【小説版】提督「鎮守府一般公開?」 (32)

以前書いたSSを小説化してみました

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 「鎮守府一般公開?」
 「はい。これが大本営海軍部からの命令書です」
この鎮守府で秘書艦の任を負う戦艦・榛名が、微笑を浮かべながら提督にバインダーを差し出した。
第一種軍装に身を包み、司令官室の事務用デスクで事務整理にあたっていた提督は、大本営海軍部からの命令が記された海軍用箋に目を通す。
 「なになに……この時局に軍民双方の交流を計ることにより、ひとときの娯楽の提供と相互理解の促進を達成すること、か」
自分の秘書艦にも軍命令を共有するためにわざと一人ごちた提督の言葉に、榛名は嬉しそうに頷いた。 
 「榛名はとてもいい考えだと思います。みんなが元気になりますから!」
この世に生を受けてからの時間の長さで言えば、提督のそれを遥かに上回る榛名が、小首を傾けるようにし、とびきりの笑顔を見せた。
あの第二次世界大戦を生き、死を迎え、そして再び生を受けた運命の過酷さを、この少女は微塵も感じさせない。

 「うん、そうだな。俺もそう思うよ」
 提督は軍命令書をデスクに置いた。作戦命令とは違い、内容としては行政通達に近い内容だからか、この命令書には〝軍極秘〟という朱印が押されていない。まだ二十代の半ばになったばかりの提督には、不思議な新鮮さが感じられた。
 「深海棲艦の恐怖だけならまだしも、最近は色々とあったらな……。ここは何かひとつ明るい話題になるようなことをしようというのは分かるよ」
 ふぅ、と一息ついて提督は司令官室の大きな窓の外へ視線を向けた。
 東日本の太平洋側に位置するこの地には、先端に小さな岬を持つ、申し訳程度の半島がある。その付け根に位置するのが、この提督が指揮下に収める鎮守府である。
春のうららかな昼下がり、陽光は穏やかに揺れる波間に煌めき、ウミネコの鳴き声がのどかに聞こえてくる。
 ……俺が初めてここに来たとき、ここは地獄だった。
 提督は、ほんの数年前のことを想起していた。
 戦災ではない。太平洋沖で発生したマグニチュード9.1の巨大地震が引き起こした津波が、この無垢で静かな港町をも容赦なく襲い、破壊し尽くしたのだ。
 その復興が始まった矢先、海は新たな脅威を日本中に運んできた。

 深海棲艦と呼ばれる、恐ろしい火力を持つ正体不明の生き物が、突如海から来襲してきたのだ。津波とは違い、深海棲艦は一度だけで去っていく事はなく、日本中、いやアジア中の島嶼や陸地に、幾度となく攻撃を仕掛けてきた。
 既存の海上自衛隊の艦艇では、深海棲艦に対抗することは叶わなかった。神出鬼没で、寄せては返すように牙を剥いてくる深海棲艦に、人々は恐怖した。震災復興は遅れ、経済は停滞し、国外との物流は途絶えた。街の人通りは減り、小売店には商品が並ばなくなり、日本政府はデフォルトを宣言するまでに追い込まれ、人々は生活に困窮するまでに追い込まれていた。若い女の顔を持つ深海棲艦は、まさに絶望を携えてやってくる〝魔女〟であった。
 そんな日本の救国の希望となったのが、いわゆる艦娘であった。既存のイージス艦の電子システムすら翻弄する有機的存在である深海棲艦に対し、ヒトの身体を持ち、戦闘艦としての魂と装備とを持つ艦娘。文科省・理化学研究所が持てる技術を全て投入して生み出した艦娘は、アジア太平洋地域を我が物顔に遊弋していた深海棲艦を瞬く間に駆逐し、今や日本近辺の制海権及び制空権はおろか、アジア各国間の船舶の往来の安全すら可能としたのだ。
 ……無論、深海棲艦が完全に消滅したわけではない。元々の数や規模が不明である事には変わらず、神出鬼没であるという特性にも何ら変わりはなく、深海棲艦はいまだに時おり日本沿岸やアジア各地を脅かしている。
 この若干二十代の提督が任されているのが、東日本の太平洋側の守りを任されている小さな鎮守府の一つであった。
 「我が鎮守府があるとはいえ、ここは小さな港町だからな。過疎化は進んでるし、復興もまだまだだし……」
 ……そう言えば、俺は震災直後からこの港町にいるのに、町の人々とはほとんど面識を持っていない。非常時にまた非常時が重なった月日の流れの速さを、提督は改めて思い知らされていた。
 「この鎮守府も地元の町にはお世話になってますけど、交流自体はあまりなかったですからね。いいんじゃないでしょうか、一般公開」
 榛名も、久しぶりの明るい話題に声を弾ませる。

 「だから大本営の考えも分かるんだけど……分かるんだけど……」
何かを言いよどむ提督の次の言葉を、榛名は焦ることなく無言で促した。
 「その……自分で言うのも何だが、他の基幹鎮守府とは違って、この鎮守府は小規模だし……資源や資金も他ほど余裕があるわけじゃないからな…」
 「それは榛名たち艦娘の力不足でもあります。申し訳ありません……」
 素直に頭を下げる榛名。それを見た提督は慌ててそれを打ち消す。
 「いやいや、そういう意味で言ったわけじゃないから。お前らは本当によくやってくれてる。最高司令官たる俺がむしろ申し訳ないくらいだよ。指揮運営が拙いばかりに、艦娘を増やすことも規模を拡充することもままならない。時々自分が嫌になるよ」
 かつての旧制防衛大学……今の海軍兵学校や海軍大学を出た、言わば本流の海軍将校とは違い、一般大学在学中に深海棲艦禍により戦時動員され、急造の海軍学徒将校となったこの提督は、当然だが艦隊運営や艦隊運用についてはOJTで学んでいくしかなかったというのが現実であった。
 そんな彼の苦労を、鎮守府が発足して間もないころから見続けてきた榛名は痛いほど知っている。
 「提督、そんなにご自分を責めないでください。私達の中でこの鎮守府に来て幸せだと思っていない艦娘は一人もいませんから!」
 「ありがとう……」
 「思い詰めてしまってはいけませんよ、提督。この辺で少しお茶でも……」
 榛名がそう言った時、タイミングよく折り目正しいノックの音が三回。
 「金剛、入りマス!ティータイムの時間になったデスからお茶とスコーンをお持ちしましたヨー。三人で少し休憩デス!」
 榛名の長姉にあたる戦艦・金剛。彼女は鎮守府の空気を明るくする、いわばムードメーカーとして、そしてこの鎮守府にたった二杯しかいない戦艦のもう一人として、秘書艦の榛名に準ずる位置にいる。
 「金剛お姉さま、ありがとうございます」
 「いーえ。あれ?テートク元気ないですねー?」
 提督は、まだ一般公開の予算の件で頭を悩ませている最中であった。
 「金剛にも済まないな……。予算のせいで本場の茶葉を買ってやることもできない」
 金剛は何のことかと思い、自分が両手で持っているトレイを見た。香ばしさこそ漂わせているが、金剛が準備してきた紅茶は、何のことはない、市販の量産品のティーバックであった。今に始まった事ではなく、いつもの事なのだが……。
 「大英帝国帰りの帰国子女の金剛に、俺はいつもリプトンのティーバックで茶を入れさせてる。俺は本当に甲斐性がないよ……東郷元帥や山本元帥が知ったら、どう思うかな……」
 「んん?榛名、なにかあったデスか?」
 「提督のいつもの自己嫌悪が始まっただけですよ」
 「ああ、いつものネ」
 またかと苦笑する金剛と榛名。見かけはうら若き少女だが、鋼鉄の身体を有していた頃から勘定に入れると、金剛も榛名も、とうにこの提督の人生の大先輩である。逆に二人から見れば、この提督は赤子も同然の存在だ。生真面目な彼は、まだうまく息抜きをできるような器用さを身に付けてはいない。
 「提督は仮にも軍人で、しかも学徒将校出身者としては中々例のない大佐じゃありませんか。もっと自信を持ってください!」
 「俺なんかさぁ……どうせ海大出じゃねぇし……一般大卒のB幹だし……」
 ぶつぶつと呟く提督。生真面目で人に優しいのがこの提督の取柄であることは金剛・榛名のみならず、この鎮守府に属するすべての艦娘が認めるところではあるのだが、今ここに限って言えば、それが裏目に出ていた。
 「ぁあもぅ!!帝國海軍の頃の青年将校といえば、もっと覇気を前面に押し出してたと言うのに!」
 どうしようもないとばかりに小さく憤慨する榛名。

 「まぁまぁ榛名、テートクは謙虚な方なのデスからそこは認めてあげなきゃだめデスよ。時代は変わったんデス。榛名だって、そのテートクの優しさに惹かれているのも事実でショ?」
 「そ、それは……そうですけど……」
 姉として、年長者の余裕を見せる金剛に、榛名もしぶしぶ頷く。
 「ならヨシ。それよりも、今回はいったいどうしてこうなったデスか?」
 「実は先刻、大本営から命令を受領しました。提督、金剛お姉さまに命令書をお見せしてもよろしいですか?」
 「もちろんだ」
 紅茶とスコーンの載ったトレイが提督のデスクに置かれ、入れ替わりにバインダーが金剛の白い手に渡る。
 「ふむふむ、鎮守府一般公開……。いいじゃないデスか!これは要するにfestivalデスね!」
 「まあ嬉しい、金剛お姉さまも乗り気ですね!」
 「祭りとあっちゃ堪えられないデス!みんなで楽しく騒ぎまショー!」
 いまだに頭を悩ませている提督をよそに、少しづつテンションを上げていく金剛と榛名。
 「ええと、日時は他の鎮守府とすこしずつずらして、ほぼ同時期に一斉に行われるみたいですね」
 「あ、ウチだけじゃなく他も開催なんデスね」
 「そうみたいです。実際に何をやるかは詳細はこちらで決めていいそうですね」
 それを聞いた提督が、ほんの少し救われたように顔を上げた。
 「じゃあもうほどほどに無理せずやろう?屋台出したり施設見学開いたりして済まそうよ」
 懇願するように言う提督に、榛名が悪気なく追い打ちをかける。
 「でも、私達艦娘による海上での総合火力演習は必須みたいですよ」
 「オォウ!腕が鳴るネー!」
 「OH……資源が……資金が……」
 対照的に盛り上がりと盛り下がりを見せる、金剛と提督。
 「テートク!これは大本営公認のお祭りなんデスよ!ここは楽しまなきゃ損デス!」
 「お祭りと言えば、金剛お姉さまは昭和3年の12月4日を覚えていますか?」
 「御大禮特別観艦式があった時デスね!忘れるはずがありまセン!」
 ついに戦艦二人は鋼鉄の頃の思い出話に花を咲かせ始めた。
 「俺はおろか親父やお袋も、影も形もない頃だな」
提督が冷静に呟いたが、金剛と榛名の耳にはまったくっていない。
 「あの時、私は御召艦として陛下にお乗り頂き……」
 「私が先導艦として道案内を務めさせて頂いたんデス……」
 うっとりと恍惚の表情を浮かべる二人。ややあって、榛名が命令書の一文に目を止める。
 「お姉さま、ここ読んでください!!」
 「え、どうしたノ?」
 「地域毎人口比の動員数が最も多かった鎮守府は、来年度から物資の特配のほかに陛下の行幸があるそうですよ!」
 「陛下の行幸……!!Woww!!インクレディブル、デース!!」
 「先帝陛下と今上陛下、二代にわたってお仕えできるなんて、榛名達は幸せ者です!!」
憧れの異性との再会に喜びを隠せない少女のように、しばらく嬌声を上げて騒いでいる戦艦二人を、動員数などハナから諦めている提督は、申し訳なさそうに眺めていた。

 「それと……ああ、会場警備に必ず30名以上の人員が必要だそうですネ」
金剛の言葉に、提督はすぐに反応する。
 「それは無理だ。第一、うちの規模の鎮守府にはそんな数の艦娘はいない。火力演習まで実演するとなればなおさらだろ」
 「しかし大本営直々の命令ですから、その人数はどうあっても配置しておかないと……」
 「でも、大掛かりな警備が必要な事態になるとは思えないけどな……。大体この過疎の港町じゃそんなに人も押しかけないだろうし」
 提督はやや苦し紛れに言ったが、金剛が冷静に応える。
 「形式上必要なんでしょうネ。仮にもここは軍事施設デスから」
 「うぅ…」
 また頭を抱えだした提督。こういった手合いは、イレギュラーな出来事に対しては非常に耐性が弱い。それを熟知している榛名が、喝を入れるように声を上げる。
 「もう提督!しっかりしてください!いつまでウジウジ悩んでるんですか!これは決定事項なんですよ!やると決まったからには、前向きにやらないと!」
 「ここはひとつ無理をしてでも他に負けないブラボーなフェスを成功させてみるデス!!」
 戦艦二人のハッパに、ようやく提督も観念したように顔を上げた。
 「むー……そうだな。出来る限りのことはして、この鎮守府の存在感を高めてやりたいよな」
 「その意気ですよ。みんなで町を盛り上げましょう」
 「……分かった。よし、俺も腹をくくろう。しかし、まず警備をどうするか…」
 「町内会の若い人たちに頼んだらどうデスか?」
 「限界集落とは言い過ぎでも、この高翌齢化の進んだ小さな港町じゃ半分も集まらないぞ……あ、そうだ!大本営海軍部に頼んで陸戦隊を出してもらえないのか?」
 海軍陸戦隊とは、海軍が保有する陸上戦闘部隊のことである。自分ではナイスアイデアだと思った提督だったが……。
 「ん~……全ての鎮守府がそれをやったら大変な事になるから駄目だって書いてあります」
冷静に命令文を読み込んでいる榛名の声に、提督はがっくりと頭を垂れた。
 「なんだよ……他に頼れるところないじゃん……どうしよう……」
 「ありますよ」
 事もなげに言う榛名。
 「え、マジ?」
 「ええ。町内に憲兵分遣隊があるじゃないですか」
 陸軍の憲兵隊。そう聞いた瞬間、再び輝きかけた提督の顔が曇った。
 「……ごめん。そこは間違いなく断られる」
 「え、どうしてですか?確かに陸海軍は犬猿の仲ではありますけど……」
明治の皇軍創設以来、陸海軍は予算や人員を巡って、深刻な対立関係にあり、それは21世紀の現在ですら克服されてはいなかった。しかし、何もこんな小さな港町の鎮守府と憲兵分遣隊とで、そんな確執が今までにも顕在化したことなどあるはずが……しかしそんな榛名の考えは、実姉の言葉に否定された。

 「Ah……。なるほどネ。確かに、断られる可能性は高いのデース」
 「どうしてですか?」
 「そうか……榛名はあの事件のことを知らなかったな…」
提督も腕組みして天井を見上げている。
 「事件……?」
 「この鎮守府が出来てすぐの頃のお話デース」

 ***

 島風は疾風のような少女だ。すらりと長い健脚で全力疾走するのが何よりの楽しみで、オフの時には他の艦娘と遊ぶよりも、一人で鎮守府の外に出かけて走り回るのが常であり、他の駆逐艦の少女達をほんの少し戸惑わせることもある少女だった。
 その日も島風は、鎮守府から出かけ、神社のある高台にのぼって海を見ていた。海は様々な表情を見せる。穏やかなものも、荒れているものも、深く昏く呑み込もうとするものも、そして圧倒的な壁となって襲ってくるものも。
 その日の海は穏やかだった。島風がいる高台から一キロ先にある砂浜に、波は静かに寄せては返している。その手前の陸地には、かつて巨大堤防だったコンクリートの残骸が玩具のブロックのように転がっている。その他に見えるのは更地となった赤茶けた地面だけ。
 かつてここにあった町並みをしのばせるものは、島風の視界を横切るように走る大きな幹線道路のコンクリートのみ。その周囲に建っていたであろう家々は、基礎すらほとんど残っていない。巨大な津波は、全てを根こそぎ奪い去ってしまったのだ。
 ……まるで、南方の小島に打ち捨てられた滑走路の残骸みたい。
 島風は、そんな感傷的な思いに駆られた。島風が一度目の死を迎えたあの大東亜戦争も、それから半世紀以上を経過した平成の世の東日本大震災も、破壊と殺戮という意味においては何ら変わらないわ、と島風は思った。
 時おり、背後の山の方から、威勢のいい工事の音がする。住民の人々の、高台移転に伴う住宅地の造成がなされているのだ。少し離れたところにあるプレハブの仮設の食料品店からは、ようやく仮設住宅から高台へ移れそうとか、新たな仕事が見つかったという明るい話し声も聞こえてきている。
 この町の復興資材は、全て海路を経て鎮守府で陸揚げされ、町中へ運ばれていく。陸路が復旧する以前は、資材運搬船の護衛を島風達が担うこともあった。のちに〝櫛の歯作戦〟と呼称された、国交省や東北地方整備局による幹線道路復旧作戦も、この田舎の港町が復旧作戦の恩恵を得られるにはかなりの時間を要したのだ。
 ……私達の存在って、少しはこの町の人達の役に立ってるのかな。鎮守府に帰ったら、提督に聞いてみようと島風は思った。直接町の人達に、艦娘である島風が話しかけるのは思ってもみない事だった。町の人達も、島風達艦娘の存在を知ってはいるし互いに見かけたりもするが、話したり交流したりするようなことはまずない。
 今日は、あの滑走路の道を思う存分駆けっこしてやろう。島風はそう決めて、道路へと一目散に駆け出した。

 鋭い笛の音が鳴ったのは、島風が真新しい復興道路を横切ろうとした時だった。
 「こら、そこ!」
 振り向くと、カーキ色の昭五式軍服姿の陸軍将校が二人、島風めがけて駆け寄ってきていた。よく見ると、二人は右腕に白地に赤文字で「憲兵」と記された腕章を着けており、また拳銃のホルスターを右腰に、そして軍刀を左腰に佩いていて、更には二人ともマントを羽織っていた。
 「……え?わたし?」
 いきなり呼び止められたのが自分であることに気づき、島風はきょとんとして立ち尽くしてしまった。
 島風の傍に来た憲兵のうち、大佐の襟章をつけた年かさのほうがいきなり声を上げた。
 「信号は赤だぞ!赤で道路を渡ってはいかん!」
 中尉の襟章をつけた若い憲兵も続ける。
 「信号無視はいけないことだぞ。分からないのか?」
 「だって~…」
 島風は甘えたような拗ねたような抗議めいた声を上げるが、憲兵中尉はにべもなく答える。
 「だっても正宗もないだろ」
 「……でも、車もいなかったし……」
 「だからと言って道路に飛び出しちゃいかんだろ!今は工事用のダンプなんかも走るようになっとるんだぞ……。はぁ…君、名前は?」
 「どこの学校の生徒だ?まったく、ふざけた制服だな…」
 憲兵大佐と憲兵中尉が、かわるがわる聞いてくる。
 「え…名前…?学校…?」
 「そうだよ。君の名前を言いなさい」
 事ここに至って、島風は事態の深刻さに気付いた。ただでさえ、新造なったばかりの鎮守府はこの町では新参者扱いである。その上、艦娘が憲兵の世話になったとなれば、提督や他の艦娘達にも迷惑が掛かってしまう……!
 「ご、ごめんなさい!も、もういいでしょ?わたし急いでるんだから!」
 大きく一礼して、島風はそこから脱兎のごとく駆け出そうとした。しかし、すんでのところで憲兵大佐から腕を掴まれてしまった。
 「こら!誰が行っていいと言った!?」
 「はーなーしーてー!」
 「そうはいくか!どうして逃げる!」
 「だれかー!たすけてー!」
 無駄な抵抗とは分かっていながら、島風は叫んだ。すると意外なことに、あさっての方向から誰かの声がした。
 「おい」

 安手の背広にゴルフ帽を被った40がらみの痩せ気味の男が、憲兵二人をものともせずに、ドスの効いた声を出した。
 「……何ですかあなた」
 明らかに堅気の人間ではないと察した憲兵中尉が答える。
 すると背広の男は、懐から警察手帳をちらと見せた。
 「特高警察の者だ。何の騒ぎかと思って足を向けたら、何のことはない、ただの子供の信号無視とはな……」
 これを聞いて、憲兵二人は露骨に苦々しい表情を浮かべた。陸軍憲兵隊と特高警察は、何かと縄張り意識がぶつかり合う間柄だからだ。憲兵隊にとって、皇軍の威光が及ばない唯一の存在が、特高警察であった。彼らは、内務省の威光を笠に着ていた。日本の省庁間において、明治以来の伝統を誇る内務省の権威は、陸海軍省のそれすらも凌ぐものがある。
その特高刑事が言葉を続ける。
 「説諭で済ませればいいものを、いい大人が恥ずかしいとは思わないのか。そもそもこれは我々警察の管轄の話だろう?貴官らの行動は貴官らの職域を逸脱しているぞ」
 「し、しかし道交法の現行犯を見過ごすわけにはいかん。我々にも軽犯罪に対する警察権はある」
 憲兵大佐が反論するが、特高刑事はそれを鼻で笑った。
 「だからと言って通常説諭で済む話を大事にしていいわけがないだろう。軍警察の分際で正義のお巡りさんを演じるのは止めてくれ。それは我々の役だ」
 「何だと貴様……」
 憲兵中尉が、その若さからムキになりかけていたが、特高刑事はどこ吹く風といった感じで島風の方に向き直った。
 「お嬢さん、もう行っていいぞ。帰り道、くれぐれも怪しいおじさんのいう事なんて聞くんじゃないぞ」
 「え、いいの?やった~!」
島風は、思いも寄らない救いの手に無邪気に喜んでピョンと飛び跳ねた。
 「くそ…内務省の小役人め…」
憲兵二人が睨み付ける中、特高刑事に見送られるようにして、島風は足早に去っていく。
 「おじさんありがとー!」
 「HAHAHA、転ぶんじゃないぞ!」
単なる通りすがりであったらしい特高刑事が去っていくのを憲兵中尉が睨みつけながら見送り、島風が鎮守府の方へ走り去っていくのを、憲兵大佐はじっと見ていた。

 翌日。

鎮守府の司令官室には、むっつりとした表情の憲兵二人が押しかけて来ていた。 
大まかな事情を島風から聞いていた提督はオロオロしているが、呼び出された当の島風は知らん顔。応接テーブルに向かい合って座る二組に、秘書艦の金剛が無表情でやってきて紅茶を置いた。
 「自分はこの港町の憲兵分遣隊司令である。同行しているのは、副官の中尉だ」
鷹揚に言い放つ憲兵大佐に、提督が恐縮しきりといった感じで答える。
 「……自分が、当鎮守府の司令官です」
 「昨日の信号無視の少女は、やはりこちらの所属の艦娘でしたか」
淡々と口にする憲兵中尉と、威圧感ありげに紅茶をすする憲兵大佐。
 「どうも、本当に申し訳ありませんでした……ほら、島風も!」
提督は神妙にしていたが、島風はそうはいかなかった。
 「昨日ちゃんと謝ったもーん!だいたい一度は一件落着したのに、おじさん達しつこすぎ!」
 「やめないか!す、すみません、部下が失礼を…」
ひたすらうろたえる提督を、憲兵二人は冷ややかに眺めている。
そんな憲兵らの様子を、金剛は更に冷めた目で見ていた。島風のしたという信号無視は確かに褒められた話ではないが、島風の話が本当なら、それこそたしかに昨日の時点で既に決着がついた、済んだ話ではないか。恐らくこの憲兵二人は、途中で介入してきたという特高の刑事に対する鬱憤の矛先を今日こちらに向けようとしているのではないだろうか、と金剛は思った。
だが金剛が哀しかったのは、それが分かっているであろうにもかかわらず、ひたすら平身低頭し続ける提督の姿であった。慣れないながらにも鎮守府を必死で守ろうとしてる若い提督の姿が痛々しかった。彼が自己の保身にのみ平身低頭しているのでないことは、金剛に限らず他の艦娘の誰が見ても明らかであった。
 「……まったく、部下の教育もまともに出来ないのですか。部下が部下なら上官も上官だ」
 「は、はぁ…お恥ずかしい…」
 「第一、年頃の女の子にそのような格好を許すとは…」
 「こ、これは一応艤装の一部でして…」
 「艤装?うまい言い逃れですね。これは提督ご自身の趣味ではないのですか?」
 「そ、そのようなことは……。彼女らの姿については、これは海軍でも規定されている公式のものですし……」
 「違う?まあどちらでもいいでしょう。提督のご趣味が逸脱しているのか、もしくはその艦娘に問題があるのか、はたまた、この鎮守府全体の艦娘らの風紀が紊乱なのか……。提督の中には、鎮守府を私城化して艦娘達とふしだらな関係を結んでいる輩もいると聞きますしな」
金剛は唇を噛んだ。仮に自分だけならまだしも、提督や艦娘そのものを軽蔑するようなものの言い方を、彼女は許せなかった。また、確かに海軍内に存在するという一部の不届きな海軍将校と、自分たちの提督を一緒にされるのも我慢ならなかった。
提督は押し黙り、島風はじっと俯いて目を潤ませた。
憲兵二人の執拗な小言は続く。
 「だいたい、軍人……いや、軍属ですかな?まあどちらでもいいが、皇軍に属する者が法規を守らないとはどういうことですか。一体海軍ではどのような教育をしているんですか。深海棲艦と戦っているのだから陸では何をしてもいいとでも?」
 「国民が一つの絆で連帯しなければならないこの非常時に、ふざけているとしか思えませんね。いっそ不謹慎とすら言える。艦娘とかいう連中にはしたない恰好をさせるとは……」
 「……撤回してください」
不意に提督が口を開いた。明らかに押し殺した感情がこもっている声だった。
 「……は?」

 「説諭は甘んじてお受けします。しかし、自分がお預かりした艦娘を侮辱することは許せません。先刻からの、我が鎮守府の艦娘たちへの暴言を撤回してください」
金剛は驚いた。佐官級の憲兵将校に、まだ尉官である提督が、そこまで突っかかっていくとは思ってもいなかったからだ。
 「暴言のつもりはないが……構わんよ。その艦娘が二度と交通法規を犯さないとここで誓約すれば」
 「……でなければ?」
 「たとい兵器であろうと補導となりうることもある」
 「ふざけるなっ!」
提督が応接テーブルを叩き、その場にいた皆が目を見開いた。
 「やはりあなたがたは、艦娘を兵器としか見ていないということですね。無知にも程がある。彼女らにも戸籍はあるし、健康保険には加入しているし、更に年齢によっては学校教育令の対象にもなっている。別に海軍関係者でなくても、この事くらいは報道や厚労省の通達で知っているはずだ。それを軍警察官であるあなたがたが知らないどころか、あまつさえ国民と陛下の為に身を危険に晒して戦っている彼女らを侮辱する。銃後にいる我々軍将校が絶対にしてはいけない事だ。それがあんたらには分からないんですか!!」
先刻までとはうって変わった提督の様子に、憲兵二人は何も言えずにいる。
 「もう一度言う。暴言を撤回しろ。そして島風に謝罪しろ。早く!」
 「て、ていとく?もとはと言えば私が悪いんだから、私があやまれば…」
今度は島風がオロオロとする番だったが、提督は引き下がらない。
 「それはそれだ。お前らへの侮辱は断じて許さない」
怒り心頭の提督を前に、これ以上の長居は無用と察した憲兵二人はそそくさと立ち上がった。
 「……もう分かりました。補導もするつもりはありません。この件はここまでで」
 「おいとましますよ。ご馳走様でした」
憲兵二人は明らかに逃げ腰になっていたが、提督は追及を緩める素振りを見せなかった。
 「待て!貴官らが謝罪するまでここからは一歩も出さないぞ!」
 提督は憲兵二人の前に立ちはだかった。意識してか知らずか、彼の左手は海軍士官短剣の柄を掴んでいた。
 「な、何を…!?」
 「彼女達を愚弄するな!取り消せ!もしここで謝罪しないのであれば、海軍大臣もしくは海軍軍令部総長から東北憲兵隊司令官に対して厳重に抗議させるぞ!!」
事ここに至り、自分たちの失態に気づいた憲兵二人であった。自分らの行動が度を越したものであるという自覚は、彼らにも良心の呵責のように残っていないと言えば嘘になる。だが、今さら後に引けないのが彼らの現在の立場であった。
 「い、いいかげんにしろ!法を愚弄する連中がよく言う!」
 「そうだそうだ!このロリコンめ!」
これを聞いて、提督が完全にキレたと金剛が察知した時には時すでに遅かった。
 「だ、黙れ!」
提督は海軍士官短剣を……と思いきや、ホルスターから二六式拳銃を抜いた。
 「け、拳銃を抜いたな!?」
 「こ、公務執行妨害だぞ!」
憲兵二人も、慌てて南部式拳銃を構える。
 「やかましいわこの人でなし共が!島風に、いやうちの艦娘たち全員に土下座しやがれ!」
怒髪天を衝く勢いで叫ぶ提督。
 「てててていとく!!!」
 「さすがにそれは洒落にならんデスよテートク!やめて!!」
ひたすらうろたえる島風と金剛。
 「お、畏れ多くも陛下の憲兵に銃を向けるとは何事かあ!!」
 「なら覚えとけ!!こっちだって陛下の艦隊だボケっ!!」
双方はほぼ同時に引き金を引いた。無数のBB弾が司令官室を飛び交い、室内がしっちゃかめっちゃかになったのは言うまでもない。

今日はここまで 今後ぼちぼち投下していきます

このSSまとめへのコメント

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