【小説版】提督「鎮守府一般公開?」 (32)

以前書いたSSを小説化してみました

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 「鎮守府一般公開?」
 「はい。これが大本営海軍部からの命令書です」
この鎮守府で秘書艦の任を負う戦艦・榛名が、微笑を浮かべながら提督にバインダーを差し出した。
第一種軍装に身を包み、司令官室の事務用デスクで事務整理にあたっていた提督は、大本営海軍部からの命令が記された海軍用箋に目を通す。
 「なになに……この時局に軍民双方の交流を計ることにより、ひとときの娯楽の提供と相互理解の促進を達成すること、か」
自分の秘書艦にも軍命令を共有するためにわざと一人ごちた提督の言葉に、榛名は嬉しそうに頷いた。 
 「榛名はとてもいい考えだと思います。みんなが元気になりますから!」
この世に生を受けてからの時間の長さで言えば、提督のそれを遥かに上回る榛名が、小首を傾けるようにし、とびきりの笑顔を見せた。
あの第二次世界大戦を生き、死を迎え、そして再び生を受けた運命の過酷さを、この少女は微塵も感じさせない。

 「うん、そうだな。俺もそう思うよ」
 提督は軍命令書をデスクに置いた。作戦命令とは違い、内容としては行政通達に近い内容だからか、この命令書には〝軍極秘〟という朱印が押されていない。まだ二十代の半ばになったばかりの提督には、不思議な新鮮さが感じられた。
 「深海棲艦の恐怖だけならまだしも、最近は色々とあったらな……。ここは何かひとつ明るい話題になるようなことをしようというのは分かるよ」
 ふぅ、と一息ついて提督は司令官室の大きな窓の外へ視線を向けた。
 東日本の太平洋側に位置するこの地には、先端に小さな岬を持つ、申し訳程度の半島がある。その付け根に位置するのが、この提督が指揮下に収める鎮守府である。
春のうららかな昼下がり、陽光は穏やかに揺れる波間に煌めき、ウミネコの鳴き声がのどかに聞こえてくる。
 ……俺が初めてここに来たとき、ここは地獄だった。
 提督は、ほんの数年前のことを想起していた。
 戦災ではない。太平洋沖で発生したマグニチュード9.1の巨大地震が引き起こした津波が、この無垢で静かな港町をも容赦なく襲い、破壊し尽くしたのだ。
 その復興が始まった矢先、海は新たな脅威を日本中に運んできた。

 深海棲艦と呼ばれる、恐ろしい火力を持つ正体不明の生き物が、突如海から来襲してきたのだ。津波とは違い、深海棲艦は一度だけで去っていく事はなく、日本中、いやアジア中の島嶼や陸地に、幾度となく攻撃を仕掛けてきた。
 既存の海上自衛隊の艦艇では、深海棲艦に対抗することは叶わなかった。神出鬼没で、寄せては返すように牙を剥いてくる深海棲艦に、人々は恐怖した。震災復興は遅れ、経済は停滞し、国外との物流は途絶えた。街の人通りは減り、小売店には商品が並ばなくなり、日本政府はデフォルトを宣言するまでに追い込まれ、人々は生活に困窮するまでに追い込まれていた。若い女の顔を持つ深海棲艦は、まさに絶望を携えてやってくる〝魔女〟であった。
 そんな日本の救国の希望となったのが、いわゆる艦娘であった。既存のイージス艦の電子システムすら翻弄する有機的存在である深海棲艦に対し、ヒトの身体を持ち、戦闘艦としての魂と装備とを持つ艦娘。文科省・理化学研究所が持てる技術を全て投入して生み出した艦娘は、アジア太平洋地域を我が物顔に遊弋していた深海棲艦を瞬く間に駆逐し、今や日本近辺の制海権及び制空権はおろか、アジア各国間の船舶の往来の安全すら可能としたのだ。
 ……無論、深海棲艦が完全に消滅したわけではない。元々の数や規模が不明である事には変わらず、神出鬼没であるという特性にも何ら変わりはなく、深海棲艦はいまだに時おり日本沿岸やアジア各地を脅かしている。
 この若干二十代の提督が任されているのが、東日本の太平洋側の守りを任されている小さな鎮守府の一つであった。
 「我が鎮守府があるとはいえ、ここは小さな港町だからな。過疎化は進んでるし、復興もまだまだだし……」
 ……そう言えば、俺は震災直後からこの港町にいるのに、町の人々とはほとんど面識を持っていない。非常時にまた非常時が重なった月日の流れの速さを、提督は改めて思い知らされていた。
 「この鎮守府も地元の町にはお世話になってますけど、交流自体はあまりなかったですからね。いいんじゃないでしょうか、一般公開」
 榛名も、久しぶりの明るい話題に声を弾ませる。

 「だから大本営の考えも分かるんだけど……分かるんだけど……」
何かを言いよどむ提督の次の言葉を、榛名は焦ることなく無言で促した。
 「その……自分で言うのも何だが、他の基幹鎮守府とは違って、この鎮守府は小規模だし……資源や資金も他ほど余裕があるわけじゃないからな…」
 「それは榛名たち艦娘の力不足でもあります。申し訳ありません……」
 素直に頭を下げる榛名。それを見た提督は慌ててそれを打ち消す。
 「いやいや、そういう意味で言ったわけじゃないから。お前らは本当によくやってくれてる。最高司令官たる俺がむしろ申し訳ないくらいだよ。指揮運営が拙いばかりに、艦娘を増やすことも規模を拡充することもままならない。時々自分が嫌になるよ」
 かつての旧制防衛大学……今の海軍兵学校や海軍大学を出た、言わば本流の海軍将校とは違い、一般大学在学中に深海棲艦禍により戦時動員され、急造の海軍学徒将校となったこの提督は、当然だが艦隊運営や艦隊運用についてはOJTで学んでいくしかなかったというのが現実であった。
 そんな彼の苦労を、鎮守府が発足して間もないころから見続けてきた榛名は痛いほど知っている。
 「提督、そんなにご自分を責めないでください。私達の中でこの鎮守府に来て幸せだと思っていない艦娘は一人もいませんから!」
 「ありがとう……」
 「思い詰めてしまってはいけませんよ、提督。この辺で少しお茶でも……」
 榛名がそう言った時、タイミングよく折り目正しいノックの音が三回。
 「金剛、入りマス!ティータイムの時間になったデスからお茶とスコーンをお持ちしましたヨー。三人で少し休憩デス!」
 榛名の長姉にあたる戦艦・金剛。彼女は鎮守府の空気を明るくする、いわばムードメーカーとして、そしてこの鎮守府にたった二杯しかいない戦艦のもう一人として、秘書艦の榛名に準ずる位置にいる。
 「金剛お姉さま、ありがとうございます」
 「いーえ。あれ?テートク元気ないですねー?」
 提督は、まだ一般公開の予算の件で頭を悩ませている最中であった。
 「金剛にも済まないな……。予算のせいで本場の茶葉を買ってやることもできない」
 金剛は何のことかと思い、自分が両手で持っているトレイを見た。香ばしさこそ漂わせているが、金剛が準備してきた紅茶は、何のことはない、市販の量産品のティーバックであった。今に始まった事ではなく、いつもの事なのだが……。
 「大英帝国帰りの帰国子女の金剛に、俺はいつもリプトンのティーバックで茶を入れさせてる。俺は本当に甲斐性がないよ……東郷元帥や山本元帥が知ったら、どう思うかな……」
 「んん?榛名、なにかあったデスか?」
 「提督のいつもの自己嫌悪が始まっただけですよ」
 「ああ、いつものネ」
 またかと苦笑する金剛と榛名。見かけはうら若き少女だが、鋼鉄の身体を有していた頃から勘定に入れると、金剛も榛名も、とうにこの提督の人生の大先輩である。逆に二人から見れば、この提督は赤子も同然の存在だ。生真面目な彼は、まだうまく息抜きをできるような器用さを身に付けてはいない。
 「提督は仮にも軍人で、しかも学徒将校出身者としては中々例のない大佐じゃありませんか。もっと自信を持ってください!」
 「俺なんかさぁ……どうせ海大出じゃねぇし……一般大卒のB幹だし……」
 ぶつぶつと呟く提督。生真面目で人に優しいのがこの提督の取柄であることは金剛・榛名のみならず、この鎮守府に属するすべての艦娘が認めるところではあるのだが、今ここに限って言えば、それが裏目に出ていた。
 「ぁあもぅ!!帝國海軍の頃の青年将校といえば、もっと覇気を前面に押し出してたと言うのに!」
 どうしようもないとばかりに小さく憤慨する榛名。

 「まぁまぁ榛名、テートクは謙虚な方なのデスからそこは認めてあげなきゃだめデスよ。時代は変わったんデス。榛名だって、そのテートクの優しさに惹かれているのも事実でショ?」
 「そ、それは……そうですけど……」
 姉として、年長者の余裕を見せる金剛に、榛名もしぶしぶ頷く。
 「ならヨシ。それよりも、今回はいったいどうしてこうなったデスか?」
 「実は先刻、大本営から命令を受領しました。提督、金剛お姉さまに命令書をお見せしてもよろしいですか?」
 「もちろんだ」
 紅茶とスコーンの載ったトレイが提督のデスクに置かれ、入れ替わりにバインダーが金剛の白い手に渡る。
 「ふむふむ、鎮守府一般公開……。いいじゃないデスか!これは要するにfestivalデスね!」
 「まあ嬉しい、金剛お姉さまも乗り気ですね!」
 「祭りとあっちゃ堪えられないデス!みんなで楽しく騒ぎまショー!」
 いまだに頭を悩ませている提督をよそに、少しづつテンションを上げていく金剛と榛名。
 「ええと、日時は他の鎮守府とすこしずつずらして、ほぼ同時期に一斉に行われるみたいですね」
 「あ、ウチだけじゃなく他も開催なんデスね」
 「そうみたいです。実際に何をやるかは詳細はこちらで決めていいそうですね」
 それを聞いた提督が、ほんの少し救われたように顔を上げた。
 「じゃあもうほどほどに無理せずやろう?屋台出したり施設見学開いたりして済まそうよ」
 懇願するように言う提督に、榛名が悪気なく追い打ちをかける。
 「でも、私達艦娘による海上での総合火力演習は必須みたいですよ」
 「オォウ!腕が鳴るネー!」
 「OH……資源が……資金が……」
 対照的に盛り上がりと盛り下がりを見せる、金剛と提督。
 「テートク!これは大本営公認のお祭りなんデスよ!ここは楽しまなきゃ損デス!」
 「お祭りと言えば、金剛お姉さまは昭和3年の12月4日を覚えていますか?」
 「御大禮特別観艦式があった時デスね!忘れるはずがありまセン!」
 ついに戦艦二人は鋼鉄の頃の思い出話に花を咲かせ始めた。
 「俺はおろか親父やお袋も、影も形もない頃だな」
提督が冷静に呟いたが、金剛と榛名の耳にはまったくっていない。
 「あの時、私は御召艦として陛下にお乗り頂き……」
 「私が先導艦として道案内を務めさせて頂いたんデス……」
 うっとりと恍惚の表情を浮かべる二人。ややあって、榛名が命令書の一文に目を止める。
 「お姉さま、ここ読んでください!!」
 「え、どうしたノ?」
 「地域毎人口比の動員数が最も多かった鎮守府は、来年度から物資の特配のほかに陛下の行幸があるそうですよ!」
 「陛下の行幸……!!Woww!!インクレディブル、デース!!」
 「先帝陛下と今上陛下、二代にわたってお仕えできるなんて、榛名達は幸せ者です!!」
憧れの異性との再会に喜びを隠せない少女のように、しばらく嬌声を上げて騒いでいる戦艦二人を、動員数などハナから諦めている提督は、申し訳なさそうに眺めていた。

 「それと……ああ、会場警備に必ず30名以上の人員が必要だそうですネ」
金剛の言葉に、提督はすぐに反応する。
 「それは無理だ。第一、うちの規模の鎮守府にはそんな数の艦娘はいない。火力演習まで実演するとなればなおさらだろ」
 「しかし大本営直々の命令ですから、その人数はどうあっても配置しておかないと……」
 「でも、大掛かりな警備が必要な事態になるとは思えないけどな……。大体この過疎の港町じゃそんなに人も押しかけないだろうし」
 提督はやや苦し紛れに言ったが、金剛が冷静に応える。
 「形式上必要なんでしょうネ。仮にもここは軍事施設デスから」
 「うぅ…」
 また頭を抱えだした提督。こういった手合いは、イレギュラーな出来事に対しては非常に耐性が弱い。それを熟知している榛名が、喝を入れるように声を上げる。
 「もう提督!しっかりしてください!いつまでウジウジ悩んでるんですか!これは決定事項なんですよ!やると決まったからには、前向きにやらないと!」
 「ここはひとつ無理をしてでも他に負けないブラボーなフェスを成功させてみるデス!!」
 戦艦二人のハッパに、ようやく提督も観念したように顔を上げた。
 「むー……そうだな。出来る限りのことはして、この鎮守府の存在感を高めてやりたいよな」
 「その意気ですよ。みんなで町を盛り上げましょう」
 「……分かった。よし、俺も腹をくくろう。しかし、まず警備をどうするか…」
 「町内会の若い人たちに頼んだらどうデスか?」
 「限界集落とは言い過ぎでも、この高翌齢化の進んだ小さな港町じゃ半分も集まらないぞ……あ、そうだ!大本営海軍部に頼んで陸戦隊を出してもらえないのか?」
 海軍陸戦隊とは、海軍が保有する陸上戦闘部隊のことである。自分ではナイスアイデアだと思った提督だったが……。
 「ん~……全ての鎮守府がそれをやったら大変な事になるから駄目だって書いてあります」
冷静に命令文を読み込んでいる榛名の声に、提督はがっくりと頭を垂れた。
 「なんだよ……他に頼れるところないじゃん……どうしよう……」
 「ありますよ」
 事もなげに言う榛名。
 「え、マジ?」
 「ええ。町内に憲兵分遣隊があるじゃないですか」
 陸軍の憲兵隊。そう聞いた瞬間、再び輝きかけた提督の顔が曇った。
 「……ごめん。そこは間違いなく断られる」
 「え、どうしてですか?確かに陸海軍は犬猿の仲ではありますけど……」
明治の皇軍創設以来、陸海軍は予算や人員を巡って、深刻な対立関係にあり、それは21世紀の現在ですら克服されてはいなかった。しかし、何もこんな小さな港町の鎮守府と憲兵分遣隊とで、そんな確執が今までにも顕在化したことなどあるはずが……しかしそんな榛名の考えは、実姉の言葉に否定された。

 「Ah……。なるほどネ。確かに、断られる可能性は高いのデース」
 「どうしてですか?」
 「そうか……榛名はあの事件のことを知らなかったな…」
提督も腕組みして天井を見上げている。
 「事件……?」
 「この鎮守府が出来てすぐの頃のお話デース」

 ***

 島風は疾風のような少女だ。すらりと長い健脚で全力疾走するのが何よりの楽しみで、オフの時には他の艦娘と遊ぶよりも、一人で鎮守府の外に出かけて走り回るのが常であり、他の駆逐艦の少女達をほんの少し戸惑わせることもある少女だった。
 その日も島風は、鎮守府から出かけ、神社のある高台にのぼって海を見ていた。海は様々な表情を見せる。穏やかなものも、荒れているものも、深く昏く呑み込もうとするものも、そして圧倒的な壁となって襲ってくるものも。
 その日の海は穏やかだった。島風がいる高台から一キロ先にある砂浜に、波は静かに寄せては返している。その手前の陸地には、かつて巨大堤防だったコンクリートの残骸が玩具のブロックのように転がっている。その他に見えるのは更地となった赤茶けた地面だけ。
 かつてここにあった町並みをしのばせるものは、島風の視界を横切るように走る大きな幹線道路のコンクリートのみ。その周囲に建っていたであろう家々は、基礎すらほとんど残っていない。巨大な津波は、全てを根こそぎ奪い去ってしまったのだ。
 ……まるで、南方の小島に打ち捨てられた滑走路の残骸みたい。
 島風は、そんな感傷的な思いに駆られた。島風が一度目の死を迎えたあの大東亜戦争も、それから半世紀以上を経過した平成の世の東日本大震災も、破壊と殺戮という意味においては何ら変わらないわ、と島風は思った。
 時おり、背後の山の方から、威勢のいい工事の音がする。住民の人々の、高台移転に伴う住宅地の造成がなされているのだ。少し離れたところにあるプレハブの仮設の食料品店からは、ようやく仮設住宅から高台へ移れそうとか、新たな仕事が見つかったという明るい話し声も聞こえてきている。
 この町の復興資材は、全て海路を経て鎮守府で陸揚げされ、町中へ運ばれていく。陸路が復旧する以前は、資材運搬船の護衛を島風達が担うこともあった。のちに〝櫛の歯作戦〟と呼称された、国交省や東北地方整備局による幹線道路復旧作戦も、この田舎の港町が復旧作戦の恩恵を得られるにはかなりの時間を要したのだ。
 ……私達の存在って、少しはこの町の人達の役に立ってるのかな。鎮守府に帰ったら、提督に聞いてみようと島風は思った。直接町の人達に、艦娘である島風が話しかけるのは思ってもみない事だった。町の人達も、島風達艦娘の存在を知ってはいるし互いに見かけたりもするが、話したり交流したりするようなことはまずない。
 今日は、あの滑走路の道を思う存分駆けっこしてやろう。島風はそう決めて、道路へと一目散に駆け出した。

 鋭い笛の音が鳴ったのは、島風が真新しい復興道路を横切ろうとした時だった。
 「こら、そこ!」
 振り向くと、カーキ色の昭五式軍服姿の陸軍将校が二人、島風めがけて駆け寄ってきていた。よく見ると、二人は右腕に白地に赤文字で「憲兵」と記された腕章を着けており、また拳銃のホルスターを右腰に、そして軍刀を左腰に佩いていて、更には二人ともマントを羽織っていた。
 「……え?わたし?」
 いきなり呼び止められたのが自分であることに気づき、島風はきょとんとして立ち尽くしてしまった。
 島風の傍に来た憲兵のうち、大佐の襟章をつけた年かさのほうがいきなり声を上げた。
 「信号は赤だぞ!赤で道路を渡ってはいかん!」
 中尉の襟章をつけた若い憲兵も続ける。
 「信号無視はいけないことだぞ。分からないのか?」
 「だって~…」
 島風は甘えたような拗ねたような抗議めいた声を上げるが、憲兵中尉はにべもなく答える。
 「だっても正宗もないだろ」
 「……でも、車もいなかったし……」
 「だからと言って道路に飛び出しちゃいかんだろ!今は工事用のダンプなんかも走るようになっとるんだぞ……。はぁ…君、名前は?」
 「どこの学校の生徒だ?まったく、ふざけた制服だな…」
 憲兵大佐と憲兵中尉が、かわるがわる聞いてくる。
 「え…名前…?学校…?」
 「そうだよ。君の名前を言いなさい」
 事ここに至って、島風は事態の深刻さに気付いた。ただでさえ、新造なったばかりの鎮守府はこの町では新参者扱いである。その上、艦娘が憲兵の世話になったとなれば、提督や他の艦娘達にも迷惑が掛かってしまう……!
 「ご、ごめんなさい!も、もういいでしょ?わたし急いでるんだから!」
 大きく一礼して、島風はそこから脱兎のごとく駆け出そうとした。しかし、すんでのところで憲兵大佐から腕を掴まれてしまった。
 「こら!誰が行っていいと言った!?」
 「はーなーしーてー!」
 「そうはいくか!どうして逃げる!」
 「だれかー!たすけてー!」
 無駄な抵抗とは分かっていながら、島風は叫んだ。すると意外なことに、あさっての方向から誰かの声がした。
 「おい」

 安手の背広にゴルフ帽を被った40がらみの痩せ気味の男が、憲兵二人をものともせずに、ドスの効いた声を出した。
 「……何ですかあなた」
 明らかに堅気の人間ではないと察した憲兵中尉が答える。
 すると背広の男は、懐から警察手帳をちらと見せた。
 「特高警察の者だ。何の騒ぎかと思って足を向けたら、何のことはない、ただの子供の信号無視とはな……」
 これを聞いて、憲兵二人は露骨に苦々しい表情を浮かべた。陸軍憲兵隊と特高警察は、何かと縄張り意識がぶつかり合う間柄だからだ。憲兵隊にとって、皇軍の威光が及ばない唯一の存在が、特高警察であった。彼らは、内務省の威光を笠に着ていた。日本の省庁間において、明治以来の伝統を誇る内務省の権威は、陸海軍省のそれすらも凌ぐものがある。
その特高刑事が言葉を続ける。
 「説諭で済ませればいいものを、いい大人が恥ずかしいとは思わないのか。そもそもこれは我々警察の管轄の話だろう?貴官らの行動は貴官らの職域を逸脱しているぞ」
 「し、しかし道交法の現行犯を見過ごすわけにはいかん。我々にも軽犯罪に対する警察権はある」
 憲兵大佐が反論するが、特高刑事はそれを鼻で笑った。
 「だからと言って通常説諭で済む話を大事にしていいわけがないだろう。軍警察の分際で正義のお巡りさんを演じるのは止めてくれ。それは我々の役だ」
 「何だと貴様……」
 憲兵中尉が、その若さからムキになりかけていたが、特高刑事はどこ吹く風といった感じで島風の方に向き直った。
 「お嬢さん、もう行っていいぞ。帰り道、くれぐれも怪しいおじさんのいう事なんて聞くんじゃないぞ」
 「え、いいの?やった~!」
島風は、思いも寄らない救いの手に無邪気に喜んでピョンと飛び跳ねた。
 「くそ…内務省の小役人め…」
憲兵二人が睨み付ける中、特高刑事に見送られるようにして、島風は足早に去っていく。
 「おじさんありがとー!」
 「HAHAHA、転ぶんじゃないぞ!」
単なる通りすがりであったらしい特高刑事が去っていくのを憲兵中尉が睨みつけながら見送り、島風が鎮守府の方へ走り去っていくのを、憲兵大佐はじっと見ていた。

 翌日。

鎮守府の司令官室には、むっつりとした表情の憲兵二人が押しかけて来ていた。 
大まかな事情を島風から聞いていた提督はオロオロしているが、呼び出された当の島風は知らん顔。応接テーブルに向かい合って座る二組に、秘書艦の金剛が無表情でやってきて紅茶を置いた。
 「自分はこの港町の憲兵分遣隊司令である。同行しているのは、副官の中尉だ」
鷹揚に言い放つ憲兵大佐に、提督が恐縮しきりといった感じで答える。
 「……自分が、当鎮守府の司令官です」
 「昨日の信号無視の少女は、やはりこちらの所属の艦娘でしたか」
淡々と口にする憲兵中尉と、威圧感ありげに紅茶をすする憲兵大佐。
 「どうも、本当に申し訳ありませんでした……ほら、島風も!」
提督は神妙にしていたが、島風はそうはいかなかった。
 「昨日ちゃんと謝ったもーん!だいたい一度は一件落着したのに、おじさん達しつこすぎ!」
 「やめないか!す、すみません、部下が失礼を…」
ひたすらうろたえる提督を、憲兵二人は冷ややかに眺めている。
そんな憲兵らの様子を、金剛は更に冷めた目で見ていた。島風のしたという信号無視は確かに褒められた話ではないが、島風の話が本当なら、それこそたしかに昨日の時点で既に決着がついた、済んだ話ではないか。恐らくこの憲兵二人は、途中で介入してきたという特高の刑事に対する鬱憤の矛先を今日こちらに向けようとしているのではないだろうか、と金剛は思った。
だが金剛が哀しかったのは、それが分かっているであろうにもかかわらず、ひたすら平身低頭し続ける提督の姿であった。慣れないながらにも鎮守府を必死で守ろうとしてる若い提督の姿が痛々しかった。彼が自己の保身にのみ平身低頭しているのでないことは、金剛に限らず他の艦娘の誰が見ても明らかであった。
 「……まったく、部下の教育もまともに出来ないのですか。部下が部下なら上官も上官だ」
 「は、はぁ…お恥ずかしい…」
 「第一、年頃の女の子にそのような格好を許すとは…」
 「こ、これは一応艤装の一部でして…」
 「艤装?うまい言い逃れですね。これは提督ご自身の趣味ではないのですか?」
 「そ、そのようなことは……。彼女らの姿については、これは海軍でも規定されている公式のものですし……」
 「違う?まあどちらでもいいでしょう。提督のご趣味が逸脱しているのか、もしくはその艦娘に問題があるのか、はたまた、この鎮守府全体の艦娘らの風紀が紊乱なのか……。提督の中には、鎮守府を私城化して艦娘達とふしだらな関係を結んでいる輩もいると聞きますしな」
金剛は唇を噛んだ。仮に自分だけならまだしも、提督や艦娘そのものを軽蔑するようなものの言い方を、彼女は許せなかった。また、確かに海軍内に存在するという一部の不届きな海軍将校と、自分たちの提督を一緒にされるのも我慢ならなかった。
提督は押し黙り、島風はじっと俯いて目を潤ませた。
憲兵二人の執拗な小言は続く。
 「だいたい、軍人……いや、軍属ですかな?まあどちらでもいいが、皇軍に属する者が法規を守らないとはどういうことですか。一体海軍ではどのような教育をしているんですか。深海棲艦と戦っているのだから陸では何をしてもいいとでも?」
 「国民が一つの絆で連帯しなければならないこの非常時に、ふざけているとしか思えませんね。いっそ不謹慎とすら言える。艦娘とかいう連中にはしたない恰好をさせるとは……」
 「……撤回してください」
不意に提督が口を開いた。明らかに押し殺した感情がこもっている声だった。
 「……は?」

 「説諭は甘んじてお受けします。しかし、自分がお預かりした艦娘を侮辱することは許せません。先刻からの、我が鎮守府の艦娘たちへの暴言を撤回してください」
金剛は驚いた。佐官級の憲兵将校に、まだ尉官である提督が、そこまで突っかかっていくとは思ってもいなかったからだ。
 「暴言のつもりはないが……構わんよ。その艦娘が二度と交通法規を犯さないとここで誓約すれば」
 「……でなければ?」
 「たとい兵器であろうと補導となりうることもある」
 「ふざけるなっ!」
提督が応接テーブルを叩き、その場にいた皆が目を見開いた。
 「やはりあなたがたは、艦娘を兵器としか見ていないということですね。無知にも程がある。彼女らにも戸籍はあるし、健康保険には加入しているし、更に年齢によっては学校教育令の対象にもなっている。別に海軍関係者でなくても、この事くらいは報道や厚労省の通達で知っているはずだ。それを軍警察官であるあなたがたが知らないどころか、あまつさえ国民と陛下の為に身を危険に晒して戦っている彼女らを侮辱する。銃後にいる我々軍将校が絶対にしてはいけない事だ。それがあんたらには分からないんですか!!」
先刻までとはうって変わった提督の様子に、憲兵二人は何も言えずにいる。
 「もう一度言う。暴言を撤回しろ。そして島風に謝罪しろ。早く!」
 「て、ていとく?もとはと言えば私が悪いんだから、私があやまれば…」
今度は島風がオロオロとする番だったが、提督は引き下がらない。
 「それはそれだ。お前らへの侮辱は断じて許さない」
怒り心頭の提督を前に、これ以上の長居は無用と察した憲兵二人はそそくさと立ち上がった。
 「……もう分かりました。補導もするつもりはありません。この件はここまでで」
 「おいとましますよ。ご馳走様でした」
憲兵二人は明らかに逃げ腰になっていたが、提督は追及を緩める素振りを見せなかった。
 「待て!貴官らが謝罪するまでここからは一歩も出さないぞ!」
 提督は憲兵二人の前に立ちはだかった。意識してか知らずか、彼の左手は海軍士官短剣の柄を掴んでいた。
 「な、何を…!?」
 「彼女達を愚弄するな!取り消せ!もしここで謝罪しないのであれば、海軍大臣もしくは海軍軍令部総長から東北憲兵隊司令官に対して厳重に抗議させるぞ!!」
事ここに至り、自分たちの失態に気づいた憲兵二人であった。自分らの行動が度を越したものであるという自覚は、彼らにも良心の呵責のように残っていないと言えば嘘になる。だが、今さら後に引けないのが彼らの現在の立場であった。
 「い、いいかげんにしろ!法を愚弄する連中がよく言う!」
 「そうだそうだ!このロリコンめ!」
これを聞いて、提督が完全にキレたと金剛が察知した時には時すでに遅かった。
 「だ、黙れ!」
提督は海軍士官短剣を……と思いきや、ホルスターから二六式拳銃を抜いた。
 「け、拳銃を抜いたな!?」
 「こ、公務執行妨害だぞ!」
憲兵二人も、慌てて南部式拳銃を構える。
 「やかましいわこの人でなし共が!島風に、いやうちの艦娘たち全員に土下座しやがれ!」
怒髪天を衝く勢いで叫ぶ提督。
 「てててていとく!!!」
 「さすがにそれは洒落にならんデスよテートク!やめて!!」
ひたすらうろたえる島風と金剛。
 「お、畏れ多くも陛下の憲兵に銃を向けるとは何事かあ!!」
 「なら覚えとけ!!こっちだって陛下の艦隊だボケっ!!」
双方はほぼ同時に引き金を引いた。無数のBB弾が司令官室を飛び交い、室内がしっちゃかめっちゃかになったのは言うまでもない。

今日はここまで 今後ぼちぼち投下していきます

お疲れ様です

おつ
BB弾w

続きです

 ***

「…そんなことがあったんですか」
 静かにため息をつく榛名。苦笑交じりに、金剛が後を引き取った。
「今も司令官室を掃除してたらたまにBB弾が出てきマスよ」
「まあでも……提督が昔から私たち艦娘のことを本当に慮ってくれていたのはよく分かりました」
「私もあの時は嬉しかったデース」
「そ、そうか」
 満更でもなさそうに頭をかく提督。
「ですが、相手も悪いとはいえ、提督も提督ですよ?」
 榛名は少し強めに言った。鋼鉄の頃、榛名は、有能だが融通の利かない若い士官が孤立するのを幾度となく見てきた。そういった類は特に甲板士官に多いきらいがあったが、それで将来を閉ざしてしまうのは、目の前の提督には是非とも回避してほしいという願いが榛名にはあった。
「そ、それはその通り…面目ない」
「こういうことは後を引いてしまうんですからね」
「ま、その後特に何事もなく今に至っているのデース」
「……しかし、海軍省と陸軍省の衝突にならなくて良かったですね」
 あくまでも冷静な榛名。
「まあ、海軍将校と憲兵将校が口論の末にBB弾で撃ち合ったなどと公になれば陸海軍の恥だからな」
「その恥の一端を担ったのはどこの誰ですか」
「憲兵さんのピストルも玩具だったデスからそりゃ公にもできないデース」
 それだけこの町が平和だという事なんですけどネ、と続けて場を和ませようとした金剛だが、榛名はそれでも提督に釘を刺すのを忘れない。

「……御召艦だった榛名としては、陛下の心痛は察して余りあります。今度陛下にお会いしたら謝って下さいね」
「そんな機会があればの話だな」
 旧制防衛大学の頃ならまだしも、戦時下の今では、閲兵式や観艦式を行うような余裕は軍にはおろか政府側にもない。ましてや俺が陛下からご褒章や感状を賜ることはまずないだろうな……と提督は密かに嘆息した。
「ふぅ……そもそも何の話だったデス?」
 「とにかく、問題は会場の警備の人員を集めることですよ」
「憲兵隊もやはりあの時のことを根に持ってるだろうし……素直に協力してくれるとは……」
「もう何年も経つんですからほとぼりも冷めたんじゃないでしょうか?」 
「いやぁ…それはないだろ…」
「とにかく頼んでみないことには分かりませんよ。提督、憲兵隊に電話してみてください」
「気が進まんなぁ…」
 榛名に促された提督は不承不承、固定電話のダイヤルを押して受話器を取った。

 ***

 その頃、港町憲兵分遣隊。珍しく鳴った外線を、分遣隊長がタイミングよく受けた。
「はい、こちら港町憲兵分遣隊です……は?鎮守府?」
 鎮守府、と聞こえた瞬間、この分遣隊の副官を務める憲兵中尉は事務机から顔を上げ、分遣隊長を務める憲兵大佐は受話器を置いて通話を終えた。
「隊長、今のは鎮守府からですか?」
「提督おん自らだ。あまりにも畏れ多くて切っちまった」
「あの提督が?まったく、どの面を下げて…」
 この二人にとって、例の鎮守府とのトラブルは苦い記憶となっていた。あの後、実際に海軍大臣次官から陸軍大臣次官を通じて東北憲兵隊司令官へ、非公式にではあるが遺憾の意が伝えられ、それを受けた憲兵司令官から訓告処分がなされたからだ。……怒りの矛先を向ける先を誤ったと言われれば自分達も立つ瀬がないのは自覚しているが、それでもあの後、鎮守府との関わりは無意識に避けるようになったというのが憲兵分遣隊の実情であった。
 「……それにしても、一体何の用だったんでしょうね」
 「分からん。……ただ、えらいへりくだった物腰だったな」
 「何かの頼み事……でしょうか?」
 「海軍が我々に?そんなことあるか?第一、逆の立場なら、何か頼み事をしようと思うか?」
 「いや、さすがに……」
 そこまで言った時、分遣隊の扉がノックされた。
「失礼します!」
 入ってきたのは、白いスクール水着を着た小さな少女が一人。
「はいはい……ん?君は?」
 憲兵中尉が立ち上がりかけて、少女の姿に面食らって固まった。
「あ、あの、すみません道に迷っちゃって…」
 申し訳なさそうにする少女。憲兵大佐も立ち上がる。
「ん?その恰好は海水浴かな?ごめんねお嬢ちゃん、この辺りの海岸は、まだ立ち入り規制が解けてないんだよ……」
「むっ、失礼な!私は子供じゃなくて、陸軍の軍属です!」
 可愛らしく憤慨するスク水少女。
「え……?我が軍の軍属?」
 いよいよ立ち尽くす二人の憲兵に、少女は気を取り直して口を開いた。
「実は、お願いがあるんです……」

 ***

 鎮守府。
「って切りやがった!!まだ何も言ってないのに切りやがったぞこの野郎!!」
 思い切り受話器を電話機に叩きつける提督。
「ダメでしたか…」
 残念そうにする榛名に、さもありなんと頷く金剛。
「榛名か金剛が掛けてくれたら良かったのに!」
「だとしても、結果はいずれ同じだったはずデス」
「困ったなあ、どうしよう…」
 いよいよ打つ手なしと見て、頭を抱える鎮守府のトップ3であった。

 ***

「本当に助かりました!ありがとうございます!」
 憲兵将校二人に挟まれるようにして真新しい海岸通りを歩きながら、陸軍潜水艦・まるゆは、眩しそうに二人を見上げて礼を言った。
「いやいや礼には及ばないよ。鎮守府への道案内くらい訳はないさ」
 憲兵大佐が柄にもなく優しげに応える。
「工廠を出るとき、技術将校殿が『困ったことがあれば憲兵隊を頼れ』って言ってくれたんです。その通りにしてよかったです!」
「お役にたてて何よりだよ」
 憲兵中尉も、いつになく優しい気持ちになってまるゆに応えた。
 憲兵隊という男だけの世界の中に、予期せず入り込んできた陸軍の艦娘。そんな状況に何かしら思うところがあるのか、憲兵大佐が憲兵中尉にそっと耳打ちをしてくる。
「それにしても、我が陸軍もひそかに艦娘を建造していたとはな……」
「一見しただけじゃ分からないですよ。本当に普通の女の子ですね」
「しかも可愛らしいしな……」
「ははは」
 憲兵中尉は、憲兵大佐が冗談を飛ばしたのかと思って相槌のように笑ったが、しかし憲兵大佐がそのままじっと難しそうな顔をしたのを見て、笑うのを止めた。
「どうされました?」
「いや、なんでもない。ただ、あの時の島風とかいう艦娘も、色眼鏡なしで見れば普通の可愛らしい少女だったなと思ってしまってな…」
「……」
 憲兵大佐の思わぬ言葉に、憲兵中尉は黙り込んだ。……憲兵中尉にしても、同じことを考えていたからだ。
「実は自分も、今おなじ事を考えていました」
 時を経て、あの島風という少女に対しての自分たちの振る舞いを思い出し、二人の憲兵は今さらながらに苦々しく自省した。そうとは知らず、少女の身体を得てから初めての海を眩し気に見るまるゆが、明るくはしゃいでいる。
「それにしても、海も空もきれいな町ですね!」

 鎮守府近くの防波堤で、重雷装巡洋艦の木曾が、腰を下ろしていた。身にまとうマントが、穏やかな潮風に揺れている。
「暇だな…」
 鎮守府の雷巡ファミリーの末妹である彼女は、非番のときはよくこの防波堤に来て海を眺める。大井や北上、球磨や多摩といった姉達とはまた異なる性格を持つ彼女は、少女の年相応に騒いだりはしゃいだり、はたまた誰かへの憧れを持つこともなく、一歩下がって周りの幸せを眺めている方が性に合っていた。
 沖合を見ると、午前中の哨戒を終えた大井と北上が、波頭を上げて入港してくる。木曾に気づいて手を振ってくれる二人の姉に手を振り返しながら、木曾はぼんやりと考え事をしていた。
 ……これじゃ、鋼鉄の頃と何も変わんないな。
 やや自嘲気味にそう思いつつ、木曾は、出港時以外は波止場に繋留されていた半世紀以上前の自分の姿を思い返していた。
 今の自分に不満を持っているわけではない。少女の身体を与えられて生まれ変わった運命を迷惑に思っているわけでもない。青臭いが人として信頼し得る提督のもと、姉妹達を始め、軍艦旗を背負って共に戦った少女達との再会、新たに課せられた役割……一度は海に没して朽ち果てた己自身に、再び陽の光が当たるようになったのは本当に幸せな事だと思う。
 だが、鋼鉄としてではなく、少女として第二の生を与えられたということに、木曾が戸惑いを感じ続けているのは、木曾自身が否定しようのない事実でもあった。
 重油の代わりに食事とパフェ。防弾装甲の代わりにセーラー服とマント。電探の代わりに……透き通る翠色の瞳。
 持て余しているんだろうか、俺は。この身体を。この新たな運命を。
 照り付ける陽光に、木曾の白い胸元を一筋の汗が流れた。
 ……何を迷っている、いや何を戸惑っている。とりあえず、今は敵をやっつけるだけだ。あの戦争で、米艦船がどれだけの我が艦艇や輸送船、そして日本の人々を傷つけた?そして今、深海棲艦とかいう化け物どもが、どれだけの人々を今なお苦しめている?
 俺の本質は兵器だ。たとえ生身の少女の身体を持たされていようとも、俺は、俺の運命は……!!
 不意に湧きあがった思いに、木曾は衝動的に手元に転がっていた石ころを掴み、海に向かって放り投げた。白い腕から放たれた石は、沖合200メートルほど彼方にある浮標の傍らに、小さな水柱を作った。

 少し息を乱した木曾の耳に、横合いから若い男の声が無遠慮に割り込んで来た。
「あれ?あそこの波止場に座ってるの、もしかして鎮守府の艦娘じゃないですか?」
 振り返ると、陸軍の憲兵将校二人……と、スクール水着の少女が、いつの間にかすぐそばに来ていた。どうやら、鎮守府に用があってやって来ているものらしいが、それにしても、いったいどういう組み合わせなんだろうか?
「本当だ、服装からして間違いないな」
 顔だけそちらに向けて眉をひそめる木曾。そうとは知らずか、スクール水着の少女が能天気な声を上げた。
「えっ?鎮守府の艦娘さんですか!?」
 キラキラと目を輝かせるスクール水着が、まるで憧れの異性でも見るように、眩しい視線を木曾に向けている。
「……お前、何者だ?」
 警戒心を含んだ声でストレートな疑問を投げかける木曾。
「はい、まるゆは陸軍の潜水艦です!」
「……え?陸軍?」
「はい!」
「??!??」
 木曾は混乱していた。こんなちんちくりんな少女が、まさか自分と同じ艦娘だとは……いやそもそも、所属が陸軍って……?そんな冗談があるか?
「……えっと、お前……潜れるのか?」
 木曾のまたもや率直な問いに、今度はまるゆもさすがにムッとして答えた。
「……そんなこと、答えるまでもありません!」
 その言葉を聞いた瞬間、木曾の脳裏に、電流のように過去の記憶が走った。鋼鉄の頃のその記憶と、その時自分が抱いた感情を想起して、木曾は思わず苦笑交じりの微笑が浮かんでしまうのを抑えられなかった。
「……そっか」
 あれはマニラだったか。また会ったな、陸軍のちんちくりん。そっかその取り巻きの二人は、そう言う訳でってことか。
 懐かしさと親近感とで警戒心を拭い去った木曾は、微笑を浮かべて立ち上がり、まるゆに向き直った。
「こっちはまだ名乗ってなかったな、まるゆ。俺は重雷装巡洋艦の木曾だ」
「木曾さんっていうんですね!まるゆは本日付で鎮守府に配属されました!よろしくお願いします!」
 陸軍式の片肘張った敬礼に、木曾は慌てて立ち上がってまるゆに向き直り、小脇を締めた海軍式の敬礼を返した。
 つられるように、憲兵大佐と憲兵中尉もまた、木曾に対して敬礼する。
「……で、そっちのおっさんたちは?」
 「道案内をしてくれた憲兵さん達です!」
 聞くまでもなかったな。どこか気まずそうにしている二人の憲兵を、木曾は余計な存在とばかりに見やった。
「あとは俺が連れてってやるよ。今から鎮守府に着任するんだろ?」
 そう言った木曾に、憲兵大佐が慌てたように声を掛ける。
「ま、待ちなさい。自分らも、最後まで同道する」
「いや、俺が一緒だから大丈夫ですよ?」
 別に個人的な嫌悪感はないが、海軍に籍を置く木曾にも、陸軍憲兵に対する本能的な反感が全くないといえばそうでもない。
「え、遠足は家に帰るまでって言うだろ?」
 とぼけたようなズレたような言い訳をする憲兵中尉にも首をかしげる木曾。
「…まぁ、別にいいっすけど。じゃあ行こうか」
「わあ、あれが鎮守府ですね!赤煉瓦に洋光がゆらめいて綺麗です!」
 まるゆの言う通り、鎮守府司令部と居住空間のある赤煉瓦の建物が、海面で反射した光の揺らめきをその壁面に映している。憧れの遊園地に来た子供のように、まるゆが無垢な感嘆の声を上げる。
「おう、あれだ。うちは東日本大震災のときの臨時の援助物資集積所が、数年前に再編されてできた鎮守府だ。だから規模もそんなに大きくない。いやはっきり言っちまえば小せえな」
 へぇ、と声を上げるまるゆ。
「それにな、うちの提督もまだ佐官だ。俺たち艦娘もまだ保有数は少ない。ま、要するにうちはまだまだ未熟ってことだな……そんな鎮守府に、ようこそって訳だ」
 自然にまるゆの手を握る木曾。
「は、はい!」
 まるゆも、生まれて初めての艦娘の先輩の手を、嬉し気に強く握り返した。

今日はここまで お休みなさい

お疲れ様です

おつ

また投下します

鎮守府・司令官室

ジリリリリリ

 提督のデスク上の電話機が内線の着信を告げる。
 「はい、司令官」
 『大淀です。提督、新任の艦娘が到着しました。木曾の案内で、今そちらに向かっています』
 秘書艦とはまた別に庶務を任せている大淀が、その役割に相応しい落ち着いた声で申告する。
 「あっ!そうだった、今日一人来てくれる予定だったんだ!」
 手元のファイルを繰り、陸軍潜水艦の着任を知らせる軍令部からの通知を見なおす提督。
 『……あの……それで、保護者らしい人が二人、付き添いに来られてるんですが、お通ししてよろしいでしょうか?』
 「は?保護者?申し送りに来た陸軍の技官か何かか?」
 『いえ、そうじゃないんですが……ともかく保護者としか形容しようがありません。ただ、我が軍事機密保護規定上、鎮守府内の立ち入りには問題ない身分の方々です……お会いすれば分かります。では、失礼いたします』
 分かったような分からないような大淀の報告が終わり、頭をひねらせつつも、提督は金剛と榛名を司令官室に呼び出して待機させた。
 ややあって、司令官室のドアがノックされる。
 「失礼するぜ、提督」
 少し腰を折った敬礼の木曾に、提督は目礼で返礼する。
 「おお木曾、お疲れ様」
 「雷巡木曾、新任の艦娘一杯……と同行二名をお連れしました、って訳だ」
 「失礼いたします!」
 小学生ほどの背丈のスクール水着が、腰を直角に折り曲げて最敬礼する。その勢いに提督も榛名も金剛も度肝を抜かれたが、その後に入室してきたのがあの因縁深き憲兵将校二名であるのを見て取るや、三人とも思わず「うぁ」と声を漏らしてしまった。

 気まずい沈黙が延々と続くのを断ち切ろうと、提督が何とか口を開く。
 「お久しぶり、ですね…」
 「…ぁぁ」
 「どうも…」
 憲兵二人も居心地が収まらないらしく、目線をあちこち動かしながら歯切れの悪い返事をするのが精いっぱいらしかった。その空気に、さしものまるゆも何かしら思うところがあったのか、少し遠慮がちに申告を始めた。
 「は、初めまして、司令官殿!自分は陸軍の潜水艦・まるゆであります!」
 「お、おお。ようこそ、我が鎮守府へ。自分が当鎮守府の提督だ、よろしく」
 「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
 「いやぁ、潜水艦が着任してくれるとは嬉しい限りだよ。……ところで木曾、そちらは…」
 いつまでも憲兵二人を話の埒外にしておくのも不自然かと、提督が木曾に問う。
 「あ、ああ提督、つまりアレだ、こちらの憲兵さん達はまるゆが心配でここまで付き添ってきたらしい」
 「は?心配で付いてきた……?」
 子供の初めての授業参観でもあるまいし……と内心呆れる提督に、意を決したのか、まずは憲兵大佐が口を開いた
 「……まるゆちゃんは我が陸軍の宝だ。決して軽んじて欲しくもらいたくなくて……」
 憲兵中尉も後に続く。
 「海軍ばかりの鎮守府でまるゆちゃんが村八分になったりしては困ると思って、付いてきたんです」
 「(余程ヒマなんでしょうネ、この憲兵さん達……)」
 「(憲兵隊が暇なのは、この港町が平和ということですよ)」
 金剛と榛名が、まばたきで平文のモールス信号を交わし合う。
 それを傍受解読した木曾が、一同の後ろから思わず吹き出してしまった。

 「な、何かおかしいか!?君……」
 憲兵中尉が顔を赤くして木曾に向き直って憤慨する。
 ……なんだこいつ、まだ二十代半ばじゃないか。木曾からすればひ孫も同然の若造の心中を、しかし木曾は好感を持って受け止めた。提督とほぼ同年代のこいつもまた、多分大学かどこかの在学中に学徒動員されて憲兵科の将校になったんだろう。数年前にこいつらがイチャモンをつける形となった島風のゴーストップ事件については、大井姉さんから聞いている。むろんあの時のこいつらには俺達艦娘に対する偏見もあったろうが、むしろ今のこいつにあるのは、純粋にまるゆという女の子の事への慮りだろう。あとは、数年前の自分達に対する恥辱ってところか……?
 「いや……悪かったな憲兵さん。そうじゃねぇよ。あんたら、いいとこあるじゃん。優しいな」
 「なっ……」
 「ち、違う。自分は別に女子を甘やかしなどしとらん!」 
 憲兵中尉はおろか、憲兵大佐も顔を赤くして照れ隠しをした。
 「け、憲兵さん……?」
 事情を知らないまるゆも、心配げに憲兵二人を見上げる。
 木曾に内心で礼を言いながら、提督が話を引き継ぐ。
 「……なるほど。確かに、お気持ちは分かります。資料によれば、陸軍が初めて世に出した艦娘ですからね」
 まるゆの背筋が、こころなしかぴんと伸びる。
 「ですが…うちの艦娘たちがそんなことをするように見えますか?確かに、外の世界から見れば、少女でありながら武器を持ち、海洋に出て深海棲艦と血みどろの戦いを繰り広げる艦娘という存在は異質に映るかもしれません。ですが彼女たちもまた、恋をしたり、非番の時には酒保に連れだってパフェを食べに行くのを楽しみにしているような普通の少女なんです」
 「そう、あとは無邪気に野山を駆けまわったり、ネ」
 それとなく数年前の件を持ち出した金剛に、憲兵二人は身を縮こませる。
 金剛だけに分かるように眉をしかめてたしなめる提督。
 しばらく沈黙が続いたが、少しして憲兵大佐がぽつりと話し始めた。
 「……以前のように、偏見で言っている訳じゃない。ただ、若い貴官には分からんだろうが、まるゆちゃんは自分の初孫くらいの歳だ。だから正直なところ、彼女がここで受け入れられるものか心配で心配でしょうがない。潜水艦であろうと、彼女が陸軍出身者なのは変えられない事実だからな…」
 「……そうですか。分かりました。よし、榛名」
 「はっ!」
 「本日午後の定時哨戒は、我が鎮守府の受け持ちではないな?」
 「はい、隣の○○鎮が担当となっています」
 「ならいい。では全艦娘に通達だ……命令っ!」
 凛然とした提督の下令に、榛名は踵を合わせ、直立不動で応える。
 「全艦娘は1300時、野外体操場に集合整列せよ。携行品は特になし。時間厳守。以上だ」
 頼りない青年士官ではなく、いち鎮守府の最高司令官としての顔と声で言った提督に、榛名も指先に力を込めた敬礼を見せた。

今日はここまで

>>31
お疲れ様

このSSまとめへのコメント

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