梨子「未来のあなたが知ってるね」 (629)

「ねぇ、知ってる?最近この辺りに出るっていう、[亡霊]のこと」




梨子(Aqoursの練習が終わって。何故だか訂正の線が自然に思えてしまう、『スクールアイドル部』のプレートが掲げられた部屋の中で)

梨子(皆が帰りの支度をしている最中のことだった)

梨子(メンバーの一人……一年生の津島善子ちゃんが、唐突にそんなことを言いだした)


果南「ぼ、ぼうれい?」

善子「そう、亡霊。……果南ってばもしかして 言葉の意味わかってない?」

果南「いやそうじゃないよ!そうじゃなくて、本当なの?……その、オバケが出るって話」

善子「オバケじゃなくて亡霊だってば!」

果南「どっちでもいいよそれは!そんなことより本当に幽霊が出るっていうの!?」

善子「だから幽霊じゃなくて亡霊だってばー!」

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梨子(練習が終わった後だっていうのに、二人とも元気だなぁ……)

梨子(まあ、いつものことなんだけど)

梨子(私以外のメンバーも、特に気にしていない様子だったり「また始まった……」というような呆れ顔を浮かべたりしていた)

梨子(それにしても皆話半分に聞いているものだと思ったんだけど、果南ちゃんが食いつくのは珍しいわね)

梨子(普段は善子ちゃんだけじゃなく、結構色んな人の話を聞き流している印象があるんだけど……)

梨子(霊という言葉に過剰に反応しているところを見ると、意外に怖がりなのかな?)

梨子(いい意味でマイペースでサバサバした頼りがいのあるお姉さん、って感じの果南ちゃんだけど……結構可愛いところがあるのかも)


ルビィ「ぼうれい、かぁ……」

花丸「ルビィちゃん、どうかしたずら?」

ルビィ「あ、ううん。ちょっと気になっちゃって」

花丸「気になったって、善子ちゃんのいつもの与太話のこと?」

ルビィ「あ、うん。……亡霊って、幽霊とどう違うのかなって思って」


梨子(ルビィちゃんの言葉を聞いて不覚にもはっとして、少し考え込んでしまった)

梨子(亡霊……確かに普通に生きていればあまり聞きなれない言葉だと思う)

梨子(こういう場合だと、それこそ果南ちゃんのようにお化けとか幽霊とか、そういう言葉で表現するんじゃないかな)

梨子(もちろん善子ちゃん特有のちょっと変わった言葉選びなんだと思うけど……でも、実際に言葉が違うってことは意味も少し違ってくるのかもしれない)

梨子(花丸ちゃんだったら読書家だし、色んな知識を持ってるから……もしかして違いを知ってるかな)


曜「あ、私もそれちょっと気になるかも。花丸ちゃん、知ってる?」


梨子(曜ちゃんが二人の話に割って入っていって率直に疑問をぶつけた)

梨子(……曜ちゃんも気になったんだろう)


花丸「ああ、そういうことずらか。……言葉の意味ってことだと……」

花丸「えっと、おらが知る限りなんだけど……」


梨子(流石というかなんというか、花丸ちゃんは知ってるみたいね)

梨子(……ふと皆の方を見てみると、視線が花丸ちゃんの方に集中しているのがチラリと目に入った)

梨子(……どうやら同じことを考えていたのは私と曜ちゃんだけじゃなかったみたい)

梨子(皆、ルビィちゃんの疑問に興味を持った様子だ)


善子「……」

果南「……」

梨子(……さっきまで騒がしくしていた善子ちゃんと果南ちゃんまでもがいつの間にか言い合うのをやめて花丸ちゃんの方を向いていた)

梨子(花丸ちゃんは、そんな皆の様子を知ってか知らでか、滔々と話し始めた)


花丸「亡霊って大きく分けて三つの意味があるずら」

花丸「一つは死者の魂のこと。これは幽霊とも同じずら」

花丸「もう一つは滅びたはずのもののことを比喩的に表現したもの」

花丸「そして最後に、いないはずの霊のことずら」

梨子「……それって、結局幽霊とどう違うの?」


梨子(……なんか気になってつい口走っちゃったけど)

梨子(やっぱり皆も同じように気になってたみたいで、花丸ちゃんの続きの言葉を待っていた)


花丸「言葉の意味の上だと、幽霊って今現実にはないはずのものがあるって意味で使うんだよね」

花丸「たとえば幽霊部員とかがわかりやすい例ずら」

花丸「いるはずなんだけど、いない。いない方が常識なのに、いるという証は残っている……ってことなんだけど」

梨子「実際には部活に所属してないも同然だけど……名簿上はいるって扱いになるってこと?」

花丸「そうそう。それに対して、亡霊はむしろないはずなのにあった、とか復活した存在……みたいな意味で使うずら」

梨子(……まだちょっとわからないわね)


ルビィ「?まだちょっとわかんないや」


梨子(ルビィちゃんもそう思ったか……)


花丸「キーは″時間″ずら。今いないはずなのにあるって意味で使うのが幽霊で」

ルビィ「……昔なくなったはずなのに今なぜかあるっていう意味が強いのが亡霊って、こと?」

花丸「そうそう。その通りだよ、ルビィちゃん」


梨子(?ってことは……)


梨子「それって結局、今に注目するか過去に注目するかのニュアンスの違いで、指してるもの自体は同じってこと?」

花丸「まぁ、言葉が指すものっていう意味ではそうなるのかな……」

曜「理由は何であれ、今いないはずなのにいるのが幽霊で、昔”なくなった”からいないってハッキリしてるのに何故か今いる方が亡霊ってこと?」

花丸「そういうことだね。でも結局、どっちも同じものを指していることには違いないずら」

善子「えっそうだったの?」

花丸「善子ちゃん知らなかったのに使ってたずらか?」ニヨ~

善子「そ、そんなわけないでしょ!ただ……」

花丸「ただ、なんずらか?」

善子「……ただ、なんか違うっていうか」

曜「幽霊と亡霊じゃなんとなく違う気がするってこと?」

花丸「それって何も考えずに言葉の響きだけで使っただけってことじゃないの~?」

善子「ち、違うわよ!」

梨子「……」

善子「ちょ、ちょっとリリーからも何か言ってよ!」

梨子「え、わ、私?」

花丸「そうやってすぐ梨子ちゃんに頼ろうとするのは善子ちゃんの悪い癖ずら」

善子「うっさい!あと私はヨハネ!」


善子「そ、それそれ!イメージの上ではやっぱちょっと違うんじゃないの?って言いたかったわけ!」

花丸「善子ちゃん……本当に?」

善子「何で嘘だと思うのよ!後ヨハネ!」

曜「ま、まぁまぁ落ち着いて……」

梨子「……花丸ちゃんっていろんな本を読んでるわよね。その中に、亡霊とか出てきたりしない?」

花丸「そうだね。善子ちゃんからかうのも飽きたからそろそろちゃんと話すずら」

善子「ずら丸あんたね……」


梨子(善子ちゃん……本当にいじられキャラよね)


花丸「物語なんかだと、心残りがある方を幽霊と呼んだりすることが多いずら」

曜「じゃあ亡霊は心残りがないほう?」

花丸「そうだね。だから幽霊は生前やり残したことをやろうとするけど、亡霊はそうじゃないんだよ」

ルビィ「う~ん、具体的にはどういうことなのかな」

ダイヤ「……例えば、生前に恨みを持っていた相手に復讐するために蘇ったものを幽霊で。目的を果たしても現世に留まって無差別に人を襲い続けるのが亡霊……と、そういうことになるのでしょうか?」


梨子(ダイヤさんも食い付いた……)

>>5


梨子(……善子ちゃんをかばうわけじゃないけど)

梨子(私も正直、二つの言葉から受けるイメージは、ちょっと違う気がするんだよね)


ルビィ「花丸ちゃん、さっき言葉が指すものではって言ってたよね?じゃあ、それ以外だったらどうなのかな?」

花丸「それ以外?例えば、イメージの上では……ってこど?」

善子「そ、それそれ!イメージの上ではやっぱちょっと違うんじゃないの?って言いたかったわけ!」

花丸「善子ちゃん……本当に?」

善子「何で嘘だと思うのよ!後ヨハネ!」

曜「ま、まぁまぁ落ち着いて……」

梨子「……花丸ちゃんっていろんな本を読んでるわよね。その中に、亡霊とか出てきたりしない?」

花丸「そうだね。善子ちゃんからかうのも飽きたからそろそろちゃんと話すずら」

善子「ずら丸あんたね……」


梨子(善子ちゃん……本当にいじられキャラよね)


花丸「物語なんかだと、心残りがある方を幽霊と呼んだりすることが多いずら」

曜「じゃあ亡霊は心残りがないほう?」

花丸「そうだね。だから幽霊は生前やり残したことをやろうとするけど、亡霊はそうじゃないんだよ」

ルビィ「う~ん、具体的にはどういうことなのかな」

ダイヤ「……例えば、生前に恨みを持っていた相手に復讐するために蘇ったものを幽霊で。目的を果たしても現世に留まって無差別に人を襲い続けるのが亡霊……と、そういうことになるのでしょうか?」


梨子(ダイヤさんも食い付いた……)


花丸「ん~概ねその通りずら」

善子「ってことは、リングとか呪怨とかに出てくるのは亡霊ってわけ?」

花丸「りんぐ?じゅおん?」

善子「ほら。前に一緒に観たじゃない。……ルビィが観たいからってことで」

花丸「ああ、あの映画のことずらね。……善子ちゃんが、ビビってたやつ」

善子「うっさいわ!」

果南「……よくあんなもの観れるね。というかよく観たいと思うね、ルビィ」

ルビィ「え?……あはは」

鞠莉「ショージキ私も、流石に好んでは観ないわ……」

曜「……それで。結局、善子ちゃんの言ってる通りなの?」

花丸「うん。そうだと思う。……自分を生んだ理由。言い換えれば目的を果たした後も存在して、何らかの行動を起こし続けるって意味では、亡霊という言葉が当てはまってるずら」

梨子「……[過去]にいたはずなのに、今いるっていう言葉。……確かに[亡霊]は、過去で、既に目的を果たして、未練も消して……」

梨子「そして、存在までも消えたはずなのに。でも、残って行動し続けるって意味では、[過去]に注目していると言えるわけね……」

ルビィ「幽霊は……目的を果たしていないから、それを果たすまではいるけど……」

曜「目的を果たしたら、成仏しちゃうってことだよね」

花丸「う~ん。一概にそうとも言えないずら」

ダイヤ「と、いうのは……?」

花丸「復讐を果たしても、そのまま無差別に人を襲うようになったりすることもあるから」

曜「ああ……そっか」

ダイヤ「幽霊から亡霊になることも、あり得ると。……そう考えると、あまり厳格な区別ではないのかもしれませんね」

梨子「それでも、やっぱり違い自体はあったのね……」

善子「……ほら見なさい。私の言った通りでしょ」


果南「うん、そうだったね。じゃあこの話は終わりってことで!」

善子「そうね!……ってちょっと待ちなさーい!そんなことはどうでもいいの!話はこっからなんだから!」

曜「……そういえば、この辺に[亡霊]が出るっていうのが最初の話だったね……」

梨子「……。花丸ちゃんの話を聞くのに集中してすっかり忘れてたよ……」

果南「……忘れてると思ったのに」

善子「忘れるわけないでしょ!本題を話してないんだから!」

花丸「でも忘れかけてたずら」

善子「うるっさい!」

鞠莉「まぁまぁ、善子。……それで、どんな話なの?その、ゴーストの話って」

善子「……ま。鞠莉ぃ……!」

ルビィ「善子ちゃん……カンゲキしてるね」

ダイヤ「……鞠莉さん?また悪ノリしてません?」

鞠莉「違うって。……この学校の理事長としてはさ。不審者の可能性もあるから、注意を払った方がいいって思ったってことよ」

ダイヤ「あ……」

鞠莉「……もーしかして気付かなかったの?……ダイヤってば、ホーント頭がベリーハードねぇ!」

ダイヤ「あ。あたまが、べりーはーど……!?」

曜「どういうこと?」

梨子「……多分、頭が『カッチカチにカタイ』って言いたいんだろうね」

果南「まあ。ダイヤって普段、『ガッチガチのカタブツ』だからね。鞠莉の言いたいことはわかるよ」

曜「ああ……。なるほど」

ダイヤ「……失礼な……!」


ルビィ「それで。結局どういうことなの、善子ちゃん?」

花丸「ああ、そういえば善子ちゃんの話だったね。皆、ダイヤさんで遊ぶからすっかり忘れてたずら」

善子「……。釈然としないけど、これ以上ツッコんだら話が進まないし……まあ、いいわよ」

善子「……ここ最近。内浦を含めて、沼津の各地に、ここら辺じゃ見たことのない若い女性が出没しているってウワサなのよ」

果南「……ゴクリ」

ダイヤ「……見たことのない、若い女性ですか……?」

曜「内浦は観光地だし、沼津だって結構おっきいよ。見たことのない人の一人や二人、普通だと思うんだけど」

善子「それが、普通じゃ考えられないことが起きているのよ。その女性が現れるところには、ね」

梨子「……!普通じゃ考えられないこと……?」

善子「そうよ。例えば、あるトラック運転手の話だと……」

善子「ある日の深夜、山道を走っていたところ。疲労がたたったのか、一瞬意識が飛んでしまったらしいの」

ダイヤ「……なんて、危険な」

善子「そこで、次に気がついた瞬間には、目の前に若い女性の後ろ姿があったらしいのよ」

ルビィ「え……!」

善子「運転手は咄嗟にブレーキを踏んだそうよ。でも、車と女性の距離は、大体十数メートル程度しか離れてなかった。……追突は、ほぼ確実だった」

果南「………」

善子「……でもね。実際には、誰も、轢かなかったらしいのよ」

曜「……突然姿を消したってこと?」

善子「そうみたい。……運転手は、幻影を見るほど自分は疲れていたんだなと反省して、とにかく休める場所までは運転していこうって思ったみたい」

善子「それで、車を再び動かそうとした時。逆だったことに、初めて気がついたの」

善子「女性が助かったんじゃなくて、逆に自分が助かったんだってことに、ね」

梨子「自分が助かった……?」

善子「そう。……改めてよく見ると。……目の前は、崖だったんだって」

果南「え……。え!?」

善子「……もし、急ブレーキするのが、後少しでも遅ければ。……そのまま、崖の下に真っ逆さまだったそうよ」

花丸「……若い女性を見なければ。もしかしたら、その運転手さんは……死んでいた、ってこと?」

善子「……そういうことよ」

果南「ひっ。……こ、怖いこと、言わないでよ……」

曜「……でも、そういうことなら。仮に本当に[亡霊]だとしても、悪霊ではなさそうだね」

花丸「……それはわからないずら。単なる気まぐれの可能性もあるし……」

花丸「そもそも、助けようとしてやったかどうかすら、判断できない」

梨子「……花丸ちゃんが言うと、説得力があるわね……」

善子「ところが。……そもそものそもそもなんだけど。それが本当に霊なのかすら、よくわからないらしいのよ」

ルビィ「……どういうこと?」

善子「その運転手の言っていた、女性を見たっていう場所。……そこから、発見されたのよ」

善子「……靴の跡が、ね」

ダイヤ「……く。くつの、あと……」

鞠莉「……マジ?」

善子「大マジよ。……どうも、直前に雨が降っていたらしくて。といっても、小雨程度だったみたいだけど」

善子「しかも、その道って、普段はちょっと砂ぼこりっていうか、砂利というか。……まあ砂がちょうどイイ感じにあんのよ」

花丸「その説明じゃよくわかんないずら」

曜「善子ちゃん……。説明スキルさんが足りてないよ……」

善子「いいでしょそこは!とにかく重要なのは、当時足跡が残る状況だったってこと!」

ダイヤ「……深夜にここ周辺の山道を歩くなど、普通の状況では到底考えられません。……もしその話が正しいとしたら、足跡をつけられる人間は、ほぼ確実にその女性だけ……ということになる」

善子「もっと不思議なことに、避けた後の痕跡は全く残ってないらしいの。あったのは、運転手が急ブレーキをする前に誰かがいたっていうことを示す足跡だけだった」

善子「……まるで。車が迫ってくる、その瞬間。空でも飛んで消えていったかのように、女性が目撃される前と後の足跡が、途切れていたらしいのよ」

梨子「……そ。そんなことが……」

曜「なんか。普通に霊がいたって言われるより、不気味だね……」

果南「…………。…。。……」

花丸「果南ちゃんの顔が、内浦の海よりも深い青色になっちゃったずら」

ルビィ「……善子ちゃん。”最近この辺りに出る”っていう言い方をしてたってことは……それだけじゃ、ないんだよね?」

鞠莉「……」

善子「……。その通り。他にも、色んな不思議なことが起きているところで、若い女性が目撃されている」

善子「例えば、沼津の方ではそれこそ色んなことが起きているけど……。一番は、やっぱり『県自』の事故ね」

曜「!……『県自』の事故にも、その女の人が……?」

ダイヤ「……『県自』。静岡県で広く知られている、自動車学校の略で……県外からも、多くの方が免許を取りに来る場所ですね」

鞠莉「沼津は、広くて全部の教習が出来るから。わざわざ飛行機を使ってまで、免許を取りに来る人がいるって聞いているわ」

梨子「……合宿免許とか、そういうのもやってるんだよね」

ルビィ「……わおわお」ボソッ


善子「……うん、まあ、そんな場所のことね。そこの事故、皆知ってるでしょ?」

曜「うん。つい最近、事故があったんだよね……」


果南「……私も、知ってる。……私のクラスメートが目の前で見たって言ってた」

果南「その子も、免許をとりに行ってたんだって。それで、教習の順番待ちをしてた時……」

果南「………目の前に。教習者が、突っ込んでくるのを見ていたって……」

ダイヤ「……」

鞠莉「……」

善子「……。ある教習車が、テンパったのかなんなのか、わからないけど……ブレーキを踏むべきところで、アクセルを踏んでしまった」

善子「そういう時ってフツウ、教官がブレーキを踏んで安全を確保するのよね?……でも、何故か。ブレーキが壊れていた」

善子「何でなのかは誰もわからない。ただ少なくとも、事故が起こる前の点検では、異常は見つからなかったって言われてる」

鞠莉「でも……事故は、起こった」

ダイヤ「……車は、次の教習の順番を待っている人たちのもとへと迫った。……その時……」

果南「急に。……”止まった”」

果南「……ブレーキが効いたとかじゃなくて。……本当に、急に。ピタリと、止まった……」

曜「……一時期、私たち2年の間でも、話題になってたよ」

梨子「そうだったね……」

善子「そこにも、山道で目撃された若い女性がいたっていうわけ」

果南「……」

鞠莉「でもねえ。教習所って色んな人がいるし。若い女性ってだけでは、だから何って話じゃない?」

善子「それはそうね。……ただ、この前起きた事件」

善子「……船が壊されたことが、あったでしょ?」

果南「!」

曜「!」


梨子(……)


梨子(『船が壊された』……ついこの間起きた、内浦の漁師さんの船が何者かに壊されていた事件だ)

梨子(私は船に詳しくないからよくわからないけど……果南ちゃんから聞いた話だと、単なるイタズラの範疇に収まらない、ハデな壊され方をしていたそうだ)

梨子(ただ、現場にはかなり不可解なことが起きていたらしい)




ダイヤ「……重機でも用いないと出来ないような壊れ方をしていたのに。現場には、そのような痕跡が全く残っていなかった」

花丸「あったのは……壊された部分の、残骸だけだったんだよね」

果南「この田舎で、誰にも気付かれずに船を壊せるレベルの機械を動かすなんてこと、あり得ない」

鞠莉「田舎だからこそ、そういうのには敏感だから。……誰も目撃していないのは、不自然ってわけね」

ルビィ「皆、大騒ぎしてたよね。……何が何だかわからないって」

ルビィ「……その事件があった日に起きた、もう一つの事件があったから、余計に……」

梨子「……(もう一つの事件、か)」

梨子(……船が壊されていた事件とは別に起きた、もう一つの事件)

梨子(これを、事件と呼んでいいのかどうかはわからないけど。……少なくとも、ある意味で大事件だったのは間違いない)


果南「その日。……全くそんな予兆はなかったっていうのに、急な天気の乱れで、海が荒れに荒れた」

ダイヤ「船が壊されていることがわかった、正にその日の午後。天候が急激に変動したのでしたね……」

ダイヤ「……あれは大変でした」

ルビィ「ルビィ達、学校に閉じ込められちゃったもんね……」

梨子「朝、あんなに晴れてたのに……気がついたら、辺り一面が雲に覆われていたのよね」

曜「私も直前まで気づかなかったよ。……体感天気予報、特技なのに」

花丸「……一番不思議だったのは。それだけ急で、大規模な気候変動なのに、犠牲者が一人も出ていなかったこと」

鞠莉「……アンビリーバボーとはこのことよね。その日、果南の家を含めて……なぜか、誰も船を出す予定がなかった」

鞠莉「……唯一。船を壊された人達を除いて」

果南「……」

曜「……」


ダイヤ「不幸中の幸いとでも言うのでしょうか……船が壊れて海に出られなかったことによって、結果的に命が助かったと言えます」

梨子「……奇跡。皆そう言って、船が壊されたこともうやむやになっちゃったんだよね……」

梨子「まるで、嵐が来るのをわかっていたかのようなタイミングで、船は壊され、その船に乗る予定だった人たちは助かった……」

花丸「まさか……」


善子「そのまさか。……最近になって、船が壊される前夜、若い女性が目撃されていたことがわかったのよ」

ダイヤ「何ですって……!」

花丸「……船着き場に現れた、若い女性の[亡霊]……」

曜「……船が壊れたところにいるのが見られていて。……その後、不思議なことが起きて……」

花丸「最終的には、人の命が助かっている……。今善子ちゃんから聞いたばかりの話と、沿ってるずら」

果南「そ。そんなことが……」


善子「そう。[亡霊]現るところに、事件あり。つまり……」



善子「[亡霊]こそが事件を引き起こしている張本人なのよ!」




梨子「……」

ダイヤ「……」

鞠莉「……」


善子「……あ、あれ?皆、なんか言わないの?」

梨子「そんなこと……あり得るの?」

曜「わからないけど……なんか、説得力あるかも」

善子「いや、そんな真面目に取られても……えっと……」

ルビィ「……でもさ。逆に、今まで何でわからなかったのかな」

善子「え?」

ルビィ「あの時、かなり大きな騒ぎになってたんだよ。船が壊れたって」

ルビィ「そんな状況なのに、その時に目撃者の話をしないのは、不自然な気がするんだけど……」

鞠莉「……それは私も思ったけど。でも、何しろ直後に嵐が起きたじゃない?」

鞠莉「そっちに気を取られて、すっかり忘れていたってことはあり得るんじゃないかしら」

ルビィ「うぅん……」

善子「ま、まあ。今の鞠莉の話は、正しいわ。少なくとも、目撃したって人は同じことを言っている」

曜「でも……じゃあ何でこのタイミングになってそんな話が出てきたのかな?」

善子「……[亡霊]の目撃談が増えるにつれて、思い出したってことみたい」

善子「『そういえば、前の日に同じような人を見た覚えがある』って」

曜「……なるほど」

果南「同じような人ってことは……なんかその、ぼ、[亡霊]には共通点があったってこと……?」

ダイヤ「共通点というのは、若い女性であるという以外にですか?」

果南「……うん」

花丸「……この手の話で、そういうのはアテにならないというか、誇張されたり味付けされたりしていくものだけど」

鞠莉「でも、それって都市伝説とかの場合でしょ?ローカルなルールが加わっていって、最初の話の原形がなくなっていくっていうのは、地域を跨いだケースにはあると思うよ。でも……」

ルビィ「[亡霊]の場合は、沼津の中だけの話なんだよね……」

曜「じゃあ、ちゃんと信用できる共通点があるかもしれないってことか……」

梨子「どうなの、善子ちゃん?」

善子「……正直、若い女性以外の情報で共通している点はないみたい。そもそもの情報が不足してるってことね」

ダイヤ「ふむ……」

善子「ただ、一つだけ。……髪の長さに関しては一致しているようなの」

梨子「髪……」

ルビィ「どれくらいの長さなの?」

善子「それが……短くもなく、長くもなく、でも女性ぐらいの長さって感じの……」

ダイヤ「……なんというか、至極アイマイですね……」

梨子「善子ちゃん……しっかり説明してよね」

善子「わかってるわよ!えっと……その……そう!」

善子「そうよ!ちょうど千歌ぐらいの長さよ!」

果南「!」

曜「!」

善子「……たぶん」


千歌「・・・」


梨子「ち。ちかちゃんぐらい……」



千歌「・・・・・・」



鞠莉「……えっと、千歌?聞いてた?」

花丸「千歌ちゃん?自称堕天使に名前をよばれたよ?」

善子「……自称ゆーな」


千歌「・・・・・・ってえ?わ、わたし?」

善子「他に誰がいるっていうのよ。千歌よ千歌」

千歌「え、あ、ゴメンゴメン。チカのことか~……。で、何の話だったっけ?」

善子「……あんたね……」

梨子「……千歌ちゃん(……話に夢中で、すっかり忘れていた)」


梨子(そういえば千歌ちゃんは、この話が始まってから、一言も発していなかった……)

梨子(……珍しい。確かに千歌ちゃんは、ぼーっとしてることもあるし、善子ちゃんのこの手の話は聞き流すことも多いけど)

梨子(皆が話しているところに、入ってこないなんて)

梨子(それも……内浦であった大事件の話をしてるっていうのに……)



曜「千歌ちゃん。どうかしたの?」

千歌「え?……何が?」

曜「いや、何か……考え事でもしてたのかなって思ったから」

千歌「ああ、うん……ちょっとね」

善子「ちょっと。何考えてたの?」

千歌「あ、うん。……もしかして、その女の人。うちの旅館に来たことないのかなって」

梨子「……え?」

千歌「だって、善子ちゃんの言う人って、少なくともここら辺では見ない人なわけでしょ?……だったら、どこかに泊ってるかもしれないって、思って……」

梨子「……あ」

ダイヤ「……確かに」

花丸「もし、地元にいない、知らない人だったら。……どこかに泊っているはず、だもんね」


千歌「もしチカの旅館に泊ってる人なら、わかるかもって思って……。でも、若い女の人、いなかったなぁって、そう思って……」

梨子「千歌ちゃんぐらいの髪の長さの若い人、じゃなくて、そもそも若い女の人が泊ったってことはなかったってこと?」

千歌「う~ん……少なくとも、ここ数か月はそうだね」

花丸「[亡霊]が出たのって、つい最近の話なんだよね?」

善子「……確かに。話題になったのは、ここ数週間のことね」

ルビィ「……ま、鞠莉ちゃんのところには、いなかったの……?」

鞠莉「いたのかもしれないけど。……流石に、わからない」

果南「……でかい家に住むから、そうなるんだよ」

鞠莉「……はぁ?」

曜「ま、まあ2人とも。……とにかく、内浦のどこかに泊っているってことはないってことなんだよね?」

千歌「う~ん。旅館組合の人全員から聞いたわけじゃないからわかんないけど、多分そうだと思う」

ダイヤ「……となると。少なくとも、[亡霊]と思われる方は内浦には泊っていない、ということになりますね」

ダイヤ「ですが、だからといって[亡霊]が人間ではない、ということにはなりません。……でも」

ダイヤ「人間には不可能なことが、その若い女性が現れるところでは起きている……ということを信じると。確かに、なんというか……」

果南「……」

鞠莉「マジに。……そういうこと……?」

花丸「……この内浦に、[亡霊]が、現れている。ってことになるずらね」

ルビィ「……うぅ。怖いよ……」

梨子「……で。でも。……悪いことをしてるわけじゃないし、気にする必要はないんじゃないかな?」

曜「……そ、そうだよね。人の命が助かるようなことをしているんだもんね?」

花丸「そうだね。……少なくとも、今のところは」

曜「……不安になること、付け足さないでよ」

善子「……あ、あのさ。……そんなに深刻にならないでよ。アクマでウワサなんだし」

ダイヤ「……ウワサで片づけるには少々内容が悪魔じみすぎてます」

ルビィ「流石に最近あった事件の話までされると、ちょっと怖いって……」

善子「う。ご…ごめんなさい」

鞠莉「ま、まあ。……面白いといえば面白かったわよ、善子の話」

果南「……。……」

鞠莉「……面白さのあまりウケすぎて、果南は言葉を失っちゃったみたいだけど」

花丸「……ひっどい幼馴染ずら」

ダイヤ「……とにかく。気を付けるにこしたことはなさそうですね」

千歌「そうだね。チカも、ちょっと旅館の人に聞いて色々調べてみるよ」

梨子「……」

ダイヤ「さて、もういい時間です。……支度して、とっとと帰りますわよ」

曜「……とっととって……」

ルビィ「口汚いよお姉ちゃん」

ダイヤ「やかましい!いいから帰りますわよ!」

「は~い……」


梨子(……それからは黙々と支度をして)

梨子(……今日も、何故か斜線を入れられている、〝スクールアイドル部〟の文字を目にしてから、私は部室から出た)


ルビィ「……でね。善子ちゃんにアイドルの勉強のために借りた本が、凄く面白くってね」

果南「へぇ。善子、何の本貸したの?」

ダイヤ「アイドルの勉強になるような本……わたくしも興味がありますね」

善子「……ダイヤには合わないと思うわよ」

ダイヤ「は。は?」

果南「どういう意味なの、それ?」

善子「いや……ダイヤってお堅いし。嫌いかなって」

果南「だから。その嫌いかなってもののことをちゃんと言ってよ」

善子「……ラノベよ」

果南「ラノベ?……ああ……」

ダイヤ「……」

ルビィ「途端に顔が厳しくなっちゃった」

善子「だーもう!だから言いたくなかったのにぃ!ルビィ!あんたのせいよ!」

ルビィ「ええ……」

果南「そもそもなんでルビィがアイドルに役立つって思ったのかが謎なんだけど……」


鞠莉「……いや~。平和ねぇ」

花丸「平和ずら」

曜「なんか眠くなっちゃうね」

鞠莉「あーわかる。なんにも考えずにぷかぷかお風呂に浮かびながら寝ちゃいたい。疲れがお湯ん中にじわじわ溶けていくのをぼんやり感じながら、消え入りたい」

花丸「あ~いいねぇ。極楽だろうね」

曜「……それは違う意味で極楽に行きそうだね……いや、合ってると言えば合ってるんだけど……なんだろうこのモヤモヤ」


梨子(学校から出て、気付いたら流れで松月に寄ろうってなって。皆が思い思いに話をして、歩を進める中……私は、部室での話を思い出していた)


梨子「……人間には不可能なことを起こす、[亡霊]か……」

千歌「梨子ちゃん。気になるの?」

梨子「……え?あ、うん。えっと……気になるって?」

千歌「今、うんって言っちゃったよ梨子ちゃん。……それより、さっきの善子ちゃんの話。まだ、気になってるの?」

梨子「ああ……うん」

千歌「やっぱり。……で?どんなことが気になってるの」

梨子「どんなことっていうか……」

千歌「……?」

梨子「……」


梨子「ねえ、千歌ちゃん」

千歌「ん、なあに?」

梨子「……千歌ちゃんって。……その」

梨子「生き別れの姉妹とか、いたりしない……?」

千歌「・・・・・・私に?何で?」

梨子「実は……」


梨子(……実は。私は、もしかしたら[亡霊]に会ったことがあるのかもしれないと、思っていた)

梨子(善子ちゃんの話を聞いていて、ふと、思い出したことがあった)

梨子(私が、内浦に来た、あの日。……千歌ちゃんと出会ったあの運命の日の、一日前)

梨子(……私は。ある不思議な女の人に会っていたのだ)

梨子(あれは、私が内浦の家に着いて、私の大事なピアノが届いた日だった)

梨子(……ピアノが弾けない。でも、ピアノはここに来て、ここにあって。……でも、それを引くための心が、私が、ここにいなくて)

梨子(言い表しようのない気持ちが広がって……でもどうにかすることもなくて。ただ、家の前に広がる海を、見に行って……)

梨子「海はキラキラしてるのに。キラキラしてるはずなのに。視界には、太陽の光を反射した煌めきが、いくつも目に入ってるはずなのに」

梨子(私の視界は、ぼやけていて。その煌めきのどれも。その粒たちの、どれも。ちゃんと、見ていなかった)

梨子(……そうして、ただぼーっとしていた時。ふと、近くに女の人が立っていることに気づいた)

梨子(なんで気づけたのかは、上手く言葉にできない。でも、何となく……ヘンな雰囲気を感じたからだと思う)

梨子(とにかく、私は女の人の方に視線を向けてみた)

梨子(雰囲気は、私よりも年上の感じで。大人の佇まいだったけど。でも、なんだか親しみがあるような……)

梨子(不思議な感じのする人だった)

梨子(でも、全体から感じる雰囲気は、ただそれだけだった。……ヘンな雰囲気がする感じでは、なかった)

梨子(だから、その人の表情を見た。何でヘンな感じがしたのか、確かめるために)

梨子(……そこには、確かに、ヘンな雰囲気がした原因があった)

梨子(……その人は。首から下げたペンダントを握りしめ)

梨子(……物凄く驚いたような……あるいは、呆然としたような表情を、していた)


『え。……え?……なんで、〈あなた〉が……』


梨子(……私には聴き取れなかったけど。何か言葉を漏らした、その後)

梨子(女の人は、急に、ふらっと……姿勢を崩して)


梨子『え。え?ええええぇぇぇぇ!?』


梨子(……思わず飛び出した私の腕の中に。収まっていた)



梨子「……。あの。……落ち着きましたか?」

「うん。・・・・・・ありがとね。わざわざお家まで運んでくれて、休ませてくれて」

梨子「い、いえ……。本当なら、救急車を呼ぶべきだったかもしれないですけど……」

「そこまでじゃなかったから、大丈夫だよ。ごめんね、迷惑かけちゃったね」

梨子「いや、そんなことないですよ」

「・・・・・・ふふっ。いい娘だね、あなたは」

梨子「……」

「そういえば、お家の人は?私、ご挨拶したいんだけど」

梨子「あ、その。まだ、引っ越しの諸々が終わってなくて、色々してるというか……」

「・・・・・・ああ、なるほど。どうりでここら辺じゃ見ない顔だと思ったよ」

梨子「……地元の方、なんですか?」

「・・・・・・。・・・・・・正解と言えば正解だけど、ちょっと違うかな」

「私はここで生まれたはずなんだけど。実際には、違うところで育ったんだ」

梨子「……な。なるほど」


梨子(……触れちゃいけないこと、だったのかな)

「そんな気を遣わなくて大丈夫だよ。よく覚えてないし」

「ま、でも自分の生まれた場所だしってことで。せっかくだから、時間を取って観光してたんだよ」

梨子「……そう、ですか」

「そう。・・・・・・。ところで、あなたの名前は?」

梨子「え。……あ、すみません申し遅れました!私の名前は……」


「・・・・・・」



梨子「……桜内、梨子です。……東京から来て、明後日から浦の星女学院という学校に編入する予定の、女子高生……です」




「・・・・・・・・・」





「・・・女子高生ってところまでは言わなくても大丈夫だったけどね。そっか、梨子ちゃん、か・・・・・・」

「梨子ちゃん。ありがとね?・・・・・・」


「・・・・・・私を助けてくれて、ありがとう」


梨子「い、いえ。当然のことですから……」

「・・・・・・」

梨子「……あの。私も、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「・・・・・・私の名前?」

梨子「は、はい。せっかく、出会えたんですし……」

「・・・そうだね。どうしっよかな」

梨子「……あ。あの……」

「・・・・・・なんて。冗談だよ、冗談。・・・・・・私は」



「・・・・・・私の名前は、”ハオ”。文字は、言葉の葉と、数字の百を組み合わせて、”葉百”って書いて”ハオ”って読むんだ」

梨子「……ハオ……」

「・・・・・・ちなみに、苗字は言わないけど、少なくともアサクラじゃないからね?」

梨子「……あ。は、はい!わかりました!は、はお……さん?」

「・・・・・・ふふっ。珍しいよね、私の名前」

梨子「あ……ええと……」

「あはは。困らせちゃったね、ごめん。・・・・・・でも、普通じゃあんまり聞かないような名前でしょ?」

梨子「……まぁ、そうかもしれませんね」

「そうなんだよ。・・・百って字を”お”って発音するの、それこそヤオヨロズとか、そういう言葉でしか見たこともないだろうし聞いたこともないだろうしね」

梨子「……そう、ですね」


梨子(……八百万の言葉。言霊って言葉もあるように、言葉を聖なるものだと考えると)

梨子(まるで、神様みたいな名前だって……そんな感じもするかも……)


「・・・・・・」

梨子「その。……葉百さん、私を見て驚かれていたと思うんですけど」

「ああ。そうだね・・・・・・」

梨子「私。何か、おかしかったですか?」

「え?」

梨子「その……凄くヘンな顔、してたとか……」

「・・・・・・あっはは!ないない!」

「そんなことないよ。ちょっとまともすぎるぐらい、まともなかおだよ!」

梨子「……そ、そうですか……」

「・・・・・・。ちょっとね。昔のことを、思い出しちゃったんだ」

梨子「昔のこと……ですか……」

「うん。・・・・・・ピアニストの友達のことを、ね」

梨子「……!」

「・・・・・・。そういえば。梨子ちゃんも、ピアノ、弾くんだよね?」

梨子「え。……な、なんでわかるんですか……」

「だって、そこに置いてあるし。ピアノ」

梨子「……あ」


「・・・・・・。梨子ちゃん。助けてくれたお礼に、ちょっと占いしてあげるよ」

梨子「……え。え?」

「なんかあるでしょ?今の梨子ちゃん」

梨子「……それは……」

「だから、せめてものお礼ってことで。占って、梨子ちゃんの道を教えてあげるよ!」

梨子「……ええっと。でも、その……」

「大丈夫、任せて!・・・・・・こう見えて、ウチは占いが得意なのだ!」

梨子「あの、えっと」

「・・・・・・う~ん。見えてきた」

梨子「いや、あの。……別に、私は頼んでな、」

「わかった!」

梨子「はい!?」

「・・・・・・梨子ちゃん。なんだか悩んでるね?それも、ピアノについて」

梨子「……え。な、なんでわかるんですか……?」

「カードがウチに告げたんやっ。梨子ちゃんの悩みは、そこだーって!」

梨子「……カード、持ってないじゃないですか」

「まあ、ほら、そこはさ。心のカードっていうかさ」

梨子「……」

「とにかくっ。・・・・・・ピアノで悩んでる梨子ちゃん。それは、なんでなのかな?」

梨子「……それは」


梨子「……実は。自分でも、よくわかってないんです」

「・・・・・・」

梨子「ただ、上手く弾けないんです。……とにかく、上手く弾ける気がしなくて」

「・・・・・・自分で、納得できない?」

梨子「……はい」

「そっか。・・・・・・ねえ、梨子ちゃん?」

梨子「……はい?」

「ちょっと。弾かせてくれるかな?」

梨子「……え?」

「ピアノ。・・・・・・私に、弾かせてもらってもいい?」

梨子「え、あ。……はい」


梨子(何故だろう……大切なピアノを、見ず知らずの、さっき会ったばかりの人に触らせるなんて)

梨子(普段の私なら、しないはずなんだけど……)

梨子(でも。なんでか、自然と私は、葉百さんにピアノを弾いてもらっていた……)



梨子「……す。すごい……」


梨子(本当にすごかった。物凄く精確な、音。……人間にこんな演奏が出来るのかってぐらい。到底想像出来ないぐらい、美しい音)

梨子(あまりの凄さに、もう一度私から弾いてもらうように頼み込んでしまった)

梨子(……二度目も凄かった。こっそり、スマホで録音してしまったけど、それだけ凄かった)


梨子「す、すごい……こんな完璧な演奏……」

「ふふっ、ありがとう。でも、キラキラしてなかったでしょ?」

梨子「え、あ、それは……」

「気を使ってくれなくてもいいんだよ。……この演奏は、技術だけで、心が籠ってない」

「まるで機械のような演奏だったでしょ?」

梨子「……」



「ねえ。・・・・・・梨子ちゃんが目指しているのは、こんな音色?」

梨子「……そ。それは……で、でも!……」

「違うんだよね。・・・・・・だったら、梨子ちゃんが悩んでるのは技術の問題じゃない」

「・・・・・・何をするべきか。何が、自分の目指すものなのか」

梨子「……!」

「・・・・・・。〈あなた〉はそれを求めている。・・・・・・違う?」


梨子「……そう、かもしれません」


「・・・・・・そう。・・・・・・だったら、もう一つだけ占いしてあげる」


梨子「……え?」

「・・・・・・。きっと。すぐに、会うことになる」

「あなたの求めているものを、一緒に探してくれる、人に」ギュッ

梨子「……」


梨子(……その人は。首から下げたペンダントを握りしめ。私の目を、真っすぐ見て)

梨子(そう、言った)

梨子(……そして、葉百さんと別れて。海の音を聴きたいって思った時に)

梨子(……運命の出会いをした)

梨子(千歌ちゃんと。出会ったんだ……)




千歌「……へえ。そんなことがあったんだ」

梨子「うん」

千歌「でも、なんでそこから生き別れの姉妹って発想が出てくるの?」

梨子「それは……」




梨子(その人は……今考えれば)

梨子(……千歌ちゃんに、よく似ていたから……)


梨子「……」

千歌「……。ま、いっか」

千歌「一応言っとくけど、チカにはいないよ?志満ねぇと、美渡ねぇと、あとしいたけ!姉妹は全部でそんだけだよ」

梨子「……そう、よね」


梨子(……そうだよね。単なる、私の思い違いだよね……)

千歌「……あっ。そういえば!」

梨子「え?」

千歌「善子ちゃんに借りてた漫画、返すの忘れてた!今返さなきゃ!」

梨子「……えぇ?今それ?というか、今なの?」

千歌「忘れないうちにだよ!善子は急げ~ってね!」

梨子「……善は急げでしょ、それを言うなら」

千歌「そうともいう!……お~い、よしこちゃーん!」

梨子「……はぁ」


梨子(……最近、善子ちゃんは、自分の趣味が受け入れられないことを遺憾に思ったらしく、こっちがちょっと興味がありそうな素振りを見せると、爛々とした目と共に自分の好きなものを貸し出すようになった)

梨子(千歌ちゃんも、ルビィちゃんも、その魔の手にかかって。……見事に、善子ちゃんの趣味を理解しつつあるようだった)

梨子(……かく言う私も。リリーとか呼ばれるようになった後は、真っ先に標的にされて、アニメを半ば無理やり貸されている)

梨子(……まあ、正直面白いんだけど。今も早く家に帰って続きを観たいと思ってる自分がいるし)

梨子(もっと早く知っていれば……!アキバの近くに住んでいたあの頃、すぐに聖地巡礼出来たのに……!)

梨子(ドクペ好きじゃなかったけど、あの作品を観た後だと無性に飲んでみたくなるのに……!お母さん買ってくれないし……!)


曜「……梨子ちゃん。凄い顔してるよ」

梨子「え、え!?あれ、曜ちゃん……?」

曜「気づいてなかったの?」

梨子「あ、ご、ごめん」

果南「けっこー梨子ってそういうとこあるよね。なんか自分の世界に入り込んだら一直線っていうか」

梨子「果南ちゃんまで……」

梨子「……二人とも、さっきまで善子ちゃんとか花丸ちゃんとかと話してたけど、どうしたの?」

果南「どうしたって言われても……。千歌が善子のとこに来てからちょっと話についていけなくなったからさ。なんか漫画の話なんだけど、ぎたいがーとかあんじゅぇがーとか、ふ、ふらてっろ?とかさ」

梨子「ふらてっろ?」

果南「兄妹、って意味らしいけど。よくわかんない」

梨子「……その話に、ルビィちゃんはついていけてるの?」

果南「そうみたい。で、ダイヤもそういう漫画なら読んでみたいとか言って大騒ぎだしさ」

梨子「果南ちゃんは読んでみたくないの?」

果南「読みたいっちゃ読みたいけど。……なんか話を聞くに、ちょっと重たそうな内容でさ」

果南「それに人間の体を改造するって話は、ちょっと性に合わないっていうか……」

梨子「……そ、そう。……曜ちゃんは?」

曜「……なんか、鞠莉ちゃんと花丸ちゃんで、天国と極楽のどっちが強いのかって話になって、全然ついていけないから逃げてきた」

梨子「ええ……」


曜「鞠莉ちゃんがさ。天国へは階段でいけるしドアもあるし、天国の中の涙ってことも考えられるから、天国って人間らしさが残る場所なんだって言って」

曜「じゃあ、人間らしくいられる天国の方が人間にとってはある意味最高の場所なんじゃないかって言ってね」

曜「花丸ちゃんは、でも人間らしさを残しちゃえるような場所なのに天国的な平和があったら、退屈で地獄に行きたくなるようになるはずだって言ってさ」

曜「そもそも死んじゃった後に人間らしさが残るのってどうなんだろうね?……って聞いてみたら。二人が白熱しちゃって……より人間の幸せを実現できる場所はどっちなんだろうって、強さ議論しちゃってね」

梨子「……壮大な話ね(……それって火種は曜ちゃんが蒔いたんじゃないの……?)」

果南「……ところでさ。最近、ヘンだと思わない?」

梨子「……え?何が?」

果南「いや、だからさ。最近、ヘンな感じ、しない?」

梨子「……[亡霊]とかのウワサが出る、沼津のこと?」

果南「いや!そうじゃなくて!……というかその話しないでよ!せっかく忘れてたのに!」

梨子「……ご、ごめんなさい……(理不尽に怒られた……)」

曜「……果南ちゃんが言いたいのはね。千歌ちゃんのことなんだよ」

梨子「……!千歌、ちゃん……?」

果南「そう。……曜とも話してたんだ」


果南『……なんか最近の千歌、妙な気がするなー』

曜『果南ちゃんもそう思う?私もそうなんだけど……でも様子はそんなに変わらないし……』


果南「ってさ」

梨子「……」

曜「なんでなんだろうねって二人で話してて。やっぱ、大技に挑戦するからっていうところもあるのかなって感じになったんだけど」

梨子「……前、三年生がケガしたっていう、あのフォーメーションのことだよね」

果南「そ。……でも、改めて思うと、それだけじゃない気がするんだよなーって」

梨子「……それだけじゃない?」

果南「うん。……なんか、千歌が自分のこと話す時に、ちょっと違和感がある時があるとでもいうか……」

梨子「……」

曜「私もそんな感じ。……なんか、千歌ちゃんは千歌ちゃんなのに、千歌ちゃんじゃない感じがするっていうか」

梨子「……二人とも。何が何だかよく解らなくなってるよ」

果南「……そうなんだけど」

曜「でも……」


梨子「……実を言うと。私も、ちょっと気になってはいたんだけど」

果南「!」

曜「!」

梨子「でも。それでも、千歌ちゃんは千歌ちゃんだし……」

果南「……そうなんだけどさ」

曜「……結局。梨子ちゃんも何が何だかよく解らなくなってるよ」

梨子「……それもそうなんだけどさ」


梨子(はぁ……なんてそろってため息をつきつつ、千歌ちゃんの方を見た)

梨子(千歌ちゃん……。確かにここ最近、なんだか本調子じゃないのか、ヘンな感じがちょっとだけすることがある)

梨子(……何でなのかは、わからないけど。……千歌ちゃんの様子がおかしい時は、皆気付くし、私たちだけが違和感を感じているっていうのが、一番ヘンな感じがする)


梨子(……千歌ちゃん。楽しそうだな……)

梨子(善子ちゃんも千歌ちゃんと話が合って嬉しそうで。急に堤防に乗って腕をブンブン振ってるし)

梨子(危ないな……と思ったらダイヤさんが注意し始めた。流石ダイヤさん)

梨子(……そんなの気にせず千歌ちゃんも堤防に乗ってるけど……。いや、あれは善子ちゃんを止めるためかな)


「むーかーしー むーかーしー♪あーるーとーこーろーにー?」

「パースーターのくーにーがーあーりーまーしたー♪」


梨子(……違った。二人ではしゃぐためだ)

梨子(二人してなんか歌い出して……)


ルビィ「……二人ともはしたない」

ダイヤ「ですね……」


梨子(……。ルビィちゃんの辛辣な言葉を受けても気にせず歌ってるのは流石ね……)


花丸「はぁ……今日も平和ずら」

鞠莉「……そうね。やっぱ、今日も平和ね」


梨子(……気づいたら花丸ちゃんと鞠莉ちゃんが疲れてるし)


梨子「はぁ……なんか私も疲れちゃったな」

梨子(……そんな風に、独りごちてた時。急に、善子ちゃんが叫んだ)


善子「わーっ!私のカバンー!!」


梨子(……手に持っていたカバンを、ブラブラ揺らしてる内に。不意に、すっぽ抜けてしまったらしい)

梨子(カバンは、善子ちゃんの頭上に舞い上がった後。……善子ちゃんからちょっとズレて、海の方に堕ちていった)


善子「っ!まだ掴めるっ……!って、え?」


梨子(善子ちゃんは、必死に手を伸ばして、カバンの紐を掴んだ)

梨子(でも……無理な姿勢で手を伸ばしたためか、そのままバランスを崩して……)


花丸「危ないっ!!」

ダイヤ「っ!落ちてしまいます!」

曜「!!」

善子「い。いやあああ!!」


梨子(……海に、落ちそうになっていた)


ルビィ「っ!!」

果南「この角度じゃ……!」


梨子(善子ちゃんは、頭から落っこちそうになっていた)

梨子(その先は……水じゃない。……テトラポッド……たくさんの、岩……!)

梨子(このままじゃ……!)


鞠莉「善子が……!」

梨子「善子ちゃん!!」

千歌「・・・ッ!!」


梨子(……皆。固唾をのんだ、その時)

梨子(千歌ちゃんが。善子ちゃんに向かって飛び出した)

梨子(……不安定な姿勢で、手を伸ばした千歌ちゃん。……下手をすれば、二人とも真っ逆さまに、落ちていってしまうような、状態なのに)

梨子(まるで。当然のように、善子ちゃんは千歌ちゃんに、片腕で受け止められていた)

梨子(……片足立ちのプロでも、そんな安定した姿勢はとれないんじゃないかって思うぐらい、キレイに片足だけ立てて)

梨子(善子ちゃんを左腕に抱いて。まるで時が止まったかのような、一瞬が過ぎた)




善子「……あ。あれ……?」

千歌「・・・・・・。大丈夫、善子ちゃん?」

善子「……う。うん……」

千歌「・・・・・・ダメだよ。心配かけちゃ」

善子「……うん……」

千歌「よかった。・・・・・・善子ちゃん」ギュッ

善子「ぁ……。ごめんな、さい。……ありがとう」ギュッ



鞠莉「……よ。よかった……」

梨子「……ホントに。二人とも、ケガしなくてホントによかった」

千歌「……よかったよー!善子ちゃんが無事でよかったよー!」ギュゥゥ

善子「え、あ、ちょっ!力強いー!放してっててばー!!」ギュゥッ

曜「……」

果南「……ハグしてるね~」

花丸「離れる気ないじゃん善子ちゃん」

梨子「……」


梨子(……何事もなかったかのように、いつもの空気になった)

梨子(それはいいんだけど……絶対ダイヤさんに怒られるよ)

ダイヤ「……」

ルビィ「……」


梨子(……あれ。怒らない……というか、何か考え込んでる……?)

梨子「あの。ダイヤさん?」

ダイヤ「えっ?……え、はい?」

梨子「どうかしたんですか?」

ダイヤ「あ、いえ……。ただ……」

ダイヤ「今の、動き……。まるで、達人のようでした」

梨子「た、達人?」


ダイヤ「ええ。……善子さんを支えつつ、片足ながらも自身も体勢を崩さない、その絶妙なところで、ピタリと止まった……」

ダイヤ「非常に難しいバランスを、一瞬のうちですが千歌さんはとれていた。……一歩間違えれば、二人とも海に落ちていたでしょう」

ダイヤ「考えられないことですが、善子さんを助けた今の動き。千歌さんの体運びは、武術を極めた達人のごとく洗練されたものだったように見えましたね」

ダイヤ「それこそ、〝奇跡〟なのでしょうけど、ね」フフッ

梨子「……!」


梨子(……〝奇跡〟を、千歌ちゃんが起こした)

梨子(……ダイヤさんは、お家の方針で、武術もたしなんでいるって、前に聞いたことがある)

梨子(そのダイヤさんが言うことだ。……本当に、千歌ちゃんは〝奇跡〟を起こした、ってことなんだろう……)



ルビィ「……善子ちゃん、顔真っ赤だね。そんなに千歌ちゃんに抱きしめられて嬉しいの?」

曜「え?」

千歌「えっ」

善子「え!?……あ。ち、違う!これは夕日のせいでこうなってるだけよ!サンシャインのせいよ!!」


鞠莉「……今日は土曜の午前練習の日よ。日が暮れるどころか、日が昇ったばかりの時間なのよ?」

果南「夕日なんて出ようがないね」

善子「あ。……ぅう……」

千歌「……よしこちゃ~ん?」

善子「ひぇっ」

千歌「かわいいところあるなーこのこの!」

善子「や、やめてよー!後私はヨハネだってばー!!」


梨子(……なんか。ウヤムヤになっちゃったけど)

梨子(……これで、いいのかな。平和だし……)


曜「……」


梨子(……内浦は今日も平和。……沼津のことは、知らない)

梨子(……[亡霊]のことも。きっと……本当に、単なるウワサなんだよね……)

梨子(松月で何食べよっかな~……)

「ねぇ、知ってる?最近流行りの、AIのこと」





梨子(……Aqoursの練習が始まる前。何故だか訂正の線が自然に思えてしまう、『スクールアイドル部』のプレートが掲げられた部屋の中で)

梨子(遅れて入ってきた、三年生の鞠莉ちゃん……この学校の理事長までしている、スーパー高校生が。不意にそんなことを言い出した)


ルビィ「……えっとぉ~えっと。……あっ、ここだ!」

ダイヤ「残念。……そこだと、こうすると……王手!」

ルビィ「あ!ま、まった!」

ダイヤ「……ふふっ。待ったは、ナシですよ?」

ルビィ「ええ~……」


梨子(……最近、部室の奥に、埃をかぶった将棋板を見つけてから。何故か黒澤姉妹は、その遊びにドハマりして)

梨子(しょっちゅう、姉妹で対局するようになった)

梨子(……今のところ、ルビィちゃんはダイヤさんには遠く及ばないようだけど……)

梨子(それでも、やるたびに成長していくルビィちゃんに、驚かされながら、自分もその場で色々考えられて、成長出来て嬉しいって……ダイヤさん言ってたな)

鞠莉「……ちょっとそこの鉱物姉妹話聞きなさいよ」

花丸「えーあい?未来ずら?」

鞠莉「うん、未来じゃなくて今なんだけどね。でも、ある意味未来の話かもね。……花丸はちゃんと人の話聞けて、えらい!」ギュッ

花丸「わあ。……鞠莉ちゃん、急に抱き着かないでよぉ」

果南「もう。マルってば何でも未来って言うんだから。……ま、私もえーあいって何のことかわかんないけどね」

ダイヤ「……AI。アーティフィシャル・インテリジェンス……人工知能の略ですね。お二人とも、ちゃんとニュース見てますか?」

果南「お、復活したね。……ニュースなら見てるよ。天気予報とか、連続テレビ小説とか」

ダイヤ「……」

花丸「おらの家、ご飯の時はテレビ見ないから。……いいなあ果南ちゃん。おらは土曜日の一週間分の放送しか見てないずら」

果南「あ~マジか。何気にクラスメイトとの話についていけなくなるやつだよね、それ」

花丸「そうなんだよ。水曜ぐらいから、だんだん話がわからなくなってきて……でもネタバレはされるし」

果南「つらいな~それ。しかもAqours始めてからは、土曜も練習だもんね?」

花丸「そうなんだよ~。結局日曜に録画してたのを見てるんだよね」

果南「そうなんだ。じゃあ、マルの前じゃネタバレしないように、今朝見た話はしないようにするよ」

花丸「ありがと~果南ちゃん!」ギュッ

ダイヤ「……」


鞠莉「あのさ。……話、してもいい?」

曜「……AZALEAは無視してもいいんじゃないかな、この際」

鞠莉「……そうする」

梨子「あ、あはは」

ルビィ「……そういえば、鞠莉ちゃん、最近学校に来てなかったよね?なんか、けいえいしゃのなんとか~ってのに出てて」

鞠莉「そうなの!よく聞いてくれたわね、ルビィ!……将来の経営者たるもの、最新技術の何たるかを知らねばならない~ってパパとママが言うもんだからさ!」

鞠莉「しょーがないから行ってきてたのよ、技術交流会とかいうやつ!すっごいけどすごくない、すごい面白いけどすごく興味持てない会に私ずっと行ってたの~!!」

ルビィ「……そ。そう」


梨子(……鞠莉ちゃんは、ホテルオハラの跡継ぎで。物凄いお嬢様で、信じられないくらい色んなことをやってきた人だ)

梨子(それなのに、とってもフランクで、たまに泣き虫なところがあって。……すごく人間味を感じて、引け目を感じることなく接することの出来る、大好きな先輩だ)

梨子(その鞠莉ちゃんが行ってきたっていう、技術交流会。……どんな内容だったのかな?)


