昼
喫茶店
来ヶ谷「・・・ふぅ」
理樹「・・・・・・」
理樹(日曜日。僕らは静かな喫茶店でお茶をしていた。来ヶ谷さんはコーヒーを飲んでいて、僕はその姿をなんとなくぽけーっと眺めている。なんとも静かな昼間だった)
来ヶ谷「ん?」
理樹(そんな時、来ヶ谷さんが僕の目線に気付き、ニコリと上品な笑顔を添えて視線を返してくれた)
来ヶ谷「今日の少年は大人しいな。もう我々の関係には慣れたかね」
理樹「はは、まあ・・・」
理樹(僕らはこの秋、恋人になった。他の人はいまだに信じてないが、来ヶ谷さんの方から告白してきたんだ)
理樹(付き合ってからの僕は、初めての経験だから色々と気を回そうとして二人でいる間ずっと場をつなごうと世間話を必死で語りかけていた。でも、しばらく付き合っていくにつれて来ヶ谷さんはどうも静かな方がむしろ好きみたいで、余計な気を使わなくていいことが分かった。来ヶ谷さん曰くそんな慌てていた僕も面白かったらしいけど)
来ヶ谷「コーヒーのお代わりを頼むが君は?」
理樹「ううん、じゃあ僕も貰おうかな」
来ヶ谷「よし」
理樹(そんなこんなで最近はお互いのペースに合わせようとすることなく、のんびり過ごしているのだった)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・
夜
理樹部屋
恭介「・・・えっ、終わり?」
理樹「うん」
理樹(夜、遊びに来た幼馴染達に僕らのカップル事情を説明した)
鈴「なんというか、地味だな」
恭介「なんだよー!もっと俺の心をきゅんきゅんさせてくれる何かを聞かせてくれるかと思ったのにさあ!」
理樹(恭介がものすごく残念そうな顔で叫んだ)
真人「まあまあ、しょせんカップルなんてこんなもんさ」
理樹(と、すました顔で言う真人)
恭介「お前にカップルのなにが分かるんじゃい!」
謙吾「ううむ、真人の肩を持つわけじゃないが本人が良いというのならそれでいいんじゃないか?俺達がどうこう言ってもなあ・・・」
理樹「・・・それでいいだって・・・?」
全員「「「えっ?」」」
理樹「こんなカップル事情で幸せだ・・・なんて言える訳ないじゃないか!!」
理樹(僕は切れた)
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謙吾「ど、どうしたんだ理樹?」
理樹「来ヶ谷さんみたいな恋人に恵まれてっ!幸せだったさ!来ヶ谷さんと出会わなかった人生は考えられない!それぐらいだっ!」
理樹「でも・・・」
真人「でも?」
理樹「でも、僕だってもうちょいカップルっぽいことしたいんだよっ!!今日やったことだってまるで『育児がひと段落してささやかな幸せを感じる主婦達のちょっぴり贅沢なお茶会』みたいなもんだよっ!!」
謙吾「例えの割には凄く細かいな・・・」
恭介「ほーうほうほうほぅ・・・」
理樹(するとそんな僕の独白を聞いた恭介がニヤニヤしながら近づいてきた)
鈴「うわきっしょ」
恭介「やめろ、お兄ちゃん泣くぞ・・・して理樹、つまりお前はいったい今どうしたいんだ?まさか現状維持という訳じゃあないだろ?」
理樹「うん!もちろん僕は・・・なんだろうな・・・」
理樹(そう言われてみると、偉そうに叫んだものの来ヶ谷さんに望みたいカップルのビジョンを考えてなかったことに気づいた)
理樹「いや、そうだ。僕は・・・来ヶ谷さんに他の人には見せないような一面を見てせてほしい」
理樹(そして次の言葉はポロっとこぼしたように出てきた)
理樹「来ヶ谷さんを恥ずかしがらせたいなぁ・・・」
恭介「それだ!!」
