王国の歴史は、200年前に魔族の長たる魔王を滅ぼし、
民衆からの支持を得た一人の豪族が、自ら王となったことから始まった。
しかし、およそ一年前に復活した魔王率いる魔王軍によって、
王国は再び魔族との戦いを余儀なくされていた……。
─ 王国城 ─
国王「戦況はどうかね?」
軍団長「はっ、我が軍が優勢であります!」
軍団長「このままいけば、魔王城陥落の日も近いかと!」
大臣「ふふふ、当然だ。魔族など我々の敵ではない」
大臣「この200年で、我が王国がどれだけの進歩を遂げたことか!」
軍団長「ところが、気になることが一点だけございます」
軍団長「つい先ほど、魔王城から我が軍に一通の密書が届きまして」
国王「密書?」
軍団長「はい」
軍団長「魔術師によれば、この密書は魔法によって」
軍団長「陛下でなければ開封できないようになっているそうです」
軍団長「こちらです」スッ
国王「ふむ……」ガサッ
大臣「フン、おおかた降伏を申し出る書状ではないですかな?」
国王「…………」
国王「──こ、これは!?」
【 PART1 国王の依頼 】
─ 王国首都 郊外 ─
大臣「陛下、本当にこんなどこの馬の骨とも知れぬ男に、国の命運を託すのですか?」
大臣「勇者というのは、いったい何者なのですか!?」
国王「彼は世界中を股にかけて暗躍している、超A級のプロフェッショナルだ」
国王「この依頼をこなせるのは、世界中どこを探しても彼しかおらぬだろう」
大臣「……しかし、超A級のプロフェッショナルにしては」
大臣「ずいぶんと時間にはルーズのようですがねえ……?」
大臣「もうすでに待ち合わせ時刻だというのに、一向に現れない……」
勇者「落ち合う時刻は、ちょうど今のはずだが……?」ザッ
国王&大臣「!?」
大臣「い、いつの間に……!?」
国王「君が、勇者かね?」
勇者「うむ……」
勇者「用件を聞こうか……」シュボッ…
国王「おおっ、ミスター勇者!」スッ
勇者「俺は……利き腕を他人に預けるほど自信家じゃない……」
国王「!」ハッ
国王「そうだったな、すまなかった。君のことは勉強していたつもりだったんだが」
大臣「陛下の握手を拒否するとは……キサマ何様のつもり──」
国王「いやよいのだ、大臣。私が悪かったのだ」
大臣「くっ……!」
勇者「…………」
国王「さて、さっそく仕事の話に入ろう……」
国王「君に始末して欲しい標的(ターゲット)は……魔王だ」
勇者「…………」
国王「元々我が国は200年前、魔王を討伐した私の先祖によって建国された」
国王「200年の間に国政は安定し、このまま平和が続くと思われたのだが──」
国王「一年前に突如魔王が復活したことにより、情勢は急変した」
国王「もちろん、魔王は我が国に強い憎しみを抱いている」
国王「今まさに、我が国は魔王率いる魔王軍の攻撃を受けており」
国王「この窮地を脱するには、魔王を亡き者にするより道はないのだ……!」
勇者「…………」
勇者「俺は……王国軍と魔王軍の戦いは、王国軍が優勢だと認識しているが……?」
勇者「なぜわざわざ俺に依頼をする……?」
国王「!」ギクッ
国王「実は……ただ単に魔王を始末して欲しいのではなく」
国王「次の“二つの条件”を満たした上で、倒して欲しいのだ」
勇者「条件……?」
国王「まず一つ目が期限は一週間以内」
国王「そしてもう一つは……一太刀で魔王を殺害して欲しい、ということだ」
国王「ただ魔王を倒すだけならば、我が国の兵士でも十分可能だろう」
国王「しかし、この二つの条件を満たした上で、魔王を滅ぼせるのは……」
国王「世界中に君しかいないのだ!」
国王「どうか……引き受けて欲しい……!」
大臣「報酬はキャッシュで500万ゴールド出す!」カパッ
大臣「キサマのような一匹狼には、過ぎた金だろう!」
勇者「…………」
勇者「俺は依頼人の嘘や裏切りを許さない……」
勇者「もし俺を雇いたいのであれば……」
勇者「なぜその条件を満たさねばならないか、を説明してもらおう……」
国王「そ、それは……」
大臣「国家機密を殺し屋風情に話す義理はない! 黙って引き受けるといえ!」
