クシャナ6才「なあ、くわとろ」クロトワ「小官の名前はクワトロです」 (11)

「くろとわー! くろとわはどこだー!?」

トルメキア王国第四皇女、クシャナは6才。
今日も元気に宮殿の中を走り回って平民上がりでトルメキア軍に仕官した小賢しい男の姿を探していた。クロトワは柱の影から現れた。

「はっ。こちらに、殿下」
「あっ! きちゃまー! なぜわたしがよぶまででてこないんだ!?」

クシャナは遅参したへっぽこ兵士を叱りつけた。皇女であるクシャナは偉いのだ。それでもクロトワはしれっとした顔で言い返す。

「小官はまだ下士官に過ぎませんので」
「だったらはやくちゅっちぇしろー!」

はて、ちゅっちぇとはなんだろう。まさか髭面のクロトワとちゅっちゅっしたいわけではあるまい。クロトワは現実主義者なので、ちゅっちぇを脳内で出世に変換して返答した。

「殿下が出世させてくれたら楽なんですが」
「らくすりゅな! はたらけー!!」
「へいへい」

クシャナは6才なのにしっかりものだった。
働かざる者食わす価値無しだと思っている。
クロトワは仕方なく、殿下のお守りをする。

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「なあ、くわとろ」
「小官の名前はクワトロです」
「きちゃまー! くちごたえするんじゃにゃい! ちょっとかんだだけだもん!!」

そうだね。ちょっと噛んだらクロトワおじちゃんは腕まくりしたサングラスのナイスガイになっちゃうね。そしたらたぶん嫌われる。

「くろとわもくわとろもおんなじじゃん!」
「全く違いますな。小官はあんなロリコンではありません。一緒にしないで頂きたい」
「ろりこんって、なぁに?」

まだ6才のクシャナはロリコンの意味がわかりません。クロトワおじちゃんは諭します。

「ロリコンとは恐ろしい奴らです。殿下のような可愛らしい幼女を柱の影から盗み見ているような危ない輩です。お気をつけ下さい」
「それやっぱりくろとわじゃんかー!」

うっかり自白したクワトロは悪びれもせず。

「小官は殿下が大人になってから頂きます」
「な、なにいってんだきちゃまー! ふかいにぽいするぞー!? むしのえじきだからな!」
「はは……怖や怖や」

幼女の癖になんて残酷な刑罰に処そうとするんだとクワトロは内心ヒヤヒヤしながら蟲だけは勘弁してくれと願った。蟲だけは嫌だ。

「くろとわ」
「なんですか、殿下」
「こるべっとにのちぇて」

またかと思いながらクワトロは説得をする。

「恐れながら殿下はまだ幼くあらせられますので、コルベットはまだ早いかと」
「む! こどもあつかいちゅるなぁー!!」

子供扱いも何もどこからどう見ても子供なのでクロトワは困った。そして名案を閃いた。

「では、大人の証を示して頂きたく」
「おとなのあかしー?」
「はい。大人の女性だと証明してください」

我ながら意地悪だとクロトワは思う。多少ませてはいるがクシャナは6才。レディには程遠いベイベーである。しかし急に低い声で。

「クロトワ」
「で、殿下……?」
「貴様は私の何が見たいと言うのだ?」

ゾッとした。幼女の声じゃない。鼻で笑う。

「ふっ……我が夫となる覚悟があるか?」
「へ? あ、いや……小官は、その……」

しどろもどろのクロトワを見て、破顔した。

「ぷぷー! くろとわのまけー!」
「参ったね……こりゃ敵わん」

揶揄われていたと理解したクロトワは潔く負けを認めてクシャナをコルベットに乗せた。

「うわぁー! たかいたかーい!」
「くそっ……始末書じゃすまねえだろうな」

コルベットを無断借用しておまけに皇女殿下を乗せて飛んだと知られたら除隊は免れないだろう。ぼやくクロトワをクシャナは叱る。

「くろとわー! たのちくないのかー!?」
「ただ飛んでるだけですぜ?」
「わたしとおそらでーとなんだぞー!?」

何が悲しくて6才の幼女とお空デートせんといかんのだとクロトワは呆れた。しかしデートとならば楽しませるのは男の役目である。

「殿下」
「お? なんだ、くろとわ?」
「ちょっとばかし振り回しますぜ」
「ふっ……やってみろ」

ぐるんぐるんと、まるでメーヴェかガンシップかのような挙動で重たいコルベットを振り回すクロトワ。ガツンと足でレバーを踏む。

「コルベットは客船じゃねぇんだ!」
「きゃー! すごいすごーい!!」

大喜びのクシャナ。次の瞬間、命令が飛ぶ。

「クロトワ! 前方に敵影見ゆ!」
「なにっ!?」

慌てて目を凝らすも見えない。幼女は笑い。

「くんれんだ! きあいをいれろー!!」
「たくっ……舌噛まないで下さいよっと」
「敵襲! 三番艦がやられた! 回避せよ!」
「速いな。仮想敵はペジテのガンシップか」

エンジン全開。黒煙を吐く艦の煙に紛れた。

「はんげきしろー! くろとわー!」
「コルベットの操り方を教えてやりますぜ」

急降下からの急上昇。敵機の後方についた。

「やったぁ! くろとわすごーい!」
「騒ぐのは早いですぜ……まだまだ」

仮想敵はこちらの弾幕を紙一重で躱して、太陽に入った。二番艦を盾にして射線を遮る。

「二番艦がやられた!」
「大した奴だぜ。俺の弾幕を躱しやがった」
「どうしたクロトワ! 口先だけの男か!?」

クシャナに煽られてもクロトワは冷静だった。じっと息を潜めて機会を伺っていた。

「ここだ! どんぴしゃ!」

被弾しながらもなんとかガンシップを撃破。

「よし! よくやったくろとわ!」
「ふぅ……際どかったぜ。こっ酷くやられたなぁ……血の海だ、こりゃあ」

艦の被害想定は酷いもので、殿下を庇ってロリコン共……もとい、"大きなお友達たち"がそこら中に転がっている。死屍累々である。

「しかし殿下は流石ですな。味方艦がやられても眉ひとつ動かさないとは」
「そんなことはない。手塩にかけた精鋭だ」
「……そんな連中を作る予定で?」
「ろりこんにはこまらないからなー!」
「……怖や怖や」

身震いしつつも楽しみだった。自分も将来その精鋭部隊に取り立てて貰えれば、出世の道も拓けるかも知れない。未来の重装騎兵団。

「そろそろ腐海なので帰りますぜ」
「くろとわー」
「なんですか?」
「ふかいをやくにはどうしたらいい?」

腐海を焼くには、焼夷弾では埒があかない。

「巨神兵でも起こす他ありますまい」
「巨神兵か……彼奴はどこに眠っている?」
「さて……寝ているにしても地中でしょう」
「私はペジテが怪しいと睨んでいる」

この幼女。軍の最高機密を知っているのか。

「いずれ、我が物としてくれよう」
「扱いこなせますかな?」
「扱うのではない。使うのだ。道具として」

クシャナはまだ6才。幼女の彼女の身体には痛ましい傷跡が刻まれている。腐海の蟲たちへの復讐心。そしてトルメキアの王家の血を引く彼女の母親に毒を盛った政敵への憎しみが、巨神兵を使うことすらも厭わぬ動機だ。

「やきはらえー!」

手を突き出して無邪気に笑って腐海を焼き払う真似をする幼女にやれやれと苦笑して。

「世界が燃えちまいますぜ?」
「ふっ……燃やし尽くすのだ。そして灰を集め新たな世界を再建する。それが私の夢だ」

思わず地平線が赤く染まる世界を幻視した。

「クロトワ。貴様はなかなか見所がある」
「はっ……勿体なきお言葉」
「よもや曲芸飛行でこの私が漏らすとはな」
「は?」

まさかと目を凝らす。オイル漏れではない。

「我が夫となれば下着を洗濯させてやろう」
「フハッ!」

悍ましい愉悦が漏れた。可愛いぜクシャナ。

「どぉしたクロトワ。それでも世界で最も邪悪なロリコンの端くれか!? もっと嗤え!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「うむ! それでこそわたしのくわとろだ!」

だからクワトロじゃ……そこで目が覚めた。

「クロトワ! さっさと起きんか!」
「で、殿下……戻られたので……?」

25歳のクシャナ。彼女はにやりと嘲笑して。

「随分と愉快な夢を見ていたようだな」
「短けぇ夢だったな……」

夢だった。6才のクシャナは、もう居ない。

「何を寝ぼけている! 敵襲だ!」
「敵というと、風の谷の奴らですかい?」
「いや、我が血肉を食らった蟲どもだ」

地平線が蠢いている。大海嘯。蟲共の大軍。

「ついに腐海が溢れたのだ」
「なるほど……"奴"の出番ですかい?」
「ああ。時は来た」
「ですがまだ早すぎます」
「今やらずしていつやるというのだ!」

25歳のクシャナは厳格に且つ不敵に微笑む。

「さっさと巨神兵を起こせ」
「はっ」
「私が漏らさないうちにな」
「フハッ!」

世界が萌えてもいいと、クロトワは思った。


【夢の国のクシャナ】


FIN

ごめんなさい!
タイトルが間違ってますね
クロトワがクワトロと名乗ってしまってます
紛らわしいですが、正しくはクロトワです

最後までお読みくださりありがとうございました!

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