京介「その左手に、もう一度」 (83)

俺妹SS、原作最終巻以降の話。

桐乃と京介しかでてきません。以下投下


桐乃「ちょ、ちょっとこんなとこでダメだって…!」

俺は桐乃の細い腰に這わせていた手を止めずに問う。

京介「なんでだよ?」

桐乃「ばか!ここリビングでしょ!?お父さんたち帰ってきたらどうすんの!」

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京介「さっき出て行ったばっかだろ?こねーって」

そう言って桐乃の首すじに顔を近づける。高級であろうシャンプーの、花のような香りがした。

京介「桐乃」

桐乃「うひゃ!?ちょ、待ってって!じゃあせめて部屋行こ!」

京介「無理」

桐乃「このばかっ…!いい加減に…んっ」

首すじを舐めると、桐乃が甘い声をだした。

桐乃「ねえお願いだから…」

桐乃が鼻声になっているのに気づく。
少し調子に乗りすぎちまったかもな。

京介「悪い。やりすぎた」

俺は桐乃から離れ、ソファに少し距離をおいて座った。

桐乃は赤い顔をしながら、若干乱れてしまった衣服を正す。

桐乃「あんたねぇ、最近ヒドすぎ!ばれちゃったらどーすんのよ!」

京介「んなこと言って、出先でも隙あらばキスしたがるのはどっちだよ?親父たちもいるっていうのに」

桐乃「ぐぬぬ、それは…!」

京介「はいはい、キス魔は黙ろうなー」

桐乃「キス魔いうな!あーもう、怒ったからノド渇いたじゃん!サイテー!」

喉が渇いたくらいでサイテーな気持ちになるのがわからん。

桐乃はぷりぷりしながらキッチンへ向かい、ミネラルウオーターをコップに注いだ。

その横顔を、俺はじっと見つめる。

俺と桐乃が恋人関係を終えた時から、すでに四年ほどの月日が過ぎていた。


桐乃は、あの頃より、さらにずっと綺麗になっている。
そして時々、今みたいな、目の離せなくなるような大人の顔を、するようになった。

その顔を見ていると、越えてはいけない最後の一線を、 悪戯では済まされない境界を− 越えてしまう気がして、俺はぐっと握りこぶしに力を入れた。

桐乃「!あんた何みてんの?キモっ!見んな!」

京介「今更じゃねーか。さっきあんな至近距離で見てたろ」

桐乃「何それ、そんなえらそーに言うことじゃなくない?あーキモっ、このエロ!変態!」

京介「くっ…言わせてもらうがなぁ、エロくて変態なのは認めてもいいが、キモくはないはずだ!」

桐乃「その発言が十分キモい!」

ー俺たちはこんな感じで毎日を過ごしている。

そう、俺が昔話をしていた時から、俺と桐乃の関係は、ちょっとばかり違うものになっている。

ここらで、あの頃、俺と桐乃が別れて少ししたあとの話をしておこうと思う。

四年前の春休みのあの日のことを。

桐乃「はい!人生相談!」

秋葉での集いから帰宅し、俺の部屋に入ってくるなり桐乃は怒りながら言った。

京介「テーマはなんだよ」

桐乃「あたしたちがこれからどうするか!ってか、あんたどういうつもりなの?」

京介「どうって?」

桐乃「だーかーらー昼間のこと!」

京介「おまえにキスしたことか?」

桐乃「…!そっ、それよ!あんた約束覚えてないの?なんであんなことすんの!」

京介「なんでって、言ったろ?兄妹だから別にいいじゃんって」

桐乃「よくない!ふつーの兄妹はこんなことしないでしょ!?」

京介「よそはよそ、うちはうちだろ」

桐乃「あんたねぇ…!なんのための約束だったと思ってんの?
    こーやってズルズル引きずってたら、けじめつけた意味ないじゃん!」

京介「けじめってなんだよ?」

桐乃「わかるでしょ!?いつまでもあのままだったら、だめだって…。
    だから、あの時だけめいっぱい楽しんで、それで全部終わり!あんたもそれで納得したじゃん!」

京介「あのさー、おまえ、自分ばっかり約束約束言うけど、忘れてないか?」

桐乃「なによ」

京介「俺にも『桐乃になんでもひとつ、言うことをきいてもらう』権利が残ってることを」

桐乃「だから、その使い方がダメっつってんじゃん!」

京介「『なんでも』ひとつ、言うことをきく」

桐乃「ぐっ…!」

京介「というか、なに?おまえキスされるの嫌だったわけ?」

桐乃「それは!…それは……」

桐乃は顔を真っ赤にして、うつむいた。

桐乃「……そんなの、聞かないでよ…。もう今のあたしには、答えられないんだから…」

桐乃はほとんど涙声だった。

京介「…悪い。でもな桐乃、俺のお願いは、別にキスすることじゃなかったんだよ」

桐乃「え?」

京介「おまえの『お願い』を、恋人期間を三ヶ月だけにすることをーなかったことにしてほしい。
それが、俺のお願いだ」

桐乃「…そんなの」

京介「『なんでも』きいてくれるんだろ?」

俺は笑って、桐乃の髪をくしゃくしゃしてやった。

京介「なあ桐乃、この件はいったん保留にしないか?」

桐乃「保留?」

京介「ああ。問題が山積みなのはもちろんわかってる。
    だからこそおまえのお願いは、ああすることだったんだろうしな」

京介「だけどな桐乃、おまえはまだわかっちゃいないのかもしれないが、俺はおまえの『おにいちゃん』なんだぞ?」

京介「おまえが『無理だ』って思うことも、俺が絶対なんとかしてやるさ」

桐乃「…こんな時だけ兄貴面すんな!このばか…」

京介「馬鹿なのはわかってるからいいんだよ。というわけで桐乃、この問題を、未来の俺たちにたくさないか?昔のおまえがやったように」

桐乃「…人生相談、ってわけ?」

京介「おう。今の俺たちにはできないことでも、何年後かの俺たちにはできるかもしれない。だろ?」

桐乃「そうかな」

京介「おう!おまえ、俺がしてきたこと忘れたのか?
    なんだって、ちゃんと叶えてきてやったろ?」

桐乃「…そだね」

桐乃は珍しく素直に言った。

京介「じゃあ決まりだな」

桐乃「ふん。別に未来のあんたでも、特別変わんないと思うけどねー」

そう言って桐乃はにしし、と笑った。

桐乃、俺はちゃーんとわかってたんだぜ?

おまえがどんな気持ちで昼間にメルルの指輪をねだったのか。

いや、もっと言うなら、おまえがどんな気持ちであの約束を決めたのかも、ちゃんと。

なんてったって、俺は桐乃のー兄貴なんだからな。

そうしてあの時の俺たちは、まだ見ぬいつかの自分たちに、人生相談をすることにしたのだった。

そして現在に至るわけだ。

あの時からの俺たちが、実際どんな関係だったのかを説明するのは難しい。

全てを未来に丸投げした以上、俺たちは自分たちの関係を、「恋人」だとは称さなかった。

でも、もちろん世間一般の、普通の兄妹の関係とも違うわけで。

こんなふうに家族に隠れて密やかな二人の時間を持つことも、度々あった。

京介「機嫌なおせって」

桐乃「メルルの八分の一スケールフィギュア買ってくれるなら許す」

京介「それむちゃむちゃ高いやつじゃねーか!」

桐乃「誠意をみせろっつってんの!明日買いに行くかんね!」

京介「…結局俺とデートしたいんだろ?」

桐乃「ち、ちがうってば!あんた一人だと不安だから、監視すんの!」

真っ赤な顔で言われてもなあ。ある意味正直すぎるやつだ。

そして、次の日。

俺たちは約束どおり、秋葉にフィギュアを買いにやってきた。

桐乃「くーっ!やっぱりいいなあアキバは!生き返るー!」

京介「生き返るってなんだよ?」

桐乃「ほらー、早く行かなきゃ売り切れちゃうかもしんないじゃん!さっさと歩く!」

俺の発言は華麗にスルーされ、桐乃は足早に駆け出した。

と、くるりと振り向いて

桐乃「ほら、早く!」

桐乃は当たり前のように俺に手を差し出す。

京介「へいへい」

その手をとって、俺は桐乃に引きずられるように、ホビーショップへと向かった。

桐乃「うひひー♪おっきなメルちゃんかわいいよぉ。
いい子だねー、帰ったら箱から出してあげるから、ちょっとガマンしててねぇー」

京介「くっ、結局プレミア価格で買わされちまった…!」

桐乃「いやー、言うほど高くなかったっしょ。
    むしろこれほどのクオリティなら当然それくらいの価値はあるっていうか?
    世に売り出してくれただけでも有難すぎるっていうかぁー!」