勇者「…………」
勇者「……悪いが、この話はなかったことにしてもらおう」ザッ
大臣「な!?」
国王「…………」
国王「ま、待ってくれ! ミスター勇者!」
大臣「陛下!? ま、まさか──」
国王「分かった……全てを話そう」
大臣「へ、陛下……!」
国王「大臣、全ての責任は私が負う。王国のためには、彼の力が絶対に必要なのだ!」
勇者「…………」
国王「実は、先ほど話した我が国の成り立ち……これには大きな秘密が隠されている」
国王「元々、この地域では人間と魔族が共存していた」
国王「しかし、この辺り一帯の土地全てを欲した私の先祖、つまり初代国王は──」
国王「魔王や魔族たちを親睦会と称して、巧みに誘い出し──」
国王「集まった魔族を毒料理や矢の雨で壊滅させた……」
国王「もちろん世間には、変心し人間を滅ぼそうとした魔王を討伐したと発表し」
国王「その名誉をもって王となったのだ」
勇者「…………」
国王「現在においても、このことを知っているのは私やここにいる大臣を含めごく一部」
国王「そして、これから先もずっとそうなるはずだった」
国王「しかし、戦争で劣勢となった魔王が、三日前に密書を届けてきたのだ」
国王「“私は初代国王の魔族に対する仕打ちを証明する証拠を持っている”」
国王「“十日以内に降伏しろ”」
国王「“さもなくば、全てを公表する”といった内容だ」
国王「もし、そんなものが実在し、公表されれば──」
国王「これまで代々続いてきた王位の正当性そのものが、根底からくつがえってしまう」
国王「さらに我が国には王政に反対する一派が、水面下に根強く存在しており」
国王「彼らが魔族と手を結ぶであろうことは想像に難くない」
国王「そうなれば、この国は内乱状態となり、まちがいなく崩壊する……」
国王「それだけは絶対に避けねばならないのだ!」
国王「そして……宮廷魔術師の魔法による真偽調査によって──」
国王「魔王からの密書に一切嘘偽りはない、と判明した……」
国王「もちろんその後、魔術師の口は封じさせてもらった……」
勇者「…………」
勇者「話は分かった……」
勇者「それで……もう一つの条件“一太刀で”というのはどういうことだ?」
国王「実は……これも密書に書かれていたのだが、魔王には恐ろしい能力があるのだ」
国王「“自爆”という、な」
勇者「自爆……?」
国王「200年前に倒された時はだまし討ちだったため、使われることはなかったが」
国王「もし今度、命の危機に晒されれば、魔王はまちがいなく自爆する……」
国王「魔王が“自爆”をすれば、ヤツの暗黒の血が広範囲にわたって飛び散り──」
国王「その黒い雨によって、我が王国も確実に滅ぶ、と書かれてあった」
国王「ようするに、死ぬ時はもろとも、という魔王からの警告だ……」
勇者「…………」
国王「そして、さらに悪いことに──」
国王「魔王は心臓を切り裂かねば死なないのだが」
国王「ヤツはなんと、伝説の金属といわれるオリハルコンの鎧で武装しているのだ」
勇者(オリハルコン……)
国王「つまり、残り一週間という期限で、オリハルコンの鎧をまとった魔王を」
国王「“自爆”する暇も与えず一太刀で始末してもらわねばならない!」
国王「こんな不可能だらけのミッションをこなせるのは──」
国王「君しかいないのだ、ミスター勇者!」
国王「頼む、引き受けるといってくれ!」
勇者「…………」
勇者「分かった……やってみよう……」
国王「おおっ!」
大臣(なんだと!? てっきり断るものとばかり……)
勇者「こちらも準備がいるんでな……決行は六日後の夜、とさせてもらう……」
勇者「ところで、魔王城に侵入する手はずは……?」
国王「大臣が選りすぐった優秀なエージェント三名に当日、君をサポートさせる」
勇者「……承知した」
大臣「あの三人は、いずれも君に劣らぬ優秀な人間ばかりだよ」
大臣「本来、この程度の任務、彼らでもこなせるが陛下たっての希望なのでな」
勇者「…………」
勇者「…………」スッ…
大臣(ちっ……眉一つ動かさずに闇夜に消えよったわ!)
