ターニャ・フォン・デグレチャフ「座薬型、演算宝珠……?」 (61)

けいこくします。

驕らず、謙虚な気持ちで初心に立ち返り、執筆した結果、ほんの少しだけ筆が乗ってしまい、やや過激な表現が目立つ作品となりました。
もちろん、全年齢対象作品なので、性的な描写は一切含まれておりませんが、タイトル通りの展開となりますので、苦手な方はくれぐれもご注意ください。

それでは以下、本編です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1544281331

「久しいな、デグレチャフ少佐!」
「お久しぶりです、シューゲル主任技師」
「よく私の工廠へ来てくれた! 歓迎するぞ!」
「いえ、上からの命令ですのでおかまいなく」

第二〇三遊撃航空魔導大隊の大隊長であるターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、参謀本部の密命を受け、帝国軍エレニウム工廠を訪れていた。
その来訪を今か今かと待ち構えていたのは、この工廠の主任技師である、アーデルハイト・フォン・シューゲルだ。異常にテンションが高い。
元より狂人として帝国内外にMADの異名を轟かせているとはいえ、嫌な予感がプンプンする。
前線から何故わざわざ工廠へ向かわされたのか、目的は知らされていないが、きな臭い。

「相変わらずの5分前行動とは感心だな! どうやら少佐も今日という日を心待ちにしていたと見受けられる! 慧眼とはまさに貴官のつぶらな瞳のことを言い表わしているにに違いない!」
「ドクトル、世辞はそのくらいで本題を」
「まあ、そう急くな。ところで少佐、そちらの女性士官は誰かね?」
「ああ、彼女は私の副官です」

身の危険を感じていたデグレチャフ少佐は盾代わりに自身の副官であるヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉を同伴させていた。

「ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉であります! お初にお目にかかります、ドクトル・シューゲル主任技師!」
「おおっ! デグレチャフ少佐の副官とならば、優秀な魔導師に違いあるまい! 歓迎するぞ!」
「はっ! 過分なお言葉、恐縮であります!!」

副官に対しても、この高待遇。
やはり、おかしい。違和感しかない。
日頃、魔導師をモルモットとしか見ていないシューゲル主任技師のこの変質ぶりに、デグレチャフ少佐は警戒心を最大まで引き上げた。

「ちなみに別室には副長であるマテウス・ヨハン・ヴァイス中尉も待機させています」
「なんと! まさかデグレチャフ少佐は私の工廠と一戦交えるつもりで来たのかね?」
「場合によっては、その可能性もあるかと」
「わはは! そう身構えるな! 楽にしたまえ!」

このハイテンションを目の当たりにして身構えない方がどうかしている。保身が第一だ。
待機中のヴァイス中尉には、何かあったらすぐさま私と副官を救出するよう命じてある。
それでもやはりどうにも不安だったの、だが。

「来たか、デグレチャフ少佐」
「レルゲン中佐殿!」

聞き慣れた上官の声で、不安が吹き飛ぶ。
振り返ると、そこには帝国軍参謀本部に所属している参謀将校、エーリッヒ・フォン・レルゲン中佐が佇んでいた。少し痩せただろうか?
ともあれ、これで安泰だ。心配は杞憂だった。
参謀本部がMADのお目付け役としてレルゲン中佐を派遣してくれたのならば、一安心である。
彼は狂人揃いの帝国軍の中で唯一まともと呼べる良識を持った人物だった。飛びつきたい。

「中佐殿! お会い出来て嬉しいです!」
「そ、そうか。貴官の気持ちは良くわかった。だから、出会い頭に飛びつくのはやめてくれ」
「はっ! これは大変失礼しました!」

つい、中佐の胸元に飛び込んでしまった。

「ところで、デグレチャフ少佐」
「はっ」
「貴官は、不安を感じていないのか?」
「はっ。何一つとして、不安はありません」
「……やはり、そうか」

レルゲン中佐は改めて、恐ろしいと感じた。
会って早々飛びついてきたデグレチャフ少佐。
それほどまでに、嬉しいらしい。戦慄する。
恐らく、今回の密命の目的に、感づいている。

(やはり、この幼女は戦争狂だった!)

こめかみから冷や汗を流しつつ、無垢な少女の笑顔という皮を被った化け物……ターニャ・フォン・デグレチャフから距離を取った。
そんな彼は、ふと視線を感じて首を傾げる。

「何か?」
「あ、いえっ!」
「たしか、貴官は……」
「はっ! デグレチャフ少佐の副官を務めさせて頂いております、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉であります!」
「ああ、貴官のことは参謀本部でも度々話題になっている。あの戦争狂……ごほんっ。白銀のターニャの副官として、良くやっているとな」
「はっ! 身に余るお言葉、恐悦至極です!!」

ガチガチに緊張している、女性士官。
話してみた印象は、決して悪くはない。
しかし、先程までこちらに向けられていた視線が、どうにも気になった。あれは、殺意だ。
レルゲン中佐は上官に対してそのような視線を平気で向けるこの副官も要注意人物であると判断し、警戒心を最大まで引き上げた。

「ところで、デグレチャフ少佐」
「はっ」
「貴官は、不安を感じていないのか?」
「はっ。何一つとして、不安はありません」
「……やはり、そうか」

レルゲン中佐は改めて、恐ろしいと感じた。
会って早々飛びついてきたデグレチャフ少佐。
それほどまでに、嬉しいらしい。戦慄する。
恐らく、今回の密命の目的に、感づいている。

(やはり、この幼女は戦争狂だった!)

こめかみから冷や汗を流しつつ、無垢な少女の笑顔という皮を被った化け物……ターニャ・フォン・デグレチャフから距離を取った。
そんな彼は、ふと視線を感じて首を傾げる。

「何か?」
「あ、いえっ!」
「たしか、貴官は……」
「はっ! デグレチャフ少佐の副官を務めさせて頂いております、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉であります!」
「ああ、貴官のことは参謀本部でも度々話題になっている。あの戦争狂……ごほんっ。白銀のターニャの副官として、良くやっているとな」
「はっ! 身に余るお言葉、恐悦至極です!!」

ガチガチに緊張している、女性士官。
話してみた印象は、決して悪くはない。
しかし、先程までこちらに向けられていた視線が、どうにも気になった。あれは、敵意だ。
レルゲン中佐は上官に対してそのような視線を平気で向けるこの副官も要注意人物であると判断し、警戒心を最大まで引き上げた。

誤って連投してしまい、申し訳ありません。

以下、続きです。

「デグレチャフ少佐」
「なんだ、セレブリャコーフ少尉」
「少佐殿はいつもあのようにレルゲン中佐殿と再会を喜び合っているのですか?」
「あのように、とは?」
「先程、抱擁されていたので……」
「ああ……あれはつい、感極まってしまってな」
「感極まって、抱きついたのですか……?」
「まあ、我ながら子供じみた感情表現だったと反省している。帝国軍人として、恥ずべき態度だった。忘れてくれ」

セレブリャコーフ少尉は衝撃を受けていた。
あのデグレチャフ少佐が、感極まったなんて。
きっとそれほどまでに再会が嬉しかったのだ。
もしかしたら、中佐は少佐の初恋相手かも。
そう考えると、なんだか腹わたが煮えくり返って、ついレルゲン中佐を睨みつけてしまった。

(いけない、いけない! デグレチャフ少佐の副官として、粗相がないようにしなくちゃ!!)

ついつい寄りがちになってしまう眉根を揉んでほぐしつつ、務めて笑顔を意識して、印象を良くしようと試みるセレブリャコーフ少尉だったが、この場面で作り物めいた微笑を浮かべる副官に対して、レルゲン中佐はより一層警戒心を強めることとなった。

「さて、デグレチャフ少佐」
「ようやく本題ですか、シューゲル主任技師」
「左様。本題に移るとしよう」

副官のお披露目も終わり、いよいよ本題だ。

「今日、少佐にわざわざ足を運んで貰ったのは、他でもない。新型演算宝珠の起動実験の為だ。再び、私に貴官の力を貸してくれたまえ」
「お断りします。帰るぞ、副官」
「はっ……えっ?」
「待て! デグレチャフ少佐!」

案の定だ。こんなことだろうと思った。

「ドクトル、演算宝珠はもう間に合ってます」
「今回のはひと味もふた味も違うのだ!」
「戦場に珍味は必要ありません」
「いいや! この先、間違いなく必要となる!」
「では安全な缶詰にしてから送ってください」
「その為に実験が必要不可欠なのだっ!!」

その度に毒味させられるなど、御免だった。

「レルゲン中佐殿、助けてください」
「すまんが、今回の起動実験は参謀本部の指示だ。私は実験結果を見届ける為にここへ来た」
「そんなぁ……」

要するに、傍観者というわけか。使えない。
こんな時こそ、良識人ぷりを発揮して欲しいのに……まあ、参謀本部の指示ならば仕方ないか。

「了解です。せいぜい足掻いてみせましょう」

失望を隠すことなくたっぷりのため息を吐いて、デグレチャフ少佐は任務を拝領した。

「さて、デグレチャフ少佐」
「ようやく本題ですか、シューゲル主任技師」
「左様。本題に移るとしよう」

副官のお披露目も終わり、いよいよ本題だ。

「今日、少佐にわざわざ足を運んで貰ったのは、他でもない。新型演算宝珠の起動実験の為だ。再び、私に貴官の力を貸してくれたまえ」
「お断りします。帰るぞ、副官」
「はっ……えっ?」
「待て! デグレチャフ少佐!」

案の定だ。こんなことだろうと思った。

「ドクトル、演算宝珠はもう間に合ってます」
「今回のはひと味もふた味も違うのだ!」
「戦場に珍味は必要ありません」
「いいや! この先、間違いなく必要となる!」
「では安全な缶詰にしてから送ってください」
「その為に実験が必要不可欠なのだっ!!」

その度に毒味させられるなど、御免だった。

「レルゲン中佐殿、助けてください」
「すまんが、今回の起動実験は参謀本部の指示だ。私は実験結果を見届ける為にここへ来た」
「そんなぁ……」

要するに、傍観者というわけか。使えない。
こんな時こそ、良識人ぷりを発揮して欲しいのに……まあ、参謀本部の指示ならば仕方ないか。

「了解です。せいぜい足掻いてみせましょう」

失望を隠すことなくたっぷりのため息を吐いて、デグレチャフ少佐は任務を拝領した。

再び連投してしまい、申し訳ありません。

以下、続きです。

「それで今回はどのようなゲテモノですか?」
「これだ!」
「これが、演算宝珠……?」

自信満々で眼前に突き出されたのは、小指の先ほどの物体だった。形状は雫の形をしている。
それを見て、セレブリャコーフ少尉が呟く。

「まるで耳飾りのようですね」
「ほう? 近頃の若い娘には、このような形の耳飾りが流行っているのか?」
「幼年学校の時に、これと同じようなものを耳に付けた学友を何度か見かけました。もちろん、校外でのことですが」

そう語る副官の目には憧憬が浮かんでいた。
装飾品を身に付けることはおろか、化粧すら出来ない戦場で、日夜命をすり減らしているセレブリャコーフ少尉にとって、耳飾りは憧れの品らしい。

(今度、機会があればプレゼントしてやるか)

指輪一つ身に付けていない副官を不憫に思ったデグレチャフ少佐がそう決意を固めていると、シューゲル主任技師が割って入ってきた。

「違う違う! これは耳飾りなどではない!」
「耳飾り型の演算宝珠ではないのですか?」
「神聖な演算宝珠を装飾品にするなど主に対する冒涜だ! 私は断じてそんなことはしない!」

どうやら、信仰心は持ち続けているらしい。

「では、この形状は一体何なのですか?」
「それはお尻に優しい座薬型演算宝珠だ!」
「は? ドクトル、今なんと仰いましたか?」
「お尻に優しい座薬型演算宝珠だ!」
「……は?」

どうやらこのMADは、ついにイかれたらしい。

「お尻に、優しい……?」
「座薬型、演算宝珠……?」

デグレチャフ少佐とセレブリャコーフ少尉は、シューゲル主任技師の理解不能な説明に揃って首を傾げた。ちっとも意味がわからないよ。
見兼ねたレルゲン中佐が、不本意ながらもMADに代わって補足する。

「演算宝珠の基本的な原理は理解してるな?」
「はい。魔力を込め、術式を展開します」
「それをより効率良く行う為に生み出されたのが、今回の新型演算宝珠だ」
「つまり、宝珠を直接体内に埋め込む、と?」
「そのとおぉぉおおりっ!!」

苦虫を噛み潰したようなレルゲン中佐。
喜色満面の笑みを浮かべるドクトル。
デグレチャフ少佐は顔を引きつらせ、逃げた。

「なるほど……それでは、小官はこれにて」
「待て! どこに行くつもりだ、少佐!」
「離してください、ドクトル!」
「いいや! 離さん! 起動実験をするのだ!」
「全力でお断りさせて頂きます!」
「残念だが、参謀本部の命令だ」

ジタバタ足掻いていると、レルゲン中佐が再び参謀本部の命令だと告げた。食ってかかる。

「お言葉ですが、中佐殿!」
「なんだ?」
「どうして小官が選ばれたのですか!?」
「適性があったからだ」
「それはどのような選考基準で!?」
「魔力量と実験の秘匿性を加味しての結論だ」

秘匿性か。たしかに、これは口外出来ない。
もしも他国に知られてみろ。大問題だ。
帝国が幼女に座薬を投与して戦力増強を図ろうとしているなど知れたら、すぐさま亡国だ。

「中佐殿は小官に、帝国へ尻を捧げろと?」
「それが参謀本部の意向だ」

これが、戦争。完全に狂っている。
善悪の区別などない世界。
勝つ為ならば、手段を選ばない。
しかし、それでも。それにしたって。

(あまりに、無情だと……思わずにいられない)

その、レルゲン中佐の悲痛な表情を見て、上官も自分と同じ気持ちを抱いていることを、デグレチャフ少佐は察した。
彼だって苦しんでいる。それが伝わってきた。
それでも、軍人として己の職責を全うしようとする、その気高い姿勢に胸を打たれた。

「中佐殿のお気持ちは良くわかりました」
「貴官に、私の気持ちがわかるのか……?」
「ええ、わかりますとも。お任せください」

レルゲン中佐は、ぞくりと、再び戦慄した。

「帝国の未来は、私のお尻が守ってみせます」

この戦争狂は、勝つ為ならば手段を選ばない。
たとえ、幼いその身を犠牲にしてでも。
躊躇なく、尻を捧げてみせると、宣言した。

(帝国は……どうなってしまうのだ)

仮にこの起動実験が成功した暁には。
帝国は強大な力を手に入れることとなる。
しかし、それは幼女の尻から生まれるのだ。
レルゲン中佐は、その未来が怖かった。
幼女の尻に未来を委ねる恐怖に、震えた。
ターニャ・フォン・デグレチャフが、帝国をその未成熟な尻の下に敷く未来が、怖い。

(ああ、主よ……どうか、祖国を守りたまえ)

願わくば実験が失敗するよう、祈りを捧げた。

「少佐殿! どうか先鋒はこの私に!」
「参謀本部は私をご指名だ」
「ですが! 恐れながら少佐殿のお尻は幼く、新型宝珠を許容出来るとは思えません!」
「少尉、私の尻を見くびるな」

副官の献身を突っぱねるデグレチャフ少佐。
断腸の思いとはまさにこのことだ。
可能ならば代わって欲しいところだが、中佐の見ている前で副官を生贄に捧げることなど出来る筈もなかった。

(私にも……白銀としての意地がある)

たかが座薬如きに臆してたまるものか。

「セレブリャコーフ少尉」
「はっ」
「万が一、実験中、不測の事態に陥った場合は、ヴァイス中尉へ救援要請を頼む」
「はっ! 了解しました!」

これでとりあえず、覚悟は決まった。

「少佐、準備は出来たか?」
「はっ。あとは挿れてみてのお楽しみですな」

その発言に、レルゲン中佐は耳を疑った。

「貴官は、楽しむ、つもりなのか……?」
「何事も前向きが肝心ですので」
「よくぞ言った! デグレチャフ少佐! お互い、存分に起動実験を楽しもうではないか!!」

満足げなMAD。満更でもなさそうな幼女。

(なんなのだ、こいつらは!?)

レルゲン中佐は正直、ついていけなかった。

「では少佐、尻を出したまえ」
「言われなくとも出しますよ!」
「おや? 補助は不要かね?」
「座薬くらい、自分で挿れられます!」

頼んでもいないのに補助を申し出てきたシューゲル主任技師を押し退けて、制服を脱ぐ。
この潔さが肝心なのだ。脱ぐと決めたら脱ぐ。
間違っても恥ずかしがってはいけない。
何故ならば、余計に恥ずかしくなるから。

(そもそも生前は男だった私が、男性に肌を見られたところで、なんとも思わない)

故にデグレチャフ少佐は手早く下着まで脱ぐ。
そのタイミングで、レルゲン中佐の視界を遮るようにセレブリャコーフ少尉が立ち塞がった。

「む? どうした、セレブリャコーフ少尉。そこに立たれては少佐の様子が見えないのだが」
「軍規に則り、中佐の視界を塞いでおります」
「軍規だと?」
「はっ。女性士官の肌は伝統ある帝国軍の軍規によって守られております故」
「しかし、私には起動実験をこの目で見届ける義務がある。参謀本部からの命令なのだ」
「直接目視で確認せずとも起動実験の成果は観測機材によって記録されております」
「貴官の言うことも一理ある。だが、私は」
「軍規ですので」
「わ、わかった」

なんとも頭の固い副官だ。誰に似たのやら。
レルゲン中佐はとりあえず退くことにした。
別に幼女の肌になど興味はない。
目下の関心は、新型宝珠の性能である。
そして実験が成功した際に、あの戦争狂がどのような反応を示すかを確認したかったの、だが。

「ひぅっ!?」

室内にデグレチャフ少佐の悲鳴が響き渡った。

(な、なんか今、ビビッと宝珠が振動した!)

セレブリャコーフ少尉がレルゲン中佐を相手に防衛戦を繰り広げているのを、文字通り尻目にして、デグレチャフ少佐は挿入を試みていた。
しかし、原因不明の振動に驚いて、断念。
慌てて観測機材に夢中なシューゲル主任技師に宝珠の異常を報告した。

「ドクトル! 宝珠が謎の振動をしてます!!」
「うむ。それで良い。正常に動作しておる」
「これが正常!? 明らかに異常です!!」
「落ち着け、少佐。狼狽えるでない」
「だって小官のお尻に触れた途端ビビッと!」
「ふむ。尻は魔力の源だから当然だろう?」

(このMAD、わかっていてやらせたのか!?)

