キョン「やっぱり佐々木は天才だよ」佐々木「キミには負けるよ、キョン」 (9)

「なあ、佐々木」
「なんだい、キョン」

隣の席の女子に気安く話しかけられる幸運を中学時代の俺が正しく理解していたかどうかは、進学先の北高の席順の都合により今となっては定かではないとしか言えないのだが、それでも後ろの席に鎮座する涼宮ハルヒに話しかけるよりはよっぽどハードルが低かったように記憶している。

「どうして髪を伸ばさないんだ?」

そんな俺であるが女子の髪型についてあれこれ詮索することに忌避感は覚えていなかったようで、ズケズケと図々しく年中ミディアムボブの佐々木に対してそんなことを訊ねた。

すると佐々木は困ったように眉尻を下げて。

「キョン。僕はキミとそれなりに親しいつもりだし、同じようにキミが思ってくれているからこそ、そんな風に軽々しく女の子の髪型について言及したのだということはむしろ喜ばしく思うけれど、それでも、もう少し言葉を選んで欲しかったと思わざるを得ないよ」

中学の頃の俺の語彙力など今にも増して壊滅的なことは言うまでもなく、だから言葉を選んで欲しいと言われてもそもそも選択肢すらないのだから選びようがないとしか言えん。

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「無から有を生み出すのは人の特権だよ」

考えることを放棄した俺に対して、佐々木は辛抱強くそう諭してきた。具体例を挙げる。

「たとえば音楽。譜面に音符を並べていく様は恐らく、高度な知性を持つ地球外生命体の目から見ても不可思議に映るだろう」

高度な知性とやらがあれば作曲など簡単ではないかと思うのだが、佐々木はちっちっと舌を鳴らして格好良く人差し指を往復させて。

「作曲は作詞と違い言語に頼らない。もちろん民族的な文化や風習は根深いが、だからと言って言語ほど聴き手を選ばない。知識や知性とはまた別の感覚が必要不可欠なわけだ」

ふむ。要するに作曲はセンスってことだな。

「センスという言葉は好きじゃない。何故ならば世界中で大ヒットした曲を聴いた際に心地良さを感じた人たち全てが同じ曲を書けるとは限らないからだ。同じ感性、つまりセンスを持っていたとしても、それでセンスを語ることなんて出来ないというわけさ」

そんな屁理屈を抜かす佐々木は恐らく、それを実践したことがあるのだろう。自分が好きな楽曲を自ら生み出せるのか試して、どうやらその結果は芳しくなかったらしい。

「まあ、センスは磨くものらしいからな」
「後ろ向きよりは前向きなほうが印象はいいけれど、センスはともかく才能は磨けない」

さっそく後ろ向きなことを言う佐々木に対して俺は少しだけムキになって反論した。

「才能こそ、努力あってのものだろう」
「いや才能あっての努力だよ、キョン」

佐々木は頑なだった。俺もまた頑なだった。

「そりゃ、お前みたいに才能溢れる人間にとってはそうかも知れないけどよ、だからって凡人には凡人なりのやり方ってものが……」
「待ちたまえキョン。キミは誤解している」

俺の持論を遮り佐々木はあっさり否定した。

「キミが思っている程、僕は才能豊かな人間ではないよ。僕はそれこそ、キミが言う通り努力で才能のなさを補っているに過ぎない」

淡々とそう語る佐々木のやるせない表情。
思わず呆気に取られてしまった俺を見て、佐々木はまた困ったように眉尻を下げた。

「頃合いのようだしそろそろ話を戻そうか」
「え?」

思わず間抜けな声が漏れてしまった。
俺の百面相を楽しむように佐々木はくつくつと喉の奥を鳴らしてから気を取り直すように髪型の話題、つまり本題へと移る。

「僕にはどうも髪を伸ばす才能がないんだ」

なんだそりゃ。それこそ意味がわからん。
髪なんてハゲてさえいなければ誰だって伸びるもので才能なんて必要ないだろうに。

「まあ、聞いてくれ。そうだね……友達の、いや知り合いの話とでもしておこうか。小学校の頃に腰まで伸びた、とても綺麗な髪の女の子が居てね。そうしてその生まれ持った才能の違いにすっかり打ちのめされてしまった可哀想な子が誕生したと、そういうわけさ」

よくわかんが、コンプレックスであるということは伝わり、地雷を踏んだ感を覚えた。

「やれやれ。今思い出しても泣きそうだよ」

そう言う佐々木はいつも通りにシニカルな微笑を浮かべていて、涙腺が存在するとは到底思えない。しかし、当時は本当に膝を抱えて泣きじゃくったのかも知れない。

「悪かったな。嫌な思い出を思い出させて」
「謝罪は結構。今となっては良い思い出さ」

当時のセンチメンタルな自分を鼻で笑い飛ばすように、いつもの調子で佐々木は語る。

「人を真似ることには限界がある。それはあらゆることに共通している。容姿は言わずもがな、先に述べた作曲も然り、学問においてもどれだけ先人の知恵を吸収しようがその延長線上の境地に辿り着ける者はほんのひと握りだけ。そこに至れる選ばれし存在はセンスなどという陳腐なものを足掛かりとするわけではなく確固たる才能と弛まぬ努力により偉大なことを成し遂げると、そういうわけさ」

まるで何度も人生をやり直したかのような佐々木の達観に、俺は反論出来なかった。
ふと、SFじみた妄想をしてしまう。もしかすると佐々木は遠い将来で何か偉大なこと、たとえばタイムマシンなんかを完成させて、中学時代に戻って人生をやり直そうとしているのではないか、などと疑惑を抱いていると。

「キョン。僕はどのみち成し遂げられない」

見透かしたようなことを言って、今度はハッキリと自嘲げに佐々木は喉の奥を鳴らした。

「何度やり直そうとも、ひとりの人間に出来ることは限られている。ああ、トライ&エラーが無意味だと言っているわけではないよ。たとえばキミが近い未来で何度も夏休みを繰り返す羽目になったとしても、最終的にはその状況から脱することが出来ると僕は確信している。何故ならば、キミがキョンだから。キョンという人間はそれが出来るからだよ」

人間に出来ることが限られているならば、こんなに的確な未来予知が可能とは思えないのだが、先程の佐々木が未来人という仮説が正しいのならば、さもあらんといった具合だ。

「やれやれ。こんな風に知ったようなことを抜かすキャラクターは損するばかりで困る」

三度、困ったように佐々木は眉尻を下げて。

「ねえ、キョン」

不意に俯き、表情を隠してこう訊いてきた。

「もしもさ、僕が髪を伸ばしたら……」
「そしたら、ポニーテールが見れるな」

願望を口にすると一瞬泣きそうな顔をして。

「……やれやれだね」

いつもの通りシニカルに佐々木は微笑んだ。

「なあ、佐々木」
「なんだい、キョン」

冒頭で述べたようにこの時の俺はこんな風に隣の席の女子と気軽に会話出来る幸運を正しく理解していたとは言い難く、それでも俺なりに親しい友人をなんとか勇気付けたくて。
どうすればいいか考えて、しかしどうにか出来るだけの才能が俺にはなくて。だとしても。

貧弱な語彙しかない俺は最大限、努力した。

「ポニーテールって馬の尻尾だよな」
「それがどうかした?」
「つまり、厳密にはだな、尻毛が……」
「はあ~~~~~……はいはい、始まった」

俺の努力は実らない。それでも後悔はない。

「ま、キョンにしては我慢したほうだよね」

そんな失礼なことを言い放ち、佐々木はおもむろに席を立ってくるりと後ろを向いた。

「それで? 僕はお尻を見せればいいの? それともキミは馬の尻尾を用意してるのかい?」

まさか。いくら俺でも当時中学生だったこともあってそこまで用意など出来てはいない。

「ただ、確認をと思ってな……」
「確認? なんの確認さ?」
「佐々木に尻毛が生えてるかどうかを……」
「ばっ……あ、あたまおかしいよ!?」

それまでの余裕ぶりが消え去って、慌てふためく佐々木。数少ない俺の才能の見せ所だ。

「佐々木、もしかして本当に……?」
「生えてない! そんなの生えてないよ!!」

これまで見たことない表情。顔が真っ赤だ。

「用を足す際に拭きすぎなんじゃないか?」
「キョン! いい加減にしたまえ!!」

興が乗って揶揄うと、明らかに愉しんでいること気に食わなかったらしく叱られた。

「僕は別にキミの趣味や嗜好をとやかく言うつもりはないよ。でもね、キョン。やはり言葉は選んで欲しい。切実に。お願いだから」

お願いされてしまったので、善処した結果。

「大丈夫だ、佐々木」
「キョン……?」
「お前がポニテじゃなくたって俺が将来、本当の意味で『ポニーテール』になってやる」
「キョン!?」
「フハッ!」

やれやれ。才能ってやつは選べないもんだ。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「うう……絶対抜いてやる」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

佐々木に尻毛を抜かれる未来が待ち遠しい。

「ふぅ……おや?」
「ふんだ。もうキョンなんて知らないよ」

ひとしきり愉悦をぶち撒けて哄笑を終えると、何故か佐々木がご機嫌斜めだった。

「佐々木、怒ってるのか?」
「僕だってたまには怒るさ」

いかにも怒ってますといった具合に膨らました柔らかな頬を指でつつくと、今度は反対側を膨らませる佐々木が可愛くて俺は囁いた。

「俺の尻毛の処理は任せたぞ」
「……うん。任せて。それは僕でも出来る」

伊達に親友をやってない。すぐに仲直りだ。

「やっぱり佐々木は天才だよ」
「キミには負けるよ、キョン」

真面目な顔をしてお互いに褒め合っていると、どちらともなく破顔して、俺はゲラゲラと、佐々木はくつくつと喉の奥を鳴らした。

そのままおでこをくっつけて、鼻先がぶつからないようにお互いに顔を傾けようとして、同じ方に傾けてしまって、また笑い合って。

「上手くいかないね」
「だけどな、佐々木」
「うん……そうだね」
「やれやれ、だな」
「やれやれ、だね」

俺たちは出来ないことは別に出来なくてもいいと、そう結論ならぬ『ケツ論』付けた。


【キョンと佐々木の結論】


FIN

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