女「君はボクの何になってくれるんだい?」 (181)
女「だーれだ」
男「……なんのつもりだ」
女「さあ、ボクが誰だかわかるかな?」
男「手を離せ。見えん」
女「もしかして、わからないのかな?」
男「おい、鼻息が当たってるぞ」
女「もっと近づいて、声を聞けばわかるかなと思ってね」
男「……」
女「いつも一緒に帰っているのに、酷いなぁ」
男「ほぼ答えじゃねえか」
女「しかたない、答えを言おう」
男「ん……」
女「ふふっ、答えはボクでした」
男「だ、誰??」
男「答えになってねえぞ」
女「君にとっては、これでわかるだろう?」
男「なんだそりゃ」
女「ドヤ顔ダブルピース」
男「脈絡のないネタを挟むな」
女「ふふ、うざかった?」
男「ああ、その顔はうざい」
女「それじゃあ、帰ろうか」
男「おう」
女「夏休みもすぐに終わってしまったね」
男「そうだな」
女「ボク達はなにか、変わっただろうか」
男「お前は少なからず変わったな」
女「ん、どこだい?」
男「今学期からポニテになった」
女「おや、気づいてくれたんだ。嬉しいなぁ」
男「まあ、そりゃな」
女「ふふっ、君はポニーテールが好きかい?」
男「さあな」
女「まあ、ボクのは短いポニーテールだけれど」
男「まあ髪自体長くなかったしな」
女「このくらいの大きさの方が、ビンビン動いて好きなんだ」
男「できれば効果音を変えて欲しい」
女「いいじゃないか、脈打つような効果音!」
男「ポニテに使う効果音じゃねえ!」
女「じゃあピョンピョン」
男「それがいいな」
女「ピョンピョン♪」
男「ウサギの真似はしなくていい」
女「手で耳を表現しました」
男「言わんでもわかる」
女「じゃあ君は亀さんだ」
男「ウサギとカメって、安直だな。俺のどこに亀の要素がある?」
女「え? 君のここには亀さんがいるんじゃないのかい?」
男「どこ見て言ってんだ」
女「背中をだよ」
女「興奮すると首を伸ばす」
男「もういい、とりあえずガン見はやめろ」
女「がーん!」
男「ガーン見もだめだ」
女「じゃあ視姦!」
男「余計ダメになってんじゃねえか!」
女「じゃあちょっと触らせてくれ!」
男「もっとダメになってる!」
女「なんならいいんだ!?」
男「逆ギレかよ!?」
女「居直っただけだよ」
男「ほぼ意味変わってねえよ!」
男「……やっぱり夏休みからお前は全然変わってねえ」
女「うん、君も相変わらずだね」
男「ちっ」
女「あ、舌打ち」
男「はぁ……」
女「おや、ため息」
男「いちいち実況するな」
女「ふふ、そういえば知ってるかい?」
男「あん?」
女「秋は移ろいの季節だ」
男「いきなりだな……」
女「夏の暑さは少しずつ寒くなっていく」
男「……」
女「心も、少しずつ冷えていくんだ」
ポニーテールを軽く撫でて、ヤツはそう言った。
女「『秋』と『飽き』をかけた人はすごいね。的を射ている」
男「そうだな」
女「ふふっ」
ボクらしくないことを言った。
と、ヤツは照れくさそうに頭を掻いた。
男「まあ、たまにはいいじゃないか?」
女「これからはどんどん下衆なネタを突っ込んでいくよ」
いや、それはいらないけど。
男「秋って、なんか行事あったっけか?」
女「修学旅行があるだろう?」
男「ああ、そういえば」
すっかり忘れていたが、そうだったな。
女「と言っても、一ヶ月もあとのことだけれど」
男「10月か。長いな」
女「オマケにテストも挟むよ」
男「うわー」
聞きたくなかったな、それは。
女「大丈夫だよ。手取り足取り命取り教えてあげる」
男「殺されそうなんだが」
大丈夫なのかそれは。
女「だ、だだ、大丈夫だよ……ハハハ」
ドモるな。
女「後ろからグサっ……なんてことは万が一にもないよ」
男「じゃあ言うな」
余計怪しいぞ。
女「でも、夏休みが終わってよかったかな」
男「なんでだ?」
俺はあと二、三ヶ月欲しかったけど。
女「君と話をしながら下校ができるからね」
おい ちくわ大明神が参加してないか?
