幽霊「なんで俺は・・・成仏できないんだ」 (38)
女の子「おじちゃん、だーれ?」
幽霊「だれー?って見えるの!?俺のこと見えるの!?」
女の子「見えるよ~。見えない人っているのー?」
幽霊「見えない人はいないかもしれないけど、幽霊はたぶん普通見えないよ」
女の子「じゃあおじちゃん見えてるからやっぱり人だね~」
幽霊「てかたぶん鏡で見る限りおじちゃんって年じゃないんだけど・・・」
女の子「お名前は~?」
幽霊「いや、それが覚えてないんだよね。」
女の子「おうちは~?」
幽霊「それも覚えてない。」
女の子「迷子なんだ~?じゃあおうちにいっしょにいこ!きっとお母さんが助けてくれる!」
幽霊「いや、たぶんお母さんに見えないと思うんだけど・・・ま、いっか。」
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トコトコ
女の子「ほら、こっちだよー」
トコトコ
女の子「ただいま~!」
幽霊「おじゃましまーす」
母「おかえり~」
女の子「あのね、このおじちゃんがおうちわからなくて困ってるの!お母さん助けてくれる?」
母「え?おじちゃん?何言ってるの・・・。熱でもあるのかしら?ほら、こっちおいで。」
女の子「お母さん!おじちゃん助けてあげてよ!」
母「おじちゃんなんてどこにもいないでしょ?変な風邪貰ってきちゃったのかしら・・・」
女の子「お母さん・・・おじちゃんのこと見えないの?」
母「おじちゃんなんてどこにもいないわよ?変ね、熱はないみたいだけど・・・」
女の子「本当に見えないんだ・・・」
母「ほら、手洗ってうがいして、念のためお布団で寝てなさい。」
女の子「・・・はーい」
トントントン カイダンアガッテ ドアヲ バタン
幽霊「ほらな?言っただろ。誰にも見えないんだ。」
女の子「じゃあ本当に幽霊なの?」
幽霊「うん。・・・怖いか?」
女の子「ううん。怖くない」
幽霊「そうか、よかった」
女の子「おじちゃん、なんで幽霊になっちゃったの?」
幽霊「わからん。気付いたら幽霊だった。」
女の子「おじちゃん、これからどうするの?」
幽霊「わからん。何もしないで適当に過ごしてたから」
女の子「幽霊って、おなかすくの?」
幽霊「いや。」
女の子「幽霊って寝るの?」
幽霊「いや。」
女の子「そっかぁ・・・。じゃあここに住みなよ!」
幽霊「え!?」
女の子「おうちと名前がわかるまでここにいなよ!」
幽霊「・・・いいのか?」
女の子「うん。だってお母さんにも見えないし、大丈夫だよ。」
幽霊「じゃあ、お言葉に甘えて」
女の子「お言葉に甘えて?」
幽霊「いや、なんというか、ありがとう。ここにいさせてもらうよ」
女の子「うん!」
幽霊「ところで君の名前は?」
女の子「おーちゃん!5歳!」
幽霊「そっか、まだ幼稚園生か・・・」
女の子「来年小学校に行くの!」
幽霊「小学1年生かぁ・・・」
女の子「おじちゃんは何歳?」
幽霊「それもわからないんだよね・・・てかおじちゃんはやめよ。俺たぶんそこまで年取ってないから」
女の子「じゃあ・・・幽霊だからゆうくん!」
幽霊「うん、まあそれでいいや。」
公園のブランコに座っていた俺に、声をかけてくれたおーちゃん。
そのままおーちゃんの家に上がり込んでしまった俺。
これが俺たち二人の奇妙な出会いだった。
***
女の子「ゆうくん見てみて!おじいちゃんにランドセル買ってもらったの!」
幽霊「お、可愛いな。ピンク地に糸が茶色とか、オシャレだな~」
女の子「ふふふ~小学校に行くの楽しみ!」
幽霊「こらこら、走り回るなっての。」
女の子「ふふふ~」
***
***
女の子「ゆうくん、一緒にディズニーランド行こうよ~」
幽霊「いやだってそれ卒園旅行だろ?お母さんと楽しんでこいよ。」
女の子「えーーー」
