華の勇者「新たな勇者となる君には、十戒を学んで貰う」地味剣士「十戒?」 (6)




 ──まず始めに、私は視界を奪われた。

 『彼』は木彫りの片手直剣を構えさせた私に歩み寄り、長い私の赤髪を軽く指先で掻き分けながら黒染めのスカーフを目元に巻き付けた。
 薄布だ、柔らかいそれが瞼を傷つける事はなく、ただ黒染めである事が私の視界に闇を広げた。

 彼は視界を奪われた私の耳元で優しく囁いた。

「それが最初の戒めだよ」

 戒め、その言葉の意味を探るように私は首を傾げながら問いかける。

「こうする事が、ですか?」

 私の問いに答えは返って来なかった。







「シー……──耳をすましてごらん、何が聞こえる?」

「……風の音です。草を撫でる風、木々を揺らして私達の頭上を吹き抜けている……そんな音です」

「それは何故だい」

 立て続けに、彼は私に問い掛けてくる。
 私からの問いには答えない、けれどそこに意地悪な意図があるわけではない事は分かっている。
 これは、そういうものだから。
 何よりもこれらは彼が私に付き合ってくれている事だから。

 だから私は必死に短い時間の中で彼への答えを導き出して、口にする。
 暗闇の中で答える。

「ここが……森だからです、私たちは旅の道中だった。
 それを私は確かに記憶している、私が視界を隠される前までは確かに森だった」





「そうか。ここは森なのだと、そう君は言い切れるのだね。
 ……"羨ましい"よ、迷わず答えられるだけの確固たる意志を君は持っているようだ」

 彼は感心したように言った。
 同時に、諭すようにも続けた。

「……ではお教えしよう。
 ──ここは君の思う場所ではない。君は今、本来の名を知らぬ町の中で佇んでいるのさ」

「街中に……」

「その通り。君は多くの人々が行き交う往来の最中で佇んでいる、君の失った視界には映っていないだろうが手を伸ばせば『そこに』は血の通った温かい人間が確かに居るんだ」

「っ……それは、"そのつもりで"やれと言うことですか……?」

 余りにも突拍子のない展開に、思わず目隠しされたまま面食らった私は彼にそんな事を聞いた。
 けれど当然、彼はそれに答えない。
 僅かな沈黙が肯定とも否定とも私に判断させない空気を作り、それから期を見たかのように続けた。

「君が握っている物は────何だい?」





 今度は感情の籠っていない声だった。
 私は次第に冷静さを失いつつあった、少なくとも私の知る限り手の中にある物は木彫りの剣だった筈だからだ。
 けれど気付けば、手の中に生まれた嫌な汗が冷たく滲んで──剣の柄を冷たく濡らしていた。
 これは木彫りの剣だ、刃引きされた剣などよりも試合向きに象られた片手直剣である、認識を誤る事は無い。

 けれど、嫌な予感があった。

「…………木剣です」

 じわりと汗の滲んだ手の中から閉じた瞼の下で目を逸らし、それまでの事実に照らし合わせた認識を示す。
 声に発する事でより強固に、私はそれを木剣として強く再確認した。

 だが、彼は私が否定したものを事実のように告げる。

「いいや、君がその手に握り締めている物は『真剣』だよ。力のままに振り抜けば人間を殺め、あるいは傷つける物だ」

「それは……そのつもりで……? それとも、本当に……?」








「君の力ならほんの少しだけ刃先を横に振るだけで、腰元までしか背丈の無い子供の首を刎ねる事が出来る。
 後ろに振れば背後を通り抜けようとした人間の腹部を柄尻で打つだろうね、
 けど君はその手の尺の剣を操る時は大抵……手首の動きで切先と太刀筋を決める傾向がある。
 きっと君は周囲を傷つける事を恐れて胸元に抱き寄せるようにしてしまうのだろう、
 ……だがそれで、どうやって町の人々を護れる? 脅威はすぐそこに来ているのに」

 それは捲し立てるようで、認識の甘い子供を諭すようにも聴こえて、私は半ば萎縮しかけてしまう。
 でも答えに窮してる場合じゃない。
 だって彼は言ったのだ、町に住む人々に脅威が迫っていると。

「脅威……とは? それは、なんですか」

「君には何が出来る」

「……分かりません、だって私はその『脅威』を認識出来ていないからです」

 私はそっと、手の中に確かにある筈の木剣を胸元に抱くようにして答えた。
 彼は、私のその答えに重い声で続けた。

「君には、何もできないという事かい?」

「そんな事はありません、でも……」

「ならばもう一度聞こう。君には────何が出来る?」






 ──私に出来る事は。

 認識外の脅威、だけどそれを最低でも予知出来ているのなら。
 脅威が迫っているのなら、私はまずそれを『知る』事に力を注ぐ。
 私はまだ未熟だし大した魔法が使えないけれど……この足で町中を走り回るくらいはできる。
 人に聞き、外を見て回り、環境を見極めて、何とか迫り来る脅威の手掛かりを掴もうとするだろう。

 それが害敵であるのなら、この手の剣に懸けて討ち倒す。
 それが災害であるのなら、この手足を使い声を発して人々を救うべく奔走する。

 私に、出来る事。



「……私に出来る全てを用いて、無辜の民を救う事です」







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