美希「4月30日」 (16)
「今から、デートしないか?」
「うん、いいよ」
時はゴールデンウィーク真っただ中。
今日のお仕事終わりのミーティングで出た魅力的な提案を、
ミキは受け入れた。
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スタッフさんの挨拶もそこそこに、急いで車に乗り込む。
いつもならここから事務所に向かうけれど、今日は別。
反対方向へ曲がって、ミキとハニーは夜の街へ飛び出した。
「行先とか、聞かないのか?」
何も言わないミキのことを不思議に思ったのかな。
こちらを向かず聞いてきたハニーの横顔を、ミキはじっと見つめ返した。
「ハニーと一緒なら、どこだってキラキラのステージなの!」
車の中の時間はミキが大好きな時間。だってハニーと二人っきりだもん。
今日のお仕事のこと。
今流行りのファッションのこと。
昨日学校で話したこと。
明日の宿題のこと。
ファンの人のこと。
ミキのパパとママのこと。
ハニーのこと。
ミキのいろんなお話を、ハニーは前を向いて、でもちゃんと聞いてくれるよね。
そんなハニーが、なんだか今日は上の空。
ミキがなにをいっても、「ああ」とか「そっか」とか、そんなのばっかり。
「ねね、ハニー。ミキの話、ちゃんと聞いてる?」
「え。あ、うん。大丈夫。ちゃんと聞いてるぞ」
そんなこと言ってるけど、このくだりもこれで3回目。
今日のハニーはウソツキさんだね。
いつもならミキも怒るところだけど、今日はそのまま、ハニーをじっと見る。
「……どした?」
「ううん」
緊張してるのかな。
ハニーの横顔、いつもよりちょっとかたい気がする。
上の空のハニーのお話に、ミキも答えて。
ハニーの鼻歌に合わせて、ミキも歌って。
時々ちょっと揺れる車に、身体を預けて。
ハニーの横顔を、じっと見つめながら。
あっというまに、目的地に到着した。
「寒くないか?」
「うん、だいじょぶ」
人気のない、真夜中の夜の波止場。
夏には花火大会が、冬にはイルミネーションでキラキラしてるけど、
4月の終わりにそんなのあるわけない。
「この場所、覚えてるか?」
当たり前だよ。忘れるわけがない。
だってここは、ミキとハニーの特別な場所だもん。
「美希と初めて会ったの、もう随分前なんだよな」
「初めて公園で出会って、初めて事務所でミーティングして。仕事して、レッスンして」
「アイドルについて一緒に悩んで考えて。身体をはったこともあったっけ?」
ハニーの言葉を聞きながら、ミキもたくさんのこと、思い返してた。
最初はテキトーにお仕事してたこと。
初めてライブで、キラキラした景色がみえた時のこと。
ハニーと一緒に、事務所でいっぱい、アイドルについて考えたこと。
アイドルについてわからなくなったときに、ハニーがミキのこと、みててくれたこと。
それから、こわい夜のことも。
思い切って髪を切ったことも、ハニーが立ち止まっていた時のことも。
全部全部、覚えてる。忘れられない、忘れたくない、ミキとハニーの思い出なの。
「美希がここで変わるって言ってくれた時は、本当に嬉しかった」
「一生懸命に頑張る美希が嬉しくて、キラキラしている美希が眩しくて」
「眩しすぎて……いつの間にか、俺のほうが置いてけぼりにされてた」
「そんな俺を、美希はその先で待っててくれたよな」
「美希が信じてくれたから、隣に立っててくれたから、俺も変わらなきゃって思ったんだ」
「もしかしたら、もっとふさわしい場所があったのかもしれない」
「二人っきりになれるレストランとか、綺麗な夜景が見られるスポットとか、以前ライブしたステージとか……」
「けどなんだろうな。俺には、これ以上の場所が思いつかなかった」
「美希が俺に約束して、俺が美希に約束した、たくさんの足跡が残る、特別な場所だから」
「だから……新しい時代を迎えるこの時間に、美希と二人でいたかったんだ」
「美希」
「美希と出会ってから、今日までのこの日まで、たくさんの物を俺にくれて、ありがとう」
「明日から新しい時代になっても、きっとこれまで以上に楽しいことも、大変なこともあると思う」
「でも、何があっても俺を信じて、これからも隣にいてほしい」
「だから……その」
「これからも、よろしくお願いします」
「……ぷっ」
「…………?」
「あはっ☆ ハニー、緊張しすぎってカンジ!すっごい他人行儀だよ?」
「う……うるさいなあ!緊張してるんだよ、これでも!」
「ハニーがミキに告白してくれた時みたいなの。あの時もガチガチだったし」
「掘り起こすな!!」
「ハニーって、案外本番に弱いタイプだったりして」
「…………からかうなよ、もう」
「ね、ハニー」
「…………なんだよ」
「みて。今、日付変わったよ」
スマホの画面をハニーに差し出す。
いつの間にかそこに浮かぶ数字は、もう5月1日を示していた。
「ミキもね。ハニーと会えて、ホントに良かった」
「でも、今日からの新しい時代は、もっともっと、ステキなことがあると思うの」
ぴん、と背中を伸ばして、ハニーをまっすぐ見つめる。
最初の姿は、ちゃんとしていたいから。
「これからもずっと、ずーっと。ミキのこと、よろしくおねがいします」
「…………はい」
たくさんの思い出が詰まった平成の時代が終わって。
ハニーのちょっと冷たくなった手が、初めての令和の思い出になった。
「…………腹減った」
「えー」
「仕事終わってからここまでなんも飲まず食わずだぞ。そりゃ腹も鳴るって」
「いくらなんでもムード台無しってカンジ……」
「なんだよ、美希は腹減ってないのか」
「………ペコペコなの」
「じゃ、ご飯食べ行こうか。令和最初の、二人のご飯!」
「うん!」
おしまい
以上です。ここまで読んで下さいましてありがとうございました。
きっと令和の時代も、美希とプロデューサーはふたりでキラキラしていけるはず。
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