【ミリマス】育「ドラマ おおかみ姫」 (76)
※劇中劇的なお話になります。アイドルたちが役名で呼び合います。男役もいますので、苦手な方はご注意ください。
育「はぁ……はぁ……」ヨロ
育「ぼくは……どこまで逃げてきたんだろう……どこかの駅で貨物車を降りて、それから……」
ドサッ
育「もう……歩けないな……。マーガレット、みんな……どうか無事でいて……」
育(いちめん花でいっぱいだ。青い空に綿毛みたいな雲、やさしい風……。なんておだやかな場所なんだろう。そうか、ここはきっと天国に違いない…)
環「わ~い待って~!」
育(……ん?)
環「やったー! つかまえたぞー! くふふ♪」
育(女の子だ。ワンピース姿で走り回ってる……虫をつかまえてるのかな)
環「あれ? 誰かいるの?」トコトコ
育(長い髪が風にゆれてる……燃えさかる炎みたいな、きれいな髪――)
環「わあったいへん! ミランダー! 男の子がたおれてるぞー!」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1562598127
育「……」
環「この子、顔が真っ青だぞ。病気なの?」
美也「いいえ。どうやらものすごくお腹が空いているようですね~。姫様、彼の頭を少し起こしてくださいますか」
環「うん。ターニャのひざの上にのせるね。よいしょ……」
美也「――お水ですよ。飲めますか?」
育「ん……」ゴク…
美也「お~。この調子なら、持ってきたサンドイッチのパンをふやかせて……これなら、食べられますか?」
育「ん……」モグ…
環「食べてくれたね。だいじょうぶかなぁ……ん? ミランダ、見て。この子、左手の甲にタトゥーしてる……?」
美也「花の紋様ですね。もしや、これは……」
育「ぅ……」
環「あっ、起きた。よかった無事で」
育「女の子……そうだ。ぼくは死んで……天使が迎えに…」
環「ちがうよ。ターニャは天使じゃないし、君もちゃんと生きてるぞ」
育「ターニャ……君の名前かい」
環「うん! 君はなんていうの?」
育「ぼくは、イグナス……」
環「イグナス! すてきな名前だね。よろしくね、イグナス! くふふ♪」
美也「イグナスさん、まだ意識がはっきりしないようですね。とりあえずお屋敷まで運びますよ。ミランダにおまかせです~」
――翌朝
美也「おはようございますイグナスさん。お加減はいかがですか~?」
育「……メイドさん、きのうの……ここは?」
環「ここはターニャのおうちだぞ! イグナスは昨日ここに運ばれて、あれからずっと眠ってたんだ」
育「ふかふかのベッド……こんなの、いつ以来だろう。そっか、二人がぼくを助けてくれたんですね。ありがとうございます」
美也「どういたしまして。それより、朝ご飯はいかがですか? 食べやすいものをご用意しましたよ~」
環「えんりょしないでいっぱい食べてね!」
育「ごくっ……いただきます」ぱくっ
育「……おいしい。すごくおいしいです」モグモグ
美也「それは良かったです~」
環「すごいでしょ? ミランダはなんでもできちゃうすごいメイドさんなんだぞ」
美也「ところで――イグナスさんは、おうちはどちらですか? ご家族が心配されているかと思いまして」
育「……ぼくに家族はいません。帰るところも、もう…」
環「え……」
美也「失礼しました。そうでしたか~」
育「……そうだ! ミランダさん、ぼくのいた孤児院が大変なんです! 誰か助けを……えっと、ぼくの孤児院はジレールの街にあって――」
美也「ジレール……ここからだと列車で1時間はかかる都市ですね」
育「院長がずっと資金に困っていて、少しでも助けになればと、ぼくとマーガレット――同じ孤児院に住む仲の良い女の子が劇団のオーディションを受けることにしたんです」
育「だけどぼくはオーディションに落ちてしまって……マーガレットより先に孤児院に戻ってみると、ギャングが押し入っていて仲間のみんなを人身売買の取引にかけるって――」
環「ひ、ひどい……」
美也「国王陛下が体調を崩されて以来、ジレールをはじめとした大都市の治安は落ち、ギャングの闇取引が社会問題になっていますからね」
環「……」
育「それでぼくは隙を突いて奴らの馬車に火をつけてみんなを逃がして馬をうばい、怒って追ってきた奴らを振り切って、貨物車に忍びこんでこの近くの貨物駅まで…」
環「ってことはイグナス、乗馬ができるの?」
育「うん。両親が「ヴォルフスの紳士たるもの必要な技術は身に着けるべし」って方針で、色々と習っていたんだ。みんな三年前の冬に、汽車の事故で亡くなってしまったけどね」
美也「三年前の汽車の事故といえば、あの港町に向かう特急が、大雪の影響で脱線してしまった事故ですか……」
育「はい。祖父の発案で親戚総出で旅行に出かける途中に起きた事故で……親戚の中でぼくだけが生きのびて、知り合いのつてでジレールの孤児院に」
美也「そういうことでしたか」
環「それじゃあ今、イグナスはひとりぼっちってこと……?」
育「そうだね……だから、一刻も早くみんなの無事を確認したいんです。もしかしたらどこかで危ない目にあってるかもしれない……」
育「場所ならすぐに案内できます。ミランダさん、今すぐぼくを警察まで連れて行ってもらえませんか」
美也「大変な状態なのはわかりました。ですが落ち着いてくださいイグナスさん、今はまずあなた自身のお身体を大事にするときです」
育「でも……!」
美也「あなたが孤児院のみなさんを心配なさっているように、みなさんもきっとあなたを心配してらっしゃると思いますよ。勇敢な行動でギャングを怒らせてしまったわけですから」
育「わかりました……」
美也「お着替えをお持ちいたします。しばらくお待ちくださいね~」
パタン…
環「じーっ……」
育「なんでそんなに見てるの? ぼくに何かおかしなところでもあるの?」
環「ねぇ、どうしてイグナスはターニャのことを天使とまちがえたの?」
育「えっ、何のこと?」
環「だってイグナスがターニャの前で目を覚ましたときに、そう言ってたぞ」
育「ああ……あのときのぼくは、きっと自分は死んだものと思ってたから。そんなときに目の前にきれいな女の子がいたら、誰だって――」
環「そうなの? ターニャ、今までそんな風に言われたことなかったから、ふしぎだなーって思ってたんだ。あっ、髪の毛はきれいってよくミランダにほめられるぞ」
育「言われたことないって、冗談でしょ? だって君はこんなに……しかもどこかのお嬢様なんだろう?」
環「お嬢様じゃなくて、お姫様なんだぞ。知らないの? ……あ、そっか。ターニャ、お城の式典とかもう何年も出てないから仕方ないよね」
育「お姫様って……まさか君が、病気でずっと療養してるっていうヴォルフス王国第三王女の!?」
環「そうだぞー。びっくりした?」
育(どうりで……でも、とても病気で伏せってるようには見えないけど……。って、そんなことよりぼく王女様相手に友達みたいにすごく失礼なことを!)
環「くふふ♪ おどろいてるイグナスおもしろいぞー」
育「……ターニャ王女は、この屋敷でミランダさんと二人で暮らしてるんですか?」
環「むー。ふつうにしゃべっていいのに」
育「そういうわけには……」
環「ターニャはイグナスとお友達になれてうれしいんだ。だからふつうにしゃべってよ。お姫様めいれいだぞー」
育「お友達なのに命令って。ふふっ、そういうのをむじゅんしてるっていうんだよ」
環「やったぁ! ねぇイグナス、早く元気になってターニャといっぱい遊ぼうね。約束だぞ」
育「うん。わかったよ」
育(ターニャの気持ちはうれしいけど、お姫様の家でずっと遊んでばかりいるわけにもいかないよ)
美也「む~ん…」
美也(ここ数日の新聞、特にジレールの地方版をあたってみましたが、それらしい事件の記事は載っていませんね)
美也(ジレールはヴォルフス王都に次ぐ第二の都市。そして国内で最も治安の悪い街でもある……)
美也(イグナスさんの話はきっと事実でしょう。けれどそれが公に出ていないのは気がかりです。調べてみる必要がありますね)
育「……」
ガチャ
環「よいしょっと」
育「どうしたの? 何冊も本を持ってきて」
環「ずっとねてばかりいたら退屈だと思って、ターニャが好きな本を持ってきたんだ。読んで聞かせてあげるね」
育「そっか。うれしいけど、ぼくどれも読んだことがあるよ。あっ、こっちは『昏き星、遠い月』だね」
環「うん。その本はミランダが好きなんだけど、ターニャにはむずかしくてよくわかんなかったんだ」
育「書き出しのせりふは――私たちは、旅をしています。どこまでも続く終わりのない旅です」
環「おおーっ」
育「次はミュージカルで有名なクリスとエドガーの出逢いのシーン…。――あんたみたいなお嬢さんが、こんな危ないとこで何してるんだ? うろうろしてると危ないぞ」
環「すごい。すごいよイグナス! ミュージカルの俳優さんみたいだぞ!」ピョンピョン
育「えへへ。俳優になるために練習してたからね。ぼくがエドガーで、クリスティーナの役はマーガレットがよく演じてたな…」
環「マーガレット……その子とイグナスは仲良しだったんだよね」
育「うん。最初はぼくだけでオーディションを受けるつもりだったけど、マーガレットのことも誘ったんだ」
育「彼女はしっかりしてて、かわいいし、きっといい女優さんになれると思ったから。だから本人からいっしょにオーディションに出たいって言われたときはうれしかった」
環「……」
育「でも、いっしょにがんばろうねって励ましたのはぼくだったのに、先に落選しちゃって情けないな。おまけに帰りにあんな事件が起きて……」
環「……やっぱり本はやめにして、カードゲームでもしようよ。そうだ! ボードゲームはどう? ミランダがね、外国のチェスみたいなゲームが得意なんだ」
育「おもしろそうだね。ぼくにも教えてほしいな」
環「うん! じゃあ取ってくるから、待っててね」
……
――翌日
美也「ずいぶん顔色が良くなってきましたね~。安心しましたよ~」
育「おかげさまで。ミランダさんの作る料理はとってもおいしいから、きっと元気がない人もみんな元気になっちゃうと思います」
育(こんなおいしい料理を、孤児院のみんなにも食べさせてあげられたらいいのにな……)
美也「イグナスさん……?」
育「ミランダさん、やっぱりぼく、いつまでもこの屋敷でお世話になるわけにいきません。体調がもどり次第、ここを出るつもりです」
美也「孤児院のみなさんのことが心配なんですね」
育「はい。院にはぼくみたいに普通の家庭で生まれ育った子は珍しくて、読み書きが上手くできない子も大勢います。たとえ奴らから逃げ切れても、別の悪い大人に見つかってしまったら…」
美也「その件については既に私が一つ手を打っていますよ。心配なさらず、しばらくこちらでゆっくりなさってはいかがですか?」
育「いいえ、そういうわけには。元々ぼくは、孤児院の子たちみんなに勉強できる時間とお金を用意したくて、街の食堂で働いてたんです。とても足りなかったですけど」
美也「それでまとまったお金を得るために、劇団のオーディションを受けられたんですね」
育「はい。役者としてたくさんのお金をかせげれば、孤児院のみんなだって学校に通えるようになる。元々演技で人を喜ばせるのが好きだったというのもありますけど」
育「だからこうして安全な場所に避難できたぼくが、ちゃんと稼いでみんなのためになれるようにしないと。元気になったらすぐに働きたいです」
美也「む~ん、そうですか~。姫様もイグナスさんと仲良くなれてとても嬉しそうだったので、残念です~」
育「いえ。ここを出てもターニャとは友達でいたいです。ずっとこの屋敷や庭園でばかり過ごすのは、さみしいと思うし」
美也「はい~。ぜひそうしてください」
育「それでおねがいがあります。この近くで、住み込みで働かせてもらえるようなお店や農家さんを知っていたら、教えてください」
美也「働くことも立派ですが、イグナスさんご自身もお勉強をされてもいいんですよ。姫様も、一緒にお勉強するお友達がいれば嬉しいでしょう」
育「だけど、ぼくだけが楽をするわけには……」
美也「頑なですね~。でも、そこがイグナスさんの素敵なところなのでしょう。わかりました。少しご近所を当たってみますね。ですがお勉強の件は、ぜひご検討ください」
育「ありがとうミランダさん。お気持ちは受け取っておきます」
美也「ところで……差し支えなければ、イグナスさんのその左手の甲の紋様について教えていただけますか?」
育「あ、これですか。ぼくにもよくわからないんです。劇団のオーディションを受ける前に気づいて……」
美也「そうですか。なら、そちらについても調べる必要がありそうですね」
――さらに翌日
育「きれいなちょうちょ……こんなの初めて見たよ。ジレールの街では普通のちょうちょを見かけることだって珍しいのに」
環「そうなの? この辺りにはいっぱいいるぞ。あっ、ほらあっちにも!」
育「ほんとだ。やっぱり空気がすんでるからかな」
美也「む……お二人とも、お静かに」
環「ミランダ? どうしたの」
美也「イグナスさん、こちらの植え込みの影に隠れてください。姫様も。声を立てないように…」
黒服の男A「おい、いたか?」
黒服の男B「いえ。さっぱりっス。クソッあのガキどこへ隠れやがった。空き家や廃屋にいねぇなら、やはりこの辺りの誰かに匿われてるんスかね」
黒服の男A「ああ。ここらは田舎だが別荘地でもある。ガキ一人匿うだけの余裕のある家も多いだろうからな」
黒服の男B「この屋敷とか、どうっスかね」
黒服の男A「おい馬鹿。あの狼の紋章を見てみろ。ここは王室の土地だ。下手に近づくのはマズい」
黒服の男B「マジっスか!? なら尚更こんなところにあのガキはいるはずないっスね…」
黒服の男A「だな。とりあえず他を当たるぞ。あるいはとっくに農家の荷馬車にでも紛れ込んでトンズラした後かもしれねえからな」
タタタ…
育「……」
美也「……行ったようですね」
環「あいつら、イグナスのことを追ってきたの?」
美也「どうやらあれが、昨日ご近所の酪農家さんたちが噂していた不審な輩のようですね」
育「やっぱり、感づかれていたんだ」
美也「イグナスさん、住み込みでの働き口をご紹介するお話ですが、なかったことにさせてください。あなたの身を危険にさらすわけにはいきません」
育「だけどぼくがここにいたらあいつら、近くのみなさんにまで迷惑を――」
美也「今から他の町に行ってもまた感づかれるでしょうし、その町の人を怖がらせることにもなります。ここより安全な場所はありません。いいですね?」
育「……わかりました」
環「だいじょうぶだよイグナス。あいつらのことだって、きっとマリーナお姉様ならすぐ調べて捕まえてくれるぞ」
育「マリーナお姉様って、マリーナ第二王女のこと?」
美也「はい~。マリーナ様は警察省の特別顧問をされていますから」
――翌日
美也「――ではお手数ですが、よろしくお願いします」
海美「任せて! 王女として警察顧問として、こういう問題を放っておくわけにはいかないもの」
美也「ふふっ。マリーナ様らしいですね~」
環「お姉様~~~!!」ダッ
海美「あっ、ターニャぁぁぁぁ!! うぅぅ~久しぶりだね~会いたかったよ!」
環「くふふ♪ ターニャもだぞ。ねぇお姉様、今日は何して遊ぶの?」
海美「ごめんね。私もいっぱい遊びたいところなんだけど、今日は大事な仕事があってここに来たからさ。ほら、ミランダに呼ばれて」
環「あっそれって、イグナスがいた孤児院の事件のこと?」
海美「そうそう。ふふふ、ターニャったらかわいいボーイフレンドなんて作っちゃって。も~お姉ちゃん嬉しいよ~」
環「ボーイフレンド……そっか。ターニャ、イグナスのこと……」
海美「あっごめんターニャ、そんなつもりじゃ――」
環「ううん。平気だぞ。だけど……もし事件が解決したら、イグナスは元の街に帰っちゃうのかな」
海美「うーん、それは私からはなんとも言えないけど…」
環「そっか……うん。しょうがないよね」シュン
海美「……この国の治安を回復させるためにも、新しい女王の即位――お姉ちゃんとメルセデスお義兄様の婚礼を早くまとめたいところなんだけど」
海美「それにしても魔法科学が発達してて多くの魔術師を輩出しているサジタリアス王国の第三王子が、うちのお姉ちゃんとあんなにラブラブになってくれるなんてね」
環「そうだね。カタリーナお姉様、メルセデスお義兄様といっしょだといつもニコニコしてて幸せそうだぞ」
海美「ほんとそうだよね! お姉ちゃん真面目だから難しい顔をしがちだけど、やっぱりこの国の女の子は笑顔でなきゃね!」
環「王子様と結婚か……。ターニャにはあんまりよくわかんないけど…」
海美「……せっかく仲良くなれたんだもんね。イグナスくんとは、これからも仲良しでいたいよね」
環「でもイグナスには帰らなきゃいけない場所があるし、ターニャといつまでもいっしょにいたら……明日は満月だし…」
海美「明日の天気なら心配なさそうだよ。天気予報では、この辺りは一日中曇りで、夜には一部で雨も降るかもって言ってたから」
環「ほんと? じゃあターニャ、明日もイグナスとずっといっしょにいられるぞ! くふふー」
