ガガガ文庫 渡航 「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」SS
7巻までのネタバレを含みます。本編の4〜5年後以降が舞台です。
副題 〜または彼は如何にして就職活動を止めて美人過ぎる県議(25)の秘書になったか〜
主に大学4年の八幡、と雪ノ下姉妹のはなし。
前スレ
比企谷八幡(22)「やはり俺の就職活動は間違っている」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1354984989/976-)
同作者による別SS「きれいな八幡」シリーズ
続・八幡「ぼくはきれいな八幡」雪乃「」 2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1344462867/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363541174
陽乃「……陰鬱な場所ね」
周囲の気配を探りながら、陽乃が呟く。さすがに緊張しているようだな。
八幡「そうですか? わりと気に入ってるんですけど」
まぁ、陽乃のように、常に日の当たる場所を歩いてきた、人の真ん中でこそ輝く人間には、あまり馴染まないだろう。
逆に俺にとっては、静謐で日の差さないこういう場所は、むしろ心安らぐ。
俺の声に陽乃が振り向いた時には、スィ〜とばかりに別の死角に移動している。
八幡「……そういえば、昔この辺で大きな合戦があって、そこで戦死した武者の幽霊がたまに出るとか出ないとか」
陽乃「ふふ、悪いけど、雪乃ちゃんとちがって私にはその手の怪談は効かないわよ? むしろ、好きなほうかしら……それに、ディティールが甘いわね」
八幡「……そうですか」
……ダメだしされちゃったよ、チェック厳しいな。もしかして、オカ板住人だったりするんだろうか。洒落コワとかブックマークしてたり、寺生まれだったり。
陽乃「……小さいころから、その手の話を雪乃ちゃんにすると、反応が可愛くて……」
……遠い目して語んな。あいつにその手の話へのトラウマと苦手意識を植え付けたのはアンタか!! ホントにろくなことしてねぇなこの姉……
軽口を叩きあいながらも、全力で気配を探り、襲撃に備えている。 さぞ、神経をすり減らすことだろう。
八幡「あ、そっちは行かないほうがいいですよ。クモの巣だらけなんで」
陽乃「…………」
………おや?
八幡「……もしかして、虫とかグロい生き物が苦手ですか?」
陽乃「……確かに好きではないわね。でもそれだけよ」
……ほー、それはそれは。
陽乃は四方に目を配りながら、未だ俺を発見できてはいないようだ。 ふ、俺の隠行スキルを舐めるなよ…
小学校時代には、かくれんぼで何時間たっても見つけられず、ついには置き去りにされてみんな家に帰ってしまう事案が発生(複数回)
……スキルの問題じゃなかった気もするが、そこに気付いたら負けだ。
陽乃「……!」
陽乃が、ついに敵の所在に気付き、飛び出そうとする。だが……
八幡「……BANG!」
その背後から聞こえる声に、動きが凍る。 そのまま、ゆっくりと振り向き……ふざけてピストルのように人差し指を向ける俺と、視線が合った。
八幡「ああ、あのヒラヒラですか? ここじゃちょっと動くのに邪魔だったもんでね。道着を脱いで、あそこにひっかけたんです。 ……ま、ちょっとしたひっかけですよ」
こんなこともあろうかと、道着の下は長袖の肌着にジャージのズボン。足には長靴、手には軍手である。
対して彼女は……道着に、足はカジュアルなパンプス。悪いが、ここではさぞ動きにくかろう。
陽乃「……目の前に出てきてよかったの? 奇襲で勝つつもりだと思ったんだけど」
八幡「……それも考えたんですけどね。2つの理由で断念しました」
陽乃「ふうん、どんな理由?」
陽乃が、ゆっくりと剣を振りかぶる。
八幡「決め手になる飛び道具がない。それから……その勝ち方では貴女にしっかりとした敗北感を与えられない」
先ほど持ち出してきた材木座の木刀を脇構えに構える。
陽乃「」
陽乃が何か声をだす前に。斜面の勾配を利用し、滑る様に4mの間合いを一気に詰める。左手を右拳に擦りあわせ、身体を開いて刀身を走らせる! 全身のばねに重力の加速をも加えた一撃が、陽乃の道着の胸元のをビシッ! と音を立ててかすめた。技の名は大崎夢想流一の太刀・開闢。
陽乃「………!!」
さすがに陽乃の表情が変わった。 ……最初から、身体に充てるつもりはない。とはいえ、先ほどまでの道場での戦いであれば、余裕を持って完全に躱され、反撃を喰らっていただろう。
陽乃「……その、木刀」
八幡「ああ、あのアホこそ、本物の中二病って奴でしてね。 ……長い方がカッコいいからと言って、通常より5�ほど長いんですコレ」
すんません、今日ここまで
当直中ですが、ぼつぼつと更新してきます。
陽乃「なるほどね……でも、そんなにあっさりバラしていいの?」
八幡「べつに、かまいませんよ」
大崎夢想流は居合の抜刀術を中心とした技の体系である。
よく、「鞘に刀の刃を滑らせることで、斬撃を加速させる」などというが、鞘のない木刀では当然、それは不可能だ。
だが、上記の技術だけが、居合の本質ではない。たとえば……居合のあの構えには、「得物の長さ、攻撃の間合いを相手に見せない」という利点もある。
とはいえ、それも一度抜くまで。ひとたび放つ攻撃を見せてしまえば、陽乃ほどの達人なら、さほどの苦労もなく間合いを見切るだろう。
むろん、実戦ならば最初の数合で決着がつくことが殆どなので、大きな意味はあるのだが。
後退しながら態勢を立て直そうとする陽乃を、そのまま追撃する。
八幡「……それでも、結果は変わりませんからね」
陽乃「……減らず口ね!」
陽乃が、乱れた胸元を庇いながら胴を払いに来る。それを弾き、足を止めた。
陽乃「…………」
こちらの意図を了解した陽乃が、そのまま距離をおいて服の乱れを直し、再び構えた。こちらを睨む視線はにもはや、俺への侮りはない。
ガッ! ガギ! カカッ!!
互いの武器を打ち合わせる音に、目の前の空間が弾ける。先ほどの道場での組太刀とは違い、その攻防は互角……むしろ、やや俺の方が押している。
陽乃「……比企谷くん、あなた……」
八幡「……言ったはずですよ、勝ちますから、と」
……パワーバランスが逆転した理由は、いくつかある。当然まず、地形の効果。樹木が密集し、足元はすべる落ち葉や段差だらけのここでは、陽乃といえども先ほどのような滑らかな円運動の体捌きや打ち込みはできない。対して、俺はこの場所でずっと稽古を続けてきており、木の配置も、斜面の勾配、段差も熟知している。
陽乃の反応は足元や木の枝を気にして微妙に遅れ、俺は常に高所を占めながら、常に陽乃の動きを封じる様に動き回っていた。
陽乃「……道場では、太刀筋を隠してたわね?」
八幡「どうですかね!」
細かく歩を刻みながら、一呼吸に繰り出す三連撃。大崎夢想流二の太刀・三枝!
カカカッ!!
……決めるつもりで繰り出しただが、陽乃は超人的な反射神経で飛び退いた。反撃の突きを、紅葉している楓の木の影にまわって躱す。陽乃も、枝が邪魔になりそれ以上の追撃はできない。お互いに距離を置き、呼吸を整えた。
……道場で、普段から型で行っている技を出さないようにしていたのは確かだ。陽乃から勝負を持ちかけられると予想した時点で、いろいろ準備をしていた。手の裡を隠し、武器、履物など揃え、他に方法はないと判断してここに誘導する手はずを考えた。
八幡「……そもそもですね、あんた、舐めすぎなんですよ。俺自身の性能は確かに貴女に比べたらはるかに劣りますが……俺は、5年間、雪ノ下雪乃の傍にいたんです。
……才能では、姉に決して勝るとも劣らない、貴女の妹の傍にね」
打ちのめされた回数は、それこそ数えきれない。ゆえに……
八幡「どうでもいい状況ならとっととケツをまくりますけど、肚をくくれば 今更この程度のプレッシャーでびびる訳がない」
陽乃「……なるほどね」
この期に及んで、なお、愉しげな笑みをみせる陽乃。
……それに、だ。あんたの太刀筋にも、さすがにだんだん目が慣れてきた。加えて、さっきからビッグマウスでゆさぶり、ここまで走らせ、慣れない環境を強いたことで、
疲労から反応が落ちてきている。高校時代の雪乃ほど極端ではないが、陽乃もまた天才型ゆえ、持久力は人並み以下でしかない。
もともと、基礎体力は男である俺の方が上だ。加えて、自己暗示の効果か、恐怖のゆえか、先ほどから脳内のリミッターが外れっぱなしである。
喫煙者だが、こうみえて持久力にもそれなりに自信がある。プールにいけば2�以上泳ぐし、ダイエットしていた時には、
雪乃に強いられて館山若潮マラソンで42.195�走ったことだってある。 ……完走だけじゃ勘弁してくれなくて、死ぬ気で走ったからな、あんとき。
……形成は逆転した。このままいけば、王手だ。
八幡「……降参するつもりは?」
陽乃「ふふ……ないわね」
陽乃は、晴れやかな笑顔で俺の提案を拒絶した。
ちょっと呼ばれたんで出てきます。
感s…いや、なんでもない。
陽乃「……先に謝っておくわ……ごめんなさいね、比企谷くん」
八幡「………?」
陽乃「確かに、わたしは君を色々な意味で過小評価していたかもしれない……いえ、高く買ってはいたつもりだったけど、それでも全然足りなかったようね」
八幡「……いやまぁ、そう、率直に褒められるとなんつーか……恐縮ですけど」
陽乃「でも、少々意外でもあるわね。確かにもちかけたのはわたしだけど……ここまできみが、勝負に執着する人間だとは思ってなかったから」
八幡「……『勝ったほうが負けたほうになんでも命令できる』とか言われたら、そりゃ負けられないでしょ」
陽乃「あら、きみが自分で言ってたでしょう? 口約束の履行なんて、信頼関係の問題であって強制する手段はないって。 ……本当にそれだけが動機かしら?」
八幡「……そうですね。敢えて言うなら……」
陽乃「…………」
八幡「脱がせて、剥ぎ取りたかったんですよ、貴女から……」
陽乃「………え? ひ、比企谷くん、やっぱりわたしの身体が目当てで……///」
陽乃が、胸元を押さえて恥じらう振りをする。
八幡「いや、違くて! わかってんでしょあんた!!」
こっちが赤くなったじゃねぇか!
