御坂「あんたのこと」食蜂「大好きよぉ」 (142)
前々作
前作
※CAUTION!
・三部作の完結編にあたります。90分、90レスでお読み頂けます。
・百合要素(結標×白井、食蜂×御坂)などが多く含まれております。
・このSSには暴力シーン、グロテスクな描写が多く含まれております。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1376744319
御坂「あんたなんて」食蜂「大嫌いよぉ」
~0~
そう言って私にキスした食蜂が大嫌いだった。見た目から考え方から何から何まで私と正反対の食蜂が。
そんな女と何の巡り合わせか、イギリスくんだりまで来て学園都市から消え去ったあいつを探し回った。
ヒースロー空港での入国拒否、M4でのカーチェイス、ホテルでの立てこもり、ビッグベンでの脱出行。
聖ジョージ大聖堂への降下作戦までは全て食蜂の思惑通りに事が進んだ。その地下墓地にいたあいつ……
学園都市最弱の無能力者から必要悪の教会最強の祓魔師となったあいつという、ただ一点を除いては。
そこで食蜂は撃ち殺されて死に、私は頭皮を剥がれ、顔を叩き潰され、この処刑塔に放り込まれた。
この三ヶ月間、両手に刻み込まれた超能力を封じる聖痕を見る度その時の光景を思い出す。
その間に、イギリス清教と学園都市が戦争が始まるだろうってシスターから聞かされた。
あいつが記憶と右腕を失い、私と学園都市を捨ててまでイギリスに渡り、シスターを追った本当の理由。
それはアレイスターが残した大量虐殺術式『地獄の門』でイギリス清教に何千人という死者を出した事。
そしてアレイスターが遺した大量破壊術式『天国の扉』が今度は何億人も殺すだろうって予測が出た事。
そんな一触即発の両陣営の間に辛うじて結ばれた、薄氷を踏むように危うく糸のように細い不可侵条約。
それを私はあいつを奪り還す為に聖ジョージ大聖堂に殴り込み、その本拠地ごと吹き飛ばしてしまった。
最初に撃鉄を起こしたのがアレイスターでも最後に引き金を引いたのは私だったんだと思い知らされた。
打ちのめされた。貴女の独り善がりな正義感が何時か誰かを殺すと言った結標の予言通りになった事に。
打ち拉がれた。世界どころか世間も読めてない貴女に何が出来ると云った食蜂の預言通りになった事に。
私の所為で、黒子が初春さんが佐天さんが、婚后さんが湾内さんが泡浮さんが、固法さんが妹達が皆が。
学園都市に生きる230万人が死ぬかも知れない。殺されるかも知れない。今、この瞬間(とき)にも。
両肩に爪痕が食い込んで血が出るほど強く自分を抱き締めても。
両膝を立てて血が流れるほど強く唇を噛んで自分を押さえても。
最初にキスしてくれたあいつを生きて失った悲しみを思うより。
最後にキスしてくれたあんたが死んで喪った哀しみを想った時。
私は残酷な神が支配するこの醜くも美しい世界の全てを呪った。
序奏||:「Gods Message~バベルの光~」
~1~
アニェーゼ『ラジオゾンデ要塞、宇宙エレベーター“エンデュミオン”予定軌道に乗りましたよ。どうぞ』
ルチア『高度五万二千メートルに到達。目標宙域に侵入します』
アンジェレネ『バルーンNO.4・6・9・13切り離します』
シェリー『続いてNO.616から666セパレーション開始』
オルソラ『降下角度9.1°、誤差修正するのでございますよ』
五和『ではこれより、オペレーション“ハル・メギド”を開始します。女教皇様、御武運をお祈りします』
神裂「はい」
通信用霊装越しにやり取りしながら、神裂は金属製の胸当てに手をやりつつ眼下に広がる地球を見下ろす。
ここは天壌無窮の宇宙空間、軌道エレベーター『エンデュミオン』を目指してラジオゾンデ要塞が揺蕩う。
千葉県外房沖より回収し、必要悪の教会が改修した空中要塞上部にて神裂の七天七刀を握る手に力が入る。
今は亡きアレイスター・クロウリーが今際の際に残した『地獄の門』により、イギリス清教は滅びかけた。
今回はイギリス清教のみならず魔術サイドそのものを滅ぼしかねない『天国の扉』を破壊する事が目的だ。
神裂「!」
しかし、招かれざる客を待ち受けていたのは手荒な歓迎だった。
ステイル「目標宙域にて放射光確認!スパイ衛星による質量攻撃、気象衛星ひこぼしⅡ号だ注意しろ!」
鳴り響く要塞内の警告音と飛び込んで来るステイルの檄を受け、無限回廊たる暗黒を神裂は見渡しす。
塵芥ほどにも感じられず、伝える音も無ければ振動を運ぶ大気さえない真空にあって『それ』は来た。
神裂「(スペースデブリ!)」
ひこぼしⅡ号より大質量の砲弾が軌道上へバラまかれ、浮遊する無人小型宇宙船の電磁力によって急加速。
地球の自転を無視し、地表ではなく対空爆雷が如く撃ち出されラジオゾンデ要塞へと向けて飛来して来る。
『八段階目の赤』と字されるそれは超高速の運動エネルギーを得れば一撃で地表の数十キロを根刮ぎ奪う。
しかし。
神裂「――聖ペテロ撃墜術式」
極小の瞬きが極大の煌めきとなり、『飛来』して来るスペースデブリを前にして神裂は唱える。それ即ち。
神裂「――“術者を担ぐ悪魔達よ速やかにその手を離せ”!!」
重量10kgの砲弾を音速の13倍で射出し上空1500mで吹き飛ばす『より』速く撃墜する、開戦の烽火である。
~2~
雲川「地球旋回加速式磁気照準砲(マグネティックデブリキャノン)をものともせずか。中々やるけど」
貝積「感心している場合か。まるで効いておらんぞ。どうするつもりだ。このままでは上陸を許す事に」
航空宇宙工学研究所付属、衛星管制センターのコンソールに頬杖を突き足を組みながら雲川が画面を見る。
宇宙での出来事とは言え、そこに生じる閃光や破壊をダイレクトに流し続ければ頭がおかしくなりそうだ。
それを第二波、第三波と降り注ぐデブリによる流星群を次々と撃ち落とし、退ける神裂は如何ばかりかと。
オペレーター「アメリカ大統領ロベルト=カッツェ氏よりホットラインが繋がっています!今回の件で」
貝積「何ともしてでも水際で防いでくれ。首を突っ込んで来たハイエナにはこちらで対処するとしよう」
雲川「そうして欲しいけど。世界の保安官気取りの犬に鼻先突っ込まれたら仕事がしにくくて仕方無い」
今も米国よりマッハ20で成層圏を飛び出し、ラジオゾンデ要塞へと爆撃を開始するは極超音速飛翔体……
通称「ファルコンHTV2」が烏合して、要塞上の神裂目掛けて吶喊して行く様子が画面上に映し出しされる。
更にはファルコンHTV2に搭載された直径30センチ、長さ6.1メートル、重さ100キロのタングステン金属棒。
通称『神の杖』までも爆撃し、本来地表を薙ぎ払う兵器を宇宙空間に揺蕩う要塞を放つという荒業に対し。
ステイル『“硫黄の雨は大地を焼く”!』
轟!とセパレーションした金属製バルーンを要塞内から遠隔操作し、次々と破裂させた可燃性ガスが――
瞬く間に紅炎の槍襖に代わり、50以上もの血の雨となって『神の杖』を一斉に撃墜し、灰燼へと帰した。
本来の運用方法から外れた物量作戦などで、押し切れるような相手ではない事ぐらいわからないのかと。
今も貝積と電話口でやり合っている『ミスタースキャンダル』ことロベルト=カッツェの吠え面が目に。
雲川「――時間稼ぎはもう良いだろう。あっちの準備の方は?」
オペレーター「完了しましたが活動限界は持って120秒です」
浮かぶより早く雲川が席を立ち、オペレーターの肩に手を置いて次なる一手を打つ。というよりも――
雲川「確認不要、カウント省略、MNW全チャンネルオープン」
是までの流れなど“真打ち”までの登場の時間稼ぎに過ぎない。
雲川「虚数学区“五行機関”展開、ヒューズ=カザキリ、出撃」
~3~
神裂「援護射撃感謝しますよステイル。また腕を上げましたね」
ステイル「ふん」
ひこぼしⅡ号の迎撃、ファルコンHTV2の突撃を退けた神裂が通信用霊装にて要塞内へと呼び掛けて行く。
今や、遠隔操作霊装を用いて右方のフィアンマが操っていた火の魔術をも会得したステイルに向かって。
事実、金属製バルーンの可燃性ガスを1として、それを物理法則を歪めて100にまで引き上げる地力。
それが既にステイルには備わっている。『地獄の門』から溢れ出した『在らざるモノ』との戦いの中で。
神裂「(このまま降下シークエンスに入れば先ずは第一段階)」
雲霞が如く群がるファルコンHTV2、放たれる航空ミサイルが白線を描き蜘蛛の巣のように放射状に広がる。
第三波のお出ましかと、要塞上にて神裂が腰溜めに七天七刀を構え待ち受けた刹那に『それ』は来襲した。
神裂「!?」
五月雨撃ちのミサイル、釣瓶撃ちの神の杖をまるで魚群でも追い散らすかのようにして次々と誘爆させる。
星海を切り裂いて昇り行く金糸の髪、天使の輪、百メートルに及ぶ翼を数十と背負った『人工天使』こと。
風斬「――ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
風斬氷華(ヒューズ=カザキリ)が成層圏を越えてやって来る。
神裂「七閃!」
風斬「破っ!」
上空五万二千メートルの世界で相打つファーストストライク、風斬の猪突を迎え撃つは、神裂の猛進。
振り下ろされる雷の剣、切り上げられる鋼の刀、音もなく激突し衝撃波がデブリを吹き散らして行く。
地上であったなら火を噴くほど鍔迫り合うも要塞上層部をガリガリ削り取りながら神裂を押し負けて。
神裂「くっ!」
弾き飛ばされながらも鋼糸を放って外壁に絡み付き、それでも殺し切れない勢いに身体を急旋回させては。
神裂「はっ!」
宇宙の果てに飛ばされるより早く鋼糸をアンカーに逆バンジーし飛翔術式を発動。再び要塞上へ返り咲き。
風斬「貴女達がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
そこから流星を思わせる急降下で、追い縋って来た風斬の薙払いを兜割りによる撃ち落としで叩きつける。
だが風斬も無重力状態にあって雷翼をフルバーストで逆噴射、低空飛行する燕のように身を翻して逃れて。
風斬「ッ!」
神裂「っ!」
切り結ぶ聖人と天使の二人の影絵が太陽の中で一つに重なった。
~4~
ステイル『やったか!?』
貝積「やられたのか?!」
神裂『まだ!』
雲川「まだだ」
風斬が紫電を叩きつける中へ神裂が飛び込み、左手の鞘で突きを繰り出し、風斬が身をよじってかわす。
そこから独楽の動きで回りながら雷剣を振り抜くも、神裂が逆手に構えた刀で受け止めては蹴り剥がす。
風斬も壁面をガリガリと削りながら後退るも、0から100の急加速から身体ごとぶつけるように突く。
ステイル『何故魔術を使わない神裂!?』
貝積「成る程虚数学区による術的圧迫か」
神裂『(魔力が循環不全を起こして!)』
雲川「それくらい私だって考えてるけど」
天上と地上に分かれながら同じ場面を異なる画面で見やるステイルと雲川、神裂と貝積の声が交差する。
魔術サイドに対する切り札とも言える『人工天使』、魔術世界の核兵器とまで言われる『聖人』もまた。
風斬『――貴女達が!私の大事な友達を!私の大切な親友を!』
神裂『っ』
動く事雷震の如し。神裂の目端にすら映らない『光速』移動で突きを放って、神裂が振り向き様に払う。
押し戻しされる風斬、だが押し返す神裂もまた蹈鞴は踏まずに体当たりし両者が宇宙空間で縺れ合った。
だが鋼糸による命綱を許さぬ風斬が切り込み、神裂が後手に回る他ない剣戟を次々浴びせて行き、更に。
風斬『返してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
第三次世界大戦にて、数多の魔術師を地殻ごと吹き飛ばした風斬の雷光が宇宙開闢を思わせる光を放ち。
神裂『“伴天連奉納兼光透晶”』
モニターがホワイトアウトするほどの万雷が要塞上に降り注がんとし、そこで神裂も二本差しにしていた
神裂『“草紙断ち”!』
天草式十字凄教秘蔵の霊装にして不世出の大業物、一千枚重ねた和紙を撫で切りにする草紙断ちを抜き
神裂『ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
真っ向から雷光を切り裂き、泣き別れた雷が要塞の三分の一を消滅させ、あまりの破壊力に思わず神裂が
神裂『くっ』
堪らず膝を屈し、頭を垂れ、張り巡らせた鋼糸まで焼き切られ草紙断ちを杖代わりに立ち上がらんとした
風斬『これで!』
その時であった。
~5~
「Hadit000(我は燃える星の中心核にして生命の与え手なり)」
ラジオゾンデ要塞全体が日輪が如く輝き、月暈が如く煌めき、星辰が如く瞬き放たれし『黒白の光』。
点の星々を線の光芒が面を結び、生命の樹(セフィロト)が反転した邪悪の樹(クリフォト)を描く。
計算外の出来事にコンソールを叩き立ち上がり刮目する雲川、予想外の出来事に瞠目する風斬が光を。
風斬『う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
浴びた途端、風斬の背負う翼が櫛の歯が抜け落ちるように消滅し、身体が塵へと帰り灰へと還って行く。
幾何級数的にその存在を価値から意義から理由から否定するように樹系図に磔にされたまま滅ぼされる。
雲川「一時撤退!ひこぼしⅡ号レーザー発射!風斬を援護しろ!このままだと“消滅”させられるけど!」
ひこぼしⅡ号から放たれたレーザーがラジオゾンデ要塞の更に三分の一を吹き飛ばし機体を爆散させるも。
オペレーター「……ヒューズ=カザキリ、ロストしました……」
『邪悪の樹』を形取った光が消え、ラジオゾンデ要塞が大気圏再突入した時風斬の姿はそこになかった。
残るは沈黙のみ。それは衛星管制センターも同様であり、火が消えたように誰もが皆一様に口を閉ざす。
だが雲川は一人決然と顔を上げ指示を出す。自分を含め結標達とも卓を囲んだ友人の生死を案ずるより。
雲川「学園都市上層部並び各学区に通達しろ。“エンデュミオン”周辺部の民間人は速やかに避難を開始」
為すべき責務と負うべき責任がある。しかし、事態はより悪く。
禁書目録『イギリス清教総大主教(アークビショップ)』
雲川「!?」
禁書目録「“Index-Librorum-Prohibitorum”と申します」
学園都市へ降下作戦を開始したラジオゾンデ要塞より、魔術により上空をビジョンに映し出される映像。
その演説内容とは、学園都市広告塔たる御坂美琴による不可侵条約を破っての襲撃事件を論ったもので。
禁書目録『学園都市により取られた敵対的な行為は、イギリス清教の信仰と生命に重大な脅威を与え……』
それは
禁書目録『自衛に訴える事を余儀なくされ今やイギリス清教と学園都市との間に戦争状態が存在する事を』
宣戦布告であった。
禁書目録『我等が神の名において、ここに通告するものとする』
~6~
ステイル「大丈夫か神裂!」
神裂「御陰様で何とか……」
「危なかったな。見てて冷や冷やしたぜしましたしちまった三段活用。あれ、あいつより強そうだったな」
神裂「あいつと言いますと」
「何て言ったっけ?あのビリビリした髪の短い女。名前は確か」
ステイル「……御坂美琴だ」
最終防衛ラインを突破し学園都市製宇宙エレベーター『エンデュミオン』へ接岸するラジオゾンデ要塞。
些か痛手を被ったふらつく神裂を残された左腕で抱き止め、『少年』は労をねぎらうように頭を撫でる。
神裂もまた失われた右腕より放たれしクリフォトの樹を模した、『幻想殺し』を宿す少年の腕の中から。
神裂「学園都市レベル5第三位、貴方の元恋人ですよ(既に月単位での記憶すら危うくなっているとは)」
必要悪の教会の中にあって唯一魔術を使わず、ラテン語の魔法名を持たぬ異端の祓魔師(エクソシスト)
Hadit(ハディート)という魔法名、神裂が『神浄の討魔』という真名を与えた少年からそっと離れる。
「……嗚呼、思い出したぜ。あれくらいの奴が三番目なら、上条さんの役割分担は案外早く済みそうだな」
少年もまた広い艦橋を行き来し土御門から情報提供されたレベル5のデータベースを改めて閲覧し直す。
第三位御坂美琴。聖ジョージ大聖堂に攻め込んで来たものの少年の手により処刑塔へと幽閉された少女。
「ただあの金髪の女みたいな頭のキレるタイプは上条さんと相性が悪いの事ですよ。俺は“頭が悪い”し」
第五位食蜂操祈。天草式並びにアニェーゼ部隊を手玉にとった策士。土御門に撃たれて死亡したとある。
更には七人のレベル5、『初めて目にする』第一位一方通行が最も危険であると言う註釈を斜め読みし。
「エンデュミオンとか言う奴の見取り図だけで頭が一杯だって」
星海を越え、雲海を超え、画面上に映し出された学園都市を見やり、ステイルが準備を整えつつ言った。
ステイル「――鳴護アリサという少女にも覚えはないのかい?」
法の書に於いてフィアンマと同じ右方(南)に位置し、火を意味する『ハディート』を司る少年へと――
神浄討魔「そりゃ、一人目か二人目の“上条当麻”の話だろ?」
~7~
婚后「なんですのあれは?」
湾内「UFOでしょうか?」
泡浮「それにしては大きな」
春光を遮り、太陽を覆い尽くすように雲を切り裂き影を落とすラジオゾンデ要塞を常盤台中学の面々……
婚后、湾内、泡浮を始めとする常盤台生が学舎の園に敷き詰められた石畳の上より仰ぎ見ていた。
ある者は上空から吹き下ろすダウンバーストにスカートを押さえ、ある者はカメラで撮影を試みる。
だからこそ彼女達は数秒後に我が身に降り懸かる災厄を見抜けない。それが審判の喇叭とも知らずに。
ステイル『攻撃開始』
次の瞬間、ラジオゾンデ要塞より紅炎の雨と光芒の槍が矢継ぎ早に降り注ぎ、第七学区全体へ爆撃を開始した。
婚后「!?」
蒼天が赤壁へ様変わりし、次々と炎の流星群が第七学区を塗り潰し、光の流星雨が学舎の園を塗り替える。
硝子張りのビル群が熱線を浴びた所からマグマがふきこぼれるように切り落とされ、学生を下敷きにして炎上。
鏡張りの研究所が光線を受けた所から消失し、一拍遅れて連鎖的に爆発を引き起こして研究者を吹き飛ばす。
四方八方に飛散するガラスが、身を竦ませ頭を抱える学生の首を容易く落とす断頭台の刃となり血飛沫が上がる。
雨霰と飛来するコンクリートが、身を固くし目を見開く湾内の上半身を引き裂き、泣き別れた下半身が残された。
婚后「湾内さん!?湾内さん?!何方か!誰か助けて下さい!」
泡浮「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
婚后が我に返ったのは頬に熱いほどの湾内の返り血を浴び、付着した素麺のような神経が胸に落ちてからだ。
ここに来て他の常盤台生も危機感を抱いたものの、天地が火の海に飲み込まれる中、飛翔術式で降りる御使い。
騎士A「降下開始」
騎士B「敵兵確認」
騎士C「排除する」
十字軍を思わせる白銀の騎士、魔術師を思わせる黒衣の神父が次々と石畳に降り立ち、婚后達を見つけて。
婚后「嘘」
騎士団長「撃て」
騎士の一人が衝撃波を放ち泡浮の身体に風穴を空け、更に後方のスクールバスのタンクに着弾して爆発。
騎士団長も、湾内の亡骸を抱いて茫然自失に陥った婚后の首をを躊躇う事無くフルンディングで刎ねる。
赤い血が飛び、黒い髪が散り、白い首が舞い、髪と骨の焼ける匂いと爪と肉の焦げる臭いが混ざり合う。
騎士団長「行くぞ」
赤絨毯で舗装された屍山血河の道を、騎士達が駆け抜けて行く。
~8~
神浄「――そりゃ、一人目か二人目の“上条当麻”の話だろ?」
それは偽善使い(ひとりめ)か英雄(ふたりめ)の上条当麻の話だろうと救世主(さんにんめ)が切り捨てる。
吐き捨てる一歩手前にまで顰められた眉は逆立てられる事こそなかったが皺が寄っている。
誰も彼も生きる神浄に死した上条を重ねて見る。その事に対し思う所も有るし含む所がなくもない。
ステイル「攻撃開始」
神裂「……露払いが始まりましたね。最終確認に移りましょう」
ステイルが攻撃開始を告げつつ、モニターを操作し学園都市を俯瞰から見下ろす形で映し出して行く。
23もの学区に枝分かれしたそれは、見る者によってはセフィロトを模した魔法陣を思わせるだろう。
ステイル「第一目標は均衡の柱たるエンデュミオンだ。慈悲の柱たる旧電波塔帝都タワーは数に入れない」
神裂「土御門からの情報によれば昨年のクリスマス、御坂美琴と食蜂操祈との戦闘により焼失とあります」
今は亡きアレイスターが魔術師としてその悪名を轟かせていた頃、23という数字に魅入られていたと言う。
セフィロトの樹は10のセフィラ、22の小径から構成され、彼が求めたのは隠された11番目のセフィラ。
即ちダアト(神意)へ繋がる23番目の小径へと連なり、23もの学区がそのまま樹系図に置き換わるのだ。
街全体を魔術的要素と為し、ガブリエルに匹敵する天使の軍勢を世に放たんとするのが『天国の扉』である。
ステイル「それも鳴護アリサの時と違い、“ヤコブの梯子”に連なる魔術的要素を満たしている。そこでだ」
それを防ぐには樹系図を支える峻厳・慈悲・均衡の三本柱、即ち『エンデュミオン』を征服する必要がある。
『ヤコブの梯子』とは旧約聖書、創世記28章12節に記された天使が地上に降りる為の光の塔を意味する。
『ヤコブの梯子』とは現代語で『軌道エレベーター』を意味し、正しく科学と魔術を交差させた術式なのだ。
ステイル「君の幻想殺しの力が必要になる。失敗は許されない」
三本柱を攻め、ヤコブの梯子を落とし、天使の召喚を防ぎ、魔術サイドを救う、その為なら例え学園都市を。
ステイル「万一の時は僕達の命と引き換えに、230万人を道連れに要塞そのものを学園都市に落とす」
地図上から消す事すら辞さないと、ステイルは言い放ったのだ。
~9~
佐天「むーちゃん!マコちん!アケミ!早く繋がって!速く出て!」
初春「第七学区非常用通信途絶!警備員八四支部壊滅!木の葉通りからセブンスミストにかけて炎上中!」
固法「二之腕付属を最優先で避難させて!まだ藍鈴女子校の誘導が終わってないわ!応援要請を出して!」
時同じくして、風紀委員一七七支部もまた吠え哮る混沌の直中にあり、ひっきりなしに警報と電話が鳴る。
たまたま遊びに来ていた佐天も必死に友人達と連絡を取ろうとしていたが、既に回線はパンク状態にある。
学生は全て能力者と見做され、避難所まで押し入られ、無条件降伏も許されず、片っ端から殺されて行く。
佐天「どうして私達がこんな目に合わなきゃいけないのよ!?」
幹線道路上で駆動鎧が魔術師達を轢殺し、六枚羽による機銃掃射で騎士達を射殺し、押し返して行く。
撃墜術式で撃ち落とされた戦闘機があすなろ園に突っ込み、孤児を庇う養母が生きたまま焼き殺される。
固法「っ」
御坂を救い出す為の手掛かりを得てイギリスへ渡った白井が、この場に居なくて良かったと固法は思った。
その時であった。
固法「あれは!?」
ズシッ、ズシンと瓦礫の山と戦火の海を越えてエリスの肩に乗ったシェリーが一七七支部に目をつけて。
固法「初春さん!佐天さん!貴女達だけでも先に逃げなさい!」
シェリー「虱潰しだ。恨むなら御坂美琴を怨む事ね。あの世で」
佐天「(御坂さん!?)」
破城槌を思わせるゴーレムの拳が振り下ろされるのと、固法が初春と佐天を突き飛ばすのが同時だった。
蚊を潰すように固法が、蠅を叩くように風紀委員が、瓦礫を墓標に液状化するまでエリスにすり潰され。
佐天「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
初春「佐天さん!」
脳漿と糞尿と血液の全てをぶちまけて固法は死に、気が触れたように泣き叫ぶ佐天を初春が連れて逃げる。
固法の死に胸を痛めるゆとりも、皆の死を悼む暇もなく、振り返る事なく、立ち止まる事なく駆け抜けた。
シェリー「ノミとダニを取り逃がしたか。これから追撃するわ」
一万キロの距離を越えて白井に、九時間の時差を超えて御坂に助けを求めるように佐天が叫び初春が走る。
佐天「嫌だ!いやだ!イヤだ!私まだ死にたくないよ!初春!」
初春「立って!走って!お願いしっかりして下さい佐天さん!」
絶望の、その先へ。
~10~
禁書目録「終わりが始まったんだよ。もう後戻り出来ないかも」
同時刻、放棄された聖ジョージ大聖堂よりカンタベリー寺院に本拠地を移した必要悪の教会地下階層本営。
そこでインデックスはパイプオルガンを操作盤に、ステンドグラスに投影された戦場を具に見守っていた。
オルソラ「っ」
鍵盤を奏でるオルソラも、同僚であるシェリーが初春を握り潰す瞬間に目を背ける。だがインデックスは。
禁書目録「(ひょうか、ありさ、どうか私達を許さないでね)」
三ヶ月目となるお腹を撫で、車椅子に背を凭れさせ慙愧の念に駆られながらも冷静に戦況を分析していた。
空中要塞に航空機による接近を試みようにも、展開される撃墜術式がそれを許さないのは織り込み済みだ。
仮に要塞を撃墜してもエンデュミオンの倒壊し、全落下エネルギーにより学園都市が壊滅する事も含めて。
禁書目録「そろそろレベル5か虚数学区が出て来る頃だろうね」
そしてアレイスター亡き後、虚数学区を運用しようにも完全に制御下にない事も土御門から報告を受けている。
その真価を発揮しようにもブラックボックスが多すぎて、他の人間では学園都市を覆うのが関の山である事も。
魔術サイドも当然、魔力を暴走させ術式を崩壊させるそれらに対する封じ手を持っている。それが神浄討魔だ。
禁書目録「(そのレベル5の一人が短髪の友達で、眠りに就いた私を目覚めさせた後、もとはるに撃たれたって聞いたけど)」
だが、その虚数学区に関する情報を独占する一人居た。去年の暮れ頃から暗躍していた食蜂操祈である。
組織解体された学園都市暗部から活動資金全てを地下銀行から吸い上げ、虚数学区に関する情報を強奪。
そして御坂と結標の決闘場にして、現在魔術サイドが狙う三本柱の内の一つである旧電波塔を破壊した。
禁書目録「(ひょっとして)」
その後御坂をけしかけてイギリス清教との亀裂を決定的なものにした。
その死に至るまでも含めて、全てシナリオに則ったように無駄なくだ。
禁書目録「(考え過ぎかも)」
だが食蜂は土御門に射殺され、全ての真相は闇に消え、その場にいた御坂も処刑塔に幽閉されてしまった。
オルソラ「!? 英空軍メンウィズヒル基地防空本部より通信なのでございますよ!今、英国上空に――」
その時であった。
オルソラ「学園都市製超音速ステルス爆撃機、HsB-02、HsB-07、HsF-00の飛行編隊を確認!」
~11~
一方、衛星管制センターにて指揮を取っていた雲川は気を抜けば失神してしまいそうな重圧に耐えていた。
オペレーターA「敵軍大隊1、第三防衛ライン、突破します!非戦闘員、学生の避難が最優先だ!急げ!」
「――フランキスカ1だァ。現在ニューフィールズ上空を通過」
空中要塞の上陸から数えて80分前、入れ違う形で親船最中の出撃命令を受けイギリスへと飛び立つは――
オペレーターB「学園都市外周部からも2個大隊が侵攻中!防壁を展開し、駆動鎧部隊に迎え撃たせろ!」
「――こちらフランキスカ2。到達予定時刻まであとヒトマル」
オペレーターC「第21学区レーダーサイト、沈黙!封鎖線を放棄しても構わん!抽出打撃部隊を回せ!」
「フランキスカ3よ!後続部隊が私達を追い越して行ったわ!」
御坂美琴を救出すべく出撃した超音速ステルス爆撃機、コールサイン『フランキスカ』1・2・3の他に。
オペレーターD「フランキスカ4!貴艦は予定進路から大幅に外れている!繰り返す!フランキスカ4!」
後続部隊である『フランキスカ』4~9が突如として命令無視し、飛行編隊から離脱し先行し始めたのだ。
雲川「脳波リンクを全面カットしろ!パイロットが廃人になっても構わん!機体に強制停止信号を送れ!」
オペレーターE「駄目です!相互リンクシグナルダウン!パイロット側からロックがかけられています!」
そこで雲川は思い当たる。何者かが指揮系統に割り込んでいる。それは雲川の考え得る最悪の形で的中した。
オペレーター男「信じられません!フランキスカ4から9まで、核弾頭ミサイルが積み込まれています!」
雲川「フランキスカ1から3!4から9を今すぐ撃墜しろ!このままじゃ“戦争”ですらなくなるけど!」
オペレーター女「フランキスカ1~3、通信途絶!4~9、攻撃体勢に移行!駄目です間に合いません!」
戦術核。本来は総司令部が幾多の手順を踏み数多の認証を経て装填される銀の弾丸の撃鉄が起こされたのだ。
戦争という大いなる獣を打ち倒す為の、闘争という赤き竜を殺す為の切り札。それが自分達の手では無く――
パイロット「コレヨリ、第二次ウンターネーメン・アイヒェ(柏作戦)ヲ実行ス。武運長久ヲ祈ラレタシ」
神の左手か悪魔の右手に握られた事を人間達は思い知らされた。
~12~
禁書目録「!?」
オルソラの報告を聞き、距離にして九千キロ、時差にして九時間を介し、インデックスが覚えたのは――
自国での戦術爆撃を無視しての敵国への戦略爆撃という、純軍事的に見て常識外れな用兵に対する戦慄。
禁書目録「――おるそら!主モニター!直映に回して!早く!」
モニターを切り替えると同時に、英空軍メンウィズヒル基地が爆撃され、通信が途絶したのを皮切りに――
オルソラ「目標、ロンドン上空に到達したのでございますよ!」
先ずテムズ西岸議事堂、次いでビッグベン、加えてダウニング街、首相官邸、内外務省省庁舎が吹き飛ぶ。
更に国防総省舎、政官庁舎群、バッキンガム宮、旧聖ジョージ大聖堂、ホースガーズまで爆撃されて行く。
スコットランドヤード本庁、大蔵会議局、ウエストミンスター寺院、ピカデリー通りに至るまで全てが――
大英帝国の築き上げて来た全てが、赤光に飲み込まれ、灰燼に帰し、塵芥すら残さず焼き尽くされて行く。
その破壊をもたらした爆撃機の烏合は、機体を九十度傾けながら高速回転し、嘲笑うかのように飛び回る。
応戦すら許さぬバルカン砲による一斉掃射、防戦すら許さぬミサイルと有線レーザーユニットの絨毯爆撃。
時速七千キロを超える学園都市の戦闘機を止める術などイギリスのみならず世界中の何処にも存在しない。
その上で英空軍メンウィズヒル基地が誇るエシュロンシステム及びレーダーサイトを破壊されたのである。
これで軍事無線、固定電話、携帯電話、Eメール、データ通信、スパイ衛星、電子偵察機、潜水艦等が――
使えなくなった今、前線部隊を指揮するどころか後方支援さえ出来ず、尾羽打ち枯らした半身不随も同然。
オルソラ「何て事を……」
白で染め抜いた盤面を黒で塗り替え、更にチェスボードごとひっくり返し、駒まで叩き割るような戦術。
商業地を地域ごと、市街地を恐怖に陥れ、行政府を無差別に、工場から港を精密に、吹き荒ぶ鉄風雷火。
軍人ならば自決、政治家ならば降伏を選ぶほどの壊滅的状況。だがインデックスは『聖職者』であった。
禁書目録「――処刑塔の天草式とアニェーゼ部隊に連絡して!」
オルソラ「!?」
禁書目録「敵軍の狙いは私達の士気を挫く為だけじゃないかも!処刑塔の守備を丸裸にする為なんだよ!」
~13~
白井「こういう事だったのですわね、先のメールの指定時刻は」
同時刻、テムズ川にかかるタワーブリッジ上層部、跳ね上げ部分にて身を潜めていた白井は絶句していた。
一瞬の後に焼け野原と化した光景。白井の青ざめた顔を火の手が赤々と照らすほどの阿鼻叫喚の地獄絵図。
夜空はさながら夕焼け空で、夜風に飛散した焼死体の脂肪のべたつきが乾ききった唇に不快な感触を催す。
産毛まで焼け焦げるような熱気に、火薬の焦臭さと糞尿すら霞むほどの死体が焼ける異臭はまさしく酸鼻。
白井「(あの堅牢な要塞を落とす為に空爆までするなどとは)」
全てはつい数日前、結標とお揃いの携帯電話に飛び込んで来た謎の情報提供者からのメールから始まった。
―――――――――――――――――――――――
4/1 3:11
from:+ 44 The Fables of the Bees@mail.co.uk
sb:
添付:(126KB)20XX0331_0311.01jpg
本文:
She is still alive.
