黒子「おまじない……?」 #3 (334)

(注意)
 ・【とある魔術の禁書目録】【とある科学の超電磁砲】および【コープスパーティーBCRF】【コープスパーティーBoS】とのクロスです。
  あと、初代コープスパーティーおよびコープスパーティーゼロの設定を混ぜている場合があります。
 ・内容的にグロ要素や死亡要素が入る場合があります。
 ・設定やキャラ崩壊が場合によってはある恐れがあります。
 ・投下はスローペースです。投下の間隔が(日単位で)思い切り開く可能性が高いです。
 ・地の文も入れていますが、基本台本形式で進める場合が多いかと思います……多分。
 ・話の展開選択肢を設ける場合があります。選択次第によって、鬱系統の展開になる場合があります。

(前スレ等)

 黒子「おまじない……?」(#1)

 黒子「おまじない……??」 (#2)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1336141886(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

(前スレからの続きを参ります)


 結衣(だとしたら……このままじっとしてられないっ!!)

 全身がなおも痛む中——全力を振り絞って立ち上がった。
 右腕がとりわけ痛い。
 少しでも動かそうとしたら、麻痺させるような激痛が襲う。
 吐き気さえ感じるぐらいに。


 結衣(骨が……折れたの!?)

 激痛を発する右腕は、動かそうとしても微動だにしない。
 それどころか、まるで重石ののように右肩に圧し掛かる。
 しかも、激痛まで発するものだからたまったものではない。


 が——そんなことなぞ、言っていられない。
 痛む右腕を左手で押さえながら——一歩一歩、教室の後ろのほうへと歩き出す。
 時折、左手で散らばっている机や椅子に手を突きながら、よろよろとふらつきながらも——自分が入ってきた教室の後方にある入口へと向かう。

 床に開いた穴に足を乗せそうになるぐらいに、危なっかしい足取りでだが——なんとか、入口までたどり着いた。
 そして閉じられた引き戸に手を掛ける。
















         ガラガラ……












 引き戸は難なく開いた。
 その先には朽ちた廊下が左右に向かって伸びている。
 荒く息をしながら、まずは外の様子を除きこもうとした。

 


 
 結衣「——!!」

 思わず首を引っ込めた。
 途端に右腕から発する痛さが度合いを増し、思わずその場に倒れこみそうになる。
 が、なんとか引き戸に掛けた左手で体を支え、その場は持ちこたえた。


 ——脳裏にある光景が思い浮かんだのだった。

 まだ如月学園の生徒だった頃の自分。
 翌日に志望する大学の推薦入試を控えて。

 ——思い人からもらった鉛筆の入ったペンケース。
 それを忘れて帰ってしまったことに気づいて、夜の教室まで取りに戻った時のこと。

 見つけて、教室から出ようとした時。
 何気なく首を廊下へと突き出した時。
 
 教室から出ようとしたときに——引き戸が勢いよく閉まった。
 首は閉じようとしようとする引き戸に挟まって。
 異様な圧迫感と激痛が襲い。
 息苦しくなってもなお、引き戸を開けようと手を掛けた——。



 が——その甲斐もなく、引き戸はなおも首を締め付け、ついには——!!





 結衣(え……そんなことって、あったかしら……)

 ふとそこで我に返る。
 高校時代にそんなことを経験した覚えがない。
 なのに、なぜそんなことが思い浮かぶのか。

 分からない。

 でも——そんなことあったような気がする……。


 結衣「こんなところで……じっとしている場合じゃ……ないわ……」

 そんな一つの疑問を頭の中から振り払う。
 引き戸を掴んだ左手を支えにする形で、外に出る。
 そして、傷ついた右腕を押さえながら、廊下をゆっくりと歩く。




 が——。

 結衣「うっ……!!」

 急に膝から力がなくなった。
 正座をするような形で膝が自然と曲がり、その場に座り込んでしまう。

 体力があまりなくなってきたのだろうか。
 でも、そんな場合じゃない。
 生徒達が心配だ。
 早く戻らないと。

 しかし、そんな彼女の意に反して、体に力が入らない。
 背中を近くの壁にもたれるような形で倒れこんでしまう。
 思わず、左手を床に突いてしまった——その時。


 結衣「何かしら……?」

 突いた手に何かが触れる感触があった。
 それを掴んで、目の前まで持ち上げる。




 結衣「生徒手帳かしら……」

 それは小さな手帳だった。
 ただ、如月学園のものではない。
 表のカバーに描かれたエンブレム。

 赤いシールド状の形の中に描かれた、四つ葉のクローバーの紋様。
 クローバーの中には"J"を象った文字。
 校章のようだったが、見知らぬ学校のものだった。
 少なくとも、如月学園のものではない。

 何気なく、見開きを開ける。
 裏側のカバーの部分には、生徒証が挟み込まれていた。
 写真の部分があるのだろうが、見えない。
 白い紙の切れ端に覆われているからだった。




 結衣(あれ……この紙って……)

 覚えがあった。
 地震が起きて、この廃校に突き落とされる前に行った——おまじない。

 あゆみが持ってきた人型の紙を引きちぎった時の——切れ端。
 結衣は一応財布の中にしまいこんでいた。
 それは、今も上着のポケットにしまいこんでいる。


 結衣(この子も……あのおまじないをしたのかしら……!?)

 見上げるように生徒証に書かれた文字を読もうとする。
 しかし、目が霞んできて——読み取れない。
 目の霞みはさらに酷くなり——やがて真っ暗になってきた。

 そして、気を失ってしまう。
 左手はだらしなく、垂れた形になる。


 手にした生徒手帳を、開いたまま——。













           c h a p t e r 0 7













 刻命「んしょっと……」

 床の上に倒れた戸棚。
 それに両手を掛け、力のままに持ち上げる。
 重量はかなりあるように思えたが、それを難なく持ち上げて立て直した。

 その時——棚の中から、何かが零れ落ちた。

 虫の死骸だった。


 初春「ひっ……!!」

 後ろからその光景を不安げに見詰めていたが、それらを目にした途端に声をあげてしまう。
 怯えの表情をはっきりと出して。


 刻命「やれやれ、中にはこんなものが……悪趣味もいいところだな」

 本人は何のことはないといった様子で、額に浮かんだ汗を袖で拭い取る。
 そして、床に散らばった虫の死骸を足で払いのけていた。
 さらには、頭に降りかかったそれらも、手で振り払う。
 


 初春「き……刻命さん……大丈夫なんですか?」

 刻命「ん?別にどうってことないよ」

 震えながら恐る恐る声を掛けてくる初春に、平気と言いたげな感じの表情を向ける。
 さわやかな印象を崩すことなく。


 刻命「というか、こんなことで怯えてたらキリがないよ。ここには死体がごろごろ転がっているからね」

 初春「そ、それは……そうですけど……」

 刻命「それより、一刻も早く、友達を探さなきゃいけないのだろう?」

 初春「え、ええ……」

 刻命「だったら、じっとせずに行こう。僕も……」

 そのまま前を振り向くと、ためらうことなく廊下を進みだす。
 初春もおずおずとその後に付いていく。


 刻命「妹を探さなきゃいけないからね」

 廊下は辛うじて灯っていたが、薄暗い。
 浮かべた優しげな表情を崩さないまま——その中を一歩一歩強く、足を踏みしめていった。



本日の投下はここまでです。
改めて、お読み頂いている方や、コメしてくださっている方に感謝します。

お待たせしました。
続きを投下いたします。


 初春「妹さんですか……」

 刻命「ああ。この廃校にいるはずなのだが、どこを探しても見つからない」

 なおも前を向いたまま、振り返ることなく話し続ける。
 廃材やガラスが床の上に散らばっているのもお構い無しに、ひたすら突き進みながら。
 が、その口調には嘆きの色が滲み出ているように思えた。


 刻命「こんな危ないところで一人でいると思うと……じっとしていられないよ。はっきり言ってかよわいにも程があるんだ」

 初春「そうなのですか。だったら……」

 刻命「だったら……何だい?」

 急に立ち止まる。
 後ろを振り返らないまま。

 そんな刻命の行動に、一瞬はっとする初春。
 が、すぐに我に返り、思い立ったことを口にする。



 初春「私も一緒に探します」

 刻命「いいのかい?こんなアカの他人のことに構ってくれてるなんて」

 初春「そんなこと言ってられませんよ。こんな危険な空間に一人だなんて……放っておけるわけがないじゃないですか」

 風紀委員としての正義感が言わせた言葉だった。
 さらには佐天らを探してもらうのに甘えっぱなしなのもまずい気がしたというのもある。


 刻命「そうか。すまないな」

 穏やかな目線を向けると、そっと微笑んだ。
 物腰の柔らかそうな人。
 そして、そんな表情の奥に見せる、陰りの色。
 離れ離れになった妹を案ずる心が垣間見えた気がした。


 初春(本当に困っているみたいですね)

 表向きは何事も無いような感じに見えるけど。
 黙っていて、じっと前を向いていていて、細かな表情の変化は分からないけど。
 一刻も早く見つけ出したいという気持ちは——ひしひしと伝わってくる。
 
 だとすると、するべきことは——。



 初春「いいですよ。困っている人を放っておくなんて、できませんから」

 ——自分で出来うる限りで、手助けになること。

 もちろん、自分も離れ離れになった友人を探さなければいけないが。
 それはやりながらでもできることだ。
 むしろ、その中で手がかりが見つかるかもしれない。
 あわよくば、ばったり出会えるかもしれない。

 一人でやるのも、二人でやるのも一緒。
 アカの他人とはいっても——こんな危険な空間で一人でいるよりかは、はるかにマシに見える。
 美琴と別々になってしまい、途方に暮れていたところで、声を掛けてきてくれるなど——優しい人物のようだ。
 むしろ、一緒にいてくれた方が、安心だといってもいいぐらいだ。


 刻命「優しいんだな、君は」

 初春「そこまでいうほどでも……」

 思わず謙遜してしまう。
 いや——照れてしまい、一瞬恥ずかしくなったというのが正しいところだろうか。
 そのまま、表情を下へと向けてしまう。

 


 
 刻命「ははは、そんなことはないと思うよ。僕には相当優しい子だと見えるけどな」

 初春「そんな……」

 さらに顔を赤らめてしまう。
 お世辞とかそんなのではない、純粋な意味としての褒め言葉に。
 目の前にいる刻命の顔をまともに見ることすらできなかった。


 刻命「妹も……そんな感じだな」

 初春「え……?」

 刻命「自分よりも他人のことを気に掛けて……そして恥ずかしがりやすいところかな」

 初春「そ、そうなんですか」

 多少違うところがあるものの、自分のことのように言われているような気がした。
 そう思うと、なおさら照れてしまう。
 それこそ、目の前を歩いている、そのことを言い出した人物の顔をまともに見れないぐらいに。




 刻命「ああ。それより……」

 丁度、廊下の突き当たりにぶつかった。
 T字路になっていて、左右に向かって廊下が伸びている。
 照明がまばらに点いていたが、照らす範囲は限られていて、その先に何があってどうなっているかまでは分からない。

 軽く左右を見回した後、左へと進路をとる。









        ギィ……








                ミシ、ミシ……











 刻命「そこ、床が割れそうになっているから気を付けないと。踏み抜きかねない」

 初春「は、はい……」

 指差された部分を避けるようにして、足を動かす。
 そこは床が崩れていて、周囲に残っている箇所もだらしなく垂れていた。
 足を乗せようものなら、間違いなく穴の下の奈落にまっさかさまになっていただろう。


 刻命「…………」

 その箇所を通り過ぎたあたりで立ち止まった。
 いや、立ち止まらざるを得なかった。

 そこから先へと続く廊下は——床板がごっそりと抜け落ちていたから。
 天井から吊るされた古めかしい照明器具が放つ蛍光灯の光が——真下に広がる闇をむなしく照らしていた。



 刻命「職員室……か」

 脇にあった部屋の入口らしき引き戸に目を向ける。
 廊下に並んだガラス窓と同様に、閉じられた引き戸に填められたガラスも割れたりひびが入ったりしている。
 その割れ目の一つから中の様子を覗き込む。
 が、内部には照明が灯っていなく真っ暗で、どうなっているのかははっきりと分からなかった。

 引き戸の取っ手に手を掛ける。
 そのまま横に引っ張ろうとする。

 が——開くことはない。
 まるで引き戸がイミテーションであるかのように、1mmも動かない。
 いくら力を加えても、それは同じことだった。


 刻命「ここもか……」

 取っ手から手を離し、額に浮いた汗を拭う。
 そして、あっさりと踵を返し、廊下を引き返しだした。



 初春「ここもって……どうかしたのですか?」

 刻命「開かない所はこんな調子なんだ。外に面した窓なんかも含めてね」

 ちらりと外に面した窓を見やる。
 廊下の壁に並んでいる窓は、どれもガラスが割れていた。
 中には、窓自体が窓枠から外れかかっているものさえある。

 ふと立ち止まり、そのうちの一つに手を掛ける。
 窓枠に角の部分が引っかかって、窓自体は斜めを向いて開きかかっている。
 文字通り、外れかかっている状態。
 少しの力でも加えようものなら、今にも外れて床の上に落ちかねないといったところだ。


 刻命「ふんっ!!」

 外れかかった窓に掛けた手に力を入れる。
 相当の力を加えているもので、外れた窓は床に叩きつけられて——付いている窓ガラスは粉々に割れるだろう。
 だったらガラスも飛び散って——!!


 初春「——!!」

 咄嗟に目を瞑り、両手で顔を覆いだす。
 そして、無意識のうちに一歩うしろずさった。















            …………。













 直後に響くであろう、ガラスが割れる音が——しない。
 恐る恐る、顔を覆った手を離し、まぶたをゆっくりと開けると。



 ——先程と、変わっていなかった。
 今にも外れそうになっているのにもかかわらず、窓は少しも動いていなかったのだった。


 刻命「怖がらせてすまないな」

 初春「い、いえ……気にしてませんから」

 刻命「そうか。それはともかく……」

 小さくため息を吐くと、外れかかった窓から手を離す。
 相変わらず、窓自体は外れかかった状態を維持していた。
 寸分たりともすれることなく。


 刻命「隣の本館もこんな調子だよ。外に面した窓はおろか、一部の部屋の引き戸も固定されたかのように動かない」

 窓を握っていた手を、ズボンのポケットに突っ込む。
 そして、そのまま廊下を歩き出した。 




 刻命「物を投げつけてみてもだめだ。ガラスは割れてもいいようなものだが、それすらない」

 初春「散らばっている机なんかも、床に張り付いて動かすことができない状態でしたけど……まさか、そこまで……」

 刻命「まるで監獄だよ。何が何でも外に出られないようになっているかもしれないな」

 そこで一旦言葉を切る。
 丁度、先程のT字路まで戻ってきた。
 直進方向に廊下が伸びているほかに、右手にも廊下が伸びている。
 右は玄関の方に向かうはずだ。
 しかし、刻命はそのまま分岐を通り過ぎ、ひたすら廊下を前へと突き進みだした。


 刻命「おまけに外は、得体の知れない樹海ときたものだ。街の明かりも見えないし、果たして出られるか分かったものじゃない」

 初春「…………」

 ため息混じりに語りだす刻命の背中を見る形で、脳裏にはあることが思い起こされていた。
 "監獄"という言葉を引き金にして。


 ——キミは監禁されたのサ。この多重閉鎖空間に。

 この廃校に連れてこられて、目を覚ましたときに出会った亡霊の言葉。

 
 ——ソウカ……ソレはイキテ帰ってモライタイものダガ……不可能に近いだろウ。

 ——ココはとてツモなく強力な霊力によって創られた、特殊ナ空間サ。

 脱出なんて、正直できそうにもない空間に連れてこられたという——現実。




 刻命「時たま、他に監禁された子らしき悲鳴は聞こえるんだ。お兄ちゃんって。僕と同じように、兄妹でこの空間に連れてこられて、離れ離れになったのだろうな」

 初春「…………」

 半ば愚痴るような感じで話す刻命の言葉に、何も答えられない。
 答えようが無かった。


 刻命「声のした方向を探してみたが、そこには誰もいない。そしたら、今度は正反対の方向から聞こえるんだ。その方向に向かっても、誰もいない」

 初春「違う次元から……聞こえてきた悲鳴なのですね」

 刻命「だろうな。というか、君もここがどのような空間か理解できているようだね」

 初春「はい、大方は。ここが、異様な力で作られた多重閉鎖空間だとか、ここで亡くなられた犠牲者の霊にいろいろと聞かされましたから」

 刻命「そうか……」

 歩きながらも、ふと天井を見上げる。
 床板と同様、廊下の天井も木張りだった。
 そして、所々で朽ちていて、中には崩れ落ちている箇所があるのも同じだった。


 刻命「おっと、崩れないとは思うが、通れるだろうか」

 目の前に現れた変化に、一瞬立ち止まる。
 
 天井の板が床にまで垂れ下がっていて、それが廊下を歩く妨げになっている。
 念のためにさらに崩れないかを確認しながら、垂れた天井と床の間にできた隙間を潜り抜ける。
 幸い、できている隙間は、大柄な刻命の体を通すぐらいの大きさだった。
 

 刻命「大丈夫だろうけど、気をつけて」

 初春「は、はい」

 四つんばいになるような形で、隙間を潜り抜ける。
 小柄な初春であれば、通り抜けるには余裕の大きさだった。
 もっとも、いつ崩れるかわからない。
 机や窓みたいに空間に固定されていればいいのだが、そうとも限らないとも言えるので、ひやひやしながらではあるが。



 通り抜けた先の左手には、別の部屋の引き戸があった。
 他の教室と同様に、この部屋の引き戸も固く閉ざされている。
 上には【音楽室】と書かれた木の札が垂れ下がっていた。


 刻命「しかし、これじゃあ、妹どころか、あとのクラスメートもどこにいるか見当もつかない」

 初春「クラスメート……って?妹さんだけじゃなかったのですか?」

 刻命「ああ。そうか、まだ話していなかったな」

 初春「ええ……」

 そこで一旦言葉を区切る。
 隙間を通り抜ける際に、膝やスカートに付いた埃を叩き落とす。


 そして——

本日の投下はここまでです。
なお、続きには以下の選択肢が続きます。

A:初春「クラスメートって、どのような人たちなのですか?」
 刻命の着ている制服のズボンと肩に掛けている上着を交互に見比べながら、何気なく特徴を訊き出した。

B:初春「あとの……って、一部の人は見つかったのですか?」
 刻命の着ている制服のズボンと肩に掛けている上着を交互に見比べながら、おずおずと尋ねた。

安価は、>>34にてお願い致します。

B
どっちが爆弾か分からんから怖いな。

お待たせしました。
少しではありますが、>>32のBで投下します。


 初春「あとの……って、一部の人は見つかったのですか?」

 刻命の着ている制服のズボンと肩に掛けている上着を交互に見比べながら、おずおずと尋ねた。

 紫色のブレザーに、黒のズボン。
 そして、上着の胸元にある——"BHS"という文字が入った校章。

 見覚えがあった。
 美琴と一緒に本館を探索していた時に——児童霊に追われていた時に目に入った、3体の白骨死体。
 それらが着ていた服と酷似していた。

 いや——そのものだった。
 確か、そのうち1体の生徒証にあった記載。


 ——白檀高等学校2年4組 大川智寛。

 そして、目の前にいる刻命も——その白檀高校の生徒。
 彼はそのことを知っているのだろうか。

 いや——それ以前に、そのことを話していいのだろうか。
 探しているクラスメートが死体になっていたなんて、正直安易に言えるものではない。
 ましてや、生きていてほしいと願いながら一生懸命に探している者に、そのことを告げるのは——あまりにも残酷というもの。
 かといって、そのことを胸のうちにしまったままにするというのも、どうかという気持ちだった。



 刻命「…………」

 これまで浮かべていた柔和な表情から、一変して険しいものになる。
 顔を顰めながら、初春を一瞥すると、再び音楽室のほうへと向き直した。



 しまった。
 質問を間違えてしまったか——!?

 内心、自分のした軽はずみな質問に後悔していた——その時。




 刻命「ああ……見つかったさ」

 音楽室の引き戸の前に突っ立ちながら、答える。
 初春の方に振り返ることなく。


 刻命「死体になってか……殺された直後にな」

 そのまま音楽室の引き戸に手を掛けた。
 力任せに引き戸を引っ張る。











        ガタ、ガタガタッ!!










 ここの引き戸は、周囲のものとは違い、力を加える度にかすかに動く。
 もっとも開くというまでには遠く及ばないが。
 早い話が、鍵が掛けられていたのだ。


 初春「こ、殺された直後って……!?」

 目の前の人物から放たれた言葉に、驚きと怯えを隠せない。
 問いかける声が微かに震えを帯びていた。


 刻命「ああ。そのままの意味だよ。僕が見つけたときには、一足遅かった」

 そんな初春とは対照的に、冷静な素振りで淡々と話し出す。
 もっとも顔は前を向いたままなので、どうなっているかまでは見えなかったが。




 刻命「児童の霊に取り囲まれて、刺された者もいれば、鉄槌で頭を殴られて命を落とした者もいた」

 初春「そんな……」

 刻命「いすれも命を落とした直後だったよ。出血が生々しかった」

 引き戸の取っ手から手を離すと、部屋の入口から離れる。
 そして、少し先にある別の入口へ向かって歩き出す。
 幸い、廊下の床は比較的しっかりとしていた。
 ためらい無く、床板に足を踏み出す。


 刻命「そういえば……」

 1分もしないうちに、先に見えていた入口の前にたどり着く。
 上には【音楽室】と書かれた札。
 引き戸は先程の入口と同様に、閉ざされていた。
 割れたガラスから覗き込めそうなものだが、照明が灯っていなく、内部の様子がどうなっているのか分からない。
 また、物音もしないことから、中に人はいないように思える。

 取っ手の窪みに手を掛け、先程と同様に横へと引っ張り出す。












         ……………………。










 刻命「こっちは完全に開きそうに無いな」

 いくら力を加えても、引き戸は微動だにしない。
 外に面した窓や、別の教室の引き戸で体験したことだった。
 引き戸自体が、その場でしっかりと固定されて、さながら壁のようにびくともしなかった。

 小さくため息をつくと——初春の方を振り返りだす。
 やや、疲れたような目線を、じっと彼女の瞳に向けて。



 刻命「さて……君は僕のクラスメートを知らないかい?」

 初春「え、ええ……」

 一瞬、答えるのをためらった。
 クラスメートの死を伝えれば、悲しませるのは必至。
 ただ、かといって隠しても仕方が無い。
 むしろ、相手には隠したまま、実現しえない可能性を求させるというのも、気が退けた。



 それに——









 ——失礼、お嬢さん。




 脳裏の中で思い起こされる、言葉のやり取り。
 ほんの1ヶ月ほど前だが、その場で起きているかのようにありありと思い起こされる。

 初春にとって——トラウマといってもいいかもしれないような、記憶が。




 空色のキャミソールの上から、男物のワイシャツを羽織っていた幼い女の子。
 アホ毛が目立っているその女の子は、迷子を捜しているらしく、初春もそれに付き合っていた。
 風紀委員の仕事として。

 学園都市を引きずられるかのように連れまわされた先にたどり着いた——オープンカフェ。
 そのうちの一つに腰掛けて。
 目の前に出された大型甘味パフェをスプーンでつつきながら。

 通りすがりの少女達が持っていたキーホルダー。
 出てきた傍の喫茶店でセットを頼むともらえるもの。

 少女はそれをじっと凝視して、欲しいと言い出して。
 女の子が喫茶店の中に入って行ったのを見届けた——と同時に。










 ——人を探してるんだけど。




 不意に掛けられた声。
 目の前に現れた、一人の男性。
 鋭い目つきをした、ガラの悪そうな人物といったところ。
 右手につけている、機械でできた爪のような、怪しげな装飾。


 そして、風貌に似合わない柔和な笑みを浮かべて——訊ねてきた。










 ——こういう子がどこに行ったか、知らないかな。










 途端に、心の中で頭を何度も振る。
 その後、起こったことの記憶を振り払いたいかのように。



 刻命「……ん?何かあるのかい?」

 顔を顰めることなく、訊いてくる。
 不信がるどころか、むしろ優しげな笑みを向けて。


 初春「え……いえ……すみません」

 不意に掛けられた問いかけに、慌てふためいてしまう。
 心の中ではなおも思考を続ける。


 ——あの時は、アホ毛ちゃんと一緒にいたのを見られていたから。
     ・・・・・・・・・・・・
 だから、どこに行ったか知らないか、だなんて訊いてきたのだし。

 比べて、今回はそんなことはない。
 御坂さんと一緒に見たときも、この人の気配はなかった。

 というより、そもそもクラスメートが死んでいることを隠す理由がない。
 むしろ探しているのなら、言ってあげたほうがいいじゃないですか。
 一緒に探してくれているとはいえ、つい知り合ったばかりの他人。
 悲しむからと変に気を使う必要は——ないでしょう。


 初春「実は……」

 小さく一つ呼吸をして、口を開いた。
 本館で刻命のクラスメートらしき人物の死体を見つけたことを話し出すために。




 刻命「そうか……」

 話を聞き終えた途端に、小さく顔を顰めだした。
 しかし、それ以上落胆したり、悲しみを露にしたりという素振りは見られない。
 何も言わず、ただ示された事実を受け入れるかのようだった。

 音楽室の引き戸から手を離すと、廊下を奥へと向かって歩き出す。
 しばらく進んだ先で、廊下は右へと折れていた。


 刻命「しかし、気になることが一つあるのだが」

 初春「何ですか?」

 右へと折れた廊下の先は、上へと昇る階段が続いていた。
 木製の手すりは重厚そうな感じがするものの、途中で折れていたり、崩れたりしていて形を成していない。
 本館と同様、木製のステップも全体的に朽ちていて、所々に穴が空いているところも見られた。




 刻命「3人とも白骨化しているって言ったね」

 初春「はい。それがどうしたのですか」

 刻命「それだけど、正直ありえない話と思えるんだけどね」

 初春「…………」

 崩れかかっている箇所に気をつけながら、一歩一歩階段を昇る。
 不気味な軋みを時折あげるものの、そのまま踏み抜くという気配はない。

 十数段昇ったあたりで、踊り場にたどり着いた。
 階段はここで180度ターンする形になり、再び上へ向かって伸びている。


 刻命「君が見たのは、多分僕のクラスメートで間違いない。大川と……眼鏡があったのは多分袋井だろうな。となると、なおさらあり得ない」

 初春「どういうことなのですか?」

 刻命「僕は彼らと一緒にこの廃校に連れてこられた。例のおまじないをやった直後にな」

 初春「それって、『しあわせのサチコさん』のことですか?」

 刻命「ああ。いきなり地震が起きて、床が裂けて飲み込まれたと思ったら……この廃校で目を覚ました。だけど……」

 そこでいきなり立ち止まる。
 何があったのかと一瞬びっくりする初春。



 刻命「ここは慎重に行かないとな。ほとんど崩れ落ちてしまっている」

 初春「これって、かなり危ないんじゃ……」

 刻命「そうだね。ただ、残っている所は辛うじて梁で支えられている。体重の乗せ方を気をつければ、なんとかいけるかもな」

 目の前の階段は、刻命の言うとおり、大半が崩れ落ちていた。
 右端の部分に、人一人が通れるか通れないかの幅で、階段が残っている。
 刻命の言うとおり、幸い下を横切る数本の梁に支えられていて、かつ木が腐っているという気配もない。
 手すりに両手を掴みながら、恐る恐る、残ったスペースに足を一歩一歩踏み出していく。
 気味の悪い軋みを上げるが、そのまましなったり崩れたりということはなかった。

 しかし、幅が相当狭いために、乗せた足が半分宙に浮くという形になる。
 思わずそれを目にしてしまった。
 途端に心の底から落ちるかもしれないという不安と恐れが湧き上がり、滅入りそうになる。
 そのためか、一瞬初春の体はふらつきそうになった。


 刻命「おっと、危ない」

 階段を昇りきっていた刻命がすかさず、初春の腕を掴む。
 なんとかふらつきは収まり、安定した形になる。


 初春「す、すみません」

 刻命「いいんだ。とにかく下を見ないで」

 初春「はい……」

 左腕を刻命に掴まれる形で、なんとか残された段差を昇る。
 幅が狭い空間は数段であり、手すりを握った手を支えにしながらも、なんとか昇りきった。
 それを悟った瞬間、全身から汗が吹き出るのを感じた。


 その上は4畳ほどの小さな小部屋になっていて、その先に廊下へ通じる入口がぽっかりと開いている。
 天井から照明がぶら下がっていて、蛍光灯の無機質な光が照らし出していた。
 対照的に、廊下は照明が灯っていなく、真っ暗といってもおかしくなかった。

 ここで一息ついて——と、行きたいところだが、そうもいかなかった。


 刻命「死体か……」

 初春「え、ええ……」

 廊下への入口付近の壁に、1体の白骨死体がもたれ掛っていた。
 青系のブレザーにスカート。
 服装からして女子中高生の死体のようだ。
 頭部から抜け落ちた頭髪が周囲に散らばっていた。
 外傷などは特に見られなかったものの——頭骸骨にぽっかりと開いた二つの眼窩が覗き込む様は、不気味さを覚えることこの上ない。


 初春「これ……この人のでしょうか?」

 足元に1個のパスケースが落ちているのを見つけた。
 どこにでもあるようなものだが、中には生徒証が挟みこまれているだけだった。




 初春(……レクサーヌ高等学校2年4組、高橋奈央さん……一体、何があったっていうのですか……)

 刻命「外傷とかはなく、暴れた形跡もない……餓死か衰弱死したってところだろうか」

 初春「あまりにも気の毒ですよ」

 刻命「ああ。ここには水も食料もない。あるのは死体と、僕らを殺そうとしている霊魂だけだ」

 そして、部屋の向こうに繋がる廊下をじっと見詰めて。


 刻命「一刻も早く見つけないとな。妹とクラスメートを」

 初春「そうですね」

 手にしたパスケースを遺体の足元に置く。
 そして、目の前の犠牲者に手を合わせて、その場を去ろうと——した、その時。















         ……りん……









                     ……かおりん……

















 ——か細い、少女の声が聞こえた。



 初春「……何か声がしませんか……」

 刻命「ん?僕には聞こえなかったが」

 怯える初春に、訝しがる刻命。
 二人とも、周囲を眺め回す。




 ——その時。


















                ……ああアアアアああッ!!
















 悲鳴——いや、嘆きの声が、耳についた。
 今にも泣き出しそうな少女の声が。


 初春「ひっ!!」

 全身に震えが走る。
 思わず縮こまるような姿勢になり、声のしたほうがどこか眺め回す。


 刻命「どうやら……この死体が発したようだな」

 刻命にも聞こえたようで、じっと目の前の白骨死体を睨み付ける。

 先程と変わらず、白骨死体は動くことはなく。
 ただ、黒くぽっかりと開いた眼窩を、初春と刻命に向けていた。 


本日の投下はここまでです。
なお、>>32のAは、刻命がクラスメートの特徴を簡単に話して、>>38の流れに繋がるものでした。

お待たせしました。
続きを投下いたします。


 刻命「まったく、質が悪いにも程があるな」

 白骨死体をまるで値踏みするかのようにじろじろと眺め回す。
 口元のあたりをじっと観察しているようだが——特に動いたという気配はない。


 初春「…………」

 そんな刻命の様子をただ眺めていたとき、あることを思い出した。


 本館で美琴と一緒に行動していた時。
 狭まった通路を走り抜けたと同時に転んで。

 そこで見た、3体の白骨死体。
 刻命と同じ、白檀高校の制服を着ていたようだった。





 そして——耳に届いた、声。















           …………キ…………








                       …………ザ…………







                                     …………ミ…………















 風の音でも、空耳でもない。
 何かが意思を持って、発した声。
 それは、さらに大きくなっていき。



 





 








                                  「…………キ…………ザ…………ミ…………」













       「…………キ…………ザ…………ミ…………」












 無数に声がした。
 数人の——少なくとも3種類の——高さや声質が違う低音が……ただ響き渡る。





 どれも、死体から発せられていた。




















                「…………キ…………ザ…………ミ…………」












 「…………キ…………ザ…………ミ…………」



                      









 声はくぐもっていて、何を話しているのか分からなかった。
 何かしらの単語を、ただ延々と繰り返していただけのようだった。

 




 









                  
                          「…………キ…………ザ…………ミ…………」












             「…………キ…………ザ…………ミ…………」













 あまりにも気味悪さに、その場を後にした。


 その時も、それ以降も、何かは考えもしなかったのだが。


















                                         「…………キ…………ザ…………ミ…………」














                    「…………キ…………ザ…………ミ…………」











 初春「あの、刻命さん……私……」


 ——今なら分かる。


 ——はっきりと分かる。



 刻命「ん?どうかしたのかい?」

 視線を背後にいる初春に向ける。
 先程まで見せていた厳つい表情を、さながら嘘であったかのように消して。


 初春「あなたのクラスメートの死体が、あなたの名前をつぶやいていました。かなり恨めしそうに」


 ——目の前にいる、同行者の名前を呼んでいたことを。


 ——重苦しさを感じさせるほど、相当の恨みを込めていると思えるぐらいに。





 刻命「そうか……」

 特に表情も変えることもなく。
 ため息を吐くかのように、小さく返事をする。
 そして、そのまま床の上に腰を下ろし、うつむきだす。


 初春「一体……」

 刻命「いい。話そう」

 死体が話し出すということは置いておいて、刻命とクラスメートの間に一体何があったのかを尋ねようとした。
 が、それは言いかけたところで、刻命に遮られた。


 刻命「殺された直後に見つけたクラスメートっていうのが、彼ら3人だったんだ」

 俯いた顔をゆっくりと上げる。
 そして、少し疲れたような表情で、見上げるようにして話し出した。



 刻命「いずれも、頭から血を流していたよ。頭蓋の一部が割れているのがはっきりと分かった。多分、あの男の金槌で殴られたのだろうな」

 初春「あの男って……」

 刻命「この廃校が現役の小学校だった頃に、殺人事件を起こして自殺した男の霊だ」

 初春「殺人事件って、誘拐事件じゃなかったんですか?」

 刻命「君はまだ知らないようだね。その話には続きがあって、結局誘拐された3人の生徒は殺されてしまったんだ」

 初春「…………」

 刻命の横に並ぶようにして、ゆっくりと床の上に腰を下ろす。


 刻命「犠牲なった子たちは、皆ハサミで舌を切られていたらしい」

 初春「そんな……あんまりです」

 刻命「ああ。あまりにも残忍すぎる。犯人はこの学校の教師だったようだが、すでに気が触れていたらしい」

 初春「…………」

 刻命「その男も、警察に捕まったが脱走して、挙句の果てにはこの学校で自殺した。ちょうど、その貼り紙に書いている頃だろうか」

 ふと目の前の壁を指差す。
 全体的に黄ばんでいて、所々が破れかかった紙が貼られていた。






 
        【 天神小学校 】
    
         廃校のお知らせ

         (1975 10/18)


      先般の忌まわしき事件の後

        校内で多発する

       惨憺たる事件、事故

      激減する生徒児童の数など

      校内の実情を鑑みるに…

       来る75年11月18日に

     断腸の思いで当校の廃校を

       決断いたしました

      わたくしの不徳により

      不甲斐無い決断となり

      深くお詫び申し上げます
 

           教職員各位
  
             天神小学校校長
  
             柳堀 隆峰 記す






 刻命「事件が終わってから以降も、この学校では不可解な死亡事故や事件が続発したらしい。その頃からすでに呪われていたのかもな」

 初春「…………」

 次々と語られる、想像を大きく超えた事実に、口を挟むことができない。
 薄気味悪さを感じながら、ただじっと聞くしかなかった。


 刻命「取り壊されたはずなのに、異空間に存在している。その上、犯人や犠牲者の霊がうろついているときたものだ」

 顔をさらに上げて、天井のあたりを眺めだす。
 緩慢な動きだったが、目の光はなおも鋭いままだった。


 刻命「しかも殺意を持って、生きている人間を狙ってきている。おまけに妙なトラップまであるものだから、たまったものじゃない」

 初春「トラップ……って、そんなものまであるのですか?」

 刻命「ああ。鋭いワイヤーを張り巡らせたトラップさ。触れただけで皮膚が切れてしまうってやつだ」

 そう言って、左腕をすっと初春の目の前に差し出す。
 カッターシャツを捲り上げた先から出ている腕は、明らかな筋肉質というわけではないが、それなりに太くて頑丈そうに見える。
 年齢と体格を考えれば相当といった具合だ。

 その腕を斜め方向に横切るように——赤黒い一筋の線が走っていた。
 明らかに細い刃のようなものを撫で付けたということが、すでに乾ききった血液がそれを物語っている。




 刻命「まあ、無用意に触れてしまった僕も迂闊だったがね。ただ、その前に僕のクラスメートがそれで大怪我を負った」

 初春「え……!?」

 刻命「彼は……片山っていうヤツなんだが、僕の目の前を歩いていたときに、左足の太ももを大きく切ってしまったんだ。骨まで食い込んでいたかもしれないな」

 初春「…………」

 いきなり、鋭い痛みと共に切り裂かれる自分の足。
 何が起こったのか分からず、気がつけば大きな傷が出来ていて。
 絶え間なく、血があふれ出て。
 骨に食らいこむぐらいだから、それは想像しがたい激痛が襲ってきて。

 もし、それ以上歩いていたら——足自体が切れていて。


 思わず想像して——得も知れない寒気を感じ、吐き気が襲ってきた。




 刻命「一見何もない、ただの廊下だと思って歩いたのがいけなかった。ワイヤー自体はほぼ透明といっていいぐらいのものだったからね」

 初春「そんなのじゃ……おちおち、校舎中を歩き回れないじゃないですか」

 刻命「もっとも光を当てれば、1本の線が一瞬浮かび上がって、それで見分けられるが。ただ、それに気づいたのが遅かったことを悔やんだよ」

 初春「そういえば……その片山って人はどうしたのですか?刻命さんと一緒にいないようですけど」

 その問いかけに、俯いた刻命の表情はさらに影を落とした。
 神妙そうな顔つきで、ゆっくりと顔を上げる。


 刻命「命を落としたよ。階段を踏み抜いて、階下まで転がってな」

 初春「そんな……」

 刻命「大丈夫だからとあいつ一人で行かせたのがいけなかった。なんてことをしたのかとさえ、今でも思う」

 そこで、刻命はじっと初春を見詰めた。
 やるせなさと後悔が、その瞳に帯びているように見えた。


 刻命「その時、僕は安否を気遣って片山を抱きかかえたが、そこで言われたよ……」

 そこで言葉を切ると、再び顔を上げて天井を見詰めだす。





 刻命「……キザミ、ってな。俺の名前を呼んでいたよ。命が終わるという恐怖と不安と後悔でいっぱいになってな。そこで息を引き取った」

 初春「…………」

 口を挟めない。
 挟む気すら起きない。

 目の前で、手を打てることなく迎えたクラスメートの死。
 あまりの重苦しいことを否応無しに体験させられた、目の前の同行者。
 精神的なショックもやるせなさも半端ではないだろう。

 が、その同行者はさらに続ける。


 刻命「君が見た僕のクラスメート3人も、そんな感じだった。見つけたら、すでに息を引き取る寸前だった」

 初春「…………」

 刻命「きっと恨めしい声を死体になっても発していたのは、迫った死への恐怖と、僕への恨みからだろうな」

 そこで再度俯きだす。
 一見、あからさまに表情は変わっていない。
 しかし、微かに悲壮さを帯びていると感じにも見える。



 初春「……ないです……」

 ぽつりと、浮かんだ言葉を口にする。
 が、あまりにも小さな声なので、刻命の耳にははっきりと届かなかった。


 刻命「何が……ないのかい?」

 初春「刻命さんが……そんなに自分を責めることはないです。そんなに自分を責め立てても、クラスメートは返ってこないじゃないですか」

 じっと刻命の顔を見詰める。
 真剣に、何かを力強く言う表情で。


 刻命「それは……」

 初春「自分が許せないっていうのですか?そんなの、こんな得体の知れない、霊がうろついている、何が起こるか分からない所に放り込まれたんですよ。病院とかそんなのもないですし、今更くよくよと悩んでも、何の解決にもなりません」

 まるでまくしたてるかのように、話しかける。
 じっと相手の目を見詰めながら、語調もやや荒くなるような感じで。




 初春「刻命さんのクラスメートを思う気持ちは、痛いほど分かります。私だって友達がそんな目に遭っているって思ったら……やっていられませんよ」

 刻命「…………」

 しばらく何もいえず、ただじっと初春を見ていた。
 が、何かをふっきったのか。
 表情から影が退いていき、真剣さを帯びだす。


 刻命「すまない。確かに君の言うとおりだな」

 初春「ええ。とにかくじっとしていても仕方がありません。とにかく、刻命さんのクラスメートも探しに行きましょう。残っているクラスメートはあと何人いるのですか」

 刻命「男が1人に、女が2人」

 初春「と、あとは妹さんですね」

 刻命「ああ。本当にすまないな」

 初春「こんなときはお互い様ですよ」

 床に手を付いて、立ち上がる。
 視線はじっと階段の先に広がる廊下を見据えていた。

 それを見届けた刻命も連られて立ち上がりだす。
 そして、初春の手を握りだす。

 彼女もそれを拒むことなく、そっと刻命の指を掴み。
 二人は、廊下の奥へとゆっくりと足を踏み出した。

 

本日の投下はここまでです。

しかし、同人版のコープス2(DP)がどの方向に向かうのか……。
夏は近いのに、いまだに詳細な情報がない状態ですから。
超電磁砲の漫画の展開ともあわせて、気になる所です。
以上、独り言失礼しました。

お待たせしました。
続きを投下いたします。









     ドーン!!







          ゴロゴロゴロ……










 廊下に踏み出すと同時に、背後から閃光が走った。
 直後、雷鳴が鳴り響きだす。
 近くに落ちたのか、さながら地面を揺るがすような音量だった。




 初春「…………」

 刻命「行こうか」

 あまりの轟音に、一瞬体をびくつかせる初春。
 そんな彼女とは対照的に、刻命は特に動じないといった様子で、先へと進みだす。

 
 階段を登りきった先には、廊下になっていた。
 右は行き止まりになっていて、左の方向へと伸びている。

 2階の廊下も、今まで歩いてきた所と変わらなかった。
 所々で蛍光灯は灯っているものの、全体的に薄暗い。
 そして、天井や床の一部が抜け落ちていたり、壁が崩れていたりしているのも、これまで来たところと変わらない。
 いや、むしろ隅々に張っている蜘蛛の巣が多い。
 ただでさえ陰鬱な空気が重苦しく感じられる。
 異様なまでの湿っぽさが、肌にねっとりとまとわりついて、正直気持ち悪い。




 刻命「ん?ここは入れるようだな」

 ふと廊下の途中で立ち止まる。
 右手には、教室のものらしき入口。
 はめ込まれた曇りガラスがほとんど割れている引き戸が、半分ほど開いていた。
 この廃校にあるほとんどの机や椅子のように、例えびくともしなくても、なんとか入り込めそうだ。


 初春「図工室……ですか?」

 ちらりと教室の上に掛かっている木の札に目をやる。
 掠れかかった黒い字で【図工室】と書かれていた。


 刻命「そうみたいだ。中にそれらしき機材がある」

 内部を覗き込みながら、引き戸に手を掛けて、押し込もうとする。
 しかし、まったくといっていいほどびくともしない。
 開けることはすぐにあきらめて、全身を横向きにしする形で、体を引き戸と枠の間にできた隙間に押し込む。
 特に引っかかったりすることはなく、難なく中に入り込めた。
 初春もそれにならい、体を横向けにして図工室の中に足を踏み入れた。


 初春「ううっ……」

 空気を吸った途端、思わず口を手で塞いでしまう。
 図工室の内部は、黴臭かった。
 外の廊下もそれなりに黴っぽい空気が漂っていたが、この部屋の空気はそれを凌駕していた。
 嗅覚が麻痺しそうなぐらい、それこそ息を吸い込もうものなら、大量の黴の胞子が体内に侵入しそうなぐらいとも言えた。
 しかも、湿気もまた廊下の比じゃないぐらいに高い。
 少し動くだけでも、着ている服の内側が蒸しっぽくなり、汗が噴出してくる。


 刻命「これはたまらんな。長居は無用といった所か」

 彼もまた、同様の不快感を感じていたのか、顔を顰めながら周囲を見回していた。

 天井からはいくつかの照明がぶら下がっていたが、蛍光灯が灯っているのは一箇所だけ。
 教室の中央のあたりをほんのりと照らしている。

 その丁度真下あたりには、白い石膏像が一体置かれていた。
 デッサンの授業で使うような、外人の男性を象った上半身の像だった。
 それを取り囲むように、木製の三脚イーゼルが、さらにその前には椅子が置かれている。
 図工室——というよりは美術教室といった方が正しいといった雰囲気だった。

 もっとも、イーゼルにはキャンバスが置かれているものがあったが、一方で脚が折れて倒れてしまっているものもあった。
 床には何かが描かれたキャンバスが何枚も散らばっている。
 
 そのうちの1枚に、何気なく目をやる。




 初春「ひっ……」

 思わず目をそむけそうになった。

 キャンバスに描かれていたのは、子供の顔のようだった。
 何かを食べようとしているのか、大きく口を開けている。


 が、問題はそれが食べようとしているもの。




 赤いものが滴る——人の目玉だった。


 握った手から、紅い糸のような——視神経が垂れ下がっている。


 子供の歯は——赤く塗りたくられている。


 まるで——血で描いたかのように、紅く。







 刻命「趣味が悪いな」

 傍にいた彼もまた、絵を眺めた途端、眉間に皺を寄せた。

 さらに他に散らばっているキャンバスも、イーゼルに架かっているキャンバスも——同じような感じの絵が描かれていた。




 ——トイレの中で、小学生らしき女の子の首に縄を掛けて殺そうとする、女児の絵。


 ——階段の上から、小学生らしき男の子を蹴り飛ばして突き落とす、男児の絵。


 ——真っ暗な穴蔵のような場所で、小学生らしき女の子の頭を石で殴る、女児の絵。


 ——靴箱の並んだ玄関らしき場所で、小学生らしき女の子の腹をカッターナイフでめった刺しにする、女児の絵。


 ——水道の蛇口に流しがある机の上で、縛られた小学生らしき女の子の腹をナイフで切り裂く、男児の絵。


 ——本が並んだ図書室のような部屋の中で、小学生らしき女の子の首に血が出るまでかじりつく、女児の絵。


 ——床に大きく開いた穴に向かって、いやがる小学生らしき女の子の手を掴んで飛び降りる、女児の絵。


 ——保健室らしき部屋の中で、小学生らしき男の子の腹に鋏を突き刺す、女児の絵。



 どれも——人を殺める様子を描いたものばかりだった。
 見ていて、不快感がこみ上げることは請け合いだ。
 

 刻命「あまり見ないほうがいい」

 初春「え、ええ……」

 言われるがままに、それらのキャンバスから目を離す。
 そして壁際に視線を移そうと首を動かした、その時。















      「……さな……たい……りたち……」












 声が聞こえた。
 あまりにも小さくて、一瞬分からなかった。


 初春「…………」

 一瞬、体をびくつかせる。
 背筋が凍りつかせながらも、恐る恐る耳を済ませる。
















      「……であえな……りかえす……」












 先程より、はっきりと聞こえた。
 何を言っているのかまでは分からない。
 ただ、女の声で何かの言葉を、途切れ途切れに言っているように思えた。

 教室の前方——ちょうど教卓が置かれているあたりから聞こえる。


 初春「刻命さん……誰かあそこにいるみたいです……」

 刻命「ああ。そうみたいだな……教卓の裏か?」

 彼にもその声は聞こえていたようだ。
 教室の前方に視線を向けている。

 あるのは壁に掛かった黒板と、その右脇に戸棚が一つ。
 手前側には一部が崩れ落ちた教壇、さらには教卓が一つ置かれている。
 前方には人の気配はない。


本日の投下はここまでです。
短めでありますが、よろしくお願い致します。

なお、この先には以下の選択肢が続きます。


A:初春「だ、誰かいるのでしょうか?」

 びくびくしながらも、それを振り切るようにして、教卓へと歩み寄った。

B:初春「き、刻命さん……すみませんけど見てきてくれませんか?」

 体をびくつかせながら、刻命に懇願の視線を向けた。


安価は>>91にてお願い致します。
毎度ではありますが、お読み頂いている方、コメしてくださっている方に感謝です。

あえてのB

お待たせしました。
続きを>>89のBにて投下いたします。

 
 初春「き、刻命さん……すみませんけど見てきてくれませんか?」

 体をびくつかせながら、刻命に懇願の視線を向けた。

 声は確かに教卓のほうから聞こえる。
 スピーカーはついていたが、そこから発せられる音声なら増幅されているはず。
 第一、スピーカー自体が据え付けられていた壁から外れてしまっていて、黒板の上に乗っ掛かっている状態なのだ。
 もともと据え付けられていた箇所からも、スピーカー本体からも切断されたコードがだらしなく垂れている。
 どう見ても、スピーカー自体は使い物にならないようだ。


 となると——教卓の影に何者かがいて、そこで何かをつぶやいているとしか考えられない。

 しかも——それは人とは限らない。
 この得体の知れない空間で、遭遇してきたいろいろな事象。
 それを踏まえれば——。

 幽霊か——最悪の場合、あの追い回してきた児童霊だということもありうる話だ。


 さすがに、危なすぎる。
 そんな危険が予測される箇所に、足を踏み込んで確認する気には到底なれなかった。




 だけど。


 ——ずるい考えかもしれない。

 ふとそんな思いが頭をよぎった。

 正直、面倒なことは自然と人に押し付けてしまいがちで、そんな風にはあまり意識していない所がある。
 しかし、今に限っては、目の前の同行者にお願いして押し付けるというのに対し、ある種の罪悪感さえ感じてさえいた。


 刻命「ああ。構わないよ。君はそこで待っていてくれ」

 同行者は嫌な顔をするどころか。
 むしろ余裕があるのか、優しげな笑みを浮かべ、教卓の方へと安定した足取りで歩み寄っていった。


 初春「…………」

 言われるがまま、その場にじっと突っ立ちながら。
 後ろめたさに近い感情を胸の内で渦巻かせながらも、構わず前へと進む同行者の背中を見守ることしかできなかった。











       ギシ……








                    ミシ……








 刻命の足が、一歩一歩教室の床を踏みしめるたびに、響く軋み。
 その度に、教室内の異様に湿った空気を震わせていた。

 教卓の裏にいると思われる何かが発する声も、今は聞こえない。
 あとは、外で降りしきる雨の音が、割れた窓ガラスから室内に伝わるのみだった。












         ギ……










 一定のリズムで響く軋みが止んだ。


 刻命「…………」

 教卓の脇で急に立ち止まった。
 黒板と教卓の間辺りの空間を見下ろす。

 微笑はいつしか消えていて、無表情でじっと見詰めていた。



 初春「あ……」

 何かあったのですか、と訊ねようとした。
 しかし、声が出ず、ただ口から息の音を漏らすだけ。

 どこか話しかけてはいけないというような雰囲気が漂っていた。
 当の刻命は、ただ目の前にいると思われる"何か"をじっと見詰めているだけなのだが。

 冷え切った——威圧感。
 対象はおろか、背後にいる初春までも畏怖させるぐらいの重苦しいオーラを放っていたように思えた。


 刻命「……何をしてるんだ」

 眉間に皺を寄せながら、しゃがみこむ。
 手を伸ばそうとするが——その動きは、途中で止まった。
 そして、少し目を見開きながら、じっと目の前にあると思われる"何か"を見詰めている。


 初春(多分ですけど……)

 少なくとも——幽霊なんかではない。
 ここまでの刻命の動きを見ただけだが、はっきりと断言できた。
 もし、幽霊ならば"じっと見詰める"という行動はとらないはず。


 ——あるのは死体と、僕らを殺そうとしている霊魂だけだ。

 目の前の同行者は、クラスメートの命を霊によって奪われているのだから。
 その場から立ち去るか、少なくとも非常に警戒する素振りを見せるだろう。




 初春「…………」

 何も言わず、ゆっくりと教壇の方へと歩み寄った。

 幽霊じゃないとすれば、一体何か。
 話しかけていることから——多分人間だろうと思う。
 ただ、険しい表情のままで固まったままになっているのが、気になる。

 多分、ただならない状態なのだろう。
 少なくとも、"正常"ならば、何かしら会話があってもおかしくない。



 ——私も何かしなくては。

 そんな思いに駆られた。
 刻命に嫌な役を押し付けてしまったのだ。

 先程から渦巻いていた後ろめたい気持ち。
 そして、困った人には何か手助けをしなくてはいけないという、風紀委員としての使命感。
 それらが、初春を突き動かしていた。

 恐る恐る、廊下を踏みしめる。
 口の中が異様に乾き、吐く息が自然と荒くなっていく。
 握り締める手から、そして背筋からじわじわと汗が噴出してくるのを感じた。














      ……ギ……









                         ……ギギィ……











            ……ミシ……










 床板を踏むたびに響く、朽ちた木が放つ軋み。
 これまでも耳にしてきたが——異様に音が大きく聞こえる。



 刻命「…………」

 なおも無言のまま、目の前にいるであろう"人物"を見詰め続けている。
 近くまで初春が歩み寄っているのを気に掛けない素振りで。


 初春「刻命さん。そこに誰かいるのですか?」

 いつしか、刻命のいる場所の1m程手前まで歩み寄っていた。
 そこで立ち止まり、声を掛ける。

 すぐ真横には教卓があった。
 しかし、その裏側まではこの位置では、まだ教卓が陰になって見ることができない。


 刻命「いるにはいる。ただ……」

 視線を移さないまま、問いかけに答える。
 一寸言葉を区切り、目つきをさらに鋭くさせた。


 刻命「……見たら分かる」

 初春「え?」

 なおも視線を動かさないまま、手招きをする刻命。
 それに従うように、刻命に近寄りだす。
 覗きこむようにして、教卓の裏側に目を移した。






 そこには——人が1人、しゃがみこんでいた。


 着ている黒系統のセーラー服にスカートからして、女子中高生のようだ。
 黒いストレートのロングヘアーに隠れるような感じで見せる表情は、澄ました美人といったところか。



 ??「…………」


 ただし——様子がおかしかった。


 だらしなく両手を垂らしていて。
 大きく見開いた目から虚ろな瞳を覗かせていて。
 半開きになった口から涎をたらしていて。
 何より、表情にはまったくといっていいほど生気は感じられなくて。



 どう見ても——目の前の人物が正常な状態ではないのは、明らかだった。




 初春「あ、あの……」

 恐る恐る声を掛けてみた。


 ??「…………」

 何も言わない。
 身動き一つしない。
 それどころか、瞳も動かさない。
 ただ、だらしなく開いた口の端から、涎を垂らすのみ。


 刻命「精神が壊されてるんだろうな。何があってここまでに至った経緯は分からないが」

 顔の向きは変えず、視線だけを初春に向けて話し出す。


 初春「そんな……何とか正気に戻してあげられないでしょうか」

 刻命「できているなら、とっくにしているさ。それだけ、この廃校に居続けるのは危ないってことだ」

 初春「え?」

 刻命「引きずり込んできた者を……死体にするか」

 そこでゆっくりと立ち上がる。
 同時に右手で、教卓の裏側の女生徒を指差す。


 刻命「気を狂わせて喰らうのだろうな……この廃校は」

 初春「…………」

 刻命「とにかく僕の妹なり、君の友達なり、生き残っている人間を……早く探し出すに限る」

 指差す手を引っ込めて、女生徒から顔を背ける。
 そして、入ってきた出入口に向かって歩き出そうとしていた。


 初春「はい」

 刻命の背中を追うようにして、顔を向ける。

 正直、放っておくわけにもいかないと思ったが——このまま一緒にいても、何かしらの障害になるのは目に見えている。
 これまで身動きはしないようだから、恐らく今後もじっとしているのだろう。
 それを無理に連れて行こうとなると、何が起こるか想像もつかなかった。

 最悪、豹変して危害を加えられるということも考えられる。
 気が触れたときの行動は、常識というリミッターが外れている分だけ、質が悪い。
 それこそただでは済まないといった事態に陥ることも、十分に考えられる。




 初春(何もできなくて……ごめんなさい)

 歩き出す前に、一度だけ振り返ろうとした。
 目にしただけで、何かしら手を打つことができなかった——気の触れた女生徒にせめて謝ろうとして。


 首をゆっくりと後ろへ動かした——その時。






 目の前まで——女生徒の顔が迫っていた。

 二つの虚ろな瞳が、じろりと初春をねめつける。







 初春「ひっ!?」

 一瞬、全身が凍りついた。
 怯えの色を露にして、情けない声をあげる。 
 その場からすぐに立ち去ろうとするが、足が言うことを聞かない。
 まるで何かに体を絡め取られたかのように、一切の身動きができなかった。


 ??「……ない……」

 女生徒の唇が微かに動いた。
 何かの言葉を発しているようだが、声があまりにも小さすぎて聞き取れない。


 初春「…………」

 なおも金縛りにかかった状態のまま、目を見開いて、女生徒の瞳を見つめるだけ。
 吐く息だけが、自然と荒くなってきていた。


 刻命「おい、どうしたんだ」

 初春「…………」

 同行者が声を掛ける。
 そして初春の肩を掴み出した。
 しかし、それでも当の本人は体が固まったまま、いまだに身動きができないでいた。




 ??「……けれども私達の存在は小さな小さな命の融合体。その場に居合わせた鳥達はいつまでたっても出会えない」

 女生徒の口の動きが急に早くなった。
 声のボリュームも心なしか大きくなっていた。

 瞳はじっと、初春の顔を見詰めたままで。











 ——左手を伸ばして、初春の手を掴んだ。

 







 初春「ひっ!!放して下さい!!」

 何とか声は発することはできた。
 しかし、手を振り払うどころか、指すら動かない。

 
 初春(痛い!!何て力ですか)

 まるで万力で締め付けられたかのような、圧迫感を伴った痛み。
 このままいけば、筋肉はおろか、骨すら砕かれそうなぐらいに。
 華奢で細い外見からは想像できないほどの大きな力で、女生徒の異様に冷え切った手は、初春の右手首を握り締めていた。

 それに対して、初春は手を振り解くどころか、身をよじることすらできず。
 ただ、あまりの痛みに表情を歪めるだけだった。



本日の投下はここまでです。
なお、>>89のAは刻命が初春を制止して、>>95の6行目以降の流れになるものでした。

大変お待たせいたしました。

今回は、前スレでの未公開WrongENDのうち1つを示してから、続きを投下しようと思います。
なお、今回投下のWrongENDは比較的多めの分量になります。
くどいようで恐縮ですが、グロ表現もございますので、十分にご注意願います。

(前スレ>>492のB)


 美琴「ここから入るなって言いたいの?だったら、他から入ればいいだけじゃない」

 周囲の窓で入れそうな所が無いかを確認するため、先程のように砂鉄を磁力で集めだした。
 足元の地面から、無数の砂鉄の粒子が一箇所に寄ってくる。

 さらには、目の前の湖の水面が一瞬隆起しだした。
 途端に、そこから黒い粒子が絶え間なく飛び出してくる。
 砂鉄は1つの長い板を形作るように固まって——本館の壁に沿う桟道を作り上げていた。


 由香「そ、そんなとこって……あるの?」

 美琴「それを今から探すんじゃないの。いいから、しっかりつかまってて」

 由香「う、うん……」

 おずおずと言われるがままに、美琴の腰に小さな腕を回す。

 しっかりと抱きついてきた感触を確認すると同時に、美琴は砂鉄の板の上に足を踏み出した。
 そのまましゃがみこんで、右手を砂鉄の黒い板の中に突っ込む。
 すると、板状の砂鉄がベルトコンベアのように、二人の体をゆっくりと前へと送り出す。


 美琴「…………」

 前へと進むと同時に、高度も徐々に上がっていく。
 砂鉄の板の傾きを斜め上へと向けていたのだった。
 1階の外側に面した窓から入れるとは限らない。
 ひょっとしたら、この渡り廊下の入口のように、窓さえなくなっているかもしれない。
 もし、2階や3階に入れる場所があるのなら、と考えてのことだった。



 美琴「ったく……暗くてよく見えない」

 雨が降りしきる、闇に閉ざされた空間。
 建物からはおろか、光のひとつも無い。
 本館の壁に間近に寄り添っているものの、窓があるかについては、目を近づけないと分からない。
 いくら目が暗闇に慣れていてもであった。


 由香「……全部閉まってるよぉ」

 そんな中でも、外壁に面した窓はいくつか見つけられた。
 しかし、いずれもぴっちりと閉ざされていた。
 窓ガラスは所々割れていたり、中には窓枠が少し外れかかったりしていたので、試しに握って引っ張ってみた。


 美琴「マジでどーなってるのよ。全然動きすらしない」

 しかし、窓枠はびくともしない。
 何度も引いても押しても、微動だにしない。

 窓枠は観音開きになっていて、内側に金属製の取っ手が取り付けられているようだ。
 その取っ手に強力な磁力を向けて、無理矢理引き寄せようとしてみた。


 が——結果は同じで、寸分たりとも動く気配が無い。
 まるで、それがコンクリートの建物の一部で、窓枠の色を塗っただけのオブジェであるかのようだった。
 
 終いには、割れた窓ガラスを足で蹴り飛ばそうとした。
 しかし、そこまではためらわれた。
 窓ガラスもこんな調子なのかもしれない。
 割れないどころか、当たり所が悪ければ、足に尖ったガラスが突き刺さることも考えられる。
 何も変化が無く、ただ大怪我をするだけ。
 あまりにも割に合わないことなのは、容易に想像が付いた。




 由香「どこも……入れそうにないよ……」

 美琴「まったくね」

 1階はおろか、2階の部分にも窓はいくつも並んでいる。
 しかし、いずれも閉ざされているか、わずかに開いていても窓枠が動かない。
 本館の中に入り込むには、無理なように思えてきた。
 自然と口からため息が漏れ、表情に落胆の色がにじみ出る。


 が——そんな時。


 由香「あっ、あそこの窓」

 美琴「え?開いてる?」

 背後で由香が指差した先にある窓——それらのうち一つが大きく開け放たれていた。
 ただ、見たところ照明は灯っていないようだった。


 美琴(他には開いてなさそうだし、ここから入るか)

 砂鉄のベルトの先端を、窓に横付けする形で延ばす。
 窓は完全に開け放たれていて、入り込むだけの余裕は十分にあった。
 ただ、何があるか分からないので、そっと中の様子を覗き込む。



 美琴「理科室っぽいけど……あまりよく見えない」

 真っ暗な部屋。
 ただ、手近にある机の先端に、白い陶器製の流し台が付いていた。
 さらには付近には丸椅子や、割れたビーカーやフラスコなどが散乱していた。
 一通り眺め回すが、部屋の奥はさすがに暗くてよく見えない。


 美琴「とにかく、中に入る?」

 一旦、背中に掴まっている状態の由香に顔を向ける。
 当の本人は縮こまるようにしていたが、何も言わず小さく頷いた。


 美琴「おっけー。じゃあ入るけど、桟のところに手を掛けといて」

 由香「う、うん……」

 小さく返事をして、恐る恐る窓の桟に手を伸ばす。
 所々でささくれ立っていた箇所があり、そこを避けるようにして小さな手で掴む。
 それを確認すると、美琴は砂鉄のベルトに左手を突く形で、桟に足を掛けた。


 美琴「いけそうね」

 窓の下の床は抜け落ちているということはないようだ。
 そのまま飛び降りるように、床に着地する。
 そして、右手で由香の手を握ると、部屋に入るように促した。


 由香「ううっ……」

 目の前がほとんど暗いせいなのか、びくびくしていた。
 砂鉄のベルトに腰を下ろし、左足を恐る恐る室内へと伸ばす。
 窓の桟から床までは1m程の高さだったが、由香の足は短くて届かない。
 尻を桟の上につく形にして、両足を垂らすところまではいけたものの、そこから先が進まない。



 美琴「ちょっと引っ張るけど、じっとしててね」

 背の低い床から見ると、1m位でもかなりの高さがあるように見えるのだろうか。
 美琴は由香の手首から右手を離すと、背中を抱きかかえるようにした。
 そのまま、由香の体を手前に引っ張り出した。


 由香「ひっ!!」

 驚いてしまい、小さく悲鳴を上げた。
 しかし、数秒もしないうちに足は床の上に着地していた。
 わずかな衝撃はあったものの、足が痛むといった程には到底及ばない。

 それを見届けると、美琴は砂鉄のベルトから手を離す。
 途端に、ベルトは一瞬のうちに音を立てずに崩れ去っていった。
 砂鉄が散り散りになりながら、真下の闇の中へと舞い落ちていく。



 美琴「うっ……何、このにおい……」

 由香「油臭いよぉ……」

 室内に入る込むと同時に、嗅覚を刺激する臭い。
 思わずむせ返りそうになった。


 ——油特有の臭い。
 
 ただ、石油が揮発した時のような鼻を突くきつい臭いではない。
 むしろ、台所で油料理をしたときに残る食用油のそれに似ている。
 その度合いがあまりにも濃いためか、息苦しく、暑苦しく——さらにはその臭いが容赦なくまとわりつくようにさえ感じられてしまう。

 そして、油の臭いに混じって、鼻を突く異臭。
 時折息をするのさえ苦痛に思えてしまうぐらいに、鼻を突く。
 あえて言うなら、たんぱく質を燃やしたときに生ずる、特有の臭いに似ていた。


 美琴「これ、ちょっときついって」

 思わず背後の窓を振り返り、すぐさま駆け寄る。
 あまりに息苦しく感じられ、外の空気を吸い込みたくなったのだ。





 ——が。















         バタンッ!!










 美琴「——!!」

 開いていた窓が、いきなり閉まりだした。
 風も一切吹いていないはずなのに——ましてや誰も窓に手を触れていないのに。



 由香「ひゃうっ!!」

 美琴「…………」

 怯える由香を傍目に、ひとりでに閉まった窓に手を掛ける。
 しかし、窓はまるで釘でも打ち付けられたかのようにびくともしない。
 強く押したりしても、開くどころか、一切動くことはなかった。


 美琴「ちょっと、こんな悪い冗談やめてくれない?」

 挙句の果てには、窓枠の根元にある金属製の蝶番にありったけの磁力を浴びせた。

 しかし、磁力にひきつけられて外れるどころか、1mmたりとも動く気配はない。
 それこそ数kgを超える力で引きつけようとする磁力を浴びせてさえ、変化はまったく見られない。
 全体的に朽ちて簡単に崩れそうな木製の窓枠に張り付いている、すっかり錆びきっている蝶番なのにである。
 逆に美琴の体が窓枠の方に向かって吸いつけられるのが関の山だった。
 

 しまいには、超電磁砲で吹き飛ばそうと、導体になる思える物が落ちていないかと床を向けた——その時。




 由香「ひやああああ!!」

 美琴「え!?」

 すぐ左横からあがる由香の悲鳴。
 反射的に声のした方向に顔を向ける。








 視線の先には——人の形のような影。



 はっきりとは分からないが、ぼんやりとその形容が分かる。
 身動き一つせず、じっと暗闇の中で突っ立ていた。


 




 










           ……ジジジ……。










 
 
 電気のノイズの音が響くと共に——天井の照明が灯った。

 暗かった理科室の室内が一気に照らし出される。





 もちろん、目の前にあった人影も照らし出されて——。






 美琴「人体模型じゃないの。びっくりさせるなっつーの」

 正体が分かった"それ"に対して、やれやれと言いたげな視線を向ける。
 両手に腰を当てて、小さくため息をつく。

 180cm位の身の丈はあるだろうか。
 頭から胸元に掛けて、見えないように白い布が被せられている。
 しかし、その下から覗くものから、それが何であるかの判断は容易に行えた。

 
 一見すると、理科室などに置かれている人体模型——といったところか。

 平べったい胸板の右半分が肌色。
 普通の人間の肌を模したといったところか。

 左半分は、白っぽい線が幾つも入った赤い物体が密集して束になっている。
 それは人の筋肉を象ったものだろう。

 胸板の真ん中辺りからは、筋肉の部分も繰り開かれていた。
 そこからぎっしりと詰め込まれている様々な臓器が覗かせている。
 下の方で渦巻いている腸や、その上にある肝臓や胃といった臓器だった。
 相当精巧に作ったのだろうか——それらは鮮やかな赤い色で塗られていて、いずれも網の目のように赤い血管が張り巡らされていた。

 さながら、本物みたいにさえ思える。

 
 


 由香「ううっ……」

 その正体が分かってなお、怯えきってしまっていた。
 体をびくつかせ、今にも泣き出しそうといった様子で、美琴の手を握り締めている。


 美琴「まったく。怖いのも無理はないわね」

 どこの学校にも——もちろん学園都市にある大部分の学校や研究機関にも、人体模型はある。
 もっとも学園都市の場合は、主に人体に関して研究する部門に置かれているケースが多く、研究に適したようにカスタマイズされているがほとんどだが。
 外部の学校の場合は理科室に置かれているのが一般的だろう。
 
 しかし、傍から見ればグロテスクなシロモノといってもおかしくない。
 理科室だとはいえ、こんな得体の知れない空間にあるのなら、怖さを覚えるのもなおさらだ。

 さらには——右半身の肌色の部分に、いくつもの細かい血飛沫が掛かっていた。
 そのような要素も、一層際立たせる形で不気味さを覚えてしまう。

 そういった気持ちは分からないまでもないと思いながらも。
 改めて、目の前に立っている人体模型を見回してみる——のだが。




 美琴「…………」

 何となく——違和感を感じた。

 人体模型は普通、シリコンやプラスチックといった物質でできているのがほとんどだ。
 各臓器についても、表面は滑らかに造られていて、区別が付くように茶色や黄色といった色で塗られている。
 血管についても同様で、動脈と静脈の区別が分かるように赤と青という色に塗り分けられているのが一般的だ。

 筋肉や内臓といったもの、さらには人間の肌も、極限までに似せる仕様なのだろう——と思えたが、よく見るとどこか違うといった気がした。


 臓器の起伏や血管の張り付き具合といった造形が余りに細かすぎる。

 例えば、むき出しになっている筋肉の造形。
 骨格筋や平滑筋といった筋肉の筋繊維が1本1本細かく再現されている。

 それは臓器も同様だった。
 鮮やかな赤い色をしている各々が、表面の細かい起伏に至るまでリアルなのだ。

 もちろん、臓器の表面に張り付いている毛細血管や、それらを束ねる血管、さらには神経細胞の塊についても同じことが言える。
 張り付き具合や、血管同士の別れ具合、さらには表面の細やかな形状に至るまで、しっかりと造られていた。

 血液を流したら、臓器や筋肉が今にも動き出すみたいに。
 そこまでの精巧な仕上がりになっている。




 まるで——生きている人間と思えるぐらいに。 





 しかし、美琴が疑問に抱いたのはそこではなかった。
 
 学園都市の一部の研究機関は、実験やその検証に用いる必要から、そこまで突き詰めて製作された人体模型を所有している。
 それこそ、筋肉の研究を主とした機関の場合だと、そうした精巧な人体模型に人間の血液を流し、神経細胞にも電気信号を流しての実験を行っているぐらいだ。
 美琴も実際にそのようなものを目にしたことがある。


 だけど——それはあくまで"学園都市での話"。

 外部の研究機関ならまだ分からないまでも、小学校の教育でこれほどまでの人体模型を使う必要があるのだろうか。

 それ以前に、"昭和48年という、遠い昔に存在した学園都市の外の世界"に、ここまで造る技術があっただろうか。
 



 ——否。




 考えるだけで、うそ寒さを感じた。
 少なくとも一般に定義される"人体模型"とはあまりにかけ離れすぎている。

 

 
 この人体模型は、一体何なのか。
 何に使われるために造られたのか。


 そもそも"どうやって"造られたのか。




 ——答えは出なかった。




 判断材料があまりにも乏しすぎる。
 ただ、本能的なところからか——得体の知れない不気味さだけを感じていた。


 美琴(うだうだ考えても仕方がないか)

 小さくため息を吐く。

 美琴(こんなところでじっとしている場合じゃない。早く持田さんのお兄さんと……初春さんを探さないと)

 とにかく理科室の室内を確認しよう。
 明かりもついているし分かるだろう——と、部屋の奥に視線を向けた。




 由香「いやあああああああああああ!!」

 はちきれないばかりの悲鳴をあげた。
 1歩、また1歩と後ろずさって。
 横にいる美琴の足を掴み出して。
 目から涙を流し、しゃくりあげて。

 掴む手はおろか、全身を震わせながら——押し付けるようにして、美琴の着ている制服のスカートに顔をうずめた。 
 

 美琴「何よ……これ……」

 視線を固めたまま、その場で立ちすくんでしまった。
 同時に背筋が一気に凍りついて。
 嫌な汗が全身から噴出し、そのまま流れ落ちて。
 声はおろか、口元だけでなく全身が小刻みに震えだして。

 喉元からこみ上げてくる吐き気を何とかこらえながらも——これ以上言葉が続かず、ただ呆然としてしまっていた。






 そうさせたのは——目の前に広がる光景。









 縦、横ともに4列ずつ設置された、16脚の実験机。
 そのうち、教室の最後方に並んでいるうち——3脚の机の上。

 大きな寸胴が1個ずつ、鉄製の三脚の上に据えられていた。
 その下には、火のついていないガスバーナーが置かれていた。
 
 室内に充満している油の臭い——そして、鼻を突く悪臭は、それらから漂っていた。








 ——問題はその寸胴に入っている"モノ"。
 




















 寸胴から突き出ている——人の手や足。











 まるで、鉢植えの観葉植物のように。

 手の甲や、つま先をだらしなく垂らしながら。

 あるいは、変色した切断面を覗かせて。

 1組の手足が3人分——寸胴から突き出ていた。







 油で長時間熱せられたのだろうか。

 黒みがかった茶色といった具合にまで焼け焦げて。

 切断面も指先も、すっかり膨れ上がって。

 さらにはあちこちで肌が裂けて、そこからピンクや白の肉体組織が覗かせていて。

 元の色や形が分からないぐらいに、油の高熱で溶けて黒くなった服や靴が、腕や足に貼り付いていて。

 周囲の机の上、さらには近くにある丸椅子や、床の上にも黒く変色した、夥しい量の血液が染み付いていて。

 中に入りきらなかった、茶色く変色した腸が、寸胴の縁に乗りかかるようにこびりついていて。
 
 うち、教卓に近い側にある机の上には、ロール状に巻き取られた、茶色い1房の髪の毛が——熱で切れたのだろうか、落ちていた。


 マネキンや人形を分解して、寸胴をに突っ込んだのだと、一瞬思った。

 いや——そう、思いたかった。
 

 だが、どう見ても、その様には見えない。

 手や足はおろか、内臓に至るまで解体して——煮えたぎる油の中に、突っ込んだのだろう。




 ——3人の人間を。




 真実だとは到底受け入れ難い——あまりにもありえななさすぎる、想像を絶した光景だった。


 
 由香「ううっ……いやぁ……」

 美琴「…………」

 泣きそぼる由香に目をやりながら。
 息を荒げながら。
 そんな中で、美琴の頭の中に浮かんだことは——


 美琴(早く……出なきゃ……こんなところでだらだらしてたら……)

 足や腕を引きちぎられたり。
 中には首をもがれたり。
 物体に押しつぶされたり。
 体内から破裂させられたり。

 そんな残虐な死に様を目の当たりにしたのは初めて——と言えば、嘘になる。

 絶対能力進化実験の時。
 実験の犠牲になった妹達が——まさにそんな状態だった。
 
 あの時も気が狂いそうになって——実験を何としてでも阻止しようという決意が、美琴を突き動かした。




 ——が。

 今、この場で目にしている光景は——絶対能力進化実験の時とは、あまりに異質だった。
 
 残虐すぎて、という意味ではない。
 

 ——ヒトを徹底的に苦しめて、ぶっ壊す。

 命を奪った後で、徹底的に破壊して、いたぶる。
 いや、命を奪う最中かもしれない。
 痛みと苦しみで、精神を壊しながら、死に至らしめる。

 そんなことは、もはやどうでもいい。
 分かったところで、どうだというのか。
 むしろ、分かる気すら起きない。
 そんな気を起こしたらなら、とことん自分自身を嫌悪してしまうだろう。



 ——あまりにもどす黒い、狂気と悪意。



 それらがこの惨状を表現し、この室内を充満させていた。

 ただこの場にいるだけでも、押しつぶされそうになる。
 簡単に飲み込まれてしまうと、本能が訴えかけてきた。



 美琴(……マジで気が狂ってしまう!!) 
 
 一旦、外側の窓へと目を向ける。

 そして、手近な窓から1枚1枚押したり引いたりしながら、開かないかを確かめだした。

 とにかく一刻も早く、外に出たい。
 が——そんな思いを裏切るかのように、いずれかの窓は寸分たりとも動かなかった。

 後は、教室の後ろのほうまで移動しながら、開く窓がないかを確かめて。
 ダメなら、壁の方に目を向けながら、奥にある引き戸まで行って。
 それもダメなら——さらに壁伝いに、前にある引き戸まで行って。

 いや——最悪の場合は超電磁砲で吹き飛ばして。

 とにかく、この惨状を絶対に目にしないようにして——この空間から脱出しようとした。 

 
 美琴「今から動くけどさ……」

 由香「ううっ……ひくっ……」

 美琴「私を掴んだままでいいから、転ばないように気をつけて」

 由香「……うぇっ……」

 美琴「ほら……目に入らないようにしてあげるからさ」

 そっと由香の頭に、震えも収まりつつある右手を回した。
 なおもスカートに顔をうずめさせて——この光景を目にさせないようにして。




 由香「……うん……」

 涙声だったが——小さく返事をして、首を微かに縦に振った。

 それを見届けると、窓に面する形で左の方へと横歩きの形で歩き出す。
 同時に左手で1枚の窓に手を掛けて、揺さぶろうとする。
 動かなければ、ゆっくりと移動して。
 次の窓を掴んでは、同じことを試す。

 床に穴が空いていることも考えられた。
 なので、気は進まないが、横目で時折足元を確認する。

 幸い、教室の端までは、床が抜け落ちたり、穴が空いている気配はない。
 1歩1歩、慎重に踏み出せば、転んだり、踏み抜いたりする危険は少ないだろう。

 そのようにしながら——教室の後端にかなり近づいてきた。
 ここまで、開きそうな窓はない。
 全部、窓枠に釘を打ち付けられたかのように、窓自体が固着していた。
 残すは、最後端というところまで来た時。


 美琴「くそっ……全部ダメか」

 思わず舌打ちをしてしまう。
 最後端にある1枚も確かめたが——結果は同じだった。
 全て確かめたが、窓から外に出るのは不可能ということになる。

 となると、次は廊下に面した引き戸。
 そこまで移動するのには、この部屋を横切る形になる。
 当然、この室内の様子を目にしないようにする。
 そのためには、後ろの壁に向きながら移動するしかない。

 前が見れないのだから、床に穴が空いていないかを確かめる必要がある。
 あわよくば、それもダメだった時のことも考え——導体になるものも探す必要があった。
 さっと確認しようと、横目で引き戸の方に目を向けた。


 その時——ある光景が、美琴の目に入った。



 美琴「ひっ……」

 思わず情けない声をあげた。
 全身をぞわっとした悪寒が走る。

 震えも激しさを増す形で再発して。
 息も急激に激しくなって。


 ——これ以上、見てはいけない!!

 本能が悲鳴を発した。
 が、体はその意に従わない。
 むしろ、それに逆らうかのように——顔をゆっくりと上げだした。


 そして——


 美琴「……はぁっ……ひいっ!!」

 表情を引きつらせたまま、指の先に至るまで体が固まってしまい。
 震えは収まらず。
 息がさらに荒さを増していき。

 瞳は激しく動きながらも——視線はじっとある一点に向けられた。





 壁に接するように、置かれた1脚の椅子。
 それは、実験用の丸椅子ではなく——他の教室でも目にした、小学生用の古びた木製の椅子。

 付いている背もたれに、そのままもたれ掛るように——1人の人が座っていた。
 茶色のブレザー"らしき"服に、端に白いフリルの付いた茶色のスカート。
 見るからに女学生"らしい"ということが推測できた。

 いや——そうと"だけ"しか、推測できなかった。
 それは、なぜか。









 胸から上が——焼け焦げてしまっていたから。











 肩の辺りの服は原形をとどめないぐらいに黒く焦げてしまい。

 首元の辺りに至っては、すっかり溶けてしまって。

 そこから首や顔、さらには頭にかけて、露出している肌が茶色——というか、あめ色に変色し、奇妙な光沢を放っていた。

 頭にあるはずの髪はすっかり焼け焦げて消失してしまい。

 焦げた頭皮は膨れて、所々で裂け目が走り、そこから桃色に見える体組織が覗かせていた。

 目はすっかり白く濁っていて。

 唇は上下にめくれ上がり、そこから異様に白い歯と、茶色く焦げて染まった歯茎が覗かせていて。


 足元には、黒く変色したヘアピン。

 先端に球状の飾りが付いているようだが、焼け焦げてはっきりとは分からない。

 髪が焦げて消失して落ちたのだろうか。 


 鳩尾の辺りを、縄で何重にも縛られて。

 その周囲に近づくと、油の臭いの度合いがきつくなってきて。


 縛られたまま——熱した油を頭から掛けられて、絶命したのだろう。





 由香「……ひ……うぷっ!!」

 美琴に連られて、その"人物"を目の当たりにしてしまう。
 その途端、悲鳴を上げるよりも、急激に吐き気が襲った。

 喉元から、胃の内容物などが一気にこみ上げる。
 小さな左手の掌で口元を押さえながら、その場にかがみこむ。

 そのまま、こみ上げたものを吐き出した——が。


 由香「ひっ……うえっ……ぎゃあああああああああああ!!」

 嘔吐感は急激に止まった。
 そして、まわりに吐瀉物をこびりつかせた口からありったけの悲鳴を上げた。
 床に尻餅を付きながら、体をじりじり後退させる。


 美琴「……いっ……ああ……」

 そんな由香の様子を目の当たりにする。
 もちろん、彼女をそのようにさせた——床の上に転がった"物体"も。

 震えていた体が一層びくつきだして。
 そして、"物体"に対して、大きく見開いた目が釘付けになっていた。








 目の前の床に、仰向けになって転がっていた——1体の死体に。










 手首から先の両手が、さらには腰がすっぱりと断ち切られて。

 腰の辺りにある断面からは、赤い筋肉や白い骨格が晒しだされていて。

 さらには、腸などといった臓器が、断面から滲み出ていて。

 まるで、床を這いずる赤黒い蛇のように見えた。


 そして。

 頭から、首、肩、腕——さらにはもがれた断面までもが、あめ色に変色し、奇妙な光沢を放っていた。

 それらの部位に掛けて、近くで目にした椅子に腰掛けた死体と同様に——熱した油を掛けられたのだろう。


 毛髪はすっかり焼け焦げて消失していた。

 背中に挟まるように残っていた、数本の黒い髪を除いて。

 残った頭皮は高熱のために、皮膚が所々で裂けて、体組織がにじみ出ていた。

 
 半分閉じられた目から、瞳が見えない。

 高温で熱せられた油が、眼球の瞳を変質させて、白く濁らせてしまったのだった。

 まるで、白い玉をそのまま眼窩にはめ込んだかのようだ。



 耳の外周の一部、さらには鼻の先は、皮膚が溶けるか、もげるかしたのだろうか。

 肉が欠けていて、そこから骨が露出していた。


 大きく開かれた唇も同様。

 唇どころか歯茎も焼け焦げて、あめ色に変色していた。

 肉厚が薄い箇所はめくれ上がるか、溶けるかして——歯はおろか、その下にある二つに割れた歯根をも晒していた。


 そして。

 並んだ歯の奥に見得る筈の舌は——なぜか無くなっていた。

 血が乾ききった切断面が、口の奥から覗かせていた。


 顎も、その下の首も余す所なく、あめ色に変色していた。

 きっと、寝かされた状態で真上から油を掛けられたのだろう。

 両腕と下半身をもぎ取られてから、床に寝かされて。


 首元の辺りにある着ていた服らしき布は、すっかり溶けて黒い異質なものに変形してしまい、何がなんだか分からない。

 ただ、わずかに残っていた赤い切れ端っぽいものから、リボンだと推測できた。




 胸から下の辺りは油があまりかかっていなかった。

 着ているのが、ベージュのブレザーだと分かる。

 しかし、その代わり——腰の辺りで切断された際にできた血液が、切り口を中心にして、無数に付着していた。

 もちろん、床にも大量の血液があふれでたのだろう。

 赤黒い大きなシミが、床に広がっていた。


 そこから赤黒い一筋の線が、細い帯のように続いていた。
 線を辿るように、理科室の奥へと視線を移す。

 その先には、小学生用の椅子が壁際に立てられていた。
 ただ、背もたれの部分は座面のすぐ上で断ち切られていて、傍に転がって落ちている。
 座面には——何重にも巻いた縄や、一筋の光を放っている赤い糸のようなものが、ひっかるようにして垂れ下がっていた。


 その前には——断ち切られた下半身が、前かがみになるような形で転がっていた。

 上半身と同じく、骨や内臓がつまった断面を晒しながら。

 血液や臓器を滲み出させて、床——さらには、断ち切られたベージュのブレザーの切れ端や、履いている青系のチェックのスカートを赤黒く染めながら。

 膝下まで白い靴下で覆われている、ほっそりとした長い足を——赤黒く変色した血の池に投げ出していた。
 

 椅子の後ろには——切断された両手の掌が転がっていた。

 切断面からの出血が、手首や、掌、指先、さらには互いの手を固く縛り付けていた縄に飛び散っている。

 それはさながら、羽に赤い斑点がある、異様に大きな蝶のように見えた。





 美琴「……な……どういうことよ……これ……」

 なおも息を荒げながらも、足元にある切断死体に歩み寄る。
 目を大きく見開きながら、じっと視線をある一点に集中させた。

 あまりにも残虐な死体を見て感じた恐怖よりも——目にして湧き上がった"別の感情"が勝るようになっていた。


 焼け焦げた顔を見ても、誰か分からない——というより、男か女かすら分からない。

 でも、胸に膨らみがあることから——女性ということは分かる。

 着ているブレザーやスカート——辛うじて中高生ということだけは分かる。



 ——だが、問題なのはそこではなかった。
 


 死体が着ている——その制服。
 ベージュのブレザーに、青系のチェックのスカート。
 首元に焼け残っていた、赤いリボン。
 
 そして——左の胸元にある、その学校の校章。

 赤いシールド状の図形に、四つ葉のクローバーを象った図形。
 その中に刻まれている、"J"の字を象った文字。 

 美琴の着ている制服と、まったく同じデザイン。
 どう見ても明らかだった。






 ——常盤台中学の制服だということは。




 美琴「……黒子……?」

 目の前の死体に、小さな声でつぶやくように呼びかける。
 しかし、何の返事もしない。
 当然だろう。

 もし黒子なら、こうな目に遭いそうなものなら、テレポートで回避しているはず。
 それができなかったというのなら——何かしらの理由で気絶させられて、体を縛り付けられた挙句に切断され、油を浴びせられたのか。
 例えば、あの児童霊に目を合わせたりしたのなら——可能性としては十分にある。


 美琴「黒子……じゃないよね……」

 しかし、それでもどこか腑に落ちない。
 だから呼びかける。
 返事が還ってくるわけがなく、やっても無駄だと分かっているのに。


 目の前の死体が、黒子じゃない——と思いたいから。

 しかし——そう考えると矛盾が生じる。
 この空間に迷い込んだ常盤台の人間は、美琴と黒子の2人だけ。

 では、この死体が黒子じゃないとすると——一体誰なのか。


 まさか——"自分たちの他に、この空間に監禁された常盤台生がいる"とでもいうのか。



 美琴「ああっ!!一体、何だっていうのよ!!」

 苛立ちを露にして、大声でわめき散らす。
 大きく目を閉じて、首を左右に勢いよく振った。

 考えたくもない、そんな可能性。
 いや——黒子が殺されたということも、他に常盤台の生徒が連れてこられたということも。

 

 "戸惑い"と"否定"の感情が——美琴の心の中で、激しく渦巻いていた。



 由香「…………」

 目の前で繰り広げられる、そんな同行者の行動に、どう言葉を掛けてよいか分からない。
 ただ、分かるのは——目の前の死体が着ている制服が、現在自分が羽織っているものと同じ学校のものであること。
 つまりは美琴と同じ学校の生徒が——絶命してしまっているということ。

 確か——他に友達3人が、この廃校に連れてこられたはずと言っていた。
 そのうち1人が同じ学校の後輩だと言っていたけど——それが目の前で絶命している人なのか。

 しかし、由香はその後輩がどんな人物ということまでは聞いていない。
 はっきり言って、そんなこと分かるわけがない。 

 目の前で苛立ちをぶちまける美琴。
 そんな彼女に声なぞ掛けられるわけがない。

 ましてや、眼下に転がっているあまりに無残な死体に——目を向けられないでいる。
 そんな余裕なぞ無い。
 声を掛ける掛けない以前の問題だった。





 そんな中——ある気配を感じた。

 美琴も、由香も。



 美琴「——!!」

 ふと、我に返る。
 自身の電磁バリアが感じ取った反応。

 何かが近寄ってくる気配。
 傍にいる由香とは別に——遠くで電気信号が動く気配。


 由香「ひっ!!美琴お姉ちゃん!!」

 すかさず、顔を上げた。
 由香が悲鳴のような声をあげて、その方向に指差すのと同時だった。
 

 美琴「な……今度は何なのよ……」

 先程までいた教室前方のあたり。
 丁度、美琴と由香が入り込んできた、窓の付近だった。

 震えた声をあげながら、じっとその方向を見詰めている。
 視線に飛び込んできたものは——普通で考えたのなら、あまりにありえない光景だった。















          人体模型が——歩いている。

 
 
 



















 


      「ぉおおおおおおぉ……」









 恐ろしいぐらいに低いトーンの呻き声をあげながら。
 特にふらつく様子も無く、裸足で教室の床を1歩1歩踏みしめながら。
 
 その時、頭にかぶっていた布がはらりと舞い落ちた。
 現れたのは——左半分は筋組織が剥き出しになった、あまりにグロテスクな顔だった。
 後頭部の筋肉が大きく抉れていて、そこから薄桃色の脳組織が今にも飛び出そうという感じで、その姿を覗かせている。

 生気がない虚ろな目を、じっと進行方向へと向けていた。
  





 ——が。



 急に立ち止まり。











        「ぉぉぉおおおお……」











 不気味な呻き声をあげながら。

 首をゆっくりと、美琴らのいる方向に曲げだして。




 








            ——ギロリ。












 
 虚ろな眼球を——じっと彼女らを見詰めるように向けてきた。

 

 
 美琴(勝手に動き出すなんて——何かのメカでも仕込んでいるんじゃないの? 悪趣味もいいところね)

 目の前で起きている、奇妙な現象に対して、そのように解釈した。
 そして、思い切り威圧するかのように、見詰めてくる人体模型を睨みつける。


 由香「……い、いやああ……」

 人体模型が動き出して。
 それも、生きているヒトであるかのように動き出し、こちらをじっと見詰めてくる。
 目の前で起きている、理解するという範疇をはるかに超えた現象。
 頭では処理しきれるわけも無く、ただ怯えて、震えるしかなかった。


 ??「うう……おおおおおおおおおお!!」

 異様に甲高い奇声を上げた。

 その瞬間、いきなり勢いよく跳躍して。
 机2つ分を簡単に飛び越えて。




 ??「……ふぅぅ……ふぉぉぉ……さきぃ……」

 1秒もしないうちに——人体模型は、美琴の眼前まで迫ってきていた。
 異様に乱れた息が、彼女らの肌に吹きかかる感触がする。
 あまりに気持ち悪い。

 虚ろな目は、じろりと目の前にいる少女2人を、嘗め回すかのような視線を向けていた。


 美琴(ヤバい!!来る!!)