大臣「陛下! お気は確かなのですか!?」
大臣「国家の最重要機密を、あんな男に話してしまうなんて!」
大臣「それにあの男、あのまま金を持ち逃げしてしまう気では……!?」
国王「彼は超一流のプロフェッショナルだ」
国王「あの機密を利用したり、報酬を持ち逃げするような人間ではないよ」
大臣「し、しかし……」
国王「とにかく、これでサイは投げられた」
国王「我々は最善を尽くしたのだ」
国王「あとは……神のみぞ知る、といったところか」
大臣「…………」
【 PART2 最高の一太刀を求めて 】
─ スラム街 ─
徒弟「ん?」
勇者「職人はいるか?」
徒弟「おおっ、勇者さんかい!」
徒弟「他のヤツなら居留守を使うところだが、アンタなら別だ」
徒弟「さ、入ってくれ」ギィィ…
勇者「…………」ザッ
< 職人の家 >
キィィ……
徒弟「師匠、お客さんだ」
職人「なにをやっておるか! あれほど居留守を使えと──」
職人「!」ドキッ
職人「ゆ、勇者! アンタだったのかい……」
勇者「…………」
職人「分かってるさ……。どうせまた、難題を持ち込みにきたんだろう?」
勇者「……オリハルコンの鎧を切り裂ける剣が欲しい」
職人「対オリハルコンか……まぁ、三週間もあれば何とか──」
勇者「六日後の夕方までにな」
職人「六日!?」
職人「やれやれ……アンタの仕事は高いが、儲かってる気がまるでせんよ」
職人「今度はいったい、なにを斬ろうっていうんだね?」
勇者「オリハルコン製の……ダイナマイトだ」
職人「おおっ、クレイジー!」
職人「ま、アンタの無理難題は今に始まったことではないがね……」
職人「しかし、六日か……。材料を調達する時間はない、な」
職人「そこらの鉱物を使って、どこまで切れ味と強度を両立できるかがカギか……」
勇者「強度は不要だ」
職人「し、しかし……それだと一太刀浴びせたら使いものにならなくなるぞ……?」
勇者「一太刀だけ持てばいい……。二度斬ることはありえないのだ」
職人「…………」ゴクッ…
職人「わ、分かった……。アンタの注文に応えてみせようじゃないか……!」
職人「そうと決まれば、アンタはもうジャマだ!」
職人「とっとと出てってくれ!」シッシッ
勇者「…………」
職人「オイ徒弟、なにをボサッとしておる!」
職人「こうなったら、猫の手でもなんでも借りねばならん!」
職人「早く私を手伝え!」
徒弟「は、はいっ!」タタタッ
勇者「…………」ザッ
ギィィ…… バタン……
【 PART3 作戦前夜 】
─ 王国首都 ─
< 酒場 >
勇者「…………」グビッ
僧侶「ハァイ」
勇者「…………」
僧侶「あなた、この辺りじゃ見かけない顔ね」
僧侶「今、この国は魔族と戦争中だっていうのに、いったい何しに来たの?」
勇者「…………」
僧侶「もしかして……魔王を倒しに来た、とか?」
勇者「…………」ピクッ
僧侶「フフ、なぜお前がそのことを? って顔してるわね」
僧侶「私はね」
僧侶「明日あなたをサポートする、三人のエージェントのうちの一人よ」
僧侶「ホントは明日会う予定だったけど、どうしても今日会いたくなっちゃって」
僧侶「よろしくね、ミスター勇者」
勇者「…………」
僧侶「大臣はあなたのことを、私たち三人の一人一人に匹敵する、っていってたけど」
僧侶「実際にあなたを見てみたら、とんでもないわ」
僧侶「私たち三人がかりでやっとあなたと互角、といったところでしょうね……」
勇者「…………」
僧侶「ねぇ……」
僧侶「私たち、お互い明日は国の命運をかけたミッションに挑むのよ」
僧侶「優れたチームワークには、スキンシップが必要よ」
僧侶「互いのことをもっと、知っておくべきだと思わない?」
勇者「見たところ、お前は神に仕えている人間のようだが……?」
僧侶「フフフ……やっと口を開いてくれたわね」
僧侶「なにしろ、明日のミッションは神頼みでもどうにもならない難易度だもの」
僧侶「きっと神様も許して下さるわ……」
< 宿屋 >