なんだよそりゃ。
女「学校があるからこそ、この時間はあるんだから」
男「でも、話だったらいつもしてるだろ?」
女「そうだね。ベッドの上でギシギシとね」
男「してねえ」
女「君の家のベッドってギシギシしないよね」
基本しないだろ。
女「この前激しく動いてみたけどならなかったよ」
男「人ん家のベッドでなにしてんだ」
女「いやいや、ナニはしてないよ」
そんなこと聞いてねえよ!
女「さすがに君のニオイに包まれたらナニもしなくても果てるよ」
男「声が大きい」
下校中になんつーこと言ってんだ。
男「あーもういい。この話はおしまいだ」
女「じゃあ君の家のエッチな本の話をしようか」
男「はぁ!?」
もっと嫌な話にチェンジした!?
女「最近、お姉さん物増えたよね?」
男「……」
なんで俺のエロ本事情知ってるんだよ!
女「年上好きの傾向だね」
男「やめろ、この話はなしだ」
女「梨? 別に果物の話はしていないよ?」
男「無しだ!」
いちいちボケるな。
女「むぅ、じゃあどんな話をすればいいのかな?」
ニヤニヤ笑いやがって。
女「あ、そうだ」
手を合わせて、ヤツはニッコリと笑った。
女「パンツの話をしようか!」
えっと。
なんでそんなにキラキラした目でそんな話を振ってるんだ?
男「興味ない」
女「ボクは興味があるなあ、君のパンツ」
興味を持つな変態。
女「頼むよ、教えてくれ! パンツの柄!」
この通り! って感じでお願いされても。
女「あるいは脱いで見せてくれ!」
男「道端でパンツ脱ぐやつがどこにいる!?」
アホかお前は!
女「いるよ! 君だ!」
指をさすな!
女「じゃあしょうがない……」
そう言って。
ヤツは短いスカートの中に手を突っ込んで。
白い何かを下にズラした。
男「……へ?」
女「ボクは見せたよ。さあ」
いや。
いやいやいやいや!?
何やってんのお前!?
男「ちょっと待て、とりあえず穿け!」
女「君が脱ぐまでボクは穿かない」
ただの痴女じゃねえか!
周りに人がいなくて助かった。
女「ふふっ、どうしたのかな?」
男「お前……本物の変態か!?」
女「そんなこと言わないでくれよ!」
興奮してしまうじゃないか!
と、高らかに言った。
というか、こいつ今ノーパンなんだよな?
なのにあんなに短いスカートじゃ風吹いたらアウトだぞ?
辺りが暗いからってやりすぎだっつーの!
男「……くっ」
もうなんだこの展開。
わけわかんねーけど、パンツ脱ぐしかないのか?
この際仕方ない。
俺はゆっくりとベルトに手をかけた。
女「なんてね」
ヤツはパンツを戻して。
女「ふふ、はしたないことをしてしまった」
男「……はぁ」
女「ため息は幸せが逃げるよ?」
男「うるせー」
ため息くらい吐かせろ。
背中、汗でビッチョリだ。
女「ちなみに言っておくけれど」
男「なんだ?」
女「今日はこれをするためにパンツを二枚穿いてきたんだ」
男「めちゃくちゃ無駄な仕込みだな!!」
パンツの話はもう絶対する気だったのか!
