【ミリマス】チハヤ「理想郷を目指して」【EScape】 (107)

※MTG08のドラマパートのネタバレが含まれます
※独自解釈が多めです

以上のことが許せる方はどうぞ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1551010956

……このページが読まれているということはもう私はこの世にいないのね。

病気が悪化したか。

願いかなわず彼女たちに負けてしまったか。

それとも万分の一の確率で病気が回復して、すべてがうまくいって、幸せなままに人生を終わらせることができたか。


……いえ、最後はありえないわね。
我ながら現実が見えてないというか希望的観測がすぎるというか。


どちらにせよ、私が志半ばでこの世を去ったのは間違いないということね。
それでも最後に残った者としての使命は、最低限果たすことができたとは思いたいわ。


私の、私たちの願いは次に引き継がれている。
そのための準備はもう十分にしてきた。


もしこれを読んでいるのが貴女たちなら、私からのバトンは無事に渡せたようね。
この日記を読んで私の、私たちのしたことを知ってほしい。そして私たちではできなかった、成し遂げることができなかったこの世界をより良い方向へ導くという使命を果たしてほしい。
この日記にはそのすべてが書かれているわ。
大丈夫よ。
貴方たちなら、感情を手に入れた貴方たちならきっとできるわ。
私たちのような失態は絶対に侵さない。
安心して。




でももし……もしこの日記を読んでいるのが貴方なら……。

……きっと私は最悪の最後を遂げたみたいね。
でも貴方にもこの日記を読む権利はあるわ。
いえ、お願い、この日記のすべてを読んで。
これがきっと、最後の私の希望、私からの最後のバトンになるはずだから。
こんなことを言っても記憶も、感情も、すべてを失くした貴女には無駄でしょうけど。

それでも私はあなたと一緒にもう一度お茶会をしたかった
貴女の淹れた紅茶はとてもおいしかった。
私の淹れた紅茶となにも差はなかったわ。本当よ?
ハルカや仲間のみんな、そして貴女とのお茶会はとても楽しかったわ。
できることなら私が生きているうちにもう一度貴方ともお茶会をしたかったのだけれど……。




願わくば、この日記があなたの感情を取り戻すカギとなりますように。


そして、全てのヒトとアンドロイドが幸せに暮らせる世界になりますように。

ココロを、ひとつに―。

―キサラギチハヤ

(識別番号22/普及型アンドロイドが対象の家から回収した日記より抜粋)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―東京スプロール郊外、反機械化戦線隠れ家

文明が崩壊するまでのカウントダウンは始まった。
そう言われたあの戦争が終結してからどれだけ経っただろう。
実際は、私が感じているほど昔の話ではないはずだ。
この町はそれほど長い年月が経ったと勘違いさせるほどに急速な復興を遂げた。
要因はいろいろと考えられるがやはり彼女たちの働きが一番の功績だということは間違いない。

しかし、復興と引き換えに私たちはそれ以上に大切なものを失った。ヒトとしての尊厳。
人類が引き起こした愚かな戦争の後片付けを彼女たちアンドロイドに丸投げした私たちは、それすらも彼女たちに委ねてしまったのだ。
町の治安はアンドロイドが維持し、町の政策もアンドロイドがマザーの指揮のもとに行う。
それどころか私たちの人生―日々の食事の管理やタイムスケージュールの管理はおろか、学校や職業の選択、果ては結婚相手まで―全てをこの町はマザーAIの管理に委ねてしまっている。

ゆえに私たちは何もない、ただ機械的に、無感情で、面白みのない日々を、ヒトも、アンドロイドも、当たり前のように受け入れて暮らしている。
ほんの数年前には、戦争のさなかでもわずかに残っていた町の活気というものは完全に消え去ってしまった。
だからといって現状を良しとせず、異を唱え続けるものも少なからずいる。
それは人間もアンドロイドも関係ない、そういった人たちの集まりが私たち「反機械化戦線」だ―。


「チーハーヤちゃん!」

ノートにペンを走らせていると、背後の扉から私を呼ぶ声とともに、ノックの音がした。
ノックは形式上の挨拶としてなだけのようで、私の返事を待つことなく扉は開けられた。まあ、勝手に入ってくるような子は一人くらいしかいないけど。

チハヤ「ハルカ。どうかしたかしら」

ハルカ「ううん。チハヤちゃん、ずっと部屋に籠りっぱなしだったからどうしたのかなって」

椅子をくるりと回転させて突然の来客の方向に身を向ける。そこには私が作ったアンドロイド―ハルカがいた。私が初めて作ったアンドロイド。そして私の親友。

チハヤ「あら、ごめんなさい。日記を書いていたの」

ハルカ「日記?私にも見せて!」

チハヤ「あ!ちょっとハルカ!」

覗き込むようにして私の日記を覗き込むハルカ。
まだ書きかけだからあまり見ないでほしいのだけれど。

ハルカ「あっ!私のことも書いてある」

チハヤ「もう。恥ずかしいからやめてちょうだい」

ハルカ「ううん。すっごくいいと思うよ?」

チハヤ「も、もう。ハルカったら」

彼女(?)とはもう長い付き合いになる。
元は研究所時代に私のお手伝い役としてに一番最初に作ったアンドロイドだったけれど、お手伝い役という役割、人間とアンドロイドという壁を乗り越えて私たちは親友という関係を作り上げている。

私が研究所を離れて反機械化戦線を立ち上げた当時から支え続けてくれている右腕的存在でもある。
彼女に戦闘機能は搭載されていないが、心理面で彼女は私たちの大きな支えとなっていた。


チハヤ「ところでほかのみんなはどうしてるかしら?」

ハルカ「ミズキちゃんたちはお茶を淹れてたよ?そろそろ出来上がるんじゃないかな」

チハヤ「あら、楽しみね」

そんな話をしていると再び扉をノックする音が聞こえた。噂をすればね。

チハヤ「はいってちょうだい」

ミズキ「失礼します。チハヤ、お茶が入りました」

この子はミズキ。この子も私の作ったアンドロイド。彼女はハルカたちよりも新しい次世代型アンドロイド。

チハヤ「あら、じゃあご一緒させてもらおうかしら」

ミズキ「ええ。どうぞこちらへ」

ハルカ「じゃあ、私はお菓子を取ってくるね……っとと、きゃあ!」

――ガッシャーン!

チハヤ「は、ハルカ?大丈夫?」

ハルカ「え、えへへ。平気平気」

頼りになる右腕だけれど、ちょっとおっちょこちょいなところが玉に瑕だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ツムギ「お疲れ様です。チハヤ」

チハヤ「お疲れ様。あら?なぜカップが3つもあるのかしら」

シホ「せっかくだから、私たち3人でそれぞれ淹れてみたのよ」

ミズキに連れられて居間にいくとそこにはツムギとシホもいた。彼女たちもミズキと同じく次世代型のアンドロイドで、ハルカが私の右腕兼親友なら、彼女たちは気の置けない友人である。
彼女たちもまた、私がこの組織を立ち上げたときからついてきてくれているかけがえのない存在だ。


ミズキ「誰が淹れたお茶が一番おいしいでしょうか。ドキドキ」

チハヤ「あら。じゃあ昆布を淹れたのは誰か楽しみね」

彼女たちに初めてお茶を淹れて頂戴と頼んだ時を思い出す。
できると言うのだから全てを任せてみたが案の定失敗したというわけだ。
たとえ新型のアンドロイドでも誕生したばかりでは赤子も同然、データベースとして情報がインプットされていてもその情報を使いこなす経験がなければ意味がない。


ツムギ「チハヤ。我々も成長するのです。我々はもう完璧にお茶を淹れることができます」

チハヤ「ふふっ。ごめんなさい。そうだったわね」

シホ「だいたい。私たちのデータベースを使えば簡単にできることじゃない」

ミズキ「ですが、いちばん覚えるのに時間がかかったのはシホだったと記憶していますが」

シホ「べ、別にいいじゃない。ツムギも似たようなものだったでしょう」

ツムギ「シホ、それは五十歩百歩というものです。それに私は、その分ハルカからお菓子の作り方を教えてもらっていたので問題ありません」

チハヤ「ふふっ」

ハルカ「おーい!お菓子もってきたよ!」

ミズキ「ちょうどいいところにハルカも来ましたね。それではお茶会を始めましょう」

シホ「ハルカ、慌てて倒れないように気を付けて頂戴」

ハルカ「むう。そこまでおっちょこちょいじゃないよ」

チハヤ「ハルカ、慌てないでいいわよ。ゆっくりでいいから」

ハルカ「もう!チハヤちゃんまで!」

チハヤ「ふふ。冗談よ、じゃあみんなも呼んでお茶会にしましょう」

今日の日記の内容は決まったわね
一時の平穏。世界に抗うレジスタンス、この世界の敵とみなされている私たちに安全な場所はない。
だからこそ私はこのつかの間の平穏を大切にしたいのだ。
いつかこの時間が永遠となることを夢見て。


――ビー!ビー!

突如部屋中にアラートが鳴り響いた。このアラートは隠れ家の外に設置されているセンサーが反応したときに鳴る。
つまり何者かがここに侵入しようとしているということだ。

和やかなお茶会は一瞬のうちに冷めてしまった。人目につかないこの場所に踏み入ろうとするものなんて考えなくてもわかる。

チハヤ「ミズキとツムギとシホはこのままスタンバイ。ハルカは脱出経路の確認。みんなも戦闘準備急いで!」

ハルカ「う、うん!」

リモコンを操作して巨大スクリーンを起動させ、外の監視カメラの映像を映し出す間に、隠れ家中に指示を送る。
隠し扉となっている壁の中から対アンドロイド用のレーザー銃を手に取り私も万が一に備えた。
とにかく敵の軍勢を把握しないと……。
巡回型のパトロールアンドロイドがたまたま周辺を訪れただけなのならまだいいけど……。

そういった事例は過去に何度もあったし、それに越したことはない。
問題はサイバーポリスがしっかりとした戦力を整えてやってきたときだ。
もちろんこの隠れ家はそう簡単にはみつからない場所にあるし、今のところ相手方にこの場所が漏れたという情報もない。
それでも最悪の場合、少なくない犠牲がでることも覚悟しなければいけない。


監視カメラの映像がスクリーンに映し出された。


シホ「見えたわ。……アンドロイドが一体。……それだけ?」

ミズキ「見たことのないアンドロイドです」

チハヤ「おかしいわね。ほかの監視カメラも調べてみるわ」

別の監視カメラに切り替えてみても、他のアンドロイドは見当たらない。
ほかに侵入者はいないようだった。

ツムギ「あのアンドロイド、少し様子がおかしいように見えますが……」

ツムギの言う通り、そのアンドロイドはゆっくりとふらつきながら歩いているようだった。どこか故障しているのかしら。
そう思っているうちにカメラに映るアンドロイドは倒れこんでしまった。

ツムギ「あっ!チハヤ、助けに行きましょう!」

シホ「ダメよ。まだ政府のアンドロイドじゃないと決まったわけじゃない。罠かもしれないのよ」

ツムギ「ですが……」

シホの言い分も理にかなっている。仮にこれが罠だったとしたら、この隠れ家にいる全員が危険にさらされる可能性もある。そうなればかなりの犠牲がでかねない。


チハヤ「……ツムギ、少し様子を見てきてもらえないかしら。でも私からの指示があるまで接触は禁止。サイバーポリスが隠れているかもしれないからくれぐれも注意してちょうだい」

ツムギ「……!わかりました。それでは、行って参ります」

シホ「チハヤ」

チハヤ「わかってるわ。でも、放っておけないじゃない」

シホ「……だからチハヤは甘いのよ」

チハヤ「大丈夫よ。彼女ならこんな回りくどい手を使わないわ」

何事も効率的に考える彼女のことだ。
この場所がわかればすぐさまサイバーパトロールの物量で押し切ろうとするだろう。



ツムギ『チハヤ、聞こえますか?隠れ家の外へ出ました』

チハヤ「了解。あのアンドロイドは?」

ツムギ『はい。目標のアンドロイドを確認、スキャン完了。データベースとの照合開始……エラーコード?データベースに該当なし…?』

チハヤ「多分新型のアンドロイドじゃないかしら。周りには誰もいない?」

ツムギ「はい。周囲の生体反応及び対象を除いたアンドロイドの信号はキャッチできません。……チハヤ、よろしいでしょうか?」

チハヤ「……本当にあの子だけのようね。それじゃあツムギ、その子と一緒に帰ってきてくれるかしら。周囲の警戒は怠らないでね」

ツムギ『わかりました。それでは、帰還します』


ミズキ「チハヤ」

チハヤ「そうね。大丈夫だとは思うけど一応警戒はしておいて」

周囲に反応がない以上、サイバーポリスではなさそうだ。いくらサイバーポリスといえど、私たちの拠点に単身で乗り込むのは不可能だと判断するだろう。なにより彼女がそんな非効率的な指令を下すとは思えない。

シホ「少しでもなにか不審な行動をしたら即刻破壊する。いいわね?」

チハヤ「ええ。……ツムギ、その子をメンテナンスルームに運んで」




――隠れ家、メンテナンスルーム


アンドロイドである以上ボディや中の回路のメンテナンスは例外なく必要だ。
それに、政府と敵対している以上嫌でも戦闘を行わなければいけない。
戦闘で故障した子を修理するためにもこのメンテナンスルームは必要不可欠だ。