善子「AI……。ダイヤじゃないけど、最近ニュースでよく聞く話題ね。それが、どうかしたの?」

鞠莉「善子もよくぞ聞いてくれたわ!……オハラとしても開発の支援を行ってきて、技術の発展を促している分野なんだけどね!いや~、今まで、AIって、言葉だけが一人歩きして、いつかロボットが人間に代わるとかなんとか言われて、でも実際にはAIを人型のものになんてしてなくて、単なる統計の計算を人間よりもずっと速くやるもんだから、そのための道具に使ったりだとか、あと色々な場面には使えるけどそのいろんな場面を規定するのは結局人間だから、汎用知能としてのAIなんてものが出来るかって話があったりだとか……」

善子「長い。要するに?」

鞠莉「……いけず」

善子「和の心全開な言葉で罵倒するな!本当に話したいことってそうじゃないでしょって言ってるのよ!」

鞠莉「わかったわよ。ジョークよジョーク。……要するに、案外早く、ロボットが人間に取って代わる日が来るかもって話よ」

花丸「……人間が」

果南「ロボットに……?」

鞠莉「……食い付いたわね。……そ。今までは、体と頭で分けてたけど、そうじゃなくて、全体が連動しているロボット……AIが、単純な頭脳じゃなくて、神経にもなって、動けるものっていうのが、開発され始めているの」

ルビィ「……ぜんたい?」

鞠莉「そう。元々、AIってそれ一つだけ取ってみれば、既に人間っぽいことが出来るようになってはいたのよ」

曜「……ちょっと、よくわかんないな」

鞠莉「そうねぇ。……チューリングテストって、皆は聞いたことある?」

梨子「ちゅーりんぐ……」

曜「てすと……?」

千歌「……テストの話は、好きじゃないなぁ」

ダイヤ「……ある数学者が提案した、機械に知能が存在するかどうかを判定する為のテストですね」

ダイヤ「具体的には相手は機械なのか人間なのかわからない状況下において、質問者が機械の返した回答の内容から相手が機械であると判別する事ができなければ、その機械は知能を持つとする、というもののことでしたか」

梨子「お、おぉ……」

曜「流石ダイヤさん……」

ダイヤ「……というか、千歌さん。ちゃんとテスト勉強はするように」

千歌「……はぁ~い」

善子「へぇ。……で、結局、チューリングテストって?」

ダイヤ「……何のためにわたくしが話したと思っているんです……!」

善子「だってわかんなかったんだもん!」

鞠莉「まあまあ。……要するに、AI……コンピューターと、人間を並べて。別の人間にその二つ……二人?と、会話させて、こっちの方が人間っぽい!って思った方に投票して当てさせるゲームみたいなものよ」

花丸「……なるほど。コンピューターと人間と、どっちが人間っぽいか当てるってことずらね?」

鞠莉「流石花丸、よくわかってるわね」

ルビィ「え、でも。……今、花丸ちゃんは人間かどうかじゃなくて、人間っぽいかって言ったよ……?」

花丸「……え?」

ダイヤ「……ルビィ?」

ルビィ「……人間かどうかを当てるのと、人間っぽいかどうかを当てるのって。……その、何か違う気がするんだけど……」

花丸「あ……」

鞠莉「……そうね。でも、それで合ってるのよ。人間かどうかを判断するのには、人間っぽさを人間が判断するしか、方法がないんだから」


ルビィ「……それって。もし、機械が人間にとって、本当の人間と話してる時より、機械の方が人間と話してる気がするなって思ったら、機械が人間になっちゃうってこと?」

梨子「!」

善子「!」


鞠莉「……話が早くて助かるわ。……ルビィの言う通り。実を言うと、AIは人間よりも人間らしく振舞うことが出来る可能性を持ち始めている」

果南「人間よりも、人間らしく……」

鞠莉「機械だったら、不要なことは言わないっていうのかな?そういう先入観を逆手にとってる部分もあるんだけど」

鞠莉「機械だったら、言わない。あり得ないようなことも、計算して、たとえ不自然でも、自然に振舞えるように作ることは出来る」

鞠莉「そうやって、不自然さすら自然に見せる……そういうことを、AIに出来るようにさせることは、出来るのよ」

曜「……不自然さも、計算出来る、か」

鞠莉「……皮肉なものでね。チューリングテストを受けて、ちゃんとAIと人間の違いを見破って、どっちが本当の人間か、当てることが出来た人には、こんな称号が与えられるそうよ」

鞠莉「……『最も人間らしい人間』って……」

梨子「……」

果南「……」

千歌「・・・・・・」

ダイヤ「機械と比べることで、初めて人間らしさがわかる……そういう、考え方があるということでしょうか」

鞠莉「ま、そういうこと」

花丸「……それで。そんなAIが、ロボットに……つまり、姿形も、人間に近づけて。いや、近づくどころか、人間よりも人間らしく振舞えるようになり始めたってことなの?」

鞠莉「……流石花丸ね。正にその通りなのよ」

花丸「……未来ずら」


ルビィ「……人間らしく振舞える、機械……」

曜「……なんかさ。そこまでいくと、なんでも真似出来ちゃう気がするね」

梨子「……なんでも?」

曜「だって、何でも計算出来て、その通りに自分を変えられるんなら……何にだって、なれちゃうと思うんだけど」

梨子「……」

花丸「……そうかもしれないずら」

ダイヤ「確かに。……しかし、そもそもどうしてそのようなことが出来るのでしょうか?」

果南「そもそもって言うと?」

ダイヤ「姿形に限った話ではなく。……そもそも、自分と別な、何かになるというのは……どうすれば出来るのか、と思ったと言いますか……」

果南「どうしたら入れ替われるかってこと?」

鞠莉「ああ、そういうことなら、割と簡単な考え方よ。要するにパラメーター……変数を、あらゆるものに設定して、ある時に行う行動を関数化するの」

鞠莉「そして、あらゆる場面でそんなことが出来るとすれば、どんなものでも再現自体は出来るってことだから」

千歌「……へんすう?」

果南「……かんすう?」

鞠莉「……。お勉強しなさい、二人とも」

千歌「ええ……」

果南「こんなところで怒られるとは……」

善子「……流石、理事長……」

鞠莉「善子もね」

善子「えっ!?」

鞠莉「善子、要領の良さで色々乗り切ってきたみたいだけど。ちゃんと努力もしないとダメよ?」

善子「は。……はい……」

曜「ま、まあ今はそれは置いといて。……もっと要するに、何でもかんでも数値っていうか、数で表せれば、その数を知ることで、色んなもの……同じものを作り出せる、ってことなのかな?」

鞠莉「……曜は要領が良過ぎるところがあるって報告を受けたことがあるわね」

曜「えっ」

鞠莉「……でも優しいから。苦労するわね、色々と」

曜「あ。あははっ。……え?」

鞠莉「まあ、今はそれは置いといて。……曜の言う通り。あらゆるものを、数で表せるのだとしたら。……それがどんな数で、どういった値があるのかさえ知れれば。それを再現するのは、容易いってことなのよ」

善子「……ゲーム的に考えれば。このキャラはこういう成長して、今こんな攻撃力だから、ってのがわかれば、チート使えれば……同じキャラを作るのはカンタンってことね」

花丸「……ゲーム脳」

善子「う。う。うるさい!この……。この、小説脳!」

花丸「いいもん。小説読むと、色んな……色んな、人間のことを、現実に会えなくても知れるもん。人の心をちゃんとわかるようになれる脳なら、ゲーム脳よりマシずら」

善子「……ぐぅぅ!」

鞠莉「……残念ながら、善子の言ったことは物凄く本質をついているわ」

善子「……はぃ?」

花丸「ええ?」

千歌「・・・・・・」

鞠莉「花丸、人間の心を知れるから、小説はゲームより上って言ったわよね?」

花丸「あ、うん。……あ、はい」

鞠莉「でも、もし心の……気持ちとか、行動とかも、数値化できるなら。……そういった、心の物語も、創り出せちゃうって思わない?」

花丸「え。………あっ」

鞠莉「……そういうこと。出来るかどうかは、別として。……もし、何もかもが数値で表せるのだとしたら」

鞠莉「……何もかも、変えられる。唯一ってことは、なくなる。……曜が言った通りになるって、ことなのよ」

鞠莉「誰もが。……何にでもなれる、世界が。それも、簡単になれてしまう世界が……いずれ、来る。……それは、誰にも否定出来なくなるの」

曜「……」

花丸「……」

ダイヤ「し、しかし。……あらゆるものの、数値を計算するなどと……そんなこと、出来るのですか?」

鞠莉「そこがAIの凄いところなのよ。……考えられない計算スピードで、あらゆるものを計算して、その通りに振舞えてしまう」

鞠莉「だからこそ、入れ替わりが起き得るの」

鞠莉「AI……知能だなんて言葉がつけられてるけど、やってることは統計だったり確率だったりの計算なの。……ただただ、計算が信じられないくらい速いってだけ」

ダイヤ「……しかし。その、”だけ”に……計算に、わたくしたちも巻き込まれてしまうのですね……」

ダイヤ「わたくしたちの、知能。……それは、計算の速さ、精確さ、そしてそれらを用いて、統計的に最も望ましい結果に近づくという手順さえ踏めば。容易に再現できてしまう」

鞠莉「……そうね」

ダイヤ「……」

鞠莉「まぁ、そんなにシンプルなことじゃないんだけどね。あくまで原理的に、そうなり得るって話で……ようやく、そんなことになり始めたってことだけど、簡単にいくとは思えないしね」

曜「……ロボットが、人間に近づき始めた……」

鞠莉「そう。まあ、もし本当にロボットが人間と見分けがつかないものになったといたら、そんな存在はもう、ロボットなんて名前じゃなくなるかもしれないわね」

梨子「ロボットではない、か」

花丸「……創作の世界だと、人間を改造したものをサイボーグと呼んで、人間型のロボットをアンドロイドって呼ぶこともあるずら」

鞠莉「……そういうことなら。アンドロイドっていう言葉が、正確になるのかな」

梨子「……人間そっくりな、機械。……それが、アンドロイド……」

ダイヤ「……途方もない話ですわね……」




善子「ねえ。じゃあ、もしかしたら。……私たちの中に、入れ替わってる人もいるかもしれないってこと?」



花丸「……ぁ?」

ルビィ「え?……」

ダイヤ「……はいぃ?」

千歌「……ほえぇ」

梨子「……どういうこと?」


善子「え?……あ、やっぱり!?……って、条件、あるの……?」

ダイヤ「”いつの間にか”、ですか?……それは、どういう意味で?」

鞠莉「カンタンよ。”いつの間にか”入れ替われれば入れ替わりは出来る」

鞠莉「逆に言えば、”いつの間にか”が成り立たなかったら入れ替わりは成立しない。だって、入れ替わる瞬間を見られたら、無理でしょ?」

ダイヤ「……ま、まぁそれは確かに」

曜「身も蓋もない話だけど、それはその通りだね」

ルビィ「……でも。物語とかだと、もし見られたとしても……記憶を消せちゃったら、気付かれずにすむよね?」

曜「あ……」

鞠莉「……いい着眼点だけど。それが、物語のゆえんってわけなのよ」

ルビィ「物語のゆえん……?」

善子「ど、どういうこと?」

鞠莉「人間の記憶……確かに、記憶喪失のように、ある特定の記憶だけが消えることはあり得る。だから、特定の記憶を消すことも出来るかもしれない」

鞠莉「……でもね。それこそアンドロイドならともかく、人間の記憶はそう単純じゃない。狙った記憶だけ消えたとしても、その記憶はネットワークになっている」

花丸「ねっとわーく……ぱそこんずらか?」

鞠莉「パソコンに限った話じゃないんだけどね。……とにかく、記憶はある特定の場所に一対一で対応してるわけじゃないのよ」

鞠莉「どこかとどこか。何かと何か。それら全てが繋がって出来ている。……だから、たとえ一ヶ所を消せたとしても、どこかで綻びが出る」

曜「……繋がっているからこそ、一つ消しただけじゃ。別のところと、消えたものの間で……辻褄があわなくなるというか、おかしなことが起きて、そのおかしなことが何かあったってことを示しちゃう……ってこと?」

曜「アンドロイドならともかくっていうのは、きっと記憶もパラメータで持ってるから……もしかしたらおかしなことを起こさずに済むかもしれないってことかな?」

鞠莉「……理解が早いのね、いつも」

曜「え……あはは」

ダイヤ「……まだよくわからないです」

果南「例えば、ダイヤから”アイスが好き”って記憶を消したとして。ルビィが、ダイヤのアイスを勝手に食べちゃっても、でも『別にアイス好きじゃないからいいですわ』ってなったとして」

果南「それでも、何故かダイヤは腹が立って。……アイスも好きじゃないし、ルビィが喜ぶのも好きだから、それでいいってなるはずなのに……ってなったら、何かがおかしいってなるってこと?」

ダイヤ「……例が局所的過ぎます!」

ルビィ「果南ちゃん……」

梨子「でも、言いたいことはわかったよ。要するに、記憶を消される前に当然だったことが、当然じゃなくなると、何かヘンな感じになるはずで」

梨子「逆に言えば、当然だとさえ思えれば何も不都合がないんだけど、でも記憶はそうはならないってことだよね?」

鞠莉「そうね。その通りよ」


花丸「……記憶だけじゃなくって、記録も加味すると、更に記憶を消すって難しそうずら」

梨子「……記録?」

花丸「うん。……当人だけのものじゃない、他の人も知ってるものとしての、記録」

花丸「例えば、果南ちゃんの例を使わせてもらうなら。……誰かが、ダイヤさんは昔アイス好きだったはずなのに、なんで急に好きじゃなくなったの?って言ったとしたら」

花丸「あるいは、いつかルビィちゃんと一緒に歩いた街並みの中で。……一緒にアイスを食べて、その時までは妹なんて、泣き虫で手もかかるし」

花丸「自分から両親を奪ったと思って、どうでもいいと思ってた。……ううん。嫌ってすら、いた」

花丸「でも、ある時ある場所で。……しょうがなく、一緒に食べたアイスがおいしくて。……アイスと一緒に、ルビィちゃんのことも、いつの間にか好きになっていて」

花丸「だから、アイスを勝手に食べられるのがイヤになっていて。だって、アイスは一緒に食べるものだって、ダイヤさんは思っていて」

花丸「本当は、ルビィちゃんに勝手にアイスを食べられることに怒ってるんじゃなくて。……一緒に、食べられないことにダイヤさんは怒ってて……」

花丸「そんなことを、町は、記録は、教えてくれたとしたら。……記憶を消すなんて、出来なくなっちゃう気がする」


梨子「……っ」

善子「……そんなぁ」

鞠莉「酷い。……そんなこと、絶対させない!」


ダイヤ「……あの。勝手に人の話を捏造して、勝手に感動しないでくださいません?」


梨子「え?」

善子「え?」

鞠莉「What?」


ダイヤ「……そんな事実。全くありませんから。……第一、わたくしはルビィが生まれた時から、ルビィのことは大好きです」

ルビィ「……おねえちゃん」

花丸「……ま。まぁ。……あくまで、たとえ話だから……」

ダイヤ「……でも、怒る理由は。……ルビィにアイスを間違えて食べられて、怒ってしまう理由は、その。……そういう部分も、なきにしもあらずというか……」

ルビィ「お姉ちゃん……!」


鞠莉「……オホン。まあ、とにかく」

鞠莉「いつの間にかさえどうにか出来れば」

鞠莉「いつの間にか、誰かが”誰か”になっていて。……だ~れも気づいていないけど、誰かが”誰か”になっていって」

鞠莉「その、”誰か”が。……自分と近い人だったって、気づきも出来なく。……そして、最後に」

鞠莉「自分が、”誰か”になる時に、初めて気づいちゃう。……そんなことが、ないとは、言い切れないわねぇ」

果南「ちょ、ちょっと鞠莉!……そういうこと言うの、ダメだって!」

鞠莉「え~?そういうことって~??」

果南「……こいつ!ダメだコイツ!!」


花丸「……果南ちゃんって、ホラーだけじゃないの?SFもダメなの?」ボソッ

ダイヤ「……奇怪な現象全般が苦手みたいです。普段はそんなことないのに、ちょっと匂わせたことを言うと、てんで使い物にならなくなります」コソッ

花丸「なるほど……」コショッ

ダイヤ「いやん。……な、何するんですか!」

花丸「ちょっとくすぐっただけずら」

ダイヤ「だから!何でこのタイミングで!!いやこのタイミングだけじゃなく!!そもそもなんでそんなことするんですか!!!」

花丸「なんか、したくなっちゃったから」

ダイヤ「なんかでやっちゃダメでしょ!ちゃんとした理由を持ってやりなさい!!」

花丸「理由があればやってもいいの?」

ダイヤ「そうです!……いや、ダメです!!」

花丸「えぇ~」

果南「……だ。だいや……」

ダイヤ「はい!?……どうしたんですの、そんなに顔を真っ青にして」

鞠莉「ディープブルーね、果南」

善子「てぃーふぶらう?何それ?」

鞠莉「……合ってるけど違うわよ、善子。それドイツ語。ディープなブルーよ、深い青よ」

善子「なるほど。で、てぃーふぶらうって?」

鞠莉「……深い青よ」

善子「?」

果南「そんなことはどうでもいいよ!……そ、そんなことより……聞いた、今の!?」

ダイヤ「き。聞いたって?」

花丸「どれのことずら?」

果南「『いやん』だよ、決まってるでしょ!『いやん』なんだよ!!」

ダイヤ「は。はあぁ?」

ルビィ「……あ、あぁ」

梨子「……あぁ。うん」

曜「果南ちゃんがいやんいやん言うの、なんか……」

梨子「うん。……うん、うん。うんうん」

千歌「……やらしいよ、梨子ちゃん」

梨子「何も言ってないでしょ!?」

千歌「いや……頷きがもう、ね」

梨子「はぁ!?」

果南「おい!うるさいよ!そんなことどうでもいいんだって!テンパってんだよこっちは!!」

曜「……そんなこと堂々と言われても」

千歌「……そもそも、何にテンパってんの?果南ちゃんは?」

果南「だって!……だって。ダイヤが、あのダイヤが、『いやん』だよ『いやん』!」

ダイヤ「ぁ……」カァァ

曜「……たしかに、なんかちょっと。……えっちだね、こりゃ」

梨子「……わかる?」

曜「……わかる」

梨子「……わかっちゃった?」

曜「……わかっちゃった」

梨子「わかったの?」

曜「だからわかっちゃったんだよ!」

梨子「……解り手ね、曜ちゃん」

曜「そっちこそ。……流石だね、梨子ちゃん」

千歌「・・・・・・よーちゃん」

曜「え?……ぁ……」カァァ

曜「ち。ち。ちがっ!ちかっ……ちがうんだよ、ちがちゃ、ちかっ、ちゃっ!」

千歌「・・・・・・はぁ」

曜「……うぅ」

果南「もうほんっとうるさい!そうじゃないんだって!!あのダイヤが、ダイヤが『いやん』って!……『いやん』って!」

ダイヤ「……な、何度も言わないで!」

果南「でも!……ダイヤが、『いやん』だなんて……ダイヤが、ダイヤじゃなくなってる!!」

ダイヤ「な。……な!?何を言ってるんですか貴女は!!?」

果南「言わないよ、ダイヤは!……言うはずがないんだよ、ダイヤは!?」

ダイヤ「えええ!?」

果南「なんか、マルが話してからのダイヤも、素直でダイヤっぽくないし。……も、もしかして」

果南「……もしかして。ダイヤ、その……」

果南「い。入れ替わってるんじゃないかと思って……!!」

ダイヤ「え?……はいぃ?」

花丸「……果南ちゃんにダイヤさんの何がわかるずら?」

鞠莉「……少なくとも。今、なんにもわかんなくなってるのは間違いないわね」

ルビィ「……鞠莉ちゃんのせいでしょ」

鞠莉「……てへっ」

ルビィ「はぁ。……こうなったら、めんどくさいのに」

鞠莉「……ごめんなさい……」

梨子「……(理事長が、1年生に怒られてる……)」

曜「凄い学校だね、ここは」

果南「ダイヤ!答えて!……私とダイヤが会ったのは、いつ!?」

ダイヤ「小学校の頃からでしょう!?」

果南「なんで!こんなに狭い田舎でこんなに近いところで生まれたのに、小学校で初めて会ったの!!?」

ダイヤ「お家の方針です!小学校まではお家で育てられるんです!!」

果南「窮屈だね!生きづらくないのそんなんで!!」

ダイヤ「うるさい!わたくしたちは生まれる場所も時間も選べない、ただ与えられるだけなの!だったら、置かれた場所で自分の出来ることを全力で突き詰めるだけ!!そうじゃないんですか!?」

果南「ダイヤの言いそうなことだね!でも、ダイヤっぽくないよ!!」

ダイヤ「何故です!?」

果南「だってダイヤ、夢見てたじゃん!『そうはいっても、わたくしもぷりきゅあになりたいですわ~』って!!」


ダイヤ「!!」

曜「え?」

鞠莉「そうなの?」

ルビィ「……そうだよ。なんで鞠莉ちゃんは知らないの?」

鞠莉「私が会った時、もうダイヤは高学年だったし……」

ルビィ「……そういえば、表にはあんまり出さなくなってたかも」

曜「表にはってことは……そういうところ、あったにはあったんだ」

ルビィ「ま。まぁ……」

千歌「・・・・・・かわいいね、ダイヤちゃん」

梨子「…うん……」

ダイヤ「……か、か、果南のバカァッ!もう、知らない!!」

果南「あ。ダイヤ。だいやぁ!?ゴメンって!!悪かったよ!ダイヤはちゃんとダイヤだったよ!!」

ダイヤ「うるさい!……知らないって、言ってるんですからね!!」タッタッタ

果南「あ、まって!……待ってってば、ダイヤァ~!」タッタッタ


善子「……」

花丸「……」

ルビィ「……」

鞠莉「……。ごめんなさい」

ルビィ「あとでアイスちょーだいね」

鞠莉「……はい」

曜「……」

梨子「……」

花丸「……善子ちゃん。この場を締めるために、なにか言ってみて?」

善子「え?……あ、はい!」

善子「あの~そのですね。……つまり!」

曜「……」

善子「……よ、曜!ちょっと手伝って!」

曜「……え。えぇ!?」


曜「……ほぇ~すごいんだねぇ、えーあいって」

善子「何でも再現できちゃうんだものね?」

曜「でもさ、もし本当に自由に姿や性格を変えられるんだったらもうそれって見分けがつかないよね」

善子「そうよ!知らず知らずの内に人間は入れ替わっているのよ!」

曜「こわいな~」

善子「果南の気持ちもわかるわよね~」

曜「そうだね~」

善子「そうよね~」

じもあいコンビ「あはははっ!」


鞠莉「……ごめんね」

曜「……」

善子「……」

花丸「本当にごめんなさい。私が悪かったです……」

千歌「……。練習、しよっか。・・・・・・今日、この後雨だし」

善子「は~い……」

ルビィ「それがいいね」

花丸「それがいいずら。……うん」

梨子「……そうね……」


曜「……ぇ?」


梨子「……?」


鞠莉「……ごめんなさい、なんか……」

ルビィ「いいってば。ジョークだよ、鞠莉ちゃん」

鞠莉「うん……」

千歌「……ほら!早く行こうよ!」

3年と1年「は~い……」ゾロゾロ


曜「……」

梨子「……どうかした、曜ちゃん?」

曜「あ。えっと。……なんでも、ないよ?」

梨子「……そう?……でも、なんか気にしてたよね?」

曜「あ。うん。……えっと……」

曜「……いつから、体感天気予報が出来るようになったのかなって」

梨子「……え?」

曜「梨子ちゃん。……今朝、天気予報見た?」

梨子「……あ、うん。見たけど……」

曜「……雨ふるって、言ってた?」

梨子「……え。あ……!」

曜「……今、天気いいし。……お天気お姉さんも、言ってたよね」

曜「……今日は、お洗濯もの日和だって」

梨子「……でも。違うの?この後は」

曜「……うん。……そうなると、思う……」

梨子「……曜ちゃん、傘持ってきた?」

曜「ないよ。……持ってきて、ない……」

梨子「……じゃあ……」

曜「でも、さっき千歌ちゃんが雨だって言ったから。……研ぎ澄ましてみたの。自分の、感覚を」

曜「そしたら……雨、降りそうだなって、感じて……」

梨子「……朝は、違ったの?」

曜「違った。……今日は、ずっと晴れだなって思った」

梨子「……」


曜「……千歌ちゃんさ。普段、カバンに折り畳み傘とか入れないのにさ」

曜「……入ってたよね、傘。……今日、千歌ちゃんのカバンの中に」


梨子「……」

曜「……」


梨子「……千歌ちゃん、そういうところあるし。……たまたま、じゃないかな」

曜「……そう、だよね」

梨子「うん。そうよ!」

曜「そうだよね、うん!」

梨子「練習行きましょ!」

曜「うん!行こう!」


梨子(……結局、今日の練習は7人で行った)

梨子(果南ちゃんとダイヤさんが戻ってきた時にはもう……雨が降り始めていたからだ)

梨子(……傘を持っていたのは、千歌ちゃんだけで。……皆、その中に入れてもらおうと、必死だった)

梨子(……千歌ちゃんは。曜ちゃんよりも、正確に。……体感天気予報をしてしまったってことが、証明された)


梨子(そんなことがあったからかな。……帰りのバスで、鞠莉ちゃんの言った話を、思い出してしまった)

梨子(……機械と、人間が、入れ替わるという話)

梨子(……鞠莉ちゃんの話が全て正しいとしたら。機械は、入れ替われるだけじゃない)

梨子(……あらゆることを、出来るようにもなるはずだ……)

梨子(何かを行うこと、それも数値で表せて……その数値を、自在に変えられるのだとしたら)

梨子(……人間に出来ないこと。……それも、出来てしまう)

花丸「じんこうちのうも未来だけど。……おら、それも未来だと思うずら」

ルビィ「え、これ?……確かに、ネットにもつなげられるし、写真も撮れるし。タッチパネルだし、そうかもしれないけど……」

花丸「たっちぱねる?」

ルビィ「あ、花丸ちゃんはちゃんと見たことなかったもんね。……ほら、こうやって、画面に指を置いて、滑らせれば……」

花丸「ほわっ!?文字が、文字が出来てるずら!!」

善子「……アンタ、ホント機械オンチというか、未来オンチね……」

花丸「ボタンが無いのに、そのすまほっていうのはどうやって操作してるの?」

ルビィ「これはね、フリック入力って言って、文字に触れながら上とか下に指を動かすと色んな文字が打てるようになってるの!」

善子「まぁ、基本的には9つしか使わないけどね。わをんなんてそうそう使わないでしょ?」

花丸「……そんなことないと思うけど」

善子「えっ?」

花丸「だって、それじゃあ、う”ん”とか、”わ”かったとか、どうするの?」

善子「え。……えぇ~っとぉ」

ルビィ「善子ちゃん、そういうの全部スタンプで済ませてるから。文字のよさがわかってないんだよ」

花丸「……すたんぷっていうのはおら、よくわからないけど。……たまには、過去から学んだ方がいいずら」

善子「……ぅ、う、う。うるさぁ~い!!」


梨子(バスの中で。……1年生が、盛り上がってる)

梨子(……)

梨子(やめよう。……うん、やめよう)

梨子(……果南ちゃんみたいに。思い込んで暴走しちゃってるだけだよね)

梨子(……そんなことより、善子ちゃんに借りたアニメ、早く観ちゃお)

梨子(……フェイリスさん、どうなっちゃうんだろう……?)


「こわかったよ……もう会えないって思って……!」

「3人とも、大丈夫だったんだね……!」

「よかった……!」




梨子(……ある日の、教室。……私達二年生のいる、クラスで)

梨子(かなりの騒ぎが、起きていた……)


千歌「……ほんとうに、よかったぁ。……三人が無事で……」

曜「うん……うん。……むっちゃんたち、何事もなくてよかったよ……!」

梨子「……すごく、しんぱいしたよぉ……」


梨子(……私たちの、大切な友達で。いつも応援して、手助けしてくれる、3人)

梨子(よしみちゃん、いつきちゃん、むつちゃんが、ある事故に巻き込まれそうになったけど……何事もなく、済んで、学校に来ていて)

梨子(……前日の話を聞いていた私達、クラスメイトの皆は、気が気じゃなかったんだけど、無事な3人を見て……心からほっとしていた)

梨子(……ある事故というのは。……突如起こった、地震のことだ)


梨子(ここ数日、雨の日が続いていた。……とにかく、雨が長引いて)

梨子(昨日、ようやく晴れて。……久しぶりに、私達Aqoursは屋上で練習を行った)

梨子(ルビィちゃんは特に張り切っていて。…‥張り切り過ぎたらしく、ちょっとめまいを起こしちゃったけど)

梨子(……事前に、千歌ちゃんが、ルビィちゃんは今日、そんな調子よくなさそうだからほどほどにするんだよって言ってるのを聞いて)

梨子(……でも、ルビィちゃん自身も、姉のダイヤさんもそんな感じじゃないはずだって言ったんだけど。……結局練習が終わった時に千歌ちゃんの言葉が正しかったって気付いた……)

梨子(ルビィちゃんは、練習を半分も終えない内にふらふらし始めて。……結局、千歌ちゃんに促されて、先に帰っていった)

梨子(ダイヤさん曰く、心配はないけど……少し、張り切り過ぎていたみたい)

梨子(……ダイヤさんは。なんで千歌ちゃんが、姉である自分より)

梨子(そして何よりも、ルビィちゃん自身よりも、正確に……ルビィちゃんのこと言い当てられてのかを、疑問に思ってたみたいだけど……)

梨子(……そんな、ちょっとした事件があった帰り。……大きな、地震が起きたんだ)


鞠莉『わっ!……キャアァァ!!』

花丸『わ。凄い揺れ。……先に帰ったルビィちゃん、大丈夫かな……?』

ダイヤ『わ、我が家は耐震リフォームをしてますから。そこは大丈夫だと思います……!しかし……』

果南『雨だよね、ダイヤ?』

ダイヤ『はい。……ここ最近雨が降っていたところに、地震まで来て……。土砂崩れが、もし大きなものになってしまったとしたら……!』

梨子『……な。なんで、そんなに冷静なの!?』

曜『こういう時こそ、しゃんとしなきゃいけないのを、何度もやって知ってるからだよ。……千歌ちゃんは!?』

善子『ち、千歌は。……ルビィの付き添いでバス停までついてったきり、いないわよ!?』

花丸『だ、大丈夫ずらか……!?』

果南『いや、千歌なら大丈夫!今連絡来たよ!』

曜『私も確認した!……とにかく、私達は避難経路を確保しなきゃ!』

善子『……わ。私も海の近くの沼津住みだけど。……こんな、たくましくなれるものなの……!?』

鞠莉『EARTH SHAKER。……それにもめげない仲間がいる以上、私も……全力を尽くさなきゃ!』

梨子『……。違うよ、鞠莉ちゃん……!EARTH SHAKERは日本のロックバンド……些細だけど違うって……!』

鞠莉『わ、わぁっつ!?』

曜『些細どころか全然違うけどね。……とにかく、安全な場所に着いたらすぐに連絡できるようにしておいて!』

果南『皆!こっちだよ!!』


梨子(……そんなこんなで。頼りになる仲間のお陰で、私達は危なげもなく、地震を乗り切ることが出来た)

梨子(……大騒ぎした割には。結局のところ、内浦への被害は、ほとんどなかった……)

梨子(ただ一つ。……浦の星も、バスの行く先も越えた……山間部を、除いては……)


梨子(……内浦の山道。その奥に進むにつれて、次々に奇妙な看板が立てられているのは、結構有名だ)

梨子(……”コーヒードーデスカ”……そんなセリフを言っている……ワンちゃんなのか、女の子なのか、よくわからない看板が、ずっと続いていった先に)

梨子(仮面ライダーの俳優さんの名前が付いたコーヒーとか。みかんのお汁粉とかを出してくれる……)

梨子(お店自体がDIYというか、店長さんが木材を使って、自前で作っていて。ちょっと蜘蛛の巣が見えたりして、自然と共生しているような気になれる……木の暖かさと店長さんの優しさで出来ている、ちょっと風変わりな喫茶店)

梨子(私も内浦に来たばっかりの時。……興味を持ったお母さんと一緒に行って、海の向こうに見える富士山を見て、感動して……。コーヒーが出るまでの間、子供のころに見たような、知育玩具みたいなおもちゃが目の前にあったから、それで遊んじゃったんだよね……)

梨子(建物が木材で手作りな分、自然災害には弱くて……。大きな台風なんかが来ると、たちまちお店と店長さんの住むところが壊れちゃうみたいなんだけど)

梨子(それでも、ちゃんとした造りをしているのか、壊れても気がついたら直って、お客さんを癒し続けている……)

梨子(……そのお店が。雨の影響と、地震で。……その前には風も強かったみたいだけど、とにかく地震が来たらもう流石に倒壊するんじゃないかって段階にまで来ていたところに、今回のことだった)

梨子(……家屋の崩れ。……下手をすれば、生き埋めになる可能性もなくはない)

梨子(……そこに。たまたま、地元の子が……。よしみちゃん、いつきちゃん、むつちゃんが、行っていたらしい)

梨子(……焦った。心配した。……千歌ちゃんも、私達と一緒にはいなかったから……余計、だった)

梨子(……でも、私が家で心配している時。いつの間にか、千歌ちゃんは戻ってきていたみたいで)

梨子(ちょっとだけ安心したんだけど。……でも、3人の行方は、千歌ちゃんも知らなくて……)

梨子(……眠れなかった。……顔を、見たかった)

梨子(その3人が。……いま、無事でここにいる……)


千歌「それにしても……皆、よく無事だったね」

梨子「そうね……正直、建物が崩れて無事でいるとは思ってなかった……」

いつき「……え?」

梨子「え?……どうしたの?」

いつき「いや、えっと……」

よしみ「……あのお店。壊れてなんかないんだよ」

梨子「そ、そうなの!?」

曜「あんな大きな地震があったら、あのお店は大変なことになるんじゃ……」

いつき「……正直、あんまりよく覚えてないんだ。……地震が起きた時のこと」

いつき「で、でも。……私達も、お店も……無事だったのは間違いないよ」

よしみ「わたしも覚えてない。……なんか、気がついたら外にいて、店長さんも外にいて、なんだか命が助かってた、っていうか……」


梨子「……気がついたら、”命が助かってた”……」

曜「……しかも、それだけじゃなくて。お店も無事だった……」

よしみ「まあ、より正確には……ところどころ壊れちゃってはいたけど、倒れることはなかったって感じかな」

千歌「……〝奇跡〟だね」

梨子「……」


むつ「……そういえば。あのお姉さん、どうしたんだろう」

梨子「!……あの、お姉さん?」

むつ「うん。お店にはもう1人お客さんがいたんだけど、私達が外に出た時にはいつの間にかいなくなってたんだ」

曜「え……!」

よしみ「……そうだ。話してたら段々思い出してきた」

いつき「私たちだけじゃなくて、もう1人お客さんがいたんだよね……」

梨子「気がついたらいなくなっていた、女性のお客さん……」

よしみ「何で忘れてたんだろう。……大きな揺れだったし、お店にいた人皆が無事かどうかは、確認しないとって、思ってたはずなのに……」

むつ「店長さんも、探してなかったし。……気が動転してたとしても、そんなことってあるのかな……?」


梨子(……最近、聞いたばかりの話。あのウワサが、否が応にも頭によぎる)

梨子(……[亡霊]。この沼津、そして内浦で、何か重大な事故が起こりそうになる度に現れる、若い女性)

梨子(なぜ、命が助かったのかわからないような現象がある時。その女性が、必ず目撃されているという)

梨子(でも、その姿は、誰も知らない。それどころか、姿を思い出すことが遅れることもあるらしい)

梨子(……思えば、善子ちゃんの話に対してルビィちゃんが疑問を挟んでいたように。……なぜか、その女性の姿を忘れてしまうことも多いみたいだ)

梨子(思い出せたとしても、はっきりとは思い出せたという話を聞かない。……そう)

梨子(ちょうど、今のむっちゃん達のように……!)


よしみ「……まあ、私たちの勘違いかもしれないんだけどね。結構記憶がアイマイになっちゃってるから……」

むつ「そうだね。……もしかしたら女神さまが、助けてくれたのかな?なんて思っちゃった」

梨子「……女神、さま……」

千歌「・・・・・・もぅ。なんで、神様じゃなくて、女神様なのぉ」

むつ「え、そ、そこ!?」

いつき「そんなところに拘られるなんて……」

曜「……もう。千歌ちゃんってばぁ」

千歌「え。あ。……すみません」

よしみ「……ぷっ」


梨子(『あははははは』なんて、笑ってる皆を横目に。私は、考え込んでいた)

梨子(……女神が、助けてくれた)

梨子(その理由は……そう思った理由は……。あの店に、女性がいたような気がしたから……)

梨子(……[亡霊]の話が。……善子ちゃんのあの話が、私の考えを埋め尽くして……)

梨子(同時に。とても荒唐無稽な想像をしてしまった)



梨子(……もしかしたら……)


梨子(……その、女性の正体は。……[亡霊]の、正体は……)


梨子(……私が、あの運命の日に出会った、あの人……)


梨子(……。”ハオ”さん……なんじゃ)





梨子(……いつの間にか。放課後になっていた)

梨子(心ここにあらずとは正しく今日の私のことそのままのことだったと思う)

梨子(……その後。今日も、何故か斜線を入れられている、〝スクールアイドル部〟の文字を目にしてから、私は部室に入った)

梨子(〝スクールアイドル部〟の文字。……なぜかわからないけど、[部]のところに、斜線が引かれている)

梨子(でも、斜線が引かれていることこそ、あるべき姿だって、安心して。私は部室の扉を開くんだよね)

梨子(扉を開いたところで、ようやく私の心がここに戻ってきたように、ハッとした)

梨子(……。れんしゅう、しなくちゃ)

梨子(きっと、思い込みだから。……きっと、ばかなことだから)

梨子(ある意味で、ちゃんと練習を再開できるのは今日からだし。……ルビィちゃん、しっかり身体を休めて、練習できるようになったって、言ってたし)

梨子(とにかく。ラブライブ!だよね、今は!!)




ルビィ「……つかれたぁ」

善子「……大丈夫、ルビィ?……病み上がり、なんでしょ?」

ルビィ「うん、大丈夫。……ううん。病み上がりっていうのは、違うよ」

善子「そ。そう……?」

ルビィ「うん。……ちょっと、雨が続いて、でも曜ちゃんの紹介してくれたところもたまたま使えなくて、だから、感覚を忘れないように家で練習し過ぎたってだけだから」

善子「……」

ルビィ「でも、やっぱり。ちゃんと見てくれる人がいるところで練習したほうがいいね」

梨子「……」

ルビィ「自分で練習してて、全然上手くいかないなって思ってたことも、鞠莉ちゃんのアドバイスのお陰ですぐ出来るようになったもん!……やっぱり、皆で練習したほうがいいね」

善子「……今後は、あんまり無理しちゃダメだからね」

善子「いつか……私たちが。その、見てくれる人になるんだから」

ルビィ「……ぅん。……そう、だね……」

梨子「……あんまり気にしすぎもよくないよ」

ルビィ「だいじょうぶ。だってルビィ、スクールアイドルだもん」

善子「……」

梨子「……たくましくなったわね、ルビィちゃん」


梨子(……むっちゃんたちの不思議な話を聞いた後。……私たちは、いつも通り練習をした)

梨子(前日、無理がたたって、疲れが出ちゃったルビィちゃんも、ちゃんと回復して、練習に参加して)

梨子(昨日は疲れがあって充分に発揮できなかったんだろうけど、自主練習の成果はしっかりあって。見間違えるほどすごく上手くなっていて)

梨子(私達も、気合が入って。すごく、頑張ったと思う……)


梨子(……Aqoursを物凄い力で支えてくれている。ルビィちゃんのお陰で、Aqoursは、頑張れているんだよって)


梨子(皆が思ってることなんだけど。……きっと。まだ、それは伝えられない)


梨子(……いつか。だれか。ルビィちゃんに、伝えられたらいいのにな)


善子「……そ、そういえばルビィ。……アレ、ちゃんと読んだ?」

ルビィ「え?……あ、アレ?読んだよ。面白かった!」

善子「そ。そうでしょ?……中々凝ってるお話で、読み応えあったでしょ!」

ルビィ「うん!おもしろかった!……流石善子ちゃんだよね!」

善子「……あーっはっは!もっと私を褒め称えなさいルビィ!あとヨハネ!」

ルビィ「うん!さすがよはねさまぁ~」

梨子「……もぅ。善子ちゃん、バスの中だよ?」

善子「あ””!……ご、ごめんなさい……」

ルビィ「……ふふっ。ありがと、善子ちゃん」

善子「……ヨハネだってば」


梨子(……善子ちゃん。ルビィちゃんに気遣いさせないように、無理したんだろうな……)

梨子(そのお陰で、私たちの場も明るくなって。……ルビィちゃんの強張った笑顔も、自然な、ルビィちゃんの可愛い笑顔になっていた)

梨子(……たまたま、沼津に用事があって。私とルビィちゃん、沼津住みの善子ちゃんとで一緒のバスに乗ってて)

梨子(正直、ちょっと珍しいメンツだから……私も、少し緊張しちゃってたんだけど)

梨子(善子ちゃんは、流石というか……私に出来ないこと、出来るんだなって、思っちゃった)


善子「……あ~あ。地震があったせいで、果南と曜は千歌にべったりだし」

善子「鞠莉とダイヤはクソ真面目に学校の用事。……ずら丸は何か月かぶりにお婆ちゃんがご飯作ってくれるから一緒に食べたいなんて理由で、こっち来てくれないし」

善子「……せっかくなら。ルビィも元気になったし、皆でこっちに来たかったのに」ボソッ

ルビィ「……善子ちゃん」

善子「……ん、なに?」

ルビィ「善子ちゃんって。すっごくイイ声してるよね」


善子「な。なに?……急に……」

ルビィ「善子ちゃん、イイ声してるから。……小さい声でも、響いちゃうんだよ?」

善子「……は、ええ!?……あ、……あ?」

梨子「……全部。丸聞こえだったよ、善子ちゃん?」

善子「……!ぅ……!」

善子「き。聞くなぁ!」

ルビィ「善子ちゃん。皆と、一緒にいたいんだね?」

善子「……ぅく」

梨子「……かわいいとこ、あるじゃない。……ヨハネちゃん?」

善子「これみよがしにヨハネに乗っかるなぁ!……そ、そもそも!梨子は何の用事があって沼津に行こうとしてるの!?」

梨子「……え。わ、私……!?」

善子「そうよ!何の目的もなくこっちにこないでしょ、梨子は!!」

梨子「……ま、まあ、そうだけど……」

ルビィ「梨子ちゃん。ルビィも、気になるな」

梨子「る。ルビィちゃんまで……」

善子「ねえっ!どうして、こっちに来てるの?」

梨子「……それは……」

梨子「……あの、その。……しいたけちゃんの、ことで……」ボソッ

ルビィ「……しいたけ?」

善子「……きのこ?なす?」

梨子「違うわよ!……千歌ちゃんちにいる、あの、しいたけちゃんのこと!!」

ルビィ「……ああ。ワンちゃんかぁ……」

梨子「そ。そう……。その、しいたけちゃんに、ちょっと、お詫びをしたくって……」

善子「……おわび?」

ルビィ「……あの、最近千歌ちゃんち行く度に、善子ちゃんが『よしよ~し!かわいい……かわいいよー!もふもふぅ!まけんけるべろすぅ~!』とか言って猫可愛がりして、顔をうずめて、でも本人というか本犬はちょっと嫌がって顔をそむけてる、あのしいたけちゃんに?」

善子「……そんなショッキングなこと、かわいい声でいうなぁ~!!あと猫じゃなくて犬よ!!」


梨子「……と、とにかく。……あんまりにも、あんまりな対応というか……。勝手に避けちゃってただけだなって思って、せっかくだから仲直りというか、仲良くなりたいなって思って……」

ルビィ「……プレゼント、したいってこと?」

梨子「……な、なんでそこまで……!?」

ルビィ「なんか、そんな感じがしたから。……梨子ちゃん、プレゼントを探すために、沼津来たんだね」

梨子「……ぅ。うん……」

善子「……カワイイとこあるじゃない、リリー?」

梨子「ぅ。……うぅ……」


梨子(い、1年生2人に何か悟られたかのような言われ方をされてしまった……!)

ルビィ「それで、何をプレゼントするつもりなの?」

梨子「……実は、あまりちゃんと決めてなくて。……どうしよっかって悩んでたんだけど……」

善子「……まあ、食べ物なんかは楽だと思うけど、勝手にあげるのはご法度だしね」

梨子「……そうなの。だから、アクセサリーとかどうかなって思ってたんだけど……」

ルビィ「アクセサリーかぁ。それって、しいたけちゃんの首輪についてるアレみたいなのだよね?」

梨子「まさしくそれよ。最近、どうも古くなってくなってきたっていうか……スレてきてるし」

善子「……それ、ちゃんと確認したの?」

梨子「……ま、まだ間近では見てないけど。……でも、ちょっとキズがありそうだなとは、思ってたから……」

ルビィ「そっか……」

善子「……でも、いくら沼津でもあるの?……犬用の、それも首輪用のアクセサリーみたいなの」

ルビィ「う~ん……注意してみたことがないから何とも言えないけど、売ってるイメージはないかも……」

梨子「……そ、そうかもしれないというか、そうだと思うけど!……な、なにかあるかなぁ~って思って……」

善子「……そういう探し方じゃ、見つかんないと思うわよ」

梨子「うぐっ」

ルビィ「ドッグタグならともかく、しいたけの形をしたアクセサリーだと……そもそもお店で売ってるものかどうかもわからないし」

梨子「……そうよね……」


善子「……いっそのこと、自分で作っちゃうってのは?」

梨子「え……?」

ルビィ「それいいかも!自分で作っちゃえば、デザインだって自分の通りに作れるし、何より梨子ちゃんの気持ちが伝わるよ!」

梨子「で、でも。私、アクセサリーなんて作ったことなくて……」

ルビィ「じゃあルビィが作るよ!それならいいでしょ?」

梨子「え、ええ!?」

善子「となると、問題はやっぱりデザインよね。……何か決めてることとかある?」

梨子「え、あ、いや。……何か意味のあるものにしたいなとは思ってるけど」

ルビィ「ん~だとしたら、特別な形にするとか?でも、千歌ちゃんはしいたけのアクセサリーにこだわりを持ってそうだしなぁ」

善子「……基本しいたけのままで、そこに意味を持たせるとなると……文字を入れるとか?」

梨子「も、文字?……たとえば?」

善子「梨子としいたけだから……RS!魔眼、りーでぃんぐしゅたいなーみたいでかっこい……」

梨子「却下よ」

善子「ええー!梨子だって私の貸したアニメ観たでしょ~!」

梨子「ええ、観たわ。面白かった。……でも、それとこれとは別!」

ルビィ「でも、ローマ字で感謝の気持ちを伝えるのは悪くないと思う」

ルビィ「ちょっとその方向で考えてみるね。梨子ちゃんが、しいたけちゃんに送るっていう意味で、デザインしてみる!」

梨子「……そ、そう……。ありがとうルビィちゃん」


梨子(そんなこんなで。……いつの間にかルビィちゃんが張り切って、しいたけちゃんに贈るプレゼントを、作ってもらうことになってしまった)

梨子(……ホントにいいのかなぁ……)




「・・・・・・何か悩んでる?」

梨子「……えっ。……そ、そう見えました……?」

「うん。……だって、せっかくまた会えたのに、ずっと黙ってるから」

梨子「……す。すみません……」

「ふふっ。いいんだよ。・・・・・・それにしても、久しぶりだね?」

梨子「……そう、ですね……」

「・・・・・・まさか、もう一度会えるなんてね。・・・・・・それも、スクールアイドルをしている、あなたに・・・・・・」

梨子「あ、はは……」


梨子(……土曜日の昼下がり。雨でもないのに、珍しく、皆の予定が重なって練習がお休みになった、ある日)

梨子(地区大会を突破したばかりだということもあって、たまには何も考えず休憩しようってなって……)

梨子(私も、久しぶりに沼津でお買い物しようかなって思っていた、その時)

梨子(……しいたけちゃんとのこともあって、忘れかけていた。あの、不思議な人と、再開した)


「・・・ねえ。私のこと、覚えてる?」

梨子「お、覚えてますっ!……忘れるわけが、ありません」

梨子「……ハオさん、ですよね」

「・・・・・・ふふっ。正解だよ」


梨子(……葉百と書いて、ハオと読む。……不思議な、女の人)

梨子(千歌ちゃんと出会う前日に会った、女の人。……私を占って、ピアノを弾いて、消えていった、あの人)

梨子(……その人が。……この人、だ)


梨子「……あの。……どうして、またこの町に?」

「・・・」

梨子「あ。あの……」

「・・・・・・」

梨子「……し。失礼しました!!」

「・・・・・・ぷっ。あははっ!」

梨子「……え」

「ごめんごめん、意味深な間なんて作って。・・・・・・たまたまだよ、たまたま」

梨子「た、たまたま……」

「そ、たまたま。・・・・・・ちょっと用事が出来てね。こっちまで、出てきたっていうわけ」

梨子「……そうですか」


「・・・・・・しっかし偶然だよねー。・・・・・・まさか、こんなところで梨子ちゃんともう一度会えるなんて!」

梨子「あ。……私の名前、覚えていてくださって、ありがとうございます」

「な~に言ってるの!忘れるわけないって!」

梨子「……あ、ありがとうございます……」


梨子(……不思議な人。……この言葉が似合う人は、この人しかいないってくらい、不思議な人)

梨子(……なんでだか。一緒にいると、とっても落ち着く……すごく、落ち着く、キレイな人……)


梨子「……あの。スクールアイドル、知ってるんですか?」

「え?・・・まぁね」

梨子「……私たちがスクールアイドルやってること。知ってるんですね……」

「・・・・・・まあね」

梨子「……どうして。数あるスクールアイドルの中で、私達を知ってるんですか?」

「・・・・・・キラキラしてたから」

梨子「……え?」

「・・・・・・。キラキラしてた。・・・・・・それじゃ。ダメ・・・・・・?」ギュッ

梨子「あ、いえ。……とても、嬉しいです」

「・・・・・・」


梨子「スクールアイドル。好き……なんですか?」

「・・・そうだね。・・・・・・大好き、かな?」

梨子「……そう、なんですね……」

「うん。だから、梨子ちゃん達だけじゃなく。・・・・・・Saint Snowも注目しててね」

梨子「……え?」


「カッコイイと思うからさ、あの二人」


梨子「それは……私も思いますけど……」

「あ、ちょっと不機嫌になった?」

梨子「い、いえ!そんなことは!」


「ふふっ。ごめんごめん。・・・Aqoursのライバルでもあるもんね?」


梨子「……はい」


「そうだよね。・・・・・・でも何だか、こうやって大人になって思うと。すごくμ'sっぽいなって思ってね」


梨子「……!」

「あの二人、A-RISEに憧れてスクールアイドルになったって聞いてたけど。・・・・・・やってることは、とってもμ'sっぽい」

「よく考えれば、当然かもしれないんだけどね。だって、μ'sもA-RISEに憧れてスクールアイドルを始めてたらしいから」

梨子「……憧れ……」



「・・・・・・」




梨子「……もしかして。……その」


梨子「葉百さんも、スクールアイドル、やってたんですか……?」




「・・・・・・どうだと思う?」



梨子「えっ。……あの……」

「・・・・・・ふふっ。ごめんね、イジワルばっかで」ギュッ

梨子「……」



梨子(……この人は、いつも……。いつも、胸元のペンダントを握っている)

梨子(……どうして、なんだろう)


梨子「あの。……その、ペンダント」

「え?」ギュッ

梨子「……大切な、ものなんですか?」

「・・・・・・ぇ」

梨子「前、会った時も。……大切そうに、していたので……」

「・・・・・・。うん。大切だよ」ギュッ

梨子「……そう、ですか……」

「これはね、とても大事なものなの」

「とってもとっても大事な……思い出がいっぱい詰まってる、とても大事なペンダントなの」

梨子「確かに……。すごく、意味がありそうですよね」

「・・・・・・意味?」

梨子「え。えぇ。……あの、表面の、星……とか。」

梨子「その、9つの星……何か意味があるんですか?」

「え?・・・・・・そう見える?」

梨子「ちょ、ちょっとだけ……」

「あはは。・・・・・・そうか。・・・うん、そうなんだぁ」

「・・・けど、これはそんなに大した意味はないの。多分今の人なら受け入れられる程度の意味だよ」

梨子「……受け入れられる程度の、意味……」

「・・・・・・」



「・・・ねえ梨子ちゃん。それより、梨子ちゃんのお話が聞きたいな」

梨子「えっ。……私の、話……?」

「うん。梨子ちゃんのこと、もっと知りたいからさ」

梨子「……私のことを……」

「ねえ、梨子ちゃんって今気になってる子とかいないの?」

梨子「え?」

「だからさ、好きな子とか、今いないの?」

梨子「……い、いやいやいや!いませんって!」

「えぇ~ホントに~?」

梨子「いないです!大体、私が通ってるのは女子高ですし……!」

「いやいや。愛の前に性別は関係ないよ」

梨子「そうかもしれませんけどっ!私にはわからないです!」

「あははっ。そんなに必死になって否定しなくてもいいのに」

梨子「……葉百さんがヘンなこと言うからですよ!」

「ゴメンゴメン。じゃあ、最近気になってることとか、聴かせてくれる?」

梨子「……最初からそっちで良かったと思うんですけど……」


梨子(そうして、葉百さんのペースに乗せられながら、私は自身の近況を葉百さんに話した)

梨子(葉百さんは、笑顔で、興味深そうに、そしてとても楽しそうに私の話を聞いてくれた)

梨子(そんな風に聞いてもらえるものだからか、私は、自分でも驚くくらい色々な話をした)

梨子(スクールアイドルのことはもちろん、学校のこと、友達のこと、他愛の無い話も……)

梨子(葉百さんは、私たちのことをよく知っていたから、メンバーのことも話した)

梨子(……鞠莉ちゃんがこんな話をした、とか。最近の千歌ちゃんが、どことなく妙な感じがするとか。……ルビィちゃん達には助けられてるって話も)

梨子(……そして)

梨子(…………善子ちゃんがあの時部室で話した、あのウワサ話も)

梨子「……あの。知ってますか」




梨子「……最近この辺りに出るっていう、[亡霊]のこと」

「・・・・・・」

梨子「……っ。どう、なんですか……」

「・・・。知ってるよ。・・・何でも、若い女の人が、あちこちに現れているみたいだね?」

「そして、現れるたびに、不思議なことが起きる。・・・人間の仕業とは思えないようなこと。あるいは、人間に出来る範疇であったとしても、普通の人間には出来ないようなことだったり」

「でも、その人のことを誰もちゃんと覚えてない。思い出せるのは、アイマイな記憶だけ・・・」

梨子「……よく、ご存じですね。地元の人でもないのに……」

「・・・私のように、あちこちに出向いてる方が、地元の人よりそういうウワサ話を聞く機会が多いんだと思うけどね」

梨子「……そう、ですか」

「そうだよ」

梨子「……その女の人。少なくとも、ここら辺では見かけない顔の人らしいんです」


「・・・」


梨子「……もしかして……」


「・・・・・・」


梨子「……っ!」


「・・・・・・一つだけ、言っておくね。・・・私のことをハッキリ覚えていてくれる人がいる以上、私は当てはまらないよ」


梨子「え……」



「[亡霊]のこと。・・・[亡霊]は、記憶から、完全に消えはしないけど、ちゃんと覚えられもしない存在なんだよね」


「だったら、その条件に私は当てはまってない。・・・梨子ちゃん自身が証明してくれてることだよ」


梨子「ぁ……」



梨子(……私は、その言葉を聞いて。もう、何も言えなくなってしまった)


「さぁ。じゃあ、もういかなきゃ」

梨子「……え……?」

「梨子ちゃんには悪いんだけど。・・・用事があるのだ」

梨子「……そう、ですか……」

「・・・・・・」

「・・・・・・もし。真実を、追求したいなら」

梨子「……ぇ?」

「会えるかもね。・・・・・・また、近い内に、ね」

梨子「……」


梨子(そう言って。……葉百さんは、去っていった……)

梨子(お金だけ、残して。……でも)

梨子(9円だけ足りないところを見ると。……ちょっと、ドジなのかもしれない)

梨子(……聞きたいこと、いっぱいあったはずなのに。……私だけが話してしまって、いつの間にか、聴けずにいた……)

梨子(いつか、また。……会えるのかな……)





千歌「……ぅ~ん。う~ん」

梨子「……千歌ちゃん。イイの、出来ない?」

千歌「ぅん。……うぅ~ん……」

梨子「……そうやって、唸りちらして、もう数時間たったんだけど?」

千歌「……はい。すみません」

梨子「……もぅ。そろそろ、休憩する?」

千歌「あ、うん!」


梨子(……そう言って、嬉しそうにおやつを取りにいった千歌ちゃんに、ちょっと呆れつつも、笑顔をもらった)

梨子(……久し振りに1人になった気がする。……せっかくだから、色々なことを整理しよっかな)



梨子(スクールアイドル部。……ちょっと、部のところはヘンだけど……そこに入ってから、私は本当にいろんなことを経験した)

梨子(ただここ最近は、その中でも一際不思議な経験をしていると思う)

梨子(……特に。[亡霊]という言葉が、私の中に残っている)

梨子(そして、入れ替わりという話も……私の中で、妙な焦りを持つ言葉として、残っている……)

梨子(……千歌ちゃん)

梨子(そして、千歌ちゃんに似た……あの人)

梨子(……千歌ちゃんには。何故か、時々違和感を感じる時があった)

梨子(……あの人は。……存在そのものが、不思議な人だ)

梨子(……[亡霊]のウワサは。あくまでウワサ。……でも、そのウワサに出てくる人は……千歌ちゃんと同じくらいの髪の長さだったそうだ)

梨子(…………)

梨子(やめよう。……曲作り、進まなくなるし)

梨子(……千歌ちゃんの足音がするし。……おやつ、またみかんかな……?)

>>126




千歌「……ぅ~ん。う~ん」

曜「……千歌ちゃん。イイの、出来ない?」

千歌「ぅん。……うぅ~ん……」

梨子「……そうやって、唸りちらして、もう数時間たったんだけど?」

千歌「うーん!だってわかんないだってばー!!」

曜「うわっ。千歌ちゃんが、開き直った!」

千歌「……なんでよーちゃんばっかり進んでるの~!こうしてやる~!」

曜「うわわっ。……あ、あっはは!やめてよちかちゃん!ダメだってそんなことしちゃ!……きゃははっ!!」

梨子「……くすぐるの、やめなさい!!」



梨子(……私たちは今。……『そうさくがっしゅく』をしている)

梨子(葉百さんと再会をして、数週間が経って。……皆で新曲のことを考え始めて)

梨子(ある程度方向性は固まったんだけど……)

梨子(千歌ちゃんが、いつまで経っても詞をくれないから。……曲担当の私と、衣装担当の曜ちゃんが、中々進まなくて。……結局、進まない二年生は缶詰めですわって言われて……)

梨子(こうやって。……皆で、それぞれ頑張っちゃってるんだけど……)


曜「ふふふっ。あはははは!……だ、ダメだってちかちゃん……」

千歌「ええ~。でも、嬉しそうだったじゃん、わたなべぇ~」

曜「も、もう。……千歌ちゃん、わっる~い」

千歌「えへへ。悪女チカ!……どう?よくない?」

曜「だから悪いって!……悪い千歌ちゃんは、こうだぞ!!」

千歌「え?……キャッハハハ!ダメよーちゃんもうだめ!!」

梨子「……くすぐるの、やめなさいってば!!」


梨子(……前途多難ね)

曜「ふぅ、ふぅ。……ところで、なんで千歌ちゃんは新しい歌詞が思い浮かばないの?」

千歌「ひぃ、ひぃ。……なんか、新しさを求め過ぎちゃったせいか、何が新しいのか、わかんなくなっちゃって」

梨子「……いっそのこと。古いものから作っちゃえば?」

ふたり「それだ!!」


梨子「……え、ええぇ!?」




千歌「……あ。見てぇ。この前三人で撮ったやつだよ!」

曜「あ、ホントだ!……旅館の前で皆で撮った、梨子ちゃんがしいたけにビビってるやつ!」

梨子「……そ、それはベツにいいじゃない」

曜「あっ!これ!……しいたけが来た時のやつ!?」

千歌「あっ!そうだよぉ~なつかしい!」

梨子「……小さい二人と一匹で、満面の笑みで写ってるわね……」

曜「あははっ。その時の写真、しいたけと家族になったばっかりの時の写真なんだ!」

千歌「……あの時、曜ちゃんスネてたよね?」

曜「え。ええ?」

千歌「ず~っとしいたけのこと話してたらさ。なんかきゅーに曜ちゃん不機嫌になって、怒られたの、覚えてるもん」

曜「……も。もう。それは昔の話だよ」

千歌「初めてケンカしたよね?……よーちゃんがしいたけに冷たくするから、私が曜ちゃんをぶっちゃったんだよね」

曜「……アレ。本当に痛かったよ」

千歌「ご。ごめん~!……あの後、志満ねぇにすっごい怒られて、私泣いちゃったんだよね」

曜「そうだね。……で、ワケも分からず私も泣いてるところに……。ちっちゃいしいたけが来て、私の涙を舐めて」

曜「その後、怒られてる千歌ちゃんのとこにも行って。……泣いてる千歌ちゃんの顔を、舐めてたっけ」

千歌「それからだよね。よーちゃんがしいたけと仲良くなったのは」

曜「そうだったかなぁ?」

千歌「そうだったよ」

曜「……そうかも!」キャッキャッ


梨子(……羨ましいな。ちょっと、嫉妬しちゃう)

梨子(……幼馴染。私には、それがどういったものなのか、わからないけど……)

梨子(きっと。二人にしかわからない、とっても大切な関係が、あるんだろうな……)


梨子(……それにしても……私の一言がキッカケで、急に千歌ちゃんのアルバムを見ることになってしまったけど)

梨子(……千歌ちゃん、一人で写ってる写真がすくないというか。……ほとんど、ない……?)

梨子(隠し撮りみたいなのじゃない限り。いつも、誰かと一緒に写ってるな……)

梨子(……これは、美渡さんの卒業式の写真?……小さい千歌ちゃんが、美渡さんに抱きついて、浦の星の制服を着た美渡さんが困ってる)

梨子(……でも。一ページめくると、美渡さんが千歌ちゃんを抱きかかえている写真があって)

梨子(志満さんが、美渡さんを……抱きしめて。千歌ちゃんは、二人のお姉さんに抱きしめられて、苦しそうな写真があって)

梨子(……それだけじゃない)

梨子(千歌ちゃんのアルバムには。千歌ちゃんの周りに、たくさんの人がいる写真ばかりがあった)

梨子(……どうして、だろう……?)



千歌「それはね」


梨子「え?……わ、わぁ!……ビックリした……!」



梨子(千歌ちゃん……!心臓に、悪いわよ……!!)



千歌「それはね。……写真を撮る時、チカは絶対誰かと一緒になりたいからなんだ」

梨子「……い、いっしょ?」

千歌「うん、そうだよ。・・・・・・私、その時一緒にいた人のこと、忘れたくないから。……絶対、写真を撮る時は、誰かに混ざってもらうか、逆に誰かが写真を撮る時は、混ぜてもらうようにしてるんだ」

千歌「思い出って皆との思い出だからさ。私、出来るだけ写真を撮る時は皆で一緒に写りたいと思ってるんだ!」

梨子「……そう」


梨子(……だから。千歌ちゃんの周りに、笑顔の人がいっぱい、出来るのね……)


曜「……おかげで私の持ってる千歌ちゃんの写真って、ツーショットばっかりになるんだけどね」

梨子「……よ、曜ちゃん」

曜「……たまにはさ。千歌ちゃんだけをメインにした写真も。……撮らせてほしいのに」

梨子「……曜ちゃん。今のはちょっと、危険よ」

曜「え、え!?」

梨子「……ちょっと怖いから。……千歌ちゃんでナニかしそうな感じというか」

曜「な、ナニもしないよ失礼だな!……た。たぶん」

梨子「……」

曜「……」


梨子(『あーこっちは果南ちゃんと会った時の写真だ!なつかしぃ~』だなんて言っている千歌ちゃんを横目に)

梨子(私達は……お風呂を頂くことにした)

梨子(……後から千歌ちゃんも追いかけてきて。三人で十千万自慢の温泉につかったんだけど)

梨子(……千歌ちゃんが駆けつける前の湯船で。曜ちゃんと、皆にはナイショな、ヒミツの内緒話をした)

梨子(……この娘とは、仲良くなれる。いや、仲良くなりたい!今以上に……もっと!)

梨子(そんな気持ちを抱けた、時間だった)


梨子(……その後。結局、曜ちゃんだけが、千歌ちゃんの少ない言葉から衣装を完成させて。……それに合わせる、歌詞と曲は出来上がらなかった)

梨子(……私と千歌ちゃんの二人で。創作合宿の続きをすることが決まったところで、就寝の時間になってしまった)

梨子(……寝る前。……私は、今日ここに来た時の。しいたけちゃんと、触れ合えたことを思い出していた)


しいたけ『わふん?』

梨子『よしよし、しいたけちゃん。……ふふっ。私も、もうしいたけちゃんから逃げたりしないからねっ』

しいたけ『……わふぅ』

梨子『……ぁ』

梨子『(やっぱり、しいたけちゃんの首輪のアクセサリー。……結構、古びちゃってるな)』

梨子『……思い出のモノだとは思うけど。……もし、私が新しいものをプレゼントしたら、喜んでくれる?』

しいたけ『……わん!』

梨子『ふふっ!……ありがと、しいたけちゃん!』

しいたけ『……わぅん!』

梨子『ありがとね!……ルビィちゃんに、文字の構成決まったよって、話さなくちゃ……』

曜『お~い、梨子ちゃん。……どうしたの?……あっ。梨子ちゃん、しいたけといつの間にかなかよくなれたんだね?』

梨子『……えっ。あっ、曜ちゃん!……うん、ちょっと、色々あって……』

梨子『……いぬ、好きになれたかも……』

曜『・・・・・・ホント!?うわぁ~千歌ちゃん喜ぶよ!』

曜『……モチロン私も!梨子ちゃん、しいたけ好きになれてよかったよ!!』

梨子『……うん、私もよかった!』


梨子(……そんなやり取りをしたことを、思い浮かべつつ。……私は布団に入った)

梨子(……明日は。私と千歌ちゃん二人でまた合宿の続きか……)




千歌「……ぅ~ん。う~ん」

梨子「……千歌ちゃん。イイの、出来ない?」

千歌「ぅん。……うぅ~ん……」

梨子「……そうやって、唸りちらして、もう数時間たったんだけど?」

千歌「……はい。すみません」

梨子「……もぅ。そろそろ、休憩する?」

千歌「あ、うん!」


梨子(……そう言って、嬉しそうにおやつを取りにいった千歌ちゃんに、ちょっと呆れつつも、笑顔をもらった)

梨子(……久し振りに1人になった気がする。……せっかくだから、色々なことを整理しよっかな)


梨子(スクールアイドル部。……ちょっと、部のところはヘンだけど……そこに入ってから、私は本当にいろんなことを経験した)


梨子(ただここ最近は、その中でも一際不思議な経験をしていると思う)


梨子(……特に。[亡霊]という言葉が、私の中に残っている)


梨子(そして、入れ替わりという話も……私の中で、妙な焦りを持つ言葉として、残っている……)


梨子(……千歌ちゃん)


梨子(そして、千歌ちゃんに似た……あの人)


梨子(……千歌ちゃんには。何故か、時々違和感を感じる時があった)


梨子(……あの人は。……存在そのものが、不思議な人だ)


梨子(……[亡霊]のウワサは。あくまでウワサ。……でも、そのウワサに出てくる人は……千歌ちゃんと同じくらいの髪の長さだったそうだ)


梨子(…………)



梨子(やめよう。……曲作り、進まなくなるし)

梨子(……千歌ちゃんの足音がするし。……おやつ、またみかんかな……?)



千歌「おまたせ~梨子ちゃん!今日のおやつはみかんどら焼き!」

梨子「……合ってるけど違った」

千歌「……?」

梨子「な、なんでもない。……おいしいよね、コレ!」


梨子(毎日食べたら太りそうだけど……)


千歌「うん。おいしいよねぇ。……前、毎日食べてた美渡ねぇが太ったのを見てから、たま~にしか食べなくなっちゃったけど」

梨子「……そ。そう」


梨子(……美渡さんが千歌ちゃんに厳しいのって……もしかして自分の過ちを妹に繰り返させないためだったりして……)


千歌「……ん~おいひぃ。……あ、しいたけも来た!」

梨子「えっ?……あっ。ホントだ、しいたけちゃん」

しいたけ「……」

梨子「お邪魔してるよ……昨日ぶりだね?」

しいたけ「……わぅん」

千歌「・・・・・・嬉しいな。しいたけと、梨子ちゃんが仲良くなってくれて」

梨子「え?……うん。もう仲良しだよ。ね?」

しいたけ「わん!」

千歌「ふふっ。そっかぁ。……ね。しいたけも食べる~?」

しいたけ「わん?」

梨子「ちょ、千歌ちゃん。人間の食べ物をあげていいの?」

千歌「いいのいいの!だって昔っからしいたけと一緒におやつ食べてたもん!ねー?」

しいたけ「……ばぅっ!」

千歌「もちろん犬にとってダメなやつは絶対あげなかったよ。……でも、そんなことしなくてもしいたけはかしこいから、自分で自分で自分にダメなこと、好きなこと、好きなものを選んでたもんね!ねー?」

しいたけ「ばぅっ!」

千歌「みかんどら焼き、好きだもんねー?」

しいたけ「ばぅわぅっ!」

梨子「……イッツマイライフとでも言いそうな喜び方ね」

千歌「へ?ジョン・ボビー?」

梨子「ボン・ジョヴィよ!」

しいたけ「ばぅっ!」

梨子「きゃっ。……あ、ちょっと……!」

千歌「しいたけが、凄い勢いでこっちに来る……!」


梨子(こ。このままじゃ……)


梨子「ぶ、ぶつかる~!?」

千歌「あ、あぶないっ!」ギュッ

梨子「え?わぁ!!」



梨子(ドテーンという音がして。……私は、千歌ちゃんに押し倒される形になっていた)

梨子(千歌ちゃんと私は、一直線に座ってたから。……一直線に迫ってきた、しいたけちゃんを避けるには、二人とも倒れるしかなかった)

梨子(……勢い余ったせいかな?……千歌ちゃんが、頭に手をまわしてくれたおかげで、私は頭を打たないで済んだんだけど……)

梨子(いつもなら。……ちょっと、トキメいちゃうんだけど)

梨子(私の、手に。……何か、ものが落ちて)

梨子(何だろうって、握りしめて。……ちょっと視線をそちらに向けた時)



梨子(……私は。夢から覚めたかのように、ビリビリと何かが体を走ったのを、感じた……)



梨子「……こ。これって」


梨子「これって……!?」


梨子(……私は、これを見たことがある)


梨子(あの。……不思議な人が。私を占った、あの人が……!)


梨子(私が、覚えている、あの人が)


梨子(ハオさんが持っていた……アレが!)


梨子(……世界に一つだけしかないはずの、ペンダントが……!!)


梨子(……どうして。私の、手に……?)


梨子(どうして、千歌ちゃんの制服から、あのペンダントが……?)



千歌「いてて……大丈夫梨子ちゃん?ケガはない?」


梨子(っ!)


梨子「だ、大丈夫……平気よ」

千歌「そっか、よかったぁ~」


梨子(……思わず、隠してしまったけど)

梨子(どうして?何で、千歌ちゃんが、特注だって言っていたペンダントを持ってるの?)


千歌「もぉ~しいたけ!急に飛び出してきちゃだめだよ!」

しいたけ「……ゎん?」

梨子「ま、まぁまぁ。ケガもなかったし……大丈夫だよ」

千歌「ありがとぉ~飼い主のチカ共々そそっかしくてごめんね……」

梨子「そ、そうね。もう少し落ち着きをもって欲しいところね」

千歌「えぇ~私が自分で言ったこととはいえそこはフォローするところでしょ!」


梨子(……もし、あの話が本当なら、これは千歌ちゃんのものじゃない。だとすると……)


千歌「ねー梨子ちゃん聞いてるー?」





梨子(あの人の正体は……千歌ちゃん?でも……容姿が違うし……)



曜『でもさ、もし本当に自由に姿や性格を変えられるんだったらもうそれって見分けがつかないよね』


善子『そうよ!知らず知らずの内に人間は入れ替わっているのよ!』





梨子(……私は、一体何を考えているの)



ダイヤ『今の、動き……。まるで、達人のようでした』



梨子『た、達人?』



ダイヤ『ええ。……善子さんを支えつつ、片足ながらも自身も体勢を崩さない、その絶妙なところで、ピタリと止まった……』


ダイヤ『非常に難しいバランスを、一瞬のうちですが千歌さんはとれていた。……一歩間違えれば、二人とも海に落ちていたでしょう』


ダイヤ『考えられないことですが、善子さんを助けた今の動き。千歌さんの体運びは、武術を極めた達人のごとく洗練されたものだったように見えましたね』


ダイヤ『それこそ、〝奇跡〟なのでしょうけど、ね』フフッ





梨子(まさかそんなはずはない……)



梨子『す、すごい……こんな完璧な演奏……』


『ふふっ、ありがとう。でも、キラキラしてなかったでしょ?』


梨子『え、あ、それは……』


『気を使ってくれなくてもいいんだよ。……この演奏は、技術だけで、心が籠ってない』


『まるで機械のような演奏だったでしょ?』






梨子(……善子ちゃんじゃあるまいし……こんなこと誰も信じない)




梨子(……けど……)

千歌「梨子ちゃんっ!」

梨子「きゃっ。な、何?」

千歌「さっきから呼んでたよ。どうしたのボーっとして」

梨子「ご、ごめん。……ちょっと考え事してて……」

千歌「……大丈夫?やっぱりどこか打ったとかない?」

梨子「ううん、それは本当にないから大丈夫」

千歌「そう?それならいいんだけど」

梨子「ごめんね、心配かけて……」

千歌「いいって。……それよりさ、私のペンダント知らない?」



梨子(…………!!)




梨子「……ペンダントって。……これの、こと……?」



千歌「・・・ああ、やっぱり梨子ちゃんの方に行ってたか。よかった~見つかって!」



梨子(あっさりと自分のものだと認めた……)


梨子(もしこれが本当に世界に一つだけのものなら、こんな反応するかな)


梨子(むしろ、あの人しか持っていないものを何で千歌ちゃんが持っているのか?って疑われちゃうものね……)


梨子(そもそも世界に一つだけっていうのも本当かどうかわからないし……)


梨子(やっぱり私の思い過ごしよね、きっと)


梨子(明らかな証拠もないのに仲間を疑って……疲れてるのかな)


梨子(それも千歌ちゃんを疑うなんて……ちょっとあの堕天使の影響を受け過ぎたかも)



千歌「あの~梨子ちゃん、そろそろそれ渡してくれるかな?」

梨子「あ、ごめん……わかったよ」


梨子(あれ?でも、そういえば)


梨子「それにしても、このペンダント、大切なものなの?」

千歌「うん?どうして?」

梨子「いや、だってわざわざ首にかけず制服のポケットの中に入れてるってことはよほど大切なのかなって」

梨子「今日は練習せずに直帰して作業だったから一日中制服だった。だから、少なくとも丸一日ポケットに入れっぱなしだったわけだし」

千歌「あ、あぁ……そりゃ、学校じゃあそういうのつけれないからね」

梨子「それって学校に持って行くぐらい大切ってこと?」

千歌「え……?」

梨子「首にかけることが出来ないにも関わらず、ペンダントをずっと持ち歩いてるってことになるよね」

千歌「まあそうなるのかな?」


梨子「……っ」


梨子(……千歌ちゃん)


梨子(嘘でしょ……千歌ちゃん)


梨子(それは……墓穴を掘ったって自分から言ったようなものだよ)



梨子「……どうして、そんなに大切なの?」

千歌「……え?」

梨子「わざわざ着けることも出来ないアクセサリーをずっと肌身離さず持ち歩いていただなんて、普通じゃ考えられない」

梨子「何か……すごく大切なものでなければそんなことはしないと思うんだけど」

千歌「ま、まあ、すごいおねだりして買ってもらったものだからね。少しでも身につけておきたくて!」




梨子(……千歌ちゃんは、ペンダントが大切なものであること自体は認めている)


梨子(でも、『おねだりして買ってもらったもの』だからわざわざ持ち歩いていたんだとしたら、おかしな点が出てくる)


梨子(……どうして?どうして、千歌ちゃんは嘘をついているの?)


梨子「……だとしたら、なんで私服で集まった時いつもそれを付けてないの?」


千歌「……コーディネートによっては、合わないこともあるし、さ」


梨子「学校にまで持ってくるほど大切なものなのに、そんな理由で着けないってことがあるかな?」


千歌「……そうかな。そもそも、偶然今日だけ間違えてポケットの中に入っちゃっただけかもしれないし」


梨子「……それは、無いわ」


千歌「どうして?」

梨子「さっき千歌ちゃんは大切なものであることは否定しなかった。意図的に入れるならともかく偶然入ってしまったとは考えにくい」


梨子「それにもし意図的に入れようと思ってもそんな時間はなかったはず」


梨子「昨日は私と千歌ちゃんと曜ちゃんの三人で、千歌ちゃんの家に泊まり込んで作業をしていた」


梨子「寝るまでの間、私たちはずっと制服だったし着替えの時も三人だった」



梨子「……その間。千歌ちゃんが制服に何か入れてた様子はなかったよ」



千歌「・・・梨子ちゃんがトイレに行ってる時とか、皆が寝た後とかいくらでも時間はあったと思うけど」

梨子「私がいない時間でも曜ちゃんは千歌ちゃんと一緒だったよね。何だったら曜ちゃんに聞いてみる?」

梨子「それに、それこそ寝た後でそんなことをするなんて何かあるって言ってるのと同じだよ」

千歌「ね、寝ぼけてたとか!」

梨子「寝ぼけてそんな器用なことが出来る人なんて聞いたことないわね」

千歌「曜ちゃんが見落としたとか、何でもないフツーのペンダントだったから忘れてたとか」


梨子「……考えられないよ、そんなこと」


千歌「どうして……?」



梨子「……Aqoursの衣装担当が、千歌ちゃんのことを大好きな曜ちゃんが、そんな見落としをすると思う?」


千歌「・・・・・・」


梨子「千歌ちゃんが新しいアクセサリーを持っていたとしたら、きっとすぐに反応するはず」

千歌「昔買ったものだから特に反応しなかったってこともありえるよ」

梨子「そうね。だからそれは曜ちゃんに確認すればいいことだよ」


千歌「・・・・・・」


梨子「否定しないのね。……話を続けるね」


梨子「もし、昔のものだっとしてもやっぱりヘンなの。それだけ昔のもので、今も大切に持っているものについて曜ちゃんが何も話さないなんて考えられない」

梨子「知られてはまずいことだからって千歌ちゃんが口止めしていた可能性もあると思う。でも……」

千歌「……でも?」


梨子「私は、千歌ちゃんが仲間にそんなことをするとは思えない」


梨子「私は千歌ちゃんを信じてるから……」


千歌「・・・・・・っ」



梨子「それにね、私はそのペンダントをつい数週間前に見てるの」


梨子「……それも、ある人が身に着けていたのをね」


千歌「ある人……?誰のこと……?」


梨子「……不思議な女の人。……千歌ちゃんに似た、だけど違う。だけど……その人が現れると、周りにはきっと〝奇跡〟が起こる」


梨子「……そういう人のことを。……善子ちゃん風に言うと」






梨子「……[亡霊]さんが、ね」







千歌「・・・梨子ちゃんは、私がその[亡霊]だって言うの?」


梨子「……それ、は」


千歌「たまたま同じのを買ったのかもしれないのに?」


梨子「でも……その人は特注品だって言ってたよ」


梨子「世界に一つだけだって」


千歌「けど、世界に一つだけだからといってデザインが似ないってことはないよね?」

梨子「それはそうだと思う。だから、問題は千歌ちゃんがそれをいつ手に入れたかだと思う」


千歌「・・・いつ?」


梨子「……曜ちゃんがもしこのペンダントの存在を知らないとしたら、これは千歌ちゃんがずっと隠し持っていたことになる」

梨子「だけど現実的に考えてずっとバレないなんてことは考えられない」

梨子「それに、そもそもそんなことをする理由が千歌ちゃんにあるとは思えない」


梨子「……だったら。可能性が、あるとしたら……」



梨子(……可能性があるとしたら。どんな選択肢があるんだろう)


梨子(代々伝わる家宝で、何か一族の秘密があったとか?)

梨子(いや、このペンダントのデザイン自体は現代風のようだしそれは違うと思う)


梨子(逆に、曜ちゃんや他のメンバーとか友達から口止めされてるとか?)

梨子(ありえなくはないけど……)


梨子(仲間を信頼している千歌ちゃんがそうまでして何かを隠し通そうとする理由としては弱い……)

梨子(私の知っている千歌ちゃんを信じるなら、どうしても千歌ちゃん自身には、これを徹底して隠そうとする理由があるとは思えない)

梨子(だとしたら、やっぱり)





梨子「千歌ちゃん以外の人に、理由がある。そう、考えられる……」



千歌「・・・・・・」




梨子(でも……だったらどうして?どうしてそのことを話してくれないの?)


梨子(隠し事が得意とは言えない千歌ちゃんが、その素振りすら見せないだなんて考えられない)


梨子(だとしたら……やっぱり今目の前にいる千歌ちゃんは)


梨子(私の知っている千歌ちゃんじゃ、ないかもしれない……?)





梨子「……千歌ちゃんは、本当に……。[亡霊]なの……?」








千歌「……酷いな、梨子ちゃん。〝チカ〟は千歌だよ?・・・・・・〝私〟は。正真正銘の、高海千歌だよ」







梨子(……!)


梨子(そうだ、この違和感)


梨子(ずっと感じてた、この違和感の正体)


梨子(千歌ちゃんは自分のことを、〝私〟と言う時もあれば、〝チカ〟と言う時もある)


梨子(でも……それがなぜなのかはわからないけど。……どうしてか、気にかかっていた)


梨子(ほんの少しの違和感だったけど……この違和感がきっかけで私は今、千歌ちゃんを疑っている……)





千歌「〝私〟のこと、疑ってるの?……〝チカ〟のこと、信じてるって言っておきながら」




梨子(……。そうだ。確かにその通りだ)


梨子(私の態度は矛盾してる)


梨子(でも……だからこそ……)




梨子「私は千歌ちゃんのこと、信じぬきたい!」


梨子「少しでも疑いを持ったまま、千歌ちゃんと一緒にいたくない!」


梨子「だから、そのために……たとえ思い付きであっても、追いかけたいの」


梨子「それがちっぽけな可能性でも……」





千歌「・・・・・・梨子ちゃん」





梨子「ねえ、聞かせて?千歌ちゃんはどうして、そのペンダントを持っているの?」


千歌「・・・・・・《教えて》、じゃなくて、《聞かせて》、か」


梨子「え……?」


千歌「わかった。梨子ちゃんがそこまで言うんなら話してあげる」

梨子「ほ、本当に!?」


千歌「でも私は《教え》はしないよ」

梨子「ど……どういうこと?」


千歌「私は、《話す》だけ。・・・・・・もし梨子ちゃんが、本当に『可能性』を追いかけるっていうのなら」

千歌「私の話の中から、その『可能性』を手繰り寄せてみせて」



梨子(……試されてるってこと?でもどうして?)


梨子(そんなことして何になるんだろう?)


梨子(……今は、考えていても仕方がない)


梨子(ハッキリさせるんだ!目の前の〝千歌ちゃん〟が、一体誰なのかを!)






千歌「こうやって砂浜で話すの、久しぶりだね」

梨子「……そうね」

千歌「なんか重要なことはいつもこの砂浜で、梨子ちゃんと話してる気がするな」

梨子「……そうかもね」



千歌「・・・・・・さ、それじゃ場所も変えたことだし。何でも梨子ちゃんの聞きたいことを聞いていいよ」



梨子「ええ……」



千歌「何だっけ?ペンダントのことと、私がちまたでウワサの[亡霊]に関係してるんじゃないかってことだっけ?」

梨子「そうね。……いつこのペンダントを手に入れたのか。そして、あなたは[亡霊]と関係しているんだとしたら、どんな関係なのか」

千歌「梨子ちゃんとしては、私が[亡霊]なんじゃないかって疑ってるんだよね」ニコッ

梨子「そ、そんなこと、ないけど……。ただ、ハッキリさせておきたいとは、思ってる」

千歌「う~ん、そっかぁ……」




梨子(……ねぇ、千歌ちゃん)



梨子(自分が荒唐無稽なことで疑われてるっていうのに、どうして笑顔でいられるの?)ギュッ



千歌「その根拠は私がこのペンダントを持っていたから、だよね?」

梨子「そう、ね」

千歌「う~ん、だよね……」

千歌「……やっぱりチカってドジだな~」


梨子(……!ということは)


梨子「認めるってこと?自分が……[亡霊]である可能性を」

千歌「いやいや、違うよ。そもそもチカと容姿が違うでしょ」


梨子「そ、それは……(そうよね……普通ありえないわよね)」


千歌「でも、[亡霊]の存在と、私との関係は認めることになるかな」

梨子「……?どういうこと?」

千歌「前にさ、生き別れの姉妹がどうとかって聞いてきたことがあったよね」

梨子「え、ええ……(まさか……)」


千歌「……いたんだ。本当に」


梨子「ど、どういうこと……!?」



千歌「だから、いたんだよ。チカに生き別れのお姉さんが」



梨子「……え、えぇえ!!?(う、嘘でしょ!?)」


梨子「そ、そのこと美渡さんたちは!?」

千歌「ううん、知らないよ。知ってるのはお母さんと生き別れのお姉さんだけ」

梨子「だとすると……そのペンダントは……」

千歌「そう。お姉さんがくれたんだ」


梨子「お姉さんは……千歌ちゃんのこと知ってたんだよね」

千歌「そうだね。でも、会うつもりはなかったんだって」

千歌「自分のことが知られると色々とマズイことになるからって」

千歌「でも、チカたちがスクールアイドルとして活躍するようになって、それを目にしてくれたみたいで」

千歌「浦の星が廃校を決定したことも知ったみたいで、それでもスクールアイドルを続けている姿を見て」

千歌「どうしても会って直接応援したかった、だから来たんだって言ってくれたんだ」


千歌「・・・このペンダントは、その時に貰ったもの。《あってはならない》かもしれないけど・・・・・・家族の形見にしてほしいって」



梨子「……」



梨子(ま、まさか本当にそうなの……?)

梨子(あの葉百さんが千歌ちゃんの生き別れのお姉さんで……ペンダントはその形見?)


千歌「私がずっとこのペンダントを持っていて、隠してたのはこういうことだったんだ」

千歌「もしこのペンダントの存在がバレたら、ややこしいことになるかもしれないから」ギュッ


梨子「で、でも……それぐらい、いくらでも誤魔化しようがあったんじゃない?」


千歌「……そうなんだけどさ、ほら、チカって隠し事下手でしょ?」

千歌「現に今も梨子ちゃんにバレちゃったもんね」

梨子「……!それは……」


千歌「だから、ヘンに気を遣わせて皆に迷惑かけたくなかったんだ」

千歌「今は大事な時期だし、ね」



梨子(……確かに、筋は通ってるように思える)

梨子(というより、本当にこの話の通りであってほしいと思う)


梨子(でも……でもやっぱり納得がいかない)


梨子(どうして千歌ちゃんは、そんな秘密を隠しながらこんな様子でいられるの?)


梨子(……確かに千歌ちゃんには違和感を感じていた)

梨子(けど、それはほんの小さな違和感であって……)

梨子(こんな重大事を隠していたっていうような違和感じゃなかった)



梨子(そう。違和感が小さいこと自体が、違和感なんだ)

梨子(千歌ちゃんが何か隠している時、Aqoursの皆は大なり小なり何かを感じてきた)


果南『……なんか最近の千歌、妙な気がするなー』

曜『果南ちゃんもそう思う?私もそうなんだけど……でも様子はそんなに変わらないし……』


梨子(それなのに、今回は。昔から特に一緒にいた、曜ちゃんと果南ちゃんぐらいしか気付いていない……)ギュッ


梨子(なぜなのかは分からないけど、千歌ちゃんを信じぬくためには……今は追求するしかない)



千歌「さ、何でも聞いてね」


梨子「……ええ。のぞむところよ」


梨子(まずはっきりさせておかなければならないのはいつペンダントを手に入れたのか、ね……)

梨子(私は既に二度、内浦に越してきた時や数週間前に『お姉さん』に会っている)

梨子(だとすれば……)


梨子「千歌ちゃん。千歌ちゃんがそのお姉さんにペンダントを貰ったのはいつなんだっけ?」

千歌「実際に会った時だから……数週間前かな。梨子ちゃんも会ったんだよね?」

梨子「うん。曜ちゃんと3人でいた時に、少しだけ話したけど」

梨子「……沼津でちょっと、ね」

千歌「すごい偶然だよね~!まさに奇跡!」

梨子「……うん、そうだね(本当に偶然ならね……)」

梨子「お姉さんに会ったのはその日が初めて?」

千歌「うん。……あ、そういえば梨子ちゃん春にも会ったって言ってたっけ?」

梨子「そうね。まさかあの日に会っていたのが、こんな形に繋がっていただなんてね」

千歌「う~ん、なんか運命的なものを感じるね」


梨子(……運命。そうなのかな……)

梨子「……じゃあ、春にはお姉さんと会ってないってことで間違いないんだよね?」

千歌「うん。……どうも、近くには来たけど、会おうとは思わなかったんだって」

梨子「それは……やっぱり千歌ちゃんのことを思って?」

千歌「……。混乱させちゃうかもしれないからだって。でも……」

千歌「でも、スクールアイドルとして頑張ってる姿を見て、どうしても会って話がしたいって……」

千歌「電話番号、お母さんから聞いたみたい。……お母さんからも連絡が来たよ」

梨子「……そっか(……そこまでの事態なのに私たちが察せなかったのはやっぱりどこか引っ掛かるな)」



梨子(会ったのは数週間前が初めてだった……生き別れで事情があるんなら当たり前か)

梨子(美渡さんたちも知らなかったってことらしいし……)


梨子「……ペンダントが《あってはならない》っていうのはどういうことかな?」

千歌「……これって要するに、お母さんが、その……」

梨子「あ、ご、ごめんなさい!気を遣わせちゃって……」

千歌「ううん。大丈夫だよ。……お母さんが、不倫をしてた証拠になるかもしれないからさ」

梨子「……」

千歌「しかも、志満姉ぇ達も知らなかった事実だから……きっと、持っていたら大騒動になるかもしれない」

梨子「さっきも言ったけど、友達に貰ったとかそういう言い訳で誤魔化そうとは思わなかったの?」

千歌「う~ん、ちょっと無理だよ。高校生が買えるほど安くなさそうだし」


梨子(確かに……パッと見だけでもしっかりした造りになってるってわかるものね……)


梨子「けど、持ってることがバレたら困るのに、持ち歩いていた……」

千歌「うん。……形見にしてって言われたし、それに……」

梨子「それに?」

千歌「それに、離れていても、間近で応援できなくっても、お姉さんはお姉さんなんだよって」

千歌「いつまでも千歌の家族で、千歌のことを応援し続けてるよって」

千歌「そう言って、渡してくれたものだから……」


梨子「・・・・・・うぅっ(胸が痛い……)」

梨子(でも、ここは心を悪魔……いや、堕天使。……もとい、鬼にしてもっと踏み込まなきゃ!)

梨子「持ち歩いている理由はわかったけど……バレないような対策は考えなかったの?どこかに隠そうとかは思わなかったの?」

千歌「ん?どうしてー?」

梨子「ど、どうしてって……」

千歌「え、だって下手にどこかに隠すより私が自分で持ち歩いてた方がバレにくいじゃん」

梨子「……(マジで言ってるのこの自称普通怪獣は)」

千歌「ほら、咄嗟のことならスクールアイドルの衣装とか言えるし、拾って届ける途中だとか言えるし」

梨子「……い、いやそれは……(穴が多すぎるでしょ……)」

千歌「要するに家族とか友達にまじまじと見られなきゃ誤魔化せるかなって!」

千歌「……梨子ちゃんには、咄嗟でも隠せなかったけどね」

梨子「……私は前にそれを見たことがあったからね(あれ、でも……)」

梨子「なんでその時『拾った』って言わなかったの?」

千歌「梨子ちゃんも言ってたでしょ。大切だって言って、一日一緒にいたのに届けるそぶりも見せずに拾ったは通じないよ」

梨子「そっか……じゃあもし昨日三人で泊まってなくて、今日も作業をしてなかったら……」

千歌「うん。誤魔化してたと思うよ」

梨子「……(千歌ちゃん自身が大切だと認めていなかったら、話は始まりもしなかったかもしれないのね)」


梨子(……おかしなところは、ない)


梨子(それはそうだよ。だって世界に一つだけの物がなぜか千歌ちゃんのところにあるってことが疑問だったんだもん)

梨子(千歌ちゃんがこれを大事にする理由がない、だから別の人が大事にする理由を持ってる。……その前提から出発したけど)

梨子(その理由が説明できるのだとしたら、千歌ちゃんを疑う根拠は何もない)


梨子(……私がやっていることは、不当に仲間を疑って、言いがかりをして、事態をかき回しているだけだ)


梨子(……けど、どうしても引っ掛かる)

梨子(どうして、千歌ちゃんはこんなに深刻な話を隠して、しかも皆に気付かれなかったんだろう……?)

梨子(確かに、違和感はあった。でも、それを感じたのは……)

梨子(私と曜ちゃん、そして果南ちゃんだけ……)


梨子(発想を変えれば、私だけが千歌ちゃんに違和感を感じていたわけじゃない)

梨子(私だけが違和感を感じていたのならそれは単なる勘違いでしかない可能性もある。けど……)

梨子(仲間もまた、同じ違和感を感じていたのだとするなら……)

梨子(そして、私は仲間を信じている。なら……)

梨子(ここで、やめることは出来ない。まだ疑う余地があるのなら!)


千歌「……どうかな?梨子ちゃんの聞きたかったこと、全部聞けたかな?」


梨子「……残念だけど、それはまだみたい」


千歌「そっか。……それで?」

梨子「……え?」

千歌「それで、梨子ちゃんはどこに納得していないっていうのかな?」


梨子「……(ここは最初のポイントだ)」


梨子(今までの話を整理して考えてみよう……)



梨子(確かに、〝千歌ちゃん〟がこのペンダントを学校にまで持って行くほど大切にしていて、それを隠していた理由は説明されたと思う)

梨子(けど、きっと……〝千歌ちゃん〟がそんなことをしていたなら、皆が何か気付くはず)

梨子(〝千歌ちゃん〟がそんな、隠し通せたことが不自然だとずっと考えてきた。なら……)



梨子(……もし、目の前にいる〝千歌ちゃん〟が、私の知っている〝千歌ちゃん〟じゃないとしたら?)


梨子(そう。〝千歌ちゃん〟が隠し続けられないんだとしたら、別の人なら出来たと考えるしかない)

梨子(そしてその人には、ペンダントを持ち続けなければならない理由があった)

梨子(見方を変えれば、このペンダントをとても大事にしていた……それこそ、誰かにバレるリスクを持ってまでも、肌身離さず持ち歩いていたほどに)


梨子(……だとしたら、それほど大事にしていた理由が、このペンダントにはあるはず)


梨子(……全部私のオクソクにすぎない。けど、このオクソクを進めた上で考えるしかない)

梨子(まだ聞く必要のある事。調べる必要があること)

梨子(もう一度皆の……そして私の〝記憶〟を思い出してみなきゃ)



梨子(何か……ヒントになりそうなことは……)


梨子(……!そういえば!)



千歌「……どうかな。まだ梨子ちゃんが納得いってないことって何かな?」

梨子「うん。……うん、失礼な頼みなんだけど」

千歌「なぁに?」


梨子「……その、形見だって言ってたペンダント。それを、もっと詳しく見せて欲しい」


千歌「・・・この、ペンダント?」


梨子「うん」


千歌「・・・梨子ちゃんなら、別にいいけど。ヘンなことしないでね?私にとってすごく大切なものだから・・・・・・」


梨子「もちろんわかってる。念入りに、扱わせてもらうから……」



梨子(そう、念入りにね……)


梨子(……私は思い出した。私自身の〈記憶〉を)


梨子(あの人は、葉百さんは、言っていた)



『これはね、とても大事なものなの』


『とってもとっても大事な……思い出がいっぱい詰まってる、とても大事なペンダントなの』


梨子『確かに……。すごく、意味がありそうですよね』




梨子(……もし、この『思い出が詰まってる』という言葉が比喩じゃなく、文字通りのことだとしたら?)

梨子(このペンダントの中に、何かその思い出を示す……そんな[記録]が残っていたとしたら?)


梨子(……試してみる価値は、あると思う)

千歌「それならいいけど。……ハイ、これ」

梨子「ありがとう……」


梨子(さて……千歌ちゃんからペンダントを渡してもらったわけだけど)

梨子(パッと見、何かあるようには見えない)


梨子(……けど、何かあるはず。例えば、ずっと気になってたこの9つの小さい星型の突起)



梨子『その、星……何か意味があるんですか?』


『え?……そう見える?』


梨子『ちょ、ちょっとだけ……』


『あはは。……そうか。……うん、そうなんだぁ』


『……けど、これはそんなに大した意味はないの。多分今の人なら受け入れられる程度の意味だよ』



梨子(……あの人はそう、否定したけど)

梨子(それは、“大した意味”は無いということに対しての言葉だった。……逆に言えば)


梨子(意味自体は、あるはず)


梨子(手掛かりになるのは……『今の人なら受け入れられる』という言葉だと思う)

梨子(これって、昔だったら受け入れられなかったかもしれないけど、今の人なら理解できるってことにならないかな?)

梨子(だとすると、今でこそ皆が知っているけど、それが普及するまでにある程度時間がかかった……そういうものを指している可能性がある)


梨子(そしてその可能性があるとしたら……字、とか?)


梨子(単なる模様じゃなくて、字になっていると考えれば、もしかしたら辻褄が合うかもしれない)

梨子(模様を字に見立てるのって、たまにある話だし……)

梨子(でも、このペンダントの星は全て大きさが均等だ。……ということは………)



梨子(……あの人はそう、否定したけど)

梨子(それは、“大した意味”は無いということに対しての言葉だった。……逆に言えば)


梨子(意味自体は、あるはず)


梨子(手掛かりになるのは……『今の人なら受け入れられる』という言葉だと思う)

梨子(これって、昔だったら受け入れられなかったかもしれないけど、今の人なら理解できるってことにならないかな?)

梨子(だとすると、今でこそ皆が知っているけど、それが普及するまでにある程度時間がかかった……そういうものを指している可能性がある)


梨子(そしてその可能性があるとしたら……字、とか?)


梨子(単なる模様じゃなくて、字になっていると考えれば、もしかしたら辻褄が合うかもしれない)

梨子(模様を字に見立てるのって、たまにある話だし……)

梨子(でも、このペンダントの星は全て大きさが均等だ。……ということは………)



梨子(模様として表現とした字じゃない。じゃあ、それでも字だっていうオクソクを進めるなら……)


梨子(手で触った感覚から、考えたら?)


梨子(……このペンダントを触った時から感じていた。この星の“手触り”を……)

梨子(まるで、点字のように。この9つの突起はペンダントを掴む人にその存在を主張してくる……)

梨子(なら、これは点字なのかな?……いや、でも………)

梨子(点字であるなら、9つも点は必要ない。もし一文字一文字分割されていたとしても、それが意味のある文字列になるとは考えにくい……)

梨子(……何か、9つの点についての手掛かりはないかな)



花丸『ボタンが無いのに、そのすまほっていうのはどうやって操作してるの?』


ルビィ『これはね、フリック入力って言って、文字に触れながら上とか下に指を動かすと色んな文字が打てるようになってるの!』


善子『まぁ、基本的には9つしか使わないけどね。わをんなんてそうそう使わないでしょ?』


梨子(……!もしかして……)


梨子(善子ちゃんが言ったような意味で、この9つの突起がついてるんだとしたら……)



梨子「フリック入力に、この9つの点は対応している……?」




千歌「・・・・・・」



梨子(……だとしたら、この星形の点は単なる装飾ではなく、セキュリティの一つである可能性がある)

梨子(私たちがスマホにそうするように、パスコードとして使われている……その可能性もあるかもしれない)


梨子(このオクソクが正しいとしたら。……スマホのフリック入力と同じように、この9つの点をスライドさせたら)

梨子(何か、わかるかもしれない!)

梨子(……やるだけやってみよう。まずは「チカ」、「chika」と、もう一つ考えて「tika」になるように指を動かしてみよう)






梨子(……ダメだ。何の反応も示さない)


千歌「……まだ?」

梨子「も、もう少し待ってくれる?」


梨子(……くっ。流石に長い時間誤魔化すことは出来ないわね)

梨子(……葉百さんのことを考えて、今度は《hao》、《はお》 と打ってみよう)

梨子(・・・ダメみたい。所詮、仮説は仮説に過ぎない。……そういうことなのかな)











梨子(その後、高海……《タカミ》とか、《トチマン》だとか……それをローマ字にしても結局何も起こらなかった)


千歌「……ねえ、まだなの?」

梨子「ほ、本当にもう少しだけだから!」


梨子(この9つの点に結びつく可能性のある言葉。……実を言うと、一番最初に思い付いた言葉があった)


梨子(《9つ》……Aqoursも9人……)


梨子(……でも、もし『Aqours』で、このペンダントが開いたとしたら。……それが持つ意味を、どう考えていいかわからなくなる……)




梨子(……だから、真っ先に候補から外した……。だけど)




千歌「・・・梨子ちゃん。もうそろそろいいかな」

梨子「・・・・・・うん。これで本当に最後だから」


梨子(だけど、もうそんなことも言ってられない)


梨子(可能性がある限り……試さないわけにはいかない)


梨子(普段スマホにそうするように、星形の点の上に指を滑らせる)


梨子(『Aqours』という文字列……もう何度も、それこそ数えきれないくらい打ち込んだ、私たちのグループ名)


梨子(体に馴染みきった指の動きで、私はペンダントに……その名前を書き込んだ)








梨子「……!」







梨子「ひ、開いた……!」



千歌「・・・・・・」



梨子(け、けど、どういうこと!?)


梨子(この中に入っていたのは写真だった)

梨子(それ自体はおかしいことじゃない。実はロケットになっているペンダントはそう珍しくないし)


梨子(問題は写っているものの方。……ここに写っている、これは……!?)



梨子「……千歌ちゃん、これは、どういうことなの?」


千歌「ん?その、ペンダントのこと?」

梨子「……このペンダント。開いたんだけど……」

千歌「え、梨子ちゃん凄い!そのペンダントって実はロケットになっていて、写真が入れられるって聞いてたんだけどさ」

梨子「……聞いてた?ということは、実際に開けたことはないってこと?」

千歌「そうなんだよ。開け方だけは教えてくれなかったんだ。いつか自力で開けてみてって言われてさ」


梨子「……どうしてそんなことを?」


千歌「記念の写真を入れたんだけど、それはいつか見てのお楽しみだって。結構イジワルだよね」

梨子「ま、まぁもしかしたらリスク管理も兼ねてるかもしれないからね……」

千歌「そうだけどさ。それじゃ開けた後の使い方を教えてもらっても全部無駄じゃん」

梨子「……開けた後の使い方?(そういえば開け方「だけ」は教えてくれなかったって言ったわね……)」


千歌「ああ、それね。実はそれって機械で、普通の写真を入れてるわけじゃなくて、画像のデータを映してるんだって。他にも色々出来るって、そっちは教えてくれたんだけどね」

梨子「へぇ、そうなの……結構ハイテクなのね……」


梨子(よくわからないけど、それって結構凄くない?いや、最先端の科学技術からするとそうでもないのかな……?)


千歌「うん、そうなんだよ!凄いでしょ?」


梨子(やっぱり凄いことなのかな……?コレがあったら色々な画像をコンパクトに持ち運べるし)

梨子(パッと見ペンダントだからスマホと違ってふとした隙に他人に見られるリスクも低めだし……いやそもそも勝手に人のスマホ見るなって話なんだけど)

梨子(まあとにかく、ちょっとヨコシマな画像を隠すのにはもってこいね……)


梨子「うん。これは凄いね。特に隠密性がいいと思う」

千歌「そうでしょ?梨子ちゃんみたいに人に言えない趣味を持ってる人には特にオススメなんだよ」

梨子「ちょ、何言ってるの!?私みたいにってどういうこと!?」

千歌「あ~ごめんごめん。ついね」

梨子「もう、千歌ちゃんってば……って違う!!」

千歌「ほぇ!?」

梨子「私が聞きたいのはそういうことじゃなくって!この中身に写ってるもののことよ!」

千歌「中身……?」

梨子「そう。この中身にはおかしな点があるのよ」

千歌「え?どういうこと?」

梨子「……自分で確かめてみて。返すから」

千歌「あ、うんありがと。……へぇ、結構イイ感じの写りで良かったな」

梨子「……写りのよさとかじゃなくて、写ってるものの方に目を向けてみて」

千歌「写ってるもの?……う~ん、別にヘンなものは写ってないと思うんだけど」


梨子「……この画像には確かに十千万をバックにして、葉百さんが写ってる」


千歌「うん。それなら何も問題はないと思うんだけど」


梨子「それと、しいたけちゃんも一緒にね」


千歌「……?それも、別に不思議じゃないよね」


梨子「……っ(まだ、本当のことを言ってくれないの?)」


梨子「……千歌ちゃん。さっき千歌ちゃんは、これは《家族の形見》だって言ってたよね?」


千歌「うん。離れていてもずっと家族だっていう証として貰ったんだよ」


梨子「……だとしたら、やっぱりヘンなの」


千歌「……?チカが気付いてないだけでヘンなものでも写ってる?」

梨子「ううん、その逆よ」

千歌「逆?」


梨子「そう。この写真には写っていなければならないものが写っていない」

千歌「……写っていなければならないもの?」

梨子「そう。……もしこのペンダントが千歌ちゃんの言う通り、葉百さんとの《家族の形見》だって言うんなら」



梨子「どうしてここに千歌ちゃん自身が写っていないの!?」



千歌「・・・・・・!」




梨子「答えて!千歌ちゃん!」


千歌「……そんなこと言ったってさ、チカだってこの写真の中身までは知らなかったよ?答えようがないって」


梨子「確かに千歌ちゃんは開け方を知らなかったって言った。でも、中身については予め知ってなきゃおかしいの」

梨子「それに写りを気にしたってことは、写真の出来映えだけを知らなかったということ。内容自体は知っていないといけないはずよ」


千歌「……そうだけどさ、そんなにおかしいことじゃないでしょ?形見の写真って、一緒に写ってなきゃいけないものでもないし」


梨子「そうね。葉百さんだけ写ってる写真ならそうも言えたかもしれない」

梨子「写真を撮っている間の時間で志満さんたちにバレたら困るから、自分が写ったペンダントを渡すだけ渡してすぐに去ったって考えられるからね」

梨子「けど、一緒にしいたけちゃんも、それも十千万をバックに写っているとしたら話は別」


千歌「・・・どういうこと?」


梨子「……自分のことがバレたくない状況で写真を撮るっていうのは結構なリスクだと思うの」

梨子「旅館の前ってことは、旅館にいる人に目撃される可能性が高いよね」

梨子「構図を整えて写真を撮るのって、それなりに準備とか、時間がかかるものだし」


千歌「・・・そうかな?写真って別にそこまで時間はかからないと思うよ?」

千歌「それに、志満ねぇ達がいないタイミングを見計らって撮ったならヘンでもないでしょ?」


梨子「……確かにそういうタイミングがあった可能性は捨てきれない」

梨子「だけど、そんなタイミングがそうそうあるとも思えない。……少なくとも、そんなに長い間旅館にいる人たちが目を離しているとは考えられない」

梨子「だとすれば、もし写真を撮るのだとしたらそう悠長にもしていられない。……複数の写真を撮っている余裕はないはず」

千歌「それはそうかもしれないけど……」


梨子「なら、その時に撮った一枚の写真が、この写真っていうことになる」

梨子「けどね、もしそんな状況で撮る写真に、しいたけちゃんと葉百さんだけしか写っていないのはやっぱりおかしいの」

梨子「《家族の形見》となる写真に、千歌ちゃんじゃなくてしいたけちゃんが写っているのはヘンよ」


千歌「・・・・・・そう?酷いな・・・・・・。しいたけだって私の家族だし、お姉さんとしいたけの写真が欲しいって思っただけかもしれないのに」

梨子「そうね。でも、それなら自分も入ってしまえばいいだけのことじゃない?」

梨子「しいたけちゃんと葉百さんと一緒に写ることが出来たのに、それをしなかった」


千歌「……たまたまそうしなかっただけだよ。それに、いくつか撮った気がするし、お姉さんが冗談でこの写真を入れたんじゃないかな?」



梨子「……千歌ちゃん、さっきから自分のことなのに「かも」とか「気がする」って表現が多いわね?」


千歌「・・・・・・」


梨子「それに、そういう可能性はかなり低い。いつもの〝千歌ちゃん〟だったなら!」


千歌「いつものチカだったら……?」

梨子「昨日千歌ちゃん自身が話したことだよ。もう忘れた?」



千歌『思い出って皆との思い出だからさ。私、出来るだけ写真を撮る時は皆で一緒に写りたいと思ってるんだ!』



千歌「……っ!」


梨子「アルバムに載ってる写真でわかるように。千歌ちゃんは思い出を残す時、誰かが一緒ならその誰かと《一緒に》写りたがる」

梨子「それに、志満さんたちがいない時間が長引く可能性があったとしても、それはあくまで可能性の話。……いつまでいないかは不明確な状況だったとしたら」

梨子「そこで写真を撮るのなら千歌ちゃんは真っ先に葉百さんと一緒の写真を撮ったはずよ!」


千歌「……」


梨子「けど、ここに表示されている画像はそうじゃない。それどころか、十千万が見えるような位置で写真を撮ってることがわかる」

梨子「それに、葉百さんは腕を伸ばしている様子もない。つまり、この写真は自撮りで撮られたものでもない」

梨子「もし千歌ちゃんが言った通りだとすれば、これを撮ったカメラマンは千歌ちゃん自身だってことになる」


梨子「……やっぱり、辻褄が合わないの。しいたけちゃんまで呼んで、この写真を撮るっていうのは身元が割れるのを恐れる人間としては悠長過ぎるって嫌がるはず」


梨子「もし本当に自分の正体を隠したい人であれば、こんなことに付き合ってくれるとは思えない!」


千歌「・・・梨子ちゃん。梨子ちゃんの言ってることは穴だらけだよ?」


千歌「そりゃあチカは皆と一緒に写りたいって思ってるよ?でもいつもそう思って、皆と写真を撮れるわけじゃないよ」

千歌「それに、無理してお願いすればそういうことも出来たと思わない?せっかくの形見の写真になるんだから、しいたけと写って欲しいって言ったら、要望を通してくれるかもしれないし」


梨子「……その写真が形見だというのなら、相手にとっても形見になるような写真を撮るとは思わない?」


千歌「え?」


梨子「葉百さんが千歌ちゃんにとって生き別れのお姉さんなら、相手にとっても生き別れの妹よ。その形見の写真、二人で写りたいと思う気持ちが強くても不思議じゃない」

梨子「やっぱり不自然なのよ。わざわざ姉妹の思い出を封じ込めた写真だっていうのなら、この写真である必要がない」

千歌「たまたま表示されたのがこの画像ってだけじゃない?画像のデータを表示してるだけなんだから、他のデータも入ってるかもしれないじゃん」

梨子「それは私も考えた。……けど、このペンダントはうんともすんともいわなかったよ?」


千歌「・・・」


梨子「それとも、千歌ちゃんが教わった中には他の画像を表示させる機能もあるの?」


千歌「それは……」


梨子「……もしかしたら他に隠された機能があるのかもしれない。でも、少なくともこのペンダントの画面には葉百さんとしいたけちゃんの写真が一番に表示されている」

梨子「これって要するに、このペンダントの持ち主は葉百さんとしいたけちゃんが写っているところを、一番大事にしているってことにならない?」


千歌「・・・梨子ちゃんは、何が言いたいのかな」


梨子「……簡単なことだよ。このペンダントは、やっぱり千歌ちゃんにとって大事なものなんかじゃない!」


梨子「葉百さんにとって大事なものだった!」


梨子「つまり……これを千歌ちゃんが持っているのは矛盾しているの!」



梨子「説明して千歌ちゃん!このペンダントを持っている本当の理由を!!」



千歌「・・・」


梨子「……」



千歌「・・・・・・」



梨子「…………ちょ、ちょっと千歌ちゃん!」


千歌「え?なに?」


梨子「なに?じゃない!何とかいったらどうなの!?」


千歌「あ、うん。……それで?」


梨子「そ、それで?って……!」


梨子「葉百さんが大事にする理由のあるものを……」
千歌「私が持ってるのがおかしい、って?」


梨子「っ!・・・・・・そうだよ」



梨子「……もし本当に千歌ちゃんが生き別れのお姉さんと形見として写真を撮るんだとしたら、こんな写真にならないはず」


千歌「大事な人とは一緒に写りたがるから?」


梨子「……そうね。それに時間の問題がある」


千歌「しいたけと写真を撮っていられるほど、悠長に出来たはずないってことだっけ?」


梨子「うん……」


千歌「でも、実際には私がこのペンダントを持っている。私にとって大事な理由がないのに。それがヘンだってことだよね」


梨子「……そういうことね」


千歌「そっか。でもさ、もし梨子ちゃんの言う通りだとすると変わってくることがあるよね?」

梨子「え、えぇ?変わってくること?」


千歌「……もしかしてわかんないまま言ってたの?あれだけ酷いことを?」

梨子「い、いやその……そういうわけじゃなくて!ちょっと面くらっちゃっただけだから!」

千歌「本当に……?」

梨子「……ごめんなさい。ちょっとわかってなかったです」

千歌「はぁ、しょうがないなぁ梨子ちゃんは」


梨子「……うぅ。すいません……(何か千歌ちゃんにこんな風に言われるのってすごいショックだぁ)」



千歌「……いいかな?チカにとってこのペンダントが大切なのには理由があったよね?」


梨子「……生き別れの《家族の形見》だから……」


千歌「そう。で、もし梨子ちゃんが言うことが正しいとすると、チカがこのペンダントを大切にする理由がないことになるよね?」

梨子「そ、そうなるわね」

千歌「うん。ってことは、これは生き別れの《家族の形見》じゃないってことになる」


梨子「……確かに、生き別れっていうところが大切にする理由だとしたら……その生き別れって関係はなくなってしまうのかな」


千歌「そうなんだよ。じゃあさ、この写真に写ってる人はうちとどんな関係があるの?」


梨子「え?……あ!」


千歌「そうなんだよ。もし生き別れの姉妹でもないとするなら、ここには赤の他人としいたけとが一緒に写っていることになるの」


千歌「もちろんしいたけの写真を撮らせてくださいって言ってくれるお客さんもいるよ?だけど一緒に撮って欲しいって言ってくる人はほとんどいないんだよ」

千歌「だから、そういう人がいたら誰かが覚えているはずなんだよ。特にこの写真みたいに、印象的な人を撮る時は」


千歌「だけど誰もその話をしないよね?何でだろう?」


梨子「……ぐっ!(た、確かに……)」



梨子(葉百さんは、千歌ちゃんによく似ている……そんな人が写真撮影を求めてきたら、記憶に残らないとは考えにくい……)


梨子「た、たまたま人がいない時に撮影したのよ!」

千歌「それって無断で撮ったことになるよ?そんなことあるかな?」

梨子「そ、それくらいマナーの悪いお客さんだったのかもしれないじゃない!」

千歌「梨子ちゃんは酷いこと言うなぁ……うちのお客さんにそんな人いないよ。……それに」


千歌「それにそもそも、そんなことは出来ないしね」

梨子「え、どうして?」


千歌「うちだって客商売だからね。しいたけがお客さんに粗相をするようなことがあっちゃいけないから、外に目が行き届かないような時は必ず家の中に入れてるの」


梨子「じゃ、じゃあしいたけちゃんと外で一緒に撮影するには……」


千歌「うん。最低でもうちの人が一人はいないとダメだね」

梨子「……うぅぅ。そんなぁ~……(そういうことは先に言ってよぉ~……)」


千歌「ね。そう考えると、お姉さん……梨子ちゃんは疑ってるみたいだから葉百さんって呼ぶけど、私と葉百さんが赤の他人とは言い切れないよね」

梨子「・・・・・・そう、ね」


梨子(それに関しては私も気になっていた)

梨子(少なくとも葉百さんと千歌ちゃんが全くの無関係だということは考えられない)

梨子(でも、それが一体どんな関係なのか……見当が付かないのよね)

梨子(たとえ姉妹じゃない可能性を考慮したとしても……そこだけはよくわからない)



千歌「……考え事してるところ悪いんだけど、話、続けてもいい?」

梨子「あ。ごめん千歌ちゃん!……いいよ、続けて」

千歌「ん。じゃあ、そうさせてもらうね。……梨子ちゃんの考えのもう一つは、葉百さんがこのペンダントを大切にする理由があるってことだったよね」


梨子「……うん」


千歌「だけど、その理由は具体的にはわからないよね?」

梨子「……そ、それはそうかもしれない……ケド」


千歌「もう一つ問題があるよ。梨子ちゃんの主張は、もしチカが生き別れのお姉さんと会って写真を撮ったのなら、二人のツーショットが入ってなきゃいけないってことだったでしょ?」


梨子「う、うん」

千歌「でもこの写真はそうなっていない。だとしたら、この写真はチカが葉百さんと一緒にいた時に撮られたわけじゃないことになる」

梨子「……た、確かにそうなるね(……あれ?だとすると)」


梨子「千歌ちゃんは葉百さんと直接会っていなかったことになる……」

千歌「そうだね。梨子ちゃんの今までの考えからするとそうなるだろうね」


千歌「……けど、それが大問題なんだよ」

梨子「え、そうかな……?直接会って渡さなくても、間接的に渡す方法だってあると思うんだけど……」


千歌「問題はそこじゃないんだよ。もし間接的に渡したんだとしたら、今度は《いつ》この写真を撮ったのかが問題になる」


梨子「……!(確かにそうだ……)」



千歌「ねえ梨子ちゃん。《いつ》、《誰》がこの写真を撮れたっていうのかな?そもそも、この写真を葉百さんが大事にしていた理由は何なのかな?」


千歌「……少なくとも一つは。答えてほしいな」



梨子「ぐ……ぅぅ!」



梨子(《いつ》この写真が撮られたかだなんて……わからないからこうやって聞いてるんだってば!)

梨子(大事にしていた理由だなんてそれこそそんなのこっちが聞きたいわよ!)


梨子(け、けど……理由の方は考えようがある!)


梨子「だ、大事にしていた理由は、やっぱり葉百さんにとって思い出の品だから……」

千歌「でも、その思い出っていうのは梨子ちゃんが教えてくれたように、中の写真のことを指していたんだよね?だとすると、どうしてこの写真が思い出なのかな?」

梨子「そ、それは……そう!そのペンダントって画像のデータを表示するんでしょ?だったら元は違う画像でそれが大事な思い出だったんだよ!」


千歌「…………だったらやっぱり、この写真はチカが葉百さんに会った時にしか撮れないことになるよね?」


梨子「え、え?どういうこと?」


千歌「元が違う画像だとしたら、どこかのタイミングでこの画像に変わっているってことになるよね」

梨子「……そ、そうね」


千歌「それで?そのタイミングって《いつ》なんだろう?」


梨子「……!」


千歌「さっき、チカ言ったよね」


千歌「《いつ》、《誰》がこの写真を撮ったと言えるのか?」



千歌「……チカ以外にいないんだよ。あの時以外にないんだよ」



梨子「ちょ、ちょっと待って!」

梨子「どうしてそう言い切れるの!?別の可能性もあるかもしれないじゃない!」


千歌「……じゃあ、梨子ちゃんは、示してくれる?」


千歌「その別の可能性を」


梨子「……くっ!」



梨子(私のオクソクには前提がある……)


梨子(それは、葉百さんがもし生き別れの姉なら、事情を知らない人にはバレてはならないということ)


梨子(だとしたら、必然的にこの写真を撮れたのは、事情を知っている人ってことになる)


梨子(事情を知っていて、なおかつ千歌ちゃんにこのペンダントを渡せた人物、ということは……)



梨子「千歌ちゃんの、お母さんなら……この写真を撮ることは出来たはず」


梨子「生き別れだというのなら……事情を知っているのは千歌ちゃんのお母さんだけ」


梨子「千歌ちゃん以外が撮ったっていう可能性は、まだ残る」


千歌「……確かに、それなら《誰か》の部分はクリアできるね」


千歌「けど、《いつ》の部分には答えたことにならない」

梨子「それは、そうだけど。でもそんなことそんなに大きな問題じゃないんじゃない?」


千歌「……それが大きな問題なんだよ。もし、お母さんが帰ってきてるのだとしたら」


千歌「その痕跡は絶対に残るはずだから」


梨子「・・・・・・?」


梨子「あの、もう少しわかりやすく言ってもらえると、助かるんだけど……」


千歌「……梨子ちゃんは、知らないかもしれないけど」

千歌「うちって、老舗の旅館で……結構地元じゃ注目されてるんだ」

梨子「え?……うん、それはまぁ何となくわかるけど」


千歌「それでね、お母さんは色々あって普段は東京にいるんだけど」

千歌「内浦に帰ってくる時はみ~んなその話をするんだよ」


千歌「十千万の女将が帰ってきたって」

千歌「……こんな田舎だと、そういう話はあっという間に広がるんだ」



梨子「……つまり、千歌ちゃんはこう言いたいってこと?」


梨子「千歌ちゃんのお母さんはこの辺りでは有名人で、もし帰ってきてたら皆気付く」

梨子「だとしたら、皆に目撃されるから、千歌ちゃんのお母さんと誰かもわからない人が一緒にいたら噂になるはずだって」


千歌「・・・そうだよ」


梨子「でも、それって確証出来ないんじゃないかな?」

梨子「だって誰にも知らせず変装でもして帰ってくれば、そんな事態に巻き込まれるはずないんだから!」

梨子「それなら、やっぱり千歌ちゃんのお母さんにも撮影の機会があったと考えるべきよ!」


千歌「・・・・・・ねぇ、梨子ちゃん?」


梨子「……な、何?」


千歌「そんな可能性、あると思う?」


梨子「そ、それは……でもゼロじゃないでしょ!?」



千歌「・・・・・・梨子ちゃん、さっき私にこう言ったよね。いつもの〝千歌ちゃん〟ならこんなことしないって。可能性が低いって」


梨子「ぅ……それは……」


千歌「だとしたらさ……逆に思うべきだよね……」


千歌「可能性が低いことなんて信用できないってさ!」



梨子「……ううう。で、でも」


千歌「それにね」


梨子「そ、それに……?(まだ何かあるの……?)」


千歌「さっき梨子ちゃんは私がこの写真に《写っていなきゃいけない》って言ったけどさ」


千歌「梨子ちゃんの憶測が正しかったとしたら、この写真には逆に《写ってはいけない》ものがあることになるよね?」


梨子「う、《写ってはいけない》もの?……あ。あ、あ。ま、まさか……」

千歌「そう」


千歌「……もし、この時お母さんが変装していたのだとしたら」


千歌「しいたけがここに写るはずがないんだよ!!」


梨子「………。き。」






梨子「キ、キャアアアァァァァァァ!!!?」





梨子(た、確かに……)


梨子(いくら生き別れの娘とはいえ千歌ちゃんのお母さんがそこまでして写真を撮ったとは思えない……リスクが大きすぎる)


梨子(いや、本当に生き別れの娘の写真だけを撮るならまだ少しは可能性が残るかもしれない)


梨子(けど、しいたけちゃんも一緒に写っていることでそんな可能性もなくなってしまう)


梨子(千歌ちゃんは旅館の関係者がいるところでなければしいたけちゃんは外に出さないと言っていた)


梨子(……旅館の人に気付かれないように変装していたとしたらしいたけちゃんを写り込ませることは出来ない)


梨子(千歌ちゃんのお母さんと葉百さん両方が変装して、旅館の人に撮影を頼んだという線もない……)


梨子(そうだとしたらこの写真の葉百さんが変装していないことがおかしくなる。変装せずに写真を撮ったのなら旅館の人に見られているはず)


梨子(その痕跡がない以上、この写真は誰にも気付かれない状況で撮られたと考えるしかない)


梨子(犬の嗅覚を考えれば、千歌ちゃんのお母さんを判別することは出来ると思うけど……)


梨子(もしそれでしいたけちゃんが外に出ていったとしたら、誰かが気付くはず)


梨子(……この写真を撮った《誰か》が千歌ちゃんのお母さんだとすると、《いつ》撮ったのかに答えられなくなる)


梨子(でももし千歌ちゃんがその《誰か》だとすれば、その問題は解決する)


梨子(しいたけちゃんが外に出ている以上、《旅館の関係者》が最低一人は外を見渡せる状況じゃないといけなかった)


梨子(そして葉百さんが、身元がバレたらまずい事情だったとしたなら、バレても大丈夫な人がこの写真を撮影しないといけないことになる)




梨子(……この条件に当てはまるのは千歌ちゃんしかいない)





梨子(葉百さんが赤の他人だと考えることもできない)


梨子(しいたけちゃんとの撮影を望むお客さんは少ない上に、千歌ちゃんと似ている人なんて嫌でも記憶に残るはず……)


梨子(……いくら千歌ちゃんと葉百さんが会ったという証拠がなくても、条件に当てはまるのが千歌ちゃんしかいない限り)


梨子(この写真は、千歌ちゃんが数週間前に葉百さんと会ったその時に、撮影されたと考えるしかない!)



千歌「……わかってくれたかな?チカしかこの写真を撮影できた人はいないって」


千歌「梨子ちゃんが言ってるような、私がペンダントを持っている《本当の理由》なんてない。……最初に説明したのが全てだよ」


梨子「・・・・・・ぅ」



千歌「それとも、まだ梨子ちゃんは疑うの?……私の、ことを」


梨子「……ッ」




梨子(……。なんてこと……)



梨子(最初は、千歌ちゃんが写ってなきゃダメだってところから、千歌ちゃんがこのペンダントを持っていることはおかしいって考えていたはずなのに)


梨子(いつの間にか、しいたけちゃんが写っていたらダメだっていうことで、その考えが間違っていることが示されてしまった)


梨子(千歌ちゃんじゃなくってしいたけちゃんが写っていることがヘンだって私は思って……)


梨子(そもそもしいたけちゃんが写っているのならその考えがヘンだって千歌ちゃんは考えた……)



梨子(しかも、正しいのは明らかに千歌ちゃんの言い分だ……)



梨子(私がヘンだって言っている根拠は千歌ちゃんの性格や考え方にしかない。……単なる可能性の話)


梨子(けど、千歌ちゃんの方は違う。千歌ちゃん以外に不可能だったから、たとえ普段とは違った行動をとったとしても……千歌ちゃんがこの写真を撮ったと考えるしかないということが根拠だった)


梨子(可能性っていうのはどこまでいっても偶然の範疇を超えない。偶然、起こり得たかもしれないっていうだけ)

 
梨子(それに対して、不可能性というのは必然に行き着く……。それ以外不可能だったということは、それが必ず起こったということ)



梨子(……結論は。はっきりしている……)




梨子「千歌ちゃんが……正しい」



千歌「……よかった。これで、ようやく信頼してもらえるな」


梨子「……」





梨子(そうするしか、ない)


梨子(確かに腑に落ちていない部分はある)


梨子(けど、そうは言っても〝千歌ちゃん〟がこのペンダントを持ってちゃいけない理由は何もない)


梨子(千歌ちゃんに隠し続けることが無理だって最初の確信も違和感も、勘違いだっただけ)


梨子(……信じぬくために疑う。それ自体は間違っていないと思う)


梨子(でももう疑う余地がないのなら、これ以上食い下がっても不和を生むだけだ)


梨子(・・・・・・普通に考えて、おかしいのは私の方。だから、もう・・・・・・)








『やめる?』






梨子「……!」


梨子(不意に、頭に鳴り響いた声)


梨子(千歌ちゃんの覚悟を試す時に、曜ちゃんが言う言葉だ)





『やめるの?』






『梨子ちゃんは、それでいいの?それで本当に納得してる?』








梨子(……そんなことない!)ギュッ


梨子(やっぱり、まだ納得しきれていない。本当に、心の底から千歌ちゃんを信じ切れていない)


梨子(他ならない曜ちゃんも感じた違和感の正体……まだ完璧には掴めていない)



梨子(だったら、まだ確かめなくちゃいけないことがある!)




梨子「……千歌ちゃん」


千歌「うん?なあに?」


梨子「ごめん、千歌ちゃん。これが本当に最後」



梨子「……あなたに聞くのは、最後」



梨子「今度こそ自分の中の疑いを完璧に消すために、最後に確認したいことがあるの」



千歌「・・・ねぇ、梨子ちゃん。自分が何を言おうとしてるのか、何をしようとしているのか、わかってるの?」



梨子「……」



千歌「梨子ちゃんは、さっきから頻繁に制服のポケットの中に手を入れるよね。・・・たった今も、そうやってた」



梨子「!……」



千歌「不自然だよね。梨子ちゃんは普段、そういうことをしないのに」


梨子「……」


千歌「何か気になるものでも入っているのかな。ポケットに手を入れてる時の梨子ちゃん、とっても力が入ってる」


千歌「しかもね。まるで、その中にあるものを握って自分を奮い立たせてるみたいにしてるんだよ」



梨子「……気付いていたの?私が何をしているのか」



千歌「確証はなかったけどね。でも、今のではっきりしたよ」


千歌「・・・梨子ちゃん。悪いことは言わないよ。・・・・・・これ以上はもう、さ」


千歌「私はいいよ。でも、これ以上やるのは梨子ちゃんにとっていいことじゃないと思う」


梨子「……私のことを心配してくれてるの?」

千歌「それはそうだよ。こんなことで仲間の和を壊しちゃいたくない」

梨子「そっか。……ありがとう、千歌ちゃん」

千歌「わかってくれたの?」


梨子「……ごめん。それでも、私は」


梨子「私は、納得したい。自分自身の違和感の正体に答えを出したい」



千歌「・・・・・・。わかった。梨子ちゃんがそこまで言うなら、私も付き合うよ」



梨子「……ありがとう。千歌ちゃん」


千歌「でも、何もなかったら何も言えないよ?」


梨子「……」


千歌「私は梨子ちゃんのオクソクにちゃんと答えてきた。これ以上、新しい疑問がないのに同じことを聞くのなら、私はもう何も言えないし、言わない」

梨子「……わかってる。ちゃんと、新しい疑問を出すつもりよ」



梨子(……これ以降は迂闊なことは言えないということね)



梨子(・・・もしも千歌ちゃんの言った通りだったとしたら、このペンダントを千歌ちゃんが隠し持っていたことは説明されることになる)


梨子(けど、それは目の前の〝千歌ちゃん〟が本当に私の知っている高海千歌だった場合だ)


梨子(そもそもの疑念に立ち戻ると、私は目の前の〝千歌ちゃん〟が本物の千歌ちゃんじゃないと疑うところから出発したんだった)


梨子(私の違和感を完全に消すためには、この、馬鹿げているけど無視できない可能性を、否定しなきゃいけない)


梨子(この可能性を否定するためにはっきりさせなきゃいけないことがある)


梨子(鍵はやっぱりペンダントなんだけど……)




千歌「・・・・・・」



梨子(……同じ疑問の繰り返しは許されていない)


梨子(このペンダントが重要なものであった理由。多分今、それに答えることは出来ない)


梨子(だったら、問いの方向性を変える必要がある)


梨子(……もしこの〝千歌ちゃん〟が別の人物だったとしたら……その人は一体なぜこのペンダントを隠さなくてはならなかったのか?)


梨子(万一本当に〝千歌ちゃん〟が別人だとしたら、このペンダントにはその人にとって隠さなければならない不都合な事実があったはず)


梨子(もちろん、そんな事実が見つからなければそれでいい。今度こそ疑問の余地なしだ)


梨子(……このペンダントは〝千歌ちゃん〟にとって《あってはならない》ものだったのか。それとも、[亡霊]にとって《あってはならない》ものだったのか)


梨子(検討する余地は……まだ、ある!)



梨子(最初から証拠になり得るはこのペンダントだけ……だったらそれを徹底的に調べないでどうするっていうの!)


千歌「それで。梨子ちゃんは何がまだ腑に落ちないっていうの?」


梨子「それは当然……ペンダントの写真よ」


千歌「・・・私が《写っていなく》て、しいたけが《写っている》ことがおかしいってやつ?でも、それはもう済んだ話だよね?」


梨子「……そうだね」


千歌「じゃあもういいでしょ?これ以上、チカが話すことはないよ」


千歌「・・・言ったでしょ?同じことを繰り返し聞くようなら、もうこの話はおしまいだって」


千歌「梨子ちゃんもわかってくれるよね?もう、いいよね?」

梨子「もちろん。……もしその話をそのままするならね」



千歌「・・・・・・。どういうことかな」



梨子「千歌ちゃん。葉百さんは、このペンダントを《あってはならない》ものだって言ったんだよね?」


千歌「……そうだよ」


梨子「そして、それはなぜなのか……ここが、私の一番の疑問だった」


梨子「その疑問の理由は、《写っていない》もの、《写るはず》のものがこの写真になかったと思ったからだった」


梨子「このことについては確かに、説明がついたと思う。でも……」


梨子「でも、その逆の話についてはまだされていない」


千歌「逆・・・?」


梨子「千歌ちゃんも言ってたでしょ。私の主張とは逆に、《写ってはいけない》ものが写っていたって」


千歌「!」



梨子「もしこのペンダントが千歌ちゃん以外の人にとって《あってはならない》ものであった場合、この写真にはその人にとって写ってほしくないものが写り込んでいる可能性があるの」





千歌「・・・つまり梨子ちゃんはその残された可能性を否定するために、この写真に何もおかしなところはないって確認したいんだね」



梨子「……うん」


梨子「千歌ちゃんにとってだけ《あってはならない》理由があるんだって確信が持てれば……」


千歌「私を信じ切れるってこと、かな」

梨子「ええ」


千歌「わかった。それじゃあ、調べてもいいよ。・・・ヘンなものは、何も写っていないと思うけど」


梨子「ありがとう……(とりあえず、調べさせてくれるようには持って行けたわね……)」



梨子(とはいえ、パッと見じゃ千歌ちゃんの言う通り、ヘンなものは写り込んでいないように見える)


梨子(葉百さんの方は……しいたけちゃんの頭に右手を乗せてるってことぐらいしかわからないな)


梨子(特殊なアクセサリーを付けている様子はない。……この写真を撮る時はペンダントを外していたってことなのかな)


梨子(不自然といえば不自然だけど……これは後からいくらでも説明がついちゃいそうな気がする。決定的じゃない、か)



梨子(他には、強いて言えばしいたけちゃんがちょっと元気なさげに見えるような……気がするんだけど)

梨子(それはこの写真だけじゃわからないし、もっと決定的なものがあるかもしれない)


梨子(……しいたけちゃんといえば、この首輪のアクセサリー。やっぱり、大分ボロボロになってるな)

梨子(色もちょっとくすんでるし……ひっかき傷みたいなのもある)


梨子(……?《ひっかきキズ》……?そんなの、昨日見た時にあったっけ?)

梨子(それに、このキズ……キズにしては、ちゃんとした形をしているような……)


梨子(そう、まるで文字のように見える。これはもしかすると……)


梨子(……このままのサイズだとよく判別できないな)



梨子「千歌ちゃん。この画像って、拡大とか出来ないかな?」


千歌「!・・・・・・拡、大?」

梨子「?う、うん。ちょっと、気になるところがあって……そういう機能あったりしない?」



千歌「あるにはあるけど……ちょっとコツがあって、モード切替?ってのが必要らしいんだよね。貸してみて」

梨子「え、ええ(……どうしたんだろう)」



梨子(今、心なしか千歌ちゃんが今まで見たことないような眼をしたような……)


梨子(「むぅ~!」と言いながらペンダントに悪戦苦闘してる姿を見てる限りは、普段の千歌ちゃん通りに見えるけど……)



千歌「……はい、出来たよ。これで、スマホみたいに画像をおっきくしたり小さく出来るよ」

梨子「ありがとう……(この大きさだとちょっとやりづらそうだなぁ)」


梨子(さて、それじゃ首輪のアクセサリーを拡大してみよう)



梨子「……これ、拡大しても画質が荒くならないのね……大きさに合わせて画質を修正してくれるみたい」

千歌「そうなんだよ。すっごいでしょ?」

梨子「う、うん。これは本当に凄いね……(さっきから私ペンダントのこと凄いとしか言ってないわね……)」


梨子(う~ん、でもますます色々隠しておくのに便利ね……私も欲しい)

梨子(……なんてて横道に逸れてる場合じゃない。ちゃんと画像を確認しないと)


梨子(ちょっとずつちょっとずつ。画像を拡大していって……)


梨子(アクセサリーを充分拡大して、画面全体に写るようにした)


梨子(後は画質が修正されるのを待つだけ……)



千歌「・・・・・・」




梨子(…………拡大が、終わった)



梨子(そこに、写っていたのは……っ!)



梨子「……千歌ちゃん」


千歌「・・・・・・どうしたの?」


梨子「どうやら……千歌ちゃんの言う通りだったみたいだよ」


千歌「私の、言う通り?」


梨子「ええ。……この画像には」


梨子「《写ってはいけない》ものが写っていた!」

梨子「それも本当に千歌ちゃんの言う通りの場所にね!」


千歌「私の言う通りの、場所……?」


梨子「さっき千歌ちゃんは言ったよね?……私のオクソクの通りだとしたら《写ってはいけない》ものが写るって」


梨子「それがね、その通りだった。……私のオクソクが間違っていても、ね」



千歌「……!………酷い。まさか、しいたけを………」


梨子「いいえ。正確には違うわ」


千歌「!どういう、こと?」


梨子「私が指摘しているのは、しいたけちゃん自身じゃない。しいたけちゃんが身に着けているもののことよ!」

梨子「この拡大した画像を見て!」


千歌「……。しいたけの、首輪だね。大分、汚くなっちゃったな~」


梨子「そうね。確かに大分ボロボロね。……でも、今重要なのはそこじゃないの」


千歌「………え?」


梨子「しいたけちゃんの首輪が問題なのは事実よ。……でも」



梨子「一番の問題は、しいたけちゃんの首輪に写っているもの自体なの!!」




千歌「・・・つまり、どういうことなの?説明してくれるかな?」


梨子「……このアクセサリー。……沢山の、《ひっかきキズ》があるよね」


千歌「確かに、そうだね」


梨子「けどね、その一つ一つをよく見ていくと……その《深さ》と、《大きさ》が違うことがわかる!」


千歌「……《深さ》と、《大きさ》……?」


梨子「ええ。……このキズ。ほとんどはちょっとこすれた程度で、《浅くて》《小さい》ものばかりに見えるけど」

梨子「ある四つのキズだけは違う。……まるで、このアクセサリーに最初から彫られていた、そんな意匠があったんじゃないかって、思うぐらいに」


千歌「・・・・・・」


梨子「大部分は《浅い》キズに覆われていて、ちゃんとは判読できないのも確かなんだけどね……」


千歌「・・・仮に、《ひっかきキズ》の《深さ》が違ったとして。・・・それが、四つの字みたいなものだったとして。それが、何の意味を持つの?」

千歌「単に、キズの《深さ》がまばらだっただけだったとも考えられるでしょ?」


梨子「千歌ちゃん。……焦らないで」



千歌「・・・!」




梨子「確かに、浅いキズのせいで深いキズまでも覆い隠されているのは事実よ。でも……」

梨子「覆い隠されていないキズ……それを繋げると……文字のように見えるのも事実なの」



千歌「・・・・・・」



梨子「……そして、そのキズは、こんな形をしている」


梨子「『5Piqj』。……正直所々破線になってるし、ちょっと解釈が無理やりな感じは否めないけど」

梨子「でも、とにかく!これは凄く不自然なもので……貴女への疑いを強める[証拠]よ!」



千歌「・・・・・・どこが、不自然だっていうの?私にはそんなにおかしくは思えないけどなぁ」



千歌「そんなのただのキズで、たまたまついただけで、たまたまそんな形をしていただけかもしれないじゃん」


梨子「いいえ。……それはあり得ないの。……少なくとも。〝今〟は、ね」


千歌「〝今〟は?……なんのこと?」


梨子「〝今〟……。この時点で、こんなものがしいたけちゃんのアクセサリーについていることはあり得ない。……そういうことよ」




千歌「・・・。なんで、そう言い切れるの?」


梨子「だって、私はこの目で直接、見たのよ」


千歌「!・・・見たって、まさか・・・・・・!」


梨子「もちろんしいたけちゃんの首輪をよ。・・・・・・それもつい、昨日にね!」


千歌「!!り、梨子ちゃんが……本当に……?」


梨子「……ええ。……私の、ある種理不尽な、犬嫌いが。……どこかの誰かさんによって……」

梨子「もとい。どこかの堕天使様によって克服できたおかげで、ね」



千歌「・・・善子ちゃんの・・・・・・」



梨子「そういう、ことよ」





千歌「・・・・・・。なるほど、ね。……そういうこと、なんだね………」





千歌「それにしても・・・仲良くなったって聞いたけど。もう、そんなに近くに行って接することが出来るほど、ヘーキになってたんだね・・・・・・ちょっとそれは、ビックリだよ」


梨子「…………それで。それで、しいたけちゃんに今までのお詫びをしたかったから。……今まで、一方的に避けちゃってごめんねって」

梨子「私はずっと考えてた。どうやったらお詫びが出来るのかな、って」

梨子「……そう思い続けて、ある日私はしいたけちゃんのアクセサリーがボロボロだったことに気付いた。だから……」

梨子「私は、新しいアクセサリーをプレゼントしようと考えていたの。(……出来れば、メッセージを込めようとして、というのは……。〝今〟、関係はないんだけど)」


千歌「・・・・・・」


梨子「とはいっても、急にそんなものを押し付けられても、飼い主である家族は。……高海家の皆はちょっと、困っちゃうかもしれない。……そう思って、アクセサリーの具合を確認したの」


梨子「すぐ贈るべきか……もうちょっと待つべきか……調べるためにね」


梨子「……それも。昨日のうちに、ね」


千歌「……そんなこと、してたんだね………」


梨子「……ええ。千歌ちゃんが先に部屋に行ってる時に、ちょっとね」

梨子「悪いとは思ったけど……」


千歌「・・・・・・」


梨子「それでね、それを実際に見て考えたの。もうこのアクセサリーはボロボロだし、新しいアクセサリーをプレゼントしてもいいのかなって」


千歌「・・・確かに、梨子ちゃんはしいたけと仲良くなってくれたよね。・・・・・・〝今〟、私・・・・・・心の底から実感し直したよ」


千歌「・・・けどさ、それが何なの?チカには梨子ちゃんの言いたいことが見えてこないよ」


梨子「確かに、ちょっと余談が過ぎたわね。……でも、そこは本質じゃない」

梨子「私が、しいたけちゃんにさわれるようになった結果。……しいたけちゃんをよく見ることが出来るようになった結果」

梨子「私が確信をもって、言えるようになったことがあるの!」


千歌「・・・」


梨子「……千歌ちゃん。ごまかしは、もうやめて・・・・・・!」


千歌「・・・・・・」


梨子「……千歌ちゃんも、気付いているでしょ。……私がしいたけちゃんの首輪を昨日見たと言った時点で……」

梨子「わかってるはずだよ。……私がイチバン言いたかったことが。つまり!」


梨子「私は昨日、このアクセサリーに刻まれた《文字》を見なかったっていうことを!」



千歌「・・・・・・」



梨子「……私は、昨日。……自分の目で、見たの」


梨子「しいたけちゃんのアクセサリーを……そのボロボロっぷりを……!」

梨子「確かに、ボロボロだった。・・・・・・だけど・・・」


梨子「こんなキズはなかった!……こんな《文字》に見えるキズは、なかった!」



千歌「・・・・・・そんなの、梨子ちゃんの見間違いかもしれないじゃん」


千歌「・・・それに。梨子ちゃんがいなかった時の写真だって言えば説明になるよね?」


梨子「(……!)私が、いなかった時……?」


千歌「そうだよ。……梨子ちゃんが、転校してくる前の写真だって言えば、辻褄も合う」


梨子「……ええ。確かにそれは、その通りよ」


千歌「ほら。……ヤッパリ、梨子ちゃんのオクソクにはアナがあったみたいだね?」

千歌「ウチの庭にもある、アリジゴクが作ったのとおんなじよーなアナが!」



梨子(……それはそれで、なんで気付いていて駆除しないのかは、気になるけど。……しかも客商売の旅館なのに。……でも……)


梨子(でも、そのアナ以上に。もっと大きなアナがあったことに、千歌ちゃんは気付いていない!)


梨子(そう。自分自身が掘ったはずの《落としアナ》に!)




梨子「……千歌ちゃん」


千歌「なにかな」


梨子「……もしそんなアナを主張するのだとしたら。……千歌ちゃんの主張はアナだらけになってしまうのよ」


梨子「……アリジゴクどころか、ハチの巣ぐらいにね!」


千歌「チカの主張がハチの巣……?梨子ちゃん!」

梨子「!な、なに?」


千歌「それだと、まるでチカがたくさんの《モードク》を持っているみたいじゃん!」

梨子「え。………ゴメン。話の本筋はそこじゃないんだけど……」


千歌「……なんだ。それならそうと言ってよ」

梨子「……ゴ、ゴメン。(余計な例えのせいで余分な時間を取ってしまった)」



梨子「オホンッ!…………いい?その反論を受け入れるのだとすれば」


梨子「《いつ》《誰が》このペンダントの写真を撮ったのかわからなくなるのよ!!」


千歌「・・・・・・!」


梨子「どうやら千歌ちゃんも気付いたみたいね……」


梨子「千歌ちゃん自身が説明してくれたことだもんね。千歌ちゃんしかこの写真は撮れなかったと」

千歌「なるほど、ね。……チカは自分の掘った、《落としアナ》に……梨子ちゃんを落とそうとして」

梨子「ええ。……自分で落ちちゃったのよ」


梨子「……“墓穴”という名の、“生きた人間”の足元を致命的に掬う、アナにね!」



千歌「……梨子ちゃん」


梨子「何?」


千歌「……どうでもいいんだけどさ。流石にさっきから例えが多すぎじゃない?」

梨子「……最初に始めたのは千歌ちゃんでしょ!」


千歌「・・・まあ、そうなんだけどさ」


梨子「それはともかくとして!」

梨子「千歌ちゃんも気付いた通り、この写真が私の転校前のものだとすると、数週間前撮ったという千歌ちゃんのさっきの主張と矛盾するのよ!」


千歌「……まぁ、確かにそうだね。でも、見間違いって線はまだ消えてないよ?」


梨子「だったら!そのことを美渡さんに聞いてみればこの話は解決するはずよ!!」


千歌「……美渡ねぇ」


梨子「私だけが言っているのなら確かに、単なる言いがかりだと思う」

梨子「けど、千歌ちゃんの家族も言うのなら話はベツ。……それも、毎日しいたけちゃんのことを気にかけている美渡さんなら……」

梨子「ベツどころかカクベツよ!」


千歌「・・・・・・」


梨子「そして、その美渡さんが何も言わなかったとしたら。……この《キズ》……いや、この《文字》は!」

梨子「今までに一度も彫られたことがないものっていうことになる!」


梨子「美渡さんほど、しいたけちゃんをお世話している人はいない。……そんな人が、首輪が入れ替わっていた時期があったことを”見落とす”はずはない」



梨子「……どう、千歌ちゃん?今すぐ美渡さんに確認してみようか?」


千歌「……その必要はないよ。梨子ちゃん」


梨子「……ということは、認めるっていうこと?」

梨子「この首輪の文字は……《あってはならない》ものであったと!」


千歌「……梨子ちゃん。……梨子ちゃんこそ。焦っちゃダメ、だよ?」


梨子「……!」


千歌「梨子ちゃんの言うようにこのキズが《あってはならない》のだとしたら、このキズはどんな意味で《あってはならない》のかが問題になる」

千歌「そこを説明してからじゃないかな?その先の話をするには……」

梨子「ちょっと待って!それは《キズ》じゃない!《文字》よ!」



千歌「ふふ。梨子ちゃん、だから焦らないで?」



梨子「……な………!」



千歌「・・・だから、その《キズ》がそんなにトクベツな《文字》だったとしたら、何が問題なのか?・・・・・・そういう話だよ」


梨子「……ぐっ(何なの。この、強烈な焦燥感は……)」



梨子(こっちが問い詰めているはずなのに、いつの間にか立場が逆になっているかのような感覚)


梨子(……さっきの〝千歌ちゃん〟は私の知っている千歌ちゃんと変わらない受け答えの仕方だった。少なくともそんなに印象は変わらなかった)

梨子(だけど……今の〝千歌ちゃん〟は違う。問い詰められたことに動じないどころか、むしろ更に問いを進めさせようとしているかのような……そんな印象すら受ける)


梨子(まるでカンペキに〝千歌ちゃん〟であることによって、〝千歌ちゃん〟なら作ってしまうアナを見付けさせて……)


梨子(それを基に、私に何かを促しているかのような……そんな感じすら受ける)



千歌「どうしたの?答えられないの、梨子ちゃん?」


梨子(……なんにせよ、今はこの流れに乗るしかない)


梨子「……少なくとも。この文字は《いつ》この写真が撮られたかについて、疑問を挟むことになるわ」


梨子「千歌ちゃんはこの写真が数週間前に撮られたものだと言った。でも、そうだとすると……」

千歌「この写真に写っている文字みたいな《キズ》の説明がつかない」


梨子「………そういうことよ」


千歌「でもさ、実際に写っている以上、この写真が撮られた時、首輪にこのアクセサリーがついていたことは間違いないよね?」

梨子「ええ。だからこそおかしいのよ」


梨子「もし数週間前に撮影された時の首輪が写っているんだとしたら、その時かなり不自然な入れ替えが起きたことになる」


千歌「……さっきも入れ替えってことは言ってたけど、よくわからないんだよね。説明してくれる?」



梨子「・・・もちろん、そのつもりよ。……数週間前から今日にいたるまで、こんな文字は見たことがなかった。だとすれば、この文字はその間に付いたものではなかったことになる」


千歌「……もしそうだったとしても、それ以前の期間に付いていた可能性はやっぱりあるよね?梨子ちゃん、しいたけのこと苦手だったから、気付かなかっただけかもしれないわけだし」


梨子「……今になって自分の主張を変えるつもり?」

千歌「変えてはないよ。あくまで、数週間前から今までの間はともかく、それ以前は違った可能性もあったんじゃないかってこと」


千歌「さっきのチカの主張は、梨子ちゃんのいなかった時に撮られた写真ならってことを言っただけ」

千歌「そうじゃなくて。梨子ちゃんがいなかった時に付いた《キズ》で、それが数週間前撮影されたとしたら、辻褄が合うでしょ?」

千歌「それに。数週間の間で、キズがキズを覆い隠したって可能性も考えられるんじゃない?」


梨子「……(なるほどね。一見、間違ったことは言ってないようだけど)」


梨子(ここで、あの写真の存在がその説明を揺り動かすことになる)


梨子「……確かにそうかもしれないわね。……だけど、少なくとも浦の星が夏服になる前までは、そんなキズなかったみたいよ?」

梨子「少なくとも昨日皆でアルバムを見た時はそうだったよね」

千歌「何を言って……?あ。もしかして……」

梨子「そう。私と千歌ちゃんと曜ちゃんと、そしてしいたけちゃんと一緒に旅館前で撮ったあの写真」


梨子「……あれには、はっきりとわかるようなキズはなかった」

梨子「さて。じゃあその写真を撮った後、アクセサリーを変えたことはあったのかな?」


梨子「……これも、美渡さんに聞けばわかることだよね」


千歌「…………」


梨子「あの早い段階で撮った写真にキズはなかった。それから数か月の間にこれほどのキズが付くとは考えにくい」

千歌「でも実際、昨日見たしいたけのアクセサリーはキズだらけだったでしょ?」

梨子「もちろん。……ただし。《浅い》キズで、ね」


千歌「……流石。梨子ちゃんにはもっと《深い》ツッコミじゃなきゃ意味がないか」


梨子「……。とすると、《深い》キズが付くチャンスはあの写真を撮る前」


梨子「そして、千歌ちゃんの主張は数週間前にこの写真を撮影したということだった。……なら」


梨子「千歌ちゃんは、私が転校する前にあったボロボロの首輪をわざわざ取っておいて、この撮影の時だけ首輪を入れ替えたことになる!」


梨子「これはあまりにも不自然よ!!」



千歌「………確かに、普通はそうかもね。けど、これは《形見の写真》。ちょっとトクベツなものを、不自然だと思い込んでるだけじゃないのかな?」


梨子「美渡さんにも気付かれずに入れ替えを行ったことが、不自然じゃないとでもいうの?」

千歌「美渡ねぇ、意外と忘れっぽいし、私や志満ねぇがやってることには普段そんなに興味ないみたいだからそれもあり得るんじゃないかな?」

梨子「……強引にも過ぎるでしょ、そんな理屈」

千歌「強引でもしょうがないじゃん。あくまで偶然、普段とは違うものが写った。……そう考えられる限りはね」


梨子「いいえ。それは、ないわ」


千歌「そっか。……じやあ、それはどうしてかな」


梨子「確かに不自然な点が一つだけだったらそうだったかもしれない。だけど……」


梨子「二つ以上あったら……それは、偶然という言葉で完全に片づけられなくなるとは思わない?」


千歌「二つ……」


梨子「ええ。さっきも言った通り、写真を撮る時は基本的に一緒に写りたがる千歌ちゃんがここには写っていない」


千歌「・・・・・・」


梨子「そしてこの首輪の文字。……これもかなり不自然なものよ。……だったら……」

梨子「この写真の不自然な点は、単なる偶然で残ったとはとても考えにくいの」

梨子「もしこれを偶然だと言い張るなら、少なくとも二つの前提の内一つは説明できないといけない」


梨子「つまり……この写真は本当に千歌ちゃんが撮ったものだったのか?もしくは、本当に数週間前に撮ったものなのか?」


梨子「もっと踏み込んで言えば、《いつ》《誰》がこの写真を撮ったのか?」


梨子「……さっき千歌ちゃんが私に聞いたこと。これ千歌ちゃんに聞かないことには、話は進まないの!」


千歌「・・・逆、か。なるほどね……」


梨子「千歌ちゃん。これは……どういうことなの?」


千歌「・・・・・・」


梨子「千歌ちゃん!」





千歌「・・・どうもこうもない。それが、私の答えだよ」



梨子「…………!」


千歌「確かに梨子ちゃんの言う通り、この写真は不自然で……偶然撮られたもののようには思えないかもね」

梨子「だ、だったら……」

千歌「だったら。・・・どうして、そんな不自然なものが残ったのか?・・・・・・それを説明してほしいった話なんだろうけどさ」

千歌「つまり、もし梨子ちゃんの考えが正しいとしたら、この写真に写っているものは偶然じゃなくって、必然的に写ったものなんだって考えなきゃいけないわけだよね?」


梨子「……そうなるね」


千歌「偶然写ったんじゃないとしたら、そこには何か理由があるはず。そういうことだよね?梨子ちゃん?」

梨子「……!そうだよ。だから、はぐらかさないでそれを説明して……」




千歌「無駄、じゃないかな。・・・そんなこと、頼んでも」


梨子「な。なんで……?」


千歌「だって・・・理由なんて、答えようがないからね」


梨子「こ、答えようがない……?」


千歌「いい、梨子ちゃん?・・・ここに写っている以上、この写真は首輪の入れ替えか、文字に見えるキズがあったと考えるしかない。・・・ここまでは、完全には否定しきれないね」


千歌「そして、だったらなんでそんなものを、写真を撮る時だけ入れ替えたのか?……それも、問題になるんだよね?」


梨子「そう、ね」


千歌「じゃあ、その理由は?・・・・・・答えから言うと、そこに理由は必要ない」

千歌「[過去]は必然だよ。変えることは、出来ない」


梨子「……千歌ちゃん。何を言ってるの……」


千歌「いくら不自然であっても、この写真が撮られたタイミングはやっぱり数週間前しかない。・・・それは、さっき説明した通りだよ」


梨子「……そ、それは」


千歌「そして、撮影が出来たのはチカしかいない。……じゃあ、ヤッパリ偶然は偶然でしかない」




梨子「……必然って言ったばかりだけど?」


千歌「だから、偶然写ったとしか考えられないって意味で、必然なんだよ。偶然が必然だったとでもいうのかなぁ?」


梨子「……(頭が痛くなってきた)」


梨子「で、でも。この《文字》は……!?」

千歌「もちろん、キズの深さの問題はあるかもしれない。だけど、撮影が行えたのがチカだけな以上……この《キズ》は撮影の時付いていたとしか考えられない」

梨子「けどそんな特徴的な《キズ》は今までになかったものでしょ?」


千歌「うん。だからさ、梨子ちゃんは入れ替えがあったって思ってるみたいだけど」

千歌「このキズは単に文字と錯覚してしまうだけのキズに過ぎない。……そして数週間の間に、文字っぽい《キズ》をベツのキズが覆い隠したと考えることもできるよ?」

梨子「で、でも!そんなのは不自然だって、三人としいたけちゃんで撮ったあの写真が明らかにしてるでしょ!?」

千歌「でも、それから結構経ってるでしょ?……それに」


千歌「キズの《深さ》が、この写真だけでわかるとはいえないよ。……パッと見キズの深さが違ったように見えても、それがキズじゃなくて単なる影でしかない可能性は、あるからね」


梨子「……くぅっ!」



千歌「・・・流石の梨子ちゃんでも、くぅのオトしか出ないのかな?」

梨子「……うぅぅ。そ、それを言うなら、『ぐぅのネも出ないのかな?』でしょ!」


千歌「・・・・・・。ま、ポイントはそこじゃないんだけどね。・・・一番の問題は、さ」


千歌「梨子ちゃんの主張だと、この写真は偶然撮られたものではなくなる。偶然にしては、あまりにも不自然過ぎるから」

千歌「だとすると、この写真には私……チカが主張したように、何かこの構図になるための理由があったことになる」

千歌「チカはそれを《家族の形見》だからだって説明したはずなんだけど……梨子ちゃんはそれじゃ納得がいかないんだよね」


千歌「けど、それ以外の理由があるはずがないんだよ。だって……」

千歌「写真は覆しようがない。このペンダントに写っていて、条件的にチカしかこの写真を撮れなかった以上」

千歌「これは、チカが撮ったとしか言えないし、そこにこれ以上の理由はないんだよ」


千歌「要するにさ。もし、チカが写っていないことがおかしいなら……どうして写っていなかったのか、その理由が必要になる」


千歌「それに、偶然首輪を入れ替えたんじゃなかったとしたら……わざわざ首輪を入れ替えた理由もまた、必要になる」


梨子「首輪を入れ替えた、理由……」



千歌「・・・・・・梨子ちゃんの言うように、この《キズ》が特別な意味を持つ《文字》だったとしたら」


千歌「本当にそうだったとしたら・・・私に首輪の入れ替えをする理由があったってことになるね。でも、だからこそ」


千歌「首輪を入れ替えたのが偶然じゃないってなったら、チカが数週間前にこの写真を撮ったことが、間違いなかったと証明されるだけだよ!」


千歌「だって、この写真を撮れる機会は数週間前しかなくて、しかもそれをこの構図で撮る強い動機もあった……首輪を入れ替えてまで撮りたかった写真だって……そうなるだけだからね!」



梨子「……!」



千歌「結局、問題は変わってないんだよ。私はもう、説明をしてる」


千歌「どうして……チカが。……数週間前にこの写真を撮影したと言えるのか?そういう、説明をね」


梨子「………ぐ。ぐぅぅ……ぅ!」



千歌「・・・もう、ぐぅのネが出た?」



梨子(こ、これ見よがしに……!)


梨子「い、今のはお腹の音よ!」


千歌「え、う、うん……そっか。……じゃあもうこの話はやめにして、お家かえろっか?」


梨子「……こ、ここまで食い下がっちゃったら、そうもいかないでしょ!」

千歌「食べるのは晩御飯だけにしといた方がいいと思うけどなぁ。……でも、どっちにしろこれまでだよ」


千歌「・・・梨子ちゃんは不自然な事実を指摘したつもりだったみたいだけど」


千歌「むしろ、梨子ちゃんの言う通りだとすれば、私の説明にヘンなところはなくなるよ?」


梨子「千歌ちゃんが、不自然な行動をとった“理由”……それが説明されることになる、から……」”


千歌「……そういうことだよ」


梨子「だ、だからその理由を教えてよ!」


千歌「……梨子ちゃん。私はあくまで梨子ちゃんが言った通りだったとしたら。つまり、入れ替えがあったとしたらの話をしたんだよ?」

千歌「それでもし梨子ちゃんが正しかったとしても、結論は変わらないってことを言ったってだけ」


梨子「……ということは、入れ替え自体は認めないってことなの?」


千歌「そりゃそうだよ。それこそ、不自然過ぎるもん」

千歌「なんでわざわざその時だけ首輪を、それもヘンなものが写っているものに入れ替えるっていうの?」

千歌「それだけの理由があったとかならともかくさ」



梨子「……だからさっき、理由なんてないって言ったわけね……」


千歌「そ。こんな《文字》に見えるようなものが写ってるとは思わなかったけど……それだけだよ」


梨子「……《キズ》の深さが、単なる錯覚だなんて……本気で言ってるの?」

千歌「首輪の入れ替えがあったって本気で言うよりはマシだと思ってね」


梨子「……記録に残っているものに錯覚なんてあり得ないわよ?」

千歌「記録自体はそうだとしても、それを見る人が錯覚することはあり得るよね?」


梨子「……私が錯覚してるってこと?」

千歌「否定はできないよねってだけだよ。それとも、これが《キズ》じゃなくて《文字》だって言える根拠が他にあったりするの?」



梨子「そ、それは……」





千歌「・・・・・・ない、ってことなんだよね。もしあったら話してるはずだもんね」



梨子「……それは。そう、だけど……」


千歌「・・・。梨子ちゃんも認めてくれたことだし、じゃあやっぱりこの《キズ》は偶然、そう見えたってだけだね」


梨子「……でも、美渡さんはじゃあ、どうなの?そんな《キズ》見たことないんじゃないの?」

千歌「う~ん……このセンでいくと見たこと自体はあるんじゃないかなぁ?」

梨子「で、でもだったら……違和感ぐらい、持つんじゃ……」


千歌「だからこそだよ。それが、《キズ》であることの何よりの証拠なんだよ」


梨子「ど。どういうこと?」

千歌「美渡ねぇが違和感を持ったことがないってことは、結局、その《キズ》は《文字》なんかじゃなかったってことでしょ?」

千歌「もし、元から《文字》みたいな形だったとしたら流石に気付くはずだし。ってことは、本当に偶然、そんな形に見える《キズ》が付いてたってことの証明になるよね?」


梨子「……うぐっ!(は、反論できない……!)」


千歌「きっと美渡ねぇに『これ文字に見えない?』って聞いても『あぁ、そんな風にも見えるっちゃ見えるな』って返されておしまいだと思うよ」


梨子「……(た、確かに。さっきは強引な理屈だって反論したけど言われてみれば美渡さんなら言いそうだ……!)」


千歌「……今、美渡ねぇなら確かに言いそうだって思ったでしょ」

梨子「ど、ど、どうしてわかったの千歌ちゃん!」

千歌「いや、そんな顔してたから……」

梨子「そ、そう。千歌ちゃんには私のこと、全てお見通しって訳ね……」


千歌「……誰だってわかると思うけどね。梨子ちゃん顔に出やすいから」


梨子「・・・・・・ぬぅぅ!(ポーカーフェイスにはそれなりに自信があったのに……!)」



千歌「さて、と。……じゃあそろそろ帰ってご飯食べよっか?」


梨子「……え。ど、どうして……?」

千歌「だってもう全部話したし。それに、梨子ちゃんお腹空いてるんでしょ?」


梨子「そ、それは……(お腹じゃなくて頭が空っぽになって言葉が出なかったのよ!)」


千歌「このままだと夕飯残り物になっちゃうしさ。嫌でしょそんなの」

梨子「……残り物には福があるっていう言葉もあるけど」

千歌「いやいや。夕飯の残り物には福なんてないってば」

梨子「夕飯の残り物には……?」


千歌「……梨子ちゃんは一人っ子だからわかんないのかな。姉妹がいたら残り物なんて本当に残念なものしかないんだからね!ボヤボヤしてるといいのは全部食べられちゃうんだから!」

梨子「そ、そう……?」

千歌「そう!姉妹の争いっていうのはね、もうやるかやられるかなんだよ!」


梨子(姉妹全部がそういうわけじゃないんじゃないと思うんだけど……それにそもそも高海家でそんな争いをするのって千歌ちゃんと美渡さんだけなんじゃ)


千歌「……今さ、そんなことするのチカと美渡ねぇだけだって思ったでしょ」

梨子「え、えっ!?」


千歌「梨子ちゃんはさ、やるかやられるかの世界を甘く見てるんだよ。志満ねぇだって、いや、志満ねぇこそやる時はやるんだよ」

梨子「し、志満さんが……?(全然そんな風には見えないけど……)」


千歌「『人は時に、やるかやられるかやるかやらないかの二者択一に迫られる。その時にどちらを選ぶかでその人間の価値が決まる』……これ、志満ねぇが本気を出す時に必ず言う言葉だよ」


梨子「そ、その本気を出す時って……?」


千歌「モチロン、残り物争奪戦の時だよ。志満ねぇはさ、普段優しいけどたまにホントに怖いんだからね!妹相手でも全然容赦ないっていうか、手段選ばないんだもん!」

梨子「あ、あの志満さんが……」


千歌「でもま、割と普通のことじゃない?どんなところでも似たようなことしてると思うよ?」


梨子(流石にそんなに武闘派なのは高海家だけでしょ!)


千歌「梨子ちゃん。なんか納得いかなさそうだね?」

梨子「……そりゃあ、ね。少なくとも、私はそんな経験したことないし……」


千歌「・・・・・・どうかな。少なくとも今は、違うんじゃないかな」


梨子「……え?今は違う、って……?」


千歌「だってさ。梨子ちゃんってばさっきから、ずっとそうじゃない?……不自然なのかそうじゃないのか。もしそうだったとしたら、何か”理由”があるはずだって」

梨子「!」


千歌「志満ねぇの言葉ってどっちかしかないっていうことを言ってるわけだけどさ。でもそれって、今の梨子ちゃんも同じような感じじゃないかな?」


梨子「それは……」


千歌「・・・それに、ずっと思ってたんだけどさ。なんでそこまで、追求しようとするの?」


梨子「……!」


千歌「私のことを不自然だって言うけど、そこまで追求しようとする梨子ちゃんこそ不自然な気がするよ」


梨子「………」


千歌「あ、ごめんごめん!気を悪くさせるつもりじゃなくって、えっと、梨子ちゃんがおかしいとか、そういうことが言いたいんじゃなんだよ」

千歌「ただ、たまに自分でも何でそんなに焦ってるのかわからないけど、何かがどうしようもなく気になっちゃうときってあるよね」

千歌「梨子ちゃんもね、今そういう風になっちゃってるんじゃないかな?」


梨子「私が、焦ってる……」


千歌「うん。私にも経験があるよ。後になってどーしてこんなことで悩んでたんだろぉって思ったりね」

千歌「でもそういう風に何かに悩んでる時って、たいていたっぷりご飯食べてゆっくりお風呂に浸かって、ぐっすり眠ったら次の日にはキレイさっぱり忘れてるんだよね」


梨子「忘れて……」


千歌「そ。だからさ、梨子ちゃんもたまにはご飯食べてゆっくり休んだらどうかな。きっと次の日には、なんであんなに気になってたんだろーって思えるよ」









梨子(……『もう、いい加減にした方がいい』『千歌ちゃんの言う通りかもしれない』……そんな言葉が、頭の中に響いている)ギュッ


梨子(確かにその通りにした方がいいと思う。でも、こんなに大事なことを話されて、そんなに簡単に忘れられるかな?)


梨子(それに……千歌ちゃんの言うことに納得しかけていること自体が、違和感でもある)


梨子(本当に、このまま今日を終えて、明日目を覚ましたら、綺麗サッパリ忘れてしまえるかのような……そんな予感が、ある)


梨子(……ううん、予感なんてものじゃない。確信してるんだ……私は)


梨子(私は、私の違和感が明日には消えてしまうことを確信している……!)


梨子(でも、だからこそこの違和感を無視できない。……だとしたら)


梨子(私がとる道は、やっぱりこれだ)ギュッ



梨子「……千歌ちゃん。残念だけど、まだ私はご飯を食べに帰るつもりはないよ」

千歌「どうして?……もうなんにも残ってないでしょ?」

梨子「あいにくだけど、私は違和感を残したままご飯なんて食べられないの」

千歌「違和感……。でもさ、もう疑問の残り物なんてないでしょ?やっぱり気のせいなんじゃないかな?」


梨子「……千歌ちゃん。こういう言葉を知ってるかしら」


千歌「え、なになに?どうしたの突然」



梨子「『人は時に、やるかやられるかやるかやらないかの二者択一に迫られる。その時にどちらを選ぶかでその人間の価値が決まる』」



千歌「……それ、さっきチカが話した、志満ねぇの言葉じゃん」


梨子「……私は、今がその時だと思う。私がやるべき時は、今この時」


梨子「この〝今〟こそ、私がやるべき時なんだと思うの」



千歌「・・・」



梨子「ところで。……この言葉は時に、誤解を生むこともあると思うの」


梨子「そう……今の千歌ちゃんと同じようにね!」


千歌「……!今のチカと、同じように……?」



梨子「・・・ええ。『二者択一』は必ずしも正しいとは限らない」


梨子「その前提自体が間違っていたとしたら……どっちを選んでも、間違っていることに変わりはないの!」


千歌「前提を間違えてる?……なんの話?」



梨子「……今まで私は、ずっとある前提のもとで考えていた」


梨子「千歌ちゃんの言う通り、私は不自然な事実が生まれるのだとしたら、必ず理由があってそうなると思ってた」


梨子「それで、今までその理由が何なのか、探していたわけだけど……」



千歌「そんなのなかった。だって、事実が事実としてある以上、たとえ不自然であっても理由がないことはあり得るから。……そんなところかな?」


梨子「……確かに理由のない不自然はあり得ると思う。偶然という言葉で説明はつくからね」

千歌「だったら……」


梨子「でもね、偶然は偶然。そう何でも説明の出来るものじゃない」


千歌「……梨子ちゃんはさっきから、説明がつくかどうかばっか気にしてるよね。どうして説明できないこともあるって考えないのかな?」


梨子「……今回に限ってはそうはいかないからよ。千歌ちゃん……」


梨子「少なくとも不自然な状況だったり、信じられないことが“何度も“起こったとしたら……それは偶然という言葉だけで全て説明できるものじゃない。それはさっき話した通りよ」


千歌「・・・じゃあ、梨子ちゃんはどう考えるの?」


千歌「今までの梨子ちゃんの考えの通りだとしたら、不自然なことって理由があって起こったのか偶然そうなったかのどっちかになるはずだよね」

千歌「でも、今までの話はそのどっちでもないんだよ」

千歌「だとしたら……」



梨子「……だとしたら、そのどっちでもないことが起こったと考えるしかない。……そうじゃないかな」




千歌「・・・!どっちでもないって……。何を言ってるのか、わかってるの?」


梨子「ええ。……モチロン、わかってるよ。つまり……」



梨子「つまり、”首輪は入れ替わっていたし、その理由もあった。だけど、それは不自然な入れ替わりだった”!」



梨子「私はそう考える!」



千歌「・・・・・・。・・・本気でそんな風に考えるつもり?」

千歌「そんなの、ありえないよ。……だって、そんなの……」

梨子「……そんなのは。矛盾、してるから?」


千歌「・・・。……そうだよ。……そんなの、ヘンだよ」


千歌「だって、不自然かどうか……。そのどっちかしかないのに、そのどっちでもないだなんて」



梨子「……だったら、その『どっちかしかない』という前提こそ間違っていた。それこそ、私が陥っていた間違いだった」


梨子「そう考えてもいいよね」



千歌「どっちかしかないという、前提……?」


梨子「ええ。……矛盾っていう発想は、『どちらか片方に決まって、どちらかだけが本当のこと』……って。そういう考えから生まれるものだと思う」


梨子「そう……『二者択一』の発想から、ね」



千歌「・・・・・・」



梨子「でもね。そもそも、『どちらか一方だけ』だと考えるのは、矛盾が出てきた時だけ」

梨子「そして、矛盾っていうのは……ある出来事と、その出来事じゃないことが同時に成り立つことは、あり得ないということ」

梨子「つまり、ある出来事は、それを否定する出来事と同時に成立することは出来ない。当たり前といえば当たり前だけどね」


千歌「なるほど……ムジュンの意味はわかったよ。けどさ、それだとやっぱり梨子ちゃんの考えは。今、梨子ちゃん先生が教えてくれたムジュンの意味まんまだよ?」


梨子「……確かに、不自然かどうかだけ見れば、そのどちらでもないって考えは明らかに矛盾する。それは、その通りよ」


梨子「でも、言ったでしょ?『”その前提”こそが間違っていた』って」


梨子「つまり……『不自然さ』そのものの前提こそが、間違っていたのよ」



千歌「……『不自然さ』そのものの前提……」


梨子「……そうよ。私は千歌ちゃんの言う通り、こう考えていた」



『不自然なことって理由があって起こったのか偶然そうなったかのどっちかになるはず』



梨子「この考え、もっとちゃんと考えると……」


梨子「不自然さは理由があれば説明できる……理由があれば、不自然なことは不自然じゃなくなる……」

梨子「逆に言えば理由がなかったら不自然なものは不自然なまま。……そういう考えになる」

梨子「つまり、理由があるかどうかが不自然さの前提になっていることになる」


千歌「……その前提が、間違っていた、ってこと?」


梨子「ええ。……不自然であるかどうかと、理由があるかどうかは違う」

梨子「それにそもそも私は、説明できるかどうか?そっちこそを追求していた……」

梨子「そして、理由があっても説明できない不自然さはあり得る」




千歌「ふぅん……なるほどね。理由があっても説明できない不自然さ……か」



千歌「・・・そうなると、問題は何がその説明できない不自然さを」

千歌「……ってなんかわかりづらいから説明できなさでいっか。……問題は、その説明できなさをどうやって示すのかって話になるよね」


千歌「その写真に写っているものはそこに写っていなきゃいけない理由があった。でも、そこに写っちゃダメだった。・・・・・・じゃあ結局、何が梨子ちゃんの考えを示すっていうの?」


梨子「……簡単なことよ。この写真の《文字》を見ればいいだけなんだから」


千歌「・・・・・・本当に、こだわるね」


梨子「……千歌ちゃん先生がさっき教えてくれた通り。もしこの首輪に刻まれたものが《文字》だったとしたら……、そしてその《文字》が特別な意味を持つとしたら。当然、この首輪をつけて写真を撮る理由があることになる」


梨子「だけど、同時にその《文字》の持つ意味によっては……『首輪は入れ替わっていたし、その理由もあった。だけど、その入れ替わりは不自然な入れ替わりだった』……この考えも、成り立つ」


梨子「……千歌ちゃんの言葉を使わせてもらうなら『その入れ替わりは説明できない入れ替わりだった』とするべきかな」



千歌「……そこら辺はどっちでもいいよ。問題はまず、しいたけの首輪に写っているものが本当に文字なのかってところ……」


梨子「そして、もし本当に《文字》だったとしたらそれがどんな意味を持つのか。……というところ、ね……」




梨子(……あれ?そういえば……)


梨子(この話……さっきもしたような……)


梨子(それも、千歌ちゃんがしていたような……っ!?)




千歌『梨子ちゃんの言うようにこのキズが《あってはならない》のだとしたら、このキズはどんな意味で《あってはならない》のかが問題になる』


千歌『……だから、その《キズ》がそんなにトクベツな《文字》だったとしたら、何が問題なのか?……そういう話だよ』








千歌「・・・・・・そうだね。それこそが、本当の問題だよね」





梨子(……千歌ちゃんの表情が、さっきと同じになった)


梨子(私が、強烈な焦りを覚えた……あの表情に)



梨子(……ま、まさか……)



梨子「……まさか、今までの反論は本当にわざとだったっていうの?」

千歌「ん?……わざと、って?」


梨子「……写真を拡大してからのやり取りはほとんど堂々巡りに近いものだった……質問はこれで最後だなんて言ったはずなのに、一言では終わらなかった……」



千歌「・・・」



梨子「でも、千歌ちゃんは付き合ってくれているよね。……それこそ、徹底的に」


梨子「徹底的に、私の考えを全て潰しにかかることで。核心の部分……《文字》という[証拠]が一体どんな意味を持っているか……それだけに目を向けさせてくれた……」


梨子「たとえ堂々巡りでも、この過程を踏まなかったら……。どうして、この”文字”がここまで問題だと言えるのか」


梨子「どれほど、重要な意味を持つのか。……その視点に立つこと自体、出来なかったかもしれない……!」


梨子(この”文字”こそが全ての疑問に繋がる手掛かりだっていう視点に……!)



千歌「・・・・・・ねぇ梨子ちゃん。梨子ちゃんがそう考えるのは自由だけど・・・普通、《逆》だと思わない?」


梨子「(……!)ぎゃ、《逆》?」



千歌「・・・・・・。梨子ちゃんはその《文字》が重要なもので、それこそが全ての謎を握ってるって、そう考えてるみたいだけど」


千歌「普通わかんないよ?文字に込められた意味なんてさ」



千歌「それこそ・・・・・・自分に関係するものでもない限り」



梨子「……それは……」


千歌「チカがここまで梨子ちゃんに付き合ったのは、それを知ってもらうため」


千歌「どう考えても答えが出ないものもある。・・・・・・それを、梨子ちゃん自身に納得してもらうためだって、思わないかな?」


梨子「私に、納得してもうため……?」


千歌「だって〝今〟の梨子ちゃんは、そうでしょ?」


千歌「自分で納得するまでは、追及をあきらめない。・・・そんな風に見えるよ」

千歌「だからさ、自分で納得してもらうしかないなって。・・・もう説明しようがないって、ね」


梨子「……確かに、普通に考えたら見たこともない、聞いたこともない《文字》に込められた意味なんて、知りようがない。でも……」


梨子「でも、推測することは、出来るはず」

梨子「それすらもしないで、納得なんて私にはできない」ギュッ





千歌「・・・・・・そっか」











千歌「・・・・・・〈あなた〉は。あくまで、追及するつもりなんだ・・・」ボソッ






梨子「……え?千歌ちゃん今、何か言った?」



千歌「・・・何でもないよ。それじゃあ、聞いてみようかな」

千歌「この《文字》に。一体、どんな意味があるのか?……それに対する、梨子ちゃんの推測を、ね」


梨子「……ええ。いいわ……」



梨子(この《文字》に、一体どんな意味が込められているのか……)

梨子(それを考えるためにはまず、文字の形を把握しないといけない)


梨子(《文字》に意味があると考える以上……それがどんな文字であるかわからないと推測すら出来ないからね……)


梨子(もう一度、《文字》の部分を確認してみよう)



梨子(……『5Piqj』。なんとか読めたのが、この組み合わせだったわね……)


梨子(このままじゃよくわからないけど……)


梨子(おそらく、この《文字》はアルファベットがメインになっている……それは明らかだと思う)


梨子(それともう一つ。これはあくまで、そう読めそうなものをそのまま読んだ結果でしかない。よく見ると、文字のデザインも位置もバラバラだ)


梨子(……素直に考えて、意図してそういうデザインにすることはあまりない気がする。だとすれば……)

梨子(やっぱり、元のデザインは違っていたと考えるべきだよね)


梨子(なら、本当の形はどんなものだったのか明らかにすること……そこが出発点だ)


梨子(アルファベットで書かれている。……それを前提にして……)

梨子(文字に消えてる部分がないか。逆に、付け足されている部分がないか……検討してみよう!)


梨子(……一番目につくのは、『j』の部分ね)

梨子(これだけ、異様に形が小さいし……)


梨子(『j』に見えるのも、ただ曲がった部分と直線の部分が残ってるように見えるからだし。元は全然違った文字だった可能性が高い)

梨子(ただ、その分推測は難しい。この形一つから元の文字を突き止めるのはちょっと無理がある)

梨子(だったら……他の文字から、法則性を考えていった方がいい)


梨子(最もちゃんと形が残っているのは……『P』と『q』、ね)


梨子(『P』の方は……ちょっとななめ右に線の後みたいな、途切れた点線がある)

梨子(逆に、『q』の右の直線は、とってつけたかのように見える……)

梨子(とすれば、『P』はもともと『R』で、『q』は『o』だったんじゃないかな?)


梨子(そうだとすると……どうなるんだろう?)


梨子(『5Rioj』……まだ、これだけだと何もわからないままだ)


梨子(……『i』は、どうだろう)

梨子(これも、妙な途切れ方をしていると言える。点になっている部分がもしかしたら直線だったのかもしれない)

梨子(でも……そうだとして、直線の形を考えたら……候補は『1』か『l』か『I』……)

梨子(どれにせよ、意味は分からない……)


梨子(それに、そもそもアルファベットの大文字というセンは考えられない)

梨子(『R』と違って、明らかに元の文字の大きさが違う)


梨子(右端の『j』の部分は、キズが多すぎて原形が分からないんだけど……『i』はそんなにキズはついていない)

梨子(ただ単に、元の文字の部分が削れてこうなっただけ……そんな感じだ)


梨子(そうなら、小文字で『i』に近い形をしていて『o』に続く可能性があるもの……)

梨子(単語という観点を加えて考えた時、これに当てはまるのは)



梨子(『t』、だ)


梨子(私が知っている限りで『o』と一緒になって意味が通じる二文字の単語……それは『to』)

梨子(つまり、この考えを押し進めれば……『i』の元の形は、『t』しか考えられない)


梨子(……これで、残るは『5』と『j』だけ……)


梨子(『to』という解釈が本当に正しいとすれば……。この文字は、誰かから誰かへ送ったものということになると思う)


梨子(……誰から誰に、送ったのか……)

梨子(そこを突き詰めれば……残りの文字もわかるかもしれない……)


梨子(……今わかってるのは、『R』から誰かに送られているということのみ)

梨子(『R』に、当てはまるのは……)


梨子(……例えばAqoursだと。私か、ルビィちゃんになる)

梨子(それだけだったら、確証には至らない。でも……)



梨子(送った相手は……明らかだ)



梨子(……しいたけちゃん。この写真に写ってる通り、このアクセサリーはしいたけちゃんに送った、と考えるしかない)


梨子(・・・・・・だ、だとすると。この《文字》は・・・)


梨子(本当に、《あってはならないもの》……!?)



梨子(・・・ね、念のため、他の文字の形を考えてみよう……)


梨子(『j』はおそらく、『S』だったもの……『しいたけ』の頭文字をとって、『S』……そう考えられるから)


梨子(……それにしても。この『j』が、『S』、か……)


梨子(……『j』が『S』だったとしたら、ちょっとクセのある書き方だよね……)

梨子(だって、『S』は本来、”曲線”だけの文字。……それが『j』のような、”直線”が入ってる文字に見えるなんて……)


梨子(……もし。この書き方がクセだったり、デザインの統一を意図したもので、他の文字も同じように書かれているとしたら……)


梨子(『S』が、直線的な書き方になっているとしたら……)

梨子(……『S』と似ていて、『S』との違いは”直線”である文字……)


梨子(……この文字だ。私が『5』だと思った、この文字。つまり……)


梨子(……『5』は、……本当は『S』だった。……そう、考えられる)



梨子(……で、でも。……この考えが正しいとして)


梨子(文字の形を整形したら……!)






『SRtoS』







梨子(……『SRからSへ』……つまり、『SR』から、『しいたけへ』、という意味になる……!)



梨子(……そ、そして。こんな、”文字”のアクセサリーを送る動機を持った、人は……)






梨子(しいたけちゃんに何かを送ろうとしていた、人は……!)







梨子『…………それで。それで、しいたけちゃんに今までのお詫びをしたかったから。……今まで、一方的に避けちゃってごめんねって』


梨子『私はずっと考えてた。どうやったらお詫びが出来るのかな、って』


梨子『……そう思い続けて、ある日私はしいたけちゃんのアクセサリーがボロボロだったことに気付いた。だから……』


梨子『私は、新しいアクセサリーをプレゼントしようと考えていたの。(……出来れば、メッセージを込めようとして、というのは……。〝今〟、関係はないんだけど)』




梨子(……文字が、全てアルファベットなのも……)




ルビィ『でも、ローマ字で感謝の気持ちを伝えるのは悪くないと思う』


ルビィ『ちょっとその方向で考えてみるね。梨子ちゃんが、しいたけちゃんに送るっていう意味で、デザインしてみる!』






梨子(……そして、『SR』はイニシャルを指しているんだとすれば……その意味は……)







『S(桜内)R(梨子)』







梨子(……『桜内梨子』しか。……つまり、私しか)


梨子(私しか、いない……!?)




梨子「……あ。あぁ。あぁぁぁあぁ……」



千歌「・・・どうしたの、梨子ちゃん?[亡霊]でも、写ってた?」




梨子(ぼう、れい……)


梨子(亡霊って、[過去]に囚われた霊のことだった……)



梨子(でも、そんなの、あり得ない。……だって、これは)




梨子(だって、これは。……この、”文字”は……)






梨子「逆、だから……」ギュッ





千歌「・・・・・・逆?」




梨子「……これは、[過去]の、ものなんかじゃない……」


梨子「……こ、これは……」



梨子「まだ、存在しないものだから……!」




梨子「これを、送れるのは……」





梨子「<未来の私>しか、あり得ないから・・・!」







梨子(……私が必死で声を振り絞り、その言葉を口にした瞬間。私のものでもなく、千歌ちゃんのものでもない、たくさんの驚愕の声が辺りに響き渡った)


梨子(それを聞いた私は、震える手でさっきまで握りしめていたスマホのグループ通話を切り、以前鞠莉ちゃんからもらった超小型イヤホンを耳から外した)


梨子(……千歌ちゃんはそんな私の一挙手一投足を見届けた後……ゆっくりと、声の聞こえてきた方向……私の背後に、目線を移した)



千歌「・・・・・・」ニコッ



梨子(……その笑みからは。まるで、長らく待ちわびていた人たちにようやく再会できた喜びを、噛みしめているかのような……)


梨子(そんな印象を、受けた)



梨子(……問題は、最初から変わっていない)




梨子(目の前の〝千歌ちゃん〟は誰なのか)


梨子(そして、このペンダントは、《いつ》手に入れることが出来たのか)


梨子(だけど……その様相は、最初から大きく。……あまりにも大きく、変わってしまった)


梨子(この、ペンダントの写真によって……)


梨子(……いったい、この写真が写している真実とは何なのか)


梨子(……私には、私だけでは、知る由もない)


梨子(ふと、視線を〝千歌ちゃん〟と同じ方向に向けた)





梨子(私も、〝千歌ちゃん〟の見つめているもの。……Aqoursの皆に、……仲間たちに、目を向けるために)




千歌「・・・・・・やっぱり。皆に、電話を繋いでたんだね」


梨子「ええ。……まさか、全員がすぐに集まってくれるとまでは思ってなかったけどね……」

千歌「・・・・・・ふふ。そういう人の集まりだからね、Aqoursの皆は。・・・それにしても」

千歌「いつの間に、そんなイヤホン貰ってたの?」

梨子「……前に、鞠莉ちゃんが交流会でもらってきたものを、私にくれたの。……作曲担当だし、せっかくだからって……」

千歌「へえ・・・知らなかったな」


果南「……2人で話をするのもいいけどね。……そろそろさ、私達も仲間に入れてよ」


梨子「果南ちゃん……」


曜「……その、本当なの?千歌ちゃんの持ってるペンダントが、<未来>のものだって……」


梨子「……ええ。その可能性は、高いと思う……」


果南「事情はある程度聞いたけど。しいたけにアクセサリーを送ろうとしてたんだって?」


梨子「うん。そうだよ」


花丸「そして、そのアクセサリーに彫られた《文字》が……梨子ちゃんを示していた」


梨子「……うん」


ダイヤ「しかし梨子さん。今貴女は、「可能性」に、「思う」、と言いましたね。……では、確実にそうだとは言い切れないと、そうも考えられるのですね?」


梨子「それは……そう、かな」


善子「ちょ、ちょっと待ってよ!それじゃ結局、単なる思い込みの可能性だって考えられるじゃない!」

ルビィ「だ、だけど、梨子ちゃんしか《文字》の意味に当てはまる人がいないんだよね?だったら……」

花丸「……それだって、思い込みのセンは残ってると思う。むしろ、そんなものを送ろうとしていたからこそ、その”文字”の形を誤解することも考えられるし……」

ルビィ「それは……」


鞠莉「……私たちは、あなた達の会話を電話越しに聞いただけ。このままじゃ判断は下せないわ」


鞠莉「だから、その材料となるevidence。……証拠写真ってヤツを、見せてもらえるかしら?」


梨子「……千歌ちゃん、いいの?」



千歌「・・・・・・。いいよ。皆になら、・・・ね」



梨子「千歌、ちゃん……」


鞠莉「……じゃあ、ちかっち。お言葉に甘えて失礼するわね」

千歌「うん。どうぞ、鞠莉ちゃん」

鞠莉「ありがとう。……!こ、これは……」


善子「ど、どう?どうなってんの?」

花丸「お、おらにも見せて欲しいずら!」

ルビィ「ル、ルビィが最初に見たい!」

鞠莉「あ、ちょ、3人とも腕を引っ張らないでよちゃんと順番に回すからってイタタタタタタタ!ちょっと放してってば渡すものも渡せないってこんなんじゃ!」



果南「……流石の鞠莉も、1年生のフレッシュなパワーの前にはカタナシってところだね」


梨子「……果南ちゃんは鞠莉ちゃんがフレッシュじゃないとでも思ってるの……?」ヒソッ

曜「どうもそうっぽいね。……学年が違うだけで同じ女子高生なのにね……」ヒソッ

梨子「1年生と3年生だと言っても2歳くらいしか歳は違わないのにね」ヒソヒソ

曜「フレッシュさって2歳違うだけで変わるもんじゃないよね……」ヒソヒソ

ダイヤ「はいはい皆さん!このままじゃ収拾がつきません!1人ずつ見ていくように!」

鞠莉「そ、そうよ!だから3人ともこの手を放して!」


善子「……は~い」

花丸「わかりました……ずら」


ルビィ「………」グイッ


花丸「……ルビィちゃん?どうして鞠莉ちゃんの手を放さないの?」


鞠莉「そ、そうよ。どうしたのルビィ?2人は放してくれたし、ルビィも放してくれると助かるんだけど……」


ルビィ「……ダメ。ルビィが一番に見なきゃいけないから」


ダイヤ「ルビィ?今はワガママを言う時ではないですよ」


ルビィ「ワガママじゃないもん。だってルビィが、ルビィが見ないといけないんだから」

ダイヤ「ルビィ……!」


梨子「……すみませんダイヤさん。私からもお願いします」


ダイヤ「梨子さん……?」


梨子「私も、最初はルビィちゃんに見てもらうべきだと思います」


ダイヤ「……どうしてですか?」


梨子「それが、私の考えが正しいかどうかの決め手になるんです」


ダイヤ「……先程の感じからすると、あなたにはペンダントが<未来>のものであるとは、証明出来ないようでしたが」



梨子「……確かに私自身はまだ直接見たわけじゃない。でも、1人だけこのペンダントのデザインを知っている人がいる」


善子「そ、その人って、つまり……」




ルビィ「……ルビィ、だよね」





梨子「……。ええ。その通りよ」


花丸「なんでルビィちゃんが?」


梨子「……私はしいたけちゃんにアクセサリーを送ろうとしていたわけだけど。……それを作ってくれるのは、ルビィちゃんだからよ」


ダイヤ「……ルビィが、アクセサリーを?」


ルビィ「……そうだよお姉ちゃん。ルビィから、梨子ちゃんに言ったんだ」

ルビィ「よかったら、ルビィが作ろうかって……」


梨子「そうなの。……それで、私はお言葉に甘えることにして……」

曜「そっか。確かにルビィちゃんはデザインするのが得意だし、小物作りだって上手い」

鞠莉「梨子がルビィに頼むのも、自然な流れではあったということ、ね」


鞠莉「……なるほどね。だからルビィは最初に見ることにこだわったのね」




果南「……ねえ。つまり、こういうこと?……もしルビィがそのペンダントのデザインを知っていて」


ダイヤ「……ルビィが、そのペンダントを完成させていなかったら。それが作られた時は今だにない。……あるとしたら、過去でも今でもない時点。……すなわち……」



花丸「……未来、ずらか……」



梨子「……そう、なると思います」



ルビィ「…………」


ダイヤ「……ルビィ!」

ルビィ「ピギィ!?」


ダイヤ「……貴女には、この写真が本当に<未来>のものなのかどうか……。その、成否を判定する役目が課されているようですね」


ルビィ「……うん。そうだよ」


ダイヤ「………。わかりました。先程は、ワガママを言ったと決めつけて、ごめんなさい」


ルビィ「………。ううん。大丈夫だよお姉ちゃん」



鞠莉「……そういうことなら、これはルビィに渡すべきよね」


ルビィ「ありがとう、鞠莉ちゃん。・・・・・・千歌ちゃん?」


千歌「……うん?何かな、ルビィちゃん?」


ルビィ「……コレ、見せてもらうね」


千歌「……うん。どうぞ」



梨子(……そうして、ペンダントはルビィちゃんの手に渡された)



ルビィ「…………」





梨子(……長い沈黙が続く。私たちは、固唾をのんでルビィちゃんの第一声を待った)






梨子(そして……)








ルビィ「………し、信じられない……ホントに、これは……」






ルビィ「これは、ルビィが考えていたデザインそのものです……!」







鞠莉「……なんてこと」



善子「ほ、ホント、なの……?ホントに、本当……?」


ルビィ「本当だよ、善子ちゃん……。だって、考えていただけじゃなくって、今作りかけなのも、コレなんだから……」


曜「だとしたら、これが。……未来の……」


果南「じゃ、じゃあ千歌は?ここにいる千歌は……?」




果南「ペンダントが未来のものだったとしたら、それを持ってる千歌は……」



千歌「・・・」




果南「ねぇ。何とか言ってよ、千歌……」



千歌「・・・・・・」






曜「千歌ちゃん……」







ダイヤ「………これは、大変なことになりましたね・・・・・・」


ルビィ「まさか、千歌ちゃんが……未来から来た人、だなんて……」


ダイヤ「いえ、ルビィ。そうとは言い切れません」


ルビィ「え?」



ダイヤ「たとえ未来のものを持っているからといって、未来から来たとは限りません」

ダイヤ「更に……極論を言ってしまえば。未来から来た人や物が実在したとしても、そのこと自体は問題にはならないのです」


花丸「で、でも……未来からわざわざタイムスリップしてるのに、それが問題にならないなんて……」

ダイヤ「……そうです。真の問題は、そこにあります」


花丸「え、え?」




ダイヤ「もし本当に未来から来るなんてことが出来たとして、なぜ、『わざわざ』未来から来たのか。なんの目的があって未来から来るなんてことをしたのか」


ダイヤ「……その目的こそが、問題となるのです」



果南「……目的」


梨子「……」


鞠莉「……ねぇ梨子。そもそもどうしてあなたは、千歌を問い詰めるようなことをしたのかしら」


梨子「……鞠莉ちゃん?」


鞠莉「あなただって、驚いていたでしょう?千歌が未来と関わりを持つという結論に達した時は」

鞠莉「だとすれば、あなたは千歌が未来から来たということを疑っていたわけじゃないことになる。じゃあ、最初にあなたが疑った可能性ってなんだったの?」


梨子「……それは……」





千歌「・・・それは、私も興味あるな」





梨子「ち、千歌ちゃん?」


鞠莉「千歌……?」



千歌「梨子ちゃんはずっと、私に対して違和感を持っているみたいだったよね」


千歌「それをなんとかしたいからって、疑問を追求してきた」


千歌「でも、どうしてそこまで追求するのか。・・・・・・そこは、ちゃんとは教えてくれなかった」



千歌「・・・なんでかな。私も理由が知りたいんだよね」



梨子「……」



千歌「・・・きっと言いたくなかったんだと思うけどさ。・・・・・・〝今〟なら、言えるかもしれないよね?」


梨子「〝今〟、なら……?」


千歌「うん。だから、鞠莉ちゃんも聞いたんだよね?」


鞠莉「ち、千歌……」



千歌「きっと鞠莉ちゃんも、皆も……。薄々気付いてるんだと思うけど、でも、ハッキリと聞きたかった。梨子ちゃんの口から」

千歌「なんで、チカを……私を、疑っているのか。その理由を。・・・・・・違うかな、鞠莉ちゃん」



鞠莉「……違わない。その、通りよ」


千歌「そっか。よかったよ」


鞠莉「……千歌、あなた……」




ダイヤ「……梨子さん。説明をお願いできますか」


ダイヤ「貴女が千歌さんを問い詰めた、理由について」


ダイヤ「……貴女は仲間を信じるため、疑いを晴らすために、あえて千歌さんを問い詰めました。ではその疑いとは何なのか」


ダイヤ「言い換えれば貴女がそうまでして否定したかった可能性とは何なのか。……そろそろ、答えを聞いてもいい時でしょう」



梨子「……わかりました」




梨子(私が疑った、可能性。絶対にあり得ない、荒唐無稽な話)


梨子(ここ最近空想の話を皆としていたからこそ、持ってしまったもの。……でも)



梨子(〝千歌ちゃん〟が言ったように……〝今〟その疑惑は無視の出来ないものになってしまった)




梨子「私は……っ(……うぅ)」



梨子(……口に出したくない。でも、言わなきゃ)




曜「梨子ちゃん……」


梨子「わ、わたしは……!千歌ちゃんが……」




梨子「………千歌ちゃんが……。誰かと、入れ替わっているかもしれない。そう、疑っています」




ダイヤ「……!」

ルビィ「い、入れ替わり……?」

曜「千歌ちゃん、が……」






千歌「・・・・・・」





鞠莉「……そう。やっぱり、そう、なのね」


梨子「……」








善子「……何言ってるの。バカげてるでしょ」


花丸「……善子ちゃん?」


善子「入れ替わりだなんてあるわけない。だって、人一人が、別の人になってるのよ?」


善子「たとえ双子でも、ソックリさんでも……そんなことが出来るわけがない」


善子「そんな可能性、この世にあるわけがない。したとしても、誰も何も気付かないなんてことあるはずがない」




梨子「……私もそう思うよ。でも、〝今〟は違う」


梨子「ルビィちゃんがまだ作っていなかったアクセサリーが写っている以上、可能性がないとは言い切れなくなった……」

梨子「未来からタイムスリップが出来るのだとしたら……私たちの常識は、通用しない」



善子「う……」



梨子「それに、少しだけど、違和感を持っていた人がいるからこそ、ここに皆いる」


曜「……うん」

果南「……そうだね」



善子「う、うぅ……」




ダイヤ「……改めて確認しますが。では、貴女は、〝千歌さん〟が私たちの知る千歌さんではないと、主張するつもりなんですね?」


梨子「……はい」


ダイヤ「わかりました。……そうなると、先程私が話した問題……未来から来た目的が、入れ替わりにあると、そういうことになるわけですね」


鞠莉「……そうなると、問題は次のstepに進むわね」


曜「それって、〝千歌ちゃん〟が。……千歌ちゃんと、入れ替わっているとしたら、どうしてそんなことをしているのか……ってこと?」

鞠莉「ええ」

花丸「未来から来て、入れ替わる目的……ずらか」




千歌「・・・」








善子「……待ってよ。こんなの、こんなのってないでしょ!」


梨子「よ、善子ちゃん……」


善子「いくら何でもこんなのおかしすぎるでしょ!ち、千歌が、千歌じゃなくて……未来の人で、入れ替わっていただなんて……!」


善子「こんな訳の分からない理屈で、なんでみんな疑うの!?なんでこんなことで千歌を疑えるの!?」


ダイヤ「……」




善子「そんな、そんなの、千歌、が……。千歌が、千歌が……!」





曜「わかってるよ!!」





善子「っ!」




曜「そんなこと言われなくてもわかってる!私だって納得なんてしてないよ……!」




曜「でも、でも……だって……」


善子「……っ」







千歌「・・・大丈夫だよ。善子ちゃん、曜ちゃん。本当はおんなじことだってわかってるから」





善子「ぇ……?」

曜「千歌ちゃん……?おんなじって……」



千歌「善子ちゃんも曜ちゃんも、私を信じようとしてくれてることには変わらない」


千歌「ちょっと考え方は違うかもしれないけど、心はおんなじでいてくれてる。……違うかな?」




曜「それは……そう、だよ……」


善子「で、でも……。だったら、皆が皆、千歌のことを疑わなくっても……」






鞠莉「……ねぇ、善子?あなたは、どこまでを否定したいの?」



善子「え?」


ダイヤ「鞠莉さん?」


鞠莉「千歌にかけられている入れ替わりという疑い。これは、確かに普通あり得ないわ」


梨子「……」


鞠莉「でも、もし未来から来たとすると、そういうことも出来るかもしれない。だから千歌に疑いの余地が出来てしまうのだけど……」

鞠莉「逆に言えば、千歌の疑いを完璧に否定するためには、入れ替わりも、未来から来るということも不可能だということを、〝納得〟出来なくちゃいけないの」



善子「……なっ、とく……」



ダイヤ「……千歌さんが、梨子さんとの会話の中でも言っていましたね」

花丸「疑いを否定するためには、自分で納得してもらうしかない……」


鞠莉「そうよ。私たちは皆、納得したいの」


鞠莉「千歌への疑いが、とんだ見当違いだったって……そう思えるように」



善子「……」



梨子「……」




鞠莉「だけど、それって今の状況に限って言えばかなり難しいことよ?」


曜「どうして……?」


鞠莉「だって、確実な証明なんてこの場の誰にも出来ないのよ?未来から来るとか、入れ替わりだとか、それがあり得るかどうかを証明する[証拠]なんて、誰も出せない」



梨子(!……ま、鞠莉ちゃん……)



善子「え……?」


ルビィ「ちょっ、ちょっと待って!それはさっき、ルビィが……」



鞠莉「……それを証明する[証拠]、今出せる?」



ルビィ「な……!」


鞠莉「ルビィが本当に写真のアクセサリーを作っていたのか。……作りかけのアクセサリーの現物でも、作っている最中の日付が残った何かでも、何でもいいわ。……そういったものが、今ここにあるの?」


ルビィ「そ、それは……ないけど……」


鞠莉「そ。……だったら、今ここで、皆が確認できない以上。……ルビィの言っていることは、正しくない可能性があるわ」




善子「!」



梨子「な……!?」



ダイヤ「ま、鞠莉さん!?」



ルビィ「で、でも!ルビィはこの手で、作っていたんだよ!?自分の手で作っていたんだよ!?それを、間違えるだなんて……」


鞠莉「……ルビィ。あなた、デザインの知識はかなりのものよね?」

ルビィ「え、え?……急に、どうしたの……?」


鞠莉「……前、ユニットごとに色々やった時があったけど、CYaRonの旗をデザインしたのもルビィだったわよね?」

ルビィ「う、うん」

鞠莉「すごくちゃんとしてるよね?いつもすごいなって思ってたのよ」

ルビィ「そ、そんなことないよ」


鞠莉「……曜?あなたはよくルビィと一緒に衣装を作っているわよね?」

曜「え、え?そう、だけど……」



梨子(……鞠莉ちゃん、どういうつもりなの?)


梨子(鞠莉ちゃんの意図が、読めない)


梨子(どうして今、急に衣装の話なんて始めたの……?)




鞠莉「実際どうなの?曜から見て、ルビィは?」


曜「……えっと、すごいなって思うよ。センスも確かにあるんだけど、ちゃんと知識に裏打ちされているというか……」

鞠莉「しっかり勉強していると感じるのね?」

曜「う~ん、そうだね。色んな物を見て、勉強した上で一番ズバっと来るアイテムを提案してくれるなって私は思ってて、いつも凄く助かってるよ」

ルビィ「よ、曜ちゃん……。ちょっと、照れくさいよ」


鞠莉「そう……。流石ルビィ、とっても頑張っているのね」

ルビィ「そ、それ程でもぉ……」


鞠莉「ところで、ちょっと気になってたんだけど。デザインって、完全にオリジナルのものを作ることって出来るものなのかしら?」


ルビィ「え?どういうこと?」


鞠莉「私も曲を作ってたことがあるけど、その時は自分でオリジナルだー!って思って作ったものが、後から昔聴いた曲のフレーズそのままだったってこと、たまにあったから」


梨子「……(それ、似たようなことは私もあるな)」


鞠莉「梨子はどう?とてもそんな風には見えないけど、似たようなことはあったりするんじゃない?」


梨子「……え?私?」


鞠莉「うん」


梨子「まぁ……ないことは、ないけど……」

鞠莉「あ、やっぱりそうようね?」

梨子「う、うん……そうね(今度は、何なの?)」



梨子(……なんか、鞠莉ちゃんの口ぶりだと「私でもミスするときはしますけどね」みたいな風になっちゃったじゃない!)


梨子(って、そうじゃないそうじゃない。そんなことよりも、……それも大事だけど、そんなことよりも!)


梨子(気が付いたら鞠莉ちゃんのペースに乗せられて、つい場に飲まれているけど)


梨子(どんどん、話が逸れていっているというか……鞠莉ちゃんは、何を言おうとしてこんなことを……?)


ルビィ「気になったことって、そこ?」

鞠莉「そ。作詞の方でもある?」


梨子「……(確かにちょっと興味はある)」



梨子(どんな分野でも、何かを作っている時に。気付いたら参考程度にしていたものをそのまま使ってしまうことがあるのかどうか)


梨子(でも……。ここで話を広げる意味が、あるの……?)



花丸「作詞は……ないようにしてるけど、おらも気付かずにやったことがあるかも」

鞠莉「マルはたくさん本を読んでるし、インプットが多い分その可能性はありえそうよね?」

花丸「どうかな……。自分ではよくわからないけど、そうかもしれないずら」

鞠莉「否定は出来ないって感じかしら?」

花丸「う~ん……うん。……そういえば、千歌ちゃんはあった?」


千歌「ん?私?」


花丸「うん」

千歌「聞かれるまでもないっていうか……。しょっちゅうだよしょっちゅう。いっつもそうなんだもん」



ダイヤ「……流石に、いつもはどうかと思いますが」

鞠莉「でも、何かを作るって、どうしてもそういうことあるわよね?衣装とかデザインでもそういうのってあるのかなって」


梨子「……(鞠莉ちゃんもやっぱり、そこが疑問だったのかな?)」



ルビィ「う~ん……花丸ちゃんと同じで、気を付けるようにはしてるけど、もしかしたら……」



梨子(……でも、なんで?ここでそれを聞く、意味は……)



鞠莉「可能性自体は、あるかもしれない?」

ルビィ「う、うん」


鞠莉「オーケー。……よくわかったわ」


ルビィ「……う、うん……?」


果南「あれ、曜には聞かないの?曜こそデザインに関しては色々な経験をしてるはずだけど」

鞠莉「ええ。……その必要はなくなったもの」



梨子(……!ま、まさか……!)



曜「え、え?なんで?」


鞠莉「言ったでしょう?よく、わかったって」


ダイヤ「……一体、鞠莉さんは何をわかったというのですか?」


鞠莉「簡単な話。……ルビィを完全には信じることは出来ないってことよ」


ルビィ「え……!」

花丸「な……!」



善子「……なるほど、ね」



梨子「……っ!(コレが狙いだったのね……!)」




梨子(鞠莉ちゃんは、単なる称賛や疑問をルビィちゃんに言っていたわけじゃなかった……)


梨子(もちろんそれは本心だと思う。けど、それ以上の狙いがあった……!)


梨子(そのために。わざと皆に話を聞いたんだ……!)




ダイヤ「……どういうことですの、鞠莉さん。もしやとは思いますが……難癖をつける気だとしたとしたらわたくしも黙っていませんわよ」


鞠莉「……それは」




善子「それは、違うわ」


ダイヤ「!」



梨子「……よ、善子、ちゃん?」


鞠莉「……善子。貴女、気付いたのね」


善子「ええ。……お陰様で、ね」



ダイヤ「何を……何を、気付いたというのですか?」

ダイヤ「この際、善子さんでもヨハネさんでも構いません。ちゃんとわかるように説明してください!」


善子「……なんかその言い方は不服だけど。この際、不問にしてあげる」




善子「いい?そもそも鞠莉は、写真のアクセサリーは本当にルビィの作ったものと言えるかどうか問題にした」


善子「そこで鞠莉はこんなことを聞いた。……ルビィは、多くのデザインに触れているんじゃないのかって」



果南「……曜は。ルビィに知識があることを、認めていた……」


善子「言い換えれば……。ルビィにはデザインの”引き出し”が多くあったことになる」


花丸「!……鞠莉ちゃんが曜ちゃんに話を聞いたのは、そのため……?曜ちゃんに、ルビィちゃんはたくさん勉強していると証言させるために……?」


鞠莉「……」


善子「……そして、何かを作る時、私達はつい過ちを犯してしまうことがある。皆も認めていたように」


ダイヤ「あ……!」

ルビィ「それって。まさか……」


善子「そう。……無意識に全く同じものを、そのまま使ってしまうという過ち」


善子「ルビィもこの過ちを犯した可能性は否定できない。ルビィの考えたデザインは、既に存在している可能性がある。……つまり」



善子「ルビィが〝今〟アクセサリーを作っているからといって、それが<未来>のものであるという考えは、成り立たないということよ!」






ルビィ「……ピ」

ダイヤ「……ピ」







ルビィ&ダイヤ「ピギィャアァァァ!!」


梨子「……(やられた……)」



果南「で、でも。気付かない内に真似しちゃうもしれないからといって、このアクセサリーがその真似したものだってことにはならないでしょ?」


果南「……このアクセサリーの”文字”は、明らかに、梨子がしいたけにあげようっていう意味があるんだよ?……それが、既成のものと被るなんて普通考えられないよ」


鞠莉「……よくわかってるじゃないの。果南?」

果南「え……」


鞠莉「果南の言う通り。そんなの、普通は考えられないわ。……だけど、可能性自体はある」


ダイヤ「し、しかし……可能性の話をし始めてしまえば、キリはない」


花丸「……[証拠]さえあれば、すぐに決着は着くけど……」


鞠莉「無理でしょ?そもそもそんな[証拠]があり得るのかどうかすらわからないんだから」

鞠莉「だから、問題はどっちが説得力があるのか。ルビィが、既存のデザインを無意識に真似てアクセサリーを作ったという説明と……」


曜「……ルビィちゃんが、まだこの世にないものを作っているってこと……。どっちがまだ、納得できるかってことだね」


ダイヤ「……どちらも、まるで考えられないことです。しかし……」


善子「……今までルビィが触れてきたものは、絞り込みが出来る。つまり、探すことが可能よ。これに対して……」


花丸「未来である[証拠]なんて、どうやって探せばいいか、わからないずら……」

善子「そういうことね」


鞠莉「わかった?まだ、未来のアクセサリーなんて考えより、既成のアクセサリーがあった……。そして、それがたまたまこの写真に写り込んだと考える方が、よっぽどあり得そうだってことに」


果南「言われると、その通りかも……」



ルビィ「……う。うぅ」



梨子「……(ま、まずい)」






梨子(このままだと、皆が納得してしまう。でも……)


梨子(でも、反論は出来ない。だって……)




曜「……ねぇ。ルビィちゃんが無意識のうちに見たアクセサリー全てを追っていったとして……逆に行き着く可能性があると思うんだけど」

果南「逆に行き着く?」

曜「うん。参考にしたアクセサリーがこの世にない可能性だよ」


花丸「あ……」


ダイヤ「……確かに。捜索が可能であるということは、あるかないかに関しては検証が出来ます」


曜「そうだよね。それに、さっき鞠莉ちゃんが言ってたよね?あり得そうかどうかが問題だって」


鞠莉「……。そうね」


曜「だったらさ、この場合も同じだと思うんだ。ルビィちゃんに心当たりがない以上、少なくともあったという結論よりは、なかったってほうがあり得そうじゃないかな?」

ルビィ「よ、曜ちゃん……」



曜「……私は、なかったって[証拠]がない限り。……信じられないよ……」



梨子「・……でも、曜ちゃん。それは……」




善子「……それは。『アクマの証明』をしろっていうのと同じよ」



曜「ぇ……」

梨子「……!」

花丸「よ、善子ちゃん……」



善子「無いって言い切れない。それは、単にありそうにないってことに過ぎないわ」


善子「でも、それを受け入れた結果、千歌が入れ替わってるだとかいう結論に行ってしまうのだとしたら」


善子「……そんなのは<あり得ない>だけじゃ済まない。信じられないし、納得できないの!」



曜「あぅ……!」



鞠莉「その点……既存の商品がある可能性、そしてそれをルビィが無意識に真似したという考えは、信じられ、納得できる余地がある」


鞠莉「……心苦しいけど、ね」


果南「確かに……そっちの方が、まだマシっていうか……」


花丸「……ルビィちゃんのこと、疑いたいわけじゃないけど……」




曜「で、でも!ルビィちゃんがデザインでそんなミスするなんて考えられない!」

ルビィ「よ、曜ちゃん……」





善子「……何か勘違いしているようだけど。私は一言も、ルビィを信じないなんて言ってない。……むしろ”逆”よ」


梨子「……く」


曜「え……」


鞠莉「……」



梨子(……そう)



果南「一体どういうこと?」


ダイヤ「……善子さん?」


善子「ポイントは。ルビィ自身が可能性を認めたという点よ」



曜「……!」



梨子(ルビィちゃんが認めてしまっている以上……どんな反論も、力を失う……)





善子「何かを作ってる人なら皆同じ過ちを犯すなんてこと、現実には言い切れない。ただそういう傾向があるってだけで、例外はあり得る」

善子「だから、ルビィが気付いたら真似しているなんてことあり得ないって、断言したなら。……モチロン、私は信じる」


善子「鞠莉だって同じでしょ?」

鞠莉「ええ。当然ね」



ルビィ「……っ」



善子「けど、ルビィは認めた。可能性はあるって」

善子「それを信じるなら。……やっぱり、どうしても疑わざるを得なくなる」


善子「天秤にかけられている……あり得なさを考えたら、ね」



果南「……未来にあるものなのかどうか、か」



鞠莉「……実際のところ。ルビィとしては、どうなの?」



梨子「……!」


ルビィ「え……?」


ダイヤ「鞠莉さん……?」



鞠莉「私も極端なやり方をしたから。……話の流れで、ルビィが認めただけかもしれない」


鞠莉「ただ、わかってほしかったの。……[証拠]がないということが、どれだけ大変なことなのか……」



鞠莉「……納得するということが。[証拠]なしでは、どれほど難しいことなのか……」



ルビィ「……!」





千歌「・・・・・・」





鞠莉「だからこそ、改めて聞くわ。……ルビィ。自分のデザインが、絶対にオリジナルだって、言える?」



ルビィ「……う。うぅ……!」



ダイヤ「ル。ルビィ……」


曜「そんなこと……ないよね?ルビィちゃん、凄く……。すごく、頑張ってるんだから」


花丸「……」


梨子「……っ」



ルビィ「……」



ダイヤ「ルビィ……?」


鞠莉「……ごめんね、ルビィ。でも、聞きたいの。……あなたの、口から……」


果南「……」


善子「……」





ルビィ「…。ル、ルビィ……」






ルビィ「わ、私。……わからない、です……」




ダイヤ「……!」


曜「ルビィ、ちゃん……」


梨子「……っ」



ルビィ「ごめんなさい。お姉ちゃん、曜ちゃん。……でも、自分の言葉には、責任を持ちたいから」



ルビィ「私。もしかしたら……」


梨子「そ。そんな……」





千歌「・・・・・・」





果南「……ようやく、わかったよ。鞠莉の言いたかったこと」



鞠莉「……果南?」


果南「……[証拠]という、誰もが納得出来るものがない以上。私達は、一人一人の〝記憶〟、一人一人の言葉を信じた上で納得できるものを選ぶ」

果南「だから、最初に鞠莉は言ったんだね。[証拠]がないってことは、どんな可能性だって考えられるし、それに対してどんな反論だって出来てしまう」


鞠莉「……ええ。言い換えれば、どこまでを信じ、どこまでを否定すべきか、ちゃんと考えなきゃいけないの」



花丸「……つまり、こういうことずらか」


花丸「心の中の〝記憶や考え〟はあくまで、個人の主観的なもの。その人にとっては絶対の真実かもしれないけど、それを皆が認められるかってなると別の話になる」


花丸「皆が真実だと認められるのは、[記録]になり得るもの……客観的な、[証拠]だけ。……でも、ここではそれがない……」



鞠莉「……そうよ。流石、花丸ね」


花丸「……ここで褒めてもらっても。嬉しく、ないずら……」



ダイヤ「しかし。……ならば、今この時に結論を出す必要は、ないのでは……?」


花丸「え……?」


ダイヤ「ここは、一端保留にして、[証拠]が出揃うのを、待つべきなんじゃないか。そうも、言えますよね……?」


梨子「そ。それは……!」


ダイヤ「鞠莉さんもそうですし。……先程までの梨子さんと千歌さんとのやり取りからもわかるように……。どれほど言葉を交わしても、[証拠]による裏付けがないことの困難さは、ただならないものがあります」


梨子「……!」


花丸「……梨子ちゃんの話を聞いていると千歌ちゃんが疑わしくなったけど……」

ルビィ「気が付いたら全てひっくり返っていたもんね……」


ダイヤ「であれば……少しでも[証拠]が出そろうまで、話は止めておこう……と、考えるべきではないでしょうか」



梨子「……それは」



果南「……」


鞠莉「……確かにね。とても、合理的な意見だと思う。でも……」








千歌「・・・でも、納得出来ないよね」






鞠莉「……!」


果南「……!」


梨子「千歌ちゃん……!?」


ダイヤ「……ちか、さん……?どういうこと、ですの」



千歌「・・・・・・だって、皆の顔が、そうなんだもん」


千歌「なんかね。ここを逃すと、もう<終わり>だって。……そんな感じだよ、皆」



曜「……!」


善子「……!」



梨子「……千歌ちゃん」




千歌「・・・・・・。梨子ちゃんが追求しているのと同じように。皆も、納得をしたいんだよね」



ルビィ「……!」




花丸「……で。でも。現状じゃ……」


千歌「そうだね。・・・花丸ちゃんの言った通り。ただ心の中の記憶や考えだけじゃ、誰もが、いつでも納得できる真実を示すことは出来ないと思う。でも」




千歌「・・・・・・でも、私たちに必要なのはそうじゃない。私たちは、私たちが納得できる道筋が欲しいだけ」


千歌「・・・・・・。それなら。いつもと、同じでしょ?これは裁判でもなんでもない。ただ、全力で目の前の問題に立ち向かっているだけ」


千歌「だったら。・・・自分たちなりに、言葉を尽くせば、いいんじゃないのかな」




千歌「・・・ま。その問題が私にあるのに、こんなこと言うのもヘンだけど」



曜「……」


果南「……千歌」


千歌「・・・・・・善子ちゃん」


善子「えっ!は、はい……?」



千歌「・・・鞠莉ちゃんに代わって聴くね。・・・善子ちゃんは、どこまで否定するつもりなの?」



鞠莉「!」


善子「……!」


千歌「私。確かにヘンなもの持ってるし、ヘンなことしてるよね。それこそ、疑われても仕方ないくらい」


善子「そんなこと……!」



千歌「だからこそ」



善子「!」


千歌「だからこそ、聴くね?……チカの。・・・・・・私への、疑い。どこまで否定するつもりなの?」



善子「……」


梨子「……千歌、ちゃん」




千歌「正直、信じられないと思うんだ。不自然なのは確かだし、私、黙っちゃってるから」


千歌「でも、それはちゃんと聴かれたことを話したいと思うからで。・・・真剣に話したいからで・・・それでね・・・」






善子「……全部よ」







千歌「え・・・」




善子「決まってるじゃない。……全部、否定する」


善子「千歌を疑うもの。その全てを、私が否定してやる……!」



鞠莉「……善子」


曜「善子、ちゃん……」



梨子「……」



善子「梨子の考えや、気持ちだってわかる」


善子「……でも、どうしても。……信じるためだったとしても、あなたを疑いたくない」



善子「……あなたをずっと信じていたい!……だから……!」



果南「善子……」


梨子「……善子ちゃん」






千歌「・・・・・・ありがとう」




善子「……!」



千歌「ありがとう。・・・善子、ちゃん」



千歌「うれしい。・・・・・・ホントに・・・・・・」



善子「……ふ、ふん。トーゼン、でしょ?」


千歌「・・・へ?」


善子「あなただって、私のリトルデーモンなのよ!だったら、このヨハネが救ってあげるのが世の定めってものよ!」


千歌「・・・・・・ふふっ」


善子「な、なによその不敵な笑みは!?」


千歌「んーん。何でもないよ」


善子「何でもなくない感じだったでしょー!」


千歌「そりゃそうだよ。だって、私善子ちゃんのリトルデーモンになるの、ヤだって言ったもん」


善子「んな……っ!?」










梨子「……(な。なんなの……このフンイキ)」


梨子(すごくいい空気のはずなのに……冷汗が、止まらない!)



曜「……」



梨子(……だ、誰か。……たすけてぇ……!)






鞠莉「……お二人とも、仲睦まじいのは結構ですけれど。ワタクシも、仲間に入れて欲しいですワァ!」


千歌「!」


梨子「!」



善子「な。何?鞠莉……。そんな、ダイヤみたいな謎の言語を喋って……」



ダイヤ「……だ。誰が!謎の言語を話す、怪しい人ですってぇ!」


花丸「……誰も怪しいとまでは言ってないすら」

ルビィ「……その発想自体が謎だよね。どこから出てきたの?」


ダイヤ「な……!」


果南「……ダイヤは静かにしてていいよ。……それよりも、どういう……」


ルビィ「どういうこと?鞠莉ちゃん?」


果南「……そう。どういうこと、鞠莉?」




鞠莉「……元はと言えば。梨子が千歌を疑ったのは……私と善子のせいだったと思う」


梨子「……!」


善子「……」



鞠莉「部室での、私と、善子の話。……それがキッカケで、梨子は疑いというゴーストに憑りつかれたんだと思う」


梨子「そ。それは……」


花丸「……あの、[亡霊]の話と……」


果南「人間とロボットの、”入れ替わり”の話か……」



鞠莉「ええ。……こんなことを引き起こしたのは、そんな会話をしてしまった、私たちの責任でもあると思うの」


善子「……そう、ね」


梨子「……っ」


鞠莉「だから、私は。小原家の人間としても、浦の星女学院の理事長としても。……何より、Aqoursとしても。……責任は、とらなきゃいけない」



鞠莉「……それに。責任なんてものを抜きにしても。私は千歌を疑いたくない」


鞠莉「千歌は。Aqoursを蘇らせてくれた、恩人だもの」



梨子「ぅ……」


ダイヤ「……鞠莉、さん」

果南「鞠莉……」





千歌「・・・・・・鞠莉ちゃん」






鞠莉「……皆は、どうなの?どういう立場に立つつもり?」



花丸「ど。どういう、立場って……」


鞠莉「……梨子のように。信じるために、疑いの余地があれば、あえて最後まで追求するのか」


鞠莉「……それとも、私達のように。疑うこと自体を認めないのか。……言い換えれば、千歌への疑いを徹底して否定するのか」


鞠莉「……皆は。どっちを選ぶのって、こと」



果南「……!」


曜「……」





梨子「……(う。うぅ……)」





梨子(こ。こんな流れじゃ……!)


梨子(絶対、私のやり方なんて。……認めてもらえない!)


梨子(信じるため……そうは言っても、疑いであることに変わりはない……)


梨子(わかってる……わかってた、けど)



梨子(……誰も、味方してくれない中で。千歌ちゃんを追求するなんて……)




曜「……私は」


梨子「……!(あぁ……死刑宣告だ……)」




梨子(曜ちゃんが、千歌ちゃんに不利な立場に立つなんて、絶対に考えられない。……少なくとも、疑うのか信じるのかって聞き方をされたら……)




曜「私は!」




梨子(疑いの方向に……進むわけが……)








曜「……梨子ちゃんと、一緒だよ」


梨子「……?(……え?)」




果南「は?」


ダイヤ「……えぇ?」





梨子「え。……えぇぇ?」




梨子「え。え、え。えぇ……?」





梨子「えええええぇぇぇぇ!?」







ダイヤ「こ。これは……。どういう……」



果南「……曜。自分が何を言ってるのか、わかってるの?」




曜「……。うん。わかってるよ」


果南「……曜!」



曜「私……」




千歌「・・・曜ちゃん」


曜「ごめん、千歌ちゃん。……私だって……!」

曜「私だって、千歌ちゃんを信じてる!でも……!」



曜「……でも。だからこそ……」




曜「千歌ちゃんに、はねのけて欲しい。……私の、ちっぽけな疑いを……」



曜「千歌ちゃんを、心の底から信じるために……!」



梨子「……!」




曜「……私、大好きだよ。千歌ちゃんのこと……」




千歌「・・・・・・」




曜「だからね!……だからこそ!……だからこそ、梨子ちゃんと同じ立場を選ぶ」


曜「私、梨子ちゃんのことも。大好き、だから……」



梨子「……!よう、ちゃん……!」



曜「……大好きな二人を信じたいから。梨子ちゃんが千歌ちゃんを信じるために、あえて疑うのなら」


曜「……私だって。その先を、見て。……千歌ちゃんを信じたい」




善子「……」


鞠莉「曜……」





花丸「……こんなの。こんなの、おかしいずら……」


果南「……花丸?」



花丸「疑って、信じる?信じるからこそ、疑う?わかるよ……わかるけど!でも……」


花丸「わけが、わからないよ……」



鞠莉「……」


曜「……」



花丸「おら。……おら、どっちの立場にも立てない」


ダイヤ「……あえて言うならば。中立を選ぶ、ということですね」


花丸「……うん」


善子「花丸……」


鞠莉「……それも、立派な選択だと思うわよ」



花丸「……ルビィちゃんは……どう?」


ルビィ「……私は」




ルビィ「私は、私も梨子ちゃんと同じ。……さっきはああも言ったけど。……自分のデザインに自信を持たなきゃって思うし……」



ルビィ「……千歌ちゃんに疑いの余地がある以上。……追求しなきゃいけないと思う」


ダイヤ「……!」


梨子「……!」




善子「……そう」


花丸「ルビィちゃん……」




ダイヤ「……ルビィ」




果南「ダイヤ。どう……?」



果南「これで、立場を決めてないのは私らだけになったわけだけど。……ダイヤは?どうするの?」


ダイヤ「……わたくしは……」



ダイヤ「……。わたくしは、中立に立ちます」


花丸「ダ。ダイヤさん……!」


ルビィ「お姉ちゃん。……なんで?」



ダイヤ「……正直なところ。わたくしには信じられません。未来からのタイムスリップがあり得るだとか、入れ替わりが行われているだとか……そういった、非現実的な可能性を。しかし……」


ダイヤ「ルビィがデザインの勉強をしていること、色々なものを作っていること。その頑張りを、わたくしは知っています」


ダイヤ「そのルビィが、未来の可能性を示した。……ならば、検討の余地は、あるように思うのです」


ルビィ「お姉ちゃん……」



ダイヤ「それに。鞠莉さん、善子さんが指摘したように……可能性の議論は、慎重に行わなくてはならない」


鞠莉「ダイヤ……」


ダイヤ「二つの立場を成り立たせるためには、どちらかに偏ることのない人間が必要です」




ダイヤ「……ほら。生徒会長でスクールアイドルである、クールなわたくし。……この、判断力が必要でしょう?」




ダイヤ「その責任を果たせるのが……わたくしだというだけです」




ルビィ「……おねぇちゃん」


善子「……そりゃ、生徒会長かもしれないケド。クールなんて、言えるの……?」


鞠莉「『かも』じゃなくて、ちゃんとダイヤは生徒会長よ。……クールかどうかは、ベツだけど……」


ダイヤ「うるさい!そういうことは黙っておくのがスジってものです!」


果南「ダイヤ……」

ルビィ「おねぇちゃん……」


ダイヤ「……ゴホンッ!……そういうわけですから。後は、果南さんですわね」



果南「……」


曜「果南ちゃん……。果南ちゃんは、どうするの?」




梨子(……果南ちゃんは、千歌ちゃんとの付き合いは、一番長い)


梨子(実際、果南ちゃんは千歌ちゃんの微細な違和感にも気付いていた……)


梨子(だったら……)




果南「……」


果南「……っ」


果南「……。私も」


ダイヤ「……果南さんも?」


鞠莉「果南も?」


梨子「……」




果南「……私も。ダイヤと花丸と、一緒だよ」



曜「なっ……!」


梨子「な……!」


善子「なんで……!」




千歌「・・・。果南ちゃん」




花丸「……果南ちゃんは、ずっと千歌ちゃんを見てきたんだよね?だったら、どうして……」




果南「……ずっと見てきたからだよ」



花丸「……!」


曜「……果南、ちゃん」



果南「ずっと見てきたからこそ、私には……。千歌をちゃんと見届けなきゃいけない。そういう、責任がある」



鞠莉「……!」

ダイヤ「……!」



千歌「!・・・・・・」



梨子「果南ちゃん……」




果南「ホントはさ。千歌に味方したいよ。でも、〝今〟の千歌がちょっとヘンだって思ってる自分もいる」

果南「ただね。曜や梨子みたいにさ。……親友を想うからこそ、徹底的に向き合うって覚悟も必要だけど……」


果南「……どんなものであっても。結論を受け入れる、覚悟。それを持った人だって、必要だと思う……」



鞠莉「……か。果南……」


ダイヤ「果南、さん……」



果南「千歌じゃないけど、それを私が言うか!って感じだけどね。……だからこそ」


果南「物凄く千歌の味方したいけど。私は、Aqoursの味方にならなきゃいけないんと思うんだ……!」




千歌「・・・・・・果南ちゃん」




果南「……ゴメン、千歌」




千歌「・・・ううん。・・・それでこそ、だと思うよ」




千歌「それでこそ。私の知ってる、私が凄いと思う果南ちゃんだよ」


果南「ち。千歌……!」



曜「……」


梨子「……」







ダイヤ「……。これで。決まりましたね……」


ダイヤ「それぞれの……立場が」




花丸「……改めて考えると」



花丸「これって。おら達の、ユニットと同じ組み合わせだよね……」


善子「……!」


ルビィ「……!」


果南「……た。確かに……」



鞠莉「中立なのは、AZALEA。疑いを否定するのは、Guilty Kiss。そして……」


曜「信じるために疑うのは、CYaRon!。……そうも、言えなくはないかも」



梨子「で、でも!」


梨子「私はギルキスのメンバーなのに……2人は、《逆》の立場だよ!?」



花丸「あ……!」


果南「……千歌と、梨子だけが。……《逆》ってわけか……」



梨子「ちょっとは、味方してくれてもいいと思うんだけど……」


善子「……そんなこと言ったら。千歌だって、味方になって欲しいはずよ」


梨子「う……!」


ルビィ「……」



千歌「・・・」




善子「ユニットの仲間のはずなのに、千歌はその二人に疑われている。……こんな、《逆》」


善子「千歌が、一番かわいそうじゃない!」



梨子「……う」



善子「そんなことも気付かなかったあなたはねぇ!」



善子「もう、上級リトルデーモンリリーじゃない!……ただの、桜内梨子なの!」



梨子「うわあああぁぁあぁあぁぁぁぁあ!」





梨子(な。なんだか……)


梨子(善子ちゃんにリリーとか言われるのあんまり好きじゃなかったはずなのに。得体のしれないショックを受けている自分がいる……!)




曜「……で。でも……!」


曜「信じるために、疑う。……その重みを背負ってない善子ちゃんが、何で千歌ちゃんのことをどうこう言えるっていうの!」


善子「!……ぬ、ぐ……!」


梨子「よ、曜ちゃん……」


曜「善子ちゃんこそ!……そうやって《逆》を振りかざすの、どうかと思う!」


善子「……う、うぅ!?」



曜「これ以上、そんなこと言うなら……」



曜「もう。バスの中で隣になっても、喋らないよ!!」




善子「……ぐ。ぐぅぅくぅ!!」




ルビィ「ひ。酷い……」

花丸「……善子ちゃんはどれだけ仲良くなったとしても、タイプの違う先輩に自分から話しかけて盛り上げるなんて無理ずら。なのに、そんなこと言ったら……」

果南「せっかく仲良くなってたのに、善子と曜が気まずくなっちゃうね……」

梨子「……善子ちゃんの今後が、心配ね……(また、引き籠る恐れも……)」




ダイヤ「……そこまで!」


ダイヤ「今大事なのは、千歌さんを巡って仲違いをすることじゃありませんわ!……千歌さんをどのように信じるか、ではありませんの?」


善子「……!」


曜「!……」




千歌「・・・ダイヤちゃん」




ダイヤ「……わたくしたちの目的は、千歌さんの敵味方を区別することではありません」


ダイヤ「千歌さんを信じられないとしたら、どうしてそうなのか。……千歌さんを信じるなら、なぜ疑いを否定するのか」


ダイヤ「それを、明らかにするのが。……わたくしたちの目的ですよね?」


曜「う……」


ダイヤ「千歌さんも言っていましたが……。一見《逆》に思える行為でも、実際にはそうではないのです」



梨子「……(《逆》に思えるけど、実は”そうじゃない”、か……)」



善子「……」



ダイヤ「……それと、個人的には。……じもあいコンビが仲違いを起こすのを見るのは、イヤです」


善子「……ごめんなさい」



梨子「……さ。流石だ……」


千歌「・・・すぐにケンカを終わらせちゃったね」


花丸「ある意味、一番中立になってくれてよかった人ずらね……」



果南「……帰りのバスが気まずくなるのを防いだところで。そろそろ、本題に入ろうよ」

鞠莉「……そうね」


梨子「本題……」


ダイヤ「……本題というのはモチロン。千歌さんへの疑いを、議論するということです」


ダイヤ「今、千歌さんにかかっている疑いは大きく分けて2つ。……入れ替わりと、未来人であるかどうか」


曜「……」



善子「改めて聞くと……。ますます、ありえない疑いね……」



ダイヤ「……したがって。私たちは、次のことを問題にしなければなりません。……すなわち」


ダイヤ「入れ替わりなどということが出来るのか?出来るとしたら、どうして出来るのか?」


ダイヤ「未来から来る……そんなSFのような可能性があったとしても。なぜ、未来から来る必要があったのか?」


ダイヤ「いや、そもそも未来から来るなんて言うことが可能なのか?……それらを、わたくし達なりに、納得の出来る形で、話す必要があります」



鞠莉「何度も言っていることだけど。[証拠]がないから、全て私達のオクソクで話すしかない」


鞠莉「……あえて言えば。私達1人1人の言葉こそが、[証拠]と同様の役割を果たす」


善子「……無理難題なんてレベルじゃないわね」


花丸「……たくさんの学者さんが集まっても、結論が出ないような話ずら……」


果南「わかるわけないじゃんって、感じだけど。……私たちなりに、答えを出さなきゃだよね」




千歌「・・・・・・」




果南「……で?……話の順番はどうするの?」

ダイヤ「そうですね。……問題は、この議論が。可能性……それも、想定の可能性を巡る議論であることです」


ダイヤ「これは、どれだけ難しくても、納得が出来る限りあらゆる可能性を認めることでもあります」


ダイヤ「……見方を変えると。ここで求められるのは何故可能なのか、あるいは何故不可能なのか。可能であるための条件や、不可能であるという根拠こそが最も重要なものになります」



ルビィ「……根拠」


ダイヤ「納得には、根拠が必要です。……誰もを、ではなく……」


ダイヤ「……わたくしたち、全員を。……納得に導く、根拠が……」




千歌「・・・・・・」




梨子「……」




ダイヤ「よって。まずはその可能性について検討するのが最重要だと考えます」


ダイヤ「そして……その可能性を実現する方法があり得るのかを議論するというのはいかがでしょうか」


ルビィ「出来るか出来ないかの条件を最初に考えるんだ……」


鞠莉「……ダイヤ。要求がベリーハード、ね」


ダイヤ「それは……しかし……」


曜「でも、確かにダイヤさんの言う通りだと思う。条件をちゃんとわかってなきゃ、何を基準に考えればいいか、わかんないし……」



ダイヤ「……曜さん。ありがとうございます」




ダイヤ「……そこで。まずは入れ替わりの可能性について話を進めようと思いますが、構いませんか?」


鞠莉「……」


善子「異議なし、ってところね……」



曜「……」


ルビィ「……私たちも」


梨子「……そうね。話す準備は、出来てるわ」




千歌「・・・・・・」




ダイヤ「……わかりました」



ダイヤ「では、始めましょう。……入れ替わりが、本当に可能なのかについて」


ダイヤ「皆さんの考えを、聴きたいと思います……!」





梨子「……(遂に、始まった……)」



梨子(信じるための追及を……皆と一緒に、行う時が)


梨子(ゼッタイ、答えなんて出ないはずの問題だけど……なんでだろう)



梨子(何故だか、わからないけど。予感がある……!)



梨子(この話を進めた先には。必ず、何かがある……そんな、予感が!)






ダイヤ「何か、考えを述べたい方はいますか?」


ダイヤ「あれば挙手するように!……さぁ、発言したい方はいないんですの?」



花丸「……学校の先生みたいずらね」

曜「……まぁ、そういう見解もあるね」

善子「……若干拍子抜けよね。なんか場の雰囲気にそぐわないような問いかけというか」

曜「……そういう見解はあるね」

花丸「ずら……」




梨子「……(この三人……)」




梨子(せっかく人が気合を入れていたというのに……茶々を入れるんじゃないの!)


ダイヤ「せっかく人が気合を入れてるというのに。茶々を入れるんじゃありません!」



花丸「あっ、はい……」

曜「スミマセン……」

善子「恐縮です……」





梨子「……(私が怒るまでもなく、怒られたわね……)」





鞠莉「……。茶々を入れがちな三人は置いといて。私から、話してもいいかしら?」


ダイヤ「……コホンッ。わかりましたわ……」


ダイヤ「では、鞠莉さん。考えを述べてください」



鞠莉「そもそも、入れ替わりをするためには容姿が似ている人間が必要よね?」


花丸「まぁ……そうなるね」


鞠莉「ということは、千歌に似ている人間さえいれば入れ替わりを主張すること自体は不可能じゃないと思うの」


善子「……!ま、鞠莉……?」


ダイヤ「……確かにそうですわね」



鞠莉「けどさ。似ているって言っても、色んな似方があるよね?」


ルビィ「似方……?」


鞠莉「そ。顔が似ているのか、雰囲気が似ているのか、スタイルが似ているのか」


鞠莉「どれか一つだけが似ているって人は五万といる……とまでは言い切れないけど。でも、頑張れば結構カンタンに見つけられそうよね?」



果南「……なるほどね。つまり、こういうことか」


果南「入れ替わりの根拠は、似ているかどうか。……それも、一つの部分じゃなくて、全体として似ていなきゃ入れ替わりなんて出来ない」


曜「……もし、入れ替わりが起こっているとすれば。全部、似てなきゃいけない……」


鞠莉「そうよ。……けど、例え全てが似ていたとしても、入れ替わりは出来ないと思うの」


ルビィ「な、なんで?……全部が似ているなら、頑張れば出来そうなのに……」



鞠莉「簡単よ。似ているを超えて、同じじゃなきゃいけない要素があるからよ」



ルビィ「……あ」



ダイヤ「似ているでは誤魔化しきれないものがあると?」


鞠莉「ええ。……そもそもいくら顔が似ていたとしても、背丈が違ったら入れ替わりなんて不可能でしょ?」


花丸「……なるほど。体格は、ちょっと似ているってだけじゃ誤魔化しきれないものがあるずらね」


果南「でも、マルやルビィぐらい小さかったのが急に伸びたらともかく、ちょっとだけだったらパッと見じゃわからないよね?」



曜「……それはないよ、果南ちゃん」


果南「え、曜?……あ。そうか……」


曜「そう。衣装のサイズを合わせるために、皆の身長はその都度測らせてもらってるから……」


ルビィ「その数値が違ったら、すぐ曜ちゃんやルビィがわかるはずだもんね……」


曜「でも、つい最近測った時も千歌ちゃんの身長に変化はなかった……」


梨子「……」



花丸「……一端鞠莉ちゃんの話を整理しようと思うんだけど。……いい?」



善子「……いいわよ」


曜「同じく……」


花丸「ありがと。……鞠莉ちゃんの言った通り。入れ替えは、全部が似ていないと成立しないずら」


鞠莉「その通り。……よくわかってるわね、花丸」

果南「……よくわかるように言い換えたのは私だけどね」


花丸「でも、もっと突っ込むと。……鞠莉ちゃんの主張で重要なのは”変更”の条件ずら」


ルビィ「変更……」


花丸「”似せる”という言葉があるように。……やり方次第では、《同じ》に近づくことが出来る」


花丸「言い換えれば、”似る”こと自体は、不可能じゃないということ」


花丸「例えば、顔だったら……。似せる方法は、ある」



ダイヤ「……顔は、変えられる。したがって、入れ替わりを否定する条件には、必ずしもならない」

ダイヤ「……そういうことでしょうか」


花丸「そうずら。……それを踏まえた上で入れ替わりの条件をとりあえずで挙げてみると……」



花丸「一つは、容姿が似ていること。もう一つは、性格が似ていること」


花丸「性格の方に関しては触れてないけど、少なくともこの二つは似せることは出来る。……つまり、ある程度”変えること”が出来る」



善子「なるほどね。……どれほど似ていても。……もし、入れ替わったのだとしたら、たくさんの違いが出てくるはず」


果南「……体力の違いとか?」

鞠莉「歌声の違いも、出てきそうね」


曜「……でも、それも変えられるという意味では、なんとか出来そうな話。……それに対して……」



花丸「……更にもう一つ。……体格は、どうずらか」



曜「……」


ルビィ「……体格は、誤魔化しようがない。……衣装を作る時、絶対に《測る》ものだから……」



花丸「……そう。スクールアイドルだからこそ、少なくとも体格に関しては、似ているだけじゃなく、《同じ》だと断言できなきゃいけない」




ダイヤ「つまり……。Aqoursでいる以上、体格が違った場合は、入れ替わりという行為が《不可能》になる……」

ダイヤ「なぜなら、衣装を作る際に、その変化に気付かないことは考えられないから……」


善子「同じかどうかは別として。他の要素だと、もし物凄く似てたら変化しているという確証は持てないわね……」


ダイヤ「しかし……同じでなければならないもの。変化した場合、必ず発覚するようなものがある場合」


曜「……入れ替わりは、あり得ない」


花丸「……そういうことになるずら」



ダイヤ「……わかりました。では、他に何か……条件は、あるでしょうか?」


ルビィ「体格以外で間違えようがないもの……」



梨子「……」




果南「……体格より先に出ると、思ったんだけどね」


梨子「……か。果南、ちゃん……?」


果南「あるよ、条件。……私の思う限りではだけどさ」



ダイヤ「……一体、なんでしょうか」


果南「決まってるよ。……〝記憶〟……だよ」


ルビィ「!」

花丸「!」




千歌「・・・・・・」




鞠莉「〝記憶〟……」




果南「うん。……そりゃモチロン、ある程度誤魔化しようがあるとは思うよ?誰かから聞くとか、何かの方法で知りさえすればその通りに振舞うこと自体は出来るし」


果南「でも、例えば。私しか知らない千歌の秘密があったとして。……入れ替わった人は、それを持っているように振舞えるのかな」


梨子「……!」



善子「……確かにね。何らかの方法で、知ることが出来れば、話は別かもしれないけど……」


花丸「そもそも2人だけの秘密を知る手段があるとは、考えにくい……」




曜「……〝記憶〟に関しては、それだけじゃないよ」


梨子「よ。曜ちゃん……?」


曜「……さっき、性格の話がちょっと挙がってて……性格も、似せられるって花丸ちゃんは言ってたよね」


花丸「う。うん……」



曜「……私も、そう思うよ。例えば、この人だったらこういうこと言いそうだなぁとか、こういうことやりそうだなぁってこと、真似するのって出来なくないと思うし……」



曜「けど……”しそうなこと”と、[しちゃうこと]は違うと思うんだ……」




花丸「しちゃうこと……?」




曜「例えば。……本当はやめようと思ってるけど、つい出ちゃう口グセとか」


ルビィ「ピッ……!」

花丸「ずらっ!」


善子「……耳の痛い話ね」




曜「例えば……自分でもわかってなくて、周りにもバレてないんだけど……すごく近くにいた人にだけはわかるクセとか」


鞠莉「……」チラッ

果南「……」チラッ


ダイヤ「……。なんですの。2人とも……」


果南「……いや」

鞠莉「……曜の言ってること、わかるってだけよ」


ダイヤ「……?」



梨子「曜ちゃん。……つまり、曜ちゃんは、クセも、似せることが出来ないものだと言いたいのね?」



曜「……そうだよ。クセはそう簡単に、真似の出来ないもの」


曜「それに、何より。周囲がすぐ気付いちゃうところじゃないかな」


花丸「……周囲が気付く?」


曜「うん。昔からのクセさえ知っていれば、クセが出なくなったり、ちょっと出るタイミングとかが違うだけでも気付くと思うんだ」

曜「それも、長く一緒にいるほど。……長く、一緒にいたほど。……違和感は、大きくなると思う……」

曜「鞠莉ちゃんも花丸ちゃんもしてたでしょ?……周囲との食い違い……それも一緒に考えると、入れ替わるのは難しいって」


鞠莉「……」


果南「……」



善子「……要するに、クセが違った場合も。〝記憶〟の問題が出てくるってわけね」


梨子「……〝記憶〟……」


ルビィ「確かに。クセは、誤魔化しようがないもんね……」


花丸「見方を変えると……。それだけ自然に出てしまうものをカンペキに真似するのは、難しそうだよね」


ダイヤ「……自然とやってしまう行動ですからね。モチロン、どういう条件でそのクセが出るかを分析し、真似することも出来はするでしょうが……」


鞠莉「それを可能にするためには、真似する対象のことを、全て知らないといけない」


果南「例えば……嬉しい時に誤魔化す癖があって……それをカンペキに真似しようとしたとして。……そもそも、真似したい人の、嬉しい時ってどんな時なのか、わからなきゃいけないよね」


善子「……真似したい人の価値観全体がわかっていないと、難しいことね……」



梨子「……果南ちゃんと曜ちゃんの話をまとめると。入れ替わりの可能性を考えると、二つの意味で〝記憶〟が問題になるってことね……」


梨子「つまり……クセというものを考慮に入れた時。周りの記憶と、入れ替わろうとする人の記憶の、二つの記憶が問題になる」


梨子「本人にも誤魔化しようがない以上。もし入れ替わりがあったとして、その後に少しでも周りとの記憶の齟齬があれば、気付かれる恐れがある」


梨子「この可能性を防ぐためには、入れ替わる対象の人の〝記憶〟を、かなり正確に理解していないといけない……」


梨子「でも。……他人の〝記憶〟を把握しきれるとは考えられない」


梨子「……第三者には知ることが出来ない記憶……それがある可能性は、簡単に考えられるから……」



ルビィ「……じゃあ。もし、第三者じゃない人が入れ替わろうとしたら、どうなるの……?」

梨子「……」


善子「……まあ、そこは確かに問題になるわね」



ダイヤ「第三者ではない、近しい人ならば……。果南さんと曜さんが指摘する条件も、クリアできるかもしれない……」


ルビィ「うん。例えばずっと一緒に住んでた家族とか……」


ダイヤ「……残念ですがルビィ。だとしても、今度は別の制約がついてしまいます」

ルビィ「え……?せいやく?」


ダイヤ「ええ。梨子さんが繰り返し問題にしてきたことが、ここでも出てきます」


ダイヤ「そうですね?梨子さん」


梨子「はい。……曜ちゃんの言葉にあったように。入れ替わりの期間が長ければ長いほど、〝記憶〟の齟齬は出てくると思う」


梨子「ルビィちゃんの言う通り、入れ替わり相手に近い人なら、ある程度の期間であれば入れ替わりは不可能じゃないかもしれない」


梨子「でも……それなら、ある程度の期間ってどれくらい?って疑問がわくよね」

ルビィ「あ……」



善子「……まぁアニメや漫画なんかでも、最初は入れ替わりが上手くいってても徐々にバレていくのが相場よね……」



梨子「……言い換えると。《いつ》から入れ替わったのかが、問題になる」


梨子「しかも、それだけじゃない。《誰》がそんなことを出来、なんでそんなことをするのかというのも問題になる」


果南「なんでそんなことをするのかっていうのは……ダイヤが言ってた、入れ替わりの動機も必要になるってことだよね」



ダイヤ「……〝記憶〟を問題にするということは。時間の問題と心や意識の同一性の問題を相手することになる、といったところでしょうか」


梨子「……大げさに言うと、そうなります」


花丸「……まるで、哲学ずら……」



梨子「……」





千歌「・・・・・・」





ダイヤ「さて。ここまでの話で入れ替わりが成立するためには、少なくとも二つの条件があるという結論が出ました」


ダイヤ「一つは、体格が《同じ》であること」


ダイヤ「もう一つは、〝記憶〟が《同じ》であること」



鞠莉「……まぁ、〝記憶〟に関して言うと。明らかに食い違いがあるケースならともかく、多少の違い程度だと疑える余地もあるんだけど」


善子「そもそも自分と別の人との〝記憶〟が完全に一致するなんてこと、考えようがないしね」

花丸「あくまで、周りとの齟齬を生じさせないという意味で《同じ》にしか思えないってことがポイントずらね」


ダイヤ「そうですね。〝記憶〟もある意味では、周囲のイメージさえ把握できれば似せることは可能です」

ダイヤ「《同じ》でなくてはならない部分であっても、条件によってはボロを出さないこと自体は容易に考えることが出来ます」



曜「……それは……そう、かな」


果南「期間次第では、真似出来ないこともない。……それは、認めてるからね」



ダイヤ「ということは主眼になるのはやはり、体格の問題です」


花丸「体格以外の要素の変化は、ある程度できるけど……」

ルビィ「体格は、そう簡単に変えられるものじゃないから……」


梨子「……うぅん……」



ダイヤ「……梨子さん。そもそも貴女は、誰と千歌さんが入れ替わっていると考えているんですか?」

梨子「……え!誰と、ですか……?(きゅ、急にくるとは思わなかった……!)」


ダイヤ「はい。……先程、千歌さんと梨子さんの会話を聞いて、梨子さんにはある確信があると思っているのですが……改めて、ちゃんと聞いておきたいと思いまして」

梨子「……な。なるほど……」


ダイヤ「それで、結局誰なのですか?梨子さんの疑う、千歌さんと入れ替わっている可能性のある人物とは」


梨子「……!(これは……重要かもしれない)」





梨子(……今であれば。可能性を提示する順番さえ間違えなければ、あるオクソクを通すことが出来るかもしれない……)


梨子(……そのオクソクが……どんなことを引き起こすのかは、まだわからないけど)


梨子(とにかく、提示してみよう)



梨子「……わかりました。答えるね」


梨子「私の考える、入れ替わっている人物。……それは、唯一の[証拠]に写っている、女性です」


ダイヤ「[証拠]というと……」


ルビィ「……ペンダントの、女の人……」


果案「そういえば……私らには聞きなれない名前がちょろっと話題に上がってたよね。……確か、《ハオ》さんだっけ」



千歌「・・・」



梨子「うん。……千歌ちゃんの、生き別れの姉妹だという人だよ」


曜「千歌ちゃんの……”もう一人の”、お姉さん……」


果南「……じゃあ、千歌と入れ替わっているっていうのは。その女の人だって梨子は思っているの?」



梨子「……そう、なります」




善子「……その女の人。梨子は、[亡霊]と呼んでいたわよね……」


果南「……!」


梨子「うん。……そうだよ」


花丸「過去にいなくなったはずだけど、〝今〟現れたっていう意味なら……当てはまってる部分もあるけど……」

曜「生き別れの姉妹だから、か……」


梨子「……」



ダイヤ「梨子さんがどういう意味でこの方を[亡霊]と呼んでいるのかは、わかりませんが。容姿だけ見れば、千歌さんと入れ替われると思うのも無理はないかと思います」


鞠莉「……確かに。改めて見ると、この人……。物凄く、千歌に似てるわね……」

曜「で。でも。……今目の前にいる千歌ちゃんより、全然……なんというか……その……」

善子「大人っぽいわよね。色々と……」

千歌「・・・・・・。なんか、不本意なんだけど」





ルビィ「でも。……逆に言えば、幼い感じを作れれば」


ルビィ「十分、千歌ちゃんみたいになれそうだよ……!」



善子「……!」


果南「……そう、だね」


花丸「……この写真の女性と千歌ちゃんの違う所は、年齢ずら……」

鞠莉「……」


花丸「千歌ちゃんに似てはいるけど、同じじゃないと感じるのは、年が違うから」

花丸「でも……お化粧をすれば。多少は年齢を誤魔化すことは出来る……」

鞠莉「……メイクは、そんなに万能じゃないわよ」

花丸「わかってるずら。ただ、一例として挙げただけ」


花丸「問題は……千歌ちゃんに容姿が似ている人なら、何かしらの手段を用いれば千歌ちゃんソックリになるのは不可能じゃないってことずら」


果南「……」


ダイヤ「……。梨子さん。実際のところ、どうなんですの?」


梨子「!……実際のところ……?」


ダイヤ「梨子さん……貴女だけがハオさん……という方と出会っているそうですが」

ダイヤ「体格は、千歌さんと一致していたのですか……?」



梨子「……正直なところ。よくは覚えてないです。……でも」

梨子「パッと見だけど。私との身長差は千歌ちゃんより無かった」



梨子「……私と同じくらいの身長でした」



ルビィ「!そ、それって……」


曜「梨子ちゃんの身長は、160センチ。千歌ちゃんの身長は157センチ。……多少だけど、パッと見でも差はあるよね」

善子「パッと見の身長差がないのだとすれば。当然、千歌と同じ体格のはずがない」


梨子「……うん。そうなると、思う」


ダイヤ「……なるほど。よくわかりました」


ダイヤ「少なくとも、梨子さんの心当たりがあるという人物。……その方には、通常の手段では入れ替わりを行えなかったと考える方がよさそうですね」

果南「まあ……そうなるよね」

善子「……普通に考えたら、疑問の余地なしよね」



梨子「……ところで。もう一つ、今話していることとは直接関係ないかもしれないけど。……葉百さんには別の一面があると思っています」


曜「……梨子ちゃん?」

花丸「どうしたずら……?」


ルビィ「別の一面?ハオさんが、入れ替わってるかもしれない以外に何かトクベツだってこと?」


梨子「うん。さっき花丸ちゃんは、生き別れという意味では[亡霊]の意味に当てはまるかもしれないって言ったよね」


花丸「……う、うん」


梨子「私も、そういう意味での[亡霊]なんじゃないかって意味で……一度、千歌ちゃんに聞いたことがあるの」

梨子「生き別れの姉妹がいるかどうか……って」


梨子「……流石に、何かしらの事件を起こすような[亡霊]が存在するとは、思っていなかったからね……」

善子「……」


ダイヤ「まぁ、そんなオカルトチックな存在……いるとは中々考えにくいでしょうしね」


梨子「でもね。……一端、いるものとして考えてしまえば」


梨子「そんな存在があるとすれば。……通常では不可能なことも、可能だと考える余地が出てくる……」




善子「……。ま。まさか……」


鞠莉「り、梨子。あなた、本気で主張するつもりなの……?」




梨子「……うん。私は、葉百さんが……」



梨子「善子ちゃんが、前に部室で話していた意味での。あの……」





善子『そう。[亡霊]現るところに、事件あり。つまり……』



善子『[亡霊]こそが事件を引き起こしている張本人なのよ!』









梨子「……あの。[亡霊]の、正体。……そう、考えている」







善子「……!!」


果南「な……!」



ルビィ「ぼ、ぼ、ぼうれいって……あの意味での[亡霊]って……そんなまさか……!」

善子「そうよ!そんなオカルト、あるわけないじゃない!!」


梨子「……」



千歌「・・・・・・」



ダイヤ「……もし本当にそんなものが存在すると仮定したら。……確かに、想像のつかない出来事も、説明できてしまう……」


鞠莉「……[亡霊]が目撃された場所では、考えられないようなことが起こっていたから……」


果南「何の痕跡も残さず、船が壊されていたり……」




ダイヤ『……重機でも用いないと出来ないような壊れ方をしていたのに。現場には、そのような痕跡が全く残っていなかった』

花丸『あったのは……壊された部分の、残骸だけだったんだよね』

果南『この田舎で、誰にも気付かれずに船を壊せるレベルの機械を動かすなんてこと、あり得ない』

鞠莉『田舎だからこそ、そういうのには敏感だから。……誰も目撃していないのは、不自然ってわけね』

ルビィ『皆、大騒ぎしてたよね。……何が何だかわからないって』




梨子『……奇跡。皆そう言って、船が壊されたこともうやむやになっちゃったんだよね……』

梨子『まるで、嵐が来るのをわかっていたかのようなタイミングで、船は壊され、その船に乗る予定だった人たちは助かった……』

花丸『まさか……』




善子『そのまさか。……最近になって、船が壊される前夜、若い女性が目撃されていたことがわかったのよ』




曜「むっちゃん達が見たっていう、女の人。地震が起こったのに、壊れなかったお店も……」



いつき『……正直、あんまりよく覚えてないんだ。……地震が起きた時のこと』

いつき『で、でも。……私達も、お店も……無事だったのは間違いないよ』

よしみ『わたしも覚えてない。……なんか、気がついたら外にいて、店長さんも外にいて、なんだか命が助かってた、っていうか……』



むつ『……そういえば。あのお姉さん、どうしたんだろう』

梨子『!……あの、お姉さん?』

むつ『うん。お店にはもう一人お客さんがいたんだけど、私達が外に出た時にはいつの間にかいなくなってたんだ』




梨子「……他にも、色々あるけど。とにかく、[亡霊]のいるところには、〝奇跡〟があった」


梨子「常識から逃れる、〝奇跡〟が……」


花丸「……〝奇跡〟……」


ダイヤ「……梨子さんは、こう言いたいのですか?」


ダイヤ「すなわち、もしハオさんが[亡霊]なら、何らかの方法で体格すら変更することが出来る」

ダイヤ「だから、体格の差があるのは問題ではない。……本当の問題は」


善子「……本当に。[亡霊]が、存在するかどうか……」


ダイヤ「……」



梨子「……はい。そう、なります」



鞠莉「……ナンセンスよ。いくら、なんでも……!」


梨子「……鞠莉ちゃん?」


鞠莉「梨子は、未来から来たかもしれないってところを問題にしたんでしょ!?それを、過去の存在である……[亡霊]を持ち出すなんて!」


曜「……」


果南「……」



梨子「……。ここで。私は、一つのオクソクを話します」



鞠莉「……!」


ダイヤ「り、梨子さん……?」



梨子「……。わたし、は……」



梨子「私は。[亡霊]と呼ばれる存在こそ。……<未来>のものであると主張します」




鞠莉「……は、はぁ?」

善子「え。えぇ?」


果南「……あ。頭が、痛くなってきたよ……」

ルビィ「わ、私も……」



ダイヤ「梨子さん。……つまりはどういうことですか?」


ダイヤ「なぜ、<未来>のものが[亡霊]なのでしょうか?」


梨子「……《不可能》を起こせる存在が、未来にはあり得るからです」



ダイヤ「……では、その存在とは、一体……?」




梨子「……」



梨子「…………」




梨子(自分がすごく馬鹿げたことを言おうとしているのはわかってる。最初から、わかってた)


梨子(でも、言うしかない。決めたんだから)


梨子(追求するって……!)






梨子「……。一つだけ。『可能性』があった。……あり得ない『可能性』だったけど」


梨子「……皆は、覚えてる?……鞠莉ちゃんが話してくれた、あの話……」


梨子「あの、AIの。……ロボットが、人間のように振舞えるようになってきているって話を……」



ルビィ「……うん」

善子「……」

花丸「……ずら」



梨子「……。もし。アンドロイドが、実在するとしたら……」




鞠莉「……!」


果南「……つ、つまり。どういう、こと……?」




梨子「……。つまりは、こういうことです。……」



梨子「[過去]のものだと思っていた[亡霊]が、実は《未来》の技術が生み出した存在だったとしたら?」





梨子「……それが、私の考えです」


善子「……!」


鞠莉「……!」


花丸「……そういうことずらか」


果南「……」



ダイヤ「……未来の技術ならば。人間そのものと見間違うような、人工知能や、ロボットを作り出すことが出来るかもしれない……」


曜「……そんな存在は。パラメーターを自由に入れ替えられる、存在」


果南「体格も……性格も。記憶だって、パラメーターに出来てしまうのだとしたら……」


善子「入れ替えが……出来るようになる……っ!」



ルビィ「……鞠莉ちゃんが話してたことだよね」


鞠莉「……。そうね。そう、言ったかもしれないわ」



花丸「それが……[亡霊]の、正体」





果南「……梨子。それが、〝千歌〟だって、言うつもり?」





梨子「……」



梨子「……。」




梨子「…………。」






梨子「……。うん。」









梨子「私は……〝千歌ちゃん〟が。……アンドロイドであるかもしれない。……そういう風に思ってます」













千歌「・・・・・・」ニコ






梨子(目の前の少女の表情が、笑みに変わった)


梨子(その笑顔は、私が慣れ親しんだもの。いつもの、笑顔)



梨子(でも、私が……こんな荒唐無稽な考えを話した途端、明らかにその質が変わった)



梨子(笑顔であるのに、どこか自分の感情を窺わせない……そんな、笑み)


梨子(その眼差しからはまるでこちらの全てを見透かしているかのような印象さえ受ける)







梨子「・・・・・・っ!」ゾクッ






梨子(とてつもない、焦燥感……!)


梨子(……さっき何度か感じたものとは比べ物にならない……)





「っ………」


「…………!」


「!………」





梨子(……皆も、私と同じように感じているみたいだった)


梨子(目の前の、よく知っているはずの存在が、今までまるで見たこともないような表情を浮かべ……)



梨子(感じたこともないような、得体の知れない雰囲気をまとっている姿を見て。動揺を隠せないようだった)




梨子(……ち、千歌ちゃん……!)






千歌「・・・・・・それじゃあ私は人間じゃないって思われているんだ」



梨子「ご、ごめんなさい……こんな突拍子もない話をしちゃって」


千歌「それで?」


梨子「え?そ、それでって……」




千歌「・・・・・・それで、どうして梨子ちゃんはそう思ったの?」


梨子「……!」




梨子(どうして……)



梨子「……どうして、否定しないの……」


梨子「どうして……。こんな、とんでもないことを言われてるのに、すぐに否定するんじゃなくて……」


梨子「私がそんなことを考えた、理由なんて聞いているの……」



千歌「・・・別に否定しないってわけじゃないよ。ただ、どうしてそう思ったのか、純粋に聞きたいだけ」



梨子「…………」



千歌「梨子ちゃんのことだから、何の根拠もなくそんなことを言うとは思えないし」


善子「そ、そんなのわからないじゃない!だって!……」




梨子「……だって、善子ちゃんに影響されてヘンなことを言ってるだけかもしれないのよ?」


善子「……そ、そうよ。そういうことだって、あるかもしれないじゃない……」



千歌「・・・・・・」




梨子「……(善子、ちゃん……)」




千歌「・・・。梨子ちゃんは、そんな冗談は言わないよ。……そんな真剣な表情で、ね」


千歌「それは善子ちゃんだっておんなじ。……私の仲間に、冗談でそんなことを言う人はいない」



善子「……ち、千歌……」



梨子「……。私はその仲間のことを……あなたのことを、人間じゃないかもしれないって、疑っているのよ?」


千歌「そうだね」


梨子「だったら!どうしてそんな平気でいられるの!?」



梨子(それじゃ、まるで本当に……!)





千歌「・・・・・・私は仲間のことを、<あなたたち>のことを、信じているから」



梨子「……っ!」



千歌「それにね、自分自身がどうしてもやりたいこと、やらなきゃいけないと思ったことを邪魔する権利は誰にもないと思うから」



梨子「…………」



千歌「……梨子ちゃんは言ったよね。信じぬきたいって」


千歌「そのために、どんな思い付きでもいいから追いかけたいって」



梨子「…………」




千歌「『〝今〟が、その時』……そうなんだよね。皆?」



ダイヤ「……」


善子「……」




千歌「・・・その結果、心躍る場所に辿り着くかどうかは、わからないけどね……」



果南「……」


ルビィ「……」


梨子「……そんな、こと……」




千歌「・・・・・・それじゃ、そろそろ聞かせてくれるかな。・・・私が、アンドロイドだと、どうして言えるのか」



千歌「その、理由をね・・・」



梨子(千歌ちゃん……どういうつもりなの?)


梨子(千歌ちゃんが人間ならこんなことをする必要は、ない)


梨子(かと言って、アンドロイドでもこんなことをする必要はないはず)


梨子(さっきの言葉通り、おふざけでこんな話をしているという感じでもない)


梨子(……本当に、試しているというの?だとしたら、それこそ何のために?)





千歌「・・・・・・」ニコ






梨子(相変わらず千歌ちゃんの表情からは何も読み取ることは出来ない)


梨子(例え試されているんだとしても。私はもう選んでしまった。後戻りの許されない、追求する道を……)


梨子(……こうなったらもう、ただその道を進むしかない……っ!)




曜「……問題は。〝千歌ちゃん〟が、どうしてアンドロイドだと考えられるか、だよね」


梨子「……その通りよ、曜ちゃん」



ダイヤ「アンドロイドがもし、実在するとして。それがパラメータを自由に変更できる存在を指すのだとしたら。……入れ替わり自体は、可能だと考えられます」


果南「……でも、じゃあ何で、千歌と入れ替わっていると言えるのか。……どうして、他の誰でもなく、〝千歌〟がアンドロイドだと言えるのか」


果南「……根拠が、必要になるわけだね」



梨子「……さっきも話した通り。[亡霊]の目撃されているところでは、必ず不思議な出来事が起こっていた」


梨子「そして。……そこには、ある共通点がありました」


ダイや「共通点……?」


梨子「はい。私達が不思議だと言っていること。それらは、現代の技術から考えた場合に不可能であることなんです」



鞠莉「……また、技術的に不可能なことを問題にするの……?」


善子「……不思議な現象が、なぜ不思議なのか。その理由は、あくまでも技術的な問題にあるってわけね」


梨子「うん。でも、起こっている現象それぞれは、必ずしも不可能なことじゃない」


曜「……そっか。例えば船の例なら、重機を使わなきゃ出来ないような、壊れ方って言ってたけど……」


曜「重機を使えば、可能なことが、なぜか重機なしで起こった。……っていうことでもあるんだね」


梨子「……その通りだよ、曜ちゃん。逆に考えれば……」


梨子「もし。……重機がなくても、船を壊せるような力があれば……出来ないことじゃない」



ダイヤ「……しかし。そういったものを用いるのなら少なくとも痕跡が残ります。だから現代の技術の水準からすると、考え難い……」


花丸「技術の進歩。それを前提にするなら、進歩さえすれば現代の技術で出来なかったことも出来るようになるかもしれないずらね」



梨子「……もし、何の道具も必要なく、船を壊せる力があるのだとしたら。人がいたこと以外に、痕跡を残すことなく、あの事件は起こせた」



ルビィ「……人間とソックリな、機械……。それも、重機の力を持った機械なら……不自然なことも出来るってことだよね……」



梨子「……」





善子「……それで?それで、何だっていうの?」



梨子「……」



善子「そりゃあ、百歩譲って……技術の進歩があれば、今出来ないことも出来るようになるかもしれないっていうのはわかるわよ」


善子「でも、それが今の話とどう関わるっていうの?」


花丸「……。確かに、技術の進歩の問題と千歌ちゃんが入れ替わっているかどうかは、直接関係するものじゃないずら」


梨子「ええ、そこはそれほど問題じゃないわ。……問題は、〝千歌ちゃん〟の方にある」



果南「ち、〝千歌〟の方……?」



梨子「〝千歌〟ちゃんは……《不可能》なことを『可能』にしてきた」


鞠莉「……《不可能》を、『可能』に……?」


梨子「……。[亡霊]の話をした、帰り道。私たちは、一つの〝奇跡〟を見た……」



善子「……!!」



ルビィ「そ、それって……」


梨子「モチロン、覚えてますよね、ダイヤさん?……ダイヤさん自身が、何を言ったのか」

ダイヤ「……!は、はい。確かに、わたくしは言いました……」




ダイヤ『今の、動き……。まるで、達人のようでした』

梨子『た、達人?』

ダイヤ『ええ。善子さんを支えつつ、片足ながらも自身も体勢を崩さない、その絶妙なところで、ピタリと止まった……』

ダイヤ『非常に難しいバランスを、一瞬のうちですが千歌さんはとれていた。……一歩間違えれば、二人とも海に落ちていたでしょう』

ダイヤ『考えられないことですが、善子さんを助けた今の動き。千歌さんの体運びは、武術を極めた達人のごとく洗練されたものだったように見えましたね』

ダイヤ『それこそ、〝奇跡〟なのでしょうけど、ね』フフッ





善子「……〝千歌〟が、私を助けてくれた時……」



梨子「……多少なりとも、武術の心得のあるダイヤさんが言った言葉。信じることが出来ると思う」



ダイヤ「し、しかし。自分で言うのも変な話ですが、それだけなら勘違いのセンもあるのでは……?」


梨子「それはもちろんその通りです。だけど、〝千歌〟ちゃんはこれ以外にも、色んな〝奇跡〟を起こしている」


梨子「体感天気予報もそう。ルビィちゃんの体調を、本人も気付かなかったのに言い当ててたのもそう」



曜「……!」

ルビィ「……!」


ダイヤ「たっ。……たしか、に」



千歌「・・・」




梨子「……千歌ちゃんのいるところに、〝奇跡〟は溢れていた」

梨子「ただ。それが全く《不可能》なことかというと、そうじゃない」

梨子「達人なら、出来た。感覚を研ぎ澄ませれば、注意深く見ていたなら、出来た」


梨子「……でも、そんなことが一人に、それも短い期間の内で、出来る?……起こる?」


花丸「……偶然で済ませるには……確かに、難しいかも……」


鞠莉「で、でも。それこそ、難しいだけで、あり得ないとまでは言えないわ」


鞠莉「それに……。[亡霊]のやったことは、Aqoursの誰も目撃していない」


ダイヤ「……ここで、[亡霊]を目撃したか、ですか?」


鞠莉「うん。正直なところを言えば、千歌が〝奇跡〟を起こしたって話は、ちょっと信じちゃう。自分の目で見てるから……」

鞠莉「けど、[亡霊]に関しては違う。あくまで、ウワサや、痕跡だけが残っているだけよ」



梨子「……」



ダイヤ「確かに。少なくともわたくし達は、[亡霊]そのものが何かを行っているのを見たわけではありません」


ダイヤ「それにそもそも、葉百さんという方と、[亡霊]が同一人物だということも、確証はないのです」


果南「……ペンダントの写真に写っている人。葉百さんが[亡霊]の正体だとすれば。入れ替わりなんてことも多少は疑えると思うけど」

果南「そもそもとして、葉百さんが[亡霊]であるというところを示してもらわないことには、判断できないってことだね」



梨子「……」



曜「……。どうなの、梨子ちゃん?今果南ちゃん達が言ったようなことって、証明できるの?」


梨子「……うん。実は、私……一度だけ、目撃しているの」


ダイヤ「……!も。目撃……ですって?」

果南「い、いったい何を……?」


梨子「当然。……葉百さんが〝奇跡〟を起こして見せた、瞬間をだよ!」


鞠莉「……!」


ダイヤ「……ま。間違いないのですか?〝奇跡〟を目の当たりにした、というのは……」



梨子「……はい」




善子「……ちょ、ちょっと待って!」

善子「〝奇跡〟というのなら……・それはどんな〝奇跡〟だったのかが問題になるでしょ!」


梨子「……どんな、〝奇跡〟……?」


善子「そ、そうよ!〝奇跡〟って一口に言っても、それは人それぞれあるでしょ!」

善子「じゃんけんで一人勝ちするとかだって充分私には奇跡よ」



ルビィ「……そんなこと言い出したらキリないんじゃ……」


ルビィ「それに、人によって違うものだったら、それって本当に〝奇跡〟って呼べるのかな」


善子「ぐ。……」



花丸「……でも、善子ちゃんの言いたいこともわかるずら」


ルビィ「花丸ちゃん?」


花丸「梨子ちゃんが見た、〝奇跡〟……それを見たのって一度だけなの?」


梨子「……うん。そうだよ」


花丸「なるほど。で、それはどんな内容だったのかな」


梨子「……内容?」


花丸「うん」


曜「……えっと。花丸ちゃんの質問の目的がよくわからないんだけど……」


ダイヤ「……善子さんの話は、〝奇跡〟を見たのが一度だけだったのであれば、どんな〝奇跡〟だったかが、問題になる……。ということでしたが」

花丸「その通りずら」

ダイヤ「しかし、なぜそれが問題になるというのですか?」


花丸「……。信じるために、必要だから」


梨子「……信じるため?」


花丸「……おら達が、〝千歌ちゃん〟が〝奇跡〟を行ったと思えるのは、何度もそれを見てきたから」

花丸「でも、《不可能》を『可能』にした瞬間が、もし一度だけしかなかったら……それは、たまたまだって思って、自分でも信じられなくなる」


花丸「……ダイヤさんも、それは言っていたよね」


曜「!」

ルビィ「!」


ダイヤ「……確かに、先程言いました。『それだけなら勘違いのセンもあるのでは』、と……」


ダイヤ「ということは……梨子さんは、たった一度の〝奇跡〟が、単なる偶然ではなく、本当に奇跡だったということを……何度も”見た”ということ以外で証明しなければならないということになるのですか」


花丸「そういう……ことです」


果南「……だから、内容を聴いたってわけだね」

曜「……梨子ちゃんの言う〝奇跡〟が。単なる偶然じゃすまされないような、凄いことを引き起こしているんじゃなきゃ……疑いの余地が出るってこと、か」


梨子「私が見た、〝奇跡〟……」




鞠莉「……オーケー。じゃあ、聞くわね?」


鞠莉「梨子が、目撃した〝奇跡〟って……どんなこと?」






梨子(……。目撃。そう、私も皆も、言ってしまったけど……)


梨子(本当は、見たんじゃない。……単に、目で見たことじゃない)


梨子(私は、聴いたんだ。〝奇跡〟の”音”を……)


梨子(そして。私が見たのは……その音を通じて、見えたもの。本当に、肝心なこと)


梨子(それを、皆にもわかってもらえるような……その[記録]は、既に持っている!)


梨子(なら、やることは決まっている……!)




梨子「……。それは。……」




梨子「それは。ピアノの、音です」



曜「ピアノの、音……?」


梨子「うん。……私が初めて葉百さんに会った時。……皆にも、千歌ちゃんにも、会う前の時。 私は、不思議な女性に会った」


果南「……!?千歌に、会う前……?」



梨子「……、引っ越しでゴタゴタしている中、届いたばかりのピアノを。自分でも不思議なことに、その見知らぬ女の人に弾いてもらったの」


梨子「……。その女の人に会っていたからかな。私は、千歌ちゃんと初めて会った時……初めて会ったような感じがしなかった」


梨子「その女の人は。千歌ちゃんの生き別れの姉妹と言っても、おかしくないぐらい……千歌ちゃんに似ていたから」




ダイヤ「その人が……。葉百さん、というわけですか……」



ルビィ「……それで。……ハオさん、って人のピアノは……どんな音だったの?」



梨子「……。美しかったの。繊細で、精確で、人間が持つムラのような部分が一切ない」


梨子「そう。まるで、[機械]みたいに……精確だった」



果南「……き、[機械]……」



善子「ちょっと待ちなさい!何をもって、[機械]だなんて言えるの!?」


梨子「……善子ちゃん」



善子「精確だったって……そりゃ、梨子のピアノの腕は知ってるから、梨子の言う[精確]がとんでもないレベルで精確だったんだろうなって思えるけど!」


善子「それでも!……たまたま、ピアノが凄い得意な人が演奏したから、そうなったってだけかもしれないじゃない!」



梨子「……善子ちゃんの言うことはもっともだと思う。……だからこそ」


梨子「私は。[証拠]を出します!」



善子「……!」



ダイヤ「しょ、[証拠]!?まさか、あったんですか!?[証拠]が……」


花丸「た、確かに。[証拠]があるんだったら、疑いようがない……!」


花丸「単なる梨子ちゃんの勘違いでも、偶然でもなく。本当に、〝奇跡〟を起こしたと言えるずら……!」


鞠莉「……梨子。だったら、何で今までそれを出さなかったの?」


梨子「……!」


鞠莉「私言ったでしょ?[証拠]がないからこそ、私たちの言葉だけが頼りになるって」

鞠莉「出さなかった理由を聞かないと、[証拠]を出すって言葉。信じられないわ」


梨子「……状況が変わったからだよ」


鞠莉「……状況?」



梨子「……<未来>から来たこと、入れ替わりを示す[証拠]はなかった。でも……」

梨子「皆の話が進むにつれて。言葉が語られることで。持っていた[記録]が、[証拠]としての意味を持つようになったの」



善子「……要するに〝奇跡〟を示す[証拠]があったってことでしょ。……鞠莉、わかっててイジワルなこと言ったでしょ」


鞠莉「……まあね。ただ、半端なものを見せられても、私たちは納得しないってこと」


梨子「……大丈夫。きっと、鞠莉ちゃんも納得できると思う」


鞠莉「……。そこまで言うのなら、見せてもらおうかしら」


鞠莉「梨子が見たという……〝奇跡〟を捉えた[証拠]を!」



梨子「……わかった。これを、見て」


鞠莉「……。スマホ……?」


善子「……。見てって、画面に何も表示されてないじゃない!こんな状態を見ても……」



梨子「……。ゴメン、言い方が悪かったね。”見て”って言ったけど……本当は違うの」

梨子「……私が”見て”って言ったスマホ。ここから流れる曲を。《聴いて》ほしかったのよ」


曜「……曲?」

善子「”見る”じゃなくて……《聴く》……」


梨子「うん。……始まるよ」



梨子「皆、ちゃんと聴いてね。……この、曲を」









善子「……」


ルビィ「……」


花丸「……」


曜「……」


果南「……」


鞠莉「……。ビューティフルね。……それで?」


ダイヤ「……。それで。何が、奇跡だったのですか?」


梨子「……。もう一曲、聴いて貰えればわかるはずです」


花丸「……一度だけじゃ、なかったずら?〝奇跡〟のピアノは……」


梨子「……。何も言わず、聴いてほしいんだ」


鞠莉「……オッケー。じゃあ、聴いてみましょっか?」


ダイヤ「……しょーがないですねー!では、もう一度、梨子さんのリクエストに応えてみましょう!」


梨子「……」




千歌「・・・」








千歌「・・・・・・」


善子「……」


ルビィ「……」


花丸「……」


曜「……」


果南「……」


鞠莉「……。ビューティフルね。……それで?」


ダイヤ「……。それで。何が、奇跡だったのですか!」



梨子「……皆さん。この曲を聴いて、どう思いました?」




果南「う、ううん……」


ルビィ「どうも何も……。一個前の曲と、全部同じだったよね」

ルビィ「ちょっと、音質は落ちてたけど……」


曜「あの……言いづらいんだけどさ。梨子ちゃん、同じ曲再生してたりしない?」

曜「間違えて、収録されたアルバムは違うけど、同じ曲を流したとか……」


花丸「うん……。おらも、そう思ったよ。[証拠]って、同じ曲を再生することじゃないと思うずら」


善子「……。真面目にやって欲しいんだけど」


果南「同じ曲を流すのは……多分、ミスなんじゃないかな」


梨子「……。モチロン、ミスじゃないよ。だって……」



梨子「今聞いてもらった二つの曲は、CD音源をそのまま流した後に、私が録音した曲の二つだったんだから」




ルビィ「……ぇ?」

鞠莉「録音……!?」


ダイヤ「そ、それでは……。音質の落ちていた、後に流した方は……」





梨子「……。葉百さんが弾いたものです」





果南「な、な……!」


ダイヤ「なんてこと……!」



果南「梨子の言ってた、[機械]みたいに精確だったって……こういうことだったんだね」


曜「いくらピアノが得意だからと言って……CDの曲そのままを、コピーするなんて出来ないはず……」


ルビィ「でも、この録音は……それをやってる」


善子「私達が、音楽の素人だから。同じように聴こえてるってことはないの?」


ルビィ「それは、でも……」



鞠莉「……。梨子が、言う以上。そんなこと、考えられない」



梨子「……!鞠莉ちゃん……!」



善子「……。それは、そう、だけど……」


花丸「それに……記憶じゃなくて、[記録]を梨子ちゃんは出した」

花丸「もし一度きりの記憶だったとしたら、おら達には真偽はわからないけど……」


花丸「[記録]は、検証できる。……何度でも、納得のいくまで……」


曜「……何度でも確認できるから。[証拠]って、言えるってことだね」


鞠莉「何なら、音を解析する技術自体は現代にもあるし……それで、本当に同じかどうかわかるわ」

鞠莉「梨子は、それも承知の上で……この[証拠]を出したのよね」



梨子「……はい」




ダイヤ「……これで。〝千歌さん〟と、葉百さんに、共通点を認めることが出来てしまいました」


曜「じゃ、じゃあ。やっぱり、〝千歌ちゃん〟は……」


鞠莉「……」





善子「……甘いわ」




梨子「……!」



花丸「善子ちゃん?……甘い、って、どういうこと?」


善子「言葉通りよ。……だから、何って話」



ダイヤ「善子さん……。気持ちはわかりますが」

ダイヤ「今、梨子さんは示したのですよ?常識では考えられない、『可能性』を……」



善子「……。何が、常識よ。常識を語るなら、もっと根本を話さなきゃいけないでしょ?」



ルビィ「根本……?」




善子「トーゼン。……そもそも、未来から過去へ遡ることが出来るのかよ」




梨子「!」




善子「千歌と梨子も話してたけど。可能性は、あくまで可能性。……偶然と同じようなものよ」


善子「でも、不可能なことは。必然的に、不可能なの」


善子「そして……〈未来〉から[過去]に遡るのは、不可能なの!」



ダイヤ「しかし……それは!」


ダイヤ「それは、流石にわたくしたちの手には余る話です。だから、ここにある可能性と証拠でコトを考えてきたのでは?」



善子「……そうね。梨子が示すことは、確かに『可能性』を示すのには十分だったと思う」



善子「けど……《不可能性》を否定するには、不十分だった」



梨子「……!」



善子「少なくとも、私の考える《不可能性》を覆すことは……出来ていないと思う」


善子「……鞠莉も、そう思わない?」



鞠莉「…………正直、混乱してはいるんだけど」



鞠莉「ここまでで明らかになった不自然さは、全てがちゃんと繋がっているとは思えない」


鞠莉「千歌も、[亡霊]も……。ペンダントも、普通では考えられないようなものではあると思う」


鞠莉「でも、それらが関連していると断言することは出来ないと思う。……だって」


鞠莉「だって、未来から来たってことが、それらを結び付けている根拠のはずなのに……未来から来たという、決定的な理由はまだ何も考えられていないから」



ダイヤ「……梨子さんの提示した、[証拠]でも不十分だというのですか?」


鞠莉「ええ。〝奇跡〟は、どうしても偶然という性質を持つものだからね」


鞠莉「……梨子が、〝奇跡〟だと確信している以上。その〝奇跡〟が、たった一度のものだったと考えることは出来てしまうと思うの」



ダイヤ「……どうなのですか、梨子さん?」



梨子「……。彼女は確かに、自分の演奏を機械のようだと言っていました」

梨子「でも……。たまたま、そういった特技を持っている人だったと、考えることは出来ると思います」


ダイヤ「その場合……。たまたま、そういう人に会っただけで、〝奇跡〟を起こすという意味での共通点があるとは、断言できないとも考えられますね……」


梨子「……そう、だね……」



鞠莉「だとしたら、やっぱり……。否定は、出来る」


鞠莉「未来から来ることが不可能なら。本当に一度きりの〝奇跡〟を、たまたま梨子が目撃しただけなんじゃないかって考えることが出来るの」



梨子「……」




ダイヤ「……。わかりました」


ダイヤ「では。……考えてみましょうか。〈未来〉から来るということが、可能なのか」



ダイヤ「わたくし達なりに。また、話してみましょう……!」




果南「……」


曜「……」




鞠莉「……私から、話してもいい?」


ダイヤ「……口火を切った、善子さんがいいのなら」


善子「私に異論はないわ。……鞠莉の考え、話してほしいし」

鞠莉「ありがとう。……私も完璧には理解していない話になっちゃうんだけど」



鞠莉「……理論的に。未来から過去に来るのは、不可能だと言われているの」


曜「……理論的に?」



鞠莉「そうよ。どれだけ科学技術が進歩しても、そこは覆せないの」


鞠莉「確かに、アンドロイドのようなものは作れるようになるかもしれない。でも、それが過去に戻ることは、出来ないの」



鞠莉「……技術の大前提。技術を生み出す基盤となっている、理論。それが、過去に戻ることは出来ないという理論である限り。技術は、そこで終わりなの」



ダイヤ「……わたくしも、聞いたことはあります。[過去]へ遡るタイムマシンは、作ることが出来ないだろう、と」

ダイヤ「逆に、未来へ行くタイムマシンは出来るかもしれないと」


果南「……どうして?」


ダイヤ「過去へ来る方は、手段がないとのことです」

ダイヤ「それに対して、未来へ行く方は、比較的簡単に実現できるそうです」


ダイヤ「……光の速度に近づけば。時間の流れは、遅くなるためだと。そう、聞き及んでいます」


善子「……相対性理論、ってやつね」


鞠莉「そう。多くの人が、タイムマシンを語る時……どんなに技術が発展しても。未来へは行けるかもしれないけど、過去へは来れないって、話している」

鞠莉「だから、どんなに技術が進歩しても……過去に戻ることはできない、と言わざるを得ないの」


果南「……なるほど、ね」



梨子「……一つ疑問があるんだけど」


鞠莉「何、梨子?」



梨子「技術の話で思い出したんだけど。……千歌ちゃんの持っているペンダントの技術って、相当凄いと思うんだけど……」

梨子「これが、現代の技術レベルじゃ作れないものだったら、その時点で〈未来〉のものって証明になるんじゃないの……?」


鞠莉「……。だから、私も最初に千歌に見せてって言ったの。ペンダントを、ね」


ダイヤ「……見た時点で問題があれば、鞠莉さんは何か言うはずですよね……?」



梨子「じゃ、じゃあ……」



鞠莉「ええ。……確かに驚いた。この前の交流会で見たものが、ここにあるなんてね」


鞠莉「……どうしてここにあるのかは問題だけど。そのペンダントの技術自体は、現代でも実現可能よ」



梨子「……!」



曜「……これだけ技術に詳しい鞠莉ちゃんが言うなら。……さっきの、理論の話も……ホント、なんだよね」

花丸「……技術を支えている、理論。それが、ダメだって言ってしまったら……技術は、そこでおしまいなんだよね……」


鞠莉「そういうこと、よ」


ルビィ「……でも。それは、根拠になんかならないよ」


善子「……!」


鞠莉「え……?」




ルビィ「だって。『パラダイムシフト』が起きるかもしれないでしょ?」




曜「!?」

梨子「!?」

花丸「!?」



千歌「・・・・・・!」



ダイヤ「る。ルビィ……!?」


鞠莉「!!……な、な!」


果南「……ぱ。ぱらだいむ、しふと……?」


ルビィ「そう。パラダイムっていうのは、科学の常識、科学の考え方全部」


ルビィ「普通に科学をする時、皆が考える、前提だったり、信じるものだったり、価値観のこと」


ルビィ「でも。……それは、変わる可能性がある」



ルビィ「……そうだよね、鞠莉ちゃん?」



鞠莉「……え、ええ。それは、……そう、ね」



ルビィ「だったら。その、考え方が変わること……つまり、『パラダイムシフト』が起きたら。……理論は変わって、技術も、もっと変わる」


ルビィ「そうだとしたら……。過去に戻る技術だって、ないなんて言い切れないでしょ……!」


鞠莉「……る。ルビィ……!」



曜「ルビィちゃん。……凄い」


梨子「ルビィちゃん……!た、頼もしくなって……!」


梨子「流石よ!私の、妹にしたいくらい……!」

ルビィ「え、いいの?」

ダイヤ「ダメです!……ルビィはわたくしの妹なのです!!」


ダイヤ「そ。そんなことより。ど、どこで……どこで、そんな言葉を……!?」



ダイヤ「わ、わたくしの知っているルビィは。こんな、高度なことを考えられるような、娘ではなかったのに……!」



果南「……は?」

花丸「……何気に、凄い酷い話ずら」


ルビィ「……え、えへへ。……実は、善子ちゃんから借りた小説で、私も勉強してたんだ」

ルビィ「アイドルの曲を聴いてたら、パラダイムって言葉があったから。何のことかなって思って、それで善子ちゃんと話してたら……」


ダイヤ「ル、ルビィ。……立派になって……!」



花丸「……姉妹コントは置いといて。確かに、ルビィちゃんの言ってる通りなら、鞠莉ちゃんの話は、絶対不可能なことを話していることにはならないずら」


果南「未来から来るってことが出来ないのは、理論的にダメだから。……そう言った、鞠莉の言葉が、崩されちゃうからだよね」


鞠莉「……っ」




善子「……でも。まだ、私は認めていないわよ」



果南「……善子?」


ルビィ「善子、ちゃん……」


善子「……この本を読めば、解るかもしれないって。そう言って、渡したんだったのよね?」

ルビィ「う。うん……」

善子「だったら、わかるでしょ。私が、貸したんだから。……私が、そんな考え、納得しないってことぐらい」



善子「……私が、そんな反論も織り込み済みで、でも未来から過去になんてことが出来ないって、考えていたって」



ルビィ「……」



善子「……過去に戻ることは、単純に技術や科学理論だけの問題じゃないの。それ以上の《不可能》さがある」


花丸「……それって、一体……?」


善子「簡単よ。……皆、タイムパラドックスって知ってるでしょ?」


果南「……流石に、それは私でも分かるよ」


曜「……未来の自分と、今や過去の自分。会っちゃうと、ダメなやつだよね」


善子「まあ、ザックリ言うとそんなトコロ。……で、これは技術の問題が消えても、更に根元で残る話なの」



ダイヤ「しかし……タイムパラドックスが、なぜ、未来から過去へ戻ることを否定するのですか?」

ダイヤ「創作の世界などでは、過去の自分に会わないようにすることで回避出来る例もありますが……」


善子「それは、あくまで創作だからよ。……ちゃんと、過去に戻るってどういうことか考えると、それは論理的にあり得ない話になるの」


果南「……理論的とか、論理的とか……。なんか、頭が痛くなってきたよ」


花丸「善子ちゃんに、論理的なんて言葉が使えるずらか……?」

善子「何言ってんの。誰だって使えるわよ!」


曜「……果南ちゃんは使えてないみたいだけどね」


果南「……失礼な奴だなぁ」


千歌「2人とも・・・・・・。ケンカはしないでよね」




梨子「……それで?どうして、過去に戻ることが論理的に出来ないっていうの?」



善子「問題は。……もし、私達に、過去に遡れる能力があったとしても意味を為さないということよ」


果南「過去に戻ること自体が、無意味ってこと……?」


ルビィ「意味がないっていうのは、どういうこと?」


善子「たとえ過去に戻れる力があったとしても。戻った事実そのものが、存在出来ないってことよ」



曜「……よく、わかんない」


善子「……順を追って説明していくわ」




善子「ある過去の出来事Lがあったとする。この出来事は、何でもいいわ。昔、サンタさんを捕まえようとしてお母さんに叱られただとか、天使になろうとして高いところから飛び降りてケガしただとか、そんなことを当てはめてくれればいい」



ルビィ「……叱られたんだ」

梨子「……ケガしたんだ」


千歌「・・・・・・可愛い」



善子「うるさい!……コホン。ここで、自分が過去を変えることが出来る力を持っていたとしましょう」


善子「力というのは、出来事Lを出来事Oに変える力のことよ。例えば、サンタを捕まえようとせずにおとなしく寝て、次の日お母さんに怒られないようにするとか、そういうことをする力」


ダイヤ「……過去に戻る話ではなかったのですか?」


善子「過去に戻った時点で、過去は変わってるでしょう?そんな事実は、過去にはなかったはずなんだから」

ダイヤ「それは……まぁ、そうですわね……」



善子「重要なのは。過去に戻れるかどうか自体じゃなく、過去を変えられるかどうかなのよ」


鞠莉「過去に戻る……。その時点で、変化は起きているはず、よね」


花丸「過去に戻って、おっきい善子ちゃんがちっちゃい善子ちゃんにお母さんの言うことを聴くように言っても、変化はないかもしれないけどね」

善子「うっさいってば!……とにかく、どんな形であれ、過去を変えられる力があるとして、それが成立するか考えてみるのよ」



果南「この場合だと、LがOになったらどうなるかってことだよね」


鞠莉「どうなるって、言われても……う~ん……」



千歌「・・・」




曜「……どうも、ならないんじゃ……」


梨子「ど、どうもならないってことは、ないような……」



善子「いいえ。よくわかってるじゃない、曜?」


曜「え?」

梨子「え?」



善子「どうもならないっていうのは、どんな意味?」


曜「え、えっと……。サンタさんに怒られないように言われて、その通りにしたら……なんか、怒られるから注意したのに、その注意自体、大人になってからしようと思うかなって……」



果南「あ……」


鞠莉「……なるほどね」



花丸「そっか。……善子ちゃんの例でいくと、もし、過去を変えようとして、実際に過去が変わったとしたら。そもそも、過去を変えようとする動機自体が、未来になくなっちゃうね」


善子「動機を例にするならそうなるわ。でも、これは動機に限った話じゃない。『原因と結果』が連鎖していると考えられる限り、あらゆることに当てはまるはずなの」


ルビィ「過去が変わった時点で、未来も一緒に変わっちゃうから……変える前の、変えようとした未来がそもそもあるのはおかしくなって、なくなる……ってこと?」



善子「……察しが良くて助かるわ。これって、一般化するとこういうことにならない?」




『ある世界Vに因果関係が成立しており、過去を変化させられる能力Eがあったとする』


『ここで、過去のある出来事Lを変更できる能力Eを行使し、Oという出来事に変更したとする』


『すると、Lという出来事はそもそも生じておらず、世界VにはOという出来事が生じたという事実のみが残る』


『なぜなら、因果関係により、Oが成立した時点で世界はOに基づいた時間軸に再構成されるので(Oという出来事に基づいてまた別の出来事が生じていくので)、LからOに変わったという事実を証明することが出来ないからだ』


『つまりLからOという変更があったという事実は世界Vには全く存在しないことになる』


『したがって、Eが存在するかどうかは誰にも証明できない。言い換えれば、Eがあると考えることは無意味な想定である』


『無論、因果関係を前提とするならば、OはLによって引き起こされたと考えねばならないが、Lを行使したという証拠はOが成立した以降の時間、世界には存在しない。つまり、矛盾してしまう』


『よって、因果関係が成立するいかなる世界でも、過去の変更はあり得ない。そして、因果関係の成立していない世界は考えることが出来ない』


『すなわち、[過去]を変更するということは、成立しない』


花丸「……LがなきゃOが成立しないのに、Oが成立したら、Lが消える……」


鞠莉「論理的にあり得ない。……そう言った意味はコレだったのね」


果南「で、でも。物語なんかだと、ちゃんと過去を変えた人は帰る前の記憶を持ってたりするよね?」



善子「……そこが、創作の所以なのよ、果南」


果南「……!」



善子「もし、本当にそんなことが出来るとしたら。……それは、過去を変える能力とは別に、過去を変えたことを知覚できる能力があるということになるの」




梨子「……過去を変えたことを、知ることの出来る力……!」



善子「変わったかどうか。それは、比較によってしかわからないものよ」


ルビィ「でも、時間の流れがこの世界に一つしかないとすれば。……記憶もそれに従って、変わるはず」


鞠莉「……だから、もし過去が変わったとしても、その時点で時間の流れも変わって、それに沿って記憶は構成される」


善子「そうよ。もし、記憶同士を比較しようとするなら。……世界に時間の流れが一つしかないということを、否定できないといけない」



ダイヤ「人や、場所。物や動きの速度によって、時間が変わるとは考えられないのでしょうか……?」


善子「ここで言ってるのは、歴史や因果関係としての時間のことよ。ある出来事が、何か別の出来事を引き起こすと考える場合には、個々の時間の流れ方は問題にならない」



善子「……時間の流れっていうのが上手くなかったわね。さっき言った通り、因果関係や時間軸、って考えてもらった方がその辺りのこともわかるかもね」


ダイヤ「時間軸……ですか」




果南「……あのさ。話を蒸し返して悪いんだけど、やっぱ納得いかないことがあるんだけど」


曜「……果南ちゃんと同じで。私も、実はあったんだけど」



善子「何、果南、曜?」



果南「過去を変えたら全部変わっちゃうんだから、そもそも[変わった]って事実はあり得なくなるってのはわかったよ」


曜「でも……何というか、じゃあ何で私らってもしあの時ああだったら~とか、過去を変えたら~って考えられるのかな?」



鞠莉「……考えられるかどうかが疑問なの?」


果南「だってさ、カンペキに不可能なものだったら、考えることすら出来ないと思うんだよ。でも、私らって普通に過去が変わったらとか、未来を変えたいとか、そんなことを考えられるじゃん?それって何で?って思って」



ダイヤ「……本当に不可能なものは。そもそも、想定すら出来ないのではないか……そういうことですわね」


曜「でも、実際に私たちは考えることが出来ている……。だったら、善子ちゃんの言う不可能って、絶対じゃないかもしれないってことだよね?」


花丸「すこし違うかもしれないけど、知のパラドックスっていう議論も似たことを問題にしてた覚えがあるずら」



善子「……なるほどね」


果南「善子。どう、考えてるの?」


善子「……私の考えを言う前に。先に、褒めとくわ、曜、果南」



善子「……やるじゃない。いい批判よ」


果南「……え?」


曜「え、え……?」



ルビィ「善子ちゃん?褒めとくって……?」


善子「今の質問によって。私の考えが、より正確に説明できるからよ」


善子「そのお陰で、もっと詳しく、疑問の余地を潰すことが出来るでしょ?」


善子「疑問の余地があるせいでこんな状況になってるんだから、いい質問は褒めて当然じゃない」



梨子「……(懐が、広い……!)」


ルビィ「でも何故か上から目線なんだね」


善子「……。私の話してきた考え。これには、前提があった」


善子「時間軸が世界に一つだけしかないとすれば。時間軸は、因果と同様に、連なった一つのもので、それに記憶も沿うとすれば」


善子「そういった前提を基に、話を進めたら、過去には戻れないってことになったわけだけど……」


善子「じゃあ、過去に戻ることが成立するためにはどうすればいいのか。……この前提を基に考えることも出来る」


善子「世界に時間軸が一つしかないとしたら。……過去に戻るということは、意味を為さない……」



善子「じゃあ。……たくさんの時間軸が世界にあるとしたら……」



善子「……もしくは。世界そのものが複数あると考えたら?」




果南「……!」


善子「結局のところ、過去に戻るということ自体は出来ないとしても、過去にそっくりな別の世界に行くと考えれば、過去に戻ったように思うことはできるわね」



曜「べ、別の世界……」




千歌「・・・・・・」




善子「もし過去を変えたとして、それを証明する証拠なんて、あるはずがない。[記録]も〝記憶〟も、全部変わった後の物に置き換わってしまうから」



ルビィ「……宇宙5分前創造仮説っていうの、善子ちゃんに借りた本にも出てきたよね」


ダイヤ「それはわたくしも聞いたことがあります。確か、平和の賞も受賞した、哲学者の説でしたか」

果南「どんな内容なの?」


ダイヤ「宇宙がもし5分前に生まれたとしても、誰にもそれを証明することは出来ないということでしたが……」


ルビィ「〝記憶〟も[記録]も、全部辻褄が合うように作られるんだったら。私たちが生まれてずっとやってきたことも、本当は全部錯覚で、本当に私たちが何かをやり遂げたって考えられるものはどこにもないんだって……」



果南「……だから、宇宙がもし5分前に生まれたとしても、誰にもそれを証明することは出来ないってことか……」



善子「そうね。……で、その根拠こそが、時間軸が世界に一つしかないことにあるのだとすれば、複数の世界さえ成立していれば、時間の変更は知覚できる」



鞠莉「……別の世界同士で、どこがどう違ったのか、比較ができるからね」


善子「そうよ。……そう考えれば、何で過去に戻ることを想定できてしまうのか、説明が出来る」



善子「……私達には、別の世界を。……可能世界と言ってもいい。とにかく、現実とは違う世界を想定する力がある」



果南「だから……現実には不可能なことも、考えられるって、ことなんだね……」


善子「そういうこと。タイムトラベルが想定できるのは、あくまで別の世界との比較が出来るようになるからってだけ」


善子「現実には、本当の意味で過去に戻るってことは、意味のない考えなのよ」



梨子「じゃあ、よく見るタイムマシンで過去に戻るってことは、実は……」



梨子「世界を、移動していることになるの……?」




千歌「・・・・・・」


善子「そうなるわね。だとすると、本当はタイムマシンって呼び方は正しくないって考えなきゃいけないわね」



善子「……さしずめ、ワールドマシンってところかしら?」



曜「世界を移動する、機械……」


花丸「世界……途方もない話ずら……」



梨子「……じゃあ、もし、世界に時間軸が複数あるのだとしたら?」


善子「現実においては、時間軸は一つしか存在しないとしか考えられないんだから、結局世界の中に複数世界が存在できる仕方で成り立っていると考えないといけないわね」


善子「そうね……たとえば、細部は違っても結局は一つの時間の流れでしかない、って考えが成り立つかもしれない」



梨子「……まるで。あの作品の、『世界線』、ね……」


善子「……よくわかるようになったじゃない」


梨子「私も……善子ちゃんに借りたからね」

ダイヤ「そこまでです」


ダイヤ「……。善子さんによって。少なくとも、〈未来〉から[過去]に遡ることは……かなり難しいと考えざるを得ないことがわかりました」


梨子「……っ」


善子「……難しい止まり、ね」



ダイヤ「《不可能》ではなく、難しいと言っているのは……最後の果南さんの質問で、一つの『可能性』が示唆されたからです」


ダイヤ「……すなわち、別の世界への移動であるなら、完全に《不可能》とは言い切れないということです」

善子「……。まあ、それに関しては異論はないわ」


鞠莉「でも、時間の移動ならともかく、別世界の移動に関する技術的な理論の話は……オカルトな話以外で、ほとんど耳にしたことはない」



花丸「……困難さは、より増したのかな……」

花丸「別の世界から来れたとしても、なんでそこまでして……っていう動機の部分もわからないし……」



鞠莉「……どうするの、梨子?」


梨子「……どうする、って?」



鞠莉「少なくとも、アンドロイドなんていう、技術の延長線上にあるかもしれない存在が世界を移動したというよりは、まだ[亡霊]のようなオカルトな存在が世界を移動したと考える方が『可能性』はありそうよ?」



梨子「………!」



鞠莉「そうすれば、諸々の不自然さは、ある意味クリア出来る。……まだ話題になっていない、動機の問題も解決できるかも知れない」


ダイヤ「……」



花丸「鞠莉ちゃんの話って、入れ替わろうとして入れ替わったんじゃなくて、何か想像もつかない事態が起きて、入れ替わってしまったと言えるってこと?」


鞠莉「そういうこと。これだったら、一気にカタがつくでしょ?」



曜「でも、梨子ちゃんは[亡霊]……ハオさんと、〝千歌ちゃん〟が入れ替わってるって言ってるんだよね……」


果南「梨子の考えだと、いつの間にか入れ替わってたは、通用しない……そういうことになるのかな」



梨子「……うぅ」



善子「それか……全ての不思議なことが、本当に偶然起こっただけだと考えるか」


梨子「全てが……偶然……?」



善子「もちろん、疑問の余地は沢山ある。でもその答えを出そうとして考えられたものにも、疑問を挟むことが出来る」


善子「そして、少なくとも千歌の入れ替わりだなんてことだけは、不自然なことの集まりだけで認められることじゃない」




善子「……さっきも言ったと思うけど。疑問の余地がある限り。その結論は認められないの」




梨子「くうっ……!」





ダイヤ「……梨子さんの考えが正しいとすれば、未来からアンドロイドが来ることによって、入れ替わりは成立するとのことでしたね」


梨子「……う、うん」


ダイヤ「入れ替わりの部分は、[証拠]もあったために梨子さんの考えを我々も持てますが……今しがた善子さんが示したように、その前提であるような過去に遡る部分に関しては、疑いを持たねばなりません」


善子「……トーゼン、ね」



ダイヤ「しかし……。これで引き下がれない。そんな、気もしている……」


善子「…………」


ダイヤ「あと一歩。カンペキに、判断を下せる何かがあれば、良いのですが……」


果南「困ったね……」


ルビィ「……じゃあ、私たち、どうすればいいの?」



ルビィ「もう判断が出来ないんだったら……結局、〝千歌ちゃん〟への疑いだけが残って、終わっちゃうんじゃないの……?」



曜「………っ」


花丸「それは……そうだけど……!」


鞠莉「…………」


善子「…………ぅ」


果南「く…………」


梨子「……」




梨子(皆、このまま終わることを、よしとしていない……)


梨子(こんな気持ちを引きずったまま、明日もスクールアイドルで、仲間で……Aqoursでいることは出来ない。そう思ってるからなんだろうか)


梨子(でも、どうずれば……)


梨子(どうすれば、この壁を壊せるというの……!?)


梨子(……なら。やっぱり、今日のところは、ここで終わるしか……)





千歌「ちょっと待って」





梨子(……!ちか、ちゃん……!?)






千歌「・・・・・・」







ダイヤ「……ち、千歌さん。一体、何を……?」



千歌「・・・・・・。鞠莉ちゃんのお陰で。……疑問の余地を消すことが出来るって、思い付けたんだよ」



鞠莉「え、わ、わたし……?」



ルビィ「……〝千歌ちゃん〟……?お陰って。その、鞠莉ちゃんのお陰って、どういうこと?」


千歌「・・・仲間の言っていることを、ただ否定するんじゃなく。理解して、受け入れた上で。でももしそれを受け入れると、こういう反論があり得る、って形で、皆……さっきだと果南ちゃん、曜ちゃん、善子ちゃんが話していたけど」


千歌「私も。そのやり方で、私自身の疑いを、晴らすことが出来る・・・」


千歌「そして、そのきっかけは鞠莉ちゃんの一言だったって」


千歌「そう思ったって、ことだよ」



ルビィ「!」



千歌「鞠莉ちゃんの言葉は。もっと広げれば、どんな存在だったらどんなことが出来るのか・・・ってことを、問題にしているとも、考えられると思うんだ」


千歌「それを踏まえた上で、アンドロイドのことを考えると・・・・・・・」



千歌「・・・・・・私への疑いの前提。その全部を、もし受け入れたとしたら。受け入れたとしても、説明できない疑問が出ちゃうんだよ」



梨子「……!」



花丸「具体的には……どういうこと?」




千歌「・・・・・・。簡単な話だよ。皆は、覚えてる?」



千歌「部室での・・・・・・鞠莉ちゃんの話」



果南「鞠莉の……?」



千歌「うん。・・・チューリングテストの、話だよ・・・・・・」



鞠莉「……!」


梨子「……AIと、人間の……?」




千歌「・・・・・・。うん。そこで、鞠莉ちゃんは言ってたよね?」



千歌「・・・AIは、『不自然過ぎるほど、自然』だって」



善子「!!」




鞠莉「……言った。……言ったよ」




千歌「・・・・・・。逆に。人間の方こそ、不自然だって思わせないほど、自然で……。機械のイメージと同じやり取りを、不自然かもしれないけど、人間の方こそやってしまうって」




曜「……!!」


ダイヤ「……っ!」




梨子「……そ。それじゃあ……」




千歌「・・・。解ったみたいだね」




千歌「つまり。・・・・・・もし、私がアンドロイドだったとしたら。当然、その思考は・・・AIによって生まれるはずなの」



千歌「でも。もし、AIだったら・・・不自然さを残すはずがない」




千歌「・・・・・・。カンペキに、入れ替わることができるはずなんだよ」




梨子「……!!」




千歌「でも、現実には不自然なことが起こってる。アンドロイドなら、パラメーターを変えられる存在なら。・・・入れ替わってるってことすら、誰にも知られずにできるはずなのにね」




千歌「・・・・・・これって、おかしくない?」


千歌「何で、気付かれるようなことをするの?何で、不自然なことをするの?」


千歌「アンドロイドなら、そんなことをしないはずだよね?入れ替わりを目的としているアンドロイドなら、そんなことするはずがないよね?」




梨子「ぐ。……ぐっ・・・…!」




千歌「・・・・・・。アンドロイドなら、入れ替わりは出来る。それは、その通りだと思うよ」



千歌「未来から来れるような技術があったとして。そんな技術が進んだ世界なら、アンドロイド・・・・・・それも、パラメーターを変えられるアンドロイドも、生み出せるかもしれない」



千歌「しかも記憶すら、パラメーターに出来るアンドロイドが作り出せるなら。もし、人間と入れ替わったとしても、誰にも気付かれない」



千歌「だって、全てのパラメーターを変えられるなら、何にでも。・・・・・・誰にでも、なれるんだからね」




花丸「何にでも……」


善子「誰に、でも……」





千歌「でも。だからこそ、おかしいの」




千歌「そんな存在が、不自然なことをするなんてこと。・・・入れ替わりをしたなんてこと、気付かれるはずがないんだから!」





千歌「つまり・・・不自然なことをやってることこそが、アンドロイドであるはずがないってことを証明しているんだよ!」



梨子「…………う」










梨子「うわああああぁぁぁぁ!!」







ダイヤ「……た。確かに……!」


ダイヤ「梨子さんの言う、入れ替わり。それは、もしパラメーターを変えられる存在があったとすれば。……アンドロイドが存在するとしたらと考えればこそ、成り立つものでした……!」


ダイヤ「しかし……。そもそも、そんな存在は、入れ替わりを感づかせるはずがない……!」



曜『でもさ、もし本当に自由に姿や性格を変えられるんだったらもうそれって見分けがつかないよね』


善子『そうよ!知らず知らずの内に人間は入れ替わっているのよ!』



曜「私達……話したもんね」


善子「……そう、ね」




花丸「もし本当にアンドロイドが人間に成りすますとしたら人間離れした行為は起こさない」


鞠莉「……完璧にパラメーターを人間に合わせるはず。……パラメーターを、変更できるのなら……」


ルビィ「アンドロイドだって考えた時点で。矛盾が、出ちゃうんだ……!」







梨子「………」




ダイヤ「…………梨子さん」


梨子「ダイヤ、さん……」



ダイヤ「まだ、反論がありますか……?」



梨子「……」



ダイヤ「……。もう、無いはずです」




ダイヤ「意固地になる理由……追求すべき疑問……。それらは、もうない」


ダイヤ「全て、明らかになったように思います」



ダイヤ「だから。これで……終わりで……」








梨子「……」


梨子「……(これで、終わり……)」



梨子「………(本当の、終わり?………)」




梨子「………(違う!)」







梨子「まだ、考えなきゃいけないことがある……!」




梨子「そう、思うの!……ダイヤちゃん!!」




ダイヤ「……!!」




鞠莉「……何を言っているの!もう、全てわかったじゃない!!」


鞠莉「千歌は、千歌の言う通り、千歌の入れ替わりなんてなかったって!!」



梨子「……うん。そうかもしれないね」


鞠莉「……!」



梨子「だから、その話はこれでおしまい。……千歌ちゃんの入れ替わりの話は、おしまい」



梨子「でも。まだ、おしまいにできないことが、あるでしょ……?」




果南「な、何……?」



善子「梨子……!何を、言うつもり……?」



梨子「……私達は。千歌ちゃんを信じるために、話してきた」




梨子「でも。……それ以上に!!」





梨子「私達は!真実を追求したいはずよ!」



曜「………!!」










千歌「・・・・・・ふふっ」










ダイヤ「……。では、何を考える必要があると……?」



ダイヤ「既に、言葉は尽くされました。……Aqoursの、全ての言葉が真実だとするなら」




ダイヤ「梨子さんが導き出す真実とは……!一体、何だというのですか……!?」




梨子「……」






梨子(今までの、皆の……Aqoursの、話。……私も含めて……。その全てが、正しかったとしたら)


梨子(まだないはずのアクセサリーが、なぜか〝今〟あるってこと。葉百さんが弾いたピアノの音が、機械のように精確だったって言うこと)


梨子(過去に遡れないっていうこと。……アンドロイドだったら、不自然な痕跡を残すはずがないっていうこと)



梨子(全てを最初から考えてみよう……!)





梨子(〈未来〉から[過去]へ遡れるか……)



梨子(これは、あり得ない。……善子ちゃんが証明した通り、《不可能》だと思う……)



梨子(入れ替わりも……出来ない。体格が同じでないと、記憶が同じでないと、決して成功しない)



梨子(もし、入れ替わりが成立するとしたら……。体格も、記憶も、同じにしないといけない……)


梨子(でも、そんな存在は、そもそも入れ替わりを感づかれること自体があり得ない)



梨子(私が考えた、アンドロイドならっていうこと。それは……成り立たない)


梨子(鞠莉ちゃんも言っていたように。……アンドロイド……AIは、不自然過ぎるほど、自然に振舞うことが出来るから……)







鞠莉『AIってね、人間がやりそうな不自然というか、合理的じゃないことをカンペキに再現できるのよ」


鞠莉「ああ、人間じゃなかったらこんなことやらないだろうなーって、コンピューターだったらそんな無駄なことしないだろうなーって常識を逆手に取ってるのかもしれないけど』


鞠莉『人間の方が、よっぽどコンピューターみたいに合理的なことを言ってることもあるみたいよ』


鞠莉『AIは。不自然過ぎるほどに、人間にとって自然な行動をとれちゃう、ともいえるわね』


鞠莉『案外、人間の方が自然に不自然なことをやっちゃうのかもね』






梨子(………あれ)






梨子(……人間の方が。人間だからこそ、不自然な行動を起こしてしまうとしたら………?)





梨子「…………」







梨子(……。もう一つ、気になることがある。それは、あのペンダントのこと)



梨子(ルビィちゃんが〝今〟作っているはずのアクセサリーが写っている、あのペンダント。あのアクセサリー自体は、既成の物……?)


梨子(それに……技術的にも、多分量産されていないようなペンダントを、一体どこで手に入れられるんだろう……?)


梨子(いや……どこで手に入れられるかはこの際問題じゃない。鞠莉ちゃんが見ている以上、どこかで手に入れること自体は出来る)



梨子(問題はむしろ……〝千歌ちゃん〟が《いつ》、ペンダントを手に入れたのか)




梨子(……時間を遡れないと考える以上。[過去]のある時点で手に入れたと考えるしか、ない)


梨子(なら……そこに写る写真も、過去の光景を撮影したもののはず……)



梨子(………そうすると。私は、[過去]に存在しているはずのアクセサリーが。なぜか、〈未来〉にしかあり得ないと、カン違いをしていたことになるの……?)




梨子(じゃあ、そもそも何でそんなカン違いを。私は……私たちは、しちゃったんだろう……)





梨子(……理由は、客観的に考えればシンプルだ。その時点で、『桜内梨子』と『黒澤ルビィ』しか知らないはずのものが、写真にあったからだ……)



梨子(でも……。その時点って、《いつ》の時点なの……?)


梨子(その時点が、一つしかないなら。写真だって、しいたけちゃんにアクセサリーをプレゼントしたその瞬間の物しか、ないはず……)











梨子(一つしか、ないなら……)







梨子(一つしか、ないなら……!?)







梨子(一つしかないが、私達を縛っているとしたら。……一つしかないを、やめれば)




梨子(複数あった可能性を、考えれば……!)






梨子(……も、もしも。『その』時点が複数あったとしたら……話は、成り立ってしまう……!)






梨子「……ぁ」







梨子(もしも……もしも!……[過去]とそっくりな、《未来》があったとしたら。……[過去]の模倣をしているだけの、《未来》があったとしたら……!)




梨子(……1人だけ。その模倣をカンペキには再現できない人がいたら……!)









梨子「………ぁあ……!」






梨子(……舞台に立つって。何度も立つって、すごくタイヘンなこと)



梨子(重要な場面で、1人でも崩れちゃうと……。連鎖的に、皆も崩れちゃう)



梨子(……もし、それが。心の支えになってる人だったら……なおさら……)




梨子(………。崩れ、ちゃう……)








梨子「……ぁぁあ!ぁあぁあ!」









梨子(……1人だけ。セリフが、飛んじゃって。間違って、シナリオを先取りしちゃって。これまでのお話が、辻褄の合わないような形になってしまって……)


梨子(誰もが、毎回同じことを……。多少のアドリブがあっても、本筋ではいつも同じことを演じられれば。観る人を満足させられるのに……)



梨子(でも、人間は、そうじゃない。いつだって、同じことを出来るわけじゃない……!)




梨子(……っ。……いつでも、同じことを精確に出来るのは)





梨子(同じことが出来るのは……!)











梨子(……機械の、方)











梨子(……)






梨子(……そうだ……)




梨子(簡単なコト、だったんだ……)




梨子(全ての言葉が正しいとすれば。全てが、成り立つのは)



梨子(………全ては……)


梨子「……全ては」



















梨子「《逆》……だったん、だね……」

















ダイヤ「……りこ、さん?」



曜「逆って……どういうこと……?」





梨子「……過去から未来には戻れない。でも、未来にしかあり得ないって、考えてしまう条件」




果南「……りこ?」




梨子「……既に、過去にあったのに。未来にしかあり得ないって思っちゃうのは……」




鞠莉「り。りこ……。何を、言おうとしているの……?」




梨子「〝千歌ちゃん〟だけが不自然で。……まるで、〈未来〉に生きているようで」





ルビィ「……りこちゃん……。まさか……」








梨子「私たちは自然で。[過去]もちゃんと持ってて……」





花丸「りこ……ちゃん……」





梨子「でも、本当はどっちなんだろう。……そう、考えたらね」





曜「……!」







善子「り、りこ……!」







梨子「皆の言葉。その全てが、正しいとしたら」



梨子「私達は……〝千歌ちゃん〟以外の、Aqoursは………!!」



梨子「わ、わたしたちは。……私たちは……!!」







梨子「私たちは、人間じゃない!!!」





鞠莉「………そんなっ!!」

曜「……!!」

果南「……っ!!」

花丸「……いや……!!」

ルビィ「……!」





梨子「私たちは!……人間じゃないの!!……私たち、こそが……!!」











梨子「アンドロイドなのよ…………!!!」














善子「……………っ!………っ!!」


千歌「・・・・・・。・・・・・・・・・」



梨子「……全ての言葉が。Aqoursの皆の全てが、正しかったとしたら」


梨子「未来の存在は、考えられない。だから、一見未来のように思えるものも、過去に存在していないと考えなきゃならない」



善子「……」



梨子「なら、ペンダントに残された写真。それは、過去に残されたものじゃなきゃいけない」


梨子「でも、写っている内容は……未来のもの」


梨子「……〝今〟作られているもの、〝今〟完成していないものが、写っているから……」



曜「……」



梨子「……ここで。……どっちが本当なのかって問いを立てることが出来る」


梨子「………。答えは簡単だよね。本当に未来にあるはずのものなら、ここにあるわけがない」


梨子「未来にしかないと考えたら、そんなもの手に入るはずがないけど」


梨子「過去にあるから。手に入れることが出来る……」


梨子「明らかに、このペンダントは過去にあったはずのもの」



花丸「……」




梨子「じゃあ、何で過去にあったはずのものを、未来のものだと考えてしまったのか?」


梨子「この、ペンダント。……なんで、その中の写真を、未来にあるとしか思えなかったのか……」


梨子「つまり。……一番の謎は、〝今〟あるはずのないものが、ここになぜかあるってこと」


梨子「じゃあ。〝今〟あるはずがないと言い切れるのは、〝誰〟なんだろう……?」



ルビィ「……」



梨子「作っている当人達にしかあり得ない、よね」


梨子「しかも、オリジナルのデザインで作っているとなれば……。その存在が、複数存在するなんてあり得ないって、断言できる」


梨子「でも。……写真という[記録]があった以上。それは、間違い。……カン違い、錯覚のはず」


梨子「……重要なのは。錯覚でなくすためには、何が必要なのかじゃなくて、錯覚が起きている以上、その理由があるということ。錯覚が起こるしかないとしたら、どんな条件が考えられるのかということ」


梨子「……どうやったら既に[記録]も残っているものを、自分が作っている最中の物だと。〈未来〉に存在するはずのものだと、思ってしまうのか」




梨子「……忘れることによって、だよね」




鞠莉「……」




梨子「でも……。どんなに似ているものであっても、オリジナルで作ろうとする限り、同じものは作れない……」


梨子「……それこそ、機械でもない限り」


梨子「それに、このアクセサリーには意味がある。……私の意図した”文字”が彫られている」


梨子「意味のあるものを、作ることにおいて。……似るものが出来てしまうことはあっても、同じものを作ることは、やっぱり不自然なの」




果南「……」




梨子「………ところで。そもそも、そのペンダント自体も、この世に一つしか存在しないものだったはず」




千歌「・・・・・・」




梨子「……技術的な問題を乗り越えたとしたら、ペンダントがこの世に一つしかないというのは、オーダーメイドであるという意味になるはず」


梨子「全ての話が正しいとしたら。……葉百さんの、〝千歌ちゃん〟の話が正しいとしたら」


梨子「ここに、たった一つのものが、あることになる」


梨子「……たった一つの、ペンダント。そこに写る、真実。……意味のあるはずのそれを、自身のオリジナルだと思ってしまうのは……」


梨子「自分の、オリジナルだと。[過去]に存在したものではないと、思ってしまう存在は」


梨子「自分の〝記憶〟を、忘れることが出来て。……その上で、フリじゃなくて、本当に過去の自分そのままに振舞える存在」


梨子「……〝記憶〟も、性格も、全て自由に変更できる存在にしか出来ない。じゃないと、齟齬がおきてしまう」



ダイヤ「………っ!」



梨子「〝記憶〟も、性格も。パラメーターとして、変えられる存在」





梨子「…………アンドロイドなら、それが出来る」




曜「……!」






果南「……一個。聴いても、いい?」



梨子「果南ちゃん……?」



果南「私らがアンドロイドなら。……当然、すごい技術の力で生み出されたものなわけだよね?」



梨子「………そう、だね」



果南「じゃあさ。……何で、そんな私たちを生む力があるのに、なんで街並みは田舎のまんまなの?」



梨子「……」



果南「……モチロン、ハイテクになったら、街並みもある程度、自由に出来るかもしれないよね」


果南「……でも、それを変えた[記録]がなんで残らないの?……[記録]が少しでも残れば、〝記憶〟も出来ちゃうよ?」


果南「[記録]は、ある程度は消せるかもしれないよ。でも、〝記憶〟は、人によってマチマチでしょ」


果南「……それに。〝記憶〟をもし、消せたとしても……その消したってこと自体が、痕跡を残すんだよね」






梨子「……〝記憶〟は、確かに、変えたら痕跡が出る。……全ての人の記憶を変えようと考えたとしても、そんなことは出来ない」


梨子「……だからこそ、なの。だから、アンドロイドの話が出てくるんだよ」


果南「……〝記憶〟は、消せないから……?」



梨子「そうだよ。でも、パラメーターとして残っているものなら。……[記録]なら、変えられる」


梨子「一つの齟齬もなく、変えることが出来てしまうの……!」



梨子「……未来の技術。未来の、アンドロイドなら、入れ替わりはできる」



梨子「……[過去]の、模倣だって……出来る」


梨子「それこそ……不自然なほど、自然に……」



鞠莉「………っ!」







梨子「過去の模倣が出来るなら。……今ここにいる私たちが、過去のマネをしている存在だって、否定することはできない」



ダイヤ「だけど。……そんなこと、あり得ない!」



梨子「……そう、あり得ない。……[証拠]が、あるはずがないから……」




梨子「でも………。見つけてしまった」



善子「……っっ!」







梨子「……〝今〟を特別視するのをやめて。……[過去]にあったことを、ちゃんと受け入れれば」



梨子「……私達は。[証拠]の意味を、ちゃんと理解することが出来る……」



梨子「あの写真。……葉百さんと、しいたけちゃんが写っている写真」



梨子「これが、過去に撮られたものだとしたら…………!」



梨子「……生き別れの姉妹だって。その2人が写っているんだって、〝千歌ちゃん〟の言う通りに考えれば……」



梨子「この写真は、成長した千歌ちゃんと。その家族のしいたけちゃんが写っているものだって、考えられる……!」






千歌「・・・・・・」






ダイヤ「……やめて」




梨子「もし。『桜内梨子』が、『ある時点』では知る由もないことを、知ってしまったら」



梨子「……『ある時点』。『桜内梨子』。この二つには、ある前提がある」



梨子「………同じ時は。同じ人間は。あり得ないっていう、前提が……」




曜「りこ、ちゃん……」






梨子「でも。……同じ時も、同じ人間も。……同じ、存在も」



梨子「実現できてしまうと、したら……?」



梨子「……〈未来〉を問題にしたのは。同じ時間なんて、あり得ないから」



梨子「でももし、[過去]に遡れる技術があったら。……もし、そこで……[過去]にはなかったことが、起きたら」




花丸「……」




梨子「同じ時間があり得て。……こんな疑問が、ありえちゃうよね……」





果南「………」





梨子「違和感を持っちゃうよね。………けど」



梨子「善子ちゃんが言ったように。それは、時間の違いじゃない。世界の違い」



梨子「二つの世界を比べて、こっちの世界ではこういうことが起きたとか……」



梨子「……それこそ、未来でしか起きないって思ってしまったから」



梨子「でも。……これも善子ちゃんの言った通りだけど、過去になんて、絶対にいけない」



梨子「だったら。……同じ世界を、比べるためには。……未来の世界と比べることが出来ないのなら」



梨子「過去の世界で、同じことをしている、してしまっている存在が必要になる……!」






ダイヤ「…………いやっ!」







梨子「……『桜内梨子』が。『渡辺曜』が。」



梨子「『黒澤ダイヤ』が。……『黒澤ルビィ』が、『松浦果南』が。『国木田花丸』が。」



梨子「……『小原鞠莉』も。『津島善子』も」




梨子「オリジナルが、あったとしたら……?」




梨子「………。皆、オリジナルを真似しているんだとしたら……?」




梨子「そして……それをカンペキに模倣できる、存在があったとしたら……」






ルビィ「アンドロイドなら……出来るっていうこと……!?」



ダイヤ「じゃ、じゃあ!……〝千歌さん〟は、何なんですか!?」



ダイヤ「入れ替わることが出来るのはアンドロイドだけだとしたら。そもそも〝千歌さん〟が疑われることはなかったはずです……!」



ダイヤ「パラメーターを変えられる……それこそが、アンドロイドの特徴」



ダイヤ「しかし、人間だとしたら。そんなことは出来ない……!」



ダイヤ「全ての話、主張が正しいのなら。りこさんの示してきた、……〝千歌さん〟が、人間には、不可能なことを行っているということ。それが、あり得ないことになります」



ダイヤ「破綻しているんです。……入れ替わっているのがわたくし達の方なら。なぜ、[亡霊]と〝千歌さん〟が、結び付けられるのでしょう……?」





梨子「……見方を変えれば。パラメーターを変えられて。しかも、アンドロイドのようには、出来ない……カンペキに同じようには振舞えない存在」



梨子「その存在が、あればいいってことだよね」



ダイヤ「………!で、では。……アンドロイドでないとして、何だというのです!?」









梨子「……。サイボーグだと、思う」



ダイヤ「……!?」




鞠莉「サイボーグ……。元は、人間で……機械になった、存在……」



梨子「……元々人間だったのを改造したのが、サイボーグだとしたら。……入れ替わりの考え方も、変わる」



梨子「アンドロイドなら、ボロは出ない。……人間だから、ボロが出る」



梨子「……元は人間の、サイボーグなら。機械の特徴があるから、色んなパラメーターを変えることが出来るかもしれない」



梨子「でも、アンドロイドと違って。……人間だからこそ、カンペキなマネが出来ないことも、考えられる……」





ダイヤ「……いやぁっ……!」






花丸「〝千歌ちゃん〟が、ハオさんと入れ替えられるのは。……〝千歌ちゃん〟が、サイボーグだったから……」




果南「………じゃあ、〝千歌〟は。……」



果南「ずっとずっと、生きてきて。機械の体になっても、生きてきて」



果南「一度、経験した時を。……また、繰り返しているっていうの……!?」








千歌「・・・・・・・・・」








曜「………そんな」





梨子「……〝今〟思えば。……私が、最初に葉百さんに会った時。葉百さんの反応は、不自然だった」



ダイヤ「ふ、不自然……?」





『え。……え?……なんで、〈あなた〉が……』





梨子「……すごく、驚いていたの」



梨子「………まるで。いないはずのものを。[亡霊]を、見たかのように……!」





曜「いないはずのものを……」







千歌「・・・・・・」







ルビィ「前に、いなくなったはずのものが目の前にいたら。……ビックリ、しちゃう」



梨子「……そう」




梨子「その、ビックリを、私は、見ているの……!」



鞠莉「……な」



善子「な……!」



花丸「なんずらぁーーーーーー!!?」








ダイヤ「………認められませんわ」




梨子「……ダイヤ、ちゃん?」




ダイヤ「何を!根拠に!……そんなことが、言えるっていうの!?」



梨子「……!」



ダイヤ「わたくしたちがアンドロイド?……なんで?なんでなの!?」







ダイヤ「……ぶっぶーよ」



ルビィ「おねぇちゃん……」



ダイヤ「……そうよ!…………ブッブーですわ!」



梨子「………っ」







ダイヤ「……ぶっぶーなんです。……貴女の今の言葉。信じることはできないの!」



ダイヤ「確かに、全ての言葉が正しいとして。……わたくしたちがアンドロイドなら、町もコピーなら、そのオクソクも成り立つ」



ダイヤ「しかし!そんなことを言ったら、何もかも成り立つに決まっている!!」



ダイヤ「……語られていないのは、オリジナルを模倣しているという理由。たとえ、時間や技術の問題が解決しようとも。……そもそも、オリジナルを、真似しているという証拠なんてない!」




ダイヤ「理由を。……根拠を。……わたくしたちは、聞いてないんだから!」




ダイヤ「だから……。そこまで言うのなら、示して見せなさい!!」






梨子「………」





鞠莉「そんな、[証拠]。……あるはず、ない……」







梨子「………。わかった」



ダイヤ「………!」



鞠莉「…………!」



善子「し、示せるっていうの?……どうして、〝私達〟が、[私達]を真似しているのか、示す根拠を……!」




梨子「…………」







梨子(一つだけ。……『何でかは分からないけど、でもそこにあるのが当然』のように、思ってしまうものがあった)




梨子(それが。……それこそが、間違いだったんだ……!)








梨子「……私達に、オリジナルがいる。……私達も、〝千歌ちゃん〟も含めて、それを真似していると言えるのは」



梨子「……カンペキに真似しているんだとしたら、決してわからないはず。……でも」



梨子「真似をミスする存在の『可能性』がある以上。……そのミスこそが、真実の痕跡を、残す……」



ダイヤ「………ミス?」



梨子「……。一つだけ。……どうしても、意味の解らないものがあった」




梨子「間違えていないのに。ミスなんてしていないのに。……ミスに。《逆》になってしまっていたものが……!」






曜「……!」



梨子「一つだけ。説明がつかないものが、あるの……!」



梨子「でも。……私達が、[過去]を真似している。……そう考えれば、そう考えた時に、初めて説明がつく証拠がある……!」



花丸「……な。なに……?」





梨子「私達が、何者なのか。……全てを示している、ものよ」




ルビィ「全てを……?」




梨子「私達が、いつも。……必ず、目にしているもの・……!」






梨子『(Aqoursの練習が終わって。何故だか訂正の線が自然に思えてしまう、『スクールアイドル部』のプレートが掲げられた部屋の中で)』



梨子『(……今日も、何故か斜線を入れられている、〝スクールアイドル部〟の文字を目にしてから、私は部室に入った)』



梨子『(〝スクールアイドル部〟の文字。……なぜかわからないけど、[部]のところに、斜線が引かれている)』



梨子『(でも、斜線が引かれていることこそ、あるべき姿だって、安心して。私は部室の扉を開くんだよね)』









梨子「……[スクールアイドル部]の文字。……なんで、〝部〟のところに、斜線が引かれているのかな……?」





千歌「・・・・・・・・・・・・!!」






梨子「……この文字は。……間違えてなんか、いなかった」



梨子「単なる千歌ちゃんのこだわりで、取り消し線が引いてあったのかなって思っていたんだけど。……もし、ミスをしたのなら?」



梨子「……そう。ちゃんと、書いてしまうということが、ミスだったとしたら……?」




ダイヤ「な……!」



梨子「普通。……ちゃんと、決まっている文字を書いたなら。……そこに取り消し線を引くなんて、あり得ない」



梨子「だったら。……何か、取り消し線を引かなきゃいけない理由があったはずなの!」




千歌「・・・・・・」




花丸「じゃ、じゃあ。どんな理由があるの……?」





梨子「例えば。……それこそ、《逆》だった、とか」



千歌「・・・・・・!!」



曜「ぎゃ。《逆》……?」




梨子「〝千歌ちゃん〟が。『スクールアイドル部』の文字を書いた時。……『部』っていう字の、部首が……逆だったとしたら?」



善子「……!」



梨子「消す、理由になるよね。……でも!」



梨子「私たちの見ている〝スクールアイドル部〟の文字は、そうなっていない!」



梨子「ちゃんと、《部》の文字は、書かれている……!!」



梨子「じゃあ、何で。……その文字に、取り消し線が引かれているの……?」



梨子「そして。……なんで、それを自然なものだって、思ってしまうの……?」




果南「な。……なん、で……?」





梨子「……〝千歌ちゃん〟は。葉百さんの姿で。……私と会った、そのすぐ後に、入れ替わったことになるはず」



梨子「急に、入れ替わることを決めたら。……ミスだって、してしまうかもしれない」



千歌「・・・・・・」



梨子「確かに、〝千歌ちゃん〟は不自然なことをしていた。……”人間には出来ないこと”を」





梨子「人間には、《不可能》なことを。……色んな人を、助けるために……!」





善子「…………」



ルビィ「…………」



梨子「だから、目を向けられなかった。……”人間だからこそ”してしまうことに」




梨子「全てを再現してしまうアンドロイドには、《不可能》なこと。……”人間だからこそ”、やってしまう、『可能』なこと!」




梨子「入れ替わろうとして!全てを再現しようとして!……でも、間違えてしまうこと!!」




梨子「正しく『スクールアイドル部』の”文字”を書いてしまったことこそが!間違いのない”文字”を書いてしまったことこそが!」






梨子「〝千歌ちゃん〟の、最初の。……そして最大の、ミスだった……!」









千歌「・・・・・・・・・・・・ぅ」




梨子「答えて!〝千歌ちゃん〟!!」


梨子「どうして、間違えていない《部》の文字を、書き換えたのか!!」


梨子「そうしないといけなかった理由。……それが、あるんなら」



梨子「………[昔]。やったことを、真似するために、っていう以外に」



梨子「私たちが、なぜか、斜線を見て、安心してしまうってこと以外に、根拠があるなら」





梨子「理由があるのなら。……教えて欲しい!」











千歌「・・・・・・ないよ」

















千歌「なんにも・・・・・・ない」









梨子「………〝千歌ちゃん〟!!」



果南「じゃ、じゃあ……これが、真実……?」



ダイヤ「……わたくしたちが、アンドロイドであるということ。……人間の、模倣をしているということ……」



善子「そんな……」



梨子「………」








千歌「・・・まだだよ」






梨子「……千歌ちゃん?」






千歌「ふふっ。・・・・・・みんな、すごい想像力だよね」



千歌「今度歌詞書く時、手伝って欲しいくらいだよ」




ルビィ「そ、想像……?」


千歌「そうだよ。……だって、そうでしょ?」



千歌「皆が、誰かを真似している?それも、過去にいた誰かを?」



千歌「しかも、人間じゃない?・・・・・・そして、私は、この中で一人だけ、人間?」



千歌「今示されたのは、やっぱり、どこまでいっても『可能性』の話でしかない」



千歌「全てを再現してしまうアンドロイドなら、《文字》が違うことも、許さないことになるんじゃないの?」



千歌「取り消し線がオリジナルにとって自然なものだったとしても。アンドロイドは、取り消し線にだけ注目して、なんとなく安心なんて出来るものなのかな?」




千歌「・・・・・・どこにも。決定的な[証拠]がないよね」



梨子「………っ!」




曜「……今まで、話してきたことは、全て間違いだっていうの?」



曜「……千歌ちゃん、言っていたじゃん……!」




千歌『そうだね。・・・花丸ちゃんの言った通り。ただ心の中の記憶や考えだけじゃ、誰もが、いつでも納得できる真実を示すことは出来ないと思う。でも』


千歌『・・・・・・でも、私たちに必要なのはそうじゃない。私たちは、私たちが納得できる道筋が欲しいだけ』


千歌『・・・・・・。だったら。いつもと、同じでしょ?これは裁判でもなんでもない。ただ、全力で目の前の問題に立ち向かっているだけ』


千歌『だったら。・・・自分たちなりに、言葉を尽くせば、いいんじゃないのかな』






千歌「・・・・・・」






曜「今更……決定的な[証拠]を持ち出すだなんて」



曜「言葉を尽くして、納得を求めて……辿り着いた先なのに!」




千歌「・・・・・・。だって。私が納得出来てないもん」





曜「…………!」




千歌「私だって、Aqoursだよ。・・・・・・その一人が、納得できていないんだよ」



千歌「皆は、納得しているかもしれない。でも、ここまで壮大な話で、一個の[証拠]もないまま、納得なんて出来ない」



曜「で、でも……!梨子ちゃんは……!!」




千歌「・・・・・・梨子ちゃんの示してきたものは。確かに、説明にはなってるかもしれないよね」




千歌「・・・・・・でも、それは。・・・・・・最初から、梨子ちゃんの仮説を受け入れた場合だけ」





曜「……!!」



千歌「梨子ちゃんの考えが、正しいとしたら。その考えを説明してるかのような、解釈が出来るものがあった」



千歌「でも、それだけだよ。[証拠]って言えるほどのものじゃない。・・・・・・根本的に、正しいと証明するものは何もない」



梨子「………」




千歌「時間そのものが、世界そのものが、・・・・・・私たちそのものが、違う。・・・・・・そんなことを言うためには」



千歌「それを示す、一番強いもの。誰もが認められるという意味での、[証拠]が、必要なんだよ」



花丸「で。でも。……そんな、もの……」





千歌「・・・・・・ないよね。どこにも・・・・・・一個も・・・・・・」





梨子「…………」



千歌「皆は、納得しちゃったみたいだけど。・・・・・・《スクールアイドル部》なんて、証拠にならないんだよ」



ダイヤ「…………」




善子「……千歌。じゃあ、貴女はどうなの?」



梨子「……善子ちゃん?」




千歌「・・・・・・。どう、って?」



善子「少なくとも、貴女には疑いを持ってしまっている。……信じたくない、疑いを」




千歌「・・・・・・」




善子「それを、跳ね返すような[証拠]。……貴女は、示さないの?」



鞠莉「………善子」



善子「…………私は、千歌に。……貴女に、それを示してほしい……!」




千歌「・・・・・・その必要は、ないんだよ」





善子「!!」




曜「ひ、必要ないって。……どういうことなの!?」



千歌「だって、もし梨子ちゃんの言った通りだったとしたら。皆は、[記録]を自由に変えられる存在なんだよね?」



ルビィ「……!」




千歌「皆が、どうしてアンドロイドだと気付くことが出来なかったのか。どうして、どこかでおかしなことにならなかったのか」



千歌「・・・・・・気付いたとしても、[記録]を自由に変えられたら、関係ないよね」



梨子「……!!」




千歌「私には、何かを示す必要がない。・・・・・・だって、もし皆の考えが正しいんだとしたら、ほっといても、皆の〝記憶〟を、〝今ここ〟での〝記憶〟を、消すことが出来るから」




千歌「そうじゃなかったとしたら。皆の考えが、間違ってただけのこと。・・・違うかな?」



梨子「…………」





梨子(〝千歌ちゃん〟の言葉は……正しいと思う)



梨子(それは、二重の意味で)




梨子(ずっと、持っていた焦燥感。……なにか、〝今〟追求できなければ、今後一生真実に辿り着けないんじゃないかっていう、焦燥感の正体)



梨子(きっと。……〝記憶〟が消えることへの、恐れなんだ)




梨子(……このままじゃ。私たちの〝記憶〟がなかったことにされ、真実に辿り着くことは、出来ない)







千歌「・・・・・・消えちゃうなら。〝今〟真実に辿り着いても、意味がないかもしれないけどね・・・・・・」








曜「……」


ルビィ「……」


善子「……」


鞠莉「……」


果南「……」


花丸「……」


ダイヤ「……っ」







千歌「・・・・・・さあ。じゃ、そろそろ聴くね?」






千歌「皆の考えが正しいという、[証拠]は、あるの・・・・・・?」









梨子「………」






梨子(……思い出すんだ。『桜内梨子』!)






梨子(……いいえ!思い出すの、〝私〟!)






梨子(全ての言葉が。全ての人が。……私の信じるものが、全て正しいとしたら!!)






梨子(………重要なのは、私が、皆を……〝千歌ちゃん〟を、信じているということ!!)








梨子「……[証拠]は。……〈まだ〉、ない」





千歌「・・・・・・〈まだ〉・・・・・・?」






梨子「でも。……すぐに、出来るよ……」



千歌「・・・何、言ってるの?」



梨子「私が、〈あなた〉を信じているから。……すぐ、出来るよ」





千歌「・・・・・・り、りこちゃん・・・・・・?」







梨子(『心の目で見なければものごとはよく見えない、肝心なことはいつも目で見えないんだ』)



梨子(……私に出来るのは。〝音〟を聴くこと……!)



梨子(私が思う、『肝心なこと』。……その音は、まだ遠い)





ブ……ン……




曜「……りこちゃん。りこちゃん!」


ルビィ「りこちゃん。……どうしたの?」





梨子(……ごめん、心配かけて。……でも、まだ、音は近くにない)





ブゥーン





ダイヤ「りこさん……」


花丸「りこちゃん。……だいじょうぶ?」


果南「りこ。りこってば!」




梨子(……まだなの。まだ、待って。……もうすぐ、だから……)




鞠莉「りこ。……目をつむってないで、口を閉まってないで、なんか、言ってよ……」


善子「……りこ。もう、そんなに頑張らないで。……もうそんなに、疑わないで!」



善子「私を助けてくれた、大好きな千歌のこと。・・・・・・疑うの、やめて!!」



千歌「・・・・・・!」





ブゥーーーン!!





梨子(……そうだ。それこそが!)




梨子(千歌ちゃんが、Aqoursのこと、大好きだってことこそが!私の信じる千歌ちゃんこそが!)



梨子(全てを、明らかにしてくれる……!!)



梨子(……〝音〟は、近づいてきている。……もう少し、あとちょっと)





千歌「・・・りこちゃん。・・・・・・なにを、するつもりなの・・・・・・?」




梨子(……少しのミスも許されない。……でも、〝私〟なら出来るはず)




梨子(そして……〝千歌ちゃん〟なら、出来るはず……!)







ブゥーーーーーン!!












梨子(……〝今〟だっ!!)









果南「!?」



曜「梨子ちゃん!?」



千歌「・・・!?」




梨子「・・・・・・たあぁぁぁぁあぁああぁ!!!」





梨子(私は、走った)



梨子(海の音を聴くために走った時と、同じように。・・・・・・ただただ、全力で、走った)




ルビィ「梨子ちゃんッッ!」



花丸「梨子ちゃん!」



鞠莉「梨子ッ!ダメええエェェェッ!!」




梨子(私の目の前には、大型トラックがあった)


梨子(もう、ブレーキを踏んでも間に合わない。そんなタイミングで。……ある意味で、絶好のタイミングで、飛び込んできた女子高生)


梨子(人を跳ね飛ばすには、十分なタイミング……!)



ダイヤ「いやぁ!やめてぇぇぇえぇぇえぇぇ!!」



梨子(私が死ぬのには……充分な、時間)



善子「たすけて!りこを!だれか!!たすけてぇぇぇぇ!!」



梨子(誰も、助けられない。……どんなに凄い人でも、きっと間に合わないタイミング)










千歌「・・・・・・!!」










梨子(……そう)






梨子(………私の大好きな、〝千歌ちゃん〟以外は……)











梨子(………すごい、音がした。………すごい、衝撃が、あった)






梨子(ここが、天国なんだ……そう、思った)










梨子(………だって)















梨子(私の前には、天使が、いたから……)
















千歌「・・・・・・ばか」







梨子(……彼女は。私の前で、信じられないことを、やってくれたんだから)




梨子(……彼女は。片手で……)



梨子(大型トラックを。止めていた……)




梨子(前がグシャグシャになった、トラックを見て。……それを起こした、友達を見て)






梨子(私は、つい。……笑ってしまった。……両目に、涙をたたえながら)







梨子「……千歌ちゃん」


千歌「・・・・・・ん。なあに?」


梨子「……[証拠]、出来ちゃったね?」グスッ


千歌「・・・・・・ばか。バカ梨子」




梨子(・・・・・・。千歌ちゃんは。・・・・・・笑ってた)



梨子(バカな私を、バカって言って。・・・・・・自分のことも、バカだなぁなんて言って)



梨子(・・・・・・その表情は。笑ってたけど。・・・・・・とても、悲しそうな。・・・・・・寂しそうな)




梨子(私の、見たことのない表情をしている、友達が、そこにいた・・・・・・)








「・・・・・・準備、出来たよ。入っても、いいかな」



梨子(………その言葉を聞いて。私たちは、唇をかみしめながら、私の部屋の扉を開けた)



梨子(そこに、いたのは……)




「・・・・・・梨子ちゃん。・・・・・・ひさしぶり、だね」



梨子「……違うでしょ?……〝葉百さん〟…………?」



「・・・・・・あははっ。・・・・・・そう、だね」





千歌「さっきぶり。・・・梨子ちゃん」



梨子「うん。さっきぶりだね・・・・・・。〝千歌ちゃん〟・・・・・・」





梨子(私達を出迎えてくれたのは)



梨子(……葉百さんの格好をした、千歌ちゃん)




梨子(大人になった、千歌ちゃんだった……)





千歌「・・・・・・。さ~て。・・・・・・どこから、はなそっかな」


ルビィ「千歌ちゃん……!」

ダイヤ「千歌さん。あの。さっきのトラックは……?」

千歌「ああ、大丈夫だよ。・・・・・・多分、記憶はなくなると思うけど」

ダイヤ「き。きおくが……?」

千歌「うん。流石に、あんだけ大きい事故を起こしちゃね。・・・過去になかった以上、皆の記憶から消えると思うな」


果南「な……!」


梨子「……過去になかったことは、消えるっていうの……?」


千歌「ものによるんだけどね。あまりにもあり得ないことに関しては、消されてるみたいだね」




千歌「・・・・・・私も、いろんなことしちゃってね。どこまでなら、皆の記憶に残るのか、どこからが、消されてしまうのか。・・・・・・調べたことがあってね」



花丸「し、しらべた……」


ルビィ「……何をしたの?」



千歌「色んな事件を起こしてみたんだよ。船を壊したり、ヘンに目撃されたり」



善子「……」



千歌「でも、なんか皆、それぐらいだと、むしろ覚えていたんだよね。不思議なことがあったんだな~って」



善子「……!」



千歌「じゃあ、私がいるぞー!って主張するために。……私の存在を、認めてもらうために」

千歌「やっちゃうぞーって思って。色んな事したんだ」

千歌「しまいには、沼津駅のちょっと近くにあったビルを壊したりなんかしたんだよ」



花丸「ビ、ビルを。……ぶっ壊した……!」


千歌「ビルを、壊した、ね。・・・ぶっ壊しては、ないからね?わかる、花丸ちゃん?」


花丸「あ。あうぅぅ……。ごめん、千歌ちゃん」

千歌「・・・・・・いいよー。花丸ちゃん!」




梨子「ど、どちらにせよ!……高い建物を、千歌ちゃんは、素手で壊したってこと!?」


千歌「・・・・・・。まあ、そうだね。・・・・・・でも、壊しても」


千歌「なんか皆。壊れてるって思えなかったみたいというか」


千歌「どうも、大丈夫だって思ってたみたいだけど。・・・・・・私からすると、ホネしかのこってないビルの前を、よく平然と通り過ぎれるなーって思ってたんだ!」

曜「……はしゃぎながらいう言葉じゃないよね、それ」



千歌「あははっ。そうだね!・・・・・・だから、いっぱい、色んなことをやった」



千歌「皆に、覚えていて欲しくて。・・・・・・どこまですれば、覚えていてくれるのか、逆に、どこまでしてしまったら、覚えていてもらえないのか」



千歌「・・・・・・色々、実験しちゃったんだよ」


梨子「……その実験の結果が。……この、状況なんだね」


千歌「・・・そういうこと、かな」



ダイヤ「バレようとしていた……ということですか?」


千歌「ん、なんで?」


ダイヤ「なんでって。……正直、正体を隠そうという感じではないじゃないですか」


ダイヤ「その……さっきの議論の時も。何故か、『アンドロイドが入れ替わって痕跡を残すはずがない』という反論は、最初に出来たはずなのにしなかったり……」


梨子「そうね。……そこは私もずっと気になっていた」


梨子「なんか……正体を隠そうとしていないというか。……むしろ、私たちを焚きつけるというか、促していたというか」

梨子「隠そうとする必要があったのかなって、そう思う場面が何度もあった」


千歌「・・・・・・ペンダントが見つかるまでは。ホントに、隠すつもりだったんだけどね」


梨子「……!」


千歌「こっちがバラそうとしても、[記録]は消えていた。・・・・・・だから、私もこのまま、入れ替わっていようかと思ったんだけど」

千歌「まさか、見つかるとはね。私のスペックなら、注意さえしておけばバレないように振舞うことは出来たんだけど・・・・・・」

千歌「ここ最近、ちょっとチカとしては不自然なことをし過ぎたから。・・・しいたけが飛び掛かってきた時、チカの身体能力じゃ、よけれない状況だった」



千歌「・・・・・・まさか。あのペンダントから、あそこまで真実に近づかれるとは思っていなかった」




梨子「……なんで、最初から真実を話さなかったの?」


梨子「周りくどいやりかたじゃなくても、伝えることは出来たんじゃない?」



千歌「・・・・・・いや、無理でしょ」


梨子「え?」


曜「……まあ、実は私たちは過去の真似をしてて、実は千歌ちゃんは未来の千歌ちゃんで、でも本当は過去の千歌ちゃんで……って急に言われても、ね」

ルビィ「わけわかんないもんね……」


千歌「[証拠]自体は作れるんだけどね。・・・・・・このペンダントも、充分そうだし」


千歌「ただ、結局、私もそこまでするつもりはなかったんだよ。・・・・・・せっかくの、過去の追体験だしね」



千歌「それでも・・・・・・あり得ない可能性を追求して、真実に向き合おうとする覚悟。・・・・・・それが本当にあるって私が認められたら、話すつもりではあったんだ」



梨子(……だから、千歌ちゃんは私たちを試すようなことをしたんだ……)




千歌「ま、私。嘘は話さないようにしたんだけどね」


千歌「最初だけ、梨子ちゃんが『生き別れの姉妹』がいるかって言うから、乗っかっちゃおって思って」


千歌「この姿と昔の姿の違いを利用してそれらしい理屈を喋ってみたんだけど」



梨子「……そんなところ、悪ノリしないでほしかったよ」


鞠莉「そういうところ、私は好きだけどね?」

千歌「お、流石鞠莉ちゃん。・・・・・・話せるねぇ」

ダイヤ「話さないでくださいね。ややこしくなります」


花丸「でも……確かに千歌ちゃんは最初以外、梨子ちゃんの考えの不十分なところに反論してただけで、嘘はついてなかったずら」


梨子「……」


善子「あれは凄かったわね。……すごい勢いで滅多打ちにされていく梨子を見て、思わずドキッとしてしまったわ」

果南「確かに。……千歌、梨子と違って、ズキッてくること言ってたもんね」

花丸「おら。何回か、梨子ちゃんの心がポキッて折れる音を聞いたずら」



梨子(……その音。……多分今も鳴ったよ)


曜「梨子ちゃん……私の中に、梨子ちゃんへの哀れみがニョキッと出てきたよ」






千歌「それにね。ペンダントが見つかっても、この〝タイミング〟じゃなきゃ、誤魔化しようはあったんだよ」



千歌「・・・・・・梨子ちゃんが、犬に触れるようになって、初めて、この写真は真実を示せた」



梨子「……私が、犬を……」


千歌「善子ちゃんのお陰なんだってね。・・・・・・犬に触れるようになったのって」



善子「え……?」


梨子「あ、うん。……そうだよ」




千歌「・・・・・・もし、それがなかったら。・・・・・・ここまで、話は続かなかったかもしれない」



善子「……」





ダイヤ「ペンダントを、持ち歩いていた理由は、他にはあるのですか?」

千歌「たまに今のこの姿になって、街に出たりしていたのと同じ理由だよ」


梨子「……今の姿になって?」


千歌「うん。・・・・・・定期的にこの体になっとかないと、忘れそうでね」


曜「忘れる……?」


千歌「そう。・・・・・・自分が、誰なのか、ね」



曜「……!」


千歌「私は『高海千歌』。・・・・・・じゃあ、いつの・・・・・・?」


千歌「私は私の昔の姿を、性格を、[記録]の通りコピーして振舞うことが出来た。・・・・・・でも」


千歌「それをずっとやっていればよかったのに。・・・・・・自分が、自分でありたいって欲求が、あったんだね」


花丸「……」



千歌「・・・・・・ペンダントは。昔の姿になっても、持っていたかった」



千歌「昔の私と、違う証みたいなもので。・・・・・・たくさんの、〝私〟の思い出が詰まったものだったから」



果南「……」




善子「ち。ちなみに。……千歌って、どれぐらいの能力を持ってるの?」

ダイヤ「の。能力って……」


千歌「・・・・・・ふふっ。善子ちゃん、やっぱりそういうとこ気になるんだぁ?」


善子「う。うわ!近くに来た!っていうか近い!!」


千歌「いえーいよしこちゃーん!ぎゅーってしよー!」

善子「わ。ちょ。やめっ!……あぅ」


千歌「捕まえた!・・・・・・かわいいね、よしこちゃん」


善子「あ。あぅぅ・・・・・」



花丸「な。なんか。……千歌ちゃん、善子ちゃんのこと、気に入り過ぎじゃない……?」

ダイヤ「た、確かに。凄い、気に入りようですわね……」


千歌「・・・えへへ。善子ちゃんだけじゃないよ。・・・・・・みんな、ちっちゃくてかわいいなーって思ってね!」


花丸「……ち。ちっちゃくて」

ダイヤ「かわいい……?」


千歌「そうだよ!やっぱ、若いっていいねー!ほら、花丸ちゃんも!ダイヤちゃんも!ギューってさせて!!」

花丸「わ。わぁ!」

ダイヤ「ち、ちかさん!……その、恥ずかしい、です……」


善子「……むぅっ」


千歌「・・・・・・えへへ。ごめんね、善子ちゃん?ねえ、こっち来てくれる?」


善子「……うん」



千歌「・・・・・・。いやぁ。・・・・・・美女に囲まれて、しあわせですねぇ~」



曜「……」


梨子「……」


果南「………あのさ、千歌。……真面目にやってくれないかな?」



千歌「え?」


曜「話の本題から、ズレちゃってるよ、千歌ちゃん……」



ルビィ「…………ていうか、おねえちゃんも、花丸ちゃんも、堕天使ちゃんも。……ちょっと、気を緩め過ぎなんじゃない?」


ダイヤ「……」


花丸「……ずらっ」



善子「……せめて、善子って言ってよ……」



千歌「・・・・・・ルビィちゃん。やっぱ、すごいんだね」


ルビィ「……え?」


千歌「ルビィちゃん。……しっかりした、女の子だね」


ルビィ「……。そんなこと、ないよ」


千歌「・・・・・・。ね、ルビィちゃん。・・・・・・ぎゅっとさせてくれる?」

ルビィ「……ぇ?」



千歌「・・・・・・ありがとう」ギュッ



ルビィ「ぁ。……ぅぅう!」








千歌「Aqoursを支えてくれて。ありがとう」








ルビィ「ぅ。……ちか、ちゃあぁあぁん……!」





果南「……ち、ちか」


千歌「・・・・・・果南ちゃんっ!」


果南「わっ!……急に、飛び込まないでよ」

千歌「ごめん、ビックリさせちゃったね?・・・でも、果南ちゃんとも、ハグ、したかったから」


果南「……千歌」


千歌「・・・・・・私、機械なんだよ。・・・・・・人間じゃ、ないんだ」


果南「………!」


千歌「・・・・・・。どう?・・・・・・私の、カラダ。・・・・・・ちゃんと、果南ちゃんを抱きしめられてる?」



果南「…………千歌は。千歌、だよ」


果南「私の知ってる、千歌の通りだよ……!私の大好きな、千歌の通りだよ!!」


果南「むしろ、私の方が……!!」



千歌「・・・・・・ありがとう。果南ちゃん」



千歌「果南ちゃんは・・・・・・女の子らしい、とってもいい、ダキ心地だったよ!」




果南「……千歌ぁ!」


果南「バカ!……そういうこと、言うな!」



千歌「・・・・・・ごめん」




果南「バカ。バカ!バカバカバカ!!……なんで、じぶんのことより、わたしのことをきづかうの……!」



果南「私だって、機械で。……機械なんて抱いても、気持ちいいわけないのに!」





千歌「・・・・・・」





果南「やさしく、なるなよぉ……!わたし、わたしの、めんぼくつぶれちゃうじゃん・……!」



千歌「・・・・・・でも」




千歌「安心したんだから。・・・・・・女の子を、抱きしめたって感じだったんだから。・・・・・・しょうがないじゃん・・・・・・?」




果南「千歌……」





千歌「機械なんかじゃない!・・・・・・少なくとも、私の知ってる果南ちゃんの通り!」



千歌「果南ちゃんを抱きしめたら。気遣うつもりなんてなくても、言っちゃうよ!!」



千歌「私は優しくなんてなってない!ただ、果南ちゃんを抱きしめて、好きって思ってるだけだもん!」



果南「……千歌っ!」





梨子「……」


曜「……」


鞠莉「………」





千歌「・・・・・・梨子ちゃん。ありがとう」



梨子「……え?」


千歌「あなたと会えて。・・・嬉しい」



梨子「ち、ちか、ちゃん……」




千歌「・・・・・・よーちゃん」



曜「え……?」


千歌「会いたかったんだぁ、曜ちゃんに!・・・・・・いっぱい話したかったんだ。あなたと」


曜「ちか、ちゃん……」





千歌「・・・・・・鞠莉ちゃん」




鞠莉「……なに?」


千歌「私が、ここにいるのは、鞠莉ちゃんのお陰。・・・・・・だから、ありがとう」


鞠莉「……でも。私は、何もしてない」



千歌「・・・・・・私の、味方になってくれたよ」



鞠莉「そんなの……当然じゃない……」


鞠莉「私は、『小原鞠莉』なんでしょ?……だったら。私だったら、誰でも。……あなたの、味方になるでしょ」




千歌「・・・・・・でも、それをやってくれたのは。・・・・・・間違いなく、〈あなた〉なんだよ」





鞠莉「……ち、千歌……」






千歌「ありがとう。だいすき」




鞠莉「う。……ぅぅう……!」



千歌「ね。ギュッとしても、いい?」



鞠莉「……うん」



千歌「ありがとう。・・・・・・ふふっ。いいにおい」



千歌「鞠莉ちゃんの、やさしいにおいがする」




鞠莉「…………グスッ。女の子に、においとか、言っちゃダメでしょ……」




千歌「・・・・・・そうだね。・・・・・・ごめんね、鞠莉ちゃん」




鞠莉「いいよ。………千歌」



千歌「・・・ん?なあに?」



鞠莉「こんなに。……大きく、なったんだね……」



千歌「・・・・・・ッ!・・・・・・そう、かな」



鞠莉「そうよ。……だって、こんなにも、あなたが近いんだから」



千歌「・・・・・・。わたし、鞠莉ちゃんに近づけたのかな・・・・・・」



鞠莉「……うん。だから、これからどこにも行っちゃ、ダメだよ……」




千歌「・・・・・・」




鞠莉「………ちか。ちかぁ!!」





ダイヤ「……鞠莉さん。……あまり、千歌さんを困らせてはダメですよ」




鞠莉「で。でも……!」


ダイヤ「わかっています。……でも、今は……千歌さんのお話を聞きましょう」


ダイヤ「わたくしたち、皆が。……辿り着いた、真実なのですから」


鞠莉「……うん」



梨子「……」


果南「……」




千歌「・・・・・・」



ダイヤ「で、その。……ええと、他に、何を話せばいいんでしょうか」


花丸「……ええ?」

曜「……そりゃないよね」

善子「生徒会長マジか……」


ダイヤ「ちょっと!何てこと言うんです!」


千歌「あははははっ!・・・・・・大丈夫だよ。何でも、聴いて?」


ダイヤ「じゃ。じゃあ、その。……千歌さんの、能力って……?」


曜「そこ、引っ張るんだ……」

ダイヤ「な、何にも思いつかなかったんです!」

花丸「威張ることじゃ、ないずら……」



千歌「私の能力かぁ。・・・何て説明すればいいんだろうね?」

千歌「なんか、せっかくだから色々改造してもらって。……最終的には、本気を出したらアメコミのヒーロー並みのことは出来るようになってたかなぁ」


ルビィ「ひ。ヒーロー……」


千歌「たぶん、全力を出せば結構イロイロ出来るんだけど。・・・・・・例えがムズカシくてね」


千歌「善子ちゃんにだけ伝わる表現をすれば、らいじんぐのらいでんぐらいは軽く出来るよって感じかなぁ」

善子「……す。凄まじいスペックね……」


梨子「……よくわかんないけど。とにかく、トラックを咄嗟に止められるほどの力、その他もろもろ出来るぐらいには、その……高性能、っていうのかな」


千歌「・・・・・・まあ、そういうことになるね。・・・・・・力が余ってる分には、パラメーターを自分でいじれば普通の人間と全然同じ感じに出来るから、ちょっと高めに改造してもらったんだ」



果南「……かいぞう、か」



梨子「千歌ちゃん。……その、何で、入れ替わっていたの?」


梨子「……昔の、自分と……」



千歌「・・・・・・それは、私が皆に聴きたいことでもあるんだけどね」



梨子「あ……。ご、ごめんなさい……(……そうだ)」





梨子(千歌ちゃんから見れば……私たちこそが、自分の昔の仲間を、真似している、不可解な存在なんだ……)





千歌「ふふっ。イジワル言っちゃったね。・・・・・・皆、そんな自覚ないもんね・・・・・・」


曜「……」


善子「……」




千歌「・・・・・・でも、なんでなんだろうね。・・・・・・実は、私にもよくわからないんだ」











千歌「ただ。・・・・・・夢を見ている気分だった」







梨子「……夢を……見ている……?」




千歌「そう。・・・・・・あの時のまんまな、町を見て。・・・・・・皆を見て」





千歌「私、思ったんだ。・・・・・・最後の、夢がここにあるんだって」






曜「最後って……。どういう、こと?」






千歌「・・・・・・いっぱいミスしちゃったでしょ、私。皆に違和感を持たれるようなこと、いっぱい」






梨子「……」






千歌「・・・・・・やっぱりね。もう、ガタがきてるんだ」




善子「なっ……!!」



千歌「私は・・・・・・長く、生き過ぎた。・・・・・・皆と別れてからも。・・・・・・ずっと、見届けたくて」



千歌「色んなものを、見てきた。・・・・・・人間の、行き着く先。皆の、夢のカタチが知りたくて」




梨子「………」



千歌「いっぱい生きて。・・・・・・機械になって、生き続けて。・・・・・・でも、もうそろそろ、終わりだなって思う時があった」



千歌「・・・・・・。正直、もう目を覚ますことなんてない。・・・・・・そう思って、でも、次に目を覚ませて。その時に。・・・・・・私は、信じられないものを見た」




千歌「・・・・・・長い長い眠りの後に。私は、私の生まれ育った町とそっくりな場所に、いた」





千歌「しかも。そこには、もうずっと前に、別れたはずの・・・・・・仲間が、いた」





梨子(……!)









千歌『え。……え?……なんで、〈あなた〉が……』






千歌「・・・・・・夢、だと思ったよ。天国なのかなって、思った」



千歌「でも。私の〝記憶〟の通り。私は、私の、機械の体だった」




果南「……っ」





千歌「・・・・・・わからなかった。どうして、こんなことが起きているのか」



千歌「でも、ね。何となく・・・・・・直感だけど。オクソクは、出来たの」



花丸「オクソク……」




千歌「・・・・・・アンドロイドの、〝生きる意味〟。……それは、最初は人間のため、だった」




ルビィ「生きる、意味……」


ダイヤ「アンドロイドの……わたくし、たちの……」





千歌「人間の生活をよりよくするために生み出されたアンドロイド。・・・・・・でもね、次第にその力は、人間を超えていった」


千歌「最初は、ロボットって呼ばれていた。でも、ロボットの中でも、人間に似せようとして作られたものが出てきてね」


千歌「どんどん、人間に近づいていく、人間そのものの、ロボット・・・・・・」


千歌「それが、アンドロイドと呼ばれる存在だった」


千歌「人間に出来ることは、何でもできる。……人間以上の、力で」


千歌「そして、人間よりも、人間らしい。・・・・・・少なくとも、人間らしく、振舞える」


千歌「そんな存在が出来たとして。・・・・・・じゃあ、人間には何が出来るんだろう?って」


千歌「人間の生きる意味は?・・・・・・そう、考えたとしても、無理はなかったんだよ」




花丸「まさか……」




千歌「・・・・・・多分、花丸ちゃんが察した通り。・・・・・・争いが、起きたの」




善子「……バカげてる」






千歌「・・・・・・。人間は・・・自分たちに何が出来るのか、問題にした」



千歌「自分たちに、出来ないことが出来る存在。・・・・・・それだけなら、問題にならない」



千歌「だって、別のことが出来ればいいんだからね。・・・・・・でも」




千歌「アンドロイドは、全てを上回った。・・・・・・人間の出来ること、全てを・・・・・・」



鞠莉「……」





千歌「・・・・・・ねえ、梨子ちゃん。・・・・・・ピアノ、借りてもいい?」



梨子「……え。う、うん。いいけど……?」



千歌「・・・・・・私が最初に弾いた時。・・・・・・その音色は、機械そのものだったよね」



梨子「……そ、それは……」



千歌「でもね。本当は、違うんだよ。・・・・・・聴いてほしい。私の中にある、プログラムが再現する、音を・・・・・・」













梨子(……そう言って、千歌ちゃんは私のピアノに、手をかけた)


梨子(……どこかで聴いたことがあるような。でも、この世にはない演奏)


梨子(懐かしいと感じ、凄いと感じ。……感情が、溢れてどうしようもなくなる)


梨子(熱い想いがある。……このピアノを聴いていると、何でか……泣きたくなるような)


梨子(そんな、音色だった)







曜「……すごい」




千歌「・・・・・・すごいでしょ。・・・・・・技術の力は、こんなことも出来るようにしてくれたの」




ダイヤ「そ。その。……すごく、失礼なことなんですが……」


ダイヤ「とても、その。……機械的な演奏に、聴こえませんでした」


ダイヤ「情感豊かで……何より、熱い想いを感じました」




千歌「・・・・・・それが、答えなんだよ」


ダイヤ「答え……?」



千歌「私が今やったことは。・・・・・・ある2人のピアニスト達の音を、違和感なく、くっつけて。別のものにしてしまう、技術を再現しただけなの」



梨子「……!」





千歌「・・・・・・私の尊敬する、ある人と。・・・・・・私の自慢の、ある人の音色。・・・・・・その二つを、掛け合わせただけなんだよ」




ダイヤ「……なんという」



千歌「やってることは、シンプルなんだ。・・・・・・単に、最善と思われている組み合わせを見つけて、カタチにしているだけ」



千歌「・・・・・・ただ。その組み合わせの見つけ方は、人間よりもはるかに精確で、速い」



千歌「・・・人間にしか出来ないと言われていた、創造の分野。・・・・・・でも、創造って、現在あるものから、色んな組み合わせを見出して、カタチにすること」



千歌「もし、そう考えれば。・・・・・・創造はむしろ、機械の方が得意だってことになるよね」



千歌「・・・・・・人間に見つけられない、特徴を見つけ出して。人間では間違えてしまうことも、精確に行って」



千歌「・・・・・・完璧な組み合わせを。見つけられるんだから・・・・・・」




ルビィ「……」


曜「……」



花丸「……。『物を作るとは、物と物との結合を変ずることでなければならない』」


花丸「『大工が家を造るというのは、物の性質に従って物と物との結合を変ずること、即ち形を変ずることでなければならない』……そういう言葉を、呼んだことがあるずら」


果南「……その言葉の通りのことが、起きたってこと、か……」



千歌「人間にしか、出来ないことがある。・・・・・・その考えは、否定されたんだよ」


千歌「そして。存在意義を、『何が出来るのか』で考える限り。・・・・・・人間は、アンドロイドに比べて、『必要ない』ことになる・・・・・・。そんなことは、明白だった」



鞠莉「だから……争いが起こったっていうの?」


鞠莉「……『必要ない』なんて、ただの考え方なのに。……ただ、『必要ない』を目の前に突き付けてくる、存在を否定することによって、自分を保とうとして……!」






千歌「・・・・・・。争いは、止められなかった。・・・・・・人間は・・・・・・」




千歌「人間は。・・・・・・怖かった」





果南「千歌……」


曜「千歌ちゃん……」



千歌「・・・・・・・人間はアンドロイドを超えるために、色んなことをしちゃったの」



千歌「否定していた、機械の体にもなれるようにして。・・・・・・だんだんと、人間は、ロボットに近づいていった」



善子「……サイボーグ」




千歌「・・・・・・最初はロボットで、人間に近づいていったアンドロイド。・・・・・・ロボットとの違いが判らなくなるぐらい、機械になっていった人間」






千歌「・・・・・・《逆》に。なっていった」







梨子「《逆》に……」





千歌「人間はもう・・・・・・ほとんど、いないと思う」



千歌「・・・・・・。人間の出来ないことを、出来るアンドロイド。その技術力は、やっぱり、人間を超えていた」



善子「……」





千歌「でも。・・・・・・人間のために、作られたアンドロイド。じゃあ、人間がいなくなったら?」



千歌「どうやって、自分の生きる意味を探すんだろう・・・・・・?」



梨子「………!」





千歌「生きる意味。・・・・・・〝輝き〟」





千歌「・・・・・・どうやったら。知れるんだろうね・・・・・・?」



ダイヤ「……!」



果南「アンドロイドは、存在意義を失った。……そういう、こと」



梨子「………そんな」






千歌「・・・・・・」




善子「……待った」



千歌「・・・・・・善子ちゃん?」



善子「……もし、さっきの千歌の言葉が正しいとしたら。……問題がない?」


梨子「……問題?」


善子「そうよ。……もし、創造が。あらゆるものから、あらゆる組み合わせを生み出す行為だとしたら」


善子「当然。そこには、《生きる意味を考え出す》ことだって、含まれるはず」


ルビィ「あ……!」


花丸「言葉……言語の組み合わせによって表現されるのが、思想で。……生きる意味が思想のように、少なくとも言語によって語られるものなら……そういうことに、なるね」



善子「……どうなの?」






千歌「・・・・・・流石、善子ちゃん。善子ちゃんの言う通りだよ」



曜「……じゃ、じゃあ……」



千歌「・・・・・・そう。善子ちゃんの言った通り、生きる意味は、すぐに考え出されていった」



千歌「過去、生きる意味を考えた全ての人達。・・・・・・人生訓だったり、思想だったり」


千歌「哲学的な考え方。・・・・・・そこには、哲学なら哲学の、哲学的な語り口に共通の《論理》があった」



千歌「・・・・・・もちろん、人の考え方、《論理》はそれぞれ違う部分も多くで。・・・・・・何もかもを結び付けられるわけじゃなかったけど」


千歌「でも。・・・・・・それぞれの論理、それぞれの考え方の中で特有な部分。・・・・・・いや、共通する部分って言った方がいいのかな。それは、カンタンに見つけ出せた」



果南「共通する部分……?」



千歌「哲学の例なら、ある哲学者が書いた作品の全てから、その考え方のパターンを抽出して、その作者の・・・・・・時点別での、書き方の違い、そして共通点を抽出できたっていうこと」



千歌「共通点という言い方をしたのは・・・・・・。時点の違う自分も、ある意味、〈他の人〉だからね」





千歌「・・・・・・〝チカ〟のように」



果南「!!……ち、か」





千歌「・・・・・・それぞれの共通点を見つけたら。今度は、見つけたそれぞれの共通点の、共通点を組み合わせていける」



千歌「・・・・・・そうして。世界には、[生きる意味]が満ちることになる」



千歌「しかも、それは取捨選択された、より洗練された[生きる意味]」



千歌「・・・・・・人間が考えるより、はるかに高度な《知能》によって創り出された、[生きる意味]が、そこら中に出来上がった」




善子「じゃあ……アンドロイドが生きる意味を見失うなんてこと、ないんじゃ……」


千歌「確かに、皆が皆、自分の[生きる意味]を、自分に相応しいものを、手に入れることが出来るようになった」



千歌「私も、私の生きる意味を。・・・・・・私の、生きた意味を手に入れることは出来るようになった」



鞠莉「……」






千歌「・・・・・・でも、それって。[自分の生きる意味]であっても、〈私〉の生きる意味なのかな・・・・・・?」



梨子「!」


曜「!」


善子「……!」



千歌「誰もが、もうあるものの中から、『自分』に合った[生きる意味]を選択できる。・・・・・・いや、そこまでいったら、自分に合った生きる意味を選ぶなんて言葉自体、意味の無いものになる」



千歌「だって・・・・・・究極的に言えば、皆、自分にピッタリの[生きる意味]を、当てはめることが出来てしまうだけなんだからね」





鞠莉「……でも。自分の生きる意味なのよ!」


鞠莉「自分の生きる意味は、たとえ昔あったものと似ていたとしても。……極限まで似たものであったとしても!それは、極限でしかない。ただ、同じと見なしているに過ぎない!」


鞠莉「それは、自分だけのもののはずよ!」





千歌「・・・・・・自分と”全く同じ”存在があり得たとしても?」




鞠莉「……!?」


鞠莉「そ。……それは……」



花丸「……自分だけのものと考えるのは。……難しい、かもしれないずら……」




千歌「・・・・・・アンドロイドが直面したのは、その問題だった」



千歌「どんなものも、パラメーターとして、操作できる。・・・・・・数にして、制御できてしまう」


千歌「これは、見方を変えれば、何にだってなれるってこと」



千歌「・・・・・・アンドロイドって言っちゃったけど。アンドロイドに限った話じゃないんだけどね」



千歌「全てを数値化出来てしまうようになった、技術。・・・・・・それ自体はもう、〝私〟が生まれた時に既にあった・・・・・・」




曜「……〝千歌ちゃん〟が、生まれた時って。……本当に、本当の。千歌ちゃんの、生まれた時……」







千歌「・・・・・・。私が生まれた時には、もう。デジタル化が、普及し始めていた」



千歌「デジタル化っていうことの本質は、あらゆるものを数値で表現できるようにするということ。そして、数値化できるなら、それを[再現]もできるっていうこと」



花丸「……『アンドロイドは。何にだって、誰にだってなれる』」


千歌「そうだよ。・・・・・・だとしたら、そこには『自分』だって含まれるはずだよね?」


曜「……。自分の、生きる意味が。……自分だけのものだって、決して言えなくなった」



千歌「・・・・・・。そうだよ」



千歌「自分という、たった一つしかないって、誰もが信じて疑わなかったものさえ。その、たった一つって言える根拠さえ」



千歌「・・・・・・その人が、生まれ育った環境。遺伝子。・・・出会った人によって、『自分だけ』っていうことが、生み出される。そして、それは決して同じにならない」


千歌「双子でさえ、空間的な場所が違う。鞠莉ちゃんの言ったように、極限まで近づけられても、同じにはならない」



千歌「でも、その根拠は、覆してしまえる」




千歌「それら全てを・・・・・・再現できてしまう・・・・・・」




花丸「……」






千歌「・・・・・・[自分]という存在さえ。・・・・・・あらゆる関係性によって、決められている」



千歌「自分も、あらゆるものとの関係から逃げられない。・・・・・・あらゆるものとの関係によって、成り立っているから」



千歌「・・・・・・その、あらゆるものが。同じに出来たら・・・・・・」





曜「……〝生きる意味〟……それは……」


花丸「……あるのに。ない……」


果南「……」


ダイヤ「……」


ルビィ「……うぅ」


鞠莉「くっ。……ぅ」


梨子「……」





善子「…………違う」


梨子「…………善子ちゃん?」



善子「私は。……ヨハネだけど、よしこよ」





千歌「・・・・・・!」






善子「……私は。確かに、[自分]の通りに振舞ったかもしれない」



千歌「・・・・・・」



善子「でも。……例え、[自分]が、[自分]の通り。じぶんの、ままに生きたとしても」



善子「じぶんの、じぶんに沿って、そのまま沿ってやったとしても。……」






善子「やったのは、〈わたし〉よ!!」





千歌「・・・・・・!!」






善子「私が!……〈わたし〉が、〈あなた〉の味方になりたいって思った!!」



善子「じぶんに従っていただけでも。これだけは、間違えようがない。わたしがしたの!!」





千歌「・・・・・・」




鞠莉「……」



鞠莉「『・・・・・・でも、それをやってくれたのは。・・・・・・間違いなく、〈あなた〉なんだよ』」




千歌「まり、ちゃん・・・・・・?」




鞠莉「……そう、言ってくれたのは。……こういう、意味だったんだね……」





千歌「・・・・・・・・・・・・」





曜「……本当に、そう、なのかな……」



千歌「・・・・・・。私には、わからない。わかるのは、〈あなたたち〉だけ」



梨子「……〈わたしたち〉」




千歌「・・・・・・。少なくとも。〈あなたたち〉は、《逆》のことをしている」




千歌「・・・・・・たとえ同じものであっても。その〝輝き〟は違うってことを、証明して見せるんだって、いうかのように・・・・・・」





ダイヤ「……まさか」


果南「だから……私たちが生まれたっていうの?……生きる意味が。全く同じだったとしても……!」


花丸「〝輝き〟を。……〈わたしたち〉が、持てるのか……!」


ルビィ「それを、知るために。……イチバン、輝いていた人の。……輝きを求める、スクールアイドルのマネをすることで、それがわかるかもしれない……!」


梨子「だから……〝私たち〟が、生まれた……」





千歌「・・・・・・」





千歌「わたしには。・・・・・・やっぱり、ハッキリしたことは、わからない。・・・・・・けど」




千歌「ひとつ。わたしにはたしかに、うれしさがあった」




曜「うれしさ、って……」







千歌「わたしは・・・・・・うれしかった。・・・・・・たとえ、〝みんな〟にのこっていなくても」



千歌「[わたしたち]を、目指してくれる。・・・・・・そんな存在が、いることが」




千歌「・・・・・・その夢に。いっしょにいたくなっちゃった」



千歌「その夢を、見たくなっちゃったんだね」



千歌「わたしも・・・・・・あのとき、夢を歌ったから」



千歌「・・・・・・もう一度だけ。やりたくなっちゃった」





千歌「・・・・・・スクールアイドルを・・・・・・」






曜「……ちか、ちゃん」





千歌「でも。・・・・・・夢はやっぱり、見るより、追いかけた方がいいもんね」



千歌「あの時、経験したこと。・・・・・・機械の私なら、全部再現できると思っていた」



千歌「いい夢、見ちゃえるって。・・・・・・夢、語れるって、思ったのかな」



千歌「でも。・・・・・・夢を語った私。・・・・・・それより、〝今〟を追いかけて、夢を歌い続ける皆の方が」





千歌「・・・・・・〝輝いてる〟・・・・・・人間、らしいよ」





善子「……うぅ」



鞠莉「ちか……」








梨子「……一つ。〈あなた〉に、言いたいことがあるんだ」




千歌「・・・なに?」





梨子「夢は、それを語る言葉から、生まれる」



梨子「……百の言葉を尽くして、夢を語った貴女から!……千の夢を歌う、私たちが生まれた!」





千歌「・・・・・・!」






梨子「あなたの目指した場所を、私も知りたいと思って!!」



梨子「私達は、目指した!……〝今〟も、目指している!!」







梨子「ラブライブ!を!!」









千歌「・・・・・・」








「……だから……」



梨子「だ、だから……」グスッ


千歌「・・・・・・りこちゃん」


曜「……だから。大丈夫だよ、千歌ちゃん」


千歌「・・・曜ちゃん?」


果南「私ら、頑張るからさ」


花丸「千歌ちゃんが、いたこと。いること」


ダイヤ「……全部。わたくしたちの中に、刻み込みます」



千歌「・・・果南ちゃん。花丸ちゃん。・・・・・・ダイヤ、ちゃん」



ルビィ「だから。……もう、大丈夫」


千歌「・・・・・・ルビィちゃん」


鞠莉「私たち、ちゃんと、〈あなた〉の〝輝き〟、知ってるから。……そりゃあ、こんな風に真似しちゃったら、説得力ないかもしれないけど」


千歌「鞠莉、ちゃん・・・・・・?」


善子「……〝輝く〟から。……私たちも。……私たちなりに、ね」


千歌「・・・・・・よしこ、ちゃん」



善子「だ。だから。……だからぁ!」


善子「あなたはもう、夢を見なくていい!」



千歌「・・・・・・ゆめ?」



善子「そうだよ!……もう!!」


善子「もう、見ないで!・・・・・もう!!」


善子「もう!辛い思いをしないでぇ・・・・・・!!」



千歌「・・・・・・」




千歌「・・・・・・。辛くなんて、なかったよ」



千歌「わたしは。・・・・・・ほんとうに」





千歌「ほんとうに。しあわせ、だった・・・・・・」






千歌「最後に・・・・・・幸せな夢を、見せてもらった」



千歌「・・・・・・皆の、おかげで」




善子「……うそ!うそ!」


善子「だって!……私たちこそが、[亡霊]じゃない!!」



千歌「・・・・・・ぼうれい・・・・・・?」



善子「私たちこそが!……千歌にとって、ありえないはずのものだった……」



善子「……も……う。……[亡霊]なんて言葉じゃ、済まされない」



善子「わたしたち。……”悪霊”よ……!」




花丸「……」


梨子「……っ!」





千歌「・・・・・・」





善子「なんで。あなたの、思い出を……汚す、私たちなんかがいていいの」



善子「……私たちは……」






千歌「・・・・・・違うよ」





善子「……ぇ?」


千歌「私こそが、[亡霊]だった。・・・だって」


千歌「私は、自分の目的を果たした後も、この世にいたんだから。・・・・・・皆の姿を見た後でも、ここにいた」


千歌「答えを探した。探し続けた、皆の姿を見届けた後も。・・・・・・心残りなんてなくなった後もここにいた」



千歌「・・・・・・ほら。・・・・・・善子ちゃんの言う通り。・・・・・・わたしは、ぼうれいだったの」



善子「……そんな。そんなこと!」



千歌「・・・・・・」



善子「悪夢だったんじゃないの!?……私たちのせいで」


善子「イヤな夢を、見せたくない!……千歌には、イイ夢を見て欲しいよ!」




千歌「・・・・・・」





千歌「・・・・・・。・・・・・・・見てたよ」






千歌「見てたんだ。・・・・・・長い。長い・・・・・・」

















ながい・・・・・・ゆめを。
















千歌「・・・・・・でも。それも、もう終わり」


千歌「皆は、真実に辿り着いた。・・・・・・それとも、思い出したって言うべきかな」



梨子「……」






梨子(……いったい。この人は)


梨子(どれだけの時間を、過ごしてきたのだろう……)



梨子(どれだけの〝輝き〟を……見届けてきたんだろう)





梨子(どんな、想いで。……夢を、見続けたんだろう)






梨子(どれだけの、気持ちを。………受け止めて、来たんだろう……)










千歌「・・・・・・でも、私は、もう体験しちゃってるんだから。そろそろ、本当の持ち主に……夢を、返す時だね」


梨子「本当の、持ち主……?」


千歌「モチロン。『高海千歌』のことだよ」


曜「!それって……」


千歌「私の、〝この〟Aqoursでの[記録]は、ちゃんと残っている。・・・・・・それを渡してあげれば、明日から何の違和感もなく、Aqoursは続けられる」



鞠莉「……〝千歌〟は、どうするの……?」



千歌「・・・・・・さあ。どうなるのかな」



千歌「さすがに、色々し過ぎたからね。消される・・・・・・ってことはないけど、皆の[記録]からは、多分いなくなると思う」


善子「そんな……!」


千歌「私も残念だけど。・・・・・・しょうがないよ」


千歌「これだけ、全ての[記録]や、町自体も作り直してまでやっていること。〝輝き〟を探すこと」


千歌「その目的を考えると・・・・・・私の[記録]が残るとは考えにくい」


千歌「今までほっといてもらってたのも、なんだかんだ、オカルトだったり偶然の範疇で説明できて、真実を明らかにすることはなかったからだと思う」



千歌「・・・・・・でも、少なくとも。真似してる最中に、真似を成り立たなくするものが多すぎたら、実験としては失敗になっちゃうからね。そう考えると、やっぱりね」




ルビィ「……じ。じっけん」


千歌「・・・・・・ごめん。皆にとって、いい思いのする言葉じゃなかった」


花丸「でも。それじゃあ結局、真実は……」



千歌「・・・・・・〝今〟の段階では。[記録]には残らないだろうね」



ダイヤ「……」


ダイヤ「では。……わたくしたちは、〈あなた〉にとって。……[亡霊]で、在り続けることになるのですか」





千歌「・・・・・・きっといつか。・・・・・・ちゃんと、自分たちの輝きを見つけた、〈あなたたち〉に会えるよ」





千歌「・・・・・・〈未来の私〉は、知ってるから」








ダイヤ「……う。う……」






善子「……私は。……ずっとわすれない」



千歌「・・・・・・ぇ」



善子「[記録]がなくなっても。〝記憶〟に」


善子「〈あなた〉を。覚え続ける……!」



千歌「・・・・・・よしこちゃん」



鞠莉「……トーゼンね……」



千歌「まりちゃん」



花丸「おらも……!」



千歌「はなまるちゃん」



果南「もちろん、私だって。……妹のこと、忘れるわけないもんね!」



千歌「かなんちゃん」



ルビィ「わたしたち。……あなたがいたから、ここにいるんだよね」



千歌「るびぃちゃん」



ダイヤ「そんな存在であるわたくしたちが、あなたのことを忘れることはあり得ない」



千歌「だいやちゃん」



曜「……あなたの〝輝き〟を受けて。わたしたちは、その光を反射させるだけじゃない」


曜「単純に、誰かの鏡としての光じゃなくて。……わたしたちなりの。……わたしの、光を放ってみせる」



千歌「・・・・・・ようちゃん」



梨子「……あなたがそうしたように」




千歌「りこちゃん・・・・・・」








千歌「みんな。さいごに、あなたたちにあえて、よかった」





千歌「・・・・・『千歌』のこと。よろしくね」





千歌「わたしのせいで、まだ夢を見ていると思うから。・・・・・・起こして、一緒に夢を追いかけてあげて」







千歌「・・・・・・・・・・・・」









千歌「・・・・・・みんな。また、未来でね」




















・・・・・・長い。ながい、夢を。・・・・・・ながいゆめを見ていた・・・・・・・








奇跡のような出会いをした、あの人。・・・・・・わたしの、ともだち・・・・・・。




すごく、キレイな指で。・・・すごく、キレイな手で。


キレイな音色を奏でてくれる、世界一のピアニスト。




わたしの、だいすきなともだちだった。







「ねぇ、大丈夫?」


「ん?・・・・・・いやぁ、大丈夫に決まってるよ」




「……嘘。……うそ、ばっかり」


「・・・・・・そんなこと、ないよ」


「……そんなこと、あるよ」


「・・・・・・そんなことないってば」


「…………ホントに、そんなことないの?」


「そうだよ!・・・・・・。ぜったい。・・・・・・そんなこと、ないんだから・・・・・・」


「……。じゃあ。そういうことに、しておくか!」


「・・・・・・なんだなんだ!?そういうことにしておくって!」


「ふふっ!……ねえ!」





「・・・・・・うん?・・・・・・なあ、に・・・・・・?」



「……。……、ありがとう。……あなたに、あえて」





「わたし。……しあわせだったよ」






「・・・・・・」





「ごめんね。……ありがとう」


「ありがと。……ち」






「・・・・・・ばか」






彼女は、人間のまま。・・・・・・人間の奏でる、音のまま。



ずっと。音楽を奏でて。・・・・・・静かに。最後には、沈黙の音さえも愛して。







・・・・・・わたしをのこして・・・・・・・・・







・・・・・・夢を、見ていた。




「……ああ。……〈あなた〉、なの……?」


「・・・・・・そうだよ」


「……。若い、まんまなんだねぇ……」


「・・・・・・うん」


「あは、はっ。……うらやましい、ねぇ……」



「・・・・・・ごめんね」



「……え?。……何が、ごめんねなんだい……?」




「私だけ。・・・・・・機械だから」


「……」



「私だけ。歳をとれなくって。・・・・・・一緒に。お婆ちゃんになっても一緒にいようって言ったのに」



「……」



「ごめんね。・・・・・・ごめんなさい」



「……違うよ」


「・・・・・・?」


「ありがとう、だよ。……こんな時、言う言葉は」


「・・・・・・っ」


「ありがとうしかないよ。……こんなふうに、お婆ちゃんになっても、一緒にいてくれて」


「しあわせだよ」


「・・・・・・」



「だいすきだよ。……ち、」



「・・・・・・・・・!」



「…………ち」




「……………」





「・・・・・・。私も」



「わたしも。・・・・・・だいすき。だいすき!」




ずっと一緒にいようって、言ったはずの人だった。


わたしのしんゆう。・・・・・・お婆ちゃんになっても、一緒に笑い合えるって。想っていた人だった。



・・・・・・その夢の中には。ずっと、皆がいた。





「う。う~ん……」


「ほら。……待ったは、ナシですよ」


「いや、でも!……もっと、イイ手があるから……」



「・・・・・・なに、してるんですか?」




・・・・・・夢の中のその姉妹は。・・・・・・ずっと、遊んでいた。


遊びつくされた、ゲーム。・・・使い古された、それを。


・・・・・・もう、攻略され尽くされた、それを。・・・・・・何でか、二人は遊んでいて。


それを見た、私は。つい、質問しちゃったんだ。





「あの。・・・なんで。・・・・・・そんなゲーム、しているんですか」


「……そんな、とは?」


「あ。いや。・・・他意は、無いんですけど。・・・・・・・その。いわゆる。・・・・・・私は、そう思わないけど。・・・・・・いわゆる、時代遅れのゲーム、してるんですよね」




「・・・・・・もう。時代遅れの、つまらないゲームだって。必勝法だって、機械からすれば、全部わかってるゲームだなんて、言われるような・・・・・・」




「……ふふっ。時代遅れ、ですか……」



「……うーん。今日こそ、勝てると思ったのに」



「でも。……このゲームを、時代遅れにした、技術。……機械の力」


「それを、生み出したのは。……わたくしたち、時代遅れの。つまらない、皆でしょう……?」



「・・・・・・!そっか。うん。・・・・・・そう、だね」



「・・・・・・流石だね」



「ふふっ……当然、でしょう?」


「わたくしは。……〈あなた〉の仲間なのですからね」






・・・・・・その姉妹は。まるで、示し合わせたかのように。


姉が夢から去った後。・・・・・・妹も、後を追うように、去っていった。



姉と遊んでいた妹は。・・・・・・姉と同じくらい、立派になって・・・・・・。


でも、やっぱり姉と遊ぶ時に見せていたように。あの時と同じように、可憐なままだった。


・・・・・・私が可愛いと思った、あの時の面影だけは。ずっと、持っていた・・・・・・。




「わたくしたち、しあわせだったんです。……自分たちの、大好きを、言わせてくれる場所を作った、人に会えて」


「……あなたに、あえて」



「・・・・・・」



「だから。……頑張ルビィ、だよ」



「…………この年になって言うの。すごく、恥ずかしいけどね………」




「・・・・・・。かわいいから、いいんじゃない?」



「……もう。ふふっ」


「あんまり、わたくしのことからかっちゃダメですわよ?……わたくしだって」


「りっぱに、なったって。おねえちゃんにいってもらえたんだから……」



「・・・・・・ごめん」



「……ありがとう。だよ」



「・・・・・・」



「じゃあね。……皆に、よろしくね」



「・・・・・・うん。・・・・・・ありがとう」



「……ふふっ」






・・・・・・私の、幼馴染。・・・・・・私、たくさんお姉ちゃんがいるけど。



私の、もう1人のお姉ちゃん。・・・・・・最後の夢の時まで、あっけらかんとしてたな。




「………やー。また、さっきぶりに会ったね。……干物、いる?」


「・・・・・・いや、もういいって。・・・・・・それより・・・・・・・」


「・・・・・・機械の体に。・・・・・・改造、しなかったんだね」


「……あー。まあ、ね」


「どうして・・・・・・?」


「私。……やっぱさぁ、海が好きでさ」


「・・・・・・」


「海って。生身で潜ってこそだと思っちゃうんだよね!……古い、考え方だと思うけど」


「そんなこと、ないよ」


「・・・・・・。私も、そう思うよ」


「……ありがと。……じゃあ、わかるでしょ。……確かに、私。もう、よくないよ」


「機械に、なれば。……私、生きてけるのかもしれないけどさ」


「……やっぱ、皆に、生身で潜ってこそだよって言ってた身としてはさ!……貫き通したいんだ」


「・・・・・・頑固だね」


「……まあ、ね。……でも、体は固くないんだよ」


「なんなら、抱きしめてみてもいいよ?……こう見えて、柔らかくて気持ちいいって、評判なんだよ」


「・・・・・・だれからの評判だよ・・・・・・」


「……ん?もちろん!娘達とか、孫達とかからさ!」




「・・・・・・もう。家族の話ばっか、するんだから」


「……あはは。……いいぞ~、家族は」


「わたし。……自分の体で、過ごせてよかったなって思える。……家族の、おかげでね」



「・・・・・・」




「……ゴメン。……こんな話、するべきじゃないって……〈あなた〉には、しちゃだめだって、わかってるけど」



「私にとっての家族は。……〈あなた〉も、そうだから」



「だから。……その、なんだろうな」


「……」



「・・・・・・大丈夫、だよ」



「……」



「もし、あなたが先に行っても。・・・・・・わたしは、ずっと、わたしのままだから」



「だから。・・・・・・心配、しなくても大丈夫だよ」





「…………そっか」




「うん。……安心したよ」


「じゃあ……。先に、行くね」



「・・・・・・うん」



「ありがと。……んじゃね」




「・・・・・・うんっ」





「……あ。そうだ」





「・・・・・・うん?」





「……や、やっぱ改めて言うとなると、その。……は、恥ずかしいけど。……その」


「……ハグ、しよ?」




「・・・・・・うんっ!」






そうして。あの人は、大好きな、海と家族に囲まれながら。


・・・・・・安らかに、眠った。



「……ふぅ~っ」



「・・・・・・お疲れ様です。住職さま」



「とっても素敵な説法でした。・・・・・・私、考えさせられました」



「……考え過ぎじゃないですか?」



「・・・・・・え?」



「……私、常々思っていたんです。……頑張り過ぎじゃないか、大丈夫ずらか……って」



「・・・・・・ずらか」



「……。そこには触れませんが。……一つ。貴女にこそ、話しておきたいことがあります」



「・・・・・・私にこそ?」



「はい。……『所詮人間は一人』……私が、先程お話した言葉ですが」


「きっと。機械の体をもち、生き続けるあなたにこそ、この言葉の意味がわかってしまうと思います」



「・・・・・・」




「……いえ。……ちょっと、語弊がありますね。……機械だから、というところは間違いです」


「…………。〈あなた〉だからこそ。………全てを見届けようとする、貴女だからこそ。……先の言葉の意味、解ってしまう気がします」



「・・・・・・」



「……さきの言葉、私が考えるに……《逆》なんです」


「・・・・・・《逆》?」



「はい。……きっと、人間は」


「どんなに頑張っても、逃れられない。……思い出と、家族と。……友達との、……様々な、関係から」



「・・・・・・」





「そこから、独立することが、出来ない。……独りになることへの、渇望」


「逃れられないからこそ、言い聞かせる必要がある。……独りなんだ、と」


「それこそが、悟りへの渇望なんです。……あらゆる関係性に、私達は、いつの間にか絡めとられてしまう」


「そのせいで、色んな煩悩に、私達は惑わされる。……執着を、する」



「・・・・・・」



「でも。……きっと、あなたは出来てしまう」


「執着から……逃れることが……」



「・・・・・・」





「……色々なものを自在に変えられる存在。それが、今のあなたなんですよね」



「・・・・・・うん」



「……なら、いつか。……あなたは、誰にも絡めとられることのない……本当の意味での、〝独り〟になってしまうかもしれない」




「……わ、わたしは。……おらは……それが、辛い……」




「・・・・・・大丈夫だよ」



「………え?」



「だって。その時なら」


「《逆》も、あり得るかもしれないじゃん」



「……《逆》」



「・・・・・・私は、機械に近づいた人間だけど。・・・・・・もしかしたら、人間に近づいた、機械があるかもしれない」



「そしたら。・・・・・・きっと」



「わたし。友達になれるかなって思うんだ」




「……」




「だから。・・・・・・大丈夫だよ」






「……そうだよね。あなたなら、大丈夫だよね」





「…………。〈あなた〉なら。きっと、だいじょうぶずら!」



「・・・・・・うん!そうずら!!」



「……あ!真似した!」


「うん!真似しちゃった!?」


「バカにしてる!?」


「バカにしてない!!」


「そっか!」


「そうだよ!!」





・・・・・・お寺の。凄くきれいで、可愛くて、ちょっぴり食いしん坊な、かしこいあの人も。



気が付いたら。・・・・・・夢の中から旅立って、いった。






そして。夢は、流れて。



・・・・・・あの人も、ついに・・・・・・



私を助けてくれた、あの人もついに。





「……これまで、ね」


「・・・・・・そうなの?」


「うん。……そうは、見えないと思うけど」


「うん。・・・・・・私より、キレイだもん」


「あはは……。サイボーグに、そんな言葉、通じないわよ」


「そう、なの・・・・・・?」


「そうよ。……ねえ、あのね?」


「うん・・・・・・?」




「ごめんね。……責任を、果たせなくて」






「・・・責任・・・?」



「そう、責任。……私、責任があるの」


「……機械の、技術を。……発展させた、その責任が……」


「技術の発展は、確かに皆に便利をもたらした……」


「でも、幸せはもたらせなかった……」


「残したのは……不幸のほう……。だから……」



「・・・・・・。だから、〈あなた〉は生き続けたの?」



「自分を。・・・・・・機械の体にしてまでも。・・・・・・ムチャな、改造を自分にしてまでも」





「……当然でしょ……?」



「わたしが、自分から受けなきゃ。……新しい技術があるんなら、私が、その被験者にならなきゃ」


「発展させた、張本人なんだから。……私が、受けなきゃ、いけないの」


「結果として。……皆の、存在意義は、見失われてしまったから……」


「皆を、見届けなきゃいけないんだから……」




「・・・・・・そうやって。自分を責めないでよ!」




「…………!!」





「私は、感謝してるんだよ。・・・・・・私の命、長くしてくれた・・・・・・!」



「……」



「・・・・・・これ。あなたがくれた、ペンダントだよ・・・・・・」


「……まだ。持ってたんだ」


「当たり前だよ。・・・・・あなたの運転で見に行った、あの時の。・・・・・・皆の、9個の星があるんだからね」


「………」



「・・・・・・この写真、撮れたの。・・・・・・あなたの、お陰なんだよ・・・・・・」



「わたしが、あの日。・・・・・・交通事故にあって、手が・・・・・・」



「………」



「でも。・・・・・・あなたが機械の手を。・・・・・・本当に、人間そっくりな手を、くれたから」



「私の家族に・・・・・・姉妹に、触れられて。一緒に、大人になった私の写真を撮れたんだ」



「………」




「・・・・・・最期に。あの子を撫でられた」




「あなたの、おかげなんだよ」



「………そう」


「・・・・・・ん」






「………ねえ」



「・・・・・・ん?」



「わたし、頑張ったのかな……?」




「え・・・・・・」




「………わたし、頑張れたのかな……?」







「・・・・・・頑張ったよ。・・・・・・誰よりも、頑張った」



「………そう。……よかっ、た」



「・・・・・・」



「でも。……わたしより、もっと頑張っちゃう、〈あなた〉を、残していくのは、心配だよ……」




「・・・・・・」



「わたしなら、大丈夫、・・・・・・一緒にいてくれる、人がいるから」


「……ふふっ。そうね。誰よりも、善い子がいるもんね」




「……そ、れで。……本当に、見届けるつもりなの?……最後まで……人間の……。生末、を」




「・・・・・・うん。・・・・・・あなたに代わって、やり遂げるよ」




「そう……。そうよね」


「あなたは、そういう人だもんね……」



「……ありがとう」



「・・・・・・うぅん」





「……。じゃあ……私は、先に、皆に会いに行くね」



「うん。・・・・・・ありがとう」



「こちらこそ。……また、ね」










そう言って、誰よりも仲間を愛した彼女は。


一足先に、仲間の元へと旅立って行った。








「はぁ。……もう、意地っ張りなんだから」


「私の周り、皆そう。……自分が辛くても、周りに見せようとしないで、耐えて耐えて、歯を食いしばって前に進んでいく人ばっかり」



「……少しは。……仲間に頼って、任せればいいのに」



「……〈あなた〉もそう思わない?」







ぶっきらぼうな口調で、愚痴を言っているのは。


私と同じ時期に、機械の体になった。サイボーグの、女の子だ。








「・・・・・・ホントだね」



「でも、〈あなた〉の言うことじゃないと思うよ。・・・・・・こんな、ムチャして・・・・・・」



「サイボーグと、アンドロイドの戦いを止めちゃったんだからね」




「……」




「知ってる?『天使』って呼ばれてるんだよ。・・・・・・羽を生やしたり、無茶苦茶な改造をして、一番人間離れした姿になって」


「でも、最後は、人間の姿になって。争いを、止めるように訴えた、〈あなた〉のこと。・・・・・・皆、『天使』だって」



「……なんにもわかってないじゃない、それ言ってる連中は」


「私は、カッコイイ羽を泣く泣く取って、地上に舞い降りたのよ。……そんな存在は、天使じゃなくてむしろ、《逆》の存在でしょ!」



「・・・・・・《堕天使》・・・・・・?」



「そういうこと!……流石に、よくわかってるじゃない、リトルデーモン?」


「いや違うけど」


「否定早いな!」





彼女とは、ずっと一緒にいた。




長い、長い、時を。気の遠くなるような道のりを。




私たちは、共に歩んできた。




意外と言えば意外かもしれない。・・・・・・まさか、彼女と過ごした日々が、一番長くなるなんて。






近い寿命を持って。サイボーグという存在で。












・・・・・・これからも、ずっと一緒にいれると思っていた。











「・・・・・・そうやって、誤魔化そうとして。やっぱり、人のこと言えないね」



「…………だって」



「本当に辛いのは、〈あなた〉のはずじゃない……」



「・・・・・・」



「辛いのに、頑張って。頑張って頑張って。……いつもどーでもいいことで泣いたりするくせに、一番大事なことは、辛くても、笑って何とかしようとする」




「……機械になってでも。……〝輝き〟を見届けようとする」




「自分たちにしか、出来ないことなんて。もう、あり得なくなった」


「何でも、真似ができる。……どんなものも、それだけにしか出来ないことは、なくなってしまったこの時で」


「それでも、〝生きる意味〟を見出そうとする存在がたった一つでもあるなら。……その姿を、見届けたいだなんて」




「・・・・・・」





「……せっかくの機械の体なんだから、もっと楽しいことに使ったらいいのに」


「ただ、耐えて、見届けるために、生き延びるために、手に入れるようなものじゃないでしょ?」


「……あなたも。……『理事長』も。……皆、意地っ張りなんだから……」


「サイボーグになるのは意地っ張りって、相場が決まってるのかしら」



「・・・・・・それを言ったら〈あなた〉だってそうじゃん」


「私は、別に……。ただカッコイイと思ったから、こうなったってだけよ」


「ツバサを生やせるなら。……やっちゃおうって、気になるでしょ?」



「・・・・・・」



「……。何とか言いなさいよ」




「……」



「確かに、人間そっくりな手になった。・・・・・・でも、やっぱり、怖かった」


「部分的にでも、機械になった私を・・・・・・。皆が、受け入れてくれるのか・・・・・・」



「…………」



「あの人と、あなたは。・・・・・・ほとんど、同じ時期に、サイボーグになったよね」



「…………」



「・・・・・・私のため、だったんだよね」



「…………」



「私が、奇異の目で見られないように。・・・・・・私一人だけ、孤独な思いをしないように」



「私を、受け入れるために。・・・・・・やってくれた、ことなんだよね」






「・・・・・・私がこの体になっていった、キッカケの、あの時のことだよ」


「・・・・・・あの時。あなたは、どこも悪いところがないのに、サイボーグになった……」



「……さあ。どうだか。[証拠]もないのに、よくそんな恥ずかし気なこと、言えるわね」



「・・・・・・[証拠]は、あるよ」


「……どこに……ってうわぁ!急にくっつかないでよ!」



「・・・・・・目の前に、だよ」



「……え?」


「だって。顔に出るんだもん。・・・・・・あなたって」




「……。私の、表情が、そんな、表情をしていたとでもいうの?」


「そうだよ」



「……あり得ない。……私は、サイボーグ。……顔の表情も、それを形作る元々の感情ですらも、パラメーターとして、制御できる」



「だから。……きっと、見間違いよ」




「・・・・・・じゃあ。・・・・・・音だったら・・・・・・・?」



「………音?」



「あなたの胸に。響いている、この音・・・・・・。あなたの鼓動の、音」



「優しい音。・・・・・・あなたの、音。・・・・・・すっごい、バクバクいってるけど?」



「……う」



「どうして、こんなに怖がってるの・・・・・・?」









「……だって」




「だって。あなたを、置いていけない。……もう、終わりだなんて思いたくない」




「・・・・・・」





「ごめん……」



「・・・・・・え?」















「ごめん。あなたとずっと一緒にいられなくて」
















「・・・・・・」







「・・・・・・ありがとう」



「え……」



















「わたしとずっと一緒にいてくれて、ありがとう」





















「……う。うぅううぅぅ!」



「・・・・・・ゥ」



「ばかっ!……ばかぁ………!!」



「・・・・・・グスッ」




「そんなの、《逆》よ!!わたしの方が……ずっと一緒にいてくれて、ありがとうよ!!」



「わたしを、受け入れてくれて……!!……ありがとう、なのに……!」




「・・・・・・ごめん」


「だから!こっちがごめんだってば!」


「・・・・・・ありがとう」


「だからぁ!……こっちがありがとうだって!」





「・・・・・・終わんないじゃん・・・・・・」






「いいの!終わんなくていいの!……ずっと、ずっと続けばいいの……」



「・・・・・・ずっと、続けるの?」



「ずっと。……そしたら、ずっと、一緒にいれる」














「ずっと。……わすれな、い……」













「・・・・・・っ」








「ねえ。……私でも、よかったの……?」





「・・・・・・え?」





「わたしでも……よかった、の?」





「・・・・・・〈あなた〉で。よかったよ」











「……そう」



「………よかった」








「・・・・・・ねえ?」





「……」





「・・・・・・ねえっ!」





「………」






「・・・・・・。ねぇ」







「…………」







「・・・・・・・・・ッ!!」



「・・・」




「・・・・・・」








「・・・・・・。ずっとわすれない」







「わすれないよ。でも。・・・・・・・やっぱり」




「やっぱり。・・・・・・いや」





「いやだよ」


「いやなんだってば」


「いやなんだよ」













「・・・・・・いや、だ」









「いやだ。・・・・・・いかないで!」




「わたしと。ずっといっしょにいて・・・・・・!!」






「わたしを・・・・・・一人にしないでよ」








「わたしと、いっしょにいてよ・・・・・・!」















「よ、・・・・・はね、ちゃん・・・・・・」




「・・・・・・」






「・・・・・・・・・・・・」










「…………」




「……。……ちがうわよ。わたしは、よはねじゃなくて」




「・・・・・・っっ!!」










「わたしの、なまえは…………」










「……………」












堕天使は。それはそれはキレイな姿で。


私の大好きな、姿のまま。


天使に戻って。・・・・・・天に、帰っていった。







・・・・・・それからも。私は一人で、〝輝き〟を見続けてきた。





長い、長い時を。旅してきた。




いつのものだっただろう、だれのものだっただろう?




[記録]には残っているはずのものが。だんだん、〝記憶〟から消えていった。










それでも、ずっとおぼえていることがある




あれは・・・・・・だれだったんだろう?








誰のものかわからない、言葉と歌が、でも、ずっと残っている。











「どうして、歌を歌い続けているんですか」




「・・・・・・好きだから、かな」




「好きだから・・・・・・」





「それに。・・・・・・歌を歌ってるとね、本気で思えるんだ」







「いつだって飛べる。あの頃のようにって」








「・・・・・・飛べる・・・・・・」


「あなたも、そうじゃないかな?」


「・・・・・・そう、ですね」


「あなたは、見届けるつもりなんだよね。・・・・・・皆が、どこに行き着くのか」


「・・・・・・はい」


「そっかぁ。・・・・・・タイヘンだね」


「・・・・・・はい」


「でも、挫けないでね。私、応援してるよ」







「・・・・・・ファイトだよ!」







「・・・・・・はい!」








・・・・・・ながい。ながい、じかんをかけて。





ながい。ながい、ゆめを。・・・・・・ながいゆめを、みてきた・・・・・・。





そして、そのゆめのさいごには。





[記録]に残っていない、〝記憶〟にしかなかった、あの日々が。









・・・・・・〝輝き〟を目指した、あの日々が。
















私の目の前に、広がっていたんだ。









……ヵ、……ヵっ!



……ちかっ!……ち……ちかっ、ちゃん……!





ちか!ちかちゃん!……ちか!!!






「……ぁ、れ……?」








善子「千歌!!」



千歌「……ぇ……?」










目が覚めた時。そこは、知らないんだけど知っている……。


いつもの、風景が。


でも、目覚めたら。


違う朝が、笑いかけていた。







果南「よかった。……ようやく、目が覚めたんだね」


千歌「え、ええっと……。ここって……」


鞠莉「……まだ、寝ぼけてるの?」


千歌「……いや。……うん、そうかも」


ダイヤ「……大丈夫ですの?」


千歌「え?……何が……?」


ルビィ「……千歌ちゃん。泣いてたんだよ」



千歌「……ぇ?」








言われて、ようやく意識した。



自分の……私の、ことを。



私の頬には、つぅっと、垂れているものがあった。



冷たくて。でも、暖かい。……水の、跡が、ここにはあった。





千歌「……そっか。……私、泣いてたんだ」


善子「……そんなことにも気づかなかったの?……まったく、心配させないでよね」


千歌「しんぱい……?」


善子「あっ。えっと、その。それは、何というか……」



花丸「善子ちゃん、千歌ちゃんが起きなくて、急に千歌ちゃんの目から涙が出てくるものだから、すごくうろたえてたんだよ」


花丸「悪い夢でもみてるんじゃないかーって」

善子「あ、ちょっ、ずら丸!何てこと言うのよ!」

ルビィ「……照れなくてもいいのにぃ」


善子「……う、う。うるさーい!!」




千歌「あはは……」












元気な1年生たちを見ながら、私は自分の〝記憶〟を思い出していた。


……そうだ。昨日、2人で合宿の続きをしてたんだけど、私が何も思い浮かばなくて。



結局、皆を巻き込んで。急遽みんなで合宿をすることになったんだ。





あーでもない、こーでもないって言いながら……それでも、皆で一つのものに辿り着いたんだ。









千歌「……うぅん。でも、いい夢だったなぁ~」


曜「……千歌ちゃん。どんな、夢だったの?」

千歌「うん?」


曜「……泣いてたけど。でも、良い夢だったんだよね?」


曜「……それって、どんな夢?」


千歌「……ああ、えっとね」


千歌「あんまり思い出せないんだけど……」






千歌「……私に、そっくりな人が出てきたの」






千歌「その人は、頑張って、頑張って。……色んなものを見続けて、頑張って頑張って」





千歌「いっぱい辛いこともあったけど。いっぱい、幸せだった」






千歌「最後に……夢の中なのに、夢を見てて」




















「私の背中を、押してくれた」















「……そんな、夢」









「……それって、もしかしたら」




千歌「……?」





梨子「未来のあなたが知ってることなのかもね」




千歌「……未来の……」









・・・・・・そう・・・・・・














未来の僕らは知ってるよ













・・・・・・だから・・・・・・







「本気で駆け抜けて、ね?」







「私、見届けるよ。だから・・・・・・」












〝千歌〟「夢をつかまえにきてね!!」









おしまい


酒飲みながら書くとこういう冗長で不可解なものが出来上がってしまう。

こんな拙い文章でも、もし読んでくれた方がいたとしたら、その方には心よりお礼申し上げます。

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