看護師と患者。
それが私たち2人の最初の関係だった。
彼は急患として運ばれてきた。
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意識消失の状態で救急搬送されたそうだが、救急車の中でほどなく意識は回復。
しかしそれからが大変だったそうで、彼は病院へは行かないと、救命士に言い頑として譲らず。
救命士も、意識を失ったのだからこのまま病院へ行き、なんらかの検査をすべきだと主張した。
両者の主張は平行線をたどったが、そうなると時間の経過に伴い自然に救急車は病院へと到着する。
事前に救急車から連絡を受けていた私と同僚の看護師は、到着した車の中で口論をする男性に困惑した。
「仕事よりも命が大事なのかとあなたはおっしゃるが、これは私だけの仕事ではなく、それに大勢の担当する者の夢を私は担っており……」
そこで彼は私を横目で見た。
そのまま口論を続けようとしたみたいだが、今度は私を正面から見る。
「しかし何度も言うように、意識を失うというのは相当のことです。後刻、より重症として身体に異常がおきるかも知れません。なによりもう病院には着きました。このまま検査を受けるべきです」
口論する救命士とは別の救命士が、彼に説明する。
「ずっとあの調子でして。このまま戻ると言ってきかれないんですよ。検査の重要性は説明するのですが」
「受けます」
「え?」
「必要なら受けます。検査」
彼はずっと私を見たまま、そう言う。
口論に辟易していたらしい救命士も、肩をすくめながら頷く。
「それはなにより。では引継を」
救命士が、私に彼の発見時の状況からバイタルサインなどを申し送ってくれる。
その間、彼は黙ってずっと私を見ている。
そしてその状況を、救命士達は不思議なものでも見るようにしている。
車内でも押し問答を繰り返していた彼が、急に静になったことに困惑しているらしい。
と、同時に助かったという思いもあるようだ。
そう、このまま帰すわけにはいかないし、その原因が何であるにせよ、自発的に検査を受けると言うならその方がいい。
「これから検査をします。まず採血と検尿。それから医師の指示でレントゲンやCTを撮ることになると思います。何か質問は?」
私の質問に、彼は答えた。
「あなたのお名前は?」
「……は?」
「アイドルに、なりませんか?」
これが彼が直接私に言い放った、最初の一言だった。
この時、既に彼を運んできた救急車は戻っており、同僚看護師もまた別の患者に向かい、問診は私1人で行っていたのだが彼・彼女らがこの言葉を聞いていたらどう思っただろうか。
いや、そうではない。
患者さんから好意的な言葉を投げかけられたり、交際を求められたことは以前にもある。
しかし、アイドルにスカウトされたのは、さすがに初めてだった。
いや、そうではない。
きっとこの人は、まだ意識が混乱し、それでこのような突拍子もないことを口走っているのだ。
なるほど、そうだろう。
「まずは採血からさせてくださいね」
私はそう言うと、シリンジとスピッツを用意する。
シリンジに注射針を装填していると、彼は不安そうな顔になる。
「それで、アイドルの件なんですが……」
「刺しますよ。しゃべっていると危ないですからね」
さすがに黙った彼の腕に、針を刺す。
採決したスピッツを検査室へ持って行き、戻ってみるとなんと彼はスマホで通話をしていた。
「すぐに戻ります。打ち合わせも予定通りに……」
「駄目です」
私は強い口調で彼に言う。
検査機器もあります。ここでは通話は禁止です。
彼もハッとしたようで、慌てて短く話す。
「また連絡します」
通話を切ると、彼は頭を下げる。
「すみませんでした」
どうやらまるっきり話のわからない人、というわけではないようだ。
私も口調を和らげる。
「今は安静にしてください。じき、医師が参ります」
そう、当直の担当医はすぐに来てくれた。
普段なかなか来ないその担当医が真っ青になり、飛ぶようにしてやって来た。
「入院だ」
それが担当医の第一声だった。
「空いてる病棟は? 緊急だからどこでもいい」
「……確認します」
「いや、待ってください。入院だって? 冗談じゃない、私はすぐにでも帰ります」
担当医は彼の言葉を聞き、目を剥く。
「あなた、なんともないんですか? 倦怠感とか痛みとかないんですか?」
「というと?」
「CRPが28コンマ62もある。ワイセの値も23700だ」
私は耳を疑った。
どう考えても、まともな値ではない。
「高いんですか?」
「異常なぐらいね。CRPというのは身体の炎症反応の度合いをみるもので、普通は小数点ゼロ以下。1を超えたら高熱が出て、10から20なら重度のひどい炎症が身体に起きていて、30を超えたら命に関わる」
「良かった。まだ30は超えてない」
「ちっとも良くはないが、ともかく入院です」
「いやそれは困ります。仕事が……」
担当医はため息をつく。
「死にますよ。あなた」
「しかしですね!」
なおも食い下がろうとする彼を見て、救急車内での救命士はさぞや大変であっただろうと、今更ながらに私も理解した。
私はこの厄介な患者の手を握った。
「入院です。不安や心配なこともあるのでしょうけど、まずは身体のことを考えてください」
彼はちょっと驚いたような顔をした後、しばらく黙っていたがやがて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
救急当番だった私の本来の部署である病棟に、彼は入院となった。
あきれたことに、検温をしてみると体温は40℃を超えており、ベッドに横になると彼は眠ってしまった。
痛覚刺激に反応はあるので昏睡ではないことに安心すると、私はそれでも一応声をかけてから点滴の針を彼に刺した。
顔はしかめたものの、彼は起きずに眠っていた。
翌日出勤すると、彼はやはり問題を起こしていた。
「まだ39℃台の熱があるんですよ!」
「しかし仕事が!」
もう何度目かの会話に、私は少し笑ってしまった。
仕方のない人だ。
「柳さん、入院とったんだっけ? ちょっと言って聞かせてよ」
「私がですか?」
「記録読んだわよ。あなたが入院を説得したら、応じられたんでしょ?」
それはまあ、客観的な事実だけをみたらそうなるのだろうが、私が言ったとしても彼は大人しく治療をうけるのだろうか?
そう思っていたのだが、私もそして周囲もあっけにとられるほど彼は簡単に治療を承諾した。
「もしかしたら夢じゃないかと思いまして」
「はい?」
「昨夜、あなたに会ったことをです。恥ずかしながら、記憶が曖昧でして」
それはまあ、あれだけの高熱と全身状態の悪化があったわけだし、それは無理もない。
「それで、考えていただけましたか?」
「? なにをです?」
「アイドルになるという話です」
やはり彼はまだ熱があり、意識もはっきりしていないようだ。
カルテにもそう記載した。
「私が、担当……ですか?」
主任さんから、私は彼の担当になることを命じられた。他でもない、彼がなぜか私の言うことは素直に聞いてくれるからだ。
入院も3日目になると、彼は困った患者として病棟看護師からは知れ渡るようになっていた。
検査や治療には拒否的。すぐに退院を訴える。その上、病室でデスクワークまで始める始末だ。
その彼が、私の言うことだけは不思議と聞いてはくれる。そこを見込まれたのだろうが……
実は正直、彼の担当に決まり私はちょっと嬉しかった。
問題が多く、私たちを困らせる彼だが、その訴えや行動は少し子供っぽく。私はそんな彼がちょっと微笑ましかった。
私の言うことを聞いてくれるということだけではなく、なんとはない好意を、私は彼に持ち始めていた。
担当に決まったことで、私は改めて彼のカルテを詳細に読んでみた。
そうこれはわたしが彼に対し個人的な関心を持っているからではなく、担当看護師として必要なことなのだ。
「職業……芸能プロデューサー?」
これは意外だった。
この彼が書いた記載に嘘がなければ、彼は本当に芸能関係者らしい。
……
本当に?
嘘とは言わないが、これを書いた時の彼はまだ熱に浮かされて自分でもよくわからないことを書いたのではないだろうか。
自分が芸能プロデューサーだったらいいなと思っているところに、意識がもうろうとしていて……
と、その時はそんなことを考えていたりもしたのだが、その翌日には私はその想像が誤りであったことを知る。
翌日、詰め所がなぜか騒がしく、私は同僚の看護師に声をかけた。
「なにかあったの?」
「あ、清ちゃん。川島瑞樹よ、川島瑞樹!」
「え?」
「来てるのよ! 川島瑞樹が!!」
川島瑞樹といえば、有名なアイドルだ。
しかし私はその名をアイドルというよりは、元アナウンサーとして認識している。
私はドキュメンタリー番組が好きだ。
虚構のお話よりも、現実の方に興味がある。
そして川島瑞樹は、地方局ではあるが力の入ったドキュメンタリー番組でレポートやナレーションをしていた。
その番組に対する姿勢には好感を持っており、彼女がアナウンサーを辞することを知ったときはとても残念に思ったものだ。
「プロデューサーが倒れたって聞いた時はびっくりしたわよ」
「いや、大したことはないんだ。すぐにも戻るつもりだったんだがな」
私が入室すると、2人は談笑をしていた。
それがなぜだか私を不機嫌にする。
同僚の看護師も一目、川島瑞樹を見ようと騒いではいたが、さすがに用もないのに病室にやってくるほど不躾な者はいない。
「あ、おじゃましています。私のプロデューサーが、お世話になっています」
川島瑞樹は、きちんと立ち上がり私に向かって深々と頭を下げた。
私の?
些末なことが頭に引っかかるが、この場は仕事を優先させよう。
「いえ。バイタルだけはとらせていただきますね」
私も頭を下げると、検温と血圧測定にとりかかる。
「ご迷惑をおかけしてるんじゃないですか? 本当にすみません」
「いえ」
好感を持っていた彼女に、なぜかつっけんどんともとれる態度をなぜか私はしている。
なんだろうか、これは。
いやしかしともかく、彼が嘘を書いていたわけではないことはわかった。
川島瑞樹というアイドルがお見舞いに来ているということは、やはり彼は芸能プロデューサーなのであろう。
「これ、よろしければスタッフのみなさまで召し上がってください」
「……恐縮です」
私は部屋を後にした。
何とも言えない、嫌な気分が胸に沈み込んでいた。
「どうだった清ちゃん、川島瑞樹」
「やっぱり綺麗よねえ」
「年上とは思えないのよね」
「芸能人だけど、偉ぶってない感じだったわねえ」
休憩時間、みんなは口々に彼女の噂をしている。
そう、彼女はテレビで見るよりはるかに美人で、そして好感の持てる人物だった。
それなのに自分の心は沈んでいる。
なんだろうか、これは。
「久しぶりに、とんかつパフェでも食べに行こうかしら」
退勤して独り帰途につきながら、私はもらす。
甘い好物を食べたら、気も晴れるのではないだろうか。
結論。そんなことはなかった。
なんだかいつもと違って味の薄いーー少なくとも私はそう感じたパフェを食べても、気分は一考に上向かない。
なぜだかは、薄々感じていた。
「好き……なのかな……」
帰宅して、口から出た言葉から逃げるように、私は枕に顔を埋めた。
確かに彼には好感が持てる。
困った患者ではあるが、それを許してしまえるチャーミングな魅力が彼にはある。
ただーー
「きっとこれは、病気。恋という名の病。いえ……」
私は枕から顔を上げた。
今度は自分の言葉を受け止める覚悟がある。
「病名は、ナイチンゲール症候群」
もちろん、ナイチンゲール症候群というのは正式な病名ではない。
そもそも症候群自体が病名ではなく病名に準じた症状の集まりなのだがそういうことでもなく、ナイチンゲール症候群というのは私たち看護師によくあること……として伝え聞く事柄だ。
看護師と患者さんが恋に落ちるということは、ままある。私の周囲を見回しても、それが縁で恋人になったり結婚した人もいる。
だがそれは、正しい感情なのだろうか?
私はそれには懐疑的だ。
よくなって欲しい、回復して欲しい、無事に退院して欲しい。
そうした心の流れが、愛おしいという感情にすり替わってしまうのだとしたら、それは本当の恋や愛ではないのではないだろうか。
周囲のそうした人たちを否定するわけではないが、そうした言葉と実例があると知った時、自分はそうはならないだろうと漠然と思っていた。
とりもなおさずそれは、ナイチンゲール症候群というものに疑問を持っていたからだが、その結果はこの体たらくだ。
きっと自分はあの人を好きになっている。
なんてこと!
自分はなるまいと思っていたナイチンゲール症候群に罹ってしまっている!!
「ナイチンゲール症候群は難治性の重病です。有効な治療法も確立されていませんが、恋の成就が有用との報告もあります。本日は処方はありません。お大事になさってくださいね」
そう自嘲すると、少し気が晴れた気がする。
私は眠りに落ちた。
彼は毎日、私をスカウトしてくる。
それは確かに、そういう存在に憧れたこともないわけではなかったけれど、目標だった看護師になれたのだから自分はずっと看護師として生きていくと思っていた。
だが、好きな――いやこれはナイチンゲール症候群なのだから本当の恋ではなくそういう心の働きがそう思わせているだけだが、彼から繰り返し言われ続けた為か私も迷い始めていた。
「アイドルは人の心を癒やす仕事です。あなたにしかできないその癒やしを、やってみませんか?」
「私に……できるでしょうか」
「俺がしてみせます!」
散々に悩んだ末、私は決意をした。
アイドルになるという決意を。
自分にしかできない、誰かを癒やすということをやってみたくなったのだ。
それに……彼ともいられる。いやーー
その理由はアイドルになる要因に挙げてはいけないだろう。
これは厳密には恋ではなく、ナイチンゲール症候群という心の動きに過ぎない。
私は患者なのだ。
私の退職の申し出に、師長さんと主任さんは言葉を失った。
「あなたの決断を止めることはできませんが、本当にいいのね?」
「はい。勝手を申し上げてすみません」
かくて彼は『当院開業以来最悪の患者』という不名誉なあだ名で詰め所内では呼ばれるようになった。
看護師たちを困らせ続けたあげく、大事な戦力である看護師を1人引き抜いていったが為に。
事務所の所属となって、一番に飛んできてくれたのが誰あろう、川島瑞樹さんだった。
「そういうことだったのね。もう、本当に困らせてたんでしょう? あの人」
「まあ、看護師の中での評判は最悪でしたね」
私たちは、笑いあった。
本当に瑞樹さんは優しく、好感の持てる人だった。なにより美人だ。
「しつこくスカウトされてたんですって? でも、同じアイドルとなったからにはこれからよろしくね」
「はい。色々と教えてくださいね」
まだ瑞樹さんに対するもやもやとした気持ちはあったが、それでもここに至って私は彼女に対して素直になれた。
なにしろ私は病気なのだから。
入院時は疑っていたが、彼が優秀なプロデューサーであることは間違いなかった。
レッスンは厳しく、スケジューリングもタイトではあったが、私はじきにアイドルとして有名になった。
世間から認知されるようになり、本当に実感としてファンとなってくれた人を癒しているのだという手応えも出てきた。
そう、あの人の言っていたことは嘘ではなかった。
そしてもうひとつ、変わったことがある。
私の病気は重症化していた。
日に日に想いが募る。
目はいつも彼を追い、彼の姿を眼球と脳が認識しないと気分の落ち込みが見られ、彼の姿を眼球と脳が認識すれば心拍数が跳ね上がった。
何かの拍子に彼の手と私の手が触れたりすると、接触部位のみならず全身の紅潮を引き起こす。
ナイチンゲール症候群は、悪化の一途を辿っている。
「これが本当の恋心だったら、気が楽なのに」
最近の私は、独りになると愚痴っぼい。
ナイチンゲール症候群は、本当の恋ではない。
そういう心の働きというか、動きでしかない。
私は自分自身を窘めながら、今日も枕に顔を埋めて眠った。
芸能界というのも広いもので、同じ事務所の中にはいなかったが余所の事務所には私と同じ元看護師というアイドルの人がいた。
有名な765プロ所属の豊川風花さんという方がそれで、とある番組で競演してから私たちは親しくなった。
なにしろ元看護師同士ということでシンパシーがあるし、風花さんは穏やかで心優しい人だったので私たちはたちまち意気投合したのだ。
「風花さんはオーディションで応募してアイドルになったんですね」
「はい。清良さんは、どういう経緯で?」
「私は……プロデューサーさんが入院してきて……そこでスカウトされて」
そう。風花さんは、自分でアイドルになろうと看護師を辞して応募してきたのだ。
つまり彼女と彼女のプロデューサーさんは、看護師と患者という立場だったことはない。
「私のプロデューサーさんなんですけどね、なにかというとセクシー系のお仕事ばっかりとってくるんですよ~。私は清純派でお仕事したいのに……でも、とっても良かったよって言われるとついついまた私も受けてしまって~……」
風花さんは豊かなスタイルの持ち主で、彼女のプロデューサーさんがセクシー系のお仕事を持ってくるのも理解はできる。
いやそれよりも、当の風花さんがそれを恥ずかしく思っていながらもついついとは言いながらも受け、そして誉められれば嬉しいと思っている。
私と話しながら赤面している彼女。
顔が赤くなっている原因は、セクシー系のお仕事が恥ずかしいだけでなくきっと……
「私、風花さんがうらやましいです」
「えぇ?」
「風花さんは……プロデューサーさんが好きなんですね」
先ほどよりも更に赤くなりながら、彼女はうつむいた。
それは言葉で肯定されるよりも、如実に肯定の意を表していた。
「うらやましいな……」
「あ、あのもしかして清良さんも、自分のプロデューサーさんのことが……?」
厳密に言えば違うのだが、私は彼女に頷いてみせた。
様々な意味でシンパシーを受ける彼女。でも本当は私のこの気持ちは恋心ではない。
病気なのだ。
ナイチンゲール症候群という、ただの精神の働きのひとつ。
「そうなんですね……でも、べつにうらやましく思われることなんてないと思いますよ? 私だって片思いかも知れないし、ライバルは多いし、全然うらやましく思われる要素ないんだから」
「そうじゃなくてね」
私は笑った。
最近多いと自覚のある、自嘲の笑いだ。
「私、病気なの」
「え? も、もしかしてそれって、予後が不良な……?」
予後不良か……
確かにそうかも知れない。
私の抱えるこの病は、悪化の一途なのだから。
「うん……風花さん。風花さんは知ってるでしょ? 看護師だったんだからナイチンゲール症候群って」
「え? あ、はい。看護師が患者さんを好きになっちゃうあれ……ですよね」
「私がそうなの。プロデューサーさんを好きだっていう気持ちはあると自覚しているわ。でもそれはナイチンゲール症候群なの。正しく彼に惹かれているんじゃないのよ」
ナイチンゲール症候群という言葉と意味を解してくれる友にだから、私は自分の懊悩を告白した。
恋みたいな気持ちを抱いている、私の病気を。
「え?」
「この気持ちは、病気の症状なのよ。プロデューサーさんが……彼が患者だったから、好きになった気持ちでいるのよ。私の脳は」
風花さんは不思議そうに私を見ていたが、やがて口を開いた。
「それって変じゃないです?」
「え?」
変?
変とはどういう意味だろう?
もしかしてこの病には、私の知見にはない有用な治療法があるのだろうか?
「もちろんナイチンゲール症候群って言葉は知ってますけど、あれって患者と看護師の関係が解消されるとなくなっちゃうものって聞きましたよ?」
「え!?」
「ほら、私も看護師時代に患者さんを好きになっちゃう同僚がいましたけど、ナイチンゲール症候群だった娘は患者さんが退院したらもう、好きでもなんでもなくなっちゃってましたよ? 退院して恋人とかになるのは、それはナイチンゲール証拠群じゃないということで……」
突然のことに、私は呆然としてしまった。
そうなの?
本当に?
じゃあ私が今もプロデューサーさんを好きだと思っているのは……
「自信持ってください! 清良さんも、ちゃんと清良さんのプロデューサーさんが好きなんですよ!」
自分のことは恥ずかしがるのに、私のこととなると風花さんは力強く応援してくれる。
「ありがとう……風花さん。私、ようやく素直になれる気がする」
私が見立てた病名は間違いである事が判明した。
治療方針の全面的な見直しが必要だ。
誤診が判明し、私は急に心が楽になった。
プロデューサーさんに対するせつなさは、依然重症。予後も不良かも知れない。
しかし風花さんというセカンドオピニオンを得て、私の精神症状は安定した。
この心を、気持ちを正直に受け止めていいのだ。
「プロデューサーさん」
「? どうした?」
「疲れたらいつでも頼ってくださいね」
「もう入院はゴメンですからね」
「ふふ。でも身体だけじゃなく、心も……気持ちも疲れたらいつでも私を呼んでください。キヨラコールで……」
それを私も待っていますから……ね。
お わ り
以上で終わりです。おつき合いいただきまして、ありがとうございました。
そして柳清良さん、お誕生日おめでとうございます。
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