ミニスカサンタ娘「貰って、くれますか……?」 (27)

「ん……?」

しんしんと雪が降り積もる、冬の日のこと。
物音が聞こえ、ふと、夜中に目が覚めた。
一人暮らしの家には、自分の他に誰も居ない。
それなのに、何故か自分以外の気配がする。
衣擦れや、息遣いが、暗闇から伝わった。

(おいおい……勘弁してくれよ)

はっきり言おう、正直怖い。ガクブルだ。
物盗りにせよ、ストーカーの類いにせよ。
どっちにしろ、お断りだ。うちに来んな。

(ここはガツンと、怒鳴り散らしてやるか)

なんにせよ、断固として抗議するしかない。
それで、大人しく帰ってくれたらいいけど。
もしも開き直られて、危害を加えられたら。

(落ち着け……短絡的な思考はやめとこう)

そう考えると、このまま寝たふりが最善か?
いいや、相手の狙いがこちらの命なら別だ。
端から害意があった場合はどうにもならん。
森で、クマに遭遇したわけでもあるまいし。
人間に、寝たふりが通用するとは思えない。

「はぁ……はぁ……んっ……くぅっ!」

(ていうか、何やってんだ、この侵入者は?)

暗闇から伝わる息遣いは、切羽詰まっていた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1545656536

「んっ……んんっ!」

どうも、必死に声を押し殺しているようだ。
か細い声音から、女性であるとわかった。
気のせいか、なんだか良い匂いがするような。
たぶん、錯覚だろうが、ちょっと嬉しい。

(いやいや、何を喜んでいるんだ!)

危ない危ない。侵入者の性別など関係ない。
油断して、サクッとやられたらお終いだ。
ふぅ。危うく色香に惑わされるところだった。
そもそも、まだ顔だってわからないのだ。
明かりをつけたらババアである可能性もある。
もっとも、美人ならばいいわけでもない。
不法侵入は歴とした犯罪だ。厳罰に処す。
具体的には警察に通報する代わりに、むふふ。

(あんなことや、こんなことを……はっ!)

アホか。何を考えてるんだ。
こっちが犯罪者になっちまう。
ハニートラップだ。何という巧妙な罠。
などと、勝手に盛り上がっていたら。

「はぅ……このままじゃ、バレちゃいますぅ」

いや、バレバレだから。思わず、溜息が出た。

「ひぅっ!? も、もしかして起きましたか?」

やばい。今の溜息で気づかれちまった。
どうする? このまま寝たふりをするか?
しかし、この緊張感のない舌足らずな声。
これでババアなら、迫真の名演技だ。
声帯の劣化すら超越していると思われる。
間違いなく、アカデミー賞の授賞候補だ。
とはいえ、それは現実的ではないだろう。
まず間違いなく、この侵入者は若い女だ。
いや、もしかしたら子供なのかも知れない。
それなら、怖がる必要は皆無である。
たっぷりとお仕置きをしてやろうと思って。

(だからどうしてそうなるんだ。自重しろ)

頭を冷やしつつ、身体を起こし、照明を点灯。

「ふわぁっ!? お、起こしてごめんなさい!」
「いや、それは別に良いんだけどね?」

やはりというべきか、侵入者は女。
ガキではないが、まだ相当に若い。
綺麗な長い黒髪と、赤い服が印象的な美少女。
別に、起こしたことを咎めるつもりはない。
そもそも、勝手に人の家に入ったのが問題だ。
しかし、それよりも大きな問題があった。

「どうしたんだ、その格好は?」
「へっ? な、何かおかしいですか?」
「まるでサンタみたいだと思ってさ」

侵入者の格好はサンタクロースを模していた。
しかも、ミニスカだ。露出度が高すぎる。
綺麗な脚線美を黒のニーソが引き締めていた。
似合ってるけど、そういう問題ではない。

「あ、はい。私、サンタさんですので」

あっさりと正体を明かされ、言葉を見失った。

「サンタ、だと?」
「はい。まだ新人ですけど、免許もあります」

そう言って、身分証を提示された。
受け取ってまじまじと見ると、よく出来てる。
顔写真に、有効期限。サンタ協会の判子まで。
ガキのままごとにしては、リアルすぎた。

「これ、本物なの?」
「はい、本物ですよ」

そう言われても、俄かには信じられなくて。

「サンタである確証を見せて貰えるかな?」
「免許証だけでは納得出来ませんか?」
「ちょっと信じられなくてさ」
「でしたら、プレゼントをお見せしますか?」
「プレゼント?」

一瞬ポカンとしてから、すぐに思い至る。
プレゼントか。それはたしかにサンタらしい。
サンタと言えば、プレゼントを配る存在だ。

「くれるのか?」
「はい、特別にお好きな物を差し上げます」
「いいのか?」
「えっと、実は、我々サンタは秘匿すべき存在でして、こうして姿を見られるのは問題なのですよ。だから、もしよろしければ、このことは口外しないで欲しいのですが……」

なるほどな。要するに、口封じってわけか。
なんでも好きな物をあげるから口外するなと。
そう言われても、咄嗟に何も思い浮かばない。

「うーん……欲しいものかぁ」
「っ……で、出来るだけお早めにお願いします」

悩んでいると、急かされた。
そういやさっきまで切羽詰まっていたな。
どうしたのだろうと首を傾げて、ふと気づく。

(なるほど、きっと配達で忙しいんだな)

そう言えば、今夜はクリスマスだ。
仮にこの少女が本物のサンタクロースならば、多忙なのも頷ける。書き入れ時なのだ。
だったら、この場に引き留めるのはよそう。

「特に思いつかないからいいよ」
「ええっ!? そ、そんなの困ります!」
「気にしなくていいから、お帰り」

結局、サンタの証明は出来なかったけれど。
まあ、いいさ。物を盗られた様子はない。
もしも何かなくなっていたら後日通報しよう。
あとは、ストーカーの可能性だけど。
こんな可愛い子がストーカーなら問題ない。
むしろ嬉しい。迷惑とは思わない。
これも後から困った時は、通報すればいい。

「お前を待ってる人が大勢居るんだろ?」
「えっ? 居ませんけど?」
「は?」
「あなたで最後ですので、ご安心ください」

あ、そうすか。残り者には福があるってか。

「それなら、ちょっと考えさせてくれ」

どうやら、懸念は杞憂だったらしい。
ならば、じっくり欲しい物を考えよう。
その思って、熟考し始めたのだが。

「うぅ……意地悪」
「えっ?」

なんかサンタがみるみる涙目になった。
何故だ? 泣かせるようなことしたっけ?
あれか? 一刻も早く立ち去りたいってことか?
なんだよ。それなら無理しなくていいのに。
逆にすげー傷つくから、早くお帰り頂きたい。

「待たせるのも悪いから、帰っていいよ」
「ですから、困るんです!」
「なんで?」
「だってあなたは、とっても良い人ですから」

良い人なんて、あまり言われた経験がない。
たぶん、恋愛対象ではないという意味だ。
えっ? もしかして今、俺は振られたのか?

(まだ告ってもないのに、振られるなんて)

愕然としていると、サンタが捕捉してくれた。

「あなたは本当に優しくて良い人です」
「だから、俺とは付き合えないと?」
「はい?」
「あ、いや……なんでもない、妄言だ」

どうやら、振られたわけではないらしい。

「私はちゃんと知っています」
「何を?」
「あなたが積み上げてきた、善行の数々を」

サンタは語る。自分でも忘れていた善行を。

「あなたは雨に濡れた子猫を拾いました」
「ああ。でも、この家では飼えなくて……」
「飼ってくれる人を探したのですよね?」

そう言えば、そんなこともあった。
このボロアパートでは動物の飼育は不可。
先行きがわからない保健所に任せるのは論外。
だから、雨の中、飼い主を探して歩いた。

「あの子猫は、今でも元気です」
「どうしてわかるんだ?」
「ついさっき、ご近所にお住まいの飼い主さんへプレゼントを届けた際に、確認しました」

それが、嘘か本当かは知らないけれど。

「そうか……それは、良かった」

しみじみと、安堵した。無駄じゃなかった。

「他には、道に落ちてた財布を拾って……」
「ああ、もう良いよ」
「どうしてですか? せっかく良いことを……」
「褒められたくてやったわけじゃないからな」

あの子猫が元気とわかっただけで充分だった。

「とにかく、あなたには資格があるのです!」
「資格?」
「良い子はプレゼントを貰う資格があります」

良い子って。もうそんな歳じゃないってのに。
それに子猫の件も里親に任せきりだ。
ちょくちょく様子を見に行く勇気がなかった。
不審者と思われたくなかったからな。
何より、俺はもういい歳こいた大人だった。

「俺はもう子供じゃないぞ?」
「だからと言って、見過ごせません!」
「プレゼントなんて、もう何年も貰ってない」
「ですから、見かねて私が来たのですよ!」

どうやら使命感に燃えている様子。しかし。

「だけど、俺はもう子供じゃない」
「うっ……それは、そうですけど」
「これは、ルール違反じゃないのか?」

サンタは子供にプレゼントを配る存在だ。
大人よりも一人でも多くの子供に渡すべきだ。
そのことを指摘すると、泣きそうな顔をして。

「くすんっ……貰ってくれるまで、帰りません」

なんて言われると、もうどうしようもない。

「わかったから、泣くな」
「貰って、くれますか……?」
「ああ、だからちょっと考えさせてくれ」
「またそうやって私に意地悪して……はうっ」

泣かせたくなくて、つい頭を撫でると。
サンタは突然その場に蹲った。びびった。
そんなに、頭を撫でられるのが嫌だったのか。

「わ、悪い。勝手に触って悪かった」
「い、いえ、お気になさらずに……くぅっ」

気にするなと言われても、気になっちまう。
なにせ、すげー顔色だ。
真っ青を通り越して蒼白。
息も荒く、必死に何かに耐えている様子。
やはり、触れられたのが、嫌だったのだろう。
頭ナデナデはイケメンにしか許されないのだ。

(だったら、イケメンにして貰おうか?)

ふと閃いた願いを、そのまま口にしてみる。

「俺をイケメンにすることは可能か?」
「へっ? そのままでも充分イケメンですよ」
「えっ? あ、そう」

なにそれ。初めて言われた。すごく嬉しい。

「それよりも、早く要望を……んあっ!?」
「ど、どうした!?」
「いえ、ちょっと波が……」
「波?」
「な、なんでもありません! はぁ……はぁ……」

波ってなんだ。サイコウェーブか? 気になる。

「な、なあ、大丈夫か?」
「ふぅ……ひとまず、乗り切りました」
「それなら、いいんだけどさ」

とはいえ、相変わらず、顔色は青いまま。
額に脂汗が滲んで、前髪が張り付いている。
衝動的に、それを取ってあげたくなった。
手を伸ばして、躊躇する。一応、確認しよう。

「ちょっと触ってもいいか?」
「へっ? 構いませんけど、どうしました?」
「おでこに髪が付いてるぞ」

了承を得てから、張り付いた髪を取り除く。

「えへへ……くすぐったいですぅ」

(なにこの子。めちゃくちゃ可愛い!)

はにかむサンタっ娘は破壊力抜群だった。
『はにかみサンタ娘』と命名しよう。
恐らくNo.1 アイドルに登り詰める金の卵だ。
俺はプロデューサーとして、暖かく見守る。

(ゆくゆくはアニメ化、映画化、実写化だな)

そこまで夢を膨らませて、我に返る。
最初から、実写だ。夢は叶っていた。
そう考えると欲しい物がない理由もわかった。

「やっぱり、俺は何も要らないよ」
「ですから、それは困るんですよ!」
「困らせるつもりはないんだけどな」
「だって、私はどうしてもあなたにプレゼントを受け取って頂きたくて、こうして……」
「君が来てくれたってだけで、嬉しいよ」

それ以上に価値があるものなど思いつかない。

「だから、ありがとう」
「……あなたは、欲がなさすぎます」
「人並みにはあるつもりだけどなぁ」

口には出さないだけで、色々と考えている。
だから自分が良い人である自覚は皆無だ。
むしろ、人よりもゲスい破綻者かも知れない。

「私は……あなたにとって、不要ですか?」

だが、どれだけゲス野郎でも、矜持がある。

「不要とか、言うな」
「でも、私はあなたに何も出来なくて……」
「いいんだよ、そんなことは」
「しかし、これではサンタとして失格です」

また、泣きそうな顔。そんな顔は見たくない。

「どうしたら、笑ってくれる?」
「えっ?」
「俺はお前の笑顔が見たい」

あれ? 何言ってんだ? すげー恥ずかしいぞ。

「私の、笑顔……?」

ほら、やっぱり首を傾げちゃったじゃん!
バカバカ! いつの時代のドラマだよ!
完全に黒歴史ですわ。もうお嫁にいけない。

「すまん、忘れてくれ」
「……冗談、だったんですか?」

あ、駄目だわコレ。もう後に引けないやつだ。

「もちろん、冗談じゃないけどさ」
「……私の笑顔が見たいんですか?」
「あ、ああ。それが俺の願いだ」

仕方ない。もうこのまま押し通すしかない。
なんてったって、スマイルはプライスレス。
そう悪くない願いの筈だ。そう思うしかない。

「そうですか……それは困りました」

何やら困った様子のサンタ娘。
そんなに困らせるつもりはなかった。
こちらとしては、愛想笑いでもいいのに。

「実は、私は今、訳あって笑えないのです」

どうやら、サンタ娘には事情があるらしい。

「それはどんな事情なんだ?」
「い、言えません!」
「言えないって、なんで?」
「言いたくないからですっ!!」

はっきり拒絶されて、ぷいっとされた。

(やっべー。がっつきすぎたみたいだ)

どうやら、完全に怒らせてしまったらしい。
これでは笑顔もヘッタクレもない。
片頬を膨らませるサンタ娘は可愛いけれど。
だからと言って、それに甘んじては駄目だ。
美少女は、笑顔こそが至高の表情なのだから。

「わ、悪い。詮索するつもりはなかったんだ」
「ふんだ」

(か わ い い ! 怒った顔も最高じゃん!)

おっと、いかんいかん。初心を忘れるな。

「謝るから、機嫌を直してくれよ」
「もう詮索したりしませんか?」
「ああ、約束する」
「それなら、許してあげます。ふあっ!?」
「な、なんだ!? どうしたんだ!?」
「ち、近づかないでくださいっ!!」

まるでこの世の終わりみたいな悲鳴に驚き。
慌てて駆け寄るも、またしても拒絶された。
だから、がっつくなとあれほど自戒したのに。

(んなこと言っても、放っておけるか!!)

自重など捨て置く。サンタ娘が心配だった。

「だ、大丈夫なのか!?」
「はぁ……はぁ……もう、ダメかも知れません」
「くそっ! すぐに救急車を!」

一刻を争う容態を見て、電話を手に取ると。

「ダ、ダメです! 口外しないでください!」

たしかにそう約束した。しかし状況が状況だ。

「んなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
「サンタは人に見られてはいけないのです!」
「それはそうかも知れないけど、だからって」
「あなたは……本当に、優しい人ですね」

焦るこちらを安心させようとしたのだろう。
サンタ娘は柔らかな笑みを浮かべた。
儚いその笑顔はまるで、最期の笑みのようで。

(そんな、そんな笑顔、見たくないんだよ!)

もっと幸せな、嬉しくなる笑顔が見たかった。

「なあ、教えてくれ」
「えっ?」
「どうしたら、お前を助けられる?」

無力感に苛まれながらも、足掻き続けよう。

「お気持ちはとても嬉しいのですが……」
「なんでもする! なんでもするから!!」

その言葉は本心だ。目の前の少女を助けたい。

「ですが、これは私の問題で……」
「余計な、お世話だったか……?」
「その言い方は……ズルいです」

ズルくてもいい。そこまで人間は出来てない。
どうせ、ゲス野郎さ。とことんゲスになろう。
それで、苦しむサンタ娘を助けられるならば。

「でしたら、笑わないでください」
「えっ?」
「これから事情をお話しするので、何を聞いても、笑わないでください。約束出来ますか?」

何を言うかと思えば、そんなことか。頷いた。

「ああ、約束する。俺は絶対に笑わない」
「それなら、ご説明致します」
「ああ、聞かせてくれ」
「実は……ずっと、うんちを我慢してまして」
「おっ?」
「で、ですから……うんちがしたいのですよ」

おいおい、待ってくれよ。笑うなって?

「フハッ!」

そりゃあ、無茶だろうよ。愉悦が漏れた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

俺は笑った。それはもう盛大に、嗤った。
嘲笑って、嘲嗤った。哄笑に、哄笑を重ねた。
何がそんなにおかしいのだろう。不思議だ。
どうして今、自分は愉悦を感じているのか。
それはきっと、宇宙の神秘だからに違いない。
たった今、神秘を知った。それはうんちだ。
サンタ娘がうんちを我慢していた。神秘だ。
うんちだからこそ、うんちじゃないと駄目だ。
うんちとはすなわち、神秘であり、うんちだ。

(最高の気分だ! 全知全能とはこのことか!)

まるで神にでもなったかのような気分だった。
恐れるものなど何もない。来るなら来い。
今ならば、うんちだって、パクッと。
いや、それは無理か。一瞬で冷静になった。

「ふぅ……おや?」
「ぐすんっ……ぐすんっ」

至福のひと時が終わり、現実に舞い戻る。
そこは自分の部屋で、サンタ娘が居た。
まるで幼い子供のように、泣いている。

(どうして泣いているんだ? あ、そうか)

すぐに思い至る。そういや、約束をしていた。

「約束破って、ごめん」
「ひっく……ばかぁ」
「ごめん」
「ばかぁ! ばかぁ!」
「ごめん……ごめんな?」
「もう、戻ってこないかと、思いました!」
「悪い。ちゃんと戻ってきたから」
「もう、帰って、来ないかもって……!」
「大丈夫。こうして、帰って来れた」
「ううっ……もう、どこにも行かないで!」
「ああ、約束する」

どの口が言うのやら。しかし、固く誓った。

「ひっく……ひっく……」
「そろそろ落ち着いたか?」
「……もうちょっとだけ」

気がつくと、サンタ娘を抱きしめていた。
泣き止むまではこうしていよう。
それが、泣かせた者の責任であり、贖罪だ。

「笑って、悪かったな」
「……もう、いいですよ」
「いや、でも……」
「なんだか、スッキリしました」
「えっ?」
「笑われるのって、案外気持ち良いんですね」
「お、おう」

ちょっとよくわかんない。まあ、いいか。

「しかし、なんでまた我慢してたんだ?」

目下の問題はそれだ。
どうして便意を我慢していたのか。
我慢は身体に毒だ。痔になっちまう。
こんなに可愛い子が痔になるのは許せない。
可愛い女の子は、可愛い尻穴で然るべき。
要するに、この子の尻穴を守りたかった。

「それには、深い事情がありまして」
「聞いてもいいか?」
「ここまで来たら、恥も外聞もありません」
「じゃあ、聞かせてくれ」

もう笑わないぞ。同じ間違いは二度としない。

「実は……その」

言い辛そうにモジモジしながら、告白された。

「うんちを我慢するのが、好きでして」
「は?」
「うんちを我慢するのが、好きなんです」

おーけー。わかった。簡単なことだ。つまり。

「要するに、それはお前の性癖か?」
「簡単に言えば、そうですね」
「ちょっと理解出来ないな」
「バレないかドキドキするのが堪らなくて」
「もう喋んな。この変態サンタ」

ガッカリだよ。心底、とことん、ガッカリだ。

「もっと」
「えっ?」
「もっと、叱ってください」

なんだ、こいつ。急にグイグイ来やがったぞ。

「もう自分ではどうしようもないのです」
「だから、俺に叱れと?」
「あなたに叱って欲しくて……ダメですか?」

上目遣いで懇願されたら、駄目とは言えない。

「わかったよ……なら、尻を出せ」

さあ、諸君。待たせたな。宴の始まりだ。
楽しい、愉しい時間を満喫しようではないか。
お望み通り、たっぷりとお仕置きしてやろう。

「こ、これで、よろしいですか?」
「おっと、下着は穿いとけ」
「えっ? どうしてですか?」
「今のご時世、規制が厳しいからな」

こちらに小ぶりな可愛い尻を向けて。
ミニスカートをたくし上げるサンタ娘。
もちろん、下着は身につけたまま。
あくまでも健全な教育的指導に努めよう。

「ちなみに尻を叩かれた経験は?」
「あ、ありませんよぅ! 初めてです!」
「それは光栄だな」
「私も、初めてを貰って頂けて嬉しいです」
「感謝は終わった後にしてくれ。それっ!」
「ひゃんっ!?」

新雪に足跡を残すように、尻を叩いた。

「もっとか?」
「は、はい……もっと」
「そりゃっ!」
「もっと! もっと、強く、お願いしますぅ!」
「よっしゃあ! そりゃっ! うりゃっ!」
「あんっ! ひぅっ! ひぐっ! んああっ!?」

(すげー楽しい。これが、スパンキング、か)

自分でも、びっくりだ。驚きが、隠せない。
驚愕を禁じ得ない。これぞ禁じられた遊び。
禁じるのは勿体ない。何故禁じているのか。
痛みを快感に変える秘儀。まさに、痛快だ。

「どうだ? ちゃんと反省したか?」
「ふみゃあ……ちっとも反省できましぇん」
「やれやれ、困った奴だな」

真っ白なお尻を赤くして。息も絶え絶え。
これ以上は不味いだろう。暴力になる。
痣が残らないように加減するのが大切だ。

「ん?」

どうしたものかと悩んでいたら、ふと気づく。

(なんだ、この染み。さっきはなかったのに)

真っ白なパンツに小さく付いた、茶色い染み。

「なあ、なんか染みが付いてるぞ」
「っ……!」
「もしかして、これって……」
「い、言わないで!」

ふむ、言われたくないと。なら、別の手段だ。

「じゃあ、匂いを嗅いでもいいか?」
「ダ、ダメですよぅ!」
「別にお前の尻を嗅ぐつもりはないさ」

そんなことをしたら変態になっちまうからな。

「嗅ぐのは自分の手のひらだ」
「ダメ……やめて」
「どうして自分の手を嗅いだらダメなんだ?」
「だって、さっきまで、私のお尻を……」
「じゃあ、お前が嗅ぐか?」

すっと手のひらを差し出すと、生唾を飲んだ。

「わ、私が、嗅ぐんですか……?」
「どっちかが確認する必要があるだろう?」

あの染みは何なのかを、明らかにするのだ。

「でしたら、どうぞ、ご自由に……」
「嗅いでいいのか?」
「いいですけど、お願いがあります」
「なんだ?」
「……嫌いに、ならないでください」

切実なサンタ娘の願いを、確かに聞き届けた。

「わかった。絶対に、お前を嫌わない」
「ほ、ほんとですか?」
「この命に代えても、約束は守る」
「もうどっかに行ったりしませんか?」
「大丈夫だ。耐性がついたからな」

尻を叩いても正気が保てたから平気だろう。

「それなら、嗅いでください」
「では、遠慮なく」

鼻から大きく息を吸い込み、悟る。便だった。

「何も、臭わないな」
「えっ?」
「何も、臭わながっだ……!」

これが矜持。尊厳を守るべく、現実を変えた。

「……嘘つき」

ジト目をされても、詰られても、曲げない。

「嘘つきは、悪い子です」

咎めながらも、サンタ娘は嬉しそうだった。

「どうして、こんなに嬉しいんでしょうね?」
「さてな……ただ、言えるのは」
「なんですか?」
「うんちはそう悪いもんじゃないってことさ」

なんかそれっぽいことを言ったら、突然。

「フハッ!」

サンタ娘が愉悦を漏らして、びっくりした。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「うるさい、近所迷惑だろうが」
「あ、すみません」

ボロアパートには他にも住民がいる。
自分のことを棚に上げて注意すると。
サンタ娘は小さく、てへっと、舌を出した。
そのあまりの可愛さに、思わず抱きしめる。

「ど、どうしたんですか? 私、汚いですよ?」
「汚くなんかない」
「嫌いに、なってませんか?」
「約束しただろ? 嫌わないって」
「じゃあ、私のこと……」
「ああ、好きだよ! 大好きだ!!」

本当に、つくづく、勢いって、凄いと思うよ。

「……嬉しい」

勢いのままに気持ちをぶつけると、喜ばれた。
本当に、嬉しそうな笑顔だ。そこで気づく。
その笑顔を望み、これで、願いは叶ったのだ。
プレゼントを配る、彼女の仕事は終わった。

「来てくれて、本当にありがとな」
「感謝はいりません」
「仕事だからか?」
「いいえ。私はもう、無職ですので」
「は?」
「サンタは人に見られてはいけないのです」

つまり目撃された時点で無職だったのか。
そこまで重い処分が課せられるとは。
しかし、子供に夢を贈る存在だからな。
万が一にも、目撃されてはいけないのだろう。

「悪いな。俺が、起きちまったから……」
「違います。わざと、起こしたのです」
「わざと?」
「でなければ、うんちなんて我慢しませんよ」

くすくすと、してやったりと、小悪魔めいた蠱惑的な笑みを浮かべる、元サンタ娘。
始めから見つかるつもりだったらしい。
そのために、このボロアパートへ来たのだ。

「なんで、そんな……」
「好きだから」

そう言われても、好かれる根拠などない。

「必死に子猫の里親を探すあなたが好きです」
「また、それか」
「拾った財布を交番に届けるあなたが好き」
「褒めて欲しいわけじゃない」
「だから、愛したい」

別に褒めて欲しかったわけじゃない。
ただ、良かれと思ってやっただけだ。
だから、それで好きになられても困る。
だけど、それは愛される理由になった。
人が人を愛するのは。好きになるのは。
存外、簡単な理由なのかもしれない。

「……ずっと、見ててくれたお前が好きだ」
「サンタでしたから、当たり前ですよ」
「子供じゃないのに来てくれたお前が好きだ」
「年齢なんて関係ありません。私はあなたを」
「愛してる」

女に二度も言わせるわけにはいかない。
格好つけすぎかも知れないけれど。
元サンタ娘は、嬉しそうだ。なら、いいさ。

「新しい仕事が見つかるまで一緒に暮らそう」
「見つかったら追い出すんですか?」
「なんなら、ずっと家に居てもいい」
「プレゼントはもうあげられませんよ?」
「もう充分、貰ったよ」
「……染みが付いた、パンツのことですか?」
「それも含めて、全部だ」

こうして、俺は、かけがえのない存在を得た。
染み付きパンツも含め、満ち足りた気持ちだ。
元サンタ娘自身が、最高のプレゼントだった。


【ミニ『スカ』サンタ娘の贈り物】


FIN

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom