提督「最後の1匹」 (9)

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おっ懐かしい
何年か前に朝潮ちゃんのSS書いてた人か
毎回読んでたよ

教官室にて提督は一息ついていた。

次の授業まで、あと2時間以上ある。それまで何をして暇をつぶそうかと提督は椅子にふんぞり返り、考えた。

同僚「今日も、いますね」

目を閉じてすぐに同僚が指摘する。提督は薄目を開いて、ふわふわと目の前を漂う妖精を一瞥して、再び目を閉じた。

提督「いつものことだよ。一々気にしていられない」

同僚「まあそうですけど。それにしても、どうしてこの妖精だけ消えないんでしょうか。他の妖精は皆、深海棲艦が消えると同時にいなくなったというじゃないですか」

提督は目を閉じてリラックスした状態で、耳だけは同僚の方に向けて彼の話を聞いていた。提督も、前々から不思議に思っていたことであった。

軍部の研究所も一時期は調査に乗り出してたものの、成果があがらずその研究チームは数年で終了した。

同僚は以前そのチームに所属していた。生来学究肌である彼は未だに妖精の正体と存在理由について個人的に研究しているが、何の成果も上がっていない。

同僚「前々から言われていることですけど、やっぱり深海棲艦の生き残りがいるということでしょうか? 深海棲艦の住処を攻撃して、生き残りを艦娘が倒して。そして妖精が鎮守府から消えた。つまり深海棲艦と妖精は表裏一体の存在だ、という仮説です。まあ、私が研究チームにいた頃世界中の海で深海棲艦の生き残りを探しましたが、結局見つかりませんでしたけどね。仮説の検証はできませんでした」

提督は相変わらず、椅子にふんぞり返って目を瞑っていた。同僚の話を聞かないように努めた。胸がチクチクと痛むのを感じた。しかしそれをおくびにも出さないように努めた。

同僚「しかし、そもそも深海棲艦の撃退、終戦自体妙な話ですよね。まあ、妙といったら深海棲艦の出現自体が妙なわけですが。でも、深海棲艦の巣が見つかって、これからそれを目標にした作戦を立てようという時に勝手に巣が消失して、戦争が終わっちゃうって。なんか、私でも知らないような極秘作戦でも行われていたような、そんなものを感じてしまいます。もしくは、元々深海棲艦と軍部は協力関係にあって、それがバレる前に証拠を隠滅したみたいな、そんな陰謀論とか……」

ガタン。と、提督は荒々しく椅子から立ち上がった。同僚を睨みつけながら強い口調で同僚に怒った。

提督「陰謀だとかなんだとか、不愉快だ。私は立場上それについての発言は控える。これは、お前の言っている陰謀を肯定するわけでも否定するわけでもなく、軍部の威厳を守るためだ。戦争は終わった。私たちが終わらせた。文句あるのか?」

同僚はフルフルと首を横に振る。提督はそんな同僚を再度睨みつけて、教官室のドアを蹴って開けて外に出る。そして、先の自分の発言を恥じた。

『私たちが終わらせた』、提督はそう言った。しかし実際には、1人の艦娘によって深海棲艦の巣が破壊され、それが終戦に直結したのだった。歴史にもしはないというが、もしもあの捨て身の奇襲攻撃が無ければ、深海棲艦は対策と研究を重ねて進化し、今でも戦争が続いていたのかもしれない。

提督は誰もいない休憩室に入り、深呼吸をする。『深海棲艦の生き残りがいる』という同僚の台詞を思い出して、背筋がぞっとした。

終戦から15年が経過しようとしていた。10歳前後だった駆逐艦も、今では結婚して子供を授かったものもいる。

もしも朝潮が生きていたら、と提督は考える。他の姉妹は皆生きていて、各々の人生をあるんだ。例えば霞は保育士になった。朝雲、山雲は看護師になった。

朝潮の末路を知っているのは、提督と明石、そして大潮型姉妹しかいない。他の艦娘はすっかり彼女の存在を忘れてしまったし、かつては姉妹ですら朝潮の存在を忘れていた。それは提督が忘れるよう仕向けたというのもあるが、あまりに簡単に姉の存在を忘れる姉妹に、提督は不気味さを感じたこともある。

妖精が提督の肩に乗る。ふわふわと宙を漂うそれに、提督は語り掛けた。

「……もしかして、お前がそうしたのか? 朝潮が望んでいたからか? お前は何なんだ。どうして、お前だけがここにいる。深海棲艦はお前の片割れなのか? それなら、その深海棲艦はどこにいる?」

提督は妖精を睨みつける。妖精はいつもの表情で宙を浮き、時々提督の周りをくるりと一周する。提督は挑発されているように感じて、妖精をぎゅっと掴んだ。

「答えろ! お前は何だ? どうしてここにいる? どうして俺の周りをうろつく。他の奴らが捕まえてもすぐにふっと逃げ出すくせに、どうして俺からは逃げないんだ? お前は何なんだ?」

提督に握り締められて、ぬいぐるみのように妖精の顔と身体が変形した。提督以外の人物が妖精を乱暴に捕まえると、妖精はいつも煙のようにふっと逃げ出してしまう。しかし、提督がどんなに妖精を乱暴にしても、妖精は提督から逃げることはしない。



同僚「提督さん、さっきはごめんなさい!」

同僚が慌てて休憩室に入ってきて、提督は思わず妖精を離した。妖精は何事もなかったように、再び提督の周りを飛び回る。

同僚「提督さんが命を懸けて国を守ったというのに、それを陰謀呼ばわりして。たとえ何かがあったとしても、あなたがこの国の英雄であることは変わらないのに」

同僚はこれでもかと頭を下げて提督に謝罪した。提督は猛省する彼の姿を見て先ほどまでの興奮を忘れ、冷静さを取り戻す。そして同僚を諭した。

提督「……私の方こそ、興奮してしまってもうしわけない。それに、何度も言うが私はもう提督ではない、ただの教官だよ。そんなに畏まらないでくれ」

同僚の肩を叩いて、提督は教官室に戻る。その途中で、かつての艦娘である明石とすれ違い、会釈をした。艦娘は終戦後、一般女性として社会に復帰した。再び軍隊に所属した艦娘もいるが、明石はその中でも、会社勤めの後に軍隊に入ったという異色のキャリアである。

明石「提督、後で少しお話をしても良いでしょうか?」

提督「ああ。別に今でも良いが」

明石「いえ、仕事の後の方が良いです」

明石の瞳がふっと暗くなる。提督は事情を察して、黙ってうなずいた。


明石「この時期になると毎年思い出してしまうんです。そして、胸が苦しくなるんです……」

 ワインを一気飲みして、明石が口を開く。提督はその後焼酎を一口含んだ。

明石「朝潮ちゃんのことを思い出して、とても……そして、この前とうとう幻覚を見てしまったんです」

提督「幻覚?」

明石「はい。この前の土曜日、鎮守府に行ったんです。今じゃ記念館になっているあそこです。そこで、懐かしいなーって思いながら鎮守府を見学して、それからしばらく海を見てぼーっとしていたんです。……そしたら……朝潮ちゃんがいて」

 提督は焼酎を飲み干して、日本酒のボトルを頼んだ。酒で頭を弱らせないと、同僚の時のように心ない言葉を投げかけてしまうと思った。

明石「朝潮ちゃんって言っても、あの時の姿じゃないんです。最初見た時はぞっとしました。その見た目が明らかに、あの忌まわしい敵、深海棲艦だったものですから。青くて、不気味な姿形をしていて。でも、見ているうちに段々と懐かしくなって、気が付いたら涙が出てきて……あの子が生きて戻って来たって思っちゃって」

 提督は日本酒のボトルを一気飲みした。酔いが急激に回って、目の前に座っている明石の姿がぼやける。

提督「そんなわけないだろう」

 考えるよりも先に声が出る。明石はこくこくと首を何度も縦に振った。そして明石は追加のワインを一気に飲んだ。

明石「はい、そうです。どうせ私の幻覚です。でも……提督の妖精さん。たった最後の1匹の妖精さん。噂では生き残り深海棲艦とつながりがあるとか言われている妖精さん。それを考えたら、あり得ない話でもないんじゃないかって。朝潮ちゃんはまだ生きているんじゃないかって。深海棲艦として」

提督「ばかばかしい。何を言い出すかと思えば、そんな妄想を。それが本当だとして、周りに話して見ろ。その生き残りを倒すって大騒ぎになるぞ」

明石「はい、ですからこうして2人きりで提督と話しているんです。そして……なんで朝潮ちゃんが深海棲艦になっているのかを考えてみたんです。そしたら、やっぱり未練があったのかなって。ほら、私たちの時にも、深海棲艦に倒された艦娘が、その後深海棲艦を倒すと戻ってくることがあったじゃないですか。そして、また私たちと一緒に戦ってくれることが。あれと同じことが起こっているんじゃって。つまり、深海棲艦を倒して、同時に倒された朝潮ちゃんが深海棲艦になっていても、不思議じゃないんじゃないかって」

提督「ばかばかしい!」

 提督は焼酎をボトルで頼み、ストレートで流し込む。朦朧とした提督の頭に、あの頃の朝潮の姿が浮かんできた。明石が見たという朝潮の姿を彼は知らないが、提督は朝潮と深海棲艦を混ぜた姿を想像する。そして、涙を流した。慌てて目元を隠すが、あふれる涙は机を濡らしていく。
 
明石「提督、泣いているんですか? 私も泣いています。もう一度あの子に会えるって思うと、今からでも海に行って飛び込みたい気分になるんです」

提督「やめろ、お前は疲れているんだ。お前は毎年この時期にはこうなるじゃないか、記念日反応というやつだろう。とにかく、帰って寝て頭を冷やせ。ほら、出るぞ」

明石「提督……あの、近いうちに鎮守府に行きませんか? もしかしたら、また会えるかもしれません。私もまだ1回しか会ったことないんですけど」

提督「ああ、行こう。行って確かめよう。そうすればお前も、幻覚かどうかわかるだろう」

 提督はハンカチで涙を流しながら会計を済ませる。本心では、今すぐにでもタクシーに乗って鎮守府に行きたい気分だった。しかし、スケジュールがそれを許さない。2人は駅で別れるが、それ以降も店で話したことはしばらく2人の脳内に残り続けた。朝潮がまだ生きていると考えたら、提督は目頭が熱くなった。彼女にどうしても伝えたいことが彼にはあった。


>>2
覚えてくださった方がいらっしゃったことに感激です。私の拙い作品を読んでくださり、ありがとうございます。
5年くらいぶりに手が滑って執筆をしました。そういえば、峯雲が来ましたね。

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