真「近すぎて、遠すぎて」 (166)




真「………………」カリカリ

真「………………」カリカリ

真「………………んっ」ピタッ



真「あれっ、これはー……どうすればいいのかな?」

真「えーっと、最近似たような問題をやったような記憶が……あっ、置換積分だね」カリカリ

真「うん、うん、こうして………」カリカリ



真「………………」カリカリ

真「………………」カリカリ

真「………………」ピタッ


真「………………」



真「へへっ―――可愛い、か」ニヘラ



――― 8月21日 PM10:45 東京都内某区、菊地家、真の自室




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真「ダメだダメだ。模試も近いし勉強しないと」ブンブン


真「アイドルとはいえ、ちゃんと自分の力で進学したいしね」カリカリ

真「………………」カリカリ

真「………………」カリカリ



真「えーっと、これはさっきの例題の応用だよね」カリカリ

真「………………」カリカリ

真「………………」カリカリ



真『 真は可愛くなったな 』ボソリ



真「///~~~~~!」




真「わーーー!うわーーーー!もうダメだーーーーー!」ルパンダーイブ


 ばふっ


真「く~~~っ!く~~~っ!///」バタバタ

真「ホント恥ずかしいから!恥ずかしかったんですから!
  平気な顔してたけど心臓バクバクでしたから!///」バタバタ

真「うわーーーー!恥ずかしくて勉強なんてできないですよーーー!プロデューサーー!!///」バタバタ




ドアの外


真『 ―――!―――! 』バタバタ

真一「果物持ってきたけど見なかったことにしよう」




真「はあ、はあ、はあ、はあ…」


真「ハァー…、ボクは一体何をやってるんだろう…」

真「あれ、いつの間にか十時半過ぎてたのか。今日はもう勉強はいいや、早く寝ないと」



真「あ、寝る前にバースデイ・ミニライブのおさらいをしておこうかな」

真「明日からライブ用の練習が始まるし、少しでもイメージを掴んでおかないとね」



真「でも、とりあえず今はお風呂かな。うーん、今日も疲れたーーー」




――― 一時間後 真の部屋


真「えーっと、最初に『 迷走Mind 』のスローアレンジと『 星間飛行 』、『 Swallowtail Butterfly 』」

真「それから千早と貴音さんを加えて『 エージェント夜を往く 』のREM@STER-B、
  ラストに三人で『 星のかけらを探しにいこうagain 』」


真「一曲ごとにMC入れて、音源は生バンド。アンコールは会場の都合で無し、と」



真「うーん…。千早とは何度も組んだことがあるけど、貴音さんとは初めてなんだよね」

真「貴音さんって礼儀正しくてちゃんとした人って感じだけど、
  まだ765プロに来たばかりでどんな人かよく知らないんだよなー」


真「声の感じから考えたら相性は悪くないと思うけど、どうなるのかな」




真「それにカバー曲がトリってお客さん的にありなのかなー。
  大好きな曲だし、ボク的には全然オッケーなんだけど」

真「『 Swallowtail Butterfly 』は一度だけファンの前で歌ったけど、
  『 星のかけらを探しにいこうagain 』は今回が初めてなんだよね」

真「プロデューサー、今回はダンス無しって言ってたけど、わざわざミニライブって銘打ったり、
  会場も小さい箱みたいだから、何か今までとは違うことをやろうとしてるんだよね」

真「この『 迷走Mind 』のスローアレンジもこのライブの為に作ったみたいだし」


真「………………」



真「ダンス無しってことは、ボーカルだけでパフォーマンスしなきゃいけないんだよね」

真「デビューからこの一年、ダンスを売りにしてやってきたのに大丈夫かな……」


真「………………」




真「あーっ!ダメだダメだ!」

真「プロデューサーにお任せしたんだし、今悩んだって仕方ないじゃないか」


真「そうだよ、今までだってプロデューサーの言う通りにして間違ったことなんてなかったんだし」

真「ボクはボクのやるべきことをちゃんとこなして、プロデューサーとお客さんの期待に応えないと」



真「そうと決まれば早速寝なきゃ。うわっ、もう十二時過ぎてるよ」

真「明日は雑誌のインタビューもあるし、メイクで隠せるとはいえクマなんてできたら大変だ」ガサゴソ



真「よし、アラームオッケー。電気を消してと…」


 パチン


真「おやすみなさい」




真「………………」



真( 眠れないや )ゴロン



真( なんか、最近のボクって駄目だな )


真( 何でだろう。事務所や現場にいるとそうでもないのに、真っ暗な中、
   こうやって一人でいると考えが悪い方向にばかり行っちゃうや )



真( 小さい頃から慣れ親しんだ自分の部屋なのに、変だよね )


真「………………」





真( 貴音さん、か )



真( あの人も響も、まだデビュー前でバックダンサーやコーラスしかしてないのに結構人気あるんだよね )


真( 律子は、ボク達が売れて765プロに注目が集まったからだ、って言ってるけどどうなんだろう? )



真( 実際のところ、二人とも凄いポテンシャルの持ち主だよね )


真( 歌も高いレベルでこなせるし、特に響はダンスがすごいよ )


真( それに二人とも、女の子のボクでも時々ドキッとするくらい魅力的だもん )



真( たぶん今の感じだと、デビュー後はプロデューサーが担当するんだよね )


真( ……………… )


真( もうすぐ一年、か )




真( プロデューサーが765プロダクションに来たのが、去年の九月の中頃 )


真( 来てしばらくは、既にデビューしてたあずささんや、春香や律子に付いて回ってたんだよね )


真( それで十月に入ってすぐ、ボクの担当になったんだ。ボクはまだデビュー前だった )



真( まさか自分が選ばれるとは思わなかったもんなあ、ビックリしたけど嬉しかった )




P『 君は凄い美人だな!いや、間違えた!凄い美人になるな! 』



真( これはプロデューサーが765プロに来てすぐ、初対面の時に言った言葉だ )


真( 美人だなんて今まで言われたことなかったから、最初は何言ってるのかわからなかったっけ )




真( 最初の三ヶ月は二人で日本の色々な場所に行ったよなあ )



真( 地方のライブハウスや音楽イベントで『 エージェント夜を往く 』を歌って踊った )


真( 曲が曲だからって、衣装も男性的だったし、会場もアイドルというより
   ロックバンドが歌ってそうな場所が多かった )


真( それが逆に、音楽ファンの女の子達に受けたんだよね。
   大した苦労もなく、あっという間にDランクまであがって )



真( 色んな仕事が来て忙しくなったけど、あまり地方には行かなくなって )


真( クリスマスのイベントに合わせて、社長命令で千早や雪歩に伊織、
   既にデビューしてた春香に律子、あずささんまでプロデューサーが受け持つようになったんだ )





真( それから三ヶ月程でボクとあずささん、少しして千早と伊織がCランクに上がって )


真( その内に律子がプロデューサーになって、伊織、あずささん、亜美の『 竜宮小町 』がデビューして )


真( 今や、この四人以外のアイドルは全員、プロデューサーの担当だもんなあ )



真( ボク、千早、雪歩そして春香が全員ソロでCランク。美希はDランクのトップ付近で停滞してるけど
   やよいと真美の『 フォルクローラ 』はもうすぐDランクに届く場所にいる )


真( そこに貴音さんと響が加わるわけで……これで九人か )


真( これじゃあ、どう考えてもプロデューサー一人じゃ無理があるよね )ゴロン





真( せめて小鳥さんの他にも、書類や雑務を任せられる人をパートじゃなくて正規に雇えばいいのに )


真( 三人とも手一杯で、毎晩毎晩、夜遅くまで残業してるのに社長は何とも思わないのかな )


真( それとも、社会に出て働くって、どこもこういうものなのかな? )



真( 雪歩のラジオとか聞いてても、会社員っぽい人はそういうハガキが多いし )


真( 経営者は経営者で大変だとも言うし、どっちも本当っぽいんだもん、わけわかんないや )


真( 父さんに聞いたって、わかんないだろうなあ )


真( ……………… )



真( 最初は、ボクだけのプロデューサーだったのにな )




真( 真は可愛くなったな、か )


真( プロデューサー、どうしてあんなこと言ったんだろう? )


真( 今までも綺麗とかカッコよかったとか、事ある毎に褒めてくれたけど、今日のは何か違う気がした )



真( ボク自身も、今までとは違った )


真( 今まではただ嬉しくて、くすぐったい気持ちで素直に照れていたけど、今日はそれが出来なかった )


真( 心臓がバクバクして、とても嬉しかったのに、仕事の話で誤魔化して車の外を眺めていた )


真( 平気な顔をして、何でもないふりをして、話題を変えた )


真( 嬉しくて、凄く嬉しくて、でも、その先を続けられるのが怖かった )


真( ……………… )



真( そういえばボク、いつ頃からか女性っぽい格好に憧れなくなったな )ゴロン


真( ボクにはボーイッシュな方が似合うし、ファンもそういうのが好きなんだもん。憧れるだけ損だよね )


真( ……………… )




真( 何でだろう?さっきまであんなに嬉しかったのに、今こうして振り返るとそれが消えちゃった )


真( 言葉通りの意味じゃなくて、別の何かがあった様な、そんな気がする )


真( ……………… )



真( バカだな、こんなことで悩むなんて。ただの思い過ごしかも知れないじゃないか )


真( プロデューサーは隠し事をする様な人じゃないよ。一番付き合いの長いボクが疑ってどうするのさ? )


真( ……………… )



真( 眠れないや )ゴロン




真( 後一週間で、ボクも18だ。そうしたらもう半年で受験がある )


真( 一応国立狙いだけど、父さん達は私立でもいいって言っている )


真( ウチは裕福ってわけでもないし、二人のことを考えると負担はかけたくないけど、
   やっぱりアイドルやりながら国立ってのはちょっと厳しいかもなあ )


真( 特に勉強したいことがあるわけじゃないけど、アイドルだって何十年も続けられるものじゃないし )


真( ……………… )



真( プロデューサーはボクの将来のこととか、考えてくれてたりするのかなあ )


真( 考えてみたら、いつも目の前の仕事のことばかりで、先のことって話したことないや )ゴロン


真( ……………… )





真( もうすぐ一年、か )


真( 誕生日ライブがあって、まだわからない新曲の準備をして、受験があって、IA大賞があって… )


真( その時、ボクはどうなっているんだろう?765プロの皆はどうなっているんだろう? )


真( ……………… )



真( 今日のプロデューサーの言葉がひっかかってる。ダンス無しの誕生日ライブも )


真( ……………… )



真( プロデューサーは、ボクをどうしたいんだろう? )




『 真は可愛くなったな 』



『 えっ、どういう意味ですか?今の路線に合ってませんか? 』


『 いや、そうじゃないよ。デビューしてからずっと見てきたけど、最近は大人っぽさも出てきたし、
  透明感も増して表情がどんどん豊かになってきてる。端役でもドラマの仕事が来るようになったしな 』


『 今の感じを維持できれば、どんな仕事でもこなせるようになるだろうな。うん、さすが俺のアイドルだ 』



『 だけどな、俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだ 』



『 真は、可愛くなったよ 』


――――

――



――

――― 8月22日 PM03:00 港区、ダンスレッスンスタジオビル前


 パッパー!


美希「あれ?ねえねえ、響。あの車って」

響「ああ、あの反対側のミニバンか。あれっ?あれって律子の車じゃないか?行ってみよう」トテトテ



律子「二人ともレッスンの後で疲れてるのに歩かせちゃってごめんなさいね。
   出先から来たもんだから、曲がる道間違えちゃって」ガチャッ

美希「別に構わないけど、プロデューサーが迎えに来ると思ってたの」

響「ほら美希、そんな所に立ってないで早く乗ってよ。律子、今日は休みじゃなかったのか?」

律子「竜宮はね。早く乗りなさい、置いてくわよ」

美希「はいなのー」




 ブロロロロ......