海美「……心配しないで。ターニャのこれからのことは、お姉ちゃんたちが必ず解決してみせるから」
海美「カタリーナお姉ちゃんだって色々動いてくれてるからね。ただ、ちょっと考え込みすぎてる感じはあるけど」
環「それはしかたないよ。だってカタリーナお姉様だもん。こっちが心配になっちゃうぞ」
海美「よしっじゃあ私がお姉ちゃんに、ターニャも心配してるから一人で抱え込まないでー!って伝えておくね」
環「うん! それじゃあお姉様、イグナスの孤児院のこと、よろしくね」
海美「任せて! じゃあね!」
育「マリーナ王女ってとっても明るくて元気な人なんだね。ちょっと意外だったけど、ターニャのお姉さんって考えるとたしかに似てる気がするよ」
環「くふふー、そうでしょ。ターニャ、マリーナお姉様のことも、カタリーナお姉様のことも大好きなんだ」
環「事件のことはマリーナお姉様が調べてくれてるから、イグナスは安心してここにいていいんだぞ。だから今日はターニャといっぱい遊ぼうね!」
育「ありがとうターニャ。だけどぼくは匿われている身だから、あまりはしゃぎすぎるのもよくないかなと思って」
環「そんなこと気にしなくていいの! それにせっかく元気になったんだから、体を動かさないともったいないぞ。ね、ターニャといっしょに来て」
育「う、うん…」
育(ターニャ、今日はごきげんだなぁ。やっぱりお姉さんに会えたからかな)
育(昨日の夜は、さみしそうな顔で夜空をながめてた気がするから、ちょっと心配してたけど……元気そうでよかった)
――ヴォルフス王国、王宮
琴葉「そう。ターニャにボーイフレンドが…」
海美「うん。ターニャより2つ年下みたいだけど、なかなか美少年だったよ。なんていうのかな、聡明そうな感じ?」
琴葉「ふふっ。何はともあれターニャが元気そうで良かった。ただ、まだ何の解決にもなってないのがね」
海美「そうだね…」
琴葉「あの子にも私たちの式に出席して欲しいし、何より幸せに生きていって欲しい。そのために私たちにできることが、必ずあるはずだから…」
海美「お姉ちゃんがターニャのために頑張ってることは私が一番知ってるつもりだよ。魔法の勉強でサジタリアス王国に留学したり、色んな図書館で古い書物を調べたり」
海美「だけど忘れないで。もしお姉ちゃんに何かあったら、私もターニャもとっても悲しい。無理しないでね」
琴葉「マリーナ……うん。ありがとう」
海美「それじゃあ私、もう戻るね。お父様のお見舞いにも行きたいし」
琴葉「気をつけてね。いってらっしゃい」
パタン…
琴葉「……」
恵美「カタリーナ、そんなに深刻な顔しないで。マリーナたちだっていつも言ってくれてるじゃないか。君には笑顔が一番似合うって」
琴葉「メルセデス……。だけど私、今の状態で本当に女王に即位していいのかな」
恵美「それなら大丈夫。君のその優しさは、この国を背負って立つのに相応しいものだ。僕が保証するよ」
琴葉「でも私は、ターニャを……大切な妹さえ幸せにすることもできない。こんな私に、国民のみなさんを幸せにすることなんて……」
恵美「カタリーナ…」
琴葉「ああ、ターニャ……あの子には何の罪もないのに、どうしてこんなに苦しまなきゃならないの」
恵美「大丈夫。あの子に流れている血は、この国を造った偉大な女王の血だ。それが悲劇を生む呪われた存在だなんて、僕は思わない」
琴葉「……今夜は満月。月が満ちる度に、あの子のことで頭がいっぱいになるの。あの子にも平穏な満月を過ごせる日が、いつか来るのかしら」
恵美「焦っても仕方ないさ。今はとにかく信じて前を向こう。ね?」
琴葉「ええ。そうね…」
育「へえ。これが国王陛下の小さいころの写真なんだね」
環「うん。このお屋敷は、お父様が小さいころにこの辺りの森で虫取りをするときに使ってたんだって」
育「そうなんだ。陛下も虫や自然が大好きなんだね。それであんなに日焼けを…」
環「うん! 学校の自由研究で発表したっていう作文も残ってるんだぞ。えっと、たしかこっちの方に――えっ」
育「ターニャ?」
環「なんで……今夜はくもりだからだいじょうぶって、マリーナお姉様が言ってたのに……」
育「ターニャ、どうしたの? 窓の外に何かあるの?」
環「イグナス、ごめんね」ガラッ ダッ
育「待ってよターニャ! どこへ行くの!?」
環「来ないで……見ちゃやだよ……うぅ……ググ…」ゴゴゴゴ…
育「ターニャ、だいじょうぶ!? ターニャ!!」
環「ダメ……おねがい、おさまってよ……今夜だけは……ウウゥゥウ……」バキバキバキ…
スタッ
美也「イグナスさん、離れてください」
育「ミランダさん、ターニャはどうしちゃったの――あ」
環「グァァァアアアアアーーーーッ!!」
美也「晴れた満月の夜……姫様はこのお姿になるのです」
育「そんな、これって……」
環「ガルルルル……」
育「オオカミ……じゃないか…」
それは、今から1800年ほど前のこと――。
この大地は、魔界からやってきた魔物の毒で汚されていた。人々は病に苦しみ、争いも絶えなかった。
混迷の中、事の発端である魔物を退けようと一人の若者が立ち上がった。
誰もがその日一日を生き延びるだけで精一杯の世の中、孤立無援の戦いになるのは必至。けれども彼は一本の剣を携え魔物と相対した。そして案の定、苦戦を強いられた。
万事休すかと思われたそのとき、大きな獣が飛び出して魔物に噛みついた。それは彼がかつて助けた一匹の狼だった。
若者は魔物の毒に蝕まれ瀕死だった狼をつきっきりで看病し、己の空腹を顧みず食事を与え続けたのだった。
そんな彼の姿に、狼は種族を越えた想いを密かに抱いていた。孤立無援と思われていた若き勇者には、誰よりも彼を愛し見守る者がついていたのだ。
狼の強大な牙に抉られ弱点が剥き出しになった魔物に、若者は最後の力を振り絞って剣を突き立てた。
魔物が倒れ、その力が消え去ると、若者と狼の前に土地神が姿を現した。土地神は彼らを英雄として讃え、願いを三つ叶えようと告げた。
若者は言った。もう皆が二度と魔物に苦しまぬよう、この剣に神の聖なる力を宿してくれ、と。これが叶えられ、剣はたちまち聖剣となった。
狼は吠えた。人間となり、若者の妻として一生を共に生きたいと。これが叶えられ、彼女は美しい赤髪の乙女となった。
そして乙女は、思い人と手を取り合い言った。この土地に争いのない平和な国を築きたいと。
土地神は光を放ちながら姿を消した。光が晴れると、そこには立派な城と都が造られていた。狼だった乙女は初代女王に即位し、子宝にも恵まれた。
これがヴォルフス王国建国の物語である。
しかしそれから500年後のこと。王家に双子の王子が生まれた。
このうち兄である第一王子は、満月の夜に狼に変化し、暴走してしまうのだった。家臣たちは初代女王の先祖返りだと恐れた。
息子を憐れんだ王はこの情報を秘匿し、第一王子の人生に影響しないよう努めた。
ところが二人が成長し後継争いが勃発。第二王子は兄の体質を利用し、「兄は悪魔に魂を売り渡し化け物となった」と民に触れ回った。
第一王子は、恐怖で団結した第二王子側の勢力に追い詰められるも監禁先の牢獄で先祖の力が暴走。敵勢力をすべて壊滅させ、ついに第二王子をも食い殺してしまった。
やがて第一王子は正統な王となり後継者も生まれたが、己の力が災いをもたらすことを恐れ、自らの意思で人生の大半を牢の中で過ごした。歴史上最も孤独な王であった。
それからさらに500年後、今度は先祖返りの王女が生まれた。
500年前の悲劇を繰り返さぬよう、王女は手厚く育てられた。満月の夜以外は普通の少女として過ごした少女はすくすくと成長し、一人の男性と結ばれた。
愛する人と共に暮らし始めた王女だったが、とうとう悲劇は起きた。ある満月の夜、狼と化した王女が無意識のうちに最愛の伴侶を食い殺してしまったのだ。
翌朝、我に返りすべてを知った王女は、失意の末自ら命を絶った。
以来800年間、ヴォルフス王家に先祖返りは生まれていない。記録上は――。
育「先祖返り……そんな、王家に悲劇をもたらすって……」
美也「はい。ターニャ様は800年ぶりに生まれた、記録上3人目の先祖返りの王族なんです」
育「それじゃあターニャが病気で療養してるっていうのも――」
美也「国民のみなさんを動揺させないための表向きの発表です」
美也「真実は国王陛下と第一王女カタリーナ様、第二王女マリーナ様、そしてカタリーナ様の婚約者であるメルセデス様と私ども一部の家臣にしか明かされていません」
育「そうか、王妃様――ターニャのおかあさんは、ぼくが生まれた頃にはもう……」
美也「ええ。ターニャ様の先祖返りの事実にひどく心を痛められ、お身体を悪くしてほどなくお亡くなりになりました」
育「そうだったんですね……」
美也「そんなターニャ様のおそばにいることが、私のお仕事なんです」
環「ガルルル……アオォォーーーン!!」
美也「鎮まりください、姫様……」スッ
バリバリバリッ
環「ガァアァァッ!! グォォ…!」ジタバタ
育「ミランダさん!? 何を……ターニャ、苦しそうだよ!」
美也「魔獣の力を封じるために用いる魔術です。幼き日の私は、国王陛下にこの力を認められ、ターニャ様お付きのメイドとなったのです」
美也「ターニャ様が王女として国民の前に立つことができなくても、できるだけ普通の日常を送れるように――それが国王陛下の願いです」
美也「この状態の姫様は我を忘れておられます。何も手を打たなければ、誰彼構わず襲いかかることでしょう。お屋敷の外へお連れするわけにはなりません」
育「だけどこんな……魔獣を鎮めるための魔術なんて、かわいそうだよ……」
美也「ですがこれが私の使命……何より姫様ご自身が人を傷つけることを望まれておりません。それを防ぐこともまた、メイドの務めですから」
育「ミランダさんだって、本当はこんなことしたくないはずですよね。だって今のミランダさん、とっても悲しいそうだよ…」
美也「……」
育「ぼくにまかせてください。必ず、ターニャを落ち着かせてみせます」
美也「イグナスさん、しかし――」
育「おねがいします! ぼくもターニャのために、できることをしたいんです」
美也「落ち着かせられると、ご自分を信じていらっしゃるようですね。はて、その自信の源とは?」
育「やる前からあきらめたくないです。できるかできないかじゃなくて、できる自分でありたいから」