女「おかげでムレムレのムラムラのヌルヌルさ」
男「最後の擬音おかしいだろ」
女「え? 汗だよ?」
男「……」
まだ、混乱しているようだ。
夏休みが終わっても俺とヤツの会話はまったく変わらずであった。
男「ただいま」
妹「おかえりんご!」
男「ただいマンゴー」
妹「うんうん、ちゃんと果物で返してくれたね」
可愛い妹がお出迎えしてくれた。
うむ、幸せだ。
今日はすぐに帰ってきたから妹も上機嫌だ。
妹「今日は早いから一緒にゲームできるね!」
男「したいのか?」
妹「うん!」
男「何がしたいんだ?」
妹「んとね、なんでもいい!」
男「じゃあ一人用のゲームやるか」
妹「一緒にできないじゃん!」
男「え? 妹もやるのか?」
妹「わかってて言うな!」
可愛いからついついいじめたくなる。
男「じゃあ格ゲーでいいか?」
妹「うん」
というか、二人用のゲームなんてそれくらいしかない。
妹「お兄ちゃんの帰りが遅い日、私は頑張って練習していたのだ」
男「一人でやってたのか?」
熱心だな。
妹「ううん、メンタルトレーニング!」
その発想は無かった。
結果から言うと。
妹「なんで空飛ばないの!?」
男「そんなゲームじゃない!」
妹のメンタルトレーニングは完璧に間違っていた。
大体メントレしてもガチャプレイに変わりないんだから、意味がない。
妹「うー……もういいっ、ご飯作ってくる」
男「おーう」
悪いな、手加減しなくて。
帰りが早いととにかくすることもなくダラダラと過ごしてしまいがちだ。
宿題を出されても、まず勉強机に座ることなんてまずない。
飯まで寝るか、漫画を読むか。
オナ……いや、それは言わなくていいか。
たまには何かしたいものだけれど。
男「……何もないな」
何か、することはないだろうか。
妹「お兄ちゃーん」
男「んあっ」
妹の声がした。
どうやら寝てしまっていたようだ。
男「おーう」
ベッドから立ち上がり、ゆっくりと食卓に向かった。
妹「じゃじゃーん!」
男「……なんだ?」
妹「今日は、お兄ちゃんの大好きなハンバーグでーす!」
男「おー!」
階段を降りている時に、いい匂いがしたのはこれか。
オマケに俺のハンバーグは少し大きめだ。
妹「ふふん、自信作です」
男「いただきます」
早速箸で小さく切って食べる。
うむ。美味しい。
男「妹、上手いぞ」
妹「わーい」
手を挙げて喜ぶ妹。
それにしても、どんどん料理が上手くなっていくなぁ。
いつも作ってれば上手くなるのも当然か。
男「ありがとうな」
妹「なーに?」
男「いつも作ってれさ」
妹「お兄ちゃんが作んないんだから、私が作らなきゃいけないでしょ?」
仕方なく、って言い方だ。
妹「でも、それは昔の話」
男「ん?」
妹「今は、作るの楽しいし」
更に妹は付け加える。
妹「お兄ちゃんが美味しく食べてるのみると、嬉しいから」
……おお。
なんか、すげえ照れるな。
男「妹、お前は本当にイイヤツだ」
妹「はいはい、喋らずに食べてね。冷めちゃうよ」
男「はーい」
まるで立場が逆転しているようだ。
でもまあ。
妹は俺よりも要領がいいからな。
おまけに容量も俺よりあるだろう。
何を言ってるんだか。
妹「そーいえばさ」
ニヤついた顔を近づけてきた。
妹「今日調理実習で褒められちゃった」
男「おお、良かったじゃん」
妹「でもね、ちょっと悲しかったことがあるんだ」
どうやら、聞いて欲しそうだ。
男「どうしたんだ?」
妹「なんてゆーか……えーっと」
男「?」
いきなりどうした。
妹「お兄ちゃんに食べてもらえなかったのが。ちょっと心残りで」
男「……」
おいおい、妹よ。
お前が妹じゃなきゃ抱きしめてた。
いや、もうアレだ。
妹でも抱きしめる。
妹「ちょ!?」
男「もう可愛いなあお前は!」
妹「うわ、お兄ちゃんやめて! 離れてー!」
とか言いながら力入れてないじゃん!
男「今度調理実習があったらちゃんと残して持って帰ってきたら食べるぞ?」
妹「ほんと!?」
うお、すげー嬉しそうな顔。
男「もちろん!」
妹「実は持ち帰ってきたよ!」
え。
妹「じゃあ食べてもらおうかなっ」
え、ちょ、ちょっとまって。
ハンバーグ食べて俺もうお腹一杯なんだけど。
あ、でも、調理実習だからそんなにはないか。
妹「えへへ、ちょっと多めだけど」
男「っ!?」
そうだった。
妹はいつも作る分が多かった。
男「こ、こんなに持って帰ったらグループの子達食えなかったんじゃないか?」
妹「ううん、これは別に作ったの」
お兄ちゃんのためにね!
と、顔を染めて言った。
……あはは、俺は幸せものだ。
と、言うわけで。
俺の腹は妹の愛に満ち溢れたわけなんだけれど。
男「気持ち悪い……」
腹がパンパンである。
男「美味しいから食えるけどなぁ」
あと、あんなキラキラした顔で見られたら。
もう、死ぬ気で食わざるをえない。
本当に、美味しくて助かる。
そして、数時間が経った。
男「……」
俺は、いつも通りボーっと過ごした。
男「何か、すること」
思いつく限り考えてみるが、一向に思いつかない。
思い尽いた、という感じだ。
男「あっ」
ふと、携帯電話に目が行く。
男「……かけてみるか」
いつもだったらそんなことをしないのに。
何故か俺は、ヤツに電話をかけようとする。
男「んー……」
ベッドに一度横たわり、思案する。
こっちから電話して、なんて言えばいい?
別に話すことなんて決まってないし。
用なんて、ない。
男「だからといって……」
他にするようなやつは……
男「……後輩」
いや、ダメだ。
まだ後輩出てないし。
出てない? なんのことだ?
まあ、それは置いといて。
と、言ってると、持っていた携帯が鳴り出した。
噂をするとなんとやら、後輩からである。
後輩『もみもみ! 先輩ですか』
男「こういう時はもしもしって言うんだぞ、後輩」
後輩『あっ、いきなりナカ出しされちゃいました!』
ダメ出しだ。
吹き出しそうになったぞ。
男「どうしたんだ?」
後輩『ふふふっ、実は先輩にお願いがあるんですよー!』
嫌な予感しかしないんだが。
男「一応聞いてやる」
後輩『先輩、電話でエッチって知ってますか』
男「……切るぞ」
後輩『わわっ、やめてくださいー!』
後輩はなんでこんなに性に正直なんだろうか。
……アイツもだけど、コイツは更に素直だ。
後輩『う~……やってくれないんですか?』
男「何度も言わせるな。やらん」
後輩『じゃあ先輩の喘ぎ声聞かせてください!』
なんでだよ!?
男「嫌だ!」
後輩『私も喘ぎますから!』
男「そういう問題じゃない!」
後輩『うう……先輩はいつもそう』
お前は俺をどんな目で見てんだ。
後輩『今日はこれで失礼します』
男「ああ、そうしろそうしろ」
後輩『先輩の声が聞けたから、なんだか元気バリバリです!』
そうかい。
後輩『あ、でもこのままじゃ眠れません! ムラムラしちゃって!』
うーん。言葉も無い。
男「今日は徹夜だな」
後輩『うー……スッキリして寝ようと思います!』
男「ちょっ」
何を言い出すんだお前。
後輩『それじゃあ、お風呂でスッキリしてきます! おやすみなさーい!』
そして電話は切れた。
……そ、そうか。
お風呂か。
お、俺もお風呂だと思ってたぞ、うん。
男「風呂、か」
そろそろ風呂時ではあるな。
んー、でも。
なんだか、気乗りしない。
風呂は好きなんだが、このモヤモヤした気持ちはなんだろう。
俺は無意識に携帯で、ヤツに電話をかけた。
男「……ええ!?」
いきなり何してんの俺!?
これで出られても、何も言えないぞ!?
