勇者「だから右だって言ってるだろ!」
魔法使い「左に決まってるでしょ! あんたみたいな方向音痴に任せてたら何日あっても次の街までたどり着かないわよ!」
勇者「うるせー、少し頭の出来がいいからってお前は昔から指図ばっかりしやがってよ、指示厨かよ。そんなだから学院で浮いてたんだぞ」
魔法使い「またその話? それは大体あんたが」
僧侶「はぁ……」
僧侶(もうかれこれ半年前になるのですが、王国を代表して学院で歴代最高の天才といわれる二人が魔王征伐に選抜されました。それが剣技の勇者様と、魔術の魔法使い様です)
僧侶(私は大聖堂の僧侶として生まれてからずっと仕えてきました。二人の助けとなるよう、司教様から託されてこうしているのですが……)
勇者「あーあ、お前の言う通り左に曲がったら洞窟じゃんどうすんのこれ? ねえ?」
魔法使い「うっさい! あんたの言う通りにしてたらもっと酷いことになってたはずよ!」
僧侶(道中ずっとこんな感じで……困っています……)
僧侶「あの」
勇者、魔法使い「「?」」
僧侶「あの、お二人とも、いまはこの洞窟を無事通り抜けることに専念しませんか? 大声出してばかりいたら注意も散漫になりますし……」
勇者「そうですね、すみません」
魔法使い「ごめんなさい……」
勇者「うるさくするなよ魔法使い」
魔法使い「あんたが静かにしてればいいだけでしょ……、っ、僧侶さんの言うことは聞くくせになんでわたしの」
勇者「何か言ったか?」
魔法使い「な、なんでもないわよ」
ずるっ
僧侶「あっ!」
魔法使い「僧侶さん? あれ、僧侶さんが」
勇者「どうした?」
魔法使い「僧侶さんがいなくて……」
勇者「まさか、足滑らせて下に落ちたか」
魔法使い「そ、そんな」
勇者「お前はここで待ってろ、俺は下に行ってくる」
勇者「だいぶ下りてきたが、暗くてまだ地面が見えないな……」
勇者「これは思ったよりもやばいかもしれねえ……」
ガッ!
勇者「ようやく地面か……高さは5メートルってところか……まずいな」
勇者「僧侶さーん! 聞こえたら返事してください!」
「……こっち……です……」
勇者「無事ですか!」
僧侶「ええ、なんとか……。落ちてる最中に浮遊魔法を自分にかけたので……。簡単なものなので衝撃を和らげる程度にしかなりませんでたが」
勇者「それはよかった。立てますか?」
僧侶「手を貸していただけますか、足を挫いてしまっているようで……一人では」
勇者「わかりました」ぐいっ
僧侶「うっ、いいっ痛い!」
魔法使い「動かさないで」
勇者「魔法使い!」
僧侶「魔法使いさん!」
魔法使い「動かないでください、すぐに治癒魔法をかけます」
僧侶「ありがとうございます……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勇者「待ってろって言っただろ」
魔法使い「この状況で待てるわけないでしょ」
勇者「危ないって言ってるのがわからないのかよ」
魔法使い「わたしにも責任ってものがあるのよ」
魔法使い「わたしが左って言ったから僧侶さんが滑落した……その責任がね」
勇者「なんだよそれ」
――ガルルル……
勇者「おい、なんだいまの音、いや唸り声みたいな」
僧侶「ドラゴンです!!」
魔法使い「なっ」
勇者「があああああっっっ!!」
宿屋
僧侶「申し訳ありませんでした!!」
僧侶「お二人のサポートする立場の私が、あろうことかお二人にご迷惑を」
勇者「いやいやそんな大袈裟な。全然大丈夫ですよ」
魔法使い「そうですよ、こうしてみんな無事だったんですし。むしろ勇者にはいい鍛錬になったんじゃない?」
勇者「あのなあ……ありゃ結構な魔物だったんだぜ。それより僧侶さん、足の方はもう大丈夫ですか?」
僧侶「はい、魔法使い様に治していただきまたしので。普段通りです」
勇者「そうですか、でも念のため明日医者に診てもらった方がいいですよ。こいつの魔法が万全って保証もないですし」
魔法使い「はあ!? あんた、このわたしの魔法が信用できないってわけ?」
僧侶「あはは……」
深夜、寝室
僧侶(あれから……無事に洞窟を抜け出して、街で夕食と宿を確保して……いつも通り二部屋とって宿泊しています。勇者様が一室、私と魔法使い様が同室です)
僧侶(その間、お二人とも様子は相変わらず……)
僧侶(ですが、この時間になると魔法使い様はまったく変わってしまいます)
魔法使い「っ……うう……」
僧侶(布団に顔を埋めて、震えています。ときおり、泣き腫らした顔が隙間から見えます)
僧侶「魔法使い様……」
魔法使い「なに……?」
僧侶「今日は、私のせいで……」
魔法使い「ううん、あなたのせいじゃないわ……」
魔法使い「勇者、怪我しなかったかな……?」
僧侶「……おそらくは。私の目視の限りですが」
魔法使い「あのね、勇者ね、いつもそういうの隠すから……」
魔法使い「さっき、立ち竦んだわたしの前に勇者が入ってくれて、かばったんだと思う」
僧侶「……はい、見ました」
魔法使い「……わたし、足引っ張りたくない。もっと強くならなきゃいけないのに、もっと役に立たなきゃいけないのに」
魔法使い「そうしないと……、勇者が……勇者が……死んじゃう」
魔法使い「こわい、毎日本当にこわくて」
魔法使い「いつか取り返しのつかないことが起きるんじゃないかって」
魔法使い「いますぐ旅なんかやめたい」
魔法使い「でも、そんなこと言えるわけがない」
魔法使い「ねえ、どうすればいいのかな? どうすれば勇者に旅をやめさせることができるのかな?」
魔法使い「……どうすれば、勇者は生きていてくれるのかな」
僧侶「……」
魔法使い「ごめんなさい、僧侶さん。毎晩こんなことばかり聞かせて」
僧侶「……いいえ、私のことは気になさらず、お気持ちをことばにしてください。そうした方が、きっと楽になりますから」
魔法使い「ありがとう、……あなたはいい人よ。きっと偉大な僧侶になるわ」
翌日
勇者「だーから左だって!」
魔法使い「どう考えても右でしょ? 昨日は左に行ってあんな目にあったんだから!」
勇者「いやそれ選択したのお前じゃん! 今日は俺の言うこと聞けよこの頑固魔法使いがよ!」
魔法使い「あーうーるさい、聞こえない聞こえない。ほら早く行くわよ」
勇者「おい待てって!」
僧侶「はぁ……」
僧侶(勇者様と魔法使い様が素直になってくれなくて困る)
僧侶の呼ぶ「勇者様」が「勇者くん」になり、「魔法使い様」が「魔法使いちゃん」になるのはまだもう少し先のことである
終わり
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