美也「ふふっ……私の負けですね~。ただし、危険が迫ったらすぐに間に入りますからね」
育「ありがとう、ミランダさん」
環「ガウゥゥ……」
育「ターニャ、ぼくだよ。イグナスだ」
環「ガルルルル……」ジリジリ
育「痛かったよね。でも、もうだいじょうぶだから。こわがらないで」
環「ガァァァッ!!」ガブッ
美也「!!」
育「いたっ! ぐっ……このくらい平気だよ。どんな姿でも、ターニャはターニャだ。君がぼくを食べるなんて、そんなことあるもんか」
環「グゥゥゥ!!」
育「初めて君と見つめ合ったとき、夕焼けみたいにきれいな目だと思った……今だってそうだよ。今夜初めて月の光に照らされる君の目を見てる。きれいだよ、ターニャ」
美也「……」
育「だからぼくらの心は通じ合えるに決まってる。ターニャになら、ちゃんととどいてるよね。ぼくの言ってることが……」
環「ウゥ……」ピタッ
美也「なんと……!」
環「ワォン……」スヤスヤ
育「おやすみ、ターニャ。……ミランダさん、このままターニャをベッドまで連れて行けますか?」
美也「はい~。もちろんですよ」
育「もし許してもらえるなら、ぼくもターニャのそばにいていいですか。満月の夜のターニャは、いつも苦しい思いをしてきたんですよね」
美也「ええ。あれだけ明るく元気な姫様です。本来なら、たくさんのお友達に囲まれ、月夜もご家族と穏やかに過ごされているはずですから……」
育「ターニャはもうひとりぼっちじゃありません。ぼくがいますから」
美也「そうですね~。それじゃあ、お願いしますね。その前に、まずはイグナスさんの左手を治療しましょう」
環「ん……もう、朝……。わっ!」
育「……」スヤスヤ
環「イグナス、なんでここに――って、うわああどうしよう! まだ月が沈んでないぞ!」
育「ムニャ……ターニャ、起きたのかい?」
環「イグナスこっち見ないで! ターニャがいいって言うまで見ちゃダメだぞ!」
育「わっ、ごめん。……ミランダさんから聞いたよ。朝になっても、月が消えるまでは完全に元にもどらないんだよね」
環「ここにいるってことはイグナス、ずっと見てたんだよね。ターニャの、あの姿を」
育「ミランダさんからは危ないから近づかないように言われた。でも、だからって放っておけないよ。どんな姿でもターニャはターニャだ。ひとりぼっちにさせたくなかった」
環「ターニャは……イグナスにだけは見られたくなかったの……ミランダも優しいイグナスなら平気でいてくれるって言ってくれたけど、でも……見せたくなかったの!」
育「……ごめん。そうだよね。君の気持ちも考えず……悪いのはぼくだ」
環「……」
育「そっちを見ずに、このまま出て行くよ。また後でね」
環「……待って、イグナス」
モフッ
環「イグナスはターニャのことを考えてくれてたんだよね。ターニャを、ひとりぼっちにさせたくなかったんだよね」
育「……ここにミランダさんと二人だけで住んでいるのも、お城の中や周りの人にあの姿を見せないようにするため、なんでしょ」
環「そうだよ……イグナスは自分の今までのこと、いっぱいターニャに話してくれたのに、ターニャはぜんぶだまってた。こんなの不公平だよね。ごめんね」
環「それでもイグナスはずっとターニャのそばにいてくれて……なのにターニャはおこったりして……。だけどもう平気だから、ターニャのこと、見て」
育「本当にいいの?」
環「……うん。イグナスの顔を見て、ちゃんとお礼が言いたいから」
育「わかった。それじゃあ――あらためて、おはようターニャ」
環「おはようイグナス。ずっとそばにいてくれて、ありがとう♪ ……えっ、その左手のケガって」
育「あっ……こんなの気にしなくていいよ。だってぼくが自分から――」
環「でも、でも……うわぁぁ~ん」
育「泣かないでターニャ。ぼくは平気だよ」
環「だってミランダから聞いたでしょ? ターニャとずっといっしょにいれば、ターニャはイグナスのこと、食べちゃうかもしれないんだよ? ターニャ、そんなのやだよ」
環「ターニャはイグナスとずっといっしょにいたい……けど、イグナスを傷つけたくない……だからターニャは、イグナスとお別れしなきゃいけないの……」
育「お別れなんてしなくていいんだよ。ほら、ぼくをよく見て。君と一晩中いっしょにいたけど、食べられたりなんかしてないじゃないか」
育「覚えてないかもしれないけど、満月を見て暴れていた君にぼくが呼びかけたら、君はおとなしくなって、それからずっと眠ってたんだよ」
環「そうなの……?」
育「ぼくの言葉が通じたんだ。ならこの先だって、ぼくが食べられる心配なんてありっこないんだよ」
環「こんな風になっちゃう人なんて、世界でターニャしかいないのに……こわくないの?」
育「いつものターニャも、耳としっぽが生えたターニャも、オオカミのターニャも、ぜんぶひっくるめてターニャでしょ? ならそれでいいじゃないか」
育「ぼくはそれよりも、ターニャが辛い思いをしてるのに、それを知らないままほったらかしにしてたかもしれないことの方がこわいよ」
育「今まで満月の夜はずっと一人でこわい思いをしてきたんだよね。でももうだいじょうぶ。これからはぼくがついていてあげるから。ぼくなら絶対食べられたりしない。約束する」
環「ほんと? イグナス……ほんとに次の満月も、その次の満月も、ずっとずっとターニャといっしょにいてくれるの?」
育「もちろんだよ。だってぼくらはともだ――」
モフッ
育「――わっ!?」
環「わーい! イグナスだーいすき! くふふ♪」
育「あはは。くすぐったいよターニャ。もう~」
美也「……」チラッ
美也「ふふっ、これで一件落着ですね~。さあ、朝ご飯の支度をしましょうか」
美也「さて、今朝はオムレツにポテト、それからとれたてのプチトマトを添えて……」
育「ミランダさん、ちょっといいですか?」
美也「おや、イグナスさん。姫様とご一緒ではなかったのですか?」
育「うん。ターニャ、顔をあらって着がえてるところだから」
育「それで、何かお手伝いすることはありませんか? 孤児院の子たちに作ってたから、目玉焼きとか簡単な料理ならできます」
育「お世話になると決まったからには、何もしないわけにいきません。持てるかぎりでなんでも挑戦させてください」
環「イグナスお料理するの? じゃあターニャも手伝うぞ!」
育「わっターニャ、いつの間に」
美也「おや~、姫様はお料理をなさったことあったでしょうか」
環「イグナスがお料理するならターニャもするの! ミランダばっかりイグナスといっしょでずるいぞー!」
美也「む~ん、困りましたね~」
育「それじゃあぼくが教えてあげるね」
環「うん!」
――数日後、王宮
海美「先祖返りしたターニャを魔術なしで抑えた!? 例のイグナスくんが?」
琴葉「ええ。昨日届いたミランダからの手紙によるとね。ただ偶然かもしれないし、先祖返り自体を止められたわけでもないらしいけど」
海美「だけどすごいことだよ。私たちの誰が呼びかけても鎮められなかったのに」
恵美「ところでそのイグナスくんって、一体何者なの?」
海美「捜査のために色々調べさせてもらったけど、元々は郊外ののどかな町、ドリトーラに生まれた裕福な市民だったみたい。それが三年前に汽車の脱線事故で家族を亡くして…」
琴葉「それで天涯孤独になってしまったのね。かわいそうに…」
海美「孤児院の事件については、ギャングが表沙汰にならないように処理したみたいで調べるのが大変だったよ。ただ、逃げた子たちの身の安全は確認されたよ」
恵美「それは良かった」
海美「手筈どおり、希望者には私が指定した安全な孤児院に移ってもらったよ。それに院長さんも無事だった。ただ建物は全焼……あの分だと再建するのは難しいかな…」
琴葉「そう……資料、見せてもらってもいい?」
海美「もちろん。お義兄様もどうぞ」
恵美「ありがとう。……ん? イグナスくんの母方のお祖父さん、うちの国の出身なんだね」
海美「そうみたい。列車事故よりも前に病気で亡くなられたみたいだけど」
恵美「待って。この事故のとき彼が乗ってた車両、損傷が一番激しかったところじゃないか。ここで無傷で生き延びたなんて、普通じゃありえない」
琴葉「不思議ね。ねぇマリーナ、他に彼の気になる特徴とかあれば教えてくれる?」
海美「ある! 左手の甲に、花の形をしたタトゥーみたいなのがあって、それがミランダ曰く悪魔の刻印らしいんだ」
琴葉「悪魔……!?」
海美「だけど本人に訊いても、いつつけられたか覚えてないみたいなんだ。結構最近までなかったはずらしいんだけど」
琴葉「彼、本当に大丈夫なのかな。ターニャにも危険がなければいいけど」
海美「それなら心配ないって。だってミランダがついてるんだもん」
恵美「イグナスくんについては僕の方でも少し調べさせてもらうよ。彼のお祖父さんのことも気になるしね」
――さらに数日後
美也「イグナスさん、手のケガの調子はいかがですか?」
育「はい。元々そんなにひどいケガじゃなかったし、痛みだってすぐ収まりました。もう包帯を解いてもだいじょうぶですよね」
環「ごめんね、イグナス」
育「ターニャは悪くないよ。それにこんなに軽いケガですんだのも、ターニャと心が通じたからなんだから」グルグル
育「……あれ?」
環「どうしたの?」
美也「おや~? あの妙な刻印が消えていますね」
環「ほんとだ。代わりにターニャの歯形がちょっと残っちゃってるぞ」
育「ふしぎだね。もしかしたらターニャがおかしなパワーを消してくれたのかもしれないね」
環「ほんと? そうだとうれしいな」
こうしてイグナスはターニャの屋敷で家事の手伝いをしたり、勉強をしたりしながら過ごすようになった。
穏やかな時間は流れ、やがて次の満月の夜が訪れた。
美也「もうすぐ日が沈みます。月もうっすら見えてきましたね~」
環「ターニャ、ほんとにだいじょうぶなのかな。あっ耳が」ピョコン
育「だいじょうぶだよ。ぼくを信じて」
環「うん……」
美也「空がだんだん暗くなってきました」
環「うぅ……グルルル……」ゴゴゴゴ…
環(ダメ……やっぱりおさえられない……ターニャ、おおかみになっちゃうよ)
環(せっかくお姉様たちを安心させられると思ったのに。カタリーナお姉様の結婚式にも出られると思ったのに…)
――どんな姿でも、ターニャはターニャだ。
環(あれ?)
