【咲-Saki-】京太郎「たのしい宮永一家」【微安価】 (191)

・咲-Saki-スレです
・京太郎SSです
・重要人物で一人オリキャラいます
・あまり楽しい話ではありません
・基本非安価、たまに安価あります

以上を確認・了承の上、お読みください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1611214641

【12月上旬】


―――― 長野県内 市街地


同僚「おっす宮永!」

後輩「お疲れ様です、宮永先輩」

京太郎「おう、お前らも上がりか?」

後輩「はい。それで今日はまだ早いし、飲みに行こうかって話になってるんです」

同僚「最近駅前に出来た焼き鳥屋あるだろ?総務の池田が行ったって言うんだが、結構旨いらしいぜ」

同僚「つーわけで今晩一緒にどうよ。お前の昇進祝いもせにゃならんしな」

京太郎「あー、悪いな。今日は家で祝ってくれる事になってるんだ」

同僚「なんだとー?つれないヤツだなぁお前は!」

京太郎「あはは、大体お前らいつも遅くまで連れ回すだろ。明日は色々と忙しいし」

京太郎「ってことで今日はパスだ。また来週にでも誘ってくれよ」

同僚「明日?......ああ、今年もそんな時期か」

京太郎「そういうわけだから俺はもう帰るよ」

同僚「仕方ないか。こればっかりは文句も言えないしな」

京太郎「んじゃ、また連休明け!」

後輩「あーあ、行っちゃった......何かあるんですか?宮永先輩」

同僚「.........まぁ、色々と」

―――― 在来線 車内


京太郎「.................ん?」

夢うつつで座席に寄りかかっていた俺は車内アナウンスに目を覚ました。
どれだけぐっすり眠りこけていたとしても、この声が耳に入るだけで一瞬で起きることができるのだから不思議なものだ。
パブロフの犬みたいなものだろうか。知らんけど。

京太郎「ふぁぁあ......そろそろ連絡しとくか」


>あと20分くらいで帰る

>おっけー。こっちはごはんの準備、もう少しかかるかも

>腹減った......飲みに誘われたけど断ってきたぜ

>当たり前だよ!お祝いなんだから、断らなかったら絶対怒るからね!

>分かってるって


俺の名前は須賀京太郎――――いや、今は宮永京太郎か。
上京したり結婚したり転職したりと色々あった俺ではあるが、今では故郷である清澄でそこそこの生活をしている。
普段なら乗るはずの誘いを丁重に断った俺は携帯電話を片手に取りつつ、真っ暗の車窓に点々と浮かぶ人明かりをぼんやりと眺めていた。

やがて列車が見慣れた駅舎に停まると、今度は近くの駐輪場に停めたバイクを北の方へ走らせる。
そう経たないうちにとある一軒家を見つけることが出来るだろう。小さいが立派な俺の城だ。

京太郎「ただいま」

「おかえりなさーい。お疲れ様、ご飯までちょっと待っててね」

京太郎「なら先に風呂に入っちまおうかなぁ。もう入れるのか?」

「ちょっと前に沸かし始めたけど......うーん、たぶん大丈夫だと思うよ」

京太郎「そうか、ありがとう」

【数時間後】


―――― 宮永邸 リビング


京太郎「ふぅ......食った食った」

「どうだった?」

京太郎「美味かった!ぐうの音も出ないくらいの大満足だよ。ありがとな」

京太郎「あの酒もずっと気になってた奴だ。どうして知ってたんだ?」

「検索履歴に何回も出てたから。飲みたいのかなって思ってネットで注文したの」

京太郎「人のパソコンを勝手に覗くとは趣味の悪いやつめ......ま、美味かったし良しとするか」ナデナデ

「えへへ」ニコニコ

京太郎「しかし、あんなご馳走作ってて大丈夫だったのかよ」

京太郎「そっちだって忙しいだろうし、今度の日曜に大会あるって言ってなかったっけ」

「あーあれ?大丈夫大丈夫、いつも通り打ってればいいって言われたもん」

京太郎(こいつの言う『大丈夫』ほど信頼できない言葉もないんだがな)

「そういえば、お姉ちゃんから電話かかってたよ」

京太郎「照さんから?」

宮永照――――つまりプロ麻雀界最強クラスの雀士であり、俺の義理の姉でもある女性。こいつ然り照さん然り、宮永家は麻雀民族の血でも流れているんだろうか。
そんな彼女が掛けてくる電話の殆どは吉報とは言えない。怪しい勧誘がどうとか保険金がどうとか、とにかく大抵の場合ロクな用事ではないのだ。
しかしこの時期となれば話は別で、その用件には大方予想がつく。

京太郎「それでなんだって?」

「明日の昼過ぎくらいにそっちに着くけど、持っていくお土産は何が良いかって」

京太郎「お土産?東京ばな奈に決まってる」

「うん、私もそう伝えたんだけどさ」

「そしたらお姉ちゃん、たまには別のものも食べたいくないか?って執拗に」

京太郎「別にいつも通りで全然構わないんだけど......どうせ照さんが自分で食べたいだけだな」

京太郎「.........おっと」チラッ

リビングの壁に掛けられた時計に目をやると、短針は既にその頂上を過ぎていた。
俺はこの和やかな雰囲気に浸り続けていたいという気持ちを堪えて、

京太郎「ほら、そろそろ寝ないとな。明日は朝早いんだろう?」

「早いっていうか、いつも通りの時間だよ」

京太郎「知らん。俺は明日休みだし」

「えー!ずるーい!」

京太郎「ズルいもクソもねーよ!ただでさえ有休溜まってるんだから」

「私も明日休もうかな」

京太郎「おいおい、お前は休んじゃダメだろ」

「そもそもなんで――――――――」

京太郎「そりゃ――――――――」

「――――――――!」

京太郎「――――――――」


結局俺たちが眠りについたのは、それから一時間ほど経った後の事だった。

【翌朝】


「おはよう!もう起きたんだ?」

京太郎「あぁ、おはよう......」

「ごめん、私忙しいから朝ご飯は自分でなんとかしてね!」ドタバタ

京太郎「そんくらい自分で何とかするさ」

俺が休日にしては――――世間的には平日だが――――比較的早い時間帯に目を覚ますと、既に着替えを終えた彼女があっちこっちと騒がしく走り回っていた。
起きたばかりの胃袋は朝飯を消化するにはもう少しウォーミングアップの時間が欲しいと訴えかけている。
何もしないのもむず痒い俺がやはり働かない頭でいくらか考えた結果、たまには玄関で見送りでもしようかと思い立った。

「ヤバいヤバい、早く行かなきゃ!......何やってるの?」

京太郎「いや、朝日があったかいなぁと」

「そ、そっか......とにかく、私早く行かないといけないから」

京太郎「おう――――――――」

1. 行ってらっしゃい、咲

2. 早めに帰ってこいよ?


↓3まで多数決、無効下

2. 早めに帰ってこいよ?


京太郎「早めに帰ってこいよ?照さんとお前が揃ったら出掛けるからな」

「わかってるってば」

京太郎「道草も食うなよー?」

「食べないよ!」

京太郎「それでいい。行ってらっしゃい」









京太郎「明」



明「行ってきます、お父さん」

日本で一番大きなターミナルから特急に乗って二時間、そこから一日に指折り数える程しか走らない在来線に揺られて更に二時間。
車窓からは民家、ビニールハウス、それからだだっ広いスーパーとホームセンターがちらほらと見える。
それ以外何もない典型的な田舎だけれども、最近では東京の方こそ度が過ぎた都会なのではないかと思うようになってきた。


――― 在来線 車内


淡「あっ、あそこの橋が開通してる。ずっと工事中だったのに」

照「あの山の左側に架かってる橋のこと?一昨年の夏くらいにはもう出来てたよ」

淡「そっかー......ま、何年も来てないしそういうこともあるよね」

照「どうして淡はしばらく来てなかったの?」

淡「んー、特に来る理由もなかったからかな。忘れたわけじゃないけど、もう十年以上経ったわけだし」

淡「それにあの子も大きくなったし」

照「ということは今年はあるんだ」

淡「うん。久々に顔が見たくなっちゃって」

照「ふふっ、何それ」クスクス


『次は 清澄 清澄 お出口は―――』


淡「そろそろ降りないと。お土産忘れないでね?」

照「.........大丈夫」

淡「その間は絶対忘れてたよねテルー......」

木曽山脈を背負った無人駅で降りた後は彼の家まで歩いて一時間。車で迎えに来てもらえばせいぜい十分くらいの距離だけど、あえてそうしない。
ただでさえ起伏の少なくない山里の道である上に、それを進む足腰も年々衰えていくのを嫌でも実感している。
それでも私はこの風景をとても気に入っていて、ミニバンなんかで早々と通り過ぎるにはあまりにもったいないと感じてしまう。

それにしても長野の冬は寒い。一般に気温は、高度が100m上がるごとに0.6℃降下すると言われている。
標高700mほどの清澄であれば東京より4℃くらいは低い計算になるわけだが、周囲の人気の無さが体感に拍車を掛けているのは確かだろう。
そんなことはもとより百も承知ではあるが、やっぱり寒いものは寒くて、

淡「うぅ、今年はいつもより冷えるね......」ブルブル

照「東京育ちはこれだから......」ヤレヤレ

淡「テルは寒くないの?」

照「全然大丈夫」ドヤァ

照「それにこの辺りは雪もあまり降らないし。北信に行くとこの時期でも―――」

したり顔で語るテルの顔は赤らんで白い息を吐き、よく見ればカタカタと小さく震えている。やっぱ寒いんじゃん。

目的地に着いたのは、寒い寒いと言い続けたせいで余計寒くなったような気がした頃のことだった。
山脈に挟まれた平野を田畑が埋め尽くす中にぽつんとできた、わずか十数戸の小さな新興住宅地。
もう何度も訪れた場所ではあるが、念の為『宮永』という表札が掲げられているのを確認してからインターフォンを鳴らす。

ピンポーン

淡「.........」

照「出ないね」

淡「居ないのかな?」

照「連絡してあるし、そんなことはないと思うけど......」

淡「うーん......?」ピンポーン

照「......」

淡「......」

照「......」

淡「............あーもう、イライラする」ピンポーン ピンポーン ピンポーン

照「ちょっと淡、やめなよ」

淡「いーじゃん別に。アイツが出ないのが悪いんだから」ピンポンピンポンピンポン

照「......はぁ」

淡「早く開けろぉぉぉぉ―――」ガチャッ


京太郎「はーい!!お待たせしました!!!!」

扉を開けて出てきた男は顔こそ明るく装っているものの、声色には隠しきれない苛つきが浮かんでいた。
でもこっちだって待たされたしお相子だろう。いや、3:7くらいでコイツの方が悪いよね。

京太郎「―――って、あぁ」

照「京ちゃん、久しぶり」

京太郎「照さん。お久しぶりです」

京太郎「......げっ、淡までいやがる」

淡「この淡ちゃんが来てやってるのに『げっ』とはなんだ!キョータローのくせに!」

京太郎「アラフォーが自分のこと『淡ちゃん』なんて言ってんじゃねーよ」


私、大星淡と須賀京太郎にとって、それは三年ぶりの再会だった。

――― 宮永邸 リビング


久し振りにやって来たこの家の模様は殆ど変わっていなかった。いくつかの家電が新調されているものの、総じて小奇麗に整頓されている。
彼女がマメな性格で本当によかった。学生時代のキョータローは部室こそ率先して綺麗にしていたが、自分の部屋については結構適当な気立てだったはずだ。

淡「鳴らしたらすぐに出てきてよー」ボリボリ

京太郎「仕方ないだろ。寝てたんだ」

淡「怠慢」ボリボリ

京太郎「たまの休日なんだから別にいいじゃねーか......」サクッ

京太郎「あ、これめっちゃ美味い」

『バターサンド』を一口齧ったキョータローが思わず声を上げる。
元々は東京ばな奈を所望されていたらしいが、結局テルはデパ地下で一時間近く悩んだ挙句にこちらをお土産として選んだのだった。
だが一方の当人はと言えばそれに何か相槌を打つこともなく、いかにも妬ましそうにキョータローの顔をまじまじと見つめていた。

京太郎「照さん、俺の顔にゴミでも付いてますか?」

照「いや......京ちゃんは本当に老けないなって」モグモグ

京太郎「あー、そりゃどうも。特に何かやってるわけじゃないんですけどね」モグモグ

淡「テルだって全然若いじゃん」ボリボリ

自分で言うのは憚られるが、私だってまだ色んな人から三十代前半くらいには間違えられる。いやいや、社交辞令じゃなくてマジで......たぶん。
不老不死が三大プロ麻雀界ミステリーの一つであるというのはそこそこ有名な噂だ。

京太郎「不老不死ってのは流石に冗談にしても、実年齢より随分若く見える人はかなりいるな」

淡「小鍛治さんとか明らかにおかしくない?」ボリボリ

淡「ひょっとして和了るたびに若さとか吸い取って―――むぐっ」

照「淡、そのくらいにしておいたほうが良いよ」

淡「......!」コクコク

京太郎「というか淡、お前お菓子食べすぎ」

京太郎「あいつの分が無くなるだろうが」

淡「ちぇーっ」

十五個入が二箱もあるんだから少しくらい良いじゃないかとは思ったけど、私もいい年の大人だしここは素直に引くことにしよう。
もっとも、私に釘を刺すキョータローの目を盗んでテルが五個目をくすねた瞬間を見逃すことはなかったけど。

話題は絶えることもなくコロコロと変わり、昨日あったという昇進祝いの話やテルが優勝した話など最近の出来事を遷っていく。
そして最終的には私が結婚できないという話に落ち着くのが、この面子で集まった時のお決まりなのだ。

淡「私が悪いんじゃないもん!そもそも私に―――」ギャーギャー

京太郎「本当に難儀なやつだな、淡は」

照「今年で42歳だっけ?人生諦めが肝心だよ」

淡「まだ41だよ!世間じゃ晩婚化がなんとかって言われてるしまだまだ.........あれ、でもそういえば来週誕生日だったような」

京太郎「アラフォーはアラフォーでも、とっくに四十路に入ってる方のアラフォーだもんなぁ」

淡「キョータローだって同い年じゃん」

京太郎「ああ、そういやそうだった」ケラケラ

淡「むぅ」

年齢の話になるとどうしても二人には負ける。キョータローは別にいい。男だし既婚だし、子供もいるし。
しかしテルは私と同じ行かず後家仲間にもかかわらず焦る素振りの一つもなく、もう諦めている様子なのだ。
それが良いんだか悪いんだかはともかくとして、この余裕そうな態度に接すると何ともやるせない気持ちになってしまう。

淡「あーもうむしゃくしゃする!麻雀打ちたーい!」

京太郎「そんな事言ったって三麻しか出来ないじゃねーか」

淡「えー?別に私はそれでもいいよ」

京太郎「俺は気が乗ら 淡「ねぇねぇテルー、麻雀したいんだけどさー」

京太郎(人の話聞けよ)

淡「一緒に三麻やろうよ」



照「............」

淡「......テル?」

照「......えっ?ああ、ごめん」

照「ええっと.........私も京ちゃんに賛成かな」

淡「がーん、麻雀出来ないじゃん」

京太郎「残念だったな」

淡「ぐぬぬ、もう一人いれば......まだ帰ってこないの?」

京太郎「そろそろだと思うんだが」チラッ

キョータローの仕草に釣られるままに私とテルの目線が部屋の壁に掛けられた時計へ向けられた。
彼の趣味なのかはたまた彼女の趣味なのか、やけに前衛的で読み取りづらいそれはどうやら十五時前を指しているらしい。

まるで待ちかねていたかのように、遠くで何者かが扉を開ける音がする。

そして―――

「ただいまー!」


彼女が帰ってきた。

京咲か京淡か京照かの何かしらになる予定です

不定期更新で適当に進めるつもりなのでよろしくお願いします

おつおつ
探索者の人かな、期待

>>26 ですです

>>1の前作的な何か:
【咲安価】京太郎「清澄の探索者」【ADV】
【咲安価】京太郎「清澄の探索者」【ADV】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1598802109/)

ということで投下

彼女が靴を脱ぐ音が聞こえる。立ち上がって式台を踏みしめる音が聞こえる。一歩二歩と、確かに彼女が近づいてくる音が聞こえる。
廊下とリビングを隔てるドアノブが捻られるのを目の当たりにして―――何故か身をこわばらせる私の心音が聞こえる。
扉が開かれるまでにその理由が見つかることはなかった。


明「うぅ、寒かった......」

淡「おーよしよしメイ、元気かい?」

大丈夫、ちゃんと受け応えできてるっぽい。

照「明、久し振りだね」

明「お二人ともいらっしゃい」

明「淡さんも来てたんですね。それなら教えてくれればよかったのに」

淡「あははー、ゴメンゴメン」

京太郎「淡、毎回言ってるけど来る時は連絡してくれよ。色々と用意があるんだからさ」

淡「別に気にしなくていいのに」

京太郎「そういう問題じゃないんだけど......」

明「それお土産?私も食べたいなー」

そう言って放り投げられた鞄とコートが二次曲線を描き、危なげもなく無事ソファに着地する。
メイは私たちの囲む食卓へ腰を下ろすと、箱に入った小さな包装の一つに細い腕を伸ばして、

明「結局違うの買ってきたんだね......あ、これ美味しい」

照「でしょ?」フフン

京太郎「なんで照さんが威張るんですか」

照「私が選んだから」

淡「さてと、メイも帰ってきたし半荘打ちますか!」

京太郎「却下」

照「お父さんだって迎えに行かないといけないのに、そんな時間ないよ」

淡「なんでよ!面子集まったのに!」

京太郎「三麻が嫌だとは言ったけど、別に四麻なら良いなんてこれっぽっちも言ってないぞ」

淡「」

宮永京太郎、決して許すまじ。

明「あっ、そうだ!お姉ちゃん」

照「なに?」

明「先月の雀聖戦おめでとう!!ネットで対局見てたけどすごかったね!!」

照「う、うん。ありがと」

明「特に準決勝のオーラスなんて―――」ペラペラ

矢継ぎ早、目を輝かせて語るセーラー服の少女にテルは完全に気圧されていたが、それでも何処か嬉しげだ。
こういう快活で外交的な性格は父親に似たのだろうか?もっとも少しオタクっぽい気質は正しく彼女のものだし、何よりその外見は......

淡「メイってさ。こうしてキョータローと並ぶと本当にサキそっくりだね」

京太郎「何のことだ?」

淡「は?」

京太郎「咲にそっくりって、言ってる意味が――――――」


そう言いかけて彼の動きはぴたりと止まった。

まるで、歯車が壊れてしまった機械仕掛けのように。

照「京ちゃん大丈夫?」

京太郎「.........すみません、目が霞んで。明、目薬ってどこだっけ?」

明「目薬なら洗面台の鏡の裏に入ってるよ」

京太郎「そうだったそうだった。いやー、最近物覚えが悪くて困ったもんだ」

明「しっかりしてよね、お父さん」

京太郎「わかってるよ。ちょっと取ってくる」ガタッ スタスタ

明「まったくもう......それで、何の話でしたっけ」

淡「えーっと、メイがサキに似てるよねって」

明「そうなんですかね。いまいちピンとこないけど......」

間もなくキョータローが帰ってくると話はそろそろ出発しようかという方向に纏まり、椅子にかけてあった上着に袖を通した。
普段カジュアルに済ませてしまう私は黒のスーツなんて滅多に着ない。それこそ今日くらいのものだろう。

――― 『宮永邸』 玄関


キョータローの運転で走ること数十分。見えてきた一軒家は表札に記された名字こそ同じものの、彼のそれと外見は全く異なる。
その玄関先に立つ老人はしばらく辺りをキョロキョロしていたが、こちらの車に気がついたらしく軽く手を振ってきた。

京太郎「お義父さん、お待たせしてすいません」

界「いやいや、このくらい訳ないさ」

界「淡さんは久し振りだね。最後に会ったのはいつだったっけ」

淡「カイさん、私が前に来た時入院してたよね?ってことは五年ぶりくらいじゃないかな」

界「そんなに経つのか。歳を取ると時間感覚が分からなくなるってのは本当だなぁ」

照「お父さん、体調は大丈夫なの?あんまり良くないって聞いてたけど」

界「肺の話か?ちょっと前まではだいぶ悪かったけど、吸うのを止めたらさっぱりだ」

照「もっと早く禁煙すれば良かったのに」

京太郎「お義母さんは昨日行かれたんですよね」

界「愛は忙しいからな。早朝に松本空港まで送っていったから、今頃モスクワ行きの機内だろうさ」

界「......みんなと行けなくて、残念がっていたよ」

――― 宮永家菩提寺 墓地


『観自在菩薩行深般若波羅蜜多時―――』


私は宮永家がどの宗派なのかは知らないし、キョータローが冊子片手に読み上げてるお経の意味は露ほども理解できてはいない。
そもそもこの行為に意味はあるの?輪廻転生とか死後の世界とか、そんなこと生きている私たちにはわかりっこないのに。
.........少なくとも私がここに来た理由は彼女を弔うことであって、それ以上でもそれ以下でもない。
親戚も居なければお坊さんも居ない、五人と一人の寂しい十三回忌だ。


明「......お父さん」

京太郎「......何だ?」

明「ここにお母さんがいるんだよね」

娘が問いかける。もう何度も繰り返してきたことだろうに、何を今更疑問に思うことがあるのだろうか。

京太郎「ああ、そうだよ」

明「......私、もう覚えてないよ。お母さんの顔」

京太郎「.........仕方ないさ」

父は答えた。

日が傾いてきた。いくらコートを着込んでいるとはいえスカートでは足元が冷え込み、こういう時ばかりでは男が羨ましく思えてしまう。
テルが突然切り出したのはそういった背景もあって、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった頃だった。

照「京ちゃん、話したいことがある」

京太郎「構いませんよ」

照「......淡、お父さんと明を連れて先に帰って」

淡「いいよ。でもテルとキョータローはどうするの?」

照「電車で帰るから大丈夫。京ちゃんもそれでいい?」

京太郎「俺は何でもいいですよ。淡、これ車の鍵な」チャラッ

淡「......聞いちゃダメなのかな」

照「淡」

淡「.........なーんてね!淡ちゃんもう大人だから、そーゆーの弁えてますよ」

淡「メイ、カイさん!帰りにお寿司買って帰ろ?キョータローのおごりだよ」

明「家計がカツカツになって困るのは私なんだけどな......まあいっか」

界「えっ、ちょっと待ってくれ。一体何の話―――」バタン

――― 長野県内 県道


明「淡さん」

淡「ん?どーしたの、メイ」

メイは私のことを少し避けているような気がする。
麻雀の相談ならテルの方が的確なアドバイスが出来るし、それ以外のことならキョータローに話せばよい。
私は親類でもなければそこまで頻繁に会うわけでもないのだから、彼女にとっては対応に困る部分もあるのだろう。
私にとっては親友たちの娘であり、生まれた瞬間からその成長を見守ってきた自分の娘同然の存在でもある。だからそんな現状を物寂しく覚えていたのだけど......
ともかく、メイが自分から私に話しかけてくるというのはちょっと珍しいことだった。

明「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

淡「あはは、そんな前置きいいよ。何でも言ってごらん?」

明「お父さんとお姉ちゃん、やっぱり私のことですか」

淡「.........ま、そりゃそーなるか」

狭い山道の向こうから対向車がやって来た。一度車体を路傍に寄せて相手が通り過ぎるのを待つ。
バックミラー越しに見るカイさんの皺が増えた顔は、いつの間にか静かな寝息を立てていた。

十二年前―――メイが母親を失った直後にはキョータローもずいぶん参った様子で、私とテルは残されたメイを何かと気にかけていた。
まだ小学生にもならないメイを助手席に乗せて大阪まで遊びに行ったのは、つい昨日のことにすら感じられる思い出だ。
しかし今私の横に座る少女はもう高校一年生、私と『彼女』が初めて会った時と同じ歳になっていた。

淡「ごめんね、私も全然わかんないや」

淡「でもそうだとしても大した事じゃないと思うよ。教育方針がどーとかこーとかそういう話じゃないかな?」

淡「キョータローはその辺適当だからさ、テルも結構メイのこと気にしてて―――」

嘘だ。テルがそんなことのために、キョータローとわざわざ墓地なんかで立ち話をしようとするだろうか?余程聞かれたくないことでもあるのか。


 「お前が咲を見殺しにしたんだ!!!!」

 「違うんです、照さん!俺は......ならどうすれば良かったっていうんですか!」

 「そんなこと知らない!お前が殺した!!お前が咲をッ!お前がッ!お前がぁぁぁぁぁああああッ!!」

 「テル、やめて!!ちょっと落ち着いてほら......キョータロー、大丈夫?」

 「照さん......俺、だって.........」

 「俺は............」

 「......きょうた、ろう.........」


―――嫌な記憶が思い起こされる。あの日も私たちは皆黒い服を着ていた。

こんな口から出任せを吐いたところで私の気は休まらない。
でもそんな本当の事をメイに言えるはずもなく、

淡「だから放っといて大丈夫だよ」

明「......そうだよね」

明「最近の京ちゃん、疲れてるみたいだったから心配で......」

淡「―――ッ!!!!」


「おい、危ねーぞ!急に止まんじゃねえよ!」




淡「メイ.........今、なんて言ったの」

私がその事実に気づいたのは今年の夏。
インターハイ関連の仕事が粗方片付いて、盆休みを取った時のことだった。


【8月中旬】


――― 宮永邸


明「ふぁぁぁ......おはよー......」

照「おはよう、お寝坊さんだね」

明「......あれ、私ったら寝ぼけてるのかな」

京太郎「やっと起きたか。これから素麺茹でるけど食うか?」

明「お父さん、縁側に照お姉ちゃんがいる気がするんだけど」

京太郎「あぁそれか。昨日、お前が寝た後に押しかけてきてな」

明「寝た後って......私、昨晩二時くらいまで起きてたよ」

京太郎「中央道を夜通し突っ走ってきたんだとさ」

照「ぶい」ピース

明「お姉ちゃんが夜中に高速!?だ、大丈夫?事故とか起こさなかった?」アセアセ

こう見えても仕事で運転する機会だって結構あるのだ。しかもドライブは私の密かな趣味で、休日は愛車と共に小旅行に行くことだってある。
フレンドリーなのは良いことだけど、この子は私を何だと思っているんだろう......

結局京ちゃんがお中元で貰った分を一箱全部茹でたので、食卓には山盛りの素麺が並ぶことになった。

照「インハイお疲れ様、明」

明「お姉ちゃんこそ解説のお仕事大変だったでしょ」ズズッ

照「私は二回戦までだったし......決勝、凄かったんだってね。牌譜見たよ」

京太郎「あの点差のまくりだもんなぁ。まるで藤田さんみたいだったぜ」ズルズル

明「正直自分でも怖いくらいだよ......普段の私だったらあんな打ち方絶対にしないのに」

明「結局運が良かっただけだし、何だか申し訳ないなって思っちゃって」

照「運も実力のうち。プロだってそうだから大丈夫だよ」

明「そんなものかな......お父さん、錦糸卵ちょーだい」

京太郎「はいよ。しかしテレビで観てたけどオーラスは本当に凄かった」

京太郎「年甲斐もなく泣いちまったよ」

明「老けただけじゃないの?」

京太郎「ぐっ、そういうことを平気で言う娘を持って父さんは悲しいぞ......」

「年齢の話をするのは私への攻撃にもなってるんだけど」と言いたいのを飲み込み、薬味の浮いたつゆにくぐらせた白い麺を啜る。
この夏、京ちゃんは「仕事が忙しいから」と言って東京に来なかった。その真偽は甚だ疑問ではあるが、どちらにしても仕方のない話だろう。

.........ふと、明が食事をする所作に意識が向いた。箸を右手に持っていたのだ。
私の記憶にある限り彼女は生来左利きで、特別右手を使わせるような矯正を咲がしていた覚えはない。今更になって京ちゃんがそんなことを強要することもないだろう。

明「大体なんでこんなに茹でちゃったの?私もう飽きてきたんだけど」

京太郎「そう言うだろうと思ってたよ。前買ってきたトマト、まだ使ってないよな?」

明「トマト?」

京太郎「そうそう。トマトを切ってツナ缶と混ぜるんだけどさ、これが中々......」

【夜】


明「ちょっと前まであんなに麻雀してたのに、帰っても麻雀なんて......はぁ」カチャカチャ

京太郎「じゃあ止めるか?」

明「やる」

京太郎「麻雀ジャンキーめ......おっ、悪くない配牌」

明「お父さん!シャミるの行儀悪いよ」

京太郎「へーへー」

照(やっぱり右手で打ってる......)

私は一日中明を観察し続けた。彼女は右手でペンを走らせ、右手でうちわを扇ぎ、そして今も右手で牌をツモっている。
この些末事に対する疑問を抑えることは私には最早不可能だった。

照「ねえ、明」

明「なに?デザートなら冷蔵庫に入ってるけど、選ぶ権利は着順だからね」

照「そうじゃなくて。明って左利きじゃなかったっけ」

照「ご飯の時に右でお箸を持ってたし、今も右手で打牌したよね」

明「えっ?.........確かに、言われてみればそうかも」

照「両利きのトレーニングでもしてるの?ひょっとして部活で強要されてるとか」

京太郎「んな時代錯誤な......いや、作戦のためならあの人はやりかねないな」

明「さ、さすがに先生もそこまで言わないよ!」

京太郎「ならどうして?」

明「どうしてって言われても......えーっと.........」

彼女はしばらく考え込むように黙りこくっていたが、結局は首を横に振った。
利き手についての話がそれ以上話題に上ることはなく、明自身と京ちゃんはすぐに興味を失ったようだ。

【二時間後】


照「ツモ、6000オールは6600オール」

京太郎「げーっ、勘弁してくださいよ」チャラッ

明「なんで10万点持ちなんて言っちゃったんだろう......はい」チャラッ

京太郎「この調子で夜が明けなきゃいいがな」

照「次いくよ」ピッ ウィーン

オーラス七本場。次は三倍満以上だから手はずっと重い筈なのに、こういう日に限って何故かツキが回っている。
そういえば高校生の頃、菫に頼まれて部室で夜通し打ったこともあったっけ......しかし『夜更しは肌の大敵』という言葉の意味は十年以上前からよく理解しているのだ。
和了止めしよう。この手を気持ちよく和了って今日はおしまい。深夜一時前を指す腕時計と、手の中で育っていく索子の九蓮宝燈を見て私はそう思っていた。


十二巡目に四枚目の一索を引き入れて嵌二索待ち聴牌。この二人からは絶対に出ないけど......二巡もあればツモれるだろうと確信した私が、


明「.........カン」


九萬を切った直後だった。

京太郎「大明槓?」

如何にも眠たげな明が、そのあまりに弱々しい右手で私の河から牌を取り上げる。
そしてそれは流れるように王牌へと伸ばされて―――




咲「ツモ、嶺上開花」


照「.........!」


明「えーっと、400-700かな」

京太郎「七本場だから1100-1400だな。ほら」チャラッ

照「.........」チャラッ

明「そうだった......ふぁぁぁ、やっと終わったよ......」

京太郎「眠いか?」

明「うん.........私もう寝るから、デザートは適当に選んじゃって」

京太郎「おう。歯磨きはちゃんとしろよ」

明「そのくらいわかってるよ。おやすみー」スタスタ

京太郎「あぁ、おやすみ」

京太郎「ふぅ.........あいつはシュークリーム好きだし、俺はどら焼きでも食うか」

京太郎「照さん、今からお茶淹れますけど飲みますか?」

照「............要らない。私ももう寝るから」

京太郎「......もう寝るんですか」

照「うん」

京太郎「そっすか。おやすみなさい」

照「おやすみ」

【現在】


――― 宮永家菩提寺 墓地


京太郎「つまり何が言いたいんだ」

京太郎「明が母親の......咲の真似をしてるってことですか」

照「ううん、あれは『咲の真似』なんかじゃない。『咲』そのもの」

京太郎「.........すみません。俺にはあなたの言ってる意味が本当に解らない」

京太郎「明は明だ。それ以外の何者でもないし、ましてや咲そのものってどういうことなんだ」

黒のネクタイを締めた黒のスーツ、黒のコートを身に纏った義理の弟の顔には明らかに苛立ちが浮かび上がっていた。
理解できない苛立ちだろうか。理解してしまったが故の苛立ちだろうか。彼は白髪の混じり始めた金髪を掻き毟って、

京太郎「............火、忘れちまった」

照「はい」スッ

京太郎「いいんですか?嫌いなのに」

照「頭がスッキリするんでしょ。真面目に聞いてもらえないと困る話だから」

京太郎「そんなのまやかしだ、ってよく言いますけどね......ふぅ」

私は線香用に持ってきていたライターを懐から差し出した。
『タバコを吸えば目が覚める』というのはまやかしで、真っ赤な嘘であるという主張は妥当なものだ。
ニコチンが欠乏したせいで途切れている集中力が喫煙によって本来のレベルまで回復するだけで、決して元の能力より集中力が向上するわけではない。
しかし少なくとも彼がこうして続きを聞くつもりになってくれたのは、紛れもなくその口元から燻る紫煙のお陰だろう。

京太郎「あの日のことは覚えてます。そりゃ確かに嶺上は滅多に和了れないけど、俺だって一年に数回はありますよ」

京太郎「眠かった明はどうにかして照さんの連荘を止めたかったんでしょう」

京太郎「聴牌してたところに四枚目が出たから、運試しくらいの気持ちでカンしてみた。そしたら偶然和了れた」

京太郎「それだけの話じゃないですか」

照「違う。それじゃあ急に右利きになった説明がつかない」

照「第一インターハイの決勝......あのオーラスも『偶然』で片付けるつもり?」

京太郎「.........当たり前ですよ。麻雀は運が絡むゲームなんだから」

照「あの雰囲気は絶対に明じゃない。咲だ」

照「明のオカルトは么九牌でしょ?あんな、まるで王牌を知り尽くしているような立ち回りを出来るはずがない」

照「あれは咲だったんだよ」

京太郎「俺にはそんなもの全然感じ取れませんでしたけどね」

照「それは京ちゃんには―――」

京太郎「―――俺にはオカルトの才能が無いから、ですか?」

照「.........うん」

京太郎「照さんの言う通り俺にオカルトは分からない。でもだからって、そんな事あるはずが.........」

京太郎「............照さん」

照「何?」

京太郎「もう、帰りましょう」

照「......わかった」

京ちゃんが煙草をまた吸うようになってどれくらい経つのだろうか。
明の誕生と同時に禁煙したはずだったが、あの事故の後に初めて赴いた時にはベランダの灰皿は一杯だった。

京太郎「.........咲、また来るよ」

墓地を出ようとした京ちゃんは突然振り向き、墓碑に刻まれた名前を一瞥した。
そしてもう一度振り返って元の道を歩き始めると、私はその後を追った。

今回はここまで

19時くらいから投下です
安価あります

アスファルトで塗り固められた山沿いの道を下ると、住宅街が見えてくるまでにそう時間はかからなかった。
県内でも五本の指に入るこの街は決して大都市ではないし大きな商業施設があるわけでもない。しかし活気がある。
二車線の車道を何台も自動車が走り去る。日の暮れと共に人家には明かりが灯り、居酒屋からは笑い声が漏れ出す。
向かいの歩道を学生の一団が駅に向かって歩いていくのを認めたとき、私は久し振りに生きた人間の営みを目にしたような気がした。

京太郎「さみー......おっ、自販機発見。コーヒー飲みますか?」

照「いいね。貰おうかな」

京太郎「ブラック飲めないんでしたっけ」

照「そんなことない。ブラックだろうがベンタブラックだろうがどんとこい」

京太郎「はいはい、ちょっと待っててくださいね」スタスタ

清澄の風景を思い出す。淡と二人で田舎道を歩く間、私たちはたったの一人にも会うことはなかった。
隣を何台かの車が通り抜けていったけど、そこには会話や表情、意志の疎通は存在しない。
中に誰かが乗っていて車を運転しているはずなのに、生きる人間の存在を認知することはないのだ。

京太郎「お待たせしました。ブラックとカフェオレ、どっちがいいですか?」

照「ブラ............やっぱりカフェオレで」

京太郎「はいどうぞ」ニヤニヤ

照「......言っておくけど、別にブラックが飲めないわけじゃない」

照「どちらかといえばカフェオレの方が好きなだけだから」

京太郎「分かってますよ」

京ちゃんはどうして清澄に家を建てたのか。
何故私の両親の助けも借りることもなく、彼の両親と共に住むこともなく、明と二人きりで暮らすことを決めたのか。
こうしておちゃらけた様子を見せる彼は初めて知り合った時のままだ。

他愛もない会話を交わしながら地下道を通って駅の南側へ渡る。
そういえばこの駅前には思い出のレストランがあるんだった。私が子供のころ、祝い事なんかの折にはわざわざ家族でここまで来たっけ。

照「ちょっと寄り道してもいいかな」

京太郎「いいですよ。何か用事でも?」

照「昔よく行ってたお店がこの辺にあるんだけど、まだ残ってるのか見てみたくて」

大通りを歩きながら、最後に食事をしたのがいつだったか思い出していた。確か高校三年の冬、数年ぶりの帰省で咲と二人で行ったときだったろうか。
流石にもう残ってないよね......でも万が一残っていたらどうしよう。明日の昼あたり食べに来ようかな。

見覚えのあるレンガ調の建物が見えてきた。記憶が正しければ、ここの地方銀行の裏手にその店はあったはずだ。
パンプスを履いているのも忘れてだんだんと歩みが速くなっていく。この角を曲がれば―――

照「.........あ」

京太郎「ここですか?」

照「...............違った」

もう三十年も前のことだ。なくなっていても全然不自然ではないし、別に私の人生に影響のある話でもない。
私たちは踵を返して、そそくさと駅へ向かった。

切符を買ってホームに出ると、ちょうど列車が到着して中の乗客を吐き出しているところだった。誰も居なくなったボックス席に腰を落ち着ける。
風越女子の生徒が何人か乗り込んで来た頃、列車は少しずつ動き始めた。

照「そっか。風越ってここが最寄りなんだっけ」

照「ひょっとして麻雀部の子なのかな」

京太郎「もしそうなら『トッププロがこんな所にいるぞー!』って大騒ぎになりますね」

照「流石にないよ。私、そんなに知名度ないし」

京太郎「いやいや、照さんは有名人ですよ?麻雀に疎い会社の同僚ですら知ってますから」

京太郎「強豪校の部員が知らないわけないでしょ」

照「そしたら京ちゃんだって有名人じゃないの」

京太郎「......今時、俺を知ってる人なんて何処にもいませんよ」

都会の電車と違って風景がゆっくりと流れていく。曲がりくねった線路だからあまりスピードが出せないのだ。
しばらくは住宅街を通っていたが、やがて枯れ木のトンネルが車窓を埋め尽くすようになった。

照「麻雀、好き?」

京太郎「そりゃもちろん。好きじゃなきゃこんな人生辿ってないでしょ」

照「じゃあ、咲と麻雀ならどっちが好き?」

京太郎「......おかしいですよ。今日の照さん」

照「プロを辞めた時だって、実業団を辞めた時だって。いつもあなたはそうだった」

照「大好きな麻雀を続けることなんて幾らでも出来たのに、ずっと咲から逃げてきたんだ」

照「これからの人生も咲に囚われ続けるつもりなの」

京太郎「そんなこと......!」

照「『そんなこと』って、どんなこと?」

京太郎「......自分で全部決めたんだ。咲に囚われてなんかいない」

京太郎「咲は死んだし、俺は生きてる。それだけのことですよ」


『対向列車待ち合わせのため一時停車いたします』


照「京ちゃん、一つ提案があるんだけど」

京太郎「なんですか」

照「あのさ――――――」

1. プロに戻ってこない?

2. 結婚しない?


↓3まで多数決、無効下

2. 結婚しない?


照「結婚しない?」

京太郎「............はっ?」

京太郎「.........すいません、誰の話ですか」

京太郎「明を嫁にやるつもりはまだまだありませんよ。一応言っておきますけど」

照「明じゃなくて京ちゃんが」

京太郎「俺が?」

照「私と」

京太郎「照さんと?」

照「うん」

京太郎「はぁ、そうですか」

虚を衝かれた顔。
当たり前だ。私が彼の立場でも同じような反応をするに違いない。

前方からやって来た列車がすぐ右隣を通過していくと、ようやく私たちの乗る車両もゆっくりと加速を始める。
次の駅に到着しようという頃になって、京ちゃんはその口から言葉を吐き出した。

京太郎「本気で言ってるんですか、それ」

照「冗談だと思うの?」

京太郎「その通りならどれだけ嬉しいことか。あなたなら十分あり得る話ですし」

照「残念だったね」

京太郎「どうしてこんなことを?」

照「結婚生活がどういうものか気になったから。興味が沸いた」

京太郎「そんなもの、俺たちの間近でずっと見てたじゃないですか」

照「だからだよ。咲の持ってるものが羨ましくなったんだ」

昔からそうだった。
私は咲にないものを持っていたし、咲は私にないものを持っていた。
私は咲にあるものを羨ましがったし、咲は私にあるものを羨ましがった。
私たちはそういう姉妹だし、それはずっと変わらない。

照「それに明にとっても悪くない話だと思うけど」

京太郎「.........そんなの咲に顔向けできませんよ」

照「何を今更。自分で言ってたくせに」

照「咲はもういないけど、あなたはここにいる。それだけの話じゃない」


『次は 清澄 清澄 お出口は左側です』


京太郎「.........考えさせてください」

昼間に淡と降り立ったのとは反対側のホームに列車は停まった。運転手に二枚の切符を渡してから横のボタンを押して扉を開ける。
日が完全に落ちた駅舎をいくつかのランプが照らしているが、何とも心もとない。

京太郎「この時間ならまだバスがありますね。きっと病院帰りのご老人で一杯でしょうけど」

京太郎「俺は別に歩いてもいいけど......どうします?」

照「バスがいい」

京太郎「それじゃ、待ちましょうか」

――― 長野県内 県道


淡「メイ.........今、なんて言ったの」


車が急に止まっても身体は進み続ける。そんな当たり前の物理法則に従って前のめりになった私たちを、ピンと張ったシートベルトが受け止めた。
慌ててサイドミラーを覗き込むと、ずっと追い抜きたそうに後ろを走っていたバイクは間一髪で止まってくれたようだった。
クラクションと怒号が聞こえてくる。窓を開けて謝罪してから、私は再びキョータローの愛車を走らせた。

明「ふぅ、びっくりした......淡さん?」

淡「ううん.........なんでもない。ごめんね」

淡「カイさん大丈夫?起こしちゃったかな」

界「............」

明「寝てるみたいですね」

私の知る上で彼を―――宮永京太郎のことを『京ちゃん』と呼ぶ人物は四人いる。
後部座席でバックレストにもたれ掛かる宮永界、マスターズ出場で今は日本にいない宮永愛、今頃本人と秘密の談合を交わしている最中であろう宮永照。
そして、彼の妻である宮永咲。

気のせいだとは思えなかった。
一瞬だけ見せた口調はメイ自身のものとは到底考えられない。それこそ、まるで彼女のような............

【8月中旬】


――― 都内某所 放送席


実況「さあインターハイ決勝戦もいよいよ大将戦!」

実況「この一週間に渡る長き戦いにピリオドを打つ、選ばれし四人の選手たちをご紹介しましょう!!」

実況「まずは南大阪代表、姫松高校からは三年生......」

まるでプロレス中継のような威勢の良い声がすぐ隣から聞こえてくる。
例年ならここ十年近くコンビを組んできたアナウンサー(32)がここには座っているのだが、あろうことか先月彼女は産休に入ってしまった。
そして代打としてやってきたのがこいつ。一緒に仕事をするには暑苦しすぎるけど、話してみれば結構楽しい男だ。

実況「......そして長野県代表」

実況「二年ぶりの出場を果たした名門、清澄高校から登場―――」

実況「期待の超大型新人、宮永明選手だーッ!」

実況「ところで大星プロ。宮永選手とはお知り合いだとお聞きしましたが本当ですか?」

淡(こういうのって言っても大丈夫なのかな?............まあいっか)

淡「はい。ご両親と古い付き合いで、彼女とも小さい頃から打ってますけど......」

淡「相当強いですよ」

メイは昔から麻雀が強かった。サキとキョータローの娘だし、当然といえば当然だ。
しかしここ数日のメイは明らかにおかしい。その打ち筋は普段とはかけ離れていた―――彼女の十八番であるはずのチャンタ手が殆どないのだ。
その理由を見定めることは、解説席に座る私の目的の一つでもあった。

南四局 十一巡目

晩成 :136000
清澄 :89200
姫松 :73900
白糸台:100900


実況「宮永、ここでようやく急所の二筒を引き入れて混一ドラ3の聴牌」

実況「ダマでも跳満確定、高目が出れば倍満!残り六巡で間に合うか......あれ?」

実況「ここで自風ドラの北を暗刻落としです。これはどういった意味でしょうか」

淡「そうですね.........」

清澄が優勝するためにはトリプル条件、それも一着への直撃が必要だ。
三倍満に届かせるには立直を打つしか選択肢はないが、そうすれば筒子染めが見え透いている以上晩成からの出和了りは不可能。
二着の白糸台と四着の姫松はそれでも押してくるだろうけど、そっちから取ったところで役満でも二着にしかならない。

だが人間にとって一度現れた光明を自分の手で塞ぐというのは中々難しいことだ。裏が一枚でも乗れば優勝.........手を崩せば次の聴牌さえ危うい。
出来るとしたら、それは―――

淡「あるんでしょう。望み薄の賭けなんかじゃない、絶対的に信頼できる何かが」


『何か』は、確かにあった。

【26年前 夏】


――― 白糸台高校


ドサッ

淡「なにこれ?」

菫「対戦相手が出場した県予選決勝の録画と牌譜だ。淡のために大将戦だけ抜き出してある」

淡「えー、ここまでのインハイ全部観てたから大丈夫」

菫「まあそう言うな。明日の決勝に向けての準備だよ」

菫「淡を信じていないわけじゃないが、念には念を入れなくちゃな」

淡「センパイが観ればいいじゃないですか。あとで教えてくださいよ」ブー

菫「自分で観ないと意味ないだろッ!」

結局彼女と肩を並べながら続けざまに二本のビデオに目を通すことになった。
奈良県予選に東東京予選、映像を観ては牌譜を読んで検討することを続け―――最後に先輩がリモコンを操作してトラックを三本目へ移す。

淡(へぇ......この子なんだ)


 「ねぇテルー。長野の宮永サキって、テルの妹?」

 「...............」

 「.........うん」

 「妹だよ」


淡「スミレー、あの金髪の子って誰?」

菫「西家の龍門渕か?やっぱり気になるか」

菫「あれは天江衣。昨年度のインハイ最多得点選手だ」

菫「圧倒的な支配力で他家を寄せ付けない.........化物級の打ち手だよ」

淡「なら、その化物を抑えて全国に来た宮永サキは魔王だね」

菫「照の妹だし、あながち間違いじゃないかもしれん」

淡「でもテルは妹じゃないって言ってたよ?」

一応形だけでも否定しないわけにはいかない。

菫「どう考えてもあんなの嘘に決まってる。過去に何があったかは確かだが」

菫「......まあ、そこは家庭の問題というやつだ。私たちが首を突っ込んでいい話じゃないさ」

淡「先輩は大人なんだね」

菫先輩は苦労人だった。尭深と亦野先輩はそうでもないにしても、私やテルが先輩にどれだけ迷惑を掛けていたかを痛感したのは彼女が引退した後だった。
それでも出場選手としての練習や調整は勿論のこと、虎姫やその他の麻雀部員、顧問との板挟みに苦悩している一面があることを私は少しだけ知っていた。
彼女が自分自身を守るために身につけたのが割り切るということであり、大人のように振る舞うということだったのではないだろうか。
もっとも、そこで知らぬ存ぜぬには徹せないのが菫先輩の優しいところなのだけれど。

閑話休題、その頃には画面に映るサキの手牌は着々と筒子一色に染まっていっていた。
ラス親鶴賀は国士一向聴、南家風越はスッタン七筒待ち......そして西家の龍門渕がメンタンピンの聴牌。オーラスにして一触即発の場面だ。

菫「淡、そろそろだぞ」

淡「うわっ、りゅーもんぶちが掴まされた」

淡「......ねぇ、菫先輩」

菫「どうした?」

淡「この子、一筒を切るとき何を考えてたのかな」

菫「うーむ......清澄と鶴賀の河は筒子が一枚も切れてない。当然警戒はしただろうが、なにせ6万点差のトップだ」

菫「自分が三面張を和了りきればその時点で龍門渕の優勝は決定。役満は無いと踏んで押したんじゃないか」

淡「そーゆーことじゃなくてさ......いや、やっぱなんでもない」

菫「は?お前何を言って......」


咲『もいっこカン!』


菫「!」

淡(きたっ!)

風花雪月という役がある。あるいは二索槍槓、あるいは一筒撈月というような役もある。

『古役』と呼ばれるそれらは廃れて現代に姿を認めることはできないが、私はそこに込められたストーリーが好きだ。

五筒を花びらに見立てるなんてロマンチックじゃないか。最初にこの役を思いついた人は詩人だったか、そうでなくとも相当想像力が豊かだったに違いない。

森林限界を超えた高い山の上。そこに咲く花は強く、そしてきっと―――





「ツモ」

「清一対々三暗刻三槓子、赤1......」




明「嶺上開花」



実況「き、決まったーッ!数え役満炸裂ッ!トップ目の晩成による32000の責任払い!」

実況「全国高校生麻雀大会ここに終結!!のべ3438校の頂点に立ったのは.........」

実況「長野県代表、清澄高校だぁぁぁ!!!」


〜〜〜〜〜


実況「しかし宮永選手、オーラスで派手に魅せてくれました」

実況「奇しくも宮永選手のお母様は嶺上開花の使い手として名声を馳せた故・宮永咲プロ」

実況「まるで母親の意志を継ぐのだと言わんばかりの闘牌です!」

実況「いやぁ大星プロ、この大将戦を終えてどのように.........あれ、大星プロ?」

淡「.........五筒開花、か」

今回はここまで

参考:長野県予選決勝オーラスの和了形
北家 宮永咲(清澄)

4445p 【←1111p】【2222p】【3333p】 ツモ (5)p

透華ー

【現在】


その後、メイの周りには常に誰かが付きまとっていた。
対局室を出た直後から彼女を記者が取り囲み、迎えに来た部員たちと共に控室に帰るまで誰も彼もがマイクを向ける。
そんな状況が表彰式も終わり、清澄高校が長野へ帰っていくまで続くのだ―――いや、きっと帰った後も取材はあったのだろう。
結局私は話をするどころかメイに会うことすら叶わなかった。


淡(でも今なら......誰にも邪魔されずに済む)


大丈夫、別に難しい話じゃない。もし怪しまれたら適当にお茶を濁せばいいだけだ。
誰も居ない赤信号に足止めをされたところで私はこう切り出した。

淡「ねぇメイ、ちょっと聞きたいんだけど」

明「なんですか?」

淡「メイといえばチャンタ系じゃない。伸びる時はホンローとか」

明「ま、麻雀の話ですか......」

淡「大丈夫だいじょーぶ、そんな堅苦しい話じゃないから」

チャンタは難しい役だ。必然的に愚形が多くなるので手作りは中々上手くいかないし、聴牌出来たとしても河は中張牌であからさまに染まることになるので出和了りは見込めない。
しかしメイは着実に、そして確実に么九牌を集めるのだ。
どんなに他家が絞ったとしても地力で和了り切ることの出来る彼女が『牌に愛された子』と見なされているのも頷ける話である。

淡「でも今年のインハイではそうでもなかったよね。二回戦で純チャンを和了ったくらいで全体では刻子手が多くなってた」

淡「決勝のオーラスなんて最たる例だったけどさ......何かあったの?」

明「.........実は、一時期から么九牌がだんだん来なくなっちゃって。代わりに暗刻が沢山来るようになったんです」

淡「まさかオカルトが変わったってこと?」

明「わかりません。普段通りに打てて、チャンタで和了れる時もあるから」

明「そういうときはどこに何が埋まってるか見えるし、この待ちならツモれそうだなっていうのも感じる」

明「でも暗刻の時はそうじゃないんです」

明「何が起こってるのか自分でも全然分からないのに、手だけは勝手に進んでいって......」

明「正直、気味が悪いくらいですよ」

淡「誰かに相談はした?」

明「先生には話しました。『あなたくらいの年齢にはたまにある事だから、しばらく様子を見てみましょう』って」

淡「ふーん......」

果たしてこれが本当に『たまにある事』なのかは知らないが、顧問としてあまり真摯な返答とは言えないんじゃないだろうか。
かといってそんなことをメイに言ったところでどうにもならないので、一先ずは適当に聞き流しておく。

淡「サキの試合を見たことってあるのかな」

明「昔のタイトル戦は何回か観せてもらいました」

淡「キョータローから?」

明「ううん。片岡プロから録画を貸してもらったんです」

明「お父さん、試合の記録は全部捨てちゃったらしくて。お母さんの分も自分の分も」

淡「......そっか」

淡「暗刻が出来やすいのはひょっとしたらサキの影響かもしれない。オカルトが遺伝することもあるって聞くし」

淡「あの子の対局を観ておくのは悪いことじゃないと思うよ」


『まもなく目的地周辺です 運転お疲れ様でした』


淡「さてと。少し時間掛かると思うけどここで待ってる?」

それが本当に遺伝ならね。
メイが何も言わずに頷くのを見て、私はゆっくりと車を駐めた。

【夜】


――― 宮永邸


淡「それにしても不思議だよねー」

照「何が?」

淡「長野には海なんてないのに寿司屋はあるなんてさ」

照「道路や鉄道が無かったような時代じゃないんだから。お寿司屋くらい全国どこにでもあるよ」

食事が終わって、酢の匂いが付いた手をウェットティッシュで拭きながらそんなことを思う。
私が入ったのは地元でも有名な老舗だったらしく、五人前の持ち帰りを頼んだらちょっと驚くくらいの領収書が出てきた。
最終的にそれはキョータローの元に渡り、「給料日前なのに...」と恨めしそうな台詞を呟くことになったのは言うまでもない。

京太郎「でも確か、あそこの寿司屋って慶応ウン年創業とか書いてなかったか」

界「なんでも江戸時代には駿河と甲府を繋ぐ大きな道があって、この辺でも寿司が食えたらしいな」

明「へぇー、そうだったんだ」

照「お父さんって案外博識なんだね」

界「案外って......」

京太郎「そういえば皆、今日は泊まっていくのか?」

照「私と淡は流石に泊まりかな」

淡「帰ろうにも電車がもう走ってないからね」

京太郎「お義父さんはどうしますか」

界「うーん、そうだな......」

テレビに映るお笑い芸人に相好を崩しながら答えるカイさんは、しかし不意に視線を外した。
そしてキョータローの顔をしばらくまじまじと見つめて何やら思案顔を浮かべてから、

界「ま、そろそろお暇させてもらおうかな」

京太郎「わかりました。なら車出しますよ」

界「悪いね」

明「おじいちゃんはもう帰っちゃうんだ」

界「ああ。正月にはお年玉持って来るから楽しみにしてろよ?」

照「明には甘いんだね。私たちのお年玉は巻き上げてたくせに......」

界「そ、それは全部ちゃんと返しただろ!?」

京太郎「明、お義父さんを送ってくるから三人で風呂とか適当に済ませておいてくれ」

明「はーい」

照「京ちゃん、ちょっと.........」

京太郎「どうしましたか?............」

厚手のコートに袖を通すキョータローのところへテルが歩み寄って二言三言ほど短く交わす。
こうして皆が一堂に会するとき―――そして食べに行ったり遊びに行ったりするとき、この二人はよく内緒話をしている。
思えば自分が子供の時も正月なんかにはそうやって親や親戚が集まってヒソヒソ何かを話してたっけ。きっと出費をどう分担するかといった内容だったんだろう。
お寿司の代金、私もちょっとくらい渡すか......そう思っているうちに彼はカイさんを連れて玄関の方へ消えていった。

明「お布団はどこに敷けばいい?」

照「客間でいいんじゃないかな」

淡「えー、つまんないよ」

明「淡さんはウチに何を求めてるんですか」

淡「じゃあさ〜......メイ、いっしょに寝ない?」

明「別にいいですけど、特に面白いものなんてありませんよ?」

淡「いいって。女子会はお話してるだけで楽しいもんね」

明「お姉ちゃんも来る?」

照「.........いや、私は客間で寝るよ」

淡「つれないなーテルは」

【数十分後】


――― 『宮永邸』 玄関前


京太郎「ふぅ、着きましたよ」

界「.....『京太郎君』。ちょっといいか」

京太郎「なんですか、お義父さん」

俺は彼のことをそう呼んだ。
特に深い理由があってのことじゃなくて、ちょっと真面目な話だって言いたいだけだ。

界「君は立派な父親だ。仕事だけじゃなくて家のことだってこなしてる」

界「それに、ちゃんと明の『親』をできてると思う」

界「俺は家事なんか咲につい任せちまってたし、何より咲に親らしいことをしてやれなかった」

界「愛と仲直りしてからは色々と頑張ってはみたが......まぁ、咲も照も社会人だったしな。時既に遅しってやつだ」

界「若い頃の俺が目の前に居たら、君の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいさ」

京太郎「はあ。ありがとうございます」

界「明だってそうだ。母親も居なくて大変だろうに、立派に育ってくれた」

界「本当にいい子だよ」

そこまで言うと、俺は口を噤んで窓の外を見遣った。
照れ隠しのようでもあったし、嫌なモノとの対面を前に一瞬躊躇ったようでもあった。自分でもよくわからない。

界「だから俺がこんなこと言えた立場じゃないんだが......」

京太郎「?」

界「......父親として娘を守りなさい。しっかりな」

京太郎「......あの、お義父さん。それって一体どういう―――」

界「送ってくれて助かったよ。自分で運転しても良かったんだが、最近は世間でも高齢者運転がどうとか言われてるしなぁ」

界「それじゃあまた」バタン

ぽかんとした表情の彼と俺の間を、透明な助手席の窓が遮った。

――― 明 自室


淡「ふふっ」

明「どうしたんですか?」

淡「この扉に掛かってる『めいのおへや』ってプレート、まだ付けてたんだーって思って」

明「ああ......これですか」

明「小さい頃からずっとあったから別に何とも思ってなかったけど、子供っぽいかな?」

淡「いーじゃん、めっちゃかわいいよ」

メイの招きに応じて部屋に入ると、私は両手いっぱいに抱えていた布団を下ろした。
無地を基調とした質素な家具が整然と並ぶ中にも可愛らしい小物がいくつか並んでいる。
寝起きするだけの場所になりつつある私の殺風景なそれとは違って、いかにも『女の子の部屋』って感じの雰囲気だ。

淡「実はあのプレートってテルが作ったんだよ」

明「意外ですね。そういうの苦手そうなのに」

淡「この家が出来たときに色んな人が新築祝いを持ってきたんだけど、みんな食器とかタオルとかばっかりだったんだよね」

淡「せっかくだから面白いものをプレゼントするんだーって言って、柄になくホームセンターなんかで材料買ってきてさ」

淡「結局上手くできなくて他の人に泣きついてたけど」

明「うーん......家が完成したときってことは十年くらい前ですよね。流石に覚えてないな」

淡「メイが大喜びしてるのを見て終始ニヤニヤしてたよ」

明「へぇ、お姉ちゃんが顔に出して笑うなんて」

淡「珍しいよねー」

あの時の写真はどうしたんだっけな。機種変更のときにデータを移そうと探してみたが見つからなかった。
テルが消してくれとしきりに訴えてきていたから、ひょっとしたら彼女の言う通りにしたのかもしれない。

当時の私たちはなんとかして明るく振る舞おうと―――そしてメイとキョータローを明るくしようと必死だった。
だからテルはらしくないこともしていたし、私もメイをあちこち連れて遊びに行ったりしたものだ。
十余年が経ってメイはすっかり明るくなった。でも.........


.........あー、やめやめ!せっかくならもっと楽しいことを考えよう。
メイと二人で話してるんだから、こんな陰気な内容じゃなくてもっと女子会っぽい話題とか......あ、そうだ。

淡「メイって恋人とかいるの?」

明「きゅ、急になんですか!?」

淡「女子会といったらコイバナでしょ」

明「そんなものかなぁ......別にそんなのいませんよ」

淡「でも高校生だし、気になる男の子や女の子の一人や二人ぐらいいるでしょ」

明「そういうのもないですって!」

淡「うそつけー。本当はいるくせに」グリグリ

明「本当だってばー!!」

淡「『本当』って言った?やっぱりいるんじゃん」

明「ちがっ、そういう意味じゃ―――」

淡「恥ずかしがっちゃって――――――」

他愛もない会話は日をまたぐ頃まで続いたが、結局どちらからともなく気がつけば寝てしまっていた。
メイは明日部活があるらしいけど......少し悪いことをしちゃったかな。

【深夜】


――― 京太郎 自室


京太郎「あっちぃー。喉乾いちまった」

京太郎「照、机の上にお茶置いてなかったか」

照「これのこと?」

京太郎「サンキュー.........あー旨い」

須賀君は残っていた緑茶を一気に飲み干すと、ペットボトルを部屋の隅に置かれたゴミ箱へ投げ込んだ。
緑色の筒は直線状に空を切って―――外れ。小さく舌打ちをして、そのまま倒れるようにベッドに寝転ぶ。

照「明は気付いてるのかな」

京太郎「どうだか......あいつは賢いし、知ってて何も言わないのかも」

京太郎「そうだとしたらバツが悪いなんてもんじゃねーけど」

照「.........ねぇ須賀くん」

京太郎「ん?」

照「明の話、本当はどう思ってるの」

京太郎「おいおい、また夕方のことを蒸し返すつもりか?」

京太郎「何度聞かれても考えは変わらないさ。そんなオカルトはありえないってな」

京太郎「照が過敏になり過ぎてるだけだろ」

照「嘘」

京太郎「嘘って、何がだよ」

照「本当は分かってて見て見ぬふりしてるんでしょ。私には分かるよ」

京太郎「どうしてそんな......まさかお前、照魔鏡か」

照「ふふ、やっぱり」

京太郎「覗いたんだな」

照「あれは人の本質を見抜くものだよ。嘘発見器じゃない」

京太郎「真面目に答えてくれよ」

照「本当だって。理由なんて特になくて、須賀くんならそうかもって何となく思っただけ」

京太郎「............心当たりが無いわけじゃないんだ」

京太郎「ただ麻雀じゃなくてさ。もっとこう.........料理とか、歩き方とか、ちょっとした手癖とか」

京太郎「仕草っていうのかな。そういうのがそっくりなんだよ」

京太郎「親子だから勝手に似るものなんだろうだと思ってたけど」

照「ふうん、よく見てるんだ」

京太郎「......含みのある言い方だな」

照「別に」

彼が暖房を切ったせいで肌寒くなってきて、持ってきたパーカーを羽織る。

照「そろそろ寝ようかな」

京太郎「そうですか。おやすみなさい」

照「おやすみ.........くしゅん」

京太郎「暖かくしてくださいよ」

照「京ちゃんもね」

静かに、静かに扉を閉めた。

今回はここまで

安価投げたいのでちょっとだけ

【翌朝】


目を覚ましたとき、メイは既にそこにはいなかった。

淡「おはよー......」

京太郎「やっと起きたか」ウィーン

淡「何やってんの?」

京太郎「見りゃ分かんだろ?髭剃ってんだよ」ウィーン

淡「へー、大変だね」

京太郎「そりゃ面倒だけどな。慣れれば大変って程でもないさ」ウィーン

居間を見渡すが、ここにあるのは寝間着のままの私とソファに座りながら新聞を読むキョータローの後ろ姿だけ。
他の二人の姿はどこにも見当たらない。

淡「みんなどうしたの?」

京太郎「明は部活で朝早く出ていった。照さんもどこかに行く用事があるんだと」

京太郎「そういうわけで、何の用事もない暇人は俺とお前だけだぜ」

淡「ふーん......」

淡「それよりお腹すいた。朝ごはんないの?」

京太郎「冷蔵庫にあるものを勝手に食ってくれ。ご飯は朝炊いたヤツが炊飯器に入ってて、それから食パンが横の戸棚に」

淡「キョータローが作ってよー」

京太郎「なんで俺がお前の分まで作ってやらないといけねーんだよ!」

そう言いつつも結構キョータローは甘い。
十分後にはハムエッグとトーストが食卓に並び、それらは順々に私の胃の中へと収まっていった。

淡「あっ」

京太郎「どうした?」

淡「昨日、結局麻雀やってない」

京太郎「言われてみれば確かにそうだな」

淡「うーむむむ、なんかもやもやする」

京太郎「仕事で年間何百半荘も打ってるんだろ?別にちょっとくらい良いだろ」

淡「それはこれとは別なの!」

京太郎「なら雀荘でも行ってこいよ」

淡「んー、どうしようかな......外出しようとは思ってたんだけど」

淡「キョータローはどこにも行かないの?」

京太郎「俺は一日グータラって決めてるぜ」

淡「おっさんじゃん」

京太郎「うるせえ」

そもそも長野にやって来たのは昨日の十三回忌のためだった。
しかし東京には明日の夜帰ればいいし、テルともそのつもりで予定を立ててある。つまり今日一日は完全にフリーなのだ。
庭に繋がる大きなガラス戸に目を向けると、外には雲ひとつない快晴が広がっていた―――最高のお出かけ日和だ。

1. 清澄高校に行ってみよう

2. 雀荘に行こう

3. 街を散策してみよう

4. 家でキョータローと過ごそう


↓1から最初に3回選択された選択肢
決まらなければ今日の深夜0時までの多数決

4. 家でキョータローと過ごそう


淡「やっぱ今日はここにいようかな」

京太郎「外出は止めるのか」

淡「最近休みなかったし、私もグータラしよーっと」

淡「それに......」チラッ

京太郎「?」

淡「たまにはキョータローとの親睦を深めるのも悪くないしー」

京太郎「ははっ、なんだよそれ」

淡「それとも私と一緒はイヤかな」

京太郎「まさか。嫌なわけないさ」

あれ、なんか意外と素直じゃん。
こういう言い方をすると大抵は「お前はうるさくて敵わん」とか「真っ平御免だ」とか照れ隠しに返してくるので、この返答には意表を突かれた。
キョータローがのそりと重たそうに身体を持ち上げて台所へ向かう。どうも冷蔵庫を漁っているらしい。

京太郎「ならちょっと付き合えよ」

淡「付き合うって?」

京太郎「そりゃお前、俺らが駄弁るときのお供と言えば......」

京太郎「コイツに決まってんだろ」

【数時間後】


淡「でさー、その後なんて言ったと思う?」

淡「『後生だから泊めてください』って」

京太郎「うわー......ガチ過ぎて対応に困るな」

淡「しかも土下座つきで」

京太郎「あの人だったら未だに『はややっ!泊めてくれると嬉しいな☆』とか言いそうだけど」

淡「それ瑞原さんの真似?全然似てないし気持ち悪いよ」

京太郎「んなこと知っとるわ」グスッ

寝起きからお酒なんて、すっごい自堕落な休日だ。
スローペースで始めたとはいえ机の上には既に空き缶が五本以上転がり、私が持つカクテルも三分の一ほどにまで減っていた。
ちなみに瑞原プロはもっと落ち着いたキャラへシフトしていて、最近では「このプロキツい」とか言われることは全然ないのであしからず......たぶん。
とまあ、そんな軽口を叩くくらいには二人とも酔いが回っていたのだった。

淡「こうやってキョータローと飲んでると大学の頃を思い出すなー」

京太郎「もう二十年くらい前になるのか」

淡「懐かしいね」

京太郎「大学の近くのきったない居酒屋で安酒飲みまくって吐いたりしたよな」

淡「それはアンタだけでしょ?」

京太郎「そりゃあそうだけどよ」

京太郎「あんな酷い店、もう潰れちまってるんだろうなぁ」

淡「ちょっと前に近くを通ったときは普通に提灯ぶら下がってたよ」

京太郎「マジかよ!?まだ残ってんのか」

淡「大学の近くだし需要はあるでしょ」

京太郎「そんなもんかい」

淡「あの店、モモと三人でしょっちゅう行ってたね」

京太郎「家飲みの方がコスパが良いって気づいてからはバッタリ行かなくなったけど」

淡「そーそー。キョータローの部屋を溜まり場にしたり......」

京太郎「あの頃は常にお前とモモと行動してた気がするぜ」

淡「キョータローがサキと付き合うようになってからはそうでもなかったけどね」

京太郎「.........そうだったっけか」

彼は言葉を切らすと、机にティッシュを敷いて柿の種を幾らか出した。

京太郎「元気かな、モモの奴」

淡「去年会ったときは元気そうだったけど」

京太郎「そりゃよかった。あいつとも遂に年賀状でやり取りするだけの仲になっちまったなぁ」

淡「私は寧ろゆみ先輩のほうが心配だよ。すっごい忙しいらしいし」

京太郎「モモが居るんだから大丈夫だろ」

淡「まーそれもそうか。モモだし」

京太郎「モモだしな」

子供を生むと人は変わるとよく言うが、二児の母となった後もモモはゆみ先輩にぞっこんである。
今更不養生させるようなことは流石にないだろう。

淡「子供かぁ......サキはどうだったっけ」

淡「メイが生まれてから変わった?」

京太郎「そりゃ変わったさ。明に付きっきりだったってのもあるが......なんというか、厳しい性格にはなったかな」

京太郎「ガキのころ母さんに叱られてたのと同じ構図になったよ」

淡「アンタは全部テキトーだしね。ほら」

朝キョータローが座っていたソファには男物のパジャマが脱ぎ捨ててある。
私がそれを指差すと、少々恥ずかしそうに頬を掻いた。

淡「寂しかった?」

京太郎「なんだって?」

淡「サキに構ってもらえなくなってさ」

京太郎「まさかそんな.........いや、ちょっと寂しかったかも」

淡「赤ちゃんみたい」

京太郎「男なんて皆そんなもんだぜ。多分」

淡「変なのー」

京太郎「変で結構」

淡「まあいいけどさ。でもやっぱり不思議だよ」

淡「子供の存在は大きいものだろうけど、性格まで変わるほどなのかな」

京太郎「こればっかりは俺には一生分からん!出産出来るわけじゃないし、咲以外の例を知らないし......」

京太郎「でも人間なんて変わるもんだろ?俺から見れば淡だって変わったよ」

京太郎「若い頃は不遜の塊みたいな奴だったのに随分丸くなっちまいやがって」

淡「それは何十年も生活しながらちょっとずつ起こることで、『出産』っていうたった一つのイベントとは話が違うでしょ?」

淡「私だってもし結婚して子供が出来てたら......なんだか怖いよね。自分が自分じゃなくなるみたい」

京太郎「難しい事考えてんのな」

キョータローがビールに口を付けてグイッと天を仰ぐ。大きく出っ張った喉仏が上下に動いた。
飲み干された缶の山がまた一つ大きくなった。

京太郎「淡、お前なんで結婚しなかったんだ」

淡「だからいっつも言ってんじゃん。したくてもできなかったから現状この有様なわけですよ」

淡「そもそも恋人いない歴イコール年齢ですし」

京太郎「なんで居たことすらないんだよ」

淡「いい人がいなかったから」

京太郎「俺がプロにいた時だって色んな奴から言い寄られてただろ?」

京太郎「好みのタイプだってよりどりみどりだったろうに」

淡「そーいうことじゃないんだよ」

京太郎「はあ?じゃあどういうことだよ」

淡「タイプとか、そんな問題じゃないもん.........」

今まで生きてきて一体どれだけの人間と関わったのかなんて想像もつかない。
老若男女様々な人がいた。馬が合うと思ったり魅力的だと思ったりする人との出会いだって何度もあった。
でも私はそれらを受け入れることができなくて、過去に縋ったままここまで来てしまったのだ。後悔してももう遅い

淡「こういうこと聞いていいのかわからないけど」

京太郎「安心しろ。別に何言われようが怒ったりしないぜ」

淡「キョータローが再婚しないのって、サキのことが忘れられないから?」

淡「サキに申し訳ないとでも思ってるの?」

京太郎「......そんなつもりじゃなかったけど、実際はそう思い込みたかっただけでさ」

京太郎「プロだって実業団だって、咲から逃げたかったから辞めた。でも逃げられなかったんだ」

京太郎「結局俺は自分が可愛いだけなのかもな」

淡「じゃあ、テルと寝るのも自分を慰めるためなの」

京太郎「.........知ってたのか」

ま、初めて気づいたのは前回ここに来たときだけど。
二人の関係がいつから続いているのか私は全く知らないし、知りたいとも思わない。

京太郎「最初は成り行きだったんだ」

京太郎「そのまま流されるように惰性で続けてきた。でも......」

京太郎「......俺、照さんに求婚されてさ」

淡「―――それ、いつの話......?」

京太郎「昨日の夕方だ。最初は冗談かと思ったけど本気らしい」

京太郎「余計分からなくなったよ。俺にとって、照さんが一体何者なのか」

淡「別のヒトに置き換えてみれば分かるんじゃないの」

京太郎「何が言いたいんだ」

淡「もしもテルじゃなくて私ならどうなの。宮永照じゃなくて、大星淡なら」

淡「もしも私なら抱けるの?もしも私なら結婚できるの?」

京太郎「淡、ちょっと待て―――」

淡「いっそ本当に試してみようよ。ほら、ここには誰もいないし誰にも邪魔されない」

京太郎「おい淡!お前何を―――」

淡「テルと私、何も違わないんだから......」

京太郎「―――あわいっ!!」

淡「..................」

京太郎「..................」

淡「......できないならそれでいいんじゃない」

淡「テルはキョータローにとって特別な人ってことだし、結婚でもなんでもすればいいと思う」

淡「もしできるなら、やめておきなよ」

今まで生きてきて一体どれだけの人間と関わったのかなんて想像もつかない。
老若男女様々な人がいた。馬が合うと思ったり魅力的だと思ったりする人との出会いだって何度もあった。


京太郎「.........酒、抜けちまったな。もう一本開けるか」

淡「私も飲む」


でも私はそれらを蹴って蹴って蹴りまくって生きてきた。後悔なんていうのは終わったことに使う言葉のはず。
私はまだ生きてる。私の人生はまだ終わってないんだ。

だから、後悔なんてしてない。

今回はここまで

オカルトやプロチームについての設定はでっちあげです。>>1の妄想です。
読んでるうちに分かるとは思いますけど念の為。

ということで投下ー

――― 清澄高校


京ちゃんから借りたバイクでしばらく坂を登ると、校舎へ続く道は冷たく閉ざされていた。
どうしたものかと一旦降りて立ち尽くしているうちに、こちらに気づいた守衛さんが鉄門を開けてくれる。

照「もしもし」

『あら、遅かったじゃない』

照「ちょっと実家に寄ってたから」

『そういうことなら仕方ないか。今どこにいるの?』

照「校門から入って駐車場に」

『ならまずは事務室に行って来客者証をもらって頂戴』

『駐車場から近くに新校舎の玄関が見えるでしょ?そこを入ったら受付があるからすぐに分かるわ』

『受け取ったら旧校舎の部室へ。手間かけさせちゃってごめんなさいね』

照「来たいって言ったのは私だから大丈夫。それじゃあ後で」

『はーい』

ツーという電子音が数回流れて通話の終了を知らせた。

言われた通り事務室に向かう。
『新校舎』とは言ったものの、建てられてから数十年が経過したであろう今では節々に年月の経過を垣間見ることが出来る。
玄関でスリッパに履き替えた私を出迎えてくれたのは、愛想の良い三十代くらいの女性だった。

照「来客者証をいただきたいんですけど」

受付「わかりました。お名前を伺ってもいいですか?」

照「宮永です」

受付「ミヤナガさんですね。竹井先生から話は通ってますよ」

受付「こちらが来客者証になります。お帰りの際はお手数ですけどこちらへ返却を」

照「ありがとうございます」

受付「............少しいいですか?」

照「なんですか?」

受付「宮永照さんですよね。プロ雀士の」

照「ええ、そうですけど」

受付「やっぱり!あぁどうしよう!困っちゃうなぁ」

受付「ごめんなさい。実は私、宮永プロのファンなんです」

受付「小さい頃インターハイを観てからずっと応援してて、ええっと、それで.........」

受付「......あの、頑張ってください!!」

照「............ありがとう」ニコッ

カードホルダーを首から下げつつ玄関を出て、先程通ってきた校門へ歩みを進めた。
清澄高校にはプロになってから一度コーチとして呼ばれており、この来訪が初めてというわけではない。
当然部室の位置は覚えているし、行き方だって............

照「すみません」

守衛「おや、さっきの方。どうなさいました?」

照「旧校舎にはどう行けばいいですか?」

守衛「それならここの坂をしばらく下って、次の角を左に曲がって道なりに歩けば着きますよ」

照「............」

守衛「............」

照「............」

守衛「...............あの」

照「............」

守衛「............よければお連れしましょうか」

――― 旧校舎 麻雀部室


「補修工事」と書かれた大きなボードと鉄骨の足場に囲まれた旧校舎に入り、軋む階段を一段ずつ踏みしめた先に麻雀部室はひっそりと存在する。
しかし扉を一度開ければその限りではなく、部屋は大勢の部員と対局の熱気に包まれていた。

照「お邪魔します」

「こんにちはー」

「うわっ、本物の宮永プロじゃん」

久「いらっしゃい。インハイぶりかしら」

照「それも最初のほうに何度かすれ違ったくらいだけど」

久「細かいこといいっこなしよ。ほら、ここで話すのもなんだし場所を変えましょうか」

久「染谷くーん!隣で話してるからお茶持ってきてねー!」

「わかりましたー......って、なんで俺が」

久「つべこべ言わずにさっさとやる!」

「理不尽じゃ......」

久「あの子のお茶が一番美味しいんだもの」

照「大会前日なのにちょっと悪い気がするな」

久「心配ご無用。彼なら大丈夫よ」

――― 準備室


久「汚い部屋でごめんなさいね。ささ、座って」

照「.........」

久「どうしたの?」

照「懐かしい形の椅子だなって思って」

久「へぇ、なんか新鮮な感想。でも確かに普段から学校に関わりがない人はそう思っても不思議じゃないかも」

私の目の前に座る女性は竹井久。二十六年前、清澄高校麻雀部をインターハイ初出場ながら優勝へ導いた当時の部長だ。
現在は母校で英語教師を務める傍らでこの部活の指導者として活躍している。

照「遅くなったけど優勝おめでとう。清澄のレジェンドさん」

久「懐かしい響きねぇ、それ」

照「この前の雑誌にも載ってたよ。『選手と監督、二回の優勝を手にした清澄の伝説』って」

久「それのお陰で生徒にもからかわれるし、赤土さんからも冷やかされるし......恥ずかしいったらありゃしないわ」

照「名前が売れるのは悪くないことだから」

久「意外。照はあんまりそういうの好きじゃないと思ってた」

照「ちょっとね」

ガチャッ

「どうぞ。この前焼いたクッキーが残っとったんでご自由に」

久「ありがと」

照「忙しいのにごめんなさい」

「慣れてますから別に大丈夫ですよ」

久「まこの英才教育の賜物ねー」

照「そっか、染谷さんの息子さんなんだっけ」

真嗣「はい。染谷真嗣っていいます」

訛りの入ったイントネーションで喋る彼はティーカップを二組机に置くと、頭を下げて再び廊下へと消えていった。
礼儀正しい良い子だ。

久「それで、麻雀界の大物がこんな所まで来てどうしたっての」

照「明のことで話がある」

久「明のこと?」

照「インターハイで彼女が打った麻雀はおかしかった。あなただって気づいてるはずでしょ」

久「ああ、それのことね......あれは私が言ったのよ」

照「久が?」

久「最初に異変が起こったのは県予選の最終日だったんだけど―――」

【6月下旬】


――― 長野県内 県予選会場


久「はーいみんな、県予選お疲れ様。今日は早く帰ってちゃんと寝ましょう」

久「明日は朝八時に部室集合でよろしくね」

「全然ゆっくりできないじゃないですか!」

「日曜なんだし休みにしてくださいよー」

久「バカ、反省会っていうのはすぐにやらないと効果半減なの」

久「てことで明日は試合の振り返りをします。遅くなるから親御さんには伝えておくように」

「打ち上げだと思ってたのに......」

「鬼!悪魔!年増!」

「清澄は休みを増やせー!」

久「年増って言った奴は明日覚えときなさい」

「げっ」

久「それじゃあここで解散にするけど.........明、少し残ってもらえるかしら」

明「わ、私ですか?」

生徒が三々五々に帰っていった後も、閉会式が終わった会場は誰とも知れない人々で溢れかえっていた。
自動販売機でコーヒーとジュースを買って、喧騒の隅にぽつんと取り残されたベンチに二人腰掛けた。

久「今日はお疲れ様。頭を使った後はちゃんと糖分補給しないとね」

明「ありがとうございます」

久「ねぇ明、決勝はどうしたの?準決勝まで普通に打ってたのに、不調だったってことでもないでしょう」

久「打ち筋も支離滅裂だし、あれじゃあまるで初心者みたいな.........ごめん。ちょっと言い過ぎたかも」

明「ううん、メチャクチャな打ち方だったのは本当のことですから」

久「無自覚ってわけでもないのか。何かあったのよ」

明「......牌が来なくなりました」

明「ツモるのは欲しいのと全然違う牌で、全然思ったとおりに手が進まなくて」

明「こんなこと初めてなんです。それで私、どうすればいいのか........」

これだ。あたかも自分の望んだ牌が来ることは約束されていて、当然の摂理であるかのような表現。
強力なオカルトを持った人間―――牌に愛された子。彼女たちがそれを失った時、得てしてこういった言い方をする。


私には『悪待ち』がある。
三面張より辺張の方がツモれたり、地獄単騎は字牌より中張牌の方が和了れたり、何年も待ち続けてようやくインハイに出場できたり。
いざという時、あえて希望の薄い選択肢を選んだほうが却って成功しやすい......ような気がする。
実際データを見れば正しいことは分かるんだけど、普通に失敗することも多いから体感的には確信できるほどじゃない。
でも麻雀ってそんなもので、結局最後に残るのが運否天賦だからこそ面白いんだ。元々ギャンブルだしね。
もしこの瞬間にオカルトが消えてなくなったとしても、私が雀士として為すべきことは何も変わらないだろう。

なら彼女たちは?
オカルトが絶対的なものであればあるほど、牌が見えれば見えるほど、彼女たちにとって麻雀は確定された―――囲碁や将棋と同質のものになっていく。
そこに偶然性はなくて、オカルトという『力』への依存は過剰なまでに強まっていくのだ。
そして今、明はその拠り所を失っていた。

久(仕方ないか......)

久「ねえ。悪いんだけど、この後ってまだ大丈夫?」

明「これからですか?でももう遅いし、晩ご飯だって食べてないし......」

久「私の奢りで良いわよ。時間が気になるなら家まで送って行くわ」

明「.........お父さんに電話してきてもいいですか」

久「もちろん」

――― roof-top


カランカラン

まこ「らっしゃーい.........って、珍しい客が来よったわ」

久「おひさ〜」

まこ「誰かさんのせいでこんな季節なのに寒いのぉ」

久「べ、別にそういう意味じゃないわよ!」

まこ「冗談。そんで、こんな夜遅くにどういう風の吹き回しじゃ?」

久「ちょっと野暮用でね。顔見知りだけで卓囲みたいんだけど出来るかしら」

まこ「ははーん、訳ありっちゅーことか」

久「そゆこと」

まこ「わかった。ちと待っとれ」

内線に手を伸ばし、慣れた手つきでボタンを押す。

まこ「真嗣、今すぐ降りてきんさい」

真嗣『んなこと言われても......帰ってきたばかりなんじゃけぇゆっくりさせてーな』

まこ「われ試合もなんもなかったじゃろうが。三分で来い」

真嗣『へーい』ガチャッ

まこ「.........さて。二人とも、何か飲むか?」

二分も経たないうちに染谷くんは店の奥から姿を現した。
先程まで制服を纏っていたその身も今ではポロシャツにジーンズという出で立ちで、雀荘らしいエプロンの紐を後ろ手で括っているところだ。

真嗣「母ちゃん、今日はバイトさん足りよるんと違かったんか?」

まこ「ちぃと別件でな。顔見知りがええんじゃと」

真嗣「はぁ......それでこの面子ってことですか、先生」

久「休んでるところ悪かったわ」

明「染谷くん、呼び出しちゃってごめんね」

真嗣「それはいいんだけどさ。宮永まで揃って一体何の騒ぎなんだ」

まこ「ええから取り敢えず座りんさい」

真嗣「??」

腑に落ちない表情の少年を差し置いて場決めの通り席に着く。起家の明から順番に染谷くん、まこ、そして私だ。
ちょうどバイトの子が持ってきてくれたウーロン茶をストローで吸うと、梅雨の蒸し暑さが少しだけ和らいだ気がした。

正直言って、明がこの調子では全国なんて到底戦えない。
今の麻雀部は私が部長だったあの頃と違う。人数もそこそこ増えた上に二年生や三年生の練度は高く、トップ層ともなればかなりの実力者揃いである。
それにも拘わらず一年生の明が大将を任されているのは、彼女が『強い』ということを全員が認めているからだ。
彼女のオカルトへ依存しているのは彼女自身だけではない。部員のみんなも同じだった。
不安がチーム内に伝播させないためにも、何としてでもこの問題は今日中に解決しなければ。

久「染谷くん。これから何半荘か打ってもらうことになると思うけど、最初に言っておくことがあるわ」

久「今夜見聞きしたことは決して口外しないこと―――特に、一軍の他の子たちには」

真嗣「んなこと言ったって、そもそも何のためにこんなことしようっていうんですか?」

真嗣「それが分からないことにはどうにも......」

久「麻雀部の為なの。あなただって事情が気になるのは分かるけどね」

久「監督命令ってことでここは一つ引いて頂戴」

真嗣「.........まあ、そういうことなら」

まこ「ルールはどうする?」

久「今年の大会規定通りにお願い」

久「アリアリの一発赤裏あり。私たちの時と何も変わらないから安心して」

まこ「嶺上の責任払いも?」

久「もちろん」

まこ「あれに助けられたのはわしらの世代くらいじゃろうなぁ」ハハハ

久「言わなくても分かってるだろうけど、少しは手加減してよね」

まこ「はいよ」

久「染谷くんは全力で打ちなさい。多分それで丁度いいくらいだから」

真嗣「わかりました」

まこ「京太郎んとこの娘、明とかいったか。真嗣より上手いんか?」

久「そうねぇ。上手下手で言えば当然染谷くんの方が上手いけど」

久「強いのは.........」チラッ

まこ「......なるほど。そういうタイプか」

『上手さ』と『強さ』は必ずしも一致するものではない。
実家が雀荘という環境に置かれた染谷くんは、幼い頃から数え切れない程の対局を見て、そして体験してきた。
明だって宮永家の娘だしそれなりに揉まれてはいるだろうけど、それでも対局数で言えば染谷くんとは到底比べ物にならない。
多くの場数を踏んだ彼の打ち筋は手練そのものだ。

でも上手いだけじゃ麻雀は勝てない―――強い者は上手い者ではなく勝った者だ。
経験に裏打ちされた技術や技巧をも超越し、力によって卓上を支配する。それがオカルト。

明は俯き、落ち着かなさそうに何度も指を組み直していた。

久「明」

明「は、はい!」

久「最初は自然に打ってみましょうか。落ち着いて、普段みたいにね」

【東三局】


まこ「聴牌」

久「聴牌」

明「不聴です」

真嗣「聴牌」

明「うわぁ、和了れないから聴牌料が痛いよ......」

まこ「しかしおぬし、凄い河じゃのう」

明の河には中盤まで暗刻三つに対子二つ、しかも殆どが使いやすい中頃の牌だ。
私が立直を掛けた後はオリたのだろうか一転して安牌が並んでいる。

久「手牌を少し見せてもらえる?」

明「いいですけど」パタッ


ドラ:4m

78m2668s23789p南南


至って普通の二向聴。
途中まで頑張ってチャンタ三色を狙っていた形跡はあるものの、結局は無理筋だったらしい。

久「ふーん」

【南四局 一本場】


まこ「どれどれ......」ニヤリ

明「.........」

久(まこが聴牌か。明との一騎打ちね)

久(それにしてもこの感覚.........ずっと昔にどこかで)

まこ「リーチ!」タンッ

明「ロン」パタッ

まこ「げっ、もう張っとったんか。いくらじゃ?」


ドラ:東

11s111999s東東 【西西西→】 ロン:1s


明「えーっと、一本場だから12000は12300です」

まこ「はいよ」チャラッ

真嗣「ホンロートイトイか。派手だなぁ」

真嗣「チャンタ系って意味では宮永らしいのかもしれないけど」

明「それって褒めてるの?」

真嗣「褒めてるよ。一応」


<終局>

明 :25400
真嗣:22300
まこ:21400
久 :30900


〜〜〜〜〜

久「オーラスの跳満、よくあそこまで役作りしたわね」

明「実はあの和了は手なりだったんです」

久「えっ?でもオカルトは......」

明「牌は見えてなかったんですけど、それなのに何故か対子や刻子がいっぱい入ってきて」

明「それで、気がついたら聴牌してました」

久「.........ちょっと失礼」

幸いなことに卓上は誰も動かさないままで保たれたままだ。
最後がまこだったから対面の明が次にツモるのは.........これか。壁牌の端を少し崩すと一枚の西が顔を出す。

「まさか」と思いながらも、私の指は王牌へと伸びた。


まこ「久、何かあったんか」

久「ううん.........なんでもない」


嶺上牌は東。
もしもまこが切った一索をロンせずに西を加槓すれば、嶺上開花で和了っていたことになる。


久「次からは対子手を意識して打ってみなさい」

明「対子手ですか?」

久「そうよ。チャンタのことは一旦忘れるの」

久(流れに身を任せさえすれば、今のあなたならきっと―――)

【数時間後】


――― 車中


明「疲れたぁ......何も閉店まで続けなくてもいいじゃないですか」

久「付き合わせちゃって本当にごめんなさい。でも、その代わり収穫も十分あったわ」

あれ以降の数半荘の中で明の打ち筋はガラリと変わった。
普段の役作り中心の麻雀からは一転して、立直や断么以外に役が付かないことが増えたのだ。暗刻がよくできるので平和も減った。
そうやって安い和了を重ねつつドラや三暗刻で満貫以上の手を作ることも多いのだが、それも彼女に言わせてみれば「手なり」に過ぎないらしい。

明「それで、結局私のチャンタが消えちゃったのって何なんですか」

久「簡単に言えば遺伝の影響よ。あなたがお母さんから受け継いだオカルトが発現しつつあるってこと」

明「遺伝......?」

久「大抵の場合、オカルトはその人に関連する形で発現するわ。生まれた環境とか幼い頃の体験とか、あとは生まれながらの素質とか」

久「でも、母親の持つオカルトに近いものを子供が備えていることが稀にあるの。まるで遺伝みたいに」

それが何代にも続いて行われている例が龍門渕家だ。
天江衣の『海底』と龍門渕透華の『治水』のように、水に関連するそれは最早家系そのものであるといえる。
龍門渕には過去にもそういった雀士がいたのだろうし、今後もそういった雀士が生まれるのだろう。

久「もっとも、どちらか一方なら別に心配はなくてね」

久「問題はたった一人の人間が素質タイプと遺伝タイプ、二つのオカルトを持ち合わせてしまった場合よ」

久「それが両方とも発現した時に本人がどうなるかは分からない」

明「分からない?」

久「個人によるとしか言いようがないの」

久「そしてあなたの身には、今まさにそれが起きている」

こういった事例は中高生くらいの子にいくつも報告されていて、大昔に高麻連がまとめた調査結果を読んだことがある。
二つとも使いこなせるようになるケース、どちらか片方だけが残ってもう片方は消滅してしまうケース、合体して新たな能力になるケース。
一体どのような要因が分岐を生むのかは未だ判明していない。

久「お母さんの―――咲の麻雀は見たことある?」

明「ネットで何度かは」

久「なら知ってると思うけど、彼女は嶺上開花の使い手だったわ」

久「王牌を支配し、集めた槓材を使って劇的な和了を魅せるのが咲のオカルト。それがあなたに宿りつつある」

久「暗刻が出来やすいのはその兆候じゃないかしら」

明「つまり、これからはチャンタじゃなくて嶺上開花を狙えばいいってことですか?」

久「だから分からないんだってば。チャンタも嶺上も残るのかもしれないし、どっちかだけになっちゃうかもしれない」

久「幸い健康に影響があるようなモノでもないからね。長い目で経過観察していくしかないわ」

明「.........そうですか」

久「でも、だからといってインハイは待ってはくれない。今現在あなたがチャンタを使えなくて、代わりに暗刻が出来やすいのは事実よ」

久「取り敢えず使えるものはどんどん使っていきましょう」

明「わかりました」

久「咲の対局記録を観ると勉強になると思うんだけどねぇ。家に残ってない?」

明「それが、お父さんがほとんど捨てちゃったんです」

久「なら優希から借りてこようか。公式戦の録画は全部残してたはずだから」

喋り続けて喉がカラカラだ。赤信号に足止めされ、ちょうどいいと思ってコーヒーを一口含む。
予選会場からドリンクホルダーに入ったままのスチール缶はすっかり冷めきっていた。

【現在】


久「―――その後の戦績は周知の通り。上手くハマってくれて助かったわ」

久「やっぱ私って策士よねー」アハハ

照「......それって本当にオカルトの遺伝なのかな」

照「遺伝の場合でも母親と完全に同じ性質になるわけじゃないんでしょ」

久「勿論。さっき挙げた龍門渕の例もそうだけど、同系統でも差異は生まれるのが普通じゃないかしら」

照「なら不自然すぎるよ。明のそれは咲と一緒だもの」

久「そうかしら?咲のオカルトは王牌支配だったけど、明にはそこまでの様子は見られない」

久「まだ『暗刻ができやすい』ってレベルの話。汎用性も高いからこれからどう発展していくかは分からないわ」

久「チャンタが使える日もあるみたいだし、完全に同じだって断言するにはまだ早いでしょう」

照「でも、決勝戦のオーラスは―――」

久「なら他に何があるって言うの?」

久「彼女の状況を説明するものなんて、遺伝以外に何もないじゃない」

照「それは...............」

久の弁に対して私は返す言葉を持ち合わせていなかった。
実際、私が明へ抱いている違和感の原因は私自身にさえ未だに分かっていない。
こうして父親や指導者に探って回っているのもそれを知るためであって、あの日の違和感と恐怖だけが私を突き動かしていた。

照「とにかく参考になった。大会前なのに時間を作ってくれてありがとう」

久「もう帰るの?」

照「うん。訊きたいことは全部訊けたから」

久「へぇ.........ところで、これは関係ない話なんだけどさ」

久「最近は学校も厳しくてね。休日に部外者が入れるようにするのも色々と面倒なのよ」

久「あなたが昨日の夜になって突然来たいなんて言うから、わざわざ早起きして開庁ギリギリに出勤して」

久「教頭に頭下げて許可貰って.........はぁ」

照「............何をすればいい?」

久「決まってるじゃない。あなたは麻雀のトッププロで、ここは高校の麻雀部室よ?」ニヤリ

久「照に教えてもらいたい部員なんて山ほどいるわ」

照「別にいいよ。仕方ないから」

久「さっすが〜!」

照「実際に卓を囲んで気になった所を指摘する以上のことはできないけど」

久「それでいいのよ。じゃあ早速行きましょうか」

カップに残った紅茶を一気に飲み干してから底冷えする廊下へと出ると、私をまんまと言いくるめた悪女が古めかしい木のドアを開いた。
瞬間、あれだけざわめいていた室内は一斉に静まり返り、二十余人の目線が私達を貫く。

久「はい、一回ちゅうもーく!さっきチラ見せしちゃったけど改めて紹介するわね」

久「こちら麻雀プロの宮永照さんよ」

照「......立川ブルーセーラーズの宮永照です。よろしく」

「「「よろしくお願いします!」」」

久「今日は宮永プロに指導していただけることになりました。貴重な機会だから全員集中して取り組むこと」

「なんで大会前日なんですかー」

「どうせなら別の日にしてくれればよかったのに」

久「うっさい!無いよりマシでしょ!」

久「えー、そしたら次は具体的な練習内容について。まずは宮永プロを入れて四人で.........」

それからは対局の連続だった。
次々にやってくる三人の相手を注意深く観察し、その打ち筋から個人の性質を見抜き、問題点を指摘する。観察は私の得意分野だ。
そんなことを昼食を挟みながら続けていき、時計が三時を過ぎた頃ついに―――

照「......だから、あなたは字牌の読み方をもう少し見直したほうがいい。そんなところかな」

部員「ありがとうございます!失礼します!」タッタッタ

照「ふぅ......最後は明か」

明「はい」

照「正直、私から言えることは殆どないんだけど......」

照「技術的な面は概ね良かったよ。東ラスのリャンカンをチーした後の切り方が気になったくらいで、他は全部及第点」

照「あとは経験さえ積んでいけば読みの精度も上がるはず」

照「よく頑張ってるね」

明「ふふっ、そうかな」テレッ

照「オカルトについても竹井先生の方が今の明の状況には詳しいから。私、遺伝とかよくわからないし」

照「今までどおり先生の指導で打ってれば間違いないと思う」

明「私のオカルトの話知ってるの?お盆に帰ってきたときは何も話さなかったのに」

照「さっき竹井先生から聞いたんだよ。インハイの打ち筋が不自然だと思ってたんだけど、やっと合点がいった」

明「へぇ、お姉ちゃんもなんだ」

照「私『も』?」

明「うん、淡さんも気にしてたらしくて。それで同じような話をしたら納得してくれたみたい」

照「......そっか」

照「そしたらこれでおしまい。次の人を呼んできてもらえる?」

明「はーい」スッ

半荘を通して見た明の打ち筋は終始『普通』の一言に尽きる。
技量的にはいつもの彼女だったし、オカルトも原理は分からないなりにそこそこ使いこなしている様子。
でも結局その程度で、咲の影が映り込むようなことは一度たりとも無かった。


―――ひょっとしてあれは本当に私の気のせいだったんじゃないだろうか?
京ちゃんにあんなことを言っておきながら、真に咲から縛られているのは私なのだ。
だから私だけが、ありもしない咲の亡霊を明の中に見てしまって.........そのようにすら思えてしまう。


それでも私の脳裏にはあの夜の情景が、あの恐怖がこびりついて離れない。
私は明が怖いのだ。不気味なまでに母親の姿を伺わせる宮永明という人物が。


あなたの家族失格だ。ごめんなさい。
雀卓から立ち去る明の後ろ姿を見て、私は心のうちに懺悔した。

今回はここまで

次回あたり恐らく安価あります

訂正です
>>135の牌姿は、正しくは以下の通りになります


ドラ:東

11s111999p東東 【西西西→】 ロン:1s

投下でござる

【夕方】


久「―――ってことで明日は朝八時に現地集合。詳細はさっき配ったしおりを見てね」

久「私からは以上です」

部長「きょーつけー、礼!」

「「「ありがとうございましたー」」」

久「おつかれさま〜」


ガヤガヤ

「ねえねえ、あの店行ってみない?飯田の駅前に出来たやつ」

「今から?電車なくなっちゃうよ」

「そんなに長居しなきゃ大丈夫でしょ」

久「いいから早く帰んなさい!」

「ひーっ!すみませんでしたー!」

「さようならー!」ダッ


わらわらと固まっていた女子部員が久の一喝で蜘蛛の子を散らすように部室を去っていく。
それでもなお多くの生徒が室内に残り、他愛もない世間話に花を咲かせていた。

久「まったく......どうせ私がこんなこと言ったって結局遊びに行くのよねぇ、あの子達は」

久「それにしても今日は助かったわ。あの子達にもいい刺激になっただろうし」

照「ならいいんだけど」

久「東京にはいつ帰るの?」

照「明日の夜くらいかな。試合は見に行くつもり」

久「そう.........あの」

照「?」

久「昨日って咲の十三回忌だったのよね」

照「そうだよ」

久「ごめんなさい。私ったらすっかり忘れてて」

照「大丈夫、咲はその程度で怒るような子じゃないから」

照「会える時に会いに行けばいい」

しばらく会話を交わしてから部室を見渡すと、明の姿は既に無かった。
せっかくバイクで来たのだから後ろに乗せていくこともできたが、もう帰ってしまったなら仕方ない。追うように旧校舎を後にする。
おっと、事務室に寄るのを忘れないようにしないと。

――― 宮永邸


照「ただいま」

シーン

照(......誰も居ない?)

時刻は間もなく七時台へと差し掛かろうとしている。太陽はとっくに沈んだし、そろそろ京ちゃんが夕飯の支度をしていてもおかしくない頃合である。
しかし見る限り私が今いる玄関以外の照明は全て落とされたままで、台所はおろか家中から物音の一つも聞こえないのだ。

とはいえ休日だし京ちゃんや淡が何処か出掛けていてもおかしくはない。
「連絡の一つくらいはしてくれてもいいのに」とも内心に浮かべる私のそうした推測は、リビングの扉を明けた瞬間に棄却された。


淡「Zzz.........」

京太郎「......ムガッ.........Zzz.........」


壁のスイッチに手を掛けた途端、向かい合って座ったまま突っ伏す二人が照らし出される。それから食卓には累々たるビールやカクテルの空き缶。
彼らが白昼堂々―――何時からかは知る由もないにしても、少なくとも日が落ちるよりずっと前から酒盛りに興じていたことは火を見るより明らかだった。

1. 京ちゃんを起こす

2. 淡を起こす

3. そっとしておく


↓3まで多数決、無効下

うわ、マジか...再安価

↓1から最初に2回選択された選択肢
もし日付跨いだらリセットで

2. 淡を起こす


無駄だろうなとは思いつつも淡の肩を両手で揺する。
すると意外にも彼女はその眠たげな顔を私の方へ向けてきて、

淡「あれ、テルーじゃん............うぅぅ、いててて......」ズキズキ

照「おそよう。どうしてこんなことに?」

淡「えーっと.........朝起きたらキョータローと私しかいなくて、特にすることもなかったから」

淡「それで久々に二人で飲むことになって、それから............!」サーッ

照「......淡?」

淡「飲みすぎて覚えてない......です。はい」

アルコールが回って真っ赤になっていた淡の顔から一気に血の気が引く。青どころか行き過ぎて土気色になりそうな勢いだ。

照「とりあえず京ちゃんを起こすの手伝ってよ」

淡「えーっと、キョータローはゆっくりさせてあげようよ」

照「なんで?」

淡「なんでも!」

照「......まあいいか」

淡「あー......頭痛いから私は布団で寝ようかな」

照「晩ご飯はどうするの?」

淡「いらなーい......」スタスタ

そう言って淡がヨロヨロと階段を二階へと昇っていくと、リビングにはどうすれば良いかも分からず呆然とするだけの私が取り残された。
差し当たっての重要事項はこれから食べる夕飯だが、朝方「昨晩の出費が痛いんで今日は俺が作ります!」と言い切った男は目の前でいびきをかきながら眠り続けている。


ガチャッ

明「ただいまー......ってお酒臭っ!」

照「あ、おかえり」

明「何これ?!あーもうお父さんったら、何処にこんなにビール隠してたんだろ」

明「買い置きすると飲みすぎるからダメって言ったのに」ハァ

照「暇だったから淡とずっと飲んでたらしいよ」

明「淡さんまで......それより、この調子だと晩ご飯はできてないってことだよね」

明「お米も炊けてないし材料も買ってないし.........スパゲッティでもいい?」

照「私は食べられれば何でもいいけど」

明「ならすぐ作るからちょっと待っててね」

照「疲れてるでしょ?私がやるよ」

明「だいじょーぶ。お姉ちゃんに任せるとなんか危なそうだから」

照「」

些細な一言に傷ついた私には見向きもせず、コートを脱いだ明は椅子に引っ掛けられたエプロンを前からかけた。
何というか、年上としての威厳というものはどうやら私にはないらしい。

明「お父さん、邪魔だからどいてよー......ダメだ、揺らしても全然起きないや」

照「淡が京ちゃんは起こさないであげてって言ってた」

明「えー?しょうがないなぁ」

明「お姉ちゃん、適当に床に転がしといて」

照「床に転がす......?」

次の朝、京ちゃんが寝違えた首を痛そうに抱えていたのは別の話である。

【翌朝】


――― 長野県内 市街地


二日酔いの京ちゃんと淡に押し付けられる形でハンドルを握り、清澄から走ること一時間半。
城下町の面影を残す町並みの外れ、繁華街の喧騒から少し離れた公園の隣に到着する。
ごく薄く積もった雪の上でスタットレスタイヤが動きを停め、車のドアを開けて外に出ると、会場は観戦に来たらしい人々で込み入っていた。

淡「うぅ、寒い......」

京太郎「よーし、そしたら一丁応援行きますか!」

淡「キョータローは元気だねー」

京太郎「俺だって寒いしな。無理にでも元気出さないとやってられん」

淡「ふーん.........」

照「ほら、早く入ろうよ」


『長野県高等学校麻雀連盟 冬季選手権大会』


大きく看板の立ったホールの中は着ているコートが暑苦しいほどの暖かさだった。暖房が強いせいかもしれないし、ここに集まる人々の熱気のせいかもしれない。
受付で実行委員会の腕章を付けた男性からパンフレットを受け取り、目が痛くなるほど細かい字の対戦表を読みながら観戦室へ向かった。
最前面に取り付けられた大きなスクリーンへ牌が次々に写し出されている。ちょうど一回戦の東ラスが流局に終わり、これから南入しようというところだ。

【南一局 一本場】


東家・龍門渕:41000
南家・宮永 :28800
西家・滝沢 :23100
北家・岡田 :1100


京太郎「おいおい......東場に何があったんだ」

照「龍門渕って、あの衣ちゃん親戚?」

京太郎「十中八九そうだと思いますよ」

淡「それならこうなってもおかしくないかも」


南家:宮永(清澄) 一巡目
ドラ:中

147m3478p15s東東南發


明の配牌は凡庸な五向聴。ここから和了りに行くのはかなり厳しいように思える。
そんな彼女が不可解な行動を見せたのは十一巡目、捨て牌が三段目に差し掛かろうという頃のことだった。


明『カン』パラッ

【東東東東→】

淡「......!」

照「カン?どうしてここで......」

数巡前にリーチが―――しかも断ラスの北家から掛かっている。
なら嶺上開花狙い?そんなはずはない。そもそも彼女の手牌はまだ二向聴だ。
王牌の前に座る北家の指がゆっくりと槓ドラをめくると、新たに九索が顔を出した。


東家『......』カチャッ


東家:龍門渕(龍門渕) 十一巡目
ドラ:中

45678m135p788s東西 ツモ:南


淡「うわー、掴まされた」

京太郎「もう現物も無いしな。これは俺でも出すわ」

河は断么模様、至って普通の捨て牌だった。
既に二枚切れの南が止まるはずもなく......

→打南


北家『ロン』パタッ



北家:岡田(裾花) 十一巡目
ドラ:中 1s

11m227788p33s中中南 ロン:南



北家『リーチ七対子ドラ4......』ペラッ

裏ドラ:1m 8p

北家『......裏4。24000の一本場は24300』

東家『くっ.........はい』チャラッ

【南四局】


東家・岡田 :22700
南家・龍門渕:21300
西家・宮永 :27400
北家・滝沢 :28600


淡「ずいぶん平たくなったね」

京太郎「明は二着だな。トップとはたった1200点差か」



西家:宮永(清澄) 七巡目
ドラ:3p

112334m12p12349s ツモ:9s



→打4m


照「......もう一向聴」

京太郎「しかも両面捨てて純チャン三色ですか。相変わらず無茶な打ち方するなぁ」

照「京ちゃんはあの手牌だったら同じことする?」

京太郎「するわけないでしょ。何でもいいから四十符か二翻つけて和了れば勝ち抜けのオーラスですよ?」

京太郎「もしこれが東パツなら狙うとは思いますけど」

淡「そんなに難しく考えないで、テキトーに打っちゃえばいいじゃん」

京太郎「お前は考えなしにダブリーしすぎなんだよ!先月くらいのリーグ戦でも―――」


 淡(よし、次のツモ番で西をカンして......)

 北家「ロン。1000」パタッ

 西家「はい」チャラッ

 淡(.........あれっ?)

 実況『萩原が瀬戸熊から發のみ1000点の和了!これにてオーラス終了です』

 実況『しかし瀬戸熊は不自然な放銃でしたが、やはり差し込みでしょうか?』

 実況『そうですねぇ。二着と400差のトップだった大星がリーチ棒分で黒沢の下に沈みましたから』

 実況『せっかくなら大星に一着を取らせない事の方が重要だと思ったんでしょうねぇ』


京太郎「―――って感じで順位点逃してただろ。せっかくダブ南暗刻だったのに」

淡「ぐぬぬ」

照「京ちゃん、プロの試合観てるんだ」

京太郎「あー......まあ、嗜む程度には」

照「そう」

スクリーンに再度注目を移す。

南家:龍門渕(龍門渕) 九巡目
ドラ:3p

45666m5678p45(5)6s ツモ:4p



南家のツモ番で平和赤、高目断么三色の聴牌。
彼女が二回戦進出―――つまりトップになるためは跳満ツモが必要だ。となれば当然、


南家『リーチですわ!』タンッ!

→打5s


京太郎「うわっ、ド高目の三筒って全山かよ」

照「六筒二枚、九筒三枚.........全部で九枚残り」

淡「これは厳しいかもねー」

上手くオリることができたとしても南家が自力でツモるのは時間の問題だ。
そう考えれば、既に役牌と嵌張を鳴いている親に何とか和了らせて連荘を狙うのが今の明にとっては得策。
少なくとも彼女の視点にはそう映るはずだけど.........

西家:宮永(清澄) 九巡目
ドラ:3p

11233m12p123499s ツモ:南



明『.........』スッ

→打9s


京太郎「九索!?スジすら通ってねえじゃねーか」

淡「ツモ切りしないなんて......やるね、メイ」



東家『.........』チラッ


東家:岡田(裾花) 九巡目
ドラ:3p

(5)55m4(5)6p南【↑東東東】【←435s】



東・赤赤の南単騎、符ハネして7700。
これの直撃を喰らえば一気に逆転して親がトップに浮上し、その時点で試合は終わっていた。

親の河には高打点の気配は全くしないが、確かに万が一ということはあり得る。
しかしそうであったとしてもオリるのであればわざわざ九索を切る必要はなく、既に他家へ通っている一二筒から落としていけば良いのだ。
彼女は和了るつもりだ。その上で南を押さずに手元へ残し、九索から回していく選択を取ったのだろう。

明にしては冴えすぎなくらいの場読みだった。



明『ツモ』パラッ


西家:宮永明(清澄) 十六巡目
ドラ:3p

112233m12p123s南南 ツモ:3p


明『3000-6000です』



<終局>

龍門渕:18300
宮永 :39400
滝沢 :25600
岡田 :16700


〜〜〜〜〜

明による海底直前の跳満ツモが一回戦へ終わりを告げた。
どよめいていた人々もやがて落ち着くと次々に席を立ち、その流れに従って私達もおもむろに腰を上げて出口へと向かう。

京太郎「次の試合は三十分後だな。二回戦B卓」

照「その後の予定は?」

京太郎「昼休憩挟んで一時半から三回戦、そこから準決勝決勝と順調にいけば六時に終わる予定です」

照「五試合ってことは......六十人くらいか。参加者、結構少ないんだね」

京太郎「先週あたりに予選があったらしいですよ」

照「そうだったんだ」

淡「.........」

京太郎「淡、具合でも悪いのか?」

淡「ううん、全然そんなことないんだけど......」

淡「.........さっきの試合、やっぱり不思議だったなって思ってさ」

京太郎「何がだよ。女子の麻雀がブッ飛んでるのはいつものことだろ」

淡「そーゆー話じゃないって。メイのこと!」

淡「南一局にあった謎の大明槓、あれってラスの子に和了らせてりゅーもんぶちを削ろうとしたんでしょ」

京太郎「満貫手が一気に三倍満に化けたアレか。まさか、偶然だろ」

淡「偶然じゃないよ。そもそもメイは理由もなくカンなんてしないはずだし」

京太郎「自分のカンで北家に槓ドラと槓裏が乗って、しかもトップ目が当たり牌を掴むのを分かってたってことか?」

京太郎「んなアホな話があるかっての!第一、明にはドラなんて見えないだろ」

淡「サキのオカルトだよ。キョータローはメイのオカルトのこと知らないの?」

京太郎「えっ!?えーっと.........」チラッ

照「.........」

淡「昨日メイは『暗刻が出来るときには牌は見えない』って言ってた」

淡「それなのにあの場面では、まるで王牌を全部見透かしてるみたいに―――」

照「淡、落ち着こう」

淡「テル?」

照「いいから。ほら、一回そこに座ろうか」

照「京ちゃんも少し席を外して」

京太郎「あー......俺、ちょっと外で一服してきます」

照「そうしてくれると助かる」

周囲では何人かの通行人が遠巻きにこちらを伺っていた。
正直、あまり目立ちたくはない。

照「............」

淡「テルー......?」


その後も大会は恙無く進んでいったが、決勝戦が終わる頃にはタイムリミットが迫ってきていた。
結果は第二位。優勝はどちらも強豪校の三年生だったから、十分に健闘したと言えるだろう。
表彰式が終わるのを待つことはできず、明にも会わないうちに私達は駅へと向かった。

【夜】


――― 特急 車内


戸惑いを隠せない。昼間にホールのロビーで起こった出来事以来、私とテルの間には何とも形容し難い気まずい雰囲気が漂っていた。
私があんなことを口走ってしまったからだろうか?ひょっとして気が触れてるとか思われてしまったんじゃないだろうか?
でもテルの態度はそういった様子ではなかった。何か言いたいけど抑えているかのような、そんな様子だ。

そもそもテルやキョータローは私と同じように、メイに対して違和感を覚えているのだろうか。
少なくとも金曜日にキョータローの家へ着いてからの三日間に彼女がメイに向ける眼は明らかにおかしかった。
怯えているのか、蔑視しているのか、まるでそれ自体を遠ざけるような眼。少なくとも可愛い姪っ子を見つめるものじゃない。

一昨日の夕方―――テルがキョータローを呼び止めて墓地で交わした密談。
私はてっきり彼女もメイの異変について察知していて、それに関する話をしていたのだと思っていた。


 淡「サキのオカルトだよ。キョータローはメイのオカルトのこと知らないの?」

 京太郎「えっ!?えーっと.........」チラッ

 照「.........」


数時間前の記憶が掘り起こされる。キョータローの反応からしてもそのことに間違いはないだろう。

だが同時に、ここには別の問題も存在するのだ。


 京太郎「......俺、照さんに求婚されてさ」

 淡「―――それ、いつの話......?」

 京太郎「......昨日の夕方だ。最初は冗談かと思ったけど本気らしい」


詳しく聞いておけば良かったと後悔している。
もっとも当の本人がすぐ隣に座っているわけではあるが、彼女自身に尋ねるの度胸はない。


時刻は午後八時半を少し回り、列車が山梨県境に差し掛かった頃のことだった。
日曜の夜だというのに乗客の姿は殆どなく、このグリーン車も私とその隣に座るテルのたった二人きり。
駅弁を平らげたばかりの私に対し、テルは淡々とこう切り出した。

照「淡」

淡「んー?」

照「明のオカルトの事。淡も色々と気になってるみたいだから一つだけ」

照「これ以上この話に関わらないで」


沈黙。
手元の文庫本に落とした目線を少しも動かすことなく、確かにそう言い放ったのだ。

淡「え?」

照「淡は明の問題には触れないで欲しい」

淡「ちょ、ちょっと待ってよ!テルの言ってること全然わかんないんだけど!?」

照「何度でも言うよ。明の問題には―――」

淡「そういうことじゃなくて、えーっと、その.........どうして?」

照「宮永家の問題だから」

照「これは私と京ちゃんが解決すること。あなたには関係ない」

淡「............つまり、テルは私にこう言いたいんだね」

淡「『お前は部外者だから首を突っ込むな』って」

照「乱暴な言い方をすればそういうことになる」

私の中で何かが崩れ去る音がした。

テルとは高校のときからの仲だし、キョータローは大学で四年間を共にした親友だ。
プロとして契約したチームでは高校時代から因縁の相手だったサキと仲間になり、八年間も一緒に戦った。
咲がこの世を去ってからも私はずっとキョータローやメイの隣に寄り添い、彼らとかけがえのない関係を築いてきた。

彼女は―――宮永照は、私が積み上げてきたモノを否定したのだ。
宮永家の人間である彼女自身が。

淡「へぇ......それにしては、まるでカイさんとアイさんも関係ないみたいな口ぶりだったけど」

淡「あの二人も部外者みたいじゃん。同じ宮永家なのに」

照「違う。お父さんとお母さんに心配かけたくないだけ」

淡「だいたいさぁ。偉そうに言うけど、そもそもテルって本当にメイの家族なの?」

照「.........どういうこと?」

淡「遠く離れた東京に住んで、一年に何回か会うだけ。伯母さんと姪っ子なんて家族っていうより親戚でしょ」

照「そんなことない。私は明の家族だし京ちゃんの家族」

淡「そもそもキョータローに抱かれたからって勘違いしちゃってさ」

淡「アイツは自分で自分を誤魔化してるみたいだけど、結局キョータローが必要としてるのはサキなんだよ」

淡「たまたまサキのお姉ちゃんだったってだけでテルそのものを愛してるわけじゃない」

照「違う」

淡「メイのお母さんもサキだけだよ。そのサキも今は......かわいそうなメイ」

淡「テルだってわかってるんでしょ?だから今更キョータローと結婚したがってるんだ。必死に彼女の代わりになろうとして」

淡「健気だね、テルは」

照「違う!」

淡「でもキョータローにとっての家族はメイだけだし、メイにとっての家族はキョータローだけ」

淡「それが二人にとっての『宮永家』だよ」

照「違うって言ってるでしょ!!」


文庫本はとっくにテルの手を離れて床へと落ちていた。
何も怖くない。たとえ彼女の顔が見たことのない形相へと変わり、声色が強張り、爪が食い込み血が出るほどにその右手を握りしめていたとしても。

照「.........仮にそうだったとして、だからどうしたっていうの」

照「私が家族を......宮永家を守るんだ」

照「淡、お願いだから私の家族を壊さないで」

淡「そんなことしないよ。私だってみんなが大好きだもん」

照「淡が?.........ふふっ、冗談言わないでよ。あなたが好きなのは私たちじゃない」


照「京ちゃんでしょ」

淡「.........!」


照「彼にいい格好をしたいから明の面倒も甲斐甲斐しく見てる。彼が聞いたらきっと幻滅するよ」

淡「違っ、そういうつもりじゃ―――」

照「ほら。都合が悪くなると『違う』としか言えなくなる」

照「さっきまでの私と今の淡、何も変わらないでしょ」

照「ずっと横恋慕ばかり引き摺ってないで大人になればよかったのに......バカな娘」

淡「.........」

照「あなただって咲にはなれない。それは絶対的な事実なんだよ」

淡「......そんなこと知ってる。別にサキにもサキの代わりにもなるつもりなんてないもの」

淡「私は大星淡だから」

確かに私は宮永.........いや、須賀京太郎のことが好き。アイツのことを男として見てるし、私のことを女として見てもらいたい。
でも宮永咲の代替品として扱われるなんて絶対に嫌で、『大星淡』として彼に愛してもらいたい。

テルは『宮永家』に執着している。だから自分がサキになって、既に壊れてしまったものを直そうとしてるんだ。
そんなこと、もう絶対にできないのに。

懐から出したティッシュペーパーを黙ってテルに渡すと、彼女は右手に滲んだ血を丁寧に拭き取った。
血。宮永家の血統。何故彼女をこれほどまでに駆り立てるのだろうか。

一時間以上してようやく特急が見慣れた駅へ入構していく。
キャリーケースを持ってプラットホームに降り立った瞬間、束の間の平穏から氾濫する人の群れへと帰ってきたのを感じた。
改札を出て別々の方向へ歩き始めるまで、私と彼女の間にはたった一つの会話しかなかった。


淡「じゃあね。また明日」

照「おやすみ」

今回はここまで

しばらくお休みします。
最短で来月2週目くらい、遅くて4月頭から更新再開です。

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