7月5日18時14分。日が沈むまでに、もう時間は幾分もなかった。タケは、どうしてもそのホテルへ日中に行かなければならない。
「あの、すいません、少し急いでもらえませんか?」
タクシーの運転手の返答までに、奇妙な間があった。
「ええ、分かりました」
少し含みのある答え方だった。
「お急ぎのようで?」
それに対して、タケは返事をしなかった。
「ははは」運転手は笑う。「隠したって無駄ですよ」
タケは咄嗟に鞄に右手を忍ばせた。その表情が、僅かな殺気を帯びる。
「そんな物騒なものなんか引っ張り出して、何をするつもりですか。危ないですよ」
タケは鞄から拳銃を取り出すと、運転手の頭を撃ち抜いた。
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「あなたは救いようがない馬鹿だ」穏やかだった運転手が、怒りを露わにした。「お前はいつもそうじゃないか。そうやって虚無に喰われるんだ」
後頭部の左側から、顔面の右側へ、穴が一つ空いていた。穴は死の影を吐き出しながら、また死の影を吸い込んでいた。
その夜は近い。
「違うね。お前は死んだんだ。俺は生きている」タケは静かに言う。「俺はそんなものに喰われやしないさ」
「それはどうだろうか」
がしゃん、と衝撃が襲った。
車がガードレールに突っ込み、停止していた。運転手は頭に空いた穴から血と脳を汚く垂らしながら、どこを見つめるともなく目を開けていた。その頭はハンドルにもたれ、クラクションをいつまでも鳴らし続けていた。
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