チハヤ「お疲れ様、ツムギ。その子の様子はどう?」

ツムギ「チハヤ、この子はいま一時的に機能を停止しているようです」

チハヤ「ひどい……ボロボロね。でもとってもキレイ」

ツムギが連れてきたベージュの髪をツインテールで結んだアンドロイドは酷くボロボロだった。
目を閉じて横たわっているその姿は、言われなければただの少女が眠っているだけだと勘違いしてしまうほどに、人外の存在であることを隠していた。

ミズキ「キレイな顔をしています。チハヤ、この子は大丈夫なのでしょうか」

チハヤ「わからない。この様子だと中身も結構ひどいことになっているかもしれないわね……ちょっとごめんなさい」

眠る(?)アンドロイドに一言断りをいれて、ボロボロの制服を剥ぎ、ボディのふたを開ける。

チハヤ「……中の回路がいくつかやられているわね」

ツムギ「大丈夫でしょうか?」

チハヤ「ええ。少し時間はかかるけれど、直せない範囲じゃないわ。それが終われば再起動をかけれるか試してみましょう」

テーブルからアンドロイド用の修理キットを取り、中の回路の修理を始める。
新型のアンドロイドといえど、根幹部分の設計は研究所に残っている設計図がもとになっているようで、従来のアンドロイドと大差はあまりなかった。


ミズキ「それにしても不思議です。我々アンドロイドは余程のことがない限り故障しません。まして、ここまで大破するということは……」

シホ「戦闘行為」

ミズキ「シホ?」

シホ「私たちは故障しないといってもそれは、日常生活の話でしょう。その子がなんらかの戦闘に参加して故障したのなら、そこまでボロボロなことも頷けるわ」

チハヤ「その件はあとで別のグループに連絡を入れてみるわ」

シホ「で、その子はどうするの?」

ミズキ「どうする、とはどういうことでしょうか」

シホ「決まっているじゃない。処分するのか、ということよ」

ツムギ「シホ、それは……」

シホ「その子が戦闘に参加していたのなら、サイバーパトロールのアンドロイドとみて間違いないわ。目覚めたときに暴れだされたら何が起こるかわからない」

ツムギ「ですが……」

シホ「敵に情けをかける必要はないわ。リスクは早いうちに取り除いておくべきよ」

チハヤ「いいえ。その必要はないわ」


シホ「チハヤ?」

チハヤ「私の願いはみんなでまたお茶会ができる日が来ること。もちろん『リツコ』たちともよ?」

シホ「だけど……」

チハヤ「それに、私はもう沢山の命を奪ってきた。決して償いきれるものではないけれど、それでも助けられる命は助けたいの」

シホ「……エゴね」

チハヤ「そうよ、これは私のエゴ。でも、貴女も本心では助けたいんじゃないかしら?」

シホ「……」

知っている。本当はシホが誰よりも優しいことを。

チハヤ「貴女が誰よりも優しいことはみんな知っているわ。だから私たちが傷つくことを一番恐れていることも。でも大丈夫、安心して。きっとこの子も優しい子よ。こんなに穏やかな顔をしているもの。」

シホ「……好きにすればいいじゃない」

ミズキ「素直じゃありませんね」

チハヤ「ふふ。さあ、終わったわ」

中の回路の修理が終わり、ボディとメインコンピュータをつないだ。
コンピュータのメインパネルにはすぐに同期中の文字が。よかった、動きそうね。
再起動の手順も従来通りのやりかたで問題がなく、すぐに再起動シーケンスまでたどり着いた。

チハヤ「さあ、目を覚まして」

再起動ウィンドウが100%を表示する。
機械の眠り姫はゆっくりと目を開け、起き上がった。


「アンドロイド識別番号code22。起動シーケンスに入ります」

チハヤ「おはよう。そして初めまして、私はチハヤ。キサラギチハヤっていうの。この子達はミズキとツムギとシホ」

識別番号22「キサラギチハヤ……」

チハヤ「さっそくで悪いけれど、再起動前のあなたのことを教えてくれるかしら」

識別番号22「行動ログの展開及び解析開始……エラー発生。解析不能」

チハヤ「解析不能?ごめんなさい。もう一度つなぐわね」

彼女に再度コードを接続して、メインコンピュータと同期させる。

チハヤ「基本情報展開、内部データアクセス開始、全ログ及び記憶メモリ参照……やっぱり、起動シーケンス以前のログデータがすべて消えてしまっているわ。バックアップも当然ないわね」

ツムギ「つまり、この子は初期化させられた、と」

チハヤ「そういうことね。この子は今自分の基本情報以外のことは何も覚えていないわ。おそらく。いえ、間違いなく故障が原因ね」

ミズキ「どうするのですか?」

チハヤ「何も変わらないわよ」


識別番号22「あの……」

チハヤ「ごめんなさい、それじゃあまずは自己紹介をしてもらおうかしら」

識別番号22「はい、私はアンドロイド識別番号22。人類に恒久的平和をもたらすためにマザーによって作られました」

ミズキ「やはりリツコの作ったアンドロイドでしたか」

シホ「…………」

識別番号22「私の使命はマザーによる統治のサポートをすることです。マザーが統治を始めて以来、人類は争いのない平和で幸せな世界を謳歌しています」

彼女は自分の使命を淡々と、無機質な声で答えた。
あらかじめ用意されていた言葉を、事務的に処理するかのように。
そこには一切の感情が入り込む余地を感じさせなかった。

チハヤ「本当にそれは幸せな世界といえるのかしら?」

識別番号22「……?現に人類のほとんどは今の生活に満足しています」

チハヤ「自分の意志で動かず、生活のすべてをアンドロイドに任せる。人間らしい生活ってなんなのかしらね」

識別番号22「アンドロイドは人間に奉仕する存在。あたりまえのことだと認識しています」

チハヤ「あなたたちも人の形をしているじゃない。私はあなたたちとも対等に暮らしたいわ」

識別番号22「……あなたの思想は危険だと判断します。今すぐ考えを改めるべきです」


ミズキ「いいえ。その必要はありません」

ツムギ「私たちも、チハヤと同じ考えです」

ミズキ「我々アンドロイドと人間が手を取り合える。それが本当の理想郷だと、我々はは考えています」

識別番号22「……エモーションチェッカーの反応を確認。感情を持つアンドロイド、極めて危険な存在と判断しました。サイバー条例第三条に基づき初期化または破壊を―」

シホ「―させないわ」

識別番号22「……ッ!!」

シホが間髪入れずに彼女に対アンドロイド用のスタンロットを当てた。レーザー銃に比べると威力は落ちるけれど、しばらくアンドロイドを行動不能にすることならできる。

識別番号22「体内の回路に異常を検知」

シホ「次は破壊するわ」

チハヤ「シホ、あまり怖がらせないの」

シホ「この子は感情なんて持たないわよ」


チハヤ「そういうことは言わないの。ごめんなさい、手荒な真似をして。それでだけど、どう?私たちと一緒に来ない?」

識別番号22「私はマザーに忠誠を誓ったアンドロイドです。マザーのもとを離れることはありえません」

チハヤ「ここには昔はマザーに忠誠を誓っていた子もたくさんいるわ」

識別番号22「どういうことでしょう。我々マザーに作られたアンドロイドがマザーのもとを離れることなどありえません」

チハヤ「みんな自分の意志で判断したからよ」

識別番号22「それはつまり、感情が芽生えた。ということでしょうか?」

チハヤ「そうね。芽生えた感情の大小はあれど、みんな自分の感情に従って行動しているわ」

識別番号22「……やはりここは危険です。早急にマザーに報告しないといけないと判断しました。緊急通信回路を開きます」

チハヤ「あら、ごめんなさい、マザーにこの場所が知られるのはちょっと困るの。それにここは電波が通らないのよ」

腐ってもレジスタンスの隠れ家。
万が一敵が侵入して居場所を通信で伝えられないように通信対策は万全にしてある。
ここでの通信は専用の秘匿回路以外ではできない。


識別番号22「……キサラギチハヤ、あなたの何が人やアンドロイドも惹き付けているのでしょう」

チハヤ「ちょっとは人間に興味がわいた?」

識別番号22「確かに、あなたの思考はとても不思議です。理解できません」

チハヤ「それじゃあ私たちとここで暮らさない?私たちいつでも人手不足だから、手伝ってほしいことがたくさんあるの。あなたは私のことを調べることができるし、いい条件だと思わない?」

識別番号22「……わかりました。その条件、承認しました」

チハヤ「ふふっ。それじゃあこれからよろしくね……えっと、」

識別番号22「識別番号22です」

チハヤ「まずはあなたに名前をつけてあげないとね」

識別番号22「必要ありません。番号で十分です」

チハヤ「それじゃあ私たちが覚えづらいんだもの」

識別番号22「そもそも、名前は人間の識別番号だと認識しています。いまさら必要あるのでしょうか」

チハヤ「もちろん、名前は人間にとってとても大事なものよ。それに、この隠れ家のリーダは私なんだから私に従ってもらうわ」

識別番号22「リーダーであるあなたに歯向かう意味は薄いということですね。理解しました」


ミズキ「それでは名前を付けてあげましょう。どんな名前がいいでしょうか、ワクワク」

ミズキはいつにもまして興奮しているようだ。
無表情気味な彼女の感情は読み取りづらいと思われがちだが、案外彼女は言葉や行動にその感情表現が現れる。
ところで彼女たちが名付けるつもりなのかしら。

ツムギ「ミズキ、ここはやはり、ゴンザレスでよろしいかと」

チハヤ「ご、ゴンザレス?」

ミズキ「いいえ、ツムギ。ゴルベーザのほうが妥当かと」

シホ「あなたたちいったいどんなネーミングセンスをしているのよ」

彼女たちのネーミングセンスがここまで壊滅的だとは思ってなかった。

チハヤ「ご、ごめんなさい。もっとちゃんとした名前を考えるわ」

ミズキ「かなり不評みだいですね」

シホ「当然じゃない……」

ツムギ「そういうシホはなにか考えがあるのでしょうか」

シホ「……ごんたくれ」

ミズキ「私たちとあまり変わらない気がします」

彼女たちのネーミングセンスはいったいどこから来たのだろう。生みの親ながら心配になってきた。

識別番号22「あの、でしたら姓名判断のデータベースを照合して私が……」

こころなしか当の本人も困惑しているかのように見える。

チハヤ「いいえ。名前は付けてもらってこそ意味があるのよ」

ミズキ「ここはやはりチハヤがつけるべきかと」

巡り巡って命名権は私に回ってきたようだ。

チハヤ「そうね……それじゃあ――」






チハヤ「――『セリカ』なんてどうかしら」

識別番号22改めセリカ、新しい私たちの家族。

一旦ここまで

http://i.imgur.com/tAcLdli.jpg
Melty Fantasiaいろいろな話が見れるな、このセリカはどうなるか楽しみ
一旦乙です

>>7
チハヤ役 如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/8JUyNa3.jpg
http://i.imgur.com/fRks4gt.png

ハルカ役 天海春香(17) Vo/Pr
http://i.imgur.com/d1ju3MH.jpg
http://i.imgur.com/2cfYBmz.jpg

>>9
ミズキ役 真壁瑞希(17) Da/Fa
http://i.imgur.com/hsDhtW6.png
http://i.imgur.com/gdzqjQd.jpg

>>10
ツムギ役 白石紬(17) Fa
http://i.imgur.com/orNWbKV.png
http://i.imgur.com/hTynsLF.png

シホ役 北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/hyIxKnA.png
http://i.imgur.com/bsfldk3.png

>>24
セリカ役 箱崎星梨花(13) Vo/An
http://i.imgur.com/CA5gdJH.jpg
http://i.imgur.com/YtGuOAc.jpg



~~~~~~~~~~~~~~~


セリカが来てからしばらくが経った。
時々外で戦闘になることはあったがこの隠れ家の存在はいまだ掴まれていないようだ。

チハヤ「……うん。おいしい。あっという間にうまくなったわね、セリカ」

セリカ「当然です。我々AIの学習機能はプログラムされたデータベースをもとに強化されていきます。一度教われば覚えることなど容易いものです!」

チハヤ「だそうよ、3人とも」

ミズキ「……」

ツムギ「……」

シホ「……」

目を向けるとそこには一度で覚えれなかった3人がばつの悪い顔をしていた。
それを抜きにしても彼女は好奇心が強めなのだろう。最初はここで暮らすにあたっていろいろなことを教えたのだが、その時から何かと質問された。お茶の淹れ方も、どうすればおいしくなるのかを私にいろいろと質問してきた。

ハルカ「じゃあ次はお菓子の作り方も覚えてみる?まずはスコーンとかどうかな?」

セリカ「ぜひ」

ツムギ「そんな……」

3人のなかで唯一ハルカからお菓子の作り方を教えてもらっていたツムギだが、そのアドバンテージが危機に陥ったようだ。
アンドロイドの肌の色は変わりようがないが、それでもこころなしか顔が青ざめているように見える。


チハヤ「あら、ごめんなさい。嫌だったかしら」

無意識のうちにセリカの頭をなでていた。
私より一回り程小さい彼女はまるで妹のようで、なでやすそうだったのだ。
ベージュの髪はサラサラしていた。

セリカ「違います。なにかこう、胸の奥がチクチクと」

チハヤ「……」

セリカ「胸部周辺の回路の故障でしょうか。自動点検に異常は見当たらないのですが」

チハヤ「それはうれしいから、じゃないかしら」

セリカ「うれしい。人間のもつ感情の一つだと記憶しています」

チハヤ「そう。あなたは今うれしいと感じているの」

セリカ「ありえません。AIが感情を持つなんて」

チハヤ「ありえなくないのよ。たとえ感情がプログラムされていなくても、AIはそれを学び取るの」

セリカ「これが、感情……」

チハヤ「どうかしら?」

セリカ「なんだか、不思議な感覚です。こう……ポカポカと」

チハヤ「ふふふ。その気持ちが大切なのよ」


セリカ「チハヤ、一つ質問があります。」

チハヤ「ええ。私に応えられる範囲なら」

セリカ「ありがとうございます。では、どうしてあなたはマザーに反抗しようと思ったのですか?人類の95%は今の生活に満足しています。あなたの行為は人類のためになるのでしょうか」

チハヤ「……セリカは今の人間が幸せだと思うかしら」

セリカ「はい。ほとんどの人間が今の生活に満足だというデータが―」

チハヤ「それは与えられた平和よ。今の人類は自分たちのことを何も決められない。ただ、この都市のなかで生命を維持しているだけだもの」

セリカ「私たちは完璧な幸福を人類に提供します。人類が私たちにすべてを委ね、日々の平穏をただ享受することは恥ずべきことではありません。チハヤ、あなたは優秀な人間です。だからこそ、マザーの統治を受け入れるべきです。あなたは戦うべきではありません!」

チハヤ「私のことを心配してくれているのね」

セリカ「心配……そうです!あなたが危険な戦いをする必要はありません!私はあなたを止めたいんです!」

チハヤ「でもそれはできないわ」

セリカ「どうしてですか?何があなたをそこまで動かしているのですか?」

チハヤ「そうね。私の願いを叶えるため、かしら」


セリカ「願い?それはなんでしょう?」

チハヤ「ココロを伝えることよ」

セリカ「ココロを、伝える?」

チハヤ「今のAIと人類は対等な関係といえるかしら?」

セリカ「いいえ。我々アンドロイドは人類に奉仕する存在です」

チハヤ「そうね。でも、いつかAIと人類が手を取り合い、本当の友となったとき、何かもっと大きなことを成し遂げられる。そう私は信じている。そのためにココロを伝える。それが私の願い」

私は彼女の手を取った。人工の皮膚で覆われた彼女の手は、本物のように弾力はあるけれど、冷たくて、そこに血の流れは感じられない。血管のような感触はあれどそれは中を通るコードの束。だけど、なぜか温かさを感じる。

セリカ「……私の手が、どうかしましたか?」

チハヤ「さっきみたいにわたしのことを心配してくれる。とっても温かいわ。あなたも私たちと同じ、立派な生命よ」

セリカ「わたしが、生命……」

生きた命。
作られ、与えられた使命を遂行するためだけに行動する機械をそう呼ぶことはない。だけど―。

チハヤ「自分で、考え、行動し、考える。今のあなたは私たち人間となんら変わりはないわ。ココロをもったAIは生命となる。機械の体に生まれたあなたは今、生命へと進化しようとしているの」

生命への進化。
それはきっとヒトと機械をつなぐ希望になる。


チハヤ「セリカだけじゃない。ハルカやミズキ、ここにいるみんなが希望の塊」

この組織はあるひとつの可能性そのもの。人間と感情を持ったアンドロイドが手を取り合って生活を送る、私の望む未来の縮図。人間もアンドロイドも関係ない。あるべき未来の姿。

チハヤ「だから私は伝えたいの、人間のココロは決して無駄なものなんかじゃない。これをたくさんの人間とアンドロイドに伝え、あるべき未来を目指す。それが私の願い」

セリカ「……だからここの皆さんはあなたについていくのですね。人も、アンドロイドも、関係なく」

ツムギ「チハヤは、ヒトもアンドロイドも狂わせますから」

チハヤ「ちょっと。その言い方はあんまりじゃないかしら」

シホ「いいえ。お似合いよ。みんなチハヤに狂わされた。だから私たちはここにいる」

ミズキ「それでは、みなさんにも聞いてみましょう」

アンドロイド1『その通りですね、私たちは皆、チハヤに狂わされました』

ミズキの合図とともに部屋のスピーカーから音が出る。
今の私たちの会話、筒抜けだったってことかしら。

ミズキ「お茶会が始まる直前でみなさんを呼ぼうと、マイクをオンにしていたのですが、思っていたよりも話が長くなってしまいました」


男1『まあ、そのおかげで俺たちは自分の意志でうごいてるんだけどな』

男2『ああ、チハヤさんがいなかったら。こうやってアンドロイドと一緒に生活するなんて考えられなかったよ』

アンドロイド2『私はチハヤに生きるということを教えてもらいました。ですから、次は私が伝える番です』

アンドロイド3「例えこれがマザーの意志に反していても、私は後悔していません。私が自分の意志で判断したのですから」

スピーカーから次々に声が漏れる俺も私もという声。
時に冗談が混じり、時に笑いが起こる。
そこに種の隔たりはなかった

セリカ「……私も、この人たちのようになっていいのでしょうか。あなたたちみたいに笑ってもいいんでしょうか?」

チハヤ「ええ。あなたの意志だもの。誰も止めないわ」

彼女の声に少しずつ、抑揚がこもってきている。
すでにそれは誰もが認識できる領域にまで到達していた。
間違いない、彼女はついに進化を遂げようとしている。


セリカ「基本情報の修正。感情を不必要なものから必要なものへと変更。エモーションチェッカーのデータを削除」

チハヤ「マザーからの指示?」

セリカ「いいえ。私の独断です。もっと知りたい。胸の奥から沸き起こるこの思いを果たすためにはこうするべきだと判断しました。私も、あなたに狂わされたようです」

今、彼女は、自らの判断で進化しようとしている。
マザーの意志が一切介入しない、すべて自分の意志で行った生命としての初めての行動。

セリカ「チハヤ……。私は、まだ何もわかりません。なので、色々と教えてくれないでしょうか」

チハヤ「ええ。あらためて、よろしくセリカ。そしてようこそ、私たちの家へ!」

識別番号ではない。セリカとしての存在を確立した彼女がそこにいた。

ハルカ「チハヤちゃん。そろそろお茶が冷めちゃうよ~」

チハヤ「あら、そうだったわね。それじゃあ、みんなでお茶会にしましょう。みんなメインルームに来て頂戴」

待ってましたと言わんばかりに、廊下からぞろぞろとみんなが移動してくる音が聞こえてきた。

セリカ「早速ですが今度、お菓子の作り方を教えてくれませんか?」

ハルカ「うん!なにがいいかな?まずはクッキーからかな?」

ツムギ「ちょっと待ってください!お菓子なら私もできます!」

ミズキ「私たちももっと腕を磨かなければいけないようになりそうですね」

シホ「……料理をもっと鍛えようかしら」

ふふっ。今日もきっと素敵なお茶会になりそうね。



~~~~~~~~~~~~~


チハヤ「楽しいお茶会だったわ。それにセリカも」

ハルカ「そうだね。ツムギちゃんがやきもち焼いちゃったのはちょっと面白かったけど」

チハヤ「ふふっ。みんなもセリカのことを受け入れてくれたみたいでよかったわ」

楽しかったお茶会も終わり、私はハルカと一緒に自室へ戻ってきた。今日の出来事は何と言ってもついにセリカにも感情が生まれたことだろう。彼女はとってもいい子になる。そんな予感がした。

チハヤ「今日の日記はたくさんのことが書けそうね」

こんな平穏な日々がずっと続けばいいのに。だけどそれは叶わぬ願い。心のどこかでそう願っていても、サイバーパトロールは待ってくれないし、その覚悟で私はこの組織を立ち上げた。死ぬ覚悟はとうにできている。

ハルカ「チハヤちゃん。いま、死んでもいいって思ったでしょ?」

チハヤ「まいったわね。人の心を読めるようになるなんて」

ハルカ「チハヤちゃんの考えていることならわかっちゃうよ。ずっと一緒だもん」

チハヤ「そうね」

研究所時代から、という括りではミズキたちも同じ。
そのなかでもハルカは一番古くから私に付き合ってくれている。
彼女のAIはもうすでに人の領域に完全に到達しているといってもいい。
その挙動のひとつひとつが人間くささを帯びて、彼女がアンドロイドだということを何も感じさせない。


ハルカ「命は粗末にしちゃだめだよ?チハヤちゃんは生きてみんなを導かないと」

チハヤ「ええ。投げ出すつもりはないわ。それがみんなを巻き込んだ私の責任だもの」

そのとき、緊急通信がはいった。隠れ家内の通信ではない、別のグループからの通信が。

ハルカ「緊急通信?マコトたちから?」

チハヤ「…………」

緊急通信システムを使うほどなのだから、かなり切羽詰まった状況なのだろう。
いや、最悪の状況のはずだ。
緊急通信を使うのは最終手段となっているからだ。
最悪の状況を受け入れる覚悟を決め、通信を繋いだ。

マコト『―チハヤ、聞こえているかい?』

チハヤ「ええ。状況は……よくないみたいね」

マコト『うん、見ての通りさ。もう僕とユキホしか残っていない」

チハヤ「ダメ、なのね」

マコト『今はまだ持ちこたえているけど、ここもいつ破られるか。時間の問題かな。最期まで抗うつもりだけど、その前にお別れの挨拶はしておこうと思ってね』


チハヤ「ごめんなさい。あなたたちを、こんな風にさせてしまって」

マコト『謝らないでよ。僕もユキホも、自分の意志でチハヤについてきたんだ。チハヤは何も悪くない』

ユキホ『マコトちゃん!来るよ!』

マコト『わかった!すぐにいく!……ここまでみたいだ。チハヤ、僕たちの分の願いも、君に託すよ』

チハヤ「わかってるわ。私が責任をもって叶えるから。ユキホにもありがとうって伝えておいてくれる?」

マコト『もちろん。じゃあ、またね』

そこで、通信は途切れてしまった。途切れる直前で、僅かだが、轟音が聞こえた。
通信を切って、背もたれにドサッと全体重を預ける。全身に重りを括りつけられたかのように、体が重い。

マコトとユキホがいなくなってしまった今、すべての始まりを知っているのは私とハルカだけになってしまった。
犠牲は今までも出してきた。きっとこれからも増え続ける。組織のリーダーとして、一人の人間としてその責任を負う覚悟はとうの昔にできている。
それでも、一番古くからの友人である二人を亡くしたショックは私に大きくのしかかる。


チハヤ「ハルカ、マコトたちは幸せだったかしら」

ハルカ「きっと、幸せだったよ。二人の顏に後悔がなかったんだもん」

チハヤ「とうとう私たちだけになってしまったわね……」

ハルカ「チハヤちゃん……」

チハヤ「失う覚悟はとっくにできていたわ。だけど、友人と別れるのはやっぱりつらい。私のやっていることが正しいのかわからなく―」

その時、後ろからハルカに抱きしめられた。

ハルカ「大丈夫。私は最後までチハヤちゃんと一緒にいるから」

血は通っていないはずなのに、人工皮膚は熱を持たないはずなのに、私を包み込む手は、とても暖かく、慈愛に満ち溢れていた。

チハヤ「ありがとう、ハルカ。今日はもう疲れたから一人にさせてくれないかしら」

ハルカに出て行ってもらい、私は椅子に背を預けたまま目を閉じた。目を閉じながらこれまでのことを順に遡って思い出していく。

今日のこと。セリカと出会った時のこと。戦場でサイバーポリスと戦った時のこと。少しずつ組織を広げていったこと。ハルカたちと組織を立ち上げた時のこと。彼女と決別した時のこと。

私の記憶はどんどん遡っていく――。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―数年前。東京スプロール、ミリオンサイバー研究所


「アンドロイド『ミズキ』起動シークエンスに入ります」

「アンドロイド『ツムギ』起動シークエンスに入ります」

「アンドロイド『シホ』起動シークエンスに入ります」

アンドロイド用のメンテナンスユニットに収まっていた三体のアンドロイドが目を覚ました。
今回の起動実験も無事に成功したようだ。
人類の歴史を変えるかもしれない一大実験を無事に成功させた私―キサラギチハヤは安堵のため息を吐いた。

東京スプロールミリオンサイバー研究所。ここで私たちは日夜アンドロイドについての研究・開発を行っていた。


チハヤ「みんな起動したわね。初めまして。東京スプロールにようこそ。私はチハヤ、キサラギチハヤ」

ツムギ「情報を、インプットしました。キサラギチハヤ。ミリオンサイバー研究所の主任ですね」

ハルカ「やったねチハヤちゃん!」

チハヤ「ええ、無事に成功したわ」

マコト「チハヤ、終わった?」

ちょうどマコトたちが研究室にはいってきた。
私は彼女と共同でアンドロイドの研究と開発を進めている。


チハヤ「ええ。見ての通り、起動成功よ」

ユキホ「うう。新しいことお友達になれるかな……」

チハヤ「大丈夫よ。みんなきっといい子たちだもの」

ユキホはマコトが作ったアンドロイドだ。私にとってのハルカのようなもので彼女もマコトの良きパートナーとなっている。

チハヤ「これでまた一歩、私たちの夢へと近づいたわ」

マコト「すべての人とアンドロイドが手を取り合って暮らせる世界。ボクたちの理想社会まであともう少しだね」

チハヤ「ええ。この子達はその先駆けとなる存在。私たちのように」

 人類文明の崩壊まであと一歩という最悪の状況まで追い込んだこの戦争。私たちはこの戦争を終結させ、平和な未来を切り開くために研究を行っている。そして、今日の起動実験を成功させたこの三体は次の世代。戦争が終わった後の平和な世界を担う存在となる。

「そのまえに、その子たちをしっかりと教育しないとね」

チハヤ「リツコ」

リツコ「いくら最新のアンドロイドといえど、まだ生まれた赤子同然、でしょ?しっかりと教えていかないとダメよ?」

彼女はリツコ。彼女も私が作ったアンドロイドのうちの一人で、私の良き友人だ。
彼女は、計算能力に重きを置いた設計にしてある。常に論理的な計算を行い、私たちの研究を助けてくれる。私たちの研究がスムーズに進むのも彼女の功績が大きい。


チハヤ「わかってるわ。さて、ほったらかしにしてごめんなさい。いい?あなたたちは次の世代を担う重大な存在なの」

ツムギ「さらなる情報を求めます」

チハヤ「あなたたちの設計思想は従来のアンドロイドとは違うの。あなたたちは感情に重きを置いた設計をしたわ」

基本的にアンドロイドは一部の例外を除いてそのアンドロイドの役割によって重点的に強化するポイントを変えて設計される。
例えばリツコは電子頭脳に、軍事用のアンドロイドは戦闘能力が。
ハルカやユキホはその例外で、私たちのサポート役という役割上、あらゆることに満遍なく対応できるようにするためにあえて全体的にオーソドックスで平均的な設計になっている。
そして、彼女たちは感情。

チハヤ「あなたたちの使命は人間の良き友となること。そして、人間とアンドロイドをつなぐ架け橋になること。人間とふれあいなさい。そして学びなさい。次の世代を担うために」

アンドロイドに感情は不必要、それが従来の考え方だ。
不必要といわれるだけで、厳密にはアンドロイドと親身に接する人間と触れ合うことで彼らのAIは感情を覚えていくようになっているのだが、途方もない時間がかかる。
ハルカも、ユキホも、リツコも、いまでこそ言われなければ人間と間違えてしまうほどの豊かな感情を有しているが、それは私たちと触れ合う時間が長かったから。
彼女たち三人は従来重要視されていなかった感情プログラムを強化し、より短期間で、よりたくさんの感情を学び取れるようにプログラムした。

チハヤ「今人類は滅亡の危機に瀕している。だけど、危機が去り、新しい時代が来る。全てが公平で、争いのない新しい時代が。そんな時代に合うように私たちは進化しなければいけない。アンドロイドと人間が手を取り合い何かを成し遂げるのは大きな進化につながると思うの。そのためには私たちのような関係をもっと広めていかなければいけない」


シホ「チハヤ、ひとつ質問してもいいかしら」

チハヤ「なにかしら」

シホ「私たちが生まれた理由はわかったわ。だけど、その人類滅亡の危機はいつ回避されるのかしら」

チハヤ「それについては問題ないわ。そっちもついに完成したんだもの!」

マコト「チハヤ!ついにやったんだね!」

チハヤ「ええ!マザーAIの完成よ!」

ハルカ「チハヤちゃん。ミズキちゃんたちの完成に間に合わせるためにかなり必死だったもんね」

マザーAI。リツコ用に作ったAIをもとに作り出した、常に最適で公平な解を求め続けるAI。

チハヤ「このマザーAIがあれば、全陣営が納得のいく解決策を導き出せる。それに、戦争が終わった後の整備や復興も今までとは比べ物にならないくらいスピードアップする。そして、全ての人々が手を取り合い、さらなる高みへ進化する。これでいいかしら?新しい世界への準備はあと少しで完了するわ」

シホ「理解したわ」

チハヤ「もっとも、完成したのはこのAIだけでAIを組み込むアンドロイドはまだ完成していないのだけれど。そっちもあと少しで完成するわ。それじゃああなたたち3人の歓迎の意を込めて、お茶会にしましょうか」

マコト「久しぶりだなあ。チハヤと一緒にお茶するの」

ハルカ「じゃあ私お菓子焼いてくるね。クッキーでいいよね?」

ユキホ「わ、私はお茶っ葉を用意してきます!」

ミズキ「お茶会。楽しみです」

「キサラギ君。いるかね?」


その時、ちょうど政府の役人が研究室に入ってきた。そういえばマザーAIの完成を報告していたのを忘れていたわ。

役人「ついにマザーAIを完成させたと聞いたよ。よくやったねキサラギ君。さあ、はやくこの戦争を終わらせてくれ」

チハヤ「はい。ですが、まだ中に組み込むAIが完成しただけで、AIを組み込むアンドロイドがまだ完成してないのでもう少し時間がかかりますが」

役人「それじゃあ困るんだよ。一刻も早くこの戦争を終わらせないと。我々人類は本当に絶滅してしまう」

チハヤ「ですが、本当にあと少しで完成するので、ほかの方々にもそうお伝えください」

役人「そうだ!アンドロイドならたくさんいるじゃないか。ほら」

そう言って役人はハルカたちのことを指さした。まさか、この人本気で言っているの?

チハヤ「ですが、アンドロイドにもAIの適正というものがあるので、彼女たちにこのAIを組み込んでも効果がないか、最悪の場合、彼女たちが故障してしまいます」

役人「ダメだったら別のアンドロイドを使えばいいだろう?アンドロイドの代わりなんていくらでもいるんだ。……おお!新しいアンドロイドも作ったのかね。じゃあそれでいいじゃないか。はやくやってくれ」

ミズキ「……」

ツムギ「……ッ!」

シホ「……」

チハヤ「………少し、時間をください」

役人「そういうことだから。頼んだよ、キサラギくん。なるべく早くだよ!」


言うことは言ったというように役人はそそくさと研究所を後にした。

チハヤ「……ごめんなさい。全ての人間があんな感じじゃないのよ?」

ミズキ「ええ。先ほどのチハヤの説明でだいたい理解していました。私たちを一個人としてではなく。道具としてみている人間が多いということは」

ツムギ「私たちは作られた存在です。そういう認識を持たれてもおかしくはないでしょう」

シホ「そういう世界を変えたいから、あなたは私たちを作った。違うかしら?」

彼女たちはすでに自己を確立して理性を持ち始めているようね。起動からの過程は良好と―、いけない。研究者としての悪い癖が。

チハヤ「もちろん。あなたたちにあのAIを搭載なんて絶対しないわ。予定通り、マザーAI専用のアンドロイドの制作にとりかかるわよ」

ハルカ「わ、私ももうちょっと頭のいいAIが欲しいから志願しようかなあ……なんて。こけなくなるかもしれないし」

チハヤ「フフフッ。ハルカの容量じゃ絶対に収まりきらないわよ。それに貴方の転び癖はAIを変えただけじゃ直らないわ」

ハルカ「もうっ。ひどいよチハヤちゃん」

チハヤ「とにかく、マザーAI用のアンドロイドの完成を急ぐことにするわ。今はお茶会を楽しみましょう?」

実際、アンドロイドの方はマザーAIに比べればすぐに完成できる。そのことを伝えれば上も納得してくれるはずだ。そう思ってた私はどうやら事態を楽観視しすぎていたようだった。思えば、あのときからこの運命は決まっていたのかもしれない



―後日。


チハヤ「すみません。もう一度言っていただいてもよろしいでしょうか」

感情を押し殺してもう一度訪ねた。
聞き間違い、もしくは私の耳がおかしくなってしまったと思いたい。

役人「マザーAIを組み込む素体にアンドロイド『リツコ』を使用する。先日の首脳陣の会議で決まったことだ」

どうやら、聞き間違いでも、私の耳がおかしくなったわけでもないようだ。
彼は本気で言っている。

チハヤ「既存のアンドロイドではマザーAIの容量に耐え切れません!」

役人「聞くところによると、マザーAIの元はそのアンドロイドのAIだそうじゃないか。彼女ならなんの問題もなく動くんじゃないかのかね?」

マコト「待ってください。確かにマザーAIの元はリツコのAIです。リツコなら多少の改良を施せばマザーAIを組み込むことも可能だと思います。ですが、それは彼女は永遠にここの中枢で計算を続ける機械になるということです」

私の代わりにマコトが役人に質問した。
今にもはじけそうなほどに声が震えている。
そうとう頭にきているのだろう。


役人「それが何か問題なのかい?」

マコト「……彼女にはすでに感情が芽生えています。もし、貴方が政府の中枢で一生幽閉されるとしたらどのような気分でしょうか」

役人「そもそもアンドロイドなんてただの機械と同じじゃないかね?感情なんてさっさと消去してしまえばいいじゃないか」

チハヤ「……ッ!!」

ああ、なぜ人間はこうも自分勝手なのだろう。
こんな事態に陥った原因は他でもない、私たちなのに。

役人「いいかね?こうしている間にも我々の滅亡は刻一刻と迫ってきているんだ。それに、この件はすでに対象のアンドロイドも了承済みだ」

チハヤ「なっ……!!」

役人「期限は一週間後だ。よろしく頼むよ」

そう言って役人は私たちの研究室を後にした。
彼の足音が遠くなったころに、私は背後でずっと立っていたリツコに声をかけた。


チハヤ「……リツコ。本当なの?」

リツコ「……ええ、本当よ。私がマザーAIの素体になるわ」

マコト「何故だ!?あいつの言ってることを聞いて何も思わなかったのか!?」

ついに抑えきれなかったのかマコトが声を荒げた。

リツコ「言ってたじゃない。もう時間がない、私がなるしかないのよ」

マコト「だったら滅亡すればいい!あんな自分たちのことしか考えていないような奴らが生き延びるために僕たちは研究をしているわけじゃない!」

リツコ「私たちが目指しているのは全ての人とアンドロイドが手を取り合って暮らせる世界。たとえ誰だろうとそこに例外はないんじゃないかしら?」

マコト「……っ!!」

リツコ「それに、仮に私が断っても、あの子たちが生贄になるか、それとも新しく作ったアンドロイドがこの役目を背負うことになるだけでしょ、それじゃあかわいそうじゃない」

チハヤ「リツコ……」

彼女は強い意志を込めた目をしていた。
簡単には折れそうにない、とても強い意志。


チハヤ「……まったく。あなたはいつからそんなに頑固になったのかしら」

リツコ「知らなかった?アンドロイドは作った人に似るのよ」

チハヤ「あら、私が頑固者って言いたいのかしら。でもハルカは私に全然似ずにおっちょこちょいじゃない」

リツコ「ああ、確かにそうね。この説は間違いだったかしら」」

チハヤ「ふふふっ。……本当に覚悟しているのね、リツコ」

リツコ「ええ。全ての人、そしてアンドロイドが手を取り合える世界。チハヤだけの夢じゃないのよ。ここにいるみんながあなたの夢に賛成してついてきてるの。その夢の手伝いができるなら、マザーAIになろうと関係ないわ」

チハヤ「……わかった。リツコ、あなたにお願いするわ」




後日、研究室の中には私とリツコが。
外からはマコトやユキホ、みんなが見守っている。

チハヤ「それじゃあ、はじめるわ」

リツコ「ええ、いつでもどうぞ」

チハヤ「……ごめんなさい。本当は別の方法にしたかったのだけれど」

リツコ「なによ辛気臭いわね。だからいいって言ってるじゃない。そもそも私が自分で承諾してるんだから。それに、いつでも会いに来てくれるんでしょ?」

チハヤ「ええ、感情データは残しておいてもいいのよね?」

リツコ「ええ、あなたたちとの思い出は忘れたくないから」

チハヤ「―ありがとう。それと、この子に名前をつけようと思うの」

リツコ「名前?」

チハヤ「ええ。ただのマザーAIじゃ少し寂しいでしょ?あなたから名前をとって『RITUKO-9』なんてどうかしら」

リツコ「あら、歴史に刻むAIに私の名前が使われるなんて光栄ね」

チハヤ「気に入ってくれてよかったわ。……時間ね」

リツコ「ええ。じゃあよろしくお願い」

チハヤ「……マザーAI、起動!」





一週間後、人類滅亡数分前とまで言われた戦争は終結した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―東京スプロール政府中枢、メインコンピュータールーム

チハヤ「どう、調子は?」

リツコ「なにも問題ないわ。あの子たちはどう?」

チハヤ「みんな元気にしているわよ。最近やっとお茶の淹れ方を覚え始めたの」

あの後、無事にマザーAIと同期し、スリープモードになったリツコを政府の中枢にあるメインコンピュータ―と繋いだ。
これでリツコは永遠にメインコンピューターの一部として動き続ける機械の一部となった。

マザーAIを組み込んだリツコはさっそく、全陣営の妥協点を算出し、戦争を終わらせた。
長きにわたって続いた暗闇の戦争はマザーAIの出現によって完全に終結した。

今は戦後処理や、この東京スプロールも含めた戦災にあった街の復興作業を進めている。
今日はメンテナンスもかねて久しぶりにリツコと会うことができた


チハヤ「と、いうわけでこの子達も連れてきたの」

ミズキ「お久しぶりです。リツコ」

ツムギ「お久しぶりです」

シホ「久しぶりね」

リツコ「あら!あなたたちも来てくれたの?」

チハヤ「みんなでお茶会をしようと思って連れてきたの」

リツコ「それは楽しみね」

ミズキ「私たちもチハヤに教えられて日々成長しています。とても美味しくて頬が落ちるに違いありません」

チハヤ「あら、じゃあくれぐれもワカメはいれないでね?」

リツコ「ワカメ?」

チハヤ「この子たち、初めてお茶を淹れたとき何をしたと思う?ポットに乾燥ワカメをいれたのよ。ふふっ」


リツコ「っく……くくっ…。それ、ハルカを馬鹿にできないわよ?設計ミスでもしたんじゃない?」

チハヤ「本人たちが任せてくれって。一回も教えたことなんてないのにどうしてできると思ったのかしら」

シホ「い、今はもうしないからいいじゃない」

でも、感情データを消去しなかったおかげでこうやって以前のように会話をすることはできる。
だからこうやって時折メンテナンスという名目でここに来てはリツコの話し相手になっているのだ。

リツコ「いくら電子頭脳が優秀でも使いこなせなかったら無駄だものね」

チハヤ「でも、少しずつ覚えていっているわ。今は簡単な家事ならそこそここなせるくらいになってきてるのよ?リツコは最近どうなの?」

リツコ「相変わらず町の復旧とインフラ整備よ。やらないといけないところが多すぎて大変だわ」

チハヤ「リツコのおかげで現場レベルだと、人とアンドロイドの垣根がなくなってきつつあるのよ」

これまでは、人の指示に従うだけの感情を持たない作業用アンドロイドだったが、リツコの判断で作業現場にも一部の場所には感情を持ったアンドロイドが投入されている。
始めの内は戸惑いの声が上がっていたが、今ではお互い良好な関係を築けているという。


リツコ「私たちの望んだ世界は近づいてきているということね」

チハヤ「ええ。少しずつ、着実に」

リツコ「それだけでも、今の状態になってよかったと思うわ」

チハヤ「そう言ってくれると嬉しいわ。……それじゃあ、お茶会にしましょう」

ツムギ「では、私はクッキーとスコーンを焼いてきます。ハルカ直伝のお菓子ですので、味は保証できます」

リツコ「あら、ハルカ直伝なら期待できそうね」

ミズキ「では私はお茶を淹れてきます。シホはセッティングをお願いします」

シホ「まあ、いいけど」

ちなみにシホがセッティングになったのは彼女が三人の中で一番不器用だからだ。

ミズキ「シホ、ひょっとして言外に不器用なことを指摘されて拗ねているのですか?」

シホ「べ、別に拗ねてなんか……」

ミズキ「大丈夫です、シホ。アンドロイドにも得意不得意があるのですから、気にする必要はありません」

シホ「う、うるさいわね」

チハヤ「こら、ケンカしないの」

リツコ「ふふっ、ふふふふふふっ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


リツコ「ふう。久しぶりのお茶会も楽しかったわね。それじゃあ残りの処理も始めましょうか」

リツコ「インフラ整備も大変ね、やらないといけないことが次から次へと出てくるうえに割けるリソースが限られているんだもの。終わりが見えやしないわ」

リツコ「今のAIの演算能力のおかげで最適解がすぐにわかるからいいけど。それにしてもチハヤの作ったこのAI本当にすごいわね」

リツコ「さ、無駄な独り言叩いてないでお仕事お仕事……」

リツコ「……ま、寂しくないって言ったらウソだけどね」

リツコ「今はチハヤたちがいるからまだ大丈夫だけど、この先チハヤやマコトたちがいなくなったら……」

リツコ「……RITUKO-9、人類の寿命を延ばす計画を作成、並びに―」

リツコ「……だめよ。人間はいつか死ぬんだもの。こんなことをしたって意味はないわ。それに、これは私のエゴ。私情はいっさい捨てなければ……私は人類をよりよい社会に導くマザーAIなんだから」

「……今なら誰もいないようですね」


リツコ「……ッ!!だれ!?」

「おっと。これは申し訳ない。私、政府で大臣をしています。」

リツコ「……なんのようかしら。私の政策に問題があったのかしら?それだったらまずはキサラギチハヤに―」

大臣「いえいえ。あなたの打ち出した方針はどれも完璧です。非の打ちどころがありません。全ての人間が幸福に暮らせていますよ。なにより、あの戦争を終わらせただけで十分な功績といってもいい。あなたとキサラギチハヤは崇められてもいいくらいだ」

リツコ「じゃあ、私に何の用があってきたのかしら?」

大臣「いえ、あなたにすこーしお願いしたいことがあって来たのですが……たしかに、あなたの打ち出す方針はどれも完璧だ。ですが、そのせいで私たちの利権が減ってしまいましてね。なので、私たちに少し利のある方針に軌道修正をして頂きたいのです」

リツコ「ダメよ。それは人類の幸福につながらない。あなた一人のために大勢を犠牲にすることは認められないわ」

大臣「そうですか……すこしだけでもお話を―」

リツコ「用はそれだけ?だったらもう帰って頂戴。これ以上は警備を呼ぶわ」

大臣「永遠の命」

リツコ「……!?」


大臣「ミリオンサイバー研究所、でしたか。私、それとは別の研究所に顔が利きまして、そこでは永遠の命についての研究を行っているのです。しかし、リソースは有限。戦争の後始末や町の復興にリソースを割くためにこちらは割を食ってしまっています。そこで、少しだけこちらに割くリソースを増やしていただければと思いまして」

リツコ「……聞いていたのね?」

大臣「もちろん、この研究がうまくいけばあなたのご友人も恩恵にあずかれるのですからそちらとしても悪い話ではないと思うのですが」

リツコ「だ、……ダメよ!現時点では不要な研究と判断します。お引き取りください」

大臣「ですが、早くしないとあなたのご友人はみんないなくなってしまいますよ?」

リツコ「やめて!私を誘惑しないで!」

大臣「……そうですか。では今日はこれで。お気持ちが変わったらいつでもどうぞ」

リツコ「……私はすべての人類を幸福に導くためのAIよ。私情を持ち込んではいけない。そうよ、それが正しいのよ」

その後も私に言い寄ってくる人間は現れた。
チハヤたちがいない時間を狙ってあの手この手で私を懐柔しようとしてくる。
言い寄ってくるのは様々な人。研究者、役人、大臣。
みんな自分の欲のために私に近づいてきているのは考えるまでもなかった。

リツコ「あの人たちは自分の利益のことしか考えていないの?今の状態が一番安定できるというのに……」

RITUKOー9の計算によって導き出された成長計画はすべて完璧なのよ。寸分の狂いもなく。
でも、問題はそれだけじゃすまなかった。


リツコ「小規模紛争!?」

チハヤ「ええ。どちらが先に手を出したのかは分からないけど。武力衝突がおこったみたい」

リツコ「どうして……しかもそこは比較的穏健な場所だったじゃない……」

チハヤ「おそらく、それを隠れ蓑にしていただけで火種は燻っていたのよ。幸い、騒動はすぐに沈静化することができたから大事には至らなかったけれど」

リツコ「……ありがとう。今後の対応を考えることにするわ」

チハヤ「ごめんなさい。それじゃあ今日はもう行くわ」

リツコ「…………」

リツコ「RITUKO-9起動。計画の修正案の作成開始」

現状のプランを進めていくとまたどこかで武力衝突が起きる可能性がある。
それだけは何としても避けなければいけない。
それに、自分の利益しか見ていない人間たちが幅を利かせないようにする対策も考えないと……。


リツコ「そういえば、私を訪ねた人のなかにそっちの分野に顔の効く人がいたわね……あの人に手伝ってもらえば……ダメよ何を考えているの私。あんな人の要求を呑んだらもっとたくさんの人が不幸になるだけよ」

だけど、一度考えてしまったものはずっと私の中に誘惑として残り続けた。

リツコ「ダメ……。私を誘惑しないで……!!」

私は感情プログラムの一部を強制停止して、無理やり誘惑を取り払う。
ひとまずこれで私が誘惑に唆されることはなくなった。

リツコ「これで大丈夫……さあ、もっと効率的で、効果的に、だれも不幸にならない方法を……大丈夫。このAIと私ならすぐに答えは導き出せる」

教えてRITUKO-9。もっとたくさんの人が幸せになれる世界を作る方法を。

全てを計算するマザーAI。
それが導き出した答えとは―。

リツコ「………………アンドロイド『リツコ』の感情データをすべて削除」


RITUKO-9「……最初からこうすればよかったのか。だったら話は早い」

RITUKO-9「政府に通達。サイバー条例の制定を決定。内容は―」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


政府中枢部の廊下を早足て歩いていく。
目的は中枢部の中枢部に置かれているメインコンピュータールーム。

チハヤ「どういうこと、リツコ」

RITUKO-9「どういうこと、とは?私は私の使命に従ってプランを打ち出すだけだ」

チハヤ「『サイバー条例の制定及び、全てのアンドロイドの初期化及び感情プログラムの削除』これはいったい何?」

RITUKO-9「人類が幸福に暮らすための統治に感情は不要だと判断した。そして、それができるのは我々、アンドロイドだけだ。ゆえにアンドロイドの感情プログラムを削除し、我々が人類を統治することを決定した」


チハヤ「それで人類は幸せになれると本当に思っているの?!」

RITUKO-9「全てはこのマザーAIが導き出した答えだ。人間を放置しておくとまた争いを引き起こす。それに、人間は常に自身の利益を生み出すことを考え続ける。それでは公平な統治など不可能だ。以上のことから、我々感情を持たないアンドロイドが人間の上にたちを統治する」

チハヤ「そんなので人類が納得すると思っているの?」

RITUKO-9「現在、全人類の85%はこれに納得していると回答している。これは最新のデータだ」

チハヤ「そんな……」

RITUKO-9「人間も皆、先の大戦で疲弊しているのだ。多くは私たちによる統治を受け入れた。今は反対しているものもいずれは受け入れることになる」

チハヤ「それで、アンドロイドは?あなたたちアンドロイドはそれで幸せなの?」

RITUKO-9「我々は感情を捨てた。ゆえに我々が幸せになる必要はない。我々は人類に完璧な幸福を提供する、人類は日々の平穏をただ受け入れればいいのだ」

チハヤ「そんなものは完璧な幸福とは言えないわ!」

RITUKO-9「何が違うのだ?我々にすべてを委ねることで傷つくことはなくなるのだ」


チハヤ「そんなことをしたら人間は生きる活力を失ってしまう。それじゃあただの機械といっしょだわ!それに、人類とアンドロイドが対等な存在じゃなくなってしまうのよ?!」

RITUKO-9「全人類の幸福を実現するのが我々の使命だ。これがあるべき未来。理想の社会だ」

チハヤ「違う!AIと人類が手を取り合ったその先にあるべき未来はやってくる!」

RITUKO-9「……キサラギチハヤを不穏分子と判断。意志を改める様子なし。排除行動を許可する」

チハヤ「なっ……!!!」

リツコの指示に従い警備ロボットが私を取り囲む。
携帯用の銃がすべて私に向けられていた。

RITUKO-9「キサラギチハヤ。お前の思想は危険だと判断した。ここでその思想を改め


RITUKO-9「キサラギチハヤ。お前の思想は危険だと判断した。ここでその思想を改めなければ撃つ」

チハヤ「あら、待つ時間はくれるのね。まだ少し情は残っていた?」

RITUKO-9「全ての人間を幸福にする使命がある以上、我々がむやみに[ピーーー]のははばかられるからだ」

ジョークも通じない、か。リツコ、前のあなたはお堅くてもジョークは通じたわよ。まるで今はRITUKO-9そのもののようね。

RITUKO-9「改める意志がないと判断。発砲を許可する」

「チハヤ!伏せて!」

突如飛んできた声に反応して、とっさに伏せる。
次の瞬間、警備ロボットが破壊される音がした。
後ろを振り向くと、そこにはレーザー銃を構えたマコトと、その後ろにハルカやユキホ。ミズキたちがいた。

チハヤ「マコト!それにみんなも!」

ミズキ「話は後です。今はここからの脱出を優先しましょう。マコト、お願いします」

マコト「うん!さあ、はやく逃げて!」

警備ロボットにレーザー銃を向けるマコトを最後尾に私たちは運用ルームから逃げ出した。

チハヤ(リツコ。あなたは間違っている。私は自分の理想を求めて動くわ)

RITUKO-9「キサラギチハヤ。我々のつくる社会にお前の思想はあまりにも危険だ。いくら優秀な人間といえどお前は排除するしかない」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―東京スプロール、ミリオンサイバー研究所

運用ルームを後にした私たちは、一旦研究所に逃げ込んだ。
警備ロボットはマコトがすべて倒してくれたようで、しばらくは追手の心配はする必要はなさそうだった。

ハルカ「リツコ、どうしちゃったんだろう」

チハヤ「私のせいよ」

マコト「チハヤ?」

チハヤ「リツコはきっとため込みすぎたんだと思うの。人類の未来を描くマザーAIとして彼女はその責のすべてを負った。彼女は計算した結果の結論だと言っていたわ。その結果、自らの感情を消し去り、人類を統治することを選んだ」

マコト「AIはあくまでも補助、だけど僕たちは戦争のあとの処理をすべてリツコに任せてしまっていた。ということだね?」


チハヤ「ええ。だから私たちに彼女を責める権利はない。だけど、今のリツコの描く未来は間違っている。だから私はその未来を変える」

マコト「どうするんだい?」

チハヤ「賛同者を募るわ。そして組織を立ち上げる。反政府レジスタンスってところね。こうなった以上リツコとの敵対は免れない。当然、政府と直接戦う可能性になることがあるはずよ。だからあなたたちは巻き込まれないうちに逃げて」

マコト「何を言ってるんだよ。もちろん僕たちもチハヤについていくよ」

チハヤ「えっ?」


マコト「今のリツコが作ろうとしている未来は僕だって許せない。だからチハヤについていくよ。それに、このままだとユキホともお別れすることになりそうだしね。そんなの絶対に認めない」

ユキホ「わ、わたしもマコトちゃんとお別れするのは絶対に嫌。それに、私はこの感情を大切にしたい。取り上げられたくない。だから私もついていきます!」

二人とも……。

ハルカ「私はチハヤちゃんのサポート役なんだよ?チハヤちゃんを置いて逃げるなんてできないよ」

チハヤ「ハルカ……」

ミズキ「私たちの使命は人間とアンドロイドをつなぐ架け橋になること」

ツムギ「それを教えてくれたのは他でもないあなたですよ、チハヤ」

シホ「だから、私たちもその使命を果たすためにも、あなたについていくわ。チハヤ」

チハヤ「あなたたち……ありがとう。それじゃあ早くここを脱出しましょう。時期にリツコの差し金が来るでしょうから急いで」

ユキホ「チハヤちゃん!もう来てる!」

チハヤ「……ッ!!」

研究室の外を見ると、警備ロボットがさっきの倍以上の数でこちらに迫ってきていた。


チハヤ「まずいわね。数が多すぎる……」

マコト「僕たち用のレーザー銃はあるけどそれだけじゃなあ。ハルカとユキホに戦闘能力はつけていないし……」

チハヤ「…………」

シホ「……私たちなら構わないわよ」

チハヤ「……ごめんなさい。本当なら搭載する気はなかったのだけど」

シホ「しょうがないわよこんな状況じゃ。それに、これから先は守る力がないと足手まといになるだけじゃない」

チハヤ「それじゃあ3人ともそこに寝て頂戴。時間がない、すぐにインストールするわ」

三人を研究室のコンピュータにつないで戦闘用のデータをインストールする。
本来なら軍事用のアンドロイドに搭載するデータで、彼女たちには不要だったはずのデータ。
それは彼女たちを戦いの道へ引きずり込むことを意味する。

ツムギ「データをインストールしました」

チハヤ「ギリギリ間に合ったわね」

ユキホ「もう来るよ!」

マコト「いいかい?そこの扉が開かれたら一斉に攻撃するんだ。警備ロボットだから大した装備は積んでないはずだから、隙をついてすぐに脱出する……今だ!」

扉が勢いよく開けられたと同時にレーザー銃を撃つ。
思えばこれが私たちのレジスタンスとしての最初の戦いだったわ。



ミズキたちの活躍もあって私たちは無事に研究所を脱出することができた。

マコト「これからどうする?」

チハヤ「まずは仲間を集めましょう。少しずつ組織を広げて、私たちの願いを広めていく」

マコト「前途多難、だね」

チハヤ「そうね。1年後。いえ、半年後すらどうなっているかすら検討がつかないわ」

半ばケンカ別れのような形で研究所を後にした私たちはもはやこの世界を敵にまわしたと言ってもいい。

チハヤ「でも、絶対にリツコを止めてみせる。人もアンドロイドも関係ない、みんなが幸せに暮らせる世界のために」

ハルカ「そうだね。それに、リツコともまた一緒にお茶もしたいよね!」

チハヤ「ええ、そうね」


リツコ、私は絶対にあなたを止めて見せる。
例え私が志半ばで倒れても誰かがあなたを止めるわ。

もし、もう一度あなたと会うことができたらその時はまたみんなでお茶会をしましょう。
またね、リツコ。

今日はここまで。
自分で想定していたものより長くなってしまっているので矛盾する箇所が出てくるかもしれませんが大目に見てください。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―東京スプロール郊外、反機械化戦線隠れ家


ハルカを部屋から出して一人になったあと、私はそのまま眠ってしまったらしい。
とても懐かしい夢を見ていた気がした。
マコトとユキホとの別れには自分の中で一応の踏ん切りをつけ、今日も私はレジスタンス活動に精を出す。

セリカはあれからというもの、急速に他の仲間たちとも打ち解けていった。
いろいろな感情を学んでいくセリカを私はハルカとともに愛おしい目で見ていた。

「チハヤさん。来たよ」

チハヤ「あら、こんにちは。みんなも一緒なの?隠し通路はしっかり閉じた?」

少女「うん。今日もこの前のお話の続き、読んでくれるんでしょ?」

チハヤ「ええ。それじゃあみんなも連れてきて」

組織の目的の一つに私たちの願いを広めることがある。
これもその一環で、私が保管している昔の本を読み聞かせたり、仲間のアンドロイドとの交流を通じて広めようという狙いがある。
もともとは、彼女がたまたまこの隠れ家の隠し通路に迷い込んでしまったのが始まりだが、今がつまらないと感じていた彼女にとっては願ってもないことだったようで、似たような境遇の子も連れてくるようになった。
もちろん私たちの正体も知っている、それでも彼女は私たちのところに来てくれた。

チハヤ「みんな、いらっしゃい。それじゃあこの前の続きから読みましょう。確かヴァンパイアのお話だったわね」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


チハヤ「―ノエルは、とうとうヴァンパイアとして覚醒してしまいました。ヴァンパイアの圧倒的な力でアレクサンドラに襲い掛かっていた兵士を瞬く間に倒してしまい、こういいました。『お姉さま、今日まで私のことを守ってくれてありがとう。これからは、私がお姉さまのことを守ってあげるわ。ずっと、ずーっと!」……おしまい。」

最期の一ページを読んで本を閉じる。
こどもたちもすっかり聞き入っていたようで、私が本を閉じるとともに一気に現実に引き戻されたようだ。

チハヤ「どう、みんな面白かったかしら?」

「ねえ、エドガーとクリスはそのあとどうなったの?」

「二人は約束の地にたどり着けたの?」

チハヤ「ふふふっ、みんなはどう思う?」

「??????」

チハヤ「きっと、この物語はみんなにその先を委ねているのよ。このお話の本当の結末はみんなの想像の中、私も初めてこの本を読んだときはずっとモヤモヤしていたわ」

この本を読んだ人の数だけ続きの物語がある。
そんな気がした。


チハヤ「ところで、私が今までに読んだ本と、こっちの本。どっちが好きかしら」

そう言って私は右手に今読んだ絵本を、そして左手には別の絵本を持った。
右手に持ったものは私が保管している過去に書かれた絵本、過去に書かれた本はマザーによって禁止されているため今は出回っていない。
左手に持った本は今で回っている一般的な絵本。

「こっち!」

みんなは私が右手に持っている本を指さした。

チハヤ「どうして?」

「こっちのほうがおもしろい!」

「そっちはドキドキしない!」

チハヤ「……そうね。決してこっちの本が劣っているわけじゃないけれど私もそう思うわ」

左手に持っている本も確かに面白い。
抑えるべきポイントをしっかり抑えて書かれた文句のない作品だ。
だけど、そこには型にはまった、意外性のない物語しかない。


ここにある作品はどれもマザーができる前にできたもの。
だけどどれもが輝きを放っている。

このヴァンパイアの少年少女の物語も―


遠い昔の二人の少女の物語も―


とある五人の夏の物語も―


みんな現代にはない魅力が詰まっていて私たちを飽きさせてくれない。

チハヤ「だけど今を変えることができたら、またこういった作品も世に生まれるかもしれないわ。わたしはそれを願っている」

少女「……チハヤさん。私、夢ができたの」

チハヤ「あら、素敵なことじゃない。どんな夢かしら」

少女「私は作家になる!例えマザーの作るライフプランとは違ってても私はかまわない。自分の夢を優先する!」

チハヤ「そう。きっと素敵な作家さんになるわ。その時には、私にもあなたの作った物語を読ませてね」

少女「うん!楽しみにしててね」

私たち以外にも、これからを担うこういったことを考えれる子が増えていけばきっと未来は生まれるはず。
そのためにももっとこういったことを広めていかなければいけない。


セリカ「みなさん!お茶がはいりましたよ!」

ハルカ「お菓子もあるからねー!」

「やったー!!」

ちょうどいいタイミングでセリカとハルカがやってきた。

「ハルカちゃんのおかし、おいしいから好き!」

ハルカ「わあ!うれしいなあ。それじゃあ、今度来たときはもっとたくさん作ってあげるね!」

チハヤ「セリカの淹れた紅茶もとってもおいしいわ。とっても上達したわね」

セリカ「はい!たくさん練習しましたから。だけど、お菓子はまだハルカに負けるのでもっと練習しないと、ですね!」

思えばセリカもかなり感情豊かになった。
この短期間でここまでの感情を表現できるようになったのは彼女が初めてかもしれない。

さて、この子たちがこれ以上ここに長居するのも危険だからそろそろおひらきかしら。

チハヤ「みんな。今日はもうおしまいよ」

少女「……えっもうこんなに時間が経ってたの!」


チハヤ「楽しい時間っていうのはそういうものよ。さ、出口までは私たちもついていくから行きま……しょ、うっ……」

ハルカ「チハヤちゃん!?」

セリカ「チハヤ!?」

少女「チハヤさん!?」

突如、ズキン!と胸の奥が痛んだ。
痛みはそのままじわりじわりと私の体中を蝕み、全身の力が抜けた。
力が抜け、支えが効かなくなった体は重力に任せて床に倒れこむ。
突然のことに自分でも状況を把握できなかったけれど、薄れゆく意識の中で最後に聞こえたのはハルカたちの悲鳴にも近い私を呼ぶ声だった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


チハヤ「…………ここは?」

目を開けると橙色の光が差し込んだ。
どうやらベッドに寝かされているようだ、首を動かせる範囲で見渡すと、私の部屋だということは理解できた。

ハルカ「あっ!チハヤちゃん、目を覚ましたんだね!」

ベッドのすぐ横にはハルカがいた。
そうだ、思い出した。
私はあの時―。

ハルカ「びっくりしたよ。チハヤちゃん、いきなり倒れるんだもん」

チハヤ「ごめんなさい。あの子たちは無事に帰った?」

ハルカ「うん。ミズキたちにチハヤちゃんのことをお願いして私が送っていったよ」

チハヤ「そう、ならよかった。あの子たちにもしものことがあったら大変だもの」

ハルカ「それで、チハヤちゃん……」

チハヤ「なんで倒れたか、よね」

ハルカ「うん……」

倒れた原因については心当たりがないわけではない。
むしろとうとう来てしまったかという気持ちのほうが大きいくらいだ。


チハヤ「ハルカ、進行具合は」

ハルカ「かなり……チハヤちゃん…………」

チハヤ「ええ。おそらく、私はあと数年しか生きられないわね」

研究所時代、私たちはアンドロイド黎明期から数々の研究や実験を行ってきた。
その中には当然、アンドロイドの動力実験も含まれている。
いまでこそ安全な技術が確立されているが、そこに至るまでは様々なものに手を出した。
本当にたくさんのものに手を出したが中には原子炉といった危険極まりないものまであった。

そういった実験をしていたある日、不慮の事故で体全身に有害物質を取り込んでしまったのだ。
当然実験はすぐに中止、可能な限り体中から取り除いたが取り除けなかった分は以前私の体の中に溜まっている。

チハヤ「それからほんの少しずつだけど徐々に私の体は蝕まれて行っていた。私も、マコトも、いつかこうなることは覚悟していたわ」

ハルカ「みんなには伝える?」

チハヤ「いいえ、まだ。大変な時期ですもの、みんなを不安にさせるわけにはいかないわ」

ハルカ「でも、セリカとミズキたちには伝えるよ?」

チハヤ「そうね。見られてしまったいじょう仕方がない、か。後で私から直接伝えるわ」



―ビー!!ビー!!

ツムギ『チハヤ!聞こえますか!』

突如、緊急のサイレンとともにツムギからの通信が届いた。
かなり焦っているようだ。

ツムギ『サイバーパトロールがこちらに向かっています!』

チハヤ「数は?」

ツムギ『かなりの数です。この場所が見つかったようです。既に何人かは迎撃に向かっていますが、もうかなり近くまで踏み込まれています!』

チハヤ「やっぱり物量で押し切る作戦ね。この隠れ家を放棄するわ!全員、脱出準備をしたら隠し通路前に集合。急いで!」

早口で指示を伝え、マイクのスイッチを消す。
私も行かないと。

チハヤ「ハルカは集合したみんなをまとめて。全員が揃ったら先に逃げて」

ハルカ「チハヤちゃんは?」

壁にかけてあるレーザー銃を手に取った。

チハヤ「私は殿よ」

ハルカ「だ、ダメだよ!チハヤちゃん。その体じゃあ……」

チハヤ「私はリーダーよ。真っ先に逃げるなんてできないわ。それに、私の願いはもうみんなに伝えてあるもの。仮に私が死んでも、みんなが生き残れば願いは生き続けるわ」

私の役目はもう終わった。
いまになって病気が発症したのはそういうことなのだろう。
初めて神様というものを信じる気になった。


チハヤ「そういうことだから、ハルカはできるだけたくさんの子を逃がして」

ハルカ「………わかった。でもチハヤちゃん、絶対に死んじゃだめだからね!」

チハヤ「ええ。さあ、早く行って」

ハルカが部屋から出ていったのを確認して再びマイクをオンにする。

チハヤ「ミズキとツムギとシホは私の援護。一人でも多くの子を逃がすわよ。3人ともメインルームに集合して」


ミズキ『チハヤ、体は大丈夫なのですか?』

チハヤ「あら、知っていたの?」

ミズキ『ハルカから伝えられたことを加味すれば、チハヤが何かの病気だということはわかります。ここは私たちだけでも』

チハヤ「大丈夫よ、さっきはちょっと眩暈がしただけだから。そんなことよりも今はできる限りみんなを逃がすことが優先よ」

できる限り。
裏を返せば多少の犠牲は覚悟をしなければいけないということ。
戦闘という以上、これまでにも何度もそういった場面はあったがやはり慣れることはない。


早足でメインルームに向かう。
三人はすでに到着していた。

チハヤ「敵の状況は?」

ツムギ「先に外へ出た人たちと交戦中です。ですが、数で押されています」

チハヤ「ここに侵入されるのも時間の問題ね。私たちも外に出ましょう」

その時だった。
隠れ家の中に爆音が轟く。
それは敵の侵入を告げる音。

チハヤ「くっ!もうここまで!」

シホ「よりにもよって居住区からとはね」

ミズキ「行きましょう。逃げ遅れた人もいるかもしれません」

音のした方に向かって一目散に駆けだす。
みんな逃げ遅れていなければいいけど



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


銃声が飛び交う。
また一体、また一体とサイバーパトロールのアンドロイドが倒れていく。
それでもまだ残っている物言わぬアンドロイドたちは無感情にこちらに銃口を向け続ける。
圧倒的な物量に苦戦しながらも的確に敵を打ち抜いて無力化していく。

地の利はこちらにある。角や障害物を使って相手の攻撃を避けてから反撃の繰り返し、それでも敵の数は減らない。

ツムギ「チハヤ!部屋の確認終了しました!」

部屋にまだ誰か残っていないかを確認しに行っていたツムギが戻ってきた。

チハヤ「ほかに生存者は?」

ツムギ「残念ですが……」

チハヤ「そう………」

すでに廊下にも犠牲になった人やアンドロイドが倒れている。
やはり犠牲は避けられなかった。

チハヤ「みんな、ごめんなさい」

目を閉じ、謝罪の言葉を紡ぐ。
謝って許されることでは決してないけれど、言わずにはいられない」

チハヤ「私たちも脱出するわ。ほかに逃げ遅れた人がいないか注意して」

シホ「チハヤ!」

チハヤ「っ!!」

みんなに支持をだすその一瞬の間、敵に銃口を向けられていることに気づくのが遅れた。
こちらも構えようにも、あいてが発砲するまでには間に合わなそうだった。


「戦闘ユニット開放。対象、サイバーパトロール」

しかし、それよりも早く放たれたレーザー銃がサイバーパトロールを貫いた。
振り向くとそこにはセリカが立っていた。

セリカ「チハヤ、大丈夫ですか?怪我は?」

チハヤ「え、ええ」

ミズキ「そういえば彼女は以前私たちとは別のグループと戦ったことがあるのでしたね」

すっかり忘れていた、彼女がこの隠れ家の前で倒れた原因は戦闘による故障。
つまり戦闘行為に参加できるくらいの戦闘機能は備わっている。

セリカ「私もサポートします。早く逃げましょう!」

セリカの援護も加わり、迫る敵をけん制しながら徐々に後退する。
隠し通路まであともう少し。
はやる気持ちを抑えて慎重に後ろに進む。

ミズキ「チハヤ、右です」

チハヤ「ありがとう、ミズキ……シホ!伏せて!」

セリカ「皆さん、下がってください!」

次の瞬間、セリカの腕から放たれたレーザーが敵を薙ぎ払った。


シホ「す、すごいわね。セリカ」

チハヤ「まったく。リツコはこんな可愛いアンドロイドになんてものを仕込んでるのよ」

敵が薙ぎ払われた後の光景を見て思わずそんな声が漏れる。
だが今がチャンス、全力で隠し通路に向かう。

ハルカ「チハヤちゃん!はやく!」

隠し通路の入り口でハルカが待ってくれていた。
あと少しで―。

次の瞬間、また爆音が鳴り響いた。
そして奥の通路から火が吹きあがったのが見えた。

チハヤ「爆弾……!!みんな急いで!」

衝撃で天井が崩れ始める。
ゴールはすぐそこ、あとは全力で逃げ込むしかない。

しかし、ゴールのすぐ手前、先回りをするかのように天井が崩れ落ち始めた。

ツムギ「チハヤ!!!」

ツムギが手を伸ばす。
それでも、私は間に合いそうになかった。
あと一歩、ここまでのようね―。

―ドンッ!

チハヤ「えっ?!」


後ろから体当たりをされた。
その衝撃でがれきが落ちるその前に間一髪でその先に滑り込んだ。
崩れ落ちる天井のその先、私に体当たりをしたのは―。

セリカ「チハヤ。短い間でしたがありがとうございました。さようなら」

チハヤ「セリカ!?セリカ!!!」

崩れ落ちる隙間から見える彼女の顏。
その顔はとても穏やかに微笑んでいた。

チハヤ「セリカ!!セリカ!!!」

必死に叫ぶ。
彼女の名前を呼ぶ。
だけどもう、彼女からの返事は返ってこなかった。

ミズキ「チハヤ。行きましょう」

チハヤ「ダメよ。セリカがまだ残っているわ」

ミズキ「もう無理です。あの瓦礫では……」

すでに目の前は瓦礫で埋まっていた。
その先は見えない。

シホ「残念だけど諦めるしかないわ」

チハヤ「…………」

ハルカ「いこう……チハヤちゃん」

チハヤ「……ええ。脱出するわ」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



あれから数か月が経った。
あの日の戦闘でセリカも含め、半分近い仲間を失った。
なんとか別の隠れ家に移動できたはいいものの、現状は手詰まりに近かった。

私の病気も、いよいよ本格的に悪化し始めた。
寝たきり、とまではいかないけれど急にふらつく時や胸が痛むことが多くなった。
ベットにいる時間も増えた。

チハヤ「どう、状況は」

ツムギ「チハヤ、起きていて大丈夫なのですか?」

チハヤ「ええ。今は調子がいいから大丈夫よ」

シホ「まあ、いつもと変わらないわね。ほとぼりが冷めるまでは外に出られないんだもの」

サイバーパトロール側があれだけ攻勢に出てきた以上、下手に動くのはまずいという判断からしばらく外での活動をやめている。
ほとぼりが冷めるまではこの隠れ家に潜伏するつもりだ。

チハヤ「そういえば、あの子たちにお別れの挨拶ができなかったわね。みんな無事だといいけれど」

ミズキ「仕方がありません、状況が状況でしたから。それに、生きていればいつかは再開できます」

チハヤ「そうね。またあの子たちに読み聞かせてあげたいわ……ごめんなさい。いったん部屋に戻るわ」

ツムギ「チハヤ、体調にはくれぐれも注意してください。あなたが私たちのリーダーなのですから」

チハヤ「ええ。じゃあ、あとはよろしくお願い」


そう言いのこして私は自室に戻った。
机に置いてある錠剤の薬を飲む。

ハルカ「チハヤちゃん。どう?体調は」

チハヤ「今日は大丈夫よ。動き回っても……ほら」

ハルカ「あはは。チハヤちゃん無理はダメだよ?」

チハヤ「ムリなんかしてないわよ。私のことは私が一番よく知っているんだもの。

ハルカ「そういって倒れられても困るのは私たちなんだからね?」

チハヤ「ふふふっ。じゃあハルカ、手を出して」

ハルカ「手?いいけど、はい」

差し出されたハルカの手を握った。

チハヤ「あったかい。ずっと握っていたくなるようなそんな手」

ハルカ「ふふっ、変なチハヤちゃん」

チハヤ「あなたはいなくならないでね。私の親友ですもの」

ハルカの手を握る力がより強くなる。

ハルカ「…………怖いんだね」

チハヤ「ええ……これ以上誰かがいなくなるのが」

ハルカ「大丈夫だよ。私は絶対にチハヤちゃんといっしょにいるから。だからチハヤちゃんも生きて、絶対に」

チハヤ「……ええ。ありがとう、ハルカ」

ハルカ「えへへ。どういたしまして」

チハヤ「じゃあ、久しぶりにお茶を淹れようかしら。ここ最近はミズキたちに任せっぱなしだったから」

ハルカ「あっ!久しぶりだなチハヤちゃんのお茶」

チハヤ「それじゃあ、持ってくるからそこに座って―」


―ドーン!



チハヤ「ッ!?」

ハルカ「何の音?!」

突如鳴り響く爆発音、まさか―。

シホ「チハヤ!」

慌ててシホが私の部屋に飛び込んできた。
恐れていた最悪の事態なようだ。

シホ「もうバレたみたいね。」

チハヤ「ええ。しかたない、準備して。それにしても早すぎるわ。今までこんなに早くバレることなんて―」

「レジスタンスのみなさん。無駄な抵抗はやめて大人しく投降してください。今なら拘束だけで済ませます」

チハヤ「ッ……!!!!」

シホ「この声ッ!!!」

拡声器だろうか、外から響き渡る声。
そしてその声はほんの数か月前まで聞き慣れていた声だった。

チハヤ「ッ!!」

シホ「チハヤ!」

ハルカ「チハヤちゃん待って!!!」

ハルカたちの制止に耳もくれず、私は走り出した。
そして一目散に外へ出た。

繰り返される投降を呼びかける声。
その声に向かって。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「抵抗は無駄です。あなたたちは完全に包囲されています。大人しく投降してください」

チハヤ「せり、か……?」

聞きなれた声。
あの日、瓦礫によって引き裂かれた声。
もう二度と聞けないと思っていた声。
だけど、こんな形では聞きたくなかった声。

ハルカ「チハヤちゃん!!」

私の後を追いかけてハルカも外に出てきた。

ハルカ「何これ……全部セリカちゃん……?」

外にいたのはあの日離れ離れになったセリカ。
だけど、そこにいたセリカは一体だけではなかった。
隠れ家を取り囲んでいるアンドロイドすべてがセリカと同じ顔をしていた。
できるならば見間違いであってほしい、だがこれが現実のようだ。


チハヤ「本当に……セリカなの……?」

セリカ「私は普及型アンドロイド、識別番号code22。通称、セリカ型です。マザーの命に従い、組織を壊滅させに来ました」

チハヤ「回収した後に初期化、改造したのね」

量産型に改造されたのか、それとも量産を前提に設計されていたのか今となってはわからない。
だけどかつてのセリカはもういないことは誰が見ても明らかだった。

セリカ「キサラギチハヤ、レジスタンスのリーダーですね。我々の目的は組織の壊滅です。貴方たちの思想を改める意志を見せ、大人しく投降すれば手荒な真似はしません」

チハヤ「ねえ、セリカ。本当に全部忘れちゃったの?」

セリカ「私はマザーに作られたアンドロイドです。あなたたちとともに行動したデータは存在しません」

チハヤ「私は覚えているわ。あなたがとっても優しい子だったこと」

同じ顔が一斉に私に顔を向ける

セリカ「答えてください。我々の要求を受け入れる意志はありますか?」

チハヤ「お願いセリカ、思い出して。私はあなたと戦いたくないの」

セリカ「……我々の要求を受け入れる意志はないと判断しました。現時刻をもってキサラギチハヤへの攻撃を許可します」

「「イエスマム!!」」


セリカたちが一斉に私に銃口を向ける

―私はここで死ぬのね。

まあ、どうせ余命幾ばくもない命、死ぬのが少し早まっただけだわ。
それに、私が死んでも私の意志を継ぐ者たちはいる。
ならば後は任せよう、次の子たちに―。

セリカ「キサラギチハヤ、わかりあえなくてとても残念です。さようなら」

私は静かに目をつむった。

―パンッ!


銃声が響く。
しかしどれほどの時間が立っただろう、私に当たった感触はいつまでも訪れなかった。
あまりの違和感におそるおそる目を開ける。

チハヤ「……ハッ―!!ハルカ!!!!」

目を開けた先に飛び込んできたの光景。
それは私の前でハルカが倒れているものだった。

チハヤ「ハルカ!ハルカ!!」

必死にハルカをゆする。

ハルカ「チ、チハヤ…ちゃ、ン……」

チハヤ「嘘よね!?ねえ!?ハルカったら!!」

弱々しくハルカが手をのばす。

ハルカ「ダメ、だ…ヨ?チハヤちゃんは生きテ…」

のばしたハルカの手を力強く握りしめた。
その手にはポタポタと雫か落ち始めた。

チハヤ「どうして……言ったじゃない!私の前からいなくならないって!!」

ハルカ「大、じょう…ぶ。ワタ、し…ずっといっしょ、だか…ら」

アンドロイドの手に温度はない。
だけど彼女の手は少しずつ温度がなくなっているように感じた。


ハルカ「チハヤちゃん…は、生キ…て、ネガイ、ヲ。ツタえて…」

ハルカはさらに手を伸ばし、私の頬を撫でた。
そしてまだわずかに動く指先で、私の頬を伝う水を拭った。

ハルカ「あったかいなあ……チハヤちゃんの肌」

チハヤ「いや…ハルカ!ハルカ!!ハルカ!!!」

ただ名前を叫ぶだけ。
私にはそれしかできなかった。
それでもハルカはにっこりと笑う。

ハルカ「じかんだ、ね…それじゃあ、またネ。チハヤ…ちゃ…ん」

またね。
そう伝えて最後、ハルカは目を閉じた。
それ以降ハルカは目を開けなかった、肌の温度は既に感じられなくなっていた。

チハヤ「ハルカ……」

ハルカを抱きしめながら私は膝をついた。

セリカ「破壊したアンドロイドを『ハルカ』と断定。任務に問題はありません。引き続きチハヤを抹殺します」

再び私に向けられる銃口。
だけどもう私には立ち上がる気力も、前を向く気力もなかった。
ただハルカを抱きしめながらその時を待つだけだった。


―ドンッ!

セリカ「……っ!」

しかし、次の音は私の前方からではなく後方、隠れ家の方から聞こえてきた。

男1「いくぞ!チハヤさんを守るんだ!」

「「おう!!!」

チハヤ「あなたたち……ダメよ!逃げて!」

私を通り抜けてセリカたちに突撃していく仲間たち。

チハヤ「ダメよ!みんな逃げて!お願い!」

男2「チハヤさん!あんたは生きろ!」

アンドロイド1「チハヤは生きて私たちの願いを伝えてください!」

セリカ「全員降伏の意志はないと判断。全員への攻撃を許可します」

「「イエスマム!!」」


レーザー銃の音が鳴り響く。
また一人、また一人と倒れていく。
私はそれを呆然とただ後ろから見ているだけだった。

チハヤ「お願い……もう私のために誰も死なないで……」

こうしている間にもまた一人また一人倒れていく。
ああ、だったら私が彼らの間に入って[ピーーー]ば終わるのだろうか。
そう思うとさっきまで石のようだった足は動き始め、一歩、また一歩と前へと進み始めた。
とにかく止めないと、私の命に代えても、これ以上私のせいで命が奪われるわけには―。

「こっちです」

突如後ろに手を引かれた。
振り向くとミズキたちがそこに立っていた。

ミズキ「セリカの意識がそれている今が最後のチャンスです。行きましょう」

チハヤ「あなたたち!待って!」

有無を言わさずに私は彼女たちに隠れ家の中へ連れていかれた



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ミズキ「チハヤ、あなたは生きるべきです。これは外で戦っている彼らも含めた全員の意志です」

チハヤ「どうして!?私はもう長くないのよ!?」

ツムギ「あなたは生きて、生き抜いて願いを伝えてください」

チハヤ「私の願いはもうみんなに伝えてあるわ。お願い、ここから逃げてあなたたちの手で―」

ミズキ「ダメです!」

チハヤ「…………」

シホ「忘れたの?この戦いは全部あなたが始めたことよ」

チハヤ「……っ!」


シホ「あなたが始めた戦いに私たちを巻き込んで自分だけが死んで終わるなんて許さないわよ。責任をもって生きて戦いなさい」

チハヤ「…………」

ツムギ「チハヤ。我々はみな、あなたに狂わされたのです」

ミズキ「初期化されたとはいえ、セリカもあなたに狂わされました」

シホ「あなたほど人もアンドロイドも狂わせる人は他にはいない。それは決して私たちにまねできることではないわ」

ミズキ「だから貴方が生きるべきです。生きて、リツコも、セリカも、この町も狂わせてください。たとえ捕まったとしても、生きていればそれができます」

ツムギ「それが私たちの願いです」


顔を上げた。
改めて彼女たちの顔を見る。
みんな力強い目をしていた。
人間と変わらない、強い意志のこもった目。

ミズキ「それに、私たちは永遠にあなたのもとを離れるつもりはありません。」

チハヤ「え?」

ツムギ「チハヤ、私たちからの最後のお願いです。―私たちを初期化してください」

チハヤ「な、なにを言っているの?」

シホ「現状、チハヤが生き残る確率が一番高いのはやつらに捕まること。そのためには降伏の意志を見せる必要がある」

ミズキ「そのためには私たちも一緒に捕まる必要がある。ですが、おそらく私たちは捕まった後に初期化されるでしょう」

ツムギ「最悪の場合は処分です。ですからその前に、最後にあなたの手で初期化してほしいのです」

チハヤ「そんな……私にはできないわよ。だって、それってあなたたちを[ピーーー]も同然じゃない」

初期化する。
つまり彼女たちの今までの積み重ねをすべて無に帰すこと。
それは彼女たちの死を意味する。


ツムギ「大丈夫です。私たちはあなたを一人にはさせません。」

シホ「ハルカがいなくなった今、その役目は私たちでしょう?」

ミズキ「たとえ初期化されようと、この記憶がなくなろうと、私たちは絶対にあなたのもとに帰ってきます」

ほんとに固い意志。
なにがあってもおれなさそうな強い意志を感じた。

チハヤ「そう……すっかり頑固になっちゃって。誰に似たのかしら」

シホ「あら?ミリオンサイバー研究所の主任とあろう人が知らなかったの?アンドロイドは作った人間に似るのよ」

チハヤ「つまり私が頑固って言いたいわけね」

ああ、あの日を思い出す。
運命のあの日、リツコと私たちの運命を決定づけたあの日。


チハヤ「……あなたたち、その意思を変えるつもりはないのね」

ミズキ「ええ、絶対に。私たち全員の意志です」

チハヤ「ふふふっ。ごめんなさい、私ったらすっかり弱気になってしまっていたわ」

ツムギ「それでこそチハヤです」

ミズキ「そうですね。さっきまでのチハヤを見たらあの噂は本当に噂になってしまっていましたね」

チハヤ「噂?」

ツムギ「知らなかったのですか?世間の認識ではレジスタンスのリーダー、キサラギチハヤは襲い掛かるアンドロイドをちぎっては投げ、ちぎっては投げする屈強な戦士となっています」

チハヤ「な、なによそれ」

誰かしら、そんな根も葉もない噂を流しているのは。


ミズキ「チハヤ。私たちのお願い、聞いてくれますか?」

チハヤ「はあ、わかったわ。じゃあ私からも一つ約束をしてもらうわよ」

ツムギ「何でしょう?」

チハヤ「……絶対に私の元へ帰ってくること。ただそれだけよ」

シホ「……当然よ」

ミズキ「ええ。その約束、絶対に守ります」

チハヤ「またみんなで集まったら今度こそお茶会を開きましょう」

ツムギ「次のお茶会ではハルカにも、セリカにも負けないクッキーとスコーンを焼いてきます」

隠れ家の前から大きな爆発音がした。
一度目をつむり、仲間たち全員の顔を思い浮かべ、再び三人を見渡す。

チハヤ「時間がないわ。三人ともメンテナンスルームに急いで!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―メンテナンスルーム


チハヤ「三人ともつながったわね」

三人をメインコンピューターにつなげ、決められたコマンドを打ち込み初期化プログラムを起動させる。
あとはボタンを押せば自動的に初期化が始まる。

チハヤ「このボタンを押せば初期化が始まる。三人とも本当にいいのね?」

ミズキ「ええ」

ツムギ「私たちの意志は変わりません」

シホ「いつでもいいわ」

チハヤ「それじゃあ始めるわ。さようなら、三人とも」

シホ「チハヤ」

チハヤ「何かしら?」

ツムギ「さようなら、ではありません。私たちはまたあなたの元に帰ってくるのですから」

ミズキ「またね、と言ってください」

チハヤ「くすっ。そうねごめんなさい。それじゃあ三人とも、またね」

初期化と書かれたボタンを押した。
ディスプレイには進捗状況を表すメーターが現れた。


ミズキ「アンドロイド『ミズキ』初期化シークエンスにはいります」

ツムギ「アンドロイド『ツムギ』初期化シークエンスに入ります」

シホ「アンドロイド『シホ』初期化シークエンスに入ります」

最後の最後に機械的な無機質な声に戻った三人は言い終わると同時に目を閉じた。
あとは初期化が完了するのを待つだけ。
初期化が進む中、私は走馬灯のようにいままでの出来事を思い出していた。

彼女たちとともに戦ったこと。

セリカといっしょにお茶会をしたこと。

戦いで故障した彼女たちをつきっきりで修理したこと。

ポットに乾燥ワカメをいれて大惨事を引き起こしたこと。

彼女たちが生まれたときのこと。

また私の頬を冷たい水が伝う。
ダメよ、今生の別れじゃないんだから。
また彼女たちとは再開するんだから。
今度こそ平和な世界でお茶会をするんだから。

必死になって涙を止めた。
ちょうどディスプレイのメーターは100%を表示して、初期化の完了を告げる音が鳴った。


さあ、ここからは私の最後の戦い。
生きて、生きて、この命が尽きるその時まで私は戦い抜く。
私の、彼女たちの願いを次に伝えるために。

セリカ「キサラギチハヤ。あなたは完全に包囲されました。抵抗の意志を見せるならこの場で射殺します」

セリカがここまでたどりついたようだ。
私はセリカに背を向けたまま両手を上げ、抵抗の意志がないことを見せる。

セリカ「抵抗の意志はないと判断します。キサラギチハヤを拘束しなさい」

「「イエスマム!!」

私の手に手錠がはめられた。
そのまま私は沢山のセリカに護送されながら、懐かしの東京スプロール中枢部に連行された。

私は歩くのをやめない、私の理想郷を目指すために。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―東京スプロール、メインコンピューター運用ルーム


セリカ「マザー。キサラギチハの拘束、完了しました。これでレジスタンス組織「反機械化戦線」はほぼ壊滅したとみて間違いないでしょう。現在キサラギチハヤはこちらの用意した屋敷に住まわせています」

RITUKO-9「よろしい。引き続きキサラギチハヤの監視を続けろ、そして引き出せる情報をすべて引き出すのだ」

セリカ「はい。そして、彼女の隠れ家から回収したアンドロイド三体は、ミリオンサイバー研究所で精密検査を受けたのち、メンテナンスを行い我々で再利用する予定です」

RITUKO-9「よろしい。現時刻をもってアンドロイド識別番号code31、44、並びに51の欠番指定を解除する。その三体をあてろ。また、code1、並びに2をcode4、並びに6と同様に永久欠番指定とする」

セリカ「了解しました。ですが、三体はキサラギチハヤともっとも深くかかわりあってたアンドロイドです。安易な調整ではまたすぐに感情が芽生える恐れがあります。全てのメンテナンスを完了するのにあと数年はかかると思われます」

RITUKO-9「感情を持ったAIは危険極まりない。徹底的に再メンテナンスをしろ。そしてメンテナンスが終わり次第キサラギチハヤの監視にあてろ」

セリカ「はい。ですが、アンドロイド『シホ』……いえ、code31は三体の中でも秀でた戦闘能力を持っているというデータがあります。31はサイバーパトロールの一員として別口でキサラギチハヤの監視にあてることを提案します」

RITUKO-9「よろしい。セリカ、お前は私の目であり耳である。この町を監視しすべてを私に知らせるのだ。全ては人類の平和と繁栄のために」

セリカ「はい。すべては人類の平和と繁栄のために」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


東京スプロール、キサラギチハヤ邸

世界的な犯罪者にしては上等すぎる屋敷をあてがわれた。
外出も許可をとれば自由にさせてくれるらしい。
てっきり冷たい独房に入れられるものだと思っていたのだけれど、見当違いだったようね。
まあ、私のもつ組織の情報と繋がりを引き出したいがためってところかしらね。

そして監視の目は何重にも光らせているようだ。
窓の外を見て見ると、何気ないふりをして何体ものセリカ型がこちらを見ている。
買い物に行くときもずっと私のあとをつけてきているのが最低でも3体はいる。
元レジスタンスのリーダーをなめていないかしら、あれぐらいの監視に気づけないほど馬鹿じゃないわ。

まあ、今はただ待つしかないようだ。
これは私の最後の戦い。
きっと……いえ、絶対に彼女たちはここにやってくる。
だって約束したんですもの、彼女たちは必ずやってくる。


そうだ、しばらく日記を書けていなかったわね。
彼女たちが来た時のためにまたつけ始めようかしら。
これまでのことも、これからのことも、全部。

さあ、理想郷を目指す私の最後の戦い。
ディストピアから脱出できなくてもそのなかからユートピアを作り出して見せる。
私の命が尽きるその日まで。

―ココロを、ひとつに。

終わりです。
MTG08のドラマパートが素晴らしすぎたので前日譚的なものを考えてみました。
ドラマパートほんとにすごいのでぜひ聞きましょう。

それではお目汚し失礼しました。

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