わたし「ついに見つけましたよ。幼女村」(158)


頭上は雲一つない青色です。
どこまでも純に澄む高い空をつがいの小鳥が
気持ちよさそうに遊泳しておりました。

快晴の波間を漂う雲を思わせるように、
広い草原にぽつりと孤立している小さな村がひとつ。
そこはなんとも摩訶不思議な村でございまして、
神によって選択された女の子しか立ち入れないとかなんとか。

実は、聖域を覆う特殊な結界が張られている。
実は、悪しき欲望に囚われた穢れ人を寄せ付けない。
実は、特に男は近寄れば、それだけで魂が持っていかれる。
実は、社交性に欠けた社会不適応者の童貞は人として扱うべからず。

等々のちょっと過激な説までも飛び交いますが、
それらの真偽は確かではありません。


不確かな憶測ばかりの諸説はおいておくとして、私が見て感じたことは、
田舎の全て集結させたような集落をじっと眺めていますと、
風化していく懐かしさを思い出させてくれる、ということです。

草原を駆ける風が集落の目隠しとなる木々を揺らし、
さわさわと葉が触れ合い摩擦する音に耳を傾ければ、
自然とため息がこぼれます。

さてさて、いつまでも立ち呆けて観察している時間はありません。
せっかく誰にも頼らずして見つけることができたのですから、
まずは入って内部視察を始めませんとなりません。


自身のない海馬が記憶間違いを起こしていなければ、
縄の張られていない一対の木杭の切れ目が村への入口です。
まあ、玄関口が明確に定まっているわけでもないので、
大股に縄をまたいで侵入しても咎められはしないでしょう。

けれども、花も恥じらう乙女に成長した私ですから、
はしたない真似をする気は、ミジンコさんの毛ほどもありません。
ごくごく普通に素直に捻くれず、木杭の入口からお邪魔することにしました。

最初にすべきは、村の勝手を確認するために、そこらを歩く住民を捕獲することです。
どこかに手ごろな女の子がどこかにいないものでしょうか。

額に右手で庇を作ってぐるりと見渡しますと、わりと傍にいらっしゃいました。
歳の幼い女の子が銀紐で括られた木桶を抱えて、てくてくと歩いておりました。


案内役は彼女にお願いするとしましょう。
持ち物に銀色の紐を結ぶ人に悪い子はいません。
ただ呼び止めるだけでは礼儀にならないので、最初の声掛けは挨拶に決めました。

わたし「給仕幼女さんです、こんにちは」

給仕幼女「お姉さんだ、こんにちは」

大きめの声で挨拶をしますと、すぐに返事がきました。
脊髄反射の速度に、私は少し驚きます。
礼から頭を上げた給仕さんも、私の姿を見て目を丸くしました。

私がいることを認識するよりも早くに挨拶を返していたことに、私が驚きます。
2人して驚きっぱなしです。


給仕幼女「どどどどちらさまでしょうか」

わたし「えっと……旅のものです」

給仕幼女「そ、そのお荷物は……」

わたし「遠出に必要な物ですよ。着替えとか、風邪薬とか、不眠時にてき面のお薬とか」

給仕幼女「ひっ」

今の会話に怯える要素があったでしょうか。
警戒心を感じさせない対話を意識したつもりでしたが、
給仕さんは地面に足を縫い付けられたように、一歩も動きません。
その変容はまるで、蛇に睨まれたちびもふな小動物のようでした。


未来ある卵を食べてしまうすきっ腹なヘビ類ではないので、
緊張を溶かそうと出来得る限りの笑顔を浮かべます。
目を細めて友好的な笑みを浮かべたつもりが、優しさ届かずヘビ睨み。
さらに委縮した給仕さんは、恐怖に耐えるべく、木桶をぎゅっと抱きしめます。

一見すると、給仕さんは髪をサイドテールで纏めておりました。
身長はわたしの腰よりも多少高いほどで、すぐ傍まで寄れば、
くるくるうずまきの双子のつむじが見下ろせました。

給仕さんの衣装は違和感なく着こなされており、
若くして貴族の家柄に就いた見習い生のような風貌です。


身長が身長なだけに、背伸びをしても給仕らしからぬ、
むしろ給仕の衣装を着ることで、精神的に背伸びをしているとも取れる彼女と、
彼女の持つ木桶のちぐはぐな組み合わせが、不思議な可愛さを引き出しておりました。
これもこれで味わい深いものがありました。

給仕幼女「ど……どのようなご用事ですか?」

体の震えが声にまで浸透し、涙を混ぜて私の耳に届きました。
人相は悪くないと思っていたのですが、小さい子が相手ではウケはよくないのでしょうか。

わたし「特別なお祭りが近いと聞きまして」

乙女心の傷つきを困惑顔に笑みを足すことで表します。

給仕幼女「ほえ?」


給仕さんが素っ頓狂な声をあげました。

わたし「あれ? 違いましたか?」

給仕幼女「い、いえ。お祭りは近いです。でも……その……」

わたし「その、なんですか?」

給仕幼女「えっと……あの……」

またもや給仕さんが驚くと、今度は口ごもってしまいました。
続く言葉も詳細に触れるのを避けるようにしどろもどろで不明瞭です。

私の記憶が正しければ、私が目的としているお祭りの開催日は、
今日明日の予定なはずです。


わたし「なにか変なことを言ってしまったでしょうか?」

給仕幼女「鎮沈祭をご存じなのですね」

わたし「鎮沈祭?」

意を決した給仕さんが開いた口から出てきた言葉は初耳です。
その名前は知らないので、聞き覚えがありません、と素直に首を横に振りました。

わたし「それがお祭りの名前ですか?」

給仕幼女「あれ? 知っていてたずねてきたのではないですか?」


わたし「そんな名称だったとはつゆほどにも知らず」

給仕幼女「そうでしたか。では……で……ね」

給仕さんがほっと胸をなでおろしました。
知らないことを了承して安堵した後に続いた声は、
とても小さくて聞き取ることはできませんでした。

わたし「なにかおっしゃいましたか?」

給仕幼女「い、いえいえ、なにも。お姉さんは観光のお客様ですか?」

小首を傾げて私に訊ねるその姿には、もう警戒心は見られません。
第一難関である触れ合いをなんとか突破して、
こっそりと胸の内で安堵の息をもらしました。

セリフの前をわたしにするなら地の文でもわたしにした方が統一感があると思うの


わたし「たぶん観光になりますね」

給仕幼女「そうですか、ご案内しますね。ついてきてください」

そう言いますと、給仕さんはくるりと背を向けて
目の前から真っ直ぐに続く細い砂利道を歩き始めました。

ふと視界に入った背中の大きなリボンのちょうちょ結びを
引っ張り解きたい衝動に駆られますが、
それをするには打ち解けのほどが足りていないので、
妄想の中でなんどもほどいて遊びました。

>>12
どっちにするか悩んで私にしたんだ
続きはわたしにしておく

スレ立ててすぐだけどお腹空いたから飯落ち
あと10くらい投下して今日のはおわり


*

小気味良くはずむサイドテールを追いかけます。
たまにちらりと振り返る仕草は、わたしがちゃんとついて来れているかの
心配ではなく、盗み見をしては不慣れな品定めをしているようでした。

人によっては、勝手に値踏みをする様子を挑発と取るかもしれませんが、
心が平素から空よりも広い私にはなんの痒みもありません。

それどころかサイドテールのおかげで拝めるうなじ様が、
見返り美人を強調してくださいますので、
その恩恵はまさに恐悦至極の一言につきました。ごちそうさまです。

給仕さんを後ろから追う道の両端には、緑が続く広大な水田がありました。
前方の遠くでは水田が途中から畑へとくっきりと切り替わり、
背の高い植物が太陽を目指して背を伸ばしているのが遠目でも判別できます。


給仕幼女「ここを訪れるのは初めてですか?」

わたし「初めてです」

偽る理由も特にないので、素直に答えます。

給仕幼女「ここは自給自足の小さな村です。丹精のこもった食べ物が自慢です」

わたし「お米以外にもどんなものを育てていますか?」

水田を眺めながら尋ねます。

給仕幼女「えっとねえっとねえ、キュウリさんとナスさんと……」

給仕さんは、閉じた指を順に起こして数えます。


給仕幼女「忘れました」

しかしそれは2本目で止まり、早々と握りこぶしに戻ってしまいました。
諦めるまでが早すぎる気がしなくもないです。
けれど、それもわたし的には可愛いので、やっぱり問題ありません。

わたしが発する熱を帯びた視線に気付かずに、
給仕さんは辺りをきょろきょろと見回します。
視点を田んぼの一ヶ所に留めて、顔を動かさずに言いました。

給仕幼女「きいてみますね」

きいてみる、と言われても、いったい誰に聞くのでしょうか。
真似してその方向に目線を注ぎますが、そこに人らしき影は見えません。


訝しんでいるわたしをおいてけぼりに、菜園さーん、と
給仕さんが遠方へ声を張り上げますと
緑色の海の遥か彼方でひょっこりと、おそらくは顔が現れました。

給仕さんが手を振るとそれに振り返しまして、
その後に顔が田んぼの海原に、ずぽんと潜りました。

給仕幼女「あの子が野菜やお米を育てているんですよ」

給仕さんはちらっと振り返って少しだけ得意げに言いました。

わたし「ひとりで管理しているなんて大変ですね」


村の作物を一手に担う苦労は並大抵のものではありません。
しかもそれが給仕さんと同じくらいの幼い女の子とくれば、
驚嘆を越えて尊敬の念すらもうまれます。

給仕幼女「でもあと2年くらいでこうたいでしょうか」

わたし「交代ですか。後継ぎさんもご苦労様です」

そんな二、三の会話をやり取りしていると、
前面の稲の壁が左右にぱっくりと割れて、
ポニーテールの女の子が顔を出しました。

給仕幼女「菜園幼女さんです、こんにちは」

菜園幼女「給仕幼女さんだ、こんにちは」


交互に頭を下げて挨拶を交わす様子に和みます。
この光景は村の名物であり続けるべきだと思います。
呑気にそんなことを考えていますと、
わたしを不思議そうに見つめる菜園幼女さんの視線とかち合いました。

菜園幼女「……あなたはどなた?」

わたし「わたしはですね――」

給仕幼女「観光中のお客さまですよ」

菜園さんとの会話に割って入った給仕さんが説明をしてしまいました。
別段に困ることではありませんが、可愛い女の子とのコミュニケーションが
大好きなので、少しだけ悲しくなります。