――ちゃんととどいてるよね。ぼくの言ってることが……。
環(イグナスの声。知らないはずなのに、いつか聞いたことがあるような……。あったかい……とっても心が落ち着くぞ)
育「……ターニャ」
環「ガゥゥ……」
育「ターニャ、ぼくがわかる?」
環「ワゥゥ♪」
美也「なんと~。姫様、ミランダですぞ~。わかりますか~」
環「ンフフゥ♪」
美也「おぉ~」
育「すごい、すごいよターニャ。自分の意思で力をコントロールできてるんだよ!」
美也「はい~。これならもう沈静の魔術を受けられる必要も、地下室で過ごされる必要もありませんね~」
育「やったぁ!」
美也「これもイグナスさんのおかげですな~」
育「あ、そっか。ぼくがいないときもコントロールできなきゃ意味ないよね。じゃあターニャ、ぼくちょっと庭を離れてみるから――」タッ
環「ガゥゥ~♪」トコトコ
育「わっ、ダメだよ。ぼくからはなれないと練習にならないじゃないか」
環「ワフワフ♪」ペロペロ
育「もうターニャったら、しょうがないんだから」
美也「お~。姫様、大胆でいらっしゃる。これは前途有望ですな~」
ポンッ
環「ターニャ、イグナスといっしょならおおかみのままでも平気なんだ。くふふ♪」
育「えっ、自分でもどれるようになってる??」
美也「でも耳と尻尾は生えたままですね~。まあ、これでも今の生活に支障はありませんし、無理に練習しなくても大丈夫でしょう~」
育「い、いいのかな…」
環「いいんだぞ♪」
――数日後
キンコーン
美也「おや~。お客さんのようですね」
桃子「ごきげんよう。私、女優のマーガレット・ストークスと申す者よ。こちらは代理人のテレーザ」
朋花「はい~。お見知りおきを」
美也「まあ、女優さんですか~。女優さんが姫様に何かご用でしょうか」
桃子「いいえ。用があるのはお姫様じゃないわ。こちらに、イグナス・ネハニツキという者がいるはずなのだけど」
育「――マーガレット!?」
桃子「あら、噂をすれば…」
育「マーガレット、よかった。無事だったんだね!」
環「こんにちは! ……イグナス、この子もしかして」
育「ああ。この子が、ぼくと同じ孤児院にいたマーガレットだよ。その様子だと、劇団のオーディションに合格して女優になったってこと?」
桃子「ええ。おかげさまでその肩書きで生活しているわ」
育「すごいなぁ。おめでとう! ……って、本当はもっと早く伝えられたはずだったんだけど、こんなに遅くなってごめん」
桃子「あら、そう……」
育「もしかして、わざわざ会いに来てくれたの? うれしいな。まさかここでマーガレットに会えるなんて思ってなかったよ」
環(むー……)
美也「ふむ……失礼ですがマーガレットさん、イグナスさんがこの屋敷にいることを、どうしてご存じだったのでしょうか」
桃子「わかるに決まっているわ。ねぇ、テレーザ」
朋花「ええ。イグナスさんの居場所の見当は掴めていました。現在もこちらにいらしたとあって、良かったです」
美也「おや、まるでテレパシーでイグナスさんの居所を感知し、その後何らかの理由でそれが途絶えたかのような口ぶりですな~」
桃子「!! あなた、なぜそれを……」
朋花「ご安心を、マーガレットさん。どうやら彼女は魔術師のようです」
桃子「魔術師って……なら、テレーザが何者かもお見通しってわけ?」
美也「はい~。呼び鈴を鳴らされる前から魔力の波動でわかっていましたよ~。悪魔さんですね~」
育・環「悪魔!?」
桃子「そうよ。私はね、イグナス。悪魔と契約したの。女優になるためにね」
桃子「あなたの左手の甲に、花の刻印があるでしょう? それが何を意味するか、その答えがこれよ」スッ
育「!! マーガレット、その左手は――」
桃子「ええ。これが私とテレーザの契約の証。蝶の刻印よ」
美也「それとほぼ同じものがイグナスさんの手にあったということは――」
桃子「簡単な話よ。私が蝶で、あなたが花。あなたの生命エナジーは、私に狩られるために存在しているの。あなたは私の傀儡になったのよ」
育「そんな、マーガレット……うそだよね? 君だってあの孤児院やみんなのためになりたいって――」
桃子「はぁ……あんたって本当にお人好しなのね。これだから温室育ちの上級市民様は嫌なのよ……孤児になったのなら、大人しく郷に従ってボロ雑巾の価値観を受け入れるべきだったのに」
桃子「この世は弱肉強食。私はただ、自分が生き残るために利用できるものを利用したまでよ。院長や他の奴らどうなろうが、私の知ったことじゃないわ」
桃子「だけどねイグナス。私にはあなたが必要なの。あなたがこうして健康に生きているということは、まだあなたからエナジーをいくらでも奪い取れるってこと」
桃子「誇りに思うがいいわ。あなたはただ私の隣で魂を貪られ続けるだけで、私の人生の成功に貢献できるの。あなたにしかできない特別な役割よ。どうかしら、それもまた素敵な人生でしょ?」
育「そうか。君の求める幸せは、ぼくがエナジーを吸われたことで成り立っていたんだね…」
朋花「そういうことです。どうやらあなたは、高い魔力の潜在能力を持っているようですから」
環「それじゃああなたは、イグナスのことを連れて行くつもりなの?」
桃子「そうよ。さっさとそいつをこっちに渡しなさい」
環「やだよ! イグナスはターニャの王子様だぞ! 誰にもわたさないんだからね!」ギュッ
育「えっ」
桃子「は? 今なんて? そいつが、王子? ただの家も身寄りも無い子どもが王子?」
環「そうだぞ。ターニャはこの国の王女だから、結婚したらイグナスは王女のだんな様だもんね。何もまちがってないぞ。べーだ!」
美也「なんと~。姫様、このタイミングで……大胆ですな~」
桃子「そう……あんたはいつだって、そうやっていつの間にかわたしより日の当たる場所に立つのね。お姫様に愛してもらえるなんて、良いご身分だことで」
桃子「あんたの死んだ両親からの受け売りの教訓話なんて聞き飽きたのよ。よくも貧民のガキ共の前でいけしゃあしゃあと言えたものよね。私なんか親に愛されたどころか、顔さえ見たことだってないのに!」
桃子「しかも新しいガールフレンドがお姫様ですって!? これが憎くて何が悪いっていうのよ! テレーザ、その女を殺しなさい! 今すぐに!!!」
朋花「おやおや。それはできませんよ~」
桃子「なんでよ! 悪魔のくせに主人の命令が聞けないっていうの!?」
朋花「そもそも私とあなたの契約は、魂による主従関係ではありませんからね~」
桃子「ど、どういうこと」
朋花「私はただイグナスさんの魂の輝きに興味があっただけです。でも生憎声をかけてきたのはあなただったので、あなたと仮の契約を結びイグナスさんとの繋がりを確保することにしたというわけです」
朋花「その仮の契約によって私があなたに托したのは、イグナスさんのエナジーを奪い取る呪いの施術だけですからね」
桃子「仮の契約……それじゃあ、私の仕事が最近さっぱり上手くいかないのは――」
朋花「あなたがイグナスさんにかけた呪いの効力が失われてしまったからですね。きっともう彼の左手には、あの刻印はないはずですよ」
育「そのとおりだよ」スッ
桃子「!! 獣の噛み痕……まさか呪いが切れたのもこれが原因…」
朋花「どうしますか、マーガレットさん。今すぐ私に魂の全てを差し出せば、私はあなたに服従いたします。尤も、私はあなたの自ら輝く意思のない魂になど興味はありませんがね」
桃子「……なんで……なんで私は、こんな……生まれたときからずっとそう……世の中に溢れる生やさしい物なんて、何一つ私に振り向いてくれなかった」
桃子「だから、嬉しかった……イグナス、あなたが私のことを女優に向いてるって言ってくれたことが。私にはただ、それだけしかなかった……」
桃子「……邪魔して悪かったわね。劇団に戻るわ。テレーザ、もうついて来なくて大丈夫だから」
朋花「そうですか」
育「待って! 君がぼくをだましてたのはわかったよ。だけど――」
桃子「さよなら。もう二度と会うことはないから」
育「……マーガレット…」
朋花「さて……行ってしまわれましたね」
美也「ええ。ですがまだあなたがいます」
環「イグナスの魂をねらってるんだよね? そうはさせないぞ!」
朋花「ええ。その予定だったのですが……ターニャ王女、あなたのおかげで不可能になりました」
美也「なるほど~。この噛み痕が原因ですか」
朋花「はい。かつて魔界からの侵入者の毒に打ち克ち、その魔を無に帰した聖なる牙を受け継ぐ刻印ですからね」
美也「やはりヴォルフス王家の先祖返り現象には、そういういわれがあるのですね」
朋花「どうでしょう。私はただ、魔界の住人として知り得る限りの情報で私見を述べているだけですから」
美也「仮の契約とはいえ、悪魔がクライアントの命令を簡単に放棄するのは不自然です。おそらくあなたの力では姫様を殺すことはできないのでしょう。違いますか?」
朋花「うふふ。ご想像にお任せしますよ。では私もこれで失礼いたします。イグナスさんに手を出せない以上、私の興味は既にこの国で最も美しい魂に移りましたから」
環「この国一番の――」
育「美しい魂……」
朋花「もしかすると、近いうちにまたお目にかかることになるかもしれません。ごきげんよう」ヒュンッ
育「消えた!?」
環「本当に悪魔だったんだね…」
育「……」
環「ね、ねぇイグナス、おかしなお客さんも帰ったことだし、またターニャといっしょに虫取りしようよ」
育「ごめん。今日はちょっと、ひとりでいさせてくれないかな」
環「でも……」
美也「姫様、ここは――」
環「うん……」
育「……マーガレット」
~~回想~~
育「いつか二人で役者として成功して、この孤児院を大きくするんだ。そうすればみんな飢えることもないし学校にも通える。犯罪に手をそめることだってないはずだよ」
育「あとはそうだな……身寄りのない子どもたちに演技を教えて劇団を作って、各地を回ったりするのはどうかな。えへへ。どうせなら夢は大きい方がいいよね」
育「それが今のぼくの夢――悲しいこともたくさんあったけど、君のおかげでぼくは夢を持つことができたんだよ。ありがとう、マーガレット」
~~~~~~
育(……もう、あのころにはもどれないんだね)
育「――ん? 窓の外……雪だ。今年は早いんだね」
育「……いやだな…」
――翌日
環(イグナス、あれからずっと元気ないなぁ…)
美也「姫様、お手紙です~。マーガレットさんからですよ~」
環「ひぇっ、あの子から?」
美也「一応中身を確認しますね~。ふむふむ……ふふっ。姫様、ぜひ読んでさしあげてください」
環「だいじょうぶなの? 変なこと書いてない?」
美也「はい~。心のこもった素敵なお手紙ですよ~。どうぞ」
環「うん。それじゃあ、読むね」
ごきげんよう、ターニャ王女。先日は取り乱してしまって悪かったわね。
結局私はジレールの街に戻って女優を続けることにしたわ。仕事の手応えは相変わらずだけど……。
だからって諦めるわけじゃないわ。必ず、実力で黙らせてやるんだから。
王室だって簡単には呼べないくらいの大女優になってみせるから、覚悟しておきなさいよね。
それから――。
あなたのいる地方、近いうちに季節外れの大寒波に見舞われるって予報が出ていたけど、せっかくだから一つ教えておくわ。
イグナスは、雪が苦手なの。雪を見るとあの事故のことを思い出すみたい。寒い夜はひどくうなされることもあったわ。
だから雪の降る日は必ずあいつのそばにいてあげること。いいわね?
