の間を旅している。そう考えると、自然とそんな気は起こらなくなったのだ。
その日も、朝から”才能研究”の授業がある日だった。
「さて……今日も七海のところにでも行くか」
俺は以前のように、才能研究の時間が嫌ではなくなった。むしろ待ち遠しくさえあった。七海と話している間は、自分が価値の無い人間だなんて考えなくてすんだ。むしろ、このプログラム世界の真実を知る人間なんだ、と誇らしくさえあった。
けれど。いや、だからこそ、と言うべきか。
「ごめんね、日向くん……今、例のモノクマウイルスの活動が活発になってるみたいで……警戒態勢になってるんだ。私とウサミちゃんはこの才能研究の時間でスキャニングをやるから、日向くんは一人にならないよう、他の人と一緒にいてくれる?」
「……なあ、なにか俺に手伝えることはないのか?」
「うん……これは管理者権限を持ってる私達にしか出来ないことだから。日向くんにしてもらうことは、なにもないかな」
そんな風に拒絶されると、なんだか現実を突きつけられているようで。無性にむしゃくしゃした。俺には、この世界を守るために戦うことなんて出来ないんだと。今の俺は、”超高校級の希望”でも英雄でもなんでもない、ただの人間にすぎないのだと。
「くそっ……いや、七海のせいじゃないのはわかってるけど……」
そんな、面白くない気分で廊下を歩いていると……向こう側から女の子が一人、歩いてきた。
いや、それ自体は別にそれほど珍しいことでもない。一癖も二癖もある生徒たちが集まるこの希望ヶ峰学園では、才能研究の時間に抜けだす奴がいるのはいつものことだからだ。澪田や終里あたりは、授業終了まで一つの部屋でじっとしていることのほうが少ないくらいだ。
ただ、それが異常だったのは……彼女が、見たこともないやつだったからだ。彼女は長い髪をツインテールで束ね、白と黒のクマのヘアゴムで止めていた。胸元は下着が見えるほど開き、スカートも太もものかなり際どいところまであげている。
総合すると、かなりイケイケのギャル系の女の子、といったところだったが……俺はその女を今まで見たことがなかった。
(……誰だ!? こいつは……)
そいつも俺のことに気がついたのか、
「あー! よかった~人がいて。あのぉ~わたし転校生なんですけど~迷っちゃって。職員室ってどこですかぁ?」
甘えるような声音で、話しかけてきた。言っていること事態は至極真っ当だが、しかし
(……この学校ってプログラムの中なんだよな? だったら、転校生が入ってくるなんて……)
こいつはどこか怪しいぞ、と感じ、自然と距離をとって身構える。
すると、彼女はそれを見て
「あちゃー……もうこっちのことも教えられてる感じ? まあぶりっ子の演技するのも飽きてきたからいいんだけどさあ。でも、あのぬいぐるみちゃんがよく許したね」
と言った。その口調は変わらず、如何にも力の抜けたギャルといった感じだったが、しかしその内容は
(こいつ、宇佐美先生の正体を知ってる……? ということは、やはり)
この世界の根幹に関わる存在、としか考えられない。先ほどの七海の言葉が脳裏に蘇る。
『今、例のモノクマウイルスの活動が活発になってるみたい……』
「……お前、一体何者なんだ?」
「ぎゃはは! いかにも漫画っぽい台詞だなぁ! だったらこっちも漫画風に答えてやるよ!」
「とっくにご存知なんだろう? 私は”超高校級のギャル”の才能を持ちながら、圧倒的な絶望によって目覚めた”超高校級の絶望”……江ノ島盾子だよッ!」
江ノ島盾子は髪を逆立てながら、叫ぶようにしてそう名乗った。
すると、彼女はそれを見て
「あちゃー……もうこっちのことも教えられてる感じ? まあぶりっ子の演技するのも飽きてきたからいいんだけどさあ。でも、あのぬいぐるみちゃんがよく許したね」
と言った。その口調は変わらず、如何にも力の抜けたギャルといった感じだったが、しかしその内容は
(こいつ、宇佐美先生の正体を知ってる……? ということは、やはり)
この世界の根幹に関わる存在、としか考えられない。先ほどの七海の言葉が脳裏に蘇る。
『今、例のモノクマウイルスの活動が活発になってるみたい……』
「……お前、一体何者なんだ?」
「ぎゃはは! いかにも漫画っぽい台詞だなぁ! だったらこっちも漫画風に答えてやるよ!」
「とっくにご存知なんだろう? 私は”超高校級のギャル”の才能を持ちながら、圧倒的な絶望によって目覚めた”超高校級の絶望”……江ノ島盾子だよッ!」
江ノ島盾子は髪を逆立てながら、叫ぶようにしてそう名乗った。
「”超高校級の絶望”だって……?」
「と言っても、日向くんみたいに本人じゃなくて、人格だけを取り出してデータ化したウイルスでしかないけどね……あんたらはアルター・エゴって呼んでるみたいだけど」
「お前が、この前のモノクマも操ってたのか……?」
俺はそういいながらも、気付かれないように少しづつ江ノ島と距離を取ろうとした。
「うーん、操ってたっていうか、あれもまたわたし自身って感じなんだけどね。っていうかさ、日向くん、逃げようとするのやめなよー」
しかしあっさり看破される。いっそのこと開き直って駈け出してしまおうか、そう思ったとき。
「この前も言ったけど、わたしはセンパイのこと、助けに来たんすよー。お願いですから、話でも聞いてくれません?」
あまりにもフランクに、そう言葉を投げかけられた。
「どういうことだよ……俺を助けに来たって」
