強化スーツ破壊(43)
ご自慢の強化スーツが破壊されてしまう。
元スレ
強化スーツ破壊
SSスレだから立てた
向こう(2ch)は規制多すぎてもう無理
日本・浪速県。午後2時40分、市街地からやや離れた場所にある近畿学院大学のキャンパスの正門から、一台のバイクが走り去って行った。
駆動音を響かせながら、バイクは市街地とは方向違いの住宅街へと向かっていく。
爽やかに吹く風が、彼女の着ているジャケットを揺らす。
10分弱ほどバイクを走らせると、辺りは大きめの一軒家が並ぶ住宅街だ。
その中の一軒の前で、ライダーはバイクを降りた。引き戸式の門扉を左側に開け、バイクを押して歩く。
ガレージに愛車を止めると、ライダーはヘルメットを脱いだ。肩の辺りまであるセミロングの黒髪がふわりと広がった。
ヘルメットを脱いだライダーは、透き通った美しい目、小ぶりな鼻、ふっくらとした唇をした若い女だった。
女は、「鷹野」と書かれている表札のインターホンを押してから、ジーンズのポケットから取り出した鍵で扉を開けて家に入った。
「ただいまー」
「由衣、おかえり」
由衣が家に上がると、個室から声が聞こえてきた。母親の真由美はいつも家で研究をしているのだ。
「母さん、父さんは?」
「お父さんなら今買い出し中よ」
「あー、それだったら電話して荷物取りに行ってあげた方が良かった?」
「いいわよ、そんなに量は無いと思うから」
真由美は国から災害救助用の強化スーツの開発を委託されており、もっぱら火事は父親の篤彦が担当している。
その篤彦は普段はホームページデザインの仕事で結構稼いでいるらしく、家計はかなり余裕がある方である。
「今日、撮影会が夕方からあるから、ご飯要らない」
「家で食べて行かないの?お父さんに頼めばすぐなのに」
「お父さんに頼んでばっかりじゃ悪いから」
「あ、そう」
「で、スーツの開発はどうなの?そろそろ?」
「今日か明日に試作品が出来るから、もうちょっとで上にデータを送る」
「分かった。頑張ってね」
由衣の自室は2階にある。白を基調とした部屋には、クマをモチーフにした可愛いキャラのカレンダーやイラストが飾られている。
「えっと、今日の集合場所は、っと…」
由衣は机の前に座り、パソコンを起動させる。最新式のCPUを記載しているだけあって、立ち上がるのが早い。
「18:00から江板スタジオで少人数撮影会、か」
撮影会のホームページの登録モデルの一覧を見ると、「森川栞」の名が見える。
「え、この子も登録してたの?」
大学の同級生である栞は、心理学部のオリエンテーションで席が隣になり、昼食をおごってあげた事から知人の関係になった。今は自分の家の近くのアパートに下宿している。
自分のパソコンのメールボックス、スマートフォンのメールをチェックしたが、新着メールは何も無い。
しばらくの間インターネットで様々なサイトを見ていると、内臓時計が16時をやや過ぎている事に気付いた。
江板スタジオに到着すると、既にカメラマンが数人と、スタッフが待っていた。
「鷹野さん、こんばんは」
「由衣ちゃん、今日もお願いします」
カメラマンに向けて由衣もペコリと頭を下げた。何度も由衣を撮影している常連もいる。
「じゃあ一着目、撮影始めまーす」
一着目の由衣の服装は純白のワンピースに薄いピンクのカーディガンを羽織った姿だ。
口を閉じて微笑して見せたり、軽く歯を出して笑って見せたり、ウィンクをして見せたり、モデルのポーズ、仕草は千差万別である。
撮影スペースに置いてあるのは白い椅子だけだが、その椅子一つ取っても様々なポージングができる。
「鷹野さん、肘掛けポーズお願いします」
由衣はカメラマンに指示されると、椅子の背もたれに肘をかける。
動きの少ない仕事のように思えるが、カメラのフラッシュが焚かれる中、同じポーズを数分間崩さずにキープしなければならない。モデルとは集中力、体力の要る仕事である。
休憩を挟んで、二着目の衣装は緑と黒のチェックのスカートに黒タイツを履き、赤いカーディガンを身につけた姿だ。
黒タイツが由衣の長い美脚をより美しく見せてくれる。
部屋の柱から半身を出して挨拶をするようなポーズ、寝転んで男を挑発するようなポーズ、投げキッスをするようなポーズ、由衣は自分の思いつくままに様々なポーズを出していく。
「はい、お疲れ様でしたー」
スタッフが撤収を指示すると、カメラマン達は機材を整理し、その場から立ち去っていく。
「鷹野さん、また次も頼みますね」
「いえいえ、こちらこそ」
由衣は長時間のポーズ固定で固まりそうになった身体を柔軟体操でほぐしていた。
時計の針は午後9時を回っていた。由衣は別に夜の街に出て何か遊ぼう、というタイプでもないので、一直線に家路に向かう。
と、遠くから救急車のサイレンや、消防車のカンカンカンというサイレンが響いてきた。
(火事?私も火の元には気をつけよう)
そう思いながらバイクをふかそうとした所、突然、爆発音と震動がこちらに伝わって来た。
「きゃっ!」
驚いた由衣はバイクから落ちそうになった。こういう時は現場をさっさと離れないとロクな事にならない。そう思い、あらためてバイクを走らせる。
再び、爆発が起き、前方に路上駐車してある車が炎上し、由衣の道を塞いだ。
「な、何これ…」
熱風がこちらにまで伝わってくる。呆然としている由衣に向かって、前方の炎をかきわけて蛙がピョコン、ピョコンと飛んできた。
いや、その蛙は蛙というにはあまりにも大きすぎるものだった。人間の子供ほどの大きさだろうか、その蛙のように見える生物は、由衣を見るとまるで蛇か何かのように長い舌を出して威嚇してきた。
「いっ、嫌ああぁぁーーー!」
由衣は必死でバイクを反転され、その場から猛スピードで走り去る。蛙がバイクを追ってくるかどうか気にする暇は全く無い。
由衣は別に小動物を手で触る事に対する嫌悪感は無い。しかし、見た事も無いような大きな蛙がいきなり夜道で出てきては逃げ出したくなるのも無理はない。
20分以上は走っただろうか、由衣はようやく家に辿り着いた。震える手でインターホンを押す。
「た、ただいま…」
ヘルメットを脱いだ由衣の顔は冷や汗まみれだった。いや、顔だけではなく身体全体にびっしょりと冷や汗をかいている。
「父さん、母さん、無事なの?」
由衣が慌てて居間に駆け込むと、篤彦がいた。
「おお、由衣、無事だったか。お前にメールしても電話しても繋がらなかったから心配したんだぞ」
「ねぇ、母さんは?」
「地下でスーツの調整を…あっ、いや、何でもない」
篤彦は思わず口を滑らせてしまった。
「スーツ?地下?何の事なの?母さんはどこなの?ねぇ!」
動転している由衣は篤彦の胸ぐらにつかみかかりそうになる。
「落ち着け、分かったから落ち着け!父さんも一緒に行くから」
篤彦は由衣を連れて「地下」へと向かう。
「倉庫」とされている小部屋を開ける。そこはいつも空きダンボールや梅酒の瓶やら、何かの書類やらが置かれている。
「ここだ」
篤彦がキーを取り出し、壁面のパネルに差し込むと、床が大きくスライドし、階段が現れる。
階段を下りると、そこは広い空間になっており、真由美がデスクの前に座って何かを調整しているようだった。
「初めて見たよ、こんな所…ここでやっていたのね」
「企業秘密だからな。母さん、由衣が帰って来たぞ」
篤彦の声に真由美ははっと振りかえる。
「母さん、無事だったのね」
「まぁ、今日は家から一歩も出てないからね。由衣こそ無事で良かったわ」
「もしかして、スーツって…もう出来てる?」
由衣の視線が、縦向きに設置されているカプセルの中にある真紅のメタリックスーツに移る。
「え?なんだ、父さんがバラしちゃったのね。しょうがないわね」
真由美は事実の発覚を怒るような事もせずに、黙々とスーツの調整を続ける。
「ねぇ母さん、このままじゃあこの家もやられちゃうわよ!逃げようよ!」
「家の大事な機能は全部地下に移してあるわ。地上はガワのようなもんだし」
慌てる由衣を余所に、真由美はなおもスーツの調整を続ける。
「こりゃえらい事になってるな」
篤彦が真由美のPCのモニターを覗き込むと、画面の右下に小さくテレビのニュースが映し出されている。
由衣が先ほどまで撮影をしていた江板スタジオの周辺はかなり被害が広がっているようだ。
「ねぇ、由衣、あなた、このスーツ着てみようと思わない?」
「え?ちょ、ちょっと、そんな…」
いきなりとんでもない事を真由美は言って来た。
「実戦データが無いと上からも予算は降りないから研究が続けられないの。大丈夫、アンタに危険手当はたっぷりと出すから。誰もタダで働けなんて言ってないわ」
「それって、私にあの化け物と戦え、って事?」
「そう」
「真由美、いくら何でもそれは無理だ!大事な一人娘をどう思ってるんだ!」
普段はのんびりした性格の篤彦だが、流石にこれには顔色を変えて反論する。
「本当だったら明日ぐらいにテストしてくれる人を探そうと思ったんだけど、もうそんな事言ってられないわ。はっきり言ってあれは警察じゃ無理よ」
「私がやってみる!」
「おいおい、由衣、正気か?」
「だって、誰もやろうとしないんだったら私がやるしかないじゃない!」
「アンタならそう言うと思ったわ。そこの空いている方のカプセルに入りなさい」
由衣が決心すると、真由美はまるでその答えを待っていたかのように頷き、由衣をカプセルの方へと誘導する。
「しばらくその中に入ってなさい。戦闘用に転用するのに10分ちょっとぐらいかかるけど」
真由美はスーツと由衣のデータを合わせるために作業を急ぐ。
「由衣…」
押しの弱い性格の篤彦は真由美の勢いにもうこれ以上強くは反論できなかった。
「自分で言うのも何なんだけど、かなりの自信作よ。これさえあれば30人力、いや、50人力だから」
「なんだか…変な感じ」
カプセルの中でじっと立っている由衣のデータがスーツに転送されているようだ。まるで何かの力が身体から抜き取られていくような感覚だった。
「じゃ、スーツの装着を始めるわよ。準備はいい?」
「うん、始めて!」
カプセルの中にいる由衣に光が照射され、全身が防御フィールドの白い光で包まれる。あまりの眩さにたまらず目を閉じてしまう。
その中で、由衣の着ているジーンズ、ジャケット、ブラウス、靴下が分解され、光の粒子となって周囲に溶け込むようにして消えていく。
由衣は上下お揃いで、レースが入った純白の下着姿になった。だがその下着も光に溶けるように消え、由衣の一糸纏わぬ美しい裸身が露わになる。
形の良い胸、首筋から背中にかけての美しいライン、すらりと伸びた美脚が晒されている。
(身体が…なんだか…あったかい…)
優しく白い光に包まれ、由衣は身体の中から湧きあがるような温もりを感じていた。そっと目を開けると、目の前は真っ白で何も見えない。
まず、由衣の腰の前後に真紅のパーツが出現し、それぞれ尻と股間にぴったりと合わさる。女性として最も大切な部分をしっかりと保護するパーツである。
「うっ、あううっ・・・」
装着時の締め付け感に由衣は身をよじる。だが、その間にも次なるパーツが装着されていく。
つま先、脹脛、膝、太ももの順に彼女の美脚を守るパーツが装着されていく。腰にもパックルが装着され、由衣の腰回りを保護する。
両太股の装甲にはホルスターが付属しており、右側にはマルチマグナム、左側にはサイコブレードが内蔵されている。
下半身が全て装甲に覆われると、次は剥き出しの上半身も装甲で覆われる流れとなる。手がメタルグローブに包まれ、下腕部、肘、二の腕も真紅の装甲に覆われる。さらに、両肩にもショルダーアーマーが装着される。
次いで、背中の方から、胸の方から、腹の方から装甲が出現し、意思を持っているかのように由衣の上半身へと密着していく。
バックパック、姿勢制御機能を司る背部パーツが背中に装着され、次いで特に衝撃に対して強く作られた腹部・胸部パーツが背部パーツとぴったり合わさり、由衣の乳房を優しく包み込む。
「はうううっっ!」
確実に自分が違う存在に変容している、違う存在に生まれ変わる、その快感に由衣は声を上げてしまう。
首筋から下は全て装甲に包まれており、いよいよ頭部への装着が始まる。
由衣の黒髪がふわりとかきあげられたかと思うと、頭部の周辺にパーツが現れ、それが由衣の頭部を覆ってヘルメットとなり、黒髪も後頭部に収められた。
空気圧ロックが作動し、後頭部と顎がしっかりとロックされる。これで由衣の身体で露出しているのは顔面のみとなった。
口元にマスクが現れ、鼻と口が覆われる。マスクにはレスピレーターがあり、スーツ装着時の酸素吸入を補助すると共に、外部からの悪臭や有毒ガスを防ぐ働きも果たす。
目元に顔面保護及び、情報表示の役割を果たすゴーグルが降りると、外見から装着者の正体を窺い知る事は出来なくなった。
最後に半透明のバイザーが降りると、変身の終わりを告げるかのように防御フィールドがパッと弾け、全身に真紅の装甲を纏った由衣の姿が露わになった。
「終わったわね。出てきなさい」
真由美に促され、由衣は一歩一歩、慎重に部屋の床を歩く。
「私…」
由衣は大きな鏡の前に立ち、自分の全身を見渡す。
全身くまなくメタリックレッドの装甲で覆われており、素肌で露出している部分はどこにもない。
それなのに、装着した瞬間の締め付けられているという感触は今は無く、身体の奥底から暖かみと共に力が湧いてくる感触がした。
「コードネーム:レッドトルネード。由衣、あなたの新しい姿よ」
真由美はレッドトルネードを見て満足そうに笑みを浮かべた。傍にいる篤彦は何が何だか分からない、といった様子で呆然としている。
「レッドトルネード、そこのリフトに乗りなさい」
トルネードは真由美に言われるままにリフトへと歩を進める。リフトが上昇した場所は、由衣がいつもバイクを止めているガレージだった。
「私のバイクが、えっ?何、何これ?」
レッドトルネードー由衣の愛車は赤をベースとしたカラーリングになっており、何やら様々な機器も追加されている。
「レッドジェッターよ。そのバイクはトルネードとリンクしてるわ。つまりアンタが変身したらそのバイクもそうなる、ってわけ。さぁ、乗りなさい」
「母さん、いつそんな事したの?」
「話は後!ハンドルを握ってるだけで現場に着くから早く乗って!」
「わ、分かったわ」
トルネードはレッドジェッターに乗る。すると、バイクが意思を持っているかのようにひとりでに動き出した。
「敵が暴れている現場は江板スタジオから南西500メートル…ジェッターでぶっ飛ばしたら5分とかからないわ」
「…で、由衣はちゃんと無事に帰ってくるんだろうな?」
「戻ってくるわよ。まぁ正座でもしてそこで見てなさいよ」
未だオロオロしている篤彦に対し、真由美は微笑を浮かべた。
「こ、これって緊急車両じゃないでしょ?道路交通法違反じゃないの?」
「後で私が申請しておくから、しっかりとハンドルを握ってなさい!ボーっとしてると振り落とされるわよ!」
トルネードの乗るレッドジェッターは、現場まで最短距離で到着するように自動操縦のプログラムが組まれている。
赤信号も無視して走るのだが、障害物があれば自動的に避ける仕様になっているので、事故を起こす心配は無い。
「なんだあのバイク!」
「危ねーぞコラー!」
そんなトラック運転手からの罵声が聞こえたような気がしないでもないが、今のトルネードにはそんな事を気にしている余裕は無い。
街のあちこちから黒煙が上がっていた。中にはまだ赤々と燃えている建物すらある。
辺りには人影は全くない。無人と化しつつ街並みを、巨大な二足歩行の蛙の化け物がのし歩いていた。
不気味な双眼が周囲を睨みまわした。次に獲物とする対象を探しているのだろう。
と、その時、辺りに凛とした声が響いた。
「そこまでよっ!」
ガマ怪人が声に気づいて振り返る。そこには人影があった。
しかし、その人影は既に人間の姿をしてはおらず、真紅の装甲に全身を包まれており、声を発した人間の表情を見る事は出来ない。レッドトルネードの登場だ。
「コイツがアンタの初めての相手。思う存分やっちゃいなさい。戦い方はスーツにインプットされているわ」
「分かった、って、どうしたら…あっ、そうか!」
真由美の指示に従うかのように、トルネードは右腰にあるマルチマグナムを抜き放つ。
ガマ怪人が、これでも喰らえ、とばかりに、周囲にでもいたのか、先ほど由衣が遭遇した巨大な蛙が次々と集まってくる。
トルネードのバイザーには、敵と認知された巨大な蛙にロックオン表示がされている。
「行くわよ!」
マルチマグナムから発射される光線が的確に蛙を捉え、そのたびに跡形も無く蒸発させていく。
ものの10秒ちょっとで蛙は全て融けて無くなった。
「次はアンタね!」
部下を全滅させられたガマ怪人は動揺したのか、少し後ずさりする。だが、顎を大きく上げて、何か粘液のようなものを飛ばす。
「きゃっ!」
トルネードのバイザーには、敵がこちらに危害を加えるような事を感知する機能がある。
スーツの性能も手伝って、トルネードの身体が素早く右へと飛び、その後を空しく粘液が通過する。
粘液が付いたアスファルトは煙を上げて凹んでいく。強酸性の溶液なのだ。
間髪入れず、ガマ怪人は眼を光らせて破壊光線を飛ばす。
「あっ、きゃあああっ!」
トルネードは反応しきれずに直撃を喰らってしまう。吹っ飛ばされこそしなかったものの、衝撃がスーツの上からでも伝わってくる。何かで殴られたような感覚がした。
さらにガマ怪人は長い舌を伸ばし、ムチのようにしならせて向かってくる。アスファルトが抉られかねないほどの強烈な叩きつけ方だ。
「奴は両生類よ、マルチマグナムで弱点を突けるわ!」
「蛙だったら…そうか、そういう事ね!」
トルネードは、まるで何年も使っていたかのような慣れた手つきでマルチマグナムのスイッチを切り替える。
銃口からマイナス180度の冷凍光線が発射され、ガマ怪人に直撃した。
ガマ怪人はあまりの寒さに動きが鈍り、それを見てトルネードが反撃に出る。
左手から繰り出されたパンチがガマ怪人の右目に直撃し、その右目が完全に潰れ、辺りに体液をまき散らした。
さらに、右脚で思いっきりキックをすると、ガマ怪人の身体は10数メートル以上後方に吹き飛んだ。
「トルネード、トドメよ。サイコブレードを使って」
「よおし、見てなさいよ!」
トルネードは左腰のホルスターからブレードを抜き放つ。ビーム状の刀身が伸びる。
「こんなもの!」
ガマ怪人は舌を伸ばしてくるが、ブレードがその舌を綺麗に断ち切った。
もはやトルネードに対する手段が無くなったと悟ったガマ怪人に対し、トルネードがブレードを振りかざす。
感情が高ぶり、全身の血が沸騰するかのような熱ささえ、由衣は感じていた。
眼の前の存在を、自分の全身全霊をもって消し去るような思いで技を繰り出す。
「トルネードスマッシュ!」
出力を高めたビームブレードを下から上に豪快に一閃すると、ガマ怪人の身体は縦に真っ二つに裂け、爆裂して辺りに汚れた液体をまき散らかした。
「ふぅ…」
どうやら初陣を勝利で飾れたようだ、と由衣はマスクの中で一息ついた。
「私がこんなに強くなるなんて…」
強化スーツのあまりの性能に驚いていると、再び真由美からの通信が入る。
「終わったみたいね。戻ってらっしゃい。スーツの解除方法を教えるから」
「そういう事は最初に教えてよ!」
「しょうがないでしょ、何もかも急だったんだし」
ともかく初めての任務を成功させたトルネードは、レッドジェッターに乗って家への路を急いだ。
「お帰り、トルネード、いや、由衣」
「よく帰ってきたな!よく帰ってきたな!」
無事帰還したトルネードを真由美と篤彦が迎え出る。
「で、変身を解くにはどうしたらいいの?」
トルネードはヘルメットをまさぐるうちに、左側にある小さなスイッチに手を触れた。
すると、中から水蒸気が勢いよく吹き出し、後頭部と顎のロックが解除され、ヘルメットが手動で着脱出来る状態になる。
「ぷはああぁぁっ!」
中からレッドトルネードー由衣の素顔が露わになる。空気圧でロックされているヘルメットの中はいつの間にか湯気が溜まっているような状態で、由衣の顔は汗だくの状態だった。ひんやりとした空気が顔に当たり、心地良かった。
「あ、気付いた?それ、ずーっと着っぱなしだと熱いから、時々そうやってガス抜き出来るようにしてあるの」
「で、どうやって変身を解除するの?」
「そうだったそうだった、また忘れる所だった。スーツ脱ぎたかったら『着装、解除!』って言ってみて」
「着装、解除」
由衣がそう言うと、再び白い防御フィールドが展開され、首から下が未だ真紅の装甲に包まれた由衣の全身を覆い隠す。
全身から装甲が剥がれ落ちるように離れていき、乳房を覆う胸部パーツも、女として最も大事な部分をしっかりと守る股間のパーツも、腕や肩を守る装甲も、美脚を守る装甲も、全てが光の粒子となって消えていく。
「はあぁぁ…」
中から現れたのはスタイル抜群の由衣の裸身だ。由衣は変身が解除されていく中、強張っていたものが緩んでいく感覚と、身体から力が抜けていくような奇妙な感覚を味わっていた。
変身時、光の粒子となって消えていた由衣の純白のショーツとブラジャーが再び着せられ、さらにジーンズ、ブラウス、ジャケットも再び元通りに着せられる。
防御フィールドが弾けると、由衣は閉じていた目をそっと開けた。変身する前の服装に戻っている。レッドトルネードは鷹野由衣という一人の女性に戻ったのだ。
強化スーツはというと、変身時に由衣が入っていた隣のカプセルに元通りに戻っていた。
「お疲れ様。後、アンタのスマホ、私に預けてくれない?今晩中にやっておきたい事があるから」
「メアドとか見ないでよ」
「そんなの見てどうするのよ。とにかく、これだけはすぐにやっておきたい事があるの。疲れたでしょ?お風呂湧いてるから入りなさい」
「由衣、父さんはもう寝るぞ。お前も早く寝なさい」
「分かったわよ」
変身を解いた由衣はドッと疲れたような気がした。気が付いたら肩ではぁはぁと荒い息をしていた。
強化スーツは装着者の身体能力を成人男性の数十倍に高めてくれるが、その分装着者の肉体への負担も大きかった。
「レッドトルネード、赤い竜巻、かぁ…」
由衣は浴槽に身を沈めながら、今日の疲れを癒そうとしていた。
湯の中で腹に「の」の字を描くようにしてマッサージをする。こうする事で全身の血の流れが良くなる。
今日は疲れたせいか、もう少し長く湯舟に浸かりたい気持ちだった。
「それにしても、あの化け物って何だったんだろう…今は考えても仕方ないか」
こうして由衣はしばしの至福の時に浸っていった。
レッドトルネードー鷹野由衣の戦いは、まだ始まったばかりだ。
とりあえず1話分だけ
装備や性能的にどう考えても災害救助用を戦闘用に転用したレベルじゃないんだけどこれは災害救助用スーツってのはカモフラージュだったって事?
優しい朝の光が由衣の自室に差し込んでいる。カーペットの上に敷かれた布団の中で、由衣は身体をもぞもぞと動かしていた。
「由衣ー、早くシーツ出せよー」
階の下から篤彦の声がする。
「もうちょっと寝かせてよ、まだ8時半なのに…」
由衣は掛け布団にくるまりながらしぶしぶと起き上がる。今日は土曜日で由衣が取っている講義は無いのだ。
布団の下の由衣は一糸纏わぬ姿だった。気持ちがいいし、身体に締め付けるものが無い方が調子がいいので、高校生の時から寝るときはずっとそうしている。
由衣の日課は布団にくるまったままパソコンの電源を入れ、スポーツ紙・サンサンスポーツのサイトをチェックする事だ。
自分が好きなプロ野球関連の記事や、芸能関連の記事が一通りまとめられており、ここと同じくスポーツ紙のスポーツジャパンのサイトを見れば政治・社会以外の世の中の話題はそれなりに分かってしまう。
身体が温まって来た所で、由衣は布団を脱ぎ、下着を身につけ始める。室内とは言えひんやりとした空気が由衣の裸に突き刺さる。
「おはよう、父さん」
着替えを終えた由衣がシーツを持って洗面所に行くと篤彦がいた。
「おはよう。遅いぞ由衣、洗濯し始めた所だからシーツを入れておけ」
「母さんは?」
「地下にいる」
洗面所では全自動の洗濯機が回っている。一時停止のスイッチを押し、シーツをその中に叩き込むと、由衣は顔を洗いだした。冷水が眠気を覚ましてくれる。
居間のテーブルに向かうと、篤彦が作った出汁巻きが置かれていた。由衣は炊飯器からご飯をよそい、椅子に座る。
「いただきます」
目の前の皿に置いてあるキュウリの漬物をかじりながら、由衣は飯を食べる。何気ない鷹野家の朝であり、何気ない鷹野家の簡素な朝食である。
(何気ない日常って大事だね)
昨日のガマ怪人の襲撃に巻き込まれた人はそんな何気ない日常を味わう事が出来なかった。
だからこそ、こうして今のところは平常な生活を送れている自分は感謝しなければならない。由衣はそう思った。
ご飯を食べ終えた由衣はちゃんと食器を洗い、洗い棚に置いた。
次いで、歯を磨くべく再び洗面所の前に立つ。歯を磨きながら、櫛で髪の乱れを直していく。
髪を整えると、再び自室へと戻り、メイクを始める。普段、由衣はそれほど化粧に時間はかけない。厚化粧は好きでないし、長くても10分程度で済ませる。
化粧を終え、由衣は地下に降りる。昨日真由美に預けていたスマートフォンを受け取るためだ。
「由衣、おはよう」
「おはよう、お母さん」
「はい、これ昨日アンタから預かっていたやつよ」
真由美は由衣に端末を手渡す。外見は以前自分が使っていたスマートフォンにしか見えない。しかし、色は以前の黒ではなく赤だし、微妙に形状も違う。
「これ、機種が全然違うじゃないの」
「スーツがそれに入ってるのよ。どこにいても変身できるようにね」
「ふーん…で、私の前のは?」
「心配しなくても、ここにあるわよ。何かの予備にでも置いておきなさい」
由衣が以前使っていたスマートフォンが真由美から手渡される。カプセルの方を見ると、以前あったスーツが無くなっている。端末に収納されたからである。
「操作は前のと一緒だから大丈夫よ。高い所から落としても水に浸けても壊れないようになってるから、これ」
「要するに、変身ブレスみたいなものなの?」
「そういう事。だから、いつも大事に持っておきなさい。充電の必要も無いから安心してね」
「本当に?」
「本当よ、もう。空気中の光を吸収して自動的にエネルギーが充填される仕組みになってるんだから。それと、変身する時は『着装!』、変身を解くときには前と同じように『着装解除!』って言ってね」
真由美の説明を一通り聞いた後、由衣は端末を少しいじってみた。前に使っていた機種とさほど操作感覚や方法に違いは無い。
「後は実際に自分で使ってみた方が早いと思うわ。母さんは研究を続けているから、何かあったらまた連絡して。あ、そうそう、危険手当が由衣の口座に振り込まれてるから」
「ありがとう、お母さん!」
新しい装備を手に入れた由衣はワクワクしながら自室に戻る。以前使っていた機種を予備として机にしまいこむと、新しい機種を使いだしてみる。
念のためにメールアドレスや電話帳、ブックマークも見たが、全て以前のものがそのまま移されている。
「お母さん、やるなぁ…」
由衣がとにかく凄いと感心しながら端末をいじっていると、メールが送られてきた。
「ん?何だろ。お母さんからか」
メールの題名には「注意喚起」とある。中身を見てみると、由衣の顔色が曇った。
【昨晩、浪速県阿波路区にて、変死体を相次いで発見。いずれも首には絞められたような跡があり、警察は殺人事件として捜査。
半径500メートル圏内で比較的短い時間内に発生している事から、警察は同一犯の犯行も視野に入れて捜査】
一見、ありがちな社会面の記事に見えるが、先日のガマ怪人による犯行も浪速県で起きていることから、関連性が疑われる、といった趣旨の事が真由美からのメールに書かれている。
となると、もしかしたらまた怪人が自分の近辺に現れるかも知れない。由衣は覚悟を固めた。
と、今度は電話がかかってきた。大学の知人・森川栞からの電話だ。
「はいもしもし、鷹野です…あ、森川さん?」
「由衣ちゃん、今日時間がある?」
「あ、まぁ、今から外に出ようと思っていたんだけど…」
「じゃあわたしと一緒に買い物に行かない?」
「いいよ。で、どこに行くの?」
「安部乃ミューズモール。新しく出来たんだけど、あそこ一日で回り切れないほど大きいらしいよ」
「じゃ、そこにしよっか。で、どこで待ち合わせるの?」
「由衣ちゃんの家でいいんじゃない?そこからニケツで行けば時間かからないでしょ?
「えー?私運転ヘタだし、まだ免許取って1年経ってないし、警察に見つかったらヤバいし」
「そうなの?残念だなあ」
「向こうで落ちあいましょう。着いたらまた連絡するわ」
「現地待ち合わせ?ま、いいっか。わたし、今から出発したら10時くらいには着くと思う」
「10時ね。分かったわ。じゃ、向こうで会いましょう」
外出した所で別に何をするというわけでも無かったが、モデルとしての活動のために、ブランド物の服の研究をするには丁度いい機会だ、と思い直した由衣は、外に着て行く服装を選び出した。
「お父さん、安部乃ミューズモールに買い物にいってくる」
「安部乃って、あそこか?新しく出来た所か?」
「せっかくだから、早い時間に見てくる。いくら遅くても夕方には戻るわ。行ってきます!」
台所で洗い物をしている篤彦に挨拶をすると、由衣はバイクに乗り、家から出発した。
「…ったく、ニケツで行こうなんて。私のバイクはタクシー代わりじゃないんだから」
由衣は愚痴を漏らしながらも、愛車で颯爽と街中を走り抜けていった。
安部乃ミューズモールはいくつかの建物が合わさって出来た大型商業施設だ。
3階建ての広々とした建物が複数あり、出入口を把握するだけでも大変である。
待ち合わせの10時までにはまだ時間がある。由衣は真由美に言われた「危険手当」の振り込み分を確認するべく、銀行のATMに向かった。
そこでATMに表示された額を見た由衣は、思わず声を漏らしてしまった。
「じゅ、十万…!?」
由衣は今までこんな額の大金を一度に手にした事は無い。二の句が継げず、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「あっ、す、すいません!」
背後で待っていた客の視線を感じた由衣は、すぐに手続きを終了させてその場を後にした。
(十万かあ…命がけの仕事だし、安いんだか、高いんだか…)
複雑な感情だったが、ともあれ当分の間、懐は暖かくはなった。
「森川さんはどこかな、っと」
時計の針は9時55分を指している。由衣は先に1階の中央エントランスに先に着いたので、電話をかけようとした。すると、遠くから声が聞こえた。
「由衣ちゃーん!」
栞が端末で連絡しようとしている由衣の姿を見つけて駆け寄って来た。
水色の薄いワンピースに上着を羽織っており、黒髪は肩の上あたりまでしかなく、やや短めだ。
栞は由衣と同年齢ではあるが、160センチ前後と言う背丈、美人というよりは可愛い系で、やや子供っぽい言動もあって実年齢より幼く見られがちである。
「おはよう、森川さん」
「待たせちゃってごめんね」
「別に待ってないわよ。時間にも間に合ってるし」
「20分くらい前に駅に着いたんだけど、そこから迷って迷って…ここの地下って巨大なダンジョンだね」
安部乃の街の地下通路は改修工事もあって回り道しなければならない所もあり、複雑に入り組んでいる。栞が迷うのも無理は無い。
「そんなに迷ったの?道案内の看板も一杯あるけど…」
「わたしの地元ってそんなに大きくないもん。というわけで、案内お願いね」
「無理よ、自分もここは初めてなんだし」
「じゃ、二人で行きましょ。迷いながらでも何とかなるでしょ」
「ちょ、ちょっと!」
先にショッピングモールの中に入った栞の後を由衣も追っていった。
「あー、スマホにオートマッピング機能って無いのかなー、自分が一度通った所を明るく表示してくれる機能とかさぁ。私のケータイって古いからそういうのって無いんだよね
「それに近いのだったらあるんだけど…」
「えっ、ホント?」
「私もこの機能使うの初めてなんだけどね、こないだ機種変えたばっかりだから」
二人は当てもなくブラブラとモール内を歩いていた。モール内は本当に広く、自分の現在位置を示してくれる目印が無いと迷いそうだった。
「あ、出たわ。ここよ」
「どれどれ、っと」
由衣の持つ端末には、周囲の建物の形状とともに、現在いる位置のマークが示されている。流石に周囲の店の名前までは表記はされなかった。
「このへんは全部レディスショップみたいね」
「そうなの?じゃ、片っ端から見て回るよ」
「片っ端?森川さん、全部の店を1日で見て回るつもりなの?」
「訓練されたモデルなら1店10分くらいで済むよ」
「訓練された、ねぇ…」
栞は手近なレディスショップを見つけると、由衣を置いてさっと中に入って行った。
まず目をつけたのは「奉仕品」と書いてある一角だった。ハンガーを動かし、自分にあったサイズを目定めする。
栞の手が「M」と書かれているタグがついているハンガーで止まった。栞の服のサイズ
はどうやら「M」のようだ。
「あ、これいいかも」
一方の由衣は、チェックのスカートと、赤のニットセーターを手に取っていた。会計を済ませ、店の外に出る。
栞はと言うと、ようやく靴下を一足持ってレジに立っていた。時計の針を見ると店に入った時から15分が経過していた。
(訓練されてるなら10分くらいで済むんじゃなかったの?)
この調子だと全部の店を回るにはどれぐらいかかる事やら。由衣はため息をついた。
「じゃ、次いくよ」
栞は由衣を連れて隣の店に入った。棚を一通り見渡す栞の目線はとてつもなく速く、由衣はそのスピードについていけない。
「ここはパス。次!」
「森川さん、もう終わり?」
「そう。素早く見て行かなきゃいくらあっても時間が足んないから。見る所は見る!見ない所は見ない!」
(早いんだか、遅いんだか…)
栞は買おうと決めた物は買うかどうかやたら時間をかける割に、興味のない物は本当に流し見程度でサッと済ませるのだった。
あちこちの店を回っているうちに、時間は11時30分を過ぎていた。
「森川さん、そろそろお昼にしない?」
「まだちょっと早いと思うけど」
「こういう所は昼時になるとどこも一杯よ。その前に食べちゃうのが基本だから」
「そうなんだ。じゃ、そうしましょ!丁度お腹も空いてきたしね」
二人はショッピングモール内のフードコートへと向かった。
フードコートには、長崎名物ちゃんぽんのリンボーハットや、うどんで有名な角亀製麺や、ラーメンの天下無双など、いろいろな店があった。
昼時が近くなり、客が大分増えてきたが、丁度いい所に二人分の空席があった。
「あー、買い物すると疲れるねー」
栞は手に下げていた大きな紙袋を床に置き、ドスンと椅子に座った。由衣の方はそれほど買ってはいない。小脇に抱えられる程度の量だ。
栞は小銭入れを取り出し、中身をまさぐった。そして、しまった、という顔をした。
「…由衣ちゃん。非常に申し訳ないんだけど、1000円貸してくれない?」
「もしかして、予算オーバー?」
「そう、その『もしかして』なの。電車代しか残ってない。バイトの給料が2日後に入るからその時返すわ。ねぇ、お願い」
「仕方ないなぁ」
頼まれると断り切れない由衣は、しぶしぶ1000円札を1枚取り出し、栞に手渡す。
酒も煙草もやらない由衣は普段それほどお金を使う生活はしていない。小遣いに加え、アルバイトでやっているモデルの収入もある。
しかも、先日ガマ怪人と戦った「危険手当」も入っていたので、懐具合にはかなり余裕がある。
席に戻って来た栞は長崎ちゃんぽん、由衣は天ぷらうどんをお盆に乗せていた。
「由衣ちゃんってあっさり物が多いね。身体に気を使ってるの?」
「うん。一応モデルの仕事やってるからね」
うどんを食べながら、由衣は足元にある大きな紙袋に目をやる。
「森川さん、いつも買い物にどれぐらい使うの?」
「その森川さんっていう言い方、堅苦しくてあんまり好きじゃないんだ。栞か、栞ちゃんでいいよ」
「じゃあ…栞ちゃん、いつも買い物でどれぐらい使うの?」
「最低でも4、5000円。もしかしたら1万円行くかも知れない。服だけじゃなくって、食べ物も買わなくちゃいけないし」
「そっか、栞ちゃんって下宿してるんだったね。自炊とかしてるの?」
「結構やってるよ。最初はずっと外食ばかりだったんだけど、スーパーで色々買うようになってからは逆に外に食べに行く方が面倒になっちゃったから」
「一人暮らしって何から何まで全部自分でやんないといけないから、本当に大変でしょ…あ、電話だ」
由衣が端末を手に取ると、真由美からの電話がかかってきていた。
『由衣、出動よ。敵が、怪人が出たみたいよ』
「母さん?母さんね。出た?どこに出たの?」
『都留橋って知ってる?』
「何年か前に行ったことはあるけど…」
『今、安部乃にいるんでしょ。そこからだと割と近いはずよ。急いで。何人かやられてるから』
「わかった。すぐ行く」
由衣は端末をポケットに入れると立ち上がった。まだ食べかけの天ぷらうどんが少し残っていた。
「由衣ちゃん、どこに行くの?」
「急な用事が出来たわ。また後でね!」
「ちょ、ちょっと由衣ちゃん!」
由衣は自分が買った荷物を引っつかむとフードコートを飛び出して行った。
階段を駆け下り、全速力でバイクが止めてある地下駐車場に向かう。
駐車料金は?と料金一覧表を見てみると、駐車から2時間は無料、と書いてあった。
今から後2分でちょうど2時間となる。つまりギリギリ無料で済んだと言う事である。
ツイてる、と感じながら、由衣は買った物をヘルメットの収納スペースに押し込み、懐から端末を取りだす。
身体を右に大きくひねり、端末を持った右手を前に出し、由衣は叫んだ。
「着装!」
誰に教えられたわけでもないのに自然と変身ポーズらしきものが出た。
言葉が響き終わった瞬間、端末が強く光り輝き、白い防御フィールドを生成して由衣の全身を包み込む。
身につけている靴が、靴下が、ズボンが、上着が、光の粒子となって身体から離れ、端末に吸い込まれていく。
由衣の身体に残されたのはショーツとブラジャーだけになったが、それもすぐさま白い光となって消えていく。
暖かい光に包まれ、一糸纏わぬ姿となった由衣は次なる変容に入る。
つま先から、手のひらから、何かが駆け上がっていくような感覚がする。
「くうううぅぅっっ!」
白い光の幕は膝から腰へと、肘から肩へと上がっていき、胸や首筋まで覆いつくすと強く発光し、白と赤のツートンのインナースーツへと変化する。
由衣はそっと目を開ける。ぴっちりとしたスーツが首から下をくまなく覆っている。
形のいい乳房、腰のくびれ、すらりとした脚など、由衣の身体のラインがくっきりと出ている。
(何だか恥ずかしい…)
だがその恥ずかしさを味わうまでもなく、装甲を受け入れる準備が整った由衣の変身は次なる段階に入る。
尻と股間を挟みこむようにして前後からパーツが出現すると、ぴったりと合わさり、由衣の大事な部分をカバーする。
次いで腰部にパックルが装着され、端末が内部に収納される。スーツの制御を補助するためである。
つま先、脹脛、膝、太ももに装甲が密着し、下半身の装着が完了する。さらに手、下腕部、肘、肩にも次々と装甲が装着されていった。
そして、背部パーツ、胸部パーツ、腹部パーツが出現し、由衣の身体を包み込むように密着し、上半身のスーツも完成した。
最後に頭部の装着である。ヘルメットの装着を受け入れるべく、由衣は目をそっと閉じる。
後頭部、左側頭部、右側頭部の三つのパーツが合わさってヘルメットの形になり、由衣の頭に装着される。
いよいよスーツの装着も完成段階に入る。口元にマスクが装着され、鼻と口が覆い隠される。最後に唯一露出した目の部分もゴーグルが装着されて覆い隠され、その上から半透明のバイザーが下りた。
防御フィールドが弾けると、そこには真紅の戦士・レッドトルネードの姿があった。
由衣の愛車も着装と同時に高性能バイク・レッドジェッターに変化している。
「都留橋…遠くはないと思うんだけどね」
レッドトルネードはレッドジェッターに跨り、地下駐車場を飛び出して行った。
「はいはい、危ないから近寄らない、近寄らない!見世物じゃないんだぞ!」
都留橋近辺はあちこちで警察官が警戒にあたっており、一般人の立ち入りは厳しく規制されていた。
多数の警察官があわよくば様子を見に行こうとする野次馬の排除に務めていた。
その都留橋に近づきつつあるレッドトルネードの視界にもその光景は見えている。
警戒区域内に奴が、怪人がいるに違いない。虎穴に入らずんば虎児を得ず。覚悟を決めたレッドトルネードはさらにジェッターの速度を上げる。
警察官の前で、トルネードを乗せたジェッターの車体が躍動した。
「そいやっ!」
レッドジェッターの車体は5メートル以上高く飛び、警察官の頭上を大きく飛びこして向こう側に着地した。
「ちょ、ちょっと君、どこに行くんだね?」
警察官の声はもちろんレッドトルネードには伝わらない。
「場所的にはこのあたりのはずなんだけど…」
レッドトルネードはジェッターを走らせるが、怪人は一向に出現しない。
『トルネード、上っ!』
「上?きゃあっ!」
いきなり真由美からの通信が入る。「バイクで走っている途中の真上」という、真由美もトルネードも全く想定外の場所からヤモリ怪人が出現し、ジェッターに乗っているトルネードに襲いかかった。
「くっ、うああっ、離れて、離れてっ!」
トルネードは蛇行運転をしてヤモリ怪人を引き剥がそうとするが、ヤモリ怪人の力は意外に強く、トルネードの背中にくっついて離れない。
そうこうしているうちに、目の前に建物が迫ってくる。このままでは衝突だ。
トルネードは本能的に急ブレーキをかけた。ジェッターの後輪が大きく横滑りし、その勢いでヤモリ怪人は振り落とされる。
「覚悟しなさい!」
トルネードはマルチマグナムをヤモリ怪人に向けて構える。ヤモリ怪人はそれを嘲笑うように、周囲の風景と自らを同化させて姿を消した。
姿を消しておけばほぼ不意打ち同然で攻撃出来る…そう思ってトルネードに飛びかかった。
が、次の瞬間、ヤモリ怪人の身体はマルチマグナムの弾丸を受けて大きく吹き飛んでいた。
「アンタの動きなんか丸見えよ!」
トルネードのバイザーにはヤモリ怪人の輪郭線がくっきりと映し出されている。熱源を、生体反応を感知しているのだ。
かなわない、と思ったヤモリ怪人は路地裏に逃げ込む。ジェッターでは追って来れない狭い所に逃げ込もうというのだ。
「逃げても無駄だから!」
マルチマグナムの弾丸がもう一発怪人に命中し、怪人は地面にもんどり打って倒れる。かなりのダメージを与えたようだ。
ヤモリ怪人はヤケになったのか、尻尾を大きく振り回してトルネードを打ちつけようとする。
しかしトルネードは尻尾をがっちり両手で掴むと、自分の身体を軸にして怪人の身体を大きく振り回し始めた。ジャイアントスイングである。
十分に回転した所で手を離すと、怪人の身体は30メートルほど先まで投げ飛ばされた。
よろめきながら起き上ったヤモリ怪人に、サイコブレードを抜き放ったトルネードが迫る。
「トドメよ!トルネードスマッシュ!」
サイコブレードの刀身が光り輝く。その光の刃が、怯えるヤモリ怪人の身体をまず左右に一閃し、さらに頭から真下へと切り下げられる。
ヤモリ怪人は何かを吐きだしそうな不気味な叫び声を上げたかと思うと、大きく爆散した。
「やった…のね」
トルネードはブレードを左腰のホルスターに収納すると、腰部のバックルに収納されている端末を操作し、レッドジェッターを呼び寄せる。
と、ほぼ同時に真由美から通信が入る。
「任務完了ね。帰ってきなさい」
「分かったわ。すぐ帰る」
真由美からの通信を切ると、トルネードはヘルメットの左にあるボタンを押す。
プシュウウウウッ!
顎と後頭部のロックが外れ、水蒸気が勢いよく吹き出す。
「ううーーっ!」
ヘルメットを脱ぐと、由衣は汗だくの顔を左右にブルンブルンと振り、汗を飛ばした。心地良い風が彼女の顔に当たった。
と、端末がメールを受信した事を知らせてくる。
「誰だろ」
由衣がメールの中身を見てみると、栞からのものだった。戻ってこないから先に帰る、という内容だった。
着信履歴を見てみると、不在着信が4件もあった。これも全て栞からのものだった。
由衣は人目に着かない場所にジェッターで移動すると、栞に連絡を入れた。
「あーゴメンゴメン、栞ちゃん?さっきはごめん」
「30分待っても戻ってないし、電話もつながらないし、本当にどうなってんのよ」
「本当に急な用事だったの。親にすぐに戻ってこいって言われたから」
「せっかくの休みが無駄になっちゃった気分なんだけど」
「またご飯おごってあげるからさぁ、怒らないで」
「まぁそれならいいけど…約束よ?」
「うん、約束する。じゃあね」
栞との電話を切った由衣はふぅと一息付くと、端末をバックルに戻し、ヘルメットを被り直す。
後頭部と顎がロックされ、再びフルフェイスの状態に戻った。
怪人との戦いはいつ何時あるか分からない。そのたびに由衣は何かと理由をつけて現場に向かわなければならない事はこれからも多々あるだろう。
(正義の味方って大変ね…ある意味24時間無休だから)
レッドトルネードを乗せたレッドジェッターは一陣の風のように街中を去って行った。
「ただいま」
「お帰り、レッドトルネード」
レッドトルネードとレッドジェッターが、リフトに乗って地下の研究室へと戻って来た。
「着装、解除」
トルネードがそう言うと、再び白い防御フィールドが全身を包む。その中で、由衣の身体が装甲から解放されていく。
ヘルメットのパーツがバラバラになり、由衣の素顔が露わになる。
上半身を包んでいた屈強な装甲も、しなやかな下半身を包んでいた装甲も、全てが光となって消えていく。
後には赤と白のツートンのインナースーツの由衣が残された。だが、そのスーツも輝きを発したかと思うと弾けるように消滅し、由衣のまばゆい裸身が現れた。
その裸の上からまずはショーツ、ブラジャーが身に付けられる。そして靴下、ズボン、上着と元の服装が身につけられた時、防御フィールドは消滅した。
レッドトルネードの変身が解除され、由衣の姿に戻ったのだ。
「お疲れ様。お風呂はまだ湧いてないけどね」
「いいよ。シャワーで済ませるから」
「あら、そう。父さんにもただいま、を言いなさいよ」
由衣が靴を脱いで台所に上がると、篤彦は出汁を取っている最中だった。
「おお、由衣か。おかえり」
「ただいま、父さん。今日の夕飯は何なの?」
「夕飯が出来るんじゃない。出来た物が夕飯なんだ」
「父さん、何言ってるのよ」
「まぁまぁ、見てのお楽しみだ」
こうして、今回も無事に任務を終えた由衣は再び何気ない日常生活を送る事が出来たのだった。
とりあえず2話分
>>22
ソルブレインのソリッドスーツも災害救助用だし、そのくらいの性能が無いとやってられない、って事で
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