今のあいつには、あなたしかいないみたいだし……。私が言うのも変だけど、頼んだわよ。
マーガレット・ストークス
――さらに数日後
環「本当に雪になっちゃったね」
美也「ええ。それにここへ来て随分と吹雪いてきました。夜を待たずにかなり積もりそうです」
環「夜になったら止むかな?」
美也「そうなるように、ミランダがお空にお祈りしておきましょう」
環「うん♪」
育「……」
環「イグナス、最近ずっと元気ないね」ヒョコ
育「ターニャ、その耳…」
環「くふふ♪ 今夜は天気が悪いけど満月だぞ。イグナス、ターニャといっしょにいてくれるんでしょ?」
育「うん。そうだったね」
環「それじゃあ、庭に出るぞ!」
育「えっ、ちょっと待ってよターニャ」
環「わぁ、雪ほとんど止んでるー! これならいっぱい遊べそう。くふふー」
育「ぼくも小さいころは、雪で遊んだな」
環「ターニャはね、イグナスのおかげで満月がこわくなくなったんだ。だからターニャも、イグナスが雪をこわくなくなるようにしたい」
環「今のターニャは、満月大好き。だって満月の夜はいつも、イグナスといっしょにいられるから」
育「ターニャ……」
環「だから雪が降る日はターニャがずーっといっしょだぞ。ターニャも約束する。ぜったいイグナスをひとりぼっちになんてしないからね」
育「……ありがとう。すっごくうれしい。……うん。ターニャといると、心も体も温かくなれる」
育「先祖返りや生い立ちのことを知って、最初はターニャのそばにいてあげなきゃって思ってた。でもちがってたんだ」
育「ターニャは、何もかも失ってひとりぼっちになったぼくのそばに、ずっといてくれてる。だからぼくも、ターニャのそばから離れたくないって思うんだ」
環「う……なんか面と向かって言われるとてれるぞ。顔あつくなっちゃう…」
育「そう? あと、それから――」
環「それから?」
育「出会って初めての満月の夜と同じだね。満月に照らされるターニャの目、今夜もとってもきれいだよ」
環「!!」ドキッ
美也「おや? いつの間にかお月様がひょっこり顔を出していますね」
育「うん。ターニャのおかげでわかったんだ。今夜はもう吹雪の心配もなさそうだね」
環「うぅ、イグナスったら……そんなこと言われたら、もっと顔あつくなっちゃう……」ゴゴゴゴ…
美也「まあ~。姫様、顔が赤いですぞ~」
環「ガルルゥ///」
――翌日
環「わーい! また雪だるま完成だぞー!」
育「これで7人目だね。ふぅ、さすがにすっかり日がくれてきたね」
ヒュイーン
美也「む? あれは…」
育「火の鳥? 手紙がついてる」
環「メルセデスお義兄様の矢文だぞ! 王都で何かあったのかも…」
美也「拝読します。――これは! 姫様、すぐに支度いたしますよ。カタリーナ様に危機が迫っています」
環「お姉様に!?」
美也「イグナスさんもご一緒ください。あなたにも関係のあることですので」
育「ぼくにも関係があるって……まさか、この間のあの悪魔のしわざなの?」
美也「ええ。詳しくはミャオ馬車の中でこのお手紙をお読みになってください」
育「ミャオ馬車って?」
環「ミランダが出す乗り物のことだぞ。ほら、あれ」
ミャオ馬車「みゃーお」
美也「私が魔術で扱える幻獣のようなものですよ。能力は高速での移動だけです。かわいいですよね~」
育「ミランダさんって、何者なんですか」
美也「私は少し魔法が使えるだけのただのメイドですよ~。ふふっ」
――移動中
育(馬車っていうから陸地を走るのかと思ってたけど、ふつうに空を飛んでる……って、それよりも今は手紙のことが大事だ)
育「カタリーナ王女の魂を狙って、あの悪魔が王都に現れた――ってことか」
環「この国一番の美しい魂の持ち主って、やっぱりカタリーナお姉様のことだったんだ」
美也「カタリーナ様がいると思われる国立大学の図書館が、突然謎の黒いオーラで覆われてしまったとのことですが……見えてきました。あれでしょうか」
環「すごい、ほんとに真っ黒――なら、お姉様は悪魔につかまっちゃったの!?」
美也「いえ、悪魔が現れたのは王都の西側の門の前。国立大学とは逆方向です」
美也「お手紙の中でメルセデス様が推理されているとおり、危険を察知したカタリーナ様が何らかの魔術を使って障壁を張ったとも考えられます」
環「お姉様は魔法の勉強をするためにサジタリアス王国に留学して、メルセデスお義兄様に出会ったんだよね。魔法の勉強は、ターニャのために……」
育「そうだったんだね…」
美也「どうやら西門はすでに突破されているようです。急ぎましょう。ミャオ馬車、フルスロットルですよ~」
ミャオ馬車「みゃーお」
――ヴォルフス王宮
環「お義兄様!」
恵美「やぁターニャ、久しぶりだね。挨拶している暇もないのがもどかしいところだけど……そっちがイグナスくんだね」
育「イグナスです。お初にお目にかかります、メルセデス王子」
恵美「兄貴みたいなものなんだから堅苦しくなくていいよ。僕もイグナスと呼ばせてもらうよ。さて、僕は何も手をこまねいていたわけじゃない。作戦はある」
育「作戦、ですか」
恵美「僕らには切り札が二枚ある。うち一枚はターニャ、君だ。ミランダから聞いた話によれば、あの悪魔は君の持つ先祖の力を恐れている」
恵美「だけどまだ子どもで戦った経験もない君をいきなり悪魔に差し向けるのは僕も反対だ。だから段階を踏みたい。君が出るのは全ての軍隊が突破されてからだ」
環「ターニャならだいじょうぶ! イグナスがいればおおかみの姿で戦えるぞ。それに街の人たちがピンチなのに、放っておけないよ」
美也「どうやら市民の避難はまだ完了していないようです。姫様があのお姿でいきなり出て行かれては、かえって混乱させることになるかもしれませんね」
環「うぅ、そうだったね……。それよりお義兄様、今夜は満月じゃないから、ターニャ変身できないぞ」
恵美「そのことなら心配いらないよ。既に手は打ってあるから。そしてもう一枚の切り札は――」
海美「それはね、はい。これだよ!」
環「マリーナお姉様! それって…」
美也「なんと。王家に伝わる伝説の聖剣ですね」
育「聖剣って、まさかあのヴォルフス建国の伝説に登場する、魔物をたおしたっていう初代王配の剣ですか?」
海美「そう。そのまさかだよ! それをイグナスに預けるよ」
育「ええっ!? なんでそんな大事なものをぼくに」
恵美「イグナス、君の出自を詳しく調べさせてもらったよ。どうやら君には高い魔法の潜在能力――それも光を操る性質の能力を持っているみたいだ」
恵美「君が三年前のあの凄惨な事故から無傷で生き延びられたのも、無意識のうちにその魔力が解放され身を護ったからと考えられる」
恵美「僕は元々この国の人間じゃないし、生憎剣よりも弓矢が得意だからさ、この剣の潜在能力を最も引き出せるのは君以外考えられない」
海美「初代王配も元は心優しい普通の市民だった。大丈夫。剣術のことなら私が簡単にレクチャーするから」
育「一応剣術も習い事で経験はありますけど……それならぼくよりもマリーナ王女の方が上手く扱えると思います」
海美「私、王女だけど魔力は大したことなくてさ。それに警察の特別顧問として、これから色々しなきゃいけない仕事があるから」
育「……本当に、ぼくでいいんですか?」
美也「でも、イグナスさんならきっと、たとえ剣を持たなかったとしてもカタリーナ様やこの街のために何か行動したはずですよ」
美也「やる前からあきらめたくない。できるかできないかじゃなくて、できる自分でありたい――ですよね?」
育「そうですね。ありがとうミランダさん。大事なことを思い出せました」
育「メルセデス王子、マリーナ王女――いいえ。お義兄様、お義姉様、その役目、ぜひぼくに務めさせてください」
環「!!」
海美「おおーっ!」
恵美「にゃはは~。言うねぇ。キライじゃないよ、そういうの。……頼んだよ」
育「はい!」
恵美「ではこれから二人に全ての作戦を伝えるよ。僕らが出るまでに、軍のみんながどうか持ちこたえてくれればいいけど…」
――王都西部
兵士「前方に黒装束の少女……間違いありません、対象です!」
分隊長「全員、銃を構えろ――撃て!」
ダダダダダ…
朋花「まあ。先ほどから悪魔相手に通常兵器など……舐められたものですね~」ニコニコ
兵士「ダメです。全く効いていません!」
分隊長「クソッ……大砲隊、用意――撃て!」
ドォン! ドォン! ドゴォッ!
