無垢「フィオナの森は、俺が守る」2 (58)


無垢「フィオナの森は、俺が守る」
無垢「フィオナの森は、俺が守る」 - SSまとめ速報
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↑の次スレ


<ジャスパー*・∀・>+ もやし野郎だが根性だけは大した奴ダワ


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1376922165


バロム『この森全てを死の領土に変えてくれる』

バロム『終わりの時はここに来る。天上世界も、火山も、仙界も、その手始めに、まずはフィオナの森からだ』

バロム『生ずる全てのものは、滅びて差し支えなきもの。ならば、何も生まれ出でぬが良いことだ』

バロム『一時の死ではない、永遠の完璧な死に刮目せよ』


バロム『“インフェルノ・ゲート”!』


この時、その場にいた全ての生き物が、直感的に死というものの真の恐怖を味わった。

悪魔神が結ぶ両手の指の狭間から、紫の瘴気が溢れ出る。


煙は何らかの形を作り、こちらへと突進してくる。一同はまたゴーストの類かと身を強ばらせたが、それは更に恐ろしいものだった。


ゼノ「ギャァアアァアアアッ!」

コートニー「え!?」

ホーバス「何だと!?」


煙は巨大なジャイアントインセクトとなって、火文明の一団に飛び込んだ。

両腕の鋭利な鎌を振るい、同族であるはずのジャイアントインセクトすらも引き裂きいてゆく。


見覚えは当然ある。忘れるはずもない。

このジャイアンとインセクトは、確かに自分たちが葬ったはずのものなのだから。


コートニー「……ワームの影響じゃない! これは、本当に……あいつに操られているんだわ!」

ゲット「嘘だろ!? 生き返らされて、いいように使われるってのかよ!?」


死ぬだけではない恐怖が一団に襲いかかる。

自分が死んだら? 誰もが想像したことだろう。


ドラグ「怯むな! もはや我らに立ち止まる理由などはない! 進め!」

ジョー「死んだあとの事は死んでから考えやがれ!」


死神の鎌はすぐ近くで振るわれ続けている。仲間の首が、胴が、インセクトが切り刻まれてゆく。

それでも火の民と、自然の大群は悪魔神へむけて進み続けた。


先頭にはドラグストライク、そしてジョー。

そのすぐ後ろに、コートニーとイノセントハンター。


ドラグ「イノセントハンターを守り、奴のもとへと運ぶのだ!」

ジョー「おいイノセント! できるよな!?」


イノセントは赤いマフラーで口元を隠した。

正直者な彼は、嘘はつけない。普段なら空気も読まず、馬鹿正直に“わからない”と言っていただろう。


でもこの時の彼は少し違った。迷ってみて、考えてみてわかることではない。

ただただ、自分の使命とこれまでの巡り合わせを思い浮かべて、それを言葉にしたのだ。


無垢「できる! 絶対に!」


無垢「俺が……必ず倒してみせる」

無垢「俺がフィオナの森を……世界を……みんなを守ってみせる」


トルネードホーンの上で無垢の宝剣を強く握りしめる。


無垢「だからみんな、頼む。危険だ、けど、俺をバロムのもとまで、たどり着かせてくれ!」

コートニー「言われるまでもない、あんたを信じてるわ」

ジョー「いい度胸だ! その熱い意志を貫かせてやる!」

ドラグ「承知した、我が友よ! この生命を捨て石に代えても、その役目を全うしてみせよう!」



空翔ける一団は窮地の中で、更に固く団結した。

彼らの意志に呼応するようにして、彼らを背負うトルネードホーンの走力も増した。


バロム『……!』


悪魔神は接近の速度を上げた火と自然の連合軍を見ていた。

“愚直な”と一笑のうちに思うだけのことにすぎないはずだった。


彼らの中心に、“無垢の宝剣”を握るイノセントハンターの姿を認めるまでは。


バロム(奴か、違和感の正体……! そしてあれはまさか……いや、そんなはずはない)

バロム(クロスギア? 有り得ん。いや、しかし油断できる仮説ではない)

バロム(が、だとしても私のやることは変わらない。奴らに死を与える、それだけ……)


暗い大穴の空いた悪魔神の片手が、イノセントハンターへまっすぐ向けられる。


バロム『消え去るがいい』

「うぉおおぉおお! お前が翼あるワームかぁあああぁあ!」


手のひらが怪しく輝いたとき、森に野太い怒号が響き渡った。


「尋常に勝負しろぉおぉおおぉおィッ!!」

バロム『なん――』


煩わしい声の方へ顔を向けてみると、悪魔神の体は驚きに硬直した。

5、6メートルはあろう巨大な岩が、すぐ目の前に迫っていたのだから。


バロム『何だこれは』


咄嗟に手を振り上げ、小蝿でも払うかのように、岩をはたいて砕き落とす。

巨大な岩によるダメージなどは微塵も無い。


が、その手が放つはずだった砲撃は、あらぬ方向へと流れていった。


偉大「おお!なんだ貴様は! 見るからにワームではないな!」


森の片隅に仁王立ちするのは、捻れた大きな双角を掲げるホーンビーストの戦士、グレートホーンの姿である。


偉大「だがワームでないから何だというのだ! 貴様からは邪悪なマナがぷんぷん臭うぞ!」

バロム『地上の獣はよく吠えるな』


だが悪魔神は、そんなグレートホーンを無視した。

物事には何事にも優先順位というものがあるのだ。悪魔神には理解できていた。


今この掌は、何が起こったとしても、“無垢の宝剣”に向けなくてはならないのだと。



「無防備なものだな、悪魔神よ。ならばそのまま見舞ってやろうか」

「全軍、“氷結ハンマー”投擲準備」


グレートホーンとは反対方向の森林では人知れず、白い肌の者達が多勢で構えていた。

戦闘に立つ彼女の号令で、白の軍勢全てがスリングを振りかぶる。



「「「よ~し」」」

「「「モ~ン」」」


吹雪「放て」


氷のつぶては煌めきながら、悪魔神の片翼目掛けて飛んでゆく。


バロム『……!』


自分の翼の一部が凍てつく感覚に、背筋までも凍りそうになる。

多少の温度差や衝撃では傷ひとつつかないはずの肉体だが、確かに組織は凍っている。痛みすらある。


単純な氷などではこうもいくまい。間違いなく限定的な相手に対抗することを目的とした、強い呪文によるものだ。


バロム『小賢しい!』


つい今しがた前方へ向けるはずだった砲撃を、森の一角を薙ぐようにして撃ち放つ。

森は大きく爆ぜ、土煙と氷の破片を派手に散らした。


直撃を避けたスノー・フェアリーの長、ダイヤモンド・ブリザードは不敵に微笑む。


吹雪「フッ、妖精に死などはない」

吹雪「皆の者、反撃の手は緩めないぞ! 復活せよ! そして少しでもあの山羊頭を、こちらへ引き付けるのだ!」

「「「おお~!」」」


砕け散ったスノーフェアリー達が現れて、再び悪魔神へ向けてスリングを構える。



気づけば、悪魔神を囲むようにして、フィオナの森の住人たちが集まっていた。

誰もが絶対なる悪魔の神に牙を剥いていた。


銀の牙「ランチャースパイダーのコロニー、誘導完了です!」

戦斧「よし、すぐにでも発射させろ! あのデカブツに毒弾を食らわせてやりな!」

「「「おおーッ!」」」


護りの角フィオナが声は、森のどこまでも届いている。

森中のすべての生命が、彼の声により加勢に参じたと言っても過言ではあるまい。


孤高の願「貴様らの好きにはさせん……ゆくぞ悪魔神……! 究極最終必殺奥義!」


しかし応じたのは“フィオナの呼びかけだから”という理由だけでない者も大勢いる。そして、加勢に来たのは森の住人ばかりではない。


ラルバ『目標、“バロム”を補足。危険度最上位、各機最大限警戒せよ』

『了解、マザーシップ』

ラルバ『我々の任務は現地生物の護衛。バロムの攻撃から現地種族を守護せよ』

『了解、全機突撃』


多くの文明が、多くの種族がここに介していた。

同じ敵を見据え、利害こそ違えど変わらぬ強い意志で、同じ目的を果たすべく、命を賭けていた。



無垢「うぉおおおお……!」