僧侶「あああ~~~~~っ!」
僧侶「おおお~~~~~っ!」
僧侶「すごい、すごい、すごいわ!」
僧侶「私はもう、とうの昔に女を捨てたはずだったのに……」
僧侶「ここまで私を“女”に引き戻してくれるなんて!」
僧侶「あああ~~~~~っ!」
僧侶「もっと、もっと、もっとよ! あああ~~~~~っ!」
僧侶「私を女にしてぇ~~~~~っ!」
勇者「…………」
【 PART4 剣は完成した 】
作戦当日 夕刻──
< 職人の家 >
職人「出来たぞ!」
職人「あり合わせの鉱物ながら、徹底的に薄く、重く、切れ味を増すよう鍛えた」
職人「かなり重いが、アンタなら十分扱えるはずだ」
勇者「うむ……」ズシッ…
職人「そして前にも話したが……一太刀で刃はボロボロになっちまうだろう」
職人「そうなればもう、この剣はナマクラ以下の役立たずになる」
勇者「…………」
勇者「…………」チラッ
徒弟「ぐう……ぐう……」スピー…
職人「フッ、アイツもだいぶ鍛冶職人としてサマになってきたが」
職人「まだまだ体力が足らんな。ちょっと徹夜しただけであのザマだ」
勇者「…………」
勇者「職人!」
職人「?」
勇者「ありがとう……」
職人「ハハ、よしてくれ」
勇者「…………」スチャッ
職人「明日の朝刊を楽しみにしているよ!」
【 PART5 三人のエージェント 】
─ 魔王城近辺 ─
魔法使い「もうすぐ作戦決行時刻だけど……」
魔法使い「勇者が現れる気配はないね」
戦士「ふん、怖気づいたんだろうよ!」
戦士「オリハルコンの鎧をまとった魔王を一太刀で殺るなんざ」
戦士「仮に世界最高の名剣があったところで、王国一の剣士である俺でも無理だ」
戦士「しかも、仕留めそこなったら、間近で自爆を喰らうかもしれないんだからな」
僧侶「…………」
僧侶「いいえ、あの人は必ず来るわ……」
パカラッ…… パカラッ……
魔法使い「あの馬は──」
戦士「まさか……」
僧侶「勇者よ! 勇者が来たわ!」
パカラッ! パカラッ! パカラッ!
ザンッ……!
勇者「…………」
魔法使い「時間きっかり……だね」
戦士「こんなギリギリまで、いったいどんな準備をしてきたんだよ?」
勇者「そういう問いに対する答えを……俺は、用意したことはない」
勇者「さっそく本題に入ってもらおう」
戦士「ケッ、お高く止まりやがって!」
僧侶「それじゃ、作戦について説明するわ」
僧侶「まず、あそこにある巨大な城が魔王城」
僧侶「ほとんどの出入口が魔族の大部隊で固められてるけど……」
僧侶「一ヶ所だけ、小部隊だけで守られてる扉があるの」
僧侶「そして、一見まったく重要でないその扉こそが──」
僧侶「魔王の部屋に直通している扉だということが分かったのよ」
魔法使い「ろくに兵を置いていないのは、ボクらに重要だと悟らせないためと」
魔法使い「あとは守っても無駄だってのが分かってるからだろうね」
勇者「守っても無駄、とは……?」
魔法使い「あの扉には、固い封印が施されてるのさ」
魔法使い「わざわざ兵を置かなくても、ちょっとやそっとじゃ開かない」
魔法使い「だけど……僧侶は世界屈指ともいえる補助魔法の達人だから」
魔法使い「あの封印を解くことができる」
僧侶「かなり体に負担がかかる呪文だけど……扉は私に任せて!」
勇者「少数とはいえ、周辺の兵隊はどうするのだ……?」
戦士「そこで俺たちの出番ってわけだ」
戦士「俺と魔法使いの二人で、扉周辺の魔族をひきつける」
戦士「援軍を呼ばれないよう、わざといい勝負を演じながら、な」
魔法使い「魔族は互いの生命力や魔力を感じ取ることができるから」
魔法使い「下手に殺害しちゃうと、他の場所の大部隊に気づかれる恐れがあるからね」
魔法使い「ま、そこはボクら二人でちゃんとやるから、安心してよ」
勇者「…………」
僧侶「さあ、そろそろ時間よ」
僧侶「みんな、準備はいいわね?」
【 PART6 作戦開始! 】
─ 魔王城 ─
< 封印扉前 >
ザシッ! ボワァッ! キンッ!