朋花「安心してくださいね~。用があるのはこの国一番の上質な魂だけ……大人しくしていれば、みなさんを傷つけたりしませんよ~。私は、ね」
兵士「分隊長! 上空に謎の飛行物体を確認……女です! 黒い翼と、牛のような大きな角が生えた……あれは、まさか」
分隊長「間違いない、悪魔だ。――大砲隊、目標変更。敵は上空だ! 撃て!」
ドォン! ドォン! ドォン!
まつり「――ほ?」ガシッ
兵士「素手で受け止めただと!? こっちのやつはバリアで避けてるだけだったじゃないか! あいつ、なんなん……」
まつり「悪魔ならこれくらいできて当然なのです。ね?」バキッ サラサラサラ…
兵士「終わりだ……この世は今日、終わるんだ…」
朋花「やれやれ……仕方ありませんね。マリリンさんにとっては、この地上の万物はあまりにも脆弱すぎますから」
朋花「彼女にその気はなくとも、羽ばたくだけで建物が吹き飛んでしまうかもしれません。ご了承くださいね~」
恵美「させないよ!」
シュインッ バリン!
朋花「おや……私の障壁を破るとは、この魔法弓術はサジタリアス王家の……」
恵美「美しいお嬢さんに武器を放つのは性に合わないけど、我が妻を狙う悪魔とあれば話は別だ。覚悟してもらうよ」
兵士「メルセデス王子!」
朋花「さすがサジタリアス王国の第三王子にしてヴォルフス王国次期女王が見初めたお方……お見事ですよ」
まつり「テレーザちゃん、王子様とお話している場合じゃないのですよ。マリリンは先を急ぐのです」バサバサ
兵士「ぐわぁっ、なんだこの風は!」
兵士「衝撃波だ! 辺りの窓が割れていく……! 古い建物が危ないぞ!」
分隊長「まずい。避難指示は出ているな? 市民の安全が最優先だ。大砲隊は警察の応援に加われ!」
警官「誰かいますかー! 避難指示のお知らせに来ました!」
警官「この区域は危険です! いたらすぐ避難してくださーい!」
ローカルギャングA「はぁ!? なんでサツがここに」
ローカルギャングB「なんだテメェら! 誰の許可取ってここに――」
海美「へぇ。レストランの地下はあんたらの根城だったと。こんな状況でもなきゃ突入なんてできなかったんだから、悪魔に感謝しなきゃいけないのは複雑だけど」
ローカルギャングB「ゲッ! あんたは――」
海美「さあ善良なウェイターのみんな、ここは危ないからさっさと避難してよね。それとも、ここから動きたくない理由でもあるのかな」
ローカルギャングボス「フッ……姫様直々のお出ましとあればお手上げせざるを得ないですな」
海美「あなたたちの土地勘を買って頼みがある。既に病院や福祉施設の守りを強化させてるけど、それ以外で要救助者の居場所を知っているなら教えて」
海美「もちろん、協力してくれれば相応の対価は支払させてもらうよ」
ローカルギャングボス「いけませんな姫様。我々のような者と取引をするなど、あってはならぬことです。お前たち、話は聞いたな」
ローカルギャングC「ボ、ボス……わかりやした」
ローカルギャングD「六番街の偏屈婆さん、何年も前に旦那が死んだと言って保険金を貰っているが、本当は生きてる。ただ爺さんは去年から寝たきりだ。近所にも黙ってるから逃げ手がない」
海美「わかった。ありがとう。他に心当たりがある人は――おっと、この分だと全員助けるまでに人手がかかりそうだね。若い衆、何人か借りてもいい?」
ローカルギャングボス「ええ。仰せのままに」
ローカルギャングE「へへ……生まれてからずっと日陰者だった俺が、まさか姫様のお役に立てるなんてな」
海美「みんなが悪いことをしなくても生きていける世の中にすること。それが私の夢なんだ。うんうん。今のあなたたち、良い顔してるよ」
――ヴォルフス王都、国立大学
学生「おいおい、どうなってるんだ? 図書館の旧館が真っ黒な柱で覆われちまってるぞ」
学生「待てよ、あそこにはさっきカタリーナ王女がいたような……」
警官「こら! 野次馬は離れて、早く建物の中に入るんだ。今は自分の身の安全を最優先だ」
まつり「ふむ……どうやらここで間違いないのです。さて、そうとわかれば――」
育「待て!」
まつり「ほ?」
育「カタリーナ王女には指一本触れさせない。お前の相手はぼくだ!」ジャキン!
まつり「これは、ヴォルフス初代王配の聖剣……なるほど。なら、視点を変えてみた方が良さそうですね」
育「来ないならこっちから行くぞ。だぁぁぁ!」
ガキィン…
育「――えっ。手応えがない……」
まつり「時間ならたっぷりあるのです。あなたが私に立ちはだかれる人物かどうか、見定めさせてもらうのですよ」
ミシミシ…
市民A「まずい、建物がこっちに崩れてくるぞ!」
男の子「ママー!」
市民B「いやぁ! 坊や!」
環「グァァァーーッ!!」
市民C「なんだあれは!? 狼じゃないか! 悪魔の次は魔物まで現れたとでも言うのか?」
ドガシャーン
市民D「違う。狼が立ちはだかって、瓦礫の山を跳ね返してくれたんだ。まるで建国の伝説に出てくる初代女王のようだ」
市民C「建国の伝説……あの燃えさかる炎のような美しいたてがみは、まさか……そうか。きっとあれは、ターニャ王女だ!」
朋花「馬鹿な……満月を避けて今宵を選んだというのに……。!? あの光は――」
恵美「悪いね。僕の側近たちに、魔法で内側からこの街の時計塔の文字盤を照らしてもらってるんだ。これで王都のどこからでも満月が見渡せるってわけさ」
朋花「くっ……余計な真似を…」
恵美「おや、彼らを攻撃する暇があるならカタリーナのところへ急いだ方がいいのでは? まあどっちにしろ僕が黙ってないけどね。にゃはは」
朋花「後悔しますよ、王子」
恵美「臨むところだ!」
市民E「姫様がワシらを瓦礫から守ってくださったのじゃ!」
市民F「おお、なんて勇ましいお姿じゃ」
市民G「まるで建国の英雄を見るかのようじゃ」
市民B「坊や!」
男の子「ママー!」
環「クゥーン♪」
男の子「おおかみさん、ありがとう!」
市民B「本当に、ターニャ王女様なのですね? ああなんとお礼すれば……」
兵士「さあみなさん、こちらに避難を!」
ガキンッガキンッ
恵美「くっ!」
市民C「まずいぞ。メルセデス王子が悪魔に押されている…」
環「ガウゥッ!」ダッ
市民D「ターニャ王女!」
バキィ
恵美「ぐわあ!」
モフッ
恵美「ターニャ、すまない」
環「ワフッ♪」
恵美「ありがとう。さて、どうするかな悪魔のお嬢さん? どうやら貴女はターニャの力を恐れているご様子だが」
朋花「王子、私は申し上げたはずです。後悔することになると。私がただあなたのフィアンセの魂を狙うだけの悪魔ではないことに、あなたはお気づきではないようですので」
恵美「僕を動じさせようというのか? ならそれは無駄なことだ」
朋花「いいえ。本当に魂が欲しいだけなら、悪魔がもう一人馳せ参じることはなかったでしょう。魂を食らうかはさておき、今はまず止めねばならないのです。カタリーナ王女を」
恵美「止める? ……まさか、この騒動の発端はカタリーナに?」
朋花「ウフフ。ようやくご理解いただけましたか。カタリーナ王女は禁忌に触れてしまったのです。人の次元で踏み入れてはならぬ領域を、覗いてしまったんですよ」
恵美「確かにカタリーナはターニャの先祖返りを打ち消す方法を本気で探していた。藁にもすがろうとしていた。それがまずかったというのか」
環「ガゥ…」
朋花「あのまま放っておけば、カタリーナ王女はいずれ人の形を保てぬようになり、この国に災厄をもたらす――いいえ、その存在が災厄そのものとなるでしょう」
恵美「そんなこと……!」
朋花「ですが今ならまだ止める方法はありますよ。彼女が触れてしまった悪魔の力と、彼女自身とを切り離せば良いのです」
恵美「貴女を信じて良いのなら、教えてくれないか。そのために必要なものとはなんだ? どうすれば我が妻を救える?」
朋花「とびきり強力かつ新鮮な、悪魔の角。そして狼の牙。それらを勇気と愛で包みながら、彼女の闇に突き立てれば良い」
恵美「勇気と愛――」
朋花「まったく……いくら自分の力を乱用されそうになったとはいえ、物好きな悪魔もいたものですよ。付き合わされる方の身にもなって欲しいですね~」
恵美「ターニャ、今すぐイグナスの元に行くんだ。大丈夫。この場は僕に任せてくれ。カタリーナを頼んだよ」
環「ガウ!」
育「はぁ……はぁ……」
まつり「ほ? まるで勝負にならないのです。魔法のセンスは認めますが、剣術で全部台無しなのです。基本だけではどうにもならないのですよ」
育「ぐっ、そんなことはわかってるよ! この剣だって、どう考えてもぼくには不釣り合いだ。だけど、そんなことはどうだっていい!」
まつり「どうしてそうまでして強がるのです?」
育「ぼくには、ぼくを必要としてくれる人がいる。ぼくはただ、その人のとなりに立つのにふさわしい男になりたい。それだけだ」
育「家族も、居場所も、夢も、いっしょに夢を追ってくれた人との思い出も……ぜんぶをなくしてしまったぼくに、ターニャは理由をくれたんだ」
育「ぼくはターニャに、いつまでもありのままのターニャでいてほしい。ターニャの力になれない自分なんて許せない。強がりだと笑うなら笑えばいい。ぼくは本気だ!」
育「剣や肩書きが不釣り合いだってかまうもんか。ぼくはターニャが好きだ。その気持ちがぼくを強くしてくれるなら、お前だって倒してみせる!」
まつり「――だ、そうなのですよ。ターニャ王女?」
育「えっ」
環「ガ、ガゥ……///」ポッ
市民「おい、あの勇敢な少年がターニャ王女のボーイフレンドだったのか!?」
市民「まあなんて大胆な…///」
市民「国立大学の真ん中で公開プロポーズだ! こいつは大スクープだぞ!」
市民「いいぞー! そのまま悪魔なんて倒しちまえ! 王女に良いところを見せてくれー!」
育「参ったなぁ。戦うのに夢中で、そこの棟が避難所になってたのをすっかり忘れてたよ。大学の建物って、がんじょうだもんね」
まつり「愛の言葉をご本人に聞かれていたことは平気なのですね」
育「平気も何も、いずれ直接言うつもりだったことだよ? 紳士たる者、こんな形になっちゃった埋め合わせはちゃんとしなきゃね」
環「……///」モジモジ
まつり「まあ、おませな坊やなのですね」
育「む――こどもあつかいは気に入らないね」
環「イグナスーーーー!!」モフッ
育「わっ。急にもどらないでよターニャ」
環「そっちもすっごく大事だけど、それよりお姉様のことが先だぞ!」
育「そうだ。君が来てくれたのは心強いけど、でもこれはぼくの試練だ。必ずあいつを倒してみせるよ」
環「そのことなんだけど……別にあいつを完全にたおす必要はないの。ただ、あいつの角がほしいんだ。それがあればお姉様は助かるみたいだから」
育「角だね。わかった。君も協力してくれるかい」
環「うん! 最初からそのつもりだぞ。いっくぞぉ――ガァオオーーーン!!」
育「はぁぁぁっ!」
まつり「どうやら私の出る幕もここまでのようですね」
ガキィィン! スパッ
育「折れた! 悪魔の角だ」
環「ワフッ」パクッ
育「それを持ってカタリーナお義姉様のところに行けばいいんだね」
環「ガウッ!」
育「よし。行こう!」
琴葉「……」オオオオ…
育「本当に闇の中心に、カタリーナ王女が……」
環「ガウッ…」
育「君が牙で、そしてぼくがこの悪魔の角で、お義姉様の周りの闇を貫けばいいんだね」
環「ガウッ!」コクリ
育「よし、行くよ――せーのっ!」
バリバリバリィ!!