陽乃「…………」
陽乃が演技をやめ、こちらに……何とも言い難い視線を向けてきた。それを真っ直ぐに見ながら、言葉を継ぐ。
八幡「……俺が剥ぎ取りたいと言ったのは、貴女の……そのクソ分っ厚い、年季の入った仮面です。そうしなければ、何もはじまらない。そうした上で、あんたには言ってやりたいことが山ほどある!」
剣をビシッと突き付けて、言ってやる。陽乃は、わずかに微笑んだ。
八幡「そのためには……これまで負けたことのないあんたを一度、徹底的に叩きのめす必要があると考えましてね……そんなわけで」
再度、剣を構えの位置に戻し
八幡「………覚悟しろ、雪ノ下、陽乃!!」
陽乃「……やれるものなら、やってみなさい!!」
陽乃も凄絶な笑みを浮かべ、同じく構えを取る。
優位な位置を確保すべく、同時に雑木林の中を走り出した。
またよばれましたわ。
……いや、舐めてたのはこっちでした。まだ、本気じゃなかった…つうか、リミッターかかってたんだね。
姑息、卑劣の限りをつくして優位な状況を作り上げ、100%以上の実力を絞り出して、なお、打ち負ける。
チート チートアンドチート。なんて女だ……どうしろってんだよこれ。
木の枝が剣の軌道に割り込む位置に移動し、攻撃から逃れようとしたが、このアマ……木刀で、生木の枝を切 断 しおった!!
こう、スパン と。枝は、ぼとん、と。 まぁ、なんて滑らかな切り口。人体だったら、どうなるのかしら?
陽乃「……比企谷くん、どうしたの? 顔色がよくないけど」
八幡「ハハハ……今日、プリQアの録画を忘れていたことに、今頃気づきましてね」
今年で何年目だっけ。 シリーズ見始めたころはまさか、ヒロイン総勢48人態勢になるとは思ってなかったわ……
……仕方がない。トラップ発動。
思い切り、目の前の木を蹴る!!
陽乃が一瞬、けげんな顔をみせる。
八幡「……頭上、気を付けてください」
俺の指差す方向に気付くと、彼女は抜き打ちに剣で頭上を払った。木刀が頭の上に落ちてきた柿の実を見事砕いたが、その果汁と欠片が服と髪にわずかにかかった。眉を顰める陽乃。
こんなトラップが通用しないのは無論計算済み。だが、俺は、その一瞬に、間合いを詰めていた。本命はこの一撃、くらえ、大崎夢想流……
思い切り、真下から切り上げる一閃が、陽乃の……
袴を、思い切りたくし上げた。というか、切った。 陽乃の股間を覆う下着が露わとなる。
大崎夢想流……スカート落とし? いや、そんな奥義はねぇよ。勝手に作ったら大久保新之助先生が化けて出てくる(幻の5巻発売)。
しかし、えーと…こ、これ、は……さすが、社会人。 大人、ですね。
八幡「……わざとじゃ、ないんです(キリ」
陽乃「……遺言は、それでいいのね?(ニコ」
追いかけっこ再び。走る 走る 俺たち。 今度こそ、捕まったらシぬ!!
頭の中で、走馬灯のようにさまざまな思考がめぐる。 ……やっぱり、このまま最後の手段を使うしかないか。
現在の俺と陽乃の位置、目的の場所を脳内で思い浮かべ、計画のために最適のルートをすり抜けていく。
陽乃はすさまじい勢いで追いかけてきているが、履物の差と、切り裂かれた袴が足手まといとなり、徐々に距離が開きつつあった。
それを意識しながら、ひたすら走り……やがて、目的の場所に到達して、動きを止めた。
アルファベットのPの文字のようなわかれ道があり、俺はいま、あえて直線ではなく遠回りの道を使った。
陽乃は俺を、一瞬見失うはずだ。だが、すぐに気付く。直線で、俺の行き先に回り込んでくる……!!
陽乃「……捕まえたわよ比企……?!」
ずぼっ! ずぼっ!!
そこに、外見で見分けのつきにくい、深いぬかるみが広がっていることを知らずに。
俺が、回り込んだとき、陽乃の両脚は膝まで泥に埋まっていた。
八幡「……ふ、形勢、再逆転ですね」
陽乃「…………」
陽乃は、無言でなおもこちらへむけて前進を試みている。たしかに、深いとはいえせいぜい膝までだ。時間をかければ、渡りきることはできよう。
それを俺が、黙ってみていれば、の話だが。
八幡「……最後に、もう一度だけ聞きます。降参しませんか?」
陽乃「何度聞かれても同じよ。降参は、しないわ」
迷いなく、笑みさえ浮かべて彼女は言い切った。
陽乃「どれほど不利な状況だろうが、罠にはまってぬかるみに足を一時止められようが、私は前進の歩みを止めたりはしない。最後に必ず勝つのがわたしの生き方よ」
八幡「……………」
俺は内心の感情を外に出さず、先ほど蹴り落とした後どさくさで回収した柿の実を猿蟹合戦の猿のように投げつけた。
しかし、ことごとく陽乃の木刀で叩き落とされる。足をとられているとはいえ、剣で防がれてはあてるのは容易ではないか。果汁ではあたってもダメージにならんしな。
陽乃「そんなもの投げてもムダよ。待ってなさい、今すぐそちらへ行くから……そうね、ひざまずいて足にキスさせてから、丹念に舌で泥を綺麗にしてもらおうかしら」
……喜ぶやつもいそうだが、俺はパスだ。そう思うようにはさせんのだよ。
八幡「俺はちょっと、それはマニアックすぎてついてけないんで……それはかわりにこいつにお願いします」
右手に掴んだソレを、目の前に突きだした。陽乃の表情が消える。
八幡「さっき友達になった、ヒキガエル♂(15�)のヒキオくんです」
冬眠に備えて、まるまると太っている巨大なヒキガエルが、陽乃につぶらな瞳を向け、クックッと小さく喉を鳴らしてあいさつした。
見かけの割にシャイなやつ。腹話術で、通訳してやろう。「やぁ、ぼくヒキオ。 ヒッキーって呼んでね!!(裏声)」
俺もさすがに軍手なしではつかむのは厳しい。動かれるとちょっと怖くて手放しそうになる。もう、手を放そう。振りかぶって投球モーション。
「おねがい、ぼくを受け止めて!!(裏声)」
陽乃が無言で背を向け、必死で、ずぼ! ずぼずぼずぼ!! と遠ざかろうとしている。
「え〜い!!」
ずぼずぼずぼずぼ……どぶゅん!!!
……なんつってな。 さすがに、これを投げつけるのはあんまりだ。あくまで振りで……あ……
……俺の目線の先。必死で動く途中で泥に足をとられて、前のめりに倒れた陽乃さんの姿が、そこにあった。
ピクリとも動かない。
…………………………………………………………どうしよう。
次回「ドキッ! 美人議員と泥んこレスリング ポロリもあるよ?!」
OK、今日はこっちを後で更新しよう。
それもそうなんだけどねぇ。こっちの第一部と、むこうと、どっちが先に完結できるかな……
どう反応してよいものかわからず、しばし呆然と見ていたが、本当に動く気配がない………
まさかと思うが、気絶してるんじゃ………ってヤバい!! あのままじゃ窒息する!!
慌ててぬかるみの中に飛び降り、泥をかきわけてうつ伏せに倒れ伏した陽乃のもとに近寄る。
八幡「陽乃さん、しっかり……!!」
脇を抱えて抱き起そうとして。
がしっ、ぐりっ ……と、力強く右手首と肘を掴まれた。
八幡「……えっ?」
ぐりん!!
八幡「……はいぃっ?」
身体がぐりん、と仰向けに回転すると膝と片手だけで身動きを封じられ、昔流行ったイ●バウアーのような姿勢で固定された。
八幡「……ちょ、ま……」
伸びてきた手が、俺の上着を頭からずぼっとひん剥く。傍若無人な強盗はこともあろうに、その上着で、自分の汚れを拭き取り……ぽいっと対岸に放り投げた。いろいろヒドい。
未だところどころ汚れが残ったままだというのに、にこりと微笑むその表情にはっきりと浮かんでいるのがわかる青筋。うわぁ……うわぁ……
八幡「……あの」
卑屈な愛想笑いを浮かべ、何か歯が浮くようなお世辞で媚を売ろうとした瞬間、天地が逆転した。
びたーん!! どばーん!! ずぼぼ!!
ぐべっ?! 泥が!! 口の中!! うぶっ?!!
何度も引き起こされては投げ飛ばされ、泥の中で七転八倒。
泥がクッションになっているおかげで、正直さほど痛みはないが、泥濘の中を引きずり回され、全身ずるずるになっている。
もっともそれは…………
陽乃「ふ。ふふふ……………あははははははははははは!!!」
この、何か吹っ切れたように哄笑しているひとも同じことなんだけど。狂った……とかではなく、まるきり子供のようだ。
とりあえず、泥のぬめりを利用して、ずるりと手から逃れてみる。そして、
八幡「てい」
陽乃「あははは……きゃっ?!」
逆襲タイム。陽乃足をかかえあげ、小またすくいの要領で泥の中に押し倒す。
……その後はもう、まさに文字通りの泥仕合。お互い、武器は対岸にあり、素手でなんとかしようにも、泥で滑って思うようにならない。
俺は上着を剥かれて半裸状態。陽乃も……もろもろの事情から詳しい描写は控えるが、もう、すごくエ口……いや、えらいことになっている。
お互い、先に上に上がろうとするのを妨害し合い、組み付いて倒す。掴んでひっぱる。ちょっと、見える!! あたってるから!! 自重! 自重して!!
もう、シリアスのかけらもない。云十年前の低俗番組のバラエティ企画か、小学生のじゃれあいだ。 俺も陽乃も疲労のせいか、笑いのせいか、ほとんど身体に力が入らない。
結局、一緒にぬかるみから脱出し、両者合意の上でしばし休戦となった。
俺は、こびりついた泥を落としながらぜー ぜーと呼吸を整え、陽乃は未だ、断続的に笑いの発作に襲われている。
ラジオもってないw
ニコにうp待ってる
おお、ほんまや。�クス
しかし、もう10か月も前に「続・きれいな〜のスレ」で「奉仕部ラジオ」とかネタにしたけど、まさか公式でやってくれる日が来るとは感無量だぜ。
さて、今日もちょっとだけ書くか
八幡「……いや、いつまで笑ってんですか……」
しばし、場を離れてから戻ってくると、仰向けに寝転がった陽乃がまだ笑っていた。何がそんなにツボに入ったのか知らんが、いくらなんでもウケすぎだろ……
陽乃「ふ、ふふ……だって、おかしくて……」
深呼吸して、ようやく落ち着いたらしい。
陽乃「まったく……もうすぐ社会人になろうかって成人した男が、あんなことしてくるのもおかしいし、それにまんまとしてやられて、こんな状態になってる自分も馬鹿そのものだし……まったく……」
未だ泥まみれのまま、じろり、下からと睨めつけてきた。
陽乃「こんな屈辱は、生まれて初めてだわ。 どう責任をとってもらおうかしら」
八幡「……ま、まぁ、貴重な体験ができたと思って勘弁してください。またそこから、新しい世界が見えてくるかもしれませんよ? それに、泥には美容効果もあるっていうし」
陽乃「そうなの? じゃあ、比企谷くん、もう一度浸かってきたらどうかな。わたしも、お礼に比企谷くんが新しい世界に目覚めるのを助けてあげたいんだけど」
八幡「や、俺はこう見えて保守的なんで。それにもう、すでに妖怪 泥田坊みたいなナリになってますし」
田を返せー 田を返せ— ……あ、また発作が出てやんの。外面とか抜きにしても結構、笑い上戸だよなこのひと……
陽乃「……本当に、きみといると退屈しないわね」
八幡「道化としちゃ、冥利に尽きるお言葉ですね、それは」
肩を竦める。
陽乃「……道化、か。そうね……」
陽乃が、意味深な視線をこちらに向けてくる。
八幡「何か、引っかかる点でも?」
陽乃「……君は、それでいいの?」
しばしその言葉の意図を吟味し、答えを返した。
八幡「……質問の意味がよくわかりませんがね。少なくとも、今とちがう自分になりたいとか、ちがう生き方をしたいとはあまり思ったことはないですね」
陽乃「………そう」
陽乃は柔らかく、ごく自然な微笑みを浮かべた。
八幡「……王様には王様の、道化には道化なりの適材適所ってもんがあんでしょ。『世界は舞台 、人は誰も役を演じなければならぬ』……」
ややオーバーアクションで肩を竦めながらおどけた口調で返すと、
陽乃「……『I hold the world but as the world. A stage ,where every man must play a part.』」
陽乃が詠うように英語の原文で暗誦する。
真意は伝わっただろうか。 ……雪ノ下陽乃が雪ノ下陽乃であるように、俺も俺の意志で比企谷八幡を演じ続けるだけだ。それは損得ではなく選択でもなくただのそうするしかない生き方で、他人に同情される余地も……あんたが今、柄にもなく感じているような引け目も必要ないんだよ。
陽乃がこちらにむける視線には、揶揄するような色と……わずかながら、あまり彼女に似つかわしくない、共感や慈しみといった成分が含まれているような気がした。
陽乃「ふふ……『リア王』の次は『ヴェニスの商人』か。比企谷くん、シェイクスピアがお気に入り?」
八幡「……読んだのは大学に入ってからです。英米文学好きの貴女の妹の薦めでね」
陽乃「ふふ……そう。 ちなみに、あの話で一番 お気に入りの登場人物は?」
八幡「もちろん、シャイロックです。あの話は喜劇ということになってますが、俺に言わせればあれはマイノリティに属するが故に差別され、迫害されるシャイロックを主人公にした悲劇ですよ……まぁそれはそれとして、ヒロインのポーシアも実は嫌いじゃないですけどね」
「ヴェニスの商人」のストーリーについてはおのおのググってほしい。
シャイロックは、信教が理由で差別・迫害されたうえ、正式な契約をトンデモ判決で反故にされた哀れな被害者で、ポーシアは裁判官を騙ってそのトンデモ判決を下した行動派のヒロインである。
頭が良くて弁が立って性格がアレなあたり、雪ノ下姉妹に通じるところがある。
ちなみに、東京ディズニーシーには、この「ヴェニスの商人」が名前の由来となったショップがあるのだが……閑話休題。
八幡「さて……では、そろそろやりましょうか」
回収してきた陽乃の木刀を、ひょいと投げて渡す。
陽乃「……ええ、そうね」
それを受け取り、陽乃も立ち上がった。
数m離れて対峙。こちらは剣を対手の視線から隠す脇構え。目の前に立つ陽乃は、木刀を頭上に振り上げ、敵を真向から制圧せんとする上段…新陰流では「雷刀」とも呼ばれる構え。
呼吸を整える。己の状態を確認。疲労は蓄積しているが、手足はまだ動く。心気はこれまでになく澄み渡っている。この林の中の、あらゆる気配が感じ取れそうだ。
先ほどの会話のせいか、それとも、服を脱いだせいか。ジャ●プ漫画の伝統では、武装を脱ぎ捨てるとなぜか強くなるのがお約束だし。
陽乃は泥にまみれ衣服はエ……アレなことになっているが、さすが達人。その佇まいに隙はない。こちらへの侮りはもはや微塵もなく、闘気が横溢している。 ……100%本気。つまり、俺を対等の敵手と見做しているということだ。ありがたすぎて笑えてくる。
周囲に樹木はなく、平らで開けた地形となっている。もはや、小細工の余地はない。
……おそらく、次の一合で勝負が決まるという予感があった。向こうも、同様に感じているだろうとわかる。
全力で感覚を研ぎ澄まし、意識の命令をショートカットして身体が反応するよう神経回路を最適化する。
風が吹く。ずっと背後の紅葉の葉が一枚、煽られて千切れて舞った。
陽乃が微笑む。不覚にも一瞬、見惚れる。動いた。神速。無拍子。陽乃の目は勝利を確信している。
…カッ!!
乾いた音とともに、木刀が宙を舞った。
陽乃が空になった己の手中を確認し、驚愕と賞賛の表情を浮かべる。
交錯の刹那。大上段から振り下ろされた一撃に己の力を同調させて方向を変え、逆巻きに追撃した。
打ち込む力が強いほど、カウンターの威力も大きい。木刀は秋空に高く、高く舞い上がった。
大崎夢想流「龍尾」。 恐ろしいほどイメージ通りに決まった。
そのまま己の木刀を翻し、丸腰となった陽乃に突き付ける!! これで、決ま……決ま……突き付………
………ビクとも動かねぇ。 なんだこれ。 どうなってんの………
陽乃「……まさか、ここまで追い詰められるとはね」
ふぅ、と息を吐く陽乃。
眼前で、両手で挟み込むようにして、木刀を止めている。
し……真剣白刃取り、だと………
……いや、ないだろ。いくらなんでもこれはない。 今、これ、どう考えても俺が勝って決着の流れだったじゃん。
実戦で白刃取り? ってハハ、マンガじゃあるまいし。 大体、持ってる武器を弾き飛ばされたら、多少なり動揺とか手の痺れとかあるもんじゃないの?
心中で現実逃避しながら振りほどこうとするが、びくともしない。逆に、陽乃が手を捻ると……やばっ!!
剣を握ったまま投げ飛ばされそうになり、咄嗟に手放す。 得物を奪い取られ、またも形勢逆転……再、再々々々逆転くらいか。もう大概にしろよ……
溜息をついてそのまま目を閉じ、両手を頭上に挙げる。
降参と解釈したのか、陽乃が嬉しそうに微笑みながら話しかけてきた。
陽乃「……勝負あり、ね? 君の言うとおり、いい経験になったわ。これからは、躓いて転ばないように足元の泥に注意しなくちゃね」
だが、俺は首を左右に振り、目を開ける。陽乃が、怪訝な表情を浮かべていた。
八幡「……上です、陽乃さん」
視線を上に向けた陽乃が、驚愕に目を見開く。
高く高く弾き飛ばされ、今、ようやく落下してきた陽乃の木刀が、俺の両手の中に納まる。俺はそれをそのまま、振り下ろした。
陽乃の頭上、紙一重の位置で、剣を止める。 陽乃は動きを止め、硬直している。その両手は俺の木刀をもぎ取った形のまま、塞がっていた。
八幡「権力者の頭上には、常にダモクレスの剣がぶら下がっている。それを支えているのは、髪の毛一本きりです」
陽乃「……………わたしの、負けね」
苦笑した陽乃が、手に挟んだ木刀を地面に落とし、ついに敗北を認めた。
さて、ついに勝負は決した。ズルとご都合主義のオンパレードだったが、そもそもこのチート性能の塊みたいなバケモノを相手にして、まともにやってられるか。
最終的に…勝てばよかろうなのだァァァ!!! ぃやぁりぃぃぃぃぃぃ!!!
次々に究極生物っぽいポージングをかましながら、ここぞとばかりに小物っぷり&ゲスっぷりを全開にして勝利の余韻に浸る俺。
……色々と台無しだな、うん。 まぁ どうでもいい。
ねぇねぇ 今どんな気持ち? ねぇ今どんな気持ち?
さらにトントン♪ ハッハッ♪ と小躍りしながら陽乃の周りをまわったりして。今の俺のウザさは材木座に匹敵するな……
陽乃「………………^^」
陽乃さんはあくまでポーカーフェイスだけど、なんでかな。ちょっと寒気がする。 もしかして風邪でもひいたかな?
八幡「……ぶぇっくしゅい!!」
……そういえば俺、半裸だったわ。 もう秋も深いっつぅのに、裸で泥沼に浸かれば、そりゃ寒気もするよな。つかマジ寒い。とっとと終わらせよう。
陽乃「……癪だけど、確かに正直、忌々しいわね」
陽乃が苦笑しながら呟く。
八幡「ククク……まぁまぁ、あくまでただのまぐれですよ。犬にでも咬まれたと思ってください」2828
陽乃「……犬は好きだけど、反抗的な狗はその限りじゃないのよ」
……笑顔が怖い。
徹底的に躾けるか、処分するか…… って、なんかにこやかに物騒なこと呟いてる。
……必要以上にからかうのはやめよう。後が怖いし。 え、もう手遅れ?
陽乃「生涯不敗で人生を終了するつもりだったのに、こんなところで躓くなんて……」
ヨヨヨ……と芝居がかったフリで嘆く陽乃。 ……この人の場合、さすがに冗談だよな? と笑い飛ばせないところが恐ろしい。
生涯不敗って何だよ。神か? 俺の辞書だと、ナチュラルに「障害腐敗」って変換されるんだけど。
八幡「……まだ傷が浅くて済むうちに、幻想から醒められてよかったじゃないですか」
このとおり、雪ノ下陽乃が比企谷八幡に足を掬われることだってあるのがこの世界だ。
完璧で全能な人間なんて、いやしない。そうでなければそうでない人間には救いがない。
陽乃「ひどい! 冷たいことを言うのね……わたしを汚して傷物にした張本人のくせに」
ショックを受けた様子でこちらを非難する陽乃。
八幡「フ……激しく人聞きの悪いことを言わんでください」
クールに返しているつもりで、思わず冷や汗が流れる。雪乃がここにいなくてホントよかった……
陽乃「どう、責任をとってくれるのかしら」
陽乃が、クスリと笑って問うてきた。
責任ね……いいだろう。
八幡「……そうですね。では責任をとって、この道のオーソリティである比企谷八幡自ら、教授しましょう」
さぁ、お待ちかね。精算のお時間です。
八幡「敗北と、屈従の愉悦をね……クックック。 ……約束、覚えてますよね?」
無意味に手をわきわきさせながら、陽乃に近づく。
陽乃「……えっと、覚えてはいる、けど……^^:」
陽乃は俺の様子にあからさまにヒいていた。
「勝ったほうが負けたほうになんでも命令できる」……それが陽乃の提案してきた、この勝負のルールだった。
俺が勝ったら、貴女にとってかなり屈辱的なことを命令するつもりですから……先ほどはそんなことを言って彼女を挑発したりしたが、実のところ最初から勝った時に下す命令は決めていた。
そう、それは……
陽乃「……もしかして、やっぱり3(ピー)?///」
八幡「」
陽乃「わたしはもう、この際だからかまわないけど……雪乃ちゃんが何て言うか」
陽乃が切なそうに溜息を吐いた。
八幡「違っげぇぇよ!!」
つうか、やっぱり材木座の寝言、聞こえてたのかよ!!
八幡「アレは、あのアホが勝手に言っただけです!! ていうか、絶対に違うと分かってて煽らないでください!!」
陽乃「……そうだったかしら」
陽乃が恍ける。 まったく……だが。
八幡「まぁ、方向性としては……まったく、幕外れという訳でもありません」
陽乃「………どういうこと? 何かもっとマニアックな……」
八幡「もう、そっちの系統から一度、離れてください。頼むから」
俺はまだ、殺されたくないんです。
陽乃「………………」
八幡「俺の命令はただひとつ……シンプルかつささやかな希望です」
陽乃「……どうぞ、聞いているわ」
一つ頷く。
八幡「あなたの妹……雪ノ下雪乃への態度を、改めてください。よりわかりやすく言えば、あなたの方から折れてこれまでの態度を詫び、素直に仲良くしてあげて下さい」
うっす。
はるのん編は次回かその次くらいで1段落かな。あともう1話、ゆきのん編がはいって第一部終了。
そのあと、番外編をなんかやってこのスレ消費します。
陽乃「……何のことかな? わたしたちは、今でも十分、仲良し姉妹なんだけど?」
八幡「この期に及んで、やめましょうよそういうの……わかってんでしょうに」
白々しくとぼける陽乃を、ジト目で睨む。
八幡「妹の成長を促すために、敢えて壁として立ちふさがり、憎まれ役を買って出る……考えはわかりますけどね、あいつはもう子供じゃない。 姉としては認めるのは複雑かもしれませんが、既に精神的に自立した大人です。もう、そんな上から目線のお節介は必要ない。 ……いや、それどころか」
陽乃「…………」
八幡「……貴女は俺に言いましたね? 雪乃を、親のエゴの犠牲にしたくないと。 けど、俺に言わせれば、あいつを苦しめてるのはお母さんだけじゃない。貴女もです!」
柄にもなく、口調が昂ぶる。 いかん、少し興奮したか……落ち着かないと。
陽乃「……比企谷くん。悪いけど、これはわたしたち雪ノ下家の、家族の問題よ」
八幡「すでに思い切り巻き込んでおいて、何を言ってるんですか。 そんなの、まさに今更ですよ」
珍しく歯切れの悪い口調の陽乃に、即答で返す。
八幡「赤の他人のことなら、そりゃ関わりたくもないし何も言いませんがね。貴女の妹、雪乃は、俺にとっても他人じゃないんです。 ……言いましたよね?」
陽乃は……無言。
八幡「……俺は他の誰よりもまず、雪ノ下雪乃の味方です。必要と有れば、貴女だろうと貴方達の親だろうと敵に回しますし、必要と有れば家族の問題にだって介入する。今更、おためごかしは聞きませんよ。俺はご存じのとおり、空気を読みませんからね……家がどうだの、議員だの知事だのも知ったこっちゃない」
陽乃「……そうね。確かに、比企谷くんの言うことは分かるわ。 でも、十年以上、ずっと掛け違えて放置していたボタンを、すぐには直せないの。 それに……わたしにそのつもりがあっても雪乃ちゃんの方は」
八幡「あいつは……雪乃は、」
真っ直ぐに、陽乃の方を見て言った。
八幡「本当は貴女のことが大好きですよ……ほかの誰より、貴女自身がよくご存じでしょうに」
陽乃「…………」
何しろ幼いころから常に追いかけ、憧れ、目標としてきた人物だ。 突き放され、圧迫され続けたせいで依怙地になってはいても、陽乃の方から関係を修復したいと言ってくるのなら……
八幡「……絶対に、喜ぶはずです」
そこまで言うと陽乃に背を向け、周囲を見渡す。 ………ああ、あった。
歩き出す背に、陽乃から声がかけられる。
陽乃「比企谷くん、わたしは……」
八幡「いいですよ、無理にこの場で言わなくても。 ……貴女がどうするかは、もうわかってますから」
陽乃「…………」
八幡「確かに、口約束ですし反故にすると言われたらどうしようもないですけどね。貴女は、ちゃんと守ってくれるはずです……というより」
木に引っ掛かっていた、俺の道着を回収。
八幡「最初から、そうする予定だったんでしょう?」
陽乃「……どうして」
八幡「そりゃ、当たり前じゃないですか……雪乃との関係を改善せずに、貴女のやろうとしていることがうまくいくはずもないし。俺を引き入れようとしたのも、何割かはその布石の意図があったんじゃないですか?」
先日の会話では触れられなかった、さらに心の奥の陽乃の本音。
ただおそらく、誤算があったとすれば……
八幡「こんな風に、俺から命令されるんじゃなく、本当ならまず俺を取り込んだ上で、自分が主導権を握るかたちで色々と考えてたんでしょうけどね」
陽乃「………!!」
八幡「……あのですね、これだけは忠告しておきますよ? 雪乃との関係を改善したいなら、変な策を弄したりせずに、ストレートにいくべきです。率直に、『自分も雪乃を愛してる』って伝えたらいいじゃないですか」
陽乃「……無理よ。これまでのこともあるしそんなの今更、信用してくれるわけ……」
八幡「……ああ、そりゃまぁ…自業自得だとは思いますがね。貴女の妹は聡明です。心にもないうわべだけの言葉と、本気の区別くらいつきますよ。 どのみち、貴女の方から折れる以外方法はないんです。一生、わだかまりを抱えたままでいいんですか?……今、姉妹関係がこじれてる責任は100% 貴女にあります」
陽乃「………言いたい放題言ってくれるわね、ホントに」
背後で陽乃が苦笑する。
八幡「気に障りますか?」
陽乃「…………」
ふっと肩を竦めるような気配。
八幡「まぁ、勘弁してください。所詮は道化の戯言です……付け加えるなら、貴女なら耳に痛い言葉でも受け入れる度量があると信頼してるんですよ」
陽乃「……それは、光栄ね」
八幡「……能力も、その姿勢も、貴女は尊敬に値する人間だと思っていますよ、本当に。ただ……」
陽乃「……ただ?」
八幡「ただ俺は……貴女が、周囲からそう見られて自身でもそう演出しているような完璧な人間だとも思っていないし、そうである必要もない、と思う」
陽乃「…………」
八幡「雪ノ下家の教育がどんなものだったかは知りませんし、貴女がどのようにして今の自分を作り上げたのかも俺にはわかりません。俺ごときが貴女を評するのはきっと傲慢なんでしょう。でも」
八幡「………うまく言えませんが、やはり、たった一人の妹に対してさえ壁をつくって、常に仮面をかぶり続けるそんな生き方は、やはり………と思うんです」
やはり……の後を言葉にすることはできなかった。間違っている? さびしい? ……他人がそんな評価を口にすることこそあまりにも傲慢ではないのか。
八幡「現実には、こうして泥に躓くことだってある。……でも、いいじゃないですか。それでこそ、力を合わせる意味がある」
陽乃「……比企谷くん、それって……」
陽乃が息を呑む気配。
八幡「足元と頭上を同時に見ることは難しいでしょう。なら、役割分担でいきましょう。
……貴女はやはり、上を見ている方が似合うと思いますよ」
二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。
一人は星を見た。一人は泥を見た。
八幡「足元の泥は……俺が引き受けますから」
八幡「……裸ですよ、王様」
珍しく呆然としている陽乃に、白い道着を投げ渡す。
陽乃「………生意気ね、本当に。本当に……」
八幡「……すみません」
陽乃「それに、臭いし」
八幡「……え」
台詞がですか、道着がですか。 ……どっちにしても傷つく。
ごめん。待たせました。いきます
その後も、散々に
「カッコつけても似合ってない」だの、「死んだ魚みたいな目をしてるくせに」だのひどいことを言われた。
……べつに泣いてないよ?
陽乃「……比企谷くん」
八幡「……はい?」
陽乃「きみが言うとおり、わたしは雪ノ下家内部の問題にきみを巻き込もうとしているわ」
俺は黙って肩を竦める。
陽乃「……本当に今更だけど、本気で雪乃ちゃんの幸せを願うならそうするべきじゃなかった。わたし一人で何とかしなくちゃいけなかった」
八幡「……陽乃さん」
陽乃「比企谷くん、やっぱりあの話はなかったことに……」
八幡「……あのですね、陽乃さん。聞いてください」
陽乃の言葉を途中で遮る。
八幡「まったく……はっきり言いますがね、そんな気遣いは、丸っきり見当違いですよ」
八幡「俺が貴女の誘いに乗ったのは、たまたま目的の方向性が一致していたからです。俺は、自分の意志で貴女を利用しようとしているんですよ。その上で、効率的な役割分担を申し出ているにすぎません。政治の世界にさほど興味はありませんが、どのみち就職はしなきゃならないんだし……」
陽乃「………比企谷くん」
八幡「だいたい、何ですか急にしおらしくなって。平然と万人を欺き必要とあれば親とも戦う。にっこり笑って人を斬る、冷酷無比な鉄面皮のマキャベリスト。そんな貴女らしくもない」
陽乃「…………^^#」
……怖っ!!
八幡「そ、そうそう、貴女はそれでいいんですよ! ……俺は犠牲になるなんてつもりもない。貴女が引け目や罪悪感を感じる理由はないんです」
陽乃「……そう。後悔しても知らないわよ? 今更取り消しは効かないからね」
雪乃によく似た、輝くような笑顔。 ……早速だが、いろいろと早まった気がしてならない。
八幡「…………えーと」
陽乃「わたしに着いてきなさい。限界まで働いてもらうけど、弱音を吐いたり潰れたりしたら許さないからね」
うん、知ってた。無茶振り、無茶振り アンド 無茶振り。千尋の谷底に突き落とし、更に上から石でも落とす。それが彼女のやり方です。
………………………ものすごく色々と早まった気がしてならない。
八幡「と、ともかく帰りましょう。風邪をひく前に。 ……大きい風呂があるんで」
今頃、準備してくれているはず。
陽乃「そう、それはありがたいわね……それにしても、ひどい格好」
苦笑気味につぶやく陽乃。
まったくだ。いくらなんでも、半裸で戻るのはツラいので、陽乃が泥を拭って投げ捨てた上着を拾って身に着ける。
これも泥でまだら模様になっている。
陽乃「……顔も泥まみれでペイントされてるみたいだよ?」
主にアンタのせいだけどな! クスクス笑っている犯人をジト目で睨む。まぁ、お互い様だけど。
八幡「道化ですから」
ドーランの化粧にまだらの衣装が正装と思えばべつに腹も立たない。
陽乃「……道化、ね」
八幡「……ええ。道化、です」
呟く陽乃の方をちらりと見る。肩から羽織る、さっき俺が渡した白い道着。夕陽に映えて一瞬、王様の外套のようにみえた。
今日ここまで。また明日!!
……道場に戻り、庭の隅で泥を落としていると師匠が近づいてきた。
材祖父「八幡よ、これを受け取るがいい」
八幡「……これは」
……巻物? きれいに洗って拭いた手で広げてみると
「大崎夢想流剣印可巻」
印可状、すなわち免許皆伝の証。
材祖父「先ほどの試合いに勝ったそうだな。 ……申し分ない。お前は既に型の動きはすべて身に着けていることだしな」
八幡「……いえ、お気持ちは嬉しいですけど、まだ到底、こんなものをいただける腕では」
本来は、10年、もしくはそれ以上の修行の上で貰えるかどうかというものだ。こうもホイホイ出されたら先人が泣く。
さっき、あと108の経験値が必要とかなんとか言ってなかったか? ……ボス戦でクリアしたのか。
材祖父「ならば今後も研鑽を積み、それにふさわしい腕となるがいい……できたら将来、大崎夢想流の宗家はお主に継いで貰いたいと思っておる」
……ええええぇぇぇぇぇ。
材祖父「そして、義輝のことも末永くよろしく頼む」
……えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
ひきつりまくる俺から目を逸らし、遠い目でどこかを見詰める現宗家。
材祖父「お主にはどこか、大久保新之助先生と似たところがあるからな……」
八幡「……ど、どこがでしょうか」
いや、さすがに会ったことないだろ。江戸時代の人だし……
材祖父「そう、しいて言うなら……渡航歴か」
……ちょっと何を言っているのかわからないですね。なんだ渡航歴って。どこにだよ……
とりあえず印可状はありがたく受け取り、他の戯言については聞かなかったことにした。最近、ボケが進行気味で真面目に心配だ……。
八幡「ふう……」
総檜の浴槽に浸かりながら、大きく息を吐いた。
あ〜、生き返る……。
陽乃に先に入ってもらっている間に、外でホースからの放水で泥を落とし、すっかり身体が冷えていた。
材木座、怒りの冷水放射 によって唇が青紫になるまで攻撃を食らったからな。まだ、秋でよかった。真冬なら死んでたかもしれん……覚えてろよ。
復讐のプランを妄想しつつ、天井を眺める。
……さて、どうするか。
……材木座のことではなく、雪乃のことだ。
この成り行き、俺の将来への選択を、どのように説明したものか。
……おそらく、話せば分かってくれる、とは思う。
だが、頭では理解しても、心情的には複雑……どころではない筈だ。
その不安を取り除いて納得してもらえるように、できる限りの方法を……
……ん?
ガラッ
陽乃「やほ〜、背中を流しに来たよ、比企谷くん☆」
八幡「」
陽乃が、くすりと笑った。 反射的に、脳裏に彼女の妹が絶対零度の目線でこちらを睨みつけている表情が浮かぶ。 ……ぞくり。
八幡「ゴ、ゴメンナサイ!!」
一瞬で正気に戻り、温度を最低に設定したシャワーの栓をひねる。
陽乃「きゃ……ちょ、ちょっと」
冷!! つ、冷てぇぇぇ!! 頭から浴びた冷水が、麻痺しかけた思考を醒ましていく。
陽乃が一歩退がった隙に、タオルを急いで腰に巻いた。
P〜〜〜〜〜
……しばらくお待ち下さい。
八幡「そ、それで……本当に、何のつもりですか」
改めて仕切り直し。陽乃に背中を向けながら牽制する。……チラチラ見てしまうのは、あくまで自衛のためだ。
……ホントダヨ?
陽乃「その反応、傷つくなぁ……もうちょっと喜んでくれると思ったんだけど?」
八幡「……………………」
……まぁ、夢のようなシチュエーションであることは否定しない。だからこそ確信をもって言える。
これは罠だ! 明らかに自明。表現が重なるくらい自明。コーラを飲んだらゲップが出るくらい自明。
全力で警戒している俺の視線をまるで気にする様子もなく、無造作に両手をあげて髪を後ろにまとめている陽乃。
……いや、別に腋フェチとかじゃないんだけど。タ、タオルが外れそうで、気になって仕方ない。
陽乃「洗濯した下着がまだ乾かなくてね。ヒマだしせっかくだから、比企谷くんと親睦を深めようと思って☆」
親睦って……いくらなんでも度が過ぎてるだろ!!
陽乃「遠慮しなくていいんだよ? 何しろ、この先、公私ともに特別な関係になるんだし」
こちらの反応を愉しむ様に艶然と微笑んでいる陽乃の真意は、相変わらず見えない。
こ、公私ともって……
陽乃「なんなら、『お姉ちゃん』って呼んでもいいんだよ? むしろ推奨」
八幡「……いや、絶対呼びませんし」
このシチュエーションでそれは、背徳感が半端ない。あと、いろいろな意味で怖すぎる。
八幡「…………………」
陽乃「……ふふ、いいね、その表情。ちょっとゾクゾクしちゃう」
陽乃が、うっとりとした声音で呟く。たぶん、風邪の初期症状だと思う。ちゃんと服着た方がいいぞ。
……つーか、前から思ってたけどかなりのドSだよなこの人。
俺は、無言。必死でポーカーフェイスを保ちながら陽乃から視線を逸らし、理性を総動員して思考を巡らせる。
陽乃「……何か、悩みごと? よかったらお姉ちゃんに相談してみなさい」
両肩に手を置きながら耳元で囁かれ、思わず、びくっと痙攣する。ちょ、近い! 近い!! 近い!!!
悩みの元凶はあんただっての!
何 、 考 え て い や が
むにゅん、と背中に何かがあた、当たって
あ、
……ギリギリのところで耐えた。雪乃の顔を思い出すだけで、一瞬で正気に戻る。5年以上の積み重ねがもたらす、恐るべき条件反射。
傍から見ればこれを「調教」というのかもしれん。
だが、「あててんのよ」攻撃はなおも続行中。タオル越しとはいえ、恐るべき破壊力だ。全盛期のマイク・タイソン並み。
このままではもう、もたない。
八幡「あ、あの……」
陽乃「ふふ、何?」
すぐ近くから声が聞こえる。振り返ってはいけない。
八幡「………本当に、何、を」
考えてるんですか。 ……そう続けようとした言葉が、声にならない。肩に置かれた手が、いつの間にか首に回されている。
陽乃「…………そうね、比企谷くんはどう思う?」
分かる訳がない。
陽乃「……ちゃんと答えられたら、景品をあげる」
週末が終わるだと……ウソだろ。
……ちょっとだけ更新します。
……一般的に、男の本能として。情を交わしてしまった女相手に強い敵意を抱くのは難しいと思う。
またもしそうなった場合は互いに弱みを握りあうかたちになるが、裏切りの「共犯者」という立場が、心理的な距離を縮める役割を果たすかもしれない。
だが……
陽乃「……仮にそうだとしたら……どうするのかな?」
やめろ。指先で胸をくりくりすんな。 ……み、耳に息を吹きかけないで。
てか、いつの間にかまた上半身の身動き封じられてんですけど?! 諸般の事情で立ち上がることもできないし!!
八幡「……だ、だとしたら、あえて言わせてもらいます……げ、下策だと」
そう言いつつも、呼吸が乱れる。
陽乃「……ふうん?」
やめて!! どこ注目してるかわかるけど!!
……仕方ないだろ、若いんだからそらこうなるわ!! あと一応タオルで隠してるからな?!
すぐ耳元でクスクスと笑う声が聞こえる……なんという屈辱。ますます赤面するのを感じる。
陽乃「……思ったより初々しい反応だねー。 まさか初めて……の訳ないよね? 雪乃ちゃんとは最近、仲良くしてるのかな?」
八幡「ノ、ノーコメント。 お願いだからセクハラはやめてください」
陽乃「……ちなみに、過去の経験人数は何人?」
八幡「だからノーコメント!! 」
そこらの酔っ払いのオヤジよりひどい!! 何これ、リア充同士のノリなら普通なの?
いやもう、セクハラっつうか性別逆だったりしたら、普通に逮捕モノだからな? これ。
兄弟の恋人を風呂場で襲って、身動き封じて言葉責めとか、どこのエ□ゲだ。
陽乃「じゃあ、その辺はまたいずれ、じっくり訊くことにして……」
答えねぇっつってんだろ……
陽乃「下策っていうのは、どういうことかな?」
八幡「……も、もろもろのリスクの増大と、今後の予定に及ぼす悪影響……って解ってるでしょ悪趣味な」
周囲の人間……特に雪乃に露見する可能性と、露見した場合どうなるかという計算が陽乃にできないわけがない。
八幡「……相手が誰であれ、どんな状況であれ……今後、策で貴女が身体を投げ出すような真似は絶対に許しません」
そして……
八幡「俺に対しても、決して情を移さないようにしてください」
スマホから更新します。
陽乃「......どうして、かな?」
八幡「もちろん、俺たちの目的のため、です」
わずかに拘束が緩む。俺は言葉を続ける。
八幡「貴女がやろうとしていること、無謀だとは思います。でも、成算がない勝負じゃない」
あらゆる方向から可能性を検討した上で、得た結論。どのみち、他の道はない。
八幡「俺は、貴女に賭けます。貴女の妹と、俺自身の未来を。そして、そのために必要なことを...」
とか言いながら、こっそり身体を離そうとしたら......さらにがっちりと拘束されました。助けて下さい。
陽乃「嬉しいけど、答えになってないよ? 比企谷くん」
八幡「で、ですから……」
頭ごと抱えられて、上からのしかかられている。意識を必死で逸らしながら、上ずった声で話し続ける。
……この先影響力を高めていくにあたって、新人議員である陽乃にとっての武器は何か。
県知事である父親の後継者という事実がもっとも大きいのは当然だが、将来的に対立することを考えている以上はそれをずっと計算に入れるわけにはいかない。
となれば結局、彼女自身の生まれ持った個人的なカリスマ……もちろん、若さや美貌、女性としての魅力といったものも含めた……しかない。
八幡「お、俺たちはそれだけを元手にして、支持層を開拓して力をつけていかなきゃいけないんです。貴女は注目される分だけ、周囲の風当たりも強くなる。周囲の敵が攻撃してくるとしたら、まさにその、若さや女性であるという点を突いてくるのは予想できます……」
陽乃「…………」
八幡「情に流されているとか、特定の誰かに贔屓しているとかいうイメージを持たれるのは極力避けなきゃいけない。まして、下半身がらみのスキャンダルなんて最悪です」
情報の秘匿に絶対はない。今後されに目立つようになれば、根も葉もない中傷をされるまである。
ありえない話だが姉妹で三角関係とか……週刊誌やワイドショーの特集が捗るな。
八幡「客観的に見て……貴女は確かにとても魅力的な女性です。誘惑されれば、抵抗できる男はいないかもしれません。でも、他から嫉妬や反感を買ったり醜聞として露見するリスクを考えれば……直接女を武器にするのは、トータルではマイナスです」
陽乃「……それだけ?」
八幡「……敵は、外にばかりいる訳じゃない。世襲の新人である貴女が、俺のような奴をスタッフに抜擢すれば、身内からも必ず、反感を買うでしょう。だ、だから余計に必要以上の情をかけているととられるのは避けなくては……」
陽乃「……ええ、確かにそうね」
以前にも言及した、身内からの摩擦。こたえる陽乃の声は愉しげだ。
まぁ、表向きは、冷たく当たっているとみられるくらいで丁度いい……とか言って本気で酷使されそうな気もするが。
というか今、俺、自分で死亡フラグを立てたような……
まぁ、今、深く考えるのはやめよう。このひとなら、多分そのへんの線引きや表裏の使い分けは完璧にできるんだろうけど……俺も極力、人前で狎れた態度はとらないようにしなくては。
ぼっち十戒のひとつ「汝、勘違いするなかれ」
陽乃「……それだけ?」
えー……何を言わせたいんだ? このひと。
八幡「……まぁ、個人的な感情としても。貴女がよその誰かに取引のために身体を差し出すのは見たくない、ですけど……」
雪乃とよく似た顔の、雪乃が憧れてやまない姉。
理屈は抜きにしても、陽乃がそんなことをする場面を想像するのは……正直とても不快だ。
陽乃「……そう、なら、仕方ないわねー///」
……………………………………ようやく、離してくれた。
だが、今、何か……いや…………深く考えるのはやめよう。
八幡「でも、結局……さっき言ったような、ただ俺を取り込むための方策でこんなことをしたわけじゃ……ないですよね?」
振り向かず、背後に尋ねてみた。
陽乃「……そう思う?」
勘違いをしない為にも、自己防衛の為にもこう応えるしかない。
八幡「……そう、思います」
陽乃「ふーん、君は、私が他人を引き込む時に誰彼構わずこんなことをする女だと思ってるんだ?」
いや、わかっている。
この人は他者との正しい線引きを完璧に理解し、使いこなすことができる。それはカリスマ性を最大限発揮する為に必須なことでもある。
そして、今のこの状況は明らかにその線引きを超えている状況だ。ギリギリアウトどころではない、普通にアウトだ。
ただ俺を駒として取り込むだけの意味だったらここまでせずとも俺は首肯していたし、この人もそれがわかる人だ。
つまり、ここまで俺に先程までの話のように精神的にも、現在のこの物理的にも距離が近くなっている状況はそれ以外の意味があるはず。
考えるとしたらそれは……いや、勘違いしてはいけない自己防衛自己防衛
八幡「そういうわけではないですけれ『ムグッ』」
陽乃「んっ……フゥ、そういうわけではないですけれ…?」
い、今この人は何をした…?
突然首を曲げられたと思ったら陽乃の顔が目の前に…瞬間口と口がくっついた状態で……やばい思考が追いつかない
八幡「えっ、は、陽乃さん…!ちょっ『ムグッ』」
陽乃「んっ…んんっ…チュ……ふぅっ…ジュルッ……んふぅっ………ふぅー」
陽乃「…ねぇ、本当にそう思うの?」
と、妖しく笑う陽乃は……本当に綺麗だった
八幡「すみません思いません!だからちょっとストップ!色々やばいですって!」
主に息子と気持ちと勝手にあいつに捧げる貞淑さが。
陽乃「やばいって何が?」クスクス
こっちの葛藤も情動も、何もかもをわかったようにこの人は笑う。
陽乃「今は私との商談中でしょ?何で私以外のことを考えてるのかな?」
あ、目がマジだ。しかもやっぱり全てわかってる。
陽乃「ねぇ、ここの固まってる君は、今誰と触れ合って反応したのかな?私だよね?」
陽乃「なら、私のことだけを考えなくちゃ。私も今は君だけのことを考えてる、ううん、今だけじゃなく最近は大部分を君のことを考えて過ごしてたかな」
陽乃「今回の取引は私の関係の進退のことはもちろんあったけど、それ以上に君ともっと仲良くなる為に設けたものでもあるの」
陽乃「不思議ね、私にとっては家族との関係と、その動静だけが全てだったのに。君と話す度、君の思考とぶつかる度にどんどん君が大きくなって私の中に入り込んでくる」
陽乃「今キスをしてみて改めて実感してる。君が私の中で大きくなってるのを。私こんなに幸せを感じてるのは初めて…」
やばい、やばいやばい、防衛ラインなんか余裕で突破されちまった、この人の言動一つ一つから来る吸い込まれるような魔翌力。
しかも今言ったことが嘘ではないことがわかってしまう。
この人は、嘘や冗談で家族を引き合いに出すはずがないのだ、この人にとって家族は絶対だから。
だが引き合いに出すということは……
それはどういうことか、本心だからに決まっている。
こんな全力の本心を叩きつけられて俺は_____
陽乃「ねぇ、続きしよ?」ニコッ
______堕ちてしまった。
陽乃「んっ……ふぅ……チュプ…………ふぁ……!」ズチュッズチュッ
八幡「は、陽乃さん…!………もう、やばいです…からっ……ムグッ…!」ズチュッズチュッ
陽乃「……んっ……ぁ…ん………ふふっ…可愛い…んぁっ……」ズチュッズチュッ
八幡「…本当に……!出ちゃいますから…!離してっください……!」ズチュッズチュッ
陽乃「……んふふ……だぁめっ………私が……君の事を……本当にどう思ってるかっ…ぁ……信用してないでしょ………?」ズチュッズチュッ
陽乃「……んぁっ……本気だってことっ……わからせてあげる………だからっ……中に出して……?」ズチュッズチュッ
八幡「本当に…まずいですって………………あっ、あぁ……!」ビクビク
陽乃「……んっ………ぁっ……ふふっ……中にビュービュー出てる………」キュー
陽乃「………んっ……んんっ………ふぅ……いっぱい出たね…?」クスクス
……あぁ、やはりこの人の笑顔は………悪魔的で美しい。
陽乃「結局あの後も中で1回、胸で3回と比企谷くん、本当に元気だね」クスクス
……陽乃とのあの大立ち回りの後だ、アドレナリンもいつもより出まくってますよチクショウ
陽乃「でも君は本当に胸が好きだね、いつもは出来ないからかな?」クスクス
八幡「ソンナコトハナイハズデスガ…」
陽乃「ふふっ、これで君は私の物」
八幡「」
陽乃「そして私はあなたの物。」
陽乃「繋がってみてやっぱり……私が、こんな気持ちになっちゃうくらい、あなたのことが好き。」
Oh…前と同じ人かな?
ていうか、おもしれぇじゃねぇかw
>>263から
まるで白く深い霧の中を覗き込み、手探りするような感覚。
じつのところ、彼女の行動は矛盾だらけだ。
妹の幸せを願い、関係の修復を望んでいるかと思えば、俺たちの関係を承知しながらこんな悪戯を仕掛けて挑発してみたりする。
ひどく冷徹で傲慢な本性を見せつけながら、ときにお人好しで甘い部分も覗かせる。否、それも含めすべてが人心掌握を目的とした彼女一流の演技なのか。
八幡「……正直なところ、わかりません。貴女が何を考えているのか」
妹のことを想う姉。高みを目指す若き政治家。いずれも彼女の一面には違いないのだとは思う。
……そして、あくまでもそれらはただの……俺の目から見える彼女の、ただの一面に過ぎない。
それがこのひと…雪ノ下雪乃の姉、彼女が目標とした人物のすべてではないことくらいは、当然理解している。
いや誰であれ、他人のすべてを見通して完全に理解できると思うのは傲慢だろう。
そもそも比企谷八幡と雪ノ下陽乃では、所詮 役者が違うのだから。
陽乃「……それでは不合格ね。わからなくても想像して……わたしに近づこう、わたしを理解しようとしなさい」
……無茶をいう。明るい笑みを含んだ声。十代の少女のように無邪気でありながら、ひどく蠱惑的でもあった。
陽乃「……それが貴方の、これからの仕事なんだから」
おーおー 好き勝手言いなさる…!!
八幡「……なら、こういうのはどうですかね」
背後でなんかごそごそと物音が聞こえる……このうえ更に何する気だ?
そして、何やら愉しげなハミング。
〜♪ 〜♪
陽乃「うん、なぁに?」
鼻歌交じりの返事が激しく不安を掻き立てる。
八幡「あ、姉として、また雇い主として……妹の恋人、将来の部下が、ちょっとした色仕掛けで簡単に揺らぐような人間かどうかを確認しているとかいう罠?」
陽乃「……ふふっ さぁ、どうかな? だとしたら、きみはどうするの? 比企谷くん」
八幡「……陽乃さんには、安心してもらっていいですよ。俺は………」
ぐぅ……あえて口に出すのはやっぱりちょい、恥ずかしいな……
八幡「……俺は、あ、あいつ一筋ですから」
んなさもしいことは考えていないww
陽乃「おお〜、言い切ったね〜☆ 比企谷くん、かっこいい〜、ひゅーひゅー♪」
べちょっ、と背中を冷たくぬめる何かで叩かれる感覚。次いで、わしわしぬるぬるとそれが全体に塗りたくられていく。
八幡「ちょ……?!」
思わず視線を後ろに向ける。陽乃が満面の笑みで両掌を動かし、ボディソープを俺の背中で泡立てていた。
陽乃「ん、どうしたの? 背中を流しに来たって言わなかったっけ」
八幡「結構です、間に合ってますから!!」
陽乃「いいから、いいから。遠慮しないの☆」
八幡「人の話を聞いてくださいってぇぇ!!」
陽乃「うん、聞いてるよー?」
聞いてるけどスルー?! まったく止める気配がない、そして手付きが怪しい!!
わ、腋はやめて腋はァァァ?!
陽乃「……じゃあねぇ、前から聞きたかったんだけど、比企谷くんは、雪乃ちゃんのどこがそんなに好きなのかな?」
悶絶しながら身をよじる俺の背中に、指を一本押し当て、陽乃が真剣な声で問いかける。反射的に背筋が伸び、動きが止まった。
八幡「……どこが、ですか。 ……すいませんが、とても一言では言えません」
あえて言うなら、「全部」だ。本気を出せば、あいつを好きな理由なんて一晩中だって語れる。「あの日」、本人相手に実際にそれをやった。
ただ、本人のいないところで、しかも相手の家族相手にさぁ惚気ろといわれても俺にはとてもムリ。正直それ、拷問の類だと思う。
……結果論かもしれないが、俺と雪乃が互いに引いていた最後の一線を乗り越え、今のような関係に発展したのは、
あのとき陽乃が煽ってくれたおかげだ。
もしかしたら、いや、おそらく、そうなることを見越して援護射撃をしてくれたのでは、と思っている。
だから、この人には本来、雪乃との仲に関してはどれだけ感謝をしても足りないくらいの恩はある、のだが……
陽乃「じゃあ、質問を変えようか。比企谷くん、雪乃ちゃんに一度も勝負事で勝ったことがないって言ってたけど、どうしてかな?」
八幡「……そりゃ、言いたくありませんけど、単純な能力差ですよ。あいつはもともとの素質に加えて、努力にも決して手を抜かない、本物の天才ですから」
いうなれば、怠けないウサギ。
八幡「貴女もとんでもない傑物ですが、経験の差はあっても才能は決してそれに劣ってないと思いますよ、あいつは……
俺のような凡骨には、とても歯が立ちません」
陽乃「ふふ、心にもないことを言うわね。 ついさっき、その才能と経験を伴っているというわたしを負かしてみせたくせに」
クスリと笑う陽乃。
八幡「いて!」
背中に、ちょっと爪をたてられた。
陽乃「雪乃ちゃんの才能や能力については、姉の贔屓目抜きにしても比企谷くんの言うとおりだね。でも、あの娘には弱点も結構多いでしょ? さっきわたしをハメたみたいに、比企谷くんならいくらでもやりようはあったと思うんだけど」
八幡「な、何をおっしゃるかと思えば……」
やめてくれませんかね、ハメるとか人聞きの悪い。
……確かに、雪乃には弱点も多い。身体能力的には持久力に乏しいし、不意打ちにも結構弱い。あと、極度の負けず嫌いで、割と簡単に挑発に乗る。
選ぶ手段は正攻法、つか正面からの力押しに偏りがちだし、なるほど、それらの点を突けば「勝負に勝つ」のは決して難しくはないのかもしれない。
だが……
八幡「陽乃さんらしくもない愚問ですね。そもそも俺はもともと、貴女が言っていたようにそれほど勝負にこだわるタチじゃありません」
陽乃「やっぱり、あの子と勝負をするときには手を抜いていたってこと?」
八幡「まさか。そんなの、あいつが気付かないはずも、喜ぶはずも、許すはずもないじゃないですか……いつだって、本気ですよ。本気で正面から相手をして、本気で負けてました」
どうして搦め手を使わないのか? といわれても、説明は難しい。ただ、そうしたくないのだ。なんというか……
八幡「何ていうか、ですね……俺は、あいつとは勝てない勝負しかしたくないんです」
陽乃「あー比企谷くん……やっぱりそういう性癖があったんだn」
八幡「いや、違いますし」
やっぱりってなんだよ。あんたら姉妹はアレかもしれんが、俺はノーマルだ。
八幡「……俺はあいつの……雪ノ下雪乃の、世界一のファンなんですよ。あいつは、人から疎外されても、傷つくとわかっていても、決して逃げない。誤魔化さない。進む道を曲げない。 どれほどきつかろうと、弱音を吐かない。あきらめない。真正面から茨の道を踏破しようとする。 常に、彼女のなかの正しさを守ろうと、強くあろうとしているんです。まったく……どうして、ああも不器用で意地っ張りなんだか。体力もないくせに人に頼るのも下手糞で……」
思わず苦笑が零れる。
陽乃「…………………」
ごめんね。いま当直してるもんで、急に呼び出されたりするのよ。
でも、今日はまだまだいく予定。
八幡「でも、俺は……あいつの、そんな不器用なところも、哀しいほど意固地なところも含めて、尊敬しているし、あ………」
は、はずぇうぁぁぁ……///
八幡「……あ、愛してるんで」
陽乃は、何も言わない。だが、背後から伝わってくる気配は、暖かいものだった。
八幡「……姑息に立ち回ってあいつの優位に立ったところで、何も嬉しくないですよ。俺はあいつの、あの生き方、在り方、存在そのものが、どうしようもなく好きなんです。あいつの意地も、覚悟も、強さも、弱さも、純粋さも、愚かさも、エゴも、ずるさも全部わかって、ひっくるめた上で……あの綺麗さを丸ごと守りたいんです。そのためなら……」
比企谷八幡の、すべてを賭けていい。
またよばれました。今晩中にはるのん編ラストまでいけっかな……
陽乃「……そっか。うん……雪乃ちゃんは、幸せ者だね」
背後で、しみじみと呟く声が聞こえる。
陽乃「でも、まさか、あの比企谷くんが、そういうことを口に出して言うなんてね?ちょっと……ううん、かなり驚いたよ」
くすくす笑う声に、改めて顔が熱くなる。
……ぐ、俺だって、キャラじゃないのはわかってる。今だって、恥ずかしすぎて血を吐きそうだ。だが……
八幡「これは今、言っておくべきだと思ったんです。俺の立ち位置と意志を、明確に理解してもらうために。それに……」
陽乃「……それに?」
八幡「……それに、俺みたいな大嘘つきにだって、大事なものや誤魔化したくないことのひとつくらいはあります。」
……あいつと約束したからな。正面から向かい合うって。
陽乃「………………知り合った頃の比企谷くんに、聞かせたいセリフだねぇ、それ」
俺の背中をナデナデしながら陽乃が呟く。陽乃が…いや、俺自身も、どういう表情をしているのかは、わからない。鏡はすっかり曇っている。
八幡「……数年後の自分がこうなっていると言っても、絶対に信じないでしょうね」
…あるいは、堕落を嘆くだろうか。
だが、それでも。
八幡「……確かに、俺はあの頃から変わり……変質して、ある意味堕落したのかもしれません」
誰も、何も信じない、誇り高き孤高のぼっち。あの頃の比企谷八幡はもう居ない。それでも……
八幡「……意外と、今の自分も……嫌いじゃないんです。もちろん、過去の自分もですけど」
救急対応中。
本日中にまた更新します。
背後の陽乃は、無言だ。いつのまにか、掌を背中に当てたまま、動きも止まっている。
八幡「もし、俺が変わったとするなら、それは貴女の妹……雪乃と出会ったからです」
今の比企谷八幡を構成する成分の何割かは、雪ノ下雪乃にもらったものだ。だから……
八幡「俺は、今の自分を否定しない。それはつまり、あいつとすごしてきた時間を、積み重ねた思い出を、交し合った心を否定するってことですから」
陽乃「……………」
八幡「いつかまた、もとのぼっちに戻る日が来るとしても……それは、かまいません。孤独に生きてきた過去を卑下しようとも思わない。だけど、それでも……」
ああ、そうだ。それでも、これだけは断言できる。
八幡「……俺はあいつに……雪乃に会えてよかった。この思いだけはきっと、この先ずっと……どんな目にあっても、何が起ころうと変わりません」
陽乃「………ん〜〜、まったくもう……惚気てくれちゃって! ここまで堂々とされたら、からかえないじゃない」
数秒の沈黙の後、クスクス笑いながら拳で俺の背中を殴る陽乃。ちょっと痛い、いて、おい何発、そこ急所!
ごすごすごす、と、ダメージが通りそうな打撃を何発もくらい、抗議の声をあげようとすると、
陽乃「……ちゃんとお互いのことを理解して……心から信じ合ってるんだね、雪乃ちゃんと」
暖かい、しかしどこか羨むような声音で、陽乃が呟いた。
八幡「……どうですかね。そう、だといいんですけど」
……信じる、という言葉は一見うつくしい。だが一面、ひどく身勝手な言葉でもあると思う。
そのうつくしさの裏にはしばしば、相手への期待……こちらの都合や、身勝手な願望の押し付けがある。
勝手に自分の理想を投影して、実像がそうではないことを知ると裏切られたように感じ、勝手に失望する。
醜いエゴをきれいなイメージでデコレーションしただけの言葉の、何と多いことか。
だがそれでも……人間には何かひとつくらい、そういうものが……信じるものがあったっていい。
その対象が鰯の頭だろうと、パンさんの縫いぐるみだろうと、ネット小説の更新の宣言だろうと、
自らの意志で選び取り、信じたいものがあるのなら信じればいい。
八幡「……俺は、あいつがどうあれ、この先どういう選択をしても、たとえ俺を見限ったとしても、あいつの味方であり続けるつもりです」
比企谷八幡は、雪ノ下雪乃を選ぶ。これまでの5年分の共有した時間と、交わした思いにかけて。
互いに知り合ったその為人を、心痛むほどに誠実なその在り方を、信じる。
八「養ってくれ」
→雪「勝手に信じるな、覚悟はできてるのか?」
→八幡ひるむ
↑これは演技?
このSSまとめへのコメント
えっと、続きはどこですかな