菜園幼女「ほへー、この時期だよ?」

稀少な珍獣でも見ているような、好奇の眼差しを向けられました。
初期の反応は違えども、物珍しく思う部分の芯は給仕さんと同種でしょうか。

給仕幼女「春から今日までにどんなお野菜を育てましたか?」

給仕さんが菜園さんに答えを尋ねます。
キュウリとナスの二種類だけならば給仕さんは大正解です。
ですが、菜園さんの手には、既に真っ赤に熟れたトマトがあるので、
残念ながらこの時点で不正解が確定しておりました。

菜園幼女「お野菜? えっとね……キュウリとカボチャとスイカと」


菜園さんが淀みなくすらすらと野菜の名前を口に出し始めました。
数え方は給仕さんと同じく、野菜の名前を挙げるたびに
握った指を一本ずつ開いていく手法でした。

両手の指が全て真っ直ぐに伸びると、今度は折り返しの復路です。
右手の親指から始まり左手の小指が開いた状態で口頭列挙が終了したので、
14種類の野菜の名前を連ねたことになります。

熱心に数える姿が愛らしくて愛おしくて愛でたくて、
数々の野菜の名前は右耳から迷いなく左耳に抜けておりました。

菜園幼女「ちゃんと聞いてたか?」

わたし「たくさんのお野菜を育てているのですね!」

まったくもって聞いていませんでしたので、
疑いの瞳をとびっきり笑顔で誤魔化しました。


菜園幼女「今年は落花生にも挑戦するんだ」

わたし「そうなんですか。大変ですけど頑張ってくださいね」

小麦色に焼けた顔が笑います。
活発を具現化させたような菜園さんは、
大人になったとしても泥いじりに夢中になっていそうです。

泥の上に寝転がって、いたずらっぽくぺろっと舌を出す
茶目っ気な菜園さんを想像して、わたしはその場で激しく身悶えます。

そしてひとしきり悶絶して現実に戻ったときに、
菜園さんは奇異な生き物を見る目を、給仕さんは
なんだかすごく冷めた視線をわたしに投げておりました。


わたし「……こほん。お祭りで振舞われるお野菜が、いかほどの美味しさか想像してました」

赤面に咳払いも混ぜての苦し紛れな言い訳をします。
鎮沈祭に混ざりたい気持ちは嘘ではないので、半分くらいは本当の気持ちです。
料理目当てでなくても、豪華なふるまいを期待してしまうのは、
抗うことのできない人間の性です。

菜園幼女「ねえ、お祭りにお客様さんもまぜこぜ?」

給仕幼女「どうしようどうしよう……どうする?」

菜園さんが給仕さんに問いかけると、
給仕さんも眉尻を下げて弱った表情になりました。

菜園幼女「統率さんにきいてみよ」

給仕幼女「統率さんよりも水浴みさん?」


菜園幼女「水浴みさんは……、統率さんだよ」

給仕幼女「水浴みさんと統率さん、同じ人だった」

わたし「可愛いなぁ」

この場では、部外者のわたしが鎮沈祭に参加していいかどうかの是非は
水浴みさんの決定権に委ねられました。
仕事の最中に捕まえてしまった菜園さんに手短なお礼を言いますと、

菜園「用事があればまたおいで」

屈託ない笑顔と共に手土産として採れたてトマトを下さいました。
名残惜しさを感じながら手を振りつつ齧ったトマトは、
肉厚で瑞々しくてとても甘く、夏にはありがたいものでした。

こんな感じのがあと100ちょい
鎮沈祭がリアルであれば幼女との会話も弾むのに残念


*

砂利に混じっている一回り目立った小石を蹴飛ばして歩きます。
夏の風で葉が擦れる音に振り向くと、後方に水田が望めました。
わたしたちが今歩いている場所は、畑の間を抜けるあぜ道です。

わたし「水浴みさんは普段どこにいらっしゃるのですか?」

給仕幼女「いつもはお家と井戸を行ったり来たりしていますよ」

たまに頭上を通り過ぎるトンボを見つけると、
気温からでは気付きにくい季節の流れを感じます。


わたし「何年目になりますか?」

給仕幼女「なにがですか?」

トンボを目で追いかけながらの質問に、給仕さんが足を止めて振り返ります。

わたし「えっと……、給仕のお仕事を始めてからどれくらい経ってるのかなって」

給仕幼女「そうですね。ひー、ふー、みー……、6年目です」

わたし「長いですね」

給仕幼女「えへへ、あと4年で年長です」

腰に手を当てて、給仕さんはまたもや自慢げに言いました。


露骨な可愛さアピールはずるいです。
抱きしめたくなっちゃうじゃないですかと、
欲望と良心が胸の中で激闘を繰り広げさせていますと、

「あらあら。でもまだまだよね」

わたしと向き合っている給仕さんの後方、
つまりは進行方向から、新しい声が会話に参加してきました。
そちらへ視線を送りますと、そこには高くそびえる衣類の山です。
まるで行く手を阻む様にして、道のど真ん中を占領しておりました。

わたし「服がしゃべった……」

衣類の山「失礼な。生きてますよ」

咄嗟に出た驚きの声に衣類が答えます。


わたし「衣類が生きてます……」

衣類の山「ちーがーいーまーすー!」

からかいに山の奥から必死の否定。
わたしの心を直球ど真ん中で射抜く反応に、
人品に欠けた妄想が怒涛のごとく脳内を駆け巡ります。

給仕幼女「挨拶できます?」

歩いて喋る衣類の山は村での当たり前の光景になっているのでしょう。
給仕さんはその突飛な様相に特に怖じける様子もなく、
衣類の山を挨拶に誘いました。


衣類の山「挨拶しましょう」

そして、そのお誘いに衣類が賛同します。
衣類がうず高く積まれた木桶をどすんっ、と
重そうな音を立てて道に置くとその陰からは
またまた可愛い給仕さんが出てきました。

給仕幼女「洗濯幼女さんです、こんにちは」

衣類の山「給仕幼女さんだ、こんにちは」

デザイン違いの給仕さんもこうべを垂れます。
給仕さんとの挨拶を済ませると、今度はわたしに向き直りました。


洗濯幼女「お客様さんだ、こんにちは」

わたし「洗濯幼女さんです、こんにちは」

作法にのっとってぺこりと一礼。
給仕さんと洗濯さんの衣装はどちらもご奉仕ルックです。

似たようなデザインである給仕服の違いを見分けるとすれば、
給仕さんの衣装にはリボンが多目で、
洗濯さんのものは同個所にリボンではなくて、
技巧の凝ったフリルがあしらわれておりました。

給仕幼女「お洗濯のお帰りですか?」

洗濯幼女「いいえ、これからですよ」

会話をしながら二人して仲良く衣類の山をぽふぽふと叩いております。


給仕幼女「これからですか?」

給仕さんが首をかしげました。
水の汲める井戸があるのは村の中央です。
それはわたしたちが目指している場所で、歩いてきた道を逆に辿ると、
なにもない村の出入り口に行き当たってしまいます。

給仕幼女「お外にご用事ですか?」

給仕さんがわたしと同じ疑問を口にします。
洗濯係さんは首を横に振りました。

洗濯幼女「お寝坊をしてしまいました」

給仕幼女「なるほど」


その一言で給仕さんは納得して何度か頷きましたが、
わたしはここでの生活を記憶していません。
それだけの回答ではいまいちピンときませんでした。

わたし「お寝坊すると村の外でお洗濯しなければいけない罰があるのですか?」

正解を狙ってはいない当てずっぽうな回答に、
彼女たちは顔を見合わせてからけらけらと笑いました。
なんだか恥ずかしくなって、もっと頭を使うべきでした、と若干の後悔をしました。

給仕幼女「洗濯幼女さんはみなさんのお洋服をまとめて洗うんです」

わたし「なるほど」

それでわたしもようやく合点がいきました。


起きる時間が遅かったから回収にまわる時間が
ずれてしまったと、そういうことですか。

洗濯さんが行き違う進路で歩いていた理由は、
外になにかしらの用があるのではなくて、
水田で汗を流している菜園幼女さんの服が目当てだった、ということですね。

わたし「小さいのに頑張り屋さんですね」

頭を撫でて褒めると洗濯係さんは顔を赤らめて俯きました。
誰かに褒められるのは慣れていないようで、初々しい反応が可愛いです。


給仕幼女「……遅れているのですよね?」

洗濯幼女「そ、そうだった!」

わたし「あ……」

給仕さんが頬をむくれさせて小姑のようにちくりと一言。
指摘された洗濯さんは重量のある木桶を抱えて、
慌ててあぜ道の奥へと進んでいきました。

あとちょっとで後ろに回した手でちょうちょ結びのリボンを
外せたというのに、そうはさせてくれない給仕さんはいじわるでした。

わたし「嫉妬しちゃいましたか?」

わたしも不機嫌に唇を尖らせて八つ当たりに給仕さんに
意地悪を言いますと、顔を背けられてしまいました。


給仕幼女「ちがいます。あの中に私のハレ着があったから急かしただけです」

そう言った給仕さんの頬には図星で朱が走っており、
素直にいじけられずに強がってそっぽを向く幼い行動に、
不覚にもわたしの不埒な胸はときめいてしまいました。

給仕幼女「お祭り専用の大切な装いを任せているので間に合わなきゃ大変なのにあの人は――」

羞恥を隠そうと矢継ぎ早に言葉を続けますが、全てわかっているわたしには、
その虚栄はすべて誘惑を意味する挑発に変換されてしまいました。


そうでしたかそうでしたか。すみませんでした。
それはわたしの配慮が足りませんでした。
他の女の子にかまけて申し訳ありませんでした

周囲をちらっと確認。
幼き女の子は目の前の一人だけ。
意識的に行うのは若干の照れくささがありますが、
案内がこのまま疎かになってしまう方が困るということで、

給仕幼女「うきゃっ?! わ、わわっ!」


わたし「給仕さんもえらい子ですよ」

背後からぎゅっと抱きしめてあげました。
少しの間だけ動転していたようですが、
給仕さんもまんざらではないようで、
そのうちに抱きしめる腕を優しく握ってくれました。

ちなみに給仕さんのお胸のふくらみは、
実年齢よりも精神年齢寄りのお姉さんでした。

眠気が我慢できない
今日分の残りは明日で


*

洗濯係さんと離別してからしばらく、
ようやく一軒目のお家を見つけました。

わたし「つり下がっているあれはなんでしょうか」

庇になにかが紐で吊るされているのが小さく見えました。
近付いて眺めますと、それはお腹を開かれた魚たちでした。
水分がとんでからっからに乾いた日干しさんは
身に旨味が凝縮していて、とても美味しそうです。

匂いにつられて、数あるうちのひとつだけなら、
とよからぬ欲望が疼きをあげます。


給仕幼女 「食べたいんですか?」

欲まみれの煩悩に気付いた邪念に聡い給仕さんが
すぐに白い目でわたしを見てきました。

わたし「ちょっと気になっただけで――」

給仕幼女「頃合いですからお魚さんは片付けた方がいいですよー」

貴重な食料を奪われまいとして、
給仕さんが開いている窓に声を掛けました。

「はぁ~い。もうちょっとしたらすぐに~」

網戸から見えますカーテンの遮りの奥から、
緩慢で間延びした返事が聞こえてきました。


わたし「むぅ……」

最初はわたしという異物に怯えていた給仕さんは、
すっかりと隣を歩くことに馴染んでしまい、
案内役というよりも子供の悪戯を見咎める保護者の
ような立ち振る舞いになってしまいました。

わたしとしては年上の威厳よりも、旅行者への敬意が
損なわれている気がしてなんとも虫の居心地が悪い状態です。

心は平素がおおらかわたしなので、これくらいばかしでは
声を荒げるつもりはありませんけれど、ね。


新しく視界に見つけた一軒家以外にこれといった特徴的な風景が無いので、
給仕さんの声に続く変化を期待して窓を眺めておりますと、
ふいに目隠し役の白色のカーテンが揺れ動いたかと思えば、
そこから出てきた顔はこれもまた可愛らしい様子をしておりました。

わたし「わぁ! 猫さんだ!」

猫耳「実はちょっと違う」

可愛い新生物に感嘆の声をあげますと、
猫耳で愛嬌をふりまく幼女さんはそれを即座に否定しました。
本物が生えているとはさすがに思ってはおりません。


カチューシャの飾りものでしょうけれど、
可愛いものは可愛いのです。すなわち彼女は猫なのです。

猫耳の幼女さんは窓枠にあしをかけてそこに立つと、
腕を伸ばして爪先立ちになって腕を魚の頭へと伸ばしました。
正しくは魚を通した紐が引っかかっている鉄のフックです。

片手で窓枠を掴んでなんとか体の軸を保っているようですが、
かなりを無理をしているようで、猫耳さんは前後に
ぐらぐらと大きく揺れておりました。


わたし「あぶないですよ」

給仕幼女「横着しないでいつもの使お?」

猫耳「だいじょうぶ。もーすこし」

わたしと給仕さんが心配する声は猫耳に届かなかったようで
猫耳さんは継続して窓枠の上でぷるぷると震えます。

猫耳「もーすこし。もーすこ……あ――」

わたし「あ」

給仕幼女「あ」


三人の声がちょうど重なったとき、縁のぎりぎりで立っていた足を
滑らせた猫耳さんの体が、前方に大きくよろめいて――ぼとん。

危惧していた通りに、小さな体は受け身も取れずに、
なるがままに身を任せて、体をしたたかに打ち付けました。

猫耳「い~た~い~」

わたし「だからあぶないですよ、と言いましたのに」

顔から落ちていたのにかすり傷の一つもないあたりは、
さすがは神聖で摩訶不思議な村。
本来ならば怪我どころでは済まない大騒ぎに発展していたところです。


猫耳「いけるって思ったらつい」

給仕幼女「わたしが見てるだけで、これで四回目だよ」

猫耳「頭を打つと忘れちゃう」

猫耳さんは体を起こすと、頬についた砂をさすって払いました。
服にも付着した砂埃を見てみぬふりすることができなかったので、
表面を軽くはたいて落としてあげました。

わたし「取り込むなら手伝いますよ」

給仕幼女「食べられちゃうよ」

わたし「許可をなくしては食べません」

疑る目つきに頬を膨らませて抗議をします。


善意に感化されて譲ってくださるのならそれは喜んで受けとります。
けれども給仕さんの言い草では、
まるでわたしは打算的な行動ばかりをする悪女のようです。

猫耳「ん~、一尾くらいならわけてあげても」

わたし「もう一押しで快諾できそうです」

猫耳「特別に二尾。それ以上は食糧事情に負担がのしりずしり」

わたし「二尾もいただけるなんてそんな、ありがとうございます」

給仕幼女「……」

ほくほく顔のわたしは無敵です。


干し魚の魅力に引き出された欲望は、冷えた視線すらも敵ではありません。

給仕幼女「いいんですか?」

猫耳ルック「お魚好きに悪い人はいないにゃ~ん」

わたし「ですよね、ですよね! そうですにゃ~ん!」

報酬が確約されたので喜び勇んで日干し魚の真下に行きます。
見上げると案外に庇までの距離は長く、
わたしの身長をもっても全然足りないようです。

猫耳「えっとね、確かどこかに脚立が……あっ!」

猫耳の幼女さんは何かに気付いて言葉を切ると
慌てて給仕さんに駆け寄りました。


猫耳「給仕幼女さんです、こんにちは」

給仕幼女「養殖幼女さんだ、こんにちは」

ああ、その挨拶は必須なのですね。

二人のやり取りを横目に眺めながら、はしたないですけれど
背に腹は変えられず、窓の外枠によじのぼって魚を取りました。

紐の端で輪を作った部分を針に引っ掛けるだけの単純な構造は
取り外すにはさほど苦労を要さない新設設計です。

両手いっぱいの収穫物を養殖さんに渡して、
その中から一尾のご褒美を頂戴しました。


わたし「養殖はどこでしているのですか。あ、いただきますね」

養殖幼女「裏庭のお池です。どーぞどーぞ」

給仕幼女「……わたしにもください」

養殖幼女「どーぞどーぞ」

奮発した養殖さんが大きめの魚さんを手渡しますと、
給仕さんの羞恥による仏頂面とはたちまちに破顔しました。
日干しを口に運ぶと、さらなるほっこり笑顔が見られました。

わたし「お家の裏にお池なんてありました?」

養殖幼女「先々代の建築さんが暇潰しに造ったそーだよ」

わたし「新設したのですか」

養殖幼女「たぶんきっとおそらくもしかするとそーかもしれない」


これでもかと保険をかける養殖さんに苦笑いを返して、
おすそ分けをひとかじり。
凝縮された旨味と薫りが口の中でふわっと広がります。

わたし「炊き立てのお米が欲しくなりますね」

給仕幼女「からくちでも十分です」

濃い味の身は引き締まっており、たまりません。
大根おろしとお醤油があれば文句なしなのですが、
お行儀の悪い立ち食いをしている中でそこまでを求めるのは、
欲張り以前にマナー違反というものでした。

養殖幼女「わたしも味見しよ~っと」

養殖さんもお魚をぱくり。


誰もが顔をほころばしてしまう上質な味わいにも
表情を変えずして、「なかなかの出来栄え」
との感想だけに抑えるあたりが職人です。

養殖幼女「日干しも鎮沈祭の御馳走に並べてみる?」

給仕幼女「色合いが地味ですけどいいかもです」

養殖幼女「お刺身も隣に置いておけばそれっぽくなりそー」

給仕幼女「そうですね。そうしましょう」


協議の結果、お祭りの品が増えました。
約束通りにもう一尾をだけねだろうとしましたが、
嗅覚が敏感な給仕さんのお顔が険しくなったので
涙を飲んでの我慢をしました。

ごちそうさまでしたをお別れの挨拶にして、
わたしは早歩きのサイドポニーを追いかけました。

続き夜

おかえり僕のスレ
続き投下


*

給仕幼女「造園幼女さんだ、こんにちは」

造園幼女「給仕幼女さんです、こんにちは」

相互に礼儀正しく腰を折ってお辞儀をします。
先程お邪魔したお家がまだ視界に残る場所で、
次に出会った村民はなんとも華やかな装いの子でした。

手首に捲く飾りから、頭に乗せている冠、ネックストラップに腰巻。
全身のありとあらゆるところに色とりどりのお花をあしらっておりました。


給仕幼女「お外にいるのは珍しいですね」

造園幼女「そうでもなくて」

給仕幼女「これからどこへおでかけですか?」

造園幼女「ブーケを作るべく出家せざるおえなく」

わたし「出家は意味が違ってきますよ」

わたしも小さい頃はよく勘違いをしておりました。
いまでも言葉は難しいと思っております。

この子は先に会った女の子と同じく倦怠を感じさせる口調でした。
違うのはこちらの話し言葉には緩慢さがなく、
気だるさを前面に押し出したダウナー成分を多分に感じます。


華やかな飾り付けはこの子の趣味だとは思いますけれど、
わたしの目には、お洒落に疎い子供が服に着せられている、
という印象で映りました。素質はいいのになんだかすごくもったいないです。

ええ、素質はいいのです。
それはもう及第点を余裕で飛び越えております。
わたしの両手は既に体の前で、指を開いて閉じる準備体操を始めておりました。

力のない半開きの目が、ちらりとこちらを向きました。
特に言うことは無かったようで、一瞥をくれるとすぐに給仕さんになおりました。

これは、抱きしめてもいいよ、という目配せかもしれません。
そうでなくても勝手にそう受け取らせていただきます。
給仕さんの顔色を見ながら決行の機会を探ることにしました。


造園幼女「野菜が欲しくて菜園さんに会いたくて」

わたし「ブーケにお野菜ですか?」

野菜スティックが混じる一風変わった花束を想像します。
胡蝶蘭やラナンキュラスの代替にカリフラワーが刺さるブーケを脳内で描きます。
あら、これはこれで存外に美味しそうかもしれません。

給仕幼女「お野菜のお花ですか?」

造園幼女「うん」

わたし「あ、やっぱりそうですよね。ブーケですものね」


追加で思い浮かべた細長い緑黄色の野菜スティックたちを
食べきることで妄想を処理しました。

わたし「ブーケにお野菜のお花を使うのですか?」

造園幼女「おかしくて?」

わたしは、お花は眺める分には大好きですが、
活用術等の知識に関しましてはことさら疎いです。
給仕さんも同じようで、とりあえずとばかりに首を横に振って答えました。

「知らないなら肯定しておけ」という
無責任に徹するスタンスは嫌いではありません。


むしろわたしも似たような方針なので、

わたし「案外にそういうのも多いですよね」

給仕さんの判断に便乗しておきました。
無難な選択を選ぶのが友好な関係を築く秘訣です。

造園幼女「神様はお花を食べてしまうかもしれなくて」

給仕幼女「かもしれませんね」

わたし「案外にそういうのも多いですよね」

四つの瞳が揃ってわたしをじろりと睨みます。


今のは、知ったかぶりするにふさわしくない話題でしたね。ごめんなさい。
お友達作りは外堀から慎重に、がマナーでしたね。

わたし「この村には神様がいるのですか?」

わたしの問いに給仕さんと造園さんが目で会話をするように見つめ合いました。
二人が形の良い細長い眉を顰めて思い悩んで十数秒。
給仕さんが造園さんのアイコンタクトに頷きます。

給仕幼女「この村の神様は特別です」

神様の存在自体が特別な気もしますが、ここは礼節をわきまえたスルーです。


わたし「そうなのですか。鎮沈祭もその神様に絡む祭事なのですね」

給仕幼女「村を地の底から支えてくれる神様へ恩を返すのが鎮沈祭です」

わたし「神様は肉食のイメージですけれど、お野菜も食べるのですか?」

給仕幼女「ここ数年でお野菜も食べるようになりましたよ。今は立派な雑食です」

信仰する民の手によって選り好みをしないようにと躾けられてしまった神様に、
当時の威厳など欠片のほども残っていないことでしょう。
そのまま草食化してしまえば、村は夢の楽園になるに違いないです。


給仕幼女「お野菜の味を覚えてお肉を忘れてもらわないと困るんです」

わたし「実はお腹いっぱいになるならなんでもよかったりして」

造園幼女「きっとそうではなくて、神様の好みがお肉でして」

わたし「なら、お肉をたくさん食べさせてしまえば――」

給仕幼女「そんなのダメです!!」

わたし「あ、はい。ですよね。失礼しました」

動物性タンパク質は貴重ですものね。
部外者が安易に口を挟んですみませんでした。


造園幼女「食べ物じゃなければ惹かれない可能性があって、どう?」

給仕幼女「……そうかもしれませんね。野菜を入れても悪くないと思います。ね、お姉ちゃん?」

わたし「うん。全然悪くないですよ」

空気が悪くなる前にすかさずに話題を変えてくれた造園さんに心の中で感謝しました。
しこりを感じつつもきちんとわたしに話しを
振ってくれる給仕さんは一人前のお姉さんでした。


険悪な雰囲気を免れることに一役買った造園さんは、
満足げに二、三度頷いてわたしたちが通ってきた道を歩いていきました。

わたし「……お肉はだめだね」

給仕幼女「お肉はよくないです」

遠ざかるお花を眺めながら、わたしたちはぼやくような声量で言葉を交わしました。


*

わたし「……」

給仕幼女「……」

食器洗い「うっしょ。えいしょ」

わたしたちはとうとう村の中央にある井戸までやってきました。
菜園さんが教えてくださった統率さん、またの名を水浴みさんと
言いますが、それとおぼしき女の子はおりませんでした。

わたし「…………」

給仕幼女「…………」

食器洗い「ほっしょ、はいっしょ。……ふぅ。はんぶんおわーり」

しかし、その代わりに居ましたのは、木桶に溜めた水で食器を洗う女の子でした。


この説明だけでしたらお手伝いが好きな可愛い子なのですが、
やはりこの村に住むだけあって、やっていることが豪快です。

お皿を洗う分には泡の付いたスポンジでごしごしと汚れを落としているだけなのですが、
これから洗うであろうお皿が、衣類と同じくまたもや小さなお山の姿を成したのでした。

食器洗い「どんどんあらうよー!」

威勢が十分なのはとてもよろしいことです。
下から順番にお皿を引き抜く様は見てる側の寿命がごりごりがりがりと削られてしまいます。

わたし「この子は心臓に悪いですね」

給仕幼女「私はもう慣れましたよ。手を出すと逆に危ないので見守るだけで十分です」

わたし「そうなのですか……あ」


とは言われましても、こちらにかかる緊張感は凄まじいものです。
支えの役割を担っているだろうコップを躊躇なく引き抜いたり、
抜いてはいけない角度で差さっているお皿に手を出したり。

バランスを見極める目が人の域を越えて優れているのは認めます。
けれども、一瞥もくれずして陶器の山に手を伸ばし、
手当たり次第に引っこ抜く危険行為はやめてください。
せめてしっかりと目で見極めてください。

給仕幼女「手出しは禁物ですよ」

わたし「うー……あっ、……ふぅ、んんっ、あ!」

給仕幼女「落ち着いてください」

我慢できずに踏み出そうとするわたしの腰に給仕さんが腕を回して制します。


わたし「で、でもっ、だけど!」

給仕幼女「抑えてください。割れてしまったら、私たちのお皿は床になってしまいます」

わたし「そうなったとしてもっ」

給仕幼女「そうなった方が困ります」

がっしりと抱き着かれてしまっては動けません。
不安と焦燥感に駆られてもその場で地団太を踏むにとどまりました。

ああっ、せめてっ、せめてあのお皿を一番上に移させてください。
そうすれば触らずとも揺れるあの山は必ず大人しくなりますから。

下唇を噛み締めて山に飛びつきたくなる衝動をこらえます。


アンバランスな陶器の山は体が軽くなるたびに
体を大きく右へ、左へ、前へ、後ろへ、ナナメへ、
とってもアクティブに体を傾けます。

それから十数分、白いお山がすっかり消えて、
卒倒しそうになるほどの白い塔が新しく組み上がった時は、
さすがに声を掛けずにはいられませんでした。


給仕幼女「洗い物幼女さんだ、こんにちは」

洗い物幼女「給仕幼女さんです、こんにちは」

おじぎの傾斜は約十五度。
会釈よりも深いあいさつです。

洗い物幼女「こちら様はどなた様?」

給仕幼女「観光がしたいお客様」

敵視されないようにひらひらと手を振ります。
疑いの目こそは向けられませんが、明らかに警戒されていました。

わたしは安全な生き物ですよ、と腰をかがめて視線の高さを合わせました。


ほがらかに笑いかけてみせますが、険の強さは変わりません。
部外者には厳しい女の子です。

これはあれでしょうか。
やはり挨拶から入るのが礼儀とかいうやつでしょうか。

姿勢を低くしたまま、よちよちと近付きますと、
一定の距離感を保とうとして女の子が後ずさりをしました。
膝を曲げたまま間を詰める姿は滑稽というか、さぞかし奇妙だったに違いありません。

風当たりが強いままですが、ここで折れてしまうほど脆弱ではないのです。

わたし「洗い物幼女さんです、こんにちは」

洗い物幼女「お客様さんだ、こんにちは」


洗い物さんが慌てて両手で自分の口をふさぎます。
目を丸くしているのは、意識が介入する時間もなく、
村人と同様にわたしを扱ってしまったからだと推測します。

ですが、わたしもそれと同じくらいに、
条件反射で返された挨拶に驚いておりました。

風習といいますか、しきたりといいますか、
生活と切り離せなくなるまでにしみついた慣習は、
ときとして理性を超越するものなのですね。
集団生活の神秘を垣間見た気がしました。

わたし「これは打ち解けたと喜んでもいいのですか?」

わたしの問いに給仕さんは困った顔で首を傾げました。


習慣を利用して心を接近させるのも融和をはかる高等な技術です。
わたし的には及第点を大きく上回っていたので、
すぐにでも友好のハグといきたいところでした。

けれども肝心な洗い物さんはそうでもないようでして、右足を後方に一歩分下げて、
わたしに動きがあればすぐにでも前線からの離脱を可能にしています。
本能につけこむだけでは和平に達しないのですね。残念です。

わたし「あの――」

洗い物幼女「きゃーっ!」

前置きの3文字目を発する猶予もくれずに、
洗い物さんは無情にもどこかへ走り去ってしまいました。


給仕さんによると、残された食器と木桶は本人が時間をおいて片付けにくる
ということなので、わたしは井戸前から去るべきだと、同情の念もなく
涼しげにさらりと言われてしまいました。

わたし「はぁ……」

心に残った遣る瀬無いもやもや感を抱えたまま、
給仕さんに手を引かれて井戸を後にしました。


*

コック帽「それそれ、たぁんと召しあがり」

テーブルに置かれたお皿には色鮮やかなサラダが盛りつけられておりました。
四角いサイコロ型のお肉は葉物の野菜の上に鎮座しております。

お肉の隣には焼かれて破れた身から種と汁をほどよく溢れだせたトマトが並べられ、
そのふたつの頭に掛かるようにして、細長く切られた黄色と赤色のパプリカが添えられています。
ソースは薄緑色と橙色の二種類が交差して碁盤目になるようにかけられておりました。

量は多くないですけれど、シンプルに飾れた料理を目で楽しむ分には十分です。
もちろん味も上品で、舌でも満足できる絶品でした。
お肉に絡む甘酸っぱさに対して、抑えめに自己主張をするのは緑色ソースの苦み。
口の中でじんわりと溢れるお肉の油と旨味にうまく絡んで、自然と笑みがこぼれました。


わたし「こんなにおいしいものが毎日食べられるなんて羨ましいです」

コック帽「最初はみんなそう言って褒めてくれるんだけどね。うりうり」

コック帽さんが人差し指で給仕さんの頬をぐりぐりといじめます。
給仕さんは抵抗する気配を見せずに好き勝手につつかれるだけになっております。

わたし「食べないのですか?」

給仕幼女「うぇっぷ」

香りだけで辛そうな給仕さんは胃から余分な空気を吐き出しました。
料理を作る人が臭いだけでお腹いっぱいになる話はよく聞きますが、
食べる側がお皿を眺めただけで満腹になることもあるのですね。


コック帽「うりうり」

わたし「えいえい」

わたしも便乗して反対側の頬をつつきます。
両方から挟み撃ちにされても嫌がる気配はありません。
潔い無抵抗は、しかるべき制裁を受けてる罪人のようです。

給仕幼女「ごめんあはい」

『な』の口で頬肉が上下の歯の間に潜り込み、途中で発音が狂いました。
新しい玩具にわたしもコック帽さんも興奮します。


コック帽「謝っても許さないよ。ちゃんと全部食べなさい」

給仕幼女「へお、おうほへわおああにふぁいふぁふぁい」

読解不能の言語にやりすぎを感じて指を離しました。
なんとなくのニュアンスで解釈すると、「でも、もうおなかにはいらない」、でしょうか。

コック帽「給仕ちゃんが悪いんだからね。昨日のオーダーを残り粒なくしっかり食べきるまで許さないよ」

給仕幼女「だってあのときは……」

コック帽「だっても待ってもありません。給仕さんの我儘でごちそうにしたんですから責任をとってください」
コック帽「ただでさえ今季は収穫量が思わしくないのに、いきなり突発的な前夜祭みたいな注文して」


給仕幼女「でも……ええぅ……」

コック帽「言い訳は認めません。今が食べ物の無い時代でしたら同じ贅沢はできないんですからね」

給仕幼女「それは分かってますけれど……ふぁ、ふわああああ」

頬をつま先で押されて逃げる給仕さんがわたしの体にぶつかり追い詰められてしまいました。

顔の変形は乙女の傷です。
可愛い童顔に変顔がしみついてしまう前に、仲裁に入ることにしました。

コック帽「分かっているならなおのこと、このお料理を――」

わたし「調理幼女さんです、こんにちは」

調理幼女「お客様さんだ、こんにちは」


話しを遮る形で不意打ちにいれた挨拶にも、
調理さんは間髪を入れずに反応してくださいました。
やだっ、この子たちったら愛くるしい!
狂おしいくらいに愛おしい!

欲求を満たしたわたしの悦びとは対照的に、重力に歯向かって
定位置を守りきったコック帽が元の高さに戻ると、
調理さんは頬を膨らませて面白くなさそうにしました。

見たところ給仕さんは反省と後悔に深く沈んでいるご様子です。
度を越えた容赦のない滅多打ちの非道は黙って見過ごすわけにはいきません。
わたしも参加しておりましたが、わきまえていたから無罪です。
世界の掟はそういうものです。

そして、分かりやすく不機嫌を顔に出す女の子を放っておくのもわたしの人道に背きます。


この子も給仕さんみたいに抱きしめてあげれば、損ねている機嫌がすぐに元通りになるでしょうか。

謝罪半分、浮気心半分で手を延ばしましたが、調理さんに足を一歩引かれたことによって、
淡い欲望は虚しくも虚空を掻くにとどまりました。
これは嫌われておりますね。ごめんなさい、調理さん。

愛の抱擁は叶わないと諦めて、場の空気を入れ替える為に質問をしました。

わたし「収穫量が芳しくないとのお話でしたが、鎮沈祭でのお供え物は足りるのですか?」

調理さんの代替品としてぬいぐるみ風給仕さんを抱きしめます。

調理幼女「それはべつにとってあるから心配ご無用。並ならぬ鮮度のお野菜が」

すごく気になります。その常軌を逸した鮮度のお野菜とやらが。


採取された痕からすかさず新芽を生やしてしまうくらいに抜群の
鮮度を会得したキャベツを想像して、軽く身震いをしました。

収穫期には村が発芽と収穫の連鎖によってキャベツの海に沈んでしまう。
なんだか童話チックですが、キャベツの繁殖力によって世紀末を
迎えてしまうなんて、恐ろしいお話です。

フォークに葉ものの野菜を突き刺して給仕さんの口へ運びます。

給仕幼女「はくさい怖い……」

わたし「違いますよ。キャベツですよ」

調理幼女「それはレタスよ」


わたし「レタスですよ、給仕さん」
わたし「ふふふ、いくらなんでもはくさいとレタスは間違えませんよね」

調理幼女「…………」

わたし「お祭りにはお肉も使うのですよね?」

調理さんの白い視線をさらりと受け流して、脱線した会話を巧みに戻します。
調理さんが眉をひそめた気がしますが、しただけなので成功です。

給仕幼女「お肉も……使いますね」

歯切れの悪い返答から察するに、お肉の準備は順調なのでしょう。


調理幼女「神様が菜食主義に移りつつある、とは言いましても」
調理幼女「まだ移行の段階なので、お肉も数年の間は欲しがると思います」

それはそうですよね。
わたしもお肉大好きです。

わたし「お肉はどこですか?」

給仕幼女「ふぇっ?!」

給仕さんはお尻を爪楊枝で突かれたように驚いて、ぴょんと膝の上で跳ねました。
調理幼女さんは給仕さんみたいな反応は見せませんが、
さぞかし動揺しているらしく、わたしから視線を逸らします。


話題選びを間違えてしまったようで、たちまちに空気が淀んでいきました。
お喋りをして食事をするつもりだけでしたのに、これではとても居心地が悪いです。

わたし「えっと……あとでまた食べたいので、このお料理は残しておいてもらえますか?」

調理幼女「いいですよ」

半分ほど料理が残っているお皿のキープを頼みまして、
わたしは給仕さんの手を引いてお屋敷からそそくさと逃げました。

こんばんここまで
今日明日で終わるとおも


*

わたし「やっぱりなんだか難しい村ですね」

給仕幼女「ごめんなさい」

わたし「謝るべきは空気の読めない私の方です」
わたし「よくないことに触れてばかりで、ごめんなさい」

給仕幼女「お姉さんは……悪くないです」

給仕さんの表情は、沈みゆく太陽との別れを悲しむひまわりのようでした。
面持ちは暗く、下げた視線は地面ばかりを見つめております。
うな垂れた頭を優しく撫でますが、効果は薄です。


わたし「どうしましょう……」

元気の抜けた給仕さんは、手を引かれるがまま足を動かすだけなので、
わたしは当初の目的からずれて給仕さんのお守り役になってしまいました。
いかにすればまた給仕さんの眩しい笑顔が見られるか思考を巡らせます。

上を向いて足元を見て、そしてまた上を見て、を繰り返していると
「なにかお困りかしら?」という言葉をかけられました。

わたし「砂漠の真ん中で水と食料が尽きた程度には困っております」

空を仰ぎ見ながらの返事に「うふふ、それは随分とお困りね」
と人の苦悩を知らずに、けたけたと笑う声が聞こえてきました。


そこでようやく会話の相手が、給仕さんではなく別の誰かだと気付いて
視線を前方に映しますと、そこにいたのは牛の背に跨る女の子でした。

わたし「えっと……どちら様ですか?」

牛乗り「それは私の台詞よ。ね、ギルガメッシュ」

牛乗りさんが『ギルガメッシュ』と呼ぶ牛の頭をさすると、
女の子の言葉に賛同するがごとくに低い声で鳴きました。
同調の声に満足気な笑みになります。
そして、ポシェットから牧草を取り出して牛の口元へ運びました。

牛乗り「この子は4代目ギルガメッシュ。ちなみに父親の名前はサンダルフォンよ」

尋ねてもいない牛の解説が入りました。


奇抜な第一印象から既に接し方を含めて困却していました。
会話の導入としては話題の選択が微妙ですが、
現状の打破のためと思って解説を談話に発展させます。

わたし「名前は母方譲りなのですね」

牛乗り「この子は女の子。サンダルフォンなんてカッコイイ名前はダメよ」
牛乗り「不釣り合いだわ。ね、ギルガメッシュ」

わたし「ほんとだわ!」

牛乗り「でしょでしょ! そうでしょ! そうよね! そう思うわよね!」

無理でした。諦めました。
価値観の相違とか感性の不一致とか、そんな生温いものではありませんでした。


思考を放棄した同意とは知らずに、ギルガメッシュの背で牛乗りさんが喜びます。
たった1往復のやり取りでやる気を全て削がれたのは人生初です。

予期せぬ難敵の登場に、給仕さんの早期復活を望まずにはいられません。
助けを求めて給仕さんの体をさりげなく揺すってみます。
得られた反応は唸り声に消沈の色を混ぜた溜め息だけでした。

そこでやっと牛乗りさんが給仕さんの異変に気付いきました。
漁猟の網に引っ掛かって生きる希望をなくした魚のように脱力した給仕さんに
牛乗りさんは呆れの意を込めた深いため息をつくと、

牛乗り「しょぼくれてんじゃないわよ」

ポシェットから握り締めた枯草を投げつけました。


わたし「なにをするんですか!」

咄嗟に出た大きな声は、怒号ではなく驚愕です。
牛からわたしたちを見下ろす女王様には反省の色はありません。

牛乗り「はっぱをかけてあげただけじゃない。ね、ギルガメッシュ」

わたし「それは『はっぱ』違いですよ」

牛乗り「紙に書かなければ同じはっぱよ」

それどころか悪びれずに平然と悪事を肯定しました。
なんという横暴さでしょうか。


牛乗りさんをきっと睨みつけました。

夕暮れの風に靡くプラチナブロンドの髪は実り豊かな麦畑を、
濃い青の瞳は深い海の静けさを思わせます。
目鼻立ちの整った端正な顔立ちも悪くありません。
むしろ一家に一人くらいいてもいいくらいで――

場違いな品評会に移った頭を振って思考を戻します。
一瞬でも気持ちを緩めてしまった自分を卑下しました。

給仕さんの髪や肩に絡む枯草を払います。

わたし「あなたは何年目ですか?」

牛乗り「4年目だけどそれがなによ?」


わたし「ここは年功序列に厳しい村ではありませんけれど、目上は敬ってしかるべきだと思います」

牛乗り「いやよ。ここに居るだけで窮屈なのに。我慢はそれだけで十分よ。ね、ギルガメッシュ」

憎たらしくも牛が鳴き声で相槌を入れます。

呑気にもしゃりもしゃりと、枯草を反芻する面に悪意がなくても、
部位ごとに捌いて神様にお供えしてやろうか、と
思わせるほどに神経を逆撫でしてきました。

牛乗り「村の外はもっと楽しいはず。こんな土臭い場所じゃない」
牛乗り「土臭くない煉瓦の香りがして、きっともっときらびやかな世界なの」

空想を語るような口調ですが、それは概ね正解です。
わたしが一時期だけ暮らした町は都市ほどのきらびやかさはないですが、
金のベルが鳴る教会や賑やかな露店等々があります。


牛乗り「それよりあなたはどちらさま? 村の外を知っているなら教えてよ」

牛の背に横座りになって身を乗り出してきました。
瞳は期待に溢れてきらきらと輝いております。

わたし「いいですけど、交換条件があります」

接近した顔の前で人差し指を立てると、牛乗りさんは目を細めて不機嫌になります。
自分の思う様にいかないことにへそを曲げるのは、昔のわたしによく似ております。

牛乗り「ケチんぼね。ね、ギルガメッシュ」

わたし「給仕さんを元気づけてあげてください」

わたしにとっては難しいことですが、仲間の心を動かすコツを
知っている住民同士ならば、それほど苦にならない交換条件です。


案の定、たったそれだけでいいのか、と
肩をすくめた牛乗りさんは、すぐにいそいそと
牛から降りて給仕さんの左肩をたたきました。

牛乗り「水浴みさんは元気のない人が苦手だってさ」

給仕幼女「酪農幼女さんだ、こんにちは!」

酪農幼女「給仕幼女さんです、こんにちは」

わたし「…………」

たしかに元気になりましたけれど、これはなにか違いますよね。
無駄な心配をしたとしか思えなくて、釈然としない気持ちを
足元に転がる石ころと一緒に蹴り飛ばしました。

つづき夜
漢字の比率が高かったかなあ

んなことない
期待してるよ

仮眠がすぎた

>>104
ありり


*

酪農さんは長髪を鬱陶しそうに後方へかくと、

酪農幼女「人探し中ならお話しは今度でいいわ」
酪農幼女「給仕さんが愛してやまない水浴みさんなら井戸にいたわよ」

そう言い残してお屋敷の方へと去って行きました。

わたし「変わり者の多い村になったんですね」

給仕幼女「お姉さんほどではないですよ」

思い当たる節がないので返事はしないでおきました。


お屋敷から井戸へは歩いて2分ほどかかります。
井戸が設置されている広場までは障害物もなく、見晴らしは良好です。
なので、わりと距離があっても、井戸の傍らに誰かがいるのが見えました。

牛乗りさんの言うことに偽りがなければ、そこでせっせと
木桶に水を汲んでいるのが水浴みさん、またの名を統率さんとなります。

わたし「お祭りに参加させてもらえるでしょうか?」

給仕幼女「鎮沈祭は代々続く伝統のあるお祭りです。期待はしない方がいいかもです」

わたし「そうですよね。それは知っております」

水浴みさんが公明正大で理解のある心広いお方であることを願いました。


給仕幼女「水浴み幼女さんです、こんにちは」

水浴み幼女「給仕幼女さんだ、こんにちは」

わたし「統率幼女さんです、こんにちは」

水浴み幼女「お客様さんです、こんにちは」

挨拶から顔をあげた水浴みさんの微笑に胸が高鳴りました。

水浴み幼女「どんなご用事ですか?」

表情を崩さずにわたしを優しく見つめます。


給仕幼女「鎮沈祭の見物をしたいとおっしゃっております」

水浴み幼女「鎮沈ですか? お客様は鎮沈を見てみたいのですか?」

わたし「ええ」

給仕幼女「どうしましょうか?」

水浴み幼女「そうですね。少し考えさせてください」

そう言って、わたしたちに背を向けると、木桶に汲んだ井戸水を右肩から浴びました。

わたし「この時間から水浴びを?」

給仕幼女「水浴みさんが考え事するときは、決まって水を浴びるのですよ」


小声の問い掛けに給仕さんも小声で返しました。
冷たい水で身が引き締まり、思考が冴えるとかそんなお話でした。
黙々と行水をおこないます。

納得です。

わたし「だから水浴みさんなのですね」

給仕幼女「それとは違います。名前の由来は村に伝わる儀式からです」

あ、そうですよね。

濡れた白装束が肌にぴたりと張り付いて体の輪郭を浮かばせます。
髪の根本を湿らせているうなじから肩甲骨にかけての
部分のなまめかしさは、特に視線を惹きつけました。
そこが放つ扇情的な魅力は、同性であるわたしも思わず唾を飲むほどでした。


そしてすぐ隣にいる給仕さんは、ごくりと音を立てて
生唾を飲み込み、水浴みさんが井戸水で身を清めるさまを
とても熱心に眺めておられました。

目線は水浴みさんへ向けられておりますが、
どことなく焦点が合っていないように見えました。

水浴み幼女「お待たせしました」

服の袖や裾から大粒の水滴を垂らしながら振り返ります。

水流に押されて胸部が若干はだけており、
年齢不相応の艶やかさに、またもや息を飲みました。
女性特有のメリハリある曲線があれば、その脂肪部分に
地衿がうまく引っかかって、大事な体を隠せていたのでしょう。

つまりはそういうことで、神々しくも刺激的な光景に
給仕さんが膝から崩れ落ちて地面に倒れ伏しました。


水浴み幼女「お客様は外の住人、とういうことでございますよね?」

わたし「ええ、そうです」

力と魂が抜け出てからも恍惚とした表情で
死に体と成り果てた給仕さんを抱きかかえます。

わたしの腕が震えているのは脱力した給仕さんが負担になっている
からではなくて、久方ぶりに味わう慣れない緊張感に体が拒否を
示しつつも、それに馴染もうと頑張ってくれているからです。


水浴み幼女「興味深いお客様の身の上話を、少しだけお聞かせ願います」

空になった木桶に水を注ぎます。

水浴み幼女「私の最後の晩酌が始まってしまう前に」

わたし「はい」

清らかで透明な純水が木桶の縁の際まで一杯に満たします。
桶の中で波立つ清水は、自分の出番を待ち望んで
世話しなく体を震わせているようでした。

明日ですらっとさくっと完走
調子に乗る牛乗り幼女ちゃんに馬乗りになりたい

寝るつもりだったけど起きついでに投下


*

水浴みさんに案内された私室は、六畳ほどのお部屋でした。
天涯付きのベッドにはもこふわのぬいぐるみが所狭しと乗っかっております。
わたしの体に合う椅子がなかったので、ベッドの縁に座らせてもらうことにしました。

水浴みさんは専用の椅子に腰掛けます。
先程まで村を一緒に回っていた給仕さんは、お部屋の外で待機するように、と
言いつけられてしまい、それに従って部屋におりません。

水浴みさんがカップに口を付けます。
わたしも乾いた咥内をハーブティーで潤しました。


水浴み幼女「お話しできますか?」

カップを受け皿に置いて、体をわたしの方へ向けました。

わたし「どこからお話をいたしましょうか」

水浴み幼女「どこからでもかまいません。あなたが育った村のお話。この村を訪ねるきっかけ」
水浴み幼女「なんでもいいですよ。催促はいたしません。喋りやすい思い出から順にお聞かせください」

もう一度だけ紅茶で唇を湿らせて、分かりました、と返事をします。
膝の上に乗せた白色のソーサーにカップを置き、
語る前に目を閉じて、ゆっくりと深い呼吸を挟みました。



私が育った村は、ここよりも人が多くてもっと活発的な集落でした。
とても閉鎖的な場所で、外部の集落との交流はまったくありませんでした。
ですが、そこに暮らしている限りは食べ物や人にも困らず、
世界中で最も「楽園」と呼ぶにふさわしい村だったと思っています。

意見の食い違いから小さな喧嘩はよく起こりましたけれど、
必ずそこへ仲裁に入る方がいました。
村民を執りまとめる役柄の人は非常に優秀で、
争いと呼べる大規模な抗争は、住んでいた数年間で一度もありませんでした。


お互いを思い遣り、慈しみ、愛し合い、無償で助けあえる。
暮らしているだけで笑顔になれるとてもとても素敵な場所でした。

毎日欠かさずに誰かしらのお手伝いをしながらすくすくと育った私は、
とある出来事をきっかけに、ある方に恋をしました。
その恋は決して実を結ぶものではありませんでした。

好きな人を遠くから眺めるだけで疼いてしまう甘酸っぱい恋心は、
その人に話しかけられるだけで朱くなった顔と一緒に隠してしまうほど、
とても純で透明で清らかで、穢れることのない綺麗な井戸水のようでした。

好きになってしまった人はとても面倒見の良い性格で、
誰でも分け隔てなく平等に接し、公明正大で誰よりも感情が豊かでした。


そこで暮らす日々は順風満帆でした。
いつでも好きな方のお傍にいられる仕事はとても充実しておりました。

私の恋心は底抜けに貪欲な健啖家ではございません。
微笑みの横顔を一瞬でも覗ければ、その日は眠りにつくまで幸福の風に包まれる。
そんなとても慎ましやかな部類の純愛だったと思います。

私は、慕う人さえいればどんな苦境や困難だって乗り越えられる強い子でした。
でもですね、一人だけ強くても駄目なんです。

突然に村を襲った大きな苦境は結局、村の住人の大半と、
私が暮れなく愛していた人を奪い去りました。

村の年表にも綴られていない未曽有の災禍の直後、私はその村を離れたのです。


私の本意は村と想い人と共に最期を迎えることでした。
しかし、それはその人に許されませんでした。

「この村は遅かれ早かれ必ずよくない伝統を生み出します」
「その悪しき伝統にあなたを巻き込みたくありません」

そう言われた時、生まれて初めて反発の感情が芽生えました。
悔しくて悲しくて何度も食い下がりましたよ。
ですが、わたしが村を出ていけば救われる、とばかり言われつづけ、
結局その人が聞き入れてくれることなく私が折れました。
あの人が村の危機に私を村から追い出したのは、村の救済が目的だったのでしょうか。
それとも、私を災厄の犠牲者として巻き込みたくなかったのでしょうか。

今になって、気持ちを聞いておくべきでしたと、深く後悔しております。



わたし「面白味の薄い創作の空気を漂わせるものですみません」
わたし「暗いお話ですが、一応はあなたにとっては外の世界のお話だと思います」

語り終ると水浴みさんは、音のない静かな拍手をくださいました。

水浴み幼女「とても面白い物語でございました。そういう恋もいいかもしれませんね」

カップを両手に持って瞳をまぶたの下に隠します。
誰かに思いを馳せるようにして一息つくと、小さく紅茶をすすりました。

水浴み幼女「私情に触れるお話をしますが、そのような恋の仕方は正解だと思いますか?」

柔らかい微笑みに問いかけられました。

わたし「相手に迷惑をかけずして自分を満たす方法ならば、どれも正道だと思います」


微笑に微笑で返しますと、水浴みさんは抑えきれずに、クスクスと笑いました。
皆まで言わずとも思っていることは伝わりました。
わたしか想い人のどちらかの立場で彼女にも思い当たることがあるのでしょう。

なにせ物語の彼女と同様に、銀色の紐で飾られた木桶を抱える給仕さんがいるのです。

わたし「私も扉の中で笑われていたのでしょうね」

水浴み幼女「その方の毎日も充足したものだったに違いありません」

わたし「そうであるならば嬉しいですし、もっと踏み込んでおくべきでしたね」

水浴み幼女「その方も好きな人の隣にいるだけで満たされる、慎ましい心の持ち主だったのですよ」

わたし「知っていたなら余計な謙虚さです」

いじけて頬を膨らませるフリをしてカップを口元に運びます。
たぶん水浴みさんの言う通りにその方は欲の浅い方でした。
謙虚で聡い彼女は、わたしの口もとがカップの裏で
緩んでいたことも見通していたと思います。

NKT
今日は寝ようそうしよう

ラス投下


*

対話を終えて扉を開けますと、給仕さんが寂しげに立っておりました。
部屋へ通された頃は空が夕焼けに染まり始めていましたが、
再び廊下を歩くときには既に濃い藍色で埋め尽くされていました。

わたし「大変長らくお待たせいたしました。私に会えなくて寂しかったのですよね」

給仕幼女「いえ、そういうわけでは……」

わたし「ご褒美のぎゅーです」

ふわふわの給仕さんを抱きしめます。
それでも浮かない表情に改善の様子は見られません。
理由は大方予想できていますので、わたしにとってはさして問題になりません。


わたし「お祭りへの参加は認めてもらえましたよ。制限つきでございますが」

給仕幼女「お料理はお食べになられますか?」

わたし「お夕飯はお世話になるつもりです。そのお許しはいただけました」

「しょくじの儀」だけはいかなる理由があっても見せられない。
それを意味するお達しを戴いてしまうのは、
わたしがあくまでも観光客だということだからでした。

わたし「『しょくじの儀』というのは晩餐の別称ですか?」

給仕幼女「教えられません」

わたし「では、お夕飯のことではないのですね」

給仕幼女「教えられません」


秘匿を貫くべき情報ですか、そうでしたか。
秘密主義の体制はわたしの好みではありません。

郷に入れば郷に従えとも言いますけれど、情報は常に公開の姿勢でなければ
相手は余計な憶測を生み出して、否応にも不信感を抱いてしまうのです。

夜空に似て明るさに欠けた立ち話をしていると、
てくてくとのしのしの中間をとる足音が聞こえてきました。
ゆっくりと歩みを近付けてくる奇妙な足音が、すぐそばにある
曲がり角の手前で止まりますと、そこからひょっこりと顔を
覗かせたのは、いつぞやの牛さんでございました。

わたし「牛さんが……来ましたよ」

給仕幼女「嫌い」

給仕さんは率直な一言感想を口にしました。


確かに性格に慣れたとしてもあの高圧的な
態度は、好意的に接することを躊躇わせます。

わたしたちの姿を確認した牛さんが、さらにのっそりと数歩踏み出して、
やはり姿を現したのはドールのような美しいプラチナブロンドの髪を持つ、
とても毒の吐く女の子でした。

酪農幼女「こんなところにいたらいくら探し回っても気が付かないでしょ」
酪農幼女「歩きすぎて足が疲れちゃったわ。どう責任を取ってくれるのかしら」

酪農さんは演技のないだるそうな顔で、片目をつぶって給仕さんをみました。
あなたは牛の背に跨っているだけですよ、とは言いません。


わたし「ご迷惑をおかけしました。水浴みさんとのお話がはずんでしまいまして」

酪農幼女「こんな時間にここにいるってことは、そういうことでしょ。知っているわ。ね、ギルガメッシュ」

低い唸りのきいた鳴き声が廊下に重く響きます。
へそを曲げた我がこの機嫌を取るように、
酪農さんは牛の膨らんだ頭部を撫でました。

酪農幼女「もうすぐで御飯よ。給仕さんは手伝って」
酪農幼女「あなたは食堂の椅子に座って調理場から漂う匂いを嗅いでなさい」

牛の背から見下して給仕さんとわたしを指差しました。
やはりこの子ほどの世間知らずさんには、
上下関係の大切さをきちんと教えなければいけないな、と思いました。



調理幼女「お手伝いですか?」

寸胴鍋の中でかがやく黄金色のスープを丁寧にかき混ぜながら首を曲げました。
狭い厨房では調理さんのほかにも菜園さんと造園さん、給仕さんが慌ただしそうに、
それに混じって養殖さんがのんびりと準備を進めておりました。
立入禁止の扉の奥からは、酪農さんの楽しそうな笑い声が聞こえてきます。

わたし「ここのお手伝いが3人で足りますか?」

調理幼女「足りないかもしれませんね」

意図的に1人を抜かしましたが、調理さんからのツッコミはありませんでした。
誰が役に立ってないかはあえて言いませんが、わたしと調理さんの視線を追いかければ、
それらが交わる点で作業をしている人がその答えになります。


調理幼女「どいてもらおうかなあ」

わたし「その方がいいと思いますよ。はかどりますし」

他意なく悪意なく同意をします。
本人は一生懸命でやっていてもどことなく滲み出る体調の悪さは、
周りの目には好意的に映りません。
調理幼女さんの視線にその子が気付くと、すかさず手招きで呼び寄せます。

給仕幼女「なんでしょうか?」

調理幼女「代打、お客様さん」

給仕幼女「ふぇっ?! ど、どうしてですか?!」

調理場に驚愕の声が響き渡りました。が、誰も手を休めません。
料理とは、時として無情で無慈悲な世界になるのでございます。


調理さんは熱いスープの味を確かめてから塩味を足して、言いました。

調理幼女「今日のあなたは味が薄め。ダシが出てないから休憩して蓄えて」

給仕幼女「……はい」

給仕さんは食い下がらずに大人しく調理場を出ていきました。
去っていく背中は肩を落としていて、とても寂しそうでした。

できることなら後を追いかけて抱きすくめたいのですが、
わたしにだっていくつもするべき仕事があるのです。
そろそろお遊びに回せる時間はなくなってきました。

わたしはわたしに課せられた任務を完遂するだけ。
レモンソルトのドレッシングに自分なりの真心を込めたアレンジを
加えて、みんなのサラダが美味しくなりますようにと、願いました。


*

長く大きなテーブルに色とりどりの豪華な料理が並びました。
神様にお供えする食料はべつに取ってあるということなので、
みんなで仲良く手を合わせました。

晩食の音頭を務めるのはもちろん水浴みさんです。
鈴を鳴らすような聞き心地の良い声は、
わたしたちの出会いを祝福し、大地の恵みに
感謝を示し、土地を治める神に祈りの言葉を捧げました。

水浴み幼女「では、いただきましょう」

御馳走を前にして合唱が重なると、最期の晩餐が始まりました。

皆の前に並んでいるお皿には、調理さん自慢の特製スープに、
酪農さんが嬉々として捌いていた牛のステーキです。


誰もが自由に食べられるようにセルフサービスとしてテーブルの中列に
並べられているのは、焼き立てふわふわのバターロールと
わたしの愛がふんだんに詰まった新鮮サラダ、そして各種ドリンクです。

バターロールが入った竹細工の篭に隣接している小皿には、
イチゴジャム、ブドウジャム、プラムジャムの三種類が準備されています。

どの料理も大盛況です。
調理さんに向けていくつも感謝感激の言葉が向けられて、
料理の最中では狩人の目だったそれは、嬉し涙で潤んでおりました。

わたしも褒めてもらいたくて、色んな女の子のお皿にサラダを盛りつけます。

わたし「味付けは私がしたんですよ。たくさん食べてくださいね」

積極的にアピールをしつつフォークとナイフで取り分けながら、
届け私の愛の力と胸のうちで叫びました。

サラダを食べた方々が揃って思惑を大きく外れ、
菜園さんへの感謝を口にしたのは言うまでもありません。


*

はてさて、盛り上がった晩さん会が静まり返ったのは、
どのお皿の料理も半分ほどに減った頃でした。

わたし「大変良くできました」

机に顔を伏せて眠る女の子たちを眺めて、自身の仕事の出来に満足して頷きます。
ここまで計算通りだと逆にわたしが罠にかけられているようで怖いです。

昔から要領の悪さや詰めの甘さを統率さんに注意されていたので、
今回もどこかで足を掬われるのではないかと冷や冷やしていました。

サラダの隠し味に混ぜたのは、不眠時に助かる睡眠導入剤です。
お値段高めを準備してきただけに、粗悪品の可能性を疑っておりましたが、
それも杞憂で済みました。


ですが、

わたし「なんであなた方は起きているのでしょうね」

「お客様さんの語り残しを全部聞く必要があるかと思いまして」

「私も確認するべきことがありますので、お別れに早いと思いました」

食堂の出入り口を塞いで立つのは、給仕さんと水浴みさんでした。
この方たちも眠っていてもらえれば良いに越したことはありません。
けれども食事にいっさい手をつけない姿を見ていたので、完封勝利を諦めておりました。
それでもわたしにとっては些細な誤算程度の出来事なので、これは失敗に含みません。

水浴み幼女「まだ私に隠していることがございますよね」

わたし「隠していたわけではありません。特別に話す必要がないと判断して省いただけです」


給仕幼女「それを決めるのは私たちです」

水浴み幼女「包み隠さずに体験した村の記憶を全て教えてください」

給仕幼女「かつてあなた様が暮らしていた、この村が辿った道を」

肩をすくめておどけてみせます。

わたし「いったいいつに私が、この村の出だと言いましたか?」

わたしの身長は同年代の平均だと思っております。
彼女たちのように小柄ではないので、見た目からそれを疑うのは不可能なはずです。

給仕幼女「一言も言っておりません。ですが、一部言動がまさにそうでしたので」

朝からの出来事を頭から追って思い出します。


当然ながらどこでもちゃんと旅行者としての振る舞いを
意識してたつもりなので、皆目見当もつきませんでした。

給仕幼女「思い当たらないのなら教えて差し上げます」

真剣な目つきで突き出した手の人差し指を立てます。

1つめ、村でのあいさつを一度も間違えなかったこと。

わたし「正しい挨拶ができるのはいい子の証です」

給仕幼女「暮らしている期間が短い人が先輩さんに対して、名前の後ろに『です』を」
給仕幼女「長い人が短い方に対して、『だ』をつけて、お互いの関係を確認する決まりがあります」

給仕幼女「あなた様は村を知らない観光客さんだと言っていました」
給仕幼女「なのにどうして正しい挨拶が最初から最後まで出来たのですか?」

わたし「それは……」


2つめ、養殖さんとの会話で見てもいない池の存在に触れたこと。

『わたし「お家の裏にお池なんてありました?」』
『わたし「新設したのですか」』

給仕幼女「お池があったことに気付かなかったとしても、どうして新築という言葉が出てきましたか?」

わたし「施設が充実していることに憧れてしまいまして」

諦めて認めます。

わたし「楽しかったですよ。私が知っている場所なのに、様相がほとんど違う懐かしの故郷は」
わたし「どこを歩いても新鮮で、初めて訪れる異国の地のようでした」

水浴み幼女「あなた様は何を目的としてこの村に戻ってきたのですか?」

ここまで追い詰められてしまえば、白状するしかありません。
わたしは観念のためいきをついて答えました。

わたし「悪しき伝統を、……『食児の儀』をここで断ち切る為に、です」


『食児の儀』はわたしの世代が生み出した、その場しのぎに考案された苦肉の策でした。
楽園が楽園である所以を侵して穢した飢饉という大災は、間接的に多くの住人を殺めました。

わたし「神様はこの限られた、与えられた土地をいかなる天変地異からも守護してくれます」
わたし「けれど、神様でさえも干渉できない自然現象がありました」

それは天候でした。
長く続いた日照りの中で収穫ができた食料は、
村人が暮らしていくに必要な量の半分にも達していませんでした。

わたし「神様は村を数多の危機から救ってきました。井戸水はいくら汲んでも枯れません」
わたし「窓から落ちたくらいでは怪我はしません。老いることはなく寿命で命果てることもありません」
わたし「ですがそれは、神様の庇護の下で暮らしているからです」


わたし「村を襲った未曽有の危機の最中でしたので、神様を満足させるお供え物はないです」
わたし「契約は常に等価交換で結ばれるので、神様は情けもくれずに食べ物を欲します」

窮している状態だったからこそ、英断からの行動は早いものでした。
当時の統率さんの呼びかけに、多くの女の子が恐れずに身を差し出すことを志願しました。

水浴み幼女「それが毎年誰かを生贄として捧げる『食児の儀』だったのですね」

給仕幼女「翌年からもそれが続いていたのはどうしてですか? 飢饉は乗り切ったのではないのですか?」

首を縦に振って肯定をします。

わたし「確かに飢饉は去りました。その代償として村を支えてきた先輩方を大勢失いました」

どの職業であっても、新人さんは数年の時間を要して、
様々な技術を先輩から教え込まれます。


農業ならばクワの振り方から、田畑を広げる開墾の方法まで、
調理さんならお玉の握りかたから、料理の盛り付け方まで、
丁寧に一から十までを徹底して教え込まれるのです。

水浴み幼女「伝承が不十分だったせいでの不作が続いたのですね」

わたし「そうです」

毎年の生贄で飢饉を知る子が村から消えてしまい、
悲劇が語り継がれなくなってからは、
今度は村を存続させる苦し紛れの逃げ道が、
不運にも形を変えて村の伝統になってしまいました。


わたし「神様に草食も肉食もありません」
わたし「食べられるものなら何でもいいのです。物にはこだわりません」

給仕幼女「そんな……じゃ、じゃあ……」

わたし「本当に申し訳ありませんでした」

わたしは深々と頭を下げました。
給仕さんにも水浴みさんにも、寝ている子たちにも。
そして『食児の儀』を継いでしまった不幸な子たちにも。

給仕さんは謝罪に愕然として地面に座りこみ、
ぽろぽろと粒の大きな涙をこぼしました。
本当は無くてもよかった尊い犠牲を想えば涙は止まりません。


水浴み幼女「どうして、そのときの統率さんはあなたを逃がしたのですか?」

唐突な問いは、水浴みさんのお部屋で語った思い出話しからの抜き出しです。

わたし「村を信じていたから。確実に不幸の連鎖を断つためにだと思います」

水浴み幼女「不幸を断つために……」

わたし「彼女は村の再興を信じていました」
わたし「飢饉の影響が薄れた頃を見計らった私が村に入り、過去の真実を伝える」
わたし「そうやって本当の災禍を失くそうと考えたのだと思います」
わたし「彼女が私を選んだ理由は、次の年が巡ってくれば最年長になってしまうから、でしょう」

水浴み幼女「他の理由もあると思います」

わたし「それほ本人に聞くしかないですよね。もういませんけど」


それ以外の理由が絡んでいたとすれば、
村の事情に私情を挟んだ彼女を軽蔑してしまうでしょう。
わたしが愛していたのは、わたしを二番目として見てくれた彼女なのですから。

わたし「『食児の儀』が飢饉の名残だということは、これで理解してもらえたでしょうか?」

嗚咽をあげて泣く給仕さんの背中をさする水浴みさんは首肯で答えました。
ここまでくれば、課せられた仕事の半分を遂行したことになります。

わたし「そろそろ時間ですよね。『食児の儀』の」

そして、もう半分もわたしにとって一世一代の大仕事でした。


*

神様が住んでいられる場所は、村の一画にある洞窟です。
食料庫からお供え分の食べ物を、三人でせっせと運びます。
わたしの記憶している神様は、食事のマナーなんてものを知りません。

当時から変わっていなければ、野菜でも果物でも魚でもお肉でも、
それがリアカーに雑多に積載されて運ばれたものだろうと、
気にせず喜んで食べてくれます。

合計3台のリアカーを山積みにして運べば、準備完了です。
洞窟の奥へと続く穴は、道を遮る祠をどかすと現れます。
力を合わせてスライドさせれば、ぽっかりと大きな口を開けた闇が顔を見せました。

灯りは火を燈したランプです。
足元が不安定でがたがたですが、ずしりと重いリアカーは転倒しません。


わたし「もう少しですよ。頑張って」

後ろに続く水浴みさんと給仕さんを励まします。
緩い下り坂が続くでこぼこ道であっても、
感覚的には平行に続いているように思えます。

荷台がとても道が荒れていて車輪が上手く動かないので、
そう錯覚してしまうのでした。

十数分かけて辿り着いた洞窟の奥は、
縦にも横にも広い大きな半円球状の空洞になっています。
壁には決して絶えることのない蝋燭が、部屋を橙色の光で照らしております。


部屋の中央には木杭と綱で転落防止用の綱が張られており
それが囲っているのは、何もかもを飲み込めてしまいそうな、
大層大きな穴でございました。

リアカーを壁際に駐車させて、赤くハリのある林檎を2つ手に持ちます。
木杭を跨いで浸入し、穴の縁に腰をかけます。

林檎の1つを手から空虚な穴に落としますと、
それを呼び鈴にして大きな黒い手が現れました。

こんにちは、神様さん。お久しぶりです。給仕です。

炎が揺らめいているように不安定な影の腕に、頬を擦りつけます。
手に持っていた2つ目の林檎を爪の先端に刺してさしあげますと、
垂直に伸びる縦穴に音もなく引っ込みました。


しばらくしてまた穴の底から伸びてきた爪が、わたしの頬を優しく撫でます。
林檎の味を認めてくださったお礼に、影の爪への口づけで感謝を示します

わたし「美味しいと言ってくださいました。全部入れちゃいましょう」

柵を出て二人の元へ歩き、残りのお供え物も捧げる準備をします。
穴と外を隔てる柵の木杭には、リアカーが傾きすぎないように
するためのちょっとした工夫が施されております。
水浴みさんと給仕さんが先人の知恵に、感心の溜め息を漏らしました。
今までは山のようなお供え物を、多大な苦労をかけながら運んでいたのでしょう。

穴の近くまでリアカーが移動できれば納付は簡単です。
よく言えば心の広い神様に、礼儀やマナーはございません。


掴んだ食料を片端から放り込む無礼講でも喜んでくれるのです。

わたし「これで最後ですね」

最期に菜園さん自慢のトマトを投じて、リアカーの積み荷がなくなりました。
お供え物を奉げることにかけた時間は、
祠からここに辿り着くまでのと同じくらいでした。

わたし「お付き合いありがとうございました。お疲れ様でした」

付き合ってくださったおふた方に、感謝と労いの言葉をかけました。
水浴みさんはぺこりとお辞儀、給仕さんも習って頭を下げますが、
その表情は悲しそうです。

元気になってもらおうと頭を撫でましたが、
残念ながら涙を誘う呼び水になる逆効果でございました。


柵の外には水浴みさんと給仕さん。柵を隔てた内側にわたしです。

わたし「楽しい一日でございましたよ」

不平等にならないように、水浴みさんの……失礼しました。
生贄なる住人は、もうこの村にはおりません。
なので、本日を持って水浴みの役職を降りてもらうことになります。

わたしは統率さんのくりくりつむじを撫でました。

わたし「村を繁栄させてくださいね。土地はどんどん広げて構いませんよ」

それを最期の言葉にして手を離そうとしたところ、
小さな二本の腕に捕まってしまいました。


その腕に引き寄せられて彼女たちの顔の
高さに合わせてしゃがみこみますと、

統率幼女「二番目に好きですよ」

小さな唇が頬に触れました。

わたし「泣いたらどうしてくれますか」

涙をこらえて必死に笑い顔を作りました。
それでも脆くなった涙腺は容赦してくれず、
情けない顔をみせたくなくて彼女たちに背を向けました。


予定ではもっとあっさりとした、爽やかな塩味の
お別れをするつもりだったのですが、不本意にも
仄かに甘みの残るレモンソルトな味わいに仕上がってしまいました。

ですが、ではでは、これで本当の本当におしまいです。
村を苦しめ続けた先代からの忌まわしき呪いは、今日で見納めの終止符です。
わたしは小声で二人に別れを告げて、縁よりも内側に踏み出しました。

穴の奥の神様は、等価交換で暮らしを保障してくれる不思議で意地悪な神様です。
わたしが命を差し出せば、向こうであの方に会えるでしょうか。

給仕さん、水浴みさん、ほかの幼女さんたちもさようなら。

そして、わたしが大好きだった統率さん。
これからもずっと大好きでいますよ。
もし再会できたとしましたら、今度も二番目に愛してくださいね。


おしまい

お疲れ様でした
たぶんおそらくハッピーエンド
文字数がキリ良くてエピローグをサボったけど、
近いうちに書いてすっきりさせたいな

似たようなハートフル(ボッコ)、ここにきっとあります、という宣伝。
http://gobounotani.blog.fc2.com/

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