商人「このボタンを押せば他人を一人だけ殺せます。ただし……」 (31)

課長「こんな下らないミスしやがって!」

課長「大学卒業したばかりの新人でもこんなミスしねえぞ、ええ!?」

男「申し訳ありません、申し訳ありません!」

課長「この給料泥棒! 恥知らず! 会社のダニ! 謝る元気があるんなら辞めろ! 辞めちまえ!」

男「申し訳ありません……!」

男(くそっ、殺してやりたい。殺してやりたい……!)

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同僚「また怒られてたなぁ、お前」ニヤニヤ

男「……なんだよ」

同僚「なんだよじゃねえよ。お前のミスのせいでこっちにまでしわ寄せが来たんだぞ?」

同僚「仕事もスポーツもなんでも、足手まといがいるとホント迷惑すんだよな」

同僚「もっと申し訳なさそうにしたらどうだ? そうだ、退職届の書き方教えてやろうか?」

男「……」

男(もし銃があったら、法律が許すなら、迷わずぶっ放してる……!)

男「はぁ……」フラフラ

ドンッ

DQN「いてっ!」

DQN「気をつけろボケ!」ペッ

男「ぐっ!」ビチャッ

男(ツバ吐きかけることはないだろうが……!)

男(あー……どいつもこいつも殺したい。殺してやりたい)

男(だけど、やったら間違いなくムショ行きだ。殺せず返り討ちになる可能性だって低くはない)

男(あーあ、デスノートがあったらなぁ……)

男(俺だったら新世界の神なんざ目指さず、身近の目障りな奴だけこっそり殺して)

男(順風満帆な人生を歩んでやるのに……)

男(って、デスノートなんて漫画の話だぞ。なに下らない中学生レベルの妄想してるんだ)

男(だけど、あーあ……)

男「せめて一人……ウザイのを一人殺せば、人生だいぶ変わるだろうに……」

商人「そんなに殺したいんですか」

男「!?」

男「なんだあんた……(しまった、独り言が大きすぎた)」

商人「あなた、そんなに人を殺したいんですか」

男「いや、そんなことは……」

商人「だったらいいアイテムを売ってあげましょう」

男「なんだこれ……?」

商人「殺したい相手を念じながらこれを押すと、他人を一人だけ殺すことのできるボタンです」

男「!」

商人「ただし……代償として押した人にとって最も大切な人も死亡します」

男「なんだって!?」

男「いくつか質問させてもらってもいいか?」

商人「どうぞ」

男「まず……どうやって死ぬんだ?」

商人「心臓が止まって死にます。殺す対象だった人も、大切な人も。他殺が疑われることは100%ないでしょう」

男「まさにデスノートだな……で、条件はあるのか? 名前知らなきゃダメとか」

商人「ありません。たとえその辺の通行人でも、“あいつを殺す”と念じながら押せば殺せます」

男「最も大切な人ってのは誰が死ぬんだ?」

商人「それは人によるでしょう。親か恋人か、親友か、あるいは好きな芸能人かもしれません」

男「押してみるまで分からないと」

商人「そういうことです」

男「人間関係が希薄で、大切な人といえる人がいない奴が押したら?」

商人「それでも誰かしら死ぬことになるでしょう」

商人「何年も会ってない知り合いとか、一度親切にしてくれただけの人ですとか」

商人「いかがいたしますか?」

男「……いくらするんだ」

商人「――です」

男(今財布に入ってる手持ちで十分買える金額だ……)

男「売ってくれ……」

商人「お買い上げ、ありがとうございます」

男(買ってしまった……)

男「ただいまー」

妻「お帰りなさい」

男「……」

妻「どうしたの?」

男「いや、なんでもない」

男(俺の場合、ボタンで誰かを殺したとして、代償に誰が死ぬことになるんだろう)

男(やっぱり妻なのかな……それとも親か……。同居してる妻の可能性が高いか)

男(いずれにせよ、買ったはいいけど、押すわけにはいかないよな)

ガタンゴトン… ガタンゴトン…

男「……」

男(ボタンの話は……きっと真実だと思う)

男(そう信じさせるオーラみたいなものが、あの商人にはあった)

若者「……」シャカシャカシャカ

男(イヤホンがやかましいこの若者をここで殺すこともできるけど……)

男(さすがにそんな使い方はバカバカしいよな)

男(こんな名前も知らない奴を腹いせみたいに殺して、おそらく妻も死ぬなんて割りに合わないなんてもんじゃない)

課長「ちょっと来い!」

男「なんでしょう」

課長「なんだこの資料は! 全然まとまってない――」

男(ああ、うざい。ああ、殺したい)

男(ボタンを押せば……殺せる。こいつが死ねば確実に俺の人生は好転する)

男(だけど、妻の死もついてくると考えると……)

同僚「よう、足手まとい君。今日もみんなの足引っぱってる?」

男「……」

男(こいつもそうだ。課長と同じぐらい殺したいけど……こいつを殺せば妻も死ぬ)

男(押すわけにはいかない……)

男(だけど……殺そうと思えば殺せるって状況は案外愉快なもんだな)ニヤッ

同僚「うっ……。不気味な笑い方しやがって……気持ち悪い奴だ」

男「ただいまー」

妻「お帰り。今日はあなたの好きなビーフシチューよ」

男「マジか、嬉しいなぁ!」

妻「ビールも冷えてるわよ」

男「酒屋で買ったのか。あそこの二代目も頑張ってるよな」

男(そうだ……彼女を俺のエゴの犠牲にするわけにはいかない)

男(会社の連中ぐらいボタンに頼らず何とかしてみせる!)

男(そう、いつでも葬れると思えばあんな奴らぐらい――)

男「お言葉ですが、課長!」

課長「む……」

男「この案件は私のものです。私に最後まで任せて頂きたい!」

課長「わ、分かった……」

課長(なんだ? まるで人が変わったようだ……)



同僚「おいおい、ずいぶん課長に歯向かってたけど大丈夫なのかぁ?」

男「やかましい!」

同僚「!」ビクッ

男「俺をからかってる暇があったら、自分の仕事をこなしたらどうだ? お前の仕事は油売りか?」

同僚「うぐ……!」

同僚(ぐ……こいつ! 全身から妙な自信を漲らせてる……)

男「ただいまー」

妻「お帰りなさい。あなた、この頃なんだか急に逞しくなったわね」

妻「物怖じしないっていうか、卑屈さがなくなったっていうか……」

男「そうかな」

男(その通りだ。あのボタンを買ってから、俺は変わった)

男(あのボタンの正しい使い方はこれだったんだ。決して押さず自信をつけることだったんだ……!)

男「給料上がったし、今日は君の好きな服を買ってあげるよ」

妻「わぁっ、嬉しい!」

男(今も懐にはあのボタンがあるが、もちろん押さない。今やお守りみたいなもんだ)

男(このまま一生押すことがなければいいんだが――)



キャーッ! ワーッ! ウワーッ!



男「……?」

通り魔「殺してやる……どいつもこいつも殺してやる!」



キャーッ! 逃げろーっ! うわあああっ!



男「なんだあいつ……!?」

妻「刀を持って暴れてるわ!」

通り魔「死ねっ!」

ザシュッ!

通行人「ぐあっ!」



男(まずい……すごい勢いでこっちに来る! あんなの取り押さえるなんて無理だ!)

妻「ひいいい……」

男(ボタンを押せば奴を殺せるが、そしたら妻は――)

男(奴を殺して、なおかつ妻を助ける方法……なにかないか!?)

男(そうだ!)

男「おいっ!」

妻「なに?」

男「このボタンを押してくれ!」

妻「これは……?」

男「説明してる時間はない! あの通り魔くたばれと思いながら、これを押すんだ!」

妻「でも……」

通り魔「次はお前らだあああああああっ!!!」

男「早くっ!」

妻「分かったわ!」

妻「えいっ!」ポチッ

通り魔「うぐっ……!?」ドクンッ

通り魔「ぐ、ぐぐ、ぐ……」

通り魔「ぐはぁ……」ドサッ

妻「え……」

男(これでいい……俺の心臓も止まるけど……妻は守れた……これでいい……)

男(さよなら……どうか幸せに……)

男「……あれ?」

妻「あなた、このボタンってなんだったの!?」

「通り魔が倒れたぞ!?」

「救急車呼べ救急車!」

「興奮しすぎで発作でも起こしたか……?」

ザワザワ…

男「俺……死んでない……」

男(どういうことなんだ、これ……)

男(妻の実家にも電話したけど特に異変はなかった。じゃあいったい誰が犠牲に――)

中年女「大変よー!」

男「ああ、ご近所の……どうされました?」

中年女「この近くの酒屋さんの息子さんが、さっき配達中に突然倒れて亡くなったらしいの!」

中年女「まだ若くていい男だったのにねえ……」







― END ―

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