まだ寒さの残る、日曜日の午後三時。
天井近くからは乾いた暖房の音。
透明な空気をつらぬいて、日差しが床に影を落とす。
「樋口、充電」
「ん」
やりとりが終われば、また無音。
沈黙とは違う静けさ。
冷めた空気の安らぎ。
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浪費していく時間。
浅倉透の部屋で、その部屋の主と二人きり。
ベッドの上には透。壁を背もたれにして伸ばした足先に、私。
マットレスに背を預けて、冷たい床に体育座り。
私はただ、スマホを眺めていた。
背中越しには見えないけれど、きっと透も同じ。
何もない時間を何事もなく過ごす。
そんな時間は嫌いじゃない。
スマホの充電が半分を切ったころ、透は溜息でもつくかのように呟いた。
「ねぇ、樋口」
ゆらりとそよぐ、透明な吐息。
静寂の中一音、弾かれた琴線。
絹糸のように滑らかな声が、私の耳に届く。
「じゃんけん、しよっか」
「……ん」
私は顔も向けず、一言答えた。
そして、透によく見えるよう、右手を頭の上まで持ち上げた。
「浅倉、何?」
「チョキ」
私が頭上に掲げたのは、パー。
「……はぁ」
深く溜息を吐いてから、腰を持ち上げてベッドの上の透に向き直る。
透は口元に笑みを浮かべながら、顔の横で二本指を動かす。
「いぇーい」
グニグニと二本指を曲げて、伸ばして。
目の前に放り投げられた透の足を退けて私は聞く。
「で、今日は?」
「んー……じゃあ、さ」
透は私がどかした足をまた持ち上げて、私の眼前に突きだす。
爪先から指の間まで白く、透明な素足。
「舐めてよ、足」
透は口元に浮かべた笑みを崩さないままに言った。
「……っ」
鼻先に突きだされた足。余裕な表情の透。
交互に睨みつけ、私は噛みつくようにしてその足を握った。
「……最悪」
手の平に足の裏を乗せるようにして、透の足を持ち上げる。
骨と筋の浮かんだ足の甲に舌を貼り付け、
すべすべとした感触の素肌を、下から上へ。
指先から脛に向かってゆっくりと舐め上げる。
舌の表面を、透の素肌に押し付けるように。
舌に触れる塩気と酸味。
皮膚のざらつき、透の匂い。
ピリピリと痺れを感じる舌の感触に、存在したかどうかさえも曖昧なきっかけを思い出す。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
いつだったか、放課後のファミレス。
ドリンクバーとフライドポテトを頼んで1時間後。
『負けた方がコレ、飲むってことで』
『……乗った』
ほんの、些細な勝負。
デミタスカップになみなみと注がれた真っ赤な液体からは、ツンと鋭い匂いが鼻を刺す。
試しに指をつけ、舌先で舐めると、
びりびりと痺れが喉奥まで響いた。
『最初は?』
『グー』
『じゃーんけーん……』
覚えてる限りでは、きっとこれが最初。
"勝った方が負けた方のいう事を聞く"。
そんなくだらない勝負の、最初の一戦。
そして、最初の"命令"。
とりあえずここまでで。
続きは明日の昼か夜にまた書きこみます。
久しぶりに書きこむので至らない点が多いかと思いますが、
ご指摘いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。
透は一気にカップを傾け、タバスコを飲み干した。
『あー、死ぬわ、コレ』
涙目で咳き込む透を見たのは久々だった。
いや、もしかしたらこれが初めてだったかもしれない。
……とにかく、私たちはそうやって何度も"勝負"をした。
勝った方が命令できる。そんなルールも、その時から段々と決まっていった。
なんとなく、自然に、二人の中で出来上がっていった。
そして徐々に、エスカレートしていった。
私はその時々に合わせて、都合よく透を使う。
『じゃあ、肩揉んで』
『この部屋、早く片づけて』
『私への借金。即返却』
そして、透は、
『着替えさせてよ、服』
『口の中、見せて』
『開けていい?ピアス』
『じゃあ、開けてよ。私の』
冗談なんか、言わないし。そう言って笑ってた。
『ねぇ、樋口』
『噛んでみたい、首』
ルールは私達の中で絶対的なものになっていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ぞわり。首筋の感触を思いだす。
乾き始めた舌が足から離れると、透が頭上から催促する。
「樋口ーちゃんと舐めろー」
そう言って透は足を浮かせたと思うと、そのまま爪先を私の口元に挿し入れる。
「ぐっ……んんっ!」
「ほら、負けたじゃん、樋口」
睨みつけて抗議を示しても、透に効果はない。
にこりと口元に微笑みを浮かべ、爪先を更に押し込む。
精一杯、できる限り透の足の指を頬張り、
口の中で透の指先に舌を這わせる。
指の間から、爪の隙間まで。
指の一本一本に、唾液を纏わせる。
「やば。樋口、顔ウケる」
塞がれた口では文句の一つさえ許されない。
自分の唾液で、口の周りがベタベタ、ヌルヌルと汚れる。
「ねぇ、樋口」
透が言う。
「いいよ。もっと、上まで」
からかうような、子供をあやす様な、そんな口調で。
そこから先は……よく覚えていない。
だけど次の日も、また次の日も。
同じように"勝負"した。
私はパー。透はチョキ。
次の日も、パー、チョキ。
私の負け。
また、負け。
「じゃあ……どうしよっか」
指先を唇に触れさせて、透が微笑む。
続きはまた夜あげますー
20~21時ごろと思います。
今日の夜完結予定です。
よろしくお願いします。
次の週も、そのまた次も、次も
私は、パー。
「ねぇ、樋口」
透は、
「身体、見せてよ」
チョキ。
「服、脱いでさ」
命令は、絶対だから。
すいません、酉つけ忘れました……
その次もまた、私はパー。
透は、
「あー、負けたわ」
グーを、出した。
「……は?」
振り返ると、透の笑顔。
そして、二人の間でふらふらと揺れる透の握りこぶし。
「……何ッ……で……」
ゆっくりと立ち上がった私に向かって、透は微笑む。
握った拳をくるりと返す。
指を開いて、私の手を引いた。
「ね、何したらいい?私」
顔に掛かる吐息は、ひどく冷たく感じた。
「どうしたらいい?」
もう一度透は聞いて、私は、
透に
噛みつくように奪った唇。
細く薄く、柔らかかった。
吐き気がする。呼吸が苦しい。
「ねぇ……樋口……」
途切れ途切れに離れる唇から、透は私に問いかける。
「わた、し……何……」
長く、唇を食んでから、吐く。
「何も、しないで」
私が透のネクタイに手をかけても、
シャツのボタンを飛ばしても。
それでも透は、
何も、しなかった。
喉奥の塊を吐きだすように、荒い吐息を透に注いだ。
飢えを満たすように、透の肢体に噛みついた。
下腹部の重さをなすりつけるように、透を。
吐き気がする。眩暈がする。
「樋口、めっちゃ、必死じゃん」
目の前で透が、変わらずに笑う。
吐きだしたものは愛じゃない。
そんな綺麗事じゃない。
これは欲。
ただ私が、欲に溺れただけだ。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
夏。放課後。
目を刺すような青空。
足元の煉瓦からジリジリと熱が伝わる。
首から背中に滲んだ汗。
シャツに染みて、気持ち悪い。
「暑いのきらいー」
雛菜が隣でぼやく。聞き流して小糸に水筒を渡した。
「あっ、ありがとう!円香ちゃん」
少し前を歩く透は涼しい顔。
「ねぇ、樋口」
前方のコンビニを指さした。
「負けた人がさ、おごるってことで」
シャツの内側を一滴、汗が伝った。
透は拳を持ち上げて準備万端。
雛菜と小糸も参戦体制。
「じゃーんけーん……」
4人、息の合わないままに出された透の掛け声。慌てて腕を振る。
「ぽん」
咄嗟に出た、私の手は、
「あー……あいこか〜」
「……はぁ」
溜息を一つ。踵を返して歩きだす。
「もういいでしょ。自分の分は自分で」
「え〜樋口せんぱいずるい〜」
早く。早くこの場から。
「ねぇ、樋口」
肩に手が乗る。
駆け足で私に追いつき、ぐいと肩を引く。
「勝ったよ、じゃんけん」
透は私の耳元で、囁いた。
冷えた汗が素肌に染みる。
透が顔の横で、二本指を動かす。
「今日は何、しよっか?」
染みていく。冷たく、冷たく。
まるで毒のように。
熱を持つ心臓に、
じわり、染みた。
おわり
お付き合いいただきありがとうございました。
思ったより短くなってしまいましたが、これで終わりです。
ご意見ご感想などいただければ幸いです。
改めて見返すとまだまだ掘り下げたいところも出てきたので、
纏めてpixivに上げるときには
加筆したものを上げたいと思っています。
https://www.pixiv.net/users/6815531
他にもいろいろと書いているので、よろしければ。
pixivですら相手にされないから速報へ逃げてきたってこと?
残念ながらこの板マルチポスト禁止なんだよね
「マナーを守って楽しい創作ライフを!」って前提を意識しよう
>>40
そうだったんですね……!
不勉強でした、申し訳ありません。
このSSまとめへのコメント
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