京介「じゃあ自分で買えよな」

桐乃「もとはと言えばあんたが悪いんでしょ!」

京介「俺はなぁふつーの大学生なんだぞ?
    金なんてそんな持ってねーよ。あーあー飲み会代が…」

桐乃「あんたそんなリア充な生活送ってないじゃん」

京介「飲み会くらいあるってーの!」

桐乃「ふーん…。どうせ女の子酔わせてやらしーことしてるんでしょ」

京介「してねーよ。なんだよ妬いてんのか?」

桐乃「はぁ!?なんでそーなんの都合よく解釈すんな!」

じゃあこの痛いくらいに握られてる手はなんだよと言おうとしたが、これ以上は殴られそうだったのでやめた。

今日はここまでです。
そんなに内容がないので、明日か明後日には終わる予定です。

昼過ぎになっていたので、何か食べて帰ろうということになり、俺たちは手頃な店を探すことにした。

京介「あっちに新しい店できたんだと。いってみるか?」

桐乃「そうだね。とーぜんそれも京介のおごりだから…って、ああっ!」

京介「なんだ!?」

桐乃「今日発売のゲームあるの忘れてた!
    すぐ行くから、京介先に行ってどんなお店かみといて!なんなら先入って場所とっといて!」

京介「エロゲーかよ…。はいはい、じゃあ先行ってるわ」

桐乃「メルちゃんも連れてって!」

京介「重いんだろ?しょうがねえな。じゃああとでな」

桐乃「うん!」

桐乃は少し先のゲームショップへと走っていった。

新しくできたカフェは小洒落た雰囲気で、これなら桐乃も気にいるだろうと俺は店に入った。

しかし、三十分経っても桐乃は現れなかった。


先に頼んでいたコーヒーを飲み干すと、俺は足早に店を出て、桐乃と別れた地点まで引き返した。

桐乃はゲームショップにはいなかった。なにかめぼしいものでも見つけたのか?