そして無垢に輝く強い意志にこそ、かの宝剣はより強い力で応える。





目の前に迫るバロム。

それを遮るように、青い風が辺を包み込んだ。


「大詰めだね、油断のならない場面だ」


青い嵐の中で、姿なき飄々とした声が響いている。


無垢「! ここは、また」

「相手は悪魔神バロム、か。大気中のモナークの煤、これは絶好のマナ・フィールドだが、相手がバロムじゃちょっと相性は悪いな」

無垢「……」

「呪文やマナの勝負じゃ、かなり不利になることは間違いないだろうね」

無垢「……誰かがわからないけど、教えてくれ、なにか知っているんだろう」

「何をさ?」

無垢「バロムに勝ちたい。勝たなきゃいけないんだ」

「何を願い、何に成るかは自分で考えようよ。便利な道具を持ってるんだ、そこは自分でさぁ」

無垢「……」

「えー、ちょっと、わかんない? ……それで中途半端な結果になっても困るんだよなぁ……じゃあヒントだ、ヒントをあげよう」


「……この宝剣、“無垢の宝剣”を作ったのは?」

無垢「……お前か?」

「うんそうだ、よく分かったね。ではその剣にまつわる伝説とは?」

無垢「……無垢の宝剣……如水の祠……救世主……?」

「その救世主の予言を考えたのって、誰なんだろうなあ?」

無垢「……! そうか、それも、お前か」

「……」


「製作者としてね、望むべき未来というものがあるんだ。実現したい未来の姿がね」

「だがその未来へたどり着くためには、数々の矯正を行う必要がある……それが、僕の作った予言、僕が作った伝承だ」


無垢「……お前は一体」

「僕かい」


「僕は……まぁ、今は誰も知らないだろうし」

「僕は“ミロク”だ。覚えなくていいよ、どうでもいいことだし」


「大事なのは、そっちが今やるべきことだ」

「ヒントは終わり、あとは任せたよ、イノセントハンター」



雷雲が晴れる。




青の嵐が晴れると、場面は最後の戦場へと戻っていた。

再びインフェルノ・ゲートを開いたバロムが複数の大型ジャイアントインセクトを呼び出し、迫る火と自然の連合軍を潰しにかかっている。


ひどく切迫した場面である。

しかしイノセントハンターには、目の前の窮地以上に、やらなければならないことが見えていた。


無垢「マナだ……」

コートニー「え!?」

無垢「このあたりにあるマナじゃ、バロムに勝てない」


無垢の宝剣を頭上へ突き出し、透過した向こうの世界を見る。

闇一色。煤の雲に覆われた、暗い世界だ。

透かした先を鮮やかに映すこの剣でも、闇は闇、それだけでしかないのである。


無垢「コートニー、頼みがある!」

コートニー「わ、私!? なんで今、私なの!?」

無垢「如水の巫女って、無垢の宝剣を守るためのものなんだろう!?」

コートニー「確かにそういう伝承だけど……!」

無垢「無茶かもしれないけど言う、この、……この空一体にあるマナを、少しだけでもいい……使えるようにしてくれ!」


悪魔神の巨大な両手が眼前へと運ばれ、円形を結ぶ。

手の中に形作られた輪は暗く色を落とし、不吉な黒い波動で近くの景色を歪ませる。


結んだ印の中に、恐ろしげな瞳が現れ、イノセントを睨んだ。


バロム『“アクシデント・アイ”……さあ、死を与えてやろう』

コートニー「そ、そんな……無茶よ、こんな広い空間に満ちている闇のマナを支配しろだなんて……!」

無垢「コートニー!」

コートニー「……~!」


“大事な時には心強いんだから”。コートニーはこの時、場違いにも、そう思った。


コートニー「!」


そんな突飛な思考が妙案を引き連れたか、コートニーは閃いた。


コートニー(辺りに満ちているのは全て闇のマナ……闇の色が強すぎて、他のマナへの変換は難しい)

コートニー(けどその闇を上手く中和できれば……)

コートニー(可能かも、いや、出来る!)


コートニー「みんな! 空の民……グランリエスから受け取った石を出して!」


獣の上に立ち、コートニーは後続に叫んだ。


コートニー「……!」


後ろで繰り広げられていたのは死闘だった。

屈強な翅を備えたジャイアントインセクトやゴーストとの空中戦は、ヒューマノイドにも、ドラゴノイドにも苦しいものでしかなかったのである。


鎌に、ハサミに引き裂かれ、墜落してゆく戦士が、目に映るだけでも複数人もいた。

こんな崖っぷちの状況で、コートニーの声に耳を貸す者が何人いるだろうか。


それでも叫ばなくてはならない。


コートニー「……お願い! みんな、光の石を空へ……投げて!」


死闘の狭間で、何人かの戦士はその声をしっかり聞き届けた。


ゲット「! みんな、石を上へ投げろってさ!」

ジョー「おいてめえら! なんだ、きんぴかの石を上に投げやがれ!再優先だ!」

ドラグ「皆に命ずる!グローリーストーンを空へ投擲せよ!」

ホーバス「閃光弾を空へ放り投げろ! 今すぐに!」


指示は伝播する。

意味不明な指示だったはずである。少なくとも、命のやりとりをしているさなかではなおさらに、耳の貸せない言葉だっただろう。


それでもコートニーの願いは、火文明の増援全員に伝わった。


ひとつ、金色の球体が空へと飛んでゆく。

弾け、それはまさに光そのものとなって、空を明るく照らした。


そしてもうひとつ。またもうひとつ。

ひとつふたつと、石は一斉に暗雲へ向けて投げられ、闇の中で強い輝きを放った。


光によって姿を暴かれたゴーストは弱り、操られているジャイアントインセクトの動きは鈍った。

それだけではない。


ひとつひとつは小さくとも、多くのグローリーストーンにより生まれた強い光のマナが空に広がる。

光のマナを受けた煤の雲は、その中の闇の因子を急激に弱くさせた。


コートニー「……これなら、いける!」



コートニーが両手を結び、固く目を閉じた。


コートニー「世界よ……」


それは、心の奥底から紡がれる祈りの言葉。

彼女が初めて抱く、強い強い、意志のある言葉。


空の遥か上で、獣の背の上で、着物の裾が翻る。

袖の衣が風を受けて弓なりに広がり、光のマナを軽く撫ぜる。


コートニーは小さく、可憐な舞をしてみせた。

とても短く、振り返るほどの舞いでしかなかった。


それでも、その一瞬の姿を見ていた者は、彼女の流麗な動きに心を奪われていただろう。



コートニー「世界よ、奇跡を起こして!」


それは如水の巫女の神秘の呪文。

マナを感じ取り、マナを操る奇跡の力。


優しい舞いが終わる時、暗雲はレインボーに輝いた。


バロム『――!』


発動させた術を構築しているマナが変質した。

呪文の瓦解を、悪魔神は悟る。


そして、言い知れぬ最大の悪寒を。



無垢「行くぞ! バロム!」

バロム「何を……!」


無垢の宝剣が、眩い陽光に包まれる。







『ゆくぞ』


無垢「ああ!」






晴天のように鮮やかで澄んだ青。

光子を編んで造られた、高貴なる金。


美しい鎧姿の巨体が、背に光を受けて、バロムの目の前に現れた。


バロム『貴様は、まさか――』

アルカ『黙れ』


体躯は悪魔神とほぼ同じ。

だが彼は身体を最大限まで大きく広げ、バロムの喉元に脚を伸ばしている。


おそらくそれは、この世界で最も高貴なる者による“蹴り”だろう。



バロム『グァアァアッ!』


単純なエネルギー量だけではかることの出来ない一撃である。

バロムは一体の精霊が放った蹴りによって、大きく吹き飛ばされ、小山の上に墜落した。



アルカ『やはり……』

アルカ『翼がないと、決まらないな』


純白の翼が、虹色の空に大きく広がる。


聖霊王アルカディアスが今、ここに完全なる光臨を果たしたのだ。


悪魔神への突入を決め込んだ火と自然の連合軍は、純白の巨翼によって進撃を阻まれた。

足場となるジャイアントインセクト達はその場に停止滞空し、ホーンビーストも彼らの背で立ち止まった。


コートニー「……すごい」

ジョー「マジか、これ」

ホーバス「……こいつは凄いな」


豪奢な鎧姿の大天使が現れ、バロムに一撃を見舞った。

徹甲弾でも溶岩弾でも触れることが出来なかった悪魔神へと、たやすく一矢報いてしまったのだ。


ドラグ「……聖霊王、アルカディアス」


光文明を統べる預言者、ライトブリンガーをも上回る絶対権限を持つ、精霊の中の精霊。

龍さえも容易く触れることのできない天空の覇者、それが“聖霊王”アルカディアスである。


バロム『……それが、あの魔導の力……というわけか』


山に堕ちた悪魔神が、重力を反発し静かに浮き上がった。


バロム『面白い。私に傷を付けるなど、そうそう出来ることではないぞ』


ゆっくりと胡座を組み直し、アルカディアスへ対抗するように、黒い巨翼を広げる。


バロム『褒美として――』

アルカ『黙れ』


アルカ『誰が貴様に喋っても良いと許可を出した』

バロム『……』


バロム『ほざけ、下々のうちに過ぎぬ者が』


悪魔神は静かに怒った。怒り、その感情が両手の中で濃い闇のマナとなる。

大気中に残っている暗い煤の雲からマナを抽出し、掌で呪文を組み上げてゆく。


バロム『“デス・スモーク”』


吸えば、纏わり付かれれば速やかに死へと誘われる不吉の黒煙が二発、聖霊王へ向けて放たれた。


アルカ『駄目だな』

アルカ『照明が足りない』


アルカディアスの腕が虹色の空へ掲げられる。


アルカ『“スーパー・スパーク”』


大空が輝く。


コートニー「……後退! 後退して! 早く!」

ドラグ「! それが良さそうだ! 総員後退しろ!」


輝きを増す虹色の空から、一条の光の柱が落ちてきた。

それは丁度アルカディアスが掲げた腕の、掌の中に収まる程度の太さだった。

そう、掌の上に、光の帯が落ちるまでは。


アルカ『光・臨!』


アルカディアスの手中に握られた光は、その中で爆発したかのように辺りへ拡散した。

何本もの光の帯が空中を駆けまわり、それは遠目には、輝くミラーボールのようにも写ったかもしれない。


アルカ『我は聖霊王アルカディアス! 玉体の光臨である! 刮目せよ!』

『ギャァアアァア!』

『ゥァアァアァア……!』


だが、光に切り裂かれ消滅してゆくゴーストにとっては、恐ろしい地獄のようにも感じたことだろう。


バロム『ぐっ……!』


輝きの嵐は悪魔神の身体を硬直させた。

放ったデススモークも光によって蒸発し、霧散した闇のマナも光に砕かれ消滅してしまっている。


身体を固め封じる光の中で、悪魔神。


バロム『僧去は掻き消されるか……ならば、釿斧にて――』

アルカ『黙れ』


アルカ『誰が貴様に呪文を紡いでも良いと許可を出した』


アルカ『今この時より! この場での光子マナ以外の呪文運用を全面禁止とする!』

コートニー「え!?」


呪文の運用禁止。衝撃的で、非現実的な宣言にコートニーは驚いた。

と同時に、辺りのマナの振る舞いが変化したことを直感する。


コートニー(嘘、まさかそれ、本当に……?)

アルカ『我の光臨に相応しくない暗い呪文など不要!』

バロム『……!?』


悪魔神の手の中で構成中だった術が分解され、マナとなって霧散する。

アルカディアスが下した自己中心的な勅命は、まさにその通りだったのだ。


バロム『ならば……すでに構成され、発動された呪文を操舵するのみだ』

バロム『“インフェルノゲート”より蘇った虫の亡者共、その鎌で憎たらしい精霊を――』

アルカ『黙れ』


アルカ『誰が貴様らに動いて良いと許可を出した』


アルカ『“ブレード・サークル”!』


アルカディアスが再び手を掲げると、連合軍を襲っていたゼノマンティス達の動きが停止した。

しかしそれは物理的な拘束ではない。


ゼノ「……!」

アルカ『動けば光の刃が貴様らを断罪するだろう』


敵対していたジャイアントインセクト達の周囲には、輪形に光の刃が配置されていた。

高周波で微振動する光の刃には、触れただけでジャイアントインセクトの甲殻を切り裂く力がある。


彼らは周囲の敵を襲うことも、動くこともできなかった。


コートニー「すごい……この規模の呪文を複数も、一瞬で……」

ドラグ「……瞬く間に、彼らを無力化するとは」


アルカ『貴様はどうしても、我が定める法を逸したいようだな』

バロム『私こそが法だ。貴様の定める法など戯言に過ぎない』


悪魔神の穴の空いた右掌が、まっすぐアルカディアスへと向けられる。

悪魔神の持つ原始的な“死”の光線により、聖霊王を討ち取ろうというのだ。


バロム『再び朽ち果てろ、精霊』

アルカ『跪き、ただ裁きを待て。もはやその邪な剣は閃かぬ』


アルカディアスの右手もまた、悪魔神に向けられ、輝きを増す。


そして両者の光線が放たれた。


アルカ『――』


無傷。高貴な鎧には、一切の傷がない。


バロム『……』


対して、悪魔神の左胸には、大きな風穴が空けられた。

2つの力は拮抗することもなく、圧倒的な差を結果で見る事となったのだ。


呆然と自分の空虚な胸を撫で擦り、悪魔神は低く呻くようなため息をついた。


バロム『……わからぬものだな、この世界というものは』

アルカ『黙れ。貴様に発言権はない』

バロム『貴様への宛てたものではない……“貴様の中にある者”へ言ちたのだ』


浮遊する悪魔神の身体が左右に振れ、吊るしていた糸が切れたかのように、大地に落ちる。

黒い翼も弛緩し、その姿は大きいながらも墜ちた鳥のようである。


バロム『貴様には選択肢がある……先ほどは“そいつ”を選んだが……貴様はこれから、幾度も選択を迫られるだろう』

バロム『龍にも、王にも、神にもなれるその力で……』

バロム『いつか、私を選ぶと良い』

バロム『その時は翻って、貴様の力になってやろう』

バロム『悪いようにはしない……私は必ず、貴様の力になる』

バロム『いつか必ず、その時に私と契約すると良い、わかったな』

バロム『いつの日にか―― 必ず――』


最後の言葉を紡ぎ、悪魔神の身体は崩壊した。

黒い巨体は煤となって空気の中に散り、どこかへ流れて消え去ってしまった。


空を覆う虹色の雲も、暗雲も、全てが無かったことのように掻き消されてゆく。

つい数分前までの空での死闘を忘れたように。


邪妃「はぁ、はぁ……」


最前線でフィオナの森の生物たちと戦っていたグレゴリアは、体中に傷を負いながらも、なんとかその場を逃げ出す事ができた。

バロムによって自軍に力を与えられたとはいえ、フィオナの森の全勢力を相手にするには力不足だったのだ。

空から光の援軍がやってきたことも凶と出ただろう。


闇騎士団の大半を失い、親衛隊の行方すら知れず、彼女は一人、見晴らしのいい山の中腹へと逃げ込んだのだ。


邪妃「……はぁ……はぁ」


そこで彼女は悪魔神と、復活した聖霊王との決着を見届けた。


邪妃「……」


モナークの死、闇の勢力の大敗、バロムの死。

完璧な全面敗北。グレゴリアはその全てを味わったのである。


邪妃「……終わりだな。我らの地下も」


それでも、ダークロードの支配者達は強い。


邪妃「聖霊王率いる光の部隊によって、我々の暗い根城は……大爆発以来の損害を受ける事となるだろう」

邪妃「今更そのような場所になど、帰るものか……なんのメリットも無い」


ダークロードは常に勝利を渇望する。常に最善手を選ぶ。

いつかの勝利、そのためならば、彼らは多少の辛酸には耐えてみせるだろう。


邪妃「私は地上で生き延びるぞ……いつか貴様らの世界を、この手に握るために……」


グレゴリアは鎧を外し、頭巾と共に放り捨て、宛てもなく歩き出した。

遠のくばかりで姿を消してしまった、しかしいつかこの果てに見るであろう、闇の勝利に向かって。



コートニー「……終わった?」


首を左右に振って、先の姿を探す。

が、晴れた空の下ではゴーストの一体も目に入らない。


ジョー「……決着はついたのか?」


背後で暴れていたゼノ・マンティスを見る。

が、バロムによる蘇生の呪いは解除され、その姿は靄となって消滅していた。


ドラグ「……」


もはや一体の敵も確認できない。

見るものが無くなった一同は、お互いの顔を確認し合った。


お互いの呆ける顔、疑う顔が、次第に喜びの一色で満ちてゆく。


「「「やったぁああああぁあ!」」」


歓声が上がった。


『殲滅を開始する』


ほぼ同時に冷徹な宣言も上がった。


ホーバス「! おいおい、なんだ」

ゲット「うわ、凄い数……!」


ジャイアントビートルの大群の真上を、守護者ガーディアンの編隊が通過してゆく。

いや、ガーディアンだけではない。

使徒イニシエート、伝道師バーサーカー、預言者ライトブリンガーまでも、そこに姿を連ねていた。


ジョー「おいおい戦争でも…………!」


