真希波・マリ・イラストリアス「あーあと30歳若かったらなぁ!!」碇シンジ「えっ?」 (9)

「碇シンジくん」

彼との出会いは学校の屋上だった。
少なくとも、彼にとってはそうだろう。
よもや私が自分の父親や母親と同じ時期に同じ大学に通っていて、シンジくんが誕生した時にその幼いほっぺを突いたことがあるなど思いもしなかったことだろう。

そう。私は君のことを昔から知っている。

「君は私を知っているかにゃ?」
「たしか、フルネームは真希波・マリ・イラストリアスさん……ですよね?」
「長ったらしくてごめんね。マリでいいよ」
「じゃあ、マリさんで」

照れ臭そうに鼻を掻きながら、遠慮がちに名前を呼ぶその仕草が可愛くて好みだった。

「マリさんは何故エヴァに乗るんですか?」
「おおっと。いきなり核心をつくねぇ」

物心を性急に運ぼうとするのはせっかちなお父さん譲りだろうか。出来ればお母さんのようにのんびりほんわかしていて欲しいな。

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「もしかして、マリさんも誰かにエヴァに乗るように強制されているんですか?」
「いいや。そんなことはないよ」

むしろ乗りたくても乗せて貰えない期間が長過ぎたせいで2学期からの転校生みたいな立場にならざるを得なかったわけで。とほほ。

「じゃあ、アスカみたいにエヴァに乗って使徒を殲滅することに自分の存在意義を見出しているとか?」
「存在意義なんて難しい言葉を子供が使うもんじゃないよ。子供のうちから自分の存在意義を何かに求めるなんて、可哀想じゃん」

そう諭すも、いまいちピンと来ない様子。
言ってもわからないか。その虚しさなんて。
肯定して貰えない子供の辛さや、痛みを。

「姫がそうしたいならそうすればいいし、君がNERVのワンコくんとして飼い主の命令に従いたいならそうすればいい」
「マリさんは傍観者、なんですか……?」
「うんにゃ。違うよ。私は保護者代わり」

この赤く染まった地平線をどれだけ探し回っても存在しない彼らの保護者。他に誰もやらないのなら、私がそれをしようと思った。

「姫のように他人に認めて欲しかったり、君のように人に従ったりしていると、いつかどこかで必ず壁にぶつかってしまうのさ」
「壁……?」
「挫折って言葉くらい聞いたことあるよね? そんで、大抵の少年少女は成長と共に壁を乗り越える術を身につけていくわけだけど、君たちはまだその方法を知らない。だから、このマリ姐さんの出番ってわけよ」

ドンッ! と、自慢の胸を叩いて大船感を演出するも、シンジくんは怪訝そうに訊ねた。

「具体的にはどうすればいいんですか?」
「そりゃ、ケースバイケースよ」
「……なんかノリで答えてません?」

失敬な。確かに貴重なシンジくんとのコミニケーションでテンションMAXだけどまったく考えなしってわけじゃない。人との会話において相手の受け答えを想定することは重要だがそれに囚われてはならない。共感を意識するあまり相手の言葉を拾いがちになったり、意図を読もうとするがあまりあらゆる発言が伏線や布石に感じてしまうようになったらそもそも会話自体を楽しめなくなってしまう。

「ワンコくん、もしかしてお姉さんのことを舐めてるのかにゃ?」
「別に舐めているつもりはないですけど、ちょっと胡散臭いなとは思ってます」

よーしよし。ならば、わからせてやろうか。

「ケースその1。姫の場合」

人差し指を1本立てつつ、講義を始める。

「結果を出すことでしか他者の信頼を勝ち取れないと考えている姫には、失敗した時こそ優しくしてあげるべし。分厚くて硬い壁を壊すのではなく、柔らかぁーく、ほぐすことで乗り越えさせるのもひとつの方法ってわけ」
「なるほど……マリさんって実は凄い人?」

