三峰結華「気になるあの子/気にする男」 (15)
これはシャニマスSSです
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春、それは出会いと恋の季節。
新しい巡り合わせ、慣れ親しんだ友との別れ。
学生はこれから始まる新しい出会いに想いを馳せ、期待と不安に胸を膨らませる。
人と別れるには暖か過ぎて、誰かと出会うには寒過ぎる。
今と変わる、関係が変わる、そんな季節。
新しい人と出会う。
新しい恋が始まる。
新しい思いを抱く。
新しい恋が芽吹く。
それが、春。
そんな春と言う季節、例に漏れず担当アイドルである三峰結華は何かが変わった様だった。
「ねぇねぇPたん」
「ん、どうした?」
「Pたんって恋人とかいる?」
283プロダクションの事務所にて、パソコンをカタカタと叩く俺へと結華は質問を投げかけてきた。
別に急ぎでも無かった俺は休憩の口実を手に入れて喜んでいる事を隠しつつ、椅子を回転させて彼女の方へと向き直る。
そこにはソファでペットボトルのお茶を飲みながらスマホをポチポチしている結華の姿があった。
なかったら逆にヤバいか。
「恋人?」
「そそ、恋人」
恋人がいるか? と言う問いを男性なら一度は受けた事があるのでは無いだろうか。
それは牽制であったり、詮索であったり、期待であったり、揶揄いであったり。
様々な可能性を含むその問いに対し、果たして最適解はどの様なモノなのだろう。
此方の返答としては正直に答える、見栄を張る、嘘を吐く等々またこれも沢山あるが……
「いる」
「……………………」
結華のスマホを弄る手が止まった。
飲んでいたペットボトルが手から滑り落ち……おー、ナイスキャッチ。
「って言ったらどうなるんだ?」
いないが。
この返答は「いない」と言っているのと同義である。
「……………………」
「……いや、なんとか言ってくれよ」
「へ、へー、Pたんって恋人いないんだー。かわいそっ」
「その笑顔は一切可哀想と思ってないやつだろ」
「もちろんっ!」
傷口を抉るのが趣味なのだろうか。
残念ながら俺はそう言った事に興味が無い、と言えば嘘にはなるが今現在恋人が欲しいと言った願望も無い。
学生の頃は恋だの愛だの惚れた腫れたな浮かれた話に熱を出す日々もあったが、今ではもうそうでもない。
一人暮らしに慣れてしまうと、逆に誰かとの生活が不安になってしまう事もあるのだ。
「今までは?」
「いない」
ニヤケ顔が妙に腹立つ。
「ほーほー、じゃあ好きだった人は?」
「いない」
何故嬉しそうなんだ。
「じゃあね? それじゃ? じゃあじゃあじゃあさ、今好きな人は?」
「いない」
「あーもしもしこがたん? そーそーカラオケ、出来ればオールしたい気分」
突然電話を掛けだす結華。
どうやら用事は終わったのだろうか。
「Pたんは灰色な人生を歩んで来たんだねぇ……」
「十分バラ色だよ。結華と出会えたんだから」
「お、百点満点の回答。三峰じゃなきゃときめいちゃってたんじゃない?」
更に揶揄う様に笑う結華。
その頬は余程ツボにハマったのかバラ色に染まっていた。
……にしても、突然どうして変な質問をして来たのだろう。
恋人が出来た?
いや、アイドルとしての意識をきちんと持っているこの三峰結華と言う少女に限ってそんな事はないだろう。
であれば、誰か(例えば大学の友達)に告白されたとか……?
「……告白されたのか?」
「え、なになにPたん。三峰の恋愛事情が気になっちゃう感じ?」
「当たり前だろ、プロデューサーなんだから。まぁ結華なら上手く対応しそうだから心配はしてないがな」
「あー……だーいげーんてーん。そ、こ、はー。『俺、結華に恋人がいるか気になって不安で仕方ないんだ』って言わなきゃ」
「大丈夫そうだな」
「静かにして? 今私課題やってるから」
秋の空は変わりやすい、今は春だが。
会話の途中で突然大学の課題を始められると、嫌われてるんじゃないかと不安になる。
まぁ兎も角、そういった心配はやはり必要無さそうだ。
……いや、待てよ?
はたまた、誰かを『好きになった』と言う可能性もある。
それは友達だったり、別のアイドルや俳優だったり、自分を応援してくれるファンの誰かだったり。
けれど付き合う訳にはいかない、結ばれる訳にはいかない。
だから話して、気を紛らわそうとしているとか……
これはプロデューサーとして、きちんと聞いてケアしてゆく必要がある。
「なぁ結華」
「ほいほーい。あ、待ってね今この課題だけ書いちゃうから」
「好きな人でも出来たのか?」
ポキッ
シャーペンの芯が折れる音がした。
「なっ、なぁにを言ってるのかなぁPたん!」
これは……図星か?
珍しく慌てふためく結華。
声が裏返って『なぁ』の部分が歌舞伎の見栄みたいになっていた。
歌舞伎きちんと見た事無いけれど。
「……さっきからそんなに私の恋愛事情が気になる?」
「そっちが先に聞きまくってきたんだろ。突然どうしたのか、プロデューサーとして気にするべきだろうし、不安にもなる」
正確には『不安になる』よりも『気になる』だが。
信じてはいても、気になるものは気になるのだ。
「ま、まぁまぁ安心して? 好きな人とかアイドル三峰結華にはいないから」
「ほんとだな?」
「ほんとほんと」
本人がそう言うのであれば、まぁ大丈夫……だろうか?
それと課題のレポートに俺の名前を何度も書いているが、それきっと減点対象になるだろうけれど大丈夫だろうか?
「で、まぁ仮にね? 仮にだよ? 三峰に好きな人がいた場合、プロデューサーはどう対応するの?」
「んー……結華に任せるとしか。そこら辺の線引きはきちっとするって信じてるし」
「おー、最終的には自分の所に戻って来れば良いってタイプの彼氏ヅラかな?」
「どっちかって言うと父親ヅラだな」
「さっきまでの会話全部セクハラで訴えれば絶対勝てるけど」
「娘が反抗期になった」
さて、そろそろ仕事に戻るとしよう。
これ以上会話していても棘しか飛んで来なさそうだ。
カタカタカタカタ。
ディスプレイと睨めっこしながらキーボードを叩く。
後ろからは再びシャーペンで文字を書く音だけが聞こえて来て。
それからしばらく、会話は無かった。
……例えば、自分に好きな人が出来たとして。
仕事の関係で絶対に付き合ってはいけないと言われたら、どう思うだろうか?
仕事を辞めてでもその人と結ばれたい! と言える程の恋を俺はした事が無いから、恐らくそれを考える事すら烏滸がましいのかもしれないけれど。
それでも年頃の女の子にそれを、たとえ本人がきちんと理解していたとしても、だ。
何度も突き付けて、『信頼してるから』と縛り付けるのは果たして正しい事なのだろうか?
「……悪かったな、結華」
「んー、なにがー?」
俺は振り返らなかった。
ズルイと思う、本当ならきちんと目を見て謝るべきだ。
シャーペンの音も止まらない。
明るく返す彼女の頭からは、きっとさっきの会話など消えているのだろう。
「無遠慮に聞いたりして」
「別に良いって。Pたんはプロデューサーなんだから不安にもなるでしょ」
「もしプロデューサーじゃ無かったらセクハラで訴えられてもおかしくなかったと思うし」
「いやいや、それはプロデューサーだとしてもセクハラだから」
ぐうの音も出ない正論でグーで殴られた。
成る程、そこら辺は許してあげる、と。
「でも……んー、もしプロデューサーじゃなかったら、かー……」
「どうした? 結華」
「べっつにー、こんなに悩まなくて良かったのに、って」
「悩み事なら相談に」
「次はセクハラ」
「ごめんて」
その声は明るかった。
彼女のその悩みは、きっと楽しいものなのだろう。
にしても本当に、突然恋愛がどうだの恋人がどうだの聞かれた時は不安になったが、彼女からしたら大した事ない世間話の一つだったのだろう。
俺だって学生の頃はよく友達とそう言った会話をしたものだ。
学生、かぁ……
あの頃にもっと恋愛しとけば、いずれそう言った相談をされた時により一層親身になって乗ってあげられたのになぁ。
「……もっとPたんに、三峰の事気にして欲しかったから。って言ったら可愛げがあると思わない?」
「後半は言わない方が可愛げがあったと思うがな」
「んー、しくじったかな?」
「そこも含めて、可愛げがあると思うけど」
分かってて言ってるんだろう。
きっと、俺がどう思うかなんて。
「嬉しいね、じゃあそんなPたんにもう一安心させる言葉を聞かせてあげよう!」
シャーペンを置く音が聴こえて、俺は振り返ろうとして。
気が付けば俺の隣に、夕陽を背景に笑う結華が居た。
「アイドル三峰結華は、ずっとプロデューサーの隣に居たいって思ってるから」
「……そっか、安心だ」
申し訳ないとも思う。
残酷な事を自分の口から言わせてしまっていると思う。
けれど、結華の笑顔は、作られたものでは無かったから。
その言葉を聞いて、そんな結華を見て、嬉しいと思ってしまった。
「よしよし、安心してくれた様で何より。じゃあ次は不安になる言葉を一つ」
今度は、悪戯っぽい笑顔。
それはさっきよりも、楽しそうだった。
「だからプロデューサーは、アイドルじゃなくなった三峰結華の居場所を考えておいてくれなきゃダメだからね?」
アイドルではなくなった三峰結華。
彼女のプロデューサーではなくなった、俺……
だとしたら、きっと。
俺と彼女の立つ場所は……
「……法廷で会おうって事か?」
「もしもしこがたん? うん、良い弁護士知ってる?」
以上です
お付き合い、ありがとうございました
以前書いたssです、よろしければ是非
三峰結華「大人の味にご用心」
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