だからって切ったらかけ直して来るかもしれないし……。
とりあえず、待とう……。
男「……」
おかしい。
いつもなら、ワンコールで取ってくるのだが。
いつまでたっても、出ない。
男「……しかたねえ」
かけ直してきたら、適当に答えよう。
結局、暇なままだ。
ダメだ、何もない。
ベッドに横たわって、天井の上を見る。
よく知っている天井。
当たり前か、そんなこと。
ゆっくりと立ち上がって。
ふいに、思いついた言葉を漏らした。
男「……散歩」
そういえば、昔。
夜に散歩とか、よくしてたな。
することがなくて、近所をぶらりと。
……あの頃と変わってないのか、俺。
男「……行くか」
とにかく、何かをしたかった。
だから、俺はベッドから跳ね起きた。
ギシッっと音がした。
鳴るじゃねえか、音。
妹「お兄ちゃん、どこ行くの?」
男「げっ」
見つかってしまった。
妹「ちょっと、何その反応!」
男「いや、別になんでもない」
妹「……それで、どこ行くの?」
男「別に、どこも」
妹「じゃあなんで靴を履いてるの?」
男「出かけるから」
妹「何もなくないじゃん!」
男「いや、出かけるって言ってもアレだぞ。別にどこかに行くとかじゃなくてな」
妹「……散歩ってこと?」
男「そーゆーこと」
妹「お兄ちゃんって時々行くよね」
最近は行ってなかったけど、と付け加えた。
男「外の風に当たりたいんだよ」
妹「ほんとーは誰かと会ってるんじゃないの?」
口の端を釣り上げている。
男「会ってないよ。一人で歩いてんだ」
妹「怪しいなぁー!」
むふふ、と含み笑い。
何が怪しいというのだ。
男「誰かと歩きたいならお前のこと誘うよ」
俺は妹となら永遠に話せる自信があるぞ。
妹「ふーん」
反応薄っ!!
妹「じゃあ一緒に行ってあげようか?」
男「今日はいいや」
妹「ぶーぶー!」
頬を膨らませて怒る妹。
男「また今度な」
妹「こんな夜遅くに出て、危ないことしないでね」
男「危ないことって?」
妹「例えば……ひ、非行に走るとか!」
そんなこと心配してるのか。
本当にプリティーなシスターだ。
男「まあ、いつものルートだから安心しろ」
妹「お兄ちゃんのいつものルートなんか知らないよ」
そりゃそうか。
一緒に行ったこと、あんまり無いし。
男「まあ、大丈夫ってことだ」
妹「むーっ」
男「なんだ? まだ何かあるのか?」
妹「何もないよーだ!」
ベーッと、舌を出される。
何かにつけて、可愛いやつだ。
男「じゃあいってくる」
妹「さ、先にお風呂入って寝てるからね! 寂しくて泣いても知らないから!」
男「それは悲しいな」
お出迎えしてくれないと俺は死ぬ。
妹「本当?」
首を傾げている。
男「とか言いつつ待っててくれると俺は信じてるぜ」
妹「待つわけないじゃん!」
極めつけはプイッと、そっぽを向かれた。
結構時間を取られたが、やっと家を出る。
久しぶりに、夜に散歩するな。
だからといって、懐かしいとかそういう気持ちはない。
男「ブラっと行くだけだもんな」
別に、深く何かをするという感情はない。
だが、ルートはいつも同じ。
数年経っても、それは同じだ。
数年前のわずかな記憶をたどってみると。
街灯が増えていたりしたなとか。
『犬の糞は持ち帰ってください』などのポスターとか。
案外地味な変化がある。
まあ、だからなんだと言われたらそれまでだ。
「おや」
男「ん」
目の前に現れたのは、
女「やあ、運命だね」
ヤツだった。
男「こういう時は偶然とか奇遇とか言うんじゃないのか?」
女「うん、それもいいかもしれないね」
ヤツの隣には、小さな犬がいた。
あれ、コイツ犬飼ってたか?
男「お前、それ」
女「ああ、この子は近所の人の犬なんだ。留守番中の散歩を頼まれていてね」
そう言って、犬を軽く撫でた。
なるほどな。
だから電話に出なかったのか。
男「携帯電話、ちゃんと携帯しとけよな」
女「え?」
キョトンとした声を上げて、ヤツは俺を見た。
女「もしかして、ボクに電話をかけたとか?」
男「まあ、そんなところだ」
女「うーん、惜しいことをしたなぁ」
けれど。
こいつが携帯を携帯していることって、あんまし無いんだよな。
なんで買ったのか、わからないくらいだ。
女「おや」
犬が急に踏ん張り始めて。
女「ふふっ、ウンチだね」
すかさずスコップで糞をすくって、袋に入れた。
女「こんな道端でできるなんて、犬は羨ましいね」
男「何を言ってんだ」
女「夜のテンションは人をおかしくするよ」
お前はいつも通常運転だろ、それで。
女「こんな時間に出会ってしまったんだ。青姦でも洒落込むかい?」
男「遠慮しておく」
女「遠慮は無用さ。この子も一緒にね」
お前、正気か。
女「あはは、目が怖いよ」
お前がそうさせたんだろ。
獣姦とか、洒落にならん。
女「それじゃあ」
そう言って、俺の横を通り過ぎて、
女「また、明日」
と、にこやかに言った。
男「おう」
軽く手を振っているヤツを見届け、俺はまたゆっくりと歩き始めた。
男「おっ」
そういえば、この散歩のルートには、
公園があったな。
男「たまには行ってみるのも面白いかもな」
でも、もし怖い人いたらどうしよう。
……とりあえず、確認してから中に入ろう。
まったく、臆病者である。
男「……」
公園を覗いてみたけれど。
暗くて全く見えない。
男「怖っ……」
幽霊とかは信じないタチだが。
不審者を怖がってしまう。
男「……大丈夫っぽいな」
まあ、こんなに暗いんだし。
人がいるなんてこと、無さそうだな。
俺は中に入っていった。
この公園は、結構馴染みの場所だ。
男「……懐かしいな」
初めてアイツに会った場所だ。
それに――。
男「うおっ」
急に、携帯が鳴り出した。
男「も、もしもし?」
その電話は、クラスメイトの男子だった。
こんな夜遅くに、連絡網が回ってきたようだ。
『明日転校生が来る』、という内容だった。
だからって、別にしなくてもいいだろうに。
先生、本気で忘れてたんだな……。
男「やれやれ」
そんな声を出して、俺は携帯をしまった。
そして――。
「……あの」
と。
か細い声が、聞こえた。
男「えっ」
誰かいたのか。
「……男、くん?」
俺の名を、知っている。
男「そ、そうですけど……」
「……やっぱり!」
だ、誰だ……?
男「あの、どなた、ですか」
「もう、忘れちゃった?」
ピカっと、ライトが点く。
携帯のライトだ。
「私だよ、私」
男「……?」
俺と同い年くらいの女の子。
しかし、見覚えはある。
男「も、もしかして……」
「……」
男「幼馴染か……?」
幼馴染(以下、幼)「えへへ、久しぶり」
男「お前……なんで?」
幼「うーん、戻ってきた感じかな」
こいつは俺の幼馴染だ。
小学校の頃、こいつとよく遊んだ。
それも、ほぼ毎日。
幼「こんなところで会えるなんて、ビックリしちゃった」
男「俺の方がビックリだ」
幼「ここって、よく一緒に遊んだもんね」
そうなんだよな。
幼「私、着いたら絶対最初にここに行こーって思ってたの」
男「さっき着いたのか?」
幼「うん」
と、歯を出さずに微笑む幼馴染。
幼「んーなんだかあんまり変わってなくてホッとしたなぁ」
大きく伸びをして、彼女は欠伸をした。
幼「うわっ、欠伸出ちゃった」
男「もう夜も更けてるからな」
幼「そうだね」
彼女は空を仰いだ。
幼「……星、綺麗だなぁ~」
俺も、夜空を見つめた。
星は鮮明に見えた。
幼「なんだか、帰ってきたのに同じことしてるなぁ」
男「どういうことだ?」
幼「越したところでも、こうやって星空をよく見てたんだ」
ああ、そういえば。
こいつは好きだったな、空を見るのが。
俺が遅れてやってくると、空を見てて。
幼「飽きないなー」
と、言うのだ。
男「……ぷっ」
幼「な、なに?」
男「昔と変わってないな、お前」
ついつい、笑っちまう。
幼「もー、変わったよー」
男「髪型もそんなに変わってないじゃん」
腰まで伸びる、ロングヘアー。
幼「むむ、じゃあ明日はちょっと変えていこうかな?」
男「そのままでいいと思うぜ」
幼「そう?」
男「見慣れてるし、似合ってるからな」
俺はニコッと笑う。
幼「ぷふっ……男くんだって笑い方変わってないっ」
ふふふっ、と堪えるように笑っている。
ん、明日は?
それって、一体……。
男「そういえば、学校はどこなんだ?」
幼「ああ、学校ね」
彼女はロングスカートのポケットから生徒手帳らしきものを取り出した。
幼「じゃじゃーん!」
そこには、よく見たことのある生徒証があった。
俺と、同じ高校だ。
もしかして、転校生って……。
幼「確か、男くんも一緒の学校だよね?」
男「なんで知ってんだ?」
幼「お母さんから聞いたの。うちのお母さん、男くんのお母さんと仲良いから」
どんどん思い出してくる。
家族ぐるみで仲良いんだよな、俺達。
男「そうだったそうだった。マメに連絡取り合ってるって言ってたな」
という母さんも、今は海外でバリバリ仕事中なわけだが。
幼「妹ちゃんは元気?」
男「元気元気。母さんの代わりみたいになってるよ」
幼「わー、頼もしいね!」
男「最近俺は注意されっぱなしだ」
幼「あはは、立場逆転だね」
俺も、そう思う。
幼「それにしても」
幼馴染は、俺をジッと見つめて。
幼「大きくなったね、男くん」
男「……その、くん付けやめろよ」
小学校の頃付けてなかっただろ。
なんか、むず痒い。
幼「久しぶりで、ちょっと緊張してたからさ」
まあ、そうだな。
小学校以来って。
本当に、昔のことだもんな。
幼「えへへ、男」
男「改めて言われると照れる」
幼「男が言えって言ったんじゃない」
男「やめろとは言ったけど、言えとは言ってないぞ」
幼「えー酷い!」
男「ははっ」
小学校の頃から変わらない性格。
それに、俺にとってコイツは――
――初恋の人だ。
男「ただいま」
妹「おかえりー」
タオルを首にかけた、パジャマ姿の妹。
男「……ふっふっふ」
妹「あっ……い、今から寝ようとしてたんだよ!」
今はそんなことはどうでもいい。
男「妹よ、聞くがいい」
そう言って、俺はちょいちょいと手招きする。
妹「なぁに?」
俺の口に耳を傾ける妹。
男「実はな……」
そして、次の日のことだ。
妹「お兄ちゃん起きてー!」
男「んあっ」
妹の大きな声で起こされる。
最近は起こす時のみ部屋にノック無しで入っていいということにした。
そうしないと、俺はなかなか起きないのだ。
妹「さー、今日も張り切っていきましょー!」
男「妹……元気だな」
妹「あったりまえでしょー! だってだって」
クルクルとファンタジックな踊りをしながら。
妹「幼馴染ちゃんが帰ってきたんだもーん!」
それにしたってテンション高いな。
妹「あれれ、お兄ちゃんあんまり喜んでない?」
男「いや、喜んでるさ」
妹「ふーん?」
ただ、そんなに表に現すほどの喜びではない。
まあ、内側では結構ハイだが。
ごめんなさい、腰と頭が痛くなってきたので寝ます。
今日中に終わらせるつもりなので、どうかよろしくお願いします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
お昼頃に戻れると思います
このSSまとめへのコメント
続きハヨ