パァァ…
琴葉「……ここは?」
環「ガゥゥ!」
琴葉「その姿は、ターニャ……それに、あなたは?」
育「ぼくは、イグナスです。よろしくお願いします」
琴葉「ああ、あなたがイグナス――」
ポンッ
環「お姉様!」モフッ
琴葉「ターニャ! あなた、本当に自分の力を制御できてるのね」
環「そうだぞ。イグナスのおかげでターニャ、おおかみのターニャのこと大好きになれたの。だからお姉様、もう心配しなくていいんだよ。もう二度とこんな無茶しないで」
琴葉「ターニャ……そうね。ごめんなさい。あんなに小さかったあなたが、いつの間にかこんなにも立派になったんだよね」
環「さあ行こう、お姉様。街のみんなも待ってるぞ!」
琴葉「うん」
市民「カタリーナ王女だ! ご無事だぞ!」
市民「ターニャ王女たちがお救いになったんだ!」
市民「剣と狼……建国の伝説の再現だ! この国の未来は明るいぞ!」
朋花「満足ですか、マリリンさん?」
まつり「ほ? なんのことです?」
朋花「とぼけないでください。あの坊やにわざと負けて角を渡せば、事態は最も平和的に解決しますから。まったく、悪魔のくせにどこまでお人好しなんだか」
まつり「テレーザちゃんは不思議に思わないのです? どうしてマリリンの力の禁忌を示す教典が、この国に保管されているのか」
朋花「さあ。おそらくは、かつてあなたと契約した過去の人間のどなたかが書き記したのでしょうが……」
まつり「もし王家直々にあの教典に触れる機会があるとすれば、その理由はただ一つ。家族の先祖返りを克服させるためなのです」
朋花「なるほど。ではマリリンさんは、最初からこうなることは想定済みだったというわけですか」
まつり「でもまさか新たな英雄となる二人が、あんなに可愛らしいカップルだとは思わなかったのです」
朋花「私としては、ぜひカタリーナ王女の魂を魔界まで持ち帰りたかったのですが……まあ、ここはあなたの顔を立てておくとしましょう」
朋花「もはや今後この国の人の魂を狙うのはあまりにも愚策でしょうし」
まつり「はいなのです。もう角を折られるのはこりごりなのです。しょんぼりマリリンなのです」
朋花「やれやれ、またすぐに生えてくるというのに……」
海美「やった! ターニャたち本当に英雄になっちゃったよ!」
警官たち「バンザーイ!」
ローカルギャングたち「バンザーイ!」
新聞記者「こうしちゃいられない。すぐに号外を出すぞ! おや? あそこにいるのは……女優のマーガレットさんじゃないか!」
新聞記者「えっ。ほんとだ! この間主演映画の上映が決まったばかりのあの大型新人女優じゃないか!」
新聞記者「マーガレットさん、次の舞台に向けての抱負をお聞かせください」
新聞記者「劇団を辞めてご自身の劇団を創設なさるという噂は本当でしょうか!?」
新聞記者「ジレールの街に新しい孤児院を建てるという話も!?」
桃子「ええ。全部本当よ。近いうちに会見を開くから詳しいことはそこで話すわ。それより今は私よりも注目すべきことがあるでしょう? ほら、おめでたい出来事なんだから」
――数日後、王宮
海美「それにしてもお父様ったら、ターニャと一緒に住めるとわかった途端急に元気になっちゃうんだもん。びっくりしちゃった!」
順二郎「ははは。かわいい娘の帰還に寝込んで立ち会えないなんてことになったら、父として立つ瀬がないからな」
環「くふふ♪ ターニャもお父様といっしょにいられてうれしいぞ」
順二郎「う~ん。ターニャは本当にかわいいなぁ」デレデレ
琴葉(これじゃ父親っていうより、おじいちゃんって感じだけどね)
順二郎「しかしイグナスよ。私はまだ君を認めたわけではないからな」
環「お父様」
順二郎「なに。王の位を退くとはいえ、私もまだ耄碌している場合ではないからな。勉学も武術も、君がこの国の王子に相応しい技量を身に付けられるよう私が直々に指導しようじゃないか」
育「光栄です! もとよりターニャにふさわしい男になることがぼくの目標ですから。どうぞよろしくおねがいします」
順二郎「うむ! なんとも素晴らしい返事だ。イグナス、我が息子よ! よろしく頼むよ!」
琴葉・海美(ちょろい……)
恵美(お義父様、ずっと男の子が欲しかったって前にもおっしゃってたもんなぁ)
育「今夜が、お城で二人で見る初めての満月だね」
環「うん。でも……なんだかちょっぴりつまんない」
育「そう? ぼくはこうして、ターニャと二人で月を見られるだけで――でも確かに、前は外で夜風に吹かれながら気ままに月をながめてたっけ」
環「そうだ! ねぇイグナス、ターニャの背中に乗って! どこか月がきれいに見渡せる丘まで行っちゃおうよ! さぁ早く早く!」
育「ちょっ、勝手にお城を抜け出したら――でも、いいよね」
環「ワオォォーーーーン♪」
琴葉「なっ!? あの子たち、こんな時間に外に出るなんて。もう~…」
恵美「まあまあ、いいじゃないか。それに夢に見た光景でしょ? ターニャが満月の夜に、こんなに楽しそうに過ごしてるんだから」
琴葉「……うん。それもそうね。これからはこんな穏やかな月夜を、女王としてしっかり守っていかなくっちゃ」
それからヴォルフス王国では、満月の夜にはターニャ王女の遠吠えを合図に老いも若きものんびり月を眺める風習ができた。
町の子どもたちも犯罪を恐れず丘まで月見に出られるようになり、人々は末永く穏やかに暮らしたそうな。
☆おしまい♪
最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
いくたまは聖ミリオン女学園思い出すけど、感じ逆でもなかなかいい組み合わせだな
王子育の引き出し多いね、乙です
>>1
イグナス役 中谷育(10) Vi/Pr
http://i.imgur.com/9Z0RrLb.png
http://i.imgur.com/8NRFxHY.jpg
ターニャ役 大神環(12) Da/An
http://i.imgur.com/CaSWHcQ.png
http://i.imgur.com/Mgm0RQg.jpg
>>2
ミランダ役 宮尾美也(17) Vi/An
http://i.imgur.com/UrM35rJ.jpg
http://i.imgur.com/vGEecVI.jpg
>>15
マリーナ役 高坂海美(16) Da/Pr
http://i.imgur.com/0fxXope.jpg
http://i.imgur.com/V0WHHVd.png
>>18
カタリーナ役 田中琴葉(18) Vo/Pr
http://i.imgur.com/gYRWgFk.jpg
http://i.imgur.com/5BGhhuY.jpg
>>19
メルセデス役 所恵美(16) Vi/Fa
http://i.imgur.com/2kT0hvl.jpg
http://i.imgur.com/RN3cTiy.jpg
>>38
マーガレット・ストークス役 周防桃子(11) Vi/Fa
http://i.imgur.com/CooNiNb.png
http://i.imgur.com/iaqCLGE.png
テレーザ役 天空橋朋花(15) Vo/Fa
http://i.imgur.com/SGZRpab.jpg
http://i.imgur.com/XnoY4VN.jpg
>>57
マリリン役 徳川まつり(19) Vi/Pr
http://i.imgur.com/o2QUZEz.jpg
http://i.imgur.com/kBtVKYP.jpg
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません