牧瀬紅莉栖「Thanks.橋田」橋田至「You're welcome.だお」 (8)

「牧瀬氏牧瀬氏」
「なによ、橋田」
「牧瀬氏はなぜに彼氏を作らんの?」
「It's not your business.」

橋田至の問いの答えを、私は導き出すことを放棄した。この世には考えてもわからないことが存在していて、それは私の美学には反するけれど、純然とした事実であり、現実だ。

「牧瀬氏は理想が高すぎるのでは?」
「あんたに、私のなにがわかるのよ」

アメリカ人もびっくりな肥満体型の橋田至は大学でさぞかし浮いているだろうと思いきや意外にも友人が多いらしい。無論、恋人という意味でのガールフレンドこそ存在しないがそれでも孤独ではない。故に理解できまい。

「でも牧瀬氏のルックスならモテるっしょ」
「まあ、そこそこね」
「じゃあ、何故に付き合わないん?」

しつこい。そりゃあ、私だってそうした浮ついた男女の関係性に憧れを抱いていた時期があった。けれど現実は憧れとは違っていて。

「男に媚びを売るのは性に合わないのよ」
「あーなるほど」

わかったような顔すんな。お前も男だろう。

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「まあ、牧瀬氏くらい優秀な美少女が居ればそれに対抗する輩も湧くでしょうな」
「そんな連中、いちいち相手しないでしょ」
「ごもっとも。つまり、周りの男は牧瀬氏の頭脳や成果しか見てくれなかったと」

だから、わかったようなことを言わないで。
恐らく、橋田のこうした察しが人間関係を潤滑にする上で重要な役目を果たしているのだろう。認めたくないけど見透かされている。

「切磋琢磨なんて言えば聞こえはいいけど、基本的に人の足の引っ張ることしか取り柄のない連中をどう好きになればいいのよ」
「それは牧瀬氏が隙を見せないからでは?」
「は?」

隙なんて見せたらそれこそ致命的じゃない。

「キャリアに汚点はないほうがいいでしょ」
「でも青春は汚点には含まれないと思われ」

青春。青春ね。思わず鼻で嘲笑ってしまう。

「青春でノーベル賞が取れるとでも?」
「ノーベル賞と青春なら後者のほうが大切じゃね? まあ、価値観は人それぞれだけど」

知ったようなことを。橋田の癖に偉そうに。

「牧瀬氏は青春よりノーベル賞派?」
「それしか選べない人間も居るのよ」

あらゆる設問の正解に辿り着く過程は多様ではあるが、それを突き詰めて最短距離で解を導き出せるに越したことはないと私は思う。

「無駄骨。徒労。遠回り。そんなの御免よ」
「それが現代の科学を作り上げてんじゃん」

橋田。さっきからなんなのよ。正論ばっか。

「現代の科学は無駄を削ぎ落とした成果よ」
「発見なくして発展なしとも言うのでは?」
「橋田……さっきからなにがいいたいのよ」

プロセスとして発展よりも発見が先なのは理解している。そして発見するには偶然が付きものということも。無駄骨。徒労。遠回り。

そうした過程で発見がある。だからなによ。

「私には、なにも見つけられないとでも?」
「いやあ、そこまでは」

言ってるようなものでしょ。言葉を濁すな。

「オカリンはさ」
「っ……岡部がどうしたのよ」
「たぶん、牧瀬氏とは違うタイプだお」

唐突に岡部の話題を振られて、動揺するのが自分でもわかった。自分と違う能力を彼が持ち合わせていることも私が1番わかっている。

「私に岡部のようになれと? 正気なの?」
「違うお。牧瀬氏にはないものをオカリンが持っているなら、それを利用するべきかと」
「利用って……あんた岡部の友達でしょ?」
「結果的に友達の為になるならいいっしょ」

岡部に私の優秀な頭脳が必要ということならまあ、わからなくもない。橋田のハッキングの技術が岡部に必要なように。でも、私に岡部が必要と言われても断じて認めたくない。

「私はどうなるのよ」
「牧瀬氏の為にもなると僕は思うお」
「その根拠は? 論理的に証明出来る?」

橋田に詰問するとモニターから視線を向け。

「恋愛感情に論理を持ち出している時点で牧瀬氏の主張に正当性はないと思われ」
「橋田……この私を論破するつもり?」
「論破もなにも、オカリンって名前を出してから牧瀬氏は自分から自爆しているわけで」
「ぐぬぬっ……!」

落ち着け、私。冷静になれ。クールダウン。

「仮に私が岡部を好きになったとして」
「ようやく建設的な議論が始まりますた」
「うるさい、橋田。黙って聞きなさい」

モニターに視線を戻してニヤニヤ。キモい。

「恋愛は相手が存在しているわけでしょ」
「まあ、脳内じゃない限りは当然ですな」
「つまりこっちと向こうの感情がイコールで結ばれて、しかも等価でなければ釣り合わない。そんなこと本当に起こり得るのかしら」

気づくと何故か、橋田に恋愛相談していた。

「別にイコールじゃなくてもいいし、等価である必要もないんじゃね?」
「そんなの、不公平……いいえ、不等号よ」
「恋愛感情に公平性を持ち出すのはヤンデレの証明なので控えたほうがいいお」

誰がヤンデレよ。私はただ、こっちが好きなぶん向こうにも好きになって欲しいだけで。
たとえば3日前に私からメールを送り、議論の結果、岡部をコテンパンに論破したとはいえ、次にメールを送るべきは岡部なわけで。

それが時系列ならば、矛盾は許されない。

「なんで私が待たないといけないのよ!」
「牧瀬氏がオカリンの機嫌を損ねたなら、それを修復するのは当然牧瀬氏っしょ」
「橋田! あんた、どこまで知ってんのよ!」

知ってるのに知らないふりなんて、許せん。

「橋田、あんたからも岡部に何か言ってよ」
「何かって? 牧瀬氏が寂しがってるって?」
「ちがっ……ああもう、岡部にごめんって」

小さく謝罪を口にすると、橋田は苦笑して。

「今の牧瀬氏ならモテモテ間違いなしだお」

どうでもいい。岡部以外にモテても無意味。

「あ、もしもし、オカリン? 牧瀬氏がラボに居るから、今すぐ来るんだお。んじゃ」

電話で岡部を呼んでくれた橋田は結局、私の謝罪を伝えてはくれなかった。わかってる。
私の口から言わなければ意味がないことは。

「それでは僕はこれからフェイリスたんに会いに行く重要な使命があるので、これにて」
「待ちなさい」

ドロンされる前に、これだけは言っておく。

「橋田。あんたはたしかに岡部のフェイバリット・ライトアームみたいね」
「いやあ、それほどでも」
「私が岡部のようにはなれないように、岡部もまた、橋田のようにはなれない」
「つまり、どゆこと?」
「あんたにはあんたの良さがあるってこと」
「きゅんっ」

口で言うな。気持ち悪いけれど、良い奴だ。

「素直な牧瀬氏は破壊力抜群だお」
「だとしてもそんなの私じゃない」

素直な私なんて、他ならぬ私が認めない。
科学者ならば、目に映る全てを疑うべきで、耳に入る全てを信じない。捻くれてなんぼ。

「ありのままの私で岡部に好かれたいのよ」
「それにはオカリンも苦労するでしょうな」

苦労したとしても、それは無駄骨でも徒労でも遠回りでもない。必ず発見させる。私が見つけたように。私の発見を無駄にさせない。

「Thanks.橋田」
「You're welcome.だお」

隙を見せるのも悪くない。足音が近づいた。

「ダル! 紅莉栖はまだ居るか!?」
「あ、オカリン。早かったじゃん。牧瀬氏ならほら、まだそこに居るお」
「紅莉栖! お前に言いたいことがある」
「な、なによ……そんなに慌てて」

運命石の扉を開け放った岡部に見つめられ。

「お前の理論は、間違っている」
「どこがどう間違ってるわけ?」
「俺はお前のことが好きだし、お前が俺を好きなのは嬉しいが……やはり毎朝排泄物の写真を送りつけるのは恋愛感情とは呼べない」
「フハッ!」

橋田。何がおかしい。私にも言い分がある。

「あんたが写真を送らないからでしょ!?」
「そんなモノを送る彼氏がどこに居る!?」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「ええいっ! 何がおかしいんだ、ダル!!」
「そうよっ! 何がおかしいのよ、橋田!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

恋愛感情において自分と相手の気持ちはイコールではなく、等価ではないかも知れない。
でも願うのだ。理想はロマンチックだから。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「私の"好き"を受け入れなさいよ! 岡部!」
「俺に"好き"を選択させてくれ! 紅莉栖!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

なぜ私に彼氏が出来ないのか察した橋田のやかましい哄笑と好きと好きの狭間で私たちは苦悩する。記憶の隙間に愉悦が這入り込む。

「それでも私は、好きになって欲しいのよ」
「……俺だ。どうやら紅莉栖は自分の信念を曲げないらしい。だったら俺が折れろって? 仕方ない。それがシュタインズ・ゲート(肛門)の選択ならば。エル・臭い・コングルゥ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

頭の良い人間が考えていることは大抵、ろくでもないことで、理解されることは少ない。
人は理解不能な出来事に直面すると怖がる。
恐怖は拒絶され差別を生み出す。孤立する。

そんな現実に抗える者たちへの救済を求め。

「岡部。私はあんたにイコールは求めない」
「ならば、俺は俺なりに、化学反応しよう」
「ふふっ。等価になる化学式を期待してる」
「ふぅ……やれやれだお」

恐怖が愉悦へと変化する世界線を目指そう。


【不等号のディライト】


FIN

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