咲「……羽生蛇村?」 (181)

咲×初代SIREN

キャラ置き換えただけのなぞりクロス

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宮永咲 一週間前 長野


咲「……羽生蛇村?」

照『うん、覚えてない? 小さい頃、私達が住んでた村』

照からそんな電話が来たのは、インターハイが終わった直後のことだった。

咲「うーん、覚えてないなぁ……」

照『仕方ないかもね、咲はまだ2歳だったし。とにかく、今度その村に旅行に行かない? …里帰りの方が、正しいかな』

咲「んー、わかった、いいよ。いつにする?」

照『じゃあ、来週の……』

その時は、単なる旅行くらいにしか考えていなかった。

ようやく再会出来た姉との仲を深めるための。

当日になって急に淡も一緒に行くことになったのは驚いたが、楽しい旅行になるはずだった。

それが、こんなことになるなんて、思いもしなかった──

咲「お姉ちゃん……淡ちゃん……どこぉ…?」

咲は完全に、迷子になっていた。

宮永咲 前日/9時 上粗戸/眞魚岩


咲「うう……どこだろここ……」

山の中で、咲は迷子になってしまっていた。

周りはどこを見ても木ばかりで、人の姿は全く見当たらない。

照や淡に連絡を取ろうにも、なぜか携帯の電波が繋がらない。

あてもなく彷徨い歩いていると、どこからか音が響いてきた。


ガッ……ガッ……


硬い物を打ちつけるような音。

咲(誰か……いるのかな?)

そう思い、音を頼りに進んで行くと、少し開けた場所に出た。


ガッ……ガッ……


そこに居たのは、ピンク色の髪の少女だった。

彼女は手にした石で何かを壊そうと、何度も殴打していた。

ここからではよく見えない。もっと近付こうと一歩を踏み出した瞬間、

和「!」

少女が突然バッとこちらを向き、目が合った。思わずドキリとする。

まるで人形のような、作り物めいた美しさだった。

一瞬ののち、少女はどこかへと走り去ってしまった。

咲「何だったの…?」

宮永咲 前日/23時 上粗戸/眞魚岩

終了条件:駐在警官からの逃亡。


ピンク色の少女を見かけた後、咲は何とか人里にはたどり着けたものの、村人達の対応は非常に冷たいものだった。

どうやらこの村は、他所者に対しひどく排他的らしい。

泊まる場所すらなく、途方に暮れていた。

咲「お姉ちゃんも淡ちゃんも見つからないし……どこ行っちゃったんだよもー」

気付けばあの少女と出会った場所に戻って来てしまっていた。

だが、朝の時とはずいぶんと雰囲気が違う。

そこには十数人ほどの人間が集まっていた。咄嗟に木の陰に隠れて様子をうかがう。

咲「何…やってるのかな…?」

村人達は打楽器のようなものを打ち鳴らし、歌っている。

といっても、楽しそうな感じは全くしなかった。

重々しい、異様な空気。何かの祭りか、あるいは儀式のように見える。

村人「「う~やぁま~いぃも~ぅし~あ~げる て~んにお~わすお~んあ~る~じ~」」

2列に並んだ人々の間を、2人の人間が進み出る。

そのうちの片方は、見覚えのあるピンクの髪。

咲「あの子…!」

小さく呟く。だが、それを聞き咎められたのだろうか。

村人の1人が振り返り、鋭く叫んだ。

衣「誰だ!!」

その声につられ、他の村人達も一斉にこちらを見る。

その異様な雰囲気に、本能的な恐怖に駆られて咲は慌てて逃げ出した。

だが、少し走った所で、


ズキン


酷い頭痛と共に頭の中に1つのビジョンが浮かび上がり、足を止めてしまう。

それは、走り去って行く自分の姿を後ろから見た映像。

一体何なのだろうかと、訝しむ。

しかし、それについて思いを巡らせる間も無かった。


ガサガサッ


何者かが近づいてくる音がして、そちらを見る。

咲(追いつかれた!?)

予想に反し、茂みをかき分けて現れたのは1人の警官だった。

一瞬ホッとしかけるが、すぐに気付く。明らかに様子がおかしい。

その警官の肌は異様に青白く。目の焦点が合っておらず、血のような涙をボタボタと垂れ流している。そして、

拳銃をこちらに向けている。


パァン!


響いたのは、余りにもあっけない音だった。それ故理解するのが遅れた。

撃たれたのだということ。たまたま運良く外れたのだということ。このままでは今度こそ当てられるということ…!

咲「いっ…嫌あぁあぁぁっ!」

智美「ワハハ… 了解、射殺スルゾー」

咲は再び走り出そうとした。だが、

咲「きゃあぁっ!!」

足を滑らせ、崖を転がり落ちてしまう。どさっと尻餅をついた。

咲「いたた……」

幸い高さは2mほどしかなく、怪我はしていなかった。

咲「に、逃げなきゃ…!」

ぼやぼやしていたらあの警官に捕まってしまう。

痛む身体を無理やり動かし、走り出した。

暗闇で初めは気付かなかったが、すぐ近くにプレハブ小屋がある。

迷っている暇はない。中に飛び込み、鍵をかけた。

智美「ドコダー? 出テ来ーイ」

警官も崖を降りてくる。

幸いにも、彼女はこちらを見失っているようだった。ひとまず息を吐く。

だが、いつまでもこうしてはいられない。もし入って来られたら袋のネズミだ。

咲は入り口に置かれていた懐中電灯を手に取り、小屋の中を照らした。

咲「ここは……事務所か何かかな?」

書類などが乱雑に置かれた室内を見渡す。

すると、テーブルの上に無造作に置かれた鍵が目に留まった。

咲「この鍵……もしかして」

思い出す。今いるこの小屋の隣に、トラックが1台停められていた。試してみる価値は、ある。

運転の経験は無かったが、走って逃げるよりは遥かに安全に思えた。

ドアの鍵を開け、僅かな隙間からこっそりと外の様子をうかがう。

あの警官は…まだ咲を探してうろついていた。

智美「ワハハ… 隠レテモ無駄ダゾー」

警官がこちらと逆の方向を向いた瞬間、

咲(今だ!)

咲は慎重にドアを開け、滑るように外へ出た。トラックまでの距離は、およそ5メートル。

咲(お願い……気付かないで!)

足音を殺しながら、車のドアをまで辿り着く。

暗闇の中、なんとか鍵穴を探し出し、鍵を差し込んだ。

咲(開いた!)

この車の鍵で正解だったようだ。だが、安堵している暇はない。

車に乗り込み、震える手でエンジンをかける。

ブロロロッと大きな音をたててエンジンが動き出した。

咲(やった! 後はサイドブレーキを下げて…)

その瞬間、


ビシィ!!


と音をたててフロントガラスにヒビが入った。

咲「ひっ…!」

撃たれたのだ。その事実に、余りの恐怖に、咲は思わずアクセルペダルを思い切り踏んでしまう。

当然の結果としてトラックは急発進し、当然の結果として……進行方向にいた警官を、勢いよく跳ね飛ばした。


―終了条件達成―

宮永咲 初日/0時 上粗戸/眞魚川護岸工事現場


急発進した車は、咲が咄嗟にブレーキを踏んだおかげで、なんとかギリギリのところで崖に衝突せずに済んだ。

けれど、人を──襲われたとはいえ、人を轢いてしまった。

咲「どうしよう……こんなつもりじゃ……」

ただ、車で逃げられれば……そう思っていただけのはずなのに。

咲「あ、あの……大丈夫、ですか?」

車から降り、一応声をかける。何が大丈夫なものか。

首が。

あんな風に首が捻じ曲がっている人間が、生きていられるはずがない…!

咲「~~~っ!!」

殺した。殺してしまった。自分が。人を。

自責の念に駆られる。後悔の波が押し寄せる。罪の意識に押し潰されそうになる。

だが、元々は相手の方から襲って来たのだ。

咲「そう、正当防衛だよ、これは、正当防衛…!」

何度も自分に言い聞かせる。そうやって、自分を納得させようとする。

その時だった。

咲「っ、地震!?」

突然足元がグラグラと揺れ出した。それは数秒で収まったが、直後、



ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────



遠くから、不気味なサイレンの音が響き渡った。

咲「痛っっ…!」

その音を聞いた途端、咲の頭に鋭い痛みが走った。

思わず顔を顰め、こめかみを押さえる。

それに気を取られていたため、気付くのが遅れた。

ゆらり、と。

先程まで死体だったはずのモノが、音もなく立ち上がり、こちらに銃を向けていることに。

咲「なっ…!」

気付いた時にはもう遅い。

智美「ワハハー……」

パン、と乾いた音がして。咲の胸に真っ赤な花が、咲いた。

咲はそのまま後ろへと倒れ込み──背後の川へ転落していった。

宮永咲 初日/2時 大字粗戸/眞魚川岸辺

終了条件:小鍛治健夜と刈割への道へ到達。


咲「んっ……」

水の冷たさで、咲は目を覚ました。

咲「あれ? 私…どうして」

どうやら、浅い川の中で気絶していたらしい。

ぼんやりとした頭で考える。すぐに、何があったのかを思い出した。

咲(そうだ、私…撃たれて、…傷は!?)

痛みは無かった。触っても何も無い。

見て確かめようと、傍らに落ちていた懐中電灯を拾い上げ、スイッチを入れる。瞬間、

咲「ひっ!!」

目に飛び込んできたのは、辺り一面の赤。

咲(これ、全部、…血!?)

川の水が、全て真っ赤に染まっていた。

言い知れぬ恐怖を覚え、咲は駆け出そうとする。が、

咲「ぐっ…!!」

また頭痛がした。そして、自分を後ろから見たビジョン。あの時と同じだ。

健夜「今、私と“共感”したでしょ?」

突然、後ろから声が掛けられた。驚いてそちらを見る。

いつの間にかそこに、修道女のような服装をした女性が立っていた。

健夜「あなた…幻視が出来るの?」

咲「あ、あの!!」

焦るばかりで、言葉が上手く出て来ない。

健夜「落ち着いて…って、言っても無理だよね。……大丈夫?」

咲「さっき私、撃たれて! でも、傷が!」

胸を押さえる咲の服には、穴が空いており、血もついている。

けれど、身体に傷はない。

その様子を見て、女性はおおよその事態を把握したようだ。

健夜「そっか……この赤い水が、あなたの身体に入ったんだと思う。流した、血の分だけ……。傷が治ったのは、水の力のおかげだよ」

そう言うと、女性は辺りを見回した。

健夜「とにかく、私についてきて。ここ、危ないから……」

咲「あ、危ない、って?」

健夜「屍人…って言って、分かるかな。多分、あなたを撃ったのと同じようなやつがいる。それも、複数。…4人、ってとこかな?」

咲「そんな……」

あんな不気味なモノが、4人も。

咲「でも、何でわかるんですか?」

健夜「うーん、そうだね。あなたもこの力──幻視の使い方を、知っておいた方がいいと思う。私の言う通りにしてみて?」

咲「は、はい……」

健夜「目を閉じて、集中して。私の方に意識を向けてみて」

ずいぶんと大雑把な説明だったが、やってみた。

しばらくすると、ノイズのようなものが走り、脳内に映像が映し出された。

目をぎゅっと瞑った自分。

健夜「自分の姿が視えた? それが、私から見たあなた。他にも幾つか気配があるでしょ? 探してみて」

どうやら、意識を向けた方向にいる者の視界を、盗み視ることが出来るらしい。

チャンネルが切り替わるように、幾つかの視界が次々と表示される。

上から見下ろすもの、鎌で草を刈っているもの、釘を打ちつけているもの……

健夜「わかった? あいつらが、屍人。神の血によって、人ではなくなってしまった化け物。…じゃあ、行くよ。ついてきて」

咲「は、はい」

健夜「あ、そうだ。自己紹介を忘れてたよ。私は小鍛治健夜。あなたは?」

咲「えっと、宮永咲です」

健夜「よろしくね、宮永さん。…まずは、階段を登って向こう側の食堂まで行こうか。こっちを見てるやつがいるから、目を逸らした隙に走って行くよ」

咲「わかりました」

健夜は目を閉じ、屍人の視界を見た。機を逃さぬように集中する。そして、

健夜「今! 走って!」

2人で駆け出す。足音を殺し、けれど素早く。

見つかってしまえば、非力な2人では一巻の終わり…!

健夜「…ふう。何とかうまくいったね」

咲「はぁ、はぁ……」

食堂の脇を抜け、裏に回る。

健夜「この裏道を行けば見つからないはず……」

音をたてないよう、2人は慎重に進んでいく。

だが、裏道を抜け、大通りに出たところで、健夜の足が止まった。

健夜「道が…!」

道の先は、板を貼り合わせた壁のようなもので塞がれていた。頑丈で壊せそうにもない。

咲「そんな…! どうすれば……」

健夜「…こっちにも、道があるよ。ちょっと大変だけど……」

そう言うと健夜は、すぐそばのバス停の、待合室の屋根に登り始めた。

咲「何でそんなとこに……」

健夜「さぁ、わかんないけど……ここからなら、教会に行ける。さ、つかまって」

咲「あ、ありがとうございます」

引っ張り上げてもらうと、そこには確かに細い道があった。

そうして、2人並んで歩き出す。

教会──そこに行けば、助かるのだろうか。


―終了条件達成―

宮永照 初日/2時 大字波羅宿/耶辺集落

終了条件:大星淡と刈割への道へ到達。


頬に当たる雨を感じて、照は目を覚ました。

照「…っ、ここは…?」

何があったのか、徐々に思い出す。

…そうだ。1人はぐれた咲を探していたが見つからず、それどころか自分達まで迷って、山の中を彷徨っていたのだ。

そして、日付けが変わるのと同時に……地震と、あの不気味なサイレンの音を聞いて気を失ってしまった。

…だんだん頭がはっきりしてくる。一緒にいた、淡はどうした?

辺りを見回すと、すぐ近くに倒れていた。……大丈夫、息はしている。

照「淡、起きて」

淡「うーん…テルー? 何で私の部屋に!?」

照「しっかりして。淡の家じゃないよ」

淡「え……そっか、私、気を失って……」

照「私も同じ。今起きたところだよ」

淡「……? 何これ、この雨…赤いよ?」

言われてみてはっとする。今まで暗くて気付かなかったが、確かに雨が赤く染まっている。

照「わからないけど、とにかく早く咲を探さない、とっ…!?」

突然、酷い頭痛と共に頭の中にビジョンが浮かんだ。

ピンクの髪の少女が走り去っていく姿。

淡「今の……何…?」

どうやら、淡にも同じ物が視えたらしい。

照「わからない……とにかく急ごう」

気にはなるが、考えている暇は無い。嫌な予感がした。

淡「待って。他にも何か視える……」

そう言われて、意識を集中してみる。

テレビのチャンネルを切り替えるように、様々な映像が頭に浮かんできた。

照「これは…まるで、誰かの視界を盗み見てるみたい」

淡「超能力……名付けて、視界ジャック!とか」

照「まあ、何でもいいけど」

適当に流されて、淡は少し不満そうにした。

淡「でもこの視界ジャックで見える人達…なんか、みんな武器持ってるんだけど」

照「うん……何かおかしい。もし人を見かけても、話しかけずに様子を見るべきかもしれない」

淡「そう、だね…」

不安そうな淡。

照「大丈夫。いざとなったら、これがあるから」

そう言って照がバッグから取り出したのは……一丁の、拳銃だった。

淡「テル、それ本物!? どうしたの!?」

照「亦……いや、ちょっとツテを使って」

照は言葉を濁した。

淡「おおう……でもテル、それちゃんと使えるの?」

照「大丈夫、何回か練習したから。」

淡「よっし、頼りにしてるよ!」

照「まあ、まだ使うと決まったわけじゃないけど」

淡「使わないことを祈ってるよ。さて……サキを探すにしても、どこに行ったらいいのかな?」

照「うーん…携帯は、相変わらず通じないし……土地勘もないし、やっぱりひたすら歩き回るしかないんじゃないかな……」

淡「やっぱそうだよね……」

照「とりあえず、こっちな気がする。なんとなく」

目の前の、大きな橋の向こうを指差す。

淡(方向音痴のテルに任せて大丈夫かなぁ……ま、いっか♪)

照「そう言えば淡、


バヂュン!!


突如。湿った音と共に、淡の頭が弾け飛んだ。

淡は独楽のようにクルクルと回転しながら倒れ込み、生々しい傷跡を見せつける。

淡の頭はほぼ半分が吹き飛び、抉れた断面からピンクのぶよぶよしたナニカが見えていた。

そこから血液と脳漿が混ざり合って溢れ出す。

半分だけ残された淡の綺麗な顔と、目が合った……

照「っっっっ、淡!!!!」

淡「へ? どしたのテル、急に叫んで」

照「え?」

ハッとして淡を見る。どこも傷ついてなどいなかった。

照「い、いや……」

今のは何だ? 幻覚にしてはあまりにも生々しすぎる。視界ジャックとも違う。

まるで、過去の記憶がフラッシュバックでもしたかのような……


淡「テル? 行かないの?」

照「っ、行っちゃ駄目だ!!」

淡「うぇっ!?」

照「あ、いや……その、何か悪い予感がする。別の道を探そう」

淡「う、うん、別に良いけど」

驚かせてしまったようだ。でも、このまま行くとさっきの幻覚が現実になる……そんな気がする。

照「とりあえず、この川に沿って進もうか。……懐中電灯は、消して行こう。気付かれないように」

淡「……わかった」

淡はそんな照の様子を不審に思ったが、何も言わずに着いて行く。

少し歩くと、すぐに別の橋が見付かった。

先程のとは違い、手すりも無い、ボロボロの木造橋。

注意しながら渡る。

照「淡、そこ、穴が空いてる。気を付けて」

淡「うん……ひゃっ!」

案の定、淡が足を引っ掛けて躓く。咄嗟に受け止めた。

照「もう。だから言ったのに」

淡「あ、ありがと、テル///」

その時、微かだが、こちらに向かってくる足音が聞こえた。

照「…しっ。誰か来る…!」

橋の向こうの民家の辺りから、人影が近付いて来る。

……まずい。隠れる場所も、暇も無い。

こうなったら、覚悟を決めて話しかけるしかない。

そっと、見えないように拳銃を握る。

照「あ、あの……っ!?」

しかし、言葉は続かなかった。

やって来たのは、野良着を着た中年の男性。

その顔は死人のように青白く、目からは血のように赤い涙を流していた…!

淡「ひっ!!」

男のあまりにも異様な風体に、淡が短く悲鳴を上げる。

次の瞬間、男は手にした鎌を振り上げ、襲いかかって来た!

屍人「グオオォオォォッッ!!」

照「うわぁっ!!」

倒れ込むようにして避ける。鎌が空を切った。

照はすぐに立ち上がり、放心している淡の手を取って走り出した。

照「走って! 逃げるよ!!」

“アレ”が何かはわからない。だが、大の男に女子高生2人で敵うとも思えなかった。逃げなければ。しかし、

淡「きゃあっ!」

淡が足を縺れさせ、転んでしまった。掴んでいた手が離れる。

照「淡っっ!!」

男はすぐ後ろまで迫っている。このままでは、

照(淡が、殺される……!)

脳内に、先程の光景がフラッシュバックする。

ぐちゃぐちゃになった淡の顔が、現実の淡と重なる。

迷っている暇は、無かった。凶器は、この手の中にあった。

男が淡に向かって鎌を振り上げる。照は拳銃を構え、…引鉄を、引いた。


バァン!!


銃弾は過たず男の胸に命中し、風穴を開けた。男がよろめく。

間髪入れずに2発目、3発目を撃ち込む。

照「うわあぁああっっ!!」

4発5発6発……カチッカチッという音が何度かして、ようやく照は全弾撃ち尽くしたのだということに気がついた。

照「はあっ、はあっ……」

肩で息をする。手が震える。

まるで自分の手ではないかのように、引鉄から指が離れない。

生まれて初めて、人を撃った。……撃ち殺した。

男は土下座をするような格好で、ダンゴムシのように丸まっている。

淡「テルー!! 怖かったよぉぉ!」

淡が泣きながら、照に抱きついた。

照「よしよし、もう大丈夫だよ」

良かった。自分はこの子を、守ることが出来たのだ。

人を殺してしまった事実に変わりは無い。でも、後悔はしていない。

そのまま、淡を抱きしめて撫で続け、何分が経っただろうか。

照「そろそろ落ち着いた?」

淡「…うん」

照「…水でも飲もうか」

緊張のあまり、口の中が渇ききっていた。丁度良く、すぐそばに井戸がある。

そこから水を汲み上げようと近付いた。

……あまりにも、無警戒だった。

淡「テル! 後ろ!!」

いつの間にか。先程の男が立ち上がり、後ろに立っていた。

照「っ!?」

一体何故。確かにちゃんと、
殺シタハズナノニ……!

咄嗟の事に、身体が反応しない。

男はそのまま、照に掴みかかってきた。

屍人「グオオォオォォッ!!」

男の手が照の首に掛かる。物凄い力で首を絞め上げられる。

照「ぐっ…か、はっ……」

必死に抵抗するが、力では敵わない。

拳銃は、さっき撃ち尽くしてからリロードしていない。万事休すだった。

照(ごめん、淡……)

死を覚悟しかけたその時。

淡「テルを、離せぇぇぇっ!!」

淡が男に、思いっ切り体当たりをした。その衝撃で男はバランスを崩し、

屍人「グァァアアァァァァッ!!」

悲鳴をあげてすぐそばの井戸へと落ちていった。

照「げほっ、はぁっ、はぁ……」

淡「テル! 大丈夫!?」

照「…大丈夫。今度は助けられちゃったね……」

淡「これでおあいこだよ!」

そう言って淡は、泣きそうになりながら微笑んだ。照もつられて笑う。

照「…よし。もう平気」

立ち上がり、パンパンと膝を払う。

照「…あいつ、明らかに人間じゃなかった。まさか、殺しても生き返ってくるなんて……」

そう言って、井戸の方を睨む。

淡「まるで、ゾンビみたいだったよね……」

照「いや、ゾンビじゃない。あれは……屍人だ」

淡「しびと? 何それ?」

照「この村に伝わる伝承にあるんだよ。赤い水を飲んだ者は、神に近付き、不死の肉体を得る……多分、あれがそうなんだ」

淡「へー……でも、何でテルがそんな事知ってんの?」

照「…………」

やはり、淡を連れて来るべきではなかった。

ここまでとは思っていなかったが、危険な事になる可能性は、充分にあったはずなのに。

だが一方で、居てくれて助かったとも思う。

1人だったら、とっくに心が折れていただろう。

淡「テルー?」

照「ん、ごめん…急ごう。咲が待ってる」

そう言って歩き出す。

淡「そうだね、早く見つけてあげないと、泣いちゃってるかも!」

淡もそれに続いた。家々の間を通り抜け、坂道を登って進んで行く。

この先には、何が待ち受けているかわからない。

けれど、何があろうと淡も咲も私が守る──照はそう、心に決めた。


―終了条件達成―

須賀京太郎 初日/2時 羽生蛇村高校/図書室

終了条件:片岡優希と学校からの脱出。


京太郎と優希は、図書室でまこの帰りを待っていた。

優希「染谷先輩、遅いじぇ……」

京太郎「そうだな……」

京太郎は思い出す。どうしてこんなことになったのかを。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「…郎。京太郎!」

名前を呼ばれて、京太郎は目を覚ました。

まこ「ようやく起きたか。優希はまだ寝とるがの」

見ると、京太郎にもたれるようにして優希が眠っている。

…少しずつ、意識がはっきりしてきた。

3人は羽生蛇村高校麻雀部のメンバーだ。

この日は、天体観測のために学校に泊まり込んでいた。

部員の残りの2人、久と和は用事があるとのことで不参加だったが。

2人が来られないなら中止にしようかとも思ったが、333年ぶりに飛来する彗星が、今日だけ見られるらしい。

それをどうしても見たいと、優希が言ったのだ。

楽しいイベントになるはずだった。

だが、午前0時を迎えた瞬間……地震と共に不気味なサイレンの音が鳴り響き、3人は気を失ってしまった。

京太郎「……一体、何が起こったんでしょうか?」

まこ「わからん。…とりあえず、ワシが様子を見て来る」

京太郎「そんな! 俺が行きますよ!」

まこ「お前さんは優希のそばについてやっとれ」

京太郎「でも……」

まこ「ええから。たまには上級生に任せんさい」

そう言うと、まこはさっさと行ってしまった。

仕方なく、京太郎はその場で待つことにした。

優希が目を覚ましたのは、その少し後のことだった……


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


あれから30分が経った。未だにまこは戻らない。

京太郎(いくら何でも遅すぎる…!)

嫌な予感がする。何かあったのかもしれない。その時、

「ウオオォォオオオォォオオォン!!」

雄叫びのような、遠吠えのような。あるいは唸り声のような、酷く気味の悪い声が聞こえた。

京太郎「今の……何だったんだ?」

優希「わ、わからんじぇ……」

京太郎「…やっぱり先輩が心配だ。探しに行って来る」

優希「待つじぇ!」

ぎゅ、と袖を掴まれた。

京太郎「どうした?」

怖いのか、と軽口を叩こうとして。その真剣な雰囲気に、言葉を飲み込む。

優希は目をぎゅっと閉じ、何かを探っているような……まるで、ここでないどこかを見ているような、そんな様子だった。

京太郎「お、おい……」

優希「ひっ!!」

突然、優希が悲鳴をあげた。自分の身体を抱きしめ、ガタガタと震えている。

優希「何だじぇあれ……人間じゃ、ない……バ、バケモノ…!」

京太郎「落ち着け。…何が視えた?」

視界ジャック──優希の持つ、超能力のようなものだ。

優希はその能力のせいで昔いじめられていたのだが……

いや、今はそれはどうでもいい。

それよりも…優希がその能力で何を視たのかだ。

京太郎「おい、優希……」

優希「…下の階に……ゾンビみたいな化け物がいるじぇ」

京太郎「……は?」

あまりに突拍子もない言葉に、一瞬思考が追いつかなかった。

優希「嘘じゃないじぇ! 信じてくれ、京太郎…!」

必死に訴えかける優希の目は、嘘を吐いているようにはとても見えなかった。

京太郎「…わかった、信じるよ。でも、ならなおのこと、先輩を探しに行かねーと…!」

優希「…なら、私も行くじぇ」

京太郎「駄目だ」

一言で切って捨てる。

優希「何で!」

京太郎「危険だって分かってるのに、連れて行けるわけないだろ! お前はここで待ってろ。必ず戻って来るから」

優希「……わかった。早く戻って来るんだじょ」

優希は渋々ながらも頷いた。

京太郎「ああ、約束する」

そして京太郎は、図書室を出て探索を開始した。

ぎし、と床板を踏む音が、暗闇に吸い込まれる。

…夜の学校とは、こんなにも不気味な場所だったろうか。

京太郎(ちくしょう、俺がビビってどうすんだよ…!)

早くまこを見つけて、3人でここを脱出しよう。

廊下を突き当たりまで進むと、階段に差し掛かる。

優希の話では、この下に“ゾンビのようなもの”が居るはず……

その時。階段の踊り場を、懐中電灯の光が照らした。

京太郎「!」

下に、何かが、いる。まこか、それとも……

やがて、光は通り過ぎた。どうやら上には登って来ないようだ。

京太郎は踊り場まで降り、手すりの影からそっと様子をうかがった。

京太郎「…っ!」

悲鳴を何とか堪える。そこには確かに、優希の言っていた通りのモノが居た。

死人のように白い肌。滴り落ちる血の涙。…明らかに、人ではない“何か”。

京太郎(待てよ……確か和から聞いたことがある。この村に伝わる古い伝承で…屍人、っていったか。あれがそうなのか…?)

階下の化け物を見つめる。…和の話を、もう少し真剣に聞いておけばよかった。

京太郎(…考えても仕方ない。行くか)

戦って勝てる相手かどうかはわからない。

もしもゾンビなら、噛まれただけで終わりだ。

だから、出来るだけ見つからないよう、隠れて行くつもりだった。

まずは、階段の前にいる屍人をやり過ごす。

しばらく観察していると、屍人は女子トイレの中に入っていった。

京太郎(今だ!)

京太郎は素早く階段を降り、すぐ隣の教室へ入ろうとする。だが、

京太郎「!」

廊下の奥にはもう1人、屍人がいた。幸い、こちらには気付いてないようだったが……

京太郎(何…やってんだ…?)

その屍人は、釘を打っていた。窓に板を打ちつけ、封鎖していたのだ。

よく見れば、他の窓も皆同じように、厳重に封鎖されていた。

京太郎(俺達を閉じ込めるつもりかよ…!)

頭をよぎる嫌な想像に、京太郎は戦慄する。だが、次の瞬間ふっと我に帰った。

京太郎(…っとやべえ、立ち止まってる場合じゃなかった)

慌てて教室に入る。同時に、屍人が女子トイレから出て来て、今度は男子トイレに入っていった。

京太郎(危ねえ、間一髪…!)

教室の窓も、全て板で封印されていた。

それを横目に、教室の奥へと進む。

この教室と隣の教室は、ドアで繋がっているのだ。

そこから隣に移り、さらに奥のドアの前に立った。

ここから出れば、玄関はすぐそこだった。

1人で逃げるわけにはいかないが、開くかどうかは一応確かめておいた方がいいだろう。

ドアを静かに開く。釘を打つ屍人が近くにいるが、気付かれてはいないようだ。

京太郎(頼むから、こっち見るなよ…!)

心臓が早鐘を打つ。足音を殺し、玄関へと近付いた。

気付かれること無く、辿り着くことは出来た。だが、

京太郎(嘘、だろ…!)

玄関の扉は、頑丈な板で打ちつけられ、封鎖されていた。

試しに押してみるが、びくともしない。

京太郎(くそっ! どうしたら…!)

ここでずっとこうしているわけにもいかない。

とりあえず、今通って来た教室の反対側、職員室の中に入ることにした。

扉を細く開け、中をそっと覗き込む。

中には誰もいなかった。屍人も、まこも。

京太郎は中に入り、ずる、と壁に背中を預けてへたりこんだ。

京太郎「どこ行っちまったんだよ、先輩…!」

思わず弱音が漏れる。

それに、まこが見つかったとしても、一体どこから逃げれば良いのだ。

玄関も窓も、板で封鎖されてしまっているのに。

ご丁寧に、この職員室の窓までも封鎖されていた。

京太郎(いや、待て……)

窓を見ていた京太郎は、ある事に気が付いた。

よく見ると、玄関や廊下のものに比べて、板が薄い。

京太郎(これなら……壊せるかもしれない。何か道具さえあれば…!)

その時。

優希「京太郎!」

優希が職員室に駆け込んで来た。

京太郎「なっ……優希!? どうして…!」

優希「あんまり遅いから迎えに来てやったんだじぇ!」

苦笑する。気丈な言葉とは裏腹に、膝は震えているし、ちょっと涙目になっている。相当怖かったのだろう。

京太郎「ったく……あんまり無茶すんじゃねえよ」

ぽんぽん、と頭を撫でてやった。

京太郎「それより……どうも、ここからしか出られないみたいだぜ」

そう言って、京太郎は職員室の窓を指差した。

京太郎「俺はこれからこれを壊す道具取って来るから、お前はここに隠れてろ」

優希「ええー…またお留守番か……」

京太郎「良い子にしてろよー」

優希「うるさいじぇ! 馬鹿にすんな!」

京太郎「はいはい」

向かう先は…体育館。まこがいるとすれば、後はもうそこしか残っていない。

京太郎は、机の上に置いてある懐中電灯を手に取った。

京太郎「俺が出ていったら、扉に鍵を掛けろ。帰って来るまで開けんじゃねーぞ」

優希「…わかったじぇ。気をつけるんだじょ。体育館にも、多分1人…居る」

京太郎「ありがとよ。…行って来る」

そして京太郎は、再び薄暗い廊下へと踏み出した。

背後でガチャリと鍵の掛かる音がする。

体育館へと通じる扉は、今いるこの廊下の中ほどにある。

さっき通って来た教室の向かい側だ。

そして、扉のすぐ近くにはあの釘を打つ屍人が居る。

京太郎(さて、どうしたもんか……)

その時だった。釘を打っていた屍人が、突然くるりと踵を返し、教室の中へと入っていった。

どうやら、打ちつける板が無くなったらしい。

そのまま中で作業してくれるなら良いが、板を補充して戻って来る可能性も否めない。

京太郎(今しかないだろ…!)

素早く扉へ駆け寄り、静かに開いて中に滑り込み、閉める。

京太郎は、なんとか気付かれずにこれらの動作を行うことが出来た。

たったこれだけで、心臓がばくばく鳴っている。

だが、ここがゴールではないのだ。まだ気を緩めるには早すぎる。

そこは、体育館と校舎を繋ぐ短い廊下。この奥の扉を開ければ、そこが体育館だ。

優希の話では、この中にも屍人がいるはずだ。…どうにかして、見つからずに行きたい。

京太郎(俺にも視界ジャックがあればなぁ……ま、無い物ねだりしてもしょうがないか)

意を決して、京太郎は体育館の扉を開いた。

ギギギ、という錆びついた音が真っ暗な体育館に響く。

体育館の中には、人の気配は無かった。屍人は息を潜めて隠れているのかもしれない。

意を決して、京太郎は足を踏み出した。静か過ぎる体育館に靴音が響く。

辺りは暗く、視界があまり利かない。

けれど、不用意に明かりをつけるわけにはいかない。自分の位置を知らせるようなものだ。

京太郎は壁伝いに慎重に歩き、なんとか目的地……体育倉庫の前に辿り着いた。

入り口は階段になっており、地下の倉庫へと通じている。

ごくり、と唾を飲み込んだ。恐る恐る中を覗き込む。

完全に真っ暗で何も見えないので、懐中電灯をつけ、照らす。

中には…誰もいなかった。安堵と落胆が入り混じった溜息が漏れる。

そして、京太郎の目がある物を捉えた。それこそが、京太郎がここに探しに来た物だった。

京太郎(バール……これさえあれば…!)

これさえあれば、職員室の窓の封印を破り、脱出出来る。

それに、屍人にも対抗出来るかもしれない。

京太郎がバールを拾い、握りしめたその時。

スピーカーからノイズが響き、放送が流れ出した。

優希『京太郎! 助けて! 早く来てぇッ!!』

弾かれたように顔を上げる。

この小さな学校に、放送室などというものは存在しない。校内放送の機材は、職員室にある。

間違いなく、職員室の優希が何らかの危機に陥り、助けを求めているのだ…!

理解すると同時に駆け出す。一刻も早く助けに行かなければ、優希の命が危ない。だが、


まこ「キョータロォ……」


暗闇の中から突然呼び止められ、京太郎は足を止めた。

それは、よく知った声のように聞こえた。

京太郎「先輩! 無事だったん、ッ!!」

安堵の言葉は途中で途切れる。なぜなら。

懐中電灯の光に照らされたまこの目からは……血のように赤い涙がボタボタと流れていたのだから…!

まこ「イヒッ、ヒヒヒヒヒヒッッ!!」

まこの目は限界まで見開かれ、口は歪に吊り上がっている。

およそ人に浮かべられるとは思えない、凄絶な笑みを浮かべてまこは立っていた。

そして笑いながら、手にした金属バットでこちらに襲いかかって来た!

まこ「アアィ!!」

京太郎「うわあぁあああっっ!!」

慌てて飛び退く。京太郎の鼻先数センチのところを金属バットが掠めていった。

京太郎(ちくしょう、嘘だ嘘だ嘘だ!)

突然の出来事に、頭がついていかない。目の前の事実が、信じられない。

京太郎(何がどうなってやがるんだ、何で先輩が化け物になっちまってるんだよ!)

焦るばかりで思考は全くまとまらない。どうしてまこが。どうして。どうして。

だが、その間もまこは容赦無く襲って来る。

まこ「ヒ、ヒッヒハハハハハ!!!!」

ぶん、と再びバットがふるわれる。大振りであったために辛くも避けることが出来た。

だがその際、京太郎は足を縺れさせて転んでしまった。

京太郎(しまっ…!)

床に倒れたままの姿勢で、まこを見上げる。

目が合った。その目は、獲物を捕らえた喜びに溢れていた…!

ゆっくりとバットが振り上げられる。

このままでは、殺される。

殺される。
殺される。
殺さ れ る

京太郎「あ、あああぁぁあああアアアッッ!!!!」

恐怖で頭が真っ白になる。もはや何の躊躇も無かった。

京太郎はバットがふるわれるよりも速くバネのように立ち上がり、その勢いのまま手にしたバールで思い切りまこの顔面を殴りつけた!

まこ「ギャンッッ!!!!」

獣じみた悲鳴を上げ、まこが倒れ込む。

その様子に、京太郎は一瞬正気に戻りかけた。

京太郎「せんぱ、

まこ「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒ!!」

だが、京太郎の言葉は不気味な笑い声にかき消される。

あれだけ強く殴りつけたにもかかわらず、まこはむくりと起き上がってきた。

人体の関節や筋肉といったものを、完全に無視した動き。

そのあまりにも昆虫じみた非人間的な動作に、生理的嫌悪が爆発し、京太郎は再び理性を失った。

京太郎「う、うわあぁああああああっっ!!!!」

純粋な恐怖に押し潰され、京太郎はなおもまこを殴りつける。

何度も。何度も。

その度に肉が潰れ、骨が砕ける嫌な音が響く。

やがてその音が、石を叩くようなガチン、ガチンという硬い音に変わった頃、ようやく京太郎は理性を取り戻した。

京太郎「はぁ、はぁ……」

肩で息をする。見るとまこは、土下座をするような姿勢で小さく丸まっていた。

どうやら、この状態になると石のように硬化するらしい。

冷静にそんなことを考える一方で、バールを持つ手は震えていた。

その手には未だ、まこを殴り殺した時の嫌な感触が強烈に残っている。

先輩を、殴り殺した……

その事実が京太郎の心に重くのしかかる。

京太郎(でも、仕方なかった! 襲われたんだ、仕方なかったんだよ!)

それに、“これ”はもう先輩じゃない。先輩の姿をしただけの、化け物なんだ…!

京太郎「っ、…そうだ、優希!」

こんなところで呆けている暇はない。一刻も早く、優希を助けに行かなければ。

体育館の扉を乱暴に扉を開け、職員室へと向かう。

もはや屍人に見つかることを気になどしていられなかった。

走り、目的地へ辿り着く。職員室のドアは──無惨にも破壊されていた。

京太郎「優希! 優希っ!!」

中に飛び込む。…職員室には、誰の姿もなかった。

しん、と不気味なほどの静寂に包まれている。

最悪の想像が頭をよぎる。頭を振ってそれを振り払う。

京太郎「優希! どこだ! 返事をしろ!」

呼びかけても、応える者はない。

京太郎(くそっ、ここにはいないのか? どこ行ったんだよ……)

あの放送から、15分は経っている。もはや状況は絶望的だった。

京太郎「優希ィ……」

涙が溢れそうになる。京太郎の思考が絶望に塗り潰されかけたその瞬間、


ズキン


酷い頭痛がした。


**********


優希は図書室に隠れていた。

京太郎が体育館へ向かったあの後、しばらくしてから、猛烈な勢いで職員室のドアが叩かれた。

身の危険を感じ、校内放送で京太郎に助けを求めた直後、1人の屍人がドアを蹴破って入って来たのだった。

机の影に隠れながら、隙をついてなんとか脱出し、二階まで走って来たのだが…逃げる際に足音を聞かれてしまったらしい。

屍人はゆっくりと、優希のいる図書室へ向かって来ていた。

優希は視界ジャックを使ってその様子を視ている。

優希(いざとなれば、またさっきみたいに隙をついて逃げる。視界ジャックさえあれば大丈夫だじぇ……)

その言葉とは裏腹に、身体は恐怖で震える。

一度捕まってしまえば、それで終わりなのだ。

優希(……来た)

ガラリ、と屍人が図書室の扉を開けた。

優希は本棚の影に隠れながら、ごくりと唾を飲み込んだ。

緊張で汗が吹き出る。自分の心臓の鼓動が、やけにうるさく感じられる。

屍人はゆっくりと奥の方の本棚へと向かい、覗き込んだ。

優希は器用にそれと入れ違いになるように飛び出し、一気に出口へと駆け出した!

一歩一歩がまるでスローモーションのように感じられる。図書室の出口まで、あと3歩。だが、

優希「じぇっ!?」

屍人は予想以上の速度で反応し、優希の服の裾を掴んだ!

駆け出した勢いのまま優希はつんのめり、そのまま床に引き倒されてしまう。

優希「がっ!」

口の中に血の味が広がった。だが、それに意識を向ける暇すら無く、屍人が馬乗りになってくる。

屍人「ウボアアアアアァアァァァァ!」

屍人が奇声を上げる。それはまさに、勝利の雄叫び。

そのまま屍人は、優希の首に手を掛けようとする。

優希「くっ…!」

優希は必死で抗い、その手を押しとどめようとした。

だが、力で敵うはずもなく、無情にもその手はゆっくりと優希の首に掛かる。

そして、万力のような力でそのか細い首を締め上げる。

優希(京太郎…助けてっ…!)

だが、わかっている。京太郎は、自分が今ここにいることを知らないのだ。

校内中を虱潰しに探していたのでは、とても間に合わないだろう。

苦しみの中で、優希は死を覚悟した。けれど、

京太郎「優希を…離せええええぇぇぇェッ!」

図書室に突如飛び込んで来た京太郎が、バールので屍人の側頭部を思い切りぶん殴り、吹き飛ばした!

綺麗に降り抜かれたそれは、一撃で屍人の頭蓋を砕き、絶命させた。

…といっても、それも一時のことでしかないのだが。

京太郎「優希ッ! 無事か!?」

優希「ゲホッ、ゴホゴホ……た、助かったじぇ……」

京太郎「良かった……本当に良かった…!」

安堵のあまり、京太郎の目に涙が滲む。

そのまま膝をつき、優希をきつく抱きしめた。

優希「怖かったじぇ…! 死ぬかと思ったじぇ…!」

優希も涙を流していた。

京太郎「ごめんな、もっと早く来られなくて……もう大丈夫だから」

…そのまま、どのくらいそうしていただろうか。やがて優希も落ち着いてきた。

優希「…そういえば、どうしてここが分かったんだじぇ?」

京太郎「ああ、…何か、視えたんだよ。図書室にいる、お前の視界がさ。そんで、急いで駆けつけたって訳だ」

優希「じぇ!? 京太郎も、視界ジャックを? 何でだじぇ!?」

京太郎「あー、やっぱこれが、視界ジャックなのかな。まあ、あれだ。ヒロインのピンチに、ヒーローが能力を覚醒させて駆けつけるってやつだろ」

優希「むー、納得行かないじぇ……」

京太郎「とにかく、もうこんな所にいる必要はねぇ。さっさと脱出するぞ」

優希「え……染谷先輩は?」

京太郎「…………」

京太郎は答えに窮する。まこのあんな姿を、どうやって伝えれば良いのかわからなかったから。

だが、その沈黙が何よりも確かな答えとなってしまっていた。

優希「…そっか。なら、早く行くじぇ」

京太郎「…お前だけは、何があっても俺が絶対守ってやるから」

優希「…………。頼りにしてるじぇ」

そして2人は、再び職員室を訪れた。

京太郎が窓を塞ぐ板を壊すのに苦心している間、優希は職員室の掲示板に貼ってあった写真を眺めていた。

それは、学校の皆で遠足に行った時の集合写真。

自分達麻雀部のメンバーも写っている。京太郎、優希、まこ、和、久。

優希(もう、この全員で集まれることは……)

涙が溢れそうになるのを、慌てて堪えた。

その時、バキッと大きな音がして、窓に張られていた板が剥がされた。

京太郎「よし、これなら出られるだろ。…行くぞ、優希」

優希「ラジャーだじぇ!!」

暗い気持ちを振り払うように、わざと明るく言う。

そうだ。希望を失ってはいけない。和も久も、きっと無事だ。

そう祈りながら、2人は学校を後にした。

その先に、どんな絶望が待っているかも知らずに。


―終了条件達成―

上埜久 初日/3時 蛇ノ首谷/折臥ノ森

終了条件:蛇ノ首谷からの脱出。


土の冷たさを感じて、久は目を覚ました。

久「っ…何で私、こんなとこで……」

頭を押さえつつ立ち上がり、白衣についた土を払う。段々と意識がはっきりしてきた。

すぐそばに懐中電灯が落ちている。拾い、明かりを灯した。

久「っっ!? …これは……」

驚愕する。久が倒れていた場所のすぐ近く、土の地面に大きな穴がぽっかりと口をあけていた。

それはまるで、掘られたというよりは……地面に埋められていた何かが這い出してきたかのような、不気味な穴だった。

久「どうして……そんな、まさか……」

…考えていても仕方がない。とにかく一旦帰ろうと、久は歩き出した。

久(車を停めておいた場所は、そんなに遠くなかったはず)

自分の車を目指して、久は細い坂道を下って行く。

予想通り、すぐに車まで辿り着くことは出来た。

だが、車の様子は予想とは大きく外れていた。

久「ちょっと…何よ、これ…!」

久の愛車は、半分以上が土砂に埋まってしまっていた。

久(そっか…確か、気絶する前に地震があったんだっけ……)

恐らく、その地震で崖崩れが起きたのだろう。

久(まったく、崖のそばなんかに停めるんじゃなかったわ。つくづくついてないわねー)

それに、地震の直後に響いたあのサイレンの音も気になる。嫌な予感がした。

久(これはさすがに掘り出せそうにないし…歩いて帰るしかない、か)

うんざりしつつも歩き出そうとする。

久(しかし何なのかしらね、この赤い雨は)

目覚めてからずっと、赤い雨がしとしとと降り続いている。

今は小降りだからいいが、雨脚が強まってきたら面倒だ。それに何より、不気味すぎる。

と、不意にその足が止まる。向こうから近付いて来る人影が見えた。

久「あ、あのー すいませ、っ!?」

話しかけようとして、言葉が不自然に途切れた。その人物の様子が、明らかにおかしかったから。

屍人「グオオォオォォッッ!!」

久「ちょっ、何!?」

屍人が突然、鎌を振りかざして襲いかかって来た。

久は何がなんだかわからず、けれど紙一重で攻撃を躱した。

のみならず、屍人に足払いをかけて転ばせる。

屍人「グオアッッ!?」

その隙に、踵を返して元来た道を駆け戻った。

見事な対処だったが、久は決して冷静だったわけではなかった。

むしろ、突如現れた異様な化け物に、ひどく混乱していた。

それでも咄嗟に身体が動いたのは、これまで潜って来た数々の修羅場、その経験が身体に染み付いていたおかげだった。

久「はぁ、はぁ……ここまでくれば大丈夫かしら」

岩影に隠れ、息を整える。

久(明らかに、人間じゃなかったわね、あれは。一体何なのかし、らッ!?)

ズキン、

と。久の脳裏に突然の頭痛と、それに伴ってあるビジョンが浮かんだ。

久「なっ…!」

さらなる事態に久は再び混乱しそうになる。けれど、久には思い当たる節があった。

深呼吸をして無理矢理気持ちを落ち着かせ、意識を集中させる。

久「っ!……やっぱりね」

予想通り。チャンネルを切り替えるようにいくつも映し出される、他人の視界。

教会の連中が“幻視”と呼び、優希が“視界ジャック”と呼んでいる力だった。

久(でも、何でこれが私に……)

この力は、原村家の中の、ごく限られた人間にしか使えないはず。

稀に優希のような一般の村人にも使える者が現れるが、それも先天的なものだったはずだ。

突然使えるようになったなど、聞いたことがない。

久(…ま、いいわ。考えても仕方ないし、使える物は使わせてもらう。実際かなり便利だしね)

手始めに先ほどの屍人の視界をジャックする。ゆっくりとこちらへ向かって来ていた。

ここには道が2本ある。久はもう一方の道を降りて、屍人と入れ違うように再び車へと戻って来た。

車のトランクを開け、使えそうな物を取り出す。ラチェットスパナと、発煙筒。武器と、陽動になるもの。

久(よし、これだけあれば充分!)

武器を手にしたことで、心に大分余裕が生まれた。

久(とりあえず、病院に帰るとして…橋を渡って行かなきゃね。どっちがいいかしら)

川の向こうへ渡る橋は、2つある。

すぐそばにある大きな橋と、坂を登った先にあるボロい吊り橋。

視界ジャックを使って確認すると、大きな橋の方には猟銃を持った屍人が。吊り橋の方には拳銃を持った屍人がいる。

久(げっ……さすがに銃を相手にするのは厳しいわね)

とりあえず、猟銃よりは拳銃の方がいくらかマシだろうと、吊り橋を目指すことにする。

途中、先ほどの屍人を視界ジャックを駆使して再びやり過ごした。

数分後、久は誰にも見つからないまま、吊り橋の手前まで来ることが出来た。

久(さて、どうしようかしら……)

拳銃を持った屍人は、吊り橋の真ん中に陣取っている。人が2人並べるかどうかの、細い吊り橋だ。

見つからずに行くことも、傍をすり抜けて行くことも不可能だ。

かといって、走り寄って殴りかかっても、その前に撃たれて終わりだろう。

久(…ん?)

その時、久の目にある物が留まった。

久(あれは…使えそうね)

そこにあったのは、廃材置き場だった。ドラム缶の中に廃材が詰め込まれている。

久は発煙筒に着火すると、それを廃材の中に突っ込んだ。モクモクと煙が上がる。

すぐさま近くの岩影に隠れる。そして、拳銃屍人の視界をジャックした。

久(よし、釣れた…!)

立ち昇る煙を不審に思ったのだろう、屍人はこちらへと向かって来ている。

そのまま屍人は、こちらに気付くこともなく、煙を上げる廃材へと近づき、中を覗き込んだ。

久はその後ろから音もなく近寄ると、手にしたスパナを屍人の後頭部に思い切り振り下ろした!

屍人「グオアッッ!?」

続けて2発、3発。反撃する間も与えず、屍人を殴りつける。

普通、人の形をしたものを殴る時は僅かでも躊躇するものだが、久はためらうことなく屍人を“殺した”。

久(さて、と…これで橋は安全ね)

眉一つ動かさず、久は歩を進める。

吊り橋を渡りながら、こんな状況になった原因について考えていた。

数日前。

久は、原村家からの使いとして、教会に一通の手紙を届けた。

その内容は、13年ぶりにある“儀式”を行うというものだった。

日付けは、今日。…いや、もう昨日か。

教会の連中が儀式場に集まる時間を見計らって、久はここに来たのだが……

…とにかく。あの儀式と、今のこの状況が関係していると見て、間違いないだろう。

久(それに、あの化け物…マナ教の伝承にあった、“屍人”にそっくりだわ)

と、そこまで考えたところで、吊り橋を渡り切り、選鉱所に辿り着いた。

この建物を通り抜ければ、粗戸方面への道なのだが……

久「そう、うまくはいかないか……」

視界ジャックで建物内を探ると、ちょうど出口の所に1人、猟銃を持った屍人がいた。

このまま押し通るのは危険だろう。

久(どうにか誘き出せないかしら……)

とりあえず、選鉱所内を探索することにする。

階段を登った先に、休憩所があった。

久(ここの電気をつければ……)

蛍光灯の紐をカチカチと引っ張ってみるが、何の反応も無かった。

ふと見ると、そばに小型の発電機が置いてある。停電などの非常用だろうか。

スイッチを押してみたが、これもまた何の反応も無かった。

久(何なのよ、もう……)

どうやら燃料のガソリンが無いらしい。

すぐそばにあるジェリ缶も、中身は無く空っぽだった。

久(ガソリン、か……)

車まで戻れば、ガソリンはある。給油口の部分は埋まっていなかったはずだ。

久(すごい面倒だけど……猟銃に突撃するよりはマシね)

方針は決まった。ガソリンを手に入れるため、久はジェリ缶を持って再び屍人の蔓延る森へと足を踏み出した。


**********


久(つ、疲れた……)

橋を渡り、森を進み、屍人を殴り倒し、車からガソリンを移し、再び森に入り、屍人を殴り倒し、橋を渡って選鉱所まで久は戻って来た。

久(もう1回行って来いって言われても絶対お断りよ……)

行きはまだしも、帰りは酷かった。

ガソリンのたっぷり詰まったジェリ缶を抱えて坂道を登るのが、こんなに辛いとは。

何度捨ててしまおうかと思ったことか。

久(それにあいつら、殺した筈なのにまた起き上がって来るし……)

おかげで何度も殴る羽目になった。

久(これで動かなかったら、承知しないわよ…!)

ガソリンを入れ、祈るように発電機のスイッチを入れる。すぐに機械音がして、選鉱所の明かりが灯った。

久(やった…!)

即座に視界ジャックする。猟銃屍人は明かりに気付き、奥の階段を登ってこちらに向かって来ている。

久は急いでもう一方の階段を降り、先程まで屍人が陣取っていた出口に向かった。

久(思ったより時間がかかったわね……このペースじゃ、病院に辿り着くまでどれだけかかるやら)

選鉱所を出た先は、粗戸方面へ向かう道。

目的地──久の実家たる上埜医院までは、まだまだ遠かった。


―終了条件達成―

東横桃子 初日/4時 多堀/廃屋

終了条件:廃屋からの脱出。


夜の冷気を感じて、桃子は目を覚ました。

桃子「ん……ここは…どこっすか…?」

硬い地面に手をつき、起き上がる。

見慣れない景色に、降り続く赤い雨。

桃子(そうっす……確か、夜中に散歩に出て、突然地震が起こって……)

そのまま気を失ってしまったのだ。最後の記憶は、不気味なサイレンの音……

桃子(でも…おかしいっす!)

気を失う直前までいた場所と、今自分がいる場所は明らかに違う。

さっきまで桃子は、何も無い砂利道を歩いていたはずなのだ。

けれど今目の前にあるのは、やけに古めかしい民家だった。

人の気配もない、荒れ果てた廃屋。

桃子(…気を失っている間に、誰かに移動させられた…?)

そんな馬鹿な。一体誰が、何のために…?

その時。


ズキン


桃子の頭に、鋭い痛みが走った。同時に、脳裏にあるビジョンが浮かぶ。

何者かが、薮の中を走っている。

しかも、それと連動するように桃子の後ろからガサガサという音が聞こえてきた。

ナニカが迫って来ている。

桃子「なな、なんっすか!?」

桃子は直感的に恐怖を感じ、頭痛を堪えながら咄嗟に目の前の廃屋の門を潜った。

混乱しながらも、家の中に逃げこもうとして……けれど、そうすることは出来なかった。

桃子「なっ…!」

廃屋の玄関扉は、板を打ち付けて厳重に封印されていた。

まるで、中の人間を決して外に出さず、閉じ込めるかのように……

桃子(ど、どこか他に入れる所は……)

焦燥感が募る。視線を巡らせるが、窓も全て雨戸が閉ざされている。

その時、視界の端に勝手口らしきドアが薄く開いているのが映った。

すぐさまそこに飛び込み、鍵を掛ける。

そうして、台所と思しき場所で、桃子はようやく一息つくことが出来た。

桃子「ふう……」

落ち着いて、冷静になって考えてみて初めて、自分の今の状況を把握する。

得体の知れない恐怖に襲われて、廃屋の中に逃げこんだ。だが、実際に何者かに襲われたわけではないのだ。

桃子(さっきは焦っちゃったっすけど……たぶん、気のせいっすよね)

思い、外に出ようとドアノブに手を掛ける。

だが、ふと先程のビジョンが気になった。

桃子(あれ、一体何だったんすかね……)

さっきの感覚を再現するように、目を閉じ、意識を集中させる。すると、


ザザッ


ノイズ音がして、やはり誰かの視界が映し出される。

桃子(これは……っ!!)

何故、こんな現象が起こるのか。今はそんなことは問題ではない。

だって……この人物が目にしているのは。向かって来ているのは。

自分がたった今入って来て、そして今まさに出ようとしている、このドアなのだから…!

桃子「……っ」

そっ、とドアの覗き穴を覗く。

勇気から出た行動ではない。見ないでいることに、耐えられなかっただけだ。

そこにいるのはただの人間だと、安心したかっただけだ。

けれどそれは叶わない。何故なら、そこにいるのは。

薄い扉一枚隔てた向こうに、今まさにいるのは。

桃子「ひっ……」

悲鳴が漏れかけ、慌てて口を押さえる。幸い気付かれはしなかったようだ。

しばらく扉を眺めた後、足音の主は段々と遠ざかっていった。

桃子(何だったんっすか、あれ……)

覗き穴から見えたモノ。明らかに、人ではあり得ない形相。

屍人だった。

もっとも、桃子はその名前を耳にしたことはなかったのだが。

桃子(怖いっす……加治木先輩……)

ここには居ない先輩を想う。

桃子(そうっす……先輩の所に行かなきゃ……こんな所にいる場合じゃないっす!)

その想いが、桃子の決意を固めた。一刻も早く、脱出しなければ。

桃子(とりあえず、周りの視界を探るっす…!)

視界ジャックで視る限り、近くにいる屍人は2人。

1人は先程の、ドアの前を通った屍人。今はこの家の周りをひたすらぐるぐる回っているようだ。

もう1人が、最初に潜った門の所にいる。

桃子(門の所のやつが持ってるのって…猟銃っすか!?)

この村には、猟師で生計を立てている者が少なくない。

それ故、桃子は猟銃を見たことがあった。そして、その威力も知っていた。

桃子(あんなもので撃たれたら、ひとたまりもないっす…!)

あいつがいる限り、門から出ることは出来ない。

自分の能力なら見つからないかもしれないが、万が一見つかれば一巻の終わりだ。

他の出口を探すべきだろう。

桃子(とりあえず……家の周りを回ってるやつの後をつけながら、探索してみるっす)

視界ジャックして隙をうかがう。

やがて、屍人はまたこのドアの前を通っていった。

桃子(そろそろいいっすかね……)

勝手口のドアをそろりと開け、桃子は外に出た。足早に屍人を追いかける。

それなりに近くまで行ってみるが、ちゃんと気付かれなかった。

桃子(どうやら化け物相手でもステルスは有効みたいっすね……これなら、ステルスモモの独壇場っすよ!)

まあ、流石に怖いので目の前に出ていったりはしないが。

その時、桃子の目にある物が留まった。

玄関の脇にある犬小屋、その中に凧糸が落ちていた。

桃子(…何かの役に立つかもしれないし、一応貰っておくっす)

それを拾ってポケットに入れる。そしてまた屍人を追いかけた。

桃子(しかしこの家……ぐるっと塀に囲まれてて……もしかして)

案の定、元の場所まで一周して来ても、他に出口らしきものは見当たらなかった。

やはり、脱出するには正面の門を突破するしかない。

桃子(ちょっと覗くくらいなら…バレないっすよね)

門から少しだけ顔を出して、様子をうかがってみた。だが、

桃子(無理無理! あれは無理っす!!)

すぐに顔を引っ込める。

門の向こうは緩やかな階段になっていて、人1人がやっと通れるくらいの狭さだった。

そこに猟銃を持った屍人が、じっとこちらを睨みつけて立っている。

桃子(流石にステルスでも触れたらバレちゃうっすよ……)

どうにかして、狙撃手を誘き出すしかない。だが、どうすれば……

とりあえず、再び勝手口から入って台所に隠れた。

桃子(そういえば、家の中は見てなかったっすね)

奥の引き戸を開けようとしたが、ガチャリと固い手応えがした。

向こう側から鍵が掛けられているらしい。

桃子(仕方ない、台所の中だけで使える物を探すしかないっす)

辺りを見回す。

桃子(何か、大きな音を出す物……しかも、目覚まし時計みたいに時間差で音をたてる物……)

音が出るまでに自分が隠れる時間がなければ意味が無い。見つかってしまうだけだ。

行き詰まりかけたその時、

桃子(閃いたっす! これをこうして、こうすれば……)

大きな戸棚の上に、小さな食器棚が置かれている。少し不安定で、引っ張ったら落ちそうだった。

その脚に、さっき拾った凧糸を結びつける。そして、凧糸のもう一方の端を換気扇に結びつけた。

桃子(後は…スイッチオン!)

換気扇が廻り出し、凧糸が巻き取られていく。

急いで勝手口を出て、近くにあるドラム缶の陰に隠れた。

やがて糸が全て巻き取られ…引っ張られた食器棚が、ガシャアアアンと大きな音を立てて落下した。

桃子(よし! 計画通りっす!)

すぐに猟銃屍人が音に気付いてこちらにやって来る。そして、台所の中に入っていった。

その間に桃子は悠々と門を抜ける。

桃子(先輩……どうか無事でいてくださいっす……)

祈りながら、桃子は想い人を求めて走り出した。


―終了条件達成―

福路美穂子 初日/5時 大字粗戸/眞魚川岸辺

終了条件:刈割への道へ到達。


美穂子は川辺を歩いていた。

美穂子「小鍛治さん……皆さん……一体どこに……んっ!」

突然頭痛が走り、ノイズと共にビジョンが頭の中に浮かぶ。

美穂子(これは……幻視!? そんなまさか……どうして私に……)

幻視──原村家の中の、ごく限られた者しか使うことの出来ないはずの神秘の力。

それを何故、自分などが使えるのか。

疑問はそれだけではない。

数時間前……美穂子はマナ教の求道師として、とても、とても大事な儀式を執り行っていた。神に花嫁を捧げる儀式を。

けれどその直後に地震が起き、サイレンが響き渡って……気を失ってしまった。

目覚めた時には、見覚えのない土地にたった1人でいたのだ。

そして、ここに来るまでに目にしたモノ……伝承に伝わる、“屍人”に酷似している化け物達。降り続く赤い雨。

美穂子(一体…何が起こっているのかしら……)

わからないことだらけで、ただただ不安だった。

美穂子(上埜さんが居てくれれば……)

思わず浮かぶ弱気な考えを、頭を振って振り払う。

美穂子「駄目よ、私は求道師なんだから。皆を探して、助けなくちゃ……」

自分に言い聞かせるように呟いた。

美穂子(とにかく、教会へ……小鍛治さん達もそこにいるかもしれないわ)

なんとか決意を振り絞って、歩き出す。

幻視の力を使って確認すると、やはりこの辺りにも数人の屍人がいた。

どうにか見つからないように切り抜けて行きたい。

奇しくもそこは、3時間前に健夜と咲が出会った場所だった。

美穂子がもっと早く来ていれば、巡り会うことが出来たかもしれないのだが。

階段を登り、屍人の目をかいくぐって食堂まで走り抜ける。

食堂脇の路地から裏に回った時、食堂の裏口が薄く開いていることに気付いた。

美穂子「……?」

なんとなく気になって、中に入ってみる。

美穂子(ここは……キッチンかしら)

棚の上に、新聞が置かれていた。手に取ってみる。次の瞬間、

美穂子「なっ……これは……!?」

美穂子の顔が驚愕に染まった。そこに書かれていた日付は……13年前のものだった。

…13年前。それは、美穂子にとって大きな意味を持つ。

美穂子(前の儀式があった日。土砂災害が起こった日。私の両親が死んだ日。そして…私と妹が、家族ではなくなった日)

あの日以来、自分達双子の姉妹は別々の家に引き取られ、それぞれ“福路”と“上埜”になった。

美穂子(上埜さん……)

今ではお互い名字で呼び合うほどに、関係は冷め切ってしまっている。

美穂子(駄目だわ、今はそんなこと考えている場合じゃない……早く皆を見つけなくちゃ)

美穂子は、自らの纏う求道服の袖をぎゅっと握った。

その服は、教会の長たる求道師の証。

村人達を救う求道師としての責任を思い出し、自らを奮い立たせる。

けれど、心の奥底にある不安感は決して拭うことが出来なかった。

嫌な予感がする。急がないと手遅れになるような。あるいはもう既になっているような……

そして美穂子は食堂を後にし、咲達が通ったのと同じ道を辿って教会へと向かった。


―終了条件達成―

宮永咲 初日/7時 刈割/不入谷教会


咲と健夜の姿は教会にあった。

大字粗戸を抜けた後……2人は教会に無事辿り着くことが出来たものの、他には誰もいなかった。

咲「夢じゃ、ないんですよね……これからどうするんですか?」

健夜「少なくとも、求道師様が戻られるまではここで待つつもりだよ。信者の方達も来るかもしれないし」

咲「…求道師様? そういえばここ、教会って……でも、私の知ってる教会とずいぶん違いますね」

健夜「ああ、外の人に教会って言ったら、やっぱりキリスト教だよね。…ここは、マナ教の教会だよ」

咲「マナ教?…すみません、聞いたことないです」

申し訳なさそうに言う咲に、健夜は苦笑する。

健夜「この村にだけ、古くから伝わる宗教だからね。無理ないよ」

健夜は胸の前で手を組み、祈りを捧げる仕草をした。

健夜「奇妙に見えるかもしれないけど、これが私達の信仰なんだ」

咲「はあ…」

正直なところ、咲にはいまいちピンとこない話だった。それよりも、聞きたいことは山ほどある。

咲「じゃああの、幻視って何なんですか?」

健夜「うーん……実は、私達にもよくは分かってないってのが現状なんだ。ただ、昔からこの村には、時々この力を使える人間が現れる。殆どは、原村家の人だけど」

咲「そんな力が、何で私に……」

健夜「…たぶん、赤い水の影響だと思う。あれは、ただ単に傷を癒すだけの物じゃないんだよ」

咲「じゃあ、

「嫌ぁぁあああっっ!!」

咲の言葉を遮るように、外から突然悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴にただならぬものを感じて、

咲「私、見てきます!」

健夜「1人じゃ危ないよ!?」

咲「すぐ戻りますから! 小鍛治さんはここで待っててください!」

言うが早いか、咲は教会を飛び出していった。

咲(嫌な予感がする……早く、早く行かないと手遅れになるような……)

後には、健夜がたった1人残された。


**********


それから30分後。咲は未だ戻っていなかった。

健夜(遅いなぁ…やっぱり私もついていくべきだったよ)

所在なく、信者名簿を眺める。

健夜(皆無事かなぁ……あれ? この落書き……)

その時、入口の方からバタバタと慌ただしい足音が2人分、聞こえてきた。

健夜(帰って来た!)

しかし予想に反し、足音の主は咲ではなかった。

貴子「池田ァ! 池田ァァ!!」

美春「小鍛治さん! 華菜ちゃん来てませんか!?」

入って来たのは、教会の信者の2人だった。

健夜「池田さん、一緒じゃないんですか!?」

宮永咲 初日/7時 刈割/切通

終了条件:原村和と田堀集落への道へ到達。


和「はぁ、はぁ……」

ピンクの髪を揺らしながら、和は息を切らせて走っていた。その後ろを、

屍人「グオオォオオォォオオオッッ!」

1人の屍人が雄叫びを上げて追いかけていく。

和(しつこい…っ)

さっきからずっと、追われては逃げを繰り返している。

一旦撒いたと思っても、またすぐ別の屍人に見つかってしまう。

もはや体力の限界だった。

和「きゃっ!」

疲れのせいか、木の根に躓いて転んでしまう。それはこの状況では、致命的だった。

和(しまっ…!)

屍人「ウゴアァァアアアアアア!!」

屍人が歓喜の雄叫びを上げ、和に覆い被さろうとする。

絶体絶命かと思われたその時、

咲「危ない!」

横合いから1人の少女が飛び出してきて、屍人にタックルをかました。

屍人「グオアッッ!?」

予想外の一撃により、屍人は地面に倒れた。

咲「立てる!?」

咲が和に、手を差し伸べる。

一瞬の逡巡の後、和はその手を取って立ち上がった。

咲「走るよ!!」

少女達は、手を繋いで走り出した。

どれほど走っただろうか。体力の限界を迎え、2人は地面にへたり込んだ。

咲「ハァ、ハァ……追いかけてきて、ないよね…?」

和「はい、大丈夫、だと、思います。…あの、ありがとうございました、助けていただいて」

咲「いいよ、気にしないで……あなた、名前は?」

言いながら咲は、目の前の相手が昨日見かけた少女であることにようやく気付いた。

和「…原村、和です」

咲「和ちゃんか。私は宮永咲。咲って呼んで」

少しだけ咲を観察した後、和は尋ねた。

和「咲さん…は、この村の人じゃありませんよね」

咲「うん、お姉ちゃん達と旅行に来て…はぐれちゃったんだけど」

和「それでこの異変に巻き込まれたんですか……」

咲「お姉ちゃん達を探しに行きたいんだけど……ここも危ないし、とりあえず、一緒に教会に戻ろう?」

教会。その単語を聞いたとたん、和の顔色が一変した。

和「教会っ!? 咲さん、教会から来たんですか!?」

咲「う、うん……小鍛治さんって人に助けて貰って……和ちゃん、どうしたの?」

和のあまりの剣幕に、咲は気圧される。

和もそれに気付いたようで、冷静さを取り戻した。

和「いえ、すみません……ですが、教会は駄目です。別の所に行きましょう」

咲「え……でも、小鍛治さんを待たせちゃってるし……早く戻らないと」

和「咲さん。…お願いします」

咲「…理由は?」

和「ごめんなさい、言えません。今は、まだ」

そう言って、和は目を伏せる。

咲「そう。…わかった。別の安全な場所を探そう」

和「信じて、くれるんですか?」

和は驚いた。自分でも、無茶苦茶なことを言っていると思っていたから。

咲「なんとなくだけどね。和ちゃんは私を騙そうとしてるわけじゃないって、そう思うんだ」

そう言って、咲は和の瞳を見ながら微笑んだ。

和「咲さん……ありがとうございます」

咲「どっちにしろ、急いだ方がいいよね。また見つかったら厄介だし」

和「ええ……行きましょう」

そうして、2人の少女は歩き出した。

だがその時、

衣「ノノカ! こんな所に居たのか、探したぞ!」

突然、後ろから声がかけられた。

和「…っ!」

名前を呼ばれた和が、冷水を浴びせられたようにビクッと震える。

衣「お前が居なければ続きを始められないからな」

尊大な態度の小柄な少女が、2人に歩み寄ってきた。

咲「……誰?」

その問いを少女──衣は無視して、

衣「ふん。あっち側に行くのも時間の問題か」

咲を見て、小馬鹿にしたように鼻で笑う。

咲「あっち側?」

衣「義妹が世話になったようだな…… 一応礼を言っておくぞ」

咲「いもうと…って、和ちゃんのこと? どう見てもあなたの方が年下……」

衣「なっ!? 衣は子供じゃない、馬鹿にす

和「はあっ!」ドカッ

唐突に、鈍い音がする。

和の手にはいつの間にか、その辺りに落ちていた角材が握られていて……それで衣の頭を思いきり殴りつけたのだった。

衣「ふぎゅっ……」

衣は地面に倒れ伏し、気絶してしまった。

和「咲さん早く! 行きますよ!」

角材を放り捨て、和が叫ぶ。

咲「えっでも……」

倒れた衣をちらりと一瞥する。

和「いいから!」

咲(ほ、本当にいいのかな…?)

2人はまた駆け出した。


**********


咲「あれ、ここ通れなくなってる……」

数分後、2人は鉄柵に辿り着いていた。

ここへ来る時には普通に開いていた鉄柵。だが今、なぜかそれは閉じられ、錠前がかけられていた。

和「本当ですね。…でもこの錠前、随分と古い物ですよ。錆び切ってボロボロです。壊せるかもしれません」

咲「大きい石とか、ないかな……」

キョロキョロと辺りを見回す。

すると、少し離れた所に煙が立っているのが見えた。

咲「なんだろ、あれ」

なんとなく近づいてみる。

そこには焚き火の跡が燻っていた。そしてそのそばには、鉄製の火掻き棒が突き立っている。

咲「これ、使えるんじゃないかな?」

和「武器としても使えそうですね」

試しに振ってみる。細いが頑丈で扱い易く、武器として申し分ない。

さっそく鉄柵の所まで戻り、錠前の破壊を試みる。

3回殴打したところで、錠前はバキッと音を立てて壊れた。鉄柵がギイッと開く。

咲「やった!」

和「咲さん、前!」

言われてハッとする。音を聞きつけたのだろうか、屍人が1人、こちらに向かって来ていた。

咲「今なら……」

今まで逃げることしか出来なかった屍人を、倒せるかもしれない。

火掻き棒を握る手に力がこもる。緊張でじっとりと汗をかいていた。

咲「先手必勝っ!」

疾走し、屍人との距離を詰める。

屍人「グオアッ!?」

立ち向かって来ることは予想外だったのか、屍人は驚きの声を上げた。

咲はその隙を逃さず、火掻き棒の一撃を叩き込んだ!

咲「やあっ!!」

ガスッ、と鈍い音がして、火掻き棒が屍人の肩に命中する。屍人は怯み、よろめいた。すかさずさらに殴打する。

屍人「グオッ、グアアァァアアア!!」

何度目かの打撃の後、屍人は断末魔の悲鳴を上げ、倒れ込んだ。

咲「はぁ、はぁ……や、やった……」

和「咲さん!」

和が駆け寄ってくる。

咲「和ちゃん……私、やったよ……」

一気に気が抜けて、咲はへたり込んでしまった。

和「もう、無茶しないでください!」

咲「えへへ、ごめんね」

和「立てますか?」

咲「あ、うん。大丈夫」

和「では、早く行きましょう。こいつら、殺してもしばらくしたら復活しますから」

咲「そ、そうなんだ」

そう言えば、あの警官も車で轢いたのに起き上がってきた。急いだ方がいいだろう。

そうして2人は歩き出した。

階段を登り、小さな橋を渡って、教会へと続く道まで来た時。

咲「あれ? また錠前だ……」

見れば、そこにある門は閉じられ、錠前が掛けられている。

しかも、先程の鉄柵に掛けてあったものよりもずっと立派で頑丈そうだ。

教会へは行かないのだから関係ないとはいえ、不気味だった。

まるで、何者も教会に近寄らせないという意志が働いているようで……

さらに進み、灯籠の前に差し掛かった時、

和「待ってください」

和が咲を制した。

咲「どうしたの?」

和「向こうに、猟銃を持った屍人がいます。それ以外にも2人。」

咲「猟銃!? …さ、流石にそれは倒せないね…」

和「ええ、戦わない方がいいでしょう。幸い、ずっとこちらを見ている訳ではありません。あっちを向いた隙に走り抜けましょう」

咲「…やっぱり、和ちゃんも幻視が使えるんだね」

和「……はい。私は視界ジャックと呼んでいますが。友人が、『その方がかっこいいから』と言うので」

そう言った和の表情が曇る。

きっとその友達のことを心配しているのだろうと、咲は想像した。

咲「わかった。私は周りの屍人を見てるから、和ちゃんは猟銃があっちを向いたら合図して」

和「了解しました」

そう言うと和は目を閉じ、視界ジャックに集中した。

咲も視界ジャックと目視の両方で、周囲の屍人の位置を探る。

やがて、

和「今です!」

小さく言い放つと同時に、和は走り出した。咲もすぐに後に続く。

屍人達の蔓延るこの村でも、2人でいればなんとかなる──今はそう思えた。


―終了条件達成―

上埜久 初日/7時 大字粗戸/バス停留所付近

終了条件:東横桃子と川の上流への到達。


バス停の近くに、久は立っていた。

久(ここを抜ければ病院はもうすぐだってのに、まったく……)

視界ジャックで視る限り、行く手には6人もの屍人がいる。

しかもその中には、拳銃や猟銃を持つ者までいた。

久(ここを突破するのはちょっと面倒そうね……)

けれど、ここまで来て引き返すわけにもいかない。行くしかなかった。

久(さて、じゃあ行きますか)

気を取り直したその時、

「…生徒会長さん?」

後ろから突然声がかけられ、久はバッと振り向いた。

油断していたつもりはない。

けれど、その声はかなりの至近距離から聞こえた。なのに気配に全く気付かなかった。そして、

久「……?」

背後には、誰もいなかった。確かに声がしたはずなのに……

桃子「こっちっすよ、こっち」

久「うわっ!」

驚いて声を上げてしまった。久の目には、彼女が突然そこに現れたように見えたのだ。

だが、彼女…桃子の性質を鑑みれば、無理もないことだった。

桃子「…お久しぶりっす」

久「東横さん……そうね、久しぶり」

桃子「先輩は……加治木先輩は一緒じゃないんっすか?」

桃子が一番の関心事を尋ねる。

久「私もゆみを探してたのよ。とりあえず、一緒に病院に行きましょう?」

桃子「……わかったっす」

加治木ゆみは、桃子が想いを寄せる相手であり…そして、久の恋人でもあった。

それ故この2人の関係は、とても複雑なものなのだった。

久「まずはあそこにいる2人を殺してくるから、あなたはここで待ってて」

桃子「殺っ…!? ず、ずいぶん物騒っすね…」

久「あら、そんな甘いこと言ってたんじゃ、この先生き残れないわよ…?」

驚く桃子をからかうように、久はそう言った。

久「屍人になった相手には、容赦しちゃだめ。例え、元が誰であろうとね」

桃子「それは……」

桃子は続く言葉を言うことが出来なかった。

それは、例えゆみであっても殺す、ということだろうか……

久「ま、どうせすぐに復活するんだけどね。じゃ、行ってくるわ」

あまりにも気軽に言うと、久はさっさと歩き出してしまった。

その先には屍人が2人、どちらも背を向けている。

ただし、片方の手には拳銃が握られていた。

久は近くにいる素手の方の屍人に音も無く近寄ると、その頭目掛けてスパナを思い切り振り下ろした。

屍人「ガッ!?」

すぐに拳銃を持っている方が気付き、構えるが、

久「遅いわよ」

久は殴った屍人をさらに蹴り飛ばし、拳銃屍人にぶつけた。

結果、2人とももんどり打って倒れる。

後はスパナを振り下ろすだけの簡単な作業だった。

久「もうこっち来ていいわよー」

桃子に呼び掛ける。

桃子(すごいっす……あっという間に、2人もやっつけちゃったっす)

よく見ると、久の着ている白衣はところどころ血で汚れていた。おそらくその全てが返り血なのだろう。

桃子「つ、強いっすね……」

久「ん、まぁ……慣れてるから」

こんなことに慣れているとは、一体どういうことなのだろうか。桃子は訝しげな表情を浮かべた。

久「さ、こっちよ」

桃子「…裏道? 何で真っ直ぐ行かないんっすか?」

久「そっちはスナイパーが見張ってるから。回り込んで殺しにいくわ」

桃子は慌てて視界ジャックを使い、確認した。確かに、猟銃を持った屍人が辺りを見回している。

桃子「本当っすね……危ない危ない」

久「あら…あなたも視界ジャックが使えるの?」

桃子「視界ジャック、って言うんっすか? 目が覚めたら使えるようになってたんっすけど……」

久「ふうん……私と同じ、か。どういうことかしらね、っと…ちょっと待って」

久が唐突に話を打ち切る。見据える先には、しゃがんで草を刈っている屍人がいた。

久は気付かれないようにそっと忍び寄り、先程と同じようにスパナで殴りつけた。

一発では殺し切れず、二発、三発と続けて殴り、とどめを刺す。

久「やっぱりこれじゃ威力不足かしらね…」

桃子(どんだけクレイジーなんっすか、この人…)

そのまま2人で歩き、食堂の横まで来た時、久は再び桃子を制した。

桃子も無言でそれに従う。

久の見据える先、道の向こう側には、釘を打つ屍人がいた。作業に夢中で、こちらには目もくれない。

チャンスと見て、久はすかさず忍び寄っていく。

だがその時、久の目にあるものが留まった。

久「これは…使えそうね」

食堂脇のゴミ箱に無造作に捨てられていたそれは、“ネイルハンマー”だった。殺傷力ならばスパナよりも上だろう。

より強い凶器へと持ち替え、久は屍人の背後ににじり寄る。

構え、振り下ろされたハンマーは、一撃で屍人の頭蓋を叩き割った。

久「この威力…さすがだわ」

さらなる返り血でその身を染め、久は薄く微笑む。その眼差しは、静かな狂気を孕んでいた。

残る屍人は、物置小屋の屋根の上に立っている狙撃手だけ。

久はその場で視界ジャックを使い、狙撃手の視界を視た。

狙撃手は食堂、物見櫓、川の3方向を順に見回すという行動を、一定周期で繰り返している。

久はタイミングを測り、狙撃手が川の方を向いた瞬間、一気に近付いた。

ドラム缶を足場にして、小屋によじ登る。狙撃手はまだ気付いていない。

ようやく気配に気付いて振り向こうとした時には、

久「残念」

久にハンマーで殴られ、地面に倒れ伏していた。そのまま、丸まって動かなくなる。

桃子「猟銃相手に接近戦なんて、ずいぶん無茶するんっすね」

いつの間にか小屋の下に来ていた桃子が、声を掛けてきた。

久「こいつら鈍いから、楽勝よ。後ろから忍びよれば余裕で殴り殺せるわ。…さすがに正面から近づくのは無謀だけどね」

小屋から飛び降りる。

桃子「……怖くないんっすか?」

久「恐怖なんて、とっくの昔にどっかに置き忘れてきちゃったわよ」

そう言って、久は自嘲気味に笑う。

桃子(この人についていって、大丈夫っすかね……)

桃子は久のその姿に、言い知れぬ不安を覚えた。

だが、こんな状況では頼りになるのも事実だった。

久「さ、行くわよ。病院はもうすぐだから」

川に沿って進めば、その先に病院がある。全てはそこについてからだ。


―終了条件達成―

弘世菫 初日/8時 合石岳/三隅林道

終了条件:道祖神の道へ到達。


菫は持ち前の勘の鋭さから、異変を敏感に感じ取っていた。

菫「空気が……騒がしいな……」

あの地震とサイレンの後から、村の空気が明らかに変わった。

まるで、突然別の場所……いや、別の世界に飛ばされて来てしまったかのように。

菫(とにかく、何が起こっているのか確かめなければ)

そうして菫は猟銃を担ぎ直し、歩き出した。辿り着いた先は、薄暗い坑道。

トロッコのレールが敷かれた狭い坑道は、この村でずっと暮らしてきた菫にも見覚えのない場所だった。

レールの上をしばらく歩いていくと、やがて出口の光が見えてきた。

暗がりから明るみへと踏み出した次の瞬間、

菫「!」

菫は咄嗟に後ろに飛び退いた。

直後、一瞬前まで菫の頭があった位置を弾丸が貫き、壁を穿った。

菫「なっ…! 狙撃、された!?」

さらに後ろに下がり、暗がりへと身を潜める。

視界ジャック──菫が生来所持している謎の能力。

その能力で今、遠くの建物の屋根から猟銃でこちらを狙う何者かの視界を捉えた。

そうでなければ…あるいは一瞬でも反応が遅ければ、確実に死んでいただろう。

それを理解して、菫の頬を冷や汗が伝った。

菫「ふっ…面白い。シャープシューターと呼ばれたこの私を狙撃しようとはな。…返り討ちにしてやる」

視界ジャックを使い、先程の狙撃手の視界を探す。だがその過程で、

菫(何だ? こいつら……)

複数の視界を捉えた。そこに映る者達の風貌は、明らかに人間のそれではない。

菫(化け物…か。なら、撃っても問題ないな)

この異常な事態も、菫にとってはその程度の事でしかなかった。

菫(…見つけた)

やがて、猟銃を手にした者の視界を発見した。

狙撃手の視界を観察する。

しばらくはこちらをうかがっていたが、その後警戒を解いて辺りを見回し始めた。

その視線が菫のいる方とは反対側へ向けられた時、

菫(…今だ!)

素早く移動し、銃を構え、狙いをつけ、撃った。

それらはまるで、一つの動作であるかのように淀み無く。放たれた弾丸は寸分の狂いもなく、屍人の心臓を撃ち抜いた。

すぐさま視界ジャックを使い確認する。

菫(命中はしたが…倒れ方がどうにも不自然だ。一応、注意しておいた方がいいな)

坑道を抜けた先は、鉱山事務所の2階に通じていた。

下を覗くと、屍人が2人徘徊している。

菫「……」

菫は無言で銃を構え、撃った。1発、2発。それで終わりだった。

事務所の階段を降り、1階から外に出る。

そして今しがた撃ち殺した屍人に近寄り、観察する。

菫「なっ…!?」

菫の放った弾丸は、屍人の頭を撃ち抜いて風穴を開けた。

だが…その穴が、しゅうしゅうと湯気を立てながら少しずつ塞がっていく。

菫「再生…している、だと!?」

菫(不自然な倒れ方……それに土下座をするように丸まったこの格好……なるほど、傷を負うとそれ以上のダメージを防ぎつつ回復するというわけか)

試しに屍人を思い切り踏みつけてみるが、異様に硬く、岩でも踏んでいるような感触だった。

次に少し離れ、猟銃で倒れた屍人を撃った。だが、

バチン!!

弾丸は屍人に当たって跳ね返り、あらぬ方向へ飛んでいった。

菫(これでも駄目か……どうしようもないな)

菫は屍人に止めを刺すことを諦め、さっさと移動することにした。

菫(こっちへ行けばおそらく病院の方だが……)

視界ジャックを使い、辺りを探る。すると、道の先に別の狙撃手が立っていた。

菫(さて、どうするか……)

一本道で隠れるところも無いので、撃ち合いになると危険だ。

先程の狙撃手も狙いはかなり正確だったし、危ない橋を渡るべきではないだろう。

ならばさっきのように隙をつくしかないが、のんびりしていると先に撃った3人が起き上がってくるかもしれない。

菫「別の道を探すか……」

菫は踵を返して事務所に戻った。

階段を上がると、その脇にはさらに上へと続く階段があり、その向こうは道だった。

だが、階段を登り切った所には鉄柵があり、錠前が掛けられている。

菫(ふん……)

菫は意に介することもなく、少し離れると、猟銃で狙いをつけ、

菫「シャープシュート!!」

撃った。

弾丸は狙い違わず錠前に命中し、錠前は音を立てて弾け飛んだ。

菫(しかしこの状況……まさか、あの女が……)

ギギ、と鉄柵が開く。菫はそこを抜けると、さらに奥へと進んで行った。


―終了条件達成―

上埜久 初日/10時 上埜医院/第一病棟診察室


久「どうなってんのかしらね、本当にこれ……」

桃子と2人でようやく病院に辿り着いたと思ったら……そこは、久の見知った病院とは全く違っていた。

建てられてから何十年も経っているであろう、老朽化の進んだ建物。

上埜医院はせいぜい築十数年といったところなのに。

何が起こっているのかはわからないが、とりあえず中に入ることにした。

診察室と思われる場所で、手掛かりを探す。

久「ん……これは……」

机の引き出しを開けると、ある物が目に留まった。

久「このカルテ……日付けが、13年前…?」

それを見て、久はある事を思い出した。

13年前……大規模な土砂災害がこの羽生蛇村を襲った。

上埜医院はその少し前に、新しい病棟を建てていた。そして、旧病棟は使われなくなっていた。

幸いにも、土砂に飲み込まれたのはその旧病棟だけだったのだ。

久「もしかして、ここって…13年前に消えた、旧病棟…?」

いや、それどころか。突然現れた見慣れぬ土地全てが、13年前に消えた土地なのかもしれない。

久「…………」

13年前──その単語は、久にとって苦い記憶でしかない。

あの土砂災害で両親を喪い。たった1人の双子の姉は、あの日以来、憎しみの対象へと変わった。

理不尽な怒りだということはわかっている。けれど久は、美穂子を決して許すことは出来ないだろう。

喉の奥から苦いものがこみ上げてきて、久は唇を噛んだ。


久が机を漁っている間、桃子は所在無げに窓の外を眺めていた。

「…モ……」

ふと、名前を呼ばれたような気がして、中庭の先に目を凝らす。

そこにはゆみが立っていた。死人のような真っ白な顔で、血の涙を流しながら。

桃子「っ、加治木先輩!!!!」

桃子の声に驚いた久も、慌てて窓に近寄り外を見る。

だがその頃には、中庭には誰の姿も無く、ただ赤い雨が降り続いているだけだった。

国広一 初日/11時 合石岳/蛇頭峠


一「嫌んなっちゃうなぁ、もう……」

一は歩き疲れて座りこんでしまっていた。

地震のせいで撮影スタッフとはぐれてしまい、 それからずっと歩き通しだったのだ。

おまけに、辺りには化け物が蠢いている。

突然身についた妙な力のおかげで何とか逃げ延びてきたが、もはや限界だった。

一「皆どこ行ったんだよ……純君……ともきー……」

その時、前方から砂利を踏む足音が聞こえてきた。

化け物かと思い身を固くするが、現れたのは人間の、一より少し年上くらいの少女だった。

その手にある物を見てギョッとする。

その少女が持っていたものは…猟銃だった。

菫「…余所者か。巻き込まれたか」

一応、言葉は通じるらしい。少しだけ安心した。

一「あ、あの、ボク、テレビの撮影で来たんですけど、皆とはぐれて、道に迷っちゃって。案内して頂けませんか…?」

じっと顔色をうかがう。けれど、無表情な菫の顔からは何も読み取れなかった。

一方菫はこう思っていた。

菫(こ、こいつ、なんて格好だ……痴女か? いや、撮影とか言っていたな。きっといかがわしいビデオに違いない。関わり合いになりたくない……適当にごまかそう)

菫「あの女のせいだ……昔と寸分違わぬ姿。八百比丘尼だ。あれは、化け物だ……」

一「は?」

何の脈絡もない菫の言葉に、一は面食らう。

菫「お前もああなりたいか? 永遠に生きる女に……」

一「え、えっと……」

菫「…ふん」

菫(喋る事が思いつかなくて、つい村の重要な秘密を喋ってしまったが……まあ、余所者だしいいだろう)

そのまま菫は立ち去ってしまった。後には一がただ1人残された。

一「な、何だったんだよ……」

困惑する一だったが、その言葉に応える者はいなかった。

福路美穂子 初日/12時 蛭ノ塚/県道333号線

終了条件:華菜の落し物の発見。比良境への道へ到達。


美穂子と華菜は走っていた。

美穂子「はぁ、はぁ……な、なんとか撒けたかしら……」

華菜「だ、大丈夫みたい、だし……」

教会を目指して歩いていた美穂子は、閉ざされた鉄門に阻まれて、それを断念した。

ならば麓の村へ行こうとしていたところで、偶々華菜と合流した。

そしてその道中、2人は屍人に追われ、逃げていたのだった。

もう追って来ていないのを確認し、2人は安堵の溜息を漏らす。

美穂子「もうすぐ村に着くわ。そこまで行けば安全なはず」

華菜「キャ、キャプテンあれ!」

華菜が美穂子の求道服の袖を引き、前方を指差す。その先を見ると、

美穂子「そんな……村が…!」

麓の村へと続く道は、まるで地割れでも起こったかのように崩壊し、断崖絶壁となっていた。そしてその向こうは、

華菜「海だし……」

赤い赤い海が広がり、水平線まで見渡せる。

美穂子(一体どうなっているの…?)

わけもわからず困惑する美穂子。その時、彼女の目がある物を捉えた。

赤い海の中へと入って行く人々の姿。 否、人ではない。…屍人だった。

10人程の屍人が、赤い海へと身を沈めていく。それと同時に、


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


サイレンの音が響き渡る。

華菜「この音、頭痛くなるし……」

華菜が頭を抑える。美穂子も同様だった。

このサイレンを聞いていると、頭痛と共に自分が自分でなくなっていくような不快感を感じる。

美穂子「とにかく、ここを離れましょう。安全な所を探すの」

とは言ったものの、安全な所など一体どこにあるというのか。

教会へ行くことは出来ず。麓は消失してしまっている。

美穂子「…そうだ、病院! あそこなら、上埜さんがいるかもしれないわ!」

華菜「キャプテン……わかったし」

華菜は、美穂子と久の関係を僅かながら知っていて…けれど、この場では何も言うまいと決めた。

美穂子「比良境への道は…こっちね。行くわよ、華菜」

そう言うと美穂子は目を閉じ、幻視で周囲を探った。

美穂子「1、2、3、4、5…6人。多いわね……どうしましょう」

華菜「猟銃持ってるやつもいるし……でも、急いで駆け抜ければ大丈夫だし!」

美穂子「余所見もしてくれそうにないし…それしかないようね。華菜、絶対立ち止まっちゃ駄目よ」

華菜「了解だし」

2人が今いる場所の付近には、4つの階段がある。

病院へ行く道はそのどれかを登って行かなければならないのだが……

近くにある2つの階段には、それぞれ猟銃を持った狙撃手が居座っていた。

だから、それを避けて行くためには、かなりの遠回りが必要になる。

だが、そのルートも安全とは言い難い。

結局は、狙撃手のいる階段の前を横切って行かなければならないのだ。

美穂子(一瞬でも止まったら、撃たれる…!)

美穂子は緊張で手にじっとりと汗をかいていた。その手を華菜がそっと握る。

美穂子「華菜……」

華菜「…大丈夫だし」

目と目が合い、互いに頷き合う。そして、2人は手を取り合って走り出した。

階段の前を通ると狙撃手が2人を見つけ、発砲してきた。

だが、銃声が響く頃にはもう、2人は走り去っていた。

同じことを、もう一度繰り返す。

2人の猟銃屍人の狙撃をかいくぐり、美穂子達はパトカーの前まで来た。

美穂子「ふう…とりあえず、第一関門突破ね……」

華菜「あ、危なかったし……心臓止まるかと思ったし」

美穂子「さて…ここからが本番よ。華菜、気をつけて」

華菜「キャプテンも、注意して行くし」

2人の見据える先には、一軒の壊れかけた民家があった。その周りを、屍人がぐるぐると徘徊している。

さらに、その近くに草を刈っている屍人が1人。

民家の前には階段が2つあるが、その内手前側の階段には屍人が1人いる。

この先へ進むためには、屍人達の目をかいくぐり、奥の階段を登るしかない。

美穂子「行くわ…私から、離れないで」

華菜「了解だし」

そっと歩き、草刈り屍人に気づかれないよう通り抜ける。

そして、家の周りを回る屍人の後をつけるように、美穂子達もぐるっと回って奥の階段の前まで辿り着いた。

足早に階段を登る。途中、高い段差があったが、2人で協力してなんとか登った。

美穂子「ここは……」

そうして辿り着いたのは、小さな祠だった。その隣は崖になっている。

美穂子が崖下を覗くと、そこには神社があり、屍人がその扉に釘を打っていた。

美穂子「この崖…飛び降りるしかなさそうね。華菜、行くわよ。見つからないように、そっとね」

華菜「が、頑張るし」

まず美穂子が飛び降り、華菜もそれに続く。

幸運にも、屍人は釘を打つのに夢中でこちらには気づかなかった。

神社の裏を通って、傍の泉の前を横切る。その泉もやはり、真っ赤に染まっている。

2人はそのまま曲がりくねった道を歩いた。

やがて、最初の階段の狙撃手の後ろに回り込むことが出来た。

華菜(あいつさえいなきゃ、こんな苦労せずに済んだんだし)

美穂子「華菜、この段差高いわ。私が先に登って引き上げるから、手を貸して」

美穂子が小声で囁く。

華菜「わかったし」

2人で協力してまず美穂子が段差の上に登り、華菜に手を差し出した。

華菜がその手を取った時、


ドォン!!


銃声が響き、2人のそばの岩に火花が散った。驚いて、手を離してしまう。

美穂子(うそ…気付かれた!?)

見ると、向こうを向いていた筈の狙撃手が、こちらに狙いを定めている。

続けて2発目が放たれた。幸いにもまた外れたが、

華菜「にゃああああぁぁぁあああああああ!!!!」

華菜は恐怖のあまりパニックに陥り、もと来た方へ猛烈な勢いで駆け出してしまった。

美穂子「か、華菜! 待って!!」

慌てて後を追おうとするが、


ドォン!!


今度は美穂子の足下数センチの所に着弾し、驚いて尻餅をついてしまう。

その間に、華菜の姿は見えなくなってしまった。

美穂子(狙撃手の目を逸らさなきゃ……)

すぐ傍の岩陰に隠れて、様子を見る。

狙撃手はしばらくこちらをうかがっていたが、やがて興味を失ったように反対方向を向いた。

これでやっと華菜を探しに行ける。

美穂子(華菜……どうか無事でいて……)

見つからないようこっそりと、けれど素早く、華菜の走っていった方へ向かう。

そして幻視で華菜を探すが、

美穂子(見つからない…どうして…?)

いくら探しても屍人の視界ばかりで、華菜の視界は見つからない。焦りばかりが募っていった。

曲がりくねった道を進み、泉の傍を通り、神社の裏手まで来た時、美穂子はある物を発見した。

美穂子(これは、華菜の……ああ…!)

拾い上げたのは、華菜の名前が書かれた生徒手帳。

そしてそれには、べったりと血が付いていた。それの意味するものとは。

美穂子(そんな……嘘、嘘よ……)

涙が溢れ出す。

頭ではわかっているけれど、認めたくない。認めたくないが…もはや、華菜の生存は絶望的だった。

この場所から屍人に見つからずに逃げることは、ほぼ不可能だ。

それなのに視界すらも見つからないということは……

美穂子(うう…華菜、華菜ぁ…!)

美穂子はその場に、声を殺して泣き崩れた。そんな時いつもそばにいてくれた華菜が、今はもういない。

どれくらいそうしていただろうか。やがて美穂子は、涙を拭いて立ち上がった。

美穂子(皆の救いとなる求道師が…いつまでも泣いていてはいけないわ。華菜も、もしかしたら逃げ切れているかもしれない)

こんな状況だからこそ、努めて前向きに考えようとする。

美穂子(今出来る事は…約束通り病院に行って、華菜を待つことよ)

そして美穂子は、また同じ道を辿った。今度こそ狙撃手に見つからないように、慎重に進む。

美穂子(上埜さん……上埜さんに会いたい……)

その一心で、美穂子は病院を目指すのだった。


―終了条件達成―

宮永照 初日/12時 蛭ノ塚/水蛭子神社湧水


照と淡は、赤い泉の傍に立っていた。

それは、美穂子が去ったすぐ後のこと。

ほんの少し運命が違えば、彼女らが巡り合うこともあったかもしれないのだが。

照「…13年前。あの土砂災害で、私と咲は両親を喪ったんだ」

照はぽつりぽつりと、この村に来た理由を話し始めていた。

照「それまではこの村に住んでたんだよ。咲はまだ小さかったから、何も覚えてないみたいだけどね」

照にしたって、この村での生活のことはもうあまり記憶に無い。

けれど、あの日の光景だけは鮮烈に脳裏に焼き付いている。

瓦礫の山の中を、咲の手を引いて、泣きながら両親を探し回っていたあの時のことは。

淡「そう…だったんだ」

照「で、私達は別々の親戚に引き取られることになった。咲は長野に、私は東京に」

咲は、最近までこの事を知らなかったらしい。育ててくれた親戚を、本当の両親だと思っていた。

けれど高校に上がってから真実を知って、それがインターハイ出場のきっかけになったそうだ。

照「でも、最近ある噂を聞いたんだ。あの災害は…自然なものじゃなかった、って」

淡「どういうこと?」

照「羽生蛇村には独自の宗教があって、数十年に一度、ある儀式が行われる。その儀式のせいで災害が起こった…のかもしれない」

淡「そんなオカルト……」

照「ありえないと思う? でも、私達が今こうしてここにいることが、ある意味その証明なんだよ」

淡「え? それって…」

照「13年前にも行われていた、公式には存在しないことになってる儀式。それが、昨晩再び行われたんだ」

本当は、その儀式をこっそり見にいくつもりだった。

咲を探すのを優先して、それは出来なかったが。

照「…そして今、村は異界に取り込まれてしまっている。これはつまり……」

淡「13年前にも、同じことが起こった…ってこと?」

照「…あくまで推測だけどね。外の世界では、私達は土砂災害に巻き込まれたことになってるのかもしれない」

淡「そんな……」

照「私は、災害が本当に儀式のせいなのか……もしそうなら、誰が何のためにそんな儀式を行っているのかを突き止めたい。そう思ってここに来たんだ」

淡「テルは…両親の仇を打ちたいの?」

照「……わからない。災害を起こしたやつがいたとして、そいつを目の前にしたら、何をするか…自分でもわからないんだ」

淡「テル……」

照「ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」

淡「無理矢理ついてきたのは私じゃん! テルは悪くないよ!」

照「淡……」

その時、

「ウオオオォォォオオオオオオン!!」

どこからか屍人の遠吠えが聞こえてきた。

照「ここも危ないかな……ちょっと偵察してくるから、淡はここで待ってて」

淡「えっ、でも……」

照「大丈夫。すぐ戻るから」

そう言うと、照はどこかへ行ってしまった。


**********


神社の賽銭箱に腰掛け、淡は照の帰りを待っていた。

淡「テル、遅いなぁ……あれ?」

ポケットをガサゴソと探ると、そこにあるはずの物が無かった。

淡「嘘…どっかに落としてきた!? どうしよう……」

こんな状況で、馬鹿げていると思われるかもしれないが。あれは淡にとってはとても大切な物だった。

淡「テル…ごめん、ちょっとだけ……」

そして淡は、落とし物を探すために飛び出していった。

弘世菫 初日/16時 大字波羅宿/火の見櫓

終了条件:大星淡と蛭ノ塚への道へ到達。


菫「あなたが……呼んだのですか…?」

火の見櫓の上に立ち、菫は1枚の古い写真に語りかけていた。

不意に、写真が風にさらわれて飛んでいく。

菫「あ……」

色褪せたその写真には、3人の幼い子供達と…マフラーを巻いた女性が写っていた。

今は亡き女性に想いを馳せる。その時、下から悲鳴が聞こえてきた。

淡「嫌ぁっ! 来ないで!!」

見ると、少女が2人の屍人に追われている。

菫「…ずいぶんと、他所者が入り込んでいるようだな」

菫はゆっくりと銃を構えた。轟音が2度響く。

淡「なな、何!? 何が起きたの!?」

いきなり倒れた屍人に、淡は困惑していた。

菫「おい、大丈夫か! 今そっちに行くから待ってろ!」

櫓の上から呼びかける。そして菫ははしごを降り、淡に近寄った。

菫「お前、この村の者じゃないな……何故こんな所にいるんだ」

淡「良かったぁ、まともな人がいたんだ……あの、私、落とし物しちゃって、探してたら襲われて……本当にありがとう!」

菫「…ふん、まあいい。死にたくなかったら、私について来るんだな」

そう言うと菫は歩き出した。

淡「あ、待って! 私、大星淡っていうの! あなたは?」

菫「…弘世菫だ」

淡「よろしくね、スミレ!」

菫(ずいぶんと馴れ馴れしいやつだな……)

菫「…来い。こっちだ」

菫は正直、自分でも何故助けようなどと思ったのかわからなかった。

目的も無く、ただ彷徨っているだけだったのに。

菫「ここから川に降りるぞ」

淡「え……あっちに橋があるのに?」

菫「あそこは狙撃手が狙っている。死にたいなら止めはしないがな…っ!」

直後、突然菫が淡に銃口を向けた。

淡「え、ちょっ、なに?」

菫「しゃがめ!」

淡が咄嗟にしゃがむと同時に、菫は引き金を引いた。

屍人「グオッ、グアアアァァアアアアアアッ!!」

淡の後方で屍人が倒れ込む。

淡「怖かったぁ……もっと早く言ってよ! 危ないじゃん!」

菫「すまなかったな」

淡「うー…許す!」

菫「というか、助けてもらっておいて何でそんな偉そうなんだよ……」

淡「偉そうなんじゃなくて偉いんだよ!高校100年生だからね!」

それ以上の問答が面倒になって、菫はさっさと川原に飛び降りた。

菫「ほら、お前も来い」

淡「あ、待ってよー!」

靴が濡れるのにも構わず、菫は浅い川をザブザブと渡っていった。淡もそれに続く。

向こう岸に着き、今度は段差を登った。

菫「ほら、 掴まれ」

先に登った菫が手を差し出す。

淡(無愛想に見えて、意外と優しいんだね……ん?)

引っ張り上げてもらった所で、淡が何かを見つけた。

それは、菫が火の見櫓の上から落とした写真だった。それを見て淡は驚愕する。

淡(この子供…テルとサキにそっくり…!)

マフラーの女性と共に写っている3人の子供の内、2人はまるで照と咲の幼い頃のようであった。

淡(しかもこっちの子は、…スミレ!? 知り合いだったのかな…?)

照と咲がこの村出身であるのだから、ありえない話ではない。

菫「どうした?早く行くぞ」

淡「あ、うん!」

淡(…後で聞いてみよう)

今はそんな場合ではないということは、淡にもわかっていた。

写真の事は保留にして、しまい込む。

そのまま2人は川沿いの道を歩いた。だが、もう少しで大きな道に辿り着くといったところで、

菫「待て」

菫が淡を制した。次の瞬間、2人の目の前を弾丸が掠めていった。

淡「ひっ!」

菫「チッ、見つかったか。厄介だな……」

咄嗟に岩陰に隠れる。菫とて、狙撃手と正面から撃ち合いなどしたくはない。

死んでもいずれ甦る屍人と、死んだら終わりな自分達。明らかに分が悪すぎる。

菫「どうする……」

菫は歯噛みする。その様子を見て、淡は決意を固めた。

淡「……私が、囮になるよ」

菫「なっ…危険だぞ!? わかってるのか?」

淡「私も、守ってもらってばっかじゃなくて、たまには役に立ちたいから」

菫「……わかった。合図をしたら、あそこまで全力で走れ。立ち止まるなよ」

淡「おまかせあれ!」

菫は視界ジャックで、少しでも狙撃手の気が緩むタイミングをうかがった。

菫「…………今だ! 行け!!」

淡「こっちだ化け物!」

その声と同時に、淡は疾走する。

すぐに狙撃手が気付き、発砲して来た。

だがその頃にはもう、淡の姿は道の向こうに消えている。

狙撃手が淡を追おうと前へ進み出たところを、

菫「隙だらけだよ」

菫が撃ち抜いた。屍人が断末魔の悲鳴を上げて倒れる。

菫「もういいぞ、戻って来い!」

淡が駆け戻ってきた。

淡「ナイスコンビプレーだね、スミレ!」

菫「ふん。まあ、よくやった」

淡「ふふっ」

こうして2人は、蛭ノ塚へと歩いていった。


―終了条件達成―

大星淡 初日/17時 蛭ノ塚/県道333号線


菫と淡は、あるはずのない赤い海を目の当たりにしていた。

山奥にある羽生蛇村では、普段は海など目にすることは全く無い。

けれど現在、2人の眼前には、水平線まで見渡せる一面の赤が広がっている。

菫「何だ…これは……」

淡「あ! スミレ、あれ見て!」

淡の指差す方を見ると、遠くで10人程の屍人が赤い海から這い上がって来ていた。その様はまるで、

菫「海還り……」

淡「うみがえり? 何それ?」

菫「この村の風習みたいなものだ。大晦日に海送りで眞魚川に入り、海還りで年明けと共に川から上がる。海じゃなくて川だろうと思っていたんだが……」

淡「これが、本当の海還りなんだね……」

菫「この村はもう、終わりだ……村人はほとんど化け物になって、残された者も遅かれ早かれ同じ運命を辿るだろう」

淡「そんなこと…っ」

菫「せめて私は、化け物になる前に退場させてもらうよ」

淡「え?」

菫は銃口を自らの口に咥え、そのまま引き金を引いた。

轟音が響き、淡の顔に血飛沫がかかる。

淡「いっ、嫌あああっっ!!!!」

後には、淡がたった独り残された。

池田華菜 初日/17時 蛭ノ塚/水蛭子神社

終了条件:蛭ノ塚からの脱出。


華菜は神社の中で蹲って震えていた。

華菜「キャプテン……コーチ……助けて……」

あの時、猟銃の音にパニックを起こし、でたらめに走って……気付いたら、独りになっていた。

それから、屍人の目を逃れつつ病院を探していたが……いつの間にか、道に迷ってしまった。

そして美穂子とも、誰とも出会えないまま、元の場所まで戻って来てしまっていた。

華菜「私のせいだし……ごめんなさい、キャプテン……」

あの時自分がもっとしっかりしていれば……離れ離れになることもなかっただろうに。

華菜の目から涙が零れ落ちた。その時、


ドォン!!


遠くの方から銃声が響いてきた。それと共に、誰かの

「嫌あああっっ!!!!」

という悲鳴も。

華菜「っ…!」

思わず、華菜の口からも悲鳴が漏れかける。

もはや限界だった。怖い。美穂子に会いたい。行かなければ。

けれど……神社の前の階段では、猟銃を持った屍人が立ち塞がっている。簡単には通ることは出来ない。

華菜「どうしたら……そうだし!」

社の扉をそっと開ける。屍人は階段のもう少し下の方にいるから、気付かれはしない。

華菜は社の前にある大きな賽銭箱をひっくり返し、その中身を思い切りぶちまけた。

寂れた神社の割にはかなり大量の五円玉や十円玉が辺りに散らばる。

ついでとばかりに、大きな鈴もガランガランと鳴らした。

これだけやれば絶対に気付くだろう。

華菜「あとは神社の裏に隠れて…と」

裏に回り、視界ジャックする。

華菜「よっし、計画通りだし!」

予想通り、狙撃手は誘き寄せられ…地面に散らばるお賽銭を見るなり、歓喜の声を上げて飛びついた。

華菜「うまくいったし…後は階段を降りるだけ……にゃっ!」

視界ジャックに、別の屍人が引っかかる。

どうやら、鈴の音につられて他の屍人まで集まってきてしまったようだった。

出るに出られず、そのまま様子をうかがう。

屍人「グフフフフフフフ……」

気味の悪い笑い声を上げ、さらに2人の屍人が境内に現れた。

それらも先程の狙撃手と同じように、賽銭を掻き集め始める。

華菜「だ、大人気だし…今なら!」

屍人達の傍をそっと通り抜ける。

彼らは賽銭を拾うのにすっかり夢中になっており、全く気付かれなかった。

華菜はそのまま急いで階段を駆け降り、道を走る。

華菜「にゃはは! 天才華菜ちゃんにかかれば、これくらい朝飯前だし!……にゃっ!?」

屍人「ウゴア?」

調子に乗っていたせいで気付くのが遅れた。道の先には、まだ別の屍人がいたのだ。

屍人がゆっくりと振り向く。その手には…拳銃が。

華菜「ひっ!」

銃口がこちらを向くのが、ひどくスローモーションに見える。

死ぬ。死ぬのか。ここで。

華菜「にゃっ…にゃああああああっっ!!」

破れかぶれになった華菜は、走る勢いのまま屍人に体当たりした。

屍人「ウボアッ!?」

屍人に取ってもその行動は予想外だったようで、華菜と共にもんどり打って倒れる。

そして、先に立ち上がったのは……華菜だった。

華菜「い、今の内だし!」

一刻も早くその場から逃げ出そうと、華菜は走り出した。その背中に、


パァン!


銃声が響くが、弾丸は幸運にも当たらなかった。

そのまま華菜は脱兎のごとく走り抜け……屍人を完全に振り切った。


―終了条件達成―

宮永咲 初日/18時 田堀/廃屋中の間


咲「お、おじゃましまーす……」

咲と和は、廃屋の中にいた。

和「中にも外にも誰もいませんよ。戸締りも完璧です」

家の中を一通り調べた和が言った。

咲「良かった……じゃあ今夜は、ここに泊まろうか」

和「そうですね。…あ、押入れの中に布団がありました」

咲「って、もう寝るの? 早くない?」

和「咲さん昨日寝てないんでしょう? 休める時に休んでおかないと持ちませんよ」

和は布団を2組並べて敷いた。

咲「じゃあ、そうしようかな……ふあ〜あ、意識したら急に眠くなってきたよ」

2人が布団に潜り込むと、


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


また、サイレンの音が鳴り出した。

咲「痛っ……この音……何なの?」

顔を顰め、痛む頭を押さえながら、咲が尋ねる。

対照的に平気そうな和が、咲を気遣いつつ答えた。

和「人間を屍人に変えてしまう……呼び声のようなものです」

咲「えっ……じゃあ、これ聞いてたら私も…?」

不吉なことを言われ、咲は不安の色を隠せない。

和「…安心してください。咲さんを、あんな化け物になんかさせませんから。絶対に」

妙に断定的な口調で、和が言う。

咲「何か方法があるの?」

和「…今は、眠りましょう……」

咲「う、うん……和ちゃん、…手、握ってもいいかな」

和は黙って差し出された手を取った。

手を繋いだまま、2人の少女は眠りに落ちていった……

上埜久 初日/19時 上埜医院/第一病棟診察室


久と桃子が診察室にいると、バタン!と突然扉が開き、ある人物が飛び込んできた。

美穂子「上埜さん!」

久「…福路さん。無事だったのね」

美穂子「あ、あの……」

あれだけ久に会うことを望んでいたはずの美穂子だったが、いざ目の前にすると言葉が出てこない。

美穂子「華菜、来てませんか…?」

久「池田さん…? いえ、見てないわ」

美穂子「そう…ですか」

桃子「どちらさまっすか?」

久「…福路美穂子。教会の、求道師様よ」

桃子には、そう説明する久の顔が、なぜだかひどく苦々しげに見えた。

何はともあれ、こうして3人は合流することが出来たのだった……

国広一 初日/19時 合石岳/蛇頭峠

終了条件:蛇ノ首谷への道へ到達。


一は道に迷っていた。

既に日は沈み、辺りは暗闇に包まれている。

一「…また、この道祖神……」

懐中電灯で照らすと、見覚えのある石像がある。

どうやらここ数時間、同じ所ばかりをグルグルと回っているようだ。

不安と焦りと苛立ちが募る。

一「もう、何なんだよ、いいかげんに……うわぁっ!?」

注意力が散漫になっていたせいだろうか。一は足を滑らせ、急な坂を転げ落ちてしまった。

一「いたた……ここは……」

見覚えのない場所。錆び付いた鉄の門が、薄く口を開けていた。

一「とりあえず、こっち行ってみよう……」


「ウオオォォオオオォォオオォン!!」


一「ひっ!」

何処からか、屍人の遠吠えが聞こえてくる。けれど、もはや後戻りは出来ない。

ギギ、と鉄門を押す。そこは、11時間前に菫が開けた場所だった。

目の前の階段を降りると、その先は鉱山事務所の2階になっていた。そこからさらに1階に降りる。

一(さて、どっちに行こうかな……)

視界ジャックで周囲を探ると、数人の屍人が付近を見回っている。

それ以外にも、坑道の中に3人。それぞれ別の坑道にいるようだ。

一(坑道を抜けて行けないかな?)

とりあえず一番近い坑道に入る。「3」という数字が大きく書かれていた。

しばらく奥に進んで、視界ジャック。曲がり角の向こうに屍人がいることがわかる。

一(ちょっと待った……こいつ、何か呟いてる?)

視界ジャックは、映像だけでなく音も聞くことが出来る。一は屍人の独り言に耳をすました。

屍人「…ギィ……カァギィィ……カギィ…」

一(カギィ……鍵? 鍵を探してるの…?)

一は屍人の意図に気付く。しかし、

一(いやいや! 思いっきり落ちてるじゃん! 視界に映ってるじゃん! 何で気付かないの!?)

思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。

完全に、屍人が探しているはずの鍵が屍人の視界の中に視えていた。

屍人はまだ鍵を見つけられないようで、坑道の奥の方を歩き回っている。

その視界を視る限り、この奥は行き止まりになっているようだった。

一(なら別の坑道に行くべきか……いや)

一の頭に、ある考えが浮かんだ。

一(あの鍵……拾って行けないかな)

屍人があんなにも一生懸命探している鍵だ。きっと重要な物に違いない。

一(あいつはずっと鍵を見てる訳じゃない。隙を突けば……)

屍人は坑道の奥と手前を行ったり来たりしている。

ならば、最も手前に来て振り返った瞬間に出て行き、後をつけるようにして行けば、取れるのではないだろうか。

一(よし、それでいこう)

視界ジャックで様子をうかがう。

曲がり角があるため、あちらからは自分の姿は見えないが、確実にこちらに向かって来ている。

そして、屍人が向きを変えた瞬間、

一(…今だ!)

屍人の後を追う。足音を聞かれないよう、慎重に。

屍人は足下をライトで照らしながら、相変わらず鍵を探している。こちらに気付く様子はない。

一(よしよし…そのまま気付くなよ……)

そっとしゃがみこんで鍵を拾う。

一(よしっ、取れ…)

屍人「カァァギィィィ!!」

一「やばっ、気付かれた!」

一は脱兎のごとく駆け出した。やがて屍人を振り切り、落ち着いた時には、

一「はぁっ、はぁ……ここ、どこだ?」

自分がどこにいるのか全くわからなくなってしまっていた。

一「ひっ!」

また別の屍人が見えて、一は慌てて近くの柱の影に隠れた。

一「ここは……トロッコ置き場?」

トロッコがいくつも並べられている。

おそらく、使わなくなったものがここに置かれているのだろう。

一「これなら、見つからないよね……」

身を屈め、トロッコの間に隠れながら先へ進む。

横を屍人が通った時には冷やっとしたが、なんとか気付かれずに済んだ。

一「…………」

屍人をやり過ごした先には、また鉄製の門があった。

それをくぐり、階段を降りると、小さな小屋を見つけた。

中に入ろうと扉に手をかけると、ガタンという音。鍵が掛けられているようだった。

一「鍵……もしかして!」

先程、3号斜坑で拾った鍵を取り出す。それを挿してみると、

一「…開いた!」

中に人の気配はない。思い切って扉を開けると、小屋の中は思った以上に狭かった。

その机の上に、ある物がぽつんと置かれている。

拳銃だった。

一「嘘……本物…?」

黒光りするそれを手に取ってみる。見た目以上にずっしりとした重量感があった。

手品でモデルガンを使ったことはあるが、ここまで重くはなかった。

一「やっぱり、本物…だよね。どうしてこんな所に……」

その時。ギィ、という音が聞こえた。

慌てて視界ジャックをすると、先程一が通った鉄門から、屍人がこちらに向かって来ているのが視えた。

一「逃げ場がない……やるしか……」

拳銃を握りしめる。屍人はまっすぐこの小屋に向かって来ている。

屍人の手が扉へと伸びた瞬間、一は視界ジャックを解いて拳銃を構えた。

直後、ガラリと引き戸が開く。入って来た屍人に、

一「死ねえええぇぇぇっっっ!!!!」

一は容赦無く発砲した。


バァン!!


破裂音が響く。

屍人「グッ…グウウゥゥゥ……」

弾丸が命中したにもかかわらず、屍人は未だ立っている。

その様子を見て、一はすぐさま2発目を撃ち込んだ。

屍人「ガアアアアアァァッッ!!」

断末魔の悲鳴を上げて、今度こそ屍人は地面に倒れ伏した。そして、団子虫のように丸まる。

一(う、撃っちゃった……でも、仕方ないよね……)

罪悪感は、あまり無かった。

ここまでの道中、何度も襲われては逃げることを繰り返していたせいだろう。

人というよりも、化け物という認識が強かった。

一「他に、使えそうな物は……」

引き出しを漁ると、予備の弾丸が30発程入っていた。全て持ち出してしまい込む。

一(これだけあれば、しばらくは安心かな……)

武器を得たとはいえ、こんな化け物だらけの所は早く離れたい。

そう思い、一は小屋を出て、緩やかな下り坂を駆け出した。

しかし、すぐにその足が止まる。

一「嘘でしょ……」

道は巨大なダクトのような物で塞がれていた。自分ではとても登れそうにない。

一(別の道を探すしかないか……)

鉄門に戻ろうとしたその時、階段の傍に掲示板があるのが見えた。

よくみると、この鉱山の地図が貼ってある。

一(出口…出口はどっちだ…?)

この地図によれば、抜けられるのは第一通洞だけらしい。

そしてそこへは、鉱山事務所の2階から行ける。

一(でも、駄目だ…そっちには猟銃持ってるのがいるよ…)

視界ジャックを使えば、なんとなくだが位置もわかる。

それに、その狙撃手の視界には「1」という数字が壁に書かれているのが視える。

第一通洞の中に狙撃手がいるのは間違いない。

一(どうしよう……流石に拳銃じゃ猟銃には勝てないよね……でも、出口はそこしかないし……どうにか誘き出せないかな)

次の瞬間、地図を眺める一の目が、ある一点に吸い寄せられた。

一(これだ…サイレン小屋! ここでサイレンを鳴らして、誘き寄せる。その隙になんとか……)

一か八か、やってみる価値はあるだろう。方針は決まった。まずはサイレン小屋に向かう。

道中、2人の屍人に見つかったが、何の問題も無く射殺した。

一「ここか……」

暗い中を、トロッコのレールを辿ってなんとかサイレン小屋に辿り着いた。

中に入ると、よくわからない機械と、壁に取り付けられたスイッチがある。

スイッチには、よく見ると「サイレン」と書かれている。

一「ポチッとな」

スイッチを押すと、ブーッ、ブーッというけたたましいサイレンの音が辺り一帯に鳴り響いた。

視界ジャックで確認すると、この辺りにいるほぼ全ての屍人がサイレン小屋を目指して集まって来ているようだった。

第一通洞にいた狙撃手も、階段すら使わず2階から飛び降りようとしている。

一「今の内…っ!」

一は暗闇に乗じて駆け出した。

何人かの屍人は足音に気付いたようだったが、なんとか姿までは見られずに済んだ。

そのまま一気に事務所へ飛び込み、階段を駆け上る。

そして息を切らせながら第一通洞をも駆け抜け、どこかへと走り去って行くのだった……


―終了条件達成―

宮永照 初日/20時 蛭ノ塚/水蛭子神社湧水

終了条件:淡の落し物を見つける。頭脳屍人の撃退。


照「淡っ! 良かった、無事だったんだね……」

淡「テルー! 怖かったよぉぉ!!」

離れ離れになってから8時間後、照と淡はようやく合流出来た。

今のこの村においては、一度離れてしまった者達が再び巡り会える確率はかなり低い。

奇跡と言ってもいい。

だから、この2人は非常に幸運だったと言えるだろう。

照「勝手にいなくなったりして…心配したよ」

淡「ごめん……ごめんね……」

涙を浮かべて抱きしめ合い、しばし再会を喜び合った。

照「さっそくだけど…ここはもう、やつらのナワバリになってる。すぐに逃げよう」

その言葉に、淡も視界ジャックで周囲を探る。

淡「わ、本当だ…囲まれてるじゃん!どうしよ、テルー!」

照「…突破する方法は、一つだけある」

淡「あんなにいっぱいいるのに…どうやって?」

照「淡を探しながら、やつらの事をよく観察してたんだけど…少し前から、姿が変わり始めたんだ」

淡「どういうこと?」

照「海に行って、還って来たやつらの中には、人とはかけ離れた姿をしたやつらが混じってた。犬みたいに四つん這いになってるのとか、羽が生えてるのとか」

淡「そんなことになってたんだ……」

照「そして、そうなった屍人達を統括し制御する、頭脳屍人(ブレイン)とでも呼ぶべき存在がいるんだ」

淡「ブレイン……」

照「そいつを倒せば、ここら一帯の屍人達は全員行動不能になるはず」

淡「…わかった。そうと決まれば早く行こう、テル!」

照「…………」

照は逡巡した。淡を連れて行くべきか、置いて行くべきか。どちらの方が安全か。

その様子を見て、淡は照の手をぎゅっと握った。

淡「私はもう、テルのそばから離れないよ」

照「淡……」

その目には、決然とした覚悟が表れていた。

照「淡は私が守るから。離れないでね」

淡「うん!」

照はまず、視界ジャックで頭脳屍人の居場所を探した。

頭脳屍人は特徴的な声をしているので、すぐにわかる。

照「祠、か……」

どうやら、頭脳屍人は祠の裏に隠れているようだ。

祠と今いる神社は距離的には近い。

祠からこちらに来るならば、崖を飛び降りればすぐだ。

だがその崖は、ほぼ垂直で足がかりもないため、登るのは難しい。回り込んで行くしかなかった。

神社の前の階段を見下ろす。

この先には、何体もの屍人がいる。だが、頭脳屍人のいる祠へ向かうには、そいつらを倒して行かなければならないのだ。

淡「来る!」

階段を駆け上ってくる足音。尻込みしている間に見つかったらしい。

照は慌てて銃を構えた。

淡「ひっ…!」

淡が悲鳴を上げた。無理もない。現れたのは、一体の犬屍人だった。

獣のように四つ足で歩き、頭部からは角が生えている。

牙の生えた口からは、だらだらと唾液が滴り落ちている。

そこに人間だった頃の面影はほとんど無い。

元は女性であったことをうかがわせる服装が、かえっておぞましさを増していた。

犬屍人「グルルルルゥ…!」

唸り声を上げ、犬屍人が照に飛びかかろうとする。

照は怯まず、銃弾を撃ち込んだ。銃声が2度轟く。

犬屍人「ギャアッ…フクラハギッ!」

謎の断末魔を上げて、犬屍人は倒れた。

照「今の銃声で他の奴らに気付かれたかも…急ごう!」

照は走り出そうとして…すぐにその足が止まった。そのため、淡がその背中にぶつかってしまう。

淡「痛っ! どうしたの?」

照は何も答えず、ただ銃を中空へと向けた。

その先には、屍人が浮かんで──否、飛んでいた。

その後頭部には、4枚の羽が生えており……鳥というよりは、虫のように高速で羽を振動させて飛行している。

羽根屍人はしばらくふらふらと飛んでいたが、不意にある一点で静止した。

照はその隙を逃さず、即座に引鉄を引いた。

羽根屍人「ギャッ!?」

不意打ちを喰らい、地面に落下する羽根屍人。

羽根屍人「ギイイイイイイッッ!!」

セミのような声を上げて、羽根屍人は丸まった。

照「よし、行こう!」

照が走り出し、淡が後に続く。

その後、何体かの犬屍人をやり過ごし、あるいは撃ち殺しつつ、2人は祠の近くまで辿り着いた。

照が身振りで淡に待つよう伝え、淡が頷く。

照は祠を挟んで、自分の体が相手に見えないよう気をつけつつ、足音を殺してそっと忍び寄った。

ギリギリまで近づき、飛び出して拳銃を向ける。そこで初めて頭脳屍人の姿が目に入った。

照「っ!」

普通の屍人や犬屍人、羽根屍人も充分化け物じみた見た目をしている。

だが、頭脳屍人の外見は、それらと比べても異様と言う他なかった。

首から下は普通の人間と変わりない。

だがその顔面だけが、フジツボのような物体でびっしりと覆われていた。

それは見る者に生理的な嫌悪感を植えつける。

そのあまりにもおぞましい姿に、流石の照も一瞬怯んでしまった。

けれど、その一瞬が致命的。頭脳屍人は隙を逃さず、脱兎のごとく逃げ出した。

照「しまっ…!」

慌てて発砲する。

命中はしたものの、頭脳屍人は僅かによろめいただけで体勢を立て直し、走り続けた。

ここで仕留めなければ。

照に焦りが生まれる。屍人達の中に逃げ込まれ、守りを固められたら厄介だ。

その思いとは裏腹に頭脳屍人は遠ざかる。

頭脳屍人が階段を駆け下りようとした時、

淡「そうはいかないよっ!」

隠れていた淡が飛び出し、頭脳屍人の足を引っ掛けた。

頭脳屍人「グッ!?」

頭脳屍人はたまらず転び、倒れ込む。

照「ナイス淡!」

すかさず照は、倒れた頭脳屍人に向かって銃弾を2発撃ち込んだ。

頭脳屍人「ギエエエエエエエッッ!!」

頭脳屍人が断末魔の悲鳴を上げる。

照「ふう…助かったよ、淡……これで、この辺りの屍人達は無力化できたはず」

視界ジャックで確認してみると、周りの全ての視界が次々と闇に閉ざされていくのが視えた。

照「今の内に、出来るだけ遠くに行こう」

淡「うん……あ、待って、テル」

その時、淡が祠の下にある物を見つけた。

昼に淡が失くした手帳だった。

淡「こんな所にあったんだ…!」

すぐに拾い、中身を確認する。

淡「良かった、無事だ……」

中に挟まれていたのは、淡と照が2人で写った写真。淡の大切な思い出の品、宝物だった。

照「…淡?」

淡「ごめん、すぐ行く!」

もう二度と失くさないよう、手帳をしっかりとしまい込み、淡は照の元へと駆け寄った。


―終了条件達成―

池田華菜 初日/21時 蛭ノ塚/県道333号線


華菜「はぁっ、はぁっ……」

華菜は走っていた。昼に美穂子と一緒に通った道を、今度は1人で。

屍人に見つかっては逃げ、隠れ、また見つかって……そんなことを繰り返して、同じ所をぐるぐる回っている。

華菜「もう…疲れたし……」

不意に、その足が何かに躓いた。

華菜「痛っ! 何だし……ひぃっ!」

死体だった。猟銃を持った少女──菫の死体。

四肢はだらしなく投げ出され、その瞳は何も映し出してはいない。

一切の生を感じさせない、ただの物体。

華菜「うわあああああああっっ!!」

言い知れぬ恐怖を感じて、華菜は死体から一刻も早く遠ざかろうと、全力で走り出した。

けれどしばらく走ったところで力尽き、へたり込んでしまう。

華菜「ううっ……キャプテン……もうやだぁ……」

ついに華菜は泣き出してしまった。そこへ、1つの足音が近づく。

健夜「…池田さん?」

ハッとして顔を上げる。そこに立っていたのは、教会の求道女、小鍛治健夜だった。

華菜「小鍛治さぁん!」

華菜は泣きながら健夜に抱きついた。その頭を、健夜は優しく撫でる。

健夜「もう大丈夫。久保さんや吉留さんも、教会にいるよ」

華菜「はいだし……」

華菜が落ち着くと、2人は連れだって教会へと向かった。

国広一 初日/22時 羽生蛇村高校/体育館

終了条件:羽生蛇村民話集の発見。学校からの脱出。


一「だ…誰かいますかー?」

村を歩き回っていた一は、見慣れない建物を見つけ、扉を開けた。

そっと中に入る。どうやら体育館の2階の、非常口のようだった。

広い空間の中には、なぜか蜘蛛の巣が大量に張り巡らされていて、ひどく不気味である。

何か嫌な予感がして、一はすぐに外に出ようとした。だが、


バタン!


突然扉が閉まった。

一「え、ちょ、何で!?」

慌てて開けようとガチャガチャとノブを回すが、押しても引いてもびくともしない。

まるで向こう側から押さえつけられているかのようだった。

冷や汗が噴き出てきて、パニックに陥りかける。さらに扉を叩こうとして、しかし、一は気付いてしまった。


この暗い体育館の中に、何かがいる気配がする。


恐る恐る、視界ジャックを行う。慎重に、意識を集中させる。

そして、見つけた。


天井から自分を見つめる視線を。


一「…………?」

意味がわからなかった。

これまでに見てきた化け物どもは、曲がりなりにも人の形をしてはいた。

だが、この視線は──。

もう、耐えきれなかった。一は懐中電灯の光をそっとそちらへ向けた。

一「っっ!?」

そこにいたのは。

関節が全て逆を向き、ブリッジのような体勢で天井に張り付いている、蜘蛛のような屍人だった。

蜘蛛屍人「ミャアァァァァァァァァ」

蜘蛛屍人が猫のような甲高い鳴き声を発し、ブリッジのままカサカサとこちらへ走ってくる。

一「ひっ……うわあああああああ!」

一は今度こそパニックになり、走り出した。

通路の突き当たりまで行き、梯子も無視して1階に飛び降りる。

けれどそこには、先程の蜘蛛屍人が待ち構えていた。

一「ひぃっ!」

ブリッジ状態で上を向いた顔面は、能面のように固まってその機能を失っている。

そのかわり、頭頂部辺りに蜘蛛のような複眼が新たに形成されていた。

その8つの目が、ギョロリと一を見据える。

一「うわあああああああああっっ!!」

恐怖心と嫌悪感から、一は手にしていた拳銃を躊躇なく発砲した。

蜘蛛屍人「キシャァァァァァァッ!」

銃弾を2発浴びた蜘蛛屍人は、昆虫じみた断末魔を上げて倒れ、丸まった。

一「はぁ、はぁ、……ふぅ」

荒い呼吸をなんとか整える。

拳銃で倒すことが出来た。その事実は、多少なりとも一を安心させた。

思考を落ち着け、思案する。

一(さっき入って来た所は…もう通れないと思った方がいい。それより別の出口を探そう)

そして、体育館内を懐中電灯で照らす。その時に見えてしまった。

先程倒したはずの蜘蛛屍人が、ゆっくりと起き上がろうとしているのが。

一(なっ……早すぎる! まだ1分も経ってないよ!?)

慌てて、出入り口と思しき大きな扉へと走る。

幸い鍵は掛かっておらず、一はその中に滑り込み、施錠した。

次の瞬間、ガン!と扉が向こうから叩かれた。

一「っ!」

ガン!ガン!と蜘蛛屍人は何度も体当たりを繰り返したが、錆びついているとはいえ鉄の扉。

びくともせず、やがて諦めたように音は止んだ。

一「た、助かった……」

辺りが静寂に包まれる。

一はしばらく放心していたが、やがて我に返った。

体育館前廊下を抜け、学校の校舎の中へと踏み入る。

かろうじて学校であるということはわかるものの、中の様子はあまりにも異様だった。

窓は全て板で打ち付けられており、玄関も同様に厳重に封鎖されている。

さらに廊下には机や椅子、跳び箱が乱雑にうず高く積み上げられ、それに板を貼り合わせてバリケードのように行く手を塞いでいた。

そして、体育館と同じように、そこかしこに蜘蛛の巣が張られている。

薄気味悪い校舎内を、一は銃を構えつつ、慎重に歩いていく。

机が無くなってがらんとした教室を通り抜け、再び廊下に出ると、2階へと続く階段があった。

そして階段の横には、扉がある。

試しにドアノブを捻ってみるが、施錠の手応えが返ってきた。

一「やっぱり駄目か……くそっ! 何で!? 何で出られないんだよ!」

思わず扉を蹴りつけるが、何の意味も為さなかった。

涙の滲んだ目で、階段を見上げる。

そして、視界ジャック。2階にいる屍人は、1、2、3、4、…5体。

一「ははっ…何だよ……こんなの、どう考えても無理じゃないか……」

ずるずるとへたり込んでしまう。心が折れかける。

けれど。

飽和し切った絶望と恐怖が、怒りへと変わってふつふつと湧いてきた。

一「……殺してやる……どうせ死ぬなら……全員、殺してやる……」

ぶつぶつと呟きながら、一はゆらりと立ち上がった。

その目には、もはや正気の色は見られなかった。

すぐさま行動を開始する。

階段を駆け上がり、まずは廊下にいる1匹を撃った。

銃弾を2発くらって、蜘蛛屍人は悲鳴を上げて倒れる。

それに目もくれず、一は素早く教室の中へと入った。

そこにいた屍人と対面する。

教室の中にいたモノは、蜘蛛屍人よりもさらにおぞましい外見をしていた。

ワカメのような物体を顔面に貼り付けた奇形。

海還りを経て頭脳屍人へと変貌した、染谷まこの成れの果てだ。

まこ「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ!」

狂ったような笑い声を上げながら、まこは手にしたバットを振りかぶる。

一はただ、それに向かって発砲した。

まこ「ギヒッ!?」

まこがよろめく。

一「死ね」

続けて2発、銃弾を撃ち込む。

まこ「ギャアアアアアアアアアアアアアッッ!」

まこが断末魔の悲鳴を上げながら倒れる。

それに気を取られていた一は、気付かなかった。

蜘蛛屍人が1匹、一の背後に迫っていたことに。

蜘蛛屍人「ミャアアアアアアア」

一「っ!?」

不意打ちの攻撃を受け、銃を弾き飛ばされてしまう。

一「しまっ…!」

一の眼前に、無機質な8つの複眼が迫る。

半ば死を覚悟した一だったが、予想していた痛みも衝撃も、訪れることはなかった。

一「………?」

蜘蛛屍人「ギィィィィィィィィィ!」

突如、蜘蛛屍人が悲鳴を上げて倒れた。

同時に、隣の部屋からも似たような悲鳴が複数聞こえてくる。

一には知る由もないことだが、頭脳屍人となったまこを倒したことで、一拍遅れて校内の蜘蛛屍人達も全滅したのである。

一「はーっ、はーっ……」

荒い息をつく。後1秒、屍人が倒れるのが遅ければ、死んでいたかもしれない。

腰が抜けそうになるのをなんとかこらえ、拳銃を拾い上げてから一は廊下に出た。

さらに隣の部屋──図書室の中に入り、辺りを見渡す。

まず見えたのが、2体の蜘蛛屍人。先程のものと同じように、既に行動不能状態に陥っている。

次に、低い本棚の上に、1冊の古びた本が置いてあるのが目に入った。

なんとなくそれを手に取る。

一「…………」

本のタイトルは“羽生蛇村民話集”。

黄ばんだその表紙に、目が吸い寄せられる。

一は少し悩んだ末、その本を持って行くことにした。理由は自分でもわからなかった。

ふと見ると、本が置かれていた位置に鍵があった。まるで、意図的に隠されていたかのように。

一「これ……かな……?」

階段下にあった、鍵の掛かった扉を思い出す。

確証はないが、他に試せそうな物も無い。

とにかくやってみようと、一は1階に降り、扉の前に立った。

恐る恐る鍵を差し込み、回す。

一「開いた……」

中は倉庫のような場所だった。そして、右手にはもう1つドアが。

ガチャリとドアを開ける。

一「外だ……」

呟く一の目にはもはや生気は無く、正気も無い。

度重なる恐怖の連続、そしてなにより孤独感が一の心を蝕み、崩壊寸前まで追い込んでいた。

赤い雨がしとしとと降り続く外へ出る。

そのままフラフラとした足取りで、一は何処かへと去っていった。


―終了条件達成―

東横桃子 初日/22時 上埜医院/第二病棟一階廊下

終了条件:加治木ゆみを倒す。


薄暗い病院の廊下を、桃子は1人で歩いていた。

あの2人──久と美穂子と、一緒にいるのが気まずかったというのもある。

だが、一番の理由は…呼ばれているような気がしたからだ。

桃子(先輩……どこっすか……先輩…!)

ゆみの姿を求め、あてもなく歩く。

昼間見たゆみの姿──果たしてあれは幻覚なのか、本物なのか。

それを確かめたくて、暗闇を懐中電灯で照らして行く。

その時、




────────ペタリ




足音が聴こえた。裸足の足音が。

ハッと息を飲み、耳を澄ます。


────ペタリ、ペタリ


足音は少しずつ、こちらへ近付いている。暗闇の向こうに、何かがいる。

桃子は恐る恐る声をかけた。

桃子「…………先輩?」

返事は無い。桃子はそっと懐中電灯の光を向け、

桃子「~~~~~~~~っ!!」

直後、声にならない悲鳴を上げた。

“それ”は確かに桃子の求めてやまなかった存在──加治木ゆみだった。服装から、それが分かってしまった。

けれどその顔は…もはや、人のそれとはかけ離れた物と成り果てていた。

ゆみの顔面には、4本の黄色い触手のようなものが、前髪のようにぶら下がっていた。

それぞれに血管が通っているのが見え、それによって赤くグラデーションしていく。

それはまるで、グロテスクな軟体生物のようだった。

その触手の隙間から見える、サイケデリックな化粧を施された唇から、言葉が漏れる。

ゆみ「モ"…モ"ォォォォ」

桃子「いっ、いやああああああああああっっ!!」

桃子は逃げ出した。愛する先輩から。その先輩が化け物になってしまったという事実から。

ゆみ「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」

人間にはおよそ発することの出来ないような奇声を上げ、すぐさまゆみが後を追って来る。

桃子は廊下の突き当たり、ドアの開いている部屋に飛び込んだ。そして内鍵を掛ける。一瞬遅れて、


ガアン!!!!


凄まじい勢いで、ドアが叩かれる。何度も、何度も。

桃子は恐怖し、そして後悔した。

この部屋にはもはや逃げ場がない。完全なる袋小路だ。

ドアが破られるのも時間の問題だろう。

桃子(どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば……)

焦るばかりで何も考えられない。一際大きな音がして、ドアが破られた。

ゆみ「モ"…モ"ォ"……」

ゆみが桃子の名を呼ぶ。おぞましい姿で、おぞましい声で。

あれだけ求め続けたゆみが、いまや恐怖の対象でしかなかった。

桃子「嫌っす……こ、来ないで……」

少しでも逃れようと後退する。

だが、物置のような狭い部屋だ。すぐに壁にぶつかった。

じりじりと、追い詰めるようにゆみが近付いて来る。

その時、桃子の手に何かが当たった。それは、一本の傘だった。

武器と言うには、あまりに貧弱な物。

けれど桃子は、縋るようにそれを握りしめ、ゆみへと差し向けた。

桃子「そ、それ以上近づくなっす!」

だが、ゆみは何ら意に介することもなく、近付いて来る。

一歩、一歩。

そしてその手が伸び、桃子に触 れよ う と し て

桃子「ひっ、ああああああああっっっ!!!!」

恐怖に耐え切れず、桃子は目を瞑ったまま、めちゃくちゃに傘を突き出した。

ぐちゅり、と。気味の悪い音と、肉の潰れる感触がした。

恐る恐る目を開ける。

桃子の手にした傘は…ゆみの顔面、触手の下の、本来ならば眼球があるはずの位置に深々と突き刺さっていた。

ゆみ「アッ、ガ、ギャアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

ゆみが甲高い悲鳴を上げ、倒れ込んだ。

ずるり、と傘が抜け落ちる。

桃子「せ、先、輩…?」

恐る恐る、といった感じで、桃子は呼びかけた。

けれど、倒れたゆみは何も応えない。

桃子「先輩、私が、先輩を、……嫌、嘘、そんな、だって、あ、あああああっっ!!」

ゆみの返り血でその身を染めて。桃子は掻き毟らんばかりに自分の顔に爪をたて、ぶつぶつと呟く。

桃子「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、先輩、ごめんなさい、ごめんなさい……」

闇に包まれた病院に、桃子の嗚咽だけがいつまでも響き続けていた。


―終了条件達成―

上埜久 初日/22時 上埜医院/診察室


久「……赤い海?」

美穂子「ええ…華菜と見たんです。村があったはずの場所が、赤い海になってしまっていて……」

久「まさか、そんな……」

美穂子「そして、屍人達が海に沈んで行ったんです。…まるで、海送りみたいでした……」

久「…赤い水に、幻視の力、そして屍人……あなたたち、一体何をしたの?」

美穂子「わかりません……全部、小鍛治さんの言う通りにやったのに……どうしてこんなことに……」

久「…やっぱり、儀式は失敗したのかしら。13年前、あなたのお義父様の時と同じように」

美穂子「上埜さんっ!」

久「…ごめんなさい、失言だったわ。…所詮は“上埜”の私に、儀式に口を挟む権利なんてなかったわね」

美穂子「そんなっ……いえ。和様さえ居れば、儀式はやり直せます。そうすれば、全て元通りになるはずなんです」

久「けれどその和様の居場所もわからない、と。…逃げ出したのかもね。玄様も、そうだったんでしょ?」

美穂子「…何としてでも、見つけ出します」

久「おお、怖い怖い。まあ、手遅れになる前に何とかしないとね……私はこの病院で探し物があるから、手伝えないけど」

美穂子「?」

久「ま、お互い自分に出来ることをやりましょ」

美穂子「…そういえば、東横さん、でしたっけ? …遅いですね」

久「確かにそうね……何か、


「いやああああああああああっっ!!」


美穂子「今のって…!」

久「ちっ、油断してたわ」

美穂子「東横さんの声ですよね……何かあったんじゃ…!」

久「手分けして探しましょう。これ、持って行きなさい」

そう言うと、久は美穂子にネイルハンマーを渡した。

そして2人は桃子を探すため、診察室を飛び出した。

上埜久 初日/23時 上埜医院/第一病棟一階廊下

桃子「先輩……先輩……先輩……先輩……」

暗闇の中で、桃子は顔を覆ってぶつぶつと呟き続けていた。

だから、気付かない。


いつの間にか、ゆみが再び立ち上がっていたことに。


そしてその手がゆっくりと桃子へと伸び……

美穂子「ま、待ちなさい!」

そこへ、美穂子が現れた。

美穂子「東横さんから離れなさい…!」

ネイルハンマーを構えるその手は、恐怖でぶるぶると震えている。

ぐるん!と、ゆみは首だけで振り返った。

美穂子「ひっ!」

あまりにもグロテスクなその外見に、美穂子は怯む。

けれど、目に涙を滲ませながらも、桃子を助けるためにネイルハンマーを振りかぶろうとして、

久「下がってなさい」

横合いから伸びてきた手に押しとどめられた。

美穂子「上埜さん!」

久は手に持っていたビンを思い切りゆみに投げつけた。

ビンはゆみに当たって砕ける。その中に入っていたのは……硫酸。

ゆみ「ギャアアアアアアアアアアッッッ!!」

硫酸をまともに浴びたゆみは、悲鳴を上げながら近くの階段を上って逃げて行った。

美穂子「上埜さん……すみません、助かりました」

久「仕方ないわ。慣れてないんだから、こういうことに。福路さんは」

自分は慣れていると言わんばかりの口調に、美穂子は閉口する。

桃子「先輩、先輩、先輩……」

桃子は相変わらずへたりこんでいる。

久「…やっぱりあれ、ゆみ…だったわよね」

久は美穂子の方を向き、

久「私はゆみを追うわ。…東横さんをお願い。2人で診察室に隠れてなさい」

そう言うなり、返事も聞かずに駆け出した。

須賀京太郎 初日/23時 刈割/廃倉庫

終了条件:順序に従って灯りを灯す。片岡優希の刈割からの脱出。


優希は夢を見ていた。それは、昔の記憶。

この能力──視界ジャックのせいで、いじめられていた頃。

「気持ち悪い」「化け物」

皆からそう蔑まれ、孤立していた。

けれど、中学で京太郎と出会い、高校で和と出会った。

特に和は、優希と同じ能力を持ち、その制御の仕方を教えてくれた。

そして和はそれ以外に、麻雀も教えてくれた。

和「優希、麻雀を打つ時に視界ジャックを使ってはいけませんよ」

和「確かに視界ジャックを使えば、麻雀でも簡単に勝てるでしょう」

和「でも、それは卑怯です。本当の雀士なら、超能力なんかに頼らず、正々堂々と闘うべきです」

和「もし何か言って来る人がいたら、言い返してやれば良いんです」

和「そんなオカルトありえません、って」


**********


優希「ん……」

京太郎「わり、起こしちまったか」

優希は目をごしごしと擦った。

ここは、刈割の廃倉庫。

学校を抜け出した後、2人を待ち受けていたのはさらなる地獄だった。

幾度も屍人に襲われながらも、何とか逃げ延びてここに隠れ、休んでいたのだった。

優希「…のどちゃんの夢、見てたじぇ」

京太郎「和、か……あいつも無事だといいんだが」

優希「のどちゃんなら、きっと大丈夫だじぇ……」

優希がそう呟いた途端、

「ウオオォォオオオォォオオォン!!」

屍人の遠吠えが響いた。

優希「ひっ…!」

京太郎「くそ、あいつらこんなとこまで……」

京太郎は歯噛みする。もはやこの村に、安全な場所など存在しないのだろうか。

京太郎「…行くぞ優希。ここも危ない」

優希「うん……」

行くあても無いまま、2人は倉庫を出て歩き出した。

マナ字架の卒塔婆が立ち並ぶ、薄気味悪い墓地を抜け、鉄柵に辿り着く。

そこで優希はある物を見つけた。

優希「これは……灯篭?」

京太郎「どうした?」

優希「……。火、灯さなきゃ」

京太郎「何だよ急に。そんなことしてる暇ねーぞ」

優希「駄目だじぇ。火を灯さないと、大変なことになる…ような気がする」

京太郎「気がする、ってお前……」

京太郎は頭をガシガシと掻いて考えた。

京太郎(言い合ってても仕方ない……素直に従っとくか)

京太郎はポケットからライターを取り出した。

先程の廃倉庫で見つけた、安っぽい百円ライター。

灯篭の中の蝋燭に火をつける。辺りが淡い光で照らし出された。

京太郎「これでいいか?」

優希「これ1つじゃ、足りないじぇ。4つ全部に灯さないと」

京太郎「おいおい、マジかよ……」

京太郎としては、一刻も早く少しでも遠くに逃げたいところだ。けれど、優希の様子は明らかにおかしい。

何か、京太郎には感じられない力が働いているのかもしれない。

京太郎「…しゃーねぇな。場所、分かるか?」

優希「ん。こっち。何となく感じるじぇ」

そう言うと優希はふらふらと歩いて行ってしまった。京太郎も慌ててその後を追う。

小さな橋を渡った先に、2つ目の灯篭があった。そこにも火を灯す。

そして3つ目に向かおうとした時、

京太郎「出やがったな……」

屍人が徘徊しているのが見えた。幸い、気付かれてはいないようだ。

京太郎は屍人の背後に音も無く忍び寄ると、

京太郎「ふんっ!」

その脳天目掛けてバールを振り下ろした。

屍人が声も上げられずに倒れ込む。

京太郎達は素早く移動し、3つ目の灯篭へと辿り着いた。

優希「これで、あと1つ……」

灯篭の灯りに照らされた優希の顔は、何だか熱にうかされているようで、京太郎は一抹の不安を覚えた。

橋を渡り、4つ目の灯篭へと向かう。

京太郎「あれ…ここってさっきまで俺達がいた倉庫の近くじゃねーか。一周して戻って来ちまったな」

優希「…あった。ここだじぇ」

京太郎「ここを最初にやっときゃ楽だったのに……」

優希「いや、この順番じゃないと意味ないじぇ」

京太郎「ふーん……」

理由は分からないが、そういうものなのだろう。

そう納得して、京太郎は最後の灯篭に火を灯した。次の瞬間、


ポウ、


と、灯篭全体が白い光に包まれた。

そしてその光は灯篭を離れ、天へと上って行く。

見上げると、同じ光が他にも3つ。先程火を灯してきた灯篭のものだろう。

それらは集まり、1つになって何処かへ消えて行った。

京太郎「何だよ、今の……」

優希「分からんが……あれを解放することが、きっと何かにつながるじぇ……たぶん」

京太郎「わけわかんねーな……まぁいい、済んだんならさっさと行くぞ」

この時の2人の行動により解放された光──聖獣“木る伝”が全てを救う鍵になることを、彼らは知る由もなかった。

2人は再び歩き出した。けれど、すぐにその足が止まる。

2人が見据える先、田堀方面へ向かう道には、5人もの屍人がいた。

京太郎「くそ、どうする…? 流石にあの人数相手にするのは無理だぞ……」

優希「っ! こっちに来るじぇ!」

京太郎「やばっ、隠れろ!」

咄嗟に、京太郎は近くの車の陰に、優希はリヤカーに乗せられた荷物の中に隠れた。

だが、それがまずかった。

屍人が、優希の隠れているリヤカーを引いて行こうとしているのである。

京太郎(あの馬鹿、何だってあんな所に…!)

その上、そんな2人をさらなる不幸が襲った。時刻は午前0時。

サイレンの鳴る時間だ。



ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────



それは、生ける者をあちら側へと引きずり込む呼び声。

人間を屍人へと変えてしまう音色。

その音を聞いた人間は、酷い頭痛に苛まれる。

だから、その時優希が身じろぎしてしまったのも無理からぬことだった。

たとえそれで、屍人に気付かれてしまったとしても。

ガタッと揺れた荷物を、不審に思った屍人が調べようとする。

京太郎(優希っ! くそ、こうなったら…!)

迷っている暇は無かった。

京太郎は頭痛を堪えながら、隠れていた車の運転席の窓をバールで叩き割った。

そして、そこに手を突っ込んでクラクションを盛大に鳴らした。


プ────────────ッ!


派手な音が辺りに鳴り響き、リヤカーの屍人がこちらを向いた。

それに加え、周りにいた4人の屍人も。

彼らは京太郎の姿を認めると、ゆっくりとこちらに向かって来た。

京太郎(畜生、どうしたら……とにかく!)

京太郎「優希ィ! 今の内に逃げろ!」

大声で叫ぶ。けれど優希は迷っているのか、出て来ない。

京太郎「俺1人なら逃げ切れる! 後から必ず追いつくから!」

それを聞いて、優希はようやくリヤカーから這い出した。そして、何処かへ走り去って行く。

屍人達はそちらには目もくれず、ただ目の前の獲物へとにじり寄る。

京太郎(カッコつけたはいいものの……ここまで、か……)

優希に言ったように逃げるわけには行かない。逃げたら、こいつらは優希を追うかもしれない。

京太郎「それだけは、させるわけにはいかねーな…!」

どうすべきかは、もう分かっている。すぐそばの車をちらりと一瞥する。

京太郎が隠れていた車は、ただの車ではなかった。

小型のタンクローリー。

その後部にあるバルブを回すと、中に詰まっていたガソリンがドポドポと流れ出した。

屍人との距離は、もう1mもない。その指先が京太郎に触れかけた瞬間、

京太郎「優希……嘘ついちまって、ごめんな……最後まで守ってやれなくて、ごめん……」

ライターに、火をつけた。


**********


ドオオォォォ……ン


全力で走り続ける優希の背中に、大きな爆発音が響いた。

優希「京、太郎…?」

残してきた彼のことが心配でたまらなかった。

けれど、戻るわけにはいかない。

命懸けで逃がしてくれた彼の思いを、無駄にするわけにはいかなかった。

優希「京太郎ぉぉぉっっ!!」

夜の闇に、優希の切ない叫びだけが虚しく溶けて消えた。


―終了条件達成―

原村透華 初日/23時 田堀/廃屋離れ


咲が寝ている間に、和はこっそりと部屋を抜け出していた。

そしてそこで、あまり会いたくない相手と出会うことになる。

透華「こんな所にいたんですのね……和」

和「…………姉さん」

和の実の姉、原村透華。この異界で、彼女はずっと和を探していたようだ。

透華「一緒に来てもらいますわよ。儀式の続きをしなければ」

和「お断りします」

透華「あなた…っ、それでも原村家の人間ですの!?」

和「家が勝手に決めたことなんて、私には関係ありません! …ましてや、それで生贄にされるなんてまっぴらごめんです」

透華「この……生まれた時から、あなたは生贄の羊となる運命! 覆すことなど出来ませんわ!」

和「どうでしょうね。生贄にされるのは、姉さんでも良かったかもしれませんよ。…衣にはその方が都合が良かったのでは?」

透華「なっ…何を言ってますの!? 衣は私の許婚ですわ! いいかげんなことを……」

和「…とにかく、私は行きません。お引き取り願います。もし、力尽くで連れて行こうというなら……」

いつの間にか和の手には、大きめのガラス片が握られていた。

それをゆっくりと透華に向ける。

和「私にも、考えがあります」

透華「くっ……ふ、ふん! ならばどうぞ、化け物共に嬲り殺されてしまいなさい!」

捨て台詞を残して、透華はどこかへと去って行った。

和「……哀れな人。何も知らされずに、ただ使われていることにも気付かないで」

原村和 第2日/0時 田堀/廃屋中の間


和は咲の元へと戻って来ていた。その手にガラス片を携えたまま。


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


午前0時のサイレンが鳴っている。

その音は咲を苛み、あちら側へ引きずり込もうとする。

和は、眠ったまま苦しげに呻く咲の顔を覗き込んだ。

和「…咲さん。今、助けてあげますから」

そう呟くと、和は右手に持ったガラス片で、自らの左の手の平を切り裂いた。

和「んっ……」

続けて、咲の左手も同じように傷つける。

そうして、血の流れる手と手を重ね合わせた。

和「…これは、私の血の盃。罪の赦しとなる、永遠の契約の血」

2人の血が交じり合う。

手を握ったまま、和は咲に寄り添うように横たわった。

和「ごめんなさい……こうする他ないんです。せっかく、綺麗だったのに……」

苦痛に歪んでいた咲の表情が、すっと和らいでいく。

これでもう、咲は屍人になることはない。

けれどそれは同時に、和の抱えるとある呪いを受け継がせてしまうことも意味していた。

和「ごめん、なさい……」

謝罪の言葉をもう一度紡ぎ。

咲を見つめながら、和も再び眠りに落ちていった。

弘世菫 第2日/0時 蛭ノ塚/県道333号線


菫は夢を見ていた。それは、昔の記憶。

菫は小さい頃、従兄弟のお姉さんにとてもよくなついていた。

名前は宥。夏であっても常に厚着にマフラーの、変わり者。

10歳以上も年の離れた彼女は、とても面倒見が良く、優しかった。

けれど菫は知っていた。彼女が、原村家の人間と親しくしている事を。

祖父に「原村家と教会には関わってはならん」と厳しく言われていたにもかかわらず。

なんでも、教会の秘密を知ってしまった祖父の弟は、消されてしまったらしい。

それでも宥は、頻繁に原村家に忍び込んでいた。

宥が自分以外の者と仲良くしている事に、少しの嫉妬を覚えないでもなかったが。

「内緒だよ」と言われていたので、その事を誰にも口外することは無かった。

だが。

13年前──あの土砂災害で、宥は死んでしまった。

死体は見つからなかった。全ては土砂に飲み込まれ、消えてしまった。

あの日、宥は言っていたのだ。

「玄ちゃんを助けに行く」と。

原村家に関わったから、宥は死んでしまった。

全ては教会の仕業。

永遠に生きる女の仕業。

あれから13年。菫は祖父の言いつけを守り、原村家と教会には決して近づくことはなかった。


**********


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


菫「ん…」

サイレンが鳴り響く中、土の上に横たわっていた菫は、ゆっくりと体を起こした。

徐々に意識がはっきりしてきて、記憶を取り戻す。

菫(確か、頭を撃ち抜いたはず……)

それなのに、生きている。……いや、この身を包む異様な高揚感は。

菫「…結局、逃げられないということか」

失望は無かった。代わりに、喉の奥から笑いがこみ上げてくる。

菫「ククッ…ハ、アハハハハハハハハハハハッッ!!」

暗い山の中に、菫の笑い声だけが響く。

その声はもはや、人のそれではなかった……

加治木ゆみ 第2日/0時 上埜医院/第一病棟診察室


桃子「先輩……先輩……」

美穂子はなんとか桃子を診察室まで引っ張ってきていた。

だが、桃子は相変わらずブツブツと呟くばかりで、何の反応も示さない。

診察用のベッドに座った桃子の虚ろなその目には、何も映ってはいなかった。

けれど美穂子は、桃子よりも久の方が気にかかってしかたがない。

美穂子「ああ、上埜さん……やっぱり心配です……私、ちょっと様子を見に行って来ます…!」

そう言いながら美穂子がドアを開けると、そこにはゆみが立っていた。

美穂子「…………え?」

何を考える暇もなく、美穂子はシャベルで殴り倒されてしまう。

頭から血を流し、ドサリと床に倒れ込んだ。

桃子「…………せんぱい?」

桃子の目に、僅かながら光が戻った。

ゆみは美穂子に止めを刺すこともせず、まっすぐ桃子の所へ歩み寄る。

桃子「せんぱい……せんぱいっ……!」

ゆみは変わり果てたその顔を、桃子の顔へと近づける。肌が触れ合うほどに。

べちゃりとした感触がして、死人の肌の冷たさが伝わる。けれど不快感は微塵も無かった。

桃子「会いたかったっす……先輩っ…!」

桃子がそっとゆみの背中に手を回し、抱きしめる。

ゆみ「モ"……モ"……」

ゆみがひび割れた声で桃子の名を呼ぶ。その途端、ある光景が桃子の頭の中に流れ込んできた。

久の顔。

歪んで。

手が伸びて。

首に。

苦し

助 け


桃子「そう……だったんすね…」

桃子の頬を、一筋の透明な雫が伝った。

上埜久 第2日/0時 上埜医院/第一病棟診察室

終了条件:うりえんの入手。


久「ここで待ってろって言ったのに……まったく、どこ行ったのかしら」

ゆみを追っていた久は、数体の蜘蛛屍人に襲われ、その相手をしているうちにゆみに逃げられてしまった。

仕方なく診察室へと戻って来たのだが……そこで待っているはずの2人の姿が見えない。

美穂子に貸し与えたはずのネイルハンマーだけが、机の上にぽつんと置かれていた。

そして床には、僅かだが血痕と、何かを引きずったような痕跡がある。

久(襲われた…としたら、たぶんもう生きてはいないでしょうね、あの2人じゃ。…一応探しに行くべきかしら?)

思案する久の背後から、突然声がかけられた。

桃子「生徒会長さん」

久「うわっ!……あら、生きてたのね東横さん。びっくりさせないでよもう」

いきなり現れた桃子に、久は抗議する。

桃子「…………」

けれど、桃子は俯いたまま何も応えない。明らかに様子がおかしい。

久「東横さん?」

桃子「…あんたが」

久「?」

桃子「あんたが、加治木先輩を殺したんっすね!」

久「……何のことかしら?」

唐突な桃子の言葉に対して、久はしらを切る。だが、すぐにその顔は驚愕に彩られることとなる。

桃子「…そんなにお姉さんが羨ましいか? 求道師様になって皆からちやほやされたかったのか?」

久「なっ…!」

桃子「双子の姉に対する醜い嫉妬──お前の中には、それしかない。常に自分と福路さんを比べて、自分の方が劣っていると思い込み続けている」

久「なんで、あんたがそれを…いや、その言葉は……」

桃子の口から紡がれているのは、桃子の言葉ではなかった。それは、一日前にゆみが久に言ったこと。ゆみの、最期の言葉。

桃子「お前はお前だろう。他の誰にもなれない。いいかげん、自分の人生と向き合えよ!」

ゆみが乗り移ったかのように、桃子はゆみの言葉を話す。

これは、昨晩あった出来事の再現だった。

だから、久が次に取った行動も、昨晩と同じ。

久「うるさいっ、うるさいうるさい! あんたなんかに! あんたなんかに私のなにが分かるっていうのよ!」

久は激昂して桃子に掴みかかり、その細い首を締め上げた。

桃子「がっ……ぐ……」

久「ふ、ふふふ…甦ってくるなら、何度でも殺してあげるわ、ゆみ! 正直、墓穴から這い出て来た時はどうしようかと思ったけど……こうすれば良かったのよ。何度だって、殺して埋めてあげる!」

久は両腕にさらに力を込める。

やがて桃子の腕がぶらんと垂れ下がり、全身から力が抜け落ちた。

それを見て、久は手の力を緩める。だが、


つうっ、


と。桃子の頬に赤い線が引かれる。赤い、紅い、涙の跡。人ならざる者の証。


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


サイレンの音が鳴り響く。桃子の哄笑が、それに重なる。

桃子「ハ、アハハハハハハハハハハハッッ!!」

久「やめなさい…笑うな、やめろ!」

久が桃子を突き飛ばした。

ガシャアアアンと音を立てて、桃子は棚に倒れ込む。けれど、けたたましい笑い声はやまない。

桃子「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

久「やめろぉぉ!!」

久の手には、いつの間にかネイルハンマーが握られていた。

それを振り上げ、桃子の頭部を思い切り殴りつけた!

桃子「ギャアアアアアアアアッッ!」

グシャリという音と共に、桃子は甲高い断末魔の叫びを上げ、それきり静かになった。

久は荒い息を整え、なんとか気持ちを落ち着かせた。

久「ふーっ……落ち着け、冷静になれ私……」

久(東横さんは死んで、福路さんは行方不明。けど、私のやるべき事は変わらない)

白衣の裾でネイルハンマーについた血を拭い、診察室を後にした。

向かう先は、地下隠し部屋。そこで待っている者がいる。

薄暗い廊下を慎重に歩き、中庭に通じるドアを開く。

中庭に出ると、相変わらず赤い雨が降っていた。

久は中庭の中央に置かれた銅像に触れた。力を込めてそれを押す。

すると、ズズズッと像がスライドし、地下への梯子が現れた。

まるでゲームか何かのような、冗談みたいな仕掛け。

この仕掛けの事を、久は義父から聞かされて知っていた。そこで何が行われていたのかも。

梯子を降り、短い通路の先のドアをあける。

そこは実験室。誰にも知られてはいけない、違法な実験を行うための場所。

そこで久は、目的の人物を見つけた。


久「やっと──会えたわね」


それは、拘束具によって椅子に縛り付けられた、一体の木乃伊だった。

死後長い年月が経っているであろうことがうかがえる、朽ちた体。

かろうじて人の形を保ってはいるものの、生気が全く感じられない。

にもかかわらず。

久が近寄ると、ギギギ、と木乃伊の手が動き、何かを差し出した。

久「受け取れ…ってことかしら?」

枯れ枝のようなその手から受け取ったのは、2つの麻雀牌だった。

見た目の割に重く、奇妙な威圧感を放っている。

久「…何、これ」

木乃伊「…………」

久「…そう。宇理炎、ね…ありがたく使わせて貰うわ」

いずれ、これを使う時が来るだろう。

そんな予感を胸に抱き、久は宇理炎を強く握った。


―終了条件達成―

宮永咲 第2日/1時 田堀/廃屋中の間

終了条件:原村和と廃屋からの脱出。


ガタガタッ!

和「!」

咲「なっ、何!?」

眠っていた2人は、突然の物音で目を覚ました。

咲は咄嗟に枕元に置いていた火掻き棒を握りしめ、和は視界ジャックを使って状況を把握する。

和「くっ、やられました……奴らです」

咲「入って来たの!?」

和「ええ……しかも、閉じ込められました。勝手口はもう使えません」

咲「そんな……どうしよう」

ほとんどの出入り口が封鎖されていて、屍人の侵入を防げそうな家を選んで入ったのだが、それが裏目に出たようだ。

たった1つしかない出入り口たる、台所の勝手口を封じられてしまった。

和「とにかく、一旦隠れましょう」

咲「う、うん……納戸があったよね。あそこがいいかも」

部屋を1つ跨いだ向こう、廊下の突き当たりにある納戸。2人はそこに入り、扉を閉めた。

扉には鍵は掛からないので、屍人が入って来ないことを祈るしかない。

和「…さて、状況を確認しましょうか。この家に入って来た屍人は2人……ですが、1人は拳銃を持っています。戦うのは賢明ではありません」

咲「じゃあ、どうにかして逃げ出さないと……」

和「……そもそも、奴らはどこから入って来たのでしょうか」

勝手口は内側から鍵を掛けていたし、その他の扉や窓は、鍵が掛けてあるか釘で打ちつけられていたはず。

咲「つまり、屍人の侵入口を見つければ、そこから逃げられる…ってこと?」

和「おそらくは。けれど、そのために歩き周るのも危険です」

咲「うーん、どうすれば……きゃっ!」

和「大丈夫ですか、咲さん!?」

咲「う、うん、平気。床が脆くなってるみたい……和ちゃんも気をつけて」

どうやら、咲は床板を踏み抜いてしまったらしい。空いた穴から土の地面が見える。

それを見た和の脳裏に、ある考えが閃いた。

和「そうか……床下、です」

咲「え?」

和「もしかしたらあいつらは、床下を通って入って来たのかもしれません」

咲「なるほど…ってことは!」

和「ええ。咲さん、この床板、剥がせますか?」

咲「やってみる!」

先程できた穴に火掻き棒を差し込む。梃子の原理でベリベリと床板を剥がし、穴を拡げていく。

程なくして、何とか人が通れる位の大きさになった。

咲「よし…行けそうだね」

和「私から行きます。ついてきてください」

まず和が穴に入り、咲がそれに続く。

しばらく地面を這いずると、やがて外に出た。

和「ふう、何とか無事脱出できましたね」

咲「家から出るだけでこんなに苦労するなんて……」

出た先は、家の裏手。

外は相変わらず赤い雨が降り続いている。冷んやりとした、夜の空気が漂う。

和「こっちは…屍人がいますね。反対側から回って行きましょう」

2人は屍人に見つからないよう、静かに門へと歩いた。

咲「これから…どうしよう」

和「…とにかく、逃げ続けるしかありません。少しでも、安全な所を探して」

咲「…うん。一緒に頑張ろう、和ちゃん」

そう言うと咲は、和の手を取った。

和「…はい」

少し顔を赤らめて、和はその手を握り返す。

少女達の逃避行は、まだ続く。その先に、無慈悲な別れが待ち受けているとも知らず。


―終了条件達成―

国広一 第2日/3時 蛭ノ塚/水蛭子神社湧水


赤い泉の淵に、一は佇んでいた。

その目は虚ろで、何も映してはいない。

手には、学校の図書室で手に入れた本が握られている。

その本──羽生蛇村民話集に書かれていた内容。永遠の命を得た女の話。

それと菫に聞いた話から、一はひとつの結論を得た。



赤い水を飲めば、永遠の命と若さが得られる。



確証など無い。

けれど疲弊し切った一の精神は、そんな一筋の希望に縋らずにはいられなかった。

誘われるようにして、一は泉に足を踏み入れた。そして、一歩一歩進んでいく。

やがて全身が水に浸かり、頭まで沈み込む。

最後にとぷん、と小さな音がして。

辺りは静寂に包まれた。

福路美穂子 第2日/4時 上埜医院/地下実験室


美穂子「上埜さん!」

久「あら、福路さん。生きてたのね」

ゆみに殴られて気絶した後、美穂子は別の部屋で目覚め、病院内を彷徨っていた。

中庭から微かに悲鳴が聞こえ、この隠し部屋を見つけて入って来たのだが……

美穂子「これは……なんて、酷い……」

久「酷い…ね。化け物に同情なんてするもんじゃないわよ」

ゆみ「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」

桃子「アアアァァァァァァァァ!!」

実験室に響き渡る絶叫。

久は屍人と化したゆみと桃子を捕らえ、ベッドに縛り付けた上で“実験”をしていた。

久「すごいわよ……どれだけ切り刻んでも、すぐに再生するの。…見て」

そう言うと、久は足下に転がる肉片をつまみ上げた。

それは、切り取られた桃子の耳だった。

久はそれを桃子の頭の、本来あるべき場所へ押し付ける。

ジュウジュウという音と共に、切り離されていた耳が数秒で元通りにくっついた。

久「ふふふっ…これじゃあ医者も用無しね」

恍惚とした表情を浮かべる久を見て、美穂子の背筋に怖気が走った。

美穂子「狂ってる…!」

生まれて初めて目にした実の妹の狂気に恐怖を抱き、美穂子はその場から逃げ出した。

久「あらら……逃げられちゃった」

ほんの少しだけ残念そうに久は呟く。

久「ま、時間はあるし……もう少しこの玩具で遊んでいきましょ」

ギラリと光るメスを持ち上げる。

その後しばらく、実験室には狂ったような悲鳴が響き続けた。

池田華菜 第2日/6時 刈割/棚田

終了条件:教会への道へ到達。


華菜「……………あれ?」

気がつくと、華菜は1人棚田に立っていた。

華菜「何であたし、こんなとこに…」

山の中を彷徨っていたら健夜と会って、それから……

華菜「それから、どうしたんだっけ? 思い出せないし……」

ふと、空を見上げる。そこには幻想的な光景が広がっていた。

華菜「綺麗だし……」

オーロラ。羽生蛇村では決して見られるはずのないそれが、天上に輝いていた。

さらに辺りを見回せば、何千、何万もの光り輝くクリオネのようなものが宙を舞っている。

華菜「……天使様?」

求道師の美穂子から聞いたことのある、天使によく似ていた。

美しい風景に、華菜はしばし時を忘れて見入っていた。

「……ネエ」

華菜「!?」

不意に、後ろから声が掛けられる。

一「ボク、カワイイカナ…?」

華菜「ひっ、ひいいいいっっ!」

そこにいたのは、かなり露出の多い服装をした屍人だった。

至近距離に屍人が立っていたことに驚き、華菜は一目散に逃げ出す。

一「マテエエエ」

華菜「こ、こっち来んなし!……にゃっ!」

慌てた華菜は、落ちていた大きな石に躓き、転んでしまった。絶体絶命のピンチ…かと思われたが。

一「モットボクヲミテヨォ……」

華菜「?」

倒れた華菜に追いついた屍人は、華菜の傍に立って話しかけてくるだけで、危害を加えようとはしない。

一「カワイイッテ、イッテヨォ……」

華菜「ひっ…か、可愛い! 可愛いからあっち行けし!」

その言葉を聞くと、屍人は満足そうにニイッと笑って、どこかへ行ってしまった。

華菜「な、何だったんだし……」

立ち上がり、膝を払う。

華菜「とにかく助かったし。……ここは……」

よく見ると、見覚えのある場所に来ていた。確か、教会の近くだったはず。

華菜「よし…教会には、皆居るはずだし……急ぐし!」

教会へと、駆け足で進んでいく。だが、焦るあまりに華菜はまたミスを犯してしまった。

犬屍人「グルルルルゥ……」

華菜「うわあっ!」

安全確認を怠り、犬屍人と正面から鉢合わせてしまう。しかし……

犬屍人「………」

華菜「あ、あれ…?」

警戒の唸り声を上げていた犬屍人は、突如興味を失ったかのようにそっぽを向いてしまった。

華菜「ど…どうしたんだし?」

襲われても困るが、ここまで無視されると逆に不安になる。

けれど、すぐそばまで近寄っても、犬屍人はもはや何の反応も示さなかった。

華菜「なんで……いや、好都合だし!失礼するし!」

犬屍人の真横を通り抜け、先へ進んでいく。

その後も華菜は犬屍人や頭脳屍人に遭遇したが、ことごとく無視された。

華菜「…こうして見ると、あいつらも結構可愛い顔してるし!」

教会への道の、鉄門を抜ける。

咲や和が来た時には固く閉ざされていたはずの門が、今は不気味に口を開けていた。

華菜「もうすぐ教会だし……皆に会えるし!」

はやる気持ちを抑えながら、華菜は教会へと駆けていった。


―終了条件達成―

池田華菜 第2日/6時 刈割/不入谷教会


華菜「ふう……ようやく着いたし」

ついに華菜は、教会に辿り着いた。

扉には鍵が掛かっていたため、裏手に回り込む。

窓から中を覗き込むと、貴子と美春の2人が椅子にもたれて眠っているのが見えた。

華菜「コーチ! みはるん! 起きるし! 開けて欲しいし!」

窓をバンバン叩きながら呼びかける。

貴子「うーん……」

やがて、2人が目を覚ました。


**********


眠っていた貴子は、バンバンと窓を叩く音で目を覚ました。

華菜「コーチ! みはるん! 起きるし! 開けて欲しいし!」

貴子「うーん……池田ァ…?」

そこにあったのは。





華菜「コォォォォチィィィィ」

ボタボタと血の涙を垂れ流す、変わり果てた華菜の姿だった。





貴子「う、うわああああああああああっっ!?」

美春「きゃあああああああっっ!!」

屍人となった華菜を見た2人は、思わず悲鳴を上げた。

貴子「く、来るな!」

傍らに置いてあった武器を取り、威嚇する。

その様子を見た華菜は、何かを悟ったようにうなだれ、トボトボとどこかへ歩いて行ってしまった。


**********


それから数分後。

貴子「やっぱり……あたしはあいつを追いかけるよ」

顔を伏せていた貴子が、ぽつりと呟くように言った。

貴子「あんな姿になっても、…あいつはあたしの後輩なんだ。お前はここで待ってろ」

その言葉に、美春は首を横に振る。

美春「…華奈ちゃんが心配なのは、私も同じです。一緒に行きましょう!」

貴子は、しょうがないな、という顔をして。

貴子「…よし。行くぞ!」

美春「はい!」

そして2人は、教会を後にした。

小鍛治健夜 第2日/6時 大字波羅宿/耶辺集落


健夜は波打ち際に佇んでいた。

赤い波がその足を濡らすが、彼女は気にも留めない。

健夜「復活の時が近づいている……永遠の狭間で、始まりと終わりが一つになる……」

夢見心地のような状態で、呟く。

その足下に、波に運ばれて何かが転がってきた。

健夜は“それ”を拾い上げる。

“それ”は、頭部のように見えた。

人間ではない、どころかこの世の生物とも思えない、得体の知れないものの頭部。

“それ”は、御神体だった。

儀式を止めるために、和が壊したはずの物。

けれど健夜が今手に持つそれは、傷一つない。

生贄の和と共に、これも儀式をやり直すためには必要不可欠な物だ。


だから、届けてくれた。


海の向こうを見る。その途端、沖合いから巨大な光の柱が立ち上り、空と海を繋いだ。

神々しくも禍々しい光。

その下には、ある人物が立っている。


─────白い髪の健夜。


健夜本人よりも遥かに年老いて見えるが、それを除けば2人の顔は瓜二つだった。

彼女が、御神体──堕辰子(だたつし)の首を、運んできてくれた。

健夜「ありがとう、“私”。今度は、上手くやるから」

これで、あと必要なものは和だけ。もう一度儀式をやり直すのだ。

今度こそ、望みを叶えるために。

福路美穂子 第2日/6時 大字粗戸/眞魚川岸辺


同じ頃、美穂子も空へと伸びる光の柱を見ていた。

美穂子「そんな、まさかあれは……りびや、たん…?」

理尾や丹──儀式が失敗した時、天罰を下すと伝えられている、伝説の海竜。

美穂子「やっぱり私は…失敗したのね……」

美穂子はがくりと膝をついた。

求道師としての役目を果たすことが出来なかったという、自責の念が彼女を押し潰す。

美穂子「失敗した、失敗した、失敗した失敗した失敗した……」

それでなくとも久の凶行を目の当たりにして潰れかけていた美穂子の心が、さらに軋みを上げる。

美穂子の呟きは、いつしか嗚咽へと変わっていった。

宮永咲 第2日/7時 蛇ノ首谷/折臥ノ森

終了条件:蒲原智美を倒す。


森の中で、咲と和はそれを見た。

空へと伸びる光の柱──理尾や丹。

その途端、和が怯えるように呟いた。

和「来る……」

咲「?」

和「ちゃんと壊したはずなのに…! どうして……」

咲「ど、どうしたの和ちゃん? 来るって何が?」

和に触れると、その肩は小刻みに震えていた。

和「早く、少しでも遠くに逃げないと…!」

焦るように咲を引っ張っていく和。困惑しながらも、咲はそれに従った。

けれど、吊り橋を渡ったところで、

咲「危ない!」

咲が和を選鉱所の中に引っ張り込んだ。

直後、銃声が轟き、すぐそばの壁に弾痕が穿たれた。

和「す、すみません、助かりました……」

礼を言う和。けれど、咲の視線は上空にある人影に注がれていた。

咲「何、あれ……屍人が空を飛んでる…!」

しかも、その羽根屍人の顔には見覚えがあった。

咲「もしかして……あの時の警官!?」

智美「ギギッ……ワハッ……」

忘れもしない、1日前に咲の心臓を撃ち抜いた警官──智美は、海送りを経て羽根屍人へと変貌していた。

しばらく選鉱所の中に隠れていると、智美はやがて興味を失ったのか、周囲を飛び回り始めた。

咲「空から銃を撃ってくるなんて……どうしたら……」

このまま外に出るのは、危険すぎる。智美をどうにかしなければ。

和「…この建物の中を見てみましょう。役立つ物があるかもしれません」

2人は探索を開始した。

ガラス片が散乱する、廃墟同然の建物内を歩いていく。

やがて、壁に配電盤のようなものを見つけた。

咲「何だろ?」

ガチャリ、とレバーを上げると、バチッという音が外から聞こえてきた。

窓から外を覗くと、千切れた電線がショートし、バチバチと火花を放っている。

それを見た和が声を上げた。

和「それです、咲さん!」

咲「えっ!?」

和はレバーを下げ、電気を止めた。バチバチという音が止む。

さらにきょろきょろと辺りを見回し、目当ての物を見つけた。

ゴミ箱だ。

蓋を開けると、赤黒いドロドロの何かが詰め込まれていた。

生ごみの腐ったような臭いがむわっと立ち昇る。

和「うっ……!」

慌てて蓋を閉める。

和「咲さん、手伝ってください」

咲「う、うん」

2人がかりでゴミ箱を運び、千切れた電線の近くの水たまりに、その中身をぶちまけた。

赤い水たまりの上に、気持ちの悪い生ごみが飛び散り、ひどい臭いが立ち込める。

さらに、和は電線を引っ張って水たまりの中に突っ込んだ。

すぐさま2人は配電盤の所まで戻り、隠れた。

視界ジャックで智美の視界を視る。

しばらくすると、ふらふらと飛び回っていた智美は、予想通り臭いに惹かれて水たまりへと降りてきた。

くんくんと生ごみの臭いを嗅ぎ、嬉しそうにそれにかぶりつく。

じゅるじゅると生ごみを啜るたびに、トンボのように変異した口の周りが、赤黒く染まっていく。

和はすかさず配電盤のレバーを上げた。

バチッと音がして、智美の身体が一瞬硬直し、倒れ込んだ。

和「どうやら、上手くいったみたいですね」

咲「すごいよ、和ちゃん!」

和「いえ。…咲さん、ついて来てください。少し、お話があります」

そう言った和の目は、何らかの決意を固めたように見えた。


―終了条件達成―

宮永咲 第2日/9時 蛇ノ首谷/吊り橋


赤く染まった川を眺めながら、和はこの村の真実を語り始めた。

和「私達原村一族の先祖は、かつて罪を犯し、その代償として呪いを受けました。…永遠に、死ぬことが出来ないという呪いを」

それは、今から千年以上も昔の話。

村人には知られていない、原村家と教会にのみ、伝わる史実。

和「それ以来、一族には女性しか生まれなくなり……その全員が、不死の身体を持っていました」

和は自分の手の平を見た。そこにつけたはずの傷は、既に跡形もなく消えている。

和「その呪いを解くために。数十年に一度、この村ではある儀式が行われてきました」

村一番の権力者である原村家、及びそれと密接に結びついた教会が、極秘に行ってきた儀式。

和「原村の末娘を、神の花嫁として…生贄に捧げる儀式が」

妹は生贄にされ。姉は次の生贄を生むために生かされる。

そうしたシステムが、千年以上もの永きに渡って続いているのだ。

和「そして──今年の生贄が、私」

咲「そんな…っ」

話の流れからある程度予想はついていたとは言え。

和の口から出た直接的な言葉は、咲を動揺させた。

和「酷いと思いますよね? 私も嫌でした……そんな、わけのわからないもののために死ぬのは」

産まれた時から定められていた運命。

和はどうしても、それを受け容れることが出来なかった。

和「だから、壊したんです。御神体を。咲さんと、初めて会った時のことです」

咲「ああ、あの時の……」

最初に見かけた時、何かを壊しているように見えたが──あれが、そうなのか。

和「目論み通り、儀式は失敗に終わりました……ですが」

和はそこで言葉を切った。後悔を、噛みしめるように。

和「そのせいで、村ごと異界に取り込まれてしまったんです──本来なら、私だけが来るはずだったのに」

段々と、和の語気が荒くなってくる。

和「こうなってしまったらもう、元の世界に帰る術はない……どこにも逃げ場なんてないんです! 全部、全部私のせいで…!」

和の目から、涙が溢れる。

咲がその手を取った。

咲「和ちゃんは何にも悪くないよ。生きるために、一生懸命頑張っただけ」

和「咲さん……」

咲「だからさ、もうちょっとだけ一緒に頑張ろうよ! この村から、一緒に逃げ出そう!」

和「……はい」

咲が優しく微笑みかけ、和も泣き腫らした目で微笑み返した。

2人の距離がゆっくりと縮まっていく。

けれど、運命はそれを許さない。






衣「昏鐘鳴の音が聞こえるか?」






突然現れた衣。

轟く銃声。

和の頬に、血飛沫がかかる。

衣の手にした猟銃から、硝煙が上がる。

ぐらり、と。

咲の身体が傾く。

互いに伸ばした手は、空を切った。

1日前と同じように、咲は再び、心臓を撃ち抜かれて川へと落ちていった。

和「いっ…嫌ああああああああああっっ!! 咲さん! 咲さんっ!!」

和は悲鳴を上げながらも、咲を追って川に飛び込もうとする。

だが、その腕を掴まれて制止された。

衣「ようやく捕まえたぞ……一緒に来てもらおうか」

和「離しなさいっ、咲さんが…!」

衣の手を振り払おうとする和に、予想外の声が掛けられた。






健夜「どうして逃げるの? …素晴らしい方が待っているのに」






ぞく、と。

その声を聞いた途端、和の背筋に今まで感じたことのないような悪寒が走った。

いつの間にか吊り橋の上に、求道女・小鍛治健夜が立っていた。

けれど、その表情が、纏う雰囲気が、和の知る健夜と重ならない。

ぞっとするほど酷薄な笑みを浮かべて、近づいてくる。

和「あなた……っ」

健夜が和の眼前に手を翳す。

そこで和の意識はぷっつりと途絶えた。

宮永照 第2日/10時 蛇ノ首谷/戻り橋

終了条件:弘世菫を思い出す。


照「懐かしい……この橋、小さい頃によく通った場所だ」

照と淡は橋の上にいた。

欄干に刻まれた落書きを見て、照が昔を懐かしむ。

淡「テルの子供の頃かー。見てみたかったなー……あ!」

ゴソゴソとポケットを探り、淡は一枚の写真を取り出した。

淡「この写真! これってテルとサキじゃない?」

照「え……本当だ。これ、どこで?」

淡「ふふーん、実はねー。すみ


ドォン!


何の前触れも無く、銃声が響いた。淡の胸から血が噴き出し、欄干を越えて倒れ込み、橋の下へと落下していく。

照「淡っっ!!」

照は慌ててすぐそばの階段を降り、淡に駆け寄った。

地面に倒れ伏した淡を抱き起こす。

照「淡! 淡っ!! しっかりして! っ、血が……」

淡の胸からはとめどなく血が溢れていた。

傷口を抑える照の手も、みるみる真っ赤に染まっていく。

淡「テ、テル……わ、私、撃たれた、の…?」

照「喋っちゃ駄目だ! ……どうしよう、血が止まらない…!」

淡「…私、……死ぬのかな? …それとも、…化け物に、なっちゃうのかな…?」

淡の声が、どんどん弱々しいものになっていく。

照「っ! …そんなこと、させない」

照は自分のスカートを裂き、それで淡の傷口をきつく縛り上げた。

照(一応の止血はしたけど……このまま赤い雨に打たれているのはまずい。どこか屋根のある場所で、安静にさせないと……)

照「淡、少しここで待ってて。狙撃手を倒して、すぐに戻る。必ず、助けてあげるから」

そう言うと、淡に背を向けた。

階段の中ほどで、視界ジャックを使う。

淡を撃った狙撃手は、どうやら橋の向こう側、公衆電話のそばにいるようだ。

照(時間がない……奴が向こう側を向いた瞬間、走って近づき、倒す!)

この時照は、冷静さを欠いていた。

普段の彼女ならばもっと慎重に作戦を練っていただろう。

淡が死んでしまうかもしれないという恐怖。

一刻も早く助けなければという焦り。

それらの感情が、照にあまりにも無茶な行動を取らせてしまった。

狙撃手の視界を視る。その視線が、照のいる階段の方から、反対側の道の方へと移った。

照(今!)

橋の上を疾駆する。狙撃手との距離を詰めていく。

照(もう少し……っ!)

けれど、その足音に気付き、狙撃手が振り向きざまに猟銃を構えた。

その動作は屍人とは思えない程に速く、正確だった。

照(しまっ…)

慌てて拳銃を構える。いや、もう無駄だ。間に合わない。

照は死を覚悟した……だが。

先に発砲したのは、照の方だった。

どさり、と屍人が倒れる。

照「間に、合った……?」

否。そうではない。照にはわかっていた。けれど、信じられなかった。

屍人が、撃つのを躊躇ったということが。

照「なんで…」

その時、屍人の手がピクリと動いた。

そう、屍人は一発撃った程度では行動不能状態にはならない。

とどめを刺そうと拳銃をもう一度構えなおした時、屍人がごろりと仰向けになった。

その口から、言葉が漏れる。

菫「テ…………ル………………」

照の目が、驚愕に見開かれた。

照「………………………すみれ?」

数奇な運命は絡まり合い、捻れていく。

この邂逅は、果たして何をもたらすのだろうか。


―終了条件達成―

大星淡 第2日/11時 蛇ノ首谷/眞魚川岸辺


淡「テ……ル……」

淡は瀕死の身体を引きずって、それでもなお照の所へ向かおうとしていた。

けれど、数歩歩いたところで力尽き、倒れて気絶してしまう。

その淡に、近づく影が1つ。


咲だった。


淡と同じように重傷の身体を引きずり、同じように淡の近くに倒れ込み、気を失った。

そんな2人の様子を、少し離れた場所から眺める者がいた。

久である。

彼女は少し驚いたような表情を浮かべ、そしてニヤリと笑った。

久「…面白そうなことになってるわね」

久は咲と淡をまとめて担ぎ上げると、どこかへと去っていった。

片岡優希 第2日/15時 田堀/廃屋内居間

終了条件:廃屋からの脱出。


優希は押し入れの中で目を覚ました。

優希「ん……」

ここは、咲と和が一夜を明かした廃屋。

京太郎と別れた後、優希はここに隠れていた。

押し入れの中で震えていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。

眠い目をこすったところで、はっと気付く。


薄い戸を一枚隔てた向こうから、笑い声が聞こえる。それも、複数。


優希「………」

そっ、と襖を細く開け、外を覗き見る。

優希「っっ!」

自分の口を押さえてなんとか悲鳴を堪えた。

そこで見たものは。




貴子「イケダァ! アハハハハハハハハハハハ!」

美春「アハハハハハハハハハハハ!」

華菜「ニャハハハハハハハハハハ!」




3人の屍人が、楽しそうに笑いあっている姿だった。

卓袱台を囲み、狂ったような笑い声を上げる。

歪で狂った団欒の風景。

優希が息を殺しながらそれを見ていると、やがて彼女らは立ち上がり、居間から出て行った。

優希(とんでもないことになったじぇ……に、逃げなきゃ…!)

優希はそっと押し入れから出て、行動を開始した。

視界ジャックで視たところ、屍人達はそれぞれ台所、トイレ、2階にいるようだ。

居間から出て階段へ向かう。その途中、台所の中が目に入った。

貴子「アハハハハハハハハ!」

屍人は奇妙な笑い声を上げながら、ダンダンダンダン!と包丁をまな板に叩きつけている。

料理をしているつもりだろうか。

優希(こ、怖いじぇ……)

それを横目に、慎重に階段を登る。

古くなった踏み板は、一歩ごとにギシギシと軋みを上げて、優希の存在を屍人達に知らせようとする。

2階の部屋では、別の屍人が机に向かって一心不乱に何かを書いていた。

優希は気付かれないよう、そっとその隣の部屋に入った。

窓が開いていて、ベランダに出られるようだ。

優希(ここからなら…あいつらに気付かれずに、外に出られるかな?)

ベランダの柵は壊れていて、屋根伝いに歩くことが出来た。

足場になる場所を見つけ、なんとか地面に降り立つ。

優希(やった! もうこんな所とはおさらばだじぇ!)

一刻も早くこの場から離れたい、その一心で門へと走る。

けれど門をくぐった瞬間、行く手から、掠れた小さな声が耳に届いた。

「……キ…」

優希「?」

「……ユウ……キ…」

それは、とても聞き慣れた声だった。

優希「京…太郎……?」

生きていた。また会えた。

言い知れぬ喜びが優希の胸を満たす。

けれどそれは……京太郎の顔を見た瞬間に、絶望へと変わった。


優希の前に現れた京太郎──その目からは、ぼたぼたと血の涙がとめどなく流れていた。

京太郎「ユウウウゥゥキィィィモウドコニモイッチャダメダゾォォォ」


京太郎だったものが、ニタニタと笑いながら手を伸ばしてくる。

優希「いっ…いやあああああああああっっ!」

優希は悲鳴を上げて廃屋の方へと駆け出した。

すぐに京太郎がその後を追う。

優希(そんなっ……嘘、嘘だじぇ…!)

信じられなかった。信じたくなかった。

目に涙を滲ませながら、絶望から逃げるように優希はひたすら走り続ける。

京太郎「マテエエエユウキィィィ」

家をぐるっと一周するように走っていると、だんだんと両者の間に差がつき始めた。

元々、足の速さは優希の方が上なのだ。

やがて優希は京太郎を完全に振り切り、今度こそ門から脱出した。


―終了条件達成―

原村和 第2日/15時 眞魚岩(夢)


和は夢を視ていた。それは、誰かの記憶。

夢の中で、和はその“誰か”になって、その過去を追体験していた。



その全身を苛む激痛を。



和(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──)

地面に横たわった和を、3人の人間が取り囲み、喰っている。

生きながら喰われる痛苦を、和は生まれて初めて体験していた。

鋭い歯が和の柔らかな肌に突き立てられては、肉を抉り取っていく。

身体の肉を喰いちぎられるたびに。内臓を掴み出され、咀嚼されるたびに。途方もない激痛が和を襲う。

それでも和は、指一本動かすことが出来ない。

和(やめて、痛い、やめて、助けて、痛い、痛い──)

その思いが言葉になることはなく、口から漏れ出るのは、ヒューヒューという呼吸音のみ。

ぐちゃぐちゃと。ぐちゃぐちゃと。彼らは獣のように一心不乱に和の身体を食い荒らしていく。

ふと、3人の内の1人と、目が合った。

その、顔は。


───────小鍛治健夜、だった。

上埜久 第2日/16時 上埜医院/第一病棟診察室


淡「うーん……テルー……」

病院のベッドの上で、淡は目を覚ました。

久「新しい目覚めはどんな感じなのかしら……」

その様子を眺めていた久が、独白する。

久「なんでこんなことしたのか、自分でもわかんないけど。流れに逆らうのも悪くないかもね」

淡「……?」

寝起きでぼんやりとした頭では、何を言っているのか理解出来ない。

いや、たとえ意識がはっきりしていたとしても無理だっただろう。

もとより久には理解させる気など無かったのだから。

久が淡の隣のベッドに目を向けた。

久「あなたの救世主が目覚めたみたいよ?」

淡もそちらに目をやる。

そこには、同じようにベッドに横たわり、薄ぼんやりと目を開く咲がいた。

淡「サキー! 無事だったんだ!」

淡は駆け寄ろうとして、

淡「痛っ……何、これ?」

腕に刺さっている物に気が付いた。

点滴だ。寝ている間に、輸血されていたらしい。

管の先には、赤い液体のパックがぶら下がっていた。

久「その呪われた血があれば、もう屍人になることはないわ。後は、好きなようにしなさい」

それだけ言うと、久は部屋を出て行ってしまった。

淡「あの人が…助けてくれたの、かな?」

礼を言うことも出来なかったことを、少しだけ後悔する。

咲「淡…ちゃん……?」

どうやら、咲も意識がはっきりしてきたようだ。

淡「サキ! もー、ずっと探してたんだよ! 心配したんだから!」

咲「あ、あの…ごめんね……」

咲と合流出来たものの、今度は照と離れ離れになってしまった。

自分達は決して3人揃うことが出来ない運命だとでもいうのだろうか。

淡(そんな運命、認めない…! 待っててテル、絶対迎えに行くから!)

胸の内で決意を新たにする淡であった。

宮永照 第2日/18時 上埜医院/第二病棟一階裏口

終了条件:アルバムを見つける。


薄暗い病院の中へと続く扉を、照は慎重に押し開いた。

照「…………」

あの後──菫との邂逅の後、橋の下へと戻った時には、淡はいなくなっていた。

半狂乱になりながら探し、ようやく足跡を辿ってここへ来たのだ。

照(淡…必ず、助けるから…!)

病院内は異様な程に静かだが、幾つもの気配を感じる。

この建物は、おそらく屍人の巣窟となっているだろう。

残りの弾丸は、もうあまり無い。

照は戦闘を避け、屍人の目を掻い潜りながら部屋を一つ一つ回っていった。

照「くっ、ここにもいない…!」

やがて入った部屋の一つで、照はある物を見つけた。

一冊の古びたアルバム。

そんな場合ではないはずなのに、照は吸い込まれるようにそのアルバムを手に取った。

開いて、中を見る。撮られてから何十年も経っているであろう、色褪せた写真が入っていた。

その写真に写っていたのは、───小鍛治健夜だった。

今と寸分違わぬ、若い姿の。

照「…これが、菫の言ってた“永遠に生きる女”…!」

照は思い出す。あの時、菫と交わした言葉を。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


菫「テ…………ル………………」

照「………………………すみれ?」

照の脳裏に、淡に見せられた写真がよぎった。

照「菫だよね…? どうして、こんな…!」

幼馴染の変わり果てた姿に、照は言葉を失う。

菫「アノオンナ……アイツガ…スベテノゲンキョウ…」

照「菫、何を……」

菫「テル………エイエンニイキルオンナ……キョウカイノ、キュウドウメ、ニ、キヲツケロ……」

それだけ言うと、菫は気を失った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


照「求道女…永遠に生きる女…元凶…」

菫の最期の言葉を噛みしめる。

照「淡があんな目に合ったのも、全部、全部こいつが…!」

アルバムを床に叩きつける。

そして、部屋を後にした。

淡を、探しに。


―終了条件達成―

小鍛治健夜 第2日/19時 屍人ノ巣/水鏡


健夜「あのお方の首は、海の向こうからお戻りになられた」

健夜は誰ともなしに呟いた。

すぐそばの祭壇には、和が寝かされている。

健夜「おめでとうございます、恵みに満ちた方よ。全ての祝福は、御身のもの」

眠り続ける和の傍らに、白い百合の花を添えていく。

健夜「ここまで、永かったよ……自分が何者か、忘れてしまうくらい」

そう。彼女はあまりにも永い時を生きる内に、記憶を失ってしまっていた。

自分をただの求道女と思い込み、そのように振舞ってきた。

健夜「笑っちゃうよね……手駒共ごときに、慈愛の心なんて抱いて」

この村も、村人達も、健夜の目的のための道具でしかない。

そのことすらも、忘れてしまっていた。

健夜「でも、もう終わり。この子の強大な“実”があれば、あのお方は復活する」

もうすぐ、時が満ちる。午前0時のサイレンと共に、再び儀式を始める。

その時、今まで行ってきた全てが報われるのだ。

健夜の顔に薄らと笑みが浮かぶ。それは確実に、狂気を孕んでいた。

宮永咲 第2日/20時 大字粗戸/眞魚川岸辺


淡「流石にもう何が起きても驚かないと思ってたけど……」

咲の隣に立つ淡は、上を見上げた。

淡「ものっすごい違法建築だねー」

その目線の先には、巨大な建造物がそびえ建っている。

病院で再会してから、咲と淡はここまで歩いて来ていた。

ここは、咲と健夜が初めて出会った場所。

だがその時からたったの42時間で、景色は一変していた。


──────────屍人ノ巣。


屍人達が“神”を迎え入れるために作り上げた聖域。

板を貼り合わせただけの脆弱な建物にも見えるが、それでいて城塞めいた重厚さを漂わせている。

その内部は、まるで立体的な迷路のようになっている。

一度入ればたちどころに方向感覚すら失ってしまうだろう。けれど、

咲「なんか…呼んでる気がするんだ、和ちゃんが」

淡「私も。テルに呼ばれてる気がする。行くしかないでしょ!」

2人共に、引くことの出来ない理由がある。

こうして2人は、巣の中へと侵入していった。

小鍛治健夜 第3日/0時 屍人ノ巣/水鏡


屍人ノ巣の最奥にて、儀式が始まった。

赤く照らされた儀式場に、健夜の奏でる荘厳なオルガンの音が響く。

健夜の傍らには衣と透華が控え、少し離れた場所に美穂子が立っていた。

儀式場の中央には、一辺が2m程もある巨大な正三角形の水鏡が置かれている。

もちろんそこに張られた水は、赤い。

水鏡の上に浮かぶように、和が横たえられていた。目を閉じ、死んだように眠っている。

鎮魂歌が終わった。

健夜は立ち上がり、手を広げ、高々と宣言する。

健夜「さあ、楽園の門が開かれる!」



次の瞬間、和の身体が燃え上がった。



激しい炎は一瞬にして和の身体を包み込み、天井へ立ち上る。

そしてその炎の中から、何かが這い出て来た。


─────────神。


体長2~3mほどのそれは、白海老に似た半透明の甲殻類のような姿をしていた。

美穂子「そんなっ……こんなものの為に、私達は今まで……」

邪悪なる神の姿を目の当たりにして、美穂子は悟った。

自分達求道師が何をさせられてきたのかを。誰に利用されていたのかを。

ずっと信じてきたものに裏切られた絶望が、美穂子の膝を折る。

復活を遂げた神の姿を見て、健夜は満足気な笑みを浮かべた。

そして目線を透華へと向け、手の平をかざした。

突然の出来事に、透華は驚く。

透華「なっ…何をする気ですの…? 私は違、きゃあああああああああああっっ!!」

先程の和と同じように、透華の身体が炎に包まれた。

断末魔の叫びはすぐに途切れ、肉の焦げる嫌な臭いが漂う。

衣「何をする!? どうして透華まで!」

衣が凄まじい形相で健夜を睨みつけた。

けれど健夜は、全く意に介さぬように言い捨てる。

健夜「もう、これで“実”は揃ったの。次の“実”はもういらない」

神に捧げる実を“孕む”ためだけに存在する、原村の一族。

実を捧げ終えて神が復活した今、もはやその存在価値は無い。

健夜「楽園をもたらす、神の復活を祝福しましょう。これで、罪は洗い流された…!」

歓喜の笑みを浮かべていた健夜。だが、不意にその表情が曇る。


神の様子がおかしい。


苦悶の声を上げ、身を捩り、ぶるぶると震えている。

堕辰子「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼」

突如、神──堕辰子が、甲高い悲鳴を上げた。

まるで苦しみにのたうちまわるかのように、暴れて飛び回る。

凄まじいスピードで飛ぶ堕辰子、その射線の先にいた最初の犠牲者は──衣だった。

衣「!?」

衣の小さな身体が数メートルほど吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。

衣「がっ…!」

血反吐を吐きながらずるずると倒れ込んだ衣は、そのままピクリとも動かなくなった。

健夜「そんな……足りなかった、とでもいうの? そんなはずは……」

健夜は知らなかった。和が、咲に血を分け与えていた事を。

そのせいで、堕辰子の復活は不完全に終わったのだ。

八つ当たりのように、堕辰子の目が次の犠牲者を探してギョロリと動く。

その時、儀式場に通じる通路の一つから、ある人物が現れた。

照「これは……一体何が起こっている…?」

さらに別の通路からは、淡と咲が入ってくる。

淡「テルー!」

照の姿を見つけた淡は、無警戒に走り寄った。

照「危ない! 駄目だ!!」

淡に向かって堕辰子が突進してくる。

照は淡を庇い、攻撃をまともにくらって吹っ飛ばされてしまった。

その光景を、しかし、咲は見ていなかった。

咲の視線は、この部屋に入った時から、ただ一点にのみ注がれていた。

水鏡に。

その上に横たわる、真っ黒い人影に。

咲「……………………和、ちゃん?」

その人影は、赤い光に照らされているにもかかわらず、異様なほどに黒かった。顔もわからないほどに。

けれど咲は、直感的にそれを和だと思った。だから、駆け寄ろうとする。

咲「和ちゃん!」

だが、それを遮る者がいた。

堕辰子が、間に割って入ってくる。

咲「っ!?」

その圧倒的な存在と、目が合った。

宮永咲 後日/0時 大字粗戸/耶辺集落


24時間後。屍人の蔓延る村の中、咲は立っていた。

決意の炎が宿る瞳で見据える先には、夥しい数の屍人達が犇いている。

その数、実に33体。

変異している者もいれば、半屍人のままの者もいた。

それらが一斉に、敵意を孕んだ目で咲を睨みつける。

対する咲の出で立ちは、異様の一言だった。

右手に麻雀牌を握りしめ、左手には抜き身の日本刀を携え、身体には幾つもの手榴弾を巻き付け、背には猟銃を背負っている。

全身を武装した咲は、右手の麻雀牌を天高く掲げた。

すると、牌が強い輝きを放ち始めた。

それに呼応するように、上空に6つの青い光が灯る。

その6つの青い炎の塊は、見る間に大きくなり、流れ星のように地表へと降り注いだ。

広がった炎が、屍人達を炎上させる。

青い炎に包まれ、苦痛にのたうちまわる屍人達。

それはまるで、地獄の業火に焼かれながら踊り狂う罪人のよう。

その苦痛を少しでも早く終わらせてやるべく、咲は疾駆する。

刀で斬り裂き、猟銃で撃ち抜き、生命を刈り取っていく。

咲「はあああああああああっっ!!」

咲と屍人達の、狂乱の宴が始まった。


―GENOCIDE END―

片岡優希 第3日/0時 屍人ノ巣/第一層付近

終了条件:中央交差点へ到達。


優希は屍人ノ巣の中に迷い込んでしまっていた。

巨大な迷路のような巣の内部。

優希はその小さな体躯を利用して、僅かな隙間に潜り込むことで、屍人を躱しながら進んで行く。

けれど優希は、もはや生き延びることに意味を見出せなくなっていた。

京太郎。

彼を喪ってから──屍人になった彼に襲われてから、優希の心は絶望に塗りつぶされてしまっていた。

今の優希を突き動かしているのは、ただ恐怖と逃避のみ。

恐ろしい化け物達から逃げて。

京太郎がその化け物になってしまった事実から逃げて。

あらゆることから、ただ逃げ続けていた。

やがて、優希はゴミ捨て場のような所で、散乱したガラス片を見つけた。

思わず手に取って、じっと見つめる。

優希(これで自分の喉を掻き切れば、…京太郎と同じに、なれるのかな…?)

京太郎と同じ、化け物に。

優希の目にじわりと涙が滲む。そんなこと、出来るはずもない。

京太郎が自らを犠牲にしてまで守ってくれたこの命を、そんな簡単に捨ててしまって良いはずがない。

だから優希は、生き続けなければいけないのだ。どんなに辛くても、苦しくても。

不意に、優希の頭上からドアの開く音が聞こえた。次いで、階段を降りるカンカンという足音。

優希は咄嗟にゴミ箱の陰に身を隠した。

直後、階段を降りて来たその屍人に、優希は見覚えがあった。

いや、正確に言えば、その屍人が着ている服に。

服だけだ。

だってその顔は、──若布に似たおぞましい物体に覆われていて、判別出来なかったのだから。

けれどその服は確かに、

優希「…………………染谷、先輩?」

染谷まこの、ものだった。

頭がどうにかなりそうだった。大切な人達が、次々と恐ろしい化け物へと変貌してゆく。

優希の精神は、もうとっくに限界を越えていた。

まこは近くにある肉屋の扉を開け、中に入っていった。

ふらふらとした足取りで、優希は階段を上る。

もう、何も考えたくない。

ただの惰性で足を動かし、亀裂の入ったアスファルトの道路を歩く。

けれど、いつしかその歩みも止まってしまった。

精神と肉体の疲労は限界に達し、もはや一歩も歩くことは出来ない。

優希はその場に倒れ込んだ。

壊れた信号機の赤色が、頭上でチカチカと点滅している。

少しだけ、休もう───。

そう思いながら、優希は微睡みの底へ落ちていった。


―終了条件達成―

宮永咲 第3日/2時 夢


咲は夢を見ていた。

抜けるような青空と、見渡す限りの草原が広がっている。

そんな牧歌的な風景の中、明らかに場違いな一台の雀卓がぽつんと置かれていた。

雀卓にもたれかかるように、2人の少女が寄り添って座っている。

和「咲さんの目には、こんな綺麗な景色が写ってるんですね……」

咲「和ちゃん…? ここって……」

和「初めて会った時、この腐った村の中で、咲さんだけが輝いて視えました。温かい光に包まれていました」

咲「どういうこと?」

和「全部、消してください。この村も、あいつらも、全部…!」

咲「和ちゃん?」

はっとして隣を見る。そこには、誰もいなかった。

暗転。

宮永照 第3日/3時 屍人ノ巣/第四層付近

終了条件:宮永咲の、巣の中枢への門の突破。


咲「………………夢………?」

咲は目を覚ました。直前まで見ていた夢の内容を、覚えている。和の願いを。

照「ん…………」

同時に、傍で眠っていた照も目を覚ました。

その隣には、虚ろな目で横たわる美穂子もいる。

3人は、狭い部屋の中に閉じ込められていた。

床には大きな赤い水溜りができており、皆の身体は半ば以上そこに浸かっている。

咲「お姉ちゃん!」

照「咲! 良かった、やっと会えた…!」

漸く巡り会えた姉妹は、互いの無事を喜び抱き合った。

照はその感触に思い出す。

あの時、淡を庇って照は重傷を負ったはずだ。

だが今、照の身体には傷らしい傷が無い。

照(この、赤い水のおかげか……)

それで怪我が治ったのだろう。

ただしそれは、屍人へと一歩近づいたことも意味する。

照「この水にいつまでも浸かっているのはまずい。早く出よう」

照はそう言うと立ち上がり、部屋の中を観察し始めた。

どうやら元は民家の一室だったようだが、雀卓や様々なガラクタが放置され、荒れ果てている。

出入り口も封鎖されていた。

照「どこかに出口は無いか、探してみるよ」

咲「うん……私はこの人を」

咲は美穂子に目を向けた。

虚ろな瞳で何事かを呟き続ける様子はとても正気とは思えなかったが、せめて赤い水からは引き上げてやった方が良いだろう。

咲「うんっしょっ…と」

何とか引き上げることには成功したが、美穂子は立つことも出来ず、その場に座り込んでしまった。

美穂子「…うえのさん…うえのさん…うえのさん…うえのさん……」

その時、照が壁の脆くなっている部分を見つけ、引き剥がした。

照「咲、ここから出られそうだよ」

咲「でも、この人……」

咲が美穂子の方を一瞥する。

照「その様子じゃ、連れて行くのは無理だよ」

咲「そう…だよね……」

照「……あの女」

咲「え?」

照「あの求道女が、全ての元凶なんだ。あいつを止めないと、取り返しのつかないことになる」

咲「小鍛治さん……悪い人には見えなかったのに……」

照「行こう。淡と3人で、必ず元の世界に帰ろう」

咲「……3人じゃないよ。この村で、仲良くなった子がいるんだ。…その子も、一緒に」

照「……わかった。4人で、脱出しよう」

そうして2人は、美穂子を残してその場を後にした。

誰一人、気付く者はいなかった。水溜りに浸かっていたことで、咲の中にあった和の血が、他の2人の中にも入ってしまったことに。

それが照と美穂子の運命を狂わせることになるのを、今はまだ誰も知らない。


照「はいこれ、咲の分」

照は咲に懐中電灯を渡した。自分の分の懐中電灯も点灯させる。

拳銃や火掻き棒は奪われたのか無くなっていたが、ライトだけは残っていた。

咲「これからどうしよう……」

屍人ノ巣の中は、まるで迷路のように入り組んでいる。

咲も照も、巣の中枢の儀式場に辿り着くまでにはさんざん迷ったのだ。

自分達が今どこにいるのかも、どちらへ向かえば良いのかもわからない。

照「…私達があの部屋にいたのは、あの女に閉じ込められたから」

照は迷路の奥を睨みつけるようにして言った。

照「けど淡はいなかった。ってことは、上手いこと逃げたんだと思う。もう一度、あの儀式場に行こう。まだ近くにいるかもしれない」

咲「う、うん、わかったよ」

咲(やっぱりお姉ちゃんは頼りになるなー)

照「…………」

照は、淡についてもう1つの可能性をあえて口に出さなかった。

即ち──淡がもう死んでしまっている、という可能性を。

照(そんなわけない……淡は絶対に生きてる。必ず守るって、約束したんだから。必ず。必ず。必ず)

咲「お姉ちゃん? 顔色悪いけど、大丈夫?」

照「あ、ああ……平気だ。行こう」

そう言った照の顔は、とても大丈夫には見えなかった。けれど咲にはどうすることも出来ない。

しばらく歩いていると、照の身長程もある段差に阻まれた。

相変わらず、人間が通る事を全く考慮していない造りだが、屍人達に取っては関係無いのだろう。

照「咲、登るよ。手伝って」

咲「うん」

咲に押し上げられて照が先に登り、上から咲を引っ張り上げる。直後、

咲「お姉ちゃん! 危ない!」

咲が照を引っ張って、倒れ込むように回避した。

一瞬前まで2人の身体があった場所を、犬屍人の鋭い爪が薙ぎ払う。

犬屍人「グアウゥゥッッ!!」

攻撃を避けられた事に腹を立てるように、犬屍人が唸り声を上げた。

照「逃げるよ!」

立ち上がった照が、咲を引っ張って走り出す。

どうやらここは少しばかり開けた場所のようだ。

大きな橋を渡り、土手に降りる。

全力で走っているが、一向に振り切る事が出来ない。

照(まずい……武器も無いこの状況じゃ、勝ち目が……!)

その時、照の目にある物が飛び込んで来た。

鉄パイプだ。

何本も無造作に転がっている。

その内の一本を拾い上げ、犬屍人へと向き直った。

照「来るなら来い…!」

犬屍人の飛び掛かりに合わせて、鉄パイプを振るう。

犬屍人「ギャンッ!」

タイミングは完璧で、犬屍人は地面に叩き伏せられた。

間髪入れずに照は鉄パイプを振りかぶり、トドメを刺した。

咲「お姉ちゃん、すごい……」

照「咲、怪我はない?」

咲「うん、大丈夫」

照「良かった。さっきはありがとうね、助かったよ」

咲「お姉ちゃんこそ、あっという間に倒しちゃって、かっこよかったよ」

照「ん……ほら、咲も一本持っておいた方がいい」

そう言って照は、鉄パイプをもう一本拾って咲に手渡した。

咲「うん……」

受け取って、軽く握りしめる。

使い慣れた火掻き棒よりも太く、扱いが難しそうだ。

照「ここ、登れるみたいだ。行こう」

先程と同じような段差を、2人で協力して登る。

今度はかなり狭い通路になった。

人が2人、並んで通れるかどうかといったところである。

ギシギシと軋みを上げる木の床を、いつ踏み抜いてしまうかとひやひやしながら進んでいく。

やがて2人は、ある場所に辿り着いた。

咲「何……これ……」

照「くそっ…これじゃあ……突破は無理か……」

2人の見つめる先には、巣の中枢へ通じる大きな門があった。

その場所を、犬屍人と猟銃屍人、合わせて十体以上が警備している。

照「確か、あの向こうに儀式場があったはず。あの時はこんな警備、無かったのに……」

咲「流石にあんなとこ通れないよ……」

照「…私に考えがある」

照は門の横の、ある方向を指差した。

照「あっちに見える発電所……たぶん、ここの電気はあそこから来てる。私が行って、電気を止める」

照「そしたら真っ暗になるはず。その間に咲は、壁伝いにあの入り口に入るんだ」

大きな門には、いちいち開かなくてもいいように小さな出入り口がついている。

咲「けど、それじゃお姉ちゃんはどうするの!?」

照「私も後から必ず追いつくから。事態は一刻を争うんだ。…淡を頼んだよ、咲」

咲は反論しようとして、けれど出来なかった。

照に取っても苦渋の決断なのだ。ようやく再会出来た咲と、再び別れることは。

それがわかってしまったから、咲はなんとか言葉を飲み込み、頷いた。

咲「…………うん、任せて。必ず来てよ、お姉ちゃん」

照「約束する。咲も、…気をつけて」

そう言い残すと、照は鉄パイプを握りしめ、歩き出した。

咲はその背中に、もう二度と逢う事が出来ないような、不吉な予感を感じたのだった。

どれくらい経っただろうか。

突然、辺り一帯を照らしていた電気が全て消え、周囲は完全なる暗闇に包まれた。

咲(お姉ちゃん…!)

照は、役割を果たした。次は咲の番だ。

予め壁につけておいた右手を頼りに、咲は真っ暗闇の中、足を踏み出した。

照を待っている間、何度もシミュレーションしていた。

だから、見えなくてもきっと辿り着けるはず。

けれど、物事はそう上手くはいかない。

咲は何かに躓いて、転んでしまった。

咲「っ!」

その音を聞きつけ、周囲の屍人達が警戒する。

咲は一瞬でパニックに陥った。

唯一の道標であった右手も壁から離してしまい、暗闇の中で方向感覚を完全に失ってしまう。

咲「どうしよう、どうすれば……」

手探りで壁を探そうとするが、一向に見つからない。

焦燥感ばかりが募る。この暗闇がいつまで続くのがわからないが、明かりがついたら無防備な姿を屍人達の前にさらけ出してしまうことになるだろう。

その時、咲の耳に微かな、けれど確かな囁き声が聴こえた。

和『咲さん、こっちです。来てください。約束、しましたよね』

優しげなその声は、確かに和のものだった。

咲「和ちゃん!? どこ?」

きょろきょろと辺りを見回す。けれど、そこにあるのは暗闇だけだった。

和『大丈夫。私の目を使ってください』

その言葉と共に、暗闇に閉ざされていた咲の視界が一変した。

咲「これ……!」

屍人達の姿が、青く発光して視える。

屍人達自身は、未だ周囲が見えていないようだ。咲の視界の中でのみ生じた変化らしい。

和『入り口は、こっち』

今度は緑色の光が灯る。

咲はそちらへ向かって歩き出した。屍人を迂回しつつ、辿り着く。

緑の光に触れた途端、視界が元に戻った。

門の向こう側。

この先に、和や淡がきっといるはず。

咲「待っててね……必ず助けるから」

決意を胸に、咲は前へと踏み出した。


―終了条件達成―

福路美穂子 第3日/7時 屍人ノ巣/中央交差点


道路の端で眠っていた優希は、突然の足音に驚いて目を覚ました。

すぐさま小動物のように物陰に身を隠す。

現れたのは美穂子だった。

狂気からなんとかかろうじて立ち直り、行く当てもないまま久を探して彷徨っていたのだ。

そして、ここでようやく会うことができた。

久「福路さん。偶然が続くわね……やっぱり、双子…ってことなのかしら」

久が苦々しげに、あるいは自嘲気味に言う。

平凡な、ただの双子の姉妹だったはずの2人。けれど両親の死により、運命は分かたれた。

美穂子「上埜さん……私は、あなたと家族でいたかった……それだけなんです」

久「…私は“福路さん”になりたかった。求道師だからってだけで、皆に慕われ、尊敬されてるあなたが羨ましかった!」

美穂子を睨みつけながら、久は悲痛な叫びを上げる。

久「たまたま引き取られた家が違っただけで! 幸せそうにしてるあんたが許せなかった!」

上埜家は代々、教会の暗部として働いていた。

教会の秘密に気付いた者、教会に仇なす者を、秘密裏に処分したり、精神病患者として隔離・幽閉してきた。

要するに、教会の汚れ仕事を押しつけられていたのである。

それを知る村の人間達からは、上埜家は蔑まれていた。

久はそんな義父の姿を見て育ち、義父が亡くなってからは久自身がその仕事を請け負っていた。

いつしか久は、教会を恨み、憎むようになっていった。

美穂子「私だって! 私だって辛かったんですよ! 求道師としての責任と、重圧に、押し潰されそうで!」

美穂子の義父は、数年前に自殺した。前回の儀式を失敗させてしまった責任を取るために。

あるいは…耐えられなかったのかもしれない。

遺された美穂子に、村の人々は口々にこう言った。

今度こそは成功させてくれると信じている。失敗は許されない、と。

美穂子「怖くて、嫌で、逃げだしたかった! お義父様に出来なかったことが、私に出来るはずがないって、ずっと思っていました!」

美穂子を支え続けていたのは、求道師の役目さえ果たせば、また久との関係を修復できるかもしれないという、根拠のない希望だけだった。

久「……そっか。そんな風に、思ってたんだ」

美穂子「私達、逆だったら、こんなことにはならなかったんでしょうか……」

何年もの間、すれ違い続けた双子の姉妹が、初めて互いの心情を理解する。

けれどそれはもう、あまりにも遅すぎた。何もかもが手遅れだった。

久「……もう、何もかも終わりよ。私の役目も、全部終わり。この村で私に出来ることなんて、何も残ってない」

そう言うと、久は懐から拳銃を取り出した。

久「後は、この舞台から退場させてもらうわ」

拳銃を自らのこめかみにあてがう。

美穂子「っ、だめぇ! 久!!」

驚いた美穂子が、走る。久を止めるために。

久「…さよなら、美穂子」

久の手から、懐中電灯が滑り落ちる。

暗闇の中、一発の銃声が響いた。

宮永咲 第3日/9時 屍人ノ巣/第二層付近


咲「和ちゃん……どこ行っちゃったの…?」

複雑に入り組んだ迷路のような巣の中で、咲は案の定迷子になっていた。

歩き疲れ、座り込んでしまう。

思えばこの村に来てからというもの、殆ど歩いているか気絶しているかのどちらかだった。

唯一休息を取れたのが、和と共に眠ったあの廃屋──

和のことが思い出され、咲は目元を拭った。

咲「休んでる場合じゃない……行かなきゃ……」

気力を振り絞って立ち上がる。

と、そこへある人物が現れた。

福路「あら……また会ったわね」

咲「あなたは……」

福路「ちょうど良かった。これ、渡すの忘れてたわ」

福路は求道服のポケットから、何かを取り出した。

福路「使いなさい。あなたの役目よ」

それを咲に投げ渡す。慌ててキャッチしたそれは、1つの麻雀牌だった。

福路「消し去りなさい、全てを。跡形も無く。私には私の役目があるから」

咲が何を言う暇も無く、福路は去っていった。

福路美穂子 第3日/12時 大字粗戸/耶辺集落

終了条件:爆薬を手に入れる。


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


サイレンが鳴り響く村に、求道服をはためかせて立つ福路の姿があった。

福路「私が私として、やるべきこと…か」

その眼差しには、これまでにはない強い決意の色が宿っていた。

ここへ来たのは、とある物を入手するためだ。

荒廃した村を歩いて、目的地に向かう。

立ち並ぶ家々は荒れ果て、倒壊しかかっているものもある。

おそらく、屍人ノ巣を作るための材料として、破壊され、持っていかれたのだろう。

そんな家の一軒の前で、福路の足が止まった。

“竹井”という表札のかかった家。

壁一面が無くなっており、内部がむき出しになっている。

福路「…………」

福路は思わず、その家に足を踏み入れた。

埃の積もった棚に、一枚の写真が収められた写真立てが置かれている。

そこには、双子の赤ん坊が写っていた。

間違いない。これは、この家は……

福路(…感傷に浸ってる場合じゃないわ)

迷いを断ち切るように、福路は踵を返してその家を後にした。

今は、役目を果たさなければ。

少し歩くと、目的地──井戸に辿り着いた。

予め用意しておいたロープを結びつけ、それを伝って井戸の中に降りていく。

水は抜かれており、底へと降り立つことが出来た。

さらにそこからは横穴が伸びている。

横穴を進んでいくと、今度は上に上る梯子があった。

福路は錆び付いた梯子を上ると、すぐに拳銃を抜き、発砲した。

屍人「グオアアアアッ!?」

狭い地下室内に、轟音と断末魔の叫びが反響する。

福路「……あった」

倒れ伏す屍人に目もくれず、福路は目的の物に手を触れた。

積み上げられた大きな木箱。

その内の1つを開け、中身を確認する。

福路「…………ふっ」

思わず笑いが漏れる。

箱の中に収められていたもの。それは、大量の手榴弾だった。

福路「これだけあれば、充分ね」

必要な物は揃った。後は、あの場所に行くだけだ。


―終了条件達成―

福路美穂子 第3日/16時 合石岳/羽生蛇鉱山

終了条件:屍人全滅状態で水門への道へ到達。


福路「日が……間に合うかしら」

福路の声には僅かながら焦りの色が混じっていた。

その視線の先では、太陽がかなり傾いている。

日が完全に沈んでしまえば、福路の計画は水泡と帰す。急ぐ必要があった。

視界ジャックで屍人達の位置を確認すると、福路は足早に坂を登り始めた。

まず現れたのは、蜘蛛屍人2匹。ネイルハンマーで殴り倒した。

階段を登り、鉄門を抜ける。トロッコのレールを辿りながら進んで行く。

犬屍人「フクラハギッ!」

途中、4匹の犬屍人を全て一撃で葬り、福路は東3号斜坑の前まで来た。

その中に頭脳屍人が2体潜んでいることは、視界ジャックで確認していた。

この先はさらに屍人の数が多いため、頭脳屍人を倒してしまおうと考えたのだ。

昼でも薄暗い坑道の中を進んで行く。

やがて、頭脳屍人の姿が見えた。

福路「…………あなた達だったの。奇遇ね」

福路は驚いたように呟いた。その言葉が、相手には通じないということを理解していながら。


その頭脳屍人達は、ゆみと桃子だった。


ゆみの方は、見覚えのある触手顏。

片や桃子は、顔面全体にぶつぶつと、白いフジツボのような物を生やしていた。

福路の姿を見るや、2体は武器を手に襲いかかって来る。

だが、福路の方が速かった。

拳銃を抜き放ち、2体の屍人に容赦無く弾丸を叩き込む。

ゆみ・桃子「「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」」

その身に銃弾を3発ずつくらった2体は、同時に奇声を発して倒れた。

けれど福路は知っていた。この2体は特別再生能力が高く、十数秒で復活するということを。

それ故、福路は昼に手に入れた手榴弾の内の1つを取り出した。

ピンを抜き、ゆみと桃子が倒れている坑道の中に投げ入れ、即座に走って退避する。

直後、激しい爆発音と共に、坑道がガラガラと崩れた。

中にいた2体は、瓦礫に押し潰されただろう。

視界ジャックで確認すると、周囲の屍人達が一斉に倒れていく。うまくいったようだ。

これならば、ゆみ達は再生する度に土砂と瓦礫で圧死する。

復活と死亡を、永遠に繰り返すのだ。

福路「…………」

少しの間、福路は瓦礫の山を見つめていた。

やがて、踵を返して目的地に向かって歩き出した。

行先は、水門。ダムを爆破し、洪水を引き起こす。

それが、彼女に課せられた使命だ。


―終了条件達成―

宮永咲 第3日/18時 屍人ノ巣/第二層付近


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


サイレンの音が響く中、咲は屍人ノ巣を当てもなく彷徨っていた。

未だ、和も淡も発見出来ずにいる。

後から追うと言っていた照も、一向に姿を見せない。

だが、休んでいる暇はない。歩みを止める訳にはいかなかった。

そんな咲の行く手から、声がかけられる。

健夜「勝手に抜け出して……駄目だよ、あそこにいなくちゃ」

健夜だった。口調こそ優しげだが、その裏に恐ろしい程の凄みを感じさせる。

咲「小鍛治……さん……」

咲はたじろぎ、後ずさった。

不意に、健夜が咲の持つ物に気付いた。福路から受け取った、麻雀牌に。

健夜の目が瞬時に鋭くなる。

健夜「それをどこで……いや、とにかく渡しなさい」

健夜が咲に向かって手を伸ばした、次の瞬間。

バキバキと何かが崩れるような音がしたかと思うと、赤い水の濁流が凄まじい勢いで2人を巻き込み、押し流した。

宮永照 第3日/18時 屍人ノ巣/第一層付近


照「はーっ、はーっ」

荒い息を吐き、照は地面に蹲っていた。


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


サイレンの音が鳴り響き、照をあちら側へと引きずり込もうとする。

照はその呼び声に、必死で抗っていた。

既に照は、常人ならばとっくに屍人化してしまってもおかしくない程の赤い水を摂取してしまっている。

あの時、儀式場で堕辰子から受けた傷は、それ程深いものだったのだ。

照がなんとか踏みとどまることが出来ているのは、咲を通じて体に入り込んだ、和の血のおかげだった。

もっとも、血の量がほんの僅かでしかなかったため、屍人になりかけの状態で苦しむ羽目になっているのだが。

「…………ル……」

ふと。自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、照はそちらに目を向けた。

淡「テルー!」

そこにいた淡は。



死人のような肌の、おぞましい化け物へと変貌していた。



照「嘘…………そんな…………!」

気味の悪い笑みを浮かべた淡が、手を振りながら駆け寄って来る。

それを遮るように、横合いから白い何かが現れた。

堕辰子だ。

突然の神の出現に、照は凍りついた。

今度こそ、殺される──そう思った時。

赤い濁流が、巣の壁をぶち破って照と堕辰子を纏めて飲み込んだ。

堕辰子「ギイイイイイイイイイイイイイイイ‼」

凄まじい水の流れに逆らい、堕辰子は上に飛んだ。それが、致命的な失敗だった。

崩れた巣の壁から夕陽が差し込み、堕辰子を照らす。

その途端、堕辰子の身体が激しく燃え上がった。

堕辰子「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼」

甲高い悲鳴を上げ、堕辰子は暗がりへ逃げ込んだ。

苦痛にのたうち、転げ回る。

やがて炎は消えたが、堕辰子の身体はぶすぶすと煙を上げ、動かなくなった。

大星淡 第3日/18時 屍人ノ巣/第一層付近


淡は巣の中をとぼとぼと歩いていた。

儀式の後、必死で健夜の手を逃れ、隠れていたのだ。

淡(たぶん、テルもサキもあの女に捕まっちゃった……どうにかして、助けないと…!)

そうして歩き回っていた淡は、ついに見つけた。遠くで蹲っている照を。

淡「テルー!」

思わず安堵の笑みを浮かべ、手を振りながら駆け寄る。

それを見た照が、怯えたような、あるいは絶望したような表情を浮かべた。

その顔は、異常な程に青白かった。

それを訝しむ間もなく、

淡「うわっ!?」

淡の足が床板を踏み抜いた。

淡「きゃあああああああっ!」

床が脆くなっていたようで、淡はそのまま下の階層へと落ちていった。

そのおかげで、赤い濁流に飲まれずに済んだことは、きっと幸運だったのだろう。

福路美穂子 第3日/18時 合石岳/眞魚川水門


大量の手榴弾により破壊されたダムから、勢いよく赤い水が流れていくのを福路は眺めていた。

濁流は屍人ノ巣を半壊させ、何もかもを押し流していく。

福路「やった……のかしら。確かめようもないけど、やれるだけのことはやったし。後は信じるしかないわね」

上手くいっていれば、あの“神”を倒せたはず。

福路「これで、私の役目も全部終わり──」

ふと、福路の目が見開かれる。

その視線の先──水の抜かれたダムの底で、蠢く無数の影が起き上がった。

それらはかろうじて人の形をした、泥人形のような姿をしていた。

腐ったヘドロのような悪臭を放つそれらは──屍人だった。

福路「そう、か……そうだったのね」

この異界で、13年前の土地に足を踏み入れてから、ずっと疑問に思っていたことがある。

13年前の土地や建物があるなら、……13年前にいた人々は、どうなったのか。

福路「その答えが、これ……ずっと、ここにいたんだ。このサイレンの誘惑に耐えて、13年間ずっと……!」

サイレンに導かれるまま完全なる化け物になることを拒み。

海送りをしないよう、ダムの底に身を沈め、死と再生を繰り返していた。

僅かに残った、人の心を守るために。

福路の目から、一筋の涙が零れる。

福路「永遠に生きるってことは、永遠に苦しみ続けることと同じ……私が、終わらせてあげる」

福路は階段を降り、ダムの底に立った。

目も鼻も口も無く、ドロドロに崩れた亡者達が、救いを求めるように手を伸ばす。

それを見ながら、福路は右手を高々と掲げた。その手に握られていたのは、麻雀牌。

神器“宇理炎”だった。

福路「煉獄の炎よ! 私の命と引き替えに、全てを焼き払え!」

その言葉を言い終わるや、宇理炎が強い輝きを放った。

同時に、福路は自分の中の大切な何か──生命とでも呼ぶべき物が、抜け落ちていくのを感じた。

次の瞬間、轟音と共に地面に巨大な穴が開いた。奈落へと通じるその穴から、青い炎が噴き出す。

幾筋もの炎は鞭のようにしなり、屍人達を絡め取る。

炎の鞭に触れた屍人が、たちまち炎上していく。

青い炎に包まれた屍人は、その身を灼かれる苦しみにのたうちまわった。

けれど、それは救いなのだ。

苦痛はすぐに終わり、後に残るのは永遠の安らぎのみ。

屍人達もそれを理解していて、我先にと自ら救いの炎へ飛び込んでいく。

その様子を見た福路は、確信した。

福路「これで──これで、ようやく! 今こそ私は成れた! 人々に救いを与える求道師に! “福路”に成った! あの子じゃなく、私が!!」

福路の──否、久の顔が歓喜に彩られる。

久「ずっと、ずっとずっとずうっと夢見てきた! ああ──最高の、気分だわ……」

あの時。交差点で、自殺しようとした時。美穂子は思った通り、止めにきた。

最初からそうするつもりだったのか、たまたまそうなってしまったのか。今となっては自分でもわからない。

だが、結果として。美穂子は死に、久は生き残った。

だから。生き残った自分が、美穂子の役目を代わりに引き受けるのは、双子として当然のことなのだ。

喜びに浸っていたその時。燃え盛る青い炎の中に、見知った顔が現れた。

ゆみ『おーい!』

美穂子『久!』

炎の中から笑顔で手を振り、久を呼ぶゆみと美穂子。

それはきっと、久が今際の際に見た、幻覚だったのだろう。

だって、2人共こんな所にいるはずがないのだから。

1人は生き埋め、1人は肉塊。どちらも久の手で、悲惨な末路を辿らせた。

久にだって、それはわかっていた。

けれど彼女は、世にも幸せそうな穏やかな笑みを浮かべて、

久「ふふっ…今、行くわ……」

瀕死の身体を引きずり、救済の炎の中へとその身を投じた。





久は最期まで気付かなかった。

救いの手を逃れ、何処かへと去っていった2人の屍人がいたことに。

宮永咲 第3日/20時 屍人ノ巣/水鏡


水流に流された咲は、運良く儀式場に辿り着いていた。

誰もいない儀式場で、水鏡の中を覗き込む。

咲「…………そんなとこにいたんだ。…和ちゃん」

咲は思わず微笑みを浮かべた。

儀式場には、咲以外には誰もいない。現実の咲の傍には、誰もいない。


けれど水鏡には、咲の背に寄り添う和の姿がはっきりと映っていた。


和『私はずっと、咲さんの傍に居ますよ』

和が微笑み、優しげな声音で囁く。

和『咲さん、こっちに来てください』

咲「どうやって?」

和『水鏡の扉を開けるんです。こうやって』

鏡の中の和が、鏡の中の咲の手を取って鏡面に触れさせる。

それとまったく同じように現実の咲の手も動き、鏡面で手と手が触れた。

その瞬間、水鏡が淡く発光し、咲の身体はその中へと飲み込まれていった。

宮永照 第3日/22時 屍人ノ巣/第三層付近

終了条件:宮永家へ到達。


照「ぐっ……」

どことも知れぬ場所で、照は目を覚ました。

濁流に飲まれてから、ずっと気を失っていたらしい。

思考は霞がかかったようにぼんやりとしている。

何かを、忘れている気がする。とても大切な事を。

その時。照は、微かな声を聞いた。


…………ル…………テル………


聞こえるというよりは、脳に直接響いてくるような声。

その声は、なんだかとても懐かしい響きがした。

ふらふらとおぼつかない足取りで、その声のもとへ向かって歩き出す。

声の主に、会いに行かなければいけない気がした。

流されている内に懐中電灯は失ってしまったが、鉄パイプだけは離さなかったようだ。

その凶器を、握り直す。前方に犬屍人がいた。

一「グルルルルルゥゥ……」

衣服を殆ど身に着けていない、奇妙な犬屍人。

国広一の、成れの果て。

永遠の命を求めた結果がこの有様だった。

照は、特に何を思うこともなく殴りかかった。

一「ギャウッ! フクラハギッ!」

一が倒れて、動かなくなる。

けれど、しばらくすればまた起き上がり、徘徊を続けるのだろう。永遠に、ずっと。

さらに進んで行くと、公園のような場所に差し掛かった。





ガリッ…………ガリッ…………





不意に、何かを引っ掻くような音が聞こえてくる。

その音は、だんだんと近付いて来ている。


ガリッ…………ガリッ…………


照は気付いた。この音は、金属で壁を擦っている音だ。

暗がりから、音の発生源が姿を現す。

手にしたバールで、ガリガリと壁を引っ掻きながら。

バールで壁を引っ掻いていたのは、きっと前が見えないからだろうと照は思った。

だって、その顔は……人間からはあまりにかけ離れたその顔は、口だけで構成されていたのだから。

目も耳も鼻も無い。真っ青な球体に、巨大で腫れ上がった真っ赤な唇を貼り付けたような、醜悪な容貌。

人間の頭部ですら丸飲み出来てしまいそうなそのおぞましい口がガパリと開き、奇怪な声で言葉を紡ぐ。

京太郎「ユウウウウゥゥゥキイィィィィィ……ドコダァァァァ……ユウウゥゥキィィ……」

それは、頭脳屍人へと変貌した京太郎だった。

こんな姿になってまでも。京太郎は未だに、優希を探し求めていた。

優希を守るという、その想いだけが、化け物となった後も京太郎を支配し続けていた。

まあ、そんなことは照には全く関係ないのだが。

照「ふんっ!」

鉄パイプで、気持ちの悪い頭部を思い切り殴りつける。

ぐしゃりと妙に柔らかい嫌な手応えがして、青色のそれがひしゃげた。

京太郎「ガアアアアアアアッッ!」

倒れ込んだ京太郎に照は追撃する。

何度か殴りつけると、やがて手足を丸めて動かなくなった。

京太郎を倒したのを確認して、照は再び歩き出した。


…………テル……


照を呼ぶ声が、だんだんと強くなってくる。

どれくらい歩いただろうか。

照はついに、そこに辿り着いた。

照「家だ……」

“宮永”と書かれた表札のかかった家。

幼い頃の記憶にある、照の生家だった。

玄関の引き戸をガラリと開ける。懐かしさに包まれながら、居間の扉を開いた。

そこに、立っていたのは。

照「お父さん……お母さん……!」

13年前に土砂に飲み込まれたはずの、両親だった。

あの頃のままの、記憶と寸分違わぬ姿で、優しく微笑んでいる。

照の目から、涙が溢れ出す。

幼き日に帰ったように、照は両親に縋り付き、泣きじゃくった。

照「お父さん……お母さん……うわあああああああん!!」

そんな照を、両親は何も言わず優しく抱きしめるのだった。


―終了条件達成―

宮永咲 第3日/23時 いんふぇるの

終了条件:堕辰子の首を落とす。


傷付き、横たわる堕辰子の傍らで、健夜は焦っていた。

健夜(こんな事になるなんて……どうしたら……)

ただでさえ、堕辰子の復活が不完全に終わるという、不測の事態が起こっていたというのに。

追い打ちをかけるように、堕辰子が日の光に焼かれ、瀕死の重傷を負ってしまった。

いや…仮に復活が完全であれば、たとえ日光を浴びてもここまでのことにはならなかったかもしれない。

健夜(どうして、最後の最後になって、こんなに悪い事ばかり……)

儀式の時点では、健夜もまだ楽観視していた。

復活が不完全だったのは、和の“実”が足りなかったからだ。

おそらくそれは、和が何者かに血を分け与えたためだろう。

その人物を見つけ出し、“実”を奪って捧げれば良いだけの話だった。

だが、こうなってしまっては。

堕辰子のこの傷を癒すためには、分け与えられた程度の“実”では足りない。

健夜「こうなったら、最後の手段を取るしか──」

その時。健夜は気付いた。

水鏡が、発光している。何者かが、この場所に入って来ようとしている。

ありえない。ここは、堕辰子の力で創り上げた異空間──“いんふぇるの”。

異界化した羽生蛇村とも位相を異にする神域。

水鏡の扉を開いてここに入って来られるのは、堕辰子自身か、“実”──即ち、堕辰子の力の一部を持つ者だけなのに。

やがて光は収束し、そこから1人の人物が姿を現した。

それを見て、健夜は全てを理解した。

健夜「そうか……あなたが。あなたが実を盗んだんだね──宮永、咲!」

咲が健夜を、そしてその奥に横たわる堕辰子を見据える。

咲「決着を、つけに来ました。和ちゃんと約束したから。…全部、終わらせるって!」

そう言って、手にした鉄パイプに力を込める。

健夜「悪いけど、あなたに構ってる暇はないの」

健夜がそう言った途端、その傍らに人影が現れた。

衣「ハ、ハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

屍人と化した衣。彼女は、死してなお健夜の手駒として使われていた。

衣と入れ替わるように、健夜と堕辰子の身体が空間に溶けて消えていく。

咲「待っ…!」

それを追おうとする咲を遮るかのように、衣が一振りの日本刀を取り出した。

刀を抜き放ち、鞘を投げ捨てる。

その禍々しい刀身を見た途端、咲の背筋に悪寒が走った。

その刀は、妖刀“焔薙”。

原村家に代々伝わる家宝であり、羽生蛇村を何度も救ってきたという、伝説の刀。

その迫力に押され、咲が思わず後ずさる。

衣「アハハハハハハハハ!」

次の瞬間、けたたましい笑い声を上げながら、衣が焔薙で斬りかかってきた。

咲は咄嗟に鉄パイプでそれを受ける。

だが、衣の小柄な体格からは想像もつかない程の力で、鉄パイプは弾き飛ばされてしまった。

咲「くっ…!」

手がビリビリと痺れる。畳み掛けるように、衣が刀を振り上げた。

絶体絶命──そう思われた時。

和の声が聞こえた。

和『咲さん、あれを!』

咲のポケットから、強い光が漏れる。咲は即座にそれを取り出した。

神器“宇理炎”を。

次の瞬間、


ゴォッ!!


と、咲の目の前にいた衣が、青い火柱に包まれた。

衣「ギャアアアアアアアアアッ!」

炎が衣の身体を焼き尽くす。倒れ込むことすら許されず、衣は一瞬にして蒸発した。

持ち主を失った焔薙が、ざく、と地面に突き立てられる。

すると、突如として天空から4つの白い光の玉が舞い降りてきた。

光はくるくると舞い踊るように焔薙にまとわりつき、その中に吸い込まれた。

その光は、木る伝。

京太郎と優希が、灯篭に火を灯して封印から解き放った聖獣。

その力を得た焔薙の刀身が、淡く輝く。

咲はその刀を手に取った。

瞬間、世界が切り替わった。


**********


少し離れた場所で、健夜は考えていた。

濁流に飲まれる直前、咲は確かに宇理炎を持っていた。

あれの使い方がわかっているならば、衣ごときでは時間稼ぎにもならないだろう。

もう、迷ってなどいられない。

健夜「もう、待つのは嫌…! この実を捧げます……天に御座す主よ、お力を……!」

健夜は手を組み、祈りを捧げた。堕辰子よりもさらに上位の神へ向けて。

その祈りが、聞き届けられる。

健夜の中の実が、堕辰子へと流れ込んでいく。千年以上もの永き時を経て膨れ上がった実が、全て。

本来の健夜の計画では、その力を保持したまま堕辰子を復活させ、健夜自身もまた神になるはずだった。

けれど、もはやそれは叶わない。ならば、せめて人としてこの生を終えたい。

その思いで、実を全て捧げる。

やがて、横たわっていた堕辰子の身体が、ピクリと動いた。

それはむくりと起き上がり、宙へ浮かぶ。弱々しかった身体に力が満ち溢れ、神々しい光に包まれる。

その姿は、タツノオトシゴに似ていた。


この瞬間、堕辰子は完全なる復活を果たした。


そして、世界が生まれ変わる。

それまで暗い夜の帳が降りていたいんふぇるのに、朝靄のように光が溢れかえる。

これが、堕辰子の世界の本来の姿。


その世界に、咲は降り立った。


咲「行かせないよ」

右手に宇理炎を、左手に木る伝を宿した焔薙を携え。3つの力を束ねて、堕辰子を睨み付ける。

咲「あなたも、この世界も、全部消し去る。それが、和ちゃんとの約束だから」

宇理炎を堕辰子に向け、力を込める。

その瞬間、地面から青い火柱が立ち昇り、堕辰子の身体を焼いた。

堕辰子「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

宇理炎は強力な武器だが、その代償として使用者の命までも喰らう。

けれど、咲は。和から原村の血を、死ぬことを許されない呪いを受け取っていた。

それにより、咲は宇理炎を無尽蔵に使うことが出来る。

これなら、神を殺せる――そう思った時。

悲鳴を上げ、炎に焼かれていた堕辰子が、一瞬にしてその姿を消した。

咲「どこに……っ」

靄がかかっているせいで、視界が悪い。

咲は視界ジャックを使い、堕辰子の位置を探った。その結果、

咲「上!?」

咲の真上から見下ろす視界を捉えた。

慌てて上を見上げるが、そこには何もいない。

けれど嫌な予感を感じ、咲は咄嗟に後ろへ跳んだ。

直後、腹部を口のようにガパリと開けた堕辰子が、咲の髪を掠めた。

避けるのが一瞬でも遅ければ、頭を喰いちぎられていただろう。

咲「くっ……」

すぐさま宇理炎の炎を放つが、それが当たる直前に堕辰子は再び姿を消した。

火柱が虚空を焼く。

咲「透明になれる……だけじゃない、空間を転移出来るんだ……」

かなり厄介な能力だ。最初のように不意打ちでなければ、宇理炎を当てることは難しいだろう。

打開策が見えないまま、咲は再び視界ジャックをした。

堕辰子は、少し離れた場所の上空から咲の様子をうかがっている。

それを視た咲は、先程は気付かなかったある事に気付いた。

堕辰子の視界の中にいる自分。

その傍らに、寄り添うように和がいることに。

その和が、ある方向を指差している。

咲「和ちゃん……ありがとう」

咲は迷わずそちらへ向かって走り出した。

やがて、咲の目の前に巨大な岩が現れた。

その岩は三角錐の形をしており、表面はつるつるで、鏡のように咲を映し出している。

そして、その背後にいる堕辰子も。

咲は後ろを振り返ることもなく、そちらへ向けて宇理炎を放った。

堕辰子「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

予想外の攻撃に、堕辰子が再びその身を焼かれる。なんとか力を振り絞り、空間転移で炎から逃れたが、

咲「無駄だよ」

その姿も、眞魚岩に映って見えている。

咲は続けて炎を放った。

炎に焼かれ、もはや悲鳴を上げることすら叶わず、堕辰子は地面に墜落した。

咲は宇理炎をしまい、焔薙を両手で持ってその横に立った。

焔薙を振りかぶり、堕辰子の首目掛けて振り下ろす。

咲「やああああああああああっ!」

堕辰子「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

堕辰子の悲痛な叫び声が木霊し、その首が胴体から切り離された。

その悲鳴はまるで、「やめて」と懇願しているように聞こえた。


―終了条件達成―

小鍛治健夜 第3日/23時 いんふぇるの


咲が堕辰子の首を切り落とした瞬間、異変は起こった。

健夜「嫌あああああああああっ!」

金切り声を上げる健夜の、豊かな黒髪が一瞬にして白く染まっていく。

それに伴って、その顔にもみるみる皺が刻まれていき、あっという間に年老いた老婆のような容貌になってしまった。

まるで、今まで逃れ続けてきた時の魔の手に追いつかれたかのように。


そして、いんふぇるのの崩壊が始まった。


空が、地面が、端から順に崩れて行く。崩れた後に残るのは、虚無の空間のみ。

健夜はそれにも構わず、堕辰子の死骸の傍によろよろと近づいた。

そして、地面に転がる堕辰子の首を拾い上げ、抱き締める。

そのまま祭壇の上に倒れ込み──祭壇ごと、奈落の底へと落ちていった。

片岡優希 第3日/23時 屍人ノ巣


堕辰子を失ったことで、いんふぇるのと同じ様に崩壊を始める屍人ノ巣。

その中で、優希は走って逃げていた。

まこ「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

金属バットを振りかざす、染谷まこから。

優希「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

崩れかけた床に足を取られそうになりながら、優希は駆けて行く。

けれど、体力はもはや限界に近かった。

まこ「キヒッ!?」

不意に、まこが驚いたような声を上げた。思わず振り返る。するとそこには、

京太郎「ユウウキィィィィィ」

まこを羽交い締めにする京太郎の姿があった。

その顔には、京太郎の面影は全く残っていなかったが。

優希は、一目でそれを京太郎だと理解した。

京太郎「グウウウウウウウウ……」

京太郎は、まこをずるずると引きずっていく。

そして、暴れるまこもろとも、奈落の底へと転落していった。

優希の目に涙が溢れる。

京太郎は、化け物になってもなお、自分を守ってくれたのだ。

優希「京太郎……」

緊張の糸が切れたように、優希はその場で気を失って倒れてしまった。

その時…横たわる優希に近づく影があった。

咲「…この子だね、和ちゃん」

いんふぇるのから脱出した咲は、この場所にやってきていた。

優希を救う為に。

和『はい。…私の、大切な友達なんです』

その言葉を聞き、咲が優希の頬にそっと手を触れる。

その途端、優希の身体が光に包まれ……消えた。

それを見届けた咲は立ち上がり、村の方へと目を向けた。

そして静かに歩き出す。全ての決着をつけるために。

宮永咲 後日/0時 大字粗戸/耶辺集落


屍人の蔓延る村の中、咲は立っていた。

決意の炎が宿る瞳で見据える先には、夥しい数の屍人達が犇いている。

その数、実に33体。

変異している者もいれば、半屍人のままの者もいた。

それらが一斉に、敵意を孕んだ目で咲を睨みつける。

対する咲の出で立ちは、異様の一言だった。

右手に宇理炎を握りしめ、左手には焔薙を携え、身体には幾つもの手榴弾を巻き付け、背には猟銃を背負っている。

全身を武装した咲は、宇理炎を天高く掲げた。

するとそれは、強い輝きを放ち始めた。

それに呼応するように、上空に6つの青い光が灯る。

その6つの青い炎の塊は、見る間に大きくなり、流れ星のように地表へと降り注いだ。

広がった炎が、屍人達を炎上させる。

青い炎に包まれ、苦痛にのたうちまわる屍人達。

それはまるで、地獄の業火に焼かれながら踊り狂う罪人のよう。

その苦痛を少しでも早く終わらせてやるべく、咲は疾駆する。

焔薙で斬り裂き、猟銃で撃ち抜き、生命を刈り取っていく。

咲「はあああああああああっっ!!」

咲と屍人達の、狂乱の宴が始まった。

宮永咲 後日/4時 大字粗戸/耶辺集落


集落の屍人を殲滅した咲は、残った屍人を探すために歩き出した。

和との約束は、全てを消し去ること。それを果たさなければいけない。

けれど……たとえ全ての屍人を滅ぼしたとしても、もう元の世界に戻ることは叶わない。

常世から現世に帰ることが出来るのは、赤い水を──黄泉戸喫を口にしなかった者のみ。

だから咲は、これからもこの異界で、ずっと生きていかなければならないのだ。

死ねない身体で、永遠に近い時をずっと。

咲「でも、寂しくないよ。…和ちゃんが、一緒だから」

和『はい、ずっと一緒ですよ』

姿は見えなくても、声は聞こえる。2人なら、どこまでも生きていける。

後悔は、無かった。

それに、この村にはまだ、照と淡もいるはずだ。彼女らも探さなければ。

宮永照 後日/4時 宮永家


泥人形のような2体の屍人を、照は抱きしめていた。

その表情はとても柔らかく、幸せに満ちていた。

その幸せな空間に、闖入者が現れる。

ドアを蹴破って入ってきた淡が、手にしたバットで2体の屍人を殴り倒した。

照「あ、あああああああああっ!!」

淡「テルー! 家族ごっこしてる場合じゃないよ! 行くよ!!」

そう言いながら、照をずるずると引きずっていく。

だが照は、放心したように「お父さん……お母さん……」と呟くだけだった。

片岡優希 後日/4時 現世


優希が目を覚ますと、周りはまるで、土石流に飲まれた後のような惨状だった。

すぐに気付く。空気が、今までと違う。

優希「……戻って、来た…?」

直感的にそう思った。

最後の記憶を、思い出す。

和に、会ったような気がする。

喪った人々への想いが溢れ出し、優希の頬を伝う。

救助のヘリの音が、遠くから響いてきた……


―TRUE END―

堕辰子 天武十二年(684年) 眞魚岩


“それ”は、この世界とは異なる場所──常世から堕ちてきた。

“それ”は傷付き、地面に横たわっていた。

“それ”にとって不幸だったのは、その年が、ひどい飢饉の年だったことだろう。

“それ”を見つけた3人の人間達は、歓喜の声を上げて、“それ”に喰らいついた。

飢えた獣は、見境なく何でも喰らう。


たとえそれが、神であったとしても。


彼らは神の肉で飢えを満たし、神の血で渇きを癒していった。

けれど──禁忌を犯した人間は、その代償を支払うことになる。

自らの身体を蹂躙されていた堕辰子が、突如悲鳴を上げた。

雛鳥のような甲高い悲鳴は徐々に変質してゆき──いつしか、サイレンに似た響きになっていった。

それを聞いた人間達が、一斉に苦しみだす。

やがて、サイレンが終わる頃には、3人の内2人が死んでいた。

生き残った1人は、その身に呪いを受けた。死よりも恐ろしい、不死の呪いを。

彼女は後悔し、赦しを請うた。

それから、健夜の戦いは始まった──

これにて本編は終了です。

読んでくださった方、ありがとうございました。

異聞の内容を基にした番外編を、近日中に書く予定。


2も書いてくれてもいいんだぞ

SGKなんておらんかった

短いですが、番外編を投下します。

原村玄 13年前/0時 刈割/切通


玄「はぁっ、はぁっ……」

玄は走っていた。走って、逃げていた。

玄はこの日、神の花嫁になるはずだった。

花嫁などと称してはいるが、つまりは生贄である。

産まれた時から定められた運命──それを、諦めて、受け容れていたはずだったのに。

玄は、儀式の直前に逃げ出した。

行く宛てもなく、村の外など一度たりとも行ったこともないのに。


──彼女に、一目逢いたくて。


その一心で、ひたすら駆けていた。

その彼女が、突然目の前に現れた。

宥「玄ちゃん!」

弘世宥。玄の知人の中で、唯一教会とも原村家とも関わりのない人物。

玄「宥さん! どうしてここに…!?」

宥「く、玄ちゃんを助けに来たんだよ……」

寒そうにブルブルと震えながら、それでも宥は玄を安心させるように笑いかけた。

宥「玄ちゃんこそ、よくここまで来れたね」

宥は一度、原村家に忍び込もうとした。けれど警備が厳しく、玄に接触することすら出来なかった。

だから、代わりに御神体を密かに破壊し、近くで様子をうかがっていた。

そこで玄を発見し、声をかけたのだった。

玄「使用人の靖子さんに、逃がしてもらったんだよ」

宥「そっか……」

自分以外にも、玄の味方になってくれる人物はいたらしい。宥にはその事が、とても嬉しく思えた。

宥「御神体を壊してきたから、もう儀式は出来ないと思う。でも、やっぱり…この村にいるのは危ないよ。私と一緒に、逃げよう?」

そう言って、手を差し伸べる。

玄は迷わずその手を取った。

玄「うん…ありがとう…!」

次の瞬間。

宥「っ、地震!?」

突如として、地面がグラグラと揺れた。

それは数秒で収まったが、直後、


ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────────


不気味なサイレンの音が響き渡った。

原村玄 13年前/19時 上埜医院/第一病棟診察室

玄「宥さんっ! どうして、私なんかのために…!」

宥「くろ、ちゃん……」

玄は、宥に縋り付いて泣いていた。

力無く横たわる宥の腹部には、大きな包丁が深々と突き刺さっている。

屍人の攻撃から、玄を庇って受けた傷。

それは誰の目から見ても明らかな、致命傷だった。

玄「ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさい…!」

玄の目から、大粒の涙が零れる。

力の入らない腕を無理矢理持ち上げ、宥はその涙を拭った。

宥「泣か、ないで……私、はもう、駄目、だけど…玄ちゃんだけは、逃げて……必ず、生き延びて……」

玄「駄目なんて、そんなこと言わないでよ…!」

玄は知らなかった。己の血を与えれば、少なくとも屍人になることはない、ということを。

彼女は何も知らない、ただの小娘でしかなかった。

宥「最期、に、一つだけ、お願い……」

玄「…何……?」

宥「あんな、化け物、には、私……なりたく、ない……海の向こうには、行きたくない……だから……」

玄「うん……」

そうして、玄は宥の最期の頼みを聞いた。

必ず叶えると、約束した。

段々と、宥の瞳から光が失われていく。

宥「玄ちゃん……やっぱり、もう一個だけ、お願い、してもいい…?」

玄「うん…何でも、言って……」

宥「私のこと、お姉ちゃんって、呼んでくれる…?」

玄「…え?」

宥「ずっと、玄ちゃんのこと、本当の妹みたいに思ってたんだ……菫ちゃんや、照ちゃん達と、同じように……だから……」

玄「うん…お姉ちゃん……私も、原村のお姉ちゃんじゃなくて、宥お姉ちゃんが本当のお姉ちゃんだったら良かった……ずっと、そう思ってた…!」

宥「…私達、もしも生まれ変わったら、今度は本当の姉妹になれるといいね……」

玄「うん……そうだね、お姉ちゃん……」

その答えを聞いて。宥は、とても幸せそうな笑みを浮かべた。

そして、その全身から力が抜ける。

呼吸も、鼓動も、全てが止まる。

玄「お姉、ちゃん…?」

玄の腕の中で、宥は静かに事切れた。

玄「嫌だよ……独りにしないでよ、お姉ちゃん…! うわああああああん!!」

暫くの間、玄は涙を流し続けた。

腕の中の宥は、ついさっきまで生きていて、今も眠っているだけのように見える。

まるで、目覚めればまた動き出すみたいに。

否──このまま放っておけば、そうなるだろう。

サイレンの音と共に、宥は化け物として復活する。

その前に、約束を果たさなければ。

玄は涙を拭い、行動を開始した。

宥の腹に刺さった包丁を、引き抜く。心臓が止まっているせいか、あまり血は出なかった。

そして、その骸を担ぎ上げ、歩き出した。

辿り着いた先は、霊安室。この病院で、死者を弔うための場所は、ここしか思いつかなかった。

棺の中に、宥の躯を横たえる。そしてその手足を、鎖で縛った。二度と動かぬように。

そして次に取り出したのは……鉄の杭と、ハンマー。

宥の胸に、杭をあてがう。

そして、ハンマーを振り上げ、

玄「うわああああああああああああっっ!!」

叩きつけるように振り下ろした。

ずぶりと嫌な感触がして、宥の胸に杭がめり込む。

けれど、まだ足りない。

玄「あああああああああああっっ!!」

玄は絶叫し、涙を流しながら杭を何度も何度も打った。

それが、宥の願い。鎖で縛り、杭で打ち付けて、決して醜い姿を晒さないようにすること。

やがて、杭は充分な深さまで打ち込まれた。

玄の手から、ハンマーが滑り落ちる。それはガランと音を立てて床に転がった。

放心したように、玄はその場にぺたんと座り込んだ。

玄「ううっ……お姉ちゃん……」

…どのくらい、そうしていただろうか。

やがて玄はのろのろと立ち上がり、棺の蓋を閉めようとして……最後に、宥の顔を眺めた。

自分のせいで、宥は死んだ。自分が、生きたいと願ったから。助けを求めたから。

どれだけ後悔してもし切れない。どれだけ謝っても謝り切れない。

けれど、これで最後だと決めて、玄はその言葉を口にした。

玄「ごめん、なさい……」

そして、眠り姫のように美しいその死に顔に、自らの顔を近づけていき…そっと口付けを交わした。

永遠にも、一瞬にも感じられる時間が終わり、玄はゆっくりと棺を閉ざした。

そして、霊安室を出て、歩き出した。

逃げなければいけない。生き延びなければいけない。それが、宥の望みだから。

けれど…どうしようもない孤独感が、玄を苛む。

誰か、助けて…!

そんな思いに、心が塗り潰されかけた時。

靖子「玄様!」

病院の廊下に、突然見知った顔が現れた。

玄「靖子さん!」

宥以外の、唯一の味方。玄は彼女に縋り付いた。

玄「靖子さん……お姉ちゃんが……!」

涙で頬を濡らす玄を、靖子はそっと抱きとめる。

靖子「…もう大丈夫。さあ、こっちに来てください」

そう言うと、靖子は啜り泣く玄の手を引いて歩き出した。

玄は何も疑うことなく、それに従ってついて行く。

前を歩く靖子の口元が、にやりと歪んだことにも気付かないまま。

靖子は病院の中庭に出た。何故かそこにある像が動かされていて、地下へと続く梯子が現れている。

靖子「さあ、こっちです」

そう言うと、靖子は梯子を降りていく。玄も後に続いた。

その先にあったのは、ベッドが2つ置かれた薄暗い部屋。

靖子「ここに座ってください」

靖子が部屋の隅に置かれた椅子を指し示す。

憔悴し切っていた玄は、言われるがままそこに腰掛けた。




パチン




玄「え?」

突然鳴った奇妙な音に、玄は驚いた。


パチン、パチン


その間にも、音は何度も続く。

それは、靖子が拘束ベルトを締める音だった。

黒い革製のベルトで、玄を厳重に椅子に縛り付けていく。

玄「な、何を……!?」

何が起こったか理解出来ず、狼狽する玄に対し、靖子はくすくすと嗤った。

靖子「私としたことが、どうかしてたよ…大切な生贄を、逃がそうとするなんてね」

表情も、喋り方も、雰囲気も、全てが玄の知る彼女とは違う。

言いようのない不安に襲われ、玄は尋ねた。

玄「靖子、さん…だよね…?」

その問を聞いて、“彼女”は可笑しくてたまらないといった風に、くすくすと笑い声を上げる。

靖子?「ごめんね……私、さっきまで忘れてたんだ。自分が何者なのか。…私の本当の名前は、健夜」

健夜と名乗った彼女は、優しげな声音で話を続ける。

健夜「たぶん、元の世界に戻ったら、また忘れちゃうんだろうけど。その前に、やるべきことはやっておかないとね」

玄「な、何を言ってるの…?」

玄にはわからない。健夜の言っていることが、理解出来ない。

けれど、なおも健夜は楽しそうに話す。

健夜「実を言うと、あなたを生贄に捧げる必要は無いんだ。和ちゃんの“実”は途轍もなく強大で、あのお方の復活には充分だから」

健夜はポケットから何かを取り出した。

それは、2つの麻雀牌だった。

健夜「だからあなたには、これの封印になってもらう」

それらを、玄の手に握らせる。

健夜「あのお方を倒せる程の力は無いけど、なかなか厄介な武器だからね。勝手に何処かに行ってしまわないようにしておきたいんだ」

意味のわからない事を呟き続ける健夜に、玄の混乱と恐怖は頂点に達した。

玄「嫌っ…! は、外してください! 助けて…!」

ガチャガチャと揺するが、拘束具はびくともしない。

抜け出そうともがく玄に、健夜は諭すように言った。

健夜「無駄だよ、あなたはもう逃げられないし、助けも来ない。一生、ここにいるんだよ」

そして健夜は、目隠しで玄の視界を塞いだ。

玄「嫌あっ! やだぁっ! 離して!!」

涙を流して身を捩り、抵抗するも、あっさりと視界は闇に閉ざされる。

健夜「じゃあ、もう行くね。独りで、頑張って」

部屋の扉が閉まる音が聞こえ、足音が遠ざかっていく。

玄「待って! 行かないで! 助けてよぉ!!」

悲痛な叫びは誰にも届くことはなく。

それから13年後まで、その扉を開く者はなかった。

上埜久 第2日/2時 上埜医院/地下実験室


久には昔から、声が聞こえていた。

夢の中で語りかけてくる声。

目が覚めた後も頭の片隅に残り続ける、少女の声。


────────────助けて


声の主に、心当たりは無い。誰のものとも知れぬ不気味な声を、久はずっと無視していた。


────────────ここに来て


自分を呼ぶ声。助けを求める声。

10年以上、久は聞こえない振りをしてきた。どうすることも、できなかった。

けれど、この異界に来てから…夢の中だけでなく、起きている時にも時折声が聞こえるようになった。

その上、段々と強くなっているように感じる。

特に、病院に来てからは。


────────────私を見つけて


だが…病院内のどこを探しても、見つからなかった。

ここではないのだろうか──そう思い始めた時。ある場所の存在を、思い出した。

病院の地下の、隠し部屋。

その場所に入り、久はようやく、彼女と対面出来た。

久「やっと……会えたわね」

そこにいたのは、朽ち果てた少女の木乃伊だった。13年間、ずっとこの場所で待ち続けた、玄の現在の姿。


────────────ありがとう

────────────来てくれて、ありがとう


玄が枯れ枝のような腕を精一杯動かし、久にある物を手渡す。

久「受け取れ…ってことかしら?」

それは、2つの麻雀牌。玄がこの異界で、13年間ずっと守り続けてきた物。

久「…何、これ」


────────────宇理炎

────────────死なない屍人を、殺すための武器


久「…そう。宇理炎、ね…ありがたく使わせて貰うわ」


────────────使い方を、見せてあげる

────────────私を、連れて行って

────────────あの人の所まで、連れて行って


久「…………わかったわ」

久は玄の拘束具を外し、担ぎ上げた。

彼女の指示に従って、病院内を歩く。

薄暗い廊下を抜け、地下への階段を降りて行く。

辿り着いた場所は、霊安室だった。


────────────ここ

────────────棺の蓋を、開けて


久は玄を降ろし、言われた通りに棺を開けた。

棺の中に入っていたのは、屍人化した少女──宥だった。

宥「ン〜〜〜〜」

久の姿を見るなり、宥は目を見開いて身を捩る。

けれど、鎖で縛られ、杭で打ち付けられているためにまともに動くことは出来なかった。


────────────あれを


玄がよろよろと立ち上がり、棺に近寄る。

久は彼女に宇理炎の一つを手渡した。


────────────これは、煉獄の炎で屍人を焼き尽くす

────────────ただし、使用者の命と引き換えに


玄の持つ宇理炎が、光を放つ。

次の瞬間、宥の身体が炎に包まれた。

宥「アアアアアアアアアアアア!!」


────────────あなたも、使うならよく考えて

────────────それと、片方はある女の子に渡してあげて

────────────見れば解るはずだから

────────────あの子ならきっと、和ちゃんを救ってくれる


そして玄は、燃え盛る宥を抱きしめた。

原村の一族である玄は、宇理炎を使った代償で死ぬことは無い。

けれど、炎に巻かれれば別だ。

青い炎は玄の身体に燃え移り、焼き尽くしていく。

玄「お姉ちゃん……ようやく…ようやく、助けてあげられる……ずっと待たせて、ごめんね……」

玄の頬を、涙が伝う。

(ありがとう……すごくあったかいよ、玄ちゃん……)

そんな声が、聴こえた気がした。

やがて、2人の少女は完全に燃え尽きた。

そこには焼け焦げた跡と、宇理炎だけが残されていた。

久はそれを拾い上げる。

しばらくの間、彼女はその場に佇んでいたが──やがて背を向け、霊安室を後にした。

これで全て終わりです。ありがとうございました

>>161
2はやったことないので。
次の機会があるなら、サイレントヒルでやってみようかと思っています

>>164
主人公をSGKにするかとか、ヒロインを神代家の姫様にするかとか、けっこう悩みました

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