光の軍勢は、闇に対してさらなる追撃を敢行するつもりなのである。


聖霊王の光臨を祝福するオルゴールのような音色が、上空の一帯を占拠する。

航空機体達は聖霊王の周りを微速で旋回し、排出する微量な光子によってその姿を仄かに照らし続けている。


カティノ『全勢力を以って不浄の地を浄化する』

リュゾル『浄化の精霊ウルスより発令し承認された事項である』


小さな球体の予言者達が、アルカディアスの辺りに集まってきた。

彼らの発する電子音声が、自然と火の連合軍にまで届くことはない。

が、これから起こるであろうさらなる戦いの打ち合わせらしいことは、誰もがなんとなく感じ取れていた。


ジョー「まだ戦いは終わらねーか、へっへ、いいねぇ、このまま本拠地までいっちまうか?」

ゲット「大遠征になるね……」

ヘル「ヒャハハハ! そのまま地下の世界も消毒してやるかァ!」


そして火の軍勢の大多数は、軽戦の雰囲気に乗るつもりでいた。

優勢なのだから追撃は当然のことだ。まして、それまでに戦友が何人も斃されている。

反撃の戦いに身を投じない理由はない。


カティノ『聖霊王、我々の指揮を』

リュゾル『出撃し、地下拠点を殲滅するために』


アルカ『……それはダメだ』


オルゴールの演奏が止んだ。


旋回する守護者が疑問の信号を呈し、静かに交換している。

まばらな信号音が響く静寂の中で、一体の予言者が聖霊王の前に出た。


カティノ『闇の地下勢力は数々の使徒、守護者、守護聖天を破壊した』

カティノ『何より浄化の精霊ウルスを侮辱し破壊した』

カティノ『闇の侵攻は我々への侮辱、天空への下卑た挑戦』

カティノ『この世から抹消すべき存在である』


予言者の承認は決定。

決定は絶対。意志が統一された天空の住人達による決定は、容易に覆るものではない。


アルカ『淵の住民が、もとの住処に帰る……それで、この戦いは終わりだ』

コートニー「!」


唯一、予言者よりも高位である聖霊王の意志を除いて。


アルカ『縄張りを荒らしたよそ者は、尻尾を巻いて巣へ戻ればいい』

アルカ『……それだけが自然の掟だ』


純白の翼を翻し、アルカディアスが淵から遠ざかる。

守護者も予言者も、その姿に続いて静かに引き返してゆく。絶対なるアルカディアスよりも高度を取らぬように。


去ってゆく彼らの黄金の隊列が、此度の大戦争の最後の景色だった。


フィオナの森の住民は、青空に微かに残った虹色の雲と、渡る眩い天の川に、かつて夜空に見た巨大なオーロラを思い出していた。





無垢「ありがとう、アルカディアス」

アルカ『礼には及ばぬ』


聖霊王は、自分よりも遥かに小さなイノセントハンターのため、膝をついて目線を下げた。


アルカ『貴様もまた我と同じ、後に王たる者だ。同じ王として、助け合うは当然の事』

無垢「俺が、王?」

アルカ『貴様にはその器がある』

無垢「俺は……“無垢の宝剣”だ、王じゃない」

アルカ『うむ、それもまた真理だろう』


否定する彼もまた、得心のゆく答えだった。聖霊王は自己の確信をより深め、ひとり強く頷いた。


アルカ『貴様と我によるこの玉体の構築にも、限界がやってきたようだ』

無垢「お別れか」

アルカ『そういうことだ。我は再び意識体として、この大空へどこまでも広く散ってゆく』


聖霊王が立ち上がる。


アルカ『在る場所、守る者こそ違えど、我らは民を守る善き王だ』

アルカ『正義の力を欲するならば、我を望め』

アルカ『友よ、我はいつでもこの手を貸そう』


青い嵐の中で、アルカディアスは力強く羽ばたいた。

行き着く先の見えない渦の果てを目指し、アルカディアスの姿は消え去ってゆく。


イノセントハンターは空に向かって、静かに頷いた。




闇の淵、巨大な大地の裂け目へは、結局何者も侵攻することはなかった。

闇の軍勢を率いていたダークロード達もその多くが死に、または怯えて淵へ逃げ帰った。


覇王デス・モナークを失った彼らに統率は効くかどうかは、まだわからない。

淵の中で内政を立て直すだけでも一苦労だろう。


“しばらくの間は地上に顔を出すこともあるまい”。

フィオナが零した言葉だった。


リエスの駆逐隊も、ラルバ・ギア率いる守護部隊も、ひとまず天空の塔へと帰るらしい。

アルカディアスが出した決定に、彼らは忠実に従う事だろう。

彼らもまた、しばらくは地上と関わることは無いだろう。


フィオナの森に残ったものは、数多の躯と、闘争の傷跡である。

多くの森が爆ぜて、山が削れて、住民が力尽きていった。


デーモンコマンドの部隊によって殺された現地生物。

ワームとの戦闘で斃れた銀髪団の戦士たち。

ヘドリアンの毒に侵され立ち枯れたツリーフォーク。


痛ましい傷跡の多くは、長く残るだろう。


それでもフィオナの森は、再び蘇る。再び立ち上がる。


大地から森は生まれ、森が大地を育てるのだ。

森がある限り、1000年前の過去も1000年後の未来も彼らはこうしている。

荒廃よ、さらば。


拓けた場所で、ヒューマノイドとドラゴノイド達は傷を癒していた。

フィオナの森への足として使ったアーマロイドは燃料切れ。近くに溶岩などは無いし、簡単に燃料として扱える代物もない。


ホーバス「……良いのか」

長角「ああ、フィオナからのれいだ」

ホーバス「……あんたらには、本当に世話になったな」


よく擦った蔓を編みこんだ荒縄が、アーマロイドの全身に絡まっている。

雑な結び方だが、ロングホーン達が引っ張ってゆくには十分なやり方だろう。


ロングホーンの群れは今回の戦いでその多くを失ったが、まだまだ絶滅には至らない。

彼らはこれからも、フィオナの森のために働き続けるだろう。そのひとつがこれだった。


長角「……」


荒縄を身体に巻いたロングホーンが、超重量のウルヘリオンを二体だけで引きずってゆく。

その光景を見ている火の援軍達は、再びホーンビーストの剛力に関心するのだった。


ジョー「……世の中は広いもんだな、ゲッコーよか何倍も力がありそうだぜ」

ゲット「ホーンビーストがゲッコーの代わりだったら、旅も簡単にできそうなんだけどね……」

ジョー「おっと、そいつは彼らに失礼な話だな」

ゲット「あ、ごめん……」

ジョー「へっへ、まぁでも気持ちはわかるぜ、あいつら速えーもんな」

ゲット「うん! すげー速かった!」


「おーい」

ジョー「ん?」


大柄なビーストフォークがこちらへ走り寄ってくる。

彼らにとって小走りでも、ジョー達ヒューマノイドからしてみれば、全速力にも近い速さだったのだが。


銀の牙「私は銀髪団の補佐役、シルバーファングという」

ジョー「お、おお……俺はヒューマノイドを率いているジョーだ……つーかデケーなあんた」

銀の牙「そうだろうか、私は平均的だが」


ジョーも十分に大きな男だったが、シルバーファング体長は3メートル近くにも及ぶ。

この場にいるどのドラゴノイドよりも、どのヒューマノイドよりも飛び抜けて巨大な人狼だった。


銀の牙「この度の加勢には感謝する。色々な者から、そちらの活躍は聞き及んでいるよ」

ジョー「なに、気にすることはねえよ。俺らも助けてもらった身だ」

銀の牙「? フィオナの森から、そちらへ? 銀髪団が関与した事は無いはずだが……」

ジョー「銀髪団……ってのが関わっているかは知らんね、フィオナの使いとは言ってたが」

銀の牙「フィオナの使い」


フィオナ直々の使い。それは銀髪団よりも遥かに大きな存在なのではないか。

シルバーファングは表情を強ばらせた。


ジョー「あのガキはどこに行ったっけなぁ、知らねーか? ゲット」

ゲット「え? さっきコートニーと一緒に居たのは見たけど……」

銀の牙「……ありがとう、探してみよう」


シルバーファングは小走りで、賑やかな駐屯地を探し始めた。


ドラグ「ドラゴノイドの援軍は役目を果たした。これでいいのだな」

フィオナ「うむ、感謝する。古の朋友よ」


片隅では、角を翡翠のように輝かせるフィオナと、炎のような真紅の鱗をもつドラグストライクが、静かに言葉を交わしていた。

フィオナもドラグも一族の長。互いに謙遜する様子はない。


ドラグ「しかし、フィオナよ。これは予見していた事なのか」


錫杖を脇の土に刺し、ドラグが俯いた。


ドラグ「我々が応援に駆けつける前に、我々は……イノセントハンターによって助けられた」

フィオナ「……」

ドラグ「海岸で、水の民との戦が起こったのだ。イノセントハンターがこちらへ駆けつけたのは、ほぼ同時……」

フィオナ「……」

ドラグ「これは偶然か、フィオナ」

フィオナ「誰もが我に、“未来を予見する力がある”という」

ドラグ「それ故の賢者なのでは」

フィオナ「それは違うぞ、竜人の者よ」

ドラグ「……」

フィオナ「我にあるのは知識、そして経験」


フィオナ「つまりは勘に過ぎぬことだ」

ドラグ「勘、か」


恐ろしく当たる勘もあったものだ。ドラグは心の中に留めた。


フィオナ「だがしかし……勘ならざる何者かの“意志”が、この戦いの中には潜んでおった」

ドラグ「!」

フィオナ「何者かは我にも解らぬ。その意図も掴みきれぬ」

ドラグ「……それは一体?」

フィオナ「……もはやこの森で知るものは、誰一人として居らぬだろう……この我でさえもな」


遠くからシルバーファングが駆けつけてきた。

二人は不明瞭な話を切り上げて、彼の用件に耳を傾けることにした。


追い風が、白いスカーフを靡かせる。

巨大樹の枝の上で、イノセントハンターは地の果てを見据えていた。


無垢「……」


右手に握りこんだ無垢の宝剣に、目の前の景色を透かして見せる。

透明な刃の先に映る世界は鮮やかで、どこまでも澄み渡っていた。


「何してるの」

無垢「!」


すぐ後ろから声をかけられる。

小さく冷たい手が、イノセントの肩に置かれた。


コートニー「もうすぐ、火山の人たちは帰るみたいよ」

無垢「そうなのか」

コートニー「……見送らないの?あんた」

無垢「? また会えばいいじゃないか」

コートニー「……ふう、あんたのそういうところ、未だによくわかんないのよね」

無垢「? ?」

コートニー「いや、気にしなくていいから、うん」


イノセントハンターの隣に、コートニーは腰を降ろした。

袖の羽衣が風に煽られ、ニ巻ほど解けて靡いている。


コートニー「終わったわね、戦い」

無垢「うん」

コートニー「本当に、守っちゃったね」

無垢「うん」

コートニー「……もしかして、自信あった?」

無垢「いや」


無垢「……今でも、少し信じられない」

コートニー「……」

無垢「俺がこの剣で、みんなを守ったんだって……闇の淵から、フィオナの森を守ったんだって……実感がわかない、っていうか」

コートニー「……ふふ、ちょっと安心したわ、あんたがそういう反応してくれて」

無垢「?」


彼女にしては珍しく、朗らかに笑ってみせた。


コートニー「戦ってる時のあんたは格好良かったよ、みんなを率いて、先に進んでいく姿もね」

無垢「……」

コートニー「それが、どこか遠くにいる別人のように感じられちゃったからかな、少し……笑わないでよ、柄じゃないんだから」

無垢「うん、笑わない」

コートニー「……少し寂しくてね」


“寂しい?”疑問を口にする前に、コートニーは立ち上がっていた。

尻を払い、素早く氷の結晶に飛び乗る。


コートニー「でも良かったよ、やっぱりあんたは、あんたのままね」

無垢「……」


氷の結晶に乗った彼女は、背中を見せたままそう言った。


コートニー「フィオナの森を守ってくれて……ありがとうね、イノセントハンター」


コートニーはその顔を見せないままに礼だけを言い放ち、結晶を操ってどこかへと飛んでしまった。

残されたイノセントハンターは声をかけることも出来ず、ただ小さくなってゆく後ろ姿だけを眺めるばかりであった。


「おーい! 小僧ー! や、今はもう名前があるか」

無垢「?」


木の真下から声がする。


「イノセントハンター! ようやく見つけたぞ! 降りてこっちこーい!」


無垢「白銀の牙(シルバーファング)」


木から一気に飛び降りる。真下にいたのは銀髪団の古株、白銀の牙であった。


銀の牙「……聞いたぞ、まぁ、この森で知らない者はいないだろう」

無垢「? 何がだ」

銀の牙「お前がこの森を救った、英雄だってことをだ」

無垢「英雄って、んむぐ」


白いスカーフを掴まれて、ひょいと持ち上げられてしまう。

昔懐かしい、彼の説教の仕方だった。


銀の牙「だがそれはそれだ、銀髪団にくらい声をかけたらどうなんだ」

無垢「……お、俺は銀髪団じゃ……」

銀の牙「馬鹿野郎」


屈強な人狼による頭突きが、イノセントの小さな頭を打つ。

これもまた、昔から変わらない折檻だった。


銀の牙「シルバーアックスは心配されていたんだぞ、どこを探してもお前がいないから」

無垢「母さんが」

銀の牙「……シルバーフィストは殺されたんだ」

無垢「!」

銀の牙「お前の身にまで何かがあったら、あの人は悲しむだろうよ」

無垢「……ごめん」

銀の牙「よし」


そこでようやく、イノセントは解放された。


銀の牙「ついてこい、イノセントハンター」

無垢「うん」



空の上から、コートニーは森を眺めていた。


故郷へと帰る火文明の赤褐色の隊列。

物資を運ぶため空を翔ける、黄金の翼の編隊。


コートニー「……」


フィオナの森に平和が訪れる。

それがつかの間であるのか、長く続くものなのかはわからない。


コートニー「あ……」


しかし、とコートニーは思う。


森の片隅で、大きな母猿に強く抱きしめられた、華奢な小猿。

あの獣人の家族にとっての平穏が、少しでも長く続いてほしい。


コートニー「ふふっ」


そう願わずにはいられなかった。


コートニー「またね、無垢の宝剣」


彼女もまた、雪の舞う故郷へと帰ってゆく。

どうせまたいつかふらりと訪れるであろう小猿との再会を、密かに楽しみにしながら。



青く澄み切った清水の中で、エメラルとシュトラはホログラムの計器を観測していた。

その後ろではアクアンが、暇そうに仮想マネーの計算を行っている。


アクアン「にひぃ~、結局、各文明の領土に変わりはナシかぁ~」

シュトラ「前のラシリウスが捉えた屈折画像では、そういう決着がついたと予測できるね」

アクアン「うーん……」

シュトラ「なんでアクアンが悩むの?」

アクアン「だってさ~」


小さなホログラム板をシュトラに見せつける。


アクアン「光と闇が2勢力以上を支配下を収める、っていうところに大枚を賭けてたんだじぇ~……?」

シュトラ「……」


シュトラは無視することにした。


アクアン「もうちょっと争ったっていいじゃないかよ~……ねぇ~?」

エメラル「海底都市に被害が及ばない程度には、油を注いでもいいと思うけどね。やりすぎ、油断は良くないよ」

アクアン「なんだよみんな弱気だなァ~……そんなの海底都市が力を蓄えればいいだけじゃないかよぉ~」

エメラル「……ん」


計器を操作するエメラルの手が止まった。


アクアン「お、どうしたどうしたエメラル、クリスタルの鉱脈でも見つけたか? クラスターなら是非うちのを使え~?」

エメラル「……マナだ」

アクアン「え?」

エメラル「……この反応、本当に油断できないぞ」



この時、世界は大戦を終え、つかの間の休息の中にあった。

一番に異変を察知したのは彼らサイバーロード。

それはほんの小さな異変に過ぎなかったため、大規模に動くことはまだ無かったのだが……。


彼らの計器が捉えたマナと電圧の異常は、そう遠くないうち、再びこの世界に混沌が訪れようとしている事の、最初の予兆なのであった。


最序盤から闇騎士団の逆襲(チャレンジ・オブ・ブラックシャドウ)、第四弾までのストーリー終了。

物語は漂流大陸の末裔(リターン・オブ・ザ・サバイバー)、第五弾へと続く。


おわり。


(<*・∀・)< クルト

でもこのスレではもう書かない。だからひとまずここまで。

13弾まで書けるけど、続きを書くかも正直わからない。

想定していたよりも書くのがしんどくてびっくり。

では、続きは手持ちのコートニーが100枚になったら書くことにしよう。

何かこのSSに関して聞きたいことがあれば、今だけ答える。

このスレは明日HTML化依頼を出す。

今何枚なんですか

あかされていない設定が! 謎が!

>>45
今は65枚。左上のマナコストの表記が黒いやつのみ。高くてなかなか集まらない。

>>46
明かされていない設定や謎は、後々の展開での複線なものもある。
独自の解釈もあるからなんとも言えない。

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4435780.png

(頭巾*・∀・)ウフ


途中でバロムがインフェルノゲートを唱えたのは、悪魔神にとっては簡単なことらしいから。

同じような理由で“じゃあアルカディアスだって同じようなことくらいできるだろう”とスーパースパークを使わせた。

でも個人的にスーパースパークみたいな節操ない完全上位互換は嫌い。

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