魔族A「敵襲だ!」タタタッ
魔族B「敵はたった二人、人間の戦士と魔法使いだ!」タタタッ
魔族C「逃がすな、追えっ!」タタタッ
魔族D「隊長、他の持ち場から応援を呼びますか……?」
隊長「ふむ……」
ザシィッ! キィンッ! ズバッ! ボワァッ!
戦士「ちいっ! こっち来んな!」
魔法使い「ぐっ……強い……!」
ボアァッ! キンッ! ザンッ! ザシィッ!
隊長「見る限りあの二人組、力量はさほどでもなさそうだ」
隊長「とてもこの扉の秘密を知っているとは思えん」
隊長「おそらく功を焦って、警備が手薄なこの扉を狙ってきただけの愚か者だろう」
隊長「援軍を呼ぶまでもない」
隊長「あの程度なら、ここを守る我が部隊だけで十分倒せる」
魔族D「それもそうですね」
ワァー……! ワァー……!
僧侶「扉ががら空きになったわ……」
僧侶「あの二人が、うまいことやってくれてるようね……」
僧侶「さ、行きましょ!」ダッ
勇者「…………」ダッ
僧侶「これが封印扉ね……」スッ…
勇者「…………」
僧侶「ヒィ~ルァ~ケ~……ゴゥマ!」
パキィィィ……ン……
僧侶「これで封印が解除されたわ! ──ぐっ!」ゴホゴホッ
勇者「…………」チラッ
僧侶「大丈夫よ……。だけど、魔王を倒す手伝いはできそうもないわね……」ゴホッ
僧侶「私は入口近くで待機しているわ……」ゴホゴホッ
ワァァ……! ワァァ……!
キィンッ! ボアァッ! ザシッ! キンッ!
戦士「……どうやらアイツらは、無事侵入を果たしたようだな」
魔法使い「そだね」
魔法使い「あとはもう、あの勇者にかかっているね」
戦士「こんなとこで死ぬんじゃねえぞ、魔法使い」
戦士「俺たちの仕事はまだ残ってるんだからよ!」
魔法使い「もちろん!」
─ 魔王城内 ─
タッタッタッタッタ……
勇者「…………」タタタッ
勇者(あの封印扉から魔王の部屋へと至るこの廊下……やはり警備は皆無)タタタッ
勇者(封印を破れる人間などいない、という判断か)タタタッ
勇者(しかし、現実には一人の僧侶によってあっけなく解除された)タタタッ
勇者(200年の歳月で、人間と魔族の差はさらに開いた、ということか……)タタタッ
勇者「…………」タタタッ
【 PART7 勇者と魔王 】
< 魔王の部屋 >
魔王(さあ、いよいよ明日が期限だ……)
魔王(かつて我らをだまし討ちにした忌まわしき男の末裔よ)
魔王(せいぜい悩み苦しむがいい)
魔王(“降伏”を選ぼうが、“証拠の公表”を選ぼうが、どちらにせよ──)
魔王(明日はキサマら王国の“敗北記念日”なのだからな!)
魔王(どちらでも、好きな負け方を選ぶがよいわ)
魔王(それがかつて私を滅ぼして誕生した王国への、せめてもの手向けだ)
魔王「フハハハハハハハハハハ……!」
ギィィ……
魔王「何者!?」バッ
勇者「魔王、だな……?」ザッ
魔王「ふむ……なるほどな……」
魔王「あの国王は“第三の選択肢”を作り出した、というわけか」
勇者「…………」
魔王「しかし、それはもっとも愚かな選択だ!」
魔王「私が自ら死を選べば、大規模な爆発が起こり──」
魔王「さらに私の暗黒の血が広範囲に飛び散り、王国中の人間を蝕むことになろう」
魔王「あの国王は保身のために、国民全てを犠牲にする選択をしたのだ!」
魔王「……もっとも、今のは暗殺者であるキサマに」
魔王「私に“自爆”を決意させるほどの力量があれば、のハナシだがな……」
勇者「…………」
魔王「どうだ……」
魔王「キサマも単身こんなところにまで乗り込んできたということは」
魔王「腕には覚えがあるのだろう……?」
魔王「私がこの大地を奪い返したあかつきには、キサマにも半分くれてやる──」
魔王「──といったらどうする?」
勇者「…………」チャキッ
魔王「愚問だったか」
魔王「ならば、私自ら相手をしてやろう!」
魔王「我がオリハルコンの鎧に、その剣で傷一つぐらいつけられるか試してみよ!」
魔王「地獄の炎に焼かれるがよい!」
ゴォアァァァァァッ!