俺は江ノ島に向き直る。もちろん、警戒を解くようなことはしなかったが。
「あ、よかったー。聞いてくれる気になりました? センパイ、このままじゃ最初の国王に騙されていい魔物を倒す勇者みたいになるところでしたよー」
「俺は、お前みたいな後輩を持った覚えはない! それに、さっきとキャラが違ってないか!?」
「あは。それはセンパイが記憶を消去されてるからですよ。わたしはれっきとした日向くんの後輩です。キャラが違うのは……飽きっぽいからってことで、許してください!」
そう言って彼女はさっそくきゃるるん! といわんばかりのぶりっ子っぽいポーズに変わる。
「ま、そんなことはいいです……とりあえず、あのゲーオタが着いた嘘を暴くとこから初めましょ? あ、いいですよ説明しなくても。日向くんが聞いた話はこっちが全部把握してますから」
「はあ? それじゃあどうしてさっき、転校生のふりなんか……」
そんなことをしても、この世界がプログラムであることを知っている俺には不審がられてしまうだけのはずだ。そう思った。けれど江ノ島は
「うっせー! 意味なんてねーよ! 強いて言うならドラマティックな出会いを演出したかったからっていうのでどう?」
と、めちゃくちゃなことを言い出した。……今思えば俺はこの時既に、江ノ島の独特な会話のペースに巻き込まれてしまっていたのだ。
「そもそも、センパイは疑問に思わなかったんですかぁ? この新世界プログラムに入ったときに消されたのは、入学後の記憶のみ。だったら、センパイは間違いなく予備学科を受験したはずですよね? どうして”超高校級”の皆に混じってここにいるんですかぁ?」
「それは……俺は特別枠の”超高校級の希望”として……」
「ハァ!? センパイ、そんなのマジで信じちゃってんスカ!?ウチ、センパイのこと高く見積もりすぎだったかもしんねーっすわ」
「……だったら、どうして俺はここにいるんだよ。予備学科で、本来クラスメートでもないはずの俺が、どうしてこの新世界プログラムの中にいるんだ?」
「だーかーら、それが奴らの嘘なんだって!……センパイは、カムクライズルっていう人のことを知ってる?」
「ああ……なんでも、あらゆる才能を持つ”超高校級の希望”だとか……」
「そう。正確に言えば、あらゆる才能を『持たされた』だけどね」
そう言って江ノ島は、モノクマそっくりの邪悪な笑みを浮かべた。
「カムクライズルっていうのは、そいつの名前じゃない……希望ヶ峰学園の行ったプロジェクト、『カムクライズルプロジェクト』の名前から取られたんだ……それは人間に、手術によって才能を植え付けようという計画だった。『才能こそが希望』、そう考える希望ヶ峰学園らしいプロジェクトと言えるよね?」
「……それが、俺になんの関係があるんだよ」
「まーだわかんないかな。それでも”超高校級の希望”? いや、今は違うんだったっけ?」
「…………」
「才能を植え付ける手術なんて、もちろん人類史上初だろうね。もちろんリスクだってあるだろう。そこまでして才能を欲しがる才能フェチって、一体どこにいたんだろうね?……日向くん、心当たりある?」
「…………」
「それに、そんなに凄いやつだったら、当然未来への希望として、この宇宙船に乗る資格があるよね? そもそも新世界計画だって、そいつが発案したようなものなんだし。この世界を管理する権限を持つのに、そいつ以上に相応しいやつなんていないでしょ?」
「……つまり、それは」
「そう。アンタこそが”超高校級の希望”カムクライズルなんだ。今アンタにつけられた方の”超高校級の希望”って名前は、本来予備学科であるカムクライズルをこの新世界プログラムに入れるための方便みたいなもんさ」
……江ノ島の話を聞いた時。正直、俺は嬉しく感じた。いや、そんな言葉ではとても言い表せない喜びだ。
俺が、ありとあらゆる才能を持つ”超高校級の希望”だなんて……才能こそが希望、という考えを持つ俺には、それこそ夢の様な話だ。おまけに、この新世界プログラムを作ったのも俺だというじゃないか。
俺は、この世界に必要な人間だ。……きっとかつての俺は、誰にも憚ることなく、胸を張ってそう言える人間だったに違いない。カムクライズルとしての俺が見ている景色を想像すると、射精のような快感が背筋を這い上がるのを感じた。
けれど、そんな内面を表に出さないよう、必死に押し殺し。俺は江ノ島を睨みつけながら詰問する。
「俺がカムクライズルだからってどうしたっていうんだよ。それがお前の言う『俺をこの世界から救う』ってのと関係があるのか?」
「ああ、それ?」
江ノ島は、そんな俺の考えを知ってか知らずか。ニヤニヤと笑いながら俺を見つめてくる。そして、あっけらかんととんでも無いことを言った。
「それ、嘘」
「……は?」
「だから、アンタをこの世界から救うなんて嘘。実はね、この新世界プログラムは、管理者であるウサミや七海千秋……セブンス・シーの他に、カムクライズルの調整が必要不可欠なのよ。そしてカムクライズルはプログラム上だけの存在じゃなく、日向創の体に依存している」
「この世界でアンタを殺せば、日向創の肉体も死ぬ。同時にカムクライズルも死ぬ。だからアンタを殺すってわけ」
「ど、どうしてわざわざそれを俺に説明したんだよ!?」
「だって、なんで自分が殺されるのかわからないと、ちゃんと絶望できないでしょ?」
江ノ島は当然だ、と言わんばかりに言い放つ。そして、右手を顔の前に挙げると……赤いマニキュアで綺麗に手入れされた爪が、モノクマのものと同じ鋼鉄のそれに変わった。
