春の桜の夢を見る (12)
10年後のこの日に、タイムカプセルを開けよう――今思えば、ガキっぽい約束だったと思う。
高校生の時に恋人だった彼女、櫻田華は漫画家志望の女の子だった。名前の通り、花のように淡い笑顔を今も覚えている。
放課後に図書室で小説を書いていた俺に声をかけてきたのがきっかけだった。
彼女はスクールカーストも高めのキラキラ女子で男子からの人気も高く、一方で俺はというと特に目立たず交遊範囲も広くなく、どちらかと言えば彼女たちに一方的な劣等感を抱いているタイプだった。
「もしかして、何か創作してる?」
特徴的な問いかけだな、と思ったものだ。
何を書いているの、勉強してるの、或いは小説書いているの。そういう問いかけなら分かるけれど、創作をしているかという問いかけは、まるで彼女も何かをそうしているかのように思えて、今までに俺が彼女に抱いていたイメージかではなかなか出てこない表現であった。
別に、書いていることを隠していたわけではない。けれども、何だか彼女のような所謂陽キャに対してそれを公開するのも、イジリのネタを提供してしまうような気がして、肯定もしづらかった。
そんな俺の空気を感じたのか、彼女はニっと楽しそうな表情を浮かべたかと思うと、僕の耳元に口を運んで囁くように言葉を漏らした。
「私はね、漫画書いてるの。だから、もし米村くんがそうだったら嬉しいなって、そう思って」
先ほどとは打って変わって、少し恥ずかしげな表情は、今まで見たことの無いものだった。それだけで、彼女のその言葉は冗談ではなかったと察することが出来るような照れ方で、つい言葉を返してしまった。
「ああ、そっか。うん、そう、俺ね、小説書いてるんだ。ガキの頃から小説家になりたいって、それが夢でさ」
今思うと、不意打ちにやられたのかもしれないし、或は華のような綺麗な女子と話す機会なんてそう無かったから、これをきっかけに仲良くなりたいなんて下心があったのかもしれない。俺が書いていることを伝える必要なんて、それこそ全く無かったから。
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