響「プロデューサー、何かトラブルでもあったのか?」

律子「別にそういうのじゃないわ。ただちょっと手が離せない用があるから、代わりに来ただけよ」

美希「むー。ミキたちがダンストレーナーさんのシゴキに耐えてヘロヘロなのに聞き捨てならないの」

律子「ふふっ、案外、アンタ達に奢らされるのが嫌なだけだったりしてね」

美希「むー」



律子「そうそう、今日からしばらくはレッスンの送迎は私がするから、そのつもりでね」

響「自分は別に構わないぞ」

美希「ミキはかまうの」



律子「そうむくれないの。現場にはもちろんプロデューサー殿が行くんだし、
   春香なんかダンスレッスンの帰りでも一人で電車に乗って戻ってくるじゃない」

美希「ミキをあんなスタミナのお化けと一緒にしないで欲しいの」

律子「春香が聞いたら喜ぶでしょうね」




響「何でそうなったんだ?竜宮は今勢いがあるし、今日はともかく、普段はそっちで手一杯だろ?」


律子「まー、正直言うとそうなんだけど、ワガママ娘を九人も抱えてる人の前では
   そうも言ってられないからねー」

美希「ぐぬぬぬ」

響( 自分を一緒にしないで欲しいぞ )



律子「それに、来月からもっと忙しくなりそうだしね。リハーサルみたいなものよ」

響 美希「?」



――――

――



――

――― 同刻 新宿区、ボーカルレッスンスタジオ


トレーナー「はい、そこまで」


トレーナー「三人とも、既に曲を掴んだようですね。飲み込みが早くて助かります」

トレーナー「如月さんと四条さんは、今日はここまでです。
      真君は休憩の後でソロの三曲を見ますから、喉を休めておきなさい」


トレーナー「プロデューサーさん、何かありますか?」

P「いえ、今聞かせてもらった分には三人ともイメージ通りです」

トレーナー「そうですか。この分ならトリオの曲は一週間かからずに仕上がりそうですね」



トレーナー「それでは20分休憩にします。退出していいですよ。二人はお疲れ様」

貴音「ご指導、ありがとうございます」

千早「ありがとうございます。それでは失礼します」

真「ありがとうございましたー」

P「お疲れ様です。では一度、失礼します」バタン




真「へへーっ!プロデューサー!どうでしたか!?」

P「こら、真。まだ練習が残ってるんだから、あまり大声を出すな」

真「あっ、ごめんなさい。で、どうでした?良かったですよね!?」

P「ああ!もちろん良かったさ!期待していた通りだよ!!」

真「へへっ、やーりぃ!」



P「二人はどうだ?特に千早は一曲まるごとコーラス担当なんて今まで無かったろ?」

千早「はい。この三人の組み合わせは、やはり正解だと思います」

千早「自分がコーラスに回るというのは新鮮でしたし、真の声も安定していて、とても歌いやすかったです」




貴音「わたくしも同感です」

貴音「何分、真と歌うのは初めてのことゆえ不安はありましたが、
    真の声が立派に先導してくれましたので二曲とも心地よく声を出せました」

真「やだなー!二人とも褒めすぎですよ!ボクだって二人がイイ感じだからバンバン声を出せたんだから!」



真「ねっ、プロデューサー!この感じで行けば、バースデイライブきっと成功しますよね!?」

P「ああ、そうだな!ボーカルの方は問題無いし、後は簡単な振りを付けるだけだからな!」

千早「ダンスは無し、と聞いていましたが」

P「うん、『 星のかけらを探しにいこうagain 』はスタンドマイクで立ったまま歌ってもらうが、
  今回の『 エージェント 』はフラメンコ調のアレンジだからな。この一曲だけはそうも言ってられん」

貴音「ふらめんこ、ですか…」

P「なあに、といってもフラメンコを踊れと言ってるわけじゃない。
  ハンドマイク持ちで踊れる簡単なものだし、お前達なら二日もあれば余裕で仕上がるよ」



P「それに、何と言っても765プロ一の踊り手、菊地真がいるんだぞ。心配なんかするだけ無用さ」

真「もー!やだなー、プロデューサーまで!そんなに褒めたって、何も出ませんよー!」

千早「………………」

貴音「………………」





真「じゃっ、プロデューサーは二人を事務所まで送ってあげてください」

貴音「真?何を言ってるのです?まだ貴女のレッスンが残っているではないですか」

千早「そうよ。それにダンスレッスンじゃないから体は疲れてないし、
    私は次の仕事まで時間があるから電車で帰るわ」



真「いやいや!今の二人はボクのバースデイライブの大事なゲストだし、万が一の事があっては困るので!」

真「ほらほら、プロデューサー。ボクは大丈夫ですから、二人を送ってあげてくださいって!」

貴音「………………」

千早「……あの、プロデューサー?」



P「わかった。すぐ戻るから、トレーナーさんの言うことちゃんと聞いて、しっかり練習するんだぞ」

真「もちろんですよ!やだなー、いつまでも子ども扱いしてー。
   昨日今日のアイドルじゃないんだからサボったりなんかしませんって!」

P「ははっ、すまんすまん。なるべく早く戻るからな」

千早「………………」

貴音「………………」





――― 数分後 Pの車


P「 蒼いシリウスが目印♪ はぐれそうになっても♪ 」

千早「………………」

貴音「………………」



P「あー、また赤か。今日はツキが無いな」

P「二人ともどうした?さっきから浮かない顔だな」

千早「いえ、特に……」

P「貴音はどうだった?真とステージに立つのは、今度が初めてだろう?」

貴音「いえ、特に問題はありません」



P「そうか。それと、レッスンを途中で抜けてすまなかったな」

P「お世話になってる制作会社の偉いさんに頼まれごとをされてな、
  それをやってたら思ったより時間がかかっちまったんだ」

P「結局、最初と最後しか見てやれなかったが、二曲とも既に形になっていたぞ。後は磨いていくだけだな」

貴音「………………」



P「おっ、青だ。全速前進っと」


 ブロロロロ......





貴音「あの、プロデューサー。振り付けのことですが」

P「ん、心配か?大丈夫だ。スピンもジャンプも無い、あの衣装で踊れる簡単なものだからな」

千早「あの衣装?いつものステージ衣装ではないのですか?」


 キーーッ


P「くそっ、まーた赤信号か。ジェットでフライトってわけにはいかんしなあ」

千早「プロデューサー?」


P「あ、ああ。今回はちょっと趣向を変えたんだ」

P「明後日三人で合わせに行くから、それまでのお楽しみってことにしておいてくれ」

千早「はあ、了解しました」


P「貴音もそれでいいか?何も心配要らないぞ。
  そもそもそんな難しい振りなら、前もってもっと時間を取るからな」





貴音「いえ、わたくしの話というのは、振り付けの難易度のことではありません」

貴音「もっとも、全く関係ないとまでは申せませんが」

P「おう、何でも言ってみんしゃい」



貴音「その、わたくしでよかったのでしょうか?」

千早「四条さん?」

P「………………」


P「うん、ちょうどいいところに駐車スペースがあるな。一旦停めようか」




P「えーっと…20分300円か」チャリンチャリン


P「千早、後ろのクーラーボックスから缶コーヒー出してくれ。そう、その無糖のやつ」

千早「どうぞ」

P「うん、ありがとな。お前達も好きなの出して飲んでくれ」


千早「私はお茶にします。四条さんはどうしますか?」

貴音「わたくしにも、同じものを」




 プシュッ


千早「では、いただきます」

貴音「いただきます」

P「おう、俺のおごりだ。ジャンジャンやってくれや」



P「いやー、事務所の金で飲むコーヒーは格別だなー」


千早「………………」ジトー

貴音「………………」ジトー

P「うん、お兄さんが悪かった。だからその目はやめてくれ」



貴音「よろしいですか?」

P「ああ、いいよ。おふざけはここまでだ」




貴音「今回のお話を頂いた時は、まこと、嬉しく思いました」

貴音「真はCらんくあいどるの中でも、上位の存在。知名度でいえば完全なめじゃあ級です。
   それは千早も同様ですが」

千早「………………」

P「うん、二人とも俺の自慢だな。もっと褒めてやってくれ」



貴音「765ぷろの舞台に幾度か立った経験があるとはいえ、いまだ正式な売り出しを受けていない

    わたくしがその二人と同じ舞台に立ち、こぉらすだけでなく、そろの歌唱ぱぁとまで頂けるのは
    身に余る光栄と思っております」

P「そんなことは無いぞ。経験や実績には雲泥の差があるが、貴音なら問題ないと考えたのは俺だからな」

P「今日一緒に歌ってみてわかっただろう?
  あの二曲に関して、お前達の相性に文句を言うやつなんていないよ」



貴音「そのお言葉、まこと、励みになります。ですが、その点はまだ本題ではないのです」

P「うん」

貴音「その、わたくし達の加わる曲だけでなく、先立つ真の三曲についても
    振りの無い、ほぼ歌唱だけの演出になると聞き及びました」


貴音「本当に、それでよろしいのでしょうか?」





貴音「げすとの存在を示唆したとはいえ、それが誰かは示しておりません」

貴音「加えて、この度の舞台は真の生誕らいぶです。既に全ての席が埋まっていると聞きましたが、
    そのほぼ全てが『 菊地真 』のふぁんの方々です」

貴音「わたくしが彼女の舞についてゆくのは無理としても、
   一曲だけは従来の彼女の姿に近いものを見せるべきではないでしょうか?」

P「………………」



P「大丈夫だよ。曲目も発表してないけど、このライブだけは今までと違う演出にすると公言してるし」

P「真ファンのコミュニティは、男性ファンも女性ファンもその話題で持ちきりさ」

P「それに知名度の話だけどな。ゲストは誰かって話題に貴音も響も名前が出てたぞ、もちろん千早もな」

P「貴音が思っているほど二人は無名じゃないぞ。
  765のファンは二人がいつデビューするかって楽しみにしてるんだ」

貴音「………………」





P「そりゃあ、真はずっとダンス系で売ってきたし。当日もそれを期待するファンは少なくないだろうさ」

P「でも、観客全員の趣向に100パー合わせるなんて、どだい無理な話だろ?」



P「それに真はダンスはもちろん、歌唱力だってファンや業界人の間で高く評価されているんだぞ。
  そこにお前達二人がバーン!と入って本日の主役を盛りたてるわけだ」

P「ちょっとずるいが予防線は張ってあるんだし、
  ダンスを観に来た人だって三人の力でノックアウトしてやればいい」

P「その人達だって、真のダンスだけが好きなわけじゃないんだ。
  皆がいい舞台をやればきっと満足してくれるさ」



P「なっ?何も問題ないだろ?」

貴音「………………」





千早「プロデューサー、私からもいいでしょうか?」

P「おうおう、いいでしょうかなんて聞くなよ。俺と千早の仲じゃないか、ドバッと吐き出しちまえ」


千早「」ギロッ

P「すみません、続けてください」



千早「ハー………」

P「千早、ため息ばっかりついてると幸せが逃げちゃうぞ」

千早「おそらく四条さんが言いたいのはライブではなく、真当人のことだと思います」

P「うん」




千早「プロデューサーはご存じないでしょうけど、今回の話が決まって以来、
    私も四条さんも、真に会う度毎にお礼を言われているんです」

貴音「………………」

P「そうか」



千早「ゲストを引き受けてくれてありがとうって、真、それはもう凄く嬉しそうなんです」

P「うん」


千早「私達は仲間なんだし、自分達の活動のプラスになるんだから、
    そんな気を使わないでいいって言っても聞いてくれなくて」

P「うん」


千早「今日のレッスン前だってやたら元気で、私達を下にも置かないくらいに、
    それこそ付き人みたいに気を使って」

P「うん、そういうこともあるだろうな」


千早「プロデューサー?」

P「大丈夫、ちゃんと聞いてるよ。続けてくれ」



千早「とにかく、最近の真はおかしいです。どこがと言われると上手く言い表せないのですが…」

千早「いつも明るいし、特に落ち込んだ様子もありません。それでも何かが変です」

P「そうだな。春香や伊織、美希も同じことを言っていたよ」





千早「……プロデューサー、最近よく真と一緒にいらっしゃいますよね」

P「ああ、デビュー当時ほどじゃないし、レッスンまでは見てやれてないけどな」


千早「何故ですか?」

P「何故って、そりゃあーた、プロデューサーが担当アイドルと
  一緒に行動するのは何もおかしなことじゃないっしょ?」

千早「はい」

千早「でも、少し前まではそうではありませんでした」



P「うん、真がCランクに上がる頃になって現場でも大事にされるようになると、
  任せられる仕事は一人で行かせることが多かった」

P「真は低ランクの頃は、たまーに変な風に暴走することもあったけど、
  アイドルとして経験を積んでいく内にそんなことはなくなっていった


P「もともと適応力はある方だし、お調子者だけど冷静な時は周りを見れる子だからな。
  ワガママを言うことも無いし、一緒に働く人間をいいムードに導けるから現場では好かれているんだ」

貴音「それは分かる気がいたします」





P「そう、まだ付き合いの短い貴音でも分かる様に、真はそういう子なんだよ」



P「どこかの誰かさんみたいに極端から極端に走って、
  俺の承諾無しにスタントシーンを実際に演じてみたりしないしな」

千早「くっ///」



P「だから、あまり手のかからない真を一人で外に出せるようになると、その、まあ、なんだ」


千早「はっきり仰ってください」

貴音「」ニヤニヤ





P「……その、な?伊織とか美希とかの年少組や、一人で出すのが不安な雪歩とかあずささんとか、
  まあ、その辺のアイドル達の方を優先せざるを得なかったんだよ」



P「俺の体は一つしかないし、社長や小鳥さんに余裕のある時は
  同行するようお願いしたけど限度があるからな」



P「繰り返しになるが結果として真は一時期、大きい仕事やライブ以外は
  俺から指示だけ受けて一人で行動することが多くなった」



P「それも一人前になる為の条件の一つだと思っていたからな」





P「真だけじゃない、あの頃は春香も律子もそうだったな」



P「でも律子は元々裏方志望だったし、必要な時は的確な段階で俺に指示を仰いできた」

P「春香はソロだけど、雪歩と組むことがよくあったし、美希や伊織を連れてくことも多かった」

P「それに、二人とも困った時はすぐに相談してくれたし、弱音を吐きたい時はちゃんとそう言ってくれた」



P「真だけなんだよ」


P「俺と一番付き合いの長い真が、一人で仕事することが一番多かった真だけが、
  愚痴も弱音も、アイドルとして当然のプロデューサーへの要望さえも、ある時期から言わなくなった」

千早「………………」

貴音「………………」





P「実際、その時期の仕事は逐一チェックしていたが何も問題は無かったし、
  ファン数だって着実に伸びていた。本人だって仕事が嫌なわけではないらしい」

P「ひょっとしたら何もかも順調だっただけかもしれんし、全て俺の取り越し苦労かもしれない」



P「でもな、他の皆に自覚が出来てきて、限られた時間だがまた一緒に仕事が出来る様になっても、
  真は何も言ってくれないんだ」



P「どんな歌を歌いたいとか、こんな衣装を着たいとか、こんな演出がやりたいとか」

P「俺が何を聞いても、嬉しそうな笑顔で『 プロデューサーはどう思いますか? 』としか言わないんだ」

P「こんなあいつを見て、心配にならないわけが無いだろう?」



千早「………………」

貴音「………………」





千早「罪滅ぼし、というわけですか?」

P「そんな言い方はよせ」



千早「いえ、その、他に適当な表現が見つからなくて。私にも責任があるのに、軽率な発言でした」

P「千早の責任でも、他の誰でもない。自分の処理能力以上のアイドルを担当した俺のせいだ」



千早「ですが」

P「いや、俺は実際、真が何も言ってこないのをいいことに、忙しさにかまけてあいつに甘えたんだ」



千早「………………」

P「もっと気をつけていれば気付けたんだよ。でも、しなかった。
  数字や現場の反応、仕事の出来ばかり気にして真本人のことをしっかりと見てやれなかった」





P「本当のところ、俺もどうしていいかわからんのだ」

P「本人に自覚症状があるのか、ないのか」

P「今真が見せている仕事への熱意は本心なのか、それとも習慣からのものなのか」



P「たぶん、その中間なんだと思う。アイドルを続けるという意思に変わりはないと思うんだ」

P「ある程度までは職業意識や、生活の為でもいいと思う。それだって立派な理由だ」

P「でもな、こんな若い内から全てがそういう物に変わってしまうのは、とても良くない気がするんだ」



P「だから、いよいよという時まで俺がそばにいて、あいつに新しい刺激を与えてやりたいんだ」

P「もちろん、俺だけじゃない。二人にも、いざとなったら他のアイドル達にも協力して欲しいんだ」

P「真は高三だ。受験を控えた、人生の指針を決める大事な時期だ。時間はもう、あまり無いんだよ」



P「向こうにしてみりゃ勝手な言い分だが、俺はまだまだ、真が輝くのを見ていたいんだよ」

千早「………………」



貴音「本当に、それだけでしょうか?」




千早「四条さん?」

貴音「プロデューサー、あなた様が真を心配する想い、わたくしもその点に偽りはないと思います」

P「………………」


貴音「わたくしは765に来て日が浅いゆえ、真のこともあなた様のことも、良くは存じません」

貴音「しかし、先程の想いが真実でも、あなた様の言葉には何か引っかかるものを感じるのです」

貴音「そう、げすとにわたくしを選んでくれたことに対する先の言と同様です。あれには何かが足りません」

貴音「あなた様は嘘は仰っておりません。話してくれたことは全て真実と信じております」

P「………………」



貴音「あなた様の真心から出た言葉ゆえに、わたくしにはその足りないものがひっかかるのです」

貴音「プロデューサー、あなた様は、何を隠しておられるのですか?」




P「もうすぐ20分経つな」

千早「………………」

貴音「………………」



P「また300円払うのも馬鹿らしいよな」

千早「………………」

貴音「………………」



P「これ以上話してたら事務所から帰ってくる頃にはレッスンに間に合わないかもしれん。出ようか」



 ブロロロロ......




千早「遅くなりましたし、最寄駅までで結構です。電車で帰りますので」

P「そうか、すまんな」


P「貴音は何も無いから直帰でもいいんだが、どうする?」

貴音「いえ、響と約束が有りますゆえ、一度事務所に戻ろうと思います」


P「千早は七時から雑誌の撮影とインタビューがあるな。好きにしてていいが、
  六時半には事務所にいてくれ。俺もそれまでには戻るから」

千早「了解しました」



P「………………」

千早「………………」

貴音「………………」



P「すまんな。今は何も言えないんだ」

貴音「いえ、わたくしこそ出すぎた真似をいたしました」

千早「………………」


――――

――



――

―――数十分後 大田区 765プロへの帰り道


千早「………………」カッ カッ

貴音「………………」コツ コツ



千早「プロデューサーの話、どう思いますか?」カッ カッ

貴音「少なくとも、偽りは申してないかと」コツ コツ



千早「私も、プロデューサーの真を心配する気持ちに嘘は無いと思います」カッ カッ

貴音「何故でしょうか?」コツ コツ



千早「その、プロデューサーが真だけの担当だった頃の二人を、知ってますから」カッ カッ

貴音「………………」コツ コツ




千早「あの頃の二人は本当に仲が良くて、息が合って、傍から見てもうらやましくなる程でした」カッ カッ

貴音「貴女が?」ピタッ



千早「ええ、歳は離れてるけど仲の良い兄妹みたいで、でも私だけじゃないと思いますよ」カッ カッ

貴音「ふむ」コツ コツ



千早「もちろんプロデューサーは大人ですし、あの様に少々軽薄で身勝手な人ですが根はまともですから、
    真だけ特別扱いするというのではなく、皆の話もちゃんと聞いて、分け隔てなく接してました」カッ カッ

貴音「………律子はプロデュースの中途でアイドルをやめたと聞きましたが」コツ コツ



千早「ええ、でも本当にやめたわけじゃないんです。今でも自主レッスンを続けていますし、
   他のアイドルの練習に混ざったり、逆に竜宮メンバーにシゴかれることもあるそうですよ」カッ カッ

貴音「ふふっ、それは意外ですね」コツ コツ



千早「それで、ごく偶にですけど、竜宮以外の小さなライブにひょっこりゲスト出演したりするんです。
    そういう時はプロデューサーの指示に従ってますね。彼の演出を楽しんでるようです」カッ カッ

貴音「ふむ」コツ コツ





貴音「その…、わたくしはこの業界のことはまだよく分からないのですが、
   あいどるというものは、仲間とはいえ競争相手を自分のらいぶに招くのが通例なのですか?」コツ コツ

千早「さあ……、私も他所のことは知りませんが、765プロに限って言えば当たり前になっていますね。
   ファンの間でもそういう認識が浸透していると思っていいです」カッ カッ



貴音「ふむ………。一昨日でしたか、千早、貴女は真とは以前よく一緒に歌ったと言いましたね?」コツ コツ

千早「はい、私達はお互いにソロですし、特に決まっていたわけではないのですが、
   それでも複数人で歌う時は真と組むことが多かったです」カッ カッ



貴音「真だけですか?」コツ コツ

千早「はい?」ピタッ



貴音「真と二人だけで歌ったのですか、と聞いたのです。それともさらに一人誰かを加えて?」

千早「ああ、失礼しました。そうですね、萩原さんや律子が入る時もありましたが、
   多いのはあずささんです。ええ、私、真、あずささんの三人で歌うことが一番多かったですね」



貴音「そうですか、三浦あずさが……」コツ コツ コツ コツ

千早「四条さん?」カッ カッ カッ カッ




貴音「話を戻しますが、律子はあの方と対立したというわけではないのですね?」コツ コツ コツ コツ

千早「それは無いと思いますよ。担当だった時期こそ短いですが、律子はアイドル時代から
    あの人の手腕を認めていたし、今でも竜宮について意見を求めているのを聞きます」カッ カッ カッ カッ



貴音「律子が?」ピタッ

千早「意外ですか?確かに竜宮は瞬く間に人気を得ましたが、律子は今の自分をそれほど評価していません。
    裏方志望だったとはいえ、プロデューサー業への転進は当時の彼女にとっても予想外だった様です」



貴音「………………」

千早「律子がどうかしましたか?」



貴音「律子の転進はプロデューサーの案ですか?それとも高木殿の?」

千早「彼女によれば社長に提案されたそうです。プロデューサーは乗り気では無いようでしたが、
    知っていたらしくその場にはいた、と」





千早「彼女、アイドル業も本格的に軌道に乗り始めた時期だっただけに、随分悩んだようです」

千早「何が決め手となって今の状態を選んだか、ということまでは話してくれませんでした」



千早「ただ、あのまま私達の人気が上がれば、雑務以外も人手が足りなくなるのは目に見えてましたから」

千早「変に新しい人を入れるよりも、早い内に彼女をプロデューサーとして育てた方が
    事務所にとっては良かったんでしょうね。律子にしてみればチャンスだったわけですから」

貴音「………………」



貴音「歩きながら話しましょう。わたくしはともかく、
    貴女がいつまでも往来に立っているのは好ましくありません」コツ コツ コツ コツ

千早「ええ、それもそうですね」カッ カッ カッ カッ





貴音「三浦あずさはどうなのです?プロデューサーとは問題は無いのですか?」コツ コツ コツ コツ

千早「あずささんも特に問題はないかと。穏やかな人ですし、プロデューサーともよく談笑しています。
    たまに音無さんと三人でお酒を呑みに行ってるそうです」カッ カッ カッ カッ



貴音「さすがに無いと思いますが、水瀬伊織や亜美はどうですか?」コツ コツ コツ コツ

千早「あの二人も大丈夫だと思います。亜美は担当ではありませんでしたが今でも遊んであげています。
    水瀬さんはよく憎まれ口を聞きますが、あれは彼女なりのコミュニケーションですから」カッ カッ カッ カッ



貴音「他の皆はどうなのです?今現在、あの方と感情のもつれ等がある者はいないのですか?」コツ コツ コツ コツ

千早「いえ、美希などはよく怒っていますが、それも本気ではないですね。
    私の知る限りでは誰もプロデューサーとの間に、本格的な確執は無いかと」カッ カッ カッ カッ



貴音「ふむ、そうですか…。それならば…」コツ コツ

千早「あの、四条さん?どうしてそんなことばかり聞くんですか?」カッ カッ





貴音「わたくしは新参者ゆえ、何かしら知らない事情があるのでは思ったのです。
    千早、貴女を不快にさせたならお詫びします」コツ コツ

千早「私だって765プロの人間関係の全てを把握してるとは言えませんが、
    プロデューサーと皆のことで特にお知らせすることは無いと思いますよ」カッ カッ



貴音「いえ、それで良いのです。三人目が三浦あずさと知り不要な勘繰りをしましたが、
    彼女や、特に律子とも問題は無いとすれば、事がそこまで複雑では無いと分かりましたゆえ」コツ コツ

千早「あの、どういうことですか?」カッ カッ



貴音「そうですね。プロデューサーの隠していたことが、どちらでも、その両方でも
    わたくし達が真に出来ることは、あの方のお話以上には無い、ということです」コツ コツ

千早「その『どちらでも、その両方でも』というのは?」カッ カッ



貴音「いえ、それもあくまでわたくしの勝手な当て推量に過ぎません。忘れてください」コツ コツ

千早「………………」カッ カッ



貴音「これは真と、そして何よりプロデューサー自身の問題だということです」コツ コツ

貴音「もっとも、あの方に出来ることとて、何も無いようなものですが―――」


――――

――




――

―――同日 PM03:50 新宿区 Pの車


P「フルスロットル飛ばしてみましょ♪ って思ったら4km渋滞♪」


P「あ~あ~ああ~ やんなっちゃった♪ あ~あああ~ 驚いた♪」


P「………………」



P「はあ」



P( なーにやってるんだろうな、俺 )




P( 一回り以上も年下の女の子に弱音なんか吐いてさー )


P( しかも相手はアイドルですよ!アイドル! )


P( 千早はともかくなー、貴音はこれからが大事だってのにさー )


P( おまけに隠し事してるのまで、ばっちり看破されちゃって )


P( こりゃもう、あいつに頭あがんねーな )



P「あ~あ~ああ~ やんなっちゃうよ♪ あ~あああ~ 情けない♪」


P「………………」



P「はあ」




P( でもさー、いずれ分かることとはいえ、いくらなんでもあいつらには言えねーって )


P( 貴音はともかく、千早なんかモロ顔に出るタイプだしさー )チラッ


 PM 03:55


P( こりゃあヘタするとマジで間に合わねえかもな )


P( トレーナーさんも隣にいるし、目の前に仕事があれば大丈夫だと思うけどな )


P( ……………… )



P( わかってるよ、真。俺の言った通りの形になるまでは見ない方がいいんだろ? )


P( 真はな、千早。お前達二人より俺をスタジオから出したかったんだよ )


P( ……………… )



P( 社長の言う様に、今の真には俺がいない方がいいんだよな )




P( 実際、一人の時期だって映像を見る限りじゃあ、あいつの仕事に欠点は無いんだよ )



P( 一番忙しい時期だってコンサートやライブの時はもちろん現場にいたけど、
  いつだって文句無しっつーか、それ以上のパフォーマンスだった )


P( でも練習なんかは、イメージや大まかな狙いだけ伝えて真とトレーナーさんに任せっきりだった )


P( 俺はその間、他の連中の面倒を見たり、会場のスタッフと細かい打合せをしたりして
  真のパフォーマンスを見るのは本番の前日とか、二日前が初めてって有様だった )



P( それでもあいつは完璧に仕上げてきた。いつだって俺のイメージ、そのままに )


P( いつの間にか、それが俺達のリズムになっていたんだよな )


P( ……………… )



P「ああ゛ーー、久しぶりにタバコ吸いてーーー」ガサゴソ




P「あれっ?タバコどころか空き箱すらねーな。前はいつもここかここに入れてあったのに」ガサゴソ


P「タバ子、タバ子、おっ久しぶりのTobbaccoちゃーん」ガサゴソ


P「………………」


P「くそっ、車は進まねーし、タバコはねーし…」



 ザーーーーー―――......


