春原「なあ、岡崎。なんとかして坂上智代を僕に惚れさせる事って出来ねえかなぁ」 (352)

それは、ある日の昼飯時に唐突に春原が言い出した事が発端だった。

春原「なあ、岡崎。なんとかして坂上智代を僕に惚れさせる事って出来ねえかなぁ」

朋也「お?なんだ春原、お前とうとう血迷ったか?」

春原「血迷ってなんかいねえよ!」

朋也「お前じゃ無理だよ、諦めろ」

春原「そこをどうにかして考えるんだよ!な、頼むよ岡崎!一緒に知恵を振り絞ってくれ」

珍しくも頭を下げて、俺に頼みこんで来る。

朋也「まぁ、暇だし、別にいいけど」

カツサンドを頬張りながら、適当に春原の話に乗っかる。

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春原「さっすが岡崎!で、具体案はあるか?」

朋也「早速俺に知恵を振り絞れってのか?」

春原「僕一人じゃ…いい案が浮かばなかったんだ…」

朋也「なんか含みもたせてカッコよく言ってるつもりだろうけど、ダサいだけだからな」

春原「ぐっ…うるせえうるせえ!だからお前に頼ってるんじゃねえか!」

朋也「開き直んなよ…」

春原「あいつ、お前には若干心を開いてる節があるし、そこに付け入る隙があるはずだ!」

朋也「更に最低発言まで飛び出したな」

春原「どうなんだ、岡崎?お前の目から見て、あいつの弱みはなんかあるか?」

朋也「そうだなぁ……やっぱ、面と向かって告白が一番じゃねえのか?」

春原「は?面と向かって?」

朋也「そう。前にもやったけど、真正面から好きだー的な言葉をぶつけてやるんだよ。ああいう手合いは、そういうストレートさが有効打になるんじゃね?」

春原「ふむ……なるほど」

朋也「自分で言っておいてあれだけど、確率低そうな気もするな。やっぱやめておくか」

春原「いや、それで行こう!行ける気がする!」

朋也(適当に言っただけなんだが……)

まあ、面白いものが見れそうなのは間違いないから何も言わないでおく。

朋也「つーか、お前いつの間にアイツに惚れてたんだ?」

春原「は?僕が?誰に?」

朋也「智代にだよ。お前に惚れさせたいってことは、お前アイツのこと好きなんだろ?」

春原「あー……まぁ、それは、ね、うん。ふふふ……」

これは絶対に何かよからぬ事を企んでる。

朋也「何が狙いだよ?」

居住まいを正し、春原の目的を問いただす。

春原「考えてもみろよ、岡崎。僕たちは今まで散々坂上智代に痛い目を見せられて来ただろう?」

朋也「いや、俺は別に」

春原「強がんなくたっていいって、僕は全部わかってるからさ!僕たち、親友だろ?言葉にせずとも伝わりあえているのさ」

朋也「気持ち悪っ!」

春原「僕の純情な思いを気持ち悪がらないでもらえますか!?」

朋也「まぁ、ひとまずそれは置いておくとしてだ」

春原「置いておくなよ!僕にとっては大問題だぞ!?」

朋也「つまりお前は、あいつにひと泡吹かせてやりたいと、そういうわけだな?」

春原「ふふん、まぁそういうことさ」

朋也「まぁ上手く行くわけないと思うが、もし万が一仮にお前に惚れさせたとして、その後はどうするつもりなんだ?」

春原「その後はまぁ、お楽しみさ。ふふふ……見てろよ坂上智代……!」

ああ、これはあれだ。うまくいかないパターンだ。

どう転ぶにしても面白いことにはなりそうだった。

春原「よっし、作戦は決まった!行こうぜ岡崎!」

朋也「へいへい……」

まぁ、単なる暇つぶしだ。

~~~

杏「あら?朋也に陽平。どこ行くの?」

二年の教室が並ぶ階へと向かう途中、杏と遭遇する。

朋也「よう、杏」

春原「げっ!?藤林杏!?」

杏「何よ、げっとは。失礼ね」

春原「な、何の用だよ?僕らは忙しいんだぞ!」

杏「別に用なんてないわよ。ただどこに行くのかーって聞いてるだけじゃない」

春原「お前には関係ねえところにだよ!ついてくんなよ!行こうぜ、岡崎」

ふんっと強気で杏にそれだけ言うと、春原はズンズンと歩いて行く。

杏「……どしたの、あいつ?」

杏はそんな春原の背を指差しながら、訝しげな顔で俺にそう聞いて来る。

朋也「暇なら、お前も一緒に見に行くか?」

杏「見に行く?なんかあるの?」

朋也「多分、面白いものが見れるはずだぞ」

杏「ふーん……まあ、暇だし見に行ってあげてもいいけど」

朋也「よし。そんじゃあいつの後を追うか」

杏「アンタ達も暇人ねぇ」

朋也「ほっとけ」

~~~

智代「なんだ、またお前か……」

二年の教室が並ぶ階の廊下の真ん中で、一定の距離を置いて智代と春原が正面から向かい合う。

俺と杏はそんな二人の様子を、廊下の角に隠れて窺っていた。

春原「今日は違うんだ、坂上智代……いや、智代」

智代「いきなりファーストネーム呼び捨てか。それほど親しくなったわけでもないと言うのに」

春原「ちょっとな、お前と親密になりたいと思ったんだよ」

いつになく真剣な春原の様子に、智代は多少困惑気味だった。

智代「どういう風の吹きまわしだ?」

春原「まわりくどい話はいい。もう一度言うが……」

智代「な、なんだ?」

春原「智代……。毎朝、僕に味噌汁を作ってくださーい!!」

朋也(前と同じパターンでかよ!!玉砕する未来しか見えねえぞ!!)

しかも、ご丁寧にボウリングのジェスチャー付きだった。

あいつの策の無さには相変わらず呆れてしまう。

杏(へぇ……陽平のやつ、坂上智代に惚れてたのね……知らなかったわ)

智代「………」

春原(へっ……どうだ坂上智代!?前と同じ殺し文句だ……今度こそ僕に惚れただろう!?)

智代「なんだ……お前はそんなにわたしの作った味噌汁が飲みたいのか」

春原「ああ!!飲みたいね!!」

そうきっぱりと言い切る春原の顔を一瞥し、智代は黙りこむ。

智代「………。少し、考えさせてくれないか」

春原「もちろん!いつまでも待ってるぜ、智代!!」

グッとサムズアップをして、気持ちのいい返事をする。

智代「……ああ」

そんな春原の様子などお構いなしと言った様子で、智代は踵を返し教室へと戻って行く。

杏(朋也、あたし教室に戻ってるわよ。陽平にはついてくるなって言われてるし)

朋也(ん?おう)

杏はそれだけ言い残すと、三年の教室が並ぶ階へと戻って行く。

春原「どうだ、岡崎!?今回は脈ありと見ていいだろう!?」

そんな杏と入れ替わるように、春原が俺の所へ戻ってきた。

朋也「あの反応はちょっと意外だったな……また軽くあしらわれて終わりだと思ってたんだが」

春原「へっ、あいつも僕の魅力に気付き始めたってことさ」

朋也「お前の魅力?」

春原「ああ、そうだとも!!」

朋也「…………………」

春原「なんだよその沈黙は」

朋也「いや……人間、ここまで自意識過剰になれるんだなぁと感動してたところだ」

春原「どういう意味だよそれは!?」

朋也「いや、言ったままの意味だけど」

春原「ぐっ……ふん、まあいいさ。あとはあいつからの返事を待つだけだ」

朋也「うまく行くといいな」

春原「他人事みたいに話すなよ!お前も協力してくれるんだろ!?」

朋也「お前があいつとくっついたら、十中八九俺は邪魔ものだろ。これ以上協力出来ることなんてないと思うけどな」

春原「……言われてみりゃそうかも」

朋也「だろ?ここから先は、お前が頑張るしかないわけだ」

春原「むむ……」

朋也「いい報告を期待してるぞ」

春原「お、おうとも!任せとけ!」

―――教室

杏「あら、おかえり」

俺たちの教室には、杏の姿があった。

春原「な、なんだよ?なんでお前が僕たちのクラスにいるんだよ」

杏「見てわからない?愛しの妹と逢瀬をしてたのよ」

杏の言うとおり、委員長と話をしているようだった。

椋「お、お姉ちゃん、愛しの妹って言い過ぎだよ」

杏「言いすぎじゃないわよ!実際、あたしは椋のことをこんなにも愛してるっていうのに」

朋也「杏ー、話が逸れてるぞ」

杏「っとと、そうだったわね」

椋「?」

杏「見てたわよー陽平。あんた、坂上に惚れてたのね」

朋也「って、結局見てたことはバラすのな」

杏「あったりまえじゃない!こんな面白い事、放っておくわけなんてないでしょ?」

春原「な、何の話っすか?」

春原は苦笑いを浮かべ、しらじらしい返答をする。

杏「あら、しらばっくれる気?」

椋「え?春原君、好きな人が出来たんですか?」

春原「い、いや、それは……」

朋也「聞いて驚くなよ、藤林?なんと、あの坂上智代に惚れてるんだ、こいつは」

『あの』とは付けたものの、実際はアイツのことなんて何も知らないわけだが。

春原「おい、岡崎っ!?」

椋「坂上智代さん……?あれ、どこかで聞いたような……」

杏「ほら、今期生徒会選挙の生徒会長に立候補してる人の一人よ」

椋「あー……そういえば、ポスターを廊下で見掛けたかも」

朋也「は?生徒会長に立候補?智代が?」

杏「え?もしかしてアンタ達、知らなかったの?」

朋也「俺は知らんかったぞ。春原の方は……」

チラリと、春原の方に視線を移す。

春原「………ハハッ……マジッすか……」

引きつった笑顔と冷や汗を浮かべながら、なんとかそれだけを口の端から漏らしていた。

朋也「……こいつも知らなかったみたいだな」

杏「アンタ達ねえ……」

杏は呆れたような半眼を俺たちに向ける。委員長の方はと言うと、苦笑いを浮かべていた。

春原「ど、どうしよう岡崎……これ、予想以上にやっかいな事になるんじゃ……」

朋也「俺しらね。お前が協力してくれって土下座するから協力しただけだしな」

面倒な事はゴメンだ。俺は咄嗟に春原から距離を置く。

春原「そ、そんな!つめてえよ岡崎!」

朋也「さっきも言っただろ。お前がこれで行くって決めた作戦がうまく行くようなら、俺はもう協力出来る事ないって」

春原「そ、それは……いや、だって……」

朋也「ま、頑張れよな、春原!上手く行ったらラーメンおごってくれよな!」

杏「あたしも応援してるわよ、陽平!上手く行ったらあたしと椋にケーキおごんなさいよ!」

春原「……はは……マカセトケ……」

俺や杏のボケに突っ込む余裕もなくなっているようだった。

~~~

放課後。未だ茫然としている春原を置いて、ひと足先に教室を後にする。

朋也(確か、ポスターが貼られてるとか言ってたな……)

昼休みの藤林姉妹の会話を思い出し、何の気なしにそのポスターを探しだす。

それは、探すと言う程のものではなかった。

と言うのも、廊下の掲示板という掲示板に、選挙のポスターが貼られていたからだった。

朋也(こんなに目立つように貼られておきながら、俺も春原も気付かなかったのか……)

我ながら少し情けなくなってしまった。

朋也(ま、とりあえず俺には関係ねえか。あとはアイツと智代の問題だし)

踵を返し、その場を後にしようとする。

と。

智代「岡崎……」

朋也(うわ……今一番会いたくねえ奴に会っちまった)

踵を返した先には、智代が佇んでいた。

朋也「よ、よう智代。どうかしたか?」

知らない仲でもないので無視するわけにもいかず、とりあえずそんな声を掛けてみる。

智代「ん……ああ、ちょっとな。お前に聞きたい事があって、会いに来たんだ」

朋也「俺に?どうしたんだよ改まって」

智代「その……春原陽平の事を聞きたいと思って、な」

朋也「あ、あぁ、春原か?あいつがなんかあったのか?」

智代は俺が知っている事を知らないはずなので、とぼけて聞きかえす。

智代「あいつの事を、少し、知りたいんだ。そんなに時間は取らせない」

朋也「……まあ、俺に話せる事なら」

智代「ありがとう、感謝する岡崎」

朋也(なんだかなぁ……)

この様子から察するに、多分智代はアイツの告白をバカ正直に受け取ってるな。

速い内にネタばれしておいた方が平和か?

智代「まず、春原はわたしの事をどう思っているのだろう?」

朋也「どうってのは?」

智代「そ、その……実は今日の昼、また春原がわたしの所に来たんだ。それで、前に言っていたように味噌汁を作って欲しい、と言ってきて……」

朋也「………」

智代「味噌汁を作って欲しい、と言うのは……その……一種の告白というか、そういう意味合いが込められていると考えていいのだろうか?」

朋也「あーと、な、智代」

智代「? なんだ?」

朋也「アイツの言う事を真に受けんのはやめとけ」

智代「え……」

朋也「アイツ、面白半分でお前をからかう為にやってるんだと思うぞ?」

智代「アイツが……?」

朋也「そういうことだ。アイツの言動は話半分で聞いておくのが一番だ」

智代「……そうなのか……わかった」

朋也「それにお前、生徒会長に立候補してんだろ?あのバカに構ってる暇なんてないんじゃないのか」

智代「お前みたいな不良でも、一応はわたしの事を知ってるみたいだな」

朋也「そりゃ、こんだけ堂々と廊下にポスター貼ってりゃあな」

実際に知ったのは今日なのだが、それは言わないでおこう。

智代「わかった。岡崎の言う事も頭の片隅に置いておくとしよう」

朋也「そうしとけ。そんじゃな、智代」

生徒会に入ろうとする人間とはあまり関わりあいになりたくない。

そう言い残してその場を去ろうとしたが、

智代「あ、岡崎、待ってくれ!」

まだ話があるのか、智代は立ち去ろうとする俺を呼び止めて来る。

朋也「なんだ?まだなんかあんのか?」

智代「岡崎の言い分はわかった。が、春原の言っていた事も無碍にするわけにはいかない。春原は確か、学生寮に入っているんだろう?部屋を教えてくれるとありがたいんだが」

朋也「……本気か?」

智代「なに、味噌汁が飲みたいのなら一度くらい作ってあげても罰は当たらないだろ?」

朋也「まぁ……お前がそうしたいってんなら止めはしねえけど」

智代「ありがとう、岡崎」

こいつも律儀な性格だな。

*   *   *

春原「はぁ~……いつまでもボーっとしてるわけにもいかないか。岡崎、帰ろうぜ」

人気のなくなった教室で、岡崎にそう声を掛ける。

しかし、返答はなかった。

春原「岡崎?」

隣の席に視線を移す。そこには既に岡崎の姿は無かった。

春原「なんだよ、先に帰ったのかよ……ちっ、薄情者め」

その場にいない岡崎に向けて毒づき、席から立ち上がる。

春原「寮に帰ってゴロゴロするかー。うん、今は全てを忘れるに限るよね」

そう決め込み、足早に学校を後にして帰路に着く。

春原「しっかしあの坂上智代がまさか生徒会長に立候補してるとはね~」

校門前に出てきた不良を一蹴した智代の姿は記憶に新しい。

春原「あんな不良女が生徒会長なんて、我が校も落ちたもんだ」

適当な事を呟きながら歩いていると、前方に見知った姿があった。

朋也「ん、春原。ずいぶん遅い帰りだな」

春原「あっ、岡崎!この薄情者め!」

朋也「なんだよ藪から棒に……」

春原「僕が教室にいるんだから、待っててくれたっていいだろ!?」

朋也「あーあー聞こえない聞こえない。茫然としてるお前のことなんで待ってたら日が暮れちまうだろうが」

春原「んなわけねえだろ!」

朋也「実際に日が暮れかけてるわけだが?」

春原「それはっ……」

確かにそうだった。日は落ち始めていて、今は夕陽が綺麗な時間だ。

朋也「じゃ、俺は帰るからな」

春原「くそぅ……」

何も言い返す事が出来ず、そう呟く。

朋也「あ、そうそう」

春原「ん?まだなんかあんのかよ」

朋也「明日の朝、楽しみにしとけ」

春原「明日の朝?なんかあんのか?」

朋也「きっとお前は泣いて喜ぶと思うぞ」

春原「は……?」

朋也「じゃあな」

意味深な言葉を残して、岡崎は帰っていった。

~~~

春原「ん……んん……?」

翌朝、何やらおいしそうな匂いで目が覚める。

春原「ふわぁぁ……なんの匂いだ……?」

寝ぼけ眼で、ほとんど使っていないコンロの方に視線を向ける。

智代「起きたか、春原?ずいぶんぐっすりと眠っていたようだが、ちゃんと学校には間に合うんだろうな?」

春原「……あー智代か……はいはい間に合う間に合う……もうちょっと寝るわ」

適当に受け答えして、もう一度布団を被る。

智代「おい、春原。二度寝はよくないぞ。ほら、起きろ」

春原「うるせえな……智代には関係ねーだろ……大体なんで……」

徐々に意識がはっきりして来る。

春原「なんで……智代が……」

智代「わたしがどうかしたか?」

布団から起き上がり、智代の姿を視認する。

春原「智代が僕の部屋にいるんだよおおおおおおおおっ!!?」

それが、僕の平穏な生活の崩壊の始まりだった。

今回の投下、以上
スレタイ通り、CLANNADのSSです。春原と智代がメインの話となります
よろしければお付き合いください

智代「朝から元気だな、春原。うん、元気なのはいい事だぞ」

春原「うるせえよ!!なんでお前が僕の部屋にいるかって聞いてるんだよ!!」

智代「なんでも何も、お前が言っていた事じゃないか」

春原「は?僕が?何の話だよ?」

智代「わたしの作った味噌汁が飲みたかったんじゃないのか?」

春原「味噌汁?何の話かさっぱり見えてこないんだけど?」

智代「……確かに岡崎の言っていた通りだな」

春原「へ?え?」

智代「待っていろ、春原」

ベッドの上で困惑している僕に背を見せ、智代はコンロの方へ戻って行く。

見ると、コンロには鍋が火に掛けられていた。おいしそうな匂いの元はその鍋のようだった。

智代「……うん、いい出来だ」

小皿で味を確かめ、満足そうにうなずいている。

智代「ほら、春原。わたしの作った味噌汁だ。お前はこれが飲みたかったんだろ?」

春原「え、あ、あぁ……」

お椀に味噌汁を注いで、それを部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上に置く。

智代「早く飲んで、学校へ行くぞ。もうあまり時間がない」

春原「いや、え?わざわざ僕の部屋に来て作ったの?僕が寝てる側で?」

智代「そうだと言ってるだろう。まだ寝ぼけているのか?」

春原「ど、どうしてそんなことしたんです?」

智代「お前が味噌汁を飲みたいと言ったからだ」

春原「いや、だって、それは考えさせてくれって言ってただろお前」

智代「わたしなりに考えて出した答えがこれだ。いいから飲め」

春原「え?もしかしてこれから毎朝?」

智代「お前がそうして欲しいと言うなら考えんでもないが?」

春原「こっ、断る!!今日御馳走していただければそれで十分ですよええハイ!!」

智代「……まだ口にしていないというのに、気に召さなかったのか……」

春原「あああああいやいやいやそういうことじゃなくって!!え?だってそんな、悪いだろ?」

智代「わたしのことなら気にしなくていい。無理な日は断るからな」

春原「う、ぐっ……」

智代「何度言わせるつもりだ。早く飲め。遅刻してしまうぞ」

どうも釈然としない何かがあるが、せっかく作ってくれた味噌汁だ。

学校に遅刻するのは構わないが、この味噌汁は冷める前に飲ませてもらった方がいいかもしれない。

春原「い、いただきます……」

恐る恐るお椀を手に取り、やはり恐る恐る口へと運ぶ。

春原「……ズズ……」

智代「どうだ?おいしいか?」

春原「ひ、非常に美味ですっ!!」

実際は緊張して味なんてちっともわからんけど。

そう言っておかないと何をされるかわかったものじゃない。

智代「そうか、よかった、口に合ったようで」

そう言って、智代は笑顔を浮かべる。

春原(……笑ったら、ちょっとは可愛いじゃん)

ふっと湧いたそんな言葉は口には出さず、味噌汁と一緒に飲み込む。

二度目に含んだ味噌汁は、少しだけ味がわかった気がした。

~~~

味噌汁を食べ終え、着替えも済ませて寮を後にする。

寮を出る時に美佐枝さんに会ったから、どうして智代を僕の部屋に通したのか問いただしてみた。

美佐枝『だぁって、坂上さん、あんたを起こしてくれるって言うんだもん。それで少しでもあんたがまっとうになればいいなと思って通してあげたのよ』

なんてあっけらかんと言うものだから、言葉を失ってしまった。

どうやら美佐枝さんと智代は顔見知りらしく、それで気が知れているからというのも理由のひとつだったようだ。

釈然とはしないが、まぁ明日以降は智代が僕の部屋に来る事もないだろうし、僕も深くは追求しない事にした。

そんなわけで、今は登校中。

春原「ふわあぁぁ~……ムニャムニャ……」

智代「みっともないぞ、春原。大口開けてあくびするなんて」

春原「だって、仕方ないだろー……こんな朝早くに起きるなんて滅多にないんだから」

智代「……それは、どういう意味だ?」

春原「へ?」

なにやら智代から並々ならぬ雰囲気を感じ、2、3歩距離を取る。

智代「今日の起床時間ですら予鈴ギリギリだろうというのに、それが『朝早くに起きる』だと?」

春原「い、いや、言い方が悪かったよ、うん!!朝早くじゃなく、夕べはちょっと夜更かししたんだよ、そう!!だから朝は起きるのがちょっとつらいっていうかなんて言うか……」

智代「……まぁいい。では、明日からは味噌汁は作らなくていいのだな?」

春原「お、おうっ!智代も大変だろうし、僕は普段朝ごはんは食べないからね、うん!今日の味噌汁は本当においしかったなぁ!あ、あは、あはははは!」

智代「そう言ってくれるとわたしもうれしいよ」

なんとか納得してくれたみたいだ。これで明日からはまたゆっくりと寝ていられる。

僕の平穏な日常が戻ったんだ!!

智代「……何故そんなに力強く握りこぶしを作っているんだ?」

春原「ふっ……特に意味は無いよ」

智代「変な奴だな……」

~~~

智代「それじゃあな、春原。眠いからと言って授業中居眠りするんじゃないぞ?」

春原「わかってるよ。そんじゃな、智代!」

学校に着き、ようやく智代から解放される。

春原「ふぅ……朝からどっと疲れた気がするよ……」

トントンと肩を叩きながら、教室に入る。

椋「あれ、春原君?」

春原「おはよう委員長」

杏「どしたの、陽平?今朝はずいぶん早いじゃない」

春原「杏もいるのか……どうしたもこうしたもないさ。今朝は何故か智代が僕の部屋に来ててね……」

椋「えっ?」

杏「あんた、坂上とうまく行ったの!?」

春原「なんでそうなるんだよ」

杏「だって、わざわざアンタの部屋に行ったってことはつまりそういうことじゃないの?」

春原「そんなわけないじゃん……僕の部屋に押し掛けて勝手に味噌汁を作っただけだよ」

椋「………」

杏「………」

春原「どうしてそこで黙るんだよ?」

椋「いや、だって……ねえ、お姉ちゃん?」

杏「ただの惚気にしか聞こえないわよ……」

春原「どこをどう聞いたらそうなるんだよ……ったく、おかげで僕は朝からお疲れだよ。なんで自宅で肩肘張らなきゃいけないのさ」

杏「まあ、お疲れ様。今度あたしと椋にケーキおごんなさいよ」

春原「どうしてだよ!?」

杏「昨日アンタ言ってたじゃない。任せとけーって」

春原「悪いけどさっぱり記憶にないね!!」

杏「何よ、女々しい奴ね。男に二言はないんじゃないの?」

春原「記憶にないって言ってるだろ!?」

椋「ちょ、ちょっと二人とも……」

朋也「なんだよ、朝からずいぶん騒がしいな」

椋「あ、岡崎君。おはようございます」

朋也「おう、おはよう」

僕が杏と言い合いをしていると、岡崎も登校して来たようだった。

朋也「よう、春原。今朝は楽しんで来たか?」

春原「岡崎?なんでお前がそれを知って……はっ、まさか!?」

杏「?」

朋也「おっと、勘違いするなよ、俺の差し金じゃないぞ。智代が自分で言い出した事だ」

春原「なんでアイツが自分からそんなこと言い出すんだよっ!おかしいだろ!?」

朋也「さあ?ちょっとはお前に気があるんじゃねーの?」

春原「は、はぁ!?アイツが僕に!?」

朋也「普通、全く気のない奴の家にわざわざ朝早くに味噌汁なんて作りに行くか?」

春原「そ、それは……言われてみると、確かにそうかも……」

杏「何よ、やっぱり坂上とうまく行ってるんじゃない」

春原「い、いや……え、え?マジで?あいつ、僕に気があるの?」

朋也「よかったな、春原。智代と幸せにな」

春原「えぇぇ……なんかどんどん後戻り出来なくなってきてるような……」

杏や委員長、岡崎の言ってる事にも一理あると思い始めて来た僕は、混乱し始める。

杏「んじゃ、あたしは教室に戻るわね」

そう言って教室から出て行く杏。

杏(昼休み、中庭で待ってるわよ)

春原(へ?)

僕の横を通り過ぎる時、小さい声でそう呟いて行った。

~~~

杏に言われた通り、昼休みの飯にパンを買って中庭へと出る。

春原(一体なんだってんだ?岡崎ならともかく、僕を呼び出すなんて)

中庭にはすでに何人かの生徒が出てきていて、思い思いの場所を陣取って昼飯を食べていた。

そんな中庭にある、ひと際大きな桜の木。その近くに杏はいた。

杏「待ってたわよ、春原」

春原「なんだよ、杏。僕を呼び出すなんて珍しいじゃん」

杏「ま、座んなさいよ」

春原「? おう」

何やら真面目な顔で、近くのベンチに座るよう促して来る。

春原「杏、お前昼飯は?」

杏「ちゃんとお弁当を持ってきてるわよ」

そう言って、小さな包みを取り出す。

春原「あ、そう」

もしや僕のパンをたかるつもりなんじゃないかと勘繰ったが、どうやらその心配はなさそうだった。

杏「で、話なんだけど」

春原「んー?なんだよ、真面目な顔して。いつもの杏らしくないじゃん」

杏「……ん、ちょっとね」

本当にしおらしい。何か話しづらいことなのか?

杏「回りくどい話は無しにして、単刀直入に言わせてもらうわ」

持参の弁当に手もつけず、杏は僕の方に向き直る。

杏「あんた、坂上と付き合っちゃいなさいよ」

春原「むぐっ!?ごほっ、ごほっ!!」

杏「ちょっ、汚いわね!?こっちに顔向けないでよ!!」

春原「ごほ、ごほっ……な、何言い出すんだよ急に!?」

不意を突かれたせいで、思いっきりむせてしまった。

杏「何って、なにか変な事言ったかしら?」

春原「なんで僕が智代と付き合わなきゃならないんだよ!?」

杏「え、だってアンタ昨日智代に告白してたじゃない」

春原「あ、あれは……!!」

なんと言ったらいいかわからず、口ごもってしまう。

杏「アンタ、坂上の事好きなんでしょ?あたしとしてはアンタと坂上がくっついてくれたら好都合なんだけど」

春原「ど、どういう意味だよ?」

杏「言ったままの意味よ。ここだけの話、アイツ朋也のまわりをうろちょろしてて気に入らなかったのよね」

春原「……すいぶんストレートに言うじゃん、杏」

杏「え?」

春原「杏はその気持ち、隠してるもんだとばっかり思ってたけど?」

杏「っ……何の話かしら?」

とぼけるつもりのようだったが、一瞬の動揺までは隠し切れていなかった。

春原「素直じゃないねぇ、いつものことだけどさ」

杏「あ、あたしは別に、そういうわけじゃ……ただ、椋が朋也の事で落ち込んでて……そう、それでよ!」

更には追求してもいないのに言い訳までしだした。

春原「まぁ、杏が言いたい事はわかったよ」

杏「ま、待ちなさいよ!アンタ、絶対勘違いしてるでしょ!?」

春原「勘違いって杏が言い張るんなら、勘違いって事にしておくよ。心配しなくても、僕は言いふらすような事はしないからさ」

杏「だ、だからっ……!」

春原「でも、悪いけど僕は智代とどうこうなるつもりはないよ。智代だってその気はないと思うけどね」

杏「……え?」

春原「昨日のあれは、僕と岡崎のいつもの暇つぶしの一環さ。僕があんな奴に惚れるわけないだろ?」

杏「………」

春原「まぁ智代はバカ正直な性格だから、僕の冗談を真に受けて今朝味噌汁なんか作りに来たりしてたけど」

杏「……アンタ、それ本気で言ってる?」

春原「流石に冗談でこんなこと言ったりしないさ」

杏「そう……坂上の気持ちも考えないで、そんな事言っちゃうのね」

春原「だから言ってるだろ?坂上だって僕みたいな―――」

最後まで言い切る前に、僕の頬を衝撃が貫いた。

杏「サイテーね、アンタ」

春原「―――」

何が起きたのか、理解が追い付かなかった。

杏「本当になんとも思ってない奴の家に、手料理を作りに行く女の子なんているわけないでしょ。もう少し考えて発言しなさいよ」

杏「……アンタ、それ本気で言ってる?」

春原「流石に冗談でこんなこと言ったりしないさ」

杏「そう……坂上の気持ちも考えないで、そんな事言っちゃうのね」

春原「だから言ってるだろ?智代だって僕みたいな―――」

最後まで言い切る前に、僕の頬を衝撃が貫いた。

杏「サイテーね、アンタ」

春原「―――」

何が起きたのか、理解が追い付かなかった。

杏「本当になんとも思ってない奴の家に、手料理を作りに行く女の子なんているわけないでしょ。もう少し考えて発言しなさいよ」

春原「―――……」

ああ、そうか。

僕は、杏に平手打ちされたんだ。

杏「まあ、アンタにその気がないんなら無理強いはしないわ。今の話は忘れなさい」

そう言い残して、杏は去って行く。

春原「………なんだってんだ、クソッ」

杏に平手打ちされた右頬は、いつまでも熱を帯びているように感じられた。

今回の投下、以上

以下、俺の独り言
春原は杏の気持ちに前から気付いていたんですよね。それでも何も口出ししなかったのは、杏の事を思ってなのか、何も考えてなかったのか…
俺は後者だと思ってます、ハイ

では

だいぶ期間が開いてしまって申し訳ない
春原の杏の気持ちに気付いてた云々は冗談半分で言ったつもりでした
不快に思った方がいるのならすみません
杏の行動に関しては、作中で触れる予定なので深くは言わないでおきます

投下開始します

~~~

教室に戻って来ても、岡崎の姿は無かった。

春原(なんだよ、愚痴聞いてもらおうと思ったのにどこ行ってんだか)

まぁ、岡崎の事は今はいいか。

とりあえず腹減ったし、パンでも食ってあとは寝て過ごそう。

幸い、杏も今はこの教室にいないしゆっくり寝れるだろう

*   *   *

昼休み、教室でパンを食ってると智代がやってきた。

話があると言って、人気の少ない部室棟まで連れてこられる。

朋也「なんだよ智代、わざわざこんなところまで来て」

智代「ああ。教室ではしづらい話だったからな。今朝春原と会ったのなら、話は聞いているだろう?」

朋也「ん、まあ」

昨日の放課後の話通り、今朝智代は春原の部屋に行って味噌汁を作ったらしい。

智代「その後、春原と一緒に登校した時に思ったのだが……春原は、普段は真面目に登校しているのか?」

朋也「真面目にってーのは?」

智代「こんなに朝早くに起きたのは久々と言っていた。もしかして、普段は遅刻するのが常なんじゃないのか?」

朋也「そりゃそうだろ。あいつ、不良生徒だぞ?」

智代「そういうお前は?」

朋也「……俺は真面目な生徒だからな、うん。朝は普通に予鈴前に登校してるぞ」

咄嗟にそんな嘘を吐く。

智代「今の間はなんだ?」

朋也「間なんてなかった」

智代「嘘を吐くな」

朋也「嘘じゃない。俺は真面目に登校してるっての」

智代「……ふむ。ならば、春原を更生させるついでにお前がしっかり登校しているかどうかも確認することにしよう」

朋也「は?あいつを更生させる?」

智代「そうだ」

朋也「どうやって。いや、それ以前になんでだよ」

智代「なにか不思議なところでもあったか?」

朋也「お前、まさかあいつにマジで気があるのか?」

智代「どうしてそうなるんだ」

朋也「いやだって、普通なんとも思ってない奴の家まで行って味噌汁なんて作ってやるか?それに、更生させるってのもだ」

智代「わたしは生徒会長を目指しているんだぞ?それはお前も知っているだろう」

朋也「それは知ってるけど」

智代「そのわたしが生徒会長を務める学園に、遅刻常習犯がいるのは許さん。それがわたしの顔見知りともなれば尚更だ」

朋也「………なるほど」

理屈は通っているな、確かに。

智代「そういうわけだ。明日からは毎朝起こしに行くこととしよう」

朋也「モノ好きな奴だな、おまえ」

智代「なんとでも言え。岡崎、お前も真面目に登校するんだぞ」

朋也「へいへい、わかったよ」

これで嘘でしたなんて言ったら俺の家にまで来かねない。

ここは適当に答えて、こいつが飽きるのを待つのが得策と見た。

智代「………」

*   *   *

春原「んー……ふわあぁぁ……」

朋也「おっ、起きたか春原」

昼休み終了のチャイムで目が覚めると、隣の席から声を掛けられた。

春原「岡崎?おまえどこ行ってたんだよ」

朋也「どこにって、ちょっと部室棟の方まで」

春原「部室棟?なんでそんなところに」

朋也「ちょっとな。そういうお前こそ、昼休み終わったらすぐに教室出て行ったけど、どこ行ってたんだよ」

春原「僕は杏に呼び出されてただけだよ」

朋也「杏に?お前、今度は杏がターゲットかよ」

春原「そうじゃないっての!あいつさ、僕が智代に本気だと勘違いしてんだよ」

朋也「え?お前、本気じゃなかったの?」

春原「岡崎までそんな事言うのかよ!?本気じゃないって言ってるだろ!?」

朋也「まぁ、お前が本気だろうとそうでなかろうとあんまり関係ないけどな」

春原「は?どういう意味?」

朋也「俺の話は関係ないだろ。お前の話はどうなんだよ」

春原「そう、聞いてくれよ岡崎!杏の奴、僕がそんな気はないよって言ったら平手打ちしてきやがんの!わけわかんねえよアイツ」

朋也「杏が?へえ……なんか気に入らないことでもあったのかな」

春原「さぁね、杏の考える事なんてさっぱりわかんないよ」

朋也「そうだな、女の考える事はホントにわけわかんないな」

春原「全くだ。僕、ただの殴られ損じゃないか」

朋也「泣きっ面に蜂とはよく言ったもんだ……」

春原「ん?なんか言ったか岡崎」

朋也「いや、なんも。まあ、これからも頑張れよ春原」

春原「もう智代とは関わりたくないよ、ったく……」

岡崎に愚痴って、少しだけすっきりした。

やっぱり持つべきものは親友だね、うん。

~~~

翌日。

智代「起きろ、春原。学校に行くぞ」

春原「………」

誰かに起こされて、目を覚ます。

……既視感に襲われた。

智代「起きたか、春原」

春原「………なんで今日もいるんだよおおおおお!?」

智代「今日も元気だな。お前はいつも朝はそんな感じなのか?」

春原「なんで何事もないかのように接して来るんだよ!?お前頭おかしいんじゃないのか!?」

智代「え、わたしはいつも通りのつもりだが……」

春原「いいか!?普通の女の子ってのは、朝から男の部屋にあがりこんだりしないの!!わかる!?ドゥーユーアンダスタン!?」

智代「アホそうな顔なのに意外と難しい英語を知っているんだな」

春原「余計なお世話だって言ってるだろ!?僕の質問に答えろよ!」

智代「ふむ、普通の女の子はそんなことしないのか……」

春原「そう!!わかったらとっとと部屋から出て行ってくれよ!」

智代「そうもいかない。岡崎から聞いたぞ。お前、遅刻常習犯なんだろう?」

春原「へ!?い、いや、そんな事はないぞ!!僕はこう見えてしっかり遅刻せず学校に……」

智代「そろそろ支度しないと間に合わない時間だぞ?見え透いた嘘を吐くな」

春原「ぐっ……そ、そうだ!!遅刻常習犯と言うなら、岡崎もだ!!」

智代「岡崎の方は今日学校に着いた時に確認することにしている。つべこべ言わずに支度をしろ」

春原「なんで僕の方はわざわざ家まで来るのに岡崎の方は学校で確認なんだよー!?不公平だー!!」

智代「一応岡崎からは真面目に登校していると事前に聞いていたからな。それを信じてやらねば岡崎に失礼だろう」

春原「とかなんとか言って、岡崎の家に行くのは面倒だったんだろ!?」

智代「うるさい。何度言わせるつもりだ、早く支度をしろ」

春原「わかった、わかったよ!!」

智代に促されるまま、支度を始める。

春原「……そういや今日は味噌汁ないのな」

智代「なんだ、飲みたいのか?昨日とは言ってる事が違うな」

春原「いや、昨日は……」

智代「? 昨日は、なんだ?」

春原(毎朝来られるのは嫌だったからそう答えただけ、なんて答えたら僕どうなるんだろう)

智代「春原?」

春原「……ただの照れ隠しでそう言っただけだよ、うん」

智代「………そ、そうか」

それっきり、お互いに無言になる。

春原「……えっと、智代」

智代「な、なんだ?」

春原「着替えたいから、出て行ってくれると助かるんですけど……」

智代「あ、あぁ、そういうことか!わ、悪かった!」

少しだけ慌てた様子で、智代は部屋から出て行く。

春原(なんだよ、調子狂うなぁ……)

~~~

春原「ふわぁぁぁ……ねむ……」

智代「また昨日と同じことを……わたし達学生はこの時間に起きて学校へ行くのが普通なのだから、慣れないといかんぞ?」

春原「そんなこと言ったって、一日や二日で慣れるわけないだろ……ったく、どうしてこうなったんだか」

智代「わたしに目を付けられたのが運の尽きだ、諦めろ」

春原「そこだよ。お前、どうして僕にそこまで拘るわけ?」

智代「別にお前に拘っているわけではない。わたしが生徒会長を目指す学校に遅刻常習犯がいるのは好ましい事ではないと言うだけの話だ」

春原「生徒会長を、ねぇ……まぁ理屈としては間違っちゃいないけどさ。そもそもお前、なんで生徒会長なんて目指してるんだよ」

智代「それは……」

言葉を途中で止め、桜並木を見上げる。

智代「……この桜並木を、守るためだよ」

春原「桜並木だぁ?」

智代「詳しく知りたいか?」

春原「……いや、覚えてるぞ。確かこの桜並木、伐採が決まったとかなんとか……」

智代「まだ、決定したわけではない。伐採計画が進んでいるのは事実だがな」

春原「ふーん……で、それとこの桜並木を守るってーのと、どう繋がるわけ?」

智代「生徒会を中心とした、伐採計画の取り消し運動が行われているんだ。ただ、その運動は積極的なものではないそうでな、このまま話が進めば間違いなくこの桜並木は切られてしまう」

智代は饒舌に語り続ける。

智代「だからわたしは、この学校に転校して来たんだ。わたしが生徒会長になって、取り消し運動を積極的に行えば、桜並木を守る事が出来るからな」

春原「なるほど、ね……この桜並木を守りたい理由なんてのもあるの?」

智代「当然だろう。何の理由もなく守りたいと思える程、わたしは立派な人間ではないからな」

春原(……それについては教えてくれないのな)

言葉には出さず、心の中でそう呟く。

~~~

智代は宣言通り、僕の教室までついて来た。

智代「さて、岡崎は本当に来ているかな?」

春原「来てないって絶対。僕があいつの事を一番理解してるからね、間違いないよ」

確信めいた言葉を吐きながら、教室のドアを開ける。

春原「………マジ、かよ……」

教室の中には、岡崎の姿があった。

頬杖をついて、窓から外を眺めている。

智代「おっ、ちゃんと登校してるんだな、岡崎。感心したぞ」

智代は上級生の教室にも物怖じせずに入って行く。

朋也「智代か。ふん、だから言っただろ。俺は真面目な生徒だって」

智代「まあ、一応は信じてやることにしよう」

朋也「いつもの事だが、上から目線だよなお前……」

智代「それじゃあ、わたしも自分の教室に戻るからな。岡崎と陽平も、これからは真面目に登校するんだぞ」

朋也「……ん?」

春原「大丈夫大丈夫、真面目に登校するから今後は僕の家に来なくていいからな」

智代「そうはいかん。岡崎はどうやら心配なさそうだが、お前はそうはいかんだろう。わたしが大丈夫だと確信が持てるまでは起こしに行くからな」

春原「ま、マジかよ!?勘弁してくれー!!」

智代「ふふっ。じゃあな」

そう言い残し、智代は教室から出て行った。

朋也「………ふーん」

本日の投下、以上
では

少しですが投下します

智代が自身の教室へと帰って行ってから、岡崎が話しかけて来る。

朋也「なんだよ、春原。順調じゃねえか」

春原「はぁ?どこをどう見たら順調に見えるんだよ?」

朋也「いや、傍から見ててあれで順調と思わない奴の方が少ないと思うぞ」

春原「……え、マジ?僕と智代、そんなに仲良さそうに見えた?」

朋也「見えた」

春原「それってつまり、智代もまんざらじゃない感じ?」

朋也「じゃねえの?知らねえけど」

春原「そっかぁ、ふーん……あいつがねぇ……」

朋也「で、お前、この後はどうするんだよ」

春原「ん?どうするとは?」

朋也「いや、だから智代のことだよ」

春原「どうするもこうするもなくない?智代が僕に付きまとう以上、どうしようもないだろ」

朋也「……なんかお前、あいつに感化されてね?」

春原「バカな事言うなよ、僕は僕のままだ」

朋也「……ふーん、そっか。じゃ、もうどうこうするつもりはねえんだな?」

春原「つもりがないんじゃなくてどうこう出来ないってだけだよ」

朋也「なんだ、つまんねーの」

春原「ふん、俺は今後智代に付きまとわれるだろうし、お前だって他人事じゃ済まねえぞ」

朋也「俺は元々あんま関係ねえからな。今日だって何事もなく遅刻前に出てこれてるし」

春原「余裕ぶってるねぇ。それがいつまで続くかな……」

朋也「智代が飽きるまでは続くだろうな」

春原「……な、なんか僕の方が持ちそうにない気がしてきたよ……」

朋也「俺からは頑張れとしか言えねえな」

春原「ハハ……頑張るよ、ウン……」

*   *   *

一限目終了後、睡魔に襲われた俺は二限目はバックれることに決めた。

朋也(まさか休憩時間にまで俺の教室に智代が顔を出すこともねーだろ)

中庭に出て、木陰に隠れるように存在するベンチに腰掛ける。

朋也(うん……ここなら、静かに寝れそうだ……)

二限目開始のチャイムをよそに、俺はゆっくりと睡魔に身を委ねて……。

杏「あっきれた。昨日も今日も真面目に登校してきたと思ったら、こんなところでサボり?呑気なものねぇ」

朋也「……んあ?杏?」

寝ぼけ半分で返事をする。

杏「杏?じゃないわよ。あんた、坂上に目を付けられてるんじゃなかったの?」

俺の眼の前には、いつの間にか杏がいた。

朋也「うるせーな……目を付けられてるからこそこうして目を盗んでサボってるんだろうが」

杏「屁理屈ねぇ」

朋也「放っとけ。俺は寝るからな」

杏「どうしてあたしがここにいるのかー、っていうのは聞かないの?」

朋也「興味ない」

杏「即答ねぇ……隣、いい?」

朋也「どうぞご勝手にー……」

俺の返事とほぼ同時に、人の気配が隣に来る。

杏「へえ……ここだと地味に木陰に隠れて見えにくくなってるのね」

朋也「俺のお気に入りのスポットだ。たまになら使ってくれて構わないぞ」

杏「お生憎様、あたしは普段から授業をサボるような不良生徒じゃありませんので」

朋也「じゃあ今日は特別ってわけだ」

杏「ま、そゆことね」

朋也「なんだよ、授業サボってまで俺に会いに来たのか?」

杏「別に、そんなんじゃないわよ。ただ、10分しかない休憩時間に階段を降りてくアンタの姿が見えたからつい、ね」

朋也「つい、で俺を追って来たってのか」

杏「なによ、いいじゃない。誰に迷惑を掛けてるわけでもあるまいし」

朋也「俺に迷惑が掛かってる」

杏「ノーカウント!」

朋也「いい笑顔で即答するなよ……」

杏「うるさいわねー、細かいことでグチグチ言わないの」

朋也「俺にとっては貴重な睡眠時間が削られてるわけだから細かいことじゃないわけだが?」

杏「アンタの主観じゃなくて、あたしの主観よ」

朋也「まるで世界は自分を中心に回っているとでも言いたげだな」

杏「あたしの世界はあたしを中心にまわっているわ!」

朋也「そこまできっぱりと言い切るといっそ清々しいな」

杏「あんたと話してたらいつまでたっても本題に入れないわね……」

朋也「なんだ、話すべき本題があるんならさっさと話してくれ」

杏「ん。聞きたい事があったんだけどさ。今朝陽平と坂上の様子見て思ったんだけど、あの二人って付き合ってるの?」

朋也「やっぱ杏もそう見えるか。俺もそう見えた」

杏「ってことは、やっぱり?」

朋也「いや、まだ付き合うまでは行ってないみたいだけどな」

杏「え、そうなの?」

朋也「まぁ春原談だけどな。多分、智代の方は若干春原に気を持ち始めてるんじゃねーのかな」

杏「……だとしたら、陽平はどんなつもりで坂上と仲良くなんてしてんのかしら」

朋也「春原曰く、智代の方から付きまとって来るんだからどうもこうもない、だとさ」

杏「でもアイツ、坂上と付き合うつもりはないって言ってたわよ?」

朋也「あー、その話も聞いたな。お前、春原に平手かましたんだって?」

杏「ええ、まぁね。あたしはそういう色恋には鋭いつもりだし、坂上は前からアンタと陽平の事を気に入ってたように見えたから、陽平がそんな事を言ったのが不愉快だったのよ」

朋也「ふーん……春原は何を考えてるのかなんて、俺にもわかんねえな」

杏「そう……。大丈夫かしら、あのバカ……放っといたら何しでかすかわからないから怖いのよね」

朋也「あー……まぁ、そうだな」

杏「アンタも坂上と仲いいんでしょ?それとなく陽平と仲良くするのはやめた方がいいって伝えてあげたら?」

朋也「なんでそんな事言わなきゃなんねえんだよ。それこそ余計なお世話だろ」

杏「アンタねぇ、女の子が傷ついてもいいっての?」

朋也「あいつが女の子ってタマかよ。あいつはあいつなりに考えてる事があるんだろ、好きにさせてやるのが一番だと思うけどな」

杏「……うーん……まぁ、陽平と坂上が仲良くやってくれるんならそれが一番なんだけど、陽平はその気ないって言うし、だったら……」

朋也「余計なお世話だっての。智代だって春原の方にその気がないって気付いたら自然と離れて行くだろ」

杏「それはそうだけど……いざそうなったら、傷ついちゃうわよ、坂上さん」

朋也「そうして酸いも甘いも経験出来るのが恋ってもんなのさ……」

杏「何悟った風な事言ってるのよ」

朋也「ま、お前も余計なことはしないであの二人を見守ってやれ。いよいよ危ないと思ったらその時止めに入っても遅くないだろ?」

杏「楽観的ねぇ……ま、あんたの意見も尊重してあげるわ。とりあえずあたしの心配は解消出来そうだし、ね」

朋也「心配?なんだよお前の心配って」

杏「なんでもない!さて、と!あたしは教室に戻るわ」

朋也「もう授業始まってるぞ。一限くらいバックれても平気だろ」

杏「あたしは委員長だからそういうわけにもいかないの!あんたも三限目には教室戻りなさいよ。じゃね」

そう言って小さく手を振ると、杏は校舎へと戻って行った。

朋也「それも余計なお世話だっての……ふわぁぁ……」

杏がいなくなった途端、睡魔が蘇って来る。

それに逆らう事もせずに、俺は眠りに落ちた。

*   *   *

だるい授業も終わり、帰宅しようかと校門を出たところに、そいつはいた。

春原「………なんでこんなとこにいんの、智代」

智代「なんだ、わたしが校門前にいるのがそんなに不思議か?」

朋也「俺らを待ってたのか?」

智代「ああ、そうだ。お前たち、と言うよりは陽平だけどな」

春原「えっ!?ぼ、僕、なんもしてねえっすよ!?」

智代「単にわたしがお前に用があったから待っていただけだ。すまないが岡崎、陽平を借りて行っても構わないだろうか?」

朋也「あー、俺別に春原の連れってわけじゃないから気にしなくていいぞ。どうぞ連れて行ってやってくれ」

春原「は!?そんな、岡崎!?」

智代「ありがたい、ではお言葉に甘えて借りるぞ。行こう、陽平」

春原「いや、ちょっ……!」

智代に腕を引っ張られ、ズルズルと連行されて行く。

朋也「……南無」

そんな岡崎の呟く声が、遠巻きに聞こえた。

春原「薄情者ぉぉぉぉ~~~!!」

~~~

連れてこられたのは、商店街のファーストフード店だった。

春原「………あの」

智代「どうかしたか、陽平?」

春原「どうして僕はこんな所で、智代と二人で食事なんぞしているのでしょうか……?」

智代「何かおかしなことでもあったか?」

春原「むしろこっちが聞きたいんだけどね!おかしくない所があるか!?」

智代「すまん、陽平が何を言いたいのかイマイチ把握出来ん」

春原「ああもうっ!じゃあこの際はっきり言ってやる!いいか、僕は不良学生で、そしてお前は生徒会長を目指す優等生だ!!」

智代「まぁ、そういうことになるな」

春原「不良学生と優等生が、向かい合ってハンバーガーを食べてるんだぞ!おかしくないわけないだろ!!」

智代「ハンバーガーを頼んだのはお前だけじゃないか。わたしはナゲットとドリンクだけだ」

春原「揚げ足取るんじゃねえよっ!」

智代「事実を言っただけだろう」

春原「っ……っ!はぁ……なんか僕一人騒いでバカみたいじゃないか……」

智代「まあそう言うな。聞きたい事があったからこうしてついてきてもらったのだからな」

春原「連行されたって言った方が正しいような気もするんですが……」

智代「なんだ、わたしと食事をするのがそんなに嫌だったのか……」

春原「もういいよ、今更うだうだ言ったってどうしようもないしさ。で?聞きたい事ってなにさ」

智代「それだ。お前と岡崎は、どうも根は真面目な気がしてな。どうして不良なんてやっているのかを聞きたかったんだ」

春原「なんでも何も、不良やるのに理由なんかないよ。ただ不良になってた。それだけのことだろ」

智代「……そういうものなのか?」

春原「そういうものなの!」

智代「……そうか、なんだか釈然としないが当人がそう言うのだからそうなのだろうな」

春原「んじゃ、今度は僕の方から質問していいか?」

智代「ん?なんだ、陽平もわたしに聞きたい事があるのか」

春原「まあ、興味半分だけどね」

智代「いいぞ、なんでも聞いてくれ。わたしに答えられることなら答えよう」

春原「それじゃお言葉に甘えて。今朝、あの桜並木を守りたいって言ってたじゃん?」

智代「ああ、言っていたな」

春原「その理由ってのはなんなの?」

智代「………聞きたいか?」

春原「聞かせてくれるんなら、聞いてみたいもんだね」

智代「あまり面白い話ではないぞ?」

春原「いいからいいから、聞かせてよ」

智代「そこまで言うなら……」

そう言って、智代は話し始める。

少しだけ長く、そして暗い昔話を。

本日の投下、以上
次の投下は丸々智代の昔話となります
では

投下開始します
今回の投下は少しだけ多めです

―――――
―――

―――2年前

不良A「あんだぁ!?やんのか、てめぇ!?」

智代「こんなところで一人の少年を相手に、なにをやっているんだ、おまえらは。見ていて哀れだぞ」

商店街の路地裏。三人の不良と気弱そうな少年、それに髪の長い少女がいた。
気弱そうな少年は地面に力なくへたり込み、少女と不良たちのやり取りを黙って見ていた。

不良B「おいおい、ずいぶんと強気じゃねえか、この野郎。女だからって、殴られないとか思ってんじゃねぇだろうなぁ?あぁ?」

智代「もう一度だけ言う。さっさとこの場から去れ。わたしが言いたいのは、それだけだ」

不良C「っざけてんじゃねぇぞっ!」

今までは凄むだけだった不良たちの中のひとりがついに切れて、少女に殴りかかろうとする。

少年「っ……!!」

少年は不良たちの目が少女―――智代に向いている隙を付き、走り去って行った。
その姿を横目で見ながら、智代は殴りかかって来る不良の攻撃を軽くいなし、二、三発殴り返す。

不良A「な……何だ、この女……」

智代「先に手を出してきたのは、お前らだからな。わたしは、正当防衛をしただけだ」

事も無げにそういう智代。その姿を見て、不良の中のひとりが不意に声を上げる。

不良B「あっ……思い出したぞ……少し前から、この町にやたらと喧嘩の強い女が現れたって噂を……」

不良C「ま、マジかよ……」

不良A「にっ逃げろっ!」

今までの態度から手のひらを返し、わたわたと逃げていく不良たち。その姿が見えなくなると、智代も「ふぅ」と一息ついて、その場を立ち去るのだった。

~~~

商店街を回り歩く智代。明確な目的はなく、ただ単純に家に帰るのが嫌なだけ。
そして、町の住人に迷惑をかける不良を見つけては、喧嘩をふっかけ、相手をなぎ倒す。
いつ頃からこんなことをし始めたのかは、智代自身既に覚えていなかった。

智代(今日は、いつもより不良が少ないな……)

一時間ほど商店街をさまよったが、見かけた不良は最初の三人組のみ。これ以上意味もなく歩くのは疲れるだけだから、家に帰ろうかと智代は思い始めていた。

智代(いつもより早いが、まぁ仕方ないか……)

家路につく智代の足取りは、重かった。

~~~

家の中に入る。時刻は17時過ぎ程だった。
父親は仕事で今はいなく、今家にいるのは母親と弟の鷹文だけだった。

智代「ただいま」

形だけの挨拶をする。返事は返ってこない。わかりきったことだが少しうんざりしながらも、階段を駆け上がり自分の部屋に入る。

智代「ふぅ」

部屋に入るなり、ため息をひとつ。

智代(もう少し遅かったら、こんな形だけの挨拶もしなくて済むんだがな……)

18時を回る頃には、智代の父親が帰ってくる。最近までは、それをタイミングに下からは喧嘩する声が響いてきていた。

しかし最近は、それすらもなくなっていた。

智代(考えてみたら、その頃からかもしれないな……わたしがこんな生活を始めたのは……)

思い出したくもない事を思い出す。

鷹文「……お姉ちゃん?」

部屋の外から、弟の声が聞こえてくる。
ドアを開け、智代の弟、鷹文が入ってくる。

智代「なんだ、鷹文」

鷹文「ううん、別に用はないんだけど……」

智代の見かける鷹文は、常に元気がなかった。それも当然なのかもしれない。自分の両親が、お互いに顔を会わせても、口を聞くことすらないのだから。
そんな中で、笑って過ごせるはずがなかった。

智代「用がないんなら、放っておいてくれないか。わたしは疲れているんだ」

鷹文「あっ……ご、ごめん」

智代が少々いらついた声でそう言うと、鷹文は萎縮して部屋を出て行く。その仕草を見てから、智代は少しうなだれる。

智代(鷹文は悪くないのだけどな……)

しかし智代も、自分のことが精一杯で弟に気を遣う余裕はなかった。

~~~

父親の帰ってくる音がする。しかし、母親の「おかえり」と言う声は聞こえてこなく、鷹文の声だけが聞こえてきた。
それでも、父親の応対する声は聞こえてこない。
家の中の温度が、幾分か下がったような感覚を覚える。

智代(………)

このままの関係がいつまでも続くわけはない。どちらから切り出すかはわからないが、遠くない未来、父親と母親は離婚するだろう。
智代も、それは内心でわかっていたし、止めるつもりもなかった。


もう何年も前から、智代の一家は家族ではなかったのだ。それを未だに繋ぎ止めようとしているのは、鷹文だけだった。

~~~

朝。いつも通りに目を覚まし、学校へ向かう。

「いってきます」の挨拶もせずに、家を後にする智代。

智代(もう、わたしがなにを言っても止められはしないだろうな)

智代は、無駄だとわかっていることはしようとはしなかった。

学校でも、特に授業に集中するわけでもなく、ただノートを取り、言われたことを成すだけ。
家庭が冷え切っているからだろうか、智代はなにをするにもこのような冷たい態度を取っていた。

学校が終わっても、家にはすぐに帰らず、再び商店街を練り歩く。
いつも通り、町の住民に迷惑をかける不良たちをなぎ倒すために。

表通りではなかなかそういう奴等とはち合うことはない為、裏通りへと進んでいく。
その道の途中、見覚えのある三人組が智代の前に立ちふさがった。

智代「お前らは……」

昨日見かけた唯一の不良三人組みだった。その手には、パイプ管やらバットなど、得物が握られていた。

不良A「探したぜ、不良女……」

その言葉を聞く。言い得て妙だな、と智代は特になんの危機感も覚えずに思う。
やたらと喧嘩が強い上に、この髪の色だ。しかし不良たちが示唆しているのは、やたらと喧嘩が強いところだけであった。

智代「何だ、また相手をして欲しいのか」

適当に鞄を放り、臨戦態勢を取る。すると、不良たちはたじろいだ。

不良B「お、おい、やっぱりやめようぜ、勝てるわけねぇよ……」

見たところ、やる気があるのは先頭に立っている一人だけだった。他の二人は、嫌々つき合わされているのだろうか。

智代(やる気があろうとなかろうと、わたしには関係ないことだ。立ち向かってくるなら、なぎ倒すだけ)

智代は頭ではそう考えていても、智代のほうから手を出すことはしなかった。
というのも、いざ警察沙汰になった時の為に、保険を掛けているのだ。
自分の方からは手を出してはいない、正当防衛である、と言うことを主張するために。

不良A「っせぇ!ビビッてんじゃねぇぞ、てめぇらっ!」

後ろの二人を置いて、先頭の一人が武器を手に智代に飛び掛る。智代は振り下ろされるバットをなんなくかわし、不良の腹に蹴りを一発……

智代「せっ!!」

……数発入れた。反動で、不良の体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。

智代「……で?お前らもやるのか?その気なら、相手になるぞ」

大の男を早くも一人気絶させたとは思えないほど、智代の息は静かだった。
その一部始終を見ると、後ろの二人は「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、手に持っていた得物を放り投げ逃げていく。

二人の姿が見えなくなると、一人気絶していた不良が目を覚ました。

不良A「う、ううっ……」

智代「なんだ、もう目を覚ましたのか」

うずくまる不良のすぐそばに立つ智代。

不良A「い、今に見ていろよ……。この町でそんなに派手に暴れていたら、そのうち大量に集まってくるぜ……」

智代(大量に……な)

心の中でつぶやく。

智代「望むところだ。大量にだかなんだか知らないが、わたしに向かってくるのなら、相手になるまでだ」

不良A「……へっ……いきがってられんのも今のうちだぜ……」

よろよろと力なく立ち上がり、やはりよろよろと歩いていく。
もう向かってくる様子はなかったので、智代もその場を後にする。

~~~

智代が裏通りを歩いていると、周りがなにやら自分を見てひそひそ話をしていることに気が付いた。

智代(何だ……?)

癇に障るというわけではないが、やはり視線を感じてひそひそ話をされるのはいい気分ではない。
かといって直接聞く気にもなれないので、普段どおりに一般の住民に手を出そうとしている奴らだけをなぎ倒していた。

ふと、人の流れがなにやらおかしいことに気が付く。

智代(……これは、まさか……)

やがて智代は裏通りの開けた場所に出た。
廃棄物やら不法投棄されたものやらが、大量に捨てられている場所。そこに、大勢の不良たちが待ち構えていた。
ざっと見ただけでも2~30人はいるだろうか。その先頭には、先ほど倒した三人組のリーダー格。どうやら、昨日と今日の報復の為に集めたのだろう。

不良A「へっへっへ……さすがの不良女も、これだけの人数を相手に勝てるか?」

智代「お前は……」

呆れ気味に声を出すが、智代も少し冷や汗を掻いていた。
確かに、人海戦術は有効だった。

不良A「お前なんか、和人さんに報告するまでもねぇ!お前ら、やっちまえっ!」

周りの不良達は、先頭の不良の声を合図に、一斉に智代に襲い掛かった。

~~~

その少し前。広場から少し離れた道に、この町の有名な進学校の制服を着た二人組が歩いていた。

朋也「おい、春原。いいのかよ、こんな裏通りになんか来て。お前、その頭のせいでよく絡まれるんだろ?」

春原「岡崎……お前、僕を舐めているだろう……。男はなぁ、例え絡まれるとわかっていても、やらなきゃならないときがあるんだよっ!」

朋也「そうか。じゃ、やってくれよな。俺は先に行ってるぞ」

朋也が先を急ぐと、それほど時間がかからない内に春原が強面の不良に絡まれていた。

不良「おい、お前。いい髪の色してんじゃねぇの」

春原「そ、そうっすか」

不良「ところで、ちょっとばかり金、貸してくんねぇかな?」

朋也「馬鹿だな、本当に……」

朋也がため息をつきながらその様子を見ていると、反対側から違う不良が走ってくるのが見えた。と、ここで春原が腰を抜かした。
走ってきた不良の話を聞くと、春原に絡んでいた不良も走ってきた不良と一緒に広場の方へと去っていった。

朋也「おーい、春原ー。大丈夫かーっ?」

少し離れた位置から、声を掛ける。

春原「あんた、めちゃくちゃ薄情者っすね……」

朋也「なんでわざわざ危険なところに自ら飛び込まなきゃならないんだよ」

春原「はぁ……もういいよ」

春原が制服についた埃をパンパンと叩きながら立ち上がる。
と、先ほど不良が去って行った道から、何人かの不良が逃げるように走ってくる。

朋也「うおっ!」

春原「ひぃっ!」

その波にさらわれないよう、道の隅による二人。

不良「じ、冗談じゃねぇっ!あんな怪物、勝てるわけねぇよっ!」

やがてその不良たちが去ると、朋也が不思議そうに口を開いた。

朋也「……い、一体何だったんだ?今の」

春原「……いや、僕に聞かれても……」

朋也「この先で、なんかあったのか……?」

不良たちが走ってきた道の先を眺める朋也。

朋也「行ってみるか?」

春原「なんか、嫌な予感がするんですけど……」

朋也「いいじゃないか。どうせ、暇だろ?」

春原「うーん……そうだね。ちょっとだけなら……」

二人は、広場へと足を進めた。

~~~

朋也「………」

春原「………」

二人は呆然と眼前に広がる光景を眺めていた。
大量の不良が気絶して、辺りに屍のように倒れている。
そんな中、一人の少女―――智代がゴミの山の頂に立っていた。辺りは既に暗くなっていて、月が空に浮かんでいる。

それも手伝って、その光景はとても幻想的に見えた。

智代「はぁ……はぁ……」

当の智代は、息を切らしていた。これだけの人数を一度に相手にするのは初めてだった。

智代「……もう、これで全員だろう……?」

自分の周りから、徐々に辺りに視界を広げていく。と、広場の隅に、見慣れない制服を身に着けた、奇妙な二人組が見えた。

智代「あの制服は……」

智代も、見覚えがあった。この町にある有名な進学校の制服だ。しかし、どうも妙だ。
片方は普通の生徒に見えるが、もう片方の頭は金髪だ。進学校に通う生徒が、あんなに派手に髪を染めるだろうか?そんなことを考えていた。

朋也「……おい、春原。なんかあいつ、こっちを見てないか?」

春原「……だね」

広場の隅からゴミ山の頂に立っている智代へ視線を向けながら、二人がそんな言葉を交わす。

春原「……なぁ、岡崎。ここにいると、僕たちまずいんじゃない?」

朋也「……まさか、あいつって……」

朋也は思い出していた。つい最近、この町にやたらと喧嘩の強い奴が現れた、という噂を。

春原「どうした、岡崎?」

朋也(……いや、まさかな)

春原「おーい、岡崎?」

岡崎「え?あ、何だ、春原?」

春原「いや、だからさ……。ここにいるとまずいんじゃない?」

岡崎「そうだな。じゃ、じゃんけんに負けた春原が囮になって、その隙に俺が逃げるってのはどうだ?」

春原「いや、一緒に逃げようよっ!?」

智代「あっ……」

お互いにしばらくその場から動かなかったが、やがて朋也と春原が元来た道を引き返していった。

智代「行ってしまったか……」

少し残念そうに呟きながら、山から下りていく。

智代(あいつらは召集をかけられたやつらじゃなかったのか……)

智代はほっとしたような、残念そうな気持ちでいた。

智代(少々興味があったのだがな……まぁいいか……。しかし、今日はちょっとばかり疲れたな……)

ふと、後ろを振り向く。そこには、屍のように倒れこんでいる不良が大量にいた。

智代「やりすぎた……か?」

思わずそう呟いてしまう智代。

智代(とにかく、ここに居続けたら間違いなく警察沙汰になる。それだけはごめんだ)

智代は、足早にその場を後にした。

~~~

智代(今日は疲れた……いつもより早いが、もう家に帰ろう……)

カバンをぶらぶら手で揺らしながら、家路をたどる。いつもの橋を渡り、大きな道路の横断歩道を渡って。

智代(しかし……)

智代の頭の中には、広場の隅にたたずんでいた二人が妙に気にかかっていた。

智代(なんだったんだ、あいつらは……?)

恐らくは、周りの不良の流れを辿ってきた野次馬だったのだろう。しかし、あの不良の山を見てもすぐに逃げ出さないのは普通のやつじゃない。
なぜなら、その場に意識を持っていたのは智代と、その二人組(朋也と春原)だけだったから。それ以外の人といったら、智代の足下の奴ら(気を失っている)だ。
他の奴らはその場から退散したんだろう。

智代(不思議なやつらだったな……。まぁ、わたしには関係ないだろうが、な。あんな進学校に通うのはごめんだ)

警察沙汰はごめんだったが、自分自身特にこれといった道も見出せていない智代は、高校も適当に決めて、通うつもりだった。

~~~

家の扉を開け、「ただいま」も言わずに中に入る。
すぐに、居間の方で言い争いの声が聞こえてくる。どうやら、すでに父さんも母さんも帰ってきているようだった。

智代(またか……)

もはや聞きなれた言い争い。しかし今日は、言い争いの中にかすかに「離婚」という言葉が聞こえてきた気がした。
ようやく離婚するのか、と思いながら、居間の扉を開ける。

中では、ものすごい剣幕で言い争う父と母の姿、それにソファーに座り、うつむいている鷹文の姿があった。
テーブルの上には一枚の紙。それには、「離婚届」と書かれていた。

智代「………………」

無言で鷹文の隣に腰掛ける。
智代は自分でも不思議なくらい落ち着いていた。こうなることは、だいぶ前から予測がついていたからだろうか。
やがて、父と母はお互いの印鑑を持ち出して、離婚届に乱暴に判を押し付けた。

父「だから、どうしてお前が引き取るなんて話になるんだよ!!」

母「なんであなたに二人を取られなきゃならないのよ!!絶対に私はこの子たちを引き取るわよ!!」

両親が、どちらが引き取るかで激しく口論していた。どうせこの興奮状態だから、ろくに話し合いはしていないのだろう。
この話し合いは、もう離婚を大前提としていた。智代も、両親の話し合いを止めるつもりは、全くなかった。

鷹文「嫌だ……」

ここで、今までただうつむいていただけの鷹文が口を開いた。

鷹文「どうして、父さんと母さんが離婚しなくちゃいけないのさ……」

暗い、小さい声で言い放つ。しかし、相変わらず大声で怒鳴りあっている二人の耳には入っていないだろう。
鷹文の声も届かぬまま、父さんは離婚届を乱暴につかみ、それをカバンの中に押し込んで居間から出て行こうとする。

鷹文「嫌だよっ!!」

鷹文が、声を張り上げる。その声を聞いて、言い争いを続けていた両親はしんと静まり返った。

鷹文「なんで、どうしてなのさ!僕はただ、父さんと、母さんと、お姉ちゃんと暮らしたいだけだよ!それだけなんだよ!父さんと母さんが離婚しちゃったら、それがもうできなくなっちゃうじゃないか!!そんなの僕、嫌だよ!!」

普段からは想像もできないような声で鷹文は言う。最初は呆気にとられていた三人だったが、やがて父が鷹文の叫びをさえぎる。

父「鷹文。これはもう、私とあの人で決めたことなんだ。今更鷹文がどうこういっても、この決定は変わらない」

父の温度の低い声での説得。しかし鷹文は聞く耳を持たなかった。

鷹文「嫌だ……嫌だ……」

うわ言のようにそれだけをただ繰り返す。父と母は困ったように顔を見合わせた。が、すぐに互いに視線を逸らした。

その時。

鷹文「絶対嫌だ!!」

鷹文が、唐突に椅子から立ち上がり、居間から走り去った。

智代「鷹文っ!」

智代は咄嗟に鷹文の後を追いかけた。呆然としていた父と母も、はっと我に返ると智代と鷹文の後を追って居間を出て行く。

~~~

智代は一生懸命鷹文を追い続ける。しかし、なかなかその差は縮まらなかった。

智代(どこに行こうと言うのだ、鷹文は……!)

鷹文との距離が縮まらないまま、やがて大きな交差点の入り口が近づいてくる。

智代(……まさかっ!!)

智代の頭を、最悪の展開が駆け巡った。

智代「鷹文っ!!ダメだ!!!」

智代は走りながら、精一杯声を張り上げた。鷹文にも、間違いなく届いているはずの大声で。
しかし、鷹文は止まるそぶりを見せなかった。まるで、交差点に飛び出すのを目的とするように、その速度を落とさずに走った。

そして―――

智代「…………――――――!!!!!!」

智代は、目の前で起きた惨状をすぐに認識した。鷹文が交差点に勢いよく飛び出したのとタイミングを合わせたかのように、一台のトラックが迫る。

そして、鷹文の身体を……勢いよく、吹き飛ばした。まるで、ごみのように。

智代「……あ、あぁぁ……」

智代は、その場で立ち尽くした。やがて自分の後ろを走ってきた両親が、自分を追い越して鷹文のところに駆け寄る。
トラックを運転していた人も降りてきて、携帯電話でどこかに電話をかけている。

智代の意識は、そこで途絶えた。

~~~

智代「……う……」

智代が次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上でだった。

智代「……ここは……」

自分はどうしてこんなところで寝ていたのだろう、と寝起きの頭で考える。

父「智代……目が覚めたか」

ベッドの近くでは、智代の父が椅子に腰掛けていた。

智代「父さん……」

体を起こしあげる。

智代「……そうだ!!鷹文は!?」

勢いよくベッドから飛び起き、辺りを確認する。

母「……鷹文はここよ、智代……」

母の、力ない声が聞こえてくる。

智代「……っ!!」

母の指し示した方向を見る。そこには、全身至るところに包帯を巻いた鷹文が、ベッドに横たわっていた。

智代「そんな……」

父「さっきから、意識が戻らない……」

母「どうして、こんなことを……」

智代は、ベッドの近くにある椅子に腰掛ける。
父と母は、さっきまで離婚するなどと言っていたことなど嘘のように寄り添って立ち、お互いを支えあっていた。

鷹文「……ぼ、僕は……」

鷹文が、口を開いた。

智代「っ!鷹文!」

その声にいち早く反応したのは智代だった。

鷹文「……僕ができることなんていったら、これくらいしかないじゃないか……」

智代「……?」

智代は、鷹文がなにを言っているのか理解できないでいた。その後ろで、父と母は鷹文の言葉を理解したのか、苦い顔をしていた。

鷹文「……家族をつなぎとめるために、僕ができることなんて、これくらいしか……。ねぇ、父さん、母さん……。もう、家族四人で仲良く暮らすことはできないの……?」

鷹文が、悲痛な声で語りかける。

父「……鷹文……」

父は、答えに詰まっていた。

母「……できるわよ、鷹文」

唐突に母がそんなことを言った。

智代「えっ……?」

父「おまえ……」

母「もう一度、仲良く四人で暮らす、でしょ?そんなの、簡単なことよ。ね、あなた?」

母が、父のほうを見る。やさしい笑顔で。

父「………………。……そうだな。もう一度、やり直せるさ……」

父も、母の言葉にうなずく。

智代「………………」

一方で、智代は不思議でたまらなかった。あんなに激しい剣幕で言い争っていた父と母が、こんなにすんなり仲直りするなんて、とても信じられなかった。

智代(鷹文は、この二人の心を溶かしたのか……)

信じがたいことだが、それ以外には考えられなかった。

母「だから、鷹文。早く四人で仲良く暮らせるように、早く傷を治しなさいな」

母が、優しく鷹文に言いかけた。

~~~

鷹文が事故にあってから半年。負った傷はまだ完治していなかったが、車椅子で出歩くくらいは出来るようになった頃。
鷹文が散歩に行きたいと言うので、智代は鷹文と共に散歩に出かけていた。

智代「どこに行きたい、鷹文?どこでもお姉ちゃんが連れて行ってやるぞ」

智代は、車椅子に座る鷹文に問い掛ける。

鷹文「うーん……。桜が見たいな。満開の桜。どこか、近くでいいところ、ないかな?」

智代「桜か。よし、お姉ちゃんに任せておけ」

鷹文が事故に遭う前までは、智代もこんな風に弟と接する機会はなかった。鷹文の行動は、家族みんなにいい意味で影響を与えていた。

智代(ここら辺で桜といったら……あそこしかない、か)

智代の頭の中には、一つの高校が浮かんでいた。いつぞやに見た、二人組が着ていた制服の高校だ。

智代(あの高校の近くに行く日が来るなんてな……)

不思議な縁もあるものだなどと考えながら、車椅子を押して歩く。

~~~

朋也「あー……おい、春原」

春原「あー……?なんだ、岡崎」

意味もなく外を出歩く二人。

朋也「なんか、面白いことないのかよ?」

春原「僕に聞かれてもねぇ……」

二人は春原の部屋で暇を持て余し、なんとなしに外を出歩いていた。

朋也「だって、お前の部屋にいたってなんもやることねぇじゃん。だからこうして出歩いてるんだろ?」

春原「いや、だから僕に言わないでくれる?」

朋也「おいおい、責任取れよ。お前の部屋が悪いんだから」

春原「僕の責任なんすかねぇっ!?」

そんなバカな話をしながら歩いていると、気がついたら学校の坂の上に来ていた。

朋也「うわっ、最悪だ。なんで休みの日までこんなとこに来なきゃなんねぇんだよ」

春原「お前が率先して歩いてたんだろ!?あたかも僕のせいみたいに言わないでくれますか!?」

朋也「さっさと帰るぞ。こんなとこに来るくらいなら、まだお前の小汚い部屋でゴロゴロしてるほうがマシだ」

春原「大きなお世話だよ!」

二人して、坂道を下り始める。

~~~

鷹文「うわぁ、満開の桜だ!」

智代の考えどおり、この桜並木は今時期満開に咲いていた。

智代「きれいだな、鷹文」

鷹文「うんっ!」

車椅子に座る鷹文と一緒に、桜を眺める。

智代(……本当なら、鷹文とは肩を並べてこの道を歩けるはずなのにな……)

スッと視線を落とす。鷹文の肩は、今は自分よりずっと下にあった。しかし鷹文は、なにも気にする様子はなく、ただ無邪気な笑顔で桜を見上げていた。

智代(……っ)

智代はなんだか、悲しい気持ちになってきた。鷹文には気づかれないように、声は出さないように涙を流した。

しかし、鷹文に気づかれないはずもなく、

鷹文「お姉ちゃん……?泣いてるの?」

すぐに指摘される。

智代「っ……あ、あぁ。ごめんな、鷹文」

涙を拭うと、智代は、すぐに笑顔を作る。

智代「どうだ、鷹文?満足か?」

鷹文「……うん!でもできれば、この中を進みたいかな」

智代「そうか。なにも遠慮することはないぞ。よし、じゃあこの坂を登ろうか」

鷹文「うん!」

止まっていた足を再び前に踏み出し、桜並木の坂を登り始める。

~~~

朋也「ん?」

朋也と春原が坂を下っている途中、逆に坂道を登ってくる人影があった。なぜ目に止まったかというと、車椅子を押して歩いているからだった。

朋也(なにも好き好んでこんなところに来なくてもいいだろうに……)

特に気にするつもりはなかったのだが、二人は満面の笑顔で坂を登っていた。と、ここで朋也の頭を一つの情報がよぎる。

朋也「そういえば、春原」

春原「ん?なんだよ」

朋也「この桜の木って確か、切られることになったんだよな?」

春原「あー……そういえば、担任がなんかそんなこといってたねぇ」

~~~

坂の上から、二人組が降りてくる。朋也と春原だ。今回は二人とも私服だったから、春原の金髪も智代は特に気に掛けなかった。
二人の話し声が、かすかに智代の耳に届く。

智代(……って、人の話に聞き耳を立てるものではないな……)

耳を澄ますのをやめて、鷹文と話でもしようかと思ったとき。

「……の木って確か、切られることに……」

かすかだが、智代の耳にそう届いた。

智代(……?なんだと?木が、切られる?もしかして、この桜並木のことか?)

聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、そんな言葉が飛び込んできてしまっては、どうしても気になってしまった。
しかし鷹文には聞こえていなかったようで、相変わらず飽きもせずに桜を見上げていた。

鷹文「ねぇ、お姉ちゃん」

智代「えっ?あ、なんだ、鷹文?」

考え事をしていたせいで、返事が少しばかり遅れる。

鷹文「この桜並木、毎年見に来ようよ!こんなに家の近くにあるんだからさ!」

なにも知らない鷹文が、無邪気な笑顔で智代にそう提案する。

智代「……あ、あぁ。そうだな。毎年見に来よう」

智代も、真実を打ち明けられずにそう答えてしまった。

~~~

その日から、智代は徹底的にあの桜並木のことを調べ上げた。そして、いろいろな情報を集めた。

あの桜並木の伐採計画が立ち上がっていること。
そして坂の上にある学校では、その伐採計画の取り消し運動を行っていること。
しかし、その活動は積極的なものではなく、このまま平行線で話が進むと間違いなく切られること。
その活動は、生徒会長が中心となっているので、今年変わる生徒会長次第で伐採計画を取り消すことができるかもしれないことを。

智代(……あの桜並木を守るためには)

智代は、自分のなかである決心をした。それは、あの高校に編入し、生徒会長にまで上り詰め、伐採計画の取り消し運動を積極的に行おうということだ。

智代(しかし、それは茨の道だ……)

果たして、自分に成し遂げることができるだろうか?智代の頭の中を、あの無邪気な笑顔がよぎる。

智代(………よし。決めた!)

自分にできることをしよう、そう決心した。


一ヵ月後。編入試験を無事に乗り越え、智代は進学高校の制服に身を包んでいた。

智代(ここが、わたしの目標の第一歩だ。絶対に、あの桜並木は守りきってみせる)

智代は、一歩を踏み出した。たったひとつの譲れない目標を、その胸に秘めて。

―――
―――――

全てを語り終えた智代は、喫茶店の窓から外を眺めていた。
視線の先にあるものは、多分、ここからでは見えない桜並木だろう。

智代「………」

春原「……へえ……弟との思い出の桜並木、ね……」

智代「ああ、そうだ。わたしの大事な家族との、思い出なんだ」

春原「それで守りたいってわけか。納得したよ」

智代「そういうわけだ。だから、わたしはなんとしても生徒会長になって取り消し運動を行わなければならないんだ」

春原「そんなら尚更、僕なんかに構ってる暇はないんじゃないの?ほら、生徒会選挙を勝ち抜こうと思うんなら、こんな不良とつるんでたら印象悪いだろ」

智代「ふむ……まわりのことなんて気にしないと言いたいところだが、確かに陽平の言う事も一理あるな」

春原「だろ?僕は一歩引いた所から応援してるからさ、頑張って生徒会長目指せよ」

これで智代から逃げられる!と思ったけど、現実はそう甘くはなかった。

智代「ならば、お前の見た目が不良じゃなくなればいいわけだな」

春原「………へ?」

智代「ちょうどいい。明日は土曜だし、昼からお前の部屋にお邪魔させてもらうことにしよう」

その智代の言葉が何を意味しているか。
今の僕には、知る由もなかった。

本日の投下、以上
二つだけ訂正
今回の冒頭に二年前と書いてありますが、一年前の間違いでした
>>144のラストの行 >高校も適当に決めて、通うつもりだった
この一文は、「高校も適当に決めて、通っていた」の間違いです

智代の昔話を、智代視点で書くか、二年前の時間にして書くかで迷ったのですが、後者で書きました
なので、昔話に朋也と春原は出ていますが、実際に智代が語った話でこの二人の名前は出てきていません
まぎらわしい書き方ですが、そんな感じで読んでくれるとありがたいです

では

投下開始します

~~~

翌日、午前のみの学校が終わって帰宅した後。

僕は、ドアの前で腕を組んで満足そうに頷く。

春原「……よしっ、完璧だ!!」

ドアにはしっかりと鍵を掛け、念の為にチェーンを掛けておいた。

これで何者も容易に侵入する事は出来まい!!

春原「来るなら来い、坂上智代っ……!!」

昨日の放課後、智代は今日の昼から僕の部屋に来ると言っていた。

一体何をするつもりか知らないが、平穏が奪われるのはまず間違いないだろう。

だから、こうして侵入されないように万全の準備をしたわけだ。

ふっ、僕って天才だね。

僕が自分の頭に酔いしれていると、ドアノブを回す音が聞こえて来る。

「あ?おい春原、鍵開けろよ」

……この声は、岡崎か?

ドアに鍵が掛かっている事に気付いた岡崎が、今度はドアをコンコンとノックしている。

朋也「おーい、春原ー、いるんだろー?」

春原「……岡崎、お前一人か?」

朋也「やっぱりいるんじゃねえか、春原。さっさと鍵を開けろ」

春原「僕の質問に答えろ、岡崎!!お前一人かと聞いている!!」

朋也「はぁ?俺以外に誰が一緒に来るってんだよ」

春原「………待ってろ、今鍵を開ける」

警戒しながら、ドアの鍵を開けてやる。

朋也「今度は何の遊びっ?」

チェーンは外していなかった為、当然ドアは中途半端にしか開かない。

朋也「……おい春原、これは何の真似だ」

春原「どうやら本当にお前一人みたいだな」

朋也「何を警戒してんだよ?」

一度ドアを閉めてチェーンを外し、岡崎を中へと招き入れる。

招き入れた後、再度鍵とチェーンを掛けて籠城の姿勢を作りなおす。

朋也「なんだ、誰か来るのか」

春原「ふっ……僕の平穏を脅かす存在が迫っているのさ」

朋也「は……?」

春原「なんでもない。今は全てを忘れて楽しく過ごそうぜ、限られた時間をな……」

朋也「お前、なんか悪いもんでも食ったのか?」

春原「まぁまぁ、僕の事なんてどうだっていいじゃん!よし、岡崎!トランプでもやろうぜっ!」

朋也「嫌だよめんどくさい。で、誰が来るんだよ」

春原「僕を脅かす存在さ」

朋也「察するに、智代か?てか、こんな小汚い部屋に来るような物好きなんて智代と俺くらいなもんだろ」

春原「小汚いは余計だ!それに、お前や智代以外にだって来る奴はいるぞ!」

朋也「へぇ?誰だよそんな物好きは」

春原「僕の……」

言葉の途中で、再びドアノブを回す音が聞こえてきた。

「ん?おい、陽平。いないのか?」

春原「っ!!来た!!」

朋也「……」

春原「いいか、岡崎……静かにするんだ……僕がいると悟られると厄介だ……」

朋也「……ふーん」

そう言うと岡崎は、あろうことか扉の方へ進んで行く。

春原「おい、岡崎……?」

何でもないかのようにチェーンを外し、鍵も開けてドアを開いた。

春原「ちょっ!!?」

当然、扉の向こうからは智代が姿を現す。

智代「む?なんだ、岡崎も来ていたのか」

朋也「ああ、まぁな」

智代「で、陽平は?」

朋也「いるぞ、ほら」

智代「陽平。約束通り、来たぞ」

春原「え、あ、あぁ!」

動揺しながら、部屋の中へ入って来る智代に返事をする。

朋也「これからなんかすんのか?」

智代「ああ、ちょっとな。陽平、バスルームを借りるぞ」

春原「へっ!?」

朋也「………なんか、俺邪魔者みたいだな」

智代「ん、そんなことはないぞ?」

朋也「悪い、俺帰るよ。邪魔したな、春原」

春原「え、え?岡崎、行っちゃうのかよ!?」

朋也「なんかよくわかんねえけど……頑張れよ、春原」

岡崎はそれだけ言い残すと、半ば逃げ出すかのようにして部屋から出て行った。

智代「うん、よし」

入れ替わるようにして、智代が僕の方へ近づいて来る。

春原「いや、ちょ、待って、何が何だかさっぱりわからないんだけどっ?」

智代「半袖半ズボンに着替えろ、陽平」

春原「な、何が始まるんです?」

智代「春原陽平、改造計画だ」

春原「は!?」

智代「ああもう、着替えるつもりがないなら腕と足を捲れ」

ベッドに腰掛けている僕の腕と足を捲り始める智代。

何が始まるのかさっぱり分かっていない僕は、されるがままだった。

智代「よし、これで濡れないな。さあ来い、陽平」

捲り終えると、智代は僕の腕を掴んで立ち上がらせる。

そして、向かう先は―――バスルームだった。

春原「あ……あ……」

智代「さあ、始めるぞ」

春原「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……―――」

*   *   *

春原の部屋から逃げてきた俺は、特に行く所もなく、商店街の方へ足を向けていた。

朋也(なんでこんな所に来なきゃなんねーんだ……でも、家には帰りたくねえしな……)

いつもなら適当に春原の部屋で夜まで時間を潰すのだが、今日は智代が春原の部屋にお邪魔しているようだし、それは出来ないだろう。

朋也(せめて、夕方頃まで時間を潰せる所があればいいんだけどな……)

まあ、何も無ければ適当に商店街の中を歩き回って時間を潰せばいいか、などと楽観的な答えに辿りつく。

朋也「……お?」

ふと喫茶店の方に視線を移すと、中に見知った二人組を見つけた。

朋也(杏と藤林か?姉妹仲良く買い物でもしてんのかな)

然したる用事もなかった俺は、二人のいる喫茶店の中へ足を踏み入れていた。

朋也「よう、杏、藤林」

杏「? 朋也?」

椋「お、岡崎くんっ!?」

朋也「姉妹仲良く買い物中か?」

藤林の隣に座るのは気が引けた為、杏の隣に腰掛ける。

杏「ま、そんなところよ。そういうあんたは?」

朋也「俺は、春原の部屋から逃げ出してきたところだ」

椋「え、春原くんの部屋から?」

朋也「ああ。なんか春原の部屋に智代が来てさ。俺は邪魔者みたいだったから退散して来たんだ」

杏「坂上が?」

朋也「なんか智代の奴、春原に用事があったみたいでな」

椋「用事ですか?何かするんでしょうか」

朋也「さあ?今頃大人の階段でも登ってんじゃねえの」

適当なことを言いながら、水を口に含む。

杏「はぁ?」

朋也「おい、何言ってんだコイツみたいな目で見るな。だって智代の奴、バスルームを借りるとか言ってたんだぞ?」

椋「え、えぇ!?」

杏「……まさか坂上が、陽平相手にそこまで本気だったなんて……」

朋也「ま、つまりはそういうことだろ。そんなところに俺みたいな奴がいたって邪魔者以外の何者でもないだろ」

椋「……春原くんが、坂上さんと……」

杏「……へ、へぇ……そうなんだ……」

朋也「お前ら、ショック受け過ぎじゃないか……?」

椋「そっ、そんなことないですよ!?」

杏「そ、そうそう!別に陽平が坂上とどうなろうとあたしの知ったことじゃないし!?」

朋也「誰に言い訳してるんだ、誰に……ま、俺も少なからずショックと言えばショックだけどな」

杏「そっかぁ……あの二人が、ねぇ……」

朋也「そういうことだ。で、俺は暇を持て余してこうして商店街をうろついてるわけだ」

杏「んじゃさ、今日は一日あたしたちに付き合いなさいよ」

椋「お、お姉ちゃん!?」

杏「いいでしょ、朋也?」

朋也「んーそうだな、藤林さえ構わないなら」

椋「わ、わたしは、全然、構わないです!」

朋也「そんじゃ、付き合わせてもらおうかな」

こんな昼間から家に帰るのも嫌だし、ちょうどよかった。

杏「よーし、決定!じゃ、朋也は荷物持ちね!」

朋也「はいはい、わかったよ」

ま、たまにはこんな風に時間を潰すのも悪くないか。

*   *   *

日が傾きかけた頃、あたしたちはお開きすることにした。

杏「そんじゃね、朋也。荷物持ち御苦労さま」

椋「ありがとうございます、岡崎くん」

朋也「気にしなくていいって、俺も暇を潰せてちょうどよかったし。そんじゃな、杏、藤林」

朋也と分かれて、椋と二人で家路に着く。

杏「よかったわね、椋。朋也とデート出来て」

椋「で、デートって……そんなんじゃないよ、お姉ちゃん」

杏「でも、朋也と一緒に買い物出来て嬉しかったでしょ?」

椋「それは……まぁ、うん」

杏「そそ、素直でよろしい!」

椋と何気ない会話を交わしながら、いつも通りの言葉を心の中で呟く。

杏(これでいいの、これで……あたしは、椋の応援をするって決めたんだから)

あたしの気持ちは、あたしの心の中に留めておく。そう決めたんだ。

椋との会話が途切れた頃、道の向こうから歩いて来る人影があった。

……見覚えのある奴だった。

智代「……ん、ええと……藤林さん姉妹……だったかな」

椋「え、あ……」

杏「………」

正直、あたしはこいつのことが気に入らなかった。かと言って知らない仲でもないので無視するわけにもいかない。

それは多分、向こうも同じなのだろう。だからこうして話しかけて来る。

杏「……こんにちは、坂上さん。朋也から聞いたわよ、陽平の部屋に行ってたんだって?」

智代「む……岡崎め、おしゃべりな奴だな……」

椋「え、えっと……」

杏「椋、あんたは先に帰ってていいわよ。あたし、ちょっと坂上さんと話があるから」

椋「う、うん……」

坂上さんと無言で向かい合う中、椋がこちらを気にしながら一人先に帰って行く。

姿が見えなくなった頃、あたしから話し始める。

杏「一体何しに行ってたの?陽平の所なんて」

智代「ちょっとな、陽平を改造してやろうと思って行ってたんだ」

杏「色々突っ込みたいところはあるけど……ふーん、もう下の名前で呼び合う仲まで行ったんだ」

智代「何か問題でもあっただろうか?」

杏「別に。朋也から聞いた時にも言っといたけど、あんたと陽平がどうなろうとあたしの知ったことじゃないし、どうでもいいんだけど」

智代「ふむ。そういう藤林さんも、岡崎と楽しく遊んできたと見るが?」

杏「杏、でいいわよ」

智代「なら、わたしも智代、で構わない。で、どうなんだ、杏さん?」

杏「それこそ智代には関係ないじゃない」

智代「まあ、それは確かにそうだが、わたし一人だけ行動を知られているのは不公平だ」

杏「………商店街で朋也と会って、買い物に付き合ってもらってただけよ。それだけ」

智代「さっき先に帰って行ったのは、杏さんの妹さんか?」

杏「ええ、そうよ。ここだけの話、椋は朋也の事が好きなの。だからこうして、あたしが朋也と椋の仲を取り持ってるってわけ」

智代「……杏さん自身は、どうなんだ?」

杏「は?あたし自身?」

智代「わたしの目には、あなたも岡崎の事を好いているように見える」

杏「……っ……知りあって日も浅いっていうのに、知った風な口を聞かないでもらえるかしら」

智代「余計なお世話だということは重々承知している。だが、そう見えた上で妹とは言え他の子と自身の好きな人の仲を取り持つというのが、どうにも気にかかってな」

杏「だったらあたしからも余計なお世話を承知で言わせてもらうけどね。あんた、陽平の事が好きなの?陽平は、智代とどうこうなるつもりはないって言ってたけど?」

智代「………」

杏「好きでもない奴を相手に、そこまで節介を焼くわけないわよね?」

智代「……ああ、そうだ。わたしは、陽平の事が気にかかっている」

杏「……っ!」

真っ直ぐな目で、智代はそう告白する。

智代「しかし陽平の奴、そんなことを言っていたのか……少しばかりショックだな」

杏「……そうよ。少なくとも陽平には、あんたに対してそう言う気持ちは持ち合わせてないってこと」

……あたしは、何を言ってるんだろう。

杏「これは忠告よ、智代。傷つきたくなかったら、これ以上陽平や朋也の周りをうろちょろしない方が懸命よ」

智代「……その忠告は、ありがたく受け取っておく事にするよ、杏さん」

杏「そう、それでいいのよ」

智代「だが、それは自分の気持ちから逃げることだ」

杏「っ!」

智代「わたしは、自分の気持ちに素直でいたい。逃げるようなことはしたくない」

杏「……智代……」

智代「今は陽平の気持ちはわたしには向いていないのかもしれない。それは事実だろう」

杏「………」

智代「でもわたしは、その程度で諦めるようなことはしたくない。陽平の口から直接そういう風に言われるまでは、諦めたくないんだ」

杏「………真っ直ぐねぇ、あんた」

智代「不器用だということは自分自身よくわかっている。だから、わたしは、陽平に振りむいてもらえるよう努力するつもりだ」

杏「そう……あんたがそうしたいって言うんなら、止めはしないわ。まぁ朋也のことを好きになってたら、あたしは止めに掛かっていたでしょうけどね」

智代「それは、杏さんが岡崎の事を好きだからか?それとも、椋さんが岡崎の事を好きだからか?」

杏「ノーコメントよ。そんなの……答えられるわけないでしょ」

あたしが、朋也の事を……なんて。

智代「そうか。あなたがそれでいいと言うのなら、これ以上は野暮というものだろう」

杏「そゆこと。……まぁ、頑張んなさい、智代。あんたの事、陰ながら応援してるわ」

智代「ありがとう、杏さん。わたしも祈らせてくれ。あなたと、椋さんと、岡崎。三人の仲が、丸く納まるよう……」

杏「余計なお世話だって!それじゃね、智代!」

智代「ああ、さようなら、杏さん」

最後にそう挨拶を交わし、あたしは家へと向かう。

少しだけ、坂上智代という子の印象が変わった。真っ直ぐで、決して悪い子じゃないのね、あの子。

智代「ああ、そうそう」

杏「ん?まだなんかあった?」

智代に呼び止められ、振り向く。

智代「月曜日、陽平がどのようになっているか楽しみにしておくといい」

杏「……は?」

智代「きっと、岡崎も杏さんも、びっくりすると思うぞ」

そんな意味深な言葉を残し、坂上さんは帰って行ってしまった。

杏「……陽平が……?」

本日の投下、以上
以下、どうでもいい独り言

杏と智代って、結構相性いいと思うんですよね
ゲームとかアニメだと対立してる印象が強いからあんまりそうは見えないけど
本編で渚と朋也が結婚したあとはいい酒飲み友達になってそう
どうでもいい独り言、以上

では

投下します

*   *   *

日曜日。

いつものように春原の部屋を訪れると、また鍵が掛かっていた。

朋也「……はぁ。おい、春原?いるんだろ、鍵開けろ」

昨日と同じようにドアの前に立って春原を呼び掛ける。

が、今日は返事がなかった。

朋也「寝てんのか?おい、春原!」

部屋の前でノックと呼び掛けを続けるが、一向に返事が聞こえて来る気配がしない。

朋也「おいおい……まさか死んでるんじゃねえだろうな」

美佐枝「無駄よ、岡崎」

ドアの前で途方に暮れていると、美佐枝さんが姿を現した。

朋也「無駄?春原のやつ、なんかあったんですか」

美佐枝「私は何も知らないわよ。なんか、昨日坂上さんが帰ってからは全然部屋から出て来ようとしないのよ」

朋也「智代が帰ってから……?」

美佐枝「そうなのよ。普段はなにかしら騒ぎを起こしては他の入居者と揉めてるって言うのに、どうしちゃったのかしら?岡崎、なにがあったのか知らない?」

朋也「……さあ、智代の奴が春原の部屋のバスルームを借りてたことくらいしか」

美佐枝「………えっ」

朋也「なんか俺邪魔者かなと思って昨日は智代と入れ替わりで退散したから、それ以上のことは知らないですね」

美佐枝「ま、まさか……この寮内で不純異性交遊なんてやってないわよね、春原と坂上さん……」

朋也「……さあ……」

如何せん、本当に何があったのかわからないからそう答えるしかなかった。

杏「あら?朋也?」

朋也「杏?お前も来たのか」

美佐枝さんと二人、春原の部屋の前で話していると今度は杏がやってきた。

杏「ええ、ちょっと陽平の様子が気になって」

美佐枝「あら、あなたも春原に会いに来たの?でも残念ねぇ、春原、部屋に引きこもって出てこないのよ」

杏「こんにちは、美佐枝さん。陽平が引きこもってるって本当ですか?」

美佐枝「岡崎から聞いたんだけどね、昨日坂上さんが帰ってから様子がおかしいって言うのよ」

杏「陽平の様子がおかしい……?あたし、昨日の夕方智代と会ったけど智代の様子は普通でしたよ」

朋也「え、マジか……」

美佐枝「ふーん……まさか春原に限ってそういうことをしたとは思えないけど……いやでも春原だしねえ……」

杏も加わって三人で春原の部屋の前で話しこむ。

何分かした頃、部屋の中から声が聞こえて来る。

春原『誰だよ……人の部屋の前で話しこんでるのは』

朋也「春原?俺だよ、俺」

春原『岡崎……?』

杏「あたしもいるわよ、陽平」

春原『杏まで……何の用だよ』

杏「何の用だよ、じゃないわよ。あんた、美佐枝さんから聞いたけど昨日から部屋に引きこもってるらしいじゃない」

春原『お前らには関係ないだろ……放っておいてくれ……』

美佐枝「ちょっと春原、心配して来てくれた友達に対してその言い方はないんじゃない?」

春原『美佐枝さんまで……。僕は心に深い傷を負ったんだ……傷心中なのさ……』

朋也「……重傷だな」

杏「……みたいね」

美佐枝「はぁ……全くもう」

杏と美佐枝さんと三人顔を合わせ、溜息をつく。

朋也「んじゃ、俺ら帰るからな。どちらにしろ明日には智代に引っ張られて学校来るんだろ?」

ドアの向こうの春原にそう問い掛けるが、返事はなかった。

朋也「やれやれ……」

杏「何があったって言うのよ……」

美佐枝「さあねぇ……まぁ、坂上さんの様子に特に異変がなかったのなら、少しは安心していいのかしら」

杏「あっはは、まさか陽平に限ってそんなこと無いと思いますし、大丈夫ですよ、美佐枝さん!」

美佐枝「だといいけど……問題起こされたら私も困るわよ……はぁ……」

ぶつぶつと愚痴をもらしながら、美佐枝さんは寮長室へと戻って行く。

その場には、俺と杏だけが残された。

朋也「……で、どうする?杏」

杏「どうするもこうするも……陽平が部屋の鍵を開けてくれないんじゃ、どうしようもないでしょ」

朋也「まあ、そりゃそうだけどさ」

杏「行きましょ、朋也」

朋也「……そうだな、ここにいたって仕方ねえし」

杏「んじゃ、今日もあたしに付き合ってもらおうかしら」

朋也「は?今日もかよ」

杏「どうせ暇なんでしょ?いいじゃない、たまには」

朋也「昨日もそうやってたまには付き合えと言われた気がするんだけどな」

杏「いいのいいの、細かいことは気にしない!さ、行くわよ、朋也」

朋也「へいへい、わかったよ、付き合ってやる」

杏「それでよろしい!」

*  *  *

ドアの向こうから声が聞こえなくなった。

どうやら岡崎も杏も帰ったらしい。

春原(こんな……こんな姿を見られたら……)

あの二人がどんな反応をするのか容易に想像出来る。

明日は月曜日か……どうせまた、智代は僕の家に来るんだろうな。

春原(絶対に明日は学校には行かないぞ……!!僕をこんなにした智代の言う事なんて聞いてやるもんか!!)

~~~

智代「おはよう、陽平」

春原「………あの、智代さん」

智代「ん、なんだ?」

春原「なんで何事もないかのように部屋の中に入ってきてるんですかね……」

智代「ああ、鍵は美佐枝さんから合鍵を借りたんだ」

春原「いや、そうじゃなくて……チェーンを掛けていたはずなんですが……」

智代「チェーンなら壊したぞ。これも美佐枝さんから許可をもらっている」

春原「………」

智代「さあ、ぐずぐずしていないで学校へ行くぞ」

春原「……行かない」

智代「どうしてだ」

春原「本当に理由わかんないのか!?」

智代「すまない、本当にわからない」

春原「土曜日、お前が僕にしたことを覚えてるか!?」

智代「ああ、お前の髪を黒く染め直したな。それがどうかしたか?」

春原「どうかしたか、じゃねえよ!いきなり髪を黒く染めて学校になんか行けるかよ!!」

今まで被っていた布団を放り投げ、自分の頭を指差して思い切りそう言ってやる。

鏡で自分の姿も見たくない。僕はあの金髪が気に入っていたって言うのに!!

智代「中々似合っているぞ。やはり、日本男児だな」

春原「おだてたって騙されないぞ!!僕は……!」

智代「うむ、男前度があがったな。わたしは前よりもこっちの方が好きだぞ」

春原「お、おぉう……い、いや、騙されないぞ!!とにかく今日は学校を休む!!」

昨日は休日だったから迂闊に外に出られなかったけど、今日は外出しても知り合いに会う危険性はない。

今日、また髪染め剤を買って来て染め直すんだ!!

智代「なんだ、わたしの好みというだけでは不満か?」

春原「お前に好かれたからってどうなるもんでもないだろ!」

智代「……今の発言は、少しばかり傷ついたぞ」

春原「へ?」

智代「お前の発言に傷ついたと言った」

春原「………はい?」

智代「……はっきりと言わないとわからないか?」

春原「い、いや、あの……」

どういう意味なのか、わからないわけじゃない。

ただ、それをそのまま受け取れる程、僕は自意識過剰になれるわけでもない。

智代「………」

春原「……あ、あの……」

智代「と、とにかく、学校へ行こう。大丈夫だ、岡崎も杏さんも、お前の事は笑わないと思う」

春原「……ちっ、わかったよ、行くよ」

別に、観念したというわけじゃない。

ただ、智代の発言に毒気を抜かれたというか、なんか、そんな感じだ……多分。

こいつは……智代は、僕の事を……。

じゃあ、僕の方はどうだ?智代の事を、どう思ってる?

~~~

考えてるうちに、気付いたら学校に着いてしまっていたらしい。

智代「じゃあな、陽平。ちゃんと授業を受けるんだぞ」

春原「……ああ」

智代「………」

智代は僕の事を気に掛けながら、自分の教室へと歩いて行く。

春原「……はぁ」

結局、学校へ来てしまった。

どうやら、僕は根本的に坂上智代という人物に弱いらしい。

教室のドアを開け、中へと入り込む。

杏「……あれ?」

春原「………なんで当然のようにここの教室にいるんだよ、杏」

教室の中には、杏がいた。無遠慮な視線を僕に注いで来ている。

杏「……いや、えっと……あんた誰?」

春原「見てわかるだろ……春原だよ、春原陽平」

杏「………え?」

椋「どうかしたの、お姉ちゃん……あ、おはようございます、春原くん」

春原「おはよう、委員長」

杏「ちょっ、え?あんたわかるの?こいつが陽平って」

椋「え?春原くんですよね?」

春原「だからそうだって……むしろなんで付き合いの長い杏の方がわかんないんだよ」

杏「……どしたの、あんた」

春原「どうしたもこうしたもないよ……土曜にさ、智代の奴が僕の家に来たんだよ」

杏「それは知ってるけど……まさか、智代がバスルームを借りたのって、あんたの髪を染める為だったの?」

春原「そうだよ……」

椋「あ、本当だ……春原くん、髪を黒く染め直したんですね」

春原「委員長、気付くの遅すぎ……普通最初に気付くだろ」

椋「え、あの……ごめんなさい」

春原「いや、別に謝る事じゃないけどさ……」

杏「……なんでまた智代はそんなことしたのよ?」

僕は事の顛末を、一から杏に説明してやる。

杏「………へぇ……そんなこと言ってたんだ、智代の奴……」

春原「そういうこと。それで僕の髪を染めるって発想になるのはどうなのとも思うけどね」

杏「それに付き合うあんたもあんたね」

春原「僕の意思は半分無視してたようなもんだけどね……」

杏「………」

椋「お姉ちゃん?どうかしたの?」

杏「え?い、いや、別に……」

春原「なんか考え事か?杏らしくもない」

杏「らしくないは余計!ま、その黒い頭も結構似合ってるわよ、陽平」

春原「っ……ふん、おだてたって何も出ないぞ」

今朝の智代の発言を思い出した。

くそ、調子狂うな……。

杏、委員長の二人と話してると、岡崎が教室の中へ入ってきた。

杏「おはよ、朋也」

椋「おはようございます、岡崎くん」

朋也「おう、おはよー」

二人と挨拶を交わし、岡崎はそのまま自分の席へと向かって行く。

春原「って、なんでだよっ!?」

朋也「あ?」

春原「親友の僕には挨拶ひとつも無しですか!?」

朋也「………」

岡崎は僕の顔をじっと見て何か考え込んでいるようだ。

朋也「………誰だおまえ」

春原「ようやく出てきた言葉がそれかよっ!?いくらなんでも冷たいんじゃないのか!?」

朋也「………杏、こいつ春原か?」

春原「なんで直接僕に聞かないんだよっ!」

杏「そうよ、髪が黒くてわかんないかもしんないけど、そいつ陽平」

朋也「……えー……あーと……その、なんだ……お、大人の階段登ったんだな……」

春原「微妙に気ぃ遣った言い回しするなよ!登りたくて登ったわけじゃねえ!」

朋也「智代にやられたのか?あいつ、本当におまえのこと気に入ってるんだな」

春原「ぐっ……!」

朋也「……春原?」

春原「ちっ、もういいよ、ったく……」

杏に続いて、岡崎まで……。

なんなんだ、本当に……。

~~~

他のクラスメイトや時間毎に変わる教師の好奇の視線に晒されながら、ようやく昼休みになった。

春原「岡崎、飯食いに行こうぜ」

朋也「ん、そうだな」

智代「あ、いたいた。陽平!」

春原「あン?……智代?」

朋也「……」

相変わらず智代は、遠慮なしに教室の中へと入って来る。

智代「お昼はこれからか?」

なんだか嫌な予感がする。

春原「そうだけど……その手に持ってるのはなんです?」

智代「そうか、よかった。これはお弁当だ。一緒に食べよう」

春原「………だってよ、岡崎」

智代「何を言ってるんだ、おまえだ、陽平」

朋也「よかったな、春原。じゃっ!」

春原「ちょっ、岡崎……!」

逃げる岡崎を追って僕も逃げようとしたが、智代にがっしりと腕を掴まれてしまう。

智代「どこへ行くんだ。わたしがお昼ご飯を一緒に食べようと誘っているんだぞ」

春原「い、いや、僕は岡崎と……!」

杏「あら、智代?これから陽平とお昼?」

食べるんだ、と言おうとしたところで杏が割り込んで来る。

智代「ああ、そうだ。そういう杏さんは?」

杏「あたしはいつも通り椋とお昼よ。よかったわねー陽平、智代が作ってくれた弁当を食べられるなんて」

春原「え、いや、だから僕は……!」

智代「わたしとはお昼一緒に食べたくないのか……?」

春原「……うっ……ぐっ……!」

杏「はいはい、さっさと食べる食べる!ここが嫌なら中庭にでも行ってきたら?」

智代「それは名案だ。陽平、中庭に行こう」

春原「ああもう、わかったよ!お昼だろうがなんだろうが食べてやるよ!!」

こうなりゃ自棄だ!どうなったって知るもんか!!

~~~

智代「はい、陽平。お前のお弁当だ」

春原「おう!いくらでも食ってやんよ!!」

智代から弁当を受け取ると、半ばヤケクソ気味に食べ始める。

智代「そんなにがっついて食うと喉につっかえるぞ。ほら、お茶」

春原「むぐ、おう!サンキュ、智代!」

女生徒「あの、坂上さんですよね!」

智代「ん?」

春原「……?」

弁当を食べてると、見慣れない女生徒3人が智代に話しかけてきていた。

女生徒「生徒会選挙、頑張ってください!」

智代「ありがとう」

女生徒「よかったら、お昼一緒していいですか?」

智代「わたしは構わないが……」

弁当箱を片手に、女生徒に睨みを聞かす。

女生徒「えっと……こっちの人は誰ですか?三年生みたいですけど」

智代「ああ、わたしの友人で、名前は春原陽平だ」

春原「……おう」

何故かご丁寧に紹介されたから、無愛想ながらも挨拶する。

女生徒「え……春原先輩……?」

僕の名前を聞いた女生徒の中の一人が反応する。

そして、何やらこそこそと話し始める。

女生徒「あ、あの、自分から言い出しておいてすみませんけど、失礼します!それじゃあ!」

一人が口早にそう言うと、三人はそそくさと逃げるようにして去って行った。

智代「……お前、有名なのか?」

春原「まあね。ここみたいな進学校に僕みたいな不良がいりゃ嫌でも有名になるさ。どっかの誰かが頭を黒くしたせいで見た目ではわかりにくくなってるかもしれないけどね」

智代「……なるほど、見た目の問題だけではなかったのか」

春原「そういうこと。今の女生徒だって、智代が僕みたいな不良と交流があると知って投票してくれなくなるかもしれないぞ?」

智代「………うむ……わかってはいるつもりだ」

春原「……はぁ。お前さ、本当にやる気あるのか?」

智代「え……?」

春原「なんか今のお前見てると、そんなにやる気あるようには見えないぞ」

智代「……で、でも、わたしは」

春原「マジでこれ以上僕とこうやって交流を続けてると、生徒会長になんてなれなくなるぞ?」

智代「……っ……陽平……」

春原「ま、僕がそんな偉そうなこと言えたガラじゃないけどね。弁当、ごちそうさま。じゃあな、智代。どうするか、本気で考えといたほうがいいぞ」

空になった弁当箱を押し黙る智代に渡し、僕は教室へ向けて歩き出す。

春原(これでいいんだ……智代には目標があるんだし、僕みたいな存在は足枷になるだけだ)

~~~

放課後。

春原「岡崎、帰ろうぜ」

朋也「ん、あぁ」

岡崎と二人で教室から出ると、すぐそこに智代が待ち構えていた。

朋也「ん?なんだ智代、今日も春原持ってくのか?」

智代「ん……ああ、すまないが、いいか?」

朋也「俺は別に構わねえけど……」

春原「……行こうぜ、岡崎」

智代を無視して、帰ろうとする。

朋也「えっ?あ、あぁ……」

智代「……待ってくれ、陽平」

春原「……っ……」

無視してそのまま行こうとしたが、消え入りそうな智代の声に思わず足を止めてしまった。

智代「大事な話があるんだ……頼む」

春原「………」

朋也「………俺、先に帰ってるな」

岡崎はそれだけ言い残し、僕と智代を置いて先に帰って行く。

智代「……すまないな、陽平」

春原「別に……構わないけどさ」

~~~

智代の後について、学校を後にする。

二人で歩いている間、智代は無言だった。

僕から切りだすような話題もないので、ひと言も言葉を交わさずに歩き続けた。

春原「……おい、智代」

智代「……うん?」

春原「もう、寮に着いちまったぞ」

智代「あ……」

無言のまま、寮の前に着いてしまう。

春原「何も話がないなら帰るけど?」

智代「……い、いや、ある。あるから……待ってくれ」

そう言って、智代は二、三回深呼吸する。

そして、意を決したかのような顔で口を開いた。

智代「聞いてくれ、陽平」

陽平「………」

無言で、智代の次の言葉を待つ。

智代「……わ、わたしは……えっと……」

歯切れ悪く、もごもごとしながらも言葉を紡いでいく。

智代「今まで……陽平と、こうして交流していて……楽しかったんだ。陽平の方はどうだったか知らないが」

春原「………」

僕だって、嫌いじゃなかったよ。智代と過ごしたこの数日は。

智代「それで、その……いつからか、わたしは……わたしの中で、お前という存在が大きくなっていたんだ」

春原「………」

それは、多分僕の方も……。

智代「だから……つまり、わたしは……陽平の事が、好きだ」

春原「っ……!」

智代「わたしの側に……いて欲しい」

途切れ途切れだった言葉を言い終えて、智代は真っ直ぐ僕の顔を見据えてきていた。


春原「………」

僕は……僕はどうだ?

今朝と同じ自問を、心の中でする。

答えは、まだ出ていなかった。

智代「………」

春原「………」

僕も、多分智代に惹かれているんだと思う。

でも、僕が惹かれた智代は……。

春原「……あのさ、智代」

智代「っ!な、なんだ?」

春原「なんか勘違いしてるみたいだから言わせてもらうけどさ。僕は、智代のことはどうとも思ってないわけ。わかる?」

智代「………」

春原「今までは諭すように言ってたけどさ、お前、勘違いしてるみたいだからはっきり言わせてもらうよ。正直、目障りなんだよ」

智代「……っ……」

春原「僕がお前に味噌汁を作ってくれって言ったのだって、お前をからかう為だったんだ。わかるか?」

智代「……本気でそんなことを言ってるのか、陽平?」

春原「冗談でこんなこと言うわけないだろ」

智代「…………………そうか…………」

春原「だから、僕はお前の側にいるつもりなんてないの。わかったら行けよ」

智代「…………」

春原「なんだ?泣くのか?泣いたってどうしようもないぞ。僕は元々こういう奴なんだ」

智代「………泣きはしない」

春原「だったら、もう帰れよ。僕に愛想尽きただろ?」

智代「……今回ばかりは、かなり傷ついた」

春原「っ……」

智代「陽平の気持ちは……よくわかった。もう、わたしからお前には近づかないよ。………さようならだ」

平手の一発くらいは覚悟していたのだが、それもしてこなかった。

智代は無言で僕に背を向けると、そのまま歩いて行ってしまった。

春原「………」

智代の姿が見えなくなったのを確認してから、寮の中へ入ろうとする。

杏「ちょっと、陽平!!」

と、呼び止められてしまった。

春原「あん?」

足を止めて振りかえった先にいたのは、杏だった。

僕と智代のやり取りを見ていたのか、表情がかなり険しかった。

杏「あんた……さっき言ってたのは、本当なの?」

春原「……ああ、本当だよ。何一つ偽りなんてないさ」

言い終わると同時、左頬に衝撃が走った。

杏「……っ!」

何のことはない。智代から食らうのを覚悟していた平手が、杏からお見舞いされただけの話だ。

杏「あんたねぇ!!智代がどんな想いで……っ!!」

春原「……ンだよ、杏には関係ねーだろ」

杏「ええ、関係ないわよ!!だから何よ!?」

春原「………」

杏「智代は、本気であんたのことを好きになってたのに、あんたはその想いを踏みにじったのよ!?わかってんの!?」

春原「ああ、そうだよ。わかってるに決まってるだろ」

そう言い終わると、今後は右頬に衝撃が走る。

杏「……サイッテー。あんたがそんな奴だなんて思わなかった」

春原「なんとでも言えよ。僕はこういう奴だ」

杏「もういい。あんたの顔、見たくない」

春原「そうかよ」

杏「………っ」

杏は、智代の後を追うのか走って行ってしまった。

春原(………)

今度こそ僕は寮の中へと入って行く。

もう、智代が僕の部屋へ来ることもないだろう。

本日の投下、以上
あと2,3回の投下で完結するかと思われます
では

投下します

智代が歩き去った方へ、あたしは走って行く。

杏「はぁ、はぁっ……!」

どうして追いかけているのか、あたし自身よく理解していなかった。

ただ、放っておけないって思ったから。

やがて、寂しげな後ろ姿が見えてきた。

見間違うはずがない。

坂上智代、その人だ。

杏「智代っ!!」

走る足を止め、その子の名を叫ぶ。

智代「………杏さん……?」

智代は少しだけ驚いた声で、あたしの名前を呼ぶ。

杏「……えっと……その……」

やはりと言うかなんと言うか、なんて声を掛けたらいいのかがわからなくなってしまう。

杏「さ、さっきの事だけど……」

って、盗み見していたことをバカ正直に言うのか?

智代「………見ていたのか、わたしと陽平のやり取りを」

杏「っ……その、ごめん」

なんとなく責められたような気がして、謝ってしまう。

智代「いや、謝るような事ではない。ああして外で話をしていた以上、誰に見られても文句を言うのは筋違いというものだろう」

杏「あー、あの、ね!陽平は、決して悪気があってあんなことを言ったわけじゃないと思うのよ、あたしは!」

何を言ってるんだ、あたしは。あんな最低な奴のことを、庇うのか?

智代「杏さんが言いたい事は、なんとなくわかる。だが、当の本人に面と向かって言われてしまってはな……さすがに、参ったよ」

悲しげな笑みを浮かべながら、智代はそんな事を言う。

智代「傷つきたくなかったら……か。覚悟はしていたつもりだが……いざこうなると、つらいな、やはり」

杏「……智代……」

智代「だが、それでもわたしは後悔していないよ。わたしは、わたしのやりたいようにやった。その結果がこれで、確かに悲しいが……わたしに、魅力が無かったからこうなってしまったというだけの話だ」

杏「………」

智代「あなたの忠告も、無駄にしてしまった……すまないな、杏さん」

杏「智代……」

今、一番つらいのは智代のはずなのに……どうしてあんたが謝るのよ?

智代「わたしの恋は、終わったよ。あれだけストレートに言われたんだ。もう、わたしから彼に近づくことは出来そうもない」

杏「……あいつに、腹は立たないの?」

智代「腹を立てる?何故そう思うんだ?」

杏「だって、あいつ、智代の心を弄んだのよ?平手の一発でもかましてやればよかったじゃない!」

智代「自分の好きな人に、そんなことは出来ないよ」

杏「っ……あんた、あいつにあんな風に言われて、それでもまだあいつの事が好きなの?」

智代「………」

杏「どうしてよ……」

智代「……杏さん?」

杏「どうしてあんたは……そんなに強いのよっ……!」

あれ、なんだ。

なんであたしはこんなことを言ってるんだ?

杏「あたしは……あんたみたいに強くなんてなれない……どうしたらそんなに強くなれるのよ……っ!」

やめろ、やめるんだ藤林杏。

これ以上言っても、何の意味もないだろう。

杏「あたしは……あたしだって、あんたみたいに強かったらっ……!」

智代「落ち着いてくれ、杏さん」

杏「っ……」

自制の効かないあたしを、智代が止めてくれた。

智代「わたしは、強くなんてないよ。ただ、自分の気持ちに嘘は付けない。それだけのことだ」

杏「……智代っ……」

智代「陽平は、わたしの事などなんとも思っていないのかもしれない。実際にそう言われてしまったしな」

杏「………」

智代「だが、わたしが陽平の事を好きなのとは関係のない話だろう?」

杏「か、関係なくなんて……」

智代「いいや、自分の気持ちは、他のどんなものにも影響されることはあってはならない」

杏「……っ!」

智代「だから、わたしは何度でも言う。わたしは、陽平の事が好きだ!この気持ちに、嘘を吐く事は出来ない!」

この前と同じ、真っ直ぐ過ぎる瞳で智代はそう言い切る。

智代「………そういうことだ」

杏「……智代……」

智代「なんだかこっぱずかしい事を言ってしまったな。出来れば、他言しないでくれるとありがたい」

杏「そんなこと、するわけないじゃない!」

智代「……ありがとう、杏さん」

杏「あんたは……これから、どうするの?」

智代「どうする、とは?」

杏「ほら、あいつにあんなこと言われて、それでもまだ好きなんでしょ?なら……」

智代「言ったはずだ。もう、わたしの方から彼に近づくようなことはしないと」

杏「じゃあ、諦めるのっ?だって、好きなんでしょ?」

智代「そうだな……参った事に、どうやらそうらしい」

杏「また、あいつに告白するの?」

智代「今のところ、そのつもりはない。わたしには、やらなければならないことがあるからな」

杏「……生徒会長になる、ってこと?」

智代「ああ、そうだ。本当なら、陽平に側にいて欲しかったが……元より、わたしは一人で成し遂げるつもりだったんだ。失恋などで落ち込んではいられないさ」

杏「あたしは……応援してるから。智代のこと」

智代「ありがとう、杏さん。必ず、生徒会長になってみせるよ」

杏「それだけじゃない。陽平の事も……」

智代「っ……ああ、ありがとう……」

杏「……泣いてもいいのよ、智代?」

智代「………」

杏「こう言う時くらい、弱さを見せてもいいと思うわ、あたしは」

智代「……ありがとう、杏さん。でも、わたしは泣かない。泣いている暇なんて、わたしにはないのだから」

杏「………そう。あんたがそうだって言うんなら、これ以上はあたしからは何も言わない。生徒会選挙、頑張ってね」

智代「ああ、もちろんだ」

改めて、智代って言う子の強さを思い知った。

あたしがどうこうする必要は、最初からなかったのかも。

*  *  *

夜、いつものように岡崎が僕の家へやってきた。

朋也「よ、春原」

春原「……おう」

朋也「なんだ、いつもの不必要な元気はどこに行ったんだ」

春原「……別に」

ベッドに横になったまま、岡崎の言葉に適当に相槌を打つ。

朋也「なんだ、本当に元気ないな。智代となんかあったのか?」

春原「………」

なんと答えるか逡巡した後、岡崎には話しておこうと思った。

なんだかんだ言っても、こいつは僕と智代の事を最初の頃から見てた一人だ。

知る権利って奴は、あると思った。

春原「今日の夕方さ、智代に告白されたよ。僕の事が好きだ、って」

朋也「! ………ふーん。で、お前はなんて答えたんだよ」

春原「僕がなんて答えたのかくらい、お前ならわかると思うけどな」

朋也「……?」

春原「岡崎だって知ってるだろ?僕が智代のことを目障りだと思ってた事くらい」

朋也「………まあ、俺の目にはお前もまんざらじゃないように見えてたけどな」

春原「っ……」

図星だ。そりゃそうか。

本気で目障りだと思ってたら、いくらだって追い払う事は出来たんだからな。

春原「はん、冗談言うなよ。僕みたいな不良が、あんな糞真面目な奴に今まで付き合ってた事自体不自然だったのさ」

朋也「智代の奴に、そう答えたのか?」

春原「そう。味噌汁を作ってくれって言ったのだって、からかう為だったんだ。それは岡崎も知ってるだろ」

朋也「………」

春原「いい加減、堪忍袋の緒が切れたんだよ。清々したね」

朋也「……そっか、智代の奴、可哀想だな」

春原「は?なんであいつが可哀想なんだよ。あんな奴に付きまとわれた僕の方がよっぽど可哀想だと思うけどね」

朋也「お前みたいなやつに惚れて、可哀想だって事だよ。………面白くないな」

春原「それは悪かったな。せっかく協力してくれたのに、面白い事にならなくって」

朋也「別に、それはいいんだけどな。……智代の奴、生徒会選挙が控えてるってのに大丈夫かな……」

春原「お前まで智代の事を心配すんのかよ?あいつなら大丈夫だよ、僕みたいな不良が近くにいなければ生徒会長くらいなら余裕で当選するだろ」

朋也「………ふーん」

春原「なんだよ、その意味ありげな『ふーん』は?」

朋也「いや、その言い方だと『自分が足を引っ張ってるから意図的に距離を置いた』って言ってるように聞こえただけだ」

春原「深読みし過ぎだよ、僕がそこまで深く考えてるわけないだろ」

朋也「ま、そりゃそうか。春原だしな」

春原「……ふん」

朋也「そんじゃ、その黒い髪もまた金髪に戻すんだな」

春原「……まぁ、いずれね」



それから数週間後。

生徒会選挙が行われ、その結果が校内放送で読みあげられる。

生徒会長には、もちろん智代の名前があげられる。

そう信じて、疑わなかったのだが。

一番最後にあげられた生徒会長の名前は―――僕の知らない奴の名前だった。

杏「………嘘、でしょ………?」

朋也「………」

春原「………智代……」

短いですが、今回の投下は以上
では

投下します

~~~

その日の放課後。

春原「さて、と。岡崎、帰ろうぜ」

朋也「………」

春原「岡崎?」

朋也「……いいのかよ、智代の事放っておいて」

岡崎は椅子に座ったまま、僕の事を睨みながらそんな言葉をぶつけてきた。

春原「いいのかって……僕はもう智代とは関係ないんだからいいも何もないだろ」

朋也「本当にそう思ってんのか?」

春原「どういうことだよ?」

朋也「お前、また金髪に戻すとか言っておきながら黒いままじゃねえか。それで智代とは関係ないなんて言われても嘘としか思えねえな」

春原「………」

確かに、そうだ。

僕の髪は、あの日智代に黒く染められたままだった。

何故戻さなかったのか……岡崎は、いつでもそういう質問をぶつけられたはずだった。

なのに、今までそれをしてこなかった。

多分、岡崎も薄々は気付いているんだろう。

僕が、この髪を金髪に戻さない理由って奴を。

朋也「ま、お前がどう考えてるのかは知らねえけどな。結局はどうするかを決めるのはお前自身だし」

春原「……ふん、智代ならもう僕の事なんて愛想尽かしてるさ。仮に僕が智代の事をどう思っていようとも、智代の方が僕を嫌ってるだろうしやっぱり関係ないんだよ」

朋也「………そうか、お前がどう思ってるかはよくわかった。もう余計な口出しはしねえよ」

春原「そうそう、それでいいの。僕も他人の恋路に口出しなんてするつもりないしさ」

朋也「……?」

岡崎は顔に僅かな疑問符を浮かべるが、すぐに気にしない体で椅子から立ち上がる。

朋也「帰るか」

春原「おう」

岡崎と二人、教室から出る。

杏「ちょっと、陽平っ!!」

と、すぐに僕の名前を呼ぶ奴がいた。

春原「杏かよ。僕になんか用かよ?」

杏「あんた、智代の事はどうするつもりなのよ!?あの子、生徒会選挙に落選して落ち込んでるはずよ!?放って帰るつもりなの!?」

春原「……はぁ、杏も岡崎と同じ事言うのな」

杏「はぁ!?」

春原「岡崎にもついさっき言ったけど、もう僕は智代とは関係ない。智代だって、僕みたいなやつには愛想尽かしただろ。僕が智代の事を気に掛ける理由はないね」

杏「……だったら、智代がまだあんたに愛想尽かしてないとしたら、あんたが気に掛ける理由は出来るのね?」

春原「は?それどういう意味……」

杏「話は後!!朋也、ちょっと陽平借りて行くわよ!」

朋也「え……あぁ……」

春原「ちょっ、杏!?」

杏に手を掴まれ、そのまま引っ張られていく。

向かう先は、二年の教室が並ぶ階だった。

杏「ほら、ここからは一人で行くっ!!」

智代の教室の近くまで引っ張ったかと思うと、今度は僕の背中をドンと叩いて来る。

春原「はぁっ?行くって、どこにだよ?」

杏「智代の教室に決まってるでしょ!?うだうだ言ってないでさっさと行きなさい!!」

春原「なんで僕が……」

杏「いいから行くっ!!」

春原「ぐっ……」

杏の気迫に気圧され、しぶしぶ智代の教室へと向かう。

春原「……ったく」

溜息をつきながら、教室のドアを開ける。

教室は、もぬけの殻だった。

春原「………」

開けたドアを締め直し、杏の所へ戻って行く。

杏「なんで戻ってきてんのよ!?智代と話をして来いって言ってんのあたしは!!」

春原「教室に智代なんていなかったぞ」

杏「だから……えっ?」

春原「いなかったって言ってんだよ。なんならお前も見て来い」

杏「嘘、だってさっきは……!」

春原「これでもういいだろ?僕は帰るぞ」

茫然としている杏を置いて、僕は玄関へと向かう。

杏「ちょっと、待ちなさいよ!」

春原「待たねえっての。大体教室に智代いないんだからどうしようもないだろ」

玄関では、岡崎が待っていた。

春原「待たせたな、岡崎。帰ろうぜ」

朋也「ん……あぁ。智代には会えたのか?」

春原「会えなかったよ。そもそも教室にはいなかった」

杏「そんなはずないのよ!だって、あたしが教室に行った時は智代いたのよ!?」

朋也「……逃げたのか」

杏「逃げた……って……」

朋也「お前、春原を連れて来るから待ってろとでも言ったんだろ?」

杏「え、えぇ……」

朋也「落ち込んでるあいつが一番見たくない顔が、多分こいつの顔だろ。だから逃げたんじゃねえのか」

春原「……ふん」

杏「智代……あんなに生徒会長になるって意気込んでたのに、大丈夫なのかしら……」

朋也「さあな。でも、俺らが出来ることはなんもないだろ。出来る事があるとしたら……」

そう言って、岡崎は僕の顔を見て来る。

春原「……なんだよ」

朋也「いや、別に。とりあえず、帰ろうぜ」

微妙な空気のまま、校門を後にする。

坂を下っていると、桜並木を見上げている人影があった。

春原「………智代……」

杏「……っ、智代!!」

人影の正体を知った杏が、その人物の名前を呼ぶ。

智代「っ!」

智代はこちらに気付くと―――多分、僕の姿があることに気付いて―――逃げるように走って行ってしまった。

杏「あ、智代っ!?」

その智代の後を、杏が追って行く。

朋也「おい、杏っ!」

岡崎の引きとめる声も聞かず、杏まで走って行ってしまった。

朋也「……行っちまったよ……」

春原「………」

朋也「なぁ、春原……本当に智代の事を放っておいていいのか?」

春原「だから何回も言ってるだろ。この桜並木が切られようと、僕の知った事じゃない」

朋也「………?桜並木と智代と、どういう関係があるんだよ」

春原「……あ」

しまった、つい口が滑った。

朋也「……春原、お前なんか隠してるだろ」

春原「別に……隠してるわけじゃねえよ。ただ、智代から聞いた話を思い出しただけだ」

朋也「智代から聞いた話?って、なんだよ」

春原「………僕は話しても問題ないけど、智代のプライバシーに関わる話だからな」

朋也「………そういや、この桜並木って伐採計画が進んでるんだっけか。智代の奴、この桜並木を見上げてたな」

春原「っ……ちっ、しょうがねえな。詳しく話してやるよ」

はぐらかしても、岡崎は深く突っ込んで来るだろう。

僕は観念して、智代が何故生徒会長を目指しているのか、その理由を話した。

この桜並木は、智代にとって弟との大切な思い出があること。

その思い出の桜並木が伐採されるという計画が進んでいること。

この学校では、その伐採計画の取り消し運動が行われていること。

取り消し運動は生徒会が中心で活動しているのだが、その活動は積極的なものではないこと。

智代は、自身が生徒会長となってその取り消し運動を積極的に行おうと思っていたこと。

智代の家庭の事情は伏せ、簡潔に話し終える。

春原「……ま、つまりはそういうことさ」

朋也「……へぇ……そんな活動してたのか……」

春原「ま、それも智代自身が生徒会長になれなきゃ全てパーさ。そして実際に智代は生徒会選挙に落選した。だからあんなに落ち込んでるんだろ」

朋也「その大切な時に、あいつはお前に惚れちまったってわけか」

春原「………何が言いたいんだよ?」

朋也「いや、別に。ただ、あいつも可哀想だなと思ってな。こんな奴に惚れちまったのが運の尽きか」

春原「っ……!!」

頭に血が上り、岡崎の胸倉をつかむ。

朋也「なんだ?お前はもう智代のことなんてなんとも思ってねえんだろ?なにそんな怒ってんだよ」

春原「お前にっ……お前に何が分かるんだよ、岡崎っ!!」

朋也「わかるも何も、お前が自分で言ってた事だろ。俺は事実を言ってるだけだ」

春原「………っ……」

少しだけ冷静さを取り戻し、岡崎の胸倉を離す。

朋也「お前、いつまでそうやって隠すつもりだよ?いや、そもそも隠せてると思ってんのか?」

春原「何がだよ……」

朋也「今の俺の言葉で怒るってことは、お前自分で認めてるようなもんだぞ」

春原「だから、何がだよっ!」

朋也「お前、智代の事好きなんだろ?」

春原「っ!!」

朋也「だからそんなに怒るんだろ。お前が何を思ってあいつを傷つけるような事を言ったのかまではわかんねえけどな、これ以上はもう無意味だと思うぞ」

春原「何が……無意味だってんだよ……」

朋也「智代はもう落選したんだ。その事実は覆らない」

春原「……っ」

朋也「前にも言ったと思うけど、お前はあいつのことを想って距離を置いたんだろ?『 自分が足を引っ張ってるから意図的に距離を置いた』……違うか?」

春原「………そうだよ……」

朋也「………」

春原「僕があいつの側にいて、あいつに変な噂が立ったらそれこそ生徒会選挙なんて当選するわけない。僕と岡崎は、この学校でも名の知れた不良だ」

朋也「……ああ、そうだな。知らない奴はいないとまでは言わないけど、かなり名は知られてるだろうな」

春原「だから……僕は距離を置く事にしたんだ。全部、お前の言うとおりだよ」

朋也「あいつを傷つけるような言葉を言ったのはなんでだ?」

春原「……正直に言ったところで、あいつが大人しく身を引くとは思えなかったからだよ」

それは単なる僕の自惚れなのかもしれなかったけど、それも今となっては後の祭りだ。

朋也「……不器用な奴だな、お前」

春原「………放っとけ」

全部、吐露してしまった。

全く、いつもながら自分の中途半端さには苛立ってしまう。

春原「で、岡崎はどうすんだよ?」

朋也「あん?なにが」

春原「なにが、じゃないだろ。僕から聞きたい事を聞きたい放題聞いて、なんかやるんじゃねえのかよ」

朋也「言っただろ、何をどうするかは、お前が自分で決める事だ。俺が口出しするような事なんて何もねえよ」

春原「………」

朋也「お前が何か協力して欲しいことがあるってんなら、言ってくれれば協力してやらんこともないぞ?」

春原「……ふん、いずれにしろ智代はもう生徒会選挙に落選したんだ。もう何もすることはないだろ」

朋也「……そっか。んじゃ、帰るか」

春原「………おう」

釈然としない気持ちのまま、岡崎と二人帰路につく。

そうだ、もう後悔したところでどうしようもない。

智代だって……僕の姿を見て逃げ出したんだ。これで、僕とあいつの関係も完全におしまいだよな。

*  *  *

智代「はっ、はっ……」

杏「はぁ、はぁっ……!」

商店街の外れの空き地まで走ると、智代はようやく足を止めてくれた。

智代「……はぁ、はぁっ……!」

杏「と、智代っ……!」

智代「……ふっ、ふふ……っ、見られたくない所を、見られてしまったな……」

口の端から無理な笑いをもらして、智代はそんな事を言う。

杏「見られたくない所……って……」

智代「どうやらわたしは、自分で思っていた以上に、陽平とのことで傷ついてしまっていたようだ……」

杏「っ……」

智代「あの日以降、何をするにしても集中出来なかった……。こんなんじゃ、生徒会長なんてとてもじゃないが務まらなかっただろう。今回の結果は必然だったんだ」

無理な笑顔のまま、智代は休むことなく語り続ける。

智代「杏さんも、すまない。応援してくれていたのに、それも無駄にしてしまった。だが、仕方ないだろう……生徒自身が選んだことなのだから」

杏「智代っ!!」

そんな智代の姿は、痛々しくてとてもじゃないが見ていられなかった。

思わず、智代を強く抱きしめる。

杏「泣きなさいっ……!今、あんたは泣いていいのよっ!」

智代「き、杏……さん……?」

突然のことで、智代はきっと困惑しているだろう。

でも、あたしは間違ったことはしていないつもりだ。

杏「……っ」

気の利いた言葉が何も出てこない為、智代の肩にまわした腕に力を込める。

少しでも、智代の張りつめた気を緩めるように。

智代「………ぅ……くっ……杏……さんっ……!」

やがて、智代の肩が小さく震え始める。

智代「わた、しは……う、うぅぅ……っ!」

杏「………っ」

智代が泣きやむまでの間。

あたしは、智代の事を抱きしめ続けていた。

~~~

智代「………ありがとう、杏さん。少しだけ、落ち着いた」

杏「ううん、気にしないで。この短期間に、色んな事があったんだもの……泣くのが普通よ」

智代「……それでも、ありがとう」

杏「………」

智代「………」

そのまま、あたしたちは無言になる。

杏「……―――……」

口を開いて何かを言おうとしても、何も言葉が出てこずまた口を閉じる。

慰めの言葉を言うのは、簡単なようで難しかった。

智代「……わたしは」

不意に、智代が口を開く。

智代「わたしは一体、何をしているんだろうな……」

杏「智代……」

智代「好きな人にはこっぴどく振られて、目指していた生徒会長にもなれず……」

杏「っ……」

智代「もう、何をしたらいいのかわからなくなってしまった……」

杏「……そもそも、どうして智代は生徒会長になろうとしていたの?」

智代「………桜並木を守りたかったんだ」

悲しげな顔で空を見上げ、智代はぽつりぽつりと話し始める。

智代「校門前の坂にある桜並木は、伐採計画が立ち上がっているんだ。でも、あの桜は……わたしと、わたしの家族の大切な思い出がある」

杏「……それ、あたしも知ってる。伐採計画が順調に進んだら、今年の秋頃には伐採されるとかなんとか……」

智代「そう、その話だ。その一方で、伐採計画の取り消し運動も行われているんだ。それの中心が、あの学校の生徒会。だから、わたしは生徒会長になって、伐採計画の取り消し運動を積極的に行おうと……そう思っていたんだ」

杏「で、でも、別に智代が無理して生徒会長にならなくても、その取り消し運動さえうまく行けば……」

あたしの言葉に、智代は首を横に振る。

智代「ダメなんだ、それでは。そもそも取り消し運動自体が、酷く消極的なんだ。平行線で話が進んでしまうと、間違いなく切られてしまう。生徒会長というのは、多忙なものなんだ。数ある仕事の中で、優先順位の低いものにまで力を入れるのは難しいことなのだろう」

杏「………」

智代「もちろん、わたしは生徒会長になったからと言って通常の業務を怠るつもりは全くなかった。でも、生徒会長になれなければ……その意気込みも無意味だ」

杏「……ちょっと待って、生徒会にとって、その取り消し運動っていうのは優先順位の低いものなの?」

智代「それはそうだろう。本来、あの桜並木は学校とは無縁なのだ。ただ、通学路に生えているというだけでな。生徒会の本来の業務は、その学校や生徒に関するものだ」

杏「でも、あの学校に通う生徒にしてみたら大事なものなんじゃないの?」

智代「……それは、どうだろう。少なくとも、わたしにとっては大事なものであることは間違いないが」

杏「あたしだって、あの桜並木を切られるのは反対よ!なにしろ、あの学校に三年間通っていた身だもん。桜並木にだって、少なからず思い入れはあるわ」

智代「………」

杏「そんなの、あたしだけじゃないと思う。あの学校に通っている人からしてみれば、みんな伐採計画に関して賛成か反対かなら、賛成の人は少ないはずよ!」

智代「しかし、だからと言って生徒会が動く理由には……」

杏「忘れたの?『生徒会の業務は、その学校や生徒に関するものだ』……智代がたった今言ってたことよ」

智代「あ……」

杏「まだ、諦めるのは早いわ!一緒に頑張りましょう、智代!」

智代の手を取って、元気づける。

智代「杏さん………。………ありがとう」

杏「お礼なんていいって!あたしたち、もう友達でしょ?」

智代「……友達……」

杏「そ!友達が困ってるんなら、力になってあげなきゃ!」

智代「………ありがとう」

もう一度、智代は小さい声でお礼を言う。

大変なのは、これからだ。

でも、言いだしっぺのあたしは弱音は吐かない。

杏「名付けて、『桜並木保守大作戦』よ!!気合い入れて行きましょう!!」

智代「っ……ああ!頑張ろう、杏さん!!」

杏・智代「おーっ!!」

商店街の外れの空き地に、二人の声が響き渡った。



智代に起こされていた一週間の習慣は、自分で思っていた以上に染みこんでしまっていたようだった。

あるいは、昔の習慣が戻ったとでも言うのか。

朝は、何故か登校時間には目が覚めるようになってしまっていた。

それから二度寝しようと思っても、頭のどこかで何か突っかかりのようなものを覚えてしまい、結局は遅刻する前に登校してしまう。

それは岡崎も同じみたいだった。

岡崎曰く、「俺の家にまで来られたら困るから遅刻せずに登校していたのが、習慣として身についてしまった」とのこと。

良い事なのか悪い事なのか、僕らは僕らで坂上智代という人物に影響を受けた、と言う事だろう。

その智代は―――あの日、桜並木を眺めていた姿を見掛けたのを最後に、見ていない。

多分、僕の事を避けているんだろう。

こうして今でも智代の事を思い出す辺り、僕は未だに坂上智代という人物が好きなのだろう。

でも、僕が好きな智代は、目標に向けて頑張っていた智代だ。

遥かな高みを見据えていた……あの姿が、僕にはまぶしかった。

今、智代がどうしているかは知らないけれど、多分もう僕の好きな智代の姿は見られないだろう。

生徒会長になれなかったんだ。自らの目標の、スタート地点にすら立てなかった。

僕が智代の立場だったなら、間違いなく挫折していただろう。

まぁ、僕と智代を重ねて考えること自体がそもそも間違っているのかもしれないけれど。

ある日、朝のホームルームで担任が話していた。

桜並木の伐採計画は―――順調に進んでいるとのことだ。

この調子なら、雪が降る前には伐採されるだろう、との事。

その話を聞いて、正直少しだけ動揺した。

智代が目指す、伐採計画の取り消し。

それに、僕も何か手伝えることはないだろうかなんて考えてしまった。

でも、その思考はすぐに頭の中から打ち消す。

智代だって、僕なんかに手伝ってもらうのは嫌に決まっている。

大体、智代は生徒会長じゃないんだ。取り消し運動を行える立ち場じゃないんだから、智代だって何も出来ていないだろう。

そう頭の中で決め付ける。

~~~

夏が過ぎ、秋の色が町全体を包み始める頃。

ある日の放課後、何気なく校内を散策していた僕たちは、くつろげる場所がないかと思い人気のなさそうな資料室に入った。

そこには、先客がいた。二年の、宮沢有紀寧と言う子だった。

資料室が好きだというその子は、たまたまそこを訪れた僕と岡崎を歓迎してくれたのだった。

有紀寧「はい、コーヒーどうぞ」

春原「ありがとう、有紀寧ちゃん」

朋也「……ん、うまい」

有紀寧「それにしても、珍しいですね。こんな所に、しかも放課後に人が来るなんて」

春原「いやぁ、こいつがさ、たまには校内でも散策してみようぜなんて言うから仕方なく僕も付き合ってたのさ」

朋也「おい、適当なこと言うな」

有紀寧「そうだったんですか。こんな場所でよければ、いつでも遊びに来てください」

春原「こんな居心地のいい場所なら、毎日でも来ちゃうよ!」

有紀寧「そう言えば、岡崎さんと春原さんはもう署名したんですか?」

朋也「署名?って、なんのだ」

有紀寧「あら、知らないんですか?毎日、朝早くと放課後になってから、校門前で署名活動を行ってる人がいるんですよ。もう、何ヶ月も前から」

春原「へぇ、そんなことやってる奴いるんだ」

朋也「何の署名活動だ?」

有紀寧「校門前の坂にある、桜並木の伐採計画取り消し嘆願の署名です」

春原「っ!」

朋也「……それ、やってるのは一人か?」

有紀寧「いえ、二人です。一人は岡崎さん達と同じ三年生で、もう一人は今期の生徒会選挙に立候補していた坂上智代さんですね」

春原「……智代が……?」

有紀寧「ちょうど今頃校門前でやっているんじゃないでしょうか。行ってきたらどうですか?」

朋也「……だってよ、春原」

有紀寧「いえ、わたしはお二人に言ってるのですが……」

春原「……ごめん、有紀寧ちゃん!コーヒー、ごちそうさま!」

有紀寧「あっ、春原さんっ!?」

資料室を飛び出し、走って校門へ向かう。

何故、僕は走っている?今更、僕は智代に会わせる顔なんてあるのか?

頭の中では色々な思考が巡っていたが、足は止まらなかった。

校門には、杏と―――智代の姿があった。

杏「よ、陽平っ!?あんた、なんでまだ学校に!?」

咄嗟に、手に持っているものを隠す。

春原「………」

僕は無言で、智代の方に視線を移した。

智代の方は僕が現れたことで動揺しているのか、動きを止めていた。

その手に持っているものに視線を落とす。

『桜並木伐採計画取り消し嘆願の署名』

持っている冊子には、そう書いてあった。

春原(……まだ、諦めてなかったんだな)

まだ、智代は頑張っている。目標に向けて、頑張ってるんだ。

それは、僕が惹かれた智代だ。

智代「よ、陽平……?」

春原「………久しぶりだな、智代」

智代「っ……」

杏「ちょっと、陽平っ!あたしたちは、忙しいの!邪魔するつもりならどっか行きなさいよ!」

春原「こんなところで二人で、何やってるんだよ」

杏「あ、あんたには関係ないでしょ!?」

春原(僕に話すつもりはない……ってことか)

まあ、智代の頑張ってる姿が見れてよかった。

その調子で、頑張れよな、智代。

春原「そうかよ。じゃあな、二人とも」

二人に背を向け、坂を下り始める。

ふと、桜並木を見上げた。

春には満開の桜を咲かせるこの木は、今は枯れ葉でいっぱいだった。

本日の投下、以上
次の投下がラストになるかと思われます。よければ最後までお付き合いください
では

最後の投下開始します
今回はちょっと長めです

*  *  *

その日の夜。

いつものように春原の部屋に来た俺は、こたつの中に入り暖を取る。

朋也「うー、最近冷え込んできたな。もうすぐ雪降るんじゃねえのか」

春原「……雪、か……」

朋也「そういやお前、資料室飛び出して行ったけど、智代には会えたのか?」

春原「ああ……校門前にいたよ、杏と一緒にね。署名の冊子を持ってた」

朋也「杏も?あいつ、智代に協力してたのか……いつ頃から始めたのかは知らねえけど、今もやってるってことは署名が思ってる以上に集まってねえのかな」

春原「……さぁな」

朋也「担任も言ってたけど、雪が降る前には伐採される計画なんだろ?どれくらい集めるつもりかは知らねえけど、間に合うのかな」

春原「さぁ、どうだろうね」

朋也「お前は相変わらず我関せずか。今のお前が智代のことをどう思ってるかは知らねえけど、まだあいつに未練があるなら手伝ってやってもいいんじゃないのか?」

春原「僕は協力するつもりはないよ。第一、あの二人は僕に隠すつもりみたいだし」

朋也「………」

春原「隠すつもりなら、僕が出しゃばることはないだろ。あとはあいつらがどれだけ頑張れるかだ」

朋也「………そうかよ」

ホント、こいつは素直じゃないな。

~~~

翌日。

いつもより少しだけ早く登校した俺は、校門前で署名活動をしている二人の姿を見つける。

杏「署名にご協力お願いしまーす!」

智代「桜並木を守る為、協力をお願いします!」

二人とも、登校中の生徒に熱心に声を掛けている。

朋也「よう、二人とも」

智代「岡崎?」

杏「あら、珍しいじゃない朋也。あんたがこんな朝早くに登校してくるなんて」

朋也「たまには俺だって早く登校するさ」

杏「そうそう、あんたまだこれに署名してなかったわよね。署名、お願い出来る?」

朋也「ああ、それは構わねえけど」

杏から冊子とペンを受け取り、欄に自分の名前を書き込む。

杏「ん、ありがと。智代、これであと何人で目標達成?」

智代「今岡崎が書いてくれたのを入れると、残り12名で半数を越えるな」

杏「よっし、あと少し!」

朋也「生徒の過半数が目標なのか。仮に過半数が集まったとして、それだけで伐採計画の取り消しは実現出来るもんなのか?」

智代「その点は大丈夫だ。今の新生徒会を通して業者の方とも話を付けている。生徒の過半数の署名を集める事が出来たなら、伐採計画は取り消すと」

朋也「期限は?」

智代「っ……そ、それは……」

杏「ちょっと、朋也?あんた、嫌みを言う為にわざわざ来たの?」

朋也「別に、そういうわけじゃない。ただ、ちょっと心配になってな」

杏「はぁ?あんたが何の心配をするってのよ」

朋也「おいおい、俺もたった今署名しただろ。この桜並木は、俺も切られるのは反対だ」

杏「!」

智代「ほ、本当か、岡崎!」

朋也「じゃなかったら、署名なんてしないだろ。俺なんかで良ければ手伝うぞ」

杏「……あんたに、まだ署名をしてない人の当てがあるっていうの?」

朋也「まあ、ちょっとな」

智代「なら、この紙をお前に預けておく。頼むぞ、岡崎」

朋也「ああ、あまり期待せずに待っててくれ。で、もう一度聞くが、期限はいつまでなんだよ」

杏「今月末までよ」

朋也「……ちょっと待て、今月末?」

智代「ああ、そうだ」

来週からは月が変わるから、実質あと数日か。

朋也「よし、わかった。あと、智代。昼休み、ちょっと話があるんだ。いいか?」

智代「わたしに?あ、あぁ、わかった」

杏「……?」

杏は顔に疑問符を浮かべていたが、突っ込んで来ることは無かった。

~~~

杏「智代、そろそろ終わりにしましょ」

智代「待ってくれ、杏さん。もう少しだけ……」

杏「……あたしは構わないけど、あんまり遅くまでやってると……」

智代「……っ」

杏「あと数日あるんだし、ね?また放課後に頑張りましょう?」

智代「ああ……わかった……」

朋也「………」

二人は意味深な会話をした後、署名活動を中止して校舎へと戻って行く。

杏「朋也、あんたは?」

朋也「俺は俺の当てがあるんだ、気にせず先に戻ってろよ」

杏「……?まぁ、わかったけど……あんまり遅くなると、遅刻扱いになるわよ?」

朋也「俺の心配なんかしなくても大丈夫だって。どうせ不良生徒だしな」

杏「そ、わかったわ。じゃ、あたしたちは先に校舎へ入ってるからね」

朋也「おう」

校舎へと向かう二人を見送り、人通りの少なくなってきた校舎で俺の『当て』の人物を待つ。

春原「………」

朋也「違う、お前じゃない」

春原「なんも言ってねえだろ!?なんだよいきなり」

朋也「いや、気にするな。とりあえず遅刻前に登校するんなら早いとこ行け。遅刻扱いされても知らねえぞ」

春原「そういうお前はこんなところでなにやってるんだよ」

朋也「『お前には関係ないこと』だ」

春原「………そうかよ。んじゃ、先に校舎へ入ってるからな」

訝しげな顔をした春原が、校舎へと歩いて行く。

春原が去ってからも、俺は校門前で来訪者を待つ。

その人物は、遅刻ギリギリになってから登校してきた。

渚「………あれ、岡崎さん?」

朋也「よ、古河。久しぶりだな」

古河渚。今年の春に知り合った、同学年の女子生徒だ。

渚「はい、お久しぶりです。こんなところで、何をしているんですか?」

朋也「ちょっとな、お前が来るのを待ってたんだ」

渚「はい?わたしを、ですか?」

朋也「ああ。お前に頼みたいことがあってな」

渚「お願いごとですか?わたしで力になれるなら、なんでも言ってください。岡崎さんにはお世話になりましたから」

朋也「桜並木の伐採計画取り消しの嘆願署名活動をやってるのは知ってるか?」

渚「桜並木?って、もしかしてこの坂のですか?」

朋也「ああ、そうだ。知らないか?この桜並木、伐採計画が進んでるんだ」

渚「そういえば、担任の先生がそんな話をしていました」

朋也「で、この書類はその計画の取り消しを嘆願する署名だ。サイン、してくれるか?」

渚「そんなことで良ければ喜んでします。わたしも、この桜並木が無くなってしまったら悲しいです」

古河にペンと紙を渡し、署名してもらう。

渚「これでいいでしょうか?」

朋也「ああ、サンキュ。やっぱり、お前は知らなかったんだな」

渚「すみません、そんな活動をしているなんてちっとも知らなかったです……」

朋也「……まあ、無理もないか」

宮沢の話と杏や智代の態度から察するに、春原には知られないように時間帯を考えてやってるみたいだったからな。

ギリギリの時間に登校してくるこいつが知らないのも、無理はない。

予鈴のチャイムが校門に響いて来る。

朋也「っと、急ぐか」

渚「はい!」

これで当ての一人からはもらった。次は……。

~~~

ことみ「………朋也くん。これ、なに?」

朋也「やっぱお前も知らなかったか……」

こいつの場合は多分、ナチュラルに杏と智代の署名活動をスルーしてたんだろうな。

俺はことみに、事の一部始終を説明する。

ことみ「校門前の桜並木、切られちゃうの?」

朋也「ああ、このままだとほぼ間違いなくな」

ことみ「それは、ちょっとだけ悲しいことなの」

朋也「ああ、俺もそう思う。だから、それを取り消す為に、サインしてくれるか?」

ことみ「わかったの。サイン、するの」

朋也「サンキュ、ことみ」

微力ながら、これで二人から署名をもらえた。

宮沢はすでに署名したと言っていたし、俺が出来るのはこんなところか。

~~~

昼休み。

春原の誘いを断り、教室を出る。

智代「あっ……」

朋也「悪い、智代。お前の会いたくないであろう奴がまだ教室にいるから、入れなかったんだろ?」

智代「そ、そんなことはないが……」

朋也「まあ、とりあえず人目のないところに行くか」

智代「あぁ……」

智代を連れて、部室棟の方へと歩いて行く。

智代「それで、話とはなんだ?」

朋也「ああ、その前に……杏、どうせ後つけて来てるんだろ?隠れてないで出て来い」

杏「……なんで気付いてるのよ」

廊下の曲がり角に隠れていた杏が、姿を現す。

智代「杏さんも来たのか……」

杏「ごめんね、智代。こいつが何の話をするのか気になっちゃって」

智代「別に、それは構わないが……」

朋也「んで、話だけどな」

三人が揃ったところで、話を切りだす。

朋也「正直な所、智代は春原の事、今はどう思ってるんだ?」

智代「っ!」

朋也「それを聞いておきたいと思ってな」

杏「ちょっと、朋也……」

何かを言いかけた杏を、智代が手で制する。

智代「……好きだよ、今も。ずっと、あいつの事は忘れていない」

朋也「………」

智代「だが、あいつの方はもうわたしの事などなんとも思っていないだろう。こっぴどく振られてしまったしな」

自嘲じみた笑みを浮かべ、智代はそう呟く。

朋也「……本当に、春原がそう思ってると思うか?」

智代「……?」

杏「ど、どういうこと?」

朋也「本当なら、俺はこんなお節介みたいなことするつもりはなかったんだけどな。春原の煮え切らない態度もいい加減見飽きたから、節介は承知で智代の気持ちを聞いておきたいと思ったんだ」

智代「……に、煮え切らない態度とは、どういうことだ……?」

少しだけ震えた声で、智代はそう聞いて来る。

朋也「お前、春原に一度言われただろ?これ以上一緒にいたら、生徒会長になんてなれない、って」

智代「あ、あぁ……言われた」

朋也「あいつが好きなのは、頑張ってるお前なんだ。春原を好きになって本来の目的を見失いかけていた智代は、春原は気に入らなかった。だから、春原はお前を傷つけるような事を言ってまで突き放したんだ」

智代「……」

杏「ちょっと朋也、それどういうこと?陽平は、智代の側にいるつもりはないってはっきり言ったのよ?」

朋也「それは、春原が側にいたら智代が頑張らなくなってしまうって思ってたからだろうな」

杏「そ、それだけじゃないわ!智代のことを、目障りとも……」

朋也「そりゃ、本来の目的を蔑ろにして自分の所にばかり来ていたら、目障りとも思うだろ。春原としては、目標に向けて頑張ってる智代が好きなんだから」

杏「み、味噌汁を作ってくれって言ったのはからかう為だったって……」

朋也「あ、それは智代もすでに知ってるだろ。最初はマジでそのつもりだったんだよ、あいつ」

杏「………。なにそれ……」

朋也「ま、つまりはそういうことさ。あいつは嘘なんて吐いちゃいない。ただ、不器用なだけだったんだよ」

智代「……じ、じゃあ、わたしは陽平に嫌われているというわけではないのか……?」

朋也「ああ。ただ、頑張るお前の姿が好きなんだよ、あいつは」

智代「………!」

今まで険しかった智代の表情が、みるみるウチに明るくなっていく。

杏「智代、春原の所行きましょ!そんでもって一発平手かましてやりなさい!」

智代「……いや、それはダメだ、杏さん」

杏「え、どうして!?だって、智代だって陽平の事、まだ好きなんでしょ?なら、両想いじゃない!ただすれ違ってたってだけで!」

智代「岡崎に色々指摘されて、目が覚めたような思いだ。今ここでわたしが陽平に会いに行っても、恐らく陽平はまたわたしの事を突き放すだろう」

杏「あ……」

智代「あいつが好きなのは、頑張っているわたしだと言うのなら……その姿を、見てもらおう!」

朋也「……やれやれ」

こいつもこいつで不器用だな。

ま、これでとりあえずは丸く収まりそうだ。

朋也「あ、そうそう。俺の方で心当たりを二人ほど当たって、署名をもらって来たぞ。ほら」

今朝智代から渡された紙を、智代に返す。

智代「本当か!ありがとう、岡崎」

杏「あと少しね、智代」

智代「ああ。無事、桜並木の伐採計画を取り消す事が出来たら……その時、また陽平に告白しようと思う」

杏「応援してるわよ、智代!」

朋也「素直じゃないあいつに目に物見せてやれ」

智代「……ありがとう、二人とも」

智代は改まって、俺と杏に向けて頭を下げて来る。

杏「お礼を言うのは、全部終わってからでしょ?」

智代「ああ……そうだな、杏さん」

朋也「今朝はあと12人って言ってたな。今朝も何人かから署名もらってたみたいだし、目標まであとどれくらいだ?」

智代「岡崎が2人からもらってきてくれたから、あと5人だな」

杏「それなんだけどね、あたしにいい案があるのよ!」

―――――
―――


朋也「なるほど、それいいな」

智代「し、しかし、いくらなんでもそれは、ちょっとくさくないだろうか?」

杏「いいのいいの!あのバカを相手にするんだから、それくらいでちょうどいいの!」

智代「そ、そんなものか?」

朋也「ああ、いいんじゃないか?あいつは見た目通り単純だからな。そういう演出は素直に感動するんじゃねえのかな」

智代「そ、そうか、わかった!なら、杏さんの案で行く事にしよう!」

杏「なんにしても、残りの署名も早い所集めなきゃね!」

*  *  *

昼休みになるとすぐに教室から出て行った岡崎が、教室に戻って来る。

何故か、杏と一緒に。

朋也「なんだおまえ、一人で飯食ってたのか」

春原「……悪いかよ」

杏「はぁ~、寂しい奴ねぇあんた」

春原「なんだよ、杏。もう僕の顔見たくないんじゃなかったのか?」

杏「うっさいわね。別にあんたの顔を見に来たわけじゃないわよ。あたしは椋に会いに来たの」

春原「だったら委員長の方に行けよ」

杏「言われなくっても。そんじゃね、朋也」

朋也「おう」

杏に返事をして、岡崎は自分の席に座るとパンを食べ始める。

春原「どこ行ってたんだよ、岡崎」

朋也「ん、ちょっとな」

春原「……まぁ、別に僕には関係ないことだけどさ」

言いながら、サンドイッチの最後の一口を放り込む。

昼飯を食べ終えると手持無沙汰になり、視線を外に移した。

この教室からでも見える、桜並木。

春原「………あの桜並木が無くなっちまうと、寂しくなるな、この教室からの眺めも」

朋也「ああ、そうだな」

春原「雪が降る前には……か」

頬杖をつきながら、そう呟く。

まぁ、どうなろうと僕には関係のないことだけどね。



その日から、岡崎も妙に付き合いが悪くなった。

放課後は用事があるから先に帰れと言うし、夜も僕の家に来ることはなくなった。

もしかしたら、岡崎も智代や杏に協力してるのかもな。

………なんで僕に声を掛けないんだ、なんて理不尽な怒りを覚える。

大体の原因は僕にあるのだから、そんな怒りを覚えること自体がそもそも間違っているんだけど。

そうして、とうとう11月の終わりがやってくる。

その日、朝早くに目が覚めた僕は自分でも驚くくらい早い時間に寮を出た。

何故かは、自分でもわからなかった。

ただ、なんとなく今日は早くに行かなければならない気がしたから。

通学路の途中で、岡崎とはち合わせる。

朋也「……春原?」

春原「……今朝は早いじゃん、岡崎」

朋也「ああ……まあな。そういうお前こそ、早いじゃねえか」

春原「別に……早くに目が覚めたからダラダラするのもあれだと思って、出てきただけさ」

そうして、なんとなく岡崎と二人で登校する。

校門前の坂に到着すると、不意に空を見上げた。

朋也「どうした、春原?」

春原「……おい、まさか」

朋也「?」

岡崎も僕と同じように、空を見上げた。

空からは、ちらほらと白い結晶が降り始めていた。

朋也「……雪……?今年はずいぶん降るの早いんだな」

春原「………」

頭の中で、今まで溜まりに溜まっていた何かががはち切れた気がした。

朋也「おい、本当にどうしたんだよ春原?」

春原「……桜並木は!?」

朋也「は?」

春原「は?じゃねえよっ!雪が降る前には切られるって言ってただろ!?桜並木、切られるんじゃねえのか!?」

朋也「お、おい、落ち着け春原!」

春原「くっ!」

岡崎の制止など気にも留めず、坂を駆け上がる。

朋也「おい、春原っ!」

春原「は、はぁ、はぁっ……!」

冗談じゃない、冗談じゃないぞ!!

この桜並木は、智代の大切なものなんだ!!

切られてたまるかよっ!!!

坂の途中で、何かの業者らしき人が数名、桜並木の側に立っていた。

春原「っ……その木を……切るんじゃねええええぇぇぇぇぇぇっ!!!」

何も考えずに、僕はそう叫んでいた。

春原「この木はっ!!お前らが軽々しく切っていいような木じゃねえんだよっ!!!」

木と、その側に立っている奴らの間に割って入り、そう叫ぶ。

春原「帰れ!!この木は、絶対に切らせねえぞ!!」

体面も体裁も気にせず、叫び続ける。

何事かと騒ぎを聞きつけた奴らが、人ごみを作り始める。

業者の男「ちょっと、キミ……」

春原「近寄るなっ!!」

杏「ちょっとちょっと、何の騒ぎ!?」

人ごみを掻き分け、近づいて来る人物の声が聞こえた。

そいつは、杏だった。

杏「どうしたのよ、陽平!」

春原「こいつらが……!こいつらが、智代が守ろうと頑張ってる木を切ろうとしてたんだよ!!」

智代「お、落ち着け、陽平!」

春原「落ち着いてられるかよ!お前が守ろう……と……」

そこで、思考が止まる。

智代「……どうした、陽平?」

春原「え、いや……え……?と、智代さん……いつからここに……?」

智代「この騒ぎを聞き付けて、今来たところだ」

春原「も、もしかして、今の……?」

そこから先は、声が出なかった。

しかし僕が何を言いたいのかはなんとなく察したのだろう、智代は少しだけ顔を赤くして頷く。

春原「……―――」

智代「と、とにかく、ここで会えてちょうどよかった、陽平。お前に、頼みたい事があるんだ」

春原「……な、なんでしょうか……?」

気恥ずかしさが先立ち、ついつい敬語になる。

智代「陽平の名前を、ここに書いて欲しいんだ。お願い出来るか?」

智代の問いに無言で頷き、渡されたペンを持って冊子に名前を書く。

智代「………ありがとう、陽平」

その冊子を大事そうに閉じると、智代は立ち上がった。

智代「これで、我が校の生徒の過半数の署名が集まった。あとは、お願い出来るだろうか?」

業者の男「集まったんですね。ギリギリまで待っていた甲斐がありました。あとは私達にお任せください」

男はそう言うと会釈をして、その冊子を受け取ると立ち去って行った。

智代「……ふぅ」

騒ぎが収まったのを見届けると、群がっていた人だかりは解散していく。

杏「あちゃー……もう雰囲気も何もあったもんじゃないわね」

智代「だが、目標を達する事は出来た。ありがとう、杏さん、岡崎」

智代の言葉で、岡崎もいつの間にか一緒にいることに気が付いた。

杏「どういたしまして」

朋也「これで、桜並木が切られる事はなくなったんだな」

春原「………あの、つまりどういうことでしょーか……?」

智代「詳しい話は、後日ちゃんと説明する。とりあえず今は、目標達成の余韻に浸らせてくれるか……」

そう言って、智代は今までにみたどの笑顔よりも眩しい笑顔で、桜並木を見上げていた。

その笑顔は、当然だけど、僕の好きな笑顔でもあったのだった。

杏「そんじゃ、あたしたちは先に行ってるわよ、智代、陽平」

朋也「お前らも、遅刻しないで来いよ」

智代「ああ……わかった。気を遣ってもらってすまない、杏さん、岡崎」

春原「お、おい、ちょっと待て!ぼ、僕も一緒に行くっ!」

今智代と二人きりになんてなったら絶対気まずい!

歩いて行く岡崎の後を追おうとしたら、智代に腕を掴まれる。

智代「まあ待て、陽平」

春原「い、いや、あの……!?」

さっきの言葉を聞かれていたとしたら、かなり恥ずかしいぞ。

ここは振り切ってでも逃げるべきか……?

春原「くっ!」

智代に掴まれている腕を振りほどこうとする。

しかし、がっちりと掴まれた僕の腕はびくともしなかった。

智代「待ってくれ、陽平……改めて、お前に言いたい事があるんだ」

春原「………な、なんだよ………」

観念して智代に返事をする。

智代は二、三回深呼吸する。その動作には、見覚えがあった。

数か月前、僕に告白する前の動作と、寸分違わず一緒だった。

智代「………わたしは、やっぱり陽平の事が好きだ」

いきなり、そう切り出して来る。

智代「でも、わたしは、お前がいなくても頑張ったんだ。生徒会長にはなれなくとも、この桜並木を守る事が出来た」

春原「………」

智代「もちろん、この桜並木を守る事がわたしにとっては一番大事なことだったのは間違いない。だが、わたしがこうして頑張る事が出来たのは……陽平のおかげだ」

春原「……どうして僕のおかげなんだよ。僕は……お前の力になれるようなことなんてなんもやってねえぞ」

智代「わかっている。おまえは、不器用な男だからな。わたしを突き放すことで、頑張って欲しかったのだろう?」

春原「……知った風な口を聞くんじゃねえよ」

智代「知った風な口ではない。実際に知っているんだ」

春原「っ……」

智代「なんて、偉そうなことを言えた立ち場ではないけどな。岡崎から、全部聞いたよ」

春原「岡崎から……?って、全部!?」

智代「ああ、それはもう全部だ。お前が好いてくれたわたしは、目標に向けて頑張っているわたしなのだろう?」

春原「い、いや……それは、その……」

智代「今なら、陽平の気持ちがわかる気がする。わたしも、不器用だから……」

春原「……」

智代「さっき、お前が叫んでいた言葉……かなり嬉しかったぞ、陽平」

春原「………やっぱり聞いてたのかよ……」

まぁ、あれだけ大きな声で叫んでれば当然か……。

智代「わたしも、こういう経験は初めてなんだ。だから、不器用でも、不格好でも、こういう風にしか言葉に出来ない」

そこで一呼吸置き、智代は真っ直ぐな目で僕の顔を見る。

智代「やっぱりわたしは、春原陽平という男が好きだ。改めて、お前に側にいて欲しいと思う」

春原「………」

智代からの、二度目の告白だった。

僕は口を開く事が出来ず、智代の姿を眺めた。

………ああ、今の智代は、そうだ。

春原「……いいのかよ、僕なんかで」

智代「……!」

春原「僕は、多分お前が思っている以上にいい加減で、適当な奴だぞ?そんな奴でも、側にいてほしいって思うのか?」

智代「そんなことはない。お前は、お前が自分で思っているよりは魅力のある男性だと思うぞ?」

春原「……はは……ずいぶん恥ずかしいセリフを事もなげに言うんだな」

智代「そ、そうか?自分で自覚はないのだが……」

春原「いいよ、負けた」

今の智代は……。

春原「僕も、好きだよ。坂上智代っていう子が、ね」

智代「……陽平……っ!」

僕が惹かれた、頑張っている智代だ。

今の智代の側には、僕の方からお願いして側にいさせてほしいくらいだ。

改めて智代の姿を眺めると、そう思えた。

そうして、僕と智代は。

予鈴のチャイムが鳴り響く桜並木の下で。

口づけを交わした。



これは、後から聞いた話だけど。

あの時桜並木の側にいた業者の人らしき数名の人物は、伐採の業者の人ではなかったらしい。

むしろその逆で、校外で伐採運動の取り消しに尽力してくれていた人達だったとのこと。

いきなり僕が割って入って来て、かなり驚いていたという話だ。

あの時、僕が名前を書いた紙は嘆願の署名の紙だったそうだ。

ちょうどその日が最終日で、最後の一人というところまで来たから僕が登校してくるのを杏と二人で校門前で待っていたとのこと。

桜並木の側にいた人達も、署名の冊子を渡すということであらかじめ智代が呼び出していた人たちだったというのだ。

そんな話とも知らず、僕はあの人達に罵声を浴びせてしまった。

わたしの方から謝っておいたから気にする必要はない、と智代は言っていたけれど。

やっぱり、申し訳無い事をしたなと思う。

そうして、全てが片付いた翌日。

春原「……どうして僕の部屋にいるんですかね……」

智代「おはよう、陽平」

休日の朝、何故か智代が僕の部屋に訪れていた。

春原「おはよう、じゃねえよ!既視感バリバリだよっ!!」

智代「こうして朝にお前の部屋に来るのも久しぶりだな」

春原「そして何事もないかのようにくつろいでるんじゃねえ!!」

智代「ただくつろいでいるわけではないぞ?ほら、お前が寝ている間に、朝ごはんを作っておいたんだ」

智代にばかり気を取られていたが、そう言われると確かにおいしそうな匂いが鼻をくすぐる。

智代「お前がおいしいと言ってくれた、あの味噌汁だぞ」

言いたいことは色々あったが、とりあえず食欲には勝てなかった。

ベッドから降りて、智代の作った味噌汁をいただくことにする。

智代「どうだ、陽平?おいしいか?」

春原「……うまい」

智代「そうか、よかった」

春原「で、なんで智代は僕の部屋にいるわけ?今日、学校休みだよね?」

智代「あぁ……わ、わたしも、その、男性の方とお付き合いをするのは初めてでな……聞く話によると、恋人同士というのは休日は一緒に過ごすものらしい」

春原「……へ?」

智代「だから、えっと……わ、わたしの彼氏である陽平と、一緒に過ごそうかな、と思って、こうして来たんだ」

春原「………」

面と向かってそう言われると、その、なんだ。

春原「照れる」

智代「わ、わたしだって結構恥ずかしいことをしていると自覚はしている」

しかし、そうか……。

僕、こいつと付き合う事になったんだなぁ……。

春原「つーか、僕の実家って東北の方なんだけど?」

智代「そうなのか?」

春原「高校卒業したら、僕東北に帰っちゃうよ?この町で仕事探すの、僕の成績じゃ大変だろうし」

智代「ふむ……つまり、お前の成績が良くなれば、この町で仕事を探すことも出来るようになるわけだな?」

春原「え?」

智代「そういうことなら任せておけ。わたしが、お前の日常生活というものを一から叩き直してやろう」

春原「え、え?」

智代「遠慮する事はないぞ。なにしろ、わたしは陽平の彼女なのだからな!」

春原「え、え、え?」

智代「幸か不幸か、わたしは生徒会長には落選したから時間はある。これからは、少なくともお前が卒業するまでは一緒にいられるぞ、陽平」

春原「……相変わらず僕の意思は無視なんすね」

智代「当然だ。だって、お前が好いてくれたわたしは……」

……ああ、そうだよ。

僕が好きなのは……。

春原「頑張ってる智代、だ」

僕がそう言うと、智代は満面の笑みを浮かべる。

卒業まであと僅かだ。その後、僕がこの町にいられるのかどうかはわからないけれど。

智代なら、それも実現することが出来るんじゃないのかって。

そう思わずにはいられなかった。

何しろ、僕の彼女は。

いつでも目標に向けて、頑張る子だからな。

以上で、投下終了です
智代と春原がくっつく話は、前々から書いてみたいなぁと思っていたので、今回こうして完結まで書けてよかったです
最後まで付き合ってくれた方、ありがとうございます
それでは、またどこかのSSスレにて会いましょう

乙乙乙

後日談はありますか…?(小声)

>>332
後日談は書く気なかったんですが、春原たちの卒業式を考えてると書いてみたくなったので書いてみようと思います
しばしお待ちください

後日談の前に、ちょっとしたおまけを書いたので投下します
杏のある決心で、短いです

おまけ

智代と陽平のことを側で見てきて、あたしはある決心を固めた。

あたしも、自分の気持ちに素直になってみよう。

まず、それに関して謝らなければならない子がいた。

椋「お姉ちゃん、話ってなに?」

杏「ん……うん」

椋。あたしの妹にして、双子の片割れだ。

杏「あの……ね、椋。あたし、あんたに謝らなきゃならないことがあるの」

椋「謝らないといけないこと……?」

杏「う、うん……じ、実は、ね……あたし……」

そこから先を言うと、もう後戻り出来なくなる。

一度そう自分の心に言い聞かせ、意を決してあたしはその先の言葉を紡ぐ。

杏「と、朋也の事が……好き、なの」

椋「……!」

杏「い、今まで、椋には黙ってたけど……もう、ずっと前から」

椋「………」

杏「………」

部屋の中に、静寂が訪れる。

かつて今まで、椋とこれほどまでに気まずい空気になったことがあっただろうか。

椋「……うん。知ってたよ、お姉ちゃん」

杏「……え……?」

椋「むしろ、それに関して謝らなきゃいけないのはわたしの方だよ、お姉ちゃん」

予想していなかった答えが返って来て、あたしは言葉につまる。

椋「わたし、お姉ちゃんの気持ちを知りながら、岡崎くんのことをお姉ちゃんに相談したんだもん……ずるい子だよね、わたし」

杏「え、え……?し、知ってたの、椋……?」

椋「それは、そうだよ。毎日のように岡崎くんと春原くんの話をするお姉ちゃんを見て来たんだもん。それで岡崎くんのことを好きじゃないって言われても、納得出来ないよ」

杏「……う、うわ、うわ……な、何それ何それ!?だとしたら、あたし、最低じゃん!」

椋「最低って言うなら、わたしも同じだよ」

杏「うわぁーーー、恥ずかしいいいいーーーっ!!」

思わず、顔を覆う。多分、今、あたしの顔は真っ赤だ。

椋「言ってくれて嬉しいよ、お姉ちゃん……これで、遠慮することもなくなったもんね」

杏「えっ……?」

椋「お互いの気持ちを知ったんだもん、もうお互いに遠慮することはなくなったでしょ?」

杏「え、あ、でも、あたしは朋也とは……」

椋「もう、嘘は吐かなくていいよ、お姉ちゃん。岡崎くんの事が好きなら、素直になっていいの」

杏「……うぅ……」

椋「だいたい、その気持ちを抑えられないからこうやってわたしに打ち明けたんでしょ?」

杏「それは……まぁ……そうだけど……」

椋「お姉ちゃんと岡崎くんなら、うまく行くよ、きっと」

杏「椋……」

椋「でも、だからと言ってわたしも大人しく引き下がるつもりはないから」

杏「………」

椋「これからは、ライバルだね、お姉ちゃん」

杏「……そう、ね。あたしは、朋也の事が好きだから……この気持ちは、多分、椋にも負けないと思う」

椋「それはわたしも同じだよ、お姉ちゃん」

そう言って、あたしと椋は笑いあった。

この話をしようって決意した時は、こういう風に笑いあえなくなるとすら覚悟してたのに。

椋ってば、本当にいい子過ぎる。

これで、遠慮はなしだ。


椋「……頑張ってね、お姉ちゃん」


おまけ終わり

これでおまけは以上です
なんでこの話を入れたのかと言うと、これを間に挟んだ方が今後の話が書きやすいと思ったからです

それとひとつ決めたのですが、このスレはこれで完全に投下終了にさせていただきます
続きの話が思ってたより長くなりそうなので、新しくスレを立ててそちらの方で投下したいと思います
このスレで最後まで付き合ってくれた方はありがとうございました
新スレでまた会えたら幸いです
では

智代「もうすぐ陽平たちの卒業式だな……」
智代「もうすぐ陽平たちの卒業式だな……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1382029216/)

こちらが続編となります
よろしければこちらの方もお付き合いください

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