理樹「えっ?」
理樹(今度は僕が驚く番だった。恭介はみんなの視線を集めつつスクッと立ち上がった)
恭介「俺もさっきの理樹の話を聞いてまったく心が踊らなかった。それが何故だかようやくハッキリ分かったぜ。それは初々しい感じだ!!例えるならそう、今のお前らはまるで『育児がひと段落して二人の時間が増えたそれなりに仲のいい夫婦』そのものだ!」
謙吾「だからお前たちは育児がひと段落した人間の何を知っているというんだ」
恭介「そうと分かれば後は簡単だ!理樹、お前の願いは俺たちが叶えてやろうじゃねえかっ!!」
理樹「ね、願いって・・・さっきの恥ずかしがると言ってたアレ?」
恭介「そうだ。俺たちが良い感じに来ヶ谷と理樹のムードを底上げして、来ヶ谷に恋本来の甘酸っぱい感じを自覚させてやるという作戦だ」
謙吾「なるほど。理樹も一丁前にラブラブしたいんだな・・・ではこの宮沢謙吾、本気で協力させてもらうぞ!」
真人「フッフッフッ・・・とうとう、この俺の筋肉の出番が来たってことか!」
鈴「お前の筋肉がなんの役に立つんじゃ!」
恭介「作戦名はオペレーション・倦怠期バスターズ!ミッションスタートだぁぁああああ!!!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
理樹「ええー!!」
理樹(そんなこんなで、このこっぱずかしい作戦は始まった)
続く(∵)
1時間後
全員「「・・・・・・」」
理樹(張り切ったスタートの割に作戦は難航していた)
恭介「・・・なあ、来ヶ谷ってどうやったら照れるんだ?」
謙吾「いや、お前が言い出したんだろうが・・・」
恭介「だって普通女の子って照れるもんだろ!?」
真人「じゃあ人間じゃない何かしらのメスかもしれねえ」
鈴「野生動物みたいな言い方するなっ」
理樹「ううーん・・・」
理樹(確かに来ヶ谷さんのこれまでを想像してみたが、彼女が何か目に見えて赤面していた時なんてそれこそ僕に告白してくれた時くらいしか・・・)
理樹「あっ!」
理樹(いや、そういえば一つだけあったぞ!彼女が恥ずかしがっていた時が!)
恭介「どうした理樹?なにか思いついたのか?」
理樹「うん!思い出したんだ、そういえば来ヶ谷さんはよく小毬さんから下の名前で呼ばれて恥ずかしがってたなって!」
理樹(その時、真人と謙吾と恭介の3人が同時に立ち上がって言った)
「「「それだ!!」」」
次の日
昼
表庭
来ヶ谷「なんだい?話というのは」
理樹(次の日、早速行動に移るために表庭へ来ヶ谷さんを呼び出した。彼女は用事を聞かされずに呼び出されてもいつもの含み笑いで僕を待っていてくれた。だが今日はその余裕そうな仮面も取れるに違いない!)
理樹「ああ、実は・・・」
物陰
恭介「よし、理樹が言うぞ・・・っ!お前ら静かにしろよ」
真人「分かってるって・・・」
鈴「覗きなんて悪趣味だ」
謙吾「の割には付いてきてるな」
鈴「うっさいっ」
表庭
理樹(そう、来ヶ谷さんはいつも小毬さんから不意打ちでゆいちゃんと呼ばれては面食らったように目を泳がせていた。つまり下の名前で呼ばれることに慣れていないのだ!今までは失礼だと言うこともあって考えもしなかったけど、恋人の今なら僕がそれをしてもなんらおかしくないはずだ!)
理樹「実は、来ヶ谷さんのことをこれから『ゆいさん』って呼ぼうかと思って」
来ヶ谷「なに?」
理樹「これから僕ら恋人なんだからさ!そろそろ他人行儀に上の名前で呼ぶのも変かなって!ねえ、いいでしょ?ゆいさん!」
来ヶ谷「・・・・・・」
理樹(どうだ・・・?)
