哀れな道化師は夢と踊る (2)
誰かに感動を届けられる小説家になりたいと、子どもの頃に思った。
姉貴に借りて読んだ児童文学がきっかけで本の虫になり、気づいた時には自分がその感動の作り手となりたくて筆を執るようになった。一人で書いて、たまにネットに投稿したりしてはいたものの、それが自分の夢であると誰かに告白することはないままだった。
自分が受けたのと同種の感動を誰かに届けたくて、でもそれを口にすることは何だか恥ずかしいことに思えて、自分の夢は人に感動を届けられる小説家になることだとは言えないままでいた。
そして高校生になり、僕はある漫画でこんな台詞を目にする。
『有名な作家というのは、得てしていい大学を卒業しているものだよ』
なるほど、と僕は思ったね。
大学に進学はするつもりだった。それならいっそ、その言葉を鵜呑みにしてみるのも良いのかもしれない。
受験勉強に一生懸命取り組んで、結果として僕は世間では一流と呼ばれる国立大学に合格をもらった。日本中の大学をどう選んでも、五指には入るであろう大学だ。
それは大いに僕の自尊心を満足させて、合わせて慢心と怠惰も与えた。
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「○○大学なんだ? 凄いね!」
「頭いいんだね」
「将来有望じゃん」
受験勉強が忙しいという理由で執筆から離れていた僕に対して、その言葉はとても甘美な麻薬で毒だった。
小説家になんかならなくても、十分に評価される。僕は優秀なんだ。
そう勘違いをするには十分すぎる周りの声から、次第に僕は感動を届けたいなんて高尚な理想は忘れてしまっていた。評価をされたくて小説家になりたかったわけではなく、感動を届けたいから小説家になりたいなんて、思い出すこともなかった。
きっと僕には素晴らしい未来が待っていると思っていた。そして僕は怠けて過ごしていた。
彼女と出会うまでは。
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