―――――――――――――――――――――――
白井「(まだですの?このメールを寄越した情報提供者は!)」
それは御坂が消息を絶ったイギリス国内から発信されたメールであり、同時に添付されていた画像には……
どうやって撮影したものか、処刑塔に幽閉されている御坂の姿と、塔内の詳細な間取りまで記されていた。
まさに藁にも縋る思いで、白井はその情報提供者からもたらされるアドバイスに従いイギリスを目指した。
フランス、アミアン、ドーバー海峡を経由する中、新たに齎された情報は二つ。一つは指定時刻までに――
この可動橋に潜伏している事。残るはその情報提供者と合流する事。しかしその本人が未だ姿を現さない。
白井「……もしやこの爆撃に巻き込まれて既に(ならば混乱状態に乗じてわたくし一人でも突入する他)」
最早この救出作戦に単独で臨む他ないと腹を括った白井の背中に
???「憮然。せっかく仕立て直したスーツが台無しになった」
闇夜にも目映いダッジ&ロール社の白スーツに身を包み、首筋に『鍼灸痕』が残る青年の声がかかった。
???「――遅参を詫びよう白井黒子。道が混んでいたのでな」
それは御坂達を乗せて運転させられ、M4でカーチェイスを演じたゲレンデヴァーゲンの運転手だった。
~14~
アンジェレネ「なっ、何が起きたんですか?みんな、返事を!」
時同じくして、処刑塔に詰めていたアニェーゼ部隊々員アンジェレネはアド・ヴインキュラ礼拝堂に居た。
先の爆撃により礼拝堂は屋根ごと吹き飛ばされ、今も隊員の半数以上が爆死ないし圧死の憂き目にあった。
天守閣に当たるホワイト・タワーは半ばで手折られ、ミドル・タワー、ベル・タワーは木っ端微塵である。
トレイターズ・ゲイトは破壊され、セント・トーマス・タワーは倒壊、ソルト・タワーは全壊。更には――
ブラッディー・タワーは炎上し、クイーンズ・ハウスは焼失し、ビーチャム・タワーセント・ピーター……
魔術的要素で固められた難攻不落の要塞はここに落城した。超音速ステルス爆撃機と言う破城槌によって。
アンジェレネ「(シスター・アニェーゼ、シスター・ルチア)」
???「唖然。まだ息がある者がいるとは。ならば問おうか?」
アンジェレネ「だっ、誰ですか貴方は!名乗りを上げなさい!」
石の下の団子虫のように這い、蛞蝓のように蹲う他無い隊員達に呼び掛けるも、帰って来るのは呻き声。
そんな中であった。未だ着弾の衝撃に三半規管をやられ、立ち上がる事さえ出来ないアンジェレネに――
呼び掛けて来る涼しげな声音の青年。だが声色にこちらの身を案じる響きは無く、むしろ重々しかった。
???「名前は失った。いいや、一度貴様達より奪われたと言うべきか。しかしそんな事はどうでも良い」
アンジェレネ「!?」
???「蓋然。御坂美琴はこの礼拝堂の下だな。改めてさせて」
シスターA「アンジェレネ様から離れなさい!両手を上げて!」
シスターB「ご無事ですかアンジェレネ様!さあ、今すぐに!」
シスターC「所属を名乗りなさい!貴方の信ずる神の名は!?」
青年がアンジェレネに尋ねるや否や数名のシスター達が立ち上がりその手にはメイス、サーベル、短剣。
火の手を映し出すほど磨き抜いた刃紋と、円陣を組むようにジリジリと距離を詰めて来る彼女達に対し。
???「喟然。私も嘗ては君達と同じ神を信じていた。“異端”とはされていたが。ならば答えよう……」
アンジェレネ「(十字教、異端宗派、まさか、この人は!?)」
???「Honos628(我が名誉は世界のために)」
名乗りを上げたのだ。いま一つは魔法名を。残るもう一つは――
アウレオルス「私は元ローマ正教隠秘記録官アウレオルス=イザード!貴様等の信ずる神に背いた男だ!」
~15~
アウレオルス「暗器銃!バリスタ!バズーカ!レーザー砲!ガトリング砲を錬成せよ!数は二百!標的が息絶えるまで放て!」
アンジェレネ「うわああああああああああああああああああ!」
次の瞬間、アウレオルスを中心に展開された暗器銃から弾丸が放たれ、シスターの一人が蜂の巣にされた。
更に据え置き式大型弩砲から放たれた矢がアンジェレネの下半身を置き去りに上半身を壁面に縫い付ける。
加えて戦車をも破壊するバズーカが襲い掛かってアニェーゼ部隊を吹き飛ばし、ガトリング砲で蹂躙する。
最後には学園都市でも見受けられたレーザー砲が、礼拝堂を床と言わず壁と言わず天井と言わず撫で切る。
白井「っ」
呼ばれるまで出て来るなと言われ、城壁に沿って植えられた茂みに身を潜めていた白井にもそれが窺えた。
白井「ッ」
戦いの神髄とは反撃を、闘いの心髄とは反射を、戰いの真髄とは反応すら許さぬワンサイドゲームにある。
それは歯を食い縛り手を握り締める白井にもわかっている。これは『戦闘』ではなく『戦争』なのだから。
アウレオルス「渙然。こっちだ白井黒子。御坂美琴はこの下だ」
瓦礫と肉片、鉄骨と骨片、聖水と鮮血をぶちまけた礼拝堂の床面より、隠し階段をアウレオルスは指差す。
わかっている。少なくとも、アウレオルスでなければ二百人近い武装集団を撃退する事など不可能だった。
誰一人傷つけず、殺さず、死なせずに済ませようなどと言う奇麗事が通るのは学園都市の中でしかないと。
白井「ごめんなさい、どうしても、ありがとうと言えませんの」
アウレオルス「瞭然。礼など要らん。さあテレポートしてくれ」
そして白井がアウレオルスの手を取り、地下牢へとテレポートする。するとそこには広がっていたのは――
奈落を思わせる縦穴とそれに連なる螺旋階段。女王陛下の宮殿にして要塞と言われたロンドン塔の暗黒面。
白井「(軽く見積もっても百メートルは下らない深さですの)」
アウレオルス「――御坂美琴はこの最深部にいる。先を急ごう」
『鍼さえ使わず』に黄金錬成でランタンを作り出し、アウレオルスが先導し白井は螺旋階段を下って行く。
その背中を見下ろしながら白井は思うのだ。この青年は何の為に御坂を救おうとし、自分を助けるのかと。
白井「(……今はお姉様の事だけ考えましょう。全ては――)」
全ての答えは、御坂を取り戻し、生きて此処を出てからだと――
掲示部:||:「Liberi Fatali~運命の子供達~」
~16~
アニェーゼ「異教徒が攻め込んで来る!?どういう事なんです最大主教?!」
ルチア「アニェーゼ部隊応答なさい!シスター・アンジェレネ返事なさい!」
処刑塔最深部にまで響き渡る空爆の余波が収束するにつれて、地下牢に連なる回廊がにわかに騒然となる。
この爆撃により地上との連絡手段が途絶し、アニェーゼとルチアは通信用霊装にて情報収集に努めていた。
その時である。インデックスから御坂を移送しかつ乗り込んで来る勢力を迎え撃てとの命令が下ったのは。
アニェーゼ「だから私はあの時殺しちまうべきだと言ったんです!さあ!とっとと立ち上がれってんです!」
御坂「………………」
ルチア「いいえシスター・アニェーゼ。今殺しましょう。移送中の不幸な事故として。何なら私の手で――」
二人が向き直った先。精神病棟のような真っ白な牢獄にて拘束衣を着せられ床面に横たわる物言わぬ御坂。
数ヶ月に渡る幽閉により伸びた前髪が被さり目の色は窺えない。ルチアが車輪を振り上げたこの瞬間さえ。
ルチア「送って差し上げましょう。あの“悪魔”の居る地獄へ」
身動ぎ一つせず垂れた頭が、今まさに石榴のように弾けんと――
~16.5~
白井「どおりゃああああああああああああああああああああ!」
ルチア「!?」
得物を振りかぶったまさにその瞬間、眼帯をつけたルチアの右頬に深々と突き刺さるは、揃えられた爪先。
白井「お姉様!」
アニェーゼ「誰だ貴様等はァァァァァァァァァァァァァァァ!」
最深部に張り巡らせた結界を空間移動によって飛び越えて来た白井のドロップキックがルチアを蹴り飛ばし
アウレオルス「移動砲台を錬成!砲門は十!標的はシスター!」
白井が御坂を抱きかかえて離れるのと入れ違いにアウレオルスが突入し、結界を黄金錬成で粉砕すると――
魔術的要素により、行けども行けども出口にまで辿り着けない地下牢へ連なる無限回廊とアニェーゼ達を。
アニェーゼ「しまっ……」
アウレオルス「アーメン」
十把一絡げに薙ぎ倒し、アニェーゼは手首と蓮の杖を残して回廊の瓦礫を墓標とし、神の御元へ送られた。
ルチア「異教徒オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
白井「っ」
白井が車輪を振り下ろすルチアの鳩尾に掌底を放つと同時に空間移動させ、ルチアは回廊に埋め込まれた。
~17~
白井「お姉様!お姉様!!お姉様!!!わたくしがわかりまして!?貴女の露払い、白井黒子ですわ?!」
御坂「………………」
白井「お姉様!!?」
アウレオルス「凝然。神経の衰弱と肉体の消耗が著しい。四肢の麻痺は認められんが意識が混濁している」
風穴の空いた地下牢にて、白井は滂沱の涙を流しつつ拘束衣の上から御坂を抱き締めるも反応はなかった。
アウレオルスが見るに物理的な暴行や陵辱、魔術的な拷問や洗脳は認められなかったが拘束衣を解くと――
その眉間に深い縦皺が刻まれるのを白井も見、アウレオルスの視線の先、御坂の両手を見つめて絶句した。
白井「……これは十字架?いいえ、聖痕(スティグマ)ですの」
アウレオルス「これは“サンヘドリンの最終決定”術式だ。何という事だ。彼女は、御坂美琴はもう――」
白井「……もう?」
アウレオルス「……一生涯、超能力を使う事は出来ないだろう」
白井「そんな!?」
御坂の手の平、左脇腹、足の甲に刻まれた十字架の聖痕。それは『サンヘドリンの最終決定』術式である。
サンヘドリンとは十字教において神の子を逮捕し、ユダに神の子を銀貨三十枚で裏切らせた最高法院の名。
彼等は1人の議長と1人の副議長、69人の議員からなり、死刑を除く全ての法の力を手にした長老会だ。
その術式の拘束力たるや捕縛した神の子を封じ込めるほどであり、御坂から力を奪い去るなど造作もない。
白井「貴方のその不思議な力で、お姉様にかけられた呪いを解く事は出来ませんの?アウレオルスさん!」
アウレオルス「暗然。この術式の厄介な性質は、それを齎した魔術師71人、悉くを殺さねば解けん所だ」
白井「――――――」
アウレオルス「……しかし、能力者としてではなく、一般人として生きて行くに当たって命に別状はない」
そこで白井は手の甲で涙を拭い、ピシャリと両頬を打ち、御坂を背負って、風穴より縦穴へ戻らんとした。
白井「――それを聞いて安心しましたわ!さあ行きましょう!」
アウレオルス「……君はそれで良いのか?彼女はもう超能力を」
白井「見損なわないで下さいまし。わたくしがお姉様を慕うのは、超能力の有る無しではなく心の在り方」
アウレオルス「………………」
白井「超能力がなくたって、人間は幸せに生きていけますもの」
しかし――
~18~
建宮「かと言って、はいそうですかで通す訳には行かんのよな」
白井「!?」
建宮「天草式を舐めてんのかお前らはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
牢獄に空いた風穴より、再び縦穴へ白井達が顔を覗かせたところで、建宮斎字率いる天草式十字凄教が――
螺旋階段に陣取り、包囲網を完成させ、その上で建宮が跳躍しつつ、フランベルジュを白井へ振り下ろす。
そこで白井も辛うじてテレポートし白刃を掻い潜り、建宮の背面に躍り出、肩口を足場にジャンプするも。
五和「はっ!」
その矢先に先槍を構えて飛びかかって来る五和の穂先を、白井は辛うじて手にした金属矢で切り結んだ。
だが空中で火花を散らすより早く五和が先槍を持ち手に大車輪し、倒立し、雪崩れ込むような踵落とし。
左足の踵落としを金属矢を手にした右肩口へ突き刺し、右足の踵落としが背負った御坂へ振り下ろされ。
白井「くっ!」
白井が再びテレポートとして御坂を狙った踵落としを躱すも、足場のない縦穴の中空に投げ出され落下し
アウレオルス「白井黒子!」
建宮「逃がさんのよな!」
五和・香焼・対馬・浦上・諫早・牛深・野母崎「教皇代理!」
アウレオルスが天草式十字凄教と螺旋階段にて対峙、御坂を背負った白井と建宮達が水の手にて対決する。
~18.5~
白井「うっ!」
最深部の更に奥深くに流れるテムズ川の水の手広がる地下水脈に辛うじて着地し、白井が金属矢を構える。
同時にフランベルジュを担ぐ建宮、海軍用船上槍を構える五和、短剣を忍ばせる香焼が水面に降り立った。
他にも浦上がドレスソード、対馬がレイピア、諫早がメイス、野母崎が西洋剣、牛深が斧をそれぞれ携え。
建宮「お前さん達はやり過ぎた。けじめを取らせてもらおうか」
白井「返す言葉もぐうの音も出ませんわね。ですがわたくしも」
白井が距離を測り、建宮が間合いを詰める。アウレオルスの加勢は期待出来ない。彼もまた手一杯だろう。
同じく御坂の助力も期待出来ない。完全に心が折れてしまっている。完璧に心が閉ざされてしまっている。
昨年の12月25日、全てを失った時の自分のように。ならば『出来る』。結標に出来るなら自分にも出来る。
白井「ただで死ぬつもりは毛頭ございませんのよ。悪しからず」
そして白井を中心に吹き荒れる風。それ即ち、『能力の暴走』。
~19~
白井「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
五和「七教七刃!」
『空間移動』の演算を恣意的に暴走させ、制御を意図的に放棄する事で生み出す、大嵐を呼ぶ人魚の魔歌。
逆巻く水脈、渦巻く土砂、視神経が焼け付き、脳血管が焦げ付き、それでも白井は御坂を抱き締め続ける。
五和が放つ鋼糸さえ飲み込み、建宮が振るう衝撃波をも呑み込み、力尽きるまで、命尽きるまで白井は――
御坂を守ると足掻き続け、美琴を護るともがき続け、建宮達に向かって金属矢を鳳仙花の種子のように――
投擲するも浦上と野母崎の剣戟に撃ち落とされ、代わって香焼の短剣が御坂を庇う左手の平を刺し貫いた。
白井「しまっ……」
諫早「押し通る!」
その苦痛が大嵐の勢いを僅かながら弱めたと見るや否や、諫早のメイスが白井の身体を横殴りに薙ぎ払い。
牛深「悪く思うなよ」
斧を振り下ろさんと迫り来る牛深を前に、能力の暴走によって舞い上げられた水の手が雫となって落ち……
スローモーションで降り注ぐ一滴にまで、今際の際を迎えた自分の顔が映るのを見、白井は死を覚悟し――
~19.5~
「――黒子お゛お゛お゛お゛お゛おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
白井「!?」
白井は見た。奈落の底から見上げた天蓋がミサイルによって吹き飛ばされ、生み出された太陽の中を――
黒点に住まうとされる大鴉のような爆撃機が不死鳥のように燃え盛りながら縦穴へ突っ込んで来るのを。
『黒子』。腕の中の物言わぬ御坂を除いては、自分を呼び捨てに出来る人間などたった一人しかいない。
牛深「なっ!?」
その瞬間、牛深は爆撃機の鼻面に押し潰され水飛沫に代わって血飛沫が舞い、落下による衝撃を受け――
建宮達が吹き飛ばされ、白井達が放り出され、代わって爆撃機から氷片を振り撒いて少女が飛び出した。
「――何で貴女がここにいるのよ黒子。私に一言も無しに……」
白井「……それはこっちの台詞ですわ。貴女こそどうして――」
この暗闇を照らす火炎よりも赤い二つ結びと紅い眼差しと朱いチョーカー。それは白井が彼女に送った物。
その彼女が軍用懐中電灯を右手で構え白井を守るように左手で遮る。嘗て殺し合い、今は愛し合う『恋人』
結標「――それこそ“神のみぞ知る”ってやつでしょう?黒子」
コールサイン『フランキスカ3』、結標淡希が舞い降りたのだ。
~20~
アウレオルス「――断頭台を錬成!数は五十!標的は天草式!」
そしてアウレオルスも螺旋階段踊場にて、上方から進撃して来る天草式に対し、ギロチンの刃を錬成し――
それらをブーメランのように射出するも天草式は壁面、通路、牢獄を障害物として身を潜め攻撃を往なす。
空爆によって痛手を受け、かつ指揮官が不在だったアニェーゼ部隊の不意を打ったようには事は進まない。
アウレオルス「(奮然。このままでは契約の時に間に合わん)」
つい今し方も爆撃機が地上を突き破って地下へ墜落して行ったが、白井達の旗色が良かろうはずもなく――
天草式A「ぐっ!?」
天草式B「がっ?!」
天草式C「新手か!」
攻め倦ねるアウレオルスが焦燥に駆られ、一か八か打って出ようとした矢先に響き渡るは、銃声と断末魔。
螺旋階段より正確なヘッドショットで頭を撃ち抜かれた天草式のメンバーが櫛の歯が抜けるように落下し。
アウレオルス「――暗器銃を錬成!数は五十!標的は天草式!」
一方通行「どけェ!三下がァァァァァァァァァァァァァァァ!」
階段上部よりベクトル操作で突風を巻き返した一方通行と、階段下部より暗器銃を乱射するアウレオルス。
期せずして天草式を挟撃する事ととなり、その大半が水の手へと落下して行くのを見届けるよりも早く。
一方通行「魔術師か」
アウレオルス「能力者か」
突っ込んで来た一方通行がアウレオルスの喉元に自動拳銃を、アウレオルスが一方通行の眉間に暗器銃を。
それぞれ突き付けながら睨み合う。いずれにとっても敵か味方か、銃口よりも冷たい眼差しで値踏みして。
海原「――そこまでですお二方。どうやら自分達の利害関係は一致しているようです。矛を収めて下さい」
互いに銃口を向ける二人の間に割って入って来たのは海原光貴。だが二人の指先は引き金にかかったまま。
アウレオルス「判然。学園都市側か。私の名はアウレオルス。君達とは違う所から指令を受けている者だ」
海原「では貴方の背景と目的は?一体誰が、何の為に彼女を?」
白井を助けたいアウレオルス、御坂を救いたい海原、いずれでもない一方通行による三竦みの膠着状態は。
アウレオルス「歴然。アレイスター・クロウリーの遺志を継ぐ者だ。その者が私の記憶を蘇らせてくれた」
奈落より天蓋まで吹き上がる、爆撃機の火柱によって破られた。
~21~
浦上「……よくも!」
結標「――黒子!!」
対馬「――牛深を!」
白井「淡希さん!!」
水の手を燃え上がらせる爆撃機を背に、浦上が駆け抜けながら飛び上がりドレスソードを叩き付けて来る。
結標がそれを辛うじて薙ぎ払った軍用懐中電灯で受け止める側から、対馬が喉元目掛けてレイピアを放つ。
だが白井が寸での所で金属矢でレイピアを弾き返すも、横合いから野母崎が体当たりを食らわせ、白井を。
野母崎「おお!」
水面に押し倒し、馬乗りになり、西洋剣で喉笛を刺し貫かんとした所で結標が浦上を弾き飛ばし座標移動。
次の瞬間、白井が手にしていた金属矢が結標の手により野母崎の顔面から後頭部まで剣山のように貫いた。
白井もまた野母崎を空間移動させ、メイスを振り下ろす諫早へと盾としてぶつけ脳漿と頭蓋骨が飛散する。
結標「(黒子に手を汚して欲しくなんかない!だけど今は!)」
結標も対馬が矢継ぎ早に繰り出す突きを片っ端から軍用懐中電灯で押し返すが、捌き切れず左頬が切れる。
白井もまた御坂を抱いて横っ飛びで空間移動して諫早から距離を取り、掌に刺さっていた香焼の短剣を――
空間移動させ香焼に左袈裟懸けにねじ込むも致命傷には程遠く、逆に香焼は短剣を引き抜き突進して来る。
そこへ建宮も加わるのを見、結標は対馬の放つ突きに対し自分と引き剥がした浦上を座標移動で引き寄せ。
結標「殺しなさい黒子!“御坂美琴”を守りたいなら一人も生かして帰すんじゃない!皆殺しになさい!」
対馬の切っ先を盾にした浦上の腹腔に貫かせる事で封じ、浦上の背中を蹴り飛ばし、対馬を突き飛ばし――
圧死した牛深の斧を拾い上げ、座標移動で対馬の頭を叩き割り、浦上達の死体を建宮達にぶつけ突進を阻む。
その間隙を縫って白井が空間移動し、御坂を抱きながら結標の背後に回る。そう、殺さなければ殺される。
更に結標が諫早の『上半身のみ』を座標移動させると、腰椎を残して鮮血が噴き出しメイスが水中に没し。
五和「これで!」
結標「ああ――」
浦上達の死体を押しのける建宮の背後、先槍を構えていた五和が投擲した穂先が結標を串刺しにせんと――
海原「“月のウサギ”」
したところで、水の手へ飛び込んで来た海原の『原典』、人骨の弾丸が五和の腸を跡形もなく食い破った。
~22~
建宮「五和!」
アウレオルス「“死ね”」
腸をぶちまけた五和に激昂した建宮が海原へ切りかかるも、駆けつけたアウレオルスの『死ね』の一言で。
香焼「教皇代理!」
一方通行「――くたばれ」
香焼もまた、飛来して来た一方通行の手で、全身の血液を逆流させられ、トマトを踏み潰すように爆ぜる。
結標「一方通行!海原!」
海原「……何とか間に合いました。御坂さんはご無事ですか?」
目を覆いたくなるような無残な有り様を目の当たりにしながら、御坂は何一つとして反応を返さなかった。
そんな御坂を海原が屈み込んで呼び掛け、結標が白井を抱き締め、アウレオルスは辺りを見渡し、そして。
白井「……ありがとうございます。ですがお姉様は、その……」
御坂「………………」
一方通行「……おい」
結標「一方通行!?」
一方通行が首筋の能力演算補助装置を切り、うなだれた御坂の胸倉を鷲掴んで締め上げたのだ。躊躇なく。
それでも御坂は反応を示さない。自分をあれだけ苦しめたアニェーゼ部隊や天草式十字凄教が全滅しても。
自分を助けに来た白井を見ても、上条を英国へ送り出した結標を見ても、妹達を殺した一方通行を見ても。
一方通行「被害者ぶった面しやがって。囚われのお姫様か悲劇のヒロインにでもなったつもりか。あァ?」
御坂「………………」
白井「お止めて下さいな!お姉様に乱暴しないで下さいまし!」
一方通行「学園都市で3万1100人、イギリスで14万4681人。これが何の数字かわかるか第三位」
海原「一方通行!今更そんな事を言っても仕方無いでしょう!」
一方通行「お前がイギリス清教に殴り込みをかけて起きたこの戦争の戦死者だ。今わかってるだけのなァ」
御坂「………………」
一方通行「ここから出たらどこへなりと消え失せろ。この世界にはもうお前の生きて行ける場所はねェよ」
唾棄と共に痛罵され、泥水の中に投げ捨てられて尚動かない。そんな御坂に一方通行は杖と共に踵を返す。
抱き起こす白井、睨み付ける海原、腕組みする結標、仰ぎ見るアウレオルス、残されるのは沈黙のみ。だが
白井「えっ」
その時、処刑塔地下が崩落を始め、テムズ川の水の手が決壊し、縦穴に暴風が吹き荒れ、皆が見上げた先。
マリーベート・メアリエ・ジェーン「「「逃がしませんよ」」」
そこには――
~23~
白井「建物が崩れ落ちましてよ!皆さん!早く駆け上がって!」
結標「立ちなさい御坂美琴!このままじゃ全員溺れ死ぬわよ!」
次の瞬間マリーベートの土の魔術により螺旋階段が崩れ落ち、壁面が瓦礫となり、雨霰と降り注いで行く。
同時にメアリエの水の魔術が塔内をコップに見立て、表面張力いっぱいにまで水位を上げ溺死させんとす。
更に駄目押しとばかりにジェーンが風の魔術で竜巻を発生させ、螺旋階段を駆け上る御坂達の足を鈍らす。
その時だった。
一方通行「ぎィやははははははははは!スゲェっ!どっちを向いても敵しかいねェぞ!かかっ!かか――」
一方通行がジェーンの起こした竜巻を自身へと収束させて行き。
ジェーン「(私の“風のエレメント”に干渉して来る!!?)」
更に大気を圧縮し凝縮し濃縮し爆縮させ、生み出す『プラズマ』
海原「――アウレオルスさん!今すぐ自分達を包み込めるシェルターを作って下さい!巻き込まれます!」
その高電離気体に導かれるようにして、塔内を半ばまで満たす真水が蒸発し、大量の水素ガスが発生する。
ベクトル操作でメアリエの水流を分解し水素を三重水素に、ジェーンの大気から酸素濃度を高め、そして。
アウレオルス「核シェルターを錬成!数は一!目標は全員に!」
一方通行「かかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかここー!!!」
海原が気付き、アウレオルスが全員をドーム状のシェルターに閉じ込めると同時に、目映い光が生まれて。
マリーベート「えっ」