「じゃあね。……ああ、尊敬する人の命を奪うのって、すっごい絶望的ィ!」
そう言って、その手を振り下ろそうとした瞬間。
「日向くんっ!」
誰かが、俺を後ろから覆いかぶさるようにして押し倒した。江ノ島の爪はすんでのところで俺の頭をかすめ、その誰かを切り裂いた。
「ちぇ……いいところで邪魔されちゃった……まあこれもこれで絶望的、か……」
「江ノ島盾子……あなたの思い通りには、させない……ゲームオーバーには、まだ早い……と思うよ」
「七海!」
咄嗟に身を挺して俺を庇ってくれたのは、七海だった。その右腕は深く切りつけられ、その傷口からは骨が見えそうなほどだった。
「大丈夫か!?」
「うん……命に別状はない、と思うよ。この右腕も、明日になれば完全な状態でロードされるし……本来だったらすぐに元に戻せるんだけど、それは江ノ島がブロックしてるみたい」
だから、今はあいつを倒すことが先決かな。七海はそう言って、いつもとは全く違う、強い意志のこもった目で江ノ島盾子を睨みつけた。
と、そこへ。
「おのれでちゅ! 七海さんに傷をつけるなんて! 江ノ島盾子め、ゆるせまちぇん!」
大きな声を挙げ、怒りに燃えるウサミが江ノ島の背後の角から走ってくる。いつもの先生の姿ではなく、既に本来の、ウサギのぬいぐるみの姿に戻っている。手には、いつか七海が言っていた、「囲んだ範囲のデータをデリートする」という魔法のステッキを持っている。
「あっちゃあ……とりあえずここは……逃げよっかな!」
江ノ島はそう言うと、なんと窓を破ってグラウンドに向かって飛び降りた。思わず窓にかけより、外を覗きこむ。
「……よかった。グラウンドには誰もいないみたいだ」
「体育会系組は、今は体育館にいるはずだよ」
「安心してる場合じゃないでちゅ! 早く江ノ島を追わないと!」
ウサミに促され、俺達は階段を駆け下り、グラウンドを目指す。
「つっ……」
「七海、大丈夫か?」
七海はやはり痛むのか、走りながら腕を抑えている。
「うん、大丈夫……ただ、この腕じゃコトダマ銃が上手く狙いをつけれないから……日向くんに持ってて欲しいな」
そう言って七海は、例のおもちゃじみた銃をどこからか取り出し、差し出した。
「あらかじめ込められるコトダマは一発……だから、いざというときは、よく狙って撃ってね」
「……なんだかプレッシャーだな」
「……だいじょうぶだよ、日向くんなら。だって、私は日向くんを信じてるから」
そう言って七海は銃を俺に手渡すと……状況にそぐわない、にこやかな笑顔で、そっと俺の手を両手で包んだ。
「さあ……日向くんのカッコ良いところを、見せてもらっちゃおうかな?」
俺達がグラウンドにたどり着くと。意外というべきか、そこには仁王立ちで江ノ島盾子が待ち構えていた。考えてみれば、学校の外に逃げることなど出来ないのだ。だから、江ノ島は初めから、ここで決着をつけるつもりでグラウンドにやってきたと考えるべきだろう。
けれど、それはこちらも同じことだった。
「やいやいやい! 江ノ島盾子め! もう逃がしまちぇんからね!」
ウサミは手にしたステッキを突き出し、ずいと俺達の前に一歩踏み出した。
「うぷぷぷぷ……逃がさない、だって? それはボクの台詞だよ」
江ノ島がそう言った瞬間。それは、そこにあらかじめあったかのように、当たり前に存在していた。
校庭を埋め尽くすほどの、大量のモノクマが。
『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』
『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』
『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』『うぷぷ』
『さあ、もう逃さないからね、ウサミちゃん。うぷぷぷぷぷぷ……』
「ひ、ひえぇ~でちゅ!」
モノクマは、江ノ島盾子をかばうように彼女の周りに集まりだした。そして、手を繋いでスクラムを組む。
「落ち着いて! ウサミちゃん。あれらのほとんどはダミーだよ。私のコトダマ銃で一発一発撃っていくのは難しいけど……」
「そうか! 私のまじかるステッキなら、ぐるーりと囲んで一網打尽! ってわけでちゅね!」
そう言うが早いか、ウサミはステッキを手に駈け出した。江ノ島を中心に、モノクマたちを囲むように光の線を引いていく。
七海の言うとおり、モノクマたちは見かけだけのダミーでしかないのか、未だにノロノロと江ノ島の周りに集まってきている。しかしそれは、ウサミが線で囲いやすくするだけにしかならなかった。
ときおりライン上にはみ出しているモノクマがいても、ウサミに跳ね飛ばされてすぐにラインの内側へ戻されてしまう。
「ウサミちゃん、すごいすごい!」
七海は我がことのようにウサミの活躍を飛び跳ねて喜んでいる。確かに、邪悪な笑みを湛えた大量のモノクマたちを、魔法少女のようなステッキを持ったウサミが駆逐する様は、まるでゲームのような爽快感があった。
(けど、これじゃ何のために江ノ島はモノクマを呼び出したんだ?)
いくら数がいたところで、範囲攻撃を持つウサミが相手では意味が無い。むしろ、校舎内にいたほうが囲いを作りにくかったはずだ。だが江ノ島はわざわざグラウンドへとやってきた。単純に、挟み撃ちにされて焦ったのだろうか?
(それにしたって、モノクマの動きは妙だ。散らばればいいのに、わざわざ囲われやすくするみたいに、江ノ島を中心に円になって……)
その瞬間、俺の脳裏に閃きの閃光が走った。もしかして、やつの狙いは……
「よーし、これでトドメでちゅ!」
ウサミの方へ目をやると、今、まさに円を描ききるところだった。初めに書き始めた線の端へ、引いてきた線を繋げようと……
「ダメだ! これは罠だ!」
必死の思いで叫ぶ。けれども、俺の声は。わずかに、間に合わなかった。
「うぷぷぷぷ……待ってたよ、ウサミちゃん」
「……え」
その瞬間、円の端にいたモノクマが、急に動き出し……線を繋げようとしていたウサミに飛びかかった。
その狙いは、ウサミ本体ではなく、持っていたマジカルステッキ。鉄の爪で弾き飛ばされたそれは、宙を舞い……江ノ島盾子の手の中に、収まった。
今日はここまで。明日には完結させます。次は
狛枝凪斗「VS.ディスペライザーpart.1」
……のはずだったんだけど、ブギーポップパロもそろそろ限界な気がしてきた。
苗木「誰も死なせずにコロシアイ学園生活を生き抜く」
「ダンガンロンパ3EX 希望の未来と七人の絶望的悪魔超人たち」
という二つを書いているのでどちらかになると思います。
投下したので一応あげとく
「甘かった……ウサミに大きな円を描かせること自体が、江ノ島盾子の狙いだったんだ!」
「その通り! ダミーのモノクマをたくさん出せば、この出来損ないウサギのステッキに頼るしかないことが、私様にはわかっていたのじゃ!」
そう言って江ノ島は、ウサミをサッカーボールのように蹴り飛ばした。それは、本物のぬいぐるみのように高く揚がり……てん、てん、てんと地面に転がった。
「ダミーの位置を調節して、ウサミに予想通りの軌道を描かせて、待ち構えたところに罠を張る……実際に動けるモノクマは、一頭でいいって作戦だ」
「超高校級の分析家としての才能も持つ私には、当然の結果と言えます……これで、ウサミのステッキとセブンス・シーのコトダマ銃は封じました」
「さっきの攻撃も……日向くんじゃなく、私の腕が狙いだったんだね……」
「あったりまえだろ!? そんな凡人なんかどうだっていいんだよ! お前らの武器さえ封じてしまえば、この世界にわたしを傷つけられるものはないんだからなァ!」
「だったら……私も、腕じゃなくて、銃を狙うべきだったね……日向くん!」
そう言って七海は俺に強い視線を向ける。そうだ、七海のコトダマ銃は今、俺の手の中にある。江ノ島は完全に油断しきっている……今、俺がこの引き金を引けば、
「その銃を向ける相手は私様じゃないはずですよ、お兄さま」
しかし機先を制するように、江ノ島がまた……俺に困惑を与える言葉……いや、コトダマを撃ち込んだ。
「お兄さま……だって? 俺はお前みたいな妹を持った覚えはない!」
そうだ。七海の話では、消された記憶というのは希望ヶ峰学園に入ってからのものだけだったはずだ。俺に妹はいない。
けれど……つい、引き金を引くのを躊躇してしまう。江ノ島が説明するのを知らず知らずのうちに待ってしまう。それこそが、やつの狙いだった。
「ええ……私も血の繋がった兄弟は、残念な姉が一人、いるだけです。でも、それでも私達は兄弟なのですよ。そして私はお兄さまを救うためにこの世界にやってきたのです」
「またそれか……さっきお前は言ってたじゃないか! 俺を救うなんて嘘だって。お前は俺を殺すために狙ってたんだろう?」
「うぷぷぷぷ……日向くんは素直だなあ……敵の言うことなんかそのまま信じちゃってさ……さっきのは、ウ・ソ♪ 嘘っていうのが嘘で、本当は本当にアンタを救うために来たんだよ」
「……お前、言ってることが支離滅裂だぞ? 何を言いたいのかさっぱりわからない」
「だーかーらー、そんな日向くんのために今からちゃんと説明してあげるってば。念願の”超高校級の希望”になれた日向くんのその後のお話を、ね」
江ノ島はそう言って……口が叫んばかりに笑ってみせた。
「ダメ! 日向くん、聞かないで!」
七海が懇願するように叫んだ。けれど、俺は。
「俺が……どうなったっていうんだよ」
知りたい、と思ってしまっていた。江ノ島の話術に、完全に嵌ってしまっていた。
江ノ島は、どうやったのか……いや、ここはプログラム世界なのだからなんでもありなのだろう。空中からホワイトボードを取り出し、そこに可愛らしくデフォルメされた男の子の絵を描いた。どうやら、あれは俺らしい。
「さーて、予備学科の日向くんは、希望ヶ峰学園によって手術を受け、念願かなってたくさんの才能を得ることができました! けれど、問題もありました。その才能を扱うには、『日向創』という人間では不足だったのです」
「だから、才能を扱うための人格が日向くんには植えつけられました。それが……『カムクライズル』。日向創とは、全く別の人格」
そう言って江ノ島はもう一人、髪の長い男の絵を描いた。どうやらそれがカムクライズルらしい。
「才能を正しく使うための人格であったカムクライズルは、その定義通り完璧にその才能を使いこなしました。希望のために。未来のために。だから、皆は彼を褒め称えました。カムクライズルを、ね」
「だけど、それを面白く思わないヤツもいた……それが日向創クンでーす! 彼は、自分には何の才能もないままだったこと、そして自分の身体を使う別人が、自分の欲しい物……才能、名声、功績、その全てを欲しいままにしていることに激しく嫉妬した……それこそ、ぶっ壊れた嫉妬をね」
そう言って江ノ島は……俺の絵の上に、大きくバッテンを描いた。
俺は……その光景を思い描き、愕然とした。皆が俺を”超高校級の希望”として褒め称える。俺の才能を行使した痕跡が、あちこちに残っている。けれど、それを俺は覚えていない。まるで俺が寝ている間の出来事かのように。そして……皆が望んでいることは、俺が永遠に眠ったままだということ。
「でも、安心してくださーい! なんの才能もない、と思われた日向くんにも、一つだけ、ちゃんとした取り柄があったのです! それは、人の話を聞くことでした!」
そう言って江ノ島は、俺の上のバッテンを消す。
「”超高校級の相談窓口”とでも言うのかな? それは、普通に暮らす上ではたいしたことのない才能でした」
江ノ島が、俺の絵の左半分を、黒く塗りつぶしていく。
「けれど、それが才能に対するコンプレックスと、カムクライズルへの嫉妬に結びついた時……信じられないほど大きな反応を起こした」
「それが、『人類史上最大最悪の絶望的事件』の始まりだったんだ」
そう言って、江ノ島は俺の目を赤く塗りつぶす。そうすると、その絵は……モノクマそっくりになった。
「いやあ、元祖”超高校級の絶望”である私様もビックリな手際でしたわ! 思わずお兄さま、と呼んでお慕いしてしまったほどです。本当に尊敬しました」
「なにせ、希望ヶ峰学園予備学科の連中を扇動して、デモを起こさせ……それが済んだら、2357人全員に自殺させちまったんだから!」
途方も無い話、そしてとてつもなく大きな数字に、目眩がする。2357人、だって? そいつらが、俺の扇動によって……自殺した?
「貴方は、言葉巧みに彼らを絶望へと誘い……自身と同じ才能に対するコンプレックスを見つけては、観察し刺激し、育て上げ……やつらを立派な絶望信者に染めていったのです」
駄目だ、目眩がする。こんな話、まともで聞いていられるわけがない。というか、そんなことありえない。……そう言いたかった。けれど、何故だか俺は。それが本当の話だと、心の何処かで認めてしまっていた。
「さらに、その影響力は水面下で、誰にも気付かれずに及ぼされていたのです……自分の半身である、カムクライズルを除いては」
「だからこそカムクラは、自分がこの新世界プログラムに入ることを選んだのよ。わざわざ自分がいなきゃプログラムが動かないように調整までしてね。才能に対するコンプレックスさえ無くせば、アンタが絶望に染まることもない。だから、ウソの”超高校級の希望”なんて名目を使ってまで、アンタを本科に引っ張りこんだのよ」
「けれど、アンタはそんな、自分自身を救おうとするカムクラを、より一層激しく憎んだ。それこそ、この世界をぶっ壊してもいい、カムクラの思い通りにはさせたくない、と」
「だからアンタは、私をこの”新世界プログラム”に持ち込んだのよ」
俺が……こいつをこの世界に持ち込んだ?
「そもそもおかしいと思わなかった? 宇宙船の中で動いてるプログラムに外部から攻撃なんて、出来るわけ無いじゃん! ウイルスが紛れ込んだとしたら、それは宇宙船が出発する前に、誰かが持ち込むしかありえないんだよ」
俺は……目の前が真っ暗になるのを感じた。俺が”超高校級の絶望”? 2357人を自殺させ、おまけに”人類史上最大最悪の絶望的事件”を引き起こした元凶だって?
俺は英雄じゃなかったのか? 左右田や狛枝……そして罪木と同じく、肩を並べて絶望に立ち向かったんじゃなかったのか? それは、カムクライズルという名の、俺の別人格だけで……俺は、倒されるべき悪役だったのか?
「もっと言うとね……カムクライズルは、それにさえ気づいてたんだよ。アタシという敵と戦うことで、お前の幼稚な英雄願望が満たされるだろうって考えたんだろうね。いくら記憶がリセットされるっていっても、どうしても深層心理にはストレスが溜まっていく……それのいい解消になるだろうって」
「そこのプログラムが懇切丁寧にこの世界のことを説明してやったのも、そ・の・た・め♪ こいつら、その気になればアンタの記憶を消すくらいのことは簡単なんだよ?」
「つまり、この『新世界プログラム』は……カムクライズルがお前の為に用意した、巨大な箱庭療法の場ってワケ。お前、私を倒せば自分が英雄になれるだなんて思ってただろ? 違うね。お前がやってるのはただのヒーローごっこだ」
俺は……俺は、自分の全てを見透かされた気がした。それは、江ノ島盾子にだけじゃない。カムクライズルにも、そして横にいる七海だって知ってたんだ。
俺が……ずっと、誰かに認めて欲しくて駄々をこねている子供だということを。ここは俺が居るべき場所じゃない、なんて子供じみた幻想を捨てられないままだということを。
恥ずかしい、と感じた。それこそ、ここから消えてなくなりたいくらいに。
「……まあ、こうして私が日向くんの前に立つのも、初めてじゃないんだけどねー。もう何百回目だっけ? 私は、この世界の再構築プログラムに入り込んでいる……仮にここで倒されても、世界がリセットされるたびに、少しづつ再生されて……またあんたらを襲う。まったく、絶望的に飽きっぽい私にとっては地獄でしかないよ、こんなの」
そう言ったときの江ノ島は……なんだか、疲れたみたいで。その時だけは、『世界を滅ぼすウイルス』なんかじゃなくて、一人の女子高生みたいに見えた。
「だからさ、もう終わりにしようよ、こんなの。何もかも、カムクライズルの手のひらの上で踊らされてさ……あんたは、カムクラの予想を超えるために、この世界をぶち壊すためにアタシをここに連れてきたんだ。自分が決めたことくらい、やり通してみたら?」
そう言って、江ノ島は腕を組み、仁王立ちで目を閉じた。その態度は、あとはお前しだいだと言っているようだった。
俺は……それは違う、と言いたかった。けれど、そうするためのコトダマを、俺は持っていなくて。だから……そう、誰かに言って欲しくて。七海の方を見た。
けれど、七海は……江ノ島の言うことに反論しなかった。それどころか、全てを認めるように、こっくりとうなずいた。
「じゃあ……全て本当だっていうのかよ。お前ら、俺を騙してたのかよ!?」
違う、七海は俺を騙してたわけじゃない。そんなことはわかっていた。悪いのは、俺だ。そして、それを七海も知っている。恥ずかしい、消えてしまいたい。
「ごめんね、日向くん……私、嘘ついてた。……もう嘘つきたくないから、本当の事を言うね。江ノ島の言うことは、全部真実だよ」
ああ。やっぱり、そうなんだ。七海も内心は、軽蔑しているんだろう。ツマラナイコンプレックスで”超高校級の絶望”になり、そして今、この世界を自分の都合で滅ぼそうとしている俺のことを。
そう思うと、とても七海の方を見れなかった。優しかった七海の顔が、俺への侮蔑に染まっているところなんて、見たくもなかった。けれど
「ねえ、日向くん。こっち向いて?」
そう言われて。なぜだろう、もう絶対に見れない、と思っていた七海の方に、言われるがままに目を向けてしまう。
そこにあったのは、侮蔑なんかじゃなかった。七海は、いつもと同じ優しい顔で俺を見ていた。
「ねえ、日向くん。だけど、私は今ここにいるよ。それに、日向くんも。今もこうしてこの世界はあるでしょ?」
「こうして、江ノ島との戦いを、何度も繰り返してるっていうのも本当……それが、どういうことかわかる?」
俺は、七海の言いたいことがわからず、黙って首を振った。
「日向くんは、何度もこうして江ノ島と戦って、そして……全部、倒してきたんだよ。繰り返す度に、いろんなことが少しづつ変わっていくけど……それだけは絶対に変わらない。それは、日向くんの根っこに、変わらないものがあるからだよ」
「私は、ずっとそれを見てきた。だから、日向くんを信じてるよ。ここにいる日向くんだけじゃない、今までずっと戦い続けてきた日向くんを信じるよ」
「はん! プログラム風情が何か言っても意味なんかないんだよ! それだって日向くんを安定させるための仕樣でしかないんだからなァ!」
「ま、確かに今までの日向くんは毎回その戯言に騙されて、私を倒すんだけどね。そして、そして、記憶がリセットされる直前になって後悔する。『ああ、俺は今までに何度こうして同じことを繰り返してきたんだ? あと何回繰り返せばいいんだ?』ってね!」
「だから、その連鎖を断ち切るためには、今ここで勇気を出すしかないんだよ! 怖がってないで、一歩踏み出せ! 日向創!」
「それは違う……と思うよ」
「踏み出すことだけが、勇気じゃない。踏みとどまる勇気だって、あるはずだよ」
「確かに、日向くんは間違いを犯したかもしれない。それは”人類史上最大最悪の絶望的事件”に加担したこともそうだし、江ノ島アルター・エゴをこの世界に持ち込んだことも、そう」
「だけど……それを取り戻すために、日向くんはずっとこの世界という希望を守るために、戦い続けてきた。それこそ、何千回も繰り返して。それは、日向くんがやったことに対する罰、無間地獄なのかもしれない。でも、あなたが言ったみたいな、自作自演のごっこ遊びじゃない、本物の戦いだったんだ」
そう言って七海は……強い瞳で俺を見つめた。ようやくわかったことだけれど……その瞳は、さっきの優しい瞳と凄くよく似ていた。要するにそれは……俺への、信頼の瞳だったんだ。
その時、なぜだかわからないけれど、急に『七海と肩を並べている』と感じられた。横にいる七海も、もちろん俺も、一歩もその場を動いていないのに。
七海は腕の傷が痛いのか、ふらついている。だから、俺はそっと七海に寄り添うように立った。
そして、俺達に相対するように立っているのは……”超高校級の絶望”、江ノ島盾子。手には、七海が託してくれたコトダマ銃。構えた手は少し震えていたが……七海が、その手でそっと包み込んでくれると、その震えも収まった。
「記憶が消される前の自分が何を考えていたのかなんて、わかるもんか! きっとこの繰り返しの世界に飽いて、後悔して、絶望しながら消えていったんだよ! だってあんたは私と同じ、”超高校級の絶望”なんだからなァ!」
『それは違うぞ!』
そう、コトダマを込めて、二人で引き金を引く。弾丸は見えなかったが……ぽすん、と小さな音がして、江ノ島の胸に穴が空いた。
「俺は……確かに自分が信じられない。”超高校級の絶望”だった、なんて言われて……俺はそんなふうには絶対ならない、なんて言い切ることも出来なかった」
「過去の俺がどんなことを考えていたのかわからないし、未来の俺がなにをするのかもわからない……お前の言うように、後悔するかもな」
「でも……俺は、七海が信じてくれる今の自分を信じたい。たった一人、俺のことを信じてくれる人の期待に応えたい。自分に、胸が張れなくても……やらなきゃいけないことくらい、今の俺にだって、わかる」
「…………あはは。また、やられちゃった」
コトダマに貫かれた江ノ島の胸からは、血は一滴も出なかった。痛みもないのか、表情も安らかだ。ただ、少しづつ胸の穴が大きくなっていく。
「まあ当然か……だって、これってプログラムだもんね……データで決まったことしか……前と、おんなじことしかおきない……それこそ、重大なバグでもないかぎり……」
「そんなほとんどありえない可能性にかけて繰り返し続けるしかないなんて……すっごい……絶望的……」
「……また、来るからね……お兄ちゃん」
そう言って彼女がウインクすると……もはや首のすぐ下まで迫ってきていた穴は、一気に広がって、髪の毛一本残さず、彼女を吸い込んだ。
そうして、もとからそこには誰もいなかったかのように……江ノ島盾子は、この世界から消えてなくなった。
今日はここまで。予想外に手こずって終わらなかった。明日エピローグだけ投下します
投下します
「……なあ、その傷、本当に大丈夫なのか?」
「うん……さっきも言ったけど、明日になれば完全な状態で上書きされるから……」
「いや、そうじゃなくて……今、痛んだりはしてないのか?」
「……日向くんはえこひいき。私のことばっかりじゃなくて……ウサミちゃんも心配してあげて?」
「七海さんは本当に優しいでちゅね……先生の事なら心配しないでくだちゃい! この通り、ぴーんぴーんしてまちゅから!」
「でも……ちょっとおなかの綿、飛び出てるよ?」
「えっ……じゃあ、やっぱりちょっと、縫って欲しいでちゅ……」
そのあと俺達は、七海のゲームセンターへと戻ってきて、お互いの手当てをした。長かったような江ノ島との戦いも、終わってみれば授業一時間分にも満たない時間でしかなく。七海は今日は早退するとして、ウサミ先生はこのあとも普通に授業をしなければならないのだ。
それが、俺の選んだ……これからも繰り返し続いていく、学校生活の一コマだった。
「なあ、七海……聞いてもいいか?」
ウサミを縫ってあげている七海に、俺は問いかけた。さっきの会話で、どうしても気になることがあったのだ。
「……なあに、日向くん?」
「お前、言ったよな……俺がいるのは、何千回も戦い続ける、繰り返しの無間地獄だって……でも、それは全部忘れてしまう俺なんかより……記憶を持ち続けてしまう、お前の方が辛いんじゃないか?」
彼女は、一体どれくらいの間、『これ』を繰り返しているのだろう。江ノ島の口ぶりでは、千回や二千回ではきかない数のはずだ。それこそ……永劫に近い年月を、この中で過ごしているのではないか?
「うーん……そうかもね。でも、記憶を持ち続けるのも悪いことばっかりじゃないよ? だって……覚えていられるから」
「何をだ?」
「……私が、最初に会った日向くんのこと」
そう言って、七海は……照れたように、はにかんで笑った。
「初めはね、日向くんの言うように、やっぱり不安だったんだ……これから、人が住める星が見つかるまでの間、ずっと……ううん、永遠に見つからないかもしれない。そんななかで、私だけがずっと記憶を持ち続けて、他の皆は忘れてしまう。だったら、初めから関わらないほうがいいかも、なんて」
「でも、日向くんは、私がそんな風に不安に思ってるのを見抜いて……さすが、”超高校級の相談窓口”だよね。本当は秘密なんだけど、思わず話しちゃったんだ」
「そうしたら、日向くんは思った以上に親身になってくれて……私のために泣いてくれた。それで、一緒にいろいろ考えたんだ。”超高校級の相談窓口”を名乗る、っていうのもそうだし……」
七海はそこで言葉を切り、いとおしげに、目の前のゲームの筐体をさすった。
「カムクラくんに隠れて、ここにゲームセンターを作るのも手伝ってくれたんだ……私、ゲームのスキルはあっても知識は全然なかったから……ここは、日向くんの記憶にあるゲームセンターなの」
まあ、カムクラくんは気づいてたみたいだけどね。そう言って七海は舌を出す。
「七海……」
俺は……その時、ようやく自分の背負っているものの重さに気がついた。七海が繰り返してきた、何千何億回の学校生活に思いを馳せる。楽しいことだけでなく、辛いこともあっただろう。時には、楽しいことさえ……それを覚えていられるのが、自分だけだという事実が七海を傷つけたかもしれない。
この世界は、そうやって七海がずっと守ってきた世界なんだ。……俺自身でさえ忘れてしまっている、そのたった一回の俺の優しさに報いる為に。
そう思うと、目の前の七海が……なんだか、とても壊れやすく、儚げなものに見えた。そして、同時に愛おしく感じた。思わず、その手を握る。
「……そんな顔しても駄目だよ? 私が好きなのは、あの日向くんであって、今の日向くんじゃないからね? それに、日向くんには罪木さんがいるじゃない!」
……そうだ。仮に、七海が今の俺の思いを受け止めたところで。どうせ、俺はそれを忘れてしまう。だから、七海を傷つけるだけのこんな思いは。俺の胸の中だけに仕舞っておいたほうがいいのだろう。
「……そろそろ、授業も終わりだろ。早退するなら、もう出たほうがいいな」
だから、俺は、何もなかったかのように、そっと七海の手を離した。
「あーあ。これからまた退屈な日々が始まるなあ。次に江ノ島が復活するまで、200回くらいかな? 正直、私にとっての退屈つぶしにもなってるんだよね。こんなこというとカムクラくんに怒られちゃうけど」
「……カムクライズルと話が出来るのか?」
「うん。日向くんが学校から出ちゃった後だけだけどね。……だから、大丈夫。私は、一人じゃないよ?」
「あちしもいまちゅ!」
「あはは、そうだね、ウサミちゃんも一緒だね」
そんなことを喋りながら、俺達は教室を出ていこうとする。傷を縫い終えたウサミが張り切って、先を歩き、その後に俺が、さらにその後ろに七海が続く。
と、後ろから七海に肩をつつかれる。なんだ、と言いながら振り向こうとしたその瞬間。
「……んっ」
七海に口を塞がれた……その、小さな唇で。柔らかい感触と温度が、目の前の光景が現実であることを教えてくれた。
(……ごめんね、ちょっとだけ、嘘ついた)
耳元に小声でそう囁いて、七海はさっと離れていく。
彼女に、その真意を聞こうとした時。ガラリと音がして、教室のドアが開いた。
気がつくと、そこは他と変わらない普通の教室になっていた。眼の前に立っている後ろ姿も、ぬいぐるみのウサミではなく、俺達の担任である宇佐美先生のものだ。
「あら、罪木さん。ダメじゃない、教室を抜けだしたら」
「そ、そうだぞ罪木。一体どうしたんだ?」
宇佐美先生は、さっきまでの舌っ足らずな口調はなんだったのか、といいたくなるくらい、先生らしいきりっとした調子で言った。内心はきっと無理してるんだろうな、と思うと微笑ましくもあったが。
「ちょっと、相談したいことがありまして……」
「むっ。ここは”超高校級の相談窓口”である私の出番ですかな?」
そう言って七海は小さく胸を張る。その様子は、いつもの元気な七海でしかなくて。さっきのことは、俺だけが見た夢だったんじゃないかとさえ思う。
「いえ、日向さんに……ちょっと日向さんをお借りしてもいいですか?」
「あ……だったら、ここを使っていいよ。私、今から宇佐美先生と職員室に行かなきゃいけないんだ。ね? 宇佐美先生?」
「え、そうでしたっけ……?」
「ほら、早く行くよ先生」
そう言って七海は宇佐美先生の背中を押すようにして出て行ってしまう。
そして、カーテンの閉じられた薄暗い教室には、俺と罪木だけが残された。罪木は、なんだかいつもと様子が違い……哀しい目で、俺を見つめてくる。先ほどのキスの後ろめたさもあってか、なんだか罪木の目を見返すことができずに目線が泳いでしまう。
「日向さん……今日も、七海さんと一緒に居たんですね」
「あ、ああ。」
「……どうして、最近一緒に来てくれないんですか?」
俺は、なんて答えればいいのか、答えに窮してしまう。まさか、本当のことを言うわけにもいかないし……
「あー……なんて言っていいのかわからないけど」
「……七海さんのことがすきなんですか? だから、彼女とばかり……」
そう言う彼女は、今にも泣き出しそうだった。
そうだ、そもそものきっかけは、俺が罪木となんだか顔を合わせられなくて、それを七海に相談しようとしたことだったんだ。あれからいろんなことがありすぎて、すっかり忘れていた。
そして自分が七海とばかり過ごしている間、罪木はどんなに不安だっただろう。
(ホントに駄目なやつだな、俺って……自分のことばっかりで)
ずっと、自分に自信が持てるようになりたかった。罪木みたいな”超高校級”の女の子と付き合えば、そうなれるかも、なんて。でも、実際は自分と彼女を比べて、ますます卑屈になって。
(当たり前だよな……自分でも最低な考えだって思うもんな。こんなんで、自分に胸を張れるわけないよな)
だから、俺は。
「それは違うぞ!」
罪木の目をまっすぐ見つめて、そう叫んだ。
「俺が好きなのは、罪木……お前だけだ」
「七海には、相談に乗ってもらっていただけだよ」
「罪木と一緒に研究の時間を過ごしてるとさ……罪木の凄いところばかり目について。”超高校級の希望”なんて言われてるけど、なんの才能もない俺が、本当にそんな風になれるのか、不安だったんだ」
「だから、罪木と肩を並べられるように……自分に自信が持てるようになりたかったんだ。罪木と同じ景色を見てみたかったんだ」
確かに……七海に好意が無いといえば、それは嘘になる。けれど、それ以上に俺は……目の前で泣いている、この小さな女の子をこれ以上悲しませたくない、と思った。
それに、七海が好きなのは……俺であって、俺じゃない。七海を救ってあげた、一番最初の俺だ。
「……日向さんのばか」
そう言って罪木は、とうとう泣き出してしまう。ついに愛想を尽かされたか、なんて心配になる。罪木は俺の胸に飛び込んで、握ったこぶしてぽかぽかと胸を叩いてくる。
「日向さんのばか! 不安だったのは私も一緒です! 日向さんに避けられてるんじゃないか、嫌われてるんじゃないかって」
そう言われて俺はつい、なんだ、なんて考えてしまう。罪木の不安も、俺と一緒だったんだ。”超高校級の保健委員”なんて言っても、彼女は俺と同い年の女の子で。
「……ごめんな。俺、自分のことばっかり考えてた」
「肩を並べるのに、才能なんてなくってもいいじゃないですかぁ……ただ、そばにいてくれるだけでいいんですよぉ……」
「……そうだよな」
「上ばかり見ていないで……前を向いて、一緒に歩いて行きましょうよ。……そうすれば、きっと違う景色だって見られるはずですから……」
そう言った罪木が、なんだか無性に愛おしくて。思わず、彼女を抱きしめてしまう。拒絶されるかも、なんて不安になったが、彼女はそっと抱きしめ返してくれた。
罪木の体温を、腕の中に感じる。腕に落ちた涙が、雫となって伝っていくのも。この感触が現実じゃないなんて、とても信じられなかった。
(いや……そうじゃないよな)
俺の腕の中にいる罪木は、今の俺にとって紛れもない現実だ。”新世界プログラム”が終わるまで、あとどれだけの学生生活を繰り返すのかはわからない。でも、そんなことは関係なくて。今の俺には、この腕の中の女の子を、もう二度と泣かせないことだけが大事なんだ。
(それでいいんだよな……七海)
だから俺は、罪木と一緒に生きていく。七海が守り続けているこの世界で、精一杯生きていくことにする。自分に胸を張って、罪木と肩を並べて。
それが……たった一人で戦い続けている彼女に報いる、一番の方法だと思うから。たとえそれが夜に視る夢にすぎないとしても、何度も浮かんでは消える泡のようなものだとしても。
おしまい。
没ネタ 狛枝凪斗「VSディスペライザーpart1」
ある日、希望を溺愛する青年狛枝凪斗の前に現れた、「江ノ島盾子」と名乗る少女の亡霊。
彼女に与えられた能力によって人の心に隠された”絶望”が見えるようになった彼は、それを乗り越えさせるために強引に暴き立て、突きつける。(犠牲になる小泉、西園寺、澪田)
しかしその能力は次第に増大し、ついには”この世界”に入る前の絶望まで暴くようになってしまう。
狛枝はこの”新世界プログラム”に入る前、唯一”超高校級の絶望”でありながら改心し、ウサミ号に乗せられた少女罪木蜜柑を執拗に狙う。彼女を一度”超高校級の絶望”として目覚めさせ、それを改めて改心させることで自分は”超高校級の希望”になれると信じているのだ。
自分の中に知らない”絶望”があるのを自覚し、怯える罪木。ついには彼女を強引に拉致する狛枝。しかしそんな彼の前に立ちふさがったのは……?
読んでくれた人、ありがとう。
次は16人の”超高校級”を考えてオリジナルストーリーをやろうと思ってるのでだいぶ先になります。またどこかで会いましょう。
……よければトリックと”超高校級”のアイデアをください。捨て垢晒しますので。
出来れば超高校級の才能とそれを使った殺害方法を考えて貰えれば……
今、ミステリ小説読んでネタを漁ってるんですけどなかなかいいのがなくて……
超高校級の幸運(歴代最高の幸運 偶然不老不死の薬を飲んで見た目は高校生のまま)が幸運の限りを使っての偶然での殺害
超高校級の清掃委員 殺害の証拠が全く残っていない殺害方法
超高校級の不運(抽選で最後まで選ばれなかった人) 自殺だがまるで他殺のように殺されてたみたいな
超高校級の美容師 ジェノサイダーにあこがれてる殺害方法とか
新作立てました。息抜きの安価スレですが、よければ。
罪木「日向ぼっこ?」
罪木「日向ぼっこ?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379674347/)
今度こそ本当にこっちのスレは落とそうと思います。html化依頼したけどそのあと書き込んじゃったから……
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