男「ピザ屋の訪問営業」 (15)
ピーンポーン
男「――はい」
営業「おはようございます!」
男「……」
営業「……」
男「あ、おはようご――」
営業「お返事ありがとうございます! あのー、こちらの玄関の前に封筒が落ちているのですが」
男「封筒ですか?」
営業「はい。お宅宛かもしれませんので、一度確認して頂けますか? 表面に“緊急”と書いているのですが……」
男「あ、ちょっと待って下さい」
ガチャ
男「――あの、封筒って」
営業「今しがた確認しましたところ、こちらの封筒は当社のものでございました! いやぁ、ポスティング担当がしっかりドアポストに投函していなかったようです。誠に申し訳ございません!」
男「は、はぁ」
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営業「封筒の中身は私の方で把握しておりますので、お詫びも兼ねて、今直接ご説明致しますね」
男「いや、あの」
営業「貴重なお時間を頂き、本当にありがとうございます! あれ、もう11時半ですね。お昼時に訪問してしまい、申し訳ございません。ところで、この時間帯はお腹が減りますよね。私なんか先ほどからお腹が鳴りっぱなしで。聞こえませんか? ほら」
男「いや、聞こえないですよ、はは」
営業「あっはっは、いやぁそれは何よりです。次はきっと聞こえてしまうでしょうから、それまでに何とか話を終わらせますね?」
男「ははは、ありがとうございます、それで、お話って?」
営業「営業です」
男「……え?」
営業「ははは、単刀直入に言われると驚きますよね!」
男「そうですね……」
営業「私も経験がありますよ。もっとも、私の場合は電話営業だったのですがね? 平日の昼間に知らない番号からいきなり電話が掛かってきて、いざ出てみると、なんと掃除機の押し売りだったのですよ! いやぁ相手の都合も考えずに、迷惑な話ですよね。貴方も一度や二度はそういう経験があるのではないですか?」
男「まあ、ありますね」
営業「そうだと思いました、心中お察しします。それで、先程のお話の続きなんですがね? その営業電話を切ったあとに、ふと思ったんですよ。あれ、なんで私は今この営業電話を嫌がったんだろうって」
男「はあ」
営業「なんでだと思いますか?」
男「え?」
営業「なんでだと思いますか?」
男「……あの、ていうか、申し訳ないんですけど、今忙し――」
営業「掃除機が欲しくなかったからなんですよ!」
男「ッ……」ビクッ
営業「冷静に考えると当たり前の話ですよね。私はその時掃除機が欲しくなかった、そこに掃除機を売りたいという電話が掛かってきた、私は断った、結果として私は無駄な時間を過ごした、だから私は嫌な思いをした。当然の帰結ですよね?」
男「そう、ですね?」
営業「これ、よく考えると、別の結末もあったと思いませんか? 私が無駄な時間を過ごさなくて済む未来もあったのではないでしょうか? さあ考えてみて下さい。どうですか?」
男「……んー」
営業「ゆっくりでいいですよ。ほら、例えば、もし、私が、その時……?」
男「……掃除機が欲しかったら?」
営業「そう! その通り! もし私がその時掃除機が欲しかったとしたら! 営業が私の欲しいものを売ってさえいれば! 私は嫌な思いをしないどころか、渡りに船とはこのことだとばかりに喜び勇んで注文していた訳ですよ! いやぁお客様冴えてますね! お昼時でお腹が減っているでしょうに、流石です!」
男「いやぁ、ははは。そんなことないですよ」
営業「またまたご謙遜を!」
男「いやぁ、僕なんか」
営業「素晴らしい推理力ですよ! 私が犯人ならもうすぐに事件解決ですよーって私は何の話をしているんだか!」
男「ははは、確かに」
営業「あら、もしかして推理物を普段読んだり観たりするクチですか? 先週の水曜日にやっていた二時間ドラマは観ましたか? サスペンス物の!」
男「ああ、観ましたよ」
営業「やっぱり! テレビの視聴一つとっても普段から頭を使っていらっしゃるから、いざという時にすぐ頭が回るのですね!」
男「そんなそんな、趣味程度で――」
営業「私は貴方が今一番欲しいものを売りにきました」
男「え……?」ドキ
営業「ピザって、ご存じですか?」
男「ピザ……? あの、食べる、ピザですか?」
営業「ええ。熱々のとろけるチーズに思わず涎が垂れてしまうあのピザです。カリカリに焼けたベーコンやサラミ達が濃厚なトマトソースの上で貴方を誘う、あのピザですよ」
男「知ってます」
営業「食べたことはありますか?」
男「そりゃ、まあ」
営業「ないです!」
男「ッ……」ビクッ
営業「失礼を承知で言わして頂きたい! 貴方は本当のピッツァを食べたことはない!」
男「え、いや」
営業「食べたことはない!」
男「あ、その」
営業「食べたことはなぁい! さあ一緒に」
男「え?」
営業「食べことはなぁい! ほら!」
男「た、食べたことはなぁい」
営業「そうなんです」
※朝ごはん落ち。またあとで書きます。
男「……あの」
営業「はい」
男「本当のピッツァって、なんなんですか?」
営業「愛があるかどうかですよ」
男「……はは、愛ですか」
営業「笑われるのも無理はありません。私も本当のピッツァに巡り合う前でしたら、きっと貴方と似たような反応をしていたことでしょう」
男「あ、いや、すいません」
営業「時に、あなたはご両親に料理を作って貰ったご経験はおありですか?」
男「まあ、そりゃあ」
営業「素晴らしい! きっと良い少年時代を過ごされていたことでしょう!」
男「んーそんなことは――」
営業「――ないというなら、より素晴らしい! 思わずそう思ってしまう程、今の貴方は輝いておりますよ!」
男「あはは。ありがとう、ございます?」
営業「ご両親に作って貰って、一番嬉しかった料理はなんですか?」
男「え? そうだなぁ、ハンバーグ、とか?」
営業「ここに二つのハンバーグがあるとしましょう。全く同じ材料、同じ行程で作られた全く同じ味がするハンバーグがです。どちらを食べますか?」
男「えっと、いや、どっち、んー」
営業「では、それを作ったのが、赤の他人と、あなたのお母様だったらどうでしょうか? どちらを選びますか?」
男「あー……それならお袋かなぁ」
営業「そこなんです! 全く同じ味なのに、貴方はお母様のハンバーグを選ばれた。その理由こそが、愛なんですよ」
男「愛……」
営業「人によっては『愛じゃなくて、単に親が作る方が衛生的に安心だから』なんて言う方もいらっしゃるでしょう。しかしそうではないのです! そもそも何故身内が作る料理に安心覚えるのでしょうか?」
男「そりゃあ、うちのお袋ならちゃんと手を洗うでしょうし」
営業「それは、万が一にも食中毒なんて起こさない為の、お母様の思いやりなのですよ。つまり、愛なのです」
男「ああ、なるほど……・」
営業「これが答えです。愛、愛なのですよ。私達が提供するピッツァは、ただ無機質に、顔も知らない人の為に作られるような従来のピッツァではないのです。愛を持って、貴方の為に、貴方だけの為の一枚を焼き上げるのです」
男「おぉ……」
営業「ところで、私がご提案するピザに、メニューはないのです」
男「は? メニューがない?」
営業「私共は、貴方の味の好み、貴方の好きな食材をしっかりと知った上で、貴方が最大限に満足出来るピッツァを焼き上げるのです。だからメニューはないのです」
男「な、なるほど……」
営業「嫌いな食べ物ってありますか?」
男「そうだなぁ。矛盾するかもしれないんですけど、恥ずかしい話、トマトソースとかケチャップは好きなんですけど、形のあるトマトはどうも苦手で……」
営業「では、お届けするピッツァにはトマトを載せましょう」
男「え?」
営業「好き嫌いせずしっかり食べなさい!」
男「ッ……」ビクッ
営業「トマトって、身体に良いものなんですよ。一緒に克服しましょう?」
男「……こ、これも」
営業「愛です、愛なのですよ」
営業「さあ、いかがですか。愛に溢れた、貴方だけの為のピッツァ! 本来なら会員様限定で販売しているのですが、今ならなんと、お試しで一回だけご注文が可能です!」
男「お、おおぉ……」
営業「貴方がやることは簡単です。この紙にお好きな食材、お嫌いな食材、好きな料理店なんかの情報をささっと書くだけでいい! あとは、私共が責任を持って、今日のお昼に最高のピッツァをお届けしましょう! 会員になるかどうかは、食べながらのんびり考えれば良いのです」
男「……で、でも、やっぱりこういうのって、お高いんでしょう?」
営業「……私は、去年母を亡くしました」
男「え?」
営業「病室のベッドで横たわる母を見て思いましたよ。もっと帰省すれば良かった、もっと母の料理を食べたかった、仕事なんか程ほどにして、もっと顔をみせてやりたかった……」
男「……」
営業「仕事をしたら誰でも必ずお金は貰えますけどね、愛って、本来いくら払っても買うことは出来ないのですよ」
男「そうですね……」
営業「でも、貴方はまだ間に合うんです。私共の愛を、受け取るチャンスがまだあるんです!」
男「は、はい!」
営業「一枚5680円(Mサイズ)(別途トッピング料金)+運送費一律800円、ドリンク(420ml入り)一本200円今ならレギュラーサイズのポテトフライを無料でプレゼント」
男「え、え?」
営業「私どもの愛、受け取ってくれますね?」
男「あ、あ」
営業「本物のピッツァ、食べたいですね!?」
男「ほ、ホンモノノピッツァ、タベタイデス」
営業「フライドチキン(980円)も、頼みますね?」
男「ハイ」
営業「ありがとうございます! お支払いはクレジットカードでも対応――キャッシュで! 一万円からで! それでは到着をお待ちくださいませ! 失礼します!」
タッタッタッタッタ……
12時43分
ガチャ
男「おー……届いた届いた。良い匂いだなぁ。どれどれ」
パカッ 空っぽ
男「え、え? ……あ、え?」
スルリ、パサ
男「ん? 封、筒?」
手紙「ピザなんて身体に悪いもの、やめておきなさい。1000円入れておくから、これで身体に良いものでも買って食べなさいね。野菜もちゃんと取るんですよ? 営業より」
男「……とことん愛に溢れてる……」
完
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