 本能で感じ取った。
 今にも襲い掛かってくると。









           ドンッ!!









 すかさず、傍にいる由香を、手で後ろに突き飛ばした。



 由香「ひっ!!」

 そのまま後ろへ向かって倒されて、尻餅をつく。
 いきなりの美琴の行動に、何が起こったのか分からなかった。
 目を白黒させながら、じっと突き飛ばした当の本人を見詰めている。









        バチバチバチ!!









 途端に、美琴の全身に火花が走った。
 数本という単位でなく、何十本という単位で。
 それも、図太い青白い電流を。

 能力で、高圧電流を一気に発生させていた。

 そして——


 ??「うぉぉおおおおおおおおお!!」

 地獄の底から響くような、雄叫び。
 同時に——人体模型が、目の前にいる美琴に向かって飛び掛った。


 美琴「くらえっ!!」

 それが合図になった。
 体表に溜め込んでいた高圧電流を——人体模型の頭部に向かって放つ。


 ??「ぐおおおおおおおっ……ぉぉおおおぉぉ……」

 数万Vという電流を一度に浴びせられて。
 迫る勢いが一気に失せてしまい。
 手や足や頭が痙攣した動きを見せながら。
 虚ろな瞳をぐるぐると回しながら。
 後ろに向かって、1歩、また1歩と、よろめきだして——。












       ドンッ!!











 手近にあった、実験机に背中をぶつけて。
















              ドスッ!!











 鈍い音と共に——床に崩れた。

 同時に、机の上に置かれていた寸胴が、倒れだして——。













                 バシャンッ!!









 
    ボト、ボトッ!!










 横になった寸胴の中身が、一気にあふれ出した。

 一杯にまで入っていた油も。

 そして、中に詰め込まれていた——頭、腕、足といった体の部位や、胃や腸といった内臓。
 バラバラにされて、油の中に突っ込まれて、変質してしまった——哀れな犠牲者の遺体も。

 それらが、真下で蹲る人体模型の頭に降りかかった。
 さすがに油は冷めていただろう、熱がるということもない。

 鍋の中に詰め込まれていた、肉片が周囲の床に散らばりだす。




 美琴「…………」

 そんな様子を見て、一種の違和感を覚えていた。


 美琴(どこかおかしい。シリコンなどの人工の物質なら、もっと硬い音がするはず)


 ??「ううぉぉ……」

 あちこちの筋肉を小刻みに痙攣させながら、なおも呻く人体模型。


 美琴(なのに——今、聞こえたのは、それとはまったく違いすぎる。これじゃあ、まるで——)

 脳裏に、ある一つの"仮定"が浮かんだ。
 だが、それはあまりにも常識からかけ離れていて。
 もちろん、到底受け入れられるものでもなく——想像すらしたくない——それこそ、考えただけで吐き気を催しかねない代物だった。
   
 しかし——




 ??「ぉぉおおおおお……」

 咆哮を上げながら、立ち上がりだそうとする人体模型。
 それと同時に——腹から何かがこぼれだした。








 ずるずると垂れ落ちる——赤く染まった、小腸だった。

 








 由香「ひ、いやああああ!!」

 目の前で繰り広げられる、あまりにもグロテスクで、ありえない光景。
 悲鳴を上げてしまうのも当然だといえる。
 
 ビニール製やゴム製なら、そんなこともありえると思えるかもしれない。
 しかし、はみでる小腸と共に、血液もボタボタと落ちていることから——その想像はあっさりと否定された。

 
 美琴「マジ、これって……」

 戦慄しながら、思ってしまう。
 想像すらしたくもない"仮定"は、どうやら当たっていたようだ。




 ——この人体模型が、"本当の人間の体"だということが。
 





 歩き出したり。
 瞳を動かしたり。
 息をしていたり。
 呻き声をあげたり。

 ましてや、机2つ分の間隔——およそ10mほどの距離を、一跨ぎで飛び越えてきたり。
 腸を床の上に垂らしながらも、痛がる様子がなかったり。

 それ以前に、肌や筋肉を削ぎとられて、なおも生命活動をしているなんて——どう見ても"生きている"人間とは思えない。
 恐らく——死体だろう。

 
 何かしらの薬剤を使っているのか。
 外部から何かの能力で動かしているのか。
 
 学園都市ならば——有りうる話かもしれない。
 このような非人道的な研究が数多く、闇で行われてきたことを知っているから。
 研究のためだけに、このように人を弄ぶ、数多くの人間を見てきたから。




 だが、ここは学園都市の外。
 それも、外部から隔絶された異空間にある——研究用の機材なぞ到底なさそうな廃校。

 少なくとも、科学的に生み出されたものではないだろう。


 美琴(だとすると、コイツは一体何?)

 分からない。
 理解不能。
 それらの可能性以外に、目の前で起きている現象の説明になることが思いつかない。


 しかし——現に目の前では、人体模型は床に手を付いて、自身の体を起こそうとしていた。

 見たところ、痙攣も治まっているようだ。
 時折ふらつきながらも、動きがスムーズになってきている。
 完全に立ち上がるのも、時間の問題だろう。
 先程までの動きから見て——こちらに飛び掛ってくるのは明らかだった。


 美琴(こんなこと考えている場合じゃない!!)

 目の前の人体模型を睨み付ける。



 美琴(とにかくやることは——) 

 そして、急激に電気を発生させる。
 髪の毛や腕の辺りで、青白い火花が何度も弾けていた。


 美琴「持田さん、アンタはすぐ外に出て!!」

 由香「ふぇ……う、うん……」

 なおも体をびくつかせながらも、ゆっくりと出入口に歩き出す。


 美琴「急いで!!」

 由香「……ひっ、はい!!」

 美琴が怒鳴ると同時に、弾かれたかのように小走りになる。
 振り返らず、一目散に出入口に向かって駆け出す。


 ??「ぐううぅぅぅ……お……の……うと……」

 背後の机に手を付きながら、体を起こしていた。
 はっきりと聞き取れない、不気味な呻きをあげながら。

 首を真横に向けながら。
 虚ろな瞳を、ある一点に向けていた。

 出入口の方へ駆け出している——由香の後姿へと。

 両足を軽く曲げだして。
 その内、筋肉が剥き出しになっている左足は、かかとを床につけて、深く曲げていて——。

 今にも、由香へと飛びかかろうとしていた。




 美琴「いい加減にしろっつーの!!」

 溜めていたありったけの電流を、人体模型に向けて放つ。
 加減は一切していなかった。

 稲妻といっていいぐらいの、太くて青白い電撃が、人体模型にぶつけられた途端。









           ボワッ!!







 
 人体模型に、火の手が上がる。
 頭から思い切りかぶった油に引火したのだ。
 一瞬のうちに全身を炎が包み、火だるまになっていた。

 垂れた腸から、油まみれの床にも赤い炎は伝っている。
 空になった寸胴が転がっている実験机にも、床に散らばったバラバラの焼死体にも、容赦なく炎が包み込む。
 油が掛かっていない他の実験机や床も、みるみるうちに燃え移る。
 この理科室が炎の海になるのも時間の問題だった。




 ??「ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉ……」
 
 まるで怪物の断末魔のような、咆哮。
 皮膚や筋肉を炎で燃やされながらも、左右にふらついている。


 美琴「うっ……」

 たんぱく質が焼けたときに生ずる、特有の嫌な臭いが鼻に付く。
 やはり、目の前の人体模型は——人間の体でできていたのは間違いないだろうと、確信した。
 あまりにきつい臭いに、思わず手で鼻の辺りを覆ってしまう。


 ??「……ぉぉぉおおおおォォォ……」

 苦しげな声をあげながら、体をよじらせながらも——人体模型は美琴の方へとまっすぐに歩み寄ってきた。
 炎に包まれているにもかかわらず、じわじわとい迫ってくる。


 美琴「くっ!!」

 すんでのところで、突っ込んでくる人体模型をかわす。
 数センチの差であり、危うく炎が燃え移る所だった。

 そして——人体模型は勢いを殺さないまま、進行方向に向かって倒れこんだ。
 床に伏せた状態で、ぴくりとも動かない。
 ただ、体を燃やす炎がじわりじわりと周囲の床を伝わっていく。




 美琴「……ったく……」

 小さくため息をつきながら、そこから視線を外す。
 ようやくカタがついたといえた。
 これ以上、じっと見ていても仕方がない。


 由香「……終わったの……!?」

 出入口の引き戸に手を掛けたまま、振り返って訊ねてきた。
 あまりに壮絶な光景を目にして、いまだに怯えの色を出しながらであるが。


 美琴「ええ。それより、そこ開かないの?」

 由香「うっ……うん……」

 理科室の床や壁に見る見る燃え広がる炎を目にして、狼狽を隠せない様子だった。
 震えた声で返事をして、再度手を掛けた引き戸を引っ張る。
 数センチは開いているようだが、いくら引いてもそれ以上動かないといった様子だった。
 引き戸自体は、わずかに動いているが、スムーズには開かない。
 窓みたいに空間に固定されているというのではなく、単に引き戸そのものか、レールに何かが挟まっているという感じだった。
 かなりの力を加えるなり、最悪の場合は引き戸を蹴り飛ばなりしないと厳しそうだが、由香にそこまでいけるとは到底思えない。



 美琴「仕方ないわね。今、行くから……」

 交代してさっさと開けて、廊下に出よう。
 そう思って、引き戸の所へと歩き出そうとした時。

 左足のつま先に、何かを蹴った感触がした。
 ふと、視線を向ける。


 美琴「——!?」

 途端に表情が固まりだした。
 一気にぞっとする悪寒が襲い掛かる。
 目を大きく開けながら、蹴り飛ばした物体をしげしげと眺めた。



 それは——焼け焦げた人の生首だった。
    
 寸胴に詰め込まれていたのが、ひっくり返ったはずみで、床に転がったのだろう。

 これまで見た焼死体と同様に、顔は判別不能なぐらいにまで焼け焦げていた。

 大きく見開いた目は、完全に白く濁っていて。

 全体的にあめ色に変色して、所々で膨れては破裂して。

 いくつかできた裂け目も、すっかりあめ色になっていた。

 煮えたぎる油に投げ込まれていたせいで、はみ出た体組織も変質してしまったのだろう。

 髪の毛も完全に焼け焦げてなくなっており、傍から見ればボールに見えなくもない。

 もちろん、男か女か、若いのか年をとっているのかすら判別できない。




 美琴「……これって……」

 表情が凍りつく。
 息が激しくなり、全身の震えが激しくなる。

 そうさせた対象は——生首の頭皮の部分に張り付いている物体だった。

 すっかり黒く焦げて、変形してクリームのように貼り付いている、その物体。
 どうやら、カチューシャのようだった。
 頭に付けたまま、煮えたぎる油の中に投げ込まれたのだろう。
 原型を留めていなかったのだが、なんとなく推測は付いた。

 ただし、美琴の目を引いたのは、カチューシャ自体ではない。
 問題は——そのカチューシャにいくつか貼り付いている物だった。

 球状になるように縮こまっている、くしゃくしゃになった紙のようなもの。
 すっかり黒く変色して、一見すると何か分からなかった。
 だがよく見ると——それはある"モノ"のように連想できた。



 すっかり枯れて、縮こまった花弁。
 それがカチューシャの軸らしき所に、いくつも貼り付いている。

 枯れた花のような飾りをいくつもつけたカチューシャ——さすがにそんな不気味なものを作りはしないだろう。
 






 むしろ——いくつもの花が咲き誇っているのが元の形だろうと。







 美琴「うそ……そんな……」

 今にも泣きそうな様子で、焼けた生首に視線を落とす。

 そのテのカチューシャをつけている"ある人物"。
 異空間の異様な廃校にいる人物で——いや、そんなカチューシャをつけている人物。





 思い当たる中では——一人しかいなかった。

 






 美琴「初春さん……じゃないよね……」

 否定するような言葉をぽつりと漏らす。
 
 信じられない。
 いや、信じたくもない。

 見たことから得た推測。
 目の前に突きつけられている惨状。

 
 
 ——コレガ、初春サンダッテイウノ?


 きっと思い違いだ。
 そうだ、きっとこの廃校で迷い込んだ人物に、同じようなカチューシャをつけた人物がいたのだろう。
 見たわけではないが、その可能性もある。

 そうだとしたら——まだ安心できた。
 目の前の犠牲者に対しては、本当に不謹慎は発想だろう。
 でも、仕方がない。

 少なくとも。
 このバラバラにされて、煮えたぎる油で満たされた寸胴に詰め込まれたのが、自分の親友だということは——到底受け入れられなかった。













           ガラガラッ!!









 由香「ひっ!!いやああああああああああ!!」

 引き戸が開かれる音。
 そして同時に響いた、空気を切り裂くような悲鳴。

 それまで引き戸を開けようとしていた——同行者のものだった。

 美琴は我に返り、悲鳴の上がった方に顔を向けた。



 引き戸は——完全に開ききっていた。

 そこに姿を見せていたのは——不気味な大男。
 土気色の肌で、表情のない巨漢。
 まるで、死人のように見えた——のだが。

 ほぼ真っ赤になった眼球は、異様にぎらついていて。
 じっと、足元の位置にいる由香に視線を向けていた。

 血の付いた右手で、由香の髪を握り締め——そのまま引っ張りながら。


 由香「助けて!!痛いよぉ!!」

 目元に涙を浮かべながら、助けを求める視線を向けていた。
 顔をくしゃくしゃに歪めて、美琴のほうに手を伸ばす。


 ??「うおぉ……うおおおおおおおお!!」

 空気を震わせる、獣のような雄叫びをあげる。

 そして、痛がる由香に構うことなく、彼女の髪を力いっぱいに引っ張り。
 自らの体格よりはるかに小さい由香の体を、教室の外へと無理矢理引きずり出して。

 右手を大きく振り上げて、掴んだ由香の体をつるし上げ——そのまま廊下の床に叩きつけた。
 同時に、由香が羽織っていた、美琴の上着がはらりと空に舞った。


 ——悲観にくれている場合ではない!!



 美琴「うぉら!!やめろっつーの!!」
 
 スイッチが入ったかのように、頭を切り替える。
 即座に床を蹴って、廊下の方向に駆け出した。













       「……ぅぅうおおおおおおおおお!!」












 背後から、別の雄叫びが聞こえた。


 美琴「——!!」

 走る勢いを落とさないまま、すかさず振り返——ろうとしたが、できなかった。

 背後から、いきなり何かに抱きつかれた。
 それもとてつもない力で。
 万力のように、とてつもない力が、容赦なく美琴の細い体を締めつける。

 同時に焼け焦げる臭い。
 それも、先程いやというぐらいに味わった、死体が焼ける嫌な臭い。

 そして、抱きつかれた背中や胸の辺りが、急激に熱い。


 いや——熱いどころではなかった。

 刺すような激しい痛みと痺れが、熱いと感じた直後に襲い掛かる。
 点ではなく、背中、胸、腕と広範囲に。
 このままだと、一瞬にして感覚が麻痺しきって、気が狂ってしまいそうなぐらいに——想像を絶する痛みが彼女を襲っていた。


 美琴「熱い!!な、何よ、これぇ!?」

 自分の身に何が起こったのか、一瞬理解できなかった。

 とにかく熱い。
 これじゃあ、まるで火に飛び込んだような。

 体を激しくよじらせながら、何が起こっているのかを目にする。


  
 その光景に——目を疑い、狼狽した。







 ——燃えていた。


 視界に炎の手が上がっているのがはっきりと見える。


 背後から自分の体を締め付けている——筋肉が剥き出しになった腕も。


 腕を巻きつかれた——胸の辺りも、自分の両腕も。


 履いているスカートも、そこから伸びる自分の足も。


 耳元にかかった自分の髪の毛も。


 

 ——赤い炎が休むことなく、じわじわと燃え広がっていた。
 
 着ているブラウスやスカートが、焦げた臭いと共に、炎に侵され溶けていく。
 激しい熱を持ちながら、自分の肌に貼り付くのが、はっきりと感じられる。














     「……さ……キィ…………ざり……ぃ……」










 背後から、苦しそうに呻く——男のくぐもった声。

 その声は何なのか。
 一体、何が起こっているのか。

 振り向かなくても、はっきりと理解できた。







 炎に包まれた人体模型が——息を吹き返し、背後から美琴に抱きついてきているのが。








 美琴「ああ゛あっ!!放せっ!!ああああああっっ!!」

 体にありったけの電流を発生させる。
 電圧がいくらとか、もはや考えることなく。
 数十万Vの電流が火花となって、体表で激しく弾けだす。
 

 ??「……ぐぉぉぉぉぉぉ……」

 重低音といっていいような、腹の底から絞り出す声。
 ただ、先程と比べて弱弱しい。

 同時に——美琴の体を締め付けていた腕から、嘘のように力が失せた。


 美琴「熱っ!!うぁああ゛ああああ!!」

 その隙を見逃さなかった。
 人体模型の腕を振り解き、とにかくその場から離れようと駆け出そうとした。

 しかし、全身に力がうまく入らない。
 歩こうにも、頭が、体がふらついて、うまく動けない。
  
 炎は、すでに体のほぼ全体にまで行き渡っていた。
 外から見れば、すでに火だるまの状態といっていい。
 肌の細胞が高熱で変質し、激しい痛みを伴いながら膨れていくのが感じられた。

 体や髪についた火を消そうと、体や頭を揺らそうとしても消えない。
 視界も赤い炎に包まれていて、じわじわと暗くなっていく。

 出入口の外に引きずり出された、同行者。
 彼女の身に、何が起きているのかは分からない。


 ——とにかく行かなくては。

 1歩、1歩と燃え盛る足を動かして、床を踏みしめて。
 なんとか、出入口のすぐ近くまでたどり着いた。




 ——のだが。
 



 




 

 


     「……うぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」












 背後から響く、狂ったかのような絶叫。
 焼ける耳に、その不気味な声が届いた——時には、すでに遅かった。

 炎に包まれた人体模型が、再び美琴の体に抱きついてきた。

 一部で筋肉が焼けて、骨が剥き出しになりながら。
 先程とは比べ物にならないぐらいの強烈な力で、一気に締め付けてきた。

  

  
 美琴「ぐぇっ……があ゛あああ゛……」

 苦しさのあまり、絶叫を上げてしまう。
 今にも消え入りそうな、掠れかかった声で。

 口の中や気管にも、炎が侵入していた。
 息をすることも、正直ままならない。
 それでも——腹の底から絞り出すかのように、口から叫びを漏らしていた。

 体を締め付けてくる人体模型の腕の力は、弱まる気配がない。
 むしろ、強くなっていく一方だ。

 まるでプレス機で押さえつけるぐらいの圧力で締め付けられる、美琴の胴体。
 筋肉も骨格も、悲鳴を上げていた。
 当然痛みも半端ない。
 肌が燃える感覚と合わさって、想像しがたい激痛が脳に伝わってくる。



 そして、遂には——
















             バキッ!!












 美琴の両腕の骨が——折れて。














                          ゴリゴリッ!!

 
 








 肋骨の骨も、一気に折れた。

 何本も立て続けに。















                       グシャリ……











 折れた肋骨は、肺に突き刺さり。

 さらなる激しい痛覚が、脳神経を伝わり。














     グザッ……

 








 人体模型の腕からも、折れた骨が飛び出て。

 その先端は——美琴の心臓を貫いていた。
 


 美琴「……ぐ……が……ああ゛……」

 炎で焼け爛れた口から、血があふれ出す。
 それでも全身を包んだ火は消える——というには、到底及ばなく。


 由香「……いやあああああ!!」

 出入口の外から響く悲鳴。
 しかし、美琴の耳にその声は届かなかった。
 耳の中にもすでに炎が入り込み、鼓膜など聴覚に関する器官を焼き尽くす寸前まで来ていたから。

 当然、三半規管も機能しなくなっていたので、前にふらついて。

 すぐさま、全身から力が抜けて。
 それでも、外で襲われている同行者を助けようと、右手を伸ばして。












         ドサッ……










 出入口の引き戸の桟を覆うようにして——背中にのしかかる人体模型と共に、一気に倒れこんだ。

 由香が羽織っていたブレザーが、美琴の右手の指に引っかかる。
 頭から小さな花を象った髪留めが、焼け焦げながらポトリとその上に落ちて。
 だが、燃え移った火は構うことなく、ブレザーをも燃え滓に変えようと、じわじわと侵食していた。


 喉が激しく熱い。
 息もまったくできない。

 苦しみと共に、視界がみるみるうちに暗くなっていく。
 意識も遠のいていく。

 全てが暗転する前に、美琴の視界に映ったのは——





 骨が飛び出すぐらいに、ハンマーで叩き潰された——由香の手や足。




 痛みと恐怖で歪め、涙を浮かべた目で美琴を見詰める——由香の顔。




 そんな由香の頭に振り下ろされる——巨大なハンマー。


 




 








          グシャリ……。











 振り下ろされたハンマーの衝撃で砕けて、脳漿が染み出している——由香の後頭部。




 そして、ぴくぴくと痙攣して、動かなくなった——由香の体だった。

 






(暗転の後、背後にゆらめく廃校舎)

 テーレレテテテレテー
 
   Wrong End

 ビターン

(押し付けられた右手の赤い手形。小指がない)



かなり長くなって恐縮です。
では、>>107からの続きを投下致します。


 ??「……有象無象の波に呑まれて私の体はただ浮き沈みを繰り返す」

 女生徒の口から放たれる、意味不明な言葉の羅列。
 内容ははっきり言って理解できない。


 刻命「やめないか!!」

 我に返ったという素振りで、女生徒を怒鳴りつけた。
 女生徒の異様な様子に対して唖然としてしまっていた状態から、やっと解放されたといったところだろうか。
 すかさず、初春の肩に乗せていた手を離し、異様な行動を起こしている張本人の左腕をつかみ出す。


 ??「……サチコの気持ちはとても嬉しい」

 しかし、自分の腕を掴まれてもなお、女生徒は刻命に顔を向ける気配はない。
 初春の手を握る力も緩めることはなく。

 それどころか、虚ろな瞳一つ動かすことなく、じっと目の前の初春に向けたまま。
 さながら、刻命の存在なぞ無視する——いや、気づいていないかのような素振りだった。



 刻命「いい加減にしたらどうだ」

 そんな女生徒に苛立ちを覚えたといった所だろうか。
 初春の手を握り締める、女生徒の指を両手で引き剥がしにかかった。
 親指を両手の指で掴んで、引っ張るが——まったく動かない。
 鋼鉄の板を曲げるのに相当する力を加えても、であった。


 ??「……だけどそれ以上の行いは……」

 女生徒の右腕がいきなり動き出す。
 掌を大きく開けたまま——初春の頭に向かって伸ばしていき。


 初春「ひっ……!!」

 慌てて、体を後ろに反らそうとする。
 しかし——それより前に、伸びてきた女生徒の掌は握り締めていた。


 初春の髪飾りに付いている——咲き誇った花の一つに。



 そして——











         ブチリ……







 

 ??「ただ悲しみを生み出すだけ……」

 意味不明な文言をつぶやきながら——掴んだ髪飾りの花弁を一気に引きちぎった。




 初春「——!!」

 同時に初春の腕を握り締める力が一気に消え失せた。

 今まで掴んでいた左腕は、初春の手から離れていて。
 その脇では、刻命が息を切らしながら、女生徒を睨み付けていて。

 女生徒の体は——そのまま、後ろへと倒れていき、床に尻餅をついた。


 刻命「手荒くなってすまないな」

 なおも肩で息をしながらも、初春に視線を向ける。
 女生徒の指を無理矢理引き剥がすのに、自身の指にかなりの負担が掛かったのだろう。
 右手の親指を、左手の指で掴むようにしてさすっていた。


 初春「いいえ。ありがとうございます……」

 自分がされたことに対して、なおも不気味に感じながらではあったが。
 とにかく、この事態を免れるのに尽力したことに礼を言う。
 そして、刻命に駆け寄ろうとしたのだが。



 ??「…………ない……」

 女生徒はすぐに立ち上がり——刻命の右腕を掴み出した。

 虚ろな瞳を、今度は刻命の顔に近づけながら。


 刻命「ぐっ!!」

 すぐさま自分の腕を掴む女生徒の指を、左手で引き剥がそうとする。

 が、うまくいかないようだ。
 初春と同様に、とてつもない力で握り締められているのだろう。
 痛さのあまり、刻命の表情は少し歪み、額には汗がにじみ出ていた。


 初春「刻命さん!!」

 即座に、女生徒に駆け寄り——刻命から引き剥がそうとした。



 刻命「危ない、近寄るな!!君は一旦教室の外に出ろ!!」

 初春を睨みつけて、首を出入口の方向へ一瞬向ける。
 外に出ろと言う素振り。
 自分を助けようとしている初春に、女生徒がさらなる危害を加える危険性を考えてのことだろうか。


 初春「何言ってるんですか!!刻命さんを放っておけるわけがありませんよ」

 そんな刻命に逆らうようにまくし立てながら、女生徒の横に駆け寄ろうとする。

 先程は自分が同じ目に遭って助けられたのだ。
 今度は、その助けた本人が同じ状況に陥っている。

 もっとも、こんな怪力といっていいぐらいの力で握る指を引き剥がす自信は——無い。
 はっきり言って、体力は刻命に及ばない。
 それどころか、正直な話、あまり無いといってもおかしくない。


 刻命「君を危ない目に遭わすなんて、とんでもない!!こいつは僕でなんとかできそうだから、早く外へ!!」

 多少興奮気味になりながらも、外に出るように促してくる。
 初春を巻き込ませたくないという、彼なりの思いやりだろうか。

 相当の体力があるだろう刻命は、自分が言ったようになんとかできるかもしれない。
 自分自身の体力や、それを踏まえてできることは限られしまう。
 下手して足手まといになる可能性も考えられ、それで二次災害でも起こることになれば、それこそ刻命の意志を踏みにじったというものだろう。
 ここは無理せず、素直に従うべきかもしれない。

 かと言って、それに素直に甘えるという気には、正直言ってなれない。
 ましてや、自分は風紀委員の一人。
 目の前でトラブルに巻き込まれている人間を放っておくなんて、それこそとんでもない。

 どうするべきか、一寸悩んで。


 そして——
 

本日の投下は以上です。
なお、この後には以下のような選択肢が続きます。


A:初春「こんな状態で、私だけ逃げるなんてできません!!」

 真剣な面持ちで、女生徒の指を引き剥がそうと、自分の手を伸ばした。

B:初春「……分かりました」

 後ろ髪を引かれる思いで、出入口に向かって駆け出した。


安価は>>199にてお願い致します。

お待たせしました。
では、続きを>>199のBにて投下いたします。



 初春「……分かりました」

 後ろ髪を引かれる思いで、出入口に向かって駆け出した。
 一度も振り返らずに。
 
 ——結局、何もできないじゃないですか!!

 己の無力を実感して、呪いながら。
 悔しさで下唇を強く噛み締めながら。
 足元が所々小さく抜け落ちているのを気にも留めず。
 朽ちた教室の床を蹴るようにして、ただ駆け出して。

 ——半分ほど開いた引き戸を、潜り抜けた。












        グラ……グラグラッ!!











 激しい揺れが、廊下全体を襲う。
 まるでシェイカーで揺さぶったかのように、全体が大きく揺れる。


 初春「ひっ!!」

 揺れた弾みで、床に転んでしまった。
 その時に左ひざを強く打ち付けてしまい、それまで多少収まっていた痛みがぶり返す。

 しかし、痛みに構っている余裕なぞ無い。
 両膝を床に付けたまま、反射的に手で頭を庇って、前かがみになる。


 初春「いやあああ!!」

 悲鳴を上げながらも、目を固く瞑り、自身の揺れが収まるのをじっと待った。











        ガシャンッ!!









                       ドン!!










 ガラスが割れる音。
 何かが倒れる音。
 それが何なのかは分からない。

 
 初春「早く……収まってっ!!」

 上から埃や木材の切れ端といったものが、容赦なく下でかがみこむ初春に降りかかる。
 ただ、蛍光灯や天井といったものが揺れで落ちてこないのを祈りながら、ただじっとしているしかなかった。



 初春「…………」

 それから1分もしないうちに——揺れは収まった。
 恐る恐る、顔を上げて、目と口を開ける。


 初発「けほん、けほんっ!!」

 むせ返る埃で咳き込んでしまう。
 目も異物が入ったかのようにちりちりしてしまい、完全には目を開けられない。
 手でまぶたを擦りながら、ゆっくりと目を開けた。

 手近に場所に吊り下がっている蛍光灯が、辛うじて無機質な光を放っている。
 見たところ、天井が崩れ落ちたといったことはない。

 外側に面した窓は、相変わらずだった。
 填められているガラスは所々で割れて、その破片が手前の床に散らばっている。
 以前から割れていたのか、この地震で割れたのかは分からない。
 もっとも、窓自体が開けられるようにはなっていないだろうけど。



 初春「刻命さん!?」

 左足の痛みを手でさすりながらも、顔を上げる。
 今出てきた、図工室の引き戸へと。

 出入口は——完全に閉まりきっていた。

 地震の弾みで閉まったのだろうか。
 引き戸に填められているガラスも、外に面したガラスと同様に所々が割れていた。
 ただ、遠巻きに見たところ真っ暗だった。
 地震で照明が消えてしまったのだろうか。


 初春「大丈夫ですか!?」

 左足がなおもじんじんと痛むのを堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。
 時折ふらつきながらではあるが、1歩、1歩と足を動かす。

 出入口の脇に貼り紙があった。
 ふとそれが目に入る。











    『いい子ちゃんぶるなよ





     誰が一番正直なのかな』












 初春「…………」

 一瞬、何ともいえない気持ちに襲われた。
 この貼り紙にある"いいこちゃん"が——自分自身のことを言っているような気がしたのだ。

 面倒なことは他人任せにする、腹黒い自分。
 今まで、そんな一面もあったのは否定できない。
 そして、この廃校で刻命に押し付けたまま——自分だけ逃げ出してきた。

 否定できない。
 そんな自分が、一瞬嫌になってしまう。


 初春(でもっ……今はそんなずるいこといってられません!!)

 頭の中から、自分に対する嫌悪を振り払う。
 同行者はあの地震で無事なのか。
 ただでさえ、気の狂った女生徒に襲われていた状態なのだ。
 初春の身を案じた同行者の言われるのに甘えていたが——もはやそんな言い訳なぞ言っていられない。


 初春(とりあえず、どうなったのかを確認しなくては!!)

 引き戸に手を掛ける。
 そして、思い切り横に力を加える。













       ガチャ、ガチャ……










 初春「え……!?」

 引き戸は開かなかった。
 中から鍵が掛けられているようだった。

 あの地震で鍵まで掛かってしまったのか?
 それとも、内側で何かがつっかえ棒のように引っかかっているのだろうか?



 初春「刻命さ〜ん!!大丈夫ですかぁ!!」

 思い切り声を張り上げて、同行者の名前を呼ぶ。
 しかし、中からは何の返事もない。
 耳を澄ませてみても、中からは物音すらしない。
 聞こえるのは、ガラスが割れている外側に面した窓から聞こえる、雨が降りしきる音だけ。


 初春「刻命さ〜ん!!返事してください!!」

 なおも呼び続ける。
 だが、返事が返ってこないのは、先程の状況と変わらない。


 初春(まさか……)

 地震で抜け落ちた天井に押しつぶされたのか。
 それとも、床が抜け落ちて下の階に落ちてしまったのか。
 あるいは、女生徒に相当の危害を加えられたのか。

 頭の中で、様々な最悪な事態が浮かぶ。
 もはやじっとしていられない。
 風紀委員としての気持ちが、彼女を突き動かした。


 ただ——鍵がないので、開けることは不可能。

 とにかく、引き戸のガラスで割れた箇所を覗き込んで、中を確認しよう。

 いや、いっそのこと入口を、体当たりで開けた方がいいだろうか。


 じっと閉ざされた図工室の引き戸を目にしながら、少し考えて。


 そして——

本日の投下はここまでです。
短くて恐縮です。

さて、この後には以下のように選択肢が続きます。


A:ガラスの割れ目から、教室の中を覗き込んだ。

B:体当たりをしようと、一旦後ろに引き下がった。


安価は>>213にてお願い致します。
なお、>>197のAはWrongENDであったことを申し副えておきます。

A

ふー、追いついた…
続きが気になるな…
あと刻命に救いをお願いしますm(__)m

ぜんぜん間違ってたわバカですまんorz
結衣センセーも黒子も生きてます

コープスパーティーのOVAが決定とか何とか
http://www.famitsu.com/news/201208/02019129.html

続きマダー?

>>221
大変お待たせして申し訳ないです。
続きを>>213のAにて投下致します。
(なお、今回は携帯から投下しますので、投下ペースが非常におそくなるかもしれません。予めご了承願います)



 ガラスの割れ目から、教室の中を覗き込んだ。

 片目を瞑り、右目だけでじっと教室の内部を眺め——





















            グサリ!!











 初春「——!!」

 一瞬何が起こったのか、分からなかった。
 割れ目の向こうの暗闇を、右目で覗こうとした途端。

 何かが、飛び出して目に飛び込んだ感触がした。






 いや——








 初春「ぎゃああああああああああああ!!」






 目に——何かが突き刺さったのだった。
 眼球はおろか——眼窩、さらには後頭葉まで貫いていた。

 彼女には一瞬、何が起こったのか、把握できなかった。
 しかし、直後に目や頭全体を激しい痛みが襲う。
 頭が割れて粉々に砕けそうなぐらいに、とてつもない激痛が頭部に充満していた。

 耐え難い痛みで、喉からはちきれそうなぐらいの絶叫を上げてしまう。











            グジュッ……









 初春「あぎぃいいいいいいい!!」

 肉が弾けたときのような、不快な音とともに——目に付き刺さっていた物体が引き抜かれる。
 それと同時に、体験したことのないとてつもない激痛が襲いかかる。

 霞みだしてくる左目には、一瞬だが映りこんだ。
 右目を突き刺した物体——アイスピックか錐のような、細くて先端が鋭く尖った棒が——引き戸の割れ目に引っ込むのを。
 先端から、初春の血を滴らせながら。


 初春「痛いい!!ああああああっ……」

 思わず、突き刺さった右目を手で押さえた。
 目から血液が染み出して、それが掌にもべっとりと付着する。

 その間にも視界は、どんどん霞んで歪みだしていき。
 体も安定を失って、前後左右にふらつきだして。












         バタンッ!!









 後ろに向かって、体が倒れた。
 床の上に頭を打ち付けると同時に、後頭部からさらなる激痛が発せられる。

 しかし——それも長くは続かない。
 1分もしないうちに、その痛みも薄れていった。
 視界がみるみるうちに闇に覆われていく。
 手足の感覚もなくなっていく。
 体が小刻みに痙攣し、床などに何度も触れる形になっているが、その感触すら薄れていく。
 息もできなくなっていき、ますます意識が遠のいていく。












          ガラッ!!










 聴覚がなくなる中で聞こえた、引き戸を開ける音。
 真っ暗になっていく視界に見えた、教室の中から出てきた人影。

 青白く光る——小学生ぐらいの女の子のような——人影が目の前に歩みよってくる。
 "ソレ"は、初春の横でしゃがみこむと、じっと顔を覗きこんできた。


 ——眼球が無い、左の眼窩を目の前に近づけて。


 そして、ぼそりと耳元で囁く。











 ??「のぞきみしちゃ……いけないんだよ……」









 幼い女の子が、小さい子をあやすかのような感じの口調。
 
 それが——初春の意識が消えうせるまでに聞いた、最後の言葉だった。

  



  


(暗転の後、背後にゆらめく廃校舎)

 テーレレテテテレテー
 
   Wrong End

 ビターン

(押し付けられた左手の赤い手形。人差し指がない)


>>211のAはWrongEndでしたので、これよりBにて続きを投下致します。


当然と言うべきか、足が自然と後ろに引き下がってしまう。








……コツン……







左足の踵に何かが当たった感触がした。 振り返って足下に目をやる。


初春「鍵……みたいですね」

所々に錆が浮いている、古びた鍵。
端の部分が欠けている木の札が鍵に紐で結わえ付けられていた。
札には薄い墨で文字が書かれていた。大方掠れかかっていたが、辛うじて読み取ることができる。


初春「図工室!?」

すっ頓狂な声を上げてしまった。
すかさず、かがんで拾い上げる。

しかし、札の部分を掴んだまま、それをじっと眺めていた。
入りたい部屋の鍵がすぐに落ちているなんて、あまりに話ができすぎている——と一瞬勘ぐってしまった。


が、そんな考えを頭から振り払う。

鍵を手にしたまま、図工室の引き戸の前に立つ。


ためらっていても仕方が無い。
鍵を探す手間が省けたのはおろか、そもそもこうなってやることなぞ一つしかない。


初春「…………」

閉じられた目の前の教室からは物音一つすらしない。
あの後内部では——そこにいた刻命の身に何が起きているかなんてわかるはずもない。
あの状況の後で物音がまったくしないなんて、あまりにも不気味すぎる。

すかさず鍵を引き戸の合わせ目にある鍵穴に差し込む。
鍵穴自体も長年使われていなかったのか、黒くくすんで、うっすらと埃が溜まっていた。


鍵はゆっくりと鍵穴に沈み込んでいくものの、所々で引っ掛かってしまう。
少し力を加えれば、わずかに入り込むのだが、そのまま力任せに押し込むのはどこかためらわれた。
錆び付いて強度自体が弱くなっているので、鍵が折れてしまう心配があったが——それにも増して、押し込んだ時に手に伝わる感触が気持ち悪かった。


なんとなく、柔らかいものに差し込んでいるような感じだった。

さながら——肉に刃物を突き刺しているように思えたのだった。



初春「…………」

何とか鍵は鍵穴の奥まで入り込んだ。
鍵を折ってしまわないように、力を少しづつ加えながら回す。







カチャン!!








見た目からのイメージとは反して、鍵はすんなりと回った。
解錠の音が小気味良く響く。



初春「……ごくり……」

小さく唾を飲み込んで、鍵を引き抜きだす。
先程とは違い、するすると何の手応えもなく、簡単に抜けてしまった。
そのまま、引き戸の取っ手に手を掛けた——




——のだが。


初春「ひっ!?な、何ですか、これ!?」

まるで強烈な静電気を感じたかのように、引き戸から手を放す。
半歩摺り足で引き下がりながら、視線をある箇所に集中させていた。








鍵穴から——一筋の赤い液体が垂れていた。




さながら鍵穴が刃物であるかのように。



血を思わせる赤い液体が絶え間なく流れ。



引き戸に赤い一筋の線を描き。




床にできた赤い水溜まりを大きくさせていた。



手にしていた鍵の刃先も——べっとりと赤く染まっていた。


初春「あっ、ひぃぃ!!」

手にしていた鍵を放り投げ、勢いよく後ろずさる。









ドンッ!!








何かに当たった。
そのまま、ぶつかったものとともに、後ろに倒れ込む。



??「っててて……」

初春「えっ……人……!?」

聞き慣れない男の声。
動揺しながら、振り返る。

両足を初春の体にのしかかられて、痛がっているのは、中高生らしき男。
髪の裾のあたりを短く刈り上げた、爽やかな感じの男性だった。
紫のブレザーを羽織っり、その下に着ている白いワイシャツの首もとのボタンを外していて、黒いズボンを履いている。


初春(この人……刻命さんと同じ学校の人ですか!?)

想像の通り、その男性——黒崎健介が着ていたの制服は、刻命と同じ白檀高等学校のものだった。


黒崎「何かヤバいことがあったみたいだが、とにかくどいてくれないか。結構キツいって」

初春「あっ……ご、ごめんなさい」

抗議の声を上げる黒崎に、彼の体の上に乗りかかったままであることに気付き、慌ててしまう初春だった。



今回の投下は以上です。

有明の帰りの途中で、久しぶりに携帯でチャレンジしましたが……改行など文体的に見づらかったり、おかしなところがありましたら申し訳ないです。

いきなりで失礼ですけど、少しコメ返しをば。


>>214
いろいろ書いてくれて申し訳ないですが、美月は死んでおりません。
自分がやるのも何ですが、現時点で死亡しているキャラをあげておきます。

如月高校…世以子、繭
白檀高校…袋井、片山、大川、島田、卜部
桐章高校…七星
天道高校…志穂

あと、刻命の件ですが……大変申し訳ないですが、"今回"はあまり期待なさらぬようにお願いいたします。
ただし、"以後"は前向きに考えていこうかと思います。
(もっとも、"今回"でもどうにかするなど方針を転換する可能性はなきにしもあらずですが、過度の期待は禁物です)
しかし、アアィはかなり愛されているのかと思う、今日この頃ですw

>>218>>219
限定版のOVAが12分しかなくて、その発表がなければ思わずぶんなげようとしてしまいましたがw
てか、それならそうと最初から言えと(ry
2Uは現在進行中ですが、確かに死んで報われないキャラ好きにとっては得なのは同感です。
特に、武蔵川の3人娘あたりが(ry

……以上、長々とした愚痴、失礼しました。

なお、いけましたら今夜に続きを(さらに可能なら、前chapterの未公開WrongENDも)投下しようと思いますので、よろしくお願いします。

ちょっと一つ訂正をば。
>>239 2行目

誤:さながら鍵穴が刃物であるかのように。

正:さながら鍵穴が刃物で切りつけてできた傷であるかのように。

以上、失礼しました……。

>>1逃げた?
それとも書き溜め中っすか?

何ヶ月でも待つわ〜

1です。
非常にお待たせしまして申し訳ありません。
とりあえず、生存報告をば。

>>248
現在、私生活で立て込んでいるため、次の投稿ができない状態であります。
書き溜めもほぼ進捗しておりません。
ただ、近日あたりに目処が付けば、その際に投下しようと思います。

>>249
お待たせして申し訳ないです。
その言葉、本当に恐縮です。

さて、一つ確認したいことがあります。
コープス2U(ぶっちゃけExtra chapter)について、ネタバレを織り込む展開にしても構わないでしょうか?
前のレスでお詫びを入れながらで、訊ねるのも何ですが、よろしくお願い致します。

ご無沙汰しております。
大変長らくお待たせして申し訳ありません。
>>241の続きを投下致します。


 黒崎「おい、それマジかよ。刻命がこの中に閉じ込められているって!!」

 初春「は、はい……」

 少し落ち着いた後、初春は刻命と一緒に行動していたことを話した。
 もちろん、この図工室で気が狂った少女に絡まれて、刻命が初春の身代わりになったことも。
 言われるがままに、教室から出た途端に地震が起きて、引き戸が開かなくなったことも。
 そして、呼びかけても刻命が出てくるどころか、返事すらないことも。

 その途端に、黒崎が興奮気味になった。


 ——なんで、自分の友人を見殺しにするような真似をしたんだ。

 そのようなことを言いたげな様子で、初春に掴みかかる勢いで迫る。
 彼が刻命の同級生どころか、幼馴染なのだ。
 尚更だ。


 初春「…………」

 そんな彼の様子に、何も言い返すことができなかった。
 何もできないで、幼馴染の刻命を一人にして逃げ出してきたのは事実なのだから。

 どのように、答えたらいいのか分からない。
 そんな戸惑いと、自分がしたことの後ろめたさに——体を小さく震わせて、表情に影を落としていた。
 



 黒崎「わ、悪い。ちょっと焦りすぎてるな」

 さすがにそんな初春の反応を察したのか、ばつが悪そうに一歩退く。


 初春「い、いえ……私は刻命さんに何も出来ませんでしたから」

 黒崎「飾利ちゃんは悪くないよ。そんな危ない目に遭ったんだし、仕方がないって。とにかく——」

 視線を初春から外し、すぐ傍の図工室の入口に向けた。
 

 黒崎「無茶しやがって。刻命の奴、こんなヤバい所でカッコつけてんじゃねぇよ」

 やや睨みつけるような目つきで、閉ざされた図工室の引き戸を見詰める。
 引き戸の所に歩み寄り、鍵穴のあたりを一瞥する。


 黒崎「鍵は開けたんだよな」

 初春「はい。でも、そしたら鍵穴から赤い液体が流れてきて……」

 黒崎「マジかよ。気持ちわりいな、これ」


 鍵穴から幾筋も垂れている赤い液体。
 それらは所々で黒く変色していた。

 さながら——空気にさらされた血液が酸化して黒く変色して、乾きだしているかのように。




 黒崎「おい……刻命、いるのか?」

 引き戸の取っ手の手前で、伸ばしていた手をはたりと止めて。
 恐る恐る、中にいるであろう幼馴染の名前を呼ぶ。


 しかし——中からは何の返事も返ってこない。


 黒崎「刻命!!いるなら返事しろよ!!」

 声を荒げながら、再度呼びかける。


 だが——やはり返事はない。

 刻命の声はおろか、何かが動く物音すらしない。
 ただ、反対側の外に面した窓から、微かに雨音が響き渡るのみであった。


 黒崎「ちきしょう。何してやがんだよ」

 苛立ちを隠せないといった様子で、そのままかがみこむ。
 引き戸に填められたガラスは所々割れていて、中を覗き込もうと思えば可能なように見える。
 しかし、引き戸の向こうの図工室の中は闇に閉ざされていて、簡単に様子をうかがうことは困難なのは明白だった。



 黒崎「ったく、暗くてよく見えねえな。なあ、何か明かりになるものって、持ってないよな?」

 初春「は、はい。ごめんなさい……」

 黒崎「そっか。ったく……」

 引き戸の割れ目から目を離し、左右の廊下を眺め回す。
 周囲の床の上、さらには廊下の奥にも目をやるが、目的となるものは見当たらない。


 黒崎「…………」

 意を決したかのように、引き戸に手を掛ける。
 そのまま横に引っ張ろうと、手に力を入れる——が、開かない。
 数ミリだけ動く程度で、すぐに何かに引っかかったかのような感触が伝わる。

 結局鍵が開いていないのか、それとも扉の内側に何かがつっかえているのか。
 そんなことは分かるわけがない。

 何度繰り返しても——一向に引き戸がスライドする気配はない。




 黒崎「ここの鍵って、これだよな?」

 すかさず足元に転がっていた図工室の鍵を拾い上げる。
 そして、そのままためらうことなく、黒くなった鍵穴を力づくで鍵穴に押し込んだ。


 初春「——!!」

 突然の黒崎の行動に、一瞬体をびくつかせる。
 先程のように、鍵穴から血が滲み出てきたりしまうのか——そんな嫌な想像を一瞬してしまい、思わず両手で目を覆った。


 黒崎「固ってえな、くそ……」

 初春とは対照的に、先程の不気味な現象の再発なぞ気にする素振りを見せることなく。
 ただひたすら、鍵を左右に回そうと、力を加える。
 しかし、途中で鍵が引っ掛かっているのか、なかなか回らない。



 その時——


















      

            「——は、放さないか!!」


















 教室の中から、はっきりと聞こえた——男の声。
 その声は、もちろん——


 黒崎「刻命ぃぃぃぃ!!」

 初春「刻命さん!!」

 刻命の声だった。
 声の内容からして、ただごとでない事態に遭遇しているのは、容易に想像がついた。
 まさか、先程の女生徒に危害を加えられそうになっているのか——いくら体格が良くて力のある彼であっても、そうなっている可能性は十分に高い。
 ましてや、それよりもっと危険度の高い目に遭っていることも考えられる。

 到底、じっとしていられるわけがなかった。
 初春もそうだが、特に親友である黒崎は。


 黒崎「待ってろよ!!今開けるからな!!」

 何度も何度も、鍵を回そうとするが——やはり、完全には回りきらない。
 しまいには、両手で鍵を握り、全体重を掛けだした。
 力づくで、回そうとし出したのだった。

 だけど、そんな彼の意に反して、引き戸の鍵は一向に回らない。
 それどころか、このままでは——!!
 
 ある一つの悪い結末が頭の中に浮かぶ。
 途端に、初春の手は自然と黒崎の腕を抑えにかかっていた。




 黒崎「おい!!何するんだよ!!放せ!!」

 初春「黒崎さんっ!!これだと鍵が折れますよ!!」

 黒崎「あっ——」

 興奮しきって苛立ち気味になりながら初春の手を振り払おうとする。
 が、声を掛けられてはっとした。

 言われてみれば、確かにその通りだ。
 明らかにボロい鍵なんだ。
 このまま力づくで回したら、折れてしまうぐらい簡単に想像に付くことなのに。

 短めに刈った髪に手をやる。
 そのまませわしく掻き毟しりだし、かがんでいた腰を伸ばす。
 内から込み上げてくる憤りを抑えられないまま、改めて目の前の扉を睨み付けるながら。
 その額にはいくつもの汗が浮かび、静かに頬へと流れ落ちていた。



 黒崎「くそっ!!」










          ガシャン!!











 苛立ちを抑えきれず——右手の拳を引き戸に力いっぱい叩きつけた。
 その衝撃は、所々が割れている引き戸のガラスを小刻みに震わせる。
 破片が床に転がり落ちて、割れたものもあった。

 


 
 初春「お、落ち着いて下さい」

 黒崎「これが落ち着いてられるかよ!!中に刻命がいるってのに、何もできないってのがよ!!」

 いきり立つ黒崎をなだめようとする初春。

 しかし、何の効果も無い。
 ただ苛立ちを露にしながら、黒崎はじっと初春を睨みつけていた。


 初春「…………」

 怯んでしまう——が、すぐに冷静になり、じっと黒崎の目を見詰めだす。
 さながら能面のように、無表情で。


 一瞬——黒崎の背筋が凍りついた。




 黒崎「な、何だよ!!」

 すぐに我に返り、そんな初春にほぼ喧嘩腰といった感じで怒鳴りつける。


 初春「助け出そうとしても、鍵が折れたら元も子もないじゃないですか。ここがだめなら、後ろの入口を試せばいいだけの話でしょう」

 冷めたといった面持ちで、すっと廊下の奥を指差す。
 薄暗い廊下を少し進んだところに、閉ざされた引き戸が見える。
 その上には『図工室』と書かれた札があることから、戸さえ開けば、ここからでも入れる。


 黒崎「……あ、ああ」

 全身から力が一気に抜けてしまったかのように。
 言われるがままに後方の引き戸をぼんやりと見詰めながら、気の無い返事をした。

 言われたら確かにその通りだ。
 他の教室みたいに、前の廊下が崩れてたどり着けないわけじゃないのに。


 ——何、自分一人がテンパってるんだよ。

 少し考えたら、簡単に分かる話じゃないか。
 ここしかないって、勝手に思い込んでるんだよ。
 そりゃ、刻命のことがマジで心配でもよ……カッコ悪いにも程があるっての。

 これまでしてきた自分の反応に——ただ、恥ずかしさを感じてしまう。

 小さくため息を吐く。
 そして、右手で頭を小さく掻き毟りながら、バツの悪そうな顔を初春に向ける。



 黒崎「……悪かったな」

 初春「構いませんよ。それよりも、あっちの入口へ……って、え?」

 相変わらず澄ましたといった面持ちのまま。
 廊下の奥へと視線を向けようと、首を動かした。
 当然、目の前の引き戸が視界に入るが——その時、彼女の全ての動きが止まった。

 これまでとは一転して、驚きの表情を浮かべながら。

 
 黒崎「ん?どうしたんだ?」

 そんな彼女の変化に、一瞬首を傾げる。
 視線を同じ方向に向けたとき——変化の要因を瞬時にして把握した。


 黒崎「って、おい!!」

 思わず驚きの声をあげてしまう。


 なぜなら——引き戸が少し開いていたから。
 これまで悪戦苦闘しても、びくともしなかったのにもかかわらず。




 黒崎「…………」

 恐る恐る、目の前の開きかかった引き戸に歩み寄る。
 本当に信じられないと言いたげな顔つきで。
 同時に、得体の知れなさを感じて、気味悪く感じながら。

 ゆっくりと、引き戸の取っ手に手を伸ばした。


 初春「気をつけてください」

 黒崎「ああ、言われなくても分かる」

 同行しているこの子も、同じように不気味に感じているのだろう。
 少しだけだが、動かなかった引き戸が唐突に開いているものだから。
 先程叩いた弾みで、引き戸が動いたというのも考えられるが——何かが引き戸の向こうに潜んでいることも考えられる。

 例えば——本館で何度も追い回してきた、あの不気味な児童霊どもとか。
 物陰を覗いたら、じっと座り込んでいた——ってのもあったな。
 
 その時の光景を思い出した途端、全身がぞっとする感覚に襲われる。
 しかし、すぐにその感覚を無理矢理心の奥底に抑え込む。

 取っ手に向けて右手を伸ばしながらも——体を引き戸の動く方向と平行になるように向けた。




 黒崎「飾利ちゃんは俺の後ろに回ってくれ。何かあったらいけねぇから」

 初春「は、はい」

 いや——ひとりでに開いたというのも考えられた。

 先程の音楽室がそうだった。
 ひとりでに引き戸が開いて——おまけに中にあったピアノが曲を演奏しだしたときたものだ。
 後でよく調べると、所々で弦が切れて、まともに鳴りそうになかったのにもかかわらず——にだ。


 この廃校は一体何なのか。
 本館、さらには別館の隅々まで歩き回ったが、正直分からない。


 とにかく、不気味——そして、危険。
 この空間を端的に言い表すとしたら、これらの言葉だろう。



 あの時——美月サンに強制的にやらされた、生徒会室の掃除。
 刻命や、島田も付き合わされて、大掛かりにやって。
 大方片付いた所で——あのおまじないをやって。

 クラスメートの卜部が持ち出してきた、あのおまじない。
 『幸せのサチコさん』とかいったか——どこかの有名な女子高生霊能力者が紹介していたみたいだけど。
 面白そうだったし、断る理由もなかったから、ノリで輪に加わったのだった。

 言われるがままに、紙人形をつまんで、人数分の回数だけ呪文を心の中で唱えて——一気に引きちぎった直後。
 いきなり大きな地震が襲ってきたかと思ったら、床が一気に割れて。


 気が付いたら——この廃校の中だった。

 所々が崩れかかっているだの、悪臭が酷いだの——そんな問題を気にするどころじゃない。

 外に通じる窓や、正面玄関の戸が、物をぶつけてもびくともしなくて。
 同じような年代の人間の死体が、そこら中に転がっていて。
 金槌を持った大男に出くわし、殺されそうになって。
 誰もいないのに、いきなり周囲から子供の声が聞こえてきて。
 挙句の果てには、鋏を持った児童霊に追い回されて。

 この場所が、得体の知れない——それも明らかに殺しに掛かっている奴らが徘徊している——危険な空間というのは、嫌と言うほど思い知らされていたのだった。

 だから、目の前の引き戸の向こうにも——そういった奴らが潜んでいることは——想像に難くない。




 黒崎「……開けるぞ」

 初春「ええ……」

 ごくりと小さく唾を呑み込む。
 息が自然と荒くなっていく。
 心臓の鼓動がじわじわと激しくなっていくのが、はっきりと感じられた。

 それらを腹の底に押し込めて——取っ手にはめ込んだ指先に力を入れた。




















            キ、キキキィ……












 不快感を催しそうな、甲高い軋みを上げながらも——右方向へとスライドした。

 図工室の内部の照明は、一つも灯っていない。
 背後にある、廊下の蛍光灯が——入口付近の床と、その前で身を固くしている黒崎と初春の二人に、無機質な光をただ照らしつけていた。


 初春「ひっ……こ、これ……」

 黒崎「……あんまり見ないほうがいいな、マジで」

 目に飛び込んできた光景に——体をびくつかせてしまう初春。
 思わず傍にいる黒崎の体に抱きつき、顔をうずめてしまう。

 そんな彼女をよそに、特に目をそむける素振りを見せない黒崎。
 しかし、それとは裏腹に戦慄しながらも、図工室の光景を目の当たりにしていた。
 突っ立つ足も小刻みに震えている。
 可能なら逃げ出したい——と言いたげな、彼の本能が発する反応だった。


 図工室の中央付近。
 ある一点を中心として、円形に並べられた複数のイーゼル。
 先程、初春が見たのと変わらない配置で並べられていたが——その時と違うことが二つ。

 一つは——イーゼルに掛けられたキャンバスが、真っ赤だったこと。

 わずかな塗り残しも無く、どれも完全に赤一色に塗りたくられていた。
 しかも筆とかで塗ったのではなく、まるで塗料をぶちまけたかのように——キャンバスはおろか、周囲のイーゼルも、床も赤くそまっていた。

 さながら、そこら中に血をぶちまけたかのように。
 床には無数の血の池ができているというようにも見えた。



 しかし、二人の目を引き、戦慄させたのはそれではなかった。
 先程とは違う、もう一つの点。

 並ぶイーゼルを円周と見立てると、その中心にあったもの。
 そこにあった胸像はなく。

 なぜか——床に黒い塊が出来ていた。
 半径1mほどの円を形作っていて、中央付近が多少盛り上がっている。
 黒い小山状の物体が、そこにはあった。

 ただ——その小山は左右に小刻みにぶれたりしていた。
 小山自体も、あちこちにわずかな起伏を作ってはへこみ、別の所に起伏を作り——ということを繰り返していた。

 得体の知れないこの物体——よく目を凝らしてみる。
 すると、分かった。




 それは——ゴキブリの群れだった。




 無数のゴキブリが、一点に固まって、小山を形成していたのだった。
 上下左右、縦横無尽にせわしなく仲間の体の上を這いずり回りながら。
 そうした動きで、所々に起伏を生み出しては消して。
 





 あまり音を立てずに——二人のほうへと、群れが近づきだしていた。









 黒崎「げっ!!」

 全身に悪寒が走る。
 すかさず、初春の手を掴んだ。


 初春「ちょっと、何を!!」

 黒崎「ここにいちゃまずい!!こっちに迫ってきやがる!!」

 言われるがままに、黒崎の視線の先を見詰める。


 初春「い、いやああああ!!」

 顔を強張らせて、悲鳴を上げてしまう。


 黒い群れが——自分達の足元にまで、異様なスピードで向かってきていた。
 じっとしていられないのは、火を見るよりも明らかだった。


 黒崎「とにかく、走るぞ!!」

 黒崎に引っ張られるようにして、駆け出す。
 迫る黒い群れはもちろん、イーゼルの一角をも避けるようにして。
 教壇の上を走りぬけ。
 途中で躓きそうになるが、なんとか持ちこたえて。
 ただ、ひたすら駆け抜けて——奥の窓際までやってきた。



 ゴキブリの群れは、彼らに迫ることはなかった。
 先程まで突っ立っていた辺り——ちょうど入ってきた引き戸の前の床を埋め尽くしだす。


 黒崎「ったく、鬱陶しいぜ」

 忌々しげに、そのおぞましい群れを睨みつける。
 さすがに、そこに戻ろうという気は微塵も起きない。
 当然の心理だった。


 初春「…………」

 そこから目を背け、改めて図工室の室内を眺め回す。

 他の教室と変わらず、床や天井は所々が抜け落ちていた。
 やはり、真っ赤に染まったイーゼルやキャンバス。

 その奥——丁度廊下に面した側の壁を覆うように、木製の大きな棚が3つ並べられていた。
 上半分は観音開きの引き戸があり、いずれも大きく開かれていた。
 見た限り、中には道具といった類のものは入っていないようだ。
 いくつかのごみクズが無数に散らばっているといったところか。

 下半分は、横長の細長い引き出しが、上から数段並んでいる形だった。
 恐らく、仕上がった絵などを仕舞う用途なのだろうか。
 一部の引き出しは無造作に開かれていたが——上の戸棚と同様、ごみが散らばっているだけで、使えそうなものは何も無いようだ。



 棚が並んだ区画を過ぎて、教室の最後部まで目をやる。
 そこには、入ってきた所と同じ、木製の古ぼけた引き戸があった。
 ぴっちりと閉じられている。

 ただ——これまで見た他の引き戸とは違い、填められているガラスは1枚も割れていない。
 廊下にある照明の光が、曇りガラスを通ってわずかに、薄暗い室内の床を照らし出していた。
 引き戸の前あたりにある床には——一定間隔で数個の黒い染みが付けられていた。

 そのシミは、教室の後方の壁に沿うような形で、床に付けられていた。
 窓際のあたりで90度ターンして——丁度、黒崎と初春がいる方向に向きを変えて。


 初春(あれ……これって、あの入口から……)

 シミは、初春が立っている付近の床にもあった。
 上から黒い水滴を垂らしたかのように、直径1cmほどのシミを形作っている。

 二人のいるあたりを通り過ぎ——丁度、教室前方の壁に向かって、なおもシミは点在して。
 黒板の左手にある、閉じられた引き戸まで続いていた。



 初春(多分、血を垂らしながら……ここまで来たってことですよね)

 引き戸の前で、床に付着したシミはいくつも付いていた。
 密度もそれまでよりも増している。

 そして——引き戸の取っ手には、大きく黒いシミが付いていた。


 黒崎「おい、刻命!!いるなら返事しろよ!!」

 親友の名前を呼びながら、引き戸に歩み寄る。
 どうやら、彼も床のシミ——おそらく乾いて赤黒くなった血痕——に気づいたのだろう。


 初春(でも、さっきここに来たときには……)

 その場に突っ立ちながら、考え込んでしまう。
 先程図工室に入った時の記憶と照らし合わせていた。

 中央に並んだイーゼルとキャンバス。
 中心にあった胸像の有無と、ゴキブリの群れ。
 
 そして、教室後方から続いている血痕。



 室内の様子に——明らかな違和感を感じていた。





 
 初春(教室の中もそうですけど……こんな血痕、なかったはずです)

 床の上の血痕をじっと見詰めながら、なおも思考をめぐらせていた。

 刻命の勢いに押されて教室を出て。
 地震に遭遇して。
 教室の鍵を開けようとしたら、不可解な現象が起きて。
 思わずその場を去ろうとたら、黒崎とぶつかって。

 この一連の間で——教室に出入りした者を、初春は一人も見ていない。


 黒崎「これ……刻命のじゃねぇよな……」

 引き戸の取っ手にべっとりと付いた、赤黒いシミを目にした途端、開けようと伸ばした手の動きを止める。
 最悪の想像が正解でないことを祈るかのように、小さくつぶやいていた。


 初春(黒崎さんは、この部屋に入るのは初めてのはずですから……)

 この部屋の状況が、刻命に追い出されたときと、あまりにかけ離れているということを、黒崎は知らない。
 だから引き戸の取っ手にべっとりと付いた血痕が刻命のものではないかと疑ってしまうのもおかしくはない。

 つい先程、この教室の中から聞こえた男の悲鳴。
 あれは、確かに刻命のものだった。
 親友である黒崎も、彼のものだと把握している。
 現に、回らない鍵を無理にでも回そうとして、図工室の中に入ろうとしていたのだから、疑いようが無い。



 恐らく——教室前方の引き戸が、中からも開かなくなって。
 仕方なく、刻命は逃げ出そうとして。
 なんとか教室後方にたどり着いたのはいいが、その付近で追いつかれて怪我を負わされて。



 多分——あの気の狂った女生徒に。



 初春(でも、後ろも開かなかったから……なんとか振り切って、黒板脇の引き戸の奥に逃げ込んだ……というところですか!?)

 しかし、その仮定は到底納得できるものではなかった。
 空想の域を出ない——いや、それ以前といっていいぐらいに、あまりに荒唐無稽なものだった。


 あの女生徒はどうなったのか。
 全てのイーゼルやキャンバスが赤く染まっているのはなぜか。
 中心にあった胸像はどこに行ったのか。

 そもそも、これらのことをする必要があるのか。
 図工室の中をくまなく調べれば、ひょっとしたらそれらの疑問の答え——か、そうでなくとも手がかりが出てくるかもしれない。


 初春「…………」

 だけど——行動に至るには至らない。
 この廃校について、あることを思い出したからだった。
 

 








   「時たま、他に監禁された子らしき悲鳴は聞こえるんだ。お兄ちゃんって。僕と同じように、兄妹でこの空間に連れてこられて、離れ離れになったのだろうな」








   「声のした方向を探してみたが、そこには誰もいない。そしたら、今度は正反対の方向から聞こえるんだ。その方向に向かっても、誰もいない」








 この空間で起きる現象について、刻命が愚痴っていた言葉。
 多重閉鎖空間という、この廃校が存在しているあまりにも異常な現実。

 その場に存在しない者の声が聞こえる。
 刻命はこの部屋にいないのに、声だけがする——そんな現象が起きたのかもしれない。




 初春「…………」

 背後にある、外側に面していた窓の一つに手を掛けた。
 そして、力いっぱいに開けようとするが——開かない。
 隣の窓も、その隣の窓も同様だった。
 まるで固定された模型であるかのように、全くといっていいほど動きすらしない。

 恐らく、それ以外の窓も同じような感じだろう。
 刻命が窓から外へ飛び降りた——そんな可能性も考えられた。

 が、それはおそらく無いといっていいだろう。
 飛び降りたのなら、窓は開いたままになっているだろうし——そもそも、そんな気配は見受けられない。
 外は雨が降っていて、窓を開けようものなら、雨水が教室の中に吹き込んでくるのは必至だった。
 窓の桟や周囲の床に濡れた跡が残るはずだろうが、一切といっていいほど見当たらない。


 初春(ん?)

 外側に面した窓全てを眺めていたとき、あるものが目に入った。

 教室の後方に向かって左隅にある、古びた金属製のロッカー。
 おそらく掃除用具入れだろう。
 人一人は入れる大きさであり、扉はぴっちりと閉じられている。

 ひょっとしたら、刻命はこの中に隠れているのではと思った。
 中に入って、内側から扉を閉じるだけならできないことではない。
 もっとも体型は大柄な方に入る刻命が、この狭そうなロッカーに入るのはきつそうであり、この想像にも無理はあるが。



 刻命がいそうな場所について、様々な可能性が考えられたものの、それらは根拠の無い、あまりにも現実離れした空想ばかり。
 合理的な説明がつけようがなく、考えても頭がこんがらがるばかりだ。

 黒板脇の引き戸の向こうと、掃除用具入れ。
 刻命がいそうな場所について、現実味を帯びていると思えるのは——


 初春(やっぱり……あの脇の部屋にいるのでしょうか……)

 再度、黒板脇の引き戸に目をやる。


 黒崎「くそっ……何かが引っかかってやがるみてぇだ」

 黒く染まった取っ手に両手を掛けて、全身を後ろに倒すようにして引っ張っていた。
 引き戸は1/5ほどが開いていたが、それより先が開かない。
 開いた隙間の奥は闇に閉ざされていた。


 初春「刻命さーん!!いたら返事してください!!」

 引き戸の向こうの空間に向かって呼びかける。
 が、返事は一切返ってこない。
 懸命に黒崎が引っ張る引き戸が上げる、不快な軋みだけが響くだけであった。


 とにかく—— 


本日の投下はここまでです。
ここまでブランクが開いてで恐縮ですが……この先には、以下のように選択肢が続きます。


A:初春「私も手伝います!!」

 わずかに開いていた引き戸に手を掛けて、力いっぱいに引っ張った。

B:初春「黒崎さん、ちょっと待ってください!!」

 引き戸を引っ張る黒崎の腕に手を掛け、彼の動きを制止した。


安価は>>284にてお願い致します。

乙B

久し振りにBSやってるけど、やっぱり森繁シナリオは傑作だわ
美月さんの心理とか最高

大変長らくお待たせして申し訳ありません。
続きを>>284のBにて投下いたします。


 初春「黒崎さん、ちょっと待ってください!!」

 引き戸を引っ張る黒崎の腕に手を掛け、彼の動きを制止した。

 黒崎「おい、今度は何だよ!!」

 親友が向こうの空間にいるかもしれないのに、それを引き止める声。
 引き戸はわずかながら開いてきている。
 正直手は痺れるくらいに痛くなってきたが、それでも努力すればどうにか開くかもしれない。
 にもかかわらず、目の前の見ず知らずの女は、そんな彼の意思に水を差すかのように引き止めてきている。

 正直、頭に来ていた。
 抗議の声を上げながら、初春をただ睨み付けていた。


 初春「…………」

 言えなかった。
 これまでの空間の変わりようから——この空間には刻命はいないかもしれないということが。

 考えてみれば、当然のことだ。
 目の前の彼は親友がいるかもしれないと思って確かめようとしているのに。
 一生懸命になっているのに、それを言ったら、水を差すだけでは済まされない。
 今引き止めただけでも、険悪な状況にさせてしまっているのに。
 黒崎の剣幕に対して、何も言えなかった。


 ここでやるべきことは——

 少し考えると、すかさず教室の後方へと向かって走り出した。



 黒崎「…………」

 そんな初春をなおも睨み付けながらも、半ば呆れかかっていた。
 引き止めた挙句に、逃げ出すように走り出して。
 いったい、彼女が何を考えて、何をしたいのかが理解できない。









         ガシャン!!








 
 初春の左足が、イーゼルの一つに勢いよく引っかかる。
 途端にイーゼルは横へと傾きだし、載せられていたキャンバスは揺れだして。
 

 初春「痛っ……!!」

 立ち止まって、強く打ち付けた左すねをさすりだす。
 それと同時に——イーゼルとキャンバスが倒れて、盛大な音を上げていた。
 真っ赤に塗られたキャンバスが、数回転がって、床の上に伏せた形になる。



 黒崎「——!!」

 そういうことか。
 マジで何してんだ、俺。

 一連の光景を見て、やっと一つの結論を得た。
 目の前の少女が、自分に何を言いたくて、何をしようとしていることが。

 馬鹿みたいに手を傷めてまで引き戸を開けるなんてことしなくても、他に方法があるということに。
 思えば、さっきもこの子は、俺が無茶して元も子もない状態にさせようとしていたのを引き止めてくれていたじゃないか。
 冷静になって考えれば分かることだった。

 この子が冷静になっているのに、俺は変にアツくなってしまって。
 傍から見て訳の分からないことをがむしゃらにしているのは——俺じゃねぇか。
 とにかく——今、やるべきことは一つ。


 すかさず、黒崎は初春のあたりまで駆け寄った。
 そして、倒れたイーゼルを右手で掴みだし、黒板脇の引き戸のところまで戻りだす。


 黒崎「おっしゃ、これでいいな」

 画板を支える横木を、開いている引き戸の隙間に挟み込む。
 ちょうど斜めになる形で固まった。
 そのまま、外側の窓を背にする形で立ち、斜めになったイーゼルに左足を乗せる。

 軽く呼吸を入れてから——斜めに挟み込んだイーゼルの横木を力いっぱい踏みつけだした。
 何度も何度も繰り返して。
 踏みつけるたびに、ギシギシと引き戸が甲高い軋みを上げながら、わずかに開いていく。


 初春「…………」

 目の前で繰り広げられる、同行者の一連の行動に少し見とれてしまっていた。
 呆然としながら、ただ眺めているだけだった——が。


 ——私も……ぼやっとしている場合じゃない!!

 同行者は親友をがむしゃらになって探している。
 それは自分だって同じこと。
 たとえ、そこにいない可能性が極めて高いにしても——ゼロではないから。

 イーゼルに足を誤って引っ掛けて打ちつけ、なおも痛む左足のすねを引きずるようにして。
 教室の後方へと歩き出した。

 目当ては、向かって右隅にある——閉じられたロッカー。
 そこに刻命本人がいないにしても——教室脇の引き戸をこじ開けるのに使えるものがあれば、それで十分だった。








      ガンッ!!







               ギシッ!!








 盛大にイーゼルを踏みつける音とともに、引き戸が発する軋みが背後から上がる。
 見たところ、引き戸は1/4ぐらいまで開いていた。
 だが、人が入れる幅にまでは至っていない。
 黒崎はおろか、初春でさえ、横になって入り込むのは難しいといった具合だ。
 あと10cmほど開けば、どうにかなるといったところだろうか。


 そうこうしないうちに、ロッカーの前に立つ。
 左すねがなおも痛み出すのをこらえながら、ロッカーの取っ手に手をかけて——そのまま引いた。


 初春(良さそうなものは……無さげですね)

 モップやほうきなどが複数あるのをそうぞうしていたものの、それらの類は見当たらなかった。
 あれば引き戸に挟み込んで、てこの代わりに使えると思ったのだが。

 しかし——ロッカーの隅に別のものが転がっているのを目にした。


 初春(懐中電灯……ですか?)

 やや古びた懐中電灯。
 手にしてみると少し重みを感じたことから、電池は入っているようだ。
 スイッチは金属の突起をスライドさせるものらしい。

 試しにスイッチを入れると——弱い光ながらも光を灯しだした。
 使えるようだが、電池が残り少ないようなので、やたらと使うわけにはいかないだろう。


 懐中電灯を手にしたまま、視線をロッカーから黒崎のところに向け——ようとした、その時。



 初春(何ですか……これ?)

 開いたままのロッカーと、壁の隙間に何か白いものが挟まっているのを見つけた。
 布のようなもので、端がわずかに飛び出している。
 ためらうことなく、手でつまんで引きずり出した。

 それは——1m近くある白い布だった。
 タオル地などではない、綿製の布で、所々が黒く汚れていた。
 広げてみると、布の中央の部分にやや大きく書かれた黒い文字が目に入る。


 初春(……古林蘭……どうやらこの布の持ち主のようですね……)

 そんなことを考えていたとき。










       バキン!!








                ガコン!!








 黒崎「っしゃ!!」

 背後で何かが割れる音と、大きな物音がして——直後に、黒崎の声が聞こえた。
 すかさず、初春は振り返った。
 

本日の投下はここまでです。
毎度毎度で恐縮ですが、間隔が異様に開いて、ご心配させて申し訳ないです。

篠宮版のコープス漫画の連載が完結し、一方で超電磁砲はアニメ続編製作が決定した状況の中で……この作品はいつ完結するのか見通しはまったくと言っていいぐらい立っていませんが、ぼちぼちできればと思います。

>>285
確かに。
森重編で美月サンが絡むWrongENDのあたりは結構ゾクゾクするものがあると思います。

今回の冬コミのコープスパーティー2は無料体験版配布…だと…
完成はいつになるんだ…

この空間にソギーをぶち込んだらシュールギャグになってしまうんだろうか

 新年の挨拶はおろか、相当の間隔が開いてしまいました。
 >>1です。
 今回の投下分について、日はまたぎそうですが、でき次第投下しようと思います。
 非常に遅くなって申し訳ないです。

期待期待
冬コミの体験版詐欺は悲惨でしたね…まさかキャラデータとBGM、PVしか入ってなかったなんて

 お待たせしました。
 今回の分を投下いたします。


 黒板脇の引き戸が大きく開いていた。
 床板の上には、大きく折れてひしゃげたイーゼルの残骸が転がっている。
 その脇で息を荒げながら、開かれた先の闇を見つめている黒崎。


 黒崎「飾利ちゃん、懐中電灯貸してくれ」

 初春「え、はい!!」

 やや慌てながら、黒崎のところまで走り寄る。
 懐中電灯——と、先程引っ張り出した白い布を手にしたままで。


 黒崎「多少暗いけど、どうってことはなさそうだな」

 数回スイッチを入切して点灯具合を確かめていたが、すぐに光を引き戸の奥へと向ける。
 真っ暗な空間がほんのりと照らされる。
 奥行きはだいたい2〜3mぐらいだろうか、モルタル塗りの白い壁が照らし出される。
 もっとも、所々が剥がれ落ちて、薄汚れている上に——赤い血飛沫が飛び散っていたが。



 黒崎「……ごくり……」

 初春「…………」

 
 固唾を飲み込む。
 それは目の前の光景そのものに対してではない。
 引き戸の向こうの壁の光景自体——壁に飛び散った血飛沫は目にしても、特に抵抗感を感じなかった。
 これまで嫌と言いたくなるぐらいに、見てきたから。
 むしろ、そんな状態が普通だと思えるぐらいに感覚が麻痺して——黒崎も、初春も——悪い意味で慣れてしまっているといえた。

 では、何に対して張り詰めてしまうのか。
 それは、この血飛沫を壁に飛び散らせた要因が、この小部屋に潜んでいるという可能性。
 例えば、あの児童霊が——こちらの様子をじっと窺いながら、小部屋に入り込んでくるのを待っている。
 そういったことも十分に考えられる。
 ましてや、その血飛沫の主が、刻命のものであるというのなら——!!

 正直そんな想像はしたくない。
 しかし、完全に否定しきれる根拠がない。
 結局そうである以上、可能性として考えざるを得ないというところだった。




 黒崎「…………」

 左足を一歩室内に踏み込ませる。
 同時に手にした懐中電灯を、まずは左のほうへと向けた。
 それに追随するかのように、初春が上半身を室内へと少し傾ける。


 初春「…………」

 見えたのは小部屋に唯一あると思われる、外に面した窓。
 この窓も例に漏れず、これまで見てきたものと同じように所々が割れて、今にも枠自体が外れそうだった。
 しかし——きっとこの窓も同じように、空間に固定されたかのようにびくともしないのだろう。
 他には特に何も無く——当然人影も見当たらない。
 無意識のままに、窓とは反対側——黒板の裏側にあたる空間へと視線を向ける。

















        ——ドーン!!







                   ゴロゴロゴロ……







 
 一瞬窓の外から、まぶしい光が差し込んだ。
 直後に耳を劈く雷鳴が、室内に響き渡る。




 初春「ひっ!?」

 一瞬、全身をびくつかせた。
 顔を引き攣らせながら、一歩、また一歩と後ろずさる。
 右肩が黒崎の体に触れると同時に、彼の左手を思わず掴んでしまう。


 黒崎「…………」

 自分の腕を掴む彼女の掌が、小刻みに震えているのがはっきりと伝わってくる。
 そうなった理由は明らかだった。
 先ほどの雷鳴に怯えてなんてことは、決して無いと思う。

 その原因となった"モノ"。
 実際に目の当たりにして、黒崎は複雑な気持ちになっていた。
 横で震える初春に声を掛けることはおろか、自分自身の中に沸いた感情を抑えることすらままならない。
 何もいわず、その"モノ"を——ただじっと見つめていた。




 一体の——死体を。





 見たところ、中高生の男子といったところだった。
 金色に近いぐらいに茶色に染めた髪を、カチューシャでかきあげていて。
 緑のウインドブレーカーの上に羽織られているボタンのない紺の学ランにズボン。
 両人とも知らない学校の制服だ。


 しかし——目を引いたのはその点ではない。

 手や足、さらにはわき腹に至るまで、何かで裂かれたかのような大きな傷が、いくつかみられた。
 いずれも軽く何かで切ったという程度ではない。
 さながら、鋭く尖った物体で大きく抉られたという感じだった。
 死後、かなりの時間が経過しているのか、すっかり黒ずんでいたが——それらの傷口からあふれ出ていた血の痕が生々しい。
 傷の周囲を染めるのはおろか、手や足を伝って床の上にまで、黒ずんだ血痕を残していた。

 さらには頬や腕には——できている切り傷にほぼ平行になっている形で、青黒くなった細長い痣がいくつもできていた。
 これらから考えられるに、恐らく——どこかから転落したのだろう。
 それも、転落している最中に、尖った硬い物体に体をこすりつけて。
 腕や体の肉を、勢いよく抉られて。




 黒崎(……床を踏み外して階下に落ちた……とかな……)

 考えられないことではない。
 いや、むしろこの廃校の中だと、真っ先に思い浮かびそうなことと言える。
 恐らくどこかで床を踏み抜くなどして、階下なんかに落ちたのだろう。
 死体から垂れて乾き切った黒いシミが、床に幾筋もの線を引き戸へと伸ばしている。
 さらには図工室の中へと、途絶えることなく続いている。
 恐らく、後ろの壁と外側の窓に沿って残したのは彼だろう。
 骨もひょっとしたら折れていたかもしれない。

 そんな状態であっても——死体の両足は思い切り突っ張っていた。
 引き戸の外枠に背もたれるような体勢で、両足を放り出していた。桟の走る方向よりややずれるような格好だった。
 さらによく見ると、羽織っていた制服の上着の布が、引き戸とレールの間に挟まれている。

 これらの状況から察するに——。


 黒崎「これは多分……」

 ——彼が引き戸を裏から押さえていたんだろうな。

 心の中で小さくため息を吐く。
 そして、 先程まで引き戸を開けるのに手間取らされたこともあり、そのことへの愚痴も混めた文句をぶつけようと口を動かすが。
 だが、途中でそれを止めた。



 黒崎「…………」

 それ以上——何も言えなかった。

 これほどの怪我を負いながらも、この小部屋まで歩いて来るどころか、命を落とす間際までこの空間に誰も入って来れないようにするなんて、相当な精神力があったのかと思う。
 文句を言いたくなるのを一瞬にして抑え込み、黒崎を黙らせたままにしてしまう要素があった。


 初春「……一体……この人に何があったっていうのですか?」

 時間が経過するに従って、わずかに落ち着きを取り戻したのか。
 なおも怯えの色を露にして、黒崎の背後から覗き込みながら、恐る恐る訊く。


 黒崎「よくは分かんないけど……何かに追われてたっぽいな」

 なおも、顔を顰めながら、目の前の犠牲者をじっと眺めている。
 こいつがあまりにも普通じゃない状況に置かれていたのは分かった。
 かっと見開かれて充血しきった目が、死してもなお、引き戸のほうへと向けられていた。
 

 黒崎(おいおい、これって……)




 嫌な——予感がした。




 黒崎(まさか……あの児童霊とかに追われていたっつーのか!?)

 入ってきた出入口に、ふと目を向ける。
 誰かが入ってくることはおろか、空気が流れ込む気配すらない。
 湿り気とかび臭さを帯びた空気が、どんよりと小部屋の中に漂っているだけだ。

 
 黒崎「なあ、飾利ちゃん」

 初春「…………」

 黒崎「外に誰もいない……よな?」

 瞳を小刻みにせわしく動かしながら、小部屋の出入口を見ている少女。
 右手をだらりと垂らし、左手にはどこで拾ったのか、タオルのような白い布を握り締めている。

 恐る恐る、声を掛けてみる。
 そんなもの、自分で見に行けばいいだろうがとも思うが——彼女の様子と、脳裏によぎった悪い予感が、彼をそうさせた。





 初春「……で……」

 震えた唇を微かに動かしていた。
 時折、吸い込む息を荒くしながら。
 その口は何かをつぶやいているようだが、はっきりとは聞き取れない。


 黒崎「何て言ったんだ?」

 そんな初春の反応に、思わず近寄る。
 しかし、彼女の動きに変化はない。
 黒崎が近寄っても、それに対する反応すら示さない。
 まるで、気づいていないかのように——。

 悪い予感が的中したのだろうか!?
 警戒しながら、出入口の方をすかさず確認する。



 壊れたイーゼル。
 その向こうに広がっている、図工室の光景。
 薄暗い照明に照らされた、赤く塗りたくられたキャンバスが載せられた、いくつかのイーゼル。

 先程まで見た様子と——なんら変わりなかった。
 人はおろか——当然、あの児童霊も見当たらない。


 黒崎「おい、どうしたんだ?」


 彼女の身に、一体何があったのか?
 彼女の目に、何が映っているのか?

 分からないまま、初春の両肩を掴み、じっと彼女の目を見つめる。





 初春「……ないで……しぃ……」


 少なくとも——初春の目には、黒崎の姿は見えていなかった。
 彼女の耳に、彼の声も入っていなかった。
 いや、瞳は彼の姿を捉え、鼓膜は彼の音声を響かせていたが——精神がそれらをいずれも認識していないといった方が正しいだろう。
 震えた虚ろな瞳で黒崎をじっと見つめ、先程よりやや大きな声で何かを呟く。


 黒崎「何言ってるか分かんねぇって!!」

 そんな彼女の顔をただじっと見つめながら、必死に叫ぶ。
 しかし、彼は知らなかった。






 ——初春の目に何が映って、何が聞こえているのかを。

















            「誰も信じられねぇよ!!お前もだ!!来んな!!」













  
 初春の脳裏に映っていたのは——見慣れない一人の男子生徒の姿。

 カチューシャをはめた、金髪がかった髪。
 着ている緑のウインドブレーカーも、その上に羽織られている紺の学ランも、ズボンもズタズタで。
 さらには所々から地が染み出していて。
 左腕にできた大きな傷を右手で抑えながら。

 


 
  




 



     

            「蘭、近寄るんじゃねぇ!!この人殺しが!!」













 初春の脳裏に響いていたのは——見慣れない一人の男子生徒の声。
 
 図工室脇の引き戸。
 怪我をした金髪の少年は、まるで汚物を見るような目つきで、ただじっと睨み付けてきて。
 はっきりと拒絶せんと、荒げた声で怒鳴りつけて。
 今まで怪我を抑え込んでいた右手で、目の前の人物を寄せ付けまいと、突き飛ばそうとして——!!








   初春の左手が——突然、黒崎の腕を掴み出した。




   それも——まるで黒崎の腕の骨をへし折りかねないほどの、とてつもなく強い力で。
 










 黒崎「——!!」

 いきなりのことにびっくりして、一瞬呆然としてしまった。
 何が起こったのか理解できなかった。
 しかし、すぐに激痛のあまり我に返る。


 黒崎「おい、いきなり何なんだよ!!」

 すかさず自分の腕を握り締める、初春の指を引き剥がそうとする。
 だが、さながら石像のように指はびくともしない。
 それどころか、万力のようにじわじわと腕を締め付けてくる。


 そして、うつろな瞳で、じっと目の前の黒崎を見つめだすと——







 初春「おいてかないでぇ、とっしー!!」


 はちきれんばかりの悲痛な声を——脳裏に映った人物に叫んだ。 




 本日の投下は以上です。
 いきなりで恐縮ですが、で少し訂正があります。

 >>321の5行目

 誤:さらには所々から地が染み出していて。

 正:さらには所々から血が染み出していて。


 申し訳ありません。
 

 お読み頂いている方やコメントを下さっている方に、改めて大いに感謝いたします。

 さて、ここで恐縮ですが、少しコメ返しをば。


 >>305
 削板を投入した場合……少なくともカオスになることは間違いないでしょう。
 とすると、突っ込み役を誰にするかで悩みます。
 (根性を入れられる側なら、柳堀親子に、篠崎親子(ヨシヱとサチコ)、あゆみ、直美、刻命、森繁、島田、大川、蘭、梓紗が思い浮かびます。下手すれば娘(織衣版)の良樹も対象になりそうですw)

 >>303>>307
 冬コミ当日に始発より遅れて並んで、GETできなかったのに地団駄を踏みました。
 が、直後に内容は大した事がないという話を聞いて、実際にそうだったので……あまりがっかりしていないといったところです。
 もっとも、大本陣は3月ごろにChapter1を出せる予定だとおっしゃっていましたので、それを楽しみに待つとします。
(その情報を得られたのと、あやめたんの診察券が入手できただけでも良しとしておきますw)

 あと……何といいますか、今は犬丸君が旬なのでしょうか。
 コープス系サークルの出展内容を見て思いました。

 以上、コメ返しと愚痴失礼致しました。

間違って上げてしまいました。
失礼しました。

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