来ヶ谷「・・・・・・」
来ヶ谷「そうだなっ。確かにその通りだ」
理樹(彼女は満面の笑みでそう言った)
理樹「へっ?」
来ヶ谷「ふふふっ・・・我々は恋人同士だもんな・・・下の名前か・・・ふふ」
理樹(てっきり小毬さんの時と同じように慌てふためくものと思っていたが、来ヶ谷さん本人は意外と満更でもないように小声で何度も「ゆいさんかぁ」と嬉しそうに呟いていた)
理樹「あ、あれ?は、恥ずかしくないの?」
来ヶ谷「なにを言う。恋人なら当たり前じゃないか!いやはや、久々に盲点を突かれたような気持ちになったよ。そうか、ゆいさんかっ・・・もう一度呼んでみてくれないか?」
理樹「え、ああ・・・ゆいさん」
来ヶ谷「~~~っ!」
理樹(来ヶ谷さんは非常に満足気な様子で頷いた。とても可愛らしかった)
来ヶ谷「よしよし・・・君のこともこれからは少年とは呼べないな。理樹くん」
理樹(僕がチラリと木の影の方____恭介達がいる方面____を見ると、あからさまにガックリきた表情をしていた。来ヶ谷さんのこういう反応を見れたのはとても嬉しかったが、どうやら作戦としては失敗に終わったようだ)
夜
理樹部屋
恭介「普通に喜んでるじゃねーか!」
理樹「いや別にいいでしょ・・・」
恭介「良かねえよ!いや、良いけど!」
謙吾「落ち着け恭介。支離滅裂になってるぞ」
恭介「はぁ、はぁ・・・まさか普通に受け入れるとはなあ・・・恋は人をここまで変化させるものだったのか」
鈴「よく分からんが一番バカになってるのは恭介だと思うぞ」
謙吾「とにかく来ヶ谷を恥ずかしがらせるという意味では失敗してしまったかもしれないが、少なくとも恋人として少しは意識させることが出来たんじゃないか?」
理樹「そうだね・・・言い出しっぺでなんだけど下の名前で呼ぶなんて僕の方から嫌でも意識しちゃうし・・・」
恭介「なにか他にも来ヶ谷をときめかせる何かが欲しいところだな」
真人「別の案か・・・ううむ」
謙吾「・・・さっきのやり取りを見て少しピンと来たんだが」
恭介「言ってみてくれ」
謙吾「無難にここはサプライズプレゼントというのはどうだろう?」
真人「プレゼント?」
謙吾「ああ。さっきので来ヶ谷は結構不意打ちに弱いとみた。しかも割とベタな恋人としてのセオリーに憧れを抱いているようにも見える」
理樹「確かに下の名前で呼び合うって結構普通のはずなのに凄く嬉しそうだってもんね」
謙吾「そうだ。つまり来ヶ谷だからと言って俺たちは何か変化球じみたアプローチばかり考えていたが、むしろ恋人が嬉しがるプレゼントといったやり方の方が喜ぶんじゃあないか?」
恭介「なるほど・・・一理あるな!」
鈴「流石ロマンティック大統領だ」
謙吾「ふっふっふっ」
理樹「おお・・・」
理樹(確かに来ヶ谷さんは小毬さんやクドのように純粋な存在にはめっぽう弱い。それと同じであれこれ手を回さずプレゼントを渡す方が案外上手くいきそうな気がしてきた)
理樹「いける・・・いけるぞ!」
恭介「よし!早速明日プレゼントを買いに行くぞ理樹!」
理樹「あっ・・・で、でもそんなに僕お金が・・・」
恭介「なにしけたこと言ってやがる!んなもん俺が貸してやるに決まってんだろ!」
理樹「き、恭介っ!」
恭介「愛する弟分のためなら諭吉も厭わないぜ!」
理樹(久々に恭介を頼もしく感じた瞬間だった)
今日再開
ショッピングセンター
理樹「うーん、いざ来てみたはいいけど、実際来ヶ谷さんってどんな物を送れば喜ぶんだろう」
恭介「そうだなぁ…」
真人「饅頭とか美味いものにしとけばとりあえず外れないぜ……?」
謙吾「それはお前だけだ!……だが、その饅頭とかに愛の一言を加えたものを入れればあるいは上手いこといくかもしれないな。例えば饅頭一つ一つにL・O・V・Eと焼印を押すとか」
恭介「それいいな!」
鈴「ダサい」
理樹(なんだろう、遠い記憶に似たような発想があったような気がする。とりあえずこの提案は却下となった)
・・・・・・・・・・・・・・・・
雑貨屋
理樹(ショッピングモールを歩いていると、結構大きめの雑貨屋を見つけたので入ってみることにした)
真人「す、スゲェ!見ろ鈴っ!こんな所に初代アブシリーズが全部揃ってやがる!」
鈴「お前が楽しんでどうするんじゃー!」
ゲシッ
理樹(真人に鋭いハイキックがたたきこまれる)
真人「ごめんなさい!」
恭介「おっ、フルオートのゴム銃とかあるぞ理樹」
理樹(そう言って、まるで戦争映画に出てきそうな巨大な木製のゴム銃を持ってくる恭介)
理樹「いやいや、それを渡して来ヶ谷さんの喜ぶ姿が見えてこないよ……だいたい持ってて何に使うのさ」
恭介「……バトルランキングとか?」
理樹「脅威になるだけじゃないか!」
数十分後
理樹(しばらく僕にツッコミどころしかない品物を見せ終えた恭介達は、そろそろ飽きたのかそれぞれ自分の興味がある物を好きに物色していた。自由すぎる……)
理樹「まあプレゼントは本来僕が探さないといけないんだけどね……おっ」
理樹(そんな時、店の隅に陳列されていた棚の中に小ぶりの時計が並べられてあった。大きさからして女性用だろう。僕がその時計に目を引かれた理由はその使ってある素材だった)
理樹「木製の時計か……」
理樹(デザインはそこまで凝ったものでもなかったが、ベルトから竜頭に至るまで全てが木製というこだわりようは僕の購買欲を掻き立てるには充分だった。値段もそこまでしないのでこれならなんとか恭介の助けを借りずとも買えそうだ)
鈴「理樹」
理樹(ちょうど店員さんを呼ぼうと振り返ると、そこには鈴が立っていた)
鈴「もう買うものは決まったのか?」
理樹「うん、決まったよ」
鈴「ふーん」
理樹「……?」
理樹(鈴はそう聞いてもその場を動こうとはしなかった。僕の背は店の角なので鈴が退いてくれないと動けないのは分かっているはずなんだけどな)
理樹「ど、どうかした?」
鈴「いや……」
鈴「来ヶ谷はプレゼント買って貰えるんだなー」
鈴「あたしは何もないけどなー」
理樹(どんな感情なのか読み取り辛い声でそうポツリと言った。なるほど、とぼけ方が恐ろしいくらいに下手だけどそのおかげでよく分かった。鈴はプレゼントを羨ましがっているのか)
理樹「……あっ、鈴、ごめん。ちょっとその後ろの」
鈴「?」
理樹(鈴に避けてもらって、その奥に飾ってある"モノ"をスッと掴んで鈴の前に持ってきた)
鈴「猫だ!」
理樹(それは猫の形をとったポーチだった。材質は硬いが、どうやら革で作られているらしく、手触りがとてもいい)
理樹「鈴、これ買ってあげようか」
理樹(僕がそう言うと鈴は今日ずっと崩さなかった暗めの顔から一転、目を輝かせて微笑んだ)
鈴「いいのか!?」
理樹(僕もそれに応えるように微笑む)
理樹「今日はお金を多めにおろしたからね。特別だよ」
鈴「やった」
理樹(それから雑貨屋を後にして5人で晩御飯を外食で取り、家に帰るまで鈴はずっとご機嫌だった。あの猫のポーチもプレゼント冥利につきるだろう)
次の日
表庭
来ヶ谷「また私を呼び出して今度はなんだ?」
理樹「ええっと……」
理樹(僕はまた来ヶ谷さんを呼び出し、またまたそれを恭介達がじっと監視することになった。後ろに持ったプレゼントの箱が手汗で少し沁みてきた)
物陰
恭介「そういえば理樹は来ヶ谷に何を渡す気なんだ?」
真人「ああ、なんでも時計らしい」
恭介「なるほど。上手い感じにシャレオツじゃねえか。こりゃ流石にミッションコンプリートだなっ!ちなみにそういう真人は何を買ったんだ?」
真人「ふっ、これさ」
スッ
恭介「いや、箱だけ見せられても分かんねーよ」
真人「おっと、まだ帰ってから開けてなかったな。何しろ理樹に預けてたもんだからな」
謙吾「お前はいい加減外に出かける時くらいカバンを持っていけ!」
真人「まあまあ。割と小ちゃいんだしよ…俺が買ったのはこの……あれ?」
恭介「どうした?」
真人「なんだこれ……時計?」
理樹「来ヶ谷さん!これ!」
来ヶ谷「ん?なんだこの箱は」
理樹(箱を差し出した。来ヶ谷さんは自分のこととなると凄く勘が鈍るらしく、まったくプレゼントだと気付いていないようだった)
理樹「そ、そのっ、僕からのプレゼント……付き合ってしばらく経つからさ…」
来ヶ谷「わ、私にプレゼントか!?」
理樹「うん……開けてもらえるかな……」
来ヶ谷「あ、ああ……ありがとう理樹君」
理樹(来ヶ谷さんは僕の手から慣れない手つきで箱を受け取り、まるで子供がクリスマスプレゼントを貰ったかのようなワクワクした表情でそれを開けた)
来ヶ谷「……………」
理樹「気に入ってくれたかな?」
来ヶ谷「………ハッハッハ!ああ、気に入ったとも!なかなかどうして理樹君もユーモアがあるじゃないか。ふふふっ」
理樹(そう言って来ヶ谷さんが僕に見せたのは木製の時計では無かった)
理樹「えっ………」
理樹(それは、某筋肉戦士の消しゴム(プロレス技で2人が組み合ってるver)だった)
理樹部屋
真人「ううっ・・・」
理樹「ごめん真人、あんまりにも来ヶ谷さんが嬉しそうにしてたし・・・それにまさか真人のものだったとは・・・」
理樹(あのあと来ヶ谷さんは上機嫌であの消しゴムを持って帰っていった。真人曰くあれは子供の頃にガチャガチャで唯一コンプ出来なかったものらしく、相当な想い入れがあったらしい)
謙吾「お前は悪くないぞ理樹。このバカが間違えて入れたのが悪いんだ。しかも寄りにもよって愛する者へのプレゼントと・・・!!」
理樹(わなわなと腕を振るわせる謙吾。恋愛要素が絡んでいるからか少し演技過剰な気がする)
恭介「それはそうと、今のところ理樹の評価が面白少年になっているのは何気にヤバいぞ。このままだとただの仲の良いカップルになっちまう!」
謙吾「くそ・・・何か手はないのか!」
理樹(恭介達が何故ここまで焦っているのかは分からないが、確かに僕の中にも若干焦燥感が生まれつつあった)
理樹「今、僕は明らかに来ヶ谷さんから愛されているのは分かる・・・でも、それは恋愛のようなお互いの気持ちをドキドキさせるようなものではなく、なんというか小動物をめでるような、口で表現するのは難しいけどなんだかそんな感じの愛情を受けているような気がする!」
恭介「小動物・・・そうか!分かったぞ理樹!来ヶ谷をきゅんとさせる方法が!」
理樹「えっ!?」
数日後
表庭
来ヶ谷「・・・やれやれ、最近の君は本当に表庭に呼び出すのが好きなようだなぁ。まあ、今日はそんなことよりもっと気になることがある・・・なんだその恰好は?」
理樹「・・・・・・」
理樹(来ヶ谷さんが困惑気味な表情を浮かべる傍らで僕は昨日の恭介の言葉を思い出していた)
・・・・・・・・・・・・・・・・・
恭介「決闘だ。来ヶ谷に決闘を申し込め!」
理樹「はぁ?」
恭介「恐らく来ヶ谷は自分の強さに自信を持っている。つまり自分は守られる側だと微塵たりとも思っていないんだ」
謙吾「それについては俺達の誰も反論は出来ないと思うが・・・」
恭介「いいや、反論してやるんだ!さっきも言ったように来ヶ谷は自分が強いと自負しているはずだ。そこに理樹が来ヶ谷と戦って勝つとするだろ?すると来ヶ谷はこう思う訳だ」
来ヶ谷『理樹君がこんなにも強かったなんて思いもしなかった!こんな男らしい姿を見せられては胸もときめくというもの・・・結婚してください』
真人「それだ!!」
理樹「ほ、本当にそうなるかな・・・」
謙吾「荒療治のようだが、確かに来ヶ谷とサシで勝てることが出来れば少なくとも来ヶ谷も小毬や能美のような扱いをすることはないかもしれないな」
理樹(確かに謙吾の言う通りかもしれない。恭介が言うほど上手くいくとは思えないが、見直されるかもしれないならやってみる価値はある)
理樹「・・・よし、やろう!」
恭介「それでこそ理樹だ!よぉし、さっそく理樹を来ヶ谷に勝たせるプランを考えるぞお前らっっ」
真人・謙吾「「おおう!!」」
鈴「・・・やっぱアホだこいつら」
理樹(それが鈴の言ったその日唯一の言葉だった)
・・・・・・・・・・・・・・・・・
理樹「これは来ヶ谷さんに勝つための武装さ・・・」
来ヶ谷「私に勝つだと・・・?」
理樹(僕の格好はいつもの身体の1.5倍は体積が増えていた。まず頭には謙吾から借りたお面をかぶり、肩にはアメフト部で使っている肩パッド、腕は使わなくなった漫画雑誌を丸めて巻き付けている。お腹周りはキャッチャーがいつも付けているガードを装備し、背中にはいくつもの武器を入れたランドセル(これはわざわざ恭介が実家から使っていたものを使っている)を装備している。下半身は主にダンボールで防御力をアップさせ、靴はこの重装備でも機動力を確保出来るようにローラーシューズを買って来た)
物陰
恭介「左手にはハリセンを、右手には水鉄砲を。まさに高火力高機動型フルアーマー最高理樹だ。ううむ、長いな。略して今の理樹はサイコ理樹と呼ぼう」
鈴「めっちゃ楽しそうだな」
恭介「ふっ、全部載せは男のロマンだぜ!!」
サイコ理樹「そう、僕は来ヶ谷さんを倒して一人前の男なんだぞって認めてもらうんだ!だから、僕は今ここで決闘を申し込む!」
来ヶ谷「別に認めてない訳じゃないんだが・・・まあいい。君が戦いを望むのならをそれを受けて立つのも彼女としての定めだろう」
理樹(来ヶ谷さんはそう言って後ろの茂みに両手を突っ込んだ)
理樹「・・・?」
来ヶ谷「いつも学校のあらゆる場所に隠しているんだ。こういう不測の事態に備えるためにね」
理樹(来ヶ谷さんがそう言って取り出したのは明らかにBB弾が飛び出るであろうトンプソン機関銃のようなものと、日本刀のレプリカだった)
来ヶ谷「卑怯とは言うまいね?」
理樹「・・・まさか!」
理樹(僕は水鉄砲のセーフティを解除した。バトルスタートだ)
理樹「うおおお!」
パシュッパシュッ
理樹(加圧した水鉄砲弾を来ヶ谷さんに放った。寒がって動きを止めるのが狙いだ)
ササッ
来ヶ谷「ふふふっ」
理樹(しかし来ヶ谷さんはいともたやすくそれを避けつつ、そのまま距離を詰めてきた)
理樹「なんの!ファンネルッ!」
理樹(僕は背負っているランドセルを開けて中に入っているドローンを空へ放った)
物陰
恭介「よし!理樹がファンネルって言ったぞ!コントローラーを持て!」
謙吾「任せろ!」
真人「おう!」
ブィィィン
数日前
理樹「ファンネル……?」
恭介「ああ。実はこの前の雑貨屋でこんなものを買ってきたんだ」
理樹(恭介がそう言って大きな袋からラジコンを3つ取り出した)
恭介「ドローンだ。今回買ってきた奴はなんと飛ぶだけじゃなくてちゃんと簡単なアームも付いてるんだ。だからこの持ってきたミニ水鉄砲をこうやって持たせてやると攻撃にも使える」
真人「おおお!なんか凄えカッケェな!」
理樹(真人がとても目をキラキラさせていた)
恭介「理樹はこれをランドセルに入れておけ。決闘になったらこいつを空へ放りなげろ。そしたらすかさず俺たちがコントローラーで操作して来ヶ谷を水鉄砲で攻撃する」
理樹「す、凄くロボット物の攻撃方法っぽい……!」
謙吾「ふっ、こいつはひょっとしたらひょっとするかもしれないな……」
鈴「お前らタイマン勝負はどこへ行ったんだ…?」
理樹(そんなこんなでドローンを飛ばした。ドローン達は多彩な動きであらゆる方向から来ヶ谷さんを取り囲んだ)
理樹「行けぇーー!!」
パシュッパシュッパシュッ!!
来ヶ谷「ふんっ!」
サササッ
理樹(来ヶ谷さんは恐ろしい事にその弾を全て避け切った。しかし、あくまでそれは"ドローン達の攻撃"だけだった)
理樹「そこ!」
ビチャッ
来ヶ谷「くっ!」
理樹(ドローンに手間取ったお陰で来ヶ谷さんが避けた先に水鉄砲を当てることが出来た。水は彼女の顔から上半身にかけてかかっており、なかなか見れない来ヶ谷さんの濡れ髪を拝むことが出来た)
来ヶ谷「落ちろ!」
パパパパパッ
理樹(しかし来ヶ谷さんも負けてはおらず、そのドローン達をくるりと身体を一周させるうちに持っているエアガンで全て撃ち落とした)
ガシャーンッ
物陰
恭介「ぐぁぁああ!!あれ一ついくらかかってると思ってるんだ!」
鈴「そう思うなら最初から使うなっ!」
来ヶ谷「小細工はこれだけか?」
理樹「くぅ……」
理樹(もはや単体では水鉄砲は当たらないと見たので捨て置くことにした。そしてハリセンを両手に握り直すと、足のローラーシューズを強く蹴った)
理樹「こうなれば白兵戦だ!」
ザザーッ
来ヶ谷「遅いぞっ」
パシーンッ
理樹「なあっ!?」
理樹(斬りかかろうと突っ込んだ瞬間、待ち構えるかと思っていた来ヶ谷さんが逆に突っ込んで来た。そして片手で持っていた模擬刀の鞘を抜き取ると居合斬りの要領で僕のハリセンをはるか彼方へと切り飛ばした)
来ヶ谷「これで終わりだ!」
理樹(来ヶ谷さんはそのまま模擬刀を捨てて僕の懐に入って腕を掴んで足をかけてきた。投げ飛ばす気だ)
理樹「やばっ……!」
恭介「理樹!『あれ』を使え!」
理樹(茂みから恭介が飛び出してきた。そうだ、まだアレを使っていなかったじゃないか!)
来ヶ谷「むっ!?」
理樹(恭介の声に振り向いた来ヶ谷さんの隙を狙ってランドセルの底に紐でくくってぶら下げておいた"卵"を取り出した)
来ヶ谷「なんだそれはっ」
理樹「胡椒玉さ!」
理樹(そう、ただの卵ではない。あらかじめ卵に穴を開けて中身を取り出したものに胡椒を入れた代物だ。これを勢いよく破裂させるとその付近はしばらく胡椒でクシャミが止まらなくなる。いくら来ヶ谷さんでもこれを食らって平気ではあるまい。もちろん僕はお面の下にマスクを着けているのでやられるのは相手だけだ)
恭介「いけぇえええ理樹ィーーッ!!」
真人「俺たちの悲願を果たせえええ!!」
謙吾「ぶっ倒せーーっっ!!」
鈴「結局"しえん"かお前ら!」
パンッ!
来ヶ谷「っ!」
理樹(来ヶ谷さんが止める前になんとか残った片手で卵を叩き割ることが出来た。宙には胡椒の鱗粉が舞う)
理樹「勝った!」
来ヶ谷「ふふふっ…甘いなァ!」
ブンッ
理樹「なぁっ!?」
理樹(彼女は間に合わないと見るや僕から一旦離れ、バレエを踊るようにその場で一回転した。最初は何事かと思ったが、その来ヶ谷さんの良い匂いでようやく意味が分かった)
謙吾「そ、そうか・・・!くそ、やられた!」
真人「な、なにやってんだ来ヶ谷のやつ・・・」
恭介「・・・吹き飛ばしたんだ。自分の濡れ髪を団扇代わりに使って漂っている胡椒を自分の周りから遠ざけたんだ!」
理樹(やられた。まさか最初に食らったディスアドバンテージを逆に利用してくるとは!)
来ヶ谷「今度こそ終わりだ!」
理樹(その台詞が全部喋り終わる頃には地面に叩きつけられていた)
理樹「はぁ…はぁ…」
理樹(息が苦しくなったので寝たままの体制でメットを取ると、来ヶ谷さんが太陽を背に僕の顔を覗き込んできた。相変わらず凄い美人だ)
来ヶ谷「やれやれ。君はここの所ずっと私を飽きさせていないが、今回ばかりは少し良いやり方とは言えないな……彼らの入れ知恵か?」
理樹(来ヶ谷さんが一目すると恭介達はギクッと言いそうな顔で後ずさりしていた)
来ヶ谷「まあ良い。理樹君はこれで私に勝ってどうしたかったんだ?」
理樹「来ヶ谷さんに勝って・・・」
理樹(改めて振り返ると僕の格好はなかなか間抜けに見えた。なかなか重くて自分ではなかなか起き上がれないのも手伝って僕はなんだか泣きたくなってきた)
理樹「勝って・・・何がしたかったんだ僕は」
来ヶ谷「ふむ」
理樹(すると彼女は僕の手を引いて起き上がらせた。そして僕が何かを考える前にハグしてきたんだ)
理樹「!!」
鈴「ふなぁっ!?」
真人「うぉっ!」
理樹「な・・・な・・・」
来ヶ谷「君のお陰で少し寒いな。少し暖をとらせてもらう」
理樹(とは言うが、キャッチャーのガード越しでも暖をとる必要がないのが分かるほど来ヶ谷さんの温かみが伝わってきた)
理樹「来ヶ谷さん・・・あの・・・」
来ヶ谷「そう恥ずかしがるな。君が何を思って行動してきたのかは知らんが、これで期待には応えられないか?」
理樹「あっ、あっ、あっ」
理樹(もはや何も言えなかった。顔が真っ赤で身体もピクリとも動かせなかった)
理樹「~~~っ!」
真人「おいおい、こいつは・・・」
鈴「理樹の方が照れまくってるな」
謙吾「・・・恭介」
恭介「なんだ」
謙吾「帰ろう」
恭介「・・・そうだな」
完
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