どうやらこちらの反応を眺めて楽しんでいる。
デグレチャフ少佐は憤慨した。ふざけんな!
ぶち切れる寸前でなんとか堪えて、質問した。

「尻が魔力の源とはどういうことですか?」
「そのままの意味だ。魔導師は尻から魔力を生み出しておるのだ」
「俄かには信じ難い新説ですね」
「世紀の大発見だよ、少佐。そのことに気づいた私は、すぐさま新型演算宝珠を作成した」
「それが、この座薬型演算宝珠ですか……」

道理でおかしいと思った。
体内に埋め込むなら別に尻じゃなくていい。
それなのに尻にこだわった理由がこれか。

「わかりました、ドクトル。要するに、魔力に共鳴して振動しているわけですね?」
「理解が早くて助かる。そう捉えて構わない」
「でしたら、挿入は不可能です」
「何故だ?」

(そんなもの尻に挿れられるわけないだろ!)

わかりきったことを言わせようとするシューゲル主任技師に欠陥宝珠をぶん投げたくなった。
その衝動を鋼の精神力でなんとか抑制して、務めて冷静に理由を述べる。

「振動する物体を尻には挿れられません」
「だから、何故なのかと聞いている」
「理由など言わずともわかる筈です!」
「ふむ……刺激が強すぎたか?」
「まあ……概ね、その通りです」

渋々頷くと、シューゲル主任技師は嘲笑った。

「よもや、白銀のターニャが怖気づくとは!」
「ぐっ……!」
「これが帝国の英雄とはなんとも情けない!」
「……黙れ」
「まさか尻で感じているのではなかろうな?」
「黙れぇぇっ!!」

あっという間に沸点に達したデグレチャフ少佐を見て、シューゲル主任技師はほくそ笑む。
軍人を丸め込むなど、容易いことだ。
こうして挑発すれば、ほら、簡単に。

「失礼。少々、取り乱してしまいました」
「これ以上の問答は必要かね?」
「……いいえ。もう結構です」
「では、実験を続けよう」

首尾よく、モルモットは沈黙してくれた。

(尻で感じているだと? 冗談じゃないっ!!)

デグレチャフ少佐は激怒していた。
シューゲル主任技師の発言にあからさまな挑発が含まれていることには、当然気づいている。
それに乗るのは愚策だが、聞き捨てならない。
プンプン怒っている上官を、副官は気遣った。

「デグレチャフ少佐……無理しないでください」
「案ずるな、セレブリャコーフ少尉。私は帝国軍人だ。これしきの苦難で挫けはしない」
「少佐殿……」

心配してくれる部下に気丈な笑みを見せ、デグレチャフ少佐は実験を再開した。

(帝国軍人の誇りに賭けて、完遂してみせる)

しかし、宝珠はまたもやビビッと振動する。

「ひゃんっ!?」
「何をやっとるんだ、デグレチャフ少佐」
「ドクトルもやってみればわかりますよ!」
「生憎と私には魔導師の適性がないものでな」
「だったら黙っていてください!!」

他人事だと思って好き勝手言い放題だ。
無神経さにプンスカ怒るデグレチャフ少佐。
そんなモルモットにMADは再度提案してきた。

「やはり、補助が必要ではないかね?」
「はい! 僭越ながら、私にお任せください!」

ここぞとばかりに元気よく副官が志願した。

「少尉、残念ながらそれは認められない」
「何故ですか!? 小官は任に耐えうると確信しております! どうかお任せください!!」
「これは大きな危険が伴う作業だ。貴官はもしもの時の為に備えていたまえ」

にべもなく副官の申し出を却下する少佐。
それっぽく理由を付けてみたが、本当のところは女性であるセレブリャコーフ少尉に座薬を挿れて貰うのが恥ずかしかっただけだ。
生前の性別が男であることが、引け目だった。

「レルゲン中佐殿」
「なんだ、デグレチャフ少佐」
「もしよろしければ、補助を頼めますか?」

頭のおかしいMADは論外。
待機中のヴァイス中尉を使う手もあったが、副長に座薬を挿れる補助を頼むのは気が引けた。
消去法によりレルゲン中佐に頼むことにした。

「……わかった。微力ながら最善を尽くそう」
「ご協力感謝します、中佐殿」

幾ばくか間を置き、頷いたレルゲン中佐。
申し出を快諾してくれたことに安堵していると、セレブリャコーフ少尉が噛み付いてきた。

「デグレチャフ少佐!」
「なんだ少尉。騒々しいぞ」
「どうして私では駄目なのですか!?」
「先程説明した通りだ」
「納得出来ません!!」

仕方ない。副官にも任務を与えることにする。

「少尉は私の傍についていてくれ」
「えっ?」
「貴官が近くに居てくれるだけで励みになる」
「……なるほど! お任せください! 少佐殿!」

やれやれ。忠誠心が強すぎるのも困りものだ。

「セレブリャコーフ少尉」
「はい、少佐殿。如何しましたか?」
「たしかに私は傍に居ろと命じたが、これは些か近すぎるのではないか?」
「何か問題がありますか?」

レルゲン中佐に座薬型演算宝珠を挿れて貰うべく、デグレチャフ少佐は部屋に備え付けられたソファに腰掛けていた。
そこまではいい。しかし、問題は副官だ。

(どうして私を抱っこする必要があるのだ?)

セレブリャコーフ少尉は現在、何を思ったのか自身の上官であるデグレチャフ少佐を背後から抱きしめる形でソファに座っている。
これでは完全にぬいぐるみ扱いだ。
ごほんと、咳払いをして、少尉に忠告する。

「私は貴官のお人形ではない」
「はっ。心得ております!」
「では、どうしてこの体勢なのだ?」
「少佐殿の肌を守るには、この体勢が最適であると小官は確信しております故!」

セレブリャコーフ少尉は命令をこう解釈した。

(片時も離れず少佐殿の肌を守らなければ!)

少佐殿は命じた。傍に居ろ、と。
それはきっと同性の自分にしか出来ないこと。
つまり男性であるレルゲン中佐の目に、デグレチャフ少佐の肌が映らないように立ち回れと、遠回しに仰っているのだ。完全に理解した。

「軍規に反することがないよう、この私が目を光らせておりますので、少佐殿はどうぞ気兼ねなく任務に専念してください!!」
「そ、そうか……たしかに、軍規は守らねばな」
「はっ! 全て小官にお任せください!!」

こうも声高に軍規を持ち出されると、デグレチャフ少佐は反論することが出来なかった。

「用意はいいか?」
「はっ。中佐殿、よろしくお願いします」
「ああ、任せろ」

いよいよ、その時はきた。演算宝珠の挿入だ。
ゴクリと、生唾を飲み込むデグレチャフ少佐。
セレブリャコーフ少尉に後ろから抱かれ、大股を開いているが、その幼い股間は軍規に忠実な副官の手により、完璧にガードされている。
露出しているのはお尻の穴だけ。問題はない。
しかし、いざとなると、腰が引けてしまう。

(……一応、言うだけは言っておこう)

念の為、デグレチャフ少佐は切実に懇願した。

「あの……なるべく、優しくしてください」
「当たり前だ。貴官を傷つけるつもりはない」
「レルゲン中佐殿……!」

(やっぱり私の目に狂いはなかった!)

デグレチャフ少佐は、ほっと胸を撫で下ろす。
思った通り、レルゲン中佐殿は優しい人だ。
幼気な少女を気遣ってくれている。良識人だ。
その点、セレブリャコーフ少尉は無茶をしそうでちょっと怖かった。中佐なら心配いらない。
加えて、副官は少々不器用なところが見受けられるので、繊細な作業は不向きだと判断した。
対してレルゲン中佐は器用であり、いかにも神経質そうなその印象から、座薬を挿れさせることに関して帝国内で右に出る者は居ないだろうと思われた。プロの座薬職人かも知れない。

「では、挿れるぞ」
「はっ! 全力でお受けします!」

とは、言ったものの。やっぱりビビッときて。

「ひぐっ!?」

堪え切れずに、情けない悲鳴が、響き渡った。

「少佐……辛いだろうが、耐えてくれ」

(気遣いはいいからさっさと挿れてくれ!!)

苦悶に喘ぐこちらに遠慮したのか。
レルゲン中佐は宝珠を挿れることを躊躇った。
今現在も、入り口に押し当てているだけ。
正直、それが一番キツイ。要らない配慮だ。
しかし、中佐にはそのことがわかっていない。

(もしや、中佐殿は童貞なのだろうか?)

見たところ、どうも、待っていれば自動的に受け入れてくれると勘違いしているらしい。
完全に童貞の発想だ。そんなわけがない。
グッと、押し込んでくれなければ入らない。

(そんなことも知らずに、何が任せろ、だ)

たしかに、中佐は思った通りの人物だった。
慎重且つ、繊細な手つきで、焦らしのプロだ。
言い換えれば、意気地なしの童貞野郎だった。

「んっ……んんっ! も、もう、駄目だ……!」

振動する演算宝珠を尻の穴に押し当てられる。
完全に拷問だった。早く楽になりたかった。
だからデグレチャフ少佐は、こう口にした。

「レ、レルゲン中佐殿!!」
「どうした、デグレチャフ少佐」
「お願いですから早く挿れてください!!」
「なん、だと……?」

その物言いに、レルゲン中佐は衝撃を受けた。

(自ら早く挿れて欲しいとねだるとは……!)

レルゲン中佐は愕然とした。ありえない、と。

(やはりこの戦争狂は実験を楽しんでいる!)

先程からおかしいとは思っていたのだ。
演算宝珠が振動するアクシデントがあったにも関わらず、実験を続行するなど考えられない。
それを理由に中止したとしても何も問題はなかったのだ。ありのままを上に報告すれはいい。
それなのに、デグレチャフ少佐は続行した。
もちろん言葉の上では不満を口にしていたものの、結局はこうして実験を続けている。
要するに、自らの意思で、この状況を満喫しているのだ。俄かには信じ難いことである。

(しかも、この私にその役目を押し付けた!)

改めて、その周到さに背筋が凍る。
自分が楽しんでいることを隠蔽する為に、さも困ったふりをして、上官に手伝わせる。
それによって、周囲の見方は大きく変わった。

(あの副官の目つき……完全に嵌められた!)

まるでゴミを見るような視線を向けられて。
レルゲン中佐は自分が罠に嵌ったことを悟る。
そのセレブリャコーフ少尉の目つきには、覚えがある。デグレチャフ少佐と同じ目つきだ。

『間引くぞ』

と、言われた気がした。

(ッ……こうなったら、やるしかない!)

あれは、人を虫けらとしか思っていない目だ。
間引かれたくないと、レルゲン中佐は思った。
もはや、後戻りは出来ない。覚悟を、決めた。

「わ、わかった! すぐに挿れる!」
「お、お願いします!」
「ああ! いくぞっ!!」

一息に、ズブッと、演算宝珠が尻の穴に沈む。

「んあっ!?」

それに伴い、お腹の中に振動が伝わる。
男性にはない臓器の裏側をくすぐられる感覚。
はっきり言って、頭がおかしくなりそうだ。
あまりの衝撃に意識が飛びかけたデグレチャフ少佐の耳に、信じられない言葉が飛び込む。

「よし。少佐、そのまま600秒耐えてくれ」
「ろ、600……!?」

シューゲル主任技師の指示に、唖然となる。

(インスタント食品を作って、食べて、片付け終わってしまう時間ではないか!?)

瞬時に無理だと判断して、早口で要請した。

「そ、即時排出許可をっ!」
「遺憾ながら許可出来ない。魔力反応の計測が終わるまで、貴官は痴態戦闘を続けたまえ」
「そんな……」

600秒も耐えられるわけがない。笑えてきた。

「くふっ……私のようないたいけな幼女の尻穴が戦場の主役とは……まったく、最高に愉快!!」

半ば自棄になりつつも、その命令を受諾した。

100秒経過。

(この状況下で、笑った、だと……!?)

レルゲン中佐はパニックに陥っていた。
この絶望的な状況下で笑みを浮かべたデグレチャフ少佐が、怖くて堪らない。チビりそうだ。
しかし、逃げ出すことは出来ずにいた。
人差し指は、狂った幼女の尻穴に添えたまま。
もっと言えば、第一関節がめり込んでいる。
そうしなくては、演算宝珠が飛び出すからだ。

(動くに動けん! どうすればいいのだ!?)

焦った様子の中佐を、少尉は観察していた。

(ふん。今更慌てて……馬鹿みたいですね)

こうなることなど、最初からわかっていた。
それを想定していない時点で、底が知れた。
やはり、レルゲン中佐には任せられない。
セレブリャコーフ少尉はそう見切りをつけた。

「デグレチャフ少佐、お気を確かに」
「はぁ……はぁ……私は、もう駄目だ」
「大丈夫です。小官が付いています」
「セレブリャコーフ少尉、私を助けてくれ」
「少佐殿、もうしばらくご辛抱ください」
「もう限界なんだ! 副官、わかってくれ!」
「わかりますよ、わかりますとも」
「嘘だッ! 貴様は何もわかっていない!!」
「少佐殿の苦しみは、小官の苦しみです」
「もう嫌だ! 口からなんか出そうだ!!」
「大丈夫です。口からは何も出ませんよ」

ジタバタともがき苦しむ上官を抱きしめながら、セレブリャコーフ少尉は幼女を宥め、時が過ぎるのをただただひたすらに待った。

200秒経過。

(私は……あまりに無力だ)

レルゲン中佐は未だ、何も出来ずにいた。
デグレチャフ少佐は相変わらず悶えている。
副官が宥めているが、長くは保つまい。
だんだんと、幼女のお腹が膨れ始めた。

(ああ、神よ……愚かな私をお許しください)

デグレチャフ少佐は楽しんでなどいなかった。
目の前に居るのは、帝国に身を捧げた生贄だ。
穿った見方で邪推していた自分が、許せない。

(そしてどうか、この幼女をお救いください)

このままでは少佐のお腹がパンクしてしまう。
人差し指を引き抜けば、恐らく救える。
しかし、懸命に任務を遂行しようとしているデグレチャフ少佐の献身を、無駄にしたくない。

(私は、どうすれば良いのだ?)

神に尋ねても、答えは返ってこなかった。

(ここに来て神頼みとは、呆れたものです)

そんなレルゲン中佐を冷ややかに見下すセレブリャコーフ少尉。祈ってもどうにもならない。
あらゆる手段を実践して、負担を減らそう。
そう思い、デグレチャフ少佐に意見具申した。

「デグレチャフ少佐」
「な、なんだ、副官。私はもう、余裕がない」
「呼吸法を変えてみては如何ですか?」
「呼吸、法……? なんだ、それは」
「吸う時は短く、吐く時は長くするのです」
「そ、それに、なんの意味がある……?」
「そうすることで、余計な力が抜けます」
「な、なるほど……まるで、妊婦だな」

ひっひっ、ふーっと、息をすることになった。

300秒経過。

「ひっひっ、ふぅーっ!」

(これが現実の出来事だとは、信じられない)

ぼんやりと、現実から逃避しつつ。
レルゲン中佐は妊婦の幼女を眺めていた。
既にだいぶお腹が大きい。まもなく臨月だ。
今まさに、出産する間際の呼吸法をしている。

(見ろ、あの目一杯開いた足の指を。不憫だ)

しゃぶりたい。いや、そうではない。
私欲は後回し。原因究明が先決だ。
つまり、相手は誰なのかを、突き止めよう。

(箱入り娘として、大切に育ててきた)

厳格な父親であるルーデルドルフ少将がパパ。
厳しくも優しいゼートゥーア少将がママ。
自分はさしずめ、歳の離れた兄だろうか。
この妄想癖は、パパ譲りだ。

(デグレチャフ少佐は、私の可愛い妹だ)

参謀本部ファミリーに新たに誕生した幼い妹。

デグレチャフ少佐は、大切な家族だった。
その大事な妹が腹を膨らませて苦しんでいる。
それが許せない。いったい誰がこんな真似を。
憤ってから、ふと気づく。自分のせいか、と。

(ん? そう言えば……協商連合にアンソン・スーとかいう不届き者が居た筈だ)

レルゲン中佐は無意識のうちに、以前報告に上がっていた敵国の魔導師へ、責任を転嫁した。

(私の可愛い妹に散々付きまとった挙句、このような酷い仕打ちをするなど、万死に値する)

いや、もう死んでいるのだが。それでも、だ。
アンソン・スーは何度も何度も妹を苦しめた。
漫画版ではなんと、すっぽんぽんにした程だ。
恐らくその際に、酷いことをされたのだろう。

(実験が終わったら、海の底を浚ってやる)

そこに沈んでいるだろう彼奴の死体に蹴りをいれてやろうと、レルゲン中佐は心に誓った。

400秒経過。

「ふーっ! ふーっ!」

猫が威嚇しているのではない。
デグレチャフ少佐の呼吸音だ。
必死に耐えているのが伝わってくる。

(少佐殿をこんな目に遭わせるなんて……!)

セレブリャコーフ少尉は憤激していた。
対象はレルゲン中佐だ。本当に許せない。
こんなに少佐が苦しんでいるのに、人差し指でお尻の穴を塞いだまま、澄まし顔をしている。

(きっとこの人には良心がないんだ)

たしかに、中佐殿は優秀な軍人なのだろう。
しかし、これでは機械と一緒である。
任務の為ならば何をしても良いと考えている。

(私が、少佐殿を守らないと!)

そう、決意を新たにした、まさにその時。

「……おしっこ」
「えっ?」
「おしっこ、出る」

デグレチャフ少佐が、尿意を催した。

500秒経過。

「中佐殿! 少佐はもう限界です!」
「わ、私にどうしろと言うのだ!?」
「すぐに実験を中止してください!!」
「ここまできて、やめろと言うのか!?」
「早くしないと手遅れになります!!」
「だが、これまでの全てが水泡に帰す!!」
「少佐がどうなってもいいのですか!?」
「少佐の献身を無駄にしたくないだけだ!!」

(やはり、この人は少佐を使い潰す気だ)

セレブリャコーフ少尉は、完全に理解した。
レルゲン中佐は、尊敬に値する上官ではない。
軍人としては模範的だろうが、駄目な大人だ。

(この人に任せていたら、手遅れになる)

少佐を救うべく、独断で動くことを決めた。

「少佐殿! すぐにおトイレへ行きましょう!」
「む、無理だ……ぜぇーったいに、無理だッ!」
「どうして無理なのですか?」
「だって! 立てないし、歩けないからだ」
「それならヴァイス中尉を呼びましょう」
「だ、駄目だ! こんな姿を見られたくない!」

まさに、八方塞がり。打つ手なしの万事休す。

「驕らず。謙虚な気持ちで共に祈ろうではないか! 主を信じるのだ! さすれば救われる!!」

MADだけは、いつになく楽しそうだった。
稀代の天才にとってこの事態は想定の範囲内。
余剰魔力によって腹が膨れ、膀胱を圧迫されることで尿意を催すのは、ごく自然な生理現象であると言えた。むしろ、催さない方が不自然。

550秒経過。

「さあ、少佐! 主を称えるのだ!!」
「い……嫌、だっ!」
「抵抗は無意味だ! 神の御心に従え!!」
「嫌だぁっ!!」
「少佐! それしか助かる術はないのだよ!!」
「やだぁ! やだやだやだ! 嫌だぁああっ!!」

デグレチャフ少佐は見た目通りの幼子のように駄々を捏ねた。中身はおっさんだ。
主を称えるなんて死んでも御免だった。

(そもそも私をこんな姿にしたのは存在Xだ!)

いわば、この受難は奴の意思。神の意向。
そんな相手をどうして称えなければならない。
忌ま忌ましいだけで、崇拝したくなどない。
抵抗を続ける少佐の耳に副官から朗報が届く。

「少佐殿! 規定時間まで残り30秒です!」

あとたったの30秒で実験が終わる。
ようやく、長く苦しい戦いから解放される。
しかし、運命とは残酷なものだった。

「ふみゃっ!?」

一際激しい波が来た。
まさに、ビッグウェーブの到来だ。
このままでは、おしっこが漏れてしまう。

(私は……漏らすのか? 中佐殿の目の前で?)

レルゲン中佐に目撃されたら、終わりだ。
間違いなく、参謀本部へ伝わってしまう。
これまで築いたキャリアが水の泡となる。
いや、おしっこの泡か。どっちでもいい。
どうしても漏らしたくなかった。だから。

「主よ……」

口が勝手に、祈りの言葉を紡ぎ出す。

「どうか、我を……尿意から救いたまえ」

すると、嘘のように尿意が収まった。

600秒経過。

「よくやった少佐! 600秒を耐え切るとは!」

切実な幼女の祈りは、天に届いた。
どうやら、漏らさずに済んだらしい。
デグレチャフ少佐は、任務を完遂した。

「奇跡だ! やはり主は偉大なり!!」

MADの賛美で、起動実験は終わりを告げた。

「レルゲン中佐殿!」
「ああ、わかっている!」

セレブリャコーフ少尉に催促されて、我に返ったレルゲン中佐は人差し指を尻から抜いた。

「はぅっ!?」

しかし、それは悪手だった。
パンパンに膨らんだ風船から空気が抜けるように、デグレチャフ少佐の腹に溜まった余剰魔力が排出される。

ぶぼっ!

「なにっ!?」

その圧力によって、装填されていた座薬型演算宝珠が弾丸のようなスピードで撃ち出された。

チュインッ!

「がっ!?」

ナイス・ヘッド・ショット。
その凶弾は見事にレルゲン中佐の眉間を撃ち抜き、意識を刈り取ると、遅れてやってきた残留魔力の圧力で部屋の外まで吹き飛ばした。

「んあっ!?」

期せずして、上官をフレンドリー・ファイアしてしまったデグレチャフ少佐であったが、彼女は現在、それどころではなかった。

「ああっ!? そんなっ!?」

圧力を失い、弛緩した瞬間に、尿が、漏れた。
ちょろろんっと、幼女はお漏らしをしたのだ。
その清らかな水音は福音として後世に伝わる。

「そんな! こんなのあんまりだ!!」

実験は終わったのに、あまりに酷い結末。
この幼気な少女がこれまで頑張って耐えてきたのは、こんな終わりを迎える為ではない。
輝かしい未来の為、その身を捧げたのに。

「私は一体、何の為に……?」
「大丈夫ですよ、少佐殿」
「セレブリャコーフ少尉……?」

慈愛に満ちた副官の声で、過ちに気付く。

「すまない少尉。貴官の手を汚してしまった」

最後まで上官の肌を守った副官。
その両手は、尿で汚れていた。
今現在も、指の間から尿が溢れている。

(取り返しのつかないことをしてしまった)

よりによって大切な副官におしっこをひっかけてしまうなんて、忸怩たる思いだった。
しょんぼりと項垂れていると、こう諭された。

「小官は気にしておりません」
「しかし、私は貴官の手に……」
「全然汚くなんてありませんよ」
「セレブリャコーフ少尉……」
「少佐殿は、ご立派でした。帝国の誉れです」

ジンと、目頭が熱くなった。本当に嬉しい。

「……ありがとう、少尉」
「デグレチャフ少佐は、本当にご立派でした」
「……うん」
「少佐殿は、とっても良い子です」
「……うん」
「少佐殿は、とても偉いお方です」
「……セレブリャコーフ少尉」
「はい、何ですか?」
「貴官は……慰めるのが、上手いな」
「思ったことを口にしただけです」
「そうか……貴官が居てくれて、良かった」
「はい! 私はずっと少佐殿のお傍にいます!」

嬉しい誤算もあるものだと、心から思った。

「シューゲル主任技師」
「おお、少佐。もう立ち直ったのかね?」
「はい、優秀な副官のおかげです」
「えへへ」

副官に慰められて、ちょっぴり元気が出た。

「これで実験は終わったのですね?」
「ああ、協力に感謝する」
「では、我々はこれで失礼させて頂きます」
「おや? もう行くのかね?」
「ええ、副長が心配しているでしょうから」

結局最後まで出番がなかったヴァイス中尉を安心させるべく、さっさと帰ろうとしたのだが。

「しかし連れの副官が物足りなさそうではないか。もう少しゆっくりしていってはどうだ?」
「わ、私ですか?」

MADが副官に目を付けた。嫌な予感がする。

「ドクトル、私の副官は普通の魔導師です」
「存じておる。なればこそ、価値が生まれる」
「魔力量が多い被験者として、小官を選んだとお聞きしました。私の副官は該当しません」
「一般的な魔導師の反応も観測したいのだよ」
「私の副官に手を出すな」

きっぱりとした口調で、釘を刺したの、だが。

「わ、私は自らの意思で実験に志願します!」

何故か自ら志願する、セレブリャコーフ少尉。

「少尉、新型宝珠の起動実験は過酷を極める」
「はっ、少佐殿! 覚悟は出来ております!」
「勇気と無謀の違いを、貴官は戦場で学ばなかったのか? よく考えてから物を言いたまえ」
「少佐殿は以前、こう仰いました! 軍衣を纏った以上、帝国に無能な兵士はいらないと! 私も軍衣を纏った以上は、帝国の為にこの身を捧げる所存であります!!」
「だからそれが無謀だと言っているのだ!!」

せめて副官には自身を大切にして欲しかった。

「私も、少佐殿の気持ちが知りたいのです」

セレブリャコーフ少尉は、折れなかった。

「デグレチャフ少佐と同じ苦しみを、分かち合いたいのです! どうか、ご理解ください!」

(何が帝国の為だ。結局、私の為じゃないか)

副官の真摯な思いが伝わり、言葉を見失う。
デグレチャフ少佐は、苦悩した。
その気持ちは素直に嬉しいが、迷ってしまう。
すると、ここぞとばかりにMADが口を挟む。

「素晴らしい副官じゃないか、少佐」
「はい。彼女は私の宝物です」
「では、私は席を外すことにしよう」
「随分と素直に諦めるのですね?」
「観測機材の電源は入ったままだ。実験をするのも、しないのも、貴官らの判断に任せる」

MADはやたら芝居掛かった台詞を吐いて。
白衣のポケットから新しい演算宝珠を取り出し、それをこちらの手に握らせ、退室した。
やはり、食えない人だ。
要するに、2人きりで実験しろということだ。
邪魔者が消えることで、環境を整えた。
本当にズルい大人だ。ああはなりたくない。

「あの、少佐殿……?」
「はあ……わかった。私の負けだ」
「では、実験をしてよろしいのですね!?」
「ああ。立ち会い人は私だが、構わないか?」
「もちろん! 少佐殿に全てお任せします!」

渋々、許可を出してやると、彼女は破顔した。
眩しい副官の笑みに目を細めて、少佐は思う。
なんとしても、この笑顔を守ってやりたいと。

「さて、セレブリャコーフ少尉」
「はっ」
「貴官は先程、私に全て任せると言ったな?」
「はっ! 二言はありません!」
「よろしい。では、尻を出したまえ」

座薬型演算宝珠を挿入するには、どうしても臀部の露出が必要だった。体勢は、後ろから。
ソファの背に手をつき、こちらに尻を突き出すセレブリャコーフ少尉。なんとも背徳的だ。

「ああ、露出するのは最低限でいい」
「全部脱がなくてもよろしいのですか?」
「女性がみだりに肌を晒すものではない」
「ですが、少佐殿は……」
「私は幼女だからな。貴官とは対応が異なる」

今更、女性の肌に劣情を催すことはない。
しかし、軍規は最低限守ろう。
今の性別が女であっても、生前は男だった。
ならば、あまりジロジロ見てはいけない。
軍規を守り、健全な実験を心がけよう。

「少佐殿、これで挿入は可能ですか?」

晒し出された、副官の可愛らしい尻穴。

(じいぃつぅにぃぃ! わんだふるぅぅっ!!)

そのあまりの美しさに、激しく胸が高鳴った。

「少佐殿……?」
「ああ、すまない。あまりに綺麗なものでな」
「き、綺麗だなんて、そんな……!」

ポッと、朱に染まる副官の尻が、いじらしい。

「謙遜するな。少尉のお尻は勲章ものだ」
「少佐こそ銀翼突撃章に相応しいお尻でした」
「私は尻の造形で勲章を賜ったわけではない」
「そんなことはありません! 小官は間違いなくお尻が加味されていると確信しております!」
「まったく、セレブリャコーフ少尉は大袈裟だな。侮辱ではなく、褒められたと解釈しておく」

和やかな談笑で適度に緊張が緩和された副官の尻穴に、狙いを定める。そこで、ふと気づく。

「おや? そう言えば、レルゲン中佐殿が見当たらないな。どちらに行かれたのだろう?」

いつの間にか姿が見えない中佐を探して、キョロキョロ辺りを見渡していると副官が答えた。

「きっと、トイレですよ」
「そうか。ならば心配は要らないか」
「はい。何一つ、心配は無用かと」

セレブリャコーフ少尉は目撃していた。
レルゲン中佐が余剰魔力の排出によって吹っ飛ばされるのを、しかとその目で見ていた。
しかし、救助するつもりはない。当たり前だ。

(あれはまさしく天罰。当然の報いです!)

幼女のお尻を弄んだ罪は、相応に重いのだ。

「では、そろそろ始めるとしよう」
「はっ! よろしくお願いします!」

セレブリャコーフ少尉はワクワクしていた。
デグレチャフ少佐に初めてを貰って頂ける。
それだけでご飯3杯は食べられそうだった。

(存在Xめ。私が漏らしたことで気を抜いたな)

デグレチャフ少佐もワクワクしていた。
事ここに至っても、存在Xは沈黙したまま。
余計な手出しをするつもりはないようだ。

(ならばよし。存分に状況を楽しむとしよう)

とはいえ、苦痛を与えるのは本意ではない。
絶望のどん底にいた私を副官は助けてくれた。
その恩に報いたいと、少佐は考えた。

(焦らすのは得策ではない。あれは地獄だ)

童貞らしきレルゲン中佐のやり方は愚の骨頂。
ひと思いに、スポッと埋め込むべきだ。
そう決めて、摘んだ凶弾を尻に向けて放った。

「だんちゃぁーく……今っ!!」
「きゃんっ!?」

砲兵に倣って弾着を告げると、副官が跳ねた。
うんうん。そうだろう、そうだろう。
さぞ衝撃的だろう。その気持ちは良くわかる。

「初段命中! 効力射っ!!」
「ふぁああああっ!?!!」

進め! 進め! 奥へ! 更に奥へと! 進め!!

(よしっと。ひとまずは、こんなところか)

人差し指の第二関節まで突っ込み、様子見。

「セレブリャコーフ少尉、大丈夫か?」
「は、はひっ! 小官は、健在れふ!!」
「呂律が回ってないぞ。貴官は……可愛いな」
「か、かわっ!?」
「くふっ……どうした、モジモジと尻をクネらせて。もしかして、私を誘っているのか?」
「しょ、少佐ぁ……それぇ、ゾクゾクしますっ」

(あー楽しい! やっぱりこうじゃないと!!)

600秒もこの遊びが続けられるなんて幸せだ。

「よもや少尉がこんな変態とはな」
「き、嫌いにならないでください……」
「案ずるな。どんな変態でも、私は許そう」
「しかし、少佐殿……私、お尻が変なんです」
「わかるさ、わかるとも。私もそうだった」
「しょ、少佐殿も……?」
「ああ。だから我々は、身も心も一緒だ」
「嬉しいです……小官は感激しております!」

(まぁーさに理想的ぃ! 我が世の春が来た!)

おっと、涎が。落ち着け、まだまだ先は長い。
これも全ては大事な副官の為。焦りは禁物だ。
たっぷり、のんびり、楽しもうと、思ったら。

『そこまでだ、少佐!』

ザザッとノイズ混じりに、部屋に備え付けられたスピーカーから、MADの大声が響き渡った。

『喜びたまえ! 観測は無事に終了した!』

そんな馬鹿な。まだ100秒も経ってないのに。

『これにて、少尉の実験は終了だ!!』

不完全燃焼のまま、実験は終わりを迎えた。

「ご苦労だったな、デグレチャフ少佐」

にこやかな笑みを浮かべて部屋に戻って来たシューゲル主任技師に詰め寄り、デグレチャフ少佐は猛烈に抗議した。

「ドクトル・臭下痢!!」
「なんだその臭そうな名前は!? 私の名前はシューゲルだ! ドクトル・シューゲルと呼べ!」
「そんなことはどうでもいいです! それよりも、どうして少尉の実験はこんなに短いのですか!? 納得のいく説明をしてください!!」
「セレブリャコーフ少尉については、起動すればそれで良かったのだ。故に実験は終わりだ」
「しかし、私は600秒も耐えました!!」
「貴官の場合は耐久試験も兼ねていたからな」

(このMAD。人をなんだと思っているのだ!)

デグレチャフ少佐は耐久試験であったのに対して、セレブリャコーフ少尉は純粋な起動実験だったらしい。だから、起動すれば終了だった。
そう言われてしまえば、それまでだった。

(不公平や不条理に対して、人間は酷く弱い)

デグレチャフ少佐は、改めてそう実感した。
しかしその反面、人間という生き物は、人よりも優遇されることを望む、愚かな生き物だ。
冷遇を嫌い、優遇を好む。身勝手極まりない。
要するに、自分が可愛いのだ。反吐が出る。
そうした本能が、自分にも備わっていることが嫌で嫌で堪らない。だから、理性で抑制する。

(大事な副官がこれ以上苦しまずに済む、か)

少佐はそう思うことで自分自身を納得させた。

「少尉、実験は終わりだ」
「えっ? でも、まだ……」
「壊れる寸前までやる必要はない」
「小官は、まだやれます!」
「聞きわけろ、少尉。私は貴官が大切なんだ」
「少佐殿……はっ! 了解しました!」

欲求不満で駄々を捏ねる副官に、不本意ながら辛抱強く諭すと、聞きわけてくれた。
しかし、なかなか宝珠を排出しようとしない。

「どうした、少尉。さっさと排出しろ」
「そ、それが、どうも圧力が足りないらしく」
「まさか、取り出せなくなったのか?」
「うぅ……小官が至らないばかりに、ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!」

どうやら、演算宝珠が取り出せなくなり、そのことで副官は責任を感じているらしい。

(違う……副官のせいではない。私の責任だ)

調子に乗って、第二関節まで入れたから。
だから取り出せなくなったのだ。失敗した。
このままでは少尉のお腹が破裂してしまう。
大切な副官を救うべく開発者に助言を求めた。

「ドクトル! 私の副官を助けてください!」
「少佐、慌てるでない。ひとまず冷静になれ」
「しかし! 私の大事な副官がっ!!」
「少佐、よく考えてみたまえ。貴官には、いとも簡単に副官を救う手段があるではないか」
「お、教えてください!」
「単純なことだ。尻を平手で叩けば良い」
「は?」
「だから、尻を叩くのだ。それで解決する」

やはりこのMADは頭がイッちゃってるらしい。

「ドクトル、真面目に考えてくださいよ」
「私はいつだって大真面目だ。真剣だとも」
「この状況で、よくそんな冗談が言えますね」
「だから、冗談ではない。試してみたまえ」

からかわれているのかと思いきや本気らしい。

「デグレチャフ少佐、私は構いません」
「セレブリャコーフ少尉……」
「私が不甲斐ないばかりに、少佐殿のお手を煩わせてしまい、本当に申し訳ありません」
「謝るな、元はと言えば私の過失だ」
「しかし、小官もそれで喜んでいたのですから、同罪です。もしくは、共犯、でしょうか」
「共犯、か……」

たしかに、その表現が相応しいように思えた。

「ならば、仕方ないか」
「はい、仕方ありませんね」

これ以上考えても状況は好転しない。
可能性があるならば、それに賭けるべきだ。
デグレチャフ少佐はそう判断して、宣言する。

「セレブリャコーフ少尉」
「はっ」
「私はこれから、貴官の尻を叩く!」
「はっ! よろしくお願いします!」
「宝珠を排出するまで、何度でもだ!」
「はっ! 覚悟は出来ております!」
「無事に排出出来たら、貴官も私の尻を叩け」
「デグレチャフ少佐……?」

少尉だけに、痛みを与えるわけにはいかない。
我々は戦友であり、彼女は大切な副官だ。
共に喜び、共に痛がる。そんな関係を築こう。

「どうした、少尉。上官の命令だぞ?」
「は、はいっ! 了解しました!!」
「結構。貴官の平手打ちを楽しみにしている」

尻を叩かれて喜ぶ趣味はないが。
まあ、たまには悪くないだろう。
この狂った世界を楽しむ為には必要な教養だ。

「では、少尉。歯を食いしばれ!」
「はっ!」

この一撃で決める。フルスイングを見舞った。

「それっ!!」

パチンッ!

「ひゃんっ!?」

スポンッ!

非常にスマートに、宝珠が尻から飛び出した。

「素晴らしい」

達成感により、鼻の穴が膨らむのを自覚した。

(成功したのか? やった! 我々の勝利だ!!)

思わず、歓喜してしまうくらい、完璧だった。
恐らく、張り手の角度が良かったのだろう。
尻からは、鈍い音ではなく、澄んだ音がした。

(これぞ神の手。軍楽隊にでも転属しようか)

などと、自惚れている場合ではなかった。

「セレブリャコーフ少尉、無事か?」
「はい、少佐殿。おかげさまで」

副官の様子を伺うと、健在らしくほっとした。

「痛かっただろう? すまなかったな」
「いえ、むしろ気持ち良かったというか……」
「大した胆力だな。頼もしい限りだ」
「これも、少佐殿の教導の賜物であります!」

逞しく成長した副官を少佐は誇らしく思った。

時は僅かに遡る。

(な、何が起こったのだ? 私は、どうして?)

セレブリャコーフ少尉の尻から演算宝珠が取り出せなくなり、デグレチャフ少佐が騒いでいた頃、レルゲン中佐は意識を取り戻していた。
痛む眉間を揉みつつ、状況を確認する。

(たしか、私はデグレチャフ少佐の出産に立ち会って……いやいや、そうではない。新型宝珠の起動実験の最中に、可愛い妹の妊娠が発覚して、その相手がアンソン・スーで……そうだ! 彼奴の放った弾丸に私は被弾したのだ!!)

混乱しつつも、仇への憎しみは忘れない。
如何にも帝国軍人らしい発想で事実誤認した。
不幸中の幸いで、命に別状はないらしく、むくりと上半身を起こした、その瞬間。

チュインッ!

「がっ!?」

(またしてもアンソン・スーか!? おの、れ)

MADが部屋の扉を閉めなかったのが災いした。
今度はセレブリャコーフ少尉が排出した演算宝珠に眉間を撃ち抜かれ、再びレルゲン中佐は夢の国へと旅立ったのだった。

「さて、デグレチャフ少佐」
「ドクトル、言わなくともわかっています」
「結構。ヴァイス中尉を連れてきたまえ」

セレブリャコーフ少尉のお尻に詰まった演算宝珠を無事排出し終え、今度こそ実験は終了するかに思われたが、まだまだ続くらしい。

「副官。ヴァイス中尉を連れてきたまえ」
「はっ! ッ……痛てて……!」
「ああ、やっぱり私が自分で行こう。貴官は休んでいろ。まだ尻が痛むだろう?」
「あぅ……申し訳ありません、少佐殿」
「気にするな。では、行ってくる」

ヴァイス中尉を呼びに、廊下に出ると。

「む? レルゲン中佐殿!? 大丈夫ですか!?」

廊下に倒れ臥した、レルゲン中佐を発見した。

(何者かに狙撃されている? 誰がこんな……)

眉間が赤くなって、痛々しい。
しかし、幸いにも命に別状はないようだ。
何度か声をかけると、意識が戻った。

「う、う……デグレチャフ、少佐……?」
「お気を確かに、レルゲン中佐殿!」
「どうやら……無事、産まれたようだな」
「は?」
「女の子か? それとも男の子か?」
「お可哀想に……」

どうやらレルゲン中佐は錯乱しているらしい。
しばらくは精神的な治療が必要かも知れない。
変わり果てた上官の姿に、胸を痛めていると。

「おや? これは、もしや……?」

中佐のすぐ傍に転がる、2つの凶弾に気付く。
それは、座薬型演算宝珠だった。
となると、中佐殿を撃ち抜いたのは、まさか。

(マズイ! 上官を撃つとはなんたる失態!!)

ささっと、弾丸を拾ってポケットに仕舞った。

(危ない、危ない。とりあえず、誤魔化そう)

ひとまず凶器は回収出来た。
これで証拠はない。キャリアは守られた。
保険を兼ねて、レルゲン中佐を介抱する。

「中佐殿、どうぞ部屋の中でお休みください」
「デグレチャフ少佐こそ、休むべきだろう」
「小官は平気です。お気遣い感謝します」
「駄目だ。貴官は休んでいたまえ」
「しかし、私はヴァイス中尉を呼びに……」
「ならば、私が呼んでこよう」

いつになく、こちらを気遣うレルゲン中佐。

(童貞だけど、やっぱり良識人なんだな)

改めてそう感じ、上官への尊敬の念が深まる。

「では、よろしくお願いします」
「ああ、任せたまえ」

確かな足取りで歩き出し、レルゲン中佐は待機中のヴァイス中尉を呼びに行った。
たとえ錯乱していてもやはり帝国軍人は強い。
デグレチャフ少佐は尊敬する上官の背中に向けて敬礼し、その後ろ姿を見送ったのだった。

(くそっ! 完全に閉じ込められた!!)

ヴァイス中尉は焦っていた。
通された部屋には窓がなく、扉も鋼鉄製。
実験を邪魔されないように、シューゲル主任技師の命令で鍵をかけられ、軟禁されていた。

(2人は無事だろうか……とても心配だ)

事前にデグレチャフ少佐に尋ねた情報によると、シューゲル主任技師は無茶苦茶らしい。
だからこそ少佐は自分を連れて出向いたのに。

(なんという体たらく! 自分が許せない!)

今まさに危機に瀕しているかもしれない上官とその副官の元へ駆けつけられない不甲斐なさ。
ヴァイス中尉はそんな無力感に苛まれていた。

と、その時。ガチャリと、扉の鍵が開いた。

「まったく、どうして施錠など……」

小声を口にしつつ部屋に入ってきたレルゲン中佐に、ヴァイス中尉は詰め寄って、尋ねた。

「少佐殿と副官に何かあったのですかっ!?」
「お、落ち着け、中尉。母子共に健康だ」
「は?」

何を言っているのかはわからないが、とにかく無事らしいとわかり、ほっとする。

「大隊副長のヴァイス中尉だな? デグレチャフ少佐の命令だ。直ちに出頭したまえ」
「はっ!」

ともあれ、ようやく自分の出番が来たらしい。

「よく来たな、ヴァイス中尉」
「はっ! 大隊長殿、ご無事でなによりです!」

出頭した副長は戦意に漲っていた。
これならば、任に耐えうるだろう。
デグレチャフ少佐は、そう判断した。

「かなり酷い目に遭わされたがね。奇跡的に五体満足で済んだ。それで、貴官に頼みがある」
「はっ! 何なりと、ご命令ください!」
「では、尻を出せ」
「は?」

いきなり本題を告げられ、唖然とする副長。

「ヴァイス中尉」
「セレブリャコーフ少尉、貴官も無事でなによりだ。というか、妙にツヤツヤしてないか?」
「そうですか? いえ、それよりも、僭越ながら私が今回の任務についてご説明致します」
「ああ、頼む」
「実は、かくかくしかじかで……」

言葉足らずの少佐に代わって、人当たりの良いセレブリャコーフ少尉が説明してくれた。

「え、演算宝珠を、尻に……?」
「はい、意外と平気でした」

(言ってる意味がわからない! 尻滅裂だ!!)

困惑するヴァイス中尉に、少佐は確認した。

「中尉、実験の仕組みは理解したかね?」
「はっ……一応、仕組みは理解しました」
「それで、貴官はこの任務を遂行出来るか?」
「……ご命令とあらば」
「結構。では、さっさと尻を出したまえ」
「はっ」

自分は軍人。命令通り、中尉は尻を出した。

「見たまえ、少尉。意外と綺麗なものだ」
「本当ですね。恐らく、新品だと思われます」
「ふむ、ヴァイス中尉は身持ちが固いのだな」

なんだかすごく楽しそうな女性士官達。
人の尻を見て盛り上がらないで欲しい。
助けを求めて、レルゲン中佐へ視線を向ける。
その意を汲んで、中佐は少佐に注意した。

「デグレチャフ少佐、実験に集中したまえ」
「しかし、これは一見の価値があるかと」
「そんなに素晴らしい尻なのか?」
「はい、どうぞご覧ください」
「なんと……これは見事なものだな」
「これぞ、模範的な帝国軍人と呼べる尻かと」
「たしかに。このことは上に報告しておく」

(この中佐殿は全然頼りにならない!!)

ヴァイス中尉の中で、レルゲン中佐の評価は地に堕ちた。尻で出世などしたくない。
とても複雑な気持ちになっていると、突然。

「くふっ……隙ありだ、中尉!」
「えっ?」
「だんちゃぁーく、今っ!」

砲兵のような掛け声と共に宝珠が挿入された。

「ぐっ!」
「ほう? 鳴き声をあげないとは感心だな」
「流石は中尉殿」
「しかし、いつまで耐えられるかな?」

感心する女性士官達。やはり楽しそうだ。
完全にドSスイッチの入った少佐が、グリグリ演算宝珠を奥へねじ込んでくる。
腹の中に、凄まじい振動が伝わってきた。
しかし、鋼の精神力で中尉は耐える。

「なんの、これしき……!」
「生意気な副長だ。では、これでどうだ?」
「ぐあっ!?」

(少佐殿の小さなおててが小官の尻を……!)

ペチペチと、リズミカルに叩かれて。
なんだか、頭に霞がかかっていく。
ああ、楽しいな。愉しくて、堪らない。
まるで、自分じゃない何者かに乗っ取られるような、そんな感覚になった、その瞬間。

「こ、この魔力反応は……!?」

計器の目盛りが振り切れて、シューゲル主任技師は驚愕した。よもや、実現するとは。
ようやく現実のものとなった。主の肛臨だ。

「フハッ!」

異質な嗤い声がヴァイス中尉の口から漏れた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

耳がおかしくなりそうな哄笑が、響き渡る。

「ヴァイス、中尉……?」

(しまった。やりすぎてしまったのだろうか)

デグレチャフ少佐が壊れた副長の名を呼ぶと。

「ヴァイス? 違うな、間違っているぞ!!」
「えっ?」
「我が名はゼロ! 世界を支配する肛帝だ!」

どうやら、人格が変わってしまったらしい。

「世界よ! 我に従えっ!!」

中空に投影された世界地図が、糞色に染まる。
まるで中学二年生のような痛々しい言動。
やたらと顔に手を翳しているのもむかつく。

「ヴァイス中尉! 戻ってこい!!」
「フハハハハッ! そんな男は知らん!!」

ヴァイス中尉の人格を呼び戻そうと懸命に呼びかけ続けるデグレチャフ少佐。
それを見かねたシューゲル主任技師が、諭す。

「デグレチャフ少佐、中尉は変わったのだ」
「ドクトル! これはどういうことですか!?」
「我らの主が、肛臨なされたのだ」

またMADがおかしなことをほざき始めた。

(主だと? まさか存在Xが現界したのか!?)

デグレチャフ少佐の想像は概ね当たっていた。

「少佐。実は私はまた、天啓を得たのだ」
「今度は何を吹き込まれたのですか?」
「肛門を通じて世界を統べる肛帝を異世界から派遣すると宣告され、その儀式の為に私は座薬型演算宝珠を開発した。その名も、エレニウム零式。貴官にこの意味がわかるかね?」

実にくだらない。考えるまでもないことだ。

「零式だから、ゼロ肛帝とは。安直ですね」
「ゼロとはすなわち、始まりであり、そして終わりでもある。全てはそこから生まれ、そしてそこへ還るのだ」
「またわけのわからないことを……」
「この円環の美しさがわからないのかね? 原点回帰とはつまり、ゼロへ回帰するということに他ならない。わかりやすく例えるならば、聖地の巡礼と解釈しても構わない」

要するに、頭がお花畑な狂信者の空想だ。

「ドクトル。どれだけそれらしくこじつけたところで、私の信仰心を得ることは出来ません」
「デグレチャフ少佐……?」
「中尉は私の副長です。返して貰います」
「考え直せ少佐。驕らず、謙虚な気持ちで新たな肛帝陛下への忠誠を共に誓おうではないか」
「そんな、どこの馬の骨とも知れない肛帝に忠誠を誓う理由は見当たりません」

新興宗教の勧誘など、他所でやって頂きたい。

「デグレチャフ、少佐殿……」
「どうした、副官。膝が笑っているぞ」
「あの嗤い声が、お尻に響いてしまって……」
「ふん。たしかに厄介な力を持った肛帝だな」

ゼロと名乗る異世界人の恐るべき能力。
それは耳障りな哄笑で尻を刺激する力だった。
デグレチャフ少佐は、防殻術式が有効であると見抜き、尻を守っているが、それでも疼く。

「直ちに防殻術式を展開して尻を守れ」
「なるほど……その手がありましたか」
「レルゲン中佐殿は……手遅れのようだな」

魔法に対する耐性のない中佐は、肛帝の力をモロに尻に受け、糞を漏らして気絶していた。

(やれやれ。割りに合わない仕事だな)

とはいえ、仕事は仕事だ。文句は言うまい。

「セレブリャコーフ少尉は下がっていろ」
「まさか単騎で挑まれるおつもりですか!?」
「なに、ちょっと副長の尻を蹴飛ばすだけだ」
「少佐殿……ご武運を!」
「ああ、行ってくる。あれは、私の獲物だ」

凶悪な笑みを浮かべて、少佐は戦いに臨んだ。

「こんにちは、ゼロ肛帝陛下」
「挨拶は先程済ませた筈だが?」
「これは失礼を。ところで、陛下」
「なんだ?」
「恐れながら、ビザはお持ちですか?」

改めて、挨拶がてら査証の提示を求めてみる。

「ビザだと? フハッ! これは笑わせてくれる。世界を統べる肛帝に、そんなものは必要ない」
「ビザはお持ちではない? ならば、結構」

つまりこの異世界人は、不法入国したわけだ。

「要するに貴様は、土足で祖国の地に足を踏み入れたというわけだ。その罪を償って貰おう」
「ふん、口の利き方には気をつけろ! 私は肛帝だ! 世界は我の名の元にひれ伏すのだ!!」

子供の駄々に付き合うほど軍人は暇ではない。

「ここは、我らが祖国! 我らの工廠! そして、その身体は、私の大切な副長のものだ!!」
「だったら、力尽くで取り返してみろ!!」
「言われずともそのつもりだ!!」

戦闘が始まって、そしてすぐに終わった。

「い、いきなり殴るとは、この無礼者め!!」
「えっ?」

(なんだ、この肛帝。近接戦闘が弱すぎる)

恐らく元の肉体が貧弱な肛帝だったのだろう。

「おのれ、幼女の癖になんだその力は!?」
「くふっ……生憎、この幼い身体は私の実年齢と見合ってないものでしてね。驚きましたか?」
「……魔女め」
「小官は魔導師ですので、妥当な呼称ですな」

魔法が存在するこの世界において、魔女という呼び方は別に差別的でもなんでもなかった。
しれっと受け流すと肛帝は寂しそうに笑った。

「どこの世界でも、魔女には手を焼かされる」

誰と重ねているのかはわからない。
恐らく、大切な存在だったのだろう。
しかし、私はその魔女とやらとは別人だ。

「願わくば、来世ではその魔女殿と肛帝陛下が再会出来ますよう、お祈り申し上げます」
「貴様にこの私を成仏させられると?」
「手段を選ばなければ、可能であります」
「ほう? ならば、やってみろ」

あっさりと、尻をこちらに突き出す肛帝。
やはり、尻が弱点らしい。単純な仕組みだ。
恐らく、エレニウム零式が依代なのだろう。

(であるなら、それを尻から抜けば元通りだ)

だが、その為には矜持を捨てる必要があった。

「主よ……」

存在Xのことなど、少佐は信仰していない。

「どうか、私の副長を、ヴァイス中尉を……」

しかし、そう口にするだけで取り戻せるなら。

「主の御力で……彼の御霊を取り戻したまえ」

祈りの終わりに、肛帝はキザな言葉を遺した。

「ありがとう、異世界の魔女よ。また会おう」
「全力でお断りします」
「フハッ! フハハハハハハハハハッ!!!!」

全力でお断りをして、全力で尻を蹴飛ばした。

「どぉあっ!?」

その衝撃で宝珠が排出され、人格が戻った。
こうして、ヴァイス中尉は現世へ帰ってきた。
しかし、時を同じくして、なんともタイミング悪く、レルゲン中佐の意識も戻ってしまう。

「ん? なんだ、何が起こったんだ……?」

チュインッ!

「がっ!?」

(またか! またしても、アンソン・スーか!)

ヴァイス中尉が排出した演算宝珠に眉間を撃ち抜かれ、レルゲン中佐の被害妄想はより強固なものとなり、そのおかげで軍上層部へ今回の危機的状況が伝えられることはなかった。

「疲れたな、セレブリャコーフ少尉」
「そうですね、デグレチャフ少佐」

全て丸く収まり、ようやく本日の仕事を終えた。

「まるで夢のようなひと時でしたね」
「私はあれが現実だと思いたくない」
「でも、私はわりと楽しかったです」
「貴官は……本当に逞しくなったな」

疲れたような笑みを、副官に向ける少佐。
現にデグレチャフ少佐はとっても疲れていた。
あの後、ヴァイス中尉とレルゲン中佐を精神病院に送り届けて絶対安静にさせ、それから延々とシューゲル主任技師に説教していた。
あのMADはいつか本当に帝国を滅ぼすのではないかと本気で心配だ。だが、終わったことだ。

「さて、セレブリャコーフ少尉」
「どうされました、デグレチャフ少佐?」
「ここに私と貴官が実験に使った座薬型演算宝珠があるわけだが……欲しいかね?」
「頂けるのですか!?」

よしよし。やはり、食いついてきたな。

「その前に、約束を果たそう」
「約束、とは?」
「貴官の尻を叩く際に、約束しただろう?」
「はっ! もちろん、覚えております!」
「結構。では、私の尻を叩きたまえ」

上官として、部下を危険に晒した責任は取る。
副官に己を罰して貰うべく、尻を露出した。
叩かれる前に、一応、要望を聞いておく。

「セレブリャコーフ少尉」
「はっ。如何されましたか?」
「私はこの座薬型演算宝珠を耳飾りにして貴官へプレゼントしようと思うのだが、少尉はどちらの尻に挿れた宝珠をお望みかな?」
「もう、わかってる癖に……えいっ!」
「ひゃんっ!?」

副官は存外手厳しい。怒って尻を叩いてきた。

この日を境に、少しだけ、お洒落に目覚めた。
我々はお揃いの耳飾りをそれぞれ贈り合った。
互いの尻から取り出した宝珠は、洒落ていた。

後日、ゼートゥーア少将の執務室にて。

「ふむ……まあ、こんなところか」

レルゲン中佐から上がってきた報告書に目を通して、ゼートゥーア少将はそれなりに満足していた。効果があったのならば、価値はある。

「これで、第二〇三遊撃航空魔導大隊の生存率が少しでも上がるのならば、儲けものだな」

報告によると、同調核が単発の演算宝珠としては規格外の性能が見込めると記されている。
しかし、装備した男性魔導師の人格に深刻な影響を与える可能性が示唆されており、自我を失い暴走した魔導師が友軍に与える被害もまた、深刻なものとなる可能性が高いとのこと。

「緊急用の非常手段と捉えておくべきか」

ルーデルドルフ少将と比べると慎重なゼートゥーア少将は、堅実な運用をするつもりだ。
しかし、報告書の最後の一文が気になる。

「必ずデグレチャフ少佐の監督下で使用するべし、か……なんとも、レルゲン中佐はあの幼い少佐を高く買っているらしい。まさに溺愛だな」

とはいえ、溺愛しているのは少将も同じだ。

「大隊の生存率が上がることに喜んでいる私もまた、過保護な大人の一人というわけだ」

大隊の生存率の上昇は、すなわちデグレチャフ少佐の生存率の上昇を示している。
故に、ゼートゥーア少将は満足していた。

「おや? この演算宝珠は、もしや……」

報告書と共に送り届けられた小包。
そこに新型の演算宝珠が入っていた。
まさしく座薬型のその宝珠をそっと摘んで。
少将は、おもむろに、鼻先に近づけてみた。

「フハッ!」

ツンと香る便の臭いに、愉悦が漏れる。

「これは……良い品だ」

残念ながらゼートゥーア少将は何も知らない。
きっと夢にも思わないだろう。それがまさか。
ヴァイス中尉が使用した、宝珠であることを。


【腹活のゼロ】


FIN

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