勇者「用件を聞こうか・・・」 隠者「神に因らざる”命”を消して下され・・・」 (50)

私は10年ほど前に勇者「用件を聞こうか・・・」シリーズ(ゴルゴ勇者)を書いた人とは別人です。
でも何だか自分にも書けそうかなと思い上がったので勝手ながら新作を作ってみました。


勇者「用件を聞こうか・・・」 隠者「神に因らざる”命”を消して下され・・・」


---「宗教」、それは人心に安寧をもたらし、生活に秩序を与える。

同じ神話を信じることで仲間意識が芽生え、そして社会が形成される。 
その聖典は行動の指針であり、法令の根源であり、人生の尺度と考えるものも多い。 

少なくともこの世界では、今のところは政治権力も「宗教」を司る「教団」を無視できない。 

あり得ないことであるが、もし聖典に明らかな矛盾が発見されれば、信ずべき規範が消え去ってしまう。 
そして教団の教えは零落して社会が崩壊してもおかしくはない---。

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――― 森の奥深く、隠者の庵

隠者 「これ、世話役、儂はこちらのお客様と大事な話がある。」

隠者 「まだ子供のお前に聞かせる話では無い。森で木の実を拾っておれい」

隠者 「それからこれな。今までのお礼じゃて。ご母堂の薬代にはなろうよ」

世話役 「え、こんなに? ありがとうございます。母も喜びます。」

隠者 「おうともさ。すぐに帰ってきては行かんぞ」

隠者 「さてさて・・・ 勇者よ・・・」

隠者 「自分で呼んでおいて何じゃが、お前さんは不思議な男よの」

隠者 「『人を殺すことなかれ』、儂が大主教の1人であった「教団」の教えよ」

隠者 「その教えなんぞどこ吹く風のお前さんに、邪悪の気配を感じぬ」

隠者 「人を見る目は確か、と、先の教団長様にも言われたんじゃが・・・」

勇者 「・・・品定めをするために俺を呼んだのか?」

隠者 「気を悪くせんでくれ。何しろ大仕事を頼むんじゃからな。」

隠者 「何しろ儂が・・・ 教団の教えに背かねばならなくなったんじゃからな・・・」

『産 声 を 聞 く も の』


PART 1  神ならざる人々

勇者 「用件を聞こうか・・・」 

隠者 「お前さんには無駄話かもしれんが、人を殺してはならんのは何でかの?」

隠者 「それは人命は「主神」の造りたもうたものだからよ。聖典にはそう書いてあるわい」

隠者 「主神のみが人命の創造主。よって枕を重ねても儂らの思い通りには行かぬこともある。」

隠者 「そして創造者の作品をその創造物たる我ら人間が壊すなどあってはならん、そういう理屈が生じる」

隠者 「じゃからいつの間にやらその辺におった野の獣、空の鳥、水の魚の命は奪っても構わんな」

隠者 「まあ本来は主神に捧ぐべきもの。人間は遠慮せねばならんが、の」

隠者 「といって人間も、他の人間の命を奪おうとするので仕方なく・・・ と言って、戦が無くならん」

隠者 「本当に儂らが主神様の創造物ならもっと出来が良いはずじゃが? 時々不安になるわいな」

勇者 「・・・・・」

隠者 「おおっと話がそれたわ」

隠者 「お前さん、「分派」を知っておるじゃろ?」

勇者 「教団内部の一派閥ということになっているが、聖典の解釈を巡って主流派と争い、独自の本拠地を山奥に築いた」

勇者 「一般的にはカルトと認識されているが、教育の行き届かない僻地では支持するものも多い」

勇者 「「大司教」を事実上のトップとする集団だ」

隠者 「その通り。よく知っておるな。主神が人命の創造主なら、人命を造ることで人は神になれるはず。」

隠者 「そんなおぞましい戯言を言っておる連中よ」

隠者 「ところが・・・・ それが戯言では無いとしたら・・・・?」

勇者 「ん?」

隠者 「教団は祈りしか知らぬ訳ではない。分派には間者を送ってある」

隠者 「その潜り込ませてあった間者が知らせてきよったわ! ついに甕から人が出てきた、と!」

隠者 「量産は時間の問題だ、と! 教団は蜂の巣をつついたようじゃて!」

隠者 「ついに、主神の手によらぬ人間がこの世に現れた・・・ これが世に知れたらどうなる?」

隠者 「人を殺してはならぬ理由が消えてしまいよった・・・ 倫理が失せた・・・ 今でさえ戦が無くならんのに・・・」

隠者 「人間では造れぬ故に人命は尊い! それなのに、人間が人命を造ってしまった・・・」

隠者 「人間でも作れるものを人間が壊して何が悪いのだ、そんな考えをどうやって否定する?」

隠者 「主神は儂らをそこまで高潔には造っておられぬ! 頼む、勇者、神に因らざる”命”を消して下され」

隠者 「そして作製者も、方法を知る者も、研究も、成果も、何から何まで全てを闇へ葬って下され」

隠者 「さもなくば、この社会は崩壊じゃ。人々は弱肉強食のケダモノどもに成り果ててしまう・・・」

隠者 「そんなことがあってはならんのだ!」

勇者 「・・・それは教団の依頼なのか? それともあんた個人の依頼か?」

隠者 「!」

隠者 「教団は関係ない! 儂個人の依頼じゃ! 主神の手によらずとも人命は人命・・・ 加えて背教者の大司教も人間として生きておる・・・」

隠者 「教団が人命を奪えと依頼するなどできようはずが無いではないか・・・ 儂は先日、儂自身を破門してもらった・・・」

隠者 「信徒としての儂はとうに消えておるのよ・・・」

勇者 「・・・わかった。やってみよう。」

隠者 「おお! 主神とお前さんに感謝するぞい! 報酬はこれ、足りるじゃろ」

勇者 「ああ、報酬に不足はない・・・ 結果は知らせなくても構わないだろう?」 

(ドアから出ていく)

・・・ ・・・

隠者 「結果は知らせなくても構わないだろう、か。お見通しのようじゃ」

隠者 「人造の命め・・・ ランサーとか言うらしいな、可哀想にの・・・」

隠者 「主神に祝福されていないたった1人の人間とは・・・ 死んだらどこへ行くのだ・・・」

隠者 「罪があるなら儂が背負ってやる・・・ この老いぼれがついて行ってやるで・・・」

    コトン

数十分後・・・・・

世話役 「ああー! 隠者様、隠者様ー! 誰か医者を呼んでくれーー!!!」 

PART 2  新品の人々

――― どこか山奥の田舎  どの王国もなかなか手が届かない僻地である


村人 「おお、大司教様、私どもの家内を病からお救いくださり感謝いたしますだ」

村人 「ランサー様も看病をありがとうございましたです」

村人 「お礼の貢ぎ物でございます」

大司教 「ああ。私の研究が役に立って何よりだよ」

大司教 「なにしろ内臓が新しくなったんだ。前よりずっと元気になる」

村人 「? ・・・おら無学でよくわかんねえけっど、とにかくありがたいこっちゃです」

ランサー 「病気になってもまた大司教様が助けて下さるだろう。感謝し敬うことだ。」

村人 「へへへ・・・ これからもどうかよろしくお願いしますで・・・」 (立ち去る)

ランサー 「大司教様の人気はうなぎ上りですよ!」

ランサー 「いくら田舎とは言え、大司教様を慕う連中を合わせれば」

ランサー 「ちょっとした王国と言っていい!」

大司教 「そうだな。この調子で俺の信奉者を増やすんだ。」

大司教 「もう少し信奉者が増えたら、世界に突きつけてやる!」

大司教 「人間の俺が主神と並んだ、とな。その時はお前も働けよ、試作品第1号」

ランサー 「はい、私の創造主様!」

大司教 「はっははは、良い響きだな! 意識があるのはまだお前1人だがもうすぐ兄弟もできあがるぞ」

大司教 「まあ意識の無いのもさっきの農婦の修理(ちりょう)のように、部品(ないぞう)を取るために必要だ・・・」

大司教 「大量生産しなくっちゃな」

秘書  「大司教様、治癒の秘儀の時間です。信者達が集まっておりますので広場の天幕へどうぞ」

大司教 「おう、そんな時間か」


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ランサー 「それでは秘儀を始める。今日は眼病患者だな。幕の中へきたまえ」

眼病患者「うう、こちらですか」

大司教 「そうだゆっくりでいいぞ。こっちにこい」


数分後・・・


眼病患者 「やった、見えるぞー! 見えるぞー!」

信者達 「奇跡だ、奇跡だー!」「大司教様は主神様だー!」「・・・・」「大司教様ばんざーい!」

大司教 (フン、部品を交換すりゃあいいんだ。人体なんてのはまるで時計だね。)

大司教 「その通りだ。人間である私が神になれたのだ。お前達もついてこい、天使になれるぞ」

大司教 「私の言うことを聞いていれば、な」

大司教 「人命創造の日はもうすぐだ。その日、私は主神となり・・・ お前達を天使として造り直す」

大司教 「私にひれ伏すが良い!」

群衆 「あ、ありがてえありがてえ」「どうかお導き下さい」「大司教様ばんざーい!」

大司教(!)

ランサー(ん?)

大司教 「さて、今日は終わりだ。研究を手伝えランサー」

ランサー「はい・・・」 (何を動揺していらっしゃるのだろう)

PART 3  背教者の狼狽

大司教 「さっきの群衆にカミソリのように鋭い眼光のがっしりとした男がいただろう。そいつは何者だ?」

秘書 「ええと、隣国から来た商人です。分派の教えに感銘を受けて入会希望だとか。」

秘書 「大司教さまの威光も広がっていますよ!」

大司教 「ば、馬鹿野郎! お前はあいつがただの物売りに見えたのか!? この間抜けが!」

秘書 「は?」 ポカン

ランサー 「!」

大司教 「あいつは勇者だ! 超A流のプロフェッショナルだ。世界最高のテロリストだぞ?」

大司教 「間違いない。まだ教団本部にいた頃に人相書きを見たことある。それにすげぇ殺気だった。」

秘書  「ええ?」

ランサー 「勇者・・・ ですか。只者ではないと感じましたが・・・ 雇い主は教団長でしょうか。」

大司教 「おおかたそうだろう。」

大司教 「そんな野郎が入会希望だなんて、悪霊を入れた方がいくらかマシだぜ。おいランサー」

ランサー 「は」

大司教 「勇者が入会希望者を装ったならいつもの宿舎にいるんだろ。手練れを引き連れていって始末しろ!」

大司教 「なるべく騒ぎを大きくするなよ。お前の槍術の見せ所だ」

ランサー 「はい!」

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――― その日の深夜 分派の宿舎 勇者の案内された五人部屋

入会希望者A 「ん~ むにゃむにゃ」

入会希望者B 「ぐー ぐー」

勇者 (・・・あの反応、俺の正体に気付いたな。)

勇者 (俺の排撃に動いたとみるべきだ。武器の調達は困難。撤退しよう)

ガサゴソ・・・ ガサゴソ・・・ ガタタッ・・・

入会希望者C 「ぬぬぬ、うにゃ なんか寒いなあ?」

入会希望者D 「ん~~? ねろよ・・・」

――― 数十分後、部屋のドアの前

ランサー (静かにしろよ。気付かれるな)

民兵 (はい!) ×10

ガチャリ!

ダッダッダッダッ

ランサー (やっ) グサリ!

ランサー 「むっ、ち、違う、これは布団を丸めたんだ!」

民兵A 「あっ 窓が開いてるぞ、窓から逃げたんだ!」

民兵B 「追え、追え!」

入会希望者B 「うわあ、何だあ?」

入会希望者C 「あ、え? ランサー様? 何かあったのですか?」

ランサー (しまった! こりゃあ騒ぎになるな。バレたなら仕方ねえ)

ランサー 「おい、ここに寝てた奴はどこに行ったんだい」

入会希望者A 「え、えーと・・・ 小便にいくって誰か言ってたな・・・ 寝ぼけててよくわかんないです・・・」

民兵C 「そんじゃあ窓が開いてるのは工作だ。俺たちが来るまえに堂々とドアから出ていったんだ!」

民兵F 「いや待て、天井板が外れてるぞ?」

民兵D 「し、しかし天井裏を進んだなら足音がすると思うんだが・・・・ したっけ・・・?」

民兵H 「その前にそこのタンスが怪しいんじゃないか?」

ランサー 「落ち着け! 混乱するんじゃあない。」

ランサー 「まず大司教様は安全だ、部屋の鍵は頑丈で複数ついているから安心しろ。魔法対策も大丈夫」

ランサー 「奴ならその程度判るはず。部屋にいないのは逃げたからだ。どこかに隠れているとは思えん」

ランサー 「ならこの部屋からどう脱出したかは些細なことだ。逃げるルートは限られている」

ランサー 「どうせ一本道だから先回りしてやる。馬を牽け!」

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―――急流に架かる橋

勇者 「・・・・・」 タッタッタッタッ

勇者 「うっ!」

ランサー 「ふふふ、やはりな。待っていたぞ、勇者とやら」

ランサー 「大司教様に刃向かう愚か者め! 逃亡中では武器も無いようだな」

ランサー 「田楽刺しにしてやるぜ」

ヒョッ! ヒュン! ヒュン! ブゥン!

ランサー (俺の突き・石突きでの殴打を足場が悪いのに避けるとは、やるな)

ランサー (加えて俺は夜目が利くが・・・ こいつは星明かりで俺の動きが見えるのか?)

ランサー (できるな。大司教様がうろたえるのも尤もだ、なら魔法はどうだ)

ランサー 「ファイアボール!」 

シュボ シュボ

勇者 「・・・」


 ダッ


ランサー 「え?」

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド (川の音)

ランサー 「この谷川に身を投げるとは・・・ 逃げられぬと悟ったのか?」

ランサー 「それとも逃げるためか?」

PART 4 嘆きの聖職者

―――教団本部

教団長 「何だと? 失敗した?」

大主教 「は・・・ 間者によれば例の大司教は、まだ生きておる様子・・・ 勇者は逃亡した、と・・・」

教団長 「人命創造という主神様の御技を真似する背教者とはいえ、人間には違いない」

教団長 「教団ではなく私が解決する・・・ そう言って隠者が破門を願い出たときは仰天した」

教団長 「信徒から殺人者を出してはならぬ、と平気な顔で言ってくれた」

教団長 「その壮絶なる捨て身の覚悟が水泡に帰したと申すか。主神は我らを見放したもうたか」

大主教 「いえ、その結論はまだ早いかと。勇者の死体は確認されておりません」

大主教 「全てを投げ出すには早すぎます。どうか早まらないで下さいませ・・・」

教団長 「ううーっ 魔王すら倒し、魔法学校の陰謀をも打ち砕いた、超A流のスペシャリスト・勇者・・・」

教団長 「主神と天使の次に信用しても良いとまで隠者に言わせた人物、ならば信じよう・・・」

教団長 「それより他に道なし。ああ主神よ、勇者に加護を与えたまえとは申せませぬ。加担になりますが故に」

教団長 「背教者達、そして造られた命が長く苦しまぬよう、彼らに加護を与えたまえ」

―――分派の本拠地

大司教 「逃げた? お前がとどめを刺せなかったのか?」

ランサー 「申し訳ございません。さらには騒ぎを大きくするなと言われたのに、信徒に知られてしまいました」

ランサー 「この失態、いかなる懲罰もお受けする覚悟はできています」

大司教 「・・・まあそう自分を責めるな。知られたなら教団の仕業にすりゃあ良いんだ。どうせそうなんだ」

大司教 「教団長も、幹部どもも、俺の神業をごちゃごちゃいって決して評価しなかった」

大司教 「どころか記録も資料も全て焼き捨てろと言いやがったからな。ついに実力行使ってか」

大司教 「それにお前は偶然の産物とは言え私の最高傑作だ。そのお前が無理だったなら仕方ないさ」


秘書 (王国騎士団の中でも腕利きの槍使いが戦死したとき、その死体から血を盗ってきた)

秘書 (魔法協会の才女の髪は床屋を抱き込んで入手した)

秘書 (グリフォンのリンパ液やらヒドラの骨髄やらと一緒に甕に入れて発酵させ、呪文を唱え続けて9日)

秘書 (確かにこれ以上の「人間」はなかなか創れないだろうな)

秘書 (魔法も槍術も天下一品だよ。再現できていないのが残念だ。)

大司教 「そろそろ世界に公表とも思ったが、今のところ人造人間と言えるのはお前1人、時期尚早だな」

大司教 「公表さえしちまえば教団があれこれ言っても手遅れだ。内臓疾患のある富豪や権力者がどっちの味方をするのか今でもわかるぜ。」

大司教 「とりあえず信徒達から民兵志願者を募って警備体制を整えよう。それから騒ぎを静めろ」

大司教 「いくら勇者とは言えしばらくは来ないだろうぜ。その間に兵隊を増やすんだ。どうせ必要になる」

秘書 「はい」

―――広場

群衆 ざわざわ ざわざわ

秘書 「昨夜の騒ぎについて説明する! 教団本部が殺し屋を雇って大司教様を狙ったようだ!」

群衆 「ひえっ」 「なんてことだ」 「ご無事なのですか」 「くそっ 汚い手をつかいやがる」

秘書 「静まれ静まれ。大司教様は御無事で怪我1つない」

秘書 「主神様に等しいがための奇跡だ! 神と同格であるとの証明だ!」

群衆 「さ・・・ 流石は大司教様」「奇跡だ、奇跡だ」「神を傷つけるなどできっこないんだ」

秘書 「だが念のため、お前達から民兵志願者を募る。大司教様の盾となりたいならランサーの下で鍛錬してくれ」

秘書 「万事、ランサーの指導に従うこと!」

群衆 「おおーっ!」 「やってやりますよ」 「不届き者め、返り討ちだ!」

ランサー 「はは。頼もしいことだ」

ランサー (勇者・・・・ 正体不明の超A級ワンマンアーミー、主にロングソードを武器として負け知らず)

ランサー (武勇のみならず知略・医術・心理学、その他あらゆる分野に優れ、常に冷静沈着)

ランサー (使えぬ武器は無く、ショートキル、ロングキルのいずれにも優れると言うが・・・)

ランサー (人命創造の記録を確実に破棄するには、ロングキルだけでは心許ないだろう!)

ランサー (必ずショートキルをも用いる。そのときがチャンスだ、俺の槍術で勝敗を決してやる!)

群衆  「この命、大司教様に捧げるぞ!」 「大司教様のおかげで死など怖くない!」 「生き神様を守るんだ!」

ランサー 「まずは集団行動の訓練だが、その前にランニングで準備体操でもしようか」


PART 5  勇気と知恵と

―――勇者のアジト

勇者「うう・・・」

勇者 (ランサー・・・ 予想以上の判断力と戦闘技術だ・・・)

勇者 (また武器庫にも様々な武器があった。刀や槍だけではなく弓、ボウガン、ダイナマイトも多い)

勇者 (そしてあの信徒の数・・・ 紛れ込むには良いが、ひとたび敵になれば多勢に無勢)

勇者 (だが民兵の練度はそれほどではない。数は揃えてあるが、今のところランサーありきの部隊だ)

勇者 (ランサーの攻略方法だが・・・ 真正面から挑んでも五分五分だ。)

勇者 (一時的にでも無力化できるか・・・ ?)

勇者 (・・・・)

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勇者 「・・・」 地図を描いている

勇者 (ここが広場、大司教は襲撃未遂にあったとはいえ、支持の源泉である秘儀を停止できない)

勇者 (必ず再開する。秘儀の行われる天幕がここ。患者を天幕に入れるため大司教自らが呼び寄せる)

勇者 「こちらの岩場が高台になっている。直線で結べそうだな。」

勇者 (だが大司教を葬ったところで、だれかに研究記録を持ち逃げされれば終わりだ)

勇者 (研究記録は自室にあるはず。部屋の扉はちょっとやそっとでは開きそうにない。ある程度の時間が必要だ)

勇者 (始末しておかないと必ずランサーの邪魔が入り、失敗するだろう。そもそもランサーの始末も依頼の内だ)

勇者 (ランサーの注意を俺からそらすには・・・?)

勇者 (民兵はある程度までランサーの指揮に従うが、その他の群衆は大司教に心酔するのみだ・・・)

PART 6  物言わぬ味方

―――職工達の村 早朝


雑貨屋 「・・・・・」 開店準備をしている

勇者 「・・・おい」

雑貨屋 「わ!? この野郎びっくりさせやがって・・・ ってあんたか・・・」

勇者 「魚を買いに来たんだ・・・」

勇者 「野良犬に喰わせるためにな・・・」

雑貨屋 「野良犬に食わせる魚、か。地下室にあったかな。」

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雑貨屋 「それで、どんな魚をお求めで?」

勇者 「ダイナマイトを詰めた中型の樽を3つ。」

勇者 「ボウガンを4つとその矢を8本、これは全く同じものだ。さらに安定性が欲しい。」

勇者 「風や湿度、気温が同じなら、誰がどのボウガンでどの矢を撃っても精密に同じような射線を描くものがいい」

勇者 「さらに矢にはここに書いたように細工をしてくれ。重ねるが精密に同じ射線だ。それから火時計を8つ、これも同じものを8つだ」

雑貨屋 「その辺に売ってるようなもの・・・ じゃあ駄目なんだろう?」

雑貨屋 「何回か撃っても精密に同じとなると、素材にも頑強さが必要だ」

雑貨屋 「5日後、また来てくれ!」

勇者 「いいや、3日でやるんだ。急ぎの分の代金も今払う」 ポイッ

雑貨屋 (袋に一杯の金貨・・・・ 俺が世話になった親戚が病気だってこと知ってるようだな・・・)

雑貨屋 「わかった。明後日の深夜に来い! 代金さえもらえば俺の仕事だ!」

・・・ ・・・

雑貨屋 (ロングソードの名手である勇者が今回はボウガンを使うのか)

雑貨屋 (しかも4つも・・・ 一体何に使うのかな?)

雑貨屋 (おっといかん! 俺は余計なことを心配しなくて良いんだ)

雑貨屋 「爆薬はある。悪くなってないか確かめて、それからボウガンの素材の買い付けだ!」

PART 7  誰にでも等しく訪れる時

大司教 「それでは秘儀を始める。今日は肺病か」

患者 「ごほごほ、げほげほ」

ランサー 「おい、しっかりしないか」


ヒュー・・・ン

グサッ!


大司教 「あが・・・ が・・・」

秘書 「!?」

患者 「?」

ランサー 「あ!」

ランサー (大司教様の額に矢が!)


??? 「大司教様が射殺されたぞー! 悪霊の仕業だ! 悪霊が来たんだー!」

??? 「この世の終わりだー みんな悪霊に呪い殺されちまうんだー!」

??? 「その前に大司教様のお側へ行こーう! 大司教様に救っていただくんだー」


ヒュー・・・ン

ズガガガーーーン!!!  ドドドドーーーン!!!


信徒  「な、な、何だあ?」 「見ろ! 大司教様のお館が爆発して燃えさかってる?」 「やはり悪霊だ、悪魔だ!」

??? 「悪霊の襲撃だぞー! 急ぐんだー 大司教様に続けー」

ズバッ! ザンッ! ドシュッ!

信徒 「ぎゃあー!」 「うわああー!」 「うぎゃ!」

ザシュッ! ズバッ! ザンッ! グサッ! 


秘書 「な、なんだこいつら。いきなり自殺やら殺しあいやら始めやがって・・・」

ランサー 「おい、民兵隊! こいつらを止めろ! 早く止めろ!」

民兵A「ぐわぁ!」

民兵B「てめえ、この野郎!」

信徒 「うぎゃ!」

信徒 「ああ、ああ・・・ 次は俺を頼むよ・・・」

民兵B 「ち、違う、違うって、止めろって言ってんだよ!」

民兵C 「だから自殺なんかするんじゃあないって!」

信徒 「へへ、へへ、秘書様・・・ お供しますぜ・・・」

秘書 「おっ 俺に近寄るなあ~~ ぎゃああ~~・・・!」

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

ランサー  「お、俺では止められん。まるで地獄だ。何が起こったというのだ?」

ランサー (なにがなんだかわからんがとにかく勇者の仕事だ、ならば大司教様の研究資料を狙うはず!)

ランサー (爆発炎上したが・・・ 奴も研究室に向かうはずだ! 扉は頑丈だから耐えたかもしれん・・・)

タッタッタッタッ

ランサー 「おっ!」

ランサー 「ああ、研究室が・・・ いくら頑丈な扉と言え、武器庫のダイナマイトが使われたか・・・」

ランサー 「研究資料も灰になっちまった。油の臭いがしやがる。」

ランサー 「だが勇者がダイナマイトに着火したならこの近くにいるんだろう、導火線の跡も見えない」

ランサー 「・・・さっき見た奴! ロングソードを使ってたぞ?」

ランサー 「いや、しかし、それでは誰が大司教様を射たのだ。さっきの奴は弓など持ってなかった」

ランサー 「勇者が誰かを雇ったのか? わからん。だが確かめる価値はある!」

ランサー 「急がねば! 秘儀の広場にまだいるかも知れん!」

PART 8  遺物の見る夢

勇者 (秘書の死体も確認した・・・ 研究室の他に資料や実験道具はないようだな)

勇者 (信徒も民兵隊も死に絶えた。人命創造の記録も、痕跡も、消え去った。)

勇者 (ほとんど暗示にかけられていたような連中だ。それが大司教という絶対的な存在を目の前で消された)

勇者 (絶対者を失って集団ヒステリーとなり、不安と恐怖から防衛本能がむき出しとなり、互いに敵意の塊となった)

勇者 (そこへ切っ掛けを作ってやった)

勇者 (行き着く先は集団自殺か殺しあいだ・・・)  ソース:ゴルゴ13『タラントゥーラ=舞踏蜘蛛』

勇者 (あとはランサーだな)

ランサー 「やはりいたか、勇者! 残りは俺とお前だけのようだな!」

ランサー 「誰に頼まれたのか知らんが・・・ 大司教様の築いた全てが、たった数十分で灰燼に帰した・・・」

ランサー 「研究室も、民兵隊も、信徒達も、何もかも、だ」

ランサー 「壊れるときにはあっけないもんだな・・・」

勇者  「・・・所詮は砂上の楼閣に過ぎなかったということだろう」

ランサー 「いいや、この組織はダイヤモンドのように強靱だった」

ランサー 「砕くべきわずかな弱点をものの見事に突かれたのさ」


ランサー 「だが俺が残ってるぞ。俺に集団を率いる才能があるかは判らんが、遺志は継いでやりたいと思う!」

ランサー 「そして人造人間の王国を造ってやるんだ!」

ランサー 「それを砕きかねない障害は今のうちに排除してやる。加えてお前は仇だからな!」

ランサー 「ロングソードより槍のほうがリーチが長いぜ、弓矢やナイフのような飛び道具も持ってないな」

勇者  「・・・・・」

ヒョッ! ヒュン! ガキンッ! キィンッ! ギンッ!

ヒュン! チャキィン! ブゥン! ガキンッ!

ランサー (ふふ、勇者は防戦一方だ。リーチの差は歴然。だが油断は禁物だ)

ランサー (ロングソードを飛ばすか、槍を奪おうとするか、あるいは目くらましか・・・ 対処はいくらでもある)

ランサー (そして俺だってできるんだ)

ランサー 「ファイヤボール!」

勇者  「うっ」 パシュ ピシュ

ランサー (おう 正確に切り捨てやがった。 ならば・・・)

ランサー 「シャイニング!」

勇者  「!」

ランサー (瞬間的に顔を背け、しかも同時に俺を攻撃して隙を消しやがった?)

勇者 「サンダー」

ランサー 「おおっとお前も使えるのか」

ドゴオオオオオン

ランサー 「だが俺にも魔術師の才能があるんでな。簡単にはいかんぞ」

ヒュー・・・ン

 カチッ


ランサー (ん?)


ドッカァアアアーン ドドドドーーーン!!!


ランサー (うわっ? 宿舎が爆発?)

勇者  「!」

ザ シュッ!

ランサー 「ガ・・・ ハ・・・・ ガガ・・・・ 何の爆発・・・・?」

ガクッ バターン・・・・

ランサー (さっきの爆発も今のも、ヒュー・・・ンという音が聞こえたぞ。大司教が射られたときも ・・・!)

ランサー (そうか、勇者は治癒の秘儀に合わせて・・・ ボウガンに時限式の装置を組み合わせて・・・ )

ランサー (いつも同じ位置に同じ時刻に立ってたから・・・・)

ランサー (研究室にもダイナマイトの樽でも置いて・・・・ ボウガンの矢尻に火打ち石を・・・・・)

ランサー (そして俺1人が生き残って襲撃すると予測した・・・ 俺の気をそらすため、最後に宿舎を爆破・・・)

ランサー 「へ、へ・・・ 真っ向勝負なら俺の勝ちってことか・・・ な・・・・」

ランサー 「爆破音でビビらせ・・・・ やがって・・・ え・・・・」

勇者  「・・・」

勇者  「あいにくだが、これはスポーツの試合ではないんでな・・・・」

PART 9  無垢清浄なるもの

教団長 「おおっ 勇者がやってくれたか!」

大主教 「はい。研究も成果物も、全ては灰となりました。」

大主教 「間者はいきなり血みどろの殺しあいが始まって命からがら逃げ出したということです。」

大主教 「それを聞くと喜びは感じませんな。廃墟となった本拠地に近隣の兵が入り調査が始まりました」

大主教 「何が起こったのか知らせてくれるでしょう。もっとも、勇者には気がつかないでしょうが・・・」

教団長 「うん・・・ いくら人倫のためとはいえ、流れた血は多い・・・」

教団長 「もっと早くに止める術はなかったか・・・」

大主教 「・・・」

大主教 「・・・・祈るだけでは平和になりますまい。大司教を慕ったものは医者にかかれぬ貧民が多かったとか。」

大主教 「取りこぼされたものが食事・薬をくれる分派に縋り付く。そうして怪しげな教えが蔓延する」

大主教 「我々とて救貧には注力しておりますが、なかなか・・・」

教団長 「それでも訴え続けるしかあるまい。俗にまみれた人間の言には誰も耳を貸さぬ。」

教団長 「だから教団は無垢清浄でいろと・・・ 話を聞いてもらうため・・・・ そのために代わって隠者が汚れてくれた」

教団長 「僅かずつでも世界を良い方向へ導けるのは教団しかおらぬと言ってくれた」

教団長 「本当に僅かずつでしかないがな・・・」


教団の教えは綺麗事でしかないという不信は昔は極一部の不信心者のものだった。
しかし社会の疲弊に従ってその不信は強まりつつあるとも言われる。
人命を貴び社会に安寧をもたらすために何ができるのか、教団の真価が問われているのだ・・・・

END

野良犬に食わせる魚:キリスト教のシンボルにイクトゥスって魚の形があるんですと。
          そんで聖書の中では犬というのは蔑まれているそうな。
          そんじゃあ凄まじく不吉なことの暗示になるんじゃないかな~って思ったの。 
          中二病っぽくてそれっぽいでしょ?

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