魔王に捧ぐ鎮魂歌 (5)

 銃声と悲鳴が響く。辺りには血と硝煙の匂いが立ち込める。しばらくすると、銃声が止み、足音が聞こえてくる。足音はどんどんとこちらに近づいてきて、やがて私の牢屋の前で止まった。
 そいつらは下卑た笑みを浮かべながら、牢屋の扉を蹴り破り、私の腕を掴んで連れ去っていく。連れ去られる道中に広がっていたのは死体の山。
 全部、私のせいだ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――。
 
△ △ △

 ふと、目が覚めた。カーテンの隙間から差し込む光はまだ弱く、半端な時間に起きてしまったことが想像できた。そして、それを裏付けるように時計は朝の三時を指していた。
 横を向くと、そこには一人の少女がいた。うなされているようで、縋るような声で男の名前を何度も呼んでいた。自身の目が覚めた理由を知ると、男はうなされている少女の黒髪を優しい手付きで撫でた。すると、少女の表情が安らいだものになっていき、やがて深い眠りに落ちていった。
 男は目の前で寝息を立てている少女について考える。
 半年前、近隣の村からの要請を受けて、山賊を襲った。その山賊のアジトに囚われていたのがこの少女である。少女は自身をこの地方に伝わる魔王と語った。始めはそれを家庭のしつけのようなものだと思っていたが、二日もしないうちに訳の分からない集団に襲われた。それだけなら、自身も恨みを買っていないとは言い難い生活を送ってきているので納得することができたが、それが半年たった現在まで続いているので、いよいよ信じるしかなくなってしまっている。
 この半年でたくさんの人を殺した。殺さなければ自身と少女が殺されたとは言え、とうにそんな理屈は意味をなしておらず、男の精神を蝕んでいた。自分はたくさん人を殺したのだから、たくさんの人を救わなければ。男はそんな思想に取り憑かれていた。
 ある日それに気付いた少女が、自分が魔王になったら人を沢山[ピーーー]だろうから、男が自分を殺せと言ってきた。もちろん男はそれを拒絶したが、このまま精神を蝕まれ続けられたのなら、いつの日か、その提案を受け入れてしまいそうで、それがたまらなく恐ろしかった。

◇ ◇ ◇

 レンリさんと出会って、一年が経った。レンリさんは今まで出会ったどんな人とも違って、私を魔王と言って恐れないし、殺そうともしない。そして、底なしのお人好しだった。どのくらいかって言うと、自分を殺そうとした人を殺して、罪悪感で押しつぶされそうになってるくらい。自分は人をたくさん殺したから、もっとたくさんの人を助けなきゃって。
 別に私だって死にたいわけじゃない。でも、それ以上に私はレンリさんが大好きだ。
彼の大きくて優しく撫でてくれる手が大好きだ。私をしっかりと抱きとめてくれる腕が大好きだ。私を真っ直ぐに見守ってくれる目が大好きだ。こっちまで毒気が抜かれるような笑顔が大好きだ。私を救ってくれる声が大好きだ。心が安らぐ香りが大好きだ。彼の全部が大好きだ。
 だから、彼になら殺されてもいいって思える。
 レンリさんが辛くなったら私を殺せばいい。ある日そう言ったら、レンリさんは珍しく怒って、三日は口を聞いてくれなかった。レンリさんが私を殺そうとしないことは、まあ、分かってはいたけれど、あそこまで怒るとは正直、思ってなかった。
 そのあと、ちゃんとごめんなさいをして、ぎゅってしてもらった。どうしてか、涙が溢れて止まらなくなった。そうしたら、レンリさんがぎゅってしながら頭を撫でてくれた。なんでか、涙がもっと溢れて止まらなくなった。

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◯ ◯ ◯

 サナと出会ってから、早くも一年と半年が経とうとしていた。最近はイーロス騎士団(騎士団なんて名前の割に、使う獲物はもっぱら銃が多いけれど)からの逃げ方も分かってきて、平和に暮らすことが出来ている。最初にいた街からは随分と離れたところだけれど、この地域では魔王の伝承があまり広まっていない。そんな地域柄もあって、限られた店だけではあるけれど、外食もできるようになった。
 正直、一人暮らしで、そこまで自炊もしていなかった人間が、いきなり毎日、自炊しろというのは辛いのだ。だから、こうして外食ができるようになったのはとてもありがたい――んだけれど、どうやらサナさんには不評のご様子で、私の作ったご飯がいいって文句を言っている。それでも、こうして週に一回は外食に行ってくれる辺り、できた子だよなあ。

「レンリさん、あーん」

けど、トマトはやっぱり苦手らしく、サラダに入っていたトマトを私に差し出してくる。まあ、一個は食べたし良しとしますか。

「しょうがなっ――」

 パァン! と音がしたと思ったら、体に穴が空いて、トマトみたいに中身が飛び出た。

× × ×

眼の前で、レンリさんが倒れた。響く銃声。血と硝煙の香り。首から血が流れている。止まらない。どんどん赤に染まっていく。目が虚ろになっていく。どんどん冷たくなっていく。動かない。私のせいだ。私がいるから。まって、行かないで。

「う、あ、うううッ、あ、ああああああッッッ!!! レンリさん!! まって、まって、やだ。やだやだやだやだ」

店の入口の方から男たちが入ってくる。

「ガキは[ピーーー]なよ!」

リーダーらしき奴が何かを言っている。腕にはイーロスの団証。

「お前えッ!!!」

怒りで目の前が真っ白になって、体に底知れない力が溢れてくる。イーロスの奴らは私を見ると怯えたような表情をしていた。邪魔だ。

「死ッ――」

『[ピーーー]』その一言だけで、私はあいつらを殺せた。それでも、それが叶わなかったのは。
 レンリさんが私に後ろから私に抱きついて、私の口を塞いでいた。
 
+ + +

 レンリさんは私の口を抑えたまま、ホルスターから銃を抜いて、イーロスの奴らを撃ち殺した。それが終わると、糸が切れたように動かなくなって、私の背中から滑り落ちていった。
 優しかった目に光はなくて。暖かかった体は冷たくて。トクトクと鳴っていた心臓の音はしなくて。
 
 「レンリさん……。やだ、待って。いかないで。まだ一緒にいたいよ。やだやだやだやだ」

 どんなに私がレンリさんの死を拒んでも、事実は変わらない。
 私の、せいだ。私がいるから。私がいなければ、レンリさんは死ななかった。私がいなければ、レンリさんの心を苦しめることもなかった。私がっ、私が、いなければっ。全部、私のせいじゃないか。なんで、忘れていたんだろう。私は魔王だから、いるだけでたくさんの人を[ピーーー]んだ。お父さんもお母さんも村の人たちも、みんなみんな、私が殺したんだ。

「う、あ。うううあああああああっ!」

 私はレンリさんの銃を拾って、頭を撃った。けれど、銃弾は私の頭を貫くことなく、足元に転がった。もう一度、撃った。銃弾が足元に転がった。なんでなんでなんでなんでなんで。
 私はもう、死ぬことすら叶わなかった。
 セカイは何処までも残酷に私を打ちのめした。

* * *

 私がレンリさんを抱えて、外に出るとイーロスの奴らが蛆の様に湧いていた。邪魔だよ。

「[ピーーー]」

 私が一言そう口に出すと、あいつらは脳漿をぶちまけて死んだ。心は痛まなかった。
 試しに、自分に向けて「[ピーーー]」と言ってみる。――なにも起こらなかった。
 一番、殺したいやつを殺せないこの力に何の意味がある? 一番、救いたかった人を救えないこの力になんの意味がある?
 こんなセカイになんの意味がある?

 そうして私は、魔王になった。

# # #

 レンリさんが死んでから、300年が経った。レンリさんが死んだあと、セカイを滅ぼそうとも思ったけれど、私はセカイが滅んでもきっと生きている。だったらと、私を殺してくれる奴が現れるのを待ってみることにした。 
 そうして待つこと300年、勇者が現れた。
 けれど、その勇者は私を殺さなかった。私を[ピーーー]ことが出来たはずなのに。頭では殺さなきゃと思うのに、感情がそれを拒むらしい。
 勇者はこのセカイの皆から私を[ピーーー]ことを期待されている。そんな周りの願いと自分の感情の差異に悩んでいるのが、なんだかレンリさんみたいで、感傷的になったのだろうか。
 私は勇者に私とレンリさんの話をすることにした。

♡ ♡ ♡

 私が話をし終えると、勇者は泣いていた。「私を絶対に殺してみせるから」って泣きながら言うものだから、本当に殺してくれるのか不安になってしまう。
 涙で狙いが定まらないと言って、私に銃を突きつけて撃つことになった。
 勇者は銃を構えた。
 
一発目。私を守る障壁にヒビが入った。
 
二発目。私を守る障壁が壊れた。
 
三発目。私にかかる不老不死の呪いが解けた。
 
四発目。ただの人になった。
 
五発目。勇者は撃てなかった。
 
「早くしないと、私の障壁も呪いも力も戻っちゃうよ?」

勇者は俯いたまま動かない。

「勇者くん、ありがとう」

 後は、私一人でもできる。
 死に際になってようやく、なんでレンリさんがあのとき私の口を塞いだのかが、わかった気がした。こんなもの、背負わせちゃダメだもんね。

 五発目。私が撃った。

 ああ、レンリさん。ようやく、会いに行けるよ。

Fin.

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