いいねいいね、その目。今まさに鱗が剥がれ落ちたその瞬間。精神的優位が気持ちいい。

「ケースその2。ワンコくんの場合」

人差し指を2本立ててカウンセリング開始。

「言われたことを言われた通りにこなすことでしか人との繋がりを得られないと考えている少年には、一度好きにさせてみるべし」
「好きにさせろって……その結果、ニアサーや危うくフォース・インパクトだって僕は起こしかけたわけで……」
「それでも、君は独りにはならなかった」

自分で何かをやってみたことがない少年は当然後先考えることが出来ず、必然的に失敗へと至った。それでも彼の繋がりは保たれた。

「誰も君を見放さなかった。この意味がわかる? 君は、それを正確に理解してる?」

優しく訊ねると、シンジくんは首を振って。

「わかりません……どうして、僕なんか」
「人との繋がりはそんなに簡単に断ち切れるものじゃないってこと。君が思ってるよりもずっとずっと強くてしっかりと繋がっている」

碇シンジくんは世界を壊した張本人。
もちろんゲンドウくんを始めとした様々な思惑が絡んでいたことは間違いないけれど、それを踏まえても彼の犯した罪は重い。

赦されない罪はない。
果たしてそれは真実だろうか。
違うと思う。結局は気の持ちようだ。

大前提として、やったことは消えない。

赦された気がした。
赦して貰えたような気がする。
赦して貰うことを諦めた。

そうやって、自分の気持ちに整理をつける。
それこそが挫折を乗り越えるということだ。
碇シンジくん。罪は、自分にしか赦せない。

「てなわけで、少しは楽になったかにゃ?」
「どうかな……むしろ、考えることが増えたような気がするけど……でも、ありがとう」

考えたまえ。思う存分。気が済むまで。
そんで疲れたら、また諭してあげよう。
私が褒めたり、叱ったりしてあげよう。

「マリさん」
「んー? どした?」
「どうしてそんなに達観してるんですか?」

達観ねぇ。それはあまり嬉しくない言葉だ。

「結局、当事者じゃないのさ」

傍観者とはよく言ったもので、図法を突かれて咄嗟に保護者なんて言い張ったものの本質的には私という異分子が君たちチルドレンの立場ではないからこそ客観的で適切なアドバイスが出来るという仕組みだった。寂しい。

「あーあと30歳若かったらなぁ!!」
「えっ?」

やば。年増の年齢詐称女だとバレてしまう。

「いやぁ、最近妙にトイレが近くてさ」
「トイレ、ですか?」
「ほら、その証拠にもうびちゃびちゃ」
「フハッ!」

シンジくんがフハる変態さんで良かったー。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

同じ阿保なら笑わにゃ損とばかりに哄笑しているとなんだか若返った気がした。そうそう、この感じ。これぞノリで生きてる感覚。

ユイさん。神の手助けなしにここまで来たよ。

「愉しかったね、シンジくん」
「うん……こんなに嗤ったの久しぶりだな」

嗤いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、しみじみそんなことを呟くシンジくんか可愛くて、そして可哀想で思いきり抱きしめた。

「わっぷ! マ、マリさん……?」
「ねえ、シンジくん」
「な、なんですか……?」
「やっぱり君、良い匂いがする」

懐かしい匂い。ユイさんの匂いに癒される。

「……マリさんも」
「ん? なにか言ったかにゃ?」
「マリさんのおしっこも良い匂い、ですよ」
「にゃろ……変態ワンコめ」

まったく、子供の癖に何を言ってるんだか。
年甲斐もなく赤面した顔を見られないように自慢の胸で視界を塞ぐ。ドキドキするなぁ。

ぎゅっと抱きしめて良い匂いを鼻いっぱいに吸い込んで君を好きになれば私も当事者になれるだろうかなんてことを、真剣に考えた。


【瞬間、匂い、重ねて】


FIN

すみません
>>3のコミニケーションはコミュニケーションの間違いです
確認不足で申し訳ありませんでした

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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