それは自然界でも指折りの引火性を誇る水素を用いた『水蒸気爆発』。開放空間ではさほどでもないが――
地下という閉鎖空間において、フラスコ内で引き起こす小規模な爆発など比べるまでもない破壊力に変換し。
メアリエ「ししょー……」
大噴火するようにして処刑塔はグラウンド・ゼロと化し、ステイルの愛弟子達は閃光の中消し炭となった。
対して火柱と共に打ち上げられた核シェルターは張り合わせた矩形の一部を剥離させながらも地上へ帰還。
そして処刑塔そのものをフラスコに見立てて実験場と化した一方通行もまた、悠々と爆心地に降り立って。
一方通行「親船に繋げ。オリジナルは無事回収し終えたとなァ」
ここに御坂救出作戦は完了した。修羅の巷に屍山血河を築いて。
~24~
御坂「………………」
白井「お姉様、当分の間学園都市には戻れません。暫くはスイスで静養なさいましょう。そうですわね?」
海原「ええ。親船新統括理事長が渡りをつけてくれていますよ。自分と結標さんが随伴する予定でしたが」
結標「(貴女が身の回りの世話をしてくれると助かるわ。学園都市に戻るよりは安全だし。それでね?)」
白井「(皆の安否が気になりますが、お姉様を放ってはおけませんの。それで何なんですの?淡希さん)」
アウレオルス「………………」
結標「(あのスーツの人はどこの誰で、どう扱えばいいの?)」
テムズ川下流にて、一行は乗り込んで来た超音速ステルス爆撃機を取り囲む形で出発の準備を進めていた。
白井は物言わぬ御坂を抱え、結標が耳打ちし、海原は通信機を弄り、一方通行はアウレオルスを見ていた。
アウレオルス「HsF-00を錬成。数は一機。これで良いだろうか」
白井「(……言われてみれば確かに。いくら切羽詰まっていたとは言え、何故わたくしはこうも簡単にこの殿方を信じて――)」
そう、結標が突入時に大破させてしまった爆撃機を、アウレオルスが黄金錬成で作り直してしまったのだ。
お陰でイレギュラーであったアウレオルスと白井も置き去りにされる事なく脱出出来そうではあるのだが。
一方通行「上出来だァ。それでさっきの話の続きになるンだが」
アウレオルス「………………」
一方通行「アレイスターの遺志を継ぐ者ってのは何者なンだ?」
対岸で炎上するロンドンを背にし、一方通行がアウレオルスに向き直り、空気が再び硬質な物に変化する。
アレイスター・クロウリー。既に死した『最悪の魔術師』にして『最高の科学者』にして『最低の人間』。
その遺志を継ぐと名乗る者が、アウレオルスの記憶を蘇らせ、御坂を救い出す事を命じたと言う。そして。
海原「おかしいですね?こちらコールサイン“フランキスカ2”ミッションコンプリート。応答願います」
訝しむ一方通行、首を傾げる白井、眉を上げる結標、通信機を持つ海原を前にそれはノイズと共に現れた。
『うふふ☆』
全員「!?」
距離にして九万キロ、時差にして九時間を経て『女王』は復活する。『女王』は帰還する。『女王』は――
食蜂『I'm home only my railgun(只今、私だけの超電磁砲)』
~25~
海原「レベル5第五位!」
女王は降臨する
一方通行「心理掌握(メンタルアウト)!」
女王は君臨する
白井「常盤台の女王!」
女王は光臨する
結標「食蜂操祈!」
女王は再臨する
御坂「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
食蜂操祈は生きていた。学園都市のどこからか回線に割り込み、ソリッドビジョン越しに姿を現したのだ。
その姿に、廃人のようだった御坂が狂人のようにモニターにすがりつき、滂沱の涙を流し、嗚咽を上げる。
食蜂「アハハハぁ、御坂さんってば相変わらず泣き虫ねぇ?あの時、私が撃たれて死んだとでも思った?」
声色を失う白井、顔色を喪う結標に目もくれず、ソリッドビジョンの食蜂が泣き崩れる御坂の涙に触れる。
御坂もまた言葉にならない声で泣き叫ぶ。そう、確かに食蜂はルチアを撃った銃で土御門に撃たれたはず。
そんな御坂を見るなり食蜂が手品の種を明かすように指をパチンと鳴らせば、ソリッドビジョンが増えて。
土御門『………………』
海原「そんな馬鹿な!」
姿を現す土御門元春に元『グループ』もどよめく。土御門が裏切ったのかという疑惑に。しかし食蜂は――
食蜂『彼の名誉力の為に言っておくけどぉ、別に裏切ってないわ。帝都ゲートブリッジの件は覚えてる?』
元『グループ』と帝都ゲートブリッジで会敵した時から、人知れず土御門を洗脳していたのだと微笑んだ。
そして食蜂が取り出して見せたのは、ルチアの右目を撃ち抜いた『暴動鎮圧用プラスチック弾頭ゴム弾』。
巡り巡って土御門の手に渡り、食蜂が撃たれた時は地獄の門で『血糊』要らずの血の河を浴びた時だった。
食蜂が土御門からサングラスを毟り取れば、その双眸には撃たれた時同様に禍々しく輝く魔星が見て取れ。
食蜂『この私が何の準備もしないで徒手空拳で敵陣に乗り込むと思った?敵を欺くにはまず味方からぁ☆』
チェスの『キャスリング』のように鮮やかに食蜂は舞い戻った。
食蜂『けど私も“神様”じゃあないから時にはシナリオ力にない事も起きるわぁ。上条さんの事とかねぇ』
『世界』というチェスボード、『人間』という手駒、『神』というプレイヤーに『悪魔』はゲームに挑む。
食蜂『――貴方もそう思うでしょう?アウレオルス=イザード』
全てはあの日の偽善使い(かみじょうとうま)を取り戻す為に。
~26~
アウレオルス「“鎖せ”」
全員「!?」
刹那、皆の意識が食蜂に集中していた間隙を縫って唱えられた黄金錬成が、御坂を除く全員の空間を断絶。
それは三沢塾に施した『コインの裏表』の結界。目を見開く海原、牙を剥く一方通行、愕然とする白井を。
結標「本性表したわね!」
アウレオルス「“防げ”」
出し抜いた結標が近付く事も離れる事も許さない結界よりアウレオルスの背後にテレポートし更に座標移動。
コルク抜きを八つ、両手、両足、眉間、心臓、腹部、背中と放つもアウレオルスが“防げ”と唱えただけで。
白井「光の壁!?」
海原「白井さん!自分達をテレポートさせて下さい!今すぐ!」
結標「きゃあ!?」
一方通行「結標!」
光の防壁がコルク抜きを弾き返し、結標が軍用懐中電灯を打ち落とし、切り上げ、突きを繰り出すも――
アウレオルスが右手を翳すだけ光の防壁が攻勢へ転じ結標を赤子の手を捻るように吹き飛ばし気絶させ。
食蜂『“時よ止まれ、お前は美しい”』
白井「――承リマシタ。“食蜂サマ”」
海原「!?」
食蜂が聖ジョージ大聖堂突入の際に発した後催眠のキーワード、『時よ止まれ、お前は美しい』と言う……
ファウストがメフィストフェレスとの契約を果たす時の件を口にした瞬間、白井の双眸から光が失われる。
そして自分達をテレポートさせるように言った海原の脊髄を金属矢で刺し貫き、倒れ込む海原に代わって。
海原「(帝都タワーでの洗脳が早く解けた絡繰りはこれか!)」
白井がテレポートしアウレオルスと御坂に付き、閉鎖空間には一方通行達。結標は気を失ったままである。
食蜂「言ったでしょう?敵を欺くにはまず味方からって☆ねえ、御坂さんと上条さんを引き裂いたのは?」
御坂「……インデックス」
一方通行「オリジナル!」
一方通行がベクトル操作で空間を殴りつけてもびくともしない。そう、食蜂はここまで見越していたのだ。
食蜂「貴女の心と身体をそこまでズタズタに引き裂いたのは?」
御坂「……神浄討魔」
下準備無しで、二日で聖ジョージ大聖堂を陥落させたほどの悪魔的な神算鬼諜の持ち主である食蜂操祈が。
食蜂『それでも、貴女は上条さんにもう一度会いたいと思う?』
御坂の中にて萌芽を迎えつつある徒花を見落とそうはずもなく。
食蜂『世界を敵に回してでも彼を取り戻したいなら、私と来て』
~27~
食蜂『それでも、貴女は上条さんにもう一度会いたいと思う?』
私を捨てたあいつ、私から奪ったインデックス、私を裏切ったあいつ、私から寝取ったインデックスを。
なんなのよこれはなぢだなんなのよこれいたいなんなのよこのじょうきょうなんなのよあんたはだれなの
窒息死で青ざめた妹、圧迫死でひしゃげた妹、四肢を切断された妹。でもあいつは妹達を助けてくれた。
女の命の髪をここまで持って行かれて、女の命の顔をこうまで叩き潰されて、噛ませ犬どころか負け犬。
神浄『おいおい、そんな目で見ないでくれって。上条さんだって女の子殴って喜ぶような趣味ねえから』
だってあいつら、全然幸せそうじゃない。むしろ不幸だ。地獄に堕ちて当然の事をあんた達はしたのよ。
おもいだせわたしはあいつとつきあってたおもいあってたすきあってたあいしあってたわなのにどうして
熱した鉄を浴びて右半身の溶けた妹、ショック死の痙攣に震える妹。でもあいつは妹達を助けてくれた。
私が誰の為にイギリスまで来たと思ってんのよ。私が何の為に死に物狂いで戦って来たと思ってんのよ。
食蜂『世界を敵に回してでも彼を取り戻したいなら、私と来て』
初恋だったのにヤリ捨てされて、処女だったのにヤリ逃げされて、毎日毎朝毎晩黒子に憐れみの目で……
がくえんとしをとびだしていぎりすまでのりこんでいっぱいたたかってこわいおもいしていたいめに――
強烈な力を加えられて頭部を割られた妹、生きながら解体された妹、でもあいつは妹達を助けてくれた。
違う、私は間違ってない。違う、私は正しい。そう、あいつらが間違ってる。そう、あいつらが悪いわ。
神浄『悪いけど、ここはインデックスの眠ってる場所なんだ。帰ってくれりゃあ殺さねえからさ。な?』
煮え繰り返るはらわたの、腹の足しにもならない励ましの言葉かけられて、女のプライドはズタズタよ。
オマエナンカトウマジャナイアンタナンカアイツジャナイカミジョウトウマジャナイワタシハミトメナイ
ガソリンを頭から被り焼け爛れた妹、頭を根刮ぎ引き千切られた妹、でもあいつは妹達を助けてくれた。
あいつらを救われたら私が救われない。あいつらが報われたら私が報われない。それでも私はあいつを
禁書目録『――とうまと私の赤ちゃん。もう三ヶ月になるかも』
~28~
御坂「例え世界を滅ぼしてでも、私は神浄討魔(あいつ)じゃなくて上条当麻(アイツ)を取り戻したい」
白井が呼び掛けても、結標が話し掛けても、海原が語り掛けても、一方通行が吐き掛けても、何をしても。
御坂「だけど黒子は関係ない。今すぐ能力を解除して“操祈”」
物言わず、心を閉ざしていた御坂が食蜂に意を迎えたのは彼女だけが御坂の望みを理解していたからだ。
御坂「黒子は巻き込ませない。罪を背負うのは私だけで良いわ」
御坂が欲しかったのは癒やしでも励ましでもない。共に残酷な神が支配するこの醜くも美しい世界に――
復讎する叛逆者。世界を滅ぼしても、神を殺しても、同じ男を愛した女だからこそ交わせる血讐の契り。
食蜂「……――わかったわぁ。元々、万が一の時の為の保険力だったしぃ。アウレオルス、お疲れ様ぁ」
アウレオルス「晏然。The Fables of the Bees(蜂の寓話)などと名乗らされていた時からを思えばな」
御坂「ねえ操祈、何であの時の運転手が?一体いつからなの?」
食蜂「入国してから。上条さんの記憶を蘇らせる為にぃ、同じように魔術力で記憶を失った人間を――」
御坂「本番前の練習用にって事ね。なら、あいつの時は何で?」
爆撃機を黄金錬成で破壊し、一方通行達が追って来れないようにしたアウレオルスを見、御坂が訝しむ。
そして食蜂も答える。上条を治療する前に似たような症例の被験者を見ておきたかったからだと。だが。
食蜂「アウレオルスとは違って上条さんは二度の記憶破壊を受けていたわぁ。もう彼の脳はボロボロよ」
御坂「具体的には」
食蜂「――三ヶ月前から考えて、そろそろ月単位で記憶が失われ、更に半年ほどで脳死力を迎えるわぁ」
御坂「そう。じゃあインデックスとの子供が産まれても自分が父親だってわかんないわね。いい気味よ」
海原「御坂さん!」
暗黒面に堕ちた御坂に海原は脊髄を刺し貫かれた為上半身だけで手を伸ばすが、彼女は一瞥もくれない。
その代わり洗脳を解かれて操り人形の糸が切れたように崩れ落ちる白井の頬にキスし、アウレオルスが。
御坂「さようなら」
作り上げた爆撃機に乗り込み、御坂は夜空の彼方へ飛び去った。
~29~
一方通行「オリジナルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
声が聞こえる。まるで獣の雄叫びのよう。その遠吠えに叩き起こされた私は、痛む頭をさすりながら――
辺りを見渡してハッとする。スーツの男が居ない?御坂美琴が居ない?黒子が眠ってる?海原が倒れて?
一方通行「結標!座標移動で俺達を引っ張り出せ!早くしろ!」
私達の爆撃機が燃え上がってる。何よこれ何なのよこれ何がどうなってるのよこれは!まさか、私達は――
一方通行「何ぐずぐずしてンだ!俺達は虚仮にされたンだぞ!」
ハメられた。ヤられた。ようやく状況が飲み込めた私は慌てて一方通行達を閉鎖空間から引きずり出した。
海原の脊髄に金属矢が刺さってる。これは黒子の。もしかして、帝都タワーの時みたいに操られてたの!?
ガガガ……
雲川「やっと繋がったけど!フランキスカ1から3応答しろ!」
テンパる私の側に転がっていた通信機を拾い上げる。雲川さんの声だわ。おかしい、何か様子おかしいわ。
雲川「フランキスカ4から9が反転して核攻撃を開始しようとしているけど!直ちに現空域から離脱を!」
~29.5~
ここは何処なんですの。目の前が真っ暗で、頭の中が真っ白ですの。わたくしはこんな所で倒れてなど――
結標「止しなさい一方通行!いくら貴方だって核を相手に――」
一方通行「つべこべ抜かすな結標!とっととそこのクソガキと海原を連れて消え失せろ!死にてェのか!」
わたくしがお姉様を助けなければ。わたくしがお姉様を救わなければ。わたくしがお姉様を守らなくては。
だのにそのお姉様がいない。アウレオルスさんがいない。海原さんが倒れ、淡希さんが叫んでおりますの。
一方通行「世界中の軍隊を相手にしようが、核戦争が起きようが、その中でただ一人生き残れるのが俺だ」
第一位の背中から光の翼が、頭から天使の輪が生まれましたの。
一方通行「学園都市の連中に伝えろ。第三位と第五位が手を組んだとな。何を企ンでるのかは知らねェが」
海原「一方通行!?」
一方通行「奴らは世界の敵になった。俺達を殺す為だけにイギリスを巻き込んで核攻撃する程度にはなァ」
お姉様と食蜂操祈が手を組んだ?一体何の話をしておりますの?
一方通行「イカレてやがる。見つけ出したら必ず殺せ。いいな」
そして途轍もない風が巻き起こり、わたくし達を包み込んで――
~30~
禁書目録「………………」
結標『一方通行ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!』
そして一方は一方通行がベクトル操作で巻き起こした風によってテムズ川下流からカンタベリー方面……
則ちインデックス達が地下階層本営として陣取っているカンタベリー寺院へ飛ばされたのは神の悪戯か。
一方通行はただ、木原数多の手から打ち止めを逃がした時をなぞっただけなのかも知れない。そして――
禁書目録「……おるそら」
オルソラ「……最大主教」
一方通行が加速し、上空三千メートルから八千メートルに上昇し今まさに核攻撃を加えんとする爆撃機に
禁書目録「あの子達を回収して。アニェーゼ部隊並びに天草式十字凄教を殺害した“異端者”としてね」
オルソラ「はい」
禁書目録「カンタベリー寺院の結界強度を最大限に引き上げて」
雲海の上、満月を背に挑む一方通行の姿がステンドグラスに投影され、それを見つめるインデックスの……
禁書目録「(――さようなら、あくせられーた、さようなら)」
頬から伝う雫が落ち、結標達が回収されると同時に、イギリス上空にて計144発の禁断の火が炸裂した。
~30.5~
食蜂「核攻撃力でも倒せないって触れ込みだけどぉ、それを本当に試した人なんて一人もいないでしょ?」
土御門「………………」
同時刻、仄暗い部屋にて遂にモニタリングさえ出来なくなったイギリス上空の様子から食蜂は目を切った。
処刑塔を陥落させる為にロンドンを焼き尽くし、一方通行という障害を葬り去る為に禁断の火まで放った。
その傍らに付き従う操り人形と化した土御門の手には『衝撃の杖』を収めたガラスケース。そう、全ては。
鳴護「うーん……」
シャットアウラ「ううん……」
食蜂「これで大体のカードが出揃ったわぁ。あとは学園都市に攻め込んで来てる人達を排除してからよぉ」
あの日の上条当麻を蘇らせる為、ドリーを甦らせる為。その為に邪魔な『世界』を壊し『神』を殺すのだ。
『世界』を手にした魔術師アウレオルス=イザード、『奇蹟』を起こす聖人鳴護アリサ、そして御坂美琴。
食蜂「貴女を迎え入れるのは大掃除が終わった後よぉ“美琴”」
時は来た。
食蜂「“叩け、天国の扉”」
~31~
騎士団長「何だこれは!?」
神裂「――空が、雲が?!」
三本柱の内『峻厳』を司る大電波塔帝国タワーを目前にして、騎士派と合流した神裂は思わず立ち止まる。
同時に相対していた駆動鎧や警備員等も銃を下ろし、見上げる先は突如として黄金色の雲に覆われた大空。
雲の形一つ一つが蝋や石膏で象ったイコンのように流れ、アルカイックスマイルを浮かべ見下ろしている。
黄泉川「これは何じゃん」
鉄装「わかりません……」
そしていつしか魔術サイドと科学サイドが相対していたはずの学園都市の街並みが移り変わって行き――
小麦、大麦、葡萄、無花果、石榴、橄欖(オリーブ)、棗椰子が生い茂る、青海無き雲海の地へ変わる。
死も苦痛も叫びも悲哀も夜も呪縛も無く、火焔と月と水星と金星と火星と太陽と木星と恒星が回る世界。
愛に殉じた者が、信仰を守り抜いた戦士が、正義ある統治者が、清廉にして智慧ある諸聖人が集う楽園。
神裂「馬鹿な!有り得ません!もう開かれたというのですか!」
その光景に神裂は既視感を覚える。あの時は何千という十字架、何万という髑髏、罅割れた砂時計に……
腐り落ちた果実、砕け散った弦楽器、引き千切られた鎖、折れ曲がった鍵、ひしゃげた釘に彩られた地。
『在らざるモノ』が雲霞の如く現れた『地獄の門』とは正反対ながら同等の戦慄を齎す『天国の扉』に。
セラフィム「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
ケルビム「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
オファニム「クククククククククククククククククククククク」
燃える車輪と幾多の目を持ち、燃える火の剣と数多の翼を担う天使達が、歌い上げるようにして嗤笑する。
一体一体が世界を滅ぼしかねない『ガブリエル』に勝るとも劣らない御使い。アレイスターの残した呪い。
食蜂『“叩け、天国の扉”』
そして『魔術師』でもあり『能力者』でもある土御門が『衝撃の杖』をガラスケースから取り出すなり――
両目の毛細血管が破裂し失明するも食蜂は止めず、足を組んだままついていた頬杖を外し手を振り下ろし。
土御門『承リマシタ食蜂様』
3億165万5千722体もの天使達が現世へと解き放たれた。
~32~
大山のような天使が、大津波のように押し寄せ、大嵐のように飛び回り、大地震と共に着地し、食らう。
逃げ惑う学生を、泣き叫ぶ科学者を、魔術師を飲み込み、騎士を噛み砕き、引き裂き、千切り、喰らう。
頭から首まで、両腕から両足、上半身と下半身、積み上げられる靴、吐き出される髪、滴り落ちる鮮血。
飛び散る内臓、砕け散る骨格、嵐が荒び、稲妻が迸り、地盤が沈み込み、有象無象の区別なく訪れる死。
そこに意義ある生は無くそこに意味ある死は無く、人間の末魔と天使の歌声だけが響き渡る歌劇だった。
騎士団長が振るうフルンディングが天使の一撃を受け止めるもその力をゼロにする事が出来ず押される。
叫んだまま縦に押し潰されて事切れ、横に引き裂かれて息絶え、泣き叫ぶ神裂が『唯閃』を放って前へ。
軍勢を押しのけ、活路を切り開き、帝国タワーへ辿り着き、伴天連奉納兼光透晶と七天七刀を抜き打つ。
天使の目を潰し、首を刎ね、翼を折り、足を潰し、腕をもぎ、赤き血飛沫が舞い、白き羽根が散り行く。
枯れ果て燃え尽きる血、汲めども尽きぬ涙、弾け飛ぶ脳漿、投げ出される内臓、男は叫び、女は泣いた。
老人は藁のように薙ぎ倒され、若者は葦のように踏み躙られ、赤ん坊は麦のように摘み取られて行った。
ここに差別は無く、そこに区別は無く、皆が平等に、皆が公平に、灰は灰に帰り塵は塵に還るのである。
糞尿が川となり、鮮血が海となり、肉片が轍となり、骨片が山となり、声が絶えて行き歌が止んで行く。
佐天が瓦礫を上に、鉄扉を下に、息を潜め頭を抱え膝を震わせ歯を鳴らし、進撃する天使達を見送った。
シェリーは既に人形のように四肢をもがれた上ゴシックロリータと共に全身の皮膚を剥がされて死んだ。
黄泉川は天使の持つ炎の剣に一刀両断され、鉄装は車輪裂きの刑に処され戦火の熱を受け眼鏡が罅割れ。
大天使が飛翔し、権天使が旋回し、能天使が烏合し、主天使が兆散し、座天使が進撃し、智天使が襲来し。
日本へ、ドイツへ、フランスへ、イギリスへ、中国へ、イタリアへ、カナダへ、スペインへ、世界各国へ。
炎の剣で撫で斬り、雷の矢を引き絞り、蝗の嵐が吹き荒れ、雹の雨は降り注ぎ、生きとし生ける者全てが。
許しを乞おうが生きながらにして捌かれ、赦しを請おうが死して尚裁かれ、贖う事叶わず、償う事能わず。
聖なる、聖なる、聖なるかな。神は天にいまし、世は事もなし。
~33~
硝子張りのビル群が、鏡張りの建築物が、学園都市上空に生み出された、大気を歪めるほどの暴風に――
ラファエルの巻き起こした凱嵐に吸い込まれて行く。そしてエンデュミオンに連なる連絡橋では上条が。
神浄「――お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ミカエル・ラファエル「「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオォォォォォ!!!」」
ミカエルの放つ神の火を竜王の顎で掻き消しつつ突っ走り、飛び上がり、頭部を叩き潰して、着地する。
しかしミカエルは死なず、それどころか手にした炎の剣で、連絡橋から第二十三学区の航空機を悉く――
爆発炎上させ、その攻撃範囲は第二十一学区の山岳地帯まで粉微塵に吹き飛ばすほど長く、更にそこで。
ガブリエル・ウリエル「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアァァァァァ!!!」」
学園都市最大の貯水量を誇るダムを決壊させたガブリエルが吠え、街中が大津波に呑まれた後に氷結する。
観測震度最大級の大地震を起こすウリエルが吼え、風車と言わず、建物と言わず、人間と言わず薙ぎ倒す。
学園都市の内外を問わず乳房雲が流れ出し、スーパーセルが発生し、火災旋風が巻き起こり、重力波まで。
神浄「Hadit000」
神浄の失われた右腕から萼を剥き出す竜王の顎が消失し、代わりに全てを黒く塗り潰し白く塗り替える――
アレイスター・クロウリーが『天国の扉』を組み上げる際に、魔術的要素として用いた『セフィロトの樹』
それと対を為す無神論、愚鈍、拒絶、無感動、残酷、醜悪、色欲、貪欲、不安定、物質主義を司る邪悪の樹
神浄「“我は燃える星の中心核にして、生命の与え手なり”」
神浄の右手に宿るハディートの力が『クリフォトの樹』を描いて、四大天使達を虚数の塊にして打ち消す。
だがそれすらも3億165万5千722体の天使の軍勢の一角を打ち消したに過ぎず、焼け石に水も同然。
神浄「あっ……」
だがエンデュミオンへの突破口は開けた。しかし神浄はその場で膝を着き、失われた右腕に目を落とす。
左手で顔を覆い頭を振った。『思い出せない』のだ。自分が何をすべきか神浄には『わからない』のだ。
神裂「神浄討魔!」
神浄「……誰だ?」
帝国タワーを切り倒した後、駆け付けた神裂の顔と名前さえも。
~34~
雲川「……現時刻を以て学園都市を放棄するけど。総員待避。避難民と共に脱出しろ。貝積、そっちは?」
貝積「ロベルト=カッツェとの通信が途絶えた。恐らくはアメリカも同様だろう。全滅は時間の問題だな」
ミカエルの放った神の火により煉獄と化した第二十三学区衛星管制センターに終局を告げる声が響き渡る。
たった34分で戦争は終わった。否、世界が終わった。最早天使の軍勢を物理的に止める方法はただ一つ。
魔術サイドでも科学サイドでもない国は領土に天使の軍勢が侵攻する前に核攻撃で撃墜する他ないだろう。
しかし雲川には切り札があった。こと今回に限り、天使の軍勢を封じ込めるたった一つの冴えたやり方が。
雲川「――虚数学区・五行機関を学園都市全体に展開しろ。害鳥共には過ぎた鳥籠だがしょうがないけど」
それは学園都市を虚数学区で覆い、天使の軍勢の魔力に循環不全を引き起こし自爆させる結界を張る事。
その代わり学園都市の内から出る事も外から入る事も出来なくなる。即ち、230万人の住人は全滅だ。
雲川「一人にして欲しい。時間をくれ。少しばかり疲れたけど」
その一人目は自分だと、雲川は拳銃を片手に司令室へと入り――
~34.5~
ステイル「本国と連絡が取れない。どうやらそういう事らしい」
同時刻、ラジオゾンデ要塞にて指揮を取っていたステイルも終極を感じ取っていた。最早これまでだと。
イギリスが核攻撃を受け『天国の扉』が開いた今、是非もない。ラジオゾンデ要塞を学園都市に落とす。
その落下エネルギーでエンデュミオンを破壊し、天使の軍勢を少しでも減らし術式を封印するしかない。
最低でも関東地方は壊滅を免れないが人類を救う為に死んでくれとステイルは煙草に火を点け、そして。
ステイル「オペレーション“ハル・メギド(滅びの丘)”、最終シークエンスへ移行。皆、御苦労だった」
ラジオゾンデ要塞の最終安全装置を全て解除し、落下運動を加速させ、エンデュミオンを倒壊せんとする。
その中でステイルが想うのはインデックスの笑顔、愛弟子達との日々、必要悪の教会のメンバー。そして。
ステイル「神浄討魔、いいや上条当麻。僕は本当に君の事が大嫌
続く言葉が、声が、音が、全てが、光に包まれて掻き消される。
その先に起きた出来事は筆舌に尽くしがたい。ただ言えるのは。
~35~
食蜂「これでもうあのお店のエクレアが食べられないかと思うと、ちょっとだけ勿体無い気がするわねぇ」
同時刻、エンデュミオンから分離した宇宙ステーション内にて食蜂は硝子越しに地球を見下ろし独語する。
その傍らには、衝撃の杖を手にしたまま力尽きた土御門。そして拘束されているシャットアウラ達である。
シャットアウラの深奥に眠る鳴護の精神を心理掌握で引きずりだした形ではあるが、必要なのは鳴護だけ。
だがシャットアウラを殺してしまっては『奇蹟』を齎してくれる『聖人』鳴護まで消えてしまう為生かす。
食蜂「御坂さんも取り戻せたしぃ、邪魔者も追い払えたしぃ、これで良しとすべきなんでしょうけどもぉ」
『天国の扉』を利用して魔術サイドを抹殺し、天使の軍勢を差し向けて他国を壊滅させ、介入を阻止する。
この戦争で雲川が虚数学区を発動させ、学園都市を異界に変え外部侵攻を不能にする所は折り込み済みだ。
唯一の問題点であった、虚数学区を制御する風斬を手を打つ前に上条が滅ぼしてくれたのは僥倖であった。
予め一本倒しておいた三本柱も無事に破壊された為、『天国の扉』も早期に収束し被害は最小限で済んだ。
食蜂「万が一、御坂さんが私の誘いを蹴った場合を考えてかけておいた保険が思わぬ形で裏目に出たわぁ」
だが御坂を処刑塔から奪い還す作戦には不満が残る。一方通行は排除出来たが白井達を連れ戻し損ねたと。
何故なら虚数学区を魔術師の力で突破する事は不可能だが、能力者であるテレポーターには可能だからだ。
仮に彼女達が自分達を止める為に結界内部に軍隊や魔術師を送り込んで来たら?否、其方は問題無い。だが
食蜂「“時間的閉曲線”を乗り越えて“私”を“殺してもらう”為にわざわざ学園都市の外に導いたのに」
人の思いに合わせて形を変える虚数学区、世界をシミュレーションし尽くす黄金錬成、奇蹟を起こす歌声。
開かれた『天国の扉』と『地獄の門』、それらを制御する衝撃の杖。『幻想殺し』と『空間系能力者』だ。
アレイスターの『プラン』の一部を利用し、上条を取り戻す為の食蜂のシナリオに失敗は許されないのだ。
食蜂「私だって結構ギリギリよぉ。いっぱいいっぱいだものぉ」
かくして世界が終わり、新世界が始まる。
展開部「Asphodelus~アスフォデルス~」
~66~
白井「はっ」
目覚めた白井の双眸に飛び込んで来た物。それは見知らぬ天井。
結標「黒子」
そして見知った相貌。結標の左手が白井の右手に繋がれていた。
白井「淡希さん」
結標「おはよう」
声に出して名を呼ぶ。喉が罅割れたように乾いている。空腹感と倦怠感が満ち充ち、酷く身体が気怠い。
更に目を引くのがショートボブに切り揃えた結標の横顔。そこで自分が長期間に渡り眠っていたと悟る。
白井「ここはどこですの?あれからどれくらい経ちましたの?」
結標「……海上よ。あれから31週、半年以上になるかしらね」
白井「半年以上!?」
白井も思わずガバッと跳ね起きようとして腹筋に力が入らなかった。筋肉がかなり衰えているのがわかる。
白井が横たわるベッドの側に置かれたパイプ椅子より立ち上がった結標が、手を背中に差し入れて起こす。
そこで気付いた。自分の手の甲にポタポタと落ちる結標の涙に。縋りつくように抱き締められている事に。
白井「淡希さん……」
オルソラ「気が付かれたのでございますね。ええと、白井さん」
白井「――貴女は?」
オルソラ「オルソラ=アクィナスと申します。あなた方の手で処刑塔で皆殺しにされた者達の同胞と言えば」
白井「………………」
オルソラ「おわかりいただけましたでしょうか?では結標さんに代わって説明させて頂くのでございますよ」
そしてそんな自分達を、ドアの隙間から顔半分をケロイド状に引きつらせたシスターが見つめていた事も。
顔は笑っているのに目は笑っていない。言葉の端々に含ませた毒や棘を隠そうともしないその物言いから。
白井「(わたくし達もお姉様と同じように捕らえられたと考えるべきでしょうか?だとすればお姉様は)」
結標「待って頂戴。私から説明させて。他人の口から聞かされてもこの子はきっと“信じられない”から」
白井は自分達に向けられている負の感情を推し量る。その間にも結標が涙を拭いてオルソラを諭していた。
その代わりに海原の使っていた車椅子と防護服を出してと言い、オルソラが持って来るまでの僅かな間に。
結標「……貴女が眠っている間、私は何度も心中を考えたわ。いっそ目覚める前に楽にしてあげようって」
白井「!?」
結標「こんな世界で生きて行くくらいなら死んだ方がマシって」
~67~
白井「――――――」
全長333メートル、乗員5000にも及ぶアメリカ海軍原子力航空母艦『ジャック・ルビー』甲板……
防護服の白井は結標に車椅子を押され、眦が裂けんばかりに見開いた目を覆いたくなるような光景に――
結標「もう半年も太陽を見てないわ。きっとこの先もずっとね」
白井「………………」
雪ではなく灰が降り注ぐ暗雲、流れ着き渚に打ち上げられた死体が渚を埋め立て、黒雲のような蠅が集る。
地面に逆様に突き刺さったビル群が水没し、奇形化や皮膚病を患った海鳥が剥き出しの鉄骨を止まり木に。
海面は赤潮で覆われ、地面は赤錆に覆われ、いくつもの爆心地が道を生み、瓦礫が舗装する地平線の果て。
結標「ここが東京湾で、あれが学園都市だなんて信じられないでしょう?世界中どこも似たような物だわ」
そこには『セフィロトの樹』を天空に、『クリフォトの樹』を大地に魔法陣として描き光り輝く学園都市。
その周囲には無数の天使達の死体が銀世界のように広がり、死都という肉体に巣食う蛆虫の群れのようだ。
更に数万の十字架、数千の機関銃、数百の剣が滅びの丘に墓標として立ち並び、戦士達の魂を鎮めている。
オルソラ「これがあなた様方のご友人、御坂美琴が引き起こしたハルマゲドンの成れの果てでございます」
蜘蛛の巣状に広がった地割れの下に流れるマグマを光源に照らされたオルソラが学園都市を見やりつつ――
語る。今や彼女は第一次世界大戦を引き起こしたガヴリロ・プリンツィプ以上の世界の敵と目されていると
オルソラ「世界中で核の火が飛び交い、私も顔を焼かれました」
世界の終わりが信じられない、世界の果てを信じたくないと白井は目を閉じ耳を塞ぎ口を噤もうとするも。
オルソラ「結標淡希さんが、本当に自分で髪を切ったとでも?」
白井「!?」
結標「止めなさい!」
オルソラ「嗚呼、これは失礼したのでございますよ。それでは」
オルソラが結標へと振り返って浮かべた笑みはケロイドを差し引いて尚歪んでいた。以前の彼女なら……
決して浮かべないであろう笑みから逃れるように結標は頭を直した。とどのつまりはそういう事である。
白井「……淡希さん」
結標「ごめんね。これがこの世界で出来る精一杯のお洒落なの」
余命が尽きる前に貴女が目覚めて良かったわと、結標は笑った。
~68~
これは悪夢に決まっていますの。わたくしはまだ眠っているだけですの。きっとそうに違いありませんの。
結標「あの後、私達はインデックスさんに回収されたの。処刑塔を襲った異端者として審問を受ける為に」
目が覚めたら先ずお姉様を起こして、学校に行って、婚后さんや泡浮さんや湾内さんと顔を合わせますの。
結標「私だけなら良かった。けど貴女がいた。だから私は学園都市の情報や自分の能力を売って取引した」
帰り道に佐天さんや初春とお茶をしたり、固法先輩とパトロールに出たり、淡希さんとデートしたりして。
結標「学園都市に張られた結界を見たでしょう?あれを越えられるのはもう世界で私達二人と上条君だけ」
あんな救いようのない、人が死に絶えた街も、人が生きていけない世界も全て夢の中の出来事なんですの。
結標「私の座標移動でこの半年間、生き残った軍隊や調査団を送り込んだけど、一人も帰って来なかった」
或いは手の込んだドッキリ、若しくは質の悪い冗談に決まってますの。お姉様にあんな事が出来るはずが。
結標「私に対する人質として魔術で眠らされていた貴女が目覚めさせられたのは、次が最後の戦いだから」
仮にお姉様達が敵になったとして、それを討ち滅ぼした後この荒れ果てた世界で失われた命が蘇るとでも?
結標「もう戦える人間は私達と神浄くんと神裂さんの四人だけ。レミングス(集団自殺)と変わらないわ」
草木も生えない、水も飲めない、この絶望感どころか現実感さえ湧かない世界でお姉様達は何をしようと?
結標「でも私達は生きて絶望し続けるか一方通行みたいに全身の皮が剥げて肉が削げて血を吐いて死ぬか」
淡希さんが死ぬ?海原さんが死んだ?じゃあ皆は?初春は佐天さんは婚后さん泡浮さん湾内さんは世界は?
結標「海原みたいに上条君に処刑されるかしか残ってない。前に進んで死ぬか後ろに下がって殺されるか」
嗚呼。もし今わたくしや淡希さんが感じているような思いを、あの殿方を失った時お姉様も感じたならば。
結標「黒子、エッチしよう?怖くて恐くて震えが止まらないの」
世界を呪って、神様を憎んで、全てを壊したいと思うでしょう。
結標「こんな時男と女なら子孫を残そうとするんでしょうけど」
そこまでお姉様を追い込んだ、あの類人猿と修道女は今どこに?
結標「私は、インデックスさんみたいになりたくないもの……」
~69~
事が済んだ後、白井はシャワーを浴び、泣き疲れて眠ってしまった結標をベッドに残し艦内を歩いていた。
まるで共食いのような情事だった。全く濡れて来ないのに、互いの体温に逃げ込むようなそれのせいか――
僅かに持ち直し、こうして海原を殺したという上条の真意を問い詰める為に歩き回れる程度には回復した。
神裂「――白井黒子」
そんな時であった。居住区へ連なる通路にて、失われた左足の代わりに七天七刀を杖代わりに歩く聖人……
神裂と出くわしたのは。その眼差しには隠しようもない敵意を何とか収めようとする迷いが見受けられる。
それを見て白井は泣きたくなった。恐らくは、こうなる以前はとても実直な人間だったろう片鱗が窺えて。
神裂「どうやら目覚めたのですね。しかしここは居住区ですが」
白井「類人猿、いいえ上条当麻さんにお会いしたくて、ここに」
神裂「………………」
今度は神裂が泣きたくなった。上条当麻。神浄討魔となる前の彼を知っている人間に訳もなく込み上げて。
神裂「会わせてあげましょう。もしかしたら、思い出せるかも」
~69.5~
白井「――――――」
白井は心の何処かで期待していたのかも知れない。如何に御坂を追い込もうと、海原を殺したと言えど……
会えば何かわかるかも知れないと。だがその希望的観測は強化アクリルガラスの向こうの光景を見るまで。
神浄「あーあ、あーん」
禁書目録「ごめんね」
そこには生きる屍のように糞尿塗れで部屋を徘徊する、曖昧模糊とした表情で白井を指差す上条の姿と……
こちらに背を向ける形で、白いタオルに包まれた『何か』をあやし、ごめんねと呟き続けるインデックス。
神裂「今の彼の脳は穴空きチーズも同然です。そしてあの子の」
白井「………………」
神裂「精神も同様です。“あれ”を産んでからずっとああです」
御坂達が人類に開かせた核というパンドラの匣に希望など残っていなかった。そこで白井は気付かされる。
白井「……鼻血!?」
止め処なく流れ出す鼻血がスカートをブラウスを汚す。そう、白井とて明日をも知れぬ身なのだ。そして。
禁書目録「ごめんね」
インデックスの抱えている『何か』のタオルが落ちる。その形は『ウィトルウィウス的人体図』のように。
禁書目録「ちゃんと人間の形に産んであげられなくてごめんね」
~70~
白井「――お゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!」
神裂「大丈夫ですか」
居住区から取って返し、白井は甲板に嘔吐した。その吐瀉物にも血が入り混じり、鼻水を垂らし涙を流す。
神裂は令刀を杖にして白井を気遣うが背中をさすりはしない。しかし、吐くのも無理からぬ事だとは思う。
だが白井は甲板に両手をついたまま頭を振る。もうたくさんだと。もううんざりだと。彼等はもう十分に。
白井「(わたくしが眠っている間に、一体何が起こって!?)」
報いを受けている。この世界に幸せな人間など一人もいない。希望や未来や絆などクソの役にも立たない。
食蜂がガブリエル級の力を持つ天使の軍勢を解き放ったのは間接的に核戦争を誘発する為でもあったのだ。
倒せる筈がない。戦闘・戦術の視点しかない白井達では戦争・戦略の視野を持つ食蜂には決して及ばない。
神裂「5日後には最後の戦いが待っています。それまでには体調を整えておいて下さいね白井黒子。まだ」
白井「まだ何ですの」
神裂「アレイスターが世界に残した呪いは消えてなどいません」
その言葉に白井がハッと振り返る。そう、彼女は『地獄の門』も『天国の扉』も何もわかっていないのだ。
そう語る神裂の背後、遥か彼方には学園都市で光り輝く『セフィロトの樹』の魔法陣。それを構成する――
10のセフィラと22の小径。そこに隠された11のセフィラにして23の小径、ダアト(神意)の存在。
それが『天国の扉』が開かれた事で繋がり、そこにこそかつてはアレイスター、今は御坂達の狙いがある。
神裂「地獄が開かれ、天国が開かれた時、何が訪れるでしょう」
白井「最後の審判?」
白井にはわからない。AIM拡散力場は能力者無しには存在し得ない。ならば何故AIM拡散力場の結界が……
学園都市が放棄され、230万人の住民が全滅したにも関わらず存在している?答えはただ一つしかない。
神裂「その通りです。我々十字教の教えではこう呼んでいます」
『天国の扉』によって180万人の能力者の魂が審判を待っているのだ。天国に行くか地獄に堕ちるかを。
神裂「“怒りの日”」
見当たらない希望に、見渡す限りの絶望に明日が見えなかった。
~71~
鳴護「何度見てもこれが現実だなんて思えない。思いたくない」
シャットアウラ「しかし事実だ。私も最初は目と正気を疑った」
人間の躯と天使の骸、血痕と弾痕、墓標と瓦礫が降り注ぐ灰ではなく降り積もる雪により覆い隠される。
エンデュミオンとラジオゾンデ要塞が地上に落ちた爆心地にて、二人の少女が花を手向けにやって来る。
一人は鳴護、一人はシャットアウラ。その手にはアスフォデルス。『不凋花』とも言われる百合科の花。
天国に咲くとも黄泉に咲くとも墓場に咲くとも死の灰に覆われた谷に咲くとも言われる真白きの弔花だ。
鳴護「美琴ちゃん達の言うシナリオの通りにやればみんな元通りになるんだよね?人も、世界も、全部」
シャットアウラ「俄かに信じ難いが、あの二人が私達を魔術サイドから“匿ってくれた”らしいからな」
友人である御坂から聞いた話。それはかつて鳴護を殺そうとしていた魔術サイドが戦争を仕掛けて来た事。
インデックスと上条と袂を分かつ事になったと言う事。世界中が学園都市を敵視していると『聞かされた』
シャットアウラ「その上、お父さんに会わせてあげるだなんて」
~71.5~
食蜂『私が貴方の望みを叶えてあげるわぁ。アウレオルスさん』
あれは私が記憶を奪われ、顔を変えられ、『アウレオルス=イザード』ですらなかった十ヶ月前の出来事。
気付いた時、トランク一杯の大金を手にし、それを糧に各地を放浪した。自分のルーツを探し求める為に。
そんな時だ。私の英語がクイーンイングリッシュであると旅先で指摘され、私はイギリスへと舞い戻った。
ヒースロー空港で彼女達と出会い、御坂美琴が私の車の窓から外を眺め物思いに耽っている間、彼女が――
あの心理掌握と言う能力で私の記憶を読み取り、蘇らせてくれた。こいつは使えるとでも思ったのだろう。
会話している間も彼女は私の脳にリモコンを介して語り掛け続けた。傍目には地図を読むふりをしながら。
食蜂『貴方の記憶を奪い、インデックスさんを奪い、全てを奪った“二人目”の上条さんを憎いと思う?』
天使のような声音で
食蜂『やり直したいとは思わない?インデックスさんとの出会いを、“二人目”の上条さんへの復讐力を』
悪魔のように囁いて
食蜂『私が貴方の“世界”を変えてあげるわぁ。アウレオルス』
私に手を差し伸べた
~72~
食蜂「アハハハぁ、雪って良いわねぇ。綺麗な物も汚い物もみんな真っ白にして覆い隠しちゃうんだから」
御坂「あんたね、誰も見てないでしょうけど何か羽織るくらいしなさいよ。恥じらいってもんがないの?」
グラウンド・ゼロから遠く離れた第三学区のホテル最上階にて食蜂は裸のまま窓辺から銀世界を見下ろす。
そんな食蜂を御坂はベッドからシーツで胸元まで隠しながら見咎める。しかし食蜂は意地悪そうに見返り。
食蜂「今更恥ずかしがる仲でもないでしょお?ついさっきまで私の下で泣き叫んでよがり狂ってたのにぃ」
これ見よがしに中指を舐る食蜂に御坂が枕を投げつけるも、狙いが逸れて窓ガラスにぶつかって落ちる。
最初はどちらから誘ったかは最後にはどうでも良くなった。とどのつまりは二人はそう言う関係である。
食蜂「怒らないの。貴女は現実逃避出来る、私は性欲処理出来る。ギブ・アンド・テイクでしょ“美琴”」
御坂「……何であんたはそんな平然としていられんのよ。私だって今にも押し潰されそうだって言うのに」
食蜂「それは貴女が起こした戦争?鳴護さん達に吐いてる嘘?」
御坂「全てよ。何もかも飲み込んだつもりでも辛いものは辛い」
虚数学区の結界は如何なる有害物質さえ遮断し、時折結標達が送り込んで来る軍隊は『あれ』が排除する。
最大重量1トン程度の座標移動では戦車や航空機も送り込めず、魔術師に至っては無力化されたも同然だ。
しかし敵は外からではなく内からやって来る。御坂の場合、それは癌細胞のように無限増殖する罪悪感だ。
最初に手を下したのは食蜂でも、最初に手を出したのは自分だと。そして今も手を汚そうとしている事に。
食蜂「相変わらず甘いわねぇ美琴は。エクレアくらい甘いわぁ」
食蜂は降り注ぐ雪からガラスに写り込む俯く御坂を目を移す。しかしイギリスの時のような青臭さや……
人を傷つけたくない、手を汚したくない、犠牲を払いたくないと言う甘ったれた乳臭さは抜けたかなと。
他人の屍を踏み越えでも、自分の血を流してでも、取り戻したい者、手にしたい物があるなら、せめて。
食蜂「今日はもう帰りなさい。私も寝るわぁ。疲れちゃった☆」
御坂「言われなくたって帰るわよ。あーあ、本当に最悪の気分」
いそいそと身嗜みを整え、扉が閉まる音を聞きながら、食蜂は。
食蜂「それでも貴女はまた私に会いに来るわ。いつもみたいに」
~73~
御坂「冷え込むわね」
操祈の残り火に焦がれる身体に、雪風が心地良い。口惜しいけど、ここに来る前には歪んで見えた道が……
今ははっきり見える、しっかり歩ける。操祈に抱かれて、この雪みたいに真っ白な灰になるまで燃え尽きて
御坂「(今日のご飯は何にしようか。クリームシチューが食べたいけど時間はかかるし、量が多いしね)」
選り好みしなければ食料はある。電力が生きてる学区もある。ネットやテレビはもう通じないけれど……
たまに私達以外に誰か生き残ってる人間がいないか探してみた事もあったけど、それもいつしか止めた。
仮に誰かいたとしても、私はその人になんて言えばいいの?私の所為で世界が滅んじゃいました、って?
御坂「(パスタにしよう。嗚呼、そう言えばあいつに作ってあげた事あったわね。前にも言ったっけ?)」
もし二人目の当麻がいたとして、こんな私を見たら怒るだろうか?突き放すだろうか?どうなんだろうか?
御坂「もうすぐ会えるわよ当麻。例え全てを犠牲にしたってね」
こんな事してあいつに会ってもあいつが喜ばない事くらいわかってる。でも私はそれ以上に自分のエゴを。
『二人目』のあいつを取り戻したいって言うエゴを優先するわ。
~73.5~
食蜂「……そう言えば、あの日もこんな雪が降ってたわねぇ?」
あれは二人で雪達磨を作った帰り道、私が彼に連れられて生まれて初めてラーメン屋さんに入った時の事。
上条『ここ、二十四時間営業のラーメン屋なんだよ。前に家出した時に入ったらまあまあ美味くってさ~』
美琴。貴女は私に、世界を滅ぼして平気なの?って聞いたけれど、それはもう質問からして間違ってるわ。
食蜂『えーっ!?やだぁ、机が油でギトギトしてる!も~う!』
上条『ははっ、じゃあ庶民の味をとっくり味わってくれお嬢様』
この雪に煙る冷え込んだ吐息とは違う、あったかい湯気が立って
食蜂『えーっとこうやって食べれば良いのかしらぁ?“先輩”』
上条『レンゲの中に麺とスープとナルトって超ミニラーメンか』
私の世界はとっくに壊れてる。彼女を失って、彼を喪ってから。
上条『チャーシュー食うか?薄いんだけど味は良いんだよこれ』
食蜂『じゃあ私の茹で玉子あげちゃうゾ☆トレードトレード♪』
『一人目』の彼が微笑んでくれて、私が笑っていられた世界は。
~74~
トンネルを吹き抜けて行く風が冷たいよ。毛布とかいっぱい持ってこれたからそれなりにあったかいけど。
キャンプに使うようなガスコンロや寝袋、お鍋やナイフ、テントとランプ、地上にはたくさんの物がある。
もう泥棒するのにも慣れちゃったよ。だって他に誰もいないんだもん。生きて行く為にはしょうがないね。
こんなの、××が知ったら怒るだろうな。でも悪気はないし非常時だから許してね。ごめんね××、××。
助けてあげられなくてごめん。一人で逃げ出しちゃってごめん。××××、×××××、×××、みんな。
あれから何度か勇気を出して地上に拠点を作って外に出ようとしたけど、光の壁に邪魔されて出られない。
それどころか光の壁の向こうから軍人さんが助けに来てくれたのかと思ったら銃を向けられて、それから。
赤ん坊みたいな『化け物』が出て来て、軍人さん達を皆殺しにしちゃった所を見て、心が折れちゃったの。
見つかったら殺される。そう思うと軍人さんの落として行った、拾った銃無しじゃあ表に出れなくなった。
230万人も人がいたのに私は『あの女達』以外の人間を見かけた事がない。あれは何時だったっけかな?
キャンプシャワーの水を汲みに出掛けようと思って、地上におっかなびっくり顔を覗かせた時だった。そう
食蜂『予めこの帝都タワーを倒しといて正解だったわぁ。三本柱が健在だったらより長引いたかもだしぃ』
御坂『その所為で死に目に合わされたのよ。でもまさか、私達を殺そうとしたあんたと手を組むなんてね』
やっと見つけた生きている人間に大声で駆け寄って抱き締めようとした足が竦んだ。耳を疑うような会話。
御坂『もし黒子が生きてたなら、きっと私を止めるでしょうね』
食蜂『白井さんの件は残念力だったわぁ。“学園都市が核攻撃”するなんて“夢にも思わなかった”わぁ』
私と同じように、生き残った蛇口から水を汲んで、世間話みたいに話す『あの女達』を瓦礫の陰から見て。
御坂『……元を糺せばこの戦争を引き起こしたのは私だもの。私が黒子達やみんなを殺したようなものよ』
震えが止まらなかった。聞きたくない。聞いちゃいけないって。
食蜂『仮に白井さん達が生きていて、貴女の敵に回ったらぁ?』
『悪魔』がこっちを向いて笑っているような気さえして来て――
~75~
神裂「それでは出発いたしましょう。神浄討魔、あの子に……」
結標「……ねえ黒子」
白井「何でしょう?」
目覚めてより五日後、白井達はジャック・ベリーより降り立ち、東京湾より学園都市を目指す事となった。
空母より下ろされたタラップの途中で、廃人同然のインデックスと廃人同様の上条が曖昧な別れを交わす。
一足先に港に降り立った白井と結標もまた、死地へ赴く中、恋人として最後の会話を交わしていた。そう。
結標「ああは言ったけれど、貴女だけでも逃げて構わないわよ」
行くは逃れ得ぬ死、引くは緩やかな死。自分達の足元を攫う死の灰雪から逃れる事は出来ない。何処にも。
これはゲームなどではない。魔王の城に乗り込み、討ち滅ぼした所で世界は救われないし何も変わらない。
白井が行くのは、この絶望を生み出した灰かぶり姫とハートの女王に自分の手で決着をつける事。そして。
白井「貴女のような寂しがり屋を一人にさせたとあってはそれこそ死んでも死にきれませんわよ淡希さん」
覚束無い足取りの神裂と、頼り無い足取りの上条が追いついた。
~75.5~
アウレオルス「画然。白井黒子、結標淡希、神裂火織、神浄討魔を確認。恐らく彼女達が最後の切り札だ」
一方、『窓のないビル』にてアウレオルスと食蜂は虚数学区の結界をテレポートで越えて来た白井達と――
神裂。そして『幻想殺し』ですり抜けて来た上条を生き残った滞空回線にて発見し、どうするかと問うた。
アウレオルス「何時ものように“大いなる獣”を差し向けようにも神浄討魔がいるのでは些か心許ないぞ」
食蜂「招かれざるお客様には私自らお持て成しするわぁ。貴方は“怒りの日”に専念力してちょうだい☆」
ラジオゾンデ要塞墜落とエンデュミオン倒壊の際、神裂は上条を伴って脱出する代償として左足を失った。
上条も今や脳細胞の崩壊が進み、結標と白井は有害物質により肉体はボロボロ。だが食蜂は手を緩めない。
それを受けてアウレオルスが『衝撃の杖』を手にして出て行く。敵は4人。自分達は5人。数の上では――
食蜂「“180万”2人対4人。数の暴力で押し潰してあげる」
そして食蜂はイリジウム携帯電話を取り出し、一つの策を練る。
~76~
白井「これが、わたくし達の住んでいた学園都市だなんて……」
結標「まさにグラウンド・ゼロね。神裂さん、ちょっと良い?」
神裂「何でしょう?」
結標「今更こんな事言いたくないけど、そんな状態の上条君を連れて来て本当に役に立つの?だって……」
学園都市を切り分けるように倒されたエンデュミオンに、地形を丘陵に変えたラジオゾンデ要塞落下地点。
駆動鎧、機関銃、ロケットランチャー、手榴弾と言った武装が積み上げられた滅びの丘に咲く処女雪の花。
その余りの惨状に白井が眉間に皺を寄せつつも辺りを見渡す中、結標が改めて上条を見、神裂へ振り向く。
神裂もまた結標の言わんとする所はわかる。果たしてこんな状態の上条がものの役に立つのかと。しかし。
神裂「この結界がある限り私は魔術が使えません。なので“怒りの日”の術式を解くには彼の幻想殺しが」
結標「唯一の解除方法って訳ね。けど彼にそれが理解出来る?」
神裂「出来ます。“その幻想をぶち殺して下さい”と呼び掛けたならば。それだけはまだ覚えていますよ」
神浄「あーあ、あー」
神裂が上条を見つめる眼差しに込められたものを見て結標は聞くんじゃなかったと少しばかり悔やまれた。
そんな二人を尻目に白井は考える。御坂達は果たしてどこにいるのか?同時に彼女達を見つけ出そうと――
結標に送り込まれた軍隊や調査団はどうなったのか?この一面の銀世界のどこかに埋もれているのかとも。
白井「誰ですの!?」
結標「どうしたの?」
白井「今、人影が!」
白井の視界に何かが横切った。降り注ぐ雪に遮られたが確かに人影だった。そこで白井が呼び掛けんと――
結標「あれは何!?」
した所で、学園都市を取り囲むAIM拡散力場が赤黒く変色し、銀世界が鮮血をぶちまけたように変化する。
そして爆心地に力場の球体が表れ、卵子を目指す精子のようにAIM拡散力場が収束し、『破水』して行く。
AIMバースト「オギャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
木山春生の時とは訳が違う、180万人のAIM拡散力場を受けて誕生したおぞましき胎児が産声を上げた。
~77~
結標「送り込んだ人員が一人も帰って来なかった理由はまさか」
神裂「七閃!」
グラウンド・ゼロに匹敵する大きさの胎児。『天国の扉』によりAIM拡散力場に吸収された能力者達……
延べ180万人もの集合体が振り下ろした拳を白井達がテレポートで頭上に回避し、神裂は後方へ跳躍。
片足というハンデながら右手で上条を抱え、左手で鋼糸を放つも『衝撃拡散』でダメージを受け流され。
AIMバースト「マンマァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
白井「湾内さん!?」
胎児の顔が湾内の死に顔に変化したかと思えば、全身を縛り付ける鋼糸を今の攻防で破裂した水道管……
吹き上がる飛沫を四つの水塊よりウォーターカッターに変じて細切れにし、同時に『原子崩し』を放つ。
狙いは頭上の白井達。その光芒が向くより早く再びテレポートし吹き飛ばされた神裂を二人で受け止め。
結標「何よあいつ!?“多重能力”は存在しないはずじゃ?!」
結標が瓦礫をいくつも座標移動で胎児にぶつけるも、今度は『窒素装甲』で弾き返され、それどころか。
神裂「――伏せて!」
自分を狙った瓦礫を『空力使い』で次々と発射するも、神裂が草紙断ちで唐竹に、袈裟懸けに切り捨てる。
しかし胎児は切り落とされた瓦礫すら粉微塵にするように『窒素爆槍』を雨霰と放たんとし、神裂が遂に。
神裂「神浄討魔!“そのふざけた幻想をぶち殺して”下さい!」
神浄「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
右腕の上条に叫んだ所で『竜王の顎』が失われた右腕から萼を剥き出し、『窒素爆槍』の弾雨を掻き消す。
代わって白井が胎児に向かってテレポートし、力場の中心である三角錐のコアへ金属矢を投擲する。だが。
白井「外した!!?」
結標「どいて黒子!」
その狙いはコアの本来の位置から15センチも離れた地点をすり抜けた。『偏光能力』による幻影である。
あまつさえ、胎児は金属矢を掴み取り、『絶対等速』で投げ返し、結標の放ったコルク抜きをも粉砕する。
AIMバースト「“フフン”“ママ”“ゲラゲラ”“タスケテ”」
胎児の身体から何万と言う少年少女達の死に顔が浮かび上がり、何十万と言う笑い声が不気味に木霊する。
アウレオルスが『大いなる獣』と呼ぶこの胎児は、180万人もの能力者の軍勢と渡り合うに等しいのだ。
神裂「――外道め!」
~78~
食蜂「イギリスでもそうだったけどぉ、私は貴女だけは過小評価力しないわぁ。“聖人”神裂火織さん?」
胎児が『量子変速』でグラウンド・ゼロに転がるアルミを含んだ金属を起爆させ、屍山が宙に舞い上がる。
同時に血河も噴き上がり、降り注ぐ血の雨を目隠しに削板軍覇の『謎の衝撃』が神裂と上条を吹き飛ばす。
その様子をモニタリングする食蜂にとって、魔術が使えなくても左足が無くとも神裂は天敵と言って良い。
食蜂「私が怖いのはぁ、戦略も戦術も、謀略も暴力も通じない、貴女みたいな本物の兵(つわもの)なの」
更なる追撃を防ぐ為に白井が右側、結標が左側にテレポートを繰り返して胎児の注意を引きつける間も――
神裂は七天七刀を杖に右足一本で立ち上がり、二人が囮になる事で生まれた隙を見逃さずに飛びかかった。
上条を抱えたまま兜割りをコアに放つも『未元物質』の防壁に弾き返される。だが神裂はそれさえ囮にし。
食蜂「だからこそぉ」
一点突破でコアは砕けない。ならばどうするか?答えは一つ。胎児を丸ごと吹き飛ばすしかない。だが――
虚数学区の結界の中では魔術は使えない。だからこそ彼女は上条を連れて来ざるを得なかったのだ。そして
神裂『神浄討魔!“そのふざけた幻想をぶち殺して”下さい!』
食蜂「貴女の負け☆」
~78.5~
神裂「神浄討魔!“そのふざけた幻想をぶち殺して”下さい!」
上条「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
白井「これが!!?」
結標「上条君の力!」
神裂の呼び掛けにより、上条の『竜王の顎』が消失し、無色透明な力場がグラウンド・ゼロ全体に迸る。
神上(La Persona superiore a Dio)の黒き光と白き光。御坂の零距離レールガンさえ食い止めた力が。
AIMバースト「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
周囲一帯のありとあらゆる異能の力を掻き消し、それは数十メートルもの巨躯を誇る胎児も例外ではない。
中絶手術のようにに三角錐のコアを宿した頭部から引き千切られ、捻り潰され、泣き叫び、崩壊して行く。
その有り様に白井は目を背け、結標は目を瞑り、神裂は目を開く。せめて、安らかな死を願うようにして。
白井「――やりましたの?」
神裂「……ええ。もう……」
上条を下ろし、七天七刀を杖代わりに胎児を看取らんと歩んで。
「ええ。もう、我慢しなくっても良いわよね?シャットアウラ」
~79~
刹那、駆け抜けた閃光が音を置き去りにして神裂の上半身をもぎ取り、下半身の全てを雪面にぶちまけた。
白井「――……えっ」
砲弾初速1030m/sec、連発能力8発/min、着弾分布18.9mm、不可避の速攻にして――
シャットアウラ「AIMバーストすらもこの為に捨て駒にするか」
シャットアウラの光学迷彩機能搭載の機動兵器上からの不可視の強襲が、神裂の命を刈り取ったのである。
呆けたように白井が射線から割り出した先、グラウンド・ゼロの横倒しになったビル上からの50m狙撃。
「文句なら操祈に言って。あいつが立てるプランってエグいの」
少女が目を落とすは自分の両手。そこに刻まれた聖痕はたった今消えた。上条の放った『神浄』によって。
両手のみならず両足、左脇腹に施された『サンヘドリンの最終決定』。71人の魔術師による能力の封印。
世界が滅んで尚解けなかった呪縛が、アウレオルスですら匙を投げた呪詛が、たった今解き放たれたのだ。
御坂「あんたには関係ないって言ったじゃないの“白井さん”」
『学園都市第三位』『レベル5』『最強無敵の電撃姫』『常盤台の超電磁砲(レールガン)』御坂美琴が。
~79.5~
結標「――そんな!?」
白井「……お姉様?!」
御坂「それにあんたも」
神浄「か、ん、ざ、き」
ビルから電磁力の反発を利用し飛び降り、ばらまかれた神裂の内蔵をジグソーパズルのように集める……
上条の前に御坂が降り立つ。その背中には聖ジョージ大聖堂で顕現した1万31枚の羽根から成る片翼。
御坂の絶望の産物、妹達の死、それを表すかのように復讐を意味する一輪の黒百合(ブラックサレナ)。
御坂「そんな顔しないでよ白井さん。私は別に操祈に操られてる訳でも弱味を握られてる訳でもないわよ」
誰もその場を動けない。口を開けない。頭の中ではわかっていた。しかし心の中ではわかっていなかった。
御坂が敵に回ったのだと言う認識が徹底していなかった。浸透していなかった。覚悟しきれていなかった。
御坂「私はもうあんた達の仲間じゃないわ。先輩じゃないわ。友達じゃないわ。ルームメイトじゃないわ」
敵であった結標も、味方であった白井も、その場にいる誰もが。
御坂「誰にも私の復讐の邪魔はさせない。世界を敵に回しても」
自分達の知る御坂美琴(げんそう)はもう終わったしまったと。
~80~
思えばこの子は昔から危うかった。黒子を巡って私と二度切り結んだ時からその兆候はあったんでしょう。
まだ正気を保っていた頃のインデックスさん達から聞いた。この子がイギリスで何を知り何を見たかまで。
この子と自分の立場を置き換えてみたなら痛いほどわかる。私だったならとても耐えられないほどの絶望。
結標「今まで半信半疑だったけれどよくわかったわ。貴女はもう私達の知る御坂美琴ではなくなったのね」
御坂「あんたに私の何がわかるの?あんたにはまだ白井さんがいるじゃない。私とあんたは同じじゃない」
わかってる。この子への意趣返しも兼ねて、インデックスさんを追うように上条君をけしかけたのは私だ。
私もこの子を壊した人間の一人だって言う事実は変わらない。それを償うつもりも詫びるつもりもないわ。
結標「昔から私は貴女が気に入らなかった。正義の味方みたいな顔して戦うヒロイン気取りの貴女の事が」
だってそうでしょう?話し合いで済むなら、分かり合えて済むなら、私達は殺し合いなんてしてないもの。
結標「でも今の悲劇のヒロイン気取りの貴女より余程マシだったわ。来なさい。今度こそ殺してあげるわ」
言葉なんかで止まるなら、この子もここまで堕ちて来なかった。
~80.5~
思えばあの時わたくしが上条さんのイギリス行きを止めるべきでしたの。心からお姉様の倖せを願うならば。
そしてお姉様にイギリス行きをけしかけたのはわたくしですの。それが今日に至る悲劇の始まりとも知らず。
誰よりも近くにいたはずなのに、お姉様の心が閉ざされて、傷ついて、折れて、壊れて行くのに気付けずに。
白井「もうわたくしを黒子とは呼んで下さらないのですね?もうわたくしはお姉様とは呼べませんのね?」
御坂「だから何?それであんたは私を許せるの?世界をこんなに滅茶苦茶にした私を赦せるの?白井さん」
今とて訳もわからぬままただ流されて巡り、漂って巡って、わたくしはここにいる。お姉様がそこにいる。
白井「昔、わたくしは言いましたわね?“もしお姉様が学園都市の敵となったらわたくしが捕まえる”と」
もう後戻りは出来ませんの。引き返すなど出来ませんの。私達の道は分かれましたの。今、この瞬間にも。
白井「――貴女はもはや“世界の敵”ですわ“御坂美琴”――」
決して分かり合えぬ敵と味方と、決して歩み寄れぬ白と黒とに。
~81~
もしもあんたの大切な人が、大事な誰かがある日姿を消してしまったら?その後行方を見つけられたら?
探しに行くよね。追い掛けるよね。連れ戻すよね。でもその人が、誰かが、全くの別人になっていたら?
それどころか自分を見てもわからなくて、自分を殺しに来て顔を叩き潰されて頭皮を引き剥がされたら?
自分からその人を、誰かを、奪った相手と子供を作っていたら?
その相手に、自分の街に、国に、世界に、戦争を起こされたら?
行く場所も帰る場所も、生き場所も死に場所も、なくなったら?
して来た事全てが無駄で、やって来た事全てが無意味で、世界中の人から恨まれて、憎まれて、呪われて。
殺したくなるわね。壊したくなるわね。死にたくなるわね。呪いたくなるわね。自分も他人も誰も彼もが。
インデックスに結標淡希に、神裂火織に天草式十字凄教に、アニェーゼ部隊にオルソラ=アクィナスに――
シェリー=クロムウェルにステイル=マグヌス、神浄討魔に魔術サイド、私に味方はいなかった。誰一人。
食蜂『私はねぇ、世界が嫌い。“一人目”の上条さんが“死んだ”後の、色褪せた空っぽな世界が大嫌い』
全てを失い、全てを無くし、全てを壊してしまった私の虚を満たすように操祈はスルリと入り込んで来た。
食蜂『私はねぇ、学園都市が嫌い。“彼女”を殺した科学者も、ただのうのうと生きてる学生も皆大嫌い』
私の身体を抱き締める腕が暖かかったから。私の身体をなぞる手指が温かかったから。だから抱かれたの。
食蜂『私はねぇ、人間が嫌い。この能力を手にしてから、皆服も着てない猿にしか見えないくらい大嫌い』
こんな世界で一人片意地を張るには、独り肩肘を張るには、世界中の悪意は冷た過ぎて核の冬は寒過ぎた。
食蜂『私はねぇ、神様が嫌い。“彼女”を、“彼”を、私の大事な物を、大切な者を奪った神様が大嫌い』
最初に手を上げたのは私、最後に手を下したのは操祈。私と同じ罪を背負っているのはこいつだけだった。
食蜂『だから世界を壊すのぉ。神様を殺すのぉ。もう一度彼女に会う為に、もう二度と彼を失わない為に』
私の胸を自分の胸で押し潰して、私の掌に自分の掌を重ね合わせて、のしかかって見下ろして来るこいつ。
食蜂『そこに貴女も混ぜてあげるぅ。私達“姉妹”でしょお?』
こいつもあいつにこんな風に抱かれたのかと思うと、嫉妬した。
……どっちに?
~82~
白井「淡希さん!」
結標「合わせて!」
風切り音と共に御坂の背後に白井、正面に結標がテレポートし金属矢を縦に軍用懐中電灯を横に振り抜く。
されど御坂は金属矢を片翼で受け止め、軍用懐中電灯を左手で掴み取り、自らの肉体に筋電微流を流して。
御坂「あんた達じゃあ私には勝てないってまだわかんないの?シャットアウラ!あいつを操祈の所へ!」
御坂の両腕に蔦のような血管が、背中に茨のような筋繊維が隆起し軍用懐中電灯が握り潰され結標が――
地面にめり込むように押し潰されて行き、御坂が片翼に取り付いた白井を持ち上げ、結標へ叩き付ける。
同時に雪煙が立ち込め、巻き起こる旋風が剣や機関銃を舞い上がる中、シャットアウラが機動兵器で――
シャットアウラ「こんな形で出会いたくはなかったよ上条当麻」
結標「――上条君!」
突入し、ワイヤーアンカーを放って上条を縛り上げて連れ去り、追い縋ろうにも折り重なる白井が邪魔で
御坂「邪魔しないで」
そこで御坂がガトリング砲のベルトリンクをキャッチし、バリバリと全身より紫電を迸らせて放つは――
ファイブオーバー、モデルケース『ガトリングレールガン』級の硬貨ではなく弾丸を用いたレールガン。
ドガガガガガ!と青白いマズルフラッシュが炸裂し、取り残された神裂の死体ごとミンチにせんとした。
結標「(ヤバい!)」
寸前で二人がテレポートするも御坂のガトリングレールガンによる弾雨は二人の着地さえも許さぬ勢い。
結標がビルからビルへ、白井が雪面から雪面へ飛び石伝いに移動する側から追尾し、決して逃がさない。
着弾と同時に土砂が吹き飛び、雪片が弾け飛び、弾痕が刻まれ、大穴が穿たれ、射線から逃れんとする。
結標「これなら!?」
御坂を挟み結標が前から右へ、白井が後ろから左へ駆けながら放つは金属矢とコルク抜きによる挟み撃ち。
その上結標も握り潰された軍用懐中電灯に代わり、神裂が残して行った『草紙断ち』を拾い上げ突撃する。
御坂が咄嗟に放った電撃さえも前面に突き出した草紙断ちが真っ二つに割り、その間隙を縫って白井が――
白井「どうです?!」
先遣隊の置き土産、何十個もの手榴弾を御坂に向かって転送させ
~83~
結標「下がってて!」
炸裂する手榴弾が生み出す爆風が土煙を押し流すより早く、結標が座標移動でグラウンド・ゼロに存在する
結標「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ロケットランチャー、対戦車砲、アンチマテリアルライフルが次々と引き寄せ片っ端からトリガーを引く。
土煙の中の御坂へ砲弾が雨と、銃弾が霰と降り注ぎ武器の墓場であった滅びの丘が火薬庫に様変わりする。
流れ弾が墜落していたヘリに引火し爆発、結標が座標移動でぶつけた軽自動車が発火し炎上、駄目押しに。
結標「食らいなさい」
結標が放った攻撃、それは座標移動で質量を『持って来る』のではなく質量を『持って行く』空間攻撃だ。
最大重量1250キロを上限に、土砂も瓦礫も人体も物体も座標を指定せず片っ端から飛ばす無差別攻撃。
加えて駆動鎧に搭載されていた榴弾を火柱に座標移動させての飽和攻撃、絨毯爆撃で一気に吹き飛ばした。
白井「(お姉様!)」
白井が眠りに就いていた半年間、地獄と化した世界で身に付けたであろう結標の新たな戦い方はまさに――
レベル5級と言えるだろう。如何に御坂と言えど一溜まりもないはず。そう白井が浮かべた沈痛な表情は。
結標「ぼさぼさしない!早く上条君を追い掛けるのよ!黒子!」
白井「!」
結標「あの“御坂美琴”がこの程度で死ぬくらいなら苦労しな」
煙幕を切り裂き、面を割らんとする飛来する片翼から白井を突き飛ばした結標の胸元から迸る血で贖われた
結標「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」
白井「淡希さん!?」
御坂「あんたは間違ってないわ結標淡希。今のが白井さんを逃がせる最初で最後のチャンスだったものね」
硝煙が晴れて行く。そこには数百から数千もの弾雨を全て片翼で叩き落とした無傷の御坂と無数の空薬莢。
そう、結標が総攻撃したのは御坂を葬る為ではなく白井を逃がす為の時間稼ぎ。何故か?勝てないからだ。
御坂「平和ボケも良いところね白井さん。あんたは戦う覚悟は出来てても殺す覚悟が出来てない。全くね」
御坂は『不殺』の枷を填めたまま必要悪の教会を幾度も退けて来た。だがもしその枷を外して戦ったなら?
レベル5が殺すつもりはなくとも、第三位が『死んでも仕方がない』つもりで襲い掛かって来たとしたら?
白井「――――――」
殺されるに決まっている。他の何でもなく、他の誰でもなく――
御 坂 美 琴 は 白 井 黒 子 に 殺 さ れ る
~84~
白井「――う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
結標の胸元が裂かれた瞬間白井の中の何かが弾けた。この時、少女はこの世界で最も兇暴な存在となった。
精神が決壊し、能力が暴走し、無数の瓦礫を旋回させ、周囲の全てを巻き込みながら白井が御坂へ向かう。
御坂もまた片翼を倒れ込んだ結標から引き戻し、襲い掛かって来る白井へと鞭のように抜き打ち迎え撃つ。
結標「黒子!」
御坂の片翼がしなって瓦礫を打ち砕き、銃器を打ち抜き、白井の右頬が切れ、左肩が抉れ、交錯する刹那。
白井の眼球に片翼が触れるか否かのタイミングで白井がテレポートし御坂の背後へ。その手には草紙断ち。
着地と同時に背中を向けたまま左足で踏み込み、独楽の動きで振り向き様に右手で御坂の首筋を狙わんと。
白井「!!?」
した所で片翼が打ち据えるように切り裂くように数十発も白井の身体を切り、突き、殴り、打ち、撥ねた。
白井が空間移動の大嵐で片翼の切っ先を幾つか消し飛ばすも、全身の血管全てが破裂したような出血と――
一撃が数トンを思わせる衝撃が白井弾き飛ばし背中からグラウンド・ゼロに突っ込むかと思われた。だが。
結標「危ない!」
その寸前に結標が座標移動し、ノーバウンドで撥ね飛ばされた白井を全身で受け止め、共倒れとなった。
同時に能力の暴走による大嵐も止む。負わされたダメージは致命傷に近く、立ち上がる事さえ叶わない。
そんな二人を御坂は白けた眼差しで見下ろして来る。そこに在りし日の輝きはなく、あるのはただ一つ。
御坂「足掻いたって無駄よ白井さん。抗ったって無意味よ結標淡希。誰にも私達の邪魔はさせないわよ」
祈りにも似た呪い。願いとは非なる望み。世界に見捨てられ、神に見放された少女にとっての最後の希望。
御坂「上条当麻(あいつ)を取り戻す邪魔はさせないわ。もうすぐ全てが始まる。もうすぐ全てが終わる」
神浄討魔(三人目)ではなく、御坂の望む上条当麻(二人目)と、食蜂の希む上条当麻(一人目)の復活。
御坂「何もかも取り戻せる!やり直せる!奪い返せる!手に入れる!じゃなかったら私は一体何の為に!」
その為に世界の終わりを迎え、世界の果てまでやって来たのだ。
御坂「何の為にここまでやってきたって言うのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
~85~
白井・結標「「――御坂美琴お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
笑う膝を、抜けた腰を奮い立せて二人がテレポートし、御坂が片翼を振り回してそれを迎え撃たんする。
飛び上がって初撃を掻い潜り、追撃に白井が脇腹を穿たれ、雷撃に結標が足首を焼かれ、尚も連撃を――
テレポートで飛び越え、御坂を間に挟んで白井が草紙断ちを右手に懐へ、結標が七天七刀を左手に背へ。
御坂「無駄よ!!」
御坂もまた砂鉄の剣を生み出し、切り上げる白井の切っ先を左足を軸に舞踊の動きでかわしつつ結標へ――
薙ぎ払うも七天七刀で受け止められ、白井が遮二無二に切りかかるのを頭を下げてかわし髪が数本切れる。
御坂が空いた左手で雷撃の槍を浴びせんとするも、風斬の御雷すら切り裂いた白井の草紙断ちが打ち消す。
白井「(威力が強過ぎる!!!)」
10031枚もの羽根からなる片翼でも、十億ボルトもの雷撃を生む超電磁砲でも、御坂は『独り』だ。
結標「(反応が早過ぎる!!!)」
砂鉄の剣と草紙断ちが鎬を削り鍔競り合い飛び散る火花、片翼と七天七刀が切り結ぶ鍔鳴りの音が響く。
白井・結標「「((でも!))」」
そして
白井「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
御坂「!?」
白井が自ら砂鉄の剣へ腹部から突き刺さり、御坂の両手を封じ、血飛沫を吐きかけて目潰しし動きを止め。
御坂「(視力が奪われても、電磁力で空間把握すれば良い!)」
白井の捨て身の足止めさえも御坂は盲いた目を捨てて、結標の挟撃を避けんと片翼を振り抜いて切り裂く。
されどその先に結標の姿はない。頭上か、背後か、足元か、どこからどう攻撃を仕掛けて来るかと御坂が。
御坂「なっ……」
牙を剥く腹部に七天七刀が突き刺さる。そう、『御坂の砂鉄の剣を受けた白井の背中から』貫通する形で。
御坂「……嘘よ」
最も有り得ない死角からの一撃に御坂が残した最後の言葉。それは自分を討った白井に対してなのか……
恋人である白井ごと自分を刺し貫いた結標に対してかは誰も知らない。だがこれが最期だったのである。
御坂「……どっちに?」
アスフォデルス(食蜂)に寄り添うブラックサレナ(御坂)の。
~86~
結標『殺しなさい黒子!“御坂美琴”を守りたいなら一人も生かして帰すんじゃない!皆殺しになさい!』
わたくしはお姉様を守れませんでしたの。あんなに壊れてしまったお姉様を、こんな形でしか護れず……
お姉様が本物の闇に堕ちる前に、本当の黒に染まる前に、止めて差し上げる事しか出来ませんでしたの。
結標「黒子……」
本当にごめんなさいな淡希さん。こんなにも辛い役目を貴女に押し付けてしまって。誰よりもずっと……
弱虫で恋しい貴女、泣き虫で愛しい貴女。もうその涙を拭って差し上げる事は出来そうもありませんの。
白井「……例え」
淡希さんがお姉様に殺されるなど耐えられませんの。お姉様が淡希さんに殺されるなど堪えられませんの。
お姉様、もう孤独(ひとり)じゃございませんの。淡希さん、約束を破ってしまってごめんなさい。でも。
白井「――生まれ変わっても、もう一度淡希さんの恋人に――」
――ですが、恋しい方をこの手にかけて愛しい方の腕で看取られるのは女として最高の死に方ですわね――
~86.5~
同時刻、食蜂は『窓のないビル』内にて得も言われぬ喪失感に襲われイリジウム携帯電話を取り落とした。
食蜂「……美琴が逝ったわぁ。“彼や彼女”を失った時と同じ」
シャットアウラ「!」
神浄「あーあ、あー」
御坂と白井が相討ったのだと食蜂は上条を連れて来たシャットアウラに背を向け、生命維持装置を見やる。
AIMバーストを囮に『神浄』を発動させ、能力を取り戻す所から神裂を屠る所までは想定の範囲内だった。
結標では戦力的に御坂に勝てず白井では心理的に御坂に負ける。強いて敗因を上げるとするならばそれは。
食蜂「美琴の心中を計り損ねた私の甘さの所為ねぇ。けどもぉ」
自嘲の響きを伴った、罅割れた乾いた笑いを立てる食蜂の背中を見てシャットアウラは二の句が継げない。
二人が只ならぬ間柄にあるのはこの半年間で大凡察する事が出来た。愛憎入り混じった歪な関係にあると。
食蜂「――予想外ではあるけど予定内よぉ。始めちゃってぇ☆」
その食蜂がリモコンを手に、天の『セフィロト』と地の『クリフォト』の魔法陣を操るアウレオルスへと。
食蜂「(大丈夫。“また”会えるから。待っててねぇ。美琴)」
~87~
結標「――――――」
息絶えた御坂と、事切れた白井を前にして、結標は暫し茫然自失に陥っていた。まるで生ける屍のように。
その間に学園都市を覆っていた虚数学区の結界が消え、双樹の魔法陣が光り輝いても微動だにしなかった。
暗雲を切り裂いて勝利を意味する弓を持った白馬の騎士が降臨し、世界中に向かって火の矢を放って行く。
同じく戦争を意味する剣を持った赤馬の騎士が、飢餓を意味する天秤を持った黒馬の騎士が進撃して行く。
最後に死を意味する青ざめた馬の騎士が、未知の病原菌を放射線塗れの大気に振り撒き、人々を駆逐する。
アレイスターが残して行った負の遺産、『怒りの日』の始まりの儀式が黙示録の四騎士によって行われる。
結標「……もう嫌よ」
手中の白井の死に顔に結標の涙が落ちる。誰がこの絶望に抗えよう。誰がこの破滅から逃れようと言うのだ。
結標「もうこんな世界嫌よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
どれだけ人間を憎めばこんな事が出来る?どれだけ世界を呪えばこんな事が出来る?答えられる者はいない。
今や全ての人間は、絶望という名の津波に飲み込まれる木の葉の如く、破滅という低きに流されるばかり――
~87.5~
アウレオルス「(唖然。何という巧緻極まりない術式だろう)」
アレイスターの負の遺産を彼が用いていた衝撃の杖で操るアウレオルスは同じ魔術師として驚嘆していた。
世界中に吹き荒れる四騎士の裁きに、核戦争を生き延びた人々が衣服を血に染めながら拳を振り上げるも。
アウレオルス「(これですらプランの予備に過ぎないなどと)」
世界を叩き割るような大地震が、世界を飲み込むような大津波が、人々の雄叫びを沈黙の祈りへと変える。
第一のラッパが吹かれ、地上と森林の三分の一が灰燼に帰し、第二のラッパが吹かれ、海が血に染まった。
第三のと第四のラッパは既に吹かれている。核というニガヨモギが、太陽も月も星も覆い隠してしまった。
第五のラッパが吹かれ、全ての食料と資源が蝗に食い荒らされ、第六のラッパが吹かれ、天使が再臨する。
アウレオルス「(慄然。その全てを掌握し、計画を実行に推し進めたのが、たった14歳の少女などと)」
シャットアウラすら顔色を失うほどの猛威を、食蜂はただ無表情で見つめている。それはまるで子供が――
食蜂「………………」
蟻の巣に流し込まれて行く水を見るような、そんな投げやりさ。
~88~
鳴護「当麻くん……」
神浄「あーあ、あー」
一方、『窓のないビル』別室にて外部の様子を知る由もない鳴護が、変わり果てた上条を抱き締めていた。
鳴護「大丈夫だよ。もうすぐみんなが笑って迎えられるハッピーエンドがやって来るんだよ当麻くん……」
御坂とインデックスが骨肉相食む運命に翻弄され、上条はこうなってしまったのだと食蜂より聞かされた。
鳴護は悲しんだ。三人共自分にとって掛け替えのない友人だったのだ。だが食蜂は言った。鳴護ならばと。
食蜂『貴女の歌声なら彼を救える。世界だって変えられるわぁ』
その甘言を全面的に信じた訳ではない。しかし世界が滅びた後、人間の生きて行ける場所は酷く限られた。
食蜂の語る計画。アレイスターの負の遺産を正しく使えば世界を修復出来、それには鳴護が必要なのだと。
自分達を救ってくれた上条が計画の中心になければとても首を縦には振れなかった。それは食蜂が上条に。
食蜂『私も彼に救われた一人よぉ。貴女達と同じようにねぇ☆』
鳴護「行かなくちゃ」
そして鳴護は立ち上がる。『88の奇蹟』を起こした時のように
~88.5~
食蜂「第七のラッパが終わって、ダアトへの道が開かれたわぁ」
黙示録の四騎士、黙示録のラッパ吹きが去った後も人類は生き残っていたが、それでも裁きは終わらない。
七人の天使が降臨し、人々の全身から血膿を噴き出させて、海と水が血に変わり、残された核が爆発する。
夜とも闇ともつかぬ核の冬が急加速し、解除されたAIM拡散力場が再びバーストし、島や山が消し飛んだ。
そして天空で光り輝くセフィロトの魔法陣、10のセフィラに隠された11番目のセフィラ『ダアト』……
『知識』を司り『神の真意』を意味するそれへの小径が開かれる。世界中の人々の生と死を飲み込む事で。
鳴護『今夜は星が――』
食蜂「これで“半分”」
第七のラッパが吹き終わり、『地獄の門』に飲み込まれた魔術師達の命が擬似的な『神の国』へ放たれる。
それは『天国の扉』に呑み込まれた能力者の魂も同様である。そこに生み出されるエネルギーはまさしく。
食蜂「シャットアウラさん。付いて来てぇ。表に出るわよぉ。それからぁ、上条さんも連れて来て頂戴?」
『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』の梯子そのもの。
~89~
結標「……何よこれ」
『怒りの日』が発動し、世界中のありとあらゆる生命体が死滅した後、泣き叫んでいた結標が見たものは。
御坂『うふふ』
白井『あはは』
初春『待って』
固法『行こう』
結標「黒子!」
死都と化した学園都市に溢れ返る人々。現在・過去・未来において既に死した者達が瓦礫の街を闊歩する。
そこには今し方果てた白井のみならず、ステイルや神裂、建宮に五和、アニェーゼとその部隊、愛弟子達。
シェリーが、騎士団長が、アックアが、名も知らぬ人々、名前しか知らぬ国の人々が笑いながら歩いては。
白井『淡希さん……』
結標「イヤア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアァァァァァ!!!」
白井が生前と変わらぬ声音、笑顔、佇まいで、語り掛けて来るのを結標は白井の遺体を抱き締めて叫んだ。
これは違う。何かが違うと。壊れて行く世界、狂って行く現実に、既に結標の精神は限界に達しかけて――
結標「あの女……!」
そんな結標を、天上に光り輝くセフィロトの樹を目指す人々の山々の頂より見下ろすは、食蜂と上条達――
~89.5~
食蜂「アハハハぁ、まるで大覇星祭の棒倒しみたい☆一度言ってみたかったの。人がゴミのようだわぁ♪」
シャットアウラ「(肝が据わっているなんてものじゃない。頭の螺子が飛んでる。イカレてるわ貴様は)」
天国に昇るか地獄へ堕ちるかを裁かれるべく辿り着いた集結の園。人々が織り成すピラミッドの頂点……
食蜂は数十億は下らない人々を玉座に君臨する女王となり、上条が右にシャットアウラを左に侍らせる。
『セフィロトの樹』に群がる人々が目指す先は10のセフィラ。ケテル(王冠)コクマー(知恵)を――
ビナー(理解)ケセド(慈悲)ゲブラー(峻厳)ティファレト(美)ネツァク(勝利)ボド(栄光)を。
イェソド(基礎)マルクト(王国)を無視し食蜂が目指すは隠された11のセフィラ、ダアト(知識)。
結標「待ちなさい!」
食蜂「――上条さん」
アレイスターが追い求めた『神の真意』を前に結標が座標移動で追いすがり、シャットアウラが構える。
そこで食蜂は上条へと振り返る。そう、全てはこの日の為、この時の為だった。この世界その物を司る。
食蜂「――してぇ」
『神』を[ピーーー]為に。
食蜂「そのふざけた幻想(カミサマ)をぶち殺して上条さん!」
~90~
神浄「――う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
結標「ダメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
次の瞬間、神浄の放った『神浄』がダアト(神意)を破壊した。跡形もなく消し去る神殺しを行ったのだ。
それにより『因果律の破れ』が生じ、科学と魔術が交差する『セフィロトの樹』が崩壊し始めたのである。
天地が引繰り返り、太陽が死に、月が消え、星が堕ちる。最後の審判を待っていた魂全てが解き放たれる。
もう『神の国』は蘇らない。もう『神の子』は甦らない。文字通り、言葉通り、『神は死んだ』のだから。
食蜂「この一瞬の為に、永遠のような時間を過ごして来たわぁ」
激震の走る天地から降り注ぐ血の雨、死者のピラミッドが崩れ落ち、食蜂は上条の手を繋いだまま笑った。
そんな食蜂を、シャットアウラが結標に向けた銃剣付き拳銃を持つ右手とは逆の左手首がワイヤーを出し。
結標「……これが、こんな事が貴女の望みだって言うの!!?」
食蜂達を抱えながらシャットアウラはグラウンド・ゼロへ降り立ち、結標も着地し、身構えて詰め寄るも。
食蜂「いいえ。これでだいたい四分の三ぐらいの達成力かしら」
結標「!?」
食蜂の笑みは崩れない
~90.5~
アウレオルス「泰然。時は満ちた。お前に感謝しよう食蜂操祈」
鳴護の歌声が響き渡る内部にて、アウレオルスは衝撃の杖を指揮棒のように振るいながら言った。全ては。
アウレオルス「アレイスターの遺志を継ぐ娘よ。お前のお陰で」
『地獄の門』で上条とインデックスは『アダムとイブ』、鳴護とシャットアウラを『カインとアベル』に。
ラジオゾンデ要塞を『ノアの箱舟』、エンデュミオンを『バベルの塔』にそれぞれ魔術的要素を当てはめ。
アウレオルス「私は今度こそ必ず奴より先に“彼女”を救える」
イギリスと学園都市を滅ぼす事で『ソドムとゴモラの滅亡』を再現し、『イサクを捧げるアブラハム』……
インデックスの子が生まれるまで半年待ち、未来を知る白井を過去へ送る事で『夢見るヨセフ』を満たす。
アウレオルス「十字教最大の奇蹟“創世の光”よ!導くのだ!」
『怒りの日』など只のカバーシナリオ、通過儀礼に過ぎない。全てはこれらの条件を満たす為の予定調和。
アウレオルス「新世界へ!」
少女はついぞ神さえ欺いた。
再現部:||「From the New world~新世界より~」
~91~
アウレオルスの手でドヴォルザーク作曲、交響曲第9番、ホ短調作品95『新世界より』が奏でられ――
先ず核の冬により生み出された暗雲が晴れ、光が生まれた。そして青空が広がり、荒れ果ていた大地が。
結標「嘘」
みるみるうちに肥沃になり、血で満たされていた海は青々と、死に絶えていた植物が一斉に花開き咲き誇る。
太陽が蘇り、月が甦り、星が黄泉還り、水面に魚が飛び跳ね、病に冒されていた鳥が翼を広げて飛んで行く。
遠くに犬の遠吠えがし、生命に満ち溢れ失われたもの全てが帰ってくる。世界中が『エデンの園』に変わる。
食蜂「……この眺めを、美琴にも見せてあげたかったわぁ……」
鳴護の歌声が『奇蹟』を後押しし、アウレオルスが完成させた黄金錬成を可能とする頭脳の中にある……
即ち『世界』そのものをシミュレーションする術式により『創世の光』は完成する。全てはこの為に――
結標「巫山戯ないで」
食蜂は科学サイドを依り代に、魔術サイドを生け贄に、全人類の生命力をかき集めたのだ。だが食蜂は。
結標「貴女のイカレた神様ごっこの為に世界中を人間を皆殺しにしたの!?巫山戯んじゃないわよ!!!」
食蜂「貴女達好大きでしょう?ハッピーエンドとかぁ、世界を救うとかぁ、そう言うの大好きでしょう?」
『上条当麻不在の世界』になど、何の価値も見出してはいない。
食蜂「これは新世界に渡る為の“おまけ”、貴女達は“ついで”、神様はたった今私が殺しちゃったしぃ」
世界を滅亡に追いやり、かき集めた霊魂が望む『あの日に帰りたい』という思いを、『虚数学区』で補完。
因果律を破る為に神浄(イマジンブレイカー)で『神の真意』を殺した。神という概念を打ち消した上で。
食蜂「もうすぐ開くわよぉシャットアウラさん。貴女が望んだ」
シャットアウラ「!」
食蜂「――お父さんが生きている“新世界秩序”への入り口が」
さる高名な科学者が提唱したタイムリープに必要な『時間的閉曲線』を越えるには無限大とも言うべき――
エネルギーが必要となる。だがここには全てがある。過去・現在・未来、全ての人類の生命力を糧として。
食蜂「神様とチェスしても勝てない。ボードを叩き壊しても。ならルールそのもの書き換えれば良いの☆」
食蜂は世界を変える。
~92~
オルソラ「――時空が」
禁書目録「赤ちゃん!」
オルソラ「!?」
禁書目録「返して!私ととうまの赤ちゃんを返してぇぇぇぇ!」
同時刻、天地崩壊を辛うじて免れた空母『ジャック・ベリー』甲板にて、インデックスは泣き叫んでいた。
蘇る青空に生み出された天使の輪と十字架を合わせたような時空の裂け目に、奇形児が吸い込まれて行く。
『イサクを捧げるアブラハム』の魔術的要素を満たす為に名も無き赤ん坊は新世界の礎となったのである。
禁書目録「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
それは御坂の呪詛。愛する男を憎んだ女に奪われ、子を宿していると知った時、恋する少女は死んだのだ。
インデックスはどこで道を誤ったか?『一人目の』上条を殺した時か?『二人目』の上条を死なせた時か?
オルソラ「――――――」
オルソラは『三人目』の神浄討魔をずっと世話して来た。インデックスに悪意はなかったのかも知れない。
しかし彼女が上条と出会った事が間接的に食蜂を壊し、御坂を狂わせた。これは『罰』ではなく『業』だ。
女として恋する男を奪われた悲しみを、母として愛する子を奪われる哀しみを味わせると言う『復讐』だ。
~92.5~
鳴護が、シャットアウラが、アウレオルスが、全世界の人々の精魂が時空間を越えて別次元へ旅立って行く。
因果律が破れた今、彼等の運命を縛り付ける『神』はもういない。皆、己が望む新世界で生きて行くだろう。
食蜂が笑う。私は世界が大嫌い。人が大嫌い。神が大嫌い。そんな私が世界を作り直して『あげた』のはと。
食蜂「私一人に滅茶苦茶にされる程度の価値力しかないこの世界への当てこすりよぉ。楽しんで貰えた?」
結標「食蜂操祈!!」
そして結標が座標移動で食蜂の頭を、心臓を抉り出さんとして。
結標「……えっ」
食蜂「私が殺したのは神様よぉ?“能力”なんて概念が神様が死んだ後の“閉世界”に残ってると思う?」
能力が使えなかった。そう、世界のルールはもう書き換えられてしまった後。この世界にはもう能力も……
原石も、魔術も、テレズマも存在しない。改変された閉世界に旧世界の法則は通用しないと知った結標へ。
食蜂「 」
『能力がない』にも関わらず食蜂がリモコンを突き付けたのだ。
佐天「うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
~93~
その瞬間、雲の切れ間から差し込む天使の梯子の光の下にて、食蜂の背中から胸元を一発の弾丸が貫いた。
神浄「あーあ、あ?」
結標達のいた花畑から僅かに離れた場所、そこには調査団が残して行ったであろう拳銃を取り落とした。
結標「佐天さん!?」
佐天「あ、ああ……」
かつて結標が九死に一生を得た電気通信ケーブル保守地下道に隠れ住んでいた唯一の生存者、佐天涙子。
そう、白井がグラウンド・ゼロで見かけた人影は光学迷彩で隠れていた御坂達ではなく佐天だったのだ。
佐天が取り落とした拳銃から立ち上る硝煙。今度はゴム弾ではなく正真正銘の怪物を殺す為の銀の弾丸。
傍らの上条が浴び、今も花畑のアスフォデルスを赤く染める血は倒れ込んだ食蜂のものに違いなかった。
佐天「わっ、私、ずっと怖くて隠れてて、でも、結標さんが、白井さんの彼女さんが操られそうになって」
結標「佐天さん落ち着きなさい!もう大丈夫!もう大丈夫よ!」
半ば恐慌状態に陥りかけている佐天へ駆け寄り結標が抱き寄せる。貴女は悪くないと何度も言い聞かせて。
食蜂「――――――」
思えば佐天は、結標と白井が互いを偽って逢瀬を重ねていた頃から御坂達の中で唯一彼女達を知っていた。
帝都タワーでの戦いでもただ一人食蜂の魔手から逃れた。この闘いでもひとりぼっちでも生きて来たのだ。
70億人を殺し、科学サイドも魔術サイドも掠り傷一つつけられなかった食蜂を倒したのは、一発の銃弾。
レベル0、無能力者、戦闘のプロですらない普通の少女の感情の爆発が不死身の怪物を討ち滅ぼしたのだ。
結標「貴女に人殺しなんてさせない。貴女の手を汚させたりしたら黒子に顔向け出来なくなっちゃうもの」
そして結標が花畑に取り落とされた拳銃を拾い上げ、虫の息の食蜂へ突き付ける。引導は自分で渡すと……
結標「………………」
ドン!という乾いた銃声が今際に浮かべた食蜂の微笑みごと胸を撃ち抜き、その魂を運命の空へと還した。
佐天「どうして……」
その死に顔は一人の少女を怪物に変えてしまう前の、上条とラーメンを食べていた頃の安らかな物だった。
結標「死にたがりの考える事なんてわからないわ。ただ、これさえこの女のシナリオだったんでしょうね」
~94~
吹き荒ぶ青嵐に舞い散る花弁が時空間の亀裂に吸い込まれて行く。最早選んでいる時間も余裕もなかった。
結標「今なら食蜂操祈の気持ちがわかるわ。悔しいけれどもね」
恐らくこれは『クリアボーナス』なのだろう。食蜂という『ラスボス』を倒した『エンディング』という。
結標は有害物質により余命数ヶ月、加えて白井を失い、帰還しても必要悪の教会に処刑塔の件で殺される。
能力を失ってしまった結標には最早戦う力も逃れる術も生きる糧もない。しかし、まだ希望は残っている。
結標「行きましょう佐天さん。新世界へ。もう一度黒子達に会う為に。もう二度と悲劇を起こさない為に」
佐天「……よくわからないけど初春達に会えるなら行きます!」
それが食蜂というパンドラの手によって残された希望(シナリオ)だとしても。恐らく彼女はきっと……
自分の死というピリオドまで想定内だったのだろう。誰も彼女の手袋越しの掌からは逃げられなかった。
佐天「で、でも……」
神浄「あーあ、あー」
佐天「この人は……」
結標「……悪いけれど、彼は海原を殺した。とても連れていけない。私はそこまで人間が出来ていないわ」
~94.5~
オルソラ「……どうやら、間に合わなかったようでございます」
神浄「あーあ、あー」
遅れる事数分後、インデックスを同朋に預けてエデンの園へ降り立ったオルソラが見たもの。それは……
結標も佐天が消え去り、時空間も閉ざされ、一人取り残された上条。それを受けてオルソラは歎息した。
オルソラ「……さあ神浄討魔。帰りましょう。皆と一緒に……」
それは生還した結標を異端者として処刑せずに済んだ事か、はたまた上条というインデックスにとって――
オルソラ「あなた様の伴侶がお待ちでございますよ。さあ……」
最後の希望が生き残っていた事か。だがそれすら長くはない。彼はあと数週間の後に脳死を迎えるだろう。
二度と目覚める事はない。だが上条には対外的に『世界を救った英雄』としての生きて貰わねばならない。
例えこの閉世界が、新世界と旧世界の相互リンクを鎖す為に設けられた『エリコの壁』だとしても。だが。
オルソラ「………………」
食蜂があれほど絶望視していた世界を修復したのは上条が生きられる場所を残す為だったのかも知れない。
神浄「……み、さ、き?」
『三人目』も『二人目』も『一人目』も皆同じ上条なのだから。
~95~
佐天「(未来道具のタイムマシーン乗ってるみたいだよ!!)」
食蜂が残していった時空間の亀裂を結標は佐天を抱えたまま飛んだ。さながら事象の地平線を渡るように。
光より速くも感じ水よりも遅く感じる時の流れ、走馬灯のように流れる人類の記録に人々の記憶の坩堝を。
結標が組み上げる十一次元の演算が、そのまま目指すべき過去・現在・未来への境界座標となる。しかし。
結標「(私達は他の人間と違って生身!一体どうなるの!?)」
不安がない訳ではない。自分達は生身のまま時空を越えようとしている。それがどんなリスクを齎すか?
結標「(黒子、私に力を貸して!)佐天さん!一年前の12月13日に戻るわよ!黒子が撃たれた日よ!」
佐天「わかりました」
白井と色違いのチョーカー、そのロザリオを握り締めたまま結標は念じる。あの日に帰りたいと強く願う。
食蜂を止める術はわからないが、御坂の悲劇は食い止められる。それがひいては白井を救う事に繋がると。
結標「――“汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん”!」
結標が叫ぶ。嘗てアレイスターに救われた時の台詞を、食蜂がリモコンを向けた時に残した科白を今一度。
結標「――運命よ道を開けなさい!!!私が通るわ!!!!!」
そして――
~95.5~
結標「ぶふぇっ!?」
佐天「きゃあっ?!」
気がつくと、結標と佐天が大雪警報の真っ只中にある三冬月の空の下に投げ出され雪面へと顔から落ちた。
結標「痛たたたたた!何で私は毎回毎回鼻血が出るのよもう!」
佐天「思い切りお尻ぶつけちゃいました。すごい痛いですこれ」
半泣きになりながら結標が鼻にティッシュを詰める。それはこの時間軸で雲川達と行ったカラオケ店の物。
頭に触れる。ウィッグではなく地毛の二つ結び。身体が嘘のように軽い。試しに雪片を座標移動させると。
結標「――能力が戻ってる。身体が嘘みたいに軽い(有害物質まで抜けきってる。これが時間移動なの)」
全てが一年前に戻っていると言う確かな手応えを感じ、腰をさする佐天を尻目に辺りを見渡す。すると――
パン!
結標「――銃声!?」
佐天「結標さん?!」
響き渡る銃声に結標が駆け出す。第二幕を告げる運命の号砲に。
~96~
これは一体何なんですの?確かわたくしはパトロール中に、不審者達の後を追って路地裏に入って撃たれて
新入生「――ごっ!?があああああああああああああああ?!」
結標「私の黒子に何すんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
……これは血が足りな過ぎて暈けた頭が見せた幻想なんですの?何故結標淡希がわたくしを助けになど……
というより、一人残らず壁に埋め込むのはおよしなさいな。いくらわたくしでもそこまでやりませんわよ?
佐天「白井さん!しっかりして!ああ!良かった!生きてる!」
どうして佐天さんが結標淡希と一緒に?それに『私の黒子』とは一体何の冗談ですの?わたくしと貴女は。
結標「コード51早く繋がりなさい!黒子が助からなかったら貴方達まとめて愉快で素敵なオブジェよ!」
敵同士だったはず。だのに何故そんな泣き笑いの表情でわたくしを抱き締めて来るんですの?これでは……
結標「黒子!黒子!!黒子!!!貴女って子は本当に馬鹿ね!」
生き別れた双子か、死に別れた恋人のようではございませんか。
~96.5~
固法「佐天さん!?どうして貴女がここに?!それに貴女……」
佐天「ええと、これにはちょっと深いワケがあるんですけども」
結標「……色々と訳ありだけど、私は黒子の敵じゃあないわよ」
ここ最近、思い詰めてる様子だった白井さんが飛び出して行って撃たれたのだと知って現場に急行して……
私はうちに良く出入りしている佐天さんと、9月頃に白井さんと一悶着を起こした結標さん達に出会した。
今、私達は白井さんは緊急手術を終えてカエルみたいな顔したお医者さんの病院にいる。訳がわからない。
固法「……救急隊員に聞いたわよ。貴女が白井さんを手当てして救急車を呼んでくれたって。だから……」
結標「………………」
固法「ありがとう。白井さん、この頃根を詰めてて危なっかしかったから。貴女達がいてくれて良かった」
佐天「(あー、そう言えばこの頃の白井さん、御坂さんと上条さんが付き合い始めて落ち込んでたんだ)」
訳がわからないけど、ひとつだけわかった。この人は心の底から白井さんを心配してる。きっと私よりも。
結標「……あの子、しっかりしてそうでたまにとんでもない事するから目が離せないのよね。本当に……」
彼女を理解している。
~97~
白井「高校生にもなって林檎の皮剥き一つ出来ませんの!!?」
結標「五月蝿いわね!文句があるなら食べなくても良いわよ!」
御坂「(……佐天さんから大体の事のあらましは聞いたけど)」
初春「(……何というか痴話喧嘩を見せられていると言うか)」
佐天「(やっぱり死んじゃってからタイムスリップした人達には記憶がないのかな?それともあれかな)」
翌日、見舞いに来た御坂と初春が見たもの。それは手指にたくさんの絆創膏を貼り付けた結標の姿と――
そんな彼女の剥いたリンゴを文句を言いながらも食べる白井の姿。前回の時間軸とは似て非なる光景だ。
そんな二人を見つめつつ佐天は思う。やはり閉世界の記憶を引き継いでいるのは自分達だけのようだと。
佐天「(SFに良くあるパラレルワールドって奴なのかな?)」
結標「まあ良いわ。御坂美琴。ちょっと屋上まで顔貸しなさい」
御坂「……良いわよ。こっちにも色々と聞きたい事もあるしね」
白井「お、お二方。どうか喧嘩だけはなさらないで下さいませ」
そんな彼女達を前に果たして自分達が時間を遡って来たなどと。
結標「――喧嘩ならもううんざりするくらいして来たわよ――」
言えるのだろうかと。
~97.5~
御坂「それで?話って何よ?黒子を助けてくれたお礼なら――」
結標「貴女からお礼を言ってもらおうだなんて思ってないわ。私が聞きたい事はただ一つ。上条君達の事」
御坂「!」
結標「貴女、インデックスさんと上手く行ってないでしょう?」
前回、二人が切り結んだ大量のシーツが干された屋上にて結標は手摺に捕まりつつ背中越しに御坂に問う。
インデックスとの不和。それこそが御坂の悲劇の嚆矢。本来ならば結標にとって御坂などどうでも良いが。
御坂「――そうね。でもそれがあんたに何の関係があるのよ?」
結標「大有りよ。言ったところで“私だけ”ならとても信じてもらえないでしょう。でも貴女の友達……」
その所為で世界が滅亡し、白井が死亡し、自身が絶望するような未来を繰り返す愚を犯すつもりなどない。
結標「佐天さんも知っているわ。貴女達が引き起こす災厄をね」
そこで結標が御坂へ振り返る。より正確には御坂の背後。前回、海原が身を潜めていた屋上の入り口へと。
佐天「もしも、私達が未来から来たって言ったら笑いますか?」
御坂「!?」
そこに佇む佐天へと。
~98~
御坂「……そんな話信じられる訳ないじゃない。だけども……」
結標と佐天の口から語られた未来に御坂は開いた口が塞がらない。悪い冗談だと一蹴するか一笑したいが。
御坂「あんたが敵対してた黒子にあんなに優しくしてた理由は」
結標「恋人だったから。あの子のほくろの位置や数も知ってる」
御坂「なら尚更わかんないわよ。どうして黒子じゃなくて私に」
結標「前の黒子と今の黒子をそこまで重ね合わせてしまったら、ここにいる“白井黒子”は一体何なの?」
佐天「………………」
結標「恋人に戻れないのは悲しいけれど、あの子が生きていてくれるだけで私はもう十分過ぎるくらいよ」
白井が撃たれた現場に何の接点もない佐天と結標が居合わせた事や、白井に向ける結標の慈しみの眼差し。
それでいながら今の白井と前の白井を分けて考える姿勢に二割、佐天の話に三割、話半分には信じられた。
結標「その為なら大嫌いな貴女にだって真実を話すわ。食蜂操祈を止める為なら手を組んだって構わない」
佐天「お願いです御坂さん。私はあんな未来はもう嫌なんです。皆が殺し合って全てが死に絶えた世界は」
そして、屋上での鼎談に耳をそばだてているもう一つの影は――
???「………………」
~98.5~
結標「海原?昨日捕まえた男達を締め上げて、地下銀行の口座番号を吐かせたでしょう?あれはダミーよ」
佐天「(すごいな)」
結標「暗部再編の動きも含めて食蜂操祈の陽動。本当の狙いは旧電波塔、大電波塔、エンデュミオンなの」
佐天「(何だか仕事の出来る女の人って感じがするなあ……)」
結標「“地獄の門”“天国の扉”“怒りの日”って土御門に伝えればすぐにわかる。雲川さんに代わって」
御坂達と別れた後、結標は前回の時間軸で、御坂に敗れた後に訪れた窓のないビルに佐天と共に来ていた。
前回ではまるでわからなかった食蜂の策謀を一つ一つ虱潰しにして行く。そこで結標は電話を一度切って。
結標「……佐天さん」
佐天「何でしょう?」
結標「――私達が未来から来た事を誰にも話しては駄目よ。特に食蜂操祈と絶対に接触してはいけないわ」
結標は語る。御坂に真実を話したのは全ての事態の中心が彼女だと言う理由もある。しかしそれ以上に――
結標「彼女の能力が通じないのは御坂美琴と上条君だけ。私達が未来から来たと知れたら全てが終わりよ」
~99~
結標「退院、おめでとう」
白井「どういたしまして」
四日後、白井は一週間の入院を『四日』で切り上げたにも関わらず、結標は当然のように病院玄関にいた。
前回は地下街で再会したが未来を知っている結標が先回りしたのだ。にも関わらず白井は『驚かなかった』
白井「色々とお世話になりましたの。よろしければ何かお礼を」
結標「お礼ね?うふふ、良いのよ私が勝手にしてるだけだから」
白井の車椅子を押しつつ結標は晴れ渡る冬空を見上げ、白井は落ちる影を見つめてふーっと溜め息を吐く。
白井「少し見ない間に随分と丸くなられましたのね?結標さん」
結標「……色々あったのよ。角が磨り減って丸くなる程度には」
車椅子を押す形で良かったと結標は思った。今では違和感さえ覚える『結標さん』という呼び方に対し……
ほんの少し悲しくなる。だがこれで良い。恋人に戻れなくても、友人にはなれるかも知れないと思いながら
結標「――退院祝いに何か食べに行かない?庶民のお店だけど」
前回とは違う店で携帯電話を買い換え、食事をし、服を見繕う。だがクリスマスライブには誘わなかった。
~99.5~
上条「あー、結標さん?これは一体どういう事なんでせうか?」
禁書目録「ええとねとうま、こもえのお家で軍鶏鍋食べてたら」
結標「お邪魔してるわよ上条君。ちょっと話したい事があって」
……何か美琴と公園でだべって帰って来たら家に結標さんが来てた。そういやあいつも様子が変だったな。
『未来人って信じる?』だとか『私を置いてイギリスに行ったりしない?』だとか訳わかんねー事言って。
インデックスの命が危ないとかそう言う事情じゃない限り何で俺が美琴を放り出してイギリスに行くんだ?
上条「へいへい。じゃあお話を伺いますよっと。美琴にバレたらこの浮気者とか言われるから手短にな?」
結標「ええ。その代わりお願いが一つあるのよ。貴方達二人を一発ずつ殴らせてくれないかしら?グーで」
上条「へいへい、え」
禁書目録「グー?え」
そう思った瞬間、結標さんに思いっきり腰の入ったパンチで殴られて俺は気絶した。後の事は覚えてない。
土御門「かみやーん、ちょっと手を貸してもらいたい事がって結標どうしてお前がここにいるんだぜい?」
それから気付いたら。
~100~
上条「……これで最後っと。それにしてもアレイスターの奴、とんでもねえ時限爆弾残して行きやがった」
土御門「ああ。窓のないビルの案内人をやっていただけの事はあるな結標。アレイスターから聞いたのか」
結標「概ねそんな所よ。これで世界滅亡が回避されて良かった」
上条さんは帝都タワー、帝国タワー、エンデュミオンに施されたアレイスターの呪いを解かされて回った。
土御門の話じゃあ、これらの術式が発動してたらマジで世界が滅ぼされてたらしい。おっかねえ話だなと。
エンデュミオンのエレベーターを降りながら俺は思う。同じような術式がイギリスでも見つかったらしい。
禁書目録「“ハリストスの地獄降下”術式で封印して。聖骸布、神様殺しの槍、THE RODの用意を」
思いっきりビンタされた頬を撫でながらインデックスが電話越しにステイルや神裂に解除方法を教えてる。
それにしても何で俺殴られたんだろう?結標さんも『ついカッとなってやった。反省はしてる』らしいが。
結標「ごめんなさいね。後で私も殴って。私にも責任があるわ」
何て言うか、色々あんのかなと思って言われた通り殴り返した。
~100.5~
結標「痛い……」
全ての術式を上条君に解除してもらった後、私は赤く腫れた頬をさすりながら夜道をとぼとぼ歩いていた。
世界滅亡は回避された。呆気ないほどに。時を駆ける少女じゃないけど、未来の情報は予知能力も同然ね。
でも浮かれている場合じゃない。まだ食蜂操祈が残っている。現段階で彼女は行動を起こしてないけれど。
結標「胸が痛い」
雀蜂が孵化する前に、卵から駆除してしまうのが一番なんだとわかっている。芽吹く前に種を枯らさねば。
だけど彼女の気持ちが今ならわかる。自分が愛した人が自分を覚えていない悲しみ、失ってしまう哀しみ。
だけど私は第三の怪物にはなりたくない。そんな事黒子は望まない。彼女が生きている。それだけで良い。
「本当にそう思う?」
結標「――――――」
背筋が凍るような声。
「アハハハぁ、本当は白井さんを見る度に下着濡らしてる癖に」
どうして、なんでなの
「良い幻想(ゆめ)は見れたかしらぁ?私を殺した結標さん?」
白井「………………」
黒子が、あの女がいる
食蜂「“おかえり”」
食蜂操祈が目の前に。
~101~
してやられたと結標は思った。まさか白井に立ち聞きされていて、かつそれを食蜂に裏を取られるなどと。
食蜂「ここ数日、ピンポイント力で私のシナリオを書き換えられて行っておかしいと思ってたのよねぇ?」
結標「あ、ああ……」
食蜂「未来の私も詰めが甘いわぁ。今の私が苦労するじゃない」
否、常に最悪の事態を想定しておくべきだった。食蜂は正真正銘の怪物であり、最強最悪の化物なのだと。
エンデュミオンを背に、ネオンを浴びながら佇む食蜂と洗脳された白井。対する結標はたったの一人だけ。
あまりの絶望感に歯が鳴り、足が笑い、膝が震え、腰が抜ける。時を越えても、魂が違っても悪魔は悪魔。
食蜂「アハハハぁ、おしっこ漏れちゃいそう?そう言うのはエッチの時だけにしてねぇ?でもぉ、貴女は」
食蜂がリモコンを構える。白井が動き出す。その手には金属矢。繰り返される悲劇。巻き戻される惨劇。
食蜂「――私の好みじゃないわぁ。特にその香水の匂いとかぁ」
白井が駆け出す。結標が逃げ出す。食蜂は嗤っている。未来の情報を引き出されたらまた新しいシナリオが
食蜂「――不思議の国からやって来たウサギ狩りの時間だゾ☆」
ハートの女王による絶望の筋書きが書き加えられてしまうと――
~101.5~
白井『ここは……』
黒子『どこでもあり、どこでもない場所ですの。地獄でも天国でも、あの世でもこの世でもない貴女の心』
天空(そら)を映し出して水面そのものがもう一つの蒼穹(そら)のような、ウユニ塩湖のような場所……
そんな場所に何時の間にか佇んでいたわたくしに、水面に映ったもう一人のわたくしが語り掛けて来ますの
黒子『さあ、早く起きて下さいまし。わたくしともあろうものが不甲斐ないですわよ。本当の貴女は――』
貴女は一人じゃない。貴女は前に進める。貴女はやり直せる。貴女はループしない。そう言い続けますの。
果たせなかったお姉様への思いも、芽吹き始めた結標さんへの想いも、自分には全てわかっているからと。
黒子『生まれ変わっても彼女の側にいたいと世界の終わりに願ったはず。世界の果てに祈ったはずですの』
白井『わたくし……』
怯えなくて良い。怖がらなくて良い。信じても良い。運命を。希望を。人間を。自分の欲する所を行えと。
白井『わたくしは!』
~102~
道路を挟んで右に白井、左に結標がビル群を飛び石伝いに飛ぶも、風車を飛び越えて強襲して来る白井の。
結標「ぐはっ!?」
金属矢が腰溜めに突っ込んで放たれ、結標の脇腹に突き刺さり結標も軍用懐中電灯で横っ面を殴り飛ばす。
されど白井は吹き飛びながらもテレポートし、空中から胴回し回転蹴りを放って結標を地上へ叩き落とす。
結標が街路樹に強かに背中を打ち、呼吸が整う間もなく、白井が結標の胸元を踏み台に宙返り蹴りを放つ。
顎から脳天を貫く衝撃に三半規管が麻痺し、前のめりに倒れかけた所でテレポートのショルダータックル。
結標「黒゛子゛!」
ぶちまかましを受け、放り出された先は御坂が度々蹴りを浴びせてジュースをせしめる自販機のある公園。
結標も最後の力を振り絞って軍用懐中電灯を突き出すも、白井が繰り出す金属矢にライトから貫き通され。
白井「ワタクシハ」
軍用懐中電灯がバラバラになり、空を切った右手首をねじ曲げられ、引きずり寄せられ、白井が左手に――
握り締めていた金属矢の束が急所を除く全身に突き刺され針鼠のようにされ、血反吐と共に結標は敗れた。
クロアゲハの標本のように縫い付けられ、指先すら動かせない。白濁する意識、混濁する思考の果てに――
~36―65~
結標『何よこれ』
世界各地で天使の軍勢を迎え撃つべく起きた核戦争。世界地図が赤く塗り潰され絶望に黒く塗り潰される。
結標『何なのよ』
封鎖された学園都市。虚数学区の結界に覆われ、何人たりとも踏み入る事の出来ない、変わり果てた故郷。
結標『どうして』
辛うじて避難出来た姫神、吹寄、月詠との再会。ロベルト=カッツェによる隔離政策。難民と化した人々。
結標『誰が……』
放射能に冒された身体で神浄に挑んだ海原は目の前で生きたまま解体され、ゴミのように投げ捨てられた。
結標『何の為に』
送り込まれたアメリカ軍。戦車が戦闘機が、軍隊が軍人が、誰一人も帰って来なかった時に味わった絶望。
結標『こんな事』
抜け落ちる毛髪、私刑と死刑、止まらない血便、陵辱と凌辱、死の恐怖と生の渇望が交互に襲い掛かって。
結標『助けて!』
止めて私の身体に触らないで止めて私の中に入って来ないで止めて黒子に近づかないで私は何をされても。
食蜂『――アハハハぁ♪麗しい愛情力ねぇ?反吐が出るわぁ☆』
~103~
白井「ワタクシハ」
もう立ち上がれないと、結標は自販機に背中から流れる血糊をべっとり残して、ズルズルとへたり込んだ。
結標「(駄目だった。私じゃダメだった。何をしてもだめだった。ごめんなさい黒子、私が馬鹿だった)」
考えが甘かった。悲劇とは根深き大樹のようなもの。如何に枝葉を切り落とそうが決して幹は揺るがない。
結標の目から涙が伝う。閉世界からずっと張り詰め続けて来た糸が限界を越えて切れたのだ。もう二度と。
結標「(未来を変えるだなんて私に出来るはずなかったのよ)」
奇跡は起きない。奇蹟は起こらない。軌跡は起こせない。何を間違えたのか何処で間違えたのかさえもだ。
いっそのこと未来の情報を奪われる前に自害してしまえば白井の手を汚さずに済むかも知れないと。だが。
食蜂「――逃がさないわぁ。逃げられないわよぉ。逃がすものですかぁ。さあ、私に未来を教えて頂戴?」
食蜂が暗闇からゆっくりと歩み寄って来る。その手にはリモコン。目覚める前とは言え怪物は怪物である。
食蜂「――白井さん」
だからこそ
~103.5~
食蜂「えっ!?」
食蜂のリモコンが金属矢によって撃ち抜かれ、地面に落ちて割れて砕けて散った。それはまるで上条の……
白井「わたくしは」
食蜂「――嘘よぉ」
幻想を殺す時の音にも似た響き。だが上条は今この場にいない。
食蜂「何で一人の人間の心に“二人”同じ人間がいるのぉ!?」
後退る食蜂に振り向きもせず白井がうなだれる結標へと近付き口づける。それはまるであの雪の日の再現。
結標の涙を舐める。あの時結標は白井に言った。涙ってしょっぱいのね、と。あの時白井は結標に言った。
白井「――涙が甘いよりはおかしな事ではありませんわ。何故ならわたくしが“そう願った”からですの」
結標「バ、カね……」
神算を越え、鬼謀を超え、時空を越え、世界を超え、暴力を越え、謀略を超える者こそ自分にとって――
本物の兵(つわもの)だと怪物となった食蜂は言った。今ここにいるのは目覚める前の食蜂。なら倒せる。
白井「馬鹿はそこのクズ女ですの。わたくしを本気で怒らせやがったのは貴女が最初で最後ですわ。さあ」
――怪物を倒すのは人の意志と意思と遺志と意地の為せる業――
白井「――反撃開始ですわよこのクソ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
偽終結部「FINAL FANTASY~幻想、もしくはそれに等しいもの~」
~104~
食蜂「!?」
食蜂の左頬に抉り込まれる、腰を切った白井の右ストレート。傾ぐ身体を反対方向からの左フックが襲う。
このワンツーだけで食蜂の意識が飛ぶ。されど白井の右膝蹴りが腹腔に突き刺さり身体がくの字に曲がる。
されど倒れる事を許さない右アッパーが脳を揺らし、左手で顔面を鷲掴んで後頭部を自販機に叩きつけた。
覚醒後の食蜂ならばこれにさえ手を打っていただろう。本来の彼女自身の戦闘力は佐天にも劣るのだから。
白井「おわかりでして?殴られれば痛いんですの。自分の血を見るのは女の子の日以外は初めてでして?」
結標「ちょ、黒子!」
白井「授業料はご自分の涙と鼻水と血と涎でお支払い下さいませこんちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
結標「(……どっちが悪役かわかんないわ端から見れば……)」
最後にはドロップキックを顔面に浴びせ、食蜂を自販機の下敷きにして決着はつけられた。実に呆気なく。
結標「(……この子だけは怒らせちゃ駄目ね。気をつけよう)」
~104.5~
上条「……なあ、あれ止めなくていいのか本当に。ヤバくね?」
御坂「大丈夫。黒子は優しいから殺しはしないわ。多分だけど」
佐天「(多分って)」
一方、白井が部屋にいない事から探しに出掛けた御坂とエンデュミオンから帰って来た上条が出会い……
そこでコンビニに買い出しに出歩いていた佐天が公園で出会すなり始まった戦闘に言葉すら出て来ない。
御坂「でもこれで佐天さん達が言ってた事が本当だってわかったわ。疑ってごめんね。今度こそ信じるわ」
上条からアレイスターの残した呪いを解いたという話を聞き、御坂もようやく信じる事が出来たのである。
もし実現していたなら世界は間違いなく滅び、御坂は復讐者となり、上条は敵対者となっていたであろう。
上条「……安心しろ御坂。俺はお前を置いて行ったりしねえよ」
御坂「うん♪私を置いていったらあんたも“ああ”なるからね」
上条「おっ、おう」
御坂「じゃあ帰ろっか♪逃げたらインデックスも“ああ”よ?」
佐天「(なんてわかりやすい死亡フラグですか御坂さん……)」
未来はこの瞬間をもって書き換えられた。怪物は生まれず、世界は滅びず、神は天にいまし世は事もなし。
~105~
白井「大丈夫ですの?」
結標「……彼女よりは」
雲川「連れて行け。ミンチより酷いが生きてれば問題ないけど」
その後、食蜂は雲川が直接指揮を執る部隊に担架で運ばれて行った。外患誘致罪辺りで片をつけるという。
どの道アレイスターの負の遺産がなければ食蜂のシナリオは破綻する。そして結標も救急車に乗せられた。
付き添いには白井。真っ白な車内灯を逆光にこちらを見下ろして来るその相貌は確かに白井そのものだが。
結標「……貴女は前の黒子?それとも今の黒子?どっちなの?」
白井「どちらでもありどちらでもありませんの。わたくしはわたくし。身体は前のわたくしですが何か?」
結標「………………」
白井「今良からぬ事を考えましたわね。とどめを刺しますわよ」
白井からすればいつも通りの結標だった。結標もこれでいい、これがいいと白井の手を握り締めて頷く。
過去の『白井』と未来の『黒子』が溶け合った現在の『白井黒子』。それだけで私は十分幸せだと笑う。
結標「クリスマスイブ、“今回”はライブじゃなくて病院ね?」
白井「病院でだってケーキは持ち込めますの。何処でではなく」
結標「誰と過ごすかによるわよね?期待してるわよサンタさん」
長い戦いだった。永い闘いだった。もう戰えないと結標は思った。白井と違って半年以上走り続けたのだ。
それを思えばこの程度は掠り傷だ。だが結標は白井の手に頬擦りする。やっと帰って来たのだと言う実感。
白井「でもあなた方は生身でこの時間軸に来たから記憶も持ち越せましたの。ならばわたくしはどうして」
結標「……もしかすると私達が時間的閉曲線を越えられる“テレポーター”だからかも知れない。これも」
そこで思う。この世界でもインデックスは上条といる。つまりアウレオルスはこの時間軸にはいないのだ。
鳴護もシャットアウラも御坂も食蜂もだ。逆に言えば何故『テレポーターが二人も都合良く』ここにいる?
これさえも食蜂のシナリオではないのか?まるで『過去の食蜂の計画を止める為』に『生かされた』よう。
結標「……何てね。あーあ、いつになれば退院出来るかしら?」
白井「良くて一週間」
結標「早くHしたい」
白井「このスケベ!」
前回の時間軸で骸骨蛾(メンガタスズメ)と称された白井だけが食蜂という女王蜂の蜜蝋を食い破る『天敵』となり得たように。
~106~
走り去って行く救急車が『窓のないビル』を横切る。その内部で胎動する存在を知る由もなく。それは――
エイワス「……ほう」
今は亡きアレイスターに智慧を授けし聖守護天使。彼の者の名は『エイワス』。またの名を『ドラゴン』。
旧世界でアレイスターの残した負の遺産を受け継いだ食蜂ですら引き入れられなかった唯一の存在である。
エイワスが顕現化したのは他でもない。因果律の破れを観測し、それを引き起こした食蜂を観察する為だ。
エイワス「アレイスター。図らずも彼女が十字教を終わらせてしまったよ。法の書とは異なるやり方でだ」
あの流れるような金糸の髪は、エイワスをしてアレイスターの娘『リリス』の面影を偲ばせる。リリス……
アダムの最初の妻にして始まりの女。インデックスというイブの前に、上条と言うアダムに出会った食蜂。
くだらないこじつけではあるがどこか因縁めいた符合、そして『神殺し』を行った少女への興味が湧いた。
エイワス「見届けるとしよう。君が見れなかった“新世界”を」
時間的閉曲線をこじ開け新世界へ渡る。十字教の神の僕ではないエイワスに因果律の破れは関係ないのだ。
~106.5~
アナウンス「本日は東武東上線線をご利用頂き誠にありがとうございます。次はときわ台に停車いたします。お降りの際は――」
婚后「……御坂さん?御坂さん?着きますわよ。降りる準備を」
御坂「はっ」
あれ?もうときわ台?おかしいなもう着いちゃったのかしら?ううん、ちょっと待って、今電車の中で……
ああそうだった。ラクロス部の朝練があって、婚后さんが家に迎えに来てくれて、早起きして眠くてそれで
御坂「……ときわ台?」
婚后「何を寝ぼけていらっしゃいますの!ほら!早く立って!」
御坂「えっ?えっえっ」
いけない寝ちゃってたんだって我に帰った時には私は婚后さんに引っ張られて電車を降りた。うーん熱い。
夏の大会がついこないだ終わったばっかりだってのに、新学期はすぐにやって来た。ラケットも気も重い。
駅構内から改札口へ向かう足取りまで重い。ついでに『女の子の日が重いんです』って言ってサボりたい。
婚后「シャキッとなさいシャキッと。白井さんや他の後輩に示しがつきませんわよ。全く御坂さんは――」
その上婚后さんのお説教まで始まった。はあ、朝から憂鬱だわ。
~107~
女子生徒「ねえ、今日転校生来るんだって。男かな?女かな?」
男子生徒「女に決まってんだろ!俺の昼飯賭けたっていいぜ!」
御坂「(これだから男子は。婚后さんの時も騒いでたっけか)」
朝練が終わってからまたお腹が空いたから購買で買ったあんパンと牛乳を食べる。何だか男子が騒いでる。
仮に転校生が女の子だとしても婚后さんの後じゃあ色褪せるわ。別に興味無いしどうだって良いんだけど。
そう思いながら三角パックを凹ませてゴミ箱に投げる。私の席は窓際の後ろから二番目。西日が強くて嫌。
綿辺「はい皆さんおはようございます。今日は皆さんの新しいクラスメートをご紹介します。入って来て」
全員「――おお……」
その西日が人の形をしたような髪の色に、同い年と思えないくらいのスタイル。それからもしかすると――
「……はじめまして」
タイプは正反対だけど婚后さんとタメを張れそうなくらい綺麗な
食蜂「わたしぃー、食蜂操祈っていいますぅ、ヨロシクねぇ☆」
男子生徒「キター!」
その笑顔が皆に振り撒かれた後、転校生が私の方を見たような気がする。ちょっぴり自意識過剰かしらね?
~107.5~
女子生徒「ねえねえ食蜂さん、前の学校ってどんな所だった?」
男子生徒「彼氏とかいる!?いない?!よっしゃぁぁぁぁぁ!」
婚后「あらあら、わたくしにも身に覚えはありますが、あれは」
御坂「(一躍クラスの人気者ね。まああんだけ可愛いけりゃ)」
昼休み、転校生への洗礼とも言うべき手荒い歓迎、もとい質問責めが始まった。本当に皆ワンパターンね。
そんなお約束の通過儀礼を食蜂さんは人当たりの良さそうな笑顔で一つずつ答えてる。私ならウンザリよ。
そんな彼女達を私は婚后さんと机を合わせながらお弁当食べつつ見つめる。お行儀悪く頬杖を突きながら。
そしたら
食蜂「ねぇ御坂さん?良かったら私に校内を案内して欲しいの」
御坂「えっ、私!?」
食蜂「そう、貴女に」
彼女がクルリと振り返ったかと思ったら、目が合うなりいきなり案内を申し込まれた。何なのよこれは!?
って言うかあんたが今話してる連中か、学級委員に頼みなさいよ。そもそもどうして私の名前を知って――
食蜂「お願い出来る?」
御坂「別に良いけども」
でも私の目の前にいる婚后さんを無視すんのはどうかと思うわ。
~108~
御坂「ここが図書室。品揃えはあんまり良くないわ。市立だし」
食蜂「ううん、本の良い匂いがするわぁ。入っても良いかしら」
御坂「静かにしてね」
それから私は食蜂さんを連れてあっちこっち回った。前の学校は私立って話だったけれど何でこの学校に?
都落ちって訳じゃあなさそうだけど、何となく腑に落ちない。うちの学校、セーラー服でダサいのに何で?
食蜂「あったわぁ☆」
御坂「?」
そこで食蜂さんが取り出したのはエドガー・アラン・ポー、『大鴉』ってタイトルの本だった。何よこれ?
彼女がそれを私に手渡して来る。参ったわね私って本を読んで過ごすより身体動かしてる方が好きなのに。
でも初日から転校生の好意を無碍に扱うのも感じ悪いし。私は興味がないのを顔に出さないよう気をつけ。
食蜂「“二度とない”」
頭が痛い。胸が苦しい。何なのこれ?食蜂さんが本の一節を読み上げただけで身体が熱くなって、これは。
食蜂「“二度とない”“二度とない”“二度とない”“二度とない”“二度とない”“二度とない”――」
――私は知ってる。この言葉を知ってる。違う。そうじゃない。これは『以前あった出来事』そのもの――
食蜂「やっとお目覚めかしらぁ?私だけの超電磁砲(みこと)」
~108.5~
御坂「操祈!?」
食蜂「アハハハぁ、やっと追いついたわぁ。この新世界力にぃ」
バサッと『大鴉』を取り落とし片膝を突く御坂を食蜂が見下ろす。それは前回の時間軸の出来事そのもの。
あの時食蜂は言った。『二度とない』という『大鴉』の中で最も有名な件を諳んじてみせた。全てはあの。
食蜂「こんな事もあろうかと思って因果を含めておいて正解だったわぁ。貴女ったら先に死んじゃうんだもん。おかげで私もぉ」
クリスマス前の図書室でのやり取りから食蜂は準備していたのだ。『また会える』とはそういう意味だと。
そこで御坂も記憶を取り戻し我に返る。ここは常盤台ではなくときわ台。学園都市が存在しない世界だと。
そんな御坂を見て食蜂が肩を竦める。貴女が先に死んだから自分も佐天に撃たせて死ぬ他なかったのだと。
食蜂「余計な遠回りを強いられちゃったけど、結果オーライ☆」
ここは科学も魔術も無ければ、神も十字教も無い、アレイスターも学園都市もない、『新世界』そのもの。
~109~
御坂「そう。死んだ人達はこの世界で生まれ変われたんだ。っていう事は白井さん、じゃなくて黒子も?」
食蜂「そう言う事ぉ。こっちの世界にも白井さんはいるしぃ、あっちの世界にも白井さんはいるわよぉ?」
その後二人はときわ台中学校を抜け出して池袋へ出てパフェテラスに入り、13星座のパフェをつついた。
未だに御坂は信じられないと言った面持ちではあるが、食蜂が食べる?と差し出したアイスにパクついて。
御坂「……それで私達のして来た罪が帳消しにはならないけど、良かった。幸せに過ごしてるのね皆……」
食蜂「罪って神様が作った物でしょ?私が神様を殺しちゃったしお互い一回死んで償ってるからチャラ☆」
御坂「(そう言う問題じゃないでしょ、って言うだけ無駄か)」
その様子をニンマリと見つめる食蜂はあっけらかんとしたものであり、何の呵責も痛痒も覚えてはいない。
元々こういうクズい奴でゲスい女だったと御坂は呆れ、同時に自分も人の事は言えないかと諦めた。だが。
御坂「じゃあ、あいつは?上条当麻はどこにいるの?あっ……」
食蜂「思い出した?」
そこで思い当たり、そこで思い出す。そう、上条当麻は確か――
~109.5~
上条「不幸だ……」
夕暮れ時、上条は月詠からのお説教を終えて家路に就く途中であった。その内容とは新学期にも関わらず。
上条「いや自業自得か。夏休みの宿題、家に忘れて来ましたが通用すんのは小学校までだよなあ、トホホ」
宿題が終わらず家に忘れて来ましたという古典的な言い訳で借金取りに追われるように平身低頭したのだ。
三日待って下さい。そうしたら本物の宿題をお見せしますよとは言ったものの、先行き不透明は否めない。
上条「やれやれ。うん?引っ越し屋さんか。どんな人かな……」
そう思いつつ愛しい我が家が見え始める坂を下っていけば上条家の左隣に引っ越しセンターの車が見える。
長らく空き家だった一戸建ての家。果たしてどんな住人が越して来るのだろうかと横目に見つつ前を向き。
上条「あれ?」
我が家の前に二人の少女が手を繋いでインターホンを押そうか押すまいか躊躇っているのが見えた。しかし
上条「何やってんだ」
その内の一人は上条家の右隣に住む『幼馴染み』。そしてもう一人は左隣に住む事となる新たな住人だと。
上条「――御坂!」
彼は知る由もない。彼女達が違う世界と未来から来たなどと――
~110~
御坂「当麻当麻当麻バカバカバカァァァァァァァァァァァァ!」
食蜂「上条さん上条さん上条さんうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
上条「何ですと!?」
右腕に御坂がすがりつき、左腕に食蜂がぶら下がり、間に挟まれた上条は訳もわからぬまま押し倒された。
助けを求めようにも芝生を刈っている父は目を逸らし、玄関先に出て来た母はあらあらと笑うばかりで――
右隣から買い物帰りの御坂の母が指差して大笑いし、同じく会社帰りの御坂の父が娘はやらんと歯軋りし。
上条「何がどうなって。とりあえず二人とも涙と鼻水拭けよ!」
いつから自分はライトノベルの主人公のような、ちょっとした能力とたくさんの女の子に囲まれるような。
上条「(何がどうなってんだ?夏休みにやったエロゲーか?)」
そんな『特別』になれたのだろうかと訝る。無理もない。ここにいる上条当麻は『普通』の高校一年生だ。
世界を救うどころか夏休みの宿題にさえ悪戦苦闘し、見た目も成績も人より秀でた所などない。だがしかし
上条「――ただいま」
この二人には上条当麻でなくては駄目なのだ。他の誰でもなく他の何でもない、『上条当麻』でなければ。
~110.5~
エイワス「……アレイスター。どうやら私の買い被りだったようだ。あんな普通の少女を神を殺したなど」
ご近所さん達が俄かに集まり出し、あそこの息子さんはとんでもない女誑しですわと囁き合う電柱にて……
エイワスはこめかみを揉み解しつつ深い溜め息を吐く。これが頭痛かと言う新たな発見を除いてこの世界は
エイワス「否、まだ何かあるはずだ。結論を出すにはまだ早い」
ここに来るまでに様々な世界線を越えて来た。上条と麦野が共にアレイスターの野望を打ち砕く世界線……
結標と姫神が結ばれ学園都市を救う世界線もあった。だがこの『新世界』は根本的に何かが違っていると。
御坂「良い!?約束通り偶数の日は私、奇数の日はあんただからね?!抜け駆けとか独り占めは無しよ!」
食蜂「アハハハぁ、約束は守るけど選ぶのは上条さんでしょう?末長くよろしくお願いします♪チュッ☆」
上条「!」
御坂「抜け駆けすんなやゴラァァァァァ!あんたも何で鼻の下伸ばしてデレデレしてんのよこの浮気者!」
上条「よせ!石はよせ御坂!ちょ、待っ、不幸だぁぁぁぁぁ!」
そしてエイワスは再び飛び立つ。新世界の成り立ちを知る為に。
~111~
インデックス「すている!またタバコなんて吸ってるんだよ!」
ステイル「ふん、君には関係ないだろう。さあ、行った行った」
エイワス「(成る程。こういうやり方で彼等を遠ざけたのか)」
次に訪れるは魔術の総本山たるイギリス。しかし『神殺し』が行われた後の新世界に十字教は存在しない。
故にメイフェアの路地裏でジェーン、メアリエ、マリーベートを侍らせて煙草を吹かす金髪の不良少年……
ステイルと、そんな彼を放っておけないインデックスと言った世界線も存在するのだ。これが新世界秩序。
十字教のない世界ではインデックスはただの記憶力がずば抜けた女の子に過ぎず、上条と出会う事もない。
インデックス「明日こそちゃんと学校に来るんだよ!いざーど先生が出席率が危ないって言ってたかも!」
ステイル「わかったわかった。仕方無いな。行くよ。約束する」
エイワス「(その気ならば存在そのものを抹消出来たろうに)」
食蜂はここまで計算して『神殺し』を行ったのだとエイワスは推測する。或いは新世界の女神となった少女の気紛れなのだろう。
~111.5~
アウレオルス「憤然。またアニェーゼ達が校内で焚き火をしていたぞ!しかも今回は用意周到にマシュマロまで持ち込んでだ!」
オルソラ「まあまあ、そう目くじらを立てずともよろしいではございませんか。ねえクロムウェル先生」
シェリー「私のアトリエに飛び火しなけりゃなんだって良いわ。そう言うのは担任の仕事。そうでしょ」
中高一貫のスクール、その職員室で頭を抱えるアウレオルスに紅茶を差し出すオルソラに素知らぬ顔……
もとい左手の婚約指輪を見つめながらシェリーが笑う。これもまた有り得たかも知れない可能性の一つ。
罰則として校内の掃除を命じられたアニェーゼ達が集めた枯れ葉でマシュマロバーベキューするような。
エイワス「(ローラ・スチュアートが校長か。魔術の存在しない世界でもあの若作りとは実に興味深い)」
アウレオルス「来週には交換留学生が来るというのに、これでは我が校のイメージが損なわれやしないか」
オルソラ「カオリ=カンザキさんでございますね?大丈夫でございましょう。きっとすぐに馴染めるかと」
シェリー「ああ?この履歴書はそいつか。新任教師かと思った」
そんな小春日和を思わせるような麗らかな日々もまたあるのだと
~112~
鈴科「彼女が出来ただァ?」
上条「……うん、二人……」
浜面「二人って何だよ!?」
エイワス「(一方通行、浜面仕上も一般人になっているのか)」
翌々日、学校屋上にて弁当を広げる旧世界における3人のヒーローは新世界における3馬鹿となっていた。
鈴科はサンドイッチを咥えたまま目を丸くし、浜面はコーヒーを吹き出し、上条はポリポリと頭を掻いて。
浜面「ふざけんな!そりゃあどこのエロゲーだよ!写メ出せ!」
上条「ほい。他の奴には見せんなよ。お前らだから話したんだ」
鈴科「おォ、こいつァレベル高ェな、って中坊じゃねェか!?」
浜面「全校生徒の皆さん!ここに性犯罪者予備軍がいるぞー!」
上条「止めろ止めて下さい止めなさい三段活用!見せんじゃなかった!おいケータイ返せってんだ浜面!」
浜面「うるせー!俺だってまだ滝壺に告ってないってのにこの裏切り者!お前なんかもう友達じゃねえ!」
エイワス「(アレイスターの居ない世界ならばあり得る話だ)」
ヒーローとは戦いなくして存在しない。それが敵に立ち向かう事であれ、弱者を助け出す事であれ。故に。
~112.5~
ディダロス「学校はどうだ?」
シャットアウラ「別に。普通」
建宮「五和、これを12番テーブルに頼むのよな。転ぶなよ?」
五和「そんなにいつもいつも転んだりお皿割ったりしません!」
エイワス「(アレイスターの力をもってしても観測出来なかった少女達もこの時間軸に流れついた訳か)」
とある国にある日本人街。そこにある日本料理店『天草』にて、シャットアウラは父と差し向かっていた。
ディダロスとしても各国を飛び回るパイロットとしての仕事が忙しい為、年頃の娘をやや持て余し気味だ。
店内はそれなりに賑わっており、俗に言うJ‐POPも流れている。そんな中料理を運んで来た五和に――
ディダロス「(会話が弾まない。何か切っ掛けを作らねば)君」
五和「お待ち遠さまです!御注文の品をお持ちしました!はい」
ディダロス「今流れているこの歌謡曲は誰が歌っているんだ?」
シャットアウラ「アリサよ」
ディダロス「(笑った!)」
五和「はい、ARISAって言うアーティストです。私達の国では鳴護アリサという名前で活動していますが」
会話の糸口を探ろうとする不器用な父親と、ぶっきらぼうながらも応える娘に、五和が楽しげに破顔した。
~113~
科学も魔術も存在しない新世界の雲海を越え、四海を越え日本へ戻るべく飛行しつつエイワスは思考する。
これでは学園都市が存在した世界における外部と変わらない。その気ならば神にも女王にもなれたろうに。
エイワス「この新世界はさながらエッシャーのトロンプ・ルイユ(騙し絵)、“三つの世界”そのものだ」
エイワスの言う『三つの世界』とはマウリッツ・エッシャーの代表作で、鯉と葉と木枝と水面の騙し絵だ。
食蜂と御坂のいる新世界、結標と白井のいる旧世界、上条と禁書目録のいる閉世界、合わせて三つの世界。
エイワス「この為だけに食蜂操祈は白井黒子と結標淡希を学園都市から離れるように誘導したという事か」
自らの死を偽って学園都市に戻り、土御門を操ってわざと『天国の扉』の情報をリークさせ開戦へと導く。
その後結標のいる元グループが親船により派遣されるタイミングでアウレオルスを介して白井を処刑塔へ。
二人のテレポーターをそれとなく学園都市から離し、御坂を救出させてから白井に後催眠の暗示をかける。
万が一御坂が反発したり、結標が反撃しようとも白井がいる限り二人を食蜂に逆えなくさせる保険として。
その後一方通行が結標達を守って死に、禁書目録が彼女達の利用価値を見出し生かす所までは読み通りだ。
全ては『未来を知る』テレポーターに時間的閉曲線を越えさせ『過去の自分』を止めさせる為だったのだ。
食蜂『“時間的閉曲線”を乗り越えて“私”を“殺してもらう”為にわざわざ学園都市の外に導いたのに』
過去の食蜂がまた『神殺し』を行えば未来の食蜂の世界が瓦解しかねない。故に自分で自分の計画を潰す。
自分の敵は自分であり、未来を知る結標が必死に過去の自分を倒すであろう事まで食蜂のシナリオの内だ。
結果として旧世界(白井達)と新世界(食蜂達)の中間点に閉世界(神浄達)が置かれ相互不可侵となる。
エイワス「そこまでして犠牲を払ってでも手にしたかったものが、普通の世界と人並みの幸せだったとは」
人の心が読めるという事は、どこでどう動くかをチェスの駒の役割のように知っているという事。例外は。
エイワス「上条当麻と御坂美琴」
『地獄の門』で上条の記憶が戻せないと知った時とグラウンド・ゼロで御坂を死なせてしまった時のみだ。
~114~
エイワス「(しかしそんな君も一つ大きなミスを犯している。それは私のような存在が野放しという事)」
食蜂の部屋、軋むベット、喘ぐ食蜂、呻く上条、正常位で交わる二人をエイワスは淡々と見下ろしている。
唇を重ね、舌を絡め、互いの名を呼びながら求め合う。脱ぎ散らかした衣服も下着もそのままにしながら。
人間の性行為に対して含むところはないが、汗を飛び散らせる男と涙を零れ落とす女の営みは酷く平凡だ。
エイワス「(君が成した過程は興味深いが、その結果にはまるで興味が持てない。所詮は女に過ぎない)」
上条の首筋に両手を回し、腰に両足を絡めて咽び泣く食蜂の嬌声がよりいっそうか細く高くなり、果てる。
それは上条も同様だったようで、息せき切った呼吸だけが響き渡る。そんな当たり前の彼女がエイワスに。
食蜂「………………」
エイワス「(私が見えているのか?いや、そんなはずはない)」
上条の腰に巻き付けた足、背に回した手をそのままに、上条の肩越しに食蜂がエイワスを見ているような。
たった今男の腹の下でよがり狂い、その全てを子宮で受け止めた女とは思えないような奈落を宿した双眸。
その唇が声を発さずに艶めかしく動いた。『邪魔しないで』と。
~114.5~
エイワス「(さっきの笑みは一体何だったのだ?有り得ない)」
新世界より旧世界に戻るべくエイワスは時空間を遡行する。その道中で思い返すは、怖気の走るあの笑顔。
ともあれ、退屈しのぎにはなったとエイワスが時間的閉曲線を越えて現世へと帰還しようとしたその矢先。
オギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
エイワス「!」
時空間に響き渡る産声。『ウィトルウィウス的人体図』を思わせる手足が八本もある巨大な奇形児が……
儀式に捧げられた上条とインデックスの子供がエイワスを追って来たのだ。そう、全人類が転生して尚。
エイワス「そう言う事か食蜂操祈。君の評価を改めるとしよう」
赤ん坊であるが故に望む世界を選べず、因果律の破れの中を永久に彷徨い続ける幻想殺しを宿した赤子が
エイワス「君は
この『ガフの部屋』とも言える時空間で『我が子を食らうサトゥルヌス』のようにエイワスを貪り食う。
これからも揺りかごの中の赤子の眠りを妨げるものはこうなるのだろう。食蜂の目論見通り未来永劫に。
科学も魔術も交差せず、終わらない物語に語り部など不要だと。
~115~
上条「操祈?」
食蜂「!」
上条「いや、その、大丈夫、だったか?ごめん、俺、初めてで」
食蜂「ううん、スッゴく気持ち良かったわぁ(二度目だしぃ)」
私の上で気遣ってくれる彼を抱き寄せて、キスをする。私の初めてを『二度』も捧げられて良かったわ。
石鹸の香りがする汗の匂いが好き。お腹に染み込んで行く暖かさが好き。だから絡めた両足は離さない。
ごめんね美琴。彼の初めてを『二度』も奪っちゃった。次は貴女に譲って上げる。私達『姉妹』でしょ?
上条「操祈、お前のスマホ鳴ってるけども出なくて良いのか?」
食蜂「ううん、後で良いわぁ。それよりもぉ、もう一回しよ?」
美琴からの着信は後回し、“彼女”からのメールはまだ。さっき混じったノイズ(侵入者)はもういない。
私という女王蜂が作り上げた巣(せかい)は何人たりとも触れさせない。“彼”という雄蜂を守る為にも。
彼が私の中に入って来る。私からも腰を使う。貴方の前では只の女の子に、貴方の下では只の雌に戻れる。
――だから『三人目』の神浄討魔さんは貴女に譲ってあげる――
~115.5~
風斬「(ここは?)」
禁書目録「ひょうか」
閉世界。そこで復活した風斬が最初に目にしたのは、エデンの園とインデックス、そして眠り込んだ上条。
神浄「………………」
風斬「そんな、何で」
アスフォデルスに取り囲まれた花畑の中心にて、インデックスの膝枕を受ける神浄。それを見下ろす風斬。
科学や魔術が存在しない世界にあって風斬は人間として蘇った。かつて彼女が願った通りに。だがしかし。
風斬「こんなの、あんまりですよ。どうして貴方がこんな……」
故に神浄を目覚めさせる手立ては0かと思われた。そう考えて人間となった風斬の目から涙が零れ落ちる。
神浄「……――うっ」
禁書目録「とうま?」
上条の頬に流れ落ちた時それは起きた。科学も魔術も存在しない世界ならば、それらによって齎された……
二度の『竜王の殺息』により破壊された上条の脳細胞もまた蘇る。食蜂が書き換えたルールとはこの事だ。
神浄「インデックス、風斬?」
禁書目録「――とうま!!!」
『我は燃える星の中心核にして生命の与え手なり』という魔法名通り、上条を中心にエデンの園は広がる。
そして――
最終楽章「Sister's noise~とある科学の超電磁砲~」
~116~
佐天「やったよ初春!今年もみんな同じクラスだよ!そりゃ!」
初春「の、能力でスカート捲るのは止めて下さいよ佐天さん!」
春爛漫、桜前線、青春真っ盛りってな感じで私達は二年生に進級した。今年もアケミ、むーちゃん、マコちん、それから初春……
あの日死んでしまった皆とまた巡り合えて、それでもって私もレベルが上がったし、戦争も起きなかったし、前途洋々って感じ。
うんうん、初春の顔色もパンツもピンク色だね!可愛いのう。こうしているとあの半年間が悪夢だったみたいに思える。だけど。
佐天「(一つだけ変えられなかった事がある。御坂さんの事)」
上条さんは結局インデックスさんを見捨てられなかった。『地獄の門』を封印する為にイギリスに渡った。
部外者の私が言うのも何だけど困ってる人を放っておけない弱味をあの女の子につけ込まれたんだと思う。
そんなインデックスさんのやり方に腹を立てて、御坂さんと食蜂さんが乗り込んで行ったけど結果は惨敗。
佐天「(二人共永久上陸拒否を受けて強制送還されちゃった)」
~116.5~
初春「(佐天さん、同い年の筈なのに何だかグッと大人っぽくなりました。何があったんでしょうか?)」
能力によって桜吹雪を巻き起こし、花嵐の下で春光を浴びる佐天の横顔に初春は図らずも見とれていた。
初春は佐天が未来からやって来た事を知らされていない。これは御坂、白井、結標と話して決めた事だ。
佐天「ねえ初春、帰りに御坂さんのお見舞い行かない?まだ立ち直れてないみたいだし、顔見に行こうよ」
初春「良いですね。じゃあ桜餅買って行きましょうか佐天さん」
結標などは『予め未来を教えてあげたのに、あの子の馬鹿さ加減にはほとほと呆れたわ』と言い、白井と大喧嘩したのが数日前。
本音を言えば引きこもってしまった御坂に白井がつききりな事に対する悋気であるが依然として結標と御坂の関係は最悪である。
結標『皆が皆仲良しこよしなんて気持ち悪いだけよ。水と油を百年かき混ぜたって混ざらないのと同じ事』
そして春が過ぎ、夏が訪れ、白井と結標が花火大会に赴いていた頃、御坂の身にある事件が降りかかった。
通称『霧ヶ丘女学院集団失踪事件』にて、虚数学区の力場の乱れに巻き込まれた御坂が見たもの。それは。
上条『ようビリビリ』
偽善使いを名乗っていた頃の、『一人目』の上条当麻であった。
~117~
白井「この世界の食蜂操祈の悪足掻きですわね。もう何をしようともあの類人猿には会えないと言うのに」
結標「ぷはっ!ごほっ!黒子!ちゃんと手繋いでて!ぐはっ!」
白井「はいはい。先ずはバタ足からですのよ息継ぎも出来ない淡希さん?ほらあんよが上手あんよが上手」
結標「貴女っ!ぶふぇ!上がったら覚悟しておきな、げほっ!」
花火大会後、温泉旅館に泊まったりキツネに化かされたりした数日後、わたくし達はプールに来ましたの。
理由は夏休みを満喫したいのもそうですが、彼女のかなづちを矯正する為ですのよ。目標は25メートル。
彼女の手を繋ぎながら泳ぎの練習をしている最中、ひょんなきっかけから出た話題が、先日の神隠し事件。
結標「………………」
白井「何してるんですの」
結標「黒子のおっぱい、あんなに揉んであげてるのにちっとも」
白井「~~~~~~」
結標「ごぼごぼごぼ」
誰の胸がビート板ですの。とりあえずまあ、淡希さんが本当に溺れてしまう前に上がるといたしましょう。
~117.5~
結標「それで?私達の能力であの二人を虚数学区にいる上条君にもう一度会わせたいですって?絶対に嫌」
白井「一刀両断!?」
結標「だって私あの二人が大嫌いだもの。優し過ぎる貴女と違ってそこまで面倒見きれないわ。お断りよ」
プールから上がった後、二人でシャワーを浴びている最中に白井が提案した事。それは未だに上条を……
引きずり続けている食蜂を『一人目』の上条に引き合わせてあげようと言うものだが結標はにべもない。
結標は白井と違って前の世界で半年以上も食蜂にこの世の地獄を見せられて来たのだ。だが白井もまた。
白井「あれだけボコボコにしておいて何ですが、あれはあれで可哀想なお方ですの。それで諦めが着けば」
結標「………………」
白井「わたくしが貴女を失った時、貴女がわたくしを喪った時思いませんでしたか?もう一度会いたいと」
この辺りで後顧の憂いを断とうという理性の面と、自分達も一度は同じ事を思った筈という感情の面から硬軟織り交ぜて説得し。
結標「――全く、貴女には敵わないわね黒子。だけど勘違いしないでちょうだい。あの子達の為じゃない」
可愛い恋人のお願いだから聞いてあげるのよ、と結標が折れた。
~118~
食蜂「………………」
第六学区の遊園地。ちょうど今頃みたいな秋口に私と『一人目』の上条さんが遊びに来た場所。そして……
二人で乗ったゴーカートを私は乗り場の手摺に寄りかかりながら見つめている。もうあの日には戻れない。
本当はわかってる。死んだ人間を蘇らせるのなんて無理だって。だけど止まらない。私はもう止まれない。
御坂「こんな所で黄昏てるなんてらしくない事してるじゃない」
食蜂「……貴女に私の何がわかるのぉ。何も知らないくせにぃ」
御坂「ならあんたは私の何を知ってるのよ?私の心だけは読めないくせに。人の痛みもわからないくせに」
そんな私の背中にどうやって見つけたのか御坂さんが話し掛けて来た。彼女も『二人目』の上条さんと……
この遊園地に来た事があるって言ってたわね。くすっ、二人して上条さんに捨てられた哀れな女の子よね。
だけど私は貴女と傷を舐め合うつもりはない。この傷が癒える事も、この痛みが引く事も、私は望まない。
御坂「――わからないからこそ、あんたはあいつに惹かれたんでしょう。ならあいつに会わせてあげるわ」
~118.5~
食蜂「――……えっ」
御坂「あんたが夏に弄くり回した虚数学区に“一人目”のあいつがいる。私が出会ったもの。だから……」
食蜂「無理よぉ。貴女みたいに偶々出会う以外には、自力で辿り着くには白井さんみたいな能力者が――」
御坂「その黒子と結標淡希が協力してくれるって。あんたにこれ以上悪だくみされちゃあ面倒臭いったら」
そこで初めて食蜂が振り返り、足元を手を繋いだ子供達が駆け抜けて行く。『一人目』の上条に会えると。
この時間軸の食蜂は虚数学区しか掌握出来ておらず十重二十重の策謀を巡らせていた未来の食蜂とは違う。
御坂「約束して。あいつに会えなたらもうこんな馬鹿げた事止めて前に進むって。悲し過ぎるでしょうが」
食蜂「………………」
御坂「……今のあんたを見てあいつが本当に喜ぶと思ってる?」
そこで食蜂が両手で顔を覆って崩れ落ちる。まるで迷子になっていた子供が両親を見つけた時のように……
そんな食蜂を御坂が抱き寄せる。わかるよ、私も道を踏み外していたら同じ事をしていたかも知れないと。
御坂「――あんたは孤独(ひとり)じゃない。少なくとも――」
私がいるでしょうと。
~119~
結標「黒子~寒い~」
白井「はいはい……」
季節は巡って冬。私は霧ヶ丘女学院校庭に発生した虚数学区の入口を前に出待ちをしていた。その理由は。
白井「ぎゅーっとしてあげますので我慢して下さいませ。お姉様達が戻られるまで。はいおしるこですの」
御坂美琴と食蜂操祈を、死者のAIM拡散力場の坩堝とも言うべき地点に送り込んでから回収する為にいる。
それも雪がちらつくほどの寒さの中。黒子って言うカイロがなければとても我慢出来なくて帰りたくなる。
私は黒子を抱き締めつつ、一つのおしるこを二人で分け合う。今頃『一人目』の彼に会っているでしょう。
結標「……立ち直れると良いわね。そうしてもらわないと困る」
彼女の最大の悲劇は死者を蘇らせる術を見つけ、それを行動に移すだけの実力と下地があった事でしょう。
『出来る』とわかった時点で『やってはいけない』事が後回しにするのは、科学の街の住人だからかもね。
でもこの時間軸の彼女はまだ引き返せる。希望も絶望も渇望も切望も全てを飲み込むあの怪物とは違う筈。
白井「お姉様!」
――そこへ、御坂美琴と食蜂操祈が『手を繋いで』戻って来た。
~119.5~
結標「……気は済んだ?」
食蜂「――ええ。そうね」
銀世界となった校庭にて、御坂と食蜂が白井と結標が向かい合う。思えば四人がまともに顔を合わせ――
言葉を交わすのはこれが初めての事だった。過去・現在・未来に於いて幾度となく鎬を削った敵同士が。
食蜂「……ありがとうね」
白井「どういたしまして」
それはどこか象徴的に見えた。食蜂の澄み切った眼差しを見るに、恐らく満たされたのだろうと感じる。
御坂も同じ事を思ったのかかじかみそうな手指を握り締めて食蜂に微笑む。これで全て終わったのだと。
御坂「じゃあどっかお茶していかない?勿論あんたの奢りでね」
食蜂「わかったわぁ。私の行き着けのお店力で良かったらねぇ」
結標「私はパス。馴れ合いは嫌いなの。帰るわよ黒子。黒子?」
白井「ではあったかいクリームティーをご馳走になりますの!」
結標「この裏切り者!貴女は私の彼女でしょ!ねえ待ってよ!」
少女達の四つの足跡が雪面に刻まれて行く。奇跡のように巡り会い、奇蹟のように結び合う軌跡を描いて。
食蜂「――……さよなら、私の大好きだった上条さん……――」
そして――
~120~
上条「わたくしこと上条当麻は今日から高校三年生となり……」
食蜂「ねぇねぇ似合う?貴方の学校の制服☆ねぇねぇ見てよぉ」
上条「進路について真剣に考えねばならないこの大事な時期に」
御坂「うふふ、一年だけだけどあんたと先輩後輩になれたわ!」
上条「~~お前らちょっと離れて歩けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
新世界にて、上条は高校一年生となった御坂が右腕、食蜂を左手にぶら下げながらゼーゼーと坂を上った。
その途中では土御門兄妹に冷やかされ、パンを咥えて走る青髪を見送り、鈴科が背中を叩いて通り過ぎる。
滝壺を荷台に乗せて自転車を漕ぐ浜面が手を振って、黄泉川が校門の前に立つ、麗らかな春の日であった。
食蜂と御坂は上条のいる地元の公立校に合格し、この春から上条の後輩となった。その前に恋人なのだが。
食蜂「――……そう」
御坂「どうしたの?」
食蜂「(貴女も上条さんに会えたのねぇ?“もう一人の私”)」
そこでいきなり立ち止まり青空を見上げる食蜂を御坂と上条が心配そうに見つめるも、食蜂は微笑み返し。
食蜂「何でもないわぁ☆さあ行きましょう、美琴に上条さん♪」
~120.5~
かくして、ここに科学と魔術が交差する物語は終わりを迎える。最早語り部はいらず語る事など何もない。
御坂「あんたって本当にエクレア好きよね?いつか太るわよ?」
食蜂「くすくす、御坂さんと違って全部胸行くからお構い無く」
白井「お姉様!テーブルを振り上げるのはおよしになられて!」
結標「黒子の胸も大きくなればいいのにね、って、ぶふぇ!?」
旧世界に於いて、彼女達もまた歩き出す。銀世界のように汚れなき、誰の足跡もついていない『未来』へ。
神浄「幻想殺しの代わりに右手が戻って来た。何でだろうな?」
禁書目録「とうま!そんな事よりも赤ちゃんのおしめ代えて!」
閉世界に於いて、彼等もまた歩き出す。神の居なくなった世界の中で人間の手による『希望』を掴む為に。
上条「な、何だよ急に止まって」
食蜂「ねぇ、私達、貴方の事が」
御坂「世界中の誰よりもずっと」
食蜂操祈と御坂美琴が交差する時、上条当麻の物語が始まる――
御坂「あんたのこと」食蜂「大好きよぉ」
お疲れ様でした
おやすみなさい
じゃあの
えっ
もしかしてこれ円満解決のつもりなん?
しいたけが吐き気を催す邪悪すぎてGERでも物足りないレベルの胸糞なんだが
>>122
はいはい、ようござんしたね(笑)
せめてsageを学んでから書いてくれよ
いやだって無関係な善意の人間皆殺しといてお咎めなしどころか独り勝ちとかないわー
>>125
え?まだいたのか(笑)
深夜までご苦労様ですな
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