桐乃が行きそうな店を探して、俺は歩き出した。

そして、ある路地裏に桐乃の姿を見つけた。桐乃は−男二人に囲まれていた。

それを見た瞬間、俺は思い切り駆け出していた。

桐乃「やめてって!」

男1「ちょっとお茶するくらいいいじゃん?ケチだなー」

男2「ね?ね?お願いっ。お兄さんのお願い聞いてよー」 グイッ

桐乃「!さわんなっ!!」

男1「綺麗な足してんなあ。触らして?」

桐乃「キモいんだよっ!」

男2「おまえちょっと押さえてろよ」

男1「りょーかい」

桐乃「…!やだっ、やだあ…!」

京介「なにしてんだっ!」

全身の力を込めた拳を思い切りくらわした。

桐乃「京介…!」

京介「桐乃っ、大丈夫か?」

男1「おいどけよガキ」

京介「人の妹に何してくれんだ!!」

俺は普段では絶対出ないであろう力で相手を押し倒し、馬乗りになって二、三発殴った。


桐乃「行こう、京介」

桐乃が真っ青な顔で俺の腕を引っ張る。

桐乃「行こう」

京介「…ああ」

俺はガタガタ震える桐乃を抱えるように歩きだし、家路を急いだ。

桐乃は、家に着くと無言で風呂場に行き、しばらく出てこなかった。

桐乃「……」ガチャ

京介「桐乃、出たか」

桐乃「京介…」

京介「怪我してないか?」

桐乃「うん」

京介「なんかされたか…?」

桐乃「…足、とか。触られた」

京介「そうか…くそっあの野郎…!ごめんな桐乃…。俺がいたのに…」

桐乃「京介は悪くないよ」

京介「でも」

桐乃「助けてくれてありがとうね、兄貴」

京介「…っ。こっち来い、桐乃」

桐乃「ん」

桐乃をぎゅっと抱きしめてやる。

京介「本当にごめん。これからは、絶対に守るから」

桐乃「…きょうすけ」グスッ

桐乃の頭を撫でる。

京介「怖い思い、したよな」

桐乃「ううん、違うの…。怖かったのはあるけど、そうじゃなくて…!」

桐乃はぽろぽろと涙をこぼす。

京介「なんだ?…大丈夫だから。ゆっくりでいいから、いってみ?」

そっと桐乃の背中をさすってやる。

桐乃は何か逡巡していたようだったが、やがて口を開いた。

桐乃「……あたしは…京介の、京介だけの、ものだから…!あんな奴らに、触られたくなかったの!
    あたしの身体は、京介だけのものって、決めてたのに…!」

京介「…桐乃」

桐乃は決めていてくれたんだな。

たとえ俺と恋人じゃなくなっても、自分の全てを、ずっと俺だけのものにしておいてくれるって。

いやきっと、桐乃はもっとずっと前から、決して他の男のものにはならない覚悟を決めていてくれたのかもしれない。

※以下若干の性的描写あり >>1に入れてなくてすみません

そんな桐乃を見て、俺はもう、「引き返せない最後の一歩」を、踏み出さずにはいられなかった。

京介「桐乃…。おまえの何もかも、俺だけのもんだ。絶対に、他の野郎なんかには渡さねぇ」

桐乃を抱きしめる両腕に力が入る。

京介「俺だけのもんに、させてくれ」

桐乃「…うん」

その言葉を受けて、桐乃に口付ける。桐乃の首に腕をまわして、そのまま押し倒した。

京介「最後まで、するぞ」

桐乃の顔を撫でながら言う。

桐乃「いいよ」

京介「桐乃」

桐乃「なに?」

京介「好きだ」

桐乃「…!」

京介「好きだ」

もう一度言った。

桐乃「あたしも、兄貴が、京介が…好き」

俺は再び桐乃に口付ける。

そのうちそっと、舌を潜り込ませた。

桐乃は小さく身震いすると、静かに俺を受け入れた。緊張を解くように、桐乃の肩を撫でてやる。

桐乃「…ん」

桐乃が合間合間に吐く息が、あまりに甘美な音色に思われた。

今日はここまでです。

京介「きりの」

頭に血が登って、少し大きな声で名を呼んでしまう。

壊したくないのに強い力で抱きよせ、首すじに舌を這わせる。

桐乃「んっ……きょうすけ…」

京介「気持ちいいか?」

桐乃「うん…」


よしよし、と頭も撫でてやってから、そっと右手を服の中に滑り込ませた。

下着の上から胸を触ると、桐乃がびくりとはねた。

気が急いて、気づけばスカートに手を突っ込み、太ももを撫で回していた。

今までの密やかな二人だけの時間、では、ここまでの行為はまだ一度もしていなかった。

京介「服、脱がすぞ」

桐乃「ん…」

桐乃は着せ替え人形のように、俺の為すがままにされていた。

やがて現れた肢体に、俺の理性は失われていく。

京介「綺麗だな、桐乃…」

桐乃「京介」

桐乃も感極まったのか、俺の首に腕をまわすと、何度か口づけてくれた。

その行為が、つたなくて、切なくて。

俺は溢れ出る愛しさの全てを伝えようと、余すところなく桐乃を愛した。

そして、最後の一線に足を踏み入れた時。

京介「これで、俺とおまえは本当に、ただの兄妹じゃなくなっちまうな」

桐乃「ふふ、今更、でしょ」

京介「…後悔しないか?」

桐乃「しない。…ずっと、ずっと待ってたよ。京介」

京介「桐乃」

桐乃「っ…!」

そうして

俺たちはもはや、絶対に引き返せない道を、歩き始めた。

京介「なあ桐乃」

桐乃「んー?」

まどろみの中、桐乃の髪をそっと梳きながら言った。

京介「二人で、家出ないか」

桐乃「……」

それが、「未来の俺」の、あいつらへの回答だった。

結局、この家で暮らし続けていたって、俺たちの関係を隠し続けるのは無理なことなのだ。

隠していても、知られても、苦しい気持ちのままになる。それならば、いっそ二人で家を出てしまったほうがいい。

親に今すぐ真実を告げるか告げないかは、また少し先の俺たちへの宿題にしてしまうかもしれない。

でも、二人で暮らせば少なくとも、俺と桐乃は自分たちの気持ちに、嘘をつかなくてよくなる。


それがわがままな理屈なことはわかってる。だけどもうこの気持ちに嘘をつき続けることはできない。

あの頃から、俺のなかでの「優先順位」ってやつは、変わっちゃいない。

すでに選んでしまった茨の道ーいや、桐乃との、True end への道だ。

今さら悩んだって、何も進みはしないんだぜ?