幽霊「留守番してるからさ、いってらっしゃい」
女の子「むぅ・・・いってきまーす・・・」
女の子「ただいまー!」
母「ただいまー」
父「おかえりー」
幽霊「お、帰ってきたか」
父「楽しかったか?」
女の子「うん!あのね、これパパにおみやげ!」
父「ボールペンか!ありがとう、おーちゃん」
母「あら、あなた、晩御飯つくってくれたのね、ありがとう。」
父「いや。さ、おーちゃん、お腹すいただろ?はやくご飯にしよう。荷物部屋に置いておいで」
女の子「はーい」
トントントン バタン
女の子「ただいまー!」
幽霊「おかえりー!楽しかったか?」
女の子「うん!これね、ゆうくんにおみやげ?」
幽霊「キーホルダーか!ありがとう。」
女の子「ふふ、どういたしまして!」
***
***
女の子「どきどきするー」
幽霊「入学式だもんなー」
女の子「ランドセル変じゃない?」
幽霊「変じゃないよ」
女の子「お洋服も変じゃない?」
幽霊「大丈夫、変じゃないよ。」
女の子「ゆうくんも入学式来てくれる?」
幽霊「ああ、後ろの方で見てるよ。」
女の子「やったー!」
母「おーちゃーん!」
幽霊「ほら、お母さんがよんでるぞ。いってらっしゃい」
女の子「いってきます!」
女の子「どうだった!?」
幽霊「立派だったぞー。おーちゃんが一番可愛かったよ」
女の子「ほんと?!ふふふ~嬉しいな~」
***
***
女の子「ゆうくん、これわかんない。」
幽霊「全部で300円持ってるんだろ?で、何を買ったの?」
女の子「鉛筆と消しゴム」
幽霊「何個ずつ?」
女の子「1本と2個」
幽霊「それぞれ何円?」
女の子「100円と80円」
幽霊「じゃあ全部でいくらになる?」
女の子「100円足す80円足す80円・・・だから・・・260円!」
幽霊「そうだね。じゃあ持ってるお金出したらおつりはいくらかな?」
女の子「えーと、えーと、300円から260円引いて・・・40円!」
幽霊「大正解!な、簡単だろ?」
女の子「うん、ゆうくんありがとう!」
幽霊「さ、次の問題もやっちゃおう」
女の子「うん!」
***
***
幽霊「おかえり~って、どうした?何があった?」
女の子「男の子に・・・ぐすっ・・・いじめられたぁ」シクシク
幽霊「何されたんだ?ほら、泣くな泣くな」ヨシヨシ サワレナイケド
女の子「ぐすっ・・・チビっって・・・笑われた」シクシク
幽霊「チビかぁ・・・別にちっちゃくてもいいと思うけどなぁ」
女の子「でも・・・笑われるのは・・・ぐすっ・・・いやぁ」シクシク
幽霊「そうだよな、笑われるのは嫌だよな。でも、みんな大きくなるスピードは違うし、どんなふうに大きくなるかも違うんだ。ちっちゃいからって気にする必要はないよ。」
女の子「・・・」コクン
幽霊「ちっちゃいのは、本当かもしれない。でもね、だから何?って思っていればいいと思うよ。ちっちゃくてもおっきくても、おーちゃんはおーちゃんなんだから。ね?」
女の子「・・・うん」
幽霊「さ、もう泣かない泣かない!可愛い顔が台無しだぞ~?」
女の子「うん・・・ゆうくん、ありがと。」
幽霊「いえいえ。」
***
***
幽霊「おーちゃん、もう部活決めたの?」
女の子「うん、テニス部!」
幽霊「お!テニス部かぁ」
女の子「中学校入ったら始めようと思ってたの!」
幽霊「そうかそうか。じゃあラケットとか買いにいかないとな。」
女の子「そうだね!マイラケットとか楽しみ~!」
***
***
女の子「ゆうくん」
幽霊「うん?」
女の子「男の子ってどんなチョコが好きなの?」
幽霊「チョコ?ああ、そうか、もうすぐバレンタインか。」
女の子「手作りチョコあげたいの。」
幽霊「手作りかぁ、いいね。で、誰にあげるの?」
女の子「うん、えっとね、テニス部の先輩。」
幽霊「ああ、前言ってたかっこいいって先輩?」
女の子「うん、そうなの。何あげたらいいかな?」
幽霊「てかおーちゃん料理とかお菓子作りとかできたっけ?」
女の子「するの!」
幽霊「はは、愛の為に頑張るってね。青春だね~」
女の子「もう!からかわないでよ!」
幽霊「ごめんごめん。でも、一生懸命作ってくれたら、なんでも嬉しいもんなんじゃないかな?」
女の子「そうかな?」
幽霊「そうだよ。」
女の子「じゃあ、チョコレートの本買ってきて試してみる。」
幽霊「それがいい。」
女の子「うん。頑張る!」
***
***
幽霊「どうだった?って、その顔はだめだったか・・・」
女の子「うん・・・受け取ってはくれたけど・・・他校に彼女いるからって・・・」
幽霊「そっか。残念だったな。」
女の子「うん・・・失恋って、胸の奥が痛いんだね」
幽霊「泣きたかったら泣いた方がいいぞ。」
女の子「泣かないもん!もう寝る!おやすみ!」
幽霊「・・・おやすみ」
女の子「・・・」シクシク
幽霊「・・・」ヨシヨシ
***
***
幽霊「勉強もほどほどにしろよ?」
女の子「うん。でももうすぐ受験だし。」
幽霊「だからって根詰めて身体壊したら元も子もないぞ?」
女の子「そうだね、じゃあもうちょっとやったら寝るね。」
幽霊「ん。」
女の子「ゆうくんも、受験したんだよね、きっと。」
幽霊「ああ、たぶんな。覚えてないけど。」
女の子「どんな男の子だったのかな?」
幽霊「さぁ・・・こんな感じじゃね?」
女の子「ふふ、変わってなさそうだね。」
幽霊「おーちゃんだって変わってないじゃん。」
女の子「そうかな?」
幽霊「好奇心旺盛で泣き虫で疑うことをしらないおーちゃん。ずっとそのまんまじゃん」
女の子「そうかなー?」
幽霊「そうだよ。じゃなきゃ幽霊家においたりしないだろ」
女の子「ふふふ、それもそうか。・・・ねえ、ゆうくん」
幽霊「ん?なに?」
女の子「ゆうくんと出会ってからもう10年くらいたつんだね~」
幽霊「もうそんなにたつか・・・はやいもんだな」
女の子「ゆうくんは、ずっとここにいるの?」
幽霊「・・・ごめん、出ていった方がよかったか?」
女の子「あ、違うの、そういうつもりじゃなくて!ただ、ずっとここにいていいのかなって。」
幽霊「・・・」
女の子「名前とか記憶とか、思い出せたら成仏できるのかなって。」
幽霊「成仏してほしい?」
女の子「だから、そういうんじゃないって!ゆうくんはもう家族だもん、いなくなったら寂しいよ。でも・・・」
幽霊「でも?」
女の子「ゆうくんにとっての幸せって、なんなのかなって、思って」
幽霊「幸せ?」
女の子「ずっとここにいるより、成仏した方が、幸せなのかなって、そう思ったの」
幽霊「なんで俺は・・・成仏できないんだ」
女の子「・・・」
幽霊「最初は、そう思ってたよ。おーちゃんに会うまでは。」
女の子「私に会うまで?」
幽霊「そう。一人が寂しくて、どこかにいきたくて。でもおーちゃんが俺を見つけてくれて寂しくなくなったから、俺は成仏しなくてもいいかなって思ってる」
女の子「・・・」
幽霊「楽しかったよ、この10年。でもそうだよな、年頃の女の子の家に男の幽霊が居座るのはさすがにまずいよな。」
女の子「まずくないよ!私は大丈夫!」
幽霊「いや、でも」
女の子「ゆうくんが幸せならいいの!よかったぁ、ゆうくん成仏したがってるのかと思ったから、私が妨げになっちゃいけないと思って・・・」
幽霊「じゃあ、ここにいていいのか?」
女の子「もちろん!ゆうくんは大事な家族だもん!」
幽霊「家族・・・か。」
女の子「そうだよ、私たちは家族。」
幽霊「家族・・・いい響きだな。」
***
***
女の子「ゆうくん、大変!」
幽霊「どうした?」
女の子「告白されちゃった!」
幽霊「お、マジか!誰に?」
女の子「隣のクラスの男の子!」
幽霊「そっかそっか、高校生にしてやっと告白されたか。」
女の子「どうしよう!」
幽霊「どうしようもこうしようも、その子のこと好きなの?」
女の子「わかんない」
幽霊「わかんないって・・・気になったりはするの?」
女の子「授業が一個被ってて・・・それで話しかけてくれて・・・」
幽霊「で?」
女の子「で・・・たまにすごい無邪気に笑うんだよね。」
幽霊「うん、で?」
女の子「で、それで・・・」
幽霊「その授業がくるの楽しみ?」
女の子「うー・・・ん。たぶん楽しみ。」
幽霊「たぶんって。」
女の子「だってわかんないんだもん」
幽霊「じゃあ、その子と付き合うとかって絶対考えられない?想像できない?」
女の子「想像できなくは・・・ない。」
幽霊「じゃあ正直に、まだあなたのこと好きかわからないけれど、それでもいいですかって聞けば?」
女の子「とりあえず付き合うってこと?」
幽霊「付き合う想像して、拒否反応起こさなければ若干の恋愛感情はあるんじゃないの?」
女の子「そうかな・・・」
幽霊「俺はそう思うね。」
女の子「・・・じゃあ明日そう言ってみる。」
幽霊「初彼かぁ・・・青春だねぇ」
***
***
女の子「今日デートなんだぁ」
幽霊「そっか、いってらっしゃい」
女の子「これ、おそろいで買ったんだ」
幽霊「可愛いじゃん」
女の子「初ちゅーしちゃった!」
幽霊「お、やったじゃん!」
***
おーちゃんは恋愛に夢中だった。
だから、捨てられた時の落ち込み具合も半端じゃなかった。
幽霊「おーちゃん、ごはんはちゃんと食べないと」
女の子「食べたくない」
幽霊「所詮その程度の男だったんだって」
女の子「・・・」
幽霊「別れて正解だよ」
女の子「もう、誰も好きにならない」
幽霊「またそんなこと言って・・・屑じゃない男はいっぱいいるぞ?」
女の子「そんなわけない」
幽霊「ほら、俺だって一応男だし」
女の子「ゆうくんはゆうくんだよ」
幽霊「・・・」
女の子「何がいけなかったんだろ」
幽霊「おーちゃんの所為じゃないよ」
女の子「そうなのかな」
幽霊「4マタかけるとか、普通はないからね」
女の子「ないのかな」
幽霊「あったら困るだろ」
女の子「だまされたのかな」
幽霊「・・・まぁ」
女の子「だまされたのかぁ・・・」
幽霊「もうだまされないようにすればいいだろ」
女の子「・・・」
幽霊「・・・おーちゃん?」
女の子「なんか腹立ってきた!」プンスカ
幽霊「お、おう」
女の子「今日はアクションムービーナイト!さ、DVD借りてこよ!」
幽霊「あ、うん、いいけどさ」
女の子「お菓子も買って来なくちゃ!」
幽霊「ま、元気になるならそれでいいけど・・・」
***
***
それから、いろいろなことがあった。
おーちゃんは、笑って泣いて怒って、百面相だった。
5歳の頃から変わらない、おーちゃんだった。
そんなおーちゃんが、今日、お嫁に行く。
女「お父さん、お母さん、今までお世話になりました。」
夫「娘さんは僕が必ず幸せにします。」
おーちゃんは、とてもきれいだった。
白いウェディングドレスが、とても眩しかった。
お色直しの着物も、とても華やかだった。
あんなに小さかったおーちゃんが、嫁いでいくなんて。
女「ゆうくん」
幽霊「おーちゃん」
女「本当に出ていっちゃうの?」
幽霊「ああ。いくら家族だからって、ついていくわけにはいかないよ」
女「ずっとあの家にいればいいのに。私だってたまには帰るし」
幽霊「いや。ふらふらしながら実家でも探すよ」
女「そっか・・・もう、会えないのかな?」
幽霊「きっとまたどこかで会えるよ。」
女「元気でね」
幽霊「おーちゃんもな」
夫「おーい、おーちゃん!」
幽霊「ほら、旦那様が呼んでるぞ」
女「うん・・・。ゆうくん、今までありがとう。」
幽霊「礼を言うのはこっちだ。あの日、俺を見つけてくれてありがとう」
女「じゃあ・・・」
おーちゃんは振り向かないまま、夫のもとへと走って行った。
『おーちゃんちはね、こっちだよ~』
そういって前を歩いたあの日の背中は、いつの間にか大きくなり、美しくなっていた。
幽霊「ばいばい、おーちゃん」
***
それから俺は、ただふらふらと毎日を過ごした。
おーちゃんと過ごした街にいるのは、なんだか少し寂しくて、
見知らぬ土地を練り歩いた。
変な幽霊に追いかけまわされたり、
霊媒師に除霊されかけたり、
ごくたまにおもしろいことは起きたけれど、
だいたいが、そう、人間観察とか、そういった平凡な、穏やかな日々だった。
相変わらず記憶は戻らないし、というか失ったのかもしれないし、
鮮明にあるのは、おーちゃんと過ごした20年間。
思えば今や、おーちゃんと過ごした年月の倍以上、一人で過ごしている。
まるで昨日のことのように、思い出せるのに。
幽霊「おーちゃん、元気かな」
なんだか懐かしくなって、おーちゃんと過ごした街へ戻ってみることにした。
幽霊「違う・・・家だ。」
おーちゃんの家はもう、なくなっていた。
違う家が建ち、違う人が住んでいた。
当たり前か、もう何十年も前なのだから。
幽霊「公園は、まだあるかな?」
おーちゃんと出会った公園の方へ行ってみると、そこには見慣れた入口があった。
幽霊「さすがに遊具は取り替えてるか」
あの日、座っていたブランコはもうなくなってしまったが、
同じ場所に新しいブランコがあった。
幽霊「懐かしいな」
ブランコに座って少し揺らしながら呟いた。
遊具は変わっていても、見える景色は変わらない。
目を瞑れば、おーちゃんの声が聞こえる気がした。
『迷子なんだ~?』
『おうちは~?』
『お名前は~?』
「おじちゃん、だーれ?」
幽霊「え?」
突然した本物の声に驚いて目を開けると、そこには・・・
老女「びっくりした?」
幽霊「・・・おー・・・ちゃん?」
老女「そうだよ。ゆうくん、久しぶり。」
幽霊「・・・本物?」
老女「本物じゃなかったら、ゆうくんのこと見えないでしょ?」
幽霊「そっか・・・」
老女「おばあちゃんになったから、わからなかった?」
幽霊「いや、目とか喋り方とか、なんにも変わんないよ」
老女「ふふふ、そうかしら?」
幽霊「ていうか、なんでここにいるの?」
老女「この近くに住んでるの。たまに来るのよ。そしたら、ゆうくんがいたの。」
幽霊「そうなんだ。」
老女「まあ積もる話はうちでしましょう。」
トコトコ
老女「ほら、こっちよ」
トコトコ
前を歩く背中はいつのまにか、また小さくなっていた。
老女「散らかっててごめんね」
幽霊「いや・・・。一人暮らし?」
老女「そうよ。夫に先立たれて、子どもはひとりだちして。」
幽霊「そうなのか・・・。一緒にはすまないのか?」
老女「ドイツに住んでるのよ。この年で海外は無理ね」
幽霊「そうか・・・いつから?」
老女「もう10年近くなるかしら。」
幽霊「そんなに・・・」
老女「ゆうくんは?ゆうくんは何してた?」
積もる話はきりがなかった。
俺の話も、おーちゃんの話も。
アルバムをみながら、あれからのおーちゃんの人生を一緒におった。
子どもが生まれ、子どもが成長し、孫ができ、
おーちゃんが素敵な人生を送ってきたのが、一目でわかった。
昔話にも話を咲かせた。
あの頃は・・・
話は尽きなかった。
一日じゃ話しきれず、次の日も、次の日も。
なんとなく、お互い言葉にすることはなかったけれど、
自然に、ごく自然に、俺はおーちゃんとまた暮らし始めた。
離れていた空白の時間なんて、まるでなかったかのように、
俺たちは、あの頃に戻っていた。
老女「これはね、この前のデイサービスで作ってきたのよ」
幽霊「ちっさい鶴だな~よくこんなの折れるね」