P「おまけに雨と来ましたよっと。千早達、雨に降られて無いだろうな…」



『 プロデューサー!タバコは体に悪いし、女の子達も嫌がりますよ! 』



P「あっ」




P「そうだよ、担当になってすぐに真に言われて全部捨てたんだ」



P「自分なりに気を使ってたつもりだけど、女の子達はレッスンの送り迎えの間我慢してたんだよな」


P「車ん中掃除しても臭いが取れないから、業者に頼んで内装ごととっ変えてもらって」


P「六万位飛んだけど、皆喜んでくれたよなー」


P「………………」チラッ



 ザーーーーー―――......



P「自販機あるけど、雨降ってるしやめとくか」




P「そうそう、それからワイシャツもタバコの臭いがちょっとでもするのは皆捨てたんだよな」


P「そしたら真美達がやたらと引っ付くようになって」


P「あれも真が教えてくれたんだよな。女の子達がまだ言ってるって」


P「何せ、こちとら女の社会に迷いこんだ哀れな子羊ですからね。
  女の子に嫌われたらこの仕事やってけません、そりゃーおいちゃんだって必死になるわけですよ」


P「………………」



 ザーーーーー―――......



P( 考えてみたら俺、真に大分助けられてるんだよな )





P( 他の子達まで担当するなんて思ってもなかったけど、それでも可能性がある分、
  敬遠されてハイそれまでよ、ってワケにはいかないワケで )


P( 春香や伊織は反応がストレートな分、すんなり仲良くなれたけど、
  千早や雪歩は苦労したよなー )


P( 千早は音楽の話に持っていこうとしても趣味が違いすぎて駄目だし )


P( 雪歩なんか俺がちょっと声かけるだけで隅っこ行ってガタガタ震えだすんだもん )


P「あんな強面のお父さんやお弟子さんに囲まれて育ったくせに、納得いかねーっつーんだよなー」



 ザーーーーー―――......



『 雪歩、ボクのプロデューサーがのど渇いたって言ってるんだ。悪いけどお茶淹れてきてくれないかな 』


P「あん時のお茶、美味かったよなー」


P( この台詞を聞いた時は『 あれっ、雪歩って真の舎弟なのかな 』とかアホなこと考えたけど、
  この真の一言できっかけが出来たんだ )

P( 雪歩も、親友の真が信用してる人ならってことで、彼女なりのペースではあったが、
  一人の時でも俺とコミュニケーション取れるように頑張ってくれたんだよな )




P( あんなにビクビクしてた雪歩も、今じゃ一人前のアイドルだもんな )



P( それだけじゃない、若干17歳で4つのラジオ番組で司会を務めてラジオ業界のちょっとした顔だ )



P( 何も面白おかしいことを言うわけでもなく、あの声で穏やかに話すだけで
  幅広い年齢のリスナーを獲得しちまうんだからな。これは他のアイドルには無い雪歩だけの武器だ )



P( 雪歩はそれを見つけたんだ。自分だけの武器を持っていると確信した人間は強い )



P( あの子も春香同様、息の長いタレントになるだろうな )




P「しかしまあ、あの雪歩がねえ」


P( 雪歩だけじゃない。あの年頃の子ってのはたかだか半年そこらでも、
  自信一つで大きく変わっちゃうもんなんだろうな )



P「いやはや、お互い、歳は取りたくないもんですなあ、ミニシャルル君」

兎のカーアクセサリー「………………」



P( 自信、か )



 ザーーーーー―――......



高木『 誰でもいい。この11人の中から、君が最もプロデュースしたいと思う子を一人、選びたまえ 』




P( 研修期間が終わると社長が言ったんだ )


P( 練習風景や過去の映像、色々な資料を見せられたし、研修中にそれとなくアイドル達と話もしてみた )


P( それでも、答えは変わらなかった。初めて会った時から決まっていたんだ )


P( 貴音や響がいても、それは変わらなかっただろう )



P『 君は凄い美人だな!いや、間違えた!凄い美人になるな! 』



P( そうだ、初日にいきなり馬鹿なことを言ったけど、本当にそう思ったんだ )


P( 真の顔を見た途端に、イメージが湧いたんだ。この仕事に転職してよかったと心の底から思った )


P「………………」



P( 俺は、俺の勝手なイメージを真に押し付けていただけだったんだ )




 ザーーーーー―――......




P( 真は人一倍練習熱心な子で、俺の掲げた目標を次々にクリアしていった )


P( ダンスだけじゃない。ボーカルだってそこらのBランクアイドルよりよっぽど上手なんだ )


P「………………」



P( それでも真は、自分の能力が如何に凄いかわかっていない )


P( 今さら俺がどれだけの言葉を尽くして彼女のパフォーマンスを褒め上げようとも、
  真は単なる励ましの言葉としてしか受け取らないだろう )


P「………………」



P( 俺は一番近くにいながら、目の前で上達していく真のパフォーマンスと
  自分の勝手な理想を重ねて、あいつの本当の姿を見ていなかった )


P( アイドル『 菊地真 』の影に隠れた、お調子者で小心者の、17歳の女の子 )




P( 俺はあれだな、子育ての作法も知らず、羽も生え揃ってない雛を巣から追い出したくせに、
  落下した我が子に必死になって愛情を注ごうとしている間抜けな親鳥 )


P( こういう雛はそのままじゃ助からん。人間が威嚇する親達から保護して治療した後、
  狩りの仕方を教えたり、飛行訓練を施してやっと一人前に飛べるようになるんだ )


P( つまり、そこで我らが秋月の律っちゃんの出番となるわけだ )


P「………………」



P( 俺は救いようの無い馬鹿だけど人間だからな。律子を攻撃したりしない。
  真を助けてくれるんだ。感謝してるし、何でも彼女の言う通りにするつもりだ )


P( 律子ならアイドルの気持ちが分かるからな。二十歳になったばかりの彼女には大変な仕事だが、
  無駄に年を取っただけの俺なんかより上手くやってくれるだろう )


P( 律子なら、真に自信を付けさせてやれる。俺が与えられなかった、本当の自信を )


P「………………」




P( もし、この一年間を真のプロデュースだけに専念できていたら…… )


P( 今年度だけでもいい。せめてIA大賞のノミネートまで真一人に専念できたなら…… )


P( ダンスでもボーカルでも何でもいい。あいつに自分だけの武器を、
  自分を守れる、本当の自信を持たせてやれたなら…… )


P「………………」



P「ははっ」



P「しつこい男は嫌われますよ、っと」




P「あーもう!いつまでもグダグダ、グダグダと!」


P「これホントに4kmの渋滞なのか!?シルクロード突っ切ってんじゃねーのか!?」



 PM 04:15



P「げっ、あれから20分も経ってたのか」


P「もういいや。雨も上がったし、金かかるけどそこの路上パーキングに停めて
  スタジオまで歩いていこう。付き合ってらんねーよ」





 バタン


P「今からゆっくり歩いていけば、五時前には着く。ちょうどレッスンが終わる頃だ」



P( 律子には何もかも話したし、真に関する書類もその時に、
  今後のプロデュース計画から過去の資料に至るまで全てを引き継いだ )

P( あれをどう使うかは彼女の勝手だ。特に要請が無い限り、
  八月いっぱいは書類通りにやらせてもらうさ )

P( もっとも、バースデイライブのプロデュース内容に関してのみ、
  引渡し寸前になって従来の真の路線から大幅な変更を加えさせてもらったがね )



P「う、うーん」

P「運動不足かな、数十分運転してただけなのに体が固まったみたいだ」コキッ コキッ


P「さて、六時半までは自由時間だし、真を迎えに行ってカキ氷でも奢ってやるか」


――――

――


――

――― 二日後、8月24日 AM09:55 新宿区の小さな喫茶店


千早「そろそろ時間ですね」



貴音「あの、この『 もーにんぐせっと 』なるものを頼むわけにはいかないでしょうか…?」



真「駄目ですよ。もうすぐ待ち合わせ時間ですし、そうでなくても、
  今日は衣装合わせに行くんですから、今だけは我慢してください」




貴音「はい…、申しわけありません…」シュン


真「うわあ、ちょっと貴音さん。そんなに悲しそうな顔しないでくださいよ。
  まるでボクが悪者みたいじゃないですか」オロオロ


貴音「いいえ、正にぷろとしてあるまじき行いでした…。何もかも、わたくしが悪いのです」グスン


真「ちょっ!?あの、貴音さん?今日はどうしちゃったんですか?
  何か、一昨日とキャラが全然違うんですけど…」オロオロ


貴音「なんと!己のきゃらくたぁすら統一出来ぬとは、なんたる演者不覚悟……。
   かくなる上はこの身を持って責任を取らなくては…!」


真「うえぇっ!?ちょっと、千早!そんな頬杖ついて、落ち着いてないで何とかしてよ!」



千早「今日はいい天気ね。暑くなりそう」

真「千早ぁ……」


千早( お客さんが少なくて良かったわ )




千早「それにしてもプロデューサー遅いわね。いつもなら待ち合わせの十分前には来ているのに」


貴音「真、先のめぇるには何と書いてありましたか?」ケロッ


真「えっ?あ、あの『 もうすぐ着く 』と書いてあるだけです…」


貴音「そうですか。ならば心配は不要です。貴女も落ち着いて、ともに待つことにいたしましょう」


真「いや、その、ボクが慌てていたそもそもの原因はですね」


千早「あら、プロデューサーのワゴンだわ」




 カランカラン


P「おはよう、ヤマトの諸君」

真 貴音 千早「おはようございます」


P「スマンな、もう少し早く着く予定だったんだが。ああ、すみません、お会計お願いします」

千早「いえ、待ち合わせは十時でしたから」



P「うん。ていうか、俺の計画だともっと早く来れると思っていたんだよ。だって」

P「あっ、はい。では二千円ちょうどで、はい、いつもどうも」

貴音「ごちそうさまです」



P「そう、九時半には来れると思っていたんだ。あの人、もっと早く出勤してるからな」

真「?」

P「車に乗ればわかるよ。さあ、行こう」


 カランカラン




 バタン


小鳥「おはよう、みんな」


千早「音無さん?おはようございます」

真「おはようございます。あれ?今日は事務服じゃないんですね」

貴音「おはようございます、小鳥嬢。平常の出勤時の装いより華やかな気がいたします」



真 貴音 千早( 何より、化粧が気合入ってます )



小鳥「そうなの。プロデューサーさん、事務所に電話してきて、社長が電話番するから支度しろって」

P「ですから、わざわざアパートまで戻らなくても
  出勤してきた時の格好か、置きスーツで良かったんですよ」





小鳥「流石にそうはいきませんよ、いつもの仕事先とは違うんですから。私だってド…」

P「はい、そこまで」

小鳥「モガモガ」


千早「ドレミ?」

貴音「どぉなつ?」



P「まったく、余計なことは言わないでくださいよ」

小鳥「ふひはへん」



P「さっ、シートベルトして。出発するぞ」

真「あの?プロデューサー?」

P「いいからいいから、二十分くらいで着くから」



 ブロロロロ......


――――

――



――

――― 二十分後 新宿区外れの高級住宅街 Pの車中


P「はい、到着。ほら、降りる前に目の前の看板の文字を読んでみ」



千早「ドレス専門店『 Isabella Valentine 』オーダー承ります?」

貴音「小作りですが、まこと、瀟洒な店構えですね」

真「あのっ、プロデューサー、どういうことですか?」

P「うん?何かわからないことでもあるのか?」

真「いえっ、あのっ、今日は衣装合わせに来たんですよね!?」



P「そうだよ、真のバースデイライブでお前達が着るドレスを見に来たんだ」

真 貴音 千早「!」


小鳥( あれっ、私のは? )




真「えぇっ!?当然リースですよね!?」

P「いや、買っていくよ。少しくらいならサイズが変わっても直してくれるしな」



真「でもっ、でもっ、すっごい高そうなお店ですよ!?」

P「いや、そんなべらぼうに高いわけじゃないぞ。ま、一から作れば五、六十万は軽くするだろうが」



真「ごっ!?」

P「待て待て、既製品を直すくらいならお前達のステージ衣装を二つほど作るのと変わらん」



小鳥「そうよ、真ちゃん。それに、その位で驚いてたらウェディングドレスなんか着れないわよ。
   レンタルで済ませる人も多いけど、オーダーしたら物によっては百万とかするんだから」

P「あれっ?なんで小鳥さんがそんなこと知ってるんですか?」

小鳥「やっ、その、たまたま友人から聞いたんです!べ、別に検索とかしたことないです!!」

千早( 検索したのね )




真「でも、ボクの為にそんなお金…」

P「おーい、ウチの稼ぎ頭の一人がそんな情けないこと言うなよ。
  真は今Cランクだが、これからもっと上に行くんだぞ?」

貴音「………………」

P「フォーマルな場に出る機会だってあるだろうし、そんな時に借り物のドレスじゃしまらんぞ」



P「本当はドレスくらい、ぽんっと一着仕立ててやればいいんだけどな。
  まあ、スーツと同じで最初は既製品がいいだろう」

真「………………」



P「けどな、既製品とは言っても安物じゃないからな。作りはしっかりしてるし、
  定番のシルエットなら何十年と着られるぞ。そう考えれば別に高い買い物じゃないだろう」

真「でも、ボクがドレスなんて……」





P「何だ?俺のプロデュースに何か不満でもあるのか?」

真「っ!違います!ボクは、そんなつもりじゃ……」



P「なあ、バースデイライブのプランを俺に一任したのは真だろう?今になって駄目だって言うのか?」

真「でも、千早や貴音さんはいいですけど、ボクのファンの人達は……」



P「確かにいつもの格好とは違うからな。黙っていたのは悪かったよ」

P「でも、お前は俺が何を聞いても、自分の意見を言わなかった」

P「何を聞いても『 プロデューサーはどう思いますか? 』とか、
 『 プロデューサーはどんな曲がいいと思いますか? 』とかしか言わなかった」

真「だって!ボクはプロデューサーのアイドルだから!」


真「プロデューサーのプロデュースに従うのが、ボクの仕事じゃないですか!?」




P「そうだな、俺は真のプロデューサーだ。そのプロデューサーが
  担当アイドルに何でも好きにしていいと言われた」


P「だから俺は好きにやらせてもらったよ、社長に言ったら職権乱用も甚だしいと呆れられたくらいにな」

P「選曲やゲスト、バンドに箱選び、ステージや客席のレイアウト、照明、一切人任せにせず何から何まで」

P「俺の好みの、俺が常々見たいと思っていた真の新しい一面を、最高の形でプロデュースするためだ」

真「プロデューサーの好みの…ボク……」



P「今日、ここで選んだドレスに合わせてアクセサリーを選び、再度会場のセットを洗いなおす」

P「ファンの反応が怖いか?こちとら散々っぱら予防線を張ったんだ。
  告知の時にお前に渡した原稿だってそうだ。内容を見抜かれないように細心の注意を払ってな」


P「だが、そんなことはどうでもいい。誰にも文句を言わせない自信はある」





P「それでも、真がどうしてもやりたくないというなら、全てキャンセルする。
  アイドルはプロデューサーの私物じゃないからな」

P「その代わりに、俺をこの企画から外せ」

真「そんな!ボクはプロデューサーがいなかったら……」



P「別に俺はそれでも構わない。他にも仕事は山の様にあるからな」

P「もし他にやりたいことがあるというなら、社長や律子が面倒見てくれるようにちゃんと話をつけてやる」

P「だけどな、その前にちょっとばかり試してみてくれてもいいんじゃないか?」



千早「………………」

貴音「………………」

小鳥「………………」





真「……プロデューサーは、ボクにそうして欲しいんですね?」


P「おう。俺はシックでセクシーで、それでいて、なめんなよって感じのイブニングドレスを着た真が見たい」



P「そんなイイ女のお前が、スローな『 迷走Mind 』や『 星間飛行 』、
 『 Swallowtail Butterfly 』を情感たっぷりに歌うのが見たい」



P「女王様っぽく千早と貴音を後ろに従えて、フラメンコ調の『 エージェント夜を往く 』や
 『 星のかけらを探しにいこうagain 』を可愛く、カッコ良く歌うのが見たいんだ」




小鳥「じょ、女王様ですか…」

P「駄目ですか?真なら一切下品にならずに、やれると思いますよ」

千早「その、格好良くはともかく、可愛いさと女王様は、共存出来ないのではないかと」

P「千早?何か変な想像をしてないか?お前達が着るのは普通のイブニングドレスだぞ」

千早「しっ、してません!///」



真「どうしても、そういう感じのボクが見たいんですか?」

P「ああ、今までに無い真の一面として、俺が考えられる最高の物がコレだ」

真「プロデューサー個人の趣味がかなり混ざってませんか?」

P「うん、それは否定できないな。でも、今まで培ってきた『 菊地真 』像を
  傷付ける様なことは絶対にしないよ。それに、真が嫌ならスパッと諦める」

真「………………」



真「ハーーー」


真「仕方ないですね。いつまでも車の中にいるのもアレですし、行きましょうか!」ガチャッ

P「おう!」ガチャッ


貴音「面妖な」





――― お店の前


貴音「ふむ、小さな店かと思いましたが、奥に広い造りの様ですね」

真「うわー、ここから見るだけでも綺麗なドレスがいっぱいあるなー」

小鳥( あ、あの一際目を引くディスプレイの白い物体は…! )ゴクリ

千早「あの、プロデューサー?PM02:00~って書いてありますが…」



P「ああ、この手の工房と一体になってるお店は、電話すれば営業時間外でも入れてくれることが多いんだ」

P「他のお客さんがいない方がドレス選びに専念できていいだろ?」



千早「でも『 Closed 』って札が下がっていますし、電気もついてないですよ」

P「そりゃ、営業してると思った人が入ってくると困るからだろう」




P「というわけだ。真、行け」

真「えぇっ!ボクがですか!?」


P「うん、二人のドレスも買うけど、今日の買い物の一番のメインは真だからな。
  先頭を切ってもらわにゃいかん」

真「でも、すごく大人っぽい雰囲気のお店ですし、その、やっぱりボクなんか場違いなんじゃ…」

P「お前はお客さんで、765プロの代表なんだぞ?こんな店くらいで臆してどうする」ツカツカ


 ガチャッ



小鳥「あ、鍵開いてたんですね」

千早「奥でチャイムみたいな音がしましたね」


P「挨拶だけしたら後は俺が話を進めてやるから、765プロの者であることを告げて
  二人を紹介するんだ。なぁーに、仕事先の挨拶と同じで構わんよ」

真「仕事先と同じ……。はい、わかりました。プロデューサー」





P「ただしな、真」

真「はい」

P「初オーディションの時みたいに、会場入りするなり『 たのもー! 』とかはやめてくれよ?」

真「いっ!?いつの話をしてるんですかぁ!///」



貴音「ぷっ、真、本当にその様なことを申したのですか?ふっ、ふふっ」クスクス

真「いや、あの時は、その、気合が入りすぎちゃってですね///」

千早「ふふっ。そういえば、ずっと前に二人でラジオに出た時も
   『 たのもー! 』って叫んでスタジオに入っていったわよね」クスクス

真「うわぁっ!千早まで変なこと言わないでよー!///」


P「ははっ、そんなこともあったっけな。ほら真、お店の人が出てきたぞ。姿勢を正せ」

真「二人とも覚えておいてくださいよ。後でお返ししますからね」





真「おはようございます。時間外にお訪ねして申し訳ありません。765プロダクションの菊地真と申します。
  この二名は当社の、如月千早と四条貴音です。本日はよろしくお願いします」

千早 貴音「よろしくお願いします」

女主人「765プロの方ですね。お待ちしておりました」



P「同じく、765プロダクションのプロデューサーをしております、――――と申します」

小鳥「音無小鳥と申します。本日はよろしくお願いいたします」

女主人「ようこそいらっしゃいました。――様、音無様」



女主人「お電話での御要望を伺いまして、勝手ながら私どもの方でフロア丈の黒のイブニングドレスを
    デザインごとに数点、ご用意させていただきました。こちらのフィッティングルームの方へどうぞ」

P「ありがとうございます。よし、皆行くぞ」

真 千早 貴音「はい」

P「それとな、真、立派な挨拶だったぞ。ここからは普通にしていいからな」ヒソヒソ

真「へへっ、よしてくださいよ。新人じゃないんですから」




――― お店のフィッティングルーム(試着、採寸フロア)


女主人「こちらのトルソーにあるよう基本の型から、ワンショルダー、オフショルダー、ホルターネック、
    Vネック、ビスチェタイプから、デザインごとに各種4点ずつご用意させていただきました」

女主人「これらの商品ならば、お客様のお体に合わせて二日以内にお届けいたします」

女主人「シンプルなものをご所望ということでしたが、襟や腰周りに同素材のフリル等の装飾を
    施すことも可能です。また、スリットの長さについても調整いたします」

P「ということだ。どうだ?この20枚の中に気に入ったのはあったか?」



真「 」ぽかーん

貴音「真、どうですか?」

真「いや、何ていうか。どのドレスも素敵で、こんなにいっぱいあるとどれがいいのか…」

千早「私もです…」

P( 伊織かあずささんでも連れてくれば良かったかな )




千早「見事に黒ばかりなんですね」

P「ああ、最初にイメージしたのが黒でな。紺とか赤とか、もしくは三人で違う色ってのも考えたんだけど、
  やっぱり黒がいいなってなってさ」



P「定番だし、それに何かの映画で言ってたろ?『 黒は女を美しくする 』ってさ」

P「三人とも黒似合うしな」

真「ああ、ありましたね。何でしたっけ」


小鳥「唐突にパンが食べたくなりました」

貴音「わたくしは『 にしんのぱい 』が」





貴音「プロデューサー、我々は三人とも同じ装いの方がよろしいのですか?」

P「いや、そういう気はないよ。全体として統一が取れていればデザインの差異はそこまで気にしない」

貴音「ふむ、ならばわたくしは、この細身のおふしょるだぁの袖が下がったものなどが…」

P「おっ、それは俺も目をつけていたんだ」



貴音「あなた様が着るのですか?」

P「馬鹿言うなよ。貴音は二人に比べてグラマーだから」

千早「くっ」


P「……肩を出しつつ、二の腕か首周りにワンポイントあった方がいいと思っていたんだよ。着てみるか?」

貴音「是非」

女主人「では、ご用意しますね。こちらへどうぞ。四条様のサイズのものと靴をお持ちして」

女店員「かしこまりました」




 シャッ

貴音「お待たせしました」


小鳥「おお……」

千早「これは……」



貴音「あ、あの…、どうでしょうか?」


真「貴音さん!すっごい綺麗ですよ!」

P「うん。いい感じだな」

女主人「とてもお似合いですよ」



貴音「♪」




P「気に入ったか?」

貴音「ええ、とても」



P「サイズの方はどうです?」

女主人「とてもスタイルの良い方なので、ドレスのシルエットに合わせて、
    あえて腰周りを針で3cmほど絞っております。いかがでしょうか?」

貴音「ええ、問題ありません。わたくしはこちらに決めたいと思います」



P「しばらく着ていて構いませんか?三人並んだ感じを見たいんです」

女主人「はい、結構でございますよ」

貴音「♪」




小鳥「ねっ、貴音ちゃん。一回、クルッて回ってみてくれる?」

P「足、気をつけてな」

貴音「こうですか?」クルッ

小鳥「何という破壊力……!」

貴音「ふふっ、ありがとうございます」



貴音「しかし、確かにあなた様の仰る通り、この格好では舞など出来ませんね」

P「だろ?靴だって合わせなきゃいけない。今履いてるものほど、ヒールが高く細くなくてもいいが、
  ある程度が無いと格好つかないしな」

P「フラメンコ用のダンスシューズにアタリはつけてあるが、
  振りはほぼ上半身だけでやってもらうことになるよ。後で買いに行くからな」





P「さて、貴音は決まったが、二人はどうする?早い者勝ちだぞ」

千早「四条さんが細身なシルエットのものにしましたから、私達もある程度それに倣った方がいいですね」

P「そうだな。裾のボリュームが違いすぎると全体の統一が取れないからな」



千早「なら私はこの、胸元に大きなドレープが施されたツーショルダーにします」

P「うん。それがいいいな。きっと千早に似合うと思うよ」

女主人「それでは、こちらへどうぞ。如月様のサイズのものと靴をお持ちしなさい」

女店員「かしこまりました」




 シャッ

千早「お待たせしました」


P「おおぉ……」

小鳥「うわぁ」



千早「あ、あのっ、何かおかしいですか?」アセアセ


貴音「いいえ、まこと、似合っておりますよ」

真「うん。千早の雰囲気にピッタリだし、それに黒なのにすごく可愛い」

女主人「ふふ、とても可愛らしいですよ」


千早「///♪」




千早「プロデューサー!私はこれにします///!」

P「ははは、そんなに気に入ったか!うん、よく似合ってるよ」



P「サイズの方はどうですか?」

女主人「特に調整しておりません。細身なドレスですが、腰周りと裾に遊びを持たせたデザインです。
    胸元のドレープにボリュームがありますので、そのままで着られるのがよろしいかと」



P「着た感じはどうだ?」

千早「特に問題ありません。このままでいいかと」

P「よし。じゃあ千早も決まりだな」


千早「///♪」




P「さて、残るは今回の主役だけだな」


P「真、どうだ?二人を見てもまだ決められないか?」

真「………………」



P「候補があるなら言ってみろ。それとも、この中にはないか?」

真「いえ、いくつか着てみたいのはあるんですが、どうしても決められなくて…」

P「そうか、どれとどれだ?全部試着してから決めてもいいんだぞ。まだ時間はあるからな」



真「その、ホルターネックのタイプの中の、これか、それともこれがいいんじゃないかって…」

P「なんだ、もう二つまで絞れてるんじゃないか。じゃあ両方着てみてから決めればいい」




真「あの、待ってください、プロデューサー。お願いがあるんです」

P「………………」



真「その二枚の中から、プロデューサーがいいと思う方を選んでください。ボクはそれを着てみます」

真「それで、本当に申し訳ないんですけど、その間席を外していて欲しいんです。
  後で誰かに呼びに行ってもらいますから」

千早「………………」

貴音「………………」



P「わかったよ」

真「すみません。勝手なことばかり言って」




P「そうだな、この二つからっていうか、もともと俺はここにある20枚の中でも
  真にはこれがいいと思っていたんだ」


P「胸の前で重ねた布をウエストで大きく纏めたシンプルなホルターネックのドレスだ。
  首の後ろで布をリボンみたいに結べる」

P「背中はVになっていて肩甲骨の斜め半分が出ている。露出はあるが、決して過度じゃない。
  女性らしさが際立つシルエットだが、同時に凛とした佇まいだ」

P「俺はこのドレスが一番、お前に似合うと思うよ」



P「すみません。これを試着します」

女主人「かしこまりました。ただ今ご用意いたします」



P「じゃあ俺は、お店の方に行ってるからな。急がなくていいぞ」

真「プロデューサー……、ありがとうございます」





――― ドレス専門店『 Isabella Valentine 』内、店舗フロア


P( まーた追い出されちゃったよ )


P( まあ、着飾った千早達を見て乗り気になったようだし、良しとするか )


P( 最悪、何もかもご破算になっていたかもしれなかったしな )


P「おっ、この紺のドレスとかあずささんに似合いそうだな」




P( しかし、真と俺が同じドレスを選ぶとはねえ )


P( もともと趣味が似てるのか、それとも俺の趣味が真にうつったのか )


P( ……………… )



P「この白とライトグリーン、いや、青も入ってるのか?とにかく、これなんか響にいいかもな」


P( 今さら後悔してもしょうがない。この問題は後回しだ )




P( やっぱり、29日のバースデイライブの後だよな )


P( 真が正式に律子の担当アイドルになるまで二日ある )


P( 二日というのは、人間が落ち着きを取り戻すにはいい時間だ )


P( こういうのは長すぎても駄目だからな。律子はすぐにレッスンを入れるだろう )


P( ……………… )



P「何か自腹で律子に買っていった方がいいかな。いや、今は駄目だな」




P( この後靴を買いに行って飯を食わせて、三人はボーカルレッスン )


P( 俺はその足でやよいと真美を迎えに行って、イベントの打ち合わせとダンスレッスン )


P( 真達を迎えに行けないけど、今日の感じなら二人に任せていいな )


P( 夜は春香を連れてテレビ局、でもその前にバースデイライブの会場をもう一度見ておこう )


P( ……………… )



P( あーあ、なんか俺の方がへこんじゃってるな )


小鳥「プロデューサーさん。真ちゃんが呼んでますよ」

P「あっ、はい。今行きます」


P( まあいい、出来ることは全部やろう。それしかないね )




――― 再びフィッティングルーム


P「あれっ、真はどこだ?まだ着替えてないのか?」

千早「いえ、さっき着替えて出てきました。とても可愛らしかったです」

貴音「ええ、まこと、素敵でしたよ」

P「じゃあ何でいないんだ?俺も見たいのに」



女主人「菊地様は試着室でお待ちです。どうぞこちらに」




女主人「菊地様、――様をお連れしました」

カーテンの向こうの声「ありがとうございます」

女主人「では、ご用がありましたらお呼びください」スタスタ



P「真、どうしてまた試着室に引っこんじゃったんだ?あのドレス、気に入らなかったか?」

カーテンの向こうの声「いえ、そうじゃないんです」

P「お腹周りがきつくて早く脱ぎたかったとかじゃないだろうな?」

カーテンの向こうの声「ち、違いますよ!」



P「ひょっとして私服に着替えてる途中だったのか?それなら待ってるぞ」

カーテンの向こうの声「いいえ、まだドレスのままです」

P「そっか、じゃあ見せてくれないか」

カーテンの向こうの声「………………」


P( まだ怖いのかな )




カーテンの向こうの声「あの、ボク、プロデューサーの選んでくれたドレス、とても気に入りました」

P「うん、真もそれがいいと思っていたんだもんな。でも、もう一つの方を着てみてもいいんだぞ」



カーテンの向こうの声「いや、これでいいです。というか、これがいいです。
              もう一つのドレスも素敵でしたけど、ボクはこれでいこうと思います」

P「そうか、気に入ったのが見つかって何よりだよ」

カーテンの向こうの声「………………」



カーテンの向こうの声「すみません、プロデューサー。ボク、なんだか皆にもプロデューサーにも
              余計な気を使わせちゃったみたいで」

P「何言ってるんだよ、お前は今回のライブの主役なんだぞ。本当はもっとワガママ言っていいんだ」


P「大体だな、真程度で謝る必要があるなら、一時期の美希や伊織なんて
  助走つけてジャンピング焼き土下座しなきゃならんレベルだぞ」

カーテンの向こうの声「アハハ、プロデューサー、それはちょっと酷くないですか?」





カーテンの向こうの声「二人に言っちゃいますよ?」

P「待て、早まるな。話せばわかる。車は急に止まれない」

カーテンの向こうの声「アハハ、意味わかんないですって」

P「そうだな、俺も自分で言っててわけわからんよ」



カーテンの向こうの声「プロデューサー。それならボクも一つ、ワガママ言っていいですか?」

P「うん、何だ?」



カーテンの向こうの声「その、今日は、というか当日まで、ボクのドレス姿を見ないで欲しいんです」

P「………………」


P「わかったよ」




カーテンの向こうの声「すみません。靴とかアクセサリーとか、プロデューサーには
              考えなきゃならないことがいっぱいあるのに」

P「まあ、何とかなるよ。確認するが、ドレス自体は本当に気に入ったんだよな?」



カーテンの向こうの声「ハイ!それはもう!ファンの前に出るのは、まだちょっとだけ怖いんですけど」

P「大丈夫だよ。千早達も褒めていたし、何より俺自身が絶対似合うって確信してるからな」



P「じゃあ、お店の人を呼ぶから、細かいサイズの確認が終わったら私服に着替えて出てきてくれ」

カーテンの向こうの声「ハイ!あの、プロデューサー」



カーテンの向こうの声「今日はありがとうございました」

P「いいってことよ。千早達がもう一枚欲しいとか言い出す前に写真だけ撮って、着替えさせないとな」




――― 数分後、店舗フロア


小鳥「真ちゃん、どうでした?」

P「本番までのお楽しみ、らしいです」

小鳥「大丈夫ですよ。ドレス姿の真ちゃん、とっても可愛かったです」

P「ええ、知ってますよ」

小鳥( うわぁ )



小鳥「あの、プロデューサーさん。私には見立ててくれないんですか?」

P「そうですね。明日から一週間、そこのウェディングドレスを着て同じ時間で電車通勤してきたら、
  それともう一着、自腹で買ってあげますよ。ケープも長手袋もしてもらいます」


小鳥「どうしよう…、でも一週間なら……。っ!これってひょっとしてプロポーズですか?」

P「違います」





小鳥「結局、私は何の為に連れてこられたんでしょうか」

P「こっち側にも女手が一人いた方がいいと思いましてね」

P「トラブルがあった時とか、後はまあ、三人が決められない場合に
  アドバイスとかしてもらおうかなと思ったんですけど、特に大丈夫でしたね」



小鳥「みんな、あれでいいと思いますよ。千早ちゃんと貴音ちゃんは自分のキャラをよく理解していますね」

P「真はどうですか?」

小鳥「真ちゃんも問題ないです。とても似合っていましたし、
   何よりプロデューサーさんが選んでくれたドレスですから」

P( それじゃあ駄目なんだよなあ )



P( でもしょうがないか。何だかんだで二つまでは絞っていたし、ちゃんと教えてくれたもんな )

P( 後は、何回か本番同様に着て練習するように言って、慣らしていくしかないな )

P( ……………… )


P( たぶん、昔の真だったら、新しい自分をすんなり受け入れてたんだろうな )





小鳥「プロデューサーさん」

P「あっ、はい、何でしょう」



小鳥「大丈夫ですよ。真ちゃんは貴方が考えているほど、弱い子じゃありません」

小鳥「だから、あの子の前ではしゃんと背筋を伸ばしていてください。いい大人がみっともないですよ」

P「………………」



小鳥「きっと、うまくいきますよ」

P「………そうですね」



――――

――



――

――― 8月29日、真のバースデイミニライブ当日 PM03:25 765プロダクション


P「よし、最後にもう一度おさらいするぞ」


P「お客さんが入るのは六時半。七時に小鳥さんのアナウンスで開演と同時に『 迷走Mind 』。
  拍手中にバンドマンの紹介をして会場をさらに盛り上げる」

P「続いて真自身の挨拶と、五分程のMCを入れて『 星間飛行 』、五分喋って『 Swallowtail Butterfly 』」

P「生バンドだからな、時間通りというわけには行かない。よく使ってる人達だから問題ないと思うが、
  リハーサルの時に意思疎通の合図は決めてあるな?」

真「はい、ステージ前のスタッフさんが腕の組み方で教えてくれることになっています」



P「よし。『 Swallowtail Butterfly 』が終わったら、真のタイミングで二人を呼んで
  また五分ほど話してくれ。貴音は生の喋りの経験はないが、打ち合わせはしてあるな?」

貴音「無論です」





P「次だ。『 エージェント夜を往く REM@STER-B 』が終わったら、
  長めのMCを入れて必ず最後の曲と前置きしてから『 星のかけらを探しにいこうagain 』」

P「最後に、真が一人で喋ってライブを締めてくれ。二人は退場せずに真の後ろで待機していること」

P「終了予定時刻は八時だ。『 エージェント 』からの時間の使い方は真に任せる。
  四、五分オーバーしても構わないが、早く終わるのだけは絶対に避けてくれ。以上だ」

真「はい、大丈夫です。任せてください」



真「それにしても、お客さんのアンコールに応えられないのは残念ですね」

P「う、うん。すまんな。ライブハウス側も次のイベントの準備があるし、
  バンドの人達もその、アレだ、すぐに別の仕事に移動しなきゃならんのだ」

千早「真、大丈夫よ。最後の曲でお客さんを爆発させればいいわ。私、この曲にはそれだけの自信があるの」

真「爆発はちょっと…、うん、でもそうだね。ありがとう、千早」

貴音「」ニコニコ





P「それにしても、三人ともすまんな。今日の今日まで練習もリハも見てやれなくて」

真「もういいですよ。慣れてますから」

P「いや、さすがに当日まで見てやれないってのはなかったからな…」

千早「プロデューサー、謝らないでください。イベントや特別番組の多い時期ですし、
   他の皆の仕事が忙しかったのは知ってますから」

貴音「千早の申した通りです。あなた様はたとえ練習に来れずとも、
   時間を作っては出来る限りのことをなさってくださいました。我々はそれをよく存じております」



真「そうですよ!もうここまで来たんだから、プロデューサーは今日のリハも見ないで、
  バーン!と構えて本番を楽しみにしていてください!」

真「きっと、いえ、必ず!プロデューサーが考えていた以上のライブをしてみせますよ!」

P「真……」



P「おう!そうだな!真がそこまで言うなら、デーン!と構えてライブを楽しませてもらうよ!」

真「へへっ!やーりぃ!」




 Prrrr... Prrrr...


小鳥「はい、芸能事務所、765プロダクションです」カチャッ


響「えへへ。何かあの四人、いい感じだな」

美希「真クンも千早さん達も、すっごく嬉しそうなの」

春香「私もレッスン終わったら早く会場に行こっと」



小鳥「これはこれは、いつも当事務所の者達がお世話になっております。いえ、いいえ、そんな…」




美希「春香、ちゃんと連絡取れたの?」

春香「うん。他のみんなには伝えたけど、伊織達はどうなるかわからないって」

響「仕方ないさー。とにかく、後は夜になるのを待つだけだな」


小鳥「はい……、はい……」



P「いっやー、真の晴れ姿が楽しみだなー。765に来てっていうかむしろ、生きててよかったなー」

真「そんな、大げさ過ぎますよー!やめてくださいよー!///」

千早「」ニヤニヤ

貴音「」ニヤニヤ



美希「なんだか、ミキまでニヤケてきちゃうの」ニヤニヤ

春香「そうだね。最近の真、ちょっと変だったもん」

響「でも、今は幸せそうだね」




小鳥「少々お待ちください」ピッ

 ~~♪ ~~♪

小鳥「プロデューサーさん、○○テレビのT山ディレクター様です」



P「はい!お電話かわりました!お世話になってます、――です!」ピッ


P「……はい、……はい」

P「……そうですか、突然……はい、はい……」

響 美希「?」



小鳥「………………」

春香( 小鳥さんまでどうしたんだろう? )




P「それでは、進行表だけFAXしていただけますか」

P「あいにく、『 フォルクローラ 』の二人は本日は出勤しておりませんので、
  至急確認の上、こちらから折り返しお電話させていただきます」

P「はい、失礼いたします」

カチャッ



P「………………」

アイドル達「………………」

千早「あの、プロデューサー?」



小鳥「プロデューサーさん、番組進行表のFAXです」

P「ありがとうございます」

P「予定通りなら六時四十七分からか………」





貴音「あの……、何かあったのでしょうか?」

P「………………」

小鳥「どうしますか?」



P「ハーーー………」

P「小鳥さん、やよいと真美に連絡を取って、○○テレビで六時十五分から生放送の
 『 真夏のオールジャンル音楽祭!三時間スペシャル 』に出るかどうか聞いてください」

小鳥「わかりました」



P「というわけだ、真、みんな」

真「はい」

貴音「………………」

千早「説明を、要求します」

春香 響 美希「………………」




P「うん、中学生アイドル枠で出演を予定していた666プロのユニットが
  今になって急にキャンセルしてきたそうだ」

P「病気とか身内の不幸とか、言い訳を取り繕ってないってことは、その子達はもう駄目なんだろう」

P「666プロはノーギャラで代役を提示したそうだが、局の偉いさんは大変な怒り様でな」



P「そこで、ランクは劣るが、能力的にもイメージ的にも似たやよい達に白羽の矢が立ったってわけだ」

P「お前達も知っての通りT山さんは765のファンだからな、きっと積極的に後押ししてくれたんだろう」

P「ジャンル問わず大物歌手や人気バンドと同じ番組に出れる。
  Eランクの二人にとってこれほどのチャンスはない」

アイドル達「………………」



小鳥「………ええ、わかったわ。とりあえず、外出の準備だけして連絡を待っててね」

小鳥「二人に連絡取れました。是非とも出演したいそうです」

P「これで決まりだな」





P「真」

真「はい、プロデューサー」



P「この番組には961プロ以外にも、765にはあまり好意的でない事務所のタレントが出る」

真「はい」



P「加えてやよい達は出演予定だった子達よりもランクが下だし、
  アイドルはともかく、他ジャンルのミュージシャンの間で知られていない」

真「はい」



P「しかも、二人にとってこの規模の生放送は初めてだし、社長は別の用事がある」

P「俺は二人を連れて出演者の挨拶回りをしたり、色々と世話を焼いてやらなきゃいかん」

真「はい」





美希「ミキが行くの!ミキならもうすぐCランクだし、何も問題ないの!」

P「気持ちは嬉しいけどな、美希。お前は666プロの二人や、出演予定の他の新人より
  知名度も能力も上の存在だ。別の問題が出てくるんだよ」

P「向こうの指名は二人組みだし。お前が出るにしても、やっぱり挨拶回りや根回しは必要になる」



春香「私が挨拶回りに同行します!出演者の女性歌手さんの中に良くしてくれる人がいますから、
   きっとなんとかなります!してみせます!」

響「自分もやよい達に同行して守ってやるぞ!」

P「うん。けどな、それはその人の事務所に借りを作ることになるし、一番の問題は『 フォルクローラ 』の
  出演時間や二人の出演そのものについてゴネる連中が出てくると思うんだ」



P「それに、ただ出て歌えればいいというものじゃない。局の人間を挟んで、そういった問題や
  ステージ演出等についての交渉を、二人に最大限有利な方向に運ぶ必要がある」

P「これはただのいい仕事じゃない。Eランクの二人にとっては千載一遇のチャンスなんだ」

P「その責任を、お前達二人がその身に負えるのか?」


春香「………………」

響「………………」

P「きつい言い方をしてスマンな。それだけ滅多にないチャンスだってわかって欲しかったんだよ」


P「三人とも、ありがとうな」





P「さて、真」

真「はい、プロデューサー」



P「繰り返しになるが、俺はこのチャンスを最大限活かしてやりたい」

真「はい」



P「二人の準備もある。万全を期す為に、今すぐにでも局入りして仕事に取り掛からなきゃならん」

真「はい」



P「もちろん、俺はある程度無理の言える立場にいるから、もっと早い時間に出演できる可能性もあるが、
  予定通りに進行した場合、出番の後で最低限の挨拶だけして局を出ても開演はおろか、三曲目も厳しい」

真「はい」



P「考えたくもないし、二人のランク的に無いとは思うが、
  七時以降に回されたら最後の曲にすら間に合わないかもしれない」

真「はい」





P「真」

真「はい、プロデューサー」



P「考えてみたら、お前にはいつも貧乏くじばかり引かせていた」

真「………………」



P「一番長く一緒にいたお前にいつも助けてもらっていたのに、
  俺は、少し前までそのことに気が付かなかった」

真「………………」



P「練習が見れなくても、プロデューサーなら当たり前のことだが、本番だけは必ず最初から最後までいた。
 それなのに、散々好き勝手やらせてもらったお前の誕生日ライブでこのざまだ」

真「………………」



P「もちろん、今だって諦めていない。今日の真を、一番見たいのは俺なんだ。
  『 菊地真 』ファン第一号の俺なんだ」

真「………………」





P「もう、お前に何も言えた義理じゃないのはわかっている」

真「………………」



P「だから、最後の情けで約束して欲しいんだ」

真「………………」



P「もし、もしの話だぞ。もし俺が」

千早「っ!プロデューサー!!」

貴音「プロデューサー、いけません」



真「………………」




P「………もし、俺が会場に来れても、駄目だったとしても、
  俺のことなんか一切考えずに、自分とファンの為だけに歌って欲しいんだ」

真「………………」



P「俺が好き勝手作ったライブで、しかも立派なメジャーアイドル相手にこんなこと言うのは
  どうかしているよ。それでも、そうして欲しいんだ。それがアイドルの務めだからな」

真「………………」



P「どうだ、真?約束できるか?」

真「………………」





真「プロデューサーは、今でもボクのプロデューサーですか?」

P「そうだよ」



真「だったら、こんなところでいつまでも油を売ってないで、ご自分の仕事にかかってください」

真「後十分で四時になります。ボク達も遅くならない内に会場入りしなければいけません」

真「やよい達だって不安な気持ちで連絡を待っています。早く電話してあげてください」

P「真、俺は……」



真「黙って聞いていましたが、ボクのプロデューサーは担当アイドルの前で
  無駄な泣き言をいう暇があったらさっさと行動する人です」




真「プロデューサーは先日、ボクが何も言わないと責めましたが、それはプロデューサーが
  ボクや皆のことでは最善を尽くしてくれる人だと思っていたからです」



真「確かにボクは、ある時期から自分の希望や意見を言わなくなりました」

真「それは、気持ちが揺らぐことがあっても貴方を信じていたし、
  貴方の意見こそがボクの望みになってしまったからです」

真「これは間違ったことです。でも、今さらそれを変えることなんて出来ません」



真「プロデューサーのことを考えないなんて無理です。嘘をついて出来ない約束はしたくありません」


真「貴方が来ようと来れまいと、ボクのやり方が間違っていようと、ボクは、ファンと貴方の為に歌います」




真「一つ希望を述べろというなら、こんな、仕事の為にならないお喋りは二度とゴメンです」


真「ボクはライブハウスに向かいます。タクシーで行くので、お見送りは結構です」

真「やよい達にとって全力を尽くしてくれるなら遅くなっても構いません」


 ガチャッ



真「待ってますから」


 バタン



 タッ タッ  タッ   タッ......





小鳥「千早ちゃん、貴音ちゃん。支度は出来ているわね?私は後で行くから、先に行ってて頂戴」

貴音「そうですね、我々が別々に会場に向かっては車代が高く付いてしまいます」

千早「行ってきます」


春香「いってらっしゃーい」

美希「ファイトなのー」

響「頑張ってねー」




春香「………………」


春香「もういいかな?」

響「うん」

美希「せーの」



春香 響 美希「 この、ダメ男!!! 」「 なの! 」


――――

――



――

――― 同日 PM06:35 新宿区のライブハウス『 Cassandra 』控え室


ガチャッ

千早「ただいま戻りました」



貴音「如何でしたか」

千早「グッズ売り場も客席も既に満員です。意外ですが、
   会場の雰囲気を感じ取ったのか誰もサイリウムを出してません」

貴音「そのような通達があったのですか?」

千早「いえ、自然にそうなったのだと思います。客席間の距離を少し広めに取ったのが作用したのか、
   活気はありますが、どこかゆったりと落ち着いたムードです」



千早「今回の様な曲目には、最高の状態かと」




貴音「ふふっ、楽しそうですね」

千早「歌の道を志す者としては、当然の感情です」



真「なら、ボク達のこの格好もすんなり受け入れられそうだね」

千早「ええ、むしろ普段のステージ衣装で出ていったら完全に浮いてしまうわ」

貴音「………………」



貴音「真。開演前ではありますが、少し話をしてもよろしいですか?」

真「ええ、いいですよ」ニコッ




貴音「事務所を出る頃はひどく心配しましたが、
   どうやらそれはわたくし達の杞憂に過ぎなかったようですね」

千早「ええ、強がりじゃなくて、本当にいい笑顔だわ」

真「へへっ、そんなに心配そうに見えたんですか?」



貴音「ええ、それはもう」

千早「そうよ。あんなことまで喋ってしまって後悔してないの?」

真「うーん、ちょっと言い過ぎたかなーとは思うけど、今はスッキリした気分の方がずっと強いね」

真「まあ、きっと家に帰った後で恥ずかしくなって、ベッドでバタバタしそうだけどね///」



千早( かわいい )

貴音( かわいい )




千早「でも、ちょっと前までの真はやっぱり普通じゃなかったわよ」

真「うん、そうかもね。ひどく不安になったり、逆にすごく浮かれることもあった」

真「その両方の気持ちが、交互にやってくることもあったね」



貴音「あの日、どれすを買いに行ってからは、その様なことはなくなりましたね?」

真「えー!やだなー!やっぱり、わかっちゃいますか?///」デレデレ

千早「どういうことですか?」



貴音「プロデューサーにどれすを選んでもらったからですよ」

千早「ああ………」

真「ちょっ!貴音さん!そんなハッキリ言わないでくださいよー///」デレデレ




真「………………」

真「なんだか、二人には随分と心配かけちゃったみたいだね。ごめん」



貴音「いいのですよ。わたくし達が勝手にそうしただけなのですから」

千早「真、頭を上げてちょうだい。仲間なら心配するのが当たり前だもの」


真「へへっ、貴音さん、千早、ありがとう」



千早「ふぅっ……。でも、なんだか私は今でも信じられないわ」

貴音「ふふっ、わたくしとて半ば狐につままれた様な想いです。幸福な、と但し書きがつきますが」クスクス




千早「真、本当に大丈夫なの?」

真「千早は心配性だなあ。キミだって、ボクが言ったように
  不安と幸福感に交互に襲われることはあるでしょ?」



真「ボクみたいに誰かを好きになるということはなくてもさ、アイドルはストレスの多い仕事だからね」



千早「言いきったわね」ニヤッ

真「あっ!……でもまあ、いいか」ニヤッ

貴音「ふふっ、ふふふっ」クスクス




貴音「では、全てがわたくし達やあの方の取り越し苦労というわけでもないのですね」

真「そうですね。辛い時期もあったけど、相談相手もいましたから」



千早「じゃあ問題はプロデューサーね。高槻さん達、大丈夫かしら……」

真「やよい達ならきっと大丈夫だよ。ボクのプロデューサーだもん」



真「お調子者だし、自分勝手だけど、いつだって皆のことには最善を尽くしてくれる人だからね」

千早( 私のプロデューサーでもあるんだけど )



貴音「………そのような方ならば、たとえ今宵だけでも、
   やよい達より貴女を優先する、ということもないでしょうね」

真「きっと、そうでしょうね」

千早「いいの?」

真「だってしょうがないよ。それがプロデューサーのお仕事だもん」




真「別に今回だって、その前だってプロデューサーはボクのことを放っておいたわけじゃないし」



真「曲だって衣装だって、会場やバンドさん達だって、
  いつだってボクが最高のパフォーマンスを披露出来る様に整えてくれていた」



真「その最高のボクを今日見せられなかったとしたら、それはとても残念だけどさ」



真「それでもボクは、たとえプロデューサーがそばにいてくれなくても、
  あの人の期待に応えて、待ち続けるよ」



真「それに、これから一年か、半年か、ひょっとしたらもっと長い間ずっと、
  あの人がボクの隣に帰ってくるのを待っていなきゃいけないんだ」



真「今日来れなくたって、慣れなきゃね」




千早「真、あなた、もしかして………」

貴音「………………」

真「へへっ、『 恋は女を強くする 』ってとこかな」




 コン  
   コン



真「あれっ、まだ五分前にはちょっとあるよね?はーい」



ドアの向こうの声『真ちゃーん、今ってまだ大丈夫かなー?』





真「いいよー。入っておいでー」


ガチャッ


雪歩「失礼しますぅ」


雪歩「えへへ、真ちゃん。はい、お誕生日おめでとう」


真「来てくれたんだね!ありがとう!何かな?開けてもいいかな?」


雪歩「うん。本当は開けてもいいんだけど、もうすぐお時間だから、
   ライブか打ち上げの後にして欲しいかな」


真「うわー、何だろう?楽しみだなー!ライブは観ていってくれるんだよね?」


雪歩「うん。来賓席は特にないから、千早ちゃん達とは反対の袖で観させてもらうね」




雪歩「そうそう、グッズ売り場で会ったんだけど、真ちゃんのお父さん達も来ていたよ」

真「あっ!しまった!!父さん達が来るのを忘れていた!!どうしよう、千早!?
  ボク、こんな格好するなんて言ってないよ!?」

千早「知らないわよ。真ったら、あわてんぼうね」クスクス




 コン  
   コン


ドアの向こうの声『開演五分前です。皆さん、スタンバイお願いします』


貴音「はい、ただいま参ります」

真「うわー!うわー!ヤバイヤバイヤバイヤバイ!ボク、父さんや母さんのことすっかり忘れてたー!」





千早「四条さん」ガシッ

貴音「ええ」ガシッ

真「えっ!ちょっ、二人とも待って!心の準備が!お客さんはともかく、
  こんな格好で父さん達の前に出るのは恥ずかしいよーー!」


千早「うるさいわね。新人じゃあるまいし、そんなのステージに立てば自然と出来るわよ」

雪歩「大丈夫だよ。真ちゃんのドレス姿、すっごい綺麗だもん」



千早「さっ、行きましょう。萩原さん、また後でね」

貴音「それでは、行って参ります」

雪歩「いってらっしゃーい。三人とも、応援してますぅ」



真「うわーーー!助けてーーーー!プロデューーサーーーー!」





――― 同刻 ステージの上手袖


伊織「ちょっと、あずさ!ただでさえ狭いんだから押・さ・な・い・で・よ!」

あずさ「あら~、ごめんなさい~。美希ちゃんは大丈夫?」ドタプーン

美希「う、うん、なんとか生きてるの」ギュー


律子「あんた達!素人じゃないんだから静かにしなさい!」

響「律子も声大きいって」

亜美「兄ちゃんの言ってた専用スペースって、舞台袖の猫のヒタイみたいな場所だったんだね」

春香「でも、このマジックミラー越しなら真にはばれないよ」



雪歩「ただいま戻りましたぁ」ヒョコッ


律子「ほら、そっちもうちょっと詰めなさい」

あずさ「はい~」ドタプーン

美希「ぐえあ」ギュー




春香「雪歩、真の様子どうだった?」

雪歩「うん。開演時間ちょっと押すかもしれないけど、別に大丈夫だよ」


美希「うぐぐ、ほ、ほんとに真クン大丈夫なに゛ょ?」ギュー

亜美「亜美の見立てだと、ミキミキの方があぶないね」

あずさ「あ、あらあら~」ドタプルーン



伊織「確かにちょっと前の真は空元気っていうかヤケク…、ゴホン、変だったわね」

響「今日なんか、ちょっと怖かったぞ」


律子「雪歩が言うなら大丈夫よ」

雪歩「そうだよ、響ちゃん。真ちゃんは私のヒーローだもん」




春香「千早ちゃんと貴音さんは、私達がラストに出ること知ってるんだし、
   真が出てきたら何人かは向こうに行ってもいいんじゃないですか?」

律子「そうよね…。いくらなんでも狭すぎるわ」

あずさ「そうですね~。プロデューサーさん達も来るかもしれないわけですし」ドタプーン

美希「うごご、は、春香に賛成なに゛ょ」ギュー



響「亜美、どう?」

亜美「ちっと待ってね。今ケータイつけるから」

伊織「急ぎなさい。予定通りならもうすぐアナウンスが入るわよ」


雪歩「あのー、真ちゃん、私が来てることは知ってますから、私が移動しましょうか?」

美希「壁際に行ったのが命取りだったの…」ギュー




伊織「ねえ、雪歩。今日の真達ってどんな感じなの?」

雪歩「えへへ、見てのお楽しみですぅ」



ピロリン♪


亜美「あっ!メール来てた!真美達、五十分にはテレビ局出れたって!時間も減らされなかったって!」

響「それならもうすぐ来れるな!」

律子「大分早いわね。プロデューサー殿、相当粘ったんでしょうね」

春香「きっと愛の力ですよ!」


あずさ「それなら、私と雪歩ちゃんは向こう側に行きますね~。
    ステージからは見えないようにしてもらいます~」ドタプーン

美希「た、助かったの…」ハァハァ





 フッ



響「あっ!照明が!」

アイドル達「しーーーーっ!」




小鳥『あー、あー、ん、こほん』


小鳥『会場にお越しの皆様!大変長らくお待たせいたしました!』








小鳥『ただ今より、菊池真バースデイ・ミニライブ " Truth in the summer stars " 開演いたします!!』






 ワァーーーーーッ ―――――――



――――――――


――――

――







小鳥『ただ今より、菊地真バースデイ・ミニライブ " Truth in the summer stars " 開演いたします!!』






 ワァーーーーーッ ―――――――



――――――――


――――

――




――


――――



真「………………」カリカリ

真「………………」カリカリ

真「………………」カリカリ


真「………………んっ」ピタッ



真「あれっ、これってなんだっけ?」




――― 一年後 8月21日 PM11:00 東京都内某区、菊地家、真の自室




真「えーっと、辞書、辞書。やばいなー、単語結構忘れてるよ」


真「seduit…、seduit…、あっ、あった」

真「seduire、心を捕らえる、誘惑する」


真「Je suis tout seduit par ton adorable sourire.」

真「seduitは男性形だから、これは男の人の台詞なのかな」

真「えーっと『 キミの可愛い笑顔に心底夢中さ 』くらいでいいのかな」カリカリ

真「教科書なのにすごい文だね」カリカリ

真「………………」カリカリ



真「何だよ、伊織のやつ。フランス語は単語が英語と似てるから簡単だなんて」カリカリ

真「動詞がこんなに変化するなんて聞いてないよ」カリカリ




真「今思えば、英語って簡単だったんだよね」カリカリ

真「動詞なんて特殊な過去形と過去分詞だけ覚えて、後は語尾にsとかingとか付ければいいだけだし」カリカリ

真「何だよ、男性形とか女性形とか」カリカリ

真「ボクはつくづく、日本人でよかったよ」カリカリ



真「………………」カリカリ

真「………………」カリカリ

真「………………」ピタッ


真「………………」



真「へへっ―――可愛い、か」ニヘラ




 Prrrr... Prrrr...


真「うわぁっ!」


真「あー、ビックリした」

真「普通の着信ってことは仕事関係の誰かだけど、こんな時間なら765プロの誰かだね」ヒョイッ



真「ああ、律子だ」ピッ


真「もしもし、どうしたの?」




『 ――― ――― 』

真「えっ、明日の時間変わったの?」



『 ――― ――― 』

真「うん、一時間早まるんだね。ボクは構わないよ」



『 ―――! ―――! 』

真「まあまあ、別にいいじゃん。無駄にスタッフさんと揉めたっていいことないよ」



『 ―――! ―――! 』

真「ちゃんと調整する振りしてくれたんでしょ?それだけで十分だよ」



『 ―――! ―――! 』

真「まあ、安く見られるのは困るけどさ。気持ちよく仕事できた方がいいって」



『 ――― ――― 』

真「うんうん。わかってるって、それだけかな?」




『 ――― ――― 』

真「そっか。貴音さん、都合付いたんだ。じゃあ予定通りだね」



『 ――― ――― 』

真「でも本当にいいの?そういうファンの声が多いのはわかるけど、去年と同じメンバーになっちゃうよ」



『 ――― ――― 』

真「うん、そうだね。曲は変わるから同じにはならないね」



『 ――― ――― 』

真「えっ?明後日律子来ないの?」



『 ――― ――― 』

真「うん。じゃあ、とりあえず明日ね。お休み」ピッ



真「ふぅ」

真「それじゃあ、勉強の続きを」




 Prrrr... Prrrr...


真「うわぁっ!」


真「あー、ビックリした。何も連続でかけてこなくてもいいのに」

真「律子、何か言い忘れたことでもあったのかな」



真「あれっ、今度は事務所だ」


真「しょうがないなあ」ピッ



真「もしもし、どうかしましたか?」




『 ――― ――― 』

真「何って、勉強してたんですよ。夏休みの間に忘れると困りますからね」



『 ――― ――― 』

真「それよりいいんですか?この前も私用電話が過ぎるって、
  皆の前で小鳥さんと律子に怒られたばかりじゃないですか」



『 ――― ――― 』

真「駄目です。そんな言い訳、あの二人には通用しません」



『 ――― ――― 』

真「ボクの立場にもなってください。小鳥さんはともかく、
  律子はボクのプロデューサーなんですよ、プロデューサー……あっ」




『 ――― ――― 』

真「い、いいじゃないですか!?その、名前で呼ぶのって結構照れくさいんですって///」



『 ――― ――― 』

真「そんなことより、今日はもうお休みになってください。体壊しちゃいますよ」



『 ――― ――― 』

真「ええ、貴音さんのことは聞きました。調整していただいてありがとうございます」



『 ――― ――― 』

真「へへっ、今年はちゃーんと一曲目から聴いてくださいよ」



『 ――― ――― 』

真「えっ、明後日プロデューサーがいらっしゃるんですか」




『 ――― ――― 』

真「そうですか。律子、気を利かせてくれたんですかね」



『 ――― ――― 』

真「またそんな、担当アイドルをお邪魔虫扱いなんかして…。千早と貴音さんに言いつけちゃいますよ」



『 ――― ――― 』

真「へへっ、残念でしたー。もう『可愛い』なんて聞き飽きましたからー」



『 ――― ――― 』

真「はい、あのドレス屋さんで、えっ、待ち合わせも同じ喫茶店ですか?」



『 ――― ――― 』

真「前から思ってたけど、プロデューサーって結構ロマンチストですよね」ニヤニヤ



『 ―――! ―――! 』

真「あはは、今年は小鳥さんがいないからって油断して遅れないでくださいよ ―――







――― ボク、プロデューサーのこと、待ってますからね






                   真「近すぎて、遠すぎて」 おしまい

一日遅れたけど、真誕生日おめでとう。
MasterArtistの二枚が好きすぎる


進学したってことと「可愛い」って単語を使いたい為に、
なけなしの記憶とbing先生にお願いしてフランス語入れたけど変なトコあってもスルーしてください



書きため分は以上です。ここまで読んでくれた人ありがとう。>124の人もありがとう。
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