京介「俺も来月から働くし、今ならもう、二人だけの力で生活できるだろ?」

桐乃「…あたし、大学あるんですケド」

京介「んなもん、べつにどっからだって通えるだろ」

桐乃「働きだしてすぐ二人分の生活費できると思ってんの」

京介「ぐ!そ、れはだな」

桐乃「ったく、まあそうなったら、しょーがないからあたしもお金出してあげる!」

桐乃は顔をこれでもかというくらい綻ばせ、俺の腕に抱きついてきた。

それから、俺たちは小さなアパートを借りた。

桐乃もすぐに荷物をまとめ、こっちへ越してきた。

親父たちへは結局、桐乃の大学も俺の部屋から通ったほうが近いから、としか言わなかった。

今はまだ、全てを告げるには少しばかり早い。

それでも十分怪しまれたが、まあ計画を実行に移せただけでも良しとすべきだろう。

二人で暮らし始めてからの桐乃は、とても、嬉しそうだった。

その笑顔を見ているだけで、抱えていた不安はどこかに飛んでいってしまうくらいに。

京介「ただいまー」

桐乃「おっかえりー。ご飯できてるよ」

京介「なんだよ、晩飯しか選択肢ねーのか?もっとお風呂とか、おまえとかあるだろ?」

桐乃「あっ、アホなことばっか言うと、ご飯抜きにするかんね!」

京介「それは勘弁な」

桐乃「もー!……で?」

京介「ん?なんだ?」

桐乃「だっだから!た、ただいまの…キス…」ゴニョゴニョ

京介「わり、わかってるよ…ほら」チュッ

桐乃「ん…おかえりなさい」

京介「ただいま、桐乃」

桐乃「…遅くまでお疲れさま」ギュ

京介「おまえが待っててくれるからな。平気だ」

桐乃「きょうすけぇ」ギュウ

京介「どした」ナデナデ

桐乃「京介、もっかい…」

京介「ん」チュ

京介「なぁ、スカートさ、似合ってるけど短すぎないか?」

桐乃「どこ触ってんの…って、そう、かな?」

京介「それ履いて学校行ったのか?」

桐乃「う、うん」

京介「…ふーん」

桐乃「…怒ってるの?」

京介「…べっつに」

桐乃「怒ってるじゃん…」ジワ

京介「う…すまん。他の奴に桐乃のそんな格好見せたくなかったんだよ。…そういうの履くのは、俺といる時だけにしといてくれ」

桐乃「…シスコン」

京介「うっせ。さ、飯にしようぜ」

桐乃「はいはい。今日のはとびきり気合い入れて作ったからね!」

そんなある日。

午後から休みをとっていた俺は、桐乃と少し遠くの公園までデートに出掛けた。

小さく鼻歌を歌いながら、上機嫌で隣を歩く桐乃。

右手にはサンドイッチいりのバスケットが下がり、左手は、しっかりと俺の右手と繋がれている。

やっぱり働きだすとなかなか思うように時間は空かず、近頃はあまり一緒に外出してやれなかった。

桐乃はよほど嬉しかったのか、昨日の晩から大張り切りでランチの下ごしらえをしてくれていた。

半ばスキップしながら歩く妹を見つめながら、俺は口もとを緩ませる。

桐乃「……」

ふいに、桐乃が歩みを止めた。

首を横に向け、どこかを見つめている。

桐乃の視線の先を追うと、小さな子ども達の遊ぶ姿があった。

京介「こんなとこに保育園あったんだな」

桐乃「うん」

京介「普段こっち通らねーもんなぁ」

桐乃「そうだね」

桐乃は、園児たちを見つめたまま、どこか上の空のようだった。

京介「…可愛いな」

桐乃「…うん」

俺は静かに桐乃の手を引いて歩き出す。

これだけは、どうしてやることもできないんだ。ごめんな。

いつか、この気持ちにも折り合いのつけられる方法を、俺たちは見つけられるのだろうか。

全てはまだ始まったばかりで、越えなければならない壁は一枚や二枚じゃない。

今俺にできるのは、桐乃の手を握りしめることだけだった。

今日はここまでです。
思ってたのよりちょっとだけ時間かかっちゃったけど、あと少しで終わりです。

やがて夏になった。

今日は、人生初ボーナスを記念して、桐乃とレストランで夕食を摂る約束だった。

桐乃とは駅で待ち合わせをしている。

夜七時。

駅前の人混みのなか、俺はすぐに桐乃の後ろ姿を見つけた。

桐乃はショッピングビルのショーウィンドウに張り付いて、飾られているものを一心に眺めていた。

それは、いつか桐乃が着たような、純白のウェディングドレスだった。

桐乃「……」

俺は気づいていた。

桐乃が見ているのはドレスじゃない。

あのドレスを着た先に待っているはずの日々を、普通の人にならば訪れるであろう毎日を、桐乃は見ているのだ。

京介「……よぉ、待ったか?」

桐乃「!お、遅い!」

京介「別に時間には遅れてないだろ?」

桐乃「あたしより後に来たら、それはもう遅刻なの!」

京介「なんだよそのトンデモ理論は…。ほら、予約してあんだからさっさと行くぞ」

桐乃「ったく、次から気をつけなさいよね」

口ではそう言いながら、桐乃は俺の腕をとって体を寄せた。

桐乃はショーウィンドウにはもう一瞥もくれず歩き出す。

遠ざかって行くドレスを横目に、俺はこの四年間思っていたことを聞いてしまった。

京介「なぁ、おまえさ」

桐乃「なに?」

京介「…あの時、写真とか撮らなかっただろ。あれで良かったのか?」

桐乃「…ドレス、気付いてたんだ」

京介「ああ」


桐乃「いいの」

桐乃「だって写真なんかより、ずっと鮮明に心の中に残ってるもん」

桐乃「ね?」

桐乃は、微笑みながら言った。

京介「そうだな」

レストランに着くと、予約していた個室に通された。

俺は奮発して、ちょっとお高いフレンチレストランを選んでいた。

京介「やべー、今になって緊張してきた」

桐乃「社会人になってテーブルマナーも知らないわけ?」

京介「逆にその年でテーブルマナーに精通しているおまえはなんなんだよ」

桐乃「あたしは仕事の付き合いで来るもん」

京介「じゃあせめて俺が恥かかないように、最低限のことは教えてくれよ」

桐乃「ってかフレンチに決めた時点でそーいうのも調べれば良かったんじゃん」

京介「うっせ」

少しして、料理が運ばれてくる。

グラスの中を舞う泡が、シャンデリアの光にきらきらと輝く。

京介「よし!じゃあしっかり味わって食えよ!」

桐乃「ぷくくっ、京介は次いつ食べられるかわかんないもんねー」

京介「仮にも奢りなんだから有難く食べなさい」

桐乃「はいはい。…はい、京介これ」

京介「何だ?」

桐乃「プレゼント。初ボーナス、おめでと」

京介「えっ…」

桐乃「京介いつも仕事頑張ってるからさ。あたしからもご褒美」

京介「マジか!?あけていい?」

桐乃「う、うん」

京介「お、おお…これは…!」

包みの中には洒落たネクタイが一本収められていた。

京介「ありがとなぁ、桐乃。ボーナスでたまにはおまえに良いもの食わせてやろうと思ったんだけど、逆に良い思いさせてもらって」

桐乃「気に入った?」

京介「もうめちゃくちゃ気に入った!」

桐乃「うひひ、じゃあ明日からは京介のネクタイ、あたしが結んであげる」

京介「おう、任せた」

桐乃「ふふ。…ありがとね、京介」

京介「ん?」

桐乃「いつも、いつもあたしのこと、一番に考えてくれて…。あたしのためにすっごくいろいろしてくれて…。ありがと。あたし今、すごい幸せ」

京介「なんだよ急に」

桐乃「あたしね、あの時、京介がこれからどんな人生を歩もうと、もうその隣にあたしがいなくても、いいって思ってた。これからは、あたしが勝手に遠くから京介を思い続けるだけで、我慢しようって」

京介「……」

桐乃「それはめちゃくちゃ難しいことだったけど…心が切り裂かれたみたいに辛かったけど。でも、京介にはもう迷惑掛けられないって思ったから」

桐乃「…だけど、京介はやっぱりお兄ちゃんで…またあたしを、助けてくれた」

桐乃「だから、ありがとう」

京介「…そんなこと、言わなくていいって。だって」

桐乃「兄妹だから?」

京介「そういうこと」

桐乃「…わかった」

京介「さ、食べようぜ」

食べなれない料理はとびきりおいしかった。

それはきっと高い料理だからなんて理由でなく、笑顔の桐乃と一緒だったからだろう。

帰り道、桐乃の大学の友達に出会った。

友達「あれ、桐乃その人は?」

桐乃「ああ、あたしの——」

迷うことなく、桐乃は答えた。

友達「そうなんだ」

彼女はにっこり笑うと、ぺこりと俺に一礼して、去って行った。

それからしばらくして。

俺はあることを決めた。

京介「なぁ桐乃、海行こうぜ」

桐乃「海ー?」

京介「おう。海を眺めながらいちゃつこうぜ!」

桐乃「ばーか」

桐乃は笑って言った。

まだ海開き前の海岸には、俺たち以外に誰もいなかった。

俺たちは、砂浜に並んで腰を下ろす。

桐乃は真っ直ぐ水平線の彼方を見つめている。

その横顔は、あの頃よりずっと、凛としていた。

ここで俺は、「あの時」桐乃から返されたものを、鞄から取り出した。

京介「桐乃」

桐乃「なに?」

京介「おまえ、俺に預けてたもんがあるだろ」

桐乃「…うん」

京介「返すぞ」


俺の言葉に、桐乃は

桐乃「はい」

あの時と同じ、一言だけの返事をすると、そっと華奢な左手を差し出した。

その薬指に、俺はもう一度、誓いの証を嵌めた。

桐乃「ふふっ」

京介「なんだよ?」

桐乃「京介、プロポーズしたこと覚えてたんだ」

京介「はあ!?当たり前だろ!」

桐乃「京介のことだから、覚えてないかと思った」

京介「んな大事なこと忘れるわけねーだろ!おまえこそ、『はい』って言ったの覚えてたんだろうな?」

桐乃「当たり前じゃん!」

京介「…あの瞬間から、おまえは、俺の嫁だったんだぞ?」

桐乃「…知ってたって」

そう。実は俺たちは、ずっとわかっていた。

俺がありったけの思いを込めてプロポーズし、桐乃がそれを受けた瞬間から−俺たちは夫婦だったのだ。

全ての誓いは、すでにあの頃たてられていた。

それからの俺たちはただ、時期を待っていただけなのだ。

いつだったか御鏡が言っていた。

結婚なんてものは、当人たちの気持ち次第で、どうにだってなるものだと。

俺たちはまさにそうだった。

婚姻届なんてなくても、法が認めていなくても。

俺たち自身が誓ったあの時から、俺たちは結婚していたのだ。

それからしばらく俺たちは、海辺で時を過ごした。

無邪気に砂の城を作る桐乃に問いかける。

京介「なあ。よくさ、夫婦がお互いに、どっちに長生きしてほしいかって話、したりするだろ?」

桐乃「うん」

京介「おまえはどう?ひとり残されてもいいか、先に死んじゃってもいいか」

桐乃「そーだなぁ。今はまだピンとこないっていうか、よくわかんないけど」

京介「おまえ、俺が泣いてるところ見たくないんだろ?おまえが先に死んだら、俺、絶対めちゃくちゃ泣くぞ?
    …だから、俺よりは長生きしてくれよな」

桐乃「…ひひっ、いいよ。京介は一人じゃ何にもできないだろーしっ。あたしが、最後までみていてあげる」

そう言って、桐乃は笑った。

この人生の最後の一日まで、俺は桐乃の隣にいる。

桐乃が俺の妹であること、そして俺の恋人であること…そのどちらにも、俺は感謝したいと思う。

京介「桐乃」

桐乃「ん?」

京介「帰ろうか」

桐乃「うん!」

差し出した手を、桐乃はしっかりと握った。

俺たちは寄り添って歩き出す。あの頃から夢見てきた景色を見るために。

−さあ、探し出した答えを抱いて、始まりにしよう。


終わり

以上です。見てくれた人ありがとう。

原作最終巻を読んだ時ショックを受けて、そこから解釈スレをまわって、ようやく「完全なる桐乃エンド」だと信じられるようになったので、同じようにショックを受けてる人に見てもらいたいなと思って書きました。

確かに展開が強引ですが、ちょっとでも楽しんでもらえてたら嬉しいです。

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