花陽「シンデレラ」 (12)

 お母さんに聞いたことがある。

 ねえ、お母さん。?―十二時を過ぎたシンデレラはもう、魔法に掛けてもらえないの?

 短いわたしの髪を梳いていた片手を止めて。ふわふわと柔らかな布団をお母さんは肩まで被せてくれた。早く寝てしまいなさい、と言葉にはしないで込めた意味を悟らずにわたしはもう一度問う。お母さん、もう魔法は無くなっちゃったの? 絵本を読み聞かせていたお母さんはわたしの頭をやさしく撫でてから笑った。

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「あのね、凛。」





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 その先の言葉はあやふやにしか覚えていない。たぶん、わたしにとってどうでもよかったのだろう。あるいは、幼少の記憶だから過ぎてしまったのかどちらか。どっちもかもしれない。忘れちゃったけど。

 十何年前の記憶だろう。本当に、本当に昔のことだ。
 うんとあの頃より大きくなった背を張るように伸びをする。
 ぽきぽき、と固まった筋肉が解れる音。しゃらり、同じ重たいレースたちが行き場を無くして地面に落ちる音、音。さざめき、水の音。空の音。鳥の音。夕暮れの人達の音。わたしを見て怪訝そうにする人の、音。


「――凛ちゃん、疲れてない?」

 わたしはなんでここに来ているのだろう。
 ツーストロークのエンジン音が耳の奥でこだまする。
 ことも無いような笑顔でわたしを気遣う。わたしの大切な友達の笑う、音。


「っ、あ、ありがとう。――ねえ、」

「? なぁに?」

「かよ、ちん。なんで、なんで――」

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 星空凛。二十七歳。
 わたしは今、大切な友達に連れられて。
 人生一度きり、誰もが憧れるきれいな舞台。――結婚式場を抜け出している。


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花陽「シンデレラ」
https://youtu.be/hm8Bo_iwudc



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凛「――それにしても、突然過ぎてびっくりした」

花陽「そうかな? 花陽はずっとそうしたいって思ってたんだ。ここ、景色が綺麗で」

 水辺を歩きながら、わたしの友達は変わらない笑顔でわたしに言う。景色なんてあんまりろくに見ていなかった。彼女についていこうと、ウェディングドレスの裾を持ち上げてわたしは彼女の背を追う。ぱちゃぱちゃ。水の跳ねる音がした。海辺ってこんなに歩きづらかったっけ。どうやっても入る砂に苦戦しながら、わたしは一歩ずつ彼女に近づいていく。

 こうやって、かよちんと会うのも話すのも久しぶりだった。いつからだったろう。それぞれの進路が別れたときだったかな。あるいは、その前。青春のきらめきってあまりにも一瞬だ。わたしや彼女たちが駆け抜けた日々は、きらきらと流れ星のように輝いては落ちて。褪せることもない思い出として胸には、残っている。
 あの頃と変わらない呼称で私のことも、あなたのことも呼ぶ彼女は。また変わらないような笑顔でわたしへ振り向いた。

 わたしたちがスクールアイドルでは無くなってからいくつか月日が過ぎた。学校を卒業して、それぞれの道へ進んで。わたしはわたしが思っているより、平凡で幸せな人生を歩んでいた。困ったことに、あの高校生の瞬きに比べてきらびやかなものではなかったけれど、うん。充実はしていたのだと思う。それなり、それなりに。

 短大を卒業したわたしは、自分のことを「凛」と呼ぶことを辞めた。就活に不利だったから。子供っぽいと揶揄されたから。色んな理由がそこにはあった。サナギが蝶になるような、綺麗な脱皮ではなくて。なんとなく流されるようにわたしはひとつずつ大人になったんだと思う。それをわたしは悪いことなのか判別することが今だって出来ていない。
 ――大人になるってそういうことよね。くるくると赤い髪を、昔のように人差し指で弄ぶ友人はそう告げた。白衣から伸びた綺麗な足はパンツスーツで覆い隠されてもなお、綺麗だった。もう、子供のままじゃいられないみたい。あの頃は目が焼けるほどにさらけ出していた白い白い脚を隠して、彼女は大人になっていた。

花陽「――ちゃん、凛ちゃーん!」

 は、とさ迷っていた思考が海へ引き戻される。赤い水平線の向こうから押し寄せる波がわたしの足を濡らしていた。ぶんぶん、といった擬音が似合うほど手を振る友達は、いつの間にかわたしと随分離れた場所から手を振る。小さな岩場だろうか。海岸沿いの道路からも少し離れた、そのてっぺんに登っていた。
 よくもまあそんな所に、と見てみれば履いていたミュールを脱ぎ捨てて。かよちんは裸足で手を振る。

凛「か、かよちーん! 危ないよ、もう日も沈むし、」

花陽「こっちこっち。あのね、ここから――」

 ――夕陽がおやすみするところが良く見えるの。

ひとまずここまで。
書き溜めはない。

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