勇者「…………」バッ
魔王「断罪の雷に撃たれるがよい!」
ピッシャァァンッ!
勇者「…………」ザウッ
魔王(危なげなくかわすとは! なんという反射神経!)
魔王(いや、それ以上にこの男の目、まるで自分を疑っていない!)
魔王(本当にこの私を自爆させずに倒せると思っているのか!?)
魔王「フハハハハ、面白い人間もいたものだ!」
魔王「来いィッ!」
勇者「…………」ダッ
勇者「…………」チャキッ
魔王(なんの変哲もない無骨な剣……オリハルコン製ですらない!)
魔王「そんなもので我が鎧を、この私の怨念を切り裂けるものかァァァッ!」
勇者「…………」スッ…
ザンッ……!
魔王「な……!?」
魔王(一太刀で……鎧ごと我が心臓を……!?)
魔王(これではもはや、“自爆”することもでき、ぬ……)ゴフッ…
魔王(な、なんというヤツよ……)グラッ…
ドザァッ……
パキィンッ!
勇者(剣も砕けた、か……)
魔王「フハ、ハハハ……」ガフッ…
魔王「みごと、だ……。みごとな剣、と腕、だ……」
魔王「最期にどうか聞かせて、くれ……キサマの名、を……」
勇者「……勇者だ」
勇者「俺が標的に名乗ったのは、これが初めてだ……魔王」
魔王「ゆ、勇者、か……」ゴフッ…
魔王(私は200年前の雪辱を晴らしたい一心で……地獄から舞い戻った……)
魔王(しかし、一騎打ちでこうも見事にしてやられては……)
魔王(もう復活することも、なかろう、な……)
魔王「覚えて、おこ、う……」ガクッ
勇者(…………)
【 PART8 勇気ある者 】
─ 魔王城近辺 ─
勇者「…………」ザッ
僧侶「お帰りなさい、勇者……」
戦士「よくやってくれたぜ! すげえよ、アンタ!」
魔法使い「あなたが魔王を倒したおかげで、証拠は隠滅され、魔族は力を失った……」
魔法使い「この戦争、王国軍の勝利が確定したよ!」
勇者「…………」
魔法使い「それじゃ、さっそく──」
魔法使い「“麻痺呪文”」パァァ…
僧侶「“麻痺呪文”」パァァ…
勇者「!」ビクッ
勇者「く……!」ドサッ…
魔法使い「ふふふ、悪いね……勇者さん」
魔法使い「“ここまで”がボクたちの仕事なのさ」
魔法使い「あなたは疲弊し、剣もボロボロだが、一方のボクらはすでに全快している」
魔法使い「まともにやっても勝てる自信はあったけど……」
魔法使い「念のため、呪文でリスクは最小限に抑えさせてもらったよ」
戦士「そういうことだ」
戦士「さすがのプロフェッショナルも、あれだけの大仕事をこなした後に」
戦士「こんな結末が待ってるとは思わなかっただろ?」
戦士「ま……安心しな」
戦士「苦しまねえよう、一発で首を叩き落としてやっからよ」チャキッ
戦士「あばよ、勇者ッ!!!」ブオンッ
勇者「…………」ザウッ
戦士「かわした!?」
戦士(なんで……全身が麻痺してるハズじゃ──!?)
パシッ!
勇者「呪文と同時に……首を落とすべきだったな」チャキッ
戦士(しまっ、俺の剣を奪って──)
魔法使い「ま、まずいっ!」
僧侶「もう一度呪文を──」
ザンッ! ザシュッ! ズバァッ!