老女「目だって手先だってまだまだ元気よ!」
約半世紀ぶりに過ごす日々は、穏やかで、幸せだった。
ずっと、このままでいたい。
このささやかな日の終わりなんて、考えられなかった。
老女「ねぇ、ゆうくん」
幽霊「ん?」
老女「ゆうくんはなんで、幽霊になったのかなぁ」
幽霊「わからない。結局記憶は戻ってないんだ。」
老女「私も幽霊になれるかな?」
幽霊「何馬鹿なこといってんだよ」
老女「自分の身体は自分が一番よくわかるよ」
幽霊「そんなこと言ったって・・・」
老女「身体も動かなくなってきたし。」
幽霊「でも・・・もしそうだとしても、成仏しないと・・・旦那さんに会えないだろ」
老女「そうね・・・でも、お義父さんもお義母さんもいるもの。」
幽霊「でも、奥さんは一人だろ。おーちゃんだけだ」
老女「でも、ゆうくんにも私だけでしょ?」
幽霊「・・・」
老女「やっぱり、私にしか見えなかったんだね。」
幽霊「うん・・・。なぜだかわからないが。」
老女「ゆうくん、ひとりぼっちにはしたくないなぁ」
幽霊「・・・もう寝よう。」
老女「そうね・・・おやすみなさい。」
幽霊「おやすみ。」
それが、最後の会話だった。
おーちゃんはそのまま、眠る様に息を引き取った。
幽霊「おーちゃん」
幽霊「おーちゃん」
おーちゃん
おーちゃん
おーちゃん
何度呼んでも、おーちゃんは目を覚まさなかった。
何度呼んでも、おーちゃんは出てこなかった。
幽霊「おーちゃん、幽霊にはなれなかったんだな」
涙が、後から後からこぼれてくる。
おーちゃんの穏やかな死に顔も、涙でぼやけてしまう。
幽霊「おーちゃん、ちゃんと成仏できたのかな」
おーちゃんの頭に手を添える。
通り抜けてしまって触れることなど出来ないのだけれど。
幽霊「ちゃんと、家族に会えたかな」
泣いてばかりだったおーちゃん。
何度もよしよしと頭を撫でてあげた。
触れられなくても、おーちゃんの温かさがわかる気がした。
幽霊「幸せに・・・生きたんだよね」
まるで、眠っているようで、
またすぐ、ぱちりと目を開けて
『だまされた?』
そう、いたずらっぽく笑ってくれる気がして。
幽霊「おーちゃん」
涙が止まらない。
おーちゃんも自分も死んでいるのに、なぜ同じ場所にいけないのか。
本当に、もう二度と、会えないのか。
おーちゃん
おーちゃん
おーちゃん
いくら呼んでも返事はないのに。
幽霊「なんで俺は・・・成仏できないんだ」
俺は目を瞑った。
そうしたら、おーちゃんの声が聞こえる気がして。
『おじちゃん、だーれ?』
『じゃあ・・・幽霊だからゆうくん!』
『ゆうくんはゆうくんだよ』
『ゆうくん、久しぶり』
目を瞑って思い出すうちに、なんだか眠くなってきた。
頭の中に響くおーちゃんの声に包まれながら、
幽霊になってから初めての眠気に、身をまかせようと思った。
なんだか、とても、心地がいい。
おーちゃん
「ゆうくん」
おーちゃんに呼ばれた気がして、目を開けた。
幽霊「おーちゃん?」
「うん」
幽霊「おーちゃん」
「ゆうくん、ほら」
おーちゃんは、そっと手を差し伸べてくれた。
右手を伸ばすと、おーちゃんが優しく握ってくれた。
初めて触れる、手。
夢でもいい、この温かさが幻でも。
ただ、泣けてきた。
「ほらほら、泣かないの」
おーちゃんは、困ったように笑った。
そんな顔をしっかり見たいのに、涙でぼやけてしまう。
「ゆうくん、ほら。」
おーちゃんはゆっくり手を引いて俺をたたせた。
手を握ったまま、おーちゃんは俺の前を歩く。
見慣れた、背中が前を行く。
そしてあの日と同じ笑顔で、同じように言う。
「ほら、こっちだよー」
おわり
精進します。
どうもありがとうございました。
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