魔法使い「が、ふっ……」ガクッ
僧侶「うぅ……っ」ピクピク…
戦士「て、てめえ……なんで……麻痺呪文が効いてねえんだ……」
勇者「呪文を受けた瞬間……体のある“ツボ”に針を刺しておいた」
勇者「そうすれば、数秒で麻痺の症状は緩和される」
勇者「俺は魔法は使えないが……」
勇者「魔法によって起こる、さまざまな心身異常については」
勇者「下手な魔法使いより、俺は詳しい……」
戦士「だからって……いくらなんでも、準備がよすぎ、る……」
勇者「お前たちの裏切りのことは、事前にあの男から知らされていたからな」
勇者「この作戦は最重要機密──」
勇者「生き残る人間は三人より一人だけの方がいい、という判断だろう……」
戦士「ち、くしょう……大臣のヤロ、ウ……」ガクッ
勇者「…………」
勇者「大臣、か……」
僧侶「ふふ……鮮やかだったわ……」
僧侶「魔王を一太刀で仕留め……」
僧侶「しかも、私たちの裏切りをも想定して、対策を怠らず……」
僧侶「さらに……“裏切りの首謀者”まで、巧みに聞き出す、なんてね……」
僧侶「私たち三人がかりであなたと互角……なんて、とんだ思い違いだったわ……」
勇者「…………」
僧侶「あなたこそ……真のプロフェッショナル……」
僧侶「いかなる困難な依頼にも立ち向かう……勇気ある者、だわ……」
僧侶「さ、さすが……私の……愛した、男……」ガクッ…
勇者「…………」
ザッザッザッ……
【 PART9 報告 】
─ 王国城 ─
兵士「陛下! 急報です!」
兵士「昨夜、魔王が何者かの手によって殺害され、魔王軍は力を失い──」
兵士「我が軍の勝利が確定的となりました!」
兵士「おそらく魔王軍内で、なにか内紛があったものと……」
大臣「おお、そうか! それはめでたい!」
国王(やってくれたか……勇者……!)
兵士「はっ! では失礼いたします!」
国王「本当は勇者を主役として、豪勢な祝勝会でも、といきたいところだが……」
国王「この任務は極秘中の極秘……そうもいかんだろうな」
国王「それに勇者は、依頼人に二度会うことを好まない、と聞いている」
国王「彼の功績は救国の英雄と呼ぶに相応しいものだというのに……残念なことだ」
大臣「なあに、どちらにせよ陛下がヤツに会うことは二度とありませんよ」
国王「?」
国王「大臣、どういうことだ……?」
大臣「いえいえ、なんでもありません。下らないひとりごとでした」
大臣「では私も、少し席を外させていただきます」スッ…
国王「…………」
国王(今回の件では、かろうじて我が国は滅亡の危機を免れた……)
国王(だが、再び魔族を犠牲にするという選択は、本当に正しかったのだろうか……?)
国王(いや、国家のトップとして、私は最良の選択をしたのだ)
国王(一国の王が国の存続を最優先に動くことは当然のことであり)
国王(そこに疑問を差し挟む余地はない……)
国王(しかし──)
国王(卑劣と評せざるをえない事件を経て、成り立ってきた我が国の歴史……)
国王(人の目はあざむけるかもしれぬが、神の目まではあざむけぬ)
国王(いつの日か、裁きが下る日が……来るかもしれん、な……)
【 PART10 もう一つの報告 】
< 大臣の部屋 >
大臣「さてと、報告を聞かせてもらおう」
斥候「はっ」
斥候「魔王城周辺は現在、混乱の極みに達しておりますが──」
斥候「大臣のおっしゃられていた“人間の死体”を、無事確認できました」
大臣「フフフ……そうだろう、そうだろう」
大臣「国家機密を知った人間をむざむざ生かしておくほど、ワシは甘くない」
大臣「ヤツは一人寂しく、野垂れ死にしていたことだろうよ」
斥候「は……? 私が発見した死体は、全部で三体でしたが──」
大臣「え……?」
斥候「屈強な戦士と、若い魔法使いと、女性僧侶の三体でした」
大臣「な……!?」ガタッ
大臣「バ、バカな……! あの三人が……そんなバカなことがっ!」
斥候「どうしました、大臣!? 急に青ざめて──」
勇者『俺は依頼人の嘘や裏切りを許さない……』
大臣(ワ、ワシは……っ!)ガタガタ…
大臣(ワシは……いったいどうなるんだっ!?)ガタガタ